町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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ヴォーノ

 日本の風土、日本の使用環境に適したキャンピングカーというものを、かなり意識的にデザインしようという流れが、今年ほど顕著に現れてきた年はないように思う。

 そして、そういう新しい流れに乗ったキャンピングカーを見ていると、そこには各ビルダーの、何か吹っ切れたような 「明るさ」 、自信からくる 「華やかさ」 のようなものが、とても強く匂ってくるように思えるのだ。

 この春に開かれた幕張と名古屋のキャンピングカーショーを見ていても、国産メーカーがリリースしてきた新車には、どれもみな 「テーマ」 がはっきりと見えた。

 もちろん、それ以前だって、新車開発というものはテーマをしっかり据えてから進められてきたわけだが、ただ、昔は 「定年退職をするシニア夫婦が増えるから、2人仕様のレイアウトを考えよう」 とか、 「スポーツギアを積む若者が増えてきたからトランポを1台持とう」 といったマーケット動向をにらんだテーマ設定が主流だった。

 しかし、現在リリースされている新車を見ると、単純にマーケットの流れを追っただけの、今までの新車開発とはひと味違う “新味” がどのクルマにも溢れている。
 おそらく、各ビルダーの開発陣の頭の中に、 「キャンピングカー市場の急速な広がり」 というものがイメージされてきたのだと思う。

 だから、そういうクルマには、キャンピングカーを知らない人たちに対しても、 「夢、希望、期待感」 を抱かせるような発想が渦巻いている。

 おそらく、開発者たちが、キャンピングカー製作のプロであるという自意識をいったん捨てて、 「自分がキャンピングカーを知らない人間だとしたら、キャンピングカーに何を期待するのか」 …そういう原点に立ち返って車両開発に臨んだからだと思う。

 その例のひとつを見てみよう。
 ここに、レクビィさんがこの春投入した 「ヴォーノ」 という新車がある。
 まず、下の写真を見ていただきたい。

ヴォーノ室内011

 ちょっとした大型バスコンか、輸入車でしか見られないような、優雅でのびのびとしたL字ソファのラウンジが広がっている。
 景色の良い場所にクルマを止め、このラウンジにゆったりと腰掛けて、煎れ立てのコーヒーなど飲んだりしたら、さぞやリッチな時間を楽しむことができるだろう。
 きっと、誰もがそう思うだろう。

 だけど、こういうリビングを実現しているキャンピングカーというのは、さぞや高価で、車体もどっしりした大きさを誇るようなクルマなんだろうな…。
 次に訪れるのは、そういう感慨かもしれない。

 で、下の写真を見ていただきたい。

ヴォーノ外装01
 
 ハイエースでも一番小さくて取り回しのいい、ナローボディの標準ルーフなのだ。
 このインパクトはすごい。
 狭い住宅街をスルスルと通り抜けることを得意とするようなコンパクトボディの中に、大型輸入車でしか実現できないような、 「ゆとり」 「贅沢感」 「くつろぎ感」 を盛り込んでしまったのだ。

 こういう発想はどこから生まれてきたのか。
 このバンコンを開発したレクビィの増田浩一社長に、その狙ったところを尋ねてみた。

《 キャンピングカーのジャパン・クール 》

【町田】  ハイエースのロングバン・ロールーフを使って、このような “ゆったりラウンジ” を実現しようと思ったヒントは、どんなところから得たのですか?

レクビィ増田浩一社長01
 ▲ レクビィ 増田浩一社長

【増田】  これは、僕たちの考えた 「ジャパン・クール」 なんですわ。
 もちろん本当の意味でのジャパン・クールというのは、マンガやアニメ、ゲームの世界における “日本ブーム” を意味しているのでしょうけれど、ああいう映像文化の中で、日本が発信してきたものが世界に受け入れられたというのは、あれって、あの制作者たちが、別に海外マーケットを意識してそういうものを創りあげたのではなくてね、あくまでも等身大の自分たちのライフスタイルを無邪気に表現したものだったと思うんですよ。

【町田】  確かに、世界のマーケットに媚びた結果ではないですよね。
【増田】  そうでしょ? …そうなるとね、キャンピングカーの開発においても、もっと自分たちのライフスタイルを素直に見つめた上での楽しみ方、遊び方を追求してもいいのかな…と思ったんですね。
 じゃぁ、日本人の日本的なライフスタイルって何? …といったら、それは、小さな空間であったとしても、その空間を限りなく、豊かに、リッチに使いきろうという、様々な工夫によって生まれてきたものだという気がするんですね。

【町田】  国土が狭いわりには人口密度が高い国ですからね。

【増田】  そうそう。…ただ、それだけじゃなくてね、日本人って、むしろそういう限られた空間を好むような形で、美意識を育てたり、文化をはぐくんできたような民族じゃないですか。
 例えば、茶室。
 JRVAの広報誌にも書かれていたけれど、ああいう 「スモールスペースの中に、宇宙の広大さを封じ込める建物」 ってのは、日本人独特の感性から生まれてきたものらしいんですね。
 で、これ、大きさ的にいえば、茶室ぐらいのスペースなんですわ。

【町田】  なるほど。テイストは洋風だけど、精神は 「和の文化」 の茶室であると…。
【増田】  ま、大げさにいうとね (笑) 。で、茶室のような空間が、なんで 「くつろぎ」 とか 「ゆとり」 を感じさせるのかというと、あれねぇ、自然と一体となっているんですね。
 窓を開けると、すぐ日本庭園が見えたり、障子で仕切っても、そこに木の影が揺れて映ったり…。
 で、このクルマでも、エントランスのスライドドアを開けて、外の空気を直に味わえるような場所に、でーんとこのラウンジがあると。

【町田】  まさに、極小の室内空間が、そのまま広大な “宇宙” に直結しているというわけですね。
【増田】  そう “うまい言葉” を思い浮かべながら造ったわけではないんですけれど、まぁ、そういうことなんですわ (笑) 。

ヴォーノ04

《 スモールボディのメリット 》

【町田】  実用面においても、取り回しの良いサイズに収めたということは使い勝手の向上につながりますね。
【増田】  ええ。旅を続けていれば、時には、市内の地下駐車場に入ることもあるだろうし、古い温泉街などに入っていけば、狭い道も多い。
 そういうときに、運転手がストレスを感じない車両サイズを維持しておくというのは、日本型の “旅ぐるま” を開発するときには欠かせない配慮だと思うんですね。

【町田】  こういう感じの旅ぐるまが受け入れられるというマーケット的な読みはあったのですか?

【増田】  はい。やっぱりね、お客さんの志向が10年前くらいとは明らかに違ってきているんですね。
 昔はね、キャンピングカーといえば、 「キャンプ」 そして 「アウトドア」 。
 僕らがマスコミの取材を受けたときも、写真を撮る段になると、カメラマンから出るリクエストは、必ず 「外にテーブルを出して、バーベキューでもやっている演出をしてもらえませんか」 というものばかりだったんですわ。
 ところが、今は違うんですよ。
 「桜前線を追いかけて、日本一周を楽しんでいるようなユーザーさんを紹介してくれませんか?」
 …というように、明らかに 「旅のツール」 という意識で捉えられるようになってきたんですね。

【町田】  キャンピングカーの使い方に広がりが出てきたわけですね。
【増田】  ええ。そうなると、キャンプ道具をいっぱい搭載することができて、何もないところで快適に過ごせるような装備を満載するというクルマだけではなく、旅先でくつろぐことに主眼を置いたレイアウトだって必要になるだろうと判断したんですね。
【町田】  そういうときに、このゆったりしたL型ラウンジは、旅の疲れをいやしてくれる極上の空間を約束してくれますね。

ヴォーノ内装01

【増田】  もちろん、ご夫婦2人で使われる場合は、このラウンジをベッドにしたままの状態で、気楽な旅を楽しんでもいいわけです。
 横座りシートの座面を前にスライドさせて、シートの背もたれを載せるだけで、簡単にベッドが作れますから。

《 造っている人間も楽しめるクルマ 》

【町田】  価格的にも、買いやすい価格帯に収まっていますね。消費税込みで、370万…。 
【増田】  でも、けっこう手の込んだクルマなんですよ。普通の作り方をしていると、ちょっとこの価格では厳しいんですね。
 しかし、手を抜いてはいない。
 僕は、このクルマを現場で造っているスタッフには、 「手を抜くのではなく、造り方に慣れることによって生産性を上げろ」 と言っているんです。

ヴォーノ内装03

【町田】  慣れる…?
【増田】  つまりね、こういうクルマというのは、造っている人間たちも楽しいんでしょうね。
 黙って見ているとね、どんどん凝ったことをやり始めるんですよ。
 昔の僕だったら、
 「そんな凝ったことをやって、コストを上げてはいかん」
 と叱っていたのでしょうけれど、今はね、職人たちが楽しんで造っている方が良いクルマになると思っているんです。
 だから、
 「凝ってもいいから、早くその造り方に慣れろ!」
 …ってハッパをかけているんですけどね (笑) 。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 22:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

村上龍氏を取材

 人に取材するとき、特にその人が作家やアーティストのような場合は、最低限その人の作品の一つか二つは事前に接しておくべきだろう。
 それは相手に対する礼儀でもあろう。

 しかし、取材記者のなかには、「事前に作品を読むと、先入観が生じて冷静な観察ができなくなるから、体当たりで会うようにしている」 と豪語する人もいるらしい。

 私にはそういう人の神経が不思議でならない。
 特に作家に取材する場合、その人の生身の生活がどうであれ、作家というのは活字を通して自分を主張する人間なのだから、結局は 「書かれたもの」 がすべてなのだ。
 作品を読まずして、趣味はゴルフですか? 休日はどう過ごされますか? などと聞いても意味がない。

 昔、自動車メーカーのPR誌の企画で、作家の村上龍さんに取材したことがあった。
 スポーティなキャラクターを持つ新型セダンのイメージキャラクターに彼が選ばれ、CM撮影のこぼれ話を聞きながら、宣伝するクルマの 「良さ」 を語ってもらおうという主旨だった。

村上龍氏01

 そのとき、私は既にその編集部を離れ、キャンプ関係の媒体を手伝いながら徳大寺有恒さんの単行本などを手掛けていたが、その取材だけは、こっちに役目が回ってきた。

 正直、私は村上龍さんのそれほど良き読者ではなかった。
 デビュー作の 『限りなく透明に近いブルー』 を読んだほか、あとは折に触れ、雑誌に掲載された対談やエッセイに目を通しているぐらいだった。

 しかし、取材ともなれば、最近作を読んでいなければ話にならない。
 インタビューの4日ぐらい前、急いで本屋に行って小説 『テニスボーイの憂鬱』 とエッセイ集の 『龍言飛語』 、『すべての男は消耗品である』 などを買い込み、3日ほどで読んで “読書ノート” を作った。

テニスボーイの憂鬱01 すべての男は消耗品である01

 そして、私は私なりに 「作家・村上龍」 のイメージを掴むことができた。

 取材当日、私たち取材班が向かったのは都内の豪華ホテルだった。
 そのスイートルームを、広告代理店とそのクライアントがわざわざ用意したというのである。

 部屋に着くと、自動車メーカーの広報部や宣伝部の責任者たち、広告代理店のスタッフたちが、ロココ調の調度に囲まれた部屋の中を、にぎにぎしく埋め尽くしていた。
 誰もがピリピリ緊張していた。

 その中で、徹夜で原稿書きをしていたという龍さんは、少し眠そうな目をしばたかせながら、ぼんやりとソファに沈んでいた。

 カメラマンがカメラを構え、一同が龍さんを囲んでソファに腰を落とす。
 広告代理店のチーフ格のスタッフが口火を切った。
 アルマーニ風のシルエットのスーツを着こなし、薄いヒゲを唇の上に品よく整えた、お洒落な人だった。
 CMの想定ターゲット層を、どのような人たちに絞り込んだか、という話が始まった。

 「このクルマに乗っていただきたい人は、常に新しいものを探していたり、お洒落にも気を配ったりする人なんです。
 そして “いい男” になればいい女が見逃さない…という感覚を分かる人というのが、今回の想定ユーザーです。
 そこで、都会的な洗練さに、先端的な知性を合わせ持った村上龍さんをイメージキャラクターに選び、龍さんへの憧れが同時にこのクルマへの期待へ変るという設定で…」
 
 という風に話が進んでいったように思う。
 聞いていて、外しているなぁ…という印象を持った。
 たぶん、そのようなコンセプトメイクをしてしまう人というのは、村上龍作品を読んだことのない人だろうと感じたが、黙っていた。

 村上龍の書く小説やエッセイの世界というのは、“危険” がいっぱいだ。
 世の中の倫理や道徳が、平気で踏みにじられようとする世界だ。
 当時、彼が映画監督として撮ろうとしていた作品が 『トパーズ』 であったことからも、それは分かる。

 彼がどれほど “アブナイ作家” であるか。
 たとえば、『龍言飛語』 の第二章には、こんなことが書かれている。
 
 「日本ではリスクを背負うなんていう発想はないよ。道路の信号を見てみろよ。右折なんていつでもできるのに、右折のサインが出ないと (日本人は) 曲がれない。あんな理不尽な信号機に何の疑問も抱かずに従って、『私はリスクを背負っている』 はないだろう」

 世の中のルールやモラルなんて 「ヘッ!」 と軽蔑している人なのである。
 もちろん彼の脳裏には、信号機などを平気で無視しながらも、それでも交通社会を維持しているイタリアのイメージがある。
 だけど、それは日本の交通社会を維持しているルールやモラルと真っ向から対立するものだ。

 同じ本では、こんな記述もある。

 「タバコは喫った方がいいよ。格好いい女がタバコを喫うと格好いいんだよな。
 パリなんか、本当にきれいなマドモアゼルが運転しながら吸って、消しもしないで窓からポーンと捨てている。
 そりゃゴミは捨てない方がいいに決まっているけれど、俺は捨てた方がいい場合もあると思っている」

 当時は、今ほど喫煙に対する規制は厳しくはなかったけれど、どう考えても、この発言はアンモラルだ。

 私が広告立案者だったら、とてもそんな “アブナイ作家” を、万人向けの量産型セダンのCMなどに起用しない。
 この広告代理店の人たちは、何を考えているのだろうと思った。

 しかし、逆にいえば、そういうところに 「作家・村上龍」 の魅力もあるといえる。
 たとえ世の中から 「非道徳的な人間」 「エエカッコしい」 「差別主義者」 などというレッテルを貼られようが、そういう挑発的でアブナイ発言を堂々とやってしまうところに、彼のカッコよさがあった。

 誰からも非難されないような耳障りのいい発言だけを繰り返して金を稼いでいる人たちよりも、嫌なヤツだと嫌われようが、危ない領域に踏み込むことに作家生命を賭けている龍さんの方がいさぎよいに決まっている。

 そういう村上龍の真髄を逃すことなく、かつ周りに集っているCM作成のクライアントや広告代理店の人たちの希望に沿えるような取材って、果たしてどう進めればいいのか。
 私は、自分が非常にアクロバティックな立場にいることを悟った。

 しかし、大事なことは、彼に 「この取材は面白い」 と思ってもらうことに尽きる。
 龍さんを “ノセる” ことが大事だと思った私は、フェラーリの話から始めることにした。
 『龍言飛語』 という本には、彼がエンツォ・フェラーリの自伝を読んだときの感想が書かれていたからだ。

龍言飛語01

 「エンツォ・フェラーリの自伝を読んでいて、ひとつ、俺がウッと思ったことがある。
 昔のミッレミリアのレースの途中で、彼のフェラーリの調子が悪くなった。
 そのままトップグループで走ると壊れる可能性もある。でも様子を見ながら走れば完走できそうだ。
 どうしますか? とエンツォ・フェラーリに連絡が入ったんだよ。
 そのときフェラーリが何と答えたかというと、『私たちはイタリア人だろう』 。
 もうこれで答が出てるんだよ。
 『走れ』 と。 死んでもいいから行けってことだよ」

フェラーリ自伝01 フェラーリエンブレム01
 
 …確か、そうお書きになっていたと思うんですが…
 と私が言ったとき、彼の目が輝いた。

 「よく覚えていますねぇ!」
 
 初めて、今日の取材は面白いかな…と思ってくれたような顔だった。

 次に私が質問したのは、キューバの音楽についてだった。 
 当時彼はキューバの音楽にとても凝っていて、その素晴らしさついても同書で触れていた。

 「キューバのルンバというと、ドンドコドコドコという太鼓のリズムとバタバタと動き回る原住民の踊りを思い浮かべる人が多い。
 しかし、そんな素朴なものじゃない。それは恐ろしくソフィストケイトされた音楽とダンスだ。
 メッキの剥げたトランペットとトロンボーンから一気に立ち上がるハイトーンの美しいこと。
 スパニッシュとナイジェリア、コンゴの血が混じり合った強靭な声帯から出る圧倒的な歌声。
 そして暴風雨のようなパーカッション。
 ひょっとしたらカストロは、このような偉大な音楽をアメリカン・カルチャーから守るために革命を起こしたのではないか、と考えたほどだ」

キューバの楽団01

 そのくだりが、とても印象に残った…ということを述べたとき、彼ははっきりとこう言った。
 「本当によく読んでますね。そこまで読んでいただくと、僕も非常に光栄です。うれしいです。ありがとうございます」
 
 こちらは読書ノートまで作って取材に臨んでいるのだ。
 そのあたりは、原文を読みあげなくても頭に入っている。

 そこから、しばらくはキューバ音楽に対する彼の想いが語られた。

 「キューバにあって日本に欠けているものは、国民のプライドなんですね。アメリカと完全に敵対しているから、自分たちのプライドが問われる。
 それはお金なのか。それとも、嫌なことは嫌だとはっきり言うことなのか。
 それを、いつもキューバの人たちは、自分自身に問うてきたと思うんですよ。
 プライドというのは、自然に生まれてくるものではなく、何かによってつくられるものだと…」

 要するに、国は貧しくとも、世界一の超大国であるアメリカに対抗するという気構えが、キューバの音楽を先鋭にしているということを、彼は言いたかったのだ。
 そのようなキューバの尖んがり方に魅せられていることを告白することで、彼は暗に、自分の本音の “クルマ観” というものも語っていたように思う。

 龍さんの舌は、ようやく滑らかに回り始めたのだけれど、周りの人たちが、焦り始めていたのも見えた。
 広告代理店の人たちは、早くCMに使うクルマの感想を聞いてくれ、といわんばかりの表情だった。

 しかし、そのような心配も、もう無用だった。
 彼は自分の方から、今回のCM撮影にイメージキャラクターとしてどう臨んだのか、対象となったクルマに対してどう感じたのかということを、広告代理店の人たちが、ほっと胸を撫でおろすような答で飾ってくれたのだ。
 
 たぶん、自分の文学の真髄を理解してくれているのなら、CM制作の人たちが望むような答を出しても、その言動に潜むさまざまな思いも嗅ぎ取ってくれるだろう、という期待があったのだと思う。

 そして、私はクライアントやCM制作者たちが望むような原稿を完璧に仕上げ、その原文のまま、ひと言の修正もなしに龍さんの承諾をもらった。

 この取材のために作った読書ノートは、その後も役に立った。
 何かの原稿を書いているとき、そのときの読書ノートに書きとめた言葉がふと浮かんでくることがある。 
 自分の表現の幅も、それから少し広がったように思う。
 

 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:40 | コメント(12)| トラックバック(1)

ANNEXスタイル

 「日本の文化を反映したキャンピングカー」 。
 言葉でそういうのは簡単だが、では、それはどんなキャンピングカーなのか。
 改めてそう問い直してみると、RV業界の人にも、ユーザーにも、キャンピングカーメディアに携わる人たちにも、にわかに答え切ることができない。

 しかし、それを目指して、着々と 「形」 として造り上げていくキャンピングカーメーカーの社長さんがいる。
 アネックスの田中昭市さんだ。

アネックス田中社長01
▲ アネックス 田中社長

 カムロードベースのキャブコン 「ネビュラ」 を発表して以来、アネックスのキャンピングカーはひとつの方向性を確立してきた。
 それは、欧米先進国にもない、日本独自のオリジナリティを備えたデザインを追求したものだった。
 それを、言葉で示すと 「アネックススタイル」 。

 同社は、幕張や名古屋のキャンピングカーショーでも、その展示ブースの中央に、その言葉をくっきりと掲げたディスプレイを展示した。
 ショーの会期中の忙しいさなか、田中昭市社長に 「アネックススタイルに表現されるキャンピングカーとはどんなものか」 を尋ねたみた。

アネックススタイル看板02

《 アネックススタイル 》

【町田】  ずばり 「アネックススタイル」 って何のことですか?
【田中】  「うちのオリジナル」 という意味なんです。まぁ、デザイン的なオリジナル性ということですね。
 そういうオリジナリティを備えたキャンピングカーを製作して、ひとつのライフスタイルを提案してみたい…と思って考えたキャッチなんですけどね。

【町田】  それは、どういうオリジナリティということなんでしょう?
【田中】  つい4~5年くらい前までは、日本のキャンピングカーは、ヨーロッパデザインを目指すか、アメリカンなデザインを目指すか、…そんなことを何の疑問もなく繰り返していたんですよ。
 うちも 「エディ」 というクルマを造っていたときがあるんですけど、その内装テイストはアメリカンだったんですね。
 すると、販売店の方から、
 「最近はヨーロッパ調がブームだから、エディもヨーロッパ調の内装に変えた方がいいよ」
 などと、よく言われたんですよ。
 こちらも、 「そういうもんか…」 って、何の疑問もなく、その提案に耳を傾けていたりね (笑) 。

《 本当の 「和」 の文化って何か? 》

【町田】  確かに、少し前はそういう時代でしたね。V社はライモ家具のヨーロッパ調、Y社の内装はアーリーアメリカン調とか、僕らも何の疑問もなく、そういう言葉を使って紹介記事を書いていましたものね。
【田中】  でも、それってよく考えてみると、何か変でしょ? 建築の世界とかアートの世界って、別に 「アメリカ調」 とか 「ヨーロッパ調」 などという表現を使わなくても、一流の日本人デザイナーやアーチストたちが、世界に通用するオリジナルデザインを創り出しているじゃないですか。
 なんでキャンピングカーはそうならへんのやろ…と思ってね。

【町田】  で、いろいろチャレンジされたわけですね?
【田中】  ええ。日本人なんだから 「和」 の様式を採り入れたキャンピングカーを造ってみようと考えたこともありました。
 それで、畳仕様のキャブコンを製作してみたことがあるんですよ。
 で、仕上げてみると、やっぱり自分でも、ちょっとしっくり来なかったんですね。
 今から思うと、畳とか障子を使う世界というのは、部屋全体の縦横比とか、目線の位置とか、しっかり計算された空間造形を貫かないと、サマにならないんです。
 それを、欧米家具を使うことでまとまっていたキャンピングカーの空間にそのまま投入しても、整合感が出ないのは当たり前なんですね。

【町田】  でも、そういうチャレンジも大切だったわけでしょ?
【田中】  はい。チャレンジしてみてから、そういうことに気づくわけですからね。
 それで、一からやり直そうと思いましてね。 「ネビュラ」 を設計するときには、思い切って、デザインの専門家に相談してみたんですよ。
 「アート&クラフト」 社というところの中谷さんという方ですけれど、その方から教えてもらったものは大きかったですね。

《 都会の夜景も楽しめるRV 》

【町田】  どういうことでしょう?
【田中】  結局ねぇ、その方とコンセプトメイクしていると、もう今までとは違ったアプローチが次々と出てくるので、目からウロコが落ちたというような気分になったのですよ。
 まず、キャンピングカーの内装色をどう決めるかなどという前に、どういうシチュエーションで使うと、そのクルマが輝いて見えるのか…とか、そのクルマを使っていると、周りの風景がどう違って見えてくるか…とか、もうライフスタイルから入っていくんですね。

【町田】  まず人間の生活があって、その次にキャンピングカーがあると…。
【田中】  そういうことなんですけど、ほら、キャンピングカーってどうしてもアウトドアだとか、自然の中で…というイメージがあるじゃないですか。
 しかし、自然の中で使うにせよ日本だったら、そういう場所に至るまでは都会の中を通ることもあるだろうし、場合によっては、都会の夜景を見ながら、ちょっとキャンピングカーの中でくつろぐ…というシチュエーションだって考えられるわけですよね。
 そう考えるとね、 「日本的なるもの」 っていうのは、山から1時間も走ってくれば都会に戻ってしまうという、そういう日本の生活空間を正直に見つめ直すところから生まれてくるのではないだろうか…と考えることができたんですよ。

【町田】  イメージの中の 「日本」 とか、理念の中の 「日本」 ではなくて、現代社会で生きている日本人が、自分の足で歩いて感じる 「日本」 という意味ですね。
【田中】  そう。そういうライブ感覚を持った日本文化というものを考えないと、なんか新しい提案にはならないだろうと思ったんですよ。

【町田】  ネビュラのコンセプトは 「走るモダンリビング」 でしたものね。
【田中】  ええ。今の日本人の住宅構造を見ても、必ずしも畳みと障子を使わなくても、欧米とも違う日本独自の住宅様式というのが生まれているわけじゃないですか。
 その感覚を大事にした方が、本当の意味での 「日本的なるもの」 に近づくとちゃうんかな? …って思ったわけですね。

