町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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>TOMYさん、よう…
町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
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日本のRVの歴史

 日本に、いつ 「キャンピングカー (RV) 」 なる乗り物が登場し、それがどのように発展していったか。
 それをまとめる仕事を始めて、2年が経過してしまった。

 決してのんびり構えていたわけではないのだが、いろいろな人に取材をして、それを原稿にまとめ、その内容が正しいかどうか再度チェックしてもらうという手順を踏まえていると、ついつい時間がかかってしまう。

 この間、取材させていただいた人々は20人以上に及ぶ。
 今も現役のビルダーの社長さんとして活躍されている人もいれば、すでにリタイヤされて、のんびりと余生を楽しんでおられる方もいる。
 ハンドメイドのキャンピングカーを造り続け、業界とは関係ないところでキャンピングカーの発展に寄与された方もいる。

 「当時のことはおぼろげながら覚えているものの、詳しいことは忘れてしまった」
 という人も多い。
 そういう場合は、年表や資料にも目を通してもらい、じっくりと時間をかけて思い出してもらう。

 なにしろ、国産初のキャンピングカーというものが生まれたのは、1950年代 (昭和30年代) のことだから、今から60年も前のことになる。
 その国産初のキャンピングカーに乗られた方は、すでに亡くなられており、その周辺で活躍され、そのデータを保存されている方々ももう60代~70代という歳になる。

エスカルゴ号001
▲ 国産初のキャンピングカーといわれる 「エスカルゴ号」

 「町田さんがこの資料をまとめておかなければ、貴重な証言が保存されないまま終わるところでしたね」
 取材させていただいた人の中には、そう励ましてくれる人もいた。

 乗用車の歴史をまとめるなら、各メーカーに資料が残っており、データを保存する公的機関もある。
 しかし、個人が手作りでキャンピングカーを造ってきた歴史の長い日本では、それを統括してまとめようとした機関もなく、当然、資料も少ない。
 実作に携わった人たちの証言だけが、唯一の貴重なデータとなる。
 最初は雲をつかむような状態だった。

 それでも、いろいろな証言が蓄積して、縦糸に横糸が絡まるように、徐々に立体化されてくると、おぼろげながらも 「日本のキャンピングカー史」 が浮かび上がるようになった。

 面白い発見がいくつもあった。
 日本のキャンピングカーは、60年代の後半から70年代のはじめに、ひとつの大きな盛り上がりを見せたにもかかわらず、石油ショックのせいで一気にしぼんでしまい、再び興隆するには10年のラグがあったことも分かった。

 その “空白の10年” を支えたものは、ひとつは、個人が自分の乗りたいものを好きなように造ったハンドメイドキャンピングカー。
 そしてもうひとつは、内装・外装をにぎやかにドレスアップしたバニングだった。

 日本のキャンピングカーは、この両者が絡み合い、刺激しあいながら発展してきたのである。
 そして、それらのクルマに、ひとつの理想像を与え、完成度を高めさせたのが輸入キャンピングカーだった。
 
 本書では、それらに携わるヒーローたちが登場する。
 たぶんその人たちが、日本のキャンピングカーを発展させた伝説の人物として記録されることになるのだろうし、そうあってほしいと思いつつ原稿を進めた。

 だから、堅苦しい表現はできるだけ避けて、そういう人たちの熱い思いがそのまま伝わるように、会話形式を重視した。

 「あれは、はっきりとは思い出せないんだけど、たぶん…」
 というような話し方になったときは、その言葉をそのまま使って臨場感を出すように工夫した。
 スタジオ録音ではなく、ライブの感覚。
 そのナマっぽい空気を読みとって、
 「面白かったから一気に読んでしまった」 と言ってくれた人もいた。
 
 すでに9割方のテキストを書き終え、今はその手直しと写真や資料の整理に取りかかったところだ。
 これが発表されるのは秋になると思うが、いまだに上手いタイトルが浮かばない。

 読んでくださった方の中には、 「物語」 という言葉を入れた方がいいという人もいれば、 「キャンピングカーというより、広い意味でのRVの歴史」 と謳った方がいいという人もいる。
 誰もが、 「自分の歩いてきた道のりが、ひとつの資料として後世に残ることを楽しみにしている」 という気持ちを抱いていることだけは伝わってきた。

 しかし、自分はこれを “プロトタイプ” だと思っている。
 この資料が刊行されることによって、ここに登場しない方々からも、さらなる証言や新事実が寄せられることになるだろう。
 そのような声をもう一度収録し、より完成度の高い資料としてまとめあげたときに、ようやく、どこに出しても恥ずかしくない “量産型” の資料が生まれるように思う。

 資料が完成して公開されたあとは、このブログにおいても、少しずつ連載するような形を取りたい。



campingcar | 投稿者 町田編集長 21:36 | コメント(2)| トラックバック(0)

金持ちの贅沢品?

アルファ室内01

 前回のブログで、 「キャンピングカー」 という言葉に代わる言葉として、 「RV」 というのはどうよ?
 …という話を書いた。

 それについて、これまたキャンピングカー業者さんの話なんだけど、 「賛成!」 という人に会った。

 この業者さんは、 「女性の感性に訴えるキャンピングカー」 という路線を戦略的に追求されている業者さんだったが、やはり 「キャンピングカー」 という言葉を使うと、 「誤解される場合が多い」 というのだ。

 どういう誤解かというと、 「キャンピングカー」 という言葉自体に 「高額商品」 というイメージがつきまとってしまい、なかなかその先入観が払拭されないという。

 だから、たとえば主婦たちの集まりで、ある奥さんが 「うちはキャンピングカーを買ったの」 などといえば、
 「ええ!? リッチねぇ」
 「贅沢ねぇ!」
 …という、賛辞とも嫉妬とも取れる過剰な反応を呼び起こし、そのあと、影でこそこそっと 「あそこのうちは、お金持ちよねぇ」 とか言われてしまうことが目に見えているので、うっかり 「キャンピングカー」 という言葉は使えない…という主婦がけっこういるんだそうだ。

 まぁ、人気のプリウスが190万円、200万円などと話題になっている昨今、キャンピングカーはその2倍ぐらいの価格帯のところに集中しているクルマが多いので、確かに “高額” という印象を伴うのは事実。

 しかし、車種によっては200万円台、300万円台のものもあるし、就寝機能、荷物の収納機能、炊事機能、断熱性など、トータルに 「快適な旅」 を実現するためのクルマとみれば、決してベラボーに高額なクルマではないのだ。

 ところが、一般的に 「キャンピングカー」 というと、それだけで1千万円越えの高級車として受け取られることが多く、平均的な価格帯はそれよりはるかに安いのに、なかなかその事実が浸透しない。

 この不況下においては、 「贅沢者はねたまれる」 という風潮が横行しているため、誰もが 「お金持ちである」 という誤解を受けたくないという心理を募らせている。
 たとえお金を持っていても、 「人に見られる生活レベルはひたすら質素に」 というのが今の庶民感覚だと、その人は語る。

 つまりは、主婦たちの集まりで、うかつに 「キャンピングカー」 という言葉を出せないところに、今のキャンピングカーが口コミとして広がっていかない理由のひとつがある、という話になった。

 「キャンピングカー」 という言葉自体が 「お金持ちの贅沢品」 と取られるのは、キャンピングカーの利便性やそれによって得られるライフスタイルの変化を考えると、はっきり言って誤解である。

 その誤解を解くためには、いろいろなキャンペーンを展開して、キャンピングカーの金額というのは本当はリーズナブルなものであると広報していくやり方もひとつあるだろう。
 しかし、 「キャンピングカー」 というイメージが、一般的に 「お金持ちの贅沢品」 と思われる風潮が根強いならば、言葉そのものを見直す必要も出てくるかもしれない。

 「RV」 と言い換えることは、個人的には無難かな…と思っているけれど、皆さんはどうですか?


campingcar | 投稿者 町田編集長 22:32 | コメント(4)| トラックバック(0)

RVってどうよ?

アメリカのRVリゾート01

 最近、キャンピングカーを販売している業者さんたちと話すときに、ときどき出てくるテーマのひとつに、
 「キャンピングカーって言葉に代わるものはないか?」
 というのがある。

 つまり 「キャンピングカー」 というと、 「ああ、キャンプするためのクルマね」 と短絡的に受け取られてしまい、キャンプそのものに興味のない人にそっぽを向かれるというのだ。

 ある販売店の人が、キャンピングカーとは関係ないイベント会場で、無差別に 「キャンピングカーに興味ありますか?」 と来場者に尋ねたところ、5人に2人が、 「俺、キャンプファイアーやバーベキューなんかしないもん」 と答えたという。

 要するに、 「キャンピングカー」 という響きから、キャンプファイアーやバーベキューしか連想しない人はいまだに多く、そういう人に限って、 「キャンプ」 というと、山に入ってタキギを集めたり、テントの周りに穴を掘るものだと思い込んでいるという。 

 確かに、キャンピングカーには、キャンプをするために適した装備を持つものが多い。
 しかし、今キャンピングカー業者さんたちが扱っているキャンピングカーというのは、キャンプだけでなく、普通のドライブも十分こなせるし、広い意味で  「旅をするクルマ」 になっている。

 そこのところをキャンプに関心のないお客さんにどう理解してもらえるか。
 それが、一部の業者さんたちの悩みのタネになっているらしい。
 彼らの話を聞いていると、 「キャンピングカー」 という言葉に、自分たちの扱うクルマのカテゴリーを十分に表現していないという “もどかしさ” を感じているという思いが伝わってくる。

 考えてみると、 「キャンピングカー」 という言葉を使うのは、世界の中でも日本だけである。英語文化圏でも 「キャンピングカー」 という言葉が通じるという人もいるが、用語としては、普及も定着もしていない。
 北米文化圏で、日本のキャンピングカーに相当するものを表現するときは 「レクリエーショナル・ビークル (RV) 」 を使うし、ヨーロッパではトレーラーを 「キャラバン」 、自走式を 「モーターキャラバン」 と呼び、いずれも 「キャンプ」 という概念に縛られてはいない。

 クルマに生活設備を積んで、野山で遊ぶことを先に覚えた欧米人に比べ、日本ではオートキャンプ場が整備されてからキャンピングカーが市販されるようになった。
 日本のキャンプ文化の礎が築かれようとしていた時代は、オートキャンプの発展に貢献した人たちと、キャンピングカーに関心を持つ人たちが重なっていたので、キャンプをより便利に楽しく経験するためのツールとして、キャンピングカーという存在はごく自然に認知されていった。

 しかし、欧米においては、キャンピングカーは必ずしも 「キャンプ」 だけを目的としたクルマではない。それは広い意味で、 「旅行のためのクルマ」 である。
 彼らも旅の宿泊場所としてはキャンプ場を使うのだが、キャンプ場そのものが、日本のキャンプ場とはひと味違っていて、キャンプそのものを目的とした場所というよりも、 「自動車旅行のための宿泊施設のひとつ」 という位置づけがなされており、建設される場所も、場内整備も、自動車旅行を前提とした造りになっている。

 私は、最近の日本のキャンプ場というのは、欧米並みの 「宿泊施設」 という条件を立派に満たすものが増えてきたと感じる。場内にお風呂や食堂を備えたところも多くなり、ひと昔前のキャンプ場が持っていた 「汗くさい」 「泥だらけになる」 というイメージとはかけ離れたスマートなキャンプ場が増えたと思う。
 しかし、ある人に言わせると、
 「それは町田さんがキャンプ場を知っているからですよ」
 ということになる。

 「キャンプ場を知らない人からすると、キャンプというのは虫やヘビが寄ってきても気にしない、タフな精神を持つ野人趣味の遊びに過ぎず、難行苦行をいとわない人たちのレジャーと思われてしまうんですよ」
 と、その人は語った。
 そして、結論として 「キャンピングカーという言葉は、野人趣味を持つタフな人たちの “暑苦しいクルマ” と思われがちだ」 という話になった。
 
 だからといって、キャンピングカーを別の言葉に置き換えようとしたとき、果たして何がいちばん適切なのか。
 その有効な答はない。

 「レジャーカー」
 「ピクニックカー」
 「プレジャーカー」
 などという言葉を唱える人もいるが、これほどまでに定着した 「キャンピングカー」 という言葉に、今すぐ取って代わるようにも思えない。

 そのことに気が付いた日本RV協会さんは、もう10年くらい前から 「旅ぐるま」 という言葉を考案して、それを普及させようとした。
 しかし、10年経った今も、キャンピングカーを 「旅ぐるま」 と言い換えている人は少ない。

 だったら、いっそのこと、北米風に 「RV」 といってしまうのはどうか。
 「RV」 という言葉は、レクリエーショナル・ビークル (recretional vehicle) の略で、 「休暇・楽しみのための自動車」 という意味を含み、バンコン、キャブコン、トレーラー、モーターホームすべてを包含する。
 まさにキャンピングカー業者さんの求める概念にぴたりとハマり、この言葉なら、欧米のみならず、世界に通用する。

