町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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キャンピングカーは、…
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雷 03/28 21:09
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町田編集長さん こん…
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町田 03/23 01:19
>ムーンライトさん、…
町田 03/23 00:46
人間は電気によって闇…
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ムーンライト 03/22 14:24
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ムーンライト 03/22 12:24
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ブタイチ 03/21 22:54
>鈴木様、ようこそ。…
町田 03/19 23:12
>ムーンライトさん、…
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今日、店からはじめて…
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ムーンライト 03/19 11:45
>ゆんたさん、ようこ…
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ゆんた 03/19 07:50
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町田 03/18 00:00
町田さん、ご心配あり…
デルタリンク宮城 03/17 20:52
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町田 03/17 16:04
>TOMYさん、よう…
町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
こんばんは、町田さん…
TOMY 03/16 20:23
世界中に5億人を超え…
フェイスブック 03/15 11:30
>s-_-s さん、…
町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
ムーンライト 03/12 16:25
>YAMAさん、よう…
町田 03/12 13:33
シンプルな風景画、い…
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>渡部竜生さん、よう…
町田 03/10 02:33
>キャンピングカーと…
渡部竜生 03/09 14:02
>スパンキーさん、よ…
町田 03/08 19:22
いいですね、北斗。久…
スパンキー 03/07 13:52
>マッキー旅人さん、…
町田 03/03 22:45
町田さん、今日は。…
マッキー旅人 03/03 16:23
>ムーンライトさん、…
町田 02/28 22:42
町田さん。アマゾ…
ムーンライト 02/24 10:29
>渡部竜生さん、よう…
町田 02/19 05:42
>小平の福ちゃん様、…
町田 02/19 05:31
>matsumoto…
町田 02/19 05:18
>solocarav…
町田 02/19 05:03
>el さん、ようこ…
町田 02/19 04:50
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町田 02/19 04:14
幕張ではお世話になり…
渡部竜生 02/19 00:58
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お久しぶりです。ma…
matsumoto 02/14 07:35
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町田さん、こんにちは…
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町田 02/10 00:21
こんばんは、町田さん…
TOMY 02/09 21:45
>ムーンライトさん、…
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町田 02/09 14:48
>Joe Cool …
町田 02/09 13:46
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アウトドア2010

 社団法人日本オート・キャンプ協会 (JAC) が主催する 『アウトドア2010』 (第10回日本オートキャンプショー) が、今年もまた4月10日より東京・都立代々木公園で開催される。

JACアウトドア001
 ▲ 昨年の会場風景 01

 これは、最新のアウトドアグッズを展示する都内で唯一の野外イベントであり、オートキャンプを始めようという人たちにとっては、用具の種類や使い方を学ぶ絶好のイベントとして広く認知されたもの。
 この会場に移ってからはすでに4回目の開催となる。
 原宿、渋谷といった若者に人気のある街に近い公園で行われるため、若いカップルの姿も多いショーとして知られている。

 見所は、なんといっても、国内アウトドアメーカーが開発した最新アウトドア用品が勢ぞろいすること。
 コールマン、ロゴスコーポレーション、ユニフレーム、小川キャンパルなど、名だたるブランドが一堂に会し、シーズンに向けた自慢の新製品をディスプレイしつつ、その使い方を解説する。

JACアウトドア002
 ▲ 昨年の会場風景 02
 
 また、関東周辺のキャンプ場運営者たちが集まり、キャンプ場で開かれるイベントの告知や地元物産のプレンゼントなどを配布。リーズナブルな価格で買える中古キャンピングカーも多数展示される。

 ステージでは、アウトドア料理のレシピが公開されたり、調理法を実践して見せる野外料理教室も繰り広げられる予定。
 特に野外料理のコーナーでは、アウトドアクッキングで知られる小雀陣二さんの 「アウトドアクッキング教室」 が話題を呼びそう。
 また、 “快適生活研究家” として有名な田中ケンさんの 「キャンプ教室」 も本大会の目玉。

田中ケン氏002
▲ 田中ケンさん

 他に和太鼓の演奏会、ブラスバンドのデモンストレーション、津軽三味線の演奏なども行なわれる。

 会期  2010年 4月10日 (土) ~ 11日 (日)
      10:00~17:00 (雨天決行)
 会場  都立代々木公園 (B地区内イベント広場)
      東京都渋谷区代々木神南2丁目
 交通  JR山手線原宿駅より徒歩5分
      JR山手線渋谷駅より徒歩10分
 料金  入場無料
 後援  観光庁、東京都、日本自動車工業会、
      日本自動車連盟、日本観光協会

 問い合わせ 社団法人日本オート・キャンプ協会
 〒160-0008 東京都新宿区三栄町12 清重ビル2F
 TEL.03-3357-2851/FAX.03-3357-2850
 Eメール jac@autocamp.or.jp

 詳しくはホームページ (http://www.autocamp.or.jp) を

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

道の駅温泉ガイド

 カーナビが発達して、自動車旅行における 「地図」 の役割が相対的に後退したような印象を受ける。
 しかし、キャンピングカーの旅では、いまだ地図の役割は衰えていない。

 目的地を絞りきったときのカーナビは有効だが、そうでない場合、たとえば、漠然と “旅先” を定め、その方向に 「温泉」 や 「道の駅」 、 「キャンプ場」 があるかどうか確かめるような場合は、そういう情報がしっかり掲載されている地図があれば、その力は絶大だ。

 ホテルに予約を取ってそこまで直行する “点と線” の旅と違い、自由な旅を身上とするキャンピングカー旅行は、走りながら 「旅先」 を探すことも可能な “面” の旅。
 そうなると、旅先を “面” で把握できる 「地図」 があるとないとでは大違い。

 そういうキャンピングカー旅行を助けるための理想的な 「地図」 が、このほど日本RV協会 (JRVA=ジャルバ) から発売された。

道の駅旅案内全国地図表1

道の駅旅案内全国地図表2

 テーマは 「今こそ温泉」 。
 日本全国の温泉地と、道の駅やJRVAの契約キャンプ場がセットで一覧できるようになったガイドブックだ。

 ベースとなっているのは、株式会社ゼンリンの 『道の駅 旅案内全国地図』 だが、JRVAが発売する特別版では、JRVA協会員の連絡先リストや “くるま旅” の楽しむための方法やマナーも掲載されているのが特徴。
 もちろん、地図の中には 「湯YOUパーク」 や 「JRVA協力キャンプ場」 、 「特割キャンプ場」 の情報がしっかり盛り込まれている。

 「湯YOUパーク」 というのは、JRVAと提携している全国のホテル・旅館の駐車場にキャンピングカーで宿泊し、リーズナブルな料金で、その温泉施設を利用させてもらえるというシステム。
 利用するには 「くるま旅クラブ」 の会員であることが条件となるが、キャンピングカーに泊まったまま、ホテル・旅館の自慢のお風呂を宿泊客と同じように使えるという画期的な制度だ。

 「協力キャンプ場」 というのは、JRVAと提携しているキャンプ場で、JRVA発行の 「ユーザーサポートネットワークリスト」 、もしくはクルマに貼られた 「JRVAステッカー」 を提示するか、さもなくば、 「くるま旅クラブ」 の会員証を提示すれば、プレゼントや割引などの特典が得られるキャンプ場のことをいう。

 「特割りキャンプ場」 は、オフシーズンの平日に限り、 「くるま旅クラブ」 の会員だけに1泊 3,000円以下でサイトを開放してくれるキャンプ場を指す。

 このようなキャンピングカーユーザーの利便を図っているスポットが地図に盛り込まれていることが、このガイドブックの特徴となっている。

 紹介されているのは1,200ヵ所の温泉施設と、917ヵ所の道の駅の最新情報。

 「目指す道の駅の周辺に温泉施設はないの?」
 という時に、この本が大活躍するだろう。
 特に、温泉施設を併設した道の駅110施設を特集した 「道の駅 日帰り温泉ハンドブック」 が付録として付いているのは心強い。

 定価は1,155円 (本体1,100円+消費税) 。
 お求めは、全国のJRVA会員キャンピングカー販売店、もしくはJRVAが関わるキャンピングカーイベント会場で。

 ガイドブックのお問い合せは 「日本RV協会 (JRVA) 」 へ。
 TEL. 042-720-7911
 E-mail: info@jrva.com

 くるま旅クラブのお問い合せは 「くるま旅クラブ事務局」 へ。
 TEL. 052-682-8241
 E-mail: info@kurumatabi.com


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

夜の国際交流

 「日本列島に桜前線が北上」 という話題が出始めた3月中旬の3連休。
 国際的なキャンパー組織のひとつ 「I CA (インターナショナル・キャラバニング・アソシエイション) 」 の幹部である英国人デイビッド・ポーリン・ハーストさんが来日された。

デイビッド夫妻001
▲ ディビッド夫妻

 東京・新宿の和風レストランで、デイビッドさんと仲の良い人たちが集まり、夕食会を開くという。
 その席にお声がかかり、ありがたく参加させていただいた。

新宿「御庭」の桜001
▲ 会場となった東京・新宿の割烹料理店。 「和モダン」 のインテリアが素敵。

新宿「御庭」桜002
▲ この日は特に、天然の 「桜」 を素材に使ったインテリア装飾が異彩を放っていた。

 この集まりに、声をかけてくださったのは、日本ではじめて輸入キャンピングカー (ワーゲンキャンパー) を個人で購入された萩原一郎さん。
 この2月に刊行した 『日本のキャンピングカーの歴史』 という本にもご登場いただいた方だ。

日本のキャンピングカーの歴史
▲ 『日本のキャンピングカーの歴史』

 萩原さんは、古くからのキャンピング仲間である島西哲さんご夫妻と一緒に、I CAに加入。
 I CAが必ず参加するF I CC (国際キャンピング・キャラバニング連盟) の世界大会を通じて、世界中のキャンパーたちと交じって諸外国を探訪されている。

萩原夫妻
▲ 萩原さん夫妻

 萩原さんの話によると、I CA自体はそれほど大きな国際組織ではないのだが、活動自体は活発で、年に20回以上、世界中でキャラバニングを体験しているという。
 ヨーロッパやアメリカはもとより、アフリカ、北京、インドなどにもおもむく。
 
 参加メンバーは、常時23~24ユニットぐらい。
 イギリス人が多いが、オーストラリア人、ニュージランド人、アメリカ人、カナダ人、オランダ人、台湾人、日本人など、かなりバラエティに富んだ人種構成を特色としている。

 活動スタイルも多彩で、キャンプ場でキャンプをやるだけでなく、トレッキング、スキー、カヌーなど幅広いアウトドアライフをアクティブにこなすクラブなのだという。

 今回はそのI CAの幹部でありマネージャーを務めるデイビッドさんが、プライベート旅行で来日。
 日本のメンバーを中心に個人的に親しい人たちが集まり、旧交を温めることになった。

 その中に、デイビッドさんとはまったく初対面の私が混じるというのは、ひとえに 『日本のキャンピングカーの歴史』 という本が取り結んでくれたものといっていい。

 この夜はデイビッド夫妻を中心に、萩原一郎夫妻、島西哲夫妻、須藤央一家、通訳を務める女性の方など11人が参加。楽しい 「夜の国際交流」 となった。

 午前中は、島西哲夫妻が所有するプライベートキャンプ場で、真っ青な空に浮かぶ富士の霊峰を堪能したというディビット夫妻。
 夜は疲れも見せず、東京・新宿に移動し、割烹料理店の掘りごたつに座り、陽気な座談で場をなごませる。

 その座談の妙… (通訳してもらわないと大意は分からないのだが…) 、ところどころ理解できる範囲でのユーモアのセンス。場を盛り上げる雰囲気づくりの能力。
 さすが、世界を股にかけて活躍する国際キャンピングクラブの幹部は違うと思った。

デイビッド夫妻&谷さん
▲ 右は通訳を引き受けてくださった谷さん

掘りごたつでみんなで

デイビッド夫妻003

 デイビット夫妻は、日本オート・キャンプ協会が関わったFICCラリー日本大会にも参加し、島根県の石見海浜公園キャンプ場や群馬県のスイートグラスキャンプ場などで日本におけるキャンプ体験を持っている。
 
 そのデイビッドさんに、日本とヨーロッパのキャラバニングの違いを聞いてみた。

 「日本のキャラバニングはファミリーが多いことが特徴だ」 という。
 欧米では、シニアのキャンプ人口の比率が高い。
 特に、キャンピングカー旅行となると、その大半がリタイヤした夫婦が主軸となる。

 それゆえに、欧米のキャンピングカーユーザーの間には、ゆったりと落ち着いた大人の文化が花開くわけだが、反面、それに続く世代との交流が乏しくなる傾向がある。

 「だから、キャンプ文化が確実に次世代に継承されている日本のキャラバニングはとても健全だ」 という。
 しかし、 「日本人は忙しく働きすぎて、休みを多く取れていない」 とも指摘する。

 デイビットさんは、現在67歳。
 今は40代となった男の子と女の子が二人おり、13歳、15歳、17歳の3人のお孫さんがいるとか。

 子供が小さい頃から毎週キャンプに行ったおかげで、子供たちもまた成人して独立してからも、同じ遊び方を繰り返しているという。
 そして、それをまた自分たちの子供に教えていく。

 それが可能になるには、やはりロングホリデーを実現できるような制度や習慣が整っている必要があると説く。 

 そのトークに、島西夫妻、萩原夫妻も関わり、 “キャンプと子育て” という話題になった。

 「ヨーロッパに比べると、日本のお父さんたちにはアウトドアを通じて家族とコミュニケーションを図る文化がない」
 と語るのは島西哲氏。
 「ゴルフ、パチンコなど、みな男同士か、もしくは男が単独で遊ぶことを日本では “レジャー” というが、そこが根本的に違う」 という。

島西さん夫妻
▲ 島西さん夫妻

 ヨーロッパで “レジャー” といえば、それは家族単位で遊ぶこと。
 なかでも、アウトドアレジャーには、登山、スキー、スケート、カヌーなど幅広い遊びがすべて盛り込まれている。
 その幅の広さが、すなわち 「人間の幅の広さ」 につながると島西氏は言う。

 また、 「キャンプ場やアウトドアレジャーで知りあった人々との交流が人間を豊かにする」 と語るのは島西夫人。
 「人にはいろいろな生き方があるということを知るにはキャンプが一番手っ取り早い」 とも。

 そのような会話の流れの中で、デイビットさんがさりげなく語った話が印象的だった。

 「教育というのは、 “教える” とか “教わる” という意識が双方に強すぎると、かえって効果が薄れる。
 イギリス人がキャンプ文化になじんでいるのは、ただただ週末になると子供を連れてカントリーサイドに出かけているという、その事実の積み重ねに過ぎない。
 それを “ライフスタイル” というのだ」 

 う~ん…奥が深い。 

 この一連の話題の中で確認された結論は、 「キャンプで得られる他者との交流が、子供のソーシャルスキルを高め、マナーの精神を育んだり、環境に対する配慮を目覚めさせる」 というものだった。
 このあたり、日本人とイギリス人との見方は一致しているようだ。

 デイビットさんが所属するI CAは、昨年 「40周年」 を迎えたという。
 日本でも、最古のオートキャンプクラブ 「NACC」 が結成されて、3~4年前に 「40周年」 を達成した。
 そういえば、日本オート・キャンプ協会 (JAC) も昨年 「40周年」 を迎えた。
 
 40年という年月は、人間でいえば、ちょうど脂の乗り切った働き盛り。
 世界のキャンプ文化がいま同時に、成熟の兆しを見せ始めた時期に入ったようだ。

 そんな大人の会話を楽しんだ、春の宵の国際交流でした。

デイビッドさん夫妻を囲んで記念撮影
▲ 記念撮影

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

映画「ジェリー」

 わかんねぇ映画だったなぁ…。
 ガス・ヴァン・サント監督の 『ジェリー (GERRY) 』 。 

 BSの 「シネマ☆パラダイス!」 で放映されていた映画で、途中から観たんだけど、あまりの異様さに最後まで目が画面に釘付けになってしまったにも拘わらず、結局 「何なんだ? この映画…」 という戸惑いだけが残った映画だった。 

 Amazon の 「商品の説明」 によると、一応、次のような映画…ということになっている。

 「砂漠をドライブ中、休憩のためにクルマを降りた二人の男は、荒野で道に迷ってしまう。3日間さまよった末に死に直面した二人を待っていたものとは…。監督ガス・ヴァン・サント、主演マット・デイモンによるサスペンス・ドラマ」 ( 「Oricon」 データベース)

 「 『エレファント』 のガス・ヴァン・サント監督による異色スリラー。ドライブ途中の二人の男が砂漠に迷い込み、3日3晩さまよった末に一人だけが生還した実話を映画化。マット・デイモンとケイシー・アフレックが極限状態に陥る男たちを熱演している」 ( 「キネマ旬報社」 データベース)

映画「ジェリー」001

 …っていう言葉で “釣っている” わけだけど、実際はそんなもんじゃないんだな。
 むしろ 「サスペンス」 とか 「スリラー」 とか 「熱演」 の対極にあるような映画だ。

