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柄谷行人の文体

 この人たちの書く文章には、ほんとうに素晴らしいな…と思い、文章のお手本にしたいと憧れながらも、かなわないとため息をついている物書きが2人いる。

 その人たちの名前を挙げると、
 「ええ、そんなすごい人たちを手本にするなんて、ちょっと身の程をわきまえていないんじゃない? あんた何サマ?」
 なんて言われそうなので、少しひるむが、あえて名を出してしまうと、一人は作家の司馬遼太郎さん、もう一人は批評家の柄谷行人 (からたに・こうじん) さんだ。

 司馬遼太郎さんは、もう説明するまでもない有名人で、その作品を読んでいる方も数多くいらっしゃるだろうから、どういう文章を書かれる方かはあまり説明しなくてもいいだろう。
 
 もう一人の柄谷行人という人は、普通の人には馴染みが薄い文筆家かもしれない。ただ、80年代のニューアカブームに少しでも首を突っ込まれた方なら、この名前には頻繁に接したことだろうし、その著作に触れた方もいるのではなかろうか。

柄谷行人02

 柄谷氏がどういう思想を展開する人かは、ここでは書かない。というか、私にはうまく紹介できるほどの力がない。
 しかし、どういう文章を書く人かというのなら、いささか説明したい気持ちになる。

 一言でいうと 「美しい文章」 なのだ。
 しかし、美文ではない。

《 一見、無味乾燥な文体なんだけど… 》

 読者に美しいイマジネーションを与える文章を書く思想家というのなら、小林秀雄や吉本隆明などという人がいる。
 しかし、柄谷さんという人は、美しいイマジネーションが文にまとわりつくことをひたすら避けようとする。
 世の中の人が 「美しい」 と感じそうな形容詞のたぐいを極力削ぎ落とし、文芸的な含みを持たせる叙述をことごとく切り落とし、ただ 「論理」 だけをストイックに、無機的に羅列していく。
 だから、そこに展開される文章は、おそろしいほど無味乾燥だ。

 だが、私はそういう文章の中に、鋭い光を放つ日本刀の美しさを感じてしまう。美術品として陳列される日本刀ではなく、かつては人を切る武器として存在した日本刀の切れ味を感じる。

 日本刀の、あの力の 「集中」 と 「分散」 を計算尽くした反り (湾曲) を見るのにも似て、柄谷行人氏の文章には、ハッと息を呑むような見事なラインが見えるときがある。
 その 「ライン」 は、ものごとを抽象的に見ようとするときに、はじめて見えてくるものだ。

 世の文章読本では、鮮明な文章を書くときの例として、 「具体的に書くように」 などと教えることが多いが、それは必ずしも正解ではない。
 高度な抽象化を進めることによってはじめて見えてくる 「思考のライン」 というものが絶対ある。

 柄谷氏の文章の美しさは、そのラインの強度によって支えられている。
 そのラインこそ、見方によっては 「直刀」 にも 「湾刀」 にも見える日本刀独特のラインなのだ。
 だから、彼の文章が一見無味乾燥に見えても、それは、振り回せば容赦なく血しぶきが舞い上がる 「無味乾燥」 である。 (私はこれを批評界のハードボイルド文体と思っているが…)
 もし、そこに柄谷氏の計算された美意識があるとするならば、そういう美意識こそ信じるに足る美意識だと思う。

 柄谷行人という人は、文芸評論家として出発し、やがてフランスのポスト構造主義の思想とも共振しあう形で、マルクス、ヴィトゲンシュタイン、カントなどという思想家たちの営為を、現代的な視点で捉え直す作業を進めてきた人だ。

 私は、この間の柄谷さんの著作をすべて読んでいるが、 「理解できたもの」 10パーセント、 「理解したような気分になったもの」 30パーセント、 「難しくて理解できないもの」 60パーセントというところが、正直なところだ。
 それでも、彼が一貫して追求しようとしたものだけは、自分にも伝わってきた。

 彼が一貫して追及しようとしたのは何か。

 その何かを示すために、もっとも初期の作品では 「自然」 という言葉が使われた。
 次のステップでは 「交通」 という言葉が使われるようになった。

 途中から 「社会」 という言葉で表現されたこともあった。
 ある時から、それは 「外部」 となった。
 それらを別の言葉に置き換えて、 「他者」 といわれたこともあった。

 すべて、私たちが日常生活の中で普通に使う、ありきたりの言葉に過ぎない。
 しかし、柄谷氏の著作を読んでいると、それらのありきたりの言葉が今までの用法とは違う意味合い持つ言葉に変貌し、生まれてはじめて接した言葉のように思えてくるから不思議なのだ。

