町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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ブレードランナー
01/14 12:03

ブレードランナー

《いま見えてきた1980年代》

 その時代がどんな時代であったのか。それは、その時代を生きていた人間には見えないことが多い。
 しかし、20年ぐらい経つと、見えてくるものがある。
 そういう事情を反映してか、ここ最近、吉崎達彦氏の『1985年』、村田晃嗣氏の『プレイバック1980年代』など、1980年代を回顧するような本が書店で目立つようになってきた。
 それはやはり、今になって見えてくる「80年代」というものがあるからだろう。

 1980年代というのは、どういう時代だったのか。
 大塚英志氏の書いた『おたくの精神史 1980年代論』という本は、それを知るための好著である。
 この本は、80年代文化を「おたく」という存在を通して見つめ直したユニークな書だが、彼はそのなかでも、特に1983年に注目している。
 そしてこの83年に、日本に初めて登場したものとして、次のようなものを列記している。

 任天堂のファミリーコンピューター
 東京ディズニーランド
 YMO(イエローマジックオーケストラ)
 大友克洋「童夢」
 浅田彰「構造と力」
 中沢新一「チベットのモーツァルト」

 ここから先は、大塚氏の論考から離れてしまうのだが、この大塚氏の挙げた固有名詞の羅列を見るだけで、私には「80年代」の意味が、ひとつのイメージとして膨らんでくる。

 つまり、実体のあるリアルなものよりも、人工的につくられたバーチャルなものを重視する、という意識が人々の日常生活のなかに浸透し、さらに、そのことに肯定的な意義を見出そうとする主張が台頭してきた年が、1983年なのだ。

 ファミコンは、まさに「日常生活」と「ゲーム」は等価であるという意識を人類にもたらした最初の玩具だった。
 ドラクエのダンジョンに潜むアイテムを獲得することの方が、現実の宝物を手に入れるよりも価値がある、という奇妙なリアリティは、それ以前の玩具になじんできた子供たちには持ち得ないものだった。

 そのような仮想空間のリアリティを、圧倒的な物量によって保証したのが、東京ディズニーランドだった。
 非日常的な仕掛けがここまで緻密化されると、もはやそれを日常生活と区別するのは、「ディズニーランドの門を出るか出ないか」だけの違いになってしまう。
 ディズニーランドの中に一生いられるお金さえあれば、入場者は死ぬまでおとぎ話の主人公でいることもできる。

 浅田彰と中沢新一の著作は、ともにそのような仮想空間に生きることで見えてくる何ものかに注目していた。
 もちろん、彼らは、「ファミコン」や「ディズニーランド」そのものに意義を見出したわけではない。
 しかし、彼らが展開する論旨には、明らかに、古典的なアカデミズムの世界に安住していた人間には、理解不能な思想領域が誕生し、そしてそこから照射されてくる光が、人間の感受性すらも変えるという主張があったように思う。

 そのような世界観を、映像として完璧に描ききったのが、1982年にリドリー・スコットの手によって制作された『ブレードランナー』だった。
 この映画では、「人間とレプリカント(アンドロイド)を分ける境界は何か?」
 という問いを通じて、自然物と人工物が溶解した異形の未来が、象徴的に語られていた。

ブレードランナー未来シティ

《未来都市のデカダンスな美学》

 この映画は次のように展開する。
 人間と寸分たがわぬ外観を持った数人のレプリカントが、4年しか生きられないという寿命を延ばすために、過酷な労働を強制された惑星を脱出して、密かに地球に戻ってくる。

ブレードランナーレプリカント

 彼らの目的は、自分たちを開発した科学者を見つけ出し、不死の命を得ること。
 しかし、「生命」というものの本質的な意味を理解できない彼らは、簡単に殺人を犯す。

 それを捕捉して殲滅させる役を、まだ若いハリソン・フォードが演じていた。
 ハリソン・フォード演じるデッカードは、人間なのだが、(彼もまたレプリカントだという説も一部ある)、その人間であるデッカードも、やがて女性型のレプリカントに恋してしまう。

ブレードランナーデッカード

 この映画で描かれた近未来都市は、そのようなレプリカントたちの存在感を浮き立たせる格好の舞台だった。
 奇怪な高層ビルが立ち並ぶ巨大都市の下層部では、常に酸性雨が降り注ぎ、昼夜を問わず、スモッグが大気を汚している。

 夜ともなると、日本の“芸者ガール”の顔を大写しにした電飾広告が、空一面に毒々しい光をまき散らす。
 キャバレーやカフェは、刹那の快楽を求める人々が漂わす退廃の匂いに満ちあふれ、犯罪の影がいつも忍び寄っている。

ブレードランナー芸者広告

 都市の下層部が、そのような混乱と荒廃に見舞われているというのに、高層ビルの上層部にあるエリートたちの居住区は、別世界の様相を呈している。

 人工の光源による夕陽が差し込むテラスは、古代エジプトの神殿のような静けさをたたえたまま、永遠の日没のなかで凍結している。
 リビングの調度を照らす光は、すべてフェルメールの光となり、その影に回った闇は、闇にも色があることを教えるレンブラントの闇になっている。

ブレードランナー夕陽のテラス

 高度なテクノロジーによってコントロールされる未来都市の照明は、そのような複雑な陰影まで表現するのだが、しかし、そのように完璧にチューニングされた住まいというのは、甘美なユートピアであると同時に、死の気配を漂わせた霊安室にも近い。

 レプリカントたちを開発した会社の社長も、またそのようなメランコリックなバーチャル空間に生きるエリート階層の一人だ。
 彼自身は人間だが、彼の執務を支える女性秘書は、完璧な美貌を備えながらもレプリカントであり、彼女自身は、自分がレプリカントであることを知らない。

ブレードランナーレイチェル

 彼女の記憶には、幼い頃に見た、緑に囲まれた自然の情景がくっきりと残されており、手作りのアンティーク家具に囲まれた、温かい家庭の思い出が刻まれている。
 しかし、その記憶は、人工的に刷り込まれた仮想の記憶にすぎない。

《人間が機械に変容するときの快感》

 この映画は、テクノロジーの進化が、本物と見紛うばかりの人工的な「自然」と「人間」をつくり出すという逆説を、華麗なデカダンスの美学でくるんだ芸術映画でもあった。
 また、そのような耽美的な映像を、ヴァンゲリスの音楽が絶妙にサポートしていた。

 そして、ここで表現されたようなバーチャルな世界を、「美しい」と評価する思想が、政治や文学のメッセージとしてではなく、映画や音楽を通して現れてきたのが、1980年代だった。

 大塚英志氏は、この時代を代表するミュージシャンとしてYMOを挙げたが、海外でも、クラフトワークやゲイリー・ニューマンがつくり出した音楽はそれに近い。
 いずれも、当時流行ったインベーダーゲームの効果音のように、無機質なビートをひたすら反復する音楽であり、その恐るべき単調さの果てに、人間が機械に変容していくときの「快感」も確実に表現されていた。

 このような「人間=機械系」ともいうべき人間像を肯定する感受性が生まれてきた背景には、コンピューターという新しいテクノロジーが、ようやく人々の生活に浸透してきたこととも無縁ではなかったろう。
  
 さらに、脳機能そのものの研究も進み、文学的に捉えられていた「精神」の動きを、大脳生理学として捉え直す風潮が台頭してきたこととも関係していたと思う。

 医学的には、臓器移植やクローン人間の研究が進み、テクノロジーの恩恵にあずかりさえすれば、人間は何度でも再生できるという意識が浸透してきたことも、このような「人間=機械系」ともいうべき人間像の評価に影響を与えたに違いない。

 これらのことが何を意味するかというと、
 「人間は必ず死ぬ」
 という大前提に立って築かれた既成宗教や古典哲学が、効力を失うことを意味していた。

《私たちはレプリカントを超えたか?》

 『ブレードランナー』の公開から、もうじき25年になるという現在、私たちの暮らしている世界は、その地点からどのような変貌を遂げたのだろう。

 ある意味で、『ブレードランナー』の世界は、すでに実現されたともいえる。
 私たちは、あの映画でレプリカントたちが発揮していた超人的な身体能力を、一部獲得してしまっている。

 臓器移植などの医療技術は、1980年代よりさらに高度に発達したし、欠損した身体能力を補佐する機器類も、飛躍的に向上した。
 
 また、ロボット工学の進歩も著しく、『ブレードランナー』に登場するレプリカントのような人間の形こそとっていないものの、かつて人間の労働力が必要であった工場の各部署には、正確無比な作業を反復する工業ロボットが無数に配されている。

 テクノロジーの進歩は、さらに私たちの日常領域における「身体能力」まで高めた。
 たとえば、携帯電話などという装置を、1960年代や70年代に生きた人たちが想像できただろうか。

 限られた場所でしか使用できなかった固定電話から、個人が自由に持ち運びできる携帯電話に代わったとき、人は新しい「感覚器官」を手に入れたのだ。
 いかなる場所においても、遠方にいる相手と、瞬時に交信できる能力。
 昔の人ならば、それを「テレパシー」と表現するしかなかったろう。

 さらに、私たちは知識量そのものにおいても、かつての人間が取得していた知識量をはるかに超える、膨大な「知の領域」を獲得する可能性を手に入れてしまった。

 グーグルなどの検索エンジンが収集する情報量は、幾何級数的な膨張を続けている。
 従来ならば、図書館に通い、専門家に取材し、場合によっては、海外の研究者に手紙を書いて教えを請うなどの手段によって獲得できた情報を、今の私たちは、パソコンにアクセスするだけで、瞬時に手に入れることができる。

 ネットの網目が高度に張り巡らされていけばいくほど、他人の「知」は瞬時に自分の「知」になり、自分の「知」もまた即座に他人に共有される。
 個体の頭脳は、巨大コンピューターの一部となることによって、また巨大コンピューターの全ての能力を獲得する。

《「人間の意味」を問うことを忘れた時代》

 21世紀を生きる私たちが獲得した能力は、4年間しか生きられなかった『ブレードランナー』のレプリカントたちを、ある意味で完全に凌駕した。

 だが、私たちは、あの映画のなかで執拗に追及されていた「問い」を、今も切実に持っているだろうか。
 すなわち、
 「人間とは何なのか」
 「生命とは何なのか」
 という問いを。

 『ブレードランナー』は、「機械=人間系」ともいうべき新しい人間像に不思議な生命感を注入した作品だったが、「人間とは何なのか」という問いだけは手放さなかった。

 逆にいえば、あそこに描かれたレプリカントの存在感が際立ったのも、そのような「新生命」を、従来の古典的な生命観とガチンコ勝負させたからである。

 この映画では、主人公のデッカードを冷酷に追い詰めていくレプリカントの首領が、4年という寿命が尽き果てる直前に、主人公を助けるための手を差し伸べる。
 一つの生命が終わっても、その生命が、別の生命を助けることによって繋がった瞬間を捉えたシーンだった。
 そのとき観客は、レプリカントと人間が、ともに同じ「精神」を共有できるかもしれないという可能性を、一瞬だけ信じることができた。

 しかし、「機械=人間系」という新しい人間像を「美しい」と称えた1980年代は遠くに去った。

 今私たちが住んでいる世界は、「人間とは何か」という問いそのものすら消失したポスト・ブレードランナーの世界である。
 私たちは、否が応でも『ブレードランナー』で描かれた「電脳都市」空間より、さらに進んだ世界を生きていかなければならない。
 そこで、求められるのは、どのようなモラルであり、哲学なのだろう。
 新しい模索は、すでに始まっているはずだ。
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 20:18 | コメント(16)| トラックバック(1)

06年を振り返る

《覆面 座談会 2006年を振り返る》

【A】 いよいよ、今年も残すところあと2日だね。
【B】 今日は何の集まりよ? まだ大掃除も終わってないんだけど。
【A】 今年1年のキャンピングカー業界を振り返るということをやりたいんだけど。ゲストとして、ブログ管理者の町田さんをお呼びして。
【町】 どうもです。

【A】 けっこう毛がふさふさしてますね。
【町】 どういう意味よ。
【C】 後頭部がピッカリ君だっていうウワサだったんですけど。
【町】 誰の間で?
【C】 ご自分でブログに書いていたじゃないですか。
【町】 書いてネェよ。

【A】 …で、今年の1年を振り返るとですね、皆さんどんな印象でしたか?
【C】 軽キャンカーの年! なんかそんな気がしない?
【町】 確かに、軽自動車キャンピングカーの話題は本当に盛り上がったね。ブログの検索ワードも「軽キャンピングカー」「小型キャンピングカー」などというキーワードがダントツだったものね。それがいまだに続いている。
【B】 「軽キャンカー」の検索だけで、全体の3分の1を超えているとか?

