町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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>aki さん、よう…
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町田編集長さん こん…
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世界中に5億人を超え…
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町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
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>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
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町田 03/03 22:45
町田さん、今日は。…
マッキー旅人 03/03 16:23
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町田 02/28 22:42
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ザ・ウォーカー

 BS放送で、 『ザ・ウォーカー』 という映画を見た。
 核兵器も含めた大規模戦争により、文明が崩壊した未来世界の話だ。
 生き残った人々が、崩落したビルの中で、乏しい物資を奪い合うようにしながら生活している。

 街は、撤去されない瓦礫が散乱したまま。
 どうやら、その状態がもう何十年も続いているらしい。

 無秩序な街を仕切っているのは、暴力にものを言わせて市民を脅かしながら見せかけの秩序を維持しているボス。
 そのボスに従う、いかにもチンピラギャングという風貌のヤクザな男たち。

映画「ザ・ウォーカー」001

 その街に、主人公 (デンゼル・ワシントン) が、ある目的を持った旅の途中に寄る。

 なんで、こんな映画がこの時期にテレビ放映されるのか。
 震災の生々しい記憶が人々に心にとどまっているうちに放映すれば、人々の関心を引きつけられるとでも思ったのか。

 それはいいとして、つまらない映画だと思った。
 最後はどうなるのか? という関心だけで見続けてしまったけれど、時間の無駄だった。

 ここ10年ぐらいか、ハリウッド映画では新手の “人類滅亡物語” がやたら多く作られている。
 2007年の 『アイ・アム・レジェンド』
 2008年の 『地球が静止する日』
 2009年の 『ノウィング』 
 2010年の 『ザ・ロード』 ……

 人類滅亡の原因は、細菌だったり、宇宙人だったりとかいろいろだけど、繰り返し繰り返し描かれるのは、荒涼とした瓦礫の世界とバイオレンス。

 そういう映画を全部見たわけではないけれど、基本的には、絶対安全な場所に身を置いている観客が、 「あんな世の中になったら大変ね」 と、安堵しながら映画館を出るという作品になっている。

 『ザ・ロード』 は原作を読んだだけだが、まさにバイオレンスの極致というようなストーリーだった。
 荒廃した地球上のあっちこっちに、乏しい物資を奪い合う無法者のコミュニティが形成され、その連中に見つかったヨソ者は惨殺されて “食料” にされてしまうだけ。
 いよいよ食べるものが無くなると、今度は同じコミュニティの弱者から食料にされてしまう。

 『ザ・ウォーカー』 という映画でも、人肉食を匂わせるエピソードが出てくる。
 そこには、
 「人間は生き延びるためには、同胞の肉すら食う動物なのだ」
 という冷酷な “哲学” が信じられているようでもある。
 
 なぜ、アメリカ人たちは、こういう冷徹なストーリーを好むのか?

 たぶん、キリスト教の教義が影を落としているのだろう。
 つまり、 「人間はもともと罪深い存在なのだ」 という……。

 「だから、神に帰依して、罪を免じてもらわなければならない」

 最近のハリウッド映画の人類滅亡ものは、新手の布教活動なのかもしれないとすら思う。
 つまり、 「最後の審判」 というビジョンは、相変わらず欧米人の精神構造に深く染み込んでいるということが分かる。

 現に、 『ザ・ウォーカー』 は (ネタバレごめん!…だが) 、聖書が重要な役割を果たしている。
 主人公は、たった1冊の聖書を届けるために、ひたすら広大なアメリカの原野を歩いていく。
 ただただ 「西」 に向かって。

 どこの誰に、その聖書を届けるのか?
 何のために届けるのか?

 それは主人公にも分かっていない。
 ただ、神が 「それがお前の使命だ」 と心にささやいたのだという。

 人もクルマも通らない原野を、彼はずっと歩き続ける。
 だから 『ザ・ウォーカー』 なのだ。

 そして、いくたの危機を乗り越え、彼はその使命を果たす。
 めでたし…、めだたし…。

 だけど、腑に落ちない。
 神は、その一冊の聖書を目的地に届けさせるために、その主人公が何人もの人間を殺していくのを、黙って容認するのか?

映画「ザ・ウォーカー」002

 この主人公。
 銃を撃てば100発100中。
 山刀を奮えば、バッタバッタと死体の山。
 それでいて、至近距離から銃で撃たれても、生き延びてしまうのだ。
 この男には “神の加護” による不死身の生が与えられているから、他人の死には無頓着だといわんばかりに。

 そういう人間が、 「人類の文明の復興」 を託されるという設定が、なんかうすら寒い。

 不思議だ。
 キリスト教の神さまって、そういう神さまだったの?
 キリストって、 「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」 と言った人ではなかったの?
 どうも、この映画を作った人たちは、そこから間違っていたようにも思う。

 この映画には、 “人間” がいない。
 神と、聖書の教えをすでに知らない “無知な動物たち” がいるだけ。
なぜなら、大規模戦争が終わったあと、人類は戦争を起こさせた原因が聖書にあったとして、残存するあらゆる聖書を焼き尽くしたことになっているからだ。

 だから、 “正しい教え” はこの世から姿を消し、残った人類の心は荒廃し、すでに聖書すら知らない若者がたくさん生まれているという話になっている。

 そういう設定にリアリティがあるとはまったく思えないが、逆にいうと 「聖書がなければ人心は荒廃する」 という制作者たちの思い込みで作られた映画であるということが、そこに露呈している。

 同じ核戦争による人類の滅亡を描いた 『渚にて』 (1959年) では、 「人間はなんてバカなことをしてしまったのだ…」 という嘆きは語られるが、そこに神の意思を認める志向はなかった。
 あくまでも、人間の犯した過ちに、人間が自ら責任を取らなければならないという覚悟がほの見えていた。
 そこが大きな違いだ。

 だから 『渚にて』 は、人間の愚かさと人間の崇高さを同時に描いた、無類の反戦映画となりえた。
 しかし、 『ザ・ウォーカー』 には、 「人間の反省」 という視点は出てこない。
 タフな肉体と精神に恵まれた、信仰の厚い者だけが結局生き延びるという話。
 ハリウッドの娯楽映画は、あきらかに後退している。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

島尾敏雄・贋学生

 今回の東日本大地震が起こる直前にアップしようと思っていたブログ原稿がある。
 しかし、あの大震災の直後、その原稿を公表する気にはとてもならなかった。
 「それどころじゃないだろう」
 と自分は思ったのだ。

 しかし、先ほどちょっと読み返してみて、妙に今の状況を語っているような気もした。
 公表していいのかどうか、いまだ迷っているけれど、とりあえず、書いたときの原文をそのまま載せてみる。

…………………………………………………………………………………

 いちばん危機が迫った社会というのは、一見、平和な相貌をしている。
 大地は豊かな恵みを人間に与え、物資は潤沢に整い、時間はのんびりと流れ、人々の声は明るい。

 ちょうど、太平洋戦争直前の日本がそうだった。

 今のわれわれは、あの戦争の悲惨な結末を知っている。
 だから、戦争が近づいてきたことに対し、多くの人々が不安な思いに駆られていたと思い込みがちになる。

 だが、必ずしもそうではない。
 戦争は、平和な相貌に彩られた社会の中で、ひっそりと身を隠してネズミに近づく猫のように、静かに迫っていたのだ。
 「危機」 とは、およそそのようなものだ。

 最近、島尾敏雄の書いた 『贋学生』 (講談社文芸文庫) という小説を読んでいて、ふとそんなことを考えた。
 昭和25年に発表された小説である。
 著者が昭和11年頃に通っていた長崎高商時代の思い出を核とした物語で、前半は、授業をサボって、友人2人と諌早、長崎、島原、雲仙などを旅行したときの “思い出話” という体裁を取っている。

島尾敏雄「贋学生」表紙

 主人公の 「私」 は、友人たちと長崎の海の夕凪を楽しみ、町の食堂でオムレツに舌鼓を打ち、旅館の仲居さんの色っぽい仕草にどぎまぎする。
 描かれる情景は、どれも古き良き時代の日本の風情をしっとりとたたえ、出会う人たちはみな人情味に溢れ、主人公たちは、旅の楽しい思い出を次々と蓄積していく。

 しかし、文学者としての島尾敏雄の感性は、そのような平和な日本に、夕暮れの影のように忍び寄る戦争の気配を見逃してはいない。
 市民の生き方や思想傾向をチェックする “移動警察 (特高) ” の刑事が、電車の中で自分たちを見張っているのではないかと怯え、戦争の気配を察して退去した外国人が置き去りにした犬が、野良犬として哀れな姿をさらしていることに、やりきれなさを感じたりする。

 が、それは、必ずしも、 「明確な不安」 という形をとっていない。

 旅行から帰ってきた主人公は、校庭で、三八式歩兵銃を担いで軍事訓練に励むが、それは 「気持ちの良い汗をかく戦争ごっこ」 でしかない。
 軍事訓練が終わると、学生たちは街に出て、映画館や喫茶店に寄り、カフェやおでん屋で雑談にふける。

 確実に近づいてくる戦争は、ここでは、夏の終わりに、かすかに漂う秋の気配として感知されるだけなのだ。
 色づいていた秋の木々が、いつの間にか葉を落としていたことに気づいた時の、いわれのない不安。そのような、微妙な 「空気の変化」 としてのみ描かれるに過ぎない。

 だから、そのような 「日常生活の中に見え隠れする不安」 は、一見すると、学生という中途半端な身分を生きている 「私」 の不安定さから来るものであり、思春期特有の過剰な自意識の産物であるとも取れる。

 本当は、この話を小説としてまとめた時の島尾敏雄は、特攻魚雷艇の指揮官として出撃命令を待っていた人間であり、死を覚悟した人間の心の揺れ動きを見つめる体験を持っている。
 だから、彼は、戦争が忍び寄る時代の 「危機」 を、いくらでもそれらしい言葉で表現することができたはずなのだ。
 しかし、この小説は、そういう言葉では語られなかった。

 そこに、私は逆に、戦争が忍び寄ってくる時代の 「空気」 というものを教えてもらったように思う。 

 平和な日常の中に漂う、漠たる不安。
 それを、島尾敏雄は、友人の一人である 「木乃」 という学生から受ける “言葉にならない違和感” を通して表現する。

 木乃は、知らないうちに主人公に近づいてきた同じ学校の学生である。
 彼は、およそ、 「知的なもの」 を感じさせない男でありながら、主人公たちが持ち合わせていない 「世間知」 を身につけた人間である。 

 主人公は、木乃を好きになれない。
 本能的に、自分たちとは別人種だと感じる。

 最初に会った時の木乃の印象は、
 「紺のユカタを、歌舞伎の女形のように、胸元まできっちりと合わせ、人間というより、紫のかたまりが、ぼうっと入ってきた」
 というもので、すでに人間から逸脱した何かを感じさせる存在として描かれている。

 「いやなヤツだ。この人とはつき合うべきではない」
 主人公の 「私」 は、そう直感する。

 しかし、いつの間にか、私生活のすべてが木乃のペースで進むようになり、彼の巧妙なウソ …ということは後で分かるのだが、そのウソに巻き込まれて、最後は主人の友人や、実の父親や妹まで、奇妙な体験を重ねるようになる。

 だが、ウソをつきまくって、周りの人々を狂奔させる木乃の目的が、果たして何であったのか、それは最後まで 「謎」 のまま残される。
 彼は天性の詐欺師であったが、その詐欺行為には “営利” の匂いはまったくないのだ。

 この木乃という男が、実は贋 (にせ) 学生であることが最後に明かされるのだが、そのことによるストーリー的な面白さよりも、むしろ、その木乃の身辺から流れ出てくる存在論的な不安感そのものが、何よりも、ここでは 「忍び寄る戦争の影」 そのものではなかったのか。 

 戦争が近づいてきているというのに、あくまでも平和に見える社会の言いようのないグロテスクさ。
 その気持ち悪さを、島尾敏雄は、木乃という贋学生のグロテスクさと重ね合わせたのではなかったのか。

ダリの絵画02
 
 もちろん、木乃は、近づく戦争の 「寓意」 ではない。
 「暗示」 でもなければ 「比喩」 でもない。
 しかし、時代の空気に、どこか 「グロテスクな匂い」 があり、そこには木乃という男が発散する体臭と同質のものがある。
 たぶん、そういう形でしか、著者はあの時代を描けなかったのだ。

夜の街の戦車

 今の “平和な時代” に、どのような危機が紛れ込んでいるのか、それは誰にも分からない。
 しかし、これだけ 「平和」 なのに、誰もがそれに安住せず、常に漠たる不安を感じて生きているということは、なんらかのカタストロフ (悲劇的な結末) が迫っていることを示唆しているのではないか。

 島尾敏雄の 『贋学生』 をのどかなカフェに座って読みながら、ふと青空を見たりしたときに、そんなことを考える。

…………………………………………………………………………………

 これを書いたのは、3月に入ってしばらく経った頃だから、数日後に、世の中が激変する事態になろうとは夢にも思っていなかった。

 しかし、 「カタストロフ」 という言葉を自分で使っていたのが妙に引っかかる。
 もちろん、大地震のような自然災害をこのときはまったく意識していなかった。
 ただ、漠たる不安があった。

 一見平和に見える世の中に、こっそりヒタヒタと忍び寄る “危機” 。
 実は、多くの日本人はそれを予感していたのではないかと、今になって思う。
 だから、天地が動転するような未曽有の混乱の中でも、日本人は諸外国が驚嘆するような冷静さを身につけていられたのかもしれない。

 太平洋戦争が勃発する前の日本は、ある意味で、今と同じような擬似的な 「平和」 があった。
 しかし、それが “グロテスク” な平和だったことを、島尾敏雄は見抜いていた。

 大震災が起こる前の日本の “平和” も、そのときと同じような臭いを放っていたのかもしれない。
 
 ただ、それを言葉にする力を誰も持っていなかった。
 今ようやくその “言葉” を、誰もが発見したのかもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

渚にて

 巷に流れる 「放射能汚染」 の話を聞くたびに、思い出す映画がある。
 
 アメリカ映画の 『渚にて』 ( On the beach ) だ。
 1959年にスタンリー・クレイマー監督が撮った (当時の) 近未来SF映画で、まさに地球規模の “放射能汚染” がテーマになっている。

「渚にて」DVDジャケ002

 1964年に勃発した (…ことになっている) 「第三次世界大戦」 の核被害によって、北半球の人類は滅亡。
 南半球は、直接の被爆をまぬがれたが、死の灰が南半球まで及んでくるのは時間の問題という、せっぱ詰まった状況に置かれたオーストラリアが、この映画の舞台となる。

 核爆発の時に、たまたま深海に潜っていたアメリカ海軍の潜水艦が1隻だけ助かり、死の灰を逃れて、オーストラリアの軍港にたどり着く。

 ストーリーは、その潜水艦の艦長であるグレゴリー・ペックと、彼がパーティで知り合った地元のオールドミス (エバ・ガードナー) との淡くて短い恋愛を軸に、 “ゆるやか” に展開する。
 それに絡んで、オーストラリア海軍の若い将校夫婦や、核開発にも関わったことのある科学者たちのサブストーリーが散りばめられていく。

「渚にて」001

 もともとは、ネビル・シュートの小説を映画化したもので、分類でいうと、核戦争後の地球を描いたSFものということになるのだが、地球滅亡ものでおなじみの、大げさなパニックシーンを見せる映画ではない。
 むしろ、地味だ。
 だから、核戦争の非情さが、逆に浮かび上がってくる。
 このあたりは、原作の静謐なタッチを、映画もよく踏襲している。

 南半球で暮らす人々にも、もう残された月日は、あと5ヶ月。
 オーストラリアの科学者たちが立てる希望的観測は、ひとつひとつ打ち砕かれていく。
 迫り来る核汚染を防ぐ手立てがすべて失われてしまったことに、オーストラリアの人々も気づき始める。

 身近に迫る死の恐怖に、自暴自棄になる人々も出てくる。
 しかし、一方で、残された最後の時間を、せいっぱい “人間らしく生きよう” と決意し直す人もいる。

 世界の滅亡が秒読みになったとき、人々は無秩序な暴徒と化するのか、それとも、生きている限りは人間の尊厳を保ち、秩序正しい社会を維持しようとするのか。
 この映画は、人類が直面する究極の問いかけを投げかけているようにも思える。

 画面では、死を覚悟したオーストラリア国民が、パニックに陥ることなく、休日には渓谷のマス釣りを楽しみ、海岸で海水浴をして、自動車レースを楽しもうとする情景が描かれる。

 豊かな緑に囲まれた牧場。
 帆に風をはらんで海原を駆けるヨット。
 家族や仲間で楽しむ川原のバーベキュー。
 
 それがこんなに美しく、いとおしいものだとは !!

 観客は、いつしか 「滅亡する人類」 の視点で風景を見つめていることに気づく。
 
 驚くべきことは、その 「ありふれた平和な風景」 の描き方なのだ。

 単に、「美しい風景」 や 「優しい風景」 というのであれば、撮影機器や画像処理のテクニックが進歩した現代映画の方が、優れた風景を再現できるはずだ。
 ただ、そこに 「かけがえのない…」 という哀切感を盛り込むことができるかどうか。

 平和な日常生活がいかに貴重であるかを訴える映像は、CGのテクニックをいかに研ぎ澄ましたところで、実現できるものではない。
 それは、「ありふれた生活」 を一瞬のうちに崩壊させてしまう、戦争のむごたらしさを経験した人間の視線からしか生まれてこない。

 1950年代は、まだ第二次大戦の惨禍が、人々の胸に強烈な印象として残っていた時代だったのだ。
 逆にいえば、戦争がもたらした悲しみと苦しみをリアルな体験として持っていた人たちがいたからこそ、作れた映画だったのだ。

 ラストシーンでは、再びアメリカ兵たちが潜水艦に乗り込み、故郷のアメリカ大陸に帰るところが描かれる。
 すでに、北半球に 「アメリカ」 という国はない。
 あるのは、高層ビルが墓石のように取り残された、無人の大地でしかない。
 それでも、彼らは、「どうせ死ぬなら、最後は故郷で眠りたい」 と、人影の絶えた北米大陸に戻っていく。

「渚にて」003

 映画の中では、オーストラリアの国民歌謡 「ワルチング・マチルダ」 (↓) が効果的に使われる。
 フォークダンスの伴奏曲のような明るく陽気な曲で、映画のテーマ曲でもあり、また人々が野外パーティを楽しむときの合唱歌としても使われる。



 無邪気な明るさを湛えた曲調が、映画のテーマとは合わない。
 しかし、その陽気なメロディが、途中から涙が出そうなくらい悲しく響いてくる。
 同じ曲でも、それを歌なしで演奏すると、レクイエムの響きを持つのだ。

 オーストラリアの港を発ったアメリカの潜水艦は、そのレクイエムに送られて、深海へと潜航を開始する。
 静かな終わり方に、反戦への祈りと、戦争によって失われたあらゆるものへの追悼が込められているように思う。

「渚にて」004

 戦争と、自然災害を一緒に語ることはできない。
 しかし、今回の東日本大震災のことを思うと、それまで気にもとめていなかった 「ありふれた平和な生活」 が、いかにかけがえのない大切なものであったかということが、よく実感できる。

 人間にとって、「核」 というものは、本当に必要なものなのか。
 「核の平和利用」 という美名のもとに、私たちは何かを見過ごしてきたのではなかったか。
 原子力発電抜きには、もう世界の産業構造を維持することはできないという意見は多いが、それは 「絶対的な安全」 が保証される範囲内の議論に過ぎない。

 そのような産業構造そのものが、すべてのエネルギー源が “有限である” という認識を共有しなければならない21世紀的な思想と合致するのかどうか。

 化石燃料を燃やして発電する火力発電が時代の趨勢と合わないのは確かなことだが、原子力発電の基盤となるウラン235もまた同様に、資源としては有限なのだ。データによると、ウランの可採年数も、たかだか100年といわれている。

 原子力発電の絶対的な安全基準が確立される前に、ウランの採掘が困難になることもありうるかもしれない。
 そして、それ以前に、人類の多くが放射能汚染にさらされるような重大事故が起きる可能性は、これで皆無とはいえなくなった。

 映画 『渚にて』 が問いかけたテーマは重い。


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:03 | コメント(6)| トラックバック(0)

アレクサンドリア

 エジプトに 「アレクサンドリア」 という街がある。
 紀元前に、マケドニアのアレクサンダー大王が建設した都市で、古代より地中海貿易の要所として栄えた。

 ローマ帝国に併合されていた時代には、文学、歴史、地理学、数学、天文学、医学などの諸学問の栄える古代北アフリカ最大の文明都市となっていた。

 そのローマ帝国の末期、その街で、ヒュパティアという女性科学者が活躍していた。
 哲学者であり、天文学者でもあった。
 一説によると、この時代において、すでに、後にコペルニクスの唱えた 「地動説」 をイメージできるような感受性を備えた女性であったらしい。

 そんな彼女の生涯をテーマにした映画が公開された。
 タイトルは 『アレクサンドリア』 (原題アゴラ) 。

映画アレクサンドリア

 見たいんだけど、この時期はちょっと無理。
 DVD化されてから見ることになるだろう。

 なんでこの映画が気になったかというと、ここでは彼女が、キリスト教徒の迫害によって無残な最期を遂げる、と紹介されていたからだ。

 昔から、古代ローマ帝国を舞台に選んだ歴史劇は、キリスト教徒が迫害されるシーンをさんざん撮り尽くしてきたが、ここでは逆転されている。
 “開かれた学問” を目指す知的な女性が、逆にキリスト教徒から迫害されるのだ。

 紀元400年代の地中海世界では、すでにローマ帝国によって “国教化” されていたキリスト教による宗教体系・文化体系の書き換えがものすごい勢いで進んでいた。
 キリスト教化された人々は、それまでの古代文明を 「異教的で背徳的な文明である」 という理由で、ことごとく排撃し、それまでの文化施設を破壊し始めていた。

 それまでのローマ帝国の文化というのは、多神教を背景にした “何でもあり” の世界だった。
 いわば 「価値の多元化」 が認められた社会なわけで、科学や天文学、哲学などの隆盛も、価値の多元化を認める人々の自由な精神によって支えられたものだった。

 だが、この時代のキリスト教は、 “神の教える一つの真実” 以外のものを認めなかった。
 極端に原理主義的だったのである。それは、ある意味で 「科学」 を否定するものであり、 「哲学」 を封じ込めるものであった。

 人間が、この世に起こる不可思議な現象に対して、 「なぜ?」 と考えることは、神の創った世界を疑うことである。
 したがって、この世に 「疑問」 や 「懐疑」 はあってはならない。

 だから、 「科学を支える精神は人間の自由にある」 と説く女性学者ヒュパティアの思想は、その時代のキリスト教徒たちから見れば、忌むべき異端の思想だったのだろう。

 この 『アレクサンドリア』 という映画のレビューを読んで、まず思い出したのは、辻邦生の書いた 『背教者ユリアヌス』 という小説である。

 ユリアヌスは、キリスト教国家となったローマ帝国の皇帝でありながら、キリスト教化された宗教・文化体系になじめず、ギリシャ・ローマ時代の宗教を復活させ、キリスト教徒によって破壊された古代の神殿を次々と再建していった人である。
 彼は、価値の多元化を認める古代宗教の精神を尊いものとして、それを認めないキリスト教聖職者の持っていたさまざまな特権を取り上げた。

 当然、当時のキリスト教会の実力者との暗闘が始まる。
 キリスト教徒側からすれば、ユリアヌスは、 「時代に逆行する野蛮な暴君」 であった。
 もちろん、彼の “宗教革命” が成就しなかったのは、キリスト教教義が全ヨーロッパを覆っていったという、その後の歴史が証明するとおりである。

 この小説は感動的であった。
 宗教と哲学、宗教と思想を考えるときの原点となるような物語だと思った。
 映画 『アレクサンドリア』 に注目したのは、テーマが同じだという期待があるからだ。

 ヒュパティアを惨殺し、ユリアヌスの業績を葬り去ったキリスト教的世界は、その後ヨーロッパをどう変えたのか。

 「暗黒時代」 といわれる中世をもたらした。

 この時代、無知であること、貧しいことが美徳とされ、ギリシャ・ローマの古典文学は焼かれるか、捨てられるかして消滅させられ、古代文明の遺跡は 「悪魔の宮殿」 とされて、近づく者すらいなかった。

 しかし、……と思うのだ。

 全ヨーロッパを襲ったキリスト教的な世界観というのは、やはり、それまでの人間が抱いたこともなかったような、まったく新しい認識を人間にもたらしたように思う。

 それは、
 「世の中の真実は、人間の観察力とか認識力を離れたところに存在している」
 という考え方であった。

 つまり、絶対的な神でしか知りえない真実。
 そのような真実の前に、ただただ人間は真摯に向きあうしかないという姿勢を取ることを、キリスト教文明は諭した。

 このような考え方は、人間をどう変えたか。

 「いま目の前に起こっていることには、必ず “裏がある” 」
 と考えるようなクセを人間に強いた。

 「裏」 とは、人間の認識力とか観察力を超えたところに存在する “真実” のことである。

 「人間」 が主体であった古代文明社会において、この世に 「裏に隠された真実」 はなかった。
 卓越した観察者の主観が、 「真実」 の全てだった。

 しかし、 「この世には (神しか知りえないような) 人間には見えない真実がある」 という思考パターンは、ある意味、キリスト教が排斥しようとした 「科学の目」 を、逆に育てることになった。

 ここが面白いところだ。

 われわれは、ともすると 「宗教と科学は対立するものだ」 という先入観を抱きがちだが、近代科学というのは、実は、キリスト教的な思考パターンがもたらしたものともいえるのだ。

 神のつくる世界は無謬である。
 それは、完璧な合理主義に貫かれた世界であり、未熟なまま生まれた無知な人間は、その合理性に到達できない。
 そのような、ヨーロッパ人のキリスト者としての “謙虚さ” が、神の合理性を肯定する気持ちを醸成し、それがやがて、近代合理主義をはぐくむ土壌を形成していく。

 こうして醸成された思考パターンの例は、われわれの日常生活の中に、ごく当たり前のように定着している。
 たとえば、推理ドラマとか、サスペンスとかいわれる娯楽形式。

 “真犯人” は、かならず普通の人間の観察力とか推理力を離れたところに存在している。最初に出てくる、いかにも犯人らしい犯人というのは、実は真犯人ではない。
 普通の人間の努力では到達できないような走査方法とか、推理力を働かした超人でなければ、その 「真犯人」 には到達できない。

 そういう思考パターンというのは、きわめてキリスト教的であり、サスペンスという娯楽形式は、まさに神のドラマなのだ。

 20世紀の心理学に決定的な影響を及ぼしたフロイトの精神分析も、神のドラマだった。
 彼の精神分析学では、人間の心の中には、その人でも到達できない “心の闇”が存在しているとされる。

 それをフロイトは 「無意識」 と呼んだが、このような無意識の世界が見出されたというのも、まさに、 「真実は、人間の認識力とか観察力を超えたところに存在する」 というキリスト教的思考パターンがもたらしたものだといえそうだ。

 これはやはり、多神教的な宗教を持った文明圏からは出てこない発想だ。
 なぜなら、多神教的な世界観では、あらゆる価値が等価であり、どんな “真実” が乱立しようとも、それぞれが尊重されるからだ。

 「合理性」 を求めるという意識は、真実は一つしかないという思考を生むから、多神教文明からは、今われわれが知っているような 「近代合理主義」 は生まれない。
 もちろん、 「近代科学」 も生まれない。

 皮肉なことに、古代アレクサンドリアでキリスト教徒の迫害を受けたヒュパティアの試みは、キリスト教化された後世の人間たちによって完成されたのだ。
 
 ただ、そのようなキリスト教的な合理主義が、人間に幸せをもたらせたかどうか、ということは、また別問題である。

 「真実は一つ」 と説く神の合理性は、確かにヨーロッパ人たちに浸透し、結果的に、それが現代文明の主流を形成するに至ったが、そういう世界に生きているわれわれは、それだけで幸せになれたのか。
 
 「この世には、どのような真実もありうる」
 と考えた方が、生きていく上では楽ではないのか? とも思うのだけれど…。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 15:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

荒野の炎

 「荒野の炎」 という訳が合っているのか、どうか分からない、
 原題は、「Wildfire (ワイルドファイアー) 」 。
 「野生の炎」 というのが、正しいのかもしれない。

マイケル・マーフィージャケ

 1945年生まれのカントリー・シンガー、マイケル・マーフィーの歌った曲で、70年代に全米トップ3位になったという。

 70年代というのは、いちばん洋楽にのめり込んでいた時代なのに、この曲をリアルタイムでは聞いていない。

 だいぶ経ってから、たぶん、ラジオのFMか、FEN で聞いたのだと思う。
 良い曲だと思って、すぐにテープに落とした。



 YOUTUBEで、この曲を拾うまで、てっきり 「焚き火」 の歌かと思っていた。
 歌詞をたどると、 「ワイルドファイアー」 というのは、馬の名前であることが分かった。
 
 吹雪の夜、ワイルドファイアーと名付けた馬が、馬小屋から失踪した。
 飼い主の少女が、その馬の名を呼びつづけながら、荒野をさまよい続けた。
 そして、地上から姿を消した。

 しかし、雪の季節になると、彼女がその馬の背に乗って、イエロー・マウンテンを下って、 “僕” を迎えに来る。

 そんな幻想的な情景を綴った歌だという。

 しかし、この曲はずっと私にとっては、 “焚き火” の歌なのだ。
 人知れぬ山奥で、そっと焚き火に手をかざすときの曲。

 頭上には、星が舞い、地には風が這う。
 そのような、大自然の中で孤絶した人間に、いっときの温かさを与えてくれる焚き火。
 そこに手をかざすとき、いつも耳の中で、マイケル・マーフィーの 『ワイルドファイアー』 が鳴っている。

 イントロのアコースティックギターが、まるで、虚空をくるくると舞う火の粉の回転を思わせる。
 その火の粉が、静かに空に舞い上がり、そのまま星に昇華する。
 
 人の耳に届く “音楽” でありながら、自然の 「沈黙」 を歌っている。
 そんな曲に思えるのだ。

 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 19:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

山口冨士夫の精神

 ちょっとだけ知り合いの人が作っている音楽系ブログを眺めていたら、そこに 「山口冨士夫」 という名前を見出して、懐かしい気分になった。

 ロックギタリストである。
 70年代に、 「村八分」 というバンドで活躍し、その音とパフォーマンスが神話として残った伝説の人だ。

 ▼ 一世を風靡した時代の山口冨士夫
山口冨士夫001

 が、その後…というか、全盛期においても、気分屋で、演奏にムラがあり、しかも、バンド解散後は刑務所暮らし (ドラッグ系犯罪) が多く、そして身体を傷めて闘病暮らし。
 人生の 「- (マイナス) 」 部分をすべて背負って生きてきたような人だった。

 ▼ 村八分
村八分002

 だけど、 「村八分」 の音楽はすごかった。
 ベースとなっているのは、ブルース、R&B、ロックンロールで、しかもそれを極めてオーソドックスなスタイルで演奏する。

 にもかかわらず、それがステージ上のパフォーマンスとなったときは、地獄のカマが開いたような亡者たちの饗宴となる。

 それは、どんな世界か?

 唯一のアルバムといわれる京大西部講堂でのライブを収録したときの曲名を拾ってみる。

 「あっ !!」
 「夢うつつ」
 「鼻からちょうちん」
 「のうみそ半分」
 「水たまり」
 「にげろ」
 「馬の骨」
 「ねたのよい」
 「んッ !!」
 
 こういう曲名を見ただけでも、彼らが何を追っていたかが分かるだろう。

 カッコいい英語とお洒落な日本語が混ざった耳ざわりのよい和製ロック。小粋なフレーズでヒット狙いをする和製ポップス。
 そんなものから、いったいどこまで遠ざかって行けるのか?
 それが、彼らのロックだったように思う。

 だから、村八分の音には、時代のメインストリームを歩むもの総てに向けられた 「嫌悪」 と 「軽蔑」 が感じられたし、 「血」 と 「退廃」 の匂いがした。

 女性器を、びくびくしながら、そぉっと開いてみたら、その奥に広がっていたのは 「暗闇」 ではなく、真っ赤に燃えさかる 「溶鉱炉」 だった、という感じの衝撃。
 そんなものが、心臓を直撃してくる音楽だった。

 「村八分」 の目指したものを、もっと分かりやすい形にしたものがパンクだ。
 彼らから数年遅れて、イギリスではセックスピストルズがデビューした。

 だから、村八分のことを 「パンクの先駆者」 などと表現をする人がいるかもしれない。
 しかし、あの頃の彼らだったら、パンクという “くくられ方” をされること自体に反発しただろう。

 実は、私自身は、そのライブを見たことがない。
 学生時代に、ちょっとバンドを組んでいた男が、そのおっかけをやっていて、そいつから聞かされた話がメインとなっている。

 一度はその伝説のライブを見たいと思っていたけれど、それもかなわぬうちに彼らは解散。
 結局、 “唯一のアルバム” と後にいわれることになる 『村八分 ライブ』 を買って、それをターンテーブルに載せて聞くしかなかった。

 やがて、レコードプレイヤーも家から消えて、彼らの音も身辺から遠ざかった。

村八分ライブジャケ

 そんな状態が、もう30年以上続いたのかな。
 だから、その音楽系ブログを読むまで、 「山口冨士夫」 という名前も忘れていたし、 「村八分」 というバンドの音も忘れていた。

 しかし、その音楽ブログを開き、そこに 「山口冨士夫」 の名を見出したとき、
 「ああ、生きてたのか」
 って感じのため息が漏れた。
 彼の公式ブログへのリンクが張ってあったので、さっそく飛んでみた。

 「復活ライブ」
 そんな見出しが踊っていた。
 長い闘病生活から抜け出し、最近また音楽活動を再開したらしい。

 1949年生まれというから、いま61歳。
 最近の写真を見て、深く刻まれたシワに、一種の凄みを感じた。

 「これがロッカーの顔だ」
 そう思った。

山口冨士夫002

 YOUTUBE経由で張られたライブを見て、さらに凄みを感じた。

 「これがロックだ」
 そう思った。

 ちょっと、往年のルー・リードを思わせる、気怠い立ち居振る舞い。
 出す音も、昔のパワーみなぎる音ではない。
 しかし、ロックというのは、
 「音楽形式のことではなく、生き方だ」
 という主張が伝わるような演奏だ。

 いい意味で、へろへろ。
 いい加減。
 だけど、なんか怖い。

 表面は、ミズスマシが浮いているような涼しげな池なんだけど、ちょっと足を踏み入れると、ドロドロした藻が足に絡みつき、奥へ奥へと引っぱられる感覚。

 そんな音だ。

 ▼ いきなりサンシャイン


 山口冨士夫のギターからは、まさにロックを感じる。
 言葉でそれを伝えるのは難しいけれど、自分が 「感覚として知っているロック」 というのは、こういうものだ。

 つまり、永遠に 「未完の音楽」 。
 完成形を目指すために演奏するんだけれど、演奏し終わった時点で、完成形がさらに先延ばしになっちゃう音楽。
 追いついたとたんに遠のいていく “陽炎 (かげろう) ” のような音楽。
 ロックってのは、そんなもんだと思う。

 だから、その “陽炎” を生涯追い続けてきた人間には、凄みが出るのだ。
 彼の人生は、死ぬまで完結しないわけだから。

 で、山口冨士夫のブログには、最近の記事として、こんなことが書かれていた。
 タイガーマスクの主人公 “伊達直人” の名で、児童養護施設にランドセルを寄付した人のニュースに触れたものだ。

 …………………………………………………………………

 この所のタイガーマスク (伊達直人さん) のように、生きたいなあ……。
 俺も、60年以上前の第二次大戦の、犠牲者なのです。 (※引用者註、彼には黒人の血が混じっており、孤児院で育った)
 差別され、馬鹿にされて、辱めばかりの小学生だったんだ。
 小学校2年の時には、ナイフまで突きつけられたんだよー。
 今ではハーフとか言われてもてはやされてるが、当時は、ヤバかったなあ……。
 何しろ敵の子。
 いじめな~んてものではなかったんだ。
 殴られ、ユメを奪われて、差別もすごかった。
 俺たちが入ってゆくだけで、ラーメン屋の客が、まるでゴミを見るみたいに、黙って皆なが、出てゆく……。
 そんな世の中だったんだ。
 ブルースだなあ。
 学校では、ボロ服着てさ、ランドセルも、ぼろぼろ。
 だから毎日ないていたんだ。
 だから、ロックンロールによけいハマッていったんだ。
 今の子たちも、事情はちがっても、にたようなものだろうな。
 皆んなが大変な思いをしていることは、とても、辛いな。
 そこに、タイガーマスクが、あらわれた。
 すごいよー! だから、昔からのみんな出ておいでよー! 感謝しようよ。
 最近のヒドイニュースの中で、もし、これが、本当なら、すごいことだと思ってます。
 堂々と生きようよなあ。タイガーマスク有難う。

 …………………………………………………………………

 ところが、このランドセル寄付騒動は、一部のメディアからは批判や揶揄にさらされている。

 「昭和の感性を脱しきれない、時代錯誤的な偽善」
 とか。

 でも、そういうことを言ってるヤツらの方が、よっぽどアタマの中が “昭和” しているよ。

 どうして、メディアの中枢で発言する人たちは、ちょっと斜 (はす) に構えた見方をカッコいいと思ってしまうのだろう。
 そんな斜めに構えたスタンスは、偏差値秀才が、 「庶民にモノの見方を教えてやろうか」 と、その “優秀なアタマ” で思いついただけのこと。
 ボロボロのランドセルしか持たされず、差別され続けてきた山口冨士夫の心境などには思い至らない。

 だけど、本物の 「血」 と 「退廃」 を知っている山口冨士夫は、タイガーマスクにストレートな賛辞を送る。

 遊戯的な語り口で社会を斜めに見るインテリたちには、その彼の凄さが分からない。

 山口冨士夫、そのうちライブに行くからな。

 ▼ 伝説の 「村八分」 時代の演奏 『水たまり』
   こういうオーソドックスなミディアムテンポのブルースもカッコいい。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:11 | コメント(6)| トラックバック(0)

映画アバター

 一週間ぐらい前だったかな…。
 どのくらい経ったか忘れちゃったけれど、3Dで話題になった映画 『アバター』 をテレビで見た。

 ものすごく魅せられている自分と、失望していく自分に引き裂かれていた。

映画アバター001
 
 結局、語るべき言葉も浮かばなかったので、そのときはブログの記事にまとめる気にもならなかったけれど、この映画を受け入れるか否かで、その人の感性が 「時代に合っているか、いないか」 が試されそうな気がしている。

 で、今の気分をいうと、 「時代の感性に合っていない自分」 の方を選ぶ方向に傾いている。

 判断留保のニュアンスを残しているのは、これを3Dで観ていないからだ。
 
 3D…。
 あいかわらず、私はこれを 「サンデー」 と発音してしまうので、いつもカミさんにバカにされるのだけれど、 「スリーディー」 とかいうと、舌を咬みそうなので、まぁ 「サンデー」 で通しているんだけど、…で、サンデーで観ても、あまり印象は変わらないんではないか、という気がしている。

 「魅せられた自分」 というのも、確かにあった。

 特に、 「うまく計算されているなぁ!」 と感心したのは、ポスターなんかでは気持ち悪い印象しか持ち得ないパンドラの住人の顔が、見ているうちに、みるみるチャーミングになっていくところ。
 最後なんかは、すっかり感情移入して、涙が出そうなくらい応援しちゃったりしたわけ。

 そういった意味で、最近のハリウッド映画は、観客の 「視覚の慣れ」 みたいなものまで巧妙に計算しているな、と思った

 パンドラの風物もみな映像的には美しく、映画的リアリズムよりも、ゲーム的リアリズムのようなものに貫かれていて、それが 「アート」 になっていると感じた。

 しかし、 「じゃ、その映像は新しかったのかい?」 と問うと、まったく NO。
 どこを観ても、既視覚感 (デジャブ感?) でいっぱい。

 どの映像を切りとってみても、古典絵画から近代美術、現代アートでさんざん見尽くした世界ばかり。

 結局、この映画は、その映像表現に 「ワンダー!」 を感じなければ、意味のない作品であると思った。
 だって、ストーリーは、これまでも何度も描かれたきた 「白人帝国主義」 と 「土着原住民」 の争いをテーマにしたもので、侵略するものを告訴する勧善懲悪ドラマに過ぎないわけだから。

 これと、つい対比したくなってしまうのが、リドリー・スコットのつくった 『エイリアン (Ⅰ) 』 である。

エイリアン002

 あそこに出てくる 「人間にとって未知なる生物」 には、心がない。意志もない。
 映像的には “恐怖の大魔王” として登場するけれど、実は、 “彼” は暴力をむさぶる快楽も知らない。

 つまり、それと対峙する人間にとって、彼の 「生きる意志」 というものが何に由来するのか分からない存在として登場する。

 「きっとあの生物も本能に従って生きているのだろう」
 などと思うのは、人間の勝手な想像にすぎない。

 そういうのが、私にとって 「ワンダー!」 なんである。

 「未知との遭遇」 とは、そういうことであって、人間の 「存在理由」 とか、人間の 「倫理」 とか、 「愛」 とか、そんなものを “もの凄い風圧” でなぎ払ってしまうモノと出遭うことである。

 『アバター』 と 『エイリアン (Ⅰ) 』 では、どっちが映画の醍醐味を教えてくれるかというと、もう圧倒的に 『エイリアン』 の方に (あくまでも個人の趣味だけど) 軍配が上がる。

 最近のハリウッドSF映画は、 「視覚のワンダー!」 を過剰に追求する方向に舵を切った。
 それはそれで、意味のあることかもしれないけれど、肝心の 「視覚のワンダー!」 が通じない人には何を訴えるのだろう。

 「アバターの美学が分からない人は時代に取り残された人」 と言われるとしたら、それでもけっこう。
 
 映画というのは、 「言葉で表現できないもの」 を語るもんだと思うし、パンフレットの解説とか、映画評論とか、ネット上の言論で言い尽くされないものを突きつけるもんだと思う。

 私はそういう映画が好き。
 ちなみに、 『エイリアン』 に登場するあの異星の生物がいったい何なのか。
 それを 「比喩」 とか 「象徴的言語」 などを使わずに語れる人っている?

 私は語れない。
 だから、一生気になってしまう映画になっている。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 20:07 | コメント(0)| トラックバック(0)

ベルイマン・沈黙

 正月の “お気楽テレビ番組” にも飽きて、買いだめていたDVDをパソコンに読み込んで観ていた。
 そのなかの一つ、スウェーデンのイングマール・ベルイマン監督が撮った 『沈黙』 (The Silence)に接して、驚いた。
 今から40年ほど前に作られた作品なのに、最近の映画にない 「難解さ」 があって、それがすごく新鮮だった。

 「分かりやすいこと」 を一義的に追求してきた最近のドラマにはない、ある種の “生々しさ” といったらいいのだろうか。
 「監督が用意できるのはここまで。後は勝手に考えてくれ」 という “素っ気なさ” といえばいいのだろうか。
 その 「優しくない」 ところが、この映画の美しさにつながっている。

 日本で公開されたのは1964年。
 この時代には、まだこのように、ひたすら神経を研ぎ澄ませて映像の可能性を追求していた監督がいたのだ。

▼ 『沈黙』 が日本公開されたとき、ポスターに採用されたカット
沈黙048

 Wikiを引用すると、次のような映画ということになる。

 「翻訳家で独身の姉とその妹、妹の幼い息子の3人が列車の旅の途上にある。
 病気を抱える姉の体調を考慮して、一行は途中下車し、見知らぬ土地のホテルに逗留することになる。

 冷戦下の共産圏を思わせるその地では、言葉も充分に通じない。
 ホテルで過ごす時間の中で、姉妹がずっと触れることを避けてきた葛藤が、次第にあらわになっていく。

 閉ざされた空間、限られた登場人物、削ぎ落とされたセリフによって、ドラマは進行。
 カフカ的ともフロイト的とも称される思わせぶりな象徴表現も含めて、難解な作品との評がつきまとう。
 ポルノグラフィ以外で、初めて女性のオナニーを映像化した作品としても知られる。日本初公開時には成人映画に指定された」

 一部表現を変えたが、この映画を適切に紹介した文だと思う。

 しかし、このような筋立てが、最初から分かりやすく観客に提示されるわけではない。
 「削ぎ落とされたセリフ」 …と表現されるとおり、上記のようなあらすじを観客が理解するためには、かなりの推理力と想像力が要求される。

 ▼ 常に妹に干渉しようとする姉のエステル (イングリッド・テューリン 左) 。姉に反発して敵意を燃やす妹のアンナ (ヨルゲン・リンドストレム 右) 。二人の心理的格闘を軸にストーリーが進行していく。
沈黙025  

 観て感じたことは、ヨーロッパの 「光」 の無慈悲さと、 「闇」 の深さだった。
 
 実際に、光と影のコントラストを強調したモノクロ映像は対象の明暗をはっきりと際立たせる。
 しかし、そこで描き分けられる 「光と闇」 は、文字どおり人間の 「弱さ」 を光のなかに浮かび上がらせ、人間の 「酷薄さ」 を闇のなかで開花させる。

 その光と影が拮抗する世界で、西欧の人間たちが、何を見て、何を悩み、何を求めているのか。
 そんなことが、観客の意識の底まで碇 (いかり) のように沈み込んでくる映画なのだ。

▼ 二人の女と少年は、言葉も通じない見知らぬ街のホテルに泊まる
沈黙027

 公開当時 「難解」 という言葉がよくレビューに使われたが、こうして改めて観てみると、決して難解ではない。
 ある意味、分かりやすい。
 これは、キリスト教が個人の精神世界を侵食した風土に生きる人たちの葛藤のドラマである。
 その一言で、たぶんこの映画が抱え込んだテーマはすべて解説できる。

 主な登場人物は、3人だが、その3人にすべて “役割” が振られている。
 翻訳家でインテリの姉は、象徴的な表現を使えば、 「キリスト教の教義」 に殉じようとする “司祭” である。
 彼女の心を支えているのは、知性であり、倫理であり、愛である。

沈黙031

 その姉の干渉を嫌い、自由奔放に性欲を満たそうとする妹は、 “悪魔の誘惑” に負けた愚衆である。
 妹が背負わされた役割は、神に救われるべき “哀れな” 人間である。

 そう書いてしまうと、キリスト教の教義を図式化した作品のように思われるだろうが、ところがドッコイ、映画はそっちの方向には収斂していかない。

 「愛」 を説き、 「知性」 と 「倫理」 を他者に強要する姉のエステルは、一方では、不安定な状態にさらされている自分を紛らわすかのように、酒とタバコに溺れ、人の見ていないところでオナニーに耽る。
 彼女は、見知らぬ男と奔放にセックスを楽しむ 「妹」 のことを軽蔑し、嫉妬しながらも、独りで死んでいくことの怖さに耐えられず、心身ともに 「妹」 に依存することで生きながらえようとする。
 
 それを知りながら、妹のアンナは、病に苦しむ姉をホテルに置き去りにして、アバンチュールを求めて街をさすらい、カフェのウェイターを誘惑してセックスを享受する。
 しかし、そのアンナもまた、ひりひりするような孤独地獄にさいなまされている。

沈黙046

 彼女にとっての 「姉」 は、うわべだけの倫理と言葉だけの愛を訴える偽善者であり、自分の精神の均衡を保つためには平気で他者を抑圧するエゴイストでしかないのだが、妹のアンナには、その 「姉」 のように自分を支えるものがない。
 「知性」 と 「倫理」 を失ったアンナの物憂く、けだるい寂しさは、情事のさなかにおいても、紛らわすことができない。

 ▼ 病の苦しさをホテルのマネージャーに訴える姉
沈黙054

 ▼ アバンチュールを求めて街をさすらう妹
沈黙024

 姉と妹は、ともに人間が背負う受苦をたっぷり味わいながら、救われるすべを見失っていることでは同じ境遇にいる。

 はたして、この “哀れな二人” を神は救うことができるのか。

 救えない。
 …というか、神は沈黙を保ったままである。

 それがこの映画のテーマだ。
 だから、公開当時、この映画は 「神の沈黙」 を語る作品だとよく言われた。
 たぶん、キリスト教文化圏に生きる観客は、ストレートにそう解釈するのだろう。

 しかし、私のような非キリスト教文化圏に生きる人間は、そういう図式的な解釈に収まりきれない部分に注目してしまう。


 「神」 という言葉は、日本人にはどこか遠い響きがある。
 「神」 という言語をどう受け止めればいいのか、普通に生きている日本人には、その言葉を “格納” する場所が 「知性」 の中にも、 「感性」 の中にもない。

 ただ、この映画で問われる 「神」 が、 「人間の思考と感覚では理解できない世界」 を意味しているということぐらいは分かる。
 長い歴史過程を通じて 「神」 と向き合ってきたヨーロッパ人においても、神を思うことは (その存在を信じるにせよ、それを否定するにせよ) 、それは 「人間の思考と感覚では理解できない世界に触れる契機」 であったはずだ。 

 もちろん、 「この世には人間に理解できない世界がある」 という思いは、どんな民族にもある。
 それは “宗教” が生まれる前の感覚として、どんな民族も経験的に持っているはずのものだ。
 
 しかし、キリスト教の神だけは、人間の 「理解」 を最初から拒絶した 「沈黙の神」 として、人の前に立ち現れる。
 それを信じるも信じないも、すべて人間側に与えられた課題であり、肯定するも否定するも、人間が背負わなければならない課題だ。

 つまり、それは 「答のない問い」 なのだ。

 私は、そのことを重要と考える。

 「答のない問い」 に直面するとき、人は 「畏れ(おそれ)」 を持つ。
 それは 「神」 への “畏れ” というものとは少し違う。
 むしろ 「人の始原を問うことへの畏れ」 、 「自分が存在することの不思議さに対する畏れ」 ともいうべきもので、いわば 「生きることの不安」 にストレートにつながる感覚だ。

 そこで、この映画に登場する3番目の登場人物が大きくクローズアップされてくる。
 妹アンナの子供として登場してくる少年だ。

 ▼ 少年の目が “子供の目” でないことが強く印象に残る
沈黙034

 女二人が感じる 「人間の受苦」 を、この少年は 「言葉」 として理解できない。
 彼にとって、姉と妹 (叔母と母) が葛藤を繰り広げる背景などを理解する力はない。

 しかし、彼はすべてを見る。

沈黙012

 「散歩に出る」 とウソをついて、街で出会った男をホテルに引きずり込み、廊下でキスをするシーンもすべて目撃してしまう。
 彼には、母が見知らぬ男とキスを交わすことの意味が理解できなくても、 「自分が母に捨てられた子供である」 という寂しさだけは、しっかり感じ取れる。

 そして、優しい言葉で 「生きることの楽しさ」 を説く叔母の心の中に広がる空洞も、直感的に見抜く。

 映画を観ていると、この少年こそ、 「沈黙を守る神」 ではないかと思えるときがある。

 彼は、人間の葛藤を理解する力も持たず、人を助ける力も持たない弱々しい少年に過ぎない。
 だからこそ、 「見る」 ことにおいては、非情である。
 容赦仮借なく人を見る。
 だが、見たものに 「意味 (解釈) 」 を与える力はない。

 もしかしたら、それが 「キリストの視線」 というものではないのだろうか。

 ▼ 少年は、ただ 「見る者」 として存在する
沈黙011

 映画は、姉が少年に渡した短いメモ書きの言葉を、少年が復唱するところで終わる。
 それは、3人が途中下車して泊まった異国の言葉を教えるメモである。
 
 言葉の音は 「シジュク」 。宿泊した異国の地で、 「精神」 を意味する言葉だという。

 「精神」 という言葉を少年に託した姉の意図は分からない。
 だが、その言語には、観客を震え上がらせる響きがある。
 そこに、 「人間には触れ得ない世界」 が暗示されているからだ。
 最後に唐突に出てくる 「精神」 という言葉には、 「畏れを知る心」 というイメージが託されているように思えるのだ。


 では、 「人間には触れ得ない世界」 とは何か?
 何を隠そう、それはこの私たちが生きている 「現実世界」 にほかならない。
 
 「現実」 とは、 「理屈」 とか 「理論」 といった思弁的な世界とは無縁の、ただザラザラした手触りだけが生々しく横たわる世界といっていい。

 人は、 「現実」 を探ることはできない。

 私たちが理解できる 「現実」 とは、すでに整理された 「過去」 か、 「予想」 の範囲を逸脱することのない 「未来」 のどちらかでしかなく、現在起こっている 「現実」 に対しては、人は常に 「知る」 ことから取り残されるようになっている。
 人の目の前で生起する現実は、常にカオス (混沌) にすぎないからだ。
 それは 「手触り」 としてしか感じることしかできないものなのだ。

 この圧倒的な 「現実」 の手触りだけが、ベルイマンの世界を支えている。
 映画に登場する少年は、この 「現実の手触り」 を観客に伝えるために設定された人間であるかもしれない。

沈黙010

 異国のホテルで、退屈な時間を持てあましている少年は、おもちゃのピストルを片手に、ホテル内の探索を始める。
 そして、迷宮のようなホテルの廊下をさまよいながら、次々と不思議な光景に接する。

沈黙009

 そこで見るすべての光景は、少年にとってカオスである。
 彼には、言葉の通じない旅人に親切にふるまうホテルのマネージャーですら、得体のしれない “不思議の国” の住人にすぎない。

沈黙022

 独りで粗末な食事をとるマネージャーの姿を見て、大人だったら、彼の抱える 「やるせない孤独」 を感じ取ることだろう。しかし、少年の目に映るマネージャーの姿は、何かのまじないに興じる呪術師であったかもしれない。

沈黙016

 彼は、同じホテルに投宿している 「小人の旅芸人の一座」 の部屋に紛れ込むのだが、そこでは、この世の者とは異なる人々が住む異世界が口を開けている。
 だが、それはメルヘンでもファンタジーでもなく、少年にとっては、カオスに満ちあふれた 「現実」 そのものの姿だ。


 「この世のどこかに、人間に知りえぬ世界が口を開けている」

 そのような恐ろしさを象徴的に描いたのが、夜の街に突然現れる戦車のシーンだ。

沈黙035

 人が寝静まった深夜。
 ゆくえをくらました妹の影を探すように、姉がホテルの部屋から無人の街路を見下ろしていると、突然、1台の戦車がゆっくりと現れ、静かなうなりをとどろかせながら窓の下を去っていく。

沈黙038

 冷戦下の東ヨーロッパ諸国においては、夜のパトロールに軍隊の戦車が使われたのは珍しくないと聞くが、この悪夢のような戦車の登場は、観客の心に拭いきれない 「不安」 を刻印する。

沈黙041
 
 その 「不安」 こそ、 「人間が知りえぬ世界」 を見た者だけが味わう根源的な不安にほかならない。

 だが、(繰り返しになるが) 「知りえぬ世界」 は、パワースポットのような “神域” にあるのではない。
 日常的に去来する現実世界にこそ、 「知りえぬ世界」 が横たわっている。
 
 そのことを、少年の目を通して描いたのが、ほかならぬこの映画。

沈黙014

 この映画が難解なのは、 「象徴的」 だからでもなく、 「芸術的」 だからでもなく、 「精神分析的」 だからでもなく、まさに 「現実」 を描いたからだ。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 21:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

ロビン・フッド

 リドリー・スコット監督の 『 ロビン・フッド (ROBIN HOOD) 』
 良かったなぁ! 
 堪能したし、感動したし、涙も出た。

ロビン・フッド001

 でも、リドリー・スコットは、結局 『ブレードランナー』 を超える映画を、もう創れないんだな…ということも分かった。

 それでもいい。
 この路線のリドリー・スコットも支持するし、応援するし、共感する。

 ここでメガフォンを採る彼は、もう特異な美意識を持ったアクの強い “芸術家” でもなければ、人間存在を根源から問うような “哲学者” でもない。
 代わりに、大衆娯楽としての映画を、極めて洗練されたテクニックで磨き上げた “職人” がそこにいた。

 この映画は、黄金期の 「ハリウッド史劇」 に対する彼のオマージュであるかとも思う。

 スペクタクルな戦闘シーン、ハッピーな結末を迎える恋愛、庶民を苦しめる国王や悪代官、冷酷非道の裏切り者、主人公を助ける陽気な男たち。

 そういったハリウッド史劇の構成要素をふんだんに使って、映画が 「大衆の娯楽」 として君臨していた時代の華やかさを再現して見せたのが、この 『ロビン・フッド』 だ。

ロビン・フッド002
 
 だから、安心して観ていられる。
 とにかく観客が、監督の意図を図りかねて、戸惑うということがない。
 
 悪いヤツは最初から悪役顔で出てくるし、主人公のことを最初は侮蔑していたヒロインが、やがて愛に目覚めるというベタな心理プロセスを忠実にたどっちゃうし、何から何まで娯楽映画の “お約束ごと” で貫かれた構成なんだけど、それを承知で堂々と押し切ってしまったところに、リドリー・スコットの円熟味を感じる。 

ロビン・フッド003

 もちろん凝り性のリドリー・スコットだけあって、ディテールの作り込みはハンパじゃない。
 城攻めのシーンに使われる古風な城も、ケルト的なデザインを盛り込んだ北イングランドの村も、すべて丹念に仕上げられたセット。

 彼の歴史劇では、そのようなセットを組んだとき、どこか “アート” を意識したエキゾチックな映像美が追求されるのだけれど、今回は、驚くほど写実重視。
 神経のつかい方が、絵画的表現にこだわるよりも、リアリティの追求に向かった感じだ。

 だから、 『ブレードランナー』 の陰鬱な未来都市や 『エイリアン』 のグロテスクな宇宙船、 『ブラックレイン』 のシュールな大阪の街、 『グラディエーター』 の背徳的なコロッセウム、 『キングダム・オブ・ヘブン』 のエキゾチックなエルサレムといった映像美にこだわるデザイン造形は影をひそめる。
 代わりに、観客をそのまま中世の時代に誘い入れてしまったような、 “歴史の手触り” が獲得されている。

 ロビン・フッドを主人公にした映画は、今までも数多くつくられてきたが、今回の主人公設定は、いわば異色。
 映画が終わるまぎわになって、ようやく 「ロビン・フッド」 が誕生する。
 つまり、伝説のヒーローは、どういう経緯で生まれてきたかを語る物語で、いわば “ロビン・フッド前史” 。

 だから、シャーウッドの森に仲間とともに住み、悪代官と戦う 「義賊」 という昔ながらのイメージを抱いていると裏切られる。
 それをもって、 「こういう筋書きなら、別にロビン・フッドを主人公にする必要もないんじゃないの?」 と思う人が出てくるのも予想できる。

 でも、私にとっては、きわめてオーソドキシーなロビン・フッド物語に思えた。
 どっちみち、伝説上の人物なんだしさ。
 ショーン・コネリー主演の 『ロビンとマリアン』 みたいな、よぼよぼジジイのロビン映画だって成り立っているわけだから。
 これはこれで、ひとつのロビン像を確立したのではないかしら。

ロビン・フッド004

 上映時間は2時間20分。
 それでも時間が足りないと思った。
 続編が観たくなる、娯楽映画の金字塔。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

正義の話をしよう

 マイケル・サンデル氏の著作 『これから 「正義」 の話をしよう』 が今年の下半期はかなり話題になった。
 私は読んでいない。
 食わず嫌いかもしれないけれど、 『正義の話…』 っていうタイトルだけを見て、ちょっと腰が引けそうに思えたからだ。

 ところが、この講義内容がテレビ (ハーバード白熱教室) で放映されたのをきっかけに、巷のちょっとしたブームになったようである。

マイケル・サンデル「ハーバード白熱教室」表紙

 で、うちのカミさんが、最近しきりと、このマイケル・サンデル氏のことを話題にする。
 そういう “知的な感触を持つもの (?) ” に対して、さほどの関心を示さない人だと思っていたが、なんかの主婦同士の会合があったときに、マイケル・サンデル氏のテレビ放映がひとしきり話題になって、 「あれって面白いよね」 という感想が飛び交ったのだとか。

 驚いたよな。
 日頃、 「韓流ドラマのスターでは誰が好き?」 ってな会話を交わしていた人たちだと思っていたからさ。

 やっぱりテレビの影響というものは大きい。
 私もチラッと見たことがあるけれど、日本の学生たちを集めて、互いにディベートをさせながら、 「さぁ、みんなで考えよう」 的な講義をしていたような気がする。

 講義の内容も、今までのアカデミックな授業のテーマとはおよそかけ離れたものだった。
 「マリナーズのイチローの高額な年俸は道徳的にフェアか」
 とか、
 「過去の世代が犯した過ちの責任を、今の世代が負うべきか」
 といったような、身近な疑問をとっかかりにして、結論を出すことよりも、講習者に考える機会を与えることの方に主眼を置いているように思えた。

 同氏の著作 『これから 「正義」 の話をしよう』 という本がベストセラーになったのも、たぶんに、そういう新しい 「知の在り方」 の提示がインパクトを与えたからかもしれない。

これから正義の話をしよう表紙

 で、マイケルさんって、どういう哲学者なの?
 …という興味で、Wikiなどを開いてみたら、 「フランクフルト学派」 「コミュニタアリズム」 「ベンサム」 「カント」 「ロールス」 とか、極めて難しい政治哲学の潮流や哲学者たちとの関連において位置づけられる人らしい。

 しかし、マイケル氏のテレビゼミを楽しみにしていた人たちや、その著作を買った人たちというのは、学術的な関心があったからではあるまい。
 
 ベストセラーというのは、今まで本など買ったことがない人が買うことによって、はじめて実現するものである…という話はよく聞くが、たぶん、この本がベストセラーになったのも、教養主義を自認する従来の知的エリートではない人たちを巻き込んだからだろう。

 この本と同じように、やはり “難しい” といわれた西欧の哲学者ニーチェの本も、今年は売れた。
 『超訳ニーチェの言葉』 (白取春彦・編訳) という本のことだが、これは難解だといわれるニーチェの哲学を、ものすごく簡単な言葉に訳して読みやすくしたものらしい。
 で、これが、比較的若い世代に売れたという。

 こっちは賛否両論で、昔からのニーチェ哲学に親しんできた人たちからすると、 「ニーチェが言ってもいないようなことを勝手にでっち上げたトンデモ本で、ニーチェを冒涜するもの」 と厳しく批判する人もいる。
 しかし、これもニーチェという人名すら知らない若い世代の好奇心をくすぐったらしく、ベストセラーになった。

 何かが変わってきたのかもしれない。

 すでに、いろいろなところから指摘されていることだが、こういう書籍に対する一般人の関心が高まったのは、今の時代に対して、誰もが、どういう立ち位置を保つかということを真剣に考えざるを得なくなったからだという。

 経済は、不況から脱出できない時代が長く続いている。
 今までは 「不況 → 好況 → 不況 → 好況」 というように、経済には景気循環があると信じられてきたが、最近は、人口問題とか、雇用形態の変化といったような、不況を構造的に捉える認識が浸透し、 「どうやらこのまま待っていてもダメみたいよ」 という感想を抱く人たちが増えてきた。

 その解決手段を政治に求めても、今の政権与党はそれを解決する能力を持たないようだし、それに、 「どこの政党が担当しても、事態はそんなに変わらんだろう」 という諦念も蔓延している。

 本来ならば、国民の生活をどう守るかというテーマに関しては、時のメディアが 「政治や経済の弱点」 を突いて、時代の進むべき道を説かなければならないはずなのに、メディアもまったく機能していない。

 経済評論家が口々に、 「ああした方がいい、こうした方がいい」 と提案しても、その予見はことごとく外れてしまうし、政治家たちの訴える政策論はブレブレで、一貫した方針が打ち出されたためしがない。

 だから、
 日本はどうなっていくのよ?
 世界はどう変化していくのよ?
 自分たちの生活はどう守ればいいのよ?
 正義って、何なのよ?
 人間って、何なのよ?

