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町田編集長さん こん…
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ムーンライト 03/22 12:24
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ムーンライト 03/19 11:45
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ゆんた 03/19 07:50
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町田 03/18 00:00
町田さん、ご心配あり…
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>TOMYさん、よう…
町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
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町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
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グルメ時代終わる

 食料品の値上がり、原油高騰の影響による漁業の操業中止など、ここのところ食料品の安定供給を危ぶむ話がマスコミでもずいぶん採り上げられるようになってきた。

 「飽食の時代」、「グルメの時代」 といわれた消費的な食文化を謳歌してきた日本社会にも、ついに 「食べられない不安」 が忍び寄ってきたのかもしれない。

 そういう時代が到来してもいいように、私などはすでに2ヵ月前から省エネ的な食事スタイルに切り替えている。

 昼飯どきはどこに入っても、定食を頼むときは半ライス。
 おかずはだいたい一品だけ。
 間食はしない。
 寝る直前の食事も避ける。
 (無駄な?) 酒は飲まない。

 こうして少しずつ 「小食」 に慣れて、食料品不足と食材高騰の時代を乗り切ろうと思っている。

 ……というわけじゃないんだよ。
 「糖尿病」 の目安となる血糖値が、危険水域と呼ばれる100を超えて、120になっちゃったわけ。

 だいたい大福をつまみに日本酒。
 チョコレートでウィスキーという組み合わせにまったく違和感を感じない嗜好だったので、この前入院した病院のお医者さんに、さんざんお灸を据えられてしまった。
 「1ヵ月に1回は、必ず血糖値を計りに通院するんだよ。約束だよ。血糖値が上昇しているようだったら、また入院させるよ」

 グゥーの音 (ね) も出ないほど首根っこをつかまえられてしまった。

 そもそも外科の入院だったのに、なぜ内科の先生に口出しされなければいけないんだ?

 糖尿病の人は、外傷を受けた場合は化膿しやすく、治りも遅いという。
 「あんた、内科に観てもらった方がいいよ」
 と外科の先生がいったのだ。

 長い間、カミさんにも糖尿病を隠してきたけれど、今回そんなことでバレてしまった。
 それ以来、家でも菜っぱ中心の献立。
 ウサギになったわけでもあるまいに、菜っぱばかり食えるかよ。
 ……なんて献立に口答えすると怖いので、粛々と菜っぱをかみ砕いている。

 でも、辛いなぁ。
 豚カツ、コロッケ、こてこてバターのトーストなどが大好物だっただけに、菜っぱが主食じゃなぁ。

ラーメン1 豚汁定食1
 ▲ 大好きなラーメンもここ2ヵ月食べていない。大盛りライスは夢のまた夢

 これで、ダイエットに成功すればモテモテおやじになる…なんていう希望でもあれば、少しはモチベーションも高まるとも思うが、モテて楽しいなんていう歳でもないしさ。

 せめて、「グルメ時代の終焉」 に先駆けて、その対応準備を進めているとでも思わないと、やってけない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 19:08 | コメント(4)| トラックバック(0)

奇岩博物館

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 4 》

 岩ばかり撮ってきた。

 「あなた岩にしか興味がないの?」
 今回のアメリカ旅行で撮った画像を見たカミさんは、そういう。

 このたびの旅行では、コンパクトフラッシュを5枚用意した。
 1枚で、約150カットほど撮れるから、全部で750カットほどの画像を残したことになるのだが、確かにその4分の1ほどが、モニュメントバレーをはじめ、走行中にクルマを止めて撮った 「岩」 だった。

モニュメントバレー31

 う~む…。
 自分では意識していなかったのだが、撮った画像を調べてみると、確かに、岩山の画像が多い。

 だって、面白いんだから仕方がない。 

 アリゾナ、ユタ州などの 「グランドサークル」 といわれる観光地を抱えたエリアは、とにかく “奇岩博物館” である。

双子の奇岩

 別にモニュメントバレーやグランドキャニオンまで出向かなくても、ちょっと郊外を走ってみれば、不思議な形をした岩がごろごろ転がっている。

 どれもみな、何万年に及ぶ風雨の侵食を受けて造り出された天然のオブジェなのだが、
 「裏側に回り込むと、ひょっとして作者の名前が彫られているのではないか?」 …と思えるくらい、人工物の気配を漂わせている。
 自然のくせに、妙に 「不自然な形」 なのだ。

 この不思議な岩のアートに魅せられて、走行中もちょくちょくクルマを止めてはカメラに収めた。

 肉眼で見たときは、「おおすげぇ!」 と思っても、実際にファインダーを覗いてみるとたいしたことはなかったりする。

 やはり、世界を小さく切り取ってしまうカメラのファインダーは、人間が肉眼で捉えたときのスケール感には及ばない。
 ただの岩が 「奇岩」 に思えるのは、それが、360度フラットなアメリカの荒野にぽつねんと立ち尽くしていたりするからだろう。

モニュメントバレー25

 周りはまっ平らなのに、なぜ、この岩だけ天に向かって伸びているの?
 その異和感、アンバランス感、理不尽さ…。

 言葉にしようとも言葉にならない奇妙なもどかしさが、かえって想像力を刺激する。

モニュメントバレー27 

 「自然は芸術を模倣する」
 という有名な言葉を残したのは、イギリスの小説家オスカー・ワイルドだ。

 たとえば、湖面に揺れるスイレンの花。
 あるいは、昼下がりの麦畑。

 そのスイレンを見て、ある人はモネの描いた 「スイレン」 のように涼しげだと思うかもしれないし、麦畑を見た人は、「この麦畑は、ゴッホの描いた麦畑みたいに光っている」 なんて思うかもしれない。

モネの睡蓮
 ▲ モネの睡蓮

 我々は風景を見るとき、無意識のうちに、どこかの美術書やテレビのCMなどに使われた有名な風景画 (あるいは映画やドラマの風景) の印象を重ねている。

ゴッホの麦畑
 ▲ ゴッホの麦畑

 つまり、人間の意識に入ってくる 「風景」 というのは、実は、見た人の体験や美意識のフィルターを通じて変形されている。
 「自然は芸術を模倣する」 というワイルドの言葉は、そういう意味だ。

 アリゾナ、ユタ州あたりに散らばる奇岩は、みなマネッ子の名人だった。
 ハリウッドのあるカリフォルニアに近いせいか、「芸術」 といってもどことなく映画的。
 『キングコング』 や 『ジェラシックパーク』 を彷彿とさせるモンスターコングや恐竜に見えるものが目白押し。
 見ていて飽きない。

モニュメントバレー26
 ▲ 丘の上から地上を見下ろすキングコング?

 見る人間の気持ち一つの変化で、「何者かの作意」 を伝えてくる自然。
 冷たい無機物が、突如メッセージを発するという神秘。

 「人間の意識の問題」 といってしまえば、それまでだけど、どうもこういうところに自分の好奇心は働く傾向が強いようだ。

 誰かが何かの意図によって造ったものではまったくないのに、何かの意図が隠されているようにも見える。

 ああ、もう…このもどかしさがたまらない。

モニュメントバレー21
 ▲ 岩山の頂上から放射される雲が、虚空に向かって何かのメッセージを発信している…???


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 12:18 | コメント(4)| トラックバック(0)

RVパークとは?

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 3 》

 モーターホームでアメリカを走り、「RVパーク」 という日本ではあまり見ないキャンピングカー専用キャンプ場を泊まり歩いてみて、考えた。

 そこには、日本のキャンプ場とは違ういくつかの特色がある。

 高原や湖に集中する日本のキャンプ場とは異なり、RVパークは、まず大都市の中にも存在する (都市観光ができる) 。
 交通量の多い幹線道路脇にも存在する (道の駅やサービスエリア感覚で休める) 。
 管理人が帰った後でもチェックインするシステムがある (チェックイン・チェックアウトの時間帯に拘束されない) 。

ビルを見上げるRVパーク
 ▲ ラスベガス市内にある 「KOAマナーRVパーク 」は、市内のカジノに遊びに行ける典型的な都市型RVパークだ。

 こういう施設が日本にも登場してきたら、さぞや便利なことだ ろう…と思う反面、アメリカのRVパークと同じものが今の日本に登場したとしても、日本のユーザーには使いきれないだろうとも感じた。

 RVパークというのは、単なる 「幹線道路に面したキャンプ場」 ではない。
 そこを、ホテルやモーテルと同じような環境で寝泊まりできるようにしたシステム全般のことを指す。
 つまり、サイトにキャンピングカーを乗り入れるだけで、電気や水道、さらにガスやトイレ機能というライフラインが整ってしまうところに、RVパークの最大の特長がある。

 もちろん、それが可能なのは、クルマ (モーターホーム) の方が、そういう造りになっているからだ。
 アメリカのモーターホームは、サイズの大小を問わず、トイレはブラックタンクに汚物を溜め込んでからダンプステーションに排泄するマリントイレだし、水道も、RVパークの水道に直結するだけで豊富な水道水を得られるシティウォーター接続口が採り入れられている。

 トイレ処理に使った水や、野菜や皿を洗った生活排水は、それぞれ巨大なタンクに蓄えられ、ある程度溜まったところでサイトに備えられた配管に流し込めばいいようになっている。

フックアップ1 フックアップ2
 ▲ サイトにモーターホームを入れるだけで、電気、水道、下水などのライフラインが完備するアメリカのRVパーク。

 ガスだけは車載のプロパンボンベを使うことになるが、RVパークの場内にはガスの充填を望む人のための充填システムが場内に用意されていることが多いので、長期滞在しても、ガスの枯渇を心配するようなこともない。

 このように、アメリカのRVパークは、そこに出入りするモーターホームの構造と密接不可分の関係にある。
 このへんは、モーターホームとRVパークが、ともに試行錯誤を繰り返しながら、長い年月を経て徐々に完成形に近づけていったという気がする。

 もちろん、カセットトイレに、20リットルの清・排水ポリタンクを装備した国産キャンピングカーでRVパークを訪れても、それなりに快適だろう。
 しかし、それは日本のキャンプ場で得られる 「快適さ」 の域を超えるものではなく、RVパーク的な暮らしとは違う世界だ。

オアシス全景
 ▲ アメリカでも最高級RVパークとして知られる 「オアシスRVパーク」 。

 このへんは、アメリカと日本のキャンピングカーの歴史の差、レジャー意識の差、文化の差としかいいようがない。

 どちらが優れているか、という問題ではない。
 アメリカのモーターホームを使って宿泊するのなら、アメリカ流RVパークはきわめて理にかなった施設といえるが、そういう施設をそのまま日本に導入したところで、今の日本の現状に適合するとも思えない。

 サイトでトイレ処理までできるフルフックアップ機能を備えたとして、一所に1泊2日、2泊3日程度しか留まらない日本のユーザーの現状を考えると、過剰設備になってしまう。
 カセットトイレに20リッターポリタンクという日本的なキャンピングカーは、まさに日本的なキャンプ場と相性がいいように造られているともいえるのだ。

 ただ、RVパークの宿泊システムとして、管理人が退出した後でもチェックインできる 「レイトチェックイン」 システムというのは、日本にはない便利なものだと感じた。
 封筒の中に、現金や小切手、あるいはクレジットカードナンバーを書いたメモを入れて、オフィスのポストに投函しておく。
 アメリカでは、こういう支払い方法も慣例化しているという。

 日本でも、これを試みたキャンプ場もあったが、定着しなかった。
 「料金を払わないで、そのまま出ていってしまうお客さんが多いんですよ」
 それを試みた管理人が、そうボヤくのを聞いた。

 モラルの違い…というより、それこそ 「キャンプ場とキャンピングカーの文化」 の違いだと思う。
 アメリカのRVパークも、きっとそういう問題を長い時間かけて解決してきたのだろう。
 客の方も、ちゃんと料金を払うという意識を長い時間かけて培ってきたのだ。

 その時間の蓄積を 「文化」 という。
 「キャンピングカー文化の成熟」 という言葉は、そういう問題を解決したときにはじめて使える言葉だと思う。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 17:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

ハーレーカフェ

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 2 》

 ラスベガスで、ハレーダビッドソンを使ったレンタルモーターサイクルによるアメリカツァーを主催している人と会った。
 トラベルデポの小林さんが、日本にいるときにそれをネットで知り、アポを取ったものだ。

 とにかく小林さんは、人脈づくりに積極的である。
 人間に対する好奇心も強い。
 
 「町田さんもご一緒されますか?」
 と、ラスベガスに戻った日、そういう人と会うことを明かされたが、こちらとしても、面白そうなビジネスをやっている方ならぜひお会いしたい。

 こうして、「フリーダムアメリカ」 を主催する木村浩司さんという方と、お会いすることになった。

 ホテルで待ち合わせをして、3人で中華と日本食が食べられるレストランに行き、昼食を取りながらの話となった。

 フリーダムアメリカ木村氏 ハードロックカフェ
 ▲ 木村氏が乗っていたのは赤いダッジのピックアップトラック。なかなかカッコいい。
 しかし、彼は 「買って失敗した」 という。燃費はわずかリッター3㎞。その1点だけ採り上げても、日本製のタンドラやタコマの方がはるかに優れているという。
 隣の画像は、3人で食事したレストランの前にあった 「ハードロックカフェ」 。有名な店であるが、何で有名なのか、実はよく知らない。(今回の記事とは関係なし)


 木村氏は、北海道生まれの45歳。アメリカ生活はすでに20年。
 ジョージア州でこの仕事を始め、このラスベガスに越してきたのは2年ほど前だという。

 ツァーに参加する主なお客は日本人。
 日本のハーレー人気にあやかって、ここ数年、にわかにお客さんが急増した。

 ツァー参加者の年齢構成を聞いて驚いた。
 平均年齢は45~46歳。特に目立つのは60歳、70歳という高齢者だという。

 映画 『イージーライダー』 や、カーオーディオのCM 「ロンサムカーボーイ」 に憧れを感じてハーレーに興味を抱いた人たちが、もうそんな歳になっていたのだ。
 一生に一度は、ハーレーでアメリカ本土を走ってみたい。
 多くのお客さんはそう語る。

 彼らのイメージする “アメリカ” とは何か?

