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EVとRV

東京モーターショー会場082

 幕張で開かれている 「東京モーターショー2009」 を見ていると、これからの自動車は、完全にEV (電気自動車) とハイブリッドの時代になるという印象を否が応でも持たされる。

東京モーターショーEVトヨタ
 
 トヨタ、日産、三菱、ホンダ、マツダ…。
 国産メーカーのブースで、スポットライトを浴びる “お立ち台” に登っているのは、すべて 「エコ」 、 「環境」 、 「小型化」 を謳ったこのたぐいのクルマばかりだ。

東京モーターショーEV日産リーフ

 日産GT-Rなどにメディアや来場者が熱狂した前回と比べて、あまりにもサマ変わりしてしまい、いやホント 「時代など、アッという間に変るもんだ」 ということが実感された。

 今回のショーを見ていて驚いたのは、EVのインフラ整備の進み具合だった。
 ハイブリッド車の爆発的な売れ具合に比べ、EVの方はまだ “未来のコンセプトカー” という印象が強いから、街中にどれほどの充電システムが整備されつつあるのかなど、あまり気にもとめなかったけれど、県庁、市役所、コインパーキング、ショッピングセンター、コンビニ、高速道路のSA・PAなどを中心に、すでに144ヵ所の充電設備が整えられているというのである。

東京モーターショー急速充電器

 EVは、もちろん家庭でもプラグさえ差し込めば充電できるし、そのうちEVを販売する会社の各ディーラーでも充電システムが整備されていくだろうから、意外とインフラ整備は早く進むのかもしれない。

 しかも、その施設の貸与料がとても安価。
 あるコインパーキングに設置された設備の場合、1時間の充電費が20円程度だという。
 
 このシステムを構築している東京電力では、8,300台の営業車のうち、3,000台をEVに替える予定らしく、当面は、企業や官公庁の間でEVを普及させていくことによって、メーカーのコスト減を誘おうという計画のようだ。 

東京モーターショー三菱アイミーブ

 将来的な展望の明るいEVだが、現在のネックは、航続距離の短さと価格が高いこと。
 航続距離は、三菱のアイミーブ、日産リーフともども1回の満充電で走れるのは150~160㎞程度。
 ただし、これは上手なドライバーが負荷を最小に抑えて達した数値なので、普通のユーザーがラフに運転してしまえば、これよりはさらに落ちる。

 しかも、エアコンなどを使用すると、その分バッテリーの蓄電量を取られてしまい、航続距離はそこからさらに1~2割り程度減少する。

 もうひとつの悩みは、高価格。
 三菱のアイミーブの場合、400万円を超える定価のうち、補助金などがだいぶ戻ってきたとしても、ようやく300万円を切るくらい。
 これでは、個人消費者は “様子見” ということになるだろう。

 ただ、官公庁や関連企業に浸透して、量が出回るようになれば、そのうち価格は下がるだろうし、インフラ整備も進む。
 それと並行してバッテリー技術も進むだろうから、よりエネルギー効率の高いバッテリーが登場し、航続距離も伸びるだろう。

 バッテリーの主役はリチウムイオンバッテリーだが、それ以外の次世代バッテリーの研究も進んでいると聞く。
 ただ、どのメーカーも口を揃えて、今のところ、最もエネルギー密度の高いのはリチウムイオンバッテリーだと答える。

東京モーターショー日産リーフバッテリー搭載

 エネルギー密度が高いということは、小型・軽量化できるということで、ある研究機関では、さらにその3.5倍、7倍という高密度のリチウムイオンバッテリーを開発中だという。

 ただ、リチウムという天然資源は、いったいどれだけ地球に埋蔵されているのだろうか。
 化石燃料の場合は、2015年ぐらいにピークオイルが訪れると計算する研究機関もあり、その埋蔵量の有限性が指摘されて久しいが、リチウムの場合はどうなのだろう。

 あるメーカーの説明員によると、量的には石油などよりもはるかに膨大な埋蔵量が確認されているという。
 ただし、それが凝縮しているところはボリビア、チリ、中国など限られた場所にすぎず、そのほかはバラバラに散らばっている状態なのだとか。

 だから、広範囲にわたった場所から拾い集めるとなると、採掘コストはかかる。
 やはり、バッテリーに使用したときの効率化をいかに進めるかが今後のカギとなるという説明だった。

東京モーターショープラグインハイブリッド充電
 
 さて、このEV、もしくはハイブリッド車は、キャンピングカーにとって相性のいいものなのかどうか。

 EVやプラグインハイブリッド車の場合、家庭でも充電できるということは、キャンプ場でも充電できるということである。
 現在、日本には1,300ヵ所以上のオートキャンプ場があり、そのうちの75パーセントのキャンプ場がAC電源設備を持っている。

 つまりキャンプ場は、EVの充電スポットしては、現在もっともインフラが整備されている場所だといえよう。

 しかも、EVというのは、ある意味で “巨大なバッテリー” である。
 それ自体が、車内の電化製品を使うのに適した構造なのだ。

 ただ、現在のEVは、まだどのクルマもバッテリーに蓄電した電気は自動車を駆動するためのものでしかなく、それ以外の電化製品にアウトプットされるような構造にはなっていない。
 
 あるメーカーの説明員はこう語る。
 「EVが、キャンピング車の目指す方向性にぴったり合っていることは認めます。
 ただ、エアコンを使うだけで航続距離が落ちてしまうような現状では、とても車内に搭載する電化製品に電力を回す余裕がない。
 それよりも、優先順位としては、少しでも航続距離を伸ばすことの方にそのエネルギーを使いたい」

 そうは言いつつも、キャンピング仕様にするのは、技術的にはそんなに難しいことではないという。

 「そのようなニーズが多くなれば、当然そういう開発も進むだろうし、もしかしたら、企画段階では、もうそういう方向性も検討されているかもしれない」
 …と、口をにごす説明員もいた。 
 このへん、各社ともEV開発にしのぎを削っている段階なので、うかつな情報は漏らせないというガード意識が働くようだ。

 しかし、EVに搭載するバッテリーの活用範囲を広げるということに関しては、各メーカーの解説員はみな積極的だった。 

 現に、アメリカなどで計画されている 「スマートグリッド」 というアイデアは、ソーラー発電などで充電されたエネルギーをEVに蓄え、それを家庭内の家電製品を駆動するための “巨大バッテリー” として使おうという考え方だ。

 すでにトヨタのプリウスなどは、自車内に組み込んだ太陽光発電装置でファンを回すところまで実用化が進んでいる。

 ただ、あるメーカーのスタッフは、 「スマートグリッド」 がエネルギー革命を起こすほどの革新的アイデアであることを認めつつも、EVのバッテリーにそのような負荷をかけることが、走行性能に支障をきたす可能性もあることを指摘する。

 いずれにせよ、これだけは、今後の技術的成果の進展状況をみないかぎりなんともいえない。

 はっきりといえることは、乗用車のEV化、ハイブリッド化が成功すれば、やがて商用車の番が来るということだ。
 あるメーカーの解説員は、そのときにキャンピングカーベース車として構想も具体化するだろうと予測する。

 商用ワンボックスカーともなれば、車体後部がフラットになるので、バッテリー搭載位置が問題となる。
 車体のどの部分に埋め込むのか。
 一体型になるのか、セパレートになるのか。

 そこがデザイナーの腕の見せ所だともいう。

東京モーターショー日産リーフバッテリー搭載

 価格、航続距離、インフラ。
 EVの実用化を前に、解決課題はまだまだ多い。
 ただ、なんとなく “未来のキャンピングカー” のイメージも少しずつ見えてきたような気もする。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 07:02 | コメント(2)| トラックバック(1)

車中泊の魅力とは

車中泊画像001

 最近なにかとよく話題になる 「車中泊」 。

 ヤフーでこの言葉を検索すると、331万件。
 グーグルだと53万9千件。

 しかも、 「車中泊」 と3文字入力するだけで、
 「車中泊 グッズ」
 「車中泊 改造」
 「車中泊 ポイント」
 「車中泊 ガイド」
 …などという関連用語がズラリと表示される。
 
 「車中泊」 に付随する言葉がこれだけ細分化されているということからも、それが、ひとつのライフスタイルとして深く浸透している様子が伝わってくる。

 実際、東京モーターショー取材の帰り、東京駅の八重洲ブックセンターに行って驚いた。

 アウトドア関連書籍のコーナーに行くと、キャンプやウォーキング関連の書籍の中に 「車中泊」 と銘打った書籍・ムック類がところ狭しと並べられているではないか!
 本来は 「旅」 か 「自動車」 関連の棚に置かれてしかるべき 「車中泊本」 が、いつの間に堂々と “アウトドア・レジャー” になっていたとは…。

 要するに、 “緊急時の仮眠” とかいう認識を離れて、 《車内で寝ること》 自体が、ひとつのレジャーになったんだな…と、遅まきながら理解した。

 この手の書籍は、知人に借りて読んだり、書店でパラパラと立ち読みしたことはあったが、詳細まで検討したことはなかった。
 1冊取り上げて、拾い読みしてみたら、なかなか面白い。

 ノウハウ本の場合でも、やはりライターのセンスがものをいう。
 たまたま取り上げた本は、その著者ならではの 「車中泊哲学」 のようなものがあって、そこに惹かれて、つい1冊買ってしまった。

 その本の著者は、車中泊旅行を基本的に 「放浪の旅」 と位置づける。
 つまり、予定を決めず、目的も決めず、心の中をかすめていく 「風の言葉」 だけを頼りに、とりあえずエンジンキーを捻る。

 当然、無計画な旅につきもののハプニングが生じる。

 それが 「名物の海鮮どんぶりの売り切れ」 であったり、 「祭りで道路の通行止め」 であったり、 「予約が必要だった渡し船」 であったりするのだが、そのときの 「ヤラレた!」 感こそが、旅のだいご味であり、平板な旅程にピリっとしたスパイスをきかせてくれる…というのだ。

 私なんかが書くと、 「日常から非日常へ」 などという味気ない抽象語を使ってしまうところを、著者は 「海鮮どんぶりの売り切れ」 という具体例で語りかける。
 たぶん著者の頭の中にひらめいた架空例だと思うけれど、イメージが鮮明で分かりやすい。

 ローカル線のわびしい風景写真に添えられたそんなキャプションには、次のような一文が添えられていた。

 「ひなびた風景を気の済むまで眺め続ける。これは最高のぜいたく」

 何気ない一言だけど、都市の景観に慣れてしまった旅人の気持ちを巧みに表現していると思う。

 「 “何もしない旅” がテーマとして成立するのが車中泊」
 …というようなレトリックも、一連の文の流れの中で拾ってみると、説得力がある。

 著者はさらに、こう語りかける。
 「ローカルフードがブームだが、ガイドブックに載っているような店に行っても、観光客が多くて、味も量も都会向けになっている。
 その土地のホンモノの味は、地元の人しか行けないような場所にある」
 
 そんな場所を探す旅も、いざとなったら車中泊できるマイカーでいけば安心…というわけだ。
 …だけど、読んでいてハッと思った。

 なんのことはない。
 このような旅の楽しみ方は、昔からキャンピングカー販売店やメディアがいい続けてきた 「キャンピングカーの旅」 そのものではないか。

 ところが、私がその本を買ったアウトドアコーナーには、車中泊本は10冊以上あったというのに、キャンピングカーの旅を紹介するノウハウ本というのは、ひとつもなかったのだ。

 これでは、 「キャンピングカーの旅」 と 「車中泊しながらの乗用車の旅」 というものの連続性・共通性を意識しない読者がどんどん増えていくのかな…という気もした。

 もちろん、両者はまったく同じようには語れない。

 キャンピングカーショップの中には、マナーやモラルの観点から、 「道の駅」 や 「サービスエリア」 のような公共の駐車スペースを宿泊場所として使うことを全面的に推奨していない店もある。

 というよりも、キャンピングカーというのは、 「道の駅」 や 「サービスエリア」 だけで使うのはもったいないクルマなのだ。

 キャンピングカーは、もちろんミニバンやセダンとは比べモノにならないくらい、しっかりと寝られる本格的ベッドを完備したクルマだが、 “寝るため” だけに造られたクルマではない。
 緑に恵まれたキャンプ場などで、野外に椅子やテーブルを引っぱり出し、大自然の息吹をしっかり呼吸できるようにも造られている。

 さらに、車内で調理もできる車種もあるし、個室トイレを備えた車種もある。
 中には温水シャワー機能を備えたものもある。
 旅先で豪雨の中に閉じこめられても、1日中、車外に出ることなく楽しめるクルマがキャンピングカーだ。

 そういう部分があるために、われわれキャンピングカーの周辺で生きている人間は、ついつい 「車中泊族」 を、 「キャンピングカー予備軍」 のように考えてしまうクセが抜けないのだが、今回 「車中泊本」 を読んでいて、ちょっと考えを改めた。

 「これはこれで、新しい楽しみ方なんだな…」 と思ったのだ。
 …というのは、車中泊ではことごとくスキルアップを要求されるということに気がついたからだ。

 たとえば、 「クルマの中で寝ることを甘く考えてはいけない」 と書かれている。

 乗用車のシートは、凹凸があるために、リクライニングさせてもフルフラットにはならない。
 そのため、その凹凸部分に余分な衣類やクッションを詰め込んで水平出しをしなければならないが、さらにフルフラットなベッドを作りたかったらホームセンターで売っているエアベッドを買って…うんぬん…と書いてある。

 「ああ、コツとワザがいる世界なんだ」 と改めて思った。

 趣味の世界というのは、コツとワザ…つまりスキルが要求されて、それがアップしていくときの達成感があってこそ成り立つ世界である。

 乗用車による 「車中泊」 では、ベッドメイクひとつがもう趣味の領域に入り込んでいるとも考えられる。
 これはこれで、凄いことなんではなかろうか。
 ふと、そう思った。

 キャンピングカーは、ベッド展開をすればたいていフルフラットベッドになるので、 “シートの凹凸に衣類を詰め込む” という発想を必要としない。
 つまり、そういう部分の 「スキルアップ」 は要求されない。

 だから、完璧なベッドを最初から持つキャンピングカーは、 「ベッドができあがった!」 という喜びとは無縁の乗り物であったかもしれないのだ。

 さらに 「車中泊本」 には、 「荷物の積み込みにもテクニックが要る」 と書かれている。
 どのような荷物を、どういう順番でパッキングするか。
 その手順をしっかり把握しておかないと、狭くて暗い車内で、いざ寝ようと思ったときにとっちらかる。
 だから、智恵と工夫を凝らし、事前にしっかりとイメージトレーニングしろという。

 逆にいうと、そこには、上手なパッキングのワザを会得するときの喜びというものがある。

 小型のバンコンや軽ベースのキャンピングカーなら荷物の収納に小ワザを要求されることもあるが、居住性が豊かなキャンピングカーの場合は収納スペースがあらかじめ豊富に用意されているので、荷物の積み込みにさほど神経を使う必要がない。
 その分、荷物をうまく積めたときの達成感というのは、車中泊の人たちよりも薄いかもしれない。

 乗用車の中で寝る場合、当然、夏の暑さや冬の寒さも問題となる。
 ボディに断熱材が入り、ある程度、暑さや寒さをやわらげることのできるキャンピングカーボディに比べ、普通のミニバンやセダンは、車内と車外を仕切るのは、熱伝導率の高い鉄板とガラスだけ。

 その中で寝るというのは、キャンピングカーの快適さを知っている人たちからすれば、 「ご苦労様…」 と、つい一言出てしまうぐらい大変に思えるのだが、 「車中泊本」 には、しっかりと暑さ・寒さ対策も書かれている。
 
 それは、たかだか暑さしのぎの 「熱冷ましシート」 だったり、寒さしのぎの 「保温マット」 や 「シュラフ」 であったりするのだが、状況において使い分けるコツなどもしっかり指導されているので、組み合わせを試しながら、少しずつ自分なりのノウハウを身に付けられるようになっている。

 この点も、特に、断熱効果の高いキャブコンなどのユーザーにとっては、あまり縁のない世界だ。
 ましてやFFヒーターなどを付けた車種ならば、一般的なキャンプ場で冬季キャンプをしていても、まず寒くて寝られないような夜を知らないだろう。

 私はもうキャンピングカーの快適さに身体も心も慣らされてしまったので、真夏や真冬に、乗用車の中で寝ようとは思わない。

 しかし、乗用車で 「車中泊」 する人たちにとっては、ホームセンターやカーショップで売っている身近なグッズを組み合わせて暑さ・寒さをこらえるノウハウを身につけることも、ひとつの喜びになるのかもしれない。

 同時にそれは、モノを選んで買うという楽しみにもつながる。
 それも、ホームセンターや100円ショップで間に合うものが大半を占める。
 キャンピングカーに付加するオプションパーツは、高機能だが高価なものが多い。旅の途中にホームセンターに寄って、簡単に買えるようなものでもない。

 ところが、乗用車の 「車中泊」 の場合は、さまざまな “便利グッズ” を素人の目で選んで、手軽に買えて、失敗しても買い直せるという気楽さがある。

 そう考えると、それはそれで完結した “遊び” なのだ。

 キャンピングカー業者の人たちは、ともすれば、車中泊派がキャンピングカーへ移行していくときの “ハードル” のひとつとして、車両本体の価格差を挙げる。

 もちろん、その部分はそうとう大きいだろう。
 しかし、それだけではなく、一見 “不便な” な乗用車を使い、工夫を凝らして寝る場所を作るということ自体が、もう立派な 「遊び」 になっているとしたら、キャンピングカーの 「快適さ」 ばかり強調しても、それを魅力的に思ってもらえるかどうか…。

 だとしたら、 「車中泊」 の安価で手軽な 「遊び」 に対し、キャンピングカー業者さんたちが、どれだけキャンピングカーならではの 「遊び方」 をプレゼンできるかどうかが、販売を伸ばすカギになるだろう。

 こいつは、ひょっとして大変な仕事かもしれない。
 しかし、それはきっと、やりがいのある仕事に違いない。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:55 | コメント(8)| トラックバック(0)

20年後の車社会

東京モーターショー002

 連日、東京モーターショーのシンポジウムを見学している。
 今日のテーマは 「20年後のモビリティを考える」 (財団法人・日本自動車研究所主催) 。
 サブキャッチは 「2030年、あなたはどう移動したいですか?」 。

 近未来の自動車の話となると、最近はやたらEV (電気自動車) が話題の中心となり、電力をどこから採るかとか、インフラはどうなっているのか、という議論に終始しがちになるが、問題はそれだけではない。

