町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

最近の記事
新ブログのご案内
04/28 17:06
久々の更新です
04/27 19:06
3・11以降
04/12 09:56
人類に残された資源
04/05 10:18
ザ・ウォーカー
04/03 00:53
島尾敏雄・贋学生
04/02 03:45
日本人は変わるか
03/31 01:36
渚にて
03/26 02:03
テレビは終わった
03/23 00:23
明かりの果ての闇
03/21 08:05
東電を怒る父さん
03/18 17:00
深い言葉
03/16 09:53
何かが変わった
03/15 00:06
災害時のキャンカー
03/13 16:18
大地震
03/12 13:16
ジュリアンオピー
03/11 02:35
親孝行ビジネス
03/08 20:02
OMCの北斗
03/07 00:18
アレクサンドリア
03/05 15:49
AtoZのバンビ
03/03 20:36
かるキャン
03/02 18:39
ハーレーの魔力
02/28 21:59
パークウェイ
02/23 18:59
CG880
02/20 13:11
忙しいぞぉ!
02/18 22:01
都市型キャンプ場
02/09 23:55
ファビュラス日本
02/07 19:32
老人の孤独
02/06 20:36
「都会」 の匂い
02/05 01:53
エジプトでは何が?
02/04 15:44
同人雑誌仲間
02/03 00:20
自己啓発ビジネス
02/01 02:10
ノスタルジー
01/30 05:23
夫婦の会話の危機
01/28 23:58
その一服は必要か
01/24 23:40
荒野の炎
01/23 19:43
山口冨士夫の精神
01/22 03:11
焚き火で育つ感性
01/20 19:55
キャンカー1人旅
01/19 01:37
車中泊の社会実験
01/17 15:40
個人の時代
01/16 11:50
細くなるネクタイ
01/13 20:32
映画アバター
01/12 20:07
若者の考える商売
01/11 14:36
パリッシュの絵画
01/09 04:00
300万アクセス
01/08 12:15
不思議な青空
01/07 21:04
TV・新聞の凋落
01/06 19:44
中国ルネッサンス
01/05 20:19
ベルイマン・沈黙
01/04 21:33
出来事いろいろ
01/03 02:43
謹賀新年
01/01 00:48
オールドマン
12/30 18:53
好奇心の力
12/29 14:28
「孤独死」の原因
12/27 20:17
廃墟のある島
12/26 02:48
遠いクリスマス
12/25 01:06
ロビン・フッド
12/24 03:48
地獄の電車
12/23 11:35
バッグス・バニー
12/22 02:59
正義の話をしよう
12/19 23:46
空気人形
12/18 13:10
ジジイ同士の酒
12/17 04:32
世界ゲーム革命
12/14 02:47
ハイマー懇親会
12/13 16:11
ガールズキャンプ
12/12 23:48
イタリアをめざせ
12/10 15:15
外来種の驚異 Ⅱ
12/09 00:41
外来種の脅威とは
12/08 20:46
Kポップの台頭
12/07 01:19
うつろひ
12/06 01:21
海老蔵さんの悲劇
12/05 01:07
追悼ジョンレノン
12/03 04:52
「個性化」のワナ
11/30 04:13
戦うブログ
11/29 04:09
子供の自然体験
11/28 04:50
RV好きの芸能人
11/26 01:01
胃の中にヘビ
11/25 16:12
消えた秋
11/22 14:14
歌謡ブルースの謎
11/20 04:29
おひとりさま時代
11/19 00:33
3行で総てを語る
11/18 00:15
塔の形而上学
11/17 02:04
裕次郎スナック
11/15 23:10
自然は子供を養う
11/12 20:28
おれ、ねこ
11/10 01:19
NHK車中泊報道
11/09 17:17
お台場パラダイス
11/08 20:34
伝える力
11/05 00:12
お台場ショー迫る
11/04 02:02
昔は戻らない
11/03 02:11
電子タバコ
11/02 00:04
一般国道の不思議
10/29 18:25
酒場放浪記
10/26 22:25
名古屋RVショー
10/25 19:25
ハイマーカー322
10/21 12:31
猫会議
10/21 00:05
飽きるという知恵
10/20 01:28
ロボット兵器
10/19 02:52
最近のコメント
突然の書き込み失礼…
最近の流行 05/12 00:01
はじめまして~文…
すまそ 05/08 16:44
>TJさん、ようこそ…
町田 04/28 13:47
>TJさん、ようこそ…
町田 04/28 12:06
便利+楽=快適、これ…
TJ 04/28 10:05
町田さん久しぶり…
motor-home 04/28 06:07
やはり、時代の変化・…
TJ 04/21 02:27
私はこのところ「自然…
磯部 04/12 14:52
>aki さん、よう…
町田 04/12 10:18
何度も投稿ボタンを押…
aki 04/08 10:57
>aki さん、よう…
町田 04/08 09:13
今のVWに乗り換える…
aki 04/07 15:19
>雷さん、ようこそ。…
町田 04/06 15:20
>ミペット@倉庫の肥…
町田 04/06 13:46
>JoeCoolさん…
町田 04/06 11:06
キャンピングカーは、…
雷 04/05 21:37
率直に言うと、研究所…
ミペット@倉庫の肥やし保存中 04/05 20:10
町田さま度々失礼…
JoeCool (in Peanuts) 04/05 12:56
>aki さん、よう…
町田 04/05 11:14
今のこの国の空気、ど…
aki 04/04 10:32
>solocarav…
町田 04/01 11:08
>JoeCool さ…
町田 04/01 10:32
>ムーンライトさん、…
町田 04/01 09:56
>赤い屋根さん、よう…
町田 04/01 08:53
「心に届く言葉」・・…
solocaravan 03/31 23:23
今回のように社会全体…
雷 03/31 23:05
米国では9.11の前…
Jo 03/31 11:21
米国では9.11の前…
JoeCool 03/31 11:19
米国では9.11の前…
JoeCool 03/31 11:05
そうだ、普遍性だ。…
ムーンライト 03/31 09:31
町田さんおはようござ…
赤い屋根 03/31 07:50
>おおきに! さん、…
町田 03/30 15:47
>雷さん、ようこそ。…
町田 03/30 14:57
>雷さん、ようこそ。…
町田 03/30 14:33
町田編集長さん こん…
おおきに! 03/29 08:29
今回の震災では、各局…
雷 03/28 21:22
本作品のリメイクであ…
雷 03/28 21:09
>おおきに! さん、…
町田 03/23 19:54
町田編集長さん こん…
おおきに! 03/23 07:48
>s-_-s さん…
町田 03/23 01:19
>ムーンライトさん、…
町田 03/23 00:46
人間は電気によって闇…
s-_-s 03/22 22:55
追記です。先ほど…
ムーンライト 03/22 14:24
数日前、市内の大型ス…
ムーンライト 03/22 12:24
>ブタイチさん、よう…
町田 03/22 03:09
お久しぶりです。町田…
ブタイチ 03/21 22:54
>鈴木様、ようこそ。…
町田 03/19 23:12
>ムーンライトさん、…
町田 03/19 22:35
今日、店からはじめて…
デルタリンク宮城 03/19 19:40
この「東電を怒る父さ…
ムーンライト 03/19 11:45
>ゆんたさん、ようこ…
町田 03/19 09:11
言葉に出して誰かに代…
ゆんた 03/19 07:50
>鈴木 様本当に…
町田 03/18 00:00
町田さん、ご心配あり…
デルタリンク宮城 03/17 20:52
>鈴木様コメント…
町田 03/17 16:04
>TOMYさん、よう…
町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
こんばんは、町田さん…
TOMY 03/16 20:23
世界中に5億人を超え…
フェイスブック 03/15 11:30
>s-_-s さん、…
町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
ムーンライト 03/12 16:25
>YAMAさん、よう…
町田 03/12 13:33
シンプルな風景画、い…
Yama 03/11 12:14
>渡部竜生さん、よう…
町田 03/10 02:33
>キャンピングカーと…
渡部竜生 03/09 14:02
>スパンキーさん、よ…
町田 03/08 19:22
いいですね、北斗。久…
スパンキー 03/07 13:52
>マッキー旅人さん、…
町田 03/03 22:45
町田さん、今日は。…
マッキー旅人 03/03 16:23
>ムーンライトさん、…
町田 02/28 22:42
町田さん。アマゾ…
ムーンライト 02/24 10:29
>渡部竜生さん、よう…
町田 02/19 05:42
>小平の福ちゃん様、…
町田 02/19 05:31
>matsumoto…
町田 02/19 05:18
>solocarav…
町田 02/19 05:03
>el さん、ようこ…
町田 02/19 04:50
>旭川の自称美女さん…
町田 02/19 04:14
幕張ではお世話になり…
渡部竜生 02/19 00:58
ご無沙汰しております…
小平の福ちゃん 02/19 00:03
お久しぶりです。ma…
matsumoto 02/14 07:35
ぜひ実現させたいアイ…
solocaravan 02/11 20:59
だいぶ経ってからのコ…
旭川の自称美女 02/11 11:51
町田さん、こんにちは…
el (エル) 02/11 11:11
>TOMY さん、よ…
町田 02/10 00:21
こんばんは、町田さん…
TOMY 02/09 21:45
>ムーンライトさん、…
町田 02/09 15:38
>ゆんた さん、よう…
町田 02/09 14:48
>Joe Cool …
町田 02/09 13:46
>磯部さん、ようこそ…
町田 02/09 11:54
「ゆんたさん」の文章…
ムーンライト 02/09 11:46
>TJさん、ようこそ…
町田 02/09 11:22
色々なことを考えまし…
ゆんた 02/09 06:36
同居していて5年前に…
JoeCool 02/08 16:01
最初に、このブログを…
磯部 02/08 05:14
写真で見る限り「FA…
TJ 02/07 21:20
>aki さん、よう…
町田 02/03 00:58
人生にドーピングはな…
aki 02/01 10:07
最近のトラックバック
ザ・バンド
12/11 09:46
鉄道の魅力、立体的に
09/10 07:38
関越高速道・・・寄居…
07/24 09:18
女性目線で見たキャン…
03/05 10:18
かるキャン 画期的な…
02/26 06:14
「くるま旅くらし読本…
02/06 10:22
言葉にならない
01/13 20:10
電動ポルシェ!?その…
10/31 09:50
路地裏
08/18 09:49
「すべての男は消耗品…
08/17 20:24
ガマの油
06/15 21:53
「ガマの油 」ちょっ…
06/15 07:58
52nd
04/25 21:52
007 カジノ・ロワ…
02/02 01:18
関西(大阪・京都・神…
01/30 05:21
【ネットができる宿|…
01/05 19:52
4輪&2輪
09/22 16:41
『秘伝 大学受験の国…
09/19 03:09
LPガスボンベ
07/26 11:37
ロス
05/28 22:39
テスト
05/28 22:36
大阪キャバクラnig…
04/26 20:37
キャバクラ/ニューク…
04/09 17:32
キャバクラ嬢ご用達し…
03/14 14:32
気になるキャンピング…
03/08 07:08
キャバクラ求人-Ag…
02/23 14:41
キャバクラ情報誌クラ…
02/22 19:14
No6 LPガスの充…
02/14 14:47
大阪キャバクラブログ
01/20 21:35
御当地!プルバック・…
12/20 00:53
カップヌードル
08/09 01:54
【キャンピングカー】…
08/05 16:23
【キャンピングカー】…
08/05 16:20
村松友視の「淳之介流…
08/04 11:11
荒井千暁著『職場はな…
06/29 22:35
元ちとせ/千の夜と千…
04/15 01:55
軽自動車エッセのうる…
03/26 08:21
カーナビの渋滞回避?…
03/10 20:07
車中泊なら虫の心配い…
03/07 18:35
こんなキャンピングカ…
03/07 03:56
キャンピング&RVシ…
03/02 01:17
キャンピング&RVシ…
02/23 18:45
キャンピング&RVシ…
02/18 06:43
キャンピング&RVシ…
02/17 00:23
ZECC(ゼック) …
02/15 23:27
トイレどうする?
02/15 10:25
キャンピング&RVシ…
02/10 21:46
新古車
02/04 17:19
軽自動車キャンピング…
01/25 13:10
ブレードランナー
01/14 12:03

シンポジウム感想

 日本RV協会 (JRVA) さんが主催されたシンポジウム 「より良きくるま旅を目指して」 は、なかなか反響があったようだ。
 良い反響もあれば、討議の進め方に疑問を感じた方もおられたと聞く。

 主催者の方に混じって、企画に多少の関わりを持った私としても、参加された方々がどのような印象を持たれたか。大いに気になるところだ。

シンポジウム会場

 討議の進め方に疑問を感じられた方のひとつの意見として、
 「主催者側は、本当にキャンピングカーユーザーの実情を理解しているのだろうか?」
 という疑問を持たれた方がいらっしゃるという。
 
 直接お話を伺ったわけではないので、詳しいことは分からない。
 おそらく推測するに、このような公式の席で披露されたRV協会側の意見は、きれい事過ぎて、実際のユーザーが、どのような場所で宿泊すればいいのか、ゴミ処理やトレイ処理をどのように行えばいいのか、それを指し示す具体的な提案がとぼしかった、ということではないかと思う。
 
 そういうご意見だとしたら、企画の一部に参加した自分としても、もうしわけない気分でいっぱいだ。

 しかし、このシンポジウムは、そういう具体的な解決方法を見出すための、「問題点の洗い出し」 であったとご理解いただきたい。
 RV協会の増田会長もおっしゃっていたように、これから委員会を発足して、浮かびあがった問題点を、ひとつひとつ検討していくという作業が行われるのだろうと思う。

 これも推測になってしまうのだが、シンポジウムに参加されたキャンピングカー販売サイドの方々のなかには、「正直、クルマが売りづらくなったなぁ…」 という印象を持たれた方もいらっしゃると思う。

 討議中、一部のユーザーが犯すマナー違反を指摘する声が、とりもなおさず、キャンピングカー販売サイドの売り方に対する批判にも聞こえるようなところがあったからだ。

 また、RV協会さんが推奨している 「くるま旅」 (=キャンピングカーの旅) という概念の修正を迫るような意見も提出された。
 これに関しても、それを苦々しい思いで聞いていた方がいらっしゃったかもしれない。

 しかし、取材していた自分の目から見ると、そのような関係者が “胸騒ぎ” を催すような意見がたくさん出てくるところに、シンポジウムの意義があるように思う。

 参会者の全員が、気持ちよく「さぁ、頑張りましょう!」 シャンシャンと手打ちで終わるような会は、シンポジウムとは呼ばないのではなかろうか。
 終わった後に、誰もが宿題を抱えた気分で家路に着くような討議が出揃ってこそ、「実りあるシンポジウム」 といえるような気がする。

 考えるための材料はいっぱいあった方がいい。
 一見、自分の主張を不利にするような他者の意見を克服したときに、その主張も強靭さを増す。
 シンポジウムとは、人にそのようなチャンスを与える場であっていいと思う。
 
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

シンポジウム評価

 この9月27日に行われた日本RV協会 (JRVA) さんのシンポジウム 「より良きくるま旅を目指して」 では、とても重要なテーマが討議された。

 このシンポジウムの企画段階からお手伝いをさせてもらった私は、ここで交わされた討議から、あらためて考えなければいけない事柄を、たくさん与えてもらうことができた。

JRVAシンポジウム4

 今回のシンポジウムは、道の駅や高速道路のサービスエリアなどで、目に余るようなマナー違反を犯す一部のキャンピングカーユーザーの存在が、やがて、マスコミなどによるネガティブキャンペーンを招き寄せないだろうかという、RV協会さんの危機意識から生まれたものである。
 
 そのために、このシンポジウムでは、キャピングカーユーザーのマナー違反を最初に公表されたジャーナリストの中島祥和さんにご出席いただき、業界の外側からの意見をいただこうと思った。

 そして次に、長期間の 「くるま旅」 のノウハウを蓄積されている山本馬骨さんから、ユーザーの立場としてこの問題をどう捉えるか、お聞かせいただくことにした。

 定年退職した団塊の世代を中心に、これからは、1ヶ月も2ヶ月も続くキャンピングカー旅行を始める多くのユーザーが誕生する。
 それは、今までの日本では考えられなかったことだ。
 だから、そのような長期旅行を実践されている山本さんの目を通して、どうすれば市民社会との調和を図るキャンピングカー旅行が可能になるのかをお伺いしたかった。