 「日本からのお客さんは、とにかく一直線の道なら何でもいいようだ」
 と木村氏は微笑ましそうに笑う。

イージーライダーパンフ表紙
 ▲ 団塊世代に衝撃を与えた映画 『イージーライダー』

 一口に 「レンタルハーレーによるツーリング」 といっても、様々なコースがある。
 4~5日の日程で、ルート66やグランドキャニオンを回るというものから、11日間をかけて、ロサンゼルスからニューヨークまで全米を横断するものもあるらしい。全米横断の費用は70万円ほど。

 グループを組むときは、インストラクターが2人ついて、参加者たちの前と後ろでサポートする。
 ほとんどの人がツルんで走るのを嫌がるため、1台ずつの間隔がそうとう離れることもある。グループの先頭と最後尾が10マイルも離れてしまうこともざらだという。

 だから、グループツーリングの場合は、あらかじめ集合ポイントと集合時間を一応定め、フリー走行のようなスタイルをとる。
 その間、各自が好きな場所でバイクを止めて写真を撮ったり、休憩して思い思いのツーリングを楽しむ。

 中には、自分のいる場所が分からずに迷子になる人も出るらしい。インストラクターと連絡をとるための携帯電話は必需品のようだ。

 参加者のほとんどは、日本でもハーレーを所有している人だが、日本製バイクしか乗ったことがない人も、たまにいる。
 現地ではじめてハーレーに接し、その大きさに尻込みして、とうとう全コースをインストラクターの運転する乗用車に乗ったままツァーを終えた人もいたとか。
 「もったいないことです」 と木村氏。


 木村氏と別れた後、小林さんと、ラスベガス中心街にある 「ハーレーダビッドソン・カフェ」 に行った。
 木村さんの話に刺激されて、無性にハーレーの “匂い” がありそうな場所に行ってみたくなったのだ。

ハーレー02 ハーレー04
 ▲ 07年に大阪で開かれたハレーイベントの会場で撮った画像。(今回のBlog記事とはまったく無関係)
 オートバイのことなど何も知らないくせに、ハーレーの形だけはすごく好き。
 精密な機械 (マシン) のようでもあり、獰猛な獣 (けもの) のようでもあり。
 生物と機械が融合した新しい 「命」 のようなものを感じる。
 「アート」 としても一級品だと思う。


 「ハーレーダビッドソン・カフェ」 は、ラスベガスのストリップ (中心街) でも、最も人の行き来の激しい交差点にあった。

 カウンターには、太い腕に彫ったタトゥーが似合う、いかにもハーレーライダーでござい! といった感じの男たちが陣取っている。
 2Fはミュージアムとなっており、ハーレーを愛した歴代の映画スターの肖像やビンテージバイクが飾られていた。

ハーレーカフェのネオン01 ハーレーカフェミュージアム
 ▲ 「ハーレーダビッドソン・カフェ」 のネオン。2Fはミュージアムになっている。

 店の中を一通り見学してから、入口前のオープンスペースに陣取った。
 腕にタトゥーを入れた可愛い女の子が運んでくれたマカロニとマッシュポテトが、実にうまい。
 それをつまみに、バドワイザーのジョッキを空ける。

 流れる音楽は、CSNYの 「ウッドストック」 、ジミ・ヘンドリックスの 「ストーンフリー」 、ディープパープルの 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 。

 映画 『イージーライダー』 が公開された時代のヒット曲がメドレーのように続く。
 アメリカでも、この時代の音楽を愛する人たちが、ハーレーのコアなファン層を形成しているのかもしれない。

 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 のレイジーなギターリフが、重低音のベースとユニゾンとなってテーブルを揺るがし始めると、まさにハーレーのどろんどろんとした排気音となった。

 いいなぁ…この感じ。 
 見上げると、頭上には巨大なハーレーのオブジェ。
 そいつが、実に美しい。

ハーレーカフェオブジェ

 やっぱ、アメリカの街は、クルマだのバイクだの、エンジン付きの乗り物を妖しくも魅力的に見せてしまう力がある。
 このカフェに来て、初めてラスベガスの夜を堪能した気分になった。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 02:58 | コメント(6)| トラックバック(0)

旅は相棒で決まる

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 1 》

モニュメントバレー5

 旅が楽しくなるかどうかは、“相棒” で決まる。
 特に、長期旅行は、相棒との相性が大事だ。
 日頃仲が良い友達だからといって、旅先まで、その仲の良さが持続するとは限らない。
 かえってお互いにわがままが出て、旅先で気まずくなることもある。
 逆に、日頃それほど深くない付き合いだったのに、旅先でお互いのキャラクターに惹かれ合い、それから親交が深まるケースもある。

 今回、レンタルモーターホームを借りて、ネバダ州、アリゾナ州、ユタ州を回る 「グランドサークルの旅」 では、この相棒に恵まれた。

 トラベルデポ・インコーポレイテッドの小林康之社長。

 なにしろ、ご本人が 「レンタルモーターホームによるアメリカ旅行」 をアレンジする仕事に携われているだけに、これは心強かった。

トラベルデポ小林氏

 小林氏と付き合うきっかけは何だったか。
 たぶん、どこかのキャンピングカーショーのイベント会場で、「モーターホームによるアメリカ旅行」 を案内するブースを出されていたときだったかと思う。

 挨拶を交わした後、
 「しんどいビジネスですよ」
 と、私は言った記憶がある。

 実際、レンタルモーターホームによるアメリカツァーというビジネスは、なかなか難しい。
 私も過去何度か、そういう企画を練っているという旅行会社さんから相談を受けたことがある。
 みな思うように進展しなかったようだ。

 こういうビジネスを軌道に乗せるには、高いハードルがいくつかある。
 まずお客さんが、こういう旅の企画をすんなりと受け入れるかどうか。

 キャンピングカーユーザーならともかく、乗用車しか運転したことがない人が、写真で見るだけでも大きく感じられるアメリカンモーターホームを乗りこなせると思えるかどうか。まずそこが最初の難関となる。
 
 また、交通ルールや道路標識も異なる異国を、果たして、無事にドライブできるかどうか。
 さらには、英語に慣れていない場合、食事、買い物、観光、給油などをスムースにこなせるかどうか。

 そういう心配が出てくると、「面白そう」 とは感じても、いざ実行するとなると、二の足を踏む人が多いように思える。

 現に私がそうだった。
 こういう旅には 「準備がいる」 と思えたからだ。
 行く先々の観光情報を集めるだけではすまない。

 日本とは異なる交通ルールの勉強。
 レンタカーを借りたり、走行中のトラブルに巻き込まれたりしたときの交渉術の会得。
 語学力を高めるとともに、そういうケースを想定した周到な準備が必要な旅だと思えたのだ。

 しかし、今回、
 「無料のレンタルモーターホームが1台借りられました。私も同行します。一緒に行きません?」
 という小林さんからの誘いを得て、これは好機だと思った。
 “周到な準備” をせずとも、旅のおいしいところだけが味わえる! 
 そんな虫のいいことを考えた。

 具体的な日程が決まる頃、資料の束をどっさりと抱えた小林さんと会った。

 ・各地域の詳細な観光パンフレット
 ・地図
 ・モーターホームの使い方の手引き集
 ・アメリカの交通事情の紹介
 ・現地でのサポート体制への連絡方法

 そのほとんどは、小林さん自身の手作りによる資料だった。
 読んでいくと、旅に対する不安や疑問が解消していくばかりでなく、どんどん興味がつのっていく。
 かなり細部にまで気配りが行き届いた資料であると同時に、その気にさせる 「呼びかけ」 「誘い」 が巧み。
 情報発信のツボを心得ていられる方だと知った。

トラベルデポ資料1 トラベルデポ資料2

 ご本人もこのホビダスのサイトで、『モーターホームの旅専門旅行会社 社長の格闘日記』 (ハンドルネーム 「motor-home」 ) というブログを運営されている。
 そちらの記事も、こういうビジネスの知られざる一面を理解できるので面白い。


 しかし、小林さんのブログタイトルに付けられた 「格闘日記」 という意味は、いったい何なのか。
 彼は何と格闘しているのだろう。

 小林さんは、まだ一般的には認知されていないこの業務を、ひとつのビジネスモデルとして立ち上げられるのかどうか格闘しているのだ。

 レンタルモーターホームを使ったアメリカツァーは、過去何度か旅行会社によって企画されたことがあったが、それが華々しい成果を上げていないということは、小林さんもご承知であった。

 「しかし、取り組み姿勢の問題ではないか」
 と彼はいう。

 こういうツァーのコーディネートには、次のような作業が要求される。

 ・現地のレンタルモーターホーム会社と契約する。
 ・現地でケアしてくれる日本語の通じるスタッフを用意する。
 ・顧客の旅に求めるイメージを聞き、その日程スケジュールを組む。
 ・どの場所でどんな観光ができるか、何が食べられるか、日程に合わせてツァーの“目玉”をピックアップする。
 ・途中で泊まるRVパークを調べ、事前予約を取る。

 「とてもじゃないが、大手旅行会社ができるような仕事ではない」
 という。
 「昼夜を問わず、刻々と変化していく現地の状況を的確に把握していかなければできない仕事。担当した社員には相当なハードワークが要求されるだろうし、旅行会社が真面目に取り組むとなると、採算が合わなくなるでしょう」

 自ら大手旅行会社に勤務して、添乗員として豊富な渡航体験も持っている小林さんだからこそ言える言葉かもしれない。

 このような旅を、いったいどうして小林さんは思いついたのだろう。

 学生時代に、レンタカーを借りて、アメリカを回ったことがひとつのきっかけになったという。

 言葉も十分に通じない。地図もなかなか手には入らない。心細くて、気が萎えそうにもなった孤独なアメリカドライブ。

 しかし、それを乗り切ったときの達成感は大きかった。
 旅行会社が用意したパックツァーなどでは絶対に味わうことのできない、充実感があった。

 「自分で手に入れた旅」。

 旅行会社が、ホテルから観光バスまですべてお膳立てしてくれるパックツァーを 「与えられた旅」 とするならば、自分でクルマを運転して、泊まる場所も自分で確保するような旅は 「自分で手に入れた旅」 といえる。

 「与えられた旅」 は、観光地の絵ハガキのような記憶しか残さないが、「自分で手に入れた旅」 は、ドキュメント映画のような映像として、生涯記憶に残る。

 今の時代は、そっちの方がはるかに “贅沢” 。
 レンタルモーターホームで回るアメリカツァーには、その贅沢さがある。

 ……と、小林さんは語る。

 実際、今回自らモーターホームを運転して、車内で泊まってみて、この旅が実に贅沢な旅であることが分かった。

 モーターホームとは、文字どおり 「動く家」 。
 つまり、「食う」 、「寝る」 、「住む」 という人間の基本生活をこなしながらの旅となる。
 当然、土地の人たちと接触することも多いし、ちょっとしたトラブルを自分で解決していくときに勉強できるものも多い。
 このダイレクト感というのは、他の旅ではちょっと得がたい。

 何日か使っているうちに、レンタルとはいえ、クルマにも愛着がわく。
 夜、ベッドに横たわる前に、運転席の方に向かって、
 「今日も1日、ご苦労様」
 と、声もかけたくなる。

 西部の開拓時代。
 フロンティアを目指して西へ移動していた幌馬車の人たちは、寝る前に馬たちに向かって 「ご苦労様」 を言ったのだろうか。
 ふと、そんなことまで、頭に浮かべるような旅だった。


 最後に、こういうツァーにチャレンジしてみたいと思う人に、ちょっと気づいたことをお伝えしたい。

 まず、メインドライバーを務める人は、状況把握をしっかりできるナビゲーターを必ず1人確保すること。

 初めて異国の地を走るときは、
 「ドライバーとナビゲーターが2人セットになって、はじめてドライバー1人の能力になる」 と理解した方がいい。

 特に、都市部に入ったときは要注意。
 慣れない右側通行、日本と異なる信号システムなど、ドライバーはクルマを前に進めるだけでも神経をすり減らしてしまう。
 ましてや、モーターホームに乗りつけていない人は、最初のうちはその車幅感覚がつかめないため、周りに乗用車がひしめいてくると、それだけでパニックになる。
 そうなると、英語の標識までじっくり読んでいる余裕がない。

 そういう時こそ、ナビゲーターの出番だ。
 ナビをこなす人は、事前に地図などを念入りに調べ、右左折のポイントなどを早め早めにドライバーに教えてあげてほしい。
 そういう連係プレーがうまくいかないと、ドライバーだけにストレスが集中し、そのイライラと不安が事故を呼ぶことになってしまう。

 郊外に出れば、果てしなく伸びる一直線が続くことになるので、ドライバーはようやく気を抜くことができる。

route66_01a

 しかし、ナビゲーターは、のんきに外の景色ばかり見とれてはいられない。
 単調な一本道を走っていると、視界の良さに気を許して、かえって道路標識を見逃してしまうことがある。
 そうなると、同じような景色ばかり続くので、なかなかコースアウトに気づかない。「何か変…」 と感じた頃には、すでに相当無駄な距離を走っていたりする。

 それほど、ナビゲーターの役割は大変なのだが、今回の旅行では、最良のナビゲーターを得ることができた。
 なにしろ、このツァーの主催者である小林さん自身だったのだから。

 事故もなく旅を終えて、今こうしてエラソーに海外ドライブのコツなどを述べ立てていられるのも、小林さんの適切なナビがあったからである。
 こういう贅沢なナビゲーターを得られた自分は幸せ者である。

 「相棒に恵まれた」 という意味には、そのことも含まれている。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:38 | コメント(2)| トラックバック(0)

再びラスベガス

《 モーターホームでアメリカを走る 14 》

 喧噪と倦怠の街、ラスベガスに戻る。
 自由の女神、エッフェル塔、ピラミッドとスフィンクス。
 街を埋めるあらゆるものが、観光と歓楽のためのオブジェとして捧げられたこの街は、グランドキャニオンやモニュメントバレーのような自然とは対極にある。

ラスベガス自由の女神  ベガスのエッフェル塔

 しかし、不思議だ。
 どこか似ている。
 この街に帰ってきて、そう思う。

 大自然の造山運動や、大地の侵食過程の結果に生まれてきたグランドキャニオンやモニュメントバレーと、人間の歓楽への欲求を具現化したラスベガスの街が似ているなんて。
 自分でも妙に思う。

 でも、両者の周囲を吹き抜ける風には、どこか共通した匂いがある。
 どちらも 「無意味」 の極北に位置するからだろう。

 もちろん、モニュメントバレーのような自然が創り出したオブジェは、それがどんなに人間の造形するアートを連想させようが、その 「形」 自体には意味がない。

 でも、ラスベガスの中心街を飾る自由の女神やエッフェル塔のイミテーションだって、結局は同じようなものなのだ。
 それらは、観光客の目を引く “看板” としてスタートしながらも、その巧緻を尽くす造り込みを進めるうちに、本来の意味を失っていく。

 夜ともなれば、この街では、それらのイミテーションが強烈なライトに煽られて、人々を幻想空間に引きづり込む。

ラスベガス夜のエッフェル塔

 そこにあるのは、ただの不思議な運動をする光りの渦。
 スフィンクスも、ピラミッドも、自由の女神も、エッフェル塔も、そのオリジナルの意味から限りなく逸脱した 「無意味なモニュメント」 として、華麗なライトショーを構成する 「一要素」 でしかなくなる。

 エッフェル塔のように見ようと思えば、見える塔。
 自由の女神のように見えなくもない立像。

 それって、モニュメントバレーの奇岩と同じじゃない?
 モニュメントバレーの岩山には、人の手によって彫り込まれた無数の 「レリーフ」 があるように思えたし、グランドキャニオンには、「寺院」 が建立されているように見える峰があった。

モニュメントバレー14b 双子の奇岩

 どこが違うというのか。
 ともに、
 「そう思えば、そういうふうに見えるなぁ…」
 という幻想としてしか存在しない。

 自然が、限りなく人工物に近づいたモニュメントバレーの光景と、人工のオブジェが、その意味を失って自然に戻っていくラスベガス。

 その二つを同時に見られたことが、このグランドサークルの旅を味わい深いものにしてくれた。
 本来対極にあるものが、ともに強力な磁力を帯びて、超高速で接近しあう魔法の地。
 このダイナミズムこそ、アメリカ西南部の旅の醍醐味かもしれない。
 (終)

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:16 | コメント(2)| トラックバック(0)

旅の最後の晩餐

《 モーターホームでアメリカを走る 13 》

 モーターホームでRVパークに泊まる最後の晩を迎えた。

 「Zion River Resort (ザイオン・リバー・リゾート)」

 ここに到着したのは、現地時間の10時を過ぎた頃だった。
 しんと静まり返った場内にモーターホームを乗り入れるのは、ちょっと勇気がいる。

 サイトにたどり着くまでのエンジン音。ドアの開閉の音。
 それだけでも 「うるさい」 と感じる人は、世の中のどこにでもいる。

 アメリカのRVリゾートで感じたことは、夜が更けると、クルマの外に出ている人がほとんどいないということだ。
 車内がそのまま 「家屋」 のように使えるアメリカンモーターホームの場合、野外で調理したり食事したりする必要がない。

  この 「ザイオン・リバー・リゾート」 も、場内を歩く人影がまったく見えなかった。
 どのサイトもほぼ満杯だったが、お客たちは室内でテレビなど見ているのか、明かりは漏れてきても、人のうごめく気配が感じられない。

ザイオンリバーリゾート1 ザイオンリバーリゾート標識
 ▲ アメリカのRVパークというより、どこかヨーロッパ的な落ち着きを感じさせる 「ザイオン・リバー・リゾート」 。
 標識から分かるとおり、ここにはテントキャンプも受け付ける 「キャンプグランド」 も併設されている。


 レイトチェックインとなったが、管理人がオフィスに残っていたため、サイトを指定してもらうことができた。
 だが、そのサイトがなかなか見つからない。
 …あとで気づいたことだが、サイト番号が縁石上に小さくペイントされているだけなので、見逃してしまったのだ。

