町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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ゆんた 03/19 07:50
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町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
こんばんは、町田さん…
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世界中に5億人を超え…
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町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
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町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
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町田 03/03 22:45
町田さん、今日は。…
マッキー旅人 03/03 16:23
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一般国道の不思議

 見知らぬ土地の道を走り続けていると、今まで気づかなかったことに、突然気づくことがある。

 キャンピングカーを使うときは仕事が絡むことが多い。
 だから、効率化を図るために、高速道路をよく使う。

 個人で旅行を楽しむときも、高速道路を使ってキャンプ場近くのインターで降り、あとはトコトコ田舎道を走る。
 一般道を走りながら、 「道の駅」 を回るという使い方ができるほど、まだ時間的余裕がないのだ。

 だから、あまり走ることのない一般道を走ると、不思議な気分になる。
 日本には、 「都会」 とも 「田舎」 ともいえない奇妙な空間がいっぱいある。
 そんなことに気づいた。

一般国道の風景001

 この前、ある仕事の帰り、時間があったので高速を使わず、一般国道をトコトコ走ってきた。

 曇天の下、色のない風景がどこまでも続いていた。

 コンビニ。
 ガソリンスタンド。
 工場。
 資材置き場。
 シャッターを下ろした古めかしいドライブイン。
 野菜をつくっているビニールハウス。
 休耕地になったのか、それとも宅地に転用されるために眠っているのか分からない平地。
 クルマの止まっていない駐車場。

 そういうとりとめもない空間が、現れては消え、消えてはまた現れ、いつまで経っても、同じ場所を行きつ戻りつしているような気分になった。

 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 それが日本の風景の本質なんだ…ということに気づいた。

 たぶん、 「近代」 というのは、そういうものなのだろう。

 「近代」 という言葉は、いろいろな意味合いに使われ、いろいろな文脈を構成するけれど、ここでは 「工業化」 という意味で使ってみたい。

 それまでの農業社会から脱皮し、世界でも類例のないスピードで工業社会へと変貌を遂げた日本が造り上げた景色が、一般国道には象徴的に現れているように思うのだ。

 工業社会は、 「自然」 を巧妙に素材として使って生産物を完成させるシステムを造り上げた。
 素材そのものは 「自然」 をベースとしたものながら、元の形が分からないほど加工したものが工業製品だ。
 それは製品にとどまらず、その生産物を流通させ、消費させる社会をも変えた。

 その変わった社会を 「景観」 として表現すると、この一般国道のような景観となる。
 つまり、工場や農場といった生産地と、膨大な物が消費される大都市を結ぶためだけに存在する “がらんどう” のような空間。
 それが、 「都市」 とも 「田舎」 ともいえない幹線道路の独特の空気を生み出している。 

 「近代」 の象徴ともいえる大都市の景観は、単なる 「近代」 のディスプレイに過ぎない。
 ショーウィンドーに飾られた工業製品を、人々の消費欲を喚起させるために、より魅力的に配置し直したのが大都市の景観なのだ。 

大都市の高層ビル風景

 それに対し、一般国道の景観は、いわば “すっぴん” の 「近代」 。
 そこには、化粧するのに疲れ、荒れた素肌をさらす、物憂い日本の 「近代」 が横たわっている。

一般国道の風景001

 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 「自然」 はないけれど、 「人工的」 でもない。
 「貧しく」 もなければ、 「豊か」 でもない。
 「美しく」 はないが、 「醜い」 わけでもない。
 「生活」 はあるけれど、 「生活感」 はない。

 そういう 「風景」 を、なんと表現すればいいのか。

 たぶん、それを表現する言葉を見つけたとき、それは 「詩」 の形を取っているはずだ。

 「詩」 とは、美しい情景を描いたり感動的な光景を謳うものではなく、見えないものに 「形」 を与えるときの言葉なのだから。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

酒場放浪記

 BS-TBSで、 『酒場放浪記』 という番組をやっているけれど、その時間帯に家にいるときは、ついつい見てしまう。

 無精ひげを生やして、ハンチングみたいなものを被った、メガネの怪しいオジサンがナビゲーターを務めている。

吉田類氏

 吉田類さん。

 肩書きが 「酒場詩人」 というのだから、ますますもって、怪しい。
 イラストレーターであり、俳人というのだから、さらに、輪をかけて、怪しい。

 だけど、この番組の面白いところは、その怪しい人が立ち寄るのに、いかにも 「似合いそう!」 という雰囲気の居酒屋ばかりが出てくるのだ。

 つぅーことは、言葉を変えていえば、 「ワシ好み」 の店ばかりなわけで、知らない飲み屋街で、どこに入ろうかな…とぶらぶらしているとき、 「お、ここは良さそうだぞぉ!」 と自分なら必ず入りそうな店ばかりが登場する。

 要するに、 “居酒屋好き” の気持ちがよく分かっている番組なのだ。

酒場放浪記シーン

 居酒屋っていうのは、まぁ “庶民の飲み屋” なんだけど、その場合の 「庶民」 というのは、いわば古典的な 「庶民」 なわけで、 『白木屋』 とか、 『和民』 とか、 『笑笑』 とか、 『魚民』 とか、 『つぼ八』 とか言わないやつのことをいう。
 
 ノレンがちょっと擦り切れていて、カウンターが、酒やら醤油やらソースをたっぷり吸い込んで昆布色に輝いていて、時には、床が土間だったりする。

 こういう店には、もう20年ぐらい通い続けているとかいう地元の偏屈オヤジが、スポーツ新聞の競馬欄などを見ながら、コップ酒をあおっていて、 (競馬に関係なく) 「民主党もだらしねぇ…」 とかつぶやきながら、串カツなんかをほおばっている。

 そんなオヤジの隣りに腰掛けて、焼酎の緑茶割りなんかを飲みながら、カウンターの向こう側を覗き込み、 「ママさん、そのおでんの厚揚げもらえる?」 なんて…いう感じでくつろぐのが、 (私は) 大好きだ。

 で、吉田類さんていう人は、まさにそんな感じの、 “居酒屋のくつろぎ方” というのを実に心得ている人だと思う。

 たとえば、その店の名物おでんが出てくるとしようか。
 よくあるグルメ番組のレポーターのように、しばらく口をモゴモゴさせて、やおら 「ノドゴシがいいですね! この豆腐、絶品です!」 なんて叫ばない。
 「豆腐が、口の中で淡雪のようにジューシーに溶けてコクもあればキレもある」
 なんて、きいたふうな批評もしない。

 「あ、いいですねぇ」
 …ってぐらいの、ものすごくあっさりした芝居っ気のない口調で、やる気があんだかないんだか分からないような笑顔でニコニコしているだけ。

 この脱力感が、実にいい。

 居酒屋ってのは、ちょっと心理的にアセっているときに行くのがちょうどいい。
 「明日までの締め切りの原稿がある」
 などというとき。

 そういうとき、
 「わぁ、もういいや! 1時間だけ原稿のことなんか忘れて、飲むかぁ!」
 という、「矢でも鉄砲でも持ってこい!」 というあの開き直った解放感が味わえて、もうたまらない。

 でも、たいてい “隣りのスポーツ新聞” のオヤジと意気投合したりして、1時間が2時間になり、2時間が3時間になっていくという、あの自堕落な自虐感も味わえて、それも、たまらないくらい良い。

 『酒場放浪記』 っていう番組は、そういう人間の弱さを讃えるような味があって、いつも感心してしまう。

 本も出ているようだ (↓)

酒場放浪記本
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

名古屋RVショー

名古屋キャンピングカーショー会場風景

 23日~24日の両日、ポートメッセなごや (愛知県・金城ふ頭) で開かれた  「名古屋キャンピングカーフェア2010」 を取材してきた。
 まず驚いたのは、来場者の熱気。
 来場者数も、昨年より増えているという。
 確かに、2日間とも、会場が開かれる前から行列ができていて、それが延々と駐車場まで続いていた。

▼ 会場が開かれる前から、入り口前には行列ができた
名古屋ショーの行列1

 各ブースの商談コーナーも、かなり盛況だった。
 成約にまで結びつかなかったと打ち明ける販売スタッフもいたが、それでも見積もりの数だけは多かったと口々に語っていた。

 ショーの来場者が多いということが、そのまま 「キャンピングカーユーザーの底辺が広がってきた」 ということとは結びつかないかもしれない。
 「最近話題になっているし、ブームらしいから、ちょっと見に行くか」
 という感じで、 “動物園に珍しい動物が来た!” …ぐらいの気持ちで来場した人々も多かったろう。

 しかし、それでも関心を持つ人が増えてきたということは、産業としての興隆が約束されているということでもあるのだ。

 ただ、…たぶん、短期的には、商売としてはむずかしい時期に入ってきたのかもしれない。

 「客層が明らかに変わっている」

 そんな感じを受けた。

 もちろん来場者のメインは、子育てまっさかりという感じの若いファミリーか、あるいは、子育てが終わって、夫婦の “2人旅” を楽しもうという熟年カップル。
 この二つの層は、相変わらず不動に思えた。

 しかし、子細に見ると、明らかに、今までとは違った客層が登場してきている。

 「キャンピングカーショー会場が、デートスポット化している」

 そういう光景を何度も見た。
 若い男女がけっこう手などをつないでクルマを見ているのだ。
 それも、結婚前という感じの恋人同士っぽい人たちだ。

 どこで分かるかというと、女性のファッションがいかにも 「デートしてます」 って感じで、着こなしにまだ生活臭が染みついていない。

 同じヤングカップルでも、すでに結婚している人たち (特に女性) は、着飾っても、その着こなしに安定感が出ている (→ ムダを省いている) ものだが、それに比べると、結婚前の人たちは着こなしのムダを楽しんでいるという様子が見える。

デートを楽しむ? 若者たち 

 そういう若者たちが、水族館でアシカのショーを見たり、動物園でクマの昼寝を見物するかのように、キャンピングカーを見ているのだ。

 実際には、彼らがキャンピングカーを買うとしても、それはもっと先のことだろう。
 あるいは買わないかもしれない。
 だから、商売を短期的に考えた場合、 「顧客」 という形でカウントはできない人たちかもしれない。

 しかし、若いカップルがデートスポットとしてキャンピングカーショーの会場に訪れるということは、今まではあまりなかったことなのだ。

 こういう流れが生まれてきた背景には、何があるのか。

 一つには、若者の 「結婚観」 が変化しているということも見逃せないかもしれない。

 結婚は、立派な社会人として認知されるためのものでもなく、配偶者の経済力や家柄を誇るためのものでもなく、美男や美女の配偶者をゲットして友人たちをうらやましがらせるためのものでもない。