《 リコルソに秘めた想い 》

【町田】  そのような 「生きている日本文化」 というものを、実際の車両開発では、どのように実現されたのでしょうか。
【田中】  たとえば、私たちの開発した新しいキャンピングカーで、 「リコルソ」 というバンコンがあるのですけれど、これ、見ていただくとお分かりになると思いますが、運転席とリビングを 「家具」 で仕切ってしまっているし、リヤドアを開けても、そこに壁が立ちふさがっている。
 普通に考えたら、めちゃくちゃに使い勝手の悪いバンコンなんですわ。
 でも、室内に入ってみると、もう無類に心地よいし、落ち着くんですよ。
 つまり、運転席のような “自動車的な機能” を視線から隠すことによって、クルマであることを忘れてしまうように造ったつもりなんですね。

リコルソ外形01

【田中】  で、そのことによってですね、たとえば都会の中でもちょっと景色のよいところに止めて、室内から外を眺めれば、もうそれだけで 「リゾート施設から眺めた景色」 に変わる。
 つまりね、日本という国は、欧米のように圧倒的にワイルドな自然というものが少ない。
 その代わり、ちょっと人工の手が入った 「リゾート的な景観」 なら、ものすごく豊富にある。
 そういう日本の特殊事情を楽しめるキャンピングカー空間というものを造形することが、すなわち 「日本的なるもの」 の追求なのかな? …と思うんですよ。

リコルソ内装02 リコルソ内装03

【町田】  でも、それって、ユーザーの想像力が試されるようなところがありますよね。
 たとえば、ちょっとヤシの木が植わったような海岸の駐車場に止めて、 「ここは素晴らしいリゾートだ!」 と思い込むためには、それなりの研ぎ澄まされた感性が要求されるわけでしょ?
 ある意味で、バーチャルな仮想空間で遊ぶことにも似ているわけですから。

【田中】  ええ。だからクルマの方も、そういうユーザーさんのイマジネーションが活発に働くようなデザインというものが要求されるわけですね。
 そこで、例えばリコルソでは、リゾート施設の一室から外を眺めているような 「部屋」 の感覚というものを大事にしましたし、リゾート感を出すために、家具の色合いとかソファーの材質感なども吟味しているわけです。

《 日常が旅になる 》

【町田】  確かに、日本中どこにでも 「ちょっと良い景色」 という場所はあるわけで、それが全部 「自分だけのリゾート」 になるとしたら、それはリッチな体験を得ることになりますね。
 僕はよく、こう考えるですけれど、日本という国は、どこに行ってもコンビニはあるし、立ち寄り温泉を探すのも簡単だし、それだけどんどん便利な国になってきたわけですけれど、その反面、日本中どこへ行っても、同じ景色が展開されるようになってしまった。
 そういう退屈感から逃れるためには、個性のあるキャンピングカーって必要だな…って。
 キャンピングカーという “魔法の空間” が、人間の想像力を刺激することによって、周りの風景も違ったように見えてくるな…って。

リバティLE外形01
 ▲ リバティLE

【田中】  そうなんです。もうひとつキャブコンで 「リバティLE」 というのがあるんですけれど、これは、その “リゾート地めぐり” を、さらに1ヶ月ぐらいの長期にわたって楽しめるように開発したクルマなんですが、やっぱり  「魔法の空間」 という狙いは大事であって、そのための意匠にもこだわりを持っているわけですね。
 たとえば、このエントランスステップのクロームメッキの取っ手。
 これなんか、けっこうコストが高くつくので、普通だったら絶対に使わないような部品なんですけれど、付けてみたら意外とぴったり合ってしまった。

リバティLE内装01
▲ リバティのエントランスドア脇の取っ手

【町田】  もう外せないと (笑) 。
【田中】  ええ。やっぱりこの取っ手を握って中に入るときに、この銀色の輝きが、 「さぁ、これから夢空間に突入するぞ!」 というような興奮を呼び起こすような気がして… (笑) 。

リバティLE内装03
▲ リバティLE室内

【町田】  人のイマジネーションを膨らませる力というのは、そういう細部のこだわりをいかに多く集積させたか…ということから生まれますものね。
 旅というのは、人を非日常へ誘導させることから始まるけれど、その非日常というのは、日常的な 「物」 が、普段とは違った形で現れるときに感じられるといいます。
 だから、本来ならステップの乗り降りを助けるためだけのアシストグリップが、クロームメッキの輝きを放つというだけで、それは、アシストグリップであっても、もうすでに普通のアシストグリップではない。
 そこから先は、非日常の夢空間が広がるというわけですね。

【田中】  ある大手自動車メーカーさんのCMに出てきた言葉で 「いいなぁ」 と思ったキャッチのひとつに、 「日常が旅になる」 というものがあったんですよ。
 例えば、通勤の途中で見ているような見慣れた風景も、ある日、ある陽射しの中で見ると、 「あ、こんなにきれいな場所だったんだ!」 とびっくりするようなことってあるじゃないですか。
 「日常が旅になる」 というのは、そういうことを意味していると思うんですよ。
 キャンピングカーというのは、そういう瞬間にバクっと食らい付いて、それを魅力的な 「旅」 にしてしまう力があると思うんですね。

【町田】  そういう楽しみ方を味わえるように、人間を育ててくれるクルマ…
【田中】  そのクルマがもたらすライフスタイルを、 「アネックススタイル」 。
 …まぁ、そんな気持ちを込めて、むりやりひねり出したキャッチなんですけどね (笑) 。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 01:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

不思議なエミリー

 黒髪を持った、黒い瞳の、黒い服を着た、不思議な女の子。
 「エミリー」 というんだそうだ。

エミリー03

 ちょっと調べものをしているときに、偶然開いた外国のサイトで、このエミリーちゃんに出会った。
 一目惚れ!

エミリー22

 なんだろう?
 この子の目は…
 ものすごくキュートで、セクシーなんだけど、まったく人間に媚びていない。

エミリー21

 人間の原理を超えた世界で生きている女の子。
 そういう 「超越性」 が備わっていて、とっても魅せられる。

エミリー18

 で、調べてみたら、やっぱり “魔女” なんだそうだ。
 しかも、13歳という魔女だ。

エミリー05

 英語文化圏では、「Emily the Strange (エミリー・ザ・ストレンジ) 」 で通っているらしい。

エミリー17

 Wikによると、サンフランシスコのアーティスト集団 「コズミック・デブリ」 のバズ・パーカーという人が創作したキャラクターなんだとか。

エミリー09

 当初はステッカーのキャラクターとして発売されたが、後に、衣服、バッグ、スケートボード、絵本、ノート、などのキャラクターとして、活躍の舞台を広げた女の子らしい。
 日本では、2003年に宇多田ヒカルが翻訳した絵本があるそうだ。

エミリー13

 彼女のお供は4匹の猫。
 猫の名前は、サバス、ニーチェ、マイルズ、ミステリー。

 ニーチェって、あの哲学者のニーチェか?
 彼女には、人間の友達はいないらしいので、猫を相手に哲学談義でもしているのかもしれない。

エミリー14

 彼女が暮らしているのは、人間の影すら漂うことのない、赤、黒、白だけで満たされた独りぼっちの空間。
 そこは、たぶん時間の止まっている世界なんだろう。

エミリー02

 赤地を背景に、黒ベタと、力強い線だけで構成された、素気ないほどシンプルなデザインが実に雄弁。
 黒ベタのボリュームがたっぷりで、それが余白の部分をよけい魅力的に見せている。

 この感覚が、もうこの世のモノじゃない。
 エミリーという商品キャラクターの背後に、一生かかっても読みきれないほどの 「物語」 が存在しているような雰囲気が伝わってくる。

エミリー10
 
 イノセントな処女性と、妖艶な魔女性が、何の矛盾もなく共存する少女。
 現代のビアズリーが描いたサロメだ。

エミリー22

 ホームページもあるみたいだ。
  http://www.emilystrange.com/

エミリー11

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

RVのJポップ化

覆面座談会
【 Jポップ化する国産キャンピングカー 】


【A】  この2月には、幕張の 「キャンピング&RVショー」 、名古屋の 「キャンピングカーフェア」 と、春のビッグイベントが続いたわけだけど、今までのシーズンと何か変わったことってあった?
【B】  …というか、オレたちここに登場するの久しぶりだよね。昔は、よくこのブログに登場させてもらったけれど。
【C】  だけど、あいからずの扱いだよね。氏素性を紹介することもなく、いきなり 「A」 「B」 「C」 だもんな。

幕張キャンピングカーショー2009
 ▲ 幕張 「キャンピング&RVショー2009」

【A】  …ま、いいとして、今日は 「キャンピングカー業界の現在」 という座談会なんだけど。
【B】  業界というより、ユーザー層も含めた全体を語った方がいいよ。業界にも変化が訪れたけれど、客層も変ってきたから。
【C】  どう変わったっていうわけ?

【B】  名古屋のショーで、いろいろな業者さんに聞いたけれど、「キャンピングカーって知らないから見に来ました」 って人たちがものすごく増えているんだって。
【A】  新規の人たちが増えたということ? それは底辺が広がったということなんだから、業界としては歓迎すべきことなんじゃないの?

【B】  でも、いちいち説明するのが大変らしい。 「これって、普通免許で運転できるんですか?」 っていう人たちを相手にするわけだから。
【C】  「あ、トイレが付いているんだぁ!」 って驚いている見学者たちを相手にするんじゃ、営業マンも大変だろうな。
 下手にインバーターの機能なんか説明すると、見学者の頭がこんがらかっちゃうんだって。だから、尋ねられるまでは言い出さない、っていう人もいた。
【C】  いろんなキャンピングカーを眺めても、どれが自分たちの使い方に合っているのか、すぐには判断できない人たちが多くなったってことなんだよ。10年前に戻ったという人もいる。
【B】  つまり、すぐ商談には結びつかないケースが増えているっていうことだよね。

《 不況の影響を受けない業種 》

【A】  でも、いいことだよ。この大不況の時代に、ショーの来場者だけは、幕張も名古屋もすごく多かった。これは潜在的な購買層が増えたと見ていいわけで、すぐには “売り” に結びつかなくても、将来的な見通しは明るいということじゃない?
【C】  まだ分からないよね。庶民の生活が本当に苦しくなるのは今年の9月以降だろうという見方もある。

【A】  でも、みんなお金そのものを持っていないわけじゃないからね。不況の時代だといっても、息抜きがないと人間まいってしまう。そういうときは、安い遊びに向かうという傾向が出てくる。
 だから、オートキャンプって意外といいんだよ。
 現に、ショーに来ていたキャンプ場の経営者たちに聞いてみたら、一応この2月頃から始めたゴールデンウィークの予約は満杯だと答えた人たちが多かった。中にはもうお盆の予約も埋まったというところもあった。
 キャンピングカーだって初期投資は高いけれど、1台持てば安く旅行できる。そういう目で眺めれば、不況だって追い風だ。

【C】  いやぁ、買えないけれど見に来たって人も多いよ。特に若者たちは、「キャンピングカーっていいよなぁ。だけどみんな高いなぁ」 なんて話し合っているんだよね。結局、パンフレット集めて帰るだけ。
【А】  だけどね、休憩室で耳をダンボにして、立ち聞きしていたんだけどさ、明らかに愛知県のトヨタ関係者の夫婦なんだわ。
 ほら、トヨタって赤字すら計上しそうで、“派遣切り” なんかでも問題を多く抱えていてさ、まさに、一時はマスコミから企業の存亡が問われる時なんて採り上げ方されていたじゃない?
 でも、その夫婦は、いともことなげに、セカンドカーとして軽キャンピングカーを買うつもり話しているわけ。
 「ベース車をスズキにするか、スバルか、ダイハツか…」 なんて迷っているんだけどさ、夫婦の関心事は、 「トヨタ系のダイハツじゃないと、会社の駐車場に置きづらいしなぁ…」 なんて、そんなことが最大の悩みなのよ。

名古屋キャンピングカーショー2009春
 ▲ 名古屋 「キャンピングカーフェア2009」

【B】 マスコミで大げさに騒いでいるほど、不況は深刻でないということか…。
【C】 いや、消費者の志向が変わったのね。ちょっと高級で便利な台所用品とか、自炊用の家電とかは売れているというじゃない? 外で派手にお金を使うことを控える代わりに、家の中で、ちょっと安く “贅沢をする” ってのがトレンドになってきていると思う。
 キャンピングカーってのも、そういう “内向き消費” の文脈で考えると分かりやすいよね。

《 市場に理解され始めたRVの意義 》

【B】  オレねぇ、思うんだけど、 「不況だから安い遊びをしよう」 ってんでキャンプやキャンピングカーに目をつけた人たちも、そりゃ多いと思うけれど、それだけじゃなくて、キャンピングカーが提案している何かに、みんなが反応してきたんじゃないかな。
【A】  「何か」 って何よ?

【B】  会場で配られたRV協会の広報誌にも書いてあったけれど、 「家族や自然と調和しながら生きる」 というキャンピングカーの “哲学” みたいなものが、じわじわっと浸透してきているんじゃないの?
【C】  同じ “乗り物” なんだけど、乗用車とは違う何かがある…ってことだろうね。
【B】  そう。…だって、自動車業界の販売不振というのは、なにもアメリカ経済の落ち込みを受ける数年前から、ずぅーっと続いていたわけじゃない? だけどキャンピングカー業界だけは、この4年間、ずっと右肩上がりの出荷台数を維持してきたんだものね。 
 それって、何かといったら、 「新しい旅の形」 ってのを提案できているからなんだよ。

【A】  ホテルに泊まらずに、道の駅で泊まりましょうとか?
【B】  いやいや、そういうことじゃなくて、…結局、日本の風景も “近代化” に伴って、どんどん画一化されてきてさ、高速道路走っても同じ景色。ホテルに泊まっても同じサービス。
 そういう均一化された旅に飽きちゃった人にとってさ、キャンピングカーに備わっている個性が、実は 「旅の個性化」 につながってくるんだよ。
 だから、気に入った内装の、気に入った装備に囲まれて旅していれば、気分も盛り上がって、それが均一化された旅行からの 「脱出」 につながるわけよ。
【C】  ああ、それは分かりやすい例だね。そこが今のニーズに合ったのかな。

【B】  そう。それと、資源を消費して発展を遂げてきた重工業社会的な産業モデルに対して、キャンピングカーって、脱・工業社会的なイメージがあるじゃない?
 なにしろ、 「走るときより、止まっているときに本領を発揮する乗り物」 だっけ? RV協会さんのキャンペーン。
 燃料をやたら消費するのではなく、キャンプ場のような自然の中に滞在して、スロートラベルを味わうクルマ。
 そういうキャンペーンが少しずつ浸透してきた…という気がするんだ。

【C】  確かに、この不況の時代、キャンピングカー業界の人たちも 「さぁ、大変な時代が来た」 って青ざめていたわけだよね。
 しかし、実際に春のショーが始まってみれば、すぐには “売り” に結びつかないにせよ、反応はすごくいいわけじゃない? そうなればみんな 「ここは頑張って乗り切ろう」 と思うよね。
【B】  うん。やっぱりキャンピングカーには、乗用車と違った訴求ポイントがあるってことを、業界の人もみんな気づき始めてきたことは確か。
【C】  だから、ブースの作りなんかにも変化が現れてきたね。
【A】  どういう風に?

《 展示会風景にも変化のきざし 》

【C】  今までだとさぁ、戦国時代のようなノボリをたくさん立ててさ、展示車にも 「お買い得セール。このショーだけの限定価格!」 みたいな張り紙をペタペタ貼って、展示即売会みたいな雰囲気のブースが多かったけれど、それが少しずつ洗練されてきた。
【A】  いやぁ、基本的には変っていないよ。
【C】  だけど、中にはモーターショー並みに、こぎれいにブースをまとめたデザインマインドを感じさせる展示を心掛ける業者さんも出てきたよね。

【B】  そう。クルマの機能を売るというより、そのメーカーなりの思想とか哲学を売ろうという姿勢が少しずつだけど出てきているよね。
 そうなると、 「なんだ即売会か…」 と思って、あまり重視してくれなかった一般メディアの人たちも注目してくると思うよ。
【A】  オレは 「展示即売会」 的なにぎわいも必要だと思うけれどね。だって、夜店とかバザールの雰囲気って、庶民にとっては気楽でいいんだよ。
 それに、このご時世なんだから、 「うちのクルマは安いよ」 って貼り紙貼ったって、それで購買者の意識をキャッチできればいいわけじゃない?
 安く売るってのは企業努力なんだから、それを宣伝することはむしろ大事なことだよ。

【B】  そうだけど、それだけじゃ淋しい。やっぱこういう時代なんだから、「キャンピングカー業者も時代に対してこう考えていますよ」 ってアピールすることだって必要だと思うよ。
 たとえば、キャンピングカーで進められる 「エコ活動」 って何か? 
 そういう着目点って、大手企業が進めている “商売的なエコ” よりも、キャンピングカーそのものが 「エコ的使い方」 を許容する部分を含んでいるから説得力がある。

【C】  それに関しては、しっかりテーマを設定したディスプレイを掲げているところも出てきたよね。
【B】  まず、キャンピングカーそのものが変ってきたものね。
【A】  どういうふうに変ったというわけ?

【B】  開発ポリシーというものを 「形」 として表現したクルマというものが出てきたもの。中には自動車の大手メーカーですら注目するようなアイデアを披露するものまで登場した。
【C】  うん。いいことだよ。キャンピングカーって、自動車メーカーが供給するベース車の機能まで変えるわけにはいかないというハンディがあって、その部分ではやることが限られていたけれど、その自動車メーカーも振り向いてくれるようなアイデアを提供するって大事なことだよね。

《 カッコいいRVが急増した背景 》

【A】  確かに、まぁカッコいいキャンピングカーが増えたよな。中には 「あのベース車からこんなデザインが生まれるの?」 ってびっくりするような作品がバンバン出てくるようになったものな。
【B】  オレさぁ、「国産車のJポップ化」 が進んできたと思うの。
【A】  また、訳の分からないこと言い出す。

【B】  Jポップってさぁ、最初は洋楽のマネっ子から始まったわけじゃない? 今までの演歌・歌謡曲路線とは違う洋楽風のリズムやメロディで曲作りをして、洋楽ファンの間にも浸透することを図ったわけだよね。
 だけど、最初のうちは、やっぱり日本人の体質に沁み込んでいる 「和音階」 のメロディーラインから抜け出せなくてさ、サビの部分なんかになると、モロ歌謡曲になっちゃう曲もいっぱいあったよね。
【C】  歌詞だけ 「Hey Baby!」 でお茶をにごすとかね。
【A】  グループサウンズ的なノリでね。

【B】  それがどんどん洗練されてきちゃってさ、オレ、ミーシャの 「Everything」 なんか聞いたときは、 「あ、もう日本人には洋楽って必要ないのかもしれない」 …ぐらいに思っちゃったわけ。サビの部分も歌謡曲的な匂いがないんだもの。
 だけど 「洋楽か?」 っていったら、やはり違うのよ。世界のどこにもない日本のポップスになっているわけ。

【A】  それがキャンピングカーとどう結びつくのよ。
【B】  だから、国産キャンピングカーも、そうなってきているということなの。
 今までは、欧米の先進国のキャンピングカーが国産車の手本だったわけでしょ?
 造る方も使う方も、そういう頭があったから、キャンピングカーメーカーも装備類から内装デザインに及ぶまで、みな欧米コンセプトで造ってきたわけ。
 だけどさぁ、ベース車そのものも違えば、レギュレーションだって違うわけで、そっくり欧米のものを移植するなんて、どだい無理なわけでさ。
【C】  そこのところは、 「なんとなく気分で分ってよ」 という、作り手と買い手の暗黙の了承があったわけだよね。

《 国産RVのJポップ化が意味するもの 》

【B】  そうそう。だけど中には洋楽のように、向こうの基準がすべて正しいと思う人たちもいてさ。
 そういう人たちは 「あれも足りない、これも足りない」 って、すべて輸入モデルを基準にして、国産車をクサしていたわけだけど、日本の技術ってすごくてさ。いつの間にか、この国の風土や使用環境に適したものをものすごく洗練された形で練り上げてきたんだよね。
 今までは、それをあまり意識的に追求してはこなかったけれど、最近はそれを 「戦略」 として、むしろ商品価値を高める素材として使おうというメーカーもでてきたわけ。
 その成果がぼちぼちと浮上してきたのが、ちょうど今年あたりからだろうと思っているんだけどね。

【A】  でも、なんかそういうのって、閉鎖的じゃない? マーケットを国内に限定しているから、そういう話になるんであってね。
 やっぱ国際商品を目指さなければ 「普遍性」 って獲得できないでしょ。
 海外にも通用するようなベース車なりを得て、向こうのレギュレーションに適合するようなものを実際に販売してから、初めて誇れるものになると思うがなぁ…。
 オレはね、どんな文化でも、…それこそ商品だって、海外との緊張関係を失ったら衰退してしまうと思うの。
 だって、日本の国力がわぁーっと上がっていた時代って、どんな時代だったと思う?
 たとえば、天平の時代とかは、大陸や半島との緊張関係が日本人たちをピリピリさせたから、政治や文化が発展したでしょ。
 鎌倉時代だって、大陸の元との緊張関係があって、はじめて運慶のようなリアリズム芸術が生まれるし、日蓮のような宗教家も登場する。
 いちばん良い例は幕末だよね。
 黒船に脅かされて、日本人は初めて海外に目を向けて、「こりゃ大変だわ」 となったわけじゃない? 
 それが日本人の向上心に火を付けたわけでさ。
 キャンピングカーだって、 「日本のデザインすごいぞ!」 なんてふんぞり返っていたら、すぐ中国や韓国に足元をすくわれるって。

【B】  いや、それはまた別の話でね。日本人が日本国内で使うキャンピングカーに関しては、もう立派な 「日本デザイン」 が成立していると認めていいと思うよ。
 それが、今度は中国や韓国のキャンピングカーづくりに影響を及ぼしていくかもしれないじゃない?
 つまりね、欧米のマネッ子を脱出することに自覚的なメーカーも出てきたということなのよ。
 音楽でいえば、サビの部分で 「和音階」 に流れて、どっちつかずの曲になるのではなく、音としての独立性を高めてきた今のJポップみたいに、デザインの独立性を高めたキャンピングカーが生まれているんだよ。

【A】  そうかなぁ…。でも、やっぱり今の国産ビルダーのカタログ見ても、やたら 「ヨーロッパ調のデザイン」 とかって言葉を使って、自分たちの基準を海外に置いている宣伝の仕方って多いよ。
 でも、それが正しいんだよ。日本のキャンピングカーが欧米先進国から学ぶべきことは、逆にこれからもっと増えると思う。

【B】  でも音楽ではさぁ、最近の若いJポップのアーチストもさ、もう自分たちのお手本そのものが 「Jポップ」 なんだよ。
 昔のミュージシャンは違うよね。サザンの桑田さんなんかは、ルーツとなっているものがモロにビートルズだったり、クラプトンだったり、モータウンサウンズだったりすることが分かるわけじゃない?
 ミスチルなんかもビートルズの影を感じるよね。
 竹内まりやなんて、基本的には60年代アメリカンポップスのオールディズの路線。
 ブルーハーツなんかはパンクだったしさ。
 だけど、今はそういう先輩たちがやってきた日本のポップスを手本にして、自分たちの音を作っちゃう若い層が出てきているのね。
 だから、キャンピングカーも “日本風のカッコよさ” ってものをつくり出す若手のビルダーなんかが出てくるのは時間の問題だよ。

《 普遍的な文化はローカルな場所から生まれる 》

【A】  ただね、音楽だって、やっぱクラシックにせよ、ポップスにせよ、向こうの伝統と文化の背景を背負っているものは、やっぱり深みが違うよ。
 キャンピングカーだって、向こうの連中に愛されているものともなれば、やっぱり考えていることのレベルが違うもの。
 内装のデザイン性みたいなものだけならば、そりゃJポップ的な洗練度を国産車も持つようになったけれど、パッケージングを含めた機能的な総合力でいえば、まだ太刀打ちできないって。

【C】  ちょっと言っていい? 音楽でもさぁ、アートでもいいけれど、いま通用している普遍性ってさぁ。元はものすごくローカルなものじゃない? クラシック音楽なんていったって、ヨーロッパ地域の限定された世界における音楽理論が元になっているに過ぎないわけでさ。
 Jポップだって、ひょっとしたら、新しい時代の 「ワールドスタンダード」 に育っていくかもしんないじゃない?