 クルマのエンジンを止めて、歩いて探す。
 人気のない場内に、サイトを探し回っているわれわれの靴音が響く。

 とたんに、周囲のモーターホームから、体格の良い男たちがバラバラと飛び出してきた。
 「何をしているんだ?」
 大男の1人が、鋭く叫んだ。

 「いや、その…サイトを探しているんです」
 「何番だ?」
 「24番」
 「OK、こっちだ。カモン」

 怒られるのかと思いきや、彼らは人助けのために出てきたのだ。

 「ヘイ、カモン!」

 その叫び声のデカいこと。
 「ターンライト、ヒヤ」
 モーターホームに慣れていない東洋人だと思ったのか、ハンドルの切り角まで指導してくれる。
 観光バスの車掌さんよろしく、身振り手振りもハデだ。
 彼らは、もしかしたら、静かな夜に退屈していたのかもしれない。

 モーターホームをサイトに収めると、今度は別の男が近づいてきて、
 「フックアップするのか?」
 と尋ねてきた。

 「あ、やります、やります」
 と答えると、
 「ここがグレータンクとブラックの排水溝。ここがシティーウォーターの接続口…」
 エルモンテRVで、使い方を指導されたときとそっくり同じことが繰り返された。

 彼らにしてみれば、慣れないレンタルモーターホームで旅している東洋人たちを助けてやろうという心境だったのだろう。

 こういう親切心というのは、アメリカ人特有のものかもしれない。
 おせっかいだが、憎めない。
 一応その指導に従って、初めて教わったように、おおげさに喜んでみたりする。
 …これも国際親善だ。

ザイオンフックアップ
 ▲ フックアップされた状態

 サイトにクルマが入り、電気、水道などが接続できたことを確認すると、彼らはあっという間に姿を消した。
 登場の仕方も “いきなり” だったが、撤退のタイミングも鮮やかだった。

 再び静けさの戻った場内を、小林さんと2人でゆっくり眺める。

 どのサイトもきれいに整備され、そのサイトを照らす場内灯が優しい光を地面に投げかけている。
 オフィスやサニタリールームのたたずまいも清潔感に溢れている。
 夜目にも、場内の隅々にまで清掃が行き届いていることが分かった。

 良いキャンプ場だ。

 アメリカのRVパークというより、カナダあたりのRVパークを連想させた (…行ったことはないけれど)。

ザイオンリバーリゾート4 ザイオンリバーリゾート川
 ▲ 朝の光に彩られた 「ザイオン・リバー・リゾート」 のサイトは実にすがすがしい。場外には清流の流れる川もある。確かに “リバー・リゾート” だった。

ザイオンリバーリゾートエアスト ザイオンリバーリゾートフィフス
 ▲ 木陰で憩うエアストリーム。相変わらずフィフスホイールトレーラーが目立つ。

 概してアメリカのRVパークは、どこかディズニーランドテイストだ。
 高級リゾートといわれる 「オアシスRVパーク」 でも、豪華さの演出が、ディズニーランドのパレス (宮殿) のように、分かりやすい形で誇張される。

 その分かりやすさを、アメリカ文化の 「楽しさ」 と取るか、「浅さ」 と取るか。
 それは人によって様々だと思うが、世の中には、「浅いからこそ楽しい」 ということだってある。私は好きだ。

 しかし、この 「ザイオン・リバー・リゾート」 は、そういうアメリカ的な華やかさよりも、ヨーロッパ的格調を重んじるRVパークだった。
 にぎわいよりは、静けさを。
 楽しさよりは、落ち着きを。
 少し疲れて迎える旅の最後の夜は、それも悪くない。

 車内で、ヤキソバを作ってビールで乾杯。
 旅の最後の晩餐は、東洋料理で決める。
 うまい!
 ヤキソバソースとソイソース (醤油) で味付けした屋台風ヤキソバは、最後の晩餐を飾る何よりの豪華ディナーとなった。

 あっという間に過ぎたグランドサークルの旅だったが、なんだかとても年月を経たような気もした。
 それだけ、アメリカをたっぷり走ったな…という思いが強い。

 明日は、再びラスベガス。
 レンタルモーターホームを返却する時間に間に合わせるために、そうとう飛ばして帰らなければならないかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

沈む夕陽を追って

《 モーターホームでアメリカを走る 12 》

 地平線のかなたまでフラットな直線路が伸びていくアメリカ南西部の直線路。
 そういう道を、陽の沈む時間帯に走っていると、日本では経験しなかったような問題に直面する。
 夕陽の落ちゆく先が、たまたま進行方向だった場合、その日差しを遮ってくれるものが何もないのだ。

 日本なら山あり丘ありで、それらが、頼みもしないのに夕陽を遮ってくれる。さらに、日本の道路はカーブが多いので、いつまでも夕陽が進行方向に居座ったりすることがない。

 が、アメリカで、日暮れ時に西に向かうことは、夕陽を追っての旅となる。
 真正面に陣取った太陽は、
 「ここの主役はオレ様だぁ」
 とばかりに、果てしない直線路を 「黄金色の花道」 に染め上げる。

 サンバイザーは役に立たない。
 地面すれすれに走ってくる光りは、サンバイザーの下を軽々と突破し、狙いすましたかのようにドライバーの目を直撃してくる。
 サングラスがない場合は、日が完全に沈み込むまで、どこかにクルマを止めて待機するしかない。

route66_01a
 ▲ こういう直線路の場合は、進む道の正面に夕陽が居座ったりすると、もう逃げ場がない。

 ペイジの町を出て、ザイオン国立公園に向かう途中の89号線で、この 「夕陽攻撃」 を受けた。

 「夕陽を追いかけて走る」 なんて、
 なんとロマンチックなんだろう!
 …なんていう考えが、なんと甘い夢想だったか。この地に来てまざまざと思い知る。

 クルマを止めるような路肩も駐車場も見つからなかったので、ほとんど人間のランニングスピードくらいの速度を落とす。
 それでも、追い抜いていくクルマがない。
 みんな同じような状況に追い込まれていたのかもしれない。


 沈むまぎわまでさんざん暴れた夕陽がようやく沈みきった頃、ザイオンの東からの入口となるカナブの町を過ぎた。

 89号線が9号線へ分かれる道の手前で空き地を見つけ、地図を確認するために小休止する。

 ふと見ると、空き地の脇に 「RVパーク」 の看板。
 え、どこに?
 と見回すと、止まっている場所が、なんとRVパークのまっただ中だった。
 ゲートも柵もない。
 管理棟のようなものも見えない。

 しかし、注意深く観察すると、確かに、砂っぽい地面の上に何本かの配管が突き刺さっている。
 どうやらそれが電源であったり、水道管であったりするらしい。

ザイオン入り口の寂しいRVパーク
 ▲ 注意深く見ないと分からないくらいささやかに、電源とダンプと水道が準備された寂しいRVパーク。

 管理者はどこに?
 空き地の向かいに、ガスステーションと雑貨屋を兼ねたような店があり、どうもそれっぽい。
 その店の方も、あまり繁盛している気配がない。

 う~む…。
 一口に 「RVパーク」 といっても、実にさまざまな種類があることを知る。


 9号線を登ると森が始まった。
 と同時に、道が右に左にうねるような弧を描き始めた。

 「あ、日本だ」
 と思った。
 単調な直線路ばかり走っていると、ワインディングロードを見るだけで、もう日本に思えてしまう。
 周囲の山に木が生えているという景観も、どこか日本的だ。

 ザイオン国立公園のことを、
 「緑の豊かな自然環境が特長で、乾いた大地を舞台とした観光地の多いグランドサークルの中では日本的だ」
 と紹介したガイドブックもあった。

 確かに、生物の匂いが希薄な、乾いた大地ばかり見てくると、この緑を擁した山々が生命を持っているような感じに思えてくる。

 が、そういう風景は、最後の残照が空に残るような時間帯に見ると、かすかに怖い。
 風景が、昼の素顔をかなぐり捨てて、夜の顔に変わる瞬間だからだ。

 モニュメントバレーのような乾ききった光景は、神秘的に見えても、「何かが潜んでいる」 という実感とは遠いが、緑の多い湿った風景というのは、自然のなかに 「もののけ」 が潜んでいるという想念を呼び起こす。

 太陽が完全に山の稜線に消えると、なんだか、日本の山道で迷ったときのような心細さが襲ってきた。

 ザイオンに入る東ゲートにたどり着いたときは、夕闇が辺りを包む直前だった。 これより先に進むには、このゲートで入場料を払わなければならない。
 しかし、料金所にすでに人影はない。
 
 どうしたものか。

 「そのまま行きましょう」
 という小林さんの判断で、そのまま進入することにした。
 ここを通過しない限り、今晩予定していたRVパークにたどり着くことはできないのだ。

 道が少しずつ狭くなってきた。
 しかも、コーナーがどんどんきつくなる。対向車線にはみ出さないと、カーブを曲がりきれない。 
 はじめて、31フィートというモーターホームの巨体を持て余す。

 やがて、有名なトンネルに突き当たった。
 この観光地がようやく整備された頃に掘られたトンネルで、大型観光バスやモーターホームの通行が想定されていない時代のものだという。
 観光客が多い昼間は、レンジャーの指示に従って 交互交通が行われるという話もある。

 トンネルを前にして、またしても突っ込むかどうかためらいが生じた。

 トンネル前の空き地に止めてあった乗用車のオーナーに声をかけた。 
 「Can I go?」

 乗用車に乗っていた若い夫婦が、自分たちのクルマから出てきて、しげしげとモーターホームを見上げる。

 「分からないね。自分たちは、その奥まで入っていないから」
 と、彼らはいう。

 モーターホームをじっくり眺め回した旦那さんは、
 「道の真ん中を通っていけば大丈夫じゃないかな」 という。

 しかし、奥さんの方は、
 「ヘイト (高さ) が問題だ」 という。
 「天井にルーフが当たる」 と、心配げな表情だ。

 ここを通過しているモーターホームがいっぱいあることを知っているので、慎重に走れば問題ないことは分かっているのだが、奥さんの言葉に少し不安になる。

 迷ったが、旦那さんのいうことを信じて、トンネルに突入する。

 確かに、天井が頭上にのしかかってくるような感じがする。
 しかし、対向車の来ないタイミングを見計らって、道の真ん中を走ればまったく問題はない。

 のろのろ走っている私たちのクルマを追いかける後続車も、事情を考慮してくれるのか、せっついてくる気配がない。

 無事、トンネルを抜けたと思った瞬間、その後続車が突然サイレンを鳴らした。
 レンジャーパトロールに捕まったのだ。
 
 路肩に止めた運転席から、西部劇などでおなじみのハットをかぶった若い警官が近づいてくるのが見えた。
 「○×△□……○×△□……」
 なまりがあるのか、何を言っているのかさっぱり分からない。

 「パードン、パードン…」
 を聞き返しているうちに、苦笑いしたレンジャーの青年は、今度は端正な英語で、一語一語区切りながら話してくれた。

 それによると、
 「入場ゲートで料金を払っていないだろう。違反である。お前たちはもう一度ここに戻ってくるのか?」
 と言っているようなのだ。

 「いや戻らない。明朝にはラスベガスに行ってこのレンタルモーターホームを返さなければいけない」
 私に代わって、小林さんがそう説明してくれた。
 ペイジの修理工場で時間を食ってしまった私たちには、ザイオンをゆっくり見物できる時間はなかったのだ。

 レンジャーの青年はそれを聞いて、またも苦笑い。
 このエリアに留まって明日も観光するのなら、明朝ゲートがオープンしたときに入場料を払え、とでも言うつもりだったのだろう。

 「OK、Go」
 ただし、
 「モーターホームはこの道では大き過ぎる。十分注意して走るように」
 そう優しく忠告もしてくれた。

 ウィンクするように、片目をつぶって苦笑いしたレンジャー氏の表情が印象的だった。

 せっかくのザイオンを素通りかい?
 そりゃ、さびしいね。

 そう言っているようにも見えた。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 14:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

ペイジの暑い午後

《 モーターホームでアメリカを走る 11 》

 アメリカのモーターホームユーザーは、何でも引っ張る。
 カーゴトレーラー。
 ボートトレーラー。
 乗用車。

 自分が運転するモーターホームだけでも、30フィート、40フィートという大きさがあろうというのに、さらにその後ろに、トレーラーやら乗用車などをけん引していくという根性がアッパレというか、怖いもの知らずというか。

 が、向こうのだだっぴろい土地と、走りやすい道を目の当たりにすると、大型モーターホームとトレーラーという組み合わせも、けっして無茶でも無謀でもないことが分かってきた。

 RVパークに泊まろうが、カフェで休もうが、都市部を除けば駐車スペースは有り余るほどある。バックで出なければならない…ということもない。
 ならば、
 「みんな運んでしまえ!」
 ということになって、結局ボート、物置小屋、自動車など、当座使うものはみなゴロゴロ引いていくという “民族大移動” 型の旅行スタイルが生まれることになる。

乗用車のけん引1
 ▲ 「モーターホームに乗用車が追突しそう!」 という光景に接したときは、たいていモーターホームオーナーが自分の自家用車をけん引していると見てよい。

オアシスのボートトレーラー
 ▲ どんなRVパークでも、必ず1台はボートトレーラーを引くRVを見かける。

 モニュメントバレーからレイクパウエルに向かう道を走ると、やたらボートトレーラーをけん引するモーターホームを見るようになった。

 なにしろ、レイクパウエルといえば、世界でも2番目の規模を誇るといわれる人造湖。そこでモーターホームに泊まりながら、優雅な舟遊びを楽しもうというオーナーも多いのだろう。

  しかし、電装トラブルを抱えたクルマに乗っている私たちは、レイクパウエルの風景を楽しむ余裕もなく、ペイジの町に直行した。
 エルモンテRVからの連絡で、その町の 「サンウエスト・オート・マリン」 という店が、モーターホームのトラブルを見てくれるという情報を得たからだ。

 きつい日差しが道路を焦がしている中心街を抜けて、町外れにある修理工場を探す。
 ようやく、「RV&BOAT」 という看板を発見。

 その看板から察すると、モーターホームとレジャーボートの両方の修理を行う店らしい。レイクパウエルを控えた町だけに、むしろボートの比率の方が高いのかもしれない。

 工場の周辺には、倉庫なのか、民家なのか、店舗なのか分からない白っちゃけた平屋づくりの建物が点在しているだけで、いってしまえば殺風景な景色だ。舗道には、人影すら見えない。
 もっともこう暑くちゃ、誰だってかき氷でも食べながらでもないと、家の外に出る気がしないだろう。

 モーターホームを工場に寄せると、ショーン・コネリーを無口にしたような雰囲気のお父さんが出てきて、バッテリーケースの蓋を開け、液、配線のゆるみなどをチェックし始めた。
 さらにヒューズ類もチェック。
 そのへんまでは、問題はなさそうだ。

 次にオフィスの中からテスターを引っ提げて戻ってきて、配線類を調べ始めた。
 陽炎 (かげろう)が 舗道に揺れる静かな町で、物憂い時間が過ぎていく。

 「う…む」
 と、コネリー氏の顔がだんだん気むずかしくなる。

 彼にもトラブルの原因がすぐには分からないらしい。
 コネクター類を外したり、差し込んだりするたびに、モニターパネルの作動状況をチェック。
 これも違うか…。
 こっちでもなし…。
 ってな感じだ。

ペイジの工場4 ペイジの工場5
 ▲ モーターホームを工場内に入れようと思ったが、結局、31フィートでは車体が収まりきらず、ノーズを突っ込んだだけで断念。
 エントランスステップ裏のバッテリーボックスが怪しい! とコネリー刑事はそこを集中捜査。


ペイジの工場3 ペイジの工場2
 ▲ 修理工場の内部。工場というのは、基本的に “機能優先” のスペースなので、その構造や雰囲気はどこの国でも変わらない。
 エンジンルーム内は特に問題がなさそうだ。


 気むずかしげに仕事を進めるコネリー氏に、おそるおそる、
 「What’wrong?」
 と尋ねてみたが、意味が通じなかったのか、無視されてしまった。
 もっとも、
 「今それを調べているところだろ!」
 っていう心境だったのかもしれない。

 コネリー父さんの仕事ぶりを後ろから覗き込むのだが、その背中があまりにも広すぎて、何をしているのかよく見えない。
 その背中を、ペイジの町を焦がす太陽が直撃している。
 コネリー父さんの背中は、ホットプレート状態だ。
 
 ご苦労さんです…。
 と、こっちは日陰の見物を決め込む。

 20分ほど経った頃、コネリー刑事はどうやら 「犯人」 を追い詰めたようだ。
 配線の束から、ひとつのコネクターを取り外し、それを 「No good」 と言って、ひらひらかざして見せてくれた。

 しかしそれに続く言葉に、がっかり。
 「But We Have No Spare」 。

 「部品がないからあしからずね」 ということであるらしい。

 それが、無口なショーン・コネリー氏が口をきいてくれた最初で最後の言葉だった。
 結局、何がノーグッドなのか教えてもらえず。

 こういう場合のメンテナンス料は、車両不整備ということで、レンタル会社のエルモンテRVが持つことになる。

 「その手続きは、事務所のカウンターにいるお母さんとね」
 ってな顔で、コネリーお父さんは工場の奥に姿を消した。

 最後の晩も、またランタンの明かりで夕飯を食べることに相成ってしまった。

 「ま、走らないわけじゃないので、いいか…」。
 私も小林さんも、すでにランタン生活に慣れてしまったので、そんなに深刻でもない。

  陽もやや西に傾いた頃、私たちは、修理不調に終わったモーターホームに再び乗り込み、ザイオンを目指すことにした。

ルート89_14
  ▲ 途中の給油所で休憩。隣のミニバンと比べると、我々のモーターホームのデカさが際立つ。

アメリカ18輪トレーラー
 ▲ インターステートハイウェイでよく見かける巨大な18輪トレーラー。ドライバーはファミリーを乗せて移動中。もしかして、こいつで家族ドライブ?