 …みたいな疑問に、誰もが、自分自身で解答を見つけなければならなくなったのではなかろうか。

 自分たちが、現在どこに立っているのかを教えてくれる 「羅針盤」 とか 「座標軸」 みたいなもの。
 それを、誰もが自分の内に抱え込むしかないという気持ちの高まりが、今の 「知的ブーム」 のようなものを支えているんではないか、という気がしている。

 今まで、その 「羅針盤」 の役目をしていたのは、自己啓発本やノウハウ本だった。
 そこには、社会で成功を収めるための方法がたくさん提示されており、まさに、競争社会の海を漕ぎ行くための 「羅針盤機能」 を果たしていた。
 
 ところが、ここ4~5年ブームとなっていたそのような書籍が、一時の勢いを失ったという。

 「人を押しのけても自分の成功をつかもう」 という自己啓発本のスタイルは、アメリカ流の市場原理主義的な考えを背景にしている。
 だが、誰もが競争の 「勝者」 になれるわけではない。
 一握りの 「勝者」 の影には、それに倍する 「敗者」 が存在することになる。

 現在の新しい知的ブームというのは、そのような 「勝ち負けの理論」 とは違うところで、人の立ち位置を模索しようという気運から生まれてきたように感じる。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

空気人形

 2009年に公開された、是枝裕和監督の 『空気人形』 。
 テレビの深夜放送で流れていたので、やっと観ることができた。

空気人形009
 
 「空気人形」 、すなわちラブドール。

 なにしろ、自分には変態的なところがあって、この 「ラブドール (高規格型ダッチワイフ) 」 というものに、昔からちょっと関心があるのだ。
 もちろん買ったことはない (高い! そしてカミさんに誤解される) 。
 カタログを取り寄せたこともない。
 でも、ときどきネットで、そういう商品を開発している会社のHPを無心に眺めたりすることがある。

 でも、エロスを求める…ってのと、ちょっと違うんだなぁ。
 “物” と交信することへのアブナイ期待 ?? つぅか…。
 相手はただの無機質な 「玩具」 なんだけど、話しかけているうちに、自分の脳内に 「交信回路」 が生まれて、玩具との 「会話」 が始まるんじゃないかという妄想。
 そういう妄想の誘惑に勝てないことがあるのだ。

 だから 『空気人形』 という映画には、以前から興味があった。

空気人形003

 で、観ていて、
 「あ、これは俺の思い描いていたとおりの映画だな」
 と思った。
 なにしろ、人形が 「心」 を獲得して、人間に語りかけてくるのだから。

 言ってしまえば、メルヘン。

 メルヘンというのは、
 「人形が意識を持つことの科学的な根拠が乏しい」
 …なんていう突っこみを無用とするジャンルだから、観客はノーテンキに画面の流れに身を任せていればいいのだけれど、創る方は大変だ。
 手を抜くと、 「荒唐無稽じゃねぇか」 とか突っ込まれるからね。
 突っ込まれないメルヘンに仕立てるには、やっぱり創り手に 「美意識」 が必要とされる。
 この映画は、そこでまず成功している。

 あらすじをひと言でいうと、中年独身男の性欲の “はけ口” として買われたダッチワイフ (空気人形) が、あるとき 「意識」 と 「運動能力」 を獲得し、持ち主が仕事に出ている昼間に勝手に家を飛び出し、いろいろな人に会うという話。

 そして、出会う人たちの 「心」 に触れるうちに、体の中には空気しか入っていない人形にも、 「心」 というものが形を取り始める。

 すでに幾多の苦渋を経験している人間たちの 「心」 は、幾重にもガードがかけられ、屈折している。
 しかし、生まれたばっかりの人形の 「心」 は、屈折を知らない。
 彼女には、人間たちの 「心」 の奥深いところに隠された悲嘆も、悔恨も、憎悪も見えない。

 彼女は、出会う人たちに、みな無垢な自分の姿を投影する。
 出会う光景にも、新鮮な驚きを感じる。
 太陽はどこまでも暖かく、優しい。
 道ばたの花は、限りなく美しく、愛らしい。

空気人形004ぺ・ドゥナ 
 ▲ 空気人形のぎこちなさと愛らしさを見事に演じたぺ・ドゥナ

 そんな真っ白な人形の 「心」 に、あるとき、インクのシミが一滴だけこぼれ落ちる。
 ある青年に恋心を抱くことによって、彼女の 「心」 に、はじめて痛みが走ったのだ。
 
 彼女が好きになった青年には、かつて愛した人間の女性がいるらしい。
 「まだ、その人のことが好きなのだろうか?」
 「自分はやっぱり代用品 (ダッチワイフ) なのだろうか?」
 「あの人は、私の正体を知ったら逃げ出すだろうか?」

 人形は 「痛み」 を知ることによって、 “痛みを痛みとして受け取る” 「心」 の存在を意識するようになる。

 ま、そこで、その人形が接する人たちのサブドラマが展開されるわけだけど、みんな何かしらの屈折した心情を抱えているんだよね。
 それは、 「人生相談」 以前の取るに足らない悩みだったり、煩悩だったりするんだけど、その人たちにしてみれば、その “取るに足らない悩み” が、けっこう 「やるせない人生」 としてのしかかっているわけ。
 純度100パーセントのイノセンスに輝いていた人形の 「心」 にも、次第に、人間というものが抱え込んでしまう 「やるせない人生」 がひたひたと足元を浸していく。

 そして、人形は、「心」 を持つことは、 「孤独」 を知ることだということを、理解するようになる。

 「私は、 その 『孤独』 を理解してくれる伴侶を持つことが出来るのだろうか……」
 後半は、そういうドラマなんだね。

 で、そのいちばんの伴侶であった恋人の青年を、彼女はなくしてしまう。
 なんで、なくしたのか…ということは、この映画のカギだから、ここでは書かない。

空気人形005
▲ 空気が抜けてしまうと、ただのビニールの塊り

 薄幸の人形は、最後に、自ら 「燃えないゴミ」 になることを選ぶ瞬間、まるで 『マッチ売りの少女』 のような夢を見る。
 自分に関わったすべての人たちが、 「ハッピーバースデー」 の歌を唄いながら、人形の最初の誕生日を祝ってくれるのだ。

 人形が 「心」 を持った 「人間」 であることを、みんなが認めてくれた 「最初で最後のひととき」 。
 あくまでも一瞬の幻想にすぎないが、それは、自分の周りにいた人たちに祝福される唯一のシーンなのである。

 概要を語るのはこれでとどめるけれど、何が印象的かというと、全編に漂っている 「透明な空気感」 。
 もうこれだけ!
 それがすべて。

空気人形002湊公園

 舞台として選ばれた東京・隅田川寄りにある湊公園のシュールな空虚感。
 高層ビルと、うらさびれたアパート街が雑居した光景のかもし出す淡い寂寥感。

空気人形001

 それらの生命力が乏しそうな 「空気感」 が、逆に、中身が空気でしかない人形をそっと抱きすくめて守っている。
 この 「人間の厚かましい圧力」 を除去した静かな街だけが、人形のかぼそい 「生命」 をかろうじて支えている、という感じで、なんとなく切ない。

 「爽やかで、明るい、さびしさ」
 強いていえば、そんな空気が流れる風景が随所に挿入される。


  街のはずれの背伸びした路地。
  がらんとした防波堤には、緋色の帆を掲げた都市が停泊し、
  摩天楼 (まてんろう) の衣ずれが、舗道をひたす。

 はっぴいえんどが 『風街ろまん』 のアルバムで歌っていた 「風をあつめて」 という曲が思い出された。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 13:10 | コメント(6)| トラックバック(0)

Kポップの台頭

 このところ、テレビなんぞ見ていても、KーPOP (韓国製ポップス) の露出度が日増しに高まっている感じがする。
 あんまり興味がないので、気にしていなかったのだが、カミさんが、 (もう空中分解してしまった) 「東方神起」 がいいっていうんで、TUTAYAまでCDを借りに行って、ついでに聞いてみたけれど、なんかノリがいいんだよね。

東方神起001

 日本語と英語のチャンポンで歌っているんだけど、Jポップのミュージシャンが歌っている 「日本語 + 英語」 曲よりも、本場モンって感じがしたのだ。
 90年代のJポップで育った長男も、それを聞いて、 「洋楽とJポップのいいところをうまく混ぜている」 風の批評を下していた。

 お尻フリフリ歌って踊る 「KARA」 なんかも、ビジュアル的にセクシーとか、そんなもんとは関係なく、しゃきしゃきとエッジの立ったダンスビートが小気味よくて、あと30歳ぐらい若ければ、腰が浮く…って感じがした。

KARA0001

 なにが違うんだろう?

 そう思っていたところ、音楽評論家の近田春夫が、Kポップに関して、こんなことを言っていた。

 「家電量販店を散策しているとき、偶然、 「少女時代」 の 『Gee』 のミュージッククリップがかかった。
 バックで使われている音が良くてビビっときた。
 その電子音 (たぶんシンセベース?) がさりげなくも効果的に聴こえてきた途端、それが一種トリガーとなって、アタマのなかで事件が起こった。
 『あ、今、日本の商業音楽が韓国に抜かれようとしている!』
 まさにその瞬間に立ち会ったような気がしてしまったのである。理屈じゃない、直感てぇヤツだ」 (週刊文春 2010 11/11号)

少女時代002

 近田さんは、あいかわらず表現がうまいんだけど、それを読んでいて、 「あ、そういうことなのか」 と、自分もなんとなく納得した。

 近田さんは続ける。

 「この場合、まず何をもって <抜かれる> 根拠とするのか? そこから片づけると、J といい K といい、ポップすなわち “POP MUSIC” なのだから、 『本場アメリカ』 マーケットでの評判が、最終の評価である。
 その (マーケットとの) 親和性の部分で、すっかり J は K の後塵を拝すポジションに収まってしまったのでは? と感じたということだろう。
 韓国のポップスには、いつかインターナショナルな成功を! といった逞しい気合いが感じられる半面、わが J といえば、内向きに閉じた…ドメスティックな…満足に終始している感がますます強く、もはや “世界” など考えるだけで無駄、みたいなことなってきているように思えたのだ」

 これを読んで、なるほど…と感じたのは、自分もケミストリーとKARAが競演するテレビを見ていて、同じようなことを感じたことがあったからだ。

 KARAは臆面もなく、腰ふりディスコビートで、体力まかせのパフォーマンスを演じていた。
 それに対し、ケミストリーはオリジナル曲をハングルで歌ったのだけれど、迫力で負けているのだ。
 もちろんバラードと、ダンスミュージックを比較対照することはできないかもしれないが、 「技術と洗練度」 のケミストリーに対し、 「ノリと強引さ」 のKARAという感じだった。

 「体育会」 的なパワーを押し出すKポップと、 「文化会」 的なニュアンスで勝負するJポップ。
 この先、両者の関係はどうなっていくんだ?

KARA003

 多くの人が言うように、技術的にはJポップの方があいかわらず先を行っているのかもしれない。
 だけど、 “分かりやすさ” という面では、今やKポップの方が数段上。
 ポップスは、理屈ではなく、 「身体が反応するもの」 だという立場に立てば、Jポップは洗練度を高めた分だけ、分かりづらくなってきている。

 80年以降、さまざまなJポップを育ててきた “耳の肥えた” 日本人はその微妙さ加減が理解できるのかもしれないが、台湾、東南アジアなどを射程においた世界マーケットには通用しなくなってきているのではないか?

 ある音楽サイトによると、 「市場規模の小さい韓国製ポップスは、海外に出ることにしか活路を見出せなくなっている」 という。
 そのため、韓国系アイドルたちは、パフォーマンスを磨くために、日々過酷なレッスンに明け暮れているとか。
 英語に対する取り組み姿勢も韓国の若者は旺盛で、そのことも、発声におけるポップス的リズム感を身につけるのに役立っているともいう。

 なんか、気合で負けているな…という感じだ。
 音楽に 「勝ち負け」 なんかないと思うけれど、 「Jポップ頑張れよ」 と言いたくなってしまう。
 
 同じようなことが、産業社会でも起こっている。

 家電でも、自動車でも、携帯電話でも、日本以外の国では、韓国製品の方が日本製品より価格も安く、そのためにマーケットへの浸透度が高くなってきて、結果的にメジャーなモノになりつつあるという。

 日本と韓国の家電や自動車を見比べている海外バイヤーの話では、 「日本人は細かいテクニックにこだわりすぎるため、商品の価格が上がる傾向にある。そのため (日本製品には) 買い手がつかない傾向が出てきた」 とも。

 耐久性、信頼性を含めた総合的技術力においては、まだまだ日本製品の方が圧倒的に高いはずだが、そのことを世界市場がどう評価するかは、また別の問題である。

 日本人は、技術と洗練度というものに高い評価を下すけれど、あっけらかんとマスマーケットを狙ったものが近隣諸国から台頭してきたとき、最近はそれをねじ伏せるほどの説得力を持ちえていない。
 KポップスとJポップスの間で起こっていることは、産業社会で起こっていることと連動しているように思う。

 問題があるとしたら、Kポップに対する一部の日本人リスナーの反応。
 音楽サイトなどにUPされる “Kポップ” 批判をざっと眺めたかぎりにおいては、単純な 「反韓感情」 だけで批判しているコメントが実に多い。

 「キムチの臭いのするポップス」 といったたぐいの “批評以前” の罵倒。
 少しマシなものになってくると、「Jポップのモノマネで、パクリに過ぎない」 とか。

 こういう人たちの “危機意識” のなさには唖然とする。
 彼らには、いま何が起こっているのかということを考える基盤がないのだろうか。
 「KポップはJポップよりもダメだ」 というのなら、「Jポップのどこがいいのか」 を “音的に” ハッキリと主張するべきだろう。
 プロモーターだとか代理店の “陰謀” なんか暴いたって、な~んにも意味はないんだ。
 これじゃ 「日本の音楽文化は衰退する」 とマジに思ってしまった。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

追悼ジョンレノン

 12月8日は、ジョン・レノンの 「没後30周年」 に当たる。
 同時に、この2010年というのは、彼の 「生誕70周年」 でもあり、さらに 「ビートルズ解散40周年」 なのだとか。
 そういった意味で、今年は、ジョン・レノンファンにとってはメモリアルな年だったのだ。

 自分にとっても、ジョン・レノンというミュージシャンには、特別の思いがある。
 ビートルズの中でも、特に気に入った歌はジョン・レノンが作った曲だし、オリジナルでなくても、彼が歌うR&Bのカバー曲も好きだ。

 ちなみに、自分が恣意的に選んだジョン・レノンのベスト10となると、こんな感じだろうか。

 ① NO REPLY
 ② YOU'VE GOT TO HIDE YOUR LOVE AWAY
 ③ YOU CAN'T DO THAT
 ④ NORWEGIAN WOOD
 ⑤ ANNA
 ⑥ YOU REALLY GOT A HOLD ON ME
 ⑦ MONEY
 ⑧ ALL I'VE GOT TO DO
 ⑨ IF I FELL
 ⑩ I'LL BE BACK

「ザ・ビートルズ」ジャケ

 すべて、 「初期ビートルズ」 である。
 それも、必ずしもジョンのオリジナルばかりではない。
 ⑤ 『アンナ』 は、アーサー・アレキサンダーが作詞・作曲したR&B。 ⑥ 『ユー・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー』 は初期のモータウンサウンドを支えたスモーキー・ロビンソンの曲。 ⑦ 『マネー』 も、これまたバレット・ストロングの歌ったR&B。

 オリジナルにおいても、 ③ 『ユー・キャント・ドゥ・ザット』 などのように、ブルースコードを使ったブラック・ミュージック系の曲にジョンの真骨頂がうかがえる。
 私は、そういう “黒いジョン” が好きなのだ。
 
 彼のヴォーカルは、野太くシャウトする声に、ちょっと鼻に抜けるようなかすれた音が混じる独特のもので、なんとも色気がある。

 その “鼻に抜けるようなかすれ声” で歌われるミディアムテンポの名バラードに、 ① 『ノーーリプライ』 がある。
 曲のつくりもいいし、歌もいい。
 
 スローなものでは、 ⑥ 『ユーブ・ゴット・トゥ・ハイド・ユア・ラブ・アウェイ = 悲しみをぶっとばせ』 がある。
 これと似たつくりの名曲は ④ 『ノルウェイの森』 。
 ⑧ 『オール・アイブ・ゴット・トゥ・ドゥ』 もお気に入りの曲。

 自分の好きなジョンの曲は以上のような感じなのだが、オリジナルに関しては、いずれも 「レノン=マッカートニー」 のクレジットが入ったものばかり。
 つまり、ジョンとポールという、センスも、好みも、発想も異質な才能がぶつかりあって火花を散らすときに、ジョンの最良の作品が生まれているように思う。

 ポールという稀代のメロディーメーカーに対する嫉妬心や対抗心。
 その劣等感と優越感が交じり合った心の振幅の激しさが、ジョンのつくる曲に一種の異様な緊張感を与えている。

 ところが、ポールとの距離が遠のくにしたがって、ジョンの曲からその 「緊張感」 が薄れていく (…ように自分は思う) 。
 特に、ソロ活動に入って、純度100パーセントのジョンが生まれてから、逆に “ジョンらしさ” がなくなった (…ように自分は思う) 。

 ソロ活動に移ってからの代表作といわれる 『イマジン』 は、確かに、 「聖歌」 にも似た荘重さとクリアな透明感に包まれた曲だが、自分の 「名曲セレクト」 には入らない。
 この曲は、一般的には、アーチストとしてのジョン・レノンが頂点を極めた曲として評価されるが、自分は逆に、ジョン・レノンの 「成熟」 よりは 「衰弱」 を感じる。

 「哲学的なメッセージ性がある」 と評価される歌詞にも、ナイーブさが露呈しているように思う。
 そこにジョン・レノンの 「イノセンス」 があるとしても、それは 「大人の葛藤を知らない」 という仮定のもとに空想された、虚構の 「少年のインセンス」 である。

 早い話、楽になりたかったのだ。

 政治や思想的に激動期を迎えつつある時代だというのに、そういうことに無関心なポールたち他のメンバーへのいらだち。
 「ビートルズ」 というフォーマットをいつまでも求め続ける市場のニーズへの反発。
 衰えゆく自分の声量への懸念。
 「成功」 を達成した者が感じる虚脱感。

 そういった諸々の “負の因子” が幾重にも積み重なってきた環境から、ジョンは 「楽になりたかったのだ」 という気がする。

ジョン・レノン「イマジン」ジャケ

 『イマジン』 に漂うおごそかな静謐感というのは、ジョンが得た安らぎを意味するとともに、精神的な隠遁生活への憧れをも意味している。

 そこには、すでに迫りくる死を予期するようなレクイエムの響きがある。
 この曲が人々の心に沁みわったのは、そこに “終末の調べ” が嗅ぎとれたからかもしれない。

 私には、それが哀しい。 
 私にとっての 「最高のジョン・レノン」 は、 『ア・ハード・ディズ・ナイト』 や 『ヘルプ』 の時代で凍結している。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 04:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

歌謡ブルースの謎

 「ブルース」 というものが、黒人音楽のジャンルを意味する言葉だとは知らなかった時代が、自分にあった。

 歌謡曲のタイトルにつく、なんかの記号。
 例えば、 「フォルテシモ (ごく強く) 」 とか、 「アレグロ (陽気に) 」 とか 「アダージョ (ゆるやかに) 」 みたいなものだと無邪気に思い込んでいた。

 そんな時代に聴いていたブルースには、次のようなものがある。

西田佐知子ジャケ002
▲ 西田佐知子

 西田佐知子 『東京ブルース』
 美川憲一  『柳ヶ瀬ブルース』
 藤圭子    『女のブルース』……

 つまりブルースとは、
 「この楽章を歌い込むときは、フラれた気持ちで…」
 …ってな感じで、作家が演奏家に指示を出すときの言葉であって、それがいつしか歌謡曲用語に転化したものだと思ったのだ。

 恋人とか、愛人とかにフラれた歌だから、メロディは哀しい。
 去っていた人を、遠いところでしのぶわけだから、歌い方は、ちょっと物憂い。

 ブランデーグラスを置いたカウンターに座り、お客が来るまでの時間をつぶしているドレス姿のママさんが、頬杖をついてつぶやく鼻歌。
 それが自分の原初の 「ブルース」 像だった。

 だから、高石ともやの 『受験生ブルース』 (1968年) を聞いたとき、ギャグだと思った。
 全然、 “酒場っぽくねぇ” と感じ、しかも “夜っぽく” もねぇし、これは、作者が確信犯的に 「ブルース」 の用法をわざと間違えた例だと解釈した。

高石ともや「受験生ブルース」ジャケ
▲ 受験生ブルース

 しかし、そのうち岡林信康が 『山谷ブルース』 を歌うわ、ジャガーズが 『マドモアゼル・ブルース』 を歌うわ、ゴールデン・カップスが 『本牧ブルース』 を歌うわで、訳がわからなくなった。

ジャガーズ「マドモアゼル・ブルース」ジャケ
▲ ジャガーズ 「マドモアゼル・ブルース」

 ところで、本来の 「ブルース」 とは、どんなものであるのか?

 あえて、詳しくは説明しないけど、一言でいうと、
 「一定の音楽形式を持ったアメリカ黒人音楽の一種で、ロックンロール、R&B、ジャズなどの母体となった音楽スタイル」
 とでもいっておけばいいのだろうか。

 B・Bキング、アルバート・キング、オーティス・ラッシュなどのメジャープレイヤーは、世界的な人気を誇っているし、日本人でも大木トオル、ウエストロード・ブルース・バンド、憂歌団といった黒人ブルースを根幹において活躍するミュージシャンがいっぱいいる。

BBキング001
 ▲ B.Bキング

 ロックの分野では、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンなども、初期の頃はこぞってブルースの演奏スタイルを採り入れていた。
 そういった意味で、世界のポピュラーミュージックの原点には、 「ブルース」 があるともいえる。

 しかし、日本の歌謡ブルースは、黒人ブルースとはリズムもテンポも違う。
 歌われる歌詞の内容も違う。
 日本の歌謡ブルースは 「ロマン的」 「詠嘆的」 「未練たらたら的」 だが、黒人ブルース…特にシカゴなどのアーバンブルースは、 「現実的」 「能動的」 「脅迫的」 である。

 「俺の可愛いベイビーちゃん、ベッドでたっぷり楽しませてくれれば、いつかはキャデラックを買ってやるからよ」
 ってな歌詞を、ンチャチャ ンチャチャ…というギターの小気味いいカッティングに乗せて軽快に歌っていく。

「キャデラックレコード」よりマディ・ウォーターズ

 黒人ブルースというと、 「人種差別で虐げられた黒人たちの嘆き節」 という解釈が浸透しているけれど、もちろんそういう歌も多いけれど、けっこうヤケクソ的に明るい歌も目立つ。
 男が、ちょっとマッチョに自分の性的魅力を誇示するなんて歌も多いのだ。
 そうなると、同じ “ブルース” でも、ブルース・リーとか、ブルース・ウィルスの世界に近くなる。

 いつの時代でも、開き直ったビンボー人は明るい。
 黒人ブルースには、差別社会や格差社会の底辺を生き抜く人間たちの苦渋がベースにはあるけれど、 「そんなことで、くよくよしてもしょうがねぇじゃねぇか」 という開き直りのたくましさと優しさも備わっている。

 そういうことが分かってきて本場モノのブルースを聞き出すと、もうあっさり、そっち一辺倒になったけど、ふと 『港町ブルース』 (森進一) って何だろう? と思い始めると、これもなかなか興味深いテーマに思えてくる。

 「ブルース」 という名前で、日本人の頭の中に刷り込まれた歌謡曲は、実にたくさんある。

 美川憲一 『柳ヶ瀬ブルース』 (1966年)
 青江三奈 『恍惚のブルース』 (1966年)
 青江三奈 『伊勢崎町ブルース』 (1968年)
 森進一  『港町ブルース』 (1969年)
 平和勝次とダークホース 『宗右衛門町ブルース』 (1972年)
 クールファイブ 『中の島ブルース」 (1973年)

 これらの曲は 「ブルース」 という言葉で飾らてはいるけれど、黒人ブルースの楽曲スタイルや歌詞の指向性とはまったく交わらない。日本人独特の感性と情緒感に彩られた、純度100パーセントのドメスティック歌謡曲だ。

 では、なんでそういう純和風の歌謡曲に、 「ブルース」 と名づけられる歌が登場するようになったのか。

 これに関して、自分はまったく素人なので、突っ込んだところまでは何も分からないが、Wikiなどを読むと、
 「日本の歌謡曲のスタイルとして 『ブルース』 と呼ばれるものもあるが、それは 『憂鬱=Blueな気持ちを歌った曲』 という意味合いが強いため、音楽形式としてのブルースとは関係ない」
 という説明がなされている。

 これだけでは、まだよく分からない。
 詳しそうな解説がなされているいくつかのサイトを覗いてみると、多くの人が挙げているのが、淡谷のり子 (1907年~1992年) 。

淡谷のり子001
 
 彼女はもともとはシャンソン歌手で、クラシック音楽の素養もあり、 「10年に一度のソプラノ」 などと評された実力派シンガーだった。
 彼女に 「ブルース」 を歌わせたのは、服部良一という稀代の作曲家。
 服部の念頭にあったのは、アメリカの 『セントルイス・ブルース』 だったという。

 その曲をヒントに、 「ブルースの小節の数や長さをきちんと勘定して」 作られたのが、 『本牧ブルース』 (後のゴールデンカップスの曲とは別物) だった。
 ところが、これを淡谷のり子に歌わせようとしたところ、ソプラノの音域で歌っていた淡谷のり子には難しく、アルトの音域にまで下げるため、彼女はそれまで吸ったことがなかったタバコを一晩中吸い、声を荒らしたままレコーディングに臨んだとか。 (Wiki 「別れのブルース」 より)

 この 『本牧ブルース』 が、タイトルを変えて 『別れのブルース』 (1936年=昭和12年) になり、大ヒットする。
 淡谷のり子は、その後 『雨のブルース』 (1938年) 、 『思い出のブルース』 (1938年) 、 『嘆きのブルース』 (1948年) など、立て続けのヒットを飛ばし、 「ブルースの女王」 という異名をとる。
 これが、いろいろなサイトから集めた情報による 「歌謡ブルース」 の誕生である。

 もちろん、淡谷のり子以前にも 「ブルース」 を名乗る歌謡曲がけっこうあったらしいが、日本人の脳裏に 「ブルース」 という呼び名がしっかり刻み込まれたのは淡谷のり子から、というのが定説のようだ。

 ただ、これらの曲を聞くと、やはり黒人ブルースの影響を受けたという感じはしない。
 それよりも、社交ダンスの 「ブルース」 がヒントになっているのではないか、という人もいる。

 社交ダンスの世界には 「ブルース」 というステップがあり、それは 「フォックストロット」 のテンポを遅くしたものだという。 (ブルースもフォックストロットも、社交ダンスを知らないので、どんなものかよく分からない) 。

ダンスイラスト

 『別れのブルース』 を吹き込むとき、淡谷のり子は、ディレクターから 「ブルースらしく歌わないでフォックストロットみたいに歌うように」 と指示されていたという記述をどこかで読んだことがあるから、 「歌謡ブルース」 が、ダンス経由のブルースだったという説は正しいのかもしれない。

 ダンスにおける 「ブルース」 は、チークを踊るためのステップだったから、スローテンポで、情感たっぷりのマイナーコードの曲が演奏されることが多かったという。
 たぶん、ここらあたりで、その後の 「歌謡ブルース」 の方向性が定まったようだ。

 1960年代に入ると、いよいよその 「歌謡ブルース」 が全面開花する。

 この時代、個人的に好きだったのは西田佐知子。
 彼女は、 『メリケン・ブルース』 (1964年) 、 『博多ブルース』 (1964年) 、 『一対一のブルース』 (1969年) など、 「ブルース」 を語尾に持つ曲をけっこう歌っているが、最大のヒット曲は 『東京ブルース』 (1963年) だった。

西田佐知子「東京ブルース」ジャケ

 この曲にみるようなビブラートを押さえたクールな歌い方は、なかなかお洒落で、ちょっとしたアンニュイも漂っていて、歌謡ブルースが “都会の歌” であることを印象づけるには十分だった。

 その後、 「新ブルースの女王」 となったのは、青江三奈。
 なにしろデビュー曲が 『恍惚のブルース』 (1966年)
 「あとはおぼろ、あとはおぼろ…」 と、恋におぼれた女性の官能の極致を描いた歌だった。

青江三奈「伊勢崎町ブルース」ジャケ
 
 彼女の歌で有名なのは、 『伊勢崎町ブルース』 (1968年) 。
 青江三奈は、これでその年の日本レコード大賞歌唱賞を獲得する。

 その後も、彼女の歌謡ブルースは快進撃を続けた。
 『札幌ブルース』 (1968年)
 『長崎ブルース』 (1968年)
 『昭和女ブルース』 (1970年)
 『盛岡ブルース』 (1979年)
 最後は、清水アキラとのデュエットで、 『ラーメンブルース』 (1991年) なる歌までうたっている。(残念ながら聞いたことがない)

 歌謡ブルースが、歌謡曲シーンの中で決定的な存在感を持ったのは、美川憲一の 『柳ヶ瀬ブルース』 (1966年) だったかもしれない。120万枚を記録する大ヒットだった。
 「雨、夜、ひとりで泣く女、酒場のネオン」
 歌謡ブルースの定番となるシチュエーションは、すべてここに出尽くしている。

美川憲一「柳ケ瀬ブルース」ジャケ

 美川憲一はその1年前に、 『新潟ブルース』 を発表している。
 この頃から、歌謡ブルースは 『伊勢崎町ブルース』 (青江三奈) 、 『宗右衛門町ブルース』 (平和勝次とダークホース) などのヒット曲に恵まれ、ご当地ソングの代名詞のようになっていく。

 鳥羽一郎 『稚内ブルース』
 ロス・プリモス 『旭川ブルース』
 小野由紀子 『函館ブルース』
 森雄二とサザンクロス 『前橋ブルース』
 扇ひろ子 『新宿ブルース』
 北島三郎 『湯元ブルース』
 ロス・プリモス 『城ヶ崎ブルース』
 小松おさむとダークフェローズ 『庄内ブルース』 ……

 まだまだ地元の観光業とタイアップしたようなローカルブルースがいっぱいあると思うが、以上挙げた曲は、しっかりレコード化・CD化されているようだ。

 演歌歌手の森進一をいちやくスターダムに伸し上げたのも、ブルースだった。
 『港町ブルース』 (1969年) 。
 演歌ではあるが、クールファイブにも共通するような、奇妙な “洋楽性” があって、非常にしゃれた、あか抜けしたメロディラインを持つ曲だった。

森進一「港町ブルース」ジャケ

 森進一は、その後もブルースをタイトルにつけた歌をいくつか歌っている。
 『波止場女のブルース』 (1970年)
 『流れのブルース』 (1971年)

 内山田洋とクールファイブといえば、 『中の島ブルース』 (1975年) が有名。
 これは、秋庭豊とアローナイツが自主制作した同名曲 (1973年) と競作になったが、前川清のなじみやすい唱法がウケて、クールファイブ版の方がヒットした。

クールファイブ「中の島ブルース」ジャケ

 なんといっても、歌謡ブルース最大のヒットは、平和勝次とダークホースが歌った 『宗右衛門町ブルース』 (1972年) ではなかろうか。
 200万枚という大ヒットを記録し、いまでも中高年が巣くうカラオケスナックでは、必ずこれを歌いたがるオヤジがいる。(私もそのひとり)

ダークホース「宗右衛門町ブルース」ジャケ

 マイナー (短調) を条件とした歌謡ブルースが、メジャー (長調) の曲調でもぴったり合うことを実証したのが、この曲だった。

 覚えやすいメロディ。
 たわいない歌詞。
 歌う人間に解放感をもたらすノーテンキ性。

 まさに鼻歌として楽しむ歌謡曲の極北に位置する歌ではないか!
 事実、 「日本フロオケ大賞」 (風呂場で歌う鼻歌の1位) を受賞した曲らしい。

 フォーク系から出た歌謡ブルースのヒット曲としては、岡林信康の 『山谷ブルース』 (1968年) がある。
 楽曲形式は黒人ブルースとはほど遠いが、初期のデルタブルースのような素朴さと切実感があり、労働者目線に徹したところが歌謡ブルースとは一線を画したリアリティを獲得していた。

岡林「山谷ブルース」ジャケ
▲ 岡林信康 「山谷ブルース」

 グループサウンズ (GS) も、歌謡ブルースに乗り遅れまいと、いろいろトライしたようだ。
 ジャガーズの 『マドモアゼル・ブルース』 (1968年) 。ゴールデンカップスの 『本牧ブルース』 (1969年) などがその代表曲。

ゴールデンカップス「本牧ブルース」ジャケ
 
 カップスといえば、横浜・本牧で黒人兵たちも唸らせた実力派バンドだったから、ブルースのなんたるかも当然分かっていただろうが、この曲は、完全に日本マーケットを意識した作りになっている。
 デイブ平尾が、もう少しこぶしを利かせれば、演歌の方にも近づいたかもしれない。

 最後に、あまり有名ではないかもしれないけれど、個人的に好きなブルースを挙げれば、次の二つ。

 荒木一郎 『君に捧げるほろ苦いブルース』 (1975年)
 高山厳  『握りこぶしのブルース』 (1993年)

荒木一郎「君に捧げるほろ苦いブルース」ジャケ
 ▲ 荒木一郎 「君に捧げるほろ苦いブルース」

 荒木一郎の歌には、 「都会の片隅に住む人間の喪失感」 のようなものがあって、夜明けの酒場のカウンターで、半分眠りながら聞いたりしていると、けっこうジーンと来るものがある。
 特に、 『君に捧げるほろ苦いブルース』 は、女が去っていった後の部屋で、コーヒー豆をひきながら聞いたりしていると、ジワジワっと心がうずく。詩人が作った歌だなと思う。

 高山厳の 『握りこぶしのブルース』 を知っている人は少ないだろう。
 しかし、大ヒット曲の 『心凍らせて』 のカップリング曲だから、CDを買った人は、この曲も聞いているかもしれない。

高山厳
 ▲ 高山厳

 もうほんと、元祖 “負け犬” の歌。
 うだつの上がらない独身サラリーマンの日常生活が克明に描かれていて、身につまされるときがある。

 このように、探してみたら日本の歌謡曲には、 『○○ブルース』 という歌が、けっこう多いことに驚く。
 しかし、その大半は1960年代の中頃から後期に集中し、70年代になると下火になり、75年以降はほとんど消え去っている。

 何が起こったのか。

 歌謡ブルースが消えていった時代は、 「ニューミュージック」 の台頭期と重なる。
 たぶん日本人の多くが、この頃から、黒人ブルースでもないのに 「ブルース」 を名乗る歌謡曲に、ちょっと違和感を感じ始めたのではないかと思う。

 タイトルに 「ブルース」 をつけることによって “都会性” やら “おしゃれ感” を盛り込もうとした曲作りが、荒井由実 (松任谷由実) のような本格的な都会志向を持つ歌の前で、急激に古びたものなってしまったのだ。

 「ニューミュージック」 ムーブメントは、日本の都市や郊外が、あっという間に乾いた抽象的な空間になっていった時代に呼応している。

 そのような新しい都市空間では、新しい美意識を求める人たちが育ち、変貌を遂げていく現代都市を埋める新しい音楽が求められるようになっていた。
 どこの都市も、おしゃれで清潔な意匠に装われるようになり、いかがわしい面白さを秘めた 「裏町」 とか 「場末」 といわれるような空間がどんどん消えていった。

みなとみらい

 そういう変貌の時代に、歌謡ブルースは、もうそのタイトルだけで、古くて泥臭い音楽のレッテルを貼られることになり、商業的な音楽シーンから脱落していかざるを得なかった。

 そういった意味で、歌謡ブルースは、 「昭和の頂点」 を示す音楽だったのかもしれない。
 昭和の高度成長が終わり、昭和の停滞が見えてきたときに、歌謡ブルースは眠りについた。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 04:29 | コメント(4)| トラックバック(0)

自然は子供を養う

《 キャンプに連れて行く親は、子供を伸ばす! 》

 扶桑社から 『キャンプに連れて行く親は、子供を伸ばす!』 (坂田和人・著) という本が出されている。
 テーマは、まさにタイトル通りなのだが、実は、このような本は、一見よくありそうで、案外少ない。

キャンプに連れて行く親は子供を伸ばす表紙

 キャンプやアウトドアをテーマにした本の大半は、そのノウハウやグッズ類を紹介するもので、それが 「なぜ子供に良いのか?」 という考察が語られることは今までほとんどなかった。
 これまでの本では、 「キャンプは子供を伸ばす」 ということは、すでに暗黙の “前提” となっており、 「なぜそうなの?」 などと十分に考察することもなく、いきなり 「テントの選び方」 「ペグの打ち方」 などに入っていた。

 しかし、 「なぜ、アウトドアが子供のためになるのか?」 という根本的な考察を押さえておかないと、子連れキャンプを実現しても、けっきょく親たちだけの自己満足で終わってしまう。同じ自然を見ても、子供の視線と親の視線では、まったく異なるものを見ていることもあるからだ。

 そこで、この本。

 ここには、
 「子供は、自然の中に何を見るのか?」
 「何を学ぶのか?」
 「何を面白がるのか?」
 ということが “子供目線” をしっかり交えて語られている。

 “子供目線” というのは、いわば 「人間の原点」 に立ち返ったときの視線のことをいう。
 本書は、その人間の原点に立ち返ったときの視点で、 “アウトドアと子育て” を、体験的に綴った初の書籍かもしれない。 

坂田和人氏
 ▲ 著者近影

 著者は、坂田和人氏 (1955年・東京生まれ) 。
 映像ジャーナリストである。
 商業写真も手掛ける一方、趣味と実益をかねて、登山、キャンプなどのアウトドア分野の撮影を得意とし、文化論的な視点を交えたアウトドア読み物も執筆する人だ。
 その視点は、一種 「文化人類学」 的なフィールドワークに貫かれ、それをもって、彼の仕事を 「文化人類 “写” 学」 という人もいる。

 そのアウトドア体験がハンパじゃない。
 修験道の行に励む修験者たちに混じって、行を積むことから始まり、北アメリカではナバホ居留区で、ネイティブアメリカンの人たちと交わり、生活をともにした。

 極めつけは、南米アマゾン川流域で、原住民マチゲンガ族の集落に入り、住民と一緒になって狩猟採集生活を体験したこと。
 アマゾン生活は3年弱の間に5~6回行われたが、最短2ヶ月、最長で半年ぐらいだったという。
 そのほかにも、ネパール、カムチャッカ、環太平洋諸島、アフリカなどを探索し、普通の日本人では得られないような自然の景観を堪能し、異文化交流を果たし、その成果を画像として残している。

《 子供には分かる 「地球の音」 》

 こういう人が書くアウトドア本だから、さぞや普通の人には実践不可能なことが書かれた “ハードなサバイバル本” と思われがちだが、さにあらず、主張はいたって平易だ。

 しかも、語り口が美しい。

 「 (フィールドに出たら) 立ち枯れの木によりかかる倒木、株に生えるキノコなど、自然の造形芸術を楽しもう。
 そして、落ち葉のきしむ音を聞きながら、歩こう。
 やがて、音の響きは森に吸収され、 “静寂” が訪れる。
 都会の無音は、耳に聞こえない電磁波や振動を身体に感じるが、森の中の無音の空間には “地球の音” が聞こえる」

 地球の音。
 それこそ、大人は聞く耳を失っても、子供には聞ける 「音」 だと、著者は伝えようとしているようだ。

テントキャンプ風景(塔の岩)

 実は、この著者にアポを取り、3日前、実際に会って話を聞く機会を得た。
 長く伸びた夕暮れの陽射しが射し込むカフェで、坂田和人さんは、初対面の私に対し、本に書き切れなかった話を交えながら、2時間にわたって、アウトドア文化についての面白いエピソードを語ってくれた。

 印象に残ったのは、焚き火の話。

 アウトドアを知らない都会の子供たちをキャンプに連れていったとき、彼らがもっとも好奇心を奪われるのは 「焚き火」 なのだという。
 キャンプは、参加者全員が役割分担をこなすことで成立する遊びだが、その役割分担のなかでも、子供たちに最も人気があるのが 「火の番人」 だとか。

焚き火イメージ

《 焚き火というセレモニー 》

 火といえば、自動点火のガスしか知らない現代っ子にとって、火熾しから始まる焚き火行事は、あたかも 「自然」 という冒険の世界に飛び込むセレモニーに見えるらしい。

 火というものを管理する術を覚えたとき、人間は、他の生物の脅威から逃れることできたという安堵感と高揚感をはじめて獲得した。
 それが人間のDNAとして、今も生きている。
 だから、火は、人間にとって最もプリミティブ (原始的) で、力強い、根元的な “文化” なのかもしれない。
 火を前にすれば、人間は、近代文明のややこしいルールをいっとき忘れ、火を最初に獲得したときに人類が味わった素直な喜びを取り戻すことができる。

 「だから、親子で焚き火を囲めば、必ず話が弾むんです。日頃は話せないようなことが話し合える。それが焚き火の効用です」
 と坂田さんは、おだやかな笑顔を浮かべながら、物静かに語る。

 「そこで子供は、火の温かさや、それが人間にもたらす安心感を、身体で理解するわけですね。
 それと同時に、その火というものは、常に人間が繊細な神経をつかって管理しなければ、あっけなく燃え尽きてしまうことも知る。それが、感性を磨くことにつながるんですね」

岩に登る子供たち

《 都会育ちの子供はマイナス思考 》

 そのようにして磨かれた感性を身につけた子供は、やがて、どのような人格を形成していくのだろう。
 自然体験をしている子供と、それを経験していない子供とでは、同じ山の景色、風の流れに接しても、それぞれ違ったものを受け取るという。

 坂田さんは、著書の中でこう語る。
 「都会の子供は、美しい雪山で冷たい風を体験すると、 『ああ寒いな』 というただのマイナス思考で終わってしまう。
 ところが、アウトドアの感性を磨いた子供は、冷たい風を感じたら、 『ああ冬が迫っているな』 とまず思う。
 そして 『寒くなる前にいろいろと冬支度をしなければ…』 とごく自然に考える。
 さらに、その冷たい風の向こうに広がる 『美しい雪山』 を感じることができる。
 それらは、みな自然に親しく接する感覚が身体に刷り込まれているからである。
 無心に咲く花の美しさ、新緑の息吹、冬の清々しさなどを身体で感じとれる感性があれば、芸術や文学への造詣も深まり、人生も豊かになる」

自然の中の雪景色

 それに対し、都会生活しか知らない子供は、感性どころか、フィジカルな能力も劣ってしまう。
 坂田さんが気にするのは、そのことだ。

 「最近の都会の若者を見ると、狭い路地などで機敏に身体をかわしていくこともできない人たちが増えているように感じます。
 たぶん、子供のころから自然の中で思いっきり身体を動かして遊んだ経験に乏しいからでしょう。
 “お金さえ出せば” 、あるいは、 “ボタンを押せば” 、身体を動かさなくても、何でも手に入るといった受動的な生活になじんでしまったことが大いに関係しているように思います」

 その部分を、坂田さんの著書から引用すると、次のようになる。

 「都会の道路はコンクリートやアスファルトで塗り固められ、平坦なところが多いが、キャンプ場や山、川、海といった自然のフィールドはそうではない。
 歩き方一つをとっても、デコボコの土の上の道と舗装された道では大きな変化が出てくる。
 そうした変化の感覚を “自分の身体に刷り込むこと” 、 “自然に対応できるようにすること” が大事。
 こういう経験は、遊園地やゲームセンターでは決してできない」

《 「頂きます」 という言葉の意味 》

 自然の中に入ったときは、食べ物も、できるだけ自然の恵みを採集することが子供の感性を養うことになる。

 次も、著作からの引用。

 「現代の子供たちは、普段、食べている肉や魚、野菜も、 “お金を出せば買える” と思っているから、それらのものが自然の中でどうやって生きているのか、本来どんな形をしているのか知らない。
 だから、食べられる野草を集め、自分で釣った魚を自分でさばいてみる。
 それは新鮮で興奮できるチャレンジであるだけでなく、その過程で、子供たちは食前の合い言葉である “頂きます” の意味、つまりほかの生命を頂いて自分が生きることの本当の意味が理解できるようになる。
 また食材を採集するという行為によって、野菜や肉の “旬” が分かるようになる」

《 親は静かに見守るだけでいい 》

 いちばん肝心なことは、 「自然の中に入ったら、むしろ親は口うるさく子供を指導しないこと」 だという。
 子供たちを自然のなかに放り込めば、放っておいても、子供たちは自然という “先生” から学び始める。

 ところが親は、おせっかいを焼きたがる。
 ケガはしないか?
 危なくないか?

 ほとんどの親は、子供を過剰に監視して、あれこれと禁止事項を設けて子供を縛り付ける。
 「それでは、都市生活をしているのと同じ。自然に連れ出した意味がない」
 と、坂田さんはいう。

 子供たちのストレスの増大、コミュニケーションスキルの劣化、感情表現の乏しさなどの原因の大半は、親の過干渉から来るもの。
 自分たちが安心できる 「子供像」 という “鋳型” に、親が、生きた子供を押し込んでしまうことが要因となっている。

緑の中を走る子供たち

 キャンプというのは、子供たちが本来の能力を試すことのできる絶好の場である。
 火を熾す。
 包丁を使って、食材を切る。
 日頃、家ではできないことを試す “生活の実験室” なのだ。

 ところが、…と坂田さんは書く。

 「家庭で包丁などを持った経験のない子供たちは、危なっかしい手つきでそれをやるので、母親が包丁を取り上げてしまう。
 しかし、人は “危険” を知っているからこそ “危険回避” ができる。
 そういった “経験値” が、子供の感性を豊かにし、危険回避を含めたスキルを向上させる。
 火傷 (やけど) 、切り傷、捻挫など不可抗力な事故で痛みを味わった子供は、むやみにほかの子供を石や鉄拳、ナイフなどで怪我させることを自然と避けるようになる。
 テレビゲームのバーチャルな格闘しか知らないと、現実の痛みを知ることはできない」 (著書より)

 「だから、親が子供に危険なことをやらせるとき、それが子供だけで回避できそうか、それとも親が助けを出す必要があるかを予測する能力が親には必要だ」
 と、坂田さんは説く。

 子供の問題は、まず親の問題なのだ。
 そして、それは今の社会環境の問題でもある。
 
 「親が、子供の本当の姿を見失ってしまったのは、少子化社会の進行で、兄弟の数が減ったことなどにより、個室を与えられる子供が増えたことも関係している。
 そういう状態では、子供の本当の姿が見えないから、親の “見守る能力” がどんどん落ちていく」 (著書より)

《 文明のスピードが人間のリズムを超えた 》

 親の見守る能力が欠如してしまったのは、さらに大きな視野からいえば、親自体が 「人間が生きる力として何が必要なのか?」 というテーマを見失ってしまったことの証左でもある。

 どうしてそのような事態が起こってしまったかということに対し、坂田さんは、文明のスピードが人間の自然なリズムを超えてしまったところに原因を求める。

 「現代社会の技術は日進月歩で、どんどん新しい商品が市場に登場しては消えていく。
 交通機関や通信機器の急速な発達で、世界は狭くなり、インターネットや携帯電話を持っていれば、24時間、どこにいてもリアルタイムの情報を得ることができる。
 そのスピードの速さは、人間が本来持っている “生理” のスピードを超えている」 (著書より)

 そのため、人間は 「生き延びる力として何が必要か」 という知恵を磨く時間を持てなくなってしまった、と坂田さんは語る。

 アウトドアの世界に飛び込むことは、その “人間の生理のリズム” を取り戻すことにほかならない。

 そのリズムとは何か?

 坂田さんは、それを 「地球の鼓動」 だという。
 そして、そこに流れる時間を 「地球時間」 だという。
 アウトドアの真髄は、 「地球時間」 を取り戻すこと。

 都会生活の中で、自分が何を忘れていたのかを考えさせてくれた著者との2時間であった。

jrvaキャンプラリーイメージ

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 20:28 | コメント(4)| トラックバック(0)

伝える力

 “解りやすく語る解説者” ということで、池上彰さんが大ブレークである。
 政治のみならず、経済、宗教、歴史など、どんな分野においても、池上さんが時事解説を行うと、
 「あ、そういうことだったのかぁ…」
 と、誰もが腑に落ちてしまう。

 今や、カリスマ時事解説者ともいえる池上さんが、その解説の極意を伝授してくれるのが、この 『伝える力』 (PHPビジネス新書) だ。

池上彰氏「伝える力」表紙

 初刷りは3年ぐらい前だが、2010年の10月には68刷りという驚異のロングセラーを続けている本だ。

 では、どんなことが書かれているのか。

 ちょっと拍子抜けするほどオーソドックスな…というか、 「正攻法」 というべきか、プロの表現者が、読者・視聴者にモノを伝えるときの基本中の基本が書かれているにすぎなかった。
 そういった意味では、新鮮な発見は何もなかった。

 しかし、よく考えてみると、人にモノを伝えるスキルを身につける方法に、 「裏ワザ」 も 「新発見」 もありはしないのだ。

 「伝える力」 を身につけるためには、結局、地道な 「日々の勉強」 、 「日々の努力」 、 「日々の研鑽」 …それを積み重ねるしかない。この本は、そういうきわめて当たり前のことを伝えようとしている。

 一例をあげてみよう。
 たとえば、 「良き文章を書くコツ」。

 「私はNHKの記者時代、ニュース原稿を数え切れないほど書きました。しかし、経験がなかったため、何をどう書いたらよいのか、さっぱりわかりませんでした。そこで、私がとった行動は、先輩記者が書いた原稿を書き写すことでした」

 …と、池上さんはいう。
 仕事が終わった深夜、会社に残った書いたりしたらしい。しかも、パソコン、ワープロがない時代だったので、いちいち原稿用紙に手書きで…。

 好きな作家の文章を一字一句書き写すというのは、昔から作家志望の若者たちがやっていたことだが、ニュース解説者までそれをやっていたとは…。

 文章というのは、書き写すと、やはり読んだときには気づかなかった部分が “見えてくる” という。
 多くの人の文章を書き写していると、そのうち自然に 「説得力の有無、論理展開の優劣、文章のリズムの良し悪し」 などが分かってくるというのだ。

 なるほど!

 ……と、うなづくしかない話ではあるが、そう言われたからといって、他人の書いた文章を一字一句書き写そうとする人は、よほどの文章マニアでない限り、実際にはなかなかいない。
 しかし、 “この著者は実際にそれをやってきた人である” という重みが、論旨に独特の説得力を与えている。

 池上さんがこの本でしきりに強調しているのは、
 「深く理解していないと、分かりやすく説明できない」
 ということ。

 「そのことに関して、まったく知識のない人に理解してもらうためには、自分でも正確に理解していないと、とても無理。うろ覚えや、不正確な知識、浅い理解では、相手が分かるはずもない」
 と池上さんは語る。

 彼がそのようなことを肌で感じるようになったのは、NHKの 『週刊こどもニュース』 のキャスターを11年務めてからだった。
 この番組は、大人向けのニュースを子供に対して分かりやすく解説するというものだったが、池上さんがそこから学んだものは大きかったという。

 まず、大人には通じる “常識” が、知識や社会経験に乏しい子供には通じない。
 だから、政治や経済のことを解説するときも、 「大人が日常的に使う言葉は、子供には使えない」 というところからスタートしなければならなかった。

 そのことが、逆に、池上さんに言葉の意味を正確に把握するという訓練を施し、物事を正確に把握する習慣を身につけさせたらしい。

 難しい言葉を使って人に語ったり、文章を書いたりすれば、 「何か立派なことを説明した」 と人間は錯覚しがちだが、これは池上さんに言わせると “愚の骨頂” 。
 難しいことを、簡単に分かりやすく説明することこそ、実は難しいのであって、それこそ高度な能力が必要とされる、というわけだ。

 知ってた?
 知っているよね!
 こういう話は、たいてい一度や二度は、誰かから聞いたことのある話だ。

 しかし、池上さんの本には、その “誰もが知っている” はずのことが、実際にやってみると、 “けっこう難しい” …という例が、豊富な体験を通じて克明にレポートされている。

 この豊富な具体例が、この本の真骨頂かもしれない。

 「学問に王道なし」 とはいうが、 「伝える力を身につけることにも王道なし」 なのだ。
 そのことを、この本は愚直に訴える。

 著者は、 “オリジナリティあふれる知性” を振り回して得々としている (いわゆる) 「文化人」 ではない。
 「伝える力」 だけをコツコツと磨いてきた職人である。
 決して、大向こうを唸らせるような知的パフォーマンスを持った人ではないが、代わりに、職人の “凄み” を持っている。

 装丁やキャッチは、安直なノウハウを満載した 「ハウツー本」 というイメージが漂うが、中身はコミュニケーションの本質論に迫る生真面目な本である。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

2001年宇宙の旅

2001年宇宙の旅ポスター

 「SF映画の金字塔」 といわれ、その出来映えに、今もなお賞賛の嵐が集中している 『2001年宇宙の旅』 。
 1968年の公開だというから、なんと40年以上前の映画ということになる。

 私もまた、リバイバル公開されたものを高校生のとき一度劇場で見ている。
 そのとき、
 「すごい映像だ!」
 …と感心したことはあったけれど、そこから何かを考えるヒントをもらったというほどのことではなかった。
 だから、自分の “好きな映画” のリストから、この映画は外れていた。

 しかし、昨晩、風呂から上がってテレビを付けたら、たまたまこの映画が放映されていて、 (途中からだったけれど) 久しぶりに、じっくり見させてもらった。

 「ああ、こういう映画だったのか…」

 ようやくである。
 ようやく、この映画の本当のすごさというか、面白さに気づいた。 

 どういうストーリーかは、Wikiなどのネット情報にさんざん出ているし、この映画の評価に対しても、優れたレビューがたくさん掲載されているので、ここでは繰り返さないが、一言だけ説明すると、 「 (68年においては近未来である) 2001年に実現された “宇宙旅行” の様子を、きわめてリアルに紹介した空想科学 (SF) 映画」 ということになろうか。

 特に宇宙船や宇宙服、月面状況などの描写に関しては、1960年代につくられた映画であるにもかかわらず、21世紀の工学的知見にも耐えられるほどの科学実証性を備えていると、科学や映画の専門家たちはいう。

 しかし、この映画が今日まで語り継がれてきたのは、その映像の作り込みもさることながら、 「なんかすごいことを言っていそう!」 という、そのテーマの提示の仕方が魅力的だったからにほかならない。

 「宇宙と人間」
 「文明と人間」
 「神と人間」
 「人工知能と人間の知能」

 まさに、 “問があっても解答がない” スケールの大きな問題が映像の向こうにデンと居座っており、その哲学的な味付けに、多くのファンが魅了されたといってもいい。

 とにかく、謎の多い映画なのだ。観客を突き放した…というか。

 まず、画面に3度ほど登場する “謎の石碑” の正体が分からない。
 角に触ると手が切れそうなほど滑らかに磨き上げられた石碑 (モノリスと呼ばれている) は、宇宙をコントロールする知的生命体 (神?) が、人類に 「知恵」 を授けるために送った “教育装置” などという解釈が流布しているが、映画の中では、特にそのように語られているわけではないので、最後まで意味不明。

 木星探索に派遣されるディスカバリー号には、人類の演算能力をはるかに凌駕する 「ハル9000」 というコンピューターが搭載されているのだが、その 「ハル」 が乗組員に反乱を起こし、宇宙船から人間を排除しようと画策する。
 しかし、ハルはなぜ反乱を企てたのか、目的は何だったのか、これに関しても解説がない (解釈は無数に存在するが) 。

 ディスカバリー号が目的地の木星に近づくやいなや、その船長はサイケデリック (死語?) な色が炸裂する光のトンネルをくぐり、最後はロココ風インテリアで統一された部屋に到着する。

 ▼ ロココ風の部屋にも、いつのまにかモノリスが…
2001年宇宙の旅ロココ部屋モノリス

 しかし、その “ロココ部屋” が何を意味するのか、そこがどこなのか、こいつも説明なし。

 …といった感じで、とにかく観客を混乱させる意地の悪い仕掛けがいっぱいある映画なのだが、そういう意味不明の部分が、逆にファンの探求心を刺激し、その謎を自分なりに解釈することによって、ファンは哲学的な命題に近づいていくような気分に浸れる…という映画なのだ。
 

 しかし、単純に見ると、これは 「ホラー」 だ。
 私が今回見て感じたのは、言い知れぬ寒さを伴った 「恐怖」 だった。

 若い頃に見たときには、ぜんぜんそんなものを感じなかったのに、今見ると 「ホラー」 に見えるというのは、一体どういうことなのだろう。

 1960年代~70年代において、この映画のように未来のライフスタイルをリアルに描いた映画はほかになかった。
 無重力状態の中を移動する人間の姿や、宇宙食を食べる様子など、その描き方が自然であればあるほど、映像としては、当時は非日常的なものに見えた。

 しかし、その後に描かれた無数のSF映画やSFドラマが次々と同じようなシーンを撮り続けるうちに、 『2001年宇宙の旅』 で描かれた未来のライフスタイルは、いつしか “日常的な光景” になってしまった。
 そうなると、そこに刺激はない。

 『2001年…』 に登場する宇宙船の外形は、 『スター・ウォーズ』 の宇宙船よりもおとなしい。
 その船内は、 『エイリアン』 の宇宙船の船内より平和的だ。
 人工知能の 「ハル9000」 は、 『マトリックス』 に出てくる人工知能よりも紳士的で優しい。
 その後に登場した刺激的なSF映画に比べると、 『2001年…』 は、なんと平和で牧歌的な映画であることか。

 ▼ 木星に向かうディスカバリー号
2001年宇宙の旅ディスカバリー号

 科学と人間が、美しくも若干退屈なハーモニーを奏でる予定調和に満ちた世界。
 その後のおどろおどろしいSFアクション映画に比べ、 『2001年…』 は、宇宙と美しく調和して生きる人間の姿を描く作品にすら思えてくる。
 そんなことを感じさせる仕掛けのひとつに、宇宙空間を移動していくときのBGMとして使われる 「美しく青きドナウ」 (ヨハン・シュトラウス) がある。

 この映画を最初に見た人は、この音楽の使われ方にハッとするはずだ。
 平和を享受する人々を優しく祝福するような明るいメロディ。
 そのメロディが流れ始めると、星空を進む宇宙船の姿は、シャンデリアの下で舞踏会を楽しむ貴婦人に早変わりする。
 まさに、宇宙旅行が日常的なレジャーとなった時代を表現するにふさわしい選曲だったといえるだろう。


 「ホラー」 というのは、その揺るぎない日常が、突如揺らぐところから始まる。
 
 それが月の地中から掘り起こされたモノリスの登場だ。
 400万年前に、月の大地に埋められたとされるこの石碑は、誰が、何のために造ったものなのか。
 そして、それが木星に向かって発信している電磁波は何を意味しているのか。

 すべてが明るく調和的に進行するストーリーの中で、突如出現するこの 「謎」 は、幽霊や妖怪の出現よりも怖い。
 月の地中から掘り起こされたモノリスは、400万年の時を超え、 「人類の歴史に始まりがあるのなら、その終わりもある」 ことを伝えるために出現したようにも感じられる。

 コンピューター 「ハル9000」 という存在も怖い。 
 知能とともに、感情すら持っているのではないか? …と感じさせるこのコンピューターは、はっきりと感情を持つ存在として描かれた 『ブレードランナー』 のレプリカントよりも正体不明で、なんか怖い。

 ▼ ハルが 「人格」 を持っていることを表すかのように、
 人間と会話を交わすときには、ハルの “一つ目ライト” が微妙に光りを変える

2001年宇宙の旅ハルの目(?)

 人間の演算能力をはるかに凌駕するハルが、もし狂ってしまい、しかも、その狂ったことを人間に悟られないように巧妙にウソをつき始めたとしたら、人間はそのウソをどのようにして見破り、どう対応したらいいのか。
 まさに、そこに、人工知能が現実的な存在となりつつある現代の恐怖がある。

 宇宙船の船長は、思い切ってハルの頭脳回路を切断することを決意する。
 船長の決意を知って、ハルは恐怖する。
 “脳神経” がひとつひとつ切られていくことを 「痛み」 として感じるハルは、しきりに自分が正常であることを訴え、船長に忠誠を誓い、 「助けてほしい」 と哀願する。
 しかし、回線が解除されていくにしたがって、ハルの知能は退行し、やがて幼児期の記憶しか残されない老人のように、自分が誕生した頃に覚えた “子守唄” を歌いながら息絶える。

 ▼ ハルの頭脳回路を切断していく船長
2001宇宙の旅頭脳回路の切断

 こわ~!
 と思った。
 このシーンがこんなに恐ろしいシーンだとは、昔は気づかなかった。

 「ホラー」 とは、この世に存在しないはずのものが、存在することを訴える作品のことをいう。
 幽霊の実在を信じる人にとって、幽霊が出る話は 「ホラー」 ではない。

 モノリスの怖さというのは、どう見ても人工物としてしか考えられない物質が、400万年前から存在していたという怖さで、これも 「存在しないものが存在する」 例となろう。
 同じように、必死に命乞いをする人口知能というのも、ありえない。

 モノリスやハルは、その存在しないはずのものが、突然現出してきたときの驚きと恐怖を体現している。
 この映画のすごさが本当に理解できるのは、つくられてから40年という時が経過した 「今」 なのかもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:13 | コメント(2)| トラックバック(0)

『龍馬伝』の照明

 一時期より視聴率が低下してきたというウワサもあるNHKの 『龍馬伝』 だけど、やっぱ面白いなぁ。さっきまで見ていて、そう思った。
 私にとって、家にいるときは必ず見ている近年まれなる番組となった。

龍馬伝ポスター

 今回の圧巻は、龍馬 (福山雅治さん) と後藤象二郎 (青木崇高さん) の清風亭における会談なんだけど、その両者の言葉と表情による応酬が見ものだった。

 青木さんの演技がサイコー!
 怖い、嫌らしい、横柄…といった負のパワー全開で、龍馬を屈服させようとする。
 それに対し、龍馬も、カエルのツラにションベン風の人を食ったオトボケと、優等生となった元番長が久しぶりに昔のドスを利かせてすごむ感じの恫喝で、それを跳ね返す。

 通じる人がどれだけいるか分からないけれど、 『仁義なき戦い』 シリーズで、対立組織の幹部たちが脅しあう場面以上の緊張感があったよ。
 ドラマの盛り上げを、ともすれば安直な “戦闘シーン” に頼ろうとしていた今までの歴史ドラマを一歩超えた演出がそこにあったと思う。

 もちろん役者たちの演技もそれなりに凄いんだろうけれど、そのような深みのある映像を作り出す秘密のひとつに、このドラマ特有のライティングがあると思う。

 決して、俳優の真正面から光を当てない。
 光源は、常に斜め上 (レンブラント・ライト) か、真後ろ。
 だから、時にまったくの逆光となって、役者の顔なんぞ見えない場合がある。

 映画的といえば、映画的。
 それも、ひと昔前に流行った 「フィルム・ノワール」 の映画手法が取り入れられているような気がする。
 
 フィルム・ノワールというのは、1940年代から50年代ぐらいにかけて話題になったギャング映画を表現するときに使われる用語だが、もとはフランス語で、直訳すると 「黒いフィルム (?) 」 。
 まぁ、暗黒とか、闇とか、地獄とかいったものを連想させる 「犯罪映画」 というような意味である。
 映像的な特徴をいうと、夜霧に包まれていたり、煙がたなびいていたり、逆光だったりするという 「暗い」 シチュエーションに主人公たちを置くことを好んだ映画だった。

 その手法を、天下のNHKが、堂々と日曜日のゴールデンタイムの大河ドラマに採り入れたところが、このドラマの新しさだったと思う。

 今までの大河ドラマで、こういうライティングはなかった。
 時代劇というのは、まず役者の顔がはっきり見えてナンボの世界。だから、役者の顔にはみなドーランがテカテカと塗られ、撮影に使われる照明は、その大半が役者の顔に当たるようになっていた。

 それをくつがえしたのが 『龍馬伝』 。

 演出を手掛ける大友啓史さんは……もう2年ぐらい前だったか……、これも当時ブームになった白洲二郎を採り上げてNHKでドラマ化していた。
 このドラマに関しては、自分はあまり見ていなかったが、たまたまチャンネルを合わせたときに、ちょっとその不思議な画面構成に目が釘付けになったことがある。

 やはりライティングに特徴があった。
 たとえば、和風の部屋を画面に収めるとき、障子の向こうに広がる庭に強力な光を当てて、手前の部屋は真っ暗にしてしまう。
 その真っ暗な部屋に置かれた登場人物たちが、明るい庭の光を背景に、くっきりとしたシルエットで浮かび上がる。
 光の当たる庭の木々が、地上の 「平和」 と 「調和」 を謳いあげているのに対し、黒く染められた人々の内面は荒涼たる暗黒の世界に直面している。
 まぁ、そんな感じのコントラストが強調されていて、凄かった。
 それは、歴史ドラマの一場面というより、あきらかに 「光」 を主役としたデザイン空間だった。

 そういった手法が、この 『龍馬伝』 においても多用されている。

 またキャスティングも絶妙。
 たとえば、山内容堂をやっている近藤正臣さん (もう68歳らしいけれど…) 。
 若い頃は甘い顔のイケメン役者さんだったが、年をとって、ずいぶん凄みのある役柄をこなすようになった。いつもチョコっとしか出てこないけれど、得体の知れない怪物ぶりを発揮する山内容堂を巧みに演じて、この人が登場すると画面に緊張感が走る。

 でも、この前始まったばかりと思っていた 『龍馬伝』 。
 もう終盤が近づいている。
 1年経つのが本当に早い。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:44 | コメント(2)| トラックバック(0)

月はどっちに…

 もう2週間ぐらい前のことになるのかしら。
 BSテレビで、催洋一監督の 『月はどっちに出ている』 が放映されていた。
 
 また、観てしまった。
 15年ぶりになるかもしれない。

月はどっちに出ている

 在日コリアンのタクシー運転手 (岸谷五朗) を主人公に、その周辺で巻き起こる 「事件ともいえないような “事件” 」 を淡々と描く、シリアスドラマともコメディともいえない映画。

 根っこには、在日コリアンが味わってきた 「差別」 、 「生活苦」 、 「怨念」 、 「諦念」 …などというドロドロしたテーマが横たわっているはずなのだが、映像としては、それがきれいさっぱり濾過 (ろか) されて、乾いた叙情を湛えた不思議な映画になっている。

 目を見張るようなアクションが描かれることもない。
 度肝を抜くストーリー展開があるわけでもない。
 東京下町の枯れた風景の中で、貧乏タクシー会社に務める社員たちの、投げやりで、卑猥で、ふてぶてしくて、どこか哀しい生活が描かれるだけだ。

 だけど、どこか、おかしい。
 そこには常に 「乾いた笑い」 がある。
 しかし、その笑いは、脚本家が計算ずくで考え出した 「笑い」 ではなく、人間存在そのものの 「おかしさ」 から滲み出てくる 「笑い」 のようにも思える。

 セリフだけ取り出すと、かなり騒々しい映画なのだが、画面から漂ってくるのは、シーンと静まり返った静謐感。

 非番のタクシー運転手たちが、駐車場のささくれだったコンクリートの上で、ときにケンカし、ときにヤクザをからない、ときに将棋を指し、ときにただ曇天を眺め…。
 誰もが生活苦を抱えているはずなのに、その切迫感は見事に抽象化され、ただ奇妙に達観した人間たちの不思議な静けさが大地を覆っていく。 

 それをひとことで表現すると、 「空気感」 。
 『月はどっちに出ている』 は、都会の片隅をひっそりと流れていく 「空気の流れ」 を見事に映像化した映画なのだ。

 あらためて、 「こういうのを “映画” というんだろうな」 と思った。
 「テーマはなんだ?」 などと、観る人に考えさせない力 ( = 言葉を超えたものを感じさせる力)
 それが 「映画の力」 だとしたら、この映画には、その力がある。

 この映画には思い出がある。
 親父と最後に一緒に観た映画なのだ。

 厳密にいうと、その言い方は正しくない。
 正確には、 「親父と同じ部屋にいて最後に観た映画」 というべきなのだろう。
 その顛末は、このブログ (↓) で書いたので、ここでは繰り返さない。
 町田の独り言 『Woo Child』

 映画のエンディングに流れる憂歌団の 『Woo Child』 という曲が、この映画にとてもよく合っていたことだけは生々しい記憶として残っている。


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:29 | コメント(4)| トラックバック(0)

山口一郎さんの詞

 若い人の才能に触れると、ちょっと身が引き締るように思うことがある。

 Jポップの若手グループ 「Sakanaction サカナクション」 のリード・ボーカリスト山口一郎さんと佐野元春さんの対談 (ザ・ソングライターズ) を見ていて、そう思った。

ザ・ソングライターズ

 年を取るということは、若い人の才能に触れる機会が乏しくなるということだが、NHKの人気番組 『ザ・ソングライターズ』 は、そんな自分に、現在の日本の音楽シーンで、どういう若い才能が開花しているのかを教えてくれる格好の番組であるように思う。

 で、テレビを通じてはじめて見た山口一郎さん。
 もちろん、どういうアーチストなのかまったく知らない。
 雰囲気がなんだか 「劇団ひとり」 に似た若者だな…などと思いながら漫然と見ていたら、その独特の光り方に、徐々に引き込まれていく自分がいた。

 発する言葉の一語一語に、匂いがあり、味があり、奥行きがある。
 佐野元春さんが、いつになく真剣に突っ込んでいるのもなんだか分かるように思えたのだ。

山口一郎さん002

 対談の席で、佐野さんが、山口さんの作った歌の歌詞をいくつか朗読した。
 メモを取ったわけではないので、詳しくは覚えていないけれど、現代を生きる内省的な若者の心情を歌っているようでいながら、そこに “昭和文学っぽい” しょっぱさが加わっている。

 単語のひとつひとつが、字義どおり使われていない、…というか、ひとつの言葉に、多彩な光が当てられている。
 優しい言葉が、鋭利な刃物のような怖さを内包している。
 ぶっそうな言葉の奥に、ふるえる魂のおののきが宿されている。
 ひと言でいうと、 “引っかかる” 歌詞なのだ。
 他のチャンネルに回そうかと思っていた手が、そこで止まった。

 「サカナクション」 の山口さんは、Wikによると、1980年生まれ。
 北海道の小樽市に生まれ、札幌を活動の中心に据えていたらしい。

 札幌は、狭いながらもすべてが凝縮した街で、大都会でありながら、クルマで1時間も走ればもう山の中。 「自然」 と 「都会」 の振幅の激しい場所だという。

 その振幅の激しさが、どうやら彼の心のあり方に、独特の陰影を刻み込むことになったらしい。

 話を聞いていると、おそらく小さい頃から 「周りにとけ込めなかった子供」 だったろうな…という印象を受けた。
 なにしろ、子供時代の読書が、寺山修司や吉本隆明の詩だったり、宮沢賢治の童話、石川啄木の短歌だったというから変っている。

 多分にお父さんの影響を受けたらしいが、 「明治の短歌」 や 「昭和の詩」 を愛してきたことが、何か独特の世界観を彼に与えていることが伺える。

 たとえば、 「好きな言葉は?」 という佐野元春さんの質問に、すかさず、 「夜」 と答える。
 「では、嫌いな言葉は?」
 「愛」 だという。

 ちょっとまいった。
 そのあたりから、こちらも真剣に身を乗り出して、番組の流れを追った。

 「愛」 が嫌いという感性は信頼できる。
 なにしろ、今いちばん安っぽく流布している言葉が 「愛」 なのだ。
 そのひと言を使えば、一応なんでも丸く収まってしまう呪文のような言葉。
 誰も異論を唱えることのできない 「愛」 。
 しかし、それを使ってしまえば、 「詩」 は成り立たない。

 好きな詩人として挙げられたのが、種田山頭火。
 「彼の詩 (俳句) には、常に 『現在』 が鮮やかに切り取られている」 というのが、その理由。
 
 分け入っても、分け入っても、山の中 (山頭火) 。

 その場にいて、見たまま、感じたままものが純度100パーセントの濃さで伝わってくる詩だという。
 ( ↑ 印象的な発言を思い出しながら再構成しているので、正確ではないかもしれない。以下同様)

 「大切にしている人に、死ぬ前に言う言葉は?」
 という質問に対しては、次のような回答があった。

 「じゃーな」

 「ずいぶんあっさりとした言葉ですね」
 と、これにはさすがの佐野元春さんも怪訝 (けげん) そうな顔になった。 

 「だって、その前にもういろいろ語っていると思うんですね。だから最後はそれでいいんです。その方が、相手の負担にならない」

 大人びた答であるようにも思えるが、そこには繊細な若者であることを感じさせる響きがあった。

サカナクション

 「どのような音楽を目指したいのですか?」

 それに対する答は、次のようなもの。
 
 「近代になって表現の幅が広がったように思えるが、実はフォーマットが固まってきたように思う。
 たとえば、ロックはこうでなければいけない…とか。
 そういう既成のフォーマットを崩していくところに、自分の表現を見出している」

 実に戦略的な若者だと思った。
 自分の表現が、いかに共感を得られるかということに対して、そうとう自覚的な方法論を持っている人だと感じた。

 彼はこういう。
 「東京に出てきて、自分の好きなものが全部マイナーなもの、マイノリティな人々にしか愛されないものであることを知って驚いた」
 だから、そのマイナーなものの良さをいかに多くの人に分かってもらえるか。
 それが、 「自分が詞を作るときの原点」 だとも。

 対談中、彼がよく 「センチメンタル」 という言葉を口にするのが意外でもあり、新鮮であった。
 たとえば、 「自分の中にあるセンチメンタルを共有できる人が周りにいなかった」 とか。

 「センチメンタル (感傷的) 」 という言葉は、時としてネガティブな響きを帯びる。 「甘い」 とか 「めめしい」 、「感情におぼれる」 というニュアンスを秘めた言葉として使われることが多い。

 だが、山口さんの口からこぼれ出る 「センチメンタル」 は、 「リアリティ」 の同義語であるように思えた。
 むしろ、普通の人が 「めめしい」 と感じるものの中に、人間の真実があるとでもいわんばかりに。

 今日も音楽ネタになってしまった。
 しかし、正確には、音楽ネタというよりも、 「詩」 がテーマだというべきかもしれない。
 それほど、山口さんのトークは、文学的であった。

 出版人から、 「活字離れ」 、 「文学の衰退」 などという言葉がささやかれることもあるが、 「文学」 は、今や本の世界から解き放たれて、歌の領域で新しい命を獲得しているのかもしれない。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 09:57 | コメント(0)| トラックバック(0)

ブルースの正体

 ここのところ、ちょっと毎晩 “音楽漬け” 。
 3日ぐらい前だったか、BSで放映されていた 『キャデラック・レコード』 という音楽映画を見たけれど、いやぁ~いかったぁ!

