町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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町田さんご無事で何よ…
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町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
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天地人と歴女誕生

 「歴女 (れきじょ) 」 という言葉を、またマスコミが流行らせようとしている。
 歴史に興味を持った女性という意味らしい。

 今まで、本屋の歴史関連書籍のコーナーを訪れるのは圧倒的に男性であったが、この半年から女性客が増え始め、今は男性客と女性客の比率が半々ぐらいになったという報告もある。
 また、日本各地の旧跡・史跡を訪れる女性客も増加の一途をたどっているとも。
 『戦国無双』 や 『戦国BASARS』 といったゲームの影響のほか、NHKの大河ドラマ 『天地人』 などの影響も見られるとか。

 ホントかな…。
 と、にわかに信用できないたちなので、それらのレポートを一応疑ってはみるものの、先週の日曜日久しぶりに 『天地人』 を観ていたら、…さもありなん…という気もした。

 出てくる若い俳優が、みな女性の好感度を得やすいイケメンぞろいなのだ。

 安全で、人の良さそうな雰囲気を丸出しにする主役の直江兼続を演じる妻夫木聡君を筆頭に、バサラな雰囲気もある石田三成を演じる小栗旬、 『ルーキーズ』 で人気の出た城田優が精悍な真田幸村を演じるなど、なるほど、 「歴女」 と称する女性たちが名乗りを挙げそうな、華やかなキャスティングに徹している。

直江兼続(妻夫木)

 しかも、彼らの演技が、かつてのアイドル系俳優たちの演技と違って、妙に板に付いている。ドラマとして見ていて面白いのだ。
 シナリオがまた憎い。
 彼らはみな男臭さを全面に出すのではなく、女性に対して優しい紳士だ。
 「ひとりの女の命も救えずに、なにが武士 (もののふ) だ!」
 などと叫んだりする。

 「女性の人権」 などという思想が全くなかったあの戦国時代に、そんなことを叫ぶ武士がいるもんか…などと突っ込みも入れたくなるが、まぁ、話の流れの中では、そんなセリフも自然に聞こえてしまう。
 時代劇も女性指導型のストーリーが重んじられる時代になったのだなと痛感した。

 しかし、彼らイケメン若手俳優たちの演技が光る背景には、彼らを引き立てるベテラン男優たちの存在があることを忘れてはならない。

 豊臣秀吉を演じる笹野高史、徳川家康を演じる松方弘樹、千利休を演じる神山繁。
 これらの渋みのある役者たちの名演技があってこそ、あのドラマに趣 (おもむき) が出ていることは間違いない。

 自分の好みからいうと、徳川家康の嫌らしさと不気味さを見事に演じきる松方弘樹が一番。
 大河ドラマの歴代家康役で、たぶん最も成功した家康ではないのか。
 彼が登場するだけで、画面全体がビシっと締まるのだ。

 笹野高史の、欲深さと狡猾さと度量の大きさを感じさせる秀吉役もすごい。
 「嫌なヤツ」 と思わせた直後に、思わずホロリとさせたりする緩急自在さがこの役者の真骨頂。
 日本には、まだまだうまい俳優がいっぱいいるな…と感じさせた。

 食えない男…の凄さを演じるという意味で、千利休を演じる神山繁も素敵。
 千利休という人は、高潔な芸術家という側面と、野心に満ちた功利的な政治家の両面を持つ人物だが、その二面性が見事に伝わってきて、 「ああもうピッタリ!」 とうなるほどの名演技。

 『天地人』 、けっこう堪能できた。
 松方弘樹、笹野高史、神山繁などといった (自分好みの) 贅沢な役者が一堂に会するドラマというのも、最近他の局ではみることができない。

 史実を度外視したいい加減なシナリオで、時には腹が立つこともあるけれど、ドラマとしてはけっこういい線いっているのではないか。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 21:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

マイケルの死

 ニュースで 「マイケル・ジャクソン急死」 の第一報を受けても、自分には特別の喪失感というものが湧かなかった。
 音楽に関心のある者にとっては大変な事件だろうけど、ファンには申し訳ないくらい冷静でいられる。

 もちろんそれなりの感慨はある。
 しかし、かつてジョン・レノンが暗殺されたり、コルトレーンが死亡したり、あるいはジェームズ・ブラウンが亡くなったときに感じたような 「ひとつの時代が終わった」 という詠嘆は訪れなかった。

マイケル画像01

 マイケルの全盛期といわれる80年代初頭。
 あれだけのポップシーンを盛り上げたスーパースターであったにもかかわらず、自分はマイケルに対しては冷淡であったのか、レコードやCDをついぞ1枚も買ったことがなかった。
 もちろん 『スリラー』 や 『ビートイット』 という大ヒット曲は、当時FM放送から流れてきたものをテープに落として、何度も聞いている。
 でもレコードまで買い揃えたいと思わなかった。
 なぜだろう。

 70年代ソウルミュージックの愛好家という立場なら、アフリカ系アメリカ人のポップシンガーであるマイケル・ジャクソンは絶対支持しなければならないアーチストであったはずである。
 しかし、その気にならなかったのは、彼の音楽を聞いていて、彼にはソウルミュージックやR&Bへのリスペクトが薄いと感じたせいかもしれない。

 当時、ソウルミュージックやR&Bにリスペクトを抱いていたのは、マイケルよりもスタイル・カウンシルやシャーデー、ホール&オーツ、ポール・ヤング、シンプリー・レッドなどの非黒人系ミュージシャンたちの方だった。
 そのためか、 「買うのだったら彼らのアルバムを…」 ということになり、自分の購買リストからマイケルは自然とこぼれ落ちていった。


 マイケル・ジャクソンも、最初から今のスタイルを築き上げていたわけではない。
 モータウンレコードからデビューしたジャクソン・ファイブの時代は、彼はベタなR&Bを歌っていた。 (デビュー曲の 『帰って欲しいの』 は今でも名曲だと思っている)

 しかし、その後ソロになってからのマイケル・ジャクソンの音楽は、R&Bを脱して、どんどん普遍的なロック・ポップス化への道をひた走った。

 だからこそ逆に、彼は広範な音楽ファンの心を捉えることができたのだろうし、それがゆえに、ポップミュージック界の大スターになれたのだと思う。
 彼が自分のルーツである黒人音楽にこだわっていたら、たぶん今日のような名声も人気も確立されていなかったに違いない。

マイケル画像01

 彼がR&Bから普遍的なポップス路線へと進んでいった過程は、まさに彼の鼻が高くなり、肌が白くなっていく過程と一致する。

 詳しくは知らないのだが、彼が成形手術で鼻をどんどん高くしていったのは、 「父親の顔に似ていくのが嫌だったからだ」 とか。

 彼が兄弟で構成されたR&Bグループ 「ジャクソン・ファイブ」 のリードボーカリストとしてデビューしたのは、父親の仕掛けだったといわれる。
 父親は、彼にスターとしての地位と人気を与えたが、代わりに経済的な収奪や自由の拘束、虐待などをほしいままにしていたとも伝えられている。

 そのへんの真相は芸能情報に譲るとして、少なくとも、彼が自分の父親に代表される伝統的な黒人社会を嫌悪していたことは確かなことだと思う。

 しかし、だからといって、彼が白人社会から歓迎されたわけではない。
 白人のファンは、 「ポップス界のキング」 という抽象的なスターを愛しただけで、 「歌のうまい黒人少年」 を愛したわけではなかった。
 幼い頃から芸能界の裏表を見てきたマイケルには、そのへんの事情もよく分かっていたのだろう。

 芸能界の 「トップスター」 であるという宙に浮くような危うい場所だけが自分を支える唯一の力であると知った彼は、私生活においても、ことさら芝居じみた方法で自分のスター性を訴えるパフォーマンスを繰り返していくしかなかった。

 その繰り返しに疲れた自分を癒してくれる場所というものが、彼にはあったのだろうか。

 「ピーターパン・シンドローム」 などという言葉で伝えられる 「無垢な少年性へのこだわり」 というのが、それに当たるかもしれない。

 とにかく、彼は物心がついた時には、もう 「スター」 だったのだ。それ以外の生き方を知らないのだ。
 「スター」 の苛酷さに嫌気がさしたとき、そこから脱却できる人生のイメージとして、自分の記憶にすら残っていないような幼児期を思い描かなければならないというのは、人間としてなかなか辛いものがあるように思う。

