町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
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世界中に5億人を超え…
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町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
ムーンライト 03/12 16:25
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ハーレーの魔力

 この前、名古屋のキャンピングカーショーの取材に行き、ついでに隣りで開催されていたハーレーダビッドソンのイベントも覗いてみた。

ハーレーイベント看板

 キャンピングカーショーと、客層がそんなに変わらないんだな。
 圧倒的に、シニアの姿が目立つ。

 熟年夫婦といった感じのカップルもいて、キャンピングカーショーから流れてきた人たちかな…と思ったら、ハーレーのロゴを背中に貼り付けた革ジャンのペアルックだったり…という感じだ。
 
 世代的には、どちらのイベントもほぼ似たような客層だという気がしたのだが、ファッション的な違いがあるとしたら、ハーレー組は、着ているものがみな黒っぽい。

ハーレーイベント見学客

 ヘルスエンジェルスとかを気取っているのだろうか。
 革ジャンにジーンズで決めたスキンヘッドのオジサンが、鎖をがちゃがちゃ鳴らしながら、のっしのっしと歩いていたりすると、ちょっと怖い。

 まぁ、そういう人も、普段はきさくなサラリーマンだったり、商店の店主だったりするのだろうけれど、せっかくのハレのイベントなんだから、昔、あこがれながら成りきれなかった 「不良」 を気取ってみるか … というところなのかもしれない。

ハーレーイベントアトラクション

 会場には、ステッペンウルフの 「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」 が流れていたりするところをみると、主催者も、青春時代に 『イージーライダー』 にハマった人たちを対象としている感じだ。
 ロックとモーターサイクルを、当時の 「若者の神器」 にしたという意味で、確かに、あれは象徴的な映画だった。
 ハーレーは、いいマーケットを得たと思う。

ハーレーカスタム001

 それにしても、ハーレーというのは、ちょっと妖気が漂うような、エロチックな魅力を秘めたバイクだ。
 特に、カスタムメイドのものを見ていると、背筋にゾクっと戦慄が走る。

 あの厚く盛られたクロームメッキの下に 「生命」 が封じ込められているという雰囲気があるのだ。

 生命を持ったメカ。

 そんな妖しげな空気をまき散らす 「機械」 なんて、めったにあるものではない。
 それはどこか映画 『エイリアン1』 で、H・R・ギーガーがデザイしたエイリアンや、彼らが乗っていた宇宙船のデザインに共通したものがある。

ギーガーのデザイン002

 これにまたがって、あのドロン ドロン ドロンと野太く脈打つ、悪魔のワルツに直撃されれば、男の子だったらみなクラクラするだろう。

 腹の底に、異界のリズムが流れ込む。

 原始の世界に溢れていた呪術的な鼓動を、現代の荒々しいメカニズムが呼び覚ます。
 まさに、ハーレーは、あの世とこの世をトランスするシャーマン (呪術師) のマシンだ。

 こいつにハマって抜けられなくなるオヤジが輩出するのも、分かるような気がする。

ハーレーダビットソン002

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

パークウェイ

 キャンピングカー購買層が世代変わりして、日常使いもキャンピングも同じウエイトでこなす “全方位型” のキャンパーが主流になりつつある。
 もちろん主役はバンコンだ。

 とはいっても、現在このバンコンの世界は、地球上の生命が爆発的にふくれあがったカンブリア紀の海底さながらに、豊穣な生命力を帯びた “新種” たちの激しい競争の場と化している。

 おそらくバンコンは、いま日本のキャンピングカー史が始まって以来のメガコンペティションの時代を迎えているのではないか。

ジャパンキャンピングカーショー2011

 カンブリア紀の海では、最終的に食物連鎖の頂点に立ったのは、アノマロカリスという強力な捕食肢を持つ巨大生物だったが、バンコンの世界では、まだそのような頂点に君臨する車種は登場していない。
 それだけに、どのようなスタイルが次の時代に生き残るかを賭けて、それぞれのバンコンが、秘術を尽くしながら独自の 「進化の系」 をたどろうとしているように思える。

 たぶん生き残りを決めるのは、案外オーソドックなスタイルのものではないか。
 そんな気がする。

 というのは、生物の世界では、あまりにも特殊な能力を極めたものが生き残れた試しがないからだ。
 飛び抜けた能力を身につけて、ある時代に頂点に登り詰めた “絶対的君主” は、その特殊な能力が、逆にアダとなり、最後は、何でもそこそこにこなすオールラウンドプレイヤーたちの後塵を拝することになる。

 たぶん、バンコンの世界でも同じようなことが起こる。

 ワゴン機能をしっかりと保持し、寝るときのベッド機能も完璧に備え、そしてそこそこの荷室スペースを確保したクルマ。
 さらにストレスのない走りと、快適な乗り心地。
 もちろん、居住性と取り回しのバランスも大事。
 そのようにして、できるかぎり “死角” をつぶしていったクルマ。

 それが、バンコン界の 「ほ乳類」 となる。

 地球上に生まれたあらゆる生物の中で、最後にほ乳類が天下を取れたのは、傑出した武器こそ持たなかったが、それをトータルバランスでしのぐ総合力を持っていたからだ。

 意味のない前振りがあまりにも長かったけれど、レクビィが昨年の秋にリリースしたパークウェイ (Parkway) というバンコンが、そのひとつの例になるということを書きたかった。

パークウェイ外装001

 パークウェイは、それを開発した同社の増田浩一社長によると、 「パッと見の訴求力に乏しいクルマ」 だという。
 確かに、見たとおりの第一印象は、やたら大きなセカンドシートが目立つだけの 「ワゴンライクに使えるバンコンバージョン」 。

パークウェイ内装003

 しかし、このシートがただものではない。
 座りごこち、耐久性、操作性の良さなどが高度にバランスされたワークボックスのREVO (レボ) シートに、レクビィ独自のアイデアが練り込まれた特製シートが採用されているのだ。
 だから、高さも、成型方法も、ハイバックの構造もメーカーメイドのキャンピングカーであるかのように、ピタリと決まる。

 パークウェイのベース車は、ハイエースのミドルルーフのロングワゴン。
 だから、乗用車からそのまま乗り継いだユーザーにとっても、走りの違和感がない。

 ワゴンベースとなれば、シートの構造基準がものすごくシビアになる。
 ところがこのシートは、技術基準適合試験実施済みの信頼性に富んだもの。
 そこのところが、ただの 「ワゴンライクなキャンパー」 にとどまらない、工業製品としての安心感をこのクルマに与えている。