キャデラック・レコード001
 ▲ 「キャデラック・レコード」

 シカゴのブルース・レーベル 「チェス・レコード」 の創業期を描いた2008年のアメリカ映画だけど、ブルース、ロックン・ロール、リズム&ブルースといった初期の黒人音楽が、どのような経緯で市民権を得ていったのかというプロセスが生々しく描かれていて、まぁ、たまりませんでしたね、はい。
 地味だけど、実に小粋な映画だった。
 大人の映画だったな。

 で、いきなり話が飛ぶけれど、その映画を見ていて、なんで自分が80年代のハードロックとか、ヘビーメタルといわれる音が好きじゃないのか、ついでにそんなことも、分かってしまった。

 ヘビメタっていっても、どんなグループがいるのか、実は詳しく知らないのだけれど、総じてリードギターリストが “速弾き” を自慢しているようなバンドが多い。

 どうも、あのギターの速弾きというのが苦手だ。
 同じテンションを持続したまま、ハイスピードだけど単調なリズムが延々と続くあの演奏には耐えられない。

 自分が好きではないものは、書かない。
 それが、このブログのポリシーだけど、ヘビメタ系だけはダメだなぁ…と、ついに書いてしまった。
 ロックには 「刺激」 と 「緊張」 が必要だけど、ヘビメタには、 「刺激」 もなければ 「緊張」 もない。
 「緊張」 はなくて、 「単調」 だけがある。

 それを別の言葉でいえば、 「ブルース」 が欠如している。
 じゃ、ブルースって何よ?
 といわれちゃいそうだけど、音楽理論とか哲学とか難しいことは別にして、俺的な感覚でいってしまえば、リズムのタメ。もしくは、リズムの揺れ。
 別の言葉でいえば、ブレイクとかシンコペーション。

 ロックのテンションというのは、 「静」 と 「動」 のダイナミズムから生まれる。
 ブレイクとかシンコペーションというのは、そのダイナミズムを生むための基本法則だ (…と了見の狭い俺は) 信じている。
 それを持っているのが、ブルースやその派生形としてのロックだと思っている。
 いくらギターの速弾きができたって、リズムのタメを失ってしまったものはブルースでもロックでもない。

 ちなみに、ブレイクについて、ちょっと考えていることを付け加えると、これは、リズムに変化を付けるための “小休止” っていうだけではないのね。

 確かに、演奏が一瞬止まり、音の流れが断ち切られるブレイクは、次のリズムが打ち出される前の 「タメをつくる “間” 」 でもある。
 跳躍する前に、膝をかがめるようなものだね。

 しかし、古典的なアーバンブルースなどが演じられているライブを見ていると分かるけど、このブレイクの瞬間というのは、実は、演奏者と観客が反応し合う場でもあるわけ。
 歌舞伎でいえば、役者が “大見得 (おおみえ) ” を切って、虚空をにらむ瞬間。ストップモーションね。
 
歌舞伎の大見得
▲ 大見得

 そのとき、役者は 「どうだぁ! 楽しんでるかぁ?」 という問いかけを発しているわけよ。
 それを見て、観客が 「成駒屋ぁ!(カッコいいぞぉ!)」 とか応える。

 そのやりとりの場が “ブレイク” なんだね。
 だから、ブレイクを失ったロックというのは、観客を必要としていない音楽なの。
 この意味、分かる?

 演奏者が、 「オレってカッコいいなぁ!」 って、ステージで自己確認しているだけの音楽なのよ。
 ペナペナペナって速弾きしているギタリストの姿を見ていて、つくづくそう思った。観客の方なんて見もせずに、ひたすら目をつぶっているだけなんだもん。

 でも、本当はそんなことが言いたいんじゃない。 

 映画 『キャデラック・レコード』 を見ていて、改めて、ブルースって何かって分かったんだ。

「キャデラック・レコード」のマディ・ウォーターズ
 ▲ 『キャデラック・レコード』 でマディ・ウォーターズを演じるジェフリー・ライト (左)

 その映画の中で、ジェフリー・ライト扮するマディ・ウォーターズが、こういう。 
 
 「ブルースってのは、不条理なんだ」

 これは、マディが、チェス・レコードの創始者であるレナード・チェス (エイドリアン・ブロディ) に語ったセリフなんだね。

 どういう状況で語られた言葉かというと、レナードは、自分のところの秘蔵っ子女性シンガーであるエタ・ジェイムス (ビヨンセ・ノウルズ) に恋しちゃって、あわやラブシーンに突入という瞬間に、マディ・ウォーターズが部屋に入ってきちゃうわけ。

 そのときのマディの言葉が、
 「ブルースってのは、不条理なんだ」 …なの。
 少し説明しないと分からないよね。

「キャデラック・レコード」レナードとエタ001
 ▲ チェスレコードの稼ぎ頭であるエタ・ジェイムス (右) と、オーナーのレナード・チェス (左) は、いつしか淡い恋心を抱きあう


 レナードには奥さんがいるわけだから、まぁ、禁断の恋。
 しかし、歌手のエタに対して、レナードがどれだけ純粋の恋心を抱いていたかというと、そこが微妙。

 エタ・ジェームスの方には、複雑な家庭事情があるわけね。
 早い話、父親に “捨てられた娘” なの。
 彼女は、お金持ちの白人の男が、きまぐれに黒人の商売女に孕ませた子なのね。
 で、その親父から残酷な態度を示されて、そのさびしさと悔しさを紛らわすため手を出す飲酒とドラッグのせいで、いつもエタはスタジオ入りができないくらい酔いつぶれているの。

 悩めるエタを抱きしめたレナード・チェスには、親父の代わりになって、彼女をなぐさめたいという気持ちもあれば、エタという “自社商品” に対してメンテナンスを施すという打算もある。
 加えて、恋を知らないエタに対して、ラブソングのマーケットで勝負させるために、恋の何たるかを教えたいという計算もある。
 もちろん、関係を持ってしまうと、公私ともども面倒になる…というためらいもある。
 そういうグチャグチャした気分のまま、レナードは、エタとのラブシーンに突入しようとしていたわけ。

 そのとき現場に入ってきたのが、レナードとともに創業期からチェス・レコードを支えてきたマディ・ウォーターズなんだね。
 レナードは 「誤解するなよ」 ととりつくろいながら、マディとの会話を仕事の話に持っていこうとする。

 そんなレナードの顔を眺めながら、 「すべて分かってるぜ」 という感じで、マディがぽつりという。
 「ブルースってのは不条理なんだ」

 いい言葉だと思った。
 それは、「ブルースは人間の真実を表現する音楽だった」 ってことを言っているんだ。
 人間っていうのは、世の中ではこう生きなきゃだめだっていう法則があっても、そう生きられない存在なんだ…ってことを言っているわけ。
 「人生の一瞬先は闇だ」
 という意味でもあるのね。

 「お前の複雑な今の気持ち、そいつがブルースさ」
 まぁ、意訳すれば、そんなところかな。

マディ・ウォーターズ(ジャケ)
 ▲ 本物のマディ・ウォーターズ

 ブルースってのは、そういう音楽なの。
 ベースとなったのは、人種差別で苦渋をなめた黒人の “嘆き節” だけど、その苦渋に満ちた生活をさまざまな哲学で乗り越えて、人類普遍の認識に達したのがブルース。

 そのブルースへのリスペクトをコアにしながら、よりテンションを高めたのがロックなわけ。
 ジミ・ヘンドリックスも、クラプトンも、ジミー・ペイジも、程度の差こそあれ、みなブルースへのリスペクトを持っている。

 それは、彼らが持っているリズム感に表れている。
 ブルースには、音と音の間に横たわる “深淵” がある。
 その “深淵” こそ、不条理の感覚なんだ。

 このリズムとリズムの間に横たわる “深淵” を、もし覗き込むとができたとすれば、そこには、人間が、とりわけ黒人たちが 「生きるために、やむをえず捨ててきた」 さまざまな思いが沈んでいるのが見えるはずだ。

 ブルースのオフビートとは、彼らの 「捨ててきたもの」 への思いがリズム化されたものなのね。

 最初の1拍目 (と3拍目) に威勢よくアクセントを置く白人音楽のオンビートに対し、黒人音楽のオフビートは、楽曲的にも象徴的にも、その 「裏」 (2拍目、4拍目) を意味している。

 「裏」 とは、忘れたい記憶、失われたものへの愛着などが密かに隠される場所だ。
 その裏拍に、あえてアクセントを置くことによって、ブルースやらゴスペルやらリズム&ブルースの、あの粘っこく “ハネる” 感覚が生まれてくる。

 だからオフビートをバカにしちゃいけないよ。
 それは、 「過去に戻ろう」 とする力と、それを振り払って 「前に進もう」 とする力のせめぎ合いから生まれてくるビートなんだから。

 なのに、その “深淵” を埋めて単調に均 (なら) してしまったのが、ヘビメタ。 

 ヘビメタには 「ブルースが欠けている」 って意味、分かった?

 独断と偏見で、ゴメンネ。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:13 | コメント(2)| トラックバック(0)

本物の天才とは

 NHKのBSハイビジョンで、 『伝説のギタリスト』 という番組が毎晩放映されている。
 さっきまで、その第2夜の 「偉大なるパイオニア」 で紹介されていたベンチャーズ、B・Bキング、チャック・ベリー、ジミ・ヘンドリックスのライブを見ていた。

 圧巻だったのは、ジミ・ヘンドリックス。

ジミ・ヘンドリックス001

 実は、この人、ベスト盤を含めてレコードで2枚、CDで3枚ほど持っている。
 われらの時代の “伝説のギタリスト” だから、ほとんどのヒット曲は知っている。
 
 だけど、正直、それほど楽しい演奏だと思ったことがなかった。
 特に、ライブ盤のCDは退屈そのものだった。
 しかし、今回改めてそのライブを見て、圧倒されて、言葉も出なかった。
 やっぱり 「聞く音楽」 ではなく、 「見る音楽」 というものもあるのだ。

 僕らの世代には、 「ロックの黎明期から知っている」 という何か傲慢な思い込みがあって、肝心なことを見落としていたのかもしれない。

 ライブの合間に、解説者として登場しているチャーが、 「彼は天才としかいいようがない。たぶん、演奏しているときは何も考えていない。思いのままに弾いて、それでとてつもない音を作り出す」
 …というような意味のコメントを添えていた。

 「天才」 というのは、自分が 「天才であることを説明できない人」 、だけどその業績には、誰もが感服することしかないような人として、 「秀才」 とは区別される。
 その場合の 「秀才」 とは、 「自分の才能の由来を言葉で説明できる人」 という意味だ。

 長い間、このような 「天才」 観が支配的で、計算づくでその才能を誇示する 「秀才」 を小ばかにする風潮がまかり通っていた。

 しかし、神々がその才能に嫉妬するほどの天才というのは、この世に存在しない。
 世にいう 「天才」 は、それぞれ言葉にしないまでも、自分の創造世界を表現する方法論を努力で勝ち取った人のことをいう。
 生まれたままの状態で、神々ですら嫉妬するような才能を持つ 「天才」 というのは、ロマン主義が作り出した神話に過ぎない。

 だが、ジミ・ヘンドリックスに関してだけは、その素朴な天才信仰をそのまま信じてもいいような気がした。

 それは、レコードやCDという、音だけを再生する技術からは “見えて来ない” 部分だった。
 言葉は陳腐だが、 “神がかり” という表現を使ってもいい。
 それは、ライブ映像を見て、はじめて見えてきたジミ・ヘンドリックスの凄さだといっていい。

 「憑依 (ひょうい) 」 という言葉がある。
 人間が、何か霊的なものに支配された状態のことを指し、古代宗教のシャーマニズムなどは、 「シャーマン」 という霊媒師が神がかりになって、部族に 「神々のメッセージ」 を伝えるという役目を果たしていた。

 ジミ・ヘンドリックスのライブを見て最初に感じたのは、その 「シャーマン」 だった。
 この世に、 “この世を超えたもの” が降り立ち、憑依状態にあるシャーマンを通じて神々のメッセージを伝える。
 ジミのライブを見ているうちに、そのシャーマンの儀式が行われている現場に偶然まぎれ込んだような錯覚すら抱いた。

ジミ・ヘンドリックス002

 解説者のチャーによると、ジミ・ヘンドリックスという人は、エレキギターが “電気を使った楽器” であることを自覚的に追求した最初のギターリストだという。
 チャーは、ワウワウペダルなどの一連のエフェクターをスタジオに持ち込み、自らジミのギターテクニックをなぞりつつ、その玄妙な音の由来を説明してみせた。

 たぶんジミ・ヘンドリックスは、それらのエフェクターを、まるで子供がはじめて親から玩具を与えられたときのように無邪気に触りまくり、驚き、音の感触を研究し、その “電気音” の宇宙的な広がりに無限の可能性を見出したのだろう。

 そういった意味で、彼は 「研究の人」 であったかもしれない。
 どのエフェクターを、どのように作動させれば、どういう音が生まれるか。
 そのようなしたたかな計算もやり尽くしただろう。

 しかし、彼のライブパフォーマンスは、そのような計算をあっけなく超えた。
 おそらく彼は、ライブの場で、自分の作り出した 「新しい音」 に、常に遭遇していたに違いない。
 自分で作り出した音に自分自身が引きずり込まれ、常に新しい世界と対峙しなければならなかったわけだ。

 実は、その前の晩に、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジのライブも見ている。
 ジミー・ペイジの率いるレッド・ツェッペリンの60年代後半から70年代にかけてのライブを見て、 「やっぱりスタジオ録音の方がいいな」 と思ってしまった。
 ジミー・ペイジも、いわゆる 「天才」 といわれるギターリストの一人だが、そのライブでは、彼は計算された世界の果てまでは見ていないことに気づいた。

 そこには、60年代文化の特徴であった “アングラ” 的な部分…つまり 「装われた狂気」 のようなものはあったけれど、それは 「計算された狂気」 で、ロック産業の磁場を離れるものではなかった。

 しかし、ジミ・ヘンドリックスのライブには、 「先が見えない」 ことに対する畏れと恍惚が備わっていた。

 だから、音としては未完成だ。
 意図的に起こすハウリングもたくさん交じる (それゆえ、CDなどで聞いていると疲れる) 。
 しかし、映像が伴ってくると、それらのノイズが、脳髄の奥にまで染み渡る官能な音色に変る。
 ロックとは、永遠に未完である音楽のことを指し、未完であるがゆえに、その先にある世界に誘われる音楽であることを、ジミ・ヘンドリックスは身をもって実証した人であった。

 「自分が今出している音のその先には、何があるのか?」
 「こうなれば、行くところまで行くしかないな」
 ジミ・ヘンドリックスには、そういう思いが夜毎のライブで去来したと思う。

 心身の消耗が激しくなるわけである。

 彼はドラッグのやり過ぎといわれる謎の死を27歳で迎えることになったが、それは、神々がはじめて一人の人間の才能に嫉妬した結果であったように思う。 



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

『異邦人』

 日陰もない炎天下に体をさらしていると、脳内の水分が蒸発し、脳がスカスカのスポンジになってしまうような気がする。
 
 今年の夏は暑かった………いや、まだ現在進行形だ。
 9月に入ってからも、 “真夏” が続いている。

 すべての思考を停止させるような、真昼の太陽。
 そういう陽射しの中に立つと、いつも思い出す小説がある。

 アルベール・カミュの 『異邦人』 。

カミュ「異邦人」

 はじめて読んだのは中学生のときだった。
 一読して、何が何だか分からないような衝撃を受けた。

 読書が嫌いなガキではなかったので、この 『異邦人』 に接するまで、もちろんいろいろな大人の小説も読んでいた。
 しかし、 『異邦人』 は、それまで読んだどの小説とも違っていた。
 それまでの小説には 「あった」 ものが 「なかった」 のだ。

 最初のページから、それは 「何かがない小説」 だった。

 「今日ママン (母) が死んだ。もしかしたら昨日かもしれないが、私には分からない。おそらく昨日だったのだろう」
 …という介護施設で暮らす母の死を知らせる電報を受け取った主人公の独白には、圧倒的な空白の 「白さ」 が露出していた。

 もうその最初の1行から、その主人公が、普通の人間が持つような家族愛とか、人の死を悼む神経というものを持ち合わせていない、体温の違う生き物の気配が刻まれていた。
 しかし、同時にその1行は、人間の心には 「家族愛」 とか、 「死を悼む神経」 の外側に広がる荒野があることを教えているような気がした。

 『異邦人』 は何かが決定的に欠けていて、その欠けているものこそがテーマであるように思えたが、作者が何を訴えたいのか、中学生の自分には見当もつかなかった。
 しかし、この世には、 「意味」 をたどろうとしても、たどり切れない世界があり、 「意味」 をたどろうとすること自体が無意味な世界がある…という感触だけはつかめた。

 主人公は、母親の葬儀に “儀礼的” に参加した後、すぐに恋人と海水浴を楽しみ、砂浜でけだるい愉楽にまみれた時間を過ごし、最後は、太陽の暑さでもうろうとなった意識にうながされ、意味もなくアルジェリア人を射殺する。

 アルジェリア人を撃つ砂浜の描写がすごい。あの異様な静けさは、一度読んだら忘れられない。
 脳細胞が溶け、意識が混濁し、心も身体も衰弱していきそうな強烈な陽射しの中で、主人公は、極北の冷気に浸されるような絶対零度の世界に降りていく。

 どこまで降りて行くのか?
 人を射殺するという行為が、どのような動機からも導き出されない場所まで降りていく。
 「原因」 と 「結果」 が決してつながることのない荒野のような場所。

荒野

 そういう世界を見事に描いたという意味で、 『異邦人』 はいまだに 「文学」 の極北に位置している。

 カミュが 「不条理の作家」 と呼ばれるのは、 「条理 (因果律) 」 が支配する世界を否定したからではない。
 条理の 「外部」 を描いたからだ。

 「文学」 とは、言葉を使いながら、言葉が届かない世界を描くものだということを、カミュから学んだような気がする。
 炎天下にたたずむと、いつもそのことに思い至る。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

レプリカントの命

 半年ぐらい前だったろうか。
 通勤で使っている駅前で、屋台のラーメンを食べていたときのことだった。

屋台のラーメン屋さん
 
 「酔いざましに、ラーメンを食って解散しよう」
 …という感じの初老のサラリーマンが3人。酒臭い息を漂わせながら、肩を寄せ合うようにカウンターに陣取り、ラーメンがどんぶりに注ぎ込まれるのを持っていた。

 そのうちの1人が、駅を囲んだビルのネオンの見上げながら、ふと言った。
 「まるで 『ブレードランナー』 の世界だな」

 それは、胃の中にほとんど収まったラーメンの味を反芻しつつ、どんぶりの底に沈んだ残りの汁を飲み干そうとした私の無防備な心を不意打ちした。

 思わず私も、初老のサラリーマンの視線を追って、林立するビルの夜景を見上げた。

 何の変哲もない、普通のネオンに彩られた駅前のビル群。
 しかしその情景を、1982年…もう30年近く前に封切られたSF映画 『ブレードランナー』 と重ね合わせる人がいたとは。

 確かに、その映画の中で、主人公のデッカード (ハリソン・フォード) は、高層ビルの建ち並ぶわい雑な路地で、屋台のヌードルを食べるのだ。

 そのサラリーマンの一言に対する同僚の反応はまったくなく、話題は自然にゴルフかなんかの話に移っていたけれど、もし、そのラーメン屋台が酒を出す店で、私に一滴でもアルコールが入っていたら、私はきっとビルのネオンを見上げたサラリーマンに声をかけて、映画のことを話し始めただろう。

 映画の中でデッカードは、怪しげな東洋人が経営するラーメン屋の屋台に座り、ヌードルに入れる生玉子を、四つ注文する。
 店のおやじは、
 「ふたつで十分ですよ、四つは多すぎですよ」
 と日本語で答える。

 アメリカで劇場公開されたとき、日本語をしゃべるオヤジのセリフには英語の字幕が入ったのだろうか。
 それとも、それはストーリー展開には意味のない、ただのエキゾチックな効果音として処理されたのだろうか。

 いずれにせよ、映画の中で 「近未来」 と設定された21世紀のロサンゼルスは、安っぽいオリエンタリズムと、無機的なテクノロジーが何の根拠もなく同居する無秩序で猥雑な都市デザインを与えられていた。

映画ブレードランナーわかもとのCM
 ▲ 『ブレードランナー』 に描かれた未来都市には、日本髪を結った東洋人の女性が宣伝する胃腸薬 「わかもと」 のCMがひんぱんに登場する

 あの映画に描かれた都市は、確かに、初老のサラリーマンがラーメン屋の屋台から見え上げた光景にどことなく似ていなくもなかった。せいいっぱい感情移入した場合の話だけど…。


 数年のスパンで観たくなる映画というものがあり、 『ブレードランナー』 は私にとってその一つである。
 いまわが家には 「プロデューサーズ・カット版 (劇場公開版) 」 と 「ディレクターズ・カット版 (監督による再編集版) 」 の2種類のDVDがあり、交互にそれを観たりしているが、観るたびに “感じ方” が変わったり、新しい発見があったりして、けっこう飽きない。
 SF映画としてはすでに 「古典」 なのだろうが、その後につくられた 『マトリックス』 やら何やらと比べても、やはり断然新しい。

 この夏、BSで 『スターウォーズ』 全6作を再放映するという企画があったので、放映時間に家に帰れたときは、観られるものはすべて観たけれど、はっきりいうと、退屈だった。
 1970年代から80年代にかけて、同じSF映画として一世を風靡した 『スターウォーズ (シリーズ) 』 と 『ブレードランナー』 だが、 『スターウォーズ』 には画面に見えるもの以上のものは何ひとつ現れない。
 それに比べ、 『ブレードランナー』 は、絶えず画面では見えない世界が奥に潜んでいることを伝えてくる。

 では、 「画面に見えない世界」 は、監督がわざと隠しているのか?

 そうではなく、画面に見えない世界は、観客の脳内に存在するということを訴えてくる。

 こういう言い方もできようか。

 『ブレードランナー』 には、監督や制作者たちの計算を離れたノイズ(雑音)がたくさん混入しており、それがある意味での豊かさをもたらしているのだが、あくまでもノイズに過ぎないため、制作者たちも、そのノイズが生む “豊かさ” を指摘する言葉を持てない。
 しかし、そのノイズは、観客の脳内にバクテリアのように侵入し、不協和音とハーモニーの繰り返しによる発酵を重ね、いつしか独立した妄想世界を醸成する。


 この夏、面白い本を発見した。
 加藤幹郎 著 『ブレードランナー』 論序説 (筑摩書房)

加藤幹郎ブレードランナー論序説

 新宿の紀伊国屋書店で、平積みになったうえに、さらに同一平面の壁を占領するように何冊も飾られていたから、てっきり新刊なのだろうと思って、買った。

 買って、奥付を見たら2004年9月が初刷り (2007年4月3刷り) 。
 すでに、6年前に書かれた本であったのだ。
 それなのに、派手に新刊扱いのように売っていたため、ついつい手にとってしまったわけだ。
 たぶん、私のような “ブレランオタク” の中高年というのがいっぱいいて、それに関する書籍を定期的にこのように扱うと、その購入率が高まるのかもしれない。

ブレードランナー未来都市の鳥瞰
▲ 『ブレードランナー』 に描かれた未来都市。ビルの高層階にはお金持ちのための心地よい環境が整備され、下層では、酸性雨が降り注ぐ路地裏を貧しい人々が享楽を求めて行き交っている。
 この丸いビルには、SF映画の古典 『メトロポリス』 (1925年) へのオマージュ (敬意の念) が込められているという


 20世紀を代表するSFカルトムービーといわれる 『ブレードランナー』 には、あまたの解説書や批評書が存在すると聞く。
 しかし、その手のものを読むのはこれがはじめてだった。

 「映画 『ブレードランナー』 についてはすでに多くのことが語られている。にもかかわらず、やはりなにごとも語られてはいない」
 という本著の冒頭の一句に、まず惹かれた。

 著者の加藤氏はいう。 (引用ではなく、強引な意訳だけど…)
 「この映画には、 “謎解き” の要素がたくさん散りばめられながらも、明確な回答が与えられていないため、そこがファンの心を吸引する “甘い蜜” となる。
 たとえば、インターネットにアップされるファンサイトの記事には、登場人物意味のない動作をひとつひとつ取り上げ、 “そこに込められた謎” を語りたがる無数の人たちの声がひしめいている。
 しかし、その大半は、問う必要もない問に対しての回答だ。 『ブレードランナー』 は、そのような些末な問に一つ一つ解釈を施して満足できるような映画とは根本的に異なる」

 …と、ここまで書いてきて、ふと、この映画を知らない人たちに、どんな映画なのか説明する必要があるように思えた。
 だから、ちょっと簡単な説明を加える。

 物語の背景となる世界は、こんな感じ (↓) だ。

 この映画に設定された “21世紀の地球” では、環境汚染が世界的な規模で進み、お金持ちたちの間では “汚れきった地球” から脱出して、快適な惑星リゾートで暮らすことがステータスになり始めていた。
 しかし、地球外惑星に人間が暮らせるような環境を造ることはそう簡単なことではない。
 なにしろ、太陽の猛火に焼かれる金星や、生物の棲めない乾燥しきった火星に、地球と同じ生活空間を造ろうというわけだから。

 そのため、環境整備の基礎工事を行う労働力として、人間と同じ土木作業能力を持った人造人間 (レプリカント) が製造されるようになった。

 地球外惑星の苛酷な生活環境に耐えるため、レプリカントには、炎暑や極寒の中で生き抜ける壮健な身体を与えられたが、人間の生活圏を混乱させないように、製造されてから4年後に作動停止する (つまり自動的に死ぬ) ようにプログラミングされた。

 レプリカントたちの寿命を4年に限定することは、人間との摩擦を避けるという意味以上に、レプリカントの買い替えサイクルを早めるという意味もあり、それを製造する会社 (タイレル社) の利潤を高めることにつながっていた。

ブレードランナータイレル社の室内
 ▲ タイレル社の社長室。夕陽の残光の中に、古代神殿のような円柱がシルエットとして浮かぶサマは荘厳な美しさに彩られる

 当初、レプリカントには、自分たちの苛酷な労働条件に疑問や不満を抱かないように、喜怒哀楽のような 「感情」 が与えられなかった。命令された仕事を黙々とこなす文字どおりの 「機械」 で、作業中に破損すれば解体されて投棄された。

 しかし、苛酷な労働の反復がレプリカントの神経回路に、新しい回路を開くようになったのか、あるいは製造上の不手際なのかよく分からないのだけれど、個体としての 「意志」 と 「感情」 を持つレプリカントが現れるようになった。

 そのようなレプリカントたちは、しばしば宇宙船の密航を企てて地球に戻り、人間との間にいざこざを起こし始めた。
 そのような無法化 (?) したレプリカントたちを捕獲して解体 (殺戮) する作業員が 「ブレードランナー」 と呼ばれる警察の特殊部隊であり、主人公のデッカードがその一人というわけだ。

ブレードランナープリスとロイ
▲ 地球に潜入したレプリカントのプリス(手前)とロイ

 そして、今回もそのようなレプリカントの4体が、密かに開発中の惑星基地を脱出。人間に混じって宇宙船に潜み、地球に戻ってくるというところで、この話は始まる。
 4人の目的は、延命。
 すなわち、4年に限定された “命” を、せめて普通の人間並みに伸ばせないかという願いが、彼らの地球潜入の目的となっている。

 彼らは、自分たちを製造したタイレル社の社長に直談判して、延命への処置を施してもらうつもりでいるのだが、 「法を犯したレプリカント」 は即座に解体 (殺戮) される運命にあることを知っているため、彼らの行動は、最初から “犯罪” の匂いを帯びる。

 というのが、この映画の大まかな骨子だ。

 こう書くと、人間とロボットの戦いを描く 『ターミネーター』 のようなアクション映画を連想する人が多いと思うが、この映画に漂う空気には、どちらかというと暗く、静かで、物憂く、内省的だ。

 著者の加藤氏は、この映画全体が1940年~50年代にかけて制作された 「フィルム・ノワール」 の系統を引き継ぐ映画だと指摘する。
 フィルム・ノワールという言葉は、一般的には 「暗くてクールなギャング映画」 というニュアンスで受け取られているが、そういった個性は映像的な特徴から生まれたものらしい。

 すなわち、夜の都市に垂れ込む霧、噴き上げる蒸気、点滅するネオンサイン、乗り物のヘッドライト、タバコの紫煙がよどむ暗い部屋……

 心に傷を持つ登場人物たちが、そういった環境を背景に、逆行の中に浮かび上がるところにフィルム・ノワールの映像的特徴があったが、 『ブレードランナー』 は、それが1980年代に復活したものだという。

フィルムノワール「マルタの鷹」
 ▲ フィルム・ノワールの代表作といわれる 『マルタの鷹』 (1941年) 。ハンフリー・ボガードの出世作

 つまり、フィルム・ノワールに出てくる人物たちは、追う者 (探偵、刑事) も追われる者 (犯罪人) も、いずれも逆光の暗がりから抜け出せないような  「スネに傷を持つ者」 であり、どちらが勝利しても 「敗残者の自覚」 を抱えた者同士なのだから、観客にカタルシスを与える明快なハッピーエンドは訪れない。

 確かに、そういった雰囲気は、この 『ブレードランナー』 にもある。

 最初に劇場公開版としてリリースされた 「プロデューサーズ・カット版」 においては、一応ハッピーエンドらしき結末が用意されている。
 だが、そのハッピーエンドは、故意に通俗的なメロドラマの体裁を採ったとしか思えないような、なんと投げやりで、虚無的なハッピーエンドであったことか。

 しかし著者は、このハッピーエンドが用意されたことで、観客が意識することもなく、そして監督ですらも意図しなかったこの映画の 「本当のテーマ」 と 「主人公」 が確定されたという。

 その論考に対して詳しくフォローする余裕はないが、考え方の筋道として面白いな…と思えた部分をいくつか列記する。

 まず、この映画の冒頭には、絶えず “地獄の炎” のような猛火を噴出する未来都市の情景が登場する。
 そして次に、その情景を見つめている 「眼球」 のアップが一瞬だけ浮かび上がる。
 多くの観客は、当然スクリーン上に現れた巨大な 「眼球」 に違和感を抱きながらも、結局、次の画面展開に心を奪われ、 「眼球」 のことは忘れてしまう。

 だが、著者はこの 「眼球」 は誰のものなのか? と食い下がる。

 著者が考える “眼の持ち主” は、最後になるまで明かされない。
 それは監督のリドリー・スコットがメディアのインタビューで答えた “眼の持ち主” とも違っている。

 しかし、この論考の終わり頃に、著者がこの眼の持ち主を特定することで、真のテーマが何であるかということが、それこそ宇宙規模で迫り出してくるという壮大なスケール感を読者は味わうことができる。

 そして、それと同時に、この物語の本当の主人公は誰なのかという、最大の疑問も明らかにされる。それは、まさに監督のリドリー・スコットでさえ意図しなかったものだ。

 以上のことに関して興味のある方には原典をあたってもらうことにして、さしあたり、著者が発見したこの映画のテーマを意訳してしまうと、次のようなものになるだろう。

 「近代の人間観を支える背景となっているものは “私は私である” と信じる自己同一性の神話であるが、それが実は、近代社会の排他的・差別的な文化を生み出してきた元凶となった。
 そのことを、この映画では、 “自我” を持たない存在として差別されるレプリカントと、彼らを差別する人間の境界を曖昧にしていくことで語ろうとしている」
 …ということを、著者は言いたいらしい。

 人間の感情を持たない (はずの) “機械” として製造されたレプリカントが、4年に設定された生存期間の短さを知って苦しむことで、どんどん人間以上の感情を獲得していき、いつしか生命の長さに鈍感な人間を乗り越えていくという物語。 『ブレードランナー』 という映画はそうとも読めると、著者は語る。

ブレードランナーデッカード
 ▲ レプリカントの “解体” を職業としていたデッカード (ハリソン・フォード) は、皮肉にも、タイレル社のつくった新型レプリカントであるレイチェル (写真 ▼) と恋に陥る。
 映画の中のレイチェルはどう見ても 「人間」 なので、 画像的には 「機械と人間の恋」 というスキャンダラスなインパクトには乏しい


ブレードランナーレイチェル

 面白いと思ったのは、著者がリドリー・スコットが編集し直した 「ディレクターズ・カット版」 と 「プロデューサーズ・カット版 (劇場公開版) 」 を見比べ、後者の方を高く評価したことだ。

 両者の最大の違いは、デッカードのヴォイスオーヴァ (モノローグ) が入るか入らないかというところにある。
 監督のリドリー・スコットは、当初映像だけでデッカードの内面を語らせようとしたらしい。
 しかし、これには制作者たちの内部でも批判が上がった。
 「彼が何を考えて行動しているのか、さっぱり分からん」 というのである。

 そこで、プロデューサーの判断で、デッカードの心の動きを観客に知らせるために、ハードボイルド小説っぽいモノローグが挿入されることになった (という話を昔どこかで読んだ) 。
 コアな “ブレランオタク” は、これを 「通俗的だ!」 と非難し、モノローグの入らないディレクターズ・カット版の方を支持したが、 『ブレードランナー』 論序説の著者の加藤氏は、逆にモノローグ入りの方を 「物語としてはウエルメイドだ」 と高く評価している。

 当初、私もモノローグの入らないバージョンの方を支持していたが、それは、すでにこの映画を何回も見て、状況が把握できていたからだろう。

 またエンディングにも、両者には大きな違いがある。
 プロデューサーズ・カット版の方は、メロドラマっぽい通俗的なハッピーエンドが用意されているが、ディレクターズ・カット版は、ハッピーエンドの予兆を漂わせながら、それを観客の判断に任せるようなヒネリの効いた終わり方に変わっている。
 だから、口うるさいマニアは、ディレクターズ・カット版の方を 「芸術性が高い」 と評価する傾向があるようだ。

 一般的に、プロデューサーズ・カット版 (つまり劇場公開版) というのは興行収益を目的とした商業主義的なバージョン。
 それに対し、ディレクターズ・カット版は、芸術性を維持しようとする監督の良心……というような分け方をされがちである。

 しかし、著者はこの映画に限っては、興行的な成功を意識したプロデューサーズ・カット版の方が、テーマを読み説くには効果的な仕上がりになっているという。
 逆に、名監督といえども、必ずしもその作品を完璧に支配下においているわけではない…とも。

 作品というのは、いったん作者の手を離れてしまえば、すでに作者も寄せつけない自立した “生き物” になる、というようなことなのだろうか。

 『ブレードランナー』 という映画は、そのような、監督の制御すら受け付けない怪物に変身した奇跡の映画ということらしい。
 だとしたら、まったく同感である。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

映画「ジェリー」

 わかんねぇ映画だったなぁ…。
 ガス・ヴァン・サント監督の 『ジェリー (GERRY) 』 。 

 BSの 「シネマ☆パラダイス!」 で放映されていた映画で、途中から観たんだけど、あまりの異様さに最後まで目が画面に釘付けになってしまったにも拘わらず、結局 「何なんだ? この映画…」 という戸惑いだけが残った映画だった。 

 Amazon の 「商品の説明」 によると、一応、次のような映画…ということになっている。

 「砂漠をドライブ中、休憩のためにクルマを降りた二人の男は、荒野で道に迷ってしまう。3日間さまよった末に死に直面した二人を待っていたものとは…。監督ガス・ヴァン・サント、主演マット・デイモンによるサスペンス・ドラマ」 ( 「Oricon」 データベース)

 「 『エレファント』 のガス・ヴァン・サント監督による異色スリラー。ドライブ途中の二人の男が砂漠に迷い込み、3日3晩さまよった末に一人だけが生還した実話を映画化。マット・デイモンとケイシー・アフレックが極限状態に陥る男たちを熱演している」 ( 「キネマ旬報社」 データベース)

映画「ジェリー」001

 …っていう言葉で “釣っている” わけだけど、実際はそんなもんじゃないんだな。
 むしろ 「サスペンス」 とか 「スリラー」 とか 「熱演」 の対極にあるような映画だ。

 砂漠を背景に、二人の男をただのオブジェとして置いた芸術品。
 さまよう二人の位置はまったく変らず、背景の砂漠と雲だけが、二人の周りをゆっくりと流れていく。

 まぁ、印象をいえば、そんな感じ。
 シーンと静まり返った美術館で、動かぬ彫刻をひたすら見つめているような作品なのだ。

 映画が終わって、その解説をまかされた美奈子さんと玲子さんのボーゼンとした表情が印象的だった。

美奈子さんと玲子さん

 「今、この私たちが出ているシーンを見ている人ってすごいよね。だって、この映画を最後まで観た人だっていうことだもんね」
 「シネマパラダイスで、よくこの映画を採り上げたよね」
 「途中で (観るの) あきらめちゃった人って多いだろうね」
 「でも、最後まで観た人はえらいよ。 “生還” した人っていうことだもん」

 まったく同感なのである。
 「こんな映画があんのかよ……」
 ほとんどの人が、そんなボーゼンとした気分を味わったのではあるまいか。

 難解なゲージュツ映画が好きな私も、さすがにこれはマイッた。

 すべての “意味” が剥ぎ取られているのだ。

 こういうシチュエーションを描く映画だったら、普通 「過酷な自然」 vs 「弱い人間存在」 というお定まりのテーマに収まるものが多いのだが、ガス・ヴァン・サント監督にはそんな気持ちは毛頭なく、ただ 「荒野を歩く人間のカタチ」 という造形的な興味だけで、ひたすらカメラを回し続けていったような気がする。

 だから、背景となる砂漠は圧倒的に美しい。
 しかし、それは鉱物的な冷え切った美しさで、死を意識した人間の 「末期の眼」 に映る美しさのように思える。

 言ってしまえば、それは 「価値のない美しさ」 。
 迫り来る死を意識した人間にとって、いかに砂漠が美しかろうが、そんな 「美しさ」 はどうすることもできない。

 夕陽に赤く染まる静まり返った岩山。
 この世のものとは思えない青空と雲。

 それを 「美しい」 と鑑賞できるのは、この世に回帰できることを約束された人間だけであって、命のともし火が消えようとする二人には、意味のない造形に過ぎない。

 ただただ歩くだけの二人。
 
 最初は危機から脱出するための歩行だったが、いつしかその意味も失われ、だんだん自分たちが何のために歩いているのか、それすらも分からなくなる。

 そんな二人の背中を、延々とロングショットでカメラが追い続ける。

 この先、何が待っているのか?
 次に何が起こるのか?
 しかし、ずっと観ていると、この映画では 「何も起こらない」 ということが解ってくる。

 ただただ歩く。
 10分、いや20分……。

映画「ジェリー」002

 実際はそんな長い時間ではないけれど、体感的にはそれくらいの時間を、観客は “第3の遭難者” となって、二人の後を追わざるを得ない。

 二人のザク、ザクという無機的な足音が耳の奥に沈殿していく。
 ときおり、風の音なのか、音楽なのか定かならぬ効果音が入る。
 
 しかし、その効果音は、何の情緒も呼び覚まさない。

 生への渇望もない。
 死の恐怖もない。
 虚無へのおののきもない。

 ……でも、すべての画像が強烈な印象なって、脳裡のファイルに焼きこまれる。
 一つひとつのシーンが、一生忘れられない映像になりそうな予感がする。

 何なんだ?
 この映画。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:57 | コメント(3)| トラックバック(0)

ハンマースホイ

 「扉」 というのは 「境界」 なんだな、と思う。

 そこを開けると違った空間が開けるという意味で、 「扉」 は日常生活の中で最もポピュラーな 「異界」 への入口なんだと思う。

 こんなに鮮やかな異界へ渡る 「装置」 が、われわれの生活の中にあるというのに、われわれは日頃そのことに気づかない。

 「扉」 の向こう側が、ある日突然 “異なる世界” へ通じてしまったかもしれないのに、われわれは、そんなことを思いもせずに、扉を開ける。

 毎度、見慣れた景色が広がる。
 でも、そこは、昨日とは違った世界なのかもしれない。

ハンマースホイ「白い扉」
▲ ハンマースホイ 「白い扉」

 そんなことを、ヴィルヘルム・ハンマースホイという画家の絵を見て思った。
 
 恥かしい話だけど、この画家のことをまったく知らなかった。
 『美の巨人たち』 という番組を観ていて、はじめて知った。

ハンマースホイ写真

 ハンマースホイは、19世紀にデンマークで生まれた画家だという。
 人と交わることの嫌いな、寡黙な人だったと伝えられている。
 自分のアパートに閉じこもり、ほとんどその室内だけを描いた。
 たまに登場する人物は彼の妻だが、それも、ほとんどが後ろ姿だ。

▼ 「背を向けた若い女性のいる室内」
ハンマースホイ「絵のある部屋」
 
 そのことだけを取り上げみても、「人間味の薄い人」 という印象が伝わってくる。 
 しかし、絵を通じて、どこか “この世ならぬ世界” の存在を伝える画家は、みなこのような絵を描く。

 フェルメールの影響を色濃く受けた人だというが、フェルメールとの共通性は、その画面に漂う “静謐感” だけで、フェルメールの持っている 「人間の存在感」 は希薄だ。
 むしろエドワード・ホッパーに近い画家だという印象を受ける。

▼ ホッパー 「空っぽの部屋の太陽」
エドワードホッパー絵画005

 ホッパーとの共通性は、 「光」 。
 淋しいのか、暖かいのか分からないような、独特の太陽光。

▼ ハンマースホイ 「居間に射す陽光」
ハンマースホイ室内画像006

 われわれの住む地球を照らす太陽は一つしかないはずなのに、彼らの描く陽光は、われわれの知らない、もう一つの太陽から射してくる光を思わせる。

 『美の巨人たち』 で取りあげた “今日の1枚” は、この 「陽光習作」 。

▼ 「陽光習作」
ハンマースホイ「陽光習作」
 
 小林薫さんのナレーションが、次のような解説を加える。

 「描かれているのは、窓とドアのある部屋です。
 人はおらず、家具も調度品もありません。
 生活の匂いも、温もりもありません。
 あるものは、窓の外の曖昧な景色。
 そして、窓から差し込む光が作りだす心細い陽だまりだけです。
 この絵には、見るべき物が何もありません。
 しかし、なぜか目が離せず、惹き込まれてしまうのです」

 見るべき物がないのに、なぜ惹きこまれてしまうのか。
 それは、この絵が、鑑賞者の意識の整合性を、微妙に狂わせているからだ。
 
 番組では、そこに 「騙し絵」 の効果が盛り込まれているという。

 まず、右側の扉。
 ドアノブがないのだ。
 よく見ると、外に出ることのできない扉であることが分かる。

 ▼ 「陽光習作」 部分
「陽光習作」部分
  
 さらに、左側の窓を通して差し込む陽の角度。
 これが、床に落ちた影の角度と微妙にズレている。
 本来ならば、床の影はもう少し右側に描かれていなければおかしい。

 画家の故意なのか。
 それとも画家の無意識なのか。
 
 いずれにせよ、相当注意して見なければ分からない作画上のズレが、この “な~んにもない” 部屋に、奇妙な非現実感を与えている。

 それは現実でもなく、かといって、全くの非現実でもない。
 その両者の間に広がった、淡い “透き間” 。
 そこから 「虚無の深淵」 が顔を覗かせる。 

 怖い絵でもある。
 しかし、デジャブ体験をしたときのような、ノスタルジックな懐かしさが、絵の奥からそおっと忍び寄ってくる。

 すでに、記憶の古層に沈殿して、思い出すこともない昔。
 どこかで、このような部屋にいて、誰かを待っていたことがある。
 そのような、幼児期に感じた淋しさと懐かしさが、陽だまりの匂いとなって、ふわっと鼻腔をかすめる。
 
 幼児期の記憶は自分のものであって、すでに自分のものではない。
 それは 「扉」 の向こう側にある 「異界」 でしかない。

 その異界が、ドアの向こう側でじっと待っている。
 「陽光習作」 とは、そんな絵だ。

 ハンマースホイの名を知って、少しネットで調べてみた。
 いろいろな人が、この画家についてさまざまな発言をしていた。
 それらの記事のレベルの高さにびっくりした。

 どこかのブログのコメントで、 「きちんと調律されていないピアノの音が流れているような…」 という表現があった。
 言いえて妙だと思った。

 ネットを見ていると、この画家の絵に触れると、つい何かを語りたくなってしまう人がたくさんいることを知ったが、そのほとんどが、 「何かが象徴されているらしいのだが、それが何なのかは、決して明らかにならない」 という論調でまとめられていた。

ハンマースホイ「白い扉」

 絵画というのは、描かれたもの中に、 「描かれないもの」 を描くことだと思う。
 ハンマースホイの絵は、そのことを端的に教えてくれる。


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:39 | コメント(4)| トラックバック(0)

長谷川等伯の絵

 長谷川等伯の絵について、何かひと言書きたいと思っていたのだが、鑑賞眼もないし、予備知識もないので、何も書けないままでいた。

 でも、圧倒されるのだ。
 いったい、こういう空間造形は、どういう精神から生まれてくるのか。

長谷川等伯「楓図」全体

 その秘密に迫りたいという気持ちだけは、絵を見るごとに募ってくる。
 等伯のライバルといわれた狩野派の絵においても同様だが、このような “超フラット” な空間を造形する心は、どこから生まれてくるのか。

 西欧近代の絵画を見なれた人からみると、等伯や狩野派の屏風絵に描かれる世界は、奥行きを失った、立体感の乏しい、平面的な図像にしか見えないだろう。

 しかし、現代のポップカルチャーに親しんだ人なら、このような絵は、 “絵画” というより、新しい都市環境を彩る “デザイン” に見えるかもしれない。

 たとえば、下の絵は有名な尾形光琳の 『紅白梅図屏風』 だが、このような絵を見ていると、昔の絵師の描いた絵というよりも、現代のアーチストが手掛けるポップアートのような斬新さが漂ってくる。

尾形光琳「紅白梅図屏風」

 実際に、デザイナーズ旅館や新意匠の割烹料理店などで見かけるインテリアには、けっこうこのような意匠をモチーフにした装飾が増えている。

 それらを称して 「和モダン」 というが、そのような意匠は、すでに大都市圏の店舗設計の中などにも相当採り入れられており、今や、西欧風の意匠を施したインテリアを古臭いものに見せるほど、現代の都市空間の中では主導的なデザイントレンドになりつつある。

 安土桃山時代の巨匠の絵画と、現代の和モダン的なデザイン意匠が類似しているということが何だかとても不思議に思えていたのだが、昨夜、NHKの 「歴史秘話ヒストリア 『名作選 美の戦国合戦』 」 という番組を見ていたら、意外と単純な事実を知らされた。

 長谷川等伯にしても、狩野永徳にしても、彼らは 「絵」 を描いているという自覚はなかった。
 いや、もちろん 「絵」 は描いていたのだけれど、それは近代西洋絵画でいわれるような、芸術家が自分の主観のおもむくままに描く “アート” ではなかった。

 では、どんなものを描いていたのかというと、建築物の一部を飾る “装飾” だったのである。
 つまり、時の権力者の壮麗な建築物をきらびやかに飾るために、請われるままに細工した室内装飾だったのだ。 

 確かに、等伯の代表作といわれる 『楓図』 にしても、永徳の傑作といわれる 『唐獅子図屏風』 にしても、障壁画や屏風 (びょうぶ) 画である。
 要するに “家具” だ。 
 彼らは、その “家具” を造形するための 「職人」 だったのである。
 和モダン的インテリアデザインとの類似性が認められるのは当然であろう。

狩野永徳「唐獅子図」
▲ 狩野永徳 『唐獅子図屏風』

 しかし、それにしても、その不思議な空間造形は、圧倒的な迫力でわれわれの胸に迫る。
 そこには、ヨーロッパ的な芸術観などでは解釈できないような、異次元の空間が造形されている。

 遠近法という絵画表現を手に入れたヨーロッパ近代絵画は、 「奥行き」 を手に入れた。
 それを見ていると、われわれは、その絵の中に入っていけるような “深さ” を感じることができる。

遠近法絵画
▲ 遠近法で描かれたヨーロッパ絵画

 しかし、等伯の 『楓図』 には、奥行きがない。
 奥行きがないのに、言葉を失わせるような、鮮明で巧緻なリアリティが生まれている。
 これを 「不思議」 といわずに、何といおう。

 手を触れると、ささくれだった幹の感触が得られそうな現実感を漂わせながら、同時に、人がその絵の中に入ってくることを拒む、ただの 「壁」 であるという不思議さ。

 そこに、ある種の “超越性” が現前しているといってよい。
 奥行きを失ったことが、逆に、見せかけの 「奥行き」 では表現できない、永遠に手が届くことのない世界の存在を教えてしまうのだ。

長谷川等伯「楓図」部分
▲ 長谷川等伯 『楓図』 (一部)

 このような絵に接してしまうと、最近はやりの3D映画など、何を表現しているのか、考える気もしなくなってしまう。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

龍馬伝おもしろ!

 日曜日の夜、家にいるときはついつい見てしまう 『龍馬伝』 。

 司馬遼太郎氏の 『竜馬がゆく』 以来、坂本龍馬という人物に対する巷の評価が過大すぎるような気がして、このドラマにもあまり期待していなかったのだが、見るたびに面白さが際だっていくように思う。
 最近のNHK大河ドラマの中では出色のできかもしれない。

龍馬伝ポスター

 『篤姫』 以来、言い意味でも悪い意味でも “開き直った” NHK。
 「史実」 よりも 「ドラマ」 と割り切った姿勢が、この作品では成功したようだ。

 もともとHNKの大河ドラマは嫌いではなかったけれど、あまりにも史実を無視した荒唐無稽な設定が多く、腹もよく立てた。
 この 『龍馬伝』 でも、かなり史実とは異なる誇張や脚色がなされているが、見ているうちに 「ドラマ」 と割り切るクセがついたせいか、あまり気にならなくなった。

 そもそも史実とは何ぞや?

 私たちが “史実” と思い込んでいるものは、案外、歴史小説家が自分の想像力でおぎなった創作部分であったりするものが多い。 (特に司馬さんの作品はそういうものが多い)

 だから、自分の頭の中に定着したイメージと異なるものを見せつけられると、 「歴史の改ざんだ!」 と憤慨してしまうのだけれど、よく考えると、単に 「ドラマ」 対 「ドラマ」 の、できの良し悪しを評価しているだけだったのかもしれない。

 で、ドラマとして考えると、 『龍馬伝』 、今のところ悪くない。

 そう思う理由は、龍馬という一人のスーパーヒーローを描くのではなく、幕末を生きた若者群像を描いているところにある。
 つまり、龍馬の周辺を固める役者たちがみな素敵だ。

 「ドラマ」 なんだもん。
 基本的には、役者の質で決まってしまう。

 今の自分のお気に入りは、なんといっても武市半平太を演じる大森南朋さん。

大森南朋003

 この人の演技は素晴らしいなぁ。
 『ハゲタカ』 で主役を張って以来、ずっと注目してきた人だけど、彼が出てくると、画面が締まる。

ハゲタカDVDジャケ

 融通の利かない理想主義者で、自尊心が強くて、大義のためには仲間を見殺しにするような冷酷さを秘めながら、一方では、そんな自分を自分で責めて苦悩する武市半平太という人物を見事に演じていると思う。
 「理想主義とは狂気を宿すことだ」 ということが、彼の演技を見ていると、よく伝わってくる。

 で、彼の演じる武市半平太というのは、いわば、陽の当たるところに常に身を置く坂本龍馬の 「影」 のような存在なんだけど、武市がいるからこそ、龍馬の “向日性” が際だつという役柄を引き受けて、見事!

 こういう役者に、しっかりした役柄を与えただけでも、NHKを支持するね。

 あと、 「いいなぁ…」 と思う役者は、千葉道場を仕切る千葉重太郎の役柄を与えられた渡辺いっけいさん。

渡辺いっけい氏

 妹の佐那が龍馬に恋心を抱いていることを知り、なんとかその思いを遂げさせようと、優しい兄貴ぶりを発揮して画策するのだが、どこかピントがズレていて、ユーモラス。

 そこがまた、真面目で優しい人柄をしのばせる名演技になっている。
 地味な役柄だけど、こういう役者が 『龍馬伝』 を支えている。

 あと、龍馬の初恋の相手といわれる加尾の兄貴、平井収二郎を演じる宮迫博之さんもいいなぁ。

宮迫氏002

 武市半平太の攘夷思想に共鳴し、権謀術数も辞さない覚悟を固めていく平井収二郎。
 単純で粗暴な性格のように見えて、妹のことを親身に思う兄貴ならではの弱みもさらけだしてしまう複雑な役柄を、宮迫さんはうまく演じているように思う。

 今後、この人はお笑いタレントというよりも、シリアスな演技で本領を発揮していく人になっていくのではなかろうか。

 そんなふうに、龍馬の脇を固める演技人がみな達者。
 ドラマの面白さというのは (主役もさることながら) 、脇役たちの名演技に支えられてこそ生まれてくるものだと思う。

 ホコリが舞い散る江戸の町並み。
 白塗りの厚化粧を廃した、女優たちのすっぴん演技。
 いろんなところで、今までの大河ドラマの流れを変えようとしていることが伝わってくる。

 『龍馬伝』 おもしろ!

