町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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町田 04/06 11:06
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>aki さん、よう…
町田 04/05 11:14
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町田 04/01 11:08
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>雷さん、ようこそ。…
町田 03/30 14:33
町田編集長さん こん…
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雷 03/28 21:22
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雷 03/28 21:09
>おおきに! さん、…
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町田編集長さん こん…
おおきに! 03/23 07:48
>s-_-s さん…
町田 03/23 01:19
>ムーンライトさん、…
町田 03/23 00:46
人間は電気によって闇…
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ムーンライト 03/22 14:24
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ムーンライト 03/22 12:24
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ブタイチ 03/21 22:54
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町田 03/19 23:12
>ムーンライトさん、…
町田 03/19 22:35
今日、店からはじめて…
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ムーンライト 03/19 11:45
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ゆんた 03/19 07:50
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町田 03/18 00:00
町田さん、ご心配あり…
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>鈴木様コメント…
町田 03/17 16:04
>TOMYさん、よう…
町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
こんばんは、町田さん…
TOMY 03/16 20:23
世界中に5億人を超え…
フェイスブック 03/15 11:30
>s-_-s さん、…
町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
ムーンライト 03/12 16:25
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町田 03/12 13:33
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町田 03/08 19:22
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町田 03/03 22:45
町田さん、今日は。…
マッキー旅人 03/03 16:23
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グランドバッハ

【お勧めキャンカー2 「グランドバッハ」 】

 国産フルコンバージョン (クラスA) といえば、グローバル
 「アドバンス」 でその極意をつかみ、カムロードベースの 「エクステージ」 で量産型フルコンの先鞭をつけた同社の開発力は、フルコンというジャンルにおいて、他社を一歩リードしている感じだ。

 そんなグローバルの、新型フルコン 「グランドバッハ」 が、東京キャンピングカーショーで初お目見えした。

グランドバッハ外形1
▲スタイリッシュなフォルムが印象的

 「グランドバッハ」

 先々週開かれた 「アウトドアフェスティバル IN 信州」 の会場で、開発中の新型フルコンの名前を尋ねた私に、菅原部長はなぜか、なかなか答えてくれない。
 ようやく、その名前を口に出した菅原さん。
 「おかしくないですか?」
 と、恥ずかしげに聞き返してくる。

 バッハという、ドイツの聖楽の名を関したネーミングを、なんだか壮大すぎるぞ…と苦笑いを浮かべた関係者がいたとも。
 それが、ちょっとトラウマになっていたらしい。

 私は、即座に 「良い!」 と思った。
 菅原さんは、ネーミングの天才である。
 「チャンプ」
 「アスリート」
 「ユーロスター」
 彼の名づけたクルマは、みなグローバルの人気商品として、多くのファンに親しまれた。

 グランドバッハも、「優雅な旅の協奏曲が聞こえる」 という同社のキャッチにふさわしい典雅な響きを持っている。
 
 フロントマスクも、妙に力が抜けているようで (つまり、さりげないけど) 、実は力が入っていて、なかなかイケメン (上品) である。
 フルコンは、フロント部分からすべてデザインしていくので、マスクの表情というのもけっこう大切だ。

グランドバッハ外形2
▲運転席側にドアが欲しいところだ

 で、内装。
 見事までのヨーロッパ車!
 ゆったりしたソファに、変形楕円テーブル。エントランス左には、お洒落なカクテルチェア。

グランドバッハ内装1
▲ハイセンスなラウンジ

 キッチンと冷蔵庫の間の通路を通って、奥に入ると、クィーンサイズの固定ベッド。その横にトイレ・シャワールーム。

グランドバッハベッド グランドバッハキッチン
▲リヤはクィーンベッド      ▲コンロ・シンク一体型キッチン

 基本的に夫婦の2人旅に特化している、ヨーロッパ製フルコンの王道レイアウトが実現されている。
 もちろん、プルダウンベッドの設定もあるので、就寝定員は4名。「2人旅仕様」 とはいえ、家族で使えるキャパシティも備えている。

グランドバッハ運転席 グランドバッハ内装2
▲運転席             ▲エントランスにはアシストグリップも

 当日は、TACOS (タコス) のブースで披露されたこのグランドバッハ。
 秋には、レイアウトの一部を変更した 「TACOS仕様」 も登場する。
 こちらは、リヤにダイネットを持つ2ダイネット仕様で、バスコンレイアウトに近い。グランドバッハをカップル仕様とするならば、TACOS仕様はファミリー対応型ともいえる。

グランドバッハタコス1 グランドバッハタコス2

 現在は、6.3mボディ1車種だが、近いうちに6mボディも登場する予定。
 シャシーはコースターだが、シビリアンも選べる。

 展示車両のお値段は、12,600,000円でした。


campingcar | 投稿者 町田編集長 20:57 | コメント(0)| トラックバック(0)

東京ショー

 東京・調布市の味の素スタジアムで開かれた 「第3回東京キャンピングカーショー」 に連日行ってきました。

 展示車は101台。
 このショートしては、過去最大の出展数だとか。

 昨日は晴天。今日は午前中は晴れ間も見えたのですが、午後には一時雷雨。
 それでも、多くの来場者がつめかけて、各ブースはそれぞれ盛り上っていました。
 ようやくこのショーも、関東地方の夏のビッグイベントとして定着してきた感じです。

味の素3回ショーゲート 味の素3回ショー会場

 この時期はあまり新車が出ないものなのですが、かなり新しいクルマが登場しました。
 ●グローバルさんの、コースターをベースにしたフルコンの 「グランドバッハ」。
 ●バンテックさんの、ジル520の2人旅仕様の 「ジル520E」。
 ●キャンピングワークスさんの、バンテック製コルドに発電機を標準装備して内装もモデファイした 「コルド ディナモ」。
 ●アルフレックスさんの、ちょっとお洒落な新型バンコン 「クライム ジャンパー」。
 ●ニートRVさんの、ウィネベーゴ製クラスC「アスペクト26A」 の2008年型モデル。

 キャンピグカー以外にも、注目の新製品が登場していました。
 ●スマイルファクトリーさんの開発したエアサス 「キャンサス」 のハイスペックバージョン。
 取材しているとき、たまたま、これをカムロードに装着した車両に試乗したというユーザーさんが来られ、
 「いやぁ、もう異次元の走行感」 と激賞していたのが印象的でした。

 ほかにも、ボディショップアジロさんが開発中のアルミボディを架装した 「新ワンタイR-5」 のドンガラボディが、出展者用駐車場にひっそりと置かれていたのを発見! しっかりと写真に収めました。

 以降、以上の新車を含めた新商品を、少しずつここでも紹介していきたいと思います。

 それにしても、土曜日は暑かった!
 ペットボトルのお茶を10本以上。かき氷を2杯食べましたが、ほとんどトイレに行かず。
 それだけ汗として出てしまったのですね。
 
 夜は、仲のいい業者さんと、中央線の駅まで遠征し、生ビールをきゅっと一杯。
 うめぇ!
 その後、なじみのスナックに繰り出し、その店に置いてあるギターをおもちゃに、その業者さんの奏でる生演奏を聞きながら、焼酎のロック。

 夏ですねぇ。


campingcar | 投稿者 町田編集長 16:46 | コメント(6)| トラックバック(0)

人生に触れる商売

【業界面白人間 1】

菅沼公保さん (菅沼自動車=ドリームアイランド長野

DI長野shop1

【町田】 菅沼さんの展示場には、いつもキャンプを楽しむために来られるお客さんが集合しているとか?
【菅沼】 “いつも”じゃないよ (笑)。連休とか、お盆のときに人が集まってくるだけですけどね。
【町田】 多いときは何組ぐらい来られるんですか?
【菅沼】 あちらこちらから10数台、集まったときがありましたね。

DI菅沼氏1

【町田】 人数にしたら大変でしょう! 近所から 「うるさい」 などと苦情が出たりしたことはないんですか?
【菅沼】 そういうときもありましたね。だから9時過ぎたら、子供たちは外で遊ばせないように注意したり、10時を過ぎたら、「クルマの中でくつろいでください」 とは言っているんですけどね。
 都会の人って、深夜になっても元気でさ (笑) 。子供たちも目がランランしているでしょ。
 それを田舎でやられると、ちょっと困ることがあるわけ。田舎は、みんな寝るのが早いのよ。

【町田】 ダンプのために寄ったり、給水で寄るようなお客さんもいるんですか?
【菅沼】 そういう方もいらっしゃるけど、ダンプの頻度は高くないかな。
 ウチに来るお客さんは、家の敷地内に駐車スペースを持っている人が多いのか、ダンプも給水も自宅内で処理しているみたいですね。
 だけど、必ずウチに寄って、それを済ませていく人も少数いるけどね。

【町田】 電源が欲しいという人は?
【菅沼】 ACを接続させてあげる。
【町田】 エアコンは回る?
【菅沼】 いや、エアコンは必要ないんですよ、ウチは…。夏でも涼しいから。
 それでもエアコンを回したいという人には、諦めてもらってますね。民家が近いから、発電機も遠慮してもらっている。

《マナー違反のユーザーもいるよ》

【町田】 いま道の駅とか、高速道路のSA・PAで、マナー違反のキャンピングカーが問題になっているけれど、菅沼さんは、そういう話、聞いたことあります?
【菅沼】 自分で、そういうのを目撃することあるもの。
 道の駅などで、たまに夜とか朝とか、ちょっと見苦しいなぁ…と思える場面に遭遇することはありますね。
 たとえば、排水などを隅にジャージャー流したり、トイレの手前の水道を使って、カセットやポータブルトイレを洗ったりしている爺ちゃんがいたりするからね。
 知らない人が見ると、「何だろ?」 で済むかもしれないけれど、こっちは何をしているか分かるから、「おいおい、それはないだろう!」 と思っちゃうよね。

【町田】 道の駅なんかで、騒いでいる人たちを見ることは?
【菅沼】 あるある。言葉は悪いけれど、「暴走族」 の延長のように見える人たちがいることは事実ですね。
 自分たち1組だけだったら、おとなしいのかもしれないけれど、何台も集まって、お酒なんかが入ってくると、みんなハメを外しちゃうんでしょうね。
 そういう光景を見ると、キャンピングカーを売っているこっちも恥かしくなっちゃうよね。

【町田】 「キャンピングカーお断り」 という駐車場も出てきましたね。マスコミでも、そういう傾向に警鐘を鳴らす記事が登場してくるようになったとも…
【菅沼】 やっぱり、僕なんかがこの仕事を始めた頃とは、少し違った目的を持つ人たちが増えてきたのは、事実かもしれない。
 オフ会で飲むためだけに、キャンピングカーを買ったという人もいるけれど、でもそれって、「飲み屋」 を郊外に移動させただけじゃない?
 キャンピングカーの目的って、それだけじゃないと思うけどな。

【町田】 ユーザーは、どんなふうにキャンピングカーを使えばいいと思いますか?
【菅沼】 う~ん…。それは、そのユーザーの家族構成や年齢にもよりますよね。
 僕は、お子様の小さなファミリーと、シニアの方は、そんなに問題が残るようなキャンピングカーの使い方はしていないと思ってるの。
 子供中心の場合は、安全を考えてキャンプ場に行くことも多いだろうし、寝る時間も早いだろうし…。
 またシニアも、早寝早起き型の生活になっているだろうから、道の駅などで夜遅くまで騒いだりしないでしょ。

【町田】 問題が多いのは?
【菅沼】 僕が見るかぎり、子供が手を離れたぐらいの中年グループ。子供が部活などで忙しくなってキャンプに付いて来なくなった、…ぐらいの世代ですね。
 なにしろ、体力が有り余っているからお酒も強い。子供がいないという解放感もあって、そのお酒が進む (笑)。
 オフ会の集合場所にした道の駅なんかで、こういう夫婦のクルマが4~5台集まっちゃうと、ヤバイ方向に発展する可能性があるよね。

【町田】 ただ、同じ志向を持ったユーザー同士が集まるというのは、情報交換としては大切なことでしょ?
【菅沼】 それは、道の駅でやらなくてもいいんじゃないかなぁ。
 第一ね、今のユーザーさんは、情報に対する強迫観念にとらわれ過ぎている!
 そりゃ安全に関する基礎知識は持ってもらわないと困るし、ちょっとしたトラブルに対応するための必要最小限の知識は必要なんだけど、あまりにも余分な知識を持ちすぎているように思うんですよ。
 そのために、たとえばバッテリーのインジケーターがいつも目一杯でないと落ち着かないとか、排水タンクが満タンに近くなると、そわそわしちゃうとか。知識があるために余分な心配をして、せっかくの旅を楽しんでいない方が多いんじゃないかと思う。

DI長野shop2

《トラブルを恐れるな》 

【町田】 なるほど。トラブルを恐れすぎるために、みんな窮屈な思いをしているというわけですね?
【菅沼】 そう! なんていうか…、トラブルの対応法ってさ、体で覚えなければ身につかないようなところもあるじゃない?
 で、一回トラブルを経験することによって、別のトラブルを予知する能力も身につくわけ。
 とことん完璧な状態を維持しようと思っていると、かえって本当のトラブルが起きた場合、自分で解決する力が出てこないんじゃないかと、逆に心配になっちゃいますね。

【町田】 そうですね。私なんかも、不思議と、かえってトラブルに見舞われた旅の方が印象に残ってますものね。
 後になって、「よくあのとき切り抜けたなぁ…」 なんて思い出しながら酒を飲んでいる方が、酒がうまい。
【菅沼】 そうでしょお! みんなトラブルを恐れすぎ。
 安全に関わるトラブルは、絶対に未然に防がなければならないけれど、それ以外は、極端な話、クルマが動かなくなったら、置く場所を見つけて、電車で帰ってくればいいんですよ。
 そんなことができる国って、日本だけですよ。こんなに、旅する環境に恵まれた国って、他にはなかなかないと思う。
 公共交通機関も発達しているし、修理屋さんもあちこちにある。
 山奥でないかぎり、コンビニを見つけるのも難しくない。
 温泉はどこにでもあるし、キャンプ場の数も多い。
 こんなにキャンピングカー旅行に適した国って、そうないんだから。
【町田】 ほんとにその通りですね。

DI菅沼氏ヒゲ

【菅沼】 でも、旅行中にトラブルが発生すると、「明日の仕事に支障が出る」 と訴える人がけっこういるんですよ。
 僕は、「命があっただけいいじゃない」 って思うんですけどね。
 明日の仕事に間に合わないと、将来の保証がすべてなくなるわけ?
 そういう分刻み、秒刻みでものごとを考える習慣から逃れないかぎり、僕はキャンピングカーに乗っても 「癒し」 にならないと思うんですよ。
 「明日は月曜日の出勤日だけど、今晩はこの山奥で寝ちゃおうか」
 っていう、いい加減さ、無責任さも、時には必要だと思うんですけどね。

《人の 「人生」 に触れる仕事》

【町田】 キャンピングカーには、そういうふうに、人間の気持ちを切り替えてくれる力があるわけですね。
【菅沼】 うん。こういうことがあったの。
 旦那さんがガンにかかって、もうあまり長く生きられないっていうご夫婦が来られたの。旦那さんは、70過ぎの方でしたけどね。
 で、お医者さんにもクルマの運転を止められて、親戚全員が反対だったんだけれども、最後にキャンピングカーで旅したいというわけね。
【町田】 で、クルマを売った?

【菅沼】 うん。何かあったらすぐ電話くださいね、っていうことをこっちから条件にして。
 その旦那さんは、酸素吸入をしながら運転されるのよ。それで北海道へ行ったり、能登に行かれたり。
 帰ってくると、ウチの展示場に泊まってしばらく休まれてね。それから、今度は九州に行ったり。
 で、帰ってくるたびに、顔が生き生きと輝いているんですね。どんどん元気になっていくように見えるのよ。
 旅の話を聞いても、夫婦で助けあってね。ホント、見ているだけでほほ笑ましくなるカップルだったなぁ。
【町田】 ああ、いい話ですねぇ。

【菅沼】 でもその人は、自分が運転するのは何年の何月までと、自分で期限を定めていたから、期限が来たときには、クルマを手放されたけれど、僕、確実にその方の寿命は延びたと信じている。
【町田】 長い間、こういうご商売をされていると、いろいろお客さんと接する機会があったでしょ。
【菅沼】 そう。キャンピングカーを売っていると、どこかでお客様の 「人生」 に触れる場合が出てきますね。
 それは、乗用車のセールスでは、なかなか経験できないことじゃないかな。
 夫婦でケンカが始まっちゃうこともあるしさ (笑) 。
 旦那さんは欲しい。奥さんは 「キャンピングカーなんて要らない」 。
【町田】 よくある話ですね。

【菅沼】 でも、ケンカする夫婦ぐらいの方が、一度買うと、使用頻度が高いね。買う前に想像していたものと、実際に使ったときの印象が違うんでしょうね。 
 ほら、クルマの中に、奥さんのいる場所が必ずできるじゃない? 今までなかったような会話も生まれるんだろうね。
 「人生観が変った」 という奥さんもいますよ。

【町田】 いやぁ、ホントに人間の 「生きざま」 に関わる乗り物ですね、キャンピングカーって。
【菅沼】 切ない話もあるけどね。年配のお客様になると、
 「あとハンドルを握れる時間は、少ししかないけれど」
 なんていって、買われる方もいるんですよ。
 …今日納めたクルマが、きっとこの人の 「最後の自動車」 になるんだろうな、と思いながら、納車から帰ってくることもありますよ。

【町田】 けっこうキツイ話ですね。でも 「最後はキャンピングカー」 となるわけか…。
【菅沼】 さっきの話とは別なんだけれど、やっぱりガンを抱えた旦那さんと奥さんの話でね。
 旦那さんは、自分は治ると信じているから、納車されたキャンピングカーで遊びに行くのを楽しみにしているの。
 しかし、奥さんは真実を知っているわけ。
 要するに、旦那さんを喜ばせるための、奥さんからの 「最後のプレゼント」 なんですね。
 帰りぎわに、奥さんは 「ありがとうございました」 と、こっそり涙するんだけど、そういわれてもねぇ…。うれしいような、悲しいような複雑な気持ちになって、返す言葉も浮かんでこないですよね。

【町田】 なるほど。キャンピングカーのセールスって、人間の喜びや辛さにも接しなければならない、奥行きのある仕事なんですね。
 難しいだろうけれど、やりがいもあるんだろうな。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 03:21 | コメント(2)| トラックバック(0)

映画ロケ

 何の変哲もない、ただの住宅街なんだけど、最近、わが家の周りの住民たちが妙に色めきたっている。
 「私見たの、阿部寛! 背が高いのよぉ!」
 「今日はYOUがいたわよ!」

 近所のオバさん方が、興味津々と覗き込んでいる一軒家がある。

 「○○医院」
 住宅街に昔からあるお医者さんの家なんだけど、今、連日撮影機材を満載したワンボックスカーが停まって、朝から夜まで大騒ぎ。
 それが、ウチから100mばかり先なんだわ。