【A】  音楽とキャンピングカーは一緒にできないって。だって、音楽は法令なんかで拘束されるものは何もない。
 だけど、キャンピング車となれば、各国の法令でさまざまな規定があって、それを乗り越えるのは簡単なことじゃない。
【B】  それはそうだけど、法令なんてものは、 「人間の暮らしを良くする」 ためのものに過ぎないんだから、日本のRVが、世界に発信できる技術なり、デザインを持つようになれば、世界の方が変っていくかもしれないじゃない?
 現に、日本のアニメとかゲームが 「ジャパン・クール」 といわれるように、一つの文化として評価されるようになっていることを考えれば、まずは内装デザインだけでも、世界のトレンドとして通用するものが生まれていくかもしれない。

【A】  でもね、 「機能」 があってのキャンピングカーだよ。芸術作品じゃないんだから。
 まず第一に、ベース車そのものの走りや安定性に関して不満を持っている人があまりにも多いよね。安全性だって、今のままでいいのか。
 そういうところに目をつぶって、「デザインが進んだ」 なんて、まだ手放しで褒められないでしょ。
 日本風のデザインコンセプトっていったって、例えば、キャブコンでいえば、トイレ・シャワーもない小型のキャブコンが主流というような話になっちゃうけれど、使う人の中には、キッチンの上に卓上コンロを置いただけで、ポリタンクの20リットルを積んでいるだけじゃ 「使えない」 っていう人だっていっぱいいるもの。

《 外食産業と似ているRV産業 》

【B】  いやいや、そういう人たちにはそれなりのクルマが用意されているところが日本のいいところでさ。
 キャンピングカーでも、こんなに車種バリエーションが豊富な国って、海外を見てもちょっとないよ。
 そこのところはさぁ、まさに日本の外食産業と似ているのよ。
 日本にいれば、「和」 はもとより、 「フレンチ」 「イタリアン」 「中華」 から 「インド」 「東南アジア」 …すべての料理が食べられる。しかも “おいしく” 。

【A】  でも、本場の本当の超一級にはかなわないぜ。……結論は町田さんに聞いてみよう。
【B】  だめだよ、あの人は自分のキャンピングカーの中で、一人で酒飲んで  「70年代ソウルミュージック」 を聞いて涙を流しているような人だもの。洋楽派なんだよ。
【C】  団塊の世代の限界だな。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

トイファクトリー

【 トイファクトリー 藤井社長インタビュー 】

 未来社会に対する積極的な提言を、今キャンピングカー業界から一番強く発信しているメーカーとしてトイファクトリーさんの存在感は大きい。
 「断熱」 「ソーラーパネル」 「床暖房」 。
 それらの技術を駆使した同社の車両開発は、2009年のキャンピングカー産業の現在を語る上で欠かせないものだ。
 同社の藤井昭文社長に、数々の新技術を開発した背景やその苦労話をうかがってみた。

《 キャンピングカーは環境に優しくなれるのか 》

【町田】  この春に幕張で行なわれた 「キャンピング&RVショー」 を皮切りに、トイファクトリーさんは、未来に対する積極的な提言を秘めた新製品を次々と投入されているわけですが、そのテーマはみな 「環境対策」 という視点で統一されています。
 このような環境への “まなざし” をキャンピングカー開発に盛り込もうと考えられた動機は、どのようなところにあるのでしょうか。

トイファクトリー幕張展示風景01
▲ トイファクトリー 幕張ショー展示風景

【藤井】  地球の温暖化防止、エネルギー源の枯渇などが、人々の日常生活の中にも話題として採り上げられるような時代になると、僕たちのようなキャンピングカーメーカーといえども、21世紀を生きる企業としては、もう見逃すことのできない大問題だと感じていたんですね。
 そこで、いろいろなユーザーさんたちを中心に、「環境に適したクルマだったら、少しぐらい高くても買いますか?」
 という質問を投げかけてみたのですが、すると、大多数の皆さんが 「買うよ」 というんですよ。
 「なぜ?」 と尋ねると、
 「自然の中で遊ばせてもらっているのだから、それへの対策を施しているクルマに乗るのは、キャンピングカー乗りの責務だ」
 というような答が、実に多く返ってきたんですね。
 やはり、「自分だけが快適であればいい」 という時代は終わったと考えている人が増えてきたのではないでしょうか。
 たとえば、トヨタさんが発売されているハイブリッドカーのプリウスなどが人気を集めているというのも、そういう気分を反映しているように思うんですね。

【町田】 なるほど。キャンピングカーに乗るユーザーさんたちの意識も、変ってきたというわけですか。
【藤井】 ええ。僕もちょっと意外に思えるほど、ユーザーさんたちの意識は進んでいたんですね。
 それと、昨年デュッセルドルフで開かれた 「RV世界会議」 でも、各国のRVメーカーの首脳陣たちに、「一番大事なテーマは何か?」 ということをできるだけ聞いてみたんです。
 すると、当社が輸入販売を行うフェント・キャラバン (FENDT CARAVAN) の社長も含め、みな口々に 「今が世界の転換期なんだよ」 というわけです。
 どういうことかというと、やはりヨーロッパなどでは 「環境負荷を低減する」 ということがRV業界でも重要課題になっていると。
 僕たちが今回の車両造りの参考にしている場所として、世界で最もエコロジー技術が進んでいるといわれる南ドイツのフライブルグという町があるのですが、そこの代表に話を聞いても、やはり燃料電池とか、エタノールなどという化石燃料に代わる代替燃料に関心を深めていることが分かったんです。

バーデン外形02 バーデン内装02 
 ▲ 新しい提案を秘めたトイファクトリーの新型バンコン 「バーデン」

《 断熱対策のもたらす本当の意義 》

【町田】  それを知って、トイファクトリーさんも率先して環境問題にコミットしなければならないと思ったわけですね。
【藤井】  はい。このままでは日本のRV業界は、世界のRV社会から見捨てられるのではないかというほどの危機意識を抱きましたね。
【町田】  そこで、このたびその 「環境対策」 を全面的に打ち出したキャンピングカーを全面的にリリースされたということなのでしょうけれど、具体的には、どういうシステムを構築されたのでしょうか。

【藤井】  「環境対策」 というと大げさかもしれませんが、しっかり環境を意識した車両造りを行いたいと考えたわけです。
 僕たちは、これまでも 「断熱対策」 というものに力を入れて、ずっとそれに取り組んできたつもりなんです。
 ただ、「断熱対策」 が、具体的に地球環境の保全にどれだけつながるのかということを、僕たちも実証的なデータとして持ってはいなかったんですね。
 そこで、それを主観性が混入する恐れのある自社取りデータではなく、しっかりした研究機関を通して研究を進め、それを発表するようにしたのです。
 具体的にいうと、LCA (LIfe Cycle Аssessment = ライフ・サイクル・アセスメント) という仕組みなのですが、そこの研究に準じて専門家の指導のもとにデータ取りの成果を評価してもらい、それを公開するという手順を踏みました。
 まぁ、僕たちの今までの断熱へのこだわりの本当の成果を見ていただくという意味もありました。皆さんに、断熱は本当に効果があることを理解していただくため……という気持ちが一番強かったのかもしれません(笑)。

【町田】  そのLCAというものを少し説明してください。
【藤井】  これは、各企業やサービス部門の環境対策を評価する産業環境管理協会という団体で、ある製品なりサービスなりの 「製造」 「輸送」 「使用」 「廃棄」 「再利用」 まで含め、そのインプット、アウトプットを拾い出し、それがどれくらいの環境負荷を及ぼすものなのかを審議してですね、さらに、それに対する対策を施した製品などが、具体的にどれくらいの環境負荷の低減を実現したか…ということを測定する機関なんですね。
 日本では、1995年に産官学の協力によって、「LCA日本フォーラム」 というものが設立されまして、現在では、環境負荷削減に取り組む企業、組織などを表彰するようなシステムもできあがっています。

トイファクトリー幕張ショーブース
 ▲ 「エコ」 を訴求ポイントに挙げたトイファクトリーの幕張ショーブース

【町田】  なるほど。そうやって得られたデータをどのように活用されたわけですか。
【藤井】  はい。それを数十ページの報告書にまとめてですね、経済産業省の方に提出しています。
 そこで、各企業のそれぞれの環境活動の実績をまとめた報告書のようなものとして、『製品グリーンパフォーマンス高度化推進事業』 というものが編纂されるわけですが、その中に、トイファクトリーから 「断熱キャンピングカーのLCA効果」 というような形で発表されることが決まりました。

【町田】  その成果を、すこし具体的に説明していただけますか?
【藤井】  断熱ボディを造ることで達成されるものの一つとして、エンジンをアイドリングしてヒーター、クーラー効果を得るという方法から脱出することができます。
 そこで、実際にそれがどのくらいの効果を得るのかということを、実際、断熱したバンコンと断熱加工をしていないバンコンの同時走行テストを行なって測定してみたんです。
 すると、断熱加工したバンコンの計測燃費は、リッター当たり0.95kmに相当することがLCA評価基準に基づいて実証されたんですね。

【町田】  何か分かりやすい “例え” でいうと、どういうことなんでしょう。
【藤井】  このリッター当たり0.95kmという数値はですね、年間走行距離を10,000kmと仮定した場合、年間に280kgのCOの排出減に相当するんです。
 一般的に、杉の木が1年間に吸収するCOは約14kgだといわれています。
 すると、僕たちが開発する断熱バンコンというのは、1台で杉の木20本分のCO削減効果が達成できるんです。

【町田】  地球全体にもたらす効果は微々たるものかもしれませんけれど、台数が増えると大きな力になりますね。
【藤井】  はい。その力をさらに増大させるために、このほど開発したのが、「ソーラーバンコン」 です。
 これは、もう最初からルーフにソーラーパネルを搭載することを前提として、ルーフと一体型となったパネルスペースを製作しました。
 最初は 「カッコよくソラーパネルを載せたいなぁ」 と思ったのがきっかけでしたけれど (笑) 。

トイファクトリーソーラーパネル02
 ▲ TOYsBOXに搭載されたソーラーパネル

《 ソーラーパネルでCO削減に協力 》

【町田】  それは全車に装着可能なんですか?
【藤井】  ええ。今はまだオプションですが、全車に搭載できるようにしました。
 ソーラーシステムの特徴は、ご存知のように 「化石燃料に依存しない」 というところにあるわけですね。
 これも計算してみると、僕たちのソーラーバンコンに搭載されるパネルの発電量は年間約166キロワットなんです。
 これを日本の全電力の平均COの発生量と比較すると、年間約52kgの排出量低減に相当することが分かりました。
 先ほどの杉の木の例でいいますと、杉の木が1年間に吸収するCOは、約14kgといわれていますから、トイファクトリーのソーラーバンコンは、1台で杉の木の3.7本分のCOの削減効果があるということなんですね。

【町田】  なるほど。説得力がある (笑) 。
【藤井】  はい (笑) 。2005年の 「京都議定書」 では、日本の温室効果ガス排出量を2012年までに、1990年を基準年として、そこから6パーセント削減することを謳いましたよね。
 そこで 「チーム-6パーセント」 などの活動を通じて、いま国は、それを国民的なプロジェクトとして進めているところですけれど、僕たちの会社もそれに貢献するために、「ソーラーバンコン1000台」 を目指すという運動を展開しています。
 もしそれが実現したら、その効果は3,700本の杉の木、つまり東京ドームの4分の1個分の森に相当するCOの削減に協力することができます。

【町田】  そのような研究は独自で行なわれたわけですか?
【藤井】  いや、自社だけでやる研究には限界がありますので、これは琉球大学の工学部と共同して研究しているところです。
 幸い、私たちの工場が岐阜県のほかに沖縄にもあるものですから、とても連絡がいいんですね。
 沖縄は太陽光が強いので、四六時中データが取れます。
 で、そういう環境を利用して、バッテリーにチャージするのに一番効率のよいシステムというものを、琉球大学の力を借りて開発しているところです。
 おそらく、突入する電力の一番高いところを維持できるような機械的なシステムを構築することができるはずです。

《 画期的な床暖房システム 》

【町田】  そのソーラーシステムの開発と同時に、床暖房に対しても、新しい提案をなさいましたね。
【藤井】  はい。たとえば、僕たちが新しく開発した 「エコロ」 という新型ライト/タウンベースのバンコンがありますが、これなどは、この限られた空間の中にもしっかりした床暖房を実現しています。

エコロ外形01 エコロ内装01
 ▲ ライト/タウンエースベースの 「エコロ」

【町田】  どういう構造の暖房なのでしょう。
【藤井】  新型ライト/タウンベースの場合、一番下に発泡断熱材を敷くんですね。その上にコンパネ材を敷きまして、それからセラミック塗装を施して、その上に0.4mmのPTCという発熱体を敷きます。
 その上に、さらに4mmのベニヤ版が入り、全部で5層~6層になっています。

【町田】  PTCって何です? ごめんなさい、工学的な知識に暗くて…。
【藤井】  PTCというのは、「自己温度制御機能」 を持つ発熱体で、特殊インクをフィルムに塗布して、超薄型の……フレキシブルシートといいますけど、そういうシートで仕上げた発熱体なんですね。
 このPTCという面状発熱体による遠赤外線効果を利用したのが、僕たちの暖房システムなんですけど、そのPTCを収めたフィルムが、わずか0.4mmという薄さを実現しているので、まず厚みを取らない。だから、室内のクリアランスを十分に確保できる。
 それと、従来の熱線方式と違って、火災が生じたりする危険性を免れるという特徴があります。

トイファクトリー床暖房模型01
 ▲ 「エコロ」 に搭載された床暖房の説明模型

【町田】  従来の床暖房というのは、床に熱線を通したり、お湯を配管で回したりするシステムが一般的でしたよね。
【藤井】  はい。それがもう全然違うんですね。
 実は、僕たちもコースターをベースに床暖房を開発したことがあったんですけど、それは、単純にホースを通して、その中にラジエーターの水を回す方式だったり、後は、断熱材の周りにFFヒーターの熱を落とし込んだりするシステムだったのですが、それだと、どうしてもバンコンのようなクルマの場合は、室内高が取りづらくなってしまうんですね。
 また、そういう方式では、エコロジーという観点からも問題が出てくる。
 そこで、このシステムを採用することを決めたんです。

【町田】  いつ頃から、開発を進めていたのですか?
【藤井】  もう、去年の幕張のショーが終わった頃から、断熱を高めていくという方向で、床暖房の研究にも着手していましたね。
【町田】  その成果が実って、省エネと安全性の両方が確保できたと…。
【藤井】  はい、その通りですね。結局今までのものは電気が絶えず入れていないと熱源を確保できなかったんですが、これはON/OFFがフレキシブルにできるわけです。
 ある一定温度までは温度が上がるんですけど、上がった瞬間に、その温度を保ったまま暖房機能が解除される。
 そして、冷えてくるとまた熱を出す。最低温度は20度から最高は300度ぐらいまで設定できます。

【町田】  すごいですねぇ! そのような暖房システムを採り入れたキャンピングカーというのは、海外にはあるのでしょうか。
【藤井】  私が知っている限りないんですよ。ヨーロッパでも、まだ熱線を入れるような前のシステムのままなんですね。
 日本では、すでに住宅などでは相当普及しているシステムなんですが、それをクルマに採り入れているところは、まだないと思います。

《 大手メーカーも注目 》

【町田】  藤井さんの話をうかがっていると、日本のキャンピングカーの技術水準が非常に高まってきたような印象を受けます。
 なんか、キャンピングカー業界の将来は明るいぞ、という希望のようなものが湧いてきますね。
【藤井】  そういってくださると嬉しいですね。
 おかげさまで、こういう僕たちの方向性を大手自動車メーカーさんも評価してくださいまして、全国のトヨペットディーラーに、僕たちのクルマが持っているソーラーパネルの意義とか面白さを採り上げてもらえるようになりました。
 
【町田】  それは、具体的にはどういうことなんですか?
【藤井】  大手自動車メーカーさんが、最近 「クルマをベースにした新しい楽しみ方」 について、全国のディーラーさんにアイデアを募集したんですね。
 それで、全国のディーラーさんから様々なアイデアが寄せられたようなのですが、その中で選ばれたのが、ECO (エコ) を意識した私たちが提案したクルマだったんです。
 断熱とかソーラーを提案した 「環境対策の時代を見据えたクルマ」 ということが評価されたというわけですね。

【町田】  ちなみに、ほかの乗用車ディーラーさんから出ていたアイデアというのは、どのようなものだったんですか?
【藤井】  詳しくは聞いていないのですが、「エアロの装着」 とか 「新しいスポーツタイプデザイン」 などといった外形的な処理を提案したものが多かったと聞いています。
【町田】  やはり、未来型の自動車を提案する場合、「社会性」 「公共性」 というものが必要になってきたということなんでしょうね。

【藤井】  ええ。そこから話が進みまして、今トヨタさんが公開している 「トヨペットスクエア」 というホームページには、ハイエースのコーナーがありまして、大げさかもしれませんが 「ハイエースキャンピングカーの代表」 という形で、うちのトイズ・ボックス (TOYsBOX) が紹介されたりしています。それに乗ったオーナー様がどのように楽しまれているかなどということも紹介されていて、本当にうれしいことです。

【町田】  なるほど。「トヨタ公認のRV車両」 というわけですね。
 トイファクトリーさんの車両開発が、キャンピングカー業界全体の認知度を高めたことは確かなようですね。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

長島温泉の夜

 名古屋でキャンピングカーショーが開かれるときは、たいてい 「長島スポーツランド」 に泊まる。
 ここには 「オートレストラン長島」 があり、その施設内に、朝まで入れる天然温泉、24時間営業の食堂とコンビニ、9時半まで営業している中華レストランがある。

オートレストラン長島夜景01

 利用客はトラックドライバーが多い。
 彼らはここで食事をし、風呂に入り、仮眠してから、深夜、早朝に出ていく。
 行楽客が集まる 「道の駅」 などより、はるかに “仕事の現場” の匂いが強い。
 それだけ無味乾燥な雰囲気ではあるが、雑然とした活気がある。

長島トラック駐車場01
 ▲ 駐車場が広いので、大型トラックも楽々

長島駐車場01
▲ 週末になると、キャンピングカーの姿もちらほら

 ここで過ごす夜は楽しい。
 「チャンポン亭」 の料理がうまい。

長島ちゃんぽん亭

 特に、味の染み込んだおでんがお薦め。
 1品80円。
 こいつを3品ほど取ってから、野菜炒めを頼み、ついでに串カツと豚のネギマを取る。
 トラックドライバーたちの世間話を聞きながら、レモンハイを飲み、しわしわになったスポーツ新聞を読み、ときどき、アカ抜けないネオンを眺める。

 いいぞぉ!
 働く男のオフタイムという気分がグングンこみ上げてくる。
 
 ほろ酔い加減になったら、自分のキャンピングカーに戻って、タオルを首に巻いて、石鹸片手に温泉にくり出す。
 500円。

 なんと、小さいながらも露天風呂だってある。
 サウナもある。
 コーヒー牛乳も売っている。

長島露天風呂01

 サウナでほてった身体を、露天風呂の縁石に腰掛けて冷やす。
 風呂の中では、トラックドライバーたちが、渋滞の発生する場所と時間の情報交換などしている。
 独立するか、会社に残るか。
 老ドライバーが、若いドライバーの人生相談などに乗ってやっている。
 聞いていると勉強になる。

長島食堂01 長島コンビニ01
 ▲ 24時間の食堂とコンビニ

長島ゲームコーナー01 長島マッサージコーナー01
 ▲ ゲームコーナーとマッサージコーナーもある

 さっぱりしたところで、自分のクルマの中で飲み直し。
 「チャンポン亭」 の串カツがあまりにもうまかったので、2本だけお土産に揚げてもらう。
 だけど、ソースがかかっていない。

 「おじさん、さっきのソースかけてくんないの?」
 「あれかね、あれは特性のタレなんだけど、切れちゃったんだよ、ごめんね」

 で、代わりにかけてもらったのは、味噌ダレだった。
 名古屋文化圏なんだな、やっぱりこのへんは…。

 まぁ、冷蔵庫の中には、酒瓶だけはいっぱいある。
 ブランデー、焼酎、ウィスキー。
 みんな2,000円以内のものだけど、お茶で割ったり、コーラで割ったりするから、安酒でもおいしい。

長島独り宴会テーブル01

 することがないから、音楽を聴く。
 聴きながら飲んでいると、テープに粗雑に録音した音楽なのに、みな音がツブ立ってくる。

 オールマン最高!
 エディ・ケンドリックス、すっごくセクシー!
 サニー・デイ・サービス、いい味!
 ケツメイシも乗るじゃない!
 やっぱ、独りで聴く演歌は小林旭ね!

 独りでノッて、独りではしゃいで、独りで酩酊する。

 時間が経つと、やがて悲しき独り酒。
 ナツメロなんか聞き始めると、いかん。

 酔った視線で、車内を見回すと、いつとはなしに死者たちが集まっている。
 実は、けっこう若死にした友だちをいっぱい持っている。

 病死だったり、自殺したり、事故なのか自殺なのか分からない友だちもいた。
 なぜか、自分はそういう人間に好かれるたちだったようだ。

 1回しか家に遊びに来なかったヤツなのに、そいつが死んだあと、別の友人に、
 「町田の家でいっしょにギターを弾いたのは、本当に楽しい思い出だった」
 と、生前ずっと話していたヤツがいたらしい。

 死んでから、その話を聞いた。
 そいつが、「また歌おうよ」 と前の席に座っている。

 自殺したヤツというのは、学生運動家だった。
 やっぱり一晩、夜を通して議論したことがある。
 そいつも、「町田と話した夜は面白かった」 と、別の友人に明かしていたらしい。
 「議論しようぜ」
 と、そいつも座っている。

 自殺か事故か分からないという友だちは、中卒で土方をやっていたけれど、マージャンが強かった。
 「町田、あと2人メンバー呼べよ。マージャンしようぜ」
 そいつも隣で話しかけてくる。

 うるせぇ、てめぇら。
 今日はとにかく飲み明かそうぜ。
 いい音楽だってあるんだからさ。

 独り宴会のときに、死者の思い出ばかり濃厚になってくるというのは、俺も年取ったってことなんだろう。

 いつのまにか、やつらと語り明かしているうちにうたた寝。
 風邪ひいちまうぜ。
 FFヒーターのスイッチを切って、バンクに登る。
 「今日もバンクで独り寝」 だ。

 「名古屋キャンピングカーフェア」 を取材して、土曜日の深夜に会社に戻った。
 撮影した画像に車種名を記入してファイルを作り、さらにバックアップとしてCDに焼いて保存。
 カット数にして、約700カット。
 そうしたら、朝の9時になってしまった。
 これから家に戻って、お昼過ぎまで仮眠。

 「さすらいの大工」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

お値打ち古マンガ

 部屋が手狭になったこともあって、手持ちの本を少し売ることにした。
 どんな本に、いくらぐらいの値がつくのか。
 そんなことが分からなかったので、美術書、写真集、マンガ全集、古典文学書などから、それぞれサンプルを1冊ずつぐらい引き抜いて、自転車のカゴに載せて、古本屋さんに出向いた。
 
 店主に査定してもらったら、元値で7,000円もした美術本が、たった500円の値しかつかなかったことにはびっくり。
 元値の多寡よりも、流通に多く出回っている本なのか、それとも希少価値の本なのかによって、買取価格が決まるという。

 宮沢リエの写真集は、値もつかず、持って帰るしかなかった。
 (もっともヌード写真集の 『サンタフェ』 は売る気がなかったから持ち出さなかった)
 諸星大二郎の 『西遊妖猿伝』 なども8巻まで揃えて持っていったけれど、買値は1冊100円。

 結局、14~15冊売って、2,100円なり。
 ちょっと高めの新刊書を1冊買ってしまえば終わりという金額である。

 しかし、収穫もあった。
 家に “お宝” もあることが判明したからだ。
 昭和30年代のマンガ本である。
 それを数冊サンプルとして持っていったら、そのうちの1冊が、元値150円のところ、書店さんの提示額はなんと3,500円。
 店頭価格では、いったいどのくらいの値段で売り出されるのやら。
 
 その他のものも、だいたい1,500円以上の価値があるという。
 元値の10倍以上だ。

 持っていった本は、どれも、当時銀座にあった 「トモブック」 という会社から発行されたもので、今ではマニアのコレクターアイテムになっているのだそうだ。 
 それを聞いてしまうと、急に売るのが惜しくなって、結局マンガの古書だけは持って帰ることにした。
 考えてみると、それらのマンガは、みな少年時代に自分がマンガを書いていたときのお手本だったものばかり。

 家に持ち帰り、久しぶりにそれらのマンガのページを繰ってみたら、懐かしい気分がこみ上げてきた。
 自分がマンガを描いていた頃、コマの中の構図や人物の動きを、それらのマンガから模写していたことを思い出したからだ。

 たとえば、ここに 『アイバンホー』 というマンガがある。

 『アイバンホー』 というのは中世の騎士の名前で、1950年代にロジャー・ムーアが主演する連続テレビドラマとしても人気を博した物語だ。
 それをマンガ化したものが本書なのだが、なんと主人公の顔がミッキー・マウス。

 中学生の頃、顔はミッキーで、身体はポパイという主人公を設定して 『ポパイ・マウス』 というマンガを描いたことある。
 ホーレンソウを食べると、もりもり力が付いて、悪人たちをバッタバッタと倒すネズミの話だった。
 それなどは、このトモブックのミッキーシリーズがヒントになっていた。

 で、この 『アイバンホー』 。

トモブック・アイバンホー表紙01 アイバンホー裏表紙01
 ▲ 『アンバンホー』

 版権は一応 「ウォルト・ディズニー・プロダクション」 となっているが、絵を描いているのは日本人マンガ家の藤田茂氏。
 どう考えても、この作品自体、藤田氏の原案によってストーリーから作画からすべて決定しているように思われる。
 アメリカのディズニーは、日本でこういうマンガが描かれていることを、本当に知っていたのだろうか。
 そういういい加減さが、なんともほのぼのとした気分にさせてくれる。