【町】 そうなんだけど、ただ検索ワードの言葉が微妙に変わってきていたの知ってた?
 最初のうちは、漠然と「軽キャンピングカー」という単純な入力だけだったけど、そのうち「テントむし」、「ラクーン」など、固有名詞で検索するケースが増えてきて、今はもう「軽キャンカー 税金」、「軽キャンカー 重量 操作性」、「軽キャンカー 登録諸費用」だもんね。
 ブログの検索ワードの推移を見ていると、読者の求めている情報がどんどん具体的で現実的なものに変わって来ていることが分かる。
【B】 単なる好奇心から、購入を前提とした情報探しに移っているという感じなんですね。

【A】 そのほか印象に残ったものは?
【B】 バンコンの充実。秋の大きなイベントは、ほとんど「バンコンショー」という感じだったよね。
 だから、会場に足を踏み入れたときの印象は、見るクルマ見るクルマみな同じに見えてしまう。
 しかし、中を覗くと、ものすごく色々な試みがなされているし、斬新なアイデアが次々と生まれている。

【町】 やっぱりトヨタのハイエースの存在が大きかったね。名前は同じでも、サイズに分けると3種類。だから、異なるシャシーが三つも生まれてしまったというわけよ。
 それで、ビルダーもいろいろなレイアウトに挑戦できるようになった。スーパーロングの場合は、ボディのリヤ側にFRPの出窓などを付けて、横寝の2段ベッドを設けるものが増えたよね。

【C】 実際スーパーロングの出現で、キャブコンとバスコンのお客が若干バンコンに流れたね。
 全幅1.88m、全長5.38m。スーパーロングにこれだけの余裕が出てくれば、キャブコンやバスコンの老舗メーカーのようなところも、みんなバンコンに力を入れてきている。
【A】 一方、ナローボディのクルマでは、キャンピングカーのお客さんだけでなく、ちょっとお洒落れに振って、カスタムカー系の客層に食い込み始めたものもある。そういう多方面にむかったチャレンジは、さらに来年になっても続くよ。

【B】 キャブコンはどうだろう?
【町】 バンコンに押されているという意識が働いたのか、相当コンセプトが練り込まれてきている。2m×5mにとらわれず、5mを超えてもゆとりを追求しようというものと、逆にコンパクトに絞り込んで、取り回しのよさを優先しようというものとかね。
 価格設定を高めにしても、フル装備で、豪華で快適な居住性を追及しようとするもの。逆に、装備をシンプルにまとめてもお買い得感を出そうとするもの…。本当に様々。あとエアサスとか、足回りの改善などにも進歩があったね。

【B】 来年はどういう動きになりそうかね。
【A】 まず業界全体の話でいうと、来年の2月ぐらいまでに日本RV協会が「キャンピングカー白書」をまとめるらしいよ。
 おそらく現役ユーザーの平均年齢とか、購入しているクルマの種類とか。そういうものが、はっきり形になるんじゃないの。
 他にキャンピングカー全体の正確な登録台数なども出るんじゃないかな。どんなタイプのクルマが一番売れているとか。
【C】 へぇ、今まで見たことがないよ。
【A】 だって、業界初の試みらしいよ。
【B】 ちょっと楽しみだね。

【C】 熱燗がいい?
【A】 だめだよ、いま酒盛りしている最中だなんて公表したら。
【町】 いいよ、クルマ運転して帰るわけでもないんだし。
【B】 また会社に泊まり込みなんですね?
campingcar | 投稿者 町田編集長 17:44 | コメント(2)| トラックバック(0)

トンでも検索用語

 アクセス解析の「検索ワード」を見ると、「この方は、いったい何の情報を求めて、ウチのブログを訪ねてきたのだろう?」と、首をかしげてしまう言葉が打ち込まれているときがある。

 いろいろな方に見ていただくのは、うれしいことだけど、なかには、「あてが外れて、がっかりされただろうな…」と思わざるを得ないようなアクセスもある。
 私は、町田という個人名でブログを書いているので、どうしても東京の町田市の情報を求めて迷い込んで来られる方が多い。
 
 「町田 カラオケ」
 「町田 串揚げ屋」
 「町田 立ち飲み」
 「ショットバー 町田」
 「大勢で遊ぶ 町田」

 忘年会のシーズンを反映してか、ここ数日この手の検索ワードでお越しいただく方が増えた。
 しかし、こういう情報を求めてこのブログを開かれた方は、さぞやがっかりされたことだろうと思う。

 「ナイトクラブ 町田」
 「ガイド 町田 夜」
 「カップル 町田」
 「逢いたい 町田」

 こういう言葉も入ってくるところを見ると、夜の町田市というのは、なかなか楽しそうな所らしい。

 「町田 ワル」
 「町田の暴走族」

 これはちょっと怖そうだ。

 検索ワードで圧倒的に多いのは、もちろんキャンピングカーや自動車にまつわる用語なのだが、なかには豪快なものもある。

 「アメリカのすごいキャンピングカー」
 「世界で一番安いクルーズコントロール」

 ざっくばらんな感じというか、おおらかさがあって、なかなかいい。

 ときどきアカデミックなキーワードも入ってくる。

 「モナリザの謎」
 「人物 描く 中世の画家」
 「柄谷行人 モナリザ」
 「1721年頃のヨーロッパ地図」

 以前、映画『ダ・ヴィンチコード』に触れた記事を書いたことがあったため、このような言葉を検索エンジンが拾ったのだろう。
 こういう検索ワードで来られた方は、それなりの専門知識を求めていたと思われるのだが、記事内容がそれに応えられるレベルではないので、これまた申し訳ない気持ちだいっぱいだ。
 ただ、「1721年頃のヨーロッパ地図」という言葉は使ったことがないので、その検索ワードでお越しいただいた方には敬服してしまう。

 かなりあてが外れただろうな…と思えるのは、次のような言葉で来られた方。

 「混浴温泉 写真 女」
 「ラブラブいちゃいちゃ」
 「CAR Hスポット カップル」
 
 ごめんなさいね。あまり満足していただけるような情報がなくて。
 しかし、次のような言葉で、ここまでたどり着いた方がいらっしゃったのは感無量。

 「ミニスカートのスナックママ」
 
 しかも3ヒットもある。
 確かに「ミニスカート」と「スナック」という単語が同時に載っている記事がないわけではない。
 しかし、その記事には「ミニスカートのスナックママ」なる人物は登場しない。
 アクセスされた方は、イメージしていたような情報と違ったため落胆されたに違いない。
 「遠路はるばるご苦労様でした」といってあげたい。
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:03 | コメント(4)| トラックバック(0)

JBよ安らかに

 「ファンクの帝王」と呼ばれたジェームス・ブラウンが亡くなった。
 クリスマスの日だという。
 R&Bが好きな私は、「ひとつの時代が終わったなぁ」という感慨が深い。

 jamesbrown

 ジョン・レノンが亡くなったときも、コルトレーンが逝ったときも時代の変わり目を感じたことがあったが、JBの死は「R&Bの終わり」のように思える。

 「ヒップホップ」「ファンク」「SOUL」「ブラックミュージック」など、いろいろな呼称があるけれど、自分にとっては、結局は「リズム&ブルース=R&B」なのである。

 JBは、そのR&Bで、彼しかできない独特のリズムを創造した。
 ヘビがとぐろを巻くように、内側にうねり込んでくるベースライン。
 シャープなギターのカッティングに合わせた、切れの良いホーンセクション。
 なんたって、ホーンをリズム楽器として扱うセンスにかけては、彼は飛びぬけていた。

 一本調子の単調なリズムが続くという批判もあったけれど、あの暴力的なワンパターンがあってこそ、
 「ウッ!」とか
 「ハッ!」というJBのかけ声が、荒ぶる神の啓示のように轟いたのだ。

 音楽が好きな友人たちと話すときは、ちょっと気取って、シル・ジョンソンとか、オーティス・クレイなどが「良い!」などと喋っているけれど、本当に好きなのはJBだった。
 そうあからさまに言うと、「脳ミソの足りないダンス小僧」みたいに思われることもあったので、昔はハッキリ言ったことがなかったけれど、本当は、その「脳ミソの足りないダンス小僧」に憧れていた。

 ディスコなどという言葉もない時代、不良の巣窟のように思われていた「ゴーゴークラブ」に繰り出す前に、JBの「セックス・マシーン」のステップを、何度タタミの上で練習したことか。
 おかげで、家のタタミはすっかり擦り切れてしまった。

 そうやって、満を持して新宿の「ジアザー」などのドアをくぐっても、横浜や横須賀あたりから繰り出してきたヤンキー坊主たちにはかなわなかった。
 彼らは、東京者をバカにするために来ていた。
 「本場もんを見せてやろうか」
 という気分だったのだろう。
 マンボのステップだって、2ステップでツツッと踏み込んでくる。
 女の子と手を取りあったときは、ハマジル。

 シビレたなぁ!
 さらに、それを退屈そうに眺めていた黒人が、やにわにフロアの真ん中に躍り出ると、もうそのヤンキー坊主たちも引っ込んでしまう。
 結局、私は一度もフロアに飛び出ることができず、コークハイだけ飲んで、むなしく家に戻った。

 JBの思い出は、「いつかはフロアの真ん中で、華麗なステップを踏んでみたい!」という願望と重なったまま、心の奥底に沈殿している。

 キャンピングカーを運転するようになって、さすがにJBをドライブ・ミュージックとして選ぶことはなくなった。
 あれは都市の音楽で、キャンプ場などに向かうときには合わない。
  
 でも、やっぱり自分の体内に「リズム」がうなり出すとき、それはJBの音なのだ。
 彼のつくり出した「グルーブ」「ノリ」が、結局自分のリズム感の原点になっている。
 2006年12月25日。ジェームス・ブラウン死去。享年73歳。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 21:08 | コメント(4)| トラックバック(0)

80年代の夢

 団塊の世代は、60年代と70年代についてはよく語る。
 しかし、80年代に対してはあまり語らない。
 その頃、すでに企業戦士として社会の第一線に立っていた彼らは、その時代を、離れた視点から見つめる時間が取れなかったのかもしれないし、また、センチメンタルに語れるような思い出に、恵まれていなかったのかもしれない。

 革命も恋愛も同時に楽しめた70年代の記憶と、凍土の地をさまよった90年代の記憶に挟まれ、団塊世代の80年代の記憶は、砂漠の風紋のように消え去ろうとしている。

 しかし、純然たる団塊世代を、わずかだけ後から追いかけている私のような世代にとっては、1980年代の10年間というのは、日本の戦後史のなかでもきわめて印象に残る不思議な10年に思える。

 1970年代の中頃に、ある自動車メーカーの広報誌の編集を担当するようになった私にとって、次に訪れた80年代は、地球の地軸が逆転したかと思えるくらい、自動車の世界が変わったと感じられた時代だった。

 「変わったな…」という兆候は、1980年に登場したトヨタ・ソアラから始まった。
 「ドイツのアウトバーンを、ヨーロッパ車と互角に走れるクルマ」
 確か、ソアラがEX-8という名前のプロトとして登場したとき、記者発表の席上で、開発担当者は胸を張ってそう答えたような気がする。

 「いいのかな?」と思った。
 石油ショックと排ガス規制で、日本の自動車工業はどこも青息吐息だというのに、そんな夢みたいな構想をぶち上げて、大丈夫なのかな。
 そう危ぶむ気持ちさえ生まれた。

トヨタ初代ソアラ

 トヨタは、このソアラのCMに「未体験ゾーン」というキャッチを与え、新しい走行感覚を実現したクルマというイメージをつくろうとしていたが、そのような自動車の「走り」を強調するような広告展開が、そのときの日本に許される状況ではなかった。
 
 大手新聞に代表される当時の世論は、ガソリンをガブ飲みし、排ガスを垂れ流す自動車という存在に冷淡だったからだ。
 「ドライブだけを目的とする無意味な運転は、国家に対する罪悪」
 とでもいわんばかりの社説を掲げる新聞さえあった。

 しかし、ソアラの登場を、メディアはこぞって称賛した。
 「何かが変わったな…」という漠然とした感慨に襲われた。

 気分を高揚させてくれるものなら、何でも前向きに評価しよう。
 いつの間にか、日本人がそういう気分を求め始めていることが感じられた。
 「日本経済が、今とてつもない隆起を開始している」
 誰もが、そのような予感を感じ始めているように思えた。
 海の向こうのアメリカで、日本の自動車産業を含め、日本の工業力の強さを解明した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出版されたのは、80年代に入る直前の79年のことだった。
 
 80年代の初頭には、まだ後に「バブル」といわれる狂乱期が来る様子は見えなかった。
 しかし、日本が確実に跳躍のためのジャンピングボードに向かって助走を開始し、やがて、とてつもない大跳躍が始まる予兆のようなものは、あちらこちらで感じられた。

 自動車の世界では、確実に「語り口」が変わっていた。
 それまでの、自動車そのものを端正に美しく語る『カーグラフィック』的な切り口に代わり、政治や経済、文学やファッションの文脈で自動車を語る『NAVI』的な視点の方が、次第に話題をさらうようになった。

 やがて、同誌の自動車評論には、「記号」「ガジェット」「シュミラークル」といった(当時の)現代思想用語が満ちあふれるようになり、ボードリヤールやドゥルーズ、ガタリといった著名な思想家たちの固有名詞まで飛び交うようになった。

 「近代文明が生んだ自動車は、近代が終わろうとしている今、もはや近代の言葉では解明できない存在になっている」
 確か、そのような言説が「NAVIトーク」でも主流を占めたときがあったように思う。
 建築の世界から始まったポストモダン(脱近代)という概念が、自動車を対象とする評論にまで及んできたのだ。

 この時期、私はあるタイヤメーカーのシンポジウムに招待されたことがある。
 有名な観光地のリゾートホテルを借り切り、そこで盛大に開かれたシンポジウムは、むしろレセプションと呼ぶにふさわしいゴージャスな空気に満たされていた。

 豪華な食事の並ぶテーブルの周りには、海外から参加したジャーナリストたちも並び、花形女性アナの進行で、当代一流のジャーナリストたちが次々と演壇に立って「ポストモダン時代の自動車」を語った。
 私は、場違いなところにいる自分に若干の戸惑いを感じながら、そのめくるめくような華やかさに興奮していたように思う。

 このとき、ここに参加した人々のなかで、すぐ近くにまで忍び寄ってきた「平成大不況」を、いったい何人の人が想像しただろうか。

 1990年代になってバブルが弾けて以降、私たちは「失われた10年」を経験することになる。
 自動車を、現代思想の用語を借りて語る言説も、アッという間に霧散した。
 当時あれほど輝いていた「ポストモダン」という言葉すらも、あっけないほどはかなく消えた。

 あれは何だったのだろう。
 今になっても、その時代が一瞬だけ解き放った不思議な空気は忘れられない。

 フランス革命前夜のベルサイユ宮殿では、民衆による暴動が街のあちらこちらに広がり始めても、まだ貴族たちによる華麗な舞踏会が、延々と繰り広げられていたという。
 消えゆく前のロウソクの灯りに似て、終焉を迎えるものは、みな最後にもっとも華やかな美しさに包まれる。
 
