町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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日本人は変わるか

空と木155

 東北・関東大震災が起こってから、ほぼ3週間。
 震災被害地のレポートを続けていたテレビも、福島県の原発事故の状況解説と、日本経済の行く末の解析などに軸足が移り始めている。

 テレビのニュースを見ていると、現に、パーツの供給ができなくなって、商品生産が難しくなった工場がたくさん出てきたなどという報道が多くなった。
 たぶん、これから多くの日本人にとって、自分の生活基盤に対する不安がきっと大きな問題になっていくだろう。

 一方、テレビと違って週刊誌は、編集 → 印刷 → 流通という手間がかかる分、発売されるまでにタイムラグがあって、今、ようやく震災の生々しい状況を伝える記事が満載されるようになった。

 それらの報道記事と一緒に、レギュラー執筆陣たちのエッセイ、コラムでは書き手が今回の震災で何を感じ、何を考えたかを伝え始めようとしている。
 それらを読む限り、やっぱり、何かが変わってきたように思う。

 『AERA』 では、連載を続けてきた演出家の野田秀樹が、同誌の 「放射能がくる」 という特集内容が 「風評被害を拡大する無責任な企画である」 と批判し、エッセイの連載を自ら打ち切った。
 そして、その批判内容を、 『AERA』 の方も連載最後の記事として堂々と掲載した。

 やっぱり、何かが変わってきている。
 批判、中傷、非難なども含め、メディアに飛び交う言論の中で、どこに “真実” があるのか、それをどう発見すればいいのか。
 そういったことを、原点に立ち戻って、もう一回考え直そうという空気みたいなものが生まれてきたような気がする。

 雑誌などにコラムを寄せるレギュラー執筆陣の原稿を読んでもそう感じるし、ブログなどに自分の身辺雑記のようなものを綴っていたアマチュアの人たちが書くものを読んでも、同様に感じる。
 
 戦争以外で1万人以上の犠牲者を出し、現代文明の象徴であった原子力発電所をもあっけなく崩壊させた今回の震災に見舞われ、さらに計画停電で光のない生活を経験した多くの人が、自分の生き方を問い直すことを迫られている。
 大げさにいえば、そんな感じ。
 
 その問い直しの “網目” をろ過された言葉でなければ、誰にも信用されない。
 何かを発言する場合でも、変わった意見を述べて人に認められたいとか、目立ちたいとかいうパフォーマンスが通じなくなった、と言い換えてもいいかもしれない。
 プロ、アマ問わず、文章を書いて誰かに読んでもらいたいと思っている人たちには共通して、そのような気持ちがあるように思うのだ。

 「一過性のものだよ」
 という人もいるかもしれない。
 「衝撃が大きいからみな動揺しているだけで、そのうち日常性が復活すれば、みな元の精神状態に戻る」
 そういう意見も、聞こえてきそうな気がする。

 そうかもしれない、とも思う。
 しかし、違うようにも思う。
 少なくとも、今の自分は違う。

 実は、私のブログというのは、その日その日ネタを見つけて書いているわけではなかった。
 ブログなど書く時間もなくなる忙しい時期が来ることを考慮して、時間のあるときに書き貯めておいたものを小出しにアップしていたに過ぎない。だから、3月11日の震災に見舞われる前に、準備していたいくつもの原稿があった。
 
 ところが、それをもうアップする気が起こらない。
 あれだけの震災に直面してしまうと、それまでに書いていたものの大半が、もう人の心に届かない原稿になってしまったように思うのだ。

 逆に、人の書いたもので、 「心に届かない」 記事を多く発見してしまう。
 今までは、そんなふうに他人の文章を読んだことがなかったのに、あれ以来、人の文章を読む基準も変わってしまったような気がする。

 何も、今回の地震や原発事故に関して、
 「自分の感想や意見を述べていないとダメだ」
 と言いたいのではない。

 テーマなどはどうでもいい。
 「人の心に届く言葉を書いているか?」
 ただ、そのことだけに関心が向かっている。

 つまり、 “普遍性” を獲得しているか?
 ということなのだ。

 人々の個別な生活感や信条を超えて、どんな人間にも等しく届く言葉を持っているかどうか。
 今、プロの物書きに問われているのは、そのことだという気がする。

 文体なんて、“おちゃらけ” であってもかまわない。
 書いている内容が、不謹慎であってもかまわない。
 そういうことではなく、 “考える態度” の真剣さ。自分を見つめ直す視線の厳しさ。
 それが、問われているように思う。

 それに関しては、普通の人々の方が敏感だ。

 今回の震災を通じて、被災を免れた人たちの多くが、被災された方々に対し、
 「自分には何ができるのだろうか?」
 と自分自身に問うている様子が、いろいろなところから伝わってくる。

 自分自身への問いかけ。

 これはたいへん重要なことだと思う。
 今まで “空気を読み” 、人の意見に逆らわず、周りから “浮いている” と非難されることを恐れて自分の意見を抑えていた人たちが、ようやく 「自分に何ができるか?」 を問うようになったのだ。

 「誰か」 に対して、 「自分は何ができるか?」 と問うことは、そこに、自分以外の 「誰か」 、つまり 「他者」 を見出したことを意味する。

 つまり、地震や津波で被災されたり、原発事故の危機に見舞われている人たちの苦しい生活を “わが事のように” 感じ、その人たちに対して、「今の自分は無力だ」 と考える人たちが出てきたことを意味する。

 そのような認識の変化は、ともすればわが国にも蔓延しそうになっていた、
 「自分さえ幸せならば、他人はどうなってもいい」
 という風潮を押し流すものになるのではなかろうか。

 多くの人たちが、今こう言っている。

 「自分は被災していないが、被災地の方々の生活を思うと、胸が痛む」

 自分には、何もできないが、でも、なんとかしてあげなければいけない人たちがいる。

 そういう気持ちが生まれるところから 「他者の発見」 が始まるように思う。
 そして、 「他者」 を見出したときに、 “普遍” に至る道が開けるように思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(9)| トラックバック(0)

渚にて

 巷に流れる 「放射能汚染」 の話を聞くたびに、思い出す映画がある。
 
 アメリカ映画の 『渚にて』 ( On the beach ) だ。
 1959年にスタンリー・クレイマー監督が撮った (当時の) 近未来SF映画で、まさに地球規模の “放射能汚染” がテーマになっている。

「渚にて」DVDジャケ002

 1964年に勃発した (…ことになっている) 「第三次世界大戦」 の核被害によって、北半球の人類は滅亡。
 南半球は、直接の被爆をまぬがれたが、死の灰が南半球まで及んでくるのは時間の問題という、せっぱ詰まった状況に置かれたオーストラリアが、この映画の舞台となる。

 核爆発の時に、たまたま深海に潜っていたアメリカ海軍の潜水艦が1隻だけ助かり、死の灰を逃れて、オーストラリアの軍港にたどり着く。

 ストーリーは、その潜水艦の艦長であるグレゴリー・ペックと、彼がパーティで知り合った地元のオールドミス (エバ・ガードナー) との淡くて短い恋愛を軸に、 “ゆるやか” に展開する。
 それに絡んで、オーストラリア海軍の若い将校夫婦や、核開発にも関わったことのある科学者たちのサブストーリーが散りばめられていく。

「渚にて」001

 もともとは、ネビル・シュートの小説を映画化したもので、分類でいうと、核戦争後の地球を描いたSFものということになるのだが、地球滅亡ものでおなじみの、大げさなパニックシーンを見せる映画ではない。
 むしろ、地味だ。
 だから、核戦争の非情さが、逆に浮かび上がってくる。
 このあたりは、原作の静謐なタッチを、映画もよく踏襲している。

 南半球で暮らす人々にも、もう残された月日は、あと5ヶ月。
 オーストラリアの科学者たちが立てる希望的観測は、ひとつひとつ打ち砕かれていく。
 迫り来る核汚染を防ぐ手立てがすべて失われてしまったことに、オーストラリアの人々も気づき始める。

 身近に迫る死の恐怖に、自暴自棄になる人々も出てくる。
 しかし、一方で、残された最後の時間を、せいっぱい “人間らしく生きよう” と決意し直す人もいる。

 世界の滅亡が秒読みになったとき、人々は無秩序な暴徒と化するのか、それとも、生きている限りは人間の尊厳を保ち、秩序正しい社会を維持しようとするのか。
 この映画は、人類が直面する究極の問いかけを投げかけているようにも思える。

 画面では、死を覚悟したオーストラリア国民が、パニックに陥ることなく、休日には渓谷のマス釣りを楽しみ、海岸で海水浴をして、自動車レースを楽しもうとする情景が描かれる。

 豊かな緑に囲まれた牧場。
 帆に風をはらんで海原を駆けるヨット。
 家族や仲間で楽しむ川原のバーベキュー。
 
 それがこんなに美しく、いとおしいものだとは !!

