町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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物語との戦い

 大塚英志氏の 『物語消滅論』 (角川oneテーマ21) という本は、非常に分かりづらい。
 “語りおろし” ということで、記述自体に重複、省略、飛躍が多く、文意を素直にたどりにくい。
 しかし、分かりづらい本当の理由は、そのような叙述のスタイルからくるものというよりも、テーマが二つに分断されていることによる。

物語消滅論表紙

 つまり、ここでは大塚氏が、「二つの戦線」 で戦っているのだ。
 一方では、
 「小説などから、やがて “作者” は消えていく。物語などはコンピューターで作れる時代が来ている。そういうことをみな自覚して、これから “作家” を目指す人たちは、物語の技術者というブルーカラーとして働くことを覚悟し、社会的にもそういうシステムが構築されなければならない」
 という。

 これは、ひとりの人間がコツコツと 「作品」 を仕上げていくことによって、創造的な仕事が達成されると思い込んでいる 「近代主義者」 たちへの戦闘宣言だ。

 ところが一方では、
 「近代文学のやり直しは必要だ。文学や歴史、イデオロギーまで含めて、近代文学の再構築が行われなければならない」
 ともいう。

 こちらでは、最初の言い方では無効なものになったされる 「ひとりの作者が世界と対峙してコツコツと文学に立ち向かう」 ような旧世界が称揚されている。
 そういうときの大塚さんは、コンピューターで物語をつくるシステムや、それによって動かされる社会構造に対して戦線布告を行っている。

 果たしてどちらが主戦場なのか。それが、ある程度読み進んでいかないと見えてこない。
 
 しかし、その 「二つの戦線」 で戦っている大塚氏の真意が理解できてくると、この本は、今の時代の構造を把握するための、非常に適切な道しるべになるし、霧吹く荒波を航海する時に、行く先を照らしてくれる灯台の明かりとなる。

 この本は、われわれに何を語ろうとしているのか。
 それを知るには、まず大塚さんという方の肩書きを知るのが手っ取り早い。

 「まんが誌のフリー編集者を経て、まんが原作者やジュニアノベルズ作家、評論家として活躍。サブカルチャーとおたく文化の視野からの評論、社会時評が注目される」 (著者略歴より一部抜粋)

 つまり、一貫してサブカルチャー寄りの世界で身を立て、かつ論陣を張ってきた人なのだ。
 そういった意味で、サブカルに期待する思いは強い。
 だから彼は、アメリカの映画やアニメ産業と日本のそれとを比較した場合、CG技術などの比較以前に、ストーリー制作において圧倒的に遅れをとっている日本の現状に警告を発する。

 「アメリカではすでに 『Dramatica』 というシナリオライティングソフトが実用化のレベルにあって、ハリウッドではそれを駆使した、非常にシステマティックなストーリー制作が行われている。
 それは、人間の思いついたプロット (あらすじ) をコンピューターの質問通りに整理させていくうちに、おのずとハリウッド映画のセオリー通りの物語がつくられていくというもの。アメリカでは、ストーリーテリングに関する部分でのシステム化が、日本よりはるかに進んでいる」
 と、大塚さんはいう。

 だから、
 「日本の映画やドラマのシナリオライティングでも、物語制作という行為を、システマティックな技術として構築する自覚と技術を持った物書きが大量に出てこないと、日本のソフト産業の水準を維持していくことができない」
 という警告がなされる。


 では、「Dramatica」 のようなソフトが日本にも登場して、物語が工学化していくと、日本における物語や小説を書いていた 「作者」 は、今後どうなるのか。

 大塚氏は、誰でも作家になれる 「物語ソフト」 が流通してくると、近代文学を支えてきた 「作者」 は根源的に無化されるだろうと、あっさりと予測する。
 創作行為は神秘的なものではなくなり、「作者」 は神秘化されたブラックボックスの外側にはじき出されて、ソフトを管理する単なる技術者になる…というわけだ。

 そんなことがありえるか!
 モノを書くことに特別な思いを持ち、「作者」 としてのこだわりを大事にする人々は思うだろう。

 しかし、すでに 「物語」 の創作が、「作者」 という存在がいなくても、自動的に行なわれる時代がやってきたことを、大塚さんは、『トイレの花子さん』 という子ども向け映画がヒットしたことで説明する。

 「 『トイレの花子さん』 は、子供たちの想像力が集合したストーリーで、そこには、近代文学を支えたような “作者” がいない。そもそもこの話の元ネタは都市伝説であり、都市伝説というものには、最初から作者がいない」

 つまり、ここではハリウッドの創作ソフト 「Dramatica」 で行なれたこととと同じことが行なわれているという。

 「Dramatica」 では、人間の考えたプロットに、コンピューターが肉付けを行うことでストーリーを進化させていくわけだが、『トイレの花子さん』 では、子供たちが、よってたかって話を面白くさせるための工夫を凝らし、ハリウッドのコンピューターソフトと同じ機能を果たした」
 というわけだ。

 「このような、作者不在の物語が成立するようになった時代というのは、我々が “リアリティー” として感じていたものの耐用年数が切れかかってきたからではないか?」
 と大塚氏は、そこから、ものすごく面白い論理展開を始める。
 ここからが、この本の白眉だ。

 今、我々が日常生活で感じている 「リアリティ」 というものが確立されてきたのは、たかだか、ここ100年ぐらいのことでしかないと、氏は指摘する。
 明治30年前後に、西洋から 「近代文学」 がもたらされるようになり、そのときから日本人は、現在われわれが感じているような 「リアル」 な感触を手に入れた。

 「西洋近代文学」 は、19世紀の西洋人が獲得した新しい社会科学のもたらした思想を反映している。
 たとえば、すべての生物は神によって作られたものであり、その生物の種類や数に変動はないという  「常識」をダーウィンがくつがえし、「環境の変化に適合できない生物は滅び、適合した種は常に進化を続ける」 というような近代合理主義思想をその世界観の基盤に据えている。

 19世紀に生まれた 「近代文学」 は、「生き物は環境に左右される」 という “不安定感” の中で生きざるをえない存在として 「人間」 を捉えた。
 それは、世の中はすべて神様が仕切っているので、幸せを得るためには、ひたすら神様に祈るしかないと考えていた人々の意識を、根底から変えた。

 考える主体が神様から人間に移ってくると、人間は誰もが、混沌とした世の中を自分の視点に立って整理し、自分だけに見えている 「世界」 を信じるような訓練を繰り返すようになる。
 そのような訓練が、いつしか、人間が世界を把握するときの 「現実感」 として定着した。

 このような 「現実感」 をもたらせた西洋の近代文学は、明治期の日本のインテリたちを震撼させた。
 近代日本文学の黎明期を生きた樋口一葉や、坪内逍遥や、尾崎紅葉たちは、この新しい 「現実感」 を日本文化に取り入れるために、必死に奮闘した。

 では、それまで、日本人の現実感を支えていたものとは何だったのか。
 それが、「おとぎ話」 や 「昔話」 だった。
 つまり、多くの日本人は、「悪いことをしたら、バチが当たって来世で苦しむ」
 というような、村の古老が語るような 「善」 と 「悪」 で構成されたシンプルな世界を見つめていた。

 江戸時代の歌舞伎とか浄瑠璃といった古典芸能は、その類型的な現実認識を、きわめて高度に洗練された様式美にまで高めていた。

 ところが、明治になって西洋文学が導入されると、人間は 「善」 と  「悪」 の間に立って悩むような複雑な存在であるという認識が日本の知識人たちにもたらされるようになる。

 「悪いことをしたら、その人間はバチが当たって来世で苦しむ」
 という説明で納得していた日本人は、
 「私にとって、悪いこととは何なのか?」 
 というように、「私」 というものを厳密に問い詰める姿勢がないと、世界をリアルに見つめられないように感じるようになった。
 そうやって手に入れた 「現実感」 が、今日までわれわれの日常生活を被っていた。

 しかし最近、そのような 「リアリティ」 を保証する根拠が崩れ始めていると、大塚氏は述べる。

 大塚氏がそう感じたのは、最近の若者たちが、しきりに 「自分と歴史とのつながりが分からない」 と言うのを聞くようになってからだ。

 「過去の日本が何をしてきたかなど考えても意味がない。それは現在とは関係のない世界だ」
 そう感じる若者が増えているという。
 
 それだけ、急速に 「歴史が見えにくくなった時代が来た」 と、氏は考える。
 さらに氏は、現代思想的な水準においても、「歴史感覚の喪失」 という問題が取りあげられるようになったことに着目する。

 歴史感覚の喪失とは、とりもなおさず、「時間感覚」 の喪失に他ならない。
 つまり、今までわれわれの 「リアリティ」 を支えてきた 「時間感覚」 が急速に薄れてきているのではないかと、氏は思うのである。

 その理由のひとつに、大塚さんは東西冷戦の終結を挙げる
 長い間、資本主義に対立する理念を掲げていた社会主義がコケたことによって、人類は未来へのイメージを喪失した。
 つまり、「明日は今日より良くなる」 という神話が、社会主義の崩壊によって完全に地に落ちたということらしい。

 そこのところの大塚さんの解釈を、ちょっと短めに説明するとこうなる。

 「私たちの感じる “現実感” の後ろには、近代をずっと支配してきた進化論的な考え方があった。ダーウィンの生物学的な進化論は、社会を考えるモデルにまで発展し、社会そのものが段階的に進化していくという時間認識を人々にもたらすようになった。
 それを徹底して、政治・経済・思想・生活の領域で推し進めようとしたのが、社会主義だった。

 その社会主義がコケたことによって、人間の歴史を進化論的に説明する理論も破綻し、世界はどう動いていくのか、またどのように動けば人類にとって理想的な進路が決まるのか、そういうことを考える基盤がすべて失われてしまった」
 と (いうような意味のことを) 大塚氏は述べる。
 
 しかし、そうはいっても、人間は自分の立ち位置を定める座標軸を持たないと不安でどうしようもなくなってしまう動物だ。
 そこで復活してきたのが、「昔話」 のように、世界をシンプルに読み解く 「物語的な世界観」 だったと大塚さんはいう。

 世界は、『ハリー・ポッター』 のように、あるいは 『ロード・オブ・ザ・リング』 のように、あるいは 『スターウォーズ』 のように、そして 『ドラクエ』 や 『ファイナルファンタジー』 のように、誰にでも分かりやすい 「光と闇の戦い」 、「正義と悪の戦い」 という神話物語に還元される時代に戻ったわけだ。

 氏は言う。
 「9・11の同時多発テロ以降から、アメリカが開戦に踏み切るまでのプロセスは、ハリウッド脚本術に示されたセオリー通りの展開を示した。
 9・11テロの映像がハリウッド映画のように見えたというよりも、テロ後のアメリカの行動が、あたかもハリウッド映画の主人公そのものの行動原理だった」

 大塚氏は、コンピューターによって物語を制作するハリウッド的な思考パターンが、現実政治にまで及んできたこたことを強く感じるようになる。 

 「アメリカには “近代” 以前がない。だからアメリカ社会は、ハリウッド映画を自前の神話として自作自演しなければならなかった。
 ブッシュ大統領は、そのような過剰な神話を必要としてきた社会に生まれ育った。9・11以降の戦争は、まさにハリウッド映画の物語的な構造に従って遂行された」

 氏が、このような単純な 「善悪二元論」 で世界を解釈してしまうファンタジー的な思考パターンに危惧を抱いていることは明瞭だろう。

 さらに、当時そのブッシュ政権に同調して、いち早く共闘宣言を掲げた日本政府に対しても、こう評価する。

 「あのときの日本政府のアメリカに対する対応は、あたかもロールプレイングゲームのパーティに、日本が加わるか加わらないかという意識レベルだった。
 主役としての勇者アメリカ。敵としてのイスラム世界。その討伐隊のパーティにどう関わるのか」
 ほとんど、ドラクエ的構造だったという。

 このような 「物語」 的な世界観は、ネットのプログラム言語と親和性が高いという極めて重要な指摘があるのだが、長くなるので触れない。
 とりあえずここでは、「善悪二元論」 のファンタジー的な物語体系に対し、大塚氏が、どういう抵抗の道筋をつけようとしているかを確認すればいいと思う。

 氏は、「物語」 的な世界観が蔓延していくことに対する対抗軸として、物語批判としての 「近代文学の復権」 を掲げる。

 つまり、明治期の樋口一葉や、坪内逍遥や、尾崎紅葉が、西洋的な 「私」 を意識した文芸を書かねばならないと思って必死に奮闘したように。
 そして夏目漱石が、そのなかから見事に日本の近代文学を打ち立てたように、もう一度、類型的な 「物語的世界観」 と格闘することで自分たちの立ち位置を定めることの大切さを説く。

 しかし、その道筋を追う大塚氏は、非常に複雑な立場に立たされている。
 なぜなら、本来はそのような仕事に精を出さなければならない 「文学側」 の人たちに、氏はケンカを売ってきたからだ。

 「本当は、こういう主張は、僕に文学など不良債権でしょ、と挑発されてきた “文学の人たち” がいうべきことなのだ。しかし、彼らは、自分たちの利権を維持する文学だけしか考えないので、僕の挑発には口をつぐんでいる。だから挑発した僕が、逆に答を出さなければならない」
 と、大塚氏はいう。
 氏が 「二つの戦線」 で戦ってきたということは、そういう意味だ。

 彼は、一方では 「文学は終わった」 などとうそぶくだけで何もしようとしない 「文学派」 の怠慢を批判し、一方では、「文学の危機」 に無頓着な 「サブカルチャー派」 を憂慮する。
 「物語」 に依存する思想は、封印を解かれた魔王のように、その隙間をぬって、「思考放棄」 とでも表現せずにはいられないような単純な世界観を蔓延させていく。

 彼が冒頭で、創作行為は神秘的なものではなくなり、「作者」 はソフトを管理する単なる技術者になると予測したのは、そのような状況を理想としたからではない。
 「作者が、技術者として物語の構造を管理し、誰にでもコミットできる技術として精緻化しておくことが、物語を封じ込める力になる」 からだ。

 氏の複雑な気持ちは、次のような言葉に要約されている。

 「僕はこの本で、近代的言説としての文学の復興や、社会工学的な技術としての文芸批評を擁護するという (自分にとっては) 予想外の結論に達したが、それは別に、(既成の) 文芸誌的な文学や、文芸誌的な文芸批評を擁護することではない」

 この本の分かりづらさは、そこのところに由来する。
 しかし、この本では、その分かりづらさが、見事な 「勲章」 になっている。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:37 | コメント(2)| トラックバック(0)

サフラン新モデル

【お勧めキャンカー25 「サフラン470 」 】

 マックレーのコンパクトキャブコンとして人気の高い 「サフラン470」 シリーズに、このたびニュータイプのレイアウトが加わった。
 デュエットⅡのL型ラウンジタイプ。

サフラン470

 しかし、いったい、どう説明したらいいのやら。

 国産キャブコンとして類例のない新しいコンセプトなので、それを表現する言葉がなかなか見つからない。

 一言でいえば 「スペースマジック」 。
 「魔法」 という言葉を使わざるを得ないほど、このコンパクトなボディからは、帽子を飛び立つハトのように、次々といろいろな装備や機能が飛び出してくる。

 L型ラウンジ
 2名就寝リヤダブルベッド
 最大3名就寝バンクベッド
 キッチン&電子レンジ
 65リットル冷蔵庫
 トイレ機能付きフリールーム
 リヤ大型収納
 ヤマハ2.8kW発電機
 コールマンルーフエアコン……

サフラン発電機
 ▲ ヤマハ2.8kW発電機も標準装備
 
 「サフラン470・デュエットⅡ・L型ラウンジ」 のわずか4.66mのボディには、上記のような、輸入モーターホームにも匹敵する装備類が整然と詰まっているのだ。

 いったいどういう構造になっているのだろうか?
 誰でも、不思議に思うだろう。

 もちろん、上記の装備類を平面上に配置するだけでは、とても4.66mのボディに収まらない。

 時には、トイレルームが半分のサイズに縮まる。
 ある時は、キッチンテーブルの広さが倍になる。
 寝る人数によって、バンクベッドの形状も変わる。

 このように、各パーツを “可変的” に組み合わせることによって、サフラン・デュエットⅡというキャブコンは成り立っているのである。

 まさにスペースマジック!

 開発者の渡辺社長に、ベッド展開をはじめ、このクルマが秘めている様々な機能を見せてもらった。
 簡単な操作で、あっという間に、装備類の形が変わり、新しい内装風景が立ち現れてくるのを眺めていると、奇術師が仕切るマジックショーの客席にいるような気分になる。

マックレー渡辺社長新画像
 ▲ マックレー渡辺社長

 このショーのひとつの主役を演じているのは、フリールームだ。
 高さが、2段階調整式になる。
 つまりこのフリールームの高さを、天井まで届く 「フルサイズ」 にセットすれば、トイレルームとして使っても、収納庫として使っても余裕たっぷりの、大型フリールームとして使うことができる。

サフランーフリールームフルサイズ

 ただしこの状態では、バンクベッドの広さが若干削られているので、バンクベッドの就寝人数は2人となる。

 では、バンクベッドスペースを広げたいときは、どうすればいいのか。

サフランフリールームハーフ

 そのときはフリールームの上側を折りたたんで、「ハーフサイズ」 に縮小してしまえばいい。
 たちどころにバンクベッドが延長され、縦寝3人就寝を実現する広々ベッドが誕生する。

 このハーフサイズ状態でも、ポータブルトイレが使えるというのがミソ。
 計算された寸法取りには、舌を巻く思いがする。

サフラントイレルーム

 リヤは、固定ダブルベッドとなる。
 ラウンジでくつろいでいるうちに、眠くなったら、そのまま横になれるという構造になっている。

サフランリヤベッド1

 だが、ここにも仕掛けがある。

 ベッドの足元側にはクローゼットと、パソコンなどが置けるカウンターが用意されているのだが、クローゼットが中空に浮いているので、その下側に足を伸ばすことができる。

サフランリヤベッド2

 さらに憎いのは、キッチン。
 普段は、幅30センチ程度のコンパクトサイズに収まっているが、補助テーブルをベッド側に突き出すように延長できるために、キッチン使用時にはキッチンカウンターを広く使うことができる。

サフランキッチン2

 シンクの上には電子レンジ。
 キッチン下には65リッターの容量を誇るDC12V冷蔵庫。
 冷蔵庫の本体をベッド下にもぐり込ませるという発想が、リヤ側の 「マジックショー」 を実現させることにつながった。

 外部収納庫の大きさも構造も特筆もの。
 リヤ右側のハッチを開ければ、縦にも、横にも長物が積めるようになっている。
 この収納庫には、ベッド下の小さな戸口からもアクセス可能だが、リヤのベッドマットを取り外せば、室内からも簡単にアクセスできる。

サフラン外部収納

 カラシ色のレザーシートでまとめられた3人掛けのL型ラウンジが、すごくお洒落れ。
 ビニールレザーシートは、拭き取りも簡単なので、ペットの毛を気にするようなオーナーに向いているかもしれない。

サフランLラウンジ1

 さて、こういうキャブコンを、皆さまは、どう思われるだろうか。

 絶対、日本人以外には思いつかないコンセプトだと思う。
 …というより、マックレーの渡辺社長以外に、ここまで空間のマジックにこだわるデザイナーはいないだろう。

 このコンパクトなスペース内に、これだけ多機能な装備を組み込んだキャンピングカーというのは諸外国はおろか、日本でもあまりない。

サフランキッチン

 このクルマには、伝統的な日本工芸品の中に脈打つ 「匠の精神」 があるように思う。
 たとえば、寄せ木細工や、からくり人形の精緻さ。
 あるいは、浮世絵を制作するときの版画技法の緻密さ。
 サフランには、そういう日本人が伝統的に培ってきた、日本的な機能性を象徴する細やかさがある。

 欧米で生まれたキャンピングカーという文化が、日本の土壌の中で見事に花開いた例を、このサフランに見ることができる。

campingcar | 投稿者 町田編集長 00:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

キャンカー入門書

 「キャンピングカーって普通免許で運転できるの?」

 キャンピングカーに興味を持ちはじめた人が、専門誌に目を通してみても、まず、このような素朴な疑問に答えてくれる記事を見つけるのはむずかしい。

 キャンピングカーには、どんな種類のクルマがあるの?
 トイレって、どう使うの?
 ベッドって、どう作るの?
 みんなどんな場所で泊まっているの?

