町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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団塊シンポジウム

 アウトドア産業は、団塊世代に期待してはいけない(?)
 そんなショッキングな意見まで飛び出して、なかなか白熱した意見交換が見られた日本オート・キャンプ協会さん主催の「オートキャンプシンポジウム」。
 
 ヤジウマとして参加させていただいたが、5月30日に開かれたこのシンポジウムは、私にとって、実に有意義で、かつ面白いものだった。

団塊シンポ1

 同企画は、日本のオートキャンプの発展を目的に、パネラーとして招待された各界の専門家と会場の視聴者が質疑応答を交わすなかで、オートキャンプのあるべき姿を模索するために行われるもので、今年で3回目。

 今回のテーマは、「2007年問題とオートキャンプ」。
 「オートキャンプルネッサンスは団塊の世代から」という副題も掲げられているように、今後のキャンプ人口の増大、キャンプ文化の興隆を、団塊世代の参入に求めようというのが趣旨。

《230兆円の資産を持つ680万人の団塊世代》

 なぜ、団塊の世代が大きなキーを握るのか?

 それは、人口的にも圧倒的なボリュームを持ち、経済的にも潤沢な資金を保有するこの世代が、定年退職後どのような消費行動を取るかによって、現在の市場がまったく再編成されてしまう可能性があるからだ。

 シンポジウムをコーディネートした、日本オート・キャンプ協会常任理事の1人である明瀬一裕氏の基調報告によると、1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)に生まれた団塊世代と呼ばれる人々の人口は、およそ680万人。
 世代的には、最大ボリュームを誇り、さらに退職金を含めたその人たちの金融資産は230兆円。
 これは、一人当たりの資産額で計算すると、2,600万円に相当するという。

 さらに、ある調査によると、この世代が関心を持つテーマは、
 「健康」「自然」「環境」。
 まさにオートキャンプの理念とピタリと一致!
 適切な広報が行き届けば、団塊世代の関心をオートキャンプに向けさせる可能性はかなり高いという観測が成り立つ。

《団塊世代はキャンプ場に来ない》

 では、実際の団塊世代は、現在オートキャンプにどのような関わり方を見せているのだろうか。

 パネラーとして参加した「有野実苑オートキャンプ場」の経営者である鈴木信夫氏は、
 「キャンプ場には、団塊の世代はほとんど来ない」
 と、いきなり厳しい報告からスタートした。
 キャンプ場来場者の中心となっているのは、やはり“子育て真っ最中”と思えるようなヤングファミリー。
 場内を立ち歩くキャンパーのなかで、団塊世代の影は薄いという。

 しかし、同キャンプ場としては、利用料金のシニア割引を実施し、団塊世代が興味を示しそうな、「そば打ち体験」「陶芸教室」「野点(のだて)教室」などの様々なイベントを企画。
 シニアの利用者拡大に向けて、積極的なアピールを展開していくという熱意を表明した。

 「シニアキャンパークラブ」の会長である高橋邦夫氏は、すでにオートキャンプに馴染んでいるシニアという立場から、キャンプ未体験のシニア層へメッセージを託する形で、こう語った。

 「夫婦の良さというものを改めて確認するためにも、シニア夫婦のオートキャンプは実に有効。
 特にキャンピングクラブに所属して、他の夫婦の姿を眺めながら過ごすことによって、参加者の誰もが理想の夫婦像というものをイメージできるようになる」

 しかし、高橋氏は、シニアキャンパーには、ある特徴があることも指摘する。
 それは、年齢から来る体力的な問題もあり、テントを張るキャンプからキャンピングカーやコテージを利用するキャンプになるというのだ。

 同氏が会長を務める「シニアキャンパークラブ」では、現在キャンピングカー利用者が8割。テントキャンプは2割。
 そのテントキャンプ派も、冬の季節などは、ほとんどの人がコテージを利用しているという。

 この報告は、テントなどを開発している用品メーカーには少しショックな内容かもしれず、アウトドア産業におけるシニアマーケットというのも、各業種が均等に伸びるわけではなく、業種によってかたよりが生じる可能性があることを示唆するものとなった。

《シニアのキャンプ場利用料金は適切か?》

 では、キャンピングカーを利用するシニアユーザーの実態はどうなのか?

 キャンピングカー業界の意見を代表する形で、RVランドの経営者である阿部和麿氏がこれに答えた。

 同氏は、キャンピングカーを購入するシニア層が増えていることを認めつつも、それらのユーザーが、キャンプ場に足を運んでいるわけではないと観測し、次のように語った。

 「団塊の世代の平均的な金融資産が多いように思えても、ここにも格差が広がっており、潤沢な資金に恵まれていないシニア層の方が、数量的には増えている。
 キャンプ場で見かけるシニアが少ないというのは、やはり、現在のキャンプ場料金が高いと感じている人が多いからではないか」

 こう推測した後で、阿部氏は、
 「キャンプ場で長期滞在するシニアキャンパーには、格安料金を設けるなど、時間的な余裕を持つシニアキャンパーが長逗留できるようなサービスを開発することが、今後のキャンプ場運営の鍵になる」
 という見方を提示。

 さらには、
 「生活ゴミなどを放置したまま、道の駅などに長期滞在するキャンピングカーユーザーを白眼視する土地がぽつぽつと出始めている」
 という例を引き、
 「そういうユーザーの存在が社会問題として取り上げられない前に、そのような人々をキャンプ場へ誘致するのが、今後の課題。
 それには、キャンピングカーユーザーとキャンプ場との関係を、もっと密接なものにしていく方向を模索する必要がある」
 と結んだ。

 キャンプ場の立場を代表する有野実苑の鈴木氏も、シニアのキャンピングカーユーザーを誘致することが、これからのキャンプ場運営の鍵を握るという見方で、阿部氏と同意見。
 鈴木氏の経営するキャンプ場では、すでにキャンピングカーが入りやすいように、アプローチロードやサイトを改良し、AC電源サイトを80%まで増やし、30Aを供給できるものも増設していると語った。

《“孫”という存在に着目!》

 一方、団塊の世代にアプローチする視点を変えるべきではないか? という論点を提出したのが、パネラーの1人である用品メーカー「ロゴス」の代表柴田茂樹氏であった。

 同氏の見解はこうだ。
 「日本のオートキャンプは、小学生ぐらいの子供を持った若い家族によって支持され、盛り上がりを迎えた。
 しかし、その盛り上がりの頂点ともいえる1990年代の中頃は、団塊世代の子供たちはみな高校生。家族キャンプに同行しない年になっていた。
 だから、団塊世代の多くは、実はファミリーキャンプなるものを体験していない。むしろ彼らは、バブルによって獲得した余剰資金を海外旅行の方に向けた。
 その世代に、キャンプの楽しさをアピールしようとしても、彼らの感受性にはその下地がない」

団塊シンポ2

 では、団塊の世代が、オートキャンプの世界に参入してくるという期待は持てないのか?
 多くの参加者が、発言のゆくえを見守るように、柴田氏の方に熱い視線を向けるなか、同氏は、
 「“お孫さん”という存在に目を向けることがキーとなる」
 という視点を提示。次のように続けた。

 「団塊の世代は、仲間を大事にする世代だ。しかし、仕事をリタイヤした後では、かつての同僚とのコミュニケーションもやがて薄れ、自分の子供たちは、職場で重要な仕事を任される歳になってきているので、接する時間も少なくなっている。
 
 しかし、お孫さんという存在が、ちょうど宙に浮いている。
 だから、
 孫と一緒に、テントを張ることにチャレンジする。
 孫と一緒に、野外で食事する楽しさを味わってみる。
 孫と一緒に、キャンプ場の菜園などで、収穫体験を学んでみる。

 そういう“孫と時間を共有するレジャー”だという認識を広めていけば、かなり共感を示す団塊世代が出てくるのではないか」

 このように発言した柴田氏は、キャンプ場の方でも、それをサポートしてあげる準備が必要となる、と説く。
 
 つまり、祖父・祖母に子供を託す両親たちに、そのキャンプ場が安全であることを保証する内容のインフォメーションを提供することが大事だという。
 たとえば、救急医療を行ってもらえる病院までの距離・時間の明示。
 あるいは、深夜であっても、緊急事態が発生したときは、管理人が親身になって対応する姿勢があるというアピール。

 そういうインフォメーションが整備されることによって、ヤングファミリーが祖父・祖母に子供を預けても安心であるという環境が整い、ファミリーキャンプに新しい家族構成が加わることになる。
 それが、柴田氏の基調報告の骨子だ。

《団塊の世代には期待できない》

 この柴田氏のレポートをもって、パネラーからの基調報告は終わり、シンポジウムは質疑応答に移った。


団塊シンポ3

 ところが、この質疑応答で、なんと、
 「団塊の世代というのは、幻ではないのか?」
 と疑義を提出する発言者が登場。参加者の顔が、その新たな展開に興味津々という感じに輝いた。

 まず、その発言の骨子となるものは、次のようなものであった。
 
 「ここでは、団塊世代の定義を、昭和22年から24年に生まれた人としているが、このくくりを1年下げ、昭和25年までに生まれた人まで含めた方がいいのではないか。
 人口のボリュームとしては、この年に生まれた人たちも、それまでの年に生まれた人と同じくらい多く、育った環境も同じで、気質的にも似通っているものが多い。
 
 昭和25年生まれの人まで入れるとなると、団塊世代の人口は約900万人。
 なんと、日本の人口の7割を占めるボリュームとなる。
 
 普通、これだけの人口ボリュームが形成されれば、すでにマーケットとしての動きが顕著に見えてくるはず。
 それなのに、いまだアウトドア業界における「団塊マーケット」の特徴が見えてこないというのは、もうこのマーケットにおいては、団塊世代が時代をリードするエネルギーを持っていないことを証明する何よりの証拠。

 かつては、日本のオートキャンプも、欧米のようにシニア中心に移行し、キャンプ場に滞在する利用者もシニアの率が高くなると言われ続けてきた。
 しかし、その兆候はまったく見えない。

 もう、団塊の世代よりも、その下の世代に期待を寄せるべきではないか?
 幸いなことに、団塊ジュニアと呼ばれる世代が、団塊世代に続く人口的なボリュームゾーンを形成している。
 団塊ジュニアと言われる人たちの年齢は、今33歳から36歳。
 まさに、オートキャンプの中心となる子育て世代。
 その世代の総人口は794万人で、900万人といわれる団塊世代と比べても遜色がない。
 
 しかも、その世代の47.5%の人たちが、オートキャンプを経験しているというデータが揃っている。
 今後は、この人たちの潜在需要をもっと掘り起こすことを考えるべきだ。
 
 それには、オートキャンプを研究している学者たちの意見も取り上げえる必要がある。
 現に、オートキャンプを体験している子供たちと、そうでない子供たちを比較して調べてみると、キャンプ体験のある子供たちの方が、道徳感や責任感を強く持っているという研究成果もある。

 そのようなデータを積極的に活用し、団塊ジュニアへの広報体制を強化するべきである。

 こういう発言者も現れ、シンポジウムは一挙に盛り上がりの頂点へ。

 残念ながら、時間的な制限もあり、この議論の決着はつかなかったが、団塊の世代を考察するシンポジウムとしては、非常な厚みが生まれたように思う。

 団塊世代のマーケットを解析する議論は、ともすれば予定調和的な結論に陥りがちだ。
 参加者が、それぞれ宿題を抱えながら、帰途につけるなんて、これはやはり成功したシンポジウムではなかったかと思う。

 
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:57 | コメント(4)| トラックバック(0)

吉祥寺ビーバップ

 音楽専門誌 『レコード・コレクターズ』 (株式会社ミュージック・マガジン)が、「60年代ロック・アルバム・ベスト100」に続き、「70年代ロック・アルバム・ベスト100」を発表した。
 自分が所有しているアルバムは、そのなかで何枚選ばれているのか。
 それが気になって、この号も買ってしまった。

レコードコレクターズ70

 70年代に入ってから、自分が精力的に集めだしたのは、黒人系のR&Bやソウルミュージックのアルバムだったから、ここに選出されるような白人系のロックアルバムはそんなに多くない。

 それでも、結果は16枚。
 「もう、ブラックしか聞かねぇぜぇ!」
  と豪語していたわりには、けっこう節操もなく白人系のロックアルバムも集めていたわけだ。
 
 『レコード・コレクターズ』の「70年代ロック・ベスト100」に選ばれたアルバムのなかで、自分も持っているロックアルバムを上位順に並べてみると、次のようなものになった。

アフターザゴールドラッシュ

 2位 ニール・ヤング 「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」
 4位 キャロル・キング 「タペストリー」
 8位 ローリング・ストーンズ 「スティッキー・フィンガーズ」
 9位 デレク&ザ・ドミノス 「いとしのレイラ」
10位 オールマン・ブラザースバンド 「フィルモア・イースト・ライブ」
14位 ジェームス・テイラー 「スウィート・ベイビー・ジェームス」
21位 ニール・ヤング 「ハーヴェスト」
25位 CSN&Y 「デジャ・ヴ」
31位 ライ・クーダー 「チキン・スキン・ミュージック」

デジャブ フィルモアイースト

 いま見ると、けっこうメジャーなところを抑えているが、これらのアルバムが登場した頃は、まだその後の活躍が読めないアーチストも多かった。
 オールマン・ブラザースバンドなどは、デュアン・オールマンのギターワークが解かる、本当にマニアックなファンだけに熱烈に支持されたマイナーバンドのように思えたものだった。
 
 もう30年以上も前になるだろうか。
 東京・吉祥寺の南口に、「BE-BOP(ビーバップ)」という音楽喫茶があった。
 吉祥寺の音楽喫茶文化を語る上では忘れてはならない野口伊織氏が開いた店で、ジャズ喫茶の名門「FUNKY(ファンキー)」の2号店にあたる喫茶店だった。
 なんでも、国分寺の「ほらがい」という店に続いて、日本で2番目に早く登場したロック音楽専門店だという。

 ここが、20代前半の私の“たまり場”だった。
 地下1階と2階があり、2階はこぎれいなデートスポット用スペース。音も小さく絞って、会話ができるようになっている。

 反対に地下は、耳をつんざく轟音が渦巻く、戦場だった。
 当然、独りでヒマな時間をつぶさねばならない私は、地下の戦場へ。

 地下は、意識の尖ったロック信者が集まる魔窟だった。
 ロックの知識と楽器テクニックがないと、地下の方には降りられないという雰囲気が自然にできあがっていて、知らずに入ったお客さんには、ちょっと居づらかったかもしれない。