 砂漠を背景に、二人の男をただのオブジェとして置いた芸術品。
 さまよう二人の位置はまったく変らず、背景の砂漠と雲だけが、二人の周りをゆっくりと流れていく。

 まぁ、印象をいえば、そんな感じ。
 シーンと静まり返った美術館で、動かぬ彫刻をひたすら見つめているような作品なのだ。

 映画が終わって、その解説をまかされた美奈子さんと玲子さんのボーゼンとした表情が印象的だった。

美奈子さんと玲子さん

 「今、この私たちが出ているシーンを見ている人ってすごいよね。だって、この映画を最後まで観た人だっていうことだもんね」
 「シネマパラダイスで、よくこの映画を採り上げたよね」
 「途中で (観るの) あきらめちゃった人って多いだろうね」
 「でも、最後まで観た人はえらいよ。 “生還” した人っていうことだもん」

 まったく同感なのである。
 「こんな映画があんのかよ……」
 ほとんどの人が、そんなボーゼンとした気分を味わったのではあるまいか。

 難解なゲージュツ映画が好きな私も、さすがにこれはマイッた。

 すべての “意味” が剥ぎ取られているのだ。

 こういうシチュエーションを描く映画だったら、普通 「過酷な自然」 vs 「弱い人間存在」 というお定まりのテーマに収まるものが多いのだが、ガス・ヴァン・サント監督にはそんな気持ちは毛頭なく、ただ 「荒野を歩く人間のカタチ」 という造形的な興味だけで、ひたすらカメラを回し続けていったような気がする。

 だから、背景となる砂漠は圧倒的に美しい。
 しかし、それは鉱物的な冷え切った美しさで、死を意識した人間の 「末期の眼」 に映る美しさのように思える。

 言ってしまえば、それは 「価値のない美しさ」 。
 迫り来る死を意識した人間にとって、いかに砂漠が美しかろうが、そんな 「美しさ」 はどうすることもできない。

 夕陽に赤く染まる静まり返った岩山。
 この世のものとは思えない青空と雲。

 それを 「美しい」 と鑑賞できるのは、この世に回帰できることを約束された人間だけであって、命のともし火が消えようとする二人には、意味のない造形に過ぎない。

 ただただ歩くだけの二人。
 
 最初は危機から脱出するための歩行だったが、いつしかその意味も失われ、だんだん自分たちが何のために歩いているのか、それすらも分からなくなる。

 そんな二人の背中を、延々とロングショットでカメラが追い続ける。

 この先、何が待っているのか?
 次に何が起こるのか?
 しかし、ずっと観ていると、この映画では 「何も起こらない」 ということが解ってくる。

 ただただ歩く。
 10分、いや20分……。

映画「ジェリー」002

 実際はそんな長い時間ではないけれど、体感的にはそれくらいの時間を、観客は “第3の遭難者” となって、二人の後を追わざるを得ない。

 二人のザク、ザクという無機的な足音が耳の奥に沈殿していく。
 ときおり、風の音なのか、音楽なのか定かならぬ効果音が入る。
 
 しかし、その効果音は、何の情緒も呼び覚まさない。

 生への渇望もない。
 死の恐怖もない。
 虚無へのおののきもない。

 ……でも、すべての画像が強烈な印象なって、脳裡のファイルに焼きこまれる。
 一つひとつのシーンが、一生忘れられない映像になりそうな予感がする。

 何なんだ?
 この映画。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:57 | コメント(3)| トラックバック(0)

RV購入日記 04

(前回 からの続き)

 ○月○日

 ギャラクシーの納車が7月の19日に決まった。
 自動車保険の契約を結ぶために、日頃つき合いのある保険会社の担当者と連絡を取る。

 納車当日に、すぐに運転したいんだけど…と話すと、
 「それでは、私がショップに同行して、その場で登録が終わったばかりの車検証を見ながら保険契約をしましょう」
 ということになった。

 ○月○日

 いよいよギャラクシー納車の日。

 10時に保険会社の人が自宅に来訪。
 納車日にさっそくギャラクシーを撮影するため、撮影用の椅子テーブル、パラソル、ツーバーナー、ランタン、外部電源のための延長コードなどを彼の乗用車に積んで、国立グローバルに向かう。

 納車したてのギャラクシーをさっそく田代氏の知っている秋川の川原に持ち込んで、説明を受けながら撮影しようというわけだ。

 約束の11時にグローバル国立営業所に着くと、田代さんはちょうど立川の陸事に登録に行っていて、留守だった。

グローバル国立展示場
▲ 旧国立営業所

 田代氏を待ちながら、保険会社の人と雑談していると、やがて、ドロドロドロというディーゼルエンジンの音を立てながら、田代氏の運転するまっ白のギャラクシーⅢが登場。
 ご対面である。
 ナンバーが付いた私のギャラクシー。

 ナンバーがいい。
 多摩88の177。
 ラッキーセブンが二つ。

 「いいナンバーでしょ」
 登録を終えてきた田代さんもホッとした表情。
 4とか9が続く縁起の悪いナンバーで、お客さんが機嫌を損ねたりすることも多いのかもしれない。

 保険会社の担当者も興味をもって近づいてきて、二人で来たばかりのギャラクシーをじっくり眺める。
 キャンパーの中では抜群にフィニッシュがきれいだと思った車種だったが、なんとなくドアや窓の立て付けが荒く、フィニッシュが雑な印象を受ける。
 やはり乗用車とは違った乗り物だということが分かる。

 トレーラーハウスの中で、しばらく3人で歓談する。今日は私の納車だけだが、明日は三つも集中しているという。
 明日は大安なのだそうだ。

 「縁起を担ぐ人はけっこういるんですか?」 と聞くと、
 「かなり多いですよ」 という話。
 日を選ぶだけでなく、時間や方位まで指定してくる客もいるとか。

 「午前中に納車しろと言われて、あせって12時10分前に大汗で飛び込んだこともありました」 という。
 けっこう苦労しているみたいだ。私などは楽な客だっただろう。

 ちなみに 「今日は何の日ですか?」 と聞くと、
 「今日はいい日です。あまり気にしない方がいいです」
 と、田代さんがいう。

 縁起の悪い日ですと言っているようなものだ。
 後で調べると仏滅だった。
 どうりで田代氏が、 「今日は忙しくないので、ゆっくり撮影につき合えますよ」 と言ったわけだ。

 保険の担当者が帰って、ギャラクシーの使い方の説明を田代氏から受ける。
 鍵だけでスペアと合わせると19個! 
 常時使うキーだけでも七つだ。

 イグニッションキー、エントランスドアのキー、LPボンベの蓋のキー、カセットトイレの取り出し口のキー、外部シャワーキー、ジェネレーターのキー、ルーフボックスのキー、シティウォーター、ボイラー……
 わぁ、もう気が狂いそうだ。

 「後は川原に行って、使い方を説明しましょう」 ということになり、ギャラクシーに乗り込む。
 メリメリメリというディーゼルのエンジン音より、心臓の鼓動の方が激しくなる。

 なんでも初体験というのは緊張するものだが、近年これほど緊張した一瞬もなかった。

 ボディはデカい。
 後ろは見えない。
 横は張り出している。
 屋根は高い。

 今まで乗ったことのない乗り物である。
 スペースシャトルを操縦しろと言われた方がまだましだった。 「冗談だろ」 の一言ですむからだ。

 とにかく自分のクルマを持ってうれしいという実感よりも、怖いという実感の方が強く、早くも逃げ出したかった。

 「その緊張感が新鮮でいいんですよ」
 隣で田代氏がニヤニヤ。

 えいままよ! …で、甲州街道に乗り出す。
 グラっとカーブを曲がり、ユラユラっと走り出す感じ。
 シューンと走り出す乗用車と違って、自分の操作で動いているという実感がない。

 が、不思議なものだ。
 100mぐらい走っただけで慣れてしまった。

 意外だったのは、最大の懸念だった横幅の恐怖。
 これが乗用車に乗っているときより希薄なことであった。

 ベース車のハイラックスのボンネットが、意外にも狭いということもあるかもしれない。
 あるいは、車高が高いので視界がいいということもあるのかも。
 前に進む分には、2m10という横幅がほとんどプレッシャーにならない。

 結局、道を狭く感じるかどうかというのは、クルマの横幅の問題ではなく、前方視界の問題なのだ。
 前に伸びるボンネットがはっきり視野に収まっている限り、左右の見極めは楽なのである。

 「サイドミラーがぶつからないかぎり、ボディがぶつかることはありません。サイドミラーを猫のヒゲと思ってください」
 と、田代さん。
 大型トラックのように前後二段に別れた大型サイドミラーが実に頼もしい。(今はこんなミラーないけどね)

ギャラクシー2段ミラー

 このサイドミラーは、上が凸面鏡で、下が平面鏡になっている。
 慣れないとどう使っていいか分からないが、後方から来るクルマの確認は上のミラー。下のミラーは幅寄せのときに使う…と割り切れば、実に便利だ。

 「やはり、重いとか走らないとかいう実感はあります?」
 田代さんが尋ねる。
 「いえ、よく走りますよ」
 本当である。

 乾燥重量2700キログラム。ジェネレーターを積んで水タンクなどを満タンにすれば3トンになるという代物だ。
 それを引っ張るエンジンはわずか、91馬力。
 にもかかわらず、乗用車と同じ速度で甲州街道を走っていく乗り物を 「遅い」 というわけにはいかない。

 トラックのギヤ比なので、とにかくロー、セカンドのトルクが太い。一速で引っ張っても、メリメリメリと気持ち良く伸びていく。

 問題の後方視界。
 やっぱりバックアイモニターというのは大したものだ。
 本来はリバースに入れると作動する性質のものらしいが、切り換えスイッチで 「手動」 を選んでおけば常時後方が見える。ルームミラーの代用になる。

 正確な距離感はつかめないが、とにかく、後ろにクルマがいるかいないかが見えることで安心感が違う。

 総じて、予想していたほどには運転が難しいということはなかった。

 ただ、最後までどう処理していいのか分からなかったのが、リヤのオーバーハングの扱い。
 田代氏によると、左にぎりぎりに寄せた状態から急にハンドルを右に切って発進すると、必ず左のリヤを擦るという。

 「僕なんか、自転車を10台ぐらいバラバラとなぎ倒したことがありましたよ」
 田代氏が “自慢話” のように語る。
 人間を10人なぎ倒したらどうする気だろう。

 …とか話しているうちに秋川の川原についた。
 メインストリートからチョコっと脇に入っただけなのに、不思議、渓谷のムードがある。なかなか雰囲気がいい。
 ウィークデイだというのに、テントを張ったりしているグループもいる。

 二筋の川がある。
 「手前の川を渡って、その先の中州にいきましょう」
と、田代氏。
 ギャラクシーの4駆の醍醐味を味わってください…という趣向らしい。

ギャラクシー001

 車外にいったん降り、前輪のフリーホイールハブをロックにして、再び運転席に乗り込んで4駆にシフトする。

 ドドドドドっと川渡り。
 「この川は浅いことが分かっているから大丈夫ですが、川を渡る場合は一応事前に深さを確かめてください」
 と、田代氏がアドバイスをくれる。

 中州に行き着くと、さすがに普通の乗用車はいない。止まっているのはみな4駆。
 この時代、世間では大4WDブームだったのだ。
 そういうクルマが、都心を少し離れた川原などにたくさん集まっていた。

 いま思うと、そんな時代があったのか…とすら思う。
 このようなクルマが入れる川原というものが、現在の東京郊外にはもうない。
 この川原も、私がギャラクシーを手に入れて2年か3年後には立ち入り禁止となる。
 しかし、このときは、川原に乗り入れた4WD車を堂々と撮影することができたのだ。

 撮影の背景を考えながら、ギャラクシーをセットする。
 まず全景。
 次に真横、真後ろと角度を変えて、外装写真をおさえる。
 これがちゃっかり、当時出していた 『RVニュース』 の記事になるわけだ。

 それからオーニングを出して、テーブル、ランタンなどをセットしてイメージフォトも撮る。
 そして、いよいよ田代さんの説明を聞きながら、各機能の具体的な扱い方の撮影に入る。

 この日の田代氏は、黒のTシャツに白いパンツ。洒落たキャップ。モデルを意識したスタイルだ。

オーニングを持ち上げる田代氏
 ▲ 当時の田代氏

 LPガスタンクの脱着と使い方。
 ボイラーの点火方法。
 ガスコンロの着火法。
 3ウェイ冷蔵庫の扱い方。
 ヒーターの使い方。
 トイレの処理方法。
 ジェネレーター…エアコン…排水…オーニングの収納…

 やれやれ。とてもじゃないが覚えきれない。

 駄目だ…と、ため息をつきたくなったときに、私の会社から応援部隊 (野次馬) が到着した。
 当時 『キャンパーニュース』 の編集部に在籍していた堺君だった。今日が納車と聞いて、見物かたがた撮影の手伝いに来てくれたわけだ。

 中央高速を飛ばして遠路はるばる東京を横断してきたというのだから、よっぽど会社を脱出したかったのかもしれない。

田代氏&堺氏
▲ 田代氏 (左) と堺氏 (右)

 堺氏が来たときにちょうど雨。
 降り止むまで、給油ついでにお茶を飲みに出る。
 ファミレス 「スカイラーク」 の駐車場になんとかクルマを収めて、3人でお茶を飲みながら雑談。

 窓の向こうに城のようなギャラクシーがそそり立っている。
 自分ながら、よく駐車場に入れたと思う。

 「ギャラクシーにオプション設定されているエアバックってのは、どんな機能なんですかね」
 「バンコンとコーチビルド (キャブコン) は、どちらが人気なんでしょう?」
 「これぐらいのクルマをポンとキャッシュで買っちゃうお客さんもいるんですかね」

 そんなことを、堺君と2人して田代さんに尋ねていると、いつまでたっても自分のクルマという実感がわかない。
 グローバルのデモカーを取材で試乗しているという気分だ。

 雨が止んだので、川原に戻って撮影の続きをする。
 撮影が一段落したとき、淡い夕陽が顔を出して川原の向こうに沈もうとしているのが見えた。
 周囲がかすかにガスって、ギャラクシーを柔らかな光に包む。
 ようやく、自分のクルマを眺めている気分に浸る。

川原のギャラクシー&オーニング

 撮影を終え、会社の上司に電話を入れると、
 「おーい、会社まで乗ってこんか? みんなが見たいと待っとるぞ」 という。

 電話なのだから 「おーい」 などと呼ばなくても十分聞こえるのだが、上司にとっては立川・国立はとんでもない僻地なのか、おーいと声かけたくなるような気分だったのかもしれない。

 「分かりました。会社まで戻ります」
 そのまま家に帰ろうと思ったが、結局家を通りこして、わざわざ会社まで行くことになってしまった。

 国立インターから首都高に乗る。
 もちろん初めての高速道路だ。路面は雨。
 夜になってバックアイも効かない。

 80kmになると、もう怖い。
 しかも、ワダチが深くエグられているような所に乗ると、ハンドルがフラフラと左右に取られる。

 「わぁ、キャンピングカーって怖いもんだ!」
 と実感する。
 田代さんが 「前後のタイヤでトレッドが違うので、ワダチにハマると左右に振られます」 と言っていたのを思い出す。

 首都高の “新宿タイトコーナー” が迫る。
 ワワワ…怖い!

 思わずコーナーの真ん中でブレーキを踏む。
 20年前、免許取ったばかりのとき、やはりこのコーナーで青ざめたことを思い出す。
 制限速度が60km。そこを40㎞ぐらいでやっとこさクリア。

 このクルマに比べると、いま乗っているキャンピングカーは別の乗物のように楽。

 まあ、 “慣れ” というものも大きいだろうと思う。
 なにしろ、この時は、生まれてはじめてのキャンピングカー。
 横幅2mを超える乗物で、あの狭い首都高を走ったのもはじめて。
 あお息吐息で会社までたどり着く。

 雨も止んで、社長をはじめ、キャンパーニュースの編集部の面々がぞろぞろ見物に出てくる。

 「すごいなぁ」
 「でっかいなぁ」
 口々に言うことは同じ。

 しばらくして、トヨタ自動車のPR誌を編集しているグループまで降りてきて見物。

 「すごいなぁ」
 「でっかいなぁ」

 もともと “モノ” を自慢するという性格ではないので、あまり 「すごいなぁ」 を連発されると、かえって気が引けてしまう。

 お披露目を終えて、帰途につく。
 帰りは、環六から20号、井の頭通りというコース。
 少しずつ運転の恐怖感は衰え、なんとか車体の大きさにも慣れてくる。

 が、家が近づくにつれ、突然言いようのない恐怖感がつきあげてきた。
 あの狭い “大黒寿司クランク” を曲がれるだろうか?
 駐車場の角に禍々しく張り出しているブロック塀に当てることなく、バックでスロープを登りきれるだろうか? 