 度重なる整形も、過度に摂取されたドラッグも、彼の内面に抱え込まれた辛さを想像してやらないと理解できないかもしれない。

 いま思えば、彼が安らぎの場として確保した自分の宮殿の名が 「ネバーランド」 (どこにもない場所) であるというのは、何か暗示的な気がする。

 マイケル・ジャクソンの評価は、彼の音楽を 「音」 として聞くか、 「映像」 として見るかの違いにもよるかもしれない。

 私たちの世代にとって、洋楽とは、まずラジオから流れてくるものだった。
 その音が気に入れば、レコード屋に買いにいく。
 ミュージシャンの顔かたちや衣装などを知るのは、音楽雑誌を通じてであった。

 しかし80年代に入ると、洋楽の急激なプロモーションビデオ化が始まった。
 音楽情報は 「音」 よりも 「映像」 から入るものへと変質した。

 マイケル・ジャクソンはその時代のスターである。
 だから、現在彼のファンを自認する人たちは、その音楽と同時に、あのムーンウォークに代表される肉体表現の芸術性に痺れた人たちではないかと思う。

 実際に、映像として眺めるマイケル・ジャクソンのダンスには、確かに 「人の子」 を超越した、ミューズの神の化身とも思えるような躍動美が備わっている。
 彼の音楽は、あのダンスと一体となってはじめて人を圧倒する力を得るようになっているのかもしれない。

 そう思うと、自分にはまだマイケルに対する理解力が不足だったのかなとも感じる。

 とにかく冥福を祈りたい。
 合掌


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:31 | コメント(0)| トラックバック(0)

夏の広がり

 「夏」 というのは、季節のことを指すのではなく、 「広がり」 を暗示するときの別名ではないかと思うことがある。
 「春」 とか 「秋」 という言葉に、広がりは感じられない。
 さらに 「冬」 という言葉には、背を丸めて首を縮めるという印象が絡んできて、より一層 「広がり」 とは結びつかない。

 しかし、「夏」 という言葉には、海や山で遊ぶというイメージが刷り込まれているせいもあって、言葉の背後にとんでもなく広大な世界が広がっているという印象があるのだ。

 「夏の午後」 といえば、暑さと同時に、生き物の気配すら途絶えたような静寂が広がっていく雰囲気があるし、 「夏の夜」 といえば、トロリとした闇の深さが足元を浸すような気分になる。

夜のやしの木

 「夏」 は、目に見えている世界の彼方に、もう一つの別の世界が口を開けていることを暗示する特別な季節である。

 自分がそんな思いを抱くようになったのは、一つの演劇がきっかけとなっている。
 文字どおり、 『夏』 というタイトルの劇だった。

 1960年代の末頃。
 たぶん、まだ高校生ではなかったかと思う。
 誰かと一緒に見に行ったと思うが、それが誰だったのか思い出せない。
 どうして、そういう劇を見に行くことになったのか。
 それも定かではない。

 つまり、劇にまつわる周辺の記憶はすっぽりと抜け落ちているのに、「夏」 を感じたという印象だけは、強烈なものとなって残っているということだ。

 場所は東京・新宿。
 劇場名は 『蠍座 (さそりざ) 』 。
 商業的な成功をめざす劇場では採り上げてもらえないような、前衛的な演劇、実験的な映画を専門的に扱う小劇場だった。

 小劇場公演というのははじめてだったので、客席に座ったときは、そのあまりにもシンプルな舞台設定に目が飛び出るほど驚いた。

 それまで、「劇」 というのは、舞台上の役者を遠く離れた客席で眺めるものだという思い込みがあった。
 しかし、蠍座の舞台は、そういう演劇の常識を180度ひっくり返すものだった。

 まずステージがないのである。
 もちろん、幕などもない。
 出番を待つ役者が隠れるような場所もない。

 一応、ステージらしきスペースはあった。
 しかしそれは、客席最前列の前にかろうじて空けられた “通路” のようなもので、もし劇が始まれば、最前列の客は、セリフと同時に吐かれる役者の吐息すら顔に浴びることになるだろうと思われるような “舞台” だった。

 演じられたのは、ロマン・ヴェンガルテンという人が書いた 『夏』 。
 演出家は、当時日本でも活躍していたフランスの演出家ニコラ・バタイユ。
 主役は加賀まりこだった。
 その加賀まりこが客席の前に設けられた狭い空間で、ほとんど一人でセリフをしゃべっていた。

加賀まりこ01
▲ 「小悪魔」 と呼ばれて人気を博した若き日の加賀まりこ

 ところが、これが凄いのだ。
 冬の公演だったというのに、舞台の奥から濃密な 「夏」 の匂いがどんどん溢れ出し、それが止まらないのだ。

 舞台装置なんて単純なのである。
 照明器具を備え付けるための足場のようなパイプに、人工の葉っぱをたくさん絡み付けたものが置かれているだけなのだ。

 それが “夏の森” を表現しているわけだが、そのチープでシンプルな舞台装置から、熱帯のアマゾンに広がっているような 「夏」 が押し寄せてくる。
 役者の足元を照らす、直径1mほどのスポットライトですら、物憂い午後を暗示する夏の木漏れ日のように見えてくる。

 観ているうちに、濃密な夏がねっとりと肌に絡みつき、鼻孔から脳内に侵入し、身体中の細胞を夏の漿液 (しょうえき) に満たしていった。
 演劇というものの 「魔法」 をはじめて知った。

 舞台装置がシンプルならばシンプルなほど、逆に、役者の演技やセリフが 「魔術化」 する。
 加賀まりこさんは、客全員に 「ほら夏よぉ~!」 という催眠術をかけていた。

 それ以来、自分には、現実の 「夏」 と同時にイリュージョン (幻影) の 「夏」 が存在するようになった。

 イリュージョンの夏は、いつまで経っても常夏である。
 イリュージョンの夏では、時計が午後を指したまま止まっている。
 イリュージョンの夏の朝には、夜よりもさらに深い闇が訪れる。

 夏は文学が生まれる季節であり、詩が育つ季節だと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

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 タバコの自動販売機を見つけ、セブンスターのスーパーライトを買おうと思って、足を止める。
 自動販売機の前では、先客が一人。

 間もなく定年退職…といった風情の地味なスーツを来た初老のサラリーマンが定期入れの中身を覗きながら、何やらぶつぶつ。

 自動販売機からは自動音声で、 「タスポを表示してください」 というアナウンスが流されている。

タスポ
 
 未成年へのタバコの販売を抑制するために、新しく導入されたタスポ制度。
 これが 「面倒くさい」 と悪評で、自販機からのタバコ販売は激減しているという。
 初老のサラリーマンは、どうやら定期入れの中からそのタスポを探しているらしいのだ。

 「タスポを表示してください」
 と機械はいい続ける。

 いらつくオジサンとは対照的に、機械の方はますます沈着冷静に、抑揚を抑え、声を低めて、
 「タスポを表示してください」 
 
 オジサン、
 突然、大きな声で、
 「うるせぇ!」

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 家路に向かう通勤客の姿が目立つ夕刻6時。
 取材をひとつ終えて、やきとりが食いたくなり、取材先の家があった駅の周辺をうろうろ。
 駅裏の住宅街を少し入ったところに、おあつらえ向きの安そうな店が一軒。

 近所のご隠居と思える先客が一人。
 そのご隠居をカウンターに座らせて、旦那がギャンブルにうつつを抜かしている間、けなげに店を切り盛りしているという風情の、ちょっと疲れた感じのママさんが話し相手を務めている。

 食器棚の上に飾られたテレビでは、お笑いコンビがファミレスの全メニュー90品目を完食するという番組をやっていた。
 満腹になって、不快感丸出しの表情になっても、さらに出された料理を腹に詰め込んでいくお笑いコンビ。
 「もう食えねぇ。何で俺がこれ食わなきゃいけねぇのよ」
 「あと2食だ。頑張ろう」
 励まし合う2人。

 やきとりを焼きながら、そのテレビを見ていたママさん。
 「アホらし」
 と一言。

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 信号のない住宅街の交差点。
 深夜になって雨がやみ、かわりに風が吹いた。
 開いたままのビニール傘が、その交差点をぐるぐると踊っている。

 通り過ぎる通行人は、ほとんどその傘に無頓着。

 ただ、それを見ていた一匹のノラ猫だけが、毛を逆立てて、
 「お前、怪しい!」
 とばかりに、フゥーっとにらみつけた。

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ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:57 | コメント(8)| トラックバック(0)

独女の時代?