 ゴージャスなシンポジウムの席上で、それまで耳にしたこともなかった華麗な言辞に包まれた自動車トークを聞いていた私は、ベルサイユ宮殿の最後の舞踏会に立ち会っていたのかもしれない。
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:20 | コメント(5)| トラックバック(0)

こら! 捨てるな

 「道の駅」や高速道路のサービスエリアなどの公共駐車場に、ドライバーが生活ゴミを捨てていくことが大きな社会問題になっている。

SAの看板_1

 それに対し、まずキャンピングカーのユーザーが率先してゴミを出さないように心がけようという気運がユーザーの間からわき起こっている。
 特に、ユーザーがつくっている個人ブログなどを閲覧していると、その感触がひしひしと伝わってくる。

 もちろん、日本RV協会でも「マナーステッカー」をつくって、ユーザーへの啓蒙を図っているし、キャンピングカー専門誌の『オートキャンパー』誌でも、最新号では「オートキャンプマナー講座」と題し、ゴミについて考える特集を組んでいた。

マナーステッカー_1
▲日本RV協会が制作したマナーステッカー

 こういうマナーを向上させるための運動を、個々人が日常生活のレベルでも進めていくことが大事なんだと思う。

 たとえば、火のついたままのタバコの吸殻をポイっと路上に捨ててしまうような人がいたら、
 「ダメですよ。拾いなさい」
 ぐらいのことを言っていかなければならない
 …のだが、
 私なんかの場合、なかなかこれができない。

 特に、相手が私よりタッパがあり、しかもサングラスなどしていて、なおかつ眉のあたりの剃りを入れたりしている場合は、すごすごと首をすぼめ、見てみぬふりをしてしまう。

 たまに、ケンカになっても俺と同等ぐらいだな…と思えるヘロっとしたヤツには、
 「こら、吸殻を落とすんじゃねぇ!」
 とばかりに、
 目に力を込めて、無言で威嚇する。

 けど、なかなか相手に通じない。
 きっと目つきが甘いんだろう。
 私がそうやって睨みつけても、なかには、
 「俺の頭になんか付いているのかな…」
 ぐらいにしか思わないヤツもいて、手で自分の頭を払ったりしている。

 そもそも目つきで相手を脅かすというのは、相当な訓練がいるのだそうだ。
 『ヤクザの交渉術』とかいう本を読んだら、みんなはじめのうちはけっこう苦労していることが分かった。

 誰だって、目つきだけで相手をビビらせるほどの“眼力”を最初から持っているわけではない。
 そこで「ヤ」の字のお仕事をされる方々は、みな鏡の前に座り、
 「眉を寄せるときは、これくらいの角度が必要で、額に縦ジワを入れた方が…」
 と、さんざん鏡に写る自分と格闘したあげく、あの「凄み」というのを獲得していくんだそうだ。

 で、今日、私も初めて他人のマナー違反に注意した。
 朝の通勤電車の中でである。
 缶コーヒーをぐびぐびと飲んでから、その空き缶を、堂々と自分の足元にポンと捨てたヤツがいた。
 
 私は、「今日はこいつを注意してやろう!」
 と勇気を奮い起こし、自分の降りる駅で、そいつの前に立ち、
 言葉づかいはていねいに、
 しかし、発する言葉には、おごそかな威厳を込めて、
 「このゴミは、私が捨てておきますよ」
 と、缶をヒョイとつまみ上げて、電車を降りた。
 
 「あ、すいません…」
 そいつはシドロモドロ。

 まぁ、相手が、若いお嬢さんだったから、そんなことも言えたんですけどね。
 次からは、眉に剃りを入れたお兄ちゃんに対しても、同じように振る舞えないといかんな。
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:07 | コメント(4)| トラックバック(0)

馬に乗る文化

 自動車の発明と、乗馬の“発明”とでは、どちらが人類の文明発展に貢献したか。
 おそらく、乗馬という“発明”の方が、自動車よりも、はるかに人間の文明を発展させたであろうことは、間違いないことのように思えます。

馬の写真
photo(C)Tomo.Yun

 馬に乗ることを「発明」なんて表現するのは奇妙な感じがするでしょうけれど、人間が馬に乗るなんて、最初にそれを行った人物が出るまでは、人類は考えたこともなかったんですね。
 あれは、人なんか乗せない動物だと信じ込まれていましたから。

 最初に馬に乗った人間が誰なのか。
 そういう文献が残っているわけでもないので、名前も分かりませんし、時代も場所も特定できません。 
 でも、おそらく今から6千年ぐらい前、黒海北岸あたりに暮らしていたスキタイ民族のうちの誰かだろう…ぐらいまでは推測できます。

 それまで、馬というのは役立たずの家畜でした。
 肉だって、牛や羊に比べるとおいしくないし、せいぜい皮を利用するぐらい。
 つかまえようとしても、足が速いからすぐ逃げちゃうし、警戒心が強いから人間を信じない。
 首根っこなんかつかまえようと思ったって、暴れる、暴れる。
 場合によっては、人を蹴っぽってケガまでさせてしまう。
 そいつに乗ろうなんて、誰も考えなかったでしょうね。

 でも、なかにはヒマな人間がいたんでしょうね。
 あるいは情熱を持った人間が。
 きっと何度も振り落とされ、ひづめに蹴られ、さんざん生傷を負ったあげく、ついに馬にまたがった最初の人間が現れたわけです。
 その瞬間に、人間の歴史は大きく変わりました。

 乗馬の発明は、スピードの獲得でもありました。
 それまでは、労働でも軍事でも、人類は歩行の時間感覚でしか「世界」というものをとらえられませんでした。
 そこに「馬のスピード」で「世界」を把握する思想が生まれたのです。
 それがどんなに人間の考え方を変えるにいたったか。

 もし、乗馬という文化が成立していなければ、私たちは、いま存在している世界とは違った世界に住んでいたことでしょう。
 世界史的にみれば、ユーラシア全土を統一したモンゴルの大帝国も生まれなかったでしょうし、日本史に限定しても、義経は平家を倒すことができなかったでしょうから、源氏の政権も生まれていなかったかもしれません。

 19世紀まで人類の主要な交通機関であった乗馬や馬車という移動手段は、自動車の普及によって終焉を迎えました。
 しかし、人間の心の奥底には、馬がもたらせてくれた文化への郷愁がいまだに根強く残っています。

 競馬はそれの最たるものかもしれません。
 私たちが、走る馬の姿を美しいと感じるのは、人類6千年の記憶が凝縮しているからなのでしょう。

 ディープインパクト。本当に素晴らしかった!

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 16:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

Xマス宴会に出席

 「クリスマスが嫌いだ」などと昨日のブログに書きながら、ちゃっかりクリスマスパーティ&忘年会に出席です。
 懇意にしているキャンピングカー屋さんからお声がかかり、
 「あらら?」と自分でもびっくりするくらい、あっけなく仕事をほっぽり出して、現地へ直行。

 そのお店のお客さんが釣ってきたという、イナダのお刺身がテンコ盛り。
 それをつまみながら飲む日本酒は「社長の酒」。
 その後は「マッカラン」というスコッチ。

 「理想のキャブコン像とは何か?」
 「最近のバンコンが忘れているものは何か?」
 けっこう青っぽい議論も白熱。
 なかなか楽しめました。
 後は歌。
 山下達郎の「クリスマス・イブ」なんかしっかり歌ったりして。
 「クリスマスが嫌いだ」なんてタイトルのブログを書いたやつは誰だ? って感じです。
 
 自分のキャンピングカーに戻って寝たのは、夜中の1時過ぎでした。

 朝になって目が覚めたとき、さすがに真っ青。
 仕事が押し迫ってきたこの時期の1日というのは、平時の1週間ぐらいに相当するもので…。

 おかげで、いま必死こいて、仕事に使う画像データの処理とテキスト書きやってます。 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 19:52 | コメント(4)| トラックバック(0)

クリスマスが嫌い

 クリスマスが嫌いだ。
 街にサンタクローズのポスターなどが貼られ、イルミネーションをまとったツリーがあちらこちらに登場するのを見ると、もうそこから視線を背けてしまう。

クリスマスのサンタ

 家で、テレビなどを見ていても、
 「クリスマス商戦が始まり…」
 などという報道が流れてくるとチャンネルを変える。
 この時期になると、あまりにもザッピングがひどいので、カミさんなどは、
 「テレビに何か恨みでもあるわけ?」
 と、おかんむりだ。

 もちろん子供の頃は、クリスマスが大好きだった。
 ジングルベルも、赤鼻のトナカイも、みな家庭の団らんと、温かい食事と、サンタの来訪を心待ちにする幸せな時間を約束してくれるテーマソングだった。

 しかし、いま街中でクリスマスソングなどを聞くと、ギャッと叫んで意味もなく走り始める。
 そんな冬がここ10数年以上続いている。
 
 この時期は、私にとって、いちばん心が不安定な季節となる。
 なにしろ、膨大な仕事量が一気に降りかかってくるからだ。

 仕事の「量」そのものが怖いのではない。
 それをこなせかったときを想像することが怖いのだ。その恐怖感が心をむしばんでいく。
 クリスマスの頃というは、まさにそれに当たる。
 「あれをやらなければ…」
 「これをやらなければ…」
 と、抱え始めた膨大な仕事量を想像したときに、
 「まだ! 何ひとつこなしていない!」
 というパニック状態に襲われるきっかけとなるのが、ジングルベルであり、クリスマスツリーなのだ。
 
 根っから意地悪なカミさんは、それを面白がって、
 わざとクリスマスソングを、シレっと耳元で口ずさむ。
 私は「ギャッ」と叫んで、トイレに逃げ込まざるを得なくなる。

 いつになったら「楽しいクリスマス」が復活するのか。
 きっと、イブの日も、夜はコンビに買出し行って、無人となった会社のデスクで、デラックス海苔弁当を頬張るだけ。

 そういえば、ここ10数年クリスマスケーキなど食べたことがない。
 かろうじて、それだけが糖尿病の進行を食い止めている。
 ケーキ、好きなんだけどなぁ…。
 チョコレートケーキをつまみに、ウィスキー飲むのが趣味。
 そりゃ、やばいよな。
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:11 | コメント(6)| トラックバック(0)

ZILのデザイン

《覆面 座談会 ZILデザインの秘密を探る》

【A】 今日はバンテックの「ジル」というキャブコンを取り上げます。
【C】 おお、メジャー中のメジャーやね。
【B】 すでにいろいろな論評が出ているから、いまさら語るほどのこともないように思うけどね。

ジル外形_右

【A】 いやいや、このクルマがなぜ売れ続けているのか。その秘密に迫ったものはないと思うよ。
 ジルといえば、「造りが良くて、装備類が充実しているわりには、価格がリーズナブル」。
 このクルマが売れている理由は、一言でそう片づけられてしまうことが多いんだけど、たとえば「造りが良くて…」という場合の「造り」とは何なのか。
 そこまで踏み込んだ議論は、あまりなされていないと思うね。
【B】 造りというのは、デザインの良さ、家具類の精度の高さ、装備類の使いやすさ…みたいなことだろ?

【A】 じゃ「デザインの良さ」って何?
【B】 色、形、機能のアレンジの妙。
【A】 でも、それじゃますます分からなくなっちゃうよね。
 今日は、その誰もがうまく説明できない「デザイン」を取りあげてみようと思うんだ。
 ジルのデザインには、どのような仕掛けが施されているのか。いわば数値として計れない部分だよね。それを探ろうというわけ。

【C】 昔、このクルマを開発した増田紘宇一さんから面白い話を聞いたことがある。
 つまり、初代ジルを開発したときに、何を目標に置いたかというと、「機能的な部分を抑える」ということだったんだそうだ。
 機能的な部分というのは、たとえばトイレ、シャワー、キッチン、冷蔵庫といった、一般的なキャブコンに搭載する装備類のことを指すんだけど、それを「抑える」ということは、キャンピングカーには、装備類よりももっと大切なものがあって、そっちを優先させるということだと思うんだよね。

バンテック増田画像

【A】 そうそう。そこがヒント。初代ジルが誕生した頃の日本のキャブコンシーンというのは、2m×5mの空間に、どれだけ充実した装備を組み込むのか。その競い合いが最も激化していた時なのね。
 だからお客さんは、「こっちは冷蔵庫が標準装備でついてくるにもかかわらず5万円安いから、こっちを買おう」
 という選び方になっていたわけ。
 ところが、いざ使ってみると、ごちゃごちゃ家具が詰め込まれているから、狭いわ、使いづらいわ、かなわんわ…という悲しきキャブコンのオンパレードになっちゃったんだよね。

ジル_リビング1

【C】 そこにジルが登場して、「わぁ、このクルマ広いわぁ!」とみんな驚いた。
【A】 そう。実際には他のキャブコンが持っている装備はほとんど搭載しているから、家具類が少ないというわけではない。
 その装備類だって、他車のものと比べて、機能が劣っているわけではない。むしろ進んでいるようなものも多数あった。
 なのに「広いわぁ!」という感覚はどこから生まれてきたのか。

【B】 まぁ、視覚的なマジックだろうね。
 このクルマの場合、キッチンユニットとトイレコンパートメントのような、縦に長くてボリュームのある家具を全部リヤ側に集中させた。それも、少し小ぶりにしてね。
 そして、なおかつリヤエントランスにした。
 だから、エントランスステップに乗って中を覗きこんだ人は、背の高い家具類をすべて自分の背中に背負うから、圧迫感を感じないですむ。
 視覚に入ってくるのは、あくまでも、サイドソファーがゆったり広がるリビングスペース。それは、誰だって広く感じて当たりまえだろう。

ジル_リビング2

【A】 でも、それって大事なことだろ?
【C】 そう。そういう工夫の積み重ねで、いくらでも開放感というものは演出できるからね。
 このクルマは、対面ダイネットの位置も従来のパターンとは異なっているよね。
 テーブルが車両の左側に寄せられている。つまり、それによってエントランスに立った人の視線は、背の高いテーブルよりも、対角線上の低いソファーの方に注がれるようになる。
 それが、開放感をより際立たせることにつながっているよね。
【B】 まぁ、しかしこのレイアウトは、もうジルの専売特許ではない。他車でもやり始めているから、今となっては、ジルの優位性を語る例にはならない。

【A】 しかし、たとえばギャレーのアールの描き方。オーバーヘッドコンソールの曲面扉の曲率の出し方。
 そういう微妙なデザインセンスでは、はっきり言って群を抜いているよ。確実に「デザイナー」がやっている仕事だということが分かる。
 まぁ、その場合のデザイナーというのは、社長の増田さんだけどね。
【C】 もともと東京の原宿とか青山で、数々の店舗設計やショッピングモールのデザインを手がけた人だよね。
【A】 趣味はヨットね。
【C】 そうそう。だからどんなクルマにも、必ずヨットの世界のアイデアが流用されている。そこがお洒落だよね。

ジル_キッチン

【A】 で、やっぱりジルの世界には、ジルだけいしかないデザインの厚みが感じられるんだ。ヨーロッパ文化の厚みがね。
【B】 バンテックは、初期からライモのようなヨーロッパ家具を愛好していたからなぁ。
【A】 いや、そういうことじゃなくて、もっとデザイン思想のようなものさ。
【C】 昔、増田さんに「バンテックデザインが表現しようとしているものは何ですか?」と尋ねたことがあるんだよ。
 どんなこと言い出したと思う?