 20年後といえば、世界一の “老人大国” が誕生するわけだが、高齢化社会の交通はどうあるべきか。
 若者の “自動車離れ” がこのまま進行していけば、国内マーケットがどう変化していくのか。
 今、ヨーロッパなどで整備されている、人とクルマが共存できるような都市計画というものは、日本でも可能になるのか。
 そもそも、自動車が今までのような “魅力的な” 存在であり続けているのか。

 考えてみると、さまざまな問題が噴出してくることが分かる。

 はっきりいうと、それらの問題をきれいに処理できるような思想なり、哲学というようなものは、現在は何もない。
 シンポジウムの後半、パネリストの一人である渡邉浩之氏 (トヨタ自動車技監) と、コーディネーターの清水和夫氏がともども語っていた言葉は印象的だった。

 「自動車が誕生して以来、これほど未知の課題をたくさん背負わなければならない時代というのは初めてだ。これからの20年というのは、自動車を持った人類がかつて経験したこともないような時代となる」

 まさにそうだと思う。

 まず、若者が減少し、代わりに老人ばかり増えていくという社会を経験するのも、人類にとってははじめて。
 これまでの産業を支えてきたエネルギー資源の中で、最も効率のよかった化石燃料が枯渇するという事態を迎えるのもはじめて。

 自動車のパワートレーンについていうならば、ガソリンエンジン、電池、水素など、あらゆる可能性が模索されるようになったこともはじめて。
 二酸化炭素の排出が、地球の生態系を変えるほど深刻な状況を生み出してきたというのもはじめて。

 自動車が抱える “未知の課題” とは、すなわち人類がはじめて直面する “未知の課題” にほかならない。

 各パネリストが語っていたことで共通していたのは、
 「20年後、30年後に直面する交通社会の課題は、技術的にはある程度解決する目途は立っている。
 しかし、技術だけで解決する問題など何もない。
 最終的には、その技術を、社会と調和させられるかどうか。
 あるいは、人が、その技術を受け入れられるかどうか」
 ……ということであった。

 モノが豊かに溢れ、暮らしが快適になり、産業も個人の暮らしも、すべて右肩上がりに成長してきた時代を経験しているわれわれが、それとは違った価値観を持てるようになるのか、どうか。
 一番の課題は、どうやらそんなところにあるらしい。

 クルマに対する人々の価値観にも、転換が迫られているという。

 長い間、自動車は、 “ドライブする快楽” を人間に与えてきた。
 走りのだいご味、乗り味の快適さ。
 そういうドライバーにもたらされる快楽を、いかに安全に保証するかどうかということが、自動車の魅力であると謳われてきた時代を長らくわれわれは経験してきた。
 多くのモータージャーナリストも、それを 「クルマとの対話」 という形で、いくつもの名インプレッションを残してきた。

 しかし、これからは、その 「クルマとの対話」 を、別の方向に求めなければならないともいう。
 たとえば、コーナーを攻めたときのクルマの応答だけを “対話” というのではなく、いかに燃料を消費せずに航続距離を伸ばすかというような 「エコラン」 にも “対話” はある。
 エコランで、良い数値を出せる人というのは、やはりそのクルマとの“対話”をうまくこなせる人であるらしい。

 だから、自動車が負わされる社会的責務が変ろうが、自動車そのものが人間に与える “楽しさ” というものは、少しも変らないのだ、という人もいた。

 シンポジウムの討議内容はあまりにも多岐にわたり、かつ一つひとつのテーマはあまりにも深い。
 だから、この場で語られた内容をすべて紹介することは難しいし、またその力もない。

 以下、印象に残った話だけをピックアップする。

 まず、高齢化社会と交通の問題に関して。
 2030年になると、日本は世界で最初に大量の高齢者人口を抱える国となる。
 これは、交通社会のあり方を変える大問題ともなるが、それだけなく、医療・介護などにも深刻な問題をもたらすことになる。
 
 パネリストの一人は、これを “課題先進国” という言葉で表現した。
 しかし、この問題をうまく解決できたあかつきには、 “課題解決先進国” となり、世界に範を垂れるような “希望の国” になるという。

 自動車工学においては、高齢者の運転を、安全かつ円滑に保証するための様々な研究が進んでおり、高齢者の認知力の衰えをカバーするような自動運転技術というものも実用化段階に入っているらしい。

 また、ロボット工学の成果を生かし、高齢者の筋力の低下をサポートするような “ロボットスーツ” の研究も進んでいるという。

 一方、若者の“クルマ離れ”の深刻さが、自動車販売にブレーキをかけているという指摘がなされて久しいが、これも、クルマの新しい価値観づくりというものに、どのメーカーも真剣に取り組み始めたようだ。

 その具体的な方向性は、今回のシンポジウムでは明らかにされなかったが、トヨタ自動車の社長は、次のように語ったという。
 「若者の “クルマ離れ” などという問題はこの世にない。あるのは、自動車の “若者離れ” だ」

 トヨタ自動車では、どうやら本気になって、若者が振り返るような新しいクルマの価値創出に取り組み始めるらしい。

 次世代のパワートレーンの問題も、当然論議された。
 現在は、EVだけが話題の中心となるが、最終的にはEV化の方向に統一されるにせよ、短期的、中期的に考えると、インフラの整備状況やクルマそのもの用途に応じて、様々なパワートレーンが併用されていくだろうという見方が披露された。

 コーディネーターの清水和夫氏はいう。
 「2030年になっても、まだ石油が枯渇するということはない。ただ、安価に採掘できる油田は減少しているだろうから採掘コストが高くなり、原油の売価はそうとう高くなっているだろう。
 それでも、バイオマスなどの実用化も進んでいるだろうから、ピストンエンジンのクルマは相変わらず主役になっているのではないか」

 渡邉浩之技監はいう。
 「EV化が進むといっても、問題は電気の供給。
 ソーラー、原子力発電、重油の代わりに石炭を使うなど、電力確保にはさまざまな方法が模索されているが、まだ完全にこの問題に答え切れる解答が出たわけではない」

 原子力発電は安全性の問題をクリアできているわけはなく、資源としての石炭はまだ豊富にあるとはいえ、二酸化炭素の排出という問題は残る。
 バイオ燃料の確保は、食糧問題と抵触する。
 これに関しては、有効な解答を得るまでには、まだ時間がかかりそうだ。

 要するに、万能の特効薬と思われているEVに対しても、電気の確保という肝心の問題が現状では未解決であるということらしい。

 見学者からの質問で、次のようなものもあった。
 「将来の自動車がEV化の方向に進むと、日本の自動車産業の優位性がなくなるのではないか?」

 これは、構造がシンプルなバッテリー駆動のEVになれば、中国などの新興自動車メーカーでも簡単に造られるようになり、日本の自動車産業がこれまで培ってきた技術も無駄になるのではないか…という危惧から生まれたきた質問だ。

 それに対して、清水和夫氏はいう。
 「EVこそ、実績のある大手メーカーでなければ造れない自動車である。
 なぜなら、自動車というものは、パワートレーンだけでできあがるものではない。
 パワートレーンが変れば、新しい安全技術も必要になるだろうし、そのような総合力は大手メーカーでなければ発揮できない」

 清水氏の発言を、渡邉技監が補足する。
 「EVになれば、構造は単純になるが、ハードルは高くなる。
 今までも、排ガス対策や安全性の確保などは、歴史あるメーカーとしての研究蓄積やさまざまな実験によって確保されてきた。
 EVになっても同じ。
 構造がシンプルになっても、EVならではの解決課題は絶対出てくる。
 そこで、実績のあるメーカーと、新興国の新しいメーカーとの差は出てしまう」

 世界に冠たるトヨタ技術者ならではの発言だと思う。

 今回のシンポジウムは、いろいろなことを考えさせられた。
 具体的な解決方法というものがまだ何も見出せていない段階ながら、少なくとも、 “進むべき方向” だけははっきりと見えた。
 「キャンピングカー」 という言葉がひと言も出てこなかったことは残念だけど。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

自動車旅行と観光

 「東京モーターショー2009」 の会場で行われたシンポジウムを見学してきた。
 ショーの開催中、テーマごとに6回ほどのシンポジウムが組まれ、初日は自動車旅行推進機構 (カーたび機構) 主催による 「カーたび時代の新たな観光モデルを探る」 。
 マイカーを利用した観光旅行が6割に達した時代を向かえ、新しい観光ビジネスをどう展開させればいいのか…というテーマが討議された。

東京モーターショー09カーたびシンポジウム

 キャンピングカージャーナリズムの末端に位置する自分のような人間にとっても、これは大事なテーマ。
 各パネリストの基調報告およびパネルディスカッションにもずっと耳を傾けてみたが、主催者たちの意識の中に、あまり 「キャンピングカー旅行」 という概念は深く浸透していなかった…という印象を受けた。

 「カーたび」 という言葉は、 「自動車旅行」 をなじみやすい言葉に置き換えたもので、すでに平成19年から同機構によって提唱されている用語だが、基本的には “乗用車旅行” を意味している。
 したがって、 「カーたび」 の宿泊地も、ホテル・旅館などの既存の宿泊施設がまず念頭に置かれている感じだ。

 だから、パネルディスカッションの時間帯に、会場から、
 「現在、乗用車ユーザーたちの間に浸透している “車中泊” という休憩形態は、今後の自動車旅行にどのような影響をもたすと考えられるか?」
 という質問が出たときにも、パネリストたちの反応も、今ひとつ切れ味が感じられなかった。

 あるパネラーは、
 「 (観光地の) 駐車場で寝るだけの人たちは、あまり地域全体にお金を落としてくれないのではないか…」
 という疑問を匂わしていたし、また別のパネラーは、
 「休日の前日からそこに泊まる人たちが多すぎると、当日になって駐車スペースを利用したい観光客が入れなくなるのではないか」
 という懸念をちらりと匂わした。
 
 いずれにせよ、パネラーたちの意識の中には、まだ “車中泊族” をどう位置づけたらいいのかという問題意識は、十分に育っていないという気配が読み取れた。

車中泊画像001

 ただ、そうはいうものの、すでにこのような旅行形態が浸透しつつあることを無視できない時代になったという認識は、どの参加者も共通して抱いているようで、
 「今後は、各観光地の駐車スペースに、車中泊族も安心して泊まれるようなオートキャンプ施設のようなものを設けたらどうなのか」
 という提案を掲げたパネリストの方もいらっしゃった。

 とにかく、広い意味で、 「自動車旅行」 というものが大きな転機を迎えていることは確かだ。

 出席者の一人は、それを 「安・近・短」 から 「安・長・短」 の時代になったと表現する。
 つまり、 「安く、近場で、短期間のうちに」 というレジャー傾向が、 「安く、長い距離を、短期間のうちに」 という傾向に変りつつあるというのだ。
 
 そのきっかけは、ETC利用による高速道路の 「休日割引サービス」 。
 これにより、土・日・祝日を絡めた移動においては、 「1,000円で行ける限り遠くまで行こう」 という傾向が出てきたという。
 事実、この制度が生まれてから、利用者が激増したという観光地の例も報告された。

 ただ、問題があるとしたら、一ヶ所の目的地までは遠出しても、そこを訪れた後はすぐに帰るか、もしくは別の地域に移動してしてしまう観光客がほとんどだということ。

 観光業者は、経済効果が地域全体に波及することを期待しているのだが、観光産業でうるおう場所はごく狭い範囲に限られるという傾向は、相変わらず継続しているようだ。

 広い地域に経済効果を波及させるためには、いかに “魅力ある観光産業を育てるか” に関わってくるのだが、カーたび機構では、そのへんをにらんで、 「うごく! プロジェクト」 というものを発足させている。
 要は、人を観光地まで “動く” ように仕向ける数々の企画を重ねていくというもので、そのための小冊子なども刊行されている。

 冊子タイトルは 『 <生> たび本』 。
 夏の海水浴、秋の紅葉観賞など、観光旅行も食べ物と同じように “生もの” 。
 ならば、旬のうちに賞味しようと訴えたものだ。

 構成も画期的で、ドライブルートを 「地域別」 に紹介するのではなく、グルメ、写真撮影、歴史遺産めぐりなど、 「観光目的別」 に編纂しているところに特徴がある。

 このような小冊子による情報発信とは別に、カーたび機構と連携した地方自治体では、観光地のインフラ整備も進めているようだ。
 その一つが 「パーク&ライド」 システム。
 観光客が乗って来るマイカーを一ヶ所の広域駐車場に集め、市内観光などにはコミューターバスや自転車などを使ってもらおうという提案だ。

 ただ、市内から離れた場所に観光客用の 「駐車スペース」 を開発しても、あまり利用頻度は高まらないらしい。

 そのために、思い切って、街の中心部に大駐車場を開設することを計画している自治体もある。
 また、市外から離れた場所に広域駐車場を造った場合は、そこに 「道の駅」 のようなサービス供給施設を併設したり、さらには市内観光を助けるためのクーポン券を発行することを計画している自治体もあるようだ。

 いずれにせよ、自動車旅行を充実させるためのインフラ整備は今後さらに進みそうである。
 願わくは、キャンピングカー旅行の便宜を図るような企画ももっと導入してくれれば御の字。

 関連記事 「車中泊の魅力とは」



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

RVの将来的展望

 秋の 「名古屋キャンピングカーフェア」 を取材してきた。
 この時期のショーというのは、来年2月の幕張ショーの前哨戦という感じだ。
 目を見張るような新機軸を打ち出した 「新車」 というものはない代わりに、次の時代のマーケットをリサーチする意味を込めた “前衛” 的な役割を持ったクルマが多い。

 構想はまだ開発陣の頭の中にとどめているものの、その “匂い” のようなものを漂わせて、来場者の反応を確認する。
 そこから良い感触が得られれば、構想段階にある新車開発にも励みがつく。
 逆に、反応が鈍ければ、そこから練り直しの機会を得る。
 そういう実験的な提案を潜ませているような車両開発の段階なので、メディア受けするネタとしてはインパクトに欠けるかも知れないけれど、ある意味、そこからは、そのビルダーの思想の原型のようなものを感じ取ることができる。

 そのうちのいくつかは、このブログで紹介していきたいと思うのだけれど、「まだオフレコで…」 と念を押されたものもかなりある。
 ネタはいっぱい仕入れたけれど、そのうちの核心に部分は、もう少し時間をズラして公開してみたい。

 で、今日はまだ名古屋ショーの画像を整理していないので、キャンピングカーの実車の話とは関係ない話ね。
 ゴメンネ。

 しかし、キャンピングカーの未来像というものに関して、実はしっかりした手応えを感じたことは事実だ。

 今、自動車産業全体が大きな構造的転換を遂げようとしていることは、さまざまな情報源からひしひしと伝わってくるが、キャンピングカービルダーたちの中にも、そのような流れを敏感に感じてアクションを起こしている人たちもいる。

 「まだ構想段階なので…」
 ということなので、具体的なことは書けないが、あるビルダーの開発者は、ガソリンエンジン車からEV (電気自動車) などに転換を遂げようとしている自動車産業の将来を見据え、すでにパワーユニットが転換した後のキャンピングカー構想に着手しているということを語った。

NHKスペシャル自動車革命

 折りしも、今日のNHKスペシャルを観ていたら、 『自動車革命』 というタイトルで、 「スモール・ハンドレッド 新たな挑戦たち」 というシリーズの2回目を放映していた。
 それによると、今アメリカや中国、インドなどで電気自動車を開発・生産している小メーカー (スモール・ハンドレッド) がものすごい勢いで伸びているという。
 
 中国進出を狙っている日産自動車の幹部が、そのような中国の町工場で造られた電気自動車に試乗してみたところ、 「自動車としての完成度はけっして高いものではないが、EVならではのトルクとか加速感においては目を見張るものがあり、あなどれない存在だ」 と驚いたとか。

 何よりも、航続距離が300㎞という数値がすごいという。
 もちろんそのためには大量のバッテリーを搭載することが前提となり、そうなれば車重は2トンを超える。
 そのようなEVが、そのまま実用化される見通しが立つのかどうか分からないが、なにしろ中国はEV開発には欠かせないリチウム電池の元になるリチウムの資源が豊富。

 資源大国という地理的条件を背景に、中国のEVが世界マーケットに進出してくる可能性はきわめて高い。
 このようなEVは、パーツ点数もガソリンエンジン車の10分の1ですむから、今までの車両開発のノウハウをさほど必要としない。

 番組では、それを 「既存の大手メーカーが自動車開発に携わる時代の終焉」 と捉えていた。
 
 内燃機関からバッテリーへという自動車のパワーユニットの転換は、私たちが考えている以上に、ひょっとして早いのかもしれない。
 なぜなら、アメリカの投資家筋が、すでにそこに新たなビジネスチャンスを見出して、早くもEV開発に関わる利権の網の目を張り巡らせようとしているようなのだ。

 問題は、自動車のパワーユニットが転換するというだけにすまないことだ。
 グーグルでは、電気自動車が各家庭の動力源となる時代を見据えているという。

 これは 「スマートグリッド (賢い電力網) 」 という考え方で、たとえば太陽光発電などでつくられた電力が余ったときはEVにため込み、逆に電力が必要なときはEVから住宅に送り込むというもの。
 EVが住宅の蓄電池となって、電力の自給自足に大きな役割を果たすというものらしい。

 要するに、自動車が単なる移動手段以上の役割を負わされる時代が構想されているのだ。
 NHKスペシャルのナレーションは、それを 「産業革命以上の人類史における大革命」 と表現する。

 そのような時代に、キャンピングカー業界も、否が応でも巻き込まれる時代が来ているのかもしれない。

 あるビルダーの開発者の一人は、 「EVならば、何もメーカーの供給するベース車に頼ることなく、自分たちでも造れないことはない」 と言い切った。

 中国で、わずか創業6年の歴史しかない町工場の電気自動車が、日産自動車の開発する電気自動車と張り合う時代だ。
 けっして無謀な構想ではないのかもしれない。

 実際に、EVが収益の柱に育つのは2020年頃だといわれている。
 あと10年はかかりそうだが、自動車ジャーナリストの多くは、この流れは確定的だといっている。

 自動車が大きく変ろうとしている時代。
 その動きに、キャンピングカー業界もけっして遅れをとっていない。

 関連記事 「EVの現在と未来」



campingcar | 投稿者 町田編集長 22:53 | コメント(4)| トラックバック(0)

日常性と旅の関係

首都高の風景01

 「地方の疲弊を招いたのは、東京への一極集中化ではなく、地方の東京化・画一化である」
 と語るのは、ホリエモンこと堀江貴文氏。

 彼はこういう。

 「全国どこへ行っても、大規模ショッピングモールやコンビニがあり、東京と同じものが買える。
 しかも、地方公共団体が運営する体育館やホールなどの文化施設もすべて画一的デザインである。
 そして、ダムや道路などの大規模な公共工事で自然や歴史的景観は破壊され、地方の独自文化はどんどん消えていく。
 そのせいで、地方の魅力はますます失われていき、東京の二軍みたいな状態に陥っている」

 この意見に、私はまったく同感である。
 実際に地方都市を旅していて、まさに、そう思う。 

 ただ、 “旅人の視点” に立ってみると、私たちの心に巣くう 「東京化・画一化」 というものは、そう簡単に排除できないものであることも分かってくる。

 地方都市の景観が、どんどん “東京的” に均一化されていくのも、
 「それを求めるニーズがあるから、そうなったまでのこと」
 という側面がある。

 たとえば、こういうことだ。

 あなたがクルマを運転して、地方都市を旅していたとする。
 「ママ、お腹が空いたよ」
 と子どもがいう。
 
 「何が食べたいの?」
 とママが聞く。
 「ハンバーグがいい」
 と子どもが答える。

 道を走っていると、おあつらえ向きの、広い駐車場を備えたレストランが現れた。
 ただし、店が2軒ある。

 一つは、東京郊外なら至るところに存在する全国チェーンのファミリーレストラン。
 そこなら、子どもが食べ慣れた味のハンバーグがある。
 あなたもそのファミレスなら、自分の気に入ったメニューを思い浮かべることができる。

 さて、もう一軒の店は…というと、 「まごころ食堂」 …ってな感じの古めかしいノレンを下げた昭和風味のドライブインだ。
 ノレンの色は少し薄くなっていて、その褪せたノレンを見ていると、テーブルにはホコリが積もっているんではないか? …などという情景すら浮かんでしまう。

 はて、あなたなら、どっちの食堂に入る?