 観客は、いつしか 「滅亡する人類」 の視点で風景を見つめていることに気づく。
 
 驚くべきことは、その 「ありふれた平和な風景」 の描き方なのだ。

 単に、「美しい風景」 や 「優しい風景」 というのであれば、撮影機器や画像処理のテクニックが進歩した現代映画の方が、優れた風景を再現できるはずだ。
 ただ、そこに 「かけがえのない…」 という哀切感を盛り込むことができるかどうか。

 平和な日常生活がいかに貴重であるかを訴える映像は、CGのテクニックをいかに研ぎ澄ましたところで、実現できるものではない。
 それは、「ありふれた生活」 を一瞬のうちに崩壊させてしまう、戦争のむごたらしさを経験した人間の視線からしか生まれてこない。

 1950年代は、まだ第二次大戦の惨禍が、人々の胸に強烈な印象として残っていた時代だったのだ。
 逆にいえば、戦争がもたらした悲しみと苦しみをリアルな体験として持っていた人たちがいたからこそ、作れた映画だったのだ。

 ラストシーンでは、再びアメリカ兵たちが潜水艦に乗り込み、故郷のアメリカ大陸に帰るところが描かれる。
 すでに、北半球に 「アメリカ」 という国はない。
 あるのは、高層ビルが墓石のように取り残された、無人の大地でしかない。
 それでも、彼らは、「どうせ死ぬなら、最後は故郷で眠りたい」 と、人影の絶えた北米大陸に戻っていく。

「渚にて」003

 映画の中では、オーストラリアの国民歌謡 「ワルチング・マチルダ」 (↓) が効果的に使われる。
 フォークダンスの伴奏曲のような明るく陽気な曲で、映画のテーマ曲でもあり、また人々が野外パーティを楽しむときの合唱歌としても使われる。



 無邪気な明るさを湛えた曲調が、映画のテーマとは合わない。
 しかし、その陽気なメロディが、途中から涙が出そうなくらい悲しく響いてくる。
 同じ曲でも、それを歌なしで演奏すると、レクイエムの響きを持つのだ。

 オーストラリアの港を発ったアメリカの潜水艦は、そのレクイエムに送られて、深海へと潜航を開始する。
 静かな終わり方に、反戦への祈りと、戦争によって失われたあらゆるものへの追悼が込められているように思う。

「渚にて」004

 戦争と、自然災害を一緒に語ることはできない。
 しかし、今回の東日本大震災のことを思うと、それまで気にもとめていなかった 「ありふれた平和な生活」 が、いかにかけがえのない大切なものであったかということが、よく実感できる。

 人間にとって、「核」 というものは、本当に必要なものなのか。
 「核の平和利用」 という美名のもとに、私たちは何かを見過ごしてきたのではなかったか。
 原子力発電抜きには、もう世界の産業構造を維持することはできないという意見は多いが、それは 「絶対的な安全」 が保証される範囲内の議論に過ぎない。

 そのような産業構造そのものが、すべてのエネルギー源が “有限である” という認識を共有しなければならない21世紀的な思想と合致するのかどうか。

 化石燃料を燃やして発電する火力発電が時代の趨勢と合わないのは確かなことだが、原子力発電の基盤となるウラン235もまた同様に、資源としては有限なのだ。データによると、ウランの可採年数も、たかだか100年といわれている。

 原子力発電の絶対的な安全基準が確立される前に、ウランの採掘が困難になることもありうるかもしれない。
 そして、それ以前に、人類の多くが放射能汚染にさらされるような重大事故が起きる可能性は、これで皆無とはいえなくなった。

 映画 『渚にて』 が問いかけたテーマは重い。


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:03 | コメント(6)| トラックバック(0)

テレビは終わった

 残業夜食用に買ってきた弁当を食いながら、テレビのスイッチを入れた。
 唖然とした。

 夜8時台の番組で、NHK以外、この震災について触れている番組がひとつもない。
 大半が、作り置きの…というか、あらかじめ録画撮りしていたバラエティ番組ばかりなのだ。

 相も変わらず飽食を煽るようなグルメ番組。
 裸のふんどし姿の男性を後ろから撮って、ひな壇の芸人たちが笑い転げる番組。

 テレビ局としては、スポンサーのCMを消化しないかぎり、営業がジリ貧になるという思惑があるのかもしれないが、たぶん、テレビは自分で自分の首を絞めたと思う。
 これを機に、 「テレビ」 というメディアから離れていく人々が絶対いる。

 「テレビは、もう私たちの必要とする情報を流してはくれない」

 きっと、そう思い込んだ人が少なからずいるだろう。

 いま被災地で、どのようなことが起こっているのか。
 どのような風景が広がっているのか。
 どんな苦しみを抱えた人たちがいるのか。

 それについて答えてくれるテレビ報道は、ほとんどない。

 一方で、流通が滞り、部品調達もままならず、工場や事業所を閉鎖する企業もうなぎ登りになっている。
 資金繰りがうまくいかず、経営難に陥る中小企業も多数に及ぶだろう。
 被災地ではなくとも、計画停電が長引くようになると、産業そのものもズタズタになるだろう。

 日本人全体の生活や、日本人の全体の意識が変わるかもしれないというせっぱ詰まった状況のなかで、しかしそのことに思いを巡らしているようなテレビ局はほとんどない。

 1995年。
 下り坂を歩みながらも、まだバブルの余韻が甘く気怠く残っていた日本を、完全に打ちのめしたのが、あの阪神淡路大震災だった。
 あれ以降、日本は完全に変わった。

 日本人が誇る高機能なメガ都市と、それを支える最新技術が、もろくも崩れさった現場を見て、日本人は否が応でも、自分たちの信じてきた都市文明やそれに依拠してきた社会的諸集団の危うさを実感した。
 それは、その後の景気低迷の重苦しさが垂れ込める時代のプロローグとなった。

ムンク「叫び」0001

 おそらく、今回の震災も、日本人の精神構造を大きく変える出来事となるだろう。
 ただ、それが、さらなる暗い混迷の時代に日本を引きずり込んでいくのか、それとも、案外これを契機に、被災地の復興と、閉鎖感に窒息しそうなっていた日本人の心の復興が重なっていくのか、それは今は分からない。

 だから、被災地の真実を知りたい。
 そこに生きる人々が、何を苦しみ、何に希望を見出そうとしているのかを知りたい。
 テレビは、それを伝えてくれない。

 レポーターを派遣して、被災地のルポを試みたテレビ局はたくさんあった。
 しかし、 “報道のプロ” を派遣した局は、 (私が見ているかぎりは) ひとつもない。
 報道のプロとは、局のおかかえレポーターやアナウンサーのことをいうのではない。
 「現場では、医療品も燃料も乏しく、悲惨な状況が続いています」
 などとカメラに向かってしゃべる人が、報道のプロとは限らない。

 “悲惨な状況” とは何なのか?

 それを、先入観抜きに冷徹に観察し、自分の脳髄でその意味を咀嚼し、自分の言葉で語れる人。
 それをひとまず 「報道のプロ」 と言おう。

 たぶん、そのような人は、今のテレビ関係者にはいないだろう。
 当たり前である。
 これまでの思考の枠組みを超えたものに、われわれは遭遇してしまったからだ。
 それを語るのは、平和な世の中で有名人のスキャンダルを暴いていたワイドショーのコメンテーターたちの手には余る仕事だ。

 ならば、人間の悲劇を専門に扱うような小説家や、常に生死の境をさまよっている戦場カメラマンや、死と生を真剣に考え続ける哲学者をレポーターとして派遣してもいいのではないか。

 要は、被災者の気持ちを、自分の心の苦しみとして語れる言葉を持った人たち。
 そういう “鍛えられた言葉” を持っている人たちが、この間、どこのテレビにも登場しなかった。

 出てきたのは、相変わらずの、とりあえずのレトリックだけは豊富に持っている “しゃべりのプロ” だけ。

 多くの日本人が、 “鍛えられた言葉” を語れる人間の声に耳を傾けようとしているときに、さっさとそれを放棄したテレビには、もう明日はないかもしれない。

 テレビは終わった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:23 | コメント(4)| トラックバック(0)

明かりの果ての闇

 連休の合間、久しぶりに家に帰った。
 終電前だった。

 会社から駅に向かう道路が暗い。
 節電のために、街路灯も最小限の明かりに絞っているからだ。

 クルマの交通量も少なく、歩いている人の姿もまばらだ。
 駅構内に入っても、相変わらず明かりが乏しい。

 なぜか、それが心地良かった。
 今までそういうことに気づかなかった。

 「東京の夜」 は、いかに無意味な明かりが多かったか、ということが分かる。

街路灯1002

 昔、 『全国キャンプ場ガイド』 の編集に携わっていたとき、自分のキャンピングカーで、いろいろなキャンプ場を訪ねた。
 途中、夜がふけてから地方都市を横切ることもある。

 田舎に行けば行くほど、街の明かりは乏しくなる。

 「日本はなんて暗い国だったのか…」

 そのときはそう思った。
 しかし、しばらく走り回っていて、突然、気づいた。
 
 「これが普通なんだ」

 恥ずかしいことに、自分の住んでいる東京の夜が “異常だ” ということを知らなかった。

東京の夜景0003

 明かりこそ、都市文明の指標だ。
 いつのまにか、そんな誤解が自分の中に助長していたように思う。

 隅々までくまなく照らす明かりは、 「影」 の部分をつくらない。
 しかし、 「影」 を排除することによって、私たちは何かを失った。

 実は、 「影」 の部分があってこそ、現れる世界というものがある。

 平安京の昔。
 当時、日本最大の街であった京の都ですら、日のかげった建物の影には、鬼や妖怪が跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) した。

 それは、 “近代科学” が生まれていなかったためとは限らない。
 むしろ、 「闇への敬意」 が生んだ文化だといっていい。

 昭和の世になってからも、それは残った。
 蛍光灯が普及するまで、裸電球の貧しい明かりをともした街の店先の奥には、通行人には知りえぬ家主の生活があり、そこでは、様々な悲喜劇が繰り広げられていることを想像させた。

 「影」 は、この世には “視界の中に入らない世界” があるということを教える。
 その世界を観るには、肉体の眼のほかに、心の眼が必要だということを教える。

 しかし、隅々までくまなく照らす明かりに慣れた眼には、もう、肉眼で見えたモノ以外の姿を捉えることができない。

ホッパー1001

 「闇の向こうに、知らない何かがたたずんでいる」 という感覚。
 それを失ったときに、世の中はすべて平板で奥行きを失ったものとなり、おのれの目に見えるものしか信じられないという錯覚を生む。
 そして、それは、人間の傲慢さの温床となる。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 08:05 | コメント(5)| トラックバック(0)

東電を怒る父さん

 たまにだけど顔を出す、地元のお寿司屋さんがある。
 店にお客がいれば、深夜の2時頃まで営業しているので、この季節、終電ぎりぎりに帰る私には、他の店が閉じてからでも夕食が取れるありがたい店なのだ。

寿司画像

 いつもは午前を回ってから顔を出すのだが、この日は珍しく、9時過ぎぐらいにノレンをくぐった。
 6人掛けのカウンターのうち、5席が埋まっていた。
 そのうちの4席は、中学生ぐらいの兄妹を伴った家族によって占められていた。

 真ん中に座った大柄のお父さんが、生ビールのジョッキを傾けながら、握り寿司をバクバク食っている。
 食い、かつ大声でよくしゃべる。

 「トーデンのバカヤロめ! もううちは電気料なんか払わねぇぞ」
 と、店中に響きわたる大声で、お父さんは怒っている。

 トーデン。
 もちろん、今回の巨大地震による津波で、原子力発電所の事故を起こした、あの 「東電」 だ。

 で、このお父さん。
 放射能危機を招いた東電の危機管理能力を怒っているのかと思ったら、ちょっと違うようだ。
 その東電の原発事故によって、ヨーロッパに行く飛行機が飛ばなくなったことを怒っているらしい。

 なんでも家族4人で、楽しみにしていたヨーロッパ旅行に行くまぎわだったという。
 それが、今日 (…計画停電のせいなのかよく分からないけれど) 飛行機が飛ばなくなって、旅行をキャンセルせざるを得なくなった。
 で、 「腹が立つ!」 と、お父さん、生ビールをうまそうにゴクリ!

