町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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素顔の北野武さん

 さっきまで、テレビ朝日のドラマ 『菊次郎とさき』 を観ていた。
 私は、このドラマが好きで、放映される日に家にいるときは、たいてい観ている。

 で、陣内孝則さんの菊次郎が大好きで、ドラマが終わっても、その後1時間ぐらいは、
 「おう! てやんでぇ、俺をバカにするんじゃねぇやい」
 などと、菊次郎口調で、カミさんにしゃべっている。

 最初のうちは、
 「あんた、ウチに菊次郎がいたって困るんだからね!」
 と、カミさんも戸惑っていたようだが、だいたい1時間ほどで、私から、菊次郎がヌケていくのが分かってからは、最近は、1時間ほど我慢しているようだ。

菊次郎とさき

 『菊次郎とさき』 は、北野武さんのお父さんとお母さんを描いたドラマだ。
 今日の話では、もう武さんが大きくなって、「ツービート」 として、漫才コンビを組んでいる時代まで進んでいる。

 「親父がペンキ屋だったんですよ」
 と、昔、私の前で、武さんがそう話してくれたことを思い出した。
 まだ、ビートたけしと名乗っていた時代だった。

北野武像

 私は、かつてトヨタ自動車さんのPR雑誌を編集していたので、トヨタのテレビCMなどに登場したタレントさんや役者さんを取材する機会が多かった。

 しかし、ビートたけしさんは、さすがに、そのなかでも大物だった。
 なにしろ、当時、「飛ぶ鳥を落とす」 ほどのお笑い界の大スター。
 会うまでは、やっぱり緊張してしまう。

 お笑い芸人は、舞台を離れると、横柄で威張っている人が多い…なんて話もよく聞くので、なおさらのこと、プレッシャーがかかる。

 待ち合わせの場所は、有楽町の映画館を集めたビルの最上階にあるレストランだった。
 そのビルにある映画館のひとつで、たけしさんと高倉健さんが共演した映画が封切られ、その初日の舞台挨拶が終わった後の30分というのが、私たちに許された取材時間だった。
 
 マネージャーも連れず、ひょこっと突然現れたたけしさんは、
 「すんません、アイスコーヒーちょうだい」
 と、ウェイトレスにいいながら、そのへんの町を歩いているおっさん然として、ペコっと挨拶をした。

 何という“ただの人”なんだろう!
 私は、たけしさんのオーラのなさにビックリした。
 という言い方は、実は失礼な言い方で、取材陣などと会うときは、彼が、むしろ 「オーラを消すようにしている」 ことがすぐに分かった。

 しゃべり方は、ていねい。
 偉ぶったところは、まったくなし。
 芸能人として見られることを、ことさら避けているような印象すら見受けられた。

 でも、それでいて、笑わせてくれるのである。

 自動車免許を手に入れた頃の、思い出話をうかがったとき。

 「親父がペンキ屋だったんですよ」
 と、彼は話し始めた。
 後に、ドラマの主役となる菊次郎さんのことだが、当時の私は、もちろん知るよしもない。

 「で、なんとか、親父に自動車を買わせたかったわけね。というのは、僕、18のときに免許を取ったんですけど、家にクルマがなかったんですよ。
 当時、クルマがないと、ホラ、ナンパだってできなかったじゃないですか。
 で、オイラ、親父に言ったのね。
 父ちゃん、これからのペンキ屋はもうクルマがないと商売できないよ。ペンキ屋だって、クルマを1台くらい持ってないと、しっかりした仕事をやっているようには見られないんだから。
 中古のセダンでもなんでもいいからさ、ウチにもマイカーが1台ありますよって言えるぐらいじゃないと、お金持ちからの仕事取れないよ…ってね」

 そういうしゃべり方が、もう舞台の漫才の口調になっている。
 私とカメラマンは、まるで、寄席にいった気分で、その話の先を待った。

 「で、親父がクルマ買う気になったのはいいんだけどさぁ、何買ったと思います? 
 軽トラック!
 あちゃー、これじゃナンパもできねぇじゃんって…」

 こんな話もしてくれた。
 
 「しょうがねぇ…ってんで、友だちのクルマを借りて、遊びに行ってたんですけどね。
 オイラ、Uターンが駄目だったんですよ。いつも、それで失敗すんのね。

 で、夜走っていて、道を間違えてさ。田んぼのアゼ道に入っちゃったんですよ。
 普通だったら、そういうところでUターンなんかしないじゃないですか。
 だけど、あせっちゃって、オイラ、Uターンしちゃったわけ。
 そうしたら、見事にコロっと田んぼの中に横転しちゃってさぁ。
 
 誰も助けに来ないから、朝までそこにいるしかなくてね。
 で、朝になって、
 クルマが転がって、人が倒れているって通報した人がいたらしくて、救急車がやってきたんですよ。
 オイラ、カッコ悪いから、ホントにクルマの中でノビている振りしてさ。
 で、人が起こしに来るのを待って、
 あれ? ここはどこだ?
 …って、初めて気づいた振りしてさ」

 もう、私とカメラマンは、取材を忘れて大笑い。

 大笑いしながらも、「この人は、我々のような無名の取材記者に対しても、こうやって笑いをサービスしてくれるのか」 と、私は、たけしさんの度量の大きさに感服してしまった。

 あらかたの取材が終わる頃、なんと、そのレストランに高倉健さんが現れたのである。
 そのときの、たけしさんの取った行動が忘れられない。

 彼は、いきなり席から立ち上がると、高倉健さんに向かって、
 「お世話になりました」
 と、最敬礼したのだ。
 先ほどの、映画の初日に、共演者が舞台挨拶に立ったときのことを言っているのだろう。

 当時、ビートたけしの知名度は、高倉健とも並んでいたから、立場としては対等でも良かったはずだ。
 たけしさんの、高倉健さんに対する敬愛の深さを見る思いがした。

 そのときの、健さんの表情も忘れられない。
 「おお」
 と言って、何日もお互いにジャングルの中を探しあった仲間同士のような笑顔を浮かべたのだ。

 一流の芸人たちは、やっぱ違うわ…。
 そんなことを、しみじみ感じた夜だった。
 
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

マナーを大事に

  キャンピングカーを使用するときのマナーに気をつけようという風潮が、ユーザーの間からもわき起こるようになってきた。

 日本RV協会 (JRVA)では、今ユーザーからの 「オーナーレポート」 を募集している最中だが、マナーという観点からすると、掲載していいものかどうか躊躇 (ちゅうちょ) するような投稿が寄せられてくる反面、もっとマナーをしっかり厳守させた方がいい、という声も寄せられるようになったという。

 道の駅や、高速道路のサービスエリア、パーキングエリアでの長期滞在や、ゴミの不当投棄を行う一部のユーザーのために、そういう場所からキャンピングカーを締め出そうとする動きが出てきたことに対し、ユーザーの間から、自分たちも積極的にこの問題に取り組んだ方がいいのではないか、と提案する人たちが増えてきているという話だった。

ゴミ立て札

 キャンピングカーを所有されている方々のブログなどを閲覧していても、最近は、 「どこそこの駐車場では、キャンピングカー禁止の立て札が立った」 などという情報が、写真入りで紹介されていたりする。
 そして、それが他のエリアにも拡大しないように、自分たちも気をつけようと呼びかけあっている。

 こういう傾向は、やはり自然発生的に、少しずつ拡大しているように思う。

 「キャンピングカーがあれば、好きな場所で、好きな時間帯にキャンプを楽しめます」
 私自身も含め、長い間メディアも販売店も、何の疑いもなく、そのように広報してきた。

 最初は、それでも良かったのだ。
 キャンピングカーの台数そのものが少なかったからだ。

 しかし、2007年度の 『キャンピングカー白書』 を見るまでもなく、キャンピングカーの台数は確実に増え続けている。
 台数増加に伴って、いろいろな場所でキャンピングカーを見る人々の数も増える。
 そうすれば、マナーに無頓着なユーザーの姿を目撃する人たちの数も増えるだろう。

 オートキャンプやキャンピングカーの健全な発展のために、マナー問題などもテーマに盛り込んだシンポジウムが企画されているという話も聞く。
 各分野の専門家を招いて、そういう意見交換の席を設けることは、とてもいいことだと思う。

 「何が何でもマナーを守れ」 と杓子定規に規定しているだけでは、堅苦しくなるだけで、進歩もない。
 楽しい旅を約束してくれるはずのキャンピングカーが、逆に重荷になってしまうようでは寂しい。

 具体的に、どうすれば豊かな 「くるま旅」 が実現するのか。
 建設的な意見がたくさん出るような公聴会のようなものが開催されることを期待したい。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:28 | コメント(4)| トラックバック(0)

モノを書く意味

 「ようやくモノを書くということの意味が分かった」
 あるビルダーの社長さんが、そう言った。
 電話で仕事の打ち合わせをしているうちに、雑談となり、その人が突然そう言いだしたのだ。

 ホームページを運営されていて、ご自分でも、自社製品の特徴などを、文章を通じてアピールされている方だ。
 
 「いい表現がひらめいたと喜んでも、頭の中で考えたことを文章にしようと思うと、うまく伝わらない。
 長い間、それを自分の表現力のなさだと思っていた。
 しかし、文章を書くこと自体が、モノを考えることだと気がついた。書くことによって、初めて、モノを考える最初のステップにたどり着けるということが解ってきた」
 というのである。

 その人がいうように、モノを書くというのは、書きあがったときに初めて、 「自分は何を伝えたかったのか」 が、分かるようになっている。

 書く前に、書く内容がすでに頭に浮かんでいると思うのは、幻にすぎない。
 頭に浮かんでいたものは、しょせん漠然としたイメージでしかなく、バターにも、ヨーグルトにも、チーズにもならない搾りたての 「牛の乳」 みたいなものだ。
 それが、「書く」 ことによって、初めてバターや、ヨーグルトや、チーズになっていく。

 バターを作るつもりで、書き出したらヨーグルトになってしまったということは、書いている現場ではよく起こる。

 それは、書き手の間違いではない。
 書き手の手元にあったものは、実は、ただの 「牛の乳」 でしかなかったからだ。
 書き手は、書くことによって、それを初めて 「ヨーグルト」 に発酵させることができる。

自分の部屋1

 何か書きたいものがあったとして、それが、思い通りに書けたということは、プロの世界でもほとんどない。
 
 たいていは、思惑とは少しズレたものができあがってしまう。
 結局は、書かれたものを見て、書き手は初めて、 「そうか。俺はこれを書きたかったのか…」 と、理解するような仕組みになっている。

 書こうと思ったものと、実際に書かれたものの間には、大きなクレバスが広がっている。
 そのクレバスを越えるためには、ある種の 「跳躍」 が必要となる。

 かつてマルクスは、『資本論』 のなかで、商品交換にまつわる貨幣の運動を 「命がけの飛躍」 と喩えた。

 商品を売って貨幣を得る。
 流通の現場では、ありふれた光景だ。

 ところが、商品が、貨幣に変るかどうかは、実は、売ってみないと分からない。
 消費者はその商品を、貨幣を支払ってまでも得たいと思っていないかもしれないからだ。
 
 このことは、商品は、それが貨幣の形を取るまでは、実は 「商品」 として成立していないということを教えてくれる。
 商品が貨幣と交換されることを、マルクスは、「命がけのジャンプ」 といった。

 その比喩を用いれば、「書く」 とは、「書かれていないもの」 に向かって、常に命がけのジャンプを試みていくようなものだ。

 「書かれていないもの」 が、遠大なものであればあるほど、ジャンプする距離も伸びていく。
 その跳躍力を 「表現力」 という。

 …というような文章になってしまうとは、書き出したときには思いもよらなかった。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:52 | コメント(2)| トラックバック(0)

カウンターの中

 私は20代のはじめ、ちょっとだけだが、アルバイトでスナックのカウンターの中に入っていたことがある。
 そこで、シェーカーを振って、怪しげな (自分では絶対飲む気になれない) カクテルなどを作って、何食わぬ顔をして、お客に出していた。

バーカウンターⅠ

 お客の大半は、幸いなことに、私と同じ年頃の仲間だったので、むろん本物のカクテルの味など知らない。
 自分としては、二度と同じ味が作れないカクテルだと自覚していたが、
 「お、いいねぇ、大人の味」
 なんて言いながら、仲間は飲んでくれた。
 バーテンも客も、いい加減な店だったのだ。

 そういうカウンターの中の仕事を経験してみると、ひとつだけ発見があった。
 それは、カウンターの向こう側とこっち側では、「見える世界」 が違うということだった。

 お客としてカウンターに座っているだけでは、自分たちがどんな世界に属しているか、よく見えない。
 しかし、カウンターの中にいると、これが 「見える」 のである。

 横並びに座って話しているときには分からなかった仲間の、まったく別の個性。
 隠している事柄。
 触れられなくない秘密。
 そんなものが、「あっ!」 と驚くほどの明瞭さで、突然見えてくる。

 かなり歳を取ってからの話だが、いつも通っていたスナックのカウンターに遊びで入ったときにも、それを感じた。
 その店のマスターが急に体調を崩し、休憩を取るといって出て行った時に、常連客だった私が、2~3時間だけカウンターの中を受け持ったことがある。

 次々に入ってくるお客たちは、いわば私の飲み仲間である。
 その人たちに、付け出しを出し、注文を聞いて、ビールの栓を抜いたり、焼酎の水割りを作ったりする。

 男の客も女の客も来る。
 たいていはみな顔見知りだ。
 ところが、その日、別々の時間帯に入って、離れた席に座った男女を見て、
 あ、っと私は思った。
 普段はまったく気にもしていなかったその男女が、実は 「男と女の関係」 であったことが、カウンターの中にいて初めて分かったのだ。

 簡単なことだ。
 「目の会話」 というものがあるのだ。
 特に、2人が 「秘密」 を共有しあっているときは、そのさりげなさが、逆に、周囲に隠そうとすることを雄弁に語ってしまう。
 これだけは、同じ客としてカウンターに座っているときには、分からなかったものだ。

 もちろん、私はそんなことをに頓着する素振りも見せず、ムダ口をたたきながら、来ているお客にまんべんなく愛想を振りまいた。

 男同士の客であっても、日ごろ仲良く話している常連同士が、実は、心の中で反目し合っていることも分かった。

 これも、目線の動かし方で読めた。
 2人とも、同じ話題に興じながら、見ている 「物」 が違う。
 
 片方は、棚にある酒瓶に目線を漂わせ、心はここにあらず…という状態。
 「こいつの話なんか聞きたくねぇよ…」
 と、その視線の動きが語っている。
 できれば、いま座っている椅子から移動して、別の人間と別の会話をしたい、という苛立ちが、その目に表れている。

 もう一人は、自分のグラスにじっと視線を注ぎ、相手に話しているのではなく、モノローグ (独白) を繰り返している。
 「どうせ、お前なんか俺の話に興味ねぇだろ?」
 と、こっちも目が語っている。

 それでいて、耳だけ澄ませていると、2人の会話はよどみなく流れていく。

 客の立場に立つと、カウンターの中は怖い世界だ。
 どんなに取りつくろっても、見抜いている人間はいる。
 しかも、気づかぬ振りをしている。
 だから、カウンターのこちら側の住民は油断して、無意識のうちに、さらにいろいろな秘密をさらけ出す。

 水商売は、人間観察するための、極上のデータが手に入る仕事なのかもしれない。 

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 22:28 | コメント(2)| トラックバック(0)

上杉謙信いいかも

 けっこうNHKの大河ドラマ 『風林火山』 を興味深く見ている。
 最近は、この大河も少しマンネリ化してきて、昔のように熱心に見ることもなかったのだが、これは意外と面白いかも。

 何に興味を感じたかというと、上杉謙信という武将の存在が、ふと新しく感じられたからだ。

 このドラマでは、それをGackt (ガクト) が演じているのだけれど、最初は違和感いっぱいのこのキャスティングが、見ているうちに、
 「ひょっとしたら、新しい謙信像ができるかも…」
 という期待に変った。

Gackt謙信

 ま、はっきり言って、奇妙な長髪といい、ゲームソフトのCG風のメイクといい、平安公家風の水干の衣装といい、時代考証も歴史的考察もまったく無視したトンデモ謙信なわけで、最初は違和感が先に立ち、もう見る気も起こらなかったのだけれど、ひょっとしたら、これはこれで、上杉謙信という武将の特異性を訴えるには、案外いいのかも…と思い直すようになった。

 上杉謙信という武将は、戦国時代でも特異なキャラクターとして珍しがられた人だ。
 生涯、女人 (にょにん) を近づけなかったという、性癖の特異性もさることながら、自分を毘沙門天の化身のごとく思い込むという、一種の神がかり的な精神世界を生きたという意味でも、特異な人だった。

謙信公像

 戦国時代というのは、日本の歴史のなかでも、珍しく合理性を尊ぶ風潮が生まれ、大名から農民に至るまで、中世的な迷妄・迷信の呪縛から解き放たれた時代だといわれている。

 今でいう、市場原理主義的な経済構想の萌芽が現れた時代でもあり、それを推進した代表者として、織田信長から豊臣秀吉へと続く為政者の系譜が、「新しいリーダー」 として、現在では評価されている。

 こういう視点を確立したのは、いうまでもなく司馬遼太郎さんであり、司馬信奉者の私などは、一も二もなく、上杉謙信ファンから織田信長ファンに鞍がえしたものだった。

 しかし、市場原理主義的な思想を持つ戦国武将を 「新しい」 と感じるのは、言ってしまえば、日本の各企業が、「村社会」 のような共同体体質を強く保持していた時代の感受性である。

 そういう時代に、あらゆる規制を緩和して、新自由主義的な社会建設をめざした織田信長は、確かにカッコよかった。

 しかし、時代の空気は、また変ろうとしている。
 信長的なヴィジョンに根ざした新自由主義的な社会が、どんなものか、われわれはもう見尽くしてきている。

 上杉謙信の抱くヴィジョンは、この信長の新自由主義とは根本的に異なるものだ。
 謙信にとって、この世を束ねる原理は、「義」 であり、「美」 である。とてもイデオロギッシュなのだ。言葉は適切ではないかもしれないが、一種のイスラム原理主義的な匂いすらする。

 私は、謙信のような理念で実際の国家運営がなされることには、うんざりするたちだが、少なくとも、謙信的な理念は、砂漠のようなドライな世界がグローバルに広がっていく市場原理主義に対するカウンターとしては、十分に機能すると思う。

 そういう謙信の、古くて新しいキャラクターというものを、案外Gackt 謙信はうまく表現してくれるのではないかという期待がある。
 
 そんな気分で、いま密かに、昔遊んだ 「信長の野望・天翔記」 を上杉謙信のプレイで、もう一度遊び直しているところだ。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:56 | コメント(6)| トラックバック(0)

駐車場が遠い…

 突然のファックス。
 何が来るのかな? …と思って、プリントされるのをじっと待っていたら、「6月、7月、8月の駐車場料金が未払いですので、至急お支払いください」 という不動産屋からの連絡。

 ゲェ~!
 うっかり3ヶ月分も忘れてしもうておった。
 
 5m未満のキャンピングカーといっても、わが家が借りている駐車スペースは、1台分の幅が2m以内。
 2mを、わずかだが超えるコマンダーは、結局2台分借りなければならない。