パークウェイ内装002

 全長4,840mm、全幅1,880mm、全高2,100mm。
 都会を走り抜けるには、まったくストレスのないサイズなので、奥さまの買い物の足として十分に使える。
 高さ制限のある駐車場も、ほとんどクリアできるので、日常使いにはまったく支障がない。

 リヤ側に設置されたキッチンの前は、床下収納になっており、そこで1600mmの天井高が取れているから、もちろん8ナンバー登録の純然たるキャンピングカー。
 昔のように税金面、保健面でのメリットは少なくなったが、やはりリセールバリューは大きい。

パークウェイリヤ床下収納

 乗車定員は8名、就寝定員は大人3名。
 セカンドシートは140mm幅のゆったりした3人掛け。両側には3点式シートベルトが標準装備される。
 サードシートは、セカンドシートよりも狭いが、120mm幅なので3人乗車も可能。
 リヤ側のキッチンカウンターと冷蔵庫カウンターの間にベッドボードを渡せば、子供用のエキストラベッド(op.)が生まれる。

 サードシートを前側にスライドさせると、リヤには広々としたカーゴスペース。
 まさに、 「乗って、寝て、積んで」 の総合バランスに長けた実用的バンコンの優等生だ。

 こういうバンコンは、いったいどのようなユーザー層を意識しているのだろうか。

 増田浩一社長がいうには、ずばり 「40歳代の子育てファミリー」 。
 車両価格の436万8千円 (税込み) という価格も、資力の多くを子育てに費やさなければならない人たちの負担にならないように、ぎりぎりに抑えているとか。

パークウェイ内装001

 ただ、そういう世代には “追い風” があるように思う。
 それは、彼らには、まだ比較的裕福な親世代が、しかも健康に暮らしているケースが多いからだ。
 だから、 「親孝行」 をテーマに掲げていけば、親との共同購入という手がないわけではない。
 
 そこで生きてくるのが、ワゴンとしての快適な前向き乗車を可能にする8人の乗車定員。
 祖父、祖母、息子、嫁に、孫が4人までOK。
 休日に、3世代で行楽に出かけるにはまたとない設定なのだ。

 折しも、高齢な親を持つ世代が増加するなか、親孝行をテーマにした書籍やドラマがブームを起こしている。
 親孝行実行委員会がつくった 『親がしぬまでにしたい55のこと』 は、10万部を超えるベストセラーになった。
 みうらじゅん氏の書いた 『親孝行プレイ』 もドラマ化されて話題を呼んだ。

 核家族化が蔓延し、家族の孤立化が進んだ高度成長期からバブルの時代を経て、いま 「親孝行」 は、再び人間の生き方に希望を与える新しい指標となっている。

 だからこそ、
 「3世代が仲良く使えるバンコン」
 はキャンピングカーの “ほ乳類” として生き延びることになる。

 そしてそれが、熾烈なメガコンペティションを生き抜くバンコンのなかで、ひときわ強いメッセージ性を放つように思う。


campingcar | 投稿者 町田編集長 18:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

CG880

 この2月11日から千葉県の幕張メッセで開かれた 「ジャパン・キャンピングカーショー」 で、来場者の注目を一身に集めたひとつのクルマがあった。
 秋田県のビルダーであるファーストカスタムが製作した 「CG880.Value Ground Runner (バリューグランナー) 」 というキャブコンだ。

CG880外装左側面001

 ベース車は、日野レンジャー4tキャブオーバー。
 排気量は6,400cc、最高出力210ps。
 全長8,845mm、全幅2,430mm、全高3,065mm。
 体躯だけみると、堂々たる欧米モーターホーム並みのボディが実現されている。

 価格は、2,800万円。
 同ショーで展示されたマックレーの 「ファビュラス」 と、ほぼ金額的にも設計構想の雄大さにおいても並ぶ “日本車離れ” したキャンピングカーであった。

 ショーの搬入日、雪の積もった秋田工場を出て、吹雪の高速道路をひたすら走り、夕暮れ時にようやく会場に到着したCG880の雄姿を、私は忘れることができない。
 それはまるで、突然地球にその姿を現したUFOの “来迎” であった。

CG880外装右スライドアウト002

 うれしいことに、運転していた佐藤社長は、私の姿を認め、真っ先にその室内に招き入れてくれた。

 スライドアウト機構を採用した同車は、そのリビングの広さだけでも度肝を抜いた。
 スライド幅は500mmだというから、それほど大げさな室内拡張ではない。
 しかし、横幅をめいっぱい広げると、室内幅は2.5mほどになる。
 それだけで、 「部屋」 なのだ。
 「ダイネット」 ではなく、 「リビング」 なのである。

CG880室内002

 しかも、その家具の風合い、搭載装備のデザイン含め、そこに 「日本のキャンピングカー」 があった。
 アメ車のテイストでもなく、ヨーロッパデザインの踏襲でもなく、日本人の創った日本のモダンデザインが貫かれていた。

CG880室内003

 しかし、ひとつひとつの装備には、現在世界で最も信頼のおける機構が採用されているという。
 目玉となるスライドアウト機構も、それを生産しているアメリカのメーカーと直にコンタクトを取り、サイズに合わせて特注している。
 揺れ止めの油圧電動式のレベリングジャッキもアメリカ製。
 
 主要な部品の多くは、欧米のトップクラスの物によって占められているが、それもダイレクトに仕入れるルートを開拓しているため、コストそのものは圧縮されている。
 逆にいえば、圧縮したコストにより、より高品質・高機能なパーツが採用されているという言い方もできる。

CG880室内ベッド004

 リヤのパーマネントベッド (↑) は、世界最大級を誇るヨーロッパのベッドメーカーシモンズ製。
 オーニングは、クロスターの電動オーニングで、サンシェードが内蔵されている高機能タイプ。

 空調システムも巧緻を極める。
 フローリングの下は一般住宅にも使われる高機能床暖房。さらに、燃焼式FFヒーターも装備。
 それに加え、ビルトインタイプの車両用ルームエアコン。もちろん走行中のクーラー&ヒーターも標準装備されている。