 テーブルも、椅子も、壁も黒一色。わずかに椅子のアクセントとして、赤が入っていたかどうか。
 プレイ中のアルバムジャケットが飾られる棚があったが、そのジャケットすらも、タバコの煙で灰色になった空気のなかに霞んで見えた。

 地下では、ウェイターに飲み物を頼むのも一苦労だった。
 「ホット」
 「アイス」
 などという注文を通すだけでも、巨大スピーカーを揺るがすロバート・プラントの咆哮に負けないくらい絶叫しないと、伝わらない。
 もちろん、会話をするような人間は1人もいない (したくてもできない)。

ロバートプラント

 重戦車が地響きを立てるように鳴るウーハー。
 離陸するジェット機のような金属音を奏でるツィーター、コキーター。
 全身の皮膚が震えるような空気の波動を受けて、誰もが目を閉じ、長髪を振り乱して、身体をゆすっていた。
 
 なかには、ギターを持ったつもりになって、アルヴィン・リーのような猛烈な早や弾きを披露しながら、椅子から仰け反る人もいた。
 今でいうエアギターの元祖である。
 クラプトンのクリーム時代の「クロスロード」などがかかると、席のあちらこちらに、エアギターを奏でるクラプトンが何人も登場した。

 私は、この店でザ・バンド、サンタナ、CSN&Yなどを知った。
 当時は、ヤードバーズ、クリーム、ツェッペリンに至るUKブルースロックが全盛の時代だったので、カントリーフレイバーを漂わせるザ・バンドや、ラテンのリズムを刻むサンタナなどは“珍種”だった。

band アブラクサス

 しかし、それらの新しい音をつくっていたアーチストたちが、後にメジャーと呼ばれる存在になっていった。
 成功したビッグアーチストたちが、無名時代に世に送り出した最初の音源に、リアルタイムで接する。
 思えば、この時代、私は幸せな体験をしていたことになる。

 
 『レコード・コレクターズ』の70年代ロック・ベスト100には、パンク系のアルバムも相当数選ばれている。
 それと同じくらいプログレッシブ・ロックの名盤もリストアップされている。 
 団塊の世代以降の音楽ファンにとって、やはりパンクとプログレは大きな意味を持つ存在だったことが分かる。

 しかし、パンクとプログレで、私が持っているアルバムは皆無に近い。
 唯一、パンクに近いところで「ザ・スペシャルズ」。
 プログレでは(…プログレと呼べるのかどうか分からないが)、マイク・オールドフィールドの「チューブラ・ベルズ」。
 
 パンクとプログレが話題になり始めた時代というのは、私が新聞の求人欄などに目を通し、ぽつぽつと履歴書などを書き始めていた頃にあたる。
 フリーターからそろそろ足を洗わねば…。
 そんな思いが強くなっていた時だったように思う。

 その頃を境に、吉祥寺の「ビーバップ」からも離れ、福生の米軍基地周辺のソウルミュージックを流す店に顔を出すようになった。
 ロックは成熟を拒否する若者の音楽であったが、そのロックに仮託していた自分の「青春時代」というものに、なにかしら決別したいという思いがあったからかもしれない。 

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:29 | コメント(4)| トラックバック(0)

少年の事件2題

 社会的な事件は取り上げない。
 …というほどの「方針」があるわけでもないけれど、世間を騒がせる犯罪ニュースなどには言及しないようにして、このブログを綴ってきた。

 しかし、最近10代半ばの少年が絡んだ社会的事件が重なったので、ちょっとだけ、感じたことを書いてみようと思う。

 母親を殺害して生首を持ち歩いた少年が17歳。
 自殺サイトで知り合った男性と、山奥で自殺してしまった少年が16歳。

 たまたま同じような年の少年が、続けざまに社会的な事件を起こしたことを受け、若い人の世界に何か異変が起こっているというようなコメントを発表する識者がいる。
 
 「若者の心の歪みを助長する現代社会の病理」
 
 マスコミは、そんなキャッチが好きだ。

 しかし、この二つの事件は、まったく異なる世界に属するもののように感じる。
 乏しい情報しか持たない段階で、即断はできないけれど、まず生首少年の事件は、単純に少年の生物学的な精神疾患に由来するように思える。

 生物学的な…という表現が抽象的すぎるなら、投薬や専門医のメンタルケアなどで改善する病気といいかえてもいいだろうか。

 生首を持ち歩く。
 切断した腕をオブジェのように飾る。

 このような少年の異様な行動が、自分を「正常な神経の持ち主」と思っていた人たちの恐怖心と好奇心をそそったのか、
 やたら、「心の闇に迫る!」
 という言葉が、事件後の報道に飛び交った。

 しかし、切断した腕をオブジェのように飾るという儀式めいた行動は、健常者には奇異に思えても、ある種の精神疾患を抱えた人には、きわめて“合理的”な意味合いを持っている場合がある。
 ただ、その論理の筋道は、われわれが考えている合理主義とは少し違う。

 早くから少年の明らかな精神疾患を指摘した専門家もいたが、興味を煽ることを目的とするワイドショーなどは、「心の闇」という文学的なアプローチがお気に入りで、彼の生い立ちや、母親との関係や、クラスメイトとの関係などを執拗に追及していた。
 あるいは、ホラーへの異様な興味から誘発された猟奇事件のように扱うメディアもあった。
 しかし、そういう視点からは、何も見えてこないように思う。

 確かに、精神疾患には、「なぜ発症するのか」という原因がいまだに解明されないものもある。
 だから、
 「親子関係に問題があったのではないか」
 「就学環境が変わって、その変化についていけなかったのではないか」
 などという憶測がまかり通ってしまう。

 しかし、精神疾患のなかには、インフルエンザにかかるように、はしかにかかるように発症してしまうものもある。
 それは社会のせいでも、時代のせいでも、両親のせいでもない。

 殺された母親は、子供の異変に気づき、精神科にも通わせていたというから、たぶん母親としての落ち度はなかったはずだ。
 ただ、あまりもの急展開な進行に、親がついていけなかったことが悲劇となった。

 事件の真相は、その後の精神鑑定の結果によって明らかになるだろうが、もし、精神障害であることが判明した場合、憂慮することが一点ある。

 それは、精神障害を持っている人が、すべてこのような異様で残酷な事件を起こすと勘違いされてしまうことだ。

 犯罪を起こしてしまう患者は、ごく一部にすぎない。
 多くの患者は、適切な治療さえ受ければ、そんな病気に罹っていたのかと、本人が不思議に思うほど、元気に日常生活に戻っていく。

 なのに、精神障害をことさら大げさにとらえ、不必要な警戒心を煽るコメンテーターが、ときどきマスコミに登場する。
 そういう人には、しっかり勉強してから発言してもらいたい。


 異様なのは、自殺サイトで知り合った見ず知らずの人間と一緒に自殺してしまうという事件の方だ。

 最近は、自殺者も急増。このような自殺サイトの存在もメディアに頻繁に取りあげられるようになった。
 だから、生首事件より、自殺少年事件の方が「日常的な事件」として思われがちだが、そういうことが頻繁に起こる社会というものの方が、生首事件よりも異様である。

 土曜日の晩、家でテレビを見ていたら、エジプトのピラミッド製作の謎に迫る番組をやっていた。
 古代エジプトの王は、「死後の永遠の生命」を得るために、ピラミッドを造り、その作業に励んだエジプトの民たちは、ファラオのピラミッド造りに手を貸すことで、また、自らの命も永遠になると信じていたという。

 その解説をしていたエジプト学の吉村先生が、
 「それだけ古代人は、死を恐れていたんでしょうね」
 と、何気なく発言していたことが、妙に心に刺さった。

 人間の精神文明は、「死を恐れる」ことから始まったのだ。

 今回自殺した少年は、自殺する動機を、
 「この先、生きていく意味を見出せない」
 というような言葉で語ったと報じられている。

 生きている意味がないから、死ぬ。
 この「あっさり感」って、やっぱり変だ。

 いつのまにか、日本に「死を恐れない」社会が出現したのだ。

 自殺した多くの人の動機は、
 「生きることの辛さに耐えかねて…」
 というものであるらしい。

 そういうと、
 「人間は、もっと辛さに耐えなければダメ!」
 「若者は、もっと根性を持て!」
 などと、精神論で対応しようとする人たちがいる。

 しかし、そういう提唱だけでは、隣りの家の垣根をヒョイと越えるように、あっさりと死を選んでしまう人たちが増えてきた社会を解明できない。

 社会や時代にメスを入れなければならないのは、生首事件ではなく、自殺事件の方だと思う。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:53 | コメント(4)| トラックバック(0)

最初のキャンカー

 今、日本のキャンピングカーの歴史を調べるため、資料集めをしている。
 いろいろ協力してくださる人が出てきて、古い雑誌や新聞の切り抜きなどをコピーして送ってくれる。

 昨日届いた資料で、国産キャンピングカーの1号車というクルマを知ることができた。

 それは、なんとオート3輪であった。
 造られた時代は、1958年(昭和33年)。
 洋画家の桐野江節雄(きりのえ・さだお)さんという方が、広い世界に絵の題材を求めるため、オート3輪をキャンピングカーに改造し、そのクルマでアメリカ、メキシコ、ヨーロッパを回ったという。

 昭和33年という年がどんな年であったか。
 東京タワーが完成した年で、月光仮面が登場し、ジャイアンツの長嶋選手が新人王を獲得した年。
 それこそ映画「ALWAYS 3丁目の夕日」の年である。

always

 国産車はまだ黎明期。
 スバル360がこの年に登場し、大いに話題になったが、町を走る国産車といえば、みなオート3輪。
 そのオート3輪をベース車として、国産キャンピングカーは産声をあげた。

 資料には、「マツダのオート3輪」としか書かれていない。
 しかし、この時代のマツダの3輪車ということからして、多分、ベースとなったのは、T2000というクルマだろうと思われる。

マツダT200

 中がどのように改造されていたか分からない。
 当然、ベッドや、着替えや画材を入れる収納庫などは完備していたのだろうが、水周りなどはどうしていたのだろうか。

 それにしても、安定性の悪いオート3輪で、よくアメリカ、メキシコ、ヨーロッパを回りきったと思う。
 走行距離は97,290㎞。4年4ヶ月を費やした旅だったという。
 当時、桐野江氏は33歳だったというから、若さが支えた旅だったのだろう。

 「チャーリーとの旅」を著したジョン・スタインベックのキャンピングカー旅行も印象深いが、あちらはアメリカ国内。スケールの雄大さからいうと、桐野江氏の方が上かもしれない。

 このオート3輪キャンピングカーの名前は「エスカルゴ号」。
 キャンピングカーのことを、よくカタツムリにたとえることが多いが、まさに「住居」を背負った旅という思いが強かったのだろう。
 
 このときの旅行記をまとめた「世界は俺の庭だ」という著作もあるようだ。
 これをどこかで手に入れたいと思っている。
 メンテはどうしていたのか。故障などしたときパーツ補給はどうしたのか。
 気になるところである。

 日本のキャンピングカーの黎明期の話は、意外と知られていない。
 一説によると、1955年(昭和30年)には、歌手の田端義夫氏が、地方巡業のために、大型バスを改造して、キッチン、トイレ、寝室、応接間まで造り込んだクルマを使っていたという話もある。
 ただし、こちらは未確認情報。

 国産キャンピングカーの歴史がどこから始まるのか。
 どなたか、ご存知の方は教えていただけると助かる。 

campingcar | 投稿者 町田編集長 23:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

団塊シニア群像3

《諸悪の根源はテレビゲーム?》

 K氏は、58歳。
 団塊世代の末の方に位置する年齢である。

 そのK氏と知り合って、もうかれこれ20年。
 いまだ、彼がどのような仕事に就いて、どのような暮らしをしているのか、正確には知らない。
 飲み屋のカウンターで顔を合わせて趣味の話をするだけだから、お互いの仕事がどうであろうと、それが話題に影響することはない。

 しかし、彼がどのような仕事に就いているのか、会話の流れから察することはできる。
 いろいろな建築現場を渡り歩く仕事のようだ。
 58歳で、肉体を使う仕事がいつまで続けられるのか、そういう不安もあるだろうが、K氏は、そういうことはおくびにも出さない。

 顔を合わせると、
 「司馬遷(しば・せん)の匈奴(きょうど)列伝に描かれる冒頓単于(ぼくとつ・ぜんう)は、世界史の中でも傑出した英雄だよね」
 などという話題をいきなり繰り出してくる。

 「暑いね」「寒いね」「忙しい?」「今日は早いね」
 などという前フリは一切なし。

 「冒頓は、漢の高祖を戦いで下したのに、漢は、匈奴が文字を持たない民族であることをいいことに、対等な和睦だという記録を勝手に残している。実質的には匈奴の大勝利なわけでしょ?」

 古代ユーラシアを疾駆した遊牧騎馬民族の話だが、歴史に興味がない人は、いきなり、そう言われても、何のことだかよく分からない。

 実はK氏、建築現場の仕事に就く前は、出版社にいたという経歴の持ち主。
 頑強・壮健な肉体を持ちながら、頭のなかは知性と教養が渦を巻いている。
 特に、中国史、古代ユーラシア史が大好き。
 KOEIの「チンギスハーンⅣ」というパソコンゲームのマニアである私とは、そこで話が合う。

チンギスⅣ

 ただ、歴史の話はいいとして、“パソコンゲーム”という言葉は、あまりK氏の前では口に出せない。

 「ゲーム?」
 ジロリとにらむ彼の目に、ムラムラと戦いの炎が燃え上がるからだ。

 「今の若者たちの想像力を奪った元凶は何か! それはテレビゲームである。それを大人が楽しんでいるなんて、人間のもっとも偉大な能力である想像力に対する冒涜ではないのか?」

 表現は少し違うだろうけれど、そんな言葉がいきなり降ってきそうだ。
 
 「団塊世代は議論好きである」
 という印象を、下の世代から持たれることが多いようだが、たぶんそういう印象は、このK氏のような人たちによってもたらされたものに違いない。

 K氏のたまわく。
 「人間の想像力の原点となるものは何か? それは本だ。活字には映像が付随しない。だからこそ、人間は活字が表現しようとする情景を、自分のなかに蓄えられた情報を駆使して、心のなかでビジュアル化する。
 それが、人間の想像力を養う力になってきた」

 なのに、テレビゲームが、本を読む楽しみを子供たちから奪った。そして、殺伐としたシューティングゲームなどで、生命を殺すことへの抵抗感も、子供たちから奪った。
 さらに、リセットボタンを押せば、簡単に人生をやり直せるという安易さを子供たちに植えつけた。

 その子供たちが大きくなって、どのような社会が生まれたか?