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:32 | コメント(2)| トラックバック(0)

どうにかなるさ

 キャンピングカーの中の 「独り宴会」 が好きである。
 仮に泊まるところが、RVショー会場の駐車場であっても、酒と音楽があれば、窓の外の風景が無味乾燥だろうが、話し相手がいなかろうが、まったく苦痛ではない。

愛車のダイネット001

 ただ、酒はなくても、音楽がないと、ちと淋しい。
 だから、どんな短い旅でも音楽ソースだけはいっぱい持っていく。
 最近の新譜はほとんど知らないので、聞くのは昔の音ばかり。

 ここちょっと、昔の日本語のポップスをよく聞いている。
 もともとサウンドしか興味のなかった人間なので、J ポップを聞いても、あまり歌詞に関心が向かなかった。
 しかし、この頃になって、ようやく昔のポップスの “歌詞” に注目するようになった。

 すると、不思議。
 なんだか、新しい歌を聞いているような気分になるのだ。

 この前、名古屋のショーに出向いたときは、長島温泉の駐車場に泊まって、かまやつひろしの 『どうにかなるさ』 を何度も聞いた。

かまやつひろし氏

 昔、この歌を聞いたとき、日本ではじめて 「日本語のカントリー&ウエスタン」 が生まれたと思った。
 それほど、作曲したかまやつひろしは、カントリー&ウエスタンのエッセンスというものを、よく捉えたように思えたのだ。

 当時の日本語のポップスは、どんなに洋楽の意匠を盛り込もうとも、どこかで歌謡曲の匂いがポロっと表れてしまっていたが、この曲にかぎっていえば、歌詞が日本語であることを除けば、純度100パーセントのカントリーのメロディが再現されていた。



 で、このたび改めて歌われている言葉に注目してみたのだが、これがけっこう味わい深い歌詞なのである。
 
 こんな歌詞だ。

  今夜の夜汽車で、旅立つ俺だよ
  あてなどないけど、どうにかなるさ
  あり金はたいて切符を買ったよ
  これからどうしよう。どうにかなるさ

 主人公は、いったいどういう人間なのだろう?
 考え出すと、興味がどんどん膨らみ始めた。
 
 面白いのは、主人公のキャラクターだ。

 切符を買うのに、 「あり金をはたいてしまい」 、 「これからどうしよう」 とつぶやいているわけだから、彼には危機管理能力というものがまったくないことが分かる。

 しかし、それでもこの男は 「どうにかなるさ」 と開き直る楽天性を備えており、少なくとも、うつ病患者が多いといわれる現代では、ちょっと考えられないようなキャラクターだといえそうだ。

 それにしても、そのとき彼は、いったいいくら持っていたのだろう。
 
 今だと、青森県から山口県まで、新幹線を使っても3万円ぐらい。
 この歌が生まれた時代では、3000円といったところか。

 その程度の金をつぎ込んで、 「使い切る」 と表現するいうことは、彼の給料は、現代に換算すると月15~16万程度か?
 いったいどんな仕事をしていたのだろう。

 手がかりは2番の歌詞にあった。

  仕事も慣れたし、町にも慣れたよ
  それでも行くのか どうにかなるさ
  1年住んでりゃ 未練も残るよ
  バカだぜ、おいらは どうにかなるさ  
 
 歌の雰囲気からは肉体系の仕事が連想されるが、ドヤ街の殺伐さも感じられないので、建設系ではないのかもしれない。
 仕事に慣れるのに1年かかっているところをみると、単純労働というよりも技術系の仕事であることも推測される。

 住む場所は、どんなところだったのだろう。

 「町に慣れた」 と言っているところをみると、そんなに複雑な大都会ではない。
 生活圏も広そうではない。
 仕事場とアパートの距離も短く、その間に居酒屋が数軒という小さな地方都市が目に浮かぶ。

場末のスナック

 気になるのは、2番のサビの部分。

  愛してくれた人も 一人はいたよ
  俺など忘れて、幸せつかめよ
  一人で俺なら、どうにかなるさ
 
 この恋人は、はたしてどんな女性だったのだろう。
 
 まず、考えられるのは、行きつけの飲み屋のママさんとか従業員。

 しかし、夜汽車の切符を買ってしまうと金さえ残らないような給料のことを考えると、そんなに足しげく飲み屋に通っているとは考えにくく、ひょっとしたら 「棟梁の娘さん」 …というような、仕事を通じて日常的に会っていた女性と考えてもいいだろう。
 
 気になるところは、相手が 「愛してくれた」 …のに、主人公が応えてやらないことだ。

 こういう場合、三つのパターンが考えられる。
 
 ひとつ。
 相手は美人でもなく、性格的にも合わなかったというケース。
 どっちかというと、男の方がストーカー的に追いかけ回されたというパターン。
 その場合は、男が逃げ出したということになる。

 二つ。
 男の片思い。

 この場合は、 「これ以上追いかけ回すと、はっきりとフラれるな」 という危機感から、相手をあきらめてしまうというケースが想定される。

 つまり、自分の自尊心を傷つけないように、 「愛されている」 という思いを維持したまま、最終的な破局から目をそらすという心の動きが想定される。
 そうなると、 「俺など忘れて幸せつかめよ」 というのは捨てゼリフとなる。

 三つ。 
 最初から、恋が成就しないことが分かっている相手。
 つまり、身分違いの女性。

 彼女は、良いところのお嬢さんで、高学歴で高収入の男のもとに嫁ぐことが決まっている。
 そうなると、歌詞で使われているボキャブラリーからして、あまり高学歴とは思えない主人公に嫁ぐことなど、親が絶対許さないということになり、それを解っている男は去るしかない。

 この解釈がいちばん自然であり、歌の雰囲気とも合う。
 私は、この女性は、主人公の勤める会社の社長令嬢だと推定した。

 たぶん、彼女には親が進めた縁談があったのだ。
 彼女は、それを破談にして、主人公と一緒になる決意を固めている。
 当然、親子の関係はこじれ、家庭も職場も収拾がつかなくなる。

 そういう事情を解ったからこそ、主人公は、あり金はたいて、急遽、夜汽車に乗る決意を固めたのだ。

 これは、カントリー&ウエスタンによくあるパターンといってもいい。 
 日本の演歌でも、 “股旅もの” は、このパターンを踏襲する。
 洋の東西を問わず、古典的な人情劇の中軸を担っていたテーマである。

 こういうテーマが現実性を帯びて感じられる社会というのは、どういう社会なのだろうか。

 人口が流動的に動いている社会である。

 カントリー&ウエスタンという音楽は、 「家族や村という共同体に縛られず、旅の空の下で死ぬ男」 を歌ったもので、その根底には、人口が流動的に動く開拓期の精神風土が反映されている。

 さらに、20世紀の初頭、不況下のアメリカでは各地に放浪労働者がたくさん生まれ、彼らが当時インフラ整備されつつあった鉄道網を使い、日雇い労働者として全米に散らばっていったという歴史的事実も、その後のカントリー&ウエスタンを支えるバックボーンとなった。

セリグマンルート66

 このような 「人が動く時代」 では、 「住み慣れた町」 を離れ、夜汽車に乗って 「あてなくさまよう」 ことすら、希望であったかもしれない。

 世界の大衆音楽の中で、 「ロンリー」 とか 「ロンサム」 という言葉がもっとも多用されるのがカントリー&ウエスタンだといわれているが、その曲調は、どれも明るい。
 そこには、 「町を去り、人と別れる」 ことが新しい 「出会い」 を約束するという楽観主義が横たわっている。

 日本も、似たような 「人が流動する」 時代を迎えたことがあった。

 『どうにかなるさ』 がつくられたのは1970年。
 …ということは、60年代の精神風土を色濃く反映した歌だと思っていい。

 60年代というのは、 「集団就職」 に象徴されるような、日本全域を民族大移動が襲った時代。
 1960年から1975年の15年間のうちに、東京、大阪、名古屋の3大都市圏には、1533万人の人口が流入したという。 

 『どうにかなるさ』 という歌は、恋人と別れても、別の町に行けば、また新しい出会いがあるというカントリー&ウエスタン風の楽観主義に裏打ちされた歌なのだ。

 歌詞をつくったのは、山上路夫。
 かまやつひろしの曲が先にできたのか、山上路夫の詞が先にできたのかは分からないが、両者の目指す世界がぴったり合ったという気がする。カントリー&ウエスタンの精神風土を、日本の土壌に置き換えた名曲だと思う。

 ……ってなことを考えながら、自分のキャンピングカーの中で、一人ダイネットシートにあぐらをかいたまま、グダグダと酒を飲む。

 至福の時。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

キャンカーの歴史

《 『日本のキャンピングカーの歴史』 ついに発売 》

 2月初旬に行なわれた 「キャンピング&RVショー2010」 会場において、私が編集を担当した 『日本のキャンピングカーの歴史』 が発売された。

 ページ数は本文90ページ。
 中の写真はモノクロ。
 地味な体裁の冊子だが、それでも幕張ショー会場においては10数冊売れたという。

日本のキャンピングカーの歴史

 書店コードを取るほどの作りでもない小冊子なので、書店売りはしない。
 発売は、申し込みによる直販と、日本RV協会 (JRVA) さんが主催するキャンピングカーショー会場において行う予定。

 ほんとうは、もう少し詳しい画像を探し出して取り込み、さらに多くの証言や資料を加えた本格的な “歴史書” を作りたかったのだ。

 しかし、それには資料集めや取材に時間がかかる。
 急ぎの仕事を優先していたため、途中、この書を編纂する業務がストップしてしまったこともあった。

 そんなことをしているうちに、いちばん読んでいただきたかった日本オート・キャンプ協会の初代専務理事を務められた岡本昌光氏が亡くなられた。

 それを機に、キャンピングカーの黎明期を支えた方々がお元気なうちに目を通していただかなければ意味がないと思い始め、急遽、書店コードを通さない小冊子のまま発行することに踏み切った。

 幸いなことに、取材にお応えいただいた方々にお渡ししたときの反応や、オートキャンプ系メディアに携わっている方々からの評判はいい。

 うれしいのは、 「文章が読みやすくて、面白い」 というご評価をくださった方々が多かったこと。

 なかには、 「こりゃ歴史書というより “物語” だな」 という表現を使われた方もいらっしゃった。
 歴史書としての厳密さが後退し、“脚色” を重視したエンターティメント性が前面に出ていると感じたという。

 たぶん、それは語り口のことを指摘されたのだろうと思う。
 ブログと違って、ことさら誇張したり、煽ったりするような文章はひかえたつもりでいたが、読む人が読むと、 「小説やエッセイの語り口になっている」 らしい。
 
 そうだとしたら、それはもう自分の 「生理」 や 「体質」 みたいなもので、そう簡単に治らないものかもしれない。

《 キャンプブームとともに歩んだキャンピングカー 》

 本書の前半では、日本における “キャンピングカー1号車” の話に始まり、今から50年前に繰り広げられた国産キャンピングカーによる世界冒険旅行をレポートした。
 それに続き、わが国のオートキャンプブームの台頭とともに、手作りキャンピングカーが流行りはじめ、それが全国に普及していく様子を眺めてみた。

 従って、前半は 「キャンピングカーの歴史」 というよりも、オートキャンプの歴史の中で、キャンピングカーがどのような役割を果たしていったかということにフォーカスされている。

 ここまでの取材では、主に (社) 日本オート・キャンプ協会 (JAC) に関わられた方々にお会いして、話を聞いた。
 なんといっても、日本のオートキャンプの普及はJACの存在を抜きにしては語れない。
 キャンピングカーもまた、このJACの成長とともに裾野を広げてきたのだ。

 後半は、プロのビルダーたちの夢と情熱をかけた闘いのドラマを描いてみた。

 キャンピングカーが1台止まっていれば、それを見た100人のうちの100人が 「レントゲン車」 と答えるような時代。
 それを 「キャンピングカー」 として認めてもらうためには、開発者や制作者の智恵と努力の結集がどれだけ必要だったことか。

 この本の後半では、その智恵と努力を使って勝負してきた今のビルダーや輸入車販売店の足跡を描いた。

《 日本RV協会・前史 》

 この後半部分になると、現在の業界を支える会社の名前がかなり出てくるはずだ。
 いってしまえば、この後半部分は、 「日本RV協会・前史」 という性格を持っている。

 この業界に携わる若い人たちは、自分たちの先達が、いかに 「RV協会の歴史」 を造ってきたかということを、この書によってはじめて知ることになるだろう。

 本書はひとまず、日本RV協会が設立された時点で終了させた。

 しかし、実は、ここに登場していない方々が作られた 「歴史」 というものがある。
 たまたま取材地が遠方であったり、お会いできるタイミングが合わなかったりして、歴史を語るキーパーソンでありながら、ここに漏れてしまった方々も多くいらっしゃる。

 また、年齢的にはまだ若くても、すでに業界の歴史を背負うような大事業を成し遂げている方もいらっしゃる。

 今回は、資料としてのボリュームと時間の制約があって、世代的に、キャンピングカーの黎明期から成長期にかけて活躍された方々の取材が中心となったが、今回の取材に漏れてしまった方々や、その後に活躍された方々が作り上げてきた 「歴史」 の方は、次の機会にぜひ紹介したい。
 その含みもあって、本書のタイトル下に 「準備号」 と銘打った。

《 歴史のだいご味 》

 キャンピングカーが今の形を整える前、初期のハンドメイドユーザーや業者たちが造ったもののなかには、今では信じられないほど奇抜なもの (自信作? 失敗作?) もあった。

 しかし、それは今の視点で見るから “奇抜” なのであって、もし、そっちの方が主流になっていれば、今のキャンピングカーのスタイルこそSF映画にでも出てくる “宇宙人の乗り物” のように見えるのかもしれない。

 「歴史」 とは、そのような視点でモノを眺めることの面白さに触れることであり、だからこそ歴史は、 “未来のヒント” が詰まった宝庫でもあるのだ。
 そのような本の編纂に携われたことを幸せに思っている。


《 本書の購入について 》

 直販をお望みの方は、 『日本のキャンピングカーの歴史希望』 と書き添え、下記にまでご連絡をいただきたい。
 info@campingcar-guide.com

 定価は600円 (税込み)
 判はA4サイズ、90ページ

 料金徴収は、郵便配達された段階で、郵便局員にそのまま 「本体価格、送料、手数料」 を払い込む 「代引き」 となる。(本体価格 + 送料 + 手数料で、1,200円程度) 

 また、本書は、日本RV協会さんが主催される全国のキャンピングカーショー会場の 「協会ブース」 においても発売される予定。
 こちらでは、送料、手数料なしの定価通りの販売となる。

 時間的な余裕のある方は、RV協会主催のショー会場に足をお運びいただき、ショーを見物するかたわら協会ブースでご購入されることをお薦めする。

RV協会ブース(幕張)
▲ 幕張ショーの協会ブース

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 なお、本書の購入できる2010年度前半のキャンピングカーイベントは下記の通り。

 ● 名古屋キャンピングカーフェア
 2月27日 (土)~ 28日 (日)
 ポートメッセ名古屋 (愛知県)

 ● キャンピングカーショー大阪 (大阪アウトドアフェスティバル)
 3月6日 (土) ~ 7日 (日)
 インテックス大阪 (大阪府)

 ● 東北キャンピングカーショー
 3月20日 (土) ~ 21日 (日)
 夢メッセみやぎ (宮城県)

 ● キャンピングカーフェスタ in HIROSHIMA
 3月27日 (土) ~ 28日 (日)
 広島市中小企業館 (広島県)

 ● 九州キャンピングカーショー
 5月22日 (土) ~ 23日 (日)
 グランメッセ熊本 (熊本県)


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 04:05 | コメント(6)| トラックバック(0)

岡林信康の時代

岡林信康001

 NHKの歌番組 『SONGS』 で、岡林信康を見た。
 実は、彼の顔を映像を通じてまじまじと見たのは、これがはじめてだった。
 1946年生まれだというから、もう60代半ば。
 どこにでもいる “おっちゃん” の顔だったが、さすがにいい顔をしていた。

 時代の寵児のような扱われ方をして、周囲の期待や評価と自分自身とのギャップに悩み、音楽活動から足を洗って田舎で隠遁生活を送ったこともあるという。

 苦労もいろいろあったのだろうが、その苦労が刻まれていない表情がいい。

 若い頃の映像や写真も紹介されていたが、意外と無防備のボンボン風の顔つきの人で、ちょっとびっくりした。
 当時の音楽雑誌に登場していた顔やレコードジャケットの顔から、どこか凄みを漂わせたカリスマ風の男だと思い込んでいたのだ。

岡林信康002

 放送禁止となるような歌をいくつもつくり出し、時代に激しく抗議した男。
 そんな自分におののき、周囲の過剰な期待におびえて、逃げ出したくなる男。
 どちらも真実だったのだろう。

 時代的には、私は、岡林信康の歌をほぼリアルタイムでフォローした世代である。
 とりたてて熱心なファンではなかったが、彼の歌は、いつも自分の生活の中に流れていた。

 友だちの下宿を訪れ、ギターを弾きながら酒を飲むぐらいが唯一の娯楽だった時代。サントリーホワイトを、氷も入れず、水道の水で薄めながら、友だちの弾く 「チューリップのアップリケ」 を聞いた。

 ガード下の飲み屋では、学生運動をやっていた先輩たちがコップ酒をあおりつつ、 「山谷ブルース」 を口ずさむのを聞いていた。

 小学校からつきあいのあった旋盤工の友だちが、給料日におごってくれた日、公園の夜道を、 「友よ」 歌いながら肩を並べて歩いた。

 あまりにも岡林的な生活の中にいたので、それは 「歌」 ではなく、 「空気」 だった。

 「空気」 だから、感傷もない。
 それらの歌を、いま歌ったとしても、センチな気分も湧かない。

 しかし、 『SONGS』 という番組で、あらためて彼の歌を聞いてみて、彼がかつてつくった歌が、今の時代にも十分に耐えられるものであることを知った。

 派遣切りが横行する今の過酷な格差社会が、 「山谷ブルース」 の時代と酷似してきた、などというつもりはない。  
 彼の歌に、きわめて日本人特有の “詠嘆” のようなものが感じられたからだ。

 「山谷ブルース」 には、
 「どうせ、どうせ、山谷のドヤ住まい…」 という歌詞が出てくる。
 
 あるブログを読んでいたら、日本人が使う 「どうせ」 という言葉のニュアンスは、外国人は分かりにくいものだろうという表現が出てきた。

 それは 「皮肉でも、絶望でも、怒りでもなく、この世界を希望のないかたちで受け入れつつ、 “自分はここにいてはいけないのではないか” という嘆きをカタルシスに変えてゆく心の動きからこぼれ出る言葉……」 なのだそうだ。

 岡林の 「山谷ブルース」 を聞いていたら、きっとそういうことなんだろうな…という気がした。

 『SONGS』 は、岡林と美空ひばりの交友に中心が当てられたつくりになっていた。
 田舎に隠遁し、畑を耕しながら、自給自足の生活をしていた岡林は、自分一人で生き抜くことの辛さをはじめて知り、日本人の心を支え続けてきた演歌の深さに目覚めたという。

 そんな岡林のつくった1曲の演歌を、美空ひばりが認める。

 美空ひばりは美空ひばりで、彼のつくった演歌に、今までの演歌産業の現場では触れることのなかった “失われた青春” というフォークの叙情を嗅ぎとったのかもしれない。

 二人の間に友情が芽生え、歌を通じた心の通い合いが生まれる。

 番組では、その当時、美空ひばりが岡林に作曲を託した歌があったことを伝える。
 歌詞をつくった美空ひばりは、その歌詞にメロディーをつける人間として、岡林以上の人はいないと判断したらしい。

 しかし、岡林は、その歌詞を託された当時、 「歌にならない」 と思ったという。
 歌には 「死の谷を越えて飛び続けるひばり」 などという歌詞が登場し、その暗さを、当時29歳だった岡林は受け止め切れなかったのだそうだ。

 ひばり没後20年にして、ようやく彼は、その詞に曲をつける。
 『麦畑の鳥』 と題されたその歌は、演歌やフォークともまた違った、静謐な哀しみに包まれた、透明度の高い曲だった。

 彼は、美空ひばりの曲ばかりで固めたカバーアルバムも出したという。
 レコーディングに参加した面々の顔ぶれが意外だった。
 山下洋輔や細野晴臣も加わったというから、およそ単なる演歌のアルバムではないことがすぐに分かる。

 その中の1曲、 「悲しき口笛」 が山下洋輔のピアノを背景に披露された。
 ジャズのアレンジが施されたせいもあるのだが、なんとも 「都会的」 な歌になっていた。

 「都会的」 という言葉は誤解を招きやすいかもしれない。
 今の東京や大阪のような都会にはない 「都会」 といえばいいのだろうか。
 
 かつての西田佐知子とか、フランク永井の持っていた 「都会性」 。
 都会に、まだ 「裏町」 や 「場末」 という甘く危険な香りを放つスペースがあった時代の 「都会性」 。
 大人だけが楽しめる、ちょっと排他的な快楽の匂いがかすめる 「都会性」 。

 そんな、今はどこの都会からも消えた幻の都会の匂いが、岡林の歌った 「悲しき口笛」 には感じられた。

 プロテストソングから、演歌の道をたどり、今、さらにそこから別の進化を遂げようとしている岡林信康。 

 かつては、必ず 「フォークの神様」 という枕詞で語られた岡林信康が、ようやくその枕詞から解放された姿を見たような気がした。

 岡林信康の 「時代」 とは、まさにこの 「現代」 のことだと思った。

 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

山本馬骨氏の新著

 『くるま旅くらし心得帳』 (新風舎 2006年) の著書を持つ山本馬骨氏が、その続編ともいうべき 『くるま旅くらし読本』 を発行された。
 といっても、前著の出版を引き受けた会社がなくなってしまったため、今回は著者ご自身の手による手作り製本。

くるま旅くらし読本

 “手作り” といえども、しっかりした無線綴じで製本されたていねいな仕上がりで、ところどころ美しい写真が挿入され、巻末には紙色を変えて 「付録」 がつけられるという、贅沢な本になった。

 ただ、凝ったつくりのため、量産はできず、初版は20部だとか。

 その貴重な1冊を昨日お送りいただいた。

 素晴らしい本である。
 前著はプロの出版社から発行されたものであったため、本の体裁は整っていたが、大量生産品の匂いが強かった。
 しかし、今回は、装丁の色合いといい、誌面構成といい、中の写真といい、心のこもったつくりになっていて、 「アート」 の風格が漂う素敵な本になっている。

くるま旅くらし読本グラビア001

 もちろん、内容的にも深みが増している。

 「60歳からのくるま旅くらしの楽しみ方」 というサブタイトルからも分かるとおり、リタイヤされた方々のキャンピングカーライフのノウハウを伝授した本であるが、単なるノウハウ本とは違って、 「セカンドライフとどう向き合うか」 という、人生そのものを問う著者の眼差しが、なんとも鋭く、かつ温かい。

 第一章の 「定年後という人生」 という章を読んだだけで、早くも著者の透徹した視線の確かさに、居住まいを正すような気分になる。

 「現役時代に、自分の好きなことを好きなようにやって来られた人は、恵まれた人だと思います。
 しかし、そのような人はほとんどいない、というのが私の見解です。
 自由な意思決定を行えるような立場にいた人でも、自由な意思決定が許される場面など、ほとんどなかったというのが実態のような気がします。
 しかし、定年後の人生は自分自身が主役になり、自分の自由意思で、その行き方を判断し、決めてゆくことが可能なのです」

 定年を間近に控えた人で、このような言葉に触れて、心がときめかない人がいるだろうか。
 ようやく、自分の人生を手に入れられると、心が “はやる” ではないか。

 しかし、著者は続けて、このようにも言う。

 「ところが、この自分で主役となって物事を決めていくというヤツは、なかなか厄介なのです」

 つまり、自分が主役になったとたん、何をしたらいいのか、それがなかなか見つからないものなのだ…ということを、馬骨さんは自分の経験と照らし合わせて語る。
 ここには、哲学者をいつも悩ませた 「自由とは何か」 という普遍的な問題に迫る洞察が潜んでいる。

 さらに、素晴らしいなぁ…と思って、思わずアンダーラインを引いてしまった文章があった。

 「旅は発見である」 と書かれたあとの文章は、こう続く。

 「旅くらしでは、新発見というよりも再発見ということが多いように思います。
 今まで解っていたこと、あるいは観ていたつもりでいたことも、時間をかけてじっくり観たり聴いたりしてみると、今までとは違った新たな感慨に触れることが多いのです。
 駆け足の観光旅行では、ほんの上っ面だけしか見ていないものです。
 だからスピードを落とせば落とすほど、 “再発見” の可能性が高まります。
 スピードを落としても、失う時間よりも獲得する時間の方が多いように思えます」

 “スロートラベル” といわれるキャンピングカー旅行の真髄を、これほどまでに的確に表現した文章があっただろうか。

 結局、どんなに時間をかけて日本一周をしたとしても、 「再発見」 の目を持たない旅行は、何ももたらさない。
 本著は、その 「再発見」 の目をどうやって育てていくのか。それについて語っているような本でもあるのだ。

くるま旅くらし読本グラビア004

 かといって、難しい本ではない。
 基本的には、キャンピングカーを使った長い旅を、安全に、健康に、楽しく続けるための“指南書”であり、そのための鮮やかなヒントが、宝石箱につまった宝石のように、キラキラと散りばめられた本である。

 馬骨氏は、キャンピングカーを使った 「くるま旅くらし」 が、高齢化の進むこれからの社会では老人医療の負担を軽減するという視点を明確に打ち出しており、キャンピングカーライフがいかに心身の 「健康維持」 をもたらすかという分析は、傾聴するに値する。

 「くるま旅くらし」 というものが、どういうものであるか。
 手っ取り早く知りたい人は、巻末に集められた付録の 「くるま旅くらしに関する何でもQ&A」 を見ることをお薦めする。  

 ここには、車種選びから、装備品目の使い方、泊まる場所の選び方から、ゴミ処理に至るまで、馬骨氏の豊富な経験から得られた貴重なノウハウがぎっしり詰まっている。
 おそらく、これだけ徹底したノウハウ集は、専門誌に掲載されることもないと思う。

くるま旅くらし読本グラビア003

 ところどころのページに彩りを添える、奥様の撮られた写真も美しい。
 長い時間をかけた旅だから撮ることのできたベストショット集。
 贅沢な本である。

山本馬骨夫妻
 ▲ 山本馬骨 夫妻

 送料・手数料込みで、1,000円。
 お問い合せは、直接、馬骨さんのブログに 。
 
 http://blog.goo.ne.jp/vacotsu8855


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:33 | コメント(7)| トラックバック(1)

音楽酒場

 深夜0時を過ぎて、自分の住んでいる町の駅に降り立つと、もうラーメン屋が店を閉じている。
 もちろん定食屋も終わっている。

 ファミレスはあるが、自転車漕いで行ける距離ではない。
 なじみの寿司屋はあるが、酒を飲まないとならない。
 残業続きの日々だから、自炊するほどの時間はないし、情熱もない。
 ついでに、冷蔵庫の中には何もない。

 …ってなことで、深夜に夕飯を食う場所となると、 「すき家」 「吉野家」 「松屋」 。

 その3軒を順ぐりに回っていたが、さすが飽きた。
 コンビニ弁当は、もっと前に飽きた。

 松屋の豚焼肉定食を、ポン酢ダレのさっぱり感でなんとか胃の中に流し込んだ後、不意に、ちょっと酒を飲んで、音楽を聞きたくなった。

 寝るのが遅くなると、明朝の出社がきつくなるのは分かっているが、たまにはそんな夜もある。

 日頃はあまり足を運ばない駅の北口方面に、音楽を聞かせてくれそうな店が一軒あるのを思い出した。

 入ったことはない。
 「ソウル、ブルース、ニューオリンズ……」
 ってのが、看板にズラズラと列記されている店って、案外入りにくい。

 そのうちのどれかが一つだけ表記されていれば、店の中の雰囲気も想像がつきそうなものの、三つ以上連なると、一瞬ちゅうちょして、 「ま、この次ね…」 と背中を向けてしまう。

 看板を見るかぎり、店内に流れる音楽は、いちおうアメリカ系…それも南部の匂いが濃そうな雰囲気だけはあるのだが、ローカルな町の “専門店” というのはアテにならないことが多いのだ。
 中年オヤジの常連客が、昔の 「南こうせつとかぐや姫」 なんかをボソって聞いていそうで、怖い。

 ひとつだけ言えることは、こういう店に、若い客はほとんど来ないということ。
 今のヒップホップあたりを聞いている若い層は、 「ソウルミュージック」 「ブルース」 という看板の店にはまず入らない。
 その前に、バーで音楽を聞くという習慣がない。

 だから、客はオヤジだけ…といっていい。

 で、この手の店は、オープンしたての頃は、マスターの “高い志” を買って、看板で謳っているような音楽を好きな人間がぽつりぽつりと来るだろうけれど、毎日来るわけでもないだろうから、自然と近所のオジさんが、寝る前に焼酎いっぱい引っ掛けるか…って感じで集まることが多くなって、 「クリスタルキングの 『大都会』 は懐かしいねぇ、マスターないの?」 となっていく。
 で、横浜銀蝿がかかっていたりする。

 ま、それでもいいのかな…と、意を決して扉を開けると、80年代風のブリティッシュ・ロックが流れていた。
 
 ……ブリティッシュ・ロック?
 ま、いいか。

 案の定、中年オヤジが二人、カウンターで話しこんでいる。
 そこから二つほど席を空けて、カウンターの端に座る。

 カウンターの向こう側には厨房があって、その横にはCD棚。
 CD棚の横は、レコード棚が壁一面を埋め尽くしていて、音楽ソースだけはふんだんにある店だと分かった。

 いくつかのCDジャケットがこちら側を向けて立てかけてあるけれど、最近の新譜は知らないので、どんな音を出すCDなのか想像もつかない。
 黒人ミュージシャンのジャケ写が多いので、メインに流す音は黒っぽいんだな…とは見当がついたが、さすがに最近の新譜は知らないので、気後れする。

 「何を飲まれますか?」
 と、カウンターにズラリ並んだ焼酎ボトルの透き間から顔を覗かせたマスターは、意外と若い感じだった。

 カクテルのメニューから 「モスコミュール」 を選んで注文する。
 実は、それが何をベースにした、どんな味の酒なのか知らない。
 ただ語感で、ちょっと “通ぶって” で見えるかな…と思って頼んだにすぎない。

 なんだかコーラを薄めたような酒が出てきて、それを一杯キュッとひっかけたところを見計らったように、カウンターの隣りのオヤジが声をかけてきた。

 「すいませんね。持ち込みのCDで」

 「…………?」

 たぶん、彼が言いたいのは、
 「一応、ここはブラックミュージックの店なんだけれど、今は、私が持ち込んだブリティッシュ・ロックのCDをかけてもらっている」
 ……ということなんだろうな? と、見当をつける。

 「いいんですよ。何でも好きですから」
 と、こちらも愛想笑いを返すと、

 「普段はどういう音楽を聞かれるのですか?」
 と、そのオヤジが食い下がってきた。

 こういう店は怖い。
 さっそく 「通行手形を拝見」 と来るわけか。
 
 「ここから先はマニアの聖域だ。通りたければ手形を見せろ」 ってか?

 「ええ、まぁ……分かりやすいブルースとか、あとは70年代のソウル系は、昔は聞いていましたね」
 と答えると、すかさず、焼酎ボトルの透き間から、若いマスターが顔を覗かせ、
 「何でもリクエストしてください。ブルースはシカゴ系ですか?」
 と尋ねてくる。

 すごい店だ。 
 相当コアな客が、レアな音を求めて、ディープな会話を楽しむ店なんだな…と気づいた。

 こういう時の “リクエスト” ってのが難しい。
 あまりベタ過ぎるとバカにされそうだし、かといって、かすかに知っているマニアック路線だと、その後が続かない。

 こういう場面になると、妙に子供っぽく見栄っ張りになる私である。
 「オレ、通だろ?」
 って、バカバカしいことを自慢したくなるたちなのだ。

 で、とりあえず、マジック・サムの 『ウエスト・サイド・ソウル』 をかけてもらうことにした。

マジック・サム「ウエストサイドソウル」

 「あ、いーすね。久しぶりのマジック・サムだな」
 と、マスターが嬉々として、レコード棚からそれを引っ張り出す。

 「このデルマーク盤の音はいいですね。これと同じ □×※◎△× で、○◎※△× があるのだけれど、そちらは音が全然違うんですよね。もしかしたらテイクが違うのかもしれませんね」

 ってなことを言われても、頭の中は 「……?????」 なんだけど、口では、 「そうそう! そうなんだよね」 …で、早くも (汗!)

 そんな冷や汗タラタラのこっちの心境に頓着することなく、マスターの話がよどみなく続く。

 「マジック・サムは、映像がほとんど残ってなくて、わずかに ※◎×△※ のライブと、 □※◎×△ のコンサートの二つがあるんですけど、この前、画像でその □◎※△×○の ステージを見る機会があって、なんと、 ○◎×※△ のギターを弾いていたんですよ。思わずびっくり…」

 頭の中は、ますます 「……???????」 。

 だけど、口では、 「ホントですかぁ! そりゃすごい」

 マスターの話はさらに続く。
 「デルマークだと ※○□×◎× …… ◎□※○ …… マジック・サム は □※○◎×で … バディ・ガイみたいな ○□※◎×◎ じゃなくて ◎×※□◎で ……」

 「へぇー、そりゃすごい! やっぱりね! ほぉ…」

 何が “やっぱり” なのか、自分でも分からない。

 早くも腰が引けてきちゃって、帰るタイミングを見はからっていたら、隣りのブリティッシュ・ロックのCDを持ち込んできたオヤジが、すかさず、

 「いやぁ、ボクは、今日はイギリスの音を聞いていたんですけど、ホントはアメリカ南部のソウル・ミュージックが好きで、 ◎×△※□ とか、 ×◎□※○ とか、シル・ジョンソンとか、 □×◎○※× とか、好きでしてね」

 オヤジが並べた名前で、かろうじて理解できた固有名詞が、 「シル・ジョンソン」 。

シル・ジョンソン002

 「あ、私もシル・ジョンソンとか、好きですね」
 (……ああ、言っちゃった)

 「そうですかぁ! 話が合うな」
 (……合わねぇよ)

 「じゃ、 ○×◎×□※ とか、 ※□◎○×※□ とか、オーティス・クレイとかもお好きでしょ?」
 と言われて、唯一オーティス・クレイだけは分かったから、
 「オーティス・クレイいいですねぇ! あのしょっぱい声って、ホントため息出ちゃいますねぇ」
 (……ああ、また言っちゃった)

オーティス・クレイジャケ

 すると、オヤジ。
 「おお、今日は酒がうまいなぁ! マスター、次オーティス・クレイかけてね」
 
 そうなると、自分もこういうしかない。
 「いいですねぇ! 私も聞きたかったところです。今日は楽しいなぁ」

 話を合わすのだけはうまい私だけど、たいてい、そのあとで後悔する。
 (帰れなくなっちゃったじゃねぇのよ…)

 で、「Trying To Live My Life Without You,Baby …」 のリフのところは、そのオヤジと、テーブル叩いてリズムを取りながら、合唱になっちゃった。

 その後、アン・ピーブルス、アル・グリーン、フィリップ・ミッチェル…ってなベタベタの70年代サザン・ソウルをさんざん聞いて、やばいじゃん……夜中の2時だよ。

 帰りぎわ、マスターがわざわざ扉の外まで見送りにきて、
 「あのね、一昨年に出たアル・グリーンの新譜、これすごいんですよ。今日聞いていただきたかったんですけどね」
 という。

アル・グリーンジャケ

  「アル・グリーンって、牧師さんやってんでしょ?」

  「いや、それがもうずいぶん前に世俗の世界に帰ってきたんですよ。声なんかも、まったく衰えてなくて。
  たぶんね、周りのスタッフがいいんでしょうね。
  何気なく聞くと、昔のハイ・サウンドのままで、変り映えしないように聞こえるんですけど、昔のものと聞き比べてみるとハッキリ違いが分かります。
  演奏者が若い。しかも、いい感覚持ってます。
  おそらくドラムスのチューニングなんか相当時間をかけたんじゃないかな。
  ちょっと聞くと、ハワード・グライムスのドラミングをよく捉えている。
  だけど、よく聞くと全く高度なんですね。今の時代の音なんですよ」
   
 「ヘェー、そうなんだ! じゃ、次はそれを聞きに来るね」
 「ええ、もうぜひ! お待ちしています」


 ……さぁて、もう1回、自分はこの店に来るか?
 今日みたいな感じだと、疲れちゃうしな。

 でも、きっと行くよ。オレのことだもん。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:10 | コメント(4)| トラックバック(0)

ユーガタフレンド

 キャロル・キングとジェイムス・テイラーの日本公演があるらしいじゃない。
 たぶん観に行っているような余裕もないと思うけれど、白髪頭のキャロルと、頭の禿げ上がったジェイムスが仲良く並んでいる写真を見たら、いい雰囲気だった。

キャロル&ジェイムス

 ロックとR&Bの申し子のつもりでいた私だったから、
 「オレにはこういう音楽は合わねぇんだ」
 と突っ張っていたけれど、結局、当時、ギター弾いていちばん歌っていたのは、彼らの 「ユー・ガッタ・ア・フレンド」 だったり、キャロル・キングの 「ソー・ファー・アウェイ」 だったり、ジェイムスの 「クローズ・ユア・アイズ」 だったりした。

 あの感覚は何だったんだろう。
 夏の終わった、人気のない避暑地に、静かに午後の木漏れ日が揺れている…という雰囲気だった。

 好きだった70年代ソウルが、ただのディスコミュージックになっちゃって、ロックは退屈になっちゃって、 「祭りの季節が終わった」 という空漠とした気分のときに、ふと耳を澄ますと、彼らの音が、舗道を浸す枯れ葉のようにひたひたと鳴っていたんだな。

 だから、キャロル・キングやジェイムス・テイラーの曲を聞いたとき、
 「あ、もう秋が来ていたんだ」
 と、気づいた。

 その頃、仲間とバンドを組んで、クリームのコピーをやっていた後輩と親しくなった。
 体格の良い男で、縮れたロングヘアで、口元に立派なヒゲをたくわえて…。
 見るからに、ロック野郎でさ。

 そいつが学園祭なんかで、ジンジャー・ベイカーよろしく派手なドラミングでステージを沸かすと、けっこう音楽にうるさい連中も盛大な拍手を送っていた。

 そいつが一度だけ、家に遊びに来たことがある。 

 なんか、憂鬱そうだった。
 「オレ、他のメンバーと、音楽が合わなくなってきてさ」
 と、そいつはティーバックの紅茶をすすりながら、ぽつりと言う。

 「どういうことよ?」
 と聞くと、やにわにそいつが私のギターを取り上げ、ジェイムス・テイラーの 「ファイア・アンド・レイン」 を歌い出したんだ。

 ありゃりゃ……お前にも 「秋」 が来ていたんか、…と思った。

 二人して、アコースティックな曲ばかり選んで一緒に歌った。
 キャット・スティーブンスの 「雨に濡れた朝」 とか、CSN&Yの 「ヘルプレス・ホーピング」 とか、ニール・ヤングの 「ハート・オブ・ゴールド」 だとか。
 
 外では枯れ葉がどんどん舞っていき、弱い光が、地平線の彼方まで届きそうに、長く伸びた日だった。
 ジェイムス・テイラーの作った曲は、その透明な光の中を、枯れ葉といっしょに宙にたなびいていた。

 ウィスキーでも、ビールでもなく、紅茶が似合う日だな…と思った。 



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

ローマで語る

本屋の店内

 また、本買っちゃったぁ。
 カネもないというのに。
 読む時間もないというのに。
 机の上には、読んでもいないような本がどんどん 「バベルの塔」 みたいに積み重なっていく。

 今日買ったのは、この2冊。
 
 『日本の難点』  宮台真司 (幻冬舎新書)
 『ローマで語る』 塩野七生×アントニオ・シモーネ (集英社)

 本を買うときは、事前にレビューなど読んで、めぼしをつけて書店に行くこともあるけれど、ほとんど店頭で “出会い頭の事故” みたいに買ってしまうことが多い。

 手にとってみて、買うか買わないを決める目安は、まずランダムにページをめくってみて、自分のハートにビシッと届くフレーズがあるかどうか。
 たまたま開いたページなんだけど、この2冊は “ビビビッ” と来るものがあった。

日本の難点表紙

 宮台さんの本を買うのははじめて。
 雑誌などでは、よく目にする人だけど、いまいちどういう人なのか分からなかった。
 でも、この人の本を手にとってみたら、
 「これオモシロソー!」
 と思ったフレーズが出てきたのだ。

 「僕は自分が昔ナンパ師をしていた縁で、ナンパカメラマン (ハメ撮りカメラマン) とはほぼ全員顔見知りでした。
 その僕が断言しますが、彼らの中にいわゆるイケメンは一人もいませんでした。
 理由は簡単。女性はナンパの現場ではむしろ二枚目を警戒します。
 鬼畜なんじゃないかと (笑) 。
 ナンパ師に多いのはイケメンタイプじゃなく、人畜無害なタイプです」

 …ってなことを言う人なのかぁ。
 と、宮台さんに対して、一気に興味…というか、親近感が湧いた。

 「人間界 (人倫の世界) では因果性の帰属ではなく、選択性の帰属によって、主体=自己決定性が認定される」 …みたいなことばかり言う人かと思っていたから。

 東浩紀さんと並んで、時の人である。
 1冊ぐらい読んでみよう。

 もう1冊は、歴史読み物の大御所・塩野七生さんと、アントニオ・シモーネさんという若き映画人との対談集。
 パッと見て、 「ちょっと作りが軽そうだなぁ…」 と思ったけれど、手にとってみて、驚いた。
 対談の相手は、塩野さんの息子さんだったのだ。

 ローマで語る表紙

 で、パラパラと拾い読み。
 けっこういい感じ。
 決して “親バカ” 対談になっていない。
 対談というよりも、あの塩野さんがインタビュアーとなって、映画のプロに、その作品の意味やら意義やら、見どころなどを取材している感じなのだ。

 しかし、その質問は鋭い。
 塩野さんもまた、映画にはうるさい人だからだ。

 ところが、さすが塩野女史の息子さんである。
 映画の観方に筋が通っている。
 たとえば、ルキノ・ヴィスコンティの 『地獄に堕ちた勇者ども』 。
 アントニオ君は、こういう。

 「この映画では、ナチの将校たちの服が、単純に美的に決まっている。
 ボクは思うんですが、ナチに関することはすべて醜悪として決めつけるのでは、もうボクたちの世代は納得しないのではないか。
 美しいことは美しい、と認めたうえでナチズムと対決したほうがよいのではないかと思うのです。
 ナチの将校服は、どこの国のものよりも美的に優れているのは事実なんですから。
 それに、人間にとってほんとうに危険な存在は、醜い悪魔よりも美しい悪魔であることは、キリスト教でも認めている」

ナチの将校服

 タブーに対して、ずばりと踏み込んでいく勇気。
 バランス感覚に富んだ判断力。
 塩野さんの分身を見ているようだと思った。

 もちろん、そこのところを、パラっと拾い読みしただけで、すぐレジへ。

塩野女史&息子さん
 
 塩野家のことは、詳しくは知らないのだけれど、確か、お医者さんである旦那さんとは離婚していると思った。
 つまり、彼女はその後シングルマザー。
 なのに…というか、だからこそ…というべきか、お互いが同じ境遇を生きる 「同志」 として、親子を超えた知性人同士の対話が成立していると思った。


 塩野さんに、最初に取材を申し込んだのは、もう20年ぐらい前のことになる。

 当時、トヨタ自動車のPR雑誌を編集していて、発表されたばかりの 「セルシオ・デビュー記念号」 をつくることになった。
 なにせ、トヨタが欧州高級車と肩を並べる “高級車” をはじめて世に出すわけだ。
 「気合を入れた1冊をつくってほしい」
 と広報部から言われていた。

 編集会議の席上、 「高級とは何か? というテーマで、超有名人にエッセイを書いてもらうことにしよう」 と決まった。
 そのとき頭にすぐ浮かんだのが、塩野七生さんだった。

 で、意を決して、塩野さんに原稿を頼むことにした。

塩野七生0071
 ▲ 『優雅なる冷酷』 に掲載された塩野氏画像

 当時、彼女はまだローマではなく、フィレンツェを活動拠点にしていた。
 電話をかけて、ルルルルルっとコールが鳴って、とにかく人が出たから、
 「ミセスシオノ、プリーズ」
 と言ってみた。

 すると、 「ハイ」 という日本語。
 いきなりご本人が出てきてビックリした。

 で、こちらは自動車会社のPR誌の編集部だけど、今度 “高級車” を出すので、高級とは何かというテーマで原稿を書いてくれないか、と断られることを覚悟で、頼んでみた。

 「原稿はダメ」 と言われたが、結局塩野さんとお会いできたのは、テーマが 「自動車」 だったからだ。
 ちょうど、息子さん (先ほどのアントニオ君) が免許を取る年頃になったのだという。
 
 「だから、どんなクルマを選べば良いのか、日本でクルマに詳しい人がいたら、尋ねてみたいと思っていたところなの。
 そういう人との対談ならいいわよ」

 やったぜぇ!
 天にも昇る気持ちとは、このことかと思った。
 
 で、彼女が対談の相手として指定してきたのが、 『間違いだらけの車選び』 で一世を風靡した徳大寺有恒さんだった。

 これもラッキーだった。
 ちょうどその頃、うちの会社で、徳大寺さんの 『ダンディー・トーク』 というエッセイ集を刊行したばっかりだったからだ。

ダンディートーク表紙

 この本は、われわれの制作していたPR誌の連載をまとめたもので、クルマよりも、ファッション、ライフスタイル、音楽などをテーマにしたエッセイ集だった。
 それを、徳さんがちょっと “ダンディー” に語る。
 連載中から好評で、徳大寺氏の新しい境地を開いたものとして、業界的にも話題になった読み物だった。

 さっそく塩野さんのいるフィレンツェに、その 『ダンディー・トーク』 という本を送ることを約束し、日程の調整に入った。

 対談の場は、塩野さんが来日したときの定宿である、銀座の 「帝国ホテル」 。
 いちおう部屋としてはスィートを予約した。

 当日の徳大寺さんが素敵だった。
 ダークグレイのディナージャケットに、ピンクのシルクのタイ。
 同色のポケットチーフ、薄いグレーのペンシルストライプのスラックス。

 「これ、塩野さんと会うと思って、急いで作らせたんだが、おとといやっと間にあったんだ」
 
 どうだい似合うかい? といった感じで、ちょっと照れて、笑う。
 そんな少年ぽいところが徳さんにあって、実にほほえましい。

徳大寺有恒氏
 
 待つこと10分。
 「突然」 といった感じで、部屋の入り口に塩野さんがふぁっと現れた。
 妖精のような現れ方だった。
 
 ケープを身にまとっている。
 すっごく素敵である。
 すかさず徳さん、塩野さんの肩からケープを取って、ダンディーな紳士ぶりを発揮した。

 はたで聞いていても、楽しい対談だった。

 ただ、まとめるのに苦労した。
 話題は 「高級車」 をはるかに離れ、ローマ帝国の発展の秘密、ルネッサンスの意味、イタリア人の気質といったように、めまぐるしいほど変転していったからだ。
 まさに、塩野ワールド全開であった。

 後日、
 「対談をまとめた原稿をチェックしてほしいのだが…」
 と、フィレンツェに電話をかけとき、

 「見なくていいわよ、別に…。
 私は徳大寺さんという人と会ってみて、信用のおける人だと判断しましたから、原稿に関しては、徳大寺さんがOKを出されたら、私の方もOKということにします」
 という返事だった。
 度量の大きい人だった思った。

 結局、その原稿は、塩野さんのチェックを受けずに雑誌に載った。
 それが、彼女の意にかなった原稿だったのかどうか、いまだにちょっと自信がない。
 徳大寺さんが、 「いいよ!」 と明るく答えてくれたことだけが、せめてもの救いだった。

 肝心の、息子さんのクルマ選び。
 対談後の雑談で、そこに話が及んだが、徳大寺さんが何と答えたか、実はあまり記憶がない。
 アウトビアンキだったか、フィアット・パンダだったか。
 フェラーリ、マセラッティ系でないことだけは確かだ。

塩野女史&息子さん

 アントニオ・シモーネ君が、実際にどんなクルマを選んだかは、知らない。
 しかし、塩野さんとアントニオ君の対談集を手にとって、真っ先に思い出したのは、そのことだった。

 関連記事 「エメラルド色の海」


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 08:36 | コメント(2)| トラックバック(0)

聖マタイの招命

 土曜日の夜、家にいるときは、テレビ東京の 『美の巨人たち』 をよく観る。

 毎回、内外の絵画、彫刻、建築などからひとつの作品を採りあげ、そこに秘められた “ドラマ” を描き出すという番組なのだけれど、ミステリ仕立てに作られたシナリオが面白いし、それを語る俳優・小林薫さんのナレーションが素敵。

 抑揚を抑えて、淡々と語るナレーションなんだけれど、小林薫さんがドラマで演じる役柄のように、どこか人を食ったような、とぼけた味わいもあり、それでいて、語る対象に対する敬意と愛情に貫かれていて、秀逸な語り口であるように思う。

 「芸術」 というジャンルを扱う番組は、やたら教養主義的な権威主義が表に出てしまうものだが、この番組だけは、しっかりエンターティメントやっていると思う。

 1月16日に放映された番組では、カラヴァッジオの 『聖マタイの招命』 という絵が採りあげられていた。

 ナレーションで 「しょうめい」 と何度も連呼されたのに、最初その意味が分からなかった。
 証明?
 照明?
 正銘?
 …と、いろいろ漢字を思い浮かべてみたが、テロップが出て 「招命」 だと分かる。
 ところが、私のワープロの変換ではこの漢字が出てこない。

 ネットで調べてみたら、 「教会で、主に牧師になることを指す言葉」 だとか。どうやら宗教用語のようだ。

 で、この 『聖マタイの招命』 という絵は、マタイという男が、キリストの要請 (招命) に応じて宗教者としての道を歩む、そのきっかけとなるシーンを描いた絵らしい。

カラヴァッジオ「聖マタイの招命」全体

 特徴的なのは、登場人物たちを、キリストが生きた古代の風俗で描くのではなく、カラヴァッジオが生きた時代の人々の風俗で描いたこと。
 それも、みなカラヴァッジオの友人たちや、街でスカウトされた人たちがモデルとして使われたという。

 そのことによって実現された徹底したリアリズムと、光と影のコントラストを強調した技法は、後のベラスケス、レンブラント、ルーベンスに多大な影響を与えたと伝えられている。

 『聖マタイの招命』 は、そのような光と影を立体的に描くヨーロッパ絵画の技法を、最も初期の段階で完成させた作品のひとつだということだった。

 小林薫さんが、その絵を視聴者に見せながら、語る。
 「さて、この絵の中で、はたしてマタイはどこにいるのでしょう」

 この番組は、常にそのような “謎解き” の面白さで、視聴者を引っ張っていく。
 シナリオは、まずキリストの指差す方向 (↓) に視聴者を注目させる。

聖マタイの招命キリストの指

 すると、絵の中央に描かれたヒゲのオヤジ (↓) が、
 「え、私?」
 と自分で、自分のことを指差す。

聖マタイの招命ヒゲオヤジ

 で、長いこと、この絵の解釈では、そのヒゲオヤジがマタイだとされてきた。
 しかし、近年の研究では、そのオヤジのさらに左側で、キリストの招命などには無関心に、うつむいたまま、一心不乱にカネを勘定している若者 (↓) だといわれるようになったのだとか。

聖マタイの招命マタイ

 この絵は、キリストが収税所に立ち寄って、マタイに声をかけるところを描いた作品で、座っているのはみな収税所の役人たちである。
 貧乏人からも厳しく税を徴収する彼らは、当時は 「罪人」 と同じように、人々から忌み嫌われ、さげすまれていた。

 そのため、キリスト以外の宗派の宗教指導者たちは、彼らを 「救われない者」 と見定め、信仰者として教育することをハナっから嫌っていたらしいが、キリストは、 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」 として、収税者たちの間にも、積極的に分け入っていったという。

 で、マタイは、その “ありがたい” キリストの招命にもかかわらず、キリストには目もくれず、テーブルの上に散らばったカネを一心不乱に勘定しているというわけだ。

 カラヴァッジオは、なぜそのようなマタイを描いたのか。

 「カラヴァッジオ自身が、まさにマタイのような男だったからだ」 と番組は、小林薫さんに、そう語らせる。

 カラヴァッジオは、その鋭い写実主義的な技法で、 「天才」 の名をほしいままにした画家だが、 「神の恩寵」 を無視することの多い罪深い男だったという。

カラヴァッジオ肖像

 激情型の彼は、日常生活では、問題を起こしっぱなしだった。
 酒場では、しょっちゅう他のお客に議論をふっかけ、喧嘩を起こし、暴力沙汰で逮捕されることなど日常茶飯事だったという。

 1606年には、ついに賭博の掛け金をめぐって殺人事件を起こし、ローマから逃亡。
 マルタ島に移ってからも、やはり暴力沙汰で投獄され、脱獄してシチリア、ナポリを転々としていたと伝えられている。

 日常生活では、地獄の劫火に焼かれながら過ごすカラヴァッジオだが、ひとたび絵筆を取ると、同時代のどんな画家よりも 「人間の真実」 に迫る、恐ろしいほどリアルな世界を描き続けた。

 だから、 「キリストの招命を受けて改心する男のドラマは、自分以外の画家には描けない」 という強い思いが、カラヴァッジオにはあっただろう、と番組は説明する。

 絵の中に描かれた、カネ勘定に励むマタイの横顔は、よく見ると、動揺しているようにも、泣いているようにも見える。

聖マタイの招命マタイ

 そこには、酒に酔えば必ず暴力沙汰を引き起こす自分の弱さと、絵筆を取ったときの自分の強さの両極の中で生きた画家自身の表情が、悲しみを込めながらも、冷徹に描かれているように感じられる。

 マタイは、結局キリストの信頼に応えられる弟子となり、その言行を 「マタイ伝」 として記し、後世にキリストの教えを忠実に残すことになる。
 そして、後にエチオピアで、キリストの教えを広めている最中に、当時の王の怒りを買い、刺客に殺されて殉教したと伝えられている。

 カラヴァッジオも、その絵画技法が円熟味を増した30代後半に、マラリアに侵され、短い生涯を閉じる。

 「マタイ伝」 (マタイによる福音書) は、新約聖書におさめられた四つの福音書のひとつだが、イエス・キリストという人物の容赦ない激しさ、理論の曖昧さを許さない厳しさを余すところなく伝える書であるともいわれている。
 
 たとえば、
 「私が来たのは、地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。
 私は、人をその父に、娘を母に、嫁を姑に、敵対させるために来たのだ」
 というような、一見、家族共同体を否定するようなイエスの教えは、当時の弟子たちを驚かせ、彼らにも容易には理解されなかっただろうと言われている。

 しかし、そのような激しさは、ある意味、弟子たちに 「自分を突き放すような」 絶対的なものに触れる契機を与えた。

 「人間を超える」 という概念が西洋で生まれのは、そのことと無縁ではないはずだ。

 マタイは、そのことに敏感に気づいた弟子の一人であり、そのマタイを描いたカラヴァッジオも、それに気づいた画家の一人かもしれない。

 カラヴァッジオは、酔って人に暴力をふるうという、自分の 「人間としての弱さ」 を、絵画を絶対的な世界に高めることによって超えようとした画家であるように思う。

 参考記事 「荒野のディラン」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 10:56 | コメント(4)| トラックバック(0)

ローズガーデン

 村野ミロは、桐野夏生のメジャー作家デビューを飾る 『顔に降りかかる雨』 のヒロインとして誕生した女性・私立探偵である。

 このミロは、2作目の 『天使に見捨てられた夜』 でも活躍し、チャンドラーの創出したフィリップ・マーロウのように、桐野夏生のその後の作品をスルーで飾るメインキャラクターになるかのように思われた。

 クールで、頭の切れもよくて、大胆で。
 村野ミロは、そういう、ハードボイルドミステリーの主役を務めるにふさわしい性格を持ちながら、同時に、制御できない自分の弱さと自己嫌悪を内に抱え、それを押し殺しながら、あくどい個性を持つ人々と冷静に渡り合う。

 まさに、古典的なハードボイルドヒーローの定型を与えられたミロだが、それまでのハードボイルドヒーローと異なるところは、よくドジを踏むこと。
 それも、他者の情状を酌量しすぎて、ビジネスとしての事件解決を放棄してしまうという 「弱さ」 から来るドジが多い。

 そこがミロの “愛すべき欠点” となり、小説の主人公としては、読者の感情移入を受け入れやすいキャラクターになっていたといえるだろう。

 ところが、桐野夏生が、 『OUT』 や 『柔らかな頬』 という今までのミステリーの規範を破るような、人間の根源的な強さ、弱さ、恐ろしさを描く作家になってからは、誰にも愛された村野ミロというキャラクターも、変貌を遂げる。

 ミロがデビューした1993年の 『顔にふりかかる雨』 のミロと、2002年の 『ダーク』 に登場するミロは別人のようだ。

 『ダーク』 に登場するミロには、もはや内なる弱さを仮面で隠し、クールに物事に対処しようとするハードボイルドヒーローの面影はない。
 
 義父の突然死を目撃しながら、助けもせずにその情景を凝視し、時には犯罪にも染まり、レイプされた結果によって生まれた幼児の手を引きながら、ヤクザや警察組織の追求を交わして逃避行をもくろむ女性に変っている。
 初期の作品で表現された 「強がる弱い女」 から完全に脱却した 「荒ぶる女」 がそこにいる。

 その変貌の謎は、にわかに読者には伝わらない。

 しかし、ひとつだけ、そのミロの変貌の秘密を明かす、重要な短編集がある。
 2000年に発表された 『ローズガーデン』 だ。

ローズガーデン 

 短編集 『ローズガーデン』 は、村野ミロが登場する四つの短編で構成されている。

 そこに収録された作品は、基本的にサスペンスをベースにして、初期ミロの面影を濃密に残したエンターティメント色の強いものが中心となっている。

 ただ、ひとつだけ、例外的な作品がある。
 表題にもなった、書き下ろしの 『ローズガーデン』 だ。

 初出一覧を見ると、この短編だけが、 『OUT』 『柔らかな頬』 を経た後の作品だということが分かる。

 それ以外の3篇が、 『顔に降りかかる雨』 、 『天使に見捨てられた夜』 に見られるハードボイルド小説のテイストを引きずっているものだとしたら、 『ローズガーデン』 だけは異質だ。

 主人公のミロは、まだ探偵となる前の高校時代の姿をはじめて読者の前にさらすのだが、それは、自分だけの特異な世界に閉じこもる不思議な少女としてのミロである。

 どちらかというと、この後に書かれる 『ダーク』 に登場するミロに近いのだが、 『ダーク』 のミロともまた違う “捉えどころのなさ” がある。
 “ミロシリーズ” の中でも、ひときわ謎の多い女になっているのだ。

 それは、この作品が、ミロの元夫であった河合博夫の視点で描かれているからでもあるが、私には、 『顔に降りかかる雨』 のミロから 『ダーク』 のミロに至るまでの間に位置するミロを、作者が十分な性格づけを行わないまま書き始めたからではないか、とも思えるのだ。

 いわば 「エアスポット」 に落ちたミロである。

 しかし、だからこそ、ここに登場するミロは、他のシリーズに出てくるミロとは一線を画する、深い 《闇》 を抱えている。

 その 《闇》 はまた、男の情熱も、欲望もすべて吸収しながら、けっしてその出口を指し示すことのないブラックホールでもある。

 評論家の池上冬樹氏は、この作品が出た当時の書評欄で、この 《闇》 を 「カオス (混沌) 」 という言葉で表現した。

 至言であると思う。

 カオスとは、豊饒なるものの “錯綜状態” を示すものだからだ。
 貧相なものは、決してカオスにはならない。

 『ローズガーデン』 は、あたかも主人公の博夫が、ミロを回想しながら分け入っていく東南アジアの熱帯雨林のように、豊饒で、濃密で、混沌としていて、めくるめくような官能性を秘めた作品なのである。

 そして、そこには、一般的な 「物語」 の構造に回収されることのない、人間の剥き出しの 「生」 の揺らぎがほの見えている。

 たとえていえば、他のミロシリーズが、テレビの 「サスペンス劇場」 の原作として脚色されてしまう “分かりやすさ” を持っているのに対し、 『ローズガーデン』 だけは、かたくなに、TVドラマに脚色されることを拒否している。

 万人が納得いくつくりにならざるを得ないテレビではなく、ひとつの 「世界観」 を持った映画監督の手になるフィルムの世界でなければ、どうしても再現できないような広がりを示しているのだ。

 言葉を変えていえば、 「地平線」 を見ることのない国内で撮影されたドラマと、 「地平線」 を背景に持つ海外の原野でロケされたドラマの違いとでもいっていいだろう。

 もちろん、インドネシアというエキゾチックな舞台設定が与えられたことから受ける印象もあるだろうが、それ以上に、この作品はテーマそのものが日本離れしている。
 主要な登場人物はみな日本人なのに、昔のフランス映画のような濃密な快楽の追求がテーマになっている。

 つまり、 「男は、愛する女の身体を手に入れたときよりも、その相手の身体をむさぼりながら、心を手に入れらないことに気づくとき、最も官能的な思いに浸される」 という、伝統的なフランス文学やフランス映画に貫かれた 《公理》 を忠実になぞった作品なのだ。

 その 《公理》 には、いくつかのパターンがある。
 ひとつは、 “裏切る悪女” というファムファタールの系譜。

 もうひとつは、不倫。
 たとえ相思相愛の仲になったといえども、どちらか、あるいは双方に家庭があった場合、相手の 「心」 を完全に手中に収めるには、 「家庭」 が障害となる。
 愛の言葉を交し合う濃密な時間の中でも、相手の心に、もしかしたら自分の家庭のことが影を落としているかもしれないという焦燥から、不倫の恋人たちは脱出することができない。

 もうひとつある。
 「相手の心」 が、自分の心とのスケールの違いによって読めない場合。

 もしそれが、相手の女性が、愛とは別の目的で自分を利用しているかもしれない…というのなら、それは “悪女” の系譜に入る話となる。

 しかし、博夫とミロの関係は、二人の心の 「大きさ」 の違いとして表れる。
 ミロの心は、博夫が包摂するには大きすぎる、というか、深すぎる 《闇》 を抱えている。

 だから、ミロの愛情をたっぷり受けているように思える瞬間があっても、博夫の心は、その 《闇》 の奥底までは届かず、逆に、ミロの心の底から浮かび上がる妖しくも恐ろしい官能性だけを手に入れることになる。
 それは、男が受ける究極の 「快楽」 と 「悲劇」 に彩られるしかないようなものだ。

 『ローズガーデン』 の主役を務める博夫は、仕事のために、インドネシアの大河の中を、小さなボートで、ジャングルの集落目指して遡っている。
 すでにミロとは離婚して、もう2人の間を法的に拘束しあう絆はない。

 しかし、博夫の心の中には、いまだにミロに対するうずくような未練が燃え盛っている。
 むしろ、別れたからこそ、失われたものへの執着がつのるのだ。

 だが、考えてみれば、高校生のミロを、彼女と肉体関係のあったその義父から奪ったときから、自分はミロの何かを獲得したことがあったのだろうか。

 そう思う博夫の懊悩が、密林に囲まれた河を遡っていく自分に、ミロと自分の関係を考え直すきっかけを与える。  

 博夫は、ミロの不幸の根源を探そうとする。
 そこには、どうしても、ミロが嫌悪しながらも義父との交わりを続けなければならなかったという異様な関係が浮かび上がってくる。

 それは、ミロの精神を、孤独で歪 (いびつ) なものに変えたかもしれない。
 しかし、女のざっくり開いた傷口をなめることは、意のままにならぬ女を恋する男にとっては、蜜の味。
 そして、それによって切り裂かれる自分の傷口を覗き込むのは、それにもまさる快楽。
 そこには、サディズムとマゾヒズムが渾然一体となった桃源郷がある。

 だが、それも、今は失われてしまっている。
 博夫は、喪失感と、いまだ消すことのできない官能のうづきを胸に秘めたまま、濁流の彼方に広がる熱帯雨林を見つめ続ける。

 この博夫が見つめるインドネシアの自然には、おそらく、1980年に日本でも公開された映画 『地獄の黙示録』 のイメージが重ねられているはずである。
 (あるいは、その原作となったジョセフ・コンラッドの 『闇の奥』 の世界が反映されているかもしれない)

 あの映画に描かれたアジアこそ、ヨーロッパ人的な視線で眺められたアジアである。

 エキゾチックな謎と無気味さに満たされたアジア。
 冒険心をくすぐる危険な魅力を秘めたアジア。
 迷路のような奥行きをほのめかすアジア。

 それは、19世紀から20世紀初頭にかけての、欧米諸国の植民地争奪戦の時代に培われたアジア像といってもかまわない。

 その後、こういうアジアに対する視線は 「オリエンタリズム」 と名づけられ、侵略と収奪を前提に対象化されたアジア観として批判されるようになった。
 帝国主義時代のイデオロギーで粉飾された、強引な作意による虚構のアジア像だというわけだ。

 しかし、そのヨーロッパ人たちが描いた虚構のアジア像はまたなんと妖しげな魅力を放っていることか。

 ダヴィッドの描くトルコ王宮のハーレムの画像を持ち出すまでもなく、謎めいたエキゾチシズムに彩られたアジアという構造は、実に官能的な胸騒ぎを起こさる。

 そこには、帝国主義時代を迎えたヨーロッパ人が、長い間文明的に劣等感を抱き続けてきたアジアに対し、 「かつて高嶺の花だった女を奴隷におとしめて犯す」 というサディスティックな思いを抱いていた事実が浮かび上がってくる。

 ここに描かれたインドネシアは、そのような、どこかヨーロッパ文化のバタくささに彩られたアジアだ。

 非文明的で、非衛生的で、危険で、平気で裏切りそうで、それでいて豊饒で、優雅で、無欲で、無類にエロチック。

 まさに、かつてのヨーロッパ人のサディズムの対象になりそうなアジアといっていい。

 実際には、その時代のアジアの自然は、アジア的な視点で眺めれば、もっとエコロジカルな宗教性を帯びていていたはずなのだ。

 ところが、あえて桐野夏生は、博夫に目に、かつてのヨーロッパ人が見たアジアの自然を見つめさせる。

 そうする必然性があったのだ。

 なぜなら、そのようなサディズムとマゾヒズムが混在するヨーロッパ的な (とりわけフランス文学的な) 視線でみたアジアの快楽を、熱帯雨林を見つめる博夫の目に焼き付けたかったからである。

 そして、その豊かな官能性を秘めた熱帯アジアの河と密林が、そのままそっくり、博夫が愛してきたミロを象徴していることを、博夫に教えたかったのだ。

 博夫たちの乗る船が次第に上流に近づき、周りの密林が険しさを増す頃、博夫ははじめて、自問する。

 「俺はどこに行く?」

 ミロから離れるためにやってきたインドネシア。
 しかし、それこそ、実はミロを求めながら、それと決別する旅であったことが、ここで微妙に暗示される。

 その後の博夫がどうなったか。
 それが桐野夏生のデビュー作 『頬にふりかかる雨』 に描かれている。

 博夫の海外出張中の自殺は、ミロの心に、永遠の重しを与えることになる。

 博夫の死を、自分はどう受け止めたらよいのか。
 その答を模索する懊悩と、博夫への贖罪の意識から、女・私立探偵ミロの彷徨が始まる。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 11:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

金融とキリスト教

金融恐慌とユダヤ・キリスト教

 島田裕巳 (しまだ・ひろみ) 氏が書いた 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』 (文春新書) は、グローバル化した現代の金融資本主義には、ユダヤ・キリスト教の世界観がそのまま反映されていると指摘した、実に刺激的な書である。

 抜け目なく利潤を追求する金融資本主義と、愛や倫理を説くキリスト教は、一見、相反するもののように思える。

 しかし、島田氏がいうには、そのような金融資本主義的な理念こそ、ユダヤ・キリスト教思想の反映なのだという。

 考えてみれば、現在の経済システムそのものともいえる資本主義が勃興したのは、イギリスやネーデルランド地帯といった北ヨーロッパの、それも信仰心の篤 (あつ) いプロテスタント信者の多い地域である。

 広い意味での 「商業」 ならば、ヨーロッパに限らず、イスラム諸国でも、中国でも、インドでも盛んだった。
 商業の歴史は、資本主義の歴史よりも古く、それこそ人類の歴史そのものといっていいほど古い。

 なのに、なぜ近世の北ヨーロッパだけに、資本主義は生まれたのか。

 考えてみると、これはなかなか興味深いテーマである。

神の見えざる手

 多くの経済史をひもとくと、資本主義の起源を、イギリスの産業革命による大規模な技術革新と、労働力の確保に求める説が多い。

 しかし、それだけではあるまい。
 やはり、資本主義をデザインしようとした人たちのモチベーションには、なんらかの 「世界観」 が反映されていたはずである。

 その資本主義のメンタリティーというものを考えるとき、本書はひとつの重要なヒントを提示しているように思える。

 まず、島田氏は、現在の経済学の根幹ともなったアダム・スミス (1723年生) を代表とする古典主義経済学そのものが、キリスト教的な教義をそのまま援用したものだという。

アダム・スミス

 古典派経済学では、「市場」 というものを、次のように捉える。

 すなわち、物が流通する 「市場」 には、自動調整機能というものが備わっており、各局面において不均衡が生じることはあっても、最終的には需要と供給の均衡がとれるものとなり、富の分布も公平に行きわたる。

 その自動的に均衡がとれるような働きを、一般的に 「神の見えざる手」 と称し、そこに、全知全能の 「神」 の力が 「市場」 に投影されているというキリスト教神学の影を見ることができる…と氏はいう。

神の見えざる手

 宇宙をコントロールできるのは、神だけである。
 需要と供給が不均衡にせめぎ合う 「市場」 も、正しく見ると神の正確な手さばきによって運営されている。

 そのように 「市場」 というものを見る視点において、すでにキリスト教は独自の商業観を獲得していた。

労働は “罰” だった

 資本主義を生み出した人々の心に、プロテスタント系キリスト教徒の倫理観を見出したのは、マックス・ヴェーバー (1864生) である。

マックス・ヴェーバー

 彼の基礎文献ともいえる有名な 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 においても、島田氏はユニークな分析を試みる。

 ヴェーバーが、資本の蓄積をプロテスタントの禁欲的な労働に求めたことはあまりにも有名だが、それはプロテスタントたちが、獲得した財産を消費に回すことを神から禁じられ、節約こそ美徳であると奨励されたからこそ可能になったという。

 「つかうことなく、貯まる一方の金」

 ヴェーバーは、そこに資本の原始的蓄積を認めた。

 このヴェーバーの着想に、 「人間は神から労働を “強制させられた” 」 という聖書の指摘が作用していることに島田氏は着目する。

 キリスト教とユダヤ教の共通の聖典である 「創世記」 に、有名なアダムとイブの話がある。
 2人は、 「エデンの園」 という神から与えられた楽園で、何一つ不自由のない暮らしを営んでいた。

アダムとイブ01

 ところがある日、イブは、蛇 (悪魔の使い) にそそのかされ、神から食べることを禁じられていた “智恵の実” を食べてしまう。
 それを知って怒った神は、アダムとイブを楽園から追放し、ついでに永遠の生命も取り上げ、 「死」 を運命づけるとともに、生きる糧を得るための 「労働」 を強制する。

アダムとイブ02

 つまり、キリスト教における 「労働」 は、人間が神から指図された “強制労働” なのである。

 「強制労働」 であるからには、神は常に監視しているはずだ。
 だから、一時もサボってはならない。
 神の許しを乞うためには、歯を食いしばっても、身体に血がにじんでも、 「労働」 を手放してはならない。

 ここにプロテスタント系キリスト教の独特の 「労働観」 がうかがえる。

 すなわち、「神の意志」 を知り得ない人間にとって、労働に励むことこそ、神の慈悲にすがる唯一の方法であるという考え方が、ここに表れている。

キリスト者としてのマルクス

 このようにして、資本主義を準備する原資の蓄積がなされていくわけだが、暴走し始めた資本主義は、アダム・スミスたちの古典派経済学者が夢見たような、予定調和に満ちた幸せな経済原則を実現しなかった。

 世界でいち早く資本主義システムを樹立したイギリスにおいては、富を蓄積する資本家と、貧困にあえぐ労働者の階級対立が生まれ、アダム・スミスの唱えたような富の分配が自動的に調整される理想的な市場とはかけ離れた経済現象が出現した。

 ユダヤ系ドイツ人であるカール・マルクス (1818年生) は、そのような資本主義の非人間性を指摘し、悲惨な社会を現出させる資本主義社会がいつまでも続くわけがないと主張して、共産主義社会の到来を予言する。

カール・マルクス

 マルクスは、驕 (おご) れる資本家たちの 「労働者からの搾取」 が極限まで進み、社会が成り立たなくなった時点において、資本主義は終焉すると予測した。
 そして、そのあとに到来する共産主義社会こそ、人類に最終的な幸福を約束する社会であると宣言した。

 このような発想に、島田氏は、キリスト教的な 「終末論」 の影を見る。

 「マルクス主義」 というと、宗教とはもっとも相反する思想だという先入観を持つ人は多いが、島田氏は、その鼻祖であるマルクスの中に潜むキリスト教的 「教養」 を見逃さなかった。

 キリスト教においては、人間は 「最後の審判」 という避けられない日が到来することを宿命づけられている。

 すなわち、アダムとイブ以来の 「原罪」 を背負う罪深い人間は、いつしか神の裁きを受け入れなければならず、天国に行くか地獄に堕ちるかを審判される 「最後の日」 を迎える。