 世に 「婚活 (こんかつ) 」 という言葉が定着した時代というのは、どんな時代かというと、 「婚活」 を目指さない人々が、マーケットのキーを握る時代になったということである。

 一つのムーブメントが起きると、その流れに乗る人、乗らない人双方の意識にさざ波が立つ。
 人間の消費行動というのは、ブームが起こればそのブームに乗ろうとする人々だけで促進されるわけではない。
 ブームが起きることによって、それと異なるライフスタイルを目指す人たちも生まれるわけで、そこにまた別のマーケットが生まれる可能性がある。

 こういうことにマスコミは目敏くて、 『AERA』 の6月29日号では、   「 “独女マイ消費” 不況知らず」 というタイトルを掲げて、シングルライフを楽しむ女性たちの消費行動を特集していた。

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 世の中 「婚活」 ブームで、シングル女性の結婚願望がどんどん高まっているように思えるが、その一方で、なんらかの事情で結婚できなかったり、あるいは離婚したり、さらに人生に結婚以外の価値を見出そうという女性たちも輩出している。

 『AERA』 を見ると、そういう “独女” (シングルウーマン) たちは、同年代の既婚女性の2.7倍も、外食や洋服の購入にお金をかけているという。
 2008年に総務省がまとめた 「勤労者の単身女性」 の収支バランスでは、手取り収入の半分が 「食費」 「居住費」 「その他」 に当てられていたとも。

 注目するのは 「その他」 。
 ここに 「理美容」 「交際費」 など、生活を楽しむ、趣味を持つ、ゆとりを得るという人生をエンジョイするためのあらゆる消費が集中しているという。

 不況、給料カット、リストラなどと雇用をめぐる社会情勢が一向に明るさを取り戻せない状況のなかで、 “独女” たちの消費行動は、日本経済をけん引していくほどの活力に満ちている。
 …というような観測が、『AERA』 の特集で試みられていたように思う。

 とにかく、上野千鶴子さんの 『おひとりさまの老後』 という本が社会現象化したせいもあるのか、シングル女性の生き方にやたらとスポットライトを当てる企画が多くなった。

 私は以前から、シングル女性のキャンピングカーライフというものもありかな…と思っていた。
 もちろん現状では、キャンピングカー市場は圧倒的にファミリーかシニア夫婦で占められている。
 そのため、キャンピングカーメディアで展開される各業者さんの広告展開も、基本的にシニア夫婦とファミリーを中心に構成されるものが多く、シングルという視点を打ち出すときは、「男がきままにくつろげる書斎」 的な扱いにとどまるものだった。

 このような家族中心キャンペーンというのは、確かに 「キャンピングカーは家族の絆を強めるもの」 という発想に基づくものなので当然といえば当然なのだが、時にはメインストリームとは少し離れたところで起こっている動きに注目することも、新しい販売戦略を思いつく上で大事なことだと思う。

 『AERA』 の特集では、週末は一人で海に行ってウインドサーフィンを堪能する女性や、一人でスキーを楽しむ女性たちの颯爽としたシングルライフが紹介されていた。
 しかし、それは記事だけにとどまるものだった。

 このようなシングル女性の “一人遊び” をビジュアル的にカッコよく捉えるという視点がまだ日本のデザインにはない。
 また、そこにカッコよさを感じる消費者も育っていない。

 ハバナのバーで、独りで海を眺めながらフローズンダイキリを飲むヘミングウェイのカッコよさを理解するデザイナーたちはいても、同じ状況で女性をカッコよく見せる手法をまだ知らない。

 つまり、「温かい家族愛」 的な発想からは生まれてこないシャープさが、日本の広告界…特にキャンピングカー業界の広告には欠けていると思うのだ。

 既婚女性の2.7倍も、洋服の購入や理美容にお金をかけているといわれる彼女たちは、商品や広告展開を見る視点もシビアだ。イメージだけのカッコ良さなどには騙されないが、イメージ喚起力の乏しい宣伝の商品も信じない。

 独身女性の目にとまるような広告展開が行われるようになったときが、この業界の広告デザインのレベルが上がったときだと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 12:03 | コメント(4)| トラックバック(0)

BL漫画にハマる

 BL…ボーイズ・ラブが、とかく話題として採り上げられる。
 最近のニュースでは、 「亡くなられた栗本薫さんはボーイズラブの教祖だった」 などと紹介されたりしたのがいい例だろう。

 ボーイズ・ラブとは、一般的に 「男性の同性愛を描く女性向けの小説や漫画」 のことを指す。
 古典としては、竹宮恵子氏の漫画 『風と木の詩 (うた) 』 が有名。
 さらに古い時代になると、小説では森茉莉の 『戀人たちの森』 、 『枯葉の寝床』 などがある。

 なぜ、男性の同性愛を描いた小説や漫画が、一部の熱狂的な女性ファンを持つようになったのか。
 それに対する分析は、いろんなところで、いろんな人から成されているけれど、まずその前に、
 「BL (ボーイズ・ラブ) は女性だけのものか?」
 という問を発してみたい。
 というのは、この私が “あるBL” にとことんハマった時期があったからだ。

 男がハマれば、 「ストレートなホモってことじゃない?」 と言われそうだが、いやいや、ホモとかゲイとかいう嗜好を離れ、BLって、本当に切ないのだ。

 男女の恋愛は、やがて結婚というステップを踏み、子供も生まれ、生産社会に貢献するという “祝福” に至るシナリオが用意されている。
 しかし、結婚、出産に永遠に至ることがないBLは、純度 「100%の恋愛」 に終始するしかない。
 つまり、社会から “祝福される” という落としどころを完全に喪失した愛の形であり、それゆえピュアで美しい。

 ただし、そのピュアな美しさは、常に相手を食らい尽くすような魔性と背中合わせになっている。
 「お前が不幸になるのなら、俺も一緒に不幸になる」
 という一体感とともに、
 「お前が、俺と別れて幸福になることは許さない」
 というハードな愛の規律も貫かれているのだ。

 このようなBLの美しさと恐ろしさを、日本の古代史の中で描ききったのが、山岸凉子の 『日出処の天子』 (ひいづるところのてんし) であった。

日出処の天子表紙01

 わぁ、世の中にはこんなに美しい漫画があったのか!
 目からウロコだった。
 それまでレディスコミックの類は手に取ったこともなかったので、10年に1度とか20年に1度ぐらいの衝撃を受けてしまった。
 そして、この作品を知った年は、ほぼ1年間スルーで、これにハマりっぱなしだった。

 きっかけは、確かカミさんが、レンタルコミック屋さんから借りてきた1冊だったかと思う。
 「ふ~む…なにこれ? 聖徳太子の話?」
 って感じで、パラパラと2~3ページ繰っているうちに、やめられなくなった。

 美しいのである。
 そこに出てくる厩戸王子 (うまやどのおうじ) の姿が。
 まずそのビジュアルに、ピュアに萌えた。

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 単に “美少年” というのではないのだ。
 なにしろ、ここで描かれる聖徳太子は、英明な聖人君子という世間一般の通念をあざ笑うかのような、 「ホモで邪悪な超能力者」 という設定なのだから、人に見せないときの素顔に魔性が宿る。

 その表情が凄い。
 美少女と見まがうばかりの美少年が、一転して夜叉、羅刹 (やしゃ、らせつ) の表情となる。
 しかし、それがまた美しい。
 山岸凉子の筆力には、ほとほと感服するしかなかった。

 ところで、この厩戸王子の恋の相手は誰なのか?
 古代史では、天皇家転覆を謀ったとして悪人扱いされる蘇我氏3代のうちの2代目、蘇我毛人 (そがのえみし) である。
 もちろんこの漫画が扱っている時代においては、蘇我氏は天皇家の対立者ではなく、まだ天皇家をサポートする大臣一族でしかない。

 その蘇我氏の2代目である毛人は、後に天皇家を超えようとした不遜者という扱いを受けてしまうけれど、漫画では誠実・温厚な性格で、誰に対しても優しい常識人として描かれている。
 ま、それだけが取り柄の “凡人” なのだが、そういう凡人を、魔界の帝王である厩戸王子が恋してしまうという不釣り合いさがミソなのだ。

 その気になれば、人を呪い殺すなど朝飯前という魔力を持つ厩戸王子が、毛人の気持ちだけは独占できないと、自分の無力感にうちひしがれて、さめざめと泣いたりする。

厩戸と毛人001

 悲しみをたっぷり吸い込んだ細い肩。
 うちひしがれた細いうなじ。
 そういうシーンから、ホモッ気やサドッ気のない男性の下半身をも疼かせるような、濃密なエロスが漂ってくる。

 といっても、そこに性的な描写が描かれているわけではない。
 直接的に性を暗示するような画像は一切登場しない。
 にもかかわらず、ここに登場する厩戸王子は、ものすごいエロい。
 たぶん今の言葉でいう 「萌え」 に近いものを感じていたのだと思う。

 で、このハードカバーにして全5巻に及ぶ恋のドラマは、厩戸王子が毛人を諦めることによって、静かに、ひっそりと幕を閉じる。

 最後の大使いのカットが雄大だ。
 見開きいっぱいを使って、随 (中国) への使者を乗せて玄界灘を渡る大型船が描かれている。

 その使者が、中国の皇帝に届けるものとして携えているのが、
 「日出ずる処の天子、日没する処の天子に書を送る。つつがなきや…」
 という、先進国の中国に日本の気概を伝え、アジア史の舞台に日本が登場したことを記す、あの有名な手紙なのだ。