CG880室内液晶パネル

 いちばんの自慢は、クルマの置かれている状況が一目でチェックできる液晶タッチ式スイッチパネル (↑) 。
 FFヒーターのサーモコントロールもタイマーコントロールも、エントランスドアの上側にセッティングされた集中パネルですべて一括制御できる。
 これが、すべてビジュアル表示で、しかも日本語対応。
 高級輸入車などにはその汎用品が使われているが、これはそれをベースに、ファーストカスタムが独自にプログラムを組んだオリジナル。機構そのものを一から組み上げていけば40~50万はかかるだろうというものだ。

 リビングにも、ベッドルームにも、ブルーレイ対応のテレビモニターが付く。
 最新装備と、 「和」 のテイストをも意識したモダンインテリア。
 日本のキャンピングカーもここまで来たか…という感慨が浮かぶ。

CG880室内005

 「市場を意識したものではなく、あくまでも自分の趣味を極めたものを造ってみたかった」
 と、佐藤社長はいう。
 「自分にはコスト意識よりも、表現衝動のようなものが勝っているようだ」
 と、アーチストのような告白をする佐藤氏の表情には、ひとつの達成感のようなものが漂っていた。

CG880ファーストカスタム佐藤社長

 「装備ひとつを選ぶ場合も、プライオリティを考えると、普通の経営者ならまず “コスト” を最初に意識するかもしれません。
 しかし、自分の場合はまず、機能、そして質感。使われる方の満足度。そんなものが頭に浮かぶんです。
 だから、採用を決めた部品の値段をみて、“えっ、これ普通のものの5倍もするの?” などと驚くことがある」
 と、佐藤氏は笑う。

 そうじゃないと、こういうクルマは誕生しないかもしれない。

 このクルマが、日本のキャンピングカーづくりにどのような影響を与えるのか、今はまだ分からない。
 しかし、確実にいえることは、これが日本のキャンピングカー産業のすそ野を広げることは間違いないということだ。

 「すそ野を広げる」 ということは、誰にも買いやすい価格帯のキャンピングカーを量産するだけでは実現しない。
 富士山の姿を見れば分かるように、広大なすそ野は、頂点が高くつり上がっていくことによって達成される。

CG880室内006

 佐藤社長が招き入れてくれたCG880の室内で、私は 「こびない精神」 という言葉を頭の中で浮かべていた。
 
 いろいろな高機能・最新装備を説明してくれる佐藤氏。
 しかし、その説明には、 「これだけいろいろな装備が付いていて、お買い得ですよ~」 というようなコビは、ひとつもない。
 自分の理想を追求することに熱心な、ある意味、少年のような無邪気さがあった。

 フィールドライフの福島社長も言っていた 「誠の職人は、真っ直ぐに夢を追い続けるだけで満足」 という言葉が浮かんだ。
 「職人の矜持 (きょうじ) 」 といってもいいのだろう。

 売るためにこびない。
 しかし、その 「こびない精神」 が、これからの日本のキャンピングカー産業の根幹を支える。

CG880見学者の行列
▲ CG880の前には連日室内を見学しようという人たちの行列ができた

campingcar | 投稿者 町田編集長 13:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

忙しいぞぉ!

 ちょっと油断すると、あっという間にブログの更新が滞ってしまう。
 書くネタがなかったわけではない。
 逆にありすぎて、てんやわんや状態だったのである。

 幕張の 「ジャパン・キャンピングカーショー2011」 が終わり、そこで仕入れたネタの量がハンパじゃないのだ。
 だから、ひとつずつ紹介したくてウズウズしちゃうのだけれど、それをまとめるのが大変だった。

▼ ジャパンキャンピングカーショー会場風景
ジャパンキャンピングカーショー2011

 なにしろ、記憶に残っているうちに、取材した内容の基礎的なメモを整理しなければならない。
 これがけっこう忙しい作業なのだ。
 展示された車両の概要を記録するだけでなく、それを開発した人たちのちょっとした雑談などが、けっこう重要だったりする。

 キャンピングカーは、普通の乗用車と違って、いわば人間の “ライフスタイル” の提案という要素がけっこう大きな比重を占める。
 ライフスタイルだから、そこに 「人間」 がいる。

 「人間がいる」 ということは、どこかで 「人生」 とか 「哲学」 とかいう問題とも触れ合うことになる。

 新車に限らず、定番商品の中でも、ちょこっと付け加えられた新装備とかレイアウトの変更などに、けっこう開発スタッフたちの 「人間観」 とか 「人生観」 とかが投影されていたりする。

 そこが面白い。

 そのような新装備とか、レイアウトの見直しなどは、 “機能的な説明” に終始すれば、それは 「快適性の向上」 だったり、 「便利さの追求」 で終わってしまう。
 営業的に表現すれば、 「付加価値の実現による商品力強化」 という言葉に集約されてしまう。

 でも、自分はそれだけじゃ物足りないのだ。
 
 人間の幸せを意図して創るクルマなんだから、創る人たちの人間としての 「顔」 も見たい。
 だから、ガイドブックなどの制作とは外れてしまう、つくり手たちの人生体験とか、ユーザーたちとのキャンピングカー談義などの断片が、けっこう自分にとっては大事になる。

 そんなメモを作成していると、
 「この忙しいときに、なんでそんなことに時間を費やすのか?」
 「クルマの機能だけを、せっせとまとめればいいじゃないか?」
 と、自分を自分が責める。
 
 だけど、そういう一見無駄なことの積み重ねが、案外自分の財産になっているように思う。

 今回のショーは、会期中の3日間すべて朝から晩まで詰めたけれど、今まで挨拶を交わすだけで、あまり深い話をしたこともなかった人たちの話も積極的に聞いた。
 みんなすごいなぁ…と改めて思った。
 この業界は、けっこう人材が豊富だよ。

 折を見て、そういう “無駄話” も少しずつ紹介していきたい。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

都市型キャンプ場

 明後日から、日本で最大級のキャンピングカーショーといわれる 『ジャパン・キャンピングカーショー』 が幕張メッセで始まる。

 こういうイベントは、自分のキャンピングカーで取材に行くことが多いのだが、そのとき困るのは、駐車場だ。
 取材が夜まで長引き、それが終わって、 「ちょっと一杯」 などという流れになると、その駐車場がそのまま 「宿泊所」 になることもあるのだが、大都市部の駐車場には、キャンピングカーをうまく入れられるような駐車場が少ない。