 キャンプ場の管理を通じて、多くのキャンピングカーユーザーの実態を眺めていらっしゃる 「陸前高田オートキャンプ場モビリア」 蒲生哲支配人からは、キャンプ場の立場からの提言をいただくつもりだった。
 それは、キャンピングカーユーザーの受け皿としてのキャンプ場の可能性を、お聞きしたいという気持ちも強かったからだ。

 最後は、キャンピングカーメーカーを代表して、RV協会の広報部長を務める田中昭市さんから、マナー問題・ゴミ問題を解決するためのメーカー側の姿勢や決意をお話しいただくつもりだった。

 そして、それらのもくろみは、今回のシンポジウムでほぼ達成されたように思う。
 具体的な解決方法が見つかったというわけではない。
 問題を考える視点というものが、明瞭に浮かび上がったという意味である。

 それはどういうことかというと、いま日本RV協会さんが進められている 「くるま旅」 を、本質的な意味で、さらに進化させるための土台が作られたということである。

 しかし、「くるま旅」 を進化させるためには、乗り越えなければならないハードルが存在することも見えてきた。

 現在、この討議を録音したものを、すべて文字情報化する作業は、途中までしか進んでいない。
 そのために、シンポジウムの流れを時系列に沿って紹介することはできないのだが、せめて、討議の席で何が問題になったかということだけは報告しておきたい。

 要は、「単に気軽に、安く旅することだけが “くるま旅” なのか?」 ということをめぐって、場内の意見が真っ二つに割れたのである。

 「気軽に、安く旅をする」 という位置付けで、「くるま旅」 を体系的に考察された代表選手が、山本馬骨さんである。

 それは、年金生活に入って、その限られた予算を効率よく使いながら長期旅行を楽しもうとする山本さんの、いわば生活の智恵から生まれてきた考察である。
 具体的には、マナーをしっかり守りながら、道の駅などを上手に使い、旅のコストを抑えることで、長期旅行の可能性を探ろうというものだ。

山本さん
▲ 山本馬骨さん

 そして、山本さんは、既存のキャンプ場や道の駅などとの連携により、キャンピングカーが低予算で安全に泊まれるような新しい宿泊システムを提案された。

 それに対して、中島さんから反対意見が出された。
 「年をとってから長期旅行をしたいと思うのなら、それ相当の覚悟を持たねばならない。
 そこで安全を確保したいなら、当然それなりの出費を伴うものであるという自覚も必要である。
 インフラの整備を社会に求めるなどというのは、ある意味で、キャンピングカーユーザーのエゴである」
 というものだった。
 
 中島さんも、若い頃からクルマを使って世界中を旅するという経験を持たれている。
 窮地に陥っても、誰も助けてくれないような場所を旅することも多かった。
 長期の旅行というのは、そういう危険をも自分の責任で引き受ける覚悟が必要なのであり、単に 「安くて快適な旅」 というものを求めるだけでは、何かあれば社会に責任転嫁するだけの、安易な旅行になりかねないというわけである。

中島さん
▲ 中島祥和さん

 中島さんは語る。

 「日本では基本的に、ことわりもなくただで泊まれるような場所などないはずだ。それに目をつぶって安易な旅を続ける人が多いから、現在のゴミ問題・マナー問題が発生してくる。
 そういう問題を解決する手段として、日本にはキャンプ場という宿泊施設が用意されている。
 もちろん、毎日キャンプ場に泊まれとはいわない。しかし、何日か1回は、出費を覚悟してキャンプ場に宿泊することで、ゴミ処理やトイレ処理などを解決するという方向を打ち出すことが健全だ」

 質疑応答の時間になると、この中島さんの意見を支持する声も登場した。
 聴講者の中から、「くるま旅」 の宿泊施設としてのキャンプ場にもっと注目するべきであるという意見が述べられたのである。

 その方の意見はこうだ。

 「キャンプ場は確かに、アクセスが悪かったり、料金が高すぎたりして、今のキャンピングカーユーザーの希望に添っていないという現実がある。
 しかし、キャンプ場というのは、国や自治体や企業が40年も費やして、アウドドア向けの宿泊施設として育ててきたシステムだ。
 だから、道の駅や高速道路のSA,PAなどに、新たなキャンピングカー用スペースを開発するよりも、キャンピングカー宿泊場所としての完成度が高い。
 このキャンプ場を、いかにしたらキャンピングカーユーザーのニーズを反映できるものにするかということが、現実的であり、効率的な “くるま旅” の提案になる」

 これに対して、山本馬骨さんからの意見が再び提出された。

 「今のキャンピングカーユーザーが、はたして全員 “キャンプ” だけを望んでいるのだろうか。キャンピングカーには、キャンプだけに限定できないもっと広い可能性がある。多くのユーザーは、その可能性にこそ魅力を感じている。
 だから、キャンプ場だけに限定せず、キャンピングカー泊を可能にするフィールドをさらに広げることも、やはり必要なのではなかろうか」

 山本さんは、「キャンピングカー」 という用語自体にも疑問を感じられ、バンコンも含めて、日本語的な使い方としての 「モーターホーム」 という呼称を一般化させることも、ご自分のブログで提案されている。

 この中島さんと山本さんの間で交わされた討論は、私にとって、とても考えさせられる内容を伴った、面白い議論に思われた。

 だが、この議論に対し、私はずるく判断留保をしたい。
 というのは、どちらの意見も理解できるからだ。

 私自身は、HPなどにおいても、常にキャンプ場に泊まることを推奨している。
 しかし、実際問題において、1日行程を超えるような遠くのキャンプ場を目的地とした場合は、途中の高速道路のサービスエリアなどで仮眠せざるを得ない場合が出てくる。
 そのような “仮眠” をあくまでも 「過程のもの」 とするか、「最終的な目的」 とするかでは、大きな違いが出てくるだろう。

 それ以上の判断は、読者の判定を仰ぎたい。

 ちなみに、このシンポジウムに出席されたときの感想を、中島祥和さんも、山本馬骨さんも、それぞれが運営されているブログで述べられている。
 とてもうれしく思う。

 中島さんの感想は、「じじ、ばば・ネット」 の 「今日の出来事」 9月27日 「キャンピングカー問題はちょっと前進です」 で読むことができる。

 山本さんの考えは、「山本馬骨の くるま旅くらしノオト」 の 「キャンピングカーとモーターホーム」 という記事で知ることができる。

 このシンポジウムで行われた討議には、まだまだ色々な方が述べられた貴重な意見が詰まっている。
 詳細は、日を改めて紹介したい。
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 05:17 | コメント(8)| トラックバック(0)

ジャズライブ

 昨日、日本RV協会さんのシンポジウム 「より良きくるま旅を目指して」 が行われました。
 聴講者の数が予想以上に多くて、びっくり。
 議論も白熱して、そうとう盛り上がりました。
 
 企画にも参加させていただき、かつ取材を行った私としては、今日のブログで真っ先に、このネタを取り上げたいのですけれど、討議内容を録音したテープ起こしが間に合いません。

 そこで、シンポジウムが開かれた夜に、遊びにいったときのプライベートな話を優先。

 埼玉県・新座市に、エアストリームジャパンさんが経営される 「エアストリームカフェ」 というダイニングバーがあります。エアストリームジャパンのショールームがあるCKスクエアの8階です。

 そこで、ジャズライブを行うというので、昨日はシンポジウムが終わった後に、そっちへ直行。

 ライブ会場には、シンポジウムのパネラーとして参加した、陸前高田オートキャンプ場モビリアの蒲生支配人もいらっしゃいました。
 他にも、日本オート・キャンプ協会の堺さん、ひらやま企画の山本さんなど、シンポジウムの後に、こちらに流れた方々の顔が見えます。

 千葉の有野実苑キャンプ場からは鈴木さんも参加。
 遠くからの来場者も多くて、田中社長もご満悦の表情でした。


 「エアストリームカフェ」 というのは、実は私は初めて覗いたのですけれど、いやまぁ、洒落たお店でびっくり。
 このカフェにはテラスがあって、そこに立つと、新座市のネオンと、夜の星が競演。なんとも素晴らしい夜景が展開していました。

エアストカフェ1 エアストカフェ2

 驚いたことに、そのテラスの真ん中に、エアストリーム・バンビが…
 どうやって、ここまで運んだのでしょう !?
 夜中に、クレーンで吊り上げたのだとか。

 さすが、エアストリームジャパンさんのやることは違います。

 で、その夜のジャズライブ。
 「ジャズ」 と聞いていたので、スィンギーな4ビートの雰囲気を想像していたのですが、当日出演した藤野美由紀さんが繰り出すリズムは、ダンサブルなファンクのグルーブ感に満たされたものでした。

藤野美由紀1

 リズム隊のファンキーなビートに乗って、藤野さんのサックスが炸裂。
 時には強烈にブローし、時には、忍び寄る猫の足音のように、セクシーに囁きます。

エアストカフェ4

 藤野美由紀さん。
 後で調べてみると、過去の共演者たちが、塩次伸二、島田和夫、近藤房之助だとか。
 みな、日本のブルースシーンを盛り立てたツワモノたちですね。
 影響を受けたミュージシャンの一人に、JB'Sのメイシオ・パーカーの名も挙がっていました。

 当日の演奏曲も、アベレージホワイトバンドの 「カット・ザ・ケイク」 (…だったかな?) …のようなノリノリのファンク系のほか、ロバータ・フラックの 「フィール・ライク・メイキン・ラブ」 のようなヒット曲も交え、私のようなオヤジ世代をも十分楽しませてくれました。

 何よりも素晴らしいのは、藤野おネエさまのセクシーな美脚。
 どうやら、たて続けに、その脚の写真ばかり撮っていたようで、
 「町田さん、やり過ぎですよ!」
 と、モビリアの蒲生さんに注意されてしまいました。

エアストカフェ5

 心地よい音楽と、おいしい酒と、美しい夜景。
 幸せな一夜でした。

 次は、シンポジウムのレポートをいたします。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:31 | コメント(0)| トラックバック(0)

シンポジウム前日

 日本RV協会 (JARV) さんの初の試みとなるシンポジウムが、明日開かれます。
 場所は東京・池袋。
 テーマは、「より良きくるま旅を目指して」 。

 熟年層を中心に、キャンピングカーによる旅 (くるま旅) の実践者が増えてきていますが、このブログにても再三お伝えしているように、公共の駐車場における利用者のマナー問題なども浮上するようになりました。

 キャンピングカーが社会と調和し、健全な発展を遂げるためには、いま何が問われなければならないのか。

 パネラーとしてご招待したのは、マナー問題に鋭い警鐘を鳴らしたジャーナリストの中島祥和さん。
 「このままでは、キャンピングカーが社会からつまはじきされてしまうかもしれない」
 そういう危機的状況であると、中島さんは訴えます。

 そして、熟年夫婦の 「くるま旅」 を楽しみながら、著作などを通じて、長距離旅行のノウハウを披露してくださる山本馬骨さん。
 今回の講演では、キャンピングカーの新しい宿泊システムの提案などもいただけるようです。

 キャンプ場管理者を代表する形で、岩手県の陸前高田オートキャンプ場モビリアからは、蒲生哲支配人にお越しいただくことになりました。
 キャンプ場の立場から見たキャンピングカーユーザーの実態や、キャンピングカーに適したキャンプ場の条件などをお話しいただく予定です。

 日本RV協会の広報部長を務めている田中昭市さんからは、マナー問題・ゴミ問題に、キャンピングカーメーカーがいかに取り組んでいくか。その基本方針や決意表明がいただけるはずです。
 合わせて、「キャンピングカーと地球環境保全」 という興味深い話もうかがえそうです。

 このシンポジウムは、私も企画段階からお手伝いさせていただいているので、どんな進行になるのか、ちょっぴり不安でもあり、楽しみでもあり…。

 ご招待したパネラーの方々の討議内容と、会場の聴講者を交えた白熱した質疑応答の模様は、またこのブログにてもご紹介いたします。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 22:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

マーモット

【お勧めキャンカー10 「マーモット」 】

 先週行われた 「関西キャンピングカーショー」 の会場で、ひときわ注目を集めた新型車のひとつに、キャンピングカーフジワラさんが開発した 「マーモット」 がある。
 マツダボンゴのキャンパー特装車をベースにしたキャブコンだ。

マーモット外形

 キャンピングカーフジワラといえば、ヨーロッパ車の名品を手がけるディーラーというイメージが強い。

 それが、またなんで国産キャブコンを?
 …と気になるところではあるが、ひとつには、輸入車の排ガス検査における国内基準が厳しくなったということが挙げられる。

 しかし、それ以上に、
 「ヨーロッパ車の魅力を知り尽くした自分たちが、いつかはそのエッセンスを、日本の使用環境に適した国産車ベースで実現してみたかった」
 という思いが強かったからだという。

 そういう気持ちで開発された 「マーモット」 。
 確かに、普通の国産キャブコンとは一線を画する “ヨーロッパ車の香り” が漂っている。

 まず、室内を優雅に見せるL型ラウンジが印象的。
 夫婦2人仕様に特化した商品が多いヨーロッパ車のムードだ。

マーモット室内1

 シート生地の柄や質感、さらに家具形状などに、なんともいえない欧州車の匂いが感じられる。
 さらに、キッチンレイアウトやトイレコンパートメントなどの処理にも、欧州トレンドが意識されている。

 見た目のデザインだけでなく、細かい部分の設計にも、さすがヨーロッパ車を長く扱っていたディーラーならではのこだわりが発揮されている。

 たとえば、トイレルームの広さとその内容。
 アールで処理された扉を持つために、車内で見るかぎりはコンパクトにまとめられているトイレなのだが、扉を開けて中を覗いてみると、その広さにびっくり。
 鏡付きの洗面台も備わって、こぢんまりとはしているものの、機能はヨーロッパ車のトイレルームが再現されている。

マーモット室内4

 キッチンも、小さくまとめられているが、調味料ラックや、食器を収納するための機能をしっかり備えた引き出しなども完備され、ちょっとしたシステムキッチンの作り。

 シンクも、洗い物の水が跳ねない深型シンク。
 そのフォーセットは、キッチン横の窓から外に出して、外部シャワーとして使える構造になっている。
 なんと、外板パネルには、外部シャワーとしてノズルを固定するときのシャワーフックまで備わるというこだわりぶりだ。

マーモット室内2

 こだわりは、給排水タンクの構造にも表れている。
 普通、このボンゴクラスのキャブコンの場合、20リットルぐらいのポリタンクが採用されることが多い。
 ところが、マーモットでは、しっかりした固定タンクが設置されている。

 理由は、このクルマの主な購買層として想定されるシニアカップルの場合、水場からクルマまでポリタンクに満たした水を運ぶには、10リットルでさえ億劫になるだろうと予想されるからだ。
 このあたりの発想には、開発に心血を注いだ藤原喬社長の、自分の年齢から来る体験を生かした気配りが感じられる。

 FFヒーター、バックアイカメラ、40リットルDC冷蔵庫などもすべて標準装備となって、車両本体価格は500万円を切るという設定。
 しかし、今後はリヤクーラー、リヤスピーカーなどの装備をオプションに回し、さらに価格を下げることも考慮中とか。

 商品力の高い小型キャブコンが、またひとつこの秋にデビューした。

マーモット室内3 マーモット室内5
campingcar | 投稿者 町田編集長 23:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

バルミィ2007

【お勧めキャンカー9 「バルミィ2007」 】

 関西を代表するキャンピングカー販売店の大森自動車は、ここ数年、オリジナル車の開発に力を注いできたが、どうやらこの 「バルミィ2007」 で、新境地を切り開いたかのように見える。

バルミィ外形

 それほどお洒落。
 かつアイデアが斬新。
 しかも、実用的。

 まず、この運転席・助手席のシートバックを利用したリクライニング・ソファを見ていただきたい。
 引き出し式のテーブルに、自分の好きなドリンクなどを置いて寝そべれば、それだけで、心は南国リゾートのプールサイド気分。

バルミィ内装1 

 もちろん、こういうレイアウトは、ハナッから、ファミリーではなく夫婦2人仕様に特化しているからこそできる芸当。
 その割り切りの良さが、新型バルミィに、独特の 「贅沢感」 を盛り込むことに成功している。

 で、このリラックスした状態で、何を楽しむのか。

 もちろん、寝そべったまま、目をつぶってまどろんでいればいいのだけれど、キッチン上のラックに収納された薄型テレビを引き出せば、バラエティでもクイズ番組でも、世俗の快楽をいやというほど満喫できるようになっている。