 現在書店で流通しているキャンピングカー専門誌は、ある程度の予備知識を持った読者を前提としているので、こういう初歩的な疑問に対しては、「初心者読本」 のような特集でもない限り、なかなか答えてくれない。

 かといって、販売店のスタッフを前にして、あまりにも素人くさい質問をするのも、なんだか気が引けるし…。

 そういう人々に朗報!
 このたびキャンピングカーの入門書として最適な書籍が発行された。

 タイトルは、ずばり、
 『キャンピングカーって、本当にいいもんだよ!』
 (キクロス出版:発行/BАBジャパン:発売/定価1,800円+税)

キャンピングカーいいもんだよ表紙

 著者は、日本初の 「キャンピングカー評論家」 である渡部竜生 (わたなべ・たつお) さん。

渡部竜生氏
▲渡部竜生さん

 実は、「名古屋キャンピングカーフェア」 の会場で著者からお声をかけていただき、名刺交換をして、貴重な著作を1冊おゆずりいただいた。

 渡部氏としては、初の著作だという。
 といっても、氏は 『キャンプカーマガジン』 や、その前身である 『キャンピングカースタイル』 のレギュラー執筆陣として活躍され、『オートキャンパー』 誌にもときどき寄稿されているので、評論家としての経歴は長い。

 この本をお書きになられた動機を、直接お尋ねした。

 「自分がキャンピングカーに乗るようになって10年になるのですが、その10年の間に、キャンピングカーとそれを取り巻く環境がずいぶん変わってきました。
 一言でいうと、こういう乗り物に関心を持たれる方の数が飛躍的に増えた。
 10年前は、お金持ちの道楽のように受け取られていたキャンピングカーですが、今は普通のサラリーマンが旅を楽しむためのツールとして、当たり前のように購入するようになりました」

 ところが、
 「そういう人々が頼りにするような入門書がない」
 と渡部さんは言う。

 早い話、「バンコンって何のこと?」
 というレベルの質問に対し、まともに向き合う本がない。

 そう考えた渡部さんは、ユーザー歴10年の経験を生かし、かつキャンピングカー専門誌で取材した知識を交えて、この書籍を企画。
 めでたくこの2月6日に刊行に至った。

 とにかく1冊読めば、キャンピングカーの種類、その構造、基本的な装備類、状況に応じた装備類の使い方はすべてマスターできるようになっている。

 読者が自分のライフスタイルに応じた車種選択をできるように、それぞれのジャンルのメリットとデメリットが書き分けられているのも親切。
 列車・乗用車の旅と、キャンピングカーの旅を経済的に比較する考察や、キャンピングカーの税金の基礎知識などもフォローされていて、初心者の旦那さんでも、奥様を相手に、立派なうんちくを語れるようになっている。

 本書で一貫して問われているのは、
 「キャンピングカーは高い買い物か?」
 というテーマ。

 確かに、キャンピングカーは高額商品である。
 液晶テレビを買うように、デジカメを買うように、…というわけにはいかない。
 しかし、キャンピングカーを持つことによって、新たに手に入る  「価値」 がある。

 たとえば、
 「キャンピングカーで旅をしていると、都会ではとうてい体験できないことに、出会うことがある。
 早朝、朝日にきらめく湖面からうっすらと霧が立ち上がる幻想的な風景。
 海辺の塩溜まりに潜む、小さな生き物たち。
 スキーヤーのいなくなったゲレンデに、しんしんと降り積もる夜の雪。
 こうした豊かな情景を子どもたちに見せてやりたいという親御さんは多い。
 それがかなうのも、キャンピングカーの旅ならではだろう」

 この本のイントロである第1章には、渡部さんがそういう一文を載せている。キャンピングカーの旅の本質が、ここに凝縮されているように思う。

 渡部さん自身は、どのようなキャンピングカー遍歴をたどったのだろうか。

 「最初に持ったクルマは、アメリカンクラスCのタイオーガ。これが故障ばっかりするので、ずいぶん苦労しました。
 しかし、そのおかげで、モーターホームの構造というものをよく勉強することができました。
 その次に買ったクルマが、同じクラスCタイプのドリーバーデン。
 いつも家内と、猫5匹と犬1匹を連れて移動しているので、ある程度の居住性を保証してくれるクルマとして、これを選んだわけです」

 彼は、そのドリーバーデンに家族やペットを乗せて、キャンプ場へ、サーキットへ、川原へ。

 「レース観戦が趣味なんです。自分でも2輪ロードレースに出場してサーキットを走ります。
 レース場では、必ず自分のドリーバーデンに泊まります。
 また、学生時代から熱気球のインストラクターを務めていましたから、気球の大会には必ず顔を出します。
 そういうときは、会場となった川原などの一角を借りて、そこで食事を作って車中泊。
 スキーもボートツーリングも、キャンプも好きなので、キャンピングカーを使って趣味を実現しているほとんどの方と、話が合うのではないかな」

 とにかく氏は、
 「ユーザー目線に立った物書きとしての立場を貫きたい」
 という。

 そのためには、時にユーザーを代表して、ビルダー側に苦言を呈する覚悟もできているとも。

 「ま、今のビルダーさんや販社さんは、みな誠意を持ってユーザーさんの便宜を図ることに努力を傾けているので、私が意義を申し立てることなどあり得ないと思いますが、いざとなったら、ニュートラルな立場から、積極的な発言をする用意はあります」

 ちょっぴりキリリとした姿勢も見せる渡部さん。
 頼りがいのある評論家として、今後のいっそうの活躍をお祈りしたい。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

ミラノスタイル

【お勧めキャンカー24 「ミラノスタイル」】

 幕張のキャンピングカーショーでデビューして脚光を浴び、続く名古屋のショーでも、来場者の注目を一身に浴びたハイエースのキャンピングカーがあった。

 ミラノスタイル

 ハイエース・スーパーロングをベースに、トイファクトリーがリリースしたバンコンだ。

ミラノスタイル外装

 このクルマが多くの人たちの視線を集めたのは、ふたつの理由による。
 まず、従来の内装デザインを刷新してしまうような、完璧なヨーロッパスタイルの内装。
 そして、同社がこだわり続けていた 「断熱」 に対する革新的な新意匠。

 国産バンコンの歴史が変わるかしれない。
 誰もが、うすうすそう感じるような衝撃を、このクルマは秘めていた。 

ミラノスタイル内装1

 外形的な特徴から入ると、驚くのはその窓部分。
 キャブコンでも、こう見事には決まらないだろうと思えるようなアクリル2重ウィンドウが、サイド、そしてリヤの7面を埋めている。

ミラノスタイル窓

 アクリル窓をはめ込むアタッチメントの形状が見事だ。
 コーナー部分には微妙なアールが施されているが、風切り音を極小に抑えるための工夫がコンピューター上の計算によって導き出されているという。
 そこには、ボーイング787で試みられた型づくりの手法が生かされているとも聞く。

 バンコンの場合、ボディ部分にいくら断熱材を封入しても、熱伝導率が高いガラス窓がある限り、断熱効果は完璧ではないと言われ続けていた。
 それを見事にくつがえしたのが、このアクリル断熱ウィンドウだった。

 トイファクトリーの藤井社長はこう語る。

 「この断熱ウィンドウを開発した背景には、本当の意味での、環境に優しいクルマを造りたかったからです。 “環境に優しいクルマ” と口で言うのは簡単ですが、私たちが造ってきたクルマも含め、まだ技術的に、そのテーマに答え切るキャンピングカーは生まれてこなかった。
 しかし、このように、バンコンの窓を断熱化することによって、クーラーやヒーター機能を生かすためのアイドリングが減ります。その分、ガソリンの消費量も減ります。
 だから、断熱効果を高めることは、少しでも環境破壊を防ぐ意味があるということを知ってもらいたかったのです」

 実際このような試みは、ヨーロッパのバンコンメーカーにおいてもまだ実用化されていないという。
 ヨーロッパでは、バンコンの窓を断熱化するときには、パネルをカットしてアクリル窓を取り付けるという手法が一般的だ。
 作業効率が落ちるため、手間もかかり、コストも上がる。
 だから、そこまで至らないヨーロッパのバンコンでは、いきおい、大型のFFヒーターなどを取り付けて暖を採る方向で解決せざるを得ない。

 トイファクトリーが開発したバンコン用アクリル2重窓システムは、キャンピングカーの本場ヨーロッパをもしのぐ画期的な新意匠を提示することになった。

ミラノスタイル内装2

 軽量化を図るということも、燃費を向上させるための王道だ。
 ミラノスタイルの家具では、徹底的にフラッシュ (中抜き) 構造を採用することによって、軽量化が追求された。
 それはどこのビルダーでも採り入れている手法だが、トイファクトリーでは、ヨーロッパの一流ビルダーのやり方を手本に、パーツひとつひとつにかかる重量を徹底的に計算したという。
 それによって、フラッシュ構造を採り入れた方が、強度や剛性を確保できる部位をきちんと割り出した。
 もちろん、質感を大事にする場所には、効果的にムク材を使った。

ミラノスタイル・キッチン

 ミラノスタイルの内装を見ると、単なるデザイン上の整合感とは別の、構造上の整合感というものが感じられる。
 おそらく、強度計算などを徹底させることによって生まれる合理性と安定感が、内装デザイン全体に、機能美のようなものを付与しているのだろう。


 それにしても、このクルマの内装デザインは見事だ。
 「ヨーロッパ調インテリア」
 をキャッチとして謳う国産車は、今までも数多くあったが、色合いや形はヨーロッパ的ではあっても、日本人が考えるヨーロッパデザインは、どこか演歌のテイストが滲んでいた。
 
 それがミラノスタイルには感じられない。

 入れ物はハイエースであっても、中味は、国産車であることを微塵も感じさせないヨーロッパ風インテリアが完璧に実現されている。

 その秘密がよく分からなかった。

 藤井社長に聞くと、
 「色合わせを考えた」
 という、いたってシンプルな、狐につままれたような気分にさせる答が返ってきただけだった。

トイファクトリー藤井氏
 
 彼はいう。
 「衣服などにおいても、アメリカやヨーロッパ物の中には、素材が粗末なものであっても、日本では真似できないようなカッコよさを秘めたものがたくさんあります。
 その秘密は、単純に “色合わせ” だけなんです。
 いかに高価な素材を使おうとも、色合わせで失敗した商品は、見る影もなくなります。
 逆に、色合わせが決まれば、仮に素材がチープであっても、カッコよさというものは生まれてくるものです」

 口でそう言うのはやさしいが、感覚だけが頼りの色合わせの世界というのは、いざ実行するとなると、成功させるための道のりは限りなくけわしい。

 ミラノスタイルでは、床の色だけで7通りぐらいの床合わせが行われた。
 キッチンの天板なども、黒、コゲ茶、白…。それぞれ光沢のあるもの、ないもの。
 あらゆる色と質感を持った天板が試された。

 家具のフォルムの割り出しにも、通常の倍以上におよぶ図面が制作されることになった。
 形が決まっても、色を付けると狙った効果が現れず、見送られたものも数限りなくあった。

 それでも、「まだまだ課題は残っている」 と、藤井氏は語る。

 「たとえば、テーブルポール。あれは間に合わせで使ったもの。あそこにもオリジナルのパーツを入れる予定ですが、あのテーブルポールだけが、全体の雰囲気を損なっている」

 そのこだわりが、実によく分かるのである。同感だった。

 トイファクトリーでは、このクルマのデザインを実現させるために、自社スタッフをイタリアのミラノまで派遣している。
 本場のモノを見て、本場の空気に触れると、人間の感性も変わるという。

ミラノスタイル・ベッド

 デザインはヨーロッパと同等。
 そして、機能は、ヨーロッパのバンコンをもしのぐ新技術が投入されたミラノスタイル。

 日本のキャンピングカーが、いよいよ世界水準に到達する日が近づいてきたのかもしれない。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:45 | コメント(3)| トラックバック(1)

車が売れない時代

 自動車メーカーやディーラーが頭を抱えている。
 クルマが売れない。

 先月、社団法人・日本自動車販売協会連合会 (自販連) から発表された、07年の軽自動車を除いた新車販売台数は、343万台。これは前年比7.6パーセント減で、4年連続して前年を下回ったという。

 今までは軽自動車だけが、この落ち込みを免れていた。
 ところが07年は、その軽自動車でさえ5.1パーセント減の192万台という販売台数に止まり、4年ぶりに後退した。

 クルマが売れない理由として、原油高の影響や若者の “くるま離れ” に原因を求める声は今までもあった。
 しかし、最大の原因は、クルマそのものに “魅力” がなくなってきたからではないか? 
 あるいは、クルマが魅力的に思える環境が、いま急激に変わろうとしているのではないか?

 実は、クルマが売れないと言われ続けてきたこの4年間。キャンピングカーだけは、確実に売上げを伸ばしているのである。

 昨年、日本RV協会から発行された 『キャンピングカー白書2007』 では、04年度と05年度の調査において、国産車では前年比14.22パーセント増。輸入車でも5.47パーセント増という増加率を示したことが発表された。

 また、06年度以降の調査もすでに行なわれており、同じような増加率を示しているという。
 さらに、07年度の増加率は、まだ集計されていないが、各販売店からのヒアリングを受けた感触から、05年、06年と同じような推移をたどったとも聞く。

 一般の乗用車が売れなくなり、キャンピングカーだけが売上げを伸ばしているというのは、いったい何を物語っているのだろう。

 それは、キャンピングカーが 「新しい価値」 を身につけているからだ。
 
 自動車評論家の清水和夫さんは、今の日本の乗用車が 「価値」 を見失っている状況を、ご自分のブログで次のように表現されている。

 ……ヨーロッパにおいても、自動車は人々の欲しいものの上位にはいない。成熟した自動車文化を持つ欧州でもそうなのだ。
 しかし、ヨーロッパでは、自動車は所有欲ではなく、利用欲に価値を見出すものして認知されている。
 つまり、自動車を手に入れたとき、人々はどのような生活やライフスタイルを獲得できるのか。
 その背景にある 「思想」 が確立されているがゆえに、自動車は立派な価値ある商品として、変わらぬ評価を受けている。

 そのような意見を述べられた後、清水さんは次のようにいう。

 「見せかけだけの性能しか語れない寂しい日本車が元気になりたかったら、ユーザーの立場に立った、新しい価値観を開発する必要がある」

 キャンピングカーが、日本で売上げを伸ばしているのは、まさに清水さんがおっしゃるような 「新しい価値」 を創出しているからである。

 その 「価値」 とは何か。

 それを探るには、まずキャンピングカーという自動車のキャラクターを眺めることが手っ取り早い。

 キャンピングカーは、走っているときよりも、停まっているときの方が人間の生活を支える乗り物である。

 車内で食事を楽しむ。
 くつろぐ。
 睡眠をとる。
 
 キャンピングカーならではのこういう過ごし方は、すべて停まっている状態でないと実現できない。
 つまり、あらゆる自動車の中で、唯一エネルギーを消費して走り回るよりも、エネルギーを温存しているときの方が、本領を発揮する自動車なのである。
 一言でいえば、地球資源の枯渇を最小にとどめ、温暖化の防止にもつながる乗り物なのだ。

 また、キャンピングカーは、外壁と内壁の間に 「断熱材」 を封入しているものが多いため、車外の温度変化の影響を受けにくい。
 そのため、エアコンやヒーターの設定温度を低く保ったり、さらには、冷暖房機そのものを使用しない時間を増やすことができる。当然、エネルギー消費を抑え、CO2の排出も抑えられるようになる。

 さらに、ソーラーシステムによる太陽光や、燃料電池などによるエネルギーチャージなど、キャンピングカー業界は、環境にローインパクトな新しいエネルギーシステムを開発することに積極的である。

 2008年という年は、今まで以上に 「地球環境の保護」 、「自然と人類の共生」 が求められる時代になるはずだが、そういう時代の 「思想」  を、キャンピングカーは体現している。

 このようなキャンピングカーの特性は、いま注目を浴びている 「スロートラベル」 の思想とも相性がいい。

 スロートラベルとは、旅行先で出会った地元の人たちとのんびり会話を交わしたり、地の食事や酒を楽しんだり、あるいはその土地を育んだ文化や歴史に触れたりするという、「滞在型」 の旅行を意味する言葉である。
 すなわち、短時間のうちにたくさんのものを見物するという、従来の観光旅行パターンとは一線を画するものといっていい。

 実は、すでにキャンピングカーユーザーはそのような 「旅」 を始めている。
 『キャンピングカー白書2007』 によると、「ユーザーとして将来実現してみたい夢」 という設問に対し、なんと63.4パーセントのユーザーが 「気に入った場所でのんびり滞在したい」 と答えている。

 キャンピングカーがあれば、豊かな自然に恵まれ、しかも料金設定がホテルなどよりも安いキャンプ場などで長期滞在できる。
 そういう暮らしを続けていれば、当然、自然の恵みに敏感になる。

 日本の戦後の歴史は、大気を汚染し、土の有機物を殺し、森をつぶしてゆく日々を繰り返した。
 人々は、そのような環境を生き続けているうちに、五感を錬磨させる機会を見失った。
 かつて草木の陰で鳴くスズムシの音や、木々を渡る野鳥のさえずりを愛でることを知っていた日本人だが、最近はそれを 「騒音」 と感じる人々も出てきている。
 それだけ、人々は自然から受ける刺激にうとくなってきたのだろうと思う。

喜連川サイト

 静かな自然のなかで1日過ごすだけでも、そのぶん情感は鋭敏になり、ひからびた感受性にもうるおいが与えられる。
 キャンピングカーの旅が、人々にロマンを感じさせるのは、キャンピングカーそのものが 「自然」 との共存を図れるクルマだからだろう。

 仕事も旅行も、すべて効率よくスピーディーに処理することに価値をおいてきた日本人は、今ようやくあくせくと働いたり、あわただしく旅をするスタイルを見直してきたように見える。

 そういう人たちにアピールする力があるがゆえに、自動車が売れない今の日本において、唯一キャンピングカーだけが元気なのだろうと思う。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 07:41 | コメント(4)| トラックバック(0)

徹夜明け

 「名古屋キャンピングカーフェア2008」 の取材を行って、深夜1時ごろ帰社。
 撮影した画像をパソコンに取り込み、バックアップ用CDに落としたら、もう朝の8時。

 思わぬ時間がかかってしまったが、この作業を行っていないと、後が辛い。
 撮った画像が、分からなくなってしまうからだ。

 キャンピングカー本の編集者などといっても、似た構造のキャンピングカーが集中してくると、何がなんだか分からなくなるときがある。
 特に、レイアウトが似ているものは、シート地などが決め手となるのだけれど、たまにシート地が同じ柄だったりすると、実に紛らわしい。

 内装を撮影するときは、いちおう車名が分かるロゴやステッカーを写してから、車内の撮影に入るのだけれど、……この作業を、よく忘れてしまうんだな。

 だから、撮影したときの記憶が鮮明なうちに、すべてのファイルに車名を入れて、整理しなければならない。
 外装と内装を写す場所と時間が異なるときがあるから、連動させるために、たまにファイルの番号を書き換えて、まとめたりする。

 全部で430カット。
 それを終えて、ふー……
 …っと一息ついて、眠くならないうちにブログをUP。

 会場で、面白い話題、素敵な情報をいっぱい仕入れたけれど、それはまた後日。

 これから自宅までクルマを運転して、少し仮眠。
 皆様、お休みなさい。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 08:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

R&B本の名著

 『レコード・コレクターズ』 3月号の特集は、「SOUL/FUNK BEST100」 だった。
 60~70年代にリリースされたソウル、ファンクの名盤100を、評論家たちの投票によって決めるという企画。
 買わずにいりゃりょうか!

