町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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動物化する現代人

 東浩紀 (あずま・ひろき) さんが2001年に書いた 『動物化するポストモダン』 は、マンガ、アニメ、ゲームなどにのめり込む “オタクたち” の存在を文化史的な視点で捉えた名著である。

動物化するポストモダン表紙01

 彼は、そのオタクたちの消費行動を、80年代~90年代にかけて浸透したポストモダニズム (近代以降の文化状況) の流れの中に位置づけ、それを手がかりに、日本の近未来図を描いた。

東氏002

 しばらく前にこの本を読んで、そこで思ったことは、80年代以降の日本の文化と消費社会の状況を語るのなら、たぶん、この手法が一番有効かもしれないということだった。
 しかし、何が抜けているかというと、80年代~90年代に青春を送った若者たちの中で、 「オタク」 にならなかった人たちの存在である。

 オタク文化にたっぷり染まった時代を生きた人たちの中で、なおかつオタク的な生き方を貫かなかった人たちの精神風景はどうなっているのか。
 また、オタク生活を貫いた人たちの、その純度の濃淡はどうなっているのか。
 それは、この本書には書かれていない。 

 「オタク」 のコアな部分を形成する人たちが、80年代末から90年代にかけて青春期を送った人たちだとしたら、当然、日本が右肩下がりに落ちていく時の空気も味わっていることになる。

 そこには、 「オタクの夢」 を紡ぎだすオタク・カルチャーの底に、自らの生が受難する 「時代苦」 のようなものが沈んでいるのを見ているはずである。

 それがオタク・カルチャーにどのような影を落としているのか。
 それとも、それをも含んで花開いたオタク文化なのか。

 私としては、ぜひ東さんに聞いてみたいテーマなのだが、それについて触れる前に、まず 「オタク」 たちが、今の日本にいったい何をもたらしたのか?
 それを東さんの口を借りて紹介しないと、話が始まらない。

ゲームキャラ01

 「オタク」 といえば、コミック、アニメ、ゲーム、フィギュアなどを熱心に観賞したり、収集したりするマニアックな人々というイメージがすぐ浮かぶ。
 マスコミが彼らを取り上げるときは、どちらかというと、個人の趣味だけに埋没した、閉鎖的で非社会的な若者たちという印象で語られることが多い。

 しかし、東さんによると、彼らの中心は 「30代、40代の大人たち」 であり、その大半はすでに社会的に重要な仕事を任されている人々だという。この本が書かれたのが2001年であったことを考えれば、その中心たる人々の年齢はさらに上がっていることになる。

 ただ、その後オタク系の人口が先細りしている兆候はなく、むしろオタク的な世界観が、オタク系以外の文化領域にも広がり始め、今や日本全体が、いや、欧米・アジア圏の先進国全体が 「オタクワールド」 に変貌しつつある…というのが、東さんの目線なのだ。

 どういうことかというと、オタクたちの特徴として挙げられる 「人間関係の淡泊さ」 、 「社会意識の希薄さ」 、 「現実よりも虚構への偏愛」 などといったものは、それだけ取り出してみるとネガティブな印象を伴うけれど、実は、すでに社会がそのようなものに変貌しており、彼らはそういった 「社会」 をピュアな形で反映しているにすぎない……
 というのが、東さんの視線だ。

 それ自体は、別に変わった見方ではない。
 「現代社会が、何だか嘘っぽくてよそよそしくなってきた」 という感触は、誰もが抱いていることだろう。
 そして、それを 「ヴァーチャルな世界像の浸透」 とか、 「平和ボケ」 とか、 「市場原理主義の拡大」 などと、よくマスコミが使いそうな言葉で説明する人たちも多い。

 東さんも、一見その立場から 「オタク」 を論じているような先入観を持たれがちだが、彼の場合は徹頭徹尾、これを 「思想」 の問題として捉えたところが違う。

 「思想の問題として捉える」 ということは、
 オタクたちを取材をしてデータを取るといった社会学的なアプローチでもなく、
 教育環境や親子関係からその 「心」 を割り出すという心理学的なアプローチでもなく、
 彼らが関わる市場を分析して、消費動向を探るといった経済学的なアプローチでもなく、
 ただひたすら、彼らの頭の中に生まれた 「世界像」 とはどんなものなのか? ということを探り出すことに他ならない。 

 そして、この本の特徴は、そのようなオタクの世界像を語ることが、現代思想のゆくえを語ることにつながり、そして、今の地球で起こりかけていることすべてを語ることになる…という、ものすごくワイドレンジなパースペクティブ (視野) を打ち出したところにある。

 では、この先、どんな 「世界」 が待っているというのか?