 実は、キャンピングカーを欧米流に 「RV」 という言葉で表現しようという考え方は前からあった。
 しかし、それが定着しなかったのは、日本では、 「RV」 という言葉がランクル、パジェロなどのSUVやステーションワゴン、ミニバンを表現する言葉として定着し、本来の 「RV」 という概念からズレてしまっていたからだ。

 しかし、1990年代に流行ったような “RVブーム” も一段落し、 「RV」 という言葉から、クロカンタイプのSUVを連想する人たちも、だいぶ高齢化した。今やファミリーレジャーに使う乗用車としては、 「ミニバン」 という言葉の方が主流になり、今ちょうど 「RV」 という言葉が宙に浮き始めている。

 「RV」 という言葉の本来の意味を取り戻すのは、今がチャンスのような気がする。
 そう思いませんか?
 日本 “RV” 協会さん。

 関連記事 「RVって何のこと?」

campingcar | 投稿者 町田編集長 11:09 | コメント(6)| トラックバック(0)

庄野潤三「静物」

 庄野潤三の短編集 『プールサイド小景・静物』 (新潮文庫) を買った。
 通勤電車の中で気楽に読める手頃なサイズの小説集が欲しかったからだ。

庄野「静物」表紙

 家に戻って何気なく書棚を見たら、同じ本が、ちょっとホコリを被ったまま天井近くの棚にひっそりと刺さっていた。
 買ったことを忘れていたのだ。
 悔しいけれど、私にとってはよくあることだ。

 でも、そこでがっかりせずに、はじめてこの本を買ったつもりで、順を追ってページを繰ってみた。
 やっぱりそのほとんどを忘れている。
 …というか、もしかしたら本を買ったはいいが、読んでもいなかったのかもしれない。

 収録されていた七つの短編にはそれぞれ独特の空気があって、どれも不思議な気分にさせられた。

 どの作品も、昭和25年から35年までの間に書かれたものである。
 最初に発表された 『舞踏』 からすでに60年経つことになる。
 しかし、読んでみると古びていない。

 特に、『舞踏』 と 『プールサイド小景』 などは、今のテレビ局が単発ドラマの原作として使っても、十分に通用するような話だ。

 テーマは 「不倫」 。
 平和に暮らしている幸せな家族に、そっと忍び寄る夫婦の危機。
 小説全体を “のんびり感” が覆っているだけに、そこに入った亀裂の深さが逆に浮き彫りになり、作品全体が不思議な透明感を持った悲しみに包まれている。

 しかし、この手の作品なら、昔から名手はたくさんいた。

 むしろ、興味深いのは、『相客』 、 『五人の男』 、 『蟹』 、『静物』 といった、家族の肖像をさりげなく描いた “おとなしい” 作品群の方である。

 その中でも一番奇妙な味わいを持つのは、本の表題の一つとして掲げられている 『静物』 である。
 この作品は、村上春樹が 『若い読者のための短編小説案内』 でも採り上げたことがあるので、それに触発されて、にわかに最近の若者にも読まれるようになったと聞く。
 読んでみると、確かに、ある意味で村上春樹好みの作品という感じもする。

 主な登場人物は、父親、母親、そして女の子と2人の男の子である。
 その家族の中で繰り広げられる日常生活の一コマ一コマが、何の脈絡もないまま並列につながっているだけの作品なのだ。

 たとえば最初の章は、子供たちが、父親にせがんで釣り堀に連れていってもらい、意気込んで釣糸を垂れるのだが、何も釣れず、最後に父親が小さな金魚を一匹だけ釣って家に帰るところで、プツッと終わる。
 事件が起こるわけでもなく、しゃれたオチが用意されているわけでもない。

 他の話も大同小異だ。
 5人家族の平和なやり取りを淡々と描いたスケッチが続く。

 なのに、この作品全体から、うっすらと不思議な感覚が立ち昇ってくる。
 常に、文字として書き込まれていない何かがここには居座っている。

 その正体のひとつは、簡単に探し出せる。
 夫と妻との間にときおり忍び込んで来る 「すきま風」 だ。

 ある晩、父親はそばで寝ている妻のことを、ふとこう考える。

 「おれの横にこちらを向いて眠っている女……これが自分と結婚した女だ。15年間、いつもこの女と寝ているのだな。同じ寝床で、毎晩」

 結婚したどの夫にも必ず訪れる、ごくありきたりの感慨かもしれない。
 しかし、これは、読者にはじめて伝えられる父親の 「内面」 なのである。

 家族を平等に愛し、のんびりと、平和に暮らしている父親は、実は心の奥底では、きわめて冷静に、妻との間の距離を測っている。
 この夫は、15年経っても、一緒に暮らす妻を、「妻」 としてではなく、あまたいる 「女」 の一人として遠くから眺める視線を放棄してはいないのだ。

 夫のクールな意識が突然頭をもたげてくるこのシーンは、水面にさざ波が立つくらいの微かな不安を、作品の中に撒き散らす。

 またある日、夫は家の中で昼寝しているときに、「女のすすり泣き」 の声を耳にしたと回想するくだりがある。
 妙だなと思って、台所を覗いてみると、妻はほうれん草を洗っていた。
 「何か音がしなかったか?」
 と夫が妻に尋ねると、
 「いいえ、何か聞こえました?」
 と妻は晴れやかな顔をこちらに向けた、というのである。

 結局、夫には 「すすり泣き」 の犯人がいまだに分からない。
 場面はそこで変わり、話は子供たちのドーナツ作りに移っていく。

 しかし、読者には分かってしまう。
 たぶん、この夫は、かつて妻をすすり泣かせるようなことをしてしまったのだ。
 そして、もしかしたら、一見仲むつまじそうに見える夫婦の間には、いまだに深いクレバスが口を開けていて、2人ともそのクレバスから目を背けているのかもしれない。
 読者にそう思わせる何かが、ここでは暗示されている。

 でもそれが何であるか、作者は語らない。

 日常生活を脅かす陽射しの陰りは、ほんの一瞬で姿を消し、ほとんどの場合、ちょっぴり退屈な日常性が何ごともなかったかのように復活する。

 多くの人が、この 『静物』 にときおり顔を出す 「不安の徴候」 に注目した。
 そして、その 「不安の徴候」 こそが、この牧歌的で微温的な小説をピリッと引き締めるタガになっていると指摘した。


 しかし、『静物』 という小説は、夫と妻の関係が明らかになれば、作品全体を貫く奇妙な味わいの秘密が解けるのかというと、そうではない。
 夫の心理状態がどうであれ、妻が求めるものが何であれ、それとは関係ないところで、不思議なものが迫り出してくる。

 その不思議なものを探る前に、以下の場面を見てみたい。

 ある日父親は、男の子に、イカダ流しをしていた “川の先生” の話をする。
 「川の先生は、川のことにかけては人とは比べものにならない名人で、川に魚が何匹いて、どっちの方向を向いて、何をしているということまできっちり言い当てる。
 この人と一緒に釣りをしていて、『あとひとつ』 というと、そこにはあと一匹しか魚が水の中にいないということなんだ」
 それを聞いて、男の子は 「すごい」 と言う。

 その話のついでに、父親は釣りをしていると必ず現れてくるキツネの話をする。
 キツネはカゴに入った釣った魚を狙っていて、石を投げても、ヒョコヒョコと避けるだけで立ち去らない。
 そして、油断をしていると、カゴを加えてすーっと走り去る。
 聞いている男の子は 「あーあ」 とがっかりした声を出す。

 「学校の花壇を掘っていたら、土の中からおけらが一匹出てきたの」
 と、女の子が父親に話す。
 「そのおけらはね、誰それさんの脳みそ、どーのくらい? って聞くと、びっくりして前足を広げるの」
 そういって、女の子は両方の手でその幅を示す。
 「そのおけらの前足の幅でね、みんなの脳みその大きさが分かるの」

 男の子がボール箱の中に入れておいた蓑虫 (みのむし) がある日いなくなる。
 子供は、蓑虫を庭の木からつまみあげ、裸にして、木の葉っぱや紙切れと一緒に箱の中に入れ、巣をこしらえる様子を観察するつもりでいたのだ。

 その蓑虫がどこかに姿を消す。
 しばらくすると、蓑虫はいつのまにか子供の勉強部屋に巣を作って収まっている。
 父親は、戸外に巣を作るはずの蓑虫が家の中に巣を作っている様子を見て、不思議な気持ちになる。

 これらの、父親と子供が語り合う世界はいったい何なのだろう。
 
 テーマはみな 「自然」 である。
 この小説では、冒頭の金魚釣りから始まり、必ず同じ道をたどろうとするイノシシの話、あくまでも前へ前へと進むアユの話など、父と子供たちの会話に必ず 「自然」 が登場する。

 テレビゲームも携帯電話もない昭和35年。
 子供たちの遊びのフィールドがアウトドアだったことは分かる。
 しかし、父親と子供たちの対話の中で、これほど自然を相手にした話が繰り返されるとなると、そこに庄野潤三がなにがしかの意図を込めたことを感じないわけにはいかなくなる。

 作者はどういうつもりで、繰り返し繰り返し、「自然」 というテーマを父親と子供たちに語らせたのだろうか。

 たぶん、庄野潤三は自然の持つ 「超越性」 を、この作品の中に導入したかったのだ。
 人間が、可能な限りの人智を奮っても制御できないもの。
 人間のつくり出す秩序を軽々と超えて、人間などには関わることのできない大きな秩序を形成しているもの。
 そのような 「超越的な存在」 を、庄野潤三は 「自然」 というシステムに仮託して、子供と父親との会話の中で示唆しようとしたのだ。

 実際の話題として登場する 「自然」 は、どれもたわいない。
 父親が子供に語る自然は、現代人がノスタルジックにいつくしむ 「失われた自然」 でもなければ、文明に猛威を振るう 「怒れる自然」 でもない。

 にもかかわらず、「自然」 は不思議な世界を人間にかいま見せる。
 おけらは、子供の 「誰それさんの脳みそ、どのくらい?」 という問に素直に反応して前足を広げ、蓑虫は勉強部屋の片隅に巣を作る。

 それらに触れることによって、主人公の父親は、自分たちの力を超えた何者かの存在を無意識のうちに感じとる。

 この 『静物』 という作品は、舌を巻くほど見事な描写力を誇っている小説である。
 特に、子供たちが見せる無邪気な会話や仕草。
 それを、これほどまで克明に写し取った作者の技量は、並大抵のものではない。

 しかし、そのようにして獲得されたリアリティは、逆に 「リアリズムでは獲得できない世界」 があることも、地面に落ちた影のように映し出してしまう。
 それが、「消えた蓑虫が、ある日こっそりと勉強部屋に移動して作ってしまった巣」 なのだ。

 この 『静物』 という小説に備わる “奇妙な味わい” は、日常生活の中にぬっと顔をさらす異形のパワーとして 「自然」 を捉えたところから生まれている。

 村上春樹は 『若い読者のための短編小説案内』 の中で、ここに登場する子供たちを、作者の 「イノセンス (無垢) 」 への憧憬が表現されたものとして捉える視点を披露していたが、そのイノセンスこそ、子供たちが無意識に備えている 「自然」 への親和性と解釈することもできる。

 つまり、自然に対して、その懐 (ふところ) に無心に飛び込んでいける子供というのは、この世に屹立している 「超越的なるもの」 の存在を大人に知らしてくれる 「使者」 なのだ。

 庄野潤三がこれを書いた昭和35年という時代は、まだ都会生活を送る人々の間ですらも、自然をテーマに語るときの素材がこれほど溢れていたのだ。
 しかし、今ここで描かれたような自然と接することができるのは、人里離れた山奥にでも行かなければ無理になった。

 だからこそ、『静物』 という作品が、不思議な光芒を放つように感じられるのは、逆に今の時代かもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

RV千差万別時代

東京CCショー01

 東京・江東区のビッグサイトで開かれている 「東京キャンピングカーショー」 を取材してきた。
 といっても、今回は、あまりクルマを取材していない。
 1日中ぐるぐると会場を回ったが、ほとんど来場者にインタビューしただけだった。

 「何を目的にこのショー来たのか?」
 「キャンピングカーを買うなら、何を優先順位のトップに掲げるか?」
 「今乗っているキャンピングカーを選んだ理由は何か?」
……等々、来場者が “キャンピングカー” というものに何を求め、何を期待して、何を実現できたのか。それを尋ねて回った。

 実に面白かった。
 いやいや、答は千差万別。
 それぞれ、微妙に 「キャンピングカーに求めるもの」 が違う。

 これでは、キャンピングカーのトレンド調査というものが、うまく成り立たないわけである。

 キャンピングカーでいちばん大事な要素として、ある人は 「サイズ」 だという。車庫事情や取り回しを考えると、コンパクトで小回りの利くクルマでないと、購買の対象にならないという。

 別の人がいうのは、 「車内の居住性」 。
 いかに広く、いかに快適に過ごせるか。それが大事。

 旦那さんが、 (カムロード系の) トラックベースの四角い感じがカッコいいといえば、隣りにいた奥さんは 「トラック顔はいや」 という。

 キャンピングカーを買ってから、キャンプ場に行かなくなったという人もいあれば、逆にキャンピングカーを買ってキャンプに興味を持ち、少しずつキャンプ用品を買い揃えるようになった、という人も。