バルミィ内装2

 ま、私は、こういうクルマの場合は、あまりクイズ番組などに入れ込むのではなく、気に入りの音楽DVDでも流していたいと思うけれど。

 冷蔵庫も、むき出し状態を避けて、扉一つで仕切られているところが、なんともお洒落。
 扉の裏側はボトルラックになっていて、気に入った酒瓶などをストックしておくのに、実に便利。

バルミィ内装4

 トイレルームが、またいい。
 洗面台に、鏡付き。
 この鏡が、ちょっと傾斜をつけて取り付けられているのがミソ。
 つまり、洗面台の前に立つと、全身が写る 「姿見」 として機能するようになっている。

バルミィ内装6

 実に女性の立場に立った設計で、こういうドレッシングルームで化粧を施して出てきた奥さんは、別人のように若返って、思わず旦那さんから、 「マドモワゼル!」 なんて呼ばれるかもしれない……なんてことはないか。

 床はシャワーパンが敷かれ、オーダーによっては、シャワー機能を盛り込むことも可能。
 しかし、温泉施設が発達した日本を旅する限り、あまりシャワーの恩恵に浴するチャンスもないだろう。
 だから、これは化粧室兼トイレルームで正解。

 キッチンが美しい。
 こういう車内では、あまり煮炊きする人はいないだろうということで、コンロはカセットガス式で対応。
 かえってカウンターが広く使えるというのが、なかなか便利だ。

バルミィ内装5

 リヤは常設2段ベッド。
 下段のベッドマットを抜けば、リヤゲートからもアクセスできるラゲージスペースが生まれる。

バルミィ内装3 バルミィ内装7

 開発担当者の宮永さんの弁によれば、クルーザーやデザイナーズ旅館などのインテリアも研究しながら、アメ車でもなければヨーロッパ車でもない、日本独自のデザインテイストを追求したかったという。

 それは成功していると思う。
 濃いストライプが横に流れる木目調の家具と、白の天板・白のベッドマットとの対比が美しい調和を奏でている。

 一代前のバルミィは、面白いデザインだったが、トリッキーな印象も伴った。
 この新型は、抑制が効いているのに、斬新。

 日本のバンコンが、またひとつ成熟度を深めた。

campingcar | 投稿者 町田編集長 21:00 | コメント(2)| トラックバック(0)

マナー商品の登場

 2007年秋の 「関西キャンピングカーショー」 (インテックス大阪) は、なかなか見応えのある充実したイベントになりました。

 なにしろ、このショーで本格的なデビューを果たした新車が目白押し。

 大森自動車さんの 「バルミィ2007」、「トニィミニ」
 キャンピングカーフジワラさんの 「マーモット」
 マリナ'RVさんの 「トラベルバン」、「ビギン」
 デルタリンクさんの 「スナフキンHS-W」
 スマイルファクトリーさんの 「オフタイム」
 アネックスさんの 「ストリートSL」
 リンエイさんの 「ワイドバカンチェス マゴっち」
 レクビィさんの 「ハイエースプラス・ロングバン仕様」、「サライミニー」

 もう書ききれないくらい!
 開発担当者から談話を取るのも、撮影も、けっこう大変でした。

 新しいキャンピングカーの情報は、順を追ってレポートしていきますが、今回は、このショーから新しい動きが出てきたことを、ちょっとご報告しましょう。

 それは、この27日 (木) に開かれる日本RV協会さんのシンポジウムのテーマとも関わることなのですが、「ゴミ問題」 に積極的に取り組もうとするビルダーさんたちが、このショーから登場してきたことです。

 まずは、リンエイさんの新商品から。

ゴミ楽3 ゴミ楽1

 一見、普通の収納ボックスに見えますが、なんとその名は 「ゴミ楽 (ラック) 」 !
 キャンピングカーの長距離旅行で発生する食材などの生ゴミを、車外に “追い出す” ために開発されたゴミ専用ラックです。

 キャブコンなどの場合は、ゴミトンなどのゴミ箱用ラックをリヤキャリアなどに簡単に取り付けすることができますが、バンコンの場合はなかなか面倒。
 それを解決しようとしたのが、その装備。
 
 価格は、53,100円で、「ごみいれ」 と読ませるようです。

 このプラスチックボックスが5万円 !?
 と思う方もいらっしゃるでしょうが、キャリアと、それを取り付ける工賃込みの値段のようです。

 もちろん、普通の収納ボックスとしても十分使えます。

ゴミ楽2 ゴミ楽4

 キャリアは、簡単にスライドできるようになっているので、リヤゲートを開けるときには、後ろに引き出す形になります。
 今後は、脱着もさらに簡単にできるように改良を加えていく予定とか。

 リンエイさんとしては、今後このような 「マナー商品」 を、各社がこぞって開発していけば、道の駅などにゴミを不当投棄していくマナー違反のキャンピングカーも、きっと減っていくだろうと期待しているようです。

 
 レクビィさんも、新しい 「ハイエースプラス・ロングバン」 シリーズで、生ゴミ用ダストボックスにチャレンジしました。

レクビィダストボックス1 レクビィダストボックス2

 レクビィさんは、ハイエースの右フロントタイヤの後ろの床下が、ほんのちょっと空いていることに着目。
 ここに、小さいながらも、生ゴミを収納して持ち帰れるようなダストボックスを取り付けました。

 フックを外すと、プラスチックケースが下に降りてくるという構造になっていて、フックの紐を引っ張ると、ケースが床に密着して、ゴミの散逸を防ぎます。

 床側には、アルミ板とパッキンが施されているので、走行中に泥がケース内に入ることもありません。
 ケースには水抜き穴もあるので、臭いもそこから抜けていきます。

 夏の炎天下のキャンプで、生ゴミを車内に置いておくなど、とてもできたものではありません。
 しかし、このように車外に生ゴミを収納する場所が確保できれば、短い旅行なら、「ゴミ持ち帰り」 も、ようやく可能となるというものです。
 
 構造も簡単。低コスト。
 オーナーが、簡単にケースをゴシゴシと水洗いできるのも便利ですね。

 
 トイレの処理に関しても、画期的な処理システムが登場しました。
 商品名は、「アウトドアトイレ処理セット」 。

 もともと、災害に遭って、自宅のトイレなどが使えなくなったときの、個人用 “仮設トイレ” として開発されたものなのですが、「オートキャンパー」 誌で紹介されたことがきっかけとなり、キャンプ用の緊急トイレとして、にわかに注目が高まってきたものです。

 そこで、今回の大阪ショーから 「アウトドアトイレ」 と銘打った新商品として、本格的にデビューすることになりました。

 このトイレ。
 一言でいうと、ビニール袋に落とした排便・排尿を、凝固剤を使って、瞬間に固めてしまうというもの。
 スタッフの解説によると、固まってしまえば、衛生上の問題や臭いの問題もクリアして、なんと、「燃えるゴミ」 としてそのまま処理できるのだとか。

トイレ処理セット3

 カセットトイレやポータブルトイレを搭載していても、掃除が嫌なので、使ったことがないというユーザーはけっこういます。
 そういう方々が、この 「アウトドアトイレ処理セット」 にかなり注目したようです。

 1セットに、排泄用の袋10枚と、凝固剤10袋。
 それに、ボール紙を組んで使う 「ミニ便座」 が1組ついてきます。
 ミニ便座は、野グソ (…失礼) を垂れるときに便利なのだとか。

トイレ処理セット1 

 カセットトイレのオーナーなら、便座の下に袋を垂らし、ちゃんちゃんと気持ちよく排泄した後に、凝固剤をパラリ。
 それでOKとのこと。

 道の駅のトイレで、カセットトイレの処理をした後に、そこの手洗い用の水道を使って洗浄するという不届き者のユーザーが、ときどき発見されていますが、こういう処理方法ならば、マナー違犯をしなくてもすみそうですね。

 この商品を開発した会社からは、簡易的な便器として、ペール缶を利用して便座をつけたもの (マイペール) も発売されています。
 もちろん、ポータブルトイレよりもはるかに安いので、検討してみるのもいいかもしれません。

トイレ処理セット2

 キャンピングカー使用時に発生するマナー問題、ゴミ問題。
 商品を供給する側からも、それらを解決するための、様々な提案がなされる時代となりました。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:27 | コメント(10)| トラックバック(0)

東北ショー新車3

 「東北キャンピングカーショー」 に登場した新車シリーズの第3弾。
 今回は、少し前に開発を終えていながら、ビックイベントに登場するのは初めてというクルマを集めてみました。

《コング KONG》

 最初のクルマはフィールドライフさんの 「コング」 です。
 とても問い合わせの多いクルマで、3月にこのブログで一度紹介して以来、毎日1人か2人は、必ずこの 「コング」 という検索ワードでお越しいただく方がいらっしゃいます。フィールドライフさんのHPには、まだ掲載されていないという事情もあったからなんでしょうね。

 で、この 「コング」 。
 すでにフィールドライフ本社では展示されていたようですが、多くの方が実物を見られたのは、このショーからということになります。
 
 精悍なブラックパールのボディ。フロントには、金色でコングのロゴ入り。
 カッコいい軽キャンカーの登場です。

コング1 コング2

 2月に造られたプロトタイプでは、マツダ・スクラムがベース車として使われていましたが、今回はそのOEM元であるスズキ・エブリイに変わっていました。
 バンとワゴンのチョイスも可能。ワゴンベースでは、ターボチャージャー付きのJOINターボを選ぶこともできます。

 同社の 「トライキャンパー」 が、どちらかというとファミリー路線の柔らかさを訴えるクルマであるのに比べ、こちらは、ちょっと “キャラが立った” 若い人向けのクルマです。
 ホイールベースも、トライより長いので、乗り心地も多少こちらの方がいいかも。

 助手席のシートを前に倒すと、その背が簡易テーブルとして使えます。
 フルフラットベッド状態にすれば、移動テーブルを “ちゃぶ台” に見立てて、ちょっとお座敷気分。

コング3 コング6

 トライキャンパー同様、軽自動車の8ナンバー登録となるため、自動車税や重量税なども安く、維持費を抑えられるのも特徴の一つです。
 乗車定員は4名。就寝定員は2名ですが、ポップアップルーフを採用しているので、お子さんが小さいファミリーならば4人就寝も可能です。

コング4 コング5

《デルタワゴンCL》

 デルタリンクさんのオリジナルバンコンとしては、「スナフキン」 が有名ですが、レイアウトがちょっと異色。とても素敵なバンコンですが、好き嫌いが分かれるかもしれません。

 その点、このデルタリンク宮城さんが開発した 「デルタワゴン」 の方は、どんな目的を持った人でも、どんな家族構成のファミリーでも、全方位的に受け入れてくれるキャパシティの広さが魅力となっています。

デルタワゴン1

 ハイエースのロングワゴンと、スーパーロングの2車種の設定があり、ロングワゴン (CN) はカップル。そしてスーパーロング (CL) は、ファミリーに対応しています。(写真で紹介しているのは、そのスーパーロングバージョンです) 。

 どちらも基本は、「もっと広く」 、「もっと明るく」 、「もっと便利に」 。
 下の写真をご覧いただくと分かるとおり、とにかくベッドメイクしたときのベッドスペースの広さは特筆もの!

 ベッドマットを折りたためば、リヤスペースは広大なカーゴルーム。

デルタワゴン5 デルタワゴン4

 リヤ2段ベッドは、横方向に寝る場合は、一応 「子供用ベッド」 という形になりますが、サードシートと後部マットを使って、縦方向で寝るならば、大人3名の就寝定員がカウントできます。

デルタワゴン3 デルタワゴン2

 セカンドシートの右サイドには、冷蔵庫とシンクを埋め込んだキッチンが設定されています。蓋を閉めれば、物置スペースとなるロングカウンターに早変り。

デルタワゴン6 

 セカンドシートは固定。
 セカンド、サードシートともにFASPを使う手もあったと思いますが、ベッド展開などの手間を考えて、FASPは1脚のみ。夫婦2人なら、サードシート以降を “万年ベッド” にするという気楽な使い方も 「あり!」 ですね。

 価格設定をなるべくリーズナブルなレベルに抑えながらも、GLパッケージをベースに使い、装備を充実させて、ちょっと豪華な仕様にしているところがミソ。
 展示車は、今のところデルタリンク宮城にあるだけのようですが、全国のデルタリンク販売ネットワークを通じて買うことができます。

《リ・ラックス》

 北海道・旭川で活躍されるアルペジオさんからは、人気車 「キャンディ」 に続く、 「リ・ラックス」 がリリースされました。
 これも、ハイエースのスーパーロングをベースにしたバンコンバージョン。
 アカ抜けた、お洒落なインテリアが魅力の1台です。

リラックス2 リラックス3

 シンプル装備で広々使うという 「キャンディ」 に対し、こちらは充実装備が売り。
 正弦派インバーター (1500W) 、電子レンジ、ベンチレーターなど、オプション設定されることが多い装備類が、みな標準。

 「バンコンとは思えない大型キッチン!」 とカタログで謳っているとおり、耐熱ガラスカバー付き2バーナーコンロ、ホーローシンクなど、キッチン周りは実に充実しています。
 給排水タンクもそれぞれ20リットル。
 
 キッチンを重視した関係上、サードシートは単座となりました。
 これは、調理するスペースを確保し、リヤベッドまでのウォークスルーも確保するという意図のようです。
 もちろん、オーダーによって、サードシートを2人掛けにすることもできます。

リラックス4 リラックス5

 エントランス右横には、傘立てと、乗降を助けるためのアシストグリップ。
 シニアの使用も射程においた設計です。
 アシストグリップは、左サイドのシューズボックスの上にも設置されています。

 アルペジオさんとしては、初のリヤ2段ベッドが採用されました。
 上段は1600×830㎜。果断は1720×830㎜。
 規定上、チャイルドベッドのサイズとなりますが、大人でも小柄な方ならもちろん就寝可能です

 「キャンディ」 同様、フロント席尾の頭上にはテレビラックが…。
 テレビは、今のところオプション設定ですが、標準装備となる可能性もなきにしもあらず、という話でした。

リラックス1 リラックス6

 今週土曜日からは、インテックス大阪にて、「関西キャンピングカーショー」 が始まります。
 日本のキャンピングカーシーンも、秋の深まりとともに、ますます充実してきました。
 大阪の夜は、梅田の串揚げ屋で、「タコハイを一杯!」 が楽しみです。

campingcar | 投稿者 町田編集長 01:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

東北ショー新車2

 先週行われた 「東北キャンピングカーショー」 は、この時期としては珍しいほど新しいクルマが登場したショーでした。

 昨日に続き、今日は、その東北ショーでデビューした新型車シリーズ第2弾。
 まず国産トレーラーの 「デュエット T-2」 からご紹介しましょう。

《デュエット T-2》

 このトレーラーは、青森のキャンピングカーディーラー 「あかひら」 さんの赤平好美社長が、足掛け5年を費やして構想を練ったものです。
 なんともスタイリッシュなフォルム!

デュエット1

 サイドパネルとコーナーのつなぎめの雰囲気が、どことなく 「ユーロスター」 や 「キング」 に似ているような…

 そうです。実際に製作されているのは、グローバルさんです。

 しかし、コンセプトメイクは 「あかひら」 さんが行ったもので、「デュエット」 というネーミングから想像できるように、夫婦2人が使うトレーラーを目指して開発されました。

 車内に入ると、ドドーンと広いベッド!