 この勇壮なラストシーンの隅の方に、その文をしたためている成人した厩戸王子のカットが小さく添えられている。

 その姿に、もうバイセクシャルな妖しさは認められない。
 表情にも、秋の風のような静けさが漂っている。

 歴史上の聖徳太子は、この時、華々しい自分の時代が始まるスタート台に立ったことになる。
 しかし、漫画の中の厩戸王子は、毛人への愛を諦めて精神の砂漠を生きる道を選ぶ。

 聖徳太子の輝かしい業績とは、実は彼のニヒリズムからもたらされたものだという味わい深い省察が、山岸凉子の漫画にはある。

 すごい作品と出会ったものだ…と思い、貸し本で読むのがもったいなくなり、さっそく本屋に買いに行った。
 それも、保存用のハードカバーの全集。
 そして、日頃読み歩くためのソフトカバーの全集。
 その2種類を買い揃えた。

 関西方面に出張で出たときは、日程をやりくりして、日帰りで奈良まで飛び、法隆寺などを見に行ったし、アパートの押入のふすまが破れたときは、ふすまを貼り替える代わりに、厩戸王子の漫画を模写して、そこに貼った。

 この時期、聖徳太子にまつわる歴史書なども読み漁ったけれど、脳裏に浮かんでくる画像は、いつも山岸凉子の厩戸王子であった。
 聖徳太子の業績や歴史的役割などをアカデミックに解説するいろいろな研究書を読んでも、一つとして 「ホモで邪悪な超能力者である厩戸王子」 に勝る魅力を感じたものはなかった。

 漫画が史実を歪曲してしまう。
 そんなことが起こるとしたら、それはこのようなとんでもない傑作コミックが登場したときのことだろうと思った。

 しかし、近年はむしろ 「聖徳太子」 の実在を疑う考え方が、学会の主流であるという。
 あの有名な旧1万円札の肖像画も、現在は聖徳太子を特定したものではないというのが一般的な見方で、教科書からも 「聖徳太子」 という名前が削除されたときく。

 日本文化の原型を整えた不滅の偉人として、お札にまで刷り込まれて親しまれた聖徳太子が、いま急速に謎めいた霧に包まれようとしている。

 その霧の奥では、山岸凉子の厩戸王子が、嫣然 (えんぜん) と妖しげな微笑みを浮かべていそうに思える。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 11:08 | コメント(2)| トラックバック(0)

小説を書く難しさ

 小説というのは、書くのが難しい。
 エンターティメントとして楽しむ書籍には、 「小説」 のほかに 「エッセイ」 とか 「コラム集」 、「評論集」 などといったものもあるが、 「小説」 だけが特権的な顔をして “のさばって” いられるのは、やはり書くのが難しいからだと思う。

 これは、技術的なことを言っているのではなく、作家にとって、書いたものの自己評価が難しいという意味である。

 エッセイや評論というのは、書いた人間の自己評価と世間の評価の開きが少ない。
 まがりなりにもエッセイとか評論は、どんなに私的な世界を書こうとも、一応 「社会分析」 や 「自己分析」 という客観的視点が必要となるため、書き手が荒唐無稽な妄想だけで突っ走るわけにはいかない。
 そのため、作家と読者の間に “共通理解事項” が成立しやすく、作品の出来不出来に関しても、作家と読者の評価がそんなに大きく開くことがない。

 しかし、小説というのは、書いた人間の自己評価と世間の評価の間に、ものすごく開きが出てしまうジャンルだ。
 なにしろ、小説というのは、神がかり的な心理状態の中で書かざるを得ない場合があって、神がかりになっているときは、どんな人間にも 「自分は天才だぁ!」 と思える瞬間が訪れるからだ。

 そういう発狂に近い瞬間がなければ、読者を引きづり込むような魔力も生まれないところに小説の 「やっかいさ」 があり、そこが、他の読み物とは大きく異なるところだ。

小説家に訪れる狂気

 作者を襲うデーモニッシュな瞬間は、天才的な作家にも、凡人にも等しく訪れる。
 凡人でも、ノッて書いている時は古今東西の天才作家と肩を並べた心境になれるというところに、作家志望の人が後を絶たない理由があるかもしれない。

 それゆえ、小説というのは、自己評価と世間の評価の間におそろしい開きが生じる。
 で、たいていの場合、書いた人間の自己評価の方が、世間の評価よりはるかに高い。
 この落差が少ない人たちだけが、かろうじて職業作家として食べていけるような仕組みになっている。

 …てな、ことを書く以上、 「お前はどうなんだ?」 って言われそうなので、正直に書くけれど、もうかなり昔、実は小説を書いて雑誌の新人賞に応募したことがある。

 書いているとき、
 すごいぞ、俺って!
 よくこんなストーリーを思いついたな。しかも、うまく展開しているじゃないか。ひょっとして、俺って天才?
 …なんて有頂天だった。

 で、「俺がこれで新人賞でも取ったら、世間の見方が変わるかしら? 俺の本がそのうち本屋に並ぶようになって、見知らぬ人からサインなどねだられるようになるのかしら?」

 書いているうちから、そういう妄想が頭の中を回り出す。

 当然のことながら、そのような名誉欲とか現世的な人気などといった浅ましいことを意識しているかぎり、作品そのものに人を惹きつける力など宿るわけもなく、結果は900人くらいの応募者のうち、その上位100人内に入るのが精いっぱいだった。(確か70何番目かなんかで、一応 「2次予選通過者」 という枠内に入っていたと思う)

 全応募者の1割の中に食い込んだのだからいいじゃないか。
 …と思う反面、自分の妄想においては新人賞獲得が “当然” だったので、結果を見て落ち込んだ。
 やっぱ俺にはこっちの方の才能はないらしい。
 …と見切りをつけ、それ以降、小説からはあっさりと撤退した。

 そのとき、自分の10番ぐらい先に、後に直木賞作家として知られる高名な作家のペンネームがあったことを思い出す。
 今でこそ、日本の誇る直木賞作家の一人だが、その人にも、このような新人賞募集に小説を投稿していたという修業時代があったかと思うと、感慨深い。

 自分の場合、それから小説を書こうという気持ちはなくなった。
 やっぱり、あれは 「神に才能をめでられた」 人たちの作品を読んで楽しむもので、自分で書くものではない。
 ただ、自分で少しだけ書いてみた結果、世間一般の小説に対して 「面白いか面白くないか」 を判別する自分なりの基準ができた…という気はする。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:33 | コメント(6)| トラックバック(0)

女が強いワケ

 オフィス街の昼下がり。
 歯医者に行ったついでに、お好み焼き屋でランチの 「麦とろ定食」 を食べていたときだ。

 隣のテーブルでは、昼間から鉄板でヤキソバを焼く主婦4人が盛り上がっていた。
 「うちの旦那が来年65だからさ。いよいよ年金が入ってくるのよ」
 「ああ、うちももう直ね」
 …というような会話を交わしているところをみると、奥様方の年齢もいちおう60代をクリアしているのだろう。

 何の集まりなのか分からないけれど、とにかく、皆やたら元気だ。
 よく飲み (…といってもウーロン茶だけど) 、よく食べ、よくしゃべる。 

 盗み聞きしようと思ったわけではないが、彼女たちのおおらかなしゃべりが、自然に耳に入ってくるので、ついつい聞いてしまった。

 「年金が入るようになるとさ、男ってとたんにシビアになるから、今のうちから自由になるお金をしっかり確保しておかないとダメよ」
 「へそくりね」
 「それって常識じゃない」
 「大丈夫よ。うちは昔から生涯小遣いは4万円。それ以上はどんなことがあっても融通できませんからって、しっかり言い聞かせてあるから」

 う~む。
 奥様が家計をしっかり管理しているという昨今の家庭事情が、ここでも貫かれている感じだ。

 旦那さんの小遣いが 「4万円」 というところがリアルだ。
 各種の調査によっても、だいたい今時のサラリーマン家庭の旦那の小遣いは4万円から4万2~3千円の間らしい (うちはもっと安いけど…) 。

hai!