 自分のキャンピングカーは、サイズ的に5m×2.15mのキャブコンだから、頭がちょこっと出てしまうけれど、コインパーキングになんとか入ってしまう。

コインパーキングのキャンピングカー

 だから、コインパーキングがあれば別に問題はないのだけれど、都市部のコインパーキングは乗用車を基準にして設計されているので、アプローチが狭かったり、曲がる角度が確保しづらかったりして、入れにくいことも多い。

 そんなとき、いつも、 「日本の都市部にはキャンピングカーを受け入れてもらえる場所」 が圧倒的に少ないと痛感する。

 取り回しの良い小型のキャブコンやバンコン、軽キャンパーが増えているというのも、ひとつは都市部の観光に使いたいという人が増えてきているからだろう。
 そういうクルマならば、高さ制限のある駐車場でない限り、まず無理なくどんな駐車スペースでもクリアできる。

 しかし、ユーザーの中には、豊かな居住性を確保するために、多少サイズの大きいキャンピングカーを手にした人たちもいっぱいいる。
 日本の大都市部は、そういう人たちに冷たい。

 まぁ、その町で生活を営む人々の気持ちになってみれば、歩行者の多い目抜き通りに他県の大きなキャンピングカーがドカドカ侵入してくるのは嫌なものかもしれない。
 だから、人の往来の激しい中心街に、キャンピングカー用駐車スペースを作ってくれなどいうつもりはない。

 しかし、中心部からちょっと離れた場所に、多少サイズの大きなキャンピングカーでも安心して止まれる駐車スペースを確保してもらえれば、現在キャンピングカーで旅行している人たちのライフスタイルも、ぐっと豊かになるように思うのだ。

 キャンピングカー旅行の真髄は、やはり美しい自然環境の中で、ゆったりくつろぐことにあるが、1週間、1ヶ月を超える長期旅行を楽しむようになると、たまには 「街中」 に出てみたくなる。
 その町で有名なグルメ料理店にだって行ってみたいし、デパートでショッピングもしたくなる。

 だから、大都市部周辺に、 「都市型キャンプ場」 というものがあってもいいように思う。
 街の中心部までに、バスか私鉄で1駅か2駅ぐらい。
 場合によってはタクシーで行き来できるぐらいの距離に、安心して泊まれるキャンプ場などがあれば、どんなに便利なことか。

 繁華街を観光して帰ってくるだけなのだから、別に泊まる場所が 「風光明媚」 である必要もない。
 トイレと、簡単な水場と、ゴミ処理施設があればOK。
 それに電源があればベター。
 まぁ、その分料金が安ければ、電源すらなくてもいい。

 その代わり、多少は車外に椅子・テーブル、オーニングなども出せるスペースが確保されること。
 それと、セキュリティが保障されること。

 まぁ、それだけの設備を整えても、現状ではそれほど利用率が高いとは思われないだろうから、手を出す業者さんはいないかもしれない。
 だけど、どこかの駐車場業者さんで、実験的に始めてみようとする人はいないかしら。
 「車中泊」 を楽しむ一般乗用車のユーザーに使わせてもいいわけだし。

 要は、道の駅の “繁華街版” 。
 そこに宿泊機能をプラスする。

 そういう施設が増えていけば、都市部にも観光人口が流入することになる。
 今、日本の地方都市では、中心部の空洞化が進んでいる。
 かつては 「目抜き通り」 などといわれてにぎわった駅前商店街も、今は “シャッター通り” などといわれてゴーストタウン化しつつある。

 だから、 「キャンプ場」 とまではいかないまでも、街の周辺にある駐車場をリーズナブルな料金でキャンピングカー利用客に解放するというのは、街の活性化につながると思うのだ。普通車よりもちょっと広めの駐車スペースと、入退場しやすいアプローチが確保されるだけでいいのだから。

 キャンピングカー旅行者の中には、町中の駐車場に泊まり、夜は近くの居酒屋で一杯やりたいと思っている人たちが多い。コンビニ弁当に飽きた人には、その地のローカルな大衆食堂のメニューは、けっこう珍しいものに映るだろう。

 そういう町中の車中泊スペースの近くに、立ち寄り湯なんかあれば、もう鬼に金棒だ。

 ホテルや旅館を営む人たちにはありがたくない話のように思えるかもしれないが、そういう観光人口が増えて、 「あの街までたどり着けばなんとかなる」 と思う人たちが多くなれば、車中泊に飽きて飛び込みでホテルに泊まる人たちだって出てくる。

 そういう場所が実現したときに、あとは問題として残るのはマナーだけ。 (これを徹底させないと実現してもすぐポシャるだろうけれど…)

 街をゆったり散策し、時に居酒屋のノレンをくぐり、ライブハウスに寄って音楽を聴く。
 そうして心地よくなった身体を、自分のキャンピングカーに戻ってほぐす。
 そういうのが夢だなぁ…。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:55 | コメント(6)| トラックバック(0)

ファビュラス日本

 いよいよこの週末の金曜日 (11日・建国記念日) から、日曜日 (13日) までの3日間、日本最大級のキャンピングカーショーである 『ジャパン・キャンピングカーショー (Japan Camping Car Show 2011) 』 が幕張メッセで開催される。

 現在、その資料や画像などがどんどん手元に集まってきているが、マックレーさんから 『ファビュラス』 の最新カタログのテキストと内装画像が送られてきたので、さっそく紹介したい。

ファビュラス外装001

 ファビュラスは前年の幕張ショーにおいて、そのエクステリアだけが展示され、内装は未完成だった。
 なにしろ、 「国産キャンピングカーの最高峰を目指す」 という意気込みで造られたクルマだけに、内装の完成度を高めるための時間もじっくりとかけたいというマックレーさんの意向があったのだろう。

ファビュラスダイネット002

 送られてきたカタログのテキスト (2稿目だそうである) を読んで、マックレー渡辺社長の並々ならぬ情熱のほとぼしりに打たれた。
 内装の詰めに1年を費やしたというのも、それだけこのクルマが壮大なプロジェクトであったということを意味している。
 なにしろ、テーマは 「日本」 なのだ!