 たぶん、多くの人は、全国チェーンのファミレスの方に入ってしまうのではなかろうか。

 なぜなら、全国チェーンの店ならば、とりあえずの清潔感を保ち、まず入ってそんなに不快な目に遭うということがないと想像される。
 食事のメニューも全国的に統一されているため、店に入る前から自分の食べるものをイメージすることができる。

 サービスは味気ないが、従業員の対応はそれなりにマニュアル化されているから、お客として、どう振る舞えばいいかも分かる。
 トイレの位置とか、ドリンクバーの位置だって、店に入る前から頭にしみついている。

 それが 「日常性」 というものである。

 一方、地元の食堂は、そこの料理のレベルが分からない。
 値段も、味も、品目も、外から見ただけでは把握できないときもある。
 ものすごく美味しい料理があるかもしれないが、ハズレを引く可能性もある。

 これが、本来の意味での 「旅」 なのだ。

 しかし、そういうものが 「旅だ!」 といわれても、ついつい人間はいつも通りの日常性の方を選んでしまうものだ。

 「旅とは、日常性からの脱却である」
 …とはいいながらも、その日常性が壊れてしまうことを人間は避けようとする。

 だから、ホリエモン氏が語る 「地方の東京化・画一化」 に対し、行政的に異を唱えることは簡単だが、人間の中に巣くっている 「日常性」 のふてぶてしさを見つめない限り、地方の景観の 「画一化」 は、とどまることを知らないかもしれない。

ラーメン画像001

 私は、キャンピングカーで旅をしていて、その地方ならではの味を残した数々の食堂を回ってきた。
 もちろん、ハズレというものもあって、期待したどおりの料理に恵まれなかったこともあったけれど、たいていの場合、何かしらの 「発見」 があった。
 それは、料理の素材、味付け、盛りつけも含め、やはり旅しないかぎり得られない 「発見」 だった。

豚汁定食画像002

 もちろん、そういう 「発見」 は、ハズレを引くリスクとセットになっている。

 しかし、食堂のハズレなんて、平和な土地を旅するときの唯一の 「冒険」 でしかない。
 こんなにローコストで、安心して手に入る 「冒険」 というのもほかにないのではないか。

 ハズレがあるからこそ、新鮮なものに接したときの 「発見」 も生まれる。
 「発見」 のないところに、日常性から逃れた 「旅」 も存在しない……と思うのだが、某ファミレスのチキンソティにかかってくるガーリックソースはとても好みなので、あの看板だけは、見逃さずに入ってしまうなぁ…




コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:13 | コメント(4)| トラックバック(0)

EVの現在と未来

 三菱自動車の開発した 「i-MiEV (アイ・ミーブ) 」 に続き、今回のモーターショーでは日産自動車が手掛けた 「LEAF (リーフ) 」 が発表されるという。
 トヨタも、モーターショーでは 「FT-EVⅡ」 を出品するとか。

i-MiEV
▲ i-MiEV

 EV (electric Vehicle = 電気自動車) に対する関心がにわかに高まりそうな気配だ。

 ところで、このEV。
 現在のところ、どの程度の実用性があって、将来的にはどう普及・定着していくのか。
 そこのところがよく分からない。

 『ベストカー』 (11月10日号) という自動車雑誌を見ていたら、折よく東京大学特任教授の村沢義久さんと、日本EVクラブ代表の舘内端さん (たてうち・ただし = 自動車評論家) の間で語られた “EV対談” が載っていた。

ベストカー09-11-10

 今日のブログは、ちょっとその 『ベストカー』 の記事をご紹介。

 まず、EVの目的とは何か。
 村沢さんによると、地球温暖化による危機的状況を回避するには、将来のモータリゼーションは必然的にEVにならざるを得ないという。

村沢義久氏01

 村沢氏はいう。
 「民主党の掲げた2020年までにCO を25パーセント削減するというぐらいならハイブリッド車でも効果がある。
 しかし、7月にイタリアで行なわれたG8サミットで、2050年までに先進国全体で温暖化ガスを80パーセント削減することに合意した以上、CO の排出をゼロにしなければならなくなる。
 ハイブリッド車でも、燃費は普通のガソリン車の2倍よくなり、CO は半分に減るけれど、それでも最終目標の80パーセント削減を考えると不足」

 そこで、 「EVの出番!」 となるらしいのだが、しかし、そのエネルギー源である電気だって、火力発電に頼るかぎり、CO の排出は伴うのではなかろうか?

 しかし、村沢氏がいうところによると、
 「仮に火力発電で充電しても、EVはエネルギー効率が内燃機関に比べ5倍くらい効率がいいから、3分の2ほどのCO を減らせる」
 …らしい。

 もっとも、EVの彼方には、ソーラー発電という展望がある。
 「EVの本当のメリットは、ソーラー発電で充電することで得られる。そうすればCO の排出量がゼロになる。
 現在は使用されていない土地などを使った大規模な太陽光発電 (メガソーラー) システムと並行開発することによって、EVのメリットが生まれる」
 …と村沢氏はいうのだ。

 このEVの先には、 「燃料電池車」 というものが考えられていた。
 水素を動力源とする自動車のことで、その研究もだいぶ進んでいる。
 しかし、燃料電池車には限界があるという。

 EVクラブ代表の舘内端氏はいう。

舘内端氏01

 「燃料電池車は、まず白金をいっぱい使うから価格が高くなる。
 また、燃料になる水素は、天然ガスを触媒に入れて、高温にしてC (炭素) とH (水素) を分離し、そのHを空気中の酸素と混ぜて電気にするわけだが、まず天然ガスがそんなにない。
 そして、その生成の過程でCO が出てしまう。
 だったら、天然ガスをそのまま燃やした方がいいのではないか? という議論も出てくる」

 さらに、輸送も大変になるという。

 「 (水素を) 700気圧にして運ぶといっても、その700気圧にするために電気を使う。
 それなら、その電気でEVを走らせた方がいいということになる。
 貯蔵するのにも、水素のタンクは数年でボロボロになる。
 ガソリンスタンドは1億円できるが、水素スタンドは3億円かかる。EVの急速充電器は300万円でできる」 …のだそうだ。

 このあたりの真偽は私には分からない。 ( 『ベストカー』 の記事をそのまま書き写しただけ)
 でも、専門家がいうのだから、そうなんだろう。

 さて、このEVが普及するとなると、われわれが支払う燃料代はどういう計算になるのだろうか。

 舘内端氏によると、
 「東京から大阪までの燃料代を計算すると、燃料電池だと9,200円かかる。
 燃料代が8,100円かかり、その燃料を充填する電気代 (6時間充填) が1,100円。
 ハイブリッド車だと3,500円~3,600円。
 しかし、EVなら深夜電力で600円。
 だから燃料電池をやっているメーカーはだんだん少なくなる」
 …とか。

 なんだか、良いことづくめのEVに思えるが、問題があるとしたら、その航続距離。
 三菱のi-MiEVの場合、現在のところフル充電しても、その航続距離は160kmだといわれている。

 こいつはちょっと心許ない。
 
 もっとも、技術の進歩は日進月歩だし、EVの普及度に応じてインフラ整備がされていくだろうから、そこのところは心配ないのかもしれないが、では、そのインフラはどのような形で備されることになるのだろうか。

LEAF01
▲ 日産リーフ

 村沢氏の意見は次のとおり。
 「EV車が増えてくれば、今のガソリンスタンドにあたるような施設はなくなる。
 代わりに “充電スペース” のようなものが整っていくだろうが、現在は、電気を勝手に売るのはいけないので、充電器の使用料とか、駐車代として料金を取ることになるかもしれない。
 基本的には家で充電することになる」

 う~む。
 家で充電するとなると、深夜でも寝ている間にエネルギーチャージができるので、これは案外楽かもしれない。

 ただし、100Vの場合、三菱のi-MiEVだとフル充電に14時間かかる。
 その半分ぐらいに短縮するには、200V電源の設置を行えばいいらしいが、試してみた人の話によると、三つ股のブレーカー付きの専用配線が必要となるとか。
 ただし、工事費は3万円もあればいいらしい。

 『ベストカー』 を読むと、編集部からの質問として、
 「外出した先で、充電施設を先客が使用していたら、終わるまで何時間も待つことになるのか?」
 という質問がなされていた。

 村沢氏が答えるには、
 「EVの普及ペースがインフラ整備を抜いたらそのようなことも起こりうる。しかし、普及台数が数百万台のうちは大丈夫」 とか。

 やがて、キャンピングカーのベース車としても、EVが使われる時代が来るだろう。
 すでに、アメリカではリチウムイオンバッテリーを搭載したハイブリッドキャンピングカーの構想が発表されている。
 これは、バッテリー残量が少なくなると、ハイブリッドモードに切り替え、モーターに電力を供給するとともに、バッテリーを充電するものだとか。

 もし、EV用のインフラが整い、電気をチャージする場所が増えてくれば、室内にさまざまな電気機器を搭載しているキャンピングカーには無限の可能性が広がることになる。

 EVキャンピング車ともなると、重量の問題がネックになったりするだろうが、車両開発にも軽量化が意識されるようになり、さらにソーラーパネルなどが進化していけば、未来の展望は明るい。

 EVキャンピングカーの実現には、課題もいっぱい残されているけれど、 「EV」 時代の到来は、 「RV (キャンピングカー) 」 新時代の到来にもなりそうだ。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:30 | コメント(2)| トラックバック(0)

チンギスⅣ依存症

チンギスハーンⅣゲーム

 コーエー (KOEI) の開発したコンピューターゲーム 『チンギスハーンⅣ (蒼き狼と白き牝鹿Ⅳ) 』 は、おそらくゲーム史に残る不朽の名作ではなかろうか。

 ただし、 「世界史が好きな人間」 という限定条件はあるが、その条件内に入った人たちにとっては、こういうゲームがこの世に存在すること自体が奇跡のように感じられるだろう。

 どういうゲームかというと、チンギスハーンおよびその子孫たちが、東アジアを統一し、さらに世界制覇を目指して、広大なユーラシアを縦横に駆けめぐるという歴史シミュレーションゲームなのだが、主人公にチンギスハーン一族以外の様々なヒーローを選べるというのがミソ。

 つまり、同時代に生きた歴史上の人物ならば、プレイヤー自身がリチャード獅子心王になりきることも可能だし、源頼朝に生まれ変わることもできる。
 さらにパワーアップ版 (PUK版) を入手すれば、ゲームで設定された国以外に、任意の新国王を3人まで自由に設定することができる。

 だから、シナリオには設定されていない平家一門を自分でつくって、彼らが源氏に追われて朝鮮半島へ脱出。
 しかる後に、満州に新国家を築いて、そこから日本へ再上陸。
 ……などという途方もない歴史上の 「if」 をつくり出すことも可能なのだ。

 もちろんこのゲームは、世界史の知識などと関係なくその面白さを享受できる。
 しかし、歴史情報の蓄積があればあるほど、妄想が活発に誘発され、それが画像に現れない 「物語」 を次から次へとつむぎ始める。
 つまりゲーム自体が、マニアの思い入れをたっぷり受け入れる途方もない深みを持っているのだ。

 そのせいで、発売後11年が経過し、すでにソフトの販売も終了しているというのに、いまだにコアなファンによって運営される専門サイトがいくつもあり、そこでは現在も遊び方の情報交換が活発に行われている。

チンギスゲーム003

 で、私は10年間におよび、数年サイクルでこのゲームにハマる季節を迎えてきた。
 ハマると、それこそ寝食を忘れて没頭する。
 「依存症」 という言葉があるが、まさに本物の依存症状態になってしまう。

 特に、塩野七生さんの本を読んだ後が “危険” 。
 塩野さんのルネッサンスものなどは、このゲームのシナリオの一つとして用意されている時代とも重なる場合があるので、ちょっと無理な設定をすれば、その本に登場する人物を主役にしたゲームが可能になる。
 だから、彼女の本を読むと、必ずその後しばらくは塩野さんの 「物語」 をゲーム上で再現したくなって、理性のコントロールが効かなくなる。

 実は、ここで告白してしまうと、今年の初夏の頃、一時このブログの更新が途絶えたことがあった。
 そのときは 「腰痛」 のせいにしていたけれど、本当は、もう何年ぶりかのサイクルで、このゲームにハマりっぱなしの季節を迎えていたのだ。

 だけど、一応キャンピングカーという “アウトドア情報” に携わる仕事をしているわけだから、そのようなインドア趣味ばかりを吹聴するわけにはいかない…という理性も働いて、とてもそのことを告白する気にはならなかった。
 まぁ、今はやっとその依存症状態から抜けたこともあって、ようやくそのときの状況を書く気になった。

 で、このゲームの魅力のひとつに、登場人物たちの 「顔グラフィック」 の素晴らしさがある。
 最近の 『信長の野望』 や 『三国志』 などは、登場人物のグラフィックが理想化され過ぎて、みな “宝塚歌劇の歴史ロマン” みたいになってきたけれど、 『チンギスⅣ』 の男たちはリアルで、それぞれ強い個性を持っている。
 だから、遊んでいる途中からゲームをしているというよりも、 「映画」 を見ている感覚になってくる。

 で、PUK版ではこの顔グラそのものを自由に選べるようになっており、自分の好みの人物に、好みの顔を与えられるというのが人気の秘密なのだ。

 ただし、国王以外は、顔の入れ替えには制限が設けられている。基本的に、同一文化圏に属する人物の顔グラ以外のものは入れ替えできない。
 たとえば、モンゴル文化圏に属する人物たちは、その文化圏内に設定されているいわゆるアジア顔の 「将軍」 以外のものとは交換できないようになっている。

 しかし、 “裏ワザ” がないわけではない。
 プログラムファイルを少しいたずらすればいいのだ。

 さらにペイントソフトがあれば、顔そのものに修正を加えることができる。
 慣れてくると、ヒゲを生やさせたり、帽子をターバンに変えたりなどというカスタマイズが自由自在にできるのだ。
 あまり大っぴらにはできないけれど、そんな例をちょこっと。

▼ 割と人気の高いジャムカ。その変身(右)

コーエイ057 コーエイ029

▼ 「チンギスⅣ」 のイケメンコンテスト (…があれば) では、毎回上位入賞をはたす (…であろう) フランスのフィリップ4世王子。
 しかし、王子様の役ばかりでは、王子ご本人も飽きてしまうだろうと思い、変装するときの顔も作ってやった。
 お忍びで町に遊びに…という設定で、お洒落な帽子とヒゲを付けみると、ルネサンス期のイタリアあたりにいそうな、「いかにも女をコマすのがうまそ~」な遊び人の表情になった。

コーエイ001 コーエイ003

 このゲームには、 「女性たち」 も登場する。ヒーローたちの妃となる人々だ。
 実在する后妃もいれば、架空の名を与えられた架空の后妃もいる。
 ただし、彼女たちがゲーム上で活躍する場は与えられておらず、あくまでもパーティの席上などで会うことしかできない。それでも彼女たちの登場は、ゲームに華麗な彩りを添える。

コーエイ048 コーエイ044

 この后妃たちの顔グラを、コピペで男性将軍の上に貼れば、画像だけ “姫将軍” が誕生する。ただし、男性として設定された人物の顔グラフィックに貼るだけだから、ゲーム上の属性は男そのもの。しゃべり口調は男言葉になるし、后妃を娶ったときは妊娠させてしまう。

 以上、とんでもないインドア男の告白になってしまったが、このゲームで遊ぶことは、ある意味で “創作活動” かな…と思わないでもない。
 顔グラを変更することを言っているのではない。
 遊ぶときに頭の中で造り上げる 「構成」 のことを言いたいのだ。

 私などが遊ぶスタイルは、はっきりいって制作者の意図とは外れているはずだ。
 敵国をひとつひとつ潰して、 「世界を征服する」 ということが目的とされるゲームであるにもかかわらず、自分はそんなふうには遊んでいない。

 実在人物、架空人物問わず、その人間の能力アップや所属都市の経済の振興、文化レベルの向上を、表ワザ・裏ワザを駆使して楽しんでいる。
 時にゲームに登場する人物たちと対話をし、さらに操っている人物同士にも会話をさせ、頭の中では完全に大河ドラマのようなストーリーを組み上げる。

 ゲームに熱中し始めると、もうまったく忘我の境地。
 勝手にゲーム中の人物になりすまし、
 「今トルコに潜伏したスパイからの情報ですと、アナトリア半島で大規模な食糧調達と武器の移動が始まっているそうです。おそらくロードス島の攻略が近いのではないかと…」
 などと、独り言をいいながら、ゲームの人物たちを動かしている。

 たぶんこういうゲームはもう二度と出てくることはないだろう。
 ハマったマニアはみな絶賛するが、内容をこれだけコアな部分にまで掘り下げてしまうと、マーケットとしての広がりは期待できない。
 こういうゲームを企画するのは、歴史的資料の膨大なるストックが必要となる。
 それはコストにも跳ね返るだろうし、プログラムの容量にも問題を及ぼすだろう。

