町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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世界中に5億人を超え…
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町田さんご無事で何よ…
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町田さん。ご無事でし…
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町田さん、今日は。…
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小説・タンカー

 S君が、私の家にやってきて、こんなことをしゃべり始めた。
 何でも、ギリシャの海運業者の持っている船で、世界一大きなタンカーというのがあるらしい。

タンカー01

 もちろん重油を運ぶ船らしいのだけれど、その甲板というのが、想像を絶するほど広いらしく、しかもファミレスからコンビニ、小学校から郵便局までそろっていて、さらにバスとか電車もあって、普通の町と変らないのだという。

 「オレ、びっくりしたわけ。とにかく、そのタンカーのよ、乗組員募集というのがあったから、履歴書持って、事務所に行ったのよ。
 そしたら、日本語の堪能な外国人が出てきてさ、即入社OKっていうのよ。
 なんたって、派遣生活10年のオレを最初に正規雇用してくれるっていう会社だから、オレうれしくなってよ、じゃいつから出社すればいいんですか? ってきいたらよ、今すぐにOKっていうわけね、その外国人がさ。

 いくらなんでも、そりや話が急すぎると思って、いったんアパートに戻って、大家さんにしばらく部屋を開けるからって、そういう準備とかいろいろあるから、いったん帰ります、っていったのね。

 そうしたら、その外国人もニコニコして、いいですよっていうから、その事務所を出てさ。
 で、部屋に戻って、着替えなんか準備して。
 それから、大家さんの家に寄って、しばらく部屋空けますけど…っていったら、
 『ああ、あんたクルーになれたんか?』
 って聞かれたから、…コイツなんで知ってるのかな…と思って、変だな…って気もしたけれど、じゃ、これからその事務所に戻りますって言ったらさ、大家さんが、 『ちょっとちょっと…』 って呼び止めるわけよ。

 何ですか? って尋ねたら、
 『事務所に戻るなら近道があるから、そこを行けばいい』 っていいながら、地下室に招くわけね。

 何のこっちゃろ? と思いながら、大家さんの連れられるまま、地下室の階段を降りていったらさ、途中から訳の分かんない、機械みたいなものが建ち並ぶ部屋がいっぱい出てきてさ、ドドンコ、ドドンコって、すげぇエンジンの音みたいなものが聞こえてきてよ、そんな機械の並ぶ通路を指差しながら、 『この通路をまっすぐ行けば、20分ぐらいで事務所に着くから』 って、大家さんがいうわけ。

 何か変だな…って、思いながら、言われるままにそんな通路を歩いていったら、上に登る階段があってさ、そこを登っていたら、あの事務所にたどり着いたわけよ」

機関室01

 S君はそう言いながら、インスタントコーヒーを2~3口すすって、
 「信じられないだろう?」
 って、私に言う。

 「つまり、大家さんの家とその事務所が地下通路で結ばれていたってわけ?」
 と私が聞き返すと、S君は、 「ううん」 と首を横に振り、
 「いや、つまりそれ全体がタンカーの甲板だったわけよ。オレそんなこと気づかなかったんだよ。で、地下の機関室から入れば近道なんだって」
 っていう。
 
 私は、S君の大法螺 (おおぼら) を、ちょっとほほ笑ましく感じたので、あえて突っ込みを入れず、S君に普通の話に戻ってもらうために、
 「で、今日はオレに何の用?」
 って尋ねてみた。

 そうしたら、S君は、張り切った顔で 「そうそう」 と言ってから、
 「でね、そのタンカーの従業員が足りなくてさ、お前、今プータロだろ? だから、お前も一緒にやらないかって、今日は誘うためにやってきたわけ。お前も一緒にやらない?」

 「やってもいいけどさぁ…」
 と私がいうと、S君は顔一面に笑いを浮かべ、
 「じゃ、すぐ行こうよ。面談なんてすぐ終わるから。お前のうちにも地下室があって、その事務所に通じているから」

 もちろん、私の家に地下室なんかない。
 さすがに、そういうS君がなんだか恐くなって、
 「お前、大丈夫?」
 って、彼の顔を覗き込んだら、
 「ハハハ、疑いたくなるよね、すぐには信じられないよな。でも、お前の家も、実はタンカーの甲板なんだよ」
 って、彼は涼しい顔で、インスタントコーヒーを飲み干してから、
 「疑いたくなるのは分かるから、ちょっと証拠を見せるよ」
 といって、トイレに向かった。

 後から着いていくと、S君は 「ここからだと、大家さんの家より事務所に近いかな」 などと言いながら、私の家のトイレルームのクッションフロアをバリバリと剥ぎ取り始めた。
 
 私は、S君がおかしくなったのだろうと思ったが、しばらく黙って彼の行動を見ていると、やがて土台の下から鉄のハッチが見つかった。、
 「ほら、地下室あったろ?」
 とS君は得意げだった。

 ハッチを開けて、下に潜ると、確かに機関室のようなものが現れて、ドックンドックンとエンジンのようなものが鳴っているのが聞こえてくる。

 「信じられない」
 と、私が叫ぶと、
 「実は、オレもまだ半信半疑なんだ」 とS君はいう。
 甲板が広すぎて、彼もまだ海そのものを一度も見たことがないらしい。

機関室02

 実際、そのタンカーがどれだけの大きさなのか、船会社の社員の中にも、正確にそれを把握しているスタッフはいないという。

 「オレやっぱり、やめるわ」
 と私がいうと、S君は、
 「それは無理だよ。お前は 『クルー』 として、もうこの甲板の秘密を知ってしまったのだから、元の生活には戻れないんだよ」
 
 そういうS君の話を聞いても、私自身がその話をどう解釈したらいいのか、見当もつかなかった。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

マツコデラックス

 最初の1行から、もうスリルと興奮でアドレナリンがどっと吹き出してくるような、すごいインタビュー記事を読んだ。
 近年、これほど刺激的かつ感動的な取材記事というのは他になかったように思う。

aera09831
 ▲ 『アエラ 8月31日号』

マツコ・デラックス01

 登場するのはマツコ・デラックスさん。
 媒体は 『AERA』 09年8月31日号。
 その 「現代の肖像」 というコーナーの書き出しは、こんなふうに始まる。

 「約束の場所に現れたマツコ・デラックスは不機嫌だった。
  『アタシ嫌いなのよ、マスメディアにいる人間って、自分たちは決して意見を表明しないで、人に言わせようとする。安全な場所にいながら、他人の身を切らせて、大衆を見下しているでしょ。最低だと思う』 」

 そう言って、マツコは、手にした扇子でバタバタと自分を扇ぎ、
 「ちょっと~、この店、暑いっ!」
 と叫んだという。

 取材する相手に、いきなりこういう態度に出られたら、インタビューする人間はその後どう振る舞えばいいのだろう。
 私も、数多くのインタビューをこなしてきたから、機嫌の悪い人間から話を聞かなければならない 「場」 というのが、どんなものであるかは知っている。

 しかし、質問を行うのはインタビュアーの方だから、たいていの場合、その場の空気をさぐりながら、相手の気分を解きほぐすような質問を重ねていけば、最後はなんとかなる。

 ところが、マツコ・デラックスは、ただ “機嫌が悪い” というのではなくて、 「メディア批判」 という形を取りながら、インタビュアーに “逆質問” を提出したわけである。
 すなわち、 「あなたは私から何を聞きたいの?」

 つまり、
 「自分が安全な場所にいたまま大衆を見下すような記事を書くのなら、私は何もいうことがないから」
 と、キラリと光る刃 (やいば) をインタビュアーに見せたわけだ。

 こりゃ、インタビュアーはビビるわな。
 記者は自分の信条、誠意、姿勢、思想すべて総動員して、取材相手に向かって、もっとも誠意ある回答を示さなければならなくなるからだ。

 ところが、このインタビュー記事を書いた清野由美さんというライターは負けてはいなかった。

 のたうち回る怪物のようなマツコ・デラックスを相手に、彼女 (彼?) が吐き出すの猛火のような毒舌をかわしつつ、その悪態の中から鋭い批評精神を取り出し、いらだちの中に沈んでいる悲しみを汲み上げ、混沌とした世迷い言の中から、純度の高い思想をつかみだした。

 ……ああ、これが本当のインタビューという仕事だよな。
 読み進みながら、素直に感動した。
 同時に、自分の前にマツコ・デラックスが座っているような緊張感が伝わり、心臓がバクバク跳ねた。

 この格闘を終えた後、清野さんの神経は、ズタズタになったようだ。
 「翌朝、目をこすったら、毛細血管がプチプチと切れて、まぶたが紫色に腫れた」
 という。

 実は、この記事を読むまで、私はマツコ・デラックスなるタレントをあまりよく知らなかったのだ。
 ワイドショーのコメンテーターとして、画面で何度かは見ていたが、 「やがては消えゆくキワモノタレント」 ぐらいにしか思わなかった。

マツコ・デラックス01

 ところが、このインタビューから浮かび上がるマツコ・デラックスは、ただの 「タレント」 で片付けられるような人間ではないことが分かってきた。
 そもそも、 「マツコ・デラックス」 という芸名から漂う、場末のスナックじみたアイロニカルなチープ感。
 そういう芸名からして、もうこの人間の自意識の姿が分かる。
 その複雑にして、繊細な神経が、手に取るように伝わってくる。

 インタビュー記事が始まる前の部分に、清野さんは短いリードを寄せている。
 そのリードを読むだけで、マツコの存在が、テレビカメラが寄ってフォーカスされたように浮かび上がる

 「メディアにコメントを載せるという仕事が成立したのはいつからか。
 マツコは、そのコメントを 『批評』 として機能させられる腕を持つひとりだ。
 その鋭さを培ったのは、社会と自分との距離を見つめざるを得ない哀しみかもしれない」

 このリードからも分かるように、清野さんがマツコ・デラックスの 「哀しみ」 に着目したことが、このインタビューを成功に導いた秘訣となった。

 マツコの哀しみとは何か。

 思春期のうちに、マツコはゲイである自分に目覚める。
 しかし、美形であるわけでもなく、身体が美しいわけでもない。
 要は、極端なデブ。
 「体重とスリーサイズが140」 というマツコは、新宿の路地裏を通り抜けようとして身動きが取れなくなり、小一時間もハマってしまったことがあるという。

 そういう自虐ネタの面白小咄を披露しなければ、誰も芸人としての自分を認めてはくれない。
 しかし、彼女 (彼?) が昔から、どのように飼い慣らそうとしても、飼い慣らしきれなかったのが、過剰な自意識と劣等感。

 その、自分がもっとも触れられたくない部分を、ばかばかしいほど誇張して、人が目を背けるほどに露出することによって、ようやく食べていけるという自己撞着が、マツコの特異な美意識と倫理感を育てる。

 そのマツコを “ゲテモノ” として面白おかしく消費しようとするマスコミがある。
 そういうマスコミの姿勢に屈辱感を抱きながら、そのように消費されることによって、自分の存在もまた、華麗な光が乱れ飛ぶ舞台に浮上するという喜びが得られるという矛盾。

 そのような二律背反の隘路 (あいろ) を綱渡りしていく自分のことを、マツコは、
 「こんなややこしい人間、まわりにそうそういるわけがない」
 とうそぶく。
 それは、自負でもあり、自嘲でもあり、自慢でもあり、落胆でもある。

 清野由美というライターは、マツコのそんな複雑なため息の正体を、話を聞いているうちに見抜いたのだろう。
 だから、ゲイであり、女装趣味があり、にもかかわらず取材中はシャツにズボンを無造作に身につけた、冴えない中年男の姿を無防備にさらすマツコ・デラックスという 「トランスジェンダー (性を超える者) 」 の存在を、清野さんは、カメラのように正確に切り取ることができたのだ。

 トランスジェンダーを生きるからこそ、見えてくる真実がある。

 マツコはいう。
 「アタシ、女性誌というのが大嫌いなのよ。女の味方の振りをしながら、バリバリの男尊女卑を垂れ流していて、ものすごく傲慢」

 男女平等が実現し、今や女性の力が男性をしのぐとまで喧伝される世の中。
 しかし、その風潮の中で、いまだに静かに進む 「男尊女卑」 を的確に見抜くマツコを、清野さんは驚嘆と共感のなかで観察する。

 このように素描されるマツコの姿が、真実の姿なのかどうかは分からない。
 しかし、少なくとも、私の中におけるマツコ・デラックスは、彼女の記事のおかげで、そのプレゼンス (存在感) を確実に強めた。

 このインタビュー記事を読み終えて、ここにはコミュニケーションの真実の姿があることを知った。
 つまり、真のコミュニケーションは、その不可能性の認識からスタートするということを。

 清野さんはこう書く。
 「 (マツコとのやりとりは) 今までに経験したことのないコミュニケーション…というよりは、ディスコミュニケーションの連続だった」

 「果たして取材は成立するのか」 という危機感に悩まされながら、清野さんは、マツコのいらだちの中に、かろうじて細くつながる隘路 (あいろ) をたどっていったという。


 人間は、他者と簡単に意志疎通できると思い込んでいる。
 そして、その意志疎通を効率的に進めることが、コミュニケーションの極意だと信じ込んでいる。

 しかし、お互いになれ合いで進めるコミュニケーションは、なれ合いのままで終わる。
 そこには、誰もがシャンシャンと手を打つ予定調和があるだけで、人間の 「真実」 はない。

 清野さんは、マツコ・デラックスという存在にむかって、着地点の見えない “闇の中のジャンプ” を繰り返した。
 その跳躍力の強度が、マツコ・デラックスに伝わった。
 奇跡が起こったといっていい。

 私のように、インタビューも仕事のひとつとして思っている人間に、この記事は、ひとつの指針と勇気を与えてくれた。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

不思議な老人たち

 通勤に使っているターミナル駅が私鉄や新幹線などと連絡しているため、通勤客のほかに、行楽系の人たちの姿も見かける。
 行楽地に向かう熟年男女でホームがにぎわう風景も、何度となく目にする。

 そういうオジサマ・オバサマ方というのは、年齢でいうところの60代半ばか70代ぐらいって感じか。

 ちょうど年金がもらえる年になったという雰囲気の方々なんだけど、まさに団塊世代よりちょっと上という感じで、コツコツ真面目に働いてきて、適度に 「脂」 が抜けて、礼儀正しくて、こちらが 「おはようございます」 なんて挨拶したら、ものすごく上品に、 「おはようございます」 って、律儀に頭を下げて挨拶を返してくれそうな人々なのだ。

 そういう人々が、なごやかに談笑しながら電車を待っているのは、平和な光景で実にいいのだけれど、ときどき、
 「こりゃデジャブか?」
 と思うことがある。

 何なんだ? この…かつてどこかで出合ったような風景……。
 と、いろいろ考えてみると、デジャブの正体が、彼らの着ている衣服にあることが分かった。
 ほんと、判で押したように同じカッコの人たちが多いんだわ。

 あれは、お寺めぐりでもする恰好なのかなぁ、それとも、史跡の散策でもするときの恰好なのだろうか。
 ウォーキングとか山歩きとか、そういう目的がはっきり分かる恰好というわけではなく、だからといって買い物に行く恰好でもなければ、碁会場に出向くような恰好でもない。

 アウトドアでもなし、アーバンでもなし。
 カジュアルでもなし、フォーマルでもなし。
 なんともその行動が読めない、不思議な空間を泳ぐ人たちの着こなしに思える。

 スラックスは、ポリエステルかなんかで、しかもきれいに折り目が入っていて。
 シャツは綿のカジュアルシャツだけど、色はグレー系で、柄は無地かせいぜい細い格子模様。
 そして、例外なく、頭にはサファリハットっていうのかい? アダムスキー型の空飛ぶ円盤が、池に落ちてクシャクシャっとしおれたような帽子を被っている。
 その色も、ほとんどが白。

アダムスキー型円盤

 じゃ、靴はウォーキングシューズなのかい? …っていうと、そこだけはみな個性があって、そういうのを履く人もいれば、黒の革靴だったり、あっさりしたスニーカーだったりする。
 だけど、その足元さえ見なければ、実にみなよく似ていて、武田信玄の影武者が並んでいるみたいだ。

 そういうオジサマたちが、一斉にお揃いのナップザックを背中に背負って、人の良さそうな笑顔を浮かべ、ホームに電車が入ってくるまでオバさん方のご機嫌をとっている姿を見ると……
 う~む…
 この人たち、何をする人たちなんだろう?
 と、やっぱり好奇心が湧いてくる。

 ま、広義の意味での 「ウォーキング」 であることは間違いない。
 仲間同士で、ちょっと広い公園なんか歩いて、木陰の句碑の解釈を楽しんで、その後レストハウスでソフトクリームでもなめよう…とか言い合って集まってきた人たちなんだろうな。

 それは分かるのだけれど、まるで誰かに着用を命じられた制服のように、見事に、似かよったファッションで統一された集団を見ると、やはり不思議な気になる。

 この人たちには、団塊の世代からその後に続く人たちのように、
 「衣服は自己主張の手段だ!」
 「ファッションは思想だ!」
 「着るものはライフスタイルの表現だ」
 みたいな発想が、そもそも根本的にないんだろう。

 そんな暑苦しい “衣服観” から軽々と抜け出して、超俗の高みを飛翔している人々なんだろう。

 うっかり衣服のことで突っ込むと、
 「吉沢さんと同じシャツだって? あ、そうですか。でもお互いに仲がいいから、いいんじゃないですか。ハハハハ。…で、それが何か?」
 とか言われちゃいそうだ。

中高年登山01

 今や渋谷、原宿を闊歩する若者たちのファッションは、世界のトレンドウォッチャーの最も注目するものとなっているという話も聞くが、ここには、その対極のファッションがある。

 学生時代はみんなで学ランを着こなし、サラリーマンになってからは周りと同じスーツ姿で出勤し、そして退職後は、おそろいのアダムスキー円盤型のハットに無地のカジュアルシャツで集まる。
 それを何とも思わず過ごしてきた人たちは、ある意味、ファッションの呪縛から解き放たれている。

 ひょっとして、それはそれで、凄いことなのではなかろうか。

投稿者 町田編集長 15:03 | コメント(2)| トラックバック(0)

のりピーの夏

 のりピーの夏だったなぁ。

 今年の夏は、異常気象とか、衆議院選挙とか、ボルトが世界新を出した世界陸上とか、いろいろな話題があったけれど、後になって思い出すと、結局は 「のりピーの夏だったなぁ」 ということになるんではないか。

のりピー02

 それほど、のりピーネタのワイドショーは依然として続いている。
 はっきりいうと、もう飽きたんだけど、出勤前に見る朝のワイドショーなどは、どこのチャンネルに合わせても、のりピー一色だ。 

 でも、のりピー報道というのは、実は、単独ニュースとして孤立しているわけではなくて、その直前に起こった押尾学の薬物事件、さらにはその前のマイケル・ジャクソン死亡事件など、一連の 「芸能界とドラッグ」 事件の象徴として取り上げられているという構造になっている。

 だから、のりピー報道というのは、基本的には 「芸能界とドラッグ」 、さらにその芸能界を日常的にウォッチングしている 「一般人とドラッグ」 という問題を浮かび上がらせたといっていい。