《 ありきたりの言葉が “謎” に変わる瞬間 》

 柄谷氏が使った 「自然」 は、単なる “ネイチャー” ではない。
 もちろん、「文明」 というものの規範に収まりきらない、「広い世界」 を暗示する言葉であることには代わりがないが、それ以上に、人間の意識の外にありながら、人間にとって抗 (あらが) うことのできない “力” を意味する言葉になっている。

 ただし、その “力” は、 「神」 とか、「超越者」 などという概念に収まっていくようなものではない。
 彼が夏目漱石などの文学に発見した 「自然」 は、「神」 などという観念で理解できるようなものではなく、もっとモノの感触、いいかえれば 「生の感触」 としてしか感じ取れないような “超越的なものの気配” を指す。

 氏が使った 「交通」 という言葉も 「自動車交通」 とか、 「交通標識」 などという使い方とはまったく次元の異なる言葉に生まれ変わっている。
 それは、異質なもの同士がぶつかり合って、飛び散りながら融合しあい、まったく新しいものが生まれる状態を指す言葉として使われる。

 「社会」 という言葉も同様である。
 普通 「社会」 といえば、なんとなく人々が同じルールを共有しあう 「共同体」 のことを指すように思ってしまう。
 しかし、彼がいう 「社会」 は、 「共同体」 そのものではなく、 「共同体」 と 「共同体」 の間に横たわる場所。すなわち、ひとつのルールが他のルールと出合う場所を意味している。

 つまり、彼が 「社会」 といった場合、それは、所属する人間を共通のルールで縛り上げる 「共同体」 のことではなく、ひとつの 「共同体」 が他の 「共同体」 と出合い、自分たちとは異なるルールと文化が存在することを認識する場のことを指す。 (※ 交通も社会も原典はマルクスである)

 「外部」 という言葉もまた、ただ単純に “外側” を意味しているのではない。
 柄谷氏がいう 「外部」 は、同じルールを共有し合う 「共同体」 や、ひとつのイデオロギーを共有し合う思想集団などの 「外部」 に出ることを示唆する言葉なのだが、それは同時に、物理的にあるいはイメージ的に 「外に出る」 ことの不可能性も意味している。

 なぜなら、 「外部に出る」 という思考そのものが、実は共同体験の中から芽生えてくる発想であって、結局そのような発想は、ひらめいた瞬間にことごとく 「内部」 に取り込まれてしまうからだ。
 つまり、あらゆる共同体や思想集団や文化体系は、あらかじめその 「外部」 に出ようとする発想もすべてシミュレートしており、その対応策も折り込み済みになっている。

 分かりやすい例でいうと、たとえば 「資本主義社会」 。
 資本主義社会が成立して以来、近代の知識人のほとんどが 「資本主義の病理」 を指摘し、 「資本主義の超克」 を訴えた。

 しかし、そのような資本主義を 「外から眺める」 ような思考は、資本主義がもたらしたものに他ならない。
 資本主義は、資本主義の 「外部」 に立って、資本主義そのものを問うような 「個としての消費主体」 を生み出すことによって、 「個」 の資本主義批判を消費行動と結びつけ、それを生き延びるための活力に変えてきた。

 つまり、資本主義の運動そのものが、自分自身で 「外部 (差異) 」 を作りながら、それをすさまじい勢いで 「内部」 化していく運動なのだ。
 ここに、資本主義を問い、資本主義を批判することが、資本主義の 「外部」 に立つのではなく、資本主義そのものに包まれてしまうという逆説が成立する。

 その逆説に、柄谷氏は気づいた。
 彼のいう 「外部」 は、そのような 「内部」 の強靭でしたたかな包容力にも取り込まれない “何ものか” であり、それは人が行ける場所でも手に入れられるモノでもない。したがって、それを 「言葉」 や 「場所」 に置き換えることはできない。

 「他者」 という言葉にも、柄谷行人は独特の意味合いを持ち込んだ。
 それは、いわゆる 「他人」 とは違う。
 「隣人」 でもなければ 「同僚」 でもないし、 「敵」 でもなければ 「味方」 でもない。
 柄谷氏にいわせると、 「他者」 とは (比喩的にいうと) 「ネコ」 だという。
 文字どおり、動物のあのネコだ。

 つまり、関わり合う上での、共通の言語とか、共通のルールを持たない相手。
 あるいは、意志を伝えようとする身振り手振りすら通じないか、そもそも相手に通じているかどうかも確認できないような相手。
 それを、彼は 「他者」 という言葉で表す。