ファビュラス上部コンソール003

 以下、 『ファビュラス』 のカタログをそのまま引用する。

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日本人が設計して、技術の粋を結集した 「FABULOUS」

ファビュラスで実現できた新しいキャンピングカー技術は世界的レベルに挑戦できるものです

JAPAN STYLE FABULOUS JAPAN
「日本型フルコン」


 現在、フルコンバージョンというジャンルは、名前だけ定義されていますが、日本のキャンピングカーにはありません。
 フルコンの定義からして、ベアシャシーの上に、フロントマスクからすべてビルダーが架装するという意味では、現在 車両メーカーからベアシャシーの供給が途絶えているわけですから、実質的には造れない状態です。
 従って、現在 「フルコン」 を名乗れる資格を持つ車両は製作されておりません。

 もちろん、ファビュラスの場合も、工法として正確に位置づけるならば、キャブコンの亜種という扱いになるかもしれません。
 「日本RV協会の定義」 からは外れるかもしれませんが、マックレーの “主張” としては、 「 “日本型フルコン” と名づけたい」 という意気込みでこのファビュラスを製作いたしました。

ファビュラス内装004

 独自の進化を遂げて 「ガラパゴス化」 していると言われている技術立国 「日本」 ではありますが、 だからこそ日本のビルダーが世界に対して発信する 「日本型のフルコン!」 という主張に命をかけました。

 アメリカのクラスAや、ヨーロッパのインテグレートモデルとは違う、日本のオリジナル工法におけるフルコン。厳密にクラスAの工法を踏襲していなくても、 「日本はこれでいいんだ!」  と思います。

ファビュラス内装005

 ファビュラスの、ルーフエアコンが2台駆動できるというキャパシティも、温暖化で “亜熱帯” に移行しつつある日本だからこそ、非常に大きな意味を持つのです。
 ヨーロッパのキャンピングカーは、伝統的に 「脱ジェネレーター、脱エアコン」 を志向しています。それは、比較的夏も涼しいヨーロッパ大陸を前提としているからで、日本は夏になれば地域的にはもう “亜熱帯” の国です。
 そういう日本の気候的特殊性に対応するキャンピングカーという意味でも、 「ジャパン・スタイル」 と呼べるのではないでしょうか。

ファビュラス内装006


campingcar | 投稿者 町田編集長 19:32 | コメント(2)| トラックバック(0)

老人の孤独

 仕事のない休日には、片道30分の距離を自転車を漕いで、介護施設で生活する義母の見舞いに行く。

 ここのところ、携帯にも、時には会社の電話にも、ほぼ連日連絡が入るようになった。
 要件は、
 「話し相手がいなくて、さびしい」
 というのである。

 …と言われても、こっちは勤め人であるわけだから、いちいち仕事を中断して会いにいくわけにもいかない。

 義母の実子であるカミさんは、いまだ体調不良が続いているので、実母のケアが十分にできない。
 義母に施設に入所してもらうようになったのも、カミさんの病気がきっかけとなった。
 だから、休日になると着替えを持って行ったり、話し相手を務めたりするのは、私か、私の長男の役目となる。

 施設につくと、義母を部屋から連れ出して、1階ロビーの喫茶室まで車椅子を押す。

 関東地方は晴天が続いている。
 喫茶室の一隅から、抜けるような青空と、その空に向かって、枯れた枝を突き刺すように屹立する木々が見える。

冬の空と木

 「外は寒いですか?」
 と、義母が尋ねてくる。

 寒い。
 陽射しに春の明るさが交じるようになったとはいえ、風は冷たい。

 しかし、彼女はにその 「風の冷たさ」 を知らない。
 「いいお天気なのに…」
 と、むしろ施設内に屋外の空気が流れ込んで来ないことを、うらめしそうに語る。

 喫茶室のカウンターの奥では、温かそうな湯気がたなびき、ほのかなコーヒーの香りが忍び寄ってくる。
 メインロビーは、まるでリゾートホテルのエントランスのように明るくて清潔な空気に満たされている。
 その廊下の奥では、リハビリに精を出す老人たちを励ます若いスタッフの明るい声。

 彼女のいるところは4人部屋ではあるが、自分専用のテレビがあり、自分だけが購読している新聞がある。
 もちろん、その気になれば、同室の同僚と話す機会もあるはずだ。

 食堂も兼ねるレクリエーション室には、さらに同年輩の老人たちの姿がたくさん見える。
 スタッフたちも活発に動き、老人たちに活発に声をかけている。

 施設が用意するプログラムには、書道や編み物などの趣味活動の企画が設けられ、その気になれば、カラオケやマージャンも楽しめる。

 何もかもが完璧に揃そろった 「老人の理想郷」 。
 
 このような場所で生活できるということは、それだけで 「幸せの極致」 であるように思えるのだが、幸せとは、物理的な快適性の総和だけでは測れないもののようだ。

 「今日もね、結局、誰とも話さなくて…」
 と、コーヒーとセットになった洋菓子をつつきながら、義母がいう。
 
 誰とも話さない理由は何なのか?

 もちろん、そんなことをストレートに問いただしてもしょうがないから、
 「今日は、楽しみにしているテレビはないんですか?」
 と、話題をそらす。
 
 「テレビもね、同じような番組ばかりでね…」
 さびしげに彼女が笑う。

 「新聞は読みましたか?」
 と尋ねてみる。

 「新聞もね、読んでも、それを話し合える人がいなくてね」
 細い指でコーヒーカップをつまみ上げながら、そう彼女は訴える。

 「でも、大広間でほかの方と天気の話や、ご家族の話などはされるんでしょ?」
 そう尋ねてみるのだが、相変わらず義母の返事は物憂いトーンに包まれている。

 「それも、あんまりね…。何をしゃべっているのか分からない人たちが多いからね」

 何をしゃべっているのか分からないとは、どういう意味なのだろう?