デュエット3

 もちろん、このベッドスペースは、テーブルを挟んで二の字のベンチシートを展開できるわけですが、赤平社長が狙ったのは、このベッド状態をそのまま保って、“お座敷” として使うこと。
 ベッドマットの中央にセンターポールを立てて、テーブルを設置すれば、それがそのまま “畳にちゃぶ台” という雰囲気に…。

デュエット4 デュエット2

 買いやすい価格帯 (車両本体価格 1,680,000円) を実現するために、装備類は思いっきりシンプルにまとめられています。FFヒーターも冷蔵庫もなし。
 しかし、それらの装備を載せようと思えば、すぐに対応できるように、配線は完璧に張り巡らされています。

 外から見ると、とてもプリティ!
 しかし、中に入ると、意外な広さにびっくりするトレーラーです。

《新型アトム》

 バンテックさんからは、新型アトムが登場しました。
 シャシーが変りました。

アトム1

 ベース車のタウンエースがオーダーストップとなったため、日産バネットが採用されました。
 それに伴い、シェルも新規に起こされて、窓位置やスカート部のデザインなども変更されています。
 足回りも、リヤは増しリーフで強化。

 もちろん、室内も新しくなりました。
 写真で紹介するモデルはタイプAですが、リヤ2段ベッドには転落防止用のネットが新設されています。

アトム3 アトム5

 小型キャブコンながら、さすがにバンテックさんならではの、洗練されたインテリアが魅力的です。

アトム2 アトム4

《ホビオ マイボックス POP UP》

 ホワイトハウスさんの人気車 「ホビオ マイボックス」 には、ポップアップルーフを装備した新型バージョンが追加となりました。
 これも、この東北ショーでデビュー。

マイボックス1 マイボックス2

 もともとこの 「マイボックス」 は、キャンピング仕様の軽キャンカーながら、乗用ベースの5ナンバー登録車。乗り心地に優れたスマートな走りが魅力。
 これまでも、コンパクトボディであることを感じさせないような、豊富な収納スペースと使い勝手のよい装備類を持つハイクオリティ軽キャンカーとして、根強い人気を誇っていました。

マイボックス3 マイボックス4

 しかしながら、今までは車内で寝られる人数は、2人まで。
 ところが、このポップアップルーフの採用により、4人就寝が可能になりました。

 普通、ポップアップルーフを採用すると、ルーフ部にキャビネットを作ることが難しくなるのですが、この 「マイボックス」 ではルーフのインナーにもしっかり収納庫が…。

マイボックス5

 こういう軽自動車ベースのキャンピングカーの場合、収納スペースの確保がどこのビルダーさんにおいても腕の見せ所となるわけですが、このクルマは、それを難なくクリア。
 さすが、軽キャンパーの先駆者であるホワイトハウスさんですね。


campingcar | 投稿者 町田編集長 00:34 | コメント(0)| トラックバック(0)

東北ショー新車1

 先週の15日~16日に開かれた 「東北キャンピングカーショー」 でデビューしたニューカーをご紹介しましょう。
 まずは、ショーの前日に出来上がったというホットなクルマから、とりあえず3台ほど。

《パラドール》

 RVビックフットさんは、新型バスコンを2台エントリーしました。
 最初のクルマは、シビリアンベースの 「パラドール」 。

パラドール1

 エポック・レボリューションの装備をそのままに、セカンドシートがL字に変更されています。
 特徴的なのは、トイレルームとベッドルームの間に設定された鏡付きの洗面スペース。バスコンとしては、女性が使うのに適した、画期的な企画が実現したといえましょう。

パラドール2 パラドール4

 リヤ固定ベッドのサイズは1870×1300㎜。その下は、室内からもアクセスできる、広々としたトランクルームになっています。

パラドール3 パラドール6

《トリニティ》

 同じくRVビックフットさんからリリースされた 「トリニティ」 。
 リヤ常設2段ベッドを設定した 「グランディーネ」 の進化系ともいうべきクルマです。

トリニティ5 トリニティ3

 2段ベッド前の横座りサードシートが、くつろぎのスペースとして機能。
 調理台からテーブルへの、料理の持ち運びは “振り返る” だけ。

トリニティ2 トリニティ4

 走行中でも、簡単な食事ができるように、前方にカウンターテーブルを供えたセカンドシートも完備。

トリニティ1

《キング・レジェンド》

 グローバルさんからは、キングの新バージョン 「キング・レジェンド」 のプロトタイプが出品されました。
 「ユーロスター」 と同じように、床を下げた低重心設計で、装甲安定性の確保を図っています。
 バンク部を絞り込んだシャープなシルエットが、実にきれい。
 スカート部のメタリックペイントも、高級感を演出しています。

ニューキング1 ニューキング2
 
 レイアウトは、オーソドックスな対面ダイネットとサイドソファーを組み合わせた王道パターン。
 しかし、女性にも使いやすいように、キッチンスペースが広く取られていることが特徴です。
 冷蔵庫は、長期旅行・長期滞在にも対応できるように、ガスも使える3ウェイ方式。オーダーによっては、1ウェイのチョイスも可能です。

ニューキング3 ニューキング4

 明日は、ホワイトハウスさんの 「ホビオマイボックス POPUP仕様」 、あかひらさんの国産トレーラー 「デュエットT-2 (グローバル製) 、バンテックさんの 「ニューアトム」 などの情報をお届けしましょう。
 
 機を見て、フィールドライフさんの 「コング」 、デルタリンク宮城さんの 「新デルタワゴンCL」 、アルペジオさんの 「リ・ラックス」 などの紹介も試みる予定です。


campingcar | 投稿者 町田編集長 01:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

秀吉の成金趣味

 ネットをさまよっていたら、
 「豊臣秀吉という人は、とっても芸術的センスに秀でた人だ」
 というような記事を掲げたブログを、発見した。

 秀吉…
 芸術?

 あまり、ありえない言葉の組み合わせに思えて、少し注意深く読んでみた。
 なかなか面白い記事で、「へぇ !!」 と目ウロコ状態になった。

 豊臣秀吉といえば、“いやしい百姓” 出身の天下人 (てんかびと) 。
 権力のトップに登りつめてからは、そのキンキラした成金趣味ばかりが目立つようになり、格調の高さを尊ぶ 「芸術」 などという言葉が、およそ似つかわしくない人という印象がある。

 ところが、その記事によると、成金趣味こそ、秀吉が生きた時代の 「新しい芸術観」 だったというのだ。
 秀吉の時代を象徴する華麗な 「桃山文化」 というのは、秀吉という不世出の英雄の 「新しい芸術観」 によって導かれた、史上まれなる文化なのだそうだ。

 秀吉を 「不世出の英雄」 と祭り上げるセンスが、ちょっと古いかな…という気がしたので、その記事を注意深く検分すると、どうやら日本浪漫派の有名な文筆家である保田與重郎という人が、昭和11年に書いた文章を、ブログの管理人さんが紹介しているものらしい。

 おいおい、戦前の文章かよ!
 それに気づいたとたん、逆に、その保田與重郎の“秀吉論” が持っている現代的なセンスに脱帽する思いがした。

 大意は、次のようなものだ (ちょっと強引な意訳であるが…) 。

 秀吉が天下を取る前の日本の美術では、水墨画に代表されるような、ワビ・サビの精神に通じる 「枯れた芸術」 が良しとされていた。

 ところが、信長・秀吉の天下取り構想が実現されるようになって、為政者の権力を誇示するような巨大城郭が建てられるようになり、その室内装飾には、金箔を多用する華麗な屏風 (びょうぶ) 画などが登場するようになった。

狩野永徳の獅子図

 特に、秀吉は、その出自が農民であったために、当時の武家文化・貴族文化にとらわれない新しい感覚で、その居城を飾った。
 つまり、王朝文化の伝統を引きずる貴族たちや、室町文化の伝統を尊ぶ武家たちが、歌や書で守ってきた “約束事” から、彼は自由だったというのである。

 そのために、日本の芸術のなかで、はじめて 「物語から独立した絵画」 が生まれた。
 秀吉の芸術は、一見、ゴージャスな成金趣味を表現しているように見えながらも、そこには、「宗教」 「物語」 「イデオロギー」 などから自由になった、近代絵画の精神が息づいていた。

 ……以上、誤読 (?) に近いような意訳になってしまって、原作者や紹介者からは大いに怒られそうだけど、私が解釈したところは、そんな感じだ。

 保田與重郎の原文では、その最後のくだりが、次のように表現されている。

 「桃山の芸術の動因は、贅沢が素直に記録されていることである。しかし、素材の贅沢さは、すでに芸術のひとつの資格である。この近世的な意味での美観の成立は、秀吉の出現によって初めてなされた」

 素材 (マテリアル) の贅沢さが、芸術の資格だなんて!
 こいつは、凄いことを言っていることになる。

 秀吉は晩年、当時最高の茶人とされた千利休に、「黄金の茶室」 をつくるように命じる。
 それは、「木と土」 でつくられた質素な茶室に美を認める千利休の美意識とは、まったく逆行するものだった。

 こんにち我々は、ワビ・サビを重んじる千利休の美意識を 「高級な趣味」 と評価し、黄金の茶室を考案した秀吉のセンスを 「成金趣味」 とさげすむ風潮に慣れている。

 だが、「黄金の茶室」 を企画した秀吉は、利休に、ひとつのメッセージを与えたかったのではあるまいか。
 「ほれ、利休よ。おめぇの美意識はとやらは、洗練の極みを行っているかもしれねぇが、しょせんは、決まり事にしばられた水墨画の延長でしかねぇのよ」

 秀吉が、もし芸術観・世界観を表現する言葉を使えたならば、彼はそう言いたかったのかもしれない。

秀吉像

 秀吉が、黄金のきらめきに、いかに魅せられるようになったか。
 司馬遼太郎さんは、秀吉と黄金との遭遇を、『新史・太閤記』 の一節で、実に上手に綴っている。

 舞台は、今川義元が統治する駿府 (すんぷ) の城下町。
 一人の物売りの青年が、この城下町に登場する。

 まだ、「秀吉」 とも 「藤吉郎」 とも呼ばれていないこの青年は、その場面では、ひとこと 「猿」 と呼ばれているに過ぎない。

 猿が、街道脇の茶店で、餅を食っていると、
 「故郷 (くに) へのみやげ話に、良いものを拝ませてやろう」
 と、茶店の老人が寄ってくる。
 当時でも珍しい小判だ。
 猿は、目もまばゆい小判を一枚、手のひらに載せてもらう。

 ……猿は、反応の正直な男だ。その目もくらむような黄金通貨を手のひらに載せられたとき、「ひっ」 
 と、火傷したように全身を慄 (ふる) わせた。
 土間の者はどっと笑った。
 「遠慮は及ばぬ。よく拝め。それが世に喧 (かまびす) しい駿河小判というものだ」
 重さは二十四~二十五匁 (もんめ) はあるだろう。
 黄金の含有量はきわめて多く、あたりを明るくするほどの輝きを放っている。
 この物質の色は、猿が生涯、もっとも好む光色 (こうしょく) になったものだが、この物質の出会いにおいて、猿は、感動のあまりほとんど慄 (ふる) え続けていた。

 …と、司馬さんは書く。
 もちろん、本当にあった話かどうかは分からぬ。
 たぶん、創作だろう。
 しかし、この小さなエピソードは、天下人となった秀吉が 「黄金の茶室」 をつくるようになるまでの運命を、何よりも上手に暗示してはいないだろうか?

 一流の小説家は、やっぱりうまい文章を書くものだ。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

「野良犬」を観た

《昔の映画の現代的鑑賞法 3 「野良犬」 》

 黒澤明は、やはりわれわれ団塊の世代の人間が、映画を語るときに通り過ぎることのできない監督だ。
 黒澤明の作品を観たことがない人でも、スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、サム・ペキンパー、フランシス・コッポラ、クリント・イーストウッドらの仕事を通じて、どこかで “黒澤の影” を見ているはずだ。

 私も 「老後」 の楽しみとして、古い映画のDVDを集めている人間なので、いつかは、この黒澤明のメイン作品をすべて揃えたいと思っているのだが、まだ、黒澤映画はひとつも持っていない。
 だって、シリーズがセットになっていて、高いのだ。

 だから、今回はレンタルショップで借りてきた 『野良犬 (のらいぬ) 』 の話。

野良犬ポスター

 時代設定は、終戦直後。貧しかった時代の日本の風景が、ふんだんに出てくる。

 CGを駆使して 「昭和」 を再現した 『三丁目の夕日』 という映画があったが、そこで描かれた作り物の 「昭和」 と異なる、本物の 「昭和」 の手触りがある。
 なんだか、タイムスリップした気分だ。

 ホコリの舞い上がる、砂利だらけの道路。
 走っているのは外車だけ。
 民家は、あばら家。
 あばら家の庭には夏草が生い茂り、その先には、アジア風の茫漠たる田園風景が広がっている。

 日本ではないみたいだ。
 テレビの 『世界ウルルン滞在記』 を見ているような気分になる。
 昭和24年の日本というのは、こんなに貧しかったのか、ということが分かる。

 しかし、その 「貧しさ」 に、とてつもない豊かさが潜んでいる。
 たぶん、夏草が勢いよく生い茂っている情景が映し出されていたからだろう。
 人々の暮らしは貧しかったが、代わりに、自然はみずみずしい生命力を保持していたという 「情報」 を、そこから読み取ることができるからだ。

 刑事ドラマの走りといわれた作品らしく、犯罪捜査に関わる刑事たちの生活が生き生きと描かれている。

 しかし、どこかみな日本人でないように見える。
 一言でいうと、みな 「熱い」 。

 登場人物が、ことさら怒ったり、喜んでいるわけでもないのに、人々の何気ない日常会話が、火傷しそうに熱い。
 必死にしゃべり、必死に尋ね、必死に生きている。
 黒澤明の演出によるものだが、おそらく当時の日本人の 「感性」 がそうだったのだろう。

 そういう演技を、今の役者がドラマで行ったら、たぶん視聴者から 「くさい芝居」 とそっぽを向かれるか、ギャグのネタにされてしまうに違いない。
 しかし、この映画に出てくる役者たちの暑苦しい演技は、この時代の風景の中に違和感なく溶け込んでいる。

 比喩的にいえば、エアコンが普及した時代と、普及していない時代の差である。
 エアコンのない時代は、役者が、自分の顔の汗を拭きとるだけで、その役者の表情に 「動き」 が生じた。

 エアコンが普及した現代は、役者の表情からも、本物の 「動き」 が消えた。
 それは、人間関係をクールに処理することがスマートだと評価される現代社会の構図を、そのままなぞっている。

 逆に、この映画の時代を生きた人々が、もし現代のテレビドラマなどを見たら、その人間味のあまりもの希薄さ (うそ臭さ) に、鬼気迫るものを感じるかもしれない。
 それほど日本人は、遠いところまで来てしまったのだ。

 『野良犬』 のなかで、男たちはやたらと煙草を吸うが、空気汚染や、大気汚染、地球環境温暖化という恐ろしい問題も起こっていなかった。
 貧乏から脱出するために、人を殺してしまった悪人はいるが、泣き声がうるさいために、自分の子供を殺す親はいなかった。

 犯罪者を生む背景には、社会の貧富の差や貧困があるというのが、この映画のテーマ。
 しかし、社会は貧しくても、そこで生きている日本人が、より良い生活を求めてひたむきに暮らしていたという空気は伝わってくる。

 日本という国は、「幸せな時代」 を持ったといえる。

 主役を演じた三船敏郎も、名脇役の志村喬も、もうこの世にはいない。もちろん、監督の黒澤自身がいない。

<追記>

 なお、かつての読売ジャイアンツの名選手、長嶋茂雄のエピソードをひとつ。

 立教大学の野球部に在籍していた長嶋は、後輩たちをねぎらうために、当時公開中から大評判だった 『野良犬』 を見せてやることを思いついた。

 後輩たちは大喜び。
 そのうちの1人が、「先輩、何の映画ですか?」
 と尋ねると、
 長嶋茂雄は、平然と、元気よく
 「ノヨシケンだぁ!」
 と叫んだらしい。

 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:59 | コメント(2)| トラックバック(0)

深夜の首都高

 深夜3時の中央環状線。
 首都高6号から入って、千住新橋から箱崎にかけての東京の夜景が、やけにきれい!

 右に、左に弧を描いていくハイウェイの曲線に沿って、ライトポールの灯りも黄金色のウエーブを描く。

夜の首都高1

 やっぱ、町っ子なのかな。
 ネオンライトが大好きなんだよ。

 いいよ、ヒューマンソウル。
 とっくに解散しちゃったバンドだけど、SILKY藤野のファルセットと、JAYE公山のテナーの組み合わせは最高だったな。
 日本人のくせに、マンハッタンズとか、デルフォニックスの匂いがぷんぷん漂うような音を出していたよな。

 そいつを聞きながら、コマンダーのハンドルを握って、深夜の首都高を駆け抜ける。

 ヒューマンソウルの 「ラブベルズ」 の次の曲は、ダブルの 「ラブ・オブ・マイン」 。

 SACHIKO姉さん死んじゃったけれど、TAKAKO頑張ってるな。
 
 オリジナルテープなんだよ。
 自分で、好きな曲だけセレクトして…
 アーチストもレーベルも無視。統一性まったくなし。
 いいんだよ、聞くのは、自分だけなんだから。

 情けないけど、いまだにテープで、音楽聞いてんの。
 コマンダーには、ラジオとテープデッキしかないんだよ。
 そのラジオも、AMはかろうじて入るけれど、FMは日本の周波数と合わなくて、まったくキャッチできないんだよ。

 でも、いいんだ。
 窓全開。
 エアコン切って、たっぷり外の風入れて…
 どっちみち、風切り音で、音の微妙なニュアンスなんて分からないんだから。
 テープだって、CDだって、関係ないんだ。

深夜の首都高2

 お次の曲は、小柳トムの 「うちひしがれても」 。
 バブルガムブラザース時代の曲。
 バブルガムは、演歌のフレイバーが効いた曲が多かったけれど、ご愛嬌。
 でも、この 「うちひしがれても」 は、日本語のソウルミュージックの傑作だよね。
 いまどきJソウルでは、ゴスペラーズとか、ミーシャなんか上手いと思うけれど、あの時代のブラザートムの熱い情熱もなつかしい。

 鈴木聖美の 「TAXY」 なんかも、歌謡曲として聞いていた人が多いのかもしれないけれど、あれもSOULバラードに思えたな。

 これから、家に帰って、「東北キャンピングカーショー」 のレポートを書かなくちゃ。
 けっこう新車あったよ。
 みんな、頑張っているよね。
 日本のビルダー、レベル高い。
 
 おっと、空が白んできた。
 
 …あれ、竹内まりやの 「夏の恋人」 。
 少し、今までの曲の流れと外れたけれど、ま、いいか。

 夏のけだるさと甘さが切ないよね、この曲。
 秋なのに、瞬間、 「夏」 が戻った。

 山下達郎、やっぱいい曲書くな。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 06:49 | コメント(2)| トラックバック(0)

ナンパに行くぞ!