 「お互いに共通の夢を追いかけて、足りない部分を補い合い、助け合っていく」

 今の若い人たちの間では、そんなシンプルでストレートな考え方が復活してきているように思うのだ。

 日本で、 「見合い結婚」 が減って、 「恋愛結婚」 が一般化したのは、団塊の世代が適齢期を迎えたあたりからである。
 「恋愛結婚」 は、一見 “封建的な家制度” から解放された民主化時代の結婚形態のように思われがちだが、実際には、恋愛できなかった人たちを差別する形で生まれた結婚様式だった。

 男も女も、いくたの恋のライバルを排除して、選ばれた者同士が 「結婚」 というゴールにたどりつく。
 そういったハリウッド映画のラストシーンのような恋愛結婚が “当たり前” のようになったのが、70年代くらいから。

 そして80年代になると、空前の消費ブームを背景に、男女とも (特に女性が) 結婚相手へのハードルをうんと高くして、収入、門地、外見、出身大学などにおいて完璧なエリートを求めるようになった。
 「本命君」 以外に、 「アッシー君」 、 「ミツグ君」 を何人抱えられるかが女の子のステータスになり、結婚する前までに何人の女をコマすかが、男の子のステータスになった。

 しかし、そういう人間同士が結びついたとしても、どこかに無理が生じる。
 仮に、当事者同士のもくろみ通りに進行したとしても、お互いが弱肉強食のフィールドを戦い抜いたエリート同士の結びつきであり、いわば1人を選ぶために、10人を排除してきたようなもの。
 逆に見れば、 「排除された」 という負い目のため、婚期を逃したりする人も多かったろう。
 当然、全体としての非婚率も高まり、少子化も進行する。

 今の社会の晩婚化傾向というのは、経済的な視点だけでは語りきれないと思う。

 若者たちは、そういう先輩たちの愚を犯さないという生き方を選び始めたようだ。
 90年代からゼロ年代へと至る過程において、日本の社会的・経済的なクライシスの高まりも、 「見栄やカネで結婚相手なんか選んでいる場合かよ」 という気持ちに拍車をかけたかもしれない。

 高学歴、高収入の相手を求めて結婚したつもりでも、それが大不況化においてあっけなく崩れ、メッキが剥がれてただのオッサンとオバサンになった先輩たちの姿を、今の若者たちはしっかり見ている。
 結婚相手に 「将来的な保証」 を求めても、結婚したときの地位とか財産なんてアテにならないという事例をあまりにも多く知ってしまったのだ。

 だから、収入だとか、家柄だとか、出身校なんかにこだわらない若者たちは、とりあえず 「現在の気持ちが通じ合えば、それが大事」 と思って、意外と半径10m内外に棲息する男女ですんなりカップルをつくったりする。

 結婚後にどのようなライフスタイルを築くかは、これから2人で考えていけばいい。
 2人で、共通の夢をこれから持つ。
 その同じ夢を持てるかどうかが、2人の絆になる。

 たぶん、キャンピングカー会場に現れるようになった若いカップルというのは、そういう人たちなのだ。
 彼らにとっては、キャンピングカーこそが、これからの2人で作り上げるライフスタイルの 「シンボル」 (象徴) なのである。

 このような若者の結婚観の変化は、逆に、 「結婚しない生き方」 をも正当化する。

 エリートサラリーマンとキャリアウーマンのカップルがいくつも誕生して、「結婚は仕事のできる人たちのあかし」 という風潮が生まれた80年代。
 それに乗り遅れた人たちは、不適合者の烙印を押されたような扱いを受けた。

 しかし、そのような結婚観が崩れた今、適齢期が過ぎた 「おひとりさま」 は決して哀れでも、ミジメでもない。
 むしろ、 「おひとりさま」 同士の気楽な横の連帯を通じて、家庭とか育児にとらわれない新しいフィールドで遊ぼうという人たちが増えているように思う。

 実は、今回のショーの会場で、そういう人たちの姿も目撃した。

 「旅行するのは私一人だから、取り回しのいいキャンピングカーが欲しいの」
 と説明員に語る初老の女性がいた。

 「女性同士で旅をする場合、故障したらどうすればいいのか?」
 と尋ねる中年女性もいた。
 
 販売店のスタッフに聞いても、最近はシングル女性からの問い合わせが増えているという。

 これも新しい傾向だと思う。

 私も、あるキャンプ大会で、犬を旅行の友として気楽にキャンピングカー旅行を楽しんでいるシングル女性と知り合うことがあった。
 キャンピングカーが、確実に 「おひとりさまライフ」 をエンジョイしようと思っている人たちのアイテムとして浸透しているように思えた。

 一方、男たちはどうしているのか?

 これもショー会場でのことだが、学生風の若い男の子2人が、それぞれパンフレットを集めながら、楽しそうにキャンピングカーの中を覗き込んでいる姿を発見した。

 こういう男の子同士の来場者というのも、今まではあまりその姿を見たことがなかった。
 年齢的に、小さい頃に家族でキャンピングカー旅行をしていたか、あるいはテントキャンプを楽しんだか…という世代である。
 キャンピングカーを覗き込む2人の視線の先を追ってみると、若いなりにキャンピングカーの見方を知っているという印象を受けた。

▼ 駐車場前から行列が
名古屋キャンピングカーショー行列2

 確実に、客層が新しくなり、世代交代が起ころうとしている。

 その多くは今すぐにキャンピングカーを買えるような人たちではないかもしれない。
 (だから、短期的には、商売としては難しい時代に入ったのかもしれない)

 しかし、その人たちの期待を裏切るような商品開発や売り方をしてしまうと、その先の展望が広がらない。

 販売店のスタッフの中には、ごく一部だけど、すぐ買いそうもない客だと分かった途端に、言葉づかいがぞんざいになったり、タメ口になったりしてしまう人がいる。

 限られた時間の中で、成約率の高いお客さんと効率的に話したいという気持ちがそうさせるのだろうけれど、だけど、 「将来のお客さん」 を失望させてしまうと、どんな良いクルマを造っていても、そのお客さんは二度とそこに近づかない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

ハイマーカー322

 時代の流れに呼応するように、いまヨーロッパではキャンピングカーとユーザーの二極化が進行しているという。

 ハイソサエティを対象とした高級車は、車両サイズ、装備ともに高級化に拍車をかけるとともに、先端的な技術力による 「省エネ」 「排ガス浄化」 を目指し、マスマーケットを狙うキャンピングカーは、車両サイズの小型化、装備の合理化を追求することによって、実質的・効率的な 「省エネ」 「排ガス浄化」 を狙うようになった。
 いずれのメーカーも、高級車をますます洗練させていきながらも、その数を絞り、軸足は、買いやすい価格帯の小型車に移し始めているようだ。

 ヨーロッパではトップブランドとして君臨するハイマーにおいても、今年から来年にかけての主力車種として力を入れているのは小型車である。

 ▼ ハイマーカー322外装
ハイマーカー322外装

 その中軸となっているのが、装いを新たにした 「ハイマーカー」 だ。
 種類は2タイプ。
 全長5990mmの 「322」 と、全長4990mmの 「302」 である。 (全幅はともに2080mm) 。

 シャシーはフィアット・デュカドで、ミッションは6速AT。排気量2984ccのコモンレール式直噴ディーゼルターボエンジン (157馬力) を搭載する。

 ハイマー社といえば、インティグレードかアルコーブンといった “モーターホーム” ビルダーのイメージが強いが、この2車はバンコンバージョン。取り回しの良さと経済性を主眼においた設定だ。

 特に、ここで紹介する 「322」 は、バンコンでありながら、 (日本の) キャブコン並みの機能を備えているところに特徴がある。
 充実したシャワー・トイレ機能を持ち (写真▼) 、大人3名+子供1名のベッドスペースを備え、97㍑の冷蔵庫を標準装備。給・排水ともに100㍑の水タンクが完備している。

ハイマーカー322シャワー&トイレ室

 写真でご覧のように、フォルムは全体的にスクエアで、四隅が効率的に使えるためスペース効率がいい。リヤベッド上に設定されているオーバーヘッドコンソールも、その恩恵に浴し、奥行き・容量ともたっぷり確保されている (写真▼) 。

ハイマーカー322オーバーヘッドコンソール

 リヤベッドは195mm×150mmで、2人就寝が可能 (写真▼) 。

ハイマーカー322リヤベッド

 しかもウッドスプリングが採用されているために (写真▼) 、通風性が確保され、寝心地も良い。

ハイマーカー322ウッドスプリング

 ベッドマットを収納すると、ボディ中央には長尺物も収容できるラゲージスペースが生まれる (写真▼) 。ベッドマット下には、プロパン、電装、清水タンクなどが収納される。

ハイマーカー322ベッド折りたたみ

 ボディの右サイドは大型収納 (写真▼) 。

ハイマーカー322右大型収納

 荷物が転がらないように、ダイネット部とリヤスペースの間にカーゴネットを張ることもできる (写真▼) 。

ハイマーカー322カーゴネット

 冷蔵庫の上はクローゼットも完備している (写真▼) 。

ハイマーカー322クローゼット

 ダイネットは助手席と運転席を回転させ、セカンドシートと向かい合わせて構成するスタイル (写真▼) 。典型的なヨーロッパ型キャンパーのレイアウトだ。

ハイマーカー322ダイネット1

 このダイネットはベッドメイクすると、165mm×89mmのチャイルドベッドにも早変わりする (写真▼) 。

ハイマーカー322ダイネットベッド   

 キッチンは2口コンロと深型シンクのコンビネーションタイプ (写真▼) 。

ハイマーカー322キッチン

 引き出し式の延長テーブルも設定できるので、調理スペースはモーターホーム並みに広い (写真▼) 。

ハイマーカー322キッチン延長テーブル

 ハイマー社のマスマーケット路線を代表する車種だけに、細かい部分の作り込みも入念を極める。ある意味で、日本車的なきめ細かさを発揮している部分もある。
 その一つが、セカンドシート前に設定されている “床下収納” (写真▼) 。下駄箱としても使える。

ハイマーカー322床下収納

 リヤベッドに上がるときに便利なボックス型昇降ステップも用意されるようになった (写真▼) 。ベッド下にはそのステップを格納できるスペースも作られており、移動中も邪魔にならない。

ハイマーカー322昇降ステップ

 本国ではオプション扱いの電動ステップも日本仕様では標準装備 (写真▼) 。

ハイマーカー322電動ステップ

 走りはどうか。

 すでに数々のイベント会場まで走らせている鈴木利弥部長に言わせると、
 「バンクがないため、空力特性がものすごく良い。ホイールベースも4mあるため、直進安定性も抜群」 とか。
 「走りは、確実に他のキャンピングカーを凌駕するので、気づかないうちに速度オーバーになってしまうことが多い。そこが唯一の注意点。
 常に後方確認しておかないとまずいクルマです。パトカーにはしっかりにらまれそうですから (笑) 」
 とのこと。