レコード・クレクターズ08-3

 『オートキャンパー』 の3月号も一緒に買ったのだが、こういう特集を組んでいる雑誌を手に入れたときは、やはり 『レコ・コレ』 のソウル特集の方から先に開いてしまう。

 昼休み、いつものカフェでホットドッグを頬張りながら、『レコード・コレクターズ』 のページをぱらぱらとめくると、評論家先生たちの選んだ1位は、マービン・ゲイの 「ホワッツ・ゴーイン・オン」 。

マーヴィン・ゲイ

 当然といえば、当然。
 異論はない。

 こういう人気アルバムが上位に来ると、うるさ型の論客あたりがしかめっ面をする様子が目に浮かぶが、ごく自然な成り行きだと思う。
 私は、黒人音楽評論家でも何でもないので、自分がインパクトを受けた曲を中心にするしか物事を考えられない。
 そうなると、私が選んでも、これが1位なのだ。

 夜の冷気が漂う自分の部屋で、突然FENから流れた来た 「ホワッツ・ゴーイン・オン」 を聞いたときは、脳天がしびれて、鳥肌が立った。
 それは自分の “音楽体験” のみならず、“人生体験” においても、決定的なターニングポイントになった。

 これからは、こういうモノを 「美しい!」 とする基準を自分のなかに確立していこう、と自分に言い聞かせた。

 後になって、このアルバムの芸術性の高さ、思想性の深さがあちこちの評論で採り上げられたが、そういうものに接する以前に、直感的に 「こいつは凄い!」 ということが、何の予備知識もなく理解できた。

 3位がオーティス・レディングの 「オーティス・ブルー」
 4位がスティービー・ワンダーの 「インナーヴィジョンズ」
 8位がダニー・ハサウェイの 「ライブ」

 ……アルバム持ってる、持ってる!

 14位、スライ&ザ・ファミリースタンドの 「暴動」
 17位、カーティス・メイフィールドの 「スーパーフライ」
 18位、オージェイズの「裏切り者のテーマ」。
 20位、アイズレー・ブラザーズの 「ヒート・イズ・オン」

superfly

 ……持ってる、持ってる!

 で、赤ペンを手にしてチェックしたら、ベスト100のなかで、自分が持っているアルバムは29枚だった。
 ちょっと意外。

 なんだか60枚ぐらいは持っていそうに思えたのだが、評論家先生たちの嗜好とは少しズレた感じ。
 挙げられたアーチストのものはたくさん持っていても、選ばれたアルバムが違ったりする。
 シングル盤やベスト盤、オムニバス盤で買ったものも多いので、それは当然アルバムチャートには入らない。

 数人の論者が同じことを書いていたが、60~70年代初期までのR&B・ソウルミュージックは、オリジナルアルバムより、曲単位で動いていたために、アルバムとして選ぶのは難しい、という。
 そうだと思う。

 同じ時期のロックには、アーチストたちがアルバム単位で自分たちの音楽性を打ち出すコンセプトアルバムの思想が芽生えていた。
 ベトナム戦争などの影響もあって、ロックの方が、時代に向かい合うための思想や戦略を意識する必要に迫られていたからだろう。

 それに対して、R&Bは、ナンパとパーティの音楽だった。
 少なくも、私にとっては、ディスコの重い扉の向こうで鳴り響く “不良の巣窟” で流れる音楽だった。
 だから、私はR&Bを、「アーチストの芸術性」 とかいう理屈抜きで、この曲の場合はここでターンを決めて、次に2ステップで前に出る…という肉体の音楽として聞いていた。
 当然、そういう音楽は、1曲単位で完結してしまう。

 フォートップスの 「リーチアウト・アイル・ビー・ゼア」
 サム&デイブの 「ホールド・オン・アイム・カミング」
 アーチ-・ベルズ&ドレルズの 「タイトンアップ」

ディスコ

 こういう曲は、ディスコのミラーボールの下で聞くものであったから、最初のうちはアルバムジャケットすら見たことがなかった。

 高校生のとき、隣りのクラスの女の子を誘ってディスコに行った。
 びっくりした。
 セーラー服姿しか見せたことがない彼女が、唇を赤く塗って、揺れるミニスカートから見事な脚をさらし、黒人顔負けのステップを踏んでいた。
 あまりもの華麗な足さばきに、おじけづいた。

 「町田君、踊らないの?」
 と、言われたって、とても彼女のステップに足を合わせる勇気が出ない。
 リーゼントで決めた横浜・横須賀系の男たちが、フロアで踊る彼女に話しかけるのを、情けなく見守るしかなかった。

 「俺も、踊りがうまくならなければ…」

 私にとって、R&B・ソウルミュージックというのは、そういう生々しい欲望やら恍惚感やら焦燥感と一体となった、「欲情の音楽」 としてスタートした。

 そうやって聞いているうちに、少しずつ “理屈” の方も追いついてきた。
 素晴らしい本にもたくさんめぐり会った。

 ひとつは、紺野慧 (こんの・とし) さんが書かれた 『ソウルミュージック・イン・ジャパン』 (73年刊)。
 まだ、ソウルミュージックが市民権を得るかなり前。
 彼は、福生ベースの近くのブラックバーに入り浸り、そこに集まる黒人たちと一緒になって、最先端のブラックミュージックを堪能する喜びを手に入れる。

紺野慧ソウルジャパン
 
 おそらくこの本が、日本でソウルミュージックという音楽を独立したジャンルとして捉えた最初の本ではなかったかと思う。

 彼はソウルミュージックを、部屋の中のオーディオを通して聞く音楽ではなく、黒人兵と一緒にソウルフードを食べて、彼らが戦争がもたらす軋轢の中で悩んだり、国に残した恋人への思慕でセンチになったりするときの音楽として捉えた。

紺野慧ソウルジャパン中

 彼は言う。
 「僕にはひとつの偏見がある。それは黒人音楽、とりわけソウル・ミュージックは、黒人たちが力強く息づいている世界で聴くことこそが最も楽しく、すばらしいものであるということだ。
 それはジェームズ・ブラウンやアル・グリーンを聞いて、そのオフ・ビートにのって腰が動き出さない人にはぜったいに分からないということである」

 この本は、すぐさま私のバイブルになった。
 ミーハーな私は、その本を読んでから3日後ぐらいに、自分も福生ベースまで遊びに行ったように記憶している。

 本場物のソウルミュージックの素晴らしさを描いた本としては、白石かずこさんの 『ブラックの朝』 (74年刊) を挙げてもいい。

ブラックの朝
 
 彼女は、ジョン・コルトレーンとジェームズ・ブラウンを等価に捉える。
 片や前衛ジャズを求道的に追求したジャズの聖人。
 片や野卑で挑発的なステージで、大衆の熱狂を誘い出す煽情的なエンターティナー。
 しかし、どちらも 「暴風雨のように、心を打ち叩き、雷のように咆哮し、瞬時、息もできぬほどにエキサイトさせる魂 (ソウル) の叫び」 だという。

 彼女は、知識も教養もある詩人だが、後頭部でモノをいう人間 (つまりモノを書いたり、考えたりする人間) の対極にあるものとして、ブラックミュージックを捉えた。
 私は、彼女の本から、ソウルミュージックのエモーションを表現するときの言葉を数多く教わった。

 決定的だったのは、松本隆さんの 『微熱少年』 (75年刊) だった。
 この本は、彼の音楽遍歴を綴った本だが、途中からソウルミュージックの賛歌に変る。
 それまで、松本さんというのは、「はっぴいえんど」 のドラマー兼作詞家というぐらいの認識しかなかったのだが、この本を読んで、彼に対する印象が変わった。

微熱少年

 彼は、生粋のソウルフリークだったのだ。
 「はっぴいえんど」 の創り出す世界に対して、私は、知的で醒めた白人的センスを感じていたが、松本さんは黒人音楽に触れることで、常に 「微熱状態」 の中にいたらしい。

 彼は徹底して、ソウルミュージックを 「都市の音楽」 として捉えた。
 私のソウルミュージック観が形成されたのは、この松本さんの影響によるところが大きい。

 松本さんは、『微熱少年』 のなかで、
 「ウエストコースト系の白人によるロックが自分にとって終わったと感じた頃、マービン・ゲイのホワッツ・ゴーイン・オンが、眼前に新鮮な驚きを与えながら未知の光条を放っていた」
 と書いている。

 日本を代表する作詞家の松本さんと自分を比べるわけにはいかないが、その一点に関する限り、同じ時代に、同じ地平に立っていたんだ…と思う。

 名著といえば、チャールズ・カイルが書いた 『都市の黒人ブルース』 (相倉久人訳 68年刊) を忘れるわけにはいかない。
 この本では、アメリカ黒人音楽がどのように発生し、どのように発展し、どういう思想展開を遂げていったかということがアカデミックに追求されている。
 黒人音楽独特の音階であるブルーノートなどに関しても詳しく解説されている。
 
 さっき、この本を久しぶりに手にとってみたら、やたら赤線が引いてあって、書き込みがあった。
 ほとんど忘れていた本だったが、当時は自分なりに必死に勉強していたようだ。

 60年代後半から70年代初期にかけて、ソウルミュージックが日本でも新しい音楽潮流を切り開こうとしたとき、それと同時に、素晴らしい評論集がたくさん生まれた。
 それが相互に、黒人音楽文化を支えあった。
 自分は幸せな時代を生きたと思う。

紺野慧ソウルジャパンイラスト

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 20:14 | コメント(2)| トラックバック(0)

バンテック新商品

 バンテックといえば、今の日本のキャンピングカーシーンをリードしている会社というイメージがある。
 実際に、業界のなかでもそう認知され、ユーザーのなかにも、そう感じている人は多いだろう。

 そういうイメージが流布している背景には、いったい何があるのだろうか。

 もちろん、販売台数の多さ、車両開発の巧みさという目に見える部分で、この会社が目立っていることはよく分かる。

 しかし、それ以外に、やっぱりスタッフがめちゃめちゃ勉強している。
 海外の動向、時代の流れ、消費者ニーズの変化などに対する目配りを、スタッフたちが片時もおろそかにしていないという雰囲気が伝わってくる。

 そして、キャンピングカービルダーという、まだ国内産業の中では小さな業界のなかにあって、グローバルなテーマを追求するという姿勢を忘れない。

 幕張の 「キャンピング&RVショー」 の会場で、バンテックの車両開発を担当している中島宇一郎さんと話す機会があった。

 新型ジル520の開発コンセプトに話が及び、オルタネーターをインバーターに直結して、家庭用エアコンを駆動させるという話が出た。

 要するに、エンジンのかかっているうちに、室内温度を設定温度まで下げてしまえば、宿泊場所に着いてからエアコンを回すことに比べて、消費電力が大幅に節約されるというのだ。
 設定温度まで室内温を下げれば、後は低負荷でも最近のエアコンは駆動するので、トリプルバッテリーの力だけで冷房効果を維持できるという。

 中島さんの意識には、「発電機に頼らないエアコン駆動は可能か」 というテーマがあったようだ。
 この新システムを開発するに至った動機を、彼はこう語る。

 「最近、家庭用のセパレートエアコンを標準装備するようなキャンピングカーが非常に増えてきています。
 確かに、地球温暖化が進み、日本の夏も、年を追うごとに寝苦しい夜が続くようになりました。断熱対策が進んでいるとされるキャンピングカーにおいても、だんだんエアコンなしで車中泊することが難しくなってきていることは事実です。

 しかし、道の駅で休息するようなとき、家庭用のセパレートエアコンを利用するためには、発電機の搭載が前提条件となります。
 ところが、他の利用客も集中するような場所で発電機を回せば、騒音や排気ガスによって、周囲に迷惑を及ぼすこともありうるわけですね。

 お客様に快適なキャンピングカーライフを提供することがビルダーの義務とはいえ、周囲の人々や自然環境に敵対するようなものであってはいけない。
 私たちビルダーも、これからは社会や自然と共存共栄できるテクノロジーを開発していかなければならない。
 そう考えて開発したのが、今回のオルタネーターの給電システムなんです」

 中島さんは、このような試みを 「エコロジーを推進するための取っ掛かりにしたい」 という。
 キャンピングカービルダーといえども、“地球環境”  という大きな視野に立って開発を進めなければならない時代が来た、と彼は語る。

 「環境保護」 と企業が言い出すとき、それは自社のイメージを向上させるためのマーケティング戦略である場合が多い。
 だけど、バンテックが本気だということは、この展示会のブースの他の面においても見られた。

 同社のブースに、「燃料電池」 と銘打たれた展示物があった。
 AC電源やジェネレーターによる電力供給を補佐するものとして、ドイツ・ベバスト社から発売されているものだそうだ。
 商品名を 「EFOYフュエルセル」 という。

燃料電池

 この燃料電池は、24時間で1200Wという電気を生み出す力を持っている。
 1200Wというのは、電流値に直すと100アンペア。
 通常のサブバッテリーの発電力が約90アンペアであることからして、1日でサブバッテリー1個分の電気を生み出すことになる。これは、ソーラーパネル2枚分の効力に匹敵する。

 中島さんに代わって、佐藤さんがソーラーの話を続けてくれた。

 「今までは、走行充電できないときの電気チャージはソーラーシステムに頼っていたわけですね。
 しかし、ソーラーは曇り日になると、充電力が晴天の30パーセントほどに落ちてしまう。電圧設定の高いものであっても、50パーセント。
 夏・冬・晴・曇りを考慮して1日平均の日照時間を割り出すと、だいたい5時間程度なんですよ。そうなると、ソーラーが充電する電気は600W…」

 しかし、このベバストで売られている 「燃料電池」 は、ソーラーシステムの2倍である1200Wの電気チャージを可能にするという。

 まさに、キャンピングカーユーザーにとっては夢のような電力チャージアイテムなのだが、いくつかの問題点がある。

 ひとつは価格。
 今のところ、発売価格を割り出すとなると、だいたい40万円ぐらいになりそうだという。
 ソーラーパネルを1枚ルーフに取り付けるとなると、だいたい工賃込みで10万円ぐらいだから、確かに高い。

 しかし、ランニングコストでいうと1日に200円~300円という計算になるわけだから、初期投資と割りきれば、購入した後のメリットは大きい。

 もうひとつの問題は、このアイテムを駆動するための燃料が 「メタノール」 であること。
 メタノールは不用意に扱うと引火することもあるため、扱う場合には多少なりとも、知識が要求される。

 メタノール自体は、誰でも薬局で購入できる。
 しかし、日本では 「危険物第4類アルコール」 とされ、消防法の規定により、400リットルを超える量を扱う場合は、危険物取扱者の資格が必要となる。
 …とはいっても、通常のキャンピングカーユーザーが、一回の旅行で400リットルものメタノールを必要とすることは、まずない。

 中島さんにいわせると、
 「燃料電池に必要なメタノールの量は、1週間の旅行でも10リットル足らず。発電機に使用するガソリンを持ち歩くことを考えれば、危険度はガソリンの半分ぐらい」
 という。

 バンテックとしては、ユーザーがこのメタノールを安全に注入できる方法を検討中だ。それが実現されれば、国内で市販化される道筋もつけられるようになり、ユーザーにもたらされる便宜は計り知れない。


 さらに面白い情報をひとつ。
 それは 「ディーゼルクッカー」 だ。

 これは、ベース車がディーゼル車の場合、フューエルタンクの軽油を利用して、そのままコンロの熱源にしてしまうというもの。
 「見た目は、ちょうど電磁調理器のIHクッキングスタイルですよ」
 と、中島氏はいう。
 燃料消費も微量で、1時間燃焼させて、消費する軽油の量は、約0.09リットル = 90cc。

 電源の供給が安定していないと使えない電磁調理器に比べ、こちらの方が格段に安定感がありそうだ。
 また、最近、充填拒否の問題が起きているLPGに頼るコンロに比べても、これなら安心できる。

 海外から、次々と新しい製品や情報を獲得してくるバンテックのスタッフたち。
 彼らのアンテナ感度の良さが、「バンテック」 というブランドを維持する力のひとつになっていると思った。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:30 | コメント(2)| トラックバック(0)

ウィネベーゴF17

 日本で第1回 「キャンピングカー展示会」 が開かれた1970年 (昭和45年) 。そこに出展されたキャンピングカーのほとんどは、ヨーロッパのワーゲンキャンパーなどを参考にして、素人が見よう見まねで作り上げたハンドメイドキャンピングカーだった。

 この時代、まだ日本に本格的なキャンピングカーメーカーというのは登場していなかった。

 しかし、キャンピングカー先進国であるアメリカでは、もうこのような立派なモーターホームが北米中を走り回っていた。

F17外装1

 ウィネベーゴF17

 幕張で開かれた 「キャンピング&RVショー」 会場にて、ニートRVが展示したこのクラシックモーターホームは、そこに満を持して持ち込まれたどの新型キャンピングカーよりも異彩を放っていた。

 「あ、こんなレトロな新車が造られたんだ」
 「お父さん、変わったクルマ。でも値段がついていない」
 「これ、どこかで見たぞ。なんかの映画で使われたクルマだよ」

 通りすがりの見学客が足を止めて、眩しいものを見上げるように、語り合う。 
 「ウィネベーゴのアスペクトを目立たせるために、隣りに置いたのに、みんなこっちの方に注目してしまう」
 ニートRVの猪俣常務は、通りがかった私を呼び止めて、そう苦笑いした。

 このF17が日本にやってきた1970年という年は、大阪万国博覧会 (エクスポ70) が開かれ、よど号ハイジャック事件があり、三島由紀夫が割腹自殺した年だった。
 名古屋ではケンタッキーフライドチキン1号店が開店し、東京の銀座には歩行者天国が登場した。
 「走れコータロー」 や 「戦争を知らない子供たち」 などというヒット曲が生まれた。

 だが、今となっては、そういう出来事を知らない人々の方が増えている。
 それから38年経っているからだ。

 しかし、その38年という年月の経過をものともしない、このウィネベーゴF17の堂々たる風格には恐れ入るばかり!
 スタイルなどは、スティルバーグの描くSF映画に出てくる乗り物のように斬新だ。

F17外装

 このモーターホームが、どういう経緯で日本に入ってきたかは、これを所有するニートRVさんでも把握できないという。

 しかし、このクルマは、まぎれもなくモーターホームの歴史を語るときには無視することのできない貴重な財産である。
 なにしろ、アメリカンモーターホームのリーディングカンパニーである「ウィネベーゴ社」 が開発した、最初のクラスAシリーズのうちの1台だからだ。

 F17の 「F」 はフォードシャシー。「17」 は17フィートを意味する。
 当時のクラスAシリーズの中では、フォードシャシーはこの1台限りで、他はみなダッジシャシーだったという。
 最長モデルは27フィート。これはその中の一番小さいモデルだ。
 初代オーナーは、道の狭い日本でも支障なく使えるように、この最小モデルが選んだのかもしれない。

 ニートRVがこの貴重な 「宝物」 を手に入れたのは、1年ほど前。
 トレーラーで運ばれて工場にたどりついたときは、ボロボロの状態だったという。
 エンジン、ミッションは使いものにならず、内装もところどころ腐っていた。
 
 ニートRVでは、これを再び動かせるような状態にするために、パーツ作りから始めなければならなかった。
 この機種のオルタネーターなどは既にないから、他のものを流用して加工する。
 内装の部材なども、調達できないものは、当時のカタログなどと照らし合わせて、なるべくオリジナルに近いものを作り出した。

 営利には直接結びつかない作業だ。
 しかし、ニートRVは、ウィネベーゴの日本総代理店として、伝統ある 「ウィネベーゴ文化」 を東洋において継承するという使命感に燃えて、この作業に心血を注いだ。

 「おそらく本国においても、もうこのような完璧な状態で保存されているものは1台もないでしょう」
 と、猪俣氏は推測する。

ニート猪俣_顔

 それにしても、40年近い歳月をくぐり抜けたクルマを、よくここまで復活させたものだと思う。

 室内に入ると、最近のキャンピングカーには見られない独特のぬくもりが感じられる。
 もちろん、既に量産システムを整備しつつあったウィネベーゴ社が造りだしたものであるから、工業製品には変わりないのだが、手作りの雰囲気をたっぷりたたえた温かさがある。

