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音に色が見える

 フランスの詩人アルチュ-ル・ランボーは、 「オレは母音の色を発明した」 と書く。

 「A は黒、E は白、I は赤、U は緑、O は青…」 ( 『地獄の一季節』 「錯乱Ⅱ」 )
 
 それを、たまたまラジオのフランス語講座で聞いたことがあったけれど、原語の発音には、 「アーノワール、ウーブラン、イールージュ……」 というような、アフタービートのグルーブ感があって、その色彩的な鮮やかさと韻律の躍動感に、 「詩人のイマジネーションというのはすごいもんだ!」  とほとほと感心したことがある。

アルチュ-ル・ランボー肖像
 ▲ アルチュ-ル・ランボー

 しかし、文字が色を持っていたり、ある種の音楽性を持っているということを、イマジネーションを駆使した 「比喩」 としてではなく、実際に 「感覚」 として感じている人たちがいる。

 「共感覚」 といわれる特殊な感覚を持って生まれた人たちのことだ。
 
 これをひと言で説明するのは難しい。

 なぜなら、普通の人には、
 「文字に色が見える」
 「音に色が感じられる」
 「風景に匂いが漂う」
 「女性の性周期に色があり、音が鳴っている」
 ……などという感覚をなかなか理解できないからだ。

 しかし、世の中には、そのような感覚を身につけている人が10万人に1人、あるいは2万人に1人ぐらいの率で存在するという。

 彼らの間では、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などという人間の 「五感」 が分節されることなく、フラットに並立し、それが様々な形で共振・共鳴しながら、独特の感覚世界をつくりあげている。

 そのような感覚を 「共感覚」 というが、そういう感覚を持っている人は、
 「Aさんが右を向いた姿は、紅色の曲線が施された柔らかい円柱の姿である」
 とか、
 「このお菓子の匂いはト長調の薄い黄色で、食べてみても、ト長調の薄い黄色の味だった」
 などという経験を日常的に味わっているのだそうだ。

 この共感覚を持った1人の男性が、自分自身の体験を振り返りながら、なぜそのような感覚が生まれてくるのか、またそれが人間にとって何を意味しているのか……ということを追求したのが 『音に色が見える世界 「共感覚」 とは何か』 (PHP新書) という本である。

音が色に見える世界表紙

 著者は1982年生まれの岩崎純一氏。
 彼は、圧倒的に女性に多いといわれる共感覚者のなかで、貴重な男性体験者でもある。

 この本が面白いのは、岩崎氏が、自らの体験と様々な先行研究を踏まえて、独自の仮説を立てているところにある。
 それは、
 「共感覚者の脳の構造と機能は、人類が言語を獲得する以前の感覚ではなかろうか?」
 あるいは、
 「人の感覚は、大人になるにつれて記号的・抽象的に分節化してしまうものだが、共感覚というのは、そうなる前の幼児期に共通して見られる感覚ではないか?」
 というものである。

 そこから、さらに彼はこう考える。
 「共感覚者は女性に多いといわれるが、それは、男性の方が共感覚を失ってしまったということではなかろうか」

 つまり、かつての人類は、みな共感覚を持って 「世界」 を見ていた。しかし、ある時を境に、男性は共感覚など持たなくても生きていける社会を手に入れた。
 岩崎氏の研究は、そこから独自の境地を突き進んでいく。
 
 男性から共感覚を失わせてしまった社会とは、どんな 「社会」 なのか。

 岩崎氏はそれを、英語が 「国際語」 として全地球規模に蔓延した 「社会」 だと捉える。

 彼にいわせると、欧米語というのは、元来記号的・抽象的な性格の強い言語であるが、特にアングロサクソン民族の使っている英語というのは、 「世界」 を機能的に分節する力が強く、それが 「国際語」 として特化していくなかで、さらに機能性と実用性を全面に打ち出すような言語として完成していったという。
 
 つまり、 「見る」 という言葉を、 「see」 、 「look」 、 「watch」 などに分け、 「聞く」 という言葉を 「hear」 、 「listen」 などに分類し、それぞれに厳密な定義を与え、状況によって使い分けることで、 「自己」 と 「他者」 との関係性を明確にするように発展してきたのが、英語だというわけだ。

 そのような言語体系が明治期に日本に導入され、日本語は質的に大転換を遂げることになった。

 幕末から明治にかけて、日本語がどのように変わったか。
 次のような言葉を見ると、それがよく分かる。

 自由、進化、観念、民族、革命、科学、哲学、思想、経済、階級、時間、空間、文学、美術、失恋 ……

 これらの言葉を使わないと、もう現代社会を語ることなどできないが、このような日本語は、すべて欧米の言葉に対応する概念を、いかに日本の言葉で表すか、という幕末・明治の日本人の骨身を削る努力の末に生まれた 「和製漢語」 なのである。

 もちろん、字面は日本人に見慣れた漢字であったが、それは今までの日本人の理解力を超えた新しい言葉であり、当時の日本人にとっては “外来語” のようにしか映らなかっただろう。

 つまり、このとき日本語は “英語化” されたのだ。
 日本人が欧米の言葉を使うということは、その思惟の骨格も欧米化するということになる。

 思惟の骨格が変わるということは、感覚も変わることを意味する。
 当然、 「自然」 を観る目も変わる。

 “花鳥風月” をベースにした日本的な 「自然観」 はあいまいで情緒的なものだと嫌われ、自然科学の対象となるような、“客観的自然” というものが、日本人の間にも尊重されるようになる。
 