 加齢のせいで、外界からの反応に鈍くなっている人がいるということかもしれない。
 あるいは、義母の耳が、加速度的に 「遠くなっている」 ことを物語っているようにも思える。

 耳が遠くなると、相手の話に合わせるのが億劫になる。
 内容が聞き取れないから、愛想笑いだけ返しているうちに、人と人の心の距離も遠くなる。

 「耳が遠くなる」 という加齢の宿命は、まだそこに達していない人たちが思い描く以上に重い。

 しかし、 「誰とも話さなかった」 というのは、そういう理由だけではないのかもしれない。
 彼女の心の奥底に、他者と話すことなどでは解消しようもないほどの空漠たる思いが去来するようになったのか。

 ことあるごとく、義母が訴えるひとつの言葉がある。
 「一日が、長くて辛い」

 そしてその後、必ずつけ加える言葉。
 「それなのに、日々は矢のように過ぎていく」

 そうだとしたら、それは “残酷な時間” というべきかもしれない。

 老人の時間というのは、そのようにして流れているのだろうか。

 社会で働く人間は、 「長くて辛い時間」 を持ちたくても、持ちようがない。
 だから、時間が停滞していることの苛立ちを理解することができない。

 人は、他者と語り合うことで、かろうじて 「停滞する時間」 から解放される。
 しかし、その語り合う他者がいなければ、無意味な永劫の時間に、独りで耐えるしかない。

 新聞やテレビは、その 「独りの時間」 を埋め合わせてくれないのだろうか?
 けっきょく人は、新聞やテレビで得たようなニュースを他者と語り合うことで、 「自分の生」 を確認していく生き物なのだろうか?

 快適設備が完璧に整った無人島の生活と、貧乏だが話し相手がいる生活とでは、はたしてどっちが人間にとって、幸せか?

 「孤独」 は、老人だけを襲っているわけではないような気もする。
 ツィッターでつぶやき続ける若者たちも、やはり 「孤独」 が怖いのかもしれない。

 もし義母が、ツィッターやフェイスブックの存在を知ったなら、彼女はそこに他者とのつながりを求めるだろうか?

 たぶん、そのようなものを教えても、周囲の人たちとも交わることのない彼女は、それを使いこなすことを面倒に感じるだろうし、また、そういうコミュニケーションツールで解決する問題でもないような気がする。

 「老人の孤独」 とは何だ?

 それらのことが、まだ、私にはうまく整理できないでいる。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:36 | コメント(12)| トラックバック(0)

「都会」 の匂い

 仕事で、夜の国道16号線を、南に走った。

 左手に横田基地の滑走路が、フェンスの間から、途切れ途切れに見える。
 軍用機の姿は見えない。

夜のネオン0065

 薄ぼんやりとした光が漂う、とりとめもない空間が、のっぺりと続く。
 ところどころブルーの誘導灯が夜光虫のように浮いている。

 30年以上も前か。
 R&Bを大音量でとどろかせながら、よくこの道を流した。
 
 片道2車線の道路をまたいで、その反対側には、いかにも米兵好みというたたずまいのカフェやレストラン、ブティークが並ぶ。

夜のハンバーガーショップ
 ※ 画像はイメージ

 しかし、大都会の街並みにはほど遠く、ネオンの光量の乏しい、みすぼらしい風景だった。
 
 それが、また良かった。
 無味乾燥なただの日本の道路だったけど、頭の中は、異国を走っている気分だった。

 ふいに、そのときの “気分” がツゥーンと鼻腔をかすめた。

 「都会的なものがカッコいい!」

 そんな感覚を抱きながら生きていた自分がいたことを、ふと思い出した。

 何を、 “都会的” だと思っていたのか。

 アメリカの黒人音楽だった。

夜のジャズクラブ

 そびえ立つ高層ビルでもなく、夜に開花するイルミネーションの群れでもなく、たとえ郊外の寂れた道を眺めていても、そこにR&Bやジャズ、ブルースが流れていれば、もう 「都会」 を感じていた。

マイルス・ディビスカインドオブブルー

 マイルス・ディビスは、まだオーソドックなクールジャズをやっていた。
 マーヴィン・ゲイは、まだその個性を確立することもなく、モータウンのヒット曲路線に従った普通のR&Bシンガーにすぎなかった。

マーヴィン・ゲイベリーベスト
 
 だけど、そこには、石原裕次郎やフランク永井の歌とは違った、異国の 「都会」 の香りが漂っていた。
 それを、 「カッコいい」 と思った。

 そんな “刷り込み” が、いつ、どこで行われたのか、もうそれは霧の中。
 しかし、何かのきっかけがあったのは確かだ。

 きっと、たわいのないことだと思う。
 小さい頃に見た映画かなんかで、 「いかにも都会!」 と感じさせる情景の背後に、R&Bとかジャズが流れていたとか。
 たぶん、そんなことだと思う。

夜の椰子の木

 「都会的」 であるということは、同時に 「大人の匂いを放っている」 ということでもあった。
 ガキにはまだ触れることのできない禁断の快楽と、ガキにはまだ理解できない哀愁と退廃。
 そこをこっそり覗き込むような、スリリングなときめき。

 アメリカの黒人音楽に感じたものは、そんな世界だった。
 たぶん、それと同じようなものを、僕より上の世代は、タンゴやシャンソンに感じていたのだろう。
 
 
 ビートルズ以降、イギリスに数々のビートグループが登場し、日本にもグループサウンズが流行して、僕らは、ようやく自分たちの世代の音楽を手に入れた。
 が、代わりに 「都会」 と 「大人」 を失った。


ジュニア・ウォーカー&オールスターズ
 ▲ ▼ ジュニア・ウォーカー&オールスターズ。
 ちょっと安っぽいサックスの音をフューチャーした、素朴なR&Bバンドの奏でるイージーリスニング。
 でも、これが僕の感じる 「都会的な大人の音」 。
 この薄っぺらでセンチなダンスビートの奥に、漆黒の闇が広がり、罪深い大人たちが味わう芳醇な快楽が隠されているように思っていた。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

エジプトでは何が?

 エジプトでは、いま何が起こっているのか?
 そのことに関心を抱くことは、アメリカの中東戦略に触れることであり、パレスチナ問題を語ることであり、長期政権が続いた国の民主主義を考えることであり、経済格差と失業を語ることであり、ネット社会による情報流通と革命の関係を考えることである。

エジプトの政変

 つまり日本人を含めたさまざまな民族が、これから考えなければならない問題を読み解く契機が、そこにいっぱいあるように思うのだ。

 しかし、今日の出勤前のテレビを見ていたら、日本のメディアの最大の関心事は、相撲界の八百長問題だった。

 「日本社会もグローバル化しなければいけない」
 というかけ声は、相変わらずいろいろな所から響いてくるが、どうやらグローバル化したのはビジネス社会だけであって、メディアの方は、ますます “鎖国化” を深めているような感じがする。

 エジプト情勢の変化は、世界に何をもたらせるのか?

