町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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言葉にならない物

 分からないものを、分からないままに向き合う…ということを、誰もが放棄する時代になったような気がする。

意味という病
 
 読む本がちょっと途絶えて、自分の本棚からほとんど無意識のように取り出した1冊。柄谷行人(からたに・こうじん)の 『意味という病』 を手にとって、何気なくパラパラと見ていたら、次のような言葉が目に飛び込んできた。

 「……自分をうまく説明できない人に代わって、その説明できない部分を説明してやっているような文章が横行していますが、書くほうにも読むほうにも、言葉では掬い (すくい) きれないものへの自覚がなければ、言葉はものを通じさせることにはならないでしょう」

 これは、柄谷氏自身の言葉ではなく、小説家の古山高麗雄のエッセイの一文を引用したものだ。

 この引用文を紹介した評論 「人間的なもの」 の中で、柄谷氏自身はこういう。
 
 「 (言葉では) 表現できない不透明な部分が人間の行為にはつきまとっている。ジャーナリズムは (世間を騒がす奇々怪々な事件を論評するとき) 奇怪なものを奇怪なものとして受けとめないで、何か別のもの……心理学とか社会学……に拠って安心しているようにみえる。
 (しかし) それは傲慢だ。 (結局は) 自分の理解しうるものの領域の外に一歩も出ないということである。懐疑の身振りをしながら、新しい現実を、古い経験の枠に押し込んで安心している (だけだ) 」 。

 この文が書かれたのは昭和48年 (1973年) である。
 だから、ここで言われる 「奇々怪々な事件」 というのは、連合赤軍の浅間山荘事件とか、その前の年の大久保清による連続女性殺人事件、さらにその前年の三島由紀夫の割腹自殺事件などが想定されているように思える。

 しかし、柄谷行人が指摘する 「奇怪なものを自分たちの理解できる形に翻訳して安心してしまう」 という私たちの態度は、平成21年 (2009年) の現在においても、一向に変わっていない。
 むしろ、当時よりも、この傾向は強まっているように感じる。

 近年、個人の自信を回復させたり、元気づけを目標にしたりする “自己啓発セミナー” 的な書物の大半は、社会学か心理学の概念を導入にして、 “元気の素” を導き出そうとしている。
 ということは、それらの本を書く著者たちが、結局、 「世界」 というものを、社会学か心理学のフィルターを通してしか見ていないということだ。

 そのような世界観で 「世界」 をまとめると、 「世界」 はすべて簡単に 「了解可能」 なものになる。
 しかし、そこで失われるのは 「人間存在」 の手触りである。

 私は、簡単に 「答を出そうとする」 すべてのものに、不信感を持っている。
 「謎」 を 「謎」 として向き合うことの大切さをずっと感じ続けてきた自分の “元” が、いったい何に由来していたのか。
 久しぶりに、思わず手にした柄谷行人の本を読んで、それが分かった。
 たぶん、20年ぐらい前に読んでいたこの本が、もともと持っていた自分のそんな “気分” に、ひとつの確証を与えていたのだ。

 私は、生活の中のいろいろな局面で、ふと、言葉にならない 「場所」 「時間」 を感じることがあるということを、このブログでもときどき書いてきた。

 それは、旅先で感じる 「形容しがたい光景に接した」 という記述で始まる場合もあったし、冗談めかして、 「合理的な結末を迎える推理小説より、合理を求めないホラーが好き」 などという表現になっていたこともある。
 また、あるときは、初期の村上春樹の文学を例に採り、 「透明なる虚無」 などという言葉に置き換えたこともあった。

 しかし、言わんとしていたことは、一貫して 「言葉でつかめない何かへの希求」 であったように思う。
 そのことを表現する言葉がうまくみつからず、ときどき 「超越性」 という言葉を使うこともあったが、その言葉もやはり、自分が言いたいものとは違う。