 そのため、コーエーでも 「Ⅳ」 でうち止めにして、続編をつくる予定はないようだ。

 なのに、いまだに熱烈ファンのサイトでは、 「次作のチンギスハーンⅤに期待したシステム」 などという書き込みが後を絶たない。
 中古品も人気で、特に絶版となったパワーアップキット (PUK) 版は入手しづらくなっているという。

チンギスゲーム002

 いま怖いのは、今度この依存症がいつ自分に訪れるか…ということなのだ。
 それが、メインの仕事の締め切りまぎわなどに訪れたとしたら、私はもう破滅だ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

忙しい季節

 いろいろと忙しい季節がめぐってきた。
 今週は 「東京モーターショー」 と 「名古屋キャンピングカーフェア」 が重なっている。
 モーターショーのプレスディ (金曜日) に出るとなると、そのあと名古屋まで飛んでいくことになって、あわただしい。
 モーターショーのプレスディは諦め、一般見学日に行くことにして、名古屋を優先するか…。

東京モーターショー2009ポスター

 東京モーターショーで興味があるのは、開催期間中に催される各種のシンポジウム。
 「カー旅時代の観光モデル」
 を探るとか、
 「20年後のモビリティを考える」
 あるいは、
 「エコカーやパーソナルモビリティの普及を見据えて」
 などというシンポジウムは、いずれもキャンピングカーの将来を考えるときに不可欠のテーマだと思う。

 自動車を駆動するエネルギー源に関する “資源の問題” 。
 環境へのインパクト軽減にどう対応するかという “環境問題” 。
 そして 「旅」 というものをどう考えるか、という問題。

 そのような諸問題に対して、キャンピングカーも無縁ではいられない。
 自動車工学、経済学、環境学、交通社会学、観光学。
 それらの諸学を横断する自由な目とフレキシビリティに富んだ姿勢が必要となるだろうし、もっと肝心なことは、人間を理解するための哲学が必要となるということだ。

 身体がいくつあっても足りないし、時間というものはあまりにも限られている。

 …なのに、最近テレビを買い替えて、各局のBSハイビジョンが見られるようになったので、家でそればかり見ている。

 やれやれ…… 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

幸せの形はひとつ

 「同調圧力」 という言葉がある。
 手っとりばやくいうと、ある集団なり組織の中で、
 “みんなと同じノリを共有しないと仲間外れにするよ”
 という、無言の圧力のことをいう。

 ちょっと前に大流行した 「KY」 ……空気を読めないヤツを排除するというような風潮が、その典型になるのだろう。

 こういう風潮が特に際立ってきたのは、1980年代ぐらいかららしい。
 その時代に学生生活を送っていた、作家の星野智幸さん (1965年生) は、桐野夏生さんとの対談集 『発火点』 の中で、こう語る。

 「80年代の華やかさの中での同調圧力として、その当時は 『イケてる男』 と 『イケてる女』 にならなきゃいけないというのがあって、その両者がベストカップルを目指さなくてはいけないという規格意識みたいなものがすごく強烈にあった。
 (学校や世間からは) どんなアイデンティティでもありだ、みたいに言われているのに、実際に公認されるアイデンティティというのは一つか二つしかない。
 だからその中で自分のアイデンティティを見つけるのはとても難しかった。
 でも脱落するのは怖いから、みな涙ぐましい努力で、無理やり自分を規格化していた」

 そして、このような規格から外れてしまった男の子たちは、 「アッシー君」 とか 「ミツグ君」 という役割しか与えられなかった。

 「アッシー君」 とか 「ミツグ君」 というような言葉は、今の若い人たちには注釈が必要かもしれない。
 アッシー君とは “足代わり” 、すなわち本命の恋人と遊んだ女の子が、帰宅する際に、家までクルマで送ってもらうためだけのボーイフレンドのことをいう。

 ミツグ君とは、文字どおり、これまた本命の恋人とは別に、女の子が食事をご馳走してもらったり、プレゼントをもらったりするためだけに付き合うボーイフレンドだ。

 なんだか “いい気な女の子” ばかり溢れていた時代なんだなぁ…と思われるかもしれないが、当時は、女の子の方も必死で、本命君のほかに、いかにアッシー君やミツグ君を数多く自分の周りにはべらすかということで、血のにじむような男の子の争奪戦を繰り広げていたのだ。

 それというのも、そういう 「選ばれたベストカップル」 にならなければ、人生の勝者になれないという激しい思い込みを誰もが持ち、それが同調圧力になって、当時の若者たちを狂奔させていたというわけだ。

シャルウィダンス1
▲ ベストカップル (?)

 このような、 「幸せの形はひとつしかない」 という風潮は、現在も続いている。

 勝間和代氏の著書に代表されるような、仕事において私生活においても 「他者よりぬきんでる」 というサクセスストーリーの信奉者がいまだに多いというのがそれを物語っている。

 「幸せの形はひとつしかない」 ということは、その幸せをつかめない以上は 「不幸である」 という意識を必ず伴う。

 現代人の不幸は、すべてが 「幸せの形がひとつでしかない」 という思い込みから発しているのではないか。
 だから、今ほど “落ちこぼれ” に対する恐怖が募っている時代というのも他にないのかもしれない。
 それが、いちばん酷 (むご) い形で、今の若者たちを襲っている。

 先ほど紹介した星野智幸さんと桐野夏生さんの対談は、次のようにつながっていく。

 【星野】 今の若い子たちって一人でいることにみんなすごい恐怖を感じているので、必死でどこかに属そうとする。
 【桐野】 大学に入ると、地方から来た学生たちだけでなく、誰もがどこかに所属しなきゃいけないと必死らしい。
 【星野】 今はみんな携帯電話を持っているから、声がかからないというのは地獄だ。だから、声がかかるための努力に全力を費やす。毎日がそれだけ終わっていく。もう死ぬ苦しみじゃないかと思う。
 彼らは楽しそうにやっているように見えるけれど、毎日ひたすら死なないための努力をしているんじゃないか…と。
 【桐野】 そのとおり。みんな必死に自分に悪意が向けられないようにしている。必死に飲み会をつくって、付き合おうとしている。
 それで声がかからなかったらガッカリするので、異様に気をつかっている。
 【星野】 自分とは何であって自分が何をしたいか、などと考える余裕もないし、自分の欲望に向き合おうにも、欲望を支えるエネルギーがない。

 しかし、この状況は、若い学生たちだけに限らない。
 定年退職を迎え、悠々自適のセカンドライフを迎えているはずの団塊世代でも同じことがいえる。

 彼らには、なまじっか 「コミュニティ」 に対する幻想があるから、定年後に、会社という “共同体” から外されたときの孤独感をひしひしと噛みしめている人が多い。
 しかし、会社以外の人的つながりを維持するスキルを持たない人が多いため、その “落ちこぼれ感” は、今の学生の比ではないかもしれない。

 それもこれも、みな 「幸せの形はひとつ」 という思い込みから生まれてくる。

 マスコミはサクセスストーリーが大好きだが、そこに描かれたヒーローたちが、みな似たり寄ったりのライフスタイルしか実現していないことには無頓着である。

 むしろ受け手の方が、そのような定型化した情報を求めているともいえる。

 最近の出版界の傾向は 「ランキング入りした本だけが売れる」 という。
 そして 「評判になった本だから読んでみる」 という読者も増えている。
 「みんなが読んでいる本だと、話題になったときもついていける」 というわけだ。

 ある有名大学のトップが、 「本を買う前には書評、レビューなどを検索して読むようにしている。それは、ハズレをつかみたくないからだ」 と堂々と宣言する時代になったそうだ。

 この “ハズレをつかみたくない” という不安感に、現代社会の病巣が浮き上がっているように思う。
 「効率化」 が第一義的に追求される時代では、ハズレから得るものに目配りする余裕もなくなったのだろう。
 そこにこそ “豊かさ” があるというのに。

 『検索バカ』 (朝日新書) という本を書いた藤原智美さんは、自著の中でこう語る。

 「隣のだれかの考えが気になる。みんなの意見や気持ちが知りたい。
 そのために、 (ネットの) 検索で空気を読む、空気を読むために検索する。
 その背景には、集団から浮く = 排除されることへの不安と怖れの感情が渦巻いている。
 (誰にも) 自分だけ目立ち、 “みんないっしょ” からはみ出すことで地雷を踏んで自爆したくない、という思いがある」

 誰もが同じものに感動し、同じものに涙し、おなじものを嫌い、同じものに生き甲斐を見出すという風潮こそ、人間を苦しめる最大の要因だと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:40 | コメント(8)| トラックバック(0)

音楽の危険な匂い

 危険な匂いのする音楽というのがなくなった。
 不吉な匂いというのか…。

 もともとロックミュージックというのは、そういうものであると思うのだが、そういう “暗さ” が、今の時代には毛嫌いされるのか、ビジュアル的にキケンだったり、フキツだったりするバンドは、相変わらずいっぱいいるけれど、 「音」 として危険な匂い漂わせるバンドというのを、最近は知らない。

 しかし、60年代末期から70年代初期にかけて登場したロックグループは、たいていこの危険な匂いというものを、どこかで持っていたものである。

 それは別に、犯罪を予感させる何か…という意味ではない。
 たとえて言えば、
 「オレは、これから塾からも家庭教師からも逃げ出して、家出して、ロックアーチストになってやる!」
 とかいった感じの、何かを捨てるときのエネルギーの匂いをいう。

 社会の決まり事などを蹴破るぐらい、自分の内側から強力に膨れ上がってくる何か。
 自分の中の “怪物性” を目覚めさせた何か。
 そういうような 「音」 を体現したロックバンドが、1970年代初頭に突然あふれだした。

 その多くは、せいぜい2~3年という一瞬の生命力しか持たなかったけれど、今から思うと、その短い季節のなかで、ロックの世界は 「ジュラ紀」 か 「白亜紀」 を迎えたのだと思う。

 で、私にとって、ロックのジュラ紀を生きた最大の “恐竜” は、フリー (FREE) というバンドなのである。

フリー001
▲ フリー
 
 60年代末に結成されたイギリスのバンドだが、そのブルースを基盤としたずしりと重いサウンドは、まさにティラノザウルスが、眼前の茂みをゆっくり横切るのを眺めるような緊張感を持っていた。

 ティラノザウルスが通り過ぎるのを息を潜めて待つときの怖さと、しかし、その偉大な生物の全容を、この目でしっかり確かめたいという好奇心。
 そんな両極端の感情が同時にわき起こる不思議なサウンドを創り出したのが、フリーだった。

 バンドが結成されたのは、1967年。
 そのときのメンバーの平均年齢が19歳だったと聞くから驚く。
 何が驚きかというと、最初から 「若さ」 のない音だったからだ。

 逆にいえば、若いがゆえの直感で、この世を覆う暗さの根源が何であるかを見抜いてしまったような、 「氷の心」 を持つ若者のグループだったのだ。

 編成は、ギター、ドラムス、ベースのみ。
 それにヴォーカルが加わる。

 基本的には、ブルースのエッセンスを色濃く持ったバンドであり、そういった意味では、ジョン・メイオール、アレクシス・コーナー、さらにはヤードバーズ、クリーム、ツェッペリンへと連なる系譜に属するバンドといえる。

 しかし、フリーのような 「暗さ」 を体現したバンドは、他にはいない。

 ヴォーカルを務めるポール・ロジャースの声質もあるのだろうが、フリーのサウンドは、常に低く、地を這うような重苦しさを特徴とする。

 そのような重厚感は、主にアンディー・フレイザーの弾くベースによってもたらされている。

アンディー・フレイザー
▲ アンディー・フレイザー

 腹の底を揺るがすような重低音を奏でていたかと思うと、突如、翼を広げて宙を舞う生き物のようにヴィブラートするベース。
 単純な根音をキープするときですら、獲物を威嚇するコブラのようにカマ首を揺らしているベース。

 特に、71年の発表された 『フリーライブ』 は、マイクの位置のせいか、PA技術のせいか知らないけれど、アンディー・フレイザーのベースがびんびんに唸っているサマがまるでスピーカーの前に陣取ったかのように伝わってくる。

フリー『ライブ』
▲ フリー 『ライブ』

 このアルバムに収録されている曲は全曲好きだけど、どの曲もベースの入り方がいい。
 ポール・コゾフのギターとユニゾンを奏でる場合も、アンディーのベースは、そこに “揺らぎ” を伴って絡みつく。
 サイモン・カークの正確なリズムをキープするドラムと絡まる場合も、アンディーのベースの “揺らぎ” が生きたものの生命感を吹き込む。

 楽曲的な用語でいえば、その “揺らぎ” というのは 「シンコペーション」 のことをいう。

 シンコペーションとは、規則正しいビートを刻んでいるリズムをいわば意図的に狂わせて、リズムの “跳ね” とかグルーブ感を強調する手法のことだが、アンディーのシンコペーションは、均等な時間区分をただ狂わせるだけでなく、そこに鋭い 「裂け目」 を入れるような跳ね方をする。
 そこには、 「時間」 がいつも均等に区分できると信じ込んでいる近代人の盲点を突くようなグルーブ感がある。

 そもそも、ロックが当時の大人たちから嫌われたのは、ロックのリズムが “近代の時間” の中ではシンコペーションであったからだ。

 なかでもフリーのアンディー・フレイザーは、最も暗くて危険なシンコペーションを弾き出したミュージシャンの一人かもしれない。

 その暗い匂いのため、フリーは、70年代のUKロックグループの中では、クリームやツェッペリンのような人気を集めなかった。

 『オールライト・ナウ』 や 『ファイアー&ウォーター』 のようなヒット曲が、当時のロックチャートをにぎわしたこともあったが、それ以外の曲を聴いていたのは、本当に一部のファンということになるのだろう。

▼ 私のお気に入りの1曲 『ビー・マイ・フレンド』
 ポール・ロジャースの哀切感あふれるヴォーカルと、星を頼りに夜の荒野を旅していくような、アンディー・フレイザーのベースが聞きどころ





 ▼ もう1曲おまけ 『オールライト・ナウ』




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:19 | コメント(4)| トラックバック(0)

旅で聞く音楽

 旅をしていると、今まで気づかなかった世界が見えてくる。
 今回、九州まで、延々と高速道路を走る旅を続けるなかで、そう感じた。
 
 別にたいしたことを言うつもりではない。
 ただの音楽の話だ。

高速道路風景001

 ドライブをしているときは、いつも音楽を聞いているけれど、聞いているのは、だいたいその音楽のメロディとかサウンドでしかない。

 そういうお気に入りのメロディとかサウンドだけを集めたドライブミュージックの専用ソースみたいなものを用意して、昼とか夜とか、高原とか海とかのシチュエーションによって、使い分けて聞いている。

 今回は長旅だったので、様々な洋楽と同時に、Jポップばかり集めた音楽ソースも聞いてみた。

 Jポップの歌詞には、今までそれほど注目していなかったのだけれど、注意して聞いて見ると、いやぁ、いろいろな世界が見えてきた。

 自分には、コブクロのような音楽はやっぱりダメだ。
 サウンド的に面白いと思って収録したものもあるけれど、歌詞の世界についていけない。

コブクロ01

 たとえば、彼らのデビューヒットともなった 「桜」 。
 ベタすぎるんだよね、使われている言葉が…

 「強く清らかな悲しみは…」
 とかいう歌詞が出てきたときに、もうダメだと思った。
 
 これは詩の鉄則だけど、 「悲しみ」 などというベタな言葉を使わずに 「悲しみ」 を表現するのが、表現者の意地だと思うのだ。

 前段にはこういう歌詞もある。
 「冬の寒さに打ちひしがれないように…」

 「冬の寒さ」 を、なんのためらいもなく 「打ちひしがれる」 と等記号で結んでしまう安易さ。
 「冬の寒さ」 に、むしろ春の 「物憂さ」 とか、夏の 「けだるさ」 を見出してこそ 「歌詞」 なのに、コブクロのファンには申し訳ないけれど、あまりにも芸がなさすぎると思う。

 『start Line』 という曲がある。
 いいメロディラインを持っていたので、今までは歌詞に耳を傾けることなく聞き流していたけれど、歌の内容をじっくり聞いたら、この曲にも引っかかった。
 
 「誰もがいつか本当の自分にだとり着くための、向こう側にある光を見つめて…」

 という歌詞が出てくる。

 “本当の自分” というものがあるという発想が安易だ。
 それは自意識の魔法にすぎず、それを探し始めたら、ラッキョウの皮をむくように、最後は何もなくなってしまう。 
 “本当の自分” があるというのは、半端な哲学が陥るときのワナなのだ。

 もちろん、それがなかなか見えないという “自分探し” の歌になっているんだけど、きれいな言葉が続くだけで、自分というものを真剣に考えたとき襲ってくる目がクラクラするような 「畏れ」 がここにはない。

 コブクロには申し訳ないような批判めいた言葉が続いたけれど、そういうことを考えたきっかけは、同じ音楽ソースにスガシカオの曲が入っていたからだ。

 スガシカオは、歌詞を作ることをもっと大事に考えている。

▼ スガシカオ 『夏祭り』 (YOU TUBE) 


 たとえば 『夏祭り』 という歌。
 それはこういう歌詞だ。

 「夕方まで寝てしまって、だるい体を起こした。
 すぐ近くまで忍び寄っている、浅い夜の匂い。
 遠くの方でにぎやかなざわめきが聞こえてくる。
 部屋の明かりは付けずに、窓の外を覗いてみた。
 今日ぼくの町では、お祭りの最終日で、町中が浮かれていたらしい」

 コブクロに比べると、なんとも散文的な味気ない感じがする歌詞だ。
 人に、 「勇気」 や 「感動」 を与える言葉もなければ、胸が切なくなるような 「恋愛」 のときめきもない。

 しかし、この歌詞は聞き終わった後でも、妙に印象に残る。
 まず情景がしっかり描きこまれ、しかもその情景に接している “主人公” の心の軌跡が、実にクリアに浮かび上がってくる。

 まず、
 「夕方まで寝てしまって、だるい体を起こした」
 というフレーズから、1日を無駄にしてしまった人間のやるせなさが伝わってくるし、無為な日々を送っていそうな主人公の哀しみのようなものが浮かび上がってくる。

 ここには 「悲しい」 ことを 「悲しい」 とベタに歌ってしまうコブクロより、はるかに奥行きの深い表現が試みられている。

 「今日ぼくの町では、お祭りの最終日で…」
 という歌詞も、何気ないようでいて、凄い。

 「お祭り」 という言葉と 「最終日」 という言葉が組み合わされることによって、見事に “宴のあとの寂しさ” が伝わってくる。

 ここには、 「華やかなものが終わる」 という喪失感と、そこからに置き去りにされた人間の孤独感が、素っ気ない言葉の中に集約されている。

スガシカオ01

 二番の歌詞には、こういう情景が語られる。

 「境内に続く道に、夜店の灯りが見える。
 昔、父さんの手をひっぱって、あの道を歩いた」

 これだけで、もう現在の主人公が 「過去の幸せ」 から遠いところにいることが見えてくる。
 そして、そういう 「幸せ」 の中にいた過去の自分と、現在の自分を隔てる “距離感” のようなものが伝わってくる。