 『誰も知らない』 で人気を集めた是枝裕和監督の 『歩いても歩いても』 という映画のロケが行われているのだとか。

 一方通行の狭い道に、その医院は建っているのだけど、撮影が始まると 「交通止め」 になるらしい。
 それが1週間ほど続くという。

 今週の土曜日まで、キャンピングカーを動かす予定がないからいいのだけれど、撮影時間と重なると、ちょっと困るかな…っていう気もする。
 なにしろ、その一通の道を塞がれてしまうと、バックアイ頼りに延々と逆走しなければならないので、チトきつい。

 でも、撮影しているところを見るのは楽しい。
 今日は、夜自転車で帰ってきたら、まさに阿部寛さんがライトを浴びて、何かしゃべっているところだった。
 日頃は薄暗い道なんだけど、明かりが煌々 (こうこう) と灯って、ちょいとお祭り気分。

 ミーハーの私は、もっと見ていたかったのだけれど、1カット撮り終わると、
 「すいませんでしたぁ! どうぞお通りください」
 と、スタッフがさっさと通行人を遠ざけてしまう。

 どんな映画か知らないんだけど、出来上がったら、ちょっと見てみたい。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:56 | コメント(2)| トラックバック(0)

ブライアンの孤独

 さる知人から、『ブライアン・ジョーンズ/ストーンズから消えた男』 というDVDが発売されているという話を聞いた。映画も、昨年公開されたらしい。

ブライアンDVD

 ブライアン・ジョーンズが在籍したザ・ローリング・ストーンズは、ビートルズと並び称される、60年代にデビューしたメジャー・ロックバンド。
 
 私が、その映画の話に興味を覚えたのは、ストーンズのメンバーのなかで、なぜブライアン・ジョーンズだけを主役に据える映画がつくられたのかという、その1点だった。

 この記事を書いている今、私はまだそのDVDを観ていない。
 しかし、ブライアン・ジョーンズという人物は、私がストーンズというバンドを考えるとき、いつも中核にいた人だ。
 
 ローリング・ストーンズといえば、少し詳しい人なら、すぐミック・ジャガーというボーカリストを思い浮かべるだろう。
 あるいは、ギターのキース・リチャード。
 彼らのオリジナル曲には、この2人の名前を冠したものが多いだけに、デビュー当時から、この2人が中心メンバーだったと思われることが多い。

Rストーンズジャケ

 しかし、初期のストーンズの音楽的な方向性を定めていたのは、ブライアン・ジョーンズだった。
 泥臭いブルースや荒っぽいR&Bを白人が演じることによって、当時のイギリス階級社会を支えていた白人文化の正当性を打破する解放感を若者たちに与えたのは、ブライアンだったのだ。

 だが、黒人ブルースをコピーする異形の白人バンドをいつまで続けていても、商業的成功はおぼつかない。
 ミックとキースは、オリジナル曲の比率を高めていったビートルズにならって、自分たちも、ポップなオリジナル・ロック路線を目指すようになる。
 彼らの人気を不動のものたらしめた 「サティスファクション」 などは、ギターリフの獰猛さにおいて、リスナーに凶暴な気持ちを抱かせるほどのインパクトを与えたが、そこにはブルースの泥臭さはすでにない。

 自分の志向する音楽と、仲間の求める音楽の差が歴然と開いていく過程において、ブライアンは次第に孤立感を深めていく。

ブライアン雑誌 

 60年代後半、ストーンズの名声が確立したかに思われる時代に、ブライアン・ジョーンズはドラッグに溺れ、仲間から追放されるような形でメンバーを脱退。そして、しばらく後に、プールにおける謎の水死を遂げる。

 ストーンズが、R&Bバンドからロックバンドに変るのを見届けるように、ブライアンは去った。

 彼は、プレイヤーとして初期ストーンズのサウンドを確立したが、ミックやキースのようには、作品を残さなかった。
 だから、デビュー当初からストーンズを聞いていたファン以外は、ブライアン・ジョーンズというミュージシャンが、どういう人物であったかなど、たぶん興味がないはずだ。

 しかし、私がブライアン・ジョーンズという人に興味を抱いたのは、彼がブルースやR&Bの信奉者だったからではない。
 当時のポップミュージシャンたちが見向きもしなかった音楽領域に、彼一人が、首までどっぷり浸かるほど踏み込んでいたことを、後になって知ったからだ。


 晩年、彼は1枚のソロアルバムを出す。
 ソロアルバムというのは、グループ同士の間で、音楽の志向性が分かれてきた時に、個々のメンバーが自分の好みの音を追及しながら、それぞれ独立したアルバムを残すという形でつくられることが多い。

 黒人音楽が大好きだったブライアンならば、当然、ブルースやR&Bのフルコピーだってやりそうに思える。

 しかし、違った。
 彼が世に出したのは、モロッコ音楽だったのだ。
 それもジャジューカという宗教儀式用の音楽を奏でる現地のベルベル人楽士たちの音源をそのまま収録したもので、若干の音響操作は加えているが、彼自身は一切参加していない。

 その話を最初に聞いたとき、私は彼のことが理解できなかった。
 むしろ、そのような音楽への傾斜を、私は、彼の才能の枯渇と、意欲の減退と感じた。

 当時レコード屋に寄って、私はこのアルバムを手に取ったことがある。
 どんな音の世界が閉じ込められているのか、興味が全くなかったわけではないからだ。
 しかし、ジャケットに盛られた見慣れぬアラビア風のロゴを見て、私は、そぉっとそのまま棚に返した。

ジャジューカジャケ

 ブライアン・ジョーンズが私の意識から遠ざかると同時に、ローリング・ストーンズというグループ自体も、私の意識からフェイドアウトしていった。

 しかし、晩年の彼の心を捉えていたモロッコ音楽というものが、どんなものであったのか。
 ある日、私は偶然知ることになる。
 
 ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画 『シェルタリング・スカイ』 を観てからだ。
 あの映画は、モロッコを旅する富裕なアメリカ人夫婦が、何ものかに誘われるように、奥地へ奥地へと迷い込み、やがて北アフリカの砂漠の文化に同化していくような、不条理な結末を迎えるという筋立てになっている。

シェルタリング・スカイDVD

 坂本龍一が作曲したテーマ曲と同時に、画面の中では、リチャード・ホロウィッツが担当した現地音楽をモチーフにしたエスニック・サウンドがふんだんに流される。
 今まで接したこともなかった北アフリカの響きが、私を魅了した。

 さっそくサントラCDを買った。
 そして、その中の 「マーニアズ・テント」、「フィーバーライド」 などとそっけない題を付けられたモロッコ・テイストの曲だけを繰り返し一本のテープに録音し、それをエンドレスでずっと聞くようになった。

 カミさんに、モロッコ音楽のコンサートのチケットを探してもらい、本場のミュージシャンが奏でる生の音も聞きに行った。

 砂漠の上を、飄々 (ひょうひょう) と風が鳴っているような音だ。
 原始的な笛。シンプルな太鼓。単調な手拍子。

 それが、同じ旋律を繰り返しながら、砂漠に影を刻む風紋のように、淡々と続いていく。

砂漠の風紋

 人によっては、「呪術的」 という表現を使う。
 人間に何かが憑依 (ひょうい) して、人の心の底に眠っていた神秘的な力を解き放つ音だという人もいる。
 確かに、その音には、人間をトランス状態に導く力がある。

 しかし、私には、憑依していたものが、逆に、落ちていくという感覚がある。
 文明の垢 (あか) というものかもしれない。
 人間であることの業 (ごう) というものかもしれない。

 そういう、人間に憑依する現世的なしがらみを、虚無の風が吹き流していく。

 ブライアン・ジョーンズは、晩年、その風の音を聞いたのだ。
 どおりで、ストーンズの他のメンバーからはじき出されてしまうわけだ。

 当時ストーンズは、「さぁ 稼ごうぜ!」 の渦中にいた。
 彼らは、表向きはドラッグとスキャンダルにまみれた不良グループを装っていたが、陰では、コンサートを維持する体力を養うために、隠れてジョギングをしているような匂いがあった。
 ブライアン・ジョーンズのような、本物の虚無と退廃を、音として知ってしまった人間は、単に迷惑なだけだったのだ。

 私は、心を空っぽにしたいとき、必ずこのモロッコ音楽を聞いている。
 それが流れ出すと、オーニングの下で眺める芝生の情景も、自分の部屋で眺める本棚の本も、たちまち消えて、目の前に、その音を育てたサハラ砂漠が広がっていく。

 それと同時に、この音に魅せられたブライアン・ジョーンズという不思議な男のことが、チラッと脳裏をよぎる。
 彼もまた、プールに浮かぶ最後の瞬間に、北アフリカの砂漠を幻視したのだろうか。

砂漠1

 モロッコの音が、砂漠の上を流れる風になり、やがて私は、何も考えない虚無の時間に落ちていく。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

うっかり乗り越し

 電車通勤をしていると、降りる駅を忘れて、うっかり乗り越してしまうことがある。
 車内で読んでいた本があまりにも面白くて、ついつい降りる駅を忘れたということも何回かあった。

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 しかし、一番多いケースは、シートに座って寝てしまったとき。
 パッと目が覚めたときに、見知らぬ駅の風景が目に飛び込んでくると、相当あせる。
 「いかん! 乗り越しだ」
 と思って、あわてて飛び降りるわけだが、ときどき寝ぼけて、手前の駅で降りてしまうことがある。

 特に、席を立って、まだドアも出ないうちに、降りる駅の手前だったことに気づくとミジメだ。
 座り直そうと思っても、もうその席には他人が座っている。
 今さらその人の前に立ったところで、席を返してくれるわけもない。

 ときどきそういう他人を見ると、意地悪な私などは、
 「へへへ、ドジなやつ」
 と心の中で笑ってしまう性格なので、立場が代わり、自分が笑われる番になると、恥かしさで死にたくなる。
 …ので、「へん! 俺はここで降りるんだよぉ」
 てな顔をして、堂々とその車両を降りる。

 そして、コソコソと一本後ろの車両に回って、何食わぬ顔をして乗り込む。

 ま、こういうケースは、そう滅多にあるわけではない。

 不思議なもので、電車で寝てしまっても、自分の降りる駅になると、だいたい目が覚めるものだ。
 体のリズムが、降りる駅を覚えているのかもしれないし、目をつぶっていても、耳だけは覚醒していて、車掌のアナウンスを拾っているのかもしれない。

 ところが、アルコールが入っているときは、この限りではない。
 私は、東京の山手線という路線に乗って、途中から中央線ないしは、総武線という路線に乗り替える。
 
 昔、会社の近くで、しこたま飲んでから、山手線に乗った。
 席が空いていたので、すぐに座り、寝てしまった。
 相当長く寝たつもりでいたが、目が覚めると、たった1駅しか進んでいない。
 「あれ?」
 と思って、時計を見ると、その1駅を進むだけで、1時間もかかっている。

 山手線というのは環状線で、約1時間で1周する。
 なんのことはない、1周分眠ったのだ。

 このときは、まだ帰る電車があるから良かった。

 最悪は、終点近くまで寝てしまい、帰る電車がないとき。

 「本日、東京方面の上りの電車はすべて終了しております。どなた様も気をつけてお帰りください」
 …なんて、無責任なアナウンスで起こされても、どうするすべもない。

 特に、忘年会シーズンなどは、仲間がいっぱいいる。
 みんな 「ここはどこだ?」 状態で、自分の置かれている状況を把握しきれずに目をシロクロさせている。

 昔、そういう客たちを相手にする、違法タクシーの業者が横行していた。
 改札口で、そういう運転手たちが並び、途方にくれている終電の客たちに向かって声をかける。
 「高円寺・荻窪方向にお帰りのお客さまはいらっしゃいませんか?」
 「国立・府中方向のお客さんはいらっしゃいませんか?」
 
 うすら寒い、見知らぬ駅に放り出された客たちからすれば、その声は、天から地獄に吊るされてきた命綱のように感じられる。

 同じ方向に帰る人間が集められるのだから、料金も頭割にすれば安いもの…という先入観があるから、喜んでタクシーの運ちゃんの助けにすがりつく。

 ところが、4人座れるはずなのに、1台に詰め込まれる人間は3人まで。
 助手席には、運転手の相棒が座っているのだ。
 その相棒が、同じ方向に帰る客たちから、それぞれ一人で乗ったときと同じ額の料金を徴収し始める。

 「そりゃ話が違うぜ」
 などと言おうものなら大変だ。
 相棒が、クルマの室内灯をつけて、自分の顔をぬっとさらす。

 それだけ。
 お客に説明する言葉ひとつあるわけではない。

 ただ、無表情な顔をさらす。
 それだけで、たいていのお客は、東映の 『仁義なき戦い』 を観ているかのような気分になって、沈黙を余儀なくされる。

 こんな目に何度か遭うようになって、私は、飲むときは駅を降りて、地元の店に寄る習慣が身についた。
 そうすれば、酔って終電を逃すなんて心配もなく、歩いて家にたどりつけるから安心だ。
 
 あとは、映画 『極道の妻たち』 で凄みを利かせるような、わが家の組長夫人の顔を避ければいいだけなので、まぁリスクは小さい。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:36 | コメント(6)| トラックバック(0)

トネリコ

【お勧めキャンカー1 「トネリコ」 】

 今日の 「お勧めキャンカー」 は 「トネリコ (Toneryco) 」 です。
 7月21日~22日に開かれた 「アウトドアフェスティバル IN 信州」 でデビューしたばかりの、ホットな新車です。

トネリコ外形 トネリコ室内

 外形は、ハイエース標準ボディ (ハイルーフ) を使った一見何の変哲もないバンコンのように見えますが、ウィンピュアJ'sで独自のバンコンスタイルを創造したMYSミスティックさんの開発だけあって、なかなか考え抜かれたコンセプトになっています。

 狙いは 「マルチパーパス」。
 多目的用途車。
 キャンピングカーにも使え、バイクや自転車などを積載するトランポ的要素も兼ね備えるクルマ。
 …といっても、それ自体は珍しくはないのですが、ディテール (細部) に、実に凝った発想がふんだんに盛り込まれています。

 ▼まず、セカンドシート。
 備え付けのマットをセカンドシートの背もたれと座面の間に埋め込むことによって、ゆったりと足を伸ばせる 「くつろぎ」 の空間を作り出しています。

トネリコsecシート

 ▼運転席・助手席の背面を利用して、座面用マットを敷けば、ホラ! 対面ダイネットのできあがり。

トネリコ対面D

 ▼フロアベッドを展開するときにも、仕掛けがあります。
 サイドの収納ボックスの中に、折りたたみ式のベッドボードが格納されていて、それをスルスルと引き出すだけ。

トネリコ格納ベッドボード
 
 ▼セカンドシートをフラットにすれば、ご覧のようなベッドスペースが誕生。

トネリコベッド

 オプションの 「リヤ上段ベッド」 用のボードを用意すれば、2段ベッドの設定も可能。
 さらに、フロアにはコールマンのエアマットを2枚敷くスペースが確保されているので、それを敷きつめれば、なんと “3段ベッド” が誕生!

 ▼トランポとしての機能も十分です。

トネリコ自転車

 自転車はもちろん、バイクもOK。自転車ならうまく積めば2台分積み込むこともできます。
 そのための、タイダウンフックも標準装備。
 ▼両サイドに設置された収納ボックスのリヤ側が、少しえぐられているのが見えますか?

トネリコタイダウン
 
 そうです! そこにフックが隠されています。

 そのほか、3点式シートベルトを標準装備したセカンドシート。
 防寒・遮光効果を上げるための、長めカーテンの採用。
 外部シャワーとして使える1.5mのホース付きのシャワーヘッドなど、実用的なアイデアが満載。

 この多機能な装備類を、全長4695㎜、全幅1695㎜というナローボディで実現したところが、このクルマの “売り” ですね。

 しかも、キャンピングカー登録も、バン登録も可能になっています。
 ロールーフのスーパーGLなどを使っても、ばっちり!

 お値段は、車両本体価格で税込み3,360,000円 (07年7月現在)です。

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campingcar | 投稿者 町田編集長 03:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

長野のイベント

 長野県・長野市で開かれている 「第1回アウトドアフェスティバル IN 信州」 に行ってきました。

Mウェーブ1

 私が見たのは、土曜日の初日だけでしたが、きれいな会場にゆったりと、キャンピングカーが並んでいて、とても見やすいショーでした。

アウトドア信州会場1

 展示車両は約80台。
 しかし、それが少なく感じられるほどの大きな会場です。さすが、冬季オリンピックの主要施設として使われた建物だけのことはありますね。
  
 MYSミスティックさんが一昨日組み上げたばかりという新バンコンの 「トネリコ」 。
 バンクラフトさんが、キャンピングカー広島さんの 「ピクニック」 の室内をタタミ仕様にした軽キャンカー。


トネリコ外形 ピクニック畳
▲トネリコ              ▲ピクニック畳仕様
 
 ドリームアイランドさんが、運転席側にも扉をとりつけたクラスAの 「ミラダ」 など、見所のある展示車両がいっぱい。

 ショーの中心的な役割を務めていた 「かーいんてり高橋」 さんのブースでは、同社自慢の 「ハイファールーフ」」 のタイプCレイアウトのほか、自由にレイアウトを組めるという参考例として、ドンガラのものも並んで展示されるなど、なかなかの興味を引きます。

 終わるまで会場に粘っていたので、日頃話す時間をたっぷり取れないスタッフの方々とも、ゆっくり話すことできました。

 夕方からは、会場隣りの広場で、主催者が 「キャンプファイアー」 のサービスをしていたのですが、これはちょっと、小雨もパラついたせいで、参会者も少なく、少し淋しいものに…。
 一所懸命に、場を盛り立てようとしていた若いスタッフたちが、ちょっと可哀想でした。

 駐車場の一角は主催者が企画した、キャンピングカー宿泊者のための 「臨時キャンプスペース」 として解放され、おいしそうな焼肉の匂いが漂って、皆さん盛りあがっていました。

 私も、声をかけていただき、パーティ参加へのお誘いを頂いたのですが、ちょっと日曜日に仕事が残っていたため、挨拶だけで失礼させてもらいました。残念…。

 7:00頃会場を後にして、小雨の中を家路に。
 ワンボックスを運転していた黒人のお兄ちゃんが、するすると私のキャンピングカーに寄ってきて、
 「ハーイ! どちらまでキャンプですか?」
 と、並走しながら声をかけて来ました。

 「東京に戻るんです」
 と、窓を開けて答えたら、

 「ボク、名古屋です。気をつけて!」
 向こうの人は、フレンドリーですね。

 お互いに手を振りあって、彼は国道を名古屋方向に、私は高速を選んで東京方向に。

 のんびりのんびりと、ジャズを聞きながら中央高速を走り、家についたのは日付の変った12:00過ぎでした。 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:13 | コメント(2)| トラックバック(0)

ニセ台本作家

 私には、虚言癖がある。
 ウソ八百が得意なのだ。
 もっとも、酔っていないかぎりは、そんなことはない。
 普段は、冗談一ついえない生真面目な性格を、自分でも持て余している。