 「他人の立場に立ってものを考える力がない若者がたくさん生まれるようになった」
 と、K氏はいう。

 「他人の立場に立つ」には、その他人が、今どのようなことを感じているのか、それを推測する“想像力”がなければならない。

 しかし、想像力が貧困なゲーム世代は、この能力が徹底的に欠如している。

 そのような説を、一通り披露した後、
 「さぁ、反対意見があるなら、反論をどうぞ!」
 と言わんばかりに、いったん口をつぐみ、カッと目を開くのが、K氏のクセだ。
 ヒゲこそ蓄えていないものの、その眼光の炯炯(けいけい)と輝くこと三国志に出てくる関羽将軍のごとし。

関羽神像

 その目で見つめられると、すでに人生の3万6,500時間をファミコン、プレステ、パソコンゲームで費やしてきた私は、何もいえなくなる。


 K氏は、電気モノが嫌いだ。
 パソコンはいうに及ばず、携帯電話も、どうやら“電気モノ”に入るらしい。

 「電車に乗って、前の席に座っている人たちを見たら、もう人間の文明は終わったという感じがした」
 と、こぼす。

 電車に乗ったら、前の7人掛けの関に座った男女全員が、携帯の画面を見ながら、指を動かしていたという。
 「ゲームかメールか知らないが、本を読んでいる人間なんて、一人もいなかった」
 と、元出版社にいたK氏は、天山山脈の領土を漢民族に追われた匈奴の民のように、顔を曇らせて嘆く。

 携帯電話が、日本文化を滅ぼす!

 そう観測しているK氏は、
 「世の書物を焼き尽くそうとした秦の始皇帝とは逆に、自分は、今後はとなりで携帯電話を使うヤツがいたら、それを取り上げて、火にくべてやる!」
 という決意をみなぎらせる。

 おいおい本気かよ…と、怖くなったが、さすがにこのときは冗談だった。

 
 携帯小説なるジャンルも生まれる時代。
 個人のブログなどを通じて、日本人が「文字情報」に接する頻度は、以前より高くなっていると、私は思う。

 しかし、K氏。
 そこには歴然とした違いがある、という。

 本というのは、出版される前に、相当な準備と資金が必要になる。低コストで気軽に情報発信できるネットと、そこが違う。
 書籍の場合は、間違った情報を流したり、程度の低い内容のものを出版すれば、出版社の存続すら危うくなる。
 だから、本として世の中に出たものは、それなりに信頼のおけるものになる。

 「しかし、ネット情報は違う」
 と、K氏はいう。

 情報発信にコストがかからないから、誰もが安易に情報処理する傾向が強い。
 個人のブログなども、裏をとってまでデータを精査していないので、間違った情報を含んでいるものが多い。

 「ネット文化とは、基本的に電気の消費を前提として成り立つ文化だが、あと100年も経つと、電力消費が1日10時間などと制限される時代が来る。ネット文化は、そういう時代に生き残る力はない」

 関羽のような相貌のK氏が、眼光鋭く、虚空を見据えながら、そう語ると、
 「いまブログやってます、ハイ!」
 なんて、無邪気にいえなくなってくる。


 その店には、時代のブームに敏感なオバ様方も、ときどきやって来る。

 「ねぇねぇ、見て。これがそのお店のランチ」
 一人のオバ様が、もう一人のオバ様に、携帯の写メールを見せる。

 「あら、ステキね。3ヶ月も前から予約が埋まっているんですって?」
 「みんなお洒落してくるのよ。お友だち同士誘い合って…」
 「この前は、ヨン様が登場して、お客に挨拶して回ったっていうじゃない?」
 「そうなの。その日行った人、しあわせ」
 「そういえば、新しいDVDが出るわね」
 「うちは、DVDが増えすぎて、もう置くところがなくなったから、主人の本をみんな物置に入れちゃった」
 「男って、どうして、ああ読みもしない本を飾っておきたいのかしら」

 K氏と同世代のオバ様方においても、書籍などより、携帯電話やDVDの方が大切と感じる人たちが増えた。

 そのようなオバ様方の会話を耳にしながら、K氏は静かに目をつぶり、黙って杯を口に運ぶ。
 その表情たるや、武帝に投獄されて、じっと耐える司馬遷のごとし。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 22:21 | コメント(2)| トラックバック(0)

団塊シニア群像2

《会うたびに“初対面”》

 仕事のほかに、趣味を持つ。
 場合によっては、仕事以上に、趣味に没頭する。
 仕事で得た資金を、すべて趣味の世界に投入してもかまわない。

 価値の多元化時代を反映して、そんな人間が増えてきた。

 若い人の話ではない。
 そういう生き方が目立つようになってきたのは、団塊の世代からだ。

 S氏は、私と同じ昭和25年生まれ。
 サラリーマンから足を洗い、自営業を始めている。
 私とは、それこそ20年来の付き合いになる。

 年に1~2回しか会わないのだが、それでも20年間、欠かさず会ってきた。
 なのに、会うたびに初対面の人と会うような気分になる。

 S氏の趣味が、今どちらの方向に向かっているのか。
 それによって、会ったときの話題がガラリと変るからだ。

 知り合った当初のS氏は、カーマニアだった。
 念願のホンダS600を手に入れて、休日は、それをメンテしたり、走らせたりするのが趣味。

S600

 「チェーン駆動って、当時賛否両論あったけれど、独特のリヤの挙動がけっこう刺激的でさぁ…」
 などと、マニアックな話題を口にするときは、なぜか、わざと眉をしかめて苦笑いを浮かべる。

 そんなところにこだわるオレって、バカだよねぇ!
 …ってところを強調したいポーズなのである。

 当時、自動車ジャーナリズムにも大きな変化があった。
 従来からの読者に支えられていた「モーターファン」や「モーターマガジン」などという雑誌に対し、二元社の「NAVI」などが新しい切り口を提唱。
 政治や経済、思想の言葉を借りながら、自動車を語るようになっていた。

 S氏は、その「NAVI」的な語り口が大嫌い。
 「自動車を知らない大学教授なんかにエッセイを書かせて、とんでもない勘違いをしてるよね」
 などと、よく私に話していた。

 当時、自動車メーカーの広報誌を編集していた私は、そういう「NAVI」的な編集方針にけっこう興味を抱いていた一人だが、S氏は、唇の前に立てた人差し指を横に振って、
 チッチッチ!

 「白いマークⅡは、中流意識の“記号”なんて表現されたって、オレたちにはちっとも面白くないのよ」
  
 それより、名車の名車たるゆえんをギミックなしに展開する「カーグラフィック」的な編集方針の方が、よほど信頼するに足る。
 …という。


 そんなS氏が、いつのまにか、クルマのことを話さなくなった。
 興味がJリーグに移ったのである。

Jリーグ

 「ワールドカップより、Jリーグ」
 一般の人たち熱狂的に支援する日本代表メンバーなどには、S氏はほとんど興味がない。
 …というより、「Jリーグも知らない連中が、急にW杯だなんて浮かれるなよ」
 と、心の中では叫びたいわけだ。

 だから、
 「W杯でボランチに○○を起用するなら、○○の方が上。リベロなら○○しかいない。ほんとに○○監督は、日本サッカーを知らないよ」
 などというのが、当時の口グセ。
 日本代表メンバーしか知らない私には、彼の持ち出す選手の名前が分からずに困った。

 ただ、「○○監督は日本サッカーを知らないよ」の「○○」だけは、私にも分かった。
 最初はトルシエで、2度目はジーコだった。

 応援しているJリーグのチームは、地元でもなければ、知り合いがいるわけでもない清水エスパルス。
 経営母体に企業がついていないという一点が、S氏の反メジャー志向を刺激したらしい。

 エスパルスのホームゲームのある日は、日程の許すかぎり、200㎞以上離れた静岡まで、独りでクルマを走らせる。
 選手の出身地、得意技、趣味まで網羅した自分だけのオリジナルデータをパソコンに打ち込み、日々それを更新。試合結果は欠かさず分析して、メモを残す。

 
 それだけの情熱を持っているのだから、次に会ったときは、「オシムは日本サッカーを知らないよ」という話になるのかと思ったら、また違った。

 昨年の年末に会ったとき、S氏が抱えていたのは、正月の箱根駅伝を特集したグラビア誌。

 「町田は、来年はどこが優勝すると思う?」
 と、聞かれても、そう熱心な駅伝ファンでもない私は、にわかに答えられない。

駅伝

 待ち合わせの喫茶店で、コーヒーをすする1時間。
 S氏は、それぞれのチームの監督になりきったように、各チームごとのレース運びのポイントと、ライバルチームの対策をどうればよいのかを詳細に語ってくれた。

 「往路の5区は、阪の勾配が○パーセント。それを○○の脚力なら、○秒。
 だから○○大学の○○がそれを追い抜くには、少なくとも○秒差内で、タスキがつながっていなければならない」

 いったい、どこでそのような分析データを仕入れるやら。

 「駅伝という趣味は、レースが終わってからも楽しめるからいい」
 と、彼はいう。

 終わってから、来年の優勝校予測でも始めるのかと思ったら、そうではなかった。
 「コースを歩く」のだという。

 駅伝の1区間などは、たかだか20㎞。
 歩いたところで5~6時間。
 ヒマな日を見つけては、1日1区間ずつ歩き、帰りはバスが電車で帰途につく。
 すでに、往路の1区から3区までは走破したらしい。

 テレビの激闘を思い出しながら、時には美味しそうな蕎麦屋を見つけては暖簾(のれん)をくぐり、雰囲気の良い喫茶店を見つけたら一休み。

 「どうだい? だいぶオレも枯れたろう?」

 とS氏はいうが、本人は、ほんとに自分が枯れたと思っているか、どうか。
 彼のように、往路・復路の全コースをすべて歩くという情熱を持っているほどの駅伝ファンは、そう多くないはずだ。

 無趣味な団塊世代が、定年退職後の生活を持て余すなどという悩みは、生涯S氏には無縁だろう。
 団塊世代には、いろいろな人種がいる。

 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:31 | コメント(4)| トラックバック(0)

最古キャンカー誌

 「キャンピングカーに焦点を当てた古い専門誌を持っている」
 という連絡をさる方からもらって、それを拝見に行った。

 昭和47年(1972年)頃に創刊された雑誌で、誌名が『オートキャンプ』(交文社)。
 話は聞いたことがあったが、実物を見るのは初めてだった。

 文字は横組み。本文はすべてモノクロだが、巻頭グラビアには、「アメリカのキャンピングカー事情」などというレポート記事のカラーグラビアもあり、立派なキャンピングカー専門誌の体裁をとっていた。

 日本のキャンピングカーはトレーラーから普及したらしく、トレーラーの掲載記事がたくさん載っている。
 フランスベッド製作によるキャラベルエアD410のロードテストなどという特集も組まれていた。
 キャラベルエアは、キャンピングカーガイドを最初に手がけた頃には、まだ現役で製作されていたトレーラーだったので、懐かしい思いでページをめくった。
 
 ほぉ、と感心するのは、この時代、試験場のテストコースにトレーラーを持ち込んで、制動テスト、旋回テスト、スロラームテストなどを行い、緻密なデータアップをしていること。
 創業期のキャンピングカーメーカーの自信と、メディアのやる気が伝わってくるような誌面づくりだ。

 「慣性ブレーキの作動原理」を詳述した、マニアックなページもある。
 ブレーキ機構の詳細な断面図などを11点も掲載し、技術解説書の趣きがある。

 最大傾斜角のことを取りあげた記事では、誌面全体が計算式で埋まり、物理学の教科書を眺めている気分になった。

 読者対象が、今のような既製品を買う人々ではなく、ハンドメイドで作ろうとしていた人たちだったせいか、概して技術書的なニュアンスが強い。
 逆に、それだからこそか、「良いキャンピングカーとは何か」というテーマを強く意識した、熱気のようなものが伝わってくる。

 この雑誌が登場した1972年は、連合赤軍の浅間山荘事件などがあった年。
 グアム島で、横井さんが救出され、田中角栄の「日本列島改造論」構想が持ち上がって、地価が暴騰し始めるなど、激動の年であった。

 20世紀最大の音楽世界のヒーローであったビートルズの正式解散が発表になり、日本の音楽シーンでは、吉田拓郎の「結婚しようよ」が大ヒット。
 時代が大きく変わろうとしていた気配が、至るところに蔓延していた。

 そんな時代に、日本のオートキャンプが大きな潮流となる予兆を示し、キャンピングカーという存在が、人々の注目を集めようとしていたわけだ。

 その動向をいち早く見抜き、キャンピングカーの最新情報を読者に提供しようとしていた交文社の「オートキャンプ」の編集スタッフには頭が下がる思い。
 いい雑誌を見せてもらった。
  
campingcar | 投稿者 町田編集長 21:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

キャンカーで北米

 アメリカ人の旅行スタイルの中に、しっかり定着しているモーターホーム。
 しかし、それがどのような面白さを実現しているのか。
 日本にいる限り、なかなかその実態が伝わらない。

 レンタルモーターホームを使った北米旅行をコーディネートする「トラベルデポ・インコーポレーテッド」という会社が昨年発足した。

 アメリカでモーターホームを運転するのは、どんな気分なのか。
 どのような場所に泊まるのか。
 費用はいくらぐらいかかるのか。

 トラベルデポを主宰する小林康之代表にインタビューしてみた。

トラベルデポ小林氏
▲小林康之さん

《モーターホーム初心者でも安心》

【町田】 レンタカーを借りて、アメリカを回る日本人観光客は増えてきましたが、まだモーターホームまで借りて旅をする人は少ないように思います。
 手続きが面倒なのでしょうか?
【小林】 借りるシステムは、普通のレンタカーと変わらないのですが、モーターホームの使い方に対する知識や、泊まる場所の情報がないと、最初は戸惑うことが多いかもしれませんね。

【町田】 北米モーターホームというと、日本では大型車というイメージがありますね。
 しかも、慣れない左ハンドルで、知らない道を走るのが怖いというイメージを持つ人もいるでしょうね。
【小林】 そうですね。ただアメリカは土地が広いので、日本では大型車に見えても、向こうに行けばそれが普通サイズ。
 すぐに抵抗なく運転できるようになります。
 左ハンドル、右側通行が初めての人でも、皆さん1日走ればすぐ慣れるとおっしゃいますね。