 キーワードは 「動物化」 だ。

トラ001

 東さんは、アレクサンドル・コジェーヴというロシア生まれの学者が 「人間と動物の “欲求” の違い」 について述べている主張をまず紹介する。

 「人間と動物がともに抱えている “食欲” とか “性欲” などという欲求は、似ているようだが、全然別のものだ。
 動物も人間も、食欲や性欲が起これば、それを満たそうとする行動を起こす。
 しかし、動物の欲求は、エサでも異性でも、望む対象を獲得すれば、ひとまず充足が訪れる。
 それに対し、人間の欲求には際限がない。
 人間は、食欲が満たされれば、今度は、より “うまいもの” を欲しがる。
 異性の体を手に入れても、今度はその異性が、自分とは別の同性に求められるほどイケていないと不満に思ってしまう」

 つまり、人間の欲求はどんどんエスカレートしていって、望みが尽きるということがない。
 (※ この本では、動物の 「欲求」 と人間の 「欲求」 を区別するために、人間の 「欲求」 にはあえて 《欲望》 という言葉を使って区別している)

 このような 《欲望》 は、動物たちが作らなかった 「歴史」 というものを人間に作らせ、その 「歴史」 が文化や戦争というさまざまな彩りを生み出し、それが近代まで続いた。

 その 「歴史」 を終わらせたのが、1950年代頃のアメリカだ。 
 …と、コジェーヴという学者はいったらしい。 (※ もともとのアイデアはヘーゲルのもので、ヘーゲル自身は “近代” の到来に歴史の終わりを見たらしい)

 コジェーヴが 「1950年代に歴史が終わった」 といった意味は、そのあたりを境に、アメリカ人の暮らし方が 「動物になったからだ」 というのだ。

 どういうことか。

 アメリカ型の消費社会では、すべての消費活動がマニュアル化され、メディア化され、その流通管理もしっかりコントロールされるようになった。
 従来ならば面倒だった日々の炊事も、ファーストフード産業の興隆や、食事の宅配システムが完備されるようになり、アメリカ人は、自分で食事を調理するような面倒からも解放された。

バーガーキングのハンバーガー

 また、これまでは面と向かってコミュニケーションを取り、複雑な手続きを経て初めて手に入れていた性的パートナーも、今や風俗産業や出逢い系システムを通じて簡単に手に入るようになった。

 つまり、それまでは、どうしても 「他者」 と関わらなければ充足できなかった 《欲望》 が、アメリカにおいては、ビジネスという形で、すべて自己充足できるようになったわけだ。
 そのため、コジェーヴは、 「アメリカの消費社会からは 『他者』 が消えてしまった」 というのである。

 他者がいなくなければ、己の手に入れた “魅力的な異性” を他者に見せびらかしたい、などという 《欲望》 もなくなる。

 《欲望》 をなくしたアメリカ人たちは、すでに従来の 「人間」 とは別種の生物となったのであり、まさに 「動物」 といわざるを得ない存在となった。
 「動物」 たちの棲む世界からは、飢えも争いもなくなったが、かわりに哲学もなくなった。

 …とコジェーヴという人は言うらしいのだが、彼が描いた 「アメリカ人の戯画」 に、彼がどれほどの悪意をこめていたかは分からない。
 ただヘーゲルの弟子を自認する、この欧州風教養人が、ヨーロッパの歴史遺跡を観光しても、バカ食いバカ飲みをして高笑いするだけのアメリカ人観光客を苦々しく思っていたことは確かだろう。

 コジェーヴは、たまたま1950年代のアメリカを見ただけだったが、それは今となってみれば、グローバル化された先進国の消費構造をすべて言い当てている。アメリカ人だけが、 「動物化」 という不名誉 (?) な称号を与えられたのは、なんとも気の毒な話だ。