 そう思うと、本当に、脂汗が額からにじみ出してきた。

 速度を落として、まず慎重に大黒寿司クランクを曲がる。
 オタオタしているところを、あまり近所の人に見られたくないという心理があるから、よけい気ばかり焦るのだが、そういうときに限って、ディーゼルエンジンはメリメリと元気よく吼えまくる。

 大黒クランクは曲がった。
 駐車場はすぐそこだ。
 静かに静かに…。自分にそう言い聞かす。

 メリメリメリ。
 しかし、エンジンの唸りが実際の10倍ぐらいに感じられる。

 さぁ、ここで止まって、ギヤをリバースに入れ、いよいよバックで急坂を登らなければならない…。
 メリメリメリ。

 あぁ、やっぱり後ろがまったく見えない。
 降りる。
 後ろを自分の目で確かめる。

 クルマがとんでもない角度になっている。運転席に戻って修正する。
 メリメリメリ。

 ぎゃ! まったく違う方向に尻が向いてしまった。
 また降りる。
 どういう角度がいいのか分からない。

 メリメリメリ。
 これじゃ駄目だ。また修正…。
 いや、今度はノーズが桜井さんの家の壁に当たる。どうしよう…。額には文字どおりの冷や汗。

 メリメリメリ。
 泣きたくなってしまう。

 「町田さん、ダメダメダメ。もっと左の壁に寄せて!」
 突然、聞き慣れたダミ声。
 見ると、隣りに住んでいる森田の旦那さんがタンクトップ…じゃなくランニングという表現が適切なシャツ一枚に、ステテコ姿で家から飛び出して来た。

 「もっと思い切って左に寄せて、そこで切る。
 はいオーライ。
 おっと右のフロントが危ないぞ。ハンドル小さく。ほらそこだ。
 おっとこっちだ、ほら向こう…」

 お祭のようなにぎやかさだ。
 森田さんの誘導で、やっと事なきを得る。

 「ありがとうございます」
 冷や汗をぬぐう。
 本当にこの誘導がなければ、あと1~2時間は 「メリメリメリ…」 が近所に轟いていただろう。

 「いやぁ、ついに来ましたな」
 森田さんの目が輝いている。
 その隣には、いつの間にか森田さんの奥さん。

 奥さんが言う。
 「うちの主人ったら、まだキャンピングカーは来ないのか? まだキャンピングカーは来ないのか?…と毎晩そればっかり言っているのよ。自分のクルマでもないくせして」

 「ちょっと中を見せてください」
 さっそく旦那がリヤドアから上がり込んでくる。

 「おぉ、これはすごい!」
 森田旦那の目がぐるぐると車内のあちこちを飛び回る。 

 その間に、森田さんの奥さんがウチのカミさんを呼びにいって、さっそく2家族合同の試乗会となった。

 といっても、近所をグルっと回っただけ。
 「キッチン、冷蔵庫、トイレ、シャワー、それにベッドもついて500万円ですか? こりゃ安いわ」
 と、商売に明るい森田夫妻はすばやく計算する。

 「よし、これで今度いっしょにキャンプに行きましょう」
 と、お互いに誘い合って、その夜は解散。

 その後、嫌がるカミさんを無理やり近所の寿司屋まで誘い出し、3時まで飲む。
 酒でも飲まなければ寝られないくらい、運転に疲れた夜だった。

(続く)

 (第一回)
campingcar | 投稿者 町田編集長 02:54 | コメント(2)| トラックバック(0)

ハンマースホイ

 「扉」 というのは 「境界」 なんだな、と思う。

 そこを開けると違った空間が開けるという意味で、 「扉」 は日常生活の中で最もポピュラーな 「異界」 への入口なんだと思う。

 こんなに鮮やかな異界へ渡る 「装置」 が、われわれの生活の中にあるというのに、われわれは日頃そのことに気づかない。

 「扉」 の向こう側が、ある日突然 “異なる世界” へ通じてしまったかもしれないのに、われわれは、そんなことを思いもせずに、扉を開ける。

 毎度、見慣れた景色が広がる。
 でも、そこは、昨日とは違った世界なのかもしれない。

ハンマースホイ「白い扉」
▲ ハンマースホイ 「白い扉」

 そんなことを、ヴィルヘルム・ハンマースホイという画家の絵を見て思った。
 
 恥かしい話だけど、この画家のことをまったく知らなかった。
 『美の巨人たち』 という番組を観ていて、はじめて知った。

ハンマースホイ写真

 ハンマースホイは、19世紀にデンマークで生まれた画家だという。
 人と交わることの嫌いな、寡黙な人だったと伝えられている。
 自分のアパートに閉じこもり、ほとんどその室内だけを描いた。
 たまに登場する人物は彼の妻だが、それも、ほとんどが後ろ姿だ。

▼ 「背を向けた若い女性のいる室内」
ハンマースホイ「絵のある部屋」
 
 そのことだけを取り上げみても、「人間味の薄い人」 という印象が伝わってくる。 
 しかし、絵を通じて、どこか “この世ならぬ世界” の存在を伝える画家は、みなこのような絵を描く。

 フェルメールの影響を色濃く受けた人だというが、フェルメールとの共通性は、その画面に漂う “静謐感” だけで、フェルメールの持っている 「人間の存在感」 は希薄だ。
 むしろエドワード・ホッパーに近い画家だという印象を受ける。

▼ ホッパー 「空っぽの部屋の太陽」
エドワードホッパー絵画005

 ホッパーとの共通性は、 「光」 。
 淋しいのか、暖かいのか分からないような、独特の太陽光。

▼ ハンマースホイ 「居間に射す陽光」
ハンマースホイ室内画像006

 われわれの住む地球を照らす太陽は一つしかないはずなのに、彼らの描く陽光は、われわれの知らない、もう一つの太陽から射してくる光を思わせる。

 『美の巨人たち』 で取りあげた “今日の1枚” は、この 「陽光習作」 。

▼ 「陽光習作」
ハンマースホイ「陽光習作」
 
 小林薫さんのナレーションが、次のような解説を加える。

 「描かれているのは、窓とドアのある部屋です。
 人はおらず、家具も調度品もありません。
 生活の匂いも、温もりもありません。
 あるものは、窓の外の曖昧な景色。
 そして、窓から差し込む光が作りだす心細い陽だまりだけです。
 この絵には、見るべき物が何もありません。
 しかし、なぜか目が離せず、惹き込まれてしまうのです」

 見るべき物がないのに、なぜ惹きこまれてしまうのか。
 それは、この絵が、鑑賞者の意識の整合性を、微妙に狂わせているからだ。
 
 番組では、そこに 「騙し絵」 の効果が盛り込まれているという。

 まず、右側の扉。
 ドアノブがないのだ。
 よく見ると、外に出ることのできない扉であることが分かる。

 ▼ 「陽光習作」 部分
「陽光習作」部分
  
 さらに、左側の窓を通して差し込む陽の角度。
 これが、床に落ちた影の角度と微妙にズレている。
 本来ならば、床の影はもう少し右側に描かれていなければおかしい。

 画家の故意なのか。
 それとも画家の無意識なのか。
 
 いずれにせよ、相当注意して見なければ分からない作画上のズレが、この “な~んにもない” 部屋に、奇妙な非現実感を与えている。

 それは現実でもなく、かといって、全くの非現実でもない。
 その両者の間に広がった、淡い “透き間” 。
 そこから 「虚無の深淵」 が顔を覗かせる。 

 怖い絵でもある。
 しかし、デジャブ体験をしたときのような、ノスタルジックな懐かしさが、絵の奥からそおっと忍び寄ってくる。

 すでに、記憶の古層に沈殿して、思い出すこともない昔。
 どこかで、このような部屋にいて、誰かを待っていたことがある。
 そのような、幼児期に感じた淋しさと懐かしさが、陽だまりの匂いとなって、ふわっと鼻腔をかすめる。
 
 幼児期の記憶は自分のものであって、すでに自分のものではない。
 それは 「扉」 の向こう側にある 「異界」 でしかない。

 その異界が、ドアの向こう側でじっと待っている。
 「陽光習作」 とは、そんな絵だ。

 ハンマースホイの名を知って、少しネットで調べてみた。
 いろいろな人が、この画家についてさまざまな発言をしていた。
 それらの記事のレベルの高さにびっくりした。

 どこかのブログのコメントで、 「きちんと調律されていないピアノの音が流れているような…」 という表現があった。
 言いえて妙だと思った。

 ネットを見ていると、この画家の絵に触れると、つい何かを語りたくなってしまう人がたくさんいることを知ったが、そのほとんどが、 「何かが象徴されているらしいのだが、それが何なのかは、決して明らかにならない」 という論調でまとめられていた。

ハンマースホイ「白い扉」

 絵画というのは、描かれたもの中に、 「描かれないもの」 を描くことだと思う。
 ハンマースホイの絵は、そのことを端的に教えてくれる。


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:39 | コメント(4)| トラックバック(0)

日本の自然

 『キャンピングカー super ガイド』 では、いつも巻頭にいろいろな読み物特集を組むのだけれど、今回いくつかの特集テーマの一つとして選んだのは、 「子供を育てるキャンピングカー」 。

 家族でキャンピングカー旅行を楽しむことが、いかに子供の心を豊かにするか。
 それをちょっと学術的なアプローチも踏まえて展開しようと思い、今それをまとめるための勉強をしているところだけれど、参考書の一つとして選んだ 『子どもと自然』 (岩波新書) という本が面白かった。

子どもと自然表紙

 著者は河合雅雄氏。
 生態学・人類学を専攻する学者さんで、“サル学”の権威として有名な人だけど、サルの研究の成果を踏まえ、人間が自然と親しむことの意義を説く人でもある。

 この本の終わりの方で、キャンピングカーで旅するフィンランド人たちの話が出てくる。
 彼らは、キャンピングカーに家族や友人たちを乗せて自然の中に入り、気に入った場所に止めて、そこで野営し、数日間滞在する。

キャンプ場のモーターホーム001

 そこで何をしているかというと、ときには釣りをしたりすることもあるが、たいてい森の中をぶらぶら歩いて楽しんでいる。

 それがどうして “面白い” のか。
 そこに、日本人と違った “森林観” というものがあって勉強になった。

 欧米人はとにかく森が好きで、特にドイツ人はその趣向が顕著だ。
 ドイツ人は、休みになるとヴァンデルング (ワンダーフォーゲル) に出かけ、自然に浸り、自然の声を聞き、都会生活の疲れた身体と心を自然にゆだねて憩う。

日本の森001

 ところが、日本人で 「森が好き」 という人は滅多にいない。
 (山が好きという人は多いけれど)

 では、日本には森がないのか?
 …というと、日本は国土面積の森林被覆 (ひふく) 率が70パーセント弱もあり、森と湖の国フィンランドに匹敵するのだそうだ。
 木材の国カナダといえども森林被覆率は33パーセント、ドイツやフランスでも27パーセントであるから、日本はたいへんな森林国なのである。

 なのに、日本には 「森と親しむ」 という文化も思想もない。

 その理由を、著者の河合雅雄氏は 「日本の森の過剰な豊かさ」 に求める。
 つまり、日本人にとっては 「森というのはあって当たり前。ことさら “ありがたがる” 必要もなかったからだ」 という。

 現在われわれが使っている 「自然」 を意味する言葉が、そもそも大和言葉にはないらしい。
 現在の 「自然」 は、英語の 「ネイチャー」 を訳したもので、近年日本に導入された言葉でしかない。

 もともとの日本語としての 「自然 (じねん) 」 は、 「成るべくして成る」 、 「あるがままにある」 という抽象的概念を意味する言葉で、 「文化」 や 「都会」 の対概念としての 「自然」 ではなかった。

 そのことからしても、日本人は 「自然」 をことさら意識することなく、その中にどっぷりと浸かって生きてきたことが分かる。

 これは、日本の森林の復元力の強さがもたらしたものだという。

 河合氏はこう書く。
 「日本は世界でも有数の天災多発国で、毎年台風が来ると草木をなぎ倒し、洪水を起こす。山火事で森が燃えることもある。
 しかし、しばらくするとススキや笹が生え、低木や松の緑が破壊された地肌を覆ってしまう。
 日本の森は、壊れても焼かれても復元する強靭さをもっており、世界中でも最も回復力が強い森だといっていい。
 清い水と豊かな緑に覆われた自然を当たり前のように目にしてきた日本人は、そのことを意識することもなく、それを保護しようなどという考えも生まれようがなかった」

 この文章を読んで、朝鮮半島で幼少期を過ごした作家の五木寛之氏が、終戦になって、船で日本に帰ってきたとき、
 「海に垂れかかるように繁茂する日本の木々の緑を見て、気味の悪さすら覚えた」
 と、どこかで書いていたことを思い出した。
 それほど、日本の木々は生命力が旺盛なのだ。

 しかし、ヨーロッパの森林はそうではなかった。
 
 「ヨーロッパの森は日本のそれとは違い、人為に対してもろくて弱い。農耕牧畜が始まって以来、ヨーロッパの森林は破壊し続けられ、ほとんどなくなってしまった」
 と河合氏はいう。
 ヨーロッパ人が、 「自然」 というものを人間の対立物として捉え、人間に支配されるべき対象とみなすような思想を育んだせいもあるだろう。

 しかし、やがてヨーロッパ人たちもその愚に気づき、彼らがようやく 「自然を管理し保護しなければならない」 という思想を持つようになったのは、やっと200年ほど前だという。

 だから、ヨーロッパ人の 「自然保護意識」 というは、後天的に獲得されたイデオロギーだということもできる。
 イデオロギーは、信念…というより信仰のようなものだから、ある意味、ものすごく強固である。
 彼らの自然保護精神は、筋金入りなのである。

 日本人は、幸いなことに “豊かすぎる自然” に恵まれたから、逆にそのような思想を育むことがなかった。
 だから、簡単に森林を伐採し、珊瑚礁を壊し、川をコンクリで固め、自然の匂いをとどめない人工的なハコモノをどんどん建ててしまう。
 そんなことをしているうちに、日本から本当の 「自然」 がなくなってしまうことを河合氏は憂う。

 河合氏の著作で大事なことは、 「自然が子供の感性を豊かにする」 という指摘。
 自然には、感性の元となる 「生命のいとなみ」 があふれているからだという。

花001

 彼はこう書く。
 「命のあるものと日常の対話を楽しむようにしないと、感性は潤い (うるおい) を失って無機的なものになり、やがて萎縮してしまう。
 われわれが住んでいる地球という星が、36億年もの悠久の時間をかけて創り出してきたさまざまな命。
 道ばたの雑草も、木々も、小鳥も、それぞれが想像もできない遠い昔の歴史を担って、いま目の前にある。
 その中に自分の存在を位置づけて考えるとき、命の不思議さと畏敬の念が呼び起こされ、それが人間の感性を潤す」

 彼の表現の底には、パソコンのシューティングゲームで “敵” を殺し、自分が負けたらすぐリセットする感覚の中に生きる現代の子供たちを、悲しい眼差しで眺める視線があるように思える。

 「人間は腕に止まった蚊を平気で叩きつぶすが、その命をつくろうと思ってもできない」 (養老孟司)


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:34 | コメント(3)| トラックバック(0)

今年はEV元年?

 たま~に、経済雑誌なんか読む。
 興味のあるタイトルに引かれて買う場合が多い。

 経済誌というのは、世界経済の流れとか市場分析などを学術的に解説しているように見えて、基本的には “ウの目タカの目” で、新しいビジネスモデルを探そうという雑誌だからちょっとセコイんだけど、読んでいると、案外面白い発見があったりもする。

 つまり、ムダなものとして放置されていたものの中に、新しい商売のネタを探そうというわけだから、いわば 「逆転の発想スペシャル集」 なのである。

 だから読んでいると、従来の 「価値観」 を問い直すことになり、今までの自分を相対化することになり、すなわち 「哲学する」 ことになる。

 そう思うと、経済雑誌は 「哲学の宝庫」 だ。

 …ってな前振りを書いてしまったから、この後の文章が続かなくなっちゃった。

 よくあるのだ。
 書き出しを間違えたばっかりに、全然別の話になってしまった…なんてことは、このブログではしょっちゅう起こる。

 えっと何だっけ?
 ……そうそう経済雑誌の話。

 (以下は、もう前振りとは関係ない)

 で、 『エコノミスト』 (3月23日号) という経済雑誌を見ていたら、 「電気自動車大ブレーク」 という特集をやっていて、どこの国でも、未来の自動車が電動化 (EV化) していくことは目に見えている…と書いてあった。

三菱アイミーブ

 昨年、三菱自動車と富士重工業が、EV (電気自動車) の量産に踏み切ったけど、今年の末には、いよいよ日産自動車がEVの個人向け販売を開始する。

日産リーフ

 日産のカルロス・ゴーン社長は、
 「2013年には、年産50万台のEV生産体制を構築し、世界最大の電池メーカーになる」
 と宣言しているそうだ。

 またゼネラルモーターズも、今年11月には、個人向けEVのシボレー・ボルトを発売する予定だという。

 だから、その特集記事の結論は、こうなっていた。
 「今年はEV元年になりそうだ」

 確かに、現在のEVは、 「航続距離が短い」 「旅先で充電できるようなインフラが整備されていない」 など様々な課題を抱えているものの、それが新しい産業を掘り起こすための起爆剤として期待されている以上、この動きは止まりそうもないという。

 では、新しい産業って何?
 …ってことだけど、村沢義久という東大教授の方が、井出伸之氏との対談で面白いことを言っていた。

 「EVは、自動車メーカーから見ると、単に電気で動くクルマかもしれないが、家電メーカーから見ると “動く家電” になり、住宅メーカーから見ると “動くインテリア” になる」

 つまり、EVは、従来の 「自動車」 というイメージでは語り尽くせない多様な可能性を秘めた商品である、というわけだ。

 なぜ、そういう多角的な見方が生まれるようになったのか。

 それは、EVが、自動車メーカーが独占的に保持している技術蓄積や品質管理能力を持っていない企業にも、容易にアプローチできる乗り物だからである。

 EVは、従来のガソリンエンジン車とは違い、電池とモーターという全く異質なパワーユニットで駆動する。
 かつ全体のパーツ点数も少ない。
 つまり、ガソリンエンジン車のノウハウを積んだ大手自動車メーカーでなくても、試作車程度なら簡単に組み上げていくことができるクルマなのだ。