 トレーラーに乗っている人は、 「トレーラーが最高!」 というし、バンコンユーザーは、それを選んだメリットを得々と話す。
 しかし、輸入モーターホームを買っている人は、それでなければ楽しめない遊び方をいろいろと話してくれる。

 話を聞いていると、それぞれみな理屈がしっかり通っており、どんな意見もいちいちうなずける。

 なのに、統計的な答を出そうとすると、ばーんらばら。
 
 これはどう考えればいいのか?
 キャンピングカー文化が熟成期に入ったのだな…と思う。
 
 「こういうクルマを買ったら、こう遊べ」 という押しつけが、もう通用しない時代が始まっているのだ。
 キャンピングカーを持っている人もまだ持っていない人も、それぞれ自分なりの 「使い方のイメージ」 というものをしっかり確保していると感じた。

 ある意味で、今までのトレンド分析などが意味をなさない、新しい文化が生まれてきているように思う。 

campingcar | 投稿者 町田編集長 23:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

ナンパ師適正度

 男性に質問。
 もし、あなたの前に、若くてきれいな女性がいて、話しかけてもかまわない状況が整っているとする。
 さて、そのときあなたの頭の中に浮かんだことは、次のうちのどれか。

 ① これはよい機会! こんな女性と親しくなれるなんて滅多にないチャンス。適当な話題を見つけてすぐ話しかける。

 ② 確かに美人ではあるけれど、こういう女性にはすでに恋人がいるはず。話しかけても親しくなれるチャンスは乏しいので、少し様子を見る。

 ③ 用もないのに話しかけるなんて野心がミエミエ。そんなことをするのは恥ずかしいし、相手に対しても失礼なので、無視する。


 これは、あなたの “ナンパ師” としての経験値を測るテストだといったら、どう思うだろうか。
 ナンパというのは、もちろん街角などで女性に声をかけて、お茶に誘ったりする行為のことを言うのだけれど、スキー場のゲレンデだろうが、ゴルフ場のゲストルーム、ホテルのバーカウンターでもいいわけで、声をかけるのは若い男性であったり、熟年であったりすることを問わない。

外国映画01

 「出会い系サイト」 というものもあるらしいし、「草食系」 の男性も急増中の昨今、ナンパという言葉すら 「死語」 の領域にひたすら歩み寄っている感じもするが、 「肉食系」 男子ならば、まだまだこういう設問に興味を感じる人もいるのではなかろうか。

 で、まず①番。
 「これはよい機会! こんな女性と親しくなれるなんて滅多にないチャンス。適当な話題を見つけて話しかける」

 誰が考えても、この①番がいちばん “ナンパ経験値” が高いと思えそうだが、実際に少しでもナンパの経験を持つ男性は、あまりこういう思いを持たない。
 むしろ②番の方。
 「確かに美人ではあるけれど、こういう女性にはすでに恋人がいるはず。話しかけても親しくなれるチャンスは乏しいので、少し様子を見る」

 ナンパというのは非常に成功率の低い行為で、声をかけても無視されたり、その場でコミュニケーションが生まれても、たいていカレ氏持ちだったりして、交際が始まる確率は意外と低い。
 だから②と答えた人の方が、たぶんナンパ師としての経験を持っている人だと思う。

 では、③は? …というと、当然ナンパなどあまりしたことがない男性であろう。男としてのプライドがあるわけで、こういう男性は、別にナンパなどしてなくても、モテる人はモテる。


 次にこういう質問はどうか。

 カフェのテーブルに一人で座っている女性に、あなたがナンパ目的で声をかけえたとする。彼女はそれに驚いて、テーブルの上のアイスコーヒーのカップを倒してしまった。
 とっさにあなたの口をついて出て言葉は?

 ① 「すみません、このハンカチで拭いてください」
 ② 「こぼれたコーヒーのお詫びとして、ワインとフレンチをご馳走したいけど、いいですか?」
 ③ 「俺って、そんなにびっくりするぐらいイケてた?」

 これは、あなたのナンパ師としての適性度を測るテストだ。
 …といっても、あなたのキャラクターと相手のキャラクターの相性というものがあるので、同じ言葉を発しても、相手の関心をゲットする場合もあれば、反発をかう場合もある。だから、成功率とは関係ない。

 ①番。
 「すみません、このハンカチで拭いてください」
 こういう常識的な対応をする男性は、好感度は高いけど、相手が好奇心を感じてくれる確率は低い。よって、適性度は中の下。

 ②番。
 「こぼれたコーヒーのお詫びとして、ワインとフレンチをご馳走したいけど、いいですか?」
 適性度でいうと中の上ぐらい。とっさにこういうセリフを口にできる男なら、反射神経の良さを評価されて、相手の関心を買うことはできるだろうが、下手すると、そのキザぶりが嫌みにとられて相手の反感を買う場合も。

 ③番が2重丸!
 「俺って、そんなにびっくりするぐらいイケてた?」
 ただし、これはキム兄みたいな、しぶめのご面相をもった男性が口にしてはじめて効果のある言葉で、見るかにイケメンであるジャニ系の男性がいうと、まったくの逆効果。


 さて、3番目の出題。
 あなたには妻子がいる。
 にもかかわらず、他の女性とも楽しい時を過ごしたいという野心を持っている。
 それを見抜かれて、あなたが声をかけた女性が、皮肉たっぷりの表情で、
 「いいわよ。その代わり何があっても私と結婚するのよ」
 と切り返してきた。
 さて、あなたはどう反応するか。

 ① 「僕は結婚を考えた女性しか声をかけたことがないよ」
 ② 「結婚など固いことを考えずに、まず遊ぼうよ」
 ③ 「いいねぇ、俺とフィーリングがぴったし!」

 実際には、初回からこう切り返してくる女性などいない。
 しかし、この質問も、あなたのナンパ師としての適正を測る問になっている。

 まず①番。
 「僕は結婚を考えた女性しか声をかけたことがないよ」
 とっさにこう答えられる男性がいるとも思えないが、機転の利く応対のように思えても、これが一番警戒されるタイプ。
 遊び慣れている、…つまりしょっちゅう声をかけ慣れている男性と思われるだけだ。
 しかし、相手も遊びしか考えていない場合、案外この線でまとまってしまう場合がある。

 ②番はどうか。
 「結婚など固いことを考えずに、まず遊ぼうよ」
 とっさに思いつくのはたいていこのレベルだろうと思うけれど、意図が露骨すぎて好感度ゼロ。
 「じゃねぇ」 とバイバイされる確率が高い。

 ③番。
 「いいねぇ、俺とフィーリングがぴったし!」
 この深夜トーク番組的な、機知もユーモアもないゆるい気怠さというのが、案外現代風なのだ。
 相手の問いに答えているようでいて、何も答えていないという無責任さが、意外と相手の警戒心を解くという効果がある。

 ただ、こういう答は、ホスト系のケイハクさが板についている男性だけに許される対応で、相手がホスト系の男性に興味がない場合は、文字どおり 「軽薄」 に映るだけ。

 以上、通勤電車の中で、前に座っていた美人を眺めながら、漠然と考えたテスト。
 答に特に根拠はありませんので、
 お気になさらずに。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

東京ショー迫る

 今週末の25日 (土) ~26日 (日) 、東京ビッグサイト (東京都・江東区) で 『第5回 東京キャンピングカーショー』 が開かれる。

09東京キャンピングカーショー告知ポスター

 第5回といっても、このビッグサイトにおける開催は今回がはじめて。前回までは味の素スタジアム (東京都・調布市) で行われていたからだ。
 東京で開かれる夏のキャンピングカーショーとして始められた同イベントも、年々知名度が上がり、出展台数も増えて、来場者数も多くなってきた。会場が味の素スタジアムからビッグサイトに変更になったのは、ショーの規模が拡大してきた状況を反映したもの。

 ここしばらく厳しい状況下に置かれてきた自動車業界も、ハイブリッドカー人気にけん引されて息を吹き返してきた感じだが、キャンピングカー業界も、小型キャンピングカーを中心に好調な販売を持続している。

 今回のショーに出展されるキャンピングカーの台数は昨年を上回る106台。元気のよい国産キャンピングカーのほか、最近は出展台数が減少傾向にあった輸入車も、アメリカ、ドイツ、フランス、オーストラリアといった幅広い国々の名品がそろう。

 詳しくは、同イベントのホームページを。

 http://www.campingcarshow.com/

 今回のHPは実に緻密な構成になっていて、会場マップ、アクセス、出展者のデータ等がことこまかく明記されている。たとえば 「出展者一覧」 に関しては、すべて各出展者のHPまでリンクが張られ、展示車両の概要が一目で分かるというほどの徹底ぶり。

 この緻密な運営ぶりを見ていると、今後同ショーは幕張ショーと並ぶビッグイベントのひとつになっていく気もしてくる。


NEWS | 投稿者 町田編集長 20:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

キューブ2発表会

キューブ2ルームHPより

 先だって、このブログでも紹介した 「キューブ2ルーム」 。
 その記者発表会が日産プリンス東京販売 (東京都・品川区) で開かれたので、行ってきた。
 キャンピングカー専門誌の記者たちも含め、一般誌の報道陣もつめかけた充実した発表会だった。

 このクルマのコンセプトはこのブログでも紹介したし、日産プリンス東京販売のHPにも掲載されているので、ここでは省くけれど、招待されたメディアの反応は上々。
 「ひょっとしたらボンゴフレンディのオートフリートップが出たときのような反響を呼ぶのではないか」 と予測する人もいた。

 今の時代、コテコテのキャンピングカーとはまた違った、このようなライト感覚の “寝られるクルマ” を求める層がすごく増えている。
 その層が、どれだけこの 「キューブ2ルーム」 に反応するのか。
 また、日産プリンス販売とピーズフィールドクラフトが、そういう層にどのような広報活動を行っていくのか。
 非常に興味のあるところである。

 訴求力の高い商品というのは、やはり開発・設計に携わったスタッフの熱い思いがどれだけ投入されるかにかかっている。
 言葉でいうと当たり前のように聞こえるけれど、少し突っ込んでいうと、開発者が、
 「このクルマを造ることによって、どういう世界が生まれるのか」
 というイマジネーションの広がりをどれだけ持てたかどうかで、その商品の “夢” の部分が決定される。

 キューブ2ルームのポップアップ部を製作している 「キャンカーサービス」 の星野社長に、話を聞くことができた。

 星野さんは、日産ピーズフィールドクラフトからの依頼を受けて、ルーフやテント部を実作しているときに、
 「これに乗ったとき、携帯電話の電波の届かないところに行く気になるかどうかがカギだと感じた」
 という。

 面白いことをいう人だと思った。

 現在のわれわれの日常生活では、携帯電話という文明の利器が欠かせない存在になっている。
 それが手元にないと、不安に駆られる人の方が多いだろう。
 しかし、それは逆にいうと、携帯電話が、現代人の生活のリズムをがちがちに縛ってしまったということを意味している。

 しかし、人間には、仕事や規則的な日常生活からちょっとだけ離れ、流れる雲や波のうねりを、ただひたすら虚心に見つめていたいと思うことがある。

 「そういうときに、このクルマで出かけ、ポップアップしたルーフ部に上がって自由な時間を満喫してもらえれば、造った方もうれしい」
 と、星野さんはいう。

 携帯電話から離れたいときは、電源をオフにすればいいのだけの話だけど、それでも電波が届く範囲にいれば、やはり落ち着かない。

 やはり、すべての事柄から完全に 「魂」 をオフさせるには、電波の届かない場所を探すということ自体に意味があるのだとか。

 「このポップアップが開いた空間というのは、本来 (のオリジナルキューブに) はなかった空間なんですね。
 しかし、今度そこにまったく新しい空間が生まれたわけです。
 そこを、どう活用するか。
 たぶん、うまく活用できた人がいれば、そこに新しい自分が生まれていることも実感できるのでは…」
 と星野さんはいう。

 確かに、ポップアップしたルーフに登れば、目線が変わる。
 目線が変わるということは、意識も変わるということだ。

 文筆家の堺屋太一さんは、かつてモンゴル高原を旅したとき、馬に乗って大平原を移動した。
 そして、徒歩や自動車で移動するときの低い目線から離れ、乗馬という高い目線を獲得することで、世界が驚くほど変わって見えることを実感する。
 そのとき、モンゴル人が 「世界征服」 をイメージできた秘密もまた理解できたとか。

 星野さんが、 「新しい世界が生まれる」 と語った意味は、たぶんそれに近いことなのだろう。

 キューブ2ルームのテントは3方向に広い開口部を持っている。
 そこから見た海や山の景色は、きっと体験した人に新しいイマジネーションを与えてくれることだろう。

campingcar | 投稿者 町田編集長 20:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

タコスの4B登場

 2009年度も、いつのまにか後半戦。
 夏のキャンピングカーを使った行楽シーズンを控え、各社の新車開発も活発になってきた。
 7月中旬に開かれた 『アウトドアフェスティバル in 信州』 では、タコスさんのブースから初のオリジナルバンコン 「4B」 がデビューした。