 俺が昔いた職場ってのはさぁ、けっこう独身男性が多かったんだよ。
 それも、みんな30近くになってもさぁ、女友だち1人いないってやつ。
 俺もそうなんだけどさ。
 
 で、みんな給料日には仲間同士でキャバレーに行くことだけが楽しみなの。
 学生時代から女とデートするなんて生活とは、無縁な人生を送った人たちなんだよね。

 で、独身男性をたばねていた30過ぎの先輩が1人いてさ、そいつが例によって焼き鳥屋で飲んだ後に、
 「今日はキャバレーじゃなくて、ナンパに行くぞぉ!」
 って、ラッパを吹き鳴らしたのよ。
 行き先は、六本木だっていうのね。

 みんな、そんなところで飲んだことないからさ。
 「おお!」
 とか叫んで、意気軒昂 (いきけんこう) なんだよね。
 六本木に行けばさぁ、男から声をかけられるのを待っている女が、ごまんといるようなイメージ持っているらしくてさ。

 で、言い出しっぺの先輩が、陣頭指揮とってさ、
 「相手がテーブルに来ても、お触りは厳禁だぞ。手を握るぐらいにしておけよ」 なんて、俺たち後輩を指導するわけよ。
 ああ……キャバレーのイメージでいるな……と思ったけど、まぁ、そいつに従うふりしてさ。

 さらに、そいつが仕切るのよ。
 「外に連れ出すまで、絶対会社の名前を明かすなよ」
 …だって。

 要は、いかにも零細企業みたいなウチの会社の名前出してさ、安サラリーマンみたいに見られるのが嫌だってことを言っているわけだけど、そんなの、着ている服とか顔つき見りゃ一発で分かるのにさ。

ディスコ

 で、ディスコに入って、テーブルに案内されて、ドリンクもらって…。

 そのあと何したらいいのか、みんな分からないわけよ。
 踊りも知らないからさ。
 座ったまま、みんなで宴会みたいに手拍子打ったりして、俺たちの席だけ異様なのよ。

 そのうち、みんなもここに来た目的を思い出して、
 「あの女どう?」
 「こっちはどう?」
 なんてささやき始めるんだけど、席を立って話にいくなんてヤツは1人もいないの。
 キャバレーと違って、女が向こうから歩み寄って来る場所でないことを、やっとみんなが理解した頃には、もう時間でさ。

 しかし、店を追い出されてからも、みんな欲求不満が解消しないんだよね。
 周りはみんなカップルばかりでさぁ。
 時計を見ても、「夜はこれから!」 って時間だしさ。
 ほら、六本木ぐらいになると、街のネオンなんかもアカ抜けてんじゃん。
 今さら、いつもの場末のキャバレーに遊びに行くっていう気分じゃなくなっちゃったわけ。

 「よし、街歩いている女に声をかけよう」
 先輩が、また方針を提起するのよ。
 「いいねぇ!」
 「いいねぇ!}
 って、みんな盛り上るんだけどさぁ。
 さて、誰が声をかけるか…

 実際に、声をかける段階になると、みんな腰が引けちゃうわけ。

 「トップバッターは……」
 と、先輩が、俺たちの顔を1人ずつ眺め回してさ。
 「よし、お前だぁ!」
 と指名されたのは、そういうのが最も苦手という、おとなしいヤツでさ。
 
 「ダメ、ダメ! 俺はダメ!」
 指名されたヤツも必死の抵抗よ。
 
 その先輩。
 後輩を“手下” に使うんだけど、自分では、絶対手を汚さないんだよな。
 まるで、部下に特攻を命じておきながら、自分は敬礼して送り出す上官みたいなヤツでさ。
 そういう先輩だと、やがてみんなから信用されなくなっちゃうよな。

 「じゃ、ジャケンだ」
 って、ことになったの。
 カップルが行き交う道のど真ん中でさ、大の大人が4~5人集まってジャンケンってのが、もう異様だよな。

 で、負けたんだよ、俺。
 もうヤケッパチでよ。
 
 マスカラの上に10円玉を乗せても落ちねぇって感じの、厚化粧の女2人組がいてよ。
 特攻隊の気分で、背中から声かけたのよ。
 「飲みませんか?」
 ってね。

 そういう所を歩いている女たちってのは、声かけられ慣れているんだね。
 2人とも振り返って、
 魚市場に荷揚げされたマグロを値踏みするような目でよ、俺のことを、一瞬のうちに値踏みして、
 「はい、消えたぁ!」
 だってよ。

 で、ようやく、みんな自分たちが、場違いの場所にいることに気づいてさ。
 最後は、みんなラーメン屋に入って。

 俺たちは普通のラーメンだったけれど、その先輩だけはチャーシューメン。

 ところが、いざチャーシューメンが自分の前に来ると、その先輩、
 「なんだか、ムネヤケしてきたな。飲みすぎかな…」
 なんていって、チャーシューを1枚1枚ハシですくって、俺たちのドンブリに入れてくれるわけよ。
 「まぁ、食え、食え」 って、妙に優しくてさ。

 もしかしたら、空ぶりに終わった今晩のナンパを反省して、俺たちに、気をつかってくれたのかもしんないね。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

水戸黄門が面白い

 最近、自分の中で 「ジジイ化」 が加速度的に進行している。
 そのひとつが、テレビドラマ 『水戸黄門』 を観るようになったことだ。

 「水戸黄門と演歌が心地よくなってきたら、ジジイの仲間入り」
 などと、昔、友だちに言われたことがある。

 演歌は昔から好きだったから、すでにジジイ化が進行していたわけだが、『水戸黄門』 を観るようになって、押しも押されもしない 「真性ジジイ」 になったのかもしれない。

TV水戸黄門

 で、このドラマ。
 放映時間が、関東では月曜日の午後8時というゴールデンタイム。
 家に早く帰ってきたときは、ちょうどわが家の夕食の時間にぶつかる。

 食事をしながらテレビを見ることになるわけだが、いつも8時ジャストに帰れるわけでもないので、ドラマなどは、途中から観ることになる。

 途中から観ると、普通のドラマは、話の筋がまったく分からない。
 しかし、『水戸黄門』 だけは、どこから見ても話の筋がつかめるので、大いに助かる。
 まず、誰が悪人なのか、顔を見るだけで特定できるのがいい。

 現代サスペンスだと、いちばん良さそうに見えた人が、実は真犯人だったりするので、とても紛らわしいし、疲れる。

 しかし、『水戸黄門』 の場合は、悪代官も悪徳商人も、イッヒヒヒ…と笑うとき、ヒヒヒの前に 「イ」 を付けてくれるので、とても分かりやすい。

 悪人たちを懲らしめるシーンにも、常に変化がある。

 大詰めが近づくと、助さん、角さんが大暴れ。
 ある程度、悪者が痛めつけられると、ご老公が、
 「助さん、角さん、もういいでしょう」
 と、決めのセリフをいうのだが、
 このときに、
 「助さん、角さん、もういいでしょう」 というパターンと、
 「助さん、角さん、もうよかろう」
 という二つのパターンが用意されている。
 今日はどっちかな…と予想しながら観るのが、とても楽しい。

 悪人たちの隠れ家に、「風車の弥七」 が乗り込むときもカッコいい。
 どこからともなく、針のように尖った風車が飛んできて、悪人たちが悪だくみしている、そのど真ん中に突き刺さる。

 弥七は、どうして、あんなに上手に風車を飛ばすことができるのか。
 鍛え抜かれたプロの技術に、いつも驚嘆する。
 うまく刺さるかどうか。本人には、人に言えないプレッシャーがあるだろうに、弥七は、必ずニコニコ笑って登場する。偉いものだ。

 神経をすり減らしてまで、事前に風車など飛ばさなくても、さっさと悪人たちの前に踊り出て退治すればいいじゃないかと、私などは思うのだけれど、弥七は、自分のスタイルを崩さない。
 昔の人は、常に 「美学」 を持っていたのだな…と分かる。

 しかし、この番組にまったく文句がないわけではない。

 やっぱり悪役が弱すぎると、正義のヒーローの活躍にも輝きが生まれない。
 そのために、悪人たちには、もっと賢くなるための学習をしてもらいたい。

 すでに40年近く、水戸黄門は全国を歩き回っているのだから、各地の悪人たちは、「二人の若衆を従えた隠居姿の老人」 が現れたら、いい加減に、それが水戸黄門ではないかと疑ってもいいはずだ。

 なのに、毎回 「葵の印籠」 が掲げられるまでは、
 「ジジイ! 貴様いったい何者だ?」
 などと、のんきな質問を繰り返している。

葵の印籠

 こういう悪人たちの失態を防ぐために、悪人同士のネットワークの強化を望みたい。
 たとえば、加賀あたりの悪代官は、越中あたりの悪代官に、
 「おい、そっちの方に北上したぞ」
 などと教えてやったりすればいいと思う。

 しかし、そのへんは一向に改善される気配が見えない。
 江戸時代の 「情報」 伝達速度は、それほど遅かったのだろうか?
 確かに、早馬を飛ばしたりするのはコストがかかるだろうから、伝書バトとか、いろいろ研究してもらいたいものだ。

 また、悪人たちの危機管理意識の甘さにも、苦言を呈したい。

 水戸黄門が現れるのは、毎週月曜日と決まっている。
 各地の悪代官は、せめて月曜日には、目立った悪さをしないとか、悪徳商人と会合を開かないとか、そういう防衛策を講じられないものだろうか。

 1週間のうちの1日だけ、悪事を我慢すればいいものを、よりによって月曜日に悪さをするから、水戸黄門ご一行に見つかってしまう。

 もう少し頭を使った悪人たちが育ってくれば、さらに緊張感も高まり、ますますこの番組の人気も高まっていくように思える。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:05 | コメント(8)| トラックバック(0)

ローマの休日

《昔の映画の現代的鑑賞法 2》
「ローマの休日」

 『 ローマの休日 』 といえば、往年の映画ファンにとっては、洒落た恋愛映画の代名詞みたいなもの。
 たぶん、私ぐらいの年齢の人間は、これを映画館で見なかったとしても、その後何度もTVで放映されたときに、一度は観ているはずだ。

 だが、こいつも、私は今回はじめてDVDで観た。

ロマ休DVD

 ピュアな恋愛ドラマだと思っていたが、第二次大戦後のアメリカとヨーロッパの関係が非常によく分かる “歴史ドラマ” になっている。
 これを観ると、ヨーロッパ人に対するアメリカ人のコンプレックスと同時に、アメリカ人に対するヨーロッパ人の屈折したエリート意識などが、手にとるように分かる。
 今なら、こういう映画はつくれまい。

 ストーリーは単純。
 オードリー・ヘップバーン扮するヨーロッパの小国の王女と、グレゴリー・ペック扮するアメリカ人新聞記者が、ともに自分の身分を隠して、ローマで1日だけの休日を楽しむという話だ。

ロマ休2

 舞台となるローマは、ご存知のように、第二次大戦でアメリカに負けたイタリアの首都。
 戦勝国と敗戦国の力関係を反映してか、この時代、イタリア在住のアメリカ人が 「特権階級」 であったことが分かる。
 たとえば、グレゴリー・ペックが演じるアメリカ人記者が、交通違反をしても、自分の身分を明かしただけで放免になってしまう。

 しかし、アメリカ人は、戦いに勝ってもけっして驕 (おご) り高ぶってはいない。
 …と、もちろんハリウッド映画なわけだから、そう強調されている。

 グレゴリー・ペックが演じる記者は、自分の仕事に自信を持ち、ユーモアのセンスを発揮し、金儲けの企画も上手だ。
 そして、見ず知らずの女性を部屋に泊めても、まったく野卑な下心を持たない紳士として描かれる。
 彼の役割自体が、新しく世界のリーダーとなったアメリカを体現しているといえるだろう。

 一方、彼が出会ったヨーロッパの王女は、貨幣価値さえ分からないため、宮殿を出てしまえば、日常生活すらまっとうできない。
 そのため、世間知に富んだアメリカ人記者の保護がなければ、満足に都市観光もできない。
 
 平民の現実主義を貫くアメリカ文化と、庶民感覚に乏しいヨーロッパ貴族文化の寓意が、そこに成立している。
 れっきとしたクラス (階層) というものが存在するヨーロッパ社会の閉塞性と、階層社会のないアメリカの自由というものが、そこで対比されているといってもいい。

 にもかかわらず…、というところが、面白い。
 このヨーロッパ王家の姫君は、アメリカ人記者も舌を巻くような教養を持ち、美しく洗練された挙動を身に付けている。

 幼女のようなナイーブさと、老熟した哲学者のような英知。
 そして、一挙手一投足が、バレリーナの舞いのように鍛え上げられた振る舞い。

ロマ休バーン

 そういう王女の描写には、一夕一朝には形成しえないヨーロッパ貴族文化の厚みが表現されている。

 同じ新興勢力であったファシズムには勝てたアメリカだが、2000年以上の蓄積を誇るヨーロッパ文化の前には、どうも気後れしてしまう。
 その 「苦笑い」 の感覚が、この映画全体に、ある種のユーモアを引き寄せている。

 映画は、俗世間では無敵のアメリカ人記者が、結局は、ヨーロッパ人王女の魅力にほだされて、せっかく手に入れた特ダネを放棄するという結末を迎える。

 アメリカの持っているパワーと金だけでは、ヨーロッパの伝統社会からは対等に扱ってもらえないことを自覚した当時のアメリカ人の、ヨーロッパに対する憬れと屈折を描いたような映画だ。

 この映画が撮られてから50余年。
 アメリカの軍事力と経済力は、人類史上最強の規模を誇るようになった。
 もうグレゴリー・ペックの扮したアメリカ人記者のように、ヨーロッパ文化にコンプレックスを抱くアメリカ人は、いないかもしれない。

 だから、このような物語がアメリカから生まれることは、もうない。

 しかし、この映画は、そんな面倒なことを考えずに楽しめる作品であることは確か。
 ここに描かれる恋愛は、悲恋ではあるがカタルシスがあり、恋愛のポジティブな面だけを美しく描き切ったという意味で、誰もが認める名作であることは間違いない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

お祭り好き

 「お祭り好き」 という言葉には、文字どおり、行事としてのお祭りが好きだという意味と、「騒ぐことが好き」 という意味がある。
 私は、行事としてのお祭りも好きだし、騒ぐことも好き。

 だから、町の神社の秋祭りなどが近づいてくると、1週間ぐらい前から落ち着かない。

お祭り太鼓1 お囃子1

 太鼓の打ち出しが何時から始まり、神輿 (みこし) の宮出し・宮入りが何時で、どこの通りを練り歩くのか。
 そんなことを調べながら、
 「当日は、何時にはどこそこの場所で写真を撮り、次はどこに移動!」
 などと、家の中のみんなに号令をかけている。

 といっても、カミさんと犬がいるだけで、しかも、どちらも祭りに興味がないので、もっぱら 「独りで騒いで、独りで出かける」 という段取りとなる。

 騒ぐといっても、実際にハッピを着て、神輿を担いだりするのか?
 というと、そこまではやらない。
 「口だけのアウトドアマン」
 という、理屈だけはこねるけれど、野外に放り出されると何もできない人種がいるけれど、まぁ、私なんかは 「口だけのお祭り好き」 。