 コブクロは、寂しい、悲しいという 「観念」 を歌っているが、スガシカオは、そういう事態に直面した 「人間」 を歌っている。

 コブクロよりも、スガシカオの方が 「えらい」 などと言っているのではない。
 スガシカオは、Jポップにおける 「詞」 の意味というものを自覚しており、それを意識的に追求している、ということを言っているにすぎない。

 しかし、そのために、同じようなJポップのスターでありながら、すでにその作った歌詞から伝わる深みには雲泥の差がついている。

 そんなことに気づくのが、旅の面白さだと思う。

 家の中で聞く音楽は、家の持つ 「日常性」 に絡めとられてしまうので、とても、そこまで気づく余裕がない。

 しかし、旅の途中に聞く音楽は、その 「日常性」 から解放されるために、普段と違った 「世界」 が顔を覗かせることがある。

 そんなことを漠然と考えながら音楽を聞いていると、たとえ同じ景色が延々と続く高速道路の旅でも、豊かな旅になりそうな気がする。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

ハイウェイの変貌

 最近のハイウェイ空間は、ものすごい勢いで変貌を遂げているように感じた。
 一言でいえば、サービスエリア (SA) やパーキングエリア (PA) の充実と、そのデザイン的な多様化、さらに観光地化だ。

壇ノ浦PAの朝焼け
▲ 最近はやたらと景観に優れたSAが多い (中国道・壇ノ浦PAの朝焼け

九州道めかりPA
▲ 九州道に入ってから関門海峡にかかる関門橋を眺める (めかりPA)

湖の見えるSAレストラン
▲ レストランからの眺めも充実したSAもある

 ちょっと前のSAとかPAというのは、トイレに行って、メシを食うところにすぎなかった。
 そのメシも、どこのSAに寄っても似たり寄ったりのメニューで、およそうまいものに出合った試しがなかった。

 それに変化が現れたのは、ここ10年ぐらい。
 どのSAの食堂でも、そこだけのオリジナリティを打ち出したメニューを整え、しかも “味の充実” を意識的に追求するようになった。

トラふく御膳
▲ 壇ノ浦PAのトラふく刺身のついた御膳

 それだけでなく、昔だったらトイレ棟の自販機しかなかったようなPAでもコンビニが敷設され、ファーストフードショップがあり、カフェのチェーン店があり、ドッグランコースがあり…である。
 いつの間にか、 “ミニタウン化” が始まっている。

諏訪湖SAのモスバーガー
▲ ファーストフード店があるハイウェイ施設も珍しくない

高速SAのドッグランコート
▲ 「ドッグラン」 を敷設したSAも最近やたら増えた

諏訪湖SAのペット水飲み場
▲ ペット用の水飲み場もある (諏訪湖SA)

SAのコンセルジュコーナー
▲ 最近のSAの案内所は 「comcerge (コンセルジュ) 」 という名称に変わっている。大きなホテルなどで観光案内をするサービスのことをいう。
 「へぇー!」 と思って、コンセルジュ・マドモワゼル (?) …つまり案内係のオネェさんのことね。…その彼女に 「いつからそうなったんですか?」 と尋ねたら、 「今年の4月から」 だという


コンセルジュのオネェさん
「写真撮ってもいいですか?」 とカメラを向けたら恥ずかしげに 「いやぁ!」 と言われた…ところをパチリ

SAのスナックとコンビニ
▲ スナックの横がコンビニになっているSAも珍しくない。コンビニでおでんを買って、スナックの豚汁定食のおかずに加えたら、 「おでん&豚汁定食」 になった

SAのスイーツ店
▲ SA内の売店も様変わり。繁華街にでもありそうなスイーツのお店

諏訪湖SAの天然温泉
 ▲ 天然温泉を備えた諏訪湖SA

 ハイウェイ施設のミニタウン化は、確実に 「自動車旅行の形態」 を変えた。
 そう思わざるを得ない。
 先だっての3連休、移動日に2日ずつかけて、一度も下道に降りることなく、東京 - 福岡間を往復してきたが、それでもあまり退屈することがなかった。

 以前はSA、PAに寄っても、味気ないくらい画一化された施設しか目に入らなかったが、それがミニタウン化することによって少しずつ変化が現れ、旅の途中にSAに寄るのが楽しみになってきたのだ。

 利便性も向上している。
 SAのスナックは24時間開いている。
 PAでも、コンビニがあれば、24時間生活品が手に入る。

 それを当て込んでか、夜ともなれば、駐車場は 「車中泊」 する人々のクルマで満杯になる。
 ミニバンやステーションワゴンだけではない。
 セダンでも軽自動車でも、みなフロントガラスに銀マットを貼り、シートを倒して、毛布を被って、家族やカップルが折り重なるようにして寝ている。

車中泊のクルマ群
▲ 「車中泊族」 で埋まるハイウェイの駐車場

 そういう “宿泊スタイル” は、高速道路のSA、PAの充実化、多様化、24時間化、さらにはETCの 「休日割り引き」 システムの浸透と並行して進んできたと思われる。

 ただ、それが 「新しい旅」 のスタイルとして定着していくとなると、この先どうなっていくのだろう。
 これは、高速道路以外の観光施設が、今後産業として生き残っていくには、どういう方向付けを行っていくのか、という問題を提起しているように思えてならない。

 ハイウェイ施設の充実ぶりは、自動車旅行の可能性を飛躍的に高めたことは間違いない。
 しかし、ETCの休日割り引きを利用する人々がさらに増えていくとなると、今のままでは、高速から降りてまで観光施設を回るような利用者は、その観光地によほどの魅力がないかぎり漸減していく。
 その 「魅力」 が、ハイウェイ施設と同じ利便性のみを追求したものでは負けてしまう。

 ファーストフード店とコンビニと、ファミレスとペット施設が溢れかえるSA、PAが増えている現状では、高速道路と離れた観光地が同じことを繰り返していても勝ち目はないのだ。

高速道路風景001

 高速道路の “効率性” 、 “利便性” 、“合理性” だけでは実現できない 「観光」 というものが今求められているような気がする。
 それは単純に、ハイウェイのミニタウン化と逆行する形で、都市化されない景観をそのまま残すということであったりするのかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

東京~福岡の旅

 東京 - 福岡の往復2,200㎞を走ってきた。

09秋九州キャンピングカーフェア入場口

 「九州キャンピングカーフェア」 の取材だったけれど、移動日だけで片道それぞれ2日間を費やした。
 ETCの “1,000円乗り放題” を使ったので、適用除外区間の東京と大阪の市圏を通過したものの、片道2,000円チョイで行けたのは、まぁありがたかった。

 道中、夜はバンクで。
 昼は、ダイネットソファに体を横たえ、サイドソファに足を伸ばしてSA、PAで仮眠。
 
 走行距離は長かったけれど、片道それぞれ2回の給油でたどり着けた。

 その間、タコメーターをにらみっぱなし。
 2,000回転に抑えておけば、リッター11㎞は走ってくれる。
 平均時速は80㎞。
 120㎞巡航ができるエンジンなので、最初のうちはかったるくてしょうがなかったけれど、調子こいてスロットルをガバガバ開けると、とたんに燃費が5~6㎞代に落ちる。

 “我慢の子” を貫いているうちに、80㎞巡航ののんびり感がだんだん体になじんだ。

コマンダー002 
 ▲ バンクの出っ張った空力の悪いクルマのくせに、リッター11㎞走れば御の字。

 帰りの中国自動車道は良かった。

 岡山に拠点を持つデルタリンクの山田さんに、中国道と山陽道はどちらが走りやすいか尋ねたら、走りやすいのは山陽道の方だという。
 道路もよく整備されて、給油ポイントも多く、サービスエリアも充実しているという話だった。
 それに比べて、中国道の方はカーブも多く、アップダウンもあり、トンネルも多いと聞いた。

 それを聞いて、ヘソ曲がりの自分は、中国道を選んで帰ることにした。
 山陽道は行くとき走ったし、道が良いのは分かっていたけれど、景色が味気ないと感じたからだ。

高速道路風景001

 3連休の最終日だというのに、中国自動車道はガラガラ。
 時おり地元の軽トラのおっちゃんが、80㎞巡航の私のキャンピングカーを、どっこいどっこいのスピードで追い越していくだけで、対向車の影を見ることも滅多にない。

 ゆったりと弧を描くコーナーを曲がるごとに、緑に覆われた次々と違った山が現れ、その向こうには夏のなごりを思わせる積乱雲っぽい雲と果てしなく広がる青空。
 
 たまに寄るPAも、トイレと自動販売機が取り残されたようにぽつんとたたずんでいるだけで、利用客の姿もほとんど見えない。
 このとりとめのない “さびしさ” がなんともいえず心地よい。

 トンネルの数は確かに多かったけれど、それがとても “自然な” トンネルに感じられた。
 つまり、トンネルのありそうなところには、ちゃんとトンネルがある。

 一方、山陽道も同じくらいトンネルの数があるのだけれど、こっちのトンネルは強引だ。
 直線路を確保するために、むりやりトンネルを造っている感じ。

 設計が新しいだけ、山陽道の方が合理的に造られていることは感じたけれど、その “経済効率優先思想” が気に入らないと思った。
 だって、走っていて、景色がまったく変らないんだもの。 
 
 それに比べると、中国道の方が味がある。
 結局は、同じ景色が淡々と続く高速道路なんだけど、カーブの彼方に、別の景色が待っているような感じがする。
 直線路が素敵に思えるのは、その彼方が地平線に続いているアメリカのような大陸だけだ。

 東名が集中工事のために渋滞しているというので、中央高速経由で帰った。
 伊那のあたりを走っていると、関西圏とはやはり山の形が違うと思った。

 信州とか甲府の方は、山がでっかい。
 そして荒々しい。
 その違いが、窓の外を眺めながら走ってくるとよく分かる。
 奈良とか平安の時代に生きた人々が東国に来たら、別世界に来たような気分になったろうな…と想像した。

 道中、オールマン・ブラザース・バンド、CCR、ドゥービー・ブラザースの音をよく聞いた。
 晴れた日の中央高速のドライブは、こういう音がよく景色と似合う。

 談合坂で 「峠の釜飯」 を買って、帰ってからカミさんと食った。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:49 | コメント(10)| トラックバック(0)

ブログが終わる時

会社デスク

 最近、気にとめてときどき読んでいたブログが、三つほど相次いで閉鎖された。
 いずれも、突然の閉鎖だった。
 
 炎上したわけではない。
 引越ししたわけでもない。

 ふと気になって調べてみたら、みな2年から3年目であった。
 「3年」 というのが、人がブログを維持するときの、ひとつの節目なのかもしれない。

 中止された方々には、みなそれぞれ固有の理由があるのだろう。
 身辺が急に忙しくなって、ブログどころではなくなったのかもしれない。
 ブログを通じて何かを発信するということが、突然めんどくさくなったのかもしれない。
 ブログ以上に熱中できる新しい試みにチャレンジしているのかもしれない。
 あるいは、人に言えないような、とてつもない心境の変化が訪れたのかもしれない。

 理由を述べられていた方もいらっしゃったが、それも、それまで読んでくれた読者への “挨拶” のようなもので、閉鎖の真相を知ることはできない。

 ただ、人がブログを止めるとき、なんらかのメッセージがあるものだ。
 その前のエントリーか、あるいはその前々あたりか、
 「あ、このブログは終わるのだろうか?」
 …と感じさせる気配を残している場合があるのだ。

 とつぜんストンと終わってしまったようなブログでも、注意深くさかのぼっていくと、終わりを予感させる気配を感じるときがある。

 最近の話ではないが、毎回楽しみにしていたブログが、突然更新をストップしたことがあった。
 それから4ヶ月経つが、いまだに新しいエントリー記事がない。
 そのブログの更新を楽しみにしていた私は、それがとても残念でならない。

 ただ、突然途切れたエントリーの二つ前の記事に、一行だけ、

 「絶望した! 自分の才能のなさに絶望した」

 と、たったひと言書かれていた。

 そのひと言が、何を意味するのかは分からない。
 ただ、なんとなく痛ましいものを感じた。

 その人のブログは、才気とユーモアにあふれ、読む人に勇気と癒しを与えてくれていたからだ。
 およそ 「才能がない」 などと自分を嘆く人のように思えなかったのだ。

 だから、その次のエントリーがあったときには、わが事のようにホッとした。
 
 しかし、それからエントリーは二つも続かなかった。
 
 あるミュージシャンのライブに行って来て、 「おもしろかった!」 と、ただひと言感想を述べた後、それ以降の更新がぷつりと途絶えた。

 あれは 「終了宣言」 だったのか。
 いま思うと、そのような気もする。
 最後のエントリー記事のタイトルは 『風になりたい』 というものだった。

 その人は、その後、本当に 「風」 になったのかもしれない。

空の雲と風

 私は、いまだにそのブログを 「お気に入り」 から外せないでいる。
 今もパソコンを開くたびに、 「お気に入り」 に入れたそのブログを習慣のようにクリックする。
 昨日がだめなら、今日はエントリーが復活しているかもしれないと思い、たぶん明日もまた開くことになるのだろう。


 いま日本にどのくらいのブログが流通しているのだろうか。
 新しいブログがどんどん誕生している影で、そぉっと身を引いていくブログも同じくらいあるに違いない。

 そういった意味で、ブログは空しい。
 いっとき誰かとコメントのやりとりをして、つかの間のコミュニケーション回路を開いたとしても、閉ざしてしまえばそれも消える。
 ハンドルネームだけが頼りの世界なので、その人の実人生に何が起こったのか、そこまで踏み込むこともできないし、またそうする理由もない。
 
 だから、更新が途絶えれば、それはネットの世界から消えていくことを意味している。

 しかし、それでも待っている人は、必ずこの世界のどこかにいる。
 現に、私がそうだ。

 人になにがしかのインパクトを与えたブログは、更新が途絶えても再開を待っている人がいるのだ。 
 たとえ、1日のアクセスが、4~5件に過ぎなくても、少なくとも4~5人の読者は期待しているのだ。

 4ヶ月更新が途切れたそのブログには、アクセスカウンターがついていて、昨日は5人、今日は8人の人が訪れていた。
 私と同じように、4ヶ月も待たされているというのに、密かにその再開を期待している人が、それだけいるということである。

 ブログというのは、頼りないコミュニケーションツールかもしれないが、それでもこの殺伐とした今の世で、人と人をつなぐ、なんらかの力にはなりえている。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 13:18 | コメント(8)| トラックバック(0)

勝間 vs 香山

aera10-12

 『AERA (アエラ) 』 という雑誌は、ジャーナリスティックな見せ場の作り方がうまいな…と思う。
 10月12日号の特集は、 「カツマー対カヤマー」 だという。

 今や自己啓発本のカリスマ的スターである勝間和代さんと、その勝間本に批判を加えた香山リカさんを登場させ、バトルを仕組んだ。

 香山リカさんは、 “普通の幸せ” をつかむ生き方を説いた 『しがみつかない生き方』 で10のルールを提案し、そのひとつとして、 「勝間和代を目指さない」 というテーゼを掲げ、そのことで反響を巻き起こした。

 そこで、当の勝間さんを登場させ、その二人で 「新・幸福論」 を議論させようと仕向けたのが、この特集だ。
 “興行師” としての勘所を抑えた企画といえよう。

 結局、ノセられて買ってしまったよ。

 で、読んだ感想は…というと、結局 “後出しジャンケン” の強さで、終始香山リカさんが優勢という雰囲気だった。
 香山さんはすでに 「勝間批判」 のツボを十分に掌握してあの自著を出しただけあって、突っ込みどころを十分に用意して臨んでいる。
 それに対し、勝間さんの方は、 「横綱相撲」 を意識してか、少し無防備だったようだ。

 もっともこういう対談は、整理して構成するスタッフの心持ちひとつで、どうにでも変る。
 双方が交わした議論のなかで、何を拾って何を捨てるかという整理の仕方で、討論を忠実に再現しているように見えながら、かなり雰囲気の変ったものになる可能性がある。 

 だから、メディアに掲載された対談もしくは座談会のようなものは、かなり編集人のバイアスがかかったものになるといって間違いないのだが、それを考慮した上でも、勝間さんのバリアが突破されてしまったな…という印象を (個人的には) 持つ。

 リングに上がった二人のバトルは、まず 「家事」 に対する軽いジャブの応酬から始まった。
 先に手を出したのは、勝間さん。
 「香山さんは家事は好きですか?」
 と、まず意表を突く先制攻撃。

勝間さん01

 「好きじゃないです、全然」
 と受ける香山さんに対し、
 「私、好きなんです。お皿がピカピカになったりするプロセスが好き。ご飯を食べて、ああ、おいしいと思うだけで毎日が幸せ…」
 これは、 “私、カリスマなんかじゃなくて、普通の主婦の幸せをしっかり体現してますよ” という防御の形を取った勝間さんのファイティングポーズを示したことになる。

 それに対して、香山さん。
 「ご飯で幸せになれるんだったら、別に仕事で成功したり、資産を増やさなくてもいいんじゃないですか」
 さっそくきついパンチを繰り出す。

香山さん01

 それに対し、勝間さんも踏み込む。
 「おいしいご飯のためには、そこそこの経済力とスキルが必要です。いいレストランが判断できたり、素材を吟味したほうがいいです。
 レシピを5分短縮したりすれば、子どもと遊ぶ時間も捻出できます」

 早くも勝間さん、自分の掲げるテーマを全面展開して、総力戦に持ち込もうという気配だ。

 これに香山さんはちょっとクリンチに入って、自分の本で書いた 「勝間和代を目指さない」 というテーマは、勝間和代さん個人のことを言ったのではなく、あくまでも <勝間和代> というアイコンを設定しただけ…と、いったん引く。

 「それは、どういうアイコンなのか、ぜひ教えていただけますか?」
 と、勝間さん、そこで勢いよく踏み込んでいく。
 
 それを受けて、香山さんは、 「ゴールに到達したスーパーウーマン」 のアイコンであるといいつつ、どの人間もそう成れると思わせるのは幻想を与えるものだとして、いわゆる “カツマー” の悲惨の例を挙げる。