 もちろんこれは理念上の設定であり、現実生活においては、単に 「話の通じないヤツ」 ということになるのだけれども、彼がいうには、基本的には人間の生活の場においては、 「話が通じない」 関係の方が当たり前なのであり、人とツーカー状態で話が通じ合うと思っていることは、実は錯覚なのだ。
 だから、われわれの生活では、普段は 「他者」 を見ることはできない。

 なぜ、それほどまでに 「他者」 という存在にこだわるかというと、そもそも本当のコミュニケーションというのは、同じルールを共有しないもの同士の間で行なわれるものであり、自分の意志が相手に伝わるかどうか分からない状態で、相手めがけて “命がけのジャンプ” を試みるところに生まれる、という認識を彼が持っているからだ。

 ここまで来ると、彼が初期の論考で使った 「交通」 という言葉の意味がようやく生きてくる。
 すなわち 「交通」 とは、このような “命がけの跳躍” に基づく 「コミュニケーション」 の別名なのである。

 普通 「コミュニケーション」 というと、お互いが対称的な位置を確保して 「相互理解」 を深めるというイメージがつきまとうが、彼のコミュニケーション観がユニークなのは、そこに非対称性を見たことだ。
 つまり、自分の意志が相手に通じるというのは、 「奇跡」 なのだ。
 ところが、その 「奇跡」 が、ごく日常的に、当たり前に生じているという不思議さ。
 彼はそこに注目した。

《 「世界」 の外に広がる 「荒野」 》

 ここらで、柄谷行人がいろいろなキータームを使いながらも、ほぼ一貫して同じものを見据えていたことが分かるだろう。
 それはすなわち、
 「この世には、話すことも、見ることも、考えることもできない “外部” がある」
 という認識なのだ。

 そして、その 「外部」 が、 「他者」 とのコミュニケーションを司る 「力」 となり、 「社会」 としての商品交換が行なわれる 「場」 となるという考え方だ。

 それは神秘主義ではない。
 神秘主義というのは、神秘なる事象が発生したときに、その発生原因を現代科学とは異なる説明体系で説明しようとする思考方法を指す。
 不思議な事象を 「神の奇跡」 や 「悪魔の呪詛」 として説明する神秘主義は、基本的には、因果律を科学で説明しようとする合理主義と同じことで、ただ方向が違うというだけに過ぎない。

 ところが最近、この神秘主義がにわかに現代科学と接近する方向に舵取りを始めた。
 それが、80年代に登場した 「ニューエイジ思想」 や 「精神世界」 という流れなのだが、最近のアメリカでは、さらにそのパワーアップ版ともいうべき 「インテリジェント・デザイン (ID) 」 という考え方が主流になりつつある。

 それは、
 「現代科学が進歩すればするほど、この世界は、実に精緻で合理的なプログラムによって運営されていることが分かってくるが、これほど整合性に満ちた世界が偶然できるはずはなく、それこそインテリジェント (知的) な存在がデザインしたという以外に説明がつかない」
 という考え方である。
 この 「インテリジェント・デザイン」 が、 「神」 の別名であることは容易に理解できよう。

 このような考え方は、どんなに 「インテリジェントな存在」 を世界の 「外部」 に置こうとしても、そういう存在を、 「内部」 にいる人間が説明できてしまうというところに矛盾が生じ、結局は 「内部」 の理論を補完するだけで終わってしまう。

 柄谷氏が、抱えた 「外部」 はそのようなものではない。
 強いていえば、人間に思考を促す力そのものでありながら、その思考では捉えられないもの、ということになるだろう。

 それは、あるときは、 「社会」 という名の、茫漠と拡がる “荒野” であり、あるときは 「交通」 という名の “事件” である。
 そして、時にそれは 「他者」 という名の “神” ともなる。

 しかし、それを 「荒野」 とか 「事件」 とか 「神」 などと、うっかり (比喩的に) 表現してしまうと、たちまち色あせた凡庸な認識論の構造に収拾され、結局は閉じられた 「内部」 を補完するものになってしまう。
 彼が言いたいのは、そのような別の言葉で置き換えることのできない、つまり比喩としても成立しない何かなのだ。

 さらに大事なことは、それが 「意味」 でも 「価値」 でもないということだ。もし、それに 「意味」 とか 「価値」 を与えてしまえば、たちどころに、 「インテリジェント・デザイン」 のような神秘主義に堕してしまう。
 つまり、この世の外に、何か現世では理解できない “素晴らしいもの” があり、人類はそれを得るために現世を脱出しなければならない…という 「お話」 の構造になってしまう。
 柄谷氏はそんなことは一言もいわない。

 彼は、主要著書のひとつ 『マルクスその可能性の中心』 において、こう述べる。

 「すべての著作は、一つの言語と論理のなかで書かれる以上、固有の体系を持つ。しかし、作品の豊かさというのは、著作家が意識的に支配している体系の中に、何か彼が 『支配していない』 体系をもつことによって生まれる」

 著作者にも支配できない 「体系」 とは何なのか?
 その体系は、どこから生まれてくるのか?