 そして、左右に座らせた子供たちに、
 「お前たち、ホラもっと食わんのか? 今のうちだぞ」
 とせき立てる。

 今のうち……!?

 確かに、東北の漁港が壊滅状態になったので、魚市場でも鮮魚の量が少なくなってきたとは聞いている。
 だから、ネタの新鮮な寿司は、これからしばらく食えなくなるかもしれない。
 そういう意味で、 「今のうち」 と言ったんだろう。
 
 現に、店主が 「今日はあまり仕入れられなかった」 と告白するガラスケースのネタも、食い盛りの子供たちを抱えたその家族がバクバク食うために、どんどん少なくなっていく。

 しかし、文句はいえない。
 店主が、その4人家族の注文をこなすのに必死になって握っている様子が、カウンター越しに見えるからだ。
 こっちは後から来た身だから、順番は守るつもりでいる。
 狙っていたネタが、ガラスケースから消えていくのを見ても、じっと我慢するしかない。

 で、このお父さん、時事放談も好きらしい。
 「だいたい政府の危機能力がゼロだよ。文化系のバカどもが原発のことも分からずに、トーデンの言いなりになっているから、こういうことになるんだ」

 さらに、こうも。
 「これで、もう米軍に “帰れ”なんていっている社会党の連中も分かったことだろうな。
 結局、日本は米軍にずっと助けられてきたのよ。
 今回も災害の復興に力を尽くしているのは、米軍と自衛隊だけだからな」

 う~ん……。
 まず、今の日本に “社会党” ってあったっけ?
 復興に力を尽くしているのは “米軍と自衛隊” だけだっけ?

 このお父さんの社会認識はどうなっているのかな?

 突っ込みを入れるほどの気力もないし、相手もこの店の常連らしいから、黙ってうなずいて聞くふりをする。

 ま、こういうお父さんは、けっこう世にいっぱいいるのかもしれない。
 生ビールをごくごく飲んで、寿司をバクバク食って、
 「東電のバカヤロ! 政府は無策だ!」
 とののしる人々が。

 別に、このお父さんの意見が間違っているとも思わない。
 ある意味、常識的な意見なのかもしれない。
 
 でも、今回の災害について、自分にはまったく被害の及ばない安全な場所に身を置いて (しかも、美味いもの食いながら) 、正義の代弁者を気取って、誰かを批判するって、ちょっと恥ずかしくねぇ? 
 ことの当否よりも、そのことがちょっと鼻についた。 

 それでも、そんな親子が席を立つとき、
 「じゃお気をつけて」
 と笑顔で挨拶を送る自分が、哀しい。

 ま、俺も同類かもしれないけどね。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:00 | コメント(6)| トラックバック(0)

深い言葉

 朝、なにげなくテレビのスイッチを入れたら、地震災害に見舞われた人が、焼け野原のような大地にたたずんで、インタビューに答えていた。
 津波で町全体が壊滅的な被害を受けた土地らしく、千人を超える遺体が発見された場所だという。

 報道記者の差し出すマイクに向かって、その人はこみ上げる悲しみに耐えかねたように、深くため息をついた。
 そして、泥と瓦礫に埋まった大地を見回してから、
 「自分には命があるから、まだいい。命さえあれば、あとはなんとかなる」 と答え、笑顔をつくった。

 重みのある “笑顔” だった。
 自分の持てるものをすべて失い、何人もの知人を失った、涙の果ての笑顔だったのだろう。
 その人たちの供養のためにも、 「自分は生き抜いてやる」 という覚悟の笑顔のような気がした。

 「命さえあれば、あとはなんとかなる」
 という言葉は、まだ何も失っていない自分を、打ちのめしたと同時に、励ました。

 たぶん、私には、その人の言葉の100分の1も実感できていない。
 過不足なくモノがあふれる時代を生きてきて、足りないものが出てくるたびに悲観的な未来を思い描いていた私には、まだこの言葉の持つ重みが “体感的” に把握できていない。

 しかし、その言葉の深さは分かる。
 心に残る言葉は、シンプルでも、その底は果てしなく深い。

東北地方太平洋沖地震

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 09:53 | コメント(7)| トラックバック(0)

何かが変わった

 一夜にして、何かが変わった。
 東北と関東を襲った巨大地震のあと、世の中のムードが一気に変わったように感じる。

 災害の映像が連日CM抜きでTVから流れ、人々の日常生活も混乱に陥っているという特殊な環境が続いているせいだとは思うが、メディアやネットの論調から、浮薄な “批評” が影を潜めた。
 庶民の味方の振りをして無責任な放談に終始する政治評論家たちの漫談や、タレントたちの人の揚げ足を取るような文明批評が消えた。

 もちろん、それは今だけのことかもしれない。
 しばらく経って、ある日、テレビをつけたら、相変わらず無責任な政治放談とおちゃらけバラエティが復活していて、雑誌のたぐいは、政局とタレントのスキャンダルを追っているのだろう。

 しかし、ここ数日のメディアの報道やネット言論を見ている限り、明らかに 「何かが変わった」 兆しが見える。

 それは、死者が1万人を超えるかもしれないという大惨事が起こっているのに、
 「おちゃらけは不謹慎だ!」
 ……という感じのものでもない。

 たぶん、この災害を機に、小才の利いた評論家の “耳障りのいい” 言い回しとか、アドリブ上手なタレントの反射神経的なギャグが、一気に色あせたのだと思う。

 今、人々が求めているのは、足が地に着いた言葉だ。
 言い回しの妙で人を面白がらせる言葉ではなく、現実問題として、いまだ電気のつかない暗闇の中で、身内を探し求めている人々の声の重さに拮抗できる言葉だ。

 実は、すでにそういう言葉を、人々はもうかなり前から希求していたのではなかったか?

 いたずらに人をおちょくったり、けなしたり、過度に持ち上げてみたり、痛いところを突っ込んだり……。
 そういう小手先の会話の “芸” ではなく、 「聞くに足る言葉」 。

 テレビのひな壇を仰々しく飾るコメンテーターたちの、 「思いつき批評」 ではなく、その人たちですら沈黙を守らざるを得ないような、身の引き締まる言葉。
 
 そういうものを無意識のうちに求めていた人々の、心の奥底に溜まっていた感情が、たまたま今回の巨大地震を機に、マグマのように噴き出したという気がする。

 これが、…たとえば福島県の原子力発電所の事件だけだったら、状況はそんなに変わらなかったかもしれない。

 自然災害が発端になったにせよ、原発の問題は 「人間の危機管理能力の問題」 であり、 「政府の対応の問題」 であり、すなわち “人為的なミス” として、今までのような浮薄な批評・批判にさらされただけだったろう。

 しかし、今回の東北、関東、北海道までをも巻き込んだ大惨事は、まさに人間の人為的なミスなどに還元されない 「人間を超えたものの力」 によってもたらされた。つまり、人間が同じ人間を批判したり、嘲笑したりする行為を空しくさせるような “力” が現れた。

津波絵画

 大自然の圧倒的なパワーは、いわば 「善悪の彼岸」 にある。
 それは、誰のせいでもないし、誰に責任があるわけでもない。
 要するに、批評や批判の “外” にある世界が現れたのだ。

 私たちは、これまで、そのような世界を語る言葉を持っていなかった。
 悪いことも良いことも、みんな 「人のせい」 にしていれば、事足りていたわけだから。
 
 人間の管理能力を超えた大自然の猛威に対しては、人間はただ泣くしかない。
 そして、この世から消えてしまったものたちに向かって、心を傾けて追悼するしかない。

 聞くに足りる言葉は、そのような 「言葉を失った場」 から生まれる。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:06 | コメント(2)| トラックバック(0)

災害時のキャンカー

 各メディアは、その大半がいまだ大地震報道で占められている。
 被災地の生活基盤が完全に復旧するようになるには、そうとう長い期間を必要とするだろう。

 もし、ライフラインがすべて止まったら、わが家はどうするか。
 カミさんと話してみた。

駐車場のキャンピングカー0003

 とりあえず、うちの場合は駐車場に止めたキャンピングカーの中に避難するだろう、ということになった。
 小さなキャンピングカーなので、中に立てこもっても、せいぜい4~5日で “落城”の運命かもしれない。

 でも、4~5日ぐらいなら、なんとか “籠城” できそうだ。
 生活用水は、満タン約100リッターぐらいは積める。 
 普段は、満タンまで積むことはないが、約100リッターを確保していれば、飲み水は別として、いろいろな用途に使える。
 タンクを清浄していないので、さすがに飲料に使うには不安がある。
 それだって、いざとなったら、それを飲むしかないかもしれないが、できれば避けたい。