【B】 「上品で格調高く…」
【C】 いや、そうじゃなくて、最初の一声は、
 「ヨーロッパのデザイン史には、2千年の歴史があって、近代デザインというものが意識されるようになってからも、2百年経っている」
 というものだったの。
 で、ギリシャ・ローマの古典から始まり、ルネッサンス、バロック、ロココにつながる脈々たる系譜があるという話になったのさ。
 で、近代になって、アールヌーボー、アールデコ、バウハウスという新しいデザインが次々と生まれ…。まぁ、デザイン学の講義だよね。
【A】 「日本人にはバウハウス系のものより、アールデコが合っている」とか言っていなかった?
【C】 言ってた言ってた。

【B】 バウハウスとか、アールデコって何なのさ?
【A】 デザインの流派みたいなものだよ。バウハウスというのは、近代ドイツで始まった機能優先主義的なデザインで、クルマでいえばポルシェ流。
 キャンピングカーなら昔のデヘラーとかね。ウエストファリアもその流れだね。機能の追及に特化していった果てに現れる「機能美」のようなものを尊重する考え方。
 アールデコってのは、1920年代のヨーロッパで一声を風靡したデザイントレンドで、高度な様式美と洗練された遊戯性を発揮したスタイル。
 昔『タイタニック』という映画があったけれど、あの船内デザインなんかがまさにアールデコ。日本では、横浜の氷川丸の船内がそうなっている。

▼アールデコ風ライト
アールデコライト アールデコグラス
                    ▲アールデコ風ステンドグラス

【C】 で、増田さんは、そのアールデコをベースに、それを現代的にアレンジしたのがジルの世界だといっているわけ。
 だからギャレーカウンターのアールなんかも思いつきで曲率を出しているわけではないのね。ヨーロッパ2千年のデザインの厚みが集約されている。
【B】 少しおおげさなんじゃない?
【A】 まぁ、実際にアールデコの作品などにたくさん接してきた蓄積が活かされているということなんだろうね。
 アールデコは、日本の浮世絵などからも空間把握のエッセンスを学んでいるから、日本人にも感覚的に合う部分がある。
 逆にバウハウス系の機能的なデザインというのは、日本の住環境にはもともとなかったものだから、アールデコをめざしたバンテックデザインというのは正解かもしれない。

バウハウス_椅子
▲バウハウスデザインの椅子

【B】 キャンピングカーのデザインって、奥行きがあるわけだね。
【C】 ジルが売れているというのは、無意識にせよ、そのへんを理解している人たちが多いというわけで、日本人ってのはデザインセンスのレベルが高い民族だということだよ。

ジル外形_左
campingcar | 投稿者 町田編集長 20:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

Mrモーターホーム

 出したい本がある。
 元アイシィー・トレックスを主宰し、名機「B.C.ヴァーノン」を開発した戸川總(とがわ・さとし)さんの半生記だ。

戸川總_顔

 その原稿は、すでに半分以上できあがっている。
 しかし、今のところ出版する目途が立っていない。資金的な余力がないのだ。
 そのため、原稿はもう5年以上も私のデスクの引き出しに眠ったままになっている。

 でも、このストーリーは(編集している自分が言うのはなんだが)、実に面白い。
 それは、戸川總という人間の面白さに他ならない。

BCヴァーノン1

 彼がB.C.ヴァーノンというモーターホームを完成させる前に、どのようなものを研究し、どのようなアイデアを積み上げていったか。
 もちろん、そのような車両開発の秘話がふんだんに明かされるわけだが、もっと面白いのは、モーターホーム開発者になる前の、「流転の人生」を味わっていた時代の話だ。

《七転び八起き》

 「七転び八起き」という言葉があるが、戸川さんの前半生は、起伏の激しい山を毎日縦走するような生活だった。

 声楽家をめざして音楽学校に入るも、仕送りが途絶えて挫折。
 クラブやキャバレーで、カンツォーネを歌って日銭を稼ぐ生活を始める。
 酔客を喜ばせるためには、歌の合間にトークを披露しなければならない。
 
 当時は、歌手というのは歌を唄うだけ。
 おしゃべりは司会者の領分。
 そういう“住み分け”が常識だった。

 その常識を破り、戸川さんは「流し」のスタイルを採り入れて、自分でカンツォーネを唄い、かつおしゃべりで場を盛り上げた。
 トークのワザを練り上げるため、毎晩ラジオの深夜番組から流れてくるDJたちの話術に耳を傾ける日々が続いた。

 やがて、戸川さんのトークの軽妙さと、歌のうまさを認めてくれる人が現れた。
 シャンソン歌手の石井好子さんである。
 戸川さんは、この日本でも有数なシャンソン歌手の一人である石井好子さんの事務所に入り、そこで徹底的にプロとして鍛えられることになる。

 そういう暮らしを続けるなかで、楽屋で、シャンソンやカンツォーネの日本語訳を担当している若者と出会う。
 日本にはまだ紹介されてもいない外国語の歌詞なども、その若者の手にかかると、ものの5分で美しい日本語の歌に変わってしまう。
 
 戸川さんはその若者の才能に惚れ込むと同時に、相手も戸川さんの能力を認め、やがて2人は意気投合。
 たまに、どちらかの懐が温かくなると、楽屋で餃子の大盛りパーティ。
 「お互いにしっかり稼ぐようになろうね」
 と励ましあったその相手が、今は高名な作詞家・小説家として知られる、なかにし・礼氏だった。

《都落ち》

 そのまま進めば、「芸能人・戸川總」が誕生していたかもしれない。
 しかし、好事魔が多し。
 芸能生活を続けている間に、戸川さんは一人の女性に夢中になり、その女性と一緒にいる時間をつくるために、大事なステージまでサボるようになってしまう。
 
 「歌をとるか。女性をとるか」
 石井好子社長は、戸川さんに決断を迫った。

 「女性をとります」
 その一言で、彼は石井事務所から解雇された。
 戸川さんの才能に期待していた石井好子さんの目には、涙が浮かんでいたという。

 都落ちを決意。
 しかし、どこへ行くか…。
 それが決まらない。
 こういうとき、演歌ではみな「北国」へ向かうことになっている。
 かつて地方巡業で訪れたときに好きになった、北陸の古都「金沢」を行き先に定めた。

 夜汽車は金沢へ。
 泊まる場所のあてもないまま、くだんの女性と連れ立って駅のホームに降りた戸川さんの肩に、雪が舞った。

 金沢では、市内の高級バーの仕事を紹介してくれる人と知り合うことができた。
 もちろんバー勤めの経験などない。
 しかし、心機一転をめざしていた戸川さんは、そのバーでグラス磨きやトイレ掃除専門のスタッフとして、再スタートを切ることになる。

《モーターホームとの出会い》

 その後は有線放送の営業マン、英語百科事典のセールスマン、製氷器を使った氷売りなどをこなしながら、彼は戸川流のセールス哲学を身につけていく。
 
 昼間はそれらの仕事をこなし、夜はホテルのレストランシアターで司会業を勤めた。
 ステージの合間には、楽団を引き連れ、お座敷まわり。
 「お得意な歌がございましたら、私たちが伴奏をおつとめしま~す!」
 と、もちかけると、カラオケのない時代の酔客たちはみな大喜びだったという。

 やがて、モーターホームと出会う。
 英語百科事典の営業成績が外資系の会社から注目され、その会社からヘッドハンティングされたことがきっかけだった。
 彼は、新しい会社でトップセールスの表彰を受け、やがてアメリカ旅行に招待されることになる。

 戸川さんはその機会を利用して、ワイオミング州を訪れた。
 少年時代からの憧れの映画だった『シェーン』のロケ地を見るためだった。

グランドティトン4copy

 映画でシェーンが旅立っていくシーンの山々が見えるグランドティトンの風景に接したとき、彼が注目したのは、その優美な景色のなかに点在していた数々のモーターホームの姿だった。

 そのときに見た光景が、どのくらい戸川さんの心にインパクトを与えのかは分からない。
 ただ、後にアイシィー・トレックスを創業したとき、会社のシンボルマークがグランドティトンの山々と、その手前に描かれたモーターホームであることからも、それが一大転機をもたらす「事件」であったことは推測できる。

 やがて、戸川さんは、モーターホームを日本に根づかせるというテーマを追って、具体的な準備を開始する。

 この時代、つまり1970年代の中頃というのは、まだ国内には北米製モーターホームというものがほとんど普及していなかった。
 それを普及させるためには、パーツの供給体制も同時に整備していかなければならない。
 戸川さんは、まずアウトドア用品店に勤務することを決めた。

 1976年当時、ファミリー向けのキャンプ用品やRV向け改良部品などを販売するショップは、日本に2軒しかなかった。
 そのうちの1軒に腰を落ち着けた彼は、まだ日本人がほとんど知らないような本格的な用品・部品の仕入れ方などを勉強し始める。

 さらには、モーターホームを用意して、宿泊地の手配から、観光地ガイド、料理、運転までをトータルコーディネートする「パッケージキャンプツァー」なども企画するようになる。

《異文化の翻訳者》

 このように、モーターホームという存在を広報するための絶え間ない努力の果てに、あのヴァーノンという名車が誕生するわけだが、その過程には、まだまだ魅力的なエピソードがたくさん秘められている。
 しかし、それはお楽しみ。

 肝心なことは、戸川さんが「流転の人生」を送っていた時代に、すでにモーターホームを日本に浸透させるための訓練を終えていたということだ。

 北米で生まれたモーターホームは、当時の日本人にとっては、いわば「異文化」だった。
 多くの日本人にとって、それはまだ馴染みのないものであり、得体の知れない未知の文物であったように思う。

 しかし、消費者が初めて接する新商品というものは、すべてみな「異文化」である。その異文化が在来種の文化と混血することによって、初めて新しい文化が創造される。
 それには、「異文化の翻訳者」が必要なのだ。
 
 異文化の魅力をいかに人に伝えるか。
 それこそ、戸川さんが英語百科を売ったり、有線放送の契約を取ったりしながら人生の前半戦で会得してきたものといってよい。

《トレール・アドベンチャー・スピリット》

 その戸川さんは、今どうしているのか。

 アイシィー・トレックスという会社はなくなった。
 しかし、彼の開発したモーターホームは残った。

 戸川さんの手がけたモーターホームを愛するたくさんのファンたちによって結成されたTAS(トレール・アドベンチャー・スピリット)のメンバーが、もろ手を上げて、戸川さんを迎え入れた。

 TASの結成は1993年。もう14年ちかく、戸川さんを助けて、北米のモーターホーム文化を日本に根づかせるための活動を行ってきたクラブである。

TASミーティング1 TASミーティング2

 このクラブが不思議なのは、アイシィー・トレックスという会社がなくなってからもメンバーが増え続け、その活動がますます活発になっていくことだ。
 ヴァーノンの魅力を知って、中古を購入した人。
 新車から購入していたが、それまでTASには入会していなかった人。
 さらには、ヨーロッパ製のモーターキャラバンに乗っている人たちもどんどん参加するようになった。

 もちろん、例会のオープニングでは、歓迎の拍手を受けながら戸川さんが挨拶に立つ。
 若い頃から舞台などで鍛えたその語りは、相変わらずチャーミングだ。
 「そのトークを聞くためなら、どんな遠くからでも駆けつけてみたい!」
 TASのメンバーのなかには、そう思っている人も多いのではなかろうか。

 この本では、戸川さんが、そのように多くのファンに囲まれて楽しんでいる現在までを描くつもりだ。
 タイトルも決まっている。
 『Mr.モーターホーム』

 本にならないまでも、いつの日にか、ブログなどを使って連載を始められればいいなぁ、と思っている。
campingcar | 投稿者 町田編集長 16:03 | コメント(4)| トラックバック(0)

混浴温泉を撮影

 キャンピングカーで旅する人の多くは、温泉めぐりを楽しんでいる。温泉三昧に耽るためにキャンピングカーを買ったという人も珍しくない。

 昨年、秋田県の乳頭温泉に行ってきたが、アプローチの道幅が狭い温泉が多かったにもかかわらず、やたらキャンピングカーの姿が目立った。
 クラスCのような大きいクルマは、一般車とすれ違うときの困難を考えて、深夜か早朝に駐車場に入っていく。
 そして1日かけてゆったり湯に浸かり、車内でのんびりくつろぎ、交通量が少なくなる夜を待って、そこを出る。キャンピングカーならではの楽しみ方である。

 キャンピングカーやキャンプ場の情報誌をつくっている限り、温泉情報は欠かせない。
 かつて手がけていた『全国キャンプ場ガイド』でも、よく温泉特集を組んだ。
 ある号で、露天風呂特集をやることが決まり、群馬県の宝川温泉まで撮影に行ったことがあった。