 オプション類も豊富で、ポップアップルーフのほか、リヤラダー、自転車キャリア、ルーフエアコンなども用意されている。

《寸評》

 バンコンといえども、さすがはハイマー。装備類の機能とインテリア造形には、上級車種のテイストがたっぷり。デザイン的な完成度においては、やはり一目置かざるを得ない。
 国産高級キャブコン勢にとってもあなどれない存在だろうし、本国では、ウエストファリアなども脅威を感じているに違いない。
 車両のお値段は、税込み943万円。


campingcar | 投稿者 町田編集長 12:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

猫会議

 今日は 「猫会議」 の日だった。
 さくら通りから、いずみ通りに入り、セブンイレブンの交差点から三つ目の路地が、 「猫会議」 の会場だ。

 始まるのはいつも日付が変る深夜の時間帯だが、気の早い猫は、夜の8時ごろから会場近くに待機して、後ろ足で耳を掻いたり、塀によじ登って伸びをしたりして、会議が始まるまでの時間をつぶしている。

塀の上の猫

 傍聴は自由のようだが、あまり近づきすぎると、雲の子を散らすように、みな逃げる。
 しかし、しばらくするとまた同じところに集まってきて、ヒソヒソ話を再開する。

 議題は何なのか。
 集まった猫たちに尋ねても、ミャーミャー要領を得ない。
 おそらく、エサ取りの縄張りでも決めているのだろう。

 こういう連中は、野生動物の仲間に入るのか、それとも、どこかにパトロンを持つ 「半家猫」 なのか、そこのところは定かではないが、みな毛ヅヤも良くて、コロコロしているから、たぶんエサの供給源はそれぞれ確保しているのだろう。
 だとしたら、優雅な人たちだ。

地面の猫

 猫には謎がいっぱいある。

 まず、やつらはいったいどからやってきたのか。
 太古の昔、犬と人間が 「狩猟の伴侶」 として共存関係になった歴史はよく知られているけれど、猫は呼びもしないのに、いつのまにか人類の周辺に寄って来て、勝手に生きている感じがする。
 食べるところもあまりないので、家畜としては役立たずだし、第一、家畜なのかどうかも分からない。

 犬はみんな自分のことを 「人間と同じ格好をしているはずだ」 と思い込んでいるが、猫にはそういうところがない。
 「我輩は猫である」 という自覚がありそうで、 「猫ですがそれが何か?」 と開き直っているところがあって、こちらが猫の着ぐるみなんかをまとって近づこうものなら、 (犬なら “怪しい!” …とワンワン吼えるところを) 、猫は 「お前バカか?」 とシラっとしているようなところがあって、ものに動じない…というか、妙に老成しているようにも見える。

 猫は不条理だ。
 家畜であるようでいて、家畜ではない。
 ペットのようでいて、ペットではない。
 存在と非存在の淡い境界を生きている。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:05 | コメント(2)| トラックバック(0)

飽きるという知恵

 最近のニュース報道を見ていると、何が真実なのか、何が正解なのか分からないほど事実経過が錯綜し、かつ評論家たちの意見や見立てがバラバラだ。
 特に、政治問題や国際問題となると、人によって意見が正反対だったりする。

時事解説

 テレビのワイドショーなどを見ていると、たとえば、民主党の小沢一郎氏に対する検察審査会の 「起訴相当決議」 に対して、それを 「妥当だ」 とするコメンテーターがいるかと思えば、逆に 「ガンバレ小沢」 とエールを送るコメンテーターもいる。

 尖閣諸島で起こった中国漁船の船長釈放だって、いまだに 「日本政府は弱腰だった」 と非難する人がいるかと思えば、 「あれはクールで理性的な判断だった」 と評価する人もいる。

 中国の反日デモをどう見るかにおいても、 「中国政府の意図的なガス抜き」 と論じる人もいれば、 「中国政府はデモに危機感を抱いているだろう」 と推論する人もいる。

 何をどう判断して、どう考えればいいのか。
 マスコミから流されてくる報道があまりにも錯綜し、かつそれを分析する人たちの意見がバラバラなので、視聴者は、立ちくらみやめまいを起こしそうになる。

 情報が多すぎるのだ。
 21世紀に入ってから、各メディアを通じて流れ込んでくる 「情報」 が、人々の処理能力を超えたのだ。

 それはそうだろう。
 ネットを取り込んだ21世紀のメディアは、その情報流通量を幾何級数的に増大させた。
 それもパソコンだった時代から、今や携帯電話やiPhonなどで、移動中にも情報にアクセスできる時代になった。
 
 一方ではテレビ、新聞、雑誌という旧メディアも平行して、健在。
 BS時代を迎えたテレビは、チャンネル数を増大させ、世界各国のスポーツ中継やニュースをリアルタイムで流すことを可能にした。

 このような情報の奔流に、まず “知識人” といわれている人たちが追いつけなくなった。

 評論家とか、ジャーナリストといわれている人たちは、ある領域においては、確かに “正しそうな” 意見をいい、聞いている人間の頭の中を整理してくれる。
 しかし、その評論家が、今度は別の領域ではまったくトンチンカンなコメントを吐いて失笑させてくれる…なんて光景は、今や日常茶飯事となった。
 
 「思想」 ですら、 「情報」 の組み合わせから生まれる時代。
 人類普遍の 「哲学」 といわれるようなものだって、その解釈は1日単位で変化する。
 コックの壊れたシャワーのように、途切れることなく流れ続ける情報を、一人の “知識人” が包括的に整理し、それを 「うまい言葉」 で解説できる時代はとっくに過ぎている。

 逆にいえば、こういうときに、あらゆる情報を満遍なく処理し、人々に行動の指針を与えるような人がもし現れれば、あっという間に民心は統一され、その人は “独裁者” になれるかもしれない。
 しかし、そのような 「独裁者の政権」 が仮に生まれたとしても、ごく短命に終わるだろう。

 人々は、情報の洪水を生き抜くための 「知恵」 を身につけ始めたからだ。

 それは 「飽きる」 という知恵。

 これまで人類は 「記憶」 が、その個人の処理能力を超えてオーバーフローした場合、 「忘却」 という脳内システムを使って解消することを身につけてきた。
 しかし、人間の処理能力を上回った現代社会の情報量は、もう 「忘却」 という自然システムでは処理しきれなくなっている。

 「飽きる」 とは、記憶が脳に残っていようがいまいが、それを強引に 「無」 に還元してしまう処理システムのことをいう。

 その 「飽きる」 ことが、これまでの人々が保持していた嗜好のスパンよりも、そうとう短いサイクルで起こるようになったのが、この情報過多社会の特徴なのだ。

 だから、移り気な国民ばかりいる豊かな先進国では、独裁政権など生まれることもないし、生まれたとしても長く続かない (日本では総理すら続かない) 。

 末永く人気を保つ芸人もタレントも、たぶん次の時代からはもう出ない。
 音楽分野でヒット曲が生まれるという感覚も今や昔の話。新しいサウンドは、ヒットになる前に飽きられる。
 書籍のロングセラーというのも、これからはもう出ない。

 政治問題も社会問題も、人々の間で、もうそれほど長く論じられることはない。
 年末にまとめられる 「今年の10大ニュース」 も、夏前のニュースには人々の興味が薄れているから、年末のニュースだけに話題が集中するようになる。

 ……ってなことが、今後はしょっちゅう起こるような気がする。

 「飽きる」 という心の動きが、人間の 「病 (やまい) 」 なのか 「知恵」 なのか、それは、今のところ誰にも分からない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:28 | コメント(4)| トラックバック(0)

ロボット兵器

 NHKスペシャルで、 『貧者の兵器とロボット兵器』 というドキュメントをやっていたけれど、重い番組だった。

 「貧者の兵器」 とは、現在のアフガンでアメリカ軍と戦っているタリバンが使うカラシニコフ銃とかロケット砲のこと。製造された時代も古く、安価な武器で、アメリカ軍の近代兵器にはとても太刀打ちできないお粗末な兵器をいう。

タリバンの兵器

 しかし、もっといえば、身体に爆弾をしかけ、自分の身体ごと相手の施設などを破壊する “自爆テロ” そのものを指す。

 それに対し、現在アメリカは、対タリバンとの戦いに、どんどんロボット兵器を投入しているのだとか。
 つまり、軍事衛星を使って “敵” の潜伏場所を探し出し、ピンポイントで敵兵を襲撃する無人の爆撃機やミサイルのことで、 “操縦士” は、アメリカ本土で、モニターの前に座っているだけ。

ロボット兵器

 モニターには、逃げ惑うゲリラの姿が明瞭に写る。
 それを、絶対安全な、地球の裏側にいる “操縦士” が狙い定めて爆撃する。
 寒さが一瞬にして全身を貫くような映像である。

 操縦士には、少年のような顔をした若い兵士や少女がいる。
 笑顔だ。
 「これは本当に楽しいの。まるでゲームみたいだから」
 若い女性兵は、無邪気な笑いを浮かべてそう言う。

 「やらせ」
 …とはいわないが、いくらなんでも、制作側の作為が露骨であるようにも思う。
 まさか、本気になって 「ゲームみたい」 などと言うはずはないだろう。
 あるいは、言ったとしても、別の文脈の中でひと言挿入された言葉かもしれない。
 そう言った意味で、番組制作サイドの意図的な作り込みが感じられる。

 …が、それが分かったとしても、やはり 「寒い」 。

 一方、タリバン側の映像も映し出される。
 村の少年が、思想教育を施され、自爆テロ要員として鍛えられていく過程を、ビデオが追う。

 「正義」 のための戦いに、一人前の男として立ち向かうことを課せられた少年の高揚した表情。
 しかし、決行の日が近づくにつれ、その顔が緊張し、動揺し、最後はあきらめたような無表情な顔に変る。

 大人たちは、少年を 「英雄」 としてほめたたえ、「必ず天国に行ける」 ことを約束し、こわばった少年の手を握り締めて、爆破装置の位置を教える。

 なんと恐ろしい映像だろう。
 
 自爆テロにおもむく人間は、決行間近になると、麻薬で神経を麻痺させられ、分別をなくした状態で “戦場” に送られるというナレーションも入っていたように思う。

 そこにも、制作サイドの作為が見える。
 そういう事実もあるかもしれない。
 しかし、それだけで 「自爆テロ」 の真相のすべてが明らかになるわけではない。
 
 …そうは分かっていても、重い映像だ。

 「自爆テロ」 の背景には宗教原理主義の怖さや貧困がある、と識者はよく言うが、そういった問題ではない。
 宗教原理主義とか、貧困とか、そういった 「合理的な説明」 で解明できない何か。
 この番組には、その “何か” を視聴者に考えさせようとしている気配があった。