 とにかく、若衆が神輿なんかを担いでいる姿を見るだけで、突然、目頭が熱くなって、ジワーッと感動がこみ上げてくる。

お祭り神輿3 お祭り獅子舞

 大太鼓のそばに寄って、そのドドーンという音を聞いただけでも、涙がジワー。

お祭り太鼓3 お祭り太鼓4

何でもウチの町の太鼓は、全国でも一番大きな太鼓だといわれていた時代があったらしい。その後、もっと大きな太鼓が出てきて、全国で2番目になったとか。今は何番目なのかよく知らない

 この、太鼓の音を聞いたとたんに滲み出てくる 「涙」 の正体が、自分でも分からない。
 昔からそうなのだ。

 よく、「この映画、絶対泣けます!」
 といわれる映画で、周りの観客が目頭をハンカチでぬぐい始めても、私はシラッとしていることが多い。

 泣ける小説
 泣ける映画
 泣けるドラマ

 と、世間でいわれるようなものに接しても、どこで泣いていいのか、それが分からず、うろたえてしまうことが多いのだが、祭りの大太鼓が腹に響くと、とたんに泣いてしまう。

 きっと、深層心理といわれるものの中に、その秘密を解くカギがあるのだろう。
 母親が、お乳を与えた後に、子守唄がわりに太鼓を鳴らしていたとか。
 ベビーカーが神輿の形をしていたとか。

 この日曜日は、朝から1日中、町の祭りを見ていた。

 昔は、テープレコーダーまでわざわざ持参して、太鼓の音を収録したものだが、家に帰って聞き直しても、腹にズズーンと響く迫力まで再現できない…という、当たり前のことが分かってからは、音はあきらめた。

 代わりに、写真を撮ってまわった。

お祭り神輿4 お祭り神輿1

 ボーズ頭で、眉を細くして、亀田興毅選手みたいに周りをにらんでいるような若衆が、なんで頭に手ぬぐいを巻いて、ハッピを着ていると、とたんにカッコよく見えるのか。
 その不思議さは、ヤンキー系の女の子が、頭に手ぬぐいを巻いて神輿をかついでいると、ものすごく美人に見えるのと同じ、 「祭りの七不思議」 のひとつだ。

 きっと、神輿というのが、やっぱり神様の乗り物だからだろう。

 「神さま神輿に降り来たりて、民を祝福せんとす」

 実際に、そう思える瞬間がある。
 西日を浴びて、黄金色の神輿が、ひときわ燦然 (さんぜん) と輝くとき、
 確かに、「神様が訪れたな」 と感じることがある。

お祭り神輿2 お祭り獅子の顔

 怖い系の若衆も、ヤンキー姉様も、その神様の祝福を受けて、みなきれい!

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

「渚にて」観た

《昔の映画の現代的鑑賞法1 「渚にて」 》

 「老後の楽しみ」 として、少しずつ貯めていた古い映画のDVDを、最近、貯金を切り崩していくように、時間があれば観るようになった。
 これは、ひょっとして、もう 「老後」 が始まったということかもしれない。

 古い映画を観ることの面白さは、その映画が撮られた時代の 「気分」 とか 「匂い」 を知ることによって、逆に、今の時代が見えてくるところにある。
 そのことによって、われわれは何を得て、何を失ったかが分かる。

 『渚にて』 は、1959年にスタンリー・クレーマー監督が撮った、人類の滅亡をテーマにした近未来SF映画。 (リメイク版の 「エンド・オブ・ザ・ワールド」 もあるようだが、そっちの方は観ていない)

渚にてDVD

 で、この 『渚にて』 の方は、封切られてから50年近い歳月が経っているというのに、何か、ここには、とてつもなく、新しい種類の感動がある。

 その 「感動」 の質を見定めることが、われわれの生きている時代を知ることになる。

 原作はネビル・シュート (小説の方も良かった!) 。
 映画の出演者はグレゴリー・ペック、エバ・ガードナー、アンソニー・パーキンス他。
 分類でいうと、核戦争後の地球を描いたSFものということになるのだが、阿鼻叫喚のパニックシーンを見せる映画ではない。

 1964年に勃発した (…ことになっている) 「第三次世界大戦」 の核被害によって、北半球の人類は滅亡。
 南半球は、直接の被爆をまぬがれたが、死の灰が南半球まで及んでくるのは時間の問題という、せっぱ詰まった状況に置かれたオーストラリアが舞台となる。

 核爆発の時に、たまたま深海に潜っていたアメリカの原子力潜水艦が1隻だけ助かり、死の灰を逃れオーストラリアの軍港にたどり着く。

 ストーリーは、その潜水艦の艦長であるグレゴリー・ペックと、彼がパーティで知り合った地元のオールドミス (エバ・ガードナー) との、淡くて短い恋愛を軸に展開する。
 それに絡んで、オーストラリア海軍の若い将校夫婦や、核開発にも関わったことのある科学者たちのエピソードが散りばめられる。

 南半球で暮らす人々にも、もう残された月日は、あと5ヶ月!
 だが、迫り来る核汚染を防ぐ手立ては、もう失われてしまっている。

 世界の滅亡が秒読みになったとき、人々は無秩序な暴徒と化するのか、それとも、人間の尊厳を保ち、秩序正しい社会を維持しようとするのか。
 この映画は、人類が直面する究極の問いかけを投げかけているようにも思える。

 画面では、死を覚悟したオーストラリア国民が、パニックに陥ることを懸命に回避して、休日には渓谷のマス釣りを楽しみ、海岸で海水浴をして、自動車レースを楽しもうとする情景が描かれる。

 豊かな緑に囲まれた牧場。
 帆に風をはらんで海原を駆けるヨット。
 家族や仲間で楽しむ川原のバーベキュー。
 
 それがこんなに美しく、いとおしいものだとは…。
 観客は、いつしか 「滅亡する人類」 の視点で風景を見つめていることに気づく。
 
 感動したというのは、実はその 「ありふれた平和な風景」 の描き方なのだ。

 単に、「美しい風景」 や 「優しい風景」 というのであれば、撮影機器や画像処理のテクニックが進歩した現代の映画やTVドラマの方が、ビジュアル的に優れた風景を再現できることは、分かりきったことだ。
 ただ、そこに 「かけがえのない…」 という哀切感を盛り込むことができるかどうか。

 CGが高度に発達した時代を生きる現代の監督は、核爆発によって都市や人間が死滅していくリアルな映像を簡単につくり出すことができる。
 しかし、平和な日常生活がいかに貴重であるかを訴える映像は、CGのテクニックをいかに研ぎ澄ましたところで、実現できるものではない。

 それは、「ありふれた生活」 を一瞬のうちに崩壊させてしまう、戦争のむごたらしさを経験した人間の視線からしか生まれてこない。
 1950年代は、まだ第二次大戦の惨禍が、人々の胸に強烈な印象として残っていた時代だったのだ。

 映画は、アメリカ兵たちが潜水艦に乗り込み、再び故郷のあるアメリカ大陸に帰っていくところで終わる。

 すでに、北半球に 「アメリカ」 という国はない。
 あるのは、高層ビルが墓石のように取り残された、無人の大地でしかない。
 それでも、アメリカ兵たちは、「どうせ死ぬなら、最後は故郷で眠りたい」 と、人影の絶えた北米大陸に戻っていく。

 滅亡の訪れを静かに待つオーストラリアの港が、やがて点のようにかすんでいくのを見届けると、潜水艦は、死の灰を少しでも避けるかのように、深海へと潜航を開始する。
 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:38 | コメント(4)| トラックバック(0)

カラオケ対決

 「カラオケ」 が好きなのである。
 でも、いわゆる 「カラオケボックス」 が好きではない。
 あれは、身内だけのコミュニケーションの場だ。
 ま、早い話、仲間同士で誉め合ったり、あるいは、話すと面倒くさい上司なんかに、とりあえず、
 「部長の美声をまた聞かしてくださいよ!」
 とノセておいて、仕事の延長の小言を回避する場所だと思っている。
 
 やっぱ面白いのは、顔も知らないお客たちが集まってくるスナック。
 その場の空気を読んで、
 「今この場で、何を歌えば自分に注目が集まるか」
 ということを、いやらしく計算しながら、歌を選んでいくのが面白い。

 昔、出張などで、知らない都市のビジネスホテルなどで泊まるとき、仲間が寝静まった後に、必ず1人だけホテルを抜け出して、街のカラオケスナックに行った。

 顔見知りなど、誰もいない。
 常連同士が、お互いに誉めあった、仲間内で評価される歌を披露し合っている。
 そういう店の、隅っこの方にひっそりと席を取り、ころあいを見計らってリクエストを入れる。

 誰も、私のことを知らないから、もちろん拍手など来ない。
 でも、あきらかに、私の歌った歌に対抗して、同じアーチストの曲で、自分の方がうまく歌える…なんて思っているヤツが、ライバル意識を燃やしてリクエストを出してくる。

 そういう 「時」 が面白い!
 なんだか、「道場破り」 のような気分が味わえる。
 自分でも、いやらしい性格だと思う。

 しかし、さすがに、そんな遊びから遠ざかって10年ぐらい経つ。

 さっきまで、街に繰り出して、カミさんと飲んでいた。
 出来上がって、久しぶりにカラオケでも歌おうか…という話になった。
 一軒目の店。
 初めて入った店だが、地元のお爺ちゃんお婆ちゃんが、昭和30年代ぐらいの演歌を歌っている。
 
 こういう雰囲気も好きだ。
 三橋美智也の 「夕焼けとんび」
 村田英夫の 「夫婦春秋」

 そんな選曲で、とりあえずの拍手を受ける。

 2件目の店。
 若者が多い。
 ちょっと古いけれど、Tボランの 「離したくはない」 。電気グルーブの 「シャングリラ」 などで若者に迎合して、拍手をもらう。

 たわいもなく、いい気分。

 そうしたら、その店 (稲穂) の常連らしき女性が1人で入ってきて、カウンターに隣り合ったよしみから、会話がつながった。
 なかなかの美人。
 自分のことを 「セッちゃん」 と呼ぶ。
 カミさんは、すっかり彼女のことを気に入って、妙に酔っ払い同士で意気投合してしまう。
 
 私は、面白くない。

 で、もっぱら私は歌専門。

 …したら、その 「セッちゃん」 が私を挑発してくるのだ。

 「チャゲ&飛鳥」 の歌をいくつ歌えるか? というのだ。

 “カラオケ道場破り”を楽しんでいた時代の記憶がムクムク。

 お互いに、チャゲアスの歌を、どれだけ多く知っているか。また、その知っている曲を、どれだけうまく歌えるかという合戦が始まった。
 で、何曲目かで、私は、自分の切り札としてとって置いた 「SAY YES」 をリクエスト。
 これで、“無謀な戦い” を挑んできた 「セッちゃん」 に鉄槌を下せるつもりでいた。

 ところが、歌い始めたら、メロディに歌詞が乗らない。
 曲そのものを、忘れてしもうているのだわ!

 「勝ったぁ!」
 セッちゃんが、小憎らしいガッツポーズを挙げた。

 次は、徳永英明のカラオケ合戦を挑まれた。
 今度は、私が先行を取って、最も得意とする 「壊れかけのRadio」 をかましたのだが、またしても、歌い上げるところのメロディが、記憶から飛んでいる。

 ぎゃ!
 またしても、「セッちゃん」 の 「勝ったぁ!」 のガッツポーズにひれ伏すことになった。

 悔しい!

 なんだかかんだで、時計を見たら、もう深夜の2時を過ぎていた。
 カミさんは、「もっと飲もう!」 モードだったが、私は、これ以上この戦場に踏みとどまっても、カラオケ合戦に勝てる自信をなくしてしまった。

 「セッちゃん」 とは、また会うことになった。
 「カラオケ合戦の続きをしよう」 というのである。
 なんだか、彼女は、私たち夫婦をいたく気に入ってくれたらしい。

 でも、歌うテーマが決められてしまった。
 次は、ユーミンと中島みゆき対決。

 とりあえず、ユーミンに関しては、私が 「荒井由美時代」 を受け持ち、彼女が 「松任谷時代」 を受け持つことになった。
 中島みゆきに関しては、「悪女」、「わかれうた」など、私の得意とする歌は、みな彼女に予約を入れられてしまった。

 この不公平さに対する抗議は、うちのカミさんから却下。
 「女性に対して、自分の最も得意とするものを譲ってこそ、男だ」
 ということになるらしい。

 なんでだよぉ…

 この対決の顛末は、また、このブログで紹介したいと思う。 

emily_test001
 
 飲み屋ネタ 「ニセ台本作家」
    〃   「ママさんの会話術」
     〃   「カウンターの中」 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 04:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

シンポジウム概要

 昨日お知らせした、日本RV協会 (JRVA) さん主催のシンポジウム 『より良きくるま旅を目指して』 にご出席いただけるパネラーの方々をご紹介いたします。

① ジャーナリスト 中島祥和 (なかじま・よしかず) さん
 
 ジャーナリズムの世界で活躍されている中島さんは、今回のシンポジウム開催の大きな動機となった、「車難民を増やすな」 (ブログ報知 = ムダ道中世界一周) という記事で、キャンピングカーユーザーのマナー意識に警鐘を鳴らしてくださったご本人です。
 
 今回のシンポジウムでは、キャンピングカーユーザーのマナー意識に対して、舌鋒鋭い辛口のコメントをいただきながら、報道のプロとして、業界関係者が思い至らなかったような新しい提案をいただければと願っています。

● 中島さんプロフィール = 1961年報知新聞社入社。1988年退社。モータースポーツの取材とともに世界を旅する。辛口コメントによる社会時評を綴ったブログも人気。


② 著述家 山本馬骨 (やまもと・ばこつ) さん

 ユーザー代表である山本馬骨さんは、キャンピングカーによる1ヶ月以上の旅を楽しまれるパワーユーザーとして、その体験を生かした 『くるま旅くらし心得帳』 という著書をものにされている方です。
 この夏も、2ヶ月に及ぶ北海道旅行を体験され、その旅の記録をご自分のブログで公開されています。

 山本さんには、マナーやゴミ処理の問題も絡めて、「くるま旅くらし」 という長期の旅のなかで、様々な出来事を解決してきたノウハウなどについて公開していただく予定です。

● 山本さんプロフィール = 1940年生まれ。企業内教育コンサルタントに関わりながら、キャンピングカーによる全国の旅を楽しむ。その体験を生かし、2006年に 『くるま旅くらし心得帳』 (新風舎) を執筆。


③ 陸前高田オートキャンプ場・モビリア支配人
  蒲生哲 (がもう・さとる) さん

 キャンプ場の代表者としてお招きする蒲生さんは、キャンプ場運営に関して、様々なアイデアを駆使し、キャンプ場の環境保全に、精力的な取り組み姿勢を示していらっしゃる方です。
 キャンピングカーユーザーの誘致にも積極的で、キャンピングカーが快適に泊まれる環境整備にも努力されています。

 蒲生さんには、キャンピングカーとキャンプ場の相性の良さを語っていただきながら、キャンピングカーユーザーに対するお願いなどもうかがう予定です。

● 蒲生さんプロフィール = 1963年生まれ。コンピューターエンジニアを目指して3年間専門的に学んだ後、水産会社のコンピュータールームでシステム構築に携わる。その後、JAC五つ星キャンプ場である陸前高田オートキャンプ場・モビリアの支配人としてUターン就職。バイク、ウィンドサーフィン、ヨットなどのアウトドアスポーツ万能。


④ アネックス代表取締役 田中昭市 (たなか・しょういち) さん

 キャンピングカービルダー代表であるアネックスの田中さんからは、今回のシンポジウムを開くようになったJRVAの趣旨をご説明いただき、「より良きくるま旅」 を目指すために、キャンピングカービルダーは、どのような商品を企画していけばいいのかをお話しいただくつもりです。

 また、地球全体の環境保全というテーマについて、「キャンピングカーには何ができるのか」 という興味深いお話をうかがえればいいと思っております。

● 田中さんプロフィール = 1959年生まれ。関西のキャンピングカーメーカー 「アネックス」 の代表として、キャブコン、バンコンなど様々なキャンピングカー開発に勤しむ。日本RV協会副会長・広報部長。