宝川温泉_1

 「写真を撮れるか?」
 と温泉の管理者に尋ねると、
 「OK」だという。
 そこで、カメラを掲げたまま裸になり、お風呂を楽しみながら、周囲の風景をバシャバシャ撮りまくった。男湯に入っているつもりだったから、何のためらいもなかった。

 しかし、上がってきたフィルムをチェックして驚いた。
 遠景だが、裸の女性が映っている。しかも若くてきれいだ。
 「なんで撮っているときに、そのことに気づかなかったのか」
 残念!
 …というふうに思ったわけではない。

 「やばかったなぁ…」と冷や汗が出た。
 これは犯罪行為である。
 悪質な盗撮が社会問題になり始めた時期だったから、咎められて取り押さえられれば、「知らなかった」ではすまされないところだった。

 今から思うと、そのときの温泉の管理者がよく撮影を許可したものだと思う。
 おそらく、今なら「とんでもない!」ということになるだろう。

 以来、温泉の写真が欲しいときは、管理者に画像を提供してもらうことにした。
 幸い最近はネット情報が充実してきたので、断りさえ入れれば、ホームページから画像を抜かせてもらえるようになった。

 それはそれで便利になったけれど、そうやってあらかじめ作られた画像は、女性が写っていても、みなバスタオルを胸まで巻いている。
 いえ! それが悪いと言っているわけじゃ全くないんですけどね。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:45 | コメント(8)| トラックバック(0)

守護神は「坂道」

 14~15年もキャンピングカーに乗っていると、何度か走行トラブルに巻き込まれることがある。
 ところが、意外なほど悪運が強い。
 それもみな、坂道に助けられている。

ギャラクシー_1
▲14~15年前に乗っていたクルマ

 一度目は、ドライバーとして恥ずかしいガス欠。
 静岡県のキャンプ場に向かう途中の、東名高速での話だ。
 燃料計ははっきり「アウト!」を宣言していたが、私は経験的にかつかつでたどり着くと計算し、エアコンを切って、スピードを抑えながらトロトロと走っていた。
 しかし、その計算が甘かった。
 目的地のインター手前で減速が始まったのである。
 不意に額から汗が噴き出した。

 「神様たどり着きますよ~に!」
 現金なもので、こういう時だけ、日ごろ口に出したこともない「神様」を連呼している。
 祈る気持ちが通じたのか、料金所までは青息吐息でたどり着けた。

 しかし、そこからなかなか進まない。
 必死にセルモーターを回し続け、匍匐前進のように少しずつ前に進むと、その先から下り坂が開けた。
 しかも、坂道の終わるところにガソリンスタンドがある。
 「俺って悪運が強いなぁ!」
 と思ったのは、まずそれが最初だった。

 次に襲ってきた事故は、プロペラシャフトにビニールを巻き込んでしまうというものだった。
 首都高を走っていたとき、前を走行していた軽トラックの荷台から、荷物を覆っていたビニールシートが舞い上がったのだ。
 それがクラゲのお化けのような足取りで、フワフワと迫ってくる。
 「こっちに来るなよ、来るなよ!」
 と念じたのだが、そういう時はたいてい来るようになっている。
 トラックが併走しているので、避けようがない。

 ビニールシートは狙いすましたかのように、私のクルマのボンネット下にもぐり込み、10秒も経たないうちに、わが愛車はブルブルと痙攣を起こし始めた。
 
 緊急避難用の路側帯にクルマを入れ、下を覗いてみると、プロペラシャフトがビニールにくるまれてミイラ状態になっている。
 飛ばしていくクルマたちの無慈悲な風に煽られながら、ビニールをカッターナイフで切り取るという作業を、延々と続けることになった。

 ようやくビニールを除き、運転を再開したのだが、クルマの痙攣はまだ収まらない。コクン、コクンと不規則な突き上げが出ている。
 ビニールを巻き込んで走ったときに、ベアリングまでいかれてしまったようだ。
 「こりゃ、走りつづけるのはまずいぞ!」
 と思い、最寄のインターを降りて、坂道をそろそろと下っていくと、 
 信号の向こうに修理工場!
 またまたツイている。
 
 3度目の事故は、北海道旅行の帰りに、突然クラッチが滑り出すというトラブル。
 エアコンからの風が急に温風になり、
 「なんだこりゃ?」
 と思ったとたん、アクセルの踏力とスピードの出方が不協和音を奏で始めた。
 エンジンの回転音は、耳をつんざくばかりに上がっているというのに、スピードはどんどん落ちていく。
 
 最寄のインターで降りて、料金所脇の広場にクルマを止めた。
 なにしろ、キャンピングカーは車体が重いので、クラッチへの負担も大きい。
 特に、そのときの旅行は急な上り坂を登る機会が多かったので、普段より余計に負担をかけしまったかもしれない。
 
 反省していても何も解決しないので、キャンピングカーを買った販売店に電話を入れて、近くの修理工場を探してもらうことにした。

 「インターより700mほどのところに工場がある」
 という。
 一瞬「ラッキー!」と思ってはみたものの、ところが、その700mの距離がなかなか縮まらない。
 クラッチをつなぐと、とりあえず10mぐらいは進むのだが、そこでまた空回りが始まる。
 一息ついてギヤを入れ直し、ローギヤのまま、またそろそろと滑り出す。
 だんだん走れる距離が短くなっていく。

 「もうダメ。レッカーでも呼ぶか」
 と諦めたとき、
 その先が下り坂だった!
 ありがたいことに、下りきったところに工場が見える。

 そのとき私は、坂道が自分の「守護神」であることを悟った。
 以降、私は坂道に足を向けて寝たことがない。
campingcar | 投稿者 町田編集長 20:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

信長の野望

 キャンピングカーで取材先などを回っていても、「××古戦場」なんていう看板を見つけたら、寄らずにいられないたちだ。
 ファミコンの時代から、「ドラクエ」ではよく徹夜したが、それ以上に時間を費やしたのは「信長の野望」の方だった。
 とにかく戦国時代の話が好きだ。

 だから、趣味は? と聞かれれば
 古戦場めぐり
 城めぐり
 スカートめくり…おっと、スポットめぐり。歴史スポットね!

 そんなわけで、歴史遺跡とか、よく見に行く。

 場所によっては、「歴史遺跡なんてどこにあるの?」と思えるくらい、まわりに観光施設が立ち並んでいるところもある。
 そこで、まんじゅう、手ぬぐい、ソフトクリームなんかを買っているうちに、
 「はて…何を見にきたんだっけ?」
 と、一瞬、思い出すのに時間がかかるような遺跡スポットも、ないことはない。
 
 ま、それはそれで楽しい。古びたみやげ物屋なんかが並んでいる町並みもひとつの風情だ。
 
 でも、本当に好きなのは、手づかずでひっそりしたヤツ。
 実は、かつて安土城がそうだった。

安土城1

 今は整備が進んできて、入場料も取るようになったらしいが、10年ほど前にここを訪れたときは、
 「え! これがあの有名な安土城?」
 というほど、あっけらかんと、放ったらかし状態になっていた。

 戦国最大のヒーローである信長の居城なのだから、後世に復元されていれば、今はたいへんな観光施設になっていただろう。

 でも、そうならなかったところがいい。
 訪れた者が、その何もない土地の上に、自分なりの様々な安土城を思い浮かべることができるからだ。

安土城2

 実際に、安土城の天守閣がどのような構造になっていたか、いまだに正確な姿は突き止められていない。
 五層七重の八角形で、内部は吹き抜けになっていたという説が有力だが、そうだと確定したわけではない。

 ついでにいうと、本能寺の変の後に、この城が全焼した原因も謎である。
 信長の次男である信雄が、火付けの犯人だという説が濃厚だが、本人は完黙を通したようだ。
 たとえそうだとしても、刑事事件としても民事事件としても、時効が成立してしまっている。

 安土城にも謎が多いが、もっと不思議なのは織田信長という人。
 本能寺の変で死体が見つからなかったというのも何だか変だが、それ以上に、あの精神構造こそ永遠の謎だ。
 昔からビジネス雑誌なんかでは、グローバル資本主義の先駆者みたいな分析をやっていたけれど、そういう図式にも当てはまらない。

 司馬遼太郎の『国盗り物語』や、津本陽の『下天は夢か』などの名著がありながら、「信長本」は次から次へと生まれていく。
 それは、信長が抱えた謎の深さが、作家たちの想像力を吸い寄せるからだろう。

 結局、謎って、ロマンなんだと思う。
 遠くに思いを馳せることを「ロマン」というのなら、解明しづらい謎っていうのは、「遠大なロマン」ということになる。
 そういうものに触れることが歴史のダイゴ味なわけね。

 頼むから安土城の城跡に、天主なんか復元しないでくれよな。
 地元の人たちお願いね。
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:06 | コメント(10)| トラックバック(0)

団塊ひとりぼっち

 団塊の世代をテーマにした本はたくさん出回っているが、山口文憲さんが書かれた『団塊ひとりぼっち』は、団塊世代で、しかもシングルライフを送っている著者自身の体験談を交えた面白い本だ。

団塊ひとりぼっち

 団塊世代は、定年後には巨大なマーケットを形成するという予測から、各企業から商品戦略のターゲットとして賛美されてきた。
 しかし同時に、下の世代からは過剰なほどの誹謗中傷にもさらされている。
 著者は、そのような評価や非難からしたたかな“距離”を取り、著者自身が属しているこの世代を、醒めていながらも温かい視線で見つめている。

 ときに、ドキッとする逆説も登場する。
 「団塊の世代はもっと感傷(センチメンタリズム)を大事にしろ」と、彼はいう。
 感傷やセンチという言葉は、甘ったれや自己陶酔をイメージする言葉として、あまりいい意味では使われない。
 しかし、将来さしたる仕事もせずに生きていく団塊世代にとって、
 「このユルくて、甘くて、生温かい感情は、心のセーフティネットになり、精神のシェルターになる」
 と山口文憲さんは説く。
 「だからジーンと涙が出ちゃうんですよ、これは…」
 というセンチな気分になれる対象物を、いかにたくさん手元に抱えるか。
 それが豊かな人生を保証する秘訣になるとか。

 一方、こんな指摘も出てくる。
 「団塊の世代とは、どうやって年をとったらいいのか分からない人々の集まりだ」
 山口さんに言わせると、この世代というのは、自分の老後をイメージできない最初の世代なんだそうだ。

 そのように、団塊世代はいろいろな意味で、時代の節目を担っている。
 たとえば、
 「自分の親を介護しなければならない最後の世代であり、子供からの介護を期待できない最初の世代である」など。

 生活設計のうえで、考えねばならない様々な問題への言及もあるが、音楽、映画、文学などのサブカルチャーに対する批評もいっぱい出てくる。
 たとえば、
 「小津安二郎の映画が、団塊世代に受けているのは、そこに描かれている風景が団塊世代の原風景であると同時に、あのローアングルで撮っていくカメラワークが、団塊世代が子供だったときの目線と重なるからだ」とも。
 ふむふむ。なんとなく、なるほどと思う。

続きはこちら
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:04 | コメント(3)| トラックバック(0)

オーニングの悲劇

 サイドオーニングは2度ほど落としている。
 いずれも前のキャンピングカーに乗っていたときの話だ。
 最初のオーニングは、地響きを立てて地面に落下し、2度目のオーニングはちぎれたヨットの帆のように、空に舞い上がった。
 
 一度車体から切り離されたオーニングというのは、あんなに軽々とテントを出し入れする姿からは想像できないくらい、重い。
 しかもデカい!

 だからといって、落とした場所に放っておくわけにもいかないので、仕方なく車内に収納する。
 すると、今度は食べる場所も寝る場所もなくなる。
 あれはやっぱりルーフの横にコソッと付けられていて、やっと用を足すものらしい。

 最初にオーニングを落としたときは、オーニングだけでなく、桜の木も引きちぎった。
 東北の田舎町を走っていたとき、道が狭くなってきたため、つい民家の塀に寄りすぎてしまったのだ。

 突然、落雷でもあったかと思えるほどの轟音が鳴り響き、一瞬、自分のクルマが後ろに引っ張られるような衝撃を受けた。

 何が起こったのかと思い、クルマを路肩に寄せて、後ろを見ると、道路の真ん中で直径30cmもありそうな桜の枝が、「イテテ!」といわんばかりに横たわっている。
 それよりも、もっと驚いたのは、自分のクルマが落ちたオーニングをずるずると引きずっていたことだ。

 膝がぶるぶる震えた。
 急いで、目の前に見えた酒屋に駆け込み、日本酒を一本買って、桜の持ち主にワビに行った。

 「木の方はかまいませんが、それよりもあんた、大変なことになったね」
 そこの主人は、痛々しく地面に横たわっているオーニングの方を見て心配してくれた。
 東北のキャンプ場を取材する旅行の最中だったが、その一週間は、オーニングと仲良く抱き合って寝た。


 2度目の事件は、伊豆のポマトランドで起こった。
 普段オーニングを出したときはペグを打つだけでなく、タイダウンベルトまで張って固定している。
 それを、たまたまその日だけ怠ったのだ。

 オーナーがわざわざサイトまでやってきて、
 「今日は風が強くなりそうですから、気をつけてください」
 と忠告してくれた2~3分後の話である。
 
 これも突然…そう、事件というのはたいてい突然起きるものだが、突然バコッと不吉な音とともにクルマが一瞬浮き上がった。
 「やべぇ。そろそろオーニングをしまわなきゃ」
 と、ドアを開けて外に出たら、
 オーニングがない。
 どこを見回しても、ない。
 10mほど探しに歩いて、振り返ったとき、ルーフの上に吹き上げられている姿を発見した。

 もちろん、取り付け部のステイもねじ曲がってしまったので、テントなどを収納できる状態ではない。
 泣く泣くボディからオーニングを切り離し、テント部をぐるぐるとヒモで巻いて車内に収納した。
 