 ところが、なじみのスナックなどに行き、たまたまそこの常連客などと話していると、もう口を開くごとに、ボロボロボロボロ…ウソの大盛り、テンコ盛り。

 この前は、フリーのシナリオライターになりすまし、タケシやさんまのトーク番組を仕切っているテレビ業界人のふりをした。
 ちょうど学生時代からいっしょに遊んでいた後輩と3軒目に回った店だったので、そいつとの呼吸もばっちり。
 俺、台本作家
 そいつが、ディレクター

 “カモ”になってくれたのは、韓流ドラマ大好きという中年の未亡人。
 旦那さんが残してくれた遺産がたっぷりあるのか、好きな韓流スターを追いかけて、韓国ツァーも何度も経験し、夜は自分の気に入ったスナックをはしご。

 でも、やはり何かが足りない。心はさびしい。
 子供たちも大きくなって親元から離れ、(きっと邸宅なんだろうけれど) 、その家に帰ると、暗い部屋に電気をともす役は、いつも自分。

 その奥方と、その日は同じカウンターに並んだ。

バーカウンターⅠ

 「韓流ももう飽きちゃって…」
 と、奥方が、カウンター越しに、店のママさんとしゃべっている。
 「ぺ・ヨンジュンが良かったけれど、今はイ・ビョンホン。でも、それもだいたい見尽くして…」

 すかさず、「クォン・サンウとか、どうですか?」
 と、私は話に割って入った。

 「あら、男の人でもそういうの観るの?」
 こちらを振り向いた奥方の目がキラリ。

 「ええ、ちょっとテレビに関係した仕事だから…」

 ああああ!
 また出ちまった!
 悪いクセなんだよ、これが…。
 相手を騙しながら、ワル乗りの仲間に巻き込んで騒いでみたいという、まったく無邪気な、それでいてイジメッ子のような邪悪な精神が、一気に全面開花してしまうのだ。

 「テレビの仕事って?」
 オバサン、少し興味ありげな顔をこっちに向ける。
 その視線を頬に受けながら、こちらはカウンターに目を落とし、やや恥かしげに、
 「いやぁ、さんまさんの○○とか、タケシさんの○○なんかの台本書いてますけど…」
 …別に、たいした仕事やっているわけじゃないんですよ、という表情をいかに作るかが鍵だ。

 「そういう人たちと仕事で会うわけ?」
 
 お、完全にかかったぞ、これは…。

 「最初の打ち合わせの時だけですけどね。でも、さすがあのクラスの人たちは一級品ですね。台本渡しても、パッと流しただけで、ほとんど覚えてしまうんですよ。
 でも、さんまさんなんて、僕が書いた台本を守ってくれたことないの。あの人の場合は、ほとんどがアドリブ。舌の神経がそのまま反射神経と直結している人ですから」

 もちろん本物のさんまさんとは、会ったこともない。
 テレビで見た印象をそのまましゃべっただけだ。

 へぇ! と、オバサンの顔がにわかに興味を感じた表情になってくる。

 「今度、いっしょに番組に出てみます?」
 と、私はすかさずオバサンに尋ねる。

 「え? 私が? 何の番組に?」
 「○○の番組が下半期からリニューアルされて、新たに、一般の主婦をゲストに招くコーナーができるんですよ」

 「それに私が? ハハハハ」
 さすがに、オバサン、そこまでは信用しない。

 ところが、そのやりとりを聞いていた、私の相棒がすかさず乗り出してきた。
 「奥さん、すごくフォトジェニックだから、ライティングをうまく当てれば、ものすごく目立ちますよ。
 視聴者に与えるインパクト大だろうな。ひょっとしたら、カリスマ主婦デビューができるかも」

 まったく打ち合わせもしないのに、この相棒は、よくその場の流れに乗ってくるよな。

 「ちょっとカメリハしてみましょうか?」
 私はそう言って、相棒に振る。
 「カメリハ?」
 「カメラリハーサル」

 相棒がそれを受け、両手で四角い枠をつくり、カメラのフレームよろしく、オバサンの方に向ける。
 「はい、カメラ目線くださ~い。表情は自然に~」
 「いやだぁ」
 と笑いながら、オバサン乗ってくる。

 「ちょっと引きま~す。目線そのままで~」
 相棒は、さらにストゥールから腰を浮かし、体を後ろに反らせる。
 その腰つきがいやらしくて、いかにも業界っぽい。

 「オッケーですね。それじゃトークリハーサル」
 と、相棒。
 
 今度は、私が相棒からバトンを受けて、
 「それじゃ、30分後に、ホンモノのさんまさんがスタジオ入りしますから、それまで、私をさんまさんだと思って、答えてくださいね」

 店のママさんは、もうお腹がよじれるくらいの笑いをかみ殺して、なりゆきを見守っている。

 「あんた韓流いうても、誰のファンなの?」
 と、私はさんま調。
 「イ・ビョンホンですけど…」
 「へぇ、あんな昔の吉永小百合と手を握り合っているのが似合いそうな、坊ちゃん風の二枚目のどこがいいんねん?」
 「あら、彼はカジノを牛耳るギャンブラーの役なんかさせると、なかなか凄みがあるんですよ」

 そこへ相棒が、手でつくった四角い“フレーム”にオバサンの顔をアップで捉え、
 「ちょっと時間が押してます。マキでいきましょう。マイて、マイて!」

 「え、何それ?」
 とオバサン。
 「もう少し、間を詰めて話してくださいね」
 と、私。
 「分かったわ。少し早口でいいのね」

 オバサン、すっかりテレビの中の人。
 
 笑いをこらえていた店のママさんも、ついにゲラゲラの解禁状態。


 1ヶ月ぐらい経って、その店に顔を出した。
 「あれからあの人、来るたびに、いつテレビに出られるのかしら、って言い続けていたわよ」
 とママさんがいう。

 すっかり忘れていた。
 その場かぎりのスタジオごっこだと割り切っていた私には、ショック。

 …あのオバサンに、悪い冗談を言ってしまったなぁ…
 と罪の意識にさいなまされる。

 ひょっとしたら、私には、女性を騙して宝石売買などで食いつないでいくような、詐欺師の素質があるのかもしれない。
 そういえば、以前も 「ラジオローカル局のDJをやっている」 といって、善良な音楽好き青年を騙したことがあったっけ。

 思い出すと、自分のなかに一匹の魔物を飼っているような、自分への疎ましさがつのってくる。

 しかし、「詐欺師」 に変貌するのは、あくまでも大量のアルコールが入ったときだけの話。
 しらふのときは、「善人」 を絵に描いたような人畜無害の男である。

 ……と、カウンターに座って飲み始めたときは思うのだが、店を出る頃になると、
 「次は、豪華客船で世界一周を楽しむ主婦のドキュメント、という企画があるけど…てな話はどうだろう」
 なんて考えながら、店のドアを押している。

 似たような話 「本業はDJ」

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 06:11 | コメント(8)| トラックバック(0)

信州で大イベント

 いよいよ夏本番!
 各地で夏のイベントが盛大に催されるようになりました。
 その第1弾として、「第1回 アウトドアフェスティバル IN 信州」 が開かれます。

アウトドア信州チラシ

 話題のキャンピングカー、トラベルトレーラー、パークトレーラーが多数展示されるほか、アウトドア関連各種ブースが勢ぞろい。
 アウトドアグッズ特価販売コーナー、犬・猫グッズ販売コーナー、ウインタースポーツコーナー、クワガタ・カブトムシコーナーなど、家族そろって楽しめるメニューがいっぱい!

 会場となるエムウェーブ (M-WAVE) は、1998年の長野オリンピック競技場として建設された建物。木造吊り屋根構造による世界最大級のアリーナです。

 キャンピングカー関係の参加予定者は次のとおりです。

 アム・クラフト/アールブィ・ビックフット/エアストリーム・ジャパン/MYSミスティック/L.T.キャンパーズ/オーシャンドリーム/かーいんてりあ高橋/カスタムセレクト/カトーモーター/カンバーランドジャパン/キャンピングカー広島/ゼック/東和モータース販売/ドリームアイランド千葉/ドリームアイランド長野/日産ピーズフィールドクラフト/バンクラフト/バンテック新潟/ビークル/マックレー

主催:第1回アウトドアフェスティバル IN 信州実行委員会
協力:日本RV協会、エムウェーブ
問い合わせ:026-228-0200

期間:7月21日(土)~7月22日(日)
AM9:30~PM6:00
会場:エムウェーブ (長野県長野市北長池195)
入場料:大人500円/小・中学生300円
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

明るい未来!

 梅田望夫さんと茂木健一郎さんの対談集 『フューチャリスト宣言』 は戦闘的な本だ。
 私は、良い意味で言っている。

フューチャリスト宣言

 「フューチャリスト」…未来を考える未来学者という意味の言葉だと思うのだが、こんなふうに、あっけらかんと肯定的な未来を宣言する本というのは、よくありそうで、実はなかなかない。

 地球の温暖化、エネルギー資源の枯渇、格差社会の到来、企業倫理の低下など、今、私たちを取り巻く問題を眺める視点は、みな未来をネガティブに捉える方向に統一されている。

 しかし、この2人が語る“未来”は、おそろしく楽天的だ。
 日頃、ネガティブに未来を捉える人たちから見ると、この対談集に貫かれている明るさは、「虚無的な明るさ」 に見えるかもしれない。

 だが、前書きで、茂木さんは言い切る。
 「楽天的であることは、ひとつの意志である」
 それは、ネガティブに未来を語ることより、さらに強靭な意志の力を必要とする。
 
 もともと、未来など、楽観的に捉えられるものではない。
 未来は、「予定調和」 の彼岸にある。
 
 「不安」 とは、この先何が起こるか分からないために落ち着かない状態のことを言うのであれば、未来は基本的に 「不安」 に満ち満ちている。
 しかし、「不安」 は 「可能性」 の別名でもある。 
 この本は、インターネットという、人類が初めて手にしたテクノロジーに対し、その人間の想像力すら超える無限大の 「可能性」 を論じた本である。

 2人とも数々の書籍を持ち、出版物というリアル社会での地位も名誉も確立している方々だ。
 しかし、彼らは一様に、「ネットの側に賭ける」 と言い切る。

 ネットが誕生する前のテクノロジーは、すべて経済的・社会的に収益構造を確立したエスタブリッシュメントの地位を保全するためのものでしかなかった。

 だが、ネットは、人類がはじめて手にした、エスタブリッシュメントによるコントロールから逸脱していくテクノロジーなのだという。 

 ネットの一番の本質は、アナーキーであることだ。
 「著作権」 という既得権益に守られた既存のビジネス構造をいとも簡単に乗り越えて、「ユーチューブ」 は画像配信サービスのトップに踊り出る。
 出版社のアカデミズムを象徴するような 「百科事典」 という権威に冷笑を浴びせるかのように、ウィキペディアは市民権を得る。

 それらが何を意味するのか。
 市場原理主義が生み出す「強者」 と 「弱者」 という枠組みそのものが崩壊する世界を提示することにほかならない。

 梅田さんは言う。
 「今ネットで起こっている現象を、過去の思想家の語っていることや、過去のアナロジーで語ってはいけない」

 茂木さんは言う。
 「ネット世界では、幼虫からさなぎに変り、それが蝶に変っていくように、同じ生命体でありながら、過去の細胞組織がすべて死んでいくドラマが演じられている」
 
 彼らのふてぶてしいまでの、ネットの未来を肯定する力は、一体何によってもたらされたものなのだろうか。

 2人とも共通していえることは、ネットのアナーキーな暴力性がもたらす負のパワーの恐ろしさも見ていることだ。

 ネットは、弱者の社会参加をサポートする力にもなるが、世界同時多発テロに見られるように、負のパワーを連結して、巨大な暴力装置を実現する力も秘めている。
 さらに、ネットを通じた非合法商品の売買や、精神的なダメージを強いる誹謗中傷コメントに至るまで、アナーキーな存在であるがゆえのネットの負の側面も、彼らは十分に知り尽くしている。
 
 2人とも、精力的にブログを通じて、自分の研究成果を絶えず発信続けている人たちだが、そこでは、普通の人間には耐えられないくらいの罵詈雑言に満ちた匿名コメントが必ず寄せられるのだとか。

 だが、それでも 「ネットの秘める無限の可能性に賭ける」 と2人は言う。
 そういうネガティブな評価も含め、そこに集積される言説の総体が、情報発信者の 「個性」 として認知されるからだという。

 「自分のブログに対し、どこからどんな書き込みが来るか、コントロールなどできることじゃない」
 と、茂木さんはいう。
 しかし、それこそ、ブログが従来のメディアとは明確に一線を画する新しいメディアであることの証 (あかし) とも。
 
 出版社の厳重なガードによって書き手が保護されていた従来のメディアとは違い、ブロガーは、情報を発信したその場において、即座に大海の荒波にさらされる。
 しかし、その未知なる海に漕ぎ出すときの不安と喜びは、誰もが平等に手に入れることができる。

 ブログにおいては、数々の著作を世に出している有名ライターの記事も、文化的辺境に暮らす無名の若者の記事も、内容次第によって、グーグルなどの検索エンジンの上位に上がってくる。

 すべての人間が、こういうチャンスを獲得できる時代など、かつてなかったことだ。
 ひるんでなど、いられようか。

 彼らの 「楽天性」 というのは、こういう覚悟から導き出された戦闘的な楽天性であることが分かる。
 
 今の世の中は、未来についてネガティブに語る言説の方が、人々の共感を得やすい時代。マスコミにおいても、近未来をネガティブに語るコメンテーターの方が、お利巧さんに見える。
 
 そんな風潮に逆らうように、この2人は風の中で屹立している。

 ネット社会に関わることで、自分がどう変っていくのか。
 興味ある方は、ぜひ一読を。

 関連記事 「ウェブ人間論」
 

  
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:41 | コメント(2)| トラックバック(0)

便利な旅の記録帳

 キャンピングカーの旅を、皆様はどのように記録されていますか?
 「心の日記帳」 にしっかり書き込んじゃうから大丈夫!
 という人もいるかもしれません。

 しかし、記憶はいつしか薄れてしまうもの。
 簡単なメモを残しておくだけで、鮮やかなくらいに、楽しい思い出が脳裏をかけめぐるものです。

 旅の記録を、ご自分のブログなどに残されている方も多いと思いますが、そういうときにも、メモは必要。

 『LECORD BOOK FOR OUTDOOR LIFE』

TACOS旅の記録帳

 キャンピングカーの旅を記録するための、専用の記録帳が誕生しました。
 企画・制作は、キャンピングカー販売店のTACOS (タコス) さん。
 A5版 (縦210×横148㎜) 。厚さ約1㎝。全60ページ。
 ダッシュボード内に軽く収まるサイズです。

 ページを開くと左側に、
 「天気」 「気温」 「同行者」 「走行距離」 
 「朝食」 「昼食」 「夕食」
 など、その日の旅がどんなものであったかを書き込む欄があります。

 さらに続いて、
 「交通費」 「飲食費」
 といった、家計簿的に使える書き込み欄。

 キャンプ場に泊まったときは、
 「入場料」 「サイト料」 「電気代」
 なども明記できるようになっています。

 気に入ったキャンプ場なら、忘れないうちに、
 「電話番号」 「住所」 などのほか、自分の評価を☆☆☆☆☆マークで残しておくこともできます。

 右ページはメモ欄。
 「カブトムシを捕まえた」 「プールに入った」 「こんな人と知り合いになった」
 何でもメモしておきしょう。

 最終ページでは、いつオイルを交換したか、いつタイヤやバッテリーの点検をしたか…など、愛車のメンテナンス簿が作れるようになっています。

 旅の写真を盛り込んだグラビアページと、ノートの裏ページには、それぞれポケットが付いていて、チケットやカードを差し込むこともできます。

 さすが、「アウトドアの達人・旅の仙人」 であるタコスの田代さん (写真下) が企画した手帳。
 まったく死角がありません。

tako1

 ご入用の方は、下記にご連絡を。
 TACOS http://tacos.co.jp

 私もまた、田代さんから、100冊ほど預かりました。
 いろいろなイベントに取材に行ったときなど、その主催者に、「来場者プレゼント用」 として、お預かりいただこうかと思っています。

 関連記事 「TACOSな人」
 関連記事 「グランドバッハ タコス仕様」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:31 | コメント(4)| トラックバック(0)

ジャズの空間

 横浜・中華街に 「ウィンドジャマー」 というバーがある。
 “帆船”という意味だ。
 その名のとおり、店内が船のキャビンのような造りになっている。
 高級木材をたっぷり使ったインテリアは、よく計算されたライティングの効果もあって、ちょっとした夢空間を形づくっている。

jamer

 カクテルも料理も絶品だったので、昔は、横浜に遊びに行ったときは、必ず顔を出した。
 エスカルゴのバター炒めなど、ここでなければ食べられない味だったし、ピザも良かった。
 カクテルでは、真鍮のマグカップに氷が盛られたフローズンダイキリが、(少し甘かったけれど) 私は大好きだった。

 4~5年前ぐらいだったか、キッチンが変ったのか、料理の味が好みではなくなったので、それ以降は行っていない。
 だから、今がどんな雰囲気になっているのか、正確には知らない。

 この店のもうひとつの売りは、ジャズのライブだ。
 トリオか、カルテット。
 30分おきぐらいに、契約バンドの生演奏がある。
 
 この演奏が素晴らしい。
 飲食のためのBGMに徹するという、抑制の効いた演奏スタイルを守りながら、それでいて、耳を澄ませて聞くと、高度なプレイを演じている。

 ジャズライブを売りにするバーはけっこう多いけれど、演奏者によっては、
 「ねぇねぇ、聞いて! けっこうやるでしょ?」
 と、プレイヤーの個性を強く出そうとするためか、スタンダードを演奏しても、音のエッジが立ちすぎていて、BGMとしてはうるさく感じることがある。

 「ウィンドジャマー」 で聞くライブは、決してそのようなことはなかった。
 BGMとして聞き流しても、心地よい。
 耳を澄ませて、演奏に意識を集中させても楽しめる。
 プロのわざを感じた。

jamer2

 近年、BGMにジャズを使う店が多くなった。
 今風の割烹ダイニングや、天ぷら屋などでも、ジャズのCDを流したりする。
 白と黒を基調としたようなモダンなインテリアの場合は、確かに、静かなジャズが似合ったりする。

 私も、そういう環境が嫌いではない。
 でも、「待てよ」 と最近思わなくもない。

 なんだか、ジャズが安売りされているような気がして、それはそれで寂しい。
 確かに、ジャズには、クールで、無機質性を帯びた演奏のものが多いので、都会的な環境を演出するにはぴったり。

 しかし、それは、ジャズのホットでエモーショナルな一面と対になって、初めて意味を持つものなのだ。
 コルトレーンの 「バラード」 を愛する人たちは多い。
 でも、それは、「ラブ・シュープリーム」 や 「クルセ・ママ」 、「アフリカ」 といった、彼のハイテンションなテナーの咆哮があってこそ、そのリリカルな静謐が際立つという位置付けになっている。

コルトレーン・バラード


 ジャズには、魔物のおたけびがある。
 その 「荒ぶる神」 の一面を知らず、女神の優しさだけを求めていても、それがジャズに触れたことになるのかどうか。
 
 連休中、カミさんと久しぶりに 「シェーキーズ」 に行って、ピザを食べた。
 騒がしいディキシーランド・ジャズがかかっていた。
 でも、お洒落な和風ダイニングで、クールなジャズを聞き流しているより、けっこう新鮮。
 ふてぶてしいほど陽気なペットやトロンボーンに踊らされ、ついついラム・コークのお替りが増えた。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 05:45 | コメント(2)| トラックバック(0)

世界征服は可能か

 3連休の最終日、電車で往復4時間かかるカミさんの実家に行った。
 道中の退屈ざましに、何か面白そうな本はないかと、電車に乗る前に書店を覗くと、ふと目に付いたタイトル。

 『 「世界征服」 は可能か?』
 ( 岡田斗司夫 著/ちくまプリマー新書)

世界征服可能?