アイバンホー中ページ01 アイバンホー中ページ02
 ▲ こういうコマ割が、当時としてはものすごく新鮮だった。 

 作品の中には、ドナルド・ダックやグーフィーも登場。
 それが、普通の人間たちと混じって大活躍。
 このおおらかさが、いかにも昭和30年代っぽい。
 
 それにしても、日本人漫画家の描いたミッキーがなんと表情豊かなことか。
 本場のディズニーものより芸が細かいと思うことがある。


 3,500円という値がついた希少本というのが、この 『ルパン全集 ③ 水晶の栓』 。
 小坂靖博氏の絵によるものだが、タッチがまさに初期の手塚治虫。
 古本屋のご主人がいうには、この手塚流タッチによる非手塚マンガというのが希少価値らしいのだ。

ルパン全集・水晶の栓表紙01 ルパン全集・水晶の栓裏表紙
 ▲ 『ルパン全集 ③ 水晶の栓』 

水晶の栓・奥付01 水晶の栓・目次01
 ▲ 奥付け         ▲ 登場人物紹介

 奥付に記載された発行日は、昭和33年11月30日。
 発行年月日の上には、
 「世界的代表名作ルパンの内容を知らない者ははじです。まず漫画化をごらんください」
 と書き添えられている。

 「…はじです」 と堂々と書かれているところが、とてもこの時代の空気を伝えていて面白い。

水晶の栓中ページ01 水晶の栓中ページ02
 ▲ それにしても絵のタッチはもろに手塚治虫


 こちらは、当時大ヒットした映画 『ベン・ハー』 をマンガ化したもの。

トモブック・ベン・ハー表紙01 トモブック・ベン・ハー裏表紙
 ▲ 『ベン・ハー』

 表表紙と裏表紙には、チャールストン・へストンが主役を務めたMGM映画の 『ベン・ハー』 を実写化したマンガが描かれている。
 しかし、マンガが始まると、どことなく手塚治虫か横山光輝というタッチ。

トモブック・ベンハー中ページ ベン・ハー中ページ01
 ▲ 映画がヒットしたせいもあって、時代考証はわりと忠実

 映画 『ベン・ハー』 は、ルー・ウォレスが1880年に書いた小説を元にしたものだが、映画化されたときに、若干ストーリーが書き換えられている。
 マンガは、映画と原作のちょうど折衷的なストーリー設定となっており、映画しか知らない人にはちょっと違和感があるが、その両方を知っている人間からすれば、マンガを描いた小坂靖博氏の工夫がしのばれて、エールを送りたくなる。


 昭和30年代の少年マンガの空気を一番よく伝えてくれるのが、この 『マンモス皇帝』 。
 表紙の右下に登場する仮面の人間が、マンモス皇帝であるのだが、別にマンモスの顔をしているわけではなく、名前の由来が、いまいち不明。

トモブック・マンモス皇帝表紙01 マンモス皇帝中ページ03
 ▲ 『マンモス皇帝』

 だけど、『怪人二十面相』 的な始まり方といい、途中から 『まぼろし探偵』 風の主人公が登場するところといい、最後は 『ゴジラ』 ばりの怪獣が登場するところといい、もう作者 (藤田茂氏) のサービス精神の旺盛さには脱帽するばかり。

 それにしても、『マンモス皇帝』 が、なぜ世界征服を企むようになったのか。
 また、彼の正体は何なのか。
 なぜ、仮面を被っているのか。
 どんな素顔をしているのか。

 そういうことは一切明かされることなく、最後に “悪” はあっけなく滅んでめでたし、めでたし。

マンモス皇帝中ページ01 マンモス皇帝中ページ02 

 ▲ コマ割が曲がっているのは、別にスキャニングが失敗したわけではなく、ページそのものの水平が取れていないだけ。この頃のマンガは、版ズレがあっても、読者も、出版元も、作者も、誰も気にしなかった。

 今、この手のマンガを見て思うことは、登場人物たちが、なんとまろやかな線を身にまとっていたのか…ということ。

 ここには、どんな激しい闘争や暗闘が起ころうとも、とげとげしい雰囲気も、殺伐とした空気も存在しない。
 悪人たちは、登場してきた時の顔つきで、すぐにそれと分かるし、正義の味方は、どんなアクションをこなしても、決して傷つくことはない。

 あっけらかんとした勧善懲悪が、何の疑問もなく展開する世界。
 それから、約50年。
 今はとんでもなく複雑な世界になったものだと、つくづく思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 05:49 | コメント(10)| トラックバック(0)

中村達さんの視点

 アウトドア・ジャーナリストで、数々のアウトドアイベントなどをプロデュースされる中村達 (なかむら・とおる) さんをご案内して、幕張の 「キャンピング&RVショー」 会場を回る機会があった。

09幕張ショー会場風景01

 金曜日のウィークデイのことだったが、場内を眺めた中村さんが、
 「最近、ウィークデイにこれだけの人を集められる有料イベントって、すごいことですよ」
 と話されたのが印象的だった。

 ただ、キャンピングカーショーに集まって人たちの数に比べ、キャンピングカーの販売台数は思ったほどには伸びていない…と、『キャンピングカー白書2008』 を分析された中村さんはいう。

 最も買いやすい価格帯のものとして、300万円台ぐらいのキャンピングカーから用意されているというのに、それが年間5,000台~6,000台という販売数しか達していないというのは、600万~700万人もいる日本のキャンプ人口の構成比と比べてみると、数が合わないのではないか?
 …というのが、中村さんの見立てなのだ。

 本来ならば、もっと伸びてしかるべき商品なのに、それがまだ普及の途上になるとしたら、何が問題となっているのか。

 中村さんは、キャンピングカーが産業として伸びていくには、まだ超えなければならないいくつかのハードルがあるとお考えのようだ。

 それらのハードルの中には、日本の休暇が短いという問題、キャンプ場をはじめ、キャンピングカーを受け入れてくれるインフラがまだ未整備だという問題、さらにユーザーの車庫事情の問題など、ハード面の問題が多く横たわっていることは確かだという。

 しかし、中村さんは、それ以前の問題として、「日本には、まだキャンピングカーを十分に使いこなすだけの文化が育っていないのではないか」 と指摘する。 
 キャンピングカーは結局は遊びのクルマである。
 それも、旅行やアウトドア・アクティビティに密接したものである。
 しかし、遊びにはスキルが必要となる。
 せっかくキャンピングカーを使って、目的地に着いても、毎回バーベキューと焼き肉を食べて、お酒を飲んで寝るだけでは飽きが来る。

 中高年がリタイヤ後にキャンピングカーで旅をするというのは素敵だが、それにはそこそこのトレーニングがいる。
 ……というのが、中村さんの基本的な考え方のようだ。

 では、中村さんのいうような、「遊びのスキル」 を育てるためのトレーニングとはどういうものなのか。
 このブログでも、中村さんの基本的な考え方をご紹介させていただいたことがあるので、もし未読に方は下記をどうぞ。


 《中村達さんの講演》
 日本のアウトドアの考察1
 日本のアウトドアの考察2 

 《中村達さんへの取材》
 自然は子を育てる

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 13:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

田中ケンさん

 幕張で開かれた 「キャンピング&RVショー」 の会場で、アウトドア・ライフを広くプロデュースする田中ケンさんとお会いする機会があった。
 ファーストカスタムさんのブースで佐藤社長に取材していたとき、なんと隣りに座っていたのがケンさんだったのである。

田中ケン氏01

 アウトドア専門誌 『ガルヴィ』 にも連載を持ち、ライターとしても活躍している田中ケンさんだが、そもそも 『ポパイ』 や 『メンズクラブ』 でモデルを務めていた方だけに、こちらを向いてにっこり笑ってくれただけで、草原を吹き抜ける風のような爽やかさが広がった。

 ファーストカスタムの佐藤社長によると、今後は同社の商品開発においても、「キャンピングカーを使ったアウトドアライフ」 という広い視点からのアドバイスをもらうことになったのだとか。
 ケンさんの後ろには、さっそくケンさんがモデルを務めるファーストカスタムのポスターが貼られていた。

 「町田さん紹介しましょうか?」
 と、佐藤社長がいってくださったので、のこのこと隣りの席に移って、ちょいとケンさんにインタビューさせてもらうことになった。

 そもそも、ケンさんがアウトドアに興味を持ったのは、どういうきっかけからだったのだろう。

 「僕の父親はドイツ系なんですけど、山が好きな男で、僕が小さい頃から “遊び” といえば山歩き。
 普通の旅行に行ったときでも、泊まるところいえばコテージのような場所。料理といえばバーベキューなどが多かったんですよ」
 とケンさんは語る。 

 そういうわけで、遊ぶフィールといえば 「自然の中」 が当たり前という状態で過ごした少年時代。
 その後、モデルを務めた関係上、一時は東京の六本木、青山を遊び場所としたこともあったが、20代の頃に先輩とキャンプに行ったことがきっかけで、再びアウトドアの楽しさを再発見することになったという。

 ケンさんのアウトドア歴は20数年。
 テレビ、ラジオに出演するほか、原稿の執筆やイベントの企画、プロデュースなどの仕事をこなしながら、今でも年間200日はフィールドにいる。

 肩書きの 「快適生活研究家」 というのも、生活の中にアウトドアを採り入れることによって生活はもっと快適になる…という信念のもとに考案した肩書きだという。

 昨年の4月26日。念願のキャンプ場もオープンすることになった。
 『outside BASE (アウトサイドベース)
 というのが、キャンプ場名。
 場所は群馬県の北軽井沢。
 東京ドームの3倍ほどの広さを誇る大自然をできるだけ素直に残した作りが特徴だ。

ケンさんのキャンプ場01

 「管理人はスタッフの方にお願いしていますが、仕事があるとき以外は、僕もできるだけキャンプ場に出向いて、お客様といっしょにトレッキングを楽しんだりしています。
 近くにはロッククライミングもできる場所があるので、チャレンジしてみたい方がいらっしゃったら、ご一緒してもいいですよ」
 と、あくまでもきさくな田中ケンさん。

ケンさんのキャンプ場02

 仕事のコラボを通じて感じたファーストカスタムさんのキャンピングカーについて、印象を聞いてみた。

ファーストCG550EX

 「よそのメーカーさんのクルマに比べると、若干価格が高いような印象もありますが、僕は、その分良くできたキャンピングカーだという気がしています。
 特に、佐藤社長の造られているクルマだという安心感がありますね。
 社長とは、2年ほど前に、ある雑誌のページを作るときにご一緒させていただいてからのつき合いになりますが、とても信頼のできる方です。
 ちょっとガンコ (笑) 。
 でも、それは良い製品を造るためのこだわりから来るガンコなので、それがとても頼もしく感じられます」

ファースト佐藤社長01

 ファーストカスタムさんも、素敵な人と仕事を共にするようになったものだ。

 最後に、田中ケンさんから “アウトドア観” を一言。

田中ケン氏02

 「僕が思うアウトドアというのは、あくまでも遊び心が中心となったものなんですね。ドイツ系の父がそれを教えてくれました。
 アウトドアには、しっかりとした理念が必要ですが、それを表に出してしまったらつまらない。
 日本人は、それを表に出してしまって、ちょっと理屈っぽく語ってしまう傾向がありますね。
 でも、基本は遊び。
 あくまでも、ゆったりした気持ちで楽しまないとね」

 今の仕事が一段落したら、私もさっそくケンさんのキャンプ場を訪ねてみるつもりだ。 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:49 | コメント(3)| トラックバック(0)

RV世界会議

 千葉県の幕張で開かれた 「キャンピング&RVショー2009」 は盛況のうちに幕を閉じた。
 3日間取材して、日本のRV業界の活力というものを、本当に実感することができた。

 会場では、日本RV協会が発行する広報誌 『くるま旅』 第5号が配布されたが、この広報誌の編集をお手伝いさせてもらった関係上、取材ネタとして残した資料が手元にある。

 今回は、日本RV協会さんの承諾を得て、その資料の中から日本RV協会・海外情報部の猪俣慶喜氏のインタビュー記事をここに公開する。 
 基本的な内容は、『くるま旅』 5号に掲載されたものと同じだが、広報誌においてはスペース的な関係もあって割愛せざるを得なかった部分があった。

 ここに公開するのは、広報誌では割愛した部分を含めたインタビュー記事の全貌である。


《 RV世界会議について 》

 2008年9月4日に、ドイツ・デュッセルドルフのキャンピングカーショー 「キャラバンサロン2008」 にて開催された会議。
 日本、アメリカ、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、中国の各国代表がそれぞれ自国のキャンピングカー産業の現状とその使用環境を報告しあい、将来の展望を語り合った。
 日本からは 「日本RV協会 (JRVA) 」 前会長・増田英樹氏ほか、事務局・矢久保達也氏、海外情報部・猪俣慶喜氏ら3名が出席。他に会議の傍聴者として、RV協会から5社6名が参加した。

RV世界会議01増田前会長
▲ 議長のトレバー・ワトソン氏 (英国) と増田英樹前会長

《 世界のRV業者が集まった初の国際会議 》

【町田】  まず、この 「RV世界会議」 に参加した国々を教えてください。

【猪俣】  国単位という意味では、日本、アメリカ、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、中国なんですが、ヨーロッパの場合はドイツのRV協会がヨーロッパ全域のRV事業者を代表する形でプレゼンテーションを行っていましたね。
 司会は、国際自動車連盟 (FIA) の副代表で、英国キャラバンクラブの代表も務めるイギリス人が務めていました。
 とにかく、今までキャンピングカー産業というのは、欧米中心のように思われていましたが、今やアジア、アフリカ、オセアニアにまで広がってきていることがこの度の会議で分かりました。

【町田】  これが第1回目の会議ということなんですが、このようなRV業界の国際会議が開かれた背景には、どのような事情があったのでしょう?

日本代表プレゼンター猪俣氏
▲ 壇上で基調報告を行うプレゼンターの猪俣氏

【猪俣】  ひとつには、経済問題や環境問題が世界規模で深刻化し、文明的な行き詰まり感も広がってきた中で、RV産業は時代とどう関わるのか。そういう問題意識が生まれてきたということですね。
 また、ビジネス的な側面から見ると、欧米ともに国内マーケットがピークを極める時期が読めてきて、さらなる市場を開拓するためには 「輸出」 が必要だという認識に達したからではないでしょうか。
 だからこの会議では、それぞれの国が、お互いのマーケットや法規制を報告しあって、お互いの輸出の可能性を探るという目的があったと思います。

【町田】  会議のプレゼンテーションの雰囲気はどんなものだったのですか?

【猪俣】  国によって違うのですが、一番面白くて充実していたのは、やはりアメリカのRV協会であるRVIAのプレゼンでしたね。
 とにかく喋りも慣れているし、笑いを取りつつ場を盛り上げるコツを心得ていました。彼らは、こういう場が一種の 「セレモニー」 であり 「フェスティバル」 だという認識を持っているんですね。


《 悩みもあれば希望もある各国代表 》

【町田】  アメリカ代表が発したメッセージそのものは、どんな内容でしたか?

【猪俣】  やはり自分たちの抱えている問題を正確に把握して、それを正直に発表していました。
 たとえば、ここ10年ほどアメリカのRVは車体も大きくなって、豪華になってきたわけですね。その分、当然重量も重くなり、燃費も悪くなりました。
 そういう流れが、原油資源の枯渇や地球の温暖化が問題視されている今の時代に合っているのかどうか。彼らにも心配はあるわけです。
 そういった懸念も正直に告白しつつ、ベース車の問題としてディーゼルが見直される時代になるだろうという予測も交え、アメリカンRVの新しい方向を模索する姿勢には共感できました。

【町田】  ヨーロッパの代表の意見はどのようなものでしたか?

【猪俣】  ヨーロッパもアメリカと同じような問題を抱えています。世界的な景気後退や環境問題を意識して、軽量小型のベース車の開発やオーバースペック (過剰装備) の見直しを図らねばならないことを模索しているように感じられました。
 ただ、ヨーロッパは、もともとベース車そのものに省資源やエコロジーを意識したものが多いですから、その方向にシフトしていくとなれば対応するのは早いかもしれません。

【町田】  それ以外のエリアの代表はどうだったのですか?

【猪俣】  まず、オーストラリアのRV業界が、産業規模からいってもマーケットからいっても、欧米に次ぐ地歩を築いてきていることが分かりました。
 オーストラリアでは、RV産業を社会全体が発展する要 (かなめ) として捉えているようなところがあります。
 この国は豊かな自然に恵まれているおかげもあって、RVだけでなく、アウトドアレジャーを広く振興させるための社会的合意を形成していこうという気運があるように感じられました。

【町田】  カナダはどうですか?

【猪俣】  この国もRV先進国であることは間違いありません。アメリカと地続きでもあるため、アメリカと同じRV文化を共有しています。
 また、アメリカ以上に自然環境が豊かな国ですから、RV産業の育成にもそういう風土と調和するような方向を模索しているという雰囲気がありましたね。

【町田】  南アフリカにRV業界があったというのが、少し意外な感じもするのですが…。

【猪俣】  南アフリカ共和国というのは他のアフリカ新興国とは違い、昔から政府の主要機関や基幹産業はオランダ系の白人によって運営されています。文化的には 「ヨーロッパ」 なんですね。
 南アフリカは、アフリカのサバンナなどを見学する観光にも力を入れています。だからこの国では、自然観光に適した特殊なRVが開発されています。そこがユニークなところですね。

【町田】  中国はどうでしょう?

【猪俣】  市場としても産業としても、まだ立ち上がったばかりの国なので、いずれも発展途上です。
 RVが文化として浸透し、成熟していくにはまだ時間がかかりそうですが、情熱とか意欲に関しては、他のRV先進国に負けない気概というものを感じました。

【町田】  なるほど。キャンピングカー先進国の欧米では、ベース車の見直しを含め、エネルギー問題や地球温暖化対策をにらんだ真摯な取り組み姿勢を示しているというわけですね。
 一方、キャンピングカーの発展途上国では、自然や環境との調和を意識したRV開発を目指していると。
 まさに、世界のさまざまな産業が直面している課題を、この業界も率先して受けとめ、前向きに進んでいるということが伝わってきました。

RV世界会議の様子

《 日本文化に高い注目が集まる 》

【町田】  日本のプレゼンターとして、猪俣さんが報告されたのはどのような内容のものだったのでしょう?

【猪俣】  日本のRV業界の生産台数や売上金額も含め、産業規模やインフラ整備の状況は 「キャンピングカー白書2008」 のデータを元に正確に伝えました。
 ただ、そういう数値的なデータよりも、彼らが関心を持ったのは日本型キャンピングカーの持つ珍しい文化だったんですね。

【町田】  どういうことでしょう?

【猪俣】  たとえば軽自動車のような超スモールキャンピングカー。こういうものは海外のカテゴリーにはないわけです。
 それを、私は日本特有の 「茶室」 や 「盆栽」 などという文化の延長線上にあるものだという形で、日本文化を代表する文物の画像なども例に採りながら紹介したんですね。それはかなり海外の人たちの目を惹きました。

【町田】  確かに今日本のアニメ、ゲームなどを中心にした日本のエンターティメント文化が欧米やアジアの若者たちから評価され、「ジャパン・クール」 というブームが起こっています。
 スシのような日本食も海外で定着しましたし、盆栽や墨絵といった伝統芸能を楽しむ外国人も増えています。
 日本のキャンピングカーが海外の代表から興味を持たれたというのは、そういう文脈の中で解釈すればよろしいのでしょうか。

【猪俣】  そうですね。やはりキャンピングカーにもその国固有の文化が反映しているというアプローチが良かったのだろうと思います。
 軽キャンパーのような日本独自の小型キャンピングカーが生まれてきた理由も、道路事情や税制上のメリットで説明するより、「宇宙の広大さを、極小の世界に閉じこめる日本文化が反映されたものだ」 と説明した方が反応がありましたね。

【町田】  面白いですねぇ! 聞いた話なんですが、フランスあたりでは、インテリの条件として、「日本文化に精通していること」 というのがあるそうなんですね。
 フランスあたりから、日本にやってくる観光客というのは、『源氏物語』 なども読んでくる人がいるとか。
 キャンピングカーにおいても、海外の人に日本のキャンピングカーを理解してもらうためには、今後そういうアプローチも必要になってくるかもしれませんね。

【猪俣】  それは必要でしょうね。だいたいハイエースなどをベースにした日本型クラスBというものが、海外にはありませんから。
 そういう車両の中には 「畳」 や 「障子」 を使った 「茶室」 みたいなキャンピングカーもあるということを画像も交えて紹介すると、彼らは興味を感じるようなんですね。

クエスト室内_2 クエスト室内_1

【町田】  「障子」 という素材そのものが天然素材ですし、そのようなエコロジカルな素材を使って、建物の内側と外に広がる自然との調和を保つという発想は、石の建築文化を築いてきた西洋にはないですものね。

【猪俣】  そうなんですね。日本にはそのようなキャンピングカーも生まれているということは、欧米人の発想を大いに刺激したのではないでしょうか。
 彼らは、アメ車やヨーロッパ車だけがスタンダードだと信じていたのに、まったく別のスタイルを持つRVがこの世に存在するということが面白くてしょうがない…という感じでした。

【町田】  彼らの目には、そういう日本型キャンピングカーが評価できるものとして映ったのでしょうか?

【猪俣】  そういうものが 「主流」 になるとは思わないでしょうけれど、少なくとも自分たちのRV文化を刺激する材料にはなったと思います。
 私のプレゼンが終わった後、アメリカRVIAの代表や南アフリカの代表が声をかけてきて、「非常にいいプレゼンだった。勉強になった」 と誉めてくれたことからも、なんらかの手応えを感じてくれたという気配は伝わってきました。


《 道の駅って何だ? 》

【町田】  そのほかに、外国の代表が関心を持ったことがありましたか?

【猪俣】  「道の駅とは何だ?」 という質問を受けましたね。「私たち日本のユーザーはキャンプ場などで宿泊する以外にも道の駅 = ロードサイドステーションで休憩することもある」 と伝えたんです。
 ところが、こういう正式な宿泊施設ではないのにキャンピングカーが休める “ファジー” な空間というのは、外国にはないわけですね。
 これもオリエンタル・デザインを施したジャパニーズRVと同じように、彼らには 「エキゾチシズムに満ちたスペース」 に感じられたようです。

【町田】  将来、日本製のキャンピングカーが 「国際商品」 になっていく可能性はあるんでしょうか?

【猪俣】  可能性は多いにあります。日本のビルダーの力というのはメキメキ向上しているから、クオリティだけいえば遜色のないものになっています。ただ、解決しなければならない問題も多いですね。
 まずレギュレーションの問題。
 欧米のRVに対する法規制というのはものすごく細かくて、しかも膨大な量に及んでいます。
 それに対して、日本のRV業界はそういう欧米のレギュレーションに対応する基準をまだ用意していません。
 まずそこで、正規に輸出するときに立ちはだかる壁があります。


《 国産キャンピングカーが世界に飛翔する日 》

【町田】  なるほど。これは難しい問題ですね。
【猪俣】  しかし、こうも考えられるわけですね。
 日本のキャンピングカーというのは、欧米のレギュレーションとは異なる構造要件に基づいて造られているにもかかわらず、この成熟した交通社会を実現している日本で、今日までたいした事故も起こさないまま安全に運行されてきたわけですね。
 これはどういうことかというと、日本のスタッフには、レギュレーションを厳密に守りながら造るという職人的な勤勉さが備わっているだけでなく、デザイナー的な直観力にも恵まれていて、…メーカーによって違うかもしれませんけれど、「安全を満たすにはこれだけの基準が必要になるだろう」 という判断基準を自分たちの “体内” に持っているからだろうと思います。
 だから、真剣になって輸出を考え始めたら、各国のレギュレーションに合わせた製造など、日本のRVメーカーは簡単にクリアしてしまうと思いますよ。

【町田】  実際、乗用車がそうでしたものね。輸出が伸びたのは、世界に散らばる細かなレギュレーションに適合するように、すべて仕様を変えて生産してきたからですものね。

【猪俣】  ただ、キャンピングカーともなると、そのコーチ (架装) 部分に関してはそう簡単に適合できない部分というものが残りますね。
 まず電気。
 現在、アメリカでは115V。ヨーロッパは220V。日本は100V。これに対応していくのが大変です。
 このような違いは、各国の住宅事情と密接に絡んでいますから、RVだけ共通化を図るということが非常に難しいんですね。
 また、LPガスの扱いも日本と諸外国では法律的にかなり違うところがあります。さらに排ガス規制の問題。これも国の認証がすべて異なるのでやっかいです。

【町田】  あとベース車の問題で、右ハンドルと左ハンドルの問題が出てきますね。

【猪俣】  そうですね。イギリス文化圏以外はみな左ハンドルですから、現状の国産車をベースに使うわけにはいかないでしょうね。
 だけどフィアットのデュカトなどを日本に入れて、それに架装して出すなどということができれば、また違ってくるのではないですか。

【町田】  でもそれは輸出入のコストがバカ高いものになって現実的でないのでは?