 ガスは、LPGボンベがあるので、お湯を沸かしたりするぐらいなら、満タンになっていれば、かなり持つ。
 カセットコンロも積んでいるし、カートリッジの予備も何本か備蓄しているので、カップ麺などで食いつなぐことはできる。
 少しでも温かい食事が作れれば、それを近所の人たちに配ってあげることもできる。

コマンダーのギャレー

 冷蔵庫は、昔ながらの3ウェイ方式。LPガス、DV12V、AC100Vの三つが使えるというもの。
 AC電源の供給が途絶えても、LPガスを使って作動させることができる。

 電子レンジもあるので、冷凍品を温めるぐらいなら、それを活用すれば大丈夫。
 ただ、キャンピングカーに一般的に搭載される電子レンジはAC電源に頼るものが多いから、ACの供給が途絶えたときは、サブバッテリーとインバーターに頼ることになるが、やはり長時間の使用には耐えられない。発電機を持っていれば別だが、たいていの場合、まず電気の供給がネックになりそうだ。

コマンダー電子レンジ0008

 幸いなことに、うちのキャンピングカーは、電子レンジに関しては12V対応なので、AC電源を引く必要がない。
 作動させるときにエンジンを回しておけば、まず心配ない。
 冷凍品を保管していた人々がそれを持ち寄って来れば、温めてあげることぐらいなら、いくらでも対応できる。

 大事なのはトイレだ。
 大都市のトイレは、ほとんど水洗トイレになっているので日頃の衛生は保たれるかもしれないが、水道が止まったときは、それが逆作用をもたらす。
 汚物が溜まっても、流せない。
 そうなると、田舎のボットントイレの方が、まだ融通がきく。

 わが家のキャンピングカーはトイレ付き。
 しかも、トイレ室は個室になっているので、女性も安心して使える。
 だから、近所の人で、トイレ処理に困っている人がいれば、(数日ぐらいなら) それも使ってもらうことができる。

 トイレは、 「カセット式」 と呼ばれるもので、便器下のタンクに汚物を溜める構造になったもの。
 しかも水洗。
 小さなタンクに洗浄用の水を溜めるだけなので、無尽蔵に使えるわけではないが、いちおう使用後に便器を洗い流せるので、衛生的には安心だ。

 また、便器とタンクの間にはフタが付いているので、タンクの臭気が上に登ってくることもない。
 汚物を溜め込み過ぎると、夏場などには臭気が漏れることがあるが、そういうときのためにキャンピングカー専用消臭剤も売られている。

 最近は、箱型のキャンピングカー (キャブコン) でもトイレ機能をオプション設定にしているクルマが増えた。
 確かに、道の駅や高速のSA・PAにはトイレが完備しているし、キャンプ場に泊まれば、まずトイレの心配はない。

 そのため、キャンピングカーのトイレ機能は昔ほど重要視されなくなったが、自然災害などによって、都市の水道機能がマヒしたときなどは、キャンピングカーのトイレが大いに役に立つだろう。

 ただタンク容量には限度がある。大型のカセット式のもので5~6日は持ったことがあったが、基本的には廃棄する場所があってのトイレであり、それを越すと衛生上の問題も心配。

 それでも、あるとないでは大違い。
 地震が発生した金曜日には、渋滞の中を11時間かけて家に戻ったが、途中尿意を催したとき、ちょっと路肩に止めて車内のトイレを使った。
 ありがたいものだと思った。

 もっとも、普段は、カミさんと一緒に旅行するときの私の “喫煙スペース” になっているだけだけど。

 暖房は、FFヒーターでまかなえる。
 これは自動車燃料がそのまま使える暖房形式なので、燃料 (軽油) を満タンにしておけば、かなり持つ。
 もっとも、FRPボディの壁材の中に断熱素材が封入されているので、車内の温度そのものがそれほど外気温の影響を受けない。
 家にいるよりも、暖房の熱源は省略できるかもしれない。
 近所の小さな子どもやご老人が暖を取りたいというときなど、どんどん集まってくれればいい。

コマンダー室内(ダイネット)

 寝る場所にも困らない。
 バンクベッドとフロアベッドをフルに活用すれば、大人3~4人までならゆったりと寝られる。
 シュラフは積みっぱなし。
 後は、家から毛布だの布団を運び込めば、寝るときの心配はない。

 このように、フル装備に近いキャンピングカーが1台あるだけで、蓄えさえあれば、数日の籠城は可能だ。
 しかし、それでも、すべてのエネルギー源が切れれば、ただの “箱” 。
 やはり、最後は、助け合う人同士の連帯が大事。

 今回の地震報道を見ていると、人と人のつながり以上に、災害を乗り切る力はないということを痛感する。





campingcar | 投稿者 町田編集長 16:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

大地震

 北関東で、車両撮影をしていた。
 午前中は晴天だったものの午後は雲が多くなり、雨の懸念も出ていた。
 
 「そろそろ仕事を終えなければ…」
 と思っていた瞬間、グラっと来た。

 大地が波打つのをはじめて見た気がした。
 道路を一つ隔てた民家の瓦屋根が、バラバラと音を立てて落下していた。

 取材車として乗ってきた自分のキャンピングカーが、今にも隣のクルマにぶつかりそうに揺れている。
 空の上を、おびただしい鳥たちが、絶叫しながら円を描くように飛び回っている。

 携帯電話で、即座に家に連絡を取ろうとしたが、すでに繋がらない。
 
 震源地はどこなのか?
 知り合いにパソコンを開いてもらったが、ネットにもアクセスできない。

 自分のクルマに戻り、カーラジオのスイッチを捻った。
 震源地と震度だけは分かったが、その他の状況はまだ何もつかめていないようだ。

 しばらくその場で様子を見守るつもりでいたが、近所の人たちがもたらしてくれた情報によると、信号機はみな作動するのをやめて、高速道路は閉鎖されたという。
 一般道の渋滞もますます激しさを増しているとか。

 復旧の見通しは立たないが、かといって、その場に立ち尽くしているわけにもいかない。

 家も心配だし、自分のことを気にしているだろう家族にも無事を知らせたいという気持ちが強くなり、とりあえず一般道を使って、家に戻ることにした。

 信号機が用をなさないので、大きな交差点の前では延々とクルマが連なる。
 ラジオからもたらされる情報により、次第に災害の全貌が明らかになってくる。
 東北・関東全域が、どうやら、とてつもない規模の地震に見舞われたらしい。

 こういうときに、やはり 「情報」 は助かる。
 自分の取るべき行動というものが分かりやすくなるし、何よりも励まされる。

 災害地で大変な状況に巻き込まれた人たちの悲惨なニュースも逐次入ってくるが、一方では、救援に尽力する人たちの力強い活動の様子も伝わってくる。

 みんながみんな、誰かを助けようとして必死に動いているんだな…ということが伝わるだけで、自分の身を守ろうとするだけで汲々としている自分が浅ましく思えてくる。

 夜になって、都内の仕事場から帰る足を奪われた人たちのレポートがラジオから伝わるようになった。
 行き場を失い、暖を取ろうとする人たちのために、営業時間が過ぎても店を開放している飲食店の話。道往く人を励ますために、売れ残ったお菓子類を無料で配り始めた和菓子屋さんの話。
 
 困っている人たちのために、自分ができることを精一杯やろうとする人たちの話は、渋滞するクルマの列になすすべもなく閉じ込められている自分にも 「元気」 を配ってくれる。

 都内に入ったのが、午前2時。
 幹線道路はまだ渋滞が続き、運転に疲れたのか、側道に止めて寝てしまったドライバーも多い。

 その時間に、ネクタイをしてカバンを下げたサラリーマンたちがまだ歩いている。
 JRがすべて止まったので、家まで歩き始めた勤め人がいっぱいいるとラジオは告げていた。

 結局、自分も11時間かけて家にたどり着いた。
 家の玄関に入ったのは、夜中の3時半だった。

 テレビをつけて、ようやく今回の災害の様子を 「映像」 を通して確認することができた。
 津波によって押し流されていく無数の自動車の様子や、火災を起こして火の海となった街の様子を見ると、あらためて日本を襲った大惨事の実態がよく理解できた。

東北地方太平洋沖地震

 被災地となった地域には、自分の知り合いも多くいる。
 その人や、その家族たちは大丈夫だったのだろうか?
 考えるだけで、胸が痛む。
 

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 13:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

ジュリアンオピー

 もう、そうとう昔の話になるけれど、会社のパソコンのファイルの底に、 「TURBO FREEWAY (TFway) 」  というゲームソフトが眠っているのを発見したことがある。

 自動車レースのゲームだった。
 といっても、サーキットではない。

ターボフリーウェイ(TFway)

 まばらな木々が植わっている公道で繰り広げられるレースなのだが、パソコンの黎明期のソフトという感じの、情報量を極端に絞ったシンプルな風景に、不思議なものを感じて、けっこうハマった。

 殺風景な景観が、むしろシュールに思えたのだ。
 それは、ちょうど映画 『マッドマックス』 のロケ地である荒涼としたオーストラリアの風景にも似ていた。
 こんな風景の場所に独り取り残されたら、寂しさで発狂しそうだ…と思う反面、この画面を額にでも入れて部屋に飾ったら、案外面白いかも…とも思った。

 が、つい最近、この 「TURBO FREEWAY」 の画面とそっくりのアートを発見した。
 イギリスの現代アートシーンで有名な (…ということを、そのとき知ったのだが) ジュリアン・オピーの作品だった。
 本棚を整理していたら、本と本の間に眠っていた 『美術手帖』 の2000年9月号に、その絵が載っていたのである。

 どうして、そんな雑誌を買ったのか、その雑誌のどの記事を読みたかったのか、今では思い出せない。
 で、買ったときには、たぶんジュリアン・オピーのグラビアを見ていなかったか、見ていても意識の中に入らなかったのだろう。