 横道にそれた。

 で、東浩紀さんは、この 「動物化したアメリカ人」 というアイデアを、そっくりそのまま日本の 「オタク」 に当てはめようとしたのである。

 日本にオタクが登場したのが、だいたい1960年の末から70年代にかけて。
 その第一世代は、コジェーヴが 「アメリカ人の動物化」 を見た10年ほど後になる1960年代に生まれている。

 60年末からの日本の経済状況は、右肩上がりの繁栄ぶりを示し、爛熟した消費社会の到来を予期させる活況を呈していた。
 特にカルチャーシーンは、それまでの時代に比べて、圧倒的な様変わりを見せていた。
 ロックミュージックが台頭し、マンガが隆盛を極め、SFX映画が進化を遂げ、ポップアートに注目が集まり、LSDとパソコンが登場し、政治が失墜し、文学が魅力を失い、 「前衛」 の概念が消滅した。

 後に 「オタク」 と呼ばれる人々が生まれる素地が、このとき揃ったのである。

 それでも彼らはまだ、恐竜がのし歩くジュラ期のほ乳類のようなものだった。
 恐竜として、 「全共闘世代」 という、 「政治と思想」 を熱く語りたがる人たちがおり、趣味の情報交換だけがコミュニケーションの核となるような集まりが許される雰囲気はなかった。

全共闘001

 しかし、全共闘世代の存在感は、党派同士の “内ゲバ” が激化するにつれて、どんどん縮小していく。
 決定的なのは、72年の連合赤軍浅間山荘事件だった。これにより日本に残っていた “全共闘的” なるものは一掃される。

 このとき、 「革命」 、 「体制打倒」 、 「帝国主義粉砕」 などというスローガンも同時に効力を失い、それらの言葉を支えてきた 「社会変革」 の理念も失墜した。
 本当はそれらの理念は、そのときに初めて失墜したのではなく、実はそれ以前から、すでに 「虚構の理念」 として、ハリボテのように掲げられたものに過ぎなかった。

 しかし、たとえ 「虚構の理念」 であったにせよ、いや、だからこそ、それがガラガラと地に崩れ落ちたときの意味は大きかった。

 学生運動に掲げられた 「虚構の理念」 は、それと対置されていた 「祖国愛」 、 「民族愛」 などといった右派系の理念をはじめ、 「人間愛」 、 「人間の人格」 、 「平和の実現」 ……などというヒューマニズム系理念もすべて一緒に道連れにしてしまったのだ。

 このような 「同胞愛」 、 「人類愛」 、 「人間性」 、 「個性」 、 「理想」 、 「大義」 、 「平和の実現」 などという近代が生み出したさまざまな人間的理念を、思想業界の人たちはよく 「大きな物語」 と呼ぶ。

 「大きな物語」 とは、国家とか学校などが掲げる 「人間にとっての大切な価値」 のことを指し、近代社会においては、それが人間が目指すべき共通目標として崇められてきた。
 近代国家は、みなこの 「大きな物語」 を掲げることによって、国民の意識をひとつにまとめ、国家、事業所、地域社会、家庭などの結束と安定を図ってきたのである。

 それが、日本において、ジワジワと揺らぎ始めたのが1970年代以降であり、80年代、90年代と続くに従って、ジワジワがドロドロになり、どんどん液状化していく。

 「オタク」 は、この 「大きな物語」 の最初の失墜と同時に登場する。

 彼らは、前世代が掲げていた 「革命」 やら 「帝国主義打倒」 などといった政治理念などは最初から信じていなかったし、その失墜も見てきた。
 学校教育においては、相変わらず 「人間性」 、 「個性」 、 「創造力」 などという価値が掲げられていたが、彼らは、それを素直に謳う先生方の無邪気さにも、白々しい思いを抱いていた。

 近代が掲げた 「人間的な価値観」 は、その時代になると、既にみなよそよそしく、白々しく響いてくるものばかりだったが、かといって、前世代のように、 「架空の理念」 を掲げて熱狂できるようなものは、もうこの世に存在しない。

 東さんは、オタク第一世代というのは、近代が掲げた 「大きな物語」 が失墜した後の空白を、 「オタク文化」 で埋めることによって、生き延びようとした人々だという。
 具体的には、 『宇宙戦艦ヤマト』 や 『機動戦士ガンダム』 を10代で見た世代だ。