 このときは家族連れだったから、みんなダイネットの隅にチマチマと肩を寄せ合って、沈黙の夕食を終えた。

 テントやタープもそうだが、風の強い日のオーニングも要注意だ。
 今度のキャンピングカーになってからは、もう風が吹く日は出さないようにしている。
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:58 | コメント(9)| トラックバック(0)

思考停止

 根っからの文科系なので、数字や機械にまつわるモノすべてが砂漠の蜃気楼みたいに感じられてしまう。

 特に「電気」があかん。
 「でんき」「でんわ」「でんしゃ」など、「でん」から始まる文物に触れると、突然、始皇帝氏……おっと変換ミス
 思考停止になってしまう。

 家の電気が消えてもブレーカーの位置すら分からず、電気のタマひとつ替えられない。
 …ということを、カミさんに家事をせがまれたときの「サボる口実」にしているわけだが、「口実」などと言わずとも、事実それに近い状態だからイヤになっちゃう。

 そんな自分が、電気の“親玉”のようなパソコンを使って、よくここまでブログを続けられたものだと思っている。

 なにせ、パソコンというのはゲームとワープロ以外に使ったことがなく、誰かに満足にメールなどを送れるようになったのは、やっと今年に入ってからのこと。

 会社のデジカメ(D70)だけは、使わないボタン類が勝手に動かないように、“要らない”ボタン類をテープで固定して使っていたが、ようやく“要らない”ボタンの意味が少しずつ理解できるようになったのも、やはり今年から。

 よく笑い話にあるじゃないですか。
 「この店にインターネットは置いてありますか?」
 と家電ショップを訪れるオヤジ。

 まさに、あれに近い状態。
 いまだに「トラックバック」の意味がよく分からない。
 「トラバ」と「スタバ」(スターバックス・コーヒー)を、1ヵ月ほど勘違いしたまま、平穏な時を過ごせてしまえる人間なのもので…。


 そんな、電気オンチ、パソコンオンチの人間が書いたブログですが、皆さまからの温かいご支援をいただき、なんとか40,000アクセスに届きました。
 この間、閲覧いただいた方々、励ましのコメントなどをお寄せいただいた方々には、あらためてお礼を申し上げたいと思います。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:52 | コメント(4)| トラックバック(0)

地球への恩返し

 このブログによくコメントをくださる旅人さんが、ご自分のブログに「恩返し」というタイトルの記事を書かれていた。
 建設業を営む旅人さんは、今まで数え切れないほどの建築物を手がけてきた。それによって、多くの人を喜ばせもしたが、一方で自然を破壊してきたのではないかと悔やむこともあるという。

 ささやかながら「地球に恩返し」
 
 旅人さんは、「漁師が稚魚を海に返し、材木屋が植林をする」ように、「少しの汗と優しさで、この国に恩返しをしていきたいと思っている」と書かれている。

 キャンピングカービルダーのなかにも、同じ考えを持つ人がいる。
 九州の熊本で、ビルダー業を営む朝倉自動車商会の朝倉さんだ。

 彼は、九州のキャンピングカーショーで、場内で配られるパンフレットの有料化を提案し、その浄財によって阿蘇山での植林活動を進めた。

 「木から生まれてきた紙(パンフレット)を、“故郷”に帰したい」
 そんな思いを、いつの日にか果たそうと思っていたらしい。

 現在、阿蘇の山には、朝倉さんの植えた700本の木が、すくすくと成長している。

 彼は、その気持ちを手作りのキャンプ場にも活かした。
 地元の遊林地に開いた無料のキャンプ場「風の庵」だ。

風の庵_1

 そこには電気も水道もない。
 利用者に、ふだん何気なく使っている電気と水のありがたさを思い出してもらうためだという。

 夜はランプの明かりだけ。
 水は、朝倉さんが運んでくれたものを使う。
 しかし、その何もない暮らしのなかで、人は大地の鼓動に耳を傾け、星空のまぶしさを知る。

 旅人さんも朝倉さんも、「環境保護」や「エコロジー」などという耳ざわりの良い言葉を一言も使っていない。
 にもかかわらず、「地球に恩返しをしたい」という謙虚な優しさが、ブログやHPなどに書かれた記事から伝わってくる。 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:34 | コメント(4)| トラックバック(0)

ロングテール現象

 今年ももうすぐ終わろうとしてるが、この1年間に聞いた言葉で、かなり印象に残っているのが「ロングテール」という言葉だった。

 これは、一言でいうと、ネット社会が実現した商品の多様化現象を表現した言葉である。
 詳しい説明は、すでに多くの解説が流布しているので避けるが、簡単にいうと、次のような現象を指す。

 各企業が進めてきた従来型の商品展開では、たとえばコンビにでも書店でも、音楽CDなどの世界でも、売れ筋商品の上位2割が、総売上げの8割を占めてしまうといわれてきた。

 この上位2割の商品を恐竜の頭(ヘッド)に例えると、それ以外の商品は、恐竜の背中から尻尾に至るようなグラフを描き、最後はダラダラと長い尻尾…すなわちロングテールがどこまで続くという形になる。

 だから小売の場合は、そのロングテールの部分を切り捨て、ヘッドの2割の品目を用意しておけば商売が成り立つとされ、それ以外の在庫を抱えることは非効率だといわれてきた。

 それをくつがえしたのが、アマゾン型のビジネスモデルだった。
 アマゾンで売られているものの多くは、月に1件ぐらいしか問い合わせのないような、ニッチ商品だという。
 しかし、そのニッチ商品の集積が、収益構造の3分の1から半分を実現してしまった。

 先の表現でいえば、恐竜のロングテール部分が膨大な利益を生んでいるということになる。
 それを可能にしたのが、基本的には在庫を抱えることのないネットショッピングという形態だった。

 アマゾンは、それによってロングテール部分を収益のかなめにし、そのことに注目した各ビジネス誌などから、「アマゾンは商品の多様化・価値の多様化を実現した」といわれるようになった。

 しかし、このアマゾン型企業によって実現された「商品の多様化・価値の多様化」を疑問視する声もある。
 
 アマゾンは、ロングテールを販売戦略の基盤に据えたわけだが、そのような戦略は、アマゾンだからこそ可能になったものであり、在庫キャパシティが限られてしまう一般小売店の場合は、どうあがいても、そのような販売戦略を打ちたてようがない。
 アマゾン型スタイルが、「商品の多様化を押し進める新しいビジネスモデル」だといえるのは、それを可能とする条件を備えた数社か、10数社にしか当てはまらない、というわけだ。


 グーグルに関しても、これを「情報多様化社会の誕生」と評価する人たちがいる一方、逆に「情報一極集中化の始まり」と指摘する声がある。

 誰もが知っているように、グーグルの検索エンジンは、ネット上にアップされた情報なら、どんな些末な情報でもすべて機械的に網羅してしまう。
 ネット上に書き込まれた情報は、たとえ僻地の無名のライターのものでも、すべて検索エンジンが拾い上げるという意味で、これを「情報多様化社会の実現」と捉える人は多い。

 しかし、そのグーグル型「情報多様化社会」にも、異を唱える声がある。
 これは、たとえばグーグルの検索エンジンが10万件のデータを拾い上げたとしても、大半の人は最初の3ページしか読まないという読者の実態を反映した意見である。

 もし大多数の人が、3ページ以降の情報を見ないというのであれば、仮にグーグルのエンジンが100万件のデータをアップしたとしても、それは読者にとって「存在しない情報」になってしまう。
 
 人は、気になる情報を検索ワードで掘り出すとき、40~50件ならすべて読もうという気になるかもしれない。
 しかし、データが10万件あったとしたら、その物量に怖じ気づいて、やはり最初の3ページで検索を終わりにしたくなってしまうだろう。

 以上の観点から、グーグルの「情報一極化」に警戒心を抱く人は、次のように結論づける。

 すなわち、情報量が多くなればなるほど、人々は逆に情報の取捨選択に面倒さを覚え、ネットで最初の1ページ目に表示される情報だけを鵜呑みにするようになる。
 そうなると、検索ワードで上位情報を発信できる者だけが「信頼度」や「親近感」を独占し、それを商売の宣伝活動に利用すれば、それこそ巨額の利益をひとり占めすることも可能となる。
 そうなれば、人々の経済格差、情報格差はさらに広がっていく。

 私は、そのような意見におおかた正しさを認める。

 しかし、そうはならないだろう…という、希望的な観測も持っている。
 たとえば、キャンピングカーの世界は、自動車産業という総体のなかでは、まさにロングテールである。
 乗用車しか関心を持たない人たちにとっては、キャンピングカーはニッチでマニアックな商品に映るだろう。

 だが、ネット上に流通するキャンピングカーの情報はなんと豊かであることか。
 そこにはビルダー自身が発信するHPもあれば、ユーザーが愛着を込めて書き綴る、愛車のメンテナンス日記や旅行記を記したブログもある。
 ユーザーの発信する情報の精度と熱意の高さは、むしろ一般乗用車より上のようにも感じる。

 それはキャンピングカーというコンテンツが魅力的だからだ。
 キャンピングカーには、単に「物」とか「機能」を超えたライフスタイルの提言がある。
 それを所有することによって、自分の人生がガラっと変わるかもしれないという期待感を持たせる商品というのは、そうやたらとあるものではない。

 そうである限り、ことキャンピングカーという分野においては、情報の一極集中よりも、情報の多様化・多元化がますます進んでいくことになると思っている。
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

シュミット元気?

 モーターホームを使うアメリカ人の暮らしとはどんなものか。
 その一端を垣間見せてくれる映画が、『アバウト・シュミット』だ。

 定年退職後は、モーターホームを使って夫婦そろって優雅な余生。
 一般的に聞くアメリカ人のリタイヤ後の人生は、そういうスタイルが多い。
 しかし、この映画で、ジャック・ニコルソンの演じる主人公のモーターホームライフは、あまり優雅でもなく、ハッピーでもない。

 というのは、退職後にすぐに妻に先立たれ、大事に育てた一人娘は、自分の気に入らない男と結婚。
 家庭の中に様々な悩みを抱え込んでしまった男の、孤独なモーターホームライフなのだ。

アバウトシュミット

 しかし、…だからこそ、というべきか。
 心機一転、主人公がモーターホームに乗り込んで、孤独を癒すための旅に向かう情景が展開すると、画面には一気に解放感が広がる。

 数十年ぶりに生まれ故郷を訪れ、若い頃通った大学を訪れ、川のほとりにモーターホームを止めて、ルーフに寝そべって星を眺める。
 
 モーターホームやトラベルトレーラーが寄りつどうキャンプ場で、彼はそこに長逗留している夫婦から食事に招待される。
 しかし、その夫婦の奥さんから、ドキっとするような指摘を受ける。
 「あなたは、そつなく前向きに生きているように振舞っているけれど、本当は怒りを隠して生きている。孤独で、さびしい人…」
 
 仕事しか生きがいを見出せずに生きてきた主人公の環境には、そのような、内面にまでズバっと踏み込んで話してくれるような人間がいなかったのだ。
 
 彼はモーターホームで旅することで、知らない「自分」と次々と出会うことになる。
 この映画は、66歳を過ぎて、人生の峠を越えた男の「自分探し」の映画でもある。
 
 人気のない川原で、モーターホームのルーフに座り込んだ主人公は、星のかなたに去った妻に語りかける。
 「今まで、俺はどうしようもない男だった。でも、お前はそれを分かっていながら、何も言わずに放っておいてくれたんだね」
 
 しかし、この言葉の意味は重い。
 妻を失った寂しさというよりも、妻が何も言ってくれなかったことへの寂しさが男の心を責め立てているからだ。
 それは、そのような妻の心の動きにまったく無頓着に、杓子定規のような四角四面の生き方しか選べなかった自分への反省でもある。

 映画の終了まぎわで、主人公の語るモノローグは、平凡ではあるが、実感がこもっている。
 「幸せは、失ってから分かるものだ。いま得ているものを、人間はもっと大切にしなければならない」

 この言葉は、人生の全般について語られた言葉なのだろうけれど、私には「もっと早くモーターホームの旅を始めていれば良かった」
 というふうに聞こえてしまう。
 
 というのは、主人公がモーターホームの旅を始めるのは、妻が死んでからなのだ。
 せっかく家の駐車場には、立派なモーターホームがありながら、どうやら彼は妻が死ぬまで興味を示さなかったようだ。

 もったいない話だな…と思うのは、私がキャンピングカーに関係した仕事をしているからだろう。

 ジャック・ニコルソンの演技は、初老の男のいじましさと切なさを見事に表現して秀逸。
 時にシリアスで、時にコミカルで、飽きさせない。 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 22:46 | コメント(6)| トラックバック(0)

アメリカRV事情

《ブログインタビュー アメリカのRV事情》

【ゲスト 猪俣慶喜さん】(ニートRV常務取締役)

ニート猪俣_顔

 北米モーターホームの新型車が勢ぞろいするルイヴィルのトレードショーが11月末に開かれた。
 アメリカンRVの2007年モデルには、どのような傾向が生まれているのか。
 ショーを見終わって、6日に帰国したニートRVの猪俣常務に、詳しい話を聞いてみた。

44ルイヴィルショー全景

【町田】 まず、ルイヴィルのショーというのは、どういうものなんですか?
【猪俣】 ケンタッキー州のルイヴィル市で開かれるRVショーで、今年で44回目になります。
 一言でいうと、来年アメリカで販売されるモーターホーム、トラベルトレーラー、パークトレーラーなどが一堂に会する北米でも最も大きなショーなんですね。

 ただ、一般客を対象としたものではなく、あくまでも北米のディーラーを相手にしたショーであることが特徴です。
 それらの販売店の人たちに、各メーカーが、新しいコンセプトモデルやニューモデルをお披露目するというものです。
 会場の規模は、東京ドームの2倍。そこに、北米の約90社のメーカーが、1,000台以上のRVを持ち寄ってくるわけです。