4B外装01

 キャッチは 「ウッディ&ブラック」 。

 落ち着いた茶系の木工家具と、一部に本革を用いたブラックシートが、このクルマのインテリアを彩るメインコンセプトだ。

4Bセカンドシート02 4Bコンソール03

 開発者の田代社長によると、追求したかったイメージは、
 「太くて、黒くて、柔らかい」 。
 まさに鉛筆の4Bのイメージ。それがそのまま 「4B」 という車名になっている。
 さらに、「B」 という名称には、ボーイズ、ブラック、ビューティフル、ビーチなど、日に焼けた男の子が元気にアウトドアを楽しむ情景が重ねられている。

4Bリヤビュー04

 そのコンセプトを見事に裏付けるように、リヤゲートを開けると、自転車、小型バイクなどを積めるラゲージスペースが登場。
 遊びのギアを搭載した状態でも寝られるように、2段ベッドもしっかり装備されている。

4B2段ベッド05

 室内は簡単な操作でコの字ラウンジを組むこともできるので、大人数でテーブルを囲んだパーティも可能。ベッド展開すると、長さ3450mm、幅1750mmのフルフラットベッドが誕生する。

 ターゲットユーザーは、ずばり熟年になってもハーレー・ダビッドソンを愛するような 「フォーエーバーヤング」 な人々。

 遊びのギアを積んで、アウトドアを楽しむのもよし。
 小粋に街乗りに使ってもよし。
 気の合う仲間とパーティを開くのもよし。
 マルチに使える万能キャンパー。

 大人になった今も、BOY'Sだった頃の夢を持ち続ける人たちへのメッセージが込められたクルマだ。

4Bダイネット06

 ベース車はハイエース・スーパーロング。
 お値段は、ガソリン特装車 (2WD・4АT) で、3,937,500円 (税込み) から。


campingcar | 投稿者 町田編集長 20:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

ETCデビュー

 自分のキャンピングカーにようやくETCが付いて、18日~19日に開かれた 『アウトドアフェスティバル in 信州』 に行ってきた。
 「土日の高速道路利用が1,000円」 という特権を、ようやく手に入れたわけだ。

アウトドアフェスティバルin信州ポスター

 誰もが、一番最初に思うのは、
 「うまくゲートが開いてくれるかしら?」
 ということらしい。
 で、やっぱり、ETC専用レーンに入るとき、ちょっと緊張した。

 だから、バーが上がって、目の前に高速道路の侵入路が開けたときは、ホッとした。
 
 このETC利用による 「土日の1,000円ポッキリ」 という制度は、キャンピングカー業界にはどういう作用を及ぼしたのだろう。
 イベント会場で何人かの業者さんに聞いてみたところ、 「遠方からの来客が増えた」 と、みな口を揃えて言う。
 300㎞以上離れた地域に住んでいるお客さんが、午前中に電話を入れて、夕方頃に来店し、実車をゆっくり見学してから夜帰っていく…なんてことが増えたとも。

 それにしても、このETCの普及率というのは、現在どのくらいまで進んだのだろうか。
 「 (ETCを) 注文したら即納されるようになったから、今はほとんどの人が装着しているのではないか」
 という人もいた。
 逆に、 「あいかわらずの品薄が続いている。正規のルートに頼っていれば、何ヵ月も待たされる状態はいまだ続いている」
 という人もいて、地域によって差があるようだ。

 今のETCは、うちの社長がプレゼントしてくれたもの。
 これはありがたかった。 
 5月の連休前に近所の 『オートバックス』 にオーダーを入れていたのだが、こっちの方はいまだに 「入った」 という連絡が来ない。つまり正規のルートに頼っているかぎりは、2ヶ月半経っても入手できなかったということになる。

 ETC利用による 「土日1,000円」 を手離しに喜べないという声も多い。
 フェリー業者や鉄道の関係者が打撃を受けていることはマスコミで報じられているが、高速道路の利用者にとっても、土日の渋滞の激化は憂慮すべきことだろう。

 日曜日の午前11時半にイベント会場を後にしたのだが、途中から中央自動車道の大渋滞にひっかかってしまい、結局家に着いたのは午後11時半だった。
 途中のPAで昼寝したり、食事したりした時間を差し引いても、結局10時間ほどハンドルを握ったまま車内に拘束されたことになる。

 「土日1,000円」 をうまく活用するためには、走る時間帯の工夫も必要になりそうだ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:26 | コメント(6)| トラックバック(0)

午後の……

 「午後の……」
 っていうと、人は何を思い浮かべるのだろう。

午後の紅茶ラベル

 私なんかはキリンの 『午後の紅茶』 がまず頭にひらめくけれど、村上春樹の 『午後の最後の芝生』 という短編小説もすぐに浮かんでくる。
 あの小説は中身も良かったけれど、その読後感がいつまでも鮮度を保っているのは、 『午後…』 という言葉を使ったタイトルのインパクトによるものだと思う。

 三島由紀夫には 『午後の曳航』 という小説がある。
 こっちは 「曳航 (えいこう) 」 って言葉が、今ひとつイメージが湧きづらくて、タイトルとして成功しているとは思わないけれど、やっぱり 「午後」 って言葉のかもし出す雰囲気で救われている。 (小説の方は今ひとつだったけど)

 「午後」 という言葉には、常に詩的な情感や余韻が漂う。
 …そう感じているのは私だけかもしれないけれど、 「午後」 って言葉に、ときどきジワーっと感激している自分がいる。
 きっと、 「午後」 という奇妙な時間区分のもたらす “あいまいさ” 、 “とりとめのなさ” が好きなんだろう。

 「夜明け」 、 「朝」 、 「午前中」 とかいう言葉には、爽やかで健康的な響きがある。
 「夕方」 、 「夕刻」 というのも、1日の務めが終わろうとしている安堵感に、ちょっとした疲労感が加わり、さぁビールでも飲むかという気分と結びつく。

 「夜」 、 「深夜」 とかいうのは、家族でくつろぐ時間帯だったり、恋人たちが愛を交わす時間帯だったり、はては孤独な人間が、テレビの画面見つめつつ社会に向かって呪詛を投げつける時間帯…という感じで、人によってそれぞれ違ったドラマが生まれそうに思える。

 それに比べると 「午後」 っていうのが、いちばん中途半端だ。 
 いつの間にか始まっていて、いつの間にか終わっているのが 「午後」 だ。

 このダラリとした感じが、実はすごく好きなのである。
 1日のうちで、 「午後」 といわれる時間帯だけは、それまで流れていた時間とは違った 「時間」 が流れ出すように感じてしまうのだ。

 言葉を変えていえば、 「午後」 は “死” がひっそりと歩み寄ってくる時間帯ともいえる。

 ヘミングウェイの著作に 『午後の死』 という闘牛の解説書がある。
 彼が、スペイン各地で繰り広げられる闘牛を観戦し、膨大な資料を元にしてまとめた “闘牛論” である。

ヘミングウェイ

 彼が、なぜ闘牛論を書かねばならないほど闘牛に関心を示したのかは、よく分からない。
 戦争や狩猟を通じて常に 「死」 を見据えることによって、 「生」 の手応えを描いてきたようなヘミングウェイという作家にとって、闘牛場というのは、もっとも厳粛な死を体験する 「聖域」 だったのかもしれない。

 闘牛場には、必ず 「死」 が待ち受けている。
 神への生け贄のように殺されゆく牛たちの死。そして (たまに) 闘牛士の死。

闘牛場風景02

 そのような、死と生が縦糸と横糸のように交差する “聖なる時間” は、ヘミングウェイにとって 「午後」 でなければならなかったのだ。

 『午後の死』 というタイトルからは、 「午後」 という時間帯だけ、あの世へ至る道が開いているということを暗示させる “何か” が漂ってくる。

 そう考えると、 「午後」 ってのも、けっこう怖い。

 「午後」 という時間帯の “とりとめのなさ” は、この世からフワッと離れるときの浮遊感に通じているのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 16:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

勝間和代さん分析

 勝間和代さんの大ブレークである。
 本屋に行って驚いた。
 入口の1角がすべて 「勝間和代コーナー」 になっていて、平積み、棚差しともに、こぼれんばかりの勢いで勝間本が並んでいた。

 それにしても種類が多いな…と思って、よく見たら、
 「勝間和代さん推薦の1冊」
 と帯に銘打った、勝間さん以外の著者によるビニネス書や自己啓発本もやたらと並んでいるのだ。

 なるほど。
 カリスマのカリスマたるゆえんだな。
 今や 「勝間和代」 という名前さえ付いていれば、ほとんどの “知的商品” は売れて行くらしい。 

 で、この人いったい 「何者」 なのか。
 ちょっと興味が湧いて、1冊買ってしまった。
 単行本ではなく、ムックだけど、 「AERA Mook」 の 『まねる力』 というやつ。

AERAまねる力表紙

 一度テレビの討論番組に出ていたお姿を拝見することがあって、私は長いこと、勝間さんのことを硬派の経済ジャーナリストだと思っていた。
 しかし、書店に並んでいる彼女の本のタイトルを見ていると、自己啓発系の雰囲気があって、結局は 「こうすれば元気が出る!」 ってなことを知的に解説する人なんだな…と思って、その後は気にもとめなかった。

 しかし、これだけ書店さんもプッシュしているということは、お金を出しても、しっかり満足できるなにがしかの情報を読者に与えてくれる人に違いない……と、まずは思うではないか。
 で、ついに 『まねる力』 を手にとって、レジに向かう気になった。

 買った足で、 『ガスト』 に入り、ハンバーグ&目玉焼きプレートとライスを注文して、読み始めた。

 このムック、基本構成は対談集なのだが、冒頭に、
 「 『まねる力』 が人生を変え、日々を豊かにし、私たちを幸せにする」
 というタイトルの書き下ろしのエッセイがあった。
 この人の主張の骨子を知るにはちょうどよい。

 エッセイ自体は短いものだったので、ハンバーグのプレートが運ばれる前に読み終えてしまったのだけれど、この人がなぜウケるのかという秘密は、そこですでに全開だった。


 「憧れのあの人に、少しでも近づきたい」
 「あの人の、こんな素敵なところを身につけたい」
 …… (中略) ……こう思うことが、成長の原動力であり、学習の動機となり、新しいことを身につける力となる。

 というのが導入部である。

 なるほど。
 とは思ったけれど、別に目新しいことを言っているわけではない。
 ただ、
 「まねる力とは学習能力であり、別の言い方をすると “コピー&ペースト能力” すなわちコピペ能力である」
 とかいう現代的な表現でまとめているところが、きょうびの読み手にはフレンドリーなのだろうと思った。

 さらに、
 「まねる力はコンピューターのソフトウェアに例えると、OSであり、人によってWindows95並みだったり、Vista並みだったりする違いが生じる」
 というような表現を駆使して、I T に親和性の高い若者層の気持ちをぐっと引きつけるのも巧み。 

 その後はアプリケーションの話をつらつらと続け、I T にうとい私なんかの世代を 「なんだかよく分かんねぇよ…」 と思わせる場所にポンと置き去りにして、手のひらを返すように、
 「インプットする部分を 『習得する力』 、プロセスの部分を 『考える力』 、アウトプットする部分を 『表現・行動する力』 と考えてみればいい」
 と、突然分かりやすい言葉でたたみかけてくる。

 それだけで、私などは、 (雰囲気として) 話全体がI T 文化の先端の知見に裏打ちされているように思えてしまう。
 このような、時の流れをつかんだ緩急自在の筆運びに、この人の人気の秘密があると見た。


 ノウハウ本とか、自己啓発書というのは、チャート化のうまさがモノをいうのだが、このエッセイでも、ほどよいタイミングで、それまでの流れを総括するようなチャート的表現が随所に出てくる。

 たとえば、
 「 『まねる力』 を分解すると、以下のプロセスになる。
 ① 何をまねたいかで、 「自分のしたいこと」 を決める。
 ② 「自分のしたいこと」 の師匠を持つことで、ロールモデルを探す。
 ③ …………」

 うんうん。
 ワイドショーのキャスターが、文字ボードの隠しシールをばりばり剥がすのを見ているかのごとく、彼女の言わんとしていることがすんなり頭に入ってくる。


 勝間人気を支えているのは、知的好奇心が高くておシャレな女性たちである。
 この書では、その支持層へのサービスも抜かりない。

 こんなくだりがある。
 「私は文章を書くのが仕事の一つですが、文章がすらすら出てくる時は、お気に入りのハーブティを飲みながら、お気に入りのパソコンで、お気に入りの音楽をかけて、お気に入りの指輪をして、その感触を楽しみながら、頭と私が打っているキーボードが一体化して、それがすべてひとつにつながった時です」

 美しくて知的な女性の 「カッコいい生活習慣」 が全開ではないか。

 だけどぉ……なんですが、文章表現においてそのようなプロフェッショナルなスキルを持っていることは感じるけれど、言っていること自体は、決して目新しいものではないのだ。
 ゴメンね…なんだけど、ちょっと退屈だった。

 「まねること」 に焦点を合わせたというのは、 「まねること = 模倣 = 二番煎じ = 創造性の欠如」 という一連の負のイメージをくつがえすところに新味を見出そうという狙いがあってのことだろうけれど、そのこと自体が、ありふれた企画でしかない。
 「模倣は創造に通じる」 というのは、もう100年も言われ続けている文学・芸術の原則論であって、テーマ設定に新しさを感じた読者もいただろうけれど、私は 「またか…」 という気分だった。

 対談に入ってからも、ゲストと波長が合っていないように思える箇所がいくつかあった。
 たとえば、分子生物学者の福岡伸一氏と、 「効率」 について語っている部分。

 福岡氏がこういう。
 「勝間さんの本が売れるのは、効率を求める人が多いからですよね。でも、効率とはいったい何かを少し考えなければいけないんじゃないか。 (中略)
 勝間本を読めば、この1週間の効率は上がるでしょう。でも、やっぱり人間はレイジーな動物なので、 (効率が) 下がることもある。長い時間軸で見れば、効果はトントンかなと」

 この発言は、世間的には 「勝ち組のための啓蒙家」 と目されている勝間さんへの若干の皮肉をこめたものであるが、これに対して勝間さんはどう反論しているか。

 「私のいう 『効率』 って誤解されていると思うんです。なぜ効率化かというと、まさしくサボるため。より短い時間で、同じだけのお金や製品を手に入れて、残りの時間をもっと家族や自分の趣味に使おうというのが基本的な発想なんです」

 このやりとりを読んだだけでも、勝間さんという人がどんな人なのか、だいたいの感じはつかめる。 
 彼女がライターを務める自己啓発書やビジネス書が売れるわけである。
 「人は何のために効率を求めるのか」
 という問に対して、とりあえずの万人受けする模範解答がここに提示されているからだ。

 しかし、では、効率化によって生まれた時間を使って 「家族」 や 「趣味」 とどう向き合うのか? …というと、そこまでは掘り下げられてはいない。

 サザエさん的な近代家族のモデルケースが破綻している今の時代。新しい家族像が確立されていない状況では、 「面と向き合う時間」 が生まれると困ってしまう家族だって、いるんではないか?