トラベルデポレンタルMH トラベルデポ左ハンドル
▲レンタルモーターホーム    ▲左ハンドル

【町田】 モーターホームの知識のない人が、初めて挑戦しても、うまく旅を続けられますか?
【小林】 ええ。装備類の使い方などに関しては、ご出発前にお渡しする「モーターホームの使い方マニュアル」や、「モーターホームの旅」を紹介したDVDなどで、詳細にご説明しております。
 お客様は、それでだいたいモーターホームというものの概念をつかんでくださいますね。
 また、現地では日本語でサポートするスタッフを手配し、滞在中にトラブルなどが発生したときには、24時間迅速に対応できるシステムを組んでいますので、どんな事態が発生しても、まず問題ないかと思います。

トラベルデポマニュアル トラベルデポ駐車場
▲使い方マニュアル       ▲レンタルモーターホーム貸し出し場 
 
【町田】 借りるクルマの大きさは、どのくらいですか?
【小林】 25フィート、30フィート、32フィートぐらいのサイズが用意されています。
 32フィートだと12mぐらいの長さになりますが、不思議なことに、アメリカにいると、日本で見るような“大きいなぁ!”という印象はないですね。
 25フィートと30フィートはクラスC、32フィートはクラスAになります。
【町田】 小林さんは、クラスAとクラスCでは、どちらがお好みですか?
【小林】 まぁ、ボンネットが前に出ているクラスCの方が、日本人には最初から違和感なく運転できるような気もしますけれど…

トラベルデポCとA トラベルデポ室内
▲クラスC(左)とクラスA     ▲モーターホーム室内

《1日200ドルで楽しめる旅》

【町田】 レンタルモーターホームを借りて観光するのは、どのくらいの費用で収まるのか。そのへんを少し…
【小林】 借りる場所や季節によって多少違いますが、昼は観光して、夜はRVパークなどに泊まって…という一般的な旅行スタイルの場合、1日平均200ドル。120円換算で、2万4,000円というところでしょうか。

 この料金には、モーターホームの旅に必要なナイフ、フォーク、お皿、鍋、毛布、布団といった生活用具。さらに、対人・対物・車両を含んだ任意保険も含まれています。
 それに関しては、日本から来られたお客さんが、現地で追加料金を払う必要がないようになっています。

トラベルデポキット
▲生活用具キット

【小林】 レンタルモーターホームの旅というのは、トップシーズンの一番高いときでも、1日300ドルぐらいあれば十分楽しめますから、他の旅行形態に比べると、コスト的にもすごく有利なんですね。
 ガイド付きの観光バスを手配すると、1日15~20万円もかかります。
 それに比べると、レンタルモーターホームは、自分で運転しなければならないという面倒さはありますが、相当リーズナブルな料金の旅が可能です。

【町田】 観光のモデルコースとなっているのは、どんなコースですか?
【小林】 日本から行きやすい西海岸を起点として考えると、たとえばロサンゼルスからサンディエゴ。そしてアリゾナ。
 あるいはグランドキャニオンを見て、ラスベガスに入って、そこからヨセミテ。
 カナダまで行って、釣りを楽しみたいという人もいらっしゃいましたし、1ヶ月半ぐらいかけて、東海岸まで行きたいという方もいらっしゃいますね。

トラベルデポモニュマン1 トラベルデポモニュマン2
▲モニュメントバレーでのキャンプ(左右とも)

【町田】 なつかしの「ルート66」をたどる旅をしたい人とか?
【小林】 いらっしゃいますね。古き良き時代のアメリカを偲ばれる中高年の方とか。
 映画「イージーライダー」が忘れられなくて、グループでハーレーで旅行するのだけれど、その伴走車として、走るのに疲れたときに寝泊りできるモーターホームを借りたいという方々もいらっしゃいました。
 後ろにバイクを積めるようなクルマもありますから。

【町田】 泊まる場所はどんなところなんですか?
【小林】 アメリカでは、モーターホームユーザーの宿泊地として、RVパークというものが普及しているんですね。
 日本でいうキャンプ場のようなものなんですが、都市近郊の幹線道路沿いにあったり、国立公園のような観光地にあったりと、キャンピングカーの旅に非常にかなった場所に設置されています。

トラベルデポパークF トラベルデポRVパーク
▲RVパークフロント       ▲RVパーク場内

《個性豊かな顔を持つRVパーク》

【町田】 RVパークというのは、すぐに見つけられますか?
【小林】 ホームページ上では、全米で3,000ヵ所あるといわれていますが、ネットに上がらないものを含めると、1万ヵ所以上あるでしょうね。
 少し道路脇を注意して走っていれば、案外すぐに見つかります。
 そういうところに泊まれば、そこでAC電源をモーターホームに接続したり、上下水道を接続したりして、クルマを家と同じように使うことができるようになります。

トラベルデポ電気・水道 トラベルデポ下水
▲電気と水道の接続       ▲下水の接続

【小林】 日本のキャンプ場と違うのは、利用者の滞在時間が長いということですね。
 1ヵ月以上泊まっている人などはざらで、みな自分のサイトの周りに、花などを植えたりして、“My Home”のように使っています。
 だから、利用者同士の交流も盛んで、RVパーク自体がユーザーたちのコミュニティ空間になっているんですね。

【町田】 なるほど。『アバウト・シュミット』 や 『RV』 などの映画に出てくる雰囲気なんですね。
【小林】 そうですね。場所によっては、専用のプールやジャグジーがあって、リゾート地のような景観を整えているところもありますし、殺風景な砂漠のど真ん中にあるものもあります。
 それぞれ個性があって、そこがモーターホームの旅の面白さになってますね。

【町田】 でも、慣れないと、そういうRVパークにたどり着くだけでも、大変そうですね。
【小林】 ええ。だから、私たちの業務では、お客様が空港から降りられたら、まず現地の日本人スタッフがレンタルモーターホームのオフィスまでご案内し、第一日目だけは、近くのRVパークに、こちらから予約を入れるようにしています。
 最初の1日だけ完璧なセッティングをしておけば、たいていの方は、2日目から落ち着いた気分で、自分なりの旅行プランを練られるようになりますね。

【町田】 ところで、モーターホームの旅をしているとき、犯罪などに巻き込まれたりすることはありませんか?
【小林】 今のところ、そのような情報はまったく聞いていませんね。
 だいたい、犯罪者にとっても、わざわざ郊外まで繰り出して、エモノを探すというのは非効率的だし、移動コストもかかるんです(笑)。
 治安が悪いのは、どこでもダウンタウンの周辺で、町のそばにクルマを止めて寝ていることは、やはりお勧めできません。

 町の近郊に泊まるときは、24時間開いているスーパーの駐車場の入り口近くなどに止めるようにご案内しています。
 基本的にはRVパークに泊まり、ときにはモーテルを利用することが安全と安心の確保につながります。

《冒険旅行の気分を満喫》

【町田】 慣れない土地で、慣れない旅行形態を経験するというのは、ある意味でシンドイことかもしれませんが、逆にいえば、それこそ旅の醍醐味なんでしょうね。
 「自然の中を旅する」といっても、日本の自然とは比べものにならないくらいスケールが大きいわけで…。

トラベルデポ牛 トラベルデポリス

【小林】 そうですね。旅というのは、ある種の冒険の要素があってこそ、後になってから思い出深いものになるんでしょうね。
 北米レンタルモーターホームの旅というのは、目的地の設定から、そこへ移動するまで、すべて自分の責任のもとに行われるわけですね。

 時にはシビアな場面に直面することもあるかもしれませんが、しかし、お膳立ての整ったパックツァーで旅行するのとは比べものにならないくらい、豊かな思い出をもたらせてくれます。

【町田】 確かに、キャンピングカーによる国内旅行でも、難題にみまわれながら、それをクリアしたときの達成感がすがすがしい思い出として残りますよね。
  言葉も、交通事情も異なる国で、モーターホームの旅を見事に達成したならば、それはきっと将来の大きな自信につながるでしょうね。
【小林】 若い人にも、シニアの人にも、そういう経験を持ってほしいですね。
 北米モーターホームの旅というのは、いわば真っ白なキャンバスに、自分の好きな色を使って絵を描いていくような旅なんですね。
 
 絵を描き終えた瞬間に、いままで見たこともない新しい自分に出会うかもしれない。
 そういう意味で、第2の人生をを模索しているようなシニアの方にも、ぜひチャレンジしてほしいと思います。


 小林さんは、現在、個人のブログでもご活躍。
 アドレスは下記のとおり。
 http://motor-home.blog.hobidas.com/
campingcar | 投稿者 町田編集長 17:57 | コメント(7)| トラックバック(0)

団塊シニア群像1

 「定年退職を迎えた団塊世代」などという言葉が、マスコミではずいぶん前から飛び交っていたけれど、なかなか、その具体像が私の日常生活にまでは浸透して来なかった。
 
 しかし、最近はようやくそれっぽい“団塊族”が、近辺にも出没するようになった。
 サラリーマンたちが徒党をなしてランチの定食を頬張っているスナックの片隅で、白髪をニット帽で隠し、アウトドアベストなどを着込んで、昼間から悠然と文庫本などを広げて、コーヒーをすすっているような人たちだ。

 昼間そういう人たちを見かけると、ついつい、その人が家に戻って寝るまでの時間のつぶし方を想像してしまう。

 あの人はこの後、公園などを散歩して、ハトでも見たら、エサをやるのだろうか。
 それとも、繁華街に出て、話題になっている映画でも見るのだろうか。

 日が暮れると、駅前の立ち飲みの居酒屋に顔を出し、夕刊フジなどを読みながら、コップ酒を飲むのだろうか。

 さびしくなると、務めていた頃の同僚に携帯電話をかけ、
 「やぁやぁ元気? 今度飲まない?」
 などと誘い合って、決して訪れることのない“今度の日”を確認しあうのだろうか。

 なんだか、うらやましいような、さびしいような。

 ある居酒屋のマスターが、カウンター越しの雑談で、こんな話をしてくれた。
 最近、店を開けると、明るいうちから、待ってましたとばかりに飛び込んで来るリタイヤ組のお客さんが増えてきたという。

飲み屋瓶
 
 「話を聞いていると、身につまされるよ」
 
 どんな話なのか。

 朝、目がさめる。
 家内が寝ているので、ご飯を炊いてやり、おかずもこしらえる。
 寝ている家内を起こして、いっしょに朝食。
 お茶を入れて、新聞を隅から隅まで読む。
 その後は、体を動かす意味も込めて、犬を連れて、家の周りや近所を一周。

 最近パソコンを始めたから、かつての同僚たちからメールが届いていないかどうかをチェック。
 しかし、同じころ始めた同僚たちは、みな三日坊主で、最初のころ面白がっていたメールのやりとりも、もうみな飽きた感じ。
 今日も、メールは一通もなし。

 パソコンの電源を落として、さぁて何を始めるか…
 と途方にくれるのが、朝の8時なんだよ。

 と、悩みごとを打ち明けるお客さんがいたとか。

 「元気があるのに、やることが見つからない。そういった“不発弾”みたいな中高年がどんどん増えてきたよ」

 居酒屋のマスターは、そういって苦笑い。

 定年後のライフスタイルを模索するようなセミナーでは、
 「定年後の時間をどのように使うか。それを定年前に見つけておくべし」
 などと指導しているという。
 今から趣味などを探しておけということなのだろうが、趣味というのは、さぁ何か持とうと思っても、すぐ持てるものではないというのが、やっかいだ。

 特に、摂待ゴルフや接待マージャンといった、仕事と趣味をセットで考えてきたような人たちは、仲間がいなくなったときに、きっと途方にくれるだろうなぁ…という気がする。

 キャンピングカーのクラブイベントなどに招待されて行ってみると、ここでもリタイヤした中高年カップルは日増しに増えている。
 しかし、「退屈で死にそうだ」などという声はまったく聞かれない。
 
 「新聞を隅から隅まで読んで、やっと朝の8時」
 と悩む人は、キャンピングカーという“生き方”があるということを考えてみるのもいいかもしれない。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:23 | コメント(4)| トラックバック(0)

パリ、テキサス

 伝説のロードムービー、ヴィム・ヴェンダースの 『パリ、テキサス』をついに手に入れた。
 土曜日の夜のことだ。
 カミさんが、駅前のTUTAYAまで、韓流ドラマのDVDを借りに行くから、ガードマンを務めろ、という。

 奴隷としては、女主人のこういう命令に逆らうと、後が怖い。
 渋々もう一度着替えて、自転車でDVDを借りに行く女主人の後ろを伴送した。

 しかし、収穫はあった!
 何気なく覗いた中古DVDコーナーに、ずっと探していた 『パリ、テキサス』が、ポツンと、さりげなく棚に刺さっていたのである。

paris

 3,990円。
 アマゾンで買った方が安いかな…とも思ったが、迷わずレジに直行。

 『パリ、テキサス』
 映画としては、初めて見るのだが、映画マニアの人からは散々その評判は聞いていたし、何よりもサウンド・トラックだけは、もう10年以上前から、聞き続けている。

 なにせ、音楽を大好きなライ・クーダーが担当している。
 特に、この 『パリ、テキサス』 のサントラはことのほかお気に入りで、もう耳タコになるほど聞き込んでいる。

 今日は1日中見続けた。
 1回スルーで見て、後はお気に入りのシーンをチョイスして飽きるまで。

 美しい映像だ。
 アメリカ中西部の空っぽの風景。
 地平線ムービーだ。

 自分がなぜ、このようなアメリカ中西部の空っぽの風景に惹かれるのか、自分でもよく分からない。

 映画のストーリーは、すでにいろいろなレビューで紹介されているので、ここでは詳しく書かない。

 深読みしようと思えば、いくらでも突っ込んだ批評ができる映画だが、自分にとって大事なのは、あくまでも、
 「荒野を貫く淡々とした一本道」
 「朽ち果てたようなドライブイン」
 「華やかで、寂しいモーテルのネオン」
 「ハイウェイのかなたに広がる夕暮れの光」

 それだけを堪能して、ひたすら感激。
 映像が、どれも、これまた大好きなエドワード・ホッパーの絵のようだ。

 さすが、アメリカを舞台にした映画だと思わせるのは、何気なく撮られた映像の隅に、モーターホームやトレーラーが必ず出てくる。
 何気なく出てくる…というところが、すごい。

 ライ・クーダーのけだるいギターを聞いて、美しい映像を見ているだけで、今日1日、幸せな気分だった。
 「この映画、退屈ね。あなた寝てんじゃない?」
 という、外野席からのカミさんの声さえなければ。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 22:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