 つまり、この一連のドラッグ報道は、否が応でも 「現代人はドラッグとどう向き合うのか?」 という問題を突きつけたように思う。

 ドラッグによる脳内変化によって、現代人はいとも簡単に 「快楽」 や 「感動」 を手に入れられるようになったということを、以前のブログで書いた。
 確かに、ドラッグによる脳の化学変化によって、人は心身の苦痛と荒廃を代償に、一時の幻想世界にトリップすることができる。

 ドラッグ (阿片) の吸引によって芸術的インスピレーションを得ていたジャン・コクトーの例を出すまでもなく、昔から芸術家とドラッグは親和的な関係であることを示唆するエピソードには枚挙にいとまがない。

 だから、いまだにアート的な仕事をめざす人間には、ドラッグに手を染める権利があるような奇妙な風潮が残っている。
 つまり、 「ドラッグは、人間に神秘的なインスピレーションを与える」 という神話は今でも機能しており、それが違法ドラッグを手にする人々に、心の免罪符を与えている。

 実際に、60年代に一世を風靡したサイケデリック・アート、あるいはサイケデリック・ミュージックというのは、ドラッグを抜きにしては成立しなかったものとして位置づけられている。

 しかし、それが何だ?
 と、当時のアートやミュージックを、リアルタイムで経験した私などはそう思う。

 確かに、ドラッグによって得られる不思議な視界の獲得。
 かつて聴いたこともないような不思議な音色の出現。
 そのようなドラッグ体験を持つと、そこには、まったく新しい世界が拡がっているよう感じられることがある。

 しかし、そういう体験を生かした芸術作品などといっても、しょせんは人間の 「想像力」 の範囲を超えるようなものにはならない。
 むしろドラッグは、人間の想像力を鍛える力を削いでしまうだろう。

 想像力の源泉となるのは、その人の 「世界観」 なのだが、 「世界」 をどのように見るかということは、その人の文化的蓄積に関わってくる。

 つまり、その人の読む本、観る映画、聴く音楽、話す相手、乗っている乗り物などが、その人の 「世界」 を形づくる。
 人間の想像力というのは、そのようにして醸成されてきた 「世界」 と、さらなる刺激を受けて刻々と更新される新しい 「世界」 との狭間に揺れながら、変幻自在の変容を遂げていく。

 ところが、ドラッグは誰にも一様に化学的な脳内変化をもたらすわけだから、ドラッグの摂取から見えてくる 「世界」 は、最終的には、どれも似かよったものになってしまう。
 最初に感じた世界が、いかに刺激的であり、官能的であり、創造的に見えてとしても、 「それっきり」 である。
 その後は、逆に縮小していく。

 なぜなら、それ以上の刺激を得ようとすれば、摂取量があがり、それが脳活動の低下をもたらし、心身の荒廃を招き、結果的には 「何も見えない、何も感じられない闇」 に直面することになるからだ。

 人間は、常になんらかの代償を支払って、新しい 「世界」 を獲得していくものだから、かつてのロック・ミュージシャンたちやアーティストたちが、ドラッグからヒントを得た作品を残したことまで否定するつもりはない。

 実際に、60年代~70年代のロック/ソウル/ジャズ/レゲェ・ミュージシャンにとってコカイン、ヘロイン、大麻などは日常的な嗜好品に近かった。
 特に、大麻は常習性が少ないなどとも言われていたから、大麻を経験しなかったミュージシャンの方を探すのが難しいぐらいだ。

 ただ、明らかにドラッグの過剰摂取で落命したミュージシャンは多かったし、命を落とさぬまでも、心身の危機を招き、そこから立ち直るために、ほとんどの人が多大な代償を支払うことになった。

 彼らの仕事の成果を尊重するならば、その 「貴重な代償」 を認めた上で、そろそろ、そういう考え方を清算するべき時が来たように思う。
 彼らは、それほどまでの代償を支払いながら、結局は、普通の想像力から生まれるもの以上のものを、何ひとつ創造しえなかったことを実証したのだ。

 クラプトンにせよ、スライ・ストーンにせよ、井上陽水にせよ、そこから抜け出した後の仕事の素晴らしさが、そのことを物語る良い証左となっている。 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

『雨月物語』

 昨晩、BS放送で放映されていた 『雨月物語』 という映画を観た。
 地味なモノクロ画面がとりとめもなく続く映画で、すぐにチャンネルを変えるつもりでいたけれど、観始めると、動けなくなった。

雨月物語ポスター

 1953年に作られた映画で、監督は、溝口健二。
 脚本の元となったのは、江戸時代後期の作家である上田秋成が書いた 『雨月物語』 。その中のいくつかの挿話をアレンジして、一本の脚本にまとめたものだという。

 貧しい暮らしにあえぐ2家族の百姓が中心となるストーリーで、片方の夫は、陶芸に力を入れ、それを都で売ることで貧しさから脱しようとする。
 もう片方の夫は、武士になることで、立身出世をもくろむ。
 旦那たちが、物欲と出世欲に駆られて奔走する間、その妻たちはとてつもない苦労を背負い込む……というお話し。

 夢やぶれた男たちは故郷に戻り、 (悲劇という形で) 家族の絆を再確認するという決着を迎える。
 そういった意味では、ありふれた教訓型の 「説話物語」 の定型をなぞる構成になっている。

 しかし、この映画は、そういう説話論的な物語の構造に収まりきらない何かを持っていた。

 なんだろう、この世界は…。

 観ていて、それが日本の映画とは思えなかった。
 そこに描かれる 「美しさ」 も 「貧しさ」 も、今の日本で暮らしていると感じられない類 (たぐい) のもので、巧妙に作られた最新SF映画にでも接しているような気分になった。

 いやいや、お金を掛けて、最新のCG技術を駆使しても、こういう映画は作れまい。
 ここに描かれた 「美しさ」 と 「貧しさ」 は、作りものではなく、すべて本物だからだ。

 たとえば、殷賑 (いんしん) を極める大津…だったかな…の都の描写。
 大路 (おおじ) には人々がごった返し、珍奇な品々が店頭に並ぶ街の風景が登場する。

 当時としては、最先端のファッションに身を包んだ上流階級の人々が覗き込むハイセンスな店舗があり、最新テクノロジーを満載した生活用品を売る専門店がある。

 なのに、市のたち並ぶ土塀は崩れ、その欠けた土塀のむき出しとなった壁土が、空中に乾いたホコリを舞い立てている。
 路地裏を駆け回る子供たちのに裸足の足には、そのホコリがこびりつき、白壁を塗ったような色になっている。

 金糸銀糸を縫い込んだ着物を売る店先にも、容赦なくホコリは舞い込み、滑らかな絹の手触りを、ザラっとした感触に変える。

 この 「にぎやかさ」 と 「荒廃」 、 「文明」 と 「自然」 、 「洗練」 と 「貧困」 がひとつ画面に同居する世界は、どんな緻密な時代考証を重ねようとも、現代の歴史ドラマには捉えられない世界だ。

 こういう映像が生まれた秘密をいくつか探ってみると、次のようなことが類推されそうだ。
 ひとつは、1953年の日本には、まだこの映画の舞台となる戦国末期のような風景が残されていたこと。

 そして、戦国時代の百姓の貧しさや貴族社会の優雅さを、身体表現として演じられる役者がいたこと。

 さらに、戦いに巻き込まれて荒廃する戦国時代の都市と農村の悲惨さを、第二次世界大戦の悲惨さから類推できる人たちが残っていたこと。

 この三つが重なって、映画 『雨月物語』 は、最近の映画やドラマのスタッフには想像 (創造) することもできない世界を提示することになった。

 中でも、役者の力がやっぱりすごい。
 まぁ、類型的な演技なんだけれど、逆にいうと、 「貧しさ」 の型、 「優雅さ」 の型というものを、基本として身につけていた役者たちが過去にはいたということが分かる。

 たとえば、自作の陶芸品を都で売る百姓を演じた森雅之。
 都の人たちの振る舞いに、どういうリアクションを返したらいいのか分からないまま途方にくれる田舎者の姿を、もう余すところなく、身体で表現している。

 都会の人間に対する憧れと同時にわき起こる、猜疑心、嫉妬心、対抗心。
 そして、一度開き直ったところから生まれるずるさと、したたかさ。
 そんなものが渦を巻いて、一人の人間の身体を貫くときの不安定さみたいなものを、森雅之は巧みに捉えていた。
 こういう演技は、都会と田舎の文化格差がなくなった平成の役者にはもう無理だろうな…とも思った。

 一方、魔界の姫君を演じる京マチ子も凄かった。
 森雅之の前で、舞いを踊るときの一挙手一投足が、もう妖艶で、セクシーで、チ○ポコ総立ちにさせてしまう。

雨月物語スチール1

 彼女の演技を観て、昔の上流階級が楽しんでいた、あの変化の乏しい 「退屈な舞踊」 というものが、当時はどれほど淫靡で妖艶なものに感じられたのか、それをはじめて理解した気になった。現代の歴史ドラマに出てくる舞いのシーンからは見えてこなかったものだ。

 昔の上流階級が楽しんでいた雅 (みやび) な 「宴の文化」 って、もしかしたら、今のドラッグによる饗宴のように、ヤバい気配に彩られたものだったのかもしれない。

 映画では、主人公の森雅之は、やがて魔界の姫君の京マチ子の呪縛力を振り切って、正気の世界に戻っていくのだけれど、私だったら、美しい京マチ子に抱かれたまま、あの世に行くなら悔いがない…と思えるほど、映画では顔と手首以外の素肌をまったく見せない京マチ子はエロティックだったのだ。

 やっぱ、昔の映画をバカにしちゃいけないな。
 これから機会があれば、昔の映画もいっぱい観るようにしよう。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

天才井上陽水

 井上陽水ってミュージシャンは、天才ではないのか。
 さっきまでNHKの番組 『LIFE 井上陽水~40年を語る』 を見ていて、そう思った。

 「天才」 というのは、自分の凄さみたいなものは確信しているけれど、 「どう凄いのか」 ということを自分で説明できない人のことをいう。

井上陽水フォト

 私はあまり井上陽水の良きファンではなかったため、彼をめぐる言説空間で、彼が一般的にどういう評価を下されているのか、また彼自身が、自分をどのように語るのかを聞いたことがない。
 さっき、はじめて彼の (歌声以外の) 肉声を聞いたようなものだ。

 その第一印象は、なんと平凡なことしかしゃべらない人間なのだろう…というものだった。
 謎めいた歌詞が散りばめられたシュールな歌が多いので、さぞや特異な芸術家意識をふんだんに振りまくエキセントリックな人間なのだろうと予測していたのだが、まぁ、おだやかな “普通のおっちゃん” 。

 彼の関係者のインタビューもたくさん挿入されていたけれど、誰一人、彼を神格化した人間はいなかった。
 きっと、誰もが気楽につき合える人間だったのだろう。
 番組の進行も、彼をことさら 「謎めいた孤高のアーチスト」 風に仕立てずに進んでいく。


 しかし、私は、今でも彼の初期の大ヒット曲 『傘がない』 をはじめてラジオで聞いたときの、突然、背中に氷を押し付けられたような冷気を思い出す。
 それは決して心地よいものでなかった。
 
 都会では、自殺する若者が増えていると、新聞の報道は伝える。
 …というのが、その歌い出しの部分。
 しかし、それよりも問題は、傘がないことだ。
 歌に唄われる主人公は、そのことを、ひたむきに嘆く。
 
 これから君に会いに行かなければならないのに、外は雨。
 なのに、 「傘がない」 。
 自殺する若者が増えているなんてことは、どうでもいい。
 「問題は、傘がない」

 この訴えは、たぶんその当時これをリアルタイムで聞いた人間をみな凍らせたことだろう。

 テレビのインタビューで、井上陽水は、この歌の歌詞が、自分の意図を超えてさまざまな解釈を勝手に呼んだことを打ち明ける。
 当時は、学生運動が急速に終焉に向かっていた季節であったから、この歌を、政治闘争に敗れた若者の 「うつろな心情」 を表現したものであると解釈する人が多かったらしい。
 
 誰だったか、後に、この歌の出現を 「社会的な問題に背を向けるミーイズム (じこちゅー主義) 世代の登場」 を最初に歌った曲などと捉えていた人がいたことを思い出す。

 しかし、陽水は、
 「別にそんなふうに考えて作った歌ではないんですよ。ただ単に、周りが政治の季節であったというだけのことで…」
 と (いう感じで) 淡々と話す。
 で、話はぷつんと途切れてしまう。
 彼が、この歌に込めた思いは、語られないままだった。

 もし、彼が自作を解説できる 「言葉」 が本当に持っていないとしたら、そこに彼の天才性があるのではないか。
 すなわち、彼は思いついた歌詞以上のことを、何も考えていなかったわけだから。
 なのに、歌は、彼の想いを超えて、なにがしかのメッセージを含んでしまう。
 生み出されたものが、作者の計算以上の世界を図らずも創ってしまう。
 それは、天才以外にはできないことなのだ。
 
 つまり、天才は、受け手に過剰な読み込みを行わせてしまう 「何か」 を持っているということに他ならない。たとえ、本人が意図しなくても。
 
 私は、いまだにこの歌が自分の胸に突きつけてくるものの正体がつかめずにいる。

 最初に聞いたとき、どこかホッとするような解放感と、これじゃいけないんだという焦燥感と、取り返しのつかないものを失ってしまったという喪失感と 様々な方向に自分の感情が分裂してしまったことを思い出す。
 そして、その 「分裂の感覚」 は、今もなお胸にうずいている。

 もし、番組の中で、井上陽水が、この歌に託されたメッセージを上手に解説したとしても、きっとこの思いは消えなかったに違いない。
 時代を超える歌というのは、そんなものだ。
 好きな歌ではないけれどね。  


 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:57 | コメント(2)| トラックバック(0)

ロックって何よ?

 「ロック (ROCK) 」 という音楽ジャンルが、どういうものを指すのか。
 それをはじめての人に説明するのは、案外むずかしい。

 てっとり早いのは、
 「ほらクィーンとかさ、ヴァン・ヘイレンとかさ、ツェッペリンとかいるじゃない?」
 っていうふうに、固有名を語ることかもしれないけれど、そのへんの固有名が通じない場合…たとえば世代の違いがある場合など、そこでまず理解してもらえない。
 じゃ、B’zや、サザンや、矢沢永吉はロックか?
 というと、わたくし的には、そうともいえるし、そうでもないような気もする。

 だったら、
 「基本的にバンド編成で、エイトビート主体で、リズムが激しくて…」
 みたいな説明で通じるかというと、それじゃ漠然としすぎてしまう。

 世代や趣味嗜好が異なれば、各人各様の 「ROCK」 が存在するわけで、まぁ、それでいいような気もするし、それを定義することの空しさ…意味のなさも十分承知している。

 しかし、この前バンドを始めたばかり…という若い人を交えて、音楽好きの友達たちと酒飲んだとき、 「ROCKって何?」 というテーマになって、いろいろ盛り上がって、否応なしに考えさせられたことがあった。

 で、 「町田さんが考えているロックって何?」 と尋ねられたとき、そのとき、何にも考えていなかったクセして、とっさに答えたことは、 「スタート地点だけは分っているけれど、やっている人ですら、着地点が分っていない音楽」 と答えたのだ。
 
 とっさにひらめいたのは、60年代後半に登場したギターのインプロビゼーションを中心としたバンドの音楽だった。
 具体的にいうと、ジミ・ヘンドリックス、クリームといったインストゥルメンタルを楽曲の中心に置くようなバンドの音だ。

 60年代の後半、ラジオから突然こういう音が流れたきたとき、私ははっきりと、それまでの音楽と今流れている音楽との 「切断」 を感じた。

 それらの音を、当時 「ロック」 という言葉で表現していたかどうか、今はあまりはっきりと記憶していない。
 ただ、ノリのいい音楽の呼称として通用していた 「ロックンロール」 とは違った音楽で、ロックンロールっぽいけれど、ポップスではないという印象から、何気なく 「ロック」 という呼び方が定着していったような気がする。

 以下は、もう 「ロック」 対するまったく私的な感想で、一般音楽史とは別物であり、しかも、妥当性も正当性もないものだけれど、自分なりの 「ロック観」 を書く。

 60年代の後半、ポピュラーミュージックの分野で、まったく新しい 「音」 が台頭していた。
 ギター奏法にエフェクターの一種であるファズやワウワウなどを取り入れることによって、アンプから出る音に 「ひずみ」 や 「ゆがみ」 を導入し、聞き手に、あたかもドラッグによる錯乱状態を体験させるような音が生まれてきたのだ。

 このような音を出す音楽として、最初に聞いたのは、ヴァニラ・ファッジ、アイアン・バタフライ、ジェファーソン・エアプレインといったグループだった。

 特に、アイアン・バタフライの 「インナ・ガダ・ダ・ビダ」 という曲は、その奇妙なタイトルもさることながら、なんとも玄妙なサウンドで、はじめて聞いたときは、ちょっとしたカルチャー・ショックを受けた。
 どっしりとした重量感のある音が、まるでヒラヒラと宙を飛ぶように、変幻自在の変化を見せていたのだ。

アイアン・バタフライジャケ01

 それは、まさに 「アイアン・バタフライ」 = 「鉄の蝶」 というグループ名そのものの音だった。
 こいつは、とんでもない音楽が出てきたぞと、ぶっ飛んだ記憶がある。

 音楽史というのは、クラシックでもそうだろうけれど、時代のテクノロジーが新しいムーブメントをつくると相場が決まっている。
 チェンバロからピアノへの移行はクラシック音楽を変えたし、アコギからエレキへの移行はポピュラーミュージックを変えた。

 それが、60年代後半のロックの世界でも起こった。
 今から思えば、ずいぶん稚拙なテクノロジーではあったが、ギター奏法におけるエフェクター類の発展や大音量を流せるアンプの進化は、たぶん当時のミュージシャンたちに、まったく新しい 「音」 が生まれたという新鮮な感覚を与えたことだろう。

 そのことと、60年代後半の若者たちの、世界的な政治闘争の敗北は無縁ではなかったはずだ。

 あの時代、世界的に若者の政治闘争が沈静化に向かう過程の中で、政治体制の変革など 「単なる夢想でしかなかった」 ということを自覚させられた若者たちは、 「政治」 を 「文学」 のように処理することによって、ごく私的な、きわめて個人的な 「変革」 の中に逃げていった。

 70年代から80年代にかけて一世を風靡したフランス哲学が、 「パリ5月革命」 の敗北から生まれたように、日本では吉本隆明のただの 「文学」 が、あたかも 「政治思想」 と同一視されたように、政治の世界におけるおのれの無力さを意識した若者たちは、その補填を 「文学」 に求めたというのが、あの60年代後半という時代だったように思う。
 
 そのとき、実は 「政治」 が 「文学」 になっただけでなく、 「政治」 は 「音楽」 にもなっていたのだ。
 1度沸騰した、 「世界をおのれの手で変革する」 という若者たちの欲望は、政治活動などにはまったく無縁の若者たちをも巻き込んで、 「音楽」 を変革することで 「世界を変える」 欲望へと変化した。