F17内装1

 レイアウト的な特徴は、サイドパネルを背にして向かい合うリヤダイネット。トレーラーの雰囲気だ。
 三方の窓から陽射しが降り注ぐから、そこに座る家族は、さぞや明るいダイネットを享受したことだろう。

F17内装3

 不思議なことに、エントランスドアが、右と左に二つ設定されている。
 猪俣常務は、左側のエントランスドアは、おそらく日本で付けられたものだろうという。
 左側にドアがないと、日本の車検は通らない。
 そのため、左側のパネルをくり抜いて、新たにドアが追加されることになった。
 便利といえば便利だが、そこだけオリジナル仕様でないため、どことなく不自然な感じがしないでもない。

F17内装2

 「今から思えば、日本で最初にこれを買った人には、頭が下がります。当時、円はそうとう安かった。
 しかも、その時代はまだ贅沢税として、こういう商品には物品税がかけられていた。とても高い買い物だったでしょう。
 まだ、キャンピングカーなどが日本で十分な認知を受けていない時代。こういうクルマを使うためのキャンプ場なども整備されていなかったはず」

 このクルマを買った初代オーナーが、何を思いながら、どう使ったか。
 想像するだけで感慨深いものがあると、猪俣氏は語る。

 もちろん、米国ウィネベーゴ本社の人たちも、自分たちの造った初期のクラスAがこのように保存されていることを知れば、日本人以上に感慨深いものを感じるに違いない。

campingcar | 投稿者 町田編集長 00:15 | コメント(4)| トラックバック(0)

サクシードのパル

【お勧めキャンカー23  「PaL」 】

パル外形1

 キャンピングカー広島さんという会社は、妙に、私が個人的に気になるクルマを造るビルダーさんなのである。

 かつては、ハイラックスにFRPシェルを架装した 「マイスタア」 というキャブコンを造っていた。
 けっこう興味を抱いたクルマだった。

 コンパクトにまとまっていて、なかなか使い勝手が良さそう。
 軽そうなので、運転も軽快な感じ。
 4WDなので、山奥のキャンプ場などに取材に行くにも頼りがいがありそう。
 スタイル的にも遊び心が横溢していて、“おもちゃ” としても楽しそう。

 一時、「次のキャンピングカーはこれでいくか…」 と決めかけていたときもある。

マイスタア
 ▲ マイスタア
 
 そのマイスタアではなく、結局いまのクルマになったのは、「個室トイレが欲しい」 というカミさんの要望に従ったからだ。

 で、そのキャンピングカー広島さんが、またまた気になるクルマを出してきた。

 「PaL (パル) 」 という。
 トヨタ・サクシードにポップアップを架装したキャンピングカーだ。

 キャンピングカー

 つまり、8ナンバー登録車である。

 8ナンバー登録というのは、
 「洗面台等を利用するための床面から上方には、有効高さ1.6mの空間を有すること」
 「10リットル以上の水を貯蔵できるタンク及び洗面台等を有しタンクから洗面台等に水を供給(排水)できる構造であること」
 「大人用就寝部位は、1人につき長さ1.8m以上、幅0.5m以上の連続した平面を有すること」

 …などといった、面倒で小難しい規定をたくさん満たさないと取得できない。

 早い話、こんな薄っぺたな乗用車で、その要件を満たす改造を行うことは、やたら神経をつかうだけで、作る方としても割りが合わないし、それを取得したからといって、8ナンバーに対する税制上のメリットが薄れた今日、ユーザーが、かつてほどありがたがる状況でもない。

 でも、このビルダーはやってしまった。
 キャンピングカー屋としての意地、執念、チャレンジ精神がそうさせたのだろう。

 キャンピングカー広島は、ポップアップルーフの開発に独自の境地を切り開いてきたビルダーだ。

 ミニキャンパープチ、プレシャス、ピクニック。

 どちらかというと、取り回しのよいコンパクトカーをベースに選び、その居住性を、ポップアップルーフによって獲得していくというコンセプトを得意とするメーカーである。
 しかも、そのルーフの厚みをミリ単位で削ぎ落とし、格納時にはノーマル車の車高とほとんど変わらぬ高さまで縮める努力を続けてきた。

 その技術蓄積を、ついにワンボックスカーでもなく軽自動車でもなく、車高1.5mの乗用車で生かしてみようという気になったのかもしれない。

パル外装2

 実は、この話は、昨年の夏に行われた 「アウトドアフェスティバル IN 信州」 の会場で、こそっと聞かされていた。

 ショー会場で、展示車の写真を撮っていた私に、キャンピングカー広島の桑原社長が影のように忍び寄り、
 「来年の2月の幕張では、新しいポップアップを出しますよ」
 とささやいたのだ。
 「まだ秘密ですけど、ちょっと意表を突いたものになると思います」

CC広島桑原社長
 ▲ 桑原信幸社長

 そういわれて、
 「あ、そうですか」
 で引き下がるわけにはいかない。

 「え、ベースは何?」
 という話になる。

 既にバネット、ハイエース、エブリィでポップアップを試みているわけだから、“新しいもの” というのはそれ以外…つまり、ワンボックス以外のベース車ということになる。

 桑原さんは、本当はすべて明かしたかったのだろう。
 私を、わざわざ駐車場にまで連れ出して、
 「こういうところには、必ず1台ぐらいいるクルマなんですが…」 とキョロキョロあたりを見回し、
 「あった。アレ」
 と指さしたのが、トヨタの商用バンであるサクシードだった。

 私は、このクルマの姉妹車であるプロボックスをレンタカーで借りて、荷物を運ぶために、さんざん乗り回したことがある。
 安定感のある軽快な走りに、かなり好感を持った。
 商業用のバンながら、「仕事車だって楽しいぞ」 という主張を持っているクルマのように思えた。

 だから、
 「いいじゃないですかぁ! 面白そう」
 と、桑原さんと大いに盛り上がった。

 幕張の 『キャンピング&RVショー』 の搬入日。
 展示車が待機する駐車場でカメラを構えていた私のところに、ついに、くだんのサクシードキャンパーがやってきた。

パル外装6

 「ほぉ、やるじゃん」
 実はもっとぺっちゃんこで、シンプルなルーフ形状を想像していたのである。

 ところが、「パル」 のルーフにはなかなかの自己主張があった。
 ルーフのフロント側が左右とも、微妙に盛り上がっている。
 風の抵抗を計算し、整流効果を導き出すために採られた形状だと聞く。

 空力的なことはよく分からないのだが、霊験あらたかな感じがする。
 …というより、これが斜め後方から見たときのパルのフォルムを、やたらセクシーな感じに見せている。
 コカコーラの瓶のくびれもそうだが、流れるような微妙なラインを持つ造形というのは、人間の潜在意識に、ある種の好ましい胸騒ぎを起こすものらしい。

パル外装3

 このルーフのおかげで、パルは、商業用バンから一気に脱皮して、カジュアルな 「遊び車」 に変身した。

 このクルマのキャラクターを、ルーフ設計を担当した桑原健一氏はこう語る。

 「ONの日はビジネスキャンパー、OFFの日はカジュアルキャンパー」

 つまり、仕事モードがスイッチオン状態のときはビジネスユースに最適で、そのスイッチがオフとなる休日は、遊び車になるという意味。
 製作の現場にいる人は、さすがにうまいキャッチを思いつくものだ。


 乗用車ベースのライトキャンパーを、桑原社長はなぜ開発する気になったのか。
 
 「一番の狙いは若い人。それともうひとつ。団塊の世代ぐらいの人のなかには、キャブオーバートラックやワンボックスをかたくなに嫌う人がいる。
 ローレルとかマークⅡしか乗らんとかね。そういう人たちは、ドライビングポジションが乗用車でないと、それだけで落ち着かない」

 そのような徹底したアンチワンボックス派にも、車格は違うけれど、これなら抵抗はないだろう。
 …と、桑原氏は踏んだ。

 動力性能、ドライビングポジション、ランニングコスト。
 それらを総合的に考えると、サクシード/プロボックスはなかなか魅力あるクルマだ。

 まず、走りが機敏である。
 それも、ドライバーにストレスをかけないように…という、仕事車に徹する思想から生まれた 「機敏さ」 なので、その素気なさが、逆に信頼感につながる。

 「なによりも燃費がいいので助かる」
 と桑原氏は、広島から幕張まで走ったときの燃費の良さに驚く。

 荷物を大量に積んだ2人乗車。
 それで制限速度を……ほど上回るクルージングを続けても、実測燃費は16.7リットル/km。
 ガソリン代が高騰している折り、燃料代に負担がかからないことは車選びの大事なポイントのひとつになるだろう。


 努力して8ナンバーを取得した成果はどのように上がったのか。

 まず、車検対策上のメリットとして、(バン車両で考えると) 毎年ごとの車検から2年ごとの車検に移行することができた。
 (※ サクシード・ワゴンと比較するならば、最初の車検までに3年の猶予があるワゴンが有利)

 また、車体が軽いので、重量税も25,200円と普通のキャンピングカーよりも低め。
 もちろん、同じ重量の乗用ワゴンよりもはるかに安い。
 排気量も1,500cc未満なので、自動車税も27,600円と安い。

 構造的には、当然、シンク、コンロが標準装備となる。
 そのため、給・排水タンクも、魔法のようなワザを駆使して設定されている。

 「お飾りのようなシンクは要らない」
 という人は多いが、私のような清潔好き (?) の人間には、寝る前に顔を洗ったり、手を洗ったりする空間がないと、妙に落ち着かない。

パル内装5

 シンクでスペースを取るよりも、ベッド面積を少しでも広げたい…という声が多いことも分かるが、どうせ私などは、独り旅がメインで、せいぜいときどきクマ (別名カミさん) が乱入するくらいだから、小振りなシンクならば気にならない。

 パルでは、このほかにサブバッテリー、走行充電システム、メイン・サブの電圧を確認できるボルトメーター、AC100V外部入力コンセント、マット格納タイプの2段ベッド、折り畳み式ちゃぶ台なども標準装備となる。

パル内装4

 ポップアップルーフのテント部分は2重構造になっていて、インナーには、メッシュタイプのスクリーンテントが付く。
 夏などは、風通しのよい場所にクルマを止め、車内に風を入れながら、ちゃぶ台の前にあぐらをかいて、冷たい飲み物などを飲んだら快適だろう。

 お値段は、
 2WD・5MT 2,709,000円
 2WD・4AT 2,787,750円
 4WD・5MT 2,919,000円
 4WD・4AT 2,997,750円

campingcar | 投稿者 町田編集長 00:40 | コメント(8)| トラックバック(0)

ビルの谷間の空海

 画像を焼くCD-Rが切れたので、それを買うために、昼食を兼ねて外に出た。
 
 休日出勤の日曜日。
 自分の会社がある町を、休みの日に歩くことはあまりない。

 店のシャッターはみな下りている。
 人通りがほとんどない。
 クルマの姿もまばらなので、空気が澄んでいる。
 ふと、正月元旦の昼下がりに身をおいているような気分になった。

 お目当ての文具屋も、シャッターの奥でまどろんでいた。

 進路を変えて、新市街の方に向かう。

 できたばかりのトンネルをくぐると、町の景観が一変する。
 鉄とガラスだけでできた摩天楼の群れが、背の高さを競うように曇天の空を支えている。

ビル遠景

 オフィスを効率よく集合させた新都市のビジネス空間は、さらに人影が少ない。
 歩いているのは、セーターを着せたプードルを散歩させている近所のオバちゃんと、デート場所を間違えて迷い込んでしまったような学生風のカップルのみ。
 コンビニも閉まっているし、噴水も止まっている。

 文具屋でCD-Rワンセットを買ってから、カフェに入った。
 ホットドッグとホットコーヒーを受け取って、店の奥の喫煙コーナーに陣取る。
 
 ボサノバがかかっている。
 アストラット・ジルベルトが、寝起きざまに鼻歌でもうなるように、「おいしい水」 を歌っている。
 半音進行のピアノ伴奏が、螺旋階段でも下るようなフレーズを繰り返している。

 モダンで無機的な内装のカフェと、ボサノバのけだるさはよく似合う。

 コートのポケットから文庫本を取り出し、ホットドッグを頬張りながら、ページを開く。
 司馬遼太郎の 『空海の風景』 。

 これを読むまで、空海という人も、真言密教の教義もほとんど知らなかった。

 空海 = 「弘法大師」 という言葉の響きには、世俗的な解釈を厳しく拒絶するような、神秘的な光彩がつきまとっている。
 しかし、司馬さんの描く空海は、いたってなまなましい。
 彼の持つずるさ、したたかさ、けれんみを見逃さない。

 それでいて、高度な抽象化能力と哲学的な直観力を持つ天才としての空海のスケールの大きさが、この小説では余すところなく描き出される。

 空海は30を過ぎて、遣唐使の一員として、大唐帝国の都 「長安」 に留学する。

 当時の長安は、今のニューヨーク、パリ、ロンドン、パリの規模をもしのぐような国際都市だった。
 青い目・白い肌を持つ西域人、精悍な北方騎馬民族、肌浅黒い東南アジア人、インド人、日本人が、路地裏の隅々にまで満ち溢れ、街全体が、鍋の湯がたぎるように沸騰していた。

 世界中の思想が一時、長安に凝縮した。
 中国古来の儒教、老荘思想、インドの仏教、ペルシャのゾロアスター教、ヨーロッパのキリスト教。

 司馬さんは、これらの世界思想が、空海の思想形成の温床となったことは間違いないと説く。
 そういった意味で、この時代の長安には、世界の先端文化が奇跡のように集中した。
 空海の天才性が花開くためには、歴史のいたずらが生んだ、この古今東西まれなる 「奇跡」 との遭遇が不可欠であった。

 司馬さんは、そう言わんとしているようだ。

 本を閉じると、窓の外は、人気のない休日のビル街。
 大唐帝国の長安のにぎわいは、一瞬のうちに幻となる。
 
 空海が、時空を越えて、この物憂いボサノバの流れるカフェに迷い込んだら、何を始めるだろうか。

 状況の呑み込みが早い、頭の良い人だったそうである。
 案外、翌日あたりからは、ネクタイを小器用に絞め、上司や部下を集めて、グローバル経済の時代の密教講義でも始めただろうか。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

ルーツ6.6

【お勧めキャンカー22  「ROOTS6.6」 】

 フィールドライフの 「ルーツ」 は、ある意味、日本のキャンピングカーシーンを変えたクルマだ。
 新ジャンルなのである。
 世界にも例がない日本だけのジャンルといっていい。

ルーツ6.6
 ▲ ルーツ6.6

 ベースシャシーは、マイクロバスの日産シビリアンである。
 そして、フロントグリルとフロントガラスは、シビリアンのものがそのまま流用されている。

 では、バスコン?
 …とはまったく違う。

 シビリアンをボディカットして造られたオリジナルシャシーには、フィールドライフが設計したルーフ、サイドパネル、リヤパネルによる専用設計ボディが組み込まれているからだ。
 
 そういった意味で、構造的にはキャブコンだが、バンクレスのフォルムに、広々としたリビング、大型ギャレー、ベッド下大型収納などを実現しているところなどは、レイアウト的にフルコン (クラスA) と表現してもおかしくない。

 『キャンピングカー super ガイド』 で、このクルマを最初に紹介したとき、その工法には同社のプラッツのノウハウが数多く生かされていたため、私はこれを 「フルコン」 のジャンルに入れた。

 ところが、名古屋のショーで 『オートキャンパー』 の山口さんと食事をしながら話しているとき、彼が 「うちではあれをバスコンに入れた」 というのである。

 「構造的にはどう見てもキャブコンですけどね、確認するために、フィールドライフの福島社長に尋ねてみたんですよ」

 【山口氏】 これはどういうジャンルのクルマなのでしょうかね?
 【福島氏】 …そうねぇ、シャシーはバスだからねぇ…
 【山口氏】 じゃバスコンともいえるわけですか?
 【福島氏】 バスコンよりはるかに機能は上だけど、バスコンでも間違いはないかな…

 要するに、このクルマを最初に造ったとき、開発者の福島社長でさえもジャンル分けをどうするか、あまり気にしていなかったようなのだ。

 彼は、ただただバスのような走行安定性を確保し、しかもバスコン以上の断熱性や優れた空調性能を持ち、欧米クラスAのようなレイアウトを持った “夢のクルマ” を造りたかっただけだった。

 だから、「バスコン」 でもいいのですか?
 という質問に対し、深く考えないうちに、「そう」 と答えてしまった。

 で、「バスコン」 になってしまったわけだが、山口さんは、私を前にしてこう語った。
 「福島社長は、絶対後悔していると思う。だってバスコンじゃないもの。まったくの新ジャンル。だけど、福島さんがそう言ってしまったからしょうがない」

 山口さんと示し合わせて、私もその年の 『キャンピングカーガイド』 では、これを一応バスコンのジャンルに入れた。
 しかし、入れながら、「バスをボディカットしたクラスAレイアウトを持つキャブコン的な…」 という意味の分からない説明文を加えた。

 このクルマが登場したとき、そのジャンル分けに関しては、造ったビルダー側も、メディア側も悩んでいたわけだ。

 しかし、今は、もうそのようなジャンル分けで悩む必要はないと考えている。

 その後、バスボディをカットしたこのスタイルのキャンピングカーは、ナッツRVの 「ボーダー」 、グローバルの 「グランドバッハ」 、RVビックフットの 「オアシス」 と、数多くの仲間を持つことになった。

 そういった意味で、これらのクルマは、日本独自の工法で造られた 「日本型モーターホーム」 と言い切ってかまわないように思う。


 そのルーツに、このたび6.6モデルが生まれた。
 それまでは、顧客のオーダーによる個別対応として、5.4mから7mまでのモデルが造られたことはあったが、定番としては、5.6と5.9の2車種がメインだった。

ルーツ6.6リビング2

 フィールドライフが、6m未満のボディにこだわっていたのは理由がある。

 「日本における道路事情、車庫事情を考慮すると、やはり6mボディというのが限度だと思う。
 6mを超えると、居住性は格段に向上するのだが、日本の使用環境では、そういうサイズのクルマを持てる人は限られてしまう」
 開発者の福島氏はそう答えていた。

フィールドライフ福島
 ▲ フィールドライフ 福島氏

 そのルーツに、この幕張ショーから6.6ボディが加わった。

 「わずか60㎝の差ですけど、60㎝伸ばされたことで、どんなことが可能になるのか。それをお客様に見てほしかった」

 実際、すごいことが可能になっている。 
 まず、エントランスから入ったときの空間の広がりがまったく違う。
 5.9でも相当広いと感じられたが、6.6では、それに 「奥行き」 が加わった。

 リビングはL型ラウンジを持つ 「トリップ」 のレイアウトが組まれていたが、L字ソファの後ろには、大型ワードローブが設定され、さらに、その後方のトイレ・シャワールームが300mmも広がっている。

ルーツ6.6リビング

 優雅なラウンドフォルムを持つトイレ・シャワー室の扉を開けると、
 「おお! ヨーロッパ・モーターホーム」

 ゆったりと広がる本格的なシャワー室のなかには、ボール型の洗面台とウォッシュレット付きのマリントイレ。
 国産キャブコンは、サニタリー系が貧弱なことが難点だったが、このルーツ6.6では、欧米モーターホームとほぼ同等の広さと機能を持ったサニタリーが実現されている。

ルーツ6.6シャワー室

 清水タンクは160リットル。グレイタンクは130リットル。
 本格的なシャワー室に見合ったタンク容量といえるだろう。

 そしてブラックタンク…
 そう! ブラックタンクだ。
 これが100リットル。トイレシステムはアメリカンだ。

 ベッドルームも凄い。
 「ベッド」 か?
 「ルーム」 か?
 といえば、「ルーム」 としての機能が目立つ空間となっている。

 間仕切りによって、プライバシーが完全に守られる構造になっているが、エレベーティングルーフ (OP.) を上げれば、ハイマウントベッドだというのに、1450mmという高さが確保され、もうそこが立派な 「部屋」 になる。