 そうなると、そのEV開発にチャレンジする企業の考え方ひとつで、従来の自動車像からは予想もしなかったようなニュービークルが誕生してくる可能性も出てくる。

 家電メーカーから見ると 「動く家電」
 住宅メーカーから見ると 「動くインテリア」
 というのは、そういう意味だ。

 すでに、日本を代表するエレクトロニクス企業、たとえば日立製作所やパナソニックなどには、もう電動自動車を造るだけの技術があるともいわれている。

 まぁ、だからこそ、どの自動車メーカーも 「こりや大変だ!」 と必死なわけだけど、どうやらEVは、垂直型のピラミッド構造を維持してきた日本の自動車産業を切り崩すようなパワーを秘めた商品であるようだ。

日産リーフの電池

 なにしろ、 「電池」 が重要な構成部品として大きく浮上してきたわけだから、EVの商品開発には、今後は電池メーカーが主導権を取ることだってありうるだろう。

 自動車産業の構造そのものが変わろうとしている時代。
 将来のキャンピングカーはどうなるのかな……


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

RV購入日記 03

前回からの続き)

 ○月○日

 自分にとっては初めてのキャンピングカー 「ギャラクシー」 を購入するための情報を集めつつ、まず駐車場選びから始めた。

ギャラクシー001

 やっぱり家から少しで近いところに借りたい。
 家から100mのところに、わりと大きな駐車場があったのを思い出した。

 その駐車場を管理している精肉店に行って、 「駐車場は空いていませんか?」 と尋ねた。

 「ありますよ。いま空いてます」
 と気楽な返事が返ってきた。

 「……ただし、トラックみたいなクルマなんですけど…」
 「え? トラック」
 精肉店のご主人の顔が曇る。

 「幅が2m10、長さが5m60…」
 「ちょっと無理だねぇ。何のトラックなの?」

 「あの…キャンピングカーなんです」
 「ああ、ダッジとか何とかいう…。あれは無理だなぁ」

 「2台分借りても無理でしょうか?」
 「2台といっても、隣合ったところが空かないからな。悪いねぇ…」

 その後、自分の乗用車を停めている月極駐車場の管理者とも相談したけど、同じような返事だった。

 これは相当遠くの駐車場になるな…と覚悟した。
 が、 “燈台もと暗し” とはこのことだ。

 実は、家からわずか50mのところに駐車場があることはあるのだ。
 ところが、そこは、クルマを入れるのが実に難しそうな場所なのだ。

 なにしろアプローチが狭い上に、登り口が急激な斜面になっている。
 しかも、その前が一方通行の道なので、バックで入れておかないと、出るときに出られない。

 一度乗用車を入れてみようと思い、バックで乗り上げたところ、クルマが斜めに傾いて、まるで倒れそうな感じだったので、途中で諦めたことがあった。

 それに、スロープを上がるときに、タイヤが空転して斜面を登りきらない。キャンピングカーじゃなおさら無理だと思った。

 が、そんな所だから、借り手がなく、逆にいつまでたっても空いている。
 案外狙い目かもしれない。

 さっそく、当時ギャラクシーを販売していたグローバル国立展示場の田代さん (現TACOS社長) に連絡して、
 「一度、そのクルマを持ってきて、家の前の道路を曲がれるか、駐車場の斜面をよじ登れるか、試して頂くわけにはいきませんか」
 とお願いした。

田代さん001
▲ 出会った頃の田代氏

 「ああ、いいですよ」
 田代さんの運転するギャラクシーが来ることになった。


 ○月○日

 「今、家の近くまで来たんだけれど…」
 田代さんから、携帯電話で連絡が入る。
 さっそく歩いて迎えに行く。
 田代さんは、家から200mぐらい離れた酒屋の前にクルマを止めて、私が駐車場に案内するのを待っていた。

 その隣に、かのギャラクシー。
 デッケェ! 

 展示会の会場で見るのと違い、近所の狭い道で見るギャラクシーは海水浴場に紛れ込んできたクジラのように大きかった。
 これじゃ “大黒寿司クランク” を曲がれない!

 ところが田代さんが運転するギャラクシーは一回の切り返しで、私には至難のワザに思えた大黒寿司クランクをクリアしてしまった。

 次に、第2の難所の駐車場のスロープ。
 これも前から一回、バックから一回。
 扱い慣れた田代さんはスルスルと出し入れする。

 「そんなにきつい駐車場でもないですよ。普通のキャンパーじゃ腹をこすってしまうかもしれませんが、ギャラクシーは車高が高いから問題ないです。それに滑ったら4駆にすれば大丈夫です」 とのこと。

 田代さんはもっと難しい駐車場のオーナーのところにたくさん納車しているという。

 なるほど。
 それじゃ……ということで、田代さんが帰った後、さっそく駐車場の管理人のところに電話した。

 空いているという。
 しかも、当分借り手は現れないでしょうという話。

 そりゃそうだろう…、あんな普通のクルマが苦労する駐車場…とは思いつつ、納車がいつか確かめて、あらためて契約しますということで電話を切った。

 さて、納車はいつか。
 田代さんに連絡すると 「今の契約 (5月頃) だと、納車は9月になるだろう」 とのこと。

 しかし 「町田さんのはもう枠を取ってあります。6月の終わりぐらいなら大丈夫」 とのこと。
 「じゃ一台買いましょう」と、話がまとまった。


 ○月○日

 7月にはクルマが来る。駐車場問題にケリをつけなければいけない。
 会社の休みの日、駐車場を管理している不動産屋までクルマを走らせた。

 幅の規定が1台分を超えてしまうので、どうしても2台分のスペースを借りる必要がある。

 不動産屋の説明によると、確かに5台止められるスペースのうち、2台分が空いているという。

 ただし、その2台分が隣り合っていない。
 真ん中に1台よけいな (失礼!) なクルマがある。

 「なんとかならないですかねぇ」 と不動産屋さんにお願いすると、
 その社長さんが、駐車場の借り手と電話で交渉してくれることになった。

 「1台分だけ、北側に寄ってくれませんかね?」
 と、電話で借主に尋ねている。

 「いいよ」 …という返事らしい。
 「2台分が空きましたよ」 と社長さんもニッコリ。

 料金は、1台分1万7,000円。
 「でも、2台分で2万円ということにしておきましょう」
 不動産屋の社長は、そういってくれた。
 「結構です。では借りることにいたします」

 すぐサイン。
 2台分借りても、乗用車を止めている駐車場の1台分より、さらに1万円も安かった。

 駐車場が決まったので、グローバル国立営業所に行って、見積りを立ててもらうことにした。

 業界の記者なので、“良い記事を書いてくれることを期待して (?) ” …オーニングとラダーなどの装備品額に相当する約30万円をサービスするという。

 オプションの検討に入った。

 バックアイモニター。……これは絶対いるだろう。
 オーニング…いる。
 ルーフボックスがあると便利だという話もきいた。汚れた椅子・テーブルなどをそのまま放り込めるから撤収が楽だという。
 じゃ付けたよう…。そうなるとラダーもいる。
 オーディオは絶対いる。

 さて、ルーフエアコン、電子レンジ、テレビ&ビデオなどという贅沢装備はどうする?

 ルーフエアコン、電子レンジなどが入ってくると、当然電力確保の意味からジェネレーターも必要となってくる。
 そのときまでに挙げた装備類を、一度まとめてもらった。

 フロントエアコン   17万1,000円
 リヤモニターカメラ 13万5,000円
 電子レンジ       2万5,000円
 ジェネレーター   42万0,000円
 ルーフエアコン   10万8,000円
 サイドオーニング  14万8,000円
 リヤラダー       3万0,000円
 オーディオ       8万2,000円
 ルーフボックス    9万8,000円

 これを全部足すと…121万7,400円という値段になった。

 ええい、いけ! 

 ……で、付けることにした。

 あくまでも勉強のためのクルマなのである。
 これらの装備がどれだけ必要なのか、あるいは不必要なのか。
 使ってみなければ分からない…というので、思い切ってフル装備にした。

 結論をいうと、このときの経験は、2台目のキャンピングカーを買うときに、大いに参考になった。

 ルーフエアコンとジェネレーターというのは、ベースシャシーの対荷重との相談になると思うようになった。

 この二つは価格も張るが、重量も伴う。
 それなりに対荷重の高いシャシーが約束されていなければ、クルマそのものの運動性能を損ねるし、タイヤや車軸に対する負担も増大する。

 今から思うと、オーナン2.8 kWを床下に積み、ルーフにはコールマンのエアコンを載せ、キャンプ道具から何から一切ぶち込んだルーフボックスをその横に並べ、 (時には100㎏の水タンクを満タンにし) さらに5㎏のLPボンベ一本と、そのリザーブタンクも用意して乗せていたのだから、相当な重量を負わされたクルマになってしまった。

 言ってしまえば、200馬力以上あるアメ車並みの装備を、わずか91馬力のシャシーが担うことになった。
 可哀想なギャラクシーである。
 走らないわけだ。

ギャラクシー001

 だから、2台目のキャンピングカーでは、エアコンもジェネレーターも注文しなかった。
 途中から、 「夏の暑さ」 を我慢できないカミさんのため、キャンプ場のAC電源でも回るような小型・軽量のエアコンを後付けしたが、結果的に、あまり使っていない。

 夏の旅行は、なるたけ涼しいキャンプ場を選び、窓を全開して風を入れるようにしている。
 それでも暑いときは、ルーフベントを回して屋根から風を入れるか、小さな扇風機を回す。
 それだけで、なんとかなるものだ。

 また、ルーフの上にトップボックスを載せるのもやめた。
 ギャラクシーのときは、椅子・テーブルから始まって、一切合切のキャンプ道具を屋根に載せていたが、当然、重心高が高くなり、安定性にも支障が出てしまう。

 だから、荷物をたくさん持っていく旅行を見直して、ボディ脇の収納庫に入るだけの荷物に絞ることにした。

 これは、子供がキャンプ旅行を卒業して、夫婦2人かもしくは単独旅行の機会が増えたから可能になったことでもあるが、 「荷物の少ない旅行」 を心がけるようになって、クルマの運動性能も向上し、かつ心も軽くなったように思う。

 しかし、まだ1台目のキャンピングカーを買うときには、そんなことまで分からない。
 そのため、フル装備になって、価格も一気にアップした。

 車両本体価格は478万円だったが、プラスのオプション類が121万円。
 その中から特別値引き…つまり代理店へのバックマージンを引いた額 (28万円) がサービスとなり、私の場合は570万円ぐらいとなった。
 それに税金、登録諸経費など加えると、乗り出しで620万円になってしまった。

 「ちょっとオプションが増えすぎて、高くなっちゃいましたねぇ」
 と、田代さんの方が多少困惑気味。
 決まり悪そうな顔である。

 申し訳ない…という気分と、 “そんなに付けても使うことないだろうに…” という哀れみの気分が混じったような表情だ。

 まぁ、いいわい。

 とにかくローンを組んじまえということで、支払いの方法を田代さんと相談した。
 頭金370万9,142円。
 後は、月々8万9,900円の20回均等払い。 (初回だけ9万0,100円)

 話はどんどん進行して、登録の話までいった。
 登録するために車庫証明を取ってくれという。
 今まで乗用車を4台乗り継いできたが、そんなことはしたことがない。

 ……なるほどキャンピングカーというのは乗用車と違うもんだと思った。
 ドゥイットユアセルフ。

 車庫証明の取得が、Do It Your Self かどうか分からないけれど、痒いところに手が届くように何でもしてくれる乗用車ディーラーとは、やはり違うみたいである。

 「車庫証明に必要な書類」 というインフォメーションがグローバル本社から送られてきた。

 ① 自動車保管場所証明書
 ② 自動車保管場所使用承諾証明書
 ③ 自動車保管場所の見取り図並びに配置図
 ④ 土地 (駐車場) の評価証明書
 …がいるという。
 何のことかさっぱり分からない。

 ④ の土地の評価証明書というのは市役所で発行してくれるというので、とにかく市役所に行ってみた。

 受け付けで聞くと固定資産税の係りのところにいけばいいという。
 そこで駐車場の地番 (これが住所の何丁目何番地と違う) を聞いて書類に書き込み、とにかく発行してもらった。

 それを持って警察署に行った。
 警察署には 「車庫証明発行受け付け」 みたいなコーナーがあって、そこに行って 「自動車保管場所証明申請書」 なる用紙をもらった。

 「車名」 「型式」 「車体番号」 「自動車の大きさ」 を書き込むようになっている。

 郵送されたインフォメーションによると、
 「車名=トヨタ」
 「型式=S-LN106改」
 「車体番号=LN106-0100669」
 「自動車の大きさ = 長さ565センチメートル/幅211センチメートル/高さ315センチメートル」
 …ということだったので、それを書き込んで渡した。

 これで ① の 「自動車保管場所証明書」 はクリアした。

 ② の自動車保管場所使用承諾証明書というのは、土地の評価証明書でいいみたいだった。
 ③ の自動車保管場所見取り図並びに配置図というのは、地図を画く用紙に駐車場の位置と自宅の位置をかき込めばよかった。

 配置図は、駐車場の契約書にクルマを収める位置が図表化されていたので、それのコピーを渡してことなきを得た。
 手数料として2,000円払えば、1週間後に車庫証明が交付されるとのことだった。

 1週間経って 「自動車保管場所証明書」 なるものが発行された。
 「94※※※※※30」 という番号だった。
 なんのことか分からないが、それが 「保管場所標章」 とのことだった。

 イヒヒ…である。
 オーナーになる日が近づいてきたのだ。

 (続く)

 (第一回)

campingcar | 投稿者 町田編集長 02:22 | コメント(4)| トラックバック(0)

春の夜風

 春の夜風は、なまめかしい。
 なまめかしい、とは 「艶かしい」 と書く。

ヘビ使いの女(ルソー)

 女性の性的な魅力を表現するときに使われる言葉だ。
 「色っぽい」 の同義語として使われることが多い。

 しかし、春の夜風にまぎれ込む 「なまめかしさ」 には、もっと根源的な、生きることの “狂おしさ” みたいなものが潜んでいる。
 たぶん、冬の間に生命のタネを胚胎していた生物たちが、気温の上昇とともに、新しい命として “うごめき出す” 気配のようなものが、立ち昇ってくるからだろう。
 
 命の形をとる前のものが、ようやく 「命」 という形をとろうとするときに生まれる、無音のざわめき。
 それが 「なまめかしさ」 の正体のような気がする。

 だから、落ち着かない。
 吉兆のしるしか、それとも凶事の前ぶれか。

 ひとつの種の誕生は、別の種の死滅を意味することもある。
 新しく生まれる生命が、この世に何をもたらすのか、それは誰にも分からない。

 何かが生まれ、じっとこちらを見ている気配。

夜のSA002

 春の夜風に吹かれていると、風の向こう側に、何億年という虚無の闇を突き抜けて、ようやくこの世にたどり着いた 「命」 がたたずんでいる気配がある。

 胸騒ぎがする。
 そういう夜は、闇夜にぼんやりと浮かぶ飲み屋の赤提灯が、奇妙に恋しい。

大阪の夜の飲み屋

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:07 | コメント(4)| トラックバック(0)

RV購入日記 02

前回からの続き)

 ○月○日

 欲しいキャンピングカーとして、とりあえずギャラクシーに狙いを定め、販売しているグローバルまでクルマを見に行くことにした。
 
 グローバル本社は、当時愛知県の豊橋にあったが、幸いなことに、東京の国立に東京ショールームがあった。
 クルマに乗っても30分ぐらいの場所だったので、ある日曜日、カミさんと子供を連れてドライブがてらに訪れることにした。

グローバル国立展示場
 ▲ 昔東京・国立にあった 「グローバル東京展示場」

 出たばかりのコンポⅡとギャラクシーの間に、グローバル国立展示場の田代さん (現・タコス社長) が立っていた。

 田代さん001
 ▲ 現 「TACOS」 社長の田代さん
 (若い頃)


 私は “ただのお客” …それもちょっとだけ知っている客を装って、田代さんの前で、
 「なるほど、これが新しいコンポⅡね。
 あ、窓が小さくなったんだ。
 バンク部は今度はベッドになったのか…」
 …なんて、 (実は記事を書いているからよく知っているのに) “素人の客” をよそおって楽しんでいた。

 そうしたら、田代さんに、
 「ひょっとしたら、 『キャンパーニュース』 の町田さん?」
 と見破られてしまった。

 あっけなく “素人の客遊び” は終わった。

 「実はギャラクシーが欲しいと思って見にきたんです」
 田代さんにそう言うと、 「あ、ぜひ!」 と、田代さんの顔が輝いた。

 「値段についてはいろいろ考えさせてもらいます。だからぜひ! できれば試乗記なんか 『キャンパーニュース』 に連載してもらえれば…」
 田代さんがそう言う。

 試乗記なんか書くのはやぶさかではない。
 こっちだって書きたい。
 だけど、まだ自分のキャンピングカーに乗ったこともなければ、使ったこともない。
 何をどう書けばいいの? …と、こちらが聞きたくなってしまうのをグッとこらえて、 「ええ、まぁ…」 と口を濁す。