 またしても、最近の新書にありがちな、
 「………か?」
 という疑問形で終わる安直なタイトル、と思ったが、手に取ると、
 
 「この本を手に取ったあなた! 損はさせませんよ」
 と、その本自体がささやいているような、不思議なパワーが立ち昇ってくる。

 要は、子供向けのドラマやアニメに出てくる 「悪の秘密結社」 が、「世界征服」 を口にするのはなぜなのか? 
 世界征服というスローガンを掲げて、彼らはどういう世界をつくろうとしているのか?
 世界征服にかかるコストはいくらなのか?

 そんなバカバカしいことを、大真面目に論じた本らしい。

 電車に乗る時間が迫ってきたので、私は、即座にこれを買って電車に乗り込んだ。

 シートに座って読み始めると、確かに面白い。
 「仮面ライダー」 で主人公に敵対するショッカー。
 「不思議の海のナディア」 に登場する悪の組織、ガーゴイル。
 「勇者ライディーン」 に登場する妖魔帝国。

 さらに、「機動戦士ガンダム」 で地球連邦に戦争を仕掛けるジオン公国。
 「ドラゴンボール」 のピッコロ大魔王。

 さまざまな“悪の帝国”の組織者たちのキャラクターや、彼らの思想を紹介しながら、彼らの 「世界征服」 の方法論を論じている。

 まさに、オタクがオタクのために書いたオタク本で、オタクでない私にも、そのこだわりのキツさが十分に楽しめる。

 特に、ところどころのツッコミが笑わせてくれる。

 「勇者ライディーンに登場する妖魔帝国の目的は、“人類滅亡”です。しかし、常にそれを邪魔しようとするライディーンを葬ろうという作戦を採用するため、化石獣とか、強烈獣とか、毎週一体ずつ小出しにして戦いを挑んでくるので、本当に人類絶滅はそのペースで間に合うのかと心配になります。
 そんなことをするより、さっさと毒ガスでも撒けよ、とやきもきするのですが、どうも彼らの科学力は片寄っているようで、巨大ロボットはつくれるけれど、毒ガスなどはつくれないらしいんですね」

 こんな感じで、「悪の秘密結社」 をおちょくりながら、愛しているところが、この本の楽しさだ。

 発想の妙を感じた。
 同じ出版界に属する者としては、こういう、誰もが考えそうで、実はまだどこも手を付けなかった分野を開拓する手口を見ると、悔しいような、うらやましいような。

 ただ、着想の面白さは十分に評価できるのだけれど、途中から、少しずつ真面目になっていったところが、ちょっと物足りない。

 後半はけっこうマジに、金正日体制やヒットラーの独裁制を論じたり、アメリカの独立戦争や、イギリスの階級社会を論じている。
 それはそれで、考えなければならない大切なテーマかもしれないが、前半に展開した 「無責任な遊び心」 が後退して、なんだか 「フツーの本」 になってしまったような気もする。

 結論は、次のようなもの。
 「悪による世界征服とは何か? それは人々の幸福と平和を破壊することである。
 人々の幸福感が、その時代の価値観で決まるとすれば、その時代の価値観にダメージを与えることが、悪であり、それを世界に広めようとすることが、すなわち悪による世界征服となる」

 では、現代において、人々に幸福をもたらす 「価値観」 とは何か?

 筆者は、それを 「自由主義経済」 と 「情報の自由化」 であるという。
 すなわち、貧富の差を肯定したり、誰でもお金持ちになるチャンスがあるという価値観を幸福だと感じる世の中に対し、それは 「違う!」 と断固否定するのが、現代における 「悪」 であり、そのような目的をもった団体こそ、「現代の悪の秘密結社だ」 と著者は説く。

 だから、この時代における 「悪の組織」 とは、ボランティアを行うエコロジー団体だったり、ネットではなく、人と人との直接的な交流を広めようとする、ハートウォーミングなグループのことにほかならない。

 だから、
 「いいものをより安く」 ではなく、
 「人を出し抜いて得をするのはやめましょう」
 というのが、悪の標語であり、
 「トレンドに敏感に」 ではなく、
 「お年寄りを大切に」 というのが、悪のスローガンになる。
 
 結びは、こういう言葉で締められている。
 「環境に優しく、良識と教養ある世界を目指すことによって、悪の栄える世界を目指しましょう」

 著者独特のヒネリの効いた、卓抜な結論である。
 笑いにまぶしたマジなメッセージとも取れるし、「いやぁ、ジョーダン、ジョーダン」
 と煙に巻いているようにも取れる。

 途中で、真面目な情勢分析をしているところが、前半部分の語り口とそぐわない感じはあるが、コンセプトメイクの段階で、すでにヒットを約束されている本だという印象を受けた。 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

破壊の創造者

 連休は、淡路島までキャンプに行く予定だった。
 しかし、車椅子生活をしている義母を抱えているわが家の場合は、家を空けるためのケアを考えるだけで一苦労。
 なんとか、土曜日の夜1日だけは、ケアをしてくださる施設と連絡が取れたが、それでは、1泊だけでトンボ返りを余儀なくされる。

 残念ながら見送りとなった。
 おりしも、台風4号の接近で、移動中の不安材料もいっぱい。
 行けない理由を台風のせいにして、なんとか気持ちをなだめた。

 代わりにカミさんと、連日近くの町まで出て、買い物。
 お目当ては、惣領冬実さんの描かれたコミック 『チェーザレ 破壊の創造者』 。
 土曜日の日にこれの3巻を買い、今日、別の書店で、1巻と2巻をようやく探して手に入れた。

破壊の創造者=本

 わが家の場合は、カミさんと同じコミックに入れ込んで、しばらく2人ともハイ状態になってしまうことがある。
 以前、山岸涼子の 『日出処の天子』 にハマったときもそうだった。

 日本人には 「聖人」 のごとく扱われる聖徳太子のイメージを、見事にくつがえしてくれたのが、『日出処の天子』 だった。
 ここで描かれた聖徳太子は、同性愛者で超能力者の美少年。しかも、邪悪な性格ときている。
 私もカミさんも、どうやらこういうキャラクターに入れ込んでしまうようだ。

 惣領冬実さんの描くチェーザレ・ボルジアという人物も、「邪悪さ」 という意味では、イタリア史でも稀代の悪のスーパースター。

 私には、塩野七生さんの 『チェーザレ・ボルジア 優雅なる冷酷』 のイメージが強いのだが、このコミックもまた、新しい解釈が加わって面白い。

 何よりも、絵が好み。
 時代考証もしっかりしているし、作中に引用されるルネサンス時代の絵画や建物も正確に描写されている。
 塩野七生さんの 「チェーザレもの」 に加わって、新しい作品が誕生した感じだ。

 しかし、こういうチェーザレ像も、やはり塩野さんの作品が出てこなければ、日本で採り上げられることもなかったかもしれない。

 文芸評論家の福田和也さんは、『悪の読書術』 という本で、こんなことを書いている。

 「塩野さんは (チェーザレ・ボルジアを描くことによって) 日本人の歴史意識の中に、それまで存在していなかったイタリアへの強い関心を作り出しただけではない。
 この悪名高いボルジア家の貴公子の一代記を書くことによって、日本の文章に、悪と官能を強烈に呼び覚ましたのだ。
 あるいは、善悪の彼岸にある、権力それ自体の魅力、権謀の輝き、非人間的なふるまいにこそ現れる人間の高貴さを描きだした」

 善人は、どんなに英雄的なふるまいをしても、みなどこか同じようなキャラクターに見えてしまう。
 しかし、悪役には、千差万別の個性がある。
 人間の演じるドラマを面白くしてくれるのは、魅力的な悪役なのかもしれない。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:02 | コメント(2)| トラックバック(0)

誇りと情熱

《 昔の映画の現代的鑑賞法 歴史編9 》
「 誇りと情熱 」


 スタンリー・クレイマー監督が1957年に撮った、ナポレオン戦争時代の歴史映画。
 ナポレオンのスペイン侵攻に対抗するスペインのゲリラたちが、フランス軍司令部のあるアヴィラという町まで、苦労して巨大な大砲を運び、城壁を破壊して町を奪回するという話。

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 砲術を指導するイギリス将校 (ケーリー・グラント) と、ゲリラのリーダー (フランク・シナトラ) が、ゲリラ兵たちの女神的な存在である美女 (ソフィア・ローレン) をめぐって、恋のつばぜり合いを展開するというサブ・ストーリーが彩りを添える。

 ソフィア・ローレンは十分に魅力的だが、男たちは今ひとつ迫力に欠ける。
 イギリス将校を演じるケーリー・グラントは、なんだか、ただのオッサン的雰囲気だし、ゲリラの首領であるフランク・シナトラは、やはりスポットライトを浴びて、ディナーショーで歌っている姿の方が似合いそうで、野性味に欠ける。

 また、巨砲のゆくえを追求するフランス軍の対応が甘すぎて、ストーリーに緊迫感が生まれない。

 しかし、こういうのんびりした時代のハリウッド映画は、なぜか観ていてほのぼのとする。

 面白いのは、民衆が巨砲を引いて、スペインの原野を行進する映像だ。
 とにかく大砲がデカい!
 その姿を見るだけで惚れ惚れする。
 一度、その巨砲が火を吹けば、どんな堅固な城壁でも、一発で破壊できそうな迫力は、大砲が沈黙を守っている状態でも、すぐに伝わってくる。

 ところが、実戦でこそ世界を転覆させかねない力を秘めた巨砲も、移動時はまぬけな厄介ものでしかない。
 泥道ではスタックして駄々をこねるし、坂道になると制止を無視して転げおちる。
 何百人という人力に、馬や牛のけん引力をプラスしても、1日の移動距離などたかが知れている。

 戦争に対する冷静な計算があるならば、まずこんな輸送コストのかかる武器は、職業軍人ならば誰も相手にしない。

 しかし、大砲を運ぶ民衆は、まるで 「大めしぐらいのガキ大将」 という感じの愛情を注ぎ、山坂を越え、敵の探索を振り切って、この大砲を運びぬく。

 要するに、この映画の主役は大砲なのだ。
 話の筋は、この大砲を運ぶための苦労話に終始する。

 監督は、ゲリラのリーダーの口を借りて、こう言わせる。
 
 「戦いに勝つか負けるかなどはどうでもいい。それよりも、この大砲が存在することが、スペイン人にとって大切なことなのだ。この大砲は、スペインの抗戦のシンボルなのだ」

 大砲がシンボルであるかぎり、それを運ぶ行為は、「戦争」 ではなく 「お祭り」 だ。
 カーニバルの行列のごとく引かれていく巨砲の情景は、まさにゴヤの絵画に出てくる“祝祭”の世界だ。

 風車、闘牛、茶褐色の大地、ならず者、フラメンコダンサー、ご都合主義者の聖職者。
 ゴヤの絵画を彷彿とさせる道具立てがふんだんに登場する。

 スペイン独特のエキゾチシズムも随所に散りばめた、サービス精神旺盛な展開によって、スペクタクル映画であると同時に、観光映画としても機能している。 

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

愛人のいる男

 愛人を持っている男というのは、独特の雰囲気を持っているもんだ。
 男として脂の乗り切ってきた年齢…つまり、40歳から50歳ぐらいということになるのだが、この歳ぐらいの男で、奥さんや子供という人間関係のほかに、恋人、愛人という家族とは別のプライベートな交際を持っているヤツは、ちょいと何が違う。

 どう違うかというと、まず女に無頓着……ってなわけは、男であるがゆえに、絶対そんなことがあるはずもないのだが、無頓着…にふるまっている、という言い方はできそうだ。

 酒場なんかで、隣りの席に若い魅力的な女グループがいたりすると…。

バーカウンター2

 悲しいかな、われわれ“愛人なしグループ”は、ついつい男同士で話していても、そっちに気を取られる。
 で、ついつい、
 「ねぇ、右から2番目の子さぁ、ちょっと松島菜々子に似てない?」
 なんて、話を中断して小声でしゃべってしまう。

 で、話を中断されると、愛人持ちは、
 「えっ?」
 って、あっけにとられたようにびっくりする。
 これがまた本当に、夏の海水浴場に、突如、南極の氷山が浮かび上がったようにびっくりする。

 そして、おもむろに振り返り、
 「ああそうね…」
 と実にそっけない。

 そして小憎らしいことに、いともさりげなく、
 「それで、さっきのチャンドラーの小説ではさぁ、フィリップ・マーローがいつもコーヒーにこだわるじゃない…」
 なんて、趣味…、それも高踏的な、“男のこだわりの世界”みたいな話をぬけぬけと続けるのだ。

 それでいて、酒場を出てから、夜の街で、若い女を泣かせている男を見たりすると、
 「バカだよねぇ、女なんてさ、泣き出したらとにかく黙って、優しく手を握りしめてやればいいんだよ」
 …なんて、さも、女に対しては百戦錬磨のツワモノのごとき洞察力をほのめかす。

 要するに、今、オレは女に不自由していない。
 いい女の愛をタップリ受けている。
 だから、そのへんでチャラチャラしている女には別に興味はない…ってなことを、さりげなく暗示するポーズがうまいのだ。

 そういうヤツと、もう一軒飲みに行こうか…という話になるじゃないか。

 そうすると、またしても“愛人なしグループ”は、ちょっと女っ気のあるところに食指が働く。
 別に女の子が、おしぼりサービスをしてくれるキャバ系飲み屋じゃなくても、隣りに可愛い子が座り、マイクを渡してくれて、
 「ねぇ、また 『千の風になって』 をおねだりしちゃっていいかしら?」
 なんていわれるような店で、
 “少しは、オレだってモテるんだぜ”
 というポーズを作りたい、と思う。

 しかし、愛人男は、こう言いだす。
 「少し静かなところで、落ち着いて飲もうか」

バーカウンターⅠ

 で、どんなところに行くかというと、これが決まってホテルのバーだ。
 そこで、小皿のナッツをポリっとかじりながら、
 「この前、伊豆の○○温泉へ行ったんだ。
 いいよぉ、部屋で、海を見ながらのんびり酒飲んでさぁ。
 ゴルフもやらなかったんだけど、ぶらぶら散歩なんかしたりしてさぁ」

 男同士で行ったんだったら、絶対海なんかのんびり見ないって!
 ましてや家族連れならなおさらだ。
 ゴルフをしない…ってのがすでにおかしい。
 散歩だってぇ? ばっかやろー!

 概して、この手の男は、ほのめかしの達人である。
 こっちがたまたま劣情にムンムンした状態で、ちょっと色めいた話でも敏感に反応するコンディションにいたならば、「ひょっとしたら、コイツそうなのか?」 
 …と思わせるぐらいの、微妙なほのめかした方だ。
 
 こんなのもある。
 
 「都内の○○ホテルの屋上にプールがあるの知ってた?
 ちょっとサンルームみたいになっているんだ。午後は混むけど、昼前はだーれもいなくてさぁ。
 ポチャンと人が飛び込む音だけがセクシーに響いてね。
 都心にこんな静かなところがあるのかと驚くほど、ちょっと別世界だぜ」

 わわわぁ! 誰といったんだぁ?
 だーれもいないはずなのに、いったい誰が飛び込むんだ?
 何が別世界だ、このやろー!
 ハリウッドの恋愛映画じゃないんだからな。

 そこで、意地悪く質問してやる。
 「最近、奥さん元気?」
 
 だが、敵はしっぽをつかませず、のらりくらり。

 「うん、あいつ最近テニスに凝っちゃってね。たまに夜でも連れ出そうと思うんだが、疲れた…とかいって、寝ちゃうんだ。
 もうオレのこと、飽きちゃったんじゃないのかなぁ…」

 飽きたのは自分の方なのに、見事にそれを隠ぺいし、逆に被害者のごとく自嘲的な笑みを浮かべ、妙に寂しそうな男の陰りなんか見せたりして、もう小憎らしいほどの名演技。

 「結婚が、はたして女のゴールなんだろうか」
 あげくのはてには、女性誌の特集記事みたいなテーマを持ち出す。
 そして、
 「結婚が女にとって最大の目標というのは、きっと女は、結婚すれば女を降りられるからなんだなぁ…」
 これまたシェークスピアの名セリフみたいな言葉を、ため息のごとくボソッ。

 ま、とかく愛人男はやることなすこと、小説かドラマの主人公のように決めてしまう。
 早く修羅場がくればいいのに…と思うこちらのひがみもどこ吹く風。

 「オレ思うんだけど、結婚しても別の男にいい寄られないような女房じゃいやだね。
 男の方もさ、会社の若い娘が胸をときめかすぐらいの旦那じゃなければ、奥さんだって退屈しちゃうと思うんだ」

 もう、聞いちゃらんないよな。
 もし、ここでフンフンと素直にうなづいてみな。
 最後は、こんなふうに決められちゃうんだぜ。

 「君たちも、少し若い子にモテようと思ったら、ナチュラルにふるまうといいよ」
 ……だって。
 ナチュラルですよぉ、ナチュラル。
 ナショナルの裸電球みたいにあっけらかんとした顔で、よくもそんな単語使えるよな。

 概して、こういう愛人男の特徴は、次の三つぐらいに要約できそうだ。
 
 ① まず、お洒落。それも、やれアルマーニだ、ドルチェ&ガッバーナだ、なんてちょいワルおやじ系のお洒落ではない。(あれは愛人募集中のやつである)
 さりげなく、ちょっとキザなカフスとかネクタイピン。シガレットケース。
 つまり愛人からのプレゼントと分かるような小物のところで、“愛人なしグループ”と差をつける。

 ② 静かで、女性好みの洒落た飲み屋をいっぱい知っている。
 普通、男同士で行くのは赤提灯。次が、女の子が隣りに座るような店と、だいたいこの二つに決まってしまうものだ。
 ところが、愛人男は、そういうところを、ちょっと軽蔑する。
 そして、“愛人なし”に、
 「お、この店は、女と来れば口説けそうだな」
 と思わせる、心地よいアカ抜けた店に連れてきて、
 「どう? 落ち着けるだろ?」
 なんて、さりげなく言う。
 あと、ホテルのバー、高級な寿司屋をいっぱい知っているヤツも怪しい。

 ③ 男と女に関する話に妙に説得力を持たせる。
 これはインテリ、非インテリを問わず、その傾向が強い。

 恋は人間を多弁にするというやつで、ましてや、家庭と愛人の間の危ない綱渡りをしていれば、どうしても、会社と家だけをあんのんと行き来している男たちとは、ひと味違う男女感を持ってしまうようだ。
 そういうナマの体験から出る言葉は、ドラマのセリフみたいに決まることが多い。

 かくして、以上の研究から、愛人のいる男の見分け方が分かったと思う。
 分かってどうなる?