 どこかの週刊誌で、 「アラフィ男の哀しい小遣い」 とかいう特集をやっていたけど、アラフィ…つまりアラウンドフィフティ (45歳~54歳) くらいの男性が奥様から得られる小遣いは、 「ランチを500円以内で済ます」 ことを前提として計算されているらしく、そこで取材された男性の中には、 「週に2回は駅構内の立ち食いソバで済ませていますね。安くて量があるし…」 というような、リアリティ溢れるレポートも掲載されていた。

 その週刊誌の記事によると、今のアラフィ男の一番の “夢” というのは、
 「一人の部屋がほしい」
 「気兼ねなくタバコを吸いたい」
 とかいったものらしい。
 う~む。
 なんとも “夢” のない夢だ。


 「サイフのヒモを奥さんが握るようになった」 といわれて久しい。
 カネを握るということは、権力を握るということと同義だから、今の 「家庭」 の実質的な支配者は 「奥様」 ということになる。
 いったいいつ頃から、どうして、そうなったのだろうか。

 「それは日本が豊かになったからだ」
 という人がいる。
 「戦後、とにかく今日食べていくのが精いっぱい」
 という時代、夫婦のどちらがサイフのヒモを握るかなどという問題は、どうでもよかった。
 お金が入れば、それは家庭を維持する資金として夫婦・親子に平等に分配された。

 ところが、1964年の東京オリンピックあたりを境に、日本がだんだん豊かになっていく。
 日本の豊かさは、洗濯機や掃除機といった家電の発達とシンクロしたから、専業主婦が携わる家事が少しずつ楽になるとともに、主婦に、家計を維持するためのノウハウを考案する時間が生まれる。

 80年代になると、政府が内需拡大の音頭を取るようになる。
 新製品や贅沢品を買うことが、国を繁栄させることにつながるという風潮が生まれ、消費することが美徳であるというモラルが誕生するようになる。

 こういう個人消費を促進する時代風潮のなかで、主婦たちは、 「何をどのように買えば、賢い買い物になるのか」 という “消費のプロフェッショナル” になるスキルを身につけていく。

 そのような動きに、旦那さんたちは完全に乗り遅れた。
 旦那たちは、会社の利潤追求やコスト削減には骨身を削って知恵を絞るワザを覚えさせられたが、家庭に戻ってまで経営のプロになろうとは思わなかった。
 その頃になると、すでにどの家庭でも 「経営のプロ」 である主婦層が育っていたからである。

 男にとっても、家の煩わしいマネッジメントを奥さんが肩代わりしてくれることは楽だった。その方が毎晩気楽に飲み歩けるし、休日はゴルフに通えた。
 それでいて、男たちは小遣いに不自由することはなかった。

 なぜかというと、バブルまでの日本では会社の社交費がさんざん使えたからだ。不思議なことに、日本のサラリーマンのお父さんたちは、自分の小遣いで遊んだり、飲み食いする必要がない時代を持っていたのだ。
 (余談だけど、今までの日本の男たちの趣味がみな画一的なのは、接待費で遊べる分野でしか遊ばなかったからだ)


 で、お父さんたちが、経営権も含め家庭のリーダーシップを奥様から取り戻そうと思っても、それはもう無理だろう。
 個々の家庭では、それが可能になる家もあるだろうけれど、それは例外的な家庭になるのではなかろうか。

 なんといったって、奥様方の方には “ネットワーク” という強力な武器がある。
 長年に渡って築いてきた地域コミュニティ、子供の同窓コミュニティ、趣味の会といった生きた情報交換が活発に交わされるネットワークがある。

 「うちの旦那がこんな文句を言ってきた」
 と一人の奥様が、そのネットワーク内で相談を持ちかければ、
 「あ、そういうときはこういう対応がいい」
 と、即座にあちこちからノウハウが伝授される。
 ノウハウの伝授に留まらず、共感や支援のエールがふんだんに贈られる。

 現に、お好み焼き屋でヤキソバを食べていた主婦たちの会話は、こんな風に進んでいった。
 「やっぱさぁ、食事を作ってあげたときにはさぁ、男なら “美味しい” の一言ぐらい言うのが義務よね」
 「そうそう。黙ったまま平然と口に運んでいる姿を見ると、腹が立つわよね」
 「でね、何か言ったら? と言ったらね、何も言わないことこそ “美味しい” と思っている証拠で、不味いと思ったらそう言うよ、だって」
 「サイテー!」

 そうなのである。
 この女性たちの 「共感の嵐」 こそ、彼女たちの活力を生んでいるのである。

 こういう主婦層のネットワークに対し、旦那の方は、会社のネットワークを失うと、もう何も残っていないというのが現状ではなかろろうか。 

 さぁ、旦那さんたち、どうすればいいのだろう。
 長年フェミニズムの論客としてならしてきた社会学者の上野千鶴子さんは、こういう。
 「奥様が旦那を大事にしてくれないといって、男性が寂しがるのは自業自得。女に気を使ってもらうのが当たり前と思っていた反動。
 寂しいと思うなら、女にサービスするしかない。少なくとも一緒に食事をして楽しいと思われる相手にならないと」

 ここに旦那族が生き延びていくヒントがありそうだ。
 「つまりチャーミングな旦那になれ」
 ということだ。
 
 経済的に自立した女性にとって、結婚相手は 「生活資金の供給者」 である必要がなくなった。
 つまり、 「カネならあるぞ、どぅだぁ!」 という武器が、男に使えなくなったわけだ。

 では、今時の主婦層は、旦那に何を求めるようになったのか。
 「エンターティメント性である」
 という人がいる。

 確かに、芸能界では、お笑い系の男性にやたら結婚話が多い。

 「いっしょにいると楽しそう、面白そう」
 こいつが、今の女性の結婚観の根幹を占めているとか。

 けど、それは男性にとっては、意外としんどい条件かもしんない。
 自分のキャラクターとはまったく合わない 「お笑い芸」 なんかを無理して身につけている男性って、ハタから見ていても痛いものな。




コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:44 | コメント(2)| トラックバック(0)

塩野七生の海賊話

 “腰痛” を理由 (いいわけ?) に、しばらくパソコンを覗く生活から遠ざかっていた代わりに、けっこう本は読んだ。
 その頃、夢中になって読んでいたのは塩野七生さんの 『ローマ亡き後の地中海世界』 だ。

ローマ亡き後下 ローマ亡き後上 

 自分は、歴史の中に出てくる 「海賊の話」 が大好きなので、テーマは願ったり適ったり。
 海賊というと、 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 以降、17世紀のカリブ海賊が有名だけど (…今はソマリアの本物の海賊の方が有名だけど) 、7世紀頃から16世紀頃に地中海を暴れ回った海賊たちの話も本当に面白い。

 塩野七生さんも、きっとこういう海賊たちに魅せられているのだろう。
 彼らが、罪のない人たちに乱暴狼藉を働くことを道徳的に批判する視点をしっかり持ちながら、そのふてぶてしい大胆さや、組織づくりの巧妙さ、人を食ったような調子の良さを余すところなく生き生きと描き切っている。

 自分の “読書室” というのは、通勤のための電車内なのだけれど、
 「本を読むために電車に乗るのが楽しみ」
 という倒錯した心境になるほどなのだ。

 この時代の海賊というのは、主に北アフリカのアルジェ、チュニスあたりを根城にしたイスラム系海賊のことを指すのだが、彼らの襲撃からキリスト教側の住民を守るために構成されたロードス島騎士団なども、イスラム船となると、海賊船、商船のみさかいなく襲って金品を強奪していたというから、どっちもどっちである。

 どちらにも 「正しい神の教えを守る」 という一神教的な理想主義が背景にある。
 イスラム海賊たちには、自分たちが海賊行為を行うのはイスラム教の布教活動を促進するためだという大義名分があり、キリスト教側にも同じ布教のためという大義名分がある。
 
 「だからバカバカしい」
 と一神教的な偏狭さを断罪するのは簡単だが、海賊の頭目たちともなれば、そういう “大義名分” を題目として唱えながらも、それを巧妙に利用する打算や合理的な現実感覚を身につけており、そのしたたかさに、どうやら塩野さんは面白さを感じているようなのだ。

 どちらの勢力にもスターがいる。
 イスラム海賊側には、 「赤ヒゲ」 という異名を取るハイレディンをはじめ、その配下のドラグー、さらにウルグ・アリ。
 キリスト教側には、ジェノバ出身の傭兵隊長であるアンドレア・ドーリアやドードス島騎士団を率いたヴァレッテ。
 
 面白いのは、イスラム海賊として名を成した大海賊たちが、みな元はキリスト教徒のヨーロッパ人であったこと。
 ウルグ・アリなどは、幼い頃にイスラム海賊に拉致されてガレー船の漕ぎ手にされながらも、そこで頭角を表し、イスラム教に改宗してからは数隻の海賊船を率いる頭領にのし上がり、やがてはオスマン・トルコ海軍の提督まで登り詰める。