 そのとき、エフェクター類による新しいギターサウンドが、その欲望を増進する推進力になったように思う。
 だから、あの当時、ギターがバンド編成の要になるような時代が、一気に訪れたと思っている。
 そして、そういう 「音楽」 を、いつのまにかリスナーは 「ロック」 と呼ぶようになった。

 だから、ロックは、それを奉ずる者たちにとっては 「新しいスタート」 であり、当然その 「ゴール」 は、政治闘争のような敗北が予想されるものではいけなかったのだ。
 むしろ、自分たちの音楽が、何を達成するのか、どういうユートピアを生み出すのか、そんなことを考えてもいけないし、また考えないがゆえに、 “輝かしい未来” が永遠に担保されるという、言ってしまえば無責任な夢想が、この時代のロックを支える基本理念だったように思う。

 それは、ある意味でアナーキーな混乱であったが、ある意味では、豊穣な成果を生み出す冒険だった。

 私は 「ロック」 という言葉から、以上のようなイメージを受けるのだけれど、その言葉がぴったりとハマるミュージシャンとなると、はなはだ心もとない。
 少なくても、 (大好きな) ビートルズは、私にとってはロックではない。
 彼らのサウンドはものすごく刺激的であり、斬新であり、また歌詞においても、後期になれば 「革命」 「変革」 などを標榜することもあったけれど、でも、私がイメージするロックではない。

 「ロック」 という言葉から 「反体制」 とか 「抵抗」 とか 「不良性」 みたいなものを感じる人は、じゃザ・ローリング・ストーンズなんかはロックだろう? と思うかもしれないけれど、あれも、わたくし的には、ロックじゃないんだな。

 ビートルズもストーンズも、 「新しいスタート台」 に一度は立った人たちだけれど、しかし彼らは 「ゴール = 着地点」 のイメージもしっかり把握できる人たちだったから、ちょっと自分の感じているロックとは違う。まぁ、だから彼らは、商業的にもあれほどの成功を収めることができたといえるかもしれない。

 じゃ、 「着地点」 が見えない音楽って何さ?
 …ってことになるけれど、結局、着地点のない音楽というのは、音楽としては永遠に未完成なわけで、そういった意味で、私の感じるロックというのは、未完成さを保留にした音楽ということになる。

 そのような音楽をやっていたのが、私の知る限り、クリームであったり、ジミ・ヘンドリックスであったり、あるいはドアーズであったりする。

ジミヘン01
▲ ジミヘン

 たとえば、クリームの 『素晴らしき世界』 (2枚組み) の2枚目に収められた 「クロスロード」 などは、もうそのレコードのA面を使い果たすかのように、延々とギターとベースのインプロビゼーションが続く。
 それを、当時のリスナーはみな 「実験的だ」 「前衛的だ」 と評価して、演奏そのものをフルコピーするアマチュアバンドも後を絶たなかったけれど、正直にいうと、その “果てしなさ” は、退屈でもあった。

クリームジャケ01

 今思うに、彼らの “果てしなさ” は、彼らが 「終わり方」 を思いつかなかったからだという気がするのだ。
 「着地点」 を拒否するような “冒険の旅” に出てしまったがゆえに、 「着地点」 そのものが分らなくなってしまったのだ。
 それは (わたくし的には) 無残に思えたが、ロックの精神としては、きわめて当然の帰結でもあったろう。
 そこではその無残さが、同時に、高貴さをも体現していたからだ。

 ジム・モリソン率いるドアーズは、サウンドそのものとしては、それほど冒険的ではなかったと思うけれど、彼は訳の分らぬ…というか、それだけ超越性を秘めた詩を書くことによって、自分たちの到達地点を無限に延ばそうとしたし、事実、ジム・モリソンは自らの死によって、その音楽を永遠に未完成のうちにとどめた。

 ジミ・ヘンドリックスは、サウンドとしても、人生としても、輝かしい可能性だけを開示して、未完のうちに果てた。

 クリームは、無限に引き伸ばしていった着地点に向かう途中で力が尽きて、空中分解を起こし、疲れたクラプトンはブルースに回帰した。

 一般的には、ロックは、彼らの力の果てたところから、大成功への道をひた走るようになる。
 しかし、そのとき、実は 「ロック」 は終わっていたと、私は思う。
 着地点の見えない音楽は、リスナーにとってはやっぱり消化不良を引き起こすし、商業的には成功しない。

 そこで、はじめてロックに 「着地点」 が求められるようになる。
 つまり、商業的な音楽として成功させるには、1曲ごとの 「完成度」 とか、アルバム単位の 「整合性」 が必要になるということが分ってきたのだ。

 こうして、ロックはリスナーのそれぞれの嗜好にフィットする形で、
 「フォークロック」
 「ラテンロック」
 「カントリーロック」
 「グラムロック」
 「プログレッシプ・ロック」
 「サザンロック」
 などと、様々な方向に枝分かれしていった。
 そのことによって、産業としてのロックは、それ以降一大マーケットを確立し、ポピュラーミュージックの王座に登りつめていく。

 このような細分化は、ロックの多様性と豊饒性を約束するものであったけれど、しかし、それらはみな基本的には着地点が見えている予定調和の音楽だったというべきだろう。 
 すなわち本当の 「ロック」 というのは、 「○○ロック」 という呼ばれ方が誕生するまでの、ごく短い期間だけ存在していたに過ぎない。

 レッド・ツェッペリンの1枚目は、ブルース基調ではあったが、あれはまぎれもないロックの名盤であり、同時にツェッペリンのロックの最期のアルバムだった。
 「ハードロック」 という呼称が生まれ、そのジャンルに位置づけられるようになったツェッペリンの2枚目、3枚目からは、ツェッペリンのロックも終わっていたというべきかもしれない。

ツェッペリン

 ビートルズやツェッペリンの商業的成功に反旗を翻したパンクロックは、70年代に 「ロックの死」 を高らかに宣言したが、その前にロックはすでに終わっていた…というのが、ごくごく私的な自分のロック観である。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 08:12 | コメント(6)| トラックバック(0)

夏なんです

田舎の入道雲01

 私の住んでいる関東地方は、ここ数日、ようやく晴天が続く夏らしい空が広がるようになった。
 もう、夏も去っていくというのにさ。
 でも、なんとか、少しでも夏に追いつけたようで、うれしい。

 夏、好きなの。
 夏のけだるさが。

 エアコンの普及によって、日本の夏から追い出されたものが、 「けだるさ」 だと思う。

 いやぁ、エアコンもなくて、汗が吹き出すような、うだるような炎天下に身体をさらしてさ、いったい何が 「けだるさだよ」 …って思う人も多いだろうな。

 でも、昔の日本にはあったんだよ。
 埃の舞い上がる道に水を撒いて、軒先に風鈴を吊るして、野原をかすめて来る風を縁側に導きこむときの、けだるい心地よさが。
 
 今 「けだるさ」 という言葉は、 「かったるさ」 と同じような使い方になって、疲労感とか徒労感を表現するときに使われることが多いけれど、昔は、ちょっと違ったニュアンスがあった (と個人的には思い込んでいる) 。

 フランス語でいうところの、 「アンニュイ」 ね。
 これはもう死語なんだろうけれど、いい言葉だったよね。

モニカ・ヴィッティ01
 
 昔のミケランジェロ・アントニオーニの映画なんかに出てくるモニカ・ヴィッティの唇のさ、ちょっと半開きになった感じの、目もちょっとうつろでさ、何を考えているのか分らないような表情が、まさに 「アンニュイ」 だったな。
  
 こういう、奥に方に、ちょっとシンと冷えた 「さびしさ」 が沈んでいる 「けだるさ」 ってのが、エアコンが普及する前の日本の夏にはあったよな。

 昨日の夜、友達とカラオケハウスに行って、はっぴいえんどの 『夏なんです』 を歌ったときに、そう思った。

 入道雲4

 田舎の白いあぜ道で、埃っぽい風が立ち止まる。
 ぎんぎんぎらぎらの太陽。
 鎮守の森は、深緑。
 舞い降りてきた静けさが、古い茶屋の店先に、誰かさんとぶらさがる。
 日傘ぐるぐる。僕は退屈。

 すごいイメージ喚起力をもった歌詞なんだよね、松本隆。
 トロトロとしたサウンドもさ、いかにも、夏のあぜ道に埃を立てる風を感じさせてさ。

 夏ってさ、植物でも昆虫でも、ぎらぎらと生命感をみなぎらせる季節じゃない?
 そのむせ返るような生命感の高揚と、それと同時に、その生命が衰弱していくときの予兆が秘められていて、曲として、これ以上の夏の歌はないんではないか? というすごい歌なんだよね、 『夏なんです』 。

 はっぴいえんどの 『風街ろまん』 は、もう擦り切れるくらい聞いた愛聴盤だった。
 その中で、いちばん聴いたのが、 『夏なんです』 だったな。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:42 | コメント(4)| トラックバック(0)

10秒の孤独

 見ちゃったな、ウサイン・ボルト。
 見終わって、時計を見たら、朝の4時だった。
 冗談じゃねぇよ、と思って急いで寝たけど、まぁ、ボルトの200mの走りをリアル・タイムで見ることができて、満足だった。

ウサイン・ボルト01

 それにしても、何だね。
 彼は走る前に、もう自分の勝利を確信していただろうし、記録更新も確信していただろう。

 ライバルはなし。
 そうなると、自分だけがライバル。

 そういうときに、 「自分との戦い」 とかよくいうけれど、あれは 「自分だけの祭り」 という感じだったな。
 その祭りの雰囲気に、観客も酔いしれた。
 夜中だっていうのに、日本のスポーツバーなんかでは、ジャマイカも陸上競技にも縁のない若者たちが大勢で祝杯をあげていたものな。

 「ただ速く走るだけ」 という、スポーツの中でもいちばんシンプルな短距離走は、逆にいうと、もっとも人間の原初的な興奮を呼び覚ますスポーツかもしれない。
 
 いろいろな駆け引きや、計算やらの複雑な知能活動とセットになったマラソンは、頭脳的なスポーツという感じがするけれど、短距離走は、走っている瞬間は頭脳活動から解き放たれる。
 コンディションの維持、精神統一、ライバルのチェックなどという頭脳活動は、短距離走の場合は、走る前に終了している。
 スタートを切った後は、頭を空白にして、ひたすらゴールを目指すだけ。

 だから、競技中も頭脳活動から逃れられないマラソン選手がみな 「哲学者」 のような風貌を見せるのに対し、短距離走の選手たちには、人間の 「素」 の顔が現れるような気がする。

 マラソンランナーは、走っているときはみな孤独だ。
 しかし、短距離走の選手たちの場合は、走ったときは、その孤独からも解放される。
 最大の孤独感は、スタート台に立つときに、すでに訪れているからだ。

 運動会のかけっこを経験している人は、みなスタート台に立ったときの緊張感を忘れることはないだろう。
 あれは、絶対的な孤独に直面したときのドキドキ感なのだ。

 親も、先生も、友だちも、誰も助けてくれない。
 ビデオをかまえて身を乗り出すお父さんも、必死に手を振るお母さんも、独りぼっちでここに立っている、今の私を助けることはできない。
 あのテープの張られたゴールまでの距離を、私は一人で駆け抜けなければならない。

 幼稚園や小学校で、かけっこを経験した子供たちは、そこで人生における最初の 「孤独」 と向き合う。

 その 「孤独」 を振り切るために、走者は100mあるいは200m先のゴールを目指す。
 そして、人間の孤独なんて、10秒か20秒しか続かないことを知ることで、孤独に耐えるコツをひとつ学ぶ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

地球がなくなる日

 「異常気象」 という言葉が使われる頻度が、毎年高くなっている。
 今年の夏も、前半は一向に明けない梅雨や、連発する豪雨、竜巻などの話題がマスコミ報道をにぎわした。

 これらの異常気象が話題となると、いつもその原因を 「地球の温暖化」 に求める声が巻き起こる。
 しかし、地球がいま温暖化に向かっていることは確かでも、専門家にいわせると、右肩上がりに暑くなっていくというものでもないらしい。
 
 地球に大いなるエネルギーを与えてくれるのは太陽だが、どうもこの太陽というのは、時期によって活動が活発になるときと、そうでないときがあるらしく、太陽活動が低下すると、寒冷化が進行することもあるのだそうだ。

 1645年から1715年の約70年間は、この太陽の活動が低下した時代で、このときはイギリスのテムズ川が凍ったり、氷河が成長して沿岸部を占領したなどという記録が残っているらしい。

 結局、このような寒冷化と温暖化の揺れを何度も繰り返しながら、徐々に温暖化が進行していくというのが、今のところ通説のようである。

 その場合、懸念されるのは、暑い年と寒い年の差がどんどん大きくなってくると、寒暖のバランスが大きく崩れ、一気に温暖化方向にブレる場合もありうるのだとか。
 あるいは逆に、ドカっと寒冷化する可能性もある。

 ここらあたりになってくると、未来の地球像を素人が予測するのは難しい。

 もし、完全に温暖化が進行した場合、そのときの地球はどうなっているのだろう。

ウォーターワールド01
 ▲ 「ウォーターワールド」

 南極や北極の氷も溶けて、映画 『ウォーター・ワールド』 みたいに、かろうじてヒマラヤのてっぺんだけが 「島」 となるような地球になってしまうのだろうか。

銀河02

 もともと、地球にも寿命があるわけだから、どこかで必ずカタストロフがやってくる。
 宇宙科学者によると、われわれの住む地球が所属している銀河系宇宙は、やがて隣のアンドロメダ銀河と衝突して、大混乱に陥るという。
 その図を想像することはちょっとできないが、火星や金星の隣りに、見たこともない星がドカっと居座る夜空を見ることになるのだろうか。
 
 あるいは、そんな呑気なことではなく、いろんな星があちこちで衝突を起こし、目も当てられない状況になるのだろうか。

 もし、その銀河同士の衝突から地球が免れて生き延びたとしても、次は、太陽が膨らんで、地球が灼熱地獄で焼かれてしまう時代が来るという。
 そんなことを繰り返しながら、宇宙はどんどん膨張を続け、最後は破裂してちぎれ飛んでしまうのだそうだ。

 暗い話になった。
 しかし、銀河系宇宙がアンドロメダ銀河と衝突するのは30億年後。
 太陽が地球を呑み込むのは50億年後。
 宇宙が膨張して破裂するのは2000億年後だという。

 そんな時代まで、人類が生き延びているかどうか分からない。
 そう考えると、一瞬、危機感が遠のくから不思議だ。
 きっと人間には、遠い先の 「危機」 を予測する想像力というものが備わっていないのだろう。

 それは、 「有限」 な存在である人間が、ついぞ 「無限」 というものをイメージできないことと似ているのかもしれない。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

小説・渋滞

《 怪談特集 ④ 渋滞 》

 バックミラーに、赤くただれたような空が映った。
 この世のものとは思えぬほどの鮮やかな夕焼けだ。

 なのに、目の前には陰鬱な梅雨空が広がり、フロントグラスに降り懸かる雨を振り払うために、ワイパーがせわしなく首を降り続けている。
 ちょうど自分の乗っているクルマあたりを境に、世界が二つに分かれてしまった感じだ。

 「変な日だ」
 そうつぶやいてみたが、助手席に座る景子の反応はない。
 どこを見ているのか、何を考えているのか、首を少しかしげたまま、ふてくされたような表情で、前方をじっと見ている。
 
 「また、だんまりかよ」
 そう吐き捨てたいのをこらえ、私は黙ったまま、煙草を口にくわえて、シガーライターから火を取った。

 何本目の煙草だろう。
 景子のイライラがこちらにも伝染してきているのか、気を紛らわすための煙草がやたら増えている。

 心がザラついているのは、渋滞のせいかもしれない。
 3連休の中日。
 高速道路に入ったときから、3車線の道路は切れ目なくクルマで埋まっていた。

渋滞画像109

 景子のために、わざわざネットで探した “落ち着いた大人のホテル” 。
 そこも結局は家族連れであふれかえり、ロビーも廊下も、騒ぐ子供たちの声とそれをたしなめる親たちの怒号が絶えることがなかった。
 「大人の隠れ里」 と銘打ったホテルなのに、カップルで来た人間の方が浮いた存在になってしまった。

 景子ももう若いとはいえない。来年で29歳になる。
 私と並べば、 「中年の旦那に若い妻」 と見えてもおかしくはないのだが、ホテルのメインダイニングに座った家族たちは、一人として私たちをそのようには見なかった。

 「ワケあり風の、場違いな2人連れ」

 周りの視線にさらされて、景子が傷ついたことは想像にかたくない。


 「3連休なのに、どうして1泊なの?」
 ホテルの予約を入れたことを、電話で景子に告げた日、彼女の声は冷ややかに沈んでいた。

 「最終日はクライアントの曽根崎部長からゴルフに誘われていると、前にも言っただろう」
 思わず声を荒げてしまったのは、後ろめたかったからである。

 本当は、7歳になる娘をディズニーランドに連れて行く約束があったからだ。
 しかし、それは景子には言えない。

 最初のうちは、景子のために、家族に嘘をついた。
 しかし、今は家族のために、景子に嘘をついている。
 それが景子にも分るのか、ここ数ヶ月、もう景子の笑顔を見たことがない。

 夕暮れが迫り、渋滞はますますひどくなる。
 景子をマンションに送り届けてから自分の家に戻るのは深夜になるかもしれない。
 ディズニーランドに行くのを楽しみしている娘を寝かしつけるために苦労している妻の顔が浮かぶ。
 景子との秘密の旅も、これが最後になるのだろうか。

 カーナビが妙な動きをしている。
 自車の位置を示す矢印マークが、道路からズレ始めたのだ。
 高速道路を離れ、山の中を進んでいるようだ。
 トンネルが多かったせいで、GPSが自車の位置を正確に把握できなかったのかもしれない。

 スイッチをいったんオフにして、目的地を再入力しても、ナビの誤作動は解消しない。
 いま走っているはずの高速道路はとっくに画面から消え去り、黒々とした大地がモニターいっぱいに広がっている。
 その闇の中から、白地の地名が浮かび上がった。

 「水無川」

 はて、ここらにそんな川があっただろうか。

 目の前を埋めるおびただしいクルマのテールランプの輝きが濃くなっていく。
 ストップランプが点灯する時間帯が多くなってきたからだ。どのクルマも、ブレーキを踏んでいる時間が長くなったことを意味している。
 いったいこの渋滞は、いつ解消するというのか。
 気づかないうちに、また煙草をくわえている。

 クルマは動かないというのに、ナビのモニターでは、矢印マークが規則正しく北上していく。
 「水無川」 を越え、 「刺串峠」 を登っているようだ。
 さしぐし…?
 聞いたこともない峠だ。
 いったいこのナビはどうなっているんだ? 