駐車場のコマンダー
▲駐車場のコマンダー なんかチンマリ収まってます

 2台分借りても、月2万円だから、都内としては安い方なのだが、それでも、3ヵ月分を一気にまとまって請求されると、チトつらい。

 キャンピングカーを月極め駐車場で借りている人は、みな大きさで苦労しているのだろうと思っていた。
 しかし、日本RV協会が発行した 『2007 キャンピングカー白書』 によると、自宅内に駐車スペースを確保している人の方が多い。月極め駐車場を利用しているユーザーの方が少ないのだ。
 自宅の敷地内に駐車スペースがある人が、なんかうらやましい。

 幸い、家からキャンピングカーを駐車している駐車場までの距離は40mぐらいだから、荷物の積み下ろしにあまり手間がかからない。
 かといって、公道をまたぐので、家から電源を引いて使うなんてこともできず、カセットトイレの処理も、あのタンクを引っさげて、家とクルマを往復しなければならない。

 それでも、まだわが家の駐車場事情は恵まれているという話もある。

 「駐車場に入れるのに、両脇5㎝ほどの塀と塀の隙間をぬって、20mバックしなければいけないんですよ」
 などという人の話を聞くと、何も言えなくなってしまう。

 近年、軽キャンカーを主体とした、小型キャンピングカーの人気が高まっているのも、ひとつは、そういう駐車スペースの問題があるからだろう。
 わが家の駐車スペースは、まがりなりにも2台分なので、軽キャンカーなら、なんとかもう1台入る。
 
 キャンピングカーを2台所有するという贅沢を、ときどき夢想することもあるのだが、3ヵ月分の駐車場代を滞納して 「ヒ~!」 といっているような状態だから、まぁ、そりゃホントの 「夢」 だな。
 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

入道雲 劇場

 何が好きか、っていったら、夏の入道雲なのである。
 こいつの凄いヤツに当たったときは、もうテレビも、映画も、DVDも何も要らない。
 キャンピングカーの中から椅子を持ち出して、それが青空の下で白く輝いているときから、夕陽に染まって赤く燃え上がるまで、ただただ眺めている。
 飽きない。

入道雲1

 露天風呂に浸かっているときなんぞに、凄い雲に遭遇したら、もうそれだけで、サイコーに幸せ。
 旅のスケジュールも無視して、ずっと眺めていたくなる。

入道雲2

 何が面白いか、っていったら、こいつは 「空の劇場」 だからだ。
 チラっと見ると、ただ浮かんでいるだけに見えるが、一瞬目をそらし、もう一度チラっと見ると、もう形が変っている。

 雲の形が、ゴリラの横顔に見えたと思ったら、次はミッキーマウス。
 10分も眺めていると、仁王像にも、クマのプーさんにも早変り。
 イマジネーションの豊かな人ならば、さらに毘沙門天の憤怒に満ちた形相とか、遠吠えするチューバッカとか、叶姉妹のバストとか、いろいろ想像できるだろう。

入道雲3 05kumo 

 私の所属する 「全国積乱雲観察会・関東部会」 では、毎年入道雲の観察コンテストを行っており、私は、1998年と2004年の2度にわたって優勝している。

 もっとも、会長も会員も私一人という、実にマイナーな会なので、優勝するのはたやすい。
 何を観察するのかというのは、今とっさにひらめいたばかりなので、すぐには思いつかないのだが、要するに、まぁ、それだけ私は 「入道雲の権威」 なわけだ。 

 夏の入道雲を、バロック芸術にたとえる人もいる。
 バロックとは、17世紀ぐらいに、ヨーロッパを席巻した芸術様式だが、たんに絵画にとどまらず、建築、音楽など広くヨーロッパ人の生活スタイルに浸透した。

 その特徴は、力動感と流動感にあり、均整の取れた調和や秩序を無視したアンバランスな誇張や、グロテスクなまでの装飾性を見せるところにある。
 実に、入道雲的である。

 で、バロック美術の巨匠といわるルーベンスの絵画などを見ると…

3美神

 ギリシャ神話に出てくる3人の女神が、入道雲のように見える。

 近世のスペイン画壇を代表するゴヤの 「巨人」 などという絵を見てみると…

ゴヤ巨人

 大地の彼方をゆっくり歩んでいく巨大な人間が描かれているわけだが、まさに、これなんか、入道雲がもたらした悪夢といえないこともない。

 私も、昔、町の向こうを横切る巨大なゴジラを見たことがある。
 西日に染まった入道雲のゴジラは、映画のゴジラと違って、何か悲しそうな神々しさを帯びて見えた。 
 しばらく見ていると、ゴジラは形が崩れ、ドナルド・ダックになってしまった。

 入道雲のメタモルフォーゼ (変身) に、法則性は見えない。
 それは、いっときも同じところに留まることのない、無意味なカオス (混沌) を暗示しているように思える。

 しかし、近年、コンピューターの演算能力が上がったおかげで、このような自然界の一見無秩序な運動に、ある種の法則性があるという研究が進んでいるらしい。
 フラクタル理論といって、パッと見は混乱の極致にあるような、入道雲の運動にも、必ず元の図形を無限に反復していく 「自己相似性」 が認められるのだとか。

 それこそ自然のダイナミズムに基づいた 「整合性」 であって、均整のとれた直線と、計算率から割り出された曲線で構成される人工物とは異なる 「秩序」 の存在を物語るものだろう。

 入道雲が心地よいのは、その一見ランダムなフォルムの変容のなかに、人間の秩序感覚とは異なる、大自然の秩序を感じることができるからだ。

 大自然の演じるドラマの方が、人間の作りだすドラマより面白いのは、やはり、そのスケール感が違うからなんだろうな。

入道雲4 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:44 | コメント(6)| トラックバック(0)

美人と悪女の関係

 最近、「美人」 といわれる女性の基準が変ったという人が多い。
 ちょうど、森理世さんが、ミス・ユニバースに選ばれた頃ぐらいからだと思う。

 私なんかがときどき顔を出す飲み屋でも、ひところ、この話題でもちきりだった。
 特に、鈴木京香、小雪系の正統・和風美人を好む殿方あたりからは、
 「とんでもない時代になった!」
 という意見が多かった。

 美人の基準は、時代とともに変るので、ひと昔前の基準を大切にしている人からすれば、いつの時代も 「とんでもない時代」 なんだろうな…と思う。
 しかし、最近の 「美人」 の系譜を眺めていると、その判定の基準づくりが、男性から女性に移ってきたように感じる。
 
 つまり、今までは、女性が 「美人」 といわれるためには、男性から見た容貌の美しさを確保していることが、まず絶対条件としてあった。
 ファッションセンスなんて、副次的なもの。
 むしろ、最初は少しぐらい野暮ったい方が、
 「よし! 俺の力でお洒落な女にしてやろう」 …ぐらいの気持ちを男性に目覚めさせ、男の気を引くことにつながる場合もあった。

 しかし、こういう視点は、あくまでも男性のものである。
 それも、男が女を教育してやるという 「マイフェアレディ幻想」 に、ノスタルジックな思いを寄せるオヤジ世代の感覚だ。

《 「美人」 は女性が決める時代》

 時代は変った。
 ここ20年くらいの傾向だと思うが、人気ある女優、タレント、歌手たち見ていると、容貌の美しさだけに注目するという意識は、かなり後退してきていて、話術、機転の利かせ方、お洒落感覚など、トータルな部分の総合評価が、「美人」 の基準になってきたように思う。
 
 最近の例でいえば、倖田來未、蝦原友里、山田優などしかり。
 まず、彼女たちは 「あっと驚くほどの美女」 ではないが、プロポーションの魅力もさることながら、お洒落である。

 もちろん、メイクアップアーチストや、ファッションコーディネーターの力もあるのだろうけれど、本人たちが人一倍 「お洒落」 に自覚的である。
 特に、モデル出身のタレントたちは、どう振る舞えば、自分が魅力的に見えるかも知っているから、よけい 「お洒落」 に戦略的になる。

 そこが、女性たちから注目される理由だと、ある週刊誌が分析していた。

 「今の女性たちは、美人じゃないのにキレイに見えたり、ものすごく努力して美人をキープしているタレントたちに心惹かれていく。
 美人になりたくてウズウズしている女性たちは、(そういうタレントたちが) コンプレックスや逆境に打ちかってキレイになっていった過程に共感する」

 つまり、「女は美人に生まれるのではなく、美人になる!」 ということに目覚めた女性たちが、今の美人の基準を決定しているというのだ。
 事の正否は分からないが、その週刊誌の記事を書いたライターが女性のようなので、ここは信用しておくことにしよう。

《 「悪女」 はどこへ行った?》

 「美人」 の基準が変貌を遂げたように、もう一つ、意味が変ってきた概念がある。
 それは 「悪女」 というやつ。

 昔から男は、これに弱かった。
 男は、無垢な女性を、自分の意のままに操りたいという身勝手な欲望と、悪い女の誘惑に負けて、ずぶずぶと破滅の道を歩んでみたいという欲望の、両方を持っている。

 男たちに、破滅の快楽を与える悪女を、ヨーロッパ文化では 「ファムファタール (宿命の女) 」 といった。
 出会ったことで、男の人生を変えてしまう女、という意味だ。
 たいていは、悪く変ることをいう。

 聖書に出てくるサロメ。
 オペラに出てくるカルメン。
 日本の近代文学では、谷崎潤一郎の 『痴人の愛』 に登場するナオミなんていう女性が、これに入るのだろう。
 とにかく、キリストが生まれた時代から、20世紀至るまで、こういう女性は、絵画、文学、映画などで繰り返し描かれてきた。

 ところが、この 「悪女」 の様子が、最近なんだか変だ。

《 「悪女」 から 「小悪魔」 へ 》

 「悪女」 という言葉自体が死語化してきて、今は 「小悪魔」 という言葉の方が、もてはやされている。
 「小悪魔になる」 と若い女性が言ったとしても、それはせいぜい誘惑術を身に付けるという意味であるらしく、男をスッテンテンにするほど邪悪なものではないらしい。

 ところが、ヨーロッパ文化の伝統を生きてきた 「宿命の女」 たちは、小悪魔どころか、大悪魔!
 虫も殺さぬような淑女ぶりを演じながら、最後は、男を地獄の底に突き落とす女性ばかりだった。そして、たいていの場合は、自らも夜空の花火のように燃え尽きた。

 そういう文化が、日本にはなくなったように思う。
 特に、ドラマなどを見ていても、そういう役柄をこなせる女優が、今の日本にはとても少ない。
 『黒皮の手帳』 で好評を博した米倉涼子なども、どこか体育会系の健康なノリがあって、悪女の腐臭が漂ってこない。

 「悪女」 が明るくなったのも、たぶん 「悪女」 の判定が、男性から女性へ移ったからだろう。
 潮目が変ったのは、おそらく、中島みゆきが、寂しい女としての 『悪女』 を、女性の立場から歌ってからだ。
 あの歌がヒットしたころを境に、「悪女」 の意味が軽くなった。

 性的魅力で男を誘惑し、奈落の底に導いていく女性が価値を持っていたのは、「セクハラ」 という言葉もなかった時代のこと。
 金持ちのエロオヤジを、地獄に突き落とす女性がカッコよく見えたのは、逆にいえば、男性社会が揺るぎなかった証拠でもある。

 しかし、男性社会がグラついてきて、マッチョ男もギャグのネタにしかならないような時代がくると、女性たちも、男を騙して破滅させるなんてことがバカバカしくなってくる。
 そういう時代は、「悪女」 もファッション化されて、軽いものになっていく。

《 「甘え上手」 は悪女ではない》

 私のような古い感性を持った男は、いまだに辛口の 「悪女」 に憬れる。
 暴君ハバネロみたいな辛さを持った女がいい。

 悪女とは、「心のどこかに虚無を抱えている女」 のことだ。

 男が、「有り余る財産」 と 「燃えたぎる愛」 を、すべてその女に注ぎ込んだとしても、決して、その心の空洞を満たしてやれないような女性。

 そういうブラックホールを抱えた女は、男から見ると、とてもミステリアスだ。
 男には、そのブラックホールに、財産や愛情が吸い込まれてしまうことが、なにやらひとつの愉楽のように思えてしまう。

 概して、物質的なプレゼント攻勢にも心を開かないクールな女に、金持オヤジは弱い。
 「愛も金で買える」 という信念がグラつくからだろう。
 だから、甘え上手というのは、本当の悪女ではないともいえる。
 金で買えないモノがあることを、男に教えるのが、「悪女」 かもしれない。

 そういう女性に魅せられた男たちが使う、共通した言葉がある。
 「不幸な匂いを持つ女」
 
 いい気なもんだ…という気もするが、そういうオヤジたちの気分も分からないでもない。
 男が、「不幸な匂いを持つ女」 といったとき、それは、その男が 「女」 としてではなく、「謎」 と向かい合ったことを意味している。

 そういう、謎の女をやらせたら、実にピッタリと思える女優さんが、水川あさみさんだ。

《一人でドキドキ!》

水川あさみさん1
 
 なんか、目がいい!
 心にブラックホールを抱え込んだ 「不幸な女」 の匂いが漂っている。

 もちろん、それは彼女の、今までの役どころと演技の力によるもので、本人のキャラクターはそういうものとは無縁なのだろうけれど、ドラマやCMに登場する彼女の目には、ヨーロッパの伝統として受け継がれてきた 「ファムファタール」 の気配がある。
 きっと、優雅で冷酷な悪女の役をやらせたら、今いちばん美しい悪女をこなせるのではあるまいか。

水川あさみさん2

 TVの画面に彼女が登場するだけで、いつも一人でドキドキしてしまう。
 カミさんは、そういう私に気づかない。

 私が、悪女に憬れているなんて、そもそもカミさんの意識の範囲外のことらしい。
 もっとも、私には、悪女にのめり込むほどの 「有り余る財産」 も 「燃えたぎる情熱」 もな~んもないことぐらい、カミさんは先刻ご承知だからね。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:55 | コメント(4)| トラックバック(0)

オーキャン宝島

 夏休みの北関東のキャンプ場めぐりは、オーキャン宝島で、ついにフィナーレを迎えた。
 と、大げさにいったって、3ヶ所回っただけなんだけど。

 オーキャン宝島を目指したのは、レストランがあったからだ。
 「欧風コース料理のレストラン 『モナベール』 では、元シェフのオーナーが腕をふるう地鶏料理がおすすめ」
 と、むかし自分で書いたガイドブック (全国キャンプ場ガイド) には、そう載っている。

 しかし、その記事を書いたとき、自分で 「欧風コース料理」 を味わったわけではなかった。
 「……がおすすめ」 とまとめるのは、残りの行数が少ないときに、とりあえず編集者が使ってしまう、ありがちなパターン。

 そういう無責任なレポートはいけないな…と自戒する意味もこめて、今回はそれを試食させてもらうつもりでいた。

 ところが、電話で問い合わせたところ、レストランは改装中で、欧風コース料理はお休み。
 残念…

 途中のスーパーで、“欧風” とはまったく縁のないアジの干物と子持ちシシャモを買って、オーニングの下であぶることにした。

 場内に入ると、さっそく西欧庭園風の華麗なガーデンがお出迎え。

オーキャン庭

 庭園の手前には、レストラン 「モナベール」 が…。
 でも、建設中の足場が組んであって、秋まではクローズ。

 レストラン棟の入り口前には 「海賊の館」 というコテージがあり、そこには “ジョリーロジャー” 、つまり海賊が船に掲げるドクロの旗がはためいている。

オーキャン海賊の館

 売店の屋根のデザインも、まるで帆船の先っぽのように仕上げられていて、キャンプ場全体が、物語の 『宝島』 をモチーフにした、ある種のテーマパークといえなくもない。

オーキャン売店
▲帆船の船首をかたどった屋根を持つ売店

 もともと 『宝島』 は、19世紀末にスティーブンソンが書いた、海賊の隠した宝を探す旅に出る少年の話。
 その後、「宝島」 という言葉は 「冒険とロマン」 の象徴となった。

 物語自体は、最近の子どもには、あまり親しまれていないかもしれないが、映画 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 などのヒットもあって、海賊そのものは、相変わらず人気のようだ。

 私も、海賊は大好き。
 できれば、海賊の息子に生まれたかった。

 サイトは斜面を利用した、段々畑状になっており、上の方に行けば行くほど、景観が広がる。
 夕暮れ時には、山の稜線と森のシルエットが淡く溶けあって、なかなか雰囲気がよろしい。

 15年ほど前、『全国キャンプ場ガイド』 の取材で訪れたときは、まだ場内の植栽には十分に育っていなかったという印象があるが、さすがに15年経つと、どれも立派な木に成長。周囲の自然とマッチングして、しっとりとしたキャンプ場になった。

オーキャンサイト2 オーキャンサイト1

 クルマに電源を接続してから、オーニングを出し、その下でさっそく食事の準備にとりかかった。
 と、いっても、もう昔のように2バーナーを出したり、炭火用コンロを出したりしない。今は安直に、卓上カセットコンロに網を乗せて、アジの干物と子持ちシシャモをあぶるだけ。

オーキャンコマンダー オーキャン干物

 このキャンプ場の便利なところは、売店で生ビールを売っていることだ。
 しかも、ギンギンに冷やされて氷のようになったジョッキに、それを注いでくれる。

 そのジョッキを自分のサイトに運んできて、グイッと飲んでいるうちに、肉も食べたくなった。
 で、売店に探しに行くと、バーベキュー用の肉も売っていた。
 さらに、前の晩に注文しておくと、朝には、焼きたてのパンも食べられるという。
 肉とソーセージを買い込んだついでに、パンも注文する。

 暮れゆく山の景色を眺めながら、カミさんと、子どもと一緒にキャンプ場を回っていた頃のむかし話にふける。
 子どもが小さければ、この遊具類のたくさんそろったオーキャン宝島などは、さぞや、たくさんの思い出を子どもに残してやれただろう。
 …なんて、ことを語る年齢になってしまった。

オーキャン遊具1

 山の稜線も、森のシルエットも闇に溶け込む時間になって、ようやくクルマの中に入る。
 
 ポータブルDVDプレイヤーのスイッチを入れ、「エド・サリバン・ショー」 のDVDを、音を絞って流す。
 60年代のイギリスポップスシリーズ。

 不思議なものだ。
 若いときには、とてつもなく大人に見えた、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーや、ビートルズのジョン・レノンが子どもに見える。
 「ミセス・ブラウンのお嬢さん」 などを歌っていたハーマンズ・ハーミッツなどは、まるで中学生。
 「朝日の当たる家」 を歌っていたエリック・バードンは、当時、ずいぶん老けたオヤジだと思っていたが、これも、高校生ぐらいの年齢の顔をしている。
 もう、40年ぐらい前の映像なのだから、そりゃ当たり前だわな…。

 俺たちも年取ったな…などと、カミさんと語り合いながら、いつの間にか寝てしまう。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:19 | コメント(9)| トラックバック(0)

喜連川キャンプ場

 日本には、“大人のキャンプ場” というものが少ない。
 「では大人のキャンプ場って、何?」
 と聞かれると、困ってしまうのだが、手っ取り早くいえば 「落ち着いたキャンプ場」 ということになるのだろうか。

 日本のオートキャンプは、ファミリーを中心に発展してきた。
 現在も、キャンプ場利用者の7割以上は、子どもを連れたファミリーである。

 そういう状況を反映して、日本のキャンプ場では 「遊園地化」 が進行している。
 シーズンともなると、人気キャンプ場では、子ども向けのさまざまなイベントが繰り広げられ、場内のいたるところに、走り回る子どもの声が満ちあふれる。

 それはそれで、平和な光景だが、子どもたちに喜ばれそうな原色に塗られた遊具や、ポップなアイテムをうず高く積み上げた売店などを眺めていると、子どもを伴っていない夫婦の場合は、ちょっと気後れしてしまう。

 栃木県・さくら市にある 「喜連川ファミリーキャンプ場」 は、日本でも数少ない “大人のキャンプ場” だ。
 もちろん、「ファミリー」 と付いているぐらいなので、当然、家族連れも大歓迎。
 しかし、このキャンプ場では、シーズンになっても、子ども用イベントが企画されることもなければ、遊具も置かれていない。
 売店もなければ、昨今人気の“お風呂”もない。

 では、何があるのか?