 ゲームのように、モニターに写る “敵” をロボット兵器で殺す少女。
 「正義」 を信じて、自分の身体を爆弾に変える少年。

 人間って、何なのか。
 
 「人の命は地球より重い」 というイデオロギーを超えたところで、死と向き合っている人々がいる。

 意図的な編集であることが露骨に見えた番組だけど、やっぱり何かを考えさせられてしまう。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:52 | コメント(6)| トラックバック(0)

ゆずの里キャンプ場

ゆずの里006
▲ ゆずの里オートキャンプ場

 「キャンピングカープラザ東京」 の木村元一さんより、埼玉県の 「ゆずの里キャンプ場」 で開かれるキャンプ大会のお誘いを受けた。
 同社が主催するはじめてのユーザーズミーティングだという。

ゆずの里集合写真

 木村さんにはいつもお世話になっている。
 なにしろ、この業界においては、一流レストランのシェフも顔負けの 「味の探求者」 でもあるのだ。
 だから、キャンプ料理などの画像などを撮るときに、彼に、食材の調達から調理、盛りつけまで頼んだことがある。

 忙しい季節のことだったが、木村さんは本社のアネックスさんともかけあって時間を割いてくれた。
 そして、数々のオードブルからメインディッシュ、さらにデザートに至るまで、キャンプ場のテーブルが、各国使節の集まるレセプション会場の食卓に見えるくらいの料理を用意してくれたのだ。

 撮影が終わって、 (少し冷めてしまったが) スタッフ一同その料理を堪能したことはいうまでもない。

▼ この日も調理に神経を注ぐ木村さん (左) 。今回は、築地直送の新鮮な魚介類をはじめお客さんたちの持ち寄りも多く、料理のメニューは多彩を極めた。
ゆずの里CCプラザ東京大会キッチンの様子

▼ “木村シェフ” 自慢のスープ
ゆずの里キャンプスープ鍋

 そんなつき合いを重ねているので、時間があればこのミーティングには出席したいと思っていた。
 そして、16 (土) ~ 17 (日) は、埼玉県毛呂山町にある 「ゆずの里オートキャンプ場」 で、自分にとっては久しぶりのクラブキャンプを楽しんだ。

 10月は、本当にキャンプに適した季節だと思う。
 風は爽やか。
 暑くもなく、寒くもなく。
 そして、虫がいない。

 会場に着くと、アネックス本社の田中昭市社長を発見。
 このミーティングのために、奥様と愛犬アンリ君を連れて、大阪からやって来られたのだとか。

▼ アネックスの田中社長とアンリ君
田中氏とアンリ君

 田中さんって、本当に “社長ぶらない” 人だ。
 あくまでも 「招かれたお客さんの一人」 という風情で、控え目に、だけどにこやかにお客さんたちと談笑しているだけ。

 場の空気がおだやかに流れていたためか、このクラブのお客さんたちも実に紳士的であるように思えた。
 うまい言葉でいえないのだけれど、気のつかい方がうまい…というか。
 「話しが心地よく進むツボ」 を心得ている方が多いという印象を受けた。

▼ 参加者たちもミーティングの準備に余念がない
ゆずの里キャンプ参加者

 前日に納車されたばかりのクルマに乗って来られた方もいた。
 定年退職後にキャンピングカーを購入してから6ヶ月経ったが、 「今日がはじめてのキャンプ場」 という方もいた。
 「電源のつなぎ方が分からないので、今日が初練習」 という方もいた。
 「女性一人のキャンピングカー旅行を楽しむつもりだけど、要領が分からないので、今日は情報収集…」 という方もいた。

 そういう新規ユーザーの多い大会だったが、その人たちに声をかけるベテランの人たちが優しい。
 けっして、 「オレは先輩」 みたいなエラぶった話し方をしない。
 だから、初対面の人々が顔を合わせる夜の懇親会も、あっという間にフレンドリーな空気に包まれた。
 キャンピングカーを好きな人の輪が確実に広がっていくな…と感じた。

▼ キャンプ場の池には、カモもたくさんいた。
  「あとで一人ずつネギを背負って、調理場まで来るんだぞ」
  と声をかけたら、カミさんに怒られた。

ゆずの里のカモ

▼ テーブル前のイスに座り、人間の仲間になったつもりのわがクッキー
ゆずの里のクッキー

▼ 集合写真
ゆずの里集合写真
 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 14:41 | コメント(4)| トラックバック(0)

モチベーション

 そういえば、最近、小太りのスピリチュアル・カウンセラーの先生の姿をあまり見ない。
 頭をちょっと赤く染めて、薄いヒゲを生やし、いつも和服でニコニコしていた先生だ。

タヌキちゃん

 この方が、 「あなたは戦国時代に篭城して自決した武士の生まれ変わりだから、自殺の衝動に気をつけた方がいい」
 とかカウンセリングしてくれると、おぉ! …と胸を打たれてのけぞった相談者がいたものだが、そういうシーンをテレビで見ることも少なくなった。

 「猛女」 と恐れられた女性占いの先生も、いつの間にか見なくなった。
 「その男とはすぐ別れなさい。あんた死ぬよ」
 とか、いつも相手の胸ぐらめがけて豪速球を繰り出し、相談者を動揺させていた先生だ。一時は、どの番組にも出ていたんだがなぁ…。

 こういう先生方は、新鮮なうちは引っ張りダコになるけれど、あまり長続きしたためしがない。
 確かに、最初は誰だって、こういう先生方のお告げを聞きたいと思う。
 どんなに洞察力に恵まれた人間でも 「将来」 だけは見ることができないから、それを占いやら、背後霊の口を借りて教えてくれる人がいれば、神秘的なものを毛嫌いする人でも、 「ちょっと聞いてみようかな」 という気持ちになる。

 さらに、しかも! 
 この先生たちは、生きるためのモチベーションも与えてくれる。
 「あんたその男と別れないと死ぬよ」 と言いながら、
 「両親を大事にして少しでも親孝行をする気になったら、あんたの親のツテからもっと良い人が現れるよ」
 …なんて感じの、前を向いて歩こう! 風の 「動機付け」 をしてくれる。

 だけどさぁ、そういうご託宣をいただいても、一度でも裏切られたら、もうその人の信者にはならないって。
 仮に、占った相手がアカの他人であったにせよ、それがテレビによく出る有名人ならば、ご託宣が当たったのか外れたのか、やがて視聴者はみな気づく。 

 そういった意味で、テレビという公開の場で他人の未来を当てるというのは、リスキーな商売なのだ。

 誰もが生きることに疲れ果て、元気の出るモチベーションを求めている時代だから、確かに、こういう人々が脚光を浴びるのは分かる。自分から第一歩を踏み出すのは面倒くさいが、占いの見立てや守護霊が背中を押してくれるなら、 「やってみようか」 という気分も生まれやすい。

 だから、今の時代、 「サクセスに向かって最初の一歩を踏み出す」 企画が大流行。
 「自己啓発本」 というのは、その最たるものだ。
 しかし、それを読んでその通りに実践し、成功したという人の話はあまり聞かない。
 (成功しているのは、自己啓発本を書いている人だけだ)
 
 モチベーションというものは、本来が長く続かないようになっている。
 だからこの世には、モチベーションを喚起する仕掛けが絶え間なく生まれ、モチベーションビジネスはいつだって大盛況だけど、結局、決定打がない。

 モチベーションというのは盛り上がった分だけ、落ち込んだときの疲れが尋常ではない。
 多くの人が 「達成感」 と名づけている “気分” は、この疲れなのだ。
 だから、達成感が得られると、人間はしばらくやる気が出ない。

 いやいや話がソレちゃったけれど、要は、モチベーションの喚起を売り物にした先生たちは長続きしない…ということ。

 経済アナリストから転身して、 「やる気を出す」 ためのノウハウ本を量産している素敵なミセスの先生がいるけれど、一時ほどの勢いがなくなったようだ。
 彼女の場合は、大丈夫かな…。

 政治評論家としてデビューし、低音の魅力で女性ファンをたくさん集め、今や美術番組のキャスターまで務めている先生がいるけれど、その先生も、モチベーション本に頼り始めたら危ないと思う。

 モチベーションって、…だって (金儲けのネタにするなら別だけど) 人に与えられるようなものではないし、そもそも人から与えられるものでもないでしょ?


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

アノマロカリス

 落ち込んでいるときは、古生物の話なんかにうつつを抜かしていると、癒される。
 もう、今となっては昔の話になるけれど、この夏、 「ホウカシキエン」 という病気で、病院通いのほかは家に閉じこもっていた頃、実はちょっと落ち込んでいた。

 体が思うように動かないということとは別に、社会との接点を断ってしまうと、気力も一気に萎えた。
 ブログを書く気にもなれず、パソコンも開かなかった。

 そんなとき、何をしていたかというと、古生物の本なんか読んでいた。
 面白かったのは、カンプリア紀の奇妙な生き物たちの話。

 「古生物」 というと、恐竜が一番人気だけど、それ以前の生き物たちも、よく調べてみるとなかなか面白い。
 とくに興味をもったのが、 「アノマロカリス」 という生き物。
 本を読んで知ったことだが、アノマロカリスというのは、 「奇妙なエビ」 という意味だという。

アノマロカリス
 ▲ アノマロカリス (Wikipediaより)

 確かに、イラストを見るとエビっぽい。
 が、この “エビ” は、今から5億年前のカンブリア紀においては、食物連鎖の頂点に立つ最大・最強の生物だったらしい。

 この時代、生物の種類が突然増えた。
 専門家は、これを 「カンブリア紀の爆発」 という。
 特に、硬い殻 (から) を持ったさまざまな生物が海中を埋め尽くすようになった。

 なぜ、このとき生物の多様化が進んだのかは、諸説ある。
 また、殻を持つ生物がなぜ生まれたかということに関しても、諸説ある。

 忘れてならないのは、この時代に、生物がはじめて 「眼」 を持ったことだ。
 それまで、地球は霧に覆われた世界だったので、眼は不要だった。

 ところがカンブリア紀に入って太陽の光が増大し、その光りが霧を突き破って海中をも透過するようになった。

 眼を持つとは、一体どういうことなのだろう?
 すべての生き物が、お互いの存在を確認し合うようになったわけだ。
 そのとき、
 「あ、あいつは俺より小さいから食べてやれ」
 …なんていう乱暴なヤツが現れてきて、海の中は一気に弱肉強食の世界になったと思われる。