【猪俣】  しかし、いま国連などを中心に、モータリゼーションをもっとグローバル化しようという動きが進んでいます。つまり各国のレギュレーションの違いを解消して、より 「ハーモナイズ (調和) 」 させようという流れができているんですね。
 そのようにクルマのレギュレーションが統一されていけば、試験基準の違いなども解消されますから、相対的に輸出入にかかるコストが低減されます。
 ベース車がそのような方向に傾けば、架装部分を担当するビルダーさんにもそういう流れが波及するでしょう。少し時間のかかる問題かもしれませんが…。

【町田】  会議の流れとして、RV業界が明日の希望を見出すような方向が見えたのでしょうか。

【猪俣】  やはりそれが目的ですから、今後ますます厳しさを増しそうな環境において、RVの価値をどう創出し、どう訴えていくかという意欲はどの国の代表にもみなぎっていましたね。
 具体的な対策は、個々の国々でそれぞれ検討することになるでしょうけれど、おそらく今後のセールスプロモーションなどにおいては、それぞれの国で時代を見据えた建設的な提案がなされていくと思います。


campingcar | 投稿者 町田編集長 01:16 | コメント(2)| トラックバック(0)

幕張ショー印象記

08年度幕張ショー会場風景01

 幕張メッセ (千葉県) で、開催されている 『CAMPING&RV SHOW 2009』 を2日間取材してきました。
 今日は最終日。
 これからちょっと寝て、朝6時半に起きて、最終日の会場入りを果たす予定です。

 それにしても、びっくり。
 有料入場だというのに、昨日の土曜日は大変な人出。
 入場される人々の表情も、明るく、楽しそう。

 世の中 「不況の大合唱」 だというのに、この会場にいる限り、マスコミの報道は本当なのかと疑ってしまうほど、ちょっと信じられないほどの活気がみなぎっています。

 ビルダー、販社さんらの声を聞いても、みな口々に 「お客さんの反応は悪くない」 と元気な様子。
 う~む…。
 キャンピングカーって、こんなに不況に強い商品だったのかしら。
 ちょっと意外でもあり、うれしくもあり。

 
 今回のショーの特徴は、提案型の商品がぐっと増えたこと。
 それぞれの業者さんが、次の時代をにらんだ商品開発を目指してきた感じがします。
 特に、ハイエースなどのバンコンを中心に、今までになかったような新機軸を打ち出したクルマが目立ちます。

 キャブコンでは、ボンゴベース、新型ライト/タウンエースをベースにした小型キャブコンが充実してきました。
 また、カムロード勢に並んで、日産ピーズフィールドクラフトさん、エートゥゼットさん、マックレーさんなどからアトラスベースのキャブコンがリリースされて、ベースシャシーもにぎわいを見せるようになりました。

 ニートRVさん、東和モータースさん、ボナンザさんを中心に、輸入車も健在。
 もちろん、トレーラーも充実した商品がびっしり勢ぞろい。
 日本のRV業界の底力がくっきりと浮かび上がったようなショーでした。

 金曜日の晩には、RV協会さんが主催された業者さんとメディア関係者の懇親会に出席。
 その後は、例によって、懇意にしている業者さんたちと2次会、3次会。

 ええ、またしこたま飲みましたねぇ。
 でも、もう駅の階段から転げ落ちるような失態は繰り返しませんでした。
 
 夜が開けたら、またいつものネットカフェ。
 「ここはどこ?」 状態で、目が醒めました。


campingcar | 投稿者 町田編集長 01:22 | コメント(4)| トラックバック(0)

幕張ショー始まる

 今日から幕張メッセ (千葉県) において、国内最大のRVショーである 『CAMPING&RV SHOW 2009』 が開幕します。

08年度幕張ショー会場風景01

 昨日はその出展車両の搬入日。
 朝から会場に待機して、会場入りする最新キャンピングカーをバシャバシャと写真に撮りました。

 今年は、話題性のあるクルマが実に多く、充実したイベントになりそうな気配が濃厚です。

 この業界、とても元気な感じです。
 世の中は大不況。
 「クルマが売れない時代」 だといわれているのに、このイベントにキャンピングカーを持ち込んでくる人たちというのは、何で、みんな生き生きとしていて、元気なんだろう。

 写真を撮っていて、こちらもパワーをたくさんもらうことができました。

 では、さっそく昨日撮った画像の中から、新車を中心にご紹介いたしましょう。


《 ネオ・ユーロ 》

09ネオユーロ01

 かーいんてりあ高橋さんが開発したタウンエースベースの 「ネオ・ユーロ」 。
 全幅1690mm。取り回しの良さが特徴です。


《 ピッコロ・クィーン 》

09ピッコロクィーン01

 ピッコロ・キャンパーシリーズでおなじみのオートワンさんが、ついにキャブコン型の軽キャンパーに挑戦。


《 バーデン 》

09バーデン外形01 09バーデン内装01

 トリファクトリーさんの新型バンコン 「バーデン」 。
 ミラノスタイル張りのハイグレードなインテリアを実現しながら、「温泉めぐり」 を楽しめる使いやすいレイアウトを採用しています。

09トイファクトリーソーラーパネル01
 
 特徴的なのは、ソーラーパネルを組み込んだ一体型の新ルーフ。
 トイファクトリーさんは、このルーフを自社の全車に採用して、エコロジカルな電源供給システムを実現しています。


《 エコロ 》

09エコロ01

 同じくトイさんの新型車 「エコロ」 。
 その名のとおり、このクルマもソーラーパネル組み込み型の新ルーフを採用してエコロジーコンセプトを追求したものです。
 今回のショーでは、かなりバンコンにもタウンエースが登場してきています。

 
《 アルファ 》

09アルファ外形01 09アルファ内装01

 エートゥゼットさんの新型キャブコン 「アルファ」 です。
 バンクの形状に新しい試みが施され、広々バンクの誕生です。

《 アンナ 》

09アンナ外形01 09アンナ内装01

 同じくエートゥゼットさんの新型タウンエースをベースにしたニューバンコン 「アンナ」。
 ハイルーフの機能を生かしきった、美しく造形されたオーバーヘッドコンソールが見事。


《 ウィズ 》

09ウィズ外形01

 タコスさんからは、リヤに開口部の大きいトランクを設けた 「ウィズ」 がリリースされました。
 得意の “タコス仕様” はこのクルマでも見事に開花。


《 トワイライト 》

09トワイライト外形01

 ファーストカスタムさんは、今回バンコンにも力を注ぎ、魅力的な新型車を3台投入してきました。
 そのうちの1台がこの 「トワイライト」 。
 いずれ、他のクルマも含めて詳しく紹介します。

《 クエスト雅 》

09クエスト雅内装01

 畳と障子を採り入れて、モダンな “和風テイスト” を実現したバンテック新潟さんの 「クエスト」 。今回はその新型バージョンとして 「クエスト雅」 が登場しました。


《 シェル 》

09シェル外形01 09シェル内装01

 アールブィビックフットさんからは新型バスコンが2台リリースされました。
 その1台がこの 「シェル」 。
 ブラインドパネルで、断熱・プライバシーの確保を実現しています。

《 シェリト 》

シェリト

 同じくビックフットさんの 「シェリト」 。
 このバスコンもブラインドパネルが特徴です。
 また、リヤ観音扉を設定して、後方部からのアクセスを可能にしています。
 

《 オルベット 》

09オルベット外形01
 バンコンでも、ビックフットさんらしい新車が登場。
 リーズナブルな価格設定で、若い人の気持ちもゲット。


《 ヴォーノ 》

09ヴォーノ内装01

 レクビィさんからは、新しい提案が生まれました。
 ハイエースのロングバン標準ルーフを使ってL型ラウンジを採用した 「ヴィーノ」 。
 意表を突いた設定です。


《 テントむし&コロ 》

09テントむし&コロ外形01

 スモールトレーラー 「コロ」 を引くバンショップミカミさんの 「テントむし」 。

 
 まだまだ紹介したい新型車はたくさんありますが、実は、まだ写真が撮りきれていません。
 残りは、少しずつ紹介していくことにいたしましょう。


 『キャンピング&RVショー2009』

 2009年2月13日(金)・14日(土)・15日(日)

 幕張メッセ 国際展示場9・10ホール
 (千葉県美浜区中瀬2-1)

 13日(金) 10:00~18:00
 14日(土) 10:00~18:00
 15日(日) 10:00~17:00
 一般 1,000円 (中学生以下無料)
 60歳以上 500円
 身体障害者 無料 (介添人1名まで無料)

 詳しくは下記へ。
 http://www.camp-rv.com/


campingcar | 投稿者 町田編集長 03:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

信玄と勘助の密談

山本勘助01

【山本勘助】  お屋形様、浮かぬ顔していらっしゃいますな。
【武田信玄】  そちの気のせいだ。わしは楽しんでおる。ほら、もうそこの庭にウグイスがエサをついばみに来ておる。良い眺めじゃろう。

武田信玄01

【勘助】  日頃ウグイスなどに興味を持たれないお屋形様が、また今日はどうして庭など眺めておいでなのです?
 もしや、NHKの阿部寛の上杉謙信にマスコミの人気が集中しているので、それを気に病んでいらっしゃるのではございますまいな(笑)。
【信玄】  そちは、ちと口が過ぎるぞ。あのドラマは直江兼続を主役にしたもので、別に謙信など描いているわけではないわ。

武田信玄01

【勘助】  ほら、当たった! ……やっぱり謙信人気を気にしておいでか (笑) 。
【信玄】  気にはしておらん…が、目障りではあるのぉ。
【勘助】  何が…でございましょう?
【信玄】  まず、謙信という男、決してあのように背など高くはないわ。

【勘助】  これはしたり! 役者の演じる謙信役に、お屋形様が本気でお怒りになろうとは (笑) 。いつものお屋形様とは思われませぬ。
【信玄】  わしは、あの大男の演技を見ていると、興が削がれると言ったまでじゃ。
 実際の謙信が、あのような長身のまま、また馬上から斬りつけてくるかと思うと、ぞっとするわ。

川中島謙信突入01

【勘助】  もうお忘れなさいませ。しょせん、謙信が単馬突入してきたというのは負け戦の腹いせ。
 一軍の将が、あのような軽挙妄動の振る舞いを起こすこと自体、頭の弱さを知らしめているようなものでございましょう。
【信玄】  そうでもないぞ、勘助。 後世、あの振る舞いを講談などに採り入れてはやし立てる講釈師などが出るに決まっておる。斬りつけられたわしは、いい面 (つら) の皮じゃ。

【勘助】  そこを堪えたからこそのお味方の大勝利。お屋形様のご威光が薄れることなどありますまい。
【信玄】  ところで、勘助。そちは何でここにおる? 川中島の戦いで死んだのではなかったか。
【勘助】  そのようなことを、あまり気にする読者もおりますまい。 「信玄公」 といえば、この 「勘助」 。2人揃ってこそ、武田の伝説というものが維持されるのでございます。

山本勘助01

【信玄】  そのようなものかのぉ…。
【勘助】  「信玄餅」 に 「勘助饅頭」 。きっとこれが、後世にまで当地の土産物として残ることでございましょう。

【信玄】  「餅」 として残ったとてしょうがないわ。この正しき信玄の姿を、どれだけ後の世に残すことができるのか、それを思うと、気も晴れぬわ。
 なにしろ、ここ最近、このわしを主役としたドラマがさっぱり作られなんだわ。勘助、ゆゆしきことぞ。
【勘助】  何を申される。つい最近もNHKの大河ドラマ 『風林火山』 があったではござらぬか。

【信玄】  あれはそちが主役ぞ。このわしは、引き立て役じゃったわ。
【勘助】  ならば、黒澤明の 『影武者』 がございましたぞ。
【信玄】  何を申すか。あれこそ 「影武者」 が主役の映画。本物のわしなど、ほとんど出んかったわ。
 それに比べ、謙信はガクトが演じたり、阿部寛が演じたりで、おなごたちの評判も良いと聞く。
 信長めは、『信長の野望』 などというゲームの主役を務め、いい気になっておるし。
 このままでは、武田は、上杉にも織田にも後塵 (こうじん) を拝すことになろうぞ。

武田信玄01

【勘助】  ならば、ここで後の世に残す大きな業績をつくらねばなりませぬな。
 信長は、市場経済の先駆者などといわれ、一時は経営者向けの経済誌などの主役として引っ張りだこに成り申し、近代日本の創始者のごとき扱いを受けておりまする。
 また謙信も、派遣切りが横行するような 「義」 も 「仁愛」 もなき世においては、見直すべき武将として再評価も高いとか。
 お屋形様も、ここらで後の世の評価を万全なものとするセールスポイントをアピールするのが肝要と心得ます。

山本勘助01

【信玄】  それ、それよ勘助。先ほどより、わしはそのことを勘案しておったのよ。
 そちが見たわしの美点とは何か。ざっくばらんに申してみよ。
【勘助】  信長、謙信になきもので、お屋形様だけが有している最大の力は、常人には逆立ちしても太刀打ちできぬ、その冴え渡った 「智謀」 でございましょう。
【信玄】  智謀か…。 『チボー家の人々』 、マルタン・デュ・ガール。

【勘助】  …………………………。
【信玄】  どうした勘助。何か反応してみよ。
【勘助】  ……いや、申し訳ございませぬ。ちと聞き逃してようでございます。
 ま、要するに、智謀だけに頼ってはいけないということで、ござりましょうなぁ。

【信玄】  そちは、今がっかりしたような顔をしたが、他に良き思案がなきと思ったゆえか?
【勘助】  いえいえ、良き思案が生まれましたでござりまする。
【信玄】  言うてみよ。
【勘助】  思えば、我らの旗印は 『風林火山』 。これを売り込もうではございませぬか。
【信玄】  どのように?

風林火山旗印01 風林火山旗印02

【勘助】  風、林、火、山。これ、みな 「自然」 を意味しておりまする。次の世は、おそらく世を挙げて 「環境問題」 が大きく審議されることになりましょう。
 しからば先手を打って、この 『風林火山』 を 「自然の恵みを尊重する」 エコロジーの旗印として、後の世に訴えかけてはいかがでござろう。
【信玄】  おお、それは妙案だの! 

武田信玄01

【勘助】  すなわち、まず 「風」 。これは風力発電を得んがための標語となす。
 次なる 「林」 は、森林保護をめざしたるもの。
 「火」 というのは、石油燃料に頼らず、炭、練炭といった天然資源によるエネルギーの獲得の訴えるもの。
 そして、「山」 とは、健康のための登山を奨励するがためのもの。
 このように宣伝すれば、お屋形様の先見性を、否が応でも後世の者どもが認めることになりましょうぞ。

山本勘助01

【信玄】  そちはなかなかの知恵者じゃのぉ。さすがは武田家の軍師じゃ。
【勘助】  なんの。お屋形様の頭の中にあるお考えを、この勘助、厚かましくも取り出しただけでござる。勘助一人では、とてもこのような知恵は回りかねまする。

【信玄】  しかし勘助、どのような形で、そのことを後の世に訴える所存ぞ。
【勘助】  それを書き留めた書状を頑丈なる大箱に収め、「武田の埋蔵金」 と偽って、後世の者たちが発見するまで、地中に埋めておくというのはいかがでござろう。

【信玄】  なるほど。 「隠れ軍資金」 というウワサのみ流しておけば、後の世の者たちが、血なまこになって探し回るであろうな。
 勘助、良き知恵を出したものよ。これで武田は安泰じゃ。


 「謙信、信長を語る」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:54 | コメント(2)| トラックバック(0)

俺流ブログ術

 …ってなタイトルを付けるほど、何か訴えたいものがあるわけではないのだ。

 エラソーなことを言える立場でもないし、それほどのブログを管理しているわけでもないので、熟達のブロガーが見れば 「笑っちゃう」 タイトルだろうけれど、2年半ほどブログを続けてきて、ちょっと気づいたことをメモ書きしておきたい…とは思った。

ブログテンプレート(ホビダス)

 2年半やってきて気づいたことは、自分の書いたものでも 「読みやすい」 ものと 「読みづらい」 ものがあるということだった。
 読んでいただいた方々の感想をうかがっても、読みやすい記事の方が評判がいい。

 「読みやすい」
 というのは、記事内容そのものもそうだが、文章の区切り、行の空け方、画像配分など、パッと見の “とっつきやすさ” のことをいう。

 最初は、その案配が分からなくて、とにかくペーパー媒体のイメージで記事を書いていた。
 すなわち、行間を詰め気味にして、びっしりと文字を埋めるという手法だ。

 でも、パソコン画面でそれをやると、実に読みにくい。
 自分はかなり前から老眼になっているせいもあって、改行もなく文字がびっしりと続いている文章は、どんなに面白そうな内容が想像できても、まず読まなくなった。
 ブログのようなネットで公開する文章は、せいぜい4~5行 「文字」 が続いたら、1行 「余白」 という感じで行を進めていかないと息苦しくなる。

 このことは、ネット世代として育った若い方はよく心得ているようだが、一定程度上の世代にいくと、なかなか守られてはいない。

 たぶん、ペーパー媒体に慣れ親しんできた世代は、改行が多かったり、空白の行が多かったりする文を 「軽い」 と感じる傾向があるからだろう。また、それが 「手抜き」 に感じられることもあるかと思う。
 私もそうだった。
 一番最初に司馬遼太郎の小説を読んだとき、あまりにも改行が多かったために、手抜きする作家なのか? といぶかしく思ったくらいだった。

 しかし、読んでいくにつれ、司馬さんの行と行の隙間には、イメージがびっしりつまっていることが分かってきた。
 行間の空白は、時に文字で埋まった行よりも雄弁である…ぐらいに思った方がいいかもしれない。

《 字間にも気配りを 》

 余白は 「行間」 を調整することである程度つくり出せるが、「文字間」 の詰まり具合も調整しておくと、さらに読みやすくなる。

 特にギュッと詰まっている印象を与えるのは、カッコ類のところ。
 「 」 とか、『 』 とか、( ) である。

 たとえば、カッコを使った文章として、次のような例はどうだろうか。

 ① 『TheRoad』(早川書房)という本は「SF」のジャンルに入る。
 ② 『 The Road 』 (早川書房) という本は 「SF」 のジャンルに入る。

 同じ文章でも ② の方が余裕が感じられて、目に優しいはずだ。

 ある文字を 「 」 でくくる場合、自分はなるべくその前後の文字の間に1角スペースを入れている。 ( ) の場合は半角スペース。
 手間はかかるけど、読者が行を追うときに、その方が目に優しい感じがするのではないかと思っている。

《 間の空けすぎには注意 》

 これとは反対に、行間の空けすぎも、ちょっと考えもの。

 若い人のブログなどでよくあるが、最後の結論にたどり前に相当なスクロールを要求するものがある。
 だらだらっと画像なし文字なしの思わせぶりの画面が続き、3ページぐらいスクロールが続いたところで、やっと…

 「…やっぱりフラれちゃったのでありました!」
 なんて結論が書いてあったりする。

 意表を突くにはいいスタイルなので、当たったときは “拍手喝采” になるけれど、戦略が当たらないときは惨め。
 「なんだよ、こんなことを言うために、こんなにスクロールさせやがって…」
 と思われることもある。

 意表を突きたいときは、文章そのもので勝負する方がやはり王道であるように思う。

《 軽薄な文章の見本 》

 読んでいて、「こいつ軽薄だなぁ」 と感じる文章の一番の特徴は、安直なカタカナ用語ばかりで飾られた文章である。

 バブル時代に、当時の業務を通じて、大手の広告代理店の営業マンや制作サイドの人たちと一緒に仕事をする機会があった。
 その人たちが、クライアントにプレゼンテーションする席上に何度か同席させてもらったが、やたらカタカナ用語が多くて閉口したことがある。

 「キッチュでエキゾチック…というのが時代を表すキータームとなってきた現在ですねぇ、エンドユーザーへのインターフェースにおいても、非日常感覚をシュミレートするようなエキセントリック・デザインをプライオリティのトップに掲げて…」

 ……ってな感じであった。

 プレゼンターだけがうっとりするような業界用語を、そのままユーザーに訴えても通じるわけがないことは、歴戦錬磨の広告のプロである彼らには十分に分かっているはずだけれど、それでもそういう表現を使うと、時代の先端を行っているような雰囲気だけは出るので、クライアントを煙に巻いて企画を通すにはいい場合もある。

 しかし、これは諸刃の剣で、賞味期限が切れるのも早い。
 新しい言葉は、時代が変ると、真っ先に古びてしまう。

 広告というのは、とにかく新しいことが 「価値」 になるから、古い広告がすぐさま “古くなって” くれないと、新しい広告のプレゼン価値がなくなる。
 それはよく分かるけれど、しかし、それでは文化として熟成しない。よって、「ケイハク」 に感じられてしまうのである。

 もし、まだ一般的にはなじみがないようなカタカナ言葉を仕入れて、それを使ってみたいと思ったときは、その記事の中では、その一言だけを使うと決めた方が効果的である。

 そして、当然使った用語の意味が、日本語では何相当するのかを匂わすような書き方は必要だろう。
 そこまですれば完璧。

 新しい外来語は、人がまだ耳になじんでいない分、逆にいうと 「手垢」 が付いていない。
 ということは、使い古された日本語を使うよりも、それを外来語に置き換えた方が、言葉に “生命” が宿る場合もあるのだ。
 そういった意味で、何が何でもカタカナ言葉を使わない方がいいというわけではない。

 珍しいカタカナ用語を覚えて使いたくなったら、ただ一点、これだけを自分に問うた方がいい。

 「自分はその言葉を使うことで、今までになかった新しい意味を読者に伝えることができるのだろうか?」

 もし 「新しい意味」 に対するイメージがくっきりと浮かんでいたとしたら、そこで使われる言葉は、当然読者に強いインパクトを与えるはずだ。

ブログテンプレート(ホビダスⅡ)

《 嫌われるオレオレブログ 》

 ブログというのは、自己表現の場である。
 だから、ブログをネットで公開する以上、書き手は、一人でも多くの人に読んでもらいたいと願うのは当然のことだろう。
 それは、「多くの人に自分を評価してもらいたい」 という欲望と重なっている。

 だから、人によってはつい力が入ってしまい、自分を過剰にPRしがちになるものだが、自分を誇大にPRすることは、PRされた受け手側を敵に回すことも覚悟しなければならない。
 なぜかというと、日本人は他人の 「自画自賛」 を疎ましく感じる気質というものを持ち合わせているからだ。

 欧米文化圏では、幼児教育の段階から自己PRの訓練を施されている。
 そして、相手の自己PRをくじき、自分のPRを優勢にさせるためのディベートなる教科も組まれている。

 こういう思考を身につけた人たちからは、日本人は 「自己主張も弱く、個性もなく、周りばかりに気をつかう」 というネガティブな評価を下されがちだが、それは一面的な見方というものだろう。

 日本の文化には、ことさら “オレオレPR” などしなくても、ちゃんとその人キャラクターの妙味なり、その思索の奥行きなどを吟味して評価する土壌がある。
 それは、書き手がどんな奥ゆかしさを装うとも自然に滲み出てくるものであり、古来より日本人は、書き手の奥ゆかしさの背後に潜む 「本当の力」 を、読み手がすくい上げる訓練を重ねてきた。

 近年、そういう国語教育を 「実用的でない」 と否定する人たちの 「文章読本」 なども出回るようになり、欧米文化圏で通用する自己PR型の文章をいかに書くかという手ほどきをする本が売れたりするけれど、アサハカである。

 読み書きの世界で、自己PRばかり熱心な文章を賞賛する風潮が強まれば、そのうち、人々の間に、奥ゆかしさの中に 「凄み」 を漂わせている文章を読む力がなくなっていく。

 そうなると、誰もが 「オレオレ度」 をもっと強くしないと自分を分かってもらえないのではないかという不安に駆られ、ついつい自慢話をどう巧妙に展開しようかと、いろいろ画策することになる。
 しかし、やっぱりそれは “浮く” 。

 では、どうすればいいのか。
 自分をPRするのではなく、伝えたい内容を先鋭化するしかない。

 誰もが納得いく結論で、お茶を濁してはいないだろうか?
 ありきたりの言葉を使って手を抜いてはいないだろうか?

 そこだけを守っていれば、ことさら 「オレオレ度」 を強めることなど意識しなくても、自然に自分の個性なりキャラクターというものは、相手に伝わっていくものだ。

《 結論のまとめ方 》

 ブログを書いていて、そろそろ結論を…と思ったとき、何が必要となるだろう。
 気の利いた一言で締め括りたいと思うのは誰でも同じだろうし、自分が体験した感動を、念のためにもう一度強調しておきたいというのも、人情として分かる。

 しかし、結論をまとめるときのコツは、たった一つ。
 「ありきたりの言葉」 を使わないというだけのことなのだ。

 ありきたりの言葉とは何か?