バーガーキングのハンバーガー
 ▲ 「バーガーキング」 で食べたハンバーガー。
 一見、日本で売っている普通サイズのハンバーガーだが、これはお子様向けのジュニア・サイズ。日本人の胃袋だと、このサイズで十分。
 …とにかく、アメリカは何でもデカい。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 10:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

天然シャンデリア

《 モーターホームでアメリカを走る 10 》

 モニュメントバレーの一角にあるRVパークで、モータホーム旅行3日目の夜を迎えた。
 オフィスのカウンターで予約を確認し、サイトに入る。

モニュメントバレーRVパークオフィス
 ▲ モニュメントバレーRVパークのオフィス。

 はじめて来た場所なのに、なんだかとてもなつかしい。
 今まで泊まったRVパークの中では、もっとも日本のキャンプ場に近い雰囲気だったのだ。
 サイトとサイトを隔てる植栽の感じが日本風。
 駐車スペースが 「土」 であることも、日本の中堅規模のキャンプ場とそっくり。
 なんだか、サンマでも焼く匂いが漂ってきそうに思える。

 しかし、一点だけ、やはりモニュメントバレーで泊まっていることを強く意識させる風景がある。
 場内の背景にそびえ立つ、地肌がむき出しになった岩山。
 こういう山は、日本では見られない。

モニュメントバレー5 モニュメントバレー7
 ▲ 日本のキャンプ場を思わせる場内のたたずまい。
 しかし、周囲に広がる赤茶けた岩山は、まぎれもなくモニュメントバレーにいることを実感させる。


 電気、水道などをフックアップして野営の準備に入る。
 やはり、電気が来ない。
 エルモンテRV社に問い合わせをして、対応策を相談し、修理工場を探してもらったのだが、モーターホームの本格的な修理となると、いちばん近い最寄りの修理工場があるのがペイジの町だという。
 今日も一晩、明かりなしの夜を過ごさねばならない。

 幸い、来る途中のスーパーで買った85セントの電池式小型ランタンが役に立った。
 ガスは問題ないので、お湯を沸かすことには支障がない。
 豆ランタンの明かりを頼りに、コーヒーを入れ、また今夜もパンとバターとチーズの夕食。

 AC電源を接続しても、室内の電気をつけない我々を、周囲の宿泊客はどう思うだろう。
 「日本人は電気を無駄に使わないようだ。なんとエコロジカルな民族なんだ!」

 きっとそう感心しているに違いない。
 …という冗談を小林さんと交わし合って笑う。

トラベルデポ小林氏
 ▲ 今回の旅の相棒、トラベルデポの小林さん。
 彼の緻密なプランニングとガイダンスがなければ達成できなかった旅だった。


 食後、外に出る。
 サイト脇にしつらえられたテーブルに座って、空を見上げると、まさに満天の星。
 それが、地面めがけて垂れ下がってくるように感じられる。
 天然のシャンデリアだ。

 目が慣れてくると、星の数はさらに増え続け、空一面が星で埋まった。
 それを眺めながら、ウィスキーを持ち出し、ポテトチップスにチリビーンズを載せて食べながら、もくもくと飲む。
 あまりもの見事な星空に、小林さんも私も言葉が出ない。

 星の輝きは、文明の浸透度と反比例する。
 それだけ、ここはまだ文明の “汚染” が進んでいない地域なのかもしれない。


 翌朝。
 次の目的地に移動する前に、もういちどモニュメントバレーの風景をカメラに収めることにした。

 映画によく登場するモニュメントバレーでは、ビューポイントにそれぞれ映画にちなんだ名前が付けられている。
 ジョン・フォードがお気に入りの場所は 「ジョン・フォード・ポイント」 。
 『フォレストガンプ』 に描かれたポイントは、「フォレストガンプ・ポイント」 。

モニュメントバレー16
 ▲ フォレストガンプ・ポイントからの眺め。荒野のかなたに消えゆく一本道。世界の人々から最も 「アメリカらしい眺め」 といわれる場所。

 ファレストガンプ・ポイントは土地の人に教えてもらって探し出すことができたが、ジョン・フォードポイントは、幹線道路を外れた奥まった場所にあることが分かった。
 そこには、ナバホ族の運営するビジターセンター前で受け付けているジープツァーに申し込まないとたどり着けない。

 時間がないので、それはあきらめて、ビジターセンターの室内だけを見物することにした。

 入ってみてびっくり。
 このビジターセンター自体が、モニュメントバレーの象徴的な風景を切り取る立派なビューポイントになっていたのだ。
 展望台に登ると、観光客が必ずカメラに収める、あの三つの岩山が並んだ光景が広がっていた。

 よく知っている風景…とはいいつつも、実際に、その場に立ってみるとやはり感無量。
 荒野のかなたから吹き渡ってくる乾いた風。
 体に降り注ぐ熱い日差し。
 それは、やはり映画やネットの画像を観ただけでは体感できない。

モニュメントバレー8 モニュメントバレー9
 ▲ ビジターセンター展望台からの眺め。携帯電話を無心に操作する少女は、この光景を彼氏にでも送ろうとしているのか。

モニュメントバレー13
 ▲ レストランから外につながるテラスに出ると、視界はさらに広がる。日差しは強いが、空気は心地よい。

モニュメントバレー12
 ▲ ビジターセンター内には、ジョン・ウェインにまつわるグッズ類を集めたコーナーもある。アメリカ人が愛する西部劇のヒーローは、今でもジョン・ウェインであるらしい。

  ビジターセンターで、ネイティブアメリカン (インディアン) の酋長たちの雄々しい乗馬像を撮った昔の写真集を買う。
 カッコいい。

ネイティブアメリカン乗馬

 彼らは、長い間、白人ヒーローの活躍する西部劇では常に仇役 (かたきやく) として登場していたが、自分には仇役のインディアンの方が、白人の主人公よりカッコよく見えたものだった。
 白人の映画監督が、どんなにインディアンを “凶悪” に描こうと思っても、あの酋長たちのかぶる羽根飾りの美しさや、身につける衣裳の見事さまで否定することはできない。
 自分は、西部劇では昔からインディアン側を応援していたように思う。

記念撮影
 ▲ フォレストガンプ・ポイントでちょいと記念撮影。

アリゾナ-ユタ州境
 ▲ アリゾナ州とユタ州の州境。
 アリゾナからユタに入った瞬間、道路が変わった。ユタ州の道路は、ザラザラとした粗い舗装なのだ。写真で撮っても分かるくらい、その境目がはっきりしている。



旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 02:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

アメリカの原風景

《 モーターホームでアメリカを走る 9 》

 アメリカといえば、摩天楼が街を見下ろすニューヨークの光景をまっさきに思い浮かべる人もいるだろう。
 明るいビーチの上を彩る 「カリフォルニアの青い空」 に、アメリカらしさを感じる人もいるかもしれない。

 でも、アメリカの原風景といえば、荒野の中に不思議な “立像” がたたずむ、このモニュメントバレーにとどめを刺すのではあるまいか。

 ジョン・フォード監督の 『駅馬車』 に始まり、『バック・トゥ・ザ・フューチャーⅢ』 、 『フォレストガンプ』 など、数々の映画の舞台となったモニュメントバレー。
 カーオーディオのCMや、旅行会社のパンフレットなどにもさんざん登場した風景。

 見慣れた、…あるいは見飽きたと思う人もたくさんいるだろうけれど、「一番アメリカらしい風景とは何か」 と尋ねられたとき、自分はこのモニュメントバレーの光景を筆頭に挙げたい。

モニュメントバレー10BS 
 ▲ 荒野の中に奇岩がたたずむモニュメントバレー。

 ここには 「怖くて」 「懐かしい」 ものがある。
 なんだか、人類の生まれる前の光景に接しているような気分にもなり、人類が地球から消えた後の光景を見ているような気分にもなる。

 いずれにせよ、人間がこの世に存在した時間など、一瞬のまばたきでしかないということを感じさせるような不思議な場所だ。

 「永遠の時が、岩に成りすましている」
 ふと、そんな気配を感じるのだ。


 モニュメントバレーには、夕方の到着となった。
 160号線沿いのカイエンタの町から103号線に入り、ユタ州に向かって北上。
 カイエンタを過ぎた頃から、辺りは荒涼とした空気に包まれた。
 
 やがて、右手に、天空目指してそそり立つ岩山がひとつ。
 それが 「異界」 に入るゲートのように感じられた。
 突拍子もない連想だが、『西遊記』 に登場する魔界の宮殿を思い出す。
 すでに、われわれの運転するクルマが、「神話」 や 「おとぎ話」 の世界に入り込んだことを感じた。

モニュメントバレー01
 ▲ 「異界」 へのゲートが迫る。まさに 「ファンタジー」 の始まり。

モニュメントバレー25
 ▲ 頂上には魔物が住む宮殿でもありそうな岩山

 次々と目に飛び込んでくる不思議な岩山。
 そのどれもが、地平線のかなたから直射してくる夕陽に照らされて、複雑な地肌を浮かび上がらせている。
 
 あっ、と思った。
 岩肌にレリーフ (浮き彫り) が刻み込まれているのだ。
 なんの像だ?

 よくは見えないが、たくさんの人間が並んでいる。

モニュメントバレー14
 ▲ 夕陽に照らされた奇岩には、行列を組むたくさんの 「人間像」 が描かれていた。

 とっさに思い出したのは、ペルセポリスの廃虚に刻まれたレリーフだった。
 アレキサンダー大王に滅ぼされたペルシャ帝国の首都。
 そこには、帝国の最盛期をしのばせるたくさんの兵士や、異国の朝貢者たちが刻み込まれた王宮の廃虚がある。

ペルセポリスのレリーフ
▲ ペルセポリスのレリーフ

 それと同じような像が、モニュメントバレーの奇岩に彫り込まれている。
 せっかくの自然の景観に、わざわざ人工の手を加えた連中がいたのだ。
 
 「悪いヤツがいたもんだ。こんなことをしたのは、ここに住んでいたナバホ族ではなく、白人だろう」
 レリーフは、ネイティブアメリカンの人々にキリスト教を強要するヨーロッパ人たちを描いたものに感じられた。

 が、すべては一瞬の幻想だった。

 夕陽の照射角度が変わると、レリーフはあっという間に消え去り、自然のシワを刻み込んだただの岩肌に戻っていた。
 魔法にかけられたような気分だった。

 次に迫ってくる岩には、再びレリーフが浮かんでいたが、もう騙されなかった。

 でも、不思議だ。
 ここでは、あらゆるものが、あきらかに人工的に造られた気配を宿している。
 てっぺんが平らな岩山は、古代ギリシャかバビロニアの神殿に思えるし、とがった奇岩は、神や勇者を表す立像のように見える。

 東洋の道祖神を思わせる立像もあれば、丘の稜線から顔を出したキングコングを想像させる岩もある。
 少し離れたところに行くと、スフィンクスだっている。

モニュメントバレー26 モニュメントバレー27
 ▲ ちょっとキングコングした岩。スフィンクスもいる

 ここには、人類の文明史に登場する神話やおとぎ話がゴロゴロ転がっているのである。

 すでに、人類にはなじみ深い光景。
 なのに、人類は何一つ手を加えていない光景。

 いったい、誰がこのような世界を造形したのか。

 そう思うと、信心深い人は、どうしても 「神」 という存在を考えずにはいられないかもしれない。
 アメリカ中西部に住む人たちの信仰心が意外と深いというのは、この “超人工的な自然” という、摩訶不思議な風土のたまものという気がしないでもない。

 地平線を焦がした夕陽が、大地のかなたに沈む。
 神話の主人公たちが、宴 (うたげ) の終わりを告げる。

 人類の 「文明」 が生まれる前からこの地に存在し、そして、「文明」 の終焉を予感させる風景が眠りにつく。

モニュメントバレー15

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

マイルにまいる

《 モーターホームでアメリカを走る 8 》

モニュメントバレー遠景1

 英米文化圏の 「マイル、フィート、ガロン」 表示は、「キロメーター、センチ、リットル」 感覚に慣れた人間を戸惑わせるため、私などはこれに接すると、「わぁ、異文化圏に来た…」 という実感がこみ上げてくる。

 もともと英米のヤードポンド法は、日本の尺貫法と同じく、人間の身体ベースに基づいて制度化された度量衡だった。
 たとえば1フィート (約30.48㎝) というのは、人間の足の寸法から得られた単位だ。
 日本人の基準でいうと、かなり大足だが、まぁ、体格のいい英米人だと、別にびっくりするほどのことではないのかもしれない。

 1マイルというのは、この1フィートの “一千歩” を意味する。
 右足と左足を交互に一歩ずつ前に出すのを 「1回」 と数え、1000回進むと 「1マイル」 。
 
 こう考えると、実に合理的だ。
 物差し類の持ち合わせがなくても、自分の身体感覚だけで、およそのサイズや距離がつかめる。
 「地球の子午線の4000万分の1」 などという、およそ現実感覚から外れたメートル法を考えついたフランス人とはそこが違う。

 歴史的にみても、フランス人は抽象的な 「数学モデル」 で世界を見ようとするが、イギリス系の人々は 「経験則」 で世界を捉える。
 その差が、度量衡に対する思想の差として現れている。

 フランス起源のメートル法に慣れた日本人は、この英米流の “合理性” になじむまでには時間がかかる。

 この度のアメリカ・モーターホームツァー。
 走ること3日目ぐらいにして、ようやくマイルの感覚に慣れた。
 それにともなって、到着時間も読めるようになったきた。

 都市部を離れると、信号もなければ渋滞もない。だから、自分のいま走っているクルマのスピードで、およその到着時間が推定できるのだ。
 「あと60マイル」 などという表示が出れば、約1時間。
 「あと100マイル」 などという表示が出れば、およそ2時間
 途中、町などを抜けることもあるので、スピードは上がったり下がったりするが、およその計算ができるようになってきた。

 ガロンの感覚にも慣れた。
 アメリカでは、給油するときのガソリン量はすべてガロン表示となる。
 ガスステーションにたどり着くと、どこの給油所でも、
 「3.98」
 「3.99」
 などという数値が掲げられている。
 「1ガロン=3.99ドル」 …などという意味だ。

 これが、高いか安いか、だんだん見る目が慣れてきた。
 「1ガロン3.99ドル」 といえば、日本でいえば 「リッター105円~110円」 。
 レギュラーガソリンが170円などと言われるようになった日本と比べると、信じられないくらい安い。
 アメリカのガソリン税率はわずか12パーセント程度だというから、安いのも道理だが、それでも、ここ5年の間に3倍近い値段につり上がったという。