最後の審判
▲ 最後の審判図

 このような 「終末論」 は、背徳に染まった人間たちを、神が洪水を使って滅ぼそうとする 「ノアの箱船」 の話に始まり、業火に焼かれる 「ソドムとゴモラの町」 の話に至るまで、聖書のあらゆるところに記述されている。

 島田氏は、このような 「終末論」 を常に教養として語り継いできた欧米人の社会では、危機的な事態を 「終末論的」 に解釈する心理的な回路が、しっかりと形成されているという。

 したがって、恐慌による資本主義の経済破綻というのも、キリスト教の 「終末論」 をなぞったものとされ、その神の罰を受け入れ、悔い改めることによって、新しい資本主義社会が再生されるというヴィジョンが、欧米人の資本主義的イメージの根幹を成しているというのだ。

 このように考えると、マルクスの唱える、 「ブルジョワ支配による資本主義の終焉」 と、その後に訪れる 「労働者主体の共産主義社会による再生」 も、そっくりキリスト教が説く 「腐敗した民の滅亡」 と 「選ばれた民の再生」 の話法をなぞったもののように見えてくる。

 マルクスの唱えた 「共産主義」 が、当時の資本家たちを怖がらせたのは、そこに提示された革命のヴィジョンが、資本家たちに、キリスト教徒にとっては身近な 「神の裁き」 を予感させたからかもしれない。

破壊された現代のバベルの塔

 民を常に監視し、その信仰心をチェックし、驕り高ぶる人間を見逃さずに処罰するというユダヤ・キリスト教の神の特徴は、現代のアメリカ社会においても貫かれている。

 2001年に起こった 「9・11世界同時多発テロ」 で、ニューヨークの貿易センタービルがハイジャックされた航空機の突入によって破壊されたとき、アメリカ人の中には 「バベルの塔」 の崩壊を感じた人が多かったという。

バベルの塔

 聖書に記述されるバベルの塔の説話は、ある時、人間たちが神のいる天まで至ろうとして、巨大な塔を建設する話だ。

 神は、それを 「思い上がった人間の不遜な行為」 と受け取る。
 そして、塔を建設する人々がコミュニケーションを取れないように、彼らが話す言葉をバラバラに分けてしまい、中途で挫折するように仕向けた。

 この話が、世界の言語が多様化した起源だとされるわけだが、ここにも、アダムとイブの話、ノアの箱船の話と共通した、 「人間の罪」 に敏感な神の視線を感じることができる。

 貿易センタービルというのは、アメリカの資本主義の隆盛を象徴する建物だった。
 その倒壊は、資本主義の恩恵に酔いしれて贅沢を極めた人類が迎える 「小さな終末」 でもあった。

 貿易センタービルの倒壊によって、 「バベルの塔」 を想起した人々が多かったということは、それだけアメリカ社会が、聖書のメンタリティに満たされた社会であることを物語っているといえよう。

9・11世界同時多発テロ貿易センター

抗議としての原理主義運動

 島田氏は、最近ひんぱんに使われるようになった 「原理主義」 という言葉にも注目する。
 もともとこれは、20世紀のはじめ、キリスト教のなかで、聖書に対して徹底して忠実であろうとする運動に対して用いられた言葉だった。

 しかし、聖書は古代に記されたものなので、そこには古代社会における生活が反映されている。
 そのため、現代の社会ではそのままでは適用できない部分が多い。

 ところが、原理主義者たちは、その点を無視し、あくまでも聖書の記述に忠実であろうとする。

 学校でダーウィンの 「進化論」 を教えることに反対し、現存するすべての生物は神のつくったままの姿でこの世に誕生したと主張する例などは、原理主義者の思想が端的に表れている部分かもしれない。

 このような原理主義の浸透に、島田氏は、現代のアメリカ社会で広がる経済格差の影響を見る。

 アメリカで、キリスト教原理主義を信奉する人たちには、必ずしも社会的、経済的に恵まれているとはいえない下層の白人 (プアホワイト) が多く含まれている。

 すなわち、キリスト教原理主義運動には、今のアメリカ資本主義社会が生み出した経済格差への 「抗議」 というメッセージが潜んでいると見ていいかもしれない。

 この 「原理主義」 思想は、イスラム世界にも飛び火し、1979年にイランでイスラム革命が勃発したとき、イスラム教信徒の中においても、聖典である 『コーラン』 の教えに忠実であろうとする動きを生んだ。
 そして、そこから 「イスラム原理主義」 という思潮が生み出されることになった。

 その思潮に染まった一部の人間たちが、過激なテロ活動を行って世界を震撼させることになるのだが、実はこれもまた、アメリカ流の資本主義文化がグローバル化したことに対するカウンター行動と解釈することができる。

オサマ・ヴィンラディン

 このように、キリスト教原理主義やイスラム教原理主義が台頭したことによって、 「原理主義」 という言葉が経済概念にも応用され、 「市場原理主義」 という言葉を定着させることになった。

 氏は、 「経済の市場原理主義と、宗教の原理主義の台頭は、同時代的な現象だ」 という。

世界の終末への恐怖と期待

 氏の指摘で重要なことは、このようなキリスト教的な資本主義観が、経済のグローバル化にしたがって、非キリスト教文明社会までをも巻き込む 「世界恐慌」 を生み出す素因になりかねないという見方を提示したことだ。

 たとえば、このたびの世界的金融危機の原因となったサブプライムローンの崩壊から、リーマンブラザースの経営破綻へと進んだ金融恐慌は、市場における 「神の見えざる手」 を信仰するユダヤ・キリスト教圏に生きる人々の願望が生み出したものだという。

神の見えざる手

 要するに、アメリカの金融思想というのは、
 「市場には自動調整機能というものが備わっており、放っておいても需要と供給のバランスが調整され、富の分布が公平に行きわたる」
 という古典派経済学に表現されたキリスト教的世界観が、現代社会に復活したものだというのだ。

 市場は、全知全能の神がコントロールしているのだから、人間が手を加えるのはむしろ 「改悪」 につながる、…ということなのだろう。

 そういうビジネス感覚を持つ欧米企業家のメンタリティーというものは、キリスト教文化の浸透度の薄い日本人には、理解できないだろうと、氏は語る。

 さらに、現在の資本主義原理が、そのような世界観に裏打ちされているかぎり、この現在の世界を覆っている経済的苦境から、どこの国も脱することは難しいという。

 なぜなら、彼らは、「市場を神のコントロールにゆだねる」 という発想のほかに、 「終末からの再生」 というヴィジョンにも抗しがたい執着を持っているからだ。

 彼らの終末への 「恐れ」 は、終末への 「期待」 でもある。
 アメリカのキリスト教徒の中には、自分だけはその終末の後に訪れる 「新世界」 の住民になれるという思い込みの中で生きている人が多いという。

 つまり、金融経済が、このような米国人のキリスト教的なメンタリティーに支えられている限り、その破綻と崩壊は再現なく繰り返されることになる。

神なき日本型資本主義

 氏は、現在のような経済危機の再発を阻止する二つの 「資本主義像」 に注目している。

 ひとつは、無制限な利益の追求や、過剰な投資を抑制する機能を盛り込んだイスラム金融である。
 そして、もうひとつは、神の実在を前提とせずに、 「神なき資本主義」 を育てあげた日本人の資本主義である。

 イスラム金融は、富者が貧者に施しを与える 「喜捨」 の精神をバックグランドに据え、基本的に 「利子の発生しない融資」 をシステム化したものだ。

 これは、従来の金融概念を根本から変える発想であり、行き詰まりを見せてきたキリスト教的な金融資本主義とは異なる新しい金融思想ともいえよう。

 ただ、一部の地域には定着してきたものの、全体的には試行錯誤の段階で、これがイスラム圏の金融システム全体を救済する力を持つものかどうか、にわかに判定しがたい。

 一方の日本型資本主義というのは、欧米の資本主義とは異なる路線を貫きながら、それを成功させた稀有の 「資本主義」 といっていいだろう。

 日本の会社組織は、江戸期以来の 「農村共同体」 をモデルに据え、構成員同士の助け合いを重んじながらも、同時に、一部の者に突出した権力や資金を集中させないような洗練されたシステムを築き上げてきた。

 一部のエリート層だけに巨額の報酬が集中し、しかも一般社員のリストラやレイオフをあっさりと断行するアメリカ型の会社組織と比べると、日本型の会社組織の方が、はるかに格差社会を是正する可能性を秘めたものであることは間違いない。

 しかし、 「失われた10年」 以降、派遣社員の採用でしのいできた日本の会社の足腰は相当弱っており、しかも国自体が、少子高齢化や人口減少という特殊な問題を抱えている現状では、日本型資本主義が健全な形で復活するかどうかは、未知数である。

 ただ島田氏が、イスラム金融と並べて、日本型資本主義の可能性に期待を寄せていることを知ることは、かすかながら 「希望の光」 に触れた気になる。

 島田氏のこの著述が、どれだけ世界経済の真相に迫っているのかどうか、専門家でない私には分かりようもないが、現在の金融主導型経済の本質を考えるとき、ひとつの重要な見方を提示していることは間違いないと思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:10 | コメント(8)| トラックバック(0)

NAVI 誌休刊

NAVI誌

 自動車雑誌の 『NAVI (ナビ) 』 が、4月号 (2月26日発売) をもって休刊するという小さな記事を、たまたま開いた新聞紙面の片隅に見つけた。

 かつての愛読誌のひとつであった。

 創刊は1984年。 『カーグラフィック』 (二玄社) の姉妹誌のような形で登場し、カーグラよりも思想、政治、社会現象、風俗などにコミットする割合を高めた雑誌だった。

得大寺氏001 舘内氏001

 レギュラー執筆陣やゲスト出演者も豪華で、徳大寺有恒氏、舘内端氏などの人気ジャーナリストが毎回寄稿するか、座談会 (NAVI TALK) に出席。
 他にも、栗本慎一郎、浅田彰などのニューアカ系学者たち、矢作俊彦、村上春樹、田中康夫などの人気作家たちの原稿やインタビューが、いつもにぎにぎしく誌面を飾る異色のカー雑誌だった。

 80年代をにぎわした “ハイソカーブーム” などに対し、いちばん適切で鋭い論評を加えたのは同誌ではなかったか。
 自動車評論を、社会時評を加えた 「読み物」 に仕立てた手腕はたいしたものだと…と今でも思う。

ハイソカーソアラ

 もっとも、私は、創刊当時からしばらくは読んだものの、ここ20年ほどは手に取ることがなかった。

 基本的に、愛読していたのは、初代の大川編集長が勤めていた時代のものまでである。
 鈴木編集長に代わってからのものは、私の仕事が乗用車を離れてキャンピングカーに移ったこともあって、次第に手に取る機会がなくなってしまった。

 だから、休刊の記事を眺めたとき、 「あ、まだ続いていたのか…」 という醒めた感慨しか湧かなかったが、それでも、一抹の淋しさは感じる。 

 休刊の理由は、 「不況による広告・販売の低迷による採算割れ」 と伝えられていた。
 「休刊」 という言葉は、事実上の 「廃刊」 を意味する。
 雑誌としての看板を下ろすということである。

 やむを得ないだろうな…と感じる。
 自動車の販売不振が取り沙汰されるようになった現在、その影響は、媒体にまで及んでいる。

 自動車の情報を 「雑誌」 から入手するという発想が、すでに現代の若者にはない。
 若者は、その自動車そのものにすら、もう興味がない。

 エンスーオジサンたちの読者層は残っていると思うが、かつての 『NAVI』 誌の “上から目線” っぽい説教くささに耐えきれなかった人たちは、いつしか別の雑誌に逃れたように思う。

 創刊当時から、同誌の人文色の強いエリート主義を嫌う人は多かった。
 (私は好きだったけれど…)

 ニューアカブームという時代のサポートがあったから、あの編集方針を支える読者層もいたのだろうが、ニューアカムが、バブル退潮と同時に泡として消えてからは、 「人文系エリート主義」 そのものが、どこか場違いなところに置かれた “座りの悪い置物” のように敬遠されていった。

 その後、人文系出版物の人気も一気に急落。
 今や、古書店に行っても、人文科学書などは値が付かないどころか、引き取ってももらえない状況が続いている。

 自動車ブームの沈静化。
 人文系学問の衰退。

 『NAVI』 誌は、時代の二つの逆風をもろに被ったといえる。

 もっとも、90年代に入ってからの同誌は、高級ファッションブランドとのタイアップグラビアなどにスペースを割き、広告収入の増収を目指して路線転換を図ったと言われているが、その頃のものにはあまり目を通していないので、状況が分からない。

 目を通しもせずに、当てずっぽの予測で書くのは失礼なことだが、たぶん、 「ジャンフランコ・フェレのわかる男はランチャを愛す」 ってな感じのタイアップ企画が堂々と誌面にまかり通ったのではなかろうか。

 もし、そうだとしたら、かつての 「NAVI TALK」 で、さんざん冷静な分析をやってのけた 「商品の記号的消費」 とかいうやつを、地でいってしまったことになる。

 「アルファロメオは、アルマーニを着こなす男を選ぶ」
 …みたいなアプローチは、デザインもコピーも、オシャレであればあるほど古びるのも早い。
 5年経てばギャグにしかならない。

 ファッションブランドとタイアップする怖さはそこにある。
 読者に飽きられるのも早いのだ。

 『カーグラフィック』 は、エンスーの本棚を飾る資料として生き残れても、『NAVI』 は、その時点で、使い捨て雑誌になるしかなかったのかもしれない。

 まぁ、そうはいっても、創刊当時の 『NAVI』 が、新しい自動車像を思想的文脈に置き換えて表現した功績は大きかった。

 そのために、私にとっては手放せない雑誌となった。
 自動車を考える新しい材料をもらったし、使えそうなキャッチは、一部を改編してパクったりもしたこともあった。

1986年NAVI

 この雑誌は、クルマのハードな部分を真摯に愛する一部の読者を逃してしまったかもしれないが、一方で、クルマに対してジャーナリスティックな視点で挑もうという読者を多数巻き込むことに成功した。

 確実に、ひとつの時代はつくった雑誌である。

 だから、ファッションブランドに依存しなければならなくなった時代が来たときに、自動車雑誌としての 『NAVI』 の使命は終わっていたのかもしれない。

 編集に携わった方々には、本当にご苦労様でした、といいたい。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:18 | コメント(7)| トラックバック(0)

バンドのウェイト

ザ・バンドジャケ001

 正月の3日だったか、何気なくチャンネルをBS-TBSに合わせたら、 『SONG TO SOUL』 (永遠の1曲) で、ザ・バンドの 「ウェイト」 を取り上げていた。
 はじめて観た番組だったけれど、幸運だった。

 「ウェイト」 は、1968年に作られた 『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』 に収録された曲である。

 ザ・バンドのアルバムとして個人的に好きなのは、2枚目の 『ザ・バンド』 である。
 しかし、この 「ウェイト」 が入っているだけでも、1枚目の 『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』 の偉大さは発揮されていると思う。

ミュージックフロムビッグピンク

 「ウェイト」 は、その味わい深いイントロが印象的な曲で、枯れた感じの素朴なヴォーカルと、土臭い演奏が交じり合った何とも形容しがたい曲である。

 わざと素人臭く、ヘタにやっている。
 そんな説明でもおかしくないような、微妙なズレが全編に漂っている。
 ドラムスとベースの微妙なズレ、コーラスのズレ。

 もちろん、計算し尽くされた上での演奏だが、そのラフな味わいが、いかにも丸太小屋の部屋で、ランプの明かりを囲んで迎える夜のように、しみじみとした寂しさと、温かさを伝えてくる。

 印象としては、典型的なアメリカン・トラディショナル音楽。
 だが、よく聞いてみると、いわゆるカントリーでもなければ、フォークでもなく、この世のどこにもないような音なのである。

 なのに、なぜ、西部開拓民たちの夕餉 (ゆうげ) の祈りにも似た宗教的敬虔さと、家族愛のような温かみと、荒野を眺めるときの寂しさのようなものが漂ってくるのか。
 それが不思議でならなかった。

 最初に聞いたのは、映画の中だった。
 『イージーライダー』 の挿入歌として、旅の途中で知り合ったヒッピーを乗せたピーター・フォンダとデニス・ホッパーの3人が並んで、アメリカの荒野をひたすら走るときの背景に流れていた。

イージーライダーパンフ

 『イージーライダー』 は、疾走するバイクの姿を撮り続けたロード・ムービーだから、ステッペンウルフの 「ボーン・トゥ・ビー・ザ・ワイルド」 のようなアップテンポの曲が似合う。

 しかし、一番バイクの走行感をかもし出していたのは、このドタドタしたドラムスが特徴的な、ミディアムテンポの 「ウェイト」 だったのだ。

 文明生活を嫌って、ならず者のように逃げていく3人のバイク野郎の姿が、この曲を被せられることによって、何か神々しいようなきらめきを帯びる。

 この曲がなかったら、あの連中が迎える最後の悲劇も、意味をもたなかったかもしれない。
 「ウェイト」 のおかげで、ドラッグと走る快感だけに酔いしれた “ただのヒッピー” が、資本主義の荒野から最初に逃げ出そうとした 「殉教者」 になれたのだから。


 その映画を観た学生の頃、友達たちとスキーに行ったことがある。
 スキーを知らなかった自分は、スキーパンツも何も用意せず、ジーンズのまま、スキー場のレンタルスキーを借りて滑った。
 転んでびしょびしょになり、一気に嫌になった。

 2日目はゲレンデには出ないで、昼間から温泉に入り、後は一人でギターを弾いていた。

 大部屋で雑魚寝するようなホテルだったと思うが、一緒に来た友達の中に、アメリカ人のカップルがいた。
 彼らがなぜ、その日スキーをしなかったのか、今ではもう覚えていないが、3人でギターを弾いて遊んだ。
 
 二人が目を輝かしたのは、私が 「ウェイト」 を弾き始めたときだ。

 「ユーはこの曲知っているのか? 名曲だ」
 
 カップルの男の方が、例の 「テイク・ア・ロード・オフ、ファニー」 のリフレインのところで、ハモリを入れた。
 練習もしたわけではないので、まったくハモリにならなかったけれど、その “たどたどしさ” が、逆にザ・バンドっぽい雰囲気を漂わすことになった。
 楽しい時間だった。

 「ウェイト」 の歌詞の解釈については、さまざまな議論があるという。
 「ナザレ」 「モーゼ」 「ルカ」 などという固有名詞が出てくるところを見ると、なにやら旧約聖書の物語が歌われているような感じもするが、歌詞の意訳をいろいろ眺めてみると、別に宗教的な歌ではない。

 ただ、哲学的な解釈がいろいろ立ち並ぶ詞らしく、かなり興味深い 「ウェイト論」 のようなものを展開しているブログもある。
 私は、あまり歌詞の世界にはとらわれないので、音として、 「ウェイト」 の絶妙なアンサンブルに引き込まれている。 

 『SONG TO SOUL』 では、もう白髪のジジイとなったガース・ハドソンが、ピアノの鍵盤に倒れこむような姿勢で、 「ウェイト」 の一部を弾いた。

ガース・ハドソン

 そして、 「バッハのコラールがいかに完璧であり、研究されるべきものであるか」 、 「ポール・サイモンは、どのようにして賛美歌から 『アメリカの歌』 を生み出したのか」 などということをしゃべった。

 彼は、はじめて聞いた人でも、 「どこかで聞いてきた曲だ」 と思わせるように、この曲を演じたという。
 たぶん、それは白人の子供たちが、日曜日に教会のミサに訪れて聞いた賛美歌のように、黒人の子供たちなら、黒人教会で歌われたゴスペルのように、小さい頃からなじんだ音なのだろう。

 番組を観ていて、 「ウェイト」 に感じた宗教的なものの匂いの秘密に、ようやく触れたような気分になった。
 
 私は、キリスト教とは何の縁もゆかりもない文化の中で生きている。
 だけど、その音のベースとなった分厚いやつらの 「文化」 の迫力にはやはり圧倒される。

 最初に聞いてから、すでに40年経とうとしている。 

 ▼ 『イージーライダー』 の中の 「ウェイト」

 
 2007年に、この道をモーターホームで走った。感激!

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:40 | コメント(5)| トラックバック(1)

車はなぜ売れない

自動車はなぜ売れなくなったのか

 『自動車はなぜ売れなくなったのか』 (小宮和行・著 PHP研究所) という本を読んでいると、この問題には、世界的な視野に立った場合と、国内固有の問題に分けて考える必要があることが分かる。

 世界的な視野で考えれば、象徴的なのは、米国ビックスリーの崩壊。
 アメリカの自動車販売のピークは2000年で、この年の年間販売台数は、1,781万台。これは、過去最高の記録なのだという。 
 
 それが2008年には、1,324万台。
 2000年のピーク時から400万台も落ち込んでしまった。

 販売が失速してきた理由のひとつは、08年の7月に、1バレル147.27ドルに達した原油の高騰だった。

 これはその後急激に値が下がり、今やそのような “高騰時代” があったことなど夢の世界の出来事のように思えるが、アメリカの消費者に、根強い 「アメ車不信」 を生むことになった。

 特に、フルサイズバンや大型ピックアップトラックの燃費の悪さには、昔からアメリカ国民も気づいていたが、ガソリンが安い国柄でもあったため、深刻な問題には至らなかった。

 それが08年夏のガソリン高騰で、ようやくアメリカ国民も、自国の自動車の燃費の悪さに深刻な不満を抱くようになる。

 しかし、米国でクルマが売れなくなった最大の要因は、サブプライムローンの破綻であると、筆者の小宮氏は説く。

 サブプライムローンが何であるかを今さら解説する必要もないと思うが、かいつまんでいうと、 「信用力の低い人」 向けの高金利住宅ローンのことで、低所得者のために、最初の数年間は金利を低く設定して借りやすくし、その後徐々に金利を高めて、最終的には10パーセント超となる仕組みのことをいう。

 このローンが、2006年ごろから返済の遅延が目立つようになってきた。
 やがて、ローン返済の延滞者が続出。貸し出した住宅融資専門会社の経営も次第に悪化するようになる。

 ついには、ローン支払いの焦げ付きが至るところで発生するようになり、 「住宅バブル」 が崩壊した。

 それが何で米国の自動車販売の不振に直結するかというと、そこに独特の金融社会を築きあげてきたアメリカの特色が見えてくる。

 「住宅バブル」 の崩壊は、アメリカでは、金融機関の破綻をも意味した。
 というのは、サブプライムローンが小口証券化されていて、ほかの金融機関や投資家に転売されていたからだ。

 サブプライムローンの崩壊で、最初に犠牲になった金融機関は、ベアー・スターンズ社。
 そして、次が 「リーマンショック」 なる言葉を生んだリーマン・ブラザーズである。

 リーマンの負債額は、当時の日本円で約64兆5,000億円にのぼるものだったといわれ、いかにその破綻が大規模な損失を生んだかということが分かる。

 それにしても、いったいなぜ金融機関でもない自動車産業が経営不振に陥ったのか?

 小宮氏は、その事情を次のように説明する。

 「米国は、日用品から食品購入まですべてカードで行い、ローンを多用するローン社会である。
 新車購入でも約7割がローンを利用している。
 ところが、住宅ローンの焦げつきが増加して、自動車購入ローンの審査基準が厳格になり、それが、自動車の買い替え需要を大幅に減退させることになった。
 とりわけサブプライム層は、自動車を 『買いたくても買えない』 という事態に陥った。
 その層で、ローンの審査基準をクリアできた人たちは、前年の67パーセントより大幅に落ちて、23パーセントしかなかったという」

 このようなアメリカにおける自動車の販売不振は、ビックスリーだけを襲ったわけではなかった。

 アメリカで新工場を建設、もしくは計画していた日本のトヨタ、ホンダなども直撃する。

 日本メーカーにとって辛かったのは、米国における自動車市場の縮小だけでなく、 「円高ドル安」 という為替相場の逆風も浴びたことだった。

 世界に冠たるトヨタ自動車が、 「赤字経営」 になるまで状況が厳しくなったのは、このようなアメリカマーケットの突然の縮小が大きく影響したことが挙げられる。


 以上が、アメリカを中心とした世界市場における 「車が売れなくなった」 理由であるが、国内市場だけをとってみると、さらに深刻な事情が浮かび上がってくる。

 そのひとつが、 「若者の車離れ」 に象徴される国内マーケットの縮小である。

 小宮氏はいう。

 「今の日本の若者の自動車に対する意識は、クルマ離れどころではなく、最初から興味ゼロ=無関心といった若者も多い。
 現代の若者にとって、クルマはステータスでも何でもない。
 彼らにとって、クルマは、必ずしも生活必需的な価値ではなく、必要な場合は親のクルマを使ったり、友人のクルマを借りたりしてまかなっている」

 もちろん、若者のクルマ離れの背景には、クルマを購入したくても買えないという、今の日本の若者たちが抱えている経済格差の問題がが大きく横たわっている。

 しかし、氏は同時に、若者たちの心理的な側面にもスポットライトを当てる。

 すなわち、若者たちの 「価値観」 に大きな変化が生じているというのだ。
 「クルマが好き、カッコいい、いつかは手に入れたい」 というマインドを持つ若者が急激に減少している、と氏は見る。

 クルマには、購入費のほかに、ガソリン代、駐車場代、税金、車検代などという維持費がかかる。

 昔の “若者” は、その維持費がかかることを覚悟の上で、クルマを取得したいという情熱に突き動かされて、購入に踏み切った。

 しかし、もはやそのような情熱を持つ若者は少ない。
 それは、いったい何を意味しているのだろうか。

 氏はいう。

 「今の若者の人生観は、ひょっとして日本の価値観を大きく変えるかもしれない。
 クルマ文明に対するパラダイム変化が訪れようとしているのかもしれない。
 そしてこのパラダイム変化は、産業論ではなく、生態論、文明論として語れるだろう。
 自動車産業に対して、新世代人間たちから需要喚起に向け、鋭い切っ先が突きつけられているのかもしれない」

 いかにしたら、彼らにクルマの魅力を再発見してもらう手立てが生まれるのか。
 その明確な答は、本書においても明確に追求されているわけではない。

 自動車産業に関わる人たちにとっては、深刻な時代が始まろうとしているように見える。

 ただ、 「今」 という時代が、大きなパラダイムシフトを迎えようとしているのだとしたら、 「自動車」 を、文明論として語る視点はこれから絶対に必要になってくるはずだ。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:29 | コメント(8)| トラックバック(0)

紅白の矢沢永吉

矢沢永吉フォト001

 大晦日の紅白歌合戦で、突然、矢沢永吉が出場したことが、あちこちで話題になっているようだ。
 私もびっくりした。
 なんせ、今まで紅白出場をかたくなに拒否してきた伝説の人だったからね。

 通路の両側をびっしり埋めた関係者が拍手する中を、舞台に向かって歩いていく姿がカッコよかった。

 もちろん事前に打ち合わせをした演出なんだろうけれど、あの不敵な…見方によっては照れているような笑みを浮かべて、局の通路を大股で歩く姿は、矢沢じゃなければかもし出せない雰囲気だった。

 「存在感」

 そういう言葉がぴったりの人だ。


 キャロルがはじめてテレビに出たときの衝撃は、いまだに忘れられない。
 確か、 『リブヤング』 という番組だったと思う。

 ビートルズが、まだリバプールのキャバーンクラブとかハンブルクのライブハウスで演奏していた時代のように、黒の革ジャンとパンツを身に付け、 “不良” っていう雰囲気を全身から発散させて、テレビモニターの向こう側にいるお坊ちゃんお嬢さんをにらみつけるように、 『ルイジアンナ』 と 『ヘイタクシー』 を歌ったのを見て、日本にも、ついに本格的なロックンロールバンドが出現したと思った。

 もうその翌日には、彼らのアルバムを求めて、レコード屋に走った。

キャロルファーストアルバム

 『ヘイタクシー』 は単純な3コードのブルースなので、弾くのも簡単。
 小指で5弦、6弦を押さえてブギのリズムを刻むと、ギター一本でも、ロックンロールの味が出る。
 だから、いまだにギターのある飲み屋なんかで盛り上がった時には、ちょこっと歌う。

 永ちゃんもカッコいいと思ったけれど、当時は (…その後いろいろと矢沢とゴタゴタがあった) ジョニー大倉が好きだった。
 ジョニーの英語は怪しげな発音なんだけど、舌っ足らずのちょっと甘い声で、歌をうまくリズムに乗せる。

 1枚目のアルバムは何度も聞いた。
 オリジナルとカバーが半々だったと思うが、チャック・ベリーの 『ジョニーBグッド』 なんかはオリジナルも凌駕して、他のアーチストが手掛けたカバーなども寄せ付けぬ、完璧な演奏だった。
 矢沢永吉のグイグイとドライブしていくベースが、特に印象に残る曲だった。

 キャロルはいまだに好きなバンドだ。

 糸井重里がまとめた矢沢永吉の最初の自伝 『成りあがり』 も、いまだに名著だと思う。

矢沢永吉「成りあがり」表紙

 矢沢永吉が故郷を離れ、ロックスターを目指して上京し、 (なぜか横浜で汽車を降りてしまって) 、貧しい暮らしを続けながら、キャロルを結成し、そして解散に至るまでの話なんだけど、もう、その “語り口” だけで酔える。

 矢沢のアンプラグドのしゃべりを、コピーライターの糸井がアンプのように増幅し、 「ロックンロールを生きる」 ということがどういうことなのか、ものの見事に伝え切ったと思う。

 ただ、こう言っちゃ矢沢ファンには怒られるのかもしれないけれど、キャロルを解散して、ソロになってからの矢沢永吉には、それほど魅力を感じなくなった。

 歌が、ロックンロールではなく、歌謡曲になってしまったように感じられたからだ。
 
 しかし、古くからの矢沢ファンの人と話すと、 「だから日本でメジャーになれた」 という。
 アメリカのロックンロールのカバーや、その雰囲気だけでまとめたオリジナルだけだったら、日本ではこれほどまでの人気を維持できなかっただろう、とそのファンは言う。

 「矢沢ファンの多くは、矢沢永吉の “音” を求めているのであって、向こうのパクリのようなロックンロールのまねごとを求めているのではないからね」
 
 そうかもしれない…とも思った。

 でも、それは、私の “趣味” ではないのだ。
 ソロになってからの矢沢永吉は、 「ビッグ」 になることは確かに目指しただろうけれど、 「ロックンロール」 というものを置き去りにしてきたように思う。
 
 ロックンロールというのは、何よりも 「腰」 が乗っていく音楽で、拳を振り上げて、コンサート会場の 「天井」 を目指す音楽ではないのだ。

 武道館のような、何万人という聴衆を集められる格式の高い会場で奏でる音楽ではなくて、横浜のちっぽけなライブハウスのようなところで、他人の腰とぶつかりながら、自分のステップを踏む場所を確保しながら聞くような音楽なのだ。


 そんなわけで、キャロルを解散してからの矢沢永吉とは一時は距離をとってしまったけれど、ある時、何かのドラマで、彼が役者を演じていたのを見た。

 いい味が出ていた。

 うまい演技ではなかったと思うが、すでに今の彼が持っている 「存在感」 のようなものが圧倒的な迫力を持って、セリフを発しない表情にも漂っていた。
 「音楽家」 というより、 「人間」 として成長してきたんだな…と思った。 

 紅白歌合戦では、司会の中居正広から、 「なんで出場する気になったんですか?」 と聞かれたことに対し、
 「だって紅白が60年を迎えるというじゃない。それは記念すべきことだから」
 というふうな返事をしていた。

 たぶん、還暦を迎えた自分の姿と重ね合わせたのだろう。

矢沢永吉フォト001

 そういう年を迎えて、 「矢沢も丸くなった」 という人もいるかもしれない。
 でも、そうじゃないね。
 ツッパリに磨きがかかったのだ。

 彼は、おそらく周りが評価するほど、大胆不敵な男ではない。
 繊細で、慎重で、用意周到な人だと思う。
 彼の 「ビッグスター宣言」 は、あくまでも営業行為としてのツッパリである。 

 いろいろなインタビューにおいても、自伝の 『成りあがり』 においても、終始ぎりぎりのところまで突っ張った発言を繰り返してきた矢沢永吉。
 しかし、ツッパリもここまで練り込まれてくると、もう 「荘厳」 としか言いようがなくなる。

 このブログにコメントを寄せてくれた motor-home さんが、矢沢&イチロー対談のことを報告してくれたけれど、矢沢は、 「常にチャレンジしている人間は、相手に対して上から目線で臨まない」 といったそうだ。
 相手の年齢、学歴などに関係なく、常に 「同じ目線」 でぶつかっていく。

 いい言葉だと思う。

 ツッパリは、どんな人間にとっても、しょせん演技。
 だけど、ツッパリも60歳まで貫き通すと、 「人と接するときの芸」 にまで昇華する。

 「他者」 に向かって自己を演技しているうちに、その 「他者」 が見えてくるのかもしれない。
 そうなれば、ツッパリも哲学になる。

 そういうものを持っている男を、ホンモノの 「カッコいい男」 といってもいい。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:02 | コメント(0)| トラックバック(0)

深夜のシャーデー

シャーデー・アデュ

 シャーデー姉さん、カッコよすぎ!
 みんな見た?
 昨日の晩…というか、今朝っていうか、BS2で2時から3時半までやったシャーデーの 「黄金の洋楽ライブ」 。

 デビューしてから25年目なんだってさ。
 …つぅーってことは、もう50歳?

 だけど、彼女の場合、 「歳」 ってのを超越しているよね。
 永遠の “乙女” だな。

 素晴らしいステージだった!
 
 ちょっとだけ見て、すぐ寝るつもりだったけれど、見ているうちにどんどん引き込まれてしまって、冷蔵庫の中からジンロを取り出して、それを伊藤園の 「お~いお茶・濃い味」 で割って、ガンガン飲み始めてしまったよ。

 シャーデー・アデュは、オレにとって 「女神」 なの。

 80年代の “音” で、いちばん印象に残った音は何? って聞かれたら、間違いなくシャーデーの 『ダイアモンド・ライフ』 を挙げたい。

シャーデー「ダイヤモンドライフ」

 あのアルバムは、本当に何度も聞いた。
 聞いて、聞いて、…夢の中でも鳴っていた。

 彼女が原曲をつくり、彼女のバンドがアレンジして奏でる音は、R&Bへのリスペクトがちゃんとこもっていて、そこにジャズの洗練さが加わり、それでいて、誰にも追従できないようなシャーデーの音が確立されていて、本当に刺激的。

 シャーデー・アデュは、若い頃マービン・ゲイとか、カーティス・メイフィールドをさんざん聞いた人らしい。

 分かるよ、それ。
 70年代ソウルの、最高のエッセンスを体現していたアーチストたちに憧れた人の求める 「音」 は、すぐ分かる。

 ネオンまたたく都会の夜の熱さを訴えながら、夜明けの冷気のようにクール。
 そこに、コップに垂らした一滴のインキのように広がっていくアンニュイ。

 男が一人でバーで酒を飲んだりするとき、とりあえずシャーデーが流れていれば、どんな男でもカッコがつく。

シャーデーアルバムジャケ001

 で、BSでやっていたこのライブでも、 「スムース・オペレーター」 のような、ホントに気がおかしくなるくらい聞いた曲を流してくれたおかげで、ついに、ジンロの瓶のラッパ飲みになってしまったよ。

 とにかく、ステージの構成がカッコいいの。
 バンドマンたちの衣装や照明も含め、昔のブルーノートレーベルのジャケットみたいに、シンプルだけどモダンアートしてます! …っていう雰囲気なんだな。

 その洒落た演出でまとめられたステージの上を、白く輝く衣装に包まれたシャーデーが、空から舞い降りた天女のように、この世の女には真似できないような、謎に包まれた微笑を投げかける。

 とにかく色っぽいんだ。
 白に銀のラメの入ったステージ衣装なんだけれど、おヘソがはっきり見えてさ。
 背中は、お尻の線まで見えそうでさ。

 ものすごく下品に言っちゃうと、 “抱きてぇな…” って思わせる衣装なんだけど、それでいて、 「絶対手が届かない」 という超越性をはらんでいるのね。

 つまり 「エロス」 が 「聖化」 されているって感じ。
 分かる?

 あれ、あれだよ。
 邪馬台国の卑弥呼みたいなもの。

 「卑弥呼。鬼道につかえ、よく衆を惑わす」 ってやつ。 

 セクシーで、ミステリアスで、恐ろしくって、美しくて。
 男の心をとろかせるようでいて、実は、男から最も遠いところにいる女。 

 そういう女を知ってしまった男というのは、報われない愛に生きる悲劇と恍惚を、同時に手に入れることになるんだね。

 シャーデー姉さん、カッコいい!
 
 そんなわけで、一人で盛り上がって、したたかに酔って、でも朝一に起きて、外泊許可をもらったカミさんをタクシーで病院に迎えに行って…。

 大晦日の朝は、そんな感じで迎えました。

 皆さんの迎える新年が幸多かりしことを祈ります。

 ▼ スムース・オペレーター


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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:40 | コメント(2)| トラックバック(0)

欲しがらない若者

 日本社会の停滞を、 “今どきの若者” のせいにする議論が後を絶たない。

 「今の若者には覇気 (はき) がない」
 「面倒なことを嫌がる」
 「耐える力がない」

 世の中が閉塞な気分に包まれてくると、そのような議論を目にしたり、耳にしたりする機会がどんどん増えてくる。

 フランス文学者の鹿島茂氏は、林真理子氏との対談 (週刊朝日) で、次のように言う。

 「今の若い人の行動はみな 『面倒くさい』 で説明できる。語学などは面倒くさいとみんな嫌がる。
 旅行でも、出かけるのはみな近場の温泉で、海外旅行も人気が落ちた。外国映画を見る人もどんどん減っている。学生に聞いたら、字幕を読むのが面倒くさいんだって (笑) 」

 そして、彼らは、教習所に通って免許を取るのが面倒くさいから、クルマも買わない。
 セックスに至るまでの手続が面倒くさいから、女の子もいらない。
 練習が面倒くさいから、スポーツもしたくない。

 かくして、このような若者が増えたおかげで、 「日本の産業が下降線をたどっている」 という結論が導き出されることになる。

 鹿島茂氏との対談相手を務めた林真理子氏は、別のエッセイ (週刊文春 09年11月12日号) でこう書く。
 
 「今の若者たちの気分を表現するときに、いちばんぴったりくる言葉は、 『まったり』 というやつだ。
 そんなに無理することはないんだよ、という 『まったり』 気分が日本列島を包んでいる。
 海外旅行をして、外国でしんどい思いをしなくたって、国内で安い温泉がいくらでもあるよ。貧乏だっていいじゃん、ユニクロ着て、コンビニ弁当食べてれば、そこそこ暮らしていけるよ。
 いいの、いいの、外で苦労することないの。日本の中で、みんなゆったり穏やかに暮らそうね」

 若者の “まったり” を奨励しているようでいて、この文章から匂ってくるのは 「皮肉」 。

 海外雄飛の夢を捨て、上昇志向も失い、内側にこもるようになった若者たちを憂う心情が、その文章の底に透けて見える。


今の若者に上昇志向はあるのか?

 「常に目標を掲げ、それに向かって絶えず励む」 という生き方は、やはりある程度日本の成長を担った人々が共通して抱く思いのようだ。

 60歳になっても現役ロッカーとして生きる矢沢永吉氏は、週刊文春の 『俺がロックだ!』 という連載エッセイでこう語っている。

 「60歳で、どういうステージができるか。
 やはり 『色気』 が大事。
 60になる矢沢が、酒飲む仕草でも、ステージ立っているザマ、もっといえば、この生きてるザマ、これ全部が色っぽかったらいいな、と思う。
 オレにはやるべきことがある、オレを待っている人がいる。
 そういうことがあると、人はドキドキするじゃない。
 そういう気持ちを持ってること自体、もう黙っていてもそこに色気があるよね」

 だから、人間は上昇志向を失ったらダメだという。

 「神様は優しくない。だから 『やったろか』 を持てる人と、持てない人に分けちゃうんだね。
 どんなに物があふれてる時代でも、その時代なりの、上を目指すってことは間違っていない。
 上を目指すこと、それをカッコわるい、クサいって、誰が決めたんだ? 誰が言ったんだ? 
 言ったヤツ、ちょっと来いよ。
 お前、国賊だよ。
 上を目指すっていう言葉は、百年経っても死語にしちゃダメよ。俺は上を目指すことを忘れない」

 たぶん、このような発言から “勇気” をもらい、それを生きる糧 (かて) にしている人々はいっぱいいるんだろうな…と思う。
 10人いたら、8人ぐらいがそうじゃないだろうか?
 おそらく、それが今の日本ではメジャーなんだろうな、という気がする。

 そして、私もまさにそう思う人間の一人だ。

 しかし、そういう思考の結果、 「今の若者たちはダメだ」 という結論にもっていく議論は、ことごとく、もう次の時代には通用しないということだけははっきり言っておきたい。

 そのような議論は、日本が、世界でも類例のないポスト産業社会的な状況に直面し、文化においても、マーケットにおいても、世界で稀に見る “実験国家” になっているという事実を見逃している。

 若者が 「モノを買わなくなったり」 、 「面倒くさいことを要求するサービス財に手を出さなくなったり」 したのは、若者のせいではない。
 そういう気分を蔓延させる消費構造が存在するからである。
 そして、 「今どきの若者」 というのは、そのような消費構造を、ものの見事に象徴しているともいえるのだ。


モノを買わない若者の心

 「モノが売れない」
 という現象は、何を意味するのだろうか。

 消費者がモノを買う理由は、主に二つに分けられる。
 ① 暮らしを維持するための消費。
 ② 他人との違いを確認するための消費。

 ① は、言うまでもなく、 「生活必需品」 を購入することである。食料品やらトイレットペーパー、洗剤などといった生活用品を買うための消費はどんな不況下であろうが、この世から消えることはない。

 しかし、生活必需品だけを消費するような社会構造では、企業は生き残れない。
 そこで、たとえ生活必需品であろうとも、より便利に、より効率的に、よりお洒落に…と、実用性を超えた新しい 「価値」 が付与されることになり、その 「価値」 を駆動力とした新たな消費が喚起されることになる。

 テレビモニターがブラウン管から液晶になり、クルマのエンジンがOHCからツインカムになり、携帯電話に写真機能が加わり、住宅の屋根にソーラーパネルが取り付けられるようになったりするというのが、そういう例だ。
 
 あらゆる技術革新というのは、そのような商品の付加価値性を高めるために追求されている。
 そして、そのように人々の心に喚起される新たな消費欲が、資本主義経済をドライブ (駆動) していく原動力となっている。

 しかし、このような形で絶えず喚起される 「消費欲」 とは、いったい何なのか。
 
 それは、技術革新による商品の 「便利」 さが促がしたもの…のように見えるが、実はもうひとつ別の原理が働いている。
 その根底にあるのは、まだ隣近所の人々が持っていない商品を一足先に手に入れる欲望であり、その商品を手に入れることで自己実現をしている自分を確認する喜びなのである。

 これが、上記の②でいうところの、 「他人との違いを確認するための消費」 ということになる。

 「他人との違いを確認する消費」 においては、 「流行」 は不可欠な要素だ。
 周りが身につけているから、自分も乗り遅れてはならない。
 周りよりも、一足先にそれを身につければ、他人への優越意識を持てる。

 そこでは、商品は、必需品ではあっても、 “差し迫った必要のない必需品” に変化している。
 
 これと並行して、商品の 「ブランド化」 も、 「他人との違い」 を強調する重要な要素となる。
 消費者に 「違いの分かる洗練された人」 という意識を持ってもらえれば、商品単価を引き上げることが可能になり、しかもその価格を維持しやすく、企業収益も安定する。
 
 このような 「流行」 や 「ブランド化」 に支えられた 「他人との違いを確認する消費」 を、かつての流行り言葉でいう 「記号的消費」 と言い換えてもいいかもしれない。

 現代社会の消費構造は、ほとんどがこの 「記号的消費」 に支えられて、今日の隆盛を保ってきたといえよう。

 ところが、成熟社会を迎えた日本においては、そろそろ、その記号的消費が機能しないような時代が訪れようとしている。

 それが、 「今どきの若者」 たちが見据えている消費社会の将来の姿なのだ。

 つまり、 「モノを買わなくなった若者」 というのは、記号的消費、…すなわち 「他人との違いを確認するための消費」 というものに魅力を感じなくなってきた人たちのことをいう。

 彼らは、モノを入手することで他者との 「差別化」 を図るとか、それによって 「自己実現」 を図るというような発想から抜け出た人たちである。

 今まで、各企業が新製品を発表する際に、 「これを買えば、このようなライフスタイルが実現します!」 とか 「この商品が、あなたにこのような魅力を付加します!」 などというキャッチに、 「もういいよ…」 とそっぽを向き始めたのが、今どきの若者なのだ。

 彼らは、単に “面倒くさがっている” わけでもなく、単に “まったり” しているわけでもない。
 今の資本主義社会が消費者に与えようとしている “夢” に飽き飽きしており、そのようなセールスプロモーションに耐えがたい “退屈さ” を感じている人たちだといっていい。

 彼らがクルマを買わなくなったのは、クルマという 「機能」 を必要としなくなったからではない。
 今までのクルマに付与されてきたモロモロの 「価値 = 記号」 、…すなわち 「速い」 、 「カッコいい」 、 「モテる」 などという 「価値 = 記号」 に魅力を感じなくなったからだ。

 海外ブランド品に対する彼らの憧れが急速に消滅しつつあるのも、同じ理由から説明できる。
 それを身につけることで 「他者との差別化が図れる」 などという素朴な信仰を信じている若者は、今やほとんどいない。
 彼らには、もう 「他者と差別化を図って確認できる自己」 などというプロモーションに飽き飽きしているのだ。

 同じように、若者の “酒離れ” も説明できるかもしれない。
 酒を飲むことによって交わされる本音トーク。
 彼らは、その本音トークそのものに、酒飲みたちの 「肥大化した自己」 を見る。
 他者の発言を封じてまでも、自分を主張するオヤジ世代の飲み会の会話は、彼らからみれば、野蛮人の風習のようにしか思えないのだろう。  

 消費者の 「個」 をひたすら突出させることで消費を促がしてきたような消費構造は、あらゆる局面において、若者たちからそっぽを向かれ始めている。
 
 だから、海外旅行に対しても、 「自分探しの旅」 などという動機づけを行うプロモーションに対しては、彼らはもう魅力を感じない。
 五木寛之の 『青年は荒野をめざす』 や沢木耕太郎の 『深夜特急』 に触発されて海外へ向かった若者たちが大勢いたことなど、今や遠い昔の話に過ぎない。

 たぶん、これからは自動車販売も、海外旅行の商品化も、 「自己実現」 などとは違ったプロモーションを考えない限り、若者の気持ちを引き戻すことはできないだろう。


モノへの渇望はなぜ失われたか

 そもそも、商品 (モノ) と 「自己」 を結びつけるという発想自体が、彼らには生まれたときから、すでにない。

 彼らの極度の 「モノ離れ」 は、何に由来するのだろう。

欲しがらない若者たち表紙

 『欲しがらない若者たち』 (日経プレミアシリーズ) という本を書いた山岡拓氏 (故人) は、そのひとつの原因を、彼らの親世代の育った環境に見る。

 現在、10代後半から20代ぐらいの若者の親たちは、80年代のバブル期に、ブランド消費に踊った人たちである。
 衣料についていえば、アルマーニのスーツにグッチのビットモカシンの靴といういでたちを好み、見栄やデザイン、さらに生地や仕立ての質などにマニアックなこだわりを見せた世代だ。
 
 住環境においては、空調完備の快適な住居や、ボタンを押すだけで何でもできる各種家電製品、AV機器、クルマ、すべてがあった。

 山岡氏はこう書く。

 「その子供である今の20代は、幼少期からファッション誌に鍛えられた親が選んだ服を与えられ、小学生の頃から自分で服や雑貨を選べるだけの審美眼を持った。
 彼らの前には、選択可能な消費財の情報が膨大なカタログとして並べられ、それを用意した親の影響により、彼らの持つ商品知識は10代のころから極めて豊富になった」

 しかし、そのような商品情報の氾濫と、商品選びの審美眼の獲得は、逆に子供たちから、モノへの渇望感を奪うことになった。

 彼らは、世界でも類例のないような、商品知識と商品選択のセンスを与えられながら、自分でそれを選び取る必要のない環境の中で育てられたのだ。

 したがって、彼らの親の世代がモノを買うことで達成していた 「自己実現」 は、もはや彼らの眼中にはない。

 そのような形で獲得された 「自己」 が、結局みすぼらしい “見せびらかし” に過ぎないことを、彼らは自分たちの親や、周りの人々の生活を見ているうちに、それとなく感づいてしまった。

 そして、もの心がついた頃、彼らはバブルの崩壊を体験する。
 さらに、それ続く脱出口の見えない不況の時代を生きていくことになる。

 現在の地球上で、もっとも高度に洗練された商品選択センスを持った人たちが、 「モノが人間の幸せを実現するとは限らない」 という事実に直面することになったわけだ。

 だから、彼らがモノを買わないのは、モノの 「価値」 が分からないからではない。
 モノそのものの 「価値転換」 が迫られている時代に、相変わらず昔ながらの 「価値感」 に基づいて開発される商品、宣伝される情報、そういったものに幻滅を感じているに過ぎない。


社会や親と和解する若者たち

 では、彼らはモノを買う代わりに、何を求めているのか。

 『欲しがらない若者たち』 を書いた山岡拓氏は、今どきの若者たちが示す奇妙な傾向に注目する。
 
 「産地研の調査によると、今の10代後半から20代前半の若者たちは、彼らから10歳上のコギャル世代がよく行っていた地べたにペタンと座るような行動を、わりと冷ややかに見ている。
 また、電車内で大声で話すことや、電車の中でキスをすることに違和感や抵抗を覚える人も9割を超えた。
 電車の中で携帯電話で話すことへの抵抗感も8割を超えた」

 また、山岡氏は、次のような調査にも目を通している。

 「2007年の 『若者意識調査』 では、休日に 『ほとんど家にいる』 と答えた20代は43パーセント。その過ごし方も、2000年時の調査よりも比率が高くなったのは、 『家で勉強や読書をする』 という回答だった。
 次いで伸びたのは 『掃除や洗濯など家事をする』 という声だった」

 さらに山岡氏は、若者たちの多くが親や兄弟といった家族間で頻繁にギフトを交わしあっていることに注目し、親からプレゼントされたものを大事にする若者が昔より多くなったと指摘する。

 そして、彼らが、報酬などを意識することなく、ボランティア活動に貢献することに生きがいを見出しているということにも注目している。

 なんと、 “良い子” たちが増えてきたことか。
 このようなデータを見るかぎり、およそ従来の若者像とは違った人種が台頭しているような印象を受ける。

 彼らの、社会や親とフレンドリーな関係を構築しようという意志は、どこから生まれたものなのか。
 
 彼らは、自分たちの先輩である 「若者」 たちがかつて目指した “反逆する青春” 像に、何の価値も見出さなくなったともいえるのだ。

 あえて世間の反感をかったり、親や学校が強制する生き方に反発したりすることで、 「自分の存在を確認する」 という思考法が、彼らにはバカバカしいのである。

 よくいえば、社会に対して従順。
 あるいは、生活形態の保守化。
 しかし、言葉を変えれば、もはや彼らは、社会や親と対峙することで確認できる 「自己」 などというものに意義を見出していないともいえる。
 
 そういうことには、なるべく無用なエネルギーを使わず、むしろ社会や親と協調路線を取ることによって、自分にとって居心地の良い環境を整備していく。
 彼らの親世代に対するフレンドリーな生活スタイルは、徹底してクールな現状認識に裏打ちされたスマートな処世術なのかもしれない。


メールよりは対話

 モノを買わず、社会規範を守り、親兄弟との関係も上手に調整するという彼らは、この先どういう社会を目指そうとしているのか。

 山岡氏は、こういうデータも拾っている。 

 「今の若者たちは、電子メールのやりとりを活発に行っているように思われているが、2008年の 『若者意識調査』 によれば、20代男女の友人とのコミュニケーション手段で最も多い方法のトップは、直接会って話す (45パーセント) で、携帯電話のメールを10ポイント近く上回った」

 山岡氏は、そのことについて、次のような解説を加える。
 
 「今の若者はとてもナイーブで、話す相手の気持ちの動きを気にする傾向が強い。
 相手の気持ちの変化を読んで 『シンクロ率』 を高めようとするのが今どきの若年層の大きな特徴だ。
 だから、表情や音声などの情報量を増やすため、彼らはメール交換よりも、対面コミュニケーションを求める」

 われわれは、 「若者」 というと、すべてのコミュニケーションをメールで済まそうとするようなイメージを抱きがちだが、それは、ここで話題にする若者たちよりは、ひとつ上の世代らしい。

 さらに面白いデータがある。

 それは、 「子供や次世代に残したいと思うのは何か?」 という調査だ。
 これも2008年の 「若者意識調査」 で浮かび上がってきたことらしいが、20代の若者が、次世代に伝えたいと思っていることの1位は、 「日本の伝統文化や季節感」 で、その回答率は4割を超えたという。

 山岡氏はいう。

 「今の若者たちは、便利な環境で育ったからこそ、その後に知った伝統文化の中に、近代都市社会が見過ごしてきた季節の微妙な変化や、自然と関わることの豊かさを発見したのかもしれない」 

 このような “今どきの若者” の意識調査から、およそ次のような人物像が浮かび上がって来ないだろうか。
 
 「自己を主張するよりも他者との共振を大事にし、さらに自然や季節感に敏感なセンシティブな人々」

 このような人間像は、消費者の周囲に広がっていた 「自然」 や 「季節感」 をつぶして、ひたすら消費者の 「自己実現」 だけを求めてきた今までの消費構造とは相容れない人間像であることは明白だ。

 「モノを欲しがらない若者たち」 というのは、これからの日本の産業社会における商品開発や商品情報に対して、新しいコンテンツを要求している人たちなのである。
 そのことを見抜けないと、それこそホントに、日本の産業は立ち行かなくなってしまう。

 キーワードは、 「家族」 、 「コミュニケーション」 、 「自然」 、 「季節感」 である。

 私は、どういう商品が彼らの期待に応えられるかということに対し、すでに答を持っているけれど、それはここでは書かない。
 また、いつか…。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 11:37 | コメント(13)| トラックバック(0)

アトランティス伝

 事実かどうか確認できない歴史上の伝説は、人を魅了する。
 たとえば、 「アトランティス大陸は本当に存在したのか?」 。
 そのような、たぐいの話だ。

 特に、海底に沈んだ都市とか王国とかいうのは、 「文明のはかなさ」 みたいなものが漂い、 『平家物語』 風の “諸行無常の響きあり” で、日本人の嗜好にはぴったり。

 で、 『アトランティス・ミステリー』 (庄子大亮・著/PHP新書) 。

 新進気鋭の歴史学者が書いた、アトランティス大陸の真実に迫る 「謎解き本」 の決定版である。

アトランティスミステリー表紙

 アトランティス伝説については、いまさら解説する必要もなかろうと思うが、かいつまんでいうと、今から1万2千年も前、大西洋に 「アトランティス」 という強力な国家を擁する大陸があり、地中海世界にまで進出し、大いに繁栄していたが、神罰を受けて、一昼夜にして海中に没した、という話のことをいう。

大波の絵

 この説話が、どうして信憑性ありそげに感じられるかというと、それを記したのがギリシャの高名な哲人プラトンであり、しかも 「これは実話だ」 とわざわざ断りを入れているからである。

 ところが、このアトランティス大陸についての記述は、プラトンの著作以外に見ることはなく、それだけに、古代よりその実在をめぐって、いくたの議論が繰り広げられてきた。

プラトンの像
▲ プラトン

 そのような議論が現在まで続いているのは、海洋学的な調査から 「大西洋に沈んだ大陸の痕跡が発見された」 とか、 「大西洋ではなく、これをクレタ島と考えると、あらゆる状況がプラトンの説話と酷似するから、アトランティス伝説はクレタ島に栄えた古代文明のことをいったのだ」 とか、自然科学や考古学の発達にともなって、幾度となく蒸し返されてきたからだ。

 その状況は、ちょうど日本の 「邪馬台国論争」 にも似ている。
 「邪馬台国論争」 も、 『魏志倭人伝』 の文献的解釈をめぐって、畿内説と北九州説が両立する。

 アトランティス伝説も、大西洋への出口を意味する 「ヘラクレスの柱」 (ジブラルタル海峡) という言葉が、ダーダネルス海を指していたなどという説もあって、文献の解釈によって、事実関係が読み替えられる可能性がたくさん出てくる。

アトランティスの地図?

 そんな古代史のロマンをたっぷり盛り込んだアトランティス伝説に対して、著者は、この本で一気に決着をつけようとする。
 つまり、 「アトランティスはなかった」 というのが結論 (…ネタバレでごめん) である。

 そして、 「なかった」 という理由を、古代より連綿と続く 「アトランティス実在説」 の不備を懇切丁寧につぶしながら、一つひとつ検証していく。

 その調査範囲は、歴史学、文献学、考古学、地質学、海洋学のほとんどのジャンルに及び、この研究が、単なる学者のひらめきや思いつきから来る “仮説” でないということを、重厚な資料の積み重ねによって論証していく。

 その手口は、まさに “容疑者リスト” に浮かび上がった怪しい人物たちを一人ひとり外していき、最後に真犯人を突き止める 「ミステリー」 の手法そのままである。

 そして、最後に “真犯人” が……。

 つまり、なぜプラトンがアトランティス伝説を後世に残したかという、最大の 「謎」 に向かって収斂 (しゅうれん) していく。

 そういった意味で、この本は、歴史学に興味を持つ人は当然として、伝奇モノのファン、考古学ファン、さらにミステリファンをも満足させる好著になっている。

 しかし…。

 かすかな不満を感じる読者はいるだろう。
 それは、この本の後半部に、いみじくも著者自身が語っていたことだが、人間は 「謎を謎のまま残しておいた方が幸せである」 という気分を捨てきれないものだからだ。

 真実を追究するのが学者の役目だから、著者がこの本を書いたのは、学者としての当然の使命を果たしたまでのことである。

 しかし、読者はわがままである。
 プラトンの 「真意」 を知ることよりも、 「アトランティスがあったか? なかったか?」 という虚構と現実のはざまに、いつまでもまどろんでいたい人もいる。

 著者もまた、そのことを十分に承知している。
 そして、…にもかかわらず、自分はなぜこの書を上梓しなければならなかったかというその情熱も、この本ではしっかり吐露されている。

 だけど、私の気持ちを正直に書くと、 「そんなに自信たっぷりにアトランティスを否定するなよ」 という気持ちがなきにしもあらず。

大波の絵02

 この本は、アトランティス大陸の実在を問うということよりも、 「プラトンがなぜこのような話を創作したのか?」 を解明することに力点がかかっている。

 つまり、 「強大な帝国が、神罰を受けて海中に没した」 という寓意は、何を意味しているのか、という謎の解明がテーマである。

 それはそれで十分に面白いし、かつプラトンの哲学の本質を突き詰める作業にもなっている。
 でも、それが分ったところで、アトランティス伝説が秘める、いかがわしくて、謎めいていて、うさんくさい魅力の重みにはかなわない。

 難しいところだな…と思う。

 人間は、クリアに分析された 「真実」 を愛するのか、それとも、霧に包まれて曖昧模糊とした 「謎」 の方を愛するのか。

 たぶん、最後に真相が明かされる 「ミステリー」 が好きなのか、謎そのものが増幅していく 「ホラー」 が好きなのかという読者の好みによっても、評価が分かれるかもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 09:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

ウェブは暇人の物

 『ウェブはバカと暇人のもの』 (中川淳一郎・著 光文社新書)
 というタイトルの本がある。
 なんともまた挑発的な題名をつけたものだと思うが、気楽に読めそうな気がしたので、気分転換にちょうどいいか…ぐらいの気持ちで読み始めた。

ウェブはバカと暇人のもの

 著者は、ニュースサイトの編集に携わってる 「ネット漬けの日々を送っている」 人で、 「リアルな現実を、現場の視点から描写」 したという。

 それによると、ネット世界というのは、すぐ他人を 「死ね」 「ゴミ」 「クズ」 と罵倒しまくる人か、アイドルの他愛ないブログなどに 「激かわゆす!」 と絶賛コメントを寄せる人か、もしくはミクシィか何かに 「今日のランチはカルボナーラ」 みたいなどうでもいい書き込みをする人ばかりに満たされた 「気持ち悪い世界」 なんだそうだ。

 世の中には、インターネットの世界を 「情報革命」 のように持ち上げ、ネットが普及した社会を “人類の理想社会” のように捉えるI Tジャーナリストたちがいるが、実情はおよそかけ離れている、というのが著者の感想である。

 そして、ネットに過度な期待を寄せてネット (ウェブ) 戦略に力を入れている企業が増えているが、ほとんどはネットの本質を理解していないために、ことごとくプロモーションに失敗している、という。

 …と書くと、この著者はまったくウェブ世界を否定しているかのように見える。
 現にサブタイトルが 「ネット敗北宣言」 なのだから、 「ネットなんてあほらし」 というのが、この本の結論であるように思える。

 しかし、よ~く読んでみると、この本はネット世界をそのものを否定しているのではなくて、 「ネット世界に対する過剰な期待」 、 「誤った先入観」 、 「見当はずれの神聖化」 を是正するというモチーフに支えられた本であることが分ってくる。
 
 一般的なメディアが、いかにネットを誤解しているか。

 その代表的な例が、 「テレビの凋落とネットの隆盛」 という思考法。
 昨今、テレビの影響力低下に危機意識を感じたスポンサーが、宣伝費をテレビからネットへシフトする傾向を強めているが、著者はそれをまったくのナンセンスだと言い切る。

 というのは、ネットのブログなどで採りあげられる話題の大半は “テレビネタ” であり、アクセスが集中するのも、そのようなテレビネタを扱ったウェブ情報だからだ。

 つまり、ネットというのは、基本的にテレビで放映された情報に共感する人たちの “コミュニティ” であり、テレビで糾弾された人や企業を罵倒しあう人々の “社会” であると著者はいう。

 もちろん、ネット社会に情報を提供するメディアは、テレビだけではない。 
 新聞も雑誌もある。

 しかし、新聞や雑誌で大スクープになったような記事でも、それがテレビに取り上げられない限り、ネットで話題になることはほとんどない。

 その理由を、著者は次のように説明する。
 「ネットに頻繁に書き込むようなヘビーユーザーは、テレビを見ても、わざわざカネを払ってまで新聞や雑誌を買わない」

 要するに、こういうことだ。
 ネットに頻繁にアクセスし、自己顕示欲に駆られたブログを日々更新したり、他人の記事に頻繁にコメントを入れたりしているヘビーユーザーというのは、ネットが安い娯楽であるからそうしているのであり、ネット以外の趣味にお金をかける余裕もなく、その意欲もない。

 つまり、お金がかからず、家にいるだけで世間の動きが分るテレビを情報源にしている人々とユーザー層が重なる。

 だから、ネットヘビーユーザーというのは、基本的に、持て余すほどの時間に恵まれたヒマな学生、ニート系若者、専業主婦、退職してからパソコンになじんだ発言意欲に富んだ老人ということになる。

 一方、現役でバリバリ仕事をこなし、新聞や雑誌を買ってまで貴重な情報を得ようとする忙しい人たちは、そのネタをわざわざ親切にネットに書き込むようなことはしない。

 ユーザー層のこういう構造があるために、新聞・雑誌というペーパー媒体の情報がネットで流通する率はきわめて低く、逆に、テレビを情報源とした話題は無尽蔵に広がっていく。

 著者はいう。
 「ネットによって人々の嗜好・生き方が細分化されたというのはウソである」 。

 つまり、ネットは人々の 「行動様式の多様化」 、 「趣味嗜好の細分化」 などを促進するように見えながら、実は人々の 「均一化」 を促がしている……というわけだ。

 ネット言論に参加しようとする人々は、テレビで興味を持った話題を詳しく知るために、圧倒的な集客力を持つ 「ヤフートピックス」 で同じニュースを探し、そこからヤフーの担当者が貼ったリンクへ飛ぶ。
 結果、同じ情報がぐるぐると回り、同じような感想が無数に乱立する。

 だから、テレビ関係者がネットへの危機感を高めているのとは裏腹に、ネットの方がテレビへの依存度を高めているのというのが実情らしい。

 著者は、次のような指摘を行う。
 「テレビ番組の企画者も、スポンサーも、広告代理店も、あまりにもネットへの研究が足りない」。

 そのため、ネットへの過度な期待が広がり、ネットを広告・宣伝媒体にしようともくろむ企業人と広告代理店の間では、次のような会話が交わされる。
 
 「新しい商品を浸透させるには、ブログなどで高密度の情報を発信している人々の注目にとまることが肝心。
 そのような、感度が高く、常に流行を気にし、目利きができている人々を巻き込み、彼らをハブ (中心) にして、そこからクチコミを巻き起こすことが大事」

 ところが、このような宣伝戦略は、まず成功したためしがない。
 成功したように喧伝される例がいくつがあるが、同じ例ばかり採りあげられることを考えると、それがたまたまうまくいった例外的な成功例だからだ。

 このことは、ネット発のスターがいないことを考えてみても分る。

 ネットから浮上した有名人、スターがどれだけいることか。
 ネットでの情報公開がきっかけとなり、本まで出版された例はいくつか挙げることができるが、その存在のほとんどはネットを知らない人たちには知られていない。

 逆に、テレビに頻繁に顔を出すタレントのブログは、アクセス数が1日数万件に及ぶ。
 つまり、「ネット対テレビ」 という構図をつぶさに見てみると、テレビの影響力の絶大な大きさに比べ、ネットの力は微々たるものでしかない。

 だから、企業のネットを通じた広報・宣伝戦略は、ネットの本質を理解しないかぎり、ほとんど意味をなさない。 

 著者はいう。
 「ネットでブランディングは不可能」

 多くの企業は、ネットでその商品のブランドを確立しようとするとき、ほとんど雑誌広告やテレビCMをイメージして考えている。
 つまり、 「美しく」 、 「カッコよく」 、 「スマートで」 、 「人々に善をもたらし」 、 「遠い憧れであるもの」 。

 しかし、ネットで支持されるテーマというのは、 「身近で」 、 「突っ込みどころがあり」 、 「どこかエロくて」 、 「バカみたい」 な企画なのだ。

 著者のナマの声を、ちょっと引用。

 「ネットは、人々の正直な欲求がドロドロと蠢 (うごめ) いている場所なんです。
 たとえば友達と飲んでいるときに、 『このビールはコクがあってノドゴシがスッキリだね』 、 『そうだね、やはり酵母の力が生きているからじゃないかなぁ』 なんて話しますか?
 ビールについて居酒屋で語るときは、 『それにしても、ビール飲むとなんでこんなにたくさんションベンが出るんだよ!』 みたいな話をしませんか?」

 それが人々の関心事であり、 「語りたい内容」 であり、ネットもこれと同じだ、というわけだ。

 要するに、 「ネットは居酒屋だ」 というのが、著者の結論である。

 居酒屋のワイザツさ、下品さ、気楽さが、居酒屋に寄りたくなる人たちの求めるものであり、人々はそこで 「タテマエよりはホンネ」 、 「カッコつけよりは、バカさらけ出し」 がまかり通る瞬間を楽しむ。
 そこに居合わせる人たちは、時には隣りの席の会話を小耳にはさんでツッコミを入れ、時には議論をふっかけ、最悪ケンカも起こるが、そのような自由奔放な気分に一時だけ酔う。

 人々がネットに求めるものも、基本的には変らない。

 それが著者の長年の経験から導き出された結論であり、そこに著者の 「失望」 があり、 「落胆」 があり、同時に 「希望」 があり、 「可能性の模索」 があると読んだ。

 読み物としては面白かった。
 語り口もうまいので、すらすら読めた。2時間程度の読書だったと記憶する。

 ただ、私はネットがすべて、この著者のいうような方向で一元化されているとは思わない。
 著者のいうことは、ひとつの “傾向” であって、本自体にセンセーショナルな話題性を付与するために、あえてその “傾向” を誇大に採りあげたという感じもする。

 現に、私が自分の 「お気に入り」 に採りあげて定期的に閲覧しているネット情報などは、時にテレビどころではなく、雑誌や新聞にも掲載されていない独自情報であったり、書き手のユニークな思想が吐露されているものであったり、読んでいてハッと心を打たれて、リンクを張りたくなったり、引用したくなるものが多い。

 居酒屋でも、テレビネタで盛り上がり、タレントの口真似で女性を笑わせている座もあれば、目を吊り上げて環境問題や政治問題を熱く論じている座もある。

 人さまざまなんである。

 ただ、ネットで商品のブランディングをもくろむ企業人たちは、今の方向を考え直した方がいいという主張は面白かった。

 ネットを通じて、ブランディングを進めようと思うのなら、むしろバカ丸出し、突っ込みどころ満載で、 「コケにされることで露出度が上がる」 と割り切らなければならない。
 ただし、それがその企業のオエライさんたちの意図する 「ブランディング」 とは異なるかもしれないが…。

 そういう著者の主張は、ある意味で、逆にネットの可能性を示唆するものであるかもれしれない。

 コケにされても露出度が高まればいい、と割り切る宣伝姿勢があるのなら、それはその企業の立派な 「戦略」 になりうる。
 ネット世界には、コケにして嘲笑う人々もいれば、そういう人々に反発して、それとは反対の意見表明をしたがる人々も同じくらい存在する。
 
 そのような “振り子的な運動性” を持つのがネットの特徴だ。

 一方的な 「エエカッコシー」 は、ネットの精神ともっとも反するものであるという指摘は、ひとつの教訓であった。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

坂本龍馬の実像

 司馬遼太郎は、 「小説家」 である。

 しかし、NHKドラマの 『坂の上の雲』 あたりが話題になっているせいか、ここのところメディアの扱う司馬氏は、文明批評的な視点を持つ 「思想家」 のような扱いを受けている。

 確かに、文明批評家としての司馬氏の洞察力は、並みの歴史学者や社会学者などでは太刀打ちできないほど鋭い。
 つまり、問題点を抉 (えぐ) り出すジャーナリスティックな切り口に長けているといえよう。
 彼の歴史上の人物などに対する省察は、その独特な語り口も相まって、読む者に圧倒的な説得力を突きつけてくる。

 だが、その “説得力” は、あくまでも小説家としての才能から生まれてきたものだ。

 “司馬マジック” に遭うと、われわれは、彼の描く歴史上の人物をこっそり隣りの部屋から覗き込んでいるような錯覚に陥ることがある。
 あるいは、司馬氏がタイムマシンにでも乗り、あたかも歴史上人物たちとサシで本音トークでも交わしてきたかのようなリアリティを感じることがある。

 しかし、そのような “リアリティ” は、あくまでも 「小説家」 の筆によってひねり出されたリアリティである。
 そこのところを理解しないと、逆に司馬遼太郎の “凄さ” というものを見逃してしまうかもしれない。

 司馬氏は、しばしば (← シャレじゃないんだけど…) 、今までネガティブな歴史評価を受けてきた人物や、スポットライトが当たることのない地味な人物を採り上げ、その人物が内側に秘めていた “とてつもない雄大さ” を取り出して、世の歴史的常識をくつがえしてきた。

 そして、誰もがそこに描かれた人物像に対し、司馬氏の鋭い洞察力によって掘り起こされた 「本当の姿」 を見た気になった。

 しかし、そのほとんどは “つくりもの” である。

 司馬氏は、戦国から幕末、ときには天平や平安末期に至るまで、日本史をにぎわせた大半のヒーローを描いているように思われるが、実は、彼は 「小説的な脚色」 が入り込む余地のある人間しか描いていない。
 いわば、作家から見て 「おいしい」 人たちだけを描いているのだ。

 来年からNHK大河ドラマとして始まる 『龍馬伝』 の坂本龍馬など、まさにその典型かもしれない。

坂本龍馬像001

 坂本龍馬は、明治維新が実現される前に亡くなった人間であるため、維新を生き残った “元勲” たちのように、近代的な歴史認識に基づいた資料から外されてしまっている。

 彼に関して残された伝承および資料は、基本的に江戸期の思想的文脈の中で語られたものであり、そこには、明治政府が導入しようとした 「近代」 のバイアスがかかっていない。

 だからこそ、司馬氏にとって、坂本龍馬は 「おいしい人」 だったのだ。

 つまり、坂本龍馬が、江戸期の思想的文脈で考えていたことを、近代文明の文脈に置き換えてみたらどうなるのか?