 …ってな問題にまで掘り下げてしまうと 「ビジネス書」 ではなくなってしまうので、優秀なビジネス書からは、みなその問題は省かれている。

 実は、さきほどの 「効率化」 をめぐる議論は、 「17年間土の中で暮らし、最後の1週間だけ地上に出て繁殖して死んでいくセミは、幸せなのか、不幸せなのか」 という、非常に興味深い議論をめぐっての応酬だったのだ。

 福岡氏は、そういうセミの “非効率な” 生き方を肯定的にとらえ、そこに人の生き方のモデルケースをさぐろうという姿勢を見せる。
 ところが、勝間さんはその議論の面白さにあまり気づかれていない様子で、微妙に話が先につながらない。

 つまり、福岡さんの方は、 「効率」 を産業社会の枠組みからいったん外して考えてみようというスタンスなのだが、勝間さんは経済ジャーナリストらしく、産業社会の枠組みの中における 「効率」 にこだわる。
 そのため、
 「効率化した方が、 (生物としての人間が) 生き残りやすい、お金が儲かりやすいということだったと思うんですけど…」
 という感じで、議論がスベってしまい、福岡氏と噛み合わない。


 勝間さんは公認会計士を出発点に、経営コンサルタント、証券アナリストなどで成功を収めた後、経済ジャーナリストになられた方だという。
 そのせいか、市場分析とか、企業の技術革新、雇用問題などについてはものすごく知識も深いし、研究欲も伝わってくる。

 しかし、得てしてこういう人は、
 「貨幣経済の浸透は、人間の感性をどう変えたか?」
 ってな人文系の問題設定…つまり文学とか人類学とか哲学の専門領域の話になると、ついついナイーブさを露呈してしまう。

 姜尚中さんとの対談中の一言。

 【勝間】 私、 「お金は感謝の表れ」 と呼んでるんですけれども、相手から感謝してもらわない限り絶対もらえない。それなりの社会貢献がないと継続的にお金は集まらない。

 企業経営者たちを集めた講演会などでこういう考え方を披露すると、かなり賛同を得られそうな発言だけど、私個人は、こういう “社会常識” を気の利いた修辞でくるんで、スピーチに使えそうな 「決め文句」 に仕立てる人に、ちょっと距離感を抱いてしまう。
 あまり得々と披露するような話ではないのではないか。当たり前のことすぎて。

 これは、 「プロフェッショナルたるものの自覚」 というようなことを、少し言葉を変えて言っているに過ぎず、原稿料で稼いでいる人たちだったら、そっと胸にしまっておけばいいだけの話だと思う。

 それよりも、物書きならば、 「お金は社会貢献への対価だ」 という心理がどのようにして生まれてきたのか。
 また、どうしてそれが 「常識」 のように定着してしまったのか。
 それを問うべきではなかろうか。
 一般に 「エコノミスト」 といわれる人たちは、そのへんの突っ込みが不足しているように感じる。

 …と、まぁ、ちょっとそんな印象を持ったわけだけど、この対談集を最後まで読み終えたわけでもなく、勝間さんの他の著作を読んだわけでもないので、理解が浅かったり、誤解があるかもしれない。

 勝間さんの著作や言動にもう少し接近し、「やっぱり彼女素晴らしいな」 と思えたら、そのときはまた正直にそう書くつもり。

 とりあえず、いろいろなことを考えさせてくれたこの企画には感謝。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 15:13 | コメント(6)| トラックバック(0)

キューブ2ルーム

 日産キューブって、面白いクルマである。
 カタログでは 「やんちゃで、愛らしい」 と謳っているけれど、トヨタbBのような “悪にいちゃん” の感じはしないし、若者志向のデザインを強調するわりには、不思議とレトロな味があって、近未来っぽい造形とクラシカルなテイストが同居している。

 そんな複雑系デザインのキューブの味わいをさらに先鋭化させた新型バージョンが追加された。
 オリジナルキューブにポップアップルーフを設けた 「キューブ2ルーム」 である。

キューブ2ルームpop外装01 

 …といっても、これをリリースしたのは 「日産ピーズフィールドクラフト」 。
 日産車をベースに数々のキャンピングカーを開発してきた架装メーカーだが、今回の 「キューブ2ルーム」 のコンセプトメイクの徹底ぶりと仕上げの緻密さをみると、日産自動車のラインから流れてきたメーカーメイドの追加バージョンといってもおかしくはない。

 なんといっても、こだわりが凄いのだ。
 オリジナルキューブには、「自然のなかで憩う」 というイメージを追求するために、室内の天井トリムに波紋状の模様が採り入れられている。
 このキューブのアイデンティティともいうべき “波紋デザイン” が、なんと架装したポップアップルーフの天井にも再現されているのだ。

キューブ2ルームpop天井

 「何もそこまで…」 と思ってしまうのだが、「キューブ2ルーム」 の開発スタッフに言わせると、
 「とにかくノーマルキューブのコンセプトをまったく損なうことなく、その機能部分を高めるというのが、このクルマのテーマ。キューブを気に入っているお客さんが、ちょっとでも違和感を感じたら、もう失敗だと思っていた」
 …という。
 そのために、ルーフ高もオリジナルより8㎝だけ高いサイズ内に収め、ルーフ形状においても、ノーマルキューブのルーフをそのままダウンサイジングしたような自然な感じを大切にしたという。

キューブ2ルーム外装02

 このポップアップルーフを持ったキューブの狙いは何なのか?
 開発を担当した日産ピーズフィールドクラフトの畑中一夫常務に聞いてみた。

ピーズ畑中氏01

 「これは、日本で初の “寝られるコンパクトカー” なんです」
 と畑中さんは言う。

 「ポップアップルーフを持つ軽自動車ベースのキャンピングカーは、確かに、しっかり市民権を得て活躍しています。
 しかし、軽自動車より少し大きなものとなると、とたんにワンボックスカーになってしまうんですね。今までは、その中間を埋めるものがなかったんです。
 しかし、このキューブ2ルームは、ワンボックスカーよりは取り回しの良いコンパクトカーのジャンルに収まり、かつ軽自動車よりは1ランク上の走行性能を発揮する “寝られるクルマ” なんです」

 エンジンは、直列4気筒DOHC1,498cc。
 最高出力80kW (109ps) /6000rpm。
 最大トルク148N・m (15.1kg-m) /4400rpm。

 軽自動車に比べると、その動力性能の差は歴然とする。

 「だから、乗っていてストレスがない。足回りも、前のキューブに比べるとより熟成してきて、路面の食いつき感が増した。
 走っていて楽しいというのが、このクルマの大きな特徴のひとつですね」
 と、畑中さんはいう。

 肝心のポップアップルーフの構造はどうなっているのか。

 「開き方は、前ヒンジの後ろ開き。ベッドスペースは縦2m。横1m15㎝。大人2人が余裕で寝られる寸法です。
 テント素材はネオプレイン。この素材だと加工が難しいのですが、3方に大きな開口部を設け、風通しの良さと視界の確保に全力を注ぎました」

キューブ2ルームpopリヤ外装01 キューブ2ルーム上段ベッド01

 テント柄は水色基調の迷彩デザイン。
 この柄も、今までのポップアップルーフでは見なかったもの。キューブの斬新なフォルムに合った柄を選んでいるうちに浮かんできたデザインだという。

 どういう人たちが、この 「キューブ2ルーム」 を必要とするのだろうか。 
 それについて、畑中さんはこういう。

 「寝られるのはあくまでも2人。だから、カップルを対象としたクルマなのですが、普通のキャンピングカーのように、必ずしも“夫婦ふたり”を意識したものではないんです。
 僕のイメージとしては、親父と息子なんてのもアリですね。
 親父が、小学生くらいの子供を連れて、趣味の釣りを教えるクルマとかね。
 最小回転半径は4.6mで、無類に取り回しがいい。
 だから、どんな狭い道も苦にしない。
 リヤにアイスボックスや釣り道具なんか積んで、前の晩から仮眠し、早朝から親父と息子で釣りを楽しむなんて最高じゃないですか。
 もちろん、シニア夫婦の2人旅というコンセプトは十分満たしているし、逆に若い恋人同士でもいい。
 要は、キャンピングカーは大きすぎて、取り回しに負担を感じる。
 …かといって、軽自動車ではエンジン性能にちょっと不満がある。
 そう思っている人たちにはピッタリのクルマではないかと…」

キューブ2ルームFF&サブB キューブ2ルーム運転席

 基本設定は、あくまでも “ノーマルキューブ + ポップアップルーフ” だが、オプションとして、サブバッテリー、FFヒーターなども用意されている。
 セカンドシートを倒せば、かなり広いラゲッジスペースが生まれるので、遊びのための荷物を車内にしっかり収納したまま (上で) 寝られるというのが、このクルマの最大の魅力となっている。

キューブ2ルームリヤゲート

 お値段は、ベースグレードの15Sで、198万円 (税別) 。

 ゆったりくつろげるイメージを追求して、そのデザインコンセプトを 「ジャグジー」 に求めたというノーマルキューブ。
 それのポップアップ版は、ジャグジーの上に 「展望デッキとベッドスペース」 を追加したという感じか。 

キューブ2ルームpop内側 

 関連記事 「キューブ2発表会」   


campingcar | 投稿者 町田編集長 12:08 | コメント(3)| トラックバック(0)

貴方は風が好き?