 当時のオスマン・トルコ帝国というのは、ヨーロッパ型の専制政治などは足元にも及ばないほどスルタンが絶対権力を振るう独裁政権でありながら、庶民でも能力のある者は門地や宗教の壁を超えて、様々な要職に就くことができた。
 貴族階級と庶民との間に立ちふさがる壁が絶対的だったヨーロッパ社会に比べ、トルコ側には世襲に基づく身分差別はなかった。

 塩野さんはマキャベリの書物からよく次のような言葉を引用する。
 「オスマン・トルコでは、スルタン以外の人間は、大臣から羊飼いに至るまですべてスルタンの “奴隷” である。
 しかし、すべてが奴隷であるということは、そこには身分差別がないということだ」

 つまり、当時のオスマン帝国の社会では、自分の才覚ひとつでいくらでも活躍の場をつくり出せる人間がいっぱいいたということになる。 
 ハイレディンもウルグ・アリも、キリスト教の土地に生まれて、そのまま暮らしていたら、今日名が残るような人間にはなっていなかっただろう。

 門地や家柄が 「人間」 を決めていた当時のヨーロッパ社会のくびきを離れ、海流や風の向きを読むことの巧みさだけを頼りに、自由に地中海を航海していた男たちの話は本当に面白い。
 具体的な描写などほとんどないのに、潮風と陽光にさらされて赤銅色に染まる彼らの精悍な顔つきまで、はっきりと脳裏に浮かんでくる。

 それと同時に、これまた一言も触れられていないけれど、ガレー船に閉じこめられた奴隷たちの糞尿にまみれた不衛生な生活環境まで見えてくる気がする。

ガレアス船
 
 塩野さんは、昔からクルーザーなどでよく地中海世界を回っていたというから、海の描写や、海側から描いた町の描写が実にうまい。
 普通のヨーロッパ旅行者が飛行機、バス、鉄道などを通じて陸路から観光地に入るのとは違い、彼女には海から町に入っていく視点がある。

 地中海世界で、沿岸に接した町というのは、飛行機や鉄道が敷設されるまでは、みな海側が 「玄関」 だったのだ。
 だから、海から町を眺めなければ、その本当の姿は見えない。
 
 ヨーロッパや北アフリカの観光においても、彼女の本を読んでいると新しい見方が生まれそうだ。

 好きな本と出会えるって、本当に幸せだと思う。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

小説になって本物

 ある乗り物文化が、どれだけ人々の生活の中に定着化しているかどうかを測るバロメーターがひとつある。
 それは、その乗り物が 「小説」 の中に登場したかどうか? 
 …である。

 自動車はいうに及ばず、船、飛行機、鉄道などには、それぞれ傑作小説が残っている。
 自動車なら、たとえば五木寛之さんには自動車小説集があるし、古今東西のハードボイルド小説には、クルマそのもののうんちくに数ページを費やすなんていうのがザラにある。

 船を舞台にした小説ともなれば 『蟹工船』 などが最近は脚光を浴びたけれど、古典をあげれば 『白鯨』 、 『宝島』 などの名作が目白押し。
 
 航空機小説となると、古典として有名なサン・テクジュペリの 『夜間飛行』 をはじめとして、これも第二次世界大戦ものから、現代のジェット戦闘機をテーマにしたものまで数えればきりがない。

 鉄道が鍵を握る有名作となれば、アガサ・クリスティの 『オリエント急行殺人事件』 を筆頭に、これまた枚挙にいとまがない。

 では、キャンピングカーがテーマとなるような小説はあるのか?
 …となると、ないんだなぁ、これが…。
 (少なくとも、自分の得ている情報の範囲にはない)

 かろうじてジョン・スタインベックの 『チャーリーとの旅』 があるが、あれは小説というより、作者のアメリカ分析を試みるためのエッセイという趣 (おもむき) に近い。

 キャンピングカーが絡んだ小説というのがない理由は、自動車、鉄道、船舶などに比べると普及度が低く、それを扱ってもマーケット的な広がりを期待できない…というのが一つ。
 また、キャンピングカーの基礎知識を持っている作家が少ないというのもあるだろう。

 さらには、キャンピングカーは家族単位のレジャーに使う 「平和な乗り物」 というイメージが強いから、 “手に汗握るアクション小説” などの小道具として使いにくいという理由もありそうだ。

 TVや雑誌で採り上げられるキャンピングカー特集を見ていると、“家族や夫婦で和気あいあい” という切り口のものばかり。
 もちろん、そこにキャンピングカーの意義があるのだけれど、家族や夫婦で使う乗り物であるならば、対立や葛藤まで含めて、ホームドラマ以上に面白く扱える人間模様が生まれているはずなのだ。
 ドラマの脚本家たちは、 「家庭」 の中にドラマを見つけることは得意でも、キャンピングカーの中のドラマには思いを馳せることがないらしい。

 いずれにせよ、本格的なキャンピングカー小説というのが登場しないのは、乗り物の中での普及度が低いという一言に尽きそうだ。

 しかし、TVや雑誌にキャンピングカーが採り上げられる頻度も高くなり、それをきっかけに関心を持つ人々も増加している今日このごろ。そろそろ、その手の小説が出てきても良さそうに思える。

宇筒原キャンプ場3

 ふと真剣になって考えると、キャンピングカーの中というのはドラマの宝庫なのだ。

 まずホームドラマの舞台としても、キャンピングカーは格好の場となる。
 例えば、長年連れ添った夫婦が、旦那さんの定年を機にキャンピングカーの長旅を始めたとしよう。
 たぶん 「運転席+1部屋」 というような限られた室内で、夫婦がずっと隣り合わせに移動しながら生活するというのは、はじめての経験となるはずだ。

 そういう旅を始めてみると、
 「俺たちには共通の会話ってものないんだな…」
 などと気づく夫婦もいるかもしれないし、
 「あ、あなたそんな素敵な考え方を持っていたの!」
 と、お互いに相手の中に未知なるものを発見して気持ちがリフレッシュされるかもしれない。
 もうそういう設定だけで、十分にドラマが発生するじゃないか。

 もしスリリングな展開に持っていきたいときは、奥さんが 「食事の用意でも…」 と思って食器棚を開けると、そこに見たこともない女性用のマグカップが…
 とかね。


 キャンピングカーを使った男の一人旅なんていうテーマもいい。
 主人公は、定年退職した独り暮らしの中年。
 失われいく “日本の原風景” などをスケッチすることを趣味かなんかにして、全国を回っている。
 ところが彼は現職時代は、凄腕のデカだったのだ。

 気に入った町や村があると、しばらく長逗留するのだが、いつもそこで事件に遭遇。
 地元の警官でも解決できない難事件を難なく解決してしまう。

 犯人の行動を監視する張り込みの舞台にキャンピングカーを使っていいし、捜査を助けるための小道具が何でも収納庫に収まっているなんていう設定もあり。

 口の堅い関係者から秘密の話を聞き出すときに、キャンピングカーの室内をうまく使って、相手の気持ちを解きほぐす…なんてのはどうだ?

 「最近ペットボトルのお茶しか飲んだことがないですか? たまにはお湯を沸かしてお茶を飲みましょうよ。いい煎茶を仕入れてあるんです。
 なあに、この車載のコンロに火をつければ、すぐにお湯が湧きますから。
 ところで、殺された重吉さんには、確か一人息子がいましたよねぇ?」
 …とかさ。

 “キャンピングカー刑事” なんて荒唐無稽だけど、まぁ、タクシーの運転手をしている元刑事が主役のサスペンスドラマなんてのもあるくらいだからさ。

 誰か書かないかなぁ…。
 キャンピングカー小説。
 もし、そういう小説がうっかり直木賞でも取ったりしたら、どんな広告よりも効果のある宣伝になること間違いなしなんけどさ。 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 11:40 | コメント(6)| トラックバック(0)

遠大な計画

 たぶん、井上靖さんの小説かエッセイに出てきたエピソードだったかと思う。
 ひょっとしたら、司馬遼太郎さんか。
 原典を明らかにしないまま書くと信憑性を損ねることになるとは思うが、
 「遠大な計画」
 というものが、どういうものであるのか。
 それを象徴的に語る格好の例として、ときどき人に紹介する話がある。

 古代中国の墓堀泥棒の話だ。

 エジプトのピラミッドのように、絶大な権力を持つ王が残した墳墓には、財宝が山のように埋められているというのは、古代から庶民の間でも常識だった。
 だから、それを盗もうとするために、ありとあらゆる手口が使われたという。

 古代中国においてもしかり。
 秦の始皇帝クラスの権力者ともなれば、その陵墓に、生前と同じぐらいの生活ができるほどの富を埋めた。
 そういう財宝を、誰にも気づかれず、確実に盗み出す方法はあるのか。

 ある。
 …ということを、その小説に出てくる主人公は知るのである。

 主人公がどんな人間だったか、とんと記憶がないのだけれど、要は彼が田舎の一軒家を訪れるわけである。
 古代中国の貧しい農家だ。
 ろくに食べるようなものすらない家に、主人公は世話になる。
( このあたりは記憶の欠如を想像で補っているので、原典と異なっている可能性大!)