ジュリアン・オピー1004

 しかし、改めて、この風景は 「すごい!」 と思った。
 いま流行りの3D画面とは真っ向から逆を向いているのに、なぜか、この奥行きを欠いた画面の方に、魅せられている自分がいる。

 そもそも、これは絵なのか、イラストなのか、デザインなのか。
 商品のパッケージに使われそうなチープ感もあれば、ポップアートとしての存在感も漂わせている。

 『美術手帖』 の説明を読んで、それが、1990年代の終わり頃から2000年代にかけて話題を呼んだ 「スーパーフラット」 という潮流に乗った手法であると知った。
 その流行から10年遅れて、ようやくその存在に気づいたことになる。

 こういう絵の、いったい何に自分は魅了されるのか。

 この奥行きを失ったベッタリした画面が、逆に、近代絵画とは別の次元の “奥行き” を感じさせてくれるからだ。

 木は、かろうじて木と分かる形にまとめられ、まさに 「木」 の記号と化している。
 木がなければ、その背後に控えている 「大地」 と 「空」 を想像することさえ難しい。
 まさに、幼児の下手くそな塗り絵。
 これを 「絵」 として認めたがらない人も多いような気もする。

 しかし、この絶望的な遠近感の喪失には、別の意味での “奥行き” がある。
 奥行きを拒否したフラットな画面が、逆に、その背後にたたずむ何かを感じさせる。

 このようなフラット化された空間を追求した20世紀絵画として、すでにマチスやゴーギャンのような巨匠たちがいる。
 しかし、彼らとジュリアン・オピーとの決定的な差異がひとつだけある。
 それは、 「デジタル以前」 と 「デジタル以降」 という言葉で語られるべきものかもしれない。

 「象徴」 とか、 「暗示」 とか、 「寓意」 といったアナログ的な想像力では到達できないデジタル社会の感性で捉えた “彼方 (かなた) ” がここにはあるように思うのだ。

 人間の脳がスーパーコンピューターに置き換えられ、人間がアンドロイドとしての「眼球」 を与えられた時に見る光景とは、ひょっとしてこんなもんではなかろうか。

 近代絵画の遠近法は、このような空間を描くことができなかった。
 遠近法とは、絵画を眺める鑑賞者が、あたかも 「その絵の中に入っていける」 と錯覚するような作図法で貫かれたもののことをいう。
 
 それは、神を讃えたヨーロッパ中世の宗教画や、仙人の理想郷を描いた東洋の山水画のフラット感を “否定するもの” として登場した。
 要するに、それは、 「この世に神秘はない」 という近代主義思想が生んだリアリズムであった。

ジュリアン・オピー1003

 ジュリアン・オピーのスーパーフラット絵画は、その近代主義思想を、もう一度転倒させたものかもしれない。
 作図法としては、西欧中世美術や、東洋の山水画の構造に近い。

 もちろん、そこには 「神」 も 「仙人」 もいない。
 「理想」 も 「教訓」 もない。

 だけど、近代主義的なリアリズムを超えたモノの気配がある。
 「何もない」 という虚無に向き遭ったときの 「畏れ (おそれ) 」 みたいなものが、そこには刻まれている。

 「畏れ」 とは、心がおののくことだ。
 おののきとは、驚愕でもあり、恐怖でもあり、愉悦でもある。

 オピーの静かな絵の中には、耳を澄ませると 「驚愕」 と 「恐怖」 と 「愉悦」 が山々にこだまして、無数のエコー (残響) として鳴り響いているのが聞こえてくる。

 「書くこと、それは、語り終えることのないものの残響になることである」
というモーリス・ブランショの文学論は、このジュリアン・オピーの絵に対しても当てはまる。
 すなわち、
 「描くこと、それは、描き終えることのないものの残響になることである」

 私たちが、ある文学、あるいはある絵画に感動するのは、そこに描かれたものを “手に入れた” からではない。
 むしろ、手に入れられなかったものを追おうとするからだ。

 追っても、追っても、夏の道路のかなたに燃えたつ “陽炎 (かげろう) ” のように、まばゆい乱反射を繰り返しながら、逃げていくもの。

 その乱反射を、ブランショは 「残響」 と言ったのではなかったか。

ジュリアン・オピー1004

 ジュリアン・オピーの極限まで “説明” をはぎ取られた 「木」 や 「空」 は、実体とは無縁の単なる “記号” であり、具体物の残響 (=エコー) にすぎない。

 しかし、実体物が去った後にこだましている 「残響」 とは、すでに実体物とは別の 「何者か」 である。
 ちょうど雲一つない冬の青空が、もはや 「空」 とは言えない別のモノになっているように。 



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

親孝行ビジネス

 ここ最近、 “親孝行ビジネス” というのが、注目を集めているようだ。

 もしかしたら 「ビジネス」 という、とげとげしい言葉を使ってはいけないのかもしれない。
 
 「 “親孝行” に注目が集まっている!」

 ひとまず、そう言っておこう。

 ことは、ある旅行会社が親子2世代を対象とした商品を開発しようと思いつき、老齢の親を持つ30~50代の子世代200人に対して、ネット調査を行なったことから生まれた。

3世代キャンプ

 その調査によると、子世代の48パーセントが、 「親に旅行をプレゼントしたことがある」 と回答し、38パーセントが 「親と一緒に旅行をしたい」 と答えたという。

 旅行会社は、その解答をヒントに、ユニバーサルデザインやバリアフリーを意識した国内ホテルや旅館を厳選し、リフト付きのバスを用意するなど、高齢者に絞った旅行商品を開発した。
 もちろん、ホームヘルパー2級以上の資格を持つ介護経験者が旅行サポーターとして同行して、万が一に備える。

 これがえらく評判がいい。
 親を安心して旅行に送り出せるとあって、子供が、そういう旅行商品を親にプレゼントするだけでなく、子供も一緒に介護者として参加するなど、かなり盛況だという。

 折りも折り、 “親孝行” をテーマにした書籍が脚光を浴びている。
 みうらじゅん氏が実践する親孝行の数々を紹介した 『親孝行プレイ』 は、ドラマ化されるほどの評判を呼んだ。
 また 『親がしぬまでにしたい55のこと』 (親孝行実行委員会・著) は、10万部を超えるベストセラーとなった。

 現在、日本人の平均寿命は、男性79.59歳。女性86.44歳。
 2010年の日本人の平均年齢は、45.1歳だという。

 つまり、親のことを気にかけながらも、仕事や育児に忙殺されていた40歳代の日本人が、そろそろ親との死別を意識せざるを得ないような人口構成になってきたのだ。

 そのことを反映してか、近年、親と同じ圏内に住む人たちが増えているとも伝えられている。

 あるマーティング会社が、東京、千葉、埼玉などの40~50代の男性を対象に、親と息子夫婦の関係を調査したところ、回答者の45パーセントが親と同じ圏内に住み、また40パーセントの子供が、月に一度は親と会っていることが分かった。

 親と子を隔てる距離は、徒歩20分程度。
 電車でも1時間圏内。
 子供が、田舎に住んでいる親を都会に呼び寄せるケースもあれば、子供夫婦が思いきって都会を脱出し、親が住む地方に移住することもあるらしい。

 かつては、多くの若者が、村社会の閉鎖性や親世代の拘束を嫌って、都会に飛び出していった。
 そして、都会で結婚し、集合住宅に住んで、 「核家族」 という共同体の拘束を逃れた絶対自由のユートピアをつくった。

 しかし、どうやらいまの日本人には、そのような自由を享受できる余裕がなくなってきたらしい。
 不況の恒常化によって、どの夫婦もダブルインカムを考えなければならなくなった。
 しかし、母親が働きに出ようとも、いまはどの都市でも保育所は満杯。
 核家族の母親に対し、育児の辛さがもろに直撃する。
 少子化を非難する論調は多いが、育児や家事をサポートしてくれる人間が周りにいなければ、 「これ以上、子供は持ちたくない!」 と思う母親が次々と現れたって不思議ではない。
 
 そのため、家事に関しては、
 「親世代にケアしてもらえるところは、ケアしてもらおう」
 という合理的な判断を下す子世代が増えてきたという。

 親世代にとっても、子供たちとの会話が復活したり、孫と触れ合う時間ができるのはうれしいことだ。
 親子が簡単に行き来できる範囲内に、お互いの居を構えるという風潮が生まれてきた背景には、そんな事情が絡んでいるようだ。

 面白いのは、住む場所が 「同一圏内」 ではあっても、決して 「同世帯」 ではないこと。

 一時ブームであった 「二世帯住宅」 というのは、いまはまったく売れないらしい。
 一緒に住めば、どうしても “嫁・姑の対立” という永遠の問題が生まれる。
 いまの親世代は、若い頃に閉鎖的な家族共同体から逃れてきた人たちだから、自分たちも、親子の対立を避けようとする。

 対立を避けながら、徒歩20分とか電車で1時間ぐらいの場所にそれぞれ住んで、ゆる~く連絡を取り合う。

 これがどうやら “イマドキ親子” の理想であるらしい。

 そこで、先ほどの旅行会社の例ではないけれど、70代と40代の親と子をひとつのセットとして考えるようなマーケットが発見されるようになったわけだ。

 これまで、シニア層をターゲットにした商品でバカ当たりしたものは出てこなかった。
 浸透したのは、単価の安い健康食品の系統ばかり。
 
 社会情勢が不安定な時代があまりにも長く続いたため、シニア層は、自分たちの生活を守るためにサイフの紐をギュッと絞る習性を身につけてしまったのだ。
 いちばん裕福な個人資産を抱える人たちがお金を環流させなくなったのだから、不況が長引くのも当たり前である。