 水無川……
 刺串峠……
 
 待てよ。
 あれは、娘が5歳の頃だったかもしれない。

 「パパおしっこしたい」
 ペンションを探して夜道を走る途中、娘がそう言ったのだ。
 「この峠を越えたら町に出るから、待てない?」
 妻が娘にそう言った。
 「だめ、我慢できない」

 「膀胱炎になっちゃ大変だ。クルマを止めておしっこさせよう」
 私は妻に言った。
 「だって、こんな寂しい峠で、外に出ておしっこさせるなんて、酷よ」
 妻はそういい返してきた。
 「大丈夫だよ。なんなら俺がいい場所探してやるから」

 クルマの速度を落としても、追い越すクルマも対向車もなかった。
 ヘッドライトを消すと真っ暗になるので、ヘッドライトをともしたままクルマをとめ、私は娘の手を引いて外に出た。

 「あの柵をちょっと越えれば、木の陰になるから。そこでおしっこしておいで」
 「恐いからパパも一緒に来て」
 「大丈夫だ。ここにいるから、すぐしておいで」
 「いや、パパも一緒に」
 「分ったよ。木の手前まで一緒にね」

 だが、そこまで行って驚いた。
 暗くて分らなかったが、木の向こうは断崖絶壁だったのだ。
 娘を一人で送り出していたら、この谷底に転げ落ちていたかもしれない。

 「木の向こうは谷だから、もうここでおしっこしようね。パパはちょっとだけ後を向いているから」
 「うん。すぐ終わる」

 しかし、私はそっと見ていた。
 暗闇に白く浮き上がる娘の小さな尻を。
 そして、その尻の向こうに、ぽっかりと口を開けた奈落の底を。

 「あそこから人を落としたら、たぶん誰にも見つからないだろう」

 なぜか、そんなことをぼんやりと考えていた。

 あの峠を、もしかしたら刺串峠といったのではなかったか。
 それにしても、奇妙な地名だ。
 「串刺し」 なら分るが、 「刺串」 というのは何か変だ。
 どういう由来があるのだろう。

 しかし、そんな思い出はどうでもいい。この渋滞がいつ終わるかが問題だ。
 帰りが御前様になったら、俺の立場はどうなるんだ?
 明日のディズニーランド行きの打ち合わせをするために、妻はきっと私が帰るまで起きているだろう。
 「こんな時間まで、誰と会っていたの?」
 そういう妻の顔が目に浮かぶ。

 渋滞は景子のせいでもなんでもないのに、なぜか景子の存在が腹立たしく思えてくる。
 さっきから黙りこくっている景子が、無言のうちに 「今回の旅行プランは失敗だった」 と圧力をかけているような気がしてならない。

 渋滞
 渋滞
 いまいましい渋滞め。

 口の中で、そう罵ってはみるものの、いまいましいのは渋滞ではなく、景子の方だという気分がますます募ってくる。

渋滞画像111

 またトンネルだ。
 いったい何本のトンネルを抜けなければならないのか。
 
 道路公団はどうかしている。
 こんなトンネルばかり掘ってカネを無駄に使いやがって。もう少し別なルートがなかったのか。
 しかも、こんな陰気なトンネル…
 崩れたレンガでアーチを築いた入口には、蔦 (つた) がブドウのふさのように重なりあい、入る前から廃虚に吸い込まれるような気分だった。

 掘った土にただコンクリを吹きつけただけの、おそろしく粗雑な壁。
 クルマのライトに照らされて浮かび上がる壁の凹凸が、光りの角度によって人の顔にもケモノの姿にも見える。

 ひどいことに、このトンネルには照明というものがない。
 もし、ここにいるすべてのクルマが、一斉にライトを消したら原始の闇だ。
 自分が死んで、目を開けた時に、ここが 「死後の世界」 だと説明されれば、素直に信じてしまうかもしれない。

 それにしても、サービスエリアにお風呂やコンビニまで導入させた道路公団が、こんな原始的なトンネルを放置しているなんて、ちょっとおかしいんではないか。

 ほら、冗談じゃないぜ。
 天井から、血のしずくのような黒ずんだ水がポタポタと落ちてきている。
 渋滞でなかったら、一気に加速して抜けるところだが、このトンネルに入ったとたん、ほとんどクルマが動かなくなった。

 もし、ここで土砂崩れでも起きたら、いったいどうなるんだ?
 新聞記事に、事故の被害者として私の名前が出る。

 「同乗していた女性は、同じ職場の部下で……」。

 そんなことになったら私の職場での地位も、それこそ一巻の終わりだ。
 風紀にやかましい新社長が就任してからは、わざわざ 「既婚者の社内恋愛はご法度」 などという訓辞すら出されている。
 それを私と景子は破っているのだから、もし発覚したら、私たちに対する社内の風はとてつもなく冷たいものになるだろう。

 早く、ここを抜けたい。
 そう思えば思うほど、クルマは一向に前に進まない。

 周りの連中は車内で何をしているんだろう。
 私と同じように、イラだちを抑えながら、ひたすらクルマが動き出すのを持っているのだろうか。
 それとも、家族で仲良く “しりとり遊び” でもしているのか。
 ラジオから流れる野球中継に耳を傾けているのか。

 どうも違う。
 やつらの目つきがおかしい。
 みな息を潜めて、私と景子の様子をうかがっている。

 「あのクルマの2人連れ、きっとアレよ、アレなのよ」
 「夫婦を装っても、すぐバレるのに、誤魔化し通せると思っているのかしら」
 「いいクルマに乗ってるじゃない。高級車だよ。ありゃ女はカネ目当てだな」
 「あのくらいの年の男ってさあ、けっこう若いときより性欲が強いんだよね」

 トンネルに充満しているアイドリングの響きをぬって、そんなヒソヒソ話が聞こえてきそうだ。

 人は、悪意を胸に秘めると、それを表に出さないように、仮面のような顔になる。
 前からも、後ろからも、右からも、左からも、仮面を被った人間たちが、わざと何も知らないふりして、私のクルマをこっそり盗み見している。

 人間の目というのは、好奇心に駆られると、あんなに卑しい目になるのか。
 含み笑いを隠した口元というのは、あんなに醜く歪むのか。

 一見、空洞のような、やつらの目。
 人間の心が溶け落ちて、邪悪な意志だけが残った空虚な穴。
 やつらの悪意ある視線と、意地の悪い沈黙が、私の脳を爆破させそうだ。

アンソール絵画01

 景子
 景子!
 景子!!
 お前がいるからだ!
 思わず叫び声をあげそうになったが、私は必死でこらえた。

 どうかしているぜ。俺は…。
 ハンドルを握る手がべっとり濡れている。
 発狂しそうなほどに緊張が高まり、手のひらに大量の汗が吹き出したのかもしれない。

 落ちつけ。
 もうじきトンネルから抜ける。
 ほら、出口の明かりが見えてきた。
 いや…違うか。
 避難所のようだ。

 トンネルの左側に、一ヵ所だけ、コンクリの一部をえぐり取って、人がかろうじて身を避けられるぐらいの個室が造られていた。
 個室には、ガラス戸を埋めたドアがあり、ドアには 「緊急避難場所 SOS」 という文字が書かれている。

 中に人がいた。
 女の後ろ姿が見える。
 事故でも起こったのだろうか。
 個室内には、 「緊急事態発生」 を連絡するための黒い電話器があるというのに、彼女はその電話器さえ取らず、背中をこちらに向けたまま、じっと壁にもたれかかっている。
 怪我しているのか?
 こめかみから血が流れている。
 その血がワンピースの肩までしたたり落ち、髪の毛と絡まりあって、古木に巻きついた蔦 (つた) のように見える。

 「景子、あれを見たか?」
 思わず私は景子に言ったが、景子はそれを聞いても、振り向こうともしない。

 「彼女はケガをしているぞ。ちょっとクルマを止めよう」
 
 そのとき、黙りこくっていた景子がはじめて口をきいた。
 「もう手遅れよ」
 感情のぬくもりを削ぎ落とした、機械の合成音のような声だった。

 「手遅れって、お前、どうして……」
 そういいかけて、私は口をつぐんだ。

 景子に、なぜ手遅れだということが分かるのだろう。
 まるで、目撃者であるかのような口ぶりじゃないか。
 それとも、 「あの女は自分だ」 とでも言いたいのか?
 そういえば、あの後ろ姿は、景子にそっくりだった。
 あれが景子だとしたら、いま隣りに座っているお前は誰だ?

 ……まてまて。落ちつけ。
 いったい、どうして自分はこんなに動揺しているのか、少し冷静になって考えなければ。
 
 「すべては、ナビが狂いだしたときに始まったのかも…」

 そう声に出したわけでもなく、頭の中で思っただけなのに、景子は私の気持ちを読み取ったのか、ゆっくりと、抑揚のない声でこう言った。

 「ナビの方が正しいのよ」

 私は、景子の言っている意味がよく分らず、その真意を探ろうとして顔を覗き込んだ。
 景子は目を見開いたまま、唇も動かさずにスルスルと喋り始めた。

 「さっき水無川を越えたでしょ。もうじき刺串峠のトンネルを出るわ」
 「だって俺たちは、渋滞中の高速道路を走っているんだぜ」
 「それは、あなたの心が見たい風景なのよ。本当のことから目を逸らしたくて」
 「お前、何を言い出すんだ?」
 「刺串峠で私を捨てるんでしょ? トンネルの中で殺した私の死体を」

 景子は、人形のようにまっすぐ前を向き、目も口も動かさずにそういった。
 そのこめかみからは流れ出た血は、今はようやく固まり、髪の毛と絡まって、古木にまとわりつく蔦 (つた) のように見えた。

 景子が口をつぐむと、周囲にいたクルマの群れはあとかたもなく消え去り、静まり返ったトンネルも、闇の底に沈んだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

アクセス解析

 今自分が参加しているホビダスのブログには、アクセス解析をやる機能があって、ブログを始めた頃はそれが面白くて、よく 「アクセス分析」 を行っていた。

 「ひゃぁー! 今日は20件も開いてくれた読者がいた。どうして、こんなブログに注目してくれる読者がいるのだろう」
 と、最初の頃は、それを開いて無邪気に喜んでいた。

 ところが、1年ぐらい経った頃から、解析するのにだんだん時間がかかるようになった。
 サーバの容量の問題だと思うのだが、画面が凍りついたまま、5分も10分も動かないのである。
 そのうち、最初の画面を開くだけでも20分以上かかるようになり、さらに、ディリー、マンスリー、検索ワードなどのデータを調べようとすると、全部で1~2時間かかるようになった。
 そんなわけで、滅多なことでもない限り、アクセス解析を行うのを断念していた。

 昨日、久しぶりに開いてみたら、いろいろ面白いことが分った。
 まず、 「検索ワード」 で、かつてなかったほど、一つの言葉にアクセスが集中していたのだ。
 それは 「キューブ2ルーム」 である。

 日産ピーズフィールドクラフトさんが開発したキューブのポップアップバージョンなのだが、この言葉を手がかりに、このブログのお越しいただいた方の数が大変多い。

キューブ2ルームpop外装01

 8月に入ってからのデータしか追っていないが、8月1日から昨日までに、 「キューブ2ルーム」 という検索ワードの入力数は、632。
 「キューブ2ルーム」 が、341。
 同じ言葉のように思えるが、前者は 「2」 が全角で、後者は 「2」 が半角である。

 検索ワードは、一文字で異なれば別の用語としてカウントされるので、内容としては同じものだ。
 これだけで、もう1,000に近い。

 そのほか、
 「キャンピングカーキューブ2ルーム」
 「キャンカーキューブ」
 「日産キューブ2」
 「キューブ2ピーズ」
 …などという言葉もそれぞれ別にカウントされてくるので、それらを総合すると、この8月に入ってからだけでも、同じ情報を6,000人以上の読者が求めてくださったということになる。

 しかも、「キューブ2ルーム 寸法」 とか、 「キューブ2ルーム 足回り」 などという用語も入ってくるので、かなり購買意欲が盛んなのではないかという推論も成り立つ。

 このブログの性格上、どうしてもキャンピングカーに関連する用語で検索してくださる方が多く、キャンピングカーの固有名詞も当然多い。 
 キャンピングカー名では、今まで 「アミティ」 がダントツだったけれど、 「キューブ2ルーム」 はそれをはるかに上回る勢い。

 やっぱり、これは 「キャンピングカー」 に興味を持たれている方だけでなく、広い意味で 「寝られるクルマ」 「遊べるクルマ」 に興味を感じている方々がいるということを意味しているのだろう。

 アクセス解析を行ってみると、それなりに、なんとなく市場のニーズの雰囲気もつかめる。
 これはブログをやっている強みかもしれない。

 だから、アクセス解析は大事なのだが、残念なことに、そのために1日30分以上、モニターをにらめっこして解析画面が開くのを待っているほどの余裕はない。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:51 | コメント(2)| トラックバック(0)

消えた裏町

 高速道路は上りも下りも、帰省ラッシュ、Uターンラッシュのピークといわれる金曜日から土曜日にかけて、キャンピングカーで温泉旅行を楽しんできた。
 
 目的地とした温泉近くにあるキャンプ場に、キャンセルで空いたサイトはないかと探してみたが、さすがにお盆の最盛期は満杯……と思いきや、ネットでみると、 「余裕あり」 の表示。

 しかし、溜りに溜まった家の雑事をこなしていると 「出発が夜になりそう」 というカミさんの判断で、キャンプ場はあきらめ、高速道路の 「SA車中泊」 をもくろむことにした。

 高速に乗ってからも意外と渋滞はなく、仮眠の目的地としたSAも、トラック用駐車スペースの奥の方はがら空き。
 他のクルマから離れた一番すみっこのスペースにクルマを止め、売店で売っていたコロッケや焼きシュウマイをサカナに、深夜の祝宴を始めた。
 網戸の付いた窓を全開にして、天井のベンチレーターを回すと、かなり涼風が車内に舞い込んで、意外と快適。
 この日は湿度が低かったことが幸いしたのかもしれない。

 ラジカセのボリュームを小さくしぼり、外に音が漏れないようにして、音楽を聞く。
 (いまだにテープで音楽を聞いているのだけれど、我が家の持ち出し用音楽ソースの大半が、今もってCDから落としたテープなのだから、これは仕方がない)

 最初はケミストリーとか、ミーシャとか、山崎まさよしなんかを聞いていたけれど、そのうち飽きてきて、竹内まりや、上田正樹、はっぴいえんどと、どんどん古い時代に遡行していく。

 三橋美智也、橋幸夫、守屋浩、美空ひばりあたりになってくると、酔いも回って、歌に対する思い入れも高まってくる。

 三橋美智也の 「哀愁列車」 、 「夕焼けとんび」 。
 守屋浩の 「僕は泣いちっち」 。
 美空ひばりの 「リンゴ追分」 などを聞いていると、そのテーマは 「都会と田舎」 だということに思い至った。

 大都会に出て、故郷をなつかしむ歌。あるいは、田舎に残された家族や恋人が、都会に出て行った人間の安否を気づかうような歌。 「望郷ソング」 というのだろうか、都会と田舎に引き離された者たちの、相手を慕う心情とか、残された者の未練をテーマにしたものが多い。

 これらの歌が流行った時代というのは、若者人口の流動化が巻き起こった時代だった。
 急成長を始めた大都市圏の製造業が、労働人口の不足を地方の若者たちに求めたせいで、集団就職などという形で、地方の若い労働力が急激に都市に集まるようになった。
 それに伴い、農村の閉塞性を嫌った若者たちが、都市にある解放性を求めて、田舎を出るようになった。
 
 こういう地鳴り現象のような若者人口の流動化が、日本の歌謡曲を発展させる契機になったと思う。

 うちのカミさんが、幼い頃の思い出話を語る。
 家の隣りに、お菓子工場の寮があり、夕方になると、工場で働いていた若者がその寮の自分の部屋に戻り、みんな一斉に窓を開けて、ラジオを聞き始めるというのだ。
 その光景を、幼い頃のカミさんはずっと見ていて、そのラジオから流れる歌を、自分もまた覚えたのだという。
 
 あの時代の歌が、耳で聞いただけで、歌詞もメロディもすぐ覚えられるように作られていたのは、ラジオで聞く音楽だったからだろう。
 今のように、パソコンからダウンロードする手段もなく、テープレコーダーのような家電もなく、レコードは高価で、ギターも普及していない時代に、歌を覚えるのは、ラジオから流れる曲を 「身体」 で覚えるしかなかった。

 そういう身体的な 「覚えやすさ」 が、この時代の歌謡曲の市場的ニーズであったから、ヒット曲ともなれば、誰もがすぐに歌える国民歌謡になった。

 それに比べると、最近のJポップは、本当に覚えづらい。
 再生装置の高度化にともない、音楽も複雑になったとしか思えない。
 私らからみると、今のJポップは、幼い頃から音楽環境が整えられ、様々な再生装置や楽器などに囲まれて育った音楽エリートたちの歌のように聞こえる。


 カミさんと昔の音楽について語っていて、もうひとつ発見したのは、 「裏街」 と 「場末」 の消滅。
 西田佐知子の 「裏町酒場」 という曲を聞いていたときのことだが、私が、 「この曲いいねぇ」 といったとき、カミさんは、 「今の若い人たちに “裏町” なんていう言葉は通じないのではないかしら」 という。
 日本の都会から、急速に 「裏街」 とか 「場末」 とかいう空間がなくなった、というのである。

西田佐知子「裏町」ジャケ

 言われてみると、そのとおりである。
 「裏町」 というのは、メインストリートから一歩引いた場所にある、まぁ、常連客しか来ないようなスナックとか、居酒屋とか、パチンコの景品換金所とか、歓楽街的な要素を持ちながら、 “ちょっとさびれた” 、とか、あるいは “どこかいかがわしい” 、さらに “ちょっぴり危険な” …風情を漂わす一角のことを指す。

 いわば秘密の匂いのある場所。男と女の愛憎劇や、カネをめぐるトラブルなどが渦巻いていそうな場所というニュアンスがある。
 そういう場所が、確かに今の都会から姿を消しつつある。
 
 「場末」 も同様。
 文字通り、都会のにぎわいからちょっと取り残された辺境の一角。
 デパートや高級ブランド店の姿が見えなくなり、あまりお客が来ないだろうな…と思わせる、わびしいスナックや飲み屋がぽつりぽつりと建ち並び、厚化粧の怪しげなオバサンに、 「お兄さん寄ってかない?」 と声かけられそうな場所のことだ。 
 
 酒で気分転換をしようと思ったとき、私は快適なリゾート的空間で飲むよりも、チープ感漂う場末の飲み屋の方が心地よいと思うたちなので、 「裏町」 とか 「場末」 は、ずっと自分のホームグランドだった。

 昭和の歌謡曲は、この 「裏街」 とか 「場末」 で聞くと、ほんとうにじんわりとした気分に浸されるものが多かったが、そういう場所が、いつの間にか視界から消えつつあるという指摘は寂しかった。


 「裏町」 の消滅が始まったのは、いつ頃からなのだろうか。
 たぶん、土地高騰神話が生まれ、都会に地上げ屋が跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) した80年代バブルの頃からだと思う。
 いかがわしい 「裏町」 が姿を消し、代わりに姿を現したのは、コンビニだったり、ファミレスだったり、駐輪所だったりした。