 どうにもならない。

 酒場系の話題 「ママさんの会話術」
 酒場系の話題 「女遊びは苦手」
 酒場系の話題 「本業はDJ」
 酒場系の話題 「ちょいワルおやじ」
 酒場系の話題 「ニセ台本作家」
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 03:58 | コメント(4)| トラックバック(0)

グラディエーター

《 昔の映画の現代的鑑賞法 歴史編8 》
「グラディエーター」


 2000年に公開された 『グラディエーター』 は、『ブレードランナー』 、『エイリアンⅠ』 などのSFもので、その人気を不動のものとしたリドリー・スコットが、初めて挑んだローマ史劇。

 とにかくデカダンスな美学に溢れた未来都市や、エイリアンのグロテスクな美に満ちた宇宙船など、この世に存在しないものに関して、天才的な美術センスを発揮する監督だけに、彼がどんな古代ローマを再現したかということが最大の見所となる。

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《絵画の手法を採り入れた映像》

 それにしても、「お見事!」 の一語。
 古代ローマのコロシアムやローマ市全景などの再現は、まさにリドリー・スコットの世界。
 壮麗なコロシアムを、最初は俯瞰し、やがて視点がふわっと宙に浮く。
 そして、みるみるうちに鳥瞰になっていく。
 あの 『ブレードランナー』 で再現された未来都市を鳥瞰するときの不安と快感に満ちた浮遊感。
 それがそっくり古代ローマの街で再現されている。

 荒涼とした南スペイン (…という設定だがアラブ風) の大地と、その荒野に映える異国の町の映像も、実にエキゾチック。
 北アフリカ風の建物で埋め尽くされた砂漠の町は、古代というより、近未来SFの舞台となりそうな映像だ。

 ところどころ挿入されるホラー映画風に彩られた雲の映像も、スコットのゴシック趣味をよく表している。
 荒涼とした大地を覆う、真っ赤に染まった雲。
 ときどき空をかすめる稲妻。
 エル・グレコが描きそうな風景だ。

 とにかく、このリドリー・スコットという人は、ルネッサンス時代の絵画からポップアートに至るまで、よく美術を見ている人だという気がする。

《ローマ軍団の戦いを忠実に再現》

 映像的な表現で興味深かったのは、「ローマ軍団」 という組織の捉え方。
 オープニングからいきなり始まったゲルマン人との戦闘シーンでは、リドリー・スコットが、いかにローマ軍団というシステムを理解していたのかが分かる。

 最新テクノロジーを満載した兵器類 (カタパルトのたぐい) 。それを冷静に手馴れた動作で操作する兵士たち。

 火矢や投石器、投槍器などで相手の陣形を乱した後は、重装歩兵の一糸乱れぬ進軍が始まる。
 道がぬかるんでいようが、丸太のような障害物があろうが、まるで戦車のキャタピラのように踏み下していく歩兵軍団。
 隊列そのものが、一匹の巨大な龍のように動いていく。
 ローマ軍という組織の全貌が伝わる見事な映像だ。

《単純な勧善懲悪でないところがミソ》

 人物の描き方はどうか。
 話のキーになる人物は2人。それがしっかりと 「善」 と 「悪」 に分かれる。

 職務に忠実で、正義感が強く、家族を愛する軍人マキシマス (ラッセル・クロウ) と、権力欲が強く、残忍で、虚栄心の強い皇帝コモドゥス (ホアキン・フェニックス) 。

 その残忍な皇帝コモドゥスにうとまれた将軍マキシマスが、奴隷に身を落としながらもグラディエーター (剣闘士) となってローマに戻り、群集の声援を味方につけて、皇帝に復讐を果たすという話。

 一見、きわめてステレオタイプ化された勧善懲悪ストーリーに見える。

 しかし、注意深くこの映画を観ていくと、実は、主人公マキシマスより、皇帝コモドゥスの悲劇を描いた映画だということが分かってくる。

《悪役コモドゥスの悲劇》

 コモドゥスの父であるマルクス・アウレリアスは、死期の近いことを悟り、息子のコモドゥスを病床に呼び出して、次の皇帝には、息子ではなく、部下のマキシマスを選ぶつもりだと伝える。

 当面の敵であったゲルマン人を退け、ローマ帝国は、ようやく平和な時代を迎えようとしていた。
 戦争と剣技にしか興味のないコモドゥスは、その平和の時代の統治者として不適格だと判断したからだ。 

 しかし、父の意向を聞いたモドゥスは、目に涙をいっぱい湛えて訴える。

 「父上は、かつて統治者に必要な要素として、三つの特性を言いました。
 それは、自制心、協調性、忍耐力です。
 どれも、私には欠けているものばかりです。
 しかし、私には、私しか持っていない美徳があります。
 それは、野心、勇気、そしてあなたに対する忠誠心です。
 あなたは、なぜ私の持っていないものだけを、あえて私に押し付けようとするのですか?」

 わからず屋の、バカ息子のセリフのように聞こえる。
 が、そうではない。
 もし、ローマが勃興期で、周囲に敵ばかり抱えていた時代なら、コモドゥスの特性の方こそ、統治者に望まれる器量なのである。

 織田信長などは、若い頃はコモドゥスのような生き方をしていたのだ。
 もし、信長の父である信秀が全国統一を果たした後に、信長が生まれていたら、信長は 「日本のコモドゥス」 でしかなかったろう。
 
 つまりにここに、「遅れてきた英雄」 という第一の悲劇がある。

 第二の悲劇があるとしたら、それはコモドゥスが慕っていた自分の父と姉が、そろいもそろって、自分より他人のマキシマスの方を愛していたということである。

 父が、実子より他人の能力をほめたたえ、ひいきにして可愛がるというのは、子供のプライドをずたずたに傷つける。
 また、異性のように慕っていた姉が、これまた、マキシマスを愛し続けたということも、男としてのプライドを逆なでされたことだろう。

 こういう生い立ちにおける悲劇性を、一方のマキシマスは経験していない。
 彼には、すでに幸せな家庭があり、彼を尊敬する兵士たちがあり、彼の能力を評価する前皇帝の信頼がある。
 その幸せをいっぱいに手にしたマキシマスは、その分、人間的な陰影が希薄だ。
 
 一方、悪役のコモドゥスは、悲劇の王子として、陰影に富んだ生涯を送る。

 皇帝コモドゥスの目に映ったマキシマス将軍とは、どんな人物だったのだろうか。
 おそらく、父と姉の寵愛をいいことに、自尊心と名誉欲に凝り固まった、傲慢不遜な男に思えただろう。
 軍の支持を集めていただけに、いつクーデターを起こすか分からない危険人物でもあった。
 それを、早めに除去しようするのは、権力者の自然な判断であったはずだ。 
  
 マキシマスを取り除くためにコモドゥスが行ったドス黒い画策は、残酷で、陰湿でありながら、どこか、悩める人間の高貴な輝きを帯びている。
 そこが、この映画の一筋縄ではいかないところだ。

《“愚かなローマ市民”はウソ?》

グラディエイタ

 基本的によくできたシナリオなので、歴史的な歪曲や、史実との乖離は不問に付してもいいと思う。

 ただ、いくつか気づいたことだけ加えたい。
 例えば 「独裁制」 か 「共和制」 かという議論も、あの時代には、すでに元老院中心の共和制よりも、皇帝独裁性の方が政治運営の効率がいいことが実証されていた。
 だから、共和制復活を理想と考える前皇帝のマルクス・アウレリアスの判断には疑問が残る。
 
 また、「パンとサーカスだけを求めた愚かな大衆」 というイメージも、最近の塩野七生さんなどの研究によってくつがえされている。
 古代ローマ市民は、むしろ謹厳実直な働きバチだったという。
 「刹那の快楽を求める愚かな市民」 という偏見は、たぶんに、キリスト教の布教に伴う政治的なプロパガンダだったように思えてならない。

 この映画は、とにかく映像美を楽しめばいい。
 荘厳な美しさと神秘性を漂わす、古代ローマ市の全景。
 フェティシズムに近い、剣闘士のコスチュームに対するこだわり。
 そして、近世から近代の美術品に範をとった、数々の風景描写。

 全編まさにリドリー・スコットの世界!
 『ベン・ハー』 や 『十戒』 のような、歴史スペクタクル映画のファンのほか、『エイリアン』 や 『ブレードランナー』 のようなSF映画ファンにも満足を与える欲張りな映画だ。

 公開当時、封切館で一度見て、再度DVDでも見たが、やはりこれは、映画館の大画面で観るべき映画だと思う。

 関連記事 「ブレードランナー」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

失われゆく風景

 同じ会社に30年勤めている。
 自分の住んでいる町より、会社のある町で過ごした時間の方が長くなった。

 会社の裏には、旧東海道が続いている。
 入社した頃は、かつてはそこが東海道であったことを偲ばせる風景が残っていた。
 「昔は女郎屋かいな…」
 格子越しに、今にも女郎の白い手が手招きしそうな、往時の面影を残した安宿があったりもした。
 今は、コンビニと回転寿司、立ち食いソバ屋などが連なる、どこにでもある商店街になった。

 しかし、一歩路地裏に入ると、時代に取り残されたような風景が、やるせなさそうにたたずんでいる。

 ▼道路の真ん中にある手押しポンプの井戸。
 現役だ。
 夏には、お孫さんを連れたおバアさんがやってきて、タオルにこの井戸の水を吸わせて、お孫さんの首を拭く。
 「おバアちゃん、アンパンマンのタオルがいい」
 おバアちゃんは、アンパンマンが分からない。

井戸

 ▼商店街が途切れたところに、ぽつんと建っている銭湯。
 「ゆ」 というノレンがないと、ちょっと何の建物か不明。
 私はまだ入ったことがない。
 湯船の上に、富士山の壁絵はあるのだろうか。

銭湯2

 ▼店舗として残っているものの、もう何年も営業していない店もある。
 「菅沼書店」
 私は、会社の同僚に見つからないように、わざわざ、少し離れたこの書店まで歩いてきて、こっそりエロ雑誌を買った。

書店ー1

 ▼以前は床屋さんだったのだろうか。
 それともレストラン?
 この建物が、店舗をやめてから普通の住居になったいきさつなどは、通りすがりの私などが知るよしもない。

店1

 ▼どんづまりの運河。
 「とりあえず、ここまで来たけれど、さてどうするか…」
 浮かんでいる船も、よどんだ水も、お互いにそうつぶやいているように見える。

運河ー1

 ▼観光屋形船のささやかな出港地。
 水の上を、豆腐屋の吹き鳴らすラッパの音が渡っていく。
 屋形船は、予約が入るまで休業。

運河ー2

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

アラモ

《 昔の映画の現代的鑑賞法 歴史編7 》
「アラモ」


アラモパンフ表紙

 アラモ。
 キャンピングカーに興味のある方は、AtoZさんのキャブコン 「アラモ」 の方がなじみ深いかもしれない。
 しかし、これはアメリカ人にとっては、「関が原」 とか 「川中島」、「桶狭間」 という単語と同じように、歴史的ヒーローたちがかつて激闘を繰り広げた場所として、誰の脳裏にも刻み込まれている地名らしい。

 今のテキサス州が、かつてメキシコ領だった時代、そこに住んでいたアメリカ系住民が独立戦争を起こし、崩れた教会に立てこもってメキシコ正規軍と戦った場所がアラモである。

アラモ・サンタアナ軍

 このテーマは、アメリカでは何度か映画化され、最近では2004年に制作されたものもある。
 しかし、ここで紹介するのは、1960年に制作されたジョン・ウェイン監督・主演の 「アラモ」 だ。
 ま、いちばん有名で、評判も良かったものである。

アラモDVD

 実は、子供の頃、これをリアルタイムで見ている。
 スペクタクルシーンの連続で、とにかく興奮のしっぱなし。
 映画が終わって歩き出したとき、頭に血が昇って、足がふらついた記憶がある。
 
 もちろん、最近のCGを多用した戦闘シーンに比べると、その迫力は及ぶべくもない。
 しかし、人的資源を思いっきり投入した映画独特の贅沢感もある。
 それが、かえって現代の映画よりも、今見ると新鮮に感じられる。

アラモ砦突入

 戦闘シーンが延々と続いた映画だったような印象があったが、意外と戦闘に入る前のドラマの方が長い映画だった。
 惜しむらくは、DVDではカットされている部分があることだ。メキシコ軍が奏でる有名な演奏 「皆殺しの歌」 が、どこにも挿入されていなかった。
 他にもカットされた部分があるのかもしれない。すごく残念。

 映画は、いかにも1960年という時代を物語るつくりになっている。
 太平洋戦争に勝って15年。世界の盟主となったアメリカの自信に溢れた気持ちを、如実に語るような映画だ。

 この頃、まだベトナム戦争は始まっていない。
 ゆえにアメリカは、敗者の惨めさも知らない。
 この映画で描かれるアメリカ人は、陥落することが分かっているアラモ砦に立てこもって、味方の最終的な勝利を疑うことなく、みんな明るく死んでいく。

アラモ1

 戦いを前にして、砦の司令官を務めるトラヴィス大佐は、メキシコの“独裁者”サンタ・アナの暴政を許してはならないと、戦いに参加した義勇兵たちに訴える。
 そして、主人公のデビー・クロケット (ジョン・ウェイン) は、自由のための戦いは、正義のための戦いだとみんなに説く。

 当時のアメリカ人の考える 「正義」 、「自由」 、「平等」 が無邪気なまでにストレートに語られるのを見るのは、9・11以降のアメリカ人の反応を見た今となってはチトつらい。

 そういう意味では、なんともイデオロギッシュな映画なのだが、そのクサい説教を、あっけらかんと明るく言ってのけてしまうのがアメリカ人。
  しかも粋に。 
 ジョン・ウェインが説く正義は、(本人は真面目なのかもしれないが)、どこかジョークを言っているような軽さもあって、けっこう許せてしまう。

 ストーリーの核となるところは、戦略・戦術の違いをめぐって、正規軍教育を受けたトラヴィス大佐と、民兵出身のジム・ボウイ大佐がことごとく対立するところにある。
 その2人の間に、ジョン・ウェイン演じるデビー・クロケットが割って入り、対立を協調に変えていく。

 最後は、みんな一致団結して戦い、ヒロイックな高揚感と悲壮感の中で死んでいく。
 実に古典的な、男のドラマの定型パターンである。

 そういう定型パターンに流れていくのだろうな…というところが、トラヴィスとジム・ボウイが激しく対立しているシーンが映し出されているときに、もう読めてしまう。
 要は、典型的な 「予定調和型ストーリー」 なのだが、そのような予定調和が、けっこう男の涙腺をゆるめてしまうことまで計算されている。

アラモジャケ

 まさに、「ドラマはこうつくれば面白くなる」 という公理をそのままなぞったような映画で、そういった意味で、この 『アラモ』 は、観客を予定調和的な感動に導いていくハリウッド的な映画づくりの、代表例かもしれない。

 やがてベトナム戦争が始まり、アメリカの正義が徐々に揺らいでいくにしたがって、このような 「予定調和的な感動」 に欺瞞を感じる声も高まっていく。
 そして、そういう声を背景に、アメリカン・ニューシネマが台頭していく。

 もちろん、この映画をつくったときのジョン・ウェインは、それを知るよしもない。
 デビー・クロケットを演じるジョン・ウェインは、アメリカ映画の変貌が足元に迫っていることなど想像することもなく、「正義の伝道師」 としての無邪気な笑みを浮かべている。

 その正義が、少し滑稽な、哀しい傲慢さをたたえてものであったとしても、この映画が、1960年代の映画を代表する傑作のひとつであることには変わりない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 04:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

お前もタッグかよ

 ファッションというのが、私には、今ひとつよく分からない。
 概して、着る物に無頓着な性格である。

 流行にもオンチ。
 ここ10年ほど、1年中同じ格好をしている。
 夏は、半袖のポロシャツにチノパンツ。
 冬は、長袖のポロシャツにチノパンツ。

 他のものを探すのが面倒なのだ。
 その代わり、種類だけは豊富に持っている。
 それをとっかえひっかえ、回しながら着ている。
 
 友人の一人はこう言う。
 「お前、まだタッグの入ったパンツなんか履いているのかよ」

 そういう友人は、私と同じ年なのに、やたら若者ファッショにうるさい。
 よく見ると、そいつの履いているのはジーンズ。
 それも、お尻のポケットに刺繍みたいなものが入っている。
 
 …そういえば、最近みんなそんなジーンズ履いているな…
 私の認識はそんな程度だ。

 そいつに言わせると、今どきタッグの入ったパンツなんて流行らないのだそうだ。
 だいたい、そういう言い方も、私には遠いところから聞こえる言葉のように感じられる。
 私にとっては、ズボンはズボン。
 パンツでもスラックスでもなく、ズボンなのだ。

 ブランドというものにも、無頓着。
 それでいて、「商品がブランドとして機能するための条件とは何か」
 なんていう、抽象的な商品論なんかを語るのは得意。

 そんな風に人を騙してきたけれど、本人はヴィトンもロエベもダンヒルもよく分かっていない。

 一時だけ、ファッションもテーマの一つとなった、ダンディズムに関した単行本を担当したことがある。
 そのときだけは、必死になって、ラルフ・ローレン、ポール・スチュワート、ブルックス・ブラザースなどを研究した。
 うんちくを語れるのはそれくらいで、それ以外のことは、ほとんど何も分からない。
 しかも、興味がない。

 得意のチノパンツも、その頃集中的に集めたものばかりで、それ以降は、新しいものを買っていない。

 だから、10本ほどあるパンツも、その8本はファスナーがいかれている。
 洗濯を繰り返しているうちに、みな取っ手のところが取れてしまったのだ。

 で、どうしているかというと、事務用のクリップをファスナーの取っ手の代わりに差し込んで、それを上下させている。

 ま、人に見られるところでもないから、それでいいか…とタカをくくっていたのだが、見ていないはずのところを、カミさんはしっかりチェックしている。

 「あなた、ボーナスも出たことだし、ひとつ新しいチノパンツでも買ったら」
 というので、面倒くさいが一緒にデパートに買いに行った。

 いろいろ探したが、今まで履いていたようなチノパンツは、もう商品の種類も少なくなって、現品かぎりのような状態になっているらしい。
 その現品かぎりは、メタボ腹の私に、当然合うはずもない。

 店員がいろいろ見せてくれる最近のパンツは、みな私の趣味に合わない。
 
 「主人は、タッグの入った昔風のズボンが好きなんですが」
 なんて、カミさんが、さも“分かった”風に、店員に説明している。

 …おめぇもタッグかよ!
 タッグって、何のことだよ?
 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