ルーツ6.6リヤベッド

 すでに、誕生したときから、ルーツのインテリアはヨーロッパ車のコンセプトを志向していたが、家具の作り込みなどがどんどん緻密になり、今は本家本元の欧州車と比べても引けを取らない。

ルーツ6.6キッチン

 排ガス規制やユーロ高などの影響によって、欧州車がほとんど姿を消してしまった今日、その代わりを務めるのが、このルーツ6.6あたりかもしれない。

 今から思えば、「バスコン」 というジャンルに押し込まれてルーツが登場した年というのは、「日本型モーターホーム」 の元年だったのだ。

campingcar | 投稿者 町田編集長 02:18 | コメント(2)| トラックバック(0)

キャンプ場の課題

 先週開かれた幕張の 『キャンピング&RVショー』 の2日目。
 人でにぎわう 「セミナールーム」 を1時間ほどクローズして、密やかに行われた会議があった。

 密やかといっても、「秘密の会議」 ではない。
 日本RV協会所属のビルダー有志と、キャンプ場運営者の有志同士が集まって、「キャンピングカーとキャンプ場のより良き関係を模索する」 ための、意見交換会が開かれたのだ。

キャンプ場意見交換会1

 昨年は、キャンピングカーユーザーが休憩に使う 「道の駅」 などで、ユーザーのマナー問題やゴミ問題が、一部のマスコミからクローズアップされた。
 日本RV協会では、これを深刻に受けとめ、マスコミ、ビルダー、キャンプ場運営者などをパネラーに招いてシンポジウムを行ったが、そこで浮かび上がってきたのは、
 「日本には、まだキャンピングカーユーザーにとって理想とされる宿泊場所が確立されていない」
 という事実だった。

 キャンピングカーユーザーのなかには、道の駅などの公共駐車場に宿泊することを当たり前のように考えている人がいる。
 しかし、そういう場所は、基本的に 「正式な宿泊施設」 として認められているわけではないので、マナー違反やゴミの不当投棄が続くようであれば、すぐさま 「キャンピングカーの利用禁止」 などという警告が下されかねない。
 だから、ユーザーサイドに立っても、「道の駅」 は “不安定” な宿泊場所といえる。

 それに対し、キャンプ場というのは、キャンピングカーユーザーが合法的に、しかも快適に宿泊できる場所として、昔から用意されていた場所である。

 しかし、ユーザーのキャンプ場利用率は非常に少ない。

 その理由としては、「料金が高い」 、「入退場時間に制限があって使いづらい」 という声が上げられてくるが、キャンプ場運営者たちも、そこを突かれると痛い。
 前述したとおり、多くのキャンプ場にとっては、まだまだキャンピングカーユーザーは “少数派” であり、その少数派のために、料金体系やルールを改変するわけにはいかないからだ。

 このたび行なわれた意見交換会は、そこを調整するためのものだった。
 つまり、キャンピングカーの 「販売店」 と 「キャンプ場」  が、両者にとって “お客” であるユーザーの便宜を図るために開かれた会だといっていい。

キャンプ場意見交換会2

 アゲンの 「ゲンさん」 こと高野秀一氏の進行により、まず各キャンプ場から、キャンピングカーユーザーの利用率の報告があった。
 それによると、平均的な利用率はテントキャンパーの10分の1という数が浮かび上がってきた。
 現在のキャンプ場は、やはりテントキャンプ主体の客層に支えられているという事実が、そこからうかがえる。

 しかし、新しい試みを始めたキャンプ場は、この限りではなかった。
 キャンピングカーユーザーを誘致するために、施設の一部をキャンピングカー向けに改修した千葉県の 「有野実苑オートキャンプ場」 などでは、やはりその効果が現れて、キャンピングカー利用者が増えているという。

有野実苑Cサイト

 同キャンプ場では、道路やサイトの拡幅を行い、電源の容量なども上げ、ダンプステーションを設置した。そのほか、駐車スペース、利用時間、料金体系なども、キャンピングカーユーザーのために見直しを行なった。

 そのことによって、同キャンプ場のキャンピングカー来場率は、夏場でテントキャンパーの3割。冬場になるとテントキャンパーを逆転して、8割に達するようになったという。

 ただ、キャンピングカーが増え続けると、テントキャンパーとの軋轢が生じてくる可能性もあるという意見を述べたキャンプ場もあった。

 例えば、隣のサイトにキャンピングカーが止まると、
 「景色が見えなくなった」
 「高い窓から見下ろされているようで、落ち着かない」
 「城がそそり立ったような圧迫感がある」
 と管理人に訴えてくるテントキャンパーも多いという。
 そのために、どちらかにサイトを移動してもらうように交渉することが難儀だとも。

 また、キャンピングカーユーザーは 「飛び込み」 が多いところに特徴があるが、それをあっさり許可したため、その1台が、10数台の仲間を引き連れて来場し、キャンプ場が大混乱に陥ったという事例を報告するキャンプ場もあった。

 キャンピングカーユーザーは、クラブキャンプなどを通じて、オーナー同士の交流が盛んだ。お酒の入った夜などは、仲間同士の盛り上がりも生まれる。
 それがまた、一部のキャンプ場からは 「騒ぐ元凶」 と見なされることが多いようだ。

 このあたり、キャンピングカーユーザーとテントキャンパーの共存共栄には、まだ解決すべき課題が多く残されているという感じがした。


 この 「意見交換会」 に出席して、その一部始終を傍聴していたオートキャンプ評論家の竹本孜さん (元オートキャンプ紙編集長) は、こう述べる。

竹本孜氏

 「基本的には、キャンプ場が意識を変えていく必要があるだろう。現在のキャンプ場は、ファミリー主体のテントキャンパーによって支えられているが、このまま少子化傾向が進んでいくと、ファミリーキャンプは構造的に先細りしていくことになる。

 逆に、リタイヤしたシニア夫婦が参入してきたキャンピングカー人口を吸収すれば、キャンプ場の平日の稼働率も上がっていく。
 ただ、そのためには、彼らがテントキャンパーとは違った目的と行動パターンを持つ人たちだという認識が必要となる」

 竹本氏は、テントキャンパーと異なるキャンピングカーユーザーの特徴を次の三つに集約する。

 ① テントキャンパーよりも年齢が高い。
 ② 「キャンプ」 よりも 「旅行」 を目的としている。
 ③ ペット連れの比率が高い。

 この3点を考慮して、料金体系・入退場時間・ペット対策などを見直さないといけないという。

 まず、①の高齢者が多いという特徴について。
 竹本氏は、そのことによって、料金体系を再考する必要があると説く。

 今のキャンプ場の料金体系は、家族4人を1セットとして、入場料やサイト使用料を算出しているものが多い。
 そのため、人数分で頭割りをしていけば、ファミリーの場合は割安感が生まれるが、逆にシニア夫婦2人の場合はそれが割高感になる。
 だから、シニア夫婦とファミリーの2系統の料金体系を考えるべきである。

 ② キャンピングカーユーザーは、「キャンプ」 よりも 「旅行」 を目的とした人が多いので、入退場時間や入退場システムの見直しも必要となる。
 
 たとえば、ユーザーが観光や立ち寄り湯を楽しんでくれば、当然、キャンプ場への到着時間は遅くなる。 「門限・消灯」 を夜の10時に設定するという今までの常識は通用しなくなる。

 また、彼らは早朝6時や7時に出立することも多い。
 そのため、朝を静かに迎えたいテントキャンパーたちとの間に軋轢が生じることも考えられる。

 これらのことを考慮すると、キャンピングカーユーザーの利便を図り、かつ他の宿泊客に迷惑がかからない 「キャンピングカー専用スペース」 が必要になってくる。

 それは、今までの 「キャンピングカー専用サイト」 とは少し違う。
 例えば、テントを張るわけではないから、ペグが刺さらないような地面でもかまわない。
 基本的に、夜訪れて、早朝に移動するわけだから、景観に恵まれた場所でなくてもいい。 (しかし、その分料金は安い)

 トイレ処理、ゴミ処理、給水などは一般サイトと同じように可能。場合によっては電源サービスも受けられる。

 幹線道路からのアクセスの良いキャンプ場に、このようなシステムが登場してくれば、かなり助かるキャンピングカーユーザーがいるのではなかろうか。

 ③ ペット受け入れシステムにも、竹本氏は提案を持っている。
 それは、ペット連れ旅行者からは、「ペット料金」 を取るというもの。
 ペット料金は、ヨーロッパのキャンプ場の90パーセントが徴集しているらしく、向こうではそれが常識。料金は、子供料金の半額ぐらいだという。

 料金を払うことによって、飼い主は、ペットのしつけや飼うときのマナーに自覚的になるから、総体的にペットをめぐるトラブルが少なくなる。
 キャンプ場としては、ペット料金分だけ多少潤うようになる。


 以上が、オートキャンプ評論家の竹本氏の意見であるが、いずれも今後のキャンプ場運営に取り組むときの大いなる示唆を含んだものだと思う。

 ただ、私は、すべてのキャンプ場がキャンピングカーの誘致に積極的になる必要はないと考える。
 立地条件や場内の構造が、キャンピングカーに適さないキャンプ場というものも確かに存在するからだ。
 そういうキャンプ場は、むしろテントキャンプだけのキャンプ場に特化して、それを差別化ポイントとして謳い、テントキャンパーの心をがっちり掴む経営方針を貫くのも手だろう。

 逆に、アメリカの 「RVパーク」 のように、キャンピングカー専門の宿泊施設として機能アップしていく方法もありだと思う。
 個性的なキャンプ場がいろいろ出てきた方が、キャンプ場に対する世間やマスコミの注目度は高まる。

 今回の 「意見交換会」 では、時間が短かったせいもあり、キャンピングカー販売側もキャンプ場側も、具体的なアイデアを出し合うまでには至らなかった。
 しかし、両者が、ユーザーのために “新しい宿泊空間を創造する” という気持ちを共有し合った感じは伝わってきた。

 これから、どんなキャンプ場が生まれてくるのか。
 キャンピングカーユーザーとしても、期待の高まる会であった。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:25 | コメント(8)| トラックバック(0)

ドナルド・ダック

 ドナルド・ダックが好きなのだ。

 傲慢、尊大、短気、意地悪、かんしゃく持ち。
 お人好し、情にもろい、騙されやすい、おっちょこちょい。

ドナルド・ダック2

 人間だったら自己分裂で気が狂いそうになるだろうに、この “けなげなアヒル” は、それでも必死に生きている。

 そのドナルドの七転八倒を眺めていると、やつが私の身代わりとなって、むしゃくしゃした気持ちやイライラの元を、すべて持ち去ってくれるように思えて、涙が出るほどありがたい。

ドナルドダック1

 なんで、このアヒルは、いつも情緒不安定で、毎日がてんやわんやなのだろう。

 それは、ミッキー・マウスのせいなのである。
 ミッキーが、ディズニーランドの主役に収まって、「良い子」 の見本になるために、自分の不良性をすべてドナルドにかぶせてしまったからなのだ。

 もともとミッキーは、デビュー当時はとんでもないワルだった。
 昔の絵と、今の絵を比べてみれば、一目瞭然だ。

 初期のミッキーには、そもそも白目がない。
 自分の心を領するワルの部分を、ぜんぶ黒目の中に隠しこんで、ふてぶてしいほどシレっとしている。

初期ミッキーマウス

 ところが、ディズニーキャラクターの兄貴分として子供たちの人気を得るようになったミッキーは、品行方正な、良い子の手本にならざるを得なくなった。
 で、善人であることを強調するために、白目の部分が大きくなった。

 「おい、ドナルド。お前、俺の役と代われよ」
 …と、ミッキーが言ったかどうかは知らない。
 でも、たぶんそれに近いことを、ドナルドの耳元でささやいたはずだ。

 お人好しで、騙されやすいドナルドは、
 「え、俺が主役 !?」
 と、小おどりしたに違いない。

ドナルド・ダック3

 ドナルドは、ミッキーのいたずら好きで、人をおちょくる性格をすべて引き継いだ。

 一方のミッキーは、ジェントルマン然として、タキシードなど着こなし、ディズニーランドに来る子供たちの記念写真に収まりながら、白い手袋をヒラヒラ振って、子供たちを見事に手なずけた。
 ディズニーランドに行った子供たちは、ドナルドとミッキーが並んでいたら、まずミッキーのそばに寄って写真を撮られたがる。

後期ミッキーマウス

 ドナルドは、「なんか変だなぁ…」 とは思いつつ、あいかわらず人に笑われるてんやわんやキャラを、「主役の条件」 と思いつつ必死に演じている。
 
 それでいいんだよ、ドナルドよ。
 私は、そういうお前のファンだよ。

ドナルド・ダック4


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:40 | コメント(2)| トラックバック(0)

LPGの充填拒否

 このブログに寄せられる検索ワードを調べてみると、最近 「LPガスの充填拒否」 に関連する用語でお越しいただく方が、急に増えた。

 キャンピングカーに関心のない方には、ピンと来ないかもしれないが、実はこのことは、一部のキャンピングカーユーザーの間では、かなり深刻な問題として受け止められている。

 すべてのキャンピングカーとはいわないが、一部の車種には、ガス設備の熱源にLPGボンベを使っているものがある。
 そのボンベのガスを使い切ると、使用者が空のボンベをガスの充填所まで運び、ガス屋さんから充填を受けることになる。

 一般的には、そのような充填の仕方が多いと思うが、最近、その充填をガス屋さんから拒否されるユーザーが増えてきたという。

LPG車載

 《 LPGの充填拒否はいつから始まったのか 》

 実は、この問題に関して、去年の秋に個人的に調査を試みたことがある。
 大手ガス会社の広報室、お客様相談室、関連団体の窓口などに電話取材したのだが、その当時は、「LPGによる事故が起こったから」 という漠然とした情報を得ていた会社もあったが、「まだそのような報告は受けていない」 と述べる会社もあり、キャンピングカーのLPGの充填拒否がなぜ起こったのか、正確な情報を得ることはできなかった。

 しかし、この件に関しては、すでにその段階で、一部の業者さんやユーザーの間では話題になっていた。
 もちろん、日本RV協会 (JRVA) さんも、早い時期からこの問題にどう対処するかという協議を続けていたと聞く。

 現在輸入車やトレーラーの場合は、ほとんどがLPGに頼っており、国産車でも、LPGシステムを採用しているビルダーがいる。
 LPGの充填拒否に対して、キャンピングカー業界が公式コメントを出すということは、個々の業者さんが、今後自社ユーザーの安全や利便性を考慮してどのような指導を行なっていくのか、また、今後の車両開発をどう進めていくのかという大きな問題に関わることになる。

 また、LPGの充填拒否がなぜ始まったのか、LPGシステムのどこに問題があるのか、それをしっかり調査した上でないとキャンピングカー業界を代表する日本RV協会さんとしても、公式なコメントは出せないという判断もあったのだろう。

 《 LPGの販売方法は複雑だ 》

 そもそも、事の始まりは何だったのか。
 昨年の10月、北海道のあるキャンピングカー販売店さんに、そのショップさんと提携を結んでいたLPG業者さんから、
 「今後LPガスの質量販売はいたしません」
 という通達が届いたことに端を発する。
 
 「質量販売」 という言い方に馴染みのない人がいると思うが、これは、「メーター売り」 に対応する言葉だ。

 「メーター売り」 というのは、ボンベのガス使用料をメーターでチェックして料金に換算する手法のことで、一般家庭でLPGを使用する場合は、ほとんどこのシステムが採り入れられている。

 この場合、通常ガスボンベは屋外に設置され、配管の取り回しも業者の手によって行なわれるために、消費者はコンロや給湯器などといった 「ガス設備」 だけに手を触れればいいことになる。

LPGボンベ車載

 消費者が触れる部分を、基本的に 「ガス設備」 までと限定しておけば、ガス会社としては、管理する範囲内でのチェックも行き届くようになるし、その分事故を未然に防ぐことにもつながる。
 したがって、ガス会社としては 「メーター売り」 をレギュラーな販売方法として定着させ、その比重を高めたいと思っていることは容易に推測できる。

 「メーター売り」 に対するもう一つの販売方法が、「質量販売」 である。
 これは、キャンピングカーで使うLPGのように、消費者が自分でボンベを脱着して計量台まで運び、そのボンベの重みを測った業者がガスの減った分だけ補充して、料金を取るという売り方のことをいう。
 昔から多かったのは、お祭りの夜店などで、ヤキソバやお好み焼きなどを焼く業者さんが使うケースだろう。

 そのほか、クルーザーやキャンピングカーのような使い方もあるし、また、ガスの配管が通っていない部屋でガスを使いたいという人が、ボンベを自室内に持ち込んでいる場合もあるだろう。

 こういう販売方法は、ガス会社としては消費者の使用状況を管理しにくくなるために、あまり大っぴらに広がっては困るという意識がないわけではない。

 《 充填拒否は経産省の通達から? 》

 実は、LPガスの使用や容器の管理に関しては、「液化石油ガス法」 と 「高圧ガス保安法」 という二つの法律が関わっており、基本的に、ガスボンベやレギュレーター (ガス圧調整器) は、ガス販売店が管理することになっている。
 
 そのために、個人がガスボンベを自由持ち運びして充填するような 「質量販売」 というのは、実はボンベを触る資格を持ったガスの専門家が携わっていると “見なす” という、暗黙の了承として広まったに過ぎない。
 キャンピングカーのLPGボンベを個人が脱着して充填所に運ぶという行為は、いままでこのような黙契によって、成り立っていた。

 ところが、昨年の10月に爆発事故が起きた。
 この経緯は、経済産業省から各地方自治体に送られた通達から確認できる。

 要するに、10kgLPGボンベを室内に持ち運んでいた老人のボンベの扱い方に疎漏があったらしく、漏れ出たガスが何かに引火し、家屋が全損して当人も死亡したという。

 これはキャンピングカーとは何の関係もない事故である。

 しかし、経済産業省は、この件を重く見たようだ。
 そもそも 「メーター売り」 を前提とし、屋外に設置するように指導されていたはずの10kgボンベを、なぜ使用者は屋内で使っていたのか?
 その使用実態に関心を示した経済産業省の 「原子力安全・保安院」 は、昨年の秋、各都道府県を通じて、所轄のLPG販売業者に対し、「質量販売が法規制に基づいた形で、安全を確保できる状態で行われているのかどうか調査するように」 という通達を出した。

 しかし、「質量販売」 というのは、調査も管理も非常に難しい。
 キャンピングカーユーザーとガス業者が、昔から顔なじみで、ユーザーの使用実態を業者も把握しているというような場合はいいかもしれない。

 ところが、飛び込みの場合は、初めて店を訪れたキャンピングカーユーザーが、どれほどガスに対する知識を持っているのか、あるいは、そのクルマのガス設備が、どれほど安全基準を満たす構造になっているのか。キャンピングカーの知識を十分に持たないガス屋さんにとっては、その判断材料がない。

 そのため、経済産業省の今後の厳しい指導を予測したガス会社のなかには、今から 「質量販売」 を自粛しておいた方がいいという独自の判断を下すところも出てきた。
 現在キャンピングカーのガスに対する充填拒否が起こってきた背景には、以上のような事情がある。

 《 キャンピングカーのLPGは違法なのか 》

 LPガスの問題に関して、なかなかキャンピングカー業界として統一的なコメントが出せないのは、ひとつには 「法解釈」 が厳密ではないというところにも由来する。
 LPガスの使用に関する法律を定めた 「液化石油ガス法」 と 「高圧ガス保安法」 においては、そもそも 「キャンピングカー」 での使用を規定する条項がない。二つとも、日本にキャンピングカーが普及する前に作られた法律だからだ。

 では、キャンピングカーにLPGボンベを搭載することは、現在の法律に違反する行為なのか?