 強いて言えば、 「超越性を感じさせるモノの底に潜むもの」 ということになるのだろうか。
 多くの人はそれを 「神」 とか 「神秘」 などという言葉に置き換えようとするが、私が感じているのは、そのような言葉に代替できないものだ。

石垣001

 余談を差し挟む余地を与えてもらえれば、私は 「超越性」 とか、 「超越的なもの」 などという概念が人類の前にせり出してきたのは、 「近代」 になってからだという気がしている。

 もちろん、それ以前にも、人智では説明できない 「何かの気配」 というものを、人類はずっと感じてきたことは確かだ。
 しかし、宗教が 「世界」 というものを語るときの説明体系として確立されてからは、それらの 「超越的なもの」 は、各民族の宗教体系に包含されたいったように思う。

 もしかしたら、釈迦だけが、この 「超越的なものの気配」 を、概念形成しないまま、ずっと見続けてきたのではないかという気もするのだが、私は宗教学者でもないただの素人なので、はっきりとは分からない。

 いずれにせよ、宗教がもたらす 「超越性」 が、どんなに神秘性を持とうが、人間に感動を与えようが、それが 「説明体系=世界観」 であるかぎり、人間に 「おののき」 を与えない。
 宗教は、常に信仰者に 「安心と安定」 を保障しなければ、その信仰の統一性を保つことができないからだ。

 近代社会の成立は、そのような宗教的な世界観を相対化する役目を果たした。
 それによって、 「自立した個人」 というものが誕生してくることになるのだが、そのときに 「超越的なるもの」 も、同時に復活したのではないかと思っている。

 宗教の後ろ盾を失った 「個人」 は、やがて個人でいることの孤絶感、寂寥感と向かい合うことになる。
 …かといって、もはや魂が還るべきところはない。 
 その言葉に言い表せない 「孤独感」 が、 「超越的なるものの気配」 という形で人々に感受されるようになったと思う。

赤と白001

 この 「超越的なもの」 がせり出してきたことに対し、近代国家は、 「神」 に代わる新しい概念を与えなければならなくなった。
 それが、孤立化した 「個人」 を、互いに共感の輪で結ぶ統合概念としての 「同胞愛・祖国愛」 や、 「ヒューマニズム」 や、 「理想・啓蒙」 や、あるいは 「革命」 、「正義」 などといった “普遍性” の衣をまとう様々なイデオロギー装置である。

 しかし、イデオロギー装置であるかぎりは、そこには必ず “ほころび” が舞い降りる。
 その “ほころび” から、 「超越的なるもの」 が、再び顔を覗かせる。
 
 「近代文学」 は、そこに誕生する。
 近代文学とは、宗教体系が確立される前の人類が感じていた 「超越的なるものの気配」 を、イデオロギー装置の助けを借りずに見つめ直そうとする文学であったともいえる。
 そこで見つめられたものは、まさに20世紀になって言葉にされた 「実存的不安」 ともいうべきものだったかもしれない。
 
 つまり、現在われわれが感じる 「超越的なものの気配」 というのは、近代文学と近代美術によってリメイクされたものなのだ。
 作家に啓示を与える力を指すときに使う 「インスピレーション」 なる言葉は、その 「超越性」 を、近代文学の文脈で捉えたときの一表現といえよう。

 しかし、今、その 「超越的なるものの気配」 は、近代文学と近代美術の力を衰退させていったポストモダニズム (脱近代) の中で、急速に後退しつつある。
 私たちは、日増しに 「超越的なるもの」 への感応力を弱めている。

 それと反比例して、神秘を 「実態」 として捉える神秘主義やオカルト主義が、 「超越的なるもの」 を新しく解説する説明体系として台頭している。エキセントリックな教義を持つ新宗教もこれに当たるだろう。

 これらは、 「近代文学」 がつかみかけた 「超越的なものの気配」 を、再び近代以前の 「宗教的な説明体系」 の中に回収しようとしている。
 そして、その逆行現象を、説話的な物語構造を持つ 『ロード・オブ・ザ・リング』 や 『スター・ウォーズ』 のようなファンタジー文化がサポートしている。 
 