走るロッキー

 映画 『ロッキー・ザ・ファイナル』 が好評のようだ。
 シルヴェスター・スタローンが60歳のロッキーを演じているという。
 ロッキーのデビュー戦から30年経ったという設定だ。

映画ロッキー1

 それを知って、「もう30年経つのかぁ…」
 と思わざるを得ない。
 
 私は、このロッキー・シリーズが好きだ。
 テーマミュージックを聞くだけで、元気が出てくる。

 勝利を勝ち取るためには、つべこべと頭を使わず、肉体を酷使するしかないというシンプルな上昇志向が、けっこう元気の源になる。

映画ロッキー2

 ちょうど30年前。自分の精神状態は最悪だった。
 自分が変らなければ、生きていけないと思いつめていた。

 そんなとき、生玉子を四つばかりグビグビと飲み干して、いきなりトレーニングのために走り始めたロッキーの姿は新鮮だった。

 元気になるには、この手があったか!
 目からウロコが落ちる思いだった。

 ロッキーの1作目というのは、ボクシング映画というより、私にとってランニング映画だった。
 映画を見た次の日から、朝早く起きて、さっそく家の近くを走り始めた。

 そのときは三日坊主で終わったけれど、単純に肉体を酷使することが、元気を取り戻す一番の秘訣だということが、すぐに分かった。

 以来、落ち込んだら走る、という意識が生まれた。

 ここ数年はもう走っていない。
 この年で走るのはさすがに苦しい。

 でも、自分が走る代わりに、トレーニングで走っているロッキーの姿を見るのは好きだ。

 悩んでいるときは、頭を使ってはいけない。
 走るしかない。
 今でも、その思いは強い。

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:18 | コメント(4)| トラックバック(0)

レクサス発表会

 トヨタ自動車から、レクサスLS600の記者発表会の招待状をいただいたので、さっそく会場に足を運んだ。

 GMを抜いて、世界一の自動車メーカーとなるがことが明らかになったタイミングでの発表だけに、会場の熱気は相当なもの。

 かつて、初代セルシオを発表したとき、発表会会場で弦楽4重奏のコンサートを披露し、記者たちにフレンチのミニコースを振る舞ったトヨタだが、さすがにそのようなバブリーな演出はなし。
 発表するクルマそのものが“ご馳走”という、正々堂々たる勝負に出てきた感じだ。

 発表されたのは、レクサスLS600hと、そのロングボディバージョンのLS600hLの2タイプ。

 レクサス1
 
 キャッチはずばり、「ザ・フラッグシップ・オブ・レクサス」。
 レクサスブランドの頂点に立つモデルという位置付けだ。

 手渡されたカタログや広報資料を見ると、
 「絶対的な動力性能」
 「力強い瞬発力」
 「圧倒的な加速」
 「ファン・トゥ・ドライブ」
 などという言葉が踊っている。

 パワーの誇示より、環境への配慮を求められる時代のキャッチにしては時代錯誤的と思えるのだが、どっこい、ハイブリッドでそれを実現しているというところが、何よりもこのクルマの凄さを物語っている。

 チーフエンジニアの話によると、6リッター車の走りで、3リッター車の燃費を実現しているとか。

 トヨタが、販売台数でGMを抜く原動力となったもののひとつに、ハイブリッドカープリウスの好調な売れ行きを挙げる人は多い。

 プリウスが、ハリウッドスターたちの愛用車になっているなどという報道もあり、トヨタのハイブリッド車は、低燃費・クリーンエンジンという環境保全を目指した知的なステータスを持つクルマとして認知されている。

 そのハイブリッド技術を、レクサスのフラッグシップモデルを使って喧伝するなんて、もう10対0ぐらいのスコアで勝っている野球で、9回に、さらに満塁ホームランを放ってダメ押ししたようなものだ。

レクサス2

 資料を読むと、チーフエンジニアの狙いのひとつに、
 「モーターからの音を限りなくゼロに近づける」というテーマがあったという。
 発進時も、無音の発進になるとか。

 ハイパフォーマンス車を標榜するクルマの売りは、かつては、パワーユニットの力強い力動感だった。
 時代が変わった。
 燃えたぎるようなホットなものが、「前進」のシンボルだった20世紀は遠い過去になった。
 
 このクルマの駆動システムには、AWDが採用されている。
 それに対しても、資料ではこんな説明が。

 「AWDによるハンドリング特性の変化は、これまで高級車にとってはネガティブな要素という概念があったが、LS600では、後ろから蹴り出されるような後輪駆動らしい押し出し感を演出…」

 映画『ブレードランナー』じゃないけれど、レプリカントが人間の特性をコピーし、さらに人間の上にまで行ってしまったような感じだ。


 発表会の会場で、気づいたことがひとつある。
 それは、挨拶や文献のなかに、「日本的な感性を…」とか、「日本的な文化を…」などという言葉が飛び交うようになったことだ。
 それまでは、
 「世界でもトップクラスの…」とか、「世界一の…」などという言葉が修辞語として多用されていた。

 世界一の自動車メーカーになったトヨタは、もう「世界」を意識していないのかもしれない。
 それよりも「日本」。

 世界に通用するブランドというのは、実はローカルなキャラクターを身にまとって登場したものばかり、という話をする人もいる。
 世界的なブランドとして通用しているものを真似しているだけでは、どんなに優れた商品性を持ったものでも、結局は“亜流”という評価から抜け出すことはできない。

 日本というローカルな風土から発信できる魅力的な文化とは何か。

 かつて、初代セルシオが登場したとき、自動車評論家の徳大寺有恒氏は、
 「セルシオのエアコンから来る風には、日本の文化がある」
 と語った。
 「強力なファンを回して、圧倒的な冷風を送るエアコンではなく、風鈴の音色、打ち水の爽やかにも似た、繊細な涼風を送るエアコンで、それは日本文化のなかから出てきた冷却感覚だ」と。

 その時点から早や18年。
 エアコンというささやかな部分を超えて、今やレクサスLS600は、クルマ全体が日本文化を体現するようになったということなのだろうか。

 「静けさ」というものに美を感じるというのは、確かに日本人的な感性なのかもしれない。
 日本庭園の猪脅し(ししおどし)などという装置は、竹筒に水が溜まると、カタンと音を立てるようになっているけれど、それは基本的に、静寂を前提とした装置である。

 龍安寺の石庭などという庭園も、静寂が支配する環境で観賞するようになっている。

 日本的な、沈黙の「雄弁性」のようなものに、トヨタの首脳陣たちも目覚めたのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:11 | コメント(4)| トラックバック(0)

CSガイドの直売

 『キャンピングカー superガイド』は、書店売りのほかに、毎年編集部からの直売用として500部ほど確保しています。

07ガイド表紙

 この直売用は、主にキャンピングカー販売店さんにご活用いただくようになっています。
 活用の仕方は各販売店さんによって異なるようで、他の用品といっしょに商品として販売されているところもあれば、成約されたお客様に、カタログ代わりの説明書として贈呈されているところもあるようです。

 今日は、大森自動車さん、バンテックさん、フィールドライフさん、タコスさんから、計50冊のお買い上げがありました。

 残りはいよいよ120冊。
 このうち毎年、次年度の営業用として40冊(4束)ほど確保しますから、残部は80冊。
 
 定価は1冊2,100円(税込み)ですが、販売店さんには10冊単位でお買い上げいただいた場合は、相当お買い求めやすいサービス価格で仕切らせて頂いています。(送料弊社負担)
 
 もし、このブログをご覧いただいたキャンピングカー販売店さんで、ご入用の方は早めにお申し込みくださると助かります。

 電話   03-3474-7605
 ファックス03-3472-1836

 自動車週報社 町田までご連絡ください。
campingcar | 投稿者 町田編集長 21:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

米国自動車旅行記

 アメリカを自動車で旅行することをテーマにした小説やエッセイが好きだ。
 その手の読み物として筆頭に挙がるのは、なんといっても、ジョン・スタインベックが書いた『チャーリーとの旅』だろう。

 この著作は、彼が愛犬と一緒にキャンピングカーでアメリカを回ったときの体験を綴るという、自動車文学の古典としてあまりにも有名な作品だが、この手の自動車文学では、日本人作家も負けてはいない。

 片岡義男は、『スターダスト・ハイウェイ』のなかで、音楽を聞きながら、ひたすらアメリカの荒野を走り続ける孤独なドライバーの姿を、抑制の利いたタッチで巧みに描いている。

 主人公が何のために走るのか。
 その説明は一切出てこない。
 しかし、読んでいるうちに、そんなことはどうでもよくなるような本だった。

 ドライブインで出会った愛嬌のある女主人。
 モーテル中庭にある人気のないプール。
 クルマを並走させながら、缶ビールを投げてくれた愛想のよいカップル。
 空から降りかかる星くず。
 ドライバーが目にしたアメリカ中西部の風物が、無数の断片となって、切れ切れに描かれていく。

americaネオン

 東理夫は、『荒野をめざす 追憶のハイウェイ・ルート66』というエッセイで、ルート66をだどりながら、アメリカを走ったときの見聞録を記している。

america-ルート66

 こちらの本では、日本人ドライバーから見たアメリカの広大さと単調さが、多少メランコリックに語られていた。

 「カリフォルニアを走るインターステートハイウェイ5には、260㎞の直線道路がある。4時間以上ハンドルを切ることがない。トラックドライバーのなかには、運転しながら双眼鏡で子供たちのやっている野球を2イニング見たという人間もいる」

 そんな記述を読むだけで、アメリカの単調な広さが分かる。

 この本も、主人公のドライブの目的を説明しようとしない。
 「ニードモア(もっと必要)という町の名前が面白そうだから、行ってみようと思った」
 たまに、そんな理由付けが出てくるだけだ。
 これも美しい文章だった。

america-家

 私は、昔、これらの本を声を出して読んで、テープに録音し、文と文の間に音楽を挿入して、自作の朗読テープをつくった。
 北部や西部を舞台にしたエッセイの場合は、ニール・ヤングやザ・バンドの曲を入れる。
 アラバマあたりが舞台となったエッセイを吹き込んだ場合は、オールマン・ブラザースやレーナード・スキナード。
 テキサスならZZトップ。

 そうやって構成した自作のテープを、独りでドライブしているときに、よく聞いた。
 文章と音楽が一体となったテープを聞いていると、国道16号線を走っていても、少しハイな気分になった。

americaー家

 村上春樹の『辺境・近境』にも、自動車を使ったアメリカ横断記が載っている。
 それによると、アメリカでは州によってFM局が変わり、局が変わると音楽も変わると書かれている。

 しかし、東海岸から内陸部に入っていくにしたがって、ジャズやヒップホップは影をひそめ、いつのまにかカントリーミュージック一色になる。
 アメリカでは、海岸線に面した地域以外の州に入ると、カーラジオのスイッチをONにしているかぎり、朝から晩まで、そして深夜になってもカントリーしかかからないという。

バニシングポイントのGS

 カントリーミュージックは嫌いではないが、昼夜を問わず聞こえる音楽がそれしかないという環境が信じられない。
 実際に、自分がドライブしてそんな目にあったら、すぐにうんざりしてしまうかもしれない。
 しかし、そういう退屈さに、いつも無性に憧れている。

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 22:27 | コメント(4)| トラックバック(0)

スピリチュアル

 「News week」の5月15日号に、「スピリチュアルと日本人」というタイトルが出ていたので、ふと手にとって買ってみた。

Newsweek5-15

 今、巷にブームとして広がっているスピリチュアルブームというものの実態を、私はよく知らない。
 「オーラの泉」という番組をじっくり見たこともなければ、江原啓之さんの著作も読んだことがない。

 ただ、スピリチュアルという言葉に対しては、昔から関心があったので、いま使われている「スピリチュアル」が、自分がイメージとして抱いていた言葉に近いのか、遠いのか。
 それを確認しようと思った。

 「News week」の記事によると、「スピリチュアル」という言葉は、現在、死後の世界とか霊界など、目に見えない超自然的な世界そのものを指す言葉になっているらしい。
 なるほど。
 「スピリチュアル」といわれれば、「霊界」などといわれるよりも新しい感じがするし、ファッショナブルなセンスが感じられる。

 辞書をひもといても、「スピリチュアル」という言葉には、「霊的な」とか「精神的な」という訳語が付いている。
 しかし、私のイメージのなかにある「スピリチュアル」は、もっとシンプルでたわいないものだ。

 たとえば、午後の柔らかい陽射しを浴びた公園で、ふと人の気配がとだえた瞬間にめぐり合ったとき。
 夕陽の残光が、白いビルの壁を真っ赤に染めあげた瞬間を見たとき。

 青空の彼方で、風の音に合わせて、雲が渦を巻く瞬間を捉えたとき。
 夏の松林を地鳴りのように震わせるセミの鳴き声が、ふと途切れた瞬間に気づいたとき。

 日常生活のなかで、今まで「当たり前」と思って見過ごしていたものが、一瞬だけ、その相貌を変えるとき、私は、自分のそばに、なんだかとてもスピリチュアルなものが降臨したような気分になる。

稚内の空1  芝生影

 だから村上春樹の、『午後の最後の芝生』なんていう小説タイトルに、とってもスピリチュアルなものを感じる。
 「最後」っていう言葉が、なんで午後の芝生を表現するときに必要なのか?
 その組み合わせがとてもミステリアスに思えるからだ。

 
 そういうスピリチュアルな景色に触れたり、小説タイトルから不思議なイメージを喚起されたとき、
 「何かの啓示かもしれない」
 …と思うことがある。

 しかし、誰からの、何のメッセージなのか?
 その意味を考え始めると、もう最初に感じた“衝撃”は遠のいていく。

 いま世間で言われているスピリチュアルは、逆に、人々が意味不明な体験をしたときに、その意味を言葉で説明して安心させる機能を持っているものらしい。
 前世とか守護霊という言葉で説明することで、人の不安を退けるという発想法だ。

 「News week」の記事では、誰もが自分の生き方に自信が持てなくなってきた「不安の時代」だからこそ、人々は前世や守護霊を持ち出して説明する考え方に拠り所を求める…というような指摘がなされていた。

黒雲1

 私は、自分だけに訪れた、ささやかな「プチ・スピリチュアル体験」の方を大切にしたいと思うから、あまり前世だの守護霊からのメッセージだという“合理的”な解釈をしたくない。