 光と風である。
 そして、夜は星。

 一見、手つかずの 「自然」 が、そのまま残されているような表現になってしまうが、ある意味で、ここは 「超人工的」 なキャンプ場でもある。

 つまり、人間が心地よいと感じる 「自然」 が、実にきめ細やかな計算によって追求されているキャンプ場なのだ。

 私は、15年ほど前に、『全国キャンプ場ガイド』 の取材で、初めてここを訪れたとき、
 「能舞台のようなキャンプ場だ」 と、思った。

 さほど広い敷地でもないのに、とてもつもない奥行きが感じられる。
 つまり、実空間として有限な 「能舞台」 が、能が始まると同時に 「幽玄の世界」 として、無限の広がりを持つように、このキャンプ場も、演劇的な効果を意識して造られている。

喜連川サイト2

 山の斜面を利用した地形なので、本来ならば、視界をさえぎる木々を伐採して、眺望を得たくなるのが人情というもの。
 しかし、ここでは、あえて斜面の先に広がる眺望を木々の“幕”で閉ざし、その先を、空間の広がりを暗示するだけにとどめた。

 そのため、場内全体に 「秘密の花園」 めいた、神秘的な異空間としての独立性が生まれた。
 「秘する」 ことによって、逆に 「その奥にあるもの」 を想像させる。
 こいつは、能の精神そのものだ。

 「奥行き」 を感じさせるのは、南側の斜面だけではない。
 東に開かれた林間サイトも、芝生サイトに立って眺めてみると、なにやら、その先が別世界に通じる 「秘密の小道」 めいて見えてくる。

喜連川林間サイト

 木の間引き方がうまいのだ。
 このキャンプ場には、整地してからの植栽はほとんどないという。
 自然に生えていた樹木を、視覚効果や、日除け効果を計算しながら整理していった結果が、この魔法の景観を創ったのだろう。

 私が訪れたのは、8月18日。
 お盆の盛況が一段落したタイミングだったため、オーナーの厚意によって、豊かな芝生が前面に広がる “特等” サイトを用意してもらうことができた。
 村上春樹の 『午後の最後の芝生』 という短編を思い出すような情景が、目の前に広がった。

喜連川サイト4-2


 オーニングの下に椅子・テーブルを並べ、そこから眺めたサイトの光景は、まさに 「大人のキャンプ場」 。

 芝生の葉先に午後の陽光がたわむれ、その上を、木立をわたる風が通り過ぎていく。

 周囲は、耳を聾するばかりのセミ時雨 (しぐれ) 。
 セミのオーケストラに、ときどき野鳥が、涼しげなアクセントを入れる。

 もし、そこに、真夏のプールサイドに流れるようなムードミュージックや、イベントの始まりを告げる場内アナウンスなどがあったら、このセミと野鳥のアンサンブルは耳に届いただろうか。

 何もない、ということの豊かさ。
 何もせずに、芝生を眺めるという贅沢。
 そういうことを理解できる人間を、「大人」 と呼んでもいいのかもしれない。


 オーナーの栂野東房 (とがの・はるふさ) さんと、奥さんの博子さんに、少し話を聞くことができた。

 「今のキャンパーは、便利さと豊かさを混同している」
 と、栂野さんは言う。
 クルマに、あふれんばかりのキャンプ道具を積み込み、家にいるときと同じ便利さを享受することを、「豊かさ」 だと思っている人が多いとか。
 
 しかし、そういう人たちは、クルマから道具を出して、使って、片付けているうちに、1日を終えてしまう。
 「もったいないことです」
 と、栂野さんは苦笑い。

喜連川栂野氏

 栂野さんは、キャンプ場の管理人を始める前は、商社に務めて、バクダット、台北、アブダビなどで活躍した。
 時間が許す限り、家族を連れて、ヨーロッパ各地のキャンプ場をレンタルキャンピングカーで回った。

 外国のキャンパーと、日本のキャンパーはどこが違うのか。

 「日本人のキャンパーは、“物”に頼ろうとする傾向が強すぎるように思います。キャンプ道具も豊富に取り揃え、かつキャンプ場にも便利な施設を求めたがりますね。
 しかし、外国のキャンパーは、物よりも、時間とか空間を大切にしている。自然の中に身体 (からだ) ひとつ置いて、ただ景色を眺めているか、読書をしている。
 そういう楽しみ方の方が、私には、知的に思えるのですが…」

 真のアウトドアマンは、同時に、真の文学者である。
 …というのが、栂野さんの信念。

 そういう意味で、ヘミングウェイは、最高のアウトドア文学者だという。

 「彼の書いた 『二つの心臓の大きな川』 などは、最高のキャンプ文学ですね。
 あそこには、アウトドアの素晴らしさと過酷さが、すべて描き出されていると思うんです。
 ヘミングウェイを読んでしまうと、私なんか、もうキャンプに関して何かいう自信をなくしてしまいます」

喜連川管理等 喜連川コテージ
▲管理棟              ▲オーナー手づくりのコテージ

 とにかく、栂野さんは本が好きだ。
 彼が自分で組み立てた手づくりの 「図書館」 には、過去に自分で読んだ書籍の一部が一般公開されている。それは、おびただしい数にのぼる。

喜連川図書館

 たまたま、話を聞いたときに、栂野さんが手に抱えていた書籍は、堺屋太一の 『チンギス・ハン』 。

 そういえば、チンギス・ハンもまた、筋金入りのアウトドアマンだった。
 彼は、豊かな物質文明を築いた中国を征服しても、ずっと粗末な衣服を着続けて、テント生活を捨てることはなかった。

 豊かな文物にあふれた中国より、「光と風」 しかなかったモンゴルの草原を愛したチンギス・ハン。
 その姿が、ふと 「光と風」 を愛する栂野さんの姿と重なった。

喜連川芝生1
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:05 | コメント(6)| トラックバック(0)

お犬様 

 キャンピングカーを購入するきっかけの一つに 「ペットと一緒に旅をしたいから」 と答える人はけっこう多い。

 ペットブームを反映してか、ペット同伴で泊まれるホテルやペンションも、確かに増えた。
 しかし、その数はまだ少ないし、一緒に泊まるといっても、同じ部屋に泊まるのではなく、ペット用ケージを置いた別棟が用意されているだけというホテルもある。

 その点、キャンピングカーなら、飼い主がペットと常に同じ空間で寝泊りできるので、ペットも飼い主も安心できる。

 さらに、キャンピングカーの場合、乗用車と違って断熱対策を施されたボディ構造のものが多いので、飼い主が温泉などを利用するときも、車内に残したペットが熱中症にかかったりする率も低い。

 夏休みは、北関東のキャンプ場を回る旅をしたが、温泉などに寄るときは、わが家のクッキー嬢はお留守番。

塔の岩クッキー1

 猛暑の中に一匹残していくのはさすがに心配なので、カーテンは全部閉めて、ルーフベントを少し開け、空気の流通を確保。
 水だけはたっぷり用意してやる。

 知らない土地に残されるのは、さすがに不安なのか、飼い主の姿が完全に見えなくなるまでは、フロントガラスにへばりついて、ときどき遠吠えをする。
 ま、そうやって、孤独に打ちひしがれたようなポーズをするのだが、こっそり帰って、そおっと中を覗いてみると、たいてい涼しい場所を探して、ヌクヌクと眠りこけている。

新しいイヌ

 留守番を納得させる方法の一つとして、クルマに戻ったときに、「ご褒美」 をやるようにすると、そのうち、留守番を苦にしなくなるという訓練方法もあるようだ。
 少量でいいから、ドックフードを一口与える。
 好物のオヤツをひとかけら与える。

 それだけで、普通の犬は、車内に取り残されることを、苦にしなくなる。
 …というのだが、わが家のクッキーは、いまだに 「ご褒美」 という感覚がない。
 「なぜ、今エサがもらえるの? ラッキー!」
 てな調子で、無心にガツガツ頬張るだけ。

 独りで車内に残されることを嫌いながら、散歩に連れ出そうとすると、外を怖がって後ずさり。
 家の中にいても、階段を怖がるクセして、足を踏み外して落ちそうになる。
 テーブルの前でジャンプしては、テーブルの裏側に頭をぶつけて、コツンコツンという音を家中に響かせる。

 「お前、ホントに犬?」
 と、ついつい尋ねてしまうのだが、本人は、テーブルに頭をぶつけることを、痛いとも、恥かしいとも思っていないようなのだ。

 2日目に訪れた 「喜連川ファミリーキャンプ場」 の管理人をされている栂野さんに、人間の年に換算した犬の年齢の算出方法というのを教わった。
 小型犬の場合は、「犬年齢-1×5+18」だという。
 5歳の小型犬がいるとすると、5-1×5+18となり、人間に換算すると、38歳ということになる。(ちなみに、大型犬の場合は、犬年齢-1×6+18だという)

 すると、わが家のクッキーは、今年の7月末に1歳の誕生日を迎えたために、人間の年齢では18歳。
 18といやぁ、人間だったら、しっかりした分別をもってしかるべき年齢。
 こいつは、いつになったら、1人前の犬らしい現実感覚を持つようになるのやら…。

 ペットとして、何代も交配を重ねてくると、ひょっとして、犬としての動物的本能も希薄になるのだろうか?

 わがクッキー。
 甘えるのだけは上手である。
 私が家に帰ると、シッポを太鼓のように壁に打ち鳴らして、リズミカルに拍子をとる。
 怒られたりすると、上目づかいに飼い主を見上げ、さもゴメンナサイの表情を作る。

 それに情をほだされて、ついつい抱き上げてデレデレすると、ご飯を食べ終わっても、またまたエサのおねだり。

 しかし、こういう甘え上手でワガママなお犬様がいると、キャンピングカーの旅は、やっぱり楽しい。

 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

塩原でまず1泊

 金曜日から夏休みを取った。
 わが家の旅行は、「キャンプ場+温泉」 というパターンが圧倒的なので、温泉が集中しているような場所が、たいてい旅行の目的地となる。

 そもそも計画性に乏しい性格なので、目的地を探すのも、いつも休みを取る2日前か3日前。

 そうなると、初日は、栃木県のキャンプ場 「塩原グリーンビレッジ」 に落ち着くことが多い。
 なにしろ、住んでいる東京から近い。
 それでいて、けっこう高原気分が味わえる。
 そして、同キャンプ場には温泉があるので、クルマで移動することなく、そのまま 「キャンプ場+温泉」 が堪能できる。
 横着な私にはピッタリである。

塩原GV1 塩原GV2

 移動日は、日本列島を襲っていた猛暑が途切れた日。
 天気予報では午後から雨。
 なんとか晴れ間を保っているものの、頭上に漂う雲は、秋の雲。  
 涼しいのは助かるのだが、夏も一緒に去っていった感じで、なんだか寂しい。

 なにしろ、何が好きかといったら、入道雲なのである。
 そいつを、露天風呂に浸かって眺めることを、もう冬のうちから楽しみにしている。

 だから、塩原グリーンビレッジに着いて、入道雲が見えなかったことが、何よりも残念。

 受付で料金を払い、電源キーを受け取る。
 お盆は過ぎたが、夏休みだけあって、コテージもキャンプサイトも満杯。
 プールが終わったぐらいの時間なのか、プールサイドから、浮き輪を首にかけた子供たちが、いっぱい帰ってくる。

塩原GV小屋 塩原GVプール

 サイトにクルマを入れ、電源だけ接続して、さっそく温泉へ。

塩原GV貸切風呂

 ここは貸切風呂 (写真上) もいいけれど、気楽に入れるのは、管理事務所内にある 「開運福の湯」 。
 源泉かけ流しを謳うだけあって、なんだか、やたらと身体中に元気が満ち溢れていく気分になる。
 こぢんまりしているが、周囲に植栽をめぐらした露天風呂もいい雰囲気だ。

 風呂の縁に、石造りの招きネコが一匹。
 何を考えているのか、いつも片手を耳のそばまで挙げて、おいでおいでをしている。
 何で、このネコがお風呂場にいるのか、それがこのキャンプ場の最大の謎だ。
 たぶん、酔って露天風呂に入ったお客が溺れないように、見張っているのかもしれない。

 風呂から上がって、さっそくカミさんと食堂に入り、レモンサワーを頼んで、冷やっこと、おでんと、モツ煮込みと、ウィンナー焼きで一杯やっていたら、夕方5時頃、ついに夕立がやってきた。

 周囲が煙って見えるほどの豪雨を眺めながらのレモンサワーも、意外とうまいことに気がついた。

 雨が上がるまでにレモンサワーを3杯のんで、ほろ酔い気分でサイトに戻る。
 その後、犬を連れ出して散歩。

 その途中、ピックアップキャビンからオーニングを出して、その下で食事の準備をしていたご夫婦がいたので、ちょいと挨拶。
 同じキャンピングカー仲間ということで、立ち話となり、さらに誘われて、厚かましく 「氷結果汁」 をご馳走になって、意気投合。
 最後は、自分のクルマの中からラム酒とジンロを持ち出して、宴会となった。

 とても、楽しい一夜。
 キャンピングカーの旅は、やっぱり面白い。  
 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:14 | コメント(2)| トラックバック(0)

昭和が終わった

 今年の上半期は、昭和を代表するような芸能人、文化人、政治家の方が、いつもの年より多く亡くなられたような気がする。

 ふと、思い出すだけで、植木等さん、鈴木ヒロミツさん、阿久悠さん、横山ノックさん、小田実さん、大庭みな子さん、城山三郎さん、宮澤喜一さん…。
 それぞれ、昭和という時代に、後世に伝えられるような業績を残していった方々だ。

 私のような、人生の半分以上を 「昭和」 で過ごした人間は、こういう人々の訃報に接すると、つくづく 「昭和が本当に終わった」 という感慨を抱かざるを得ない。

 なかでも、一番 「昭和」 という時代がどんな時代であったかを、ひとつのイメージとして伝えてくれる仕事をされたのは、阿久悠さんではなかったかという気がしている。

 昭和という時代は、明るさと華やかさの裏に、常に暗さがあった。
 「光と影」 という使い古された言葉があるが、まさに昭和は 「光と影」 のコントラストが強かった時代のように思う。

 阿久悠さんは、その昭和の人間の光と影を的確に表現した。

 阿久さんは、「時の過ぎゆくままに」、「勝手にしやがれ」、「カサブランカ・ダンディ」 などという曲を通じて、沢田研二の身体全体から発散するオーラとともに、昭和という時代のまばゆいばかりの光彩を描いた。

沢田研二ジャケ1
 
 そして、昭和のギラギラした輝きに、かすかな 「毒」 を垂らすかのように、「退廃」 のしずくを沈ませ、繁栄の裏に潜む危うさと儚さを盛り込むことも忘れなかった。

 一方、北原ミレイの 「ざんげの値打ちもない」 などでは、一転して、この時代の 「闇」 の深さを真正面から捉えた。

北原ミレイジャケ1

 5月の雨の夜に、15歳の誕生日を迎えた少女が、 「安い指輪を贈られて、花を一輪飾られて」 男を迎える…
 そして、8月の暑い夜、すねて19を越えたころ、その少女は、細いナイフを光らせて、憎い男を待っている。

 この歌は、未曾有の繁栄を迎えた時代といわれる、爛熟した昭和の真っただ中で、その底に沈殿する 「貧しさ」 と 「切なさ」 を浮かび上がらせた。

 かと思うと、阿久さんは、ピンクレディーの 「UFO」 や 「渚のシンドバッド」 を通じて、テーマパークのアトラクションのような、健康的で、華麗なファンタジーをつむぎ出した。

UFOジャケ1

 虚構のファンタジーと戯れることの面白さを、テレビを通じて女の子たちに教えたのは、歌の世界ではこのピンクレディーが初めてかもしれない。

 一方、小林旭の 「熱き心に」 では、オーロラの空のもとを旅する男という壮大なイメージを喚起することで、萎えかかった中年男のロマンを復活させた。
 ここに描かれた、女を恨まないさっぱりした演歌の世界は、女に対して、いつまでも 「現役の男」 を演じ続けなければならないという強迫観念から、男たちを解放した。

熱き心にジャケ1

 私は、男たちが、定年退職後に 「陶芸」 に打ち込んだり、 「そば打ち」 にいそしむような機運を準備したのは、この歌ではないかと、密かに思っている。
 この歌では、「慕い続けた女」 というものが、自分の青春とセットになって、過去のものとなっている。
 …そろそろ安心して、陶芸教室にでも通おうか。
 そういう心境を準備させる歌なのだ。

 「オーロラの下を旅する」 という言葉が、もう 「現役を引退しろ」 というメッセージになっている。

 こういう阿久さんの一連の仕事を振り返ってみると、阿久さんが、 「昭和という時代を的確に描いた」 というよりも、 「昭和の方が、阿久さんの描いたシナリオをなぞる形で進んでいった」 というふうにすら思えてくる。

 歌は、時代を反映する。
 しかし、時代はまた、歌によってつくられていく。

 阿久悠さんは、まぎれもなく、「昭和」 をつくり、そしてまた、その行く末を見定めていった人のひとりだ。

 ※ 明日から夏休みです。北関東のキャンプ場を回ってきます。あいにく雨みたいなんだけど、まぁ、キャンピングカーですから…
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:32 | コメント(4)| トラックバック(0)

PAでの怪異現象

 キャンピングカーで旅するときは、基本的にキャンプ場に泊まるように心がけている。あるいは、JRVAさんが勧めている 「湯YOUパーク」 なども使う。
 深夜に旅発つ場合は、高速のPAなどで車中泊する場合もあるが、時間に余裕がある場合は、お金を払っても、管理人と連絡が取れるような場所に泊まりたいと思う。
 その方が、怖い思いをしなくてすむからだ。

 何が怖いのか。
 週末の夜に、こぞって爆音をとどろかせながら集まってくる暴走族のことを言っているのではない。
 高速道路の、とあるPAで車中泊したとき、なんとも不可解な現象を体験したからだ。


 さる地方の、それこそ夜がふけてくると、対向車線のヘッドライトひとつ見ることのない寂しい有料道路を、一人で走っていたときのことである。

 自分のクルマのヘッドライトだけが頼りになるような道を、何時間も走っていると、だんだん現実感覚が乏しくなってきて、夢の世界の道路を走っているような気分になる。
 そのときも、自分の魂が少しずつ遊離していくような感覚に襲われた。