 彼が 「外部」 を問題にしたのは、結局は、そのような 「支配できないもの」 を抱え込みながら、それを 「豊かさ」 に変えてしまう 「人間の謎」 にこだわらざるを得なかったところから来ている。
 実存主義文学ならば、それを 「人間の不条理」 と名付けただろう。

《 0(ゼロ)を抱えた数学の不思議 》

 もともと思想の枠組みを 「外部」 と 「内部」 に分け、 「内部」 に 「外部」 を導入させて自壊させるというのは、デリダ風のディコンストラクション (脱構築) の手法なのだが、柄谷氏が問題とした 「外部」 には、このとらえどころのない人間の実相を浮かび上がらせようとする実存的な手触りがある。

 そして、彼はこの論理では説明のつかない “何か” を証明するために、文章から情緒性を排除し、曖昧さを切り捨て、論理的な言葉を使って、徹底的に形式的に思考を進めていく。
 それはまるで数式のようであり、事実、彼は数学基礎論を徹底的に勉強し直す時期があったことを告白している。

 しかし、数式を研究したときに、彼はそこに 「0(ゼロ)」 という数字があることも理解したはずだ。同時に、 「数」 というものには 「限りがない」 ということも知ったはずだ。
 つまり、完璧な整合性を保つように見える数式体系の中に、 「無」 と 「無限」 という、いわば数式の合理性を破綻させるようなものが含まれているという事実と、彼は向き合ったことになる。

 彼の数式そのものと思えるほどの明晰な文章は、その 「無」 と 「無限」 を “あぶり出す” ためのものだったといえるかもしれない。

 そして、そのような数式的叙述を展開した果てに、彼は、思考が虚空に向かって跳躍する瞬間を捉える。
 それが、 「他者」 とのコミュニケーションが成立するときに生じる 「命がけのジャンプ」 であったり、共同体の中にいては見えなかった 「社会」 の、突然の浮上であったりする。

 息苦しくなるほど緻密な論考が、究極の…いわばここ一発の決めの 「比喩」 で切断されるとき、そこに、夜空に太陽が昇ったような衝撃が走る。
 それは、サヤから抜き放たれた日本刀が、光り輝くあの反りを見せる瞬間である。

 私などは、そういうとき、
 「ああ、ここに “文学” がある」
 と感じる。
 彼が自分でもその絶対性を否定する 「文学」 があるのだ。

 柄谷氏は、早いうちに文芸評論から遠ざかり、その後も 「近代文学の終焉」 を宣言するような人だったが、彼の資質には、まぎれもなく (肯定的な意味での) 文学が身に付いている。

《 文学には 「答」 がない 》

 結局、優れた文学とは何かというと、それは簡単に 「答」 を出さないもののことをいう。
 1冊読んで、 「ああ、こうすれば楽になるな」 「得をするな」 などという回答が得られるものは、パンフレットやガイドでしかない。

 宗教においてもしかり。
 本質的な宗教というのは、常に 「即答」 を避けている。
 原始キリスト教においても、原始仏教においても、開祖たちは弟子と問答をしたけれど、 「こうすれば楽になる」 というような現世利益的な 「心の平安」 など、何一つ説かなかった。

 それよりも、 「答」 のない場にたたずんで、 「考える」 ことを強いた。
 つまり、 「問い」 に対する 「答」 を模索するのではなく、 「問い」 そのものが発生する場を見つめ直すことを示唆した。
 そして、様々な悩みを解決するために日常的に流布している 「対応策」 がすべて無効に思えるような場にたたずみ、その現実を直視する不安に耐えろと説いた。

 その不安の中に、恍惚がある。
 なぜなら、その 「不安」 こそ、実は今まで自分を縛り付けてきたあらゆるものからの 「解放」 でもあるからだ。

 柄谷行人の著作は、その 「不安の中の恍惚」 を拾い出すものだと、私は感じている。

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コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:39 | コメント(0) | トラックバック(0)
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