 国土交通省の定めたキャンピングカーの構造要件には、次のような記述がある。

 「コンロ等に供給する為のガス容器は、車室内と隔壁で仕切られ、かつ車外と通気が十分に確保されていること」

 この一文からも察せられるように、国交省は、キャンピングカーがガス器具やガス容器を搭載することを認めている。

 そして、キャンピングカーメーカーは、国交省の指示通り、LPGボンベを搭載する場合には、必ずこの要件を満たしている。
 つまり、ボンベを搭載する場合は、必ずFRPなどで囲われた 「外部収納庫」 に格納し、さらに、万が一ガス漏れが生じたときには収納庫内にガスが充満しないように、下側にガス抜き穴を設置することを心掛けている。

 ただ、LPGに関与する行政が経済産業省であるかぎり、国交省の意向とは関係なく、ガス販売店は、経済産業省の意向を汲まざるを得ない。
 日本の官僚機構は “縦割り行政” になっているため、基本的に自分の管轄以外のことにはタッチしない。
 だからこの問題で、国交省と経産省がなんらかの協議を行うということは、現状ではあまり期待できない。

 したがって、キャンピングカーがLPGを充填することに関わる問題は、今のところ、経済産業省の管轄下に置かれている都道府県の判断に任される形で推移しそうだ。
 当然、法解釈に関しては、そこの担当官によってさまざまな温度差が生まれ、さまざまな指導が下される可能性がある。

 《 ガスシステムそのものの安全性は高い 》

 アメリカの場合は、キャンピングカーの搭載設備に関する 「RV法」 というルールが確立されているため、キャンピングカーの開発の段階から、ビルダーと搭載機器メーカーが守るべき事細かな規定が設けられている。LPGの使用に関しても、事故の起きないような対策が徹底されているという。

 したがって、日本で走っているキャンピングカーにおいても、キャンピングカー先進国である欧米のパーツを使い、構造的にも同じ工法で造られるかぎり、ガス器具などが原因となる事故が起こる確率は低いと断言する業者もいる。

 しかし、そのような事情はガス会社さんの方は知らない。
 実際、各社のお客様相談室のようなところに問い合わせてみても、逆に  「キャンピングカーのガス設備はどのような構造になっているんですか?」  と途中から尋ねられるケースが多かった。

 これらのことから推測するに、キャンピングカーのLPガス充填拒否問題が起きたのは、安全性を確保するという意味よりも、「面倒なトラブルに巻き込まれたくない」 というガス会社さんの思惑の方が大きいように思う。

 ただ、現在キャンピングカーのLPガスの充填がすぐさま困難になったわけではなさそうだ。
 聞くところによると、今まで通り、何の支障もなく充填を引き受けてくれるガス屋さんの方が多いという感触もあった。

 また、充填拒否に遭ったという相談をユーザーから受けたキャンピングカー販売店のなかには、すでに自社管理ユーザーへの対応を始めた会社もあると聞く。
 個々のショップやビルダーによって、その対応の内実は異なるようだ。
 業界としての統一的な対応策がコメントされるのは、まだ少し先かもしれない。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:25 | コメント(8)| トラックバック(1)

REN開発秘話

 【 お勧めキャンカー21 「REN」 】

 幕張のキャンピングカーショーで、見学者や業者の話題を独り占めしたようなトレーラーがある。
 インディアナRVが発表した 「REN」 だ。

REN外装1 REN外装2

 立方体の積み木を思わせるようなスクエアなフォルム。
 特徴のある鮮やかなデカール。
 そして、日本人の趣味にも合った、緻密な仕上げの家具類。

 「異彩を放つ」
 という表現がぴったりの、このトレーラー。
 実は純国産品なのだ。

 クナウス、トリガノなどのヨーロッパの名品をラインナップに揃えていたインディアナRVが、なぜ国産トレーラーの開発に踏み切ったのか。

降旗氏
 ▲ インディアナRV 降旗氏

 同社の降旗貴史社長は、こう語る。

 「トレーラーは、日本のキャンピングカー需要の一角を担うとても重要なジャンルなのに、国産品がほとんどありません。
 その理由は、高い開発費をかけて国産品を造るより、ヨーロッパ製の方がコストも安くてクオリティも保証されていたからです。
 しかし、時代は変わりました。
 まずユーロがどんどん高くなり、原油の高騰で輸送費も上がってきている状況では、輸入品に頼っていても “良いものを安く” という原則が貫けなくなってきました。
 それに、日本人のキャンピングカー開発力と技術力がめきめき向上してきました。
 そろそろ、本格的な国産トレーラーが登場してもいい時期かな…と判断したのです」

 国内で開発するならば、自国の法規制や使用条件に合った製品を、なんの制約を受けることなく実現することができる。
 インディアナRVは、かつて左エントランスをはじめとする数々の日本仕様を採り入れたスポーツ400Jスペシャルを、ドイツのクナウス社に造らせていた。

 しかし、それとて相当数の発注を入れることによって初めて達成できたものだった。
 国産品なら、そのようなロットの制約を受けることなく、部材の選定範囲やレイアウトの自由度を限りなく広げることができる。

 だが、問題がひとつ。
 国産トレーラーを “量産” する力を、現在の日本のビルダーはまだどこも持ち得ていない。

 降旗氏は悩んだ。
 一ヵ所だけ、それをこなせそうな会社があった。

 降旗社長が白羽の矢を立てたのは、秋田のビルダー 「ファーストカスタム」 だった。

 「やっぱり、初めての分野にチャレンジするとき、自動車工学的な知識の深さからいっても、技術開発力からいっても、ファーストの佐藤社長にしか任せられないと思った」
 と降旗氏はいう。

ファースト佐藤氏
 ▲ ファーストカスタム 佐藤和秋氏

 かつて 「グランドロイヤル」 というキャブコンをファーストカスタムが開発したとき、そのクオリティのあまりもの高さに、キャンピングカー先進国であるはずのヨーロッパのビルダーがこぞって驚嘆したという逸話が残っている。

グランドロイヤル

 グランドロイヤルで完成したスペースフレーム工法は、安全性と高性能を両立させたキャンピングカーの代名詞ともなり、ファーストカスタムの名前を飛躍的に高めた。

 ファーストの技術力の向上は止まるところを知らず、ボディカットしたハイエースで実現した同社のCGシリーズは、キャンピングカー専門誌 『オートキャンパー』 の 「ベストキャンピングカー」 で堂々たる1位を獲得している。

ファーストCG500広告

 そのファーストの佐藤社長が、国産トレーラーの製作を 「引き受けましょう」 と約束してくれたことが、どれほど降旗氏を喜ばせたことか。

 「これはファースト製だぞ! と公表することで、どれだけブランドイメージが高まるか分からないと思った」
 という氏の発言からも、それをうかがうことができる。

 しかし、その製品が誕生するまでには、1年の歳月が必要だった。

 なにしろ、降旗氏にすれば、生まれて初めて完全なるオリジナルトレーラーを創造することになる。
 レイアウト、外装・内装デザイン、装備類。
 どれひとつとっても、妥協はしたくない。
 ファースト佐藤社長との協議には長い時間が費やされた。

 まず、外形デザインには、インディアナRVが一昨年導入したデセオのようなスクエアフォルムが採用された。

 「トレーラーは高速で移動する乗り物ではないのだから、エアロフォルムのような流線型ボディは必要ではない」
 というのが、降旗氏の持論だ。

 「それよりも、居住性の方が大事」
 RENでは、スクエアなボディを実現することで四隅を無駄なく使うことに主眼が置かれた。

REN内装1 REN内装2

 レイアウトは、ポルト6からスポーツJ400に連なる2段ベッド・2ダイネット方式が採り入れられた。
 これは、自らがトレーラーのヘビーユーザーである降旗氏自身の経験を基にしたもので、ファミリーユースにも2人旅にも適した、理想的なレイアウトだという。

REN内装7

 湿気の多いに日本で使用するには、床下の湿気対策も欠かせない。
 それにも、新しい試みがなされた。

 シャシーは、亜鉛メッキ加工を施されたアルコ製だから問題はないが、乾燥した風土のヨーロッパとは異なり、高温多湿の日本では、床下から進入する湿気が床そのものを腐らせる率が高くなる。

 そこでRENでは、ヨーロッパ製高級トレーラーでもなかなか試みられない床下全面FRP加工が施された。

 軽量化に徹することも、条件の一つだった。
 RENのボディに使われているFRP部材には、ヨーロッパのアルミパネルトレーラーよりもさらに軽い部材が採用された。
 一見、けん引免許対応の大型車のように感じられるRENだが、見た目がスクエアなために引き起こされる錯覚で、ファーストの佐藤社長の弁によると、計算上では、750kgの範囲にしっかりと収まっているとのこと。

 このFRPパネルの中に、普通のヨーロッパトレーラーよりも1.5倍ほど断熱効果が高いといわれる発泡スチロールが封入され、断熱効果も、格段に優れたものとなった。

REN内装8 REN内装5

 完成したのは、幕張ショーの搬入日として定められた2月8日の午前2時だった。
 秋田の工場を出たRENは、いきなり吹雪にさらされた。
 降旗氏は、まだ一度も走行テストをしていないRENを伴って、雪の夜道を、幕張へと走り始めた。

 豪雪の秋田道。
 みぞれの東北道。
 展示会への道が、そのままテストコースとなった。

 「正直、不安はありました。空力にこだわらないスクエアフォルムが理想だなどと口では言ってみたものの、実際に、どれほどの高速走行に耐えられるか。自分自身の信念を試すような気持ちでした」

 そういう降旗氏の思いに、RENはしっかりと応えた。

 「なんていう安定感なのだろう!」
 びっくりしたという。

 「実は、トレーラーの法定速度にとらわれない運転も試みました。実際にはいけないことですが、お客様のために、僕にはこのトレーラーの走行性能を試す義務があると思ったからです。
 すると、ヘッドのどんな速度にも無理なく応じ、RENは頼もしく追従してくる。
 トレーラーを初めて造った会社の製品が、技術蓄積を背景に持つヨーロッパトレーラー以上の安定性を保証している。
 あらためて、ファーストカスタムという会社の技術力に舌を巻く思いでした」

 …こんなにうれしそうに取材に応えてくれる降旗氏を、初めて見た気がする。

 RENとは、「レクリエーション&エディケーション with ネイチャー」 の意味。
 自然を相手にくつろぎ、学ぶ。
 アウトドアの原点に返るという思想が、このトレーラーには託されている。

 インディアナRVが、今の会社の体制を整えてから、今年でちょうど10年。
 RENは、その同社の10周年を飾る記念モデルとなった。


campingcar | 投稿者 町田編集長 02:20 | コメント(4)| トラックバック(0)

おつかれさま

 3日間続いた幕張の 『キャンピング&RVショー』 が終わって、搬出のクルマが出て行くのを見送った。

 カーペットが敷き詰められ、色とりどりの看板やノボリが立てられ、鉢植えの花で飾り立てられたブースが、鮮やかと思えるほどの手際で片付けられてゆく。
 配線を回したテープが剥がされ、コンクリートの床がむき出しになっていく。

 先ほどまで、スーツ姿でネクタイを締めていた販売店のスタッフたちが、トレーナーやつなぎに着替え、ブースに並べた椅子やテーブルを車内に運び込む。

 務めを終えたキャンピングカーが、シャッターの開いた搬出口から、1台1台、夕闇の中に消えてゆくにしたがって、会場はみるみるうちに、殺風景な空間に戻った。

幕張の夕暮れ

 祭りのあと。

 しかし、がらんとした会場に、充実した余韻が残っているように感じられた。
 いいショーだったと思う。

 「幕張で会いましょう」
 を合言葉に集まってきた人々が、
 「お疲れさま」 と声かけあって、それぞれの方向に散っていく。 

 例年見ていた光景だが、なぜか今年は胸の中が熱い。

 このショーのために、精いっぱいクルマを仕上げ、人々に良い 「作品」 を見てもらおうと努力してきた人々の情熱が、会場が空洞となった後も、冷めない熱気となって残っている。

 …そんな感じがした。


 今まで 「取材する人間」 として、いつも外側からこのショーを見ていた。
 それが、ひょんなことから、セミナーの講師として、ショーの企画に関わることになった。 
 それによって、ようやく、ショーを構成する一員としての自覚も生まれた。

 幸い、お喋りを始める時間になると、ある程度のお客様が集まってくれて、つたない喋りにもかかわらず、熱心に話を聞いてくれた。

 前の晩に作ったメモを見ながら、国産キャンピングカーの1号車の話、日本に最初に導入された輸入キャンピングカーの話、そして日本で最初に生まれたキャンピングカー雑誌の話などをした。
 自分としては、キャンピングカーが日本に根づくために努力した先人たちの足跡を語るつもりでいた。
 
 それがうまく果たせたかどうかは分からない。

 ただ、終わった後に、顔見知りの人たちから、
 「面白かったですよ」
 と、声をかけてもらえたのがうれしかった。
 ささやかながらも、キャンピングカーを普及させるための、お手伝いができたという気がした。

 そんな気分もあったせいか、
 「お疲れさま」
 と、ビルダーや販社の人々に声かけられたとき、心から
 「お疲れさまでした」
 と、返すことができた。 

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

セミナーでお喋り

 今朝、幕張で開かれる 『キャンピング&RVショー』 の会場に顔を出したら、さっそく、
 「ネットカフェで、よく寝られました?」
 と、顔見知りの業者さんに尋ねられました。

 …なんで、知ってるんだろ。

 と思ったら、昨日のブログを読んでくださっていたんですね。
 そのほかにも、そんな話があちこちでチラホラ。

 「毎日読んでます」
 という方もいらっしゃって、少しうれしい。少し恥かしい。

幕張ショー全景

 厚顔無恥を、絵に描いて、色を塗って、画鋲で壁に貼っているような人間だと思われることが多く、多少は自覚するところもある私ですが、実は照れ屋で、臆病で、上がり症であります。

 「人前で話す」 ってのが、大の苦手。
 それが、今日セミナーで、皆さまの前で話すハメに。

 テーマは、「キャンピングカーの変遷 (歴史)」 。
 
 実は、去年の11月頃から持ちかけられていた話だったのですが、ずっと逃げ回っておりました。
 でも、アゲンのゲンさんに頼み込まれて、ついつい引き受けることになってしまいました。

 で、ぶっつけ本番というわけにもいかず、さっきまで、話すための原稿を書いておりました。
 原稿の棒読みになっちゃうのかな…って気がしないでもなく、どんな展開になるやら、自分でも予想がつきません。

 うまくいったらお慰み。

 幕張メッセ会場内の 「セミナールーム」 で、11:30頃から行います。
 ナマ町田を見て、冷やかしてやろうという方は、お越しくださいませ。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

ネットカフェ泊

 時計が12:30を告げたばかり。
 幕張メッセ近くのネットカフェにいます。
 『キャンピング&RVショー』 の初日の取材の後、RV協会さん主催の  “新年会” に顔を出して、ひたすら酔って、その後懇意にしている業者さんの誘いもいただいて、その方の泊まるホテルの近くの居酒屋で、またしたたか飲んで、タクシー拾って、さっきこの場所に着いたところ。

 昨年と同じパターン。
 前回は、それでも家に戻ろうとして、京浜幕張駅の階段から転がり落ちて、結局、終電を逃し、このネットカフェにたどり着いたわけですが、今年その愚を冒さないように、もう駅には向かわず、最初からこの場所に直行。

 ホテルの48Fからの眺めは、とてもきれい。目の前に、幹線道路の街路灯がリズミカルにつながっていて、時折、クルマのヘッドライトが帚星のように、濡れた路面を流れていきます。

 「個室」 を取ったら、4,000円。
 去年は1,200円ぐらいで泊まった記憶があるのに、こういう場所もどんどん値上がりするのでしょうかね。
 …これなら、最初からホテルを取っていた方がよかったかな。
 若干、後悔のある町田です。

 さて、これから少し椅子の背を倒して、仮眠です。
 完全にフルフラットになりません。
 適当にリクライニングする程度。

 キャンピングカーと普通の乗用車の違いですね。
 
 まぁ、寝られるだけいいか。
 お休みなさい。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:42 | コメント(6)| トラックバック(0)

幕張ショー速報

 今日から、幕張メッセで 『キャンピング&RVショー』 が開かれます。
 昨日は、朝の10:00から、搬入されるクルマが続々と集結してくる駐車場で待機。

 午前中に集まってきた新型車の中から、今手元にある画像をご紹介。

アトム307
 ▲バンテックのアトム307

アディバ462
 ▲デルタリンクのアドリア・アディバ462PD

リバティLE
 ▲アネックスのリバティLE

ロシナンテ外装 ロシナンテ内装1
 ▲デルタリンクのロシナンテ

ドリーバーデン外装
 ▲東和モータース販売のドリーバーデン

フェニックス フェニックスベッド
 ▲東和モータース販売のフェニックス・クルーザー

グローブバス1
 ▲東和モータース販売のグローブバス

ノーブルT
 ▲MYSミスティックのノーブルT

アーデン
 ▲AtoZのアーデン

REN外装 REN内装
 ▲インディアナRVのREN

 …まだまだ撮ったんだけれど…
 今日は6:00起きの予定。
 これから3時間寝ます。


campingcar | 投稿者 町田編集長 01:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

前夜

 この時期、キャンピングカー業界にいる人々は、お祭りの前夜のような高揚感とあわただしさの中にいる。

幕張ショー全景

 9日から幕張で始まる 『キャンピング&RVショー』 に向けて、そこに出展する展示車の最後の仕上げに余念がないビルダーの人たちがいる。

 できたばかりの新車のパンフレットを急いで束にまとめ、業者に納入するために、印刷所から飛び出してくる広告業の人々がいる。
 
 撮影や取材の段取りを決めて、当日に向けてスケジュール調整を行うマスコミのスタッフがいる。

 今年1年の初頭を飾る、この業界をあげてのビックイベントだ。
 
 こちらも、当日取材する車両をピックアップし、カメラマンを呼んで、手分けして撮影するための打ち合わせを行った。
 明日の搬入日から撮影に入る。

 いつものことだが、奇妙な高揚感の中にいる。
 自分で造るわけでもないのに、お目当ての新車が、どのように組み上がってくるのか、心配でもあり、楽しみでもあり、落ち着かない。

 メールや電話で、撮影車両の到着がいつぐらいになるのか、ビルダーさんとも打ち合わせをする。

 「幕張で会いましょう」

 最後はその言葉でしめくくられる。
 まるで、クリスマスに、「メリークリスマス」 とでも言い合うように。
 年の瀬に、「良いお年を」 とでも言い合うように。

 とりあえず、
 「幕張で会いましょう」
 と言い合ってから、お互いに、ショーまでにこなさなければならない最後の仕事に精を出す。

 遠方から来る出展者の人々は、もう闇の高速道路を滑り出しているかもしれない。

 夜、駅前の中華料理のオープンキッチンで、遅い夕食をとった。
 「屋台のラーメン」 とも呼ぶ。
 
 シェフの作業を見ながら、ふと夜空を見上げると、一瞬だけ、パラッと雪が舞った。
 みんな、無事に幕張に着いてほしい。 
 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

幕張ショー近づく

 いよいよ今週末には、幕張メッセで、わが国最大級のキャンピングカーショー 『キャンピング&RVショー2008』 が始まる。

 新車情報が続々と入ってきているので、当日展示される車両を中心に、今年の目玉となりそうな商品を紹介しよう。


【東和モータース販売】

 東和モータース販売は、今年は輸入車・国産車とも、話題性のあるクルマをずらりと揃えた。
 まずアメ車。フォード系はエコノラインのモデルチェンジで、スタイルが大きく変わった。

新ドリーバーデン

 同社の扱う北米モーターホームを代表する 「ドリーバーデン」 は、前モデルよりさらにグレードアップ。
 「フェニックスクルーザー」 は日本初上陸で、内装デザインやスライドアウト機構が選択できるなど、7モデルから選べるという面白い試みが行われている。