 そんな気がしているのだが、このことについては稿を改めて考えたい。

 余談が長くなった。

風紋001

 要するに、私は、 「近代文学」 がようやく取り戻した、 「超越的なるもの」 の手触りを葬り去りたくないのだ。
 その手触りは、 「言葉にできない何か」 と向き合うことからしか生まれない。

 私の場合、その 「言葉にできない何か」 が、 「文章を書きたい」 と思うときの衝動を常にドライブしていた。
 そして、そういう眼差しを持っている作家だけを信頼してきた。

 文章の深みというのは、言葉で説明できない何かを、永遠に 「説明することなく」 、それを追い求めるところから生まれてくるように思う。
 それは文芸作品に限らない。モノやシステムの機能を解説するノウハウ書やハウツー書においても同様なのだ。

 モノを使う人間にとって、それをどう使うかということは、最後は個人の仕事である。
 優れたノウハウ書が、最も効率の良い 「使い方」 を披露したところで、それを使いこなすかどうかは個人の恣意に任される。

 そのときに 「この方法しかない!」 と強要するノウハウ書は、二流のノウハウ書でしかない。
 その個人 (読者) が、その製品あるいはシステムに対して、どういう想像力を働かすことができるか。つまりは、そこからどういう可能性を導き出すことができるのか。
 優れたノウハウ書というのは、そこまで描いているはずなのである。

 キャンピングカーのガイドブックだって同じことがいえる。
 結局、そのクルマを使ったら 「何」 が手に入るのか。

 「快適な旅行や、美しい風景を手に入れることができる」
 といっても、 “快適” とは何なのか。
 “美しい” とは何なのか。
 読者がそれに対して思いを馳せるものまで描き込まないと、ガイドとしての役には立たない。

 話は戻るが、柄谷行人という人が書いたものは、そんなことまで考えさせてくれた。

ベックリン001
 
 いつのことだったか。
 もう20年以上も前のことだ。
 理解もおぼつかないまま、漫然とこの人の書いたものを読んでいたとき、こんな言葉に行き当たった。

 「あまりにも合理的なものは、ある時、そっくりそのまま非合理的なものである」

 これは 『小説の方法的懐疑』 と題される柄谷の評論の中で、古井由吉の 「先導獣の話」 から引用した文章だった。

 柄谷行人は、その後に、こう書く。
 「古井氏は、人間の人格・心理・思想といったあいまいなものを少しも信じていない」 。
 そして、このような認識の根底にあるものは、 「意味の体系」 の否認である、と続ける。
 さらに、古井氏の新鮮さは、ヒューマニスティックな思惟に対する 《切断》 を方法的に生きる文体を獲得したところにある、と。

 このくだりから、私は、近代に顕在化してきた 「超越的なるもの」 に対し、それを近代的なイデオロギー装置の囲い込みの中からつかみ出そうとする 「近代文学」 の手法が端的に描かれているように感じる。

 「あまりにも合理的なものは、ある時、そっくりそのまま非合理的である」
 ということは、
 「非合理的なものでも、みんなが承認してしまえば、合理的なものになる」
 ということだ。
 近代の歴史は、常にそのようにつくられてきたように思う。

 近代文学は、そのダイナミズムの中で生まれてきた文学である。
 そして、そこで試されてきた手法は、 「文学の無効性」 を主張することが時代のトレンドだとしても、今でも有効であると信じる。
 
 だから、その手法を愚直に追求するならば、常に 「言葉にならないもの」 を探し求めていくしかないのだ。

 言葉にできないものの “手触り” 。そして、それを言葉にしたいと思っても、それができない時のもどかしさ。
 たぶん、それを手放してしまったら、小説家も、Jポップの作詞家も、マニュアルライターも、物書きとしての生命は終わる。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:01 | コメント(3) | トラックバック(1)
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