 だから、アメリカ人のカーライフに異変が起こっているという話も聞く。
 週末はクルマを使わず、家でごろごろテレビを見ながら日曜日を過ごす人が増えているらしい。

ルート66給油1 ルート89給油所
 ▲ アメリカのスタンドはほとんどセルフ。クレジットカードで支払うシステムになっている。

ロサンゼルスのガソリン価格
 ▲ アリゾナ・ユタの旅を終えてからちょっと走ったカリフォルニアでは、すでに4ドルを超えたスタンドがたくさんあった。

 ガソリン高騰時代といわれながらも、アメリカ人は自動車依存のライフスタイルをにわかに転換できないようだ。
 なにしろ、道路、町の構造がすでに自動車を前提とした設計になっている。
 特にハイウェイ沿いでは、道路と町は、もう最初から一体なのだ。

 たとえば、(もしかしたら州によって違うのかもしれないが) 、アリゾナなどのインターステートハイウェイには、基本的に日本のサービスエリア・パーキングエリアに相当するようなものがない。
 その代わり、道路沿いに隣接して、至るところにハイウェイ利用客を対象としたフード店・給油所・スーパーなどが設けられている。

 これらの “休憩スポット” は、手前に 「FOOD EXIT」 などの看板が出ているので、すぐ見つけられる。
 その案内板に従って、ハイウェイを降りると、レストラン、ファーストフード店、スーパーマーケット、ガスステーション (給油所)、銀行などが効率よくまとまった小さな 「商店街」 が出現する。

 これらのミニタウンにある店舗は、近隣の住人にも利用されているようだが、やはりハイウェイ通行者が主な客筋なのだろう。旅の通過点として分かりやすいように、みなおしなべて一様のつくりになっている。
 その雰囲気は、日本の新興住宅街にあるスーパーマーケットに似ていなくもない。清潔で爽やかだが、人工的で無機質だ。

Food EXITの看板 EXITの町
 ▲ インターステートハイウェイの 「FOOD」 の看板。「バーガーキング」 「ウィンディ」 などのファーストフードショップの案内が見える。
 そこに入るとスーパー、レストランなどが集まったスモールタウンが。機能は日本の高速道路のSAと同じ。


 自動車がないと暮らしていけないアメリカ人は、その自動車を便利に安全に走らせるために、けっこう意外なルールを守っている。

 たとえば、真っ昼間から走行中にヘッドライトをつけるなどという習慣もそのひとつ。
 日本と違って、乾燥した風土のアリゾナ州、ユタ州では、昼間の視界は実に良好だ。遠くでかすかにうごめくものでも、まず見逃すことがない。
 それなのに、こちらでは真っ昼間からライトを点灯して、自分の存在を堂々と誇示するクルマが多い。

 こんなに視認性の良い土地柄なのに、なんで真っ昼間からみんなライトをつけるのか。
 最初のうちはよく理解できなかった。

 しかし、地平線のかなたに消えていく一直線の道を走り続けていくうちに、次第にその意味が分かってきた。
 ヘッドライトを付けているクルマは、「対向車だぞ」 ということを知らせているのだ。

 遠近法の消失点のような直線路のかなたに、ポツリと黒い影が浮かび上がる。
 それが対向車なのか、それとも同じ車線を走る先行車なのか、それが分かるようになるまでには、気の遠くなるような時間がかかる。

 その影が少しずつ大きくなってくれば、それはこちらに向かっているクルマなのだが、対向車だと見分けがついてからも、その距離は一向に縮まらない。
 このじれったいような長さは、日本ではなかなか経験できないものだ。

ルート93の道路風景 モニュメントバレーのトラック対向車
 ▲ 気の遠くなるほど真っ直ぐな一本道。そこにポツンと浮かぶ自動車の影は、発見した段階では対向車かどうか分からない
 
 何がいいたいか。
 それほど土地が広いともいいたいし、それほど直線路が長いということもいいたい。
 その広大な土地でクルマ同士がすれ違うとき、お互いに対向車であることを少しでも相手に早く伝えるためには、昼間でもヘッドライトを点灯させる必要があったのだ。
 もしかしたら、違うかもしれないけれど、私はそう思った。

 この広大な大地で暮らす限り、アメリカの人々には自動車抜きでの生活は無理であろう。
 通勤に自転車を使おうというエコ思想は、ヨーロッパ人か、アメリカでもニューヨークのような都市圏の住民の発想でしかない。

 ガソリン高騰もさることながら、石油資源そのものが枯渇するという時代を迎え、アメリカ人たちはこれからどう生きていくのだろう。
 アリゾナの荒野には、再び馬で引く幌馬車が出現するようになるのだろうか。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

地平線という謎

《 モーターホームでアメリカを走る 7 》

 眼下に広がる断崖絶壁に足がすくみ、キン○○ がスースー風にさらされる経験をした高所恐怖症男の私は、翌日、今度は柵が設けられたビューポイントを探して、朝日を浴びるグランドキャニオンにチャレンジすることにした。

 グランドキャニオンの朝日は、この時期5時40分ごろに昇る。
 5時起床。
 飯も食わず、料金を入れた封筒を、無人のRVパークのポストに投函し、再びモーターホームに乗り込む。

 現地に着くと、日の出前だというのに、もう観光客の姿がひしめきあっていた。
 モーターホームは駐車場には入れないので、昨日と同じように、道ばたに縦列駐車を試みる。

 車体が長いと、こういうときに一苦労。
 うまく止められても、乗用車に前後をぴったりサンドイッチされると、今度は出るに出られない。
 幸い、適当な間隔で止まっているクルマの列にうまく入り込むことができた。

 グランドキャニオンとは、コロラド川を挟んで、東西に446㎞の広がりを見せる壮大な渓谷のことをいう。観光地化されていないノース・リムと、いろいろな展望ビューが整備されているサウス・リムに分かれているが、我々が訪れたのは、サウス・リムでも最も観光地化が進んだマーサポイント。

 ここで久しぶりに日本語をたくさん聞いた。
 日本人の団体ツァー客たちが、カメラ片手に、日の出を待っているところだった。

 「30分後にはここに集合してください」 と叫ぶインストラクターの前に行儀よく並び、「やっぱ昼間の景色とは違ってへん?」 などとささやき合うオバちゃん方に混じって、渓谷に向けてカメラをかざす。
 ところどころに柵が設けられている場所を選んだので、昨日違って、若干心に余裕が生まれる。

グランドキャニオン1 グランドキャニオン15
 ▲ 天地創造を思わせる朝日の光が深い谷を照らす。その荘厳な景色から目を後ろに転じると、観光客の波また波。

 渓谷の断崖が陽の光りに照らされて、赤く輝き始めると、周囲からワァオーという喚声がどよめく。その景観を背景に、観光客が次々と記念写真を撮り合う。
 やっぱりここに来ることは、誰にとっても 「大いなる」 記念なのだ。グランドキャニオン! よくも名づけたり。

グランドキャニオン3 グランドキャニオン7
 ▲ ラバに乗って、トレッキングコースを降りる乗馬ツァーもある。さすがアメリカ人は、西部劇になじんでいるせいか、乗馬スタイルがサマになる。
 それにしても、この断崖絶壁をラバの背に揺られておりるとは…。ラバが足を踏み外したら、人馬もろとも天国行き。


グランドキャニオン2
▲ 「今日も1日が無事に終わりますように…」
   目を細めて祈るラバ


 観光客がその瞬間を待ちわびた日の出の時間が終わると、周囲から次第に人の声が遠ざかっていく。見物客の多くは、朝日を鑑賞するというスケジュールを消化すると、次の観光ポイントに移っていく。

 朝日を見物する客が立ち去り、昼の観光ツァーで訪れる人たちが来るまでの一瞬だけ、谷を静寂が包む。
 人気が途絶えると、グランドキャニオンは、それが生まれた太古の時間に戻ったような表情を見せる。

 この光景を最初に目にした人間は、いったい何を感じたのだろう。
 発見したのは、太古に凍てついたベーリング海峡を渡ってきたネイティブアメリカンたちだろうが、彼らはここを 「人間が足を踏み入れることすら畏れ多い神々のすみか」 と思ったことだろう。

 はるか後になって、この光景を目にしたヨーロッパ人たちも、きっと地上に突出した 「神域」 を感じたに違いない。

 ここにそびえ立つ岩々は、みな雄弁だ。
 じっと眺めていると、岩のひとつひとつが、どれも物語を持っているように思えてくる。

 ギリシャのパルテノン神殿を思わせる岩もあれば、インド神話に出てくる伽藍のような山もある。
 実際、ヒンズー教のヴィシュヌ神にちなんだ 「ヴィシュヌ・テンプル」 と名づけられた山などは、遠くから眺めると、頂上に寺院が建立されているように見える。

 人類の文明史には一度も登場したことのない風景なのに、どこか懐かしい。
 その奇妙なデジャブ感が、このグランドキャニオンの最大の魅力となっている。

グランドキャニオン8
 ▲ 手前にあるのは 「神像」 か? はるかかなたに 「ビシュヌ・テンプル」 。


ルート89-13

 グランドキャニオンを出て、次の目的地モニュメントバレーへ向かう。
 途中、64号線沿いに店を構えているネイティブアメリカンの土産物屋の前で休憩。
 グランドキャニオンの東の外れあたりになるのか、ところどころ渓谷の雰囲気を残した景色が残っている。

 それにしても、このフラット感はどうだ!
 人間の目は、180度の視界を持つといわれるが、その180度内のどこを探しても、山や丘陵の姿が見当たらない。
 まばらな潅木の生えたフラットな大地が、ただひたすら続くだけなのである。

モニュメントバレーへ向かう途中28
 ▲ 視界に入るのは、くっきりとした地平線のみ。気が遠くなるような風景だ。

 概して、アリゾナ州からユタ州に至るグランドサークル一帯には天に向かって伸びるものがない。この地域では、山や丘ですら、その頂上は航空母艦の甲板みたいにまっ平らだ。

 だから、基本的にここでは、目に見える世界は二つしかない。
 天と地だ。
 その天と地の境界を、地平線がどこまでも水平に伸びていく。

 どうして、こんな単調な世界が生まれたのだろう。
 目の前にある光景が、あまりにもシンプルすぎて、逆に謎めいて見えてくる。

 きっと、宇宙を造形したといわれる神様が、うっかりつくり忘れてしまったに違いない。
 いわば神の手も届かなかった風景。

 そう思って眺めていると、なんだか、「天地創造」 が始まる前の光景に立ち会ったような気になってくる。

 小林氏が、
 「昼メシ時でもあるし、ここで簡単な腹ごしらえをしませんか?」
 というので、駐車スペースの一角にクルマを収め、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを作り、パンにバターを付けて食べる。

 ダイネットテーブルの窓から先には、神も文明も手をつけなかった永遠の荒野が広がる。
 窓を開けると、乾いた風がかすかな砂の匂いを運んだ。
 こういう場所でコーヒーを飲むとは思わなかった。

ルート89-14 ルート89-2
 ▲ ダイネットテーブルの向こうには、永遠の荒野が広がる

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:00 | コメント(2)| トラックバック(0)

恐怖の大絶壁

《 モーターホームでアメリカを走る 6 》

 ルート66の旅は続く。
 セリグマンの町を出て、再びグランドキャニオンに向けて走り始める。

 ウィリアムズの町に入った頃、車道に落ちる建物の影に、夕方の気配が忍び込んできたことに気づく。
 有名な、グランドキャニオンに沈む夕陽を見物できるかどうか微妙な時間帯になった。

 ウィリアムズも、ルート66の面影が強く残っていることで知られる町なのだが、見物している余裕がない。
 グランドキャニオンへは、ここから64号線に入って1時間かかるという。

 運転速度を、制限速度の65マイルから70マイルにスピードアップする。

ウィリアムズの町並み
 ▲ 素通りしてしまったウィリアムズの町。 「古き良きアメリカ」 を上手に演出した “映画のセット” のような町並みが続く

 それにしても、シボレーベースのジャンボリー。
 31フィートという巨体をものともせず、よく走るクルマだ。
 標高がどんどん高くなっているというのに、スピードが落ちない。
 じわっとアクセルを踏み込んでいくと、登り坂だというのに、ムチを当てられた競走馬のようにさらに加速していく。

 まさに 「パワーでねじ伏せる」 という表現がぴったり。
 登り坂でも、高速でも、場所を選ばず豪快な走りを実現することはとてもいいことだと思うけど、こういうクルマがガソリン高騰時代を乗りきっていけるのかどうか、かなり心配になる。

フーバーダムのジャンボリー

 標高が高くなってきたせいか、いつの間にか周囲の景色が荒野から森に変った。
 青々とした緑の世界を見るのは久しぶりだ。どこか日本の道を走っている気分になる。

 その森の向こう側に、赤味を強くした太陽がゆっくり落ちていく。

 サザンロックの伝説的なバンド 「アウトローズ 」 の 「ハリーサンダウン」 という曲を思い出す。そのアップテンポのビートが頭の中で鳴り出して、クルマのスピード感とシンクロした。

 夕陽が落ちていく姿は、夜を待ちわびる人間にとっては、じれったいほど遅く感じられ、明るさを惜しむ人間には、あっけないほど速い。

グランドキャニオンへ向かう道
 ▲ グランドキャニオンへ向かう道。左右に緑の木立が見えるようになる。

 沈む夕陽と競争するように走り続け、「もう間に合わない 」 と感じた頃に、ようやくグランドキャニオンに着いた。

 ここの駐車場は 「RV乗り入れ禁止 」 になっているため、乗用車が縦列駐車している道ばたにモーターホームを割り込ませ、カメラ片手にビューポイントまで走る。

グランドキャニオン駐車場標識
 ▲ 「No Buses No RV's No Towed Units」 。バスとキャンピングカー、トレーラーの入場は禁止。

夕暮れのグランドキャニオン
 ▲ 夕暮れの残照に染まったグランドキャニオン

 壮大な広がりを見せる大地の裂け目に、夕陽の最後の残照が当たるところだった。
 必死に写真を撮っていたから気づかなかったが、ふとファインダーから目を逸らすと、立っている足元のすぐ下が断崖絶壁。
 こういう場合、日本では必ず記転落防止の柵などを設けているはずなのだが、アメリカでは自然の景観を壊す柵などは最小限にとどめているようだ。

 足元を覗き込んだ瞬間、気が遠くなった。
 高所恐怖症なのである。

 周りを見ると、崖っぷちの先端に座り込んで、優雅に下を見下ろしている若者もいる。
 信じられない!
 他人のそういう姿を見ただけでも、こちらはもうキン○○のあたりにスゥースゥーと風が舞い込んでくる。

グランドキャニオンの絶壁1
 ▲ 柵も何もないむき出しの絶壁が間近に!