 カツマーとは、勝間さんの自己啓発本に触発されて、 「朝4時に起きろとあれば朝4時に起きて勉強し、手帳を3冊持てと言われたら3冊持って」 …何から何まで “勝間流生き方” を杓子定規に実行する人たちのことを指すが、そういうカツマーたちは、成果が上がらないとなると、パニックを起こし、あげくの果てには 「うつ病」 になる。
 ……と香山さんは自説を全面展開。
 ここで、ようやく議論のネタが揃うことになる。

 そのバトルの途中経過は省略してしまうけれど、改めて感じたことは、 「勝間さんという人は、いい意味でも、そうでない意味でも、ナイーブな人なんだなぁ」 ということだった。
 
 それは、 「弱者への思いやり」 というテーマが議論の上で浮上したときのことだった。
 
 勝間さんは、 「困った人」 に出会ったとき、それを助ける例として、道に迷った外国人の例を挙げる。

 【勝間】 外国人に道を教えたら、 (今度は自分が) 外国で道に迷ったときに教えてもらえる。利他的な行動をとれば自分が得をすると学んだ人は、利他的な行動を取るようになる」

 それに対して、
 【香山】 そうですか? ある小学校では 「知らない人に道を聞かれたら走って逃げましょう」 と教えています。病院でも緊急患者を優先したら苦情が来ます。
 このご時世、誰もが自分の身を守るのに精いっぱいではないでしょうか。そういう時代に、何を根拠に思いやりを教えればいいのでしょうか?」

 …と香山さんは、ずばり勝間さんのナイーブさを突く。
 原則論としては、勝間さんの言っていることは全面的に正しいのかもしれないが、現実はそのようになっていないという事実を突きつけたという意味では、香山さんの有効打が炸裂といったところか。

 勝間さんは、ことあるごとに、 「私は頑張り主義ではなくて、なるべく頑張らなければいい方法を探しましょうといい続けている」 というが、私個人は、それがとっても息苦しい。
 彼女がいう 「頑張らなくてもいい」 という表現の中には、 “頑張って” 頑張らない方法を見つけようというガンバリニズムが必ずついて回る。

 いってしまえば、ある種の禁欲主義なのだ。
 勝間さんの求める 「幸せ」 は、 「頑張って無駄を省く」 という思想を体現したもので、それは 「空費・浪費」 の削除 (つまり効率化) という形に集約されていく。

 それは 「生産の現場」 であるならば、有効なことであるかもしれないが、私生活で 「空費・浪費」 を削除しろといわれたら、私などは生きていけない。

 なにしろ、放っておくと、パソコンゲームで1日18時間も費やしてしまうような私なのだ。
 そういうことがなければ、もっと “いい仕事” もできていたよ、とやましい気持ちになることもあるけれど、俺の人生なんだから放っておいてくれ…という気持ちもある。

 勝間さんはいう。
 「私も昔、お酒もたくさん飲み、タバコも吸っていましたが、でも、やめた方が幸せだと気づきました」
 
 放っておいてくれ。
 そんな幸せは俺はいらん。
 ……と、今タバコを吸いながら、紅茶にウィスキーをたらしたものを飲みつつこのブログを書いている自分はそう思う。 (少し酔ってきたぞ)
 だいたいが、 「レシピを5分短縮して子どもと遊ぶ時間をつくる」 なんて、そんな時間で子どもと何を遊ぶというんだ。
 5分だぞぉ!

 基本的に、勝間さんという人は 「システムの人」 なんだなぁ…と思った。
 彼女にとっての問題の解決は、すべてシステムの改善という形を取る。

 たとえば 「格差をなくす」 という問題について。

 【勝間】 まずは教育の平等化。ようやく民主党がマニフェストに高校無償化を盛り込みましたが、親の取得水準によらずに高等教育を受けられるようにすべきです。
 【香山】 機会が平等になってもやはりその中でうまくやれる人とやれない人が出てきますよね。その場合は?
 【勝間】 やはり教育しかない。就職できない人はコミュニケーションができないケースが多い。挨拶の仕方から履歴書の書き方まで身につけられる受け皿を用意します。

 【勝間】 格差で苦しんでいるような人たちが自発的に行動に移せるようにするには、サポートし、カリキュラムを作る必要があります。
 利他的な行動をすると評価される人事考課や評価制度を作ればいいのです」

 テレビ討論会のような場ならば、勝間さんの言うことは説得力があるのかもしれないけれど、テレビを観ることにも絶望しているような人々には、こういう声は届かない。
 問題はシステムの整備だけでは解決しない。

 だけど、勝間さんという方は、徹頭徹尾システム整備でことを図ろうとする。

 この対談の最後の部分は象徴的だった。

 【香山】 ……私はヒューマニズムというものに懐疑的でして。
 【勝間】 私は、それはあると強く信じているんですよ。
 【香山】 あってほしいけれど、それにも健康や家族や生活の安定といった条件が必要だと感じます。
 【勝間】 そこは政治の力ですよ。…… 一人でも多くの人が利他的な行動にたどり着けるようにするのが、教育や政治の役割だと思います。

 勝間さんの言っていることはまったく正しい。
 だけど、それは 「理念の中」 における正しさに過ぎない。
 「人間」 はそんなふうには生きていないのだ。
 「政治」 や 「教育」 において、どんなに整備されたシステムが完成しようとも、システムどおりには生きられないのが人間だ。

 明日が原稿の締め切りだと分かっていても、パソコンゲームで18時間も費やしてしまうバカも、この世にはいるのだ。

 この対談における不満は、
 「いったい、なぜ人間は、常に、前へ前へと 《自分》 を駆り立てていかなければならないようになったのか」
 ということへの考察が抜けていることだ。

 『THE BIG ISSUE』 という雑誌で、ワーキングプアの考察をずっと進めている雨宮処凛さんは、最近のワーキングプアの若者は、過酷なサバイバル競争が激化するなかで、仲間を出し抜いても自分だけが好ポジションを得るために血まなこになっている傾向が出てきていることに危惧を抱いている。

 人間を 「常に前へ前へと駆り立てる衝動」 というものが、一番弱いところを襲うような時代が来ているのだ。
 それを 「市場原理主義の浸透」 とか、 「新自由主義の弊害」 などというタームだけで説明することは、もうできないのではないか。

 勝間さんは 「ヒューマニズム」 というものを強く信じているという。
 しかし、ヒューマニズムそのものが、「人間は理想に向かってたゆまず努力していくべきだ」 という理念を強要するイデオロギー装置ではなかったのか。
 
 それは人間が本来持っていた特性なのか?
 それとも、ある時、何かのきっかけがあってそういうものが生まれたのか?
 だとしたら、それはどういうきっかけだったのか?

 「幸せ」 ということを考えるのなら、そいつが分かっていないと、どうあがいても同じ結論しか出てこないと思うよ。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:59 | コメント(6)| トラックバック(0)

ゴジラの降臨

 怪獣映画というのは、初代ゴジラで終わってしまったのではないか。
 『東宝特撮映画DVDコレクション』 (990円) を買って、昭和29年に公開された初代ゴジラのDVDを観て、そう思った。
 
 ゴジラシリーズはいろいろ観ているし、この初代ゴジラの映像も、何かの機会でチラっと見たことはある。
 しかし、スルーで観たのは、実は今回が初めてだったのだ。

 なにしろ、この映画が公開されたとき、私はまだ4歳でしかない。
 こういう映画が日本で生まれ、巷の評判となっていたこともよく知らなかった。

 あらためてじっくり観て、圧倒された。
 その後に制作されたゴジラ・シリーズは何だったんだ?

 この迫力にかなうものは、その後つくられてはいないのではないか。
 そんな気もした。

 この最初のゴジラ映画の特徴は、圧倒的な 「暗さ」 だ。
 テーマが暗いとか、ムードが暗いといった意味での暗さではない。
 もちろん、それも少しはあるが、文字通り 「画面の暗さ」 がすさまじい。

ゴジラ001

 モノクロの重苦しいほど暗く彩られた背景をバックに、さらに闇よりも濃いゴジラの姿が浮かび上がる。
 「じゃ真っ暗じゃん!」
 と思う人もいるだろうけれど、ちゃんとライティングがある。

 それが炎に包まれた東京の全景であったり、防衛隊のサーチライトだったする。
 そのような、かすかな光を浴びて、小山のようなゴジラのシルエットが、ゆっくりとビル群の向こうに姿を現わす。
 それはもう 「怪獣」 ではなく、地上に降臨した 「神の影」 である。

 ゴジラは、東京の繁華街を破壊しながら、内陸部へと向かう。
 そのとき堅牢なビル群が次々と灰燼に帰す。
 しかし、そこには意外といっていいほど静けさが漂っている。

 普通のパニック映画なら、ビルが倒壊するときの衝撃音がここぞとばかりにとどろきわたるはずなのに、どのビルも、ゴジラという 「神」 の裁きをしょう然と受け入れる旧約聖書の民のように、沈黙を守ったままひれ伏すように倒壊していく。

 その光景は、厳粛であり、神秘的であり、絶対的である。
 それは、人間の意識に舞い降りる 「畏れ」 というものが何であるかを説く映像でもある。

 このような神々しさを、もうそれから後のゴジラ映画は取戻すことができなかったような気がする。

 それは、まさに、モノクロ映画であることの特性を十二分に発揮した画像が生み出すものであり、その後のカラー版のゴジラ映画や、さらに高度なCGテクノロジーを駆使したハリウッド製怪獣映画とは根本的に異なる世界だといっていい。

 妙な言い方かもしれないが、モノクロフィルムが描き出す黒い闇に 「生命」 が宿っているのだ。
 
 もちろんゴジラの黒いシルエットにも、不思議な生命感があるし、さらにその背後に広がる夜の闇にも、混沌としたエネルギーを包み込んだ、ねっとりした生き物の気配がある。
 それが、ゴジラに独特の存在感を与えている。 

ゴジラ004

 「リアル」 であることと 「存在感」 があることとは違う。
 『ジュラシック・パーク』 や 『ハリウッド製ゴジラ』 に出てくる怪物たちは、自宅の庭を横切る 「野良猫」 のようなリアルさを持っているが、庭に 「象」 が立ちはだかったときのような衝撃を与えない。
 初代ゴジラが黒々とした巨体から発散させるのは、この恐ろしいほど威厳に満ちた存在感だ。

ゴジラポスター003

 この最初のゴジラ映画には、かなり濃厚な思想性がある。
 なにしろ、映画のサブタイトルが 「水爆大怪獣映画」 なのだ。

 昭和29年 (1954年) という年は、日本漁船の第五福竜丸という漁船が、ビキニ環礁でアメリカの水爆実験の犠牲となるという事故が起きた年だ。
 さらに、1950年代という時代をみると、広島、長崎で原爆を浴びたという生々しい記憶が、人々の意識にまだしっかりと刻まれていた時代でもある。

 ゴジラは、人間の水爆実験によって、放射能を自己強化のエキスとして巨大化した太古の恐竜という設定になっているのだが、そのことの持つリアリティというものが、多くの日本人に共有されていた時代であったといえる。

 今の時代は、地球上にこんなにまで核兵器が大量に配備されているというのに、そのことに対する人々の恐怖は、不思議なほど薄らいでいる。
 ところが、初代ゴジラが生まれた時代を生きた人は、たった一発の核兵器ですらも、それが炸裂したときはどれほどの惨事をもたらすかということに関して、現代人よりはるかに鋭敏な感受性を持っていたように思う。

 初代ゴジラは、その時代を生きた人々の感受性抜きにしては、つくれなかったような映画である。

 そういった意味では、ゴジラを 「核の惨事」 のメタファー (比喩) と捉えることは可能だ。
 おそらくこの映画の制作者たちも、ゴジラにそのような寓意性を込めたつもりであっただろう。

 しかし、画面に登場するゴジラは、そのような寓意性を超えて、何か人間にとって根源的な 「恐怖」 を感じさせる圧倒的な重々しさを持っている。
 それは 「核」 よりも恐ろしい何かだ。

ゴジラ005

 この初代ゴジラをリアルタイムで観た人の中には、その後何度も悪夢にうなされたという人がけっこういる。
 その気持ちが、よく分かる。
 私もまた、幼年期にこの映画を観ていたら、きっと悪夢にとり憑かれたことだろう。

 何かの本で、原初の人類を一番悩ませていたのは、飢えでも戦争でもなく、 「悪夢」 だったということを読んだことがある。

 もしかしたら、科学の発達も哲学の進歩も、人類を悩ませていた 「悪夢の克服」 が目的だったのかもしれない。
 フロイトが夢の原理を “科学の言葉” で説明するようになって、ようやく人類はそこから脱却することができた。

 しかし、それは 「脱却」 ではなく、ただ 「フタを閉じた」 だけではなかったのか。

 暗闇の中から、地獄の劫火を背景に、闇より濃いゴジラがゆっくりと姿を現すとき、そこには原初の人類を悩ませていた 「悪夢」 が降臨しているようだ。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

老いの自覚と出発

 カスタムプロホワイトの池田さんから、連載エッセイ (答は風の中) の新しい原稿が送られてきました。
 いつもそれに “解説” を付ける約束になっているので、今回もそれに対する感想も添付させてもらいましたが、今回の池田エッセイ、なかなか面白い視点を打ち出した内容になっています。

 テーマは 「老いの自覚」 。
 そして、そこからの 「出発」 。

 還暦を迎えた団塊世代の人たちには、ちょっと気になるテーマではないでしょうか?

 池田さんは、青春時代に放浪した長崎の街を久しぶりに訪れたそうです。
 そしてそこで、思い出の光景がすべて消えた街並みに接して落胆します。

長崎の橋41

 「老いの自覚は、もう思い出の中に還れないと意識したところから生まれる」
 と、彼はいいます。

 しかし、そこから本当のスタートがあるのではないか?

 池田さんが、そこから何を求め、どのような思想を組み立てるに至ったか。
 まずは、お読み下さい。

 「答は風の中」41 「変わらないものを発見する」
  http://www.campingcar-guide.com/kaze/041/

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

エロ画像の変化

 なんかの間違いで、たまたま下品なアダルトサイトを開いてしまうことがある。
 …つぅか、少し告白してしまえば、 「もしかしたら、そういうサイトがあるのかな?」 などと、ちょっと研究のつもりで、たまたまそういうサイトを開いてしまうことがある。
 さらにもう少し正確なことをいうと、実はかなり期待して、そういうサイトを開いてしまうことがある。

 最初に偶然 (←しつこいね) 、こういうサイトを開いたとき、驚いたのは、生身の女性が登場する画像と同じぐらいの割り合いで、アニメ・コミック系画像のアダルトサイトがいっぱいあるという事実だった。
 
 そこでは、ほとんど幼児のような顔をした美少女たちが、それとは不釣合いなくらい豊満な肉体をさらし、汗をしたたらせ、苦悶と恍惚をないまぜにした表情であえいでいる。

アニメ系少女003

 そのような画像がふんだんに登場するのだが、不思議なことがひとつ。

 どのアニメの少女たちの肉体も、ちょうど浮世絵の美人画が見事に規格化されていたと同じくらい、どれも判で押したように規格化されているのだ。

アニメ系少女002

 特に、顔の均一化がはなはだしい。
 顔の縦横比では、だいたい横の方が長く、目が顔の面積の3分の1を占めるほど拡大され、鼻は小さく 「レ」 の字状に描かれているだけ。

アニメ系少女005

 もう少し前のアニメ系アダルトサイトでは、作者の個性というものがはっきりと表に出ていて、描かれる少女たちの表情にも多様性があったように思うが、最近はとみにこの画一化が進行しているようだ。

 これはいったい何を意味しているのだろう。

 私なんかは、世代的にそうなのかもしれないが、2次元平面に描かれるマンガ、アニメ系画像にあまり欲情するということがない。
 昔の上村一夫の劇画や、つげ義春の一部のマンガには時として、ドキっとするくらいのエロい画像があって、ときどき実用書として使わせてもらったことあるが、今のアニメアダルト画像には、私はまったくエロさを感じない。

上村一夫イラスト01
▲ 上村一夫 作品


つげ義春イラスト01
▲ つげ義春 作品 

 ましてや、オタクでなければ見極められないような 「萌え要素」 の微妙な差異などにはまったく無頓着なものだから、どの作品の少女が一番エロっぽいか…などという判断のつけようもなく、ただただ似たような画像展開に呆然としてしまう。

 東浩紀氏の 『動物化するポストモダン』 という本を読んでいて、ひとつ発見があったのは、このような画一化されたアニメ少女の画像が、今の世の中では、写真・動画による実物の女性画像と同じくらい、いやそれ以上のリアリティを持って、男性の性衝動を吸収する対象として機能しているという指摘だった。

 俺は、アニメ少女では立たない。
 だから、 「世の中変ってしまったなぁ…」 という感慨を強く持った。

 そこで考えたことは、 「リアリティの変容」 ということだった。
 大げさにいえば、 「人間」 というものを捉えるときのリアリティが変ってきているということなのだが、しかし、それは今の時代に始まったことではないのかもしれない。

 もしかしたら、生身の人間画像に欲情するというのは、ひょっとして、写真や映画という近代に出現したテクノロジーに感性を規定された 「近代的人間」 に特有の欲情の仕方だったんではないかと、最近では思うのだ。

 たとえば、江戸時代に描かれた春画は、禁制が長く続いた時代でも、密かに江戸町民の間に飛ぶように売れた。
 歌麿のような有名な絵師も、今日では 「芸術」 として評価されるような格調高い浮世絵を量産する一方、密かに春画をどんどん発行していた。

浮世絵春画

 それが、当時の男女の欲情を処理する対象として、生身の人間とつるむのことと同等の価値を有していたのだ。
 そして、そのような浮世絵春画は、喜多川歌麿だろうが、葛飾北斎だろうが、基本的に似た画風を持つ均一性を保持していた。
 もちろん、丹念に見比べていけば、そこにはそれなりの作者の 「個性」 が反映されていることも見えてくる。
 しかし、パッと見では、その個性の差異は見極めがつかない。

 そのような浮世絵春画の画一性は、まさに微妙な 「萌え要素」 の違いだけしかない現在のアダルトアニメ少女の画一性と同じなのではないか。

 そして、そのような画像が性衝動を吸収する対象として復活してきたということは、画一的であるかどうかなどを問わないセクシュアリティというものが生まれてきたのではないか。
 そんな風にも思うのだ。

 人間の感じるリアリティというのは、何が基準となるのか。
 考えてみると、そう簡単に答は出せない。

 たとえば江戸時代の歌舞伎。
 あれはもともと人形浄瑠璃が元になったものであり、それを人間の置き換えたところから発展してきたという。

 だから、歌舞伎における 「大見得 (おおみえ) 」 のような、身振り手振りを大げさに見せる誇張された演技などは人形浄瑠璃から来たものだといわれる。

 肝心なことは、当時の観客は、その誇張された大げさな演技に 「リアリティ」 を感じていたということなのだ。

歌舞伎画像

 現代の観客は、 「写実性」 に乏しい歌舞伎を観ながらも、代わりに、そこで表現されている 「様式美」 とか 「象徴性」 を評価する。
 しかし、そのような評価は、近代演劇が完成したことによって見えてくる 「視点」 に過ぎない。
 江戸時代の観客は、あの仮面のようなメイクや、大げさな演技や、誇張された言い回しこそ、 「人間の真実」 だと信じていたように思う。