 「前にも、こんな気分になったことがあったなぁ…」
 そう思ったとき、それに先立つ2年ほど前の深夜にも、カミさんを伴ってこの道を走っていたことを思い出した。

 そのとき、助手席でうつらうつらと船を漕いでいたカミさんが、突然目を覚まし、
 「あなた、気をつけて!」 と叫んだのだ。
 「どうして?」 と聞き返すと、
 「頭の中で <蛍の光> と <仰げば尊し> が鳴り響いている」
 という。

 夢を見ていたらしい。
 どちらも、のどかで美しい曲だ。
 しかし、二つとも、人と人が別れるときに流れる曲である。
 耳なじんだはずのメロディが、鎮魂歌のように思えてきて、不意に鳥肌が立った。

 想像力がたくましくなってくると、山影や月の明かりですら、“あの世”めいて見えてくる。
 「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」 の逆で、枯れ尾花が、幽霊に感じられてくる。

 結局、そのときは何も起こらず、やがて忘れてしまった。

 しかし、いま一人で走っている場所こそ、2年前に怪しげな気分に襲われた場所であることに気がついた。

 できれば、そのまま走り抜けたかったが、尿意も催してきたし、疲れも出てきた。
 家を出てから16時間目。
 そろそろ仮眠を取らなければ、身体が持たない。
 PAかSAの表示板が見えてきたら、そこで一眠りすることに決めた。

 やがて、暗闇の中から、PAの表示板が浮かび上がった。
 「荷おろし峠」

 のどかな民話風の名前なのに、気分が怪談モードにシフトしていると、その民話風の名前が、逆に不吉なイメージを引き連れてくる。
 しかし、もう待避線側に進路を取っているので、引き返せない。

 案の定、クルマを減速させていくに従って、春だというのに、晩秋のような冷気が襲ってきた。
 標高が高いせいだろうと、自分に言い聞かせた。

 薄暗い外灯が立っているだけの、なんとも殺風景な駐車場だった。
 建物とおぼしきものはトイレ棟だけ。周囲は鬱蒼とした杉木立である。
 神社の境内にでも迷い込んだ感じだ。

SAの夜1

 先客がいた。
 1980年代末期のフェアレディZ。
 色は赤、というか朱色。
 ハローウィンのかぼちゃのような顔をした3代目あたりのZだ。
 乗客は2人。
 男女のようだ。
 クルマの後方が7:3に向いた角度なので、乗員の顔までは分からない。

 ただ、そのまま見過ごしてしまうには、どことなく不自然な感じがした。
 夜の0時を回った時間帯だというのに、仮眠している様子ではない。
 かといって、こちらが期待する (?) ようなイチャイチャもやっていない。
 話し合っている雰囲気でもない。
 
 2人とも人形のように背筋を伸ばしたまま、じっと前方を見つめているのである。
 人間の輪郭がくっきりしていたため、さすがに幽霊には見えなかったが、はっきり言って、不気味な連中だと思った。

 トイレに入った私は、何度か後ろを振り向きながら放尿し、クルマに戻ってからは、しっかりと鍵をかけ、バンクの上に這い登って横になった。

 深夜の2時ごろ、ふと目を覚ましたときには、フェアレディZは立ち去っていた。
 それをしっかり確認してから、また目をつぶった。

 次に目を覚ましたのは3時過ぎだったと思う。
 バンクの小窓から何気なく外を見ると、驚いたことに、立ち去ったはずのZが、また戻っている。
 クルマの色も同じ。
 乗っている男女も同じ。
 しかも、さっきと同じ場所に、動いた気配もないような停まり方で、居座っている。

 なんとも奇妙な気分だった。
 
 PAに戻ってくるには、高速道路を逆走してこなければならない。
 しかし、深夜で交通量がほとんどないとはいえ、いくらなんでも、そんな非常識なことは考えられない。

 では、先のインターでいったん降りてからUターンし、またこのPAに戻ってきたのだろうか。
 何のために?

 まぁ、大事なものを忘れたために、戻ってきたとも考えられる。
 あるいは、偶然、似たようなクルマが、立て続けに来たのか…。

 そのときは、それ以上考えることもなく、眠りについた。

 明け方の4時過ぎ、今度は尿意で目が覚めた。
 私は、急いで窓のカーテンを開けて駐車場を見回した。
 いったん戻ったZの姿は、すでになかった。
 
 しかし、そのクルマの怪しげな行動を見て、疑り深くなっていた私は、今度はリヤドアをそおっと開けて、自分のクルマの後ろ側に回り込んでいないか確かめた。

 いない。

 慎重にステップを踏みしめて、外に出た。
 人気のない駐車場は、沈黙の底に沈んでいた。
 静寂が目に見えぬ 「重み」 となって、覆いかぶさってくる。

 さっきのZは、どこから来たのだろう…

 まさか空から降ってきたわけでもあるまいし…と見上げた空は、自然界のものとは思えないほど、濃い紫色に染まっていた。
 夜でもなければ朝でもない、不思議な時間が流れていた。

黒雲1
 
 しかも、しんしんと冷気が降りてきている。
 冬の冷気とは違う。
 体調を崩したときに感じる 「悪寒」 のような寒さだ。
 「冷気」 = 「霊気」
 ふと、そんな連想が浮かんだ。

 私は、クルマの中に戻って、バンクに潜り込み、頭からシュラフを被った。
 ふと、妙な予感が働いた。
 念のために、バンクの小窓から外を覗いた。

 このとき見た光景は、一生忘れられない。
 またしても、どこからともなく、Zが戻っているではないか!

 ホラー映画のようなことが本当に起こることを、初めて体験した。
 私が気づいたことを知ったのか、車内の2人が、同時に首をくるりと回した。

 私は、急いでバンクから運転席に飛び移り、エンジンキーをひねって、裸足のままアクセルを踏み込んだ。


 この話を、その地方で取材することになっていたキャンピングカービルダーさんに話したところ、
 「それは有名な話ですよ」 と、言われた。
 もう15~16年ぐらい前、そこでフェアレディZに乗ったまま、排ガスを引き込んで心中を図った男女がいたのだとか。
 「5日とか15日、25日の晩に出ることが多い」 という話になり、五・十日なので、 「なんだか営業車みたいだね」
 と、そのときは笑い話になって終わった。

 このことを、帰ってからみんなに話しても、誰も信用してくれない。
 「寝ぼけて夢でも見たのだろう」
 などというのはいい方。

 カミさんなどは、あっけらかんと笑って、
 「へたな作り話」
 と一刀両断に切り捨てる。
 「へたな…」がついた分だけ、よけい傷つく。

 確かに、同じクルマを3度見たという 「3度目」 は、多少話を面白くするための創作である。
 しかし、悪気から出たものではない。
 つい舌が勝手に回ってしまっただけである。持ち前のサービス精神から出た勇み足というべきかもしれない。
 もちろん、取材先のキャンピングカービルダーさんが 「有名な話ですよ」 と言ったというのもウソ。

 しかし、そのほんのわずかな技巧を加味したばかりに、私の不思議な体験は、すべて作り話に受け取られ、カミさんから、嘘つき呼ばわりされることになってしまった。

 今度、同じ場所で、フェアレディZに乗った男女を見つけたときは、
 「お前たち、2回までは本当にこの場所に戻ってきたことを証言してくれ」
 と、お願いするつもりでいる。

 怖い話 「禁断の風景」
 怖い話 「キャンプ怪奇小説」
 怖い話 「怖い話」


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:32 | コメント(6)| トラックバック(0)

次期ワンタイR5

 7月末、東京・調布の味の素スタジオで行われた 「東京キャンピングカーショー」 の会場で、展示車の華やかなブースに混じることなく出展者駐車場にひっそりとたたずんでいた、1台のキャンピングカーがあった。

 厳密にいうと、“半キャンピングカー”。
 シェルだけ架装してあるものの、中味はガラガラの空洞で、ただのパネルバン状態。ショーのディスプレイに使う小物類を搬送してきたクルマらしい。

 しかし、キャンピングカーに興味を持っている人がそれを見たら、ちょっと興味をそそられたことだろう。
 ベース車は、トヨタ・ランドクルーザー80。
 そのボディがカットされ、一見FRP製に見える真っ白なキャブコン型シェルが架装されていたからだ。

 それも、鋭角的に絞り込まれたバンク部のデザインを見るかぎり、ボディショップアジロさんが開発している 「ワンタイR-5」 の系列に属するクルマであることは間違いない。
 窓こそ、まだ切り込まれていないものの、すでにエントランスドアは付けられている。
 そのドア位置は、まさにハイラックス時代から変らぬワンタイR-5のドア位置だ。 

次期ワンタイR5外形

 「網代 (あじろ) さん、あれはR-5の新型ですね?」
 ブースでハイエースを展示していた網代さんのところに戻って、さっそく尋ねてみた。
 「そのとおりだ」 と言う。

 ランクルにアルミ製のシェルを架装したキャブコンを開発しているという話は、網代さんから、もう1年ぐらい前に聞いたことがある。
 それが、このクルマだったのだ。

 だから、FRP製ボディに見えたとしても、実はアルミニューム。
 もちろん、ボディに丸みを持たせるために、コーナー部はFRPでアールが取られているが、サイドパネルとリヤパネル、そしてルーフには、ドーンと目一杯、アルミ板が使われている。

次期ワンタイR5内装

 このFRPとアルミの接合部分が、外から見ただけではまったく分からないというのが、このクルマのマジックであり、そこにはボディショップアジロの“秘伝”が生かされている。

 アルミをシェルの素材に使った理由は、まずはボディの軽量化。
 もともとランクル80の車両重量は、2,200㎏ぐらいだという。
 それをボディカットして、シェルを架装した状態で、2,280㎏。そこに椅子・テーブル・流しなどの家具を組み込んで、プラス20㎏ぐらい。
 アジロさんの計算では、車両重量で2t半を切るキャンピングカーになるらしい。

 もともと、ハイラックスベースの時代から、ワンタイR-5シリーズは、その軽量ボディによる運動性能の高さでは定評があった。
 ワンタイR-5の前モデルは、トイレルームなどをあっさり取り払ったレイアウトによって、コンパクトボディを実現。それがまた、俊敏な走りを可能にしていた。

 ランクル80シャシーは、ハイラックスより大きいので、今回はトイレルームを設けるという。
 それでも、シェルをアルミにしたために、重量的なハンディにはならないとか。また、アルミはリサイクルが容易なので、エコロジーにも貢献する。
 
 そういった意味では、未来志向のキャンピングカーなのだが、いかんせん、ベース車のランクル80は、すでに生産が終わっている。

 「本当は、ランクル100でデモカーを造りたかったのだけれど、なにぶん車両価格が高すぎるんでね」
 と、網代さんは苦笑い。
 それに、ランクル100になってしまうと、ベース車自体が重くなってしまうので、アルミシェルを架装しても、あまり軽量化のうまみが出てこないとも。

 「100の場合は、軽くするために、家具は全部中抜き構造にしなければならないんですよ。そうなると手間がかかるから、バカ高いキャンピングカーになっちゃうんですね」
 
 でも、100のオーダーがあれば造りたいらしい。
 本当は、そういう顧客が出るのを待ち望んでいるようだ。

 ランクル80で造る場合は、中古車を探して、網代さんのショップに持ち込んでもよいし、網代さんに、80の中古車を探してもらうことも可。
 ただし、ディーゼル車は排ガス規制を受けるので、規制の対象から外れるガソリン車に限られる。

 ランクル80をベースにした 「新型ワンタイ」 の完成は、今年の秋頃。
 11月に開かれる 「東京・お台場くるま旅フェスティバル」 には、なんとか間に合わせたい、と網代さんは張り切っている。

 ボディショップアジロ tel. 03-3607-4354

campingcar | 投稿者 町田編集長 00:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

CGの恐竜は苦手

 CG (コンピュータグラフィック) が発達して、映画がつまらなくなったなぁ…という感想を前から持っている。
 こんなことを言うと、自分の感性のオジサン化が進んでいることを自分で認めることになるかもしれないが、「それでもいいや」 と開き直りたい気分もある。
 
 最初にそのことに気づいたのは、10年以上前になるのだろうか、『ジュラシック・パーク』 を観たときのことだった。

 発達したCGテクノロジーによって、太古の恐竜が、「生命が宿ったようにリアルに動き回る」 。
 そう言われると、どうしても期待しちゃうじゃないか。

ジュラシックパークDVD

 で、当時、まだ小学生だった長男を伴って、さっそくロードショーを観に行った。
 ものすごい行列。
 それだけ、国民が新しい映像に期待しているということが伝わってくる。
 その行列の熱気に触れるだけで、こちらも自然に興奮してくる。

 ただ、行列の最後尾に付くのいやだったので、ここは大奮発。
 指定席券を買った。
 それだけ、期待するところ大だったわけだ。

 ところが、映画が始まったかと思うと、まだ恐竜が出てこない前から、息子が居眠りを始めてしまった。
 特別に高い券を買ったのに、なんとも、もったいない話だ。
 チョンチョンと肩をつつくのだが、すぐにまた眠りこけてしまう。

 画面に恐竜が登場して、ようやく息子の目も覚めたようなのだが、CGの恐竜に目を見張ったのは、私も息子も、最初の20分ほどでしかなかった。

 不思議なものだ。
 目の動き、走り方、首の振り方…。
 あまりにもリアルに再現されたCGの恐竜は、途中から飽きてしまうのだ。
 最初のうちは、確かに興奮した。
 しかし、見慣れてくると、動物園でトラやライオンを見ているのと変らなくなる。

ジュラシックパーク映像1

 いったい何で、そんな気分になってしまったのか?

 あまりにもクリアに見えすぎる映像は、ウソの部分もあからさまに見せてしまうからだ。
 
 確かに、恐竜がジロリと人間をにらむ時の、目の動きなどは巧妙だ。
 しかし、そこに、恐竜にはあり得ないような 「表情」 が出てしまう。

 恐竜たちの行動原理というのは、人間の感情の動きとは、まったく異なる衝動によって動いているはずなのだが、CGの恐竜たちは、あたかも人間の感情を投射したかのような目の動かせ方をする。(特に、草食恐竜が葉っぱを食べている時とか…)。
 そりゃ、ウソだろう!

 映画を観ているさなかにおいては、そういうことに気づかなかったが、後になって、テレビで放映されたものを観たら、そのことに気がついた。

 たぶん映画館においても、リアルさゆえのウソくささというものを、どこかで感じ取っていたのかもしれない。
 高い指定席券を買いながら、途中で息子と一緒に、ちょっと居眠り。

 以来、あまりCGに期待しなくなった。
 
 映画の面白さって、やっぱりなんか別のところにあるように思う。
 『ゴジラ』 だって、ハリウッド製のぴょんぴょん飛び跳ねるゴジラより、日本製の、人間が着ぐるみの中にこもって、よたよた動いているゴジラの方が迫力があった。
 キングコングも、一番最初の、稚拙な動きをする、モノクロ映画の 『キングコング』 の方が怖かった。

 トランスフォーマーは、それがおもちゃだった頃、息子とさんざん遊んだが、映画の 『トランスフォーマー』 はあまり観たいという気がしない。
 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:18 | コメント(4)| トラックバック(0)

クライムジャンパー

【お勧めキャンカー8 「クライム ジャンパー」 】

 白って色は、華やかな色だ。
 白いスーツ、白いドレス、白い靴。
 
 そういう 「白いお洒落」 が、とびっきり贅沢に見えるのは、気をつけないとすぐに汚れるという危うさと、常に表裏一体になっているからである。
 つまり、白には、「刹那 (せつな) の輝き」 という意味があるのだ。

 で、この 「クライム ジャンパー」。
 実に、贅沢なバンコンである。
 どこもかしこも、真っ白!

クライムジャンパー外形1 クライムジャンパー内装2

 ドライバーズシートも白。
 セカンド、サードシートも白。
 リヤベッドのマットも白。
 それを支えるキャビネットも白。
 フロアも白。
 
クライムジャンパー内装3 

 真夏の陽射しの中で、その白が、太陽よりもまぶしく照り輝く。

 ただ、クライム ジャンパーの白いシートは、すべてビニールレザー。汚れた場合は、すぐに拭き取れるようになっているのがミソ。
 
 もちろん外板色も、インテリアカラーも各種用意されているので、白だけが 「売り」 というクルマではない。
 ただ、白が似合うお洒落なクルマであることだけは確かだ。

 アルフレックスの開発するバンコンは、フレックスランドナーにおいても、このクライム ジャンパーにおいても、カスタム系の意匠を身にまとっていることを特徴とする。
 ベースは、ハイエース・ワゴンDXなのだが、パッと見、そうは思えないラグジュアリー感が漂っているところが、このクルマの個性といえよう。

 フロントには、オリジナルのアンダースポイラーが装着され、グリルもボディ同色のカラードグリル。
 さらに、クローム製のドアミラーとドアヒンジ。
 しかも、キャンピングカーではあまりお目にかかれないローダウン仕様。
 通常は、2インチほど落としているところを、ディスプレイ用の展示車では3.5インチ!
 そのせいで、まさに地を這うようなシルエットが実現されている。

クライムジャンパー外形2 クライムジャンパー内装2

 シートアレンジは実に豊富なクルマだ。
 ドライバーズシートを展開した状態でも、リヤに広大なラゲージスペースが生まれるが、ハイマウントベッドを設定しても、その下側がトランクルームとなる。

クライムジャンパー内装4

 さらに、ベッドボードをすべて取り払ってしまえば、立派なトランポ。
 自転車なども楽々と積み込むことができる。

 様々なライフスタイルに応じて、いかようにも使えるクルマだが、どんな人でもカッコよく使いこなせるかどうかは、また別問題。
 実際の年齢には関係ないが、気持ちの上で、常に 「若さ」 と 「遊び心」 を保っていないと、このお洒落なクルマの迫力には負けてしまう。

 ベース車のハイエースのモデルチェンジをひかえ、新車の価格は未定。
 ただ、7月末に開かれた 「東京キャンピングカーショー」 に登場したときの車両本体価格は、300万円をぎりぎり切るぐらいの200万円台に抑えられていた。
 値上がりがあったとしても、ベース車の価格UPぐらいではなかろうか。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 01:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

昔書いた小説

【短編小説 「湾岸道路でラスト・タンゴを」 】

湾岸ハイウェイ1

 「4ドアセダンです。古いアリスト」
 と課長に言ったとき、
 「ほぉー」
 と、予想どおり、意外なものを見たような声と視線が返ってきた。
 「ジープ型のでっかいクルマはどうしたの?」
 「売って、今度のクルマを買ったんです」
 「君もいよいよ旦那さんを見つけて、子供でもつくる気になったのかね。あのでっかいジープは、お嬢さんには似合わなかったもんな」
 「そうなんです。いい彼氏が見つかったので」

 4ドア車……結婚……家庭、という図式しか頭に描けない課長の粗雑さにうんざりしながら、私は軽く受け流した。

 「僕に紹介するんだよ。君ぐらいのキャリアを積んだ女なら、男を見抜く力もあるとは思うが、念のために、僕が彼氏の品定めをしてあげよう」
 とは言っても、私の話を信じている顔ではない。
 さぐりを入れるような、ずるい目つきだ。
 いつか、忘年会の帰り、「今晩あいているかい?」
 と、ささやきかけてきたときの目だ。