 夕陽が沈みきると、谷は静かに荘厳な紫色に包まれていく。
 神秘的な光景だが、
 「暗くなって道を踏み外したら大変!」
  という思いばかりが先にたち、それを楽しむどころではない。

 「明日、朝日が昇る頃にまた訪れましょう」 という小林さんの言葉を頼りに、今日はさっさと引き上げることにした。


 この後、小さなアクシデントと、大きなアクシデントに連続して見舞われる。
小さなアクシデントは、宿泊を予定していた 「トレーラービレッジ」 というRVパークが、サイトが満杯だと断られたことだ。

 「トレーラービレッジ」の近くには、大型モーターホームが何台も泊まれる広さを持った駐車場があるのだが、アメリカでは 「駐車場での車中泊」 という習慣がない。

 そういう場所に泊まっていると、警官やレンジャーパトロールがやってきて、「ここは泊まるところではない」 と立ち退きを勧告する。
 無視して泊まってもいいが、強盗などに襲われても、それは自己責任ということで、誰もケアしてくれない。

 グランドキャニオンに来る途中に、「グランドキャニオン・キャンプグランド」 というRVパークがあったのを思い出し、闇の中をヘッドライトだけを頼りに戻ることにする。

 グランドキャニオンを目指した観光客は、もうすべて近隣の宿舎内に収まったのか、道路を走るクルマの姿もほとんどない。

 途中、何度か道に迷って同じ場所をグルグル回る。広大な国立公園の中を、ただ1台さまようのは、なんとも心細いものだ。


 夜の11時。
 ようやくたどり着いたRVパークには管理人の姿もなかった。
 しかし、アメリカのRVパークには 「レイトチェックイン」 というシステムがあるので、料金を封筒に入れてポストに投函するか、もしくは用紙に住所・連絡先を記入して、後からクレジットカードで払い込むことができる。

 とにかく、安全に一夜を過ごせる場所を確保することができた。

 しかし、そこで第二のアクシデントに見舞われる。
 妙に室内灯の光りが暗いのだ。

 「変だな…」 と思って、サブバッテリーの残量メーターを調べると、メインバッテリーはフル充電状態なのに、サブバッテリーだけがすっからかん状態。走行充電に支障がないほどたっぷり走ったというのに、これはまたどうしたことか。

 それでも最初のうちは、フックアップ設備に電源コードを接続すればなんとかなるだろう…とタカをくくっていたのだが、ACにつないでも電気が来ないことに気づいたときには、愕然とした。
 たぶん配線系統のトラブルなのだが、テスターもない状態で、何をどう調べたらよいのやら。
 
 冷蔵庫もいかれていた。
 車載の冷蔵庫は、AC電源を取り込むと、LPガスからACに自動的に切り替わるシステムになっているのだが、それも、いつのまにか作動しなくなっている。

 ジェネレーターのスイッチをオンにしてみたが、こちらもウンともスンともいわない。

 前日まではサブバッテリーもフル充電。
 冷蔵庫の冷えもギンギン。
 ジェネレーターの作動にもまったく問題ないことを確認していただけに、これには参った。
 突然の不調の原因が分からない。

 帰国後、ニートRVの猪俣常務にこのことを問い合わせてみた。
 「ウィネベーゴ製モーターホームなら問題なかったんでしょうけどね (笑) 」
 と、のっけからきついジョークをかまされた。

 「それにしても、AC電源を接続してもライトが明るくならないということはちょっと重症ですねぇ。一ヵ所だけでなく、複合的なトラブルが考えられますね」
 という。

 その日は、結局外灯から差し込んでくる乏しい明かりを頼りに、酒宴の準備にとりかかることにした。
 スーパーで焼きソバの麺を仕入れたので、それをソイソースで味付けして、日本風焼きソバを楽しむ予定だったが、そんな手の込んだことをしている余裕がない。
 パンにチーズを載せて、それをつまみに小林さんとウィスキーを飲む。

 窓の外を見上げると星明り。
 暗さに目が慣れてくると、これもなかなかいいもんだ。

 最悪の夜を迎えたはずだが、なぜか酔いが回るにつれ、お互いに饒舌になる。
 結局は、「旅にはアクシデントがあるからこそ、それを乗り切った時の達成感もまた格別」 という結論を得て、バンクベッドとリヤベッドにそれぞれ分かれ、心地よく眠る。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:03 | コメント(2)| トラックバック(0)

ルート66伝説

《 モーターホームでアメリカを走る 5 》

 「1926年、イリノイ州のミシガン湖畔からカリフォルニア州サンタモニカ海岸を結ぶ、USハイウェイとして誕生したルート66は、全長2448マイル、八つの州と三つのタイムゾーンを走り抜けるマザーロードである」
 と、『荒野をめざす - 魂のハイウェイ・ルート66』 の著者 東理夫さんは書く。

 そいつを、自分で走ってみる。
 
 これは、ある一定の世代…1960年代にテレビ番組 『ルート66』 を観ていた人間たちにとって、共通した願いであるかもしれない。

 まさに、私がそうである。

テレビドラマルート66
 ▲ アメリカのベビーブーマー世代と日本の団塊世代の伝説となっているテレビドラマ 『ルート66』 。

 カラオケでも、よく 「ルート66」 を歌う。
 「If you plan to motor west…」
 で始まるこの歌は、のっけからジャズっぽくハネて、無類にカッコいい。

 途中の歌詞がむずかしい。
 通過する地名が、せわしなく短い楽節の中に詰まってくる。

  Now you go through ST,Louis Japlin'Missouri
  And Oklahome city is mighty pretty
  You'll see Amarillo, Gallup New Mexico
  Flagstaff,Arizona Don't forget Winona Kingmen Barstow
  San bemadino …
 
 ここが、いつもトチるところだ。
 舌をかみそうになる。
 たいていムニョムニョとごまかす。
 
  しかし、ギャラップニュメキシコ!
 のフレーズがうまく決まると、胸がすっきりする。

 早朝6時。
 パンとコーヒーの簡単な朝食をすませ、スライドルームをインにして、「オアシスRVパーク」 を後にした私たちは、いよいよルート66を目指した。

 93号線をひたすら南下。
 95号線との分岐点あたりから、次第に荒涼としたアメリカの大地が広がっていく。まばらな潅木の生えた赤茶けた大地が、果てしなくどこまでも伸びている。

 どんなに走っても、空と地面を分ける、ただ一本の線しか見えない。
 その線が地平線なのか、それともなだからな稜線を保った丘陵なのか、今までそういう景色に接したことないので、それがにわかに判別しがたい。

ルート66への直線路
 ▲ 果てしなく続く荒野の一本道。
 映画 「イージーライダー」 やパイオニアの 「ロンサムカーボーイ」 のCMにイカれた世代としては、たまりませんな。


「STOP」標識
 ▲ 荒涼とした大地にぽつりと浮かぶ 「STOP」 の標識。
 こういう映像が好きで、気がつけば、どこでも 「STOP」 を撮っていた。


 10時過、観光の名所フーバーダムに寄って休憩。

フーバーダムのジャンボリー
 ▲ フーバーダムで、“にわか愛車” となったジャンボリー31Mをパチリ。
 
 ここでは写真を撮っただけで、さらに先を急ぐ。
 今日1日で、ルート66の一部を見てから、さらにグランドキャニオンまでの約280マイルの距離を消化しなければならない。
 …といっても、それがどれくらいの距離なのか。㎞数で換算すると約450㎞という数字になるが、アメリカの交通感覚がまだつかめないので、にわかに実感が湧かない。

 14時頃、ついに歌に出てくるキングマンの町に入った。
 木々の木漏れ日が午後の歩道に涼しげな影を落としている典型的なアメリカの小都市だった。
 平和すぎて、退屈にも感じられる静かな街並みが続く。

 しかし、市内を注意深く眺め回してみると、町のいたるところに 「ヒストリックルート66」 という案内標識が掲げられていることに気づく。
 ここから次のセリグマンに至る道は、往年のルート66の面影が残るエリアとして、観光スポットとしても有名なロードなのだ。

ヒストリックルート66標識
 ▲ おなじみの標識

 人気のない市内を一巡して、「パワーハウス・ビジターセンター」 という看板のかかった駐車場にモーターホームを乗り入れる。
 何の建物か?

 中は 「ルート66」 のミュージアムだった。
 若干湿った空気が、薄暗い床の上を這っていた。

キングマンビジターセンター外 キングマンビジターセンター中
 ▲ ルート66ミュージアムの外観 (左) と、室内を彩るネオン (右) 。

 展示物は、ルート66がアメリカにもたらした文化的・経済的影響などを示したパネルなど、地味でアカデミックな感じのものが多く、そのせいか、観光客の姿もまばらだ。

 何気なく覗いたガラスケースの中に、ちょっと感動的なものを発見した。
 東理夫さんの書かれた 『荒野をめざす - 魂のハイウェイルート66』 が陳列されているではないか。

東理夫「荒野をめざす」
 ▲ 東理夫 著 「荒野をめざす」

 今回ルート66を走るときの参考書として、スーツケースの底に沈ませてきた本だった。
 それと同じものが、異国のミュージアムのガラスケースの中に眠っていたとは…。
 感無量。
 いったいどんな日本人がここにそれを寄贈したのやら。
 それとも、このミュージアムのスタッフが、本の評判を聞きつけて、わざわざ日本から取り寄せたのだろうか。

 確かに、あの本はルート66を走る気分を表現した本としては出色の出来だった。おそらくアメリカ人の中にも、ここまで思い入れを込めた読み物を創造した人間はいないのではあるまいか。

 東さんは、ルート66がインターステートハイウェイ40の出現によって、その役目を終えたことを、「アメリカのひとつの時代の終わり」 だと表現する。
 
 インターステーハイウェイが整備されることによって、大量輸送と、スピードアップと、仕事の効率化が何よりも優先される時代が来た。
 それと歩調を合わせるように、ルート66を走っていた時代の人たちが大事にしていた何かが、失われた。

 60年代に、日本でもアメリカでも一世を風靡したテレビドラマ 『ルート66』 は、ルート66が全盛を誇っていた頃、その道を旅する2人の青年が、行く先々の町で、人と触れ合い、人情を知り、成長していく物語だった。

 いまだ出会ったことのない未知の人が、自分に 「幸せ」 をもたらせてくれる。
 人々が無邪気に、それを信じることができた若いアメリカ。

 そういうアメリカが、ルート66の衰退とともに姿を消す。
 時代の終わりを 「道路」 が象徴するなんて、いかにも自動車文明の国アメリカらしい話だ。

 ビジターセンターを出て、モーターホームに乗り込もうとした瞬間、ブォーというマンモスの鳴き声のような音が大地を揺るがした。ミュージアム横を、汽笛を鳴らした貨物列車が通過するところだった。

キングマンのロングトレインラニング
 ▲ ロングトレイン・ラニング。見えづらいだろうけれど、右の方。

 その光景を何気なく見ていたが、いつまで経っても列車の行列は終わらない。5分ぐらい経過したところで、やっと最後部の列車が現れた。
 ロングトレイン・ラニング。
 ドゥービーブラザースの歌を思い出した。

 東理夫さんの 『荒野をめざす - 魂のハイウェイルート66』 にも、このロングトレイン・ラニングを、キングマンとセリグマンの間の道で見物したことが記されている。
 彼の本には、「その通過には10分かかった」 と書かれている。


 ルート66ヒストリックロードを、セリグマンの町に向けて走る。

toセリグマン
 ▲ ひたすらセリグマンへ

 前方の道が、水を撒いたように濡れている。
 しかし、そこまでたどりつくと、何もない。
 水溜りは、さらにその先に移動している。
 「逃げ水」 だ。
 涼しげな風情を帯びた幻の水溜り。
 
 東理夫さんも、本の中でこの逃げ水に触れている。
 「ルート66を追う旅は、逃げ水を追う旅のようだ」 と。
 

 途中ピーチスプリングスという小さな町で遅い昼食を取った。
 レストランの中にいる客は、同じようなレンタルモーターホームで旅をしている中年カップルだけだった。

ピーチスプリングレストラン外
 ▲ ピーチスプリングのレストラン。レンタルモーターホームの先客がいた。

 メニューから 「BBQ&ベーコンハンバーガー」 というのを選んでオーダーする。
 ネイティブアメリカンの血を感じさせるウェイトレスが、しきりに 「サイドオーダーは要らないのか?」 と尋ねてくる。ハンバーガーだけしか頼まない人間なんて信じられないといった表情なのだ。
 「ノーサイドオーダー、オンリーハンバーガー」
 というと、変った人たちね…とでも言いたげな笑顔を浮かべて奥に去っていった。

 概してアメリカ人は大食である。
 フライドライス (炒飯) などを頼んでも、日本の3倍の量がある。うっかりコーラなどをテイクアウトすると、それこそ日本のペットボトルの1リットル容器ほどのカップを手渡されることもある。

 ここのハンバーガーの大きさにもびっくり。本体そのものがデカい上に、添えつけのフライドポテトの量が尋常ではない。つくづくサイドオーダーなど頼まないでよかったと思った。

ピーチスプリングのハンバーガー
 ▲ ハンバーガーの単品がディナーのような盛り付けで出てくる

 結局、ポテトを食べる前にお腹がギブアップし、残りのポテトは発泡スチロールの容器をもらって持ち帰りにした。

 陽が中天からやや西に傾いた頃、セリグマンの町に入った。
 ここはキングマンと同じ 「ルート66の町」 といえども、だいぶ観光地化されている。

セリグマンの町3 セリグマンの町1 
 ▲ 1960年代の時代を凍結したセリグマンの街並み

 土産物屋の庭先には、古いアメ車がわざと野ざらし状態で置かれているなど、意識的にオールドタイムを演出している気配がある。
 流れる音楽も60年代あたりのロック。ルート66の旅は、アメリカ人の間でも 「センチメンタル・ジャーニー」 なのだ。

セリグマンの町4 セリグマンの町5
 ▲ ジェームズ・ディーンやマリリン・モンローがお出迎え。

セリグマンの町8 セリグマンの町6
 ▲ 「寂しい町」 って雰囲気はなかなか出ている

 モーターホームを道ばたに止め、土産物屋の中を覗き込むと、店の人間に、
 「日本人だろ? ここには日本人がいっぱい来るよ」
 と話し掛けられた。

 「ちょいと来い」 と店の中に引きずり込まれ、見せられたのはアルバム集。中村雅俊をはじめ、テレビでルート66を特集したときの日本人タレントがたくさん載っている。

 「昔テレビで放映されたルート66のドラマは、リアルタイムで観たのかい?」 と聞かれる。
 ちょっと照れたが、一応 「そうだ」 と答える。

 相手は、「うらやましい。俺はそのときにまだ生まれていなかった」
 という。
 しかし、その “うらやましい” も、どこか観光客向けの営業トークのような気がした。おそらく、そう話かけられて気を良くした中高年の観光客は、アメリカ人の中にも日本人の中にもいっぱいいるに違いない。

 営業トークだな…と感じつつも、売店の兄ちゃんとの会話で、ルート66をこの目で確認しているという実感だけは湧いた。

セリグマンのハーレー軍団
 ▲ ハーレーライダーにとっても、このルートは聖域。ブタイチさんの 「ルート66の旅行記」 を思い出す

 兄ちゃんの口車に乗って、「ルート66」 の道路標識の刺繍を入れたポロシャツをお土産に買う。
 25ドル。
 同じデザインのものが、キングマンの町で買えば20ドルだったが、そのためにそこまで戻る気にもならない。
 この先買う機会もあるまいと思い、25ドル支払って手に入れた。

 けっこう気に入ったシャツなので、旅行から帰ってしばらく経った今も、いつ着ようか、まだ悩んでいる。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 06:58 | コメント(2)| トラックバック(0)

車内でディナー

《 モーターホームでアメリカを走る 4 》

 モーターホームでアメリカを旅するということは、基本的に車内で食事をつくるということだ。
 もちろんレストランを見つけて外食することもできるし、移動中に見つけたファーストフード店に寄って、ハンバーガーなどをテイクアウトすることもできる。

 しかし、町を外れた郊外のRVパークにはなかなかレストランというものがないし、あったとしても、店を閉めるのが早い。

 だから、RVパークに泊まるときは、事前に見つけたスーパーマーケットで食料品を買い込むことになる。

 レンタルモーターホームを借りた最初の日は、巨大なスーパーを擁するラスベガス市内で食材を調達し、ついでに市内のRVパークに泊まることにした。

ヴェガスのスーパー
▲ ラスベガスの巨大スーパー 「AL WAYS」

アメリカの灰皿
▲ スーパーの入口前にあった灰皿。突き出た棒の先に、吸殻を落としこむ穴が空いている。
 アメリカ人は意外と煙草を吸う民族だった。嫌煙社会のような印象を持っていたが、案外そうでもない。特にラスベガスでは喫煙者が目立つ。


 スーパーにはその後何度も入ることになったが、とにかくどのスーパーも奥行きが見えないほど広い。
 そして商品類が実に整然とディスプレイされている。
 スーパーというより、出荷される商品が並んだ工場のようにも感じられる。1コーナーがすべて同じ銘柄の食料品で占められていることもある。 

 それはとても豊かな光景だった。
 1950年代から60年代にかけて、日本人が感じた 「アメリカの豊かさ」 をまざまざとこの目で見た気がした。
 しかし、これだけ大量の食材が、すべて賞味期限内に完売されるのだろうか? 売れ残りの食料品が大量に出ることもありそうだ。アメリカ人はあまりエコロジーに気をつかわない民族かもしれない。

スーパーの商品展示
▲ 同じ商品がずらりと棚の一列を占めている様子にびっくり。

 最初の日はステーキにしようと思い、アメリカ牛を大量に買った。
 他にパンとバター、チーズと牛乳、玉子、サニーレタスなどの野菜類も買い込む。ついでにマヨネーズ、ドレッシング、ソイソース (醤油) のたぐいもカートに放り込む。
 あとは用心のための缶詰類。インスタントコーヒーと紅茶のティーバッグも揃える。
 冷蔵庫が大きいので、それだけ詰め込んでもまだ容量の半分にも満たない。そこでも31フィートクラスの 「余裕」 を実感する。