【町田】 今回のショーでは、どのような傾向がうかがえましたか?
【猪俣】 まず、クラスAにおいて、ディーゼルエンジンが普及してきたことが特徴でしたね。
 フレートライナー社のシャシーに、カミンズやキャタピラーのディーゼルエンジンが搭載されたプッシャーが主流になっています。
 ディーゼルプッシャーになったのは、もちろん、燃費などの向上も目的のひとつでしょうが、クラスAの場合、レイアウト的にもリヤエンジンは有利なんですね。
 というのは、フロントエンジンですと、どうしても運転席と助手席の間に、エンジン部分がこんもりと盛り上がってしまいますよね。

 リヤエンジンはこれを解消しますから、運転席のフロアがフラットになり、前から後ろまでツラ一の平面になります。
 また、エンジンがリヤにあるため、走行中も静か。
 さらに、ダブルフロアを実現できるため、断熱性も高くなる。リヤエンジンならではの様々なメリットが生まれます。

44ルイヴィル会場3

《スライドアウトモデルが主流》

【町田】 ちなみに、そのカミンズのエンジンというのは、どのくらいの出力を持っているのですか?
【猪俣】 ウィネベーゴのベクトラなどに搭載されているものでは400馬力です。排気量は8.9リットル。6速ATでターボチャージャー付きです。

【町田】 ほかに、このショーで目立った傾向としては?
【猪俣】 ほとんどのモーターホームが、スライドアウトモデルになったということですね。
 全長が2.6mぐらいある上に、さらにスライドアウトするわけですから、そうとう広い居住空間を持つ車両が主流になってきたといえます。
【町田】 …ということは、車幅の問題で、ますます日本に導入できるモーターホームが少なくなってきたということですね。

【猪俣】 そうですね。私たちはウィネベーゴ社のモーターホームを扱っているわけですが、同社の製品でも、日本で走れるナローボディとなると、理想的なものはアスペクトぐらいしかないんです。これはミニモーターホームになりますから。

アスペクト_外形

【町田】 全長9m以上あるアスペクト29Hでも「ミニ」なんですか!
【猪俣】 アメリカで「モーターホーム」といった場合、普通クラスAを指すんですね。クラスCは、基本的にミニモーターホームという位置付けになります。
 29フィートのアスペクトですらも、37~38フィートが主流であるクラスAと比べると、やっぱり「ミニ」なんですね。

【町田】 スライドアウトモデルが主流という話でしたが、スライドアウトというと、昔は“雨漏り”のトラブルが絶えないとよく言われましたけれど、それが普及してきたということは、かなり品質改善されてきたわけですね。
【猪俣】 ウェザーストリップなどの形状がかなり改善されてきて、昔と比べると、飛躍的に品質が向上してきましたね。
 とにかく、すべてにおいて、北米モーターホームの技術的な進歩がはっきりと認められるショーでした。

 塗装技術の向上などにも、それがはっきりと表れていました。どこもオールペイントが主流になってきているんですね。
 それも乗用車レベルのクリア塗装になっていて、ファイバー部分とグラフィック部分を同時に保護するようになっています。
 ボディの耐久性も上がったし、メンテナンスも簡単になったわけです。

▼スライドアウトルームを持つクラスA
44ルイヴィル会場1

《家具の精度が飛躍的に向上》

【町田】 内装の造りでは、どのような変化が見られましたか?
【猪俣】 家具の精度が一様にあがりましたね。
 たとえば、室内のキャビネットの引き出しなどは、住宅用と同じくらいのレベルを確保するようになりました。
 キャビネットの引き出しなどは、昔はガタガタと音がするようなものが多かったのですが、最近はレールのつくりが良くなってきて、引き出しなども、すごくスムースな動きになってきているんですね。

アスペクト26リビング1

【町田】 個々のパーツ類の完成度が上がってきたというわけですね。
【猪俣】 そうです。これはビルダーだけの努力ではなくて、ビルダーにパーツを供給する部品メーカーの努力も実ってきたからですね。

 モーターホームの部品点数というのは、乗用車の3倍くらいありますから、ビルダーだけが企業努力を行っても、パーツの精度が上がらないかぎりどうにもならないんです。
 ところが、最近は部品メーカーが実に頑張っているんですね。ビルダーとパーツ供給者の連携が強化されてきたことが、実感として感じられましたね。

《日本車の躍進による刺激をバネに》

【町田】 そのような、目覚しい技術進歩が実現した背景として、どのようなことが考えられますか?
【猪俣】 やっぱり、北米市場における日本車の躍進が刺激になっているのではないでしょうか。
 アメリカの国民が、なぜ熱狂的にトヨタ車、ホンダ車を買うのか。
 それは単純に「壊れないから」なんですね。
 
 アメリカには、昔から「ドゥ・イット・ユアセルフ」の精神がありまして、商品の故障は消費者が修理するものだという伝統があったんですね。
 特に、モーターホームは「クレーム産業」といわれたくらい故障が多かったんですが、それでも、ここまで米国で普及してきたのは、アメリカ人のDIY精神に支えられてきたからなんですね。

 しかし、トヨタ車、ホンダ車はいくら使っても、ほとんど故障がない。
 そうなると、さすがのアメリカ人でも、やっぱり壊れないクルマがいいと思い始めたわけです。自分で修理するにはお金もかかるわけですから。

アスペクト29リビング1

【町田】 アメリカ人ユーザーにも意識変化が起きたというわけですね。
【猪俣】 そうなんですね。そこで、まずアメリカの乗用車メーカーが一斉に品質改善に取り組み始めたわけです。
 モーターホームもその流れに乗ったわけですね。
 だからパワートレインのフォード、シボレーの精度が上がってくると同時に、モーターホームメーカーも、内装の品質改善に必死に取り組み始めたわけです。

 先ほどの塗装技術の向上ひとつとっても、モーターホームの塗装というのは、その難しさが乗用車の比ではないわけですよ。なにしろボディが巨大ですから。
 それを、ムラをなくして均一に塗装するには、塗装ブースなどの設備投資にも費用がかかったでしょうし、腕のいい熟練工の育成も必要だったでしょう。

 しかし、そういう企業努力が実ったことで、アメリカのモーターホームは、いま飛躍的な進歩を遂げたわけですね。
 北米モーターホームの技術進化は、商品価値の高いものを求めるようになったユーザー意識を反映したことによって、もたらされたものだと思います。
【町田】 なるほど。いろいろと面白い情報を聞かせていただいて、ありがとうございました。
 
campingcar | 投稿者 町田編集長 18:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

畳のキャンカー

 洋風のライフスタイルが普及するようになって、日本家屋から「畳」が消えつつある。
 しかし、最近の住宅では、部屋数が多く確保できた場合は、一部屋だけは畳部屋を残すケースも多いようで、この世から完全に畳が消えることはなさそうだ。

 実際に、畳の上に寝転がるときの感触は、実に心地よい。
 ベッドに寝転がるときは、しっかり眠らなきゃいけないという強迫観念にとらわれることが多いが、畳の場合は、
 「眠ってもよし。眠らなくてもよし」
 という気楽さがある。
 この“のんべんだらり感”がたまらない。

畳の間1 

 畳が日本人の生活に深く溶け込んでいることは、いまだに私たちが広さを測る基準に、畳の枚数を用いていることからも分かる。
 早い話、土地の広さを測る「坪」だ。これは畳2枚分の面積に当たる。

 畳1枚の広さは、東日本で88×176cm、西日本では95×191cm(京間)と、若干の違いを見せるが、どちらもプロポーションは1対2。
 この大きさは、実は大人ひとりが“のんべんだらり”と寝転がれるサイズになっている。
 長い歴史のなかで、日本人は「ゴロンと寝られる」サイズを、空間を測るときのゲージとして使ってきたわけだ。

 そのように、空間を計測する基準を、ゴロニャン感覚で測ってきた日本人は、庭園などを造らせても、まったりと鑑賞できる庭造りにかけては世界一のワザを見せる。

 西洋の庭園は、いちいち靴をはいて、部屋の外に出て、歩き回ってみないとその良さが分からない。
 しかし、日本の庭園は室内にいながらにして、それこそ寝そべって、ひじ枕で鑑賞できるように造ったものが多い。

 よくいえば、日本庭園と日本家屋というのは、その二つがセットになって、アウトドアとインドアを融合した、心地よい小宇宙を形成しているといえる。

庭の外_

 このアウトドアとインドアを融合させるテクニックは、日本建築に使われるパーツ類にまで見事に普及している。
 たとえば障子(しょうじ)。
 これは、外気を遮断して、室内の温度を保ち、かつ外部の視線からプライバシーを守る役目を果たすものだが、光だけは透過するようになっている。
 そのことによって、室内にいる人は、障子を開けなくても「日の移ろい」を感じることができる。

 実に洒落ていないだろうか。和紙を通して「太陽の動き」を表現するなんて。
 風鈴で「風の動き」を感じるなんて発想も、これに近い。
 (このへんの話は、昨日紹介した柏木博さんの『「しきり」の文化論』に詳しい)。

和室の障子_

 このような、和風文化のお洒落なセンスに注目した最近のインテリアデザイナーたちは、積極的に自分の作品にそれを活かそうとし始めた。
 近年のデザイナーズ旅館などでは、その和風建築のテイストをアレンジした「和モダン」ともいえる新しい感覚のインテリアが人気を呼んでいる。

和モダン食堂_

 実は、キャンピングカーのなかでも、和風テイストを取り入れようとしたデザインは、昔からあった。
 かつてヨコハマモーターセールスは、「オックス」の畳仕様をラインナップしたことがあったし、試験的ではあったが、アネックスも畳仕立ての和風キャブコン「ZEN」をリリースしたことがある。
 朝倉自動車も、「KDシリーズ」ではバンクに畳を採用している。

 しかし、今のところ、和風インテリアを実現して最も成功した例は、バンテック新潟が開発した「クエスト」だろう。
 なんといっても、このバンコンは、畳空間の縦横比が絶妙である。
 つまり、正座ないしは胡座(あぐら)をかくという、畳にお尻をつけたときの目線を大事にした空間設計がなされている。

▼「クエスト」の室内。これがキャンピングカーとは!
クエスト室内_1

 和室というのは、ことさら掛け軸や生け花などという装飾がなくても、建築様式そのものが美しいのだが、それは正座という、ローアングルでものを見るときの安定感がベースになっているからだ。

 今までの畳敷きのキャンピングカーは、フロアだけを畳したものの、天井高が高すぎて、いささか落ち着きのないものになっていた。

クエスト室内_2

 クエストは、掘りごたつ仕様を実現して、見事にその問題を解決した。
 実際に、これを開発したバンテック新潟の市村社長は、企画段階からデザイナーズ旅館などの資料などをたくさん集め、かなり研究を重ねたという。

 国産キャンピングカーが、今後新しいインテリアデザインに挑戦するときのひとつのヒントとして、“和モダン”というのは大いに「あり!」だと思っている。
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

靴を脱ぐ習慣

 キャンピングカーの中に入るとき、靴を脱いで入るのは日本人だけである。
 よく考えると、これは不思議なことだ。
 日本人でも、乗用車の場合は、そんなことを考えないからだ。
 
 でも(私もそうだが)、キャンピングカーを使うとき、エントランスドアを開けると、みな無意識のうちに靴を脱いでいる。
 だから、国産キャンピングカーには、たいていゲタ箱として使える収納スペースが入り口近くに用意され、輸入車においても、日本仕様が許される場合は、ゲタ箱に相当するスペースを確保したものがある。

▼ステップ下にはゲタ箱スペースが…
入り口画像

 キャンピングカーの室内に入るときに靴を脱ぐというのは、それが「家屋」と見なされているからだろう。
 日本人の場合、家に土足で入るのは泥棒だけだ。

 では、なぜ日本人は「家屋」に入るとき、履き物を脱ぐのだろう。

 柏木博さんの書かれた『「しきり」の」文化論』という本によると、日本人は家(うち)に入ることを、俗世界とは離れた世界に入るというふうに捉える民族らしい。
 この場合の俗世界とは、ビジネスの現場や市役所・町役場、街の居酒屋などすべてを含んでいる。

しきりの文化論

 そういえば確かに、公共的な建築や商業的な建物では、私たちは靴を脱がない。
 個人の家屋に入るときだけ、履き物を脱ぐというのは、そういうパブリックな場所から解放され、プライベートな空間に入って、
 「さぁ、ひとつ生まれ変わろう!」と、思いたいからだろう。

 柏木さんの本によると、家に入るときに履き物を脱ぐという日本人の習性は、外の「汚れ(けがれ)」を家の中に持ち込まないという意識がもたらしたものだという。
 だから、室内でも、少し汚れた場所に思えるトイレには、たいていスリッパが置かれる。

 特別な場所で履き物を脱ぐという行為は、実は「聖書」の世界にもあったことらしく、『旧約聖書』の出エジプト記には、神がモーゼに、「ここは聖なる場所なのだから靴を脱ぎなさい」と伝えたという記述があるそうだ。
 そんな話も、『「しきり」の文化論』では紹介されていた。

 日本人が「家」を、さほど聖なる場所と思っているようには感じられないが、靴を脱ぐことで、「公」から「私」へ移るための境界線を越えようという意識が働いていることだけは、確かなようだ。

 履き物を脱ぐことが境界線を越えるという意味につながるのは、
 「ゲタを預ける」
 「ワラジを脱ぐ」
 などという言葉が、今でもよく使われることからも分かる。
 それらの言葉は、みな境界を越える時のように、新しい局面を迎えるときの緊張感や、覚悟を表現した言葉になっている。
 
 キャンピングカーは欧米で生まれた文化なわけで、国産車といえども、その形態は輸入車と変わらない。
 にもかかわらず、私たちはいちばん肝心なところで、靴を脱ぐという日本の生活習慣を貫き続けてきた。
 国産キャンピングカーは、輸入車のまねっ子などと言われながら今日まで来たけれど、ユーザーは、昔からしっかり「日本の文化」として捉えていたわけだね。 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:00 | コメント(6)| トラックバック(0)