 この時代、殻を持つ生き物が現れたのは、そこで生じる戦いへの備えだったかもしれない。
 (それとは関係なく、偶然殻を持ったに過ぎないという学者もいる)

 で、殻を持った生物の代表的なものが、ちょっとゴキブリっぽい形をした三葉虫。
 大きいものは60㎝~70㎝もあったといわれ、太古の海を生きる生物としては立派な体格の持ち主だった。

三葉虫の化石
 ▲ 三葉虫の化石 (Wikipediaより)

 が、そんな三葉虫族に容赦なく襲い掛かり、ガッツリ捕食していたのが、体調1mはあったというアノマロカリス。
 なにしろ、当時はこれより強い生物は他にいなかったらしく、ジュラ紀でいえばティラノザウルス。今のアフリカのサバンナでいえばライオンのように、 「無敵の帝王」 として振る舞っていたらしい。
 
 しかし、そんな最強生物の存在が知られるようになったのは、比較的最近…1980年代のことだという。
 というのは、その全体像を伝えるような化石がなかったからだ。
 アノマロカリスというのは、その捕食肢 (ほしょくし) やら、口やら、胴として残された化石をパズルのように組み合わせることによって、ようやくその全貌が分かった生物だったのだ。

 最初に化石として発見されたのは、その捕食肢…つまりエサをバクっと押さえるための触手…つぅのかハサミっていうのか、そこの部分だった。

 その形がエビに似ていた。
 だから、最初の発見者は、それを大きな生物の捕食肢 (ハサミ?) とは思わず、独立したエビだと判断した。 (アノマロカリス…奇妙なエビという命名はそこから生まれている) 。
 
 捕食肢が “エビ” だと思われたのは仕方がなかった。
 その部分だけでも、10㎝ぐらいあったからだ。
 大きな生き物のいなかったカンブリア紀の海では、10㎝もあれば、立派な体躯を持つひとつの生き物だった。

 それとは別に、胴と口の化石も、それぞれ別個に発見された。
 しかし、これも捕食肢と同じように、最初は独立した生き物だと勘違いされた。
 胴はナマコの仲間に分類され、口はクラゲの仲間の扱いを受けた。

 しかし、一部の学者たちは、やがてその “エビ (捕食肢) ” に疑問を感じるようになった。
 アノマロカリスの捕食肢はその後もたくさん発見されたが、奇妙なことに、どの化石にも消化管がない。

 そこで、 「これはなんかもっと大きな生き物の “一部” ではないのか?」 という推論が生まれ、そこからアノマロカリスの本格的研究が進むようになったという。

 こうして、別個の生き物だと思われていた捕食肢と、胴と、口が統合されたとき、学者たちは、その生物の巨大さ (といっても1mだが…) と、その捕食行動を完璧にこなすための身体構造に舌を巻いたという。
 神ですらこのような完全無欠の捕食者を設計するのは難しい…と思われるほどの恐ろしい生き物だったのだ。

 だが、このカンブリア紀の帝王は、その後どうなったのか。
 何にも進化することなく、いつのまにかその姿を消したらしい。

 食物連鎖の頂点に立つ無敵の王者がなぜ滅んだのか。
 答えは闇の中。

 しかし、生物の歴史ではそのようなことが頻繁に起こる。
 そして、その多くは謎に包まれた長い年月を送ることになる。
 恐竜が絶滅した原因も、真相が知られるようになったのは比較的最近のことだ。
 いつかは、アノマロカリスが姿を消した理由も明るみに出るだろう。
 それがちょっと楽しみ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

2001年宇宙の旅

2001年宇宙の旅ポスター

 「SF映画の金字塔」 といわれ、その出来映えに、今もなお賞賛の嵐が集中している 『2001年宇宙の旅』 。
 1968年の公開だというから、なんと40年以上前の映画ということになる。

 私もまた、リバイバル公開されたものを高校生のとき一度劇場で見ている。
 そのとき、
 「すごい映像だ!」
 …と感心したことはあったけれど、そこから何かを考えるヒントをもらったというほどのことではなかった。
 だから、自分の “好きな映画” のリストから、この映画は外れていた。

 しかし、昨晩、風呂から上がってテレビを付けたら、たまたまこの映画が放映されていて、 (途中からだったけれど) 久しぶりに、じっくり見させてもらった。

 「ああ、こういう映画だったのか…」

 ようやくである。
 ようやく、この映画の本当のすごさというか、面白さに気づいた。 

 どういうストーリーかは、Wikiなどのネット情報にさんざん出ているし、この映画の評価に対しても、優れたレビューがたくさん掲載されているので、ここでは繰り返さないが、一言だけ説明すると、 「 (68年においては近未来である) 2001年に実現された “宇宙旅行” の様子を、きわめてリアルに紹介した空想科学 (SF) 映画」 ということになろうか。

 特に宇宙船や宇宙服、月面状況などの描写に関しては、1960年代につくられた映画であるにもかかわらず、21世紀の工学的知見にも耐えられるほどの科学実証性を備えていると、科学や映画の専門家たちはいう。

 しかし、この映画が今日まで語り継がれてきたのは、その映像の作り込みもさることながら、 「なんかすごいことを言っていそう!」 という、そのテーマの提示の仕方が魅力的だったからにほかならない。

 「宇宙と人間」
 「文明と人間」
 「神と人間」
 「人工知能と人間の知能」

 まさに、 “問があっても解答がない” スケールの大きな問題が映像の向こうにデンと居座っており、その哲学的な味付けに、多くのファンが魅了されたといってもいい。

 とにかく、謎の多い映画なのだ。観客を突き放した…というか。

 まず、画面に3度ほど登場する “謎の石碑” の正体が分からない。
 角に触ると手が切れそうなほど滑らかに磨き上げられた石碑 (モノリスと呼ばれている) は、宇宙をコントロールする知的生命体 (神?) が、人類に 「知恵」 を授けるために送った “教育装置” などという解釈が流布しているが、映画の中では、特にそのように語られているわけではないので、最後まで意味不明。

 木星探索に派遣されるディスカバリー号には、人類の演算能力をはるかに凌駕する 「ハル9000」 というコンピューターが搭載されているのだが、その 「ハル」 が乗組員に反乱を起こし、宇宙船から人間を排除しようと画策する。
 しかし、ハルはなぜ反乱を企てたのか、目的は何だったのか、これに関しても解説がない (解釈は無数に存在するが) 。

 ディスカバリー号が目的地の木星に近づくやいなや、その船長はサイケデリック (死語?) な色が炸裂する光のトンネルをくぐり、最後はロココ風インテリアで統一された部屋に到着する。

 ▼ ロココ風の部屋にも、いつのまにかモノリスが…
2001年宇宙の旅ロココ部屋モノリス

 しかし、その “ロココ部屋” が何を意味するのか、そこがどこなのか、こいつも説明なし。

 …といった感じで、とにかく観客を混乱させる意地の悪い仕掛けがいっぱいある映画なのだが、そういう意味不明の部分が、逆にファンの探求心を刺激し、その謎を自分なりに解釈することによって、ファンは哲学的な命題に近づいていくような気分に浸れる…という映画なのだ。
 

 しかし、単純に見ると、これは 「ホラー」 だ。
 私が今回見て感じたのは、言い知れぬ寒さを伴った 「恐怖」 だった。

 若い頃に見たときには、ぜんぜんそんなものを感じなかったのに、今見ると 「ホラー」 に見えるというのは、一体どういうことなのだろう。

 1960年代~70年代において、この映画のように未来のライフスタイルをリアルに描いた映画はほかになかった。
 無重力状態の中を移動する人間の姿や、宇宙食を食べる様子など、その描き方が自然であればあるほど、映像としては、当時は非日常的なものに見えた。

 しかし、その後に描かれた無数のSF映画やSFドラマが次々と同じようなシーンを撮り続けるうちに、 『2001年宇宙の旅』 で描かれた未来のライフスタイルは、いつしか “日常的な光景” になってしまった。
 そうなると、そこに刺激はない。

 『2001年…』 に登場する宇宙船の外形は、 『スター・ウォーズ』 の宇宙船よりもおとなしい。
 その船内は、 『エイリアン』 の宇宙船の船内より平和的だ。
 人工知能の 「ハル9000」 は、 『マトリックス』 に出てくる人工知能よりも紳士的で優しい。
 その後に登場した刺激的なSF映画に比べると、 『2001年…』 は、なんと平和で牧歌的な映画であることか。

 ▼ 木星に向かうディスカバリー号
2001年宇宙の旅ディスカバリー号

 科学と人間が、美しくも若干退屈なハーモニーを奏でる予定調和に満ちた世界。
 その後のおどろおどろしいSFアクション映画に比べ、 『2001年…』 は、宇宙と美しく調和して生きる人間の姿を描く作品にすら思えてくる。
 そんなことを感じさせる仕掛けのひとつに、宇宙空間を移動していくときのBGMとして使われる 「美しく青きドナウ」 (ヨハン・シュトラウス) がある。

 この映画を最初に見た人は、この音楽の使われ方にハッとするはずだ。
 平和を享受する人々を優しく祝福するような明るいメロディ。
 そのメロディが流れ始めると、星空を進む宇宙船の姿は、シャンデリアの下で舞踏会を楽しむ貴婦人に早変わりする。
 まさに、宇宙旅行が日常的なレジャーとなった時代を表現するにふさわしい選曲だったといえるだろう。


 「ホラー」 というのは、その揺るぎない日常が、突如揺らぐところから始まる。
 
 それが月の地中から掘り起こされたモノリスの登場だ。
 400万年前に、月の大地に埋められたとされるこの石碑は、誰が、何のために造ったものなのか。
 そして、それが木星に向かって発信している電磁波は何を意味しているのか。

 すべてが明るく調和的に進行するストーリーの中で、突如出現するこの 「謎」 は、幽霊や妖怪の出現よりも怖い。
 月の地中から掘り起こされたモノリスは、400万年の時を超え、 「人類の歴史に始まりがあるのなら、その終わりもある」 ことを伝えるために出現したようにも感じられる。

 コンピューター 「ハル9000」 という存在も怖い。 
 知能とともに、感情すら持っているのではないか? …と感じさせるこのコンピューターは、はっきりと感情を持つ存在として描かれた 『ブレードランナー』 のレプリカントよりも正体不明で、なんか怖い。

 ▼ ハルが 「人格」 を持っていることを表すかのように、
 人間と会話を交わすときには、ハルの “一つ目ライト” が微妙に光りを変える

2001年宇宙の旅ハルの目(?)