 そのときに、性周期を持ち、出産も経験する女性は、身体の中に流れる 「自然性」 を完全に捨て去ることができなかったが、そのような 「自然性」 を身体的に持たない男性は、いとも簡単に 「人工的」 な世界観を持つ英語的文化に染まるようになった。
 岩崎氏は、女性に比べて共感覚を持つ男性が減ってしまった理由を、そこに求める。

 英語文化が日本に浸透するようになり、日本人の感覚が劇的な変容を遂げたことに対し、現代人はあまりにも無頓着になっている。
 しかし、例を挙げていけば、その変貌ぶりが手に取るように分かってくる。
 
 たとえば、それまでの日本人は、 「blue (青) 」 と 「green (緑) 」 を分けるような色彩感覚を持ってはいなかったが、欧米語が導入されることによって、日本人にもはじめて 「青」 と 「緑」 の色が違う色として認識されるようになった。

 また、現在のわれわれは、 「赤」 と 「青」 の2種類の色があったとき、ほとんどの人が何の疑問も抱くことなく、
 「赤は熱く、青は冷たい」
 と感じる。

 しかし、それこそ、 「欧米のキリスト教文明圏の聖職者や科学者のイデオロギーを反映した色彩感覚だ」 と氏は語る。

 それは科学の言葉であるように見えながら、実は科学でも何でもない。
 実際に、ロウソクのいちばん高温部は炎の青い部分であるし、夕焼けや朝焼けのように、太陽が低くて気温が低くなる時刻帯こそ、陽は赤くなる。
 「赤は熱く、青は冷たい」 という感覚は、欧米文化圏だけに流布している “神話” に過ぎない。

赤白の壁

 では、そういう欧米的な色彩感覚を受け入れる前の日本人は、自然界の 「色」 をどのように見ていたのだろうか。
 
 人間が色をどのように識別していたかという研究は、いろいろなところで進められているらしいが、多くの研究によると、昔の日本人の色彩感覚は、欧米人の感じる 「color」 とはかなり異なるものであったらしい。

 色には、 「色相」 と 「彩度」 と 「明度」 がある。
 「色相」 というのは、 「赤」 とか 「青」 といった、いわゆる現代人が色を識別するときの常識となっているような色の違いをいう。
 「彩度」 というのは、原色に近いか、それとも色が混じり合って鈍い色になっているかどうかを識別するものだ。
 「明度」 は、明るさである。

 そのように色を分析した場合、明治期までの日本人は、基本的に 「彩度」 と 「明度」 には敏感だが、 「色相」 に関しては、それほど関心を払っていなかった。
 だから、たとえば 「あか」 という色は、日本人にとっては 「光のある色」 、 「明るい色」 を意味するに過ぎず、古代人は、現代の色相では 「黄色」 に分析されるような色ですら 「あか」 と呼んでいたという。

 基本的に、日本の色彩語には 「あか・あを・しろ・くろ」 の四語しかなく、 「あを」 「しろ」 「くろ」 に入らない色は、すべて 「あか」 と呼ばれていたらしい。

 このように書くと、いかにも、英語の方が厳密に、正確に 「色」 を捉えていて、日本古来の色彩感覚の方が、いい加減で幼稚であるように思えてくる。

 しかし逆なのだ。

 英語文化圏でいう 「色」 がすべて 「色相」 だけに固定化された概念に過ぎないのに比べ、日本語の 「色」 は、もっと多様なニュアンスを含みもった概念として流布していた。

 日本語の 「色」 は、単なる視覚・色覚を表現する言葉ではなく、たとえば 「色事」 、 「色好み」 などという言葉に象徴されるように、男女間に交わされる触覚、聴覚、嗅覚などを総動員したある種の 「情緒」 や 「情感」 を表現する言葉でもあったわけだ。

 それは、ある意味で日本語の “豊かさ” であったといえるかもしれない。

 岩崎氏の考察がユニークなところは、古来の日本人の使っていた 「やまと言葉」 こそ、共感覚者の感じる世界を表現した言語であったと喝破したところである。

 氏は、緻密化し、抽象化していった英語文化が駆逐していった 「やまと言葉」 の中にこそ、 “生の手応え” を感じるという。

 たとえば 「にほひ」 という古語は、現在は 「匂い」 と書かれ、英語の 「smell」 の同義語として扱われている。
 しかし、 「にほひ」 または 「にほふ」 という言葉は、古語では単に嗅覚的表現にとどまらず、視覚的であり触覚的な広がりを持つ言葉であったとも。
 
 「そのような 『にほひ』 という言葉の感触を、脳の次元でも言葉の次元でも、現代の日本人男性は失ったのではないか」
 と、氏はいう。

 現在、このような失われた共感覚への “郷愁” が、奇妙な形で復権しようとしていることを、氏は嘆く。

 「共感覚を失った人が、それを取り戻そう思って、人工的に共感覚をつくろうとする動きが出ている。
 それが今流行の右脳トレーニングや、安易なスピリチュアルブームや、小手先だけの美術館めぐりなどだが、 (それでは) 本当に、人として豊かな感性に達することはできない」

 氏はいう。
 「古典を読まない共感覚研究は、今に行き詰まる」

 ともすれば、擬似科学や自己啓発本のヒントになったり、オカルト文学の材料になりそうな 「共感覚」 に対し、大事な警告だと思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 05:26 | コメント(6) | トラックバック(0)
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