 いよいよ初のRVパーク体験。
 全米一の規模を誇るといわれる 「オアシスRVパーク」 に入る。
 日本のキャンプ場では、まずこういうたたずまいの施設にはお目にかかれない。

 なにしろ、オフィス (管理棟) 自体がリゾートホテルと見紛うばかりの雰囲気なのだ。
 ロビーにはゆったりしたソファが置かれ、天井にはシャンデリア。
 受付の奥には、スーパーマーケットのような豊かな品揃えを見せる売店。
 優雅なバーカウンターを備えたレストランの向こう側は、涼しげな風が吹き渡るプールサイドが広がる。

オアシスRVパークのエントランス オアシスのロビー
▲ 全米一のRVパークといわれる「オアシス」。さながらリゾートホテルのようだ。

オアシスのプール オアシスのレストラン
▲ プール (左) やバーカウンターを備えたレストランやプールも完備

 受付カウンターで、予約番号を提示し、申し込み用紙に名前や住所を記入してさっそくサイトへ。

 すでに8割がたのサイトはクルマで埋まっている。
 どのクルマも超ビッグで超豪華。優に40フィートは超えるかと思うクラスAが居並ぶ前では、エルモンテRVで借りた31フィートのクラスCでさえも小さく見える。
 日本のキャブコンがここに入ると、きっと 「モーターホームの形をしたおもちゃ」 にしか見えないだろう。

オアシスのクラスA
▲ 優に40フィートを超えるだろうと思える高級クラスAがごろごろ

オアシス全景

オアシスのサイト1
▲ 木々の緑も豊かなオアシスRVパークのサイト。優雅なたたずまいのキャンプ場だ。

オアシスのボートトレーラー
▲ アメリカ人は船好き。ボートトレーラーをけん引しているキャンピングカーも目立つ。

 モーターホームと同じぐらいトレーラーも普及していて、その数は2対1ぐらいの割合。フィフスホイールのような大型トレーラーもやたら多い。
 あれだけ大きいとバックするときは大変だろうと思うのだが、どのサイトも駐車スペースがスルーになっているので、トレーラーでも大型モーターホームでも、バックで出る必要がない。
 やはりアメリカのキャンプ場だなぁ…とため息が出る。

 振り当てられたサイトを見つけ、さっそくシティウォーター接続口に水道をつなぎ、AC電源を引き込む。
 グレータンクとブラックタンクはまだ空なので、ダンプに接続する必要もないのだが、周りのクルマが全てセワホースをダンプにつなげているので、カッコつけのため、一応こちらもダンプの真似事をする。

フックアップ2
 ▲ フックアップすると、やっと 「家」 が完成したという気分になる。

 夕食にはまだ時間があったので、小林氏と2人で場内を散策。初めてのRVパークが珍しいために、2人で写真を撮りまくる。
 そんなことをしているのは日本人観光客だけなのか、歩いているアメリカ人から、 「What are you doing?」 などとニコニコ顔で話し掛けられる。
 とっさの会話に慣れていないため、うっかり 「Thank You」 などと答えてしまう。恥かしいことこのうえない。

 リビングをスライドアウトして、夕食の準備に取りかかる。
 普通の状態でもそうとう広く感じられた車内が、スライドアウトすると一軒の家の感じになった。

 ちなみに、ここらで私たちの使ったモーターホームをちょっと紹介しておきたい。
 メーカーはフリートウッド。車種名はジャンボリー31M。
 シャシーはシェビーワークホース。
 エンジンはV8・6リッターのボルテックエンジン。300HP。

 下の写真が、そのリビングルームだ。(これだけは、うまい写真が撮れなかったので、FLEETWOODのホームページに直接アクセスして、そこから画像を抜かせてもらった)。
 広角で撮った画像なので、不自然なほど 「広さ」 が強調されているが、実際に、スライドアウトした状態だと、こんな雰囲気になる。

ジャンボリーリビング

 スライドアウトによって広がる空間が、どれだけありがたいか。ショー会場になどに展示されているスライドアウトモデルを見だだけでは、それが分からない。

 たとえば、冷蔵庫からビールを取り出し、テーブルに並べる。
 肉に塩をふりかけて焼き、サラダボールに野菜を盛ってテーブルに食器を並べる。

 スライドアウト状態の広さが身にしみてありがたいと思えるのは、このように数人でせわしなくナベカマを振り回すときだ。

 キッチンまわりがレストランの厨房状態になったとしても、お互いに肩が触れ合うことなければ、足を絡ませることもない。
 日頃キャンピングカーのなかで、ステーキを焼くディナーなどを楽しんだことはないのだが、今回それにトライしてみて、つくづくスライドアウトモデルの威力を実感できた。

 焼いた肉をテーブルに並べ、野菜やパンを添える。まずはビールをコップにあけて小林氏と乾杯。
 続いてワインの栓を抜く。
 エアコンなどを使わずとも、窓を開けただけで自然の涼風が車内を通り過ぎる。なんとも快適な一夜。

 さらにフックアップの効力も体感する。
 シティウォーターに接続したために、清水タンクの容量を気にすることがないのだ。
 シャワーも、後で入る人のことを考慮して、石鹸を塗りたくっているときには水を止めたりする気苦労がない。
 モーターホームというのは、フルフックアップという機能とジョイントすることによって、はじめて本当の効力を発揮するものだな…ということを身体で理解する。

ジャンボリーサニタリー
 ▲ 中央奥が洗面台。左側がシャワールーム。

ジャンボリーベッドルーム
 ▲ リヤベッドルーム

ジャンボリークローゼット&デスク
 ▲リヤベッドの足元には、クローゼットとライティングデスクが並ぶ。
 スライドアウトさせると、ベッドとクローゼットの間に空間が生まれるので、クローゼット下の引き出し類も使えるようになる。このようにして、リビングとは独立した 「寝室・更衣室・書斎」 が生まれる。


 食後、夜の空気を吸うために車外に出る。
 遠くのラスベガスの中心街あたりの空が明るく輝いている。
 そこでは、相変わらずロックビートと観光客のざわめきが街を揺るがしているのだろうが、その騒音はここまで届かない。

 どのモーターホームも、人がいるのかいないのか分からないほど静まり返っている。日本のキャンプ場のように、夜がふけてもタープの下で揺れ動いている人間の姿は見えない。
 早朝の出発に備え、こちらも早めに寝ることにする。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:34 | コメント(4)| トラックバック(0)

右側通行を初体験

《 モーターホームでアメリカを走る 3 》

 レンタルモーターホームを、実によく見た。
 日本では、キャンピングカーをレンタルするという習慣が、まだあまり定着していないが、アメリカでは予想上にレンタルモーターホームが普及していた。

 最初は、どれがレンタルモーターホームなのか、よく分からない。
 しかし、注意してみていると、みな車体にでっかくレンタル会社の名前がディスプレイされているので、すぐにそれと分かるようになる。

 全米最大手といわれる 「エルモンテRV」 社の場合は、バンク部分に 「EL MONTE RV」 のロゴ。
 「クルーズアメリカ」 社の場合は、ボディサイドに有名観光地の写真とともに、「CRUISE AMERICA」 というネームが入る。

IH40沿いにて
 ▲ エルモンテRV社のレンタルモーターホームのクラスCは、バンクに 「EL MONTE RV」 のロゴが入る。

 こういう、“いかにもレンタルしましたよ” というモーターホームが、個人所有の高級モーターホームが居並ぶRVパークにも堂々と入ってくる。
 こちらの国には、「レンタル車だと、モーターホームを買えない貧乏人と思われるかもしれない」 などという、肝っ玉の小さい考えの持ち主はいないらしい。
 それだけ、モーターホームが人々の生活の中に、当たり前のように定着しているのだろう。

 実際、郊外を走っていると、荒野の中の一軒家という風情の家々には、必ず1台、古いモーターホームかトラベルトレーラーが置かれているのを見る。

アメリカ荒野の家のキャンピングカー
 ▲ 荒野にポツンとあるような住宅には、ほとんどトレーラーかモーターホームの姿が見える。

 モーターホームやトレーラーは、日本では 「自然の中でキャンプする道具」 と思う習慣があるので、
 「こんな大自然の中に住んでいるのだから、キャンピングカーなんか要らないじゃん」
 などと、ついつい思いがちだが、荒野の中に住んでいるからこそ、サバイバルの手段として、モーターホームを1台持っておくという発想が生まれてくるのだろう。

 だから、グランドキャオン、モニュメントバレーといった大観光地を擁するアリゾナ州やユタ州では、対向車の10台に1台がモーターホームかトレーラーだった。

 最初のうちは、北海道でキャンピングカー同士がすれ違ったように、手を振って挨拶した。
 誰も挨拶を返さない。
 当たり前だ。
 こちらでは、モーターホームなど、“乗用車の1種類” でしかないのだから。
 
対向車のキャンピングカー
 ▲ 対向車の10台に1台はモーターホームかトレーラー

 そのモーターホームを借りるために、「エルモンテRV」 社のラスベガス営業所におもむいた。
 
 ラスベガスの中心街から走ること20分あまり。
 まばらな潅木が生い茂る、いかにもかつては “砂漠のど真ん中” といったところに、営業所は店を広げていた。
 社屋の雰囲気は、なんとなくメキシコ風。
 それだけでも、
 「おお、エキゾチック!」 と感嘆してしまう。

エルモンテRVラスベガス外観 エルモンテRVラスベガス室内
 ▲ エルモンテRV社のラスベガス営業所

 クルマを借りるためには、国際免許証と日本の免許証、パスポート、クレジットカードの提示が必要となる。
 提出された書類に、日本の住所などのほか、もろもろのインフォメーションを書き込まなければならない。

 こちらの英語力などは、せいぜい買い物する時に役立つレベルなので、細かい事務手続きとなると、ちんぷんかんぷん。
 旅のプロであるトラベルデポの小林さんの助けを借りて、自分の書類だけ書き込むと、後はサボりを決め込んで、興味津々といった表情をあらわに、オフィスの中を歩き回って見物。

エルモンテRVカウンター
 ▲ レンタル手続きを行うカウンター

 社屋はそれほど大きくはないのだが、手続きカウンターの横にはシアタールームのようなものがあり、「映画鑑賞」 ができるようになっている。おそらく、モーターホーム初心者に扱い方を教えるDVDなどを見せる部屋だろう。


 「2台空いているから、好きなほうを選べ」
 と、店の人がいう。

 1台はフォードエコノラインベースの25フィートモデル。
 もう1台は、シボレーベースの31フィートモデル。
 ともにレンタルモーターホームでは導入頻度の高いフリートウッドのジャンボリー。 

ジャンボリー25 ジャンボリー31 
 ▲ 25フィートモデル (左) と、31フィートモデル (右)

 外観からそれを見比べただけで、小林さんは、「25フィートにしましょう」 という。
 確かに、取り回しを考えると、25フィートの方が無難に見える。

 室内に入ってみた。
 25フィートは、対面ダイネットにリヤダブルベッドという標準的なレイアウト。
 31フィートは、リビングとリヤベッドの間にL型キッチンとトイレ・シャワールームが設けられ、アコーディオンカーテンで仕切られているため、リヤベッドのプライバシーが確保できる。

 5日間ほどの旅とはいえ、休むときはそれぞれ “別室” を確保した方が、落ち着けると判断した。

 「ここまで来たら、25フィートも31フィートも大差ないですよ。広い方が楽。31フィートでいきましょう」
 そうは言ってみたが、実は、こんなでかいクルマを運転するのは初めてなのだ。

 31フィートといえば、全長約10m。日本の乗用車2台分くらいの長さになる。
 自分がかつて乗り回していた国産キャブコンは、5m60。今のクルマは5m弱。
 その感覚が身に付いているから、10mのクルマともなると、ちょっとブルってしまう。

 しかし、一応 “キャンピングカーのジャーナリスト” ということになっているので、ブルっている姿は見せられない。
 「平気、平気」 という表情をつくって、強引に31フィートを選ぶ。


 英語をペラペラと早口でまくしたてる (当たり前か…) オフィスの女性スタッフから、モーターホームの扱い方に関するレクチャーを受ける。
 「ここが発電機の収納庫」
 「こっちはグレータンク、ブラックタンクの排泄口」
 「こちらはプロパンボンベの収納庫」……

 わりとてきぱき事務的に解説するので、モーターホームが初めてという人には、全部を一度に理解するのはむずかしいと感じた。
 キャンピングカーを経験していない人は、日本にいるときに、モーターホームの基礎的な扱い方を調べておく必要がありそうだ。

 さらに日本で導入されているアメリカ製モーターホームとは異なる部分もある。
 たとえばプロパンボンベ。
 日本製ボンベと異なるので、コックの位置や形状も違う。
 しかし、ボンベの容量が多いため、10日間程度の旅行ではプロパンガスを補充することもなさそう。

 それ以外のことは、日本でキャンピングカーを扱っている人にはだいたい理解できる範囲なので、キャンピングカー経験者が旅行中に機器類の扱い方で困ることはないと思った。

 ありがたいのは、グレー、ブラックタンクの量や清水タンク、プロパンガスの残量、メイン・サブバッテリーの充電状態などが、すべて一目で分かるモニターパネルが完備していることだった。
 自分が今使っているキャンピングカーにはない装備だったので、これは便利に感じた。
 
 ただエアコンなどの設定温度は華氏で表示されている。
 華氏の感覚がにわかにつかめないので、ちょっと戸惑う。
 ちなみに、車内で快適な温度とされる摂氏24度は華氏では75℃ぐらい。慣れるまで少し時間がかかる。


 いよいよ出発。
 最初はアメリカでの運転経験を持つ小林氏に運転をお願いした。
 彼も31フィートクラスを運転するのは初めてだという。

 しかし走り始めると 「案外楽ですネェ」 と彼がいう。
 助手席に座った自分もそれを感じた。道幅がゆったりしているので、巨体を持て余すという感覚が生じない。日本と違って、曲がり角でもリヤのオーバーハングのマージンを取って大回りする必要もない。

 自分で運転してみたくなったので、スーパーに寄ったついでにさっそく運転を交代してもらった。

 生まれて初めての右側通行。
 直進する場合はまったく違和感がない。
 ただ右折は簡単だが、左折の場合は少し戸惑う。

 アメリカでは片道3車線が、日本の道路の往復4車線ぐらいの道幅に感じられる。
 だから、片道3車線ぐらいの大きな道路の左折は、うっかりすると中央分離帯を見逃して、その手前の一番奥の道に侵入したくなる。
 小林さんの 「その先、その先!」 という指示でなんとか命拾いする。

 それ以外にも、日本の交通ルールとはかなり異なる部分もある。
 たとえば右折の場合、特別の標識が出ていないかぎり、対向車が来ない場合は赤信号でも右折できる。
 踏み切りも一時停止する必要がない。
 日本の習慣に従って、踏み切りでうっかり一時停止すると追突されると小林さんに教わった。

 道を譲ってもらったお礼にハザードを点滅させたりする習慣もないという。片道2車線ある場合の追い越し車線は左側。

 それらのことに完全に慣れるまで、やはり半日ほどの運転時間が必要だった。

 しかし、慣れると、アメリカの道は実に走りやすいということが分かってきた。
 まず、交通標識が洗練されている。
 異国のドライバーがはじめて走行しても、その意味がすぐ分かるようになっている。

フリーウェイのトラック
 ▲ 幹線道路では巨大な18輪トラックなどがビュンビュン飛び交うが、道幅が広いために怖さを感じることがない。

 道路標識も、南北に走っている道は奇数番号。東西に走る道は偶数番号で表示されるので、自分の向かう方向が明確に判断できる。

東西南北の道路標識
 ▲ 奇数番号は南北。偶数番号は東西に走る道を示す。

 ハイウェイの流入車線も、マージンがたっぷり取ってあるので、入ってくるクルマも、入れてあげるクルマも、スピードをコントロールする必要がない。
 さすが、自動車先進国。
 アメリカのドライブはこんなに気楽なものかと、しみじみ実感することになった。