 人間の演算能力をはるかに凌駕するハルが、もし狂ってしまい、しかも、その狂ったことを人間に悟られないように巧妙にウソをつき始めたとしたら、人間はそのウソをどのようにして見破り、どう対応したらいいのか。
 まさに、そこに、人工知能が現実的な存在となりつつある現代の恐怖がある。

 宇宙船の船長は、思い切ってハルの頭脳回路を切断することを決意する。
 船長の決意を知って、ハルは恐怖する。
 “脳神経” がひとつひとつ切られていくことを 「痛み」 として感じるハルは、しきりに自分が正常であることを訴え、船長に忠誠を誓い、 「助けてほしい」 と哀願する。
 しかし、回線が解除されていくにしたがって、ハルの知能は退行し、やがて幼児期の記憶しか残されない老人のように、自分が誕生した頃に覚えた “子守唄” を歌いながら息絶える。

 ▼ ハルの頭脳回路を切断していく船長
2001宇宙の旅頭脳回路の切断

 こわ~!
 と思った。
 このシーンがこんなに恐ろしいシーンだとは、昔は気づかなかった。

 「ホラー」 とは、この世に存在しないはずのものが、存在することを訴える作品のことをいう。
 幽霊の実在を信じる人にとって、幽霊が出る話は 「ホラー」 ではない。

 モノリスの怖さというのは、どう見ても人工物としてしか考えられない物質が、400万年前から存在していたという怖さで、これも 「存在しないものが存在する」 例となろう。
 同じように、必死に命乞いをする人口知能というのも、ありえない。

 モノリスやハルは、その存在しないはずのものが、突然現出してきたときの驚きと恐怖を体現している。
 この映画のすごさが本当に理解できるのは、つくられてから40年という時が経過した 「今」 なのかもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:13 | コメント(2)| トラックバック(0)

ピラミッド温泉

 すでに多くの利用者情報がネットに溢れている 「ピラミッド温泉」 。
 確かにすごい!
 言葉を変えていえば “素晴らしい” 。
 一時、異次元の世界にトリップできる。

ピラミッド温泉全景099

 ここは、那須高原を回るキャンピングカー旅行の合間に立ち寄った温泉なのだが、その理由は 「マッサージ施設」 があるとネット情報に出ていたからだ。
 昨年冬に大病を患ったカミさんは、その後も心身の疲労を訴え続けていて、温泉に浸かってマッサージを受けるというのが、今のところ最良の “癒し” になっている。

 そこで訪れることにした 「ピラミッド温泉」 。
 しかし、カミさんは、そのネーミングだけで、腰を引いてしまった。
 名前が 「怪しげだ」 という。
 …で、延々と林の中を通り抜け、実際にピラミッド状の建物が木々の間に見え隠れしたとき、
 「やめよう」
 と言い出した。

 しかし、私自身は、こういうキッチュな嗜好が嫌いではない。

 建物前の駐車場にクルマを止め、恐る恐る中をうかがうと、ピラミッドの前にはスフィンクス。
 そのスフィンクスの隣りには、どこの日本庭園にもありそうな石灯籠。
 そして、手前には、ヴェルサイユ宮殿の庭なんかに出てきそうなライオン像。
 「トランスカルチャー」 ともいうべき時空を超越したシュールな取り合わせが、なんとも好奇心をそそる。

ピラミッド温泉095b

ピラミッド温泉097

ピラミッド温泉花壇

 受け付けで 「450円」 の入浴料を払って中に入ると、ますます時空の整合性が狂い出すような不思議な空間が広がっていく。
 温泉に向かう廊下の片側には、長いガラスケースが連なり、その中に陳列されているものは、インド風彫刻だったり、中国風の木彫りだったり、奇岩とも宝石ともとれる珍石、奇石の数々。

 圧巻は、男女風呂が分かれる浴室入口前のロビー。
 正面には、でっかい大理石 (?) の観音像か菩薩像。
 その上には、大空かける龍をかたどった長さ4~5mはあろうかという木彫りのレリーフ。
 和漢折衷のオリエンタリズムここに極まれりという神秘的なオブジェ群に囲まれていると、なにやら不思議な霊気が身体中に満ち溢れ、ふわっと宙に浮きそうな気持ちになってくる。

 浴室に入ると、これまた女神像やら観音像やらが浴槽の周りにたたずんでいて、ハスの花が咲き誇る極楽の池にでも浸かっている気分。

 圧巻は (おっとこの表現は二度目か…) 、内風呂の真ん中にそそり立つ 「氣柱 (きばしら?) 」 。
 ただの円柱形の柱なんだけど、その柱に背などを当てて湯に浸かると、 “ピラミッドパワー” が身体中に満ち、心や身体の病を自然治癒力で治すという。
 それも、 「他に類を見ない圧倒的パワーで」 …とか。

 う~む。すごい所に来てしまった。

 鈍感な体質のせいか、その 「圧倒的パワー」 がいまひとつ身体中に満ちてくるという実感は得られなかったが、確かに、お湯そのものは気持ちいい。

 この温泉の特徴は、身体になじみやすいように、温度を変えた湯船が3段階ぐらい用意されていることだ。
 泡風呂は39度。メインの浴場は42度。
 最初は、低い温度の湯に浸かって身体をなじませ、徐々に高い温度の湯に浸かって疲れを取る…という心配りが行き届いている。
 露天風呂も40度を下回る温度に保たれ、ゆっくりと心地よく浸かっていることができる。

 ヒノキ (?) 張りの露天風呂は意外と小さいが、周りは庭園風の意匠が凝らされていて、やはり “極楽の池” っぽい感じ。

 庭の一隅には、倉庫か浄化槽が分からないが、四角い壁に囲まれた小屋があって、その壁一面に、 「ジャックと豆の木」 の童話を現わしたようなイラストが描かれている。それが、手入れの行き届いた庭木の景観と、 (ま、いい意味での) ミスマッチ。
 絵のタッチは素人っぽくてヘタなんだけど、その稚拙さが奇妙な迫力となって、庭の雰囲気と合わないなぁ…と思いつつも、ついつい目が行ってしまう。

 ▼ 建物の前には 「コインランド」 の案内標識が。
 「コインランドリー」 のことだろうか? 
 もしそうならば、「ランドリー」 と謳わない “おうようさ” がほのぼのとしている。

ピラミッド温泉コインランド

 この温泉、オーナーはどういう気持ちで経営に当たっているのだろうか。
 浴室前には、
 「入浴時には、とてもいい湯だ! とてもいい湯だ! と意識してください」
 という張り紙が貼られている。

 その語調が、本気のようでもあり、どこかギャグのようでもあり。
 いや、もちろんギャグというわけはあるまいが、現実と非現実の境界をたゆたうような感覚を、オーナー自身も楽しんでいるという気配がある。
 真面目に取れば、お客に 「快適な湯を味わってほしい」 という熱意がそこに込められているようにも思う。  

 この温泉内には、ほかに 「パワースペース」 なる不思議な空間があって、そこには 「巨大黄金根」 なる “神秘的な” なたたずまいを持つ奇木があるらしい。
 そこがピラミッドパワーが最も顕在化する “瞑想空間” なのだとか。
 「入ってみたいなぁ…」 という気持ちと、 「なんかヤバイかも…」 という気持ちが複雑に絡まりあって、結局そこは見なかったけれど、今となっては、見ておけばよかったかも…という気分だ。

 はたしてピラミッドパワーは、わが身体にどう作用したのか。
 ホウカシキエンという病気を患ってから、左足の血流が悪く、肌が全体的に青黒くなってるのだけれど、カミさんに言わせると、
 「あら、足の青黒さが取れている」
 という。

 「え?」
 と自分の足を見直すと、確かに肌に白っぽさが戻っている。
 ピラミッドパワーのご利益があったのかな。

 ▼ 温泉と道路を隔てて 「和倉座」 という劇場があって、
   ときどき中国舞踊や日本舞踊が披露されるらしい。

ピラミッド温泉和倉座2
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 03:07 | コメント(6)| トラックバック(0)

秋の塩原温泉

 長男が引越しのために1週間の休みを取ったという。
 休日は人と会ったり、ライフラインの整備をするので忙しいが、ウィークデイが3日ほど空いたとか。
 だから、
 「キャンプに行かないか?」
 と電話をしてきた。

塩原グリーンV002

 珍しいことだ。
 どういう風の吹き回しか知らないが、その提案に乗って、こちらも休みを取ることにした。

 なにしろ最後に一緒にキャンプに行ってから、5年ぐらい経つ。その間、私のキャンピングカーは 「夫婦二人のくるま旅」 か、 「犬連れ一人キャンプ」 に使っていただけだった。
 カミさんと3人でキャンプに行くというのは、考えてみれば長男が高校生だったときが最後だ。
 それも、そのときは彼の友人が3人同行していたので、 「親子水入らず」 のキャンピングカー旅行というのは10年ぶりということになるのかもしれない。

 「何を用意すればいいか?」
 と尋ねたところ、
 「将棋を持ってきてくれ」
 という。

 彼が高校生のとき、一緒に北海道旅行に行ったことがある。
 夜は車内で将棋ばかりやっていた。
 お互いの王将が敵陣に入ってウロウロするというヘボ将棋だったが、そのときの楽しさが記憶の底に潜んでいたのかもしれない。

 行き先としては、塩原グリーンビレッジ (栃木県) を選んだ。
 とびきり景観に恵まれたというロケーションではないにせよ、サイトのどこからも木々に埋もれた山が見え、快適な温泉があり、しかもレストランが完備している。ものぐさキャンプにはもってこいの場所なのだ。

 このキャンプ場は、長男との 「男同士の二人旅」 で一度訪れたことがあって、楽しい記憶が保存された場所だった。もちろん彼にも異論はなかった。

 ▼ ウィークディのサイトは静かで、のんびりしている
塩原グリーンV078

 久しぶりに行ったグリーンビレッジは、温泉施設もキャンプ場の管理棟もリニューアルされ、入浴システムなども変っていた。
 2泊したが、今回はサイトで食材の調理をしなかった。
 昼は、立ち寄り温泉 (福のゆ) の食堂で煮込み、枝豆、ヤッコなどをつまみにビールを飲み、夜はレストラン (ポ・シェ) で、ピザやバーベキューを食べて、レモンサワーを飲んだ。
 親子3人でたわいない会話を交わし、車内ではラジカセで音楽を聞きながら、将棋やトランプをした。