 どういうことか。

 写真や映画のように、等身大の生身の人間が演じる表現形式よりも、定型化され、画一化された人間像の方が 「リアルだ」 と感じるような視点を、本来人間は持っているということにほかならない。

 ヨーロッパの中世美術に関しても、近代以前の宗教画は、みな稚拙 (ちせつ) な画一性を見せていた。
 近代絵画は、そこから脱却して、 「人間の真実」 を描くようになったといわれるけれど、もし中世の時代に生きていた人々が、中世美術と近代美術を見比べる機会があったとき、果たしてどちらに 「リアリティ」 を感じるかというと、それはまた別の話だ。

ヨーロッパ中世美術01

 浮世絵も、歌舞伎も、ヨーロッパ中世美術も、それなりに 「人間とはこうなんだ」 という当時流布していた人間の 「概念」 を忠実に描いたものだった。
 そのとき、そういう画像の方が、当時の人々にとっては、 “リアルな画像” だったといえる。
 
 歌舞伎において、隈取りした役者が、拳を振り上げ、カッと目を見開いて 「怒り」 を表すとき、江戸時代の観客は、
 「これぞ人間の怒りだぁ!」
 と心を打たれたはずだ。

 それは、怒りを 「象徴したもの」 でもなく、 「形式化したもの」 でもなく、まさにそれこそが怒りの 「真実」 だったのだ。人間の怒りというものは、そのようにして表現されなければならないものだったのだ。

 近代になって、写真や映画というテクノロジーを獲得した人間は、人間の 「怒り」 には様々な表情が伴い、様々な発言となって表れることを知った。

 しかし、それをもって 「リアリティ」 が獲得されたというわけにはいかない。
 それは、近代社会だけに通じる 「人間というものの概念」 を手に入れただけなのかもしれない。

 近代に生まれた映画的人間表現が、演劇に対する考え方を変えたのは、日本の歌舞伎だけにとどまらない。
 たとえば、 「オペラ」 という演劇形式を、現代人には見えづらいものにしてしまった。

オペラ画像01

 オペラにおいては、もっとも緊迫した状況は、必ず 「歌」 で表現される。
 人の生き死に関わるせっぱ詰まった状況の中で、一刻を争う場面に限って、悠長な 「歌」 が始まる。
 オペラに不慣れな現代人は、そのまどろっこしさに耐えれらない。
 
 しかし、それは 「映画」 のような近代的な時間表現に慣れてしまった人間の感じ方に過ぎない。

 オペラにおいては、この時間感覚が転倒する。
 “悠長” な歌が唄われる時間こそ、オペラにおいては、登場人物にとって最も機敏な判断が要求される緊張した 「時間」 なのであって、そこにこそ、せっぱ詰まった 「人間の真実」 が表現されている。

 ところが映画的な時間の流れに慣れてしまった現代人は、その逆説を理解できない。
 映画は、徹頭徹尾、 「時間管理」 というものが人間の大事な仕事として浮上してきた近代の表現方法だから、時間というものが、人間の感情の起伏と無関係に、規則正しく均等に流れていくものという前提によってつくられている。

 オペラには、このような 「近代的時間」 というものがない。
 それは、表現方法の 「進化」 とか 「進歩」 によって語れるものではなく、単に、時代によって 「人間の真実」 の捉え方が違っているということを意味しているに過ぎない。
 
 そう考えると、写実的な写真・映画的女性像よりも、画一化されたアニメ少女たちにセクシュアリティを感じる男の子たちが増えてきたということは、 「近代」 という時代が生んだ人間の感受性にも変容の兆しが現れてきたことを物語っているように思える。

アニメ系少女006

 そういうことを研究するために、ときどき (いやいやながら!!) アダルトサイトを閲覧しているのだけれど、今後はもう少しアニメ系アダルトサイトもしっかり調査しなければならないと思っている。
 そのうち、だんだん立ってきたりして…。

ゲームキャラ01
 ▲ この娘、最近ちょっと気に入っている


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

全共闘運動の総括

 「ゼンキョウトウ」 という言葉は死語なのか、まだ生きているのか。
 今の若い人たちにこの言葉を発しても、イメージの湧かない人が大半だろう。

全共闘安講

 「全共闘」 とは、今から40年ほど前、日大・東大などの学園紛争に端を発し、日本全国の大学に拡大していった学生運動の全国組織のことである。
 この運動は、現在 「団塊の世代」 といわれる人たちによって支えられ、 「全共闘世代」 といえば、 「ビートルズエイジ」 などという言葉とともに、彼らの世代を代表する名詞の一つとなっている。

 ところが、1960年代から70年代にかけて、日本全国で展開された 「全共闘運動」 というものを総括する視点というものは、すでに半世紀近くが過ぎようとしているのに、この間ほとんど提出されたことがなかった。

 なぜなら、この運動に関わった当事者たちが、ほとんど沈黙を守ってしまうか、仮に、何かを語ろうとする人たちが出てきたとしても、その多くは、パーソナルな詠嘆 (えいたん) に彩られたものが多く、そのようなセンチメンタリズムが、結局彼らの免罪符としてしか機能しないような形で完結してしまうからだ。

 また、社会学的なアプローチをしたものの多くは、高度成長時代に実現した 「豊かな生活」 をどう処理したらいいのか迷った学生たちの “集団アレルギー” という見解に終始する。

全共闘001

 そのような状況の中で、少しずつだが、あの時代を生きた若者たちの青春群像をもう一度問い直そうという試みが始まっている。

 それも、彼らより若い世代がそのことの重要性に気づいている。

 たとえば、桐野夏生氏と 『対論集 「発火点」 』 で対談した作家の星野智幸氏 (1965年生=44歳) は、その対談の中でこう語る。

 「僕は、全共闘世代周辺の男の書き手や表現者をどこか信用していないところがあって、彼らの書くものは既得権を守るための観念でしかないように思っている。
 だから、桐野さんの作品に強烈な生々しさを感じたとき、60年代・70年代的のリアルな世界観に初めて触れた気がした。
 桐野ワールドは、ある種の 『闇』 というか、裏社会とかアングラなどという60年代・70年代のカウンターカルチャー的な世界観によって作られていると思う」

 つまり桐野氏の小説を通じて、星野氏は、あの時代にだけリアルに存在した世界の実感を初めて手に入れたというわけだ。

 そのような認識に立って、より自覚的に、より精密にそれを作業化したライターとして、小熊英二氏 (1962年生=47歳) がいる。
 彼は、 『1968』 という上下巻に分かれる壮大なレポートを書き上げることによって、1968年が運動のピークであった全共闘運動の本質に迫ろうとしている。

全共闘1968上 全共闘1968下

 実は、この本は未読で、以下に語る言葉はメディアの批評欄に載っていたものの “孫引き” でしかない。
 しかし、その批評欄に載っていた紹介文だけで、私はその著作の方向性というものをある程度捉えることができた。
 そして、小熊氏の抱いている真摯な態度に共鳴することができた。

 氏は、この大著の構想を抱いたとき、元全共闘運動家に、5千通のアンケートを発送したという。
 しかし、返ってきたのはその1割強でしかなかった。

 そのことから氏は、 「彼らがいまだに言葉がみつからない状態のままでいる」 ことを確信したそうだ。

 小熊氏はいう。
 「1970年前後の、全共闘運動のビラやパンフレットなどを読んでいると、一見、教条的な左翼用語、生硬な言葉づかいばかり並んでいるように見える。
 ビラ、パンフだけでなく、雑誌や単行本も読んだが、当時の若者の言葉は、その多くが生硬で、拙 (つたな) い。
 そうした拙い文章の中に、彼らなりの不幸が表現されているとも感じた」

 その不幸とは何か。

 「彼らの不幸とは、同じ体験を持たなかった世代と共有できる言葉をつくれなかったことである」
 と小熊氏はいう。
 そして、彼らの運動を、何らかの目標獲得をめざす 「政治運動」 としてみるならば、彼らから学ぶべき遺産はほとんどない、と断言する。

 しかし、彼らの行為を 「政治運動」 として見るのではなく、 「表現活動」 として見るならば、むしろ彼らの貧しい言葉の中にこそ、その運動の本質を見極める材料が潜んでいるのではないか。
 貧しい言葉の一群のなかに埋もれた断片を拾い集めることによって、何かが現れてくるのではないか。

全共闘1968上UP

 小熊氏にそのようなことを感じさせたのは、一人の女子学生が、ある活動家から 『60年安保闘争』 の話を聞いた後に綴った手記の1行を拾ったからだ。

 その女性はこう書いているらしい。
 「 (60年安保闘争の時代は) とてもすばらしいです。でも、 (70年を闘う) 私には何もないの。それで闘ってはいけないのでしょうか?」

 氏は、この空虚感から掘っていけば、現代までつながる穴が掘れるのではないかと直感したという。

 その女学生の残した言葉は、全共闘世代の残したアジ (テーション) 演説、アジビラ、立て看板などに書き綴られた言葉の戦闘性とは遠くかけ離れた、夜空にほの見える星の揺らぎのようなものでしかない。

 アジビラのメッセージも、女子学生の言葉も、どちらも貧しい。
 しかし、そこから小熊氏は、遺跡調査を行う考古学者のように、埋もれた文化の手触りを注意深く掘り起こしながら、あの時代の全容に迫ろうとする。

 そして、
 「あの時代に生まれた左派の言葉では、当時の 『現代的不幸』 も表現できなかったし、その結果として、現代の空虚感もすくい取れなくなっている。
 (しかし、言葉の貧しさの底に埋もれたものを拾い集めていくうちに) その原因も見えてきた」
 と語る。

 それがどんなものであるのか、残念ながら、未読の状態でこの記事を書いている私には、まだ分からない。

 しかし、確実にいえることは、全共闘世代より下の世代が始めたこのような作業に応えるために、全共闘世代といわれる人たちが、なんらかの責任ある回答を出さなければいけない時期が来たということだ。

 確かに、あの当時を生きた若者の中で、 「全共闘」 運動に参加した人たちはほんの一握りでしかなかった。
 それ以外の多くの人は、政治活動とは無縁の青春を送った人たちで、その中には、心情的に共感しながら活動に参加しなかった人もいれば、そのような政治活動に激しい嫌悪感を抱いた人もいる。

 しかし、だからといって、その人たちも、下の世代から突きつけられた問に対し、永遠に顔を背けてはいられないように思う。

 「俺はあの連中が嫌いだった」 と、あたかも自分はその外側に立って、冷静に観察しているような態度をとった人でも、逃げられない何かがあるはずだ。
 学生運動が世界的な叛乱の兆候を示した時代において、その道を選ばず、別の道を選んだという “選択” の中にも、やはり 「時代の影」 が刻まれているはずだからだ。
 誰もが、同じ時代の空気を吸ったのだ。

全共闘1968下UP

 実は、かくいう私こそが、まさにその 「全共闘世代」 の一員である。
 今まで、 「彼らは…」 などという “他人ごと” のような態度を装う言葉を連ねながら、モロに当事者なのだ。

 私は、活動のリーダー的存在でも何でもないし、アジ演説をしたこともなければ、アジビラを書いた経験もない。

 しかし、学校を封鎖したときのバリケードの中の空気を知っているし、デモの隊列に混じって行進したときの、瓦礫 (がれき) がむき出しになった歩道の感触も知っている。
 投石が飛び交い、それが耳元をかすめていくときの擦過音も知っている。

 だから、あの時代の空気が何であったか。
 それを皮膚感覚的に知っている世代だ。
 そして、その中に、 「生きた歴史」 があるように思う。

全共闘002

 「歴史」 とは、その時代の政治状況や経済状況を分析したからといって、その全貌が分かるというものでもない。
 封印されていた機密文章が出てきたからといって、何かが解けるわけでもない。

 たとえば、世界大戦のさなか、空襲に怯えて塹壕 (ざんごう) に逃げ込んだ人々が嗅いだ土の壁の湿った匂い、遠来のように鳴り響く爆撃音を怖がって泣き出す子供の声。
 そういった、 「生きた感触」 こそが、歴史の真実を語る。

 だから、今、全共闘世代の下の世代が、あの時代の 「歴史」 をたどろうと決意したことに対し、それに答えなければならないような気持ちになっている。

 小熊英二氏は、私たちの世代の一人である女子学生の残した 「私には何もないの」 という虚しい一言から出発しなければならなかった。
 その困難な道を選んだ誠実さに、私たちの世代は応えなくてはならない。

 小熊氏の全共闘 「批評」 は、それまでの全共闘 「批判」 とは根本的に違っていると信じている。

 今まで下の世代から湧き起こっていた 「批判」 は、すべて、
 「あいつらは、豊かな時代に暴れるだけ暴れて、ちゃっかり優良企業に就職し、現在は年金を持ち逃げしようとしている」
 …といったたぐいの、表層的な怨嗟 (えんさ) でしかなかった。

 そのような怨嗟から出てくる糾弾は、せいぜい 「やつらに冷や飯を食わせて、俺たちの世代の手当てを厚くしろ」 という “物取り的” な結論しか導き出さない。

 小熊氏の 「全共闘批評」 は、それとは違っている。
 私は、小熊氏のような真摯な指摘をまずいったん受け入れて、私たちの世代の言葉の貧しさから出発しなければならないと思っている。

 「言葉が貧しかった」 と指摘されたことは、逆にいえば僥倖 (ぎょうこう) だった。
 それは、 「世界」 を上手に語るあらゆる 「観念」 を捨てよ、といわれたようなものなのだから。

全共闘安講

 私たちの世代は、たとえば 「人間性」 という言葉を、その意味を深く考えることもなく、 “非人間的” な時代に拮抗する概念として無邪気に使いっぱなしにしていた。

 学園紛争も、街頭デモも、その目的は 「反戦」 、 「帝国主義打倒」 などという言葉に集約されながら、その根底には 「人間不在」 の社会体制に対する抗議という性格を秘めていた。
 多くの60年代文化人の発想が、 「人間疎外社会からの脱皮」 という心情的なモチーフに貫かれていたことを思えば、それは当然のことであったかもしれない。

 60年代的イデオロギーは、すべてそこから発していたが、 「人間」 という概念そのものがイデオロギーであったことを、当時の若者たちは無邪気に見過ごしていた。

 その無邪気さが、私たちの世代の 「言葉の貧しさ」 を生んできたのではなかったか。
 そこには 「人間性」 を語る無数の 「観念 (哲学) 」 は存在したが、 「人間」 はいなかったように思う。

 今の私は 「人間とは何か?」 ということを、もう一度問い直す必要に迫られている。

 「人間って何?」
 と問うこと自体が、今の世では、野暮ったいものに感じられるかもしれない。
 誰もがそれに面と向かい合うことを恥じらっているようにも見える。

 しかし、人間が人間であるかぎり、この問は不滅であり、同時に答はない。

 もちろん、今の私にも、それを容易に言語化できるような言葉などない。
 ただ、その “手触り” にこだわることが、私たちの世代に残された責務のように思っている。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

タイガース85年

 「野球のクライマックスシリーズって何のこと?」
 ……ってな状況なのだ、今の自分は。

 いや、知ってるよ。
 もちろんその意味ぐらいは知っているけれど、いったいどこのチームと、どこのチームが戦うことになるのか、それが呑み込めていない。

 いったい、何でこんな野球に冷淡になってしまったのか。
 自分でも分からない。

 でも、「これで野球はもういいな…」 と深く思ったことが一度あった。

 あれは星野監督が阪神タイガースを率いて、日本シリーズを戦った03年のときだ。

03阪神優勝

 福岡ドームで2連敗した阪神は、甲子園にダイエーホークスを迎え討つ。
 そして、3連勝。
 甲子園はまるで優勝したような球場全体を揺るがす大歓声に包まれた。

 それをテレビで見ていて、
 「ああ、もうこれで充分! 優勝しなくても、これだけ感激できれば充分」
 ……なぜか、そんな気持ちがふっとこみ上げてきた。

 結局、福岡に戻った阪神は、2連敗して “日本一” を逃す。

 でも、そのとき、不思議と落胆しなかった。
 「あの甲子園の3連勝に勝る感激は、もう訪れないだろう……」
 なぜか、そんな醒めた気持ちだった。

 それから、まるで憑き物が落ちたように、プロ野球への情熱が一気に醒めた。
 その理由が何なのか。
 今でも、よく分からない。

 ただ、ひとつ言えそうなことは、あの星野阪神の日本シリーズも、結局、プロ野球ファンを引退した私にとっては “余生” に過ぎなかったのではないか…ということなのだ。

 どういう意味か。

 私のプロ野球に対する情熱は、85年で終わっていた。
 1985年という年は、私にとって、ゴジラが東京に上陸した年を上回るほど忘れられない年なのだ。

 この年の阪神こそ、日本プロ野球史上最強のチームだと信じている。
 実際の戦力分析を行えば、必ずしもそうではないかもしれない。
 でも、分析などどうでもいいのだ。
 あれは完璧な夢のチームだった。
 天国から神様たちが舞い降りてつくったドリームチームだ。
 今でもそう思う。

阪神トラマーク01

 私が阪神ファンになったのは、江夏、古沢、上田が投手陣を飾り、藤田平がショートを守り、田淵ががんがんホームランを打っていた時代だ。

 当時の阪神は、ジャイアンツの全方位的なバランスの良さに比べると、相当いびつなチームに思えた。
 とてつもない排気量を持つ高出力エンジンに恵まれながら、なぜか足回りがついていかない。
 そんなアンバランスなレーシングカーのような雰囲気があって、
 「ああぁ…、またコースアウトかよ」
 という予定調和のため息を吐く瞬間が、なんともM的な快楽につながっていくのだった。

 生活費を握って女郎屋にくり出す亭主に対し、 「おいてかないで」 とすがる女房ってのは、こんな気持ちなんかね? 
 ……と当時の阪神ファンは、みな想像力を豊かにさせられたものだった。

 こういうチームだから、時には優勝戦に絡み、場合によっては首位に躍り出ることもある。
 ファンは、 「期待しないこと」 を自分に言い聞かせつつ、それでも期待の高まりを抑え切れずに応援に駆けつけるのだけれど、終わってみれば、結局 「残念でした、また来年」 。