 「美しい」
 「清らか」
 「温かい」
 「優しい」 等々…。

 その言葉を使えば、誰も反論できなくなる 「水戸黄門の印篭」 のような言葉のことである。

 こういう言葉で結論を飾ってはならない。
 なぜなら、どのような論旨を展開しようが、これらの言葉が結論に来れば、すべて問題は丸く収まってしまうからである。
 めでたし、めでたし…では、人の心に届かない。
 
 「○○さんの清く美しい心に触れ、温かい優しさに包まれ、幸せでした」

 こういう文章からは、何も伝わってこない。

 結論は大々的に飾ろうとせず、むしろ、一番言いたいことの一歩手前で止めておく。
 それが余韻を生かすときの王道である。


 …と、ここまで書いてきて、ふとこのエントリータイトルを思い出した。

 『俺流ブログ術』 。

 …… ま、そういうことなんである。
 人間どこかで無意識のうちに 「オレオレ度」 は出てしまうのだ。

 そういうことを理解する意味でも、考えながらブログを書くことは大事である。
 ハハハ。
 最後は笑ってごまかせばいいのである。 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:43 | コメント(6)| トラックバック(0)

マンガ家志望の頃

 若い頃、将来の方針が定まらなかった。
 実際に自分ができることと、漠然とやりたいと思っているものとの乖離 (かいり) 。
 その乖離を、時に人は 「夢」 という。
 
 しかし、それは、若い人たちが一度は落ち込むワナに過ぎなくて、たいていの人は不承不承ながらも何かを選び取って、社会に出ていく。

 自分の場合は、どうしてもそれができなくて、大学を卒業する頃になっても、何を目指せばいいのか見当もつかず、就職活動もしないまま悶々とした時を過ごしていた。

 今から思えば、とてつもなく 「甘い」 と言わざるを得ないのだけれど、一度マンガ家になるつもりで、自分の作品を出版社に持ち込んだことがある。

 行った先は、思い出せば 「畏れ多い」 という言葉がぴったりの、『ガロ』 を出していた青林堂だった。

 当時、自分が描いていたのはビアズリーのタッチの “芸術マンガ” で、ストーリーもなく、ただ意味ありげなシーンが続くだけの不条理マンガだった。
 当時の 『ガロ』 は白土三平を筆頭に、水木しげる、つげ義春、林静一などが活躍していた時代で、私はその中でもつげ義春、林静一風の、ストーリーよりもイメージを主体としたマンガを目指していたのだ。

 ▼ 林静一 画 
林静一画01 つげ義春画01 ← つげ義春 画 

 マンガは自分でも得意の方だった。
 小学生ぐらいの頃から描き始め、授業中に作った “紙芝居” を、休み時間にクラスメイトに見せると、それだけで、みながドォーッと盛り上がってくれるという 「絵を認めてもらう」 ことの快感は知っていた。

 中学に入ると石ノ森章太郎の 『マンガ家入門』 をバイブルに、Gペン、丸ペン、墨汁などを揃え、アート紙にコマ割りを作って、貸し本屋あたりに流布しているような活劇漫画を描くようになった。

マンガ家入門01 ← マンガ家入門

 高校に進むと、ビアズリーや宇野亜喜良のような幻想タッチのイラストに興味を覚え、それらを模写するようになった。

ビアズリー「サロメ」
 ▲ ビアズリー 「サロメ」

 だから、筆づかいは慣れているつもりでいた。
 しかし、プロの人に見てもらったことはない。
 その最初の機会を、当時の最も先端的な漫画家たちを揃えた 『ガロ』 の編集部に求めたというのだから、いま思えば、その厚かましいくらいの無謀さには我ながら驚く。

 門前払いを食らわされるかと思いながら、ドキドキしてデスクの前に座り、初老の紳士 (たぶんあの伝説の長井勝一氏) の前におずおずと作品を差し出した。

 黙って、ぱらぱらとめくっていた編集者が、それを束ねて、私の方に返し、
 「基本的なことができていませんね」
 と言った。

 「普通、コマ割りは大小取り混ぜて、変化をつけるものですが、あなたの描かれたものは、コマ割りが均等で、芝居の舞台がつながっているだけに見えます。そのへんを解消しないとね」

 それ以上、何も言ってくれない。
 答えてくれた内容は、実に基本的なことで、それはある程度自分でも意識的なところがあったから、拍子抜けした。
 絵が下手だとか、モノにならないとはっきり言ってくれた方が、まだ心の収まりがつく。
 なのに、編集者はただ穏やかに笑っているだけで、帰りなさいとも、また来なさいとも言わない。

 仕方なく、「また新しいものを描いたら来ます」 とだけ言って、狭くて雑然とした編集室を後にした。

 家に戻って、自分の作品をしげしげと眺めてみる。
 ヘタな絵であることは分かっている。
 でも、せめて 「この方向で頑張るように」 とか、あるいは 「あなたは諦めなさい」 という言葉が欲しかった。

宇野亜喜良画01 ← 宇野亜喜良 画

 気持ちの収まりがつかなったので、今度は新聞の求人欄を見て、「アニメーションの下絵描き」 を募集している会社を訪ねることにした。
 薄い口髭を整えた、いかにも 「芸術家」 という感じの社長が、私のマンガを見てくれた。

 見終わってから、この人も、何の感想を述べてくれない。
 しばらくして、彼がいきなり切り出した言葉は、次のようなものだった。

 「あなたは、本当にこの世界で食べていくつもりなんですか?」

 痛いところを突かれたと思った。
 実のところ、そんな覚悟も気構えも持ち合わせていなかったのだ。

 「あなたは、いま大学にまで進んでいるわけですよね。普通に就職すれば、もっと楽な生活もできるわけでしょ?
 なのに、なぜマンガとかアニメの世界を目指そうとするんですか?」

 「いや、その…ちょっと…」
 いきなり言葉に詰まってしまった。

 彼は続けて言う。
 「この世界に入ろうとしている人は、ほとんど中学か高校の頃からしっかり進路を定め、普通のサラリーマンとは比べものにならないくらいの薄給で頑張るんです。
 はっきり言いますと、あなたの絵からは、そのことに耐えられるようなものが伝わってこない」

 自分の頬から火が吹き出すのが分かるほど、厳しい言葉に思えた。

 「でも、一度チャンスを与えましょう。まず外に出て、何か写生をしてきてください。
 公園に植わっている木などを描かれたらどうでしょう。
 ただし、最後までしっかり描くんですよ。見たとおりに、忠実に、葉の1枚1枚に至るまで間違いなく描き切る。
 その絵を持ってきたら、またお話ししましょう」

 そう言われ、私は家の近くの公園に行き、画用紙に木を写生した。
 描き始めてみてすぐに分かったのだが、忠実に描写するということが、こんなにも根気が必要で、むずかしいものであることをはじめて知った。

公園の木01

 最初は時間をかけて、なんとかねばり強く描く。
 そのうち疲れてきて、後は葉の形をしっかり見ることもなく、枝にただ同じ形の葉を付け足していった。


 そのスケッチを携えて、もう一度アニメ会社に出向くと、芸術家のような風貌を持った社長さんは、スケッチを一目見ただけで、
 「考え直した方がいいね」
 と一言いった。

 「途中から飽きてしまいましたね。このへんの葉っぱはもう実物ではなく、あなたの頭の中に浮かんだ葉を描いているに過ぎない。
 それじゃこの世界ではやっていけないんですよ。
 つまり、あなたには向いていないということです」

 頭を後ろからドーンと叩かれたような衝撃を食らった。

 しかし、それに続く言葉は、ある意味で、今の私を支えてくれた言葉になった。

 「でも、あなたはモノを見る力はある。立体感の捉え方はしっかり知っている。
 センスはとてもいいんです。この前持って来られたマンガを見ても、勉強はしているし、教養もあることはすぐに分かった。
 ただし、それは文学的なセンスなんですよ。絵を描くセンスではない。
 あなたは知的な好奇心を、“言葉” で満たそうとする傾向がある。
 つまり、観念性の方が勝っている。だから、どこかで、葉っぱを緻密に描くというような努力をバカにしているようなところがある」

 そう言ってから、彼はふと優しい顔になり、こう語った。
 「文学の方をやりなさいよ。
 こういうところに就職を求めに来るということは、あなた自身が普通のサラリーマンになるのを嫌がっているということなんでしょ?
 だったら、“言葉” の世界で生きた方がいい」

 そう言われたからといって、「文学」 なんて、さらに遠い世界の話だった。
 いずれにせよ、私は 「才能なし」 のレッテルを貼られ、肩を落として、その会社を後にしたに過ぎない。


 だけど、結果的にそれが転機になった。
 たった二度しか会ったことのないアニメのプロが、ある意味で、私の進むべき道を自信を持って指し示してくれたことになる。

 若い頃というのは、他人のちょっとした言葉が、案外、自分の進むべき道を示唆してくれるように思えるものだ。
 それが、相手のお世辞であり、自分の錯覚に過ぎなくても、人はそれを信じて動き始めてしまう時がある。

 文章でも書くか…。
 漠然とそんなことを考え、当時、中村とうよう氏が主宰していた 『ニューミュージックマガジン』 の読者投稿欄に、日本のロックンロールをテーマにした原稿を送ってみた。

 それが採用されて、自分の書いた記事が、はじめて活字になる瞬間を経験した。
 よし、音楽ライターってのを目指すか。

 まだまだ甘い夢に過ぎなかったが、ようやく自分の進むべき方向が見えてきたような気がした。
 だから大学を卒業してフリーターを始めても、そういう生活を楽しめる余裕が生まれた。

 大学生の自分が、あの時、どの町の何という名前のアニメ会社を訪ねたか忘れてしまったが、その社長さんが言ってくれた言葉は、今でも明瞭に思い出すことができる。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:49 | コメント(6)| トラックバック(0)

謙信、信長を語る

直江兼続(妻夫木)

【直江兼続】  殿、お呼びでございますか?
【上杉謙信】  兼続か。そこへ座れ。

上杉謙信(阿部)

【謙信】  景勝への忠誠、はなはだ篤しと聞き及んでおる。大儀じゃ。
【兼続】  めっそうもございません。…して、御用の向きとは?
【謙信】  そちに酒の相手を務めさせようと思ってな。
【兼続】  もったいなきお言葉。手前、不調法の者なれば、とても殿のお相手など勤まるものではございません。ぜひ景勝様に、そのお役目はお譲りくださいませ。

【謙信】  よい。わしはな、お前と飲みたいのじゃ。杯を取れ。
【兼続】  ははぁ!
【謙信】  今宵は月がきれいじゃのぉ。……詩吟のひとつでも唄いたくなるわ。
【兼続】  殿のように、戦の場に立てば毘沙門天の化身となり、敵に畏敬の念まで催させようというお方が、詩吟では、京の貴人たちも及ばぬ詩を吟じられ、このような方が地上におわすこと自体、既に奇跡であるように思われまする。

【謙信】  いうわ (笑) 。……のう兼続。今宵の月、はたして信長も見ておろうかの。
【兼続】  信長めが…で、…ござりまするか?
【謙信】  あやつめは、月を観ても、わしと違うことを考える男じゃ。
【兼続】  どう違う…とおっしゃるのでございますか?

【謙信】  今日は少し酔うておる。これから話すことは、明日がくれば忘れてくれ。
 そちは、今後景勝を助けて、この越後を守っていく男じゃ。
 よって、誰にも明かそうとは思わなんだ話を、今宵はお前だけに話して進ぜよう。他言は無用ぞ。
【兼続】  ははぁ!

【謙信】  もし、わしが死んだとならば、誰が天下を取ると思うか。兼続、遠慮なく申してみよ。
【兼続】  殿以外に天下を取れる者など一人もおりませぬゆえ、そのような仮定の話など、この兼続の頭ではとても考えることができませぬ。
【謙信】  ならば、わしの方から申そう。あの信長よ。

上杉謙信(阿部)

【兼続】  信じられませぬ! あのような己 (おのれ) の欲ばかり追い求め、神仏を敬う気持ちも持たず、かつての味方を平気で裏切るようなお方が、とても天下など取れるとは思いませぬ。
【謙信】  だから、取れるのよ。
【兼続】  もしそれが殿のご本心だとしたら、あまりにも悲しゅうございます。

【謙信】  まて聞くがよい。あやつはなぁ、戦 (いくさ) の考え方を変えた男よ。
【兼続】  …と申しますと?
【謙信】  もし、戦が1回だけの真剣勝負ならば、やつがどのような大軍を差し向けようとも、この謙信を破ることはできまい。
【兼続】  そのとおりでございます。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  じゃが、やつは戦を1回で終わらそうと思ってはおらん。10回の戦があったとしたら、勝てそうもない戦を9回避けて、最後の1回に勝てばよいと思っているような男じゃ。
【兼続】  卑怯なやつでございまするな。
【謙信】  だが、やつの考える最後の戦というのは、相手をこの地上から抹殺するための戦なのよ。
 根絶やしよ。やつの浅井・朝倉の滅ぼし方、比叡山の焼き討ちなどを見るがよい。
 室町将軍様ですら、無用となれば、簡単にうち捨てようとするような男じゃ。
【兼続】  恐い男でありますな。

【謙信】  やつはそのようにして、天下を取っていくつもりじゃろう。
【兼続】  ぜひ阻止せねばなりませぬ。
【謙信】  しかし、もう遅い。
【兼続】  な、なにを申されます!

【謙信】  あやつは、すでに10回の戦を逃げるだけの力を蓄えてしまいおった。兼続、それは何のことだと思うか?
【兼続】  はて…。
【謙信】  銭よ。銭の力よ。
【兼続】  銭など、商人のむさぼるようなものなどかき集めようが、しょせん民の心など買えませぬ。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  いや、その銭の力で、やつは9回の戦いから逃げても、痛くも痒くもないほどの兵の力を蓄えおったのよ。
 あやつは、斎藤道三に習って、美濃を手に入れたときに 「楽市・楽座」 を設けて、関所を撤廃しおった。
 さらに、義昭様から拝領した 「副将軍」 の位を断り、代わりに大津、草津、堺に代官を置くことを願い出た。
 これをどう思う?
【兼続】  将軍様に、欲のないところを見せようとしたのでございましょうか。

【謙信】  違うな。名を捨て実を取ったのよ。
 大津、草津は、ともに美濃と京を結ぶ商人たちが集まる商いの中心地よ。関所を撤廃し、商いの中心地を抑えれば、自然と銭は集まる。
 そして、堺を抑えれば、南蛮の商人たちとの交わりも密になるゆえ、南蛮の珍しき品々、鉄砲のような武器を手に入れるのも造作もないことよ。
 それが、今日の信長を支えておるのよ。
【兼続】  そこまで考えていたとは、恐ろしい男でありまする。


【謙信】  やつはそうして得た銭で、春夏秋冬を問わず、1年中戦える兵を養うようになったのじゃ。
 そこが我らのような、百姓が主体の兵とは大きく異なるところだわ。
【兼続】  なるほど。我らは種まき・刈り取りの頃は、兵を引かねばなりませんものな。

上杉謙信(阿部)

【謙信】  わしは、やつの魂胆をもっと早いうちに知るべきであった。
 思えば、やつが掲げた旗印…。
 そちは気づいておるか?
【兼続】  木瓜の紋でございますか?
【謙信】  もうひとつあるだろう。「永禄銭」 よ。
【兼続】  お、そういえば…。
【謙信】  あの紋は、やつが今川義元を倒したとき、義元の愛刀の鍔 (つば) に施されていた文様よ。
 やつがそれを見て、己の旗印に掲げることを思いついたということは、やつが永禄銭に表されるような 「銭で動く世」 をつくろうとしていたということなのじゃ。

【兼続】  銭…でございますか?
【謙信】  わしらはみな 「米」 で動く世を、なんとも思わなんでここまで来てしまっておったわ。
 佐渡の銀山で銀を得るも、それは 「米」 で動く世を助けんがためのものであった。
 やつとわしらとでは、そこが、ちと目の付け所が違っておったようだ。

【兼続】  この兼続、まだひとつ、よく分からぬことがございます。
 そのように銭を得たところで、人は果たして着いてくるものでありましょうや。
 人は、やはり 「義」 によって動くものと存じます。
 「義」 をなくした天下など、民が喜ぶことはとても思えませぬ。

【謙信】  そこよのぉ。……しかし兼続。そちは根っからの武士だから、そのように思うかもしれんが、「義」 というものは、武士にしか分からんものよ。
 やつの身のまわりにいる武将たちを見るがよい。
 羽柴秀吉は百姓のせがれ。滝川一益は素性の分からぬ浪人じゃ。
 明智光秀も、名門の出とはいわれておるが、朝倉義景にも重んじられぬ食い詰め浪人。
 みな銭の力のありがたみを骨身に沁みるほど感じてきた男たちよ。

【兼続】  その男たちを、信長は銭で釣って動かしているとお思いなわけですか? この兼続は、けっして銭などでは動きませぬぞ。
【謙信】  気張るな、兼続… (笑) 。
 銭の多寡で動くようになれば、そのうち人の心も変るものじゃ。
 どの国を取れば、いくらになるか。
 どの武将を寝返らせればいくらになるか。
 そのように考えていくと、使う方も使われる方も、無駄なことを避ける力が付くものよ。
 昭和・平成の世の言い方をすれば、コスト意識が生まれるわけよ。
【兼続】  急に、無茶苦茶な展開になりましたな。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  要するに、信長のやろうとしていることは、資本主義的な世を作ろうとしているわけで、やつのやり方は新自由主義的な経済政策よ。
【兼続】  信長が、南蛮貿易に力を入れようとしているというのも…
【謙信】  そう。経済のグローバリゼーションを目指しているわけだな。
 南蛮では、重商主義的な資本主義経済が確立されておる。
 やつは、それを見習おうとしているわけよ。

【兼続】  まだ金融経済にまでは発展しているようには思えませんが…。
【謙信】  しかし、やつの狙いはそこよ。
 まぁ、お前がNHKの大河で主役を張り、わしが阿部寛のようなイケメン役者に演じてもらえるのも、新自由主義政策を見直そうという、今の風潮に合致しているわけだな。

【兼続】  つまり、我々のような 「義」 と 「仁愛」 を是とする方針が、いま再び評価される時代が来たとおっしゃるか?
【謙信】  分からん。しかし、我らとしてはそうあってほしいものよ。

上杉謙信(阿部)

【兼続】  …今までのような話、とても他の者が理解できようとは思いませぬ。
【謙信】  だから、「他言は無用」 といったまでよ。


 「信長の人生相談」
 「信玄と勘助の密談」

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:12 | コメント(4)| トラックバック(0)

信長の人生相談

信長の野望の信長01

【織田信長】  最初の相談者は誰じゃ?
【羽柴秀吉】  書状にての相談でありまする。名は宮下直樹とか。

信長の野望の秀吉01

【信長】  何用だと申しておる?
【秀吉】  はっ。 「先日、上司に呼び出されたところ、当方の管理する部署の生産性が急降下し、採算部門と見なすことができぬとの理由により、その責任を取って、辞職するように勧告されました。
 しかし、それを指示した上司というのは、自分の不倫現場を目撃され、その口封じのために、私のことを排除しようとしていることはみえみえであります。
 このような事態にどう対処すればいいのか、ご指導をお願いします」
 …とのことであります。

【信長】  くだらんのぉ。どういう素性の者じゃ?
【秀吉】  42歳サラリーマンとか。
【信長】  サラリーマンとは何のことか?
【秀吉】  はて…。バテレンの官位のようなものではありますまいか…。
【信長】  従五位下か、従四位下ぐらいかの。
【秀吉】  いずれにせよ、大した者ではありますまい。

【信長】  して、その者は国を出て浪人の身になる覚悟があると申しておるのか。 
【秀吉】  そこまではなんとも…。ただ、このように書状にて密かに相談してくるところから察するに、できれば隠密裏に私憤を晴らしたき所存であると見受けられまする。
【信長】  よし、次のように申し伝えよ。サル、筆を取れ。
【秀吉】  へい!

【信長】  「その方、私憤晴らしたき所存であるならば、まずは己 (おのれ) の役目をばまっとうし、しかるべき成果を上げて後、上位討ちを果たすべし。
 与えられし役目をうち捨てて、私怨ばかり追うは言語道断なり。
 事成就した後にも事態変らぬようであるならば、そのときはその者の首を取り、この信長に持参せよ。しからば仕官への道を開いてやるものなり」
【秀吉】  御意 (ぎょい)。 

安土城01


【信長】  次なる相談は何じゃ?
【秀吉】  おなごのようでありますな。これも書状を寄越しただけでございます。
【信長】  読んでみよ。
【秀吉】  ははぁ。 「パパから最近夜の誘いがないの。たぶんサナエのことが気がかりなんだわ。
 オープン10周年パーティの日だって、サナエにはシャネルのバッグなのに、私にはアディダスのジョギングシューズよ。
 バカにしてない? ねぇ教えて。サナエをとっちめて、パパをギャフンと言わせる面白いこと、なんかない?」

信長の野望の信長01

【信長】  サル、訳せ。
【秀吉】  わたくしめが…でござりますか?
【信長】  そちは、さんざん 「ねね」 を苦しめておるゆえ、かような女のタワゴトなど、簡単に分かりおるじゃろう。
【秀吉】  ははぁ。 「父より夜間の連絡途絶え、失意の念いやますばかり。推測するに父サナエに執心の様子。
 創業10年祝日にてもサナエ “蛇寝る” の皮袋与えられるも、我は “亜出陀” の運動靴得るのみにて、つのる寂しさいかんともしがたし。
 よって、サナエに神罰下ること欲するものなり。さらに父を痛罵する方法あらざるや」
【信長】  であるか。
【秀吉】  して、いかなる返答を与えましょうや。

【信長】  このように申し伝えるがよかろう。筆を取れ。
【秀吉】  へい!
【信長】  「汝の煩悩、すべて我欲より発すること明瞭なり。よってすべての煩悩を断ち切ることこそ肝要にて、仏門に入るべし」
【秀吉】  あっさりとしたもんですな。
【信長】  浅井・朝倉がまたうごめき出しておる。かのようなタワケ女に関わりおうているヒマなどないわ。
【秀吉】  御意。

信長の野望の秀吉01


 ●時代劇シリーズ
 「合戦実況中継」  《姉川の戦い》
 「信玄と勘助の密談」
 「ちょんまげコント」 《鉄砲伝来》 《武田家の密談》
 「ちょんまげコント」 《鬼退治》 《水戸黄門最後の旅》 《三河屋》
 「ちょんまげコント」 《鞍馬天狗最後の戦い》 《詐欺師》

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

近田春夫に学ぶ

 自分が文章を書くときのお手本としているものの一つに、音楽評論家の近田春夫さんのエッセイがある。
 現在私が日常的に接しているのは 『週刊文春』 の連載コラム 「考えるヒット」 だけだが、これが毎回面白い。
 内容はJポップのレビューなのだが、音楽に限らず一般的なエッセイ、コラムを書くときにも使えそうな表現の宝庫となっている。 

 たとえば、「シド」 というJポップバンドの新作CDを紹介する記事 (週刊文春 2009 2/12号) は、次のように始まっている。

 「最近のバンドの傾向のひとつに “限りなくホストに近い職業意識” でもって音楽活動に臨むものが増えたことが挙げられるかもしれない」

 「ホスト」 などというきわどい言葉が出てきて、さぁ、何が始まるのだろうと期待させるに十分な書き出しだ。
 つかみはばっちりね、…というところだ。

 次に、「シド」 に対する言及が出てくるのだが、彼はこう書く。

 「ジャケットを見た限り全員、こりゃ女だったら貢ぎたくなるだろうという“イヤらしい男前” が揃っている。ビジュアル系と言えばそうなのだが、オーラがもう完璧に歌舞伎町!」

SIDジャケット

 “イヤらしい” というネガティブな言葉を使いながら、この “イヤらしい” が、若い人たちの使う “やばい” と同じように、むしろ 「男前」 をポジティブに強調する効果が出ているところに注目。
 「オーラが歌舞伎町!」 という表現が、暗にホストクラブを指しているところも面白い。

 で、実際に音に接した印象を、彼はこう綴る。

 「ルックスにふさわしく耽美なロック調あるいはシドと言うのだからパンクを思い浮かべていたら、ペナペナペナっと軽くさわやかなイントロが聞こえてきたのには驚いた。
 何とシドは “シティポップス” のバンドだったのだ」

 「シド」 からセックスピストルズのシド・ビシャスを連想できる人は、このくだりで、「へへへ…」 と笑える。
 次の 「ペネペネペナ」 という小バカにしたような形容で、「さわやか」 を強調するアクロバティックなレトリックも、近田さんが使えば効果が出る。
 この矛盾する表現が、読み手に、シドの音楽の “聞き方の多様性” を理解させる力となっている。

 次に社会批評に飛ぶ。

 「聴いているといつの間にか “バブリー” で “リゾート” な気分にさせられてしまった。
 言ってみればこの曲、“右肩上がりの時代” の匂いを持っているのである」

 この表現で、80年代Jポップになじんでいた人は、およそどのような音楽が追求されているのか見当がつく。
 それにしても、「右肩上がりの時代の匂いを持つ曲」 という表現がうまい。

 最後に結論。

 「ひとついえるのは、彼らの音には洋楽の影響というものがまずほとんど感じられないことだ。
 もはやJポップだけを聴いて育った世代というものが確実に我が国のシーンの中枢を担うようになってしまったんだなぁ、という妙な感慨を覚えてしまった」

 ここで、近田さんが、この 「シド」 のみならず、今のJポップ全体を鳥瞰している様子が読みとれる。
 視野がバァーっと広がっていって、こりゃ単なる1バンドの話ではないぞ、と読み手を緊張させるような締めくくりになっている。

 軽く書かれているような文章だけど、その奧には、冷静に今の時代を洞察する鋭い “眼差し” が感じとれるレビューだ。


 この1号前の 『週刊文春』 では、スチャダラバー×木村カエラのコラボレーションアルバムが採り上げられている。
 その音の第一印象を、近田さんは次のように書く。

 「一言で言うと “ダル可愛い” 。可愛いけどダルい感じ。やる気があるんだかないんだか、そうした “平和系” とでもいいたい魅力…」

 やる気があるのかないのか分からないというニュアンスを 「平和系」 という言葉で表現するセンスに脱帽。

スチャカエラ

 次のような表現は、まさに近田節。

 「ラウンジっぽいサウンド (これがチープさを含めてホントに素晴らしい!) がラップと共に流れてくると、どこか切ない未来? の景色が、まるで過ぎ去った夏の日のように眼前に広がってゆき、悲しみとも希望ともつかない感情が湧き上がってくる。そのドライな哀愁がなんとも言えないのだ」