 そこに着目したことが、小説家としての司馬氏のセンスの良さを物語っている。

 司馬氏は、こう考えたことだろう。
 もし、その試みがうまくいけば、たどたどしい土佐方言で語られる龍馬の政治思想は、西洋近代の言葉を駆使した陳腐な政治理念よりも、読者に強力なインパクトを与えるはずだ。
 そして、それは、日本人に新鮮な感動を与え、生きる勇気を与えるはずだ。

 龍馬が、「わしゃ、この日本を大いに洗濯しよう思っちょる」
 とか言えば、読者は、青空の下に白い洗濯物がバァーッっと広がったかのような、爽快な気分に浸れる。
 生硬な政治理念を展開するより、こういう表現の方が、はるかに人の心をとろかす。

 また、実際の龍馬は、アクターというよりプロデューサー的なものを志向した人であったということも、司馬氏にとっては都合がよかったろう。

 それまでの日本史上のヒーローは、ことごとく表舞台で派手な振り付けを披露する役者ばかりだった。
 しかし、役者の演じる舞台を本当の意味で運営しているのは、興行資金を工面するプロデューサーである。

 経済感覚を重視した 「浪速」 出身の作家であった司馬氏は、そういう経営センスを要求されるプロデューサーの仕事というものをよく理解している人だった。
 そしてまた、彼は、そのようなプロデューサーとしての龍馬を描いた評伝が生まれていなかったことにも着目しただろう。

 このようにして、土佐の田舎を出て、薄汚れた羽織を着たまま江戸の町をさまよっていた坂本龍馬は、ある日突然、司馬遼太郎という稀代のスカウトマンに声をかけられたわけだ。

 「きみきみ! 私の力で、日本一のヒーローになってみる気はないかね?」


 司馬氏が 『竜馬がいく』 を発表するまでは、坂本龍馬は、維新前夜に活躍した革命派浪士のうちの、ちょっとだけ名を知られた人物の一人でしかなかった。

 それが、 『竜馬がいく』 の社会的反響が大きくなるにつれ、いつのまにか、明治政府ですら持ち得なかったような雄大な構想力を持つ傑物として評価されていく。
 そして現在では、各調査機関が行う 「好きな歴史上人物ベスト10」 などというアンケート調査では、必ずベスト5内に入るような有名人になった。

 しかし、司馬さんは、そのように加熱していく “龍馬ブーム” を眺めながら、…もちろん小説家としての自尊心は満足させられただろうが…、内心 「やれやれ」 と苦笑いしていたような気もする。
 「少し薬が効きすぎたか…」 とすら思っただろう。

 私は、司馬さんが、 『竜馬がいく』 の連載中に、龍馬の対極を生きる土方歳三の物語を書かねばならなかった心境がよく分かる。

 常に明るく、将来をポジティブに見すえ、ユーモアを解し、人に優しい坂本龍馬。
 そういう龍馬のキャラクターは、戦後復興の道を歩んできた日本人が目指す人物像の集大成だった。

 だが、そういう “前向きの人間” ばかり描いて喜んでいられる人は、小説家ではない。
 司馬氏は、あらゆる面で龍馬とは正反対の生き方を貫いた新選組の土方歳三 ( 『燃えよ剣』 ) を描くことで、小説家としてのバランスを取ったのだと思う。

 実在した坂本龍馬が、司馬さんが小説のなかで語ったほど、時代の先を読んだ偉人なのかどうか、実のところ、よく分からない。
 司馬氏は、 「明治維新の理念は、坂本龍馬の構想から生まれた」 というような書き方をしているが、もし龍馬がいなくても、龍馬の代わりを誰かが務めていたことは間違いない。

 そういった意味で、司馬氏の描く龍馬像は “過大評価” といえなくもないのだが、それでもなお、龍馬が暗殺されずに、明治政府の要職に就いていたらどうなっていたか? と空想する余地は残されている。

 もしかしたら龍馬は、その後の明治政府が打ち出したような帝国主義的な国家運営とは異なる指針を示し、そのことによってまったく別種の日本国家が生まれていた可能性だってあるのだ。

 そのような想像力の飛躍を楽しめるものを、 「小説」 という。

 だから、いま巷に流布している坂本龍馬の人物評は、あくまでも 「小説」 の域を出ない。

 …出ないがゆえに、面白い。

 司馬遼太郎は、歴史を、 「物語」 として語った作家である。

 「物語」 とは、ものごとに 「ひょっとしたら……?」 という視点をつけ加えることをいう。
 言葉を変えれば、 「ほら話」 を加えるということにほかならない。

 司馬作品の面白さは、結局この 「ほら話」 を語る話芸の巧みさに尽きる。
 なかでも 『竜馬がゆく』 は、最大の 「ほら話」 かもしれない。

 われわれは、そういう司馬氏の 「ほら話」 の芸を尊重し、ただひたすら、あの気宇壮大かつ奔放な語り口に酔えばいいのだ。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:38 | コメント(6)| トラックバック(0)

荒野のディラン

 ボブ・ディランというアーチストを語ることは、私にはとても難しい。

 ビートルズのデビューとほぼ同じ頃に登場し、60年代、70年代を代表する数々の名曲をリリースし、現在も第一線で活躍するスーパーアーチストなのだが、なぜか私は、ボブ・ディランという歌手を自分の中にどう位置づけたらいいのか、いまだによく分からない。

ボブ・ディランジャケ001

 彼の歌を聞いていると、なぜか、歌とは異なる別の何かを聞いている、と思うことが時々あるからだ。

 それは、凍てついた荒野の彼方 (かなた) から、闇を突き抜けて響いてくる、正体定かならぬ者の 「叫び」 のようなものかもしれない。
 母親に、 「誰も叫んでいませんよ。安心して眠りなさい」 と言われながらも、ふと目を覚まし、耳をすませると、山を越え、谷をくぐり抜けて、枕もとに忍び寄ってくる声。

 そういうものを感じることがあるのだ。 

ホッパー07

 私は音楽にあまり “思想性” を求める習慣がないので、洋楽でもJポップでも、ほとんど 「音」 としてしか聞いたことがない。
 たまに、 「サウンド」 として気に入った歌があれば、ようやく歌詞カードを開き、何を主張したいのかな? と気にとめる程度なのである。

 だから、ボブ・ディランの歌が当時のラジオから流れ出した頃、 「サウンド」 にしか関心のなかった私は、あっさりと “聞き逃していた” のだと思う。

 ようやく、ボブ・ディランの曲が耳に入ってきたのは、 『風に吹かれて』 (1963年) からである。
 しかし、それは彼のオリジナルではなく、PPM (ピーター・ポール&マリー) の歌ったカバー曲の方だった。

 メロディも覚えやすく、コード展開も簡単な曲だったので、そのうち歌詞カードを見ながらギターで弾くようになった。
 そのとき、はじめてボブ・ディランの曲だということが分かった。

 興味を持ってオリジナルの方も聞いてみたら、 「まったく別の歌か?」 と思った。

 PPMの方は、メロディラインを忠実になぞりながら、歌詞もしっかり聞き取れるクリアな声で歌っている。
 それに比べ、実作者であるボブ・ディランは、メロディラインをたどるのもおぼつかないような節回しで、聴衆に罵声を浴びせるように、ぶっきらぼうに歌っている。

 嫌だな…と思った。

 なぜ 「嫌だな」 と思ったのか。

 後から思うと、私はボブ・ディランの “歌声” に、
 自分を脅かすもの、
 自分を安住の地から連れ出そうとするもの、
 自分のアイデンティティを奪おうとするもの、
 …の “気配” をかぎ取ったのだと思う。

 それが、さっき言った、 「凍てついた荒野の彼方から、闇を突き抜けて響いてくる “叫び” 」 なのだが、もちろん、PPMの歌と聞き比べた頃は、そのようなイメージは、まだ固まっていない。
 ただの 「下手な」 歌声に過ぎなかった。

ボブ・モニュメントバレー002

 その後もボブ・ディランに対しては冷淡な距離を取り続けながら、私は 「音」 として派手なもの、サウンドがカッコいいもの、曲として耳になじみやすいものを洋楽に求め、ニューロック、アートロック、ハードロックなどといわれる新しいロックサウンズの方に傾倒していった。

 そういう新しいグループの曲には、気に入ったものがいっぱいあった。
 ザ・バーズの 「ミスター・タンブリマン」
 ジミ・ヘンドリックスの 「見張り塔からずっと (All Along The Watchtower) 」
 ザ・バンドの 「アイ・シャル・ビー・リリースト」

 みんないい曲だなぁ…と思って、それらの曲をコレクトした自分のオリジナルテープなどを作っているときに、ふと気がついた。

 お気に入りだと思った曲は、みなボブ・ディランの曲だったのだ。

 そこで、再び興味を感じて、ボブ・ディランのオリジナル音源と聞き比べてみた。
 すると、どうしても自分には、カバーしているサウンドの方がみな心地よく聞こえてしまう。
 反対に、美しい歌だと思ったものでも、ボブ・ディランが歌うと、どこか不安定で、落ち着かない気分になってしまう。

 そこから次々と疑問が湧いた。

 ボブ・ディランが、なぜアメリカで人気を保っているのだろう?
 日本にも熱狂的なディランファンがいるのは、なぜだろう?
 彼のいったい何が、多くの人たちから評価されているのだろう?
 彼の魅力を読みとれない自分には、何が欠けているのだろう?

 ようやく、私はボブ・ディランというアーチストが秘めている 「謎」 にたどり着いたのだ。

ボブ・ディラン342302

 ボブ・ディランの曲が、なぜアメリカ人に人気があるのか?
 (ちなみに、2007年のアメリカの 「ローリングストーン・マガジン」 誌が選んだ、 「ロック史上最も偉大な500曲」 のベスト 1 に選ばれたのは、ボブ・ディランの 『ライク・ア・ローリング・ストーン』 だった)

 彼の歌が、なぜアメリカ人に評価されるのかという問に対する答は、ある程度簡単に出せる。
 ボブ・ディランが 「英語」 で歌っているからだ。

 つまり、英語が聞き取れない私などは、彼の歌をただの 「音」 としてしか捉えられないのに対し、アメリカ人たちは 「詩」 として聞く。つまり彼らは、詩を通して伝わる 「意味」 をつかんでいる。
 
 「意味」 が分からなければ、ディランの歌の “良さ” は理解できない。
 そのことに気がついて、歌詞カードをいくつか拾ってみると、確かに、不思議な光彩に満たされた世界を語る歌詞が多い。
 …が、何をいいたいのかよく分からない。

 初期のプロテストソングですら、政治権力や社会体制に対する抗議の中に、意味不明の哲学的、文学的なフレーズが入り込んでくる。
 こんな難しい歌を、ポピュラーソングとしては単純明快なカントリー&ウエスタンの伝統しかないアメリカ人が理解できるのか?
 そんな気すらした。

ボブ・0020

 しかし、自分にとっての最大の 「謎」 は、ボブ・ディランの作った曲を、他のアーチストがカバーすると、なぜ心地よく聞こえ、ボブ・ディランが歌うと、なぜ “落ち着かない気分” になるのか…ということだった。

ボブ・ディラン1966

 そのうち、ぼんやりと…だが、ひとつのイメージが固まってきた。

 『新約聖書マタイによる福音書』 10章34節から39節。

 ……私が来たことを、地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。
 平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。

 私は、父を、娘と母を、嫁としゅうとめを “敵対させる” ために来たのだ。
 
 私よりも父や母を愛する者は、私にふさわしくない。
 私よりも、息子や娘を愛する者も、私にふさわしくない。
 また、自分の十字架を担って、私に従わない者は、私にふさわしくない。
 自分の命を得ようとする者は、それを失い、私のために命を失う者は、かえってそれを得る……。

 キリストの言葉だという。
 
 人に 「愛」 と 「平和」 を説いていたはずのキリストが、なぜ、このような不安に彩られた教えを、突然語ったのか。
 家族をいつくしむことを説いていたはずのキリストが、なぜ、家族を引き裂くような教えを語ったのか。

 私は、ある思想書にこの一節が引用されているのを読んだとき、とても奇妙なものを感じたと同時に、目のまえに突然 「荒野」 が広がったような、身の引きしまるような戦慄を感じたことがあった。

ボブ・ディランMバレー

 キリスト教というものにさほど関心を持たず、 「困ったときに助けてくれるもの」 というぐらいの、素朴な信頼感しか持ち合わせていなかった私は、この一節に、イエス・キリストの厳しさと怖さを感じた。

 しかし、その 「怖さ」 は、人を強力に引き寄せてしまう、抗 (あらが) いがたい 「力」 から来るもののようにも思えた。
 
 家族の呪縛から解き放たれた、孤独と向き合う 「場所」 
 思考を閉ざす微温的な愛に自足せず、真理を見すえる 「場所」
 この世の掟 (おきて) が通じない、絶対的な 「場所」

 その場所がどんな所なのかよく分らないけれど、キリストの言葉は、
 「人間には、とにかく跳ばないことには着地できない “場所” がある」
 ということを教えているように感じた。
 
 ボブ・ディランの、あのぶっきらぼうな、人を突き放したような 「声」 は、まさに 「跳ばないと着地できない場所」 から響いてきたような 「声」 だったのだ。

ボブ・ディラン2628

 彼の歌が、なぜ私を不安な気持ちにさせるのか。
 その声が、なぜ自分を 「安住の地」 から引き離すようなものに聞こえてしまうのか。

 それは、 「剣を持ち、家族を引き離すためにやってきた」 というマタイ伝のキリストの言葉を連想させたからである。

 そして、それが私にはまた、人間に 「自立」 を促がす言葉であることも分っていたのだ。
 いつかは、親元を離れ、…つまりは充足された 「共同体」 を離れ、独りで 「荒野に立て」 という教えでもあることに気づいていたのだ。
 そのことに気づいても、気づいていない振りをしていたから、それが 「不安」 に感じられたのだ。

ボブ・29

 ユダヤ系の家庭に育ったボブ・ディランが、なぜユダヤ教を離れ、プロテスタント系のクリスチャンになったのかは分らない。
 私には、ユダヤ教とキリスト教の教学的な区別もつかない。

 しかし、ひとつ言えることは、彼のあのヒリヒリするような孤独感をたたえたダミ声は、ユダヤ教やキリスト教の風土である 「荒野」 の声だったということだ。

ボブ・ディラン4251

 彼の歌には、この世をどこか別の場所から眺めるような 「超越者」 の視線がある。

 ノックしながら天国の扉を見つめる “ビリー・ザ・キッド” (天国の扉)。
 西から昇る (!?) 太陽を浴びて解放される “私” (アイ・シャル・ビー・リリースト) 。
 道を行く騎士や女たちの姿を、監視塔の上から眺める “王子” (見張り塔からずっと) 。
 いつになれば空が本当に青く見えるのか? と問う “男” (風に吹かれて) 。

 そのような、 「見る主体」 と 「見られる対象」 の絶対的な乖離 (かいり) を伝える “まなざし” があってこそ、あの歌い方が選ばれたのだと思う。

 あのぶっきらぼうなしゃがれ声は、ディランのナマの声ではない。
 歌に超越的な “まなざし” を導入させるために、戦略的に導き出された声といっていい。
 だから、テーマが様々な方向に広がっていく後期になると、もう彼は普通の声に戻っていく。

 しかし、フォークギターを抱えてステージに立った初期のディランは、見事に 「荒野を吹く風」 の声で歌った。

ボブ・モニュメントバレー25

 私は、夜ディランのその声を聞くと、どこか遠いところに連れ去られるような気がしてくる。

 それが怖い。
 だけど、行かなければならない。
 そう思う。
 今日でなければ、いつの日にか。

 ▼ 「ライク・ア・ローリングストーン」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:34 | コメント(2)| トラックバック(0)

カフカの不思議

 どこか違う。
 何かが違う。
 しかし、どこが、どう違うのか分からず、いつの間にか悪夢の中にさまよい込んでしまって、出口の見つからない状態に陥る。
 カフカの小説というのは、いつもそういう気分に襲われるような作品が多い。

 「カフカ」 という言葉から、近年の読者は何を連想するのだろうか。
 村上春樹の 『海辺のカフカ』 かもしれない。

 あの小説で、なぜ 「カフカ」 という言葉が使われたのか、未読の私には分からないが、私がここでいおうとしている 「カフカ」 は、チェコ出身のユダヤ系ドイツ人作家フランツ・カフカのことだ。

フランツ・カフカ001

 彼の 『変身』 や 『審判』 を読んだのは、20代のとき。
 70年代のサブカルチャー的熱狂の中で、彼の小説は、唐十郎的なおどろおどろしい幻想に彩られたミステリアスな小説という感じで流布していた。

 しかし、読んだら、およそ熱狂的な雰囲気とは無縁の作品という印象だった。
 むしろ、人間の心を、絶対零度の冷え冷えとした暗所に連れ込むような、静かな寂寥 (せきりょう) 感に満ちていた。

 それは今まで読んだどの幻想小説や怪奇小説とも違っていて、恐怖や狂気よりも、乾いたユーモアのようなものすら感じさせた。

 彼が生涯追い求めたテーマは何だったのか?
 どの作品にも、いろいろな解釈が成り立ちそうだが、どのような解釈をも拒む孤絶感のようなものが作品全体に流れていたように思う。

 最近のことだが、昔、途中まで読んで中断していた 『城』 を読み返してみた。

カフカ「城」

 自分も歳をとったので、少しはカフカについて気の利いた感想がいえるのではないかと思っていたが、結局、相変わらずこの人の作品を説明できるようなうまい言葉が見当たらない。

 なのに、面白いのだ。
 区切りのよいところで本を閉じようとしても、なかなかそうさせてくれない。
 この先はどうなるのか?
 そういうエンターティメント的な力がこの小説にはある。

 若い頃は、同じような情景が延々と続くこのストーリーテリングに間延びしたものを感じていたというのに、今はその延々と続く似たようなシチュエーションが妙に面白く感じられる。

 それは、 「納得できないもの」 に接するときの驚きとか、ときめきのようなものかもしれない。

 『城』 は、 「納得できない世界」 を描いた小説である。

 有名な作品なので、それがどのような内容なのか、すでに知っている方も多かろう。
 主人公の 「測量士」 が、ある村から測量の仕事の依頼を受けて、長い旅の果てにその村にたどり着くのだが、村の高台に 「城」 を構える依頼主と、どうしても接触を試みることができない。

 城に住む “伯爵” から使わされる執事、代理人、村長などと交渉するのだが、いつも、さまざまな “偶然の” 出来事に邪魔されて、一向に仕事の交渉が始まらない。
 自ら歩いて城に近づこうにも、いつの間にか道に迷ったり、夜が訪れたりして、城までたどり着けない。

カフカ「城」のイメージ

 そのため、村の居酒屋に寝起きを始めた主人公のもどかしい暮らしが、ある意味でドタバタ劇ともとれるような村人たちとの交渉の中に描かれることになる。

 だが、そこから迫り出してくるのは、 「何かが違う」 という奇妙な感触だ。
 それを、どのような奇妙さと表現すればいいのだろう。

 たとえば、同じ言語を解し、同じ文化を共有する人々の住む場所に旅しただけなのに、そこで暮らす人々との会話が妙に噛み合わない。
 そういう “もどかしさ” といえばいいのだろうか。

 ひとつの単語に対する意味内容は、ほぼ100パーセント共有できるのに、それがつながった会話となると、隔絶的ともいえる 「断層」 が存在する。

 それは、小さな、ほとんど気づかないような 「断層」 だが、もしかしたら、共有できた思える言語自体が、別の世界の、別の原理に貫かれた 「言語」 なのではなかろうか?
 つまり、同じ 「人間」 のように見えるのに、もしかしたら、その村に暮す人々は、生存構造の異なる別種の生態系を生きる人々なのではなかろうか?

 そんな、主人公の生きる土台が揺らぎだすような恐ろしさが、途中からどんどん迫り出してくるような小説なのだ。

 主人公の測量士は、なかなか知的な男で、弁も立つ。
 だから議論において、簡単に人に負かされるような人間ではないのだが、村人や小役人たちとの議論が始まり、その核心に触れようとすればするほど、暗黒のクレバスがとてつもなく広がっていく。

 村人も、 “城” から遣わされる役人たちも、知的エリートではないにも拘わらず、みなしゃべることが実に合理的である。
 彼らの話を聞いているかぎり、そこにはロジックの破綻も感じられず、終始一貫した整合性に貫かれている。

 …なのに、彼らの合理性と、主人公の信じている合理性との間には、常に絶対的な乖離 (かいり) が生じる。

 主人公が感じる村人たちの合理性は、狂気の中に生きている、いわゆる “病者の合理性” とは違う。
 当たり前に考え、当たり前に暮らしている人間の持つきわめて平凡な合理性なのだ。
 にもかかわらず、時として全く非合理であるという奇妙な感覚が、読者をいい知れぬ不安に誘い込む。

 あまりにも 「リアル」 なものは、ある時、まったくそのまま 「アンリアル」 である。
 まさに、カフカの描く小説は、そういう世界を表現している。  

 そこにさまざまな寓意性や象徴性を読みとることは可能だが、どんな寓意性や象徴性を当てはめようとも、常にそこから流れ出ていくものがある。

 訳者の池内紀さんは、この作品をめぐって、 「さまざまな議論があり、文中の “城” が何をあらわしているのか、数かぎりない解釈がある」 という。
 「城について世界中で書かれたものを集めると、それだけで一つの図書館ができるだろう」
 と後書きの中で彼は書く。

 数かぎりない解釈があるのは、その余地があるからだ。
 つまり、読んだ人間が、必ず自分なりの解釈を述べてみたくなる作品なのだ。

 だけど、この小説から何かしらの 「意味」 を取りだそうと思っても、それは徒労に終わるだろう。
 たぶん、カフカの頭の中にも、 「意味」 は存在しなかったはずだ。
 彼が感じていたのは、 「自分には、世界はこのように見える」 という “手応え” だけだったに違いない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:17 | コメント(6)| トラックバック(0)

関係女と所有男

 何を意味するか分からないブログタイトルになってしまった。
 これは、斎藤環氏が書かれた 『関係する女 所有する男』 (講談社現代新書) という本を紹介しようと思って付けたタイトルだが、8文字以内に収めようとしたため、こんな意味不明のタイトルになってしまった。
 お許しを請いたい。

関係する女所有する男表紙

 この本は、 「男と女」 の違いを、主に精神分析の手法を通じて解き明かした書である。
 納期が迫った仕事に関わる資料として入手したものなので、 “飛ばし読み” のような粗雑な読み方になってしまったが、ところどころ絶妙な言い回しがあって、けっこうネタとして使える本だと思った。

 内容を一言でいえば、恋愛や結婚という男女関係の中で、どうして男と女の間には、様々な 「食い違う」 が生まれるのかということを、主に、男と女が受ける社会的・文化的制約の違いから解き起こそうというのが、本書のテーマである。

 そのテーマを象徴的に要約するならば、
 「女は男に対して関係性を求めたがるが、男は女を所有したがる」
 という言い回しになる。
 
 「女が求める関係性」 という言葉が、ちょっと分かりづらいが、要するに女性は、2人がどういうふうに変化していくのか、その変化を楽しむことを求めている…というような意味だ。

 それに対し、男は 「2人の関係がどうなるか」 ということよりも、まず、その女を “自分のモノ” として所有し、できれば、いつまでも最初の状態が持続することを願う。

 そういう男女の心の違いを、本書は様々な例証を出して検証していく。

 男性の私から見れば、新手の 「女性の口説き方」 の指南書のようにも見えた。
 つまり、女性の “心の動き” をよく把握し、それに則った攻略法を伝授しているという気配もなきにしもあらず。

 もちろん著者にはそんな “不純な (?) ” 動機はなかったろうが、ある意味で、そういう実用書のような読み方を可能にしている部分もある。

 詳しい内容は、次の仕事の成果として反映されると思うが、いくつか印象に残ったフレーズを紹介したい。

 その一つは、シンガーソングライターの一青窈 (ひととよう) が、あるテレビ番組で言ったというワンフレーズ。
 
 「男は過去の女性の思い出を “フォルダに保存する” が、女は “上書き保存する” 」
 という一言だ。

 これには著者の斎藤氏も感心していたが、私もまたその通りだと思った。

 男は、いつまでも別れた女性の思い出をめそめそと頭の中で反芻したりするが、女性は過去の男性に対して冷淡である…ということは、別に目新しい言説ではない。
 それをパソコン用語で表現したところが、なんとなく斬新に思えた。

斉藤環氏

 斎藤氏 (↑) は、この “一青窈発言” を、こう解説する。

 「男は、恋愛関係の思い出を、別々の 『フォルダ』 にいつまでもとっておける。
 別れに際して、男のほうがはるかに未練がましいのは、フォルダがなかなか捨てられないからである。
 だからこそ、男は同時に複数の異性とも交際できる。
 いっぽう女は、現在の関係こそがすべてだ。
 女にとって性関係とは、 『一度に一人』 が原則だ。新しい恋人ができるたびに、過去の男は消去 (デリート) され、新たな関係が 『上書き』 される」

 そこから、
 「ストーカーには男が圧倒的に多く、女は少ない」
 という結論とか、
 「男の浮気は元のサヤに戻ることが前提となるが、女性の浮気は、事実上、結婚生活の心理的な終わりになる」
 などという結論が導き出されるだろう。

 こういう結論自体は、すでに数々の恋愛ドラマや恋愛小説で語り尽くされたものである。
 この本がユニークなところは、その理由を “構造的に” 解き明かしたことだ。

 氏は言う。

 「男が過去の女性の思い出をフォルダにしまい込んで、それを保存するのは、 『所有原理』 が働いているからである」

 つまり、エモノとして獲得した動物を “剥製や標本” などにして取っておきたいという願望にほかならない。

 それは、人類がこれまで営んできた社会の構造が、男性の自己評価を、 「知性や身体性に優れていたり、コミュニケーションスキルを持っていたり、リーダーシップを発揮できたり…」 という “社会的スペック” に求めてきたことに起因する。

 男性にとっては、学校でよい成績を収めたり、仕事の成果を評価されたり、職場で尊重される役職に付くことが自己評価の目安となる。
 そして、そのような社会的な立場を確立することが、彼の自信と達成感のよりどころとなる。

 いかに魅力的な異性をゲットしてきたかということも、そのような社会的スペックを充実させるものとして機能する。

 それに対して、女性は、そのような社会的スペックで自己評価を下さないし、異性の価値も判断しない。
 あくまでも、相手が 「自分に何をもたらせてくれるか」 という相互の関係性を重視する。

 だから、結婚に関しても、女性にとっては新たな関係の始まりであり、必要なのは2人の 「より良い変化」 なのだ。

 そこで、男女の意識の食い違いが生まれる。

 結婚した女性にとって、結婚したばかりの男は、まだ 「未熟な夫」 でしかなく、その夫が自分との関係の中で 「最高の夫」 へと変化していくプロセスが女性の希望となる。

 男は逆で、結婚したばかりの妻こそが、性格的にも外見的にも 「最高の妻」 なのである。
 だから男は、妻がいつまでも新婚当時のままであることを願う。

 結婚前の恋愛関係においても、この食い違いは生じる。
 
 いつまで経っても “未熟な恋人” は、女性にとっては自分に何も変化をもたらせない愚物であり、女性たちは愚物な男に見切りを付けるのも早い。
 新しい恋人が出現すれば、未熟な男はあっさりと “上書き” されてしまう。

 このように、2人の 「関係の変化」 に期待する女性と、異性をただのモノとして 「所有」 しようとする男性の食い違いは、それぞれ相手に感じるセクシュアリティにも反映している。

 異性の体で、どこに魅力を感じるかという点でも、男性と女性の意見はかなり異なる。

 男性のほとんどは、相手の 「胸」 や 「お尻」 に集中する。
 いっぽう女性の場合は、男性の 「腕」 や 「指」 あるいは 「眼」 に魅力を感じるという。

 男性の 「胸」 や 「お尻」 というのは、要するにフェチである。
 つまり、女性をモノとして所有する視線にほかならない。
 男は、女性の人格とは無関係に、女性の身体そのものに欲望できるようになっている。

 逆に、ある種の男にとっては、女性の 「知性」 は、自分の自尊心を脅かすものとして感じられたりもする。
 女性の 「知性」 が自分に鋭く突き刺さってくると、相手をモノとして所有できなくなるからだ。

 いっぽう女性のこだわりが向かうのは、ここでも 「関係」 だ。
 「腕」 や 「指」 、あるいは 「眼」 というのは器官は、すべて相手と関係するための器官である。

 女性はその腕に抱かれ、その指に触れられ、その眼に見つめられるという、自分と相手との関係の中で機能する器官に魅力を感じている。

 最終章においては、著者はこのような男女の意識構造のからくりを、精神分析学の見知を駆使して解説している。
 この本の内容をアカデミックに掌握しようと思う人は、最終章を読むだけでも十分かもしれない。

 しかし、そこはちょっと専門的になるので、このブログでは書かない。
 (…というか、ちょっと難しい)

 読みながら、ふと思ったのだけれど、最近の男女の生態系を観察してみると、この本で書かれた男女の差異が少しずつ相互浸透して、だんだん解消されつつある気配も感じる。

 女性のオヤジ化も進み、若い男性の女性化も進行しているようにも思う。

 それでも、人類の男女の歴史が今まではこのように動いてきたことは確かだし、この解析が、現代社会でもいまだ有効なことは間違いないだろう。

 とにかく本書は、女性に振られながらも、その理由がよく分からない男性にとっては勉強になるはずだ。
 読んでおくと、次の恋愛はうまくいくかもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:19 | コメント(4)| トラックバック(0)

坂の上の雲

 司馬遼太郎の小説 『坂の上の雲』 がちょっとブレイクしている感じ。
 本屋に寄っても、けっこうこれに関係したムックや書籍が出回っている。

ドラマ坂の上の雲002

 いうまでもなく、年末にNHKのスペシャルドラマとして取り上げられることになったのがきっかけであるが、そこには、 “坂の上の雲” ( ←近代国家) をめざして 「坂道」 をけなげに上り始めた明治人に対する現代人のノスタルジーが反映しているように思える。

ドラマ坂の上の雲001

 しかし、この作品、果たしてTVドラマとして成立するのかどうか。

 もちろん大河ドラマのノウハウをさんざん蓄積したNHKのことだから、それなりに見せ場を整えたドラマにはなるだろうとは思うが、しかし、この小説は、司馬遼太郎の全作品の中でも、もっともドラマに不向きなものだと思うのだ。

 日露戦争をテーマにしたものだから、当然その戦闘描写などもたくさん出てくるわけで、映像的にも制作費的にも、原作のレベルに迫ることはできない…という予測は、まずひとつ成り立つ。

 しかし、それだけのことなら、今のCG画像の技術でなんとかならないことはないと思う。

 そうではなく、あの作品自体が、そもそも小説には収まりきらない “大きさ” を持ったものであるということが問題なのである。

 生前、司馬遼太郎は、この小説をドラマ化したいというテレビ局側の打診に対し、首を縦に振らなかったという。

 それは、日露戦争を描くための人的・資源的物量を、映画やドラマではとても揃えることができないといった意味もあったろうが、それだけでなく、作品の背後にそびえる 「小説にも収まりきらな “大きさ” 」 をどう表現するかということに関し、司馬氏が悲観的に感じたことが最大の理由だろう。

 その大きさとは何か。

 『坂の上の雲』 は、日本の歴史を描き続けてきた司馬遼太郎がはじめて手掛けた “国際小説” である。
 正岡子規や秋山兄弟といった、明治期を駆け抜けた日本人たちの青春群像を描いているように見えて、実は、世界が舞台となっている。

 特に、物語の後半。
 死闘の限りを尽くす日本とロシアの戦争を記述する部分は、よく読むと、なんと、ロシア側将兵の場に立って、ロシア軍から日本軍を見た叙述が半分を占める。

ロシア帝国紋章
▲ ロシア帝国紋章

 ロシア帝国が極東に勢力を拡張する国策を掲げたのは、ロシア一国の思惑を超えた欧米列強の政治力学の中で決まったことだった。

 だから、日露戦争をロシア側から描くということは、当然、ロシアと反目していたイギリスや、ロシアと同盟を結んでいたフランス、ドイツなどの政治家たちの計算やら思惑を描くことにもなり、ロシアの太平洋進出に神経を尖らせるアメリカの政情にも言及することになる。

 イギリスにとって、遅れてきた帝国主義国家として膨張政策を取るロシアは好ましからざる存在であるため、極東の日本がロシアを叩くのは大歓迎。
 だからイギリスは、ロシアに対して徹底的にいやらしい妨害工作の限りを尽くす。

 一方、イギリスと対抗するためにロシアと同盟を結んでいたフランスは、頼みの綱であるロシアの強大な軍事力が極東で削がれつつあることに不安を感じ、ロシアと “共倒れ” になることを避けようとして、徐々にロシアから距離を取り始める。

日露戦争風刺画
▲ 日露戦争風刺画 ロシアに日本をけしかけるイギリス

 このあたりのヨーロッパ諸国の虚々実々の駆け引きが、実は、日露戦争の最終的局面を決めた日本海海戦に大きな影響力をもたらすことになる。

 ロシア国内にも、深刻な問題があった。
 当時のロシア帝国は、世界一の軍事国家であり、皇帝の支配する強力な専制国家でもあった。

 しかしながら、その政権を支える基盤は古びて腐り始め、次第に力を蓄えてきた革命勢力に対し、ロシア宮廷はその対応にも頭を悩ませていた。
 そして日本は、ロシア政府の後方を撹乱 (かくらん) するために、このロシア内の革命勢力とも接触を試みようとする。

 『坂の上の雲』 という小説は、そういう国際社会の緊張関係の中で、日本を捉えた小説なのである。
 日本人たちを主役にした日本の小説のようでありながら、 “帝国主義の時代” を迎えた欧米の政治力学の中で日本を考察するという、気宇壮大な国際小説といった方が正しい。

戦艦「三笠」
 ▲ 戦艦 「三笠」 の幕僚たち

 この作品を書くにあたり、司馬氏が目を通した文献・資料は、おそらく日本国内のヒーローを描くときの何倍、何十倍というものであったと思われる。

 彼は、各国の政治家や軍人の残した回顧録から始まって、外交上の機密文章に至るまで、日露戦争の時代を生きた人々の残したものはすべて目を通したに違いない。

 それだけではない。
 新兵器の登場によって変化する火薬の調合に対する文献や、石炭の組成成分の分析など、自然科学分野における資料収集にもそうとうなエネルギーを使ったはずだ。

 歴史小説は、そのような文献と資料の総量で作品の精度が決まるが、作家はその資料をすべてを作品の中に使うわけではない。
 むしろ、捨てる量の方が多い。

 しかし、作品の中に引用しなかったにせよ、作家の記憶にとどまった資料の厚みが、そのまま “小説の厚み” となる。

 『坂の上の雲』 という小説は、膨大な資料を背負いながら、そこから抽出されたデータを、登場人物の 「笑い方」 の描写だけにとどめたりすることがあるのだ。
 「小説に収まりきらない “大きさ” を持つ」 という意味は、そのことをいう。

 小説だからこそ、かろうじて表現できたこのような 「世界」 を、いったいドラマとして描けるものなのかどうか。
 私は、たぶん原作とは異なるテーマを持ったドラマになると思っている。  

 それはそれで、面白ければいいのだけれど、あの小説の本当に豊かな部分というのは、たぶんドラマ化されないだろうという気がしている。

 「豊かな部分」 というのは、日本人が登場しない部分にある。

 たとえば、ロシアのバルト海から出航したバルチック艦隊が、日本海までたどり着くまでの話。
 これなど、 「本編には関係ない退屈な話だ」 と語る人もいるらしいが、私などは一番興味深く読んだエピソードだ。

 『坂の上の雲』 を単なる戦記モノとして読むならば、バルチック艦隊というのは、日本海軍のただの “かたき役” でしかない。

 しかし、彼らがどのような労苦を払って日本海までたどり着いたか…ということに着目するならば、涙なくしては読めないような話なのだ。たぶん、それだけで独立した小説ができあがるはずだ。

 現に、司馬氏はこの艦隊が出航してから海戦に至るまでの叙述で、文庫本8巻のうちのほぼ1巻分ぐらいのボリュームを割いている。それ以上かもしれない。

 満州の陸戦で苦戦を強いられていたロシア政府は、その難局を打開するために、ヨーロッパ方面の有事に備えて温存していたバルチック艦隊を、ついに極東の戦線に派遣することを決定した。

バルチック艦隊
▲ 洋上のバルチック艦隊 粗悪な石炭しか積めなかったので、吐き出す黒煙の量が多い

 これが、どのような難事であったかは、その遠大な航路がそれを物語っている。
 バルト海から大西洋に出て、アフリカ西岸を南下し、インド洋をまたぎ、そして東シナ海から日本海へと進む航路を、艦隊としての秩序を保ちながら完遂したというだけで壮挙だ。

 スエズ運河を渡れば、まだいくらかの航路の短縮は図れただろう。

 しかし、当時のスエズは日本と同盟していたイギリスが支配していたことと、石炭を満載したために喫水線が下がってしまうことを理由に、彼らはアフリカ南端の喜望峰を越えなければならなかった。

 北国で生を受けたロシア人たちは、アフリカの西岸を南下するときに、まず南国の暑さと湿気に悩まされた。
 熱気のこもる船内で寝ることは不可能になり、士官も兵卒も、上半身裸になったまま甲板にごろ寝するのだが、そのようなだらしなさが日常化することによって、士気もどんどん低下していく。

 続いて、船を動かすための石炭の確保に苦しむ。
 日本を支援するイギリスは、石炭を供給できるような自国の港をけっしてロシア艦隊に開放することはなかった。

 のみならず、フランスにプレッシャーをかけて、ロシアの同盟国であるフランス領の港においても、ロシア艦隊への石炭供給を断るように働きかけた。

 頼みの綱であったロシアの軍事力が、日本軍によって削ぎ落とされていく現状を冷静に分析したフランスは、打算的な政治力を発揮し、イギリスの機嫌を損ねないように、ロシアに冷たく当たるようになる。

 ロシア艦隊が寄港できる港は、フランス領内であっても環境の劣悪な港しかなく、石炭を仕入れる港はさらに限定されていく。

 だから、石炭が供給される港に入ったときは、あらんかぎりの石炭を積み込むことになり、そのため船員たちの居住スペースは狭められ、船の重量も重くなり、航行速度はさらに減少する。

 しかも、石炭を詰め込むという重労働が、長旅に疲れた船員たちの疲労度をさらに増すことになる。

喜望峰
▲ 喜望峰

 彼らは、青息吐息でようやく喜望峰を回るのだが、そこで待っていたのは、大航海時代の船乗りたちを悩ませた、想像を絶するような大暴風。

 船よりも高い大波が艦尾を襲い、その次には、船そのものが波の頂点に押し上げられ、眼下に、今にも波に呑み込まれそうな僚船の姿を見下ろすことになる。
 船員たちは、生きた心地がしなかったろう。

 ようやくたどり着いたマダガスカル島で、彼らは、旅順港と旅順の要塞が、日本軍の手に落ちたという悲報を受け取る。
 バルチック艦隊の東征の目的は、旅順港に寄港している旅順艦隊と合流して、圧倒的な海軍力で日本軍にプレッシャーをかけることにあったから、航海の半ばで、その目的も潰える。

 しかも、彼らにとって難攻不落に思えた旅順要塞が陥落したことで、日本の軍事力への過大評価が、幻影となって彼らの神経を蝕み始める。

 以降、水平線の彼方に昇る煙を見ただけで、彼らは 「日本の巡洋艦隊の出撃か?」 と恐れおののき、それが無用の緊張となって、兵士たちの睡眠を妨げるようになる。

バルチック艦隊戦艦
▲ バルチック艦隊の戦艦

 艦隊を一つしか持たない日本海軍が、わざわざインド洋まで兵力を割くなどということはありえないのだが、疑心暗鬼に駆られたロシア海軍は、幻の日本海軍に悩まされながら、航海を続けなければならなくなる。

 発狂して海に飛び込む兵士も続出し、軍としての統制力もどんどん弛緩していく。

 このような難行苦行の航海を続けたバルチック艦隊を待っていたのが、あの日本海海戦の悲惨な結末なのだから、これはもう涙なくしては読めない話だ。

 『坂の上の雲』 という小説は、そのような “敵国” ロシアの兵士たちが立たされた苦境をも公平な視線で描ききった小説である。

 この物語を読むと、日露戦争の勝利が、けっして日本軍の “優秀さ” によってもたらされたものでないことが分かる。

 あの戦争は、欧米列強の政治的な思惑の中で繰り広げられた戦いで、戦況を支配するのは、諸外国の駆け引きをどう利用するかというその “読み” の力にかかっていた。

 強いていえば、当時の日本政府は、欧米列強の政治的な思惑を “読む” 力があったということでしかないのかもしれない。

 もう何度も読んだ小説である。
 何度読んでも飽きないものが、ここにはある。
 だから、寝る前には読まないようにしている。
 あまりにも面白いために、眠くならないからだ。
 気づいてみると、白々と夜が明けていたりすることもあった。

 私にとっては、 “健康を害する” 小説のひとつだ。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:15 | コメント(2)| トラックバック(0)

アントワネット

 日本公開からほぼ2年経って、ソフィア・コッポラ監督の 『マリー・アントワネット』 を観た。
 美しい映画だった。
 良い意味で、予想を裏切られたといってもいいかもしれない。

マリーアントワネット003

 「女性監督が描く、女性好みの映像」 という評判を聞いていたから、豪華絢爛なドレスや、食欲をそそるスウィーツの映像がふんだんに出てくるファンシーで、ファンタスティックな映画かと思っていたら、 「華やかであることは哀しいことである」 という哲学を貫いた映画だった。

 なにしろ、実際のヴェルサイユ宮殿を思う存分使った映画なのである。
 美しくないわけがない。

マリーアントワネット002

 あの宮殿を写真などで見た人は分かるだろうが、あれほどゴージャスで、壮麗で、ひとつの “小宇宙” とでもいうべき秩序感を持った宮殿というのは、ほかにはない。
 まさに、それ自体が巨大なアートである。
 そういう建築物を、それ以降、人類は作り出していないように思える。

 特にあの庭園は、人間の 「想像力」 との戦いの場といっていい。

ベルサイユ003

 いったい人間というのは、どれだけ 「豪華さ」 とか 「壮麗さ」 というものをイメージできるのだろうか。

 あの庭園の造形には、そういった人間の想像力に挑むような設計者と建築家の不敵な挑戦が見え隠れする。
 それは、まさに 「神の庭」 に近づこうとする意志とでもいうべきものかもしれない。 

 並木に両側を囲まれた池が、はるか地平線の向こうまで続くような視覚的効果。
 積み木細工のように均等に刈り込まれた植栽群が連なる幾何学模様。

ベルサイユ006

 それは、 「庭園」 などというシロモノではなく、長いこと 「文明」 と対立関係にあった 「自然」 をついに征服したという無邪気な人間賛歌が漂う 「数学的空間」 でもある。
 そこには、デカルト的な明晰さというものが、はっきりと映像的に表現されている。

 だから、哀しいのだ。
 そのような 「明晰な合理的空間」 というものは、いわば “神の英知” のみが維持できる空間であり、人間にとっては、やがてはそこから追放される 「エデンの園」 であるからだ。
 
 マリー・アントワネットとその夫であるルイ16世の悲劇というのは、そのような神の空間に間違ってさまよいこんでしまった人間の悲劇でもある。

 錠前を作ることと狩猟だけが唯一の趣味というルイ16世は、国王でありながら、国を統治するという意志も能力も持ち合わせてはいなかった。
 異国から嫁いできたマリー・アントワネットは、夜毎のパーティにうつつを抜かす以外に、フランス宮廷に溶け込む術 (すべ) を持たなかった。

マリーアントワネット001

 家柄と美貌だけが、人間の 「価値」 として認められる貴族のパーティでは、機知と反射神経に優れた者が人気者となる。
 
 当意即妙のユーモア。
 鋭敏な反射神経に支えられた軽妙なしぐさ。
 徹底的に軽薄であることが、とてつもなく洗練されたものになるという逆説。

 そこで繰り広げられるパーティの世界は、さながら今の日本のバラエティ番組のようだ。
 誰もが徹底的に表層的であることが望まれ、悩みや憂いは野暮なものとして退けられ、さげすまれる。

 山海の珍味と、奇想を凝らしたスウィーツを皿に盛った食事を食べることも 「ゲーム」 であるならば、世界の美術品に囲まれた部屋で暮らすことも 「ゲーム」 。
 恋愛も 「ゲーム」 。
 オールゲームの中に、人間としての気概も矜持も、砂糖菓子のように溶けていく。 

マリーアントワネット004

 そのような暮らしを続けてきたマリー・アントワネットとルイ16世は、民衆が蜂起してヴェルサイユ宮殿に迫って来ているというのに、それが 「危機」 であることを察知する感受性すら持たなかった。

 彼らはついに民衆に拉致され、人民裁判の行われるパリに馬車で移送される。

ベルサイユ004

 ヴェルサイユ宮殿を立ち去る二人の前に、朝日が昇る。
 壮麗な 「神の庭」 が、朝焼けの中に浮かび上がる。
 それを、馬車の窓から眺めるアントワネット。

 「並木を見ているのかい?」
 ルイ16世が、妻に優しく微笑みかける。
 
 「お別れを言っているの」
 とアントワネットは答え、夫に笑みを返す。

 もちろん、その後に、二人の首がギロチンによって切り落とされるという悲劇が待っている。
 しかし、その宿命すら、彼らにそれを想像する力があったかどうか。

ベルサイユ001
 
 ヴェルサイユの庭を立ち去る二人が何を意味しているのか、いうまでもないだろう。
 「エデンの園」 を追われるアダムとイブなのだ。

 彼らは罪を犯したのか?
 そうだとしたら、それは楽園の中で、あまりにも無邪気に生きてしまったという 「罪」 に過ぎない。

 そう思うと、ここには 「人間の悲劇」 の原型があるといわねばなるまい。

 関連記事 「退屈が怖いマリー」


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

「激突」のスリル

 スティーブン・スピルバーグの幻のデビュー作ともいわれる 『激突』 を観た。

激突01

 この映画は、1972年に、スピルバーグが25歳のときに制作したもので、後に 『ジョーズ』 によって創造された新しい “戦慄” の実験場となった作品である。

ジョーズポスター

 『ジョーズ』 で新しいスリルとサスペンスの手法を確立したスピルバーグは、さらに、 『インディー・ジョーンズ』 、 『ジュラシック・パーク』 と続くヒット作で、その名を不動のものにする。
 『激突』 は、その “巨匠” の名称を欲しいままにするスピルバーグのデビュー作だから、早いうちから伝説化された 「幻の作品」 として語られてきた。

 だから、あえてストーリーを紹介するまでもないと思うのだが、簡単に要約すると、のろのろ運転をしているタンクローリーに業を煮やした男 (主人公) が、そのタンクローリーを追い越したところ、相手の運転手に逆ギレされ、しつこく追い回されるという話である。

激突03

 それだけで、この映画が低予算でつくられたB級映画であることが分かる。
 もともとテレビドラマ用につくられた作品で、アメリカでは劇場公開もされていないという。

 観客はまず、そのあまりにもシンプルな設定に驚く。
 登場人物はというと、いろいろなエキストラはたくさん出てくるが、基本的には主人公のセールスマンただ一人。
 使われる大道具は、乗用車1台と、タンクローリー1台だけ。

 これだけの設定で1時間29分のドラマを、観客に最後まで飽きさせことなく描き切ってしまうわけだから、確かに凄い作品には違いない。

激突02

 ただ、見終わって、漠然と期待していたものとは違った映画だったように思えた。

 まず、設定にリアルさを感じなかった。

 というのは、日本ではありえない話だからである。
 タンクローリーが乗用車をどこまでも追い回すことは、対向車もほとんどなく、地平線の果てまで一直線の道が続くようなアメリカ大陸だからこそ可能になる。
 日本で同じことをやろうとしたら、すぐ渋滞に巻き込まれるか、あっという間に民家に飛び込むかのどちらかになってしまう。

 本当に面白い映画ならば、そういうロケーションのローカリティなどを感じさせないものなのだが、画面を見つめているうちに、ついついそんなことを考えてしまうということは、それだけ自分が熱中していなかったという証拠になる。

 実はこの映画、昔からいろいろなレビューを見ていたから、
 「トラックの運転手の顔が最後まで分からない」
 とか、
 「主人公を追い回す動機がはっきりしない」
 という話に期待を寄せていた。

 だから、タンクローリーがじわじわっと不条理な怪物になっていく瞬間を今か今かと待ちわびていたのである。

激突04

 しかし、そのタンクローリーが怪物に生まれ変わる “変身の時” はついに訪れることはなく、タンクローリーは最後まで、ただの 「暴走トラック」 のまま終わった。

 そこには映画的な 「スリル」 はあるものの、それは、 「異界」 に触れたときの言葉を失うようなスリルではなく、つい悲鳴が上がってしまうカーチェイスのスリルであり、巨大なトラックが迫るときの物量感から受けるスリルである。

 ある意味で、ハリウッド製アクション映画の常道がここでも繰り返されていたといえよう。
 低予算で仕上げたB級ドラマも、高コストでつくらたハリウッド大作も、テンションの高め方においては、基本的に変わらない。

 どんなにそのトラックの存在が不条理に描かれても、そこからは、心を震撼させるほどの恐怖というものが何も迫り出してこない。

 スピルバーグという人の個人的な資質なのか、あるいは民族・文明・風土的な資質なのか分からないけれど、ヨーロッパ映画のアントニオーニやベルイマンたちがその作品の中にしのばせる、 《世界》 の崩壊に立ち会うような存在論的な怖さというものがここにはない。

激突01

 アメリカのアクション・ホラー系映画では、狂人がナタを振り回すような恐怖は描けても、普通の人間が鋭利なナイフを隠し持って近づいてくるような怖さは描けないのかもしれない。

 ただし、それは好みの問題であって、 「狂人の振り回すナタ」 にスリルを求める人たちは、この映画にハリウッド・アクション映画のすべての原型を見出すことだろう。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:58 | コメント(4)| トラックバック(0)

我等同じ船に乗り

 日本の 「小説」 というのは、もしかしたら 「昭和」 で終わってしまったのではないか。
 そんな思いを強くさせられたのが、 『我等、同じ船に乗り』 (文春文庫) という本だった。

我等、同じ船に乗り

 ここには、松本清張、太宰治、谷崎潤一郎、坂口安吾などはじめとする昭和を代表する作家たちの短編が、ちょっと独特の視点を通して集められている。

 著名作家の作品ばかり集めたアンソロジー (選集) 自体は珍しいことではないが、この本がユニークなのは、それらの短編を選び出した 「編者」 が、桐野夏生氏であるということだ。
 つまり、この短編アンソロジーは、作家・桐野夏生が、読者として選んだ 「心に残る物語」 集なのだ。

 選ばれた作品は下記のとおり。 (括弧内は発表年)

 「孤島夢」 島尾敏雄 (昭和21年)
 「その夜」 島尾ミホ 
 「菊枕」 松本清張 (昭和28年)
 「骨」 林芙美子 (昭和24年)
 「芋虫」 江戸川乱歩 (昭和4年)
 「忠直卿行状記」 菊池寛 (大正6年)
 「水仙」 太宰治 (昭和17年)
 「ねむり姫」 澁澤龍彦 (昭和57年)
 「戦争と一人の女」 坂口安吾 (昭和21年)
 「続戦争と一人の女」 坂口安吾 (昭和21年)
 「鍵」 谷崎潤一郎 (昭和31年)   

 桐野氏が、これらの作品を選んだ基準は何であったのか。

 「私の最近の好みは、 “生々しい小説” に尽きる」
 と語る桐野氏は、
 選考の基準として、
 「作者の生理が感じられるもの、そして、どうしてもこれを書きたかったという切迫感のあるもの」
 に絞ったと、 「あとがき」 に書く。

 「作家は、自分の生理を感じさせないように、自分という人間が出ないように粉飾する一面もある。
 それでも生理が滲み出る作家は、なるべくして作家になった人々である。
 さらに、切迫感がある小説を書ける作家は、自分をさらけ出す勇気がある。というか、自分が何と思われようと、どうでもいい人々だ」

 桐野氏は、そう前振りをしてあとで、
 「そんなわけで、粉飾の感じられない10人の作家、11の作品を選んでみた」
 と続ける。

 「…粉飾の感じられない」 という言葉を、 「リアルなものへの手応え」 と訳してみると、そこには、ある一つの共通したものが浮かび上がってくる。

 選ばれた作品をみると、例外はあるが、ほとんどが 「昭和」 に書かれたもので、しかも、その大半が第二次世界大戦直後に発表されたものに集中している。
 つまり、編者の桐野夏生は、 「自分がリアルなものを感じた小説」 として、日本の終戦直後に書かれたものを意図的に選んだということになる。

桐野夏生1

 第二次大戦が終結し、日本全体が焦土となり、誰もが 「生きる」 こと以外のことを考えられないような時代が訪れ、かつ日本人全体がそれまでの価値観に大きな転換を迫られた終戦直後。

 桐野夏生氏が選んだ 「自分の好きな小説」 は、みなそのような時代に生まれてきたものばかりだ。

 このことは、また作家・桐野夏生が、自分の創作活動の原点をどこに据えているかということも物語っている。

 結論から先に言ってしまうと、ここに集まった作品には、そのどれをとっても、どこかに 『OUT』 の雅子が潜んでおり、 『ダーク』 のミロが隠れていて、 『グロテスク』 の “わたし” が顔を覗かせ、 『魂萌え』 の敏子の後ろ姿が見える。

 編者・桐野夏生が、このアンソロジーのタイトルを 『我等、同じ船に乗り』 と決めたことは示唆的である。

 それは作家としての桐野夏生が、 「人間」 というものを同じ視点で眺めた先達たちと 「世界」 を共有しているという思いからだけではなく、作者が描いた人物たちもまた、なぜか、同じ船の切符を買ってしまった人々なのである。その船が、ひたすら大海だけをめざす停泊地を持たない 「孤船」 であることを知りながら。

 とにかく、ここに集められた 「昭和の作品群」 には、圧倒された。
 「日本の小説は、昭和の時代に終わってしまったのではないか?」 という思いは、もう最初の数編を読んだだけでこみ上げてきた。

 私は、最近の若い作家の小説も読まないではないが、なかなか最後まで読み通したものが少ない。
 最近の小説は、文庫本でも単行本でも、活字が大きく、行間もたっぷり取られ、読みやすい構成になっているのだが、なぜか、とても疲れてしまうのだ。

 途中まで読むと、結論が見えてしまうものもあり、その結論に至るまでの残されたページの量をみると、読み通す気が萎えてしまうものも多い。

 しかし、このアンソロジーは、活字がびっしりとページを埋め尽くし、黒々とインクが盛り上がっているようなものばかりであったにも拘わらず、読み始めると、すらすらと進んだ。

 恥ずかしながら、ルビがないと読めないような漢字も出てくるのだが、それも気にならなかった。

 昔の小説は、難しい漢字が出てきても、今のように親切にルビを振ったり平仮名に直したりということはなかった。
 それでも、何度かその漢字を見ているうちに、読み方も意味も覚えられるようになっていた。
 今回は、久しぶりに、その感覚がよみがえった。

 だから、ページの隅々にまで目を通し、細部の描写を噛みしめ、主人公の気持ちの動きを追っていくことが面白くてしょうがなかった。

 そういう経験を、最近の若い作家たちの書いたものから与えられたことがない。

 何が違うのだろう。

 やはり、 「戦争」 を見てしまった作家たちと、それを知らない作家たちとの違いという、ごく単純なところに行き着くほかはないと思った。

 「悲惨な戦争を自分で体験すれば、表現力が身につく」
 …そんなことをいうつもりはない。

 むしろ、 「言葉を失う」 ような世界を見て、文字どおり 「言葉を失った」 体験があるかないかの違いだろうという気がした。   

 桐野夏生氏は、この本の前に出した 『対論集・発火点』 において、こう語っている。

 「私たちの言葉も教育等で得た経緯からして、コストのかかった特権階級のものなんですよね。
 だからアフリカやインドといったところの、ものすごく貧しい地域の言葉にもならない苦しみというものは小説家は書けない。
 だから小説を書くということは、冷たい風がビュービュー吹いているようなところでやっている仕事だと思う」 (柳美里氏との対話)

 戦争を生き抜いた昭和の作家たちは、一度はみな 「言葉にもならない貧しさと苦しみ」 が残されている場所に立った。

 彼らは、 「聖戦」 を主張した日本政府の崩壊を目の当たりに眺めながら、 「平和と民主主義」 を標榜する新しい時代のイデオロギーにも組みせず、死んでいった者たちの記憶をたどりながら、 「生と死を分けた」 ものは何かと考えた。

 そのとき、おそらくそれを説明する 「言葉」 などなかったろう。
 たぶん、そこは 「冷たい風がビュービュー吹いている」 場所だったのだろう。

 その中で、彼らは 「自分の生」 を成り立たせるものの根源を考えた。
 あらゆる価値観が錯綜していた時代だから、 「思想」 とか 「イデオロギー」 に寄り掛かることはできなかった。
 自分が生きている、…というたったそれだけの 「事実」 から、トンネルを穿 (うが) つしかなかった。

 だから、このアンソロジーに集められた作品からは、みなものを根元的な場所から眺めた人々のリアルな眼差 (まなざ) しが伝わってくる。
 桐野夏生氏の感じた 「作家の生理と切迫感」 というのは、まさにそのことを言っているのだろうと思う。

 それに比べると、 「思想」 とか 「イデオロギー」 などが死滅してしまったといわれる今の時代を生きる作家たちの方が、よほど人間をイデオロギッシュに捉えているように思える。
 あらかじめ 「人間とはこうだ」 、 「ドラマとはこうだ」 という方程式を頭の中に詰め込んで、それを機械的に消化しながら小説を書いているように感じられる。

 そういう小説は、どんな “予想外” の結末を持ってこようが、結局は 「予定調和」 の構造に収まってしまうしかない。

 しかし、この作品集の中に収められた人物たちは、そうではない。
 誰もが、どう転ぶか分からないギリギリの場所に立っている。

 それは文字通り 「生と死」 が交差するギリギリの場所であり、人間としての 「矜持 (きょうじ) 」 が保たれるかどうかというギリギリの場所であり、 「倫理」 が問われるギリギリの場所であり、 「男と女」 が間合いを取るギリギリの場所である。

 そして、どの作品を読み終えた後にも、必ず 「人間というのは、何をやらかすか分からねぇなぁ…」 という戦慄が身体の中をかけめぐる。

 不思議だったのは、これらの作品の向こう側に、必ず 「桐野夏生」 という作家が見えていたということだ。
 ときどき、みな彼女の作品ではないか? と錯覚することすらあった。

 逆にいえば、そういう効果が生まれなければ、この種の企画は成功したとはいえない。

 私も、昭和の作家の書いた小説になじんできた人間の一人だと思っていたが、今回のアンソロジーに集められた11編の小説のうち、かつて読んだことのあるものは2編しかなかった。

 このアンソロジーが出なければ、それらの作品には一生無縁であったかもしれないと思うと、こういう企画が出てきたことは貴重なことだと思う。

 関連記事 「対論集・発火点」


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

音に色が見える

 フランスの詩人アルチュ-ル・ランボーは、 「オレは母音の色を発明した」 と書く。

 「A は黒、E は白、I は赤、U は緑、O は青…」 ( 『地獄の一季節』 「錯乱Ⅱ」 )
 
 それを、たまたまラジオのフランス語講座で聞いたことがあったけれど、原語の発音には、 「アーノワール、ウーブラン、イールージュ……」 というような、アフタービートのグルーブ感があって、その色彩的な鮮やかさと韻律の躍動感に、 「詩人のイマジネーションというのはすごいもんだ!」  とほとほと感心したことがある。

アルチュ-ル・ランボー肖像
 ▲ アルチュ-ル・ランボー

 しかし、文字が色を持っていたり、ある種の音楽性を持っているということを、イマジネーションを駆使した 「比喩」 としてではなく、実際に 「感覚」 として感じている人たちがいる。

 「共感覚」 といわれる特殊な感覚を持って生まれた人たちのことだ。
 
 これをひと言で説明するのは難しい。

 なぜなら、普通の人には、
 「文字に色が見える」
 「音に色が感じられる」
 「風景に匂いが漂う」
 「女性の性周期に色があり、音が鳴っている」
 ……などという感覚をなかなか理解できないからだ。