 上記の方々に、それぞれの立場からの問題点の指摘と建設的な視線による展望を語っていただいた後、視聴者を交えた質疑応答を展開したいと考えております。

 皆様のご出席を、心からお待ちしております。

 詳しいことは、直接日本RV協会さんに、メールでお尋ねください。
 E-meil info@jrva.com
 URL http://www.jrva.com

関連記事 「シンポジウム予告」

 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

シンポジウム予告

 9月27日 (木) に、日本RV協会 (JRVA) さんが主催するシンポジウム 『より良きくるま旅を目指して』 が、東京の池袋で開かれます。

 これは、本格的な普及の兆しを見せ始めたキャンピングカーと、そのユーザー層の広がりを見据え、一人でも多くのユーザーに、楽しい 「くるま旅」 を実現してもらうという趣旨のもとに行われるものです。

 このシンポジウムが企画されたのは、すでに、キャンピングカーユーザーのマナー問題に関して、そのネガティブな一面を拾った報道が、マスコミからも流れ出るようになり、マナー問題の解決を抜きにしては、「より良きくるま旅」 が実現しないのではないかという、JRVA」さんの危機意識が背景にあるからです。

 実は、この件に関しては、私もJRVAさんからご相談をいただき、シンポジウムの運営面で、ささやかなお手伝いをさせてもらうことになりました。
 JRVAさんとの打ち合わせにより、現在、次のような討議テーマを考えております。

 ① キャンピングカーユーザーの現在の使用実態はいかなるものであるか。そこには、どのような可能性と問題点が潜んでいるのか。

 ② ユーザーの宿泊場所として、将来はどのような場所がふさわしいのか。また、新しい宿泊施設として、どのような場所が開拓できるのか。

 ③ 宿泊・休憩などによって生じるゴミ問題、およびマナー問題などを解決するための有効な方法はありえるのか。

 ④ 環境保全が社会の要請としてクローズアップされるような時代を迎え、キャンピングカーを製造する者と使用するものが一体となって、社会に提案できるメッセージはあるのか。

 以上のようなテーマに沿って、各界の専門家にご出席いただき、それぞれの立場から、有意義なご提案をいただくつもりです。

 そこで、皆様にお願い。
 もし、このようなシンポジウムの席で、さらに討議してもらいたいテーマがありましたら、ぜひ、リクエストをください。
 
 もちろん、まだキャンピングカーを所有されていない方のご意見・ご提案も大歓迎です。
 JRVAさんとしても、私としても初めての試みですので、ぜひ皆様のご支援をいただけると助かります。

 そして、さらに興味をお持ちの方は、ぜひ当日ご参会いただき、熱い討議に接していただけることを希望します。

 会場等、詳しいインフォメーションに関しては、直接、日本RV協会 (JRVA) さんへ、メールでお問い合わせください。

 日本RV協会 (JRVA) info@jrva.com
 URL http://www.jrva.com

 明日は、パネラーとして、ご出席をお願いしている方々をご紹介いたします。

 関連記事 「ゴミを捨てない工夫」
 関連記事 「マナー違反への警鐘」
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:25 | コメント(8)| トラックバック(0)

ビッグイシュー

 都心の駅周辺で、商売っ気のない感じのオッサンが、素人っぽい表情を浮かべて売っている雑誌がある。

 『 ビッグイシュー (THE BIG ISSUE) 』

 ホームレスの自立支援を目的に販売されている雑誌だ。
 売っているのは、現役のホームレスの販売員たち。
 定価200円の雑誌だが、それを1冊売ると、そのうちの110円が販売した人の収入になるらしい。

 私は、この雑誌が売られているのを見ると、必ず買っている。

ビッグイシュー表紙

 チャリティ (救済) で、ホームレスの人を支援してあげようと思っているわけではない。
 いや、本当は、ホームレスの人に頑張ってほしいという気持ちがあるから買っているのだけれど、なるべく、自分でそういうことを意識しないようにしている。

 だって、読みもしないような雑誌を、チャリティ気分で買ってあげるなんて、なんか編集している人にも、売っている人にも失礼じゃないか。

 まがりなりにも、値段をつけて売っている 「商品」 である。
 商品であるからには、その商品の持っている価値に対して、お金を払うというのが、まっとうな考え方である。…だろう?

 だから、価値を認めなければ買わない。
 それでいいと思っている。

 ところが、これがまた、毎回面白いんだわ。
 なかには、200円なら安いと思えるぐらい、充実した内容の号もある。
 ま、ときには、自分の興味とズレる特集もあったりするが、概して、なかなか頑張った編集方針で、これで200円なら適正価格に思える。

 もともと、イギリスで生まれた雑誌らしく、巻頭は、たいていハリウッドスターや、大物ミュージシャンのインタビュー記事で飾られている。
 ニコラス・ゲージ、ジョニー・デップ、オーランド・ブルームなどが続いたりして、まぁ、なかなかお洒落で、贅沢な雰囲気を持った雑誌になっている。
 前号は、アンジェリーナ・ジョリー。
 最新号は、U2のボノのインタビューが載っていた。

 で、このインタビューがいつも面白い。
 たとえば、U2のボノは、自分たちは、イギリスのミュージシャンがよく影響を受けるアメリカの黒人ミュージックとは、距離を置いていると語っている。
 故郷のダブリンで流れていたブルースは、あまりにもお粗末で、物まねする気が起こらなかったとか。
 それでいて、彼らは、北アフリカの音楽には接していて、モロッコの伝統音楽であるジャジューカの楽士たちと共演するらしい。
 このへんの音楽については、自分も関心があったので、興味深く読んだ。

 「アイルランドのメロディの多くは、北アフリカにその起源を発しているんだ」
 とボノは言う。

 …なるほど。
 アイルランド文化の影響が濃かったリバプールに生まれたジョン・レノンが、「アイル・ビー・バック」 とか 「ノルウェイの森」 などという、不思議な旋律を持った曲を書けた秘密を、かいま見たような気がした。

 で、この 『ビッグイシュー』 。
 ホームレスの自立支援という明確なテーゼを持っているだけあって、ホームレスと呼ばれる人たちの立ち位置も、分かるようになっている。

 例えば、読者から寄せられる悩み事を、現役のホームレスがアドバイスする 「ホームレス人生相談」 などというコーナーもある。
 どういう人が回答者になっているか知らないが、その答には、いつも深い洞察と、無責任な軽さと、卓抜なユーモアがあって、とても面白い読み物になっている。

 ホームレスの存在を考える場合、格差社会の問題、雇用対策の問題、経済のグローバル化の問題など、社会・政治・経済の動向を抜きにしては語れない。

 しかし、それを 「政治的スローガン」 みたいな形で、ナマっぽく出さないところが粋だし、「チャリティ的善意」 などへの期待を出さないところも、いさぎよい。
 格差社会をテーマにしたコラムなどがあっても、今まで論じられていた格差社会論をいったん無効にしてしまうような、新鮮な視点が打ち出されたりして、おおぉ! …と思うこともある。

 とにかく、内容はけっこう硬派なんだけど、誌面づくりのセンスは、あくまでもクールでビューティーな、エンターティメント誌。

 それを、商売っ気のない感じのオッサンが、素人っぽい表情を浮かべて売っているというミスマッチ感覚が、都会の雑踏のなかの、一片のユーモアになっているようにも思える。
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

「第三の男」観た

 赤の'57さんがブログで、昔の映画 『コンドル』 を採り上げられたと思ったら、TJさんが 『カサブランカ』 や 『風とともに去りぬ』 の名前を、そのコメント欄に出されていた。

 無性に、1940年から50年代の映画が観たくなった。
 
 観ましたよ!
 「老後の楽しみ」 として取っておいた古い映画のDVDを、ついに我慢できなくなって、ひとつ観ちゃいました。

 『第三の男』
 あの有名な映画を、今ごろ?
 と思われてしまうかもしれないが、実は、スルーで観たのはこれが初めて。

第三の男DVD
 
 昔から、テレビの 「名画劇場」 などで、ことあるごとに放映されていたので、何度かは観ている。
 けれど、途中からだったり、観ている最中に用事ができたりで、スルーで観たことはなかった。

 いやぁ、名画といわれるだけのことはあった。
 モノクロ映画なのだけれど、モノクロならではの影の使い方がうまくて、カラー映画が当たり前だと思っていると、意表を突かれる。

 恥かしい話だが、途切れ途切れに観ていたときは、オーソン・ウェルズの演じるハリー・ライムが主人公のような気がしていたが、今回観て、ジョセフ・コットン演じるアメリカ人作家のホリー・マーチンスが主人公であったことが分かった。
 
 しかし、全編を通じて観ていると、やはり紛れもなくオーソン・ウェルズが主役を演じる映画だと思わせるものがある。
 それほど、彼の存在感は大きい。

 それに比べると、ジョセフ・コットンの方は、いかにも影が薄い。
 真面目だけが取り柄という、女から見れば退屈な男なのだ。
 ジョセフ・コットンの存在は、小説でいえば “語り手” という印象だ。

 舞台は、第二次大戦が終わったばかりのウィーン。
 街には、まだ戦禍の後を生々しく伝える瓦礫が残り、人々の暮らしは不安定に揺らいでいる。

 この映画は、そういうタイミングでなければ描けない世界を伝えている。
 戦争による秩序の混乱。
 価値の転換。
 モラルの低下。
 そういう終戦直後の流動的な状況が、街の風景そのものを、無国籍的で、非現実的な、おとぎ話の世界に染め上げている。

 ウィーンは、もともとメルヘンチックな風情が漂う街だが、そこに戦争の爪痕が刻まれることによって、壮絶な廃墟の美が加わってくる。

 オーソン・ウェルズが演じるハリー・ライムは、そのおとぎ話に登場する魔王のような存在だ。
 人を死に追いやっても、平然と自分の利益だけをむさぼろうとする彼は、秩序が回復した世界では生きてはいけない、哀しい生き物である。
 その哀しさは、女の心をとろけさせる。

 ジョセフ・コットン演じる小説家は、オーソン・ウェルズの恋人アンナ (アリダ・ヴァリ) に横恋慕するが、魔王の哀しみに共感している女の気持ちを変えることはできない。
 ジョセフ・コットンが、オーソン・ウェルズのことを、
 「女を平気であざむく、不実な男だ」
 と力説すればするほど、女の気持ちは、逆の方向に固まっていく。

 最後は、あの有名なラストシーン。
 一直線に伸びる並木道のなかほどに立ち止まり、ジョセフ・コットンが女を待ち受けている。

第三の男ラストシーン

 しかし、オーソン・ウェルズを愛し続けた女は、彼が死んだ後も、その気持ちを揺るがせようとはしない。
 彼女は、並木道の途中で待ち続けるジョセフ・コットンの存在を認めながら、振り向くことすらしない。

 女に完璧に無視された彼は、やがてけだるい手つきで、煙草を地面に投げ捨てる。
 優しくて、誠実 (だけど退屈) な、生きている男が、残忍で狡猾な、死んだ男に負けた瞬間だった。

 女というのは、なんて不条理な生き物なのか!

 そういう苦い認識を、甘い感傷で包んだラストシーンは、生真面目がゆえに、女にフラれる男がこの世にいるかぎり、不滅の説得力をもつ名場面となっている。 

 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

団塊シニア群像4

《終わっちゃった人》

 私は、広い意味での 「団塊の世代」 に属しているが、厳密に定義した団塊世代を、すぐ後から追いかけている、というぐらいの微妙な年齢である。
 当然、団塊世代の先輩も多い。

 しかし、彼らのなかには、
 「おっ先輩、頑張ってますね!」 と、肩を叩いてあげたくなる人と、
 「ああ、この人…終わっちゃっているな」 と、思える人と、二つの人種がいる。

 「終わっちゃった人」 と話すと、無性に疲れる。

 先だって、偶然、学生時代の先輩と出会った。

 お互いに少し時間があったので、喫茶店に入って、旧交を温め合うことになった。
 
 その人は、学生時代からバリバリ勉強し、大手の優良企業にすんなり入社した人だから、卒業後も、日の当たる場所を歩いてきたのだろう。
 顔つきも身なりも、見るからに重役然としていた。
 
 聞くと、定年退職したあと、金融系や損保系企業の経営コンサルティングのマニュアルなどを制作する仕事を始めたという。
 で、しゃべる話がみな金融と融資のことばかり。
 
 その内容が理解できなくて、私は困った。

 しかし、聞いているうちに、その小難しい話が、実は彼自身を励ますための会話だということが、だんだん分かってきた。
 要は、自分には 「これだけの知識とキャリアがあるぞ」 と、言いたいようなのだ。

 だが、現実は悲しい。
 …と、話は進んでいく。

 金融の専門知識があるとはいっても、マニュアルライターぐらいでは、クライアント企業がノウハウを獲得した段階で、お払い箱になってしまうのだそうだ。

 言葉の節々に、企業戦士としての役目を終えた団塊世代の悲哀が漂ってくる。

 「大組織の看板を失うと、人間は辛いものだよ」
 口に出さずとも、苦笑いを浮かべた口元が、そう語っている。

 ようやく、
 「町田は何をしているの?」
 と尋ねられた。
 私は、たまたま持っていた自作の 『キャンピングカーガイド』 を見せた。

07ガイド表紙

 「いいねぇ、きれいだね」
 と、ぱらぱらとページをめくるのだけれど、本の中味は見てくれない。

 結局、キャンピングカーの話にはならず、かつて自分が在籍していた会社で、どのような業績を残したかという話題に戻っていく。

 「天下の ○○社から、受注を取ったのは、うちの会社では自分が初めてだった」
 「○○プロジェクトの企画書を上に通したときは、同僚がみなビックリした」

 指だけは、相変わらず、私が作った本をぱらぱらとめくっているのだけれど、話題は自分の昔話。

 「で、町田はキャンピングカーの仕事なんだよね?」
 と、唐突に話題が変った。

 「!! おめぇ、今、その本をめくっているじゃねぇか!」

 という言葉を飲み込んで、
 「うん、まぁ……」
 と、傷つきながら、軽く受け流した。

 そういう私の心の動きを知ってから、知らずか、一方的な話は続く。

 「キャンピングカーっていいらしいね。自然と関係するものね。エコロジー戦略って、これからどの企業も必要になってくるからね」
 相変わらず、仕事のことから頭が切り替わっていない。

 キャンピングカー = キャンプ = 自然
 関心のない人がよく示す、そういう短絡的な反応にもめげず、
 「どうですか? 退職したことだし、1台買ってみませんか」
 とリサーチする気分で探ってみた。

 「いやさぁ、俺さぁ、定年まで頑張った自分のご褒美にさぁ、クルマだけは少し贅沢なものを、もう買っちゃったわけ」
 「なに買ったんですか」
 
 出てきた答えが、国産車の…かつては “高級車” としてもてはやされたこともあったが、今はそのブランド名だけが残ったという、とりとめもない乗用車。

 そのクルマの “伝説” の部分に光を当てれば、
 「やっぱりあれは名車でしたね」
 と過去形で、話が盛り上る。

 そして、現在形で語れば、
 「さすが、堅実な選択ですね」
 と、それはそれでヨイショされる。
 その両方を欲張ろうとするところが、なんかセコい。

 「ああ、この人、終わっちゃってるな…」
 と、つくづく思った。

 この世代には、何かを得るために何かを捨てる、という覚悟が持てない人がいる。
 次へのステップを跳ぶためには、何かを切り捨てなければならないときがある。
 それは、「過去の名声」 であったり、「過去のノウハウ」 であったり、「過去の教養」 であったりする。

 だが、「捨てる」 ということが分からない人もいる。
 特に、過去にサクセス体験を持っている人ほど、「捨てる」 ことの意味が分からない。

 
 「近々一杯飲もうよ。電話するから」
 喫茶店を出て、彼は威勢よく手を振った。
 「そうですね。ぜひ!」
 と答えながら、私には、その日が決して来ないことが、分かっていた。

 しかし、数日後、電話だけは来たのである。
 「この前、見せてもらったキャンピングカーの本、確か、いろいろな業者さんの名前が載っていたよね?
 その名簿もらえるかなぁ。融資の案内を出したいんだよ。町田から紹介されたといって、名前を出してもいいかな?」

 やれやれ…
 ため息が出た。

 1回出会っただけなのに、ちょっとムシが良すぎはしないか?

 「ごめんね。そういう名簿、まだ入手してないんだよ」
 そう答えざるを得なかった。

 彼のそのような機転の利かせ方を、ビジネスチャンスをつかむ方法として称賛していた時代が、確かにあった。
 しかし、そろそろ、そういう発想から抜け出さないと、この手の団塊世代には、明日がないぞ!