 明らかに褒めているのだけれど、甘かったり、辛かったり、苦かったりという複数のスパイスがふんだんに投げ込まれたエスニック料理の味わいがある文章だ。
 彼が語る 「チープ」 は 「貧しさ」 ではなく、アーチストが意図して創りあげていく 「戦略」 であることがしっかり捉えられている。


 2008 10/30月号の 『週刊文春』 では、倖田來末の 『TABOO』 を採り上げているが、そのサウンドの素晴らしさを認めつつも、辛口の苦言もはっきりと明示し、それをJポップの総論にまで発展させている。

倖田TABOO

 「このアルバムでは、どうもいまいち “お話し” が耳に入ってこない。サウンドの工夫に比べると、どの歌詞も通り一遍に思えてしまう。
 このところ、Jポップを聴いていると、『なんと見事な作詞か』 と瞠目させられたためしというものがほとんどない。
 言い換えるなら、今のJポップにおいて “コトバ” が音を牽引して楽曲を輝かせているケースはどんどん減ってきているということなのだが、私には、そのことと、楽曲の風化がますます速くなってきていることの間に、何か相関的な関係があるような気がしてならないのだ」

 これは、近田さんとほぼ同世代であるだろう私も同感である。
 「楽曲の風化」 を 「歌詞の貧しさ」 に求める説は、また別に検証されなければならない問題だし、当然異論を持つ人もいるだろうけれど、誰もが考えなければならないテーマであると思う。


 昨年の11/20号に掲載されたコブクロの 『時の足音』 評も面白かった。

 「コブクロは 『ドラマチックではあるが本質的には予定調和』 という “安全の保証された興奮” の提供を目的に、実に上手に作り上げられているな、と思った。
 善男善女をカタルシスへと導く “手菅” (が不味ければ“親切”) には脱帽するしかない」

 うまい! 
 基本的に、近田さんがこのコブクロの曲を好きではないというスタンスを保っているのは分かるが、「上手に作り上げられている」 、 「脱帽するしかない」 などという言葉を挿入することによって、この曲がマーケット的に成功した秘密を見抜き、かつ音楽業界で食べていく人間として、そのことを正当に評価する視点を持ち合わせていることが伝わってくる。

コブクロ01

 このコブクロ評では、「予定調和」 という言葉がキータームとなっているのだが、その言葉の意味を分かりやすく伝えているのが、次のくだり。

 「 『時の足音』 では、イントロが始まり第一声の 『別れの季節に揺れる……』 が聴こえてくるあたりでもう、どんな歌なのかまだ何も知らないというのに 『この先にはきっと感動が待っているのだろうなぁ』 という気持ちに早くもさせられてしまうのだ。
 そして待っていたものが、決して期待を裏切らないと来ている」

 もう読んでいると、本当に勉強になる表現ばかり。
 採りようによっては、ものすごく皮肉の利いた文章である。
 …で、ありながら、角度を変えて眺めてみると、正当な評価にもなっている。

 つまり、リスナーの気持ち次第で、いかようにも感じとれるレビューなのだ。
 言ってしまえば、リスナーを試している文章ともいえる。


 音楽をこういうように “言葉” で語ることを嫌う人もいる。
 特に、自分の技量に自信を持っているミュージシャンの中には、あからさまに音楽評論をバカにする人がいる。

 だけど、「音楽」 と 「音楽評論」 は別ものだ。
 私は 「音楽評論」 というのは、それ自体で完結した読み物だと思っている。
 評論する人が、その主観で音楽の評価をねじ曲げようが、それ自体が面白い読み物になっていれば、それで使命を果たしている。

 実際に、近田春夫さんのJポップレビューは、読んでいるうちに、本当にそのCDを買いたくなってしまうものが多いのだけれど、実際に買ってみると、自分の期待したものとは異なっていて、がっかりすることもある。

 でも近田さんをうらんではいない。
 読み物としてすでに十分楽しんだのだから、それでノープロブレム。
 リスナーの好みの違いにまで、近田さんが責任を採る必要はないと思っている。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:07 | コメント(0)| トラックバック(0)

ファラオの思い出

 もう30年以上も前のことだ。
 アメリカのロサンゼルスに行ったついでに、カナダのバンクーバーまで飛んだことがある。

 黒人音楽を追い求めるために行ったような旅だったから、ロサンゼルスのグリークシアターではボビー・ウーマックとオージェイズのジョイント・コンサートを聞き、ダウンタウンでは当時日本に入って来なかったスモーキー・ロンビンソンの 『ピュア・スモーキー』 のアルバムなどを手に入れて有頂天の旅を続けていた。

 ツイているというのは、こういうことを言うのだろう。
 バンクーバーに向かう飛行機の中で、乗り合わせた客の中に、ファラオ・サンダースがいたのである。

ファラオ・サンダース02

 100人前後の乗客を乗せる中型のジェット機だったと思うが、ロスからバンクーバーの向かうその便は、4分の1ほどの空席を残したまま、静かに夜のアメリカ大陸を北に向かっていた。

 左右に分かれた3人掛けの席の真ん中に、機長室と乗務員室をつなぐ一本の通路があり、最後尾にあるトイレに向かう客は、その通路を通るために、一度は後ろを振り向かねばならなかった。

 離陸してから1時間ぐらい経った頃だろうか。
 右側席の前から2番目に座っていた精悍な黒人男が席を立ち、ギョロッとした目で後ろを振り向いた。

ファラオ・サンダース01

 その特徴のあるギョロ目は、見間違おうにも見間違うことができないほど、私にとっては見知った顔だった
 ジャズ界の巨人といわれたジョン・コルトレーンのグループに参加し、晩年のコルトレーンの厚い信頼を得ていたファラオ・サンダースだったのだ。

 コルトレーンが最もスピリチュアルなジャズに傾いていた頃、ファラオはサックス奏者としてそのサイドマンを務め、『クル・セ・ママ』 、 『エクスプレッション』 などの名アルバムで、フリージャズに邁進していたコルトレーンを支え続けていた。

 しかし、実は、私はファラオ・サンダースのことをちょっと甘く見ていた。
 コルトレーンの死後、彼は自分自身のリーダーアルバムとして 『Karma (カルマ) 』 という作品を発表していたが、それをジャズ喫茶でリクエストして聞いたとき、私は 「こりゃあかんわ」 と思ってしまったのだ。

ファラオ・サンダース「カルマ」

 民族音楽 (今語でいえばエスニック・ミュージック) 風の泥くさいパーカッションに、おどろおどろしいヴォーカルとエキセントリックなサックスが絡み合ったそのアルバムは、私にはジャズというより、ハリウッド製冒険映画の主題歌のように聴こえてしまったからだ。

 コルトレーンの 『アフリカ』 や 『クル・セ・ママ』 の崇高性を信じていた私は、はっきりと、このコルトレーンの愛弟子を “格下” と断じてしまった。

 しかし、そのファラオ・サンダースが同じ機内にいるとなると、これは話が違ってくる。
 やっぱり、直に声を聞いて、話をしてみて、できれば彼の音楽観などを聞いてみたい。
 そう思うと、いても立ってもいられなくなった。

 ファンを装って、ミーハー風に 「Give me your autograph (サイン) 」 とか迫っていけば、邪険に断られることもあるまい。
 …とタカをくくって、私はトイレから自分の席に戻ったファラオ・サンダースの肩越しに、大胆にも 「Are You Mr.Pharoah Sanders?」 と、声をかけた。

 ファラオは、一瞬 「何者?」 と不思議そうな顔つきで、私を見上げたが、私が東洋人特有の無邪気な笑顔をつくって 「I'm А Fan、Your Fan、エヘヘヘ…」 とか繰り返すと、それなりに納得してくれたのか、自分の隣りの空いていた席に座らせてくれた。

 英語も満足にしゃべれないというのに、よくもまぁ、そんな大胆な、しかも失礼きわまりない態度が取れたもんだと自分でも思うのだが、昔の方が今よりはるかに鉄面皮だったのかもしれない。

 とにかく、私は、彼に対するインフォメーションをたくさん持っているように見せかけるために、彼の名がクレジットされているコルトレーンのアルバム名を片っ端から並べ、「ジャズ知ってるよぉ!」 というポーズを必死に採り続けた。
 
 ファラオは、自分のリーダーアルバムでもないコルトレーンのアルバム名が上がるたびに、静かに深くうなずき、ときおり 「グレイト」 とか 「ファンタスティック」 などというオマージュを口から発した。

 そんな彼の優しさに接して調子に乗った私は、なんと、失礼なことに、
 「あたなはコルトレーンのエピゴーネン (模倣者) だとかよく言われるが、それに対してどう思うか?」
 などという質問までしてしまったのだ。

 正常な神経の持ち主だったら、怒るまでとはいかなくても、少しは不機嫌になったかもしれない。
 しかし、ファラオは優しく笑って、「自分もそう思っている一人だ」 というようなジョークで返した。

 さらに、この東洋の小僧は面白いと思ってくれたのか、今晩バンクーバーのジャズクラブで、オールナイトのコンサートがあるが来るか? とまで誘ってくれたのだ。

 こんなにうれしいことはなかった。

 バンクーバーに予約したホテルでチェックインを澄ませた私は、部屋に入って荷物を解くのももどかしく、ファラオの教えてくれたアドレスを頼りに、そのジャズクラブに向かった。

ジャズクラブネオン

 小さな蛍光管の店名が光るだけの、地味な看板を掲げたクラブにたどり着くと、入口に立っていた案内人が、「チケットを見せろ」 と素気なくいう。
 私は得意になって、「ファラオが楽屋に来いと言ったんだ」 と胸を張って主張したと思う。

 案内人は、もしかしたら、あらかじめその話を聞いていたのかもしれない。あっけないほど素直に楽屋まで案内してくれた。

 楽屋…というより、単なる更衣室に過ぎなかったが、そこでファラオは色鮮やかなアフリカ系の民族衣装に身を包み、テナーサックスを首から下げて出番を待っていた。
 サイドマンたちとの打ち合わせがあるらしく、もう多くを話すことはできなかったけれど、ファラオは 「小僧よく来たな」 という優しい笑顔を浮かべ、たくましい腕と肉厚の手のひらを差し出し、握手を求めてきた。

 そのときから、「コルトレーンより格下だ」 などと生意気に思っていた私は、彼の本当のファンになった。
 
 第1回目のステージが始まったのは、日本では信じられないような深夜の12時頃だったと思う。

 編成は5人ぐらいだったろうか。
 『カルマ』 でおなじみの 「ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスタープラン」 で幕を開けた。
 アルバムに入っていたヴォーカルはなし。
 複雑なリズム隊で編成された大仰なバンドとは違い、少人数で演奏される曲はまったく違った印象に聞こえた。

 ドラムスと、ベースと、パーカッションだけのシンプルなポリリズムが場内に響きわたり、それがいつしか狭いクラブの中を、夜の海に寄せる波のように満たしていく。

 あっと思った。
 彼はこれをやりたかったのか!

 アルバムでは、アジア・アフリカのバザールの喧噪を思わせる中近東風リズムに聞こえたリズム隊の音が、小編成のセッションでは、日本の竹薮を吹き抜ける風の音のように聞こえてきたのだ。

 それが逆に、果てしなく広がる大宇宙の心臓の鼓動のように響いてくる。

 宇宙の鼓動と、観客の心臓の鼓動が波長を合わせたタイミングを見計らい、ファラオがおもむろに野太いサックスを響かせ、夜空を横切る流星のきらめきで場内を満たした。

 ライブハウス全体がひらりと浮き上がり、空を飛翔していくような感覚が体を貫いた。

ファラオ・サンダース03

 何事も、本物に接してみないと解らないものがある。
 レコードやCDではつかめない音楽というものがあるのだ。
 それがジャズだ。
 と、そのときファラオは教えてくれたような気がする。


 日本に帰ってきて、私はさっそくレコード屋に飛び込み、以前バカにしていた 『カルマ』 を買った。

 不思議なもので、生身のファラオの演奏を聞いてからこのアルバムを聞くと、また違った印象が湧いてくる。
 大編成のリズム隊が奏でる重工な音の隙間に、かすかに、竹薮を吹き抜ける風の音が聞こえてくるように想える。

 それを聞きながら、私は、自分の手のひら包んだ、ファラオの厚く温かい手の感触をいつも思い出す。


 ▼ 最近のYOU TUBE で拾ったファラオ・サンダース。おっちゃん元気やったかぁ!



 ▼ 曲は別物だけど、より当日のコンサートの音に近いのはこっち。8分の演奏のうち、ファラオが登場するのは、ようやく5分を過ぎてから。だけど、早朝の冷気を思わせるサックスの音が美しい。


   
 関連記事 「ロスのコンサート」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:07 | コメント(6)| トラックバック(0)

クッキー最後の旅

 犬と一緒に、東北から北海道を回る11日間のキャンピングカー旅行をしたことがある。
 日本RV協会さんが2005年に主催した 『ふれ愛キャンプ in 稚内 (NORTH RUN 2005) 』 というイベントに参加したときのことだ。

ふれ愛キャンプIn稚内04

 行きはカミさんも交えた “3人旅” だった。
 しかし、カミさんは、自分のスケジュールがつまっていたため、稚内空港まで来るとイベントには参加せず、飛行機に乗って羽田に戻っていった。

 私は犬 (1代目クッキー) を抱いたまま、空の彼方に吸い込まれていく飛行機を見送り、その姿が視界から消えると、犬をクルマの中に放り込んで、イベント会場に向かった。

 カミさんを下ろしたキャンピングカーが走り始めたとき、クッキーは、「さも当然」 とばかりに助手席に這いあがり、「これでやっと2人っきりになれたわね」 とでも言いたげな目つきで、私を見上げた。

 もともと愛人体質の犬であったが、念願の 「助手席」 を手に入れたクッキーは、「妻の座」 を手に入れたごとく喜んでいるように思えた。

ふれ愛キャンプin稚内petクッキー

 私たちが目指した 『ふれ愛キャンプ in 稚内』 というイベントは、もともと介護犬育成のキャンペーンを兼ねたものだったので、会場には盲導犬、聴導犬などの介護犬のほか、参加者たちの飼っている犬で溢れかえっていた。

 しかし、クッキーは、それらの犬たちが自分の前を駆け抜けようが吠えようが、ことさら反応することなく視線を逸らし、目を細めて芝生のグリーンを眺めるだけだった。

 反応が鈍っているのは、年齢から来る衰えというものもあったのかもしれない。

 このとき13歳。
 その3ヶ月後に死期は迫っていたのだが、もちろん、私はまだそれを知るよしもない。
 例によって、「彼女の “犬蔑視” が始まったか…」 と思った程度である。

 もともと、犬仲間に対しては冷淡な犬だった。
 散歩などに連れていっても、他の犬がまとわりついてくると、体をよじって避け、一歩下がったところから相手を観察するようなところがあった。

 その風情が、どこか 「馬車の上から浮浪者を見下ろす貴族の令嬢」 という感じなのだ。
 そして、声にならない声で、
 「四つ足、おどき」
 と言っているように思える。

クラムスコイ作忘れえぬ人

 もしかしてクッキーは、最後まで自分を 「犬」 と思わないまま逝ったのかもしれない。

ふれ愛キャンプin稚内02

 イベント会場となった稚内の空には、8月の初旬だというのに、「秋」 が迫っていた。
 ウロコ状の雲が、真っ青なキャンバスにハケで掃いたような白い筋を残し、その下を赤トンボがたくさん舞った。

 クッキーは、そのトンボの飛翔をときおり物憂げな目で追い、それ以外は、チェアに身体を沈めたまま、居眠りして時間を費やした。

ふれ愛キャンプin稚内クッキー02

 イベントの中日ぐらいに、港で花火大会があった。
 私は、クッキーを車内に残したまま、街の銭湯で身体を洗い、居酒屋で湯上がりのビールを飲み、港の花火を見物した。

 港の周辺は見物客でにぎわっていたが、街の路地裏はみなシャッターが下りて、人影もまばらだった。

 8時半ごろ、フェリー乗り場の埠頭あたりから花火が打ち上げられる。
 明らかに観光客と分かる両親が小さな子供の手を引いて、岩壁近くの見やすい場所に移動する。
 移動するのが面倒くさい地元のカップルは、地べたに腰を下ろしたままポテトチップスの袋を破る。

 花火は都会的で洒落ていた。
 乱れ散る閃光が、その向こうに広がる街の明かりと共演して、夜の海をにぎにぎしく飾った。

稚内花火

 しかし、時間は短かった。
 30分ほどだったろうか
 なんのアナウンスもなく終了した。

 地元の人たちはその呼吸が分かっているのか、立ち上がっていっせいに歩き始める。
 それにつられて、観光客たちも立ち上がる。

 市が花火大会に組める予算では30分が限度だ、という話を後で聴いた。
 北国の夏のように短い花火。
 でも、だからこそ、そこに存在する鮮やかな夏。

 自分のキャンピングカーに戻って、クッキーに花火大会の様子を話す。
 「きれいだった?」
 と、その目が問う。

 「ああとっても。もっと長ければよかったけどね」
 「また、来ればいいわ」
 「そうだね。そうしよう。おやすみクッキー」


 イベントが終わって、私とクッキーは道東周りで苫小牧を目指すことにした。
 左ハンドルのクルマだから、東回りで南下すれば海を眺めながらのドライブになる。

 見事なくらい何もない風景が続く。
 左手にはのどかな海が広がり、右手には、とりとめもなく広がる牧草地。
 その間を、舗装のへたった一本道と、電線を風にゆるがす電信柱が続く。

 クッキーはそんな単調な景色に飽きたのか、身体を丸めて助手席でうつらうつら。
 「またクルマが1台も止まっていない道の駅があったよ。クッキー」
 「そう。疲れたら休んでいいのよ」
 「大丈夫。もう少し走るよ」

コマンダーで北海道を走る01

 上湧別の道の駅で、イベントに参加していたフリーダムに乗ったご夫婦と3回目の出会いを迎えた。
 「今晩は上湧別の温泉に泊まる」 と夫婦はいう。

 「じゃお気をつけて。またどこかでお会いできたら」
 そう言って別れ、私たちは内陸部に入った。

 途中のコンビニで簡単な食材を整え、泊まるのに適した場所を見つけては、夕方の散歩に連れ出す。
 クッキーはもう走らない。
 若い頃は、飼い主を置き去りにするほどの脚力を誇り、一時は自転車に乗らなければクッキーに追いつけなかった。

 しかし、今は歩調もおっとりしたものになり、身体を休めるように立ち止まることが多くなった。
 そして、道の草花を眺め、匂いを嗅ぎ、周囲の音に耳を澄ませている時間が長くなった。

 今思うと、間もなく自分の前から消えゆこうとしている地球上のあらゆるものを、自分の記憶にしっかり刻み込もうという気持ちが芽生えていたのかもしれない。

ふれ愛キャンプin稚内petクッキー

 夜。人気のない場所にひっそりとクルマを止め、カーテンを閉めて、2人だけの夕食を取る。

 「チーズありがとう。少し食べる?」
 「いいよ。お前に与えたものだ。しっかりとおあがり」
 「お腹がいっぱいになったから。いいの」
 「食が細くなったね。スタイルを気にしているな」
 「私きれい?」
 「ああ、きれいだよ」

 私とクッキーは、そんな旅を続けて、5日後に家に戻った。
 
 3ヵ月後。クッキーを失ったカミさんがしみじみと言う。
 「あの子は、あなたと2人だけの旅を心ゆくまで楽しんだのね。良かったわ」
 「あれが最後の旅となるとは思わなかったけれど、いい思い出になったとしたら、それで良かったのかな」

 あれ以来、カミさんが助手席に乗らないキャンピングカーの旅をしていると、いつもそこに、背中を丸めて居眠りしているクッキーがいるような気がする。

ふれ愛キャンプin稚内のクッキー012

 「クッキー最後の秋」


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:54 | コメント(8)| トラックバック(0)

ビルダーブログ

 キャンピングカーを造ったり売ったりしている会社には、けっこう面白いブログを書くスタッフがいます。
 もともとが “趣味のクルマ” ですから、やはり好きでこの世界に入ってきた人が多いわけですね。
 そうなると、ちょっと力の入った新車などを開発したときは、やはり、ありきたりの宣伝ではなく、多少なりとも思い入れの部分を強調したくなるでしょうし、苦労話の一つも入れたくなるでしょう。

 だから、キャンピングカービルダーのスタッフたちが作るブログを読むと、カタログや雑誌広告には載らない車両開発に対するホンネの部分、会社の空気、お客さんたちとの交流の雰囲気まで伝わってきます。

 そのようなブログの中で、特に人気が高いのは、やはり書き手の個性が鮮烈に漂ってくるブログです。
 個性的な記事を書ける人というのは、自分の日常生活の1コマを採り上げただけでも、どこか楽しい読み物になっているものです。

 今回は、そういう “面白いブログ” をいくつか拾って、ご紹介しましょう。(一応アイウエオ順にいくつもりです)

【アネックス】

annexプラザ

 まずは、大阪を代表するキャンピングカービルダー 「アネックス」 の田中社長のブログです。
 昨年の12月にスタートしたという若いブログですが、内容がなかなか多彩。
 もちろん、ビルダーの社長さんが担当するブログですから、新車の開発過程や展示場レポートなどもしっかり折り込まれています。

 しかし、それ以上に、趣味のハイキングやキャンプの体験記、読書感想文など、豊富な話題が繰り広げられているところに、このブログの特徴があります。

 ハイキングで山に登り、大地の上に朽ち果てていく落ち葉を見ながら、自然の見事な循環システムに感動する一方、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』 というような本にもしっかり目を通し、「利権団体の絡んだエコ推進活動」 には疑問の目を向けるなど、ブログ担当者の関心領域の広さが伝わってきます。

 文章がいいですねぇ。作者の温かさと優しさがストレートに伝わってきます。
 それでいて、けっこうモノを見る目がシビアだな…とちょっぴり緊張させる部分も漂っていて、読みごたえがあります。

 それぞれの記事には、内容に応じた美しい画像もしっかり張られ、全体的に華やかな感じの画面構成になっています。
 記事に応じた写真を撮っていくというのは、実はなかなか大変なものですが、そのへんも手を抜かずに頑張っています。力の入ったブログです。

 blog → http://annex-rv.blogspot.com/


【インディアナRV】
『Indiana Blog 最新ニュース』

インディアナRV

 2006年の11月にスタートし、今年で4年目を迎えるブログです。そのため、同社のユーザーさんたちへの連絡網としても、しっかり定着している感じが伝わってきます。

 記事を担当するのは営業スタッフの方が中心になっているようですが、もちろんその中には社長の降旗さんも加わり、トレーラーに関する深い造詣を生かして健筆を振るわれています。

 基本的には、新車情報、イベント情報を中心とした構成ですが、スタッフたちの立ち位置が “ユーザー目線” になっているのが特徴です。
 たとえば、装備類を使いこなすための “秘技” が紹介されていたり、新商品をテストしたレポートが掲載されていたりと、使っている人たちの気持ちを大事にする方針に徹しているところが頼もしく感じられます。

 blog → http://blog.indiana-rv.net/


【エートゥゼット】
『АtoZ Blog』

AtoZshop01

 「AtoZ」 さんの新車紹介、イベント情報を主体としたブログなのですが、エントリー記事を担当される atozburi (常務) さんの文章タッチが絶妙です。
 ほのかなユーモアを讃えた “脱力系” の文体なのですが、とても味があります。
 記事内容は、けっこうしっかりした自社商品の売り込みなのですが、それを匂わせないところがミソ。
 ちょっと 「引いた」 感じの文章のうまさにつられ、ついつい引きずり込まれるように読んでしまいます。

 このブログを担当されている方は、ご自分のことやご自分が扱う商品のことを、覚めた冷静な目で観察する力を持っていらっしゃるんでしょうね。
 それでいて、やはり自分たちのつくってきたものを愛し、誇りを持っている。
 そのホット&クールの加減の良さが、「文章の味」 として昇華されているようなブログです。

 blog → http://plaza.rakuten.co.jp/atozblog/


【MYSミスティック】
『勝手な独り言』

MYSミスティック

 ピックアップキャビンを製作・輸入・販売すると同時に、ユニークなバンコンや軽キャンパーも開発している 「MYSミスティック」 。
 この 『勝手な独り言』 というブログは、同社の佐藤社長が思いのままを綴る珠玉の作品集です。

 なぜ 「作品集」 などと言ったかというと、この人ほど、自分のこだわりや思い入れを熱っぽく伝える力のある人は、そう滅多にいないからです。

 たとえば、今の 「エコブーム」 に対する感想を述べた 「未来予想図」 というエントリーには、こんなことが書かれています。

 「エコはとても大事なことだと思います! しかし、私はスーパーカーに憧れ、アメリカの大排気量のトラックに憧れ、そういうクルマに乗りたくて、いつか乗ってやると切に思って生きてきました。
 しかし (エコブーム時代を意識したクルマが多くなってくると) 、クルマに対する憧れや納車が待ち遠してワクワクするあの感覚がどんどん薄れ、クルマが夢を失ってただの移動手段になっていく…」