 その視線から逃れるように、私は柱の時計に目をやる。
 6時10分過ぎ。

 「買ったばかりのクルマをテストしたいので、今日はこれで帰らせてもらいます」
 「いいとも。今度は僕をテストしてごらん」
 と、課長の好色そうな小声が返ってきた。

 なんというジョーク!
 と、私はこみあげてくる怒りを、そっと押し戻して、
 「いいわ、課長」
 と、ウィンクして席を立った。

 
 34歳になっても結婚していない女の立場はつらい。
 上司からは、奔放に遊びまわっている女に見られるし、若い男や女の子からは、不倫の愛人役をやっていると決めつけられる。
 いちいち弁解するのも面倒くさいので、放っておくから、あらぬ憶測だけが一人歩きする。
 だんだんクルマだけが、“友だち”になっていく。 

夕焼け画像1 
 
 夕暮れの街。
 会社の駐車場の前から渋滞が始まっていた。
 昼間の仕事の余韻と、退社後の解放感が、街にあわただしげな活気を呼んでいる。
 以前乗っていたランクル80で、街を流していると、「女だてらに…」 という、好奇心をはらんだ男たちの目にさらされたものだ。
 それがなくなっただけでも、今度のクルマ選びは大正解。
 年をとるということは、人目をうるさく感じるようになることかもしれない。

 私は、バッグから、会社では吸わない煙草を取り出して火をつけた。
 煙を深く吸い込むと、まだ馴染まないこのクルマの香りも一緒に鼻腔に広がった。
 行儀よく並んだメーターパネルの上を、吐き出した煙が流れていく。
 スロットルの応答感は、少しザラついた感じがする。
 でも、6気筒はシルキーだ。やっぱりNAがいい。
 私は、過吸器が嫌いだ。

アリスト

 どこに行くというあてもなく、交通の流れに身を任せる。
 街を流していれば、何か面白いことに出遭うという期待はもうないけれど、それでも、走っていれば、誰もいない部屋でうずくまっているときの淋しさをまぎらわすことはできる。

 ラジオがテナーサックスの泣き節を流しているので、チャンネルを変える。
 金本の2ランホームランを絶叫するアナウンサーの声が耳に飛び込んできた。
 いいヤツだ。顔は地味でも、きっちりした仕事をする。
 かっ飛ばせ阪神!
 センチな音楽は街に似合わない。
 
 左折車線から遠慮がちに、しかしスマートに割り込んできたクルマに気をとられて、私は試合の得点経過を聞き逃した。
 ええい! バカ…
 と、わざと下品な感じで舌打ちする。

 私の前に割り込んだ、アストンマーチンのDB6が、深海の小魚たちを睥睨 (へいげい) するサメのように、宵闇の街に消えていこうとしている。
 「まさか!」
 一瞬、私は息を呑んだ。

 流れの早い交差点の中を、ブリティッシュグリーンのDB6のテールランプが右に大きく切れていく。
 私は、アクセルを踏み込み、信号が変りかける前に、急いで交差点に飛び込んだ。
 DB6は、すでに、3台先を走っている。

 何をあわてているんだ、と私は自分に問いかけた。
 グリーン、アストンマーチン、DB6…
 単なる偶然の一致かもしれない。
 そう思っても、ステアリングを握る手がふるえている。

 私は、空いている右車線を飛ばして、なんとか次の信号で、DB6の隣に並んだ。
 ネオンの逆光になって、ドライバーの顔がよく見えない。
 私は、首を必死にひねって、自分の顔を相手に向けた。
 気づいたら、合図をよこして。
 …とは思ってみたが、10年の歳月は、相手の記憶から私の顔を消し去っているかもしれなかった。

 信号が無残にも青に変り、DB6は、何事もなかったかのように、スルスルとスタートしていった。
 私は、またあわててその後を追った。

 10年の間、同じクルマを乗りとおすなんて。
 「こんなクラッチの重いクルマ、もういい加減に放り出してしまいたいよ」
 いつもグチっていた。
 「今日はなんとか機嫌がいいらしく、エンジンが回ってくれたけどな」
 いつもてこずっていた。 
 でも、あの男はやっぱりそのクルマが好きだった。

DB6

 DB6は、繁華街を離れた、淋しい倉庫街を走っていく。
 もうすでに、私がずっと尾行していることを知っているはずである。付けやすいように、わざと速度を落としているからだ。

 ネオンのとぎれた路地裏に入ると、DB6は静かに停まった。
 ドアが開き、男がゆっくりと立ち上がった。
 暗がりで、顔がよく見えない。
 こっちに向かって歩いてくる。
 私は、後を付けて来たことを後悔し、ステアリングの陰に顔をひそめた。

 コンコンと、ウィンドーガラスを叩く音が聞こえた。
 窓を開けると、昔と変らない、あの男の目が笑っていた。

 「久しぶりだな」
 男は短く言った。
 ぶっきらぼうで、さり気なく、しかし、とてつもなく温かい声だった。
 「トシ…」
 と、私は、かつて何度も舌の上で転がした男の名を呼んだ。

 「ずいぶん運転がうまくなったな。クルマも素敵なクルマだ。ジウジアーロだよな」
 男は、私の初代アリストをまぶしいものを眺めるように見つめた。
 私は、何と答えたらいいのか分からなかった。
 10年の歳月は、とっさに対応できるようなどんな言葉も、遠くへ押し流してしまっていた。
 「金本が打ったの。逆転したと思ったから、一瞬喜んだのだけれど、そうしたら突然トシが、急に…」
 
 いったい何を言っているんだろう。これでは意味が相手に通じるはずもない。
 そんな私を見て、男は困ったようにニヤリと笑った。
 ……昔と変らんな。
 そんなふうに見ている目である。

 「ちょうどいい店がある。食事がまだなら一緒にしよう」
 と、男は言った。
 「いいわ」
 と、私は目で合図した。

 
 「今でもときどき、君の夢を見る」
 男は、テーブルにひじをつき、グラスを宙に浮かしたまま、ボソッと言った。
 薬指に、結婚指輪が光っていた。
 私は、男が結婚したというウワサを聞いた日の、ひとり荒れた夜を思い出した。
 そのときも、こんなふうに、淡いライトがテーブルクロスを赤く染めるタンゴの流れる店だった。
 私は同僚の女たちをなじり、男たちを嘲笑し、見知らぬ客とチークを踊った。
 20代最後の夜だった。

 「どうして私を待っていてくれなかったの」
 言うつもりもなかったのに、ついなじる口調になった。
 「待っていれば、俺と一緒になるつもりでいたのか?」
 男は、かすかに皮肉っぽく唇を歪めた。
 「そのつもりだったわ。最後はあなたのもとに戻るつもりでいたわ」
 「今さら言っても遅いよ」
 男はぽつりと言って、目を伏せた。
 
 バンドネオンの低い響きに、悩ましげなヴァイオリンの音がからみついて流れていた。
 …そう、最後は、この男のもとに戻るつもりだったのだ。

 何が、私をためらわせたのだろう。
 男は、欲しいものが何もなかったのだ。
 アストンマーチンDB6も、病院の次期院長の座も、海外の別荘も、何から何まで、親が用意してくれていたのだ。
 私のことだって、果たして、本当に欲しかったのかどうか…。
 
 結婚したいと、男は言った。
 私は、追わせてみたかった。
 本当に欲しいなら、アストンも、病院の座も、みんな捨てて私を追ってよ。
 そう言いたかったのだ。
 
 …バカだった。それが若さというものだったのか…

 会話は、途切れがちになった。
 男は、それを気にするように、とてつもない優しい目つきで、じっと、私の目を覗き込んだ。 
 でも私は、もう男が、私には分からない別の世界を持っていることを感じた。
 会ったことが良かったのか、悪かったのか、私には分からなかった。

 それから、私たちは、沈黙が来ないように、罪のない世間話をして別れた。

 別れしなに、男が何を言おうとしたのか、私にはよく分かっていた。
 私は機先を制して、言った。
 「またどこかで、偶然会ったらね」
 男は、それだけで察したのか、軽くうなづいて、黙って笑った。

 「待って」
 私は、クルマに乗り込もうとする男の背中に向かって、叫んだ。
 「ハイウェイでも、思いっきりとばして別れない? 途中でお互いを見失ったら、それで “おやすみなさい” 」

湾岸ハイウェイ1

  ビルの合間をぬって、まっすぐ貫く3車線の両側で、路肩のライトポールが、ミラーボールの光のように流れていく。
 装甲の厚そうな外車、カラフルなスポーツカーが洒落のめして滑走していく。
 ブリティッシュグリーンのDB6が、踊るようなフットワークで、その中を分け入っていく。
 私は、DB6に寄り添うように、アリストのアクセルを踏む右足に、そっと力を込める。
 もし、ほかのクルマが私たちを見たら、きっと呼吸ぴったりのダンスを踊っているように見えるだろう。

 開けた窓から、海の匂いを強く含んだ風が流れ込み、私の髪を乱していく。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:54 | コメント(2)| トラックバック(0)

マルクスの予言

 カール・マルクスの著作がこのところ、また読まれているそうだ。
 マルクスといえば、「共産主義革命」 の思想家。
 共産主義国家をめざしたソ連や中国が、のきなみ資本制経済を導入した国に変貌したために、20世紀とともに終わっちゃった人、というイメージがある。

マルクス肖像

 ところが、
 「今こそマルクスを読め!」
 と、言っている人がいる。

 ソ連崩壊を描いた 『自滅する帝国』 で、第38回大宅壮一賞を受賞した佐藤優さん (47歳) だ。
 この人、数々の雑誌や新聞で、卓越した外交評論を展開し、今や時代の先端を行く外交評論家といった印象があるが、実は外務省官僚であった頃に、逮捕歴がある。

佐藤優氏

 「外務省のラスプーチン」 などといわれ、マスコミがこぞって悪のレッテルを貼ったこともある人なので、思い当たる方々も多いのではあるまいか。
 ところが、そのたぐいまれなる知性、博識、鋭い表現力によって、佐藤さんは、あっという間に、国際情勢を的確に語る評論家として、華麗なる復活を遂げた。

《有名だがほとんど読まれない本「資本論」》

 佐藤さんは、『月刊現代』 の9月号で、連載中の 「名著・読み直し講座」 の3回目として、マルクスの 『資本論』 を採り上げている。

資本論表紙

 「カール・マルクスの 『資本論』 は、有名であるが、ほとんど読まれない本の代表例である。その理由は、マルクスがドイツ観念論の影響を受けた、くねくねとした難解で病的な文体で記述しているからだ。
 しかし、 『資本論』 の行間から、マルクスは話し上手だったという印象が浮かび上がってくる。
 現在でも、飲み会でウケるような雑学事典的な話がけっこうある。銀座や赤坂のクラブで、ホステスさんを相手にするときのネタとして使えそうだ」
 彼の 『資本論』 講座は、こんな調子で始まる。

 佐藤さんが、この 『資本論』 を見直すように呼びかける最大の理由は、現在のグローバルな資本主義経済が、実は、マルクスが生きていた時代をもう一度再現しつつある、という懸念があるからだ。

 世界の先進国の首脳は、今のきなみ 「新自由主義経済」 を標榜するようになった。
 アメリカのブッシュ大統領しかり。
 フランスのサルコジ大統領しかり。
 日本の小泉首相~安倍首相しかり。
 さらに、もっと実質的な新自由主義的な政策を推進しているのは、他ならぬ中国の胡錦涛主席であり、ロシアのプーチン大統領である。

 「新自由主義の本質は、純粋な資本主義なので、これをそのまま放置しておけば、マルクスが 『資本論』 で描いた地獄絵のような近未来が、少し姿を変えて再現される」
 と佐藤さんはいう。

 マルクスが資本主義社会を見つめた当時というのは、どんな時代だったのか。

 文字どおり、 「労働者を圧迫する資本家」 がいて、貧富の差が増大し、自然環境が次々と破壊・汚染された時代だった。

 ところが、先進資本主義諸国は、みな 「これじゃいかん!」 ということに気がついて、福祉政策を重視し、労働者の保護に乗り出した。
 なぜなら、「労働者」 というのは、また 「消費者」 であるわけで、肝心の消費者が弱ってしまったら、商品を買ってくれるお客たちがいなくなってしまうからだ。

《資本主義は何をめざす?》

 こうして、マルクスの思惑を裏切り、資本主義諸国は、危機的状況を乗り越えて、次々と 「労働者保護」 を政策に採りいれて、延命を図っていく。

 そのように資本主義国家が変貌すると同時に、東欧では社会主義政権が次々と倒壊し、ソ連も崩壊。中国は開放経済へと舵を切った。
 そして、北朝鮮のような、社会主義国家といわれた国の本性が明るみに出るようになり、マルクスの謳った共産主義革命は、時代遅れの思想となった。

 ところが、世界がすべて資本制経済に移行することによって、資本主義の本性も、またむき出しになってしまったのだという。

 資本主義のめざすところは、「人間の幸せの追求」 や 「人類の文化の向上」 などというものではなく、ひたすら 「資本が自己増殖する」 ことだけを目的としているんだそうだ。
 つまり、「資本主義」 というのは、人間が関与する余地のないような、それ自体が壮大な 「運動体」 だとか。

 旧社会主義国家の崩壊は、資本主義運動の必然だった。
 なぜなら、資本主義が自らの延命を図るには、それまで資本主義化されていなかった、旧社会主義国家の膨大な労働力= (消費者層) が、ぜひとも必要だったからだ。
 それが、グローバリゼーションと呼ばれるものの実態である。

 しかし、そのグローバリゼーションの進行によって、世界中の人々が家族、共同体、民族などから切断されるという痛みを味わうようになる。
 いま日本でも進行している 「家族の解体」、 「格差社会の到来」 などという問題も、ある意味、資本制経済の壮大なる展開と歩調を合わせているように感じられる。

《商品に流行があるのは、なぜなのか?》
 
 資本主義の目的とするものは 「剰余価値」 の獲得だから、その剰余価値を追及するためには、モノを無限に生産し続けなければならない。
 しかも、生産するだけでなく、それを人々に、絶え間なく購入させなければならない。

 1年で古くなる家電製品。
 あっという間に時代遅れになる音楽。
 次々と登場するお洒落な新ブランド。

 それらはみな、資本主義の 「自己再生的なシステム」 を補完するためだけに存在しているといえよう。

《破壊される自然界のエコシステム》

 モノを生産するということは、同時に廃棄物をも 「生産する」 ことでもある。
 19世紀になって、資本制経済が確立されるまでは、人類はどんなに工業製品を生産したとしても、自然の生態系を壊すようなことはなかった。
 生産に付随する廃棄物は、自然界で循環しているエコシステムのなかに吸収されていたからである。

 ところが、生産物の過度な供給がグローバルに進行するようになった現代では、その自然界のエコシステムが機能しなくなってしまった。
 特に、石油を大量消費する生産構造が定着することによって、自然界のエコシステムはノックアウト!
 
 環境汚染や温暖化などという問題も含め、エネルギー資源の枯渇など、どうも人類の未来は八方ふさがりになりつつある気配である。 
 キャンピングカーのゴミ問題なども、最終的には、そこにたどり着く。

 『資本論』 の熟読を勧める佐藤さんは、その小論を次のように結ぶ。

 「1980年代以降、大学でマルクス経済学が教えられることは少なくなった。
 その結果、資本主義の内在的論理を理解しないエリートたちが台頭してきた。
 このたぐいのエリートは、資本主義が人間を疎外するシステムであることを理解しないので、手放しに新自由主義的な規制緩和を礼賛する。
 
 かと思うと、ライブドア事件や村上ファンド事件のような、国家官僚にとって不都合な事態が生じると、今度は国家の暴力装置を用いて、資本の動きを規制しようとする。
 要するに、彼らは、資本主義の内在的理論を理解していないから (方針がめちゃめちゃ) だ。
 資本主義の論理をつかんだ上で、ケインズ学と呼ばれた政策に立ち返るのが、日本の国家と社会を強化する上で得策だと思う」

 佐藤さんは、マルクスを読んでも、「共産主義革命が必要!」 などという時代錯誤めいた主張をしているわけではない。
 外交官として、世界の資本制経済を見守ってき人だけが持っている現場感覚で、 『資本論』 を解釈しているに過ぎない。
 しかし、その指摘は、そうとう刺激的な示唆に満ちていると思う。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

ルーズな夏休み

 キャンピングカーがあって、しかも子供が離れてしまうと、「夏休み」 に対する考え方がルーズになる。
 特に、私のように、一応会社員でありながら、夏休みを自由にスケジューリングできる立場にいると、なおさらだ。

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 もともと計画性のない性格の上に、キャンピングカーを持ってしまって、それに拍車がかかった。
 宿など予約しなくても、好きな日に、好きな場所に行って、どこにでも泊まれる (というのは、最近ちょっと問題になっているが…) 。
 基本的にキャンピングカーは、そういう旅を許すので、ことさら入念な夏休み計画を練らなくてもすんでしまう。

 乱暴な話、キャンプ場が混み合うハイシーズンでも、移動しながらキャンプ場のキャンセル待ちを探すこともできるし、場合によっては、(許可をもらって) 立ち寄り温泉の駐車場などで仮眠をとることができる。もちろん、道の駅や高速道路のSA・PAで休息することもできる。

 早朝から渋滞が予想される連休の旅行では、前日の夜から走り始め、目的地に近い場所で休憩地を探して、ゆっくり休息を取れる。

 こういう気楽さが身についてしまうと、逆に困ったことも起きる。
 便利さが災いして、のんびりし過ぎてしまい、逆に夏休みが取れない可能性も出てきてしまうのだ。
 「あ、この日はちょっと仕事…」
 「次の日は、会合が入って忙しい」
 
 ついつい先延ばしているうちに、ようやく腰を上げようとしたら、
 「ありゃ、台風だ。次の週にするか」
 …などどいっているうちに、あれよ、あれよという間に、夏が去ってしまう。

 乗用車しかなかった頃は、何ヶ月も前から計画を練って、必ず宿泊場所に予約を入れていた。
 今思うと、かえってそういう方が、しっかり夏休みを消化していた。

 あくせくしなくても済むところがキャンピングカーの良さでもあるのだが、あまり馴れすぎてしまうと、大事なタイミングを失ってしまうことがある。
 自戒しなければ…

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:57 | コメント(2)| トラックバック(0)

ゴミ出さない工夫

 夏休み真っ最中!
 お盆を間近にひかえ、日本人がもっとも旅行に出かけるシーズンの到来です。
 この時期に、キャンピングカー旅行を予定されているユーザーさんも多いでしょうね。

海画像1 田舎画像1

 だけど、最近、キャンピングカー旅行のゴミ処理をテーマにしたサイトが、いろいろと登場してくるようになりました。

 日本RV協会 (JRVA) さんのHPでも、ゴミ処理に対する心構えを論じた会長とユーザーの対談がUPされています。
 そのなかでは、キャンピングカーユーザーがよく利用する 「道の駅」 や高速道路のSA・PAにおいて、ユーザーが心がけなければならないマナーが広く語られているのですが、
 「何から何まで、禁止にしてしまうのではなく、守るべきルールやマナーをユーザーが自分自身で判断するという、人間としての高度な判断力が、これからは必要になる」
 という意見が印象的でした。