新フェニックス

 デスレフジャパンとしては、従来から人気の高かった 「グローブバス」 のうち、ティルインテグレートとインテグレートの2モデルが出展される。
 アドバンテージシリーズでは 「アルコベンA5831」 が展示車に選ばれた。

 「ヴォーン」 の2モデル (DC&R2B) には、装備とインテリアをグレードアップして高級感を増した 「アインツ」 が発表される。
 「フェネック」 はLWとSE2-LWを中心に紹介される。LWは内装がリニューアルされて、冷蔵庫が追加された。
 そのほか人気の軽キャンパーの 「スモール」 も展示される。

【RVビックフット】

 バスコンのプロショップとしての実績を誇る同社も、今年はニューレイアウトのバスコン 「ファミリオ」 を開発。バスコンの老舗としての実力をアピール。
 ほかにハイエース・スーパーロングのバンコンニューモデルも投入。新型フルコンの 「オアシス5.9」 も登場するので、このブースからも目が離せない。

【MYSミスティック】

 新型タンドラのダブルキャブに、大型キャビンを積載した 「ノーブルT」 がデビューする。空間確保のためにトイレシャワールームは省き、日本での使い勝手を考慮した逸品。

ノーブルT

 ほかにマイナーチェンジした 「ウィンピュアJs」 、昨年のお台場ショーで人気を集めた 「サクシード・ファー」 などが登場する。

【日産ピーズフィールドクラフト】

 なんといっても、新型アトラスをベースにした 「アトランティス」 に注目。凛々しいフォルムと卓越した走り。樺の木を使用した上品な家具類と、ヨーロッパ調の大胆なシート柄のマッチングが絶妙。早くも 「名車」 の誉れが高いという声も浮上している。

アトランティスフロント

 他にキャラバンベースの人気バンコン 「グルーヴィー」 も、ここでその人気度をさらにUPしそうだ。

【デルタリンク】

 デルタリンクでは、満を持して投入される 「ロシナンテ」 のハッピーパートナーバージョンが登場する。

ロシナンテ広告

 ほかに新型 「エレキング」 、「スナフキン」 シリーズ、「デルタワゴン」 など。 またトレーラーでは、アドリアの 「アルティア390DS&DK」 、「アディバ462PD」 などがそろい踏み。
 トレーラーにも力を入れているデルタリンクの充実した品揃えがこのショーでも確認できそうだ。

【かーいんてりあ高橋】

 「リラックスワゴン」 がお勧め。ハイエースワイドのミドルをベースに、ワゴン車登録のままで旅行にも使えるというコンセプトが大いに評価されそうだ。
 ゆったりした室内を実現したレイアウトにも注目。

リラックスワゴン広告外装 リラックスワゴン広告内装

【キャンピングカー広島】

 ポップアップルーフを持ったカジュアルキャンパーPALが発表される。ベースはトヨタ・サクシード。8ナンバーにこだわった同社の意地が見事に結実。

【レクビィ】

 レクビィは 「パタゴニア」 、「セレンゲティ」 が一層充実した。両車と、もサイドラインの意匠変更やシート柄の変更などでグレードアップ。
 バンコンでは、「キャラバンプラス」 、「トートバッグ」 、「カントリークラブ」 、「CC」 という人気車がずらりと勢ぞろい。

【フィールドライフ】

 このメーカーの評価を不動にした 「ルーツ」 シリーズはぜひ見ておきたい1台。「トライキャンパー」 、「コング」 などの軽キャンカーもラインナップ。このブースでは、実力派ビルダーの力技と繊細さを同時に堪能できる。

【AtoZ】

 АtoZでは、日産アトラスベースにした新型キャブコンに注目が集まることは間違いなし。

AtoZ新キャブコン

 他に、小型キャブコンの代表選手に登りつめた 「アミティ」 軍団も勢ぞろい。
 フリートップを架装したハイエースのニューモデル 「アメリアFT」 も話題を呼びそうだ。

アメリアFT広告

【ビークル】

 バンコンの老舗が全力投球して開発した 「フェリアス」 が必見。ビークル初のキングサイズ常設2段ベッドを持つニューコンセプトカー。
 リゾートホテルの豪華さを持つホワイト主体の家具も鮮やか。老舗の力を見せる1台。

フェリアス

【リンエイプロダクト】

 「バカンチェス・カーゴ」 シリーズに力が入っている。キャラバンベースも登場。

バカンチェス・カーゴ広告

 次の名古屋ショーでは、ハイエースナローハイルーフ、続く大阪ではハイエースSLベースの新型が続く予定。

【バンテック】

 全長4.56mのバネットベースを使った新型キャブコン 「アトム307」 のデビューが予定されている。アトム 「407」 よりもコンパクト。話題を呼びそうだ。
 他に人気沸騰の 「新型ZiL」 と 「新型ZiL520」 も。
 バンテックからは新型車3台を含めた合計7台が展示される。

【ファーストカスタム】

 オートキャンパー誌2月号で、“ベストキャンピングカー” の一位に輝いた 「CGシリーズ」 (EX、Bolero、Fairy、Caldo) の展示が予定されている。

ファーストCG500広告

 全車ファブリックと室内カラーを変更して、高級感がアップ。特にフェアリーの赤いファブリックに注目が集まりそうだ。
 ハイエースバンコン (Diletto、Diletto2、RimoGinga) も、ファブリック・室内カラーが変更されて、大いに期待できそうだ。ディレットには新色が登場する。

【TACOS】

 コースターベースのフルコンとして人気の高いグランドバッハをタコス流にアレンジした 「グランドバッハTACOSオリジナル」 が話題を呼びそうだ。
 グローバル製品の前衛基地として、常に使い勝手を重視した 「タコス仕様」 を開発してきたショップだけに、このショーでも “超目玉フルコン” になりそうな気配。一目見る価値あり。

【ナッツRV】

 日本のキャンピングカーの常識を変えた 「ボーダー」 。このブースも当日は黒山の人だかりが予想される。 
 ほかに「ミラージュ」 、「ネオクレソン」 、「ラディッシュ」シリーズなど、キャブコン、バンコンの名品ぞろい。
 どの車種にもバリエーションを豊富に用意しているメーカーなので、このブースだけで、ほとんどの客層が満足できるはず。

【ロータスRV販売】

 米国製トレーラー 「ウィークエンダー」 シリーズのニューモデルが登場する。
 ハイエースの人気モデルの 「E-Lize」 のマイナーチェンジも見逃せない。

【アム・クラフト】

 オートキャンパー誌の “ベストキャンピングカー” で、堂々2位に選ばれた 「コンパスJR」 (ハイエースS-GL) の新型車が登場する。サプリオ系の新開発シートを搭載して、7人乗り・4名就寝を実現。コンパクトなバンコンに注目している人は必見。

コンパスJr

【エアストリームジャパン】

 「サファリ25SS」 のナローボディベーシックタイプ2008年モデルが上陸する。 700万円台を実現するという話も。
 エアストリームが登場するだけで、ショー会場全体の雰囲気が盛り上がる。
 今年も、このブースは黒山の人だかりだろう。

【バンテック新潟】

 人気のハイエースVRシリーズが2台展示される予定。
 ワイドS-GLのポップアップキャンパー 「VR480P」 。
 そしてナローロールーフの 「VR470(バン)」 。
 ナンバーにこだわらないニュージャンルということで、これからのバンコンの流れを決めかねない重要な車種だ。

【オートショップアズマ】

 お馴染み 「ラクーン」 と、マイナーチェンジした 「K-ai」 が見所。
 軽キャンカーブームをけん引してきたメーカーだけに、今年もその動向から目が離せない。

 もちろん、ここに紹介したのは、全体のほんの一部。
 今年1年の初頭を飾るビッグイベントだけに、各社の気合いの入り方もすさまじい。充実したショーになりそうだ。

NEWS | 投稿者 町田編集長 02:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

町田はいないよ

 最近は少し減ったが、職場に 「金融ビジネスのお誘い」 みたいな電話がよくかかってくる。

 「町田部長はいらっしゃいますか?」
 …などと尋ねられると、“部長” とか “編集長” などと肩書きがあっても、けっきょく部下のいない私が、直接電話を取るわけで、

 「はい、私ですが」
 …などと言おうものなら、

 「いやぁ、町田さんですかぁ! その後お変わりありませんか? お元気そうなお声でよかったぁ」

 お前だれだよ? 

 「○○です! △△証券の○○ですが、覚えていらっしゃいますか?」

 覚えてねぇよ。

 「以前、資産運用のお話で、お電話にて失礼させていただいた○○です」

  知らねぇよ。

 結局こちらから、「いま間にあっていますので、失礼します」
 …ってな感じで、電話を切らざるを得ない。


 この手の電話は、交換を通す場合は、
 「町田君いる?」
 みたいな口調で話してくるらしい。友達を装って取り次がせようとするわけだ。
 
 で、本人に替わると、手のひらを返したように、

 「いやぁどうもぉ! 突然のお電話でさぞや驚かれたこととは思いますが、ホントお忙しいところ、たいへん恐縮でございますが…」
 と、平身低頭な対応にとって変わる。

電話機

 いっとき、先物取り引きの勧誘が集中することがあった。
 ちょっと、話を聞いていると、
 「大豆、トウモロコシ、砂糖などが、おいしい投資の対象になる」 などと説明してくれる。
 投資のからくりなどには全く無知なので、相手が何を話してくれても、さっぱり解らない。

 「…まぁ、またの機会にお願いします」
 と、これも、こちらから電話を切ることになる。

 その後が、面白い!

 10分後ぐらいに、また同じ人から電話。

 「町田ぶちょぉー! 大変なことになりましたぁ! たった今入った情報で、△△地方の大干ばつでトウモロコシが高騰中! いやぁ千載一遇の好機ですよぉ! とにかくこの情報を、真っ先に町田さんにお知らせしたいと思いましてぇ」

 俺が何人目の “真っ先” なんだよ。

 さっきとはうって変わって、電話の向こう側があわただしい。
 途切れることなく電話のコール音が鳴り響き、絶叫する女性の声が聞こえる。
 まるで爆弾テロにでも巻き込まれたような雰囲気だ。
 「ハリー、ハリー!」 なんていう英語が、なかなか効果的なタイミングで入っている。

 「町田ぶちょぉー! 聞こえてますかぁ? トウモロコシが……」

 …ポップコーンにでも化けたのかい?

 とにかく、無味乾燥な私の職場に、突然ドラマが割り込んできた感じで、この手の電話は大いに気分転換になる。

デスク1

 こういう電話をかけてくる方々は、「直接お会いしたい」 というのが通例だ。

 「このたび、この地区を担当することになりました○○です。元気なだけが取りえの不調法者ですが、ひとつ、その元気な顔を見てやろうとお情けをいただきたく思い、これからそちらにお邪魔します」

 来なくていいよ。 

 「今日の午後、ちょうど御社の前を通るのですが、部長いらっしゃいますか?」

 いねぇよ。


 …でも、こういう人たちは、きっと毎日厳しいノルマに責めたてられて、一件でも多く実績を作りたいんだろうな。
 ご本人にとっても、ストレスの多い仕事なんだろうと思う。
 だから、無愛想に断ると可哀想な気もする。

 そこで、この手の電話は次のように処理している。

 「町田部長はいらっしゃいますか?」
 「あいにく町田は、昨日から海外出張なんですが…」
 「お戻りはいつぐらいでしょうか?」
 「1ヵ月後の週末の予定になっております」

 …と答えているのは、当の “町田部長” である。
 これなら、相手も傷つかない。
 
 夜遅くかかってくる電話の場合は、

 「町田部長はいらっしゃいますか?」
 「はぁて…。この会社の社員はみな帰られたようですなぁ」
 「部長は、明日はお見えになりますかね?」
 「さぁ…。ワシはたまたま見回りに来て、この電話を取っただけなんでね」
 
  …と答えるのも、当の “町田部長” である。
 
 たまに感じの悪い電話だと、

 「町田部長さんいる?」
 「あいつ夜逃げしたんや。あんただれや?」

 いろんな役をこなすので、けっこう忙しい。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

ハードボイルド7

【 ハードボイルド研究ノート7 】

《 ハードボイルドの歴史は3千年 》

 「ハードボイルド小説はもう古いですねぇ」
 …というのは、既に20年ぐらい前から、小説雑誌の編集者たちからは当たり前のようにささやかれていたことらしい。
 たぶん、そういう人たちはハードボイルドを、小説の 「ジャンル」 と勘違いしていたのだろう。

さらば愛しき画像

 ハードボイルドは、この連載の冒頭で述べたように、あくまでも 「文体」 のことであって、小説のジャンルを意味するものではない。
 だから、ハードボイルドタッチというのは、純文学にも、SFにも、恋愛小説にもある。
 どこにでもあるし、大昔からある。

 古くは、ホメロスの 『イリアス』 と 『オデッセイア』 。
 あれなんか、見事にハードボイルドであった。
 ホメロスは、勇壮なタッチで、古代ギリシャの英雄たちの行動を詳細に描いた。筋肉の力動感を、飛び散る汗を、青銅の武具の輝きを。
 しかし、彼は英雄たちの内面は描かなかった。

イリアス表紙

 この時代、登場人物の内面を描くという近代的手法がなかったから当たり前のことかもしれないが、まさに、あれらの作品は、作者のポジションを  「カメラ・アイ」 に徹した位置に据えたという意味で、奇しくも20世紀に生まれたハードボイルドと同じ効果をもたらしていた。


 純文学では、どう考えてもハードボイルドとしてしか読めないようなものがある。
 アルベール・カミュの 『異邦人』 だ。

異邦人表紙

 「今日、ママンが死んだ。もしかしたら、きのうかもしれない。“ハハ、シンダ” というだけの病院からの通知では、いつのことか分からない」  (うろ覚えだから正確ではない)。
 …という有名な書き出しで始まる 『異邦人』 という小説は、チャンドラーやパーカー以上に、ハードボイルドの見本のような作品だった。

 主人公ムルソーには哲学はあるが、「内面」 はない。
 あの小説が衝撃的だったのは、実存主義のせいでも、不条理のせいでもなく、ものの見事にハードボイルドだったからである。


 SF小説では、堀晃氏の 『太陽風光点』 が、まぁ、あっぱれなハードボイルドだった。
 主人公はしがない惑星探索員。人の気配の絶えた惑星から惑星へと、ただ探索して回ることだけを仕事としている。

太陽風交点表紙

 話し相手は、ロボットのような (というより宇宙生物の) トリニティだけ。
 しかし、そのトリニティには内面があるのかないのか分からないので、人間同士のような会話が成り立たない。
 
 主人公が、荒涼とした惑星を探索機で調査していく描写は、マーロウがオールズモービルに乗って、砂漠のようなロサンゼルスを、独りつぶやきながら周遊している感じに似ている。
 その、作品全体に漂う空漠たる寂寥感は、まさにチャンドラーのマーロウが味わう孤独感にきわめて近いものがあった。


 恋愛小説では、初期の吉行淳之介氏などの作品は、一種のハードボイルドといってもいいのではなかろうか。
 もちろん男と女の心理の綾が、彼の小説の主要テーマであることは間違いない。
 しかし、それが本当の心理描写なのか? というと、そうではない。
 
 そこに描かれる女というのは、実は、ただの男の自意識で捉えた女にすぎず、相手の女が、どう考えているのか、何を感じているのかは、まったく男の 「カメラ・アイ」 でとらえた映像でしかない。

吉行淳之介表紙

 吉行淳之介は、男と女の心の絡みを丹念に描く作家だと思われがちだが、実はそうではなく、女 …あるいは主人公以外の男も含め…、「他者の不可解性」 を描いた作家である。
 この人も、「恋愛ハードボイルド」 というジャンルがあったなら、その筆頭にあげていい人ではなかろうか。


 評論・文芸批評のジャンルでもハードボイルドはある。
 柄谷行人氏だ。

 「簡潔、明瞭、削りに削って、なお強靭な文体」 というのが、ハードボイルドの特徴ならば、それをそっくり評論の世界で実践しているのが柄谷行人氏だ。

 初期の 『畏怖する人間』 、『意味という病』 の頃は、タイトルからも察せられるように、実に美文調であり、叙情性があったが、『マルクスその可能性の中心』 から 『隠喩としての建築』 に至る過程で、どんどん叙情性を削り、『探求Ⅰ~Ⅱ』 ぐらいの頃になると、もう、完璧にハードボイルド。
 それでいて、ますます切れ味の鋭い日本刀のような凄みを持った。

探求表紙

 柄谷氏に関しては、「美学がない」 と批判する批評家もいたが、何よりもその文体が 「美」 であったように思う。
 小難しい思想的なことになると、よく分からないことが多い人だが、少なくともその文体には酔える。

 以上、ハードボイルドは、決してエンターティメントの領域だけではなく、その文体でなければ表現できない世界というものをあらゆるジャンルで創り出している。そういった意味で、きわめて普遍性を持った表現形式であるように思う。


《まとめ = やつらは大人なんだよ》

 こういうレポートをまとめてつらつら思うに、ハードボイルドというのは、「大人の叙述形式」 だということ。

 ハードボイルド小説の主人公たちが私立探偵だというのは、実に象徴的だ。

 私立探偵というのは、依頼人の要請があって初めて仕事が始まる。
 私立探偵を必要としているのは、警察にいえない事情があったり、人に隠しておかなければならない秘密を抱えたような人たちだ。
 そういう人たちは、自分の力だけではどうしようもない、せっぱ詰まった状況に追い込まれている。
 
 そういう人々の依頼を受けて、ハードボイルド小説の主人公たちは、黙って、ときには無愛想に、相手に救いの手を差し伸べる。
 人生相談に乗るわけでもないし、説教するわけでもない。(説教する探偵もいることはいるけれど…)

 そして多くは、事件が解決すれば、あっさりと事務的に引き下がる。
 それは、ある意味で 「大人の態度」 そのものだ。

 悩みを抱えた人を迎え、相談に乗ってやるだけが大人ではない。
 一緒に嘆いてやるだけでも、大人ではない。
 ましてや、カツを入れると称して、怒鳴って説教したりするなんてのは、全くもって、大人ではない。

 大人は、他人の悩みでも、それを解決するのは本人でしかないというような問題には、最初から手を出さない。放っておく。無視する。
 それは、大人の冷たさかもしれないし、いやらしさかもしれない。

 しかし、他人の力がなければ解決できない悩みというものもある。
 そういう悩みを抱えた相手が必死になって依頼してくれば、そのときは全身全霊を打ち込んで、相手の立場を救う。
 時に、共倒れになることがあっても、それを覚悟で受けて立つ。
 そのかわり、成功報酬はもらう。

 このクールさを備えることが、ハードボイルド小説の主人公の条件となる。

雨の町の男の背中

 彼らは、最初から 「良い人」 として見られることをあきらめている。
 「良い人」 は、自分が相手を救ってあげたことを自己満足に代えて、相手の感謝を、自己の快楽に変える。

 ハードボイルド小説の主人公たちは、それをいさぎよしとしない。
 彼らが、人間関係をビジネスと割りきるような 「私立探偵」 をやっているのは、実は、「他人を救ってやった」 という自己満足に恥ずかしさを覚えるからだ。
 
 この 「恥」 の感覚を知るかどうかが、大人になるかどうかの別れ道。

 ハードボイルド小説の主人公たちが、滑稽なまでのストイシズムを貫くのは、そのようなことで、人から安易なリスペクトを得ようとするさもしい自分を恥じ入る気持ちがあるからだ。

 感謝されて (あるいは尊敬されて) ちやほやともてはやされれば、感謝された人間の 「自我」 は満足する。
 でも、自我の充足を無邪気に喜ぶのは、子供でしかない。

 ハードボイルド小説に流れるストイックな精神というのは、子供のような 「自我」 の肥大を無条件に肯定する近代社会への抵抗でもある。

 そのことを自覚した大人の男たちが登場する、大人の表現形式。
 それがハードボイルドだ。
 …と、ひとまず結論じみたことを言ってお茶をにごしたところで、このレポートを終わりたい。
 (終)