 自分がアウトドア好きか、そうでないかを測るいちばん簡単な方法は、
 「風が好きか?」
 と自分に問うことだ。

 熱風だろうが、涼風だろうが、寒風だろうが、風だけは、空調による空気のコントロールから逃れた 「自然の鼓動」 を伝えてくれる。

 私は、仕事も私生活もほとんどインドアで過ごしている人間だが、唯一 「アウトドア派」 を自認できることがあるとすれば、それは、世の中でいちばん好きなものが 「夏の木陰を吹き抜ける風」 だと思っていることだ。

上智大の土手01

 「自然が好き」 という人が木々の緑を愛するのは、ごく単純なことで、木々というものが、いちばん視覚的に風の存在を教えてくれるからである。

 風に揺れる木の枝を見ていると、目に見えない風が、確かにこの世に存在しているということがよく分かる。
 さらに、その木に近づけば、ざわざわと、聴覚的にも風のつぶやきが伝わってくる。
 木は風の代理人である。

 クリスティナ・ロセッティの詩を西條八十が訳し、草川信が曲をつけた小学唱歌に、 『風』 という歌がある。

 誰が風を見たでしょう
 僕もあなたも見やしない
 けれど木の葉をふるわせて
 風は通りぬけていゆく

 昔、NHKの 『みんなの歌』 のような番組で流れていたように思う。
 いい歌だけど、今では聞く機会がない。
 心の中でしか鳴らない好きな曲の一つだ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:29 | コメント(2)| トラックバック(0)

キャバレー潜入記

 キャバレーに行って来た。
 外はまだ明るい時間帯だというのに、店に入ると、おしぼりで顔を拭いたり、お姉さんに水割りを作ってもらったり、口にくわえた煙草に火を付けてもらったりしているオジサマ方たちによって8割方の席が埋まっていた。

ミラーボール01

 不況だというのに、この業界はまだ集客率が高いようだ。
 でも、キャバレーの全盛期は 「昭和」 とともに去ったのだという。

 今では 「もう化石みたいな存在」 だと、隣りに座ったリコさんが言う。
 何でも一時は日本各地に40軒以上あったこのチェーン店も、現在は全国でたった3軒しか残っていないんだとか。

 こういう業界は、好況・不況問わず、それなりの固定客が支えているはずだと思っていたが、それほど減少しているとは知らなかった。

 「でも街を歩いていると、こういう看板はよく目にするよ」
 と言うと、
 「それはキャバクラね」
 とリコさんは答える。 

 「キャバクラとキャバレーはどう違うのよ?」
 長年疑問に思っていたことを、今日はキャバレーの最前線をいく現役スタッフに直接尋ねてみることにした。

 「キャバレーってのはね、生バンドが入って、ショータイムがあるの」
 と、リコさんはきわめて実証的な説明をした。
 確かにステージでは、バンマスとおぼしき中年男性がリードヴォーカルをとり、その左右に立った2人の女性シンガーがコーラスを被せるという生バンドが 『3年目の浮気』 を歌っている。

 「で、キャバクラにはこういうステージがないの」
 と、リコさんは言う。
 「それからね…」
 と、彼女は含み笑いを浮かべ、
 「キャバクラの方が、若い女の子が多いの」
 とテヘヘヘと笑った。

 自分が見たところではリコさんも十分若いのだが、本当の年は 「テヘヘヘ…」 であるようだ。
 「こういう店は熟年男性客が多いので、多少の人生経験を積んでいないと話題が噛み合わない」 と彼女はいう。

 なるほど。
 若い男性が行く場所は 「キャバクラ」 。
 熟年になると 「キャバレー」 。
 いつの間にか、そういう棲み分けができていたらしい。

 まだ肉体年齢も若く、女性に対するムラムラ度も高い男性にしてみれば、キャバレーのショータイムは邪魔に思えるだろう。
 時間内に必死にホステスさんを口説こうと思う人には、あの30分置きぐらいに始まるショータイムはうるさいし、気ぜわしい。

 しかし、もう熟年になって、ホステスさんを口説こうという熱意も、手を握ろうというスケベ心も枯れた人間にとっては、ショータイムはなかなか面白い。

 その日は、氷川きよしのモノマネで売り出したという氷川きよしよりわずかに年齢が高そうな演歌歌手のステージだった。

 ラメ入りのステージ衣装に身を包んだニセ氷川氏は、スポットライトに照らされたオデコから湯気を立てながら、北島三郎から春日八郎まで、60歳代から70歳代までのシニア層が楽しめる演歌のスタンダードを立て続けに歌い続けた。
 うまいのである。その歌が。 

 きっと音域の広い人なんだろう。無理すれば高音部までスゥーっと伸びるはずの声をむしろ抑え気味にして、中音域の音を太らせている。
 いわゆる 「朗々と響く」 声。

 久しぶりにプロの歌声に接したと思った。

 もし20年前くらい前の自分だったら、こういうステージが展開されていようとも、そっちの方には振り向きもせず、隣りに座った女性に対し、ひたすら、
 「ねぇ、何時に店終わるのよ? ラーメン好き?」
 なんて話しかけていたかもしれない。

 それが今では、ギラギラ衣裳の歌手が歌うコテコテ演歌を、けっこう面白く見物している。

 で、この日、20年ぶりに再会した元職場の同僚だった相棒は、隣に付いたホステスさんと、
 「今の政治ってさぁ、ほら中小企業に対する援助とか、そういうのってまったく念頭になくてさぁ…」 的な、雇用問題を真剣に話し合っている。

 せっかくの時間制限の中で飲むのに、そういう話題ってのも 「なんかもったいないなぁ…」 という気がするのだけれど、それもまた “ジジイが近づいてきた” 彼の、こういう場での楽しみ方のひとつなのかもしれない。

 で、彼の相手となったホステスさんも、その雇用・年金問題の話題に、
 「そうね、そうよね」
 と一生懸命相槌を打っている。
 優しいなぁ、彼女。

 中高年は、 「キャバクラ」 じゃなくて、 「キャバレー」 なんだな。
 ひとつ学んだ。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

甚助の餃子

 舌が感じる 「味」 というのは、人間の記憶にどの程度残るものなのだろうか。

 目で見たものの記憶や、耳で聴いたものの記憶に比べ、味の記憶というのは、その再現が難しいように思う。
 私の場合は、ある料理の味を思い出そうとすると、漠然と 「おいしかった」 「まずかった」 という印象が浮かんでくるだけで、その料理を舌の上で転がしたときの微妙なニュアンスが蘇らない。

 一流の料理人とかグルメ評論家というのは、そのへんの才能に恵まれていて、過去に味わった料理を映像的に思い出すだけで、その味まで克明に思い出せる人のことをいうのだろう。

 「だから料理人は偉大だ」 …などという話に持っていく気持ちは全くなくて、今回はきわめて私的な思い出話。

 もう20年ぐらい前になるのだろうか。
 東京・武蔵野市の吉祥寺に、 「甚助 (じんすけ) 」 という食堂があった。
 今の東急デパートがある筋で、その八幡神社寄りだったと思う。
 10人ぐらい座れるカウンターと、4畳半ほどの座敷がある小さな店だった。
 中年女性が2人で店を切り盛りしていて、忙しい時間帯には3人になることもあった。
 しかし、厨房内に男性の姿を見ることは一度もなかった。

 ここのメインメニューは 「沖縄そば」 。
 その後、沖縄ブームが起こり、 「沖縄そば」 という存在は、東京や大阪のような都会でもかなりポピュラーになったが、この当時、沖縄を知らない人間には 「なんじゃらほい?」 だった。

餃子01

 メインメニューに据えるくらいだから、この店の 「沖縄そば」 は確かにおいしかったが、それ以上に私が気に入っていたのは餃子 (ぎょうざ) 。
 店のカウンターに座ると、ほとんど反射的に 「餃子の大盛りとライス」 をオーダーしていた。
 餃子の大盛りというのは、通常1皿6個の餃子が9個に増えることをいうのだが、そういうメニューが堂々と用意されていたというのは、 「6個では足りない」 と思う人が多かったということなのだろう。

 ここで冒頭の 「味の記憶」 の話に戻るのだけれど、実は、この店の餃子だけが、唯一 「味覚の記憶」 として、私の脳にしっかり保存されている味なのだ。

 その幻の餃子は…というと、形はどこの店でも出てきそうな、きわめてオーソドックスなスタイル。
 しかし、味と焼き方が絶品だった。
 皮は薄いながらも、よく伸びる餅のようにしっかり餡 (あん) を包んで、箸でつついても決して崩れることがなかった。

 焦げ目の部分は上品なキツネ色。
 ここが焦げすぎて真っ黒になると、見た目も味も悪くなるのだが、この店ではどんなに忙しくても、焦げ過ぎたり、逆に火の通りが悪かったりする餃子が出てきたためしはなかった。

 醤油、酢、ラー油で整えた小皿に、その餃子をすっと浸す。
 しっかり餡を包んだ皮が、口の中でプリっと弾け、キャベツ、ニラなどをほどよく擦り合わせた肉汁が舌の隅々にまでふわーっと広がっていく。
 ニンニクに頼った調法ではまったくないのに、餡に味わい深いコクがあって、白いご飯と絶妙のマッチングを見せた。

 この店がなくなって、その餃子が食べられなくなったのは、本当に残念だった。

 なんとか代わりの店を探さないと…。

 それ以降、中華食堂で餃子を注文するたびに、味とか焼き具合をチェックして、 「甚助」 の餃子と比較するクセがついた。
 それなりに 「おいしい」 と思った店はあったけれど、あの 「甚助」 と同じ味の餃子は、いまだに現れない。
 家で冷凍餃子などを焼くときも、水の量、火の強さなどを研究して、少しでも好みの味に近づけるよう努力してみたが、やはり 「甚助」 の味には遠く及ばない。


 このように、自分にとっては絶対的な基準である 「甚助」 の味なのだが、実は最近その味をうまく思い出せなくなってきたのだ。

 うまくいくときは、ごく自然にあの味がふわっと 「舌の上」 に湧いてくる。
 しかし、うまくいかないときは、目をつぶって雑念を振り払い、気合いを入れて精神統一しても、その味を舌の上に蘇らせることができなくなった。
 ここ数年は、思い出せない確率の方が高い。

 もし、どこかで 「甚助」 が再興されていれば、どんなに高い交通料を払っても、あの餃子をもう一度食べに行きたい。
 当時店で働いていた女性たちは、まだそんなに老け込む歳ではないはずだ。
 あれだけの評判を取った店だ。
 どこかでひっそりと、店を再開していてもおかしくはない。

 しかし、そう思う気持ちが働く一方で、 「味が思い出せなくなった」 というのはチャンスかもしれないと思うこともある。
 「甚助」 の呪縛力からようやく解き放たれて、新しい餃子の味を探す時期が来たのかもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:40 | コメント(2)| トラックバック(0)

オヤジギャグ擁護

 「オヤジギャグ」 って、なぜ嫌われるんだろう?

 ウザい
 うるさい
 うっとうしい
 嘘くさい

 全部 「う」 がつく嫌われ方だけど、まぁ、そんな感じを持つ若い人が多いらしい。
 ましてや、そういうギャグを発するのが会社の上司だったりすれば、愛想笑いの一つも返さなければならないという面倒くささもあって、そういうリアクションを要求する態度そのものが傲慢だ、と思っている人も多いに違いない。

 ここには 「笑いの質の変化」 という重要な問題が絡んでいる。

 オヤジギャグ世代、すなわち昭和中期のお笑い文化で育った世代と、平成のお笑いの洗礼を受けた若者との間には、とんでもない開きがあると思う。

 はっきり言うと、 「昭和の笑い」 は貧しかった。

 私もまた、その貧しい昭和の笑いの中にどっぷり浸っていた人間だから、ジョークをかまそうとすると、基本的にオヤジギャグにしかならない。
 それはもうこの世代の宿命なのだ。

 小学生の頃に読んでいたマンガ誌に 『よたろうくん』 という連載マンガがあった。

よたろうくん

 主人公のよたろうくんは、会社から帰ってきたお父さんに、こう言う。
 「お父さん、今日はボケナスの日だろ?」
 すると、お父さんは、
 「アホ、それはボーナスだろ」

 それを読んで、バカみたいに笑い転げた。

 いま思うと、なんでそのギャグが死ぬほどおかしかったのか、そのときの自分の感性がもう分からない。
 しかし、昭和中期に育った子供たち……つまり現在オヤジギャグを連発する大人たちは、みなその程度のギャグで、十分に笑い転げていたのだ。

 今のお笑い文化は、その当時に比べると10倍、いや100倍もレベルが上がっている。緩急自在さ、スピード、表現力の多様性において、昭和中期のお笑い文化をはるかに圧倒している。
 数々の漫才ブーム、お笑いブームを幼少期からテレビで経験して、その笑いのセンスを骨肉化してきた若い世代は、ほとんど反射的に芸人レベルの笑いを日常的に交わし合うことができる。

 だから彼らが、自分たちの笑いの質に達しないギャグなど、生理が受けつけないと感じるのは仕方がないことだと思う。


 でも、私はやはり 「オヤジギャグ」 にホッとすることがあるし、それを連発する人間が嫌いではない。
 オヤジギャグの、あの精神がヘナヘナと弛緩していくような、無責任が許されるような脱力感が好きなのだ。


 昔携わっていた企業PR誌に、観光地のドライブコースを紹介する企画があり、その記事を書くためにカメラマンと組んで、全国を回ったことがある。

 このカメラマンが、典型的なオヤジギャグ人間だった。
 もちろん、その頃は 「オヤジギャグ」 という言葉もなく、彼もオヤジではなくて、まだ精悍な感じの若者だったけれど、寿司屋でシャコを頼むときは 「ガレージちょうだい」 、映画でも見るか?と尋ねると、 「映画はええがな」 と、万事がその調子。

 彼は別に、自分がギャグを言っているというほどの意識もなく、聞く人間のリアクションを期待するわけでもなく、反射神経的に、ただ頭の中に浮かんだ文言を口に出しているだけなのだが、ときどき突っ込み入れながらそのギャグを聞き流していると、けっこうくつろげた。

 取材が一段落して、列車で帰るようなとき、
 彼の 「駅弁買って、ええ気分」 なんてダジャレを耳にしながら、駅弁の包装を解いたりすると、
 「ああ、本当に仕事が終わったんだなぁ」
 というけだるい解放感に包まれた。


 オヤジギャグが嫌われるのは、ギャグを発した人間が、聴衆のリアクションを期待するからだと思う。
 「どう? 面白い?」
 って感じで、オヤジがニタリと笑ったりするあの一瞬の 「間合い」 が、そのギャグを面白いと感じなかった人間にとっては、けっこう辛いのだ。