 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 04:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

北米のRVパーク

《 モーターホームでアメリカを走る 2 》

 キャンピングカーの宿泊施設で、日本にはないものがアメリカにはある。
 「RV PARK (RVパーク)」 と呼ばれるキャンピングカー専用のキャンプ場だ。

 もちろんアメリカにも 「CAMP GROUND」 と呼ばれるキャンプ場があり、テントキャンパーを受け付けているが、キャンピングカーの普及しているアメリカでは、RVパークの方が目立つ。
 目立つのは道理で、これらのRVパークはほとんど幹線道路上にあるため、走っていれば自然に目に入ってくるからだ。

 つまり、日本のキャンプ場のように、その場所を探して山の中の小道をたどっていくということがない。
 「そろそろ疲れた…どこかに泊まろう」
 と思って走っていれば、向こうから目の中に飛び込んで来る。

 今回のモーターホームによる 「グランドサークルの旅」 では、四つのRVパークに宿泊したが、それ以外にも時間があるときは、モーターホームを止めて視察に寄った。

 千差万別。あるいは玉石混合。
 「こりゃ、立派なリゾートホテルじゃないか!」
 と思えるものもあれば、
 「どこがRVパークなの? ただの空き地じゃない…」
 というのもある。

 ただし、“空き地” ではあっても、RVパークと名づけられている限りは、ほとんどフックアップ機能だけは持っていた。
 電気、水道、そしてトイレ汚水や生活雑排水を投棄する排水溝だけは、だいたいどのRVパークにも設置されている。
 
 北米系モーターホームを使用されている方々はよくご存知のはずだが、北米製のキャンピングカーの場合は、「モーターホーム」 と名づけられている限り、家屋と同じライフラインが完備している。
 そのうちガスは、搭載しているプロパンボンベでまかなうようになっているが、電気と水道、そしてトイレなどは、RVパークのフックアップ設備に接続すれば、家の中にいるのと変らない状態で利用できる。

フックアップ1 フックアップ2
 ▲ フックアップの状態。黒いジャバラの管が、トイレ用のブラックタンクと、生活雑排水用のグレータンクが流れ出る管。白い細い管は、モーターホーム内に水道水を取り込むシティウォーター。

 キャンピングカーの普及というのは、インフラの整備があってこそ可能になるものだが、RVパークの存在は、アメリカのキャンピングカー人口を増やす大きな要因となっている。 

 
 旅の初日、ラスベガスの 「サーカスサーカスホテル」 に投宿した私と小林さんは、ホテル裏にある 「サーカスサーカスKOAキャンプグランド・マナーRVパーク」 を視察に行った。

KOAマナーRVパーク
 ▲ サーカスサーカスホテルに隣接する 「KOAキャンプグランド・マナーRVパーク」 の看板

 「ひゃぁー!」 という声が思わず漏れるほど、広い。
 でっかいモーターホームが軒並み並んでいるのだが、遠くのサイトにあるモーターホームは豆粒のように小さく見える。
 延々と連なるモーターホームの彼方には、ネオンまたたく高層ビル。
 都会のビルを遠望するキャンプ場というのは、日本ではなかなか見られない。

ビルを見上げるRVパーク
 ▲ ビルを見上げる “キャンプ場” 。日本ではなかなか見られないロケーションだ。

 キャンピングカーの宿泊場所に対する考え方が、日本とは違うのだ。
 日本のキャンプ場は、そこで 「キャンプをする」 ことを目的とするものが多いが、アメリカでは 「旅の通過点」 と割り切ったRVパークが多い。

 「KOA・マナーRVパーク」 はまさにそういう宿泊施設のひとつだった。
 だから、表現は悪いが、「でっかい駐車場」 という雰囲気もなきにしもあらず。
 植栽もほとんどなく、地面がほとんどコンクリートで固められているので 「風情」 というものは感じられない。

 それでもいいのである。
 ここは、アメリカの自然を求めて旅している人たちが、
 「たまには都市の雰囲気と便利さを味わってみたい」
というときに訪れる場所なのだから。

 だから、このラスベガスのRVパークに宿泊している人々は、みな夜はタクシーを拾って、あるいはシャトルバスやモノレールを利用して、あるいは (トレーラーの人たちは) ヘッドを利用してカジノまで遊びに行き、明け方帰ってきたりする。

 このサーカスサーカスのRVパークは、夜と翌日の朝、2回ほど見に行ったが、夜の方が静かだった。
 たぶん、みなここにクルマを止めて、町の中心街まで遊びに行ってしまうからだろう。

 もちろん、こういう都市型RVパークだけが主流ではない。グランドキャニオンやモニュメントバレー、ザイオンなどの観光地にあるRVパークは、素晴らしいロケーションと豊かな自然環境に満ちている。

 場所によって、さまざまな相貌を見せるアメリカのRVパーク。
 アメリカでキャンピングカーが普及している理由もよく分かる。

モーターホームと老夫婦 
 ▲ モーターホームで旅する典型的な老夫婦。ハトにエサを撒きながら、静かなお昼時を過ごしている。

KOAマナーキャンプ場管理等
 ▲ 管理棟。中では清涼飲料水やらサンドイッチなどの食品のほか、日用品、簡単なRVパーツ、お土産品などが売られている。管理棟横には、プールとドッグランコースがある

ジョージアのクレイさん 40フィートのモナコ
 ▲ ジョージアから来たというクレイさん。40フィートの 「モナコ」 というクラスAの持ち主。
 写真を撮っていると、「ハロー」 と呼び止められる。
 「ここに泊まっているのかい?」 と聞かれたので、「ここではなく、ホテルに泊まっているが、興味があるので見学している」 と答える。
 「カジノに行ったのかい?」
 「行った。1ドルすった」
 「ハハハハ」


KOAマナーのフィフス
 ▲ 場内ではフィフスホイールトレーラーが目立った。
 この後に泊まったRVパークでも感じたことだが、やたらフィフスホイールトレーラーが多い。それをダッジやフォードのピックアップトラックでけん引するというのがアメリカ流。
 フィフスホイールは、日本では定置式のパークトレーラーとして利用されるというイメージが強いが、アメリカでは、このフィフスがあたかも普通免許でけん引できる750㎏クラスのキャンピングトレーラーのように普及している。


KOAマナーのカシータ
 ▲ 日本でも人気のある 「Tグローブ」 の原型となったカシータ。

KOAのピックアップキャビン
 ▲ これは珍しいエッグフォルムのピックアップキャビン 「AVARON」 。エアストリームを半分に切って載せたようだ。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 03:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

ラスベガスの夜

《 モーターホームでアメリカを走る 1 》

 モーターホームで、アメリカの 「グランドサークル」 を走る。
 そいつは、昔からの夢だった。

モニュメントバレー1

 モニュメントバレー、グランドキャニオン、ザイオン、アンテロープキャニオンなど、「グランドサークル」 と呼ばれる一帯は、いわば 「アメリカの原風景」 ともいえる手付かずの自然が残されている地域。生活設備がしっかり整ったモーターホームのありがたさを、最も切実に感じさせてくれる場所ともいえる。
 
 この旅に誘ってくれたのは、このホビダスのサイトでも 「motor-home」 のハンドルネームでブログを書かれているトラベルデポの小林さんである。

 「プレス関連者向けにモーターホームのファムツアーを実施することになって、1台利用できることになったのですが、いっしょにアメリカに行きませんか?」
 
 その一言に、衝動的に 「うん」 と答えた。
 心の準備も、旅費の準備もできていなかったが、こういうチャンスは滅多にあるものではない。

 アメリカンモーターホームは、常日頃、仕事を通して接しているが、実はその中で 「生活」 したことがない。しかも、交通ルールの異なるアメリカで走ったこともなければ、アメリカのRVパークの実情も知らない。
 こいつは勉強になる、と思った。

 仕事柄、小林さんは、モーターホームの使い方に対する詳細なマニュアルを作られている。

 それは私でもずいぶん参考になる立派な資料だが、彼がこのたびのアメリカ行きに私を誘ってくれた背景には、今までいろいろな顧客に案内してきたそのマニュアル通りの生活が、ちゃんとできるかどうか、私と苦労を共にすることで、実施検証してみようという動機があったのかもしれない。
 
 7泊8日の旅。
 スタート地点はラスベガスだった。
 レンタルモーターホームを借りてグランドサークルを回る起点として、「エルモントRV」 社のラスベガス営業所が最も便利だったからだ。

 最初の晩だけは市内のホテルに泊まった。

 ラスベガスはもともとマフィアの隠れ家として発展した町だという。砂漠のど真ん中にあるというのも、マフィアたちが追っ手の目を逃れる意味があったのかもしれない。カジノが発達したのもマフィアとの関連がありそうだ。

 水の供給が難しい町なのだが、最近では地下水を汲み上げたり、水の再利用を促進する循環技術も発達したため、水の供給がスムースになり、町の規模が広がり始めた。
 街のいたるところにヤシの木が生え、一見、この街は涼しげな南国リゾートに見える。

ラスベガス景観(ホテル)

 しかし、もともとは砂漠だけあって、日中は日差しが強烈。華氏90度以上(摂氏36度)ぐらいの強烈な太陽が街並みを焦す。
 その代わり、夜は吹き抜ける風が実に心地よい。
 そのため、ラスベガスは夜の町として発展してきた。

 夜、飯を食べるために、ホテルからタクシーを拾って町の中心街にでかけた。

 ここでは町の中心部を 「ストリップ」 という。
 “帯状に伸びた” という意味らしいが、その意味を知らないと、なんだか別のものを期待してしまう。
 一説によると、カジノでさんざん金を使わされた観光客が、最後は身ぐるみ剥がされるから 「ストリップ」 と呼ばれるようになったとも。
 ストリップショーを観るのはいいが、自分で演じるのは、やはりいやだ。

 そのストリップでタクシーを降りたとたん、まばゆいばかりの光と激しい騒音の洗礼を受けた。
 どのビルも青、赤、黄色の点滅するネオンに彩られ、店内から流れるロックビートがチーンジャラジャラと歩道を揺るがしている。
 街そのものが 「巨大なパチンコ機」 なのだ。

ラスベガスのネオン1
 
 その巨大なパチンコ機の中を、さまざまな観光客が行き交っている。

 道を歩く人々はおおまかに分類すると3種類。
 モーターホームで旅しているような、慎ましやかな服装をした品の良いアメリカ人の老カップル。
 田舎町から週末の享楽を楽しむためにやってきた若者グループ。
 そして、我々東洋人のような外人観光客。

 若者グループは、歩き煙草で、ビールをラッパ飲みしながら喚声を上げる。
 外国観光客たちは夜のネオンを撮ろうとやたらとカメラを振りまわす。
 それを、品の良い老夫婦たちが 「田舎モノはこれだから困るよ」 とでも言いたげな表情で眺めながら通り過ぎる。

ベガスのネオン3

 それにしても、なんと不思議な街か。
 ここには 「世界の観光地」 が効率よく収録されている。
 歩き始めたら、パリのエッフェル塔と凱旋門が出てきたのに、まずびっくり。
 しかし、それだけでは収まらなかった。
 少し歩くと、今度はニューヨークの自由の女神とエンパイヤ-ステートビルが出てくる。さらに歩くと、スフィンクスとピラミッド。
 どれもが有名なホテルやカジノなのだ。

ラスベガス自由の女神 ベガスのエッフェル塔
 
 エッフェル塔と凱旋門をコラージュした建物はフレンチレストランや展望デッキを備えた 「パリス・ラスベガス」 。
 自由の女神とエンパイヤ-ステートビルはホテルとカジノを兼ねた 「ニューヨーク・ニューヨーク」 。
 スフィンクスとピラミッドは、ショッピングアーケードで有名な 「ルクソール・ラスベガス」。

 それらのオブジェが本物と違うことは、どれも強烈なライティングを浴びて、毒々しいほど華麗に輝いていること。
 そのイミテーションのチープ感が、ラスベガス独特の魅力になっている。イミテーションの気安さから生まれる遊び心が、ためらいなく一夜の歓楽を享受する気楽さにつながっている。


 ラスベガスには有力な産業がない。収入のほとんどは観光収入だ。
 そのため、観光の目玉となるカジノには、緻密な配慮が重ねられている。
 たとえば、どのカジノにも時計というものがない。お客に帰る時間を忘れさせるためだ。

 建物の室温は、昼も夜も平均して24度前後の心地よい温度が保たれている。お客が疲れたり、眠くなったりすることを避けるためだ。
 お腹がすいても、カジノの外に出なくてよいように、すべてのカジノには飲食スペースが備わっている。
 観光客に気持ちよくお金を使ってもらうために、街全体が緻密な計算によって演出されているというわけだ。

 砂漠の一角に誕生した夢の不夜城。
 世界中で、これほど人工的な都市というのも他にないのではなかろうか。

ラスベガスのネオン2

 ラスベガスは、街全体が巨大なテーマパークといえるかもしれない。表通りを歩いている限り、これほど人々の生活臭が感じられない町も他にはない。
 そういった意味で、ディズニーランドの雰囲気に近い。
 しかし、テーマパークの刺激には、人々はすぐ慣れる。客に飽きさせないためには、常に生まれ変わっていくしかない。

ラスベガスの街並み

 ラスベガスでは、街のいたるところで、新しいビルの建設が進んでいた。短時間に生まれ変わるために、古いビルは爆破して一瞬のうちに壊し、後は、昼夜を問わず突貫工事が進められる。夜がふけても、建設現場では遊び客と同じぐらいの人間が働いている。

 この街では2年単位ぐらいで景観が一変するという。特に最近の傾向は、コンドミニアムの建設が増えたことだ。お金持ちが遊ぶ時間を短縮するために、コンドミニアムを所有してこの町に住むようになってきたからだとか。

 ただ、最初の出資者がそのまま住むケースはまれだ。新しく建設されるコンドミニアムの多くは、投資の対象だともいわれる。
 カジノといい、投資の対象のコンドミニアムといい、人間のストレートな金銭への要求が、とてつもない 「幻想の街」 を創り上げる原動力となっている。この街のどこか切ない華やかさというのは、そこに由来しているのかもしれない。

 カジノの雰囲気を味わうために、全米最大の客室を持つというメガホテルの 「MGMグランド」 を訪れた。
 入口で、MGM映画でおなじみの巨大なライオン像が街並みを見下ろしていた。その像の大きさがもう鎌倉の大仏さん以上。建物自体が、日本の町のワンブロックほどの大きさを誇っている。

MGMグランド

 エレベーターを降りると、そこには巨大な地下街が広がっていた。
 行けども行けども、スロットマシンとルーレットとポーカーやブラックジャックのテーブルが連なる光景が続く。
 遊びなれた感じのアメリカ観光客たちが、ウィスキーを楽しみながら優雅にルーレットに興じているかと思えば、冷やかし半分の外国人観光客がスロットマシンのハンドルを操っている。

ベガスのスロット

 いったい一晩でどれだけのお金が動くのやら。
 わずか10ドル程度の投資で、一晩に300万ドル稼いだ日本人観光客もいたという。メダルが機械からこぼれるように溢れ出し、その人は機械が壊れたと思って、従業員に文句を言いに行ったらしい。ビギナーズラックとでもいうのだろう。
 それにあやかろうと1ドル投資してスロットマシンを試してみたが、ものの10秒で終わってしまった。

 カジノを出ると、夜の12時を過ぎたというのに、行き交う人間の多さは一向に変らない。道路にはモーターホームほどの長さのリムジンがしきりに走り回っている。

 リムジン会社は10数社あるといわれ、各ホテルでもリムジンサービスが実施されている。長大な車室内にはパーティができるような椅子テーブルが備わっており、実際に車内パーティを楽しむという需要も多いという。フォードE250やハマーをベースにしたリムジンもある。

ベガスのリムジン ベガスの白いリムジン 

 その長い車体が交差点などを横切るところを見たりすると、ため息が出るほど美しく感じられる。
 これだけは日本ではなかなか見られない光景だ。

 大自然の相貌をむき出しにしているグランドサークルの旅は、その対極ともいえる超人工的な街から始まった。

ハーレーダビッドソンカフェのネオン
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 06:38 | コメント(12)| トラックバック(0)
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