 ところが、この世代の親は、子供や孫には甘い。
 自分たちの生活は慎ましやかに維持しながら、 「孫の誕生日」 などとなると、気前よくお金を放出したりする。

 彼らはお金そのものを出し渋っているわけではなく、孫や子供たちと触れ合う喜びが得られるのならば、それにはお金をいさぎよく遣おうと思っているのだ。

 ここで、 「親孝行ブーム」 の正体が見えてくる。

 世の親孝行ブームというのは、子や孫の世代を上手に使って、親世代を消費社会に引っぱり出そうという試みであるとも言える。

 そのからくりを、消費者サイドから眺めると、なんだかうんざりしてしまうけれど、親世代と子世代、さらにその孫世代と、3世代が一緒になって楽しめる商品が生まれるということは、決して悪いことではない。

 いままでの商品開発では、ターゲットの絞り込みが優先されていた。
 特に、嗜好品は、ターゲット層の性別、年齢、所得、生活圏内、趣味などという細かいエレメントに分解され、訴求対象がピンポイントに絞られる形で開発されてきた。

 しかし、そうやって 「個」 に分断された商品開発というのは、 「個」 が強く希求されていた時代でなければ通用しない。

 人々の心は、チャーミングな 「個」 を主張するよりも、家族や友人と “ゆる~く” つながることの方に価値を見出そうとしているように見える。
 だから、時には、祖父・祖母・夫婦・孫といった、家族の漠然とした広がりを大事にするような商品開発も必要になってくる。

 キャンピングカーというのは、そういう流れの最先端をいく商品だと思うし、それを有効活用したキャンプという行事は、3世代が遊べる理想的なレジャーだと思うのだけれど。

3世代キャンプ

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:02 | コメント(2)| トラックバック(0)

OMCの北斗

 その昔、テレビCMで脚光を浴びた、
 「亭主元気で留守がいい」
 というキャッチコピーは、いまだ健在のようだ。
 
 たまの休日の土日、家でカミさんと一緒の過ごす時間が長引くと、ふとため息のように、カミさんの口からついて出る言葉が、
 「亭主元気で留守がいい」。

 ▼ 「タンスにゴン、亭主元気で留守がいい」 という防虫剤のCM(1986年)

亭主元気CM

 カミさんは言う。
 「1日顔を合わせただけで、こんなに鬱陶しいのに、あなたが定年退職を迎えて、毎日顔を合わせるとなると、この先どうなってしまうのかしら」

 私のように、奴隷のようにかいがいしく尽くす旦那を持ったうちのカミさんですら、こうなのだ。

 「熟年離婚」 という言葉が盛んにマスコミで取り上げられるようになったのは、今から5~6年ぐらい前だったか。
 離婚訴訟の主たる原因は、それまで 「夫の浮気」 などという生臭い原因が多かったが、熟年離婚は、ちょいと違う。

 それまで、朝早くから会社に出かけて、帰りは遅かった夫が、定年退職を機会に、朝から晩まで家にはりついて動かない。
 起きてくればリビングのテレビは独占し、見るのはスポーツ中継かニュースだけ。
 そして、どうでもいい事件に、やたら腹を立てる。
 くわえて、朝、昼、晩 「めし」 といって、口を空けて待っているだけ。

 まず、この生活リズムの激変に、たいていの奥さんは耐え切れない。

 旦那さんからすれば、とても離婚の原因にならないような、そんなことが、奥さんにとっては、立派な離婚の動機になったりすることがある。

 つまり、奥さんから見れば、会社でどのような業績を残した夫であろうとも、家の中に入れば、 “ただの人” 。
 そういう夫が、社会から切り離されて家に居座り、しかも女房に無理解で、男としての魅力も失ってしまえば、赤ん坊よりも始末が悪い。

 一方、奥さんの方はどうかというと、旦那さんたちが外に出ている間に、近所の主婦たちとコミュニティのようなものを結成して、豊かな社会関係を構築している。
 女性同士で、お茶したり、食事したり、時には一緒に旅行に行くなど、ガールズトークを楽しんでいる。

 そういう奥さんに対して、
 「おい、お前、そんなにお洒落してどこに行くんだ?」
 と、口うるさく質問を浴びせる旦那さんは、うんざりする存在なのだ。

 せめて、何かの趣味をつくって、自分一人でも旅行に出かけたりする時間を持ってほしい。
 旦那さんに対して、そう期待する奥さんは多いようだ。

 実は、最近 「男の一人旅」 を開発テーマに掲げたキャンピングカーが密かに注目されているのも、そんな背景が絡んでいるのかもしれない。

 現在、 「キャンピングカーによる夫婦の二人旅」 はますます盛んになっているが、それと並行して、一方では、 「最近旅に誘っても、カミさんがついて来なくなってねぇ」 という旦那のつぶやきもチラホラ聞こえるようになった。

 あと、何年後になるのか。
 日本では、「一人でも充実した時間をつくれる文化」 というものが急速に求められる時代が来るような気がする。

 それは、朝日新聞が取り上げた 「孤族」 というような、寂しい一人生活ではなく、むしろ一人の時間をどうマネージメントするかということを学び、そこから再び他者とつながる回路を模索するような、プラス志向の動きになると思う。
 
 20年後の2030年には、50~60代の男性の4人に1人が一人暮らしになり、50歳男性のうち、3人に1人は未婚のまま終わるという推論も立てられているそうだ。

 マスコミは、こういう傾向を “孤独な社会の到来” という論調で染め上げるのが好きだが、孤独に対する耐性を身につけるということは、他者とのつながりを再構築するためのヒントになるはずだ。

 孤独なシニアは、もっともっとその孤独を突き詰めたらいい。
 そうすれば、人と人がつながるときに大切なものというのも分かってくるのではないか。
 妻からうとんじられる旦那さんというのは、まだ本当に 「孤独」 というものと直面していないのだ。

 だから、キャンピングカーによる旦那さんの 「一人旅」 には大いに賛成だ。

 車内のダイネットに一人で座り、外の景色など見ながら、冷蔵庫から取り出したビールを一杯あおる。
 目の前にいるはずの奥さんが、今日はいない。
 ……寂しい。
 でも、それは自由な時間を享受することにもなるはずだ。

 車内のテレビで漫然とニュースを見るよりも、そんなときはテレビのスイッチを消して、目の前にいない奥さんに対し、 “心の対話” を試みたらどうか。
 意外と、若い頃に感じて、その後忘れていた奥さんの魅力を再発見するかもしれない。
 それが、キャンピングカーによる 「二人旅」 の再出発になるはずだ。
 
 そんなことを見越して開発されたのではないかと思われるキャンピングカーが、オーエムシー (OMC) のニュー 「北斗」 である。

OMC北斗外装001

 全長4.84mのハイエースのワゴンロングをベースとしたバンコンで、その取り回しの良さから、もともと、釣り、写真、天体観測などのベース基地として使う男性の一人旅用キャンピングカーとして人気のあったクルマだ。

 もちろん、もとは夫婦の 「二人旅」 車両として開発されたクルマだから、初期のモデルは、ベッド展開のできるロングソファーの上に、さらに上段ベッドを設定できるようになっていた。

 しかし、このクルマに関しては、意外とシングルで使っているケースが多いことに、開発陣は気づいた。
 
 確かに、 「二人用」 のクルマではあるが、レイアウトや家具の質感などに、どことなく “男の隠れ家” 的な風情がある。
 そのため、この車両に関しては、けっこう自由きままな一人旅を満喫する男性たちが多かったのだ。

北斗内装4682

 今年開発されたニュー 「北斗」 (↑) は、一人旅の満足感をよりストレートに追求したものになっている。
 そのため、2段ベッドの採用も控え、家具色もダークなものにして、男好みのテイストを意識したコーディネートがなされた。
 ソファーもステッチ縫いや飾り縫いを施した質感の高いもの。さらに、本革シート(op.) も用意されるなど、充実した “男の個室” を満喫できる仕様が実現されている。

北斗内装4686

北斗内装4696

 キャッチは、ずばり 「シングルユース」 。
 「シングルオンリー」 と謳っていないところがミソ。
 一人で使ったときの充実感を大切にしながら、二人旅のキャパシティも完璧に満たした車両であるとのこと。

 もちろん、ソファーをベッドメイクしたときのサイズは1,900×1,250㎜だから、実質的には二人分の就寝スペースが確保されている。

北斗内装052

 オーエムシーの大間社長は、
 「ホテルに例えれば、ダブルベッドやツインベッドの部屋を、一人で贅沢に使うとことを想定してもらえればいい」
 と語る。

OMC大間社長

 「シングルユース」 を広告展開にも堂々と謳ったキャンピングカーは、この北斗がはじめてだが、実際には、キャンピングカーを一人で使いたいというニーズはそうとう前から高まっており、キャンピングカー販売店のスタッフたちも、最近はそのような事例を目にする機会が増えたとよく口にする。

 さらに、そのような一人旅ユーザーが、道の駅やキャンプ場などで、同じような旅を楽しむユーザーと出会い、そこで一杯酌み交わしながらキャンピングカー談義にふけるなどという話も耳にするようになった。

 見ず知らずの男同士でも、キャンピングカー仲間なら会話も弾む。
 そのような気のおけない会話の中で、自分たちの人生を振り返ったり、お互いの趣味を確認し合ったりする人たちが最近は多いらしい。

 男たちは、キャンピングカーを通じて、ようやく仕事を離れた場所での社会性を身につけるようになってきたのだ。

 定年退職後の旦那さんと奥さんの気持ちのスレ違いは、この 「仕事を離れた場所」 での “社会性” のあるなしから生じることが多い。

 あと数年もしたら、シングル族たちの、このようなキャンピングカーを媒介にした新しいコミュニケーション空間のことがきっと話題になってくるだろう。

 そのようにして、職場とは異なる人間関係の結び方を学んだ男たちが家に戻ってきたとき、キャンピングカーによる 「夫婦二人のくるま旅」 は、また新しい局面を迎えると思う。



campingcar | 投稿者 町田編集長 00:18 | コメント(2)| トラックバック(0)