 しかし、今のスピリチュアルブームを、「科学的実証性がない」といって、一概に否定する見解にも与(くみ)したくない。

 人間の脳内活動なんて、危ういものだ。
 「迷信は信じない」
 「幽霊などは存在しない」
 なんて言っていられるのは、精神活動が、単にルーティンワークになじんでいるだけのことにすぎない。

 人はひとたび、根源的な精神危機に直面したときは、あっけないくらい古代的な迷信や縁起かつぎに奔走してしまう。

 もう相当昔の話だが、私も一度精神的な危機に直面したと思える時期があって、そのときは、走っている道が「42号線」などというだけで、その道を迂回したり、行列についたときの自分の順番を数え、13番目に当たったときは、後ろの人に順番を譲ったりしたことがあった。

 明け方に見た夢が、いつまでも気になったり、映画の1シーンが自分の私生活に似ているだけで、不安になったりしたこともあった。

 心が弱っているとき、人間は不安に彩られた「負の信号」ばかり拾ってしまうようにできている。

 だから、江原啓之さんのメッセージが、不安に取り付かれている人に明るい希望をもたらせるものであるとしたら、それはそれで価値あることに違いない。
 ただ、私は、「スピリチュアル」ってのは、もっと違う世界を意味する言葉だと思っているけれど。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:28 | コメント(6)| トラックバック(0)

達人たちの肖像2

《ユーザーレポート 福岡県 佐野洋子さん》

 シルバーのチェッカー模様に、大きく「TRD」のロゴ。
 モータースポーツ愛好家のキャブコンか?
 そんな雰囲気を漂わせるアネックスのMAXを運転するのは、チャーミングなシニア女性。

 福岡県にお住まいの佐野洋子さんだ。

MAX1 

 佐野さんが運転免許を取ったのは二十歳のとき。
 今から40年ぐらい前の話だ。
 自動車免許を持っている女性そのものが“珍しい”といわれた時代である。

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 以来、佐野さんはセダンからスポーツカーまで、ありとあらゆるタイプのクルマを経験してきた。
 今でも普段の足は、真っ赤なスポーツタイプのアルテッツァ。
 ボディにはシルバーとピンクの鮮やかなラインが走っているという。
 どこに止めても、20代くらいの若者のクルマだと思われるらしい。

 その真っ赤なアルテッツァを、高速道路では、床が踏み抜けるほどアクセルを踏み込んで飛ばす。
 並みの乗用車では、彼女のクルマの速さに追いつけない。

 だから、キャンピングカーの運転など、
 「あっけないくらい簡単」
 と、言い切る。
 そして、
 「今はキャンピングカーで旅行することが生きがい」
 とも。

 彼女がアネックスのMAXを手に入れたのは10年ほど前。
 男性でも、最初に走らせるときは緊張するキャブコンを、佐野さんは最初から「乗用車より運転しやすい」と見抜いていた。

 「だって、着座位置が高いから視界がいいじゃないですか。女性は男性より背か低いから、スポーツカーなどに座ると、なおのこと沈み込んでしまう。
 でも、このクルマは周りが見下ろせるから安全だし、気持ちいい!」
 とご満悦。

 ステアリングを握ったときの彼女を、人は「女傑」とも「ゴッドマザー」とも呼ぶ。
 しかし、いったんクルマから降りたときの佐野さんは、愛犬を胸に抱く姿に優しさがにじみ出る、笑顔のチャーミングな素敵なオバサンだ。

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 愛車のMAXには、旦那さんとの思い出がいっぱい詰まっている。

 思い出…。

 佐野さんの最愛のご主人は、彼女を残してガンで亡くなられた。
 ガンが発見されたとき、担当医からは、
 「あと3ヶ月」
 と明かされた。

 ご主人が入院している間、彼女は病院の駐車場にMAXを停めて、そこから病室に通った。
 できるかぎりの笑顔を浮かべ、華やかな衣装で身を包み、
 「お父さん来たよぉ! 一緒にキャンピングカーの旅を始められるように、早く元気になってくれなくちゃ」
 ご主人をそう叱咤しながら、クルマに戻ると、独りで慟哭する日々が続いた。

 「今から思うと、キャンピングカーがあったのだから、主人を連れ出して、最後の旅を思いっきり楽しめばよかった」
 そう考えて、眠れなくなる夜があるという。

 ご主人の夢は、「日本一周旅行」だった。

 それを果たせずに亡くなったのだから、
 「私が代わりに日本全国を回って、主人に報告しなければ…」
 と、佐野さんは気持ちを切り替え、愛犬のソラちゃんをお供に、時間が許す限り、どこにでも旅発つことにした。

 KOLCという九州のキャンピングクラブ(RVウエスタン)に所属していた関係上、九州の全域はほぼ知り尽くした。

 さらに遠くへ。

 去年はTASのメンバーとフェリーで韓国に渡った。
 そして、9月には40日間かけて北海道全域を回った。

 それでも北海道は回りきれなかったという。北海道を心ゆくまで楽しむには、最低3ヶ月は必要とも。

 そこで、一緒に旅行する仲間を募集した。
 ところが、周りには3ヶ月の長期休暇を取れる仲間がいない。

 「あと数年待ってくれればリタイヤできる。そうしたら一緒に行こう」
 佐野さんの仲間はみな口々にそういうらしい。
 彼女を中心に、定年後にキャンピングカーによる北海道旅行を楽しもうという集団が形成されている模様だ。

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 佐野さんから、キャンピングカーオーナーへのメッセージがある。
 
 「まず、キャンピングカーの運転をしたことがない奥様たちへ。ぜひ、運転に励んでください。そうしたら、仮に旦那様に先立たれたとしても、私のように楽しむことができます。
 次に旦那様たちへ
 ぜひ、奥様にキャンピングカーの運転を覚えさせてください。奥様が独りっきりになっても、キャンピングカーで旅していれば淋しくないのですから」

 佐野さんは、キャンピンクカーで旅することによって、大切なたくさんの仲間を得ることができた。
 彼女が参加するクラブのイベントでは、誰もが今まで以上に彼女を大切にしてくれる。
 それが、何よりも生きていく上での励ましになるという。

 「天国にいるお父さんに、いい報告ができるように」
 彼女の旅が、また始まる。


campingcar | 投稿者 町田編集長 22:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

懐かしい車たち

 キャンピングカーの世界では、今「歴史を振りかえろう」という機運が生まれている。
 ようやくキャンピングカー産業も、“一人前”の産業として熟成してきたということかもしれない。将来のユーザーに責任を持てる商品を育てていくためにも、過去から現在へと至る筋道を明確にしておくことは必要なことだからだ。

 日本のキャンピングカーの歴史を考えるとき、日本の自動車史を抜きにしては語れない。
 私の次の仕事のひとつに、「日本のキャンピングカーの歴史」をまとめるという仕事がある。

 まだ、構想も十分にまとまっていない段階だが、日本のモータリゼーションがどのような進化を歩んできたかということは、当然射程に入れて考えなければならないという意識はある。

 TJさんのお誘いがあって、ビックサイト(国際展示場)で開かれたノスタルジックカーショーを見学する機会を得た。

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 いやぁ、往年の名車が目白押しだった。
 私は、こちらの世界は門外漢なので、もう少し詳しい知識があったら、もっと楽しめたのだろうけれど、知識の乏しい私にとっても、さすがに「おぉ!」と唸るようなクルマばかりだった。

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 ハコスカ、観音開きのクラウン、トヨタ2000GT、初代セリカ。
 日頃なかなか見る機会がなくなってしまったクルマたちなのにもかかわらず、いつの間にか、気分が、それらが現役で走っている時代に引き戻されている。

 コーナーの一角に、TOYOTA90C-Vのような耐久レースに参戦していたマシンも飾られていた。

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 昔、トヨタさんの広報誌を担当していたので、富士スピードウェイのピットで、そのマシンが給油でピットに入ってくる瞬間をすぐそばで見ていたときのことを思い出した。懐かしかった。

 会場を回っているうちに、ふとキャンピングカーのショーの熱気に近いものを感じた。
 何がそう思わせるのだろう…と考えた。
 
 「クルマが夢をはらんでいる」
 
 そんな感じがした。
 これらのクルマが現役だった頃、明らかに自動車少年たちの夢だった。

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 今、乗用車は生活必需品に近くなり、夢というより、日常生活を支える欠くべからず道具として見られる傾向が強くなっている。
 しかし、この時代のクルマたちは、それを所有することで、まったく違った世界が手に入るというイメージ喚起力を持っている。
 
 それは、もしかしたら、自分の思い出を重ねただけの、単なるノスタルジックな錯覚なのかもしれないけれど、やはり自分には、日常から非日常へ至る掛け橋のような存在に見えてしまう。

 キャンピングカーは、今、かつての乗用車が持っていたような、日常から非日常へ至る掛け橋的な存在になりつつある。
 かつての自動車が持っていた輝きを、これからはキャンピングカーが代行する。
 そんなイメージが羽ばたいていけるような仕事をすることが、自分に与えられた使命かな…
 なんて、生意気な言い方になるけれど、ちょっとだけそんなことも考えた。 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:48 | コメント(4)| トラックバック(0)

歌姫シャーデー

 昨日ザ・バンドの話を書いてから、久々に彼らの音をCDで聞いた。
 で、ふと思った。
 もう、こういう音はないんだなァ…と。

 洋楽シーンでは、1960年代の音楽的財産は、そのまますんなりと70年代に受け継がれていったが、80年代からは大きな断層が生まれている。
 感覚的にいえば、ホットな音からクールな音へという印象がある。
 深夜の祝祭的な狂騒から、次第に、冷気に満ちた明け方の静けさに…。
 激しいビートを刻む音楽でも、80年代のビートは、どこかひんやりしている。

街夜景

 それまでの、60~70年代の音とは、どんな音であったのか。
 20世紀最大の音楽的ヒーローであったビートルズが、1970年に解散して以来、その後の音楽空間を埋めたのは、UKではパンク。アメリカではディスコミュージックだった。

 特に、商業的な成功という意味では、ディスコミュージックの隆盛はすさまじいものがあった。
 KCサンシャインバンドが「ザッツ・ザ・ウェイ」をヒットさせたのは75年。ワイルドチェリーが「プレイ・ザット・ファンキーミュージック」を流行らせたのが76年。

 78年には、映画「サタディナイト・フィーバー」が大ヒット。ジョン・トラボルタのダンスとともに、ビージーズの挿入曲が一斉を風靡して、ディスコ文化はその頂点に登りつめた。

 しかし、80年代に入ると、60~70年代の熱気は急速に退潮していく。
 70年代から続いているディスコ系ともR&B系ともいえる音づくりにおいても、「キッス・オン・マイ・リスト」を歌うホール&オーツの音には、70年代の黒人系お祭りダンス音楽とは一線を画した、「白人の抑制」がサウンド全体を支配していた。

 マイケル・ジャクソンが歌う「ビート・イット」は、激しいリズムを打ち出しながら、人間の熱気からは遠い、機械の正確なコントロールに支配されるデジタルビートのイメージで統一されていた。

 すでに、マイケル・ジャクソンは、生身の人間が演じる「歌手」からも決別していた。
 彼はビデオクリップの王子様であり、生のステージよりもビデオクリップの主人公として、その存在感を強めていった。

 テクノロジーの進歩によって、バーチャルな映像がリアリティを持ち始めてくると、演奏者の汗が飛んでくるライブに価値を求める考え方も薄れていく。
 それよりも、お金をかけて面白く制作されたビデオクリップの方が楽しい。
 80年代になると、そう思う人たちの数が極端に増えたような気がしてならない。


 人の体温が急激に薄れていく80年代の洋楽シーンにおいて、その時代の音楽を象徴する歌姫がシャーデー・アデュだった。

シャーデー1 

 顔立ちはエキゾチックでミステリアス。
 ナイジェリア生まれのイギリス人で、アフリカの血が混じっている。ファッションデザイナーとしての実績もある。
 
 そのような語るべき「物語」をふんだんに持ちながら、シャーデーという女性からは、素顔というものが感じられない。
 それは、ある意味で、80年代のお洒落感覚というものを的確に表現していたように思う。

 身体中に金粉を張った半裸体のジャケット写真で登場し、抑制の効いたハスキーな音声を披露する彼女は、人間というより、映画『ブレードランナー』に登場するレプリカントであった。
 それは、リスナーに「ある種の雰囲気」、「ある種の快感」を与えるために、正確にプログラミングされた「装置」ともいえた。

シャーデー2

 シャーデーの歌は、冷たい夜明けを迎えた都市の片隅で聞くと、ことさら心地よく響いた。
 当時流行ったコンクリート打ちっぱなしのカフェバーや、レトロなインテリアのダイニングバーで時間をつぶす人たちに、彼女の歌は、「都市の美しさ」と「都市のメランコリー(憂愁)」を教えた。
 その歌声には、孤独な都市生活者の「さびしさ」を、「お洒落なもの」に変換するマジックが秘められていた。

 グラミー賞新人賞を獲得した『ダイヤモンド・ライフ』というアルバムを手に入れた頃、
 「なんて懐かしい音! しかしなんて未来的な音!」
 と困惑しながらも、とりこになって聞き込んでいた時期がある。

ダイヤモンドライフ-sade

 60年代から70年代初頭の古めかしいソウル、R&B、ジャズのエッセンスをすべて採り入れながら、彼女の音楽は、それらの音を完璧なくらい遠い未来に向けて放り投げていた。

 だから、それは懐かしい響きを持ちながら、過去に聞いた音とも、その当時の最先端の音ともまったく違って聞こえた。
 実現もしていない未来社会から流れてくる音だから、生きている者が発散する「熱」がない。

 このクールな浮遊感こそ、シャーデーの音楽の最大の魅力であり、それはまた80年代にふさわしい音だったように思う。

 それはまさに、世界の産業構造が、ホットな重工業からクールな情報産業へと移行したことを象徴するような音であったのかもしれない。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 15:38 | コメント(4)| トラックバック(0)

60年代ロック

 『レコード・コレクターズ』(株式会社ミュージック・マガジン)が60年代ロック・アルバム・ベスト100という特集を組んでいたので、思わず衝動買いした。

レココレ60

 音楽雑誌でこの手の企画があると、たいてい無条件で買ってしまう。
 自分の持っているアルバムが、そのなかに何枚チャートインしているか、ついつい好奇心が働くからだ。

 「お、これも載っている。あれも収録されている」
 と、いそいそと数えてみたが、結果は18枚。

 100枚のなかで18枚というのは、はたして多いのか、少ないのか。
 別にコレクターを自認しているわけでもないので、18枚も揃っていれば十分なのだろうけれど、持っているアルバム以外の曲で、けっこう知っているものが多いので、少し悔しい。