 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(4)| トラックバック(0)

オシッコ地雷

 キャンピングカーのキャビンに入るときは、靴を脱ぐ。
 15~16年乗ってきて、そのことを、疑ったことがなかった。

 でも、考えてみれば、土足もありじゃん。
 ようやく、そのことに思い至った。

 ことの発端は、夏のキャンプ旅行で、カーペットの上でお漏らしした犬のオシッコを、さんざん踏んでしまったからだ。

 ペット連れで旅行されている皆さん、犬のオシッコどうされてますか?
 
 わが家の場合は、トイレルームの前に、ペット用排泄シートを2枚並べて敷いている。
 用足しは、そこでさせるように訓練しているのだが、故意か過失か、微妙にオシーが、シートからズレることがある。
 というか、「こいつは明らかに、嫌がらせだな」 と思えるような、ズラシがある。
 
 人間たちが、立ち寄り湯やレストランに寄るとき、当然、お犬様はキャビンの中でお留守番となるのだが、
 ときどき、
 「私だけ置いていくのか! おのれ、見ていろよ」
 …みたいな、恨めしげな顔で、送り出すときがある。

 そういうとき、帰ってから、靴を脱いで車内に入ると、ベチャっと 「地雷」 を踏むことが多い。

 温厚な私と違って、カミさんは激昂するタイプなので、
 「こら、クッキー!」
 と叫ぶや否や、尻尾を掴んでつるし上げ、ハンマー投げにみたいにグルグルとブン回しながら、勢いよく、窓の外に放り出す。
 …ぐらいの勢いで、怒る。

塔の岩クッキー2 

 カーペットというのは、保温性には優れているが、汚れに弱い。
 特に、犬のオシッコみたいなものが沁み込んでしまうと、なかなか臭いが取れない。

 その点を考慮して、いちおうオリジナルのカーペットの上に、ホームセンターで買ってきたカーペットを通路のサイズに切り取って、2重に敷いてある。
 だから、いつでも取替えは可能なのだが、ロール状に巻いて持ち運びするのも面倒。
 そこで、いっそ土足解禁にしてみようかと考えたわけだ。

 といっても、カーペットの上に、そのまま靴で入るわけではない。
 自動車用のフロアマットを代わりに敷く。

 私のコマンダーは、リヤエントランスから入ると、運転席までフロアが一直線。

コマンダーサイドソファ

 大き目のフロアマットを3枚ほど買って、通路のサイズに切断すれば、見た目にも自然に土足用通路ができあがるはずだ。
 
 実際、エントランスドアの内側には、すでにフロアマットを2枚敷いている。
 コマンダーには、エントランスステップがないので、実は、靴を脱ぐ場所がない。
 そのために、上がったすぐの場所…つまり、キッチンとトイレルームの間に、靴脱ぎ場所として、フロアマットを敷いている。
 で、なんと、これが、通路の横幅にまったくぴったり合ったマットを探すことができたのだ。
 
 だから、同じサイズのものを入手すれば、それを通路の全面に敷き詰めればいいはずだ。
 そうすれば、運転席からリヤエントランスドアまで、土足のままのウォークスルーも可能。
 今までは、運転席からキャビンの中に移動するときも、そこで靴を脱いでいたわけだが、その面倒もなくなる。

 ペットのオシッコ地雷も、その部分だけ剥がして、水で洗って終わり。
 そのうち、クッキーのオシッコが上手になれば、もとのカーペットに戻してもいい。

 なんで、こんなことを早く考えつかなったのだろう。
 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

初期ビートルズ

 浮気性な私は、音楽でも、1人のアーチストに最後までのめりこんでしまうということが、なかなかない。
 昨日書いたビートルズの続きで、恐縮だけど、初期ビートルズの洗礼を受けて、どっぷり浸かった私も、世評の高い『サージャント・ペッパーズ』 の頃から、少しずつ足が遠のいてしまった。(ごめんね、ビートルズ)

 『ホワイトアルバム』 から 『アビーロード』 の時代になると、もう洋楽に対する関心は、ビートルズから完全に別のアーチストに移った。

 ジミ・ヘンドリックス、クリーム、ドアーズ、バニラファッジ、アイアンバタフライ、ジェファーソン・エアプレイン。
 さらに、ジャニス・ジョプリン、サンタナ、CSN&Y、レッド・ツェッペリン…
 そういう新しいロックの方が、ビートルズよりも何倍も刺激的に聞こえた。

 ビートルズがスタジオ録音を中心にアルバムづくりを進めるようになって、その実験的な試みを評価する人は多いけれど、やっぱり、ジミ・ヘンがワウワウペダルを踏みながら、ブヮーンとかき鳴らす、ファジーでエキセントリックな音には勝てないし、ジャニス・ジョプリンの魂を凍らせるような絶叫には勝てない。

 ビートルズが、他者と比べて創造的な音づくりをしていたのは、むしろデビュー当時ではなかったのかと思う。

ミートザビートルズ
 
 そういうことに思い至るようになったのは、やっぱり楽器を扱える人間の影響だった。
 小学校時代からの付き合いで、やはり洋楽が好きな友だちが、久しぶりに家に遊びに来たときのことだ。もう30年以上も前の話だ。

 音楽の話になって、私は、その当時の最先端ロックのカッコ良さを散々語ったのだが、彼は乗ってこない。
 やはり、凄いのはビートルズだと言い張る。
 ビートルズがやらかした新しいことに比べると、最近のアーチストたちの業績は、ナンボのものか。

 そういいながら、彼は、手元にあったガットギターを引ったくるや、いきなり、ビートルズの 『抱きしめたい』 を歌いだした。

 で、彼は、歌いながら、解説を始めたのだ。
 
 『抱きしめたい』 では、
 ジャジャジャーン!
 ジャジャジャーン!
 というギターのカッティングに続くコーラスが、4分の4拍子の3拍目から入ってくる。
 1拍目、2拍目をタメをつくってやり過ごし、3拍目で、ウッと前にのめり込むようにコーラスが被さる。
 その友人は、そこが 「とても不安定な緊張感をはらんだ印象を、リスナーに与えることに成功している」 というのだ。

 それは明らかに、当時のポピュラーミュージックの持つ、予定調和的な心地よさに対する、彼らの意地悪い挑発なのだとか。

 サビの決め方も、反逆的だという。
 『抱きしめたい』 では、
 「and when I touch you / I feel happy」 というところから、サビに入るのだが、それまでのポピュラーミュージックでは、聞かせどころであるサビにたどり着くと、歌手は高らかに歌い上げ、ストリングスはやたらテンションを高めて、クライマックスにふさわしい情感を、たっぷりとバラまく。

 しかし、ビートルズは、逆の手法を採る。
 ここでは、リズムアタックを弱くし、ストイックまでに静かに流してしまう。
 サイドギターも、カッティングをアルペジオに切り替え、ドラムスもハイハットをクローズして、抑制の効いたビートに終始する。

 だからこそ、再びAメロに戻ったときの、あの暴力的なパワーがよけい強調される。

 …と、その友人は、いちいち、そのパートをギターで演じながら、バンド経験者ならではの分析を披露した。
 彼は、その調子で、初期ビートルズの楽曲的分析を次々と行い、そのリスナーに与える効果を、ナマの音にして教えてくれた。

 へぇー! 
 と私は、目からウロコ。
 それまで、そういう音づくりの秘密を知らなかったため、ただ 「カッコいい音」 「胸騒ぎのするリズム」 などという印象批評しかできなったのだが、バンド経験者の話は、とても新鮮に聞こえた。

 彼は、その後、足しげく私の家に訪れ、それからしばらく2人で、初期ビートルズの練習をした。

 今はもう忘れてしまったけれど、有名な6度のハーモニーやら、とんでもない斬新なコードの数々。
 それを、手取り足取り教えてもらった。

 ビートルズの曲を、ギターなどを弾きながら音を拾っていくと、ときどきとんでもないコードが出てくる。
 シンプルなコードが続くので楽勝! と喜んでいると、突然、片手の指が7本ぐらいないと押さえられそうもないコードが出てきて、いつも練習はそこで中断される。

 maj7系、m7系ぐらいなら、まだ抑えられるが、aug、dim系になってくると、単純な3コード展開の歌しか歌ったことがなかった私などは、もうにわかについていけない。
 しかし、なんとか指で押さえて、その音を出してみると、もうその曲の流れの中では、そのコードしかないという絶妙な音ができあがっている。
 そういうコードは、実に意表をついたところに現れるので、コピーする者は困惑するが、リスナーは陶然とした気持ちに誘い込まれる。

ラバーソウル

 「ビートルズは天才である」
 という言い方は、多少楽器をやったり、楽曲に詳しい人には自明のことなのかもしれなかったが、にわかギター弾きだった私には、それを演奏することによって、初めて理解できたような気がした。

 ビートルズ以降、確かに世界のロックシーンは変った。
 演奏の実力からいえば、後に排出したアーチストたちの方が、ビートルズの力を凌駕したかもしれない。
 しかし、サウンドの “きらめき” というのは、楽器のテクニックだけで生まれてくるものでもあるまい。

 サウンドクリエーターとして、前人未踏の道を歩んだビートルズがいたからこそ、後のアーチストたちが、その道をたどりながら、さらにその先を進むことができたとも言えそうだ。

リボルバー

 ビートルズは、日本の漫画の世界でいえば、手塚治虫のようなものかもしれない。
 日本の戦後コミックは、手塚治虫の切り開いた地平の延長線の上を歩いてきた。
 しかし、その影響下にあった漫画家たちは、常に、
 「この世には、まだ、手塚治虫の描かなかった線があるはずだ」
 と考えながら、自分の描く線をアート紙の上に追求してきた。

 ビートルズ以降のアーチストたちも、同じように、
 「この世には、まだビートルズの出さなかったサウンドがあるはずだ」
 と思いながら、自分たちの音を創造していったように思う。

 手塚治虫が、その後輩たちに漫画家としての主役の座を追われながら、それでも、常に漫画界の中心に位置しようと踏ん張り続けたように、ビートルズもまた、後半は、世界のポップミュージックの中心に踏みとどまろうとして、踏ん張った。

 それを悪あがきとと取るか、崇高な努力、と取るか。

 私は、途中から、ビートルズとも手塚治虫とも離れてしまったけれど、彼らの執念が、それに続くアーチストたちに、とてつもない刺激を与え続けたことだけは信じている。

 ビートルズ系記事 「ビートルズエイジ」
 ビートルズ系記事 「リバプール」
 ビートルズ系記事 「ビートルズの評価」
 ビートルズ系記事 「ジョン・レノン節」
 ビートルズ系記事 「ビートボックス」
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:00 | コメント(26)| トラックバック(0)

ビートルズエイジ

 夏休みに、北関東のキャンプ場を回った。
 夜、キャンピングカーの中で、ポータブルDVDプレイヤーを使って、昔の 「エド・サリバンショー」 を見ていた。
 若い頃のビートルズが出ている。

 カミさんと、それを見ながら話していたのだけれど、すこーしだけだが、話がズレる。
 特に、ビートルズの若い頃のロックンロールというものが、カミさんには、同じDVDに収録されていたプレスリーとか、チャック・ベリーのものと、音的な区別がつかない。

 私とカミさんは、同世代なんだけど、やっぱりビートルズというグループの受け止め方が違う。
 カミさんにとって 「プリーズ・ミスター・ポストマン」 といえば、カーペンターズだし、「トゥモロー・ネバー・ノーズ」 といえば、ミスチルなのだ。

 真のビートルズファンというのは、どこか孤独なものだと、またまた思い知った。

《ヒゲ有りと、ヒゲなし》

 団塊の世代を 「ビートルズエイジ」 などとよく呼ぶが、しかし、その団塊のしっぽの方に位置する私から見ると、意外と、団塊世代がビートルズエイジだという実感はない。
 第一、私の知り合いの団塊世代の間で、たまたま音楽の話になっても、ビートルズというのは、案外、テーマとして上がってこない。

 むしろ、ビートルズが話題になるのは、私より10歳ぐらい下の世代。
 兄や姉がビートルズを聴いていて、それで自然に耳なじむようになったという人たち。

 こういう人たちの方が、むしろ熱っぽくビートルズを語る。
 しかし、一緒に話していると、どうも10歳ぐらい若い人たちがビートルズに求めるものと、自分が求めていたものが、微妙に異なるようにも感じられることがある。

 アルバム的にいうと、私より下の世代が評価するのは、『ホワイトアルバム』 から 『アビーロード』 に至る時代。
 せいぜいさかのぼって、『サージャント・ペッパーズ』 、『リボルバー』 ぐらい。 『ラバーソウル』 あたりを境目にして、それ以前のアルバムが話題になることは滅多にない。 (ま、年齢的な違いがあるから、当たり前なんだけど…)

アビーロード サージャント・ペッパーズ 

 私は、密かにビートルズを 「ヒゲ有り」 と 「ヒゲなし」 に分けている。
 『サージャント・ペッパーズ』 で、彼らがヒゲを生やして、ジャケットに登場して以降、彼らはヒゲ付きで公衆の面前に現れることが多くなった。
 でも、私が好きなのは、彼らのヒゲなしの時代なのだ。
 それこそ、革ジャンパーにリーゼントヘアーで、デビュー当時のキャロルみたいな格好で、ロックンロールを歌っていたり、奇抜なマッシュルームカットで、ロンドンの裏町を跳ね回っている頃の彼らが好きなのである。

《ビートルズエイジは幻想だ》  

 私は、ちょうど中学生のときに、ビートルズ旋風といわれるものに接した。
 洋楽を聞く機会がラジオしかない時代、私はラジオにしがみつきながら、スイートでセンチなアメリカンポップスに酔いしれていた。

 ビートルズは最初、「ノイズ」 として、ラジオに登場した。
 プレスリー風のロックンロールも知っていたけれど、そういうものとは全然異質の、鋭利な刃物のような演奏に、私は不快感と恐怖を覚えた。

 しかし、衝撃的な刺激は、馴れると快感に変る。
 ビートルズの 『プリーズプリーズミー』 、『抱きしめたい』 などを2~3回聞いているうちに、同時代のスイートなアメリカン・ポップスが、突然、お子様向けのチェコレート・パフェのように感じられてしまった。

ミートザビートルズ
 
 私は、ビートルズという、夢中になれる新しい 「アイテム」 を手に入れて、仲間を探すために、必死になってクラス中の人間に声をかけた。

 しかし、話に乗ってくれる人間はほとんどいない。
 「ビートルズって騒々しいよね。音楽じゃないよ」
 「なんか髪型がさぁ、女みたいじゃない」
 「あいつら、楽譜だって読めないらしいよ」

 当時、私の通っていた中学には、1クラスに50人以上の男女がいたが、その大多数はビートルズに対して懐疑的ないしは否定的で、彼らに好意的なコメントを寄せたのは、たった2人だけだった。
 1人は、勉強はからっきしダメだけれど、腕相撲では誰にも負けないということだけを、唯一の誇りにしていたやつ。
 もう1人は、女みたいな性格だと、いつも仲間にいじめられて、ろくな男友だちに恵まれなかったやつ。

 私と、その2人以外の50人近いクラスメイトは、ビートルズに否定的というより、無関心だったのである。
 それが、ビートルエイジの実態である。

フォーセール

 この構図は、高校に通うようになってからも、あまり変らなかった。
 ビートルズは、バンドとしての知名度もあがって、世間的な評価も確立していたが、私の高校のクラスメイトは、ビートルズよりも、当時流行っていたPPMやブラザースフォーのようなフォークソングを歌うグループの方が 「知的」 だと思っていたようなので、ビートルズが好きだという一派は、「野蛮なエレキ」 にいかれた、頭の弱い連中だと白眼視されていた。
 
 このときも、47人いたクラスメイトの中で、ビートルズマニアといえるのは、私も含めて3人。残りの2人は、歯医者の息子と、米屋の息子だった。

 私の通った中学と高校が特殊なのかもしれないけれど、どうも私には、団塊世代をビートルズと結び付けたがる世間的な発想が、どこかズレているように思えてならない。

 多くの団塊世代がビートルズを聞くようになったとしたら、それは 「ビートルズエイジ」 という言葉が定着した後、
 「ほぉ、俺たちはビートルズエイジなのか…」 と、彼らが後追いで聞きだしたからではないかと思っている。

 「ビートルズではイエスタディがいい」
 というような人たちは、たぶん、遅れてやってきた 「ビートルズエイジ」 ではないかという気がしている。

 ビートルズ関連記事 「初期ビートルズ」
 ビートルズ関連記事 「ビートルズの評価
 ビートルズ関連記事 「ジョン・レノン節」

     
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:00 | コメント(7)| トラックバック(0)
<<  2007年 9月  >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
ホビダス[趣味の総合サイト]