アレクサンドリア

 エジプトに 「アレクサンドリア」 という街がある。
 紀元前に、マケドニアのアレクサンダー大王が建設した都市で、古代より地中海貿易の要所として栄えた。

 ローマ帝国に併合されていた時代には、文学、歴史、地理学、数学、天文学、医学などの諸学問の栄える古代北アフリカ最大の文明都市となっていた。

 そのローマ帝国の末期、その街で、ヒュパティアという女性科学者が活躍していた。
 哲学者であり、天文学者でもあった。
 一説によると、この時代において、すでに、後にコペルニクスの唱えた 「地動説」 をイメージできるような感受性を備えた女性であったらしい。

 そんな彼女の生涯をテーマにした映画が公開された。
 タイトルは 『アレクサンドリア』 (原題アゴラ) 。

映画アレクサンドリア

 見たいんだけど、この時期はちょっと無理。
 DVD化されてから見ることになるだろう。

 なんでこの映画が気になったかというと、ここでは彼女が、キリスト教徒の迫害によって無残な最期を遂げる、と紹介されていたからだ。

 昔から、古代ローマ帝国を舞台に選んだ歴史劇は、キリスト教徒が迫害されるシーンをさんざん撮り尽くしてきたが、ここでは逆転されている。
 “開かれた学問” を目指す知的な女性が、逆にキリスト教徒から迫害されるのだ。

 紀元400年代の地中海世界では、すでにローマ帝国によって “国教化” されていたキリスト教による宗教体系・文化体系の書き換えがものすごい勢いで進んでいた。
 キリスト教化された人々は、それまでの古代文明を 「異教的で背徳的な文明である」 という理由で、ことごとく排撃し、それまでの文化施設を破壊し始めていた。

 それまでのローマ帝国の文化というのは、多神教を背景にした “何でもあり” の世界だった。
 いわば 「価値の多元化」 が認められた社会なわけで、科学や天文学、哲学などの隆盛も、価値の多元化を認める人々の自由な精神によって支えられたものだった。

 だが、この時代のキリスト教は、 “神の教える一つの真実” 以外のものを認めなかった。
 極端に原理主義的だったのである。それは、ある意味で 「科学」 を否定するものであり、 「哲学」 を封じ込めるものであった。

 人間が、この世に起こる不可思議な現象に対して、 「なぜ?」 と考えることは、神の創った世界を疑うことである。
 したがって、この世に 「疑問」 や 「懐疑」 はあってはならない。

 だから、 「科学を支える精神は人間の自由にある」 と説く女性学者ヒュパティアの思想は、その時代のキリスト教徒たちから見れば、忌むべき異端の思想だったのだろう。

 この 『アレクサンドリア』 という映画のレビューを読んで、まず思い出したのは、辻邦生の書いた 『背教者ユリアヌス』 という小説である。

 ユリアヌスは、キリスト教国家となったローマ帝国の皇帝でありながら、キリスト教化された宗教・文化体系になじめず、ギリシャ・ローマ時代の宗教を復活させ、キリスト教徒によって破壊された古代の神殿を次々と再建していった人である。
 彼は、価値の多元化を認める古代宗教の精神を尊いものとして、それを認めないキリスト教聖職者の持っていたさまざまな特権を取り上げた。

 当然、当時のキリスト教会の実力者との暗闘が始まる。
 キリスト教徒側からすれば、ユリアヌスは、 「時代に逆行する野蛮な暴君」 であった。
 もちろん、彼の “宗教革命” が成就しなかったのは、キリスト教教義が全ヨーロッパを覆っていったという、その後の歴史が証明するとおりである。

 この小説は感動的であった。
 宗教と哲学、宗教と思想を考えるときの原点となるような物語だと思った。
 映画 『アレクサンドリア』 に注目したのは、テーマが同じだという期待があるからだ。

 ヒュパティアを惨殺し、ユリアヌスの業績を葬り去ったキリスト教的世界は、その後ヨーロッパをどう変えたのか。

 「暗黒時代」 といわれる中世をもたらした。

 この時代、無知であること、貧しいことが美徳とされ、ギリシャ・ローマの古典文学は焼かれるか、捨てられるかして消滅させられ、古代文明の遺跡は 「悪魔の宮殿」 とされて、近づく者すらいなかった。

 しかし、……と思うのだ。

 全ヨーロッパを襲ったキリスト教的な世界観というのは、やはり、それまでの人間が抱いたこともなかったような、まったく新しい認識を人間にもたらしたように思う。

 それは、
 「世の中の真実は、人間の観察力とか認識力を離れたところに存在している」
 という考え方であった。

 つまり、絶対的な神でしか知りえない真実。
 そのような真実の前に、ただただ人間は真摯に向きあうしかないという姿勢を取ることを、キリスト教文明は諭した。

 このような考え方は、人間をどう変えたか。

 「いま目の前に起こっていることには、必ず “裏がある” 」
 と考えるようなクセを人間に強いた。

 「裏」 とは、人間の認識力とか観察力を超えたところに存在する “真実” のことである。

 「人間」 が主体であった古代文明社会において、この世に 「裏に隠された真実」 はなかった。
 卓越した観察者の主観が、 「真実」 の全てだった。

 しかし、 「この世には (神しか知りえないような) 人間には見えない真実がある」 という思考パターンは、ある意味、キリスト教が排斥しようとした 「科学の目」 を、逆に育てることになった。

 ここが面白いところだ。

 われわれは、ともすると 「宗教と科学は対立するものだ」 という先入観を抱きがちだが、近代科学というのは、実は、キリスト教的な思考パターンがもたらしたものともいえるのだ。

 神のつくる世界は無謬である。
 それは、完璧な合理主義に貫かれた世界であり、未熟なまま生まれた無知な人間は、その合理性に到達できない。
 そのような、ヨーロッパ人のキリスト者としての “謙虚さ” が、神の合理性を肯定する気持ちを醸成し、それがやがて、近代合理主義をはぐくむ土壌を形成していく。

 こうして醸成された思考パターンの例は、われわれの日常生活の中に、ごく当たり前のように定着している。
 たとえば、推理ドラマとか、サスペンスとかいわれる娯楽形式。

 “真犯人” は、かならず普通の人間の観察力とか推理力を離れたところに存在している。最初に出てくる、いかにも犯人らしい犯人というのは、実は真犯人ではない。
 普通の人間の努力では到達できないような走査方法とか、推理力を働かした超人でなければ、その 「真犯人」 には到達できない。

 そういう思考パターンというのは、きわめてキリスト教的であり、サスペンスという娯楽形式は、まさに神のドラマなのだ。

 20世紀の心理学に決定的な影響を及ぼしたフロイトの精神分析も、神のドラマだった。
 彼の精神分析学では、人間の心の中には、その人でも到達できない “心の闇”が存在しているとされる。

 それをフロイトは 「無意識」 と呼んだが、このような無意識の世界が見出されたというのも、まさに、 「真実は、人間の認識力とか観察力を超えたところに存在する」 というキリスト教的思考パターンがもたらしたものだといえそうだ。

 これはやはり、多神教的な宗教を持った文明圏からは出てこない発想だ。
 なぜなら、多神教的な世界観では、あらゆる価値が等価であり、どんな “真実” が乱立しようとも、それぞれが尊重されるからだ。

 「合理性」 を求めるという意識は、真実は一つしかないという思考を生むから、多神教文明からは、今われわれが知っているような 「近代合理主義」 は生まれない。
 もちろん、 「近代科学」 も生まれない。

 皮肉なことに、古代アレクサンドリアでキリスト教徒の迫害を受けたヒュパティアの試みは、キリスト教化された後世の人間たちによって完成されたのだ。
 
 ただ、そのようなキリスト教的な合理主義が、人間に幸せをもたらせたかどうか、ということは、また別問題である。

 「真実は一つ」 と説く神の合理性は、確かにヨーロッパ人たちに浸透し、結果的に、それが現代文明の主流を形成するに至ったが、そういう世界に生きているわれわれは、それだけで幸せになれたのか。
 
 「この世には、どのような真実もありうる」
 と考えた方が、生きていく上では楽ではないのか? とも思うのだけれど…。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 15:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

AtoZのバンビ

 真後ろにエントランスドアを持ってきたキャブコンは、意外と少ない。
 トラックキャンパー (ピックアップキャビン) は例外なくこのスタイルだが、それはトラックの荷台にキャビンを積載するという性格上、必然的にその形を取らざるを得ないわけで、これは分かる。

 しかし、キャブコンになると、ほとんど見かけない。
 なんでだろう?
 …と思う。

 自分の乗っているキャンピングカーが、まさにこのバックエントランスモデル。
 それだけに、その使い勝手の良さは“折り紙付き”だと思うのだけれど、ごく少数のキャブコンを除くと、あまり “同士” がいない。

 だから、同じバックエントランスの仲間を見ると、それだけで、抱擁を交わして頬ずりしたくなる。

 このバックエントランスの利点は、レイアウトの自由度を生かしたスペース効率の良さにある。
 なにしろ、フロント側にせよ、リヤ側にせよ、サイドパネルにドアをつけると、ステップの面積も含め、それだけでデッドスペースが生まれる。

 それを解消するのがバックエントランス・スタイル。
 ドアをダイネットから遠ざけることによって、リビングに広がりを持たせることができるし、かなり長めのサイドソファーを置くことも可能だ。

 ボディ長のあるクルマなら、扉をどこに設けようが、室内のゆとりは確保できるだろうけれど、5m程度のキャブコンの場合、バックエントランスを実現することによって得られるダイネットの解放感は筆舌に尽くしがたい。

 もちろん、リヤ2段ベッドなどは組めないので、夫婦・親子がダイネットを崩さずに就寝するなどという芸当はできない。
 また、入口がオーニングの下に来ない…とか、リヤにサイクルキャリアが積めない…などというデメリットも生まれる。

 しかし、使っている自分から見ると、たいした問題じゃない。
 そのようなことよりも、ボディが小さくても広々したリビングが取れるということのメリットの方がよほど大きい。
 また、横側の扉がすべて開かないような狭い駐車スペースに押し込んだ時に、真後ろから出入りできるというのは、意外と便利なのだ。