 昔ながらの 「裏町」 や 「場末」 として残っている場所も、よく見ると、若者にも入りやすいような改装が密かに施され、 「レトロ」 や 「昭和風味」 を堪能できるテーマパークのようになっていった。
 ビジュアル的な古めかしさは残されても、その中味は、安全で、快適で、合理的なシステムによって支えられ、いわば新横浜に出現した 「ラーメン博物館」 のようなものになったわけだ。
 新宿のゴールデン街などは、そういう流れの中で生き残るようになったと思う。

 これらの 「裏町」 の消滅と、日本の思想空間におけるモダンからポストモダン的な移行が、パラレルな関係にあるというのも面白い。

 デパートや高級ブランド店が建ち並ぶ、 “表町 (?) ” と、 “裏町” が並存した時代というのは、いわばカルチャーとサブカルチャーが両立した時代。

 その頃の思想的言説も、 「表層」 と 「深層」 (岸田秀的な精神分析論) 、あるいは 「中心」 と 「周縁」 (山口昌男の文化人類型アプローチ) という二元論で物事を考えていく思想が主導的であったが、表町と裏町のフラット化が進行する度合いに応じて、 「表層 vs 深層」 やら 「中心 vs 周縁」  的な二元論も力を失い、 「表層」 「深層」 「中心」 「周縁」 「近代」 「脱近代」 などが地続きにフラット化するとりとめもない言説空間が生まれるようになった。

 …と、そんなことを考えているうちに、カミさんはベッドメイクもせずに、ダイネットソファに置いた枕に頭を乗せて、サイドソファに足を伸ばしたまま、高いびき。

 1人でマグカップに氷を落とし、深夜になってもSAに入ってくるクルマのヘッドライトを遠くに眺めながら、ジンロの生茶割をのんびりと飲んだ。
 西田佐知子がけだるく歌う 「裏町酒場」 や 「東京ブルース」 が無類に心地よかった。

 今や私が 「裏町」 の気分を取戻せるのは、町とはまったく縁のない、この自分のキャンピングカー空間だけなのかもしれない。

 PS この記事をUP後の18日に、赤の'57さんより、小倉に残る 「裏町」 を紹介する画像と記事のトラックバックをいただきました。「裏町」 の雰囲気を知りたい方はぜひ (↓)
 http://mk7054.blog.hobidas.com/archives/article/83488.html

▼ 「裏町酒場」
  
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 14:17 | コメント(3)| トラックバック(1)

我々はロボットだ

 2日前のブログで、違法ドラッグが蔓延してしまった背景には、人間の脳をケミカルの方法で直接刺激してしまえば、簡単に 「感動」 や 「快楽」 が生まれてしまうという認識が広まってきたからだ、というようなことに触れた。

 これは、批評家の東浩紀さんが、『リアルのゆくえ』 (大塚英志氏との対談 講談社現代新書) という本で述べた、
 「文化とは結局 “脳の生理的な反応のことなのだ” というパンドラの箱を (人間は) 開けてしまった」
 という発言に触発されて考えたことだ。

 東さんはいう。
 「 (人間は) いままで宗教的な悟りだと考えていたものが、ドラッグによっても実現可能だと分かってしまった。 (中略)
 人間も動物だから、たいていの悩みは薬物で解消できる。 (中略)
 文学や哲学はこれからも残っていくだろうけれど、そいうものが人間社会のなかで大きな位置を占めていくとは思わない。
 僕たちの世代は “人間” がいなくてもやっていけるシステムを整えつつある。
 言い換えれば、個人の主体的な判断より、むしろ集団的で統計的なコントロールに基礎を置いた社会を築きつつある。
 文学や哲学の行く末を嘆くのは一部の文化エリートだけだろう。近代世界がここ2世紀で作り上げてきた “文化” なるものの輝きは、9割とか9割5分失われてしまうかもしれない。
 21世紀の世界は、さまざまな薬物的文化産物に囲まれて、それを動物のように消費していく方向に向かうでのはないかと思う」

 私は、自分が “文化エリート” だとはまったく思わないけれど、この発言を聞いていると、寂しくなる。
 ここには、村上春樹の 『1Q84年』 ではなく、ジョージ・オウエルの 『1984年』 や、映画 『マトリックス』 で描かれたディスユートピアの悪夢が口を開けているような気がする。

 もちろん、東さんはそういう世界が来ることを肯定しているわけではない。
 ただ、肯定する、しないかにかかわらず、 (未来予測として) そうなっていくだろうと想定しているわけだ。
 
 対談では、この発言のあとに、 「だから、俺たちがここで頑張らなければならんのだろう!」 と吼える大塚英志さんとの白熱したバトルが展開していくわけだけれど、私は、東さんの言わんとしていることも十分納得できてしまう。

 人間の開発したテクノロジーは、もう軽々と19世紀、20世紀的な人間像を無効にしつつある。

 人間の 「感動」 や 「快楽」 が、ケミカルな手法で達成できる時代が来ているということは、人間の 「思考」 や 「感性」 も機械的操作でいくらでもコントロールできるということを意味する。

 人間とサイボーグおよびロボットとの相克は、今までも 『ブレードランナー』 や 『ターミネーター』 、 『イノセンス』 などという映画やアニメの格好のテーマとなっていて、
 「ああ、すげぇなぁ。そのうち人間とロボットとの境界はどんどんなくなっていくんだろうな」
 とか思いつつも、まだ遠い先の話のように思えたものだが、実はすでにそのような 「人間=機械系」 の生活感覚は、ひたひたと私たちの日常生活を浸し始めている。

 臓器移植とか、そういうことを言っているのではなく、もっと、シンプルに、当たり前に、日常的に、「人間=機械系」 ライフスタイルは完成しつつある。

 たとえば、携帯電話。
 人類がこのテクノロジーを得たことは、私は、ひょっとしてグーテンベルグの活版印刷以上の文化革命なのではないかと思っているのだけれど、さらに専門家に言わせると、あの携帯電話をもっと小さなチップ形式にして、人間にじかに埋め込むことも研究されているというのだ。

 アメリカ軍では、パイロットの脳とジェット戦闘機のコントロール系を直結させて、操作のタイムラグを極力減らすような研究も進んでいるという。
 ガンダムのモビルスーツは、すでに実用化の段階に入っていたのだ。

ガンダムモビルスーツ

 なんだか、大変な時代になってきた感じがする。
 しかし、そういう時代の変化というものは、気づいていたら、いつのまにそうなっていたということで、私たちは目に見える変化として、それを感じることはできない。
 人間は、「生活に便利」 と思えるものは、何の抵抗もなく率先して手に入れて、当たり前に使いこなす。

 あと100年ぐらい経ったら、携帯電話を持つ前の人間と、携帯電話を使うようになった人間の思考や感性がドラスティックに変っていたことを、きっと発見するだろう。
 しかし、今その変化を見ることはできない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:38 | コメント(2)| トラックバック(0)

構造しかない春樹

 出版不況のさなかというのに、何かと話題の多い村上春樹。
 「ノーベル文学賞」 の候補者としてもたびたび名前の出る、今や日本で最も知名度の高い作家だが、その人気の高さゆえなのか、あるいは作品そのものが解釈の多様性を秘めているのか、村上春樹という作家そのものを論じる“村上本”がやたらと多い。

 現在そのなかでも最も新しいと思われるのが、大塚英志さんの書いた 『物語論で読む村上春樹と宮崎駿 - 構造しかない日本』 (角川oneテーマ21 7/10 初刷) である。

物語論で読む村上表紙01

 私はこの大塚英志さんの著作に以前からかなり注目しており、 『 「おたく」 の精神史 1980年代論』 、 『物語消滅論』 、 『リアルのゆくえ』 と、書店で目に付いた著書は欠かさず購入して読んでいた。

 マンガ雑誌の編集者としてスタートし、やがてマンガの原作者となっていった人だから、得意分野はサブカルチャー全般なのだが、民俗学から現代思想に至るまで幅広く研究対象を拡げ、今もっとも脂の乗った現代文化ウォッチャーの一人といえるだろう。
 生まれは1958年。 「新人類」 とか 「おたく」 とかいわれた世代に属する。

 私がこの大塚さんの著作に触れたのは、 『 「おたく」 の精神史』 (04年) からだったが、それまでの団塊世代的な “上から目線” のアカデミズムとはまったく違った、現場叩き上げのしぶとさと、腰の据わり方のどっしり感があって、 (泥臭いけれど) ものすごく頼もしいライターが現れたという思いを持った。

 この手の “批評本” の書き手は、士官学校を出て、軍略などの講義をしっかりマスターして軍に配属された高級将校の雰囲気を漂わす人が多いのだが、大塚さんは、実際の地形や敵味方の士気の違いを観察してから戦略を立てていくという、戦場の最前線に立つ下士官の雰囲気がある。
 つまり、大塚さんの言説には、銃弾が耳をかすめている場所に立っているという緊迫感があるのだ。

 特にマンガ、アニメ、ゲームというオタク系カルチャーを論じる視点には、まさにその渦中にいて、それぞれのキャラクターのビジュアル的な出来映えさえ把握できる人間の強みが感じられる。

 その注目している大塚さんの “村上春樹論” である。
 もう表紙を見ただけで、中身を拾い読みすることもなく、すかさずレジに向かった。
 ただ、読む前に、結論も分かっていた。

 「構造しかない日本」

 このサブタイトルが、村上春樹をどのように論じているかを余すことなく伝えてくる。
 つまり、村上春樹がなぜ世界中に人気があるのかといえば、それは、彼の作品が、民族・文化の差異を超えて、どんな読者をも説得できる 「構造」 をしっかり持っているからだ、ということなのだ。

 その 「構造」 とは、要するに 「物語として構造」 であり、世界中に流布している民話、童話、ファンタジーなどを構成する 「基本骨格」 のことを指す。

 …と書くと、大塚さんが村上春樹を肯定的に捉えているように感じられるが、しかし、 「構造しかない」 という言い方には、同時に村上作品の中枢は “がらんどう” であるという意味も含まれている。

 この本は、その村上作品の “がらんどう” ぶりを検証していく本となっているのだが、それがハリウッド映画の 『スター・ウォーズ』 、オウム真理教、宮崎アニメの 『風の谷のナウシカ』 などといった、誰もが身近に感じられる話題を参照する形で出てくるので、すべての叙述がものすごい具象性を帯びる。およそ文芸批評という近寄りがたい理屈っぽさから全く解放されているのだ。

 では、彼が村上春樹の小説に見る 「物語の構造しかない作品」 とはどういう意味なのだろうか。
 その前に、まず 「物語」 という言葉から、人々はどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。
 そこから話を進めないと、この本のテーマがよく見えてこない。

 で、 「物語」 というと、まずは桃太郎やら浦島太郎という日本のおとぎ話を想像する人がいるはずだ。
 あるいは、映画 「ロード・オブ・ザ・リング」 の原作となったトルーキンの 『指輪物語』 のような児童文学を思い浮かべる人もいるだろう。
 広義の意味でのエンターティメント小説全般を連想する人もいるかもしれない。

 で、実際それはすべて正しい。
 「物語」 といった場合、今われわれが手に取れるほとんどの “面白い小説” をそうくくってもかまわないだろう。

 で、問題は、この 「物語」 と、たとえば一般的にいわれる 「文学」 とはどう違うのかということなのだ。
 この差をはっきりさせることが、この 『物語論で読む村上春樹……』 という著作を理解する手がかりとなる。

 まず 「物語」 。
 昔話に代表されるように、私たちが子供時代によく聞かされた 「物語」 というのは、どんな国に伝わるものでも、どこか似かよったところがある。
 たとえば、桃太郎が鬼ヶ島に出かけて、鬼を退治した後、宝物を持って帰ってくるというような話は、ギリシャ神話やロシア民話にも似たような話があり、今なお狩猟採集生活を送るような民族にも伝わっている。

 このことに着目したロシアの研究家が、ロシアに残る無数の魔法民話を分析したところ、どの民話も、見事なまでに31の最小単位に規則正しく分けられることを発見したらしい。

 そのような基礎研究を元に、ジョセフ・キャンベルという神話学者が、研究対象をさらに広げて世界中の 「物語」 を調べたところ、その多くが、

 ① 主人公の旅立ち
 ② 試練を通じて獲得される主人公の自立
 ③ 成長した主人公の帰還

 というような三つの展開部を持っていて、その ① から ③ の間には、
 「神秘の世界へ通じるゲートの通過」
 「主人公を助ける仲間との出会い」
 「主人公をパワーアップさせる魔法使いの登場」
 「主人公を誘惑する悪の女神」
 などといった、きわめて共通したエピソードが散りばめられていることが分かったというのだ。
 (※ 実際には、キャンベルはもっと違った用語を使って、さらに細かい例証を挙げている)

 このような話から、多くの人がすぐに思い浮かべるのは、映画 『ロード・オブ・ザ・リング』 であったり、 『ナルニア国物語』 であったり、あるいはゲームの 『ドラゴンクエスト』 であったりするのではなかろうか。

 そうなのである。
 これらの映画やゲームは、みな昔話のスタイルをきわめて忠実になぞっているのだ。

 神話学者のグレン・キャンベルは、それを、
 「物語には共通した構造がある」
 と表現する。
 つまり、国や文化や民族は異なっても、世界に伝わる英雄伝説は、みな同じ骨格を持っているというわけだ。

 世界の国々で伝承された 「英雄物語」 というのは、子供が成人して立派な大人になるためのモデルケースを語り継いだもので、いわば子供の成長過程をなぞっている。
 そのような自己実現の話は、成長途上にいる子供に希望と勇気を与える。
 そして、それは、人生を 「人間の成長過程」 のように捉えている大人たちをも鼓舞するから、親子ともども幸せを得ることができる。

 かくして、このような構造を持ったものは、小説であろうと、映画であろうと、ゲームであろうと、無条件に全世界に歓迎されるというのである。

 大塚英志さんによると、ジョージ・ルーカスの制作した 『スター・ウォーズ』 こそ、このキャンベルの原理を完璧なまでに再現した 「物語構造」 の代表例なのだという。

スターウォーズポスター01

 で、ここからが本題なのだが、大塚さんは、
 「村上春樹の小説がこれほど世界的にヒットする理由は、彼の小説もまた “物語の構造” に支えられているからだ」
 という。

 大塚さんは、彼の代表的な長編である 『羊をめぐる冒険』 が、いかに 『スター・ウォーズ』 と似ているか、そしてその両者が、いかにキャンベルがいうところの 「物語の構造」 に忠実につくられているかを、一つひとつの例を挙げながら検証していく。

 そして後書きにおいては、最新作の 『1Q84年』 こそ、村上春樹がついに本格的に 『スター・ウォーズ』 をめざした小説だと結論づける。

 『スター・ウォーズ』 も 『羊をめぐる冒険』 も、世界の人たちから認められたのだから、それは素晴らしいよね!
 ……と誰でも思うところだが、大塚さんはそう思わない。

 「 “物語” というのは、近代文学が苦労して手に入れてきたリアリズム、すなわち人間の本当の姿に迫るという “文学” の成果を放棄するものだ」
 というのが、どうやら大塚さんの主張らしい。

 ここで、もう一度 「物語」 と 「文学」 の違いを見てみることにしよう。
 
 今みたいに新聞やテレビのない時代、ニュースの伝達は人々の口伝 (くちづて) によって行なわれるしかなかったが、難しい事件が起こったりすると、現代みたいにワイドショーのコメンテーターなどがいなかったから、それをどう解釈したらいいのか分からない人も出てくる。

 そこで、起こった事件を 「教訓話」 のような形で解釈させるという方法ができあがった。
 つまり 「真犯人は誰だ?」 みたいなややこしい話になると、とりあえず魔女やら妖怪やらのせいにしておけば、あとは、 「だからご先祖様を大事にして、ご先祖様の霊に守ってもらおう」 という結論でめでたしめでたしとなる。それが説話であり、物語の原型だ。

 しかし、近代以降、世の中がどんどん複雑になってくると、このような物語の説明では、現実の動きを把握できなくなってくる。
 ものすごく乱暴に言い切ってしまうと、そこで生まれてきたのが、近代文学だということになる。
 近代文学が成立することによって、はじめて、
 「善良な人間でも、時にどす黒い狂気を心に宿すことがあり、乱心して最愛の妻を殺してしまった」
 という事件があったときに、それを魔女や狐憑きのせいにしない説明体系が生まれたのである。

 「物語」 への回帰は、大塚さんから見れば、近代の 「文学」 がせっかく手に入れた 「人間の真実」 を見ようとする努力を放棄するものであった。

 それがまだ小説や映画のようなエンターティメントの領域ならいいが、そのような 「物語」 を実生活の中で実現し、物語のめざす理想郷を現実化しようとした人たちが出てきたらどうするのか。

 大塚さんは、かつて日本中を震撼させたオウム真理教事件にその事例を見出し、さらには、ブッシュ政権下に行なわれたイラク戦争もまた、 「アメリカの正義」 と 「悪の権化であるフセイン」 という 「物語構造」 に依拠する形で進められたと指摘する。

 このような物語的思考が日常的にも蔓延していくことによって、人々の世界観が単純化していくことに、大塚さんは危惧を抱く。

 「物語」 は、人間を弱者と強者、善と悪などの単純な二元論に集約していくため、そこに登場するキャラクターはみな抽象化される。
 物語の主人公たちは、ある意味、みな理想化され、それがゆえにみな類型化され、個性を失っていく。

 村上春樹の小説に出てくる人物が、みな 「喪失感」 を胸に秘めながらも、どこか超然としていられるのは、彼らが 「物語」 のキャラクターだからだと、大塚さんはいう。
 村上春樹の主人公たちの特徴である、淋しさを抱えたクールさとか、スマートさというのは、極端にいえば 「心の空洞化」 を意味しているのであり、それは 「物語構造」 を持った読み物でなければ登場し得ない人物たちなのだという。


 本書はさらに、日本のアニメーションの第一人者、宮崎駿についても、その代表作の中から 「物語構造」 を抽出し、それがゆえに世界的なマーケットに進出し得たことを喝破していく。

 だから、この本は、昨今話題となっている 「ジャパンクール」 を手放しに評価することへの警告の書でもあるのだ。
 すなわち日本のアニメ、ゲーム、ファッションなどのサブカルチャーが世界に進出したことについて、 「日本の文化が世界に届いた」 と喜ぶことは早計であり、むしろそこには、ただ世界に共通する 「物語構造」 があったと見るべきだ、という。

 いやぁ、(異論はあるが) とにかく面白い本だった。
 読みやすいので、あっという間に読んでしまった。

 そして、村上春樹についていうならば、私はこの本からひとつ発見したことがあった。
 それは、なぜ私が村上春樹に惹かれるのかという秘密を、大塚さんの指摘から逆に気づかされたことだ。