 関連記事 「日本のハードボイルド野郎たち 6」
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

幻の街

 27歳になって、ようやく自分のクルマを手に入れた。
 うれしくて、うれしくて、仕事が終わってから、毎晩、独りだけの深夜ドライブに出かけた。

 翌日の仕事に差し控えるから、遠出はできない。
 戻る時間をまず決め、その時間の半分まで来たところで引き返す。

 走り出すまで、進む方向すら頭に浮かべない。
 近所の幹線道路にまず出て、気の向くままに、知らない道を探し求めて走る。

道の街灯
 
 エンジン音が、途切れることなく街路灯の連なりと重なるような道を選び、そこでつむぎ出されるリズムが、前の晩につくっておいた音楽テープと合うような景色を探すことだけに神経を集中させる。

 テレビすらないアパートに住んでいた自分にとって、それが唯一の娯楽だった。


 ある晩、新しく建設された人気のない道路をひたすら走り、郊外に抜けた。

 丘陵を登るワインディングロードをいくつかこなすと、不意に眺望が開けた。

 彼方の丘には、積み木を並べたような建物がうねるように建ち並び、どの建物からも、階段の踊り場を示す照明が行儀よく、均等な光りを放射していた。

 郊外に建設中のニュータウンだった。

 すでに完成したエリアには住居人がいるのかもしれない。
 しかし、住居人がいる部屋も、工事中の部屋も、人々に忘れ去られた廃墟のような静けさをたたえていた。

 周囲に民家すらもない丘の上に連なる新興住宅街は、SF映画のワンシーンのように、非現実的だった。
 規則正しく並んだ照明の幾何学模様が、なおのこと、この世とは別の原理で造られた街であることを語っているようだった。

 「美しい」
 と思った。
 クルマをとめて、外に出て、ガードレール越しに、彼方に広がる蜃気楼のような街に見とれた。

 しばらくの間、深夜ドライブの目的地がそこになった。
 ジャズがいいのか、フュージョンが合うのか、いくつかの音楽ソースを用意して、その光景を見ながら楽しめそうな音楽を探した。

街-幻
 
 いつもの郊外ドライブを前に、夜更けのファミレスで食事をしていたとき、隣りのテーブルで勉強をしていた女学生と知り合いになった。
 少し話をして、ドライブに行くことになった。

 「どこに連れて行ってくれるの?」
 「すぐ近く。いいとこさ」
 知りあったばかりのガールフレンドに、お気に入りの 「幻の街」 を見せるつもりだった。 

 人気のない道路がしばらく続くうちに、彼女の口数が減った。
 丘を見渡せるいつものガードレールの前に、クルマを止めた。
 女学生は、身体を固くして、クルマの中で身じろぎもしなかった。

 彼女の目も、フロントガラス越しに、SF映画のワンシーンのような街を捉えているはずなのだが、その目に何の感慨も浮かんでいない。
 クルマの中に流れるフュージョンが、よそよそしい他人行儀な旋律を奏でていた。

 独りで眺めるときには、あれほど想像力を掻きたててくれたモダンアートのような未来都市は、寂しい光りに照らされた、ただの建築現場にすぎなかった。

 「近くまで送ろう」
 そう言って、サイドブレーキを外し、再びクルマを走らせた。

 会話は復活したが、町に戻るまでの時間を埋めるための、誰と話しても同じような答えが返ってくる会話にしかならなかった。

 初めて手に入れたクルマのドライブデートは、そのように終わった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:03 | コメント(2)| トラックバック(0)

スロー トラベル

 昨日の日経新聞・土曜日版 『プラス1』 に、「キャンピングカーで楽しむスロートラベル」 という記事が載っていた。

 スロートラベルというのは、
 ① 地元の人々とのんびりと会話を交わす。
 ② 地の食材を使った地の料理や酒などを味わう。
 ③ その土地を育んだ文化や歴史に触れる。
 ④ 観光地として知られていないその土地固有の景色を探し出す。

 …などといったものだが、いずれも地元滞在型の旅行でなければ味わえないもので、短時間のうちにたくさんのものを見物するという従来の旅行パターンには収まらない提案が掲げられているという。
 
 記事では、「このようなスロートラベルを実現する移動手段として着目されているのがキャンピングカーだ」
 という。

芝生のモーターホーム

 「宿泊料金の安いキャンプ場などで長期滞在できるキャンピングカーは、まさに滞在型旅行を推奨するスロートラベルにぴったり。
 しかも、道の駅やハイウェイのサービスエリアなどで休憩するときには、家庭のリビングに近い車内環境が得られるので、長距離移動による疲労も軽減される」
 というのが、その記事の骨子。

 さらに、このようなキャンピングカーの特性を生かし、滞在型のスロートラベルを楽しみたいと思う人は、今増加の一途をたどっているとも伝えられていた。
 日本RV協会 (JRVA) が昨年まとめた 「キャンピングカー白書2007」 では、ユーザーが将来実現してみたい夢として、63.4パーセントの人が、「気に入った場所でのんびり滞在すること」 と答えている。
 それだけ多くのユーザーが滞在型のスロートラベルを頭に描きながらキャンピングカーを購入していることが分かる…とも。

 気に入った旅行先で長期滞在するというのは、確かに 「旅人の夢」 だ。
 定年退職後に、自由に使える時間を利用して、そのような旅を計画している人も多かろう。

室内から外の眺め

 しかし、その場合、滞在費の問題がどうしても出てくる。
 ホテルや旅館などに宿泊することで得られる快適性も重要だが、旅費のことを考えると、そればかり続けていくわけにはいかない。

 幸いキャンプ場というのは、総じてホテル・旅館などよりは宿泊料金が安い。
 キャンピングカーによる旅は、そのようなキャンプ場での連泊を可能にするばかりでなく、たまに贅沢をしたいときは、ホテル泊を楽しむこともできる。いろいろな旅のスタイルをアレンジすることができるのがキャンピングカーだ。

 キャンピングカーが、自然に親しむライフスタイルを可能にするという指摘も重要だ。
 人間の感覚を磨くためには、自然の中で、鳥の声や虫の音に接したり、木や草の香りに触れることだ大事だという。

 スロートラベルにキャンピングカーがなじむという着想は、時代の流れからいうと、自然な考え方のように思えた。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:01 | コメント(2)| トラックバック(0)

先行き不透明感

 「先行き不透明感」
 今の時代の空気を表現するなら、まさにそういう言い方がぴったりだ。

 わずか1年ほど前には、好景気で沸き立っていたアメリカ経済が、サブプライム・ローン問題のつまづきによって、一気に減速。
 それを受けて、今年は 「世界同時株安」 で幕を開けた。

 経済の世界では何が起こるかわからない。
 相変わらず、偽装食品問題も後を絶たない。
 食材に対する不安は日々増すばかり。
 動機のわかりづらい奇妙な殺人事件も増えている。

トンネル画像

 確かなもの、信じられるものが、この世から急速に姿を消していくような気配がある。

 このような気分が、いったいいつ頃から、人々の心を浸すようになったのだろう。

 たぶん、バブルが破裂して、日本の各企業が崩壊の危機に瀕し、どの会社もそれまで日本的なセーフティネットとされていた 「年功序列制度」 や 「終身雇用制」 などをかなぐり捨てて、アメリカ風の市場原理主義に基づく 「成果主義」 を導入するようになった頃からではないかという気がする。

 当時、多くの人は見て見ぬふりをしていたが、あの頃から日本人は、なんともいえない不安感がひたひたと足元に押し寄せるのを感じていたはずだ。

 しかし、日本の企業理念を根本的に変革しようという意見は、マスコミからは大いに歓迎された。
 日本経済の悪癖を叩き直すには、グローバルスタンダードに基づいた企業改革が必要なのだと、経営論を得意とするエコノミストたちが口を揃えたからだ。

 しかし、そのあたりから、日本人は何を信じていいのかわからなくなった。

 「成果主義って何だ?」
 もちろん業績を上げるためだ。

 「それで喜ぶのは誰なんだ?」
 会社だ。しかし、それが個人の幸せにも通じる。
 なぜなら、個人の本当の力が試され、その努力に応じて正しい報酬が得られるようになるからだ。

 「俺、金を儲けても、ちっとも幸せじゃないぜ」
 バカを言うな。力のない者がどんどん淘汰される時代だ。稼ぐ力のあるヤツだけが生き残れる時代に、働く場を持てるなんて、それを 「幸せ」 といわずに何が幸せなのかね?

 たぶん、こんな風に尻を叩かれて、不承不承 「新しい時代」 に適合しながら、日本人は働くようになったのだ。

 しかし、このような企業理念が浸透するにしたがって、自殺者が増え、ホームレスが増え、高齢者による犯罪も増えた。

 後の世では、これを弱肉強食の社会が生んだ 「格差社会」 の負の部分の噴出というけれど、その前に、成果主義という考え方が、実は 「個人の実力」 を高めるものでも何でもなく、「労働から喜びを奪う思想」 だったからではないかと考えている。

談合坂SA2

 成果主義の世界では、労働の評価を下す座標軸が 「賃金」 でしかない。
 いや、至極当たり前のことなんだけれど、これを当たり前のことと考える感性が、実はやっぱりおかしい。

 労働には、賃金の多寡に還元できない価値が含まれている。
 たとえば、
 「この木工のアールはコンピューターを使っても実現できない、俺だけが会得したワザだ」
 なんていう職人としての誇り。

 「この秘伝のタレを作るには、ニンニクとリンゴを擦り下ろすんだけど、そいつもウチの実家で採れたやつじゃないダメなんだ」
 ってな、料理人のこだわり。

 そういうこだわりは、商品としての価値を生むには、かなり遠回りで効率の悪いことかもしれないけれど、それがあってこそ、労働というのは、ルーティンワークのように見えても、それに従事する人間を支えてきた。

 誰でも、オリジナリティというものに生き甲斐を感じている。
 作家や映画監督のように、創りだした作品そのものが、作者のオリジナリティを訴えるものとして評価される仕事もあるが、そんな大それたものでなくても、「俺しかできない仕事だ」 と思える部分があってこそ、単純な労働でも、人は耐えることができた。

 「俺しかできない仕事」 は、その仕事の成果に満足してくれる消費者の心と直結している。
 生産者の名前が表に出ないような小さな仕事であっても、それを誰かが喜んでくれるという実感があれば、労働者は自分の仕事にプライドを持てる。

 会社のなかで、組織の歯車として働かざるを得ないような人であっても、自分の仕事が他の部署の活動を円滑にしているとか、自分の存在自体が、職場の雰囲気をなごやかにしている…などという自覚を持つことによって自分の存在に誇りを持てる。

 それが、その人間の 「オリジナリティ」 だと思うのだ。
 オリジナリティというのは、何も独創的な発明や創作物だけに反映されるものとは限らない。
 人と人が接触する現場においても、その人ならではのキャラクターが発揮されることによって、大いに生産効率を上げたりすることがある。

 しかし、そういう 「オリジナリティ」 に価値をおかない時代がやってきた。

夕焼け空1

 2005年にある雑誌で行われた田原総一郎とホリエモンの対談は、いまだに忘れることができない。
 そこで、ホリエモンはこう言い切る。

 【堀江】 仕事になぜオリジナリティが必要なのか? 仕事は儲かればいいのではないか。みんな 「オリジナリティ」 というものを、すごく大事に思っているようだが、アホだと思う。
 オリジナリティに訴えなくても、差別化する手段などはいっぱいある。資本力とか技術力で、きちっと差別化していけばいい。
 オリジナリティなんか何一つ必要ではない。良いものをそのままパクればいいだけだ。

 誰かが 「すごいアイデアを思いついた!」 というとき、世の中では少なくとも3人が同じことを同時に思いついていると昔から言われている。
 今の情報社会は、アイデアのもとになる原料みたいなものがインターネットで一瞬にして手に入る。
 だから、いいアイデアは同時に100万人が思いついているかもしれない。違いは実行に移すか、移さないかだけ。オリジナリティそれ自体には価値がない。


 この堀江貴文氏の発言を最初に読んだとき、その合理性に舌を巻いた。
 続いて、そういう時代が来たということが、そら恐ろしく感じられた。
 この 「殺伐とした小気味よさ」 の正体がつかめずに、それ以降、ずっと居心地の悪い気分が続いた。

 さらに、彼はこうも発言する。

 【堀江】 会社は儲けるための組織なのだから、社員の能力はすべて 「数字」 で判定している。忠誠心などといったって、ゴマすっていれば誰だって良く見えるではないか。
 しかし、数字はウソをつかないので、経営者は数字だけを管理していれば、それ以外のものに気をつかわなくてもすむ。


 基本的に、これが 「成果主義」 を導入する経営者の代表的な意見となるが、理論的には正しいことをいいつつも、この発言のなかに漂う殺伐とした空気は、いったいどこから生まれてきたのだろう。

 たぶん、資本主義経済の流れが、モノづくりを中心とした製造業主体の経済から、金融をベースにした投資家たちの経済に変貌してきたからではないかと思う。

 すでに堀江貴文氏が主宰していたライブドアが、金融ビジネスそのものだった。
 マスコミは、IT産業のヒーローとして彼を扱ったが、ライブドアは先駆的なテクノロジーで脚光を浴びたわけでもなく、新しいビジネスモデルによって注目を集めたわけでもなく、買収によって傘下におさめた金融部門にその収益の大半を頼っていた会社だった。

 ライブドアは、有望な企業を次々と買収することによって急成長したが、コアとなるビジネスがあいまいなため、株価だけが生命線だった。
 自社の株価を吊り上げ、その株高を背景にして、優良企業や巨大企業を買収する計画を進める会社だったから、株価の下落は命取りになる。

 そのため、何が行われたか。
 あの話題になった 「粉飾決算」 だった。

ビルの影4

 金融ビジネスというのは、実体がない。
 金融取り引きを行うためには、金融工学や専門的な法律知識が必要で、そのためには、高度な数学の修得や法学知識が必要とされる。
 だから、金融ビジネスを支える思想には、合理的な因果関係のロジックが反映されているように見えるが、実体はそうではない。むしろ、合理的な数学理論で把握できない世界といっていい。

 ライドドアのニッポン放送買収劇がマスコミをにぎわせていた頃、ライブドアの株価を吊り上げていたのは、
 「この会社は何か面白そうなことをやりそうだ」
 という、素人株主たちの根拠のない期待であり、「そこに一口乗れば、おこぼれに与れそうだ」 というヤジウマたちの群集心理だった。

 1990年代はじめに、ヘッジファンドの象徴的人物と目されたジョージ・ソロスはこういう。

 「マーケットというのは、論理的でも自然に均衡するものでもなく、極端な乱高下を繰り返す “混沌” だ。そして、その混沌の中心にあるのは理論ではなく、群衆心理だ」

 今の世を覆う 「先行き不透明感」 というのも、ひとつは、このような根拠のないものが実体的な経済活動を超えて、世の中に流通し始めているという不安定さに由来していることは明白だ。

 それは、蒸気機関車が陸を走るのを見たり、ジャンボジェットが空を飛んだりするのを見るというように、文明の進み具合を、常にモノを通して認知してきたわれわれの 「リアリティ」 の根拠を揺るがしつつある。

砂漠の風紋

 金融ビジネスは、モノをつくらない。
 既にできている 「良いモノ」 を安く買い、それを高く売ることしか考えない。
 それによって、効率的に巨額の利益を得るのが目的だ。

 その典型的な例が、企業買収・合併 (M&A) だ。
 たとえば、事業規模を広げて、逆に経営危機に陥ったような企業があったとする。
 金融投資家たちは見逃すことなく、そこに接触して、「再建」 を旗印にその企業を安く買い叩く。
 そして、事業の中核となる部分だけを残し、あとは高く売却する。
 あるいは、中核となる事業も、経営改善がなされた段階で、これも高く売りさばく。マスコミでよく話題になる 「ハゲタカファンド」 だ。

 こういうビジネススタイルは、技術開発や新しいビジネス手法を開拓するイノベーションとはまったく無縁のものである。
 ましてや、「人を育てる」 などという関心からは、最も遠いところにある考え方だろう。

芝生の影

 日本的な経営方針というのは、「人を育てる」 ことに主眼を置いたものだった。将来的に経営を担う人材を養うためには、まず現場の仕事を覚えさせてから…というような風潮があった。

 モノづくりに関わる製造業は、この現場で養ってきた目が経営を左右する。日本人が、自動車や家電などの製造業で世界の頂点に立てたのも、モノをつくる視線を現場と経営が共有できたからにほかならない。

 しかし、企業買収・合併が常態となったアメリカでは、現場と経営陣は完全に切り離されている。
 エリートたる経営陣は、会社の現場と交流を図るなどという余裕もなく、巨額の報酬を求めて、次から次へと企業を渡り歩いていく。
 だから、経営陣と現場の交流が希薄なアメリカ流経営では、社員を 「成果主義」 で測るしかすべがないのだ。

 そのようなアメリカ型経営学が、グローバルスタンダードとして世界を席巻し、日本にも上陸し、社員の能力を成果主義で測る考え方を普及させて、労働というものに備わっていた個人の誇りや、こだわりや、思い入れを払拭した。
 そして、根気よく職人を育てたり、新しい技術を開発するための時間は  「無駄な時間」 という発想を広めた。

 投資家たちが信じる金融の論理では、
 「素晴らしい技術を見つけたら、買えばいい」
 「有能な人材がいれば、ヘッドハンティングすればいい」
 …ということになるからだ。

 モノをつくることの喜びを忘れた社会。
 それは人間というものの存在を、あいまいで頼りないものにしていく。
 自分の労働が、誰かのためになると信じることができなくなると、人間は自分自身を納得させる根拠も失っていく。

 今の世の中を覆う 「先行き不透明感」 というのは、人間そのものが不透明になってきたことを表すものなのかもしれない。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 03:00 | コメント(8)| トラックバック(0)

小冊子マナー読本

 マナーを守った楽しいキャンピングカー旅行を勧める 「くるま旅マナーハンドブック」 が、日本RV協会 (JRVA) さんから配られています。

 これは、主にキャンピングカーを初めて購入される新規ユーザーさんを対象に、キャンピングカー旅行で守らなければならないマナーを啓蒙するために作成されたハンドブックです。

マナーハンドブック

 昨年は、公共の駐車場などにおけるキャンピングカーユーザーのマナー違反などが一般メディアからも採り上げられるようになり、RV協会さんも、シンポジウムを開いて、その問題を討議したり、ホームページで 「マナー厳守」 を呼びかけたりしました。

 今回の 「マナーハンドブック」 は、それらの活動をより具体的に、さらに広範なユーザーに広めるために配布されるものです。

 中を開くと、「公共駐車場でのマナー厳守10カ条」 として、
 ● 「道の駅やSA・PAなどではオーニングを広げたり、椅子・テーブル・バーナーなどを車外に持ち出してキャンプしない」
 ● 「公共の駐車場でグレータンクの排水は行わない」
 ● 「洗面所の電源をキャンピングカーに接続したりしない」

 …など、キャンピングカーが守らなければならない基本的マナーのほかに、
 ● 「ゴミの不当投棄はしない」
 ● 「車椅子マーク駐車場には止めない」
 ● 「無駄なアイドリングをしない」
 …といったクルマを走らせるドライバーすべてに共通したマナー用例も掲げられています。

マナーハンドブック2

 JRVAの 「マナーステッカー」 でデビューした 「持ちカエル」 君が、より可愛くなって、ハンドブックのなかでは大活躍しています。

 ちなみに、このハンドブック。
 私も少々制作のお手伝いをしています。

 皆さまも、JRVA会員のキャンピングカー販売店にお立ち寄りの際は、ちょっと目を通してくださいませ。


※ 明日 (土曜日) 、キャンピングカーで氷点下の北海道キャンプを遂行した感動ドキュメント 『キャンピングカーで激走! 極寒!! 北海道の感動ツァー 涙も凍る400キロ旅』 が、日本テレビ系で放映されます。
 2月2日(土)2:55~3:55です。お見逃しなく。
詳しくは↓
 http://campingcar.blog.hobidas.com/archives/article/38804.html

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:28 | コメント(0)| トラックバック(0)
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