 ▼ レストラン 「ポ・シェ」
塩原グリーンVレストラン
 
 ▼ バーベキューはうまかった
塩原グリーンVバーベキュー

 ▼ キャンプ場内にある無料の「野天風呂」
塩原グリーンV野天風呂表

 ▼ 目の醒めるような緑を見ながらの朝風呂は最高
塩原グリーンV野店風呂_中

 カミさんは、昨年の冬から患った再生不良性貧血の後遺症を引きずり、いまだに体調が万全ではない。
 そのカミさんの身体を気づかうように、息子が彼女の背中をさすり、重い荷物を運ぶのを手伝い、クルマに乗り降りするときは、ステップに上るための小さな踏み台を用意する。

 そのあまりにも繊細な心づかいに、最初はカミさんの方が戸惑った。
 しかし、やがてそれは息子への感謝の気持ちを表現する涙に変った。 
 「キャンプに行こう」 という提案は、彼なりの親孝行の気持ちから生じたものだったのかもしれない。

 「家族」 というのは、人が思うほど頑丈なものではない。
 ガラスのように壊れやすいものだ。
 そおっと気づかうという互いの繊細な神経によって、かろうじて維持されるようなものなのかもしれない。
 だから、 「心が通い合っている」 という確認が交わされたときに、それが 「ありがたいものだ」 という喜びに変る。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 02:07 | コメント(6)| トラックバック(0)

DJ二郎さんの話

 エアストリームのクラスBモーターホームを愛し、日々の仕事からプライベート旅行に至るまで、まるで “サンダル” のように日常使いしているタレントさんがいる。
 高杉 ‘Jay’ 二郎さん。
 レギュラー番組を受け持つテレビやナレーションでは、この 「高杉 ‘Jay’ 二郎」 という名で。ラジオでは 「DJ JIRO」 として親しまれている人だ。

 記録的な猛暑が続いたこの夏の終わりに、ひょんなことで、二郎さんと知り合うことになった。

DJ二郎氏0066

 ラジオ、TV、スポーツ放送の実況現場など、仕事場がめまぐるしく変わっていくのがDJ稼業。
 二郎さんのメインのお仕事はこのDJなのだが、現在その “仕事場” ともいえるエアストリーム170にたどりつくまでには、はたしてどんなドラマがあったのだろうか。
 以下は、その高杉 ‘Jay’ 二郎さんが語ってくれた 「芸能的キャンピングカー人生秘話」 だ。


■ はじめて見たキャンピングカー

 現在は、FMラジオ局で2本のレギュラー番組を抱え、TVではスポーツ番組の実況やスポーツDJとして活躍する二郎さん。
 実は、上方落語の重鎮、桂三枝さんの弟子でもある。

 高座に登る落語家というよりも、役者として三枝師匠の元に入門したというのが、二郎さんのその後の方向性を決めることとなった。テレビのレギュラー番組や、映画で主役を務めるような仕事が舞い込んでくるようになったからだ。

 やがて、本格的に映画を勉強したいという夢が膨らみ始め、ハリウッドのあるロサンゼルスに単身渡る決意をする。
 20代半ばの頃だったという。

 しかし、LAに着いても、現地にツテもない日本の一青年にとっては、勉強を支えるための生活を維持することが難しく、最初は日本料理店でアルバイトをこなすことになった。

 二郎さんの働きっぷりを見て気に入った日本人のシェフが、ある日、遊びに来いよと自宅に誘った。
 何も考えずに行って、驚いた。
 「自宅」 というのは、モーターホームだったのだ。

 「あのときの驚きは忘れませんね。クルマそのものが家になっているという乗り物は、その日まで見たことがありませんでしたから」
 と、二郎さん。
 そのシェフに聞くと、
 「俺たちは、いつ店との契約が切れるか分からない。だから家など持てないんだよ。そういうときに、こういうクルマが1台あると、とても便利なんだ」
 という。
 家を持たずにクルマで暮らすという発想も、生まれて初めて耳にする話だった。
 二郎さんのキャンピングカーとの出合いは、カルチャーショックの中で始まった。

DJ二郎氏0028

■ きっかけはハリソン・フォード

 キャンピングカーに対する興味が不動のものとなったのは、ハリウッドスターとして有名なハリソン・フォードのトレーラーハウスを見てからだ。
 といっても、ハリソン・フォードが所有する車両というわけではない。

 ハリウッド映画の撮影現場では、主役級のスターを招いたときは、必ずエージェントがトレーラーハウスやモーターホームを用意し、そこをスターたちの更衣室や仮眠する休憩室に当てる。
 そのハリソン・フォードが休憩しているトレーラーハウスに 二郎さんはおもむくことになった。
 日本語を教えるティーチャーとして。

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 ▲ 『ブレードランナー』 に出演していた頃のハリソン・フォード 

 当時、二郎さんは、幼い頃から格闘技をやっていた経験を生かし、殺陣師としてアクションの振り付け指導をしたり、自らも出演するなど、映画の裏方として活動していた。
 ちなみに、日系のFM局で、ラジオのDJとして認められるようになったのもこの頃。

 そのように、何でもこなす日本人スタッフとしてハリウッド映画の周辺で活躍していた二郎さん。その多才ぶりが評価され、ハリソン・フォードの日本語教師を務めることにつながったのだが、その 「教室」 となった豪壮なトレーラーハウスには、二郎さんも 「度肝を抜かれた」 という。

 「奥はプライベートゾーンなので見せてもらえなかったんですが、チラっと見ると、特大級のクィーンサイズのベッドがあり、10人前ぐらいの食材を10日間も蓄えられそうな巨大な冷蔵庫があり……。家具や調度も高級ホテルみたいでした。
 まさに、ハリウッドの大スターに相応しい “夢の御殿” という印象でしたね」


■ “仕事” がキャンピングカーを求めるようになった

 この 「驚き」 に満ちたキャンピングカー体験が、その後の二郎さんの人生の方向を決める。

 「で、日本に帰ってから、さっそく自分に合いそうなキャンピングカーを探し始めたのです」

 日本における二郎さんの仕事は、テレビ、ラジオなどのスポーツ実況の中継やアスリートたちを盛り上げるためのDJを中心に、多彩な広がりを見せていた。スノーボードやモーグル競技では、日本を代表する選手たちも認めるくらいの人気DJとして知られるようになった。

 仕事が広がったのはいいが、地方への出張も増えた。

 「東京で、スタジオの仕事を金曜の夜に終え、そのまま土曜日の朝から始まるスポーツの実況のために地方に向かう…なんていうことがしょっちゅう起こるようになったんです。
 そうなると、もうホテルのチェックインなど意味がないですね。夜中の3時や4時に現地のホテルに入っても寝る時間すらない。
 では、競技に参加する人たちはどうしているか? …というと、みんなゲレンデ横の駐車場で、 “車中泊” なんですね」

 そのとき、二郎さんは、今まで以上に強烈にキャンピングカーを欲しいと思った。もちろん “旅行の道具” としても憧れていたが、それ以上に、生活拠点として必要に迫られることになった。
 買う前にはいろいろなキャンピングカーショーを見学し、ディーラーにも顔をのぞかせた。
 しかし、どうも “自分に合った1台” がなかなか見つからない。
 
 そんなとき、現在のエアストリーム170にひょっこり出合った。

DJ二郎氏0050

 「エアストリームは、アメリカにいたときから憧れていましたからね。
 しかしさすがに、日本ではあの大きなトレーラーを引くまでの勇気はなかったんです。
 しかし、この自走式に出合って、もう見た瞬間に 『これだ!』 と思いましたね」


■ 持っているクルマはこれ1台だけ

 手に入れたのは、2004年。
 それを機に、それまで使っていたボルボのステーションワゴンを手放した。

 だから、二郎さんには現在セカンドカーがない。
 つまり、このエアスト170がファーストカーであり、同時にセカンドカーなのだ。

 「とにかく、自分専用のクルマとして持っているのはこの1台だけ。これを手に入れたときに住んでいた町は、東京の世田谷だったんですよ。
 道が狭い街でね。
 最初の頃はあちこちにボディを擦りましたけれど、そのうち車両感覚が身について、どこに行くのも平気になりました。
 もしかしたら、僕は、東京都内をいちばんキャンピングカーで動いている人間ではないかしら。
 都内の山手線内で、あのクルマが止まれる高さと幅をクリアしている駐車場の情報に関しては、けっこう詳しいですよ。
 だから、そういうパーキングがない場所で待ち合わせする場合は、隣の駅に止めて、そこから一駅だけ電車に乗るとかね」

 愛車のサイズは、幅2.3m。長さ5.2m。

 「普通の駐車スペースだとやはりちょっと前ツラが出るんですが、なんとか収まることが多いんです」


■ 奥さんも絶句したデカさ

 最初はみな笑った、という。
 「そんな馬鹿デカいクルマに乗ってきて、都会じゃ不便でしょ?」

 奥さんとなった女性と、最初にデートしたときも、
 「なに !? このクルマ…」
 と一歩引いて絶句したとか。

 確かに、都心の狭い駐車場に入れるときは苦労することもある。
 しかし、仕事が終わると、そのまま遊びに行けるというのも、こういうクルマならではのメリットだ。

 「僕の場合、遊びと仕事の境目がないんです。いま山梨県に住んでいるんですが、たとえば、北関東で仕事をしていて、その翌々日には東京の仕事が入っているとしますね。
 その間に “空白の1日” ができてしまいます。
 もうそんなときは、1日の大半を費やして山梨に帰るよりも日光などに見物に行っちゃうんです」

DJ二郎氏0090

 そうやってクルマの中で寝泊まりするのは、年間50泊以上。

 時には、仕事で一緒になったスタッフやゲストと一緒に泊まることもある。

 「DJという仕事柄、ミュージシャンの友達が多いんですよ。彼らのような音楽系アーチストは、けっこうレコーディングなどで行き詰まったりしてストレスを抱えていることが多いんです。
 そうすると、たいていこのクルマに目を付けて、 『ジローさん、これでどこか行こうよ』 と声かけてくるんです」


■ ストレス解消にはもってこい

 クルマの中にはキッチンがある。
 凝った料理を作るわけではないが、海岸に面した駐車場などにクルマを止め、アーチスト仲間といっしょに食事を採り、ソファでくつろぐ。

 「すると、みんな “こういう生活っていいなぁ!” というんですよ。ストレスが解消されて頭の中がクリエイティブになるんでしょうね。
 “ちょっといいフレーズを思いついたからギターを弾くよ”
 そんな感じで、車内がとつぜんスタジオになったりね (笑) 」

 気密性の高いボディだから、外に音が漏れることもあまりない。
 思いっきり “演奏できる場” になるそうだ。
 だからミュージシャンの中には、二郎さんの車内で曲を作った人たちもいるという。