 「 “構造” はあるが、中身は空っぽである」

 ものすごく端折った言い方をすると、大塚さんが村上春樹の小説に抱く感想はそのようなものだ。

 だとするならば、私は、その村上春樹の “空っぽ” であるところに魅力を感じていたのだ。

 装われたニヒリズムではなく、本物のニヒリズム。
 それは時に人間を魅了する。

 人間はどこかで 「空無」 に触れたいと思うことがある。
 空無に触れる感触は、リセットするときの感触である。

 私が村上春樹の小説に、時として感じていたのは、このリセットの爽やかさだったのかもしれない。

飛行機雲と3本の樹

 大塚さんは、村上春樹の小説作法について、
 「本来、意味など何もないのに、いかにも意味ありげな言葉、事件、人物を登場させ、読者に魅力的な“謎”を提示するが、本来、意味など何もないのだから、真相は一向に究明されないし、事件は解決しない。しかし、これが読者の気持ちをいつまでも引きつけておくための最大の小説作法なのだ」
 という。
 正確な言葉ではないが、大塚さんの気持ちを意訳すると、そのようなことになる。

 大塚さんは、そのことを否定的に捉えるが、私はこういう小説が好きである。

 「何もない」

 それは、数字でいえば0 (ゼロ) なのだが、ゼロは無限にも通じている。
 「何もない」 ということは、その先には、人智では把握することのできない、つまりは、この世では見ることのできない豊穣さが拡がっていることを暗示している。
 特に 『風の歌を聴け』 、 『1973年のピンボール』 、 『午後の最後の芝生』 などといった初期作品群には、その中心に0 (ゼロ) が居座っているという空気が強い。

 突然、話は変わるが、私はかつて出張のついでに伊勢神宮を見物に行き、そこで20年ごとに遷宮するときの候補地というのを見たことがあった。

 見事に、な~にもない場所だった。

 ただ、しめ縄で囲まれた大地が広がり、そこに午後の木漏れ日と風が揺れていた。

 そのな~んにもない空間を見て、落ち葉が湖水に落ちたときのような波紋が、心に中に拡がった。
 あの、突然湧き起こった波紋は何だったのか。
 …なんて問われても、何にもないんだから意味など浮かばない。

 「神秘」 「峻厳」 「高貴」 「空虚」 などといった既成の言葉では全く説明のつかない何かだった。

 村上春樹の、特に初期の短編群は、その伊勢神宮の 「何もない」 空間に吹いていた風を思い起こさせる。

 もしかしたら、大塚さんが指摘するのとは逆に、村上春樹が小説の中で実現してしまったものは、世界に通用する 「物語構造」 ではなく、この 「な~んにもない空虚さ」 の持つ清々しさという、極めて日本的なエッセンスだったのではなかろうか。
 
 アメリカ的なアイテムと固有名詞が横溢し、翻訳調の文体で書かれた彼の小説世界には、チャンドラーの粋でもなく、フィッツジェラルドの洒落でもなく、東洋的無常観が渦巻いている。 
 「どんにあがいても、真実にはたどりつけない」
 という徒労感、空虚感、寂寥感。

 そのような村上文学のニヒリズムが、過剰な 「意味」 ばかり追い求めることに慣れていた欧米の読者には、エキゾチックに見えたのかもしれない。

 そういった意味で、村上文学で後世に残るものは、作品の中に 「意味」 を持ち込まなかった初期短編だけという気がしないでもない。

 その 「意味のないこと」 に村上自身が焦り始め、なにがしかの 「意味」 (テーマ or メッセージ) を盛り込もうとした 『アフターダーク』 以降の作品は、ひょっとして後世に残らないかもしれない。


 参考記事 「物語との戦い」
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:36 | コメント(8)| トラックバック(0)

薬物依存の背景

 今年の夏は、芸能界のドラッグ汚染の話題ですっかり占領されてしまったような感じだが、メディアの報道によると、覚醒剤、大麻、コカインなどの汚染は一般人へも相当拡がっているという。

 ダイエットに効くとか、ハイテンションで遊べるなどと、誘惑の間口がものすごく広くなっていて、誰もがファッション感覚で手を出せるような環境になっているという話もある。

 なんで、こんなに違法ドラッグが簡単に使えるような環境が世の中に蔓延してしまったのか。
 それは、法律とか、教育とか、倫理とか、道徳の問題ではないような気がする。

 極端なことをいうと、人間の求める 「快楽の質」 が、20世紀から21世紀に移行する間ぐらいに大転換を遂げてしまったことと関連するような気がするのだ。

 「快楽の質」 なんて言葉を使うと、まぁ、なんでしょうかね、普通の人がいちばん手身近に感じるのはエッチのことかもしれないから、そのエッチの話から始めてもいいかもしれない。 (実際に、覚醒剤を使用する一番の目的は、性的感度を高めるためだという話もあることだし) 。

 以下の話は、 大塚英志さんの 『物語消滅論』 (角川oneテーマ21)、『リアルのゆくえ』 (講談社・講談社現代新書) 、『物語論で読む村上春樹と宮崎駿』 (角川oneテーマ21) などを読んだ感想をベースに思いついたものだ。

 で、「快楽の質」 の変化という話なんだけど、要するに、人間が、魅力的な異性を見てムラムラとなるのは、「動物的な本能」 とか 「生理的な欲求」 などという言葉で処理されがちだけど、アレは本来 「頭脳活動」 なわけである。

 性技のテクニックとかは、ひとまず別の話として置いておいて話を進めると、個体としてのムラムラ度を高めることは、かつては “妄想” の質を高めることでしか得られなかった。
 「性欲」 というのは、動物的本能だと思われがちだが、実は高度にシステム化された 「文化」 だから、その国、その時代、その民族によって、ムラムラ度の高まり方は千差万別の妄想によってつむぎ出されるようになっている。

 夫がいるにもかかわらず、野卑な庭番の男に犯されて燃えてしまった貴婦人 ( 『チャタレー夫人の恋人』 ) とか、愛する女弟子が去っていった後、彼女が座っていた蒲団に恋焦がれるように顔をうずめて、ヨヨと泣き崩れる師匠 (田山花袋 『蒲団』 ) とか、民族、文化、時代ごとに、人類はムラムラを生じさせるモデルケースというものをいっぱい蓄えてきたわけだ。
 
 つまり、ムラムラするような高揚感を手に入れるためには、文学、映画、口伝といった形で先人たちが残してくれたムラムラのモデルケースを手に入れる必要があり、そのようなデータを多く持っている人こそ、より感度の高いムラムラを確保できるようになっていて、それが、様々なエッチの形をこの世に生み出し、同時に、様々な恋愛を可能にしてきた。

 ところが、20世紀の後半から21世紀にかけて、そのような面倒な手続きなど経なくても、 「人間の快楽」 は簡単に手に入るという考え方とテクノロジーが台頭してくる。

 特に1980年代頃から、脳科学とか、精神医学とか、免疫学とか、動物行動学などの研究が一気に高まってきて、
 「人間は、精密なプログラムによって動かされている精巧な機械である」
 という認識が広まってきたのだ。

 これは、人間存在の 「秘密」 を、科学的合理主義で解き明かそうとする考え方を大いに前進させることにはなったけれど、同時に、人間の 「幸せ」 も安易な方法で入手できるという思い込みももたらせてしまった。

 つまり 「人間も機械なのだから、油をさせばいい」
 すなわち 「幸せを得るためには、幸せを感じる中枢神経を刺激すればいい」
 という考え方も、そこから生まれるようになったのである。

 エッチの話に戻れば、 「性的快感を高めるためには、快感を感じる薬物を摂取するのが手っ取り早い」 ということになったわけだ。

 実は、実際はその通りなのである。
 快楽の発生は、きわめてケミカルな脳内変化にすぎない。
 その脳内変化を起こす補助剤として、今まではエロ文学とか、エロ漫画、エロ映画…まぁ、今ならアダルトDVDとかになるのだろうけれど、…そういうもろもろのワイセツ (?) 文化が機能していたのだ。

 しかし、21世紀の科学的知見は、ドラッグなどを使って脳内に化学変化を起こすことで、その代用が務まることを暴露してしまった。
 つまり、人間のエッチの現場においては、面倒な文化的手法を取らずとも、ドラッグがなにがしかの力を発揮することを認めてしまったのだ。 

 しかし、それによって計り知れないものが失われることは、昨今のメディアでさんざん言い尽くされていると思うが、そこであまり言われないことを一言つけ足すと、 「愛」 も 「恋」 も同時に失われてしまうということなのだ。

 人間にムラムラ感を催させるために創造されていた各文化というのは、中にはどうしようもなく低俗だと言われそうなものもあるけれど、それらの中には、エッチ気分の高揚の果てに、人に 「愛」 とか 「恋」 とかを考えさせる人類の文化的遺産も含まれている。
 ドラッグで得られる快楽は、それを根こそぎ奪ってしまう。


 このような光景は、実はエッチの現場で拡がっているだけではない。
 本当に言いたいのは、次のようなことだ。

 その前に、ひとつ簡単な疑問を提示しよう。

 私たちが、いい映画を見たり、あるいは面白い本を読んだりして、
 「感動した!」
 とかいう場合、その感動は、いったいどのようにして生まれてきたのだろうか?

 20世紀までは、これはけっこう奥行きの深い、大問題だった。
 それこそ、人類が 「神話」 を信じてきた時代から培ってきた文化があって、その文化を守る民族の心の琴線に触れたときに 「感動」 が生まれるとか、まぁ、七面倒くさい理屈がいっぱい並び立ったものだった。

 しかし、最近は 「感動」 も、また簡単につくり出される時代になった。
 これもドラッグと同じで、人の脳内に 「感動」 を呼び起こす方程式のようなものが研究され、実用化されるようになってきたのだ。

 たとえば、最近のCGを多用したハリウッド系アクション映画。
 そこには、 「光」 、 「動き」 、 「サウンド」 などをトータルコーディネートすることによって、脳内に電極を埋め込んだかのように一定の刺激が喚起されるような巧妙な組合せの計算式が、すでにできあがっている。
 
 それまでは、 「感動」 というのは、芸術的な香りの強い、人間の高貴な精神活動の発露と思われてきたが、実は、単なる脳の生理的な反応でしかなかったということを、最近のビジュアル文化は実証してしまった。

 私個人は、この種類の 「感動」 にはまったく感動しないけれど、 「感動」 は刺激的な光や音をシャワーのように浴びることによって得られると思う人たちは、年齢に関係なくどんどん増えている。ビジュアル文化の “ドラッグ化” が始まったといってもいい。

 このようなドラッグ化したエンターティメント文化にとっては、ややこしいストーリーとか、複雑な人物設定は邪魔になってくる。
 登場人物は、 「勇者」 と 「賢者」 と 「魔法使い」 と、あとは敵役としての 「大魔王」 だけで十分。
 ストーリーは、次々と降りかかる困難をものともせず、勇者が、賢者や魔法使いの助けを借りて、最後に悪の大魔王を滅ぼすという話で十分。
 つまりは、どのようなドラマも、最終的にはドラクエ、スターウォーズ、桃太郎風のファンタジーに近づいていく。
 
 ストーリーは、冒険ものの基本パターンを外れることなく、できるだけ分かりやすく。
 その代わり、映像には人間の脳内変化を最大値に高めるぐらいの刺激性をたっぷり盛り込む。

 これが、最近のハリウッド製アクション映画の基本パターンだし、事実この構造を忠実に守った映画の方が、興行的なヒットを記録する。

 同様のことがゲームにも言えて、最近のゲーム機に映し出されるビジュアルは、もうアニメとも実写とも分からないほど精緻で、リアルで、刺激的だ。
 しかし、そこで展開するストーリーは、みな単一的な冒険談に集約されていく。

 気づくと、私たちの回りは、みなどこかで見たような風景にヒタヒタと侵食され始めている。
 世界的なベストセラー漫画として人気を獲得し、ドラマ化されてアジア圏の少女たちをほとんど虜にした 『花より男子』 は、基本的にはハーレークィーンロマンスであり、その原型はシンデレラだ。

 ゲームの 「ドラクエ」 も 「ファイナルファンタジー」 も、 「ロード・オブ・ザ・リング」 や 「ナルニア国物語」 のデジャブのように思える。

スターウォーズポスター01

 アメリカのブッシュ政権下で行なわれたイラク戦争は、同盟国の募り方とそのミッションの与え方が、まさに 「英雄」 「賢者」 「魔法使い」 という感じで、さながらドラクエかスターウォーズのように展開した。

 今や映画、ドラマ、文学、ゲームのみならず、政治や戦争までも、誰もが簡単に了解できる 「物語」 の形を取るようになった。

 どうして、そのようなことになってきたのか。

 誰もが 「考えること」 を放棄し始めてきたからだと思う。
 どういうことかというと、金融工学やらを理解しないと謎解きできないような複雑な経済社会が登場し、誰もが世界を一目で理解するパースペクティブを喪失して、 「考えること」 に疲れてしまったのだ。

 そこに忍び寄ってきたのが、 「感動」 も 「快楽」 も、ケミカルな処理さえ施せば、脳内に簡単に発生させられるという認識だった。

 本来ならば、 「感動」 や 「快楽」 は、自分を取り巻く文化や環境と格闘することによって得られるものである。
 いってしまえば、 「感動」 とか 「快楽」 は、知的奮闘の対価として神から授かるようなものだったのだ。

 ところが、21世紀のテクノロジーの進化は、人間が自分の脳の力を絞りに絞って獲得してきた 「感動」 と 「快楽」 を、人間の脳内に物質的な反応を起こさせることによって簡単に実現するようにしてしまった。

 そして、その 「感動」 や 「快楽」 を効率よく体内に吸収するときに、 「善と悪は見る人間の立場によって変わる」 的な “複雑な文化” は邪魔になることも分かってきた。
 そこで復活してきたのが、善と悪が最初から分かりやすく対立する単純明快なファンタジー系ストーリーである。

 昔話風の勧善懲悪の物語が、このような高度に複雑化された現代社会によみがえるというのは、考えてみれば奇異なことだが、そこには 「感動」 や 「快楽」 がケミカルな手法によって実現されるという、現代科学の最先端の成果が反映されていたのだ。

 世界は、今、おそろしく刺激的な映像を持ちながら、おそろしくシンプルな構造しか持たない文化に、猛烈なスピードで集約されそうになっている。
 それを、 「文化のグローバルスタンダード化」 という言葉に置き換えてもいい。

 私自身は、 「感動」 というのは知的営為の産物であるという古い信念の持ち主なので、ケミカルな手段による脳内物質の化学変化から生じる 「感動」 には何の価値も感じない。
 しかし、そのことを伝えるのが、だんだん難しい時代になってきたようにも思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:17 | コメント(6)| トラックバック(0)

夏の音楽

 「夏の音楽」 っていうと、みんなどんな音楽を思い浮かべるのだろう。

バニアン海岸1

 ひと昔前だったら、夏の海水浴場に行くと、必ずチューブがかかっていたのを思い出す。
 海の家の前で、トウモロコシなんか焼いているおにいちゃんが、首に巻いたタオルで汗をふきふき、
 「夏はチューブだぜ!」
 って、感じで 『あー夏休み』 なんて口ずさんでいたな。

 その前は、やっぱりサザンだな。
 そもそもデビュー曲の 『渚のシンドバッド』 から始まって、 『真夏の果実』 に至るまで、サザンの曲は夏ムード全開の曲が多い。
 湘南のグループっていうイメージも、夏には合いそうだった。

 私の年齢になると、洋楽の洗礼をたっぷり受けていた世代に属するから、夏といえばビーチボーイズというのが定番だった。

 もっと昔になると、ベンチャーズ。
 あのテケテケテケというチープなエレキの音が、昭和の海岸にはぴったりだった。

 でも、自分が個人的に 「夏の音だなぁ!」 と感じるのは、カントリー・コンフォートというハワイのフォーク・ロックグループの音なのだ。

 70年代の中頃か、日本でもほんのちょっと 「ハワイアン・ロック」 というのが流行った時期があった。

 カラパナ
 セシリオ&カポノ

 などというグループのレコードが紹介されて、ラジオのヒットチャートにちょろちょろっと顔を出したことがある。

 ハワイアン・ロックというのは、どういう音かというと、もう文字通り、誰もがその語感から想像される音そのものだといっていい。

 すなわち、真昼の浜辺にひたすら単調に押し寄せる波の音の心地よさ。
 それを忠実に音楽にしたという感じの音が多いのだ。

 アコギを主体とした、のほほんとナチュラルなギターサウンズ。
 ゆるいハーモニーがもたらす昼寝にぴったりのたるいコーラス。
 コード進行は、ほとんどふんわりしたメジャーセブンで、およそシャープ感というものはなし。

 そんなサウンドを一番決めていたのが、カントリー・コンフォートだった。

カントリー・コンフォートジャケ

 そのデビュー・アルバム 『ウィ・アー・ザ・チュルドレン』 を手に入れて、夏はもちろん、夏の気分を味わいたい冬でもよく聞いた。
 特に、
 「ウィ・アー・ザ・チュルドレン」
 「サンライト・ムーンライト」
 という2曲が大好きで、繰り返し聞いた。
 どっちも、セブンス系の2コードをひたすら繰り返すようなつくりで、まぁ、本当に “波の音” 。

 うっかり聞き流していると、どこからが 「ウィ・アー・ザ・チュルドレン」 で、どこからが 「サンライト・ムーンライト」 なのか分らない。
 ほとんど同じコード進行で、リズムの流れも同じなのだ。

 でも、それを繰り返し聞いていると、夏は心地よいな、いつまでも夏が続くといいな…と思えた。
 
 どんな曲なのか、興味を感じた人に聞いてもらいたかったけれど、YOU TUBEで探しても、さすがにこの曲はアップされていなかった。
 
 皆様も、もし聞く機会があったら、1度お試しください。
 ゆる~い夏を味わいたいときに、ぜひ。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:08 | コメント(4)| トラックバック(0)

3時10分、決断

 アメリカ映画で一番好きなのは西部劇だ。
 もちろん、60年代的な大掛かりなハリウッド製史劇も大好きなのだけど、西部劇とどちらが好きかというと、微妙だ。
 まぁ、作品の良し悪しで、そのとき史劇が好きになったり、西部劇の方が好きになったりしている。

 なんで、この二つのジャンルが好きなのか。

 昨日、映画 『3時10分、決断のとき』 を見てきて、ようやくその理由が分った。
 要するに、自分は馬が出てくる映画が好きなのだ。

3時10分、決断のときメイン

 荒野の砂塵を巻き上げながら、馬に乗った男たちが走ってくるという図を見るだけで、もうゾクゾクと身体が震える。
 時には、もうそういう画像を見ただけで、不覚にも目頭が熱くなる。

3時10分スチール01

 なんでそうなのか、その理由は自分でもよく分らないのだけれど、どうも幼い頃から、西部劇をさんざん見てきたせいもあって、この世でサイコーにカッコいい男というのは、 「馬を美しく駆る男」 だという刷り込みがある。
 自動車をうまく操る男もカッコいいけれど、馬という生き物は、その疾駆する姿そのものがもうカッコいいのであって、その馬を巧みに操る男には、神に与えられた乗り物を御する神々しさすら感じてしまう。

 で、この 『3時10分、決断のとき』 にも、役者たちが馬を巧みに操る画面がふんだんに出てくる。
 話の展開がどうであれ、もうそれだけで、私は大感激だった。

3時10分スチール02
 
 ストーリーをかいつまんで紹介すると、多額な借金を抱えた農場主が、報奨金目当てに、捕えられた強盗団の大ボスを輸送する役を買って出るという話。
 農場主は、借金の返済を守れなかったために、借主に納屋まで焼かれながらも、何も手出しもできないという弱い男で、妻にも息子にもバカにされている。

 その男が一念発起。
 強盗団の大ボスを救出するために追いかけてくるボスの手下たちと銃撃戦を繰り広げながら、なんとか使命を果たそうとする。

 さて、彼の使命は成就するのか。
 ネタバレになるので、ここでは書かないが、 「弱い男がミッションをこなしていくうちに、強い男へ生まれ変わり、男の尊厳を回復して、子供の尊敬を取り戻す話」 と書けば、およその筋はつかめるのではなかろうか。

 しかし、そういう話の展開はどうでもよく、私はただ馬を巧みに乗りこなす男たちの、芸術のような手綱さばきにひたすら参っていただけだった。

3時10分ラッセル・クロウ
▲ ラッセル・クロウ

 どの男がひときわ魅力的であったかというと、主人公を務めるクリスチャン・ベイルではなく、強盗団の大ボス役をこなしたラッセル・クロウにとどめを刺す。
 映画としてははるかに出来の良い 『グラディエーター』 や、これまた海の男の物語として秀逸な 『マスター&コマンダー』 で主役を演じたラッセル・クロウよりも、この映画で悪党の大ボスを演じるラッセル・クロウの方が私にははるかに魅力的に思えた。

 敵対する相手どころか、ヘマした部下をも無慈悲に撃ち殺す冷徹さを持ちながら、人の痛みや男の友情にも理解を示し、聖書への造詣も深く、緊張した環境の中でも巧みなデッサンで絵を描き、女の心の射止め方も熟知している “ワケの分らん” 悪党を、水をえた魚のように見事に演じて、もう神がかりの演技。
 ラッセル・クロウ。
 いいねぇ!