 60年代ロック全盛と言われた時代、自分は高校生か、大学1~2年生。
 お金がなかった。
 レコード屋に長時間とどまり、欲しいアルバムを手に取っては、また棚に返し…。
 悩んで、あきらめて、結局ヒット曲が抽出されているシングル版を買って帰る。
 そんな感じでレコードを集めていた。

 アルバムとして買うレコードは、相当考え抜いた末に、意を決して選んだものばかり。
 当時はヒット曲をシングルカットしたレコード中心に市場が構成されており、トータルコンセプトに貫かれたアルバムに価値を置く風潮も育っていなかったので、ある意味で、シングル版を集めるか、ヒット曲を効率よく収めたベスト版を買っておけば、それで十分だったのである。
 
 しかし、なかには、
 「これはアルバムとして持っていなければ、時代に取り残されるぞ」
 という危機意識に近い心境で、意を決して買い求めたレコードというものもある。

 そういうアルバムが、ベスト100の上位に入っていたりすると、やはり、自分の選択に間違いがなかったような気になって、少しうれしい。

 今回のベスト100で、ザ・バンドの「ミュージック・フローム・ビッグピンク」が3位にチャートインしているのを見て、
 「やったね!」
 という気分になった。

ビッグピンク

 ザ・バンドはお気に入りのグループだったので、21位に「THE BAND」が入っているのも、素直にうれしい。

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 ザ・バンドの音は、最初に聞いたときはとてつもなく泥臭く思えた。
 北米のトラディッショナルな音楽をベースにしていることはすぐ分かったが、カントリーのような軽さもなく、「西海岸の青い空」的な明るさもなく、リズム&ブルースの小粋な不良性もなく、100年ぐらい前の開拓民が、突如現代楽器を持って登場してきたような野暮さだけが目立った。

 逆にいえば、それがものすごく新鮮だった。
 北米の文化風土などにはまったく縁がなかった日本人の私にも、北アメリカの白人が感じるノスタルジーというものの原型が解るような気分になった。
 
 ずっと聞き続けていると、泥臭い野暮さというものが、実は緻密に計算された高度な音楽性に裏付けられていることも解るようになった。

 もし、ザ・バンドに出会わなかったら、私はもっと早く、白人ロックよりも黒人のソウルミュージックの方に傾斜していっただろう。
 
 今でも、ときどきギターを持ち出して、「ミュージック・フローム・ビックピンク」に収録されている「ザ・ウエイト」を歌う。
 その曲が、効果的に使われていた映画「イージーライダー」の1シーンが脳裏に広がっていく。

 自分の感性のオジサン化はますます進んでいる。
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 22:34 | コメント(2)| トラックバック(0)

達人たちの肖像1

《ユーザーレポート 兵庫県 HORI-Bonさん》

 キャンピングカーライフって、どんなものなんだろう?
 実際に使ったことがない人には、そこが知りたいところですね。

 駐車場はどうしているのだろう?
 トイレの処理などどうするのだろう?
 遊びに行くとき以外には、どんな役に立つのだろう?

 あれこれ想像してみても、ピンと来ないときがあります。
 そんなときは、実際に使っているユーザーさんに聞くのが一番!

 今回は、TASのラリーに参加した兵庫県のHORI-Bonさん(38歳)のキャンピングカーライフをご紹介しましょう。

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 HORI-Bonさんの愛車は、B.C.ヴァーノンの19フィート。
 全長約6m。全幅2.36mという本格的な北米モーターホームです。
 普通、最初に買うキャンピングカーは、サイズ的にも手頃な国産車を選ぶ人が多いのですが、HORI-Bonさんにとっては、これが最初のキャンピングカー。

 なぜ、いきなり輸入モーターホームからキャンピングカーライフを始めたのでしょう。
 答がなかなか素敵です。

 「こういうクルマは休日に使うわけですから、日常性を引きずったクルマではなく、思いっきり非日常性を意識させてくれるクルマがいいと思ったわけです。
 そうなると、国産車より輸入車。左ハンドルであることも、かえって非日常的な気分を盛り上げてくれます。
 内装の雰囲気も、他のクルマとは違うし、これなら“今日は休みだぞぉ!”という気分にじっくりと浸れます」

 もちろんHORI-Bonさんは、機能面のチェックも怠りなく、このクルマならではの清水・汚水タンクの容量の多さ、収納スペースの広さ。さらに他のクルマの価格を比較した上でのコストパフォーマンスの良さなどにも、しっかり着目しています。
 「総合的に見て、今のところ、これがベストの選択」
 とのことでした。

 こうして、3人のお子さんと奥様を連れて、休日はモーターホームライフを楽しんでいらっしゃるわけですが、実は、このB.C.ヴァーノンにはもうひとつの役割があります。

 それは、アトピーなどの皮膚疾患を患っているお子さんたちを、兵庫から1200㎞離れた青森のお医者さんまで連れて行くという役目です。

 皮膚疾患が特に重症だったのは、2番目のお子さんと3番目のお子さん。
 症状がひどく、近所のお医者さんの薬では間に合いません。

 そんな悩みを抱えているときに、「青森に、どんな皮膚病でも必ず直す名医がいる」という情報が。
 しかし、評判のお医者さんだけあって、予約も半年から1年越し。
 指定された日に通院するとしても、いつも宿が取れるとは限りません。

 「なら、いっそのことモーターホームで行くか」

 HORI-Bonさんは、迷わず家族全員を連れて、B.C.ヴァーノンで皮膚病の名医のいる青森を目指すことにしました。

 実際に青森まで通院するのは、年に1回~2回なのですが、そんな生活が2~3年続き、今ではお子さんの皮膚疾患も見事に解消方向へ。

 せっかく1200㎞の距離を走ってきたわけですから、帰りはいつも東北観光。
 これがまた、家族の楽しみの一つになっています。

 3人のお子さんも、すっかりモーターホームのファン。
 家が手狭になりそうなので、モーターホームを手放して、家を広くしようと子供たちに提案したところ、全員が、
 「家など広くしなくていいから、このクルマだけは手元に残してほしい」
 と涙ながら訴えたそうです。

 そういう子供たちの様子を見て、HORI-Bonお父さんは考えます。

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 「このクルマを通じて、行く先々にいろいろな人が住み、いろいろな出会いがあり、豊かな自然があることを子供たちに知ってもらいたい。
 幸いなことに、こういうクルマで旅をしていると、遠くへ行けば行くほど、その土地に住む人々が歓迎してくれる。
 モーターホームの旅には、乗用車にない“人との出会い”がある。そういう出会いを通じて、人を理解することの大切さを学んでほしい」

 それがHORI-Bonさんが子供たちへ託したメッセージです。

 「だから、自分が旅した土地が地震や津波に襲われたら、わが事のように心配する感受性を持ってほしいし、行ったことのある土地のうれしいニュースには感激してほしい」

 HORI-Bonさんは、キャンピングカーの旅が子供たちの感受性を磨き、視野を広げることに大いに貢献していることを認めています。

 「そういうことが分かったのは、実際に自分がキャンピングカーを使うようになってからです。キャンピングカーを知らないときには、そういう発想そのものがありませんでした」
 とHORI-Bonさん。
 一部の人のなかには、いまだ「贅沢品」という見方を持っている人がいるのは残念…とも。

 実は、このHORI-Bonさん、ギターの名手でもありました。
 TASのラリーでは、自然発生的なささやかなミニ・コンサートが開かれたのですが、その主役が彼。
 
 時には、ブルースハープを吹き鳴らしながら、長渕剛。
 ちょっとダミ声で、桑田圭祐。
 巧みなスリーフィンガーで、山崎まさよし。

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 ご本人が、演奏する歌の作り手たちに相当ほれ込んでいるのでしょう。
 長渕剛の歌になると、声が長渕に。
 桑田の歌では、顔つきが桑田に。
 そして山崎の曲では、ギターの音色が山崎に。

 モノマネでもないのに、まるでオリジナル曲の本人たちがいきなり登場したかのよう。

 こういう繊細な芸の持ち主であったればこそ、またモーターホームの旅に豊かな詩情を感じることができるのかもしれません。

 ご本人のHPには、旅の記録が満載されています。
 http://homepege2.nifty.com/horibon/index.htm
 
campingcar | 投稿者 町田編集長 21:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

奴隷と女主人

 わが家は、夫婦仲のむつまじい理想的な家庭のように、隣近所やキャンプ仲間から思われている。
 とんでもない話だ。
 実状は、奴隷と女主人で構成されている家なのである。

 まず、毎晩食事が終わると、「一宿一飯の恩義があるだろう?」と脅され、テレビの前で、手足をマッサージする義務を負わされる。

 教養番組の好きな私は、ホントはNHKスペシャルなどを見たいのだけれど、チャンネルの主導権は女主人が一手に握っているため、たいてい韓国語が飛び交う恋愛ドラマのDVDなどに占拠されてしまう。

 その画面を見ながら、「やっぱり男はイ・ビョンホンか、クォン・サンウね」
 などという意味不明の言葉を聞きながら、私はひたすら女主人の手足を揉まなければならない。

 ところが、「腕を揉め」と命令しておきながら、脚(あし)を出してくる。
 
 しかし、よく見るとやはり腕だった。
 私は最近老眼が進んだため、太さだけでは、腕なのか脚なのか区別がつかないことが多い。
 それは、悪意ではなく、純粋に視力の衰えから来る事実誤認なのだが、女主人はそう取ってくれない。

 「腕が、脚に見えただとぉ?」
 と、頬をゆがめて、背筋がヒヤリとするような笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間、地鳴りのようなうめき声を轟かせ、
 「二度とそんなことを言わせないようにしてやる」
 と、唇をホチキスでぱちぱちと2箇所ほど止められてしまった。

 そのとき怒って手を振り上げた姿が、土俵で塩を撒く力士の姿に見えた。
 そこで、女主人の心をなごませるために、素直な気持ちで、ちょっと四股(しこ)を踏むマネをしてみせた。

 これが逆効果だった。
 勘のいい女主人は、私がなぜそのようなしぐさを思いついたのか、とっさに理解して、
 「私が相撲取りにでも見えると言いたいわけ?」
 と、はたき込み、ケタぐりなどで挑みかかり、最後は私を階段のいちばん下まで突き落とした。

 挙句の果てに、威圧的な最後通告。

 「女房がいちばん傷つくことをヌケヌケと語って、人をオチョクってばかりのサイテー男!
 あんたの後ろを歩くたびに、後頭部がピカピカして眩しくて、とても歩きづらかったのを我慢して、今日までそれを言わなかったのに!
  もう奴隷の身分からもさらに落として、今晩から犬のエサになってもらう」

 すごい暴言である。
 言葉の暴力とはこれをいうのだろう。
 それにしても、イヌのエサになってもらうとは、どういう意味なんだろう?

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 ▲私をエサにしようと、虎視たんたんと狙っているイヌ

 あまりもの身に降りかかる悲運に、つい、
 「ゾウに踏みつぶされるより、イヌに食われた方がまだましです」
 と泣き出したことが、かえって致命傷となった。
 
 「今なんと言った? それでは何かい? 私がゾウだってわけかい?」
 「めっそうもありません! ゾウとクマを見まちがえることなど、絶対ありえないことですから」

 この一言が、かえって油に火を注ぐことになった。
 後ろ足で立ち上がった女主人は、巨大な前足のツメで私の襟首をつかみ、床にねじ伏せ、
 「人の心を傷つけた罰だ! 腰もみ2時間、足の裏踏み3時間、頭髪マッサージ1時間!」
 という強制収容所なみの過酷な労働を申し付けるのであった。

 以来、私は女主人と家の中で鉢合わせになっても、相手が退散してくれることを祈りつつ、笛を首から下げ、鈴を鳴らしながら玄関に入るようにしている。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:27 | コメント(2)| トラックバック(0)

塔の岩でキャンプ

 ゴールデンウィークはキャンプ三昧!
 TAS(トレイル・アドベンチャー・スピリット)からのお誘いを受けて、岐阜県の「塔の岩オートキャンプ場」まで行ってきました。

 そのことをブログにUPしようと思い、「塔の岩オートキャンプ場」をグーグルの検索ワードで調べたら、なんと、自分が10日ほど前に書いたブログ記事がトップに来ているじゃありませんか。

 しかも、キャンプ場名を間違えたままで!

 正しくは「塔の岩オートキャンプ場」
 
 …なのに、10日ほど前に書いた記事では「塔」の字を間違えて「搭」になっている。
 あ~恥ずかし!

 これでも、昔は『全国キャンプ場ガイド』を編集していた者なんですが、編集者がキャンプ場名を間違えてしまってはしょうがないですね。
 あわてて、自分が昔書いたキャンプ場ガイドを調べてみると、やっぱり「塔の岩」でありました。

 ブログの元原稿は修正したのですが、検索ワードで引くと「搭の岩」として残ったままです。
 これ…、修正できないものなんですかね。

 
 ま、なにはともあれ、「塔の岩オートキャンプ場」で素敵な3日間を過ごしてきました。
 ゴールデンウィークは、これで3年連続TASのラリーにプライベート参加させてもらったことになります。
 おかげさまで、もうほとんどの方とは顔なじみになって、いろいろなお話を聞かせてもらうことができました。

 ここでは、そのとき撮った画像を紹介いたしましょう。

 まずは「塔の岩オートキャンプ場」のサイト風景です。
 サイトの横は付知川(つけちがわ)。とっても水のきれいな川です。

塔の岩サイト1 付知川1

 TASの会ですから、やはりB.C.ヴァーノンが目立ちます。
 プレジャーウェイもあります。

塔の岩のBCヴァーノン 塔の岩のプレジャーウェイ
 
 パーティでは、各家庭から自慢の料理が…
 フライパンを器用に返す谷口さん(右)

塔の岩の肉まん 塔の岩フライパン谷口

 夜はミニコンサート。
 兵庫県から来た掘内さんは、サザンを歌い、長淵剛を歌い、大活躍(左)。
 ビートルズの「マザーネイチャーサン」を歌う谷口さん(右)。

塔の岩堀内 塔の岩谷口

 なんと、このあと、会長の川越さんですら、ナマを聞いたことがないという戸川聰さんのカンツォーネが披露されました。
 B.C.ヴァーノンの開発者として知られる戸川さんですが、若い頃はプロのカンツォーネ歌手として活躍していた人。

 歌手を辞めてからは、滅多に人前で歌うことはないというわけで、今回は貴重なライブとなりました。
 私も10年以上の付き合いがありながら、聞くのは今回が初めて。

 夜空に向かって、朗々と響き渡る声で歌われた「オーソレミオ」は、さすがにホンモノでありました。


 焼肉のお昼ごはんを楽しむ星野さん、小島さん(左)。
 明るいうちから生ビールを楽しむ主要メンバー(右)。

塔の岩食事1 塔の岩主要メンバー

 今回のラリー初参加のわが家のクッキー。
 カメラを向けると、なぜか“可愛い子ブリッコ”の表情を作るのがうまくなった。
 もうじき1歳。ようやく脳ミソが回り始めたようだ。

塔の岩クッキー1 塔の岩クッキー2

 …てなわけで、好天にも恵まれ、素敵なメンバーに囲まれて、けっこう充実したGWを楽しめました。
 戸川さん、川越会長さんほか、お話相手になってくださったたくさんの方々に、この場を借りてお礼申し上げます。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:58 | コメント(4)| トラックバック(0)

ママさんの会話術

 飲み屋のママさんって、なんであんなに男の気を引くのがうまいんだろう。
 商売が商売だから、おしゃべりが上手だというのは分かる。

 だけど、それだけじゃなくて、
 「あなたは特別のお客様なんだから…。ね!」
 っていう感じを出すのがうまい。
 こいつにコロコロ引っかかる。

飲み屋の灯り

 「あら、今日は早いのね。よかったァ…」

 よくあるセリフ。
 店の開け口なんかにのぞくと、たいていのママさんは、「今日は早いのね」という。
 問題は、最後の「よかったァ…」である。
 
 何がいいのか?
 こいつがクセモノなのだ。

 「よかったァ。今つけだしの味付けをしていたところなんだけど、キンピラのお醤油がちょっと濃かった感じなの。あなた好みの味かもしれないけれど、ほかのお客さんには辛すぎるかもしれないから、ちょっとお味見して」

 うまいよな!