 そこの家族は、昼間は荒れた土地を耕して、ささやかな耕作物を作っている。
 しかし、夜になると、みんなで家の下にトンネルを掘っているのである。

 主人公が 「何をしているのだ?」 と聞くと、その家のオヤジが 「王様の墓のなかに眠っている財宝を盗むんだよ」 と答えるのである。

 「王様の墓だって? いったいどこにあるんだよ?」
 と主人公は、見渡す限りの平原を見つめて尋ねる。
 「あの山の向こうさ」
 オヤジはこともなげに答える。

 「………」
 主人公はそこで絶句。

匈奴10

 確かに、山の向こう側には王家の墓がある。
 そして、墓の周辺には警護の兵士が充満していて、庶民には近づくもできない。
 だからといって、こんな遠くから掘っていれば、山の麓にたどり着くまでに死んでしまうだろう。

 主人公は 「こいつ、気は確かか?」 と疑う。
 オヤジは、主人公の気持ちを察知してニヤリと笑う。

 「もちろんオレの代で財宝を手に入れようとなんて思っちゃいないよ。
 だけどオレが死ねば、今度は息子が穴を掘る。
 息子が死ねば、孫が掘る。
 そのうち、俺の家族の誰かが莫大な財宝を手に入れる」

 話はそこで終わるわけだが、このくだりには 「遠大な計画」 とはどういうものかというエッセンスが凝縮しているように思う。

 「さすが、中国人は考えることがデッカイやぁ!」
 …と感嘆する人もいるだろうし、
 「家族への信頼とはそういうものか」
 …とうなずく人もいるかもしれないし、
 「夢を実現するための努力」
 …といったものを感じる人いるかもしれない。

 でも、私はこの話を 「ビジネスと文化」 の話としてときどき引き合いに出す。
 つまり、キャンピングカー販売ならキャンピングカー販売といったビジネスが、なかなか思うように進展しないと嘆く人がいたときに、それが目に見える成果をもたらすまでには、携わる人たちの 「父、子、孫」 といった3世代ほどの継続的な努力が必要だ…という例として、この話を持ち出す。

 今の世の中、 「一世代で儲けられる」 という話が多すぎる。
 世で人気のある 「サクセスストーリー」 は、みな一世代で成功した人の話ばかりだ。
 しかし、一世代でボロ儲けできるような商売は、その一世代だけで終わる可能性だってある。
 ビジネスとして継続する力は、そこで扱われる商品が 「文化」 として定着することによって生まれる。
 文化として定着するには、それこそ父、子、孫といった3世代ほどのサイクルが必要になる。

 文化というのは、
 「ほら、このバーナーは使いやすいだろう。しかも、壊れにくい。こいつはお爺ちゃんも使っていたヤツで、他のものとはここの細工が違っていてね…」
 という形で、受け継がれていくものだ。

 今キャンピングカー産業においては、業界的にも市場として、ようやく父から子に移りかけているぐらいの頃かな…と思ったりする。

 この前、 『日本のキャンピングカーの歴史』 という資料を編纂するために、日本RV協会の前会長であった増田英樹氏を取材したとき、彼がこんなことを言っていた。
 「30年ほど前にこの仕事を始めて、その時気づいたのは、自分たちより年上のお客さんがまったくいないということだったのね。
 考えてみれば当たり前のことで、当時、僕ら以上の年齢の大人は、キャンピングカーがある生活なんて想像したこともなかったんだよ」

 この話からも分かるとおり、キャンピングカーを売るという商売そのものが、日本ではたかだか30年くらい前に発生したばかりなのだ。
 産業としては、オヤジが王様の陵墓に向かって、最初のトンネルを掘り出し、ようやく息子がそれを手伝い始めたぐらいのタイミングなのだ。

 業界の皆様、 「パイが小さい」 とか、アセることはないんじゃないんでしょうか。
 だって始まったばかりなんだもの。

 こういうことは、泥棒の 「たとえ話」 で話しちゃまずかったのかもしれないけれど。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:43 | コメント(2)| トラックバック(0)

80年代的感性

 村上春樹の 『1Q84』 が社会現象となるくらい売れているようだ。
 1984年の時代を扱った小説だという。

村上1Q84
 
 なぜ1984年なのか。
 その小説自体まだ読んでいないので、中身まで語ることはできないけれど、私は村上春樹とほぼ同年代なので、なぜ彼が1980年代にこだわるのか、その気分だけは分かる気がするのだ。

 たぶん、村上春樹には自分の 「青春」 が二つあるのではないか。
 ひとつは、肉体年齢の若い時期に訪れる、世間一般でいうところの 「青春」 。
 そしてもう一つは、精神が成熟することによって、世界が再び新鮮なものに見えてきたときに感じる 「青春」 。

 村上春樹は、おそらく1980年代に、「世界」 をもう一度自分の手元に手繰り寄せたのだ。
 そして、あの時代の不思議な輝きが、 「なぜ自分にとって魅力的に思えるのか?」 、それを自分自身に問う作業を行なっているのではなかろうか。

 その気持ちは私にもあるのだ。
 私は1950年代の生まれだから、 「60年代文化・70年代文化」 のなかで “青春” を費やしてきた。
 だから、感受性の核となるようなものは 「60年代文化・70年代文化」 によって形成されたはずなのだが、なぜかそれ以上に、 「80年代文化」 が自分の感受性の核に横たわっているように思う。

みなとみらいビルの水の影

 80年代を過ごしたのは自分が30歳代のときだった。
 結婚して子供もいた。
 だから、仕事に関わる知識や情報の取得は別として、いわゆる 「一般教養」 的な “お勉強” はとっくに卒業している年齢のはずだった。

 しかし、実はこの時期が、自分の生涯の中でもっとも “お勉強” なるものに励んだ時代だった。
 とにかく夢中で本を読んで、大事だと思われたフレーズには赤ペンで印を付け、深夜には読書日記をつけ、興味を抱いた著者には、仕事にかこつけてアポを取って会い、その談話はテープにとって取材記録として残した。

 なんでそんなことをしていたか。
 面白かったからである。

 “お勉強” などにほとんど縁のない高校・大学時代を送り、一般教養も専門知識もまったく身につけずに社会に出てしまった自分が、遅ればせながら、30代に入ってはじめて勉強の面白さに気がついたのだ。

 時代が良かった。
 時は折しもニューアカ時代。
 「ニューアカデミズム」 とマスコミに称された一連の文化ムーブメントが、時代の精神を表現するものとして脚光を浴びていた。

 当時26歳だった京大助手の浅田彰が 『構造と力』 で評判を取って以来、中沢新一の 『チベットのモーツァルト』 などが人気を博し、フェミニストとして上野千鶴子が活動を開始し、既成のアカデミズムの傍流にいた研究者たちに、一気にスポットライトが当たった。

構造と力

 それまで、戦後の知識人として評価されていた小林秀雄、丸山真男、吉本隆明といった人気者の仕事以外に、山口昌男、中村雄二郎といったサブカルに言及できる学者の仕事ぶりにも注目が集まり、文学では柄谷行人、映画では蓮見重彦らがカリスマ評論家としてもてはやされるようになった。

 これらの思想家たちは、それまでの学問や教養というものとは一線を画した世界を披露することで自分の発言力を高めようとした人たちであったから、とにかくその主張が、一から十まで目新しかった。
 私などは、彼らが書くもの、しゃべること全て対し 「へぇーそうかいな!」 と、目からウロコの連続だった。

 「今まで見てきた世界が、まったく違うものに見えてきた」

 そんな経験を持ったのは、生まれてはじめてだった。

みなとみらい遠景

 今日、この 「ニューアカ」 現象は揶揄 (やゆ) の対象にしかなっていない。
 それにカブれた人も、それを外から批判した人も、今や 「ニューアカ」 という言葉を使うのは侮蔑的な文脈の場合だけに限られている。
 ニューアカブームというのは、基本的に商業主義の先端と結びついた現象で、資本主義の要請から生まれたものに過ぎないという人もいる。
 また、単に軽薄なだけであり、スノッブ (俗物的) で、ナルシスティックで、自己顕示欲の強い人種のみに支持された風潮だという人もいる