 次に惚れたのは、これまた主役のクリスチャン・ベイルではなく、強盗団の副頭目チャーリー・プリンスを演じたベン・フォスター。
 ラッセル・クロウの大ボスよりはるかにワルで、より冷酷で、人を裏切るなんて屁とも思わないような悪役なのだが、なぜか大ボスには無二の忠誠を示す。

3時10分ベン・フォスター01
▲ ベン・フォスター

 ボスが捕らわれた時、他の部下たちがボスを見捨てて逃亡しようとすると、このチャーリー・プリンスが、
 「お前たち、ボスの恩義を忘れたのか」
 と恐ろしい形相で他の仲間を脅し、執拗な追跡劇を展開する。

3時10分ベン・フォスター02

 映画の中では、もっとも凶悪な悪役を演じているのだが、ボスへの忠義を貫く姿勢には本当に涙が出てしまう。
 また、こいつの拳銃さばきがカッコいいんだわ。
 いいツラしているしさ。
 私は、こういうキャラクターに弱い。

 話の展開には無理があると思うし、結末も (賛否両論あるだろうけれど) 、私は大いに不満。
 だけど、カッコいい男たちとカッコいい馬の疾走シーンがふんだんにあって、大満足。
 西部劇、好きだ。
 

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

小説・夜の夕焼け

夕焼け画像

《 怪談特集③ 夜の夕焼け 》

 その夜から、何かが変った。
 最初の異変は、コピライターの木崎が部屋を出て行ったあとに起こった。

 「ボディコピーは一応書きましたけど、ヘッドが思い浮かびませんわ。あとは家で考えてきてもいいですか?」
 そういう木崎の背中に向かって、
 「ああ、風呂にでも浸かってゆっくり考えてくれ」
 と、私は声をかけてから、椅子の背もたれに身体 (からだ) を預け、大きく深呼吸した。

 「お疲れさま。お先です」
 木崎の声がドアの向こうに消えると、部屋はしんと静まり返った。

 再び書類に目を通す。

 コンペに提出する企画案をA4用紙に印字した文字が見づらい。
 最近は老眼が進んで、細かい文字が、意味不明の象形文字の羅列のように見えることが多い。
 眼精疲労が蓄積したのか、今日は特にその文字が、アリの行列のように一方向に動いているような気がする。

 疲れた……。

 そろそろ俺も帰るか。
 そう思って、椅子から立ち上がり、暖房のスイッチを消すつもりで、ドアに向かって1、2歩歩きかけたとき、ドアの向こうで人の話し声が聞こえた。

 木崎が廊下に出て、誰かと話しているのだろうか。
 しかし、社内には誰も残っていないはずだ。

 聞くとはなしに、ドアの外の声に耳を傾ける。

 「いよいよ修羅場だな」
 「いいさ。例の手がある」

 話しているのはどちらも中年男のようだったが、聞いたことがない声だった。
 2人は、私が聞き耳を立てているのを察知したのか、黙り込んだ。

 思い切ってドアを開けると、冷え冷えとした廊下には、誰もいなかった。

 空耳というやつか?

 私はデスクに戻り、書類を引き出しの中にしまうと、コートを羽織って、部屋を後にした。

 エレベーターを待つ。
 隣りの広報企画部も、向いの第二広告部も、すでに明かりが消えている。
 エレベーターのワイヤが作動する鈍い音が、無人の廊下に響き渡る。

 守衛室の前を通ると、守衛は見回りに出たのか、白々と蛍光灯がともる部屋に人影はなかった。

 吹きすさぶ寒風を覚悟して身を引き締めながら外に出たが、不思議と風が生温かい。
 
 見上げると、深夜が近いというのに、空が赤々と燃えているように見える。
 月がギラギラとした輝きを放ち、まるで太陽のようだ。
 それに呼応して、星も毒々しくギラついている。
 空全体が、学園祭の演劇に使われるへたくそな背景のように、作り物じみた色合いに染められている。
 
 何か、悪いことが始まりそうな気がする。
 あるいは、すでに始まっているのかもしれない。
 どことなく、昨日と違う。

 いつもこの時間、駅にまで続く盛り場は、酔って軽口を叩きながら歩く人たちの喧騒に包まれているというのに、今日はなぜか深閑としている。

 人がいないわけではないが、みなドラマのエキストラのように、わざとらしく歩いている。
 よく見ると、彼らは一方向に進んでいるのではなく、一定の区間を歩いてはまた引き返している。誰もが、何者かに命じられて、自分の意志とは関係なく動かされているように見える。

 駅のホームも、奇妙な静けさに満たされていた。
 人の姿は見えるが、みな薄っぺらな影絵のようにたたずんでいるだけで、人間としての立体感を失っている。

 線路を挟んで、古代エジプトのファラオの立像を切り抜いた展覧会の特大ポスターが貼られているのが見えた。
 「エジプト4000年展」 というロゴが金色のエッジを立てて、異様な迫力で光っている。

ファラオ石像001

 ポスターに描かれたファラオの目には、瞳がないのに、じっとこちらを見つめている。
 唇が真っ赤な口紅で塗られている。
 その唇が突然動き出し、
 「いよいよ修羅場だな」
 とささやいた。

 何もかもが変だった。
 自分がいつのまにか違った世界に迷い込んでいるような気がして、とてつもない息苦しさを感じた。

 ……とにかく、ここを抜け出さなければならない。
 出口はどこなのだろう。
 こういうときに限って駅員の姿も見えず、明かりをともした売店には、売り子がいない。 

 そのとき、ホームに電車が滑り込んできて、ようやく私は我に返った。

 「そうだ。自分はいま家に帰ろうとしていたんだ」

 電車を見るまで、私は自分の行動の目的を失っていたことに気がついた。

 車内に人影はなかった。
 無人の電車に乗ったのかと思ったが、私と同じホームに立っていた女が開いた扉からすべり込み、私の前に座った。

 彼女は無表情を装いながらも、食い入るように私を見つめてくる。
 目の下にも黒々としたアイラインを入れた女で、クレオパトラの化粧を思わせる。
 その女が、先ほどのファラオの手先であることは明瞭だった。
 私は、彼女が私とコンタクトを取りたがっていることを悟った。

 しかし、私はそれが煩わしかったので、カバンの中から文庫本を取り出して、読む振りをした。
 彼女はそれにもめげず、今度はテレパシーを通じて、私の脳にじかに話し掛けようとした。

 「いよいよ修羅場ね」

 私には、彼女がそう語りかけてくるのが分った。
 なぜなら、私が目を通している文庫本の文字が、すっかり彼女の言葉にすりかえられていたからだ。
 私は恐ろしくなって、本を閉じ、目をつぶって彼女の顔も見ないようにした。

 目を開けると、いつのまにか女の姿は消え去り、代わりに黒い蝙蝠 (こうもり) 傘が通路に捨てられていた。

 人の気配が途絶えた電車は、私の降りる駅に近づいていた。
 窓の外は明るさを増し、時間が逆行して夕焼けが空に浮かんでいた。

ホッパー夕焼け

 ……いったい、何時なのだろう。
 腕時計を見ると、文字盤に針がなかった。
 夜の夕焼けは、どことなく人工的で、空に向かってエアブラシで吹きつけた 「絵」 のように見えた。
 
 車内のアナウンスが、私の降りる駅の名を伝えた。
 電車を降りると、見たこともない駅の風景が広がっていた。
 頭上高くドーム状の屋根が覆い被さり、イスラム寺院の礼拝堂のような雰囲気だった。

 その礼拝堂の中を、舌を抜かれた奴隷たちのように、沈黙を守った人々が改札口に向かっている。
 改札口の向こうでは、ミッキーマウスやらドナルドダックの着ぐるみを来た一団が、にぎやかに人々を迎えていた。
 どうやらディズニーランドに来たらしかった。

 しかし、このディズニーランドは普通のディズニーランドとは違うらしく、ミッキーもドナルドも、身体の上に、首が二つずつ付いていた。
 二つの首を持ったミッキーやドナルドたちはみな手にローソクを掲げ、賛美歌を歌っていた。
 私は、今日がクリスマスであることを思い出した。

 ミッキーとドナルドの群れを押しのけるように前に進むと、屋台の焼き鳥屋が現れ、 「備長炭炭火焼き」 という看板の下で、グーフィーが串に刺した鳥を器用にひっくり返していた。

 「大将、焼き鳥を食べようよ。不老不死になる焼き鳥だよ」
 グーフィーがそう言って、一串の焼き鳥を私に手渡す。
 
 口に含むと、死肉のような臭みと苦さが舌の上に広がった。
 
 「食べたのかい? そうか食べたのか」

 グーフィーの金属をすり合わせたような声が、耳をつんざくばかりに周囲にこだました。

 「もうこれで不老不死だ。それは始祖鳥の肉なのだ。お前は永遠の生を手に入れた。これで一巻の終わりだ」
 グーフィーの勝ち誇ったような声におどかされて、私は何か取り返しのつかないことをしてしまったような気持ちになった。

 うろたえる私を見て、白雪姫や、クマのプーさんや、ミッキーマウスが、二つの首をゆすって愉快そうに笑う。
 夏でもないのに、クマゼミたちの鳴き声が地鳴りのようにとどろきわたり、彼らの笑い声と絡まり合う。
 カーニバルは最高潮に達したのか、いたるところで花火が炸裂する音がこだまする。

 家に帰らねばならない。家に…。
 しかし、私にはもう返るべき家がないことが分っていた。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

シンメトリー

北品川看板

 勤務先が、東京の北品川という場所にある。
 ある日、その商店街を歩いていて、気がついた。

 「北品川」

 そう書かれた駅の看板を眺めているうちに、その3文字が見事に左右対称になっていることを発見したのだ。

 頭が冴えているときは、次々と新しい発見があるもので、「北品川」 の隣町が 「南品川」 であることに気がつき、「南品川」 もまた左右対称であることに思い至った。

 さらに 「東品川」 という町もあって、これも左右対称。
 「西品川」 もあって、こもまた左右対称ではないか。

 偶然の一致とはいえ、東西南北の町名が全部シンメトリーの構造を有するというのは画期的なことだ。
 品川という土地は、つくづく神秘的な町であると思った。

 しかし、しばらくして、「北山本山」 とかいう地名があれば、それも左右対称で、「南山本山」 という地名でも左右対称になり、「東山本山」 でも 「西山本山」 でも、同じく左右対称になるということに気づき、「北品川」 の左右対称性に驚いたりしたことが、あんまり大したことでないのかもしれないと考え直した。

 何を言いたいのか…って?
 いやぁ、ただそれだけの話なんですけどね。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

小説・水族館

廃墟の入口001

《 怪談特集 ② 水族館 》

 廃墟のような水族館に行ったのは、いつだったろうか。
 姉が死んで、まもなくだったと思う。
 悲しみから立ち直れなかった父が、いつまでふさぎ込んでいてもしょうがないと、思い立ったように、男の子1人になった私を連れ出した日だったから、小学校に入ってすぐの4月か5月だったように思う。

 空の澄み渡った休日だった。
 風が強い日で、帽子が飛ばされないように、母が帽子にゴム紐を付けてくれたのを覚えている。

 私は、久しぶりの外出にはしゃいでいた。
 そんな私を見ると、姉と一緒だった時のことをよけい思い出すのか、父は怖い顔をして人気のない方、人気のない方へと私を引っ張っていった。

 せっかくの楽しい行楽日だというのに、私たちは、行楽地とは無縁の、寂しい町外れの神社に来ていた。
 夕陽が境内の林の間に降りてきて、埃っぽい地面の上に、木の影が無意味な模様を描いていた。

 遊園地か、動物園に連れて行ってもらうことを期待していた私は悲しい気持ちになった。
 しかし、娘を亡くした父の気持ちを思うと、私は駄々をこねるわけにもいかず、ひたすら黙っていたように記憶している。
 
 「哲夫。魚を見るか」

 父が言った言葉の意味が分からず、私は、あいまいな笑いを浮かべて父を見上げた。
 父は、そんな私に振り向くこともせず、投げやりな手つきで、煙草に火をつけた。

 「魚って?」
 私はおずおずと尋ねた。
 「水族館だ」

 ぶっきらぼうな返事だった。
 人も通らぬ神社の近くに、水族館があるはずもなかった。
 私は、あてがあるようには思えぬ父の後ろを、黙ってついていくしかなかった。
 
 やがて、野原の中に、荒れたコンクリートの建物が見えてきた。
 私は、子供心にそれが父の目指している “水族館” であることを直感した。
 
 「哲夫」
 そう呼んで立ち止まった父の、次に言った言葉を私は一生忘れることができない。
 「人間は死ぬと魚になるんだ。今日は姉さんに会いに行こう」

 おとぎ話とか昔話とかいったものとはまったく異質な、何か、いま生きている世界とは相容れない領域に、父が触れようとしているような気がした。

 父の言葉を聞いてから再びその建物を見ると、そこは、人がみだりに入ってはならない死者の霊安所のように感じられた。

 近づくと、トンネルの入口のような玄関が二つ見えた。
 そのうちの一つは、錆びたバラ線を張り巡らした柵で覆ってあり、もう一つは鉄板で打ち付けたドアで半分閉じられていた。
 どちらの扉の前も雑草が生い茂り、何年も人が立ち寄ったことがないことを感じさせた。

 父は、前にも来たことがあるのか、軽々と半分開いている方の扉をくぐりぬけ、迷いのない足取りで奥へ入っていった。
 私は、中に入ることの怖さより、独り取り残される不安におびえて、急ぎ足で父を追った。

 ひんやりと湿った通路には、入場券を売る場所も切符を切る人の姿も見えなかった。

 「ここは本当に水族館なの?」
 私は、父にそう尋ねずにはいられなかった。

 「静かに」
 父ははじめて微かに笑顔を見せると、人差し指を唇の前に立て、声を出すなという指示をした。
 理由は分からないながら、なぜか私は父の指示が当然という気がした。
 そのときから私は、ここが一種の冥界であることを理解したのだと思う。

 長い通路を過ぎると、突然視界が開け、私たちは広間に立っていた。
 その中央に、ガラスの巨大な円柱の水槽がそそり立ち、そこに不思議な色をした1匹の大きな魚が沈んでいた。

 「何なの?」
 思わず、私は尋ねた。
 「姉さんだ」
 ためらわず父が答えた。
 
 「嘘」
 とは言わなかった。
 なぜかそのとき、私にも本当にそう思えたからだ。
 近づくと、姉はゆっくり浮かび上がり、驚いたように目を大きく見開いた。
 エラがふわふわと開閉し、口が何かを伝えたがっているかのように、閉じたり開いたりした。

 父はとてつもなく優しそうな表情を浮かべ、黙ったまま、姉の口の開きに応じて、何度も何度もうなづいた。
 私は、思わず駆け寄り、「姉さん」 と叫んだ。
 姉はそんな私を認めたのか、ガラスの壁ぎりぎりまで近づいてきて、目にいっぱい涙をためて泣いた。

 私たち3人は、ずいぶん長い時間そこにいたと思う。
 帰るとき、父は硬直した兵隊のようにいずまいを正し、姉に向かって最敬礼をした。
 私が、姉に 「また来るよ」 と言うと、意外にも、父は微かに首を横に振って、私の手をじっと握り締めた。
 
 私も父も、このことは母には一言もしゃべらなかった。
 
 その後、姉の話が出ても父はもう何も言わなかった。そして、二度と水族館の話も出なかった。

 中学に入ってまもなく、水族館が壊されてそこが公園になるという話を聞いて、私はあわてて姉に会いに行ったことがある。

 建物はまだ残っていたが、ガラスの水槽にはすでに水がなく、もちろん姉は、もうそこにはいなかった。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:43 | コメント(2)| トラックバック(0)

小説・眼鏡の少女

 ムシムシする夏。
 それを快適に過ごすには、全身にサァーッと鳥肌が立つような 「怪談」 が効果的です。
 これからお盆までの暑い時期には、このブログでもときどき 「怪談スペシャル」 をお送りしたいと思います。

樹002


《 怪談特集 ① 眼鏡の少女 》

 「平野愛子です」
 と、電話口で名乗った女性は、
 「旧姓、吉沢愛子といえば、分かるかしら?」
 と言い直して、クスっと笑った。

 10年経っても、その声は忘れない。
 別れた女。
 正確にいうと、 「去っていった女」 だ。


 「見てもらいたいものがあるの」

 夕刻、オフィスビルの中にあるカフェに座った愛子は、そう言ってバッグから1枚の写真を取り出した。

 運動会の一コマを押さえたものだろうか。
 赤い運動帽を被った小学生ぐらいの女の子が、土の上に引かれた石灰の白線の上を賢明に走ってる。

 「これが何か?」
 写真から目を上げて、私は愛子の顔を見つめた。

 目の周りには小ジワが目立ったが、10年経っても愛子は美しかった。

 この間、「未練はなかった」 といえば嘘になる。
 一時は、社会で功なり名を遂げて、愛子を見返してやりたいと思わぬこともなかった。
 しかし、この年になっても、相変わらず愛子の旦那より偉くなるどころか、自分一人の食い扶持を確保するのもままならぬ安サラリーマン生活を維持するだけで精いっぱいだ。