07キャンプ白書

 日本のオートキャンプは、はたして盛んになっているのか、それとも衰退しているのか。
 とても関心を引くところですが、それを伝える 『オートキャンプ白書2007』 の発表会が、昨日開かれました。

協会白書発表会

 この白書は、社団法人日本オート・キャンプ協会さんが毎年発行されるもので、今年で22版目。
 私は、この白書の発表会が開かれるときは、毎年必ず参加させてもらっていましたが、ここ数年は、実は悲しい報告が続いていました。

 日本のオートキャンプの参加人口は、1996年がピーク。
 翌年の1997年には、1375万人というキャンプ人口を記録し、これからはオートキャンプが国民的なレジャーのトップに登る可能性があると、大いに期待されたものでした。

 ところが、その後の長期的な不況、少子化傾向などの影響を受け、キャンプ人口は年々減少。
 2005年には、最盛期の半数にも近い740万人まで下がってしまいました。
 この減少傾向はどこまで続くのか、関係者は大いに気をもんでいたわけです。
 
 ところが、白書がまとめた昨年の06年のデータによると、ついにこの傾向に歯止めがかかったようです。
 06年の推定オートキャンプ人口は、05年のデータと変らぬ740万人でしたが、これは9年連続して減少していた人口が、ようやく持ち直す気配を示したということになります。

 オート・キャンプ協会さんは、これを 「持続的成長の始まり」 と捉え、再び日本の新しいオートキャンプ文化が芽生える兆候と位置付けています。

campjyo

《ベテランキャンパーの増加》

 日本のオートキャンプの様子が変り始めたことを示す、いくつかの兆候も現れています。
 キャンパーの平均的な年齢構成では、30代~40代が中心で、その平均年齢は39.2歳。
 このデータそのものには、さほどの変化はないのですが、キャンプの経験年数を調べたところ、オートキャンプを10年以上続けているベテランキャンパーが年々増加し、06年度では、前年比の6.7ポイントという大幅な上昇率を示したとか。

 日本のオートキャンプは、子育て世代によって支えられ、子育てが終わるとキャンプも卒業する人が多かったのですが、子育てが終わってからも、継続的にキャンプを行う人が増えてきたということなんですね。

《キャンプ場を助けるのはキャンピングカー?》

 さらに、キャンピングカーに興味を持つ方々には、面白いデータが出てきました。
 1年のうちに何回キャンプに出かけるかという調査では、全体の平均回数は3.9回。
 ところが、キャンピングカーを持っている人々の平均回数は、9.6回。
 なんと、テント主体のキャンパーの2.5倍というデータが出てきました。
 
 同じように、年間の延べ泊数で調べると、平均延べ泊数は5.6泊。
 ところが、これもキャンピングカーユーザーの場合は、14.2泊。
 やはり、テントキャンパーの2.5倍という数値となります。

 キャンプ場のオーナーさんたちの中には、「キャンピングカーのお客さんは、雨の日でもキャンセルせずに来てくれる人が多いので、キャンプ場にとっては大助かり」 という方もいらっしゃいます。

 やはり、キャンピングカーは、多少天候が悪くても、アウトドアライフを楽しむための許容範囲が広いことを実証しているのかもしれません。

 こういうデータが浸透していくと、今まで以上に、キャンピングカーを優遇してくれるキャンプ場さんも増えてくるような気もします。

《キャンピングカーはまだ少数派》

 ところで、実際にキャンプ場に足を運んでいるキャンピングカーの数は増えているのか。
 残念ながら、いまだキャンピングカーはキャンプ場では少数派のようです。
 一番多いのは、ワンボックスカー (42.4%) 、次がステーションワゴン (25.9%) 、3番目はオフロード型SUV (16.2%) 。キャンピングカーは4番目で、わずか5%です。
 
 ただし、年齢層が高くなるに従って、キャンピングカーの来場者の比率は高くなり、今後は、シニア層を中心に、キャンプ場を利用するキャンピングカーユーザーが増えていくことが予想されるそうです。
  
《ペット否定派は73.9%》

 面白いのは、ペットに対する意識。
 キャンプにペットを連れて行かないと答えた人は、全体の78.7%。
 ペット連れは、わずか12.0%でした。
 
 また、「ペットはいない」 と答えた人の中で、「キャンプ場はペット禁止でもいい」 と答え人は43.2%。 「禁止もやむを得ない」 と答えた人は、30.7%。合わせて、73.9%の人が 「ペット同伴には否定的」 というデータが出てきました。

 これは、日本RV協会さんがまとめた 『キャンピングカー白書』 のデートとはかなり様相が変っています。
 やはり、30代~40代のテントキャンプを楽しんでおられるキャンパーは、ペットよりは子育てという意識の方が強いのでしょうね。

 では、キャンプ場側の対応はどうなっているのでしょうか。
 全国的に見ると、ペットOKのキャンプ場は、62.7%。それに対し、ペット禁止のキャンプ場は35.7%。
 概して、ペット禁止のキャンプ場は、公営キャンプ場が中心となっているようです。

 それに対して、民間のオーナー経営のキャンプ場では95.1%のキャンプ場が 「ペットOK」 を打ち出しており、民間の企業経営のキャンプ場でも 82.9%がペットの持ち込みを歓迎しています。
 ペットの受け入れに関しては、公営と民営の差がはっきり出たようです。

塔の岩クッキー1

 そのほか、白書にはまださまざまな面白いデータが満載されています。
 詳しくは、 (社)日本オート・キャンプ協会さんへお尋ねください。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:33 | コメント(3)| トラックバック(0)

ほら、ホラーだよ

 韓国製ホラー映画の 『黒い家』 (シン・テラ監督/ファン・ジョンミン主演) が大ヒットしているらしい。
 原作は、日本人の貴志祐介さん。

黒い家

 日本でも、過去に映画化されたらしいが、私は映画は観ていない。
 しかし、この原作は確かに傑作だった。
 貴志祐介さんの小説は、長いものでも、ほとんど1日~2日で読めてしまう。
 文字量が少ないからではない。
 一度読み始めたら、もう止まらないからだ。
 電車の中で読み始めると、目的駅に着いてからも、ついベンチに座って読んでしまうし、家で読めば、睡眠時間を削ってまで読んでしまう。
 それだけ面白い。

 寡作な作家だが、出ているものは、どれを読んでも満足できる。
 厳密な意味で、ホラーといえるのは 『13人目のペルソナ ISOLA』 ぐらいかもしれない。 『黒い家』 と 『クリムゾンの迷宮』 は奇想天外な話ながら、心霊現象などを扱った話ではない。

 合理主義と科学が隅々にまで浸透しているはずの現代社会でも、もしかしたら有りうる話だ、と思わせるところが、この作家の凄さだ。

 私がいちばん怖かったのは 『天使の囀(さえず)り』 。

天使の囀り

 頭の中で、「天使が囀っているような音」 を聞く人たちの話だ。
 その囀りが聞こえ始めると、どんなうつ状態に陥った人でも多幸感が生まれ、人生をポジティブに生き抜こうと決意するようになる。
 しかし、それも長く続かず、最後は、自分が最も恐れていたものに、逆に魅入られるようにして死んでいく。

 とにかく怖かった。
 心理的な怖さというよりも、もっと人間の原始的な本能をジクジクと痛めつけるような、生理的な怖さである。

 解説にも書いてあったが、ホラーなのか、SFなのか、サイコサスペンスなのか、途中まで読者にまったくジャンルを特定させないところが面白い。
 テーマはギリシャ神話や聖書などの世界にまで及び、一転して精神医学の領域に入る。
 さらには遺伝子工学、生物学にまで展開していく。

 もちろん話半ばで、ネタが割れるわけだが、そこからがもっと怖い。
 たいていのホラー・サスペンス系小説は、ネタ割れした段階で、作りモノめいた印象が生じてしまうのだが、この小説は、
 「人間の知らないところで、密かに、そういう現実が進行しているかもしれない」
 と、思わせる力を持っている。

 基本的にどの小説も、人間が人間でなくなっていくという設定が多い。
 人間が人間を超えるものとなったら、それは何なのか。
 超能力者か、鬼か、怪物か。
 そういう、言い古されたジャンル分けに入らない何物かになる。

 読者は、今まで見たことも、読んだこともない、新しい生命体に触れる恐怖と感動を味わうはずだ。 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

背伸びする時

 ボーナスが入り、カミさんからもらえる臨時収入もあって、最近ちょくちょく飲みに出ている。
 といっても、臆病な私は、意気高揚してワァーっと盛り上っても、最高5,000円止まりぐらいの店だ。

 元来、独りでいるのが苦にならない。
 熱燗で独り鍋。
 コークハイで独りピザ。
 焼酎で独りヤッコ…なんてのが得意。

 会社の帰りに、いつもの立ち飲みの店に。
 アジア杯の日本vsカタール戦などをテレビで見ながら、ホッケをつまむ。

 日本サイドにボールが回って、シュートが打たれるたびに、お客がワァーッと盛り上る。
 けれど、次の一瞬、もうみんな反対側を向いて、
 「祭りの時の大太鼓はさぁ…」
 なんて、そっけないところが、なんともゆるーくて、無責任で、居心地が良い。

 時間が早いので、もう一軒。
 こちらもなじみの焼酎の店。
 カウンターに8人座れば満席になるような小さい店で、客層の平均年齢がぐっと高くなる。
 レイ・チャールズのベスト盤がかかっている。

 それを聞きながら、「レイ・チャールズの弾くピアノは、ジャズの奏法から解き放たれて、ゴスペルの音が混じっているところが、新鮮だったよね」
 …なんて、会話がゆるやかに進んでいく。

飲み屋の灯り

 カミさんと愛人の両方に愛されながら、どちらも傷つけずに元のサヤに納めるのは、どうしたらいいのか…というような話題から、ゲーリー・クーパーの例が挙げられて、映画の話になった。
 
 ゲーリー・クーパーが外人部隊に扮した映画で 『ポージェスト』 などというタイトル名が挙がってくる。
 1950年代ぐらいの映画だろうか。
 ついていくのに必死だ。

 「伊藤雄之助っていう役者は、元は何をやっていたか、ご存知ですか?」
 と尋ねられても、その伊藤雄之助という役者の顔を思い浮かべるのが精一杯。
 「彼は、歌舞伎の女形 (おやま) 出身なんですな」
 映画通で知られる“先生”と呼ばれるおじいさんが、楽しそうに笑う。

 いつも良い子に見られたい私は、必死になって、
 「なるほど。彼は顔がうりざね形だから、女形も合うんですね」
 などと、冷や汗かきかき話を合わせる。
 自分がかろうじて思い出した伊藤雄之助の顔が違っていたら、恥をかくところだが、なんとかセーフだったようだ。

 「ほぉ、うりざね形なんて、また古風な表現をご存知の御仁ですな」
 “先生”がうれしそうに笑う。

 私は、こういう年配の人々のうんちく話や衒学趣味の話を聞くのが好きである。
 そのときに、なんとか話を合わせようと、必死こいて背伸びする自分も好きだ。

 自分より10歳以上も上の世代が、元気に、昔見た映画の話なんかをしてくれるとうれしい。

 自分でブログを始めて、よく分かるのだが、飲み屋に行かなくなった。
 話し相手を求めて、飲み屋に顔を出さずとも、今はコメントやメールを手がかりに、旧知の人や未知の人々と楽しく語り合うことができる。

 でも、パソコンで接することのできる人々の年齢層は限られている。
 私より、10歳ぐらい上の人々になると、パソコンを通じてコミュニケーションを図ろうとする人々の数はぐっと少なくなる。

 背伸びすることを楽しむためには、やっぱ飲み屋に顔を出すのもいい。

  
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:32 | コメント(2)| トラックバック(0)

日記

 9:40頃起床。10年来抱えているちょっとした法律問題の相談のために、カミさんと一緒に、都心にいる知り合いを訪ねる。
 電車と地下鉄を乗り継いで、昼過ぎに目的地へ。

 書類を受け取っただけなので、用事はすぐに終わり、ぽっかり午後の時間が空く。
 めったに来ることもない土地なので、ぶらぶらと散歩。

壁の木の陰

 不思議な街だ。
 しもた屋風の古風な商店があるかと思えば、今風の装いを帯びたオープンカフェが並んでいる。
 歩道に面したいちばん外側の席は、見事に外国人のカップルやファミリーで占められている。

 そうかと思うと、路地裏に置かれたベンチでは、腰が曲がったようなオバアさんたちが、笑いながら井戸端会議の真っ最中。

 和と洋、過去と現在が面白い融合を見せている。
 同じ東京でも、オレたちの住んでいる町とは、ずいぶん違うものだと、カミさんと語り合う。

 30年ぐらい変らぬたたずまいで営業しているようなおもちゃ屋があったので、気まぐれに入る。
 こういう店には、時々トミカの絶版車が置いてあったりするのだが、さすがに、ここにはなし。
 光岡自動車の 「おろち」 を1台買って店を出る。
 
 オープンカフェに入って、スパゲティを食べている外国人の青年たちの隣りに座り、コーヒーを頼んで、テーブルの上で 「おろち」 を走らせる。

 店を出て、近くの公園まで歩く。
 子供たちが、池に手製の釣り糸を垂れている。
 「何が釣れるんだろう」
 とつぶやくと、釣っていた子供の一人が、聞きもしないのに、大きな声で
 「ザリガニと海老!」
 と答えてくれた。

 スルメで釣るのだそうだ。
 その子が得意そうに、釣ったばかりの車海老ほどの大きなザリガニを見せてくれた。
 「すごいねぇ」
 と小さな漁師にあいさつを返し、公園の坂を登る。

 広場で、10人ほどの小学生がサッカーに興じている。
 外国人の子供が混ざっている。
 金色の長髪をなびかせた、目を見張るような美少年が、機敏な足さばきでボールを蹴る。
 負けじと、坊主頭の日本人の子供がそれを蹴り返す。
 「グッドジョッブ!」
 コーチ役を引き受けている外国人のお父さんが、激励を飛ばす。
 
 ベンチに座って、しばらくその情景を見つめる。
 サッカーのことは分からないのだが、小僧たちのボールさばきは実に洗練されているように見える。
 「Jリーグの将来にも希望がありそうね」
 カミさんがつぶやく。

 芝生広場まで歩くと、クラシックギターを練習している青年がいた。
 またまた一休みのつもりで、青年のベンチの隣りに腰掛け、煙草を一本ふかす。
 「観客」 を意識したのか、譜面を見ながら練習していた青年が、今度は譜面にも目を通さずに、見事に美しいトレメロを奏で始める。
 有名なギター曲なのだが、曲名が思い出せない。
 
 芝生では、小さなビニールシートをたたんで、ささやかなピクニックを終えたカップルが去っていく。

 煙草を吸い終えて灰皿に落し、いっときのBGMを提供してくれた青年にあいさつを送る。
 笑顔を返してくれた青年の歯が、午後の澄んだ空気の中で白く光った。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

TACOSな人

 TACOS (タコス) の田代さんと知り合って、もう12~13年。
 東京・国立にあった 「グローバル東京支社」 の頃からお付き合いさせていただいている。

 最初のキャンピングカーであるギャラクシーⅢは、この田代さんの 「グローバル東京支社」 から買ったものだ。

TACOS田代氏

 出会ったときから不思議な人だった。
 クルマを売ろうとしない。

 当時、私の会社で出していたキャンプ情報紙である 『キャンパーニュース』 の名刺を最初に差し出したからかもしれない。
 取材に来た人だと思ったのだろう。

 グローバルの新車について尋ねても、いわゆるセールストークというものをしない。
 「ギャラクシーのお客さんって、けっこう自動車好きの人が多いんですよ。キャンパーに関しても詳しい人が多いから、よけいな説明をしなくていいので、助かります」
 なんて、そっけないのだ。

 その代わり、音楽の話などをしだすと止まらない。
 カントリー&ウエスタンと、ブルースが好き。
 仕事を終えると、毎晩のように、近所のカントリーソングを聞かせる店に飲みに行ってしまう。

 ある雨の日に遊びに行ったら、テーブルの上にブルースハープを2~3個置き、その音を調整している最中だった。
 「ねぇ、町田さん、こっちのハープの“ド”の音と、こっちのハープの“ド”を聞き比べて、どっちが高いと思います?」
 なんて言いながら、吹き鳴らす。
 
 私は、ギターぐらいしか手に取ったことがないので、ハープの微妙な音の差異など分かるよしもない。

 「では一曲」
 と、田代さんはチューニングの終わったハープを口にくわえる。

 「ガット・マイ・モージョ・ワーキン」 だったか、
 「ハウンド・ドッグ」 だったか。

 べらぼーにうまくて、雰囲気が出ている。
 なじみのカントリーソングを聞かせる店で、そのステージに立つための練習をしているところだったようだ。

 何回目かに遊びに行ったときに、
 「ねぇ、田代さん、クルマを買いたいんだけど」
 と私は言った。

 ポカンとしている。
 「え、そうなの? 何が欲しいんですか?」
 ようやくお客さんという目で見てくれた表情だった。
 

 TACASクラブのユーザーミーティングは楽しい。
 いいオーナーには、いいお客さんが集まるという代表例のひとつに思う。

 プロのミュージシャンを招いて、ライブをやることもある。
 その演奏をバックに、田代さんが歌う 「ジョージア・オン・マイ・マインド」 は最高だ。

 私も一度、彼の隣りに立って、「スタンド・バイ・ミー」 を歌わせてもらったことがある。
 いい中年たちが、それに合わせ、テントの前でディスコよろしく踊りだす。
 なんとも素晴らしいイベントが展開する。

 その田代さんが、このほど3輪バイクを売り出すというので、久しぶりに訪ねてみた。
 小さいショップなのだが、トーテムポールのディスプレイ、お洒落なログのオフィスなど、TACOSらしい雰囲気がにじみ出ていて、いつも楽しい。

タコス全景 TACOSオフィス

 このたび扱うのは中国から仕入れた 「FOTON」。
 エンジンは4サイクル、110CC。ギヤは前進4段、後退1段。
 表示価格は 「39万円」 と出ていたが、最終的なセッティングにまだ至らないようで、価格もいわば 「予価」。

FOTON1 FOTON2

 オリジナルの荷台のところを改良して、より実用性とファッション性を高めた 「アメリカンタイプ」 という仕様がお勧め。

 将来的には、この荷台部分に改良を加え、フォールディングトレーラーのように、テント部分が拡張するようなシステムを組み込んで、簡易3輪キャンピングカーに育てて行く計画もあるとか。

 グローバル車をベースに、遊びのギアを積み込める数々のオリジナルキャンピングカー 「タコス仕様」 を開発してきた人である。
 きっと、面白い3輪バイクに成長していくに違いない。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 03:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