ガンダムモビルスーツ

 それらの作品の中には、実際の歴史とは異なるけれど、それと拮抗する緻密な年代記があり、明確な敵が存在し、主人公に課せられた尊い使命がある。 
 すべて虚構に過ぎないが、それなら、 「革命」 という虚構をもてあそんだ前世代とどこが違うというのか。

 オタク的世界に遊ぶことは、むしろ実生活においては、争いからも、裏切りからも、喪失からも、悲哀からも解放される。
 かくしてオタク第一世代は、ひたすら虚構の中に安住の地を求めて、こつこつと趣味のシェルターづくりに励んでいく。

 このオタク第一世代の心情は、前世代の人々から見ても分かりやすい。まだ、近代的な思考の枠組みから容易に類推できるものばかりだからだ。

 しかし、本当に重要なのは、むしろこの後に登場してくるオタク第二世代、第三世代である、と東さんは見る。

 次世代のオタクたちは、オタク第一世代がつくりあげた 「オタク文化」 を10代あたりから経験した人たちによって構成される。
 この次世代オタクには、80年前後に生まれ、 『エヴァンゲリオン』 ブームのときに中高生だった世代までが含まれる。

エヴァンゲリオン001

 これらのニューオタクたちは、すでに 「虚構」 と 「現実」 の区別を必要としていないところに特徴がある。 
 
 ひとつには、サブカルチャー的意匠が、街のランドスケープも変え、TVドラマの中にも浸透し、生活次元において、 「虚構」 と 「現実」 が渾然一体となったようなフラットの生活空間ができあがっていたということもあるだろうが、それよりも、 「現実」 から 「虚構」 を構築していくときに意識される 「作品における作家性」 といったものが希薄になっていったことが大きい。

 この世代から、 「二次創作」 というものが当たり前となる。

 「二次創作」 というのは、原作のマンガ、アニメ、ゲームをその受け手である消費者自体が、主にそれを性的に読み替えたりして作る制作物のことで、そのような商品、すなわち同人誌や同人ゲーム、同人フィギュアなどを展示販売するマーケット (コミケ) も形成されるようになる。

 つまり、そこにはすでに 「原作者」 が存在しない。
 原作は、コピーされ、改編され、アレンジされて新しい制作物として流通するようになり、さらにそれがコピーされ、改編され、アレンジされ…という無限の連鎖が生まれるようになる。

 つまり、「虚構」 が 「虚構」 を生み、さらにそれが別の 「虚構」 へとつながっていくということが実体化され、 「現実」 の手触りとか、オリジナリティへの 「畏敬」 などというものが消滅してしまったのだ。

 このような 「虚構の連鎖」 の果てに生み出されてきた作品群は、もちろん 「物語」 によって支えられているのだが、その物語は、あくまでもキャラクターのポジショニングを決めるためのものであり、近代文学が描いていたような、キャラクターが生存するための葛藤や、心情的悩みや、生の実感などはどんどん背景の奥に追いやられていく。

 大事なのは、キャラクターのビジュアル的な存在感であり、そのキャラクターに熱い思いを込めて耽溺できるかどうかが、全てを決定する。

 そのキャラクターが、どのようなビジュアル特性を持つのか。それについての約束事が、細分化され、緻密化され、いわゆる 「萌え」 要素として膨大なチャートの体系をつくる。

 はっきりいって、もう 「物語」 は邪魔なのだ。
 だから物語は、できるだけ定型化されている方が望ましく、感動したり、泣けたりできるポイントが効率よく示されている方が、彼らにとってはありがたい。

 かくして、 「感動」 と 「泣き」 がものすごい勢いでパターン化されていくわけだが、彼らは、実はそれすらも期待してはいない。
 感動も泣きも、お気に入りのキャラクターがより光彩を放つためのBGM以上の役割を持たされていないのだ。

萌えキャラ001

 制作物に対するこのような態度は、近代文学を擁護する立場からすれば、あきらかな 「後退」 でしかないが、逆にいえば、近代文学など、オタク系文化に耽溺する人たちからはもう何の魅力も感じられなくなったということでもある。

 東さんは、このような第二世代以降のオタクたちの消費行動を、 「物語消費」 から 「データベース消費」 への移行と捉える。
 そして、それこそが、 「近代」 という時代の後に来る 「ポストモダン」 時代の典型的な消費行動だと位置づける。