 それに関しては、あの時事解説の達人といわれる池上彰さんだって、次のように語るのみ。
 「エジプトのような大国が反米国家になったら、世界の力関係は大きく変わる。アメリカの中東への影響力は低下するだろう。 パレスチナの和平のゆくえが一段と混迷するのは明らかである」 (週刊文春)

 う~ん……。
 そうなんだけどさ、私の知りたいことはそういうことじゃない。

 たとえば 「パレスチナの和平」 という一言に対してだって、いろいろな疑問がわく。

 「そもそもパレスチナ問題って何だ?」
 「アメリカはなんで、イスラエルを支持するんだ?」
 「宗教とか民族とかいう区分けと、国境とは、どういう関係にあるんだ?」
 「ユダヤ教とイスラム教って、どこが違って、何が同じなの?」
 「ネット社会の普及と、一神教の教えって、影響し合うの? 関係ないの?」
 
 少しじっくり考えてみれば、ひとつの疑問から新たな疑問が発生していくということが必ず起こる。

 《 知の運動 》 って、そういうもんだと思う。

 ところが、今の日本のメディアには、そのような “運動” が生じる気配がない。
 疑問に対する 「とりあえずの解説」 をうまくこなす人はいても、疑問が次の疑問を促すように語れる人はいない。
 
 大事なのは、疑問が次の疑問を促していくという、 《 知のダイナミズム 》 を継続させることだと思う。

 だから、メディアの解説を受け取る視聴者の方も、 「とりあえずの解説」 で満足することなく、その “解説” の中に新しい疑問を見つける目を養い、その疑問からもう一つの “質問” をつくり出す力が必要になる。

 しかし、ブログ、ツィッターなどのネット利用者の発言を見ていると、 「疑問」 を提出することよりも 「結論」 を言い張る人の方がエライみたいな風潮が感じられる。
 特に、文字数が限られたツィッターの方が、みんな 「結論」 を急いでいる。

 「八百長を蔓延させた相撲界は国民の信頼を裏切った。相撲界はいますぐ解散すべき」 みたいな…。

 私は威勢よく豪語される 「結論」 よりも、頼りなくくりかえされる 「疑問」 の方が大事だと思う。

 そもそも、 「疑問」 と 「結論」 はまったく逆の方向に人を導く。
 
 「結論」 は “身内” の結束を固め、仲間同士の求心力を強めようとするが、 「疑問」 は遠心力を発揮して、個人を 《外》 の世界に向かわせる。

 「疑問」 を追い払って 「結論」 のみを尊重する社会は、鎖国化の一途をたどるように思う。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

同人雑誌仲間

 中学時代に仲の良かったクラスメート4人で会った。
 卒業まぎわに、
 「同窓だった思い出をなんらかの形に残そう」
 ということになり、 “同人雑誌” を作った仲間である。

DOJINSHI001
 ▲ 雑誌名は 『DOJINSHI』 だった

 コラムあり、映画評あり、小説あり、マンガあり、星占いありという、各人の得意なものを寄せ集めたユニークな雑誌となった。

 当時、手作りの雑誌を印刷するときに一般的に使われたのはガリ版である。
 しかし、マンガも収録するとなると、ガリ版では “ベタ塗り” ができない。
 そこで、当時ようやく普及し始めたコピー機を使った。

DOJINSHI002 

 何部ぐらい製本したのか、覚えてない。
 たぶん、クラスメート全員とそれ以外の仲のいい友人たちに配る分を計算して、50~60冊ぐらいではなかったろうか。

 卒業後はみんな別々の高校に行ったから、その後彼らと会うことは滅多になかった。
 社会人になってから集まったこともあったが、せいぜい4~5年に1度というペースではなかったか。

 ところが、そのうちの一人が、パソコンのメールを介して、
 「今度は、会って近況を報告し合うだけでなく、昔つくった同人雑誌をもう一度復活させないか?」
 と提案してきたのである。

 ペーパーでなくても、WEB上でそれが可能かどうか相談もしたいという。

 WEBでやるなら、あまり面倒ではない。
 面白いかな…とは思ったが、いざ集まってみると、モチベーションにそれぞれの温度差があり、イメージしているものも微妙に異なり、実現するまでにはいろいろと紆余曲折がありそうな気配もした。

 発起人となった友人は、わりと燃えていた。
 映画とクラシック音楽の好きな男で、プロとまではいかなくとも、自作の批評がメジャー誌などに掲載される経験をすでに持っている。
 ユーモアと批評精神のバランスの取れた才人でもある。
 彼は、文学や芸術の香りが高い 「正統派の同人雑誌」 をイメージしているようだった。

 反対に、そういうことに再チャレンジするのは 「ちょっと億劫だな…」 という気持ちを顔に滲ませながら、最後まで黙って優しい笑みを浮かべていた友人もいた。

 3番目の友人は、同人雑誌を作ることそのものよりも、
 「それを軸に、みんなで集まったり、意見を交換することができるなら賛成!」
 という立場だった。
 「どうせ、俺たちはもう還暦になったんだ。ヒマな時間だけは増えるけれど、語る仲間は減っていく年になる。だから、懐かしい仲間が集まって、飲み食いの機会を持つことはいいことなんじゃない?」
 …というのが、3番目の友の意見。

 私はというと、この3番目の意見に近い。
 会って、たわいもなく飲み合って、近況報告をするだけでもいいじゃない?
 という気持ちが強い。

 確かに、中学生の頃に出した同人誌では、小説を書いた。
 当時ハヤカワから出ていたリチャード・マティスンとか、ロアルド・ダール、シオドア・スタージョンみたいな作風を意識した (つもりの) 短編だった。
 その頃は、将来そっちの世界で自分を試したいという “野心” もなくはなかった。

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 同人雑誌の復活を主張する友人は、しきりにその当時のことを振り返り、
 「もう一度小説を書かないか?」
 と背中を押してくれる。

 しかし、今の自分には 「ここで一発奮起して小説でも書くか!」 という意気込みはそうとう後退している。
 …というより、 「小説」 という形で、自己の表現衝動を世間に向かってはじき出すという行為に、どこか気恥ずかしさを覚えるのだ。