 でも、そんな批判は私にはどうでもいい。
 勝手にほざいてろ、と思う。
 自分が 「面白い」 と思えることに没頭できることが、意義のあることなのだから。

 「ニューアカ」 と称される作家たちの本を読み漁るうちに、自分は “世界” を2度見ることになった。
 1度目は、親・学校・会社などから教育を受けることによって見ることのできた世界。
 そして2度目は、30代になって、自分で本を読むことによって発見した世界。

 この2度目に見えた 「世界」 として、現実的に目の前に展開されたのが 「80年代」 の光景なのである。
 80年代の諸風景が自分の感性の原点となったのは、たぶん、80年代に 「世界が新しく見えた」 という体験をしたからだと思う。

 80年代というのは、非常に多義的な時代で、ムーブメントや流行などに関しても、否定的に見ようとおもえばいくらでも否定的に眺められるし、肯定的に評価しようと思えば、いくらでも肯定的な視点が生まれてくる時代であった。

 一般的には、 「バブルの興隆期」 として見られ、華やかだが、軽薄で、底が浅く、“泡” のようにはかない時代とされることが多い。
 また、 「60年代、70年代にはあった人間の温かみが失われ、殺伐とした無味乾燥時代の始まり」 と捉える人もいる。

 しかし、そうとばかりいえるかどうか。

 80年代はすべてが 「両義的」 だ。
 “はかなさ” の裏には透明度の高い哀しみがあり、軽薄さの影には、奇抜なパロディと巧妙なアイロニーが生まれていた。

 80年代現象には、常に良い評価と悪い評価が、常に背中合わせにくっ付いている。
 そういう時代の美意識もまた 「両義的」 にならざるを得ず、従来グロテスクなものと忌み嫌われたもの中に 「美」 があったり、美的と評価されていたものにメスを入れたら、 「退屈」 という膿みが吹き出してきたなどという発見がよくあった。

 たとえば、映画 『エイリアン』 の中に出てくるグロテクスなエイリアン像や、彼らが乗っていた奇怪な宇宙船に 「美」 を見いだすという精神は、80年代に生まれてきたものだし、クラフトワークやYMOのような無機的なデジタルビートに 「美」 を感じるような感受性も、80年代に生まれてきたものだ。
 村上春樹の 「読者を突き放すような冷たい文体」 が、なぜか叙情的に感じられたりするのも、80年代からの現象といえるだろう。

 また、ガラスと鉄の近代的なビルに覆われた都市空間が、物質的で非人間性な抑圧空間ではなく、幻想的で哀愁をたたえた遊戯空間として認知するような考え方も80年代に生まれた。
 リドリー・スコットが描いた 『ブレードランナー』 の近未来都市 (2019年のロサンゼルス) などは、まさに80年代の美意識が生み出した都市美の典型である。

ブレードランナー未来シティ

 こういう80年代的な光景が自分の感性の中に根を降ろし始めると、どんな時代のアートや映画を見ても、いつのまにか 「80年代の眼差し」 で見てしまうことがある。
 たとえば、ミケランジェロ・アントニオーニの一連の60年代映画や、ジョルジョ・デ・キリコの40年代絵画などに接しても、私はそこに80年代の匂いを嗅ぐ。彼らの無機的で人工的な風景の中に、きわめて80年代的な孤独感・寂寥感といったものを見出してしまう。

キリコ05

 「心の原風景」 という言葉があるけれど、たいていの人にとって、 「原風景」 とは幼少期に見た光景のことを意味する。それは 「最初に見た世界」 だからだ。

 でも私には、幼少期に裸足で駆け回った赤土の風景と、社会人になってから見つけた宙に浮遊する高層ビルの二つの 「原風景」 がある。
 竹やぶの隙間から漏れてくる夕陽も美しいが、光の刃物となって地に突き刺さるガラスのビルの反射も美しい。

 前者は、自分の生の体験から見えた世界像。
 後者は、80年代になって見えた世界像。
 そのどちらも、自分にとっては真実であるように思う。




コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:30 | コメント(2)| トラックバック(0)

何度も蘇る記憶

 ラーメンとかうどんを食べるとき、10回のうち8回くらい記憶の底から浮上してくる思い出がある。
 それは学生時代、放課後の校庭で、一人の友だちが語った何気ない一言なのだ。

 「カネがなくて一つしか選べない時にさぁ、チャーハンとラーメンだったらどっち食う? 
 おれは断然ラーメン。
 だってラーメンには汁があるからさぁ、そいつまで飲み干すとけっこうお腹いっぱいになるじゃない?」


中華オープンキッチン2

 それから30年以上経つ。
 そしていまだに、ラーメンとかうどんを食べようとすると、この友人の声が頭の中に鳴り響く。

 これはいったいどういう意味があるのだろう?
 精神分析などが得意な人に、一度読み解いてもらおうと思っているのだけれど、まぁ、そんなに難しい理由があるわけでもなさそうだ。

 要は、その友人の言葉に、若い私はよほどの衝撃を受けたのだ。
 それは、一生を支配するほどの衝撃だったのだ。

 どういう衝撃か。

 それまで私は、人間というのは、お腹がすいたときにラーメンよりもチャーハンを選択するものだと信じて疑わなかったのだ。
 深い理由はないのだが、「麺より米の方が腹持ちがする」 という一般通念をたぶん信じていたのだろう。
 そして経験的にも、お腹がすいた状態で中華食堂に入ったときは、ラーメンよりはチャーハンを選ぶことで満足していたのだろう。

 だから、「チャーハンよりはラーメンの方が満腹感を得られる」 という指摘は、晴天のへきれきだった。
 「バカなことを言うヤツだ」
 と、その時は思ったのだけれど、それと同時に、 
 「人間には、いろんなことを考えるヤツがいるもんだ」
 と感心もしたのだ。

 でも、もしかしたら、それは自分にとって、 「人間の多様性」 を知る最初の出来事だったのかもしれない。
 難しくいえば、自分の価値観の 「枠外にいる人間」 の発見だったのだろう。

 一見、何の意味もなさそうな記憶でも、何度も何度もよみがえってくる記憶というのは、その人間にとって 「何かの意味を持っている記憶」 だという。
 意味があったからこそ、心の底に刻印を残したのだとか。

 チャーハンよりラーメンを選ぶ友人の一言は、まさに運命の一言だったのだ。

 どういう運命なのかということは、自分でもよく分からないのだが、今の私が、ここでこうしているのも、その一言のせいであるのかもしれないのだ。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

お久しぶりっす!

 久しぶりの更新となりましたが、この間、日頃顔を合わせたこともない旧友などから、かなり個人メールや電話などをいただきました。
 「おい、お前腰が痛いって、大丈夫か?」
 と心配してくれるような問い合わせばかり。

 「何で知ってるの?」
 と尋ねると、
 「だってそう書いたっきりブログの更新がないじゃないのよ」
 というわけです。

 誰も “同窓会” のような会合じゃないと会う機会のない人たちばかり。
 日頃連絡を取り合ったことがないので気づかなかったのですが、このブログを読んでくださる知人がいっぱいいたということなんですね。
 
 うれしい…と思う気持ちが湧く反面、実はそれがけっこうプレッシャーになり、いやぁ…なんていいわけをすればいいのかという気持ちもあって、ますますブログ更新に戸惑いを感じたというのも事実です。

 いろいろな人たちのアドバイスもあって、腰痛の対応方法というものをしっかり教えてもらいました。
 それで健康状態はほぼ完璧に戻ったのですが、いったん気持ちが遠のくと、気分的なモチベーションを取り戻すためには多少のきっかけが必要になります。

09CSguide表紙

 そんな大きなきっかけとなったひとつが、カスタムプロホワイトの池田さんが書かれるエッセイ 『答は風の中』 。
 今回のテーマに、この5月に発行した 『キャンピングカースーパーガイド2009』 の感想が述べられていました。

 ほぉ…と本を作った自分もため息が出そうな上手な感想文なので、そちらに飛ぶように設定しました。

 『答は風の中』 vol.040 「退屈」 こそ究極の贅沢

 また、このブログにいつもコメントをいただくムーンライトさんからも、アマゾンの書評に素敵なレビューを寄せていただきました。
 こちらも制作者冥利に尽きるようなありがたいレビューです。

 amazon 『キャンピングカースーパーガイド2009』

 うれしいなぁ…。
 これらの感想がいただける本というのは、本当に幸せな本です。
 お二方には、この場を借りて御礼申し上げます。

09CSガイド巻頭特集2

 また、この間コメントをいただいたTJ様、ブタイチ様、TOMY様。
 本当にありがとうございました。

 お返事が遅くなりましたが、皆様の励ましに満ちた厚意には心から感謝しております。

 そうそう、個人的に励ましのメールや電話をくれた方々にも、
 「おう、元気になったでや!」
 と、この場を借りてご報告いたします。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:18 | コメント(0)| トラックバック(0)
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