 その対談のなかでは、特にゴミ処理に関して、「ゴミを出さない工夫が必要」 と述べられています。
 「短い旅行だったら、食料品を包装紙から出して、あらかじめ自宅でプラスティック容器に移し替えるとか、カップラーメンも、中身だけを取り出して、マイカップに移して携帯するなど、小さな積み重ねが大事になる」
 とも。

SAの注意書き

 キャンピングカービルダーのレクビィさんのHPでも、「マナー」 をテーマにしたコーナーが設けられ、そこでも、旅先でのゴミの発生量を減らす具体的なノウハウが掲げられています。

 『キャンピングカー スーパーガイド』 のHPで、連載エッセイ「答えは風の中」 を執筆している池田健一さんも、ゴミ問題のスペシャリスト。
 池田さんからは、こんな意見が寄せられています。
 以下、ちょっとご紹介しましょう。

 「ゴミを出さない工夫を身につけるには、クルマを使わないアウトドアを、一度経験してみるのもいいかもしれません。
 20年ほど前、私 (池田) は、2~3㎏あるリュックサックを背負い、さらに10㎏近いテントや食料を背負って、山に登っていました。

 荷物の重量を軽くするためには、携帯するものを吟味しなければなりません。
 必然的に、不要な荷物は省く習慣が身につきます。
 まず、ビン類や缶詰などは、それ自体が重いので、すべてタッパー (密閉容器) に移します。
 水の携帯も最小限。主に、旅先の駅の水飲み場や、岩場の湧き水を利用していました。
 どうしても、途中で飲み物を買わざるを得ないときは、紙パックに入ったものしか買いません。飲み終わっても、紙パックなら小さくたたんで持ち帰れるからです。
 
 とにかく、ゴミを出さない工夫をすることが、登山を楽にする秘訣でした。

 そうやって、体力を使う登山やサーフィンを楽しんでいたのですが、最近は、さすがにそういう遊びからも遠ざかり、今は“オートキャンプ軟弱派”を続けています。

 でも、なぜかゴミは出ません。
 やはり、「ゴミを持って帰るのが面倒くさい」 という、かつて身についた感覚が、今も体が覚えているからでしょう。

 だからキャンプに行っても、食材は、米、アジの干物、ふりかけぐらい。
 あとは、ヤキイモにするサツマイモ、アサリ貝などを持っていく程度です。

 うちのオクサンや子供たちは、さすがに、米とふりかけでは物足らないのか、野菜や肉も持参します。
 しかし、野菜は出かける前にカットし、肉はすぐ調理できる状態にして持っていきます。
 調味料も、すべて専用のポットに入れて持参し、野外で空き瓶などにならないように心がけています。

池田キャンプ風景

 とにかく、身のまわりを身軽にして出かけるのが、「池田流キャンプ」 です。

 だから、キャンピングカーの旅でも、うちは冷蔵庫に頼りません。
 ちょっと性能の良いクーラーボックスひとつあれば十分。氷も買いません。
 代わりに、飲料水のたぐいは、みな大型ペットボトルに詰め込んで、その中身自体をあらかじめ冷凍して、「氷」 にしてしまいます。
 実際に、ジュースなどは、シャーベットにして、溶けるのを待ちながら、ちびちび飲んでいる方が美味しいし、楽しい。

 こうして、飲料水のたぐいをペットボトルに詰めて氷状にしてしまえば、クーラーボックスに入れておくだけで、2~3日ぐらい持ちます。
 大型ボトルを凍らせるには、家庭用冷蔵庫では1週間ぐらいかかることもありますが、市販されている専用フリーザー (3万円くらい) を買っておけば、1日もあれば立派な氷ができあがります。
 こうしておけば、旅行前に氷を用意したり、途中で氷を購入したりする必要もありません。
 
 このペットボトルを氷にするアイデアは、冷蔵庫を装備したキャンピングカーのオーナーにもきっと役立つはずです。こういうボトルを冷蔵庫内に入れておけば、冷却効果も効率よく高まります。
 ぜひ、試してみてください。

 とにかく、不必要なものを持っていかないのが、わが家のキャンプ。だから、現地に着いてから忙しく動き回ることもありません。
 そういう、ぐうたらな、何もしないキャンプなのですが、その方が、本当に心身ともにのんびりとくつろげます」

 …以上が、池田さんのコメントです。
 ゴミを出さないエコキャンプは、また 「のんびりキャンプ」 というわけで、これからのアウトドアレジャーの方向を示すような意見でありました。

 大手企業も、ゴミを減らす商品の開発に力を入れるようになってきました。
 たとえば、日清食品からは 「カップヌードル リフィル (詰め替え用) 」 という新商品が発売されています。

カップヌードルリフィル

 これは、麺を従来比の約80%に圧縮したコンパクトな容器を開発して、マイカップとセットで販売するようにしたものです。

 このマイカップは、洗えば何度でも使うことが可能で、しかも保温性・断熱性に優れているため、従来の容器よりはおいしく食べられるとのこと。
 日清食品では、これを 「これからの旅行に適した、エコスタイルのヌードル」 としてキャンペーンを展開中です。

 ゴミをいかに減らすか。企業側もそういうテーマに着眼する時代になってきたんですね。

《関連情報》
日本RV協会ホームページ 「ユーザー対談」
レクビィホームページ 「キャンプマナーを考える」
日清食品 「カップヌードル リフィル」
 
《関連記事》
「マナー違反への警鐘」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:11 | コメント(4)| トラックバック(1)

CC

【お勧めキャンカー7 「CC」 】

CC-ex2

 軽自動車キャンピングカーのすさまじいブームが吹き荒れるなか、バンコンの老舗を自負するレクビィは、最初、このブームを静観する構えを示した。
 ハイエースの充実したラインナップを誇る同社は、あえて 「軽キャンカー」 の部門に進出しなくても、バンコンユーザーのあらかたのニーズを満たす品揃えに自信を持っていたように思う。

 しかし、さすがのレクビィといえども、市場の一大トレンドとして脚光を浴びている軽ブームを無視するわけにはいかなくなったらしい。
 「CC」 は、日本を代表するバンコンメーカーレクビィが初めて世に問うた、渾身の軽キャンカーである。
 
 さすがに、バンコンのプロショップ!
 先行する様々な軽キャンカーを研究し、その偉大な先輩たちの“ホンの少し足りない”ところを見事にカバーして、憎いほどの商品価値の高い軽キャンカーを造ってしまった。
 まさに、後出しジャンケンの強さ!

CC-ex1

 まず、商品設定。
 軽自動車をキャンピングカーベースに使うメリットとして、顧客が何にプライオリティを置いているかを、しっかりリサーチしているところが憎い。

 軽キャンカーは、大別すると、軽自動車でありながら普通車登録になるものと、軽の8ナンバー登録になるもの。さらに、軽自動車のままの4ナンバーないしは5ナンバー登録になるものに分かれる。
 CCは、4ナンバー登録。
 貨物車登録にして、維持費の安さを狙うという戦略だ。

 自動車税は年間4,000円。重量税は2年で8,800円。
 同じ軽自動車をベースにしたキャンピングカーでも、シェルを架装したキャブコン型キャンピングカーの場合は普通車登録になり、自動車税で23,600円取られてしまうことを考えれば、税金面での安さで、CCには大きなアドバンテージが生まれる。
 軽キャンカーに注目している人には、その経済性に魅力を感じている人が多い。そのへんをレクビィは外していない。
 キャンピングカーとしての機能を求める人には、充実したハイエースの品揃えで対応できるという自信があるからだろう。

 軽キャンカーとして後発のCCは、その出遅れをカバーするかのごとく、画期的なアイデアを次々と実現している。

 まず、フロント席の背面を利用したフライングテーブル。
 このアイデア自体は、すでに他の軽キャンカーでも試みられている。
 しかしCCのテーブルは、使い勝手を広げるために、いろいろなアクションを用意している。

CCテーブル2

 ひとつは、セカンドシートに着座した状態で、普通のダイネットテーブルとして使うというもの。
 フロントのシートバックを後ろに倒しても、前に倒しても、常に水平を保つように工夫が凝らされているので、実に便利。
 カップホルダーも付いているので、簡単な食事を取ったりする時にも、まったく問題がない。

CCテーブル1

 さらに、このテーブルはリヤベッドを展開した時にも使えるし、使用しないときは、シート背面に折りたたんで格納できるようになっている。
 FASPシートを、マルチアクション・シートなどと呼ぶことがあるが、さしずめこのテーブルは、「マルチアクション・テーブル」 といったところか。

 軽キャンカーの場合は、ベッドスペースをいかに広く取るかが、大きな問題となる。
 CCでは、セカンドシートを前側にたたみ込んで、ベッドマットを展開すれば、フロント席からリヤゲートまで、1,800×1,250㎜という全面ベッドができあがる。
 1.5mのシャワーホース付きシンクが、立派に装備されているにもかかわらずである。

CCベッド

 よく見ると、シンクが途中からすとんと断ち落とされて、その下に空間が生まれている。
 通常、シンクを付ければ、その下に水タンクを置きたくなるし、そうなると、シンク全体をキャビネット化しなければならない。
 ところが、CCでは、ベッドスペースを広げるために、フロアに載せるキャビネットが全部廃止された。

CCシンク

 では、水タンクはどこに?
 配管を回して、セカンドシート下に置かれているのだ。

 CCでは、リヤ部の荷台フロアを一段上げて、ベッド展開できる構造が採られた。そのために、フロアとベッドマットの間に空洞が生まれた。
 この空洞が 「ワザあり!」 なのだ。

 水タンクは、サブバッテリーと並んで、シート下に装備されているのである。
 水とバッテリーという重量物が、車体の中央に集まることによって、ミッドシップエンジンのクルマと同じような重量バランスが実現。それがまた、このクルマの運動性能を向上させる一因となった。

CCミッド
▲バッテリーと水タンクがミッドシップ

 フロアを一段高くしたために、ベッド下にも収納ボックスが誕生した。
 この収納ボックスは、ベッドマットを持ち上げれば大きく開口し、マットを伏せた状態でも、リヤゲート側から、フタを開けてアクセスできるようになっている。
 軽キャンカーの泣き所は、収納スペースなのだが、このCCは、まずその収納機能で、他車を一歩リードしている。

CC収納3 CC収納1
▲ベッドマット下はしっかりした収納スペース

 収納スペースは、ベッド下だけではない。
 セカンドシート下の、バッテリーと水タンクの両側にも収納が…。
 両サイドの天井には、吊り棚。
 各クォーター部には、布製ウォールポケットが3ヵ所。

CC収納2 CCポケット
▲セカンドシートの両脇にも収納 ▲コーナーにはウォールポケット

 まだ、ある。
 リヤゲート近くには、天井に沿ってネットが張られ、フロント席の頭上にはオーバーヘッドキャビネット。
 このフロント収納は、薄い作りながらも、衣装や地図などを入れておくことができるし、そのキャビネットの縁を利用して、カーテンレールを回すこともできるようになった。
 そのため、この軽キャンカーは欧米製クラスAのように、プリーツ加工した遮光カーテンによって、運転席周りを、外光から遮断することができるのである。

CC棚
▲天井キャビネットとフロントカーテン

 「痒いところに手が届く」 という言葉は、このCCに与えたい。
 さすが、バンコンのプロショップ 「レクビィ様」
 まいりました。

 ちなみに 「CC」 とは、「クリッパーキャンポー」 の略。
 日産クリッパーは三菱ミニキャブのOEMだから、駆動系のトラブルに不意に襲われたときも、全国の日産・三菱のサービス網が利用できる。
 そんなところにも、レクビィの深謀遠慮がうかがえる。

 お値段は、2WD・5MTで税込み 1,573,950円から。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 01:49 | コメント(3)| トラックバック(0)

ラディ ウィズ

【お勧めキャンカー6 「ラディ ウィズ」 】

ラディウィズ外形1

 アネックスより、「ウィズ」 というクルマが誕生したのは、1998年である。

初代ウィズカタログ1 初代ウィズカタログ2
初代 「ウィズ」 カタログ

 この時代、まだ 「キャブコン」 なる呼称は生まれておらず、トラックシャシーにシェルを架装したキャンピングカーは、「Tボディ」 などと呼ばれていた。

 その“Tボディ”のレイアウトの大半は、中央に対面ダイネットを設定し、リヤはギャレーかトイレルーム。さもなくば収納。
 あとは常設リヤ2段ベッドスタイルが、ようやくチラホラと登場してきたという時代だった。

 そのなかで、アネックスの開発した 「ウィズ」 は異彩を放っていた。
 当時、どのビルダーもチャレンジしたことのないレイアウトを、このクルマは実現していた。
 ダイネットが、意表をついて、最後部に設定されていたのである。
 しかも、壁を背にして向かい合うという、二の字の横座りシート。
 バスコンやトレーラーではオーソドックスなパターンであったが、これがキャブコンで実現されたところに、ウィズの独創性があったといえよう。

初代ウィズ室内
初代 「ウィズ」 室内

 当時のアネックスのカタログを見ると、
 「少人数でのオートキャンプやきままな旅行などを楽しむ方のための、キャンピングカー」
 と説明されている。
 「ウィズ」 というネーミングには、当然 「仲の良いカップル」 という含みはあったろうが、カタログを見る限り、いま声高に叫ばれている 「シニア夫婦の2人旅」 という言葉は、まだ見当たらない。

初代ウィズカタログ4

 このウィズは、グランドハイエースベースの 「エディ ウィズ」 に継承され、アネックスのキャブコンを代表するレイアウトのひとつとなっていくが、エディシリーズが終了するとともに、ウィズもいったん姿を消した。

 それが、画期的なRTM工法によって開発された 「ラディ」 のボディで復活したのが、今年の5月。
 「シニアカップルの旅行車」 という、今もっとも注目されるキャンピングカーのジャンルとして、新しくスポットライトを浴びることになる。

ラディウィズ外形1 ラディウィズ外形リヤ
ラディのボディで甦った 「新ウィズ」

 車両サイズの制限もあり、ここに実現したリヤダイネットは、確かにこぢんまりとした印象を伴う。
 しかし、それが逆に、「夫婦水入らず」 というアットホームな雰囲気を上手に演出している。
 すでに、類似したレイアウトの他社製キャブコンもいくつか出回っているが、さすが、本家本元の開発したレイアウトだけに、まとまりがいい。

ラディウィズ室内1 ラディウィズ室内2

 「夫婦2人仕様」 というジャンルが、キャブコンでもバンコンでも脚光を浴びる時代となり、どのビルダーも、必ず1台は、そのコンセプトを実現したラインナップを持つようになった。
 そういうクルマの場合は、コンパクト路線が人気を呼んでいる。
 極端な例としては、軽キャンカーに注目が集まっている。

 しかし、長距離旅行を計画しているカップルの場合、高速域での走行性能や荷物の収納性などを考えると、軽では負担がかかり過ぎるのでは…と懸念する人もいる。
 ラディ ウィズは、そういう人々のニーズにもぴったり合う。
 
 全長4,830㎜。全幅は1,920㎜。
 乗用車サイズに近いコンパクトさが、このクルマの身上だ。
 内装も、最近のアネックスデザインを反映して、色目を抑える代わりに、素材感の深みを追求するというモダンテイスト。
 ちょっと洒落た2人用キャブコンを探している人には、とても良い選択となる。

ラディウィズ室内3 ラディウィズバンク

 お値段は、3,717,000円 (2WD・AT) から。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 01:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

ウルルン紀行

【業界面白人間 2】
福島淳一さん キャンピングカーステーション東松山 (RVビックフット)

CCS東松山1

 アールブィビックフットさんの展示場 「キャンピングカーステーション東松山」 に勤務している福島淳一さんは、マリナーズのイチロー選手のそっくりさんとして知られた人だ。

福島氏顔1

 「イチローに似ているって、よく言われません?」
 と、昔尋ねたときに、まじめな顔をして、
 「え? イチローですよ、私は」
 なんて、平気で答えてくる。

 実際に、イチローに扮してテレビ出演をこなし、視聴者の前でバットを振る姿を披露している。
 不思議なノリを持った人である。
 
 武勇伝がいっぱいある。
 学生時代は学校に行かず、タイの山奥を2年ぐらい放浪したらしい。
 タイは、東南アジアでも平和な国として知られているが、それでも国境付近は覚醒剤の密輸組織の巣窟があったり、ゲリラが出没する危険地帯があったりして、相当治安の乱れた地域が残っている。

 福島さんがさまよっていたのは、その危険地帯。

 歩いているだけで、鉄砲玉がヒューンと、肩をかすめて飛んできたなどという体験もさんざんしているらしい。

 「なぜ、そんな地域が好きなんですか?」
 と尋ねると、
 「熱いもの、辛いものが好きなだけで…」
 と、要領を得ない。

 本当は、生きている実感が強烈に感じられるような場所で、自分の生命の輝きをこの目で確認してみたいという、切なる思いがあったのだろうけれど、そういうコメントをストレートに伝えることへの羞恥心があるのだろう。
 そんなところに、福島さんのインテリジェンスが感じられる。

 タイでは、バンコクのような都会であっても、生活環境は日本と大違い。
 まず、生水などは飲めない。
 ミネラルウォーターのボトルなどを買って用心していても、ホテルの水道で歯を磨いただけで、その水でお腹をやられる日本人は多い。

 ましてや、田舎に方に行くと、生活用水が泥水。
 家畜の尿が混ざり合うような水で、人々は洗濯し、その水を飲み、そして調理に使う。
 地元の人は、平気でそのような生活を続けている。

 彼は、そういう場所に行ったときは、着いたその日から、その泥水をガブガブと飲み干す。
 当然、一発でお腹を壊し、高熱を出して倒れる。
 しかし、3日ほど寝ていればもう大丈夫。あとは現地の人と同じ物を食べ、同じ水を飲んでも、一向に体の変調をきたさない、という。

 その食べ物がまたすさまじい。
 たんぱく質は、ヘビ、ネズミ、昆虫。

 「おいしいですか?」
 と尋ねてみると、
 「おいしいわけないじゃないですか!」
 と笑う。 「でも、食べるものがそれしかないので、食べないわけにはいかないんですよ」
 と、涼しい笑顔。

 そういう村から村を、福島さんは転々と旅行した。

 一つの村を去るとき、もう村中が大騒ぎ。
 貴重なタンパク源として取っていた牛を一頭殺し、もう村中がお祭り騒ぎとなる。
 村の娘たちはみな泣き出す。
 まさにテレビの 『世界ウルルン滞在記』 だ。

 最後の夜は、村長が自分の娘をふたり伴って訪ねてくる。
 「この村に残れ。2人の娘のうち欲しい方を取れ」
 と迫るのだとか。

 どうしても日本に帰らなければならない、というと、
 「日本人は優秀だから、せめて子供をつくってから帰れ」
 というのだそうだ。
 それも断ると、村長も娘たちも泣き出してしまう。

 そんな生活を2年続けて、ようやく日本に帰った。
 大学の法学部に在籍していたので、司法試験でも目指そうと思ったら、もう大学に籍がなかった。

 では、何か仕事でも始めるか…
 仲間は、みなそれなりの大手企業に進み、「○○証券」などという肩書きを自慢げに見せびらかしている。
 よぉし、俺も、いちばん難しいといわれる 「○○証券」 に挑戦してやろう。
 持ち前のチャレンジ精神が頭をもたげる。