 おのれが勝手に思い描いた想像世界に他者を巻き込むなんてことは、神にでも愛された天才でなければ、とても無理だ。
 自分の場合はそんな風に思っている。

 そこの部分では 「凡才」 である自分が小説を書くなんて、時間がもったいない。
 そういう時間があるならば、自分には及びもつかない世界を描いている作家たちの小説をもっと読むべきだ。
 そう思う。

 しかし、 「批評」 とか 「評論」 のようなものだったら書いてもいいと思う。
 素敵な小説を読んだり、心地よい音楽を聞いたりして、その感想を書いたりすることは好きだ。
 たぶん、そのとき自分の心の中に起こった 「変化」 に興味があるのだろう。

 人の作品のいったい何が、どこが、自分の 「心」 を変えたのか?
 そういうことに対する興味の方が、小説を書くことの喜びよりも強い。

 「素晴らしいもの」 は、常に自分の 《外》 からやって来る。
 もし、自分に “小説的感性” があったとしたら、それをキャッチするためにこそ使うべきだと思っている。

 で、同人雑誌の方は、 「時間を見ながらボチボチ…」 ということになった。
 それでいいと思った。
 仮に、計画どおりに作品が集まらなくても、何かひとつの目的を持って、昔の仲間が集うということは、やはり生きていく上での 「刺激」 になる。

 あせらず、意気込まず、ゆるゆると…。
 しかし、 「目的を持つ」 ということの緊張感だけは維持しつつ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

自己啓発ビジネス

 30年ぐらい前だろうか。
 一度ヘッドハンティングされかかったことがある。
 マーケティングの会社だったか、コンサルティング会社だったか。
 要は、ビジネスのアイデアを出して食べていく会社だった。 

 仲介したのは、学生時代につき合っていた友人だった。

 「まぁ、うちのボスと世間話でも」
 と軽いノリで誘われ、友人も同席して、その会社のボスとステーキを食った。

 アメリカ牛と和牛の “脂肪のつき方の違い” なんていう話から始まったが、シェフが焼けたステーキを鉄板からプレートに移し換えるというタイミングで、そのボスが、
 「マズローの法則って、知っている?」
 と尋ねてきた。

 肉を焼くための法則かと思った。

 しかし、聞いてみると、人間の欲求に関する 「教え」 のことだという。
要は、人間の自己実現要求をうまく管理すれば仕事がはかどるという、心理学的な “動機づけ” を説いたものだった。

 「人間の欲求は階層化されている。
 最も下位に、食欲、性欲などがあり、それが徐々に高みに登っていき、最後の5番目の欲求になると、自己の能力を最大限に発揮したいと思うようになる」

 その5番目の境地に至れば自己解放が達成され、サクセスへの道が拓かれるという理屈だったと記憶している。

 そのボスは、なぜそんなことを私に話したのか。
 たぶん、 「僕らと一緒に仕事をして5番目の境地を歩もう」 というメッセージを送ろうとしたのだと思う。

 「はぁ…」
 と頷きながら聞いていたが、せっかくのステーキがまずくなった。

 別に、その理論がつまらなかった…というわけではない。
 そのボスの語り口に、生理的な違和感を覚えたからだ。

 どこか、マルチ商法などを仕切る人の匂い。
 あるいは、新興宗教か自己開発セミナーなどの講習会で、演壇に立って説明する人の匂い。

 心理学とか哲学のテーマを、誰にでも分かりやすい言葉で説いて、
 「ほら、あなたは、もう生まれ変わってますよ」
 とささやく人の匂いが、そのしゃべり方から立ちのぼってきたのだ。

 だから、マズローさんには申し訳ないけれど、 (たぶん誤解だと思うが) 、人生のモチベーションを高めるための 「○○の法則」 とかいうものに対しては、今も敬して遠ざける気分が働く。

 で、そのボスと会ったのは、それが最初で最後となった。

 マズローさんの法則が、それに当てはまるかどうかは分からないけれど、個人のモチベーションを高めるための法則を説くビジネスは、相変わらずそこら中にあふれている。
 自己啓発本とか自己啓発セミナーなどといわれるものだ。

 とくに、自己啓発書のたぐいは、その実効性を具体的に訴えるものが多いから、新聞広告や車内吊り広告のタイトルを読むだけで、いわんとしているテーマはだいたい推測できる。

 「○日間で、××を達成する法」
 「○○な人生を変える12の法則」
 「デキる人間は、みんな××をクリアしていた」
 …みたいな。

 どれも、お賽銭を投げればすぐご利益があるというタイトルが特徴で、寺社の賽銭箱にコインを放り込むような気分で一冊買えてしまう。

本屋さんの店頭00021

 これらの本には、一貫したスタイルがある。
 最後までキチっと読み終えたものがないので、うかつなことは言えないが、要は、
 「おのれを信じなさい」
 「おのれの中には無限のパワーが眠っています」
 「あなたが成功しないのは、そのパワーに気づいていないからです」
 「だから、まず××を実行しましょう」
 「そうれば、あなたの周りに、あなたを慕う人がたくさん集まってきます」
 という自己が開かれていくプロセスが、ほぼ同じような口調で語られている。

 中身が替わるのは、 「××」 のところ。
 この 「××」 が、時に 「速読法」 になったり、 「整理整頓術」 になったり、 「サプリメントの名」 になったりする。

 もちろん、これらの本が、人生の成功者となるための地道な 「努力」 をないがしろにしているわけではない。
 地道な 「努力」 を強調しながらも、一方で、その努力を軽減するための “秘策” を用意しているところがミソ。
 つまり、
 「汗水垂らしてトレーニングに励むのが常道なんですが、実は、短期間に成果を上げるための “筋肉増強剤” という秘策があるんですよぉ!」
 みたいな感じ。

 この “秘策” の部分が、なにがしかのビジネスにつながっている。
 
 そういった意味で、自己啓発本も、自己啓発セミナーも、マルチ商法も、スピリチュアルも、どこかで 「商売」 に結びつく秘策を大事にしているところが、共通している。

 確かに、自己啓発本は、いっとき人を元気にさせるかもしれない。
 問題は、その元気が長続きしないこと。
 日々の仕事が忙しいと、その忙しさを乗り切るために読んだ自己啓発本の内容すら、人間は忘れてしまうものだ。

 だから、目新しいものが出てくると、また買う。
 そこが自己啓発本の “売れる秘密” であるかもしれない。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:10 | コメント(2)| トラックバック(0)
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