 「ギャラクシーを買いたい気持ちはもちろんあるのですが、いろいろ解決しなければならない問題があって、もう少し時間をください」

 とりあえず、その日そういって立ち去った。

 資金の問題、駐車場の問題。
 いざとなると、やはりハードルは高い。

 ま、金はなんとかなる。
 それまでアパート暮らしを続けていたが、その頃からアパートを引き払い、実家に潜り込んで、使い手のいなかった2階を改造して暮らすようになっていたから、アパートの家賃が浮くようになったのだ。

 それまでは、月10万の家賃を右から左へと払っていたわけだから、それを思えば、月々10万までのローンなら支払う自信はある。

 問題は駐車場だった。
 これがない。
 5m×2mの枠を超える駐車場が近くにない。

 やっぱり無理かな…。
 そのときは、それほど熱心に駐車場を探す気にはならなかった。

 車両価格470万なり…という買い物は、やはり、いざとなるとけっこう冒険だ。
 1日にうちに、 「買おう!」 という気持ちの高揚と、 「無理だよ」 という諦めの境地が交互に訪れる。

 諦めの境地になりかけたとき、 「駐車場がない」 ということが “冒険” を避ける口実になりそうで、秘かにホッとしたりもした。

 つまり、 「仕事として必要だ!」 と、大見得を切ってみたものの、ある程度まとまった金が出ていくということは、やはり人を不安に気持ちに落とし込むものだ。

 しばらく様子見……。
 別に自分がオーナーにならなくたって、キャンピングカーの記事は書ける。
 そういう気分になることもあったし、事実その通りだった。


 ○月○日

 それからしばらく経った。
 2月の晴海のキャンピングカーショーで、また田代さんに会った。
 (当時ビックサイトでも幕張でもキャンピングカーショーはなかった)

 展示してあるギャラクシーの中で、田代さんと雑談した。

 「買う気になりました?」
 …なんていう話は全然出ない。
 売る気があんのかなぁ…とこっちが心配になってしまう。

 雑談が終わって、田代さんと別れ、遠くからギャラクシーを振り返った。

 そのとき、ふと、 「あ、キャンピングカーって美しい乗り物だな」 とはじめて思った。
 それまでは、どうしても生活の匂いを引きずる所帯じみたクルマという印象を吹っ切れなかった。

 外形デザインも、この時代は 「機能優先」 が露骨に伝わる無骨なものが多く、シルエットそのものをうっとり眺めるようなものは、まだ誕生していなかった。

 しかし、その日はキャンピングカーが違って感じられた。
 特に、初春の夕暮れの光を浴びてたたずんでいたギャラクシーはとてもカッコよく見えた。
 壁面の圧倒的ボリュームが、なんだかやたら新鮮に見えるのだ。
 乗用車とも違い、ただのオフローダーとも違う不思議な造形美がそこに生まれているように感じた。
 すべて格好から入る私には、もうそれだけで十分だった。

ギャラクシーⅢ003

 やっぱりギャラクシーを買うベェ! 

 その日から、秘かに本腰を入れて購入を検討し始めた。

 まず、サイズの調査。
 全幅が2mを超えると (ギャラクシーは2m10だ) 、これは一般道を運転したときどんな感じなのか。
 全長が5mを超えると (ギャラクシーは5m60だ) 、右左折のときに、どれだけリヤのオーバーハングが問題になるのか。
 
 そういうチェックポイントを、紙に書き出してみた。

 内装においても、しかり。
 ギャラクシーにはトイレ・シャワーが付いているが、それがどれだけ便利なものか (あるいはどれだけ不用のものか) 、使うときはどんなふうに使うのか、その研究も必須項目。

 バックアイモニターだって、昼、夜間、それも照明の多いところ、少ないところで、見え方が違ってくる。
 明かりがまったく見えない田舎の山道でのバックは、はたしてどうなんだ?
 そんなことに思いめぐらしてみると、チェック項目は、どんどん増えていく。


 ○月○日

 3月。ギャラクシーの情報をもっと集めたくて国立のグローバルに遊びに行った。
 偶然ギャラクシーの1号車のオーナーという人が来ていた。
 車検に出していたギャラクシーを引き取りに来たのだという。

 田代さんの説明によると、その人は、レコードジャケットの写真を専門に撮るカメラマンだという。

 年齢不詳。
 家族構成不詳。
 長髪のストレートヘアに、アゴヒゲ・クチヒゲ。
 どこか新興宗教の教祖っぽい雰囲気を漂わせた人だと思いながら、その人の話を聞いた。

 ギャラクシーの扱いでは、どこを気をつければいいか。

 彼曰く。
 やはり、リヤのオーバーハングが “災いの元” になるという。
 なにしろハンドルを切っていくと、はじめは車輪どおりにリヤも動いていくのだが、途中から突然キュっとケツを振るらしい。
 そのため、右左折のとき、隣の車線から飛び出そうとするクルマにケツを当ててしまうというのである。

 やっぱりこれだけの車体になると、そうとう気合いを入れて挑まないと移動はシンドイとか。
 またバックのときは、いちいち降りて後方を確認しなければならないという。

 バックアイモニターの話も出たが、その人は付けない方がいいという主義。
 なぜなら、付けると、いちいち降りて後方確認をするなどという作業が面倒くさくなり、かえって事故のもとになるという。

 たいへんなのは洗車とワックスがけ。
 やはり一日仕事になるそうだ。
 ワックスなど一回で一缶なくなる。洗車は風呂掃除用のモップを使うとか。

 悩みのタネはやはり駐車場問題で、あれだけの大きさを置かせてもらえる駐車場はなかなかないという。
 幸い、その人の場合は、100台置ける広大な駐車場を持つおおらかな地主の駐車場が探せたとか。
 料金は月4万円。

 それでも、そこを探すまで、いろいろな駐車場を転々とした。
 なにしろ現物を見ると、たいていの管理人は、 「これは駄目だ!」 と嫌な顔をする。

 そこでクルマを見せる前に 「ハイラックスです」 と嘘をついて借りてしまい、管理人が見て、眉をしかめたら、
 「ちょっと改造しちゃったから、少し後ろが変な形で…」
 などといって、ボリボリ頭を掻きながらニコニコする作戦で通してきたという。

 ギャラクシーの利点はやっぱり4駆だという。
 多少のぬかるみでもスタックしてしまうキャンピングカーが多い中で、4WDのギャラクシーはまず安心。
 乗用車が上がれないようなぬかるんだ坂でも、このクルマはじわじわと登り詰めてしまうらしい。

 もうひとつのメリットは、後輪のダブルタイヤ。
 後輪四つのうち1本がパンクしても、とりあえずタイヤショップまでは、だましだまし走っていける、とカメラマン氏はいう。
 また、架装物や積載物の荷重を分散することになるので、タイヤ1本にかかる負担が少ない。

 このときは、無邪気に 「ああ…なるほど」 と思って聞いた。

 前回の記事でも書いたが、実はこのクルマの場合、そのダブルタイヤが問題だったのだ。
 
 架装重量の増大分を受けるために、グローバル独自で組んだダブルタイヤだったが、その改造のために、逆にアクスルシャフトに過度な負荷がかかり、シャフトが折れるという危険性を内包したクルマだったのだ。

 それによる事故もやがて起こるようになるのだが、このとき、まだわれわれはそのことを知らない。

 基本的には、ベースシャシーの対荷重を無視して重量物をたくさん積載するような架装の問題に帰結するのだが、当時、まだそれによる事故も起こっておらず、国産ビルダーの 「重量」 に関する意識も低かった。

 だから、このときは、足回りを “増しリーフ” や強化ショックで補強するというような話題になって、そっちの方で盛り上がった。

 いま思うと、まだまだキャンピングカーの普及率も低かったのだ。
 ギャラクシーというクルマも、まだそれほど多く造られていなかった。
 当時は、展示車さえ十分に整えることができず、グローバルが東京で展示会を開くときは、かならずそのカメラマン氏の車両が展示会に借りだされたという。

 当日、その後の話はキャンピングカーにテレビをつけるかつけないかという議論になった。

 「テレビは邪道かもしれないですけど、子供のいる家庭ではテレビは必需品。子供たちに好きな番組を見させておけば、その時間帯だけでも親がのんびりできますし…」
 という田代さんに対し、カメラマン氏は反論。

 「それは、親父のプロデュース能力がないということを告白しちゃったようなもの。
 だって、せっかく旅行して知らない景色を楽しめるのに、なぜテレビなんですか? 
 俺なんかカメラが仕事でも、プライベートな旅行にカメラなんて持っていったことがないですよ」
 という。
 なるほど…と思えるような話が続いた。

 目当てのキャンピングカーを詳しく知るには、 「ショップに何度も顔を出して、そのクルマのオーナーから使い勝手を聞いてみろ」 というアドバイスがよくなされるが、確かに、ショップに入り浸っているお客さんの話を聞くことは、買いたいクルマのチェックポイントを見極める意味でも大事なことかもしれない、と思った。

 (続く)

campingcar | 投稿者 町田編集長 00:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

RV購入日記 01

 はじめてのキャンピングカーを買ったのは、自動車の運転免許を取って20年目のことだった。
 1990年代の中頃のことである。
 「ギャラクシーⅢ」 というハイラックスベースのキャブコンを購入した。

ギャラクシー001

 (実はこのクルマ。かなりいわくつきのクルマで、キャンピングカーに詳しい人ならすぐピンッ! と反応するところだろうけれど、その件に関しては、後で述べる)

 キャンピングカーを買うきっかけとなったのは、仕事でキャンピングカーのガイドブックをつくったからだ。
 『キャンピングカー&RVガイド』 という本である。

キャンピングカー&RVガイド94

 当時、私は、会社の仕事として単発の単行本の企画を進めると同時に、 『キャンパーニュース』 という日本オート・キャンプ協会さんが発行するキャンプ専門紙の編集に関わっていた。

 それは、主にテントキャンプのユーザーを対象とした新聞だったが、キャンピングカーのネタも徐々に増える傾向にあった。
 90年代に入ってから爆発的なオートキャンプブームが押し寄せ、それと比例する形で、キャンピングカーの需要も右肩上がりで急増していたのである。
 キャンピングカーのガイドブックを作るには好機といえた。

 そこで、自動車メーカーのPR誌を編集していた私に、その仕事が回ってきた。
 日本に流通しているキャンピングカーを1台1台採り上げ、その特徴や価格、フロアプラン、装備類などを1ページごとにまとめるという本だった。
  
 1993年の暮れにつくり、94年の春に発行した。
 書店売りはせずに、キャンピングカーショー会場にブースを設けて売った。

 東京と名古屋のショーにブースを出しただけで、3,000冊つくった本が、2,200冊売れた。
 実売率73.3パーセント。
 濃い読者層に恵まれた場所で売ったとはいえ、予想外の売れ行きだった。

 うちの会社は、この売れ行きを見て 「市場がある」 と認識し、さっそく翌年から部数も増やし、書店コードを取って定期刊行物にすることにした。

 こうして私はキャンピングカー媒体の 「編集者」 から 「編集長」 になったのだけれど、定期刊行物として継続するとなると、それまでキャンピングカーに縁のない生活を送ってきたため、正直、かなり戸惑った。

 しかし、仕事を始めるとけっこう面白かった。
 ビルダーに取材に行って、開発者たちからいろいろキャンピングカーの話を聞くうちに、この世界がいかに特殊なマーケットであるかということが分かるようになった。

 「特殊」 というのは、マニアックな “タコツボ世界” という意味ではない。
 多くの人が興味を持つ楽しいアイテムなのに、そのことを外の世界に訴えようという意識がほとんどない世界だという気がしたのだ。

 まず、キャンピングカーの広告というものが、日常生活の中のどこを見回してもない。
 テレビで報道されることもなく、新聞にも出てこない。

 後で分かったことだが、この時代、まだキャンピングカーを造る業者さんたちには、大々的に広告を打てるような資金力がなかったのだ。

 広告展開は、すべてキャンピングカー専門誌だけで行なわれていた。
 しかし、そのような雑誌は、なんらかの形で 「キャンピングカーの存在」 を知った人々を対象にした雑誌で、使われている用語からして、はじめて読んだ読者には意味不明の専門語が並んでいるだけのように思えた。

 しかし、この世界を 「キャンピングカーを知らない人々に発信できる」 仕掛けを考案したら、爆発的にマーケットが広がりそうだ…という感触は、取材を続けているうちにつかめてきた。

 それには、まずキャンピングカーを広報するメディアが 「はじめての人が読んでも分かる」 言葉を使うこと。
 そして、そういう言葉を使って、 「はじめての人が読んでも理解できる」 記事を書くことが必要に思えた。

 幸い、自分が担当した 『キャンピングカー&RVガイド』 の記事は、各ビルダーからは好評だった。
 「文章が分かりやすい」 と言ってくれた人が多かった。
 その言葉が、自分の自信を支える力となった。

 「分かりやすい文章」 を書くためには、まず書く対象が、自分の頭の中で整理されていなければならない。
 特に、工学的な記述の場合は、書くもののメカニズムや構造や作動原理が分かっていないと書けない。

 ところが皮肉なことに、…どのジャンルにおいてもそうだが、専門知識を豊富に持っている専門家たちは、今度は、門外漢の人に分かってもらえるような文章が書けない。

 いちばん良いのは、もともと “分かりやすい文章” を書けるライターが、書く対象をしっかり勉強をして書くこと。
 それなら、なんとかできそうな気がした。

 そういう勉強を、いちばん効率よく進めるにはどうしたらいいか?

 「自分でキャンピングカーを買うしかない」 と思った。

 もちろん各ビルダーを回って取材しているうちに、いろいろ教えもらうことはできるだろう。そのうち、およその基礎知識が身につくだろうから、そつないレポートをまとめるのにも、そんなに時間はかからないだろう。

 しかし、「使う側」 からキャンピングカーを眺めたときの “眼差し” のようなものは、自分で乗って、走ってみて、装備品を使ってみないと分からない。

 自分で銭を払う。
 これが、けっこう大事なことのように思えた。

 今まで他人ごとのように、 「トップグレードは450万円で…」 などと無造作に書いていた価格表示も、自分で買うという現実感が強まったときに、今とは違った反応が生まれてくるかもしれない。

 そして、各装備類の機能や使い勝手も、自分で使ってみて、はじめて良し悪しの基準が生まれるかもしれない。
 で、キャンピングカーを1台買うことにした。

 それまでの多少の蓄えと、子供が産まれるまでカミさんが勤めていた勤務先から支給された給料のわずかな備蓄が頭金になりそうだった。

 まず、カミさんの説得からすべてが始まるわけだが、自分にとっては、これが最初の難関だった。
 でも、切り出す言葉は用意していた。

 「これは自分にとって必要なモノなんだ。今後の自分の仕事を確立するために不可欠なものなんだ」

 と、正攻法でカミさんに挑む覚悟を固めていたが、
 意外にも、
 「私や子供もキャンプに連れていってくれるんでしょ?」
 との一言で、案外あっさり事が運んだ。

 では、どんなクルマを買うか。
 まず “苦労する” クルマを買おうと思った。

 普通のワゴンと変わらないようなバンコンでは、金銭的にも、取り回しの面でも、駐車場探しでも、そんなに苦労が要らないように思えた。

 それに比べ、トラックシャシーを使ったキャブコン (当時そういう言葉はまだなかった) は苦労しそうだった。
 その手の車種は、基本的にサイズも大きく、装備類も多く、使いこなすまでには時間がかかりそうだった。
 つまり、覚えてしまえば快適だが、覚えるまでは、 “苦労する” クルマに思えた。

 しかし、その “苦労” が、私にとっては “勉強” なのである。
 いっぱい苦労しなければならない。

 ただ、アメリカンモーターホームは苦労が多すぎる気がした。
 ボディが6mを超えてしまうと、苦労どころか、家までたどり着けないように思えたのだ。

 わが家のある狭い一方通行の道に入って来るには、 「大黒寿司」 という看板を掲げた寿司屋のある小さな十字路を曲がって来なければならない。
 6m超えのボディだと、この “大黒寿司クランク” を曲がれないことだけは、容易に想像がついた。

 それでいて、運転席の前に (余分な) ボンネットを突き出したクルマを欲しいと思ったのだから、まぁ、矛盾しているといえばいえるのだが…。

 ボンネットの理由?
 カッコだけ。

 エンジンが外にあることで、前突のときに安全性が確保されるとか、運転席周りが乗用車ライクだとか、お尻が熱くないとか、いろんな理由が挙げられるけれど、最大の理由は 「カッコいい」 という、ただそれだけの理由にすぎなかった。

 欲しかったのは、ヨコハマモーターセールスが造っていた 「ロデオRV」 だった。
 なにしろ、『キャンパーニュース』 というキャンプ関連の取材を始めるようになって、いちばん最初にユーザー訪問をしたのは、このクルマだったのである。