移住の時代始まる

《ブログインタビュー 移住の時代始まる》

【ゲスト 金子恒夫さん】 A.S.JAPAN(エーエスジャパン)代表

 2007年を間近に控え、定年を迎える団塊の世代のライフスタイルがいろいろなメディアで議論されている。
 そのなかで、「退職後にどこに住むか」というテーマがクローズアップされてきた。

 今年の10月に、NPO法人「100万人のふるさと回帰支援センター」主催による 『ふるさと回帰フェア2006』 が開かれたが、このフェアで掲げられたテーマが、まさに「団塊の世代の定年後の暮らし」であり、地方の再活性化対策として、彼らに「ふるさと回帰」を呼びかけるものだった。

 団塊の世代にとって、はたして「ふるさと回帰」というテーマは魅力的なものなのかどうか、日本人の国内移住や海外移住に詳しい金子恒夫さんに尋ねてみた。

▼ふるさと回帰フェア       ▼金子恒夫さん
ふるさと回帰フェア06 金子恒夫氏顔_

【町田】 定年退職を間近にひかえた団塊の世代のあいだに、キャンピングカーによる日本一周とか、豪華客船による世界旅行とか、いろいろなライフスタイルの提案が出ていますが、「ふるさと回帰」というのは、どういうことなんですか?
【金子】 一言でいうと、高度成長期に、地方から労働力として大量に年に進出してきた団塊世代の人々に対し、「定年後はもう一度ふるさとに戻って、ゆとりある生活を取り戻してみませんか?」という提案です。

 これはJA、連合、日本経団連などが主催し、総務省、国交省、農水省、環境省などの七つの省庁と、101自治体が関与した一大プロジェクトで、まさに国を挙げてのキャンペーンという趣を呈したものなんですね。

 その趣旨は、「地方の過疎化に対応するため、大都会で暮らしている団塊世代の定年退職者は、ふるさとのような地方へ回帰して、自己の生活の安定化を図るとともに、地方の活性化に手を貸してほしい」
 というところにあります。

【町田】 ただ、「ふるさと」といっても、実際には長男が実家を継いでいたり、家そのものが既になかったり、現実的にはいろいろ難しい面があるのではないですか?
【金子】 必ずしも、現実の「ふるさと」でなくていいわけです。
 たとえば、子供の頃に魚釣りをした川原と似た風景があるとか、懐かしい進学路に似た田園風景が残っているとか、「心の原風景」に近い場所があれば、そこを「ふるさと」と見なしていいのではないか、ということなんですね。
 
田舎風景_千葉 畑と雲_1

【金子】 そもそも団塊の世代というのは、「移住」や「移動」に慣れた世代なんですよ。日本でサラリーマンの大規模な転勤生活が始まったのは、彼らが子供だった時代からです。
 また、本人たちも、就職してから地方の転勤暮らしを数多く経験している。一地方に根を張って暮らすという発想から、比較的自由になっているのが彼らの世代なんですね。

 ただ、そうはいっても、今までの彼らの「移住」は、いわば会社の辞令や社命に基づくもので、自分の意志ではなかった。
 そこを今回は、初めて「自分のための移住を考えてみたらどうですか?」と提案するわけです。

《トレーラーハウスに住むという発想》

【町田】 しかし、実際に地方で暮らすとなると、家を建てるにせよ、それ相当の資金が必要になりますよね。
 いくら地方は都市部より諸経費が安いとはいえ、退職金を住宅資金に充てるというのは、かなりの冒険であるようにも思えますが。
【金子】 そこが問題ですね。私としては、同じ団塊の世代として、退職金の半分以上は残しておいてください、と伝えたいですね。
 
 よく耳にするのは、「田舎暮らし」商法に便乗した業者の高額な物件を買ってしまったとか、古民家を再生したけど、夫婦2人では大きすぎたとか、そういう例が結構あるんですよ。
 セカンドライフの家は、それほど大きくなくてもいいんです。たかが家に1,000万円以上出費してしまうというのは、リスクが大きいと思います。

【町田】 そのための何かよい方策というのがあるのですか?
【金子】 ご自分でトレーラーハウスを所有されて、「家ごと移住されてはいかがですか?」と提案しています。
 トレーラーハウスは、パークトレーラーともいいますが、もともとけん引式のキャンピングカーをさらに大きくしたもので、定置利用したときに快適な居住性が確保できるように設計されたものなんですね。
 これなら一戸建ての家を買うよりもはるかにリーズナブルな金額で購入できます。

トレーラーハウス_1

【金子】 戸建て住宅の場合は、万が一、移住先の土地と相性が合わなかったとか、親族や健康に変化が起きてしまったとか、そうなった場合に対応方法が限られてしまうわけですね。

 第三者に貸すか、転売するか、解体放棄するしかないわけです。
 せっかくの自由なセカンドライフを楽しもうと思っても、そうなるとかえって不自由なものになってしまいます。
 移動が簡単なトレーラーハウスの場合は、同じ資産といえども、引っ越ししたくなったら家ごと引っ越しできますし、不要になったら中古として売り出すこともできます。

【町田】 つまり、「移住」というものに対する心理的・物理的な抵抗を相当やわらげることができるというわけですね。
 トレーラーハウスに着目されたきっかけは何だったのですか?
続きはこちら
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:07 | コメント(5)| トラックバック(0)

ペンション駐車泊

 ペンションの良さというのは、アットホームな雰囲気を満喫できるところにある。
 多くのお客を相手にする大型ホテルや有名旅館は、洗練されたサービスや高級な設備を用意する代わりに、客との接し方はビジネスライクにならざるを得ない。
 それに比べ、ペンションの対応というのは、時に素人くさくもあり、時にぎこちなかったりすることもあるが、オーナーと客の心が直に触れ合う温かさがある。

 そんな温かい触れ合いを得られるペンションを、一軒だけでも持っているということは幸せなことである。

 河口湖の大石プチペンション村で見つけた「ペンションこすもす」は、私にとってそんな気分になれるところだ。

▼河口湖まで出れば雄大な富士
kawaguchi_fuji1 ペンションこすもす外形1

 実はこのペンション、JRVAの「湯YOUパーク」のパートナーさんであり、かつオーナーご自身が「くるま旅クラブ」のメンバーさんなのである。

 …というからには、ご主人もキャンピングカーをお持ちなのだな…と推測し、駐車場を見回すと、ありましたよ! ありました!
 リンエイのバンコン「バカンチェス」が。

こすもすバカンチェス こすもすインテリア

 そこでキャンピングカー仲間として意気投合、華やかなキャンピングカー談義が…と、ならないところがまたいい。
 はにかみ屋さんというか、礼節をよく心得られたご主人は、自らキャンピングカーオーナーでござい! と喧伝するような素振りを決して見せようとはしない。

 こちらが聞き出して、やっとキャンピングカーを所有していることを明かしてくれた。
 「宿泊業をしていると休みが取れないもので…」
 と、ご主人はおっしゃる。
 お客様の予約が入っていない時だけが、かろうじて休日。
 しかし、その休日は実に不定期で、不意にきまぐれのようにやってくるだけ。
 …というわけで、旅をするなら、宿の予約に気を遣わないキャンピングカーしかないということになった、という。

 食事はハイレベル。特にご主人が、炭火を使って1枚1枚ていねいに焼き上げるステーキは絶品だ。
 それを醤油仕立ての大根おろしソースで食べると、次の晩も、その次の晩も同じメニューを食べたくなるくらいうまい。

 その代わり、焼きあがるまでに時間がかかる。
 訪れた金曜日の晩は、私とカミさんの2人だけの貸切ディナーだったが、食堂が満席のときは焼く方も待つ方も、けっこう大変だろうな…と想像してしまう。
 そういうときは、オードブルを少しゆっくり食べながら、地元の甲州ワインをじっくり楽しんで、豊かな時間を過ごすのがここのルールのようだ。

 「素人の田舎料理で…」
 と、ご主人は謙遜するが、どうしてどうして。
 前菜からスープ、デザートのケーキ、コーヒーに至るまで、味も盛り付けも完璧。
 それでいて、コースで2,300円と、料金はいたってリーズナブル。
 湯YOUパークの駐車泊料金はわずか525円だから、ディナーを取っても、大人2人で5千円ちょいで楽しめる。料理の予約は当日15時まで。

▼オードブル            ▼朝食
こすもすサラダ こすもす朝飯

 お風呂は、樽の貸切露天風呂が23時まで。私たちは、宿泊客用の24時間入れるお風呂を使わせてもらったが、清潔で湯加減も上々だった。料金は1人300円。

 駐車スペースはそんなに広くない。
 2×5mクラスのキャブコンなら2~3台といったところか。土曜日と祝日前は宿泊客のクルマで駐車場が埋まるから、湯YOUパークはなし。

▼駐車場              ▼オーナーの堀内ご夫妻
こすもす駐車場 こすもす管理人

 電源サービスも受けられるが、さすがにそこまでは、こちらから遠慮して断った。温厚で、人柄の良いご主人にあまり負担をかけたくなかったからだ。
 とにかく、河口湖周辺の観光に出かけたときの楽しみスポットが、またひとつ増えた。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:43 | コメント(4)| トラックバック(1)

犬連れキャンプ

 犬を連れたキャンプって、けっこう大変だ。
 なにしろ、室内犬として大事に育てられてしまった犬って、自分を「犬」だと自覚しない連中が多い。

 「さぁ、アウトドアだぞ、土の上で思いっきり散歩できるぞ」
 われわれ飼い主は、犬ってみんな自然が大好きだと錯覚ちがちである。

 しかし、「なんでこんな寒い日に外に出るの?」
 と、尻込みしてしまう情けない犬もいる。
 恥ずかしいが、ウチの犬がそうなんだわ。

 河口湖の有名なキャンプ場「キャンプパラダイス」で、霜で凍った大地を見つめたわがクッキー嬢は、ドアから吹き込む冷気を浴びただけで、キャンと一鳴き、尻尾を巻いてキャンピングカーの中に逃げ込んでしまった。

 ようやく外に連れ出すと、モミジの枯れ葉がふかふかのカーペットのように敷き詰められた場所まで来て、ホッと一息ついている。
 この軟弱犬め。そこまで飼い主に似なくても良さそうなものを。

cooky_kareha  cooky_liv 

 ま、典型的な室内犬であります。
 キャンピングカーの室内にいればゴキゲン。

 この「河口湖キャンプパラダイス」は、湖に面したロケーションの良いサイトを持ちながら、ちょっと出入り口を見つけるのが難しく、うっかりすると行き過ぎてしまう。
 そのため、“大人の隠れ里”といった雰囲気のキャンプ場になっている。

キャンプパラダイスのコマンダー パラダイスの富士山

 土曜日だというのに、この日の泊り客は、われわれを入れて3組。
 キャンプ場の奥まで歩いていくと、無人のサイトに枯れ葉が落ちて、その上を最後の残照が柔らかい光を落としている。

キャンプパラダイス1 キャンプパラダイス2 

 冬枯れた空と大地がかもし出す寂寥感が、逆にこのキャンプ場に文学的な風情を与えている。
 夫婦が、今日に至るまでの苦労をお互いにねぎらいながら、のんびりと語り合うなんてのに、向いている場所かもしれない。

 オーニングも椅子・テーブルも出さず、電源だけ接続して、あとはFFヒーターの利いた室内でぬくぬく。
 トイレもなるべく室内のものを使う。寒がり犬のことを怒れない。

 カミさんと2人で、加藤みりやを聞いて、くるりを聞いて、ワンズ、Tボラン、安全地帯を聞いて、ビル・エバンスを聞いて、初期ビートルズを聞いて、三橋美智也を聞いて、1,700円のボージョレーヌーボーを一本空ける。
 われわれ「ALWAYS 三丁目の夕日」の世代は、酔うにしたがって、昔の歌に遡行していく。
 気がつけば、湖面にゆったりと月明かり。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 20:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

富士山を眺める湯

 土曜日と日曜日。温泉三昧でした。
 この2日間、キャンピングカーで山梨県の河口湖周辺を回ってきましたが、両日とも好天に恵まれ、富士山がくっきり。
 
 富士山を見ながら入浴できる場所というのは、富士五湖周辺にはたくさんありますが、「紅富士の湯」はそのなかでも、富士の雄大な姿を一望できる格好の立ち寄り温泉です。
 この界隈では有名な施設なので、あらためて紹介するほどのこともないかもしれませんが、初めての方は一見の価値ありです。

紅富士露天

 なにせ、内湯、露天風呂の両方から富士が眺められます。
 しかも、露天風呂は41度ぐらいの程よい温度の湯と、36度のぬるめの湯が二つ並んでいて、ぬるめの湯に浸かっていると、その心地よさに、湯から上がるがイヤになってしまいそう。
 タオルなどは用意して入館した方がいいのですが、料金は大人700円とリーズナブルです。

 もう一軒、「ふじやま温泉」という立ち寄り湯にも行きました。
 こちらは11月28日にオープンしたばかりの施設で、何もかもピカピカです。
 料金は、土休日大人2,000円(平日1,500円)と多少高めですが、その代わり、館内着やバスタオル、フェイスタオルがすべて支給されます。館内にはリラクゼーションルーム、和食レストラン、マッサージすべて揃って快適。

ふじやま温泉外形

 残念ながら、露天風呂から富士山を見ることはできないのですが、代わりに展望休憩室からは、壮麗な富士山の全貌が鮮やかに浮かび上がるのを見ることができます。

 日本の銭湯は、昔からその壁絵に「富士山」を描いてきました。
 やっぱり富士を見ながら湯に浸かるというのは、日本人の「癒し」の原点なんでしょうね。
 その本物を眺めながら入浴するのは、実に贅沢な気分になります。
 寒さが厳しくなるこれからは、富士山がいちばん美しく見える季節です。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:11 | コメント(6)| トラックバック(2)
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