 しかし、世の中には、そのような感覚を身につけている人が10万人に1人、あるいは2万人に1人ぐらいの率で存在するという。

 彼らの間では、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などという人間の 「五感」 が分節されることなく、フラットに並立し、それが様々な形で共振・共鳴しながら、独特の感覚世界をつくりあげている。

 そのような感覚を 「共感覚」 というが、そういう感覚を持っている人は、
 「Aさんが右を向いた姿は、紅色の曲線が施された柔らかい円柱の姿である」
 とか、
 「このお菓子の匂いはト長調の薄い黄色で、食べてみても、ト長調の薄い黄色の味だった」
 などという経験を日常的に味わっているのだそうだ。

 この共感覚を持った1人の男性が、自分自身の体験を振り返りながら、なぜそのような感覚が生まれてくるのか、またそれが人間にとって何を意味しているのか……ということを追求したのが 『音に色が見える世界 「共感覚」 とは何か』 (PHP新書) という本である。

音が色に見える世界表紙

 著者は1982年生まれの岩崎純一氏。
 彼は、圧倒的に女性に多いといわれる共感覚者のなかで、貴重な男性体験者でもある。

 この本が面白いのは、岩崎氏が、自らの体験と様々な先行研究を踏まえて、独自の仮説を立てているところにある。
 それは、
 「共感覚者の脳の構造と機能は、人類が言語を獲得する以前の感覚ではなかろうか?」
 あるいは、
 「人の感覚は、大人になるにつれて記号的・抽象的に分節化してしまうものだが、共感覚というのは、そうなる前の幼児期に共通して見られる感覚ではないか?」
 というものである。

 そこから、さらに彼はこう考える。
 「共感覚者は女性に多いといわれるが、それは、男性の方が共感覚を失ってしまったということではなかろうか」

 つまり、かつての人類は、みな共感覚を持って 「世界」 を見ていた。しかし、ある時を境に、男性は共感覚など持たなくても生きていける社会を手に入れた。
 岩崎氏の研究は、そこから独自の境地を突き進んでいく。
 
 男性から共感覚を失わせてしまった社会とは、どんな 「社会」 なのか。

 岩崎氏はそれを、英語が 「国際語」 として全地球規模に蔓延した 「社会」 だと捉える。

 彼にいわせると、欧米語というのは、元来記号的・抽象的な性格の強い言語であるが、特にアングロサクソン民族の使っている英語というのは、 「世界」 を機能的に分節する力が強く、それが 「国際語」 として特化していくなかで、さらに機能性と実用性を全面に打ち出すような言語として完成していったという。
 
 つまり、 「見る」 という言葉を、 「see」 、 「look」 、 「watch」 などに分け、 「聞く」 という言葉を 「hear」 、 「listen」 などに分類し、それぞれに厳密な定義を与え、状況によって使い分けることで、 「自己」 と 「他者」 との関係性を明確にするように発展してきたのが、英語だというわけだ。

 そのような言語体系が明治期に日本に導入され、日本語は質的に大転換を遂げることになった。

 幕末から明治にかけて、日本語がどのように変わったか。
 次のような言葉を見ると、それがよく分かる。

 自由、進化、観念、民族、革命、科学、哲学、思想、経済、階級、時間、空間、文学、美術、失恋 ……

 これらの言葉を使わないと、もう現代社会を語ることなどできないが、このような日本語は、すべて欧米の言葉に対応する概念を、いかに日本の言葉で表すか、という幕末・明治の日本人の骨身を削る努力の末に生まれた 「和製漢語」 なのである。

 もちろん、字面は日本人に見慣れた漢字であったが、それは今までの日本人の理解力を超えた新しい言葉であり、当時の日本人にとっては “外来語” のようにしか映らなかっただろう。

 つまり、このとき日本語は “英語化” されたのだ。
 日本人が欧米の言葉を使うということは、その思惟の骨格も欧米化するということになる。

 思惟の骨格が変わるということは、感覚も変わることを意味する。
 当然、 「自然」 を観る目も変わる。

 “花鳥風月” をベースにした日本的な 「自然観」 はあいまいで情緒的なものだと嫌われ、自然科学の対象となるような、“客観的自然” というものが、日本人の間にも尊重されるようになる。
 
 そのときに、性周期を持ち、出産も経験する女性は、身体の中に流れる 「自然性」 を完全に捨て去ることができなかったが、そのような 「自然性」 を身体的に持たない男性は、いとも簡単に 「人工的」 な世界観を持つ英語的文化に染まるようになった。
 岩崎氏は、女性に比べて共感覚を持つ男性が減ってしまった理由を、そこに求める。

 英語文化が日本に浸透するようになり、日本人の感覚が劇的な変容を遂げたことに対し、現代人はあまりにも無頓着になっている。
 しかし、例を挙げていけば、その変貌ぶりが手に取るように分かってくる。
 
 たとえば、それまでの日本人は、 「blue (青) 」 と 「green (緑) 」 を分けるような色彩感覚を持ってはいなかったが、欧米語が導入されることによって、日本人にもはじめて 「青」 と 「緑」 の色が違う色として認識されるようになった。

 また、現在のわれわれは、 「赤」 と 「青」 の2種類の色があったとき、ほとんどの人が何の疑問も抱くことなく、
 「赤は熱く、青は冷たい」
 と感じる。

 しかし、それこそ、 「欧米のキリスト教文明圏の聖職者や科学者のイデオロギーを反映した色彩感覚だ」 と氏は語る。

 それは科学の言葉であるように見えながら、実は科学でも何でもない。
 実際に、ロウソクのいちばん高温部は炎の青い部分であるし、夕焼けや朝焼けのように、太陽が低くて気温が低くなる時刻帯こそ、陽は赤くなる。
 「赤は熱く、青は冷たい」 という感覚は、欧米文化圏だけに流布している “神話” に過ぎない。

赤白の壁

 では、そういう欧米的な色彩感覚を受け入れる前の日本人は、自然界の 「色」 をどのように見ていたのだろうか。
 
 人間が色をどのように識別していたかという研究は、いろいろなところで進められているらしいが、多くの研究によると、昔の日本人の色彩感覚は、欧米人の感じる 「color」 とはかなり異なるものであったらしい。

 色には、 「色相」 と 「彩度」 と 「明度」 がある。
 「色相」 というのは、 「赤」 とか 「青」 といった、いわゆる現代人が色を識別するときの常識となっているような色の違いをいう。
 「彩度」 というのは、原色に近いか、それとも色が混じり合って鈍い色になっているかどうかを識別するものだ。
 「明度」 は、明るさである。

 そのように色を分析した場合、明治期までの日本人は、基本的に 「彩度」 と 「明度」 には敏感だが、 「色相」 に関しては、それほど関心を払っていなかった。
 だから、たとえば 「あか」 という色は、日本人にとっては 「光のある色」 、 「明るい色」 を意味するに過ぎず、古代人は、現代の色相では 「黄色」 に分析されるような色ですら 「あか」 と呼んでいたという。

 基本的に、日本の色彩語には 「あか・あを・しろ・くろ」 の四語しかなく、 「あを」 「しろ」 「くろ」 に入らない色は、すべて 「あか」 と呼ばれていたらしい。

 このように書くと、いかにも、英語の方が厳密に、正確に 「色」 を捉えていて、日本古来の色彩感覚の方が、いい加減で幼稚であるように思えてくる。

 しかし逆なのだ。

 英語文化圏でいう 「色」 がすべて 「色相」 だけに固定化された概念に過ぎないのに比べ、日本語の 「色」 は、もっと多様なニュアンスを含みもった概念として流布していた。

 日本語の 「色」 は、単なる視覚・色覚を表現する言葉ではなく、たとえば 「色事」 、 「色好み」 などという言葉に象徴されるように、男女間に交わされる触覚、聴覚、嗅覚などを総動員したある種の 「情緒」 や 「情感」 を表現する言葉でもあったわけだ。

 それは、ある意味で日本語の “豊かさ” であったといえるかもしれない。

 岩崎氏の考察がユニークなところは、古来の日本人の使っていた 「やまと言葉」 こそ、共感覚者の感じる世界を表現した言語であったと喝破したところである。

 氏は、緻密化し、抽象化していった英語文化が駆逐していった 「やまと言葉」 の中にこそ、 “生の手応え” を感じるという。

 たとえば 「にほひ」 という古語は、現在は 「匂い」 と書かれ、英語の 「smell」 の同義語として扱われている。
 しかし、 「にほひ」 または 「にほふ」 という言葉は、古語では単に嗅覚的表現にとどまらず、視覚的であり触覚的な広がりを持つ言葉であったとも。
 
 「そのような 『にほひ』 という言葉の感触を、脳の次元でも言葉の次元でも、現代の日本人男性は失ったのではないか」
 と、氏はいう。

 現在、このような失われた共感覚への “郷愁” が、奇妙な形で復権しようとしていることを、氏は嘆く。

 「共感覚を失った人が、それを取り戻そう思って、人工的に共感覚をつくろうとする動きが出ている。
 それが今流行の右脳トレーニングや、安易なスピリチュアルブームや、小手先だけの美術館めぐりなどだが、 (それでは) 本当に、人として豊かな感性に達することはできない」

 氏はいう。
 「古典を読まない共感覚研究は、今に行き詰まる」

 ともすれば、擬似科学や自己啓発本のヒントになったり、オカルト文学の材料になりそうな 「共感覚」 に対し、大事な警告だと思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 05:26 | コメント(6)| トラックバック(0)

新しい言葉のワナ

 ある批評家および思想家が、その時代を、どれだけ的確に鋭く解析しているかどうかは、その時代の渦中にいるときは分からない。
 その人が書いたものが、同時代を生きた読者にいかに感銘を与えようが、時間が流れてしまうと、案外マト外れであったり、あっという間に古色蒼然としたものになっていたということは、よくあることだ。

 批評家・思想家の時代の捉え方が正しかったかどうかは、20~30年ぐらい経って読み返してみたときにはっきり見える。
 
 確実にいえることは、その時代を的確に表現しているような 「言葉」 から、まず真っ先に古びていくということだ。
 中沢新一の 『雪片曲線論』 (1985年刊) という書籍を、久しぶりにひも解いてみて、そう思った。

雪片曲線論表紙

 この本は、彼の衝撃的なデビューを飾った 『チベットのモーツァルト』 の続編として書かれたものである。
 20年ほど前、この本を読んで、そのめくるめくような言葉使いに、まず私は幻惑された。

 たとえば、空海の密教思想を、 (当時の) 現代思想用語で解き明かしていくその鮮やかな叙述。
 空海が手掛けた土木工事を、流体力学の言葉で語り、マンダラをフラクタル幾何学の用語で解説する手口。
 意味を十分に把握したわけでもないのに、次から次へと意表を突く用語法に、私は圧倒され、シャワーを浴びるような快感を味わった。

 彼のこの著作を20年ぶりに書棚から取り出したのは、初代ゴジラのDVDを観た感想 (10月7日「ゴジラの降臨」 ) を書こうと思ったときの “あんちょこ” として使うつもりでいたからだ。

 『雪片曲線論』 の中でも、特に印象に残ったのが、ゴジラ論である 『ゴジラの来迎 (らいごう) 』 であり、私がブログタイトルとして使った 『ゴジラの降臨 (こうりん) 』 という言葉も、実は、中沢新一の 『ゴジラの来迎』 の盗用でしかない。

ゴジラ001

 彼は、『雪片曲線論』 の中で、ゴジラを 「天使」 あるいは 「聖獣」 という比喩で飾り、ゴジラが東京を襲撃するときの表現は、 「襲来」 ではなく、神や仏が地に訪れる 「来迎」 であると書いていた。
 その印象が強く残っていたために、初代ゴジラのDVDを観た私の感想も、実はそこからインスパイアされたものであったことは、正直に告白しておく。

 だから、ゴジラ映画の感想文を書こうと思ったとき、どうしても昔印象に残った 『ゴジラの来迎』 をしっかりと思い出すために、読みかえさざるを得なかったのだ。

 しかし、あまり得るものがなかった。

 テーマそのものは、ゴジラという存在を、あらゆるものを破壊しつつ再建していく資本主義のメタファー(比喩) と捉えるユニークなものであったが、その言葉使いが、もう古色蒼然としたものであった。

 …… 「 (ゴジラが大衆の大脳の古皮質をいたく刺激したのは) 巨大爬虫類が、怪物や畸形やアノマリーを求めて遊走していこうと身がまえている人間の 『スキゾ的想像力』 に科学によるリアリティを与えた点にある」 ……
 とか、
 …… 「ゴジラは、けっして社会とか文化とか秩序とかいうものにたどりつくことのない、たえざる逃走の運動線をしめしている。
 そのため、ゴジラによる東京の大破壊はニューヨークにおけるキング・コングのひと暴れとはまったく異なる黙示録的な荘厳さ、暗さを備えている。
 キング・コングの物語には、攪乱分子を取り込みながら、たえず 『ツリー状』 の都市の想像的秩序を更新していこうとする、古典的都市論が反映されている」 ……

 このような叙述スタイルは、80年代当時には先端を行く表現であった。
 しかし、今読むと、 「スキゾ的想像力」 とか、 「ツリー状」 、 「逃走の運動線」 などという言葉の古めかしさが、読む者に気恥ずかしさを呼び起す。

 仮に、テーマそのものが今でも十分に有効なものであったにせよ、それを支える文体が古いということは、テーマの価値すら死滅させてしまう。 
 
 そのことを強く感じたのは、これもまたちょっと前に偶然に読み返した柄谷行人の 『意味という病』 に収録されていた諸作品が、30年以上経っているというのに、少しも古びた感じを抱かせなかったからだ。

 のみならず、そこで展開されているテーマの切り口が、現在流布しているあらゆる思想的言説よりも鮮烈であった。
 このあまりにも違う二人の思想家のスタンスに、いささか呆然となった。

 その時代を表現する最も新しい言葉が、真っ先に、死んでいく。

 それは、すべての書き物の究極の真理であるようだ。

 書物の新しさとは、新しい言葉を使うところから生まれるのではない。
 誰もが使い古して、見向きもしなくなったような言葉に、新しい意味を発見するところから生まれる。
 古典と呼ばれる文学が生き残っている秘密は、そこにあるのかもしれない。

 参考記事 「ゴジラの降臨」


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:51 | コメント(2)| トラックバック(0)

音楽の危険な匂い

 危険な匂いのする音楽というのがなくなった。
 不吉な匂いというのか…。

 もともとロックミュージックというのは、そういうものであると思うのだが、そういう “暗さ” が、今の時代には毛嫌いされるのか、ビジュアル的にキケンだったり、フキツだったりするバンドは、相変わらずいっぱいいるけれど、 「音」 として危険な匂い漂わせるバンドというのを、最近は知らない。

 しかし、60年代末期から70年代初期にかけて登場したロックグループは、たいていこの危険な匂いというものを、どこかで持っていたものである。

 それは別に、犯罪を予感させる何か…という意味ではない。
 たとえて言えば、
 「オレは、これから塾からも家庭教師からも逃げ出して、家出して、ロックアーチストになってやる!」
 とかいった感じの、何かを捨てるときのエネルギーの匂いをいう。

 社会の決まり事などを蹴破るぐらい、自分の内側から強力に膨れ上がってくる何か。
 自分の中の “怪物性” を目覚めさせた何か。
 そういうような 「音」 を体現したロックバンドが、1970年代初頭に突然あふれだした。

 その多くは、せいぜい2~3年という一瞬の生命力しか持たなかったけれど、今から思うと、その短い季節のなかで、ロックの世界は 「ジュラ紀」 か 「白亜紀」 を迎えたのだと思う。

 で、私にとって、ロックのジュラ紀を生きた最大の “恐竜” は、フリー (FREE) というバンドなのである。

フリー001
▲ フリー
 
 60年代末に結成されたイギリスのバンドだが、そのブルースを基盤としたずしりと重いサウンドは、まさにティラノザウルスが、眼前の茂みをゆっくり横切るのを眺めるような緊張感を持っていた。

 ティラノザウルスが通り過ぎるのを息を潜めて待つときの怖さと、しかし、その偉大な生物の全容を、この目でしっかり確かめたいという好奇心。
 そんな両極端の感情が同時にわき起こる不思議なサウンドを創り出したのが、フリーだった。

 バンドが結成されたのは、1967年。
 そのときのメンバーの平均年齢が19歳だったと聞くから驚く。
 何が驚きかというと、最初から 「若さ」 のない音だったからだ。

 逆にいえば、若いがゆえの直感で、この世を覆う暗さの根源が何であるかを見抜いてしまったような、 「氷の心」 を持つ若者のグループだったのだ。

 編成は、ギター、ドラムス、ベースのみ。
 それにヴォーカルが加わる。

 基本的には、ブルースのエッセンスを色濃く持ったバンドであり、そういった意味では、ジョン・メイオール、アレクシス・コーナー、さらにはヤードバーズ、クリーム、ツェッペリンへと連なる系譜に属するバンドといえる。

 しかし、フリーのような 「暗さ」 を体現したバンドは、他にはいない。

 ヴォーカルを務めるポール・ロジャースの声質もあるのだろうが、フリーのサウンドは、常に低く、地を這うような重苦しさを特徴とする。

 そのような重厚感は、主にアンディー・フレイザーの弾くベースによってもたらされている。

アンディー・フレイザー
▲ アンディー・フレイザー

 腹の底を揺るがすような重低音を奏でていたかと思うと、突如、翼を広げて宙を舞う生き物のようにヴィブラートするベース。
 単純な根音をキープするときですら、獲物を威嚇するコブラのようにカマ首を揺らしているベース。

 特に、71年の発表された 『フリーライブ』 は、マイクの位置のせいか、PA技術のせいか知らないけれど、アンディー・フレイザーのベースがびんびんに唸っているサマがまるでスピーカーの前に陣取ったかのように伝わってくる。

フリー『ライブ』
▲ フリー 『ライブ』

 このアルバムに収録されている曲は全曲好きだけど、どの曲もベースの入り方がいい。
 ポール・コゾフのギターとユニゾンを奏でる場合も、アンディーのベースは、そこに “揺らぎ” を伴って絡みつく。
 サイモン・カークの正確なリズムをキープするドラムと絡まる場合も、アンディーのベースの “揺らぎ” が生きたものの生命感を吹き込む。

 楽曲的な用語でいえば、その “揺らぎ” というのは 「シンコペーション」 のことをいう。

 シンコペーションとは、規則正しいビートを刻んでいるリズムをいわば意図的に狂わせて、リズムの “跳ね” とかグルーブ感を強調する手法のことだが、アンディーのシンコペーションは、均等な時間区分をただ狂わせるだけでなく、そこに鋭い 「裂け目」 を入れるような跳ね方をする。
 そこには、 「時間」 がいつも均等に区分できると信じ込んでいる近代人の盲点を突くようなグルーブ感がある。

 そもそも、ロックが当時の大人たちから嫌われたのは、ロックのリズムが “近代の時間” の中ではシンコペーションであったからだ。

 なかでもフリーのアンディー・フレイザーは、最も暗くて危険なシンコペーションを弾き出したミュージシャンの一人かもしれない。

 その暗い匂いのため、フリーは、70年代のUKロックグループの中では、クリームやツェッペリンのような人気を集めなかった。

 『オールライト・ナウ』 や 『ファイアー&ウォーター』 のようなヒット曲が、当時のロックチャートをにぎわしたこともあったが、それ以外の曲を聴いていたのは、本当に一部のファンということになるのだろう。

▼ 私のお気に入りの1曲 『ビー・マイ・フレンド』
 ポール・ロジャースの哀切感あふれるヴォーカルと、星を頼りに夜の荒野を旅していくような、アンディー・フレイザーのベースが聞きどころ





 ▼ もう1曲おまけ 『オールライト・ナウ』




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:19 | コメント(4)| トラックバック(0)

旅で聞く音楽

 旅をしていると、今まで気づかなかった世界が見えてくる。
 今回、九州まで、延々と高速道路を走る旅を続けるなかで、そう感じた。
 
 別にたいしたことを言うつもりではない。
 ただの音楽の話だ。

高速道路風景001

 ドライブをしているときは、いつも音楽を聞いているけれど、聞いているのは、だいたいその音楽のメロディとかサウンドでしかない。

 そういうお気に入りのメロディとかサウンドだけを集めたドライブミュージックの専用ソースみたいなものを用意して、昼とか夜とか、高原とか海とかのシチュエーションによって、使い分けて聞いている。

 今回は長旅だったので、様々な洋楽と同時に、Jポップばかり集めた音楽ソースも聞いてみた。

 Jポップの歌詞には、今までそれほど注目していなかったのだけれど、注意して聞いて見ると、いやぁ、いろいろな世界が見えてきた。

 自分には、コブクロのような音楽はやっぱりダメだ。
 サウンド的に面白いと思って収録したものもあるけれど、歌詞の世界についていけない。

コブクロ01

 たとえば、彼らのデビューヒットともなった 「桜」 。
 ベタすぎるんだよね、使われている言葉が…

 「強く清らかな悲しみは…」
 とかいう歌詞が出てきたときに、もうダメだと思った。
 
 これは詩の鉄則だけど、 「悲しみ」 などというベタな言葉を使わずに 「悲しみ」 を表現するのが、表現者の意地だと思うのだ。

 前段にはこういう歌詞もある。
 「冬の寒さに打ちひしがれないように…」

 「冬の寒さ」 を、なんのためらいもなく 「打ちひしがれる」 と等記号で結んでしまう安易さ。
 「冬の寒さ」 に、むしろ春の 「物憂さ」 とか、夏の 「けだるさ」 を見出してこそ 「歌詞」 なのに、コブクロのファンには申し訳ないけれど、あまりにも芸がなさすぎると思う。

 『start Line』 という曲がある。
 いいメロディラインを持っていたので、今までは歌詞に耳を傾けることなく聞き流していたけれど、歌の内容をじっくり聞いたら、この曲にも引っかかった。
 
 「誰もがいつか本当の自分にだとり着くための、向こう側にある光を見つめて…」

 という歌詞が出てくる。

 “本当の自分” というものがあるという発想が安易だ。
 それは自意識の魔法にすぎず、それを探し始めたら、ラッキョウの皮をむくように、最後は何もなくなってしまう。 
 “本当の自分” があるというのは、半端な哲学が陥るときのワナなのだ。

 もちろん、それがなかなか見えないという “自分探し” の歌になっているんだけど、きれいな言葉が続くだけで、自分というものを真剣に考えたとき襲ってくる目がクラクラするような 「畏れ」 がここにはない。

 コブクロには申し訳ないような批判めいた言葉が続いたけれど、そういうことを考えたきっかけは、同じ音楽ソースにスガシカオの曲が入っていたからだ。

 スガシカオは、歌詞を作ることをもっと大事に考えている。

▼ スガシカオ 『夏祭り』 (YOU TUBE) 


 たとえば 『夏祭り』 という歌。
 それはこういう歌詞だ。

 「夕方まで寝てしまって、だるい体を起こした。
 すぐ近くまで忍び寄っている、浅い夜の匂い。
 遠くの方でにぎやかなざわめきが聞こえてくる。
 部屋の明かりは付けずに、窓の外を覗いてみた。
 今日ぼくの町では、お祭りの最終日で、町中が浮かれていたらしい」

 コブクロに比べると、なんとも散文的な味気ない感じがする歌詞だ。
 人に、 「勇気」 や 「感動」 を与える言葉もなければ、胸が切なくなるような 「恋愛」 のときめきもない。

 しかし、この歌詞は聞き終わった後でも、妙に印象に残る。
 まず情景がしっかり描きこまれ、しかもその情景に接している “主人公” の心の軌跡が、実にクリアに浮かび上がってくる。

 まず、
 「夕方まで寝てしまって、だるい体を起こした」
 というフレーズから、1日を無駄にしてしまった人間のやるせなさが伝わってくるし、無為な日々を送っていそうな主人公の哀しみのようなものが浮かび上がってくる。

 ここには 「悲しい」 ことを 「悲しい」 とベタに歌ってしまうコブクロより、はるかに奥行きの深い表現が試みられている。

 「今日ぼくの町では、お祭りの最終日で…」
 という歌詞も、何気ないようでいて、凄い。

 「お祭り」 という言葉と 「最終日」 という言葉が組み合わされることによって、見事に “宴のあとの寂しさ” が伝わってくる。

 ここには、 「華やかなものが終わる」 という喪失感と、そこからに置き去りにされた人間の孤独感が、素っ気ない言葉の中に集約されている。

スガシカオ01

 二番の歌詞には、こういう情景が語られる。

 「境内に続く道に、夜店の灯りが見える。
 昔、父さんの手をひっぱって、あの道を歩いた」

 これだけで、もう現在の主人公が 「過去の幸せ」 から遠いところにいることが見えてくる。
 そして、そういう 「幸せ」 の中にいた過去の自分と、現在の自分を隔てる “距離感” のようなものが伝わってくる。

 コブクロは、寂しい、悲しいという 「観念」 を歌っているが、スガシカオは、そういう事態に直面した 「人間」 を歌っている。

 コブクロよりも、スガシカオの方が 「えらい」 などと言っているのではない。
 スガシカオは、Jポップにおける 「詞」 の意味というものを自覚しており、それを意識的に追求している、ということを言っているにすぎない。

 しかし、そのために、同じようなJポップのスターでありながら、すでにその作った歌詞から伝わる深みには雲泥の差がついている。

 そんなことに気づくのが、旅の面白さだと思う。

 家の中で聞く音楽は、家の持つ 「日常性」 に絡めとられてしまうので、とても、そこまで気づく余裕がない。

 しかし、旅の途中に聞く音楽は、その 「日常性」 から解放されるために、普段と違った 「世界」 が顔を覗かせることがある。

 そんなことを漠然と考えながら音楽を聞いていると、たとえ同じ景色が延々と続く高速道路の旅でも、豊かな旅になりそうな気がする。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

勝間 vs 香山

aera10-12

 『AERA (アエラ) 』 という雑誌は、ジャーナリスティックな見せ場の作り方がうまいな…と思う。
 10月12日号の特集は、 「カツマー対カヤマー」 だという。

 今や自己啓発本のカリスマ的スターである勝間和代さんと、その勝間本に批判を加えた香山リカさんを登場させ、バトルを仕組んだ。

 香山リカさんは、 “普通の幸せ” をつかむ生き方を説いた 『しがみつかない生き方』 で10のルールを提案し、そのひとつとして、 「勝間和代を目指さない」 というテーゼを掲げ、そのことで反響を巻き起こした。

 そこで、当の勝間さんを登場させ、その二人で 「新・幸福論」 を議論させようと仕向けたのが、この特集だ。
 “興行師” としての勘所を抑えた企画といえよう。

 結局、ノセられて買ってしまったよ。

 で、読んだ感想は…というと、結局 “後出しジャンケン” の強さで、終始香山リカさんが優勢という雰囲気だった。
 香山さんはすでに 「勝間批判」 のツボを十分に掌握してあの自著を出しただけあって、突っ込みどころを十分に用意して臨んでいる。
 それに対し、勝間さんの方は、 「横綱相撲」 を意識してか、少し無防備だったようだ。

 もっともこういう対談は、整理して構成するスタッフの心持ちひとつで、どうにでも変る。
 双方が交わした議論のなかで、何を拾って何を捨てるかという整理の仕方で、討論を忠実に再現しているように見えながら、かなり雰囲気の変ったものになる可能性がある。 

 だから、メディアに掲載された対談もしくは座談会のようなものは、かなり編集人のバイアスがかかったものになるといって間違いないのだが、それを考慮した上でも、勝間さんのバリアが突破されてしまったな…という印象を (個人的には) 持つ。

 リングに上がった二人のバトルは、まず 「家事」 に対する軽いジャブの応酬から始まった。
 先に手を出したのは、勝間さん。
 「香山さんは家事は好きですか?」
 と、まず意表を突く先制攻撃。

勝間さん01

 「好きじゃないです、全然」
 と受ける香山さんに対し、
 「私、好きなんです。お皿がピカピカになったりするプロセスが好き。ご飯を食べて、ああ、おいしいと思うだけで毎日が幸せ…」
 これは、 “私、カリスマなんかじゃなくて、普通の主婦の幸せをしっかり体現してますよ” という防御の形を取った勝間さんのファイティングポーズを示したことになる。

 それに対して、香山さん。
 「ご飯で幸せになれるんだったら、別に仕事で成功したり、資産を増やさなくてもいいんじゃないですか」
 さっそくきついパンチを繰り出す。

香山さん01

 それに対し、勝間さんも踏み込む。
 「おいしいご飯のためには、そこそこの経済力とスキルが必要です。いいレストランが判断できたり、素材を吟味したほうがいいです。
 レシピを5分短縮したりすれば、子どもと遊ぶ時間も捻出できます」

 早くも勝間さん、自分の掲げるテーマを全面展開して、総力戦に持ち込もうという気配だ。

 これに香山さんはちょっとクリンチに入って、自分の本で書いた 「勝間和代を目指さない」 というテーマは、勝間和代さん個人のことを言ったのではなく、あくまでも <勝間和代> というアイコンを設定しただけ…と、いったん引く。

 「それは、どういうアイコンなのか、ぜひ教えていただけますか?」
 と、勝間さん、そこで勢いよく踏み込んでいく。
 
 それを受けて、香山さんは、 「ゴールに到達したスーパーウーマン」 のアイコンであるといいつつ、どの人間もそう成れると思わせるのは幻想を与えるものだとして、いわゆる “カツマー” の悲惨の例を挙げる。

 カツマーとは、勝間さんの自己啓発本に触発されて、 「朝4時に起きろとあれば朝4時に起きて勉強し、手帳を3冊持てと言われたら3冊持って」 …何から何まで “勝間流生き方” を杓子定規に実行する人たちのことを指すが、そういうカツマーたちは、成果が上がらないとなると、パニックを起こし、あげくの果てには 「うつ病」 になる。
 ……と香山さんは自説を全面展開。
 ここで、ようやく議論のネタが揃うことになる。

 そのバトルの途中経過は省略してしまうけれど、改めて感じたことは、 「勝間さんという人は、いい意味でも、そうでない意味でも、ナイーブな人なんだなぁ」 ということだった。
 
 それは、 「弱者への思いやり」 というテーマが議論の上で浮上したときのことだった。
 
 勝間さんは、 「困った人」 に出会ったとき、それを助ける例として、道に迷った外国人の例を挙げる。

 【勝間】 外国人に道を教えたら、 (今度は自分が) 外国で道に迷ったときに教えてもらえる。利他的な行動をとれば自分が得をすると学んだ人は、利他的な行動を取るようになる」

 それに対して、
 【香山】 そうですか? ある小学校では 「知らない人に道を聞かれたら走って逃げましょう」 と教えています。病院でも緊急患者を優先したら苦情が来ます。
 このご時世、誰もが自分の身を守るのに精いっぱいではないでしょうか。そういう時代に、何を根拠に思いやりを教えればいいのでしょうか?」

 …と香山さんは、ずばり勝間さんのナイーブさを突く。
 原則論としては、勝間さんの言っていることは全面的に正しいのかもしれないが、現実はそのようになっていないという事実を突きつけたという意味では、香山さんの有効打が炸裂といったところか。

 勝間さんは、ことあるごとに、 「私は頑張り主義ではなくて、なるべく頑張らなければいい方法を探しましょうといい続けている」 というが、私個人は、それがとっても息苦しい。
 彼女がいう 「頑張らなくてもいい」 という表現の中には、 “頑張って” 頑張らない方法を見つけようというガンバリニズムが必ずついて回る。

 いってしまえば、ある種の禁欲主義なのだ。
 勝間さんの求める 「幸せ」 は、 「頑張って無駄を省く」 という思想を体現したもので、それは 「空費・浪費」 の削除 (つまり効率化) という形に集約されていく。

 それは 「生産の現場」 であるならば、有効なことであるかもしれないが、私生活で 「空費・浪費」 を削除しろといわれたら、私などは生きていけない。

 なにしろ、放っておくと、パソコンゲームで1日18時間も費やしてしまうような私なのだ。
 そういうことがなければ、もっと “いい仕事” もできていたよ、とやましい気持ちになることもあるけれど、俺の人生なんだから放っておいてくれ…という気持ちもある。

 勝間さんはいう。
 「私も昔、お酒もたくさん飲み、タバコも吸っていましたが、でも、やめた方が幸せだと気づきました」
 
 放っておいてくれ。
 そんな幸せは俺はいらん。
 ……と、今タバコを吸いながら、紅茶にウィスキーをたらしたものを飲みつつこのブログを書いている自分はそう思う。 (少し酔ってきたぞ)
 だいたいが、 「レシピを5分短縮して子どもと遊ぶ時間をつくる」 なんて、そんな時間で子どもと何を遊ぶというんだ。
 5分だぞぉ!

 基本的に、勝間さんという人は 「システムの人」 なんだなぁ…と思った。
 彼女にとっての問題の解決は、すべてシステムの改善という形を取る。

 たとえば 「格差をなくす」 という問題について。

 【勝間】 まずは教育の平等化。ようやく民主党がマニフェストに高校無償化を盛り込みましたが、親の取得水準によらずに高等教育を受けられるようにすべきです。
 【香山】 機会が平等になってもやはりその中でうまくやれる人とやれない人が出てきますよね。その場合は?
 【勝間】 やはり教育しかない。就職できない人はコミュニケーションができないケースが多い。挨拶の仕方から履歴書の書き方まで身につけられる受け皿を用意します。

 【勝間】 格差で苦しんでいるような人たちが自発的に行動に移せるようにするには、サポートし、カリキュラムを作る必要があります。
 利他的な行動をすると評価される人事考課や評価制度を作ればいいのです」

 テレビ討論会のような場ならば、勝間さんの言うことは説得力があるのかもしれないけれど、テレビを観ることにも絶望しているような人々には、こういう声は届かない。
 問題はシステムの整備だけでは解決しない。

 だけど、勝間さんという方は、徹頭徹尾システム整備でことを図ろうとする。

 この対談の最後の部分は象徴的だった。

 【香山】 ……私はヒューマニズムというものに懐疑的でして。
 【勝間】 私は、それはあると強く信じているんですよ。
 【香山】 あってほしいけれど、それにも健康や家族や生活の安定といった条件が必要だと感じます。
 【勝間】 そこは政治の力ですよ。…… 一人でも多くの人が利他的な行動にたどり着けるようにするのが、教育や政治の役割だと思います。

 勝間さんの言っていることはまったく正しい。
 だけど、それは 「理念の中」 における正しさに過ぎない。
 「人間」 はそんなふうには生きていないのだ。
 「政治」 や 「教育」 において、どんなに整備されたシステムが完成しようとも、システムどおりには生きられないのが人間だ。

 明日が原稿の締め切りだと分かっていても、パソコンゲームで18時間も費やしてしまうバカも、この世にはいるのだ。

 この対談における不満は、
 「いったい、なぜ人間は、常に、前へ前へと 《自分》 を駆り立てていかなければならないようになったのか」
 ということへの考察が抜けていることだ。

 『THE BIG ISSUE』 という雑誌で、ワーキングプアの考察をずっと進めている雨宮処凛さんは、最近のワーキングプアの若者は、過酷なサバイバル競争が激化するなかで、仲間を出し抜いても自分だけが好ポジションを得るために血まなこになっている傾向が出てきていることに危惧を抱いている。

 人間を 「常に前へ前へと駆り立てる衝動」 というものが、一番弱いところを襲うような時代が来ているのだ。
 それを 「市場原理主義の浸透」 とか、 「新自由主義の弊害」 などというタームだけで説明することは、もうできないのではないか。

 勝間さんは 「ヒューマニズム」 というものを強く信じているという。
 しかし、ヒューマニズムそのものが、「人間は理想に向かってたゆまず努力していくべきだ」 という理念を強要するイデオロギー装置ではなかったのか。
 
 それは人間が本来持っていた特性なのか?
 それとも、ある時、何かのきっかけがあってそういうものが生まれたのか?
 だとしたら、それはどういうきっかけだったのか?

 「幸せ」 ということを考えるのなら、そいつが分かっていないと、どうあがいても同じ結論しか出てこないと思うよ。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:59 | コメント(6)| トラックバック(0)

ゴジラの降臨

 怪獣映画というのは、初代ゴジラで終わってしまったのではないか。
 『東宝特撮映画DVDコレクション』 (990円) を買って、昭和29年に公開された初代ゴジラのDVDを観て、そう思った。
 
 ゴジラシリーズはいろいろ観ているし、この初代ゴジラの映像も、何かの機会でチラっと見たことはある。
 しかし、スルーで観たのは、実は今回が初めてだったのだ。

 なにしろ、この映画が公開されたとき、私はまだ4歳でしかない。
 こういう映画が日本で生まれ、巷の評判となっていたこともよく知らなかった。

 あらためてじっくり観て、圧倒された。
 その後に制作されたゴジラ・シリーズは何だったんだ?

 この迫力にかなうものは、その後つくられてはいないのではないか。
 そんな気もした。

 この最初のゴジラ映画の特徴は、圧倒的な 「暗さ」 だ。
 テーマが暗いとか、ムードが暗いといった意味での暗さではない。
 もちろん、それも少しはあるが、文字通り 「画面の暗さ」 がすさまじい。

ゴジラ001

 モノクロの重苦しいほど暗く彩られた背景をバックに、さらに闇よりも濃いゴジラの姿が浮かび上がる。
 「じゃ真っ暗じゃん!」
 と思う人もいるだろうけれど、ちゃんとライティングがある。

 それが炎に包まれた東京の全景であったり、防衛隊のサーチライトだったする。
 そのような、かすかな光を浴びて、小山のようなゴジラのシルエットが、ゆっくりとビル群の向こうに姿を現わす。
 それはもう 「怪獣」 ではなく、地上に降臨した 「神の影」 である。

 ゴジラは、東京の繁華街を破壊しながら、内陸部へと向かう。
 そのとき堅牢なビル群が次々と灰燼に帰す。
 しかし、そこには意外といっていいほど静けさが漂っている。

 普通のパニック映画なら、ビルが倒壊するときの衝撃音がここぞとばかりにとどろきわたるはずなのに、どのビルも、ゴジラという 「神」 の裁きをしょう然と受け入れる旧約聖書の民のように、沈黙を守ったままひれ伏すように倒壊していく。

 その光景は、厳粛であり、神秘的であり、絶対的である。
 それは、人間の意識に舞い降りる 「畏れ」 というものが何であるかを説く映像でもある。

 このような神々しさを、もうそれから後のゴジラ映画は取戻すことができなかったような気がする。

 それは、まさに、モノクロ映画であることの特性を十二分に発揮した画像が生み出すものであり、その後のカラー版のゴジラ映画や、さらに高度なCGテクノロジーを駆使したハリウッド製怪獣映画とは根本的に異なる世界だといっていい。

 妙な言い方かもしれないが、モノクロフィルムが描き出す黒い闇に 「生命」 が宿っているのだ。
 
 もちろんゴジラの黒いシルエットにも、不思議な生命感があるし、さらにその背後に広がる夜の闇にも、混沌としたエネルギーを包み込んだ、ねっとりした生き物の気配がある。
 それが、ゴジラに独特の存在感を与えている。 

ゴジラ004

 「リアル」 であることと 「存在感」 があることとは違う。
 『ジュラシック・パーク』 や 『ハリウッド製ゴジラ』 に出てくる怪物たちは、自宅の庭を横切る 「野良猫」 のようなリアルさを持っているが、庭に 「象」 が立ちはだかったときのような衝撃を与えない。
 初代ゴジラが黒々とした巨体から発散させるのは、この恐ろしいほど威厳に満ちた存在感だ。

ゴジラポスター003

 この最初のゴジラ映画には、かなり濃厚な思想性がある。
 なにしろ、映画のサブタイトルが 「水爆大怪獣映画」 なのだ。

 昭和29年 (1954年) という年は、日本漁船の第五福竜丸という漁船が、ビキニ環礁でアメリカの水爆実験の犠牲となるという事故が起きた年だ。
 さらに、1950年代という時代をみると、広島、長崎で原爆を浴びたという生々しい記憶が、人々の意識にまだしっかりと刻まれていた時代でもある。

 ゴジラは、人間の水爆実験によって、放射能を自己強化のエキスとして巨大化した太古の恐竜という設定になっているのだが、そのことの持つリアリティというものが、多くの日本人に共有されていた時代であったといえる。

 今の時代は、地球上にこんなにまで核兵器が大量に配備されているというのに、そのことに対する人々の恐怖は、不思議なほど薄らいでいる。
 ところが、初代ゴジラが生まれた時代を生きた人は、たった一発の核兵器ですらも、それが炸裂したときはどれほどの惨事をもたらすかということに関して、現代人よりはるかに鋭敏な感受性を持っていたように思う。

 初代ゴジラは、その時代を生きた人々の感受性抜きにしては、つくれなかったような映画である。

 そういった意味では、ゴジラを 「核の惨事」 のメタファー (比喩) と捉えることは可能だ。
 おそらくこの映画の制作者たちも、ゴジラにそのような寓意性を込めたつもりであっただろう。

 しかし、画面に登場するゴジラは、そのような寓意性を超えて、何か人間にとって根源的な 「恐怖」 を感じさせる圧倒的な重々しさを持っている。
 それは 「核」 よりも恐ろしい何かだ。

ゴジラ005

 この初代ゴジラをリアルタイムで観た人の中には、その後何度も悪夢にうなされたという人がけっこういる。
 その気持ちが、よく分かる。
 私もまた、幼年期にこの映画を観ていたら、きっと悪夢にとり憑かれたことだろう。

 何かの本で、原初の人類を一番悩ませていたのは、飢えでも戦争でもなく、 「悪夢」 だったということを読んだことがある。

 もしかしたら、科学の発達も哲学の進歩も、人類を悩ませていた 「悪夢の克服」 が目的だったのかもしれない。
 フロイトが夢の原理を “科学の言葉” で説明するようになって、ようやく人類はそこから脱却することができた。

 しかし、それは 「脱却」 ではなく、ただ 「フタを閉じた」 だけではなかったのか。

 暗闇の中から、地獄の劫火を背景に、闇より濃いゴジラがゆっくりと姿を現すとき、そこには原初の人類を悩ませていた 「悪夢」 が降臨しているようだ。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

全共闘運動の総括

 「ゼンキョウトウ」 という言葉は死語なのか、まだ生きているのか。
 今の若い人たちにこの言葉を発しても、イメージの湧かない人が大半だろう。

全共闘安講

 「全共闘」 とは、今から40年ほど前、日大・東大などの学園紛争に端を発し、日本全国の大学に拡大していった学生運動の全国組織のことである。
 この運動は、現在 「団塊の世代」 といわれる人たちによって支えられ、 「全共闘世代」 といえば、 「ビートルズエイジ」 などという言葉とともに、彼らの世代を代表する名詞の一つとなっている。

 ところが、1960年代から70年代にかけて、日本全国で展開された 「全共闘運動」 というものを総括する視点というものは、すでに半世紀近くが過ぎようとしているのに、この間ほとんど提出されたことがなかった。

 なぜなら、この運動に関わった当事者たちが、ほとんど沈黙を守ってしまうか、仮に、何かを語ろうとする人たちが出てきたとしても、その多くは、パーソナルな詠嘆 (えいたん) に彩られたものが多く、そのようなセンチメンタリズムが、結局彼らの免罪符としてしか機能しないような形で完結してしまうからだ。

 また、社会学的なアプローチをしたものの多くは、高度成長時代に実現した 「豊かな生活」 をどう処理したらいいのか迷った学生たちの “集団アレルギー” という見解に終始する。

全共闘001

 そのような状況の中で、少しずつだが、あの時代を生きた若者たちの青春群像をもう一度問い直そうという試みが始まっている。

 それも、彼らより若い世代がそのことの重要性に気づいている。

 たとえば、桐野夏生氏と 『対論集 「発火点」 』 で対談した作家の星野智幸氏 (1965年生=44歳) は、その対談の中でこう語る。

 「僕は、全共闘世代周辺の男の書き手や表現者をどこか信用していないところがあって、彼らの書くものは既得権を守るための観念でしかないように思っている。
 だから、桐野さんの作品に強烈な生々しさを感じたとき、60年代・70年代的のリアルな世界観に初めて触れた気がした。
 桐野ワールドは、ある種の 『闇』 というか、裏社会とかアングラなどという60年代・70年代のカウンターカルチャー的な世界観によって作られていると思う」

 つまり桐野氏の小説を通じて、星野氏は、あの時代にだけリアルに存在した世界の実感を初めて手に入れたというわけだ。

 そのような認識に立って、より自覚的に、より精密にそれを作業化したライターとして、小熊英二氏 (1962年生=47歳) がいる。
 彼は、 『1968』 という上下巻に分かれる壮大なレポートを書き上げることによって、1968年が運動のピークであった全共闘運動の本質に迫ろうとしている。

全共闘1968上 全共闘1968下

 実は、この本は未読で、以下に語る言葉はメディアの批評欄に載っていたものの “孫引き” でしかない。
 しかし、その批評欄に載っていた紹介文だけで、私はその著作の方向性というものをある程度捉えることができた。
 そして、小熊氏の抱いている真摯な態度に共鳴することができた。

 氏は、この大著の構想を抱いたとき、元全共闘運動家に、5千通のアンケートを発送したという。
 しかし、返ってきたのはその1割強でしかなかった。

 そのことから氏は、 「彼らがいまだに言葉がみつからない状態のままでいる」 ことを確信したそうだ。

 小熊氏はいう。
 「1970年前後の、全共闘運動のビラやパンフレットなどを読んでいると、一見、教条的な左翼用語、生硬な言葉づかいばかり並んでいるように見える。
 ビラ、パンフだけでなく、雑誌や単行本も読んだが、当時の若者の言葉は、その多くが生硬で、拙 (つたな) い。
 そうした拙い文章の中に、彼らなりの不幸が表現されているとも感じた」

 その不幸とは何か。

 「彼らの不幸とは、同じ体験を持たなかった世代と共有できる言葉をつくれなかったことである」
 と小熊氏はいう。
 そして、彼らの運動を、何らかの目標獲得をめざす 「政治運動」 としてみるならば、彼らから学ぶべき遺産はほとんどない、と断言する。

 しかし、彼らの行為を 「政治運動」 として見るのではなく、 「表現活動」 として見るならば、むしろ彼らの貧しい言葉の中にこそ、その運動の本質を見極める材料が潜んでいるのではないか。
 貧しい言葉の一群のなかに埋もれた断片を拾い集めることによって、何かが現れてくるのではないか。

全共闘1968上UP

 小熊氏にそのようなことを感じさせたのは、一人の女子学生が、ある活動家から 『60年安保闘争』 の話を聞いた後に綴った手記の1行を拾ったからだ。

 その女性はこう書いているらしい。
 「 (60年安保闘争の時代は) とてもすばらしいです。でも、 (70年を闘う) 私には何もないの。それで闘ってはいけないのでしょうか?」

 氏は、この空虚感から掘っていけば、現代までつながる穴が掘れるのではないかと直感したという。

 その女学生の残した言葉は、全共闘世代の残したアジ (テーション) 演説、アジビラ、立て看板などに書き綴られた言葉の戦闘性とは遠くかけ離れた、夜空にほの見える星の揺らぎのようなものでしかない。

 アジビラのメッセージも、女子学生の言葉も、どちらも貧しい。
 しかし、そこから小熊氏は、遺跡調査を行う考古学者のように、埋もれた文化の手触りを注意深く掘り起こしながら、あの時代の全容に迫ろうとする。

 そして、
 「あの時代に生まれた左派の言葉では、当時の 『現代的不幸』 も表現できなかったし、その結果として、現代の空虚感もすくい取れなくなっている。
 (しかし、言葉の貧しさの底に埋もれたものを拾い集めていくうちに) その原因も見えてきた」
 と語る。

 それがどんなものであるのか、残念ながら、未読の状態でこの記事を書いている私には、まだ分からない。

 しかし、確実にいえることは、全共闘世代より下の世代が始めたこのような作業に応えるために、全共闘世代といわれる人たちが、なんらかの責任ある回答を出さなければいけない時期が来たということだ。

 確かに、あの当時を生きた若者の中で、 「全共闘」 運動に参加した人たちはほんの一握りでしかなかった。
 それ以外の多くの人は、政治活動とは無縁の青春を送った人たちで、その中には、心情的に共感しながら活動に参加しなかった人もいれば、そのような政治活動に激しい嫌悪感を抱いた人もいる。

 しかし、だからといって、その人たちも、下の世代から突きつけられた問に対し、永遠に顔を背けてはいられないように思う。

 「俺はあの連中が嫌いだった」 と、あたかも自分はその外側に立って、冷静に観察しているような態度をとった人でも、逃げられない何かがあるはずだ。
 学生運動が世界的な叛乱の兆候を示した時代において、その道を選ばず、別の道を選んだという “選択” の中にも、やはり 「時代の影」 が刻まれているはずだからだ。
 誰もが、同じ時代の空気を吸ったのだ。

全共闘1968下UP

 実は、かくいう私こそが、まさにその 「全共闘世代」 の一員である。
 今まで、 「彼らは…」 などという “他人ごと” のような態度を装う言葉を連ねながら、モロに当事者なのだ。

 私は、活動のリーダー的存在でも何でもないし、アジ演説をしたこともなければ、アジビラを書いた経験もない。

 しかし、学校を封鎖したときのバリケードの中の空気を知っているし、デモの隊列に混じって行進したときの、瓦礫 (がれき) がむき出しになった歩道の感触も知っている。
 投石が飛び交い、それが耳元をかすめていくときの擦過音も知っている。

 だから、あの時代の空気が何であったか。
 それを皮膚感覚的に知っている世代だ。
 そして、その中に、 「生きた歴史」 があるように思う。

全共闘002

 「歴史」 とは、その時代の政治状況や経済状況を分析したからといって、その全貌が分かるというものでもない。
 封印されていた機密文章が出てきたからといって、何かが解けるわけでもない。

 たとえば、世界大戦のさなか、空襲に怯えて塹壕 (ざんごう) に逃げ込んだ人々が嗅いだ土の壁の湿った匂い、遠来のように鳴り響く爆撃音を怖がって泣き出す子供の声。
 そういった、 「生きた感触」 こそが、歴史の真実を語る。

 だから、今、全共闘世代の下の世代が、あの時代の 「歴史」 をたどろうと決意したことに対し、それに答えなければならないような気持ちになっている。

 小熊英二氏は、私たちの世代の一人である女子学生の残した 「私には何もないの」 という虚しい一言から出発しなければならなかった。
 その困難な道を選んだ誠実さに、私たちの世代は応えなくてはならない。

 小熊氏の全共闘 「批評」 は、それまでの全共闘 「批判」 とは根本的に違っていると信じている。

 今まで下の世代から湧き起こっていた 「批判」 は、すべて、
 「あいつらは、豊かな時代に暴れるだけ暴れて、ちゃっかり優良企業に就職し、現在は年金を持ち逃げしようとしている」
 …といったたぐいの、表層的な怨嗟 (えんさ) でしかなかった。

 そのような怨嗟から出てくる糾弾は、せいぜい 「やつらに冷や飯を食わせて、俺たちの世代の手当てを厚くしろ」 という “物取り的” な結論しか導き出さない。

 小熊氏の 「全共闘批評」 は、それとは違っている。
 私は、小熊氏のような真摯な指摘をまずいったん受け入れて、私たちの世代の言葉の貧しさから出発しなければならないと思っている。

 「言葉が貧しかった」 と指摘されたことは、逆にいえば僥倖 (ぎょうこう) だった。
 それは、 「世界」 を上手に語るあらゆる 「観念」 を捨てよ、といわれたようなものなのだから。

全共闘安講

 私たちの世代は、たとえば 「人間性」 という言葉を、その意味を深く考えることもなく、 “非人間的” な時代に拮抗する概念として無邪気に使いっぱなしにしていた。

 学園紛争も、街頭デモも、その目的は 「反戦」 、 「帝国主義打倒」 などという言葉に集約されながら、その根底には 「人間不在」 の社会体制に対する抗議という性格を秘めていた。
 多くの60年代文化人の発想が、 「人間疎外社会からの脱皮」 という心情的なモチーフに貫かれていたことを思えば、それは当然のことであったかもしれない。

 60年代的イデオロギーは、すべてそこから発していたが、 「人間」 という概念そのものがイデオロギーであったことを、当時の若者たちは無邪気に見過ごしていた。

 その無邪気さが、私たちの世代の 「言葉の貧しさ」 を生んできたのではなかったか。
 そこには 「人間性」 を語る無数の 「観念 (哲学) 」 は存在したが、 「人間」 はいなかったように思う。

 今の私は 「人間とは何か?」 ということを、もう一度問い直す必要に迫られている。

 「人間って何?」
 と問うこと自体が、今の世では、野暮ったいものに感じられるかもしれない。
 誰もがそれに面と向かい合うことを恥じらっているようにも見える。

 しかし、人間が人間であるかぎり、この問は不滅であり、同時に答はない。

 もちろん、今の私にも、それを容易に言語化できるような言葉などない。
 ただ、その “手触り” にこだわることが、私たちの世代に残された責務のように思っている。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

堺雅人の笑い

 堺雅人という役者の 「笑い」 が気になっている (…いい意味でね) 。
 誰もがそう思うらしい。

 堺雅人の人気は、彼がどんな役をこなそうが、常に不思議な微笑み (ほほえみ) を漂わせているところから来ている。
 そういう感想を持つ人はけっこう多い。

堺雅人01

 彼が俳優として大ブレイクしたのは、NHKの大河ドラマ 『新選組』 (2004年) で山南敬助役を演じてからだ。
 武闘派ばかりが集まる新選組隊士のなかで、彼が演じる山南は、諸事に明るいインテリの役だった。

 自分が窮地に追いつめられても、山南の頬には、常に天から降りてきたような謎の微笑みが絶えることがなかった。
 その笑いは、他者への慈愛から来るようにも思えたし、愚か者への侮蔑のようにも取れたし、自分に対する自嘲のようにも見えた。

堺雅人=山南敬助01

 ある人に言わせると、彼の笑いは、 「古拙期のギリシャ彫刻の微笑」 、 「モナリザの微笑」 と並ぶ 「世界の3大不思議微笑」 の一つなんだそうだ。

 しかし、どうやら彼は、その 「笑い」 を、ひとつの表現領域にまで高めることに、かなり自覚的であるようなのだ。

 Wikを読むと、ドラマ 『新選組』 の中で浮かべた山南の笑いは、最初は近藤勇や土方歳三らを見下す笑顔であったのだが、次第に見守るような笑顔に変わっていった…と本人が述べているという。

 この話からも、彼が 「笑い方」 をひとつの表現方法として確立することに真面目に取り組んでいる様子が伝わってくる。

 このような意識は、彼が 「言葉」 で表現する演劇に、どこか “あやふやさ” を感じる性格の俳優だったからかもしれない。

文・堺雅人
 
 彼が最近書いた 『文・堺雅人』 という本を読むと、面白いことが分かる。

 彼は、宮崎県の進学校から早稲田大学に入った。
 入学してから 「演劇研究会」 に入ったため、宮崎県の学生が集まる寮で暮らしていても、ほとんどの寮生と口を利かなかったという。

 それは、 「役者」 として標準アクセントを学びたかったからで、宮崎の寮生ばかりに囲まれていると、宮崎アクセントが抜けないと判断したかららしい。

 しかし、そのことによって、彼は、
 「なまったコトバから解放されるサッパリ感を持つようになったが、そのためにフワフワ感も抱くようになった」
 という。

 このフワフワ感というのは、たぶん、彼が演劇を志すことと一緒に訪れたものに違いない。
 彼は親の意向を無視して、演劇で身を立てる決心をするのだが、そのことは同時に自分の足元の不安定さを自覚することにもつながる。

 「東京のどこかに自分の居場所をみつけたとしても、そこは故郷のかわりにならないし、かといって宮崎にはもう僕の居場所はない。
 僕のなかには東京コトバでうまくいいあらわせない何かがあるのだが、僕のさびついた宮崎のコトバではもうそれは表現できない」

 彼は自著の中でそう語る。
 この述懐は、彼があのちょっと寂しげな 「笑い」 のスタイルを生み出したことをそのまま説明しているように思う。

 彼は、標準語でも、方言でも語れないような、 「心」 の存在というものに気がついたのだ。
 つまり、それは、人間の心には、言葉に表現できない領域があるということの発見でもあった。
 そして、彼は、その領域を浮かび上がらせるために、あの 「微笑」 を創造した。
 
 彼の 「笑い」 は、よく謎めいているいわれるが、彼は別に何かを 「隠そう」 としたわけではない。人間が言葉にしようと思っても言葉にならない 「感情」 を表そうとしたに過ぎない。


 昔、深夜テレビで、長澤雅彦監督の 『ココニイルコト』 (2001年) という映画を観たことがある。
 (※ テーマ曲にスガシカオの同名の歌が使われていた)

堺雅人ココニイルコト

 広告代理店に勤務する男女が、 「友情以上・恋愛未満」 という微妙な関係を続けるという話だった。
 女性社員として真中瞳、男性社員として堺雅人が出演していた。

真中瞳01

 真中瞳は、過去の傷が癒しきれないために、周りの人間に心を閉ざしている女として登場し、その凍りついた心を、堺雅人が天然ボケ的な明るさによって解凍させていくというストーリーであった。

 それだけなら凡庸な恋愛ドラマの構造に収拾されてしまう話だが、この映画には、最後まで 「説明できない哀しみ」 のようなものが漂っていた。
 おそらくどんな観客も、この 「哀しみ」 の正体が分からなかったに違いない。

 それは、その哀しみが、常に心地よい 「脱力感」 とセットになって現れていたからだ。

 堺雅人は、真中瞳のしゃべることに対し、ことごとく、
 「それでエエんとちゃいますか」
 と、無責任な相槌 (あいづち) を打つ。

 このヘナヘナと腰が抜けそうな相槌が、あの頼りなさそうな笑い顔といっしょにくり出されてくると、観客はどうしようもない脱力感に襲われながらも、同時に清々しい解放感に包まれてしまう。
 そして、その堺雅人の笑いに、透明な湖の底に沈んでいるような哀しみを見出す。 (彼の悲しみのゆえんは最後に明かされる)

堺雅人02

 結局、この映画に登場した堺雅人の笑いが妙に忘れられず、それを何度も反芻したくなって、 (全然関係ない) スガシカオの 『ココニイルコト』 という曲の入ったCDを買って聞くようになった。

 『ココニイルコト』 は、曲もよかったけれど、もちろん映画もよかった。
 堺雅人が、あの頃から 「微笑」 によって表現できる世界をずっと探していた役者であったことが分かる映画だった。

 ▼ スガシカオ 『ココニイルコト』 (この記事の付録です、楽しんでね




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 22:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

庄野潤三 追悼

 作家の庄野潤三さんが亡くなられた。
 9月の21日だったという。

 その日を過ぎたあたりから、私のブログに、 「庄野潤三」 または 「村上春樹 庄野潤三」 などという検索ワードによるアクセスがポツリポツリと入ってきたので、どうしてなんだろうな? …と思っていたが、彼が亡くなったからだと気がついた。
 うかつにも、彼の死を知ったのはだいぶ経ってからだったのだ。

 この作家の本をしっかり読んだのは、実はつい最近のことである。
 村上春樹の 『若い読者のための短編小説案内』 の中で紹介されていたからだ。
 それがなければ、無縁のまま通り過ぎてしまった小説家だったかもしれない。

 しかし、庄野潤三の一連の短編集を読んで、かつて読んだどの作家のものよりも、不思議な世界が展開されていることを知った。

 その “不思議さ” がどんなものであるか。

 このブログでも、二度ほど彼の小説を採りあげたことがあるが、一度目は自分でこんなことを書いていた。

 「たとえていえば、人々が平和な暮らしを続ける静かな町の昼下がり。その表通りを、一瞬だけ、得体のしれない黒い影が横切るのだが、それに気づく住人は誰もない…といったような趣 (おもむき) 。
 つまり、感じる人には 『怖さ』 が伝わるけれど、感じない人には 『のどかさ』 しか見えない。
 庄野潤三の 『静物』 という小説は、まさにそのような小説だ」
 
 これでも、うまく伝わっているようには思えない。

庄野「静物」表紙

 実際、この 『静物』 という小説では、事件らしい事件が起こることもない。
 主人公の心が劇的に変るような場面が描かれるわけでもない。
 
 うんざりするくらい平和で、あくびが出そうなくらいのどかで、途中で投げ出したくなるほど退屈なのに、常に 「文字として書き込まれていない何かが居座っている」 という気配が去ることがない。

 世のエンターティメント小説とは最も遠く離れた位置にいる作品でありながら、どのようなエンターティメント小説にも描き切れないような “戦慄” がここには潜んでいる。

 それを、以前書いたブログでは、作者が繰り返し触れる 「自然の風物」 に注目し、 「作者は、自然の持つ “超越性” を、この作品の中に導入したかったのだ」 と結論づけた。

 だが、今ではその結論も正確ではないような気がする。
 あの段階では、まだ私はなにがしかの 「観念」 をこさえて、庄野潤三の作品の秘密にたどりつこうとしていた。
 
 しかし、そのような 「観念」 とか 「解釈」 そのものを拒絶するような “とりとめのなさ” が、この作品の凄さであるように思う。

 こういう小説を書ける作家は滅多にいない。
 惜しい人をなくしたと思う。

 関連記事 「庄野潤三 『静物』 」
 

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

三島由紀夫の謎

 私たちの世代で 「小説が好き」 などと自称する人間は、たいてい、好きか嫌いかは別として、 「三島由紀夫」 という作家の本を、読むか読まないかは別として、語ったものである。

三島由紀夫01

 今の時代、 「小説好き」 とかいう人々が集まる場で、この作家が話題になることはあるのだろうか。
 きっと熱烈なファンはいるだろうから、どこかで崇拝者たちの集まりというのはあるのかもしれないが、私の周辺では、もう三島由紀夫という固有名を聞くことはなくなった。

 それは、ひとつには、いまだにあの不可解な割腹自殺が尾を引いて、彼のファンであった人々も、それを 「自分史」 の中にどう位置づければいいのか分からないという戸惑いがあるからだろうと思うのだが、もうひとつは、結局、三島が生前世に問うていた “三島的問題” というものが、今の日本には何も残っていないという事実があるからかもしれない。

 私も “時代の子” であったから、三島由紀夫という作家の著作はけっこう読んでいる。
 処女作の 『花ざかりの森』 に始まり、デビュー作ともいえる 『仮面の告白』 、吉永小百合や山口百恵などが出演する映画で評判を取った 『潮騒』 、金閣寺の放火犯を主人公にした 『金閣寺』 、2・26事件をテーマにした 『憂国』 、 『英霊の声』 といった話題作もフォローしたが、 『私の遍歴時代』 や 『文化防衛論』 のようなエッセイにも目を通している。

 が、はっきり言って、面白いと思ったものはひとつもなかった。
 かろうじて処女作を含む、ごく初期の短編数編にはものすごく感動したけれど、彼が大人になってから書いたものは、ほとんどピンと来なかった。

 誰もが寄せる感想なので、それをここで繰り返す必要はないのかもしれないが、一言で三島作品の印象を語ってしまうと、どの小説からもリアリティというものが感じられないのである。

 ところが、彼はこんなことをいったらしい。
 「私は、現実には絶対にありそうもない出来事をリアリスティックに書く」 (『盗賊ノート』)
 
 この言葉を、どこか別の本で読んだとき、 「不思議なことを言う人だな」 と思った。
 私の印象では、現実によく起こりそうな出来事を、きわめて観念的に書く作家というイメージがあったからだ。

 “リアリスティック” に書かれたものが、リアリティを保証するとは限らない。

 三島由紀夫は、たとえば、金閣寺に放火する若い僧の内面を、彫刻を刻むがごとくに、精緻に巧妙に穿っていくが、そこで描かれる人間の内面世界は、 「美への希求」 とか 「美への嫉妬」 などという抽象化された観念に過ぎず、生身の人間の手触りがごっそりと抜け落ちている。

 表から見ると壮麗な大伽藍に見えながら、中に入ると、きわめて貧しい抽象的観念だけを 「本尊」 とした、空虚な祭壇しか見えないという感じなのだ。

 新刊が出れば、一応は気になった作品は読んではみたが、その感想をたとえば読書好きの誰かと語ってみたいという気は全く起きなかった。

 しかし…である。
 三島由紀夫自身が書いたものにはほとんど興味を覚えなかったのに、三島をテーマにした批評家たちの書く“三島論”には、次から次へと圧倒されて、触発された。

 いちばん最初に読んだのは磯田光一の 『殉教の美学』 だったが、磯田氏の批評の方が、三島自身の書いたどの著作よりも数段面白くて、刺激的だった。

 磯田氏の三島由紀夫論は、セルバンテスの書いた有名な 『ドン・キ・ホーテ』 の紹介から始まる。

ドンキホーテ01
 ▲ あ、間違った…下が正解
ドンキホーテ03

 中世の騎士の時代が終わったにもかかわらず、騎士を気取るドン・キ・ホーテは、従者のサンチョ・パンサと二人で 「騎士道を生きる旅」 を続ける。

 キ・ホーテは、ただの風車を伝説上のドラゴンと間違えて戦うような人で、いわば狂人である。

ドンキホーテ風車

 「騎士道」 などというメンタリティが何の意味をなさない時代になったにもかかわらず、誇大妄想に取り付かれたキ・ホーテは、騎士としてのプライドとロマンを求めながら旅を続ける。
 そのキ・ホーテを、正気のサンチョ・パンサは、主人の狂気にうんざりしながらも忠実にケアしながら付き従う。

 だから、この物語は、現実を錯誤して虚しい空騒ぎを続ける “狂人” と、現実を直視する “理性の人” の物語と読めないことはない。

 そして、多くの人はこの物語の中に、滅び行く中世的ロマンの世界を生きるキ・ホーテと、勃興する近世の合理主義精神を生きるサンチョ・パンサという、時代が交代するときの 「寓話」 を読み込んだという。

 そんな主従の珍道中を描いた物語を、批評家の磯田光一氏は突然取り上げ、その 「ドン・キ・ホーテこそ三島由紀夫だ!」 と言い放ったのだ。

 ただし、
 「キ・ホーテが、風車がドラゴンと間違えたのではなく、風車を風車として、しっかり見抜いて戦ったのだとしたら?」
 という懐疑を提出したのだ。

 時代錯誤を生きる狂人キ・ホーテは、そこでにわかに今の時代そのものと戦う孤高の戦士という相貌を現してくる。
 「三島由紀夫という作家は、そのような人間だ」
 と、磯田光一氏は定義づけたのだ。