ロデオRV001

 ピックアップトラックの荷台が “部屋” になっているという驚き。
 アーリーアメリカンスタイルの木目家具に彩られた、けっこう洒落たインテリア。

 「シャワー室があり、トイレまである!」

 キャンピングカーショーにはじめて訪れた人のように、そんな単純なことに素直に感心してしまったのである。

 その時から、キャンピングカーとは 「ボンネットトラックに架装を施すものだ」 という強烈な印象が心に刷り込まれることになった。

 が、このとき、ロデオはすでに買えないクルマになっていた。

 ベース車のエンジンが当時の排ガス対策をクリアできず、首都圏では登録できなくなっていたのだ。
 また、その問題がクリアされたとしても、ボディ長が6mを超えるため、うちの前にたどり着く前の最初の難所 “大黒寿司クランク” を曲がりきれないことも分かった。

 そこでロデオは、泣く泣く選択肢から外した。
 そうなると、ボンネット型キャンピングカーとして、他に何があるか。

 太陽自動車のアビ、ボディショップアジロのワンタイR-5、グローバルのギャラクシーなどというクルマが選択肢の中に浮かんできた。

 選択は消去法で行なわれた。

 太陽自動車の 「アビ」 は、運転席がダブルキャブというところに特色があった。しかも4WDのAT。
 それがなかなか魅力だった。

太陽自動車アビ

 しかし、ダブルキャブを使ったことによって、リビング部が狭く感じられたし、内装のフィニッシュにまだ熟成度が足りないと思えた。

 ハイラックスベースでは、アジロさんのワンタイR-5もあった。
 これもいいな…と思った。
 トイレ・シャワー室を省いて、その分ベッドスペースを取り、居住空間のゆとりを実現した “通” のクルマだ。

ワンタイR-5001

 全幅が1800。長さが5mちょうど。取り回しにはまったく問題がなく、 “大黒寿司クランク” も難なくクリアしそうに思えた。

 しかし、基本的にトイレスペースがないということが、カミさんにとっては致命的であった。

 こうして消去法で、ギャラクシーが残った。

 結果的に、このギャラクシーを買うことになるのだが、冒頭でちょこっと示唆したとおり、このクルマは足回りに構造的な欠陥を抱え込んでおり、トラブルを続発させたことでむしろ名が知られるクルマになった。

 どういうことか。

 かいつまんで説明すると、同車の後車軸が堅牢性を欠いているため、架装重量に耐えきれず、車軸が折れて、タイヤが脱落するという危険性を抱えたクルマだったのだ。

 ギャラクシーは、トヨタのハイラックスをベースにしたキャンピングカーだが、架装メーカーであるグローバルの改造によって、後輪をダブルタイヤに変更されていた。

 この “ダブルタイヤ” が問題だった。

 自動車メーカーが強度計算をして出荷したダブルタイヤならまったく問題ないのだが、グローバルは、ハイラックスのオリジナルの後輪にスペーサーをかませて、その外側に同径のタイヤを後付けしただけのものだったのである。

 結果的に、これが 「トレッドが長くなった」 ことと同じことになり、車軸にかかる負担が増大し、車軸内のアクスルシャフト (ドライブシャフトを包んで保護するもの) が折れる危険性をはらんだことになる。

 リヤのシングルタイヤにかかる架装重量の負担を、ダブルにして分散させるという方法そのものは正しいとはいえ、車軸にかかる強度不足を計算に入れなかったため、それが逆効果を招いたといえなくもない。

 事実、シャフトが折れて車輪が脱落する事故が3件起こり、国交省は1999年と2007年に、グローバル社にリコール勧告を出している。

 その後、同社がこのリコールに従わず、経営状態の悪化を理由に廃業してしまったため、後味の悪い結果を残した。キャンピングカー業界のイメージを損ねた事件でもあった。

 しかし、その当時、私はそんなことをまったく予想もしなかった。
 キャンピングカーの世界に首を突っ込んだばかりのことで、ベース車の許容荷重と架装重量のバランスの関係などは、 「言葉だけの問題」 で、実感として意識できなかったと告白せざるを得ない。

 私の場合は、相当な重量の装備類を積んだまま10年間、7~8万km乗り続けたが、幸いなことにノントラブルのまま乗り終えることができた。

 ただ、後付けダブルタイヤによって、前輪と後輪のトレッドが異なってしまっため、道のワダチを拾うと車体が不安定に揺れた。
 でも、 「キャンピングカーってそんなもんだろう」 と割りきっていたので、そのことがそれほど苦痛でもなく、けっこう満足していた。

ギャラクシーリヤビュー001

 走行安全性に対する懸念材料を抱えたクルマだったが、それ以外の機能はよく追求されており、私にとっては数々の楽しい思い出を残してくれた印象的なクルマである。
 
(続く)

campingcar | 投稿者 町田編集長 12:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

長谷川等伯の絵

 長谷川等伯の絵について、何かひと言書きたいと思っていたのだが、鑑賞眼もないし、予備知識もないので、何も書けないままでいた。

 でも、圧倒されるのだ。
 いったい、こういう空間造形は、どういう精神から生まれてくるのか。

長谷川等伯「楓図」全体

 その秘密に迫りたいという気持ちだけは、絵を見るごとに募ってくる。
 等伯のライバルといわれた狩野派の絵においても同様だが、このような “超フラット” な空間を造形する心は、どこから生まれてくるのか。

 西欧近代の絵画を見なれた人からみると、等伯や狩野派の屏風絵に描かれる世界は、奥行きを失った、立体感の乏しい、平面的な図像にしか見えないだろう。

 しかし、現代のポップカルチャーに親しんだ人なら、このような絵は、 “絵画” というより、新しい都市環境を彩る “デザイン” に見えるかもしれない。

 たとえば、下の絵は有名な尾形光琳の 『紅白梅図屏風』 だが、このような絵を見ていると、昔の絵師の描いた絵というよりも、現代のアーチストが手掛けるポップアートのような斬新さが漂ってくる。

尾形光琳「紅白梅図屏風」

 実際に、デザイナーズ旅館や新意匠の割烹料理店などで見かけるインテリアには、けっこうこのような意匠をモチーフにした装飾が増えている。

 それらを称して 「和モダン」 というが、そのような意匠は、すでに大都市圏の店舗設計の中などにも相当採り入れられており、今や、西欧風の意匠を施したインテリアを古臭いものに見せるほど、現代の都市空間の中では主導的なデザイントレンドになりつつある。

 安土桃山時代の巨匠の絵画と、現代の和モダン的なデザイン意匠が類似しているということが何だかとても不思議に思えていたのだが、昨夜、NHKの 「歴史秘話ヒストリア 『名作選 美の戦国合戦』 」 という番組を見ていたら、意外と単純な事実を知らされた。

 長谷川等伯にしても、狩野永徳にしても、彼らは 「絵」 を描いているという自覚はなかった。
 いや、もちろん 「絵」 は描いていたのだけれど、それは近代西洋絵画でいわれるような、芸術家が自分の主観のおもむくままに描く “アート” ではなかった。

 では、どんなものを描いていたのかというと、建築物の一部を飾る “装飾” だったのである。
 つまり、時の権力者の壮麗な建築物をきらびやかに飾るために、請われるままに細工した室内装飾だったのだ。 

 確かに、等伯の代表作といわれる 『楓図』 にしても、永徳の傑作といわれる 『唐獅子図屏風』 にしても、障壁画や屏風 (びょうぶ) 画である。
 要するに “家具” だ。 
 彼らは、その “家具” を造形するための 「職人」 だったのである。
 和モダン的インテリアデザインとの類似性が認められるのは当然であろう。

狩野永徳「唐獅子図」
▲ 狩野永徳 『唐獅子図屏風』

 しかし、それにしても、その不思議な空間造形は、圧倒的な迫力でわれわれの胸に迫る。
 そこには、ヨーロッパ的な芸術観などでは解釈できないような、異次元の空間が造形されている。

 遠近法という絵画表現を手に入れたヨーロッパ近代絵画は、 「奥行き」 を手に入れた。
 それを見ていると、われわれは、その絵の中に入っていけるような “深さ” を感じることができる。

遠近法絵画
▲ 遠近法で描かれたヨーロッパ絵画

 しかし、等伯の 『楓図』 には、奥行きがない。
 奥行きがないのに、言葉を失わせるような、鮮明で巧緻なリアリティが生まれている。
 これを 「不思議」 といわずに、何といおう。

 手を触れると、ささくれだった幹の感触が得られそうな現実感を漂わせながら、同時に、人がその絵の中に入ってくることを拒む、ただの 「壁」 であるという不思議さ。

 そこに、ある種の “超越性” が現前しているといってよい。
 奥行きを失ったことが、逆に、見せかけの 「奥行き」 では表現できない、永遠に手が届くことのない世界の存在を教えてしまうのだ。

長谷川等伯「楓図」部分
▲ 長谷川等伯 『楓図』 (一部)

 このような絵に接してしまうと、最近はやりの3D映画など、何を表現しているのか、考える気もしなくなってしまう。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

希望

 われながら、変なタイトルを付けてしまったな…と思う。今日のブログタイトル。

 でも、ふと思ったのだけれど、今の日本人が失ってしまったのは、この  「希望」 という言葉ではないか…という気がするのだ。

荒野の雲

 小学校の作文のテーマじゃあるまいし、今さら 「希望」 なんていう言葉は、こっぱずかしくて口に出せないよ…っていう人はけっこう多いように思う。

 政治も、経済も、教育も、個人の私生活だって出口の見えない迷走状態を続けているような今の日本で、具体的な解決策を掲げもせずに、 「希望」 なんていう言葉を口にするのは、どこかそらぞらしい……
 そう思う方が自然であるように感じる人が大半であるかもしれない。

 でもさ、それは 「希望」 という言葉に、何か 「明るい未来」 が待っているというイメージを持ってしまうからそうなんであって、それは本当の意味での 「希望」 とは違うんではないか?

 「希望」 って、 「希 (まれ) 」 を 「望む」 ってことだろ?
 つまり、めったにないもの観ようとすることだろ?
 要は、先が明るいかどうかなんて分からない “場所” に、跳躍してみようということだろ?

 そう思うと、 「希望」 ってのは、ただポカンと口を開けて 「明るい未来」 を待っている…という意味とはまったく違う言葉なんだよね。

 それは 「決意」 を意味する言葉であって、静観しているだけでは生まれないものを求めるということなんだよね。

 はっきりいうと、それは 「絶望」 を主体的に引き受けるという意味でもあるわけ。
 つまり、 「どうせ何やっても無駄なんだから」 という絶望的な境地から、 「無駄でもやってみよう」 という、さらなる絶望を覚悟する、地獄への跳躍をうながす言葉なのね。

 だから本当は恐ろしい言葉なんだよ 、「希望」 ってのは。
 リスクのあるところに飛び込むっていうことだから。

 パンドラの箱を開けてしまったら、 「疫病」 「悲嘆」 「欠乏」 「犯罪」 など、人間に害をもたらすあらゆる災いが飛び出してきて、あわてて箱を閉めたら 「希望」 だけが残ったという話がある。
 有名なギリシャ神話だけど。
 
 最後に 「希望」 が残ったことで、この逸話を、人間の愚かさの寓意としてとらえる解釈が一般化しているけれど、本当は、いちばん恐ろしいものが残ったということなんだよね。
 
 「希望」 は盲目的なジャンプなの。
 その先が地獄か天国か。
 跳ぶ人間には分からないわけ。

 だけど、跳ばないことには、何も始まらない。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:31 | コメント(6)| トラックバック(0)

龍馬伝おもしろ!

 日曜日の夜、家にいるときはついつい見てしまう 『龍馬伝』 。

 司馬遼太郎氏の 『竜馬がゆく』 以来、坂本龍馬という人物に対する巷の評価が過大すぎるような気がして、このドラマにもあまり期待していなかったのだが、見るたびに面白さが際だっていくように思う。
 最近のNHK大河ドラマの中では出色のできかもしれない。

龍馬伝ポスター

 『篤姫』 以来、言い意味でも悪い意味でも “開き直った” NHK。
 「史実」 よりも 「ドラマ」 と割り切った姿勢が、この作品では成功したようだ。

 もともとHNKの大河ドラマは嫌いではなかったけれど、あまりにも史実を無視した荒唐無稽な設定が多く、腹もよく立てた。
 この 『龍馬伝』 でも、かなり史実とは異なる誇張や脚色がなされているが、見ているうちに 「ドラマ」 と割り切るクセがついたせいか、あまり気にならなくなった。

 そもそも史実とは何ぞや?

 私たちが “史実” と思い込んでいるものは、案外、歴史小説家が自分の想像力でおぎなった創作部分であったりするものが多い。 (特に司馬さんの作品はそういうものが多い)

 だから、自分の頭の中に定着したイメージと異なるものを見せつけられると、 「歴史の改ざんだ!」 と憤慨してしまうのだけれど、よく考えると、単に 「ドラマ」 対 「ドラマ」 の、できの良し悪しを評価しているだけだったのかもしれない。

 で、ドラマとして考えると、 『龍馬伝』 、今のところ悪くない。

 そう思う理由は、龍馬という一人のスーパーヒーローを描くのではなく、幕末を生きた若者群像を描いているところにある。
 つまり、龍馬の周辺を固める役者たちがみな素敵だ。

 「ドラマ」 なんだもん。
 基本的には、役者の質で決まってしまう。

 今の自分のお気に入りは、なんといっても武市半平太を演じる大森南朋さん。

大森南朋003

 この人の演技は素晴らしいなぁ。
 『ハゲタカ』 で主役を張って以来、ずっと注目してきた人だけど、彼が出てくると、画面が締まる。

ハゲタカDVDジャケ

 融通の利かない理想主義者で、自尊心が強くて、大義のためには仲間を見殺しにするような冷酷さを秘めながら、一方では、そんな自分を自分で責めて苦悩する武市半平太という人物を見事に演じていると思う。
 「理想主義とは狂気を宿すことだ」 ということが、彼の演技を見ていると、よく伝わってくる。

 で、彼の演じる武市半平太というのは、いわば、陽の当たるところに常に身を置く坂本龍馬の 「影」 のような存在なんだけど、武市がいるからこそ、龍馬の “向日性” が際だつという役柄を引き受けて、見事!

 こういう役者に、しっかりした役柄を与えただけでも、NHKを支持するね。

 あと、 「いいなぁ…」 と思う役者は、千葉道場を仕切る千葉重太郎の役柄を与えられた渡辺いっけいさん。

渡辺いっけい氏

 妹の佐那が龍馬に恋心を抱いていることを知り、なんとかその思いを遂げさせようと、優しい兄貴ぶりを発揮して画策するのだが、どこかピントがズレていて、ユーモラス。

 そこがまた、真面目で優しい人柄をしのばせる名演技になっている。
 地味な役柄だけど、こういう役者が 『龍馬伝』 を支えている。

 あと、龍馬の初恋の相手といわれる加尾の兄貴、平井収二郎を演じる宮迫博之さんもいいなぁ。

宮迫氏002

 武市半平太の攘夷思想に共鳴し、権謀術数も辞さない覚悟を固めていく平井収二郎。
 単純で粗暴な性格のように見えて、妹のことを親身に思う兄貴ならではの弱みもさらけだしてしまう複雑な役柄を、宮迫さんはうまく演じているように思う。

 今後、この人はお笑いタレントというよりも、シリアスな演技で本領を発揮していく人になっていくのではなかろうか。

 そんなふうに、龍馬の脇を固める演技人がみな達者。
 ドラマの面白さというのは (主役もさることながら) 、脇役たちの名演技に支えられてこそ生まれてくるものだと思う。

 ホコリが舞い散る江戸の町並み。
 白塗りの厚化粧を廃した、女優たちのすっぴん演技。
 いろんなところで、今までの大河ドラマの流れを変えようとしていることが伝わってくる。

 『龍馬伝』 おもしろ!