 就職試験で、最終面接まで残った。
 試験官が、偉そうにふんぞり返って、福島さんに質問を浴びせる。

 「証券会社の未来を考えるとき、いちばん大切なものは何か?」
 「営業とは、何をする仕事なのか?」

 いちおうすべての設問に答えきった福島さんに、面接官が、最後に言った。
 「さて、そちらからの質問は何かありますか?」

 彼は、こう質問した。
 「それでは、反対にお尋ねいたします。
 証券会社の未来を考えるとき、いちばん大切なものは何ですか?
 営業とは、何をする仕事なんですか?」

 ところが、面接官が、これに答えられない。
 「う~む。いい質問だが、一言で答えるのはむずかしいなぁ」
 などと、目をシロクロさせている。

  「だめだ、コリャ…」
 と思ったそうだ。

 「採用が決まりました。○○市営業所のファイナンシャル・アドバイザーとして来ていただきます」
 という通知が来て、再び面接官と会ったとき、彼は 「辞めます」 と返答。
 「マジですかぁ?」 と相手の目がひっくり返ったのを見たという。

 キャンピングカーイベントの会場で、私はそういう話を面白く聞いた。
 まだまだ、普通の人が経験しなかったような武勇伝がたくさんあるようだ。

 彼の武器は、そういう豊富な経験によって身についた 「度胸」 だけではない。
 手話ができるというのも、特技のひとつだ。

福島氏顔2

 この業界で、手話のできるスタッフはなかなかいない。
 障害のある方とも適切なコミュニケーションが図れるということは、業界全体の信頼度を高めることにもなる。これに関しては、他社からも評価されているようだ。

 彼の話はなかなか面白かったので、もっとたくさん聞きたかったのだが、あるお客さんの姿を見て、彼は話を中断。
 「また、ゆっくりお話したいですね」
 と言いながら、彼はにこやかに、そのお客さんの方に向かった。
 手には、手描きのイラストが握られている。

 いったんそのお客さんが来たとき、レイアウトの相談を受けたのだという。
 彼は、そのお客さんが他のブースを回っている間に、一生懸命、そのお客さんの望んだレイアウト図を、3次元のイラストに描き起こしていたのだ。

 こういう人材がたくさん出てくれば、この業界の未来は明るい。

 誠実な表情で、お客さんに対応している福島さんの後姿を眺めながら、私はこっそりその画像をカメラに収めた。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

アスペクト26A

【お勧めキャンカー5 「アスペクト26A」 】

 今年から、輸入キャンピングカーにも排出ガス基準の適用が開始されたことで、欧米製RVの導入が危ぶまれているという情報は、すでにキャンピングカーに関心ある多くの方々はご存知でしょうが、ニートRVさんの扱っているアスペクト26Aの2008年モデルは、見事にこの日本の規制値をクリア。7月末に行われた 「東京キャンピングカーショー」 でデビューを果たしました。

アスペクト26A外形1

 基本的なコンセプトは、07年モデルとそう大きく変ったところありません。
 しかし、外装デザインは見事!
 ウィネベーゴ社の塗装技術は年々進化を遂げて、年次モデルを追うごとに、そのクオリティは上がっています。

 08年の新色として登場したのは、ワイン (赤) とシーミスト (青)。
 どちらも、平滑性の高いファイバー面に、見事な外板色を展開しています。

 特筆したいのは、スライドルームがエクステンドした箇所まで塗装がなされているところ。
 今までは、スライドルームの出っ張ったところは、グラスファイバーの平面がそのまま残されていたのですが、08年モデルでは、外装の塗装がそこまで及ぶようになりました。
 キャンプ場などに停めて、スライドアウトしたときは、今まで以上に、その存在感が強まることでしょう。

 で、スライドアウトした状態の室内。

アスペクト26A室内1

 すごいですねぇ! この広々としたリビング。
 やはり、スライドルームの威力は絶大です。
 それにしても、家具と家具の距離が離れていること。
 まさに、大陸的なおおらかさ。
 この開放感あふれる空間は、ちょっと国産車には実現できない世界です。

 そうそう、このモデルからは、ブラウン管のテレビに替わって、27インチの液晶テレビが標準装備となりました。

 このスライドアウト機構には、さらに工夫が凝らされています。
 マスタースイッチがひとつ追加になり、たとえばお子様などが間違って押しても、誤作動しないようになりました。
 安全面に対する配慮も、より万全に。

 インパネ周りは、機能的にまとまったデザインで統一。

アスペクト26Aインパネ

 ベッドもアメリカンな広さ。快適です。

アスペクト26Aベッド

 使いやすい深型2槽シンクと3バーナーコンロ。本格的な調理のできるキッチン。

アスペクト26Aキッチン
 
 細かいことですが、サイドオーニングにはダンパーが付くようになりました。
 ニートRVの猪俣常務が、そのダンパー部分が見えるように、支えてくれていますが、見えますか?

アスペクト26Aダンパー

 雨の降った日など、オーニングを少し傾けておくだけで、ダンパーの減衰力によって、自動的に溜まった雨水が排出されるそうです。
 痒いところに手が届く機構です。
 
 ちょっと目を引く装備が、エントランスドアの脇に登場しています。

 「エクステリア・エンターティメント・センター」 (Op.)
 スピーカーとチューナーがセットになって、車外でも、音楽やラジオ放送が楽しめるようになりました。

アスペクト26Aエンターセンター

 ここには、小さなテーブルをセットすることもできます。
 電源の接続口も出ているので、iPod やカセットデッキをつないで、オーニングの下で、ささやかな音楽鑑賞など、いかがでしょう。

 やはりオプションとなりますが、HWH社のフロントレベリングジャッキには、ちょっと注目! 
 ワンタッチ操作で、車両の水平を取り、車体の揺れを完全に押さえます。
 その動画を見たい人は、下にアクセス!
 http://hwhcorp.com/telesucoping.wmv
 
 なお、2008年モデルから、23フィートモデルは、ウィネベーゴのラインからなくなったそうです。
 もともと国内でも、圧倒的に売れていたのは26フィートモデルの方。大勢に影響はないようです。
 さらに居住空間にゆとりを求めたい人には、29フィートモデルも用意されています。

 お値段は、税込み車両本体価格で、26Aが10,815,000円。
 29Hは、12,180,000円です。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 01:31 | コメント(0)| トラックバック(0)

アレキサンダー

《 昔の映画の現代的鑑賞法 歴史編10 》
「アレキサンダー」


 歴史に登場するアレキサンダー大王は、常人にはなし得ない大事業を達成した英雄であることは間違いないのだが、その人間的な評価は、いまだにはっきりと定まっていない。
 同じ古代史のヒーローであるハンニバルやシーザーなどと比べると、その業績が神々しすぎて、人間くささが漂ってこないという人もいる。

アレキサンダー肖像1

 アレキサンダーが、どこか 「神話的な英雄」 であり続けるのは、彼が、近代人の好きな 「合理的」 な世界観とは相容れぬ世界観の持ち主だったところに起因する。
 彼自身は、「自分は神 (ゼウス) の子」 だと信じ込んでいるようなところがあり、その心の動きに、近代合理主義の光を当ててしまえば、まさに 「誇大妄想」 という病理の問題になってしまう。
 だから、彼を人間として評価する場合は、まず合理主義的な 「人間観」 をいったん清算しなければならない。

 実際のアレキサンダーの生活を通じて、最も不思議なことは、「世界の果て」 を見てみたいという、少年じみた無邪気な衝動を、最後の最後まで捨てなかったことだ。

 当時ギリシャ人が考えていた世界の果ては、ペルシャの彼方に流れるインダス川だった。
 アレキサンダーは、当面の敵であったペルシャ帝国を滅ぼした後、遠征軍を解散することなく、世界の果てを目指して、インダスに向かった。

ギリシャ時代世界地図

《どんどん遠ざかる世界の果て》

 しかし、インダス川が近づくと、河の向こうには密林が広がり、そこに住む住民がいて、彼らを治める王がいるという情報が伝わってくる。

 アレキサンダーと兵士たちは、河を越えて泥沼の地を歩き、毒蛇や毒虫と闘い、見慣れぬ武器を持った精悍なインド兵を下して、勝利を収める。

 しかし、旅は終わらない。
 今度は、密林の果てに、ガンジスという大河があるという。
 「世界の果て」 が、またひとつ先にお預けになる。

 普通だったら、もういい加減にしようよ…という気分になるだろう。
 しかし、アレキサンダーは、世界の果てまで共に歩こうと、兵士たちに熱弁を奮う。
 もちろん、兵士のなかで、このアレキサンダーの情熱を理解できる人間は一人もいない。

 ここにアレキサンダーの 「神」 の部分が現れている。

 彼は、ガンジス川の彼方に、「世界の果て」 が、まばゆいばかりの大パノラマとして立ち上がってくることを想像した。
 そこは、「神の子」 である自分が、いよいよ 「神」 そのものとなって、全世界を視野に納める場であった。

 しかし、世界の果ての光景など、兵士たちにはどうでもいいことだった。ガンジス川の向こうには、宝物も美女も、おいしい料理も、快適な宿舎もないことを、すでに兵士たちは理解していた。

 兵士たちの欲望が、宝物や美女という現世的なものだとしたら、このときアレキダンサーをとりこにしていた 「世界の果てを見たい」 という欲望は、現世の彼方にあるものだった。

 だが、理想はいつも現世利益には勝てない。
 神の子は、地べたに座り込んだまま、無表情に大王を見つめる兵士たちに、ついに敗北する。

 結果的に、アレキサンダーのこの衝動が、後にヘレニズムと呼ばれる文化をつくり、当時の世界認識を変えることになるのだが、それは後世の研究家が見たときの話。
 インドの密林の中で、「ガンジスを目指そう!」 と熱弁を奮う大王を見た兵士たちは、つくづく、この神がかりの王様に嫌気がさしたことだろう。

《オーラを失った神》

アレキサンダーDVD1

 2004年に公開された 『アレキサンダー』 では、そういう神がかった大王を描くにあたり、監督のオリバー・ストーンも苦労したようだ。
 オリバー・ストーンは、大王をいちおう 「神」 として描こうとした。
 しかし、神のオーラだけは、彼に与えなかった。
 だから、アレキサンダーは戦いに勝ち続けても、ことごとく将軍たちと対立しなければならない可哀想な王になってしまう。
 
 それに伴い、「神の子」 なら持っていなければならないはずのオーラも、ますますその光彩を失っていく。
 それは、映画のヒーローとしてのカッコよさも、薄れていくことにつながる。

 ここは、むしろアレキサンダー本人の意向 (?) を素直に汲んであげて、「神の子」 として、スーパーマンのように扱ってやってもよかったような気がする。
 極端なことをいえば、奇跡を起こす 「超能力者」 でもよかったのだ。

《彼はやはり神の子だった》

 実際にアレキサンダー大王は、本物の超能力者でないかと思えるほどの、奇跡的な偉業を成し遂げた人間である。

 彼は、どんな戦いでも、その最前線に立った。
 そして生涯、一度も負けたことがなかった。
 司令官が先頭に立って戦うなど、500人から1,000程度の小競り合いならいざしらず、万単位の兵を動かす場合は、常識的には考えられないことである。
 万が一、敵兵に討ち取られたりしたら、万単位の部隊が一気に瓦解してしまうからだ。

 しかし、彼はとりわけ目立つ軍装を身にまとい、敵にその存在を誇示する形で、兵士たちの先頭に立った。

アレキサンダーDVD2

 味方の士気を鼓舞するという気持ちもあったろうが、やはり 「自分は神の子だから死なない」 と信じていたようなところがあったのではなかろうか。
 
 しかも、戦いながら指揮を執るというのは、野球でいえばプレイングマネージャーということになり、高度な作業となるために、成功率も低い。

 ましてや、選手の動向を一望のうちに把握できる野球グランドと違い、万単位の兵が展開される前線となれば、数㎞から数10㎞に及ぶわけで、一兵士として戦っている限り、全体の戦況を把握するのは不可能に近い。

 それにもかかわらず、いつも適切な指揮が執れていたということ自体が、すでに 「奇跡」 なのだ。

 彼には、地上で戦っている自分とは別に、空から戦場の全貌を把握できる 「鳥の目」 を持っていたとしか思えない。
 彼が、「自分は神の子」 と思い込むほどの能力があったことは、このことだけでも十分に立証されている。

アレキサンダーシーン1

《きっとナポレオンにも勝っただろう》

 脱線するが、ある軍事学者が、大砲を備えたナポレオン軍と、弓矢と槍、剣だけで戦うアレキサンダー軍が、同じ兵員数で戦ったとき、どちらが勝つか、シュミレーションを行ったことがある。

 結果は、ナポレオン軍の大砲がすべて正確に作動し、かつアレキサンダー軍が大砲というものの予備知識をまったく持たなかった仮定しても、アレキサンダー軍が勝つと出たという。

ナポレオン戦争

 軍事的な才能だけ取り出しても、古代から近世にかけて輩出したすべての軍人のなかでも、アレキサンダーの能力はずば抜けていたとも。
 政治能力に秀でた人間は、千人に1人ぐらいの率で現れるが、軍事の天才は、万人に1人の率だという話を聞いたこともある。
 軍事に関しては、彼はやっぱり 「神に選ばれた人間」 だったのかもしれない。

《オタク向け映画の極致》
 
 兵士の甲冑および庶民の衣装、またギリシャやペルシャの建築などのディテールはマニアックに追及されている映画である。
 古代ヘレニズム期の風俗や軍装などを調べるための“図鑑”としては一級品だと思う。

 特に、軍隊の描写に関しては、歴史オタクの知識量を挑発するような凝った情報がたくさん盛り込まれている。
 
 たとえば、アレキサンダーの兜には、資料どおり、牛の角のような2本の羽飾りが付けられているし、ペルシャ軍の隊列には、プルタークがレポートしているように、スキタイの騎馬戦士やベドウィン族のラクダ部隊が混ざっている。

 また、あの時代の騎兵は、鞍も鐙 (あぶみ) も使わなかったが、そんなところまで忠実に再現されている。

 さらに、ガウガメラの戦いの前には、犠牲獣から内臓を取り出して吉凶を占うシーンが挿入されるなど、古代史マニアを満足させるための情報は実に盛りだくさん。

 しかし、そういうシーンは、よほどのモノ好きでなければ喜んだりすることもないだろうから、そこにお金をかけても、評価してくれる人は少ないはず。
 なんとももったいない映画だ。

 まぁ、ドラマとしての評価は40点ぐらいかもしれないが、資料的な価値としては120点以上あげたい。

《こっそりTVで多用される音楽》 

 そうそう! 音楽もよかった。
 さすがに、ヴァンゲリス!
 これは、さっそくサントラ盤CDを買いに行った。
 
 実際に、テレビのドキュメントものなどで、効果音的に使われる音楽を注意深く聞いていると、結構この 『アレキサンダー』 のサントラからの引用が多い。
 
 古代史オタクで、かつ映画音楽ファンの私としては、十分に楽しめた映画であったことはいうまでもない。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

コルド ディナモ

【お勧めキャンカー4 「コルド ディナモ」 】

 キャンピングカーとは、ベース車にキャンピング装備を組み込んで、宿泊できるように“カスタマイズ”したクルマのことをいう。

 ところが、キャンピングカーそのもののカスタマイズ車というものが出てきた。

 どういうクルマのことをいうのか?

 Aというビルダーの 「B」 という人気キャンピングカーがあったとしよう。
 この 「B」 を、たとえば、発電機の開発に自信を持つ別の会社が、自社製の発電機を標準装備した 「スペシャルB」 として売り出す。

 こういうような設定を、キャンピングカーにおけるカスタマイズといっていいだろう。
 「スペシャルB」 が、元のクルマである 「B」 の基本スペックをそのまま維持したものに過ぎなくても、そこに搭載された発電機システムが、他のビルダーには真似できない独自性を秘めたものであるならば、それは新しいブランドとして、独立した存在感を得ることになる。

 そのようなクルマとして話題になっているのが、キャンピングワークスが手がけた 「コルド ディナモ」 だ。

コルドディナモ外形1 コルドディナモ外形2
シェルは 「コルド」 のまんまだが、ストライプは 「ユーロ」 のものがアレンジされている

 「コルド」 といえば、まさにバンテック社の中軸商品。 「ジル」 と並んで、バンテックのキャブコン路線を支える重要なクルマだ。

 ただ、コルドの場合、車載用として専用設計された発電機を標準装備して、家庭用の室内エアコンを回すというようなオール電化モデルの設定がない。

 オール電化モデルといえば、キャンピングワークス。
 同社は、自社ブランドの 「オルビスユーロ」 シリーズにおいて、発電機によって家庭用エアコン、電子レンジ、電磁プレートなどを駆動させるフルエレクトリック・システムを完成させており、この領域において、一歩先んじている。

 緻密なキャビン設計を誇るバンテックと、先進的な電化システムを構築したキャンピングワークス。
 その二つのメーカーが、それぞれの最も強い部分を結合させたコラボレーションモデルが誕生するとなれば、それは、「史上最強のキャブコン」 が生まれたことになるのではないか?

 「コルド ディナモ」 は、こうした両社の前向きな意欲が結合することによって、完成したクルマだ。

コルドディナモ内装1 コルドディナモ内装2
▲ ダイネットは、オリジナルのコルドとはがらりと変り、テーブルは窓際に固定されてコの字ラウンジを構成。運転席・助手席の背もたれを利用したフロント側シートのゆったり感が素敵。このスーパーリラックスシートから、ギャレー方向に足を伸ばすと、4.3mの贅沢な空間が誕生する。▲リヤはコルドのままのL型キッチン

 基本的には、バンテックからキャンピングワークスに、「コルド」 の完成車が出荷され、それにキャンピングワークスが、自慢のエレクトリック・システムを追加。後はレイアウトを多少変更し、内装もモデファイする。

コルドディナモ内装3 コルドディナモGストリーム
▲エントランスドアの上側にコンパクトな家庭用エアコンが設置されている。▲ナンバープレート裏にはキャンピングワークスが自社開発した発電機 「Gストリーム」 が固定されている

 こうして生まれた 「コルド ディナモ」 は、コルドの外装と基本レイアウトを持ち、オルビスユーロの内装と電気システムを実現した夢のクルマに仕上がっている。

コルドディナモ内装夜1 コルドディナモ内装夜1
▲ 夜などはとてもいい雰囲気。

 お値段は、2WDのガソリン車で、5,985,000円 (税込み) から。



campingcar | 投稿者 町田編集長 01:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

なんとか1周年

【A】 ちょうど明日で、このブログもなんとか1周年ですね。まずは、おめでとうございます。
【町田】 いやいや、まぁ今日は飲んでください。
【B】 それにしても、よく続きましたね。いったいいくつぐらい記事を書いたんですか?
【町田】 300いくつかね、正確に数えていないけれど。
【C】 1年続けてみて、何か感想はありますか?
【町田】 タイヘン! 遊ぶヒマないよ。

【A】 またまたぁ! 飲み屋に行っているような記事ばっかり書いてるじゃないですか。
【町田】 あれは、ネタ探しの取材だもん。
【B】 色ネタ、女ネタなんて、あれはホントに遊んでいないと書けないんじゃないかって、ウワサですよ。

【町田】 まぁまぁ、とにかく飲んでよ。黒糖焼酎の 「れんと」 と、ラムがあるけれど、どっちがいい?
【C】 あ、「れんと」 ください。
【A】 僕、ラムもらおうかな…。コーラあります?
【町田】 あるよ。ラム・コークうまいよね。レモンの輪切り落とすとおいしいよ。
【A】 レモンなんてないじゃないですか。
【町田】 代わりにキュウリがあるけれど、キュウリを切って落とす?
【A】 いやですよぉ!