第七の封印

《 昔の映画の現代的鑑賞法 歴史編6 》
「 第七の封印 」


 イングマール・ベルイマンが1957年に撮った 『第七の封印』 は、公開当時から難解であるという批評が多かった。

第7封印DVD

 当時、芸術好きの知識人たちが、さまざまな解釈や議論を展開したらしいが、私は、そういう文献を見たことがないので、何がどのように論じられたかは分からない。

 ただ、今回初めてDVDを観て、自分なりの解釈を主張したくなる人がいっぱい出そうな映画だということは分かった。

 謎めいたシーンがたくさんあり、その謎が解明されないまま終わる。
 脳細胞がチクチクと刺激されるような映画なのだ。

《死神にチェスを挑む》

 舞台はペストが流行し、魔女裁判が横行する、恐怖と狂気に彩られた中世ヨーロッパ。
 そのヨーロッパ大陸を横断して、異国の戦場から帰ってきた十字軍の騎士 (マックス・フォンシドー) が、祖国のスウェーデンに向かって旅していく。

 荒涼とした海辺で、騎士は死神と出会う。
 その死神の口から、彼は、自分の寿命がここで尽きようとしていることを知らされる。

 しかし、まだ死にたくなかったその騎士は、命の延命を賭けて、死神にチェスを挑む。
 世紀末的なデカダンスに満ちた、メランコリックな幻想美に彩られた情景だ。

 海岸にすっくと立つ、黒衣の死神。
 顔の部分だけが、白骨のように白く輝いている。

第七封印死神

 白と黒は、万国に共通した葬儀の色だけに、その演出だけで禍々 (まがまが) しさが伝わってくる。

 死神が、白と黒に色分けられたチェス盤の前に座る。

 死神が手にしたのは黒いコマ。
 騎士が操るのは白いコマ。

 盤状で繰り広げられる黒と白のせめぎ合いは、同時に、死の影が濃さを増すのか、生の力が盛り返すのかという、人間の 「生命力」 のアナロジーともなっている。

 騎士が自分の延命を願うのは、死の恐怖から逃れるためではない。

 「神はなぜ沈黙しているのか」
 その理由を知りたいがためだ。

 彼が死を賭して戦った聖地エルサレムでは、無意味な殺戮がたくさん行われ、十字軍の掲げた理想とはほど遠い、私利私欲にまみれた略奪が横行した。

 ヨーロッパに戻れば、今度は疫病によって、罪もない人々が大量に死んでいく (なにしろヨーロッパの全人口の1/3がペストで死んだという)。
 この悲惨な人間界の状況は、はたして神が望んだものなのか?
 神が与えた試練なのか?
 騎士は、その答えが得られぬうちは、死ねない、と思っているようだ。

 そのため、彼は、「悪魔と通じた」 という理由で火刑に処せられる少女にも近づいていって問う。
 「教えてくれ。悪魔はどこだ? 悪魔なら神の居所を知っているはずだ。悪魔はどこにいる?」

 こういう問には、誰も答えられない。
 火刑に処せられる少女に分かるはずもなく、死神ですら答に窮す。

《神はどこにいる?》

 牧師の子として生まれ、厳格な父親に反抗しながら信仰を模索した監督のベルイマンにとって、「神はどこにいる?」 というテーマは切実なものだったと聞く。

 しかし、ここでベルイマンが描きたかったのは、神の存否を問うという哲学問答ではなく、人々が真剣に神の存否を問わねばならないほど“もの悲しい”時代だった 「中世」 そのものだったと思える。

 村の外に一歩出れば、疫病や飢餓のために死んでいった人間の死体がどこにでも転がっている。
 座ったまま死んでしまった主人の前で、やせこけた犬が、じっと主人が眠りから覚めるのを待っている。

 町の酒場では、お客同士のヒソヒソ話が続けられる。
 「隣りの町では、牛の頭をした赤子が生まれたらしい」
 「別の村では、太陽が四つも出てきて、夜になっても沈まなかったそうだ」
 
 町の広場には、重い十字架を背負いながら、自らの体をムチ打つ狂信者たちがさまよい歩いている。
 「最後の審判」 が間近に迫っていると信じられた時代。
 彼らは、自分の体を傷つけることによって罪をあがない、世界が終末を迎えたときに、神の許しを得ようとしているのだ。

 ここに描かれるのは、そのような、「神の裁きと死」 がどっかりと腰をすえている世界なのだが、なぜか、不思議な明るさがある。
 
 黒衣に身を包み、顔だけ白塗りした死神は、よく見ると、ひょうきんな顔をしている。
 死神に寿命を宣告された騎士は、笑顔で死神を迎えて、チェスを挑む。

 騎士に従っている従者は、死体の転がる荒野を旅しながら、卑わいな歌を歌うことをやめようとしない。

 狂信者たちの行列を目にした庶民は、彼らの信仰心に畏怖を感じて涙を流したすぐ後に、旅芸人たちの余興に、たわいもなく笑い転げる。

《死者たちのピクニック》

 最後のシーンは、騎士やその従者、そして途中で知り合った同行者たちが、死神に手を引かれたまま、丘の上を踊りながら去っていく映像で終わる。

 もちろん、それは、死神の宣告どおり、騎士たちがあの世に旅発っていったことを暗示している。

 死神を先頭にした 「死者たち」 の行進は、悲惨でありながら、どこかピクニックに向かう人たちのように、のどかだ。

 何を言いたい映画なのか。

 神の存否を問い続けた騎士の姿に、ヨーロッパ知識階級の寓意を読み取ることも可能かもしれない。おそらくこの映画は、そういうことを語りたがる知識人たちを魅了したのだ。

 しかし、そのような哲学的な解釈は、無用なような気もする。

 われわれが、実体験することのできないヨーロッパ中世の旅。
 その時代を生きた人々の眼差しそのままに眺められた風景。
 この映画には、それがどんなものであったかを想像するヒントがたくさん散りばめられている。

 それだけで、この映画の使命は十分に果たされているように思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

音楽は泥臭く

 アメリカ黒人の音楽は、どんなに素朴だろうが、哀切感に溢れようが、基本的に 「都市の音楽」 だと思っている。
 それは、彼らの歴史に負うところが大きいように感じる。

 19世紀から20世紀のはじめにかけて、田舎で奴隷のように働いていた黒人動労者が、都市に逃れることによって、(少しだけ) 自由になれたという、あの都市への渇望が、ブルースからR&Bへつながる黒人音楽のベースとなっている。

 彼らの音楽が、完全に 「都市」 を掌握したのは、70年代に入ってからだ。
 スタイリスティックス、オージェイズ、カーティス・メイフィールド、ダニー・ハサウェイなどがつくり出したソウル・ミュージックは、都市の主役に登りつめた黒人たちの自信がみなぎったような音となった。

カーティス・super

 彼らのつくり出した音楽は、ゲットーの少し危険な香りが漂うディスコで聞いても、震えるくらいにカッコいいし、窓の外に摩天楼のネオンがきらめく部屋で聞いても似合う。
 洒落た洋酒のボトルが並ぶバーカウンターで聞けば、女を口説きたくなるし、ゴージャスな調度に彩られたベッドルームで恋人と聞けば、もう至福の時が得られるようになっている。

 それに比べると、同じ時代のアメリカ白人系ロックは、道ばたに舞い上がるホコリの匂いがする。
 オールマン・ブラザーズ・バンドなどは、ヒット曲ばかり集めたベスト盤といえども、どうしようもなく泥臭い。
 CCRなども、当時のソウルミュージックが極めたストリングスを多用した緻密なサウンドに比べると、あまりもの音のスカスカさ加減にびっくりする。

 しかし、次第にそういう音の方が、好きになっていった時期があった。
 それは、自動車免許の取得と重なっている。

 考えてみれば、ソウルミュージックに凝っていた時代は、クルマというものを知らなかった。
 音楽とは、自室にこもってFENで音楽ソースを仕入れ、コーヒーを飲みながら聞くものだと思っていた。
 あるいは、福生基地周辺の黒人がたまり場とするスナックで、ジュークボックスから流れる音として聞く。
 
 もともと、R&Bそのものがダンス音楽として発展してきたものだから、密閉された空間で聞くことに違和感がない。
 その祝祭的な空間で、同じ音を共有し合う者同士がぶつかり合い、笑い合い、語り合う。
 自分にとってのソウルミュージックとは、そういう音楽だった。

 しかし、免許を取得して、自分でクルマを転がすようになると、求める音が変った。
 ダンスを前提とするR&Bは、体の上下動にはぴったり合うが、道路を水平に移動していくときには、しっくりこない。

 ところが、オールマン・ブラザーズ・バンドの 「エリザベスリードの思い出」、 「ジェシカ」、 「ハイフォールズ」 などといったインスト曲、あるいは、ドゥービー・ブラザーズの 「ロング・トレイン・ラニング」 などは、実にクルマの疾走感とシンクロする。

オールマンフィルモア

 ディープパープルの 「ハイウェイスター」 などは、クルマを知る前は大嫌いな曲だったが、運転しながら聞いてみて、初めてその狙いが分かった。

 白人のロックが、エンジン付きの乗り物と相性がいいことは、70年代の 『イージーライダー』 が証明している。
 アメリカの荒野を走るモーターサイクルの疾走感を表現するためにつくられたのではないかと思えるステッペンウルフの 「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」 などは、その代表例だ。
 あの映画のなかでは、ザ・バンドが演奏するミディアム・テンポの 「ウェイト」 でさえも、モーターサイクルの疾走感をものの見事に捉えていた。

 オールマン・ブラザーズ・バンドの名を高らしめた天才ギタリストのデュアン・オールマンは、モーターサイクルで疾走中、事故によって26歳の生涯を閉じた。
 デュアン・オールマンの音楽が、エンジン付きのマシンで疾走する時の躍動感を表現しているのは、多分、彼がオートバイが好きだったからだろう。
 
 20代の自分は、そういうサザン・ロックに酔いしれながら、ハイウェイを疾走することが唯一の趣味の、暴走青年だった。


 ところが、乗るクルマが乗用車からキャンピングカーになって、また音楽の趣味が変った。
 同じ白人系の音でも、もっとダルでレイジーなものが良くなってきたのである。
 たとえば、ライ・クーダーの 『ロングライダース』 のサントラ。
 そのテーマ曲が持つ“間抜けな陽気さ”と、ノスタルジックな哀切感が、妙に心になじんできた。

ロング

 劇中のダンスシーンに使われる 「セニカ・スクエア・ダンス」 や 「コール・ヤンガー・ポルカ」 などは、まったく昔のフォークダンスの伴奏曲なのだが、それがなんともいえずに心地よい。
 それを機に、ライ・クーダーは 『チキン・スキン・ミュージック』 と 『紫の峡谷』 を立て続けに買った。

 オールマン・ブラザーズ・バンドでも、天才ギタリストといわれたデュアン・オールマンが死んでからのアルバムの方が好きになった。

 弟のグレッグ・オールマンがリーダーを務める 『レイドバック』 や 『ウィン・ルーズ・オア・ロスト』 などの音楽ソースは、キャンピングカーの旅では必ず携帯する。
 グレッグ・オールマンの眠たげなボーカル。
 ディッキー・ベッツの田舎くさいのどかなギター。
 そういうルーズなサウンドを聞きながら、キャンプ場を求めて、畑の見える田舎道をトロトロ走っていると、妙に癒される。

 東京・国立にあるカントリーソングのバーで、そこに出ていたバンドのマスターが、演奏の合間に話していたことが印象に残っている。

 アメリカの大衆音楽ほど、「ロンリー」 とか 「ロンサム」 などという言葉が多用される音楽はないのだそうだ。
 アメリカに渡った頃のヨーロッパ人というのは、歴代のヨーロッパ民族のなかでも、いちばん寂しい風景を見てしまった人たちだという。
 
 そういわれてみれば、確かにアメリカ内陸部の風景は寂しい。
 西部劇に登場する風景は、馬に乗ったカウボーイかインディアンが現れてこなければ、月の世界か、火星の世界。生き物の気配がない土地である。

 アメリカ人は、そういう大地を旅しなければ生きる糧が得られなかったヨーロッパの食いつめ者たちだったそうだ。
 だから、逆に、子犬がじゃれ付くような、無邪気さ。「お互いにさびしいね」 と、老人同士が肩を組んで笑いあうような陽気さが生まれる。
 
 カントリーやフォークロックに現れる臆面もない明るさというのは、彼らのセンチメンタリズムの裏っ返しかもしれない。
 彼らは、「寂しさ」 をヨーロッパ知識人のような教養ではなく、体感として感じ取った。
 それが、「ロンリー」 とか 「ロンサム」 をストレートに口にするセンチメンタリズムにつながっていく。

 ライ・クーダーやニール・ヤング、バンドなどの音には、そういう北米民族が持っているセンチメンタリズムがある。グレッグ・オールマンにもある。
 彼らは、自分たちの音の中に、照れることなくセンチメンタリズムを盛り込む。
 黒人系の音をずっと聞いていた自分には、それが最初は野暮ったくてしょうがなかった。
 しかし、白人のセンチメンタリズムは大地に根ざしたものだけに、部屋の中で聞くのではなく、フィールドで聞くと説得力がある。

 都市から、ハイウェイへ。
 そして田舎へ。
 自分の音楽の趣味は、どんどん泥臭くなっていく。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:57 | コメント(0)| トラックバック(0)

愛車自慢その3

 私が今乗ってる 「コマンダー」 というキャンピングカーは、鼻付きです。ボンネットがバン! っと前に突き出ています。

塩原のコマンダー
 
 ええ、けっこうボンネット付きが好きなんですよ。
 ハハハ…カッコいいじゃないですか!
 「機能」 より 「見てくれ」 派です。
 
 5mクラスのキャブコンといっても、コマンダーはこのボンネット部分にスペースを取られてしまう分、居住空間が狭められています。
 長さの割りに、室内が狭い。
 これを 「損」 と取るか、「贅沢」 と取るか。
 私は、「贅沢」 と取ります。

 ただ、正直にいうと、家族の多い方には向かないクルマです。
 カタログで謳われている乗車定員は9名。就寝定員は6名ですが、実質的には夫婦2名+小さなお子さん2名というのが許容限度。
 理想をいえば、夫婦2人のクルマです。

 息子は、いま身長が180㎝ぐらいですが、こいつが一人乗り込んでくるだけで、室内があっという間に半分に縮小されちゃったのか? と思えるほど窮屈になります。

 でも、今はほとんど夫婦2人で使っているので、まったく問題がありません。

 ボンネットなどという“無駄メシ喰らい”のスペースがあるため、室内空間は狭いのですが、それを感じさせないところが、このクルマの妙です。

 理由は、バックエントランス。

コマンダーバック

 エントランスドアが、ボディの真後ろにあります。
 最近は、アミティRRがこれを採用し、評判を取りました。
 その昔は、日本人が企画したクルマではアストロスター、イーグルなどというキャブコンがあり、輸入車ではシヌークがありますが、いずれにせよ、少数派です。

 ピックアップキャビンでは、構造上このスタイルしか取れないわけですから、それはやむを得ないとして、キャブコンでこれを採用するクルマが少なかったのは、出入口がオーニング下からずれる。リヤにキャリア類が付けられない。などというデメリットがあったためでしょう。

 でも、そういう不便さを気にしなければ、これは無類にスペース効率の良いアイデアです。
 フロントエントランスにせよ、リヤエントランスにせよ、ボディの横に入口があるクルマは、その入口まわりに家具を置くことができません。エントランスステップが“デッドスペース”になってしまうわけです。

 コマンダーは、バックエントランスを採用したため、運転席からリヤエンドまで、純粋なキャビンスペースを実現することができました。
 アミティRRもそうですが、このクルマも“生意気に”シャワー・トイレルームを実現しています。

 ボディサイドにエントランスドアがない分、室内には、ドーン! と優雅なサイドソファ。

コマンダーサイドソファ

 身長で威張ることのない、奥ゆかしい私なんぞは、このサイドソファがあるだけで、そのまま寝っ転がることができます。

 こういうクルマが、また復活してほしいものです。


campingcar | 投稿者 町田編集長 02:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

女房の攻め方

 「女房の攻め方」 というタイトルで、ニヤッとされた方、誤解なさらないように。
 ムチ? ローソク? 違う、違う!
 旦那さんが、キャンピングカーを買おうと思ったとき、いかに奥様を説得すればいいのか、その攻略法についての話です。

 実は、予備軍さんと、軽コロさんから、ともにキャンピングカーを購入するためには、いかにして奥様を騙すか…あ、御免なさい、…いかにして納得していただくか、その手口を公開するコメントをいただきました。

 それを読んでいて、ついわが家の昔のことを思い出しました。

ギャラクシー_1

 確かに、旦那さんがキャンピングカーを買おうとしたときに、その最大の抵抗勢力となる可能性を持っているのは奥様です。
 ええ、もう給料が銀行振込になって以来、どこのサラリーマン家庭でも、旦那さんは月々の小遣いを確保するだけでも大変な時代。
 財布のヒモは、奥様が握っておられるところが大半でしょう。

 「え、キャンピングカーが欲しいだって? トミカで探せば?」
 といわれて、おしまい…なんていうご家庭だって多いでしょうね。

 まぁ、かれこれ12~13年前でしょうか。わが家もそんな感じでありました。

 「旅館やホテルもいいけどさ、キャンピングカーで自然のなかでくつろぐ旅もいいぜ」
 と切り出して、「あ、それもいいかも」
 と即座に理解してくれる奥様というのは、どういう奥様でしょうか?

 私の手持ちのデータによれば…まだ奥方一人目ですけど…その希少な経験から申しますと、アウトドアライフの醍醐味を知っている奥方か、逆に、まったくそれを知らない奥方のどちらかです。
 最悪は、「アウトドア卒業派」。

 かつては、バリバリの野外生活を享受しながら、結婚後は、都会のぬくぬくライフに骨の髄まで浸かってしまったような女性ですね。
 これはダメ!
 