 しかし、ギャグをかます人間が、ことさら聴衆のリアクションを要求しなければ、私はオヤジギャグには、一種の精神弛緩剤のような効果があると思っている。

 ピリピリした空気から逃げたくて、世の中どうでもいいや…と投げやりな気分にズブズブ浸りたいときは、相棒のかますオヤジギャグというのは精神安定剤のような効果がある。

 「今日の失敗はもう忘れて、徹底的に酔っぱらっちゃえ」
 なんていう気分のとき、オヤジギャグを連発してくれる相棒がそばにいると、こちらも投げやりな気分になって、ヤケクソ的に飲める。

 オヤジギャグが笑いの質として貧しいことは分かるが、オヤジギャグも許容できない社会というのは、投げやりな気分になることも許されない寒々とした社会であるように思う。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

09キャンプ白書

 「ETC利用者の休日1,000円乗り放題」 は、はたして、キャンプ場にとってメリットはあったのか、なかったのか。

 そんな面白いデータが、 (社) 日本オート・キャンプ協会が開いた 『オートキャンプ白書2009』 の発表会 (7月7日) 席上で公表された。

09オートキャンプ白書発表会01

 それによると、調査対象となったキャンプ場113ヵ所のうちの42.5パーセントが、 「1,000円乗り放題」 によって、 「遠方からの利用者が増えた」 と答えていることが分かった。

 ところが、同じパーセンテージで、 「特に影響はなかった」 と答えたキャンプ場もあったという。
 同協会では、キャンプ場の立地条件によって、影響の出るところと出ないところの差がついたと分析している。
 また、調査したのがゴールデンウィークの状況を反映しやすい5月であったため、同制度の告知不足や、ETCそのものの品切れ状態も考慮する必要があるという。
 したがって、ETCの普及が順調に進めば、それがオートキャンプの活性化に及ぼす影響はより顕著になるだろうというのが、同協会の見方だ。

 このETC調査は、 『オートキャンプ白書2009』 の番外編というような扱い方だったが、本体の白書そのものにも面白いデータがいくつか見られた。

 日本のオートキャンプ人口は、1千万人を超えた1990年代をピークに、2000年代になると漸減傾向となり、04年からはずっと700万人台のペースを維持しているが、08年では 「ガソリン代の高騰」 「世界金融危機」 などのマイナス要因があったにもかかわらず、個々の数値においては大きな影響が出なかったという。

 同協会は、そのことを 「キャンプ活動がいよいよ成熟期に入ったからだ」 と分析する。
 その理由は、総体的な人口は減ってきたとはいえ、参加者の 「キャンプ回数」 や 「延べ泊数」 は増加しており、キャンプを楽しむ人たちの積極性が増していることが分かるからだという。

 また、キャンパーの年齢構成では、30代~40代のファミリー層が圧倒的な数 (82.3パーセント) を占めながらも、50代~60代のシニア層がじわじわと増加しており、特にこの3年間は右肩上がりで増えていることが判明したとも。
 そのことからも、 「キャンプが子育て世代の一過性のレジャーから、生涯楽しむレジャーへ移行していることが分かる」 と、同協会はいう。

 昨年から顕著になってきた傾向をさらに加速させているのは、キャンピングカーユーザーの 「キャンプ回数」 と 「延べ泊数」 の増加。
 テントキャンパーの 「キャンプ回数」 が、平均4.3回であるのに比べ、キャンピングカーユーザーのキャンプ回数は11.5回。
 また、テントキャンパーの 「延べ泊数」 が、平均6.5泊であるのに比べ、キャンピングカーユーザーの泊数は19.8泊。
 いずれも3倍の数を記録する。

 さらに、テントキャンパーの姿がほとんど消えてしまう12月、1月、2月、3月という “オフシーズン” においても、キャンピングカーユーザーは20~30パーセントの参加率を示し、キャンピングカーユーザーの取り込みがキャンプ場の活性化につながるという傾向は、今回も明瞭に表れたという。

 以上のようなレポートは、昨年の白書の内容と大きく変わるものではないが、09白書に表れたはじめての傾向として特筆すべきことは、キャンプ場選びの情報源を 「インターネット」 に求める人が、はじめて 「ガイドブック」 を上回ったことだろう。
 その比率は、31.9パーセントと20.9パーセント。
 時代の趨勢とはいえ、ペーパー媒体に携わる出版社にとっては辛い時代になってきたのかもしれない。

 より詳しいデータを知りたい方は、下記へ。

 社団法人 日本オート・キャンプ協会
 TEL:03-3357-2851
 URL:http://www.autocamp.or.jp
 mail :jac@autocamp.or.jp


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

胸に迫るCMとは

 16年ほど企業PR誌の編集に携わったことがあるので、企業広告の世界に多少は接した。
 だからテレビCMとか、新聞広告などを見ていても、
 「どういう層に何を訴えようとしているのだろう」
 という視点で、ついつい見てしまう。

アメリカの雑誌01

 そう思ってみると、最近のCMは 「訴求ターゲットの絞り込み」 だけに過剰な意識を費やしすぎているような気がしてならない。
 「年齢」 とか、 「収入」 とか、 「社会的地位」 とか、想定している訴求層が何なのかということが簡単に透けて見えるCMが多すぎるように思えるのだ。

 CM戦略に限らず、世の中全体が “区分け思考” に傾きすぎている。
 「アラフォー」 とか 「アラフィ」 など、年齢的なセグメントで物ごとをくくってみようという発想などがそれに当たる。

 消費者の価値観が多様化したために、マスマーケットを意識した広告戦略が破綻した時代になったことは確かだ。
 そのため、ひとつの価値観にこだわっている消費者をあぶりだし、そこにピンポイントで訴求していくしかないという考え方が生まれてくるのも当然だろう。
 
 しかし、そういう多様化社会を生きている現代人だって、趣味とか、性別とか、収入とか、年齢を超えて、人間としての基本的な 「渇き」 や 「飢え」 や 「悩み」 や 「喜び」 を持っていることは確かなことなのだ。

 最近の広告業者たちは、どうもこの根本的な人間の 「渇き」 や 「飢え」 や 「悩み」 や 「喜び」 を見ていないように思う。

 「広告」 というと、商品の購買を促す動機づけが目的となるため、どうしても 「心理学」 とか 「経済学」 の研究分野だと思われがちだが、本当に近いのは 「宗教学」 である。
 宗教こそが、何千年にわたって人間の 「渇き」 や 「飢え」 や 「悩み」 からの解放を模索し、そこから脱する道を訴えてきたのだから。

 また、「広告」 とは時代のニーズをすくい上げるものだという意識が強すぎるから、みんな世相の動向に乗り遅れないようにしているけれど、逆である。
 世相の動向などに左右されないものこそ、消費者の心に本当に食い込んでいくものになる。

 広告企画者は、トレンド分析などに熱心になるよりも、古典を読んだ方がいい。
 「聖書」 や 「仏典」 の中にこそ、消費者をハッとさせるキーワードが潜んでいるのではないか。
 「聖書」 の謎めいた一言の方が、一級のコピーライターが考えたキャッチよりもよほど、 「立ち止まって考える」 契機を与えてくれるなんてことは、よくある。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 11:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

観光立国とRV

 東京・池袋のサンシャインシティで行なわれた 「東京アウトドアズフェスティバル2009」 を見学してきた。
 国立公園の写真展、中高年登山や自然の中での暮らしに関する著名人のトークショー、ガーデニング教室などの各種体験教室、フリーマーケットなど盛りだくさんのメニューだった。

 金曜日には、 『国立公園を考える』 というテーマのシンポジウムが開催され、それを聞いていたら、キャンピングカー業界の抱えている課題が、実は国家的テーマであることがよく分かって、とても面白かった。

アウトドアズフェスタシンポジウム01

 国交省の観光庁の方々などを交えたこのシンポジウムで討議されたテーマは、
 「国立公園における観光地域づくり」 。

 日本では、“国立公園” というもののなじみがうすく、それがどの地域にいくつあって、どのような機能を持っているか、あまり知られていないという。
 しかし、観光立国をめざす日本にとっては、この国立公園の活用を軸とした観光資源開発が、日本の地域経済を活性化させる上で重要だと説かれる。

 このようなテーマが浮上してくる背景には、現在の日本の人口減少が、将来の日本の地域経済に深刻なダメージを与えるという認識がある。
 現在の日本では、少子化が進行しているため、各地方における 「地域経済の縮小」 がすでに起こりつつある。このまま放置しておけば、人口の集中している大都市圏と、各地方の 「地域格差」 はますます広がるばかりだ。

 それを解消するために、平成19年1月に施行されたのが、 「観光立国推進基本法」 である。
 つまり、日本を観光立国として立て直すことが、日本の国是となったのだ。

 これはどういうことかというと、各地方の 「定住人口」 の減少を観光による 「交流人口」 の増加でおぎない、観光客の誘致とその長期滞在を促進することによって、地域経済の活性化をうながそうということなのである。

 シンポジウムでは 「観光圏の育成」 という言葉で、その具体的な方法が提示された。
 たとえばА市という温泉宿が集中する町があったとする。
 今までの観光産業の育成というのは、このА市ならА市だけの繁栄を考えて行われるものだった。
 しかし、これからの観光産業の育成は、А市にとどまらず、隣町のB市、C市を巻き込んだ形で行う必要がある。

 具体的には、А市、B市、C市の共同イベントを企画する。
 また、А市の温泉宿ですべてのサービスをまかなっていた方式を改め、連泊をうながす意味で、B市、C市の温泉と共同で使える 「共通入場券」 などを発行する。
 あるいはА市の宿で提供してきた食事サービスの回数を減らし、B市、C市のレストランを紹介する方法に変える。

 要は 「泊食分離」 であり、 「宿から街へ」 「宿から自然へ」 というように、観光資源を点から線に、さらに面 (エリア) へと広げていくことが大事だというわけだ。
 これが 「観光圏」 という考え方なのだ。

 シンポジウムでは、現在 「日帰り中心」 の観光客を、いかに 「1泊」 させるか。さらに 「1泊」 の観光客を、いかに 「連泊」 させるかというテーマが真剣に討議された。
 同時に配られた資料には、
 「観光客を “客” から “ファン (リピーター) ” へ」
 「週末住民を、2地域住民へ」
 「移動をコスト (負担) と考えるのではなく、ベネフィット (楽しみ) として考えてもらうように」
 などという言葉が踊っていた。

アウトドアズフェスタシンポジウム02

 これらの議事進行を見ていて、考えたことは、
 「なーんだ、そんなことはキャンピングカーユーザーを取り込めば簡単ではないか」
 ということだった。

 『キャンピングカー白書2008』 では、 「ユーザーが将来してみたいこと」 の筆頭に 「日本全国をゆっくり一周したい」 (80.7%) という声が掲げられている。
 2番目は 「気に入った場所を見つけて2~3週間滞在したい」 (55.4%) だ。
(※いずれも複数回答)
 もちろんこれは、旅行日程を自由に調整できるリタイヤ後の人たちを中心とした回答だが、同白書によると、ユーザーの83.9%は40歳代から60歳代の人たちによって占められており、その中でも 「60歳代」 のユーザー比率は21.8%と高い。

 つまり、観光庁がさかんに呼びかけている 「観光客の地域における長期滞在」 などは、リタイヤした熟年層のキャンピングカーユーザーがいちばん実現しやすい位置にいることになる。

 キャンピングカーは、初期投資に多少の金額を必要とするが、一度所有すると、宿泊施設としては旅館やホテルよりも安価なキャンプ場に連泊できるほか、その道中においては、高速道路のSA・PA、道の駅などでも休息・仮眠が可能であるため、宿泊・滞在費をかなり圧縮できる乗り物である。

 多くのキャンピングカー利用者は、そこで捻出された余剰経費を、各地方のグルメ探索、アミューズメント施設・温泉施設などへの出費に振り向けており、キャンピングカーの普及が、地域経済の活性化に及ぼす影響力は年々強まっている。
 
 観光庁は、「泊食分離」 による温泉宿などの新しい活用法を呼びかけているが、それに関してもすでに日本RV協会が 「湯YOUパーク」 などというシステムを編み出して、率先して行っている。

 どうして観光庁は、キャンピングカーユーザーに注目しないのかな…とも思ったし、逆にいうと、キャンピングカー業界が国策である 「観光立国」 に対して積極的な提案を掲げる良いチャンスかなとも思った。

 「キャンピングカーユーザーが増えることは、地域経済の活性化に大きな貢献をもたらします」
 キャンピングカー業界はそれを声を大にして主張してもいいのではないか。

 そしてそのために必要なインフラ整備を、堂々と国や自治体にお願いしてもいいのではないか。

 また、どうやら国は国立公園の認知を普及させるための経費には糸目をつけない感じなので、 『キャンピングカーで回る国立公園』 などというガイドブックを企画したら、補助金が出るかしら…なんて、甘いこともちょっぴり夢想した。

 そんなことを考えながら、ヤキトリ屋で、カシラ2本は塩で、シロとネギをタレでと…注文して焼酎の緑茶割りを飲んだら、けっこう幸せな気分になった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:34 | コメント(4)| トラックバック(0)

