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岡林信康の時代

岡林信康001

 NHKの歌番組 『SONGS』 で、岡林信康を見た。
 実は、彼の顔を映像を通じてまじまじと見たのは、これがはじめてだった。
 1946年生まれだというから、もう60代半ば。
 どこにでもいる “おっちゃん” の顔だったが、さすがにいい顔をしていた。

 時代の寵児のような扱われ方をして、周囲の期待や評価と自分自身とのギャップに悩み、音楽活動から足を洗って田舎で隠遁生活を送ったこともあるという。

 苦労もいろいろあったのだろうが、その苦労が刻まれていない表情がいい。

 若い頃の映像や写真も紹介されていたが、意外と無防備のボンボン風の顔つきの人で、ちょっとびっくりした。
 当時の音楽雑誌に登場していた顔やレコードジャケットの顔から、どこか凄みを漂わせたカリスマ風の男だと思い込んでいたのだ。

岡林信康002

 放送禁止となるような歌をいくつもつくり出し、時代に激しく抗議した男。
 そんな自分におののき、周囲の過剰な期待におびえて、逃げ出したくなる男。
 どちらも真実だったのだろう。

 時代的には、私は、岡林信康の歌をほぼリアルタイムでフォローした世代である。
 とりたてて熱心なファンではなかったが、彼の歌は、いつも自分の生活の中に流れていた。

 友だちの下宿を訪れ、ギターを弾きながら酒を飲むぐらいが唯一の娯楽だった時代。サントリーホワイトを、氷も入れず、水道の水で薄めながら、友だちの弾く 「チューリップのアップリケ」 を聞いた。

 ガード下の飲み屋では、学生運動をやっていた先輩たちがコップ酒をあおりつつ、 「山谷ブルース」 を口ずさむのを聞いていた。

 小学校からつきあいのあった旋盤工の友だちが、給料日におごってくれた日、公園の夜道を、 「友よ」 歌いながら肩を並べて歩いた。

 あまりにも岡林的な生活の中にいたので、それは 「歌」 ではなく、 「空気」 だった。

 「空気」 だから、感傷もない。
 それらの歌を、いま歌ったとしても、センチな気分も湧かない。

 しかし、 『SONGS』 という番組で、あらためて彼の歌を聞いてみて、彼がかつてつくった歌が、今の時代にも十分に耐えられるものであることを知った。

 派遣切りが横行する今の過酷な格差社会が、 「山谷ブルース」 の時代と酷似してきた、などというつもりはない。  
 彼の歌に、きわめて日本人特有の “詠嘆” のようなものが感じられたからだ。

 「山谷ブルース」 には、
 「どうせ、どうせ、山谷のドヤ住まい…」 という歌詞が出てくる。
 
 あるブログを読んでいたら、日本人が使う 「どうせ」 という言葉のニュアンスは、外国人は分かりにくいものだろうという表現が出てきた。

 それは 「皮肉でも、絶望でも、怒りでもなく、この世界を希望のないかたちで受け入れつつ、 “自分はここにいてはいけないのではないか” という嘆きをカタルシスに変えてゆく心の動きからこぼれ出る言葉……」 なのだそうだ。

 岡林の 「山谷ブルース」 を聞いていたら、きっとそういうことなんだろうな…という気がした。

 『SONGS』 は、岡林と美空ひばりの交友に中心が当てられたつくりになっていた。
 田舎に隠遁し、畑を耕しながら、自給自足の生活をしていた岡林は、自分一人で生き抜くことの辛さをはじめて知り、日本人の心を支え続けてきた演歌の深さに目覚めたという。

 そんな岡林のつくった1曲の演歌を、美空ひばりが認める。

 美空ひばりは美空ひばりで、彼のつくった演歌に、今までの演歌産業の現場では触れることのなかった “失われた青春” というフォークの叙情を嗅ぎとったのかもしれない。

 二人の間に友情が芽生え、歌を通じた心の通い合いが生まれる。

 番組では、その当時、美空ひばりが岡林に作曲を託した歌があったことを伝える。
 歌詞をつくった美空ひばりは、その歌詞にメロディーをつける人間として、岡林以上の人はいないと判断したらしい。

 しかし、岡林は、その歌詞を託された当時、 「歌にならない」 と思ったという。
 歌には 「死の谷を越えて飛び続けるひばり」 などという歌詞が登場し、その暗さを、当時29歳だった岡林は受け止め切れなかったのだそうだ。

 ひばり没後20年にして、ようやく彼は、その詞に曲をつける。
 『麦畑の鳥』 と題されたその歌は、演歌やフォークともまた違った、静謐な哀しみに包まれた、透明度の高い曲だった。

 彼は、美空ひばりの曲ばかりで固めたカバーアルバムも出したという。
 レコーディングに参加した面々の顔ぶれが意外だった。
 山下洋輔や細野晴臣も加わったというから、およそ単なる演歌のアルバムではないことがすぐに分かる。

 その中の1曲、 「悲しき口笛」 が山下洋輔のピアノを背景に披露された。
 ジャズのアレンジが施されたせいもあるのだが、なんとも 「都会的」 な歌になっていた。

 「都会的」 という言葉は誤解を招きやすいかもしれない。
 今の東京や大阪のような都会にはない 「都会」 といえばいいのだろうか。
 
 かつての西田佐知子とか、フランク永井の持っていた 「都会性」 。
 都会に、まだ 「裏町」 や 「場末」 という甘く危険な香りを放つスペースがあった時代の 「都会性」 。
 大人だけが楽しめる、ちょっと排他的な快楽の匂いがかすめる 「都会性」 。

 そんな、今はどこの都会からも消えた幻の都会の匂いが、岡林の歌った 「悲しき口笛」 には感じられた。

 プロテストソングから、演歌の道をたどり、今、さらにそこから別の進化を遂げようとしている岡林信康。 

 かつては、必ず 「フォークの神様」 という枕詞で語られた岡林信康が、ようやくその枕詞から解放された姿を見たような気がした。

 岡林信康の 「時代」 とは、まさにこの 「現代」 のことだと思った。

 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:04 | コメント(4) | トラックバック(0)
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