 毎年そのパターン。
 「実力」 と 「実績」 のバランスが最悪のチームだったのだ。
 
 そんなチームに奇跡が起こったのが、1985年だった。

阪神04

 一塁バース、二塁岡田、三塁掛布、遊撃平田、ライト真弓、レフト佐野、センター弘田、キャッチャー木戸。
 先発には池田、仲田幸司、中田良弘、ゲイル。
 中継ぎ福間。
 抑えに山本和、中西。
 監督は吉田義男。

 当時の先発は、今でもすらすらと口を突いて出る (年とった証拠だ) 。
 そして、4月17日の巨人戦におけるバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発。

 野手の頭上を越え、観客席を超えて、虚空に向かう三つの放物線を見ていると、
 「いま世界にとんでもないことが起こっている…」
 という奇妙な感覚に襲われた。

 それは、私にとって生涯二度と訪れることのない 「奇跡の年」 の到来を告げる瞬間だった。

 「ホームランに頼る野球は二流の野球」
 …とか、よく言われる。
 ホームランを喜ぶのは素人の野球ファンだとも。
 まぁ、世界のイチローがそういうのだから、説得力がある。

 だけど、私はホームランが大好き!
 正確に時を刻む野球の 「時間」 が、いっとき凍結するのがホームランの瞬間だ。
 走者がダイヤモンドをゆっくり回るとき、球場に流れるただの時間が 「聖なる時間」 に変る。
 あの 「時間」 の止まる瞬間がたまらない。 

 そのホームランを量産したあのときのタイガースは、そういう 「祝祭的な時間」 を一番与えてくれたチームだった。
 ランディ・バースは、私にとって二度と現れることのない神様だ。
 (今でも、会社のタイムカードの番号はしっかり44番を守っている)

阪神ランディ・バース01

 この年、阪神はここぞというときに驚異的な連勝を繰り返した。
 それが7連勝、8連勝、9連勝などと積み重なっていくうちに、夜も興奮して眠れないような日々が続くようになる。

 そういう朝は、駅売りのスポーツ新聞を何種類も買う。
 どの記事も結果は同じなのに、他の新聞が見落としているような情報はないかと、隅から隅まで目を通す。

阪神ディリースポーツ

 念願の甲子園の一塁側スタンドに初めて立ったのも、この年だ。
 スタンド全体を揺るがす 「黄色と黒の虎色フラッグ」 に囲まれて、涙が出た。
 帰りは、梅田の阪神デパートに寄って、あらんかぎりのグッズを買った。

 今から思うと、あの1年は、ついぞ身体から “微熱” が抜けなかった1年だったように思う。

阪神05
 
 阪神が日本一を決めた瞬間を、私は西武球場で見ていた。

 すりばち型の球場の空を、紙吹雪が舞い上がり、はるか先のグランドの上では、吉田監督の小柄な身体が舞っていた。

 その光景を眺めている私を襲ったのは、意外にも、とてつもない寂しさだった。

 浮き立つ周りの歓声に取り残されて、自分の立っている空間が、しんと静まりかえるような気さえした。

 もちろん優勝の喜びも訪れた。
 しかし、それと同時に訪れたのが、 「もうこの瞬間は来ない」 という喪失感だったのだ。

 これほどの熱狂を与えてくれたものが、もうすぐ終わる。

 すべてが終わった後に、自分に何が残されるのだろうか。

 何もない……

 残るのは、この膨大な人類史の中で、 「阪神が日本一になる瞬間に立ち会った唯一の世代」 という思い出でしかない。

 私にとって、阪神の日本シリーズ制覇はこれ1回であり、もう次はないつもりでいた。
 奇跡は、二度は起こらない。
 それが 「奇跡」 というものだ。

 03年の阪神-ダイエー戦で、甲子園の3連勝で、私の時間が止まってしまったのも、そんな気持ちから来たものだったかもしれない。

 あの85年に、阪神タイガースに仮託した自分の思いは何だったのか。
 それは今もって分からない。

 今そのときのことを思い出すと、優勝に至るまでの高揚感より、それが実現してしまった後の喪失感の方が、鮮明に浮かび上がってくる。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:41 | コメント(4)| トラックバック(0)

堺雅人の笑い

 堺雅人という役者の 「笑い」 が気になっている (…いい意味でね) 。
 誰もがそう思うらしい。

 堺雅人の人気は、彼がどんな役をこなそうが、常に不思議な微笑み (ほほえみ) を漂わせているところから来ている。
 そういう感想を持つ人はけっこう多い。

堺雅人01

 彼が俳優として大ブレイクしたのは、NHKの大河ドラマ 『新選組』 (2004年) で山南敬助役を演じてからだ。
 武闘派ばかりが集まる新選組隊士のなかで、彼が演じる山南は、諸事に明るいインテリの役だった。

 自分が窮地に追いつめられても、山南の頬には、常に天から降りてきたような謎の微笑みが絶えることがなかった。
 その笑いは、他者への慈愛から来るようにも思えたし、愚か者への侮蔑のようにも取れたし、自分に対する自嘲のようにも見えた。

堺雅人=山南敬助01

 ある人に言わせると、彼の笑いは、 「古拙期のギリシャ彫刻の微笑」 、 「モナリザの微笑」 と並ぶ 「世界の3大不思議微笑」 の一つなんだそうだ。

 しかし、どうやら彼は、その 「笑い」 を、ひとつの表現領域にまで高めることに、かなり自覚的であるようなのだ。

 Wikを読むと、ドラマ 『新選組』 の中で浮かべた山南の笑いは、最初は近藤勇や土方歳三らを見下す笑顔であったのだが、次第に見守るような笑顔に変わっていった…と本人が述べているという。

 この話からも、彼が 「笑い方」 をひとつの表現方法として確立することに真面目に取り組んでいる様子が伝わってくる。

 このような意識は、彼が 「言葉」 で表現する演劇に、どこか “あやふやさ” を感じる性格の俳優だったからかもしれない。

文・堺雅人
 
 彼が最近書いた 『文・堺雅人』 という本を読むと、面白いことが分かる。

 彼は、宮崎県の進学校から早稲田大学に入った。
 入学してから 「演劇研究会」 に入ったため、宮崎県の学生が集まる寮で暮らしていても、ほとんどの寮生と口を利かなかったという。

 それは、 「役者」 として標準アクセントを学びたかったからで、宮崎の寮生ばかりに囲まれていると、宮崎アクセントが抜けないと判断したかららしい。

 しかし、そのことによって、彼は、
 「なまったコトバから解放されるサッパリ感を持つようになったが、そのためにフワフワ感も抱くようになった」
 という。

 このフワフワ感というのは、たぶん、彼が演劇を志すことと一緒に訪れたものに違いない。
 彼は親の意向を無視して、演劇で身を立てる決心をするのだが、そのことは同時に自分の足元の不安定さを自覚することにもつながる。

 「東京のどこかに自分の居場所をみつけたとしても、そこは故郷のかわりにならないし、かといって宮崎にはもう僕の居場所はない。
 僕のなかには東京コトバでうまくいいあらわせない何かがあるのだが、僕のさびついた宮崎のコトバではもうそれは表現できない」

 彼は自著の中でそう語る。
 この述懐は、彼があのちょっと寂しげな 「笑い」 のスタイルを生み出したことをそのまま説明しているように思う。

 彼は、標準語でも、方言でも語れないような、 「心」 の存在というものに気がついたのだ。
 つまり、それは、人間の心には、言葉に表現できない領域があるということの発見でもあった。
 そして、彼は、その領域を浮かび上がらせるために、あの 「微笑」 を創造した。
 
 彼の 「笑い」 は、よく謎めいているいわれるが、彼は別に何かを 「隠そう」 としたわけではない。人間が言葉にしようと思っても言葉にならない 「感情」 を表そうとしたに過ぎない。


 昔、深夜テレビで、長澤雅彦監督の 『ココニイルコト』 (2001年) という映画を観たことがある。
 (※ テーマ曲にスガシカオの同名の歌が使われていた)

堺雅人ココニイルコト

 広告代理店に勤務する男女が、 「友情以上・恋愛未満」 という微妙な関係を続けるという話だった。
 女性社員として真中瞳、男性社員として堺雅人が出演していた。

真中瞳01

 真中瞳は、過去の傷が癒しきれないために、周りの人間に心を閉ざしている女として登場し、その凍りついた心を、堺雅人が天然ボケ的な明るさによって解凍させていくというストーリーであった。

 それだけなら凡庸な恋愛ドラマの構造に収拾されてしまう話だが、この映画には、最後まで 「説明できない哀しみ」 のようなものが漂っていた。
 おそらくどんな観客も、この 「哀しみ」 の正体が分からなかったに違いない。

 それは、その哀しみが、常に心地よい 「脱力感」 とセットになって現れていたからだ。

 堺雅人は、真中瞳のしゃべることに対し、ことごとく、
 「それでエエんとちゃいますか」
 と、無責任な相槌 (あいづち) を打つ。

 このヘナヘナと腰が抜けそうな相槌が、あの頼りなさそうな笑い顔といっしょにくり出されてくると、観客はどうしようもない脱力感に襲われながらも、同時に清々しい解放感に包まれてしまう。
 そして、その堺雅人の笑いに、透明な湖の底に沈んでいるような哀しみを見出す。 (彼の悲しみのゆえんは最後に明かされる)

堺雅人02

 結局、この映画に登場した堺雅人の笑いが妙に忘れられず、それを何度も反芻したくなって、 (全然関係ない) スガシカオの 『ココニイルコト』 という曲の入ったCDを買って聞くようになった。

 『ココニイルコト』 は、曲もよかったけれど、もちろん映画もよかった。
 堺雅人が、あの頃から 「微笑」 によって表現できる世界をずっと探していた役者であったことが分かる映画だった。

 ▼ スガシカオ 『ココニイルコト』 (この記事の付録です、楽しんでね




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 22:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

トイファクトリーがグッドデザイン賞を獲得

《 同社のソーラーシステムに社会が注目 》

 民主党政権が誕生してから鳩山首相が唱えた 「温室効果ガス排出量の25%削減」 が話題を呼んでいる。
 今のところ、産業界からの反発も一部あるようだが、海外の政治指導者やメディアはこれを高く評価しているようだ。
 いよいよ世界的な規模で、地球の温暖化を防止する声が高まる時代が来たといえよう。

 すでに乗用車メーカーは、ハイブリッドカーや電気自動車などの量産化を進めており、大きなストライプで環境保全へのステップを踏み出している。

 キャンピングカー業界でもその方向性をいち早く先取りし、開発車両に二酸化炭素 (CO) の排出量低減を目指したエコシステムを積極的に採り入れてきたメーカーがある。
 日本のトイファクトリーは、世界的な規模でみても、その問題に最も真摯に取り組んできたメーカーの一つに違いない。

 同社は、これまでも自動車のエンジンから排出されるCOの低減を意図して、ヒーター/エアコンの使用を抑えるための 「断熱対策」 を心がけてきたが、今年になってからは、独自のソーラーシステムを開発することで、クリーンエネルギーの確保を追求してきた。
 それにより、アイドリングストップ、燃費向上、COの排出量低減が実現され、同社のキャンピングカーは、業界でもひときわ先進的な試みが追求されたクルマであるという認知を受けてきた。

トイファクトリーソーラーシステム01

 その同社が開発したソーラーシステムが、このたび財団法人日本産業デザイン振興会による 「グッドデザイン賞」 を獲得。同社が進めてきた環境対策技術に、より一層社会的な注目が集まることになった。

グッドデザイン賞マーク09

《 フォルムと一体となった新デザイン 》

トイファクトリーソーラー車02

 キャンピングカーには電気が不可欠だ。
 各種照明、電子レンジ、テレビ、冷蔵庫、冷暖房などの恩恵に授かりたいときは、いずれも電気の力を借りることになる。
 ところが、その電気は、バッテリーに蓄電されたものしか使用できない。
 再度蓄電して使用するとなると、エンジンを作動させてベース車のオルタネーターから発せられた電力をサブバッテリーに蓄電するか、もしくは発電機などに頼るという方法しかなかった。

 ところが、それらは、基本的には車両のアイドリングに頼るか、発電機のエンジンを駆動することによって電力を得る方法なので、騒音と環境汚染がつきまとってしまう。
 キャンプ場でAC電源を引くといっても、それも基本的には重油を焚いて得られる電力なので、大きな目でみれば、化石燃料を燃やすことによって得られる電気であることには変わりがない。

 トイファクトリーが開発した 「ハイエース用ソーラーパネルアタッチメント&システム」 というのは、太陽エネルギーを採り入れることによって、化石燃料を燃やすことなく、クリーンでかつ継続的な燃料供給を実現した発電システムのことをいう。

トイファクトリーソーラー車02

 キャンピングカーにソーラーパネルを取り付ける発電システムは、これまでも採用例があるが、従来のものは四角いソーラーパネルをそのままルーフに載せただけのもので、空力特性も悪く、無骨感の漂うものでしかなかった。

トイファクトリーデザイナー01
 ▲ トイファクトリーのデザイナーたち

 同社のソーラーシステムは、このソーラーパネルの搭載を前提としたエアロフォルムを企画段階からデザインしたところが違っている。

 これにより、ソーラーパネルを積んでいるのかいないのか分からないほど自然なフォルムが実現されたばかりでなく、キャンピング車としての構造要件や機能を効率よく満たすためのトータルデザインが完成している。同社のハイエースが 「グッドデザイン賞」 の対象となったのも、そこのところが評価されたからにほかならない。

トイファクトリーデザイナーたち

 このソーラーシステムは、ベース車両のオルタネーターとソーラーパネルの両方から充電ができる 「ハイブリット充電システム」 になっているところに特徴があり、エンジン停止中も、ソーラー発電によってキャンプ装備用のサブバッテリーと、車両のメインバッテリーの両方に充電できるようになっている。

 日中太陽が出ていればどこでも発電し、絶えずバッテリーに充電しているので、夜間に電気を使用しても、それが枯渇する不安から解放される。

トイファクトリーソーラーシステム03

 トイファクトリーでは、このソーラー発電システム一式を自社で活用するにとどまらず、他社のキャンピングカーにも標準装備できるようにして、キャンピングカー全体の 「無公害電力供給」 を目指している。

《 キャンピングカーも地球との調和が必要 》

 同社の藤井昭文社長は、こう述べる。

 「地球温暖化による異常気象が頻発する中で、社会は今、豊かさを保ちながら地球と調和する新しいライフスタイルを考える時期に来ています。
 キャンピングカー製作も例外ではありません。
 地球環境保全のために行動が求められる今、トイファクトリーは、暮らしの豊かさを満たしながら自然環境にも配慮することをテーマとしてソーラーシステムを開発してきました。
 そして、開発のスタート時点から私たちスタッフにあったのは、製品に結実させたデザイン性と機能性を、業界の枠を超えたステージで発表し、アピールしてみたいという思いでした。
 その絶好の機会として選択したのが今回のグッドデザイン賞へのチャレンジです。
 幸いにも、われわれのルーフソーラーシステムは1次審査、最終審査をクリアし、グッドデザインエキスポでの一般公開を経て、グッドデザイン賞授賞の栄誉をつかむことができました。
 ここに至るまでに、私たちは、明日の開発につながる多くのことを学ぶことができました。
 チャレンジすることで、スタッフの士気も大いに上がりました。
 そしてそれこそが、今回のグッドデザインチャレンジで得た最高の成果だったと考えています」

 このエコシステムの開発により、車両のアイドリングストップやCOの排出量低減が実現されたばかりでなく、ユーザーにとっては燃費向上、消費電力の節約など、数々の経済効果を得ることになる。

 京都議定書に掲げられた目標年の2012年に向けて、全ての企業に温室効果ガス削減努力が求められる時代になった。
 キャンピングカー業界でも、それに向けた車両が開発され、さらに、それがグッドデザイン賞を獲得した意義はきわめて大きい。


campingcar | 投稿者 町田編集長 15:17 | コメント(2)| トラックバック(0)

庄野潤三 追悼

 作家の庄野潤三さんが亡くなられた。
 9月の21日だったという。

 その日を過ぎたあたりから、私のブログに、 「庄野潤三」 または 「村上春樹 庄野潤三」 などという検索ワードによるアクセスがポツリポツリと入ってきたので、どうしてなんだろうな? …と思っていたが、彼が亡くなったからだと気がついた。
 うかつにも、彼の死を知ったのはだいぶ経ってからだったのだ。

 この作家の本をしっかり読んだのは、実はつい最近のことである。
 村上春樹の 『若い読者のための短編小説案内』 の中で紹介されていたからだ。
 それがなければ、無縁のまま通り過ぎてしまった小説家だったかもしれない。

 しかし、庄野潤三の一連の短編集を読んで、かつて読んだどの作家のものよりも、不思議な世界が展開されていることを知った。

 その “不思議さ” がどんなものであるか。

 このブログでも、二度ほど彼の小説を採りあげたことがあるが、一度目は自分でこんなことを書いていた。

 「たとえていえば、人々が平和な暮らしを続ける静かな町の昼下がり。その表通りを、一瞬だけ、得体のしれない黒い影が横切るのだが、それに気づく住人は誰もない…といったような趣 (おもむき) 。
 つまり、感じる人には 『怖さ』 が伝わるけれど、感じない人には 『のどかさ』 しか見えない。
 庄野潤三の 『静物』 という小説は、まさにそのような小説だ」
 
 これでも、うまく伝わっているようには思えない。

庄野「静物」表紙

 実際、この 『静物』 という小説では、事件らしい事件が起こることもない。
 主人公の心が劇的に変るような場面が描かれるわけでもない。
 
 うんざりするくらい平和で、あくびが出そうなくらいのどかで、途中で投げ出したくなるほど退屈なのに、常に 「文字として書き込まれていない何かが居座っている」 という気配が去ることがない。

 世のエンターティメント小説とは最も遠く離れた位置にいる作品でありながら、どのようなエンターティメント小説にも描き切れないような “戦慄” がここには潜んでいる。

 それを、以前書いたブログでは、作者が繰り返し触れる 「自然の風物」 に注目し、 「作者は、自然の持つ “超越性” を、この作品の中に導入したかったのだ」 と結論づけた。

 だが、今ではその結論も正確ではないような気がする。
 あの段階では、まだ私はなにがしかの 「観念」 をこさえて、庄野潤三の作品の秘密にたどりつこうとしていた。
 
 しかし、そのような 「観念」 とか 「解釈」 そのものを拒絶するような “とりとめのなさ” が、この作品の凄さであるように思う。

 こういう小説を書ける作家は滅多にいない。
 惜しい人をなくしたと思う。

 関連記事 「庄野潤三 『静物』 」
 

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:40 | コメント(0)| トラックバック(0)
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