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:32 | コメント(2)| トラックバック(0)

どうにかなるさ

 キャンピングカーの中の 「独り宴会」 が好きである。
 仮に泊まるところが、RVショー会場の駐車場であっても、酒と音楽があれば、窓の外の風景が無味乾燥だろうが、話し相手がいなかろうが、まったく苦痛ではない。

愛車のダイネット001

 ただ、酒はなくても、音楽がないと、ちと淋しい。
 だから、どんな短い旅でも音楽ソースだけはいっぱい持っていく。
 最近の新譜はほとんど知らないので、聞くのは昔の音ばかり。

 ここちょっと、昔の日本語のポップスをよく聞いている。
 もともとサウンドしか興味のなかった人間なので、J ポップを聞いても、あまり歌詞に関心が向かなかった。
 しかし、この頃になって、ようやく昔のポップスの “歌詞” に注目するようになった。

 すると、不思議。
 なんだか、新しい歌を聞いているような気分になるのだ。

 この前、名古屋のショーに出向いたときは、長島温泉の駐車場に泊まって、かまやつひろしの 『どうにかなるさ』 を何度も聞いた。

かまやつひろし氏

 昔、この歌を聞いたとき、日本ではじめて 「日本語のカントリー&ウエスタン」 が生まれたと思った。
 それほど、作曲したかまやつひろしは、カントリー&ウエスタンのエッセンスというものを、よく捉えたように思えたのだ。

 当時の日本語のポップスは、どんなに洋楽の意匠を盛り込もうとも、どこかで歌謡曲の匂いがポロっと表れてしまっていたが、この曲にかぎっていえば、歌詞が日本語であることを除けば、純度100パーセントのカントリーのメロディが再現されていた。



 で、このたび改めて歌われている言葉に注目してみたのだが、これがけっこう味わい深い歌詞なのである。
 
 こんな歌詞だ。

  今夜の夜汽車で、旅立つ俺だよ
  あてなどないけど、どうにかなるさ
  あり金はたいて切符を買ったよ
  これからどうしよう。どうにかなるさ

 主人公は、いったいどういう人間なのだろう?
 考え出すと、興味がどんどん膨らみ始めた。
 
 面白いのは、主人公のキャラクターだ。

 切符を買うのに、 「あり金をはたいてしまい」 、 「これからどうしよう」 とつぶやいているわけだから、彼には危機管理能力というものがまったくないことが分かる。

 しかし、それでもこの男は 「どうにかなるさ」 と開き直る楽天性を備えており、少なくとも、うつ病患者が多いといわれる現代では、ちょっと考えられないようなキャラクターだといえそうだ。

 それにしても、そのとき彼は、いったいいくら持っていたのだろう。
 
 今だと、青森県から山口県まで、新幹線を使っても3万円ぐらい。
 この歌が生まれた時代では、3000円といったところか。

 その程度の金をつぎ込んで、 「使い切る」 と表現するいうことは、彼の給料は、現代に換算すると月15~16万程度か?
 いったいどんな仕事をしていたのだろう。

 手がかりは2番の歌詞にあった。

  仕事も慣れたし、町にも慣れたよ
  それでも行くのか どうにかなるさ
  1年住んでりゃ 未練も残るよ
  バカだぜ、おいらは どうにかなるさ  
 
 歌の雰囲気からは肉体系の仕事が連想されるが、ドヤ街の殺伐さも感じられないので、建設系ではないのかもしれない。
 仕事に慣れるのに1年かかっているところをみると、単純労働というよりも技術系の仕事であることも推測される。

 住む場所は、どんなところだったのだろう。

 「町に慣れた」 と言っているところをみると、そんなに複雑な大都会ではない。
 生活圏も広そうではない。
 仕事場とアパートの距離も短く、その間に居酒屋が数軒という小さな地方都市が目に浮かぶ。

場末のスナック

 気になるのは、2番のサビの部分。

  愛してくれた人も 一人はいたよ
  俺など忘れて、幸せつかめよ
  一人で俺なら、どうにかなるさ
 
 この恋人は、はたしてどんな女性だったのだろう。
 
 まず、考えられるのは、行きつけの飲み屋のママさんとか従業員。

 しかし、夜汽車の切符を買ってしまうと金さえ残らないような給料のことを考えると、そんなに足しげく飲み屋に通っているとは考えにくく、ひょっとしたら 「棟梁の娘さん」 …というような、仕事を通じて日常的に会っていた女性と考えてもいいだろう。
 
 気になるところは、相手が 「愛してくれた」 …のに、主人公が応えてやらないことだ。

 こういう場合、三つのパターンが考えられる。
 
 ひとつ。
 相手は美人でもなく、性格的にも合わなかったというケース。
 どっちかというと、男の方がストーカー的に追いかけ回されたというパターン。
 その場合は、男が逃げ出したということになる。

 二つ。
 男の片思い。

 この場合は、 「これ以上追いかけ回すと、はっきりとフラれるな」 という危機感から、相手をあきらめてしまうというケースが想定される。

 つまり、自分の自尊心を傷つけないように、 「愛されている」 という思いを維持したまま、最終的な破局から目をそらすという心の動きが想定される。
 そうなると、 「俺など忘れて幸せつかめよ」 というのは捨てゼリフとなる。

 三つ。 
 最初から、恋が成就しないことが分かっている相手。
 つまり、身分違いの女性。

 彼女は、良いところのお嬢さんで、高学歴で高収入の男のもとに嫁ぐことが決まっている。
 そうなると、歌詞で使われているボキャブラリーからして、あまり高学歴とは思えない主人公に嫁ぐことなど、親が絶対許さないということになり、それを解っている男は去るしかない。

 この解釈がいちばん自然であり、歌の雰囲気とも合う。
 私は、この女性は、主人公の勤める会社の社長令嬢だと推定した。

 たぶん、彼女には親が進めた縁談があったのだ。
 彼女は、それを破談にして、主人公と一緒になる決意を固めている。
 当然、親子の関係はこじれ、家庭も職場も収拾がつかなくなる。

 そういう事情を解ったからこそ、主人公は、あり金はたいて、急遽、夜汽車に乗る決意を固めたのだ。

 これは、カントリー&ウエスタンによくあるパターンといってもいい。 
 日本の演歌でも、 “股旅もの” は、このパターンを踏襲する。
 洋の東西を問わず、古典的な人情劇の中軸を担っていたテーマである。

 こういうテーマが現実性を帯びて感じられる社会というのは、どういう社会なのだろうか。

 人口が流動的に動いている社会である。

 カントリー&ウエスタンという音楽は、 「家族や村という共同体に縛られず、旅の空の下で死ぬ男」 を歌ったもので、その根底には、人口が流動的に動く開拓期の精神風土が反映されている。

 さらに、20世紀の初頭、不況下のアメリカでは各地に放浪労働者がたくさん生まれ、彼らが当時インフラ整備されつつあった鉄道網を使い、日雇い労働者として全米に散らばっていったという歴史的事実も、その後のカントリー&ウエスタンを支えるバックボーンとなった。

セリグマンルート66

 このような 「人が動く時代」 では、 「住み慣れた町」 を離れ、夜汽車に乗って 「あてなくさまよう」 ことすら、希望であったかもしれない。

 世界の大衆音楽の中で、 「ロンリー」 とか 「ロンサム」 という言葉がもっとも多用されるのがカントリー&ウエスタンだといわれているが、その曲調は、どれも明るい。
 そこには、 「町を去り、人と別れる」 ことが新しい 「出会い」 を約束するという楽観主義が横たわっている。

 日本も、似たような 「人が流動する」 時代を迎えたことがあった。

 『どうにかなるさ』 がつくられたのは1970年。
 …ということは、60年代の精神風土を色濃く反映した歌だと思っていい。

 60年代というのは、 「集団就職」 に象徴されるような、日本全域を民族大移動が襲った時代。
 1960年から1975年の15年間のうちに、東京、大阪、名古屋の3大都市圏には、1533万人の人口が流入したという。 

 『どうにかなるさ』 という歌は、恋人と別れても、別の町に行けば、また新しい出会いがあるというカントリー&ウエスタン風の楽観主義に裏打ちされた歌なのだ。

 歌詞をつくったのは、山上路夫。
 かまやつひろしの曲が先にできたのか、山上路夫の詞が先にできたのかは分からないが、両者の目指す世界がぴったり合ったという気がする。カントリー&ウエスタンの精神風土を、日本の土壌に置き換えた名曲だと思う。

 ……ってなことを考えながら、自分のキャンピングカーの中で、一人ダイネットシートにあぐらをかいたまま、グダグダと酒を飲む。

 至福の時。

 関連記事 「さすらいの大工」


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

淋しい男の独り旅

 キャンピングカーが、リタイアした夫婦の旅のツールとして脚光を浴びたのは、日本RV協会が提唱した 「団塊世代カップルの旅ぐるま」 というキャンペーンが効いている。

 このおかげで、定年退職を迎えた旦那さんと、旦那さんの人生を支えた奥さんが、現役時代に達成することのできなかった “ゆったり旅行” をキャンピングカーで楽しむというライフスタイルが、ひとつのイメージとして定着するようになった。

JRVA広報誌くるま旅003

 しかし、キャンピングカーユーザーのすべてが、夫婦そろって旅行を楽しめるという環境にいるわけではない。

 男性の場合だったら、たとえば、奥様が亡くなられた…とか、あるいは離婚して夫婦ともども旅行する機会がなくなった…などというケースもあるに違いない。
 さらに、ずっと独身を通している男性もいるだろう。

 また奥様がいても、奥様がキャンピングカー旅行に興味がないために、
 「あなた独りで行ってらっしゃい。夜は飲み過ぎないようにね」
 などと言われ、やむなく、独りで放浪の旅を強いられる旦那さんもいるだろう。

 そういう立場の人からすると、
 「2人のくるま旅」
 という標語は、ちょっとそらぞらしい響きを持っているように感じられるかもしれない。

 じゃ、伴侶のいない男たちは、 「くるま旅」 はしないのか?

 ところが、そうじゃないらしい。
 それでも “独り旅” に出てしまうのが、男という動物であるようだ。

 あるキャンピングカーショップさんから聞いた話なのだが、最近、軽自動車のキャンピングカーに注目する “独り旅志向” の男性が増えているという。

 「どうせ寝るのはオレ一人なんだから、この広さがあれば十分なんだよ」

 軽キャンパーのベッドメイク状態を見て、そうつぶやく男性が多くなってきたのだとか。

 独身なのか、あるいは奥様を誘ってもついてきてくれないのか、様々なケースが考えられるだろうけれど、ショップのスタッフが観察するに、 「男の1人旅マーケットというのが確かにある」 というのだ。

 ただし、そこにはちょっと時代的な変化が見られる。

 以前なら、
 「1人で渓流釣りに行くから」
 「1人で野鳥の写真を撮りにいくから」
 という目的を持った1人旅ユーザーが多かったのだが、
 最近は、
 「こういうので、気ままに旅したいねぇ」
 という漠然としたロマン派が増えているという。

 「だから、購買意欲はそれほど強くない」
 と、販売店スタッフはいう。
 「やはり目的を持っている人の方がさっと買ってくれますね。 “漠然としたロマン派” は、いいなぁ…いいなぁ…とは言いながら、買うほどの気合いを持っているようには見えない」

 その代わり、 「本当に欲しそうに見ている」 …らしい。
 とにかくそれに乗って、 「ここではないどこか」 に行きたいという切実な思いが伝わってきそうだ…という。

 そういう人たちの気持ちも分からないでもない。
 男には “放浪癖” というものがあるからだ。

 昔、かまやつひろしが唄った歌ではないけれど、
 「今夜の夜汽車で、旅立つオレだよ、あてなどないけど、どうにかなるさ」
 というヤツ。

 夜汽車
 あてがない

 そんな淋しいシチュエーションを、男は、ソバに七味を振りかけるように、精神の “薬味” として味わえる動物であるらしい。

港の夕暮れ002

 ある飲み屋で、
 「北国の知らない駅に降りてさ、宿を探していたら屋台のおでん屋を見つけてよ、熱燗をキュッとあおって、ふと空を見上げると、雪が舞い始めているって感じ、ありゃ最高だよなあ。町田、その心境分かる?」

 …って先輩に言われたことがあったけれど、寒いのが嫌いな私は、 「はぁ、そんなもんですかねぇ」 と、つれない返事を返しただけだったが、その先輩の気持ちってのは、そのとき十分に伝わってきた。

夜の飲み屋街001

 男は 「淋しい独り旅」 が好きなのだ。

 これも昔の話。
 以前勤めていた自動車PR誌の編集部で、古いクラウンに乗っているユーザーの取材を行ったことがある。

 オーナーは、そのクルマに乗って1人旅するのが趣味。
 とんでもない旧車だったから (…たぶん観音開きの次のモデルくらい) 、いたわりつつ乗らないとクルマに負担をかけてしまう。

 だから、家族は乗せない。
 クルマに気をつかっている分、家族サービスがおろそかになってしまうからだ。
 で、旅するときは1人。

 その彼が言った。

 「景色の良いところにクルマを止めてね。夜は毛布にくるまって、フロントグラス越しに夜景を眺めるんですよ。
 暮れゆく竜飛岬の風景を眺めながら、コップ酒なんかすすっていると、遠くまで来たなぁ…って思いがこみあげてきてね」

 そんな話を聞いたのが、もう30数年前。 
 まだ 「車中泊」 なんていう言葉もない時代。
 その時代から、もう男たちは 「淋しいくるま旅」 を愛していたのだ。

 自分にも経験がある。

 「日本海が見たい」
 という、ただその一つの目的のために、1200CCの小型車で国道18号を夜通し走り、東京から新潟まで行ったことがある。

 関越道などない時代。
 道の駅もなかった。
 眠くなったら車道の路肩に入り、シートを倒してわずかに仮眠。

 明け方、鈍い色に光る日本海を見て、海風を鼻孔いっぱいに吸い込み、深呼吸を一つ終えると、そのままもと来た道を戻る。

 そんな、アホな独り旅が好きだった。

 もし、あのときキャンピングカーを知っていたら……
 と、いま思う。 
 「どれほどのめり込んでいたことだろう!」
 そう思う。


 最近、なんだか “独り旅” 用のキャンピングカーがやたら増えてきたような気がする。
 もちろんビルダーは 「独り旅用」 とはいわない。

 「ご夫婦2人までなら、快適に使えます」
 という。

 もっと堂々と言うビルダーが出てきてもいいのではないか?
 「これは、淋しい旅を愛する淋しい男の、独り旅仕様です」 って。

 「淋しい」 っていう言葉が “キー” なのだ。
 つまり、 「ロンサムカーボーイ (Lonesome Car Boy) 」 。

ルート66の町002

 CM戦略さえしっかり立てれば、案外、このコンセプトはイケそうに思えるのだけどなぁ…

モニュメントバレー003

 関連記事 「ひとりのくるま旅」 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:57 | コメント(8)| トラックバック(0)

定年後の人生

 日本オート・キャンプ協会 (JAC) が発行している広報紙 『オートキャンプ』 には、毎回RVランドの阿部和麿さんが執筆される連載エッセイ  「キャンピングカー・クリティーク」 が掲載されている。

オートキャンプ2_15号

 今月のテーマもかなり面白いものだったので、JACさんの許可をいただき、このブログでも、その一部を紹介してみたい。

  定年後の自由時間は現役生活より長い

 今回のエッセイは、 「日本人の平均寿命は、男性で79・29歳。女性で86・05歳」 というレポートから始まる。
 ついでにいうと、女性の86歳というのは世界1位。男性の79歳は世界4位…なんだそうだ。

 さらに、65歳まで無事に生きた人の場合は、その余命が平均寿命よりもさらに長くなり、男性84歳、女性89歳までは軽く生きられるという。

 これがどれほど長い時間になるのか?

 阿部さんは、そのエッセイの中で、経済評論家の大前研一さんの説を披露する。

 「大前さんが試算したところによると、定年退職後に与えられる自由時間は8万7,600時間だという。
 もちろん睡眠時間や食事時間などは、この自由時間には入らない。個人が純粋に好きに使える時間だけを取り出したものだ。
 実はこの8万時間。普通のサラリーマンの場合は、現役時代の会社で働いた時間より長いのだ」

 つまり、会社で1日8時間労働したとして、その労働総時間数は、8時間×250日×38年間 = 7万6,000時間。
 定年後の8万7,600時間というのは、それよりも、約1万時間も長いという計算になる。

 この膨大な時間を、意義のあるものとして迎えるには、 「趣味を20個ほど持たなければならない」 と大前さんは主張しているらしいのだ。

 いったい、どんな趣味を持てばいいのか?