 この感じ、実によく分かります! 
 エコロジーが時代の要請として尊重されなければならないこと分かっているが、熱く胸をときめかせてくれる 「クルマの夢」 まで失ってしまっていいものか?
 実に正直です。勇気もあります。

 こういう人ですから、佐藤さんが書かれる新車開発のレポートも、単に機能的なハード面を綴るだけでなく、そのハードに託した 「夢」 の部分が上手に表現されています。

 「GT-Rは良いクルマですね」
 とポツリと一言書かれる凄み。
 それは、この人ならではの世界から発せられる貴重なメッセージです。

 blog → http://mystic.tea-nifty.com/hitorigoto/


【カスタムプロ ホワイト】
 『答は風の中』

カスタムプロホワイト01

 長崎でバンコンを中心としたキャンピングカーを製作する池田さんが手掛けるエッセイ集です。
 音楽にも一家言を持たれている方で、エッセイ集のタイトルである 『答は風の中 (BLOWIN' IN THE WINND)』 という言葉も、ボブ・ディランの歌から採られています。

 自作のキャンピングカーに対するインフォメーションは、すべてホームページの方から流されるので、このエッセイ集は、基本的にご自分の私生活をベースにした生活雑感が中心になっています。

 しかし、単なる生活レポートではありません。
 どのエッセイも視点がまずユニーク。そして、時に哲学性を帯び、文学の香りも十分。すべての作品に、文明批評的な色彩が色濃く盛り込まれているところに特徴があります。

 池田さんのエッセイは、弊社HP 「CAMPINGCAR SUPER GUIDE ON LINE」 にて連載されていますので、すでにご存知の方も多いでしょうね。

 blog → http://campingcar-guide.com/kaze/039/


【キャンピングカーステーション】

CCS東松山

 RV BIGFOOT社の直営展示場である 「キャンピングカーステーション」 さんのブログです。
 基本的に新車情報、イベント情報などが、各スタッフの持ち回りでレポートされています。
 しかし、テーマはそれだけに限らず、時にスタッフたちの体験した旅行情報、グルメ情報、生活雑感なども入って多種多彩。

 apple氏が展開する 「車名の由来」 シリーズは、同社の車名がどのようにして生まれたかを説き起こす読み物で、時にアカデミック、時にジャーナリスティックな筆致が冴えわたっています。

 注目したいのは、サワディー福島氏の 「きまぐれアジアンロード」 。
 氏が入社前に放浪していた東南アジアの情報が多いのですが、特にタイとカンボジアの国境近くを放浪していた頃の “漂流記” は読んでいて、本当にスリリング。
 山奥の貧しい村々を旅しながら、昆虫を食べ、泥水 (?) を飲んで生活していたという話は、読み終わった後も、思い出すたびにショッキングな気分になりますが、けっこう読後感は爽やか。力のある書き手です。

 サワディー福島さんのことは、このブログでも一度紹介したことがあります。 → 「ウルルン紀行」 

 blog → http://rvccs.blog.shinobi.jp/ 
 

【キャンピングワークス】
『CAMPING WORKS BLOG スタッフみんなのんびりブログ』

 発電機の搭載を前提としたユニークなコンセプトのキャブコンを開発する 「キャンピングワークス」 さんのブログです。

 専門性を帯びた車両開発を行うビルダーさんだけに、他社の車両を紹介する記事も 「目の付け所が違うなぁ…」 と感心することが多々あります。
 それでいて、イベントに参加するときの道中記なども軽妙な筆致が冴え、なかなか味のある記事になっています。

 全体的に写真が多いところに特徴があり、イベントレポートなどは、写真を眺めるだけで行った気分になります。

 主なエントリー記事を書かれるのはスーさん。そして、テキサス井下田さん。
 営業的な視点と、サービス・メンテナンスの視点をほどよくバランスしたお二方の関わり方が、それぞれ中身の濃い記事を展開しています。

 blog → http://camping-works.jugem.jp/?eid=390


 「アイウエオ順」 にご紹介しようと思いましたが、まだ 「カ行」 なんですね。
 ビルダーブログには、まだまだ面白いものがたくさんあります。
 残りは、いずれまた日を改めてご紹介いたしましょう。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

野獣達のキャンプ

 親のキャンピングカー旅行に子供がついてくるのは、せいぜい小学生ぐらいまで、とよくいわれる。
 中学に入ると部活が始まったり、友達同士との交流も盛んになるので、子供が親と行動をともにする機会がガクっと減る。

 さらに 「いい年こいて親と旅行なんて、カッコ悪い」 という本人のテレも加わり、ますます旅行に誘うような親には、警戒して近づかなくなる。

 しかし、高校ぐらいになってくると、また様子が違ってくる。
 もう10年以上も前の話だけど、しばらくキャンプから遠ざかっていたうちの小僧が、一時また復活したことがある。

タコス例会で張ったテント1

 ちょうど高校の2年目ぐらいの頃だった。
 ある日気まぐれに 「キャンプでも行くか?」 と誘ってみると、そのときの小僧の意外な返事。
 「いいよ」
 と、拍子抜けするくらいにカワユイ声。
 「だけど、友だち連れていっていい?」
 という。
 もちろん、こちらは大歓迎だ。
 
 で、当日集合したメンバーは…というと、頭の色は、見事に金、茶、オレンジ…。
 山のキャンプと言ったはずだが、海水浴と勘違いしているのか、みな短パンにビーチサンダル。
 肩に引っかけたナップザックには、着替えとバスタオルが入っているだけという様子。

 彼らがキャンピングカーに乗り込むと、たちまち騒然たるランチキ騒ぎとなった。
 冷蔵庫からコーラを取り出しラッパ飲み。
 現地に着いてからのおやつにと用意したポテトチップスの袋はたちまち破り捨てられ、車内に乾いたポテトとコンソメの香りが充満する。

 「おじさん、ラルクアンドシェルのCDないの?」
 スピーカーから流れる音楽に対するリクエストも容赦ない。

 現地に到着するやいなや、脱兎のごとくキャンピングカーから走り去る小僧たち。放課後のチャイムが鳴ると、勉強嫌いの生徒たちが一斉に教室を飛び出す、あの感じだ。

 それを見て驚いたのは、その日のミーティングに集まったTACOS (タコス) の人々だった。
 渋谷センター街あたりでナンパしまくっている雰囲気のガキたちが、野に放たれた猟犬のごとく飛び出してきたのだから、みんな 「何が起こったの?」 と振り向いたのも無理はない。

 「いやぁ、うちの子供がちょっと友達を連れてきちゃったので…」
 汗をかきかき、そばにいたメンバーに説明する。

ギャラクシーと小僧達1

 幸い、タコスの田代社長は、若者のやんちゃぶりを大目に見てくれる人だったから助かった。
 「いいじゃないの。若い人がキャンプに来るなんて大歓迎」
 と目を細めて許してくれる。

 ファミリーキャンプではあるけれど、こういう大会に集まるファミリーというのは、その子供たちの中心は小学生か中学生で、しかも基本的にキャンプのルールとマナーをわきまえた躾 (しつけ) の良い子が大半だ。

 しかし、連れてきた高校生たちは、たちまちくわえ煙草で、傍若無人に歩き回る。
 あせった。
 「おい、煙草はやめろ!」
 いくらなんでも、未成年が公衆の面前で煙草を吸ってはまずい。

 「はーい」
 と返事だけはいい子たちなのだが、それは煙草を吸うのを止めるという意味ではなくて、大人から見えないところで吸おうという魂胆なのだ。
 小僧たちは、たちまちのうちに群を離れて、側道を駆け上がり、山に向かった。

 とにかく、足手まといがいなくなったすきにオーニングを出し、ポールをペグで固定し、椅子テーブルを出して、ついでにドームテントを張った。
 テントはやつらの寝場所に使うつもりだった。

ギャラクシーとテント
 
 一応、生活スペースを整え、お茶・コーヒーをテーブルに並べて、さぁおやつでも…と待っているのだが、今度は一向に帰ってこない。

 やがて、日がどんどん陰りはじめ、夜の持ち寄りパーティのため食事を作る時間となった。
 そのときになっても、まだ連中の姿は見えない。

 広場の真ん中にテーブルが寄せられて、そこに湯気を立てた各ファミリーの自慢の料理が次々と並び始める。

 田代さんの司会により、新人メンバーさんの紹介が始まり、「さぁ乾杯」 とみな一斉に立ち上がった瞬間に、まるで計算しつくしたようなタイミングで、連中の姿が地面から湧いて出た。
 そして、指示もしないのに、うちのキャンピングカーから皿とハシを持ち出し、腹をすかせたライオンのようにテーブルに突進していく。

 「おいおい、もっと行儀よく!」
 と指図する自分の声も虚しくなるほど、並んだ料理をこぼれんばかりに皿に積み上げていく山賊たちのがっつきぶり。
 見ていて悲しくなるほどだった。

 食事が終わると、大人たちにとっては楽しい歓談タイムなのだが、腹をいっぱいに膨らませた山賊たちは、食事を用意した大人たちへの礼もそこそこに、テントの中にもぐり込み、チャックを下ろして入口を密閉してしまった。

 食後の煙草でもこっそり吸おうというのだろう。
 知恵を使う訓練をサボっているから、考えることがミエミエなのである。

 私たち大人は、近くにキャンピングカーを停めたファミリー同士で、仲良く酒を酌み交わしていたのだが、ときよりテントの中が気になって、ちらちら様子をうかがってみる。

 「ギャハハハハ!」

 何が面白いのか、獰猛な笑い声がテントの中に充満している。

 「ウォッホホイ!」
 「オッペケオッペケフィー!」

 どういう遊びをすれば、ああいう奇声が出るのか、最近の若者の遊びには正直、ついていけない。
 まだ、夜更けといえそうもない時間帯だからいいけれど、この調子では10時を過ぎても、笑い声が収まりそうな気配がない。

 と、少し憂鬱になりかけたとき、今度はサンダル履きのままテントからみな飛び出してきて、「散歩に行っていいっスか?」 と尋ねてくる。

 「もちろん。しかし、山といっても民家もあるので、静かに歩くこと。帰りが11時を過ぎないこと。煙草ポイ捨て厳禁。火の用心」
 高校生に言うことでもあるまいと思うのに、ついつい小うるさい条件を付けなければ送り出す気分になれない。

 「了解っす。じゃ探検隊しゅっぱぁつ!」

 なんとも無邪気なかけ声を交わしながら、連中のかざす懐中電灯の明かりが遠ざかっていくのを見守る。

 結局、連中のご帰還は、夜中の1時近くだった。
 タコスのパーティはとっくに終わり、大人たちもみなクルマの中に入って休んでしまったようだ。
 室内に明かりが灯っているキャンピングカーは、ほんの数台という状態。

 私は、時間を守らなかったやつらにお灸を据えてやるつもりで、わざと野外に持ち出した椅子に腰掛けて、帰りを待っていた。

 やがて、山道を下ってくる懐中電灯の明かりが見えた。
 ヤツラはヤツラなりに、声を落として話し合っているのだろうが、深夜ともなると、声がここまで響いてくる。

 「こら! シー! 静かに」
 テントまで戻ってきた連中を一応叱ってみてから、
 「で、何か面白いものがあったのか?」
 と聞いてみた。 

 道の真ん中でヘビの抜け殻を発見し、みな大いに盛り上がったのだという。
 そして、一匹の抜け殻があれば、もっとあるかもしれないと、みんなでたった一個の懐中電灯の明かりを頼りに、そこら中を探し回っていたとか。

 山頂には、だだ広い駐車場があるらしく、その地面に腰を落とし、みんなして、口をあんぐり開けたまま、満天に輝く星に見入っていたとも。

 「キャンプ面白いっスね」
 と、椅子に座った小僧のうちの一人が言い出した。
 昼間は昼間で、川原の石をみんなで積み重ねて “ダム建設” を楽しんだのだとか。

 なんという無邪気さ。
 時に、授業をサボって街まで 「お茶」 しに行ったり、カラオケスナックで歌ったり、ゲーム機に興じたりする “町っ子” たちが、ランタンの明かりの元で、無心に自然と戯れることの楽しさを語り合っている。

 「声を落として静かに話すんだぞ」
 私はそう言って、彼らにインスタントのコーヒーを煎れてやった。

 「次は、絶対釣り竿がいるよ」
 「お前ルアーって知ってんの? 簡単にできないんだよ、あれは」
 「望遠鏡あるといいよな。もっと星をでっかく見るときれいだ」

 もうすでに、2回目のキャンプ旅行に着いてくるつもりでいる。
 小僧たちがそんなに楽しんでいたのかと思うと、意外でもあり、うれしかった。

タコス例会で張ったテント2

 この連中とは、若干のメンバーの入れ替えはあったが、その後母親たちも交え、プライベートなキャンピングカー旅行で2~3回つき合うことになった。

 昼間は、大人子供ともどもフリスビーなどを投げ合って遊ぶ。
 大人たちがのんびり酒盛りする夜は、小僧たちは、相変わらず懐中電灯ひとつ下げて夜回りに出かける。

 そうやって、キャンプ旅行を重ねた小僧たちは、その後社会人になってからも、まだ親交が続いているようだ。



旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

007慰めの報酬

 カミさんと一緒に 『007 慰めの報酬』 を観てきました。
 自分としては、隣りの映画館でやっていた 『チェ・ゲバラ 39歳別れの手紙』 方がはるかに観たかった映画なんですが、まぁ、007の方は前売り券を買っていたので、今日はこっち…ということで。

007慰めの報酬01

 アクションシーンの連続で息をする暇もない…という噂は聞いていたのですが、まぁ、凄いです。
 のっけから、手のひらにじっとり汗をかくほどのカーチェイス。
 あのカッコいいアストン・マーティンDBSがベコベコに。
 もったいない…。
 
 ほとんど5分間隔ぐらいで、とんでもない派手なアクションシーン (殺し合い) がこれでもかこれでもかというくらいに繰り広げられます。
 そのたびに、クルマが盛大に壊れ、ボートが大破し、飛行機が激突し、ビルが破壊され、むしゃくしゃした気分を胸の奥に抱えた人はスッキリ。

 人もいっぱい死ぬんですけど、誰が死んだのか分からないくらい、とにかく皆忙しそうに、大仰に宙を飛んで亡くなっていきます。
 だけど、主人公だけは絶対死なないと分かっているから、安心です。

 観光映画としても、見せ場がふんだん。
 ルネッサンス時代の世界をそのまま再現したようなイタリア・シエナの街並みが出てくるかと思えば、オーストリアのオペラ劇場のゴージャスな雰囲気を味わうこともできます。
 さらに、ハイチのダウンタウンのエキゾシチズムも堪能できれば、荒涼たるボリビアの砂漠地帯も出てきて、そのつど風景の美しさにうっとり。

 まぁ、本当に贅沢な映画ですね。
 さすが 「007」 。ゴージャス感はたっぷり。

 肝心のジェームズ・ボンドはどうなんだろう。
 私たちの世代というのは、やはりショーン・コネリーのボンドになじんでしまった世代なので、ロジャー・ムーアに代わったときですら、「なんか違うなぁ…」 という印象をぬぐいきれませんでした。

007慰めの報酬02

 だから、ダニエル・グレイク (↑) 演じるボンドを最後まで 「ジェームズ・ボンド」 として感じることはありませんでした。
 でも、これはこれ。

 ショーン・コネリーの 「007」 とは別の映画なんだと割り切れば、ダニエル・グレイクにも、それなりの存在感を感じました。
 男性フェロモンむんむんのマッチョなプレイボーイであったコネリー・ボンドに比べ、ダニエル・グレイクのボンドはクールでハードボイルド。
 そういうところは、現代風です。 

 個人的に気に入った役者さんは、この人。
 ドミニク・グリーン (↓) という “悪役” を演じるマチュー・アマルリックさん。

007慰めの報酬03

 表の顔は、誠実な環境保護ビジネスの社長さん。
 しかし、裏に回れば、利権目当てに独裁者の軍事政権をサポートし、それによって水資源や石油資源を独り占めしようとする大悪人。
 で、気の弱そうな情けなさそうな役柄と、狂気をはらんだ冷酷なキャラクターの両方を演じ分けて見事です。

 で、最後にいろいろ悪い連中がパッパカ派手に死んで、めでたしめでたし。

 映画館を出たときは、気分爽快。
 で、結局は何も残らない…というアクション映画の王道を行く映画です。

 アクションで見せるエンターティメント映画というのは、見終わった後まで、「映画の意味」 などを観客に考えさせるようでは失格。
 上映時間中に、観客の感性をシャワーのように刺激し、風呂上りは爽快! という気分にさせるようなものでないと駄目なのでしょう。

 で、私も 「この映画は何を伝えようとしたのか」 などと、あれこれ考えることもなく、湯上りの爽快さだけを身にいっぱい浴びて、映画館を後にしました。
 こういう映画は、その後DVDでも買って、もう一度心ゆくまで観賞しようという気持ちを起こさせないだけ、安上がりかもしれません。 


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:34 | コメント(2)| トラックバック(1)

マンハッタン追想

 ウッディ・アレンが監督を務め、かつ主演を張った 『マンハッタン』 が公開されたのは、1979年だった。
 公開前から、このクィーンズボロー・ブリッジのベンチの写真が色々な媒体で紹介されていて、それを見るたびに、僕はその美しさにため息をついた。

映画マンハッタン

 だから、この映画が上映されるやいなや、僕はすぐに封切館に飛び込んだと思う。

 観た印象はどうであったかというと、実は、あまり記憶に残っていない。
 たぶん、期待したものが大きすぎて、ちょっと裏切られたような気分であったからだ。

 都会的なセンスを身に付けた教養人といわれたウッディ・アレンであったが、彼の 「都会性」 と 「教養」 は多分に複雑すぎて、僕の頭と感性ではついていけなかった。

 きっと、今もう一度観ると、この映画の良さが分かるのかもしれない。
 でも観ないだろう。
 このクィーンズボロー・ブリッジのスチール写真だけ眺めていれば、それで十分だという気もするからだ。

 だから、今日ここで書くのは、映画 『マンハッタン』 の話ではない。
 このスチール写真がきっかけで知り合った、一人の女の人の話だ。


 映画を観終わって、少し索莫とした気分でいた僕は、家に帰るまでの時間を持て余していた。
 夕飯を食うことを思いつき、ついでに酒を飲むつもりで、ときどき顔を出したことのある地下の居酒屋の階段を下りた。 
 
 その店に特徴があるとしたら、酒と料理が安いこと。
 それ以外に、何の魅力もない居酒屋だった。

 店内は混み合っていて、相席となった。

 客の98パーセントは中年男性のサラリーマンで占められ、僕が相席を勧められたテーブルだけが、残りの2パーセントである女性の二人連れだった。

 一人は、都会生活に慣れたOL風。25~26歳ぐらい。
 もう一人は、田舎から遊びにきたその友だち風。27~28歳ぐらい。
 二人は何を間違えて、この中年男たちの 「巣窟」 に迷い込んでしまったのか。
 酔狂な女たちもいるもんだと思いながら、僕は一人でコップ酒をあおり始めた。

 「あら…」
 田舎から遊びに来た風の女性が、僕がテーブルの上に置いたウッディ・アレンの 『マンハッタン』 のパンフレットに視線を注いだ。
 この映画に興味を持っている風情だった。
 化粧気の薄い、地味な顔立ちの女性だったが、好奇心をみなぎらせた目が美しかった。

 「ご覧になりますか?」
 そう言って、僕はパンフレットをテーブルの上に滑らせて、相手の方に押しやった。
 
 「いいんですか?」
 そう発した声に、どこかの地方のなまりがあった。

 「今日、これを観ようと思って新宿に出てきたんです。だけど時間が間に合わなくて」
 と、彼女はパンフレットを手に取ってから、同僚の同意を求めるように振り向き、二人でクスっと笑った。

 その後は、たぶんその映画の話になったと思う。
 僕は正直に、映像はきれいだったけれど、話はよく分からなかったと伝えた。

 「いいんです。映像がきれいなら、ストーリーなんてどうでもいいんです」
 妙に自信を持った彼女の言いっぷりが面白くて、僕は 「なぜです?」 と聞き返した。

 どうやら彼女は絵を描く女性だったようだ。
 しかも、テンペラという、今ではあまり使われない技法で描いているというのだ。
 
 「テンペラって、ルネッサンス期の画家たちが教会の壁なんかに描いていたやつでしょ?」
 「あら、ご存知なんですね」
 笑うと、浅黒い肌から白い歯がのぞき、南国育ちのおおらかさのようなものが、彼女の笑顔からこぼれ出た。

 話題は、それから絵画の話になった。
 それがつまらなかったのか、もう一人の女性が 「明日早いから」 と席を立った。
 
 取り残された田舎から遊びに来た風の女性も、一緒に店を出ようとするのだが、
 「いいの、いいの。あなたはいなさい」
 と、立ち上がったOLは取り合おうとしない。
 たぶん気を利かせたつもりだったのだろう。

 僕たちは、取り残されたことで、なぜか幸運を手にしたような気分になり、その後しばらく店の喧騒に負けないくらいの声で、絵画について、映画について語り合った。


 その女性とは、その後一度だけデートしたことがある。
 どういう経緯で逢うことになったか思い出せないのだが、たぶん別れ際に渡した会社の名刺を頼りに、彼女が電話をくれたのだと思う。

 僕たちは、銀座で落ち合って、食事をしてから、ジャズのライブを聞きに行った。

 絣の和服を着た彼女は、どこかしら都会のライブハウスでは浮いていた。
 肌の色が浅黒かったその女性に、暗色の和服は、地味で暗い印象を与えていた。
 でも、それは、もしかしたら彼女の精いっぱいの盛装だったのかもしれない。
 僕はそれを愛しいと思った。

 曲と曲の合間に、尻切れトンボになりつつも彼女が語ったのは、やはり自分の目指している絵のことだった。

 平凡でも幸せな主婦になるつもりで普通の勤めを始めたのだが、自分の中に巣くう絵に対する炎のようなものをかき消すことができない、と言う。

 でも、絵で食べていくのはあまりにもリスキーだ。
 もし失敗したら、自分には帰る場所がない。
 そういう彼女の話には、せっぱ詰まったものが鬱積していて、今ようやくそれを吐き出せる相手が見つかったといわんばかりだった。

 詳しいことは分からなかったが、どうやら家族の反対を押し切って家を飛び出してきたという雰囲気がある。
 きっと、それにまつわる様々な葛藤や事件があったのだろう。

 彼女の話が激しさを帯びるにつれ、ライブを演じるジャズメンたちの顔が間延びした表情に思えてきて、彼らの出す音が薄っぺらな音に聞こえた。

 店を出て、夜の舗道を歩いた。

 「一度、絵を見せてもらえませんか」
 と僕は言った。

 「駄目なんです。描けてないんです。今はどうしてもうまく描けないんです。たぶん焦っているのでしょうね」
 
 そういうとき、なんて励ませばいいのか。
 「頑張ってください」
 と月並みな言葉をかける気にならなくて、たぶん僕は言葉を探しながら、黙って自分たちの足音に聞いていたのだと思う。


 彼女の個展の招待状が届いたのは、それから4~5年経ってからのことだった。
 名前が変っていたが、「旧姓」 として、出会った頃の苗字も添えられていたから、僕はすぐ彼女だと分かった。
 
 その頃、僕も結婚をしていて、子供も生まれていた。
 その招待状が届かなければ、僕はもう彼女のことを思い出すこともなかったろう。

 久しぶりに会った彼女は、相変わらず暗色の絣の着物に身を包み、浅黒い肌に白い歯を見せて、以前と同じように美しい目で笑った。

 彼女が描いたという数点の絵の前にたたずみ、それが想像したようなものとはおよそ違っていたので、僕はびっくりした。
 みな裸婦だったのだ。
 それも、赤身の強い、まるで林武の描く 「赤富士」 のような筆致で描かれた雄渾 (ゆうこん) な裸婦だった。

 「男の人が描いた絵だと思いました」
 月並みな表現しかできなかったが、それに続く感想として、そのデフォルメの妙が生んだ、裸婦たちのみなぎるような生命感を讃える言葉を探した。

 ソファに座り、あるいは壁を背にして立ち、そして窓にもたれかかる裸婦たちは、どれもゴーギャンの描くタヒチの女性のような体躯を与えられ、自分の内なる叫びを必死になってその体躯の中に押し込めようとしているように思えた。

 それは、「自分の内なる炎を抑えることができない」 とライブハウスの中でうめいた彼女そのものに見えた。

 もしかしたら、モデルも彼女自身なのだろうか。
 そう思ったとたん、赤黒い肌を与えられた裸婦たちが、画家の分身であるかのように一斉にこちらに目を向けたような気がした。


 この話はこれで終わりである。
 それから、もう個展の招待状は届かなかった。

 たぶん、彼女は自分の “内なる炎” を封じ込めることができるくらい、幸せな結婚生活を送ることになったのだろう。

 『マンハッタン』 のスチール写真を眺めると、僕はときどきそのパンフレットを手に取った彼女のことを思い出す。

マンハッタンパンフ


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:03 | コメント(4)| トラックバック(0)
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