TFwayのリアル

 会社のパソコンのファイルに、なぜかひとつだけゲームソフトが埋まっていた。
 「TFway」 という自動車レースのゲームだ。

 たぶん、パソコンゲームが普及し始めた頃の、最も初期のゲームなのだろう。ヴィジュアルがおそろしく単純だ。

 サーキットではなく、ルマンのような公道で速さを競うゲームなのだが、ライバルのクルマはすべて真四角な赤いハコ。
 コースの両側は、芝生を思わせるベタなグリーン一色の大地。
 ところどころに登場する木々は、垂直の棒に、四角いダークグリーンの枝が載せられているだけ。
 映画 『マッドマックス1』 に登場する荒涼とした近未来のオーストラリアを、さらに単純化したような風景だ。

TFway01
▲ TFway

 最近のリアルな3D画面で処理されるパソコンゲームに比べると、実にシンプルな画面なので、きっと今のゲームに慣れた人たちなら遊ぶ気も起こらないだろう。

アトランティカ01
▲ 緻密な画像でファンタジックな映像をつくり出す最近のゲーム

 しかし、そこに最近のゲームには見られないリアリティというものがあって、ハッとした。
 それは、ロケーションのリアリティではなく、こんな寂しい大地に一人で残されたらどんな怖いだろう…ともいうべき 「寂しさのリアリティ」 ともいえるものだ。初期のドラクエにもこの雰囲気はあった。

 CG技術が発達して、ファンタジーの世界がリアルに構築できる今の世の中にいると、逆にこのような象徴的ともいえる初期のゲームの方が、なにか不思議な感動を与えてくれる。

 ファンタジー映画や怪物映画のリアリティというものは、案外退屈なものだ。

 CG技術の大いなる到達点といわれた 『ジュラシックパーク』 をはじめて見たとき、最初のうちはリアルな恐竜たちに驚愕したが、見ているうちに、それが “当たり前” になってしまい、動物園でトラやライオンを見ているのと変わらなくなったことを思い出す。
 そうなると、人を襲ってくる生物たちが別に恐竜である必要がなくなってくる。

ティラノサウルス

 あまりにも巧妙にビジュアル化された宇宙人や妖怪は、それが “当たり前” に見えてくることによって、逆に恐怖も驚愕も遠のいていく。
 それに比べると、初期のコンピューターゲームの世界には、人間が感じる原初的な恐怖や驚愕や寂寥感がある。
 「TFway」 では、あの恐ろしいほどの単純化が、なにやらわれわれの生きている世界とは別の世界に接しているような恐さを呼び覚ます。

TFway01

 たぶん、人間の感性を刺激する映像というのは、情報の緻密さとは無関係なのだ。
 むしろ 「欠如した情報」 こそが、感覚を研ぎ澄ませる力となる。
 情報の欠如を、人はなんとか自分の想像力で補おうとするからだ。
 恐怖も驚愕も感動も、しょせんは想像力の中で生まれるしかないのだ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

幸せだなぁ

 駅裏のヤキトリ屋で、生ビール一杯飲んで、2皿食べたヤキトリがうまかった。
 その味を思い出しながら、自転車を漕いで帰宅中、ふと漏らした独り言。
 「幸せだなぁ」

生ビール

 自分でそれに気づいて、苦笑い。
 俺の 「幸せ」 も、ずいぶん小さくなったもんだ。

 …でも、きっと、そういうことなのだろう。

 今の自分が幸せかどうか測るバロメーター。
 それは、うまいものを食った後とか、人と楽しい時間を過ごした後とか、困難な仕事を達成した後などに、とりあえず、 「幸せだなぁ」 とつぶやいて、それが自嘲でもなく、皮肉でもなく、反語でもなく、心底そう思えたら、間違いなく、それは幸せな状態なのだ。

 幸せって、そういうものだし、
 そんなもんでしかない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:08 | コメント(3)| トラックバック(0)

斎藤道三の最期

 何度も読み返す本というのがある。
 特に小説など、ある感銘を受けた情景が浮かんでくると、
 「また、あそこが読みたいな」
 という気分になり、その部分だけを拾い読みすることがある。

 司馬遼太郎の書いた 『国盗り物語』 の題3巻。
 斎藤道三 (さいとう・どうさん) の最期を描いたシーンなどは、もう何度読んだか分からない。

国盗り物語3巻

 戦闘の模様を描いた章なのだが、美しいのである。
 「勇壮」 とか 「雄渾 (ゆうこん) 」 、 「凄絶」 などといった “汗くさい” 美しさではない。

 朝日にきらめく山々の新緑。
 光の粒子が飛び散る川面 (かわも) 。

 そういうありきたりの自然の情景が、死を覚悟した斎藤道三の目を通して描かれることによって、涙が出るほど、ため息が出るほど美しく輝きだす瞬間を読者は手に入れることができるのだ。

 「これが、俺が最後に眺める風景か…」

 そういう感慨を持った斎藤道三の目に映る風景は、緑にあふれた野山だけでなく、自分に向かって突進してくる敵の姿ですら美しい。

 最初に読んだとき、
 「ああ、小説家って、すごいなぁ!」
 と単純に驚いた。


 斎藤道三は、織田信長の正妻となった濃姫の父、つまり信長の舅 (しゅうと) ということで知られる人物だが、歴史好きの人間にとっては、信長以上に面白い人物である。
 一介の油商人として京で財をなしてから美濃に流れ、権謀術策をめぐらして、美濃の国主である土岐頼芸 (とき・よりよし) をたらしこみ、やがては彼を追放して、美濃一国を手に入れる。
 その成り上がりぶりのすさまじさには並ぶ者がなく、 「下克上」 を文字どおり地でいく人物といえる。

 しかし、道三については謎に包まれた部分も多く、その素性がどのようなものであったかは諸説ある。
 最近では 「道三」 という独立した人物はおらず、親子2代で美濃を手に入れた人物を一人にまとめて伝説化したのではないか、という仮説すらあるようだ。

 司馬さんは、この謎に満ちた道三を主人公に選び、梟雄 (きょうゆう) とさげすまれていたこの人物に、陽気に人を騙し、あっけらかんと国を盗んでいく魅力的なキャラクターを与えた。
 
 そういった意味で、この “司馬道三” は架空の人物なのだが、その人となりを、まったく一から創造しなければならなかったがゆえに、司馬さんは、自分の作り上げた道三の心の裏まで細心に描き込むことができた。

 その道三が最後の戦いを前にして、自分の人生をどう振り返ったか。
 この 「斎藤道三の最期」 を描いた章は、全4巻の 『国盗り物語』 のなかでも、ひときわ光る章になった。

NHKの国盗り平幹二郎

 「陰暦四月といえば、樹 (き) の種類の多い稲葉山がさまざまな新緑で輝く」

 という書き出しで、この 『血戦』 と名付けられた章は始まる。
 その稲葉山のふもと長良川の手前に布陣した2千の道三軍は、川を挟んで、その数倍に当たる斎藤義竜 (さいとう・よしたつ) の軍と対峙する。

 斎藤道三と斎藤義竜。

 親子なのだ。

 しかし、道三の子として育った義竜は、ある日、自分の本当の父は、道三が放逐した土岐頼芸 (とき・よりよし) であることを知る。

 なんと 「父」 と信じてきた道三こそ、実は、自分の本当の父を美濃から追い出し、美濃という国を奪い取った大悪人だったのだ。
 真相を知った義竜の怒りは収まらない。

 一方、道三にしてみれば、尾張の織田、駿河の今川といった強敵に囲まれ、今にも滅びそうだった美濃をここまで強国にしたのは誰ぞ、という思いがある。
 美濃の国主が土岐家のままでいたら、とおの昔に美濃などという国は滅んでいたわい。

 道三には道三の自負があるのだ。

 だが、すでに家督を義竜に譲り、隠居暮らしを始めていた道三には、戦うにも自分の兵がなかった。
 ようやく集めたのが2千。
 美濃の国主を継いだ義竜の擁する兵力の5分の1程度にすぎない。

 すでに道三は、この長良川を自分の “死に場所” と決めていた。
 そして、 「三十数年前、美濃に流れてきてこのヨソ者」 のために、その最期を共にしようとする者が2千人もいたことに感動している。

 その2千の道三軍の頭上に、朝が来る。

 「やがて夜があけ、朝霧のこめるなかを弘治二年四月二十日の陽 (ひ) がのぼりはじめた。
 朝の陽の下に、対岸の風景がにぎやかに展 (ひら) けはじめた。
 雲霞 (うんか) の軍勢といっていい。
 おびただしい旗、指物 (さしもの) が林立している。それらの背後、義竜の本陣のある丸山には、土岐源氏の嫡流 (ちゃくりゅう) たることをあらわす藍色 (あいいろ) に染められた桔梗 (ききょう) の旗が九本、遠霞 (とおがすみ) にかすみつつひるがえっていた。
 『やるわ』
 と、道三は苦笑した」

 この “苦笑した” という表現が、なんとも道三の胸中を巧みに描き出して見事だ。
 道三は、自分が訓練し、自分が指揮して、ここまで育ててきた美濃軍団の偉容をはじめて “敵” の視点から眺めたわけだ。
 そして、今は敵味方に分かれている義竜に対しても、一時は親子の情を交わした仲だ。
 だから、この 「やるわ」 という苦笑いには、7割方の悔しさと3割ほどの愛がこもっている。

 やがて、
 「風は西に吹き、その前面の青い霧のなかから、敵の先鋒六百が、銃を撃ち槍の穂をきらめかせて突撃して」 くる。

 それを見て、道三は、
 「ほう、美しくもあるかな」
 とつぶやくのである。
 彼には、敵の色とりどりの具足、形さまざまな旗指物が、極彩色の絵屏風のように感じられのだ。

 「美濃へきていらい、数かぎりとなく戦場をふんできたが、常に必死になって戦ってきたため、それを色彩のある風景として観賞したことがなかった。心にゆとりがなかったのであろう」

 そう思う道三の姿を、司馬さんは、
 「なにやら紅葉狩りにでもきて四方 (よも) の景色をうちながめている老風流人ののんきさがあった」 と書く。
 
 もちろん戦上手の道三のこと。
 ただ手をこまねいて敵の突撃を待ちかまえていたわけではない。

 道三は、
 「床几 (しょうぎ) から立ち上がり、采 (さい) を休みなく振り、五段に構えた人数をたくみに出し入れしつつ、最初は鉄砲で敵の前列をくずし、その崩れをみるや、さかさず槍組に突撃させ、敵の中軍が崩れ立ったと見たとき、左右の武者のなかから誰々と名指しして三人を選び、
 『敵将の首をあげてこい』
 と、手馴れた料理人のような落ち着きようで、ゆっくりと命じた」
 
 そして、采配通りの展開となり、道三は、
 「わが腕をみたか」
 と、笑いながら腰をたたくのである。

 そのときの道三の心境を、司馬さんはこう書く。
 
 「たしかに勝った。が、道三は、この一時的な戦勝がなんの意味もなさないことを知っていた。
 (しかし、多少は息がつける)
 それだけのことだった」

 この 「多少は息がつける」 という道三の心境は、いったいどんなものであったのだろう。
 今日執行されるはずだった死刑が、明日に延期になったと知らされた死刑囚の心境に近いのだろうか。

 毎回ここを読むたびに、
 (しかし、多少は息がつける)
 という言葉に涙してしまう。

 そして、自分の実人生において、ものすごく絶望的な展開になったとき、
 「多少は息がつける」
 とつぶやくのがクセになった。 

 一息つけたことで、助かるわけではない。
 しかし、この絶望的な状況のなかで、 「一息つく」 瞬間を与えられたというのは、どれほどありがたいことか。
 そんなふうに思ってしまうのだ。

 話を道三に戻す。

 緒戦を華々しく飾ったとしても、多勢に無勢、
 やがて、道三方の兵は、大半が討ち取られていく。

 それでも道三は、松林の中の床几に腰を下ろし、ただ一人、いまだ三軍を指揮しているような傲然とした表情で最期の時を迎えようとしている。

 その姿を、かつて部下として仕えていた敵方の武将が発見する。
 すでに死を決意していた道三は、型どおりの手合わせを行っただけで、あっけなく討ち取られる。

 討ち取った武将は、
 「死体の首を掻き切り、持ち上げようとしたが、どうしたはずみか、首を抱えたまま足をコケに滑らせて地に手をついた。
 この挿話 (そうわ) 、別に意味はない。
 道三の首はそれほど重かった。武者一人をころばすほどに重かったという、のちの風聞がでるタネになった」

 これが斎藤道三の最期である。
 稀代の風雲児の最期を語るとき、司馬さんのなんとつれないことか。
 感傷や詠嘆を廃した、なんとそっけない終わり方か。
  
 しかし、ある意味で、なんと道三らしい終わり方か。

 一介の油売りとして、いわば 「無」 から身を起こし、美濃という大国を手に入れ、さらに天下を狙うという華麗な夢を見た男が、最後はまた 「無」 に還っていく。
 そういう無常観がジワっとこみ上げてくるような、終わり方である。

 『国盗り物語』 の3巻は、このあと信長を主人公とした話に引き継がれていく。

 司馬遼太郎ネタ 「司馬文学のリズム」
 司馬遼太郎ネタ 「テロリスト歳三」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:57 | コメント(0)| トラックバック(0)
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