 多くの人が挙げる趣味には、 「ゴルフ」 「釣り」 「山登り」 「四国八十八箇所めぐりのお遍路」 「そば打ち」 などがある。

 しかし、それだけでは、とても8万時間を消化しきれないと、大前さんは踏んでいるらしい。
 だから彼自身は、 「クラリネット演奏」 「船遊びや釣り」 「スキューバダイビング」 「オフロードバイク」 「水上バイク」 「スキー」 「スノーモービル」 など、老後に備えて、少し若い世代の遊ぶ趣味も取り込んでいるのだそうだ。

 大前氏は、趣味を持つときの配分として、次のような提案をしたという。

 ・ 趣味のうち3分の1は、一人でも室内でできること。
 ・ 次の3分の1は、一人でも屋外でできること。
 ・ 残りの3分の1は、夫婦 (仲間) とできること。

 そのところを読んで、阿部さんは、 「これはまさにキャンピングカーライフだ!」 とひらめいたという。

 阿部さんは書く。

 「キャンピングカーは、旅行やキャンプのツールとして屋外で使うものだが、同時に 『室内』 を背負っている。
 しかも、そのパートナーとして、奥さんまたは仲間を受け入れるキャパシティを持っている。
 まさに、大前さんのいう 『室内、屋外、パートナー』 というファクターをすべて1台の中に盛り込んだクルマが、キャンピングカーだ」

 つまりキャンピングカーは、大前さんのいう、
 ① 3分の1は屋外
 ② 3分の1は室内
 ③ 3分の1は奥様や仲間と一緒
 …という “趣味の3配分” を取りこぼしなく押さえた理想のツールであったのだ。

 阿部さんのエッセイの結びの言葉は、次のようなものだった。

 「キャンピングカーは、あらゆる趣味へと通路を開く 『魔法の扉』 だ。
 『釣り』 『山登り』 『スキー』 などの前線基地となり、同時に 『温泉めぐり』 『地方のグルメ堪能』 という楽しみを簡単に実現させる。
 もちろん、キャンピングカーという存在そのものを趣味にして、その改造やメンテを楽しむ人たちも後を絶たない。
 キャンピングカーが1台あれば、定年後の8万時間を虚しく費やしてしまうということはまずあり得ない」

阿部和麿氏

 さすが、ユーザーと接してきた経験も豊富で、業界を長く見てきた阿部和麿さん。
 キャンピングカーの秘める可能性を、初心者にも分かりやすく解説していると思った。



campingcar | 投稿者 町田編集長 00:52 | コメント(2)| トラックバック(0)

日刊自でも紹介

 2月の幕張キャンピング&RVショーで “デビュー” を果たした 『日本のキャンピングカーの歴史』 が、幸いなことに、あちらこちらの媒体から紹介されるようになった。

 “世界最大級” を謳う自動車専門の日刊紙である 『日刊自動車新聞』 の 2月27日 (土) 号では、7面の中段に 「新刊紹介」 という形で、3段抜きの書評が掲載された。

日刊自のキャンカー歴史新刊紹介001

 記事では、まず 「RV」 という言葉の意味に触れ、欧米においては広い意味でキャンピングカーを意味する 「RV」 という言葉が、日本ではミニバン、ステーションワゴン、SUVなどを指す言葉になったことを指摘。
 
 そして、その商業的なRVブームと連動しながらも、それとは違う路線で、自然や家族との関わりを深めるキャンピングカーが、日本独自の市場形成をなしとげたことに記者は注目する。

 このあたりの分析は、 RVブームを構造的に解明することのできる自動車専門紙としての力量が感じられて、感心せざるを得ない。

 紹介記事では、本書のことを次のように位置づけている。

 「日本のキャンピングカーの黎明期から成長期にかけてオートキャンプやキャンピングカービジネスに情熱を持って取り組んだ人たちへの取材も含めて、『日本のキャンピングカーの歴史』を読み物風にまとめたもので興味深い。
 日本のモータリゼーションとクルマ社会の歴史と連動した貴重な資料でもある」

 書店売りもされない小冊子にもかかわらず、わざわざ採り上げて、このような評言をいただけたことは、著者としては望外の喜びであった。
 記者の方には、この場を借りてお礼を言いたい。


 また、社団法人日本オート・キャンプ協会 (JAC) が発行する月刊紙 『オートキャンプ』 においても、その8面の 「新製品ナビ」 というコーナーで採り上げられた。

オートキャンプ2_15号

 ここでは、 「歴史を作った人と車」 というタイトルに続き、 「日本のキャンピングカーの歴史をまとめたこれまでになかった1冊」 という評言で、本書のポイントが指摘されている。
 読者プレゼントもあるので、興味をもたれた方はJACさんに問い合わせを。

 書店で売られることのないこのような地味な本が、有力媒体の書評欄で採り上げられるなど夢にも思わなかった。
 うれしい限りである。

 なお、本書は日本RV協会 (JRVA) が主催するキャンピングカーショーの会場で売られている。
 今週末は、インテックス大阪で行なわれる 「キャンピングカーショー大阪」 (3月6日~7日) の協会ブースで発売されるので、本書に関心を持たれた関西地区にお住まいの方は、ぜひ足を運んでいただきたい。

 関連記事 「キャンカーの歴史」



campingcar | 投稿者 町田編集長 13:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

ソーラーフィルム

ソーラーパネル001

 キャンピングカーのソーラーパネルの装着率が年々上がっている。
 日本RV協会が発行している 『キャンピングカー白書』 のデータを追ってみると、微増ではあるが、年を追うごとにソーラーパネルの装着度が上がっているのが分かる。

 ちなみに、下記は、この10年間におけるバンテック社の新車納車時のソーラー装着率だが、これを見ても (年による変動はあるものの) 、トータル的に装着率が高まっていることが見てとれる。

 1999年  0 %
 2000年  0 %
 2001年 3.3 %
 2002年 4.3 %
 2003年 6.3 %
 2004年 12.8 %
 2005年 8.5 %
 2006年 20.0 %
 2007年 15.3 %
 2008年 15.4 %
 2009年 35.4 %

 もちろん、ソーラーシステムは、どのキャンピングカーにおいてもオプション設定になっているものがほとんど。
 その装着率が高まっているということは、それだけユーザーの関心度が高まっていることを意味している。

 理論的には、太陽が出ている限り、無尽蔵にそのエネルギーを取り込むことできるソーラーシステムは、環境への配慮が社会的要請になってきた時代のエコロジカルな電力供給システムとして、いまきわめて象徴的な役割を負っているといえよう。

 ただ、ソーラーの発電能力は決して高くない。キャンピングカーのルーフに設置されることの多い定格出力70Wクラス (1200×500mm) の小型パネルの場合は、1日あたりの発電量が晴天の日でもせいぜい15~20AH (アンペアアワー) ほどだから、小型照明器だと10時間程度。テレビだと5時間程度の電気量でしかない。

 したがって、ソーラー単体の力で、キャンピングカーが搭載している電装製品をすべて駆動することなどできないし、バッテリーが弱ったときの緊急充電を行うこともできない。

 それでも、サブバッテリーの電力消費を補うには十分に有効であるし、キャンピングカーを長い間乗らずに放置するような場合、その間のバッテリーチャージシステムと考えれば、これは実に便利な装置だ。

 週末か連休のときだけしか稼動させないキャンピングカーでも、その間の充電をソーラーに任せておけば、出発するときにはほぼ満充電の状態でスタートすることができる。

 そのようなユーザー意識の高まりを反映して、いまキャンピングカーのソーラーシステムはどんどん進化している。
 ビルダー側から続々と新しい提案がなされているといっていい。

 そのひとつが、バンテックが実用化を進めている 「ソーラーフィルム」 である。

 2月中旬に開かれた幕張キャンピング&RVショーの会場で、バンテックはきわめて、ユニークなルーフを持ったジル520を出展した。 

ジル520ソーラーフィルム001

 バンク部からルーフ中央にかけて、屋根の半面を覆う薄い銀色の幕。
 これが、実はバンテックが試みた新しいソーラーフィルムなのだ。
 これは、 「富士電機システムズ」 という会社が開発したもので、それをキャンピングカーに採用したのはバンテックがはじめて。

富士電機システムズソーラーフィルム

 フィルムの厚さは1~2mm以内。
 このフィルムが、今までの四角い箱形のソーラーパネルに代わって、太陽光をエネルギー源として電気を蓄電するというわけだ。

 この手の湾曲するソーラーシートを、過去バンテックで発売した時期があった。
 それは、ヨット用のものをキャンピングカーに流用しようとしたものだったが、出力も20Wぐらいまでのものしかなく、製品的な安定性にも欠けていた。

 ところが、今回のものはルーフに貼った現行の状態で180W。
 出力としては申し分ない。

ジル520ソーラーフィルム002

 このソーラーフィルムのメリットは、それを貼る個体の形状に合わせて、ある程度自由な形を取れるところにある。
 複雑な曲面が連なる2次曲面でも、その形に這わせてスマートな装着が可能となるわけだ。
 さすがに、複雑な3次曲面に対応させることは難しい場合もあるが、ジルのバンク部のラインぐらいなら、十分に対応できるという。

 従来のパネル型のものに比べると、重量が軽いし、風の抵抗も受けない。

 「キャンピングカーのルーフは、陽が当たっても、今まではそれが単に熱に変わるだけでした。
 しかし、そのルーフ部にこのフィルムを貼れば、熱に変わってしまうエネルギーを電気に変えることができるわけですから、それ自体がエコの精神につながるし、実用面においても、ルーフの断熱効果が高まるはず」
 …と、バンテックのスタッフは語る。

ジル520ソーラーフィルム003

 さらに、このようなソーラー技術が進んでいけば、ボディ全体をソーラーフィルム化したキャンピングカーを開発することも、理論的には難しいことでもないという。

 「ただ…」 と、同スタッフがいうには、
 「一般の四角いパネルと比べると、面積効率では劣る」
 という。
 同じ量の発電をするのに、だいたい2倍の面積が必要になってくるというのだ。
 また価格も、現在の試算ではちょっと高めに設定せざるを得ないとか。

 逆に、面積効率は落ちる代わりに、夏場の熱ダレが少ないとも。
 だから夏場の炎天下に限っていえば、同じ発電量のパネルであれば、10パーセントぐらいはフィルムの方の発電効率が高くなるという。

 市販化されるまでには、まだ少し時間がかかるようだが、専用のコントローラーを開発して、夏場までには正式にリリースしたいという意向のようだ。


 このソーラーフィルムと同時にバンテックがショー会場で展示していたのが、消音型の発電機収納ボックス。
 名前は 「9アイボックス (9i box) 」 。

9アイボックス

 同社はすでに、カムロードに対応したホンダのEU16 i 専用収納ボックスを開発して、市販しているが、これはその消音化をさらに徹底させたもの。
 同社のスタッフが語るところによると、
 「ベバストのFFヒーター並みのレベルにまでは落とせた」
 という。

 発電機は、確かにエネルギー源としては効率のいい機器であることは誰もが認めるところだが、問題はその 「音」 。
 基本的にエンジンを回して電気を発生させる装置なので、どんなに静粛性の高い容器の中に収めようとも、作動音をゼロにすることはできない。

 しかし、この 「9アイボックス」 では、様々な防音材、吸音材、防振材などを組み合わせて、可能な限り作動音ゼロに近づく努力を行ったという。

 ただ、このボックスに収まるのが、名前から分かるとおり、ホンダのEU9 i まで。
 16 i には対応していない。
 だから、従来型のルーフエアコンを回すことは無理。
 しかし、小振りな電子レンジ (温め能力450W程度までのもの) 、炊飯器、湯沸かしポットには十分に対応する。

 キャンピングカーは、いま新しいエネルギー供給システムの実感場のような感じになっている。

 「家」 と 「クルマ」 という、人間の生活に密着した要素が二つも重なっているキャンピングカー。
 それだけに、エネルギーシステムの効率化にチャレンジできるフィールドが広い。
 だから刺激的な提案が続々と生まれてきている。

 バンテックは、そんな前衛的な精神に満ちあふれたビルダーのひとつだ。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:34 | コメント(2)| トラックバック(0)

名古屋RVショー

名古屋キャンピングカーフェア001

 名古屋は活気があるなぁ!
 ポートメッセ名古屋で開かれた 「名古屋キャンピングカーフェア2010」 を取材していて、最初に感じたのは、まずそのこと。

 会場のゲートが開かれた瞬間、まるで水門の栓を開けて水流がほとばしるように、 “人の波” が押し寄せてくる。
 …そんな感じ。

 「日本全体が不景気といわれつつも、その中でいちばん最初に立ち直っていくのは、名古屋ではないか?」

 入口近くでキャンプ場のパンフレットを配っていたあるキャンプ場オーナーは、そうつぶいた。
 パンフレットをもらう人の、 “手の引き” が強いのだそうだ。

 ▼ 入口にずらりと並んだキャンプ場コーナー
 人の表情が明るい。
名古屋キャンピングカーフェア入り口

 出展者の中には、思い切ったブースづくりで、来場者をびっくりさせたメーカーもあった。
 今までは、展示車の “即売会” という印象も強かったキャンピングカーショーだが、幕張ショーあたりからは、 “華のある” ブースづくりで、 「来場者に楽しんでもらおう」 という企画を組むショップが増えた。

 幕張では、ファーストカスタムがその先陣を切ったが、この名古屋ショーではトイファクトリーがそれを受け継いだ。

 ▼ トイファクトリーのブースでは、地場の木材を組んで、手の込んだブースづくりが行なわれた。
名古屋キャンピングカーフェアトイブース001

▼ フローリングを組んで、気持ちの良い商談コーナーも設けられている。
名古屋キャンピングカーフェアトイブース002

 ▼ 階段を組み込んだ足場も作られ、そこに上がると、トイファクトリーがグッドデザイン賞を獲得したソーラーシステムを上から見下ろすこともできる。
名古屋キャンピングカーフェアトイブース003 名古屋キャンピングカーフェアトイブース004

 ▼ 同社が満を持して発表した画期的な新型バスコン 「セブンシーズ」 。
名古屋キャンピングカーフェアセブンシーズ外装

 ▼ ヨーロッパデザインの香りを湛えたセブンシーズのメインサロン。
名古屋キャンピングカーフェアセブンシーズ内装

 ▼ 子ども向けのイベントも盛りだくさん。クラフトコーナーを主催するのはアウトドアの達人 “クマヒゲ” 尾藤さん。
名古屋キャンピングカーフェアクマヒゲ尾藤さん

 ▼ それにしてもペット連れが多いイベントだった。
名古屋キャンピングカーフェアペット連れ001

 ▼ RVビックフットブースでは、牧瀬社長がペットオーナーとRV談義。
名古屋キャンピングカーフェアビックフットブース

 ▼ 商談スペースを広くとったナッツRVのブースは、いつ行っても来場者でにぎわっていた。
 アルミパネルを積極的に投入した同社のキャブコン開発の思想が多くの人に支持されているようだ。
名古屋キャンピングカーフェアナッツRVブース

 ▼ 親しみやすさと分かりやすさを打ち出したレクビィブース。
 バンコンに絶対的な自信を持つメーカーだけに、どのバンコンも、一目見ただけで使い勝手がすんなりと頭に入ってくるコンセプトのものをずらりと揃えた。
名古屋キャンピングカーフェアレクビィブース

 ▼ こちらはキャブコンメーカーの老舗としての知名度を誇るエートゥゼット (AtoZ) ブース。
 小型キャブコンではトップを走るメーカーらしく、幕張ショーあたりから、ディスプレイにもお洒落なセンスに彩られた華やかさを打ち出すようになった。
名古屋キャンピングカーフェアAtoZブース

 ▼ トランキルグローブでは、相変わらず松原社長が “パーティ会場” を思わせるブース展開で、コアなファンにサービス。
名古屋キャンピングカーフェアトランキルグローブブース

 ▼ 広報誌 『くるま旅』 やマナーリーフレットを配布するJRVAブース。
 ここでは小冊子 『日本のキャンピングカーの歴史』 も販売。 
名古屋キャンピングカーフェアJRVAブース

日本のキャンピングカーの歴史

 搬入日から数えて3日間ショーを回ってみたけれど、どのブースも、自分たちの商品のキャラクターに合わせ、オリジナリティを打ち出す方向が見えてきたように思う。
 今後RVショーは、新しい展開を見せていくのかもしれない。


campingcar | 投稿者 町田編集長 21:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

世紀の大渋滞

 ハマっちゃったよ。
 大渋滞。
 まさか、津波が来るなんて思わなかったものな。

 名古屋のRVショーが終わった帰り、東名の富士-清水 IC 間が通行止めだという表示が出ていたにもかかわらず、 「すぐ解除されるだろう」 と軽く見たのが甘かった。

 「東京方面へは中央高速をご利用ください」
 という表示も出ていたけれど、無視した。

 真っ直ぐ自分の家に戻るのなら、中央高速に乗るべきだったのだ。
 しかし、重いカメラバッグを抱えたまま、月曜日の朝に通勤電車に乗るのがいやだったので、せめて、カメラバッグだけ会社に寄って下ろそう…と、横着したのがアダになった。

 名古屋キャンピングカーフェア2010
 ▲ 名古屋キャンピングカーフェアは大盛況…だったけれど…

 東名の牧ノ原SAに着いたのが夕方6時頃。
 SAの食堂ではみなテレビの前に集まって、津波情報を必死に見ている。
 コンセルジュ (案内場) の前にも人が殺到していて、通行止めの情報を聞き出している。

 「国道52号線を使って迂回してください」
 と、案内嬢はいうのだけど、どうやらとんでもない山道を走らされるようだ。

 「どんな道なの? どのくらい時間がかかるの?」
 と訪ねる人たちに、
 「1時間半ぐらいです。国道52号線は分かりやすい道です」
 …だという。

 「しょうがねぇから、それを走るか…」 と、ソフトクリームをなめなめ、クルマに戻って、ガソリンスタンドで燃料を入れる。

 「下道に降りると、どのくらい時間がかかるんですかねぇ?」
 と、ためしに燃料を入れてくれたオジサンに聞くと、
 「旦那さん、止めた方がいいよ。あんな道は (地元の) 私らだって通ることがないもん。とんでもない山道だし、迷うこともあるだろうし、急ぎじゃなかったら、通行止めが解除されるまで待った方がいいよ」

 おやおや。どっちの言葉を信じたらいいんだ? 

 行けるところまで行くか…。
 と考え直して、再び東名に乗ったら、案の定、日本坂PAの前あたりから、どのクルマもパッタリ動かなくなった。

 迂回路に降りる富士ICまでたどり着くこともできない。
 30分ほど、運転席に座って音楽を聴いていたけれど、どうすることもできないので、路肩にびっしり詰まっているクルマの中に、かろうじて割り込ませてもらい、バンクに昇って寝ることにした。

 1時間ぐらい寝て、目が覚めても、さっきと同じ状況。どのクルマも同じ位置に止まったまま、微動だにしない。

 しょうがねぇから、12Vの電子レンジを使って、真空パックのシューマイを温めて夕食。

 それからオシッコ。
 カセットトイレを掃除するのいやだったので、4日間外のトイレを使っていたけれど、ここまできたら車内のトイレを使うしかない。
 やっぱキャンピングカーは便利だな。

 ようやく動き出したのが10時半ぐらい。
 会社に戻ったのが深夜の2時半だった。

 で、今、久しぶりにパソコンを開いて、名古屋ショーで撮ってきた画像を落とし、ついでにこのブログをちょこっと書いて、今4時

 さぁて、家に帰って風呂にでも入るか…。
 深夜だから、1時間ぐらいで着くだろう。

 やだなぁ、あと6時間ぐらいしたら、また、会社のこの席に座っていなければならない。
 疲れたなぁ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:52 | コメント(0)| トラックバック(0)
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