 「あれはもう死んでしまった女だ」
 そう思い込むことで、いわば記憶の底に封印してしまった女。

 その愛子が、10年ぶりに目の前に座って差し出した写真。
 自分の娘が走っている子供の運動会を見せて、どうするつもりか。

 懐かしさのこもった甘い言葉を期待していた私は、正直、意表を突かれて、少し鼻白んでいた。

 「この写真を見せるために、わざわざ電話を?」

 愛子はそれには答えず、私を試すように、
 「2番目に走っている子はどんな子?」
 と言って、私の顔を覗き込んだ。

 「2番目?」

 もう一度、写真に目を落とす。

 赤い帽子を被った女の子のすぐ後を、白い帽子を被った眼鏡の女の子が追いかけている。
 その2人がコーナーを回って競り合っており、その後は3~4人がダンゴ状になっているために順位が明瞭ではない。たぶん愛子の言った 「2番目の女の子」 とは、その白い帽子の眼鏡の子を指すのだろう。

 「白い帽子を被った眼鏡の子が、2番目にいるけど…」

 そう言いながら、愛子に視線を戻した私の目に、恐怖にひきつったような、愛子の見開かれた目が飛び込んできた。
 その異様な表情に圧倒され、理由の分からない不安が私の身体にも広がり、気づくと両腕に鳥肌が立っていた。

 「あなたには見えるのね?」
 愛子は念を押すように、私の顔を覗き込んだ。

 「見えるって?」
 思わず聞き返した。
 「眼鏡の女の子」

 とっさのことで、愛子の言っている意味が分からなかった。
 何かの謎掛けか。
 それとも、ひょっとしてゲームか。

 「何を言いたいのか、教えてくれてもいいだろう」
 私がそう言うと、愛子は真顔で答えてきた。

 「その眼鏡の女の子は、私以外の誰の目にも存在しなかったの。あなたが見つけるまでは。
 ねぇねぇ、ではこっちの写真を見てくれない」

 愛子がバッグから取り出したもう1枚の写真は、家族のピクニックの情景だった。
 芝生の斜面に敷かれた水玉のビニールシートに、3人の人物が腰を下ろしている。母親と子供たちという感じだ。真ん中にいるのは愛子だ。
 2~3年ほど前の写真か。目の前にいる愛子より頬がふっくらして幸せそうだ。

 その右側には、先ほど運動会で先頭を走っていた赤い帽子の女の子が陣取り、得意満面の笑顔を浮かべてピースサインを送っている。たぶんそれが愛子の娘なのだろう。

 そして、その隣りに、ちょっとはにかんだ笑いを浮かべている眼鏡をかけた女の子がいる。
 先ほど見た運動会の写真で、愛子の娘を追いかけていた少女だ。
 愛子の娘よりはシャイなのか、照れ笑いを浮かべている。
 しかし、そのはにかんだ笑顔から真面目そうな性格がしのばれて、愛子の娘よりも可愛い感じもする。

 どこにもありそうな、ピクニックを楽しむ親子と、その子の友だち。
 不自然なところが何もない、平和で、のどかで、平凡なスナップだ。

 「まさか、ここに写っている眼鏡の女の子も、ほかの人には見えないとか…?」

 私が言いかけた言葉を継ぐように、愛子が続けた。

 「そうなの。この写真は私と娘だけがいるところを撮ったものなの。そのとき周囲には誰もいなかったのよ。カメラを構えていたのは主人だから、いたずらのしようもないわ」

 「この女の子に心当たりは?」
 そう尋ねた私に対し、愛子は無言で、首を横に振っただけだった。

 「これはデジカメではなくフィルムカメラだろ? …ということは、素人ではそんなに簡単に画像をいじれないということだ。ネガと見比べてみた?」 

 「みたわ。ネガにはこの眼鏡の子は写っていないの。
 しかし、プリントすると、私だけには見えるのよ、この子が。
 主人にも、娘にも、学校の友達にも、誰にもこの娘は見えていないの。
 何度プリントしても同じ。現像所を変えても同じ。私、自分で気が狂ったと思ったわ」

 「だけど、ついにこの女の子の姿が見える人間が、もう一人この世に現れたと。
 ……しかしねぇ、俺には理解しがたいね。信じられないといった方がいい。
 だって、これは心霊写真なんてもんじゃない。細部まではっきりと見える。なにもかも。
 周りの人に、君をからかう理由がきっとあるんだよ。みんなで示し合わせて、こういう合成写真を作ったんだ。からかわれる理由を考えた方が早い」

 「私、知り合いの精神科の先生にも相談したことがあるの」
 「そうしたら?」
 「先生は写真を見て、 『疲れていますね』 と精神安定剤をくれただけ」

 そういう愛子の表情を見るかぎり、ふざけているようにも、冗談を言っているように見えなかった。

 私は、もう一度、実在しないという眼鏡を掛けた女の子を見た。

 確かに、何か妙だ。
 愛子の娘が、いかにも親の愛をたっぷり受けてすくすくと育った女の子に見えるのに対し、その隣りにいる眼鏡の子は、愛子の娘より一歩引いている感じがする。

 王女にかしずく侍女。
 本妻の子に対する妾の子。

 そういう “日陰者のはかなさ” がその子から漂ってくる。

 たぶん今どき珍しい黒ブチの眼鏡をしているせいかもしれない。
 しかし、その黒ブチ眼鏡には、愛子の娘を目立たせるために自分がブスの役を引き受けようという、その女の子の意志すら感じられる。

 しかし、黒ブチ眼鏡の子は、端正な顔をしている。ひょっとしたら、愛子の娘よりもきれいかもしれない。
 なのに、なぜこの子は愛子の娘の方を立てて、自分は一歩下がろうとしているのか。
 その顔には、後悔と諦めが潜んでいるようにも見える。
 「来てはいけないところに来て、見てはならないものを見た」
 そういう意志を、その子の表情から読みとることができる。

 そのはにかんだような笑い顔の底に、幸せな家庭を外から見つめながら、自分ではそれを諦めざるをえない人間の哀しみが浮かんでいた。

 そのことを愛子に伝えると、愛子は思い詰めたように自分の膝に目を落とし、ため息をついた。
 そして、うめくように、言った。
 「この女の子は、きっとあなたの子よ。私が堕ろした…。だからあなたにも見えるのよ」

 「まさか…」
 今度は私が絶句する番だった。


 愛子と別れて、一人で居酒屋に入った。

 バカバカしい話を、アルコールで流してしまいたかったからだ。
 しかし、酔えば酔うほど、 「ありうる話かもしれない」 という気もしてくる。

 愛子が最後に言った言葉が、頭のなかで鳴り響く。

 「この子は、今まで別の世界で独りぼっちで生きてきたのよ。自分の親たちを捜していたんだと思う。
 だけど、この子の暮らす世界では、この子の親は見つからなかったの。
 そして、こちらに来て、ようやく母親だけを見つけたんだと思う」

 だったら…
 と、私は、手酌でお猪口に日本酒を注ぎながら、うめいた。
 その娘を、独りぼっちで闇の世界に送り出したのは誰だ!

 愛子は、私よりあの男を選ぶために、私の元を去っていった。
 そして、結婚の障害になるというので、こっそり私との間にできた子供を堕ろした。

 俺と愛子が一緒になっていれば、あの眼鏡の女の子は、この世を恨むことも、はかなむこともなく、すくすくと育っていたんだ。

 私は気づかないうちに、居酒屋のカウンターで涙をこぼしていた。

 そして、夜の街をさまよい、深夜になってから独り住まいのアパートに戻った。
 アパートには、窓ガラスから明かりが漏れてくる部屋は、ひとつもなかった。

 錆びた鉄骨に支えられたアパートの階段を登る。

 鍵穴にドアキーを差し込むと、部屋の中で音がした。
 廊下をこちらに向かって歩いてくる誰かの足音。
 かろやかな、女の子の足取りを思わせる音。

 私がドアのノブに手を掛けると、中から聞いたこともない、幼い女の声が漏れてきた。
 「お父さん、お帰りなさい」




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:18 | コメント(2)| トラックバック(0)

丸谷才一・樹影譚

樹の影06

 村上春樹の 『若い読者のための短編小説案内』 (文春文庫) には、6人の作家の六つの作品が紹介されている。
 そのなかで、自分が読んだことのある作品は 『水の畔り』 (吉行淳之介) だけだったが、この中に収録された作品の中で、他に読みたいと思った作品が二つあった。
 ひとつは庄野潤三の 『静物』 (これについては、このブログでも書いた) 。
 もうひとつは丸谷才一の 『樹影譚 (じゅえいたん) 』 である。
 
 どちらも、村上春樹によると、 「奇妙な謎に満ちた作品」 ということになる。
 つまり、サスペンス小説でもなく、ホラー小説でもないのに、どこか読者にザラリとした異次元の空気を浴びせる作品といえばいいのかもしれない。

 たとえていえば、人々が平和な暮らしを続ける静かな町の昼下がり。その表通りを、一瞬だけ、得体のしれない黒い影が横切るのだが、それに気づく住人は誰もない…といったような趣 (おもむき) 。つまり、感じる人には 「恐さ」 が伝わるけれど、感じない人には 「のどかさ」 しか見えない。
 庄野潤三の 『静物』 という小説は、まさにそのような小説だった。


 丸谷才一の 『樹影譚』 (文春文庫) からは、もう少しはっきりとした 「恐さ」 が伝わってくる。
 もちろんこの作品にも、幽霊のようなたぐいは何も出てこないし、主人公が危険な目に遭うわけでもない。
 にもかかわらず、クライマックスが近づくにつれ、主人公を取り巻く闇がじわじわっと濃さを増し、世界が暗転していくような不安感が増長される。

樹の影04

 たぶん、村上春樹という小説家は、 「何も起こらないことの恐さ」 というものをよく知っており、またそういうものが好きなのだろう。彼の初期小説などを読んでも、そういう作品が多いような気がする。
 言葉を変えれば、 「ホラー小説未満」 でありながら 「ホラーを超えたもの」 といえるようなものかもしれない。

 彼が紹介する丸谷才一の 『樹影譚』 という小説は、この 「ホラー未満でありながら、ホラーを超えた話」 の典型といってもいい。

 話の筋をかい摘んで紹介すると、次のようになる。

 小説家である主人公は、昔から 「壁に映る樹 (き) の影」 に異様に惹かれるものを感じている。
 しかし、そういう嗜好がどうして自分に芽生えたのか、いくら考えても主人公にはその理由が見つからない。幼少期に、そういう光景に強く魅せられたことがあったのだろうかと思うのだが、うまく思い出すことができない。

 ある日、主人公のファンであると名乗る老婆から、 「一度お目にかかりたいので、自分の家を訪ねてほしい」 という依頼の手紙が来る。
 主人公がそこに出向くと、重々しい造りの旧家の座敷に、不思議な老婆が座っており、話しているうちに、彼はその老婆から自分の出生の秘密を明かされる。
 そのことによって、主人公が 「壁に映る樹の影」 に魅せられる本当の理由も明らかになる。

樹の影07

 …というのが、おおまかな筋なのだが、実はこの話はもう少し複雑な構造になっていて、老婆の元を訪れる作家というのは、実は、最初に登場する作家が書いた 「小説の中の主人公」 なのである。
 (村上春樹は、この作品の複雑な構造に面白さを感じており、それへの言及が多いがこのブログでは省く)

 私が面白いと思ったのは、現実の作家と、小説の中の作家が入れ替わったあたりから、徐々に 「現実」 と 「物語」 を隔てる境界がかすみはじめ、 「明るさ」 の中に 「闇」 が、 「合理」 の中に 「非合理」 が、 「近代」 の中に 「前近代」 が、コップの水に垂らしたインクのように広がっていくところである。

 主人公が老婆から聞いた出生の秘密というのは、老婆の仕組んだ壮大な芝居かもしれないし、もしかしたら、老婆が語っているのは、自分とはまったく別人である可能性もある。
 そういう懐疑が成立する余地を残しているにもかかわらず、主人公と一緒になって老婆の屋敷に足を踏み入れた読者は、それまで当たり前のものとしてなじんできた近代的で合理的な世界がずぶずぶと溶解し、そこから土俗的な因習に満ちた前近代の闇に包まれた日本がふわりと浮上してくるのを見つめることになる。

 その鮮やかな場面転換は、村上春樹も認めているし、文庫本の解説を書いた三浦雅士も認めている。

樹の影01

 このような劇的な場面転換がなぜ生まれたかというと、やはり構成がうまいのだ。
 丸谷才一は、ホラー小説に登場しそうな怪しげな屋敷に住まわせた老婆に、ホラー風味のボールをびゅんびゅん放らせる。
 しかし、それをことごとく小説家である主人公に打ち返させる。

 つまり、主人公は、すでにその老婆を 「狂人」 と断定しているから、老婆が何をしゃべろうが動揺することがない。
 その老婆が、主人公の出生の秘密をまことしやかに語り始めたとしても、彼はそれを妄言・虚言と捉え、すべてに対して、余裕を持って合理的な反証を加えていく。

 ところが、どんなに反証を加えようが、反証しきれないものが残る。
 それが、 「樹の影」 にどうしようもなく惹かれる自分の性癖だった。

 その性癖がどうして芽生えるようになったか。
 老婆は、ある実験装置を使って、ついに主人公にそれを見せるのである。

 主人公の心をなごませるものだった 「樹の影」 が、逆に主人公のアイデンティティを揺るがすものへと反転していくときの恐さが、そこで浮かび上がってくる。

樹の影0001

 実は、私個人も 「壁に映った樹の影」 というものが大好きで、デジカメを肩にかけて散歩などしていると、無意識のうちに樹の影を撮っている。
 なぜ、壁に映る樹の影にこんなに魅せられるのか。
 それが自分でも分からない。

 ただ、家の外壁や塀に樹の影が映っていると、カメラを持っている限りは必ず撮る。
 私にも、秘められた出生の秘密でもあるのだろうか?

樹の影06




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 10:21 | コメント(6)| トラックバック(0)

木更津の暑い夏

 千葉県の木更津市に親戚の家があった。
 蕎麦屋をやっていた。

 千葉市内で一仕事終えた後、ぽっかり空いた午後の時間を使って、久しぶりに木更津の町を見に行った。

 親戚の家が、市内で蕎麦屋を開いていたのは、もう40年以上も前のことだ。
 記憶をたどって、その周辺をクルマでぐるぐる回ったが、記憶そのものがあいまいであり、かつ街の様子も変わっていたので、なかなかその場所が特定できない。

 なんとなく見覚えのある街角を通ったが、ついぞその蕎麦屋があった場所を特定することはできなかった。

 仕方なく漁港までクルマを走らせ、釣り糸を垂れている人たちの姿を眺めながら、クルマのダイネットテーブルを挟んでカミさんと向かい合い、おにぎりといなり寿司の遅い昼食を取った。

 四方の網戸を全開にして、風を入れたが、湿気を含んだ海風が流れ込んできて、身体全体がかえってベタついた。
 ギャレー上の換気扇と、ルーフの換気扇を回すと、少しだけ車内に空気の対流が生まれ、ようやく一息つくことができた。

 木更津というのは、「しょじょじのタヌキ囃子」 で有名な証城寺のある町で、街のいたるところにタヌキのモニュメントがある。
 窓から見える海鮮料理屋の2階のベランダには、ずらりとタヌキの置物が並んでいた。
 しかし、どこからともなく流れてくる音楽はタヌキ囃子ではなく、リオの海岸あたりで流れてきそうなボサノバだった。
 ボサノバに合わせ、緑や黄色に塗られたタヌキたちが踊っているように見えた。


 小学生の頃、夏休みになると必ず父親に連れられて、木更津の蕎麦屋に遊びに来た。
 大人たちの会話はつまらないので、店を出ては、一人で近所をほっつき回る。
 当時の木更津はけっこうにぎやかで、夜ともなれば、商店街は艶 (なまめ) かしい雰囲気に包まれることもあった。

 その艶かしい空気というのが何によってもたらされるのかは、小学生の自分にはまだよく分からなかったが、どことなく頬が火照るような、大人の享楽に身体が浸されていく感覚は嫌いではなかった。


 蕎麦屋の隣りに、小さな写真屋があった。
 いつのまにか、退屈になると、その店に出入りするようになった。

 経営者は、まだ若い青年だった。
 どんなカメラを売っていたのか、ほとんど覚えていないのだが、ライカのような外国製のカメラに混じって、日本製の2眼レフカメラも置いてあったように思う。 
 そういうカメラが、粗末なガラスケースの中にぽつりぽつりと置かれているだけで、およそ “カメラ” という高額商品を扱う体裁の店ではなかった。
 そのせいか、いつ訪れても、お客の姿を見ることはなく、経営者の青年は、店の奥にある3畳ほどのタタミにあぐらをかいて、1日中レコードを聞いていた。

ヘレン・シャピロジャケ

 ステレオなどというものがまだない時代。
 「蓄音機」 という言葉の方が適切な、シンプルなモノラルプレイヤーだった。
 レコードも30㎝LPではなく、ドーナツ盤だった。
 かかる音楽は、コニー・フランシスとかヘレン・シャピロ、ポール・アンカ、ニール・セダカといった、見たことも聞いたこともない外国の歌手の曲がほとんどで、そんな音楽ばかり聞いているその青年のことを、最初はずいぶん変わった趣味の男だなぁ…と思った。

 しかし、一緒になって聞いていると、不思議な気分になった。
 夜の木更津という街を甘く包む享楽的な空気に、外国の歌手たちの歌はぴったりとハマった。
 どの曲も、とろけるように甘く、泣きたくなるほど切なく、身体全体がうずくような官能的な匂いを発散していた。
 「恋」 というものを知らないうちから、「恋」 の切なさというものを知った瞬間だった。
 それがアメリカン・ポップスとの最初の出会いだった。

 3畳間にあぐらをかいた青年は、1曲終わると、ものうい手つきでレコードを替えながら、
 「今のは 『悲しき街角』 、次は 『悲しき片思い』 …。あっちのレコードは 『悲しきインディアン』 。アメリカの歌はみんな “悲しき” っていうタイトルなんだよ」
 と教えてくれた。
 こんなに、心がドキドキするような官能的な気分に満たされるのに、なぜ 「悲しき」 なのだろうと…と、不思議な気分で彼の言葉を聞いた。

 店の外には、街の喧騒が渦巻いていた。
 その喧騒とともに、夏の暑く湿った空気が、どんよりと3畳間を満たした。

 2人とも額に汗を浮かべながら、切ない音楽を聞いていると、なんだか自分たちが、街の楽しさから置き去りにされているような気になった。
 そして、この青年には恋人がいないのだろうな…と、子供ながら頭の中で生意気な憶測をめぐらした。

 親戚の蕎麦屋が店をただんだのは、それから間もなくのことだった。
 隣りのカメラ店は、その1年前ぐらいに、町から姿を消した。

 今は、もうそのカメラ店の青年の顔を思い出すことができない。
 ただなんとなく、当時の人気歌手だった小坂一也に似た顔立ちだったような印象がある。

小坂一也ジャケ

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:25 | コメント(4)| トラックバック(0)
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