【A】 【B】 【C】 とにかく、じゃ乾杯!
【町田】 ありがとう!

【B】 …ところで、ツマミないんですかね?
【町田】 雪印の6Pチーズと、明治屋のソーセージの缶詰あるけど。
【C】 あるんなら早く出してくださいよ。
【町田】 ケチなこと言うね。
【A】 ケチはどっちだよ。

【B】 ところで、町田さんはどういうつもりで、ブログ始めたですか?
【町田】 日本の健全なキャンピングカー文化の育成を願って。
【C】 ウソだって、顔が言ってる。
【町田】 いや、本気よ。 『キャンピングカー スーパー ガイド』 って本出しているじゃない。それを読んでくださる読者への恩返し。
 それと、あれは年間本だから、その後に入ってきたいろいろな情報を、精一杯流そうと思って。

07ガイド表紙

【A】 ま、営業用ブログってわけですかね。
【C】 その割には、キャンピングカーに関係ない話題が多すぎるんじゃないんですか。あまり、読者のニーズに応えていないように思えますが。
【町田】 いやいや、けっこう計算しているのよ。いろいろな話題を取り揃えて、キャンピングカーに興味のない人たちをも、引っ張り込みたい。

【B】 もっと、自分のキャンピングカーライフを出してもいいんじゃないかな。どんなところを改造して、どんなふうに便利になったかとか。
【A】 そういえば、町田さんって、あんまり自分のキャンピングカーっていじりませんよね。僕が知っている改造箇所って、トイレルームの中にタオル掛けを取り付けただけですよね。
【町田】 よく知っているね。見たことあんの?

【A】 だって、この前泊めさせられたじゃないですか。終電なくなったときに、「ウチに泊まって行く?」 なんていうから、こっちはてっきりエアコンの効いた部屋に寝かせてもらえるのかと思ったら、いきなりコマンダーの鍵を渡されて、
 「君の寝室あれね」 なんて。
 電源も引いてないから、エアコンも効かないし、窓開けてたら、網戸の隙間から蚊が入ってくるし。
【町田】 そんなことあったっけ? でも駅のベンチで寝るより快適だったろ?
【A】 枕カバー臭かったですよ。たまには洗濯したらどうですか?
【町田】 君ねぇ、泊めてもらったのに、文句が多すぎる! 6Pチーズ、もうやらないよ。
【A】 箱に二つしか入っていませんでしたよ。

【B】 まぁまぁ…。とにかく1執念はすごいですよね。
【C】 上の「執念」 は変換違いだよ。「周年」 でしょ?
【B】 揚げ足とるなよ。
【C】 足とられるほど、お前の足は長いのかよ。
【B】 ぶつよ。
【町田】 まぁまぁ。

【A】 さて、次の1年は、どういう方向でブログを続ける予定なんですか?
【町田】 ま、楽しくね。
【B】 町田さんの 「楽しいこと」 って何ですか?
【町田】 ×××コ。
【C】 わっ、放送禁止用語だ!

【町田】 オケイコって言ったんだよ。文章を書くお稽古。
【C】 そうは聞こえなかったけどなぁ。
【B】 では、お尋ねします。文章を書く極意とはなんぞや。
【町田】 それよか、マージャンでもしない? ちょうど4人いるんだし。
【A】 ダメだ、こりゃ…

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:15 | コメント(8)| トラックバック(0)

キャンサス新仕様

 スマイルファクトリーさんが開発されているキャンピングカー用エアサス 「Cam sus (キャンサス) 」 に、ハイスペックバージョンが誕生した。

 「これがキャンピングカーか?」
 と、その試乗車を運転した体験者は、その驚異的な走りに、みな驚愕するという。

新キャンサス1

 このブログにおいても、昨年の11月に、キャンサスの商品的特徴を紹介したことがある。
 そのときに開発されたスタンダード仕様もかなりの反響を呼んだが、このハイスペックバージョンは、それをも軽々と超える、とてつもない性能を確保したらしい。

 「Cam sus Hi-specバージョン」 とは何なのか?
 開発者の長藤隆司社長に、その新製品の特徴を聞いてみた。

《キャンピングカーでコーナーを“攻める”!?》

【町田】 以前開発されたキャンサスと、今回新しく登場した 「ハイスペック・バージョン」 とでは、何が違うんでしょう?
【長藤】 従来型のエアサスが、「安全性を確保する」 、「後席に乗られたご家族の酔いを軽減する」 という、防衛型の 「乗り心地の向上」 を目指したものであったとすれば、このハイスペック・バージョンは、、ずばり 「ドライビング・プレジャー」 を目指したものなんです。
 キャンピングカーに 「ドライビング・プレジャー」 というのは、ちょっと想像できない方が多いでしょうけれど、この試乗車に乗られたお客様が、「コーナーを攻めたとき…」 という言葉を使われたんですね。
 キャンピングカーのコーナリングで、「攻める」 という表現が登場したということに、私も驚きました。

【町田】 それはまたすごい感覚ですね。スポーツカーのように…という意味なんでしょうかね。
【長藤】 キャンピングカーは重心高の高いクルマですから、スポーツカーのように…とはいかないでしょうけれど、確実にコーナリングスピードは上がっています。
 たとえば、ノーマルのカムロードで、今までは安全マージンも考えて、40㎞ぐらいの速度で進入していたコーナーなら、このハイスペック・バージョンを組み込んでいれば、たぶん65㎞ぐらいで回れてしまうと思います。

【町田】 逆にいうと、その速度感覚を信じてしまうと、横転の危険性が出てきたりしないですか?
【長藤】 それは言えますね。やはりキャンピングカーの重心は高いですからね。だから、ドライバーの方には、そのへんを注意してもらわねばならないのですが、安全マージンも高まっているわけですから、挙動変化が安定している状態での安全性は、確実に高まっています。

【町田】 なんか、ワクワクするような話ですね。
【長藤】 コーナリングにおける挙動変化よりも、むしろ注意しなければならないのは、急ハンドルですね。
 たとえば走行中に、前を犬やネコが横切ったような場合、従来のキャンピングカーですと、急ハンドルなど切れないことが分かっているから、減速しながら、ゆっくりとそれを避ける。
 しかし、今度は急ハンドルが切れてしまうので、思い切ってクルマの挙動を変えたいという誘惑に駆られてしまう。そこのところは、気をつけた方がいいかもしれませんね。

【町田】 なるほど。そういう点に注意さえしておけば、キャンピングカーとしては異次元の走りが体感できると…。
【長藤】 そうなんです。もうこれだけは、言葉で説明するよりも、実際に乗っていただくしかないと思っています。
 特に、キャブコンの走りに、不安や不満を感じていらっしゃる方には、ぜひ一度試乗をしていただきたい。

《フロントショックを国産化》

【町田】 機構的には、どのような特徴が加わったのですか。
【長藤】 以前のスタンダード仕様の場合、モンローのマックスエアがベースだったのですが、今回のフロントショックはすべて国内生産です。
 だから、エアバッグやショックのオーバーホールなども、すべて簡単に対応できるようになりました。
 ショックは15段階に減衰力が調整できるようになっていて、どんな車種にも対応できます。
 エアバッグが破損したときも交換できるし、中のショックも、お客様のクルマの仕様に応じて、自由に変更できます。
 だから1台限りの使いきりで終わることなく、今後はクルマが替わっても、一生モノとして使ってもらえるように、展開していきたいと思っています。

【町田】 同じ車種でも、たとえば発電機やルーフエアコンを搭載している車両とそうでないものは、重量が違ってきますよね。その両方をクリアできるわけですね。
【長藤】 ええ。すべてこれ一本で対応できますね。エア容量が3倍になって、このバッグ自体も20㎏のエア圧に耐えられるようになっていますから、5㎏台のエア圧のカムロードなどに使えば、耐久性においても、抜群の性能を発揮すると思いますよ。

《増しリーフももう要らない?》

【町田】 基本的に、ハイスペック・バージョンというのは、主にフロントが 「ハイスペック」 になったと理解していいんですね?
【長藤】 そうですね。リヤは従来型の 「キャンサス」 で十分に対応できます。
 今回の仕様を開発するに当たって、面白いことに気がついたんです。
 今までだったら、たとえばリヤに発電機が付いていて、ルーフエアコンが付いていて…といったように、リヤ荷重がかかり過ぎた場合、走行中にお尻下がりになる部分に補正をかけるのに、増しリーフで対応して、リヤ荷重をフロントに逃がしていましたよね。

【町田】 ええ。私なども前のキャブコンでは、リーフスプリングを1枚増していました。
【長藤】 ところが、このハイスペックをやって気づいたのですが、フロントのスペックを上げていけば、フロントのトーションバーを弛めることができるようになるんです。
 リヤに増しリーフを入れてしまうと、ただでさえ重心が高いキャンピングカーの場合は、さらに重心が上がってしまいますよね。
 しかし、フロントの運動性をよくしてあげれば、リヤのリーフはノーマルを保った状態で、ただエアサスを組んでもらうだけで、十分なんです。
 フロントのトーションバーを弛めることができるようになったおかげで、通常よりも、フロントを若干下げることができますので、重心全体も下がるし、乗り心地もエアサスでクリアできる。

【町田】 増しリーフのままの状態で、エアサスを組むとどうなるんでしょう?
【長藤】 エアバッグで、リーフにかかる荷重を30%ぐらい抜くことができるので、増しリーフの状態でも、乗り心地は悪くならないですね。
 増しリーフだけですと、確かにロールは少なくなるんですが、乗り心地がゴツゴツしてきますよね。エアサスと組み合わせれば、それは解消できます。
 しかし、リヤに増しリーフを持っていくよりも、フロントのサスを重視していくだけで、運動性の良いクルマができるな…と。
 そういう感じはしていますけどね。

【町田】 ただ、フロントはそうクリアランスがあるわけでもないので、なかなかいじれないところですね。
【長藤】 確かに苦労しました (笑) 。組んでいるところを見ていただければ分かるのですが、ここにあるパーツ類が、ダブルウィッシュボーンのトーションバーの、足のショックの部分にボルトオンで入っちゃうんですね。自分でもよくやったと思いますよ (笑) 。

新キャンサス2

【町田】 以前の仕様と同様に、これも、車検は問題なくクリアできるんですよね。
【長藤】 もちろん車検も通ります。ショックの部分をボルトオンで交換してやるタイプのエアバッグ式のエアサスに関しては、なんら問題ないですね。
 新規で持っていく場合もOKだし、継続車検も当然OKです。

《カムロード以外にも対応》

【町田】 現在対応できる車種は、カムロードのほかに何があるんですか?
【長藤】 200系ハイエースの場合は、今のところ4WDだけなんですね。2WDの場合は、エアバッグが入るほどのクリアランスがないんですよ。
 ハイエースのバンコンに乗られている方で、家族や荷物を多く載せられる場合は、どうしてもクルマが尻下がりになってしまうし、逆に、荷重が少ないときはハネてしまう。
 そこで、エアサスを検討される方が多いのですが、残念ながら、ハイエースはまだ研究中です。

【町田】 コースターなどのバスの場合は?
【長藤】 コースターで純正エアサスを選ばれなかった方々には、キャンサスを後付けされる方が多いですね。
 純正エアサスを後から組むとなると、部品だけでもかなりの金額になるし、ステイを作り直して、フレームの補強をしなければならないんです。
 また、標準のエアサスは、オートレベラーで4輪が常に一定になるんですが、逆にいうと、フロントとリヤの荷重移動をさせたくても、それができない。
 キャンサスはそれができるので、荷重移動の機能を求められる方には喜ばれていますね。

【町田】 ただ純正のエアサスと比べると、保証を心配される方もいらっしゃるでしょうね。
【長藤】 そうですね。ただ、初期不良というのは1年以内に出ると思いますので、1年以内の初期不良に関しては、うちは全部保証を付けています。
 その期間を過ぎてからの不具合に関しても、すべて誠実に対応させてもらうつもりです。
 うちの商品を、もう6年近く使ってくださるユーザーさんがいらっしゃるのですが、まだノントラブル。
 今のところ、それ以上のデータはないのですが、6年は大丈夫とお考えください (笑) 。

【町田】 僕はヒュンダイSRXに乗っているんですが、それとキャンサスの相性はどうですか?
【長藤】 あ、これは抜群の相性です! すでにSRXにスタンダードのキャンサスを取り付けた方がいっぱいいらっしゃいますが、大好評です。
 このハイスペック・バージョンの取り付け例は、まだないのですが、きっと想像を絶するクルマになると思いますよ。

《アルピナのような存在を目指す》

【町田】 今後の展開として、何かご計画はありますか?
【長藤】 今やろうとしているのは、「チューンド・バンテック」 と 「チューンド・マックレー」 。
 その両社のクルマで、うちでトータルチューニングしたクルマには、そういう位置付けの完成車を出していきたいんですよ。BMWの 「アルピナ」 みたいに…。
 マックレーの渡辺さんも 「スマイルさんに出すクルマなら、特別の専用カラーを用意してもいいよ」 と言ってくださるんですね。渡辺さんには感謝しています。

【町田】 その場合は、ちょっとカッコいいエンブレムなども作ったら面白いですねぇ。
【長藤】 やりたいですね! 今度、マックレーさんのクルマで、もう最高のキャンサスを組んだ 「これでもかぁ! バージョン」 というのをやるつもりなんです。
 それを成功させて、「キャンサス」 のブランド化を図っていきたいですね。
 
 関連記事 「エアサスの現在」 (2006 11/15)

campingcar | 投稿者 町田編集長 01:17 | コメント(10)| トラックバック(0)

ジル520E

【お勧めキャンカー3 「ジル520E」 】

 日本のキャブコンメーカーを代表するような存在であるバンテックは、どちらかというと、ファミリー路線を中心にした商品ラインナップを展開してきた。
 「シニアの2人旅」 を明確に謳った車両といえば、わずかにジル480がある程度である。

 しかし、7月末に開かれた 「東京キャンピングカーショー」 でお目見えしたジル520Eは、バンテックが満を持して世に問うた、本格的なシニア2人用のキャブコン。

ジル520E外形1 ジル520E外形2

 対面ダイネットに、リヤ2段ベッドというオーソドックスなレイアウトを特徴とするジル520のボディをそのまま使いながら、メインサロンは、ベガの流れをくむL型ラウンジ。リヤは横座りの4人用ダイネット。

ジル520内装1 ジル520リヤサロン

 もちろん、ファミリーでも使えるというキャパシティを守っているものの、このリヤダイネットが、常設ベッドとして使うときに快適性を発揮するという設定になっているところがミソだ。
 ベッドへの乗り降りをサポートするアシストグリップも備わり、読書灯として使えるお洒落なリヤサロン用ライトも2灯付いて、リヤサロンが、ベッドとして使えることをさりげなくアピールしている。

 リヤを常設ベッドとして考えた場合、バンクは、物置かゲスト用のベッドスペース。
 リヤサロン下にも広大なラゲッジスペースが収まっているので、収納力も高いクルマだ。

 シニアの乗降性をサポートするために、エントランスドアの左サイドには大きめのアシストグリップが付き、ドアそのものもワイドタイプが採用され、乗り降りの負担は軽くなっている。

ジル520室内2 ジル520キッチン

 ベースシャシーにGパッケージが採用されているため、運転席・助手席は集中ドアロックになっているのだが、その機能がエントランスドアにも及んでいるのも特徴。
 遠隔リモコン操作で、運転席・助手席ドアとともに、エントランスドアの開閉が自在にできる。

 ランプ類にも新しい特徴が見られる。
 バンテック車のランプ類には、柔らかな明るさを追求するために、今まではハロゲンが採用されるケースが多かった。
 しかし、この520Eでは、メインサロン上部の飾り棚に、LEDダウンライトが連なるように配置されている。
 撮影したのは昼だったが、きっと夜になれば、このダウンライトはそれなりにいい雰囲気をかもし出すはずだ。

 洗練度の高い内装の仕上げは、もうバンテックの世界。
 高級キャブコンの真髄を把握している、同社ならではのインテリアが実現されている。
 私自身は、最近のアネックス流モダンデザインがけっこう好きなのだけれど、バンテック流のオーソドキシーなヨーロッパスタイルには、やはり一目置かざるを得ない。

 ジル520Eのお値段は、ガソリン車で税込み6,142,500円から。

 関連記事 「車のつぶやき (ジル480) 」
 関連記事 「ZILのデザイン」

campingcar | 投稿者 町田編集長 02:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

ベルイマン死す

 何気なく新聞を読んでいたら、スウェーデンの映画界の巨匠イングマール・ベルイマンが死去したという記事が載っていた。
 享年89歳。

 ベルイマンという名は、往年の映画ファンでなければ知らない名前かもしれない。
 私も、彼の映画をすべて観たわけではない。
 しかし、常に気になる映画を撮り続けていた監督であったように思う。

 彼の映画が話題になっていた60年代、私はリアルタイムでそれらを観ることができなかった。
 しかし、近年 『第七の封印』 、『沈黙』 などのDVDを必死になって探し出し、ようやく 「失われた30年」 を取り戻したところだった。

7封 沈黙DVD

 彼の映画は、当時から 「難解」 であると言われ続けた。
 「高踏的な哲学がテーマになっていて、庶民には理解できない」
 そう言って、嫌う人もいた。

 最近メディアで大活躍している若手評論家の宮崎哲弥氏などは、よく 「お芸術している映画は大嫌い」 と語っているが、さしづめこのベルイマンの映画などは、まさに 「お芸術」 映画の筆頭に挙げられるかもしれない。

 でも、私は、ひねくれて言うつもりもないのだが、そういう 「お芸術」 映画がけっこう好きである。

 「難解」 であることは、苦にならない。
 観終わってから、テーマがさっぱり解らないと混乱する方が、なんかウキウキする。
  
 どうして人は、映画に解りやすさを求めてしまうのだろう。
 あるいは、簡単に手に入る 「感動」 を求めてしまうのか。

 観終わった後に、あの映画は何を訴えようとしたのだろう…と、ずっと考え続ける方が豊かではないか。
 いつまで経っても、答えは得られず、さらに迷宮にさまよい込むような時間をたっぷり持っている方が、豊かではないのか。

 ベルイマンの映画は、ミケランジェロ・アントニオーニの映画とともに、私には 「豊かな時間」 を与えてくれた映画だ。

 人間の愉楽は 「謎解き」 にあるのではない。
 「謎」 そのものに接しているときの方が、深い愉楽と向き合っているように思う。
 
 解けてしまった 「謎」 というのは、夜空に舞った花火の、地上に残った 「燃えカス」 に過ぎない。

関連記事 「第七の封印」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:12 | コメント(0)| トラックバック(0)
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