 で、困ったことに、わが家はコレでありまして、独身時代は、日本の代表的な山々をほとんど制覇。岩登りも大好きという恐ろしい女だったわけであります。

 ところが、この手の女性は、野外生活の大変さも分かっていますから、一度足を洗っちゃうと、「旅の醍醐味は、やっぱ上げ膳据え膳でしょ!」 と、まったくアーバンホテル志向になってしまいます。

 いろいろ作戦を練りましたよ。
 まず、ビジュアル攻め。
 たとえば、猪苗代湖モビレージみたいな、きれいな水辺のサイトにキャンピングカーが停まっている写真を見せる。

猪苗代湖モビ

 「朝、目覚めるとさぁ、湖面に朝日が反射して、それはそれは、きれい!」
 「でも、こういうとこ、風が吹いたらタープなんか大変よ」

 敵も知っているから、情報戦略で負けません。
 概して、
 「星がきれい」
 「空気がうまい」
 「夕焼けが美しい」
 こういうヤツは通じません。
 だいたい男が得意なロマンチック路線は、ダメですな。

 予備軍さんが使おうとしている 「料理まかせろ」 作戦。
 これは日頃家庭で、どれだけの料理を実際に作れるかが、モノをいいます。
 「卵焼きを作らせたらオムレツになっちゃうし、ピラフを作らせたら、チャーハンの味になっちゃうし、あなたの料理なんて、口に入れるまで何が仕上がるか分からないから、任せられないわよ」
 で、これも却下。

 かくなる上は、人質作戦。
 ガキを洗脳して、丸め込む作戦ですな。

 ちょうど、その頃、ウチの小僧はファミコンの 『信長の野望』 に一心不乱の時期でした。
 「川中島の古戦場を見に行こうぜ。ついでに、足を伸ばして、上杉謙信の居城、春日山城の跡を見に行こう」
 「わぁーい、どこのホテルに泊まるの?」
 「そういうのは、キャンピングカーで、じっくり回らないとダメなのさ」
 ま、今のお子様方なら、クワガタを捕まえるのならキャンピングカー。カブトムシでもキャンピングカーという攻め方も可能でしょうね。

夏のコマンダー

 これで、多数派工作は成功し、わが家の勢力図は2対1に逆転。

 ガキを洗脳するという手は、割と有効です。
 奥方を真ん中にして、左右に分かれて、ステレオ作戦。
 ついでに、犬をお飼いのご家庭は、犬も洗脳しておきましょう。

 右から、「僕、キャンピングカーがあれば、その中で勉強するよ」
 左から、「キャンピングカーなら、好きなときに、好きな場所にすぐ飛び出せるんだぜ」
 真ん中から「ワン、ワン」

 まぁ、わが家の場合、ちょうどその頃、アパート住まいを終えて、私の両親の実家に入ることになっていましたので、
 「たまには、舅・姑のいない休日もいいんじゃない?」
 の一言が、いちばん効いたんですけどね。 
 
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:43 | コメント(4)| トラックバック(0)

かわいいって何?

 また、本の話で恐縮ですが、今日の昼休み、ちょっと本屋を覗いていていたら、またまた面白そうな本を見つけました。

『 「かわいい」 論』 (ちくま新書)

 かわいい論

 何について書かれた本なのか、にわかに想像できないところが素敵です。
 著者は、四方田犬彦さん。

 手にとって、ぱらぱらめくってみると、
 「いま日本には、街のいたるところに、“かわいい”キャラクターがひしめきあっている。一体、いつから日本はそうなったのか」
 なんて感じのことが書いてあります。

 ポケモン、キティちゃん、セーラームーン。
 そのような 「かわいい」 系キャラクターはいうに及ばず、かわいいペット、かわいいヌイグルミ、かわいい文具。

 そういう文字どおり“かわいい”グッズが異様なくらいもてはやされるだけでなく、ここ20年ぐらいのうちに、女性たちが 「かわいい!」 と表現する対象が、昔とは相当変ってきていることが採り上げられています。

 著者は、1989年に昭和天皇が崩御されたとき、その天皇に対し、「天皇ってかわいい!」 と表現した女性エッセイストの出現に驚愕します。

 「彼女は天皇を余命いくばくもない不憫な老人として見たのだろうか」
 「一人の老人として、敬愛の表現だったのだろうか」
 「それとも、単にTVに繰り返し登場した、往時のおっとりした容貌に親近感を抱いたのだろうか」

 いずれにせよ、これは戦中派にも、左翼にも、ましてや民族主義者にも、けっして口にできないような、まったく新しいタイプの 「かわいい」 が出現した瞬間だった…と驚きます。

 著者は、この 「かわいい」 を批判的に捉えている上野千鶴子さんの見解もチラっと紹介します。
 すなわち 「かわいい」 とは、本来は、女性が生存する手段として、大昔からずっと採用してきた媚態であったのだが、それが老人にまで広がってきたのは、老人が、子供や孫に面倒をみてもらうために、「かわいくならなければならない」 という新たな戦略が生まれたからだ。

 では、この本は、そういう現象を社会学的に捉えた本なのか。
 そんな単純な本でもなさそうです。

 「かわいい」 と 「美しい」 の違いは何か。
 「かわいいペット」 の 「かわいい」 を外してしまうと、ペットは何に変身するのか。
 日本に発した 「かわいい」 現象が、いま東アジアはもとより、欧米にまで波及して、至るところに巨大な 「かわいい」 産業が生まれているのはなぜか。

 そんなことが語られている様子です。
 
 もちろん、まだ第1章を読んだばかり。
 ちょっと推理小説を読むような面白さです。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

愛車自慢その2

 「愛車自慢」なんてタイトルを付けると、やはり、ハハハと笑ってしまいますね。
 結構、恥かしいタイトルですね、これは。
 でも、前回この名でスタートしてしまったんだし、まぁ、気に入った点を少しずつ。

 で、この「コマンダー」。
 初度登録は2002年10月。デビューした年の購入です。

コマンダーex2
 
 このとき、ヒュンダイSRXベースの国産車は全部で3台ありました。
 1台は、輸入元のバンテックさんが開発された 「アトムSRX」。
 もう1台は、フィールドライフさんの 「フランク」。
 翌年には、マックレーさんの 「エンブレム」 が誕生するわけですが、このときはまだありませんでした。

 その中で、このコマンダーを選んだのは、ずばりサイズです。
 5m未満。
 アトムSRXは、全長5585㎜。
 フランクは、全長5670㎜。
 それに対して、コマンダーは4980㎜。
 悲しいかな、わが駐車場…といっても月極ですが、そこに収まるのはこのサイズまで。

 実は、ベース車のヒュンダイSRXトラックの全長は5415㎜なのです。
 それをわざわざ後部フレームをカットしてまで、ショートボディにこだわったのが、コマンダーでした。

 もう、それだけで、ほぼ自動的に決まり!
 スタイルというところにこだわれば、プロポーションが美しいのはフランクでしたが、わが駐車場の場合、立て込んだ民家の塀をかすめる感じで、斜めにバックしながら入れるとき、リヤオーバーハングが長いのは致命的。
 コマンダーなら、1回の切り返しで入ります。

 走りは、正直にいって 「拾い物!」 という感じでした。
 実は、「カムロード」より、よく走るという評判は聞いていたのですが、それほどのことはあるまいと、タカをくくっていたのです。 

 当時のカムロードは91馬力。
 それに対して、SRXのスペックデータは、103馬力。実際に走らせるまで、大きな期待はなかったのです。

 しかし、ターボの力あなどりがたし。
 キックダウンして回転数が上がるまでは、ディーゼルトラック特有のもたつきがありますが、ターボが効きだしてトルクバンドに乗ってくると、かなり胸のすく走行フィールが味わえます。
 ある販売店のスタッフが 「乗用車フィール」 と言っていたのも、よく分かりました。

 高速道路では、軽々と120㎞巡航ができるので、最初のうちは得意になって飛ばしていましたが、燃費はガタっと落ちます。
 
 ちなみに、市街地では5.8~6.8㎞/リットル。
 高速道路では、平均8.6㎞/リットルぐらい。
 しかし、100㎞を超える巡航を継続していると、高速道路でも市街地並みの燃費に落ちます。

 今は、特別に急ぎの用がないときは、80~90㎞走行です。80㎞をキープしていればリッター10㎞走りますから。

 左ハンドル車を持つのは、実は初めてでした。
 だけど、幅2.20mぐらいのクルマになってくると、やはり左ハンドルは悪くありません。
 左いっぱいに寄せられるので、狭い道のすれ違いなどは、かえって右ハンドル車より有利なくらいです。

 ただ、最初のうちは、右席に乗った同乗者は、対向車線のクルマが飛び込んで来るように見えて、かなり困惑していたようですけれど。

 難点があるとしたら、右側から迫ってきたクルマに追い抜かれるとき、一瞬の死角が生じることです。
 それを解消するのには、天吊りミラーが効果があるようです。

 この“一瞬の死角”は、このクルマの納車が始まった頃から、すでに問題になっていたもので、何台かは補助ミラーをつけて納めたという話は聞きました。
 私は、「事前の注意と慣れ」 でなんとかしのいでいますが。

 次回は、室内の様子をちょっとご紹介。  
 
 
campingcar | 投稿者 町田編集長 02:20 | コメント(7)| トラックバック(0)

「明日の記憶」

 日曜日の夜、テレビで放映された 『明日の記憶』 という映画を見た。
 これは、2004年に発行された荻原浩氏の小説を映画化したもので、原作はその翌年に、全国の書店店員が選ぶ 「本屋大賞」 の2位に選ばれている。

明日の記憶DVD 

 同書は、発行当時から、かなりいろいろな媒体の書評欄で採り上げられ、巷でも、ちょっとした話題になった。
 「サスペンスやホラーより怖い」
 と、どこかのレビューに書かれていたので、ホラー好きの私は、即座にこの本を買った。

 映画を観られた方、あるいは原作を読まれた方は、その内容をご存知だろうが、広告代理店に勤めている49歳のサラリーマンが、若年性アルツハイマーに冒されるという話だ。

 原作を読んだ私は、最初の数ページから、レビューで書かれていた 「サスペンスやホラーより怖い」 という意味が理解できた。

明日の記憶本

 「ほら、あの俳優…なんていう名前だっけ、ほら…ええと…」
 CM制作のスタッフたちが集まる会議で、主人公はイメージキャラクターとして採用しようとする俳優の名前を、どうしても思い出すことができない。(原作ではジョニー・デップ。映画ではデカプリオ)
 
 「アルツハイマーがテーマである」
 という予備知識と、そのシーンが共振し始めると、もうそれだけで怖い。
 40歳を過ぎた人間には当たり前のように生じる 「物忘れ」 が、実はアルツハイマーの前兆ではないのかと、誰にも感じさせる導入部だからだ。

 主人公は、自分を冒し始める病気がアルツハイマーであることなどはつゆ知らず、単なる体調不良だと信じながら、病院の診察を受ける。

 医師は、テーブルの上に時計や手帳などの小物を並べ、主人公にそれを覚えさせてから、おもむろに新聞紙で覆う (映画では封筒)。

 「さて、新聞の下に何が置かれているのか。思い出すままに答えてください」

 医師にそう言われ、「子供だましのようなテストを…」 とバカにしながら挑んだ主人公。
 ところが、簡単に思い出せると思ったはずの小物類が、一切記憶に浮かんでこない。

 このときに主人公が受ける衝撃は、そのままストレートに読者の胸に突き刺さってくる。
 「これはのっぴきならない小説だ!」
 という実感が、そこから一気に加速する。

 映画はおおむね、原作に忠実に作られていたが、このシーンは、はっきりいって、原作の方が上だ。
 
 原作は、一人称で進む。
 だから、他人の意識を説明するとき、
 「彼は、きっとそう感じているのだろう」
 「彼女は、そう思っているに違いない」
 というように、すべて主人公の類推によって描かれていく。

 そのために、
 「ひょっとしたら、回りの人々が自分を変な目で見ているように感じられるのは、自分の病から生じる妄想なのではあるまいか?」
 と読者に思わせるような効果をあげている。  

 こういった不安感を醸成していく手法は、映画より原作の方に軍配があがる。

 
 この小説は、ある意味で哲学的だ。
 人間のアイデンティティを保証する根拠は、実は記憶というあいまいなものでしかない、という事実を活写しているからだ。
 
 「我思う、ゆえに我あり」
 と、高名な哲学者がいった歴史的な言葉があるが、その 「我」 とは、すなわち、その人間がその日まで保持していた記憶であると採ることもできる。
 大富豪であろうが、専門知識を持った学者であろうが、記憶を失えば、「ただの人」 どころか、人間ですらなくなる。

 記憶を失いかけている主人公には、その「自分が人間でなくなる日」 のイメージすら見えるようになる。
 それは、いま感じている 「恐怖」 そのものが消失する日だ。

 そして、その日が近づくにつれ、彼が付けている日記からは、次第に漢字の姿が消えていく。
 それに代わって、のっぺりした平仮名がノートを埋め尽くしていくのだが、もうそのこと自体に対しても、本人の関心は薄れていく。


 「サスペンスやホラーより怖い」
 と評されても、この小説の基本はヒューマン・ドラマである。愛がテーマになっているのだ。
 この小説では、主人公が次第に記憶を失っていく状況を、鬼気迫る迫力で描写しながらも、一方では、その夫を必死に支えようとする妻の努力が描かれている。

 家中に、「火の用心」 「ガスの元栓注意」 などという張り紙を張りながら、そういうケアが、夫のプライドを傷つけることも知っている妻は、わざと、おどけたイラストを書き込んでみたり、女子高校生の言い回しを真似たりして気を配る。

 テーマは、実は、病魔と戦う夫婦の愛のドラマなのだ。
 だから、ここに登場する妻のような、主人公を支えてくれる協力者を持たない人間にとっては、まさに文字通りの 「恐怖小説」 になってしまう。 

 ラストは、勘のいい読者には予想のついた結末かもしれないが、感動的だ。
 このラストの数ページを表現したいがために、作者はこの長い小説を書いたとすら思えてくる。
 多くの読者は、ここで涙腺が緩むのを止められないだろう。

 しかし、例えば、古井由吉の 『杏子 (ようこ)』 などの結末と比べるとどうだろう。
 『杏子』 は、『明日の記憶』 と同じように、主人公が、自分の抱えている精神疾患を、運命として受け入れていくという終わり方をする。
 
 精神分裂病の診断を受けている杏子は、入院を決意するときに、
 「今が私の人生の頂点かもしれない」
 と、独り言をつぶやきながら、夕焼けを見つめる。
 
 物語は、そこでブツッと終わる。
 なんともぶっきらぼうなエンディングだが、出来の良い俳句を読んだときのような、言葉の尽きた果てに広がる余韻があった。

 『明日の記憶』 は、文学でも、エンターティメント小説の終わり方のように思える。
 つまり、鮮やかに決まり過ぎている。
 この小説を読んだとき、このシーンを映像にして、美しい曲と一緒にエンドタイトルを流せば、「名場面」 として語り継がれる映画ができるような気がした。
 そして、実際に映画化されたわけだが、映画が原作をしのいだかどうか。
 ちょっと、私は判断留保。
 これは、両方を見られた方の判定にお譲りしたい。

 自分は 『杏子』 のようなエンディングが好きだが、『明日の記憶』 の終わり方も否定しない。
 そこには、“今風”の感動は、確かに存在する。

 判りやすい小説が受ける時代になったのかもしれない。  

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

愛車自慢その1

 キャンピングカーに関わるブログを書いていて、今まで自分の愛車を語ることはほとんどありませんでした。
 その理由のひとつは、ある特定メーカーのクルマに乗っていることを明かすと、取材がしにくい…ということは、実際にはないんですけれど、…しにくいような気分に (勝手に) なってしまっていたからなんですね。

 実際に、自分のキャンピングカーを使って、販売店さんなどに取材に行くと、
 「テスト車両ですか?」
 と、昔はよく尋ねられました。

 それが、個人で買ったクルマだと分かると、
 「下取り高く取るから、ウチの○○に乗り換えてくださいよ」
 なんて、かなり本気っぽい感じの冗談を、よく言われることがありました。
 「ええ、この次には…」
 とかお茶を濁すと、「この次」 を約束しなければならないショップさんが次々と増えることになります。

 それが、ちょっと大変。
 
 ビルダーの社長さんなどと雑談しているときも、私の乗っているベース車の話題になることがあります。
 なかには、
 「あれは問題あるベース車だから、ウチでは絶対扱わないよ」
 なんて、自信たっぷりに話される方もいらっしゃったりして。
 そうなると、
 「実は、私、今それに乗っているんですけど…」
 とは、なかなか切り出せないもんですね。相手の方も間が悪いだろうな、という予想がつくし。

 でも、そろそろいいかな…と思うようになりました。
 今乗っているキャンピングカーのベース車の供給が途絶え、一応 「過去のクルマ」 になったからなんですね。
 というか、なんだか、「伝説の名車」 になりそうな雰囲気も出てきたので、ならば、もったいぶっていないで、明かしてしまおうかと。

 で、初公開。

コマンダーex1

 これは、「コマンダー」 というクルマです。
 横浜にあるキャンピングカーショップの 「ロッキー」 さんで開発された車両です。

 シャシーが韓国ヒュンダイ製。バンテックさんが輸入されて、ロッキーの仲さんが企画を練り、バンテックのタイ工場で造られたキャブコンです。
 そういった意味で、東アジアを股にかけて製作された国際的なクルマだったんですね。

 これを購入するときの、選択肢としての基準は、5m未満のキャブコンで、車両本体価格が500万円未満 (当時)。かつリヤ2段ベッドでなく、サイドソファを持つクルマ。

 …というわけですが、実は、けっこうベースのSRXにすごく興味があったわけです。

 このベース車を日本に導入するとき、バンテックさんがあちらこちらの国産ビルダーさんに、売込みをかけました。
 それを受けたビルダーさんの反応が様々。

 某メーカーさんA氏。
 「いいシャシーですよ。ただ韓国製ということで、うちの営業は全員反対でしたね。構造が三菱系とはいっても、不具合が出たらどうするか。未知の部分が多すぎて…」

 某メーカーさんB氏。
 「シャシーはいいけれど、日本では売れないと思うよ。売れない理由が3拍子揃っている。ひとつは左ハンドル。次はディーゼル。そして、やっぱり韓国車はまだ日本では市民権を得ていない」

 某メーカーさんC氏。
 「これはいいシャシーだよ。ディーゼルだけど、やかましくないんだよ。それに、運転席が乗用車の雰囲気じゃない? しかも、ドアを閉めると、バタッと重厚感があって、トラックじゃないよ、あれは…」

 某メーカーさんD氏。
 「韓国製っていうから期待していなかったけれど、実際走らせたらびっくり! カムロードなんかよりパワーがあるし(当時)、 直進安定性もいい。ワイドトレッドなどをわざわざ設定しなくても、ベース車自体が広いから安定感がある。キャンピングカーにしたら良いクルマができると思うよ」

 某メーカーさんE氏。
 「バンテックさんが入れるというので、ヒュンダイの工場まで試乗に行ったんですよ。そうしたら、思ったより完成度が高かった。まぁ、トヨタほどの完成度ではないけれどね。ターボの回り方はいいので、走りは軽快。ホイールベースも長くて安定しているし、トレッドも広いので、コーナリングの不安がない」

 …というように、かなりの情報を得ることができました。
 賛否両論だったのですが、それだけに、ものすごく興味をそそられました。

 このシャシーを使ったアトムSRXのプロトタイプが出たとき、当時バンテックにいた (現キャンピングワークス) の鈴木さんが、面白い話をしてくれました。

 「ショーに出したら、みんな珍しがって寄ってくるんですよ。コレかっこいいねぇ。どこのクルマ? って。
 だけど、韓国製って言ったら、みんなサァーって引いていく。日本人はまだ、大昔の、ドアのバリが取れていないような韓国車しか知らないんだね」

 それを聞いて、逆に、
 「お、面白いじゃん!」
 と思いました。
 誰でも誉めるシャシーなんて、あんまり魅力がないじゃないですか。
 「よし、次のキャンピングカーを買うなら、このベース車のやつを…」
 そう密かに心に決めたわけですね。

 次は、実際に自分で走らせたときのインプレッションなどを語りたいと思います。
 ただ、いつのことになるかな…

campingcar | 投稿者 町田編集長 04:33 | コメント(8)| トラックバック(0)
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