 そして、この傾向は、今やオタク的な消費行動だけにとどまるものではなく、ケータイ小説のような読み物類、ゲーム類、果ては映画の領域にまで広がっており、今や、日本のマンガ、アニメに熱い思いを寄せる東アジアのファン層にまで浸透してきている。

 これは、日本文化が海外にまで波及したということではなく、むしろ世界のポストモダン化が、このような状況を歓迎しているということに他ならない。
 それは世界で同時進行しているものであり、CGを多用したハリウッド映画においても同様の傾向が見られる。
 そして、日本のゴジラや、トランスフォーマーや、鉄腕アトムのリメイクが盛んに行われることから見ても、日本のオタク消費と同じ 「虚構の連鎖」 がハリウッドでも始まっていることが分かる。

アメリカゴジラフィギュア

 映画やアニメ、文学で扱われる 「物語」 はますますパターン化し、…つまりは、昔噺のような構造を持つ説話論的な 「物語」 のスタイルに回収され、代わりに、そこに登場するキャラクターの (アクションや衣装も含む) ビジュアル的なインパクトが前面に押し出されてくる。

 それらの作品群においては、ストーリーが類型化するのとは反対に、映像はますます荒唐無稽なものになっていくが、しかし、それもみな 「どこかで見た」 荒唐無稽さであり、近代芸術的なリアリティは、見る影もなく後退していく。

 批評家の大塚英志氏は、この傾向を、
 「現代社会における 『異界』 や 『死』 の消滅、つまり超越的なものの消滅」
 と捉える。
 要するに、ファンタジーに登場する 「異界」 や 「死」 は、現実世界における驚愕や、葛藤や、喪失感に裏打ちされることなく、感動を呼ぶための 「装置」 として機能するようになった、というわけだ。

 彼らにとって重要なのは、あくまでも登場人物たちの 「キャラ」 であり、そのキャラクターが、パターン化された 「感動」 の中で、いかに 「萌え」 要素を際立たせてくれるか。
 現在のオタクたちは、そのことについて、かつて人類が経験したこともないほどの繊細な感受性を発揮し、厳しい審美眼を養い、鋭い判定をくだしていく。

 そこには、近代的な感性を持った人間たちには及びもつかない、新しい観賞法が生まれているのかもしれない。

萌えキャラ02

 しかし、東浩紀さんは、そこにコジェーヴがアメリカ人のライフスタイルから発見した 「動物化」 を見る。
 オタクたちの消費行動は、どんなに繊細で、洗練されていようが、そこには 「他者へのときめき」 がない。

 アトム化 (原子化) された個々人が、互いの存在に無頓着に並んだまま、それぞれの欲望を満足させているだけで、彼らが求める 「萌え要素」 というものも、一定の刺激から脳内分泌される自己完結型の快楽に過ぎない。
 いわば、薬物の刺激によって脳内変化を起こすときの快楽性と代わりがない。
 それは、コジェーヴがいみじくも指摘した 「動物化」 された生き方なのだと。

 さて、このような傾向が全世界に拡大していくとして、果たして、それをどう受けとめていくのか。
 それは、その人の受け取り方によってさまざまな答が生まれるだろう。

 もちろん、東浩紀さんは、すでにそれを自分の問題として受けとめ、次へのステップへ進んでいる。

 この 『動物化するポストモダン』 という書物は、オタクの消費行動をレポートしているようでいて、実は 「近代」 とは何であったのか、と問う眼差しを含んでいる。
 そういった意味で、この書籍は、ポストモダン (近代以降) という時代を生きている私たちの世界を効率よく見回すためのパースペクティブを与えてくれる。

 しかし、本当は、この本の読後感として、
 「では、オタクにならなかった若者たちはどう生きてきたのか?」
 という問が私には生まれている。
 そして、
 「オタクたちは、そんなにきれいに図式化できる存在なのか?」
 という疑問も生まれている。

 それは、いくらこの本が “思想的なテーマ” を追求したものだとはいえ、読者としての当然の疑問であろう。

 ただ、それを書こうと思っていたが、今は時間がない。
 (これから、大阪で開かれるキャンピングカーショーに出発するのだ!)
 それにブログとして、その分量も残されていない。
 この続きは、またいつか。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:13 | コメント(4) | トラックバック(0)
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