 そんなわけで、バックエントランスの自分のクルマに無類の愛着を感じている私は、同じような設計思想のクルマに出会うと、やっぱりうれしい。
 「身内」 、ないしは 「仲間」 という意識が生まれる。

 その仲間の一人が、AtoZ (エートゥゼット) さんのバンビ。

バンビ5282

 同社は、すでにアミティRRで、このバックエントランスモデルを成功させている。

 ただ、さすがにボンゴのボディ長では、前向きシートを入れることはかなわず、サイドパネルを背にテーブルを挟むという変形ダイネットの形に収めた。
 もちろん、これはヨーロッパ高級車にもあるスタイルだから、広さは取れるし、ゆったり感も生まれる。

 しかし、基本的には横座りシートなので、 「夫婦2人用」 。家族が数人いた場合は、走行中には横座りで移動しなければならない人が出てくる。
 そこで、ボディ長にゆとりのある日産アトラスを使い、走行中は前向きになるセカンドシートを確保したのが、このアトラスベースのバンビなのだ。

バンビ5285
 
 よくできたクルマである。
 ダイネット周りの解放感を実現するために、縦方向に伸びる家具類を全部リヤ側の通路に振り分けて集中させた。

バンビ3748

 バックエントランスから入ると、右がカセットトイレの装着も可能なマルチルーム。
 左はクローゼット。
 クローゼットの隣には、引き出しに小分けされた室内収納が並ぶ。
 収納の上は、40リットル冷蔵庫。
 その上が電子レンジ。

 生活機能を全部リヤ側に回したので、ダイネットには、応接間的な 「ゆとり」 と 「贅沢さ」 が加わった。そのため 「リビング」 、あるいは 「サロン」 という言葉がふさわしい雰囲気が生まれている。

バンビ3763

 実は、このクルマには新しい試みがある。
 キッチン手前まで土足で上がっていけるように、床にFRP製のトレーが敷かれているのだ。

 これは、どうしても入口周りに広いステップと下駄箱を確保しづらいバックエントランスの弱点を補うもの。
 このFRP製トレーが、ちょうど家屋の“玄関”の役目を果たしており、そこが靴置き場となる。

 実は、私の場合はもっと徹底しており、通路は全部マットで埋めて、 「オール土足OK」 にした。自動車用ゴム製フロアマットを通路幅に合わせて切り、それをつなげたのだ。
 だから、バックドアから土足で入り、そのまま運転席に座って走り出すことができる。
 汚れたら洗えるので、少々泥のついた靴で上がっても犬がオシッコを漏らしても大丈夫。おかけで、マット下のカーペットは新品同様である。

 バンビの場合は、FRPトレーが冷蔵庫の先で途切れるが、野外から冷たい飲み物などを冷蔵庫に取りに入ったときなど、そこまでは土足で上がれる。
 同社はアミティRRにも、同様のトレーを開発したという。

 バンテックのコルド・ランディというキャブコンも、開発スタッフが “土間” と名づけるくらいの広々としたFRP製トレーをドア内側に設けている。

 このような 「土足OKスペース」 は、こらからじわじわっと日本のキャブコンにも広がっていくかもしれない。
 子供と犬がいれば、そういうスペースの 「ありがたみ」 も分かってくるからね。


campingcar | 投稿者 町田編集長 20:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

かるキャン

 軽自動車をベースにした 「軽キャンピングカー」 というのは、まさに日本独自の文化である。
 これこそ 「茶室」 や 「盆栽」 といったような、 “広大な宇宙を極小の世界に封じ込める” という日本的な精神風土を抜きにしては考えられない世界かもしれない。

 特に、最近の軽キャンピングカーの内装を見ると、日本人のひらめきとワザを注入し、それこそ 「巧緻を極める」 という言葉がピッタリの作り込みを行っているものが多い。
 搭載家具や装備品に凝る、という意味ではなく、使い勝手を追求するためのアイデアの生かし方が、巧緻を極めているのだ。

 そのような例の筆頭が、コイズミの 「かるキャン」 である。

かるキャン外装001

 デビューは2009年春の 「大阪アウトドアフェスティバル」 。
 一般の来場者が会場に入る前から、すでに出展業者たちの間では、この 「かるキャン」 の話題で持ちきりだった。

かるキャン外装002

 「軽自動車ベースでありながら、室内が横方向に広がるスライドアウト機構を持っている」
 「のみならず天井が持ち上がり、軽自動車の荷室に、あたかも “三角屋根のバンガロー” のような建物が出現する」

 「へぇー! じゃ俺も見に行こうか」

 会場の出展業者さんたちのほとんどは、接客の合間をぬって 「かるキャン」 のブースに足を運んだはずである。

 なにしろ、走行中の状態は、全長3,395mm、全幅1,475mm、全高1,930mm。
 軽自動車の規格を完璧に満たしている。

 なのに、シェル部分を手巻き式のルーフアップウィンチを使って拡張すると、全長こそ変わらないものの、全幅は2,090mm、全高は2,860mmまで拡張される。室内幅でいえば、695mmの延長となり、室内高は870mmアップされることになる。

かるキャン内装001

 軽規格を満たしながら、なんと広々とした空間が実現されたことか。
 夫婦2人の用のクルマながら、軽キャンピングカーにおいては最も贅沢な室内空間を持つ “2人旅” のクルマが誕生したことになる。

かるキャン内装002

 あれから3年。
 当初は、ディテールの仕上げよりもアイデアのユニークさが先行したクルマだったが、その後、時を重ねるたびに細かいところのリファインが徹底され、現在はきわめて実用性・信頼性の高い仕上がりを示すようになった。

 このクルマの開発を手がけた株式会社コイズミの宮田芳孝部長は語る。

コイズミ宮田部長

 「開発時にいちばん悩んでいたのは、実は、室内を拡張したときの “隙間” だったんです。合わせ目から忍びこんでくる空気をどうしようもできなかったんですね。
 しかし、その後ブラシを付けてみたり、内側からカバーを張ってボタンで止めるような改良を施してみたりと快適性の追求に励みました。今はさらに効果的な方法を思いついています」

 このような “隙間対策” をはじめ、金属部分がむき出しになっていたスライドレールなどにも植毛塗装を施すなど、 「かるキャン」 のクオリティ感・グレード感は日増しに上がった。
 その努力が評価され、2010年には日本産業デザイン振興会が審査する 「グッドデザイン賞」 を受賞している。

かるキャンルーミー室内
▲ かるキャンルーミー

 2011年の幕張ショーから新バージョンの 「ルーミー」 が加わった。
 これは、スタンダードタイプにあったキッチンカウンターをレスし、その分、フロアベッドの広さを追求したもの。夫婦2人なら、ごろごろと寝返りを打って寝られるという広いベッドが売りだ。
 キッチンカウンターのほか、上段ベッドもレスされているので、価格的にも買いやすくなっている。
 ちなみに、スタンダード仕様の 「かるキャン」 は、税込み259.6万円。

 今、宮田部長が力を入れているのは、このクルマをさらに面白く使いこなすためのソフトづくりだ。

 彼は、
 「購入することが、必ずしもベストだとは思っていない」
 という。

 「それよりも、まず最初はレンタカーとして使ってみては?」
 というのだ。

 現に、コイズミでは、岡山と香川に8店舗の営業所を構える 「平成レンタカー」 という会社と提携を結び、そこにレンタカーとしての 「かるキャン」 を提供している。
 1日単位の基本料金は、平日8,000円、金・土・日・祝日は9,000円 (いずれも税込み) 。

 宮田さんはそのレンタカーを、岡山から遠く離れた、東京や神奈川の旅行者にも使ってもらいたいと思っている。

 「軽キャンピングカーの良さは、なんといっても小回りの良さと駐車場を選ばないことですから、古い温泉街や観光地を回るにはピッタリなんです。
 その代わり、高速道路を延々と走るような長距離走行には、あまり向かない。
 だから、岡山や香川までは列車やバスを使い、現地で軽キャンピングカーのレンタカーを借りるというのが、一番合理的なんです」
 と宮田氏はいう。

 四国といえば、ここのところ 「八十八ヵ所の霊場めぐり」 が人気を呼び、徒歩で訪れる人のみならず、団体バス、自転車、オートバイで回る人も増えている。
 自動車でチャレンジする人も多く、自動車ルートをたどるときの専門書まであるくらいだ。

 ところが、本来は徒歩で巡礼する場所であるから、おしなべて道は狭い。
 5×2mまでのキャブコンならば行けないこともないが、そうとう冷や汗をかく場所も出てくる。

 しかし、走行時は普通の乗用車よりも小さい 「かるキャン」 なら、まったく問題がない。
 かつ、霊場付近の駐車場で車中泊を行う場合は、キャブコンのリビングほどのゆったりした居住スペースを享受できる。

かるキャン内装003

 「そのような旅が面白いと思った方に、このかるキャンを買っていただきたい。
 とにかく、まず使ったことのない方に、 “かるキャン旅行” を経験してもらうのが一番だと思っています」

 それには、 「最初はレンタカーから…」 というのが、宮田さんのスタンスなのだ。

 だから逆に、西日本から東日本に遊びに来た人たちのために、コイズミ本社 (東京・板橋区) では、 「わ」 ナンバーの 「かるキャン」 を2台用意している。料金は、 「平成レンタカー」 と同じだそうだ。

 キャンピングカー人口のすそ野を広げるという意味で、このようなレンタルキャンピングカーシステムというのは、なかなかいいかもしれない。

 実際、乗用車の経験しか持っていない人がキャンピングカーの使い勝手を想像するのは難しい。
 レンタルキャンピングカーは、そういう人たちに試乗のチャンスを与え、結果的にファンを増やしていくことになるかもしれない。


campingcar | 投稿者 町田編集長 18:39 | コメント(2)| トラックバック(0)
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