■ 常に同行する “仲間”

 二郎さんには、奥さんが同行しない時でも、必ず連れ添う “仲間” がいる。
 4歳の 「オーサ」 ちゃん。イタリアングレーハンドの女の子だ。

DJ二郎氏0028

 キャンピングカーは断熱加工されているので、室内温度の適正化が図りやすい。
 今年の夏のような猛暑が続いた日でも、犬を車内に残して買い物やお風呂に行くのも安心だ。

 「犬連れでキャンピングカー旅行すると、いろいろなつながりができるんですよ。サービスエリアなどで休んでいても、犬連れのユーザー同士は話がしやすいんです。
 犬がきっかけとなって、おつき合いが始まった人たちもたくさんいます。友達の輪を広げるのなら、 “犬 + キャンピングカー” が一番です」


■ 2台目を買うとしてもキャンピングカー

 「もうこのクルマを手放す気はないですね。だって生活の一部だから」
 という二郎さん。
 電源があるので、パソコンが使えるということも大きなメリットだという。

 「僕は番組用の原稿も書くんですが、旅行しながらその原稿をどこにでも送れるというのもありがたいですね。
 今までなら、自宅にいないときはネットカフェに行かなければなりませんでしたが、もうその必要がなくなりました」

 二郎さんの “ひらめき” が、そのままクルマを通して、オフィスにまで直結する。
 もしかしたら、二郎さんにとって、このキャンピングカーは 「生活の一部」 を通り越して、 「身体の一部」 なのではないだろうか。

DJ二郎氏0094

 「ほかのクルマが欲しくなったとしても、多分これは残したまま、もう一台キャンピングカーを買うでしょうね」

 これほどキャンピングカーを愛している人がいるだろうか。
 キャンピングカーファンには、なんともまぶしく見えるタレントさんである。



 高杉 ‘Jay’ 二郎 (DJ JIRO) 氏プロフィール
 168㎝/62kg
 特技 = 格闘技全般、調理師免許、英会話、ダイビング、スキーボード、焚き火、温泉ソムリエ、やまなし大使
 趣味 = サバイバル旅行、海外放浪、温泉めぐり

 上方落語の桂三枝に入門。テレビのレギュラー、映画の主演などを務める。
 3年に渡る渡米生活中は、LAにてハリウッド映画の出演。アクションコーディネーターとしても活躍。日系FM局でDJなどを務める。

 現在は、日本で唯一のアメリカ仕込みのX系スポーツDJを中心に、FMラジオDJとして活躍。ナレーター、俳優、声優もこなす。
 伊丹市映画祭5周年記念映画 『下駄とジャズ』 主演 (平成3年) 。
 NHKの土曜ドラマ 『米田家の行方』 主演 (平成6年) 。日本放送愛好者協会賞受賞。
 テレビ東京のアニメ 「遊戯王デュエルモンスターズ」 のペガサス・J・クロフォードの声優。

 テレビでは、J・sportsで、ボクシング中継、ドラッグレース、女子プロレスなどの実況。
 ラジオでは、FM FUJI 「PUMU UP RADIO」 で毎週木曜日の夕方4時から8時までのDJ。
 FM PORT 「げんこつRADIO SHOW」 で毎週土曜日 昼1時から5時半までDJ。

 二郎さんのブログはこちらで → http://jay.laff.jp

campingcar | 投稿者 町田編集長 11:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

『龍馬伝』の照明

 一時期より視聴率が低下してきたというウワサもあるNHKの 『龍馬伝』 だけど、やっぱ面白いなぁ。さっきまで見ていて、そう思った。
 私にとって、家にいるときは必ず見ている近年まれなる番組となった。

龍馬伝ポスター

 今回の圧巻は、龍馬 (福山雅治さん) と後藤象二郎 (青木崇高さん) の清風亭における会談なんだけど、その両者の言葉と表情による応酬が見ものだった。

 青木さんの演技がサイコー!
 怖い、嫌らしい、横柄…といった負のパワー全開で、龍馬を屈服させようとする。
 それに対し、龍馬も、カエルのツラにションベン風の人を食ったオトボケと、優等生となった元番長が久しぶりに昔のドスを利かせてすごむ感じの恫喝で、それを跳ね返す。

 通じる人がどれだけいるか分からないけれど、 『仁義なき戦い』 シリーズで、対立組織の幹部たちが脅しあう場面以上の緊張感があったよ。
 ドラマの盛り上げを、ともすれば安直な “戦闘シーン” に頼ろうとしていた今までの歴史ドラマを一歩超えた演出がそこにあったと思う。

 もちろん役者たちの演技もそれなりに凄いんだろうけれど、そのような深みのある映像を作り出す秘密のひとつに、このドラマ特有のライティングがあると思う。

 決して、俳優の真正面から光を当てない。
 光源は、常に斜め上 (レンブラント・ライト) か、真後ろ。
 だから、時にまったくの逆光となって、役者の顔なんぞ見えない場合がある。

 映画的といえば、映画的。
 それも、ひと昔前に流行った 「フィルム・ノワール」 の映画手法が取り入れられているような気がする。
 
 フィルム・ノワールというのは、1940年代から50年代ぐらいにかけて話題になったギャング映画を表現するときに使われる用語だが、もとはフランス語で、直訳すると 「黒いフィルム (?) 」 。
 まぁ、暗黒とか、闇とか、地獄とかいったものを連想させる 「犯罪映画」 というような意味である。
 映像的な特徴をいうと、夜霧に包まれていたり、煙がたなびいていたり、逆光だったりするという 「暗い」 シチュエーションに主人公たちを置くことを好んだ映画だった。

 その手法を、天下のNHKが、堂々と日曜日のゴールデンタイムの大河ドラマに採り入れたところが、このドラマの新しさだったと思う。

 今までの大河ドラマで、こういうライティングはなかった。
 時代劇というのは、まず役者の顔がはっきり見えてナンボの世界。だから、役者の顔にはみなドーランがテカテカと塗られ、撮影に使われる照明は、その大半が役者の顔に当たるようになっていた。

 それをくつがえしたのが 『龍馬伝』 。

 演出を手掛ける大友啓史さんは……もう2年ぐらい前だったか……、これも当時ブームになった白洲二郎を採り上げてNHKでドラマ化していた。
 このドラマに関しては、自分はあまり見ていなかったが、たまたまチャンネルを合わせたときに、ちょっとその不思議な画面構成に目が釘付けになったことがある。

 やはりライティングに特徴があった。
 たとえば、和風の部屋を画面に収めるとき、障子の向こうに広がる庭に強力な光を当てて、手前の部屋は真っ暗にしてしまう。
 その真っ暗な部屋に置かれた登場人物たちが、明るい庭の光を背景に、くっきりとしたシルエットで浮かび上がる。
 光の当たる庭の木々が、地上の 「平和」 と 「調和」 を謳いあげているのに対し、黒く染められた人々の内面は荒涼たる暗黒の世界に直面している。
 まぁ、そんな感じのコントラストが強調されていて、凄かった。
 それは、歴史ドラマの一場面というより、あきらかに 「光」 を主役としたデザイン空間だった。

 そういった手法が、この 『龍馬伝』 においても多用されている。

 またキャスティングも絶妙。
 たとえば、山内容堂をやっている近藤正臣さん (もう68歳らしいけれど…) 。
 若い頃は甘い顔のイケメン役者さんだったが、年をとって、ずいぶん凄みのある役柄をこなすようになった。いつもチョコっとしか出てこないけれど、得体の知れない怪物ぶりを発揮する山内容堂を巧みに演じて、この人が登場すると画面に緊張感が走る。

 でも、この前始まったばかりと思っていた 『龍馬伝』 。
 もう終盤が近づいている。
 1年経つのが本当に早い。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:44 | コメント(2)| トラックバック(0)

「速さ」 の形

 「速さ」 を特徴とする乗り物というのは、なんだか共通したフォルムを持っている。
 
 左はフェラーリ。
 右は新幹線。 
 両者とも、奇妙にヌメっとした生物学的な質感を湛えている。

フェラーリリヤビュー 新幹線フロント

 もちろん、これは空力を意識した合理的な設計から導き出されたものだ。
 そこには空気抵抗を極限まで抑える緻密な計算が行き届いている。
 にもかかわらず、これらのボディを構成している曲線は、 「合理的な設計」 や 「緻密な計算」 を逸脱しているように思える。

 艶かしい官能美をあぶり出すために造形された 「彫刻」 。
 「人間」 という生物モデルではなく、 「異星人」 をモデルとしたヴィーナスの彫像があれば、こんな感じだろうか。

 「速さ」 が 「美」 を伴うというのは、人類が太古から持ち合わせてきた認識らしい。
 人類史に革命的な 「速さ」 を導入した 「乗馬」 は、古代から近世の長きにわたって享受された文化だが、そのような 「速さ」 を象徴する馬を、古来より人類は美しい映像として描き続けた。

ラスコーの馬の壁画
 ▲ ラスコーの洞窟壁画

汗血馬彫塑
 ▲ 漢の武帝が憧れた西域の 「汗血馬」

ジェリコーの競馬の絵
 ▲ ジェリコー 「エプソンの競馬

 たぶん、 「速さ」 がフォルムとして追求されるとき、空力とか風洞実験的な研究を超えた部分で、ひょっこり生物モデルの相貌が現れてしまうのは、偶然というより、人類の記憶の古層に定着した 「馬」 という “乗り物” の影響が大きいように思う。

フェラーリリヤビュー フェラーリ跳ね馬
 ▲ フェラーリのリヤフェンダーには、跳躍する馬の大腿部を
 デフォルメした痕跡 (下の絵) が見える。
 (そもそもフェラーリのシンボルは跳ね馬だ)


ダヴィッド「ナポレオンのアルプス越え」
 ▲ ダヴィッド 「ナポレオンのアルプス越え」 。後ろ足の逞しい
 盛り上がりにフェラーリのフェンダーのイメージがダブる


新幹線フロント2
 ▲ 新幹線のやたら長いノーズは、やはり馬の長ヅラ (ウマヅラ) を彷彿とさせる。

ポニーの顔
▲ これはポニーだけど、けっこう顔は長いよね

 現代の最先端技術をもってしても、 「速さ」 をフォルムに表現するとき、どこかに馬の痕跡が残るのは、それだけ人類の文化史における馬の偉大さを物語っているように思う。
 フェラーリも新幹線も、馬をモデルにした現代のヴィーナス像なんだと思う。

 参考記事 「馬に乗る文化」
 参考記事 「匈奴の話1~4」


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:09 | コメント(0)| トラックバック(0)
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