 なんか、ママさんのヒモでもこっそりやっているような気分になるじゃないか。

 「うん、ちょっと辛いかな。でもいい味だ。おふくろの味付けを思い出すな。やっぱりおふくろの味が一番だなぁ」
 「まぁ、そんなこと奥さんの前で言っちゃだめよ。かわいそうよ。女房って、夫の母親と比較されるのを一番いやがるの。
 でも、町田さんは奥さんに優しいから、そういうとこは気が利きそうね」

 なんていうことのないセリフ。
 だが、この“町田さんは奥さんに優しいから…”が、ちょっと陰にこもって、妙に切なそうな響きを放つ。
 “あなたの奥さんになれた人がうらやましい”
 ってな雰囲気がこもっている。

 「いやぁ、俺まったく人間オンチでさぁ、人の気持ちなんか察することのできない男なんだよ」
 わざと思っていることの逆の方に振ってみる。
 「あら、そんなことないわよ。町田さんは気の利く人よ」
 おお、期待どおりの反応!

 「俺なんか優しくないって。昔は鬼編集長として、さんざん嫌われ者だったしさ」
 「違うわ。女には分かるものよ」
 「そうかい?」
 「……」

 黙りこんで後ろを向き、ふと作業の手を止めたママさんのうなじが妙に色っぽい。
 ママさんは、俺と2人だけになれたこの短い時間に、いま感無量の気持ちでいるに違いない。
 困った。いったいどう責任をとったらいいのだろう。

 「ところで、ウチダのお父さん、最近来てるの?」
 こみ上げてきているはずの、ママさんの切ない思いを少しでも冷ましてやろうという紳士の礼儀で、話題を変える。

 「きのう来たわよ。酔っ払って…。会社の娘かしら。また血液型の話」
 「あは! あいつは女の子との話題に困ると、いつもアレなんだよなぁ!
 俺はまったく馬鹿馬鹿しいと思うけれど、あいつよく知ってんだよ。
 A型は、沈着冷静だが情にもろく、O型は目的を持ったら意地でも貫き、B型はカタ破りの思考をするがだらしなく、AB型は小才が利くけど分裂ぎみで…」
 「町田さんだって、よくご存知じゃない」
 「いやぁ、まあ……」

 ちょっと間が悪くなって、出されたキンピラをぱくり!

 「だけど、ウチダのお父さんも、よく若い娘を連れてここに来るよなぁ。“俺モテるだろう”って宣伝したいんだろうなぁ」
 「そうねぇ。でも、その娘がどんな気持ちでいるのか、カウンターのこっち側で見ていると、よく分かるものよ」
 「ヒヒヒ! ど…どんなことが分かるの?」
 思わず身を乗り出す。

 「もう、話なんかうわのそら。早く帰りたくてイライラしているんだけど、かわいそうねぇ、相手が上司だから我慢してるのね」

 あは! と笑ってみたものの、まずは紳士の礼儀を維持することに決める。

 「いやぁ、あれでも、ウチダのお父さんは女性に神経つかう方だよ」
 ちょっと相手の男を持ち上げてやる。
 
 「そうかしら? 私にはそう思えないけれど」
 っていうママさんの答えを期待しているからだ。

 だから、それが、
 「そうなの。わりと神経こまやかなのよね」
 なんて言われると、ちょっとコケちゃうのである。

 「そ、…そうだよね」
 と、ビールをグイ!  
 
飲み屋瓶

 そこへ、話題の主、ウチダのお父さんが来てしまう。

 「いやぁ、町田さん、珍しく早いじゃないですか。ママさんと怪しい会話をしてたな?」
 勘の鋭い男である。

 「あら、いらっしゃい。ちょっとキンピラの味をみて」
 「よしよし、どれどれ…」

……アリャリャン? こいつもママさんのヒモ的な存在に食い込もうとしているな。

 「お、うまいねぇ。相変わらずいいお味ですねぇ」
 
……何いってんだ、このぉ! そのキンピラは少し辛すぎてダメな味なの!
 何も分かってないんだから。

 そんなウチダのお父さんに対して、ママさん、
 「ねぇ、おビールにする? お酒?」

 “ねぇ”が、妙に優しい。

 「お、今日は酒でいくかな。ママさんのキンピラ食ったら、俺、おふくろの味を思い出したよ」

……ばーか! その話題はもう終わってるの!

 ところが、ママさん、ウチダのお父さんにも優しい。
 「奥さんは、おふくろの味的な料理って作らないの? 煮付けとか、キンピラとか」
 「作らねぇな。子供に合わせてハンバーグや焼肉ばかりだ」
 「そう。それじゃ脂肪分が多くて体に毒ね」

……へっ、色っぽくない会話。さっきとは大違いだ。

 「俺さぁ、だからメシなんか家で食うの嫌になっちゃった。俺の好きな料理なんて、最近うちの食卓に乗ったためしがないんだもん」
 と、ウチダのお父さん、ママさんの同情を引こうと必死だ。

 「まあ、ウチダさんかわいそう。じゃ、今日は好きなものこしらえてあげる。遠慮なくいって」

……やや! 雲行きが怪しい!

 「うん、じゃ魚ある?」
 ウチダのお父さんかさにかかって攻めかかる。

 「あるわよ。アコウダイ焼いてあげる」
 「うれしいねぇ、酒、もう一本ちょうだい」
 「あら、空けるの早いのね。ピッチを上げると体に毒よ」
 「いいんだ。ママさんの手料理を食って死ねたら本望」

……け! 心にもないくせして。

 「何も出ませんよ」
 と、ママさんそっけない。
 いいぞ、いいぞ!

 でも、ウチダのお父さんもメゲない!
 
 「よくさぁ、女房が亭主を引きとめるのは“味”だとかいうじゃない?
 あれって、飲み屋でもそうでさぁ、この店が繁盛しているのも、ママさんの味付けがいいからだよね」
 「あら、ウチダさんって、お上手ねぇ。女がほめられると弱いとこ、ちゃんと知ってんのね」

 「ハハハ、本当はママさんの美しさにハマっているだけだけど、そいつは胸にしまっておこうと思ってね」
 「まぁ、ウチダさんて罪つくりな人」

……こら、ママさん騙されるな。そいつは口先だけの男で、本心はこのあと客がいなくなったら二人だけで飲みに行かない? なんて厚かましく誘って、ずうずうしく手なんか握ったりして、あわよくばそのうなじにキスしようとしたりして…あ、嫌らしいヤツ! 許さん!
 おっと、ビールが口からこぼれた。

 それをウチダのお父さんがジロリ。
 「町田さん、よだれが…」
 「あ、これは…いやいや…ハハハ」
 
 「ところで町田さんは、いつもここに来るのはお一人ですよね。職場に女性なんかいるんでしょう?」

……嫌な男だねぇ。
 え、なにかい?
 “俺は若い娘を連れて来れるけれど、お前さんは相手がいないのか。それはかわいそうっていうわけかい?”

 かわいそうなのは、お前の方じゃないか。連れてきた若い娘が退屈していたのをママさんに見抜かれているんだぞ。
 哀れな男。俺、知ってるんだからな。

……ね、そうだよね! ママさん。
 てなこちらの視線を受け止めて、ママさんもくすりと笑う。

……ほーらみろウチダぁ、お前の負けだぁ!

 だが、そこはママさんも営業だ。
 心にもないことを言わざるを得ない。
 
 「ねぇ、ウチダさん、きのうのお嬢さん可愛い人ね。東京の子? 素直な感じ…」
 「いい子だろ? 今度入った総務の子だよ。若いのにこういう店が好きなんだよねぇ。いい店だってずいぶん喜んでいたよ」

 「まぁ、ありがとうございます。でも、ちょっと妬けるわ」
 「何が?」
 「だってウチダさんとぴったり雰囲気が合っていたんだもの」

……おいおいママさん! さっきのは何だったの?

飲み屋の中


 ウチダのお父さんが帰って、ふたたび2人だけ。
 
 「ママさんも口うまいよな」
 ちょっぴり恨めしげにつぶやくと、ママさん、うふ…っと短く笑い、
 「だって、ああ言わないと、あの人きげん悪くなるじゃない。知っているでしょ」
 「うん。まぁな」

 「ああいう人はほかで痛めつけられていることが多いから、ここではヨイショしてあげないとかわいそうなのよ」
 「そんなもんかねぇ…」
 「町田さんは大人の機微が理解できる人だから、そのへんのことは分かるでしょ?」
 と、振り向くママさんの目が色っぽい。

 「う~ん…、そうかなぁ」
 と、小首をかしげながらも、まんざらでもなくなってくる。

 「さぁさ、お酒を召し上がれ。今日はもう他のお客さん来ないといいわね」
 「そうだな、ま、ママさんも一杯やんなよ」
 「あーら、うれしい。まぁ、おいしい」

 なかなかママさんという商売、罪つくりな商売かもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 15:29 | コメント(6)| トラックバック(0)

黒塗りのドイツ車

 ゴールデンウィーク。
 楽しい行楽シーズンではあるが、ネックは道路の渋滞。

渋滞画像1 渋滞の情景2
 
 高速道路で渋滞が始まると、必ず路肩を走り始めるクルマが出てくる。
 もちろん交通違反。
 しかし、1台が走り出すと、連鎖反応で2台、3台と追従が始まる。

 「お腹が破裂しそうなくらい、オシッコが溜まっている」
 「急がないと、親の死に目に会えない」
 「渋滞のなかをトロトロ進むのはかったるい」

 まぁ、いろいろな理由があるのだろうけれど、いずれにせよ、渋滞のなかで悶々と過ごしているドライバーたちにしてみれば、自分だってそうしたいのを我慢しているわけだから、腹立たしいことこのうえない。

 昔、乗用車で東名を走っていたとき、大渋滞にハマッたことがある。
 どのクルマも、ゾウガメの歩みほどにも前に進まない。
 例によって、路肩を走り始めるヤカラが出てきた。

 ヒューン、ヒューンと風切り音をたてて、私の横を、ベンツが、セルシオが、クラウンが、走り抜けていく。
 みんな、「紳士」の乗るはずのクルマじゃねぇのか?

 なんだか腹が立ってきた。
 私は、路肩の半分ほどクルマを迫り出させ、そこを飛ばしてくるクルマをブロックしてみたくなった。

 効果てきめん。
 路肩を気持ちよさそうに走っていたクルマは前をふさがれ、しぶしぶ渋滞の列に戻っていく。
 「ケッ! ざまーみやがれ!」
 いじめっ子の心境だ。

 私の意地悪を、「正義感」と勘違いしたのか、すぐ前を走っていたカローラも、“路肩ブロック”の仲間に加わった。

 しばらくの間、2台のクルマで協力し合いながら、路肩を走行する車両をけん制していたのだが、バックミラーに写った1台のクルマを見たとき、私は「意地悪」をやめるときが来たことを悟った。

 ワルそうな走り方
 …というのだろうか。

 ルームミラーに姿をあらわした黒塗りのドイツ車は、それまで路肩走行をしていたクルマとは、まったく走り方が違っていた。
 速度をゆるめない。
 邪魔をするなら弾き飛ばしてやる! とばかりに迫ってくる。

 私は、草原の野ネズミのような勘を働かせ、ひょいと渋滞の列に戻った。

 が、前のカローラは取り残された。

 ドイツ車がカローラの後ろで、急ブレーキをかけた。
 鳥が羽を広げたように、四つのドアが開き、4人の男が一斉に飛び出した。

 ひょっとして映画の1シーンではないか? と思えるほど、4人の動きは敏捷そのもので、鮮やかなほど統制がとれていた。
 
 あとはもう、すごい惨劇。
 カローラのドアは、寄ってたかって蹴りを入れられ、あっという間にベコベコ。
 フロントガラスも、木刀のようなもので叩かれて、ヒビが入る始末。

 あまりのすさまじさに、その横をすり抜ける私たち家族は、声を発することもできなかった。

 「ひでぇな」
 ようやく声が出たのは、惨劇の現場から20mほど遠ざかってからである。
 カローラのオーナーを助けたくても、その勇気も力もなかった。

 その顛末がどうなったのか、私には分からない。
 私の野ネズミのような勘が働かなかったら、ボコボコにされていたのは、私のクルマの方だったと思うと、膝から力が抜けていく。

 「こういう時だけ、あなたは勘が働くのね」
 と、カミさんは呆れ顔で言う。
 その口調には、カローラの家族の犠牲によって生き延びたという苦い思いも込められている。
 ボコボコにされたクルマの家族はどうなったのだろうか。
 ゴールデンウィークになると、思い出す情景のひとつだ。

 
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:58 | コメント(4)| トラックバック(0)
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