 この磯田氏の語り口に、青天の霹靂ともいう衝撃を受けて、若い私はいたく感動したものだ。

 続いて、野口武彦氏の 『三島由紀夫の世界』 という三島由紀夫論を読んだけれど、これも三島自身が書いた作品をはるかに凌駕するくらいの面白い評論だった。

 これは、三島をドイツ・ローマン派の文脈の中に位置づける作品で、三島を 「ロマン主義的人間」 と定義することによって、きわめてオーソドックスな浪漫派美学を描ききった。

 こいつにも相当ヤラれた。
 さっき記憶を確かめるために、本棚から取り出してみたら、やたらとアンダーラインが引いてある。

 「ロマン主義文学は、はじめから挫折を約束された文学である」
 なんていうところに、力強く傍線が引かれているのを見て、自分にも野口武彦の目線を通して見た三島由紀夫に相当入れ込んでいた時代があったことを思い出した。

 私は、磯田光一と野口武彦の 「三島論」 が双璧という感じを抱いているが、その後も岸田秀、野坂昭如、橋本治という人々が、ことあるごとに三島論を書いた。
 こんなに三島を語る人たちが多いということは、大いなる驚きであったが、ある意味で、 「当然」 という気もした。

 なぜなら、三島の書いたものの中に、文学としての謎のようなものは何一つなかったけれど、彼が次々と繰り広げる奇怪な実生活は、いつも謎に満ちたものばかりだったからだ。

 いきなりボディビルを始めて、筋骨隆々たる肉体を作ってみたり、映画にチンピラやくざの役で出演してみたり、自衛隊に体験入隊してみたり、今のディズニーランドにも似た虚構のフランス風邸宅を築いてみたり、エキセントリックな天皇制護持者として東大全共闘と討論してみたり、おもちゃの兵隊を集めたような 「楯の会」 を結成してみたり、…やることなすこと奇怪なことばかりだった。

からっ風野郎

 私は、いちおう 「知性の人」 という意識で彼のことを見ていたから、彼が何で次から次へと 「反知性的」 な行動をマスコミの前でさらすのか理解できなかった。

 彼の初期の作品や言動には、どれもヨーロッパ風味の 「エロス」 と 「タナトス」 に満ち満ちていて、私は、むしろ西洋型知性を謳歌する人なんだろうな…という期待を持っていたのだ。

 それが、突然胸板の厚みを誇るマッチョマンになって、あれれ? あれれ?
 …という間に、 “ギャグの人” になってしまって相当面食らった。

三島と日本刀

 きっと、何か “深い” 意味があるんだろう…。
 そう思うしかなかった。

 そこで登場した磯田光一氏の 『殉教の美学』 。
 ははぁ…。彼のドン・キ・ホーテ的なもの狂いは、やはり、彼の冷徹な認識に裏づけられた、孤高の戦士の哀しみであったのか。
 …とか思ってしまったのだ。

 しかし、いま考えると、三島由紀夫のピエロ的パフォーマンスの数々は、結局は自分の作品の貧しさを覆い隠すための必死な “演技” でしかなかったように思う。

 彼は、結局 「観念」 に生きる人間を描き続けたわけだが、人間の 「観念」 などというものは、時代によってコロコロ変わる。
 そのため、彼は奇怪なパフォーマンスを繰り広げることで、自分の古びた 「観念」 を、何か “奥行きのあるもの” のように仕立て直さなければならなくなる。

 「観念」 というものが、それでも意味のあるものだという信仰があった時代にはそれも通じたが、 「観念」 そのものが必要視されなくなったポストモダンの時代になると、万事休すとなってしまう。

 彼は 「作家」 というよりも、ある意味で優秀なジャーナリストであったから、あの時代に、来たるべきポストモダンの世界像が見えていたのかも知れない。

 そのとき、自分の 「作品」 を永遠に残す会心の方法が、彼の脳裏にひらめく。

 それが、市ヶ谷の自衛隊駐屯地に乱入して、決起 (クーデター) をうながし、その後に自らの腹を開いて自死するという、あの 「謎」 の割腹自殺事件である。

 なぜ 「謎」 かというと、彼の真の目的が、誰にも分からなかったからである。

 一部の人たちは、彼の 「熱い憂国への情」 に素直に涙したけれど、多くの知識人も庶民も、ただ唖然としただけで、彼の行動の意味を捉え損ねて、沈黙するしかなかった。

三島由紀夫01

 今から思うと、あれは自分の作品を 「永遠の価値」 として保存するための、一世一代の大博打だったように思う。
 彼の不可解な死によって、残された貧しい作品もすべて魅力的な 「謎」 に変わったからだ。

 「彼の書いたものには、きっと読者が理解できないような、何か深い意味が潜んでいるはずだ」
 一時 (いっとき) であったかもしれないが、そのような効果は実際にあった。

 なぜ、このような古い話を急に書くつもりになったかというと、少し前に読んだ大塚英志さんの 『物語論で読む村上春樹と宮崎駿 - 構造しかない日本』 という本の中で、非常に示唆的なエピソードが紹介されていたからである。

 それは、映画監督のヒッチコックが、 「謎」 の仕掛け方の究極の方法を見つけたという話だった。

ヒチコック01

 大塚氏の記述を噛み砕いて紹介すると、次のようなことになる。

 ヒッチコックがある日、列車に乗ると、外国人ふうの男たちが 「マクガフィン」 なるものについて話していることに気づく。
 ヒッチコックはその会話につい耳を傾けてしまうが、話を聞いているだけでは、 「マクガフィン」 が何のことだかさっぱり分からない。

 分からないので、よけい知りたくなり、聞き耳を立てながら、あれこれと推測するのだが、やはり分からない。

 そこからヒッチコックは、映画に観客をひきつけるためには、作中に 「マクガフィン」 を一つ配置すればいいのだと思いつく。

 つまり、登場人物にあれこれと 「謎」 の周辺を語らせるけれど、 「謎」 の正体そのものは語らせない。
 すると、映画の観客は、そのもどかしさに耐えられず、どんどんその 「謎」 の真相を知りたくて、作品を過剰に読み込んでいく。

 結局、 「マクガフィン」 そのものには何も 「意味」 がないのだけれど、その 「中身」 を欠いた空虚さが、ブラックホールのように観客の意識を吸い込んでいく。

 これが大塚氏が紹介する 「ヒッチコックのマクガフィン」 の概要だが、彼はこのエピソードを、村上春樹の小説を説明するための補助線として使った。
 しかし、私はそのとき、この話から三島由紀夫の割腹自殺の方を思い出した。
 彼の割腹自殺は、 「三島流のマクガフィン」 であったか…と、ようやくそこに思い至ったのだ。

 そうだとしたら、素直に頭が下がる思いもする。
 これ以上の 「マクガフィン」 を設定することは、もう誰にもできないだろう。

 三島由紀夫は最初から “マクガフィンの人” で、磯田光一氏も野口武彦氏も、みなそのマクガフィンの魅力に引っかかったのだ。それはそれで、三島の凄さだなぁ…とは思うけれど。

 このヒッチコックの 「マクガフィン」 を紹介した大塚英志氏は、文学の無効性を主張する一方で、それでも 「近代文学」 をもう一度見つめ直さなければならないという使命を自分に課す。

 しかし、日本の 「近代文学」 なるものは、三島由紀夫を近代文学の立役者として認めた時点において、すでに死んでいたのかもしれない。
 日本において、ポストモダンなどという言葉がささやかれる前に、すでに 「近代文学の死」 を宣告してしまったのは、ひょっとして三島由紀夫ではなかったか。
 今ではそう思う。

 「近代文学」 なるものが、 「物語」 の “自意識” として生まれてきたものだとしたら、日本において、その “自意識” を究極の形まで追求したのが三島由紀夫だった。

 つまり、彼の作品は、作者の自意識が純粋な観念として結晶したものばかりである。
 そこには 「人間性」 も、 「悪魔性」 も、 「美学」 も、 「死の意識」 も、 「超越性」 もすべてあるが、 「人間」 も、 「悪魔」 も、 「美」 も、 「死」 も、 「超越」 もない。
 あるのはすべて三島由紀夫という明晰な頭脳がつくり出した 「観念」 でしかない。

 そこには、近代文学と近代芸術が抱え込んだ、どこかザラザラした、不透明で混沌とした 「人間の手触り」 というものがない。
 そのことに最も深く気づいていたのは、実は三島由紀夫自身ではなかったかと思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:35 | コメント(4)| トラックバック(0)

動物化する現代人

 東浩紀 (あずま・ひろき) さんが2001年に書いた 『動物化するポストモダン』 は、マンガ、アニメ、ゲームなどにのめり込む “オタクたち” の存在を文化史的な視点で捉えた名著である。

動物化するポストモダン表紙01

 彼は、そのオタクたちの消費行動を、80年代~90年代にかけて浸透したポストモダニズム (近代以降の文化状況) の流れの中に位置づけ、それを手がかりに、日本の近未来図を描いた。

東氏002

 しばらく前にこの本を読んで、そこで思ったことは、80年代以降の日本の文化と消費社会の状況を語るのなら、たぶん、この手法が一番有効かもしれないということだった。
 しかし、何が抜けているかというと、80年代~90年代に青春を送った若者たちの中で、 「オタク」 にならなかった人たちの存在である。

 オタク文化にたっぷり染まった時代を生きた人たちの中で、なおかつオタク的な生き方を貫かなかった人たちの精神風景はどうなっているのか。
 また、オタク生活を貫いた人たちの、その純度の濃淡はどうなっているのか。
 それは、この本書には書かれていない。 

 「オタク」 のコアな部分を形成する人たちが、80年代末から90年代にかけて青春期を送った人たちだとしたら、当然、日本が右肩下がりに落ちていく時の空気も味わっていることになる。

 そこには、 「オタクの夢」 を紡ぎだすオタク・カルチャーの底に、自らの生が受難する 「時代苦」 のようなものが沈んでいるのを見ているはずである。

 それがオタク・カルチャーにどのような影を落としているのか。
 それとも、それをも含んで花開いたオタク文化なのか。

 私としては、ぜひ東さんに聞いてみたいテーマなのだが、それについて触れる前に、まず 「オタク」 たちが、今の日本にいったい何をもたらしたのか?
 それを東さんの口を借りて紹介しないと、話が始まらない。

ゲームキャラ01

 「オタク」 といえば、コミック、アニメ、ゲーム、フィギュアなどを熱心に観賞したり、収集したりするマニアックな人々というイメージがすぐ浮かぶ。
 マスコミが彼らを取り上げるときは、どちらかというと、個人の趣味だけに埋没した、閉鎖的で非社会的な若者たちという印象で語られることが多い。

 しかし、東さんによると、彼らの中心は 「30代、40代の大人たち」 であり、その大半はすでに社会的に重要な仕事を任されている人々だという。この本が書かれたのが2001年であったことを考えれば、その中心たる人々の年齢はさらに上がっていることになる。

 ただ、その後オタク系の人口が先細りしている兆候はなく、むしろオタク的な世界観が、オタク系以外の文化領域にも広がり始め、今や日本全体が、いや、欧米・アジア圏の先進国全体が 「オタクワールド」 に変貌しつつある…というのが、東さんの目線なのだ。

 どういうことかというと、オタクたちの特徴として挙げられる 「人間関係の淡泊さ」 、 「社会意識の希薄さ」 、 「現実よりも虚構への偏愛」 などといったものは、それだけ取り出してみるとネガティブな印象を伴うけれど、実は、すでに社会がそのようなものに変貌しており、彼らはそういった 「社会」 をピュアな形で反映しているにすぎない……
 というのが、東さんの視線だ。

 それ自体は、別に変わった見方ではない。
 「現代社会が、何だか嘘っぽくてよそよそしくなってきた」 という感触は、誰もが抱いていることだろう。
 そして、それを 「ヴァーチャルな世界像の浸透」 とか、 「平和ボケ」 とか、 「市場原理主義の拡大」 などと、よくマスコミが使いそうな言葉で説明する人たちも多い。

 東さんも、一見その立場から 「オタク」 を論じているような先入観を持たれがちだが、彼の場合は徹頭徹尾、これを 「思想」 の問題として捉えたところが違う。

 「思想の問題として捉える」 ということは、
 オタクたちを取材をしてデータを取るといった社会学的なアプローチでもなく、
 教育環境や親子関係からその 「心」 を割り出すという心理学的なアプローチでもなく、
 彼らが関わる市場を分析して、消費動向を探るといった経済学的なアプローチでもなく、
 ただひたすら、彼らの頭の中に生まれた 「世界像」 とはどんなものなのか? ということを探り出すことに他ならない。 

 そして、この本の特徴は、そのようなオタクの世界像を語ることが、現代思想のゆくえを語ることにつながり、そして、今の地球で起こりかけていることすべてを語ることになる…という、ものすごくワイドレンジなパースペクティブ (視野) を打ち出したところにある。

 では、この先、どんな 「世界」 が待っているというのか?

 キーワードは 「動物化」 だ。

トラ001

 東さんは、アレクサンドル・コジェーヴというロシア生まれの学者が 「人間と動物の “欲求” の違い」 について述べている主張をまず紹介する。

 「人間と動物がともに抱えている “食欲” とか “性欲” などという欲求は、似ているようだが、全然別のものだ。
 動物も人間も、食欲や性欲が起これば、それを満たそうとする行動を起こす。
 しかし、動物の欲求は、エサでも異性でも、望む対象を獲得すれば、ひとまず充足が訪れる。
 それに対し、人間の欲求には際限がない。
 人間は、食欲が満たされれば、今度は、より “うまいもの” を欲しがる。
 異性の体を手に入れても、今度はその異性が、自分とは別の同性に求められるほどイケていないと不満に思ってしまう」

 つまり、人間の欲求はどんどんエスカレートしていって、望みが尽きるということがない。
 (※ この本では、動物の 「欲求」 と人間の 「欲求」 を区別するために、人間の 「欲求」 にはあえて 《欲望》 という言葉を使って区別している)

 このような 《欲望》 は、動物たちが作らなかった 「歴史」 というものを人間に作らせ、その 「歴史」 が文化や戦争というさまざまな彩りを生み出し、それが近代まで続いた。

 その 「歴史」 を終わらせたのが、1950年代頃のアメリカだ。 
 …と、コジェーヴという学者はいったらしい。 (※ もともとのアイデアはヘーゲルのもので、ヘーゲル自身は “近代” の到来に歴史の終わりを見たらしい)

 コジェーヴが 「1950年代に歴史が終わった」 といった意味は、そのあたりを境に、アメリカ人の暮らし方が 「動物になったからだ」 というのだ。

 どういうことか。

 アメリカ型の消費社会では、すべての消費活動がマニュアル化され、メディア化され、その流通管理もしっかりコントロールされるようになった。
 従来ならば面倒だった日々の炊事も、ファーストフード産業の興隆や、食事の宅配システムが完備されるようになり、アメリカ人は、自分で食事を調理するような面倒からも解放された。

バーガーキングのハンバーガー

 また、これまでは面と向かってコミュニケーションを取り、複雑な手続きを経て初めて手に入れていた性的パートナーも、今や風俗産業や出逢い系システムを通じて簡単に手に入るようになった。

 つまり、それまでは、どうしても 「他者」 と関わらなければ充足できなかった 《欲望》 が、アメリカにおいては、ビジネスという形で、すべて自己充足できるようになったわけだ。
 そのため、コジェーヴは、 「アメリカの消費社会からは 『他者』 が消えてしまった」 というのである。

 他者がいなくなければ、己の手に入れた “魅力的な異性” を他者に見せびらかしたい、などという 《欲望》 もなくなる。

 《欲望》 をなくしたアメリカ人たちは、すでに従来の 「人間」 とは別種の生物となったのであり、まさに 「動物」 といわざるを得ない存在となった。
 「動物」 たちの棲む世界からは、飢えも争いもなくなったが、かわりに哲学もなくなった。

 …とコジェーヴという人は言うらしいのだが、彼が描いた 「アメリカ人の戯画」 に、彼がどれほどの悪意をこめていたかは分からない。
 ただヘーゲルの弟子を自認する、この欧州風教養人が、ヨーロッパの歴史遺跡を観光しても、バカ食いバカ飲みをして高笑いするだけのアメリカ人観光客を苦々しく思っていたことは確かだろう。

 コジェーヴは、たまたま1950年代のアメリカを見ただけだったが、それは今となってみれば、グローバル化された先進国の消費構造をすべて言い当てている。アメリカ人だけが、 「動物化」 という不名誉 (?) な称号を与えられたのは、なんとも気の毒な話だ。

 横道にそれた。

 で、東浩紀さんは、この 「動物化したアメリカ人」 というアイデアを、そっくりそのまま日本の 「オタク」 に当てはめようとしたのである。

 日本にオタクが登場したのが、だいたい1960年の末から70年代にかけて。
 その第一世代は、コジェーヴが 「アメリカ人の動物化」 を見た10年ほど後になる1960年代に生まれている。

 60年末からの日本の経済状況は、右肩上がりの繁栄ぶりを示し、爛熟した消費社会の到来を予期させる活況を呈していた。
 特にカルチャーシーンは、それまでの時代に比べて、圧倒的な様変わりを見せていた。
 ロックミュージックが台頭し、マンガが隆盛を極め、SFX映画が進化を遂げ、ポップアートに注目が集まり、LSDとパソコンが登場し、政治が失墜し、文学が魅力を失い、 「前衛」 の概念が消滅した。

 後に 「オタク」 と呼ばれる人々が生まれる素地が、このとき揃ったのである。

 それでも彼らはまだ、恐竜がのし歩くジュラ期のほ乳類のようなものだった。
 恐竜として、 「全共闘世代」 という、 「政治と思想」 を熱く語りたがる人たちがおり、趣味の情報交換だけがコミュニケーションの核となるような集まりが許される雰囲気はなかった。

全共闘001

 しかし、全共闘世代の存在感は、党派同士の “内ゲバ” が激化するにつれて、どんどん縮小していく。
 決定的なのは、72年の連合赤軍浅間山荘事件だった。これにより日本に残っていた “全共闘的” なるものは一掃される。

 このとき、 「革命」 、 「体制打倒」 、 「帝国主義粉砕」 などというスローガンも同時に効力を失い、それらの言葉を支えてきた 「社会変革」 の理念も失墜した。
 本当はそれらの理念は、そのときに初めて失墜したのではなく、実はそれ以前から、すでに 「虚構の理念」 として、ハリボテのように掲げられたものに過ぎなかった。

 しかし、たとえ 「虚構の理念」 であったにせよ、いや、だからこそ、それがガラガラと地に崩れ落ちたときの意味は大きかった。

 学生運動に掲げられた 「虚構の理念」 は、それと対置されていた 「祖国愛」 、 「民族愛」 などといった右派系の理念をはじめ、 「人間愛」 、 「人間の人格」 、 「平和の実現」 ……などというヒューマニズム系理念もすべて一緒に道連れにしてしまったのだ。

 このような 「同胞愛」 、 「人類愛」 、 「人間性」 、 「個性」 、 「理想」 、 「大義」 、 「平和の実現」 などという近代が生み出したさまざまな人間的理念を、思想業界の人たちはよく 「大きな物語」 と呼ぶ。

 「大きな物語」 とは、国家とか学校などが掲げる 「人間にとっての大切な価値」 のことを指し、近代社会においては、それが人間が目指すべき共通目標として崇められてきた。
 近代国家は、みなこの 「大きな物語」 を掲げることによって、国民の意識をひとつにまとめ、国家、事業所、地域社会、家庭などの結束と安定を図ってきたのである。

 それが、日本において、ジワジワと揺らぎ始めたのが1970年代以降であり、80年代、90年代と続くに従って、ジワジワがドロドロになり、どんどん液状化していく。

 「オタク」 は、この 「大きな物語」 の最初の失墜と同時に登場する。

 彼らは、前世代が掲げていた 「革命」 やら 「帝国主義打倒」 などといった政治理念などは最初から信じていなかったし、その失墜も見てきた。
 学校教育においては、相変わらず 「人間性」 、 「個性」 、 「創造力」 などという価値が掲げられていたが、彼らは、それを素直に謳う先生方の無邪気さにも、白々しい思いを抱いていた。

 近代が掲げた 「人間的な価値観」 は、その時代になると、既にみなよそよそしく、白々しく響いてくるものばかりだったが、かといって、前世代のように、 「架空の理念」 を掲げて熱狂できるようなものは、もうこの世に存在しない。

 東さんは、オタク第一世代というのは、近代が掲げた 「大きな物語」 が失墜した後の空白を、 「オタク文化」 で埋めることによって、生き延びようとした人々だという。
 具体的には、 『宇宙戦艦ヤマト』 や 『機動戦士ガンダム』 を10代で見た世代だ。

ガンダムモビルスーツ

 それらの作品の中には、実際の歴史とは異なるけれど、それと拮抗する緻密な年代記があり、明確な敵が存在し、主人公に課せられた尊い使命がある。 
 すべて虚構に過ぎないが、それなら、 「革命」 という虚構をもてあそんだ前世代とどこが違うというのか。

 オタク的世界に遊ぶことは、むしろ実生活においては、争いからも、裏切りからも、喪失からも、悲哀からも解放される。
 かくしてオタク第一世代は、ひたすら虚構の中に安住の地を求めて、こつこつと趣味のシェルターづくりに励んでいく。

 このオタク第一世代の心情は、前世代の人々から見ても分かりやすい。まだ、近代的な思考の枠組みから容易に類推できるものばかりだからだ。

 しかし、本当に重要なのは、むしろこの後に登場してくるオタク第二世代、第三世代である、と東さんは見る。

 次世代のオタクたちは、オタク第一世代がつくりあげた 「オタク文化」 を10代あたりから経験した人たちによって構成される。
 この次世代オタクには、80年前後に生まれ、 『エヴァンゲリオン』 ブームのときに中高生だった世代までが含まれる。

エヴァンゲリオン001

 これらのニューオタクたちは、すでに 「虚構」 と 「現実」 の区別を必要としていないところに特徴がある。 
 
 ひとつには、サブカルチャー的意匠が、街のランドスケープも変え、TVドラマの中にも浸透し、生活次元において、 「虚構」 と 「現実」 が渾然一体となったようなフラットの生活空間ができあがっていたということもあるだろうが、それよりも、 「現実」 から 「虚構」 を構築していくときに意識される 「作品における作家性」 といったものが希薄になっていったことが大きい。

 この世代から、 「二次創作」 というものが当たり前となる。

 「二次創作」 というのは、原作のマンガ、アニメ、ゲームをその受け手である消費者自体が、主にそれを性的に読み替えたりして作る制作物のことで、そのような商品、すなわち同人誌や同人ゲーム、同人フィギュアなどを展示販売するマーケット (コミケ) も形成されるようになる。

 つまり、そこにはすでに 「原作者」 が存在しない。
 原作は、コピーされ、改編され、アレンジされて新しい制作物として流通するようになり、さらにそれがコピーされ、改編され、アレンジされ…という無限の連鎖が生まれるようになる。

 つまり、「虚構」 が 「虚構」 を生み、さらにそれが別の 「虚構」 へとつながっていくということが実体化され、 「現実」 の手触りとか、オリジナリティへの 「畏敬」 などというものが消滅してしまったのだ。

 このような 「虚構の連鎖」 の果てに生み出されてきた作品群は、もちろん 「物語」 によって支えられているのだが、その物語は、あくまでもキャラクターのポジショニングを決めるためのものであり、近代文学が描いていたような、キャラクターが生存するための葛藤や、心情的悩みや、生の実感などはどんどん背景の奥に追いやられていく。

 大事なのは、キャラクターのビジュアル的な存在感であり、そのキャラクターに熱い思いを込めて耽溺できるかどうかが、全てを決定する。

 そのキャラクターが、どのようなビジュアル特性を持つのか。それについての約束事が、細分化され、緻密化され、いわゆる 「萌え」 要素として膨大なチャートの体系をつくる。

 はっきりいって、もう 「物語」 は邪魔なのだ。
 だから物語は、できるだけ定型化されている方が望ましく、感動したり、泣けたりできるポイントが効率よく示されている方が、彼らにとってはありがたい。

 かくして、 「感動」 と 「泣き」 がものすごい勢いでパターン化されていくわけだが、彼らは、実はそれすらも期待してはいない。
 感動も泣きも、お気に入りのキャラクターがより光彩を放つためのBGM以上の役割を持たされていないのだ。

萌えキャラ001

 制作物に対するこのような態度は、近代文学を擁護する立場からすれば、あきらかな 「後退」 でしかないが、逆にいえば、近代文学など、オタク系文化に耽溺する人たちからはもう何の魅力も感じられなくなったということでもある。

 東さんは、このような第二世代以降のオタクたちの消費行動を、 「物語消費」 から 「データベース消費」 への移行と捉える。
 そして、それこそが、 「近代」 という時代の後に来る 「ポストモダン」 時代の典型的な消費行動だと位置づける。

 そして、この傾向は、今やオタク的な消費行動だけにとどまるものではなく、ケータイ小説のような読み物類、ゲーム類、果ては映画の領域にまで広がっており、今や、日本のマンガ、アニメに熱い思いを寄せる東アジアのファン層にまで浸透してきている。

 これは、日本文化が海外にまで波及したということではなく、むしろ世界のポストモダン化が、このような状況を歓迎しているということに他ならない。
 それは世界で同時進行しているものであり、CGを多用したハリウッド映画においても同様の傾向が見られる。
 そして、日本のゴジラや、トランスフォーマーや、鉄腕アトムのリメイクが盛んに行われることから見ても、日本のオタク消費と同じ 「虚構の連鎖」 がハリウッドでも始まっていることが分かる。

アメリカゴジラフィギュア

 映画やアニメ、文学で扱われる 「物語」 はますますパターン化し、…つまりは、昔噺のような構造を持つ説話論的な 「物語」 のスタイルに回収され、代わりに、そこに登場するキャラクターの (アクションや衣装も含む) ビジュアル的なインパクトが前面に押し出されてくる。

 それらの作品群においては、ストーリーが類型化するのとは反対に、映像はますます荒唐無稽なものになっていくが、しかし、それもみな 「どこかで見た」 荒唐無稽さであり、近代芸術的なリアリティは、見る影もなく後退していく。

 批評家の大塚英志氏は、この傾向を、
 「現代社会における 『異界』 や 『死』 の消滅、つまり超越的なものの消滅」
 と捉える。
 要するに、ファンタジーに登場する 「異界」 や 「死」 は、現実世界における驚愕や、葛藤や、喪失感に裏打ちされることなく、感動を呼ぶための 「装置」 として機能するようになった、というわけだ。

 彼らにとって重要なのは、あくまでも登場人物たちの 「キャラ」 であり、そのキャラクターが、パターン化された 「感動」 の中で、いかに 「萌え」 要素を際立たせてくれるか。
 現在のオタクたちは、そのことについて、かつて人類が経験したこともないほどの繊細な感受性を発揮し、厳しい審美眼を養い、鋭い判定をくだしていく。

 そこには、近代的な感性を持った人間たちには及びもつかない、新しい観賞法が生まれているのかもしれない。

萌えキャラ02

 しかし、東浩紀さんは、そこにコジェーヴがアメリカ人のライフスタイルから発見した 「動物化」 を見る。
 オタクたちの消費行動は、どんなに繊細で、洗練されていようが、そこには 「他者へのときめき」 がない。

 アトム化 (原子化) された個々人が、互いの存在に無頓着に並んだまま、それぞれの欲望を満足させているだけで、彼らが求める 「萌え要素」 というものも、一定の刺激から脳内分泌される自己完結型の快楽に過ぎない。
 いわば、薬物の刺激によって脳内変化を起こすときの快楽性と代わりがない。
 それは、コジェーヴがいみじくも指摘した 「動物化」 された生き方なのだと。

 さて、このような傾向が全世界に拡大していくとして、果たして、それをどう受けとめていくのか。
 それは、その人の受け取り方によってさまざまな答が生まれるだろう。

 もちろん、東浩紀さんは、すでにそれを自分の問題として受けとめ、次へのステップへ進んでいる。

 この 『動物化するポストモダン』 という書物は、オタクの消費行動をレポートしているようでいて、実は 「近代」 とは何であったのか、と問う眼差しを含んでいる。
 そういった意味で、この書籍は、ポストモダン (近代以降) という時代を生きている私たちの世界を効率よく見回すためのパースペクティブを与えてくれる。

 しかし、本当は、この本の読後感として、
 「では、オタクにならなかった若者たちはどう生きてきたのか?」
 という問が私には生まれている。
 そして、
 「オタクたちは、そんなにきれいに図式化できる存在なのか?」
 という疑問も生まれている。

 それは、いくらこの本が “思想的なテーマ” を追求したものだとはいえ、読者としての当然の疑問であろう。

 ただ、それを書こうと思っていたが、今は時間がない。
 (これから、大阪で開かれるキャンピングカーショーに出発するのだ!)
 それにブログとして、その分量も残されていない。
 この続きは、またいつか。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:13 | コメント(4)| トラックバック(0)

対論集「発火点」

発火点表紙01

 作家の桐野夏生さんから、新刊書を送っていただいた。
 『対論集 発火点』 (文藝春秋社) だ。
 帯に付いている副題は、 「女性はいま、どこにいるのか」 。
 1999年から2009年までの、さまざまな機会を通して行なわれた作家、学者、映画監督らとの対談が収録されている。
 これにより、読者は、この間の彼女の創作活動の舞台裏を知ることができる。

 登場する人たちは、松浦理英子、皆川博子、林真理子、斎藤環、重松清、小池真理子、柳美里、星野智幸、佐藤優、坂東眞砂子、原武史、西川美和といった、それぞれの分野で、みな特異なフィールドを切り開いてきた人ばかり。
 その方々が、自分たちの専門分野を絡めて語る桐野作品の感想から、読者は、彼女の作品を貫く奥行きの深さを再認識することができる。

 一読した印象としては、男性との対談より、女性同士の対談の方が面白い。
 男たちはどこか身構えている感じがする。
 つまり、桐野夏生という作家の作品世界に対し、自分はこういう 「感想」 を言わなければならない…という答を用意してきている感じがするし、語られるテーマに関しても、言葉一つひとつを取っても、自分が昔から温めているイメージの殻から出ようとしない。

 さすがに佐藤優ぐらいのスケールの大きな人物になってくると、情報量が豊富なために、語る世界も豊穣で面白いけれど、結局は、彼も己 (おのれ) の世界のみを語っていることには代わりがない。
 そのような観念世界があっても、今の男たちはもう女に太刀打ちできないようだ。

桐野夏生氏1

 結局、物書きというのは、常に 「言葉では表せない世界」 を追求しようとする人たちなんだな…ということが、この対論集を読んでいると、よく分かる。
 たとえば、作家、柳美里さんに対して語った桐野さんの次のような言葉は、作家としての圧倒的な覚悟を語っている。

【桐野】 最近思うのは、よく現実が小説を乗り越えたって言うでしょ。そんなの当たり前で、昔からそうなんですよね。たまたま私たちが悲惨な現実を知らなかっただけで、もう昔からとっくに、小説よりひどい現実はたくさんあるわけじゃないですか。
 また、言葉で表せないものはないって言われるけれど、それは傲慢だと思うんです。
 結局、私たちの言葉も、教育などで得た経緯からして、コストのかかった特権階級のものなんですよね。
 だからアフリカやインドといったところの、ものすごく貧しい地域の、言葉にもならない苦しみというものは小説家は書けない。
 だから小説を書くということは、冷たい風がビュービュー吹いているようなところでやっている仕事だと思う」

 この柳美里さんとの会話は、次のようにつながっていく。

【柳】 (作家として) どんな光も届かない完全な闇。自分の姿さえ見えない闇に降りていきたいと思っていらっしゃるんですね? 作家の欲望としては、言葉にできない物や事があるならば、どんな危険が伴おうと、そこに行ってみたいですよね。
【桐野】 闇にまで行き着けば、言葉にならないところまで見据えることができれば、それは作者にとって勝利に近いんじゃないかなと思います。

 このような桐野夏生さんの思いは、小説としての “決まり事” の拒否という形に突き進む。
 彼女が直木賞を受賞した 『柔らかな頬』 は、推理小説の定型パターンを打ち破った新しいサスペンス小説だったが、それが完成するまでには紆余曲折があった。

 彼女は、 『柔らかい頬』 の第一稿を書き上げても、自分で納得できないものを感じていた。
 それは、昔からの読者にはおなじみの女性探偵ミロが活躍するもので、ミロが犯人を確定し、事件を解決するという筋書きで進んでいたのである。

 だが、それは、エンターティメントの “約束の世界” をある程度忠実に守ったもので、彼女が書きたい 「生っぽくて荒々しいもの」 にはたどり着かなかった。

 桐野さんは、そこで思い切って一度中断し、『OUT』 の執筆に切り替える。
 先に手を染められた 『柔らかい頬』 は、 『OUT』 の完成を経て、新しい小説に生まれ変わったのだ。

 「私が書きたいことは事件の解決ではない。謎が解決することは、小説が終わることとは違う」
 彼女は当時のことを思い出して、そう語る。

 だから、彼女は、サスペンス小説でよく使われる 「トラウマ」 とか、ホラー小説によく登場する 「サイコパス」 を描かない。

 「 (トラウマのように) 最初から因果を決めてしまう自己完結のドラマは、それ以上話が広がらないからつまらない。人間というものは、どんなふうに転がっていくかは、事後的にしか分からない。サイコパスも完結性を持ってしまうので、つまらない」

 このような彼女の視線に共感を示すのは、主に同じ女性の作家たちだ。
 物書きは、たえず 「目を磨く」 ことに生命を費やすけれど、その磨き方が、女性と男性では違う。
 男は 「観念」 から目を磨こうとする。
 女は 「質感」 を頼りに、自らの目を磨く。

 作家、小池真理子氏との対談の一節。
【桐野】 (俳優の) ハーベイ・カイテルみたいな人も好き。いい男だよね。
【小池】 私も好き。あの人はすごく色っぽいですよ。いわゆる美男というのとは違うけど、セクシーですよね。
【桐野】 あの体は、肉がしっかりと詰まっている感じがする。決して中がプヨプヨしていない。自分の上に乗ったときの重さみたいなものも感じられる。
【小池】 抱擁したときの質感も。……しかし、こんな話、ふだんあまりしないよね (笑) 。
【桐野】 しませんよ (笑) 。
【小池】 男と女って、お互いの精神性なんて分からないまま関係を始めるわけでしょう? だったら質感の話をしてもいいはず (笑) 。
【桐野】 そうそう。だって、ヨン様に限らず韓流スターがあれだけウケたのも、おばさんたちがまず、無意識だけどいい質感を見つけたからでしょう? 
【小池】 そうそう。言葉にはされていないけどね。だからおばまさたちだって絶対、ヨン様に上に乗られた重みをイメージしている。それは女性にとってとてもノーマルなことだと思う。
【桐野】 確かに。私も時々は男の重みを感じたい (笑) 。
【小池】 私も! (笑)
【桐野】 アハハハハ。

 下世話な話のようでいて、 「質感」 に対するリアルな視線の存在が浮かび上がってくる。

 この小池真理子さんとの対談は、特に面白い。
 気心を通じ合った仲間同士が、馴染みの酒場で意気投合しているといったリラックス感が伝わってくる。

【桐野】 私、情けない男の方が好きだな。余裕がないっていうことも男の魅力の中では大きいね。
【小池】 わかるなー。余裕をなくしている男は、本当に色っぽい。
 逆にいうと自意識が見えちゃうとダメなんだということよね。最悪なのはカッコつけていることが見破られているのに、それに気づかない男……
【桐野】 最悪だね。
【小池】 本当に最悪。 『LEON』 (※ 当時のちょい悪オヤジ雑誌) なんか読んで、意味もなくカッコつけているのは本当にカッコ悪い。
【桐野】 レオナーって、モテないと思うよ。あれってギャグじゃなかったの (笑) 。まさか本気でやっている人がいるなんて思いもしなかった。
 私は、満員電車の中で夕刊を読んでるような疲れたサラリーマンも好きだな。何だか色っぽいなあって思う。…どこか荒んだ感じが。
【小池】 分かる気がするな。じゃ、読んでいるのは日経新聞や朝日新聞じゃなくて……
【桐野】 夕刊フジとか日刊ゲンダイがいいの。
【小池】 なるほど。東スポや内外タイムスだとちょっと違うんでしょ。
【桐野】 違う (笑) 。ちょっとアホ過ぎ。

 一見、作家的な感性を持った人たちの、ちょっと屈折した趣向が語られているように思えるが、この感じは、世の女性たちが意識するか無意識にとどめるかは別として、ある程度は理解できるものだと思う。
 彼女たちは 「作家」 として、たまたまそれを語る言葉を持っていただけに過ぎない。

桐野夏生氏2

 この対談集では、桐野夏生さんがインタビュアーとなるような展開が多い。
 彼女は 「○○の制作で一番苦労されたのは何ですか?」 などというベタな質問も恐れない。

 「観念」 を構築してから物事を理解しようとする男性たちに比べ、この無垢な好奇心をむき出しにしたまま、相手ににじり寄っていく彼女の姿勢が、新しいフィールドを切り開いていくブルドーザーのような役目を果たしたといえる。

 その結果、 『OUT』 のような前人未踏の荒野を突き進むような作品が生まれてくる。

 女流映画監督の西川美和さんは、こう語る。

 「桐野さんが小説で描いている女性像は、私としては馴染み深いけれど、これを映画で表現するとなると難しい。なぜかというと、映画の歴史において、サンプルのない女性像なんです」

 桐野夏生の作品に、普通の女流作家たちが持たない構造性があることを指摘したのは、斎藤環さんだが、その 「構造」 というのは、いまだ見えてこない 「世界」 を、しっかり自分の目で見つめようとする 「意志」 から生まれてくるものだ。
 だから、それは、いわゆる説話的な物語が抱える類型的な 「構造」 とは違う。

 桐野さんはいう。
 「私は理屈っぽいんです。お料理でも、炒め物の前はフライパンをよく熱して、といいますが、それだけでは納得できない。
 よく熱することで、油のところに皮膜ができて、炒めるものがくっつかなくなると言われて、初めて体が動くタイプなんです」

 これは、調理に向かう姿勢を語っているのではない。
 「世界」 を見る視線の構築を語っているのだ。

 この 「世界」 を構造的に見る “力” が、桐野夏生作品の揺るぎない存在感を浮かび上がらせる秘密となっている。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:34 | コメント(0)| トラックバック(0)

チカラ本の研究

 「時代」 を読むには、本屋に行くに限る。
 特に、新書版コーナーとビジネス書コーナー。
 そこに行けば、 「今の時代はこうだ!」 と分析する本が、棚のほとんどを埋め尽くしている。

書店の店内

 今は、書籍の返本サイクルも早くなってきているため、悠長なテーマを追求したものはさっさと段ボール箱に詰め込まれ、発行元に返却されてしまう。

 そのため、棚差し、平積みとも、
 『……の時代をこう読め』 とか、
 『すぐに分かる……論』 とか、
 『明日から役に立つ……の知識』 みたいな本しか残されない傾向にある。

 いやぁ、味気ない世の中だな…とは思いつつ、でも自分が担当書籍の編集者だったら、やっぱり 「すぐに役立つ」 系タイトルを、必死になって考案しているだろう。

 それはともかく、最近感じるのは、 “チカラ本” のエチゼンクラゲ的な異常発生だ。

 ベストセラーとして人気の高い 『悩む力』 (姜尚中) 、 『断る力』 (勝間和代) を筆頭に、
 『 鈍感力 』 渡辺淳一
 『 察知力 』 中村俊輔
 『 発想力 』 斎藤孝
 『 長州力 』 …あ、これは違った。
 『 政権力 』 三宅久之
 『 精神力 』 桜井章一
 『 妄想力 』 茂木健一郎 & 関根勤
 『 田舎力 』 金丸弘美
 『 集中力 』 谷川浩司
 『 見抜く力 』 平井伯昌
 『 選び抜く力 』 伊藤真
 『 質問する力 』 大前研一
 『 読まない力 』 養老孟司 ……

 なんと、書店では 「チカラ本」 の大行進が始まっているではないか!

断る力表紙01

 ちょっと前まで、 『……の品格』 が猛威を振るっていたけれど、政権交代の季節を迎えたのか、今や 「力派」 が 「品格派」 を抑えて、書店の棚を独占した感じだ。

 書籍タイトルに 「力」 をつけた本が注目されたのは、たぶん、98年に発行された 『老人力』 (赤瀬川原平) あたりからではなかったかと思う。

 なにしろ、本来 「力」 なんてないはずの 「老人」 の中に 「力」 を発見したのだから、このタイトルは衝撃的だった。
 はじめてこの書名に接した人は、きっと誰もが冗談だろ? 思わず微苦笑を浮かべたのではないかと思う。

 それでいながら、このタイトルには、衰えゆく老人の諸能力に 「価値」 を認めようという発想がうかがえて、その着眼点に、著者のユーモアと才気を感じることができた。

 この延長線上に、『鈍感力』 (渡辺淳一) がある。
 このタイトルも悪くない。
 「世の中で忌み嫌われる “鈍感” にも、いいところがあるんだよ」 という主張があって、 「勝ち組」 ばかりをもてはやす市場原理主義の世に、反語的なアイロニーを投げかける効果があった。

 その後、 「力チーム」 の最強4番打者として、姜尚中さんの 『悩む力』 が登場する。

 これは、 「人間の成長には悩むことが必要なんだ」 という古典的な教養主義の精神を現代に復活させようとした書ともいえるもので、いわば 「悩み」 を回避しようとする風潮の強い現代社会に対する “意義申し立て” を含んだ内容のものだった。
 そういった意味で、 「悩み」 の意味を真面目に取り上げた良心的な本だと思う。

悩む力表紙01

 しかし、その次ぐらいから 「チカラ本」 軍団は、一気に自己開発セミナー的な “元気本” に急旋回していく。
 その筆頭が、勝間和代さんの 『断る力』 。

 これもうまいタイトルだと感心するけれど、それまでの 「チカラ本」 とは少し方向性が異なる。

 『老人力』 、 『鈍感力』 、 『悩む力』 などが、多少なりとも、それまで社会的に 「負」 の烙印を押されていたような存在を、別の視点から救済しようというモチーフをはらんでいたのに対し、 『断る力』 は、タイトルとはうらはらに、 「断る」 ことによって自己生産性を高めるという、文字どおり “パワー” を授けるための本だったのだ。

 たぶん、この 『断る力』 あたりから、 「チカラ本」 たちの今のスタンスが定まってきたように思う。

 つまり 『○○力』 を謳う本は、基本的には、競争社会を勝つためのノウハウ集であり、生き残りのための “心構え集” となった。
 つぅーか、著者の意向とはかかわりなく、発行サイドが、もうその路線で売るためのレールを敷き詰めていった。

 それと同時に、タイトルを見ただけで、どのような力が自分に身に付くのかということが、一目で分かるような書名が主流になっていく。
 ( 『質問力』 、 『発想力』 、 『断る力』 )

 場合によっては、一人の著者が、それぞれの局面においてチカラの振り分けを示唆するような、テーマごとに書き分けたシリーズもある。
 ( 『段取り力』 、 『コメント力』 、 『眼力』 、 『恋愛力』 ……いずれも斎藤孝氏・著)


 それにしても、この 「力」 ブームを支える背景にあるものは、いったい何なんだろう。

 よく見てみると、 『○○力』 とつけられた本には、みな共通の特徴があることが分かる。
 昔ならば、 「力」 が必要だなんて思ってもみなかったものばかりなのだ。

 そこに問題を解くカギがある。

 今まで堂々と 「力」 を謳ってよいとされていたものは、 「経済力」 「表現力」 「馬鹿力」 「語学力」 「技術力」 「文章力」 ……などという言葉であった。

 これらの古来より存在する 「○○力」 は、みな見事にスキルアップを要求する。
 語学力を付けるには、語学を勉強しなければならない。
 馬鹿力を発揮するには、タンスを持ち上げるために、猛火をくぐる度胸を持たなければならない。
 文章力を養うには、本を読んだりしなければならない。

 今までの 「○○力」 は、すべてそれを身につけるための努力を要求するものばかりだった。

 ところが、最近の書籍タイトルに使われる 「力」 は、それとは違う。
 努力などしなくても、視点を変えれば、あるいは見落としていたものに気づきさえすれば、すぐさま手に入りそうな 「力」 なのだ。

 「老人力」 しかり、 「鈍感力」 しかり。
 「悩む力」 とか 「断る力」 とかいうのも、汗くさい努力をせずに、心構えを入れ替えるだけで、すべての問題が解決しそうな雰囲気がある。

 この“ お手軽なパワーアップ” が、時代の空気にぴたりとハマったのだと思う。

 今の時代というのは、誰にとっても、商売も生活も八方ふさがりの時代である。
 不況が長く続き、暮らしが好転する兆しが一向に見えない。
 人々は、その閉塞観から逃れるために、常に 「壁を越えたい」 とか、 「何かにすがりたい」 という気持ちを強く持っている。

 そのための 「パワー」 が、ぜひ欲しい!
 しかし、…イージーにね。

 ここらあたりが、 「チカラ本」 が蔓延してきた理由だと思う。

 もちろん、スキルアップの努力もせずに本物のパワーなど持てないことは、誰もが分かっている。
 だから、 「チカラ本」 を読むことは、ちょっとしたゲームを遊ぶようなものなのだ。
 千円前後の投資額で、それなりの知的興奮も得られて、それで本当に 「力」 が身に付いたら、すっごくトクじゃな~い !?

 それが読者の正直な気持ちだ。

 この構造は、お正月に神社などに 「賽銭 (さいせん) 」 をあげることに似ていなくもない。

 願い事がかないますように……って、みな手を合わせて、いくらか投資するけれど、誰もが本気になって、願い事の成就を期待しているわけでもない。
 でも、神聖な行事をすましたという、晴れ晴れした気持ちは手に入る。

 「チカラ本」 を買う人たちの気持ちも、それに似ている。
 読書という知的な行事をすました後に、 (瞬間的かもしれないが) パワーアップしたような気持ちが手に入る。
 そして、そこには、信じていないはずの神様のご利益 (力の授与) を、どこかで…ちょっぴり期待したりしている自分がいる。

 そういう本であるがゆえに、 「チカラ本」 の著者は、 “神様” であらねばならないのだ。

 姜尚中さんや勝間和代さんのようなカリスマ著者の本が、売れ筋の上位にいるというのは、考えてみると、当然のことなのである。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:44 | コメント(4)| トラックバック(0)

ソングライターズ

 佐野元春がナビゲーターを務めるNHK (教育テレビ) の 『ザ・ソングライターズ』 が面白い。

佐野元春

 佐野氏がホストとなり、毎回日本のポップスシーンで活躍してきた 「ソングライターズ」 たちを招いてインタビューを挑む番組のようだ。

ザ・ソングライターズ01

 たまたま、再放送されたものを二度見たにすぎないが、ゲストに招かれたスガシカオと松本隆の番組には、それぞれ勉強させられるものがあった。

 スガシカオは、自ら詩を書く若手ミュージシャンとしては、今もっとも高度な作品世界を創り出しているアーティストの一人ではなかろうか。
 彼の奏でるサウンドが、けっこう私の好きなブラックミュージック風味を持っていたため、サウンドだけ楽しむためにCDを買ったことがある。

 だけど、歌詞カードを見たら、詩もすごいんでびっくりした。
 雰囲気として、平成のポストモダニズムの日本に舞い降りたランボーという気がしないでもない。

スガシカオ01

 スガシカオは、談話の中で、
 「日本語で歌詞を書く場合は、どうしても歌詞の頭に強拍が来てしまうような作りになってしまうけれど、自分の場合は、アフタービートの裏拍を意識して、いちばん訴えたい言葉がそれに乗るように詞を作り、グルーブ感を出している」
 という。

 なんだか、ランボーの 「オレは母音の色を発明した」 とかいう詩を思い出した。

 アルチュール・ランボーは 『地獄の一季節』 の 「錯乱Ⅱ」 で、こう書く。

 「A は黒、E は白、I は赤、U は緑、O は青…」

 日本語で読むと何の感興もないが、フランス語のラジオ講座で原語の朗読を聞いたとき、
 「アーノワール、ウーブラン、イールージュ……」 ってなアフタービートのノリがあって、ものすごいグルーブを感じた。 ( もし、ランボーが20世紀に生まれてエレキギターを知ったならば、きっと彼はロック小僧になっていただろう ) 。

 そのほかのスガさんの話の中で印象に残ったは、聴講に来ていた大学生の質問に答え、彼が 「漢字」 と 「カタカナ」 を使い分ける理由を語ったところ。

 たとえば、彼の作る歌詞の中には 「黄色い…」 という漢字を使ったものと、 「キイロイ…」 とカタカナを使ったものと2種類が登場する。
 その使い分けに関して、彼はこういう。

 「日本人の伝統文化である漢字は、生活の中に浸透した文字だから、意味や雰囲気を伝えるには、ものすごく効率がいい。
 しかし、作詞中に、ときどきそれを “切断” したくなることがある。つまり、漢字で表現されるニュアンスとは違ったものを出したいときに、カタカナを使う」

 それを、スガシカオは 「匂い消し」 という言葉で表現したように思う。
 
 とにかく、彼は今のソングライターの中では珍しいくらい、詩の作り方にしっかりした方法論を持っているアーティストだと思った。
 佐野元春がいうように、 「今はポピュラーソングの歌詞こそが現代の詩である」 という主張がピッタリと当てはまる人のように感じた。

松本隆01

 さて、松本隆と佐野元春とのやりとりは、またちょっと違った面白さがあった。
 松本隆は、日本語のロックにこだわった 「はっぴいえんど」 のドラムスを担当しながら、そのほとんどの作詞に携わった人だ。

 しかし、彼が今日 「作詞界」 の大御所でいられるのは、松田聖子の数々のヒット曲も手掛けたJポップ界のカリスマ作詞家として、シングル総売上げ枚数で、歴代2位を記録するという大ヒットメーカーであるからだ。

 その成功体験が、テレビ画面の中に収まっている彼の背後に、 「自信」 のオーラをギラギラと輝かせていた。

 オーラが輝けば輝くほど、中には、人当たりが逆におだやかになり、適度に枯れて、どこか飄々 (ひょうひょう) たる雰囲気を漂わせる人がいる。
 松本隆もまさにそのような人で、団塊世代の成功者に多いタイプの一人に思えた。

 だが、この人、一見穏やかな風貌に似合わず、やはり 「反骨の人」 だった。
 彼は、歌謡曲という 「時代の申し子」 のようなジャンルの世界で生きていながら、徹底的に 「時代」 を無視しようとしていた。

 番組の対談の中で、彼は、
 「時代の流れなど追っても意味がない」
 と言い切る。

 たとえば、今の時代を上手に表現した歌があったとする。
 その路線を追従すれば、大ヒットも間違いなしという計算が成り立つとする。

 「しかし……」
 と松本隆はいう。

 「流行っている歌詞をマネしたとしても、その歌詞が生まれる前には半年くらいの準備期間があったはずだ。
 そして、そのマネした歌詞が世に出るまでには、さらに半年かかる。
 結局、1年のラグが生まれてしまう。
 その間に、 “時代” などは変わってしまう」

 それよりも、彼は 「普遍的なものこそ大事」 だという。

 時代の流れなどに左右されず、時代を超えて、すべての人の気持ちに届くもの。
 それを 「普遍性」 という。
 作詞家にとって最も大事なものは、そのような 「普遍性」 を見出す 「感性」 である。

 作詞家としての 「感性」 は、自分が使えるボキャブラリーの幅を広げたり、様々な書物からの引用をストックしたりした果てに、その “上澄み” のように、少しずつ溜まっていくものでしかない。

 しかし、 「感性」 が身についていれば、時代を追う必要などまったくない。
 その時代を見て、自分がありのままに感じたことを、そのまま言葉にすればいいだけなのだから。

 彼は、それに似たようなことを、別のところでも語っている。

 「チャートの1位など関係ない。それは、ただの数字だから。
 むしろ (歌が) 残るか、残らないか、時間の波に洗われて、消えるか消えないか。
 それがいちばん大事だ。
 ヒットをつくるのはメディアだけど、ずっと残してくれるのは大衆だから」

 彼がいう 「普遍性」 とは、まさにこのことを言っている。

 さらに別の対談では、彼はこんなことも喋っている。

 (現代の歌詞は) やたらと 「私の生き方」 とか、 「私のモノサシ」 などというものを振りかざすようになったけれど、 「私のモノサシ」 なんてものはない。 「私」 というのは相対的なものに過ぎないのだから。

 (歌詞は) 絶対的なものじゃないと残らない。
 「私は自由だ」 といっても、それは 「わがまま」 でしかないこともあるし、 「私の幸せ」 なんて、他人にはどうでもいいことだ。
 僕はやはり “普遍” というものを、一生懸命追求していきたい。

 このように 「普遍的であることが時代を超える」 と、松本隆はいうのだけれど、その 「普遍」 にたどり着くことはなかなか難しい。
 当の松本隆においても、そうなのだから。

 『ザ・ソングライターズ』
 わりと面白い。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:05 | コメント(6)| トラックバック(0)

シャインアライト

 60歳になって、ロックをやっている人たちって、どういう人なんだろう。
 矢沢永吉は、還暦を迎える年になっても、ギンギンのライブをやろうとしているし、その年にならないと出せない 「ミュージシャンとしての色気」 というものを意識的に追求している。

 海外では、ザ・ローリング・ストーンズが、今もバリバリのロッカーとして大活躍。
 マーティン・スコセッシ監督の撮った 『シャイン・ア・ライト』 というドキュメントを見て、ぶっ飛んだ。
 ミック・ジャガーの若いこと。

シャイン・ア・ライト01

 顔には、確かに66歳を迎えた熟年男の年輪をうかがわせる無数のシワが刻まれている。
 しかし、ステージで飛び跳ねる動作には、二十歳の若者も追いつけないほどのエネルギーが満ち溢れている。
 これを驚かない人間はいないはずだ。
 相当ストイックな肉体管理を行わないかぎり、あのようなパフォーマンスを繰り広げることはできないだろう。

 宙を飛び、跳ねて、吼える。
 ロックというものが本来秘めている 「暴力の輝き」 みたいなものを、ミック・ジャガーは若いとき以上に、ひたむきに追いかける。

 それは、胸をえぐるような驚きではあったが、 「これはロックなのか?」 と考えてしまうと、少し違うような気もするのだ。
 完成されすぎているのだ。

 「絵」 にはなっていた。
 彼らのデビューアルバムが発売されたときから、リアルタイムで追いかけてきた自分のようなリスナーにとって、そのときのアイドルたちが、よりパワフルに、よりワイルドにパフォーマンスを繰り広げることに対して、素直に 「カッコいい!」 と感動した。

 でも、これはロックなのか?

 私にとって、 「ロック」 とは “永遠に未完の音楽” なのだ。
 成熟を拒否する音楽ではなく、成熟に至らない音楽だと思う。

 だからこそ、ときめきがある。
 未完の音楽であるがゆえの不安定さ、完成形が見えないことへのおののき、それがロックに輝きをもたらせていたように思う。

 メンバーが60歳になったザ・ローリング・ストーンズは、相変わらず 「成熟を拒否する音楽」 をやっていた。
 それを完璧な形で。

 パフォーマンスとしては、これ以上のロックはありえないというくらい、美しく、激しく、刺激的なステージだった。
 それに、年輪を積み重ねてことから来る安定感も備わっていた。

キース・リチャーズ01

 顔中シワだらけになったキース・リチャーズが、ギターを低く構え、少しラフに、だるそうに、 「サティスファクション」 のギターリフを奏で始めた姿なんかは、神々しいくらいだった。
 あの時代の 「サティスファクション」 より、音楽的な完成度からいったらはるかに上だろう。  

 でも、これはロックなのか?

 私には、デビュー当時の、途中からリズムが狂ってしまう 「ウォーキング・ザ・ドッグ」 がなつかしい。
 演奏が下手で、あれでよくレコードデビューが務まったものだと思えるような、稚拙な音がなつかしい。

 そこには、 「こんな音しか出せない」 という自分たちへの苛立ちがあり、それがふてぶてしい開き直りになり、やけっぱちの清々しさがあった。

ザ・ローリング・ストーンズジャケ01

 ロックは、完成された大人たちの文化に対する 「アンチ」 ではない。
 一般的に、初期のロックはそのように解釈されがちだけど、既成の権威や権力に対する反抗の姿勢なんていうことよりも、まず 「自分自身」 に対する苛立ちがあってこそ、それが音の “つぶだち” に変る。

 成熟するということは、自分自身への苛立ちもなくすことを意味する。
 成熟したロックには、血のしたたりがない。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:50 | コメント(2)| トラックバック(0)

トレーラー映画

 エアストリームはやっぱり 「絵」 になるなぁ!
 映画 『ギルバート・グレイプ』 を観ていて、そう思った。

エアストリーム01

 アメリカ・アイオワ州の一都市エンドーラ。
 その繁栄から取り残された、少しさびれた田舎町を、ワーリー・バイアム・キャラバンクラブのインターナショナル・ラリーにでも向かうのか、エアストリームのコンボイが通過する。

エアストリーム03

 そのトレーラー集団の行列に、無邪気に手を振って騒ぐ一人の男の子がいる。
 その異様なはしゃぎぶりから、その子が少し知能障害を持った少年であることが分かる。

 その少年をたしなめながら、エアストリーム軍団の通過を見守る兄らしき青年。
 映画はそんなシーンから始まる。

 アメリカ中西部あたりに住む人々の中には、ついに 「海」 というものを見ないまま一生を終える人たちもいるという話を聞いたことがある。
 彼らは、 「旅」 というものを知らない。
 「旅」 に対するイメージは持っていても、旅に出かけるほどの余裕がない。

 この映画の主人公を務めるギルバートという青年も、そういう人間の一人だ。
 5人家族の長男。
 父は死んでいる。
 知的障害を持つ弟がいる。
 250㎏の体重を抱え、自分で立って歩くこともままならない母がいる。
 二人の姉妹はまだ若すぎて、家事を手伝おうにも料理を作るだけで精いっぱい。

 だから、彼は家を出ることができない。

 昼間は、町の食料品店で生活費を稼ぐ。
 夜は、弟を風呂に入れ、母の世話を焼き、疲れて、眠って、また朝を迎える。
 毎日が、忙しく、かつ物憂く過ぎる。

ジョニー・ディップ03

 ……このまま年を取っていくのだろうか。
 しかし、そんなことは考えることも面倒くさいし、考えたところで、何も解決しない。

 町には刺激がない。
 友人は二人いるが、話す話題も限られている。
 唯一の刺激といえば、食料品店に買い物に来る人妻のささやかな情事の相手をするだけ。しかし、それも 「恋のときめき」 とはほど遠い。

 そんな閉塞感の中に生きる青年を、当時30歳のジョニー・ディップが演じている。
 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 のエキセントリックな海賊ジャック・スパローを知っている人から見れば、格段に真面目で、おとなしく、ごくフツーの青年を演じていて、ええ? これジョニー・ディップ? と驚くほど別人のような印象を受ける。

ジョニー・ディップ01

 だけど、やっぱり名優なのか、退屈な田舎町で、うっとうしい家族に囲まれながら、それなりに家族を愛し、誠実に暮している青年の役を見事にこなしている。
 
 もっと凄いのは、彼の弟アニーを演じるレオナルド・ディカプリオ。
 知能に障害を持つために、いつも落ち着きがなく、身勝手で、家族を困らせてばかりいるにもかかわらず、背中に羽根さえついていれば、まるで無邪気な天使そのものじゃないか…という少年の姿を、絶妙な演技で見せてくれる。
 当時19歳。
 ディカプリオがこんなに存在感のある役者だったとは今まで気づかなかった。

ディカプリオ01

 閉鎖的な町で、同じような日々を繰り返すギルバートの生活に、ある日変化が訪れる。
 コンボイを組んで旅を続けていた1台のエアストリームが、故障で動けなくなり、修理が終わるまで、町の郊外でステイすることになったのだ。

 オーナーは、都会の空気をたっぷり吸った感じの才気と教養にあふれるスレンダーな美少女。
 両親が離婚しているために、双方の親の家を行ったり来たりしながら、祖母と一緒に旅を続けているという。

 その少女が、ギルバートの勤める食料品店に買い物に来たことをきっかけに、二人の間に恋が芽生える。

ジョニー・ディップ02
 
 エアストリームがオーニングを出して、湖のほとりでステイしているシーンが美しい。
 銀色のアルミボディに、アイオワの夕陽が照りかえり、古典絵画のような情景を描き出す。

 草むらに寝転がるギルバートに向かって、少女が、全天をこがす夕焼けに敷き詰められた 「空」 への想いを語る。 
 それに対して、ギルバートは 「空って、BIGだな」 と反応する。

 すると、彼女が彼に向かって、こう答える。
 「BIGなんて言葉は、空を言い表すには小さすぎるわ」

 「むむ?」 っと少女の顔を見つめるギルバート。
 
 彼が、 「空」 というものに対して、BIGという 「言葉」 だけでは言い表せないものがあることを、はじめて知った瞬間だった。

 「BIG」 ではなく、 「空」 を形容する言葉がほかにあるのだろうか?

 それは、彼が自分の生きている世界の外に、まだ見知らぬ世界があることを、はじめて考えた瞬間でもあった。
 
 家族というもののうっとうしさ。
 しかし、そのうっとうしさが、家族へのいつくしみと分かち難く結びついているために、彼は 「家族から離れる」 というモチーフを抱いたことがない。

 少女の言葉は、ギルバートに対して、新しい世界に向けて開くドアの存在を伝えた。

 そのときから、画面に現れるエアストリームの存在が、 「脱出」 の象徴として機能するようになる。

エアストリーム02
 
 神々しいほどの光をみなぎらせて、静かに主 (あるじ) の帰りを待つ、湖畔のエアストリーム。
 そこに足を踏み入れることは、 「旅」 のスタートを意味する。

 彼の旅は始まるのだろうか。

 アメリカ人は本当にキャンピングカーの描き方がうまい。
 その姿に、 「旅」 への誘 (いざない) を盛り込む術に長けている。

 キャンピングカー映画としても、一級品の出来栄え。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:37 | コメント(6)| トラックバック(0)

マツコデラックス

 最初の1行から、もうスリルと興奮でアドレナリンがどっと吹き出してくるような、すごいインタビュー記事を読んだ。
 近年、これほど刺激的かつ感動的な取材記事というのは他になかったように思う。

aera09831
 ▲ 『アエラ 8月31日号』

マツコ・デラックス01

 登場するのはマツコ・デラックスさん。
 媒体は 『AERA』 09年8月31日号。
 その 「現代の肖像」 というコーナーの書き出しは、こんなふうに始まる。

 「約束の場所に現れたマツコ・デラックスは不機嫌だった。
  『アタシ嫌いなのよ、マスメディアにいる人間って、自分たちは決して意見を表明しないで、人に言わせようとする。安全な場所にいながら、他人の身を切らせて、大衆を見下しているでしょ。最低だと思う』 」

 そう言って、マツコは、手にした扇子でバタバタと自分を扇ぎ、
 「ちょっと~、この店、暑いっ!」
 と叫んだという。

 取材する相手に、いきなりこういう態度に出られたら、インタビューする人間はその後どう振る舞えばいいのだろう。
 私も、数多くのインタビューをこなしてきたから、機嫌の悪い人間から話を聞かなければならない 「場」 というのが、どんなものであるかは知っている。

 しかし、質問を行うのはインタビュアーの方だから、たいていの場合、その場の空気をさぐりながら、相手の気分を解きほぐすような質問を重ねていけば、最後はなんとかなる。

 ところが、マツコ・デラックスは、ただ “機嫌が悪い” というのではなくて、 「メディア批判」 という形を取りながら、インタビュアーに “逆質問” を提出したわけである。
 すなわち、 「あなたは私から何を聞きたいの?」

 つまり、
 「自分が安全な場所にいたまま大衆を見下すような記事を書くのなら、私は何もいうことがないから」
 と、キラリと光る刃 (やいば) をインタビュアーに見せたわけだ。

 こりゃ、インタビュアーはビビるわな。
 記者は自分の信条、誠意、姿勢、思想すべて総動員して、取材相手に向かって、もっとも誠意ある回答を示さなければならなくなるからだ。

 ところが、このインタビュー記事を書いた清野由美さんというライターは負けてはいなかった。

 のたうち回る怪物のようなマツコ・デラックスを相手に、彼女 (彼?) が吐き出すの猛火のような毒舌をかわしつつ、その悪態の中から鋭い批評精神を取り出し、いらだちの中に沈んでいる悲しみを汲み上げ、混沌とした世迷い言の中から、純度の高い思想をつかみだした。

 ……ああ、これが本当のインタビューという仕事だよな。
 読み進みながら、素直に感動した。
 同時に、自分の前にマツコ・デラックスが座っているような緊張感が伝わり、心臓がバクバク跳ねた。

 この格闘を終えた後、清野さんの神経は、ズタズタになったようだ。
 「翌朝、目をこすったら、毛細血管がプチプチと切れて、まぶたが紫色に腫れた」
 という。

 実は、この記事を読むまで、私はマツコ・デラックスなるタレントをあまりよく知らなかったのだ。
 ワイドショーのコメンテーターとして、画面で何度かは見ていたが、 「やがては消えゆくキワモノタレント」 ぐらいにしか思わなかった。

マツコ・デラックス01

 ところが、このインタビューから浮かび上がるマツコ・デラックスは、ただの 「タレント」 で片付けられるような人間ではないことが分かってきた。
 そもそも、 「マツコ・デラックス」 という芸名から漂う、場末のスナックじみたアイロニカルなチープ感。
 そういう芸名からして、もうこの人間の自意識の姿が分かる。
 その複雑にして、繊細な神経が、手に取るように伝わってくる。

 インタビュー記事が始まる前の部分に、清野さんは短いリードを寄せている。
 そのリードを読むだけで、マツコの存在が、テレビカメラが寄ってフォーカスされたように浮かび上がる

 「メディアにコメントを載せるという仕事が成立したのはいつからか。
 マツコは、そのコメントを 『批評』 として機能させられる腕を持つひとりだ。
 その鋭さを培ったのは、社会と自分との距離を見つめざるを得ない哀しみかもしれない」

 このリードからも分かるように、清野さんがマツコ・デラックスの 「哀しみ」 に着目したことが、このインタビューを成功に導いた秘訣となった。

 マツコの哀しみとは何か。

 思春期のうちに、マツコはゲイである自分に目覚める。
 しかし、美形であるわけでもなく、身体が美しいわけでもない。
 要は、極端なデブ。
 「体重とスリーサイズが140」 というマツコは、新宿の路地裏を通り抜けようとして身動きが取れなくなり、小一時間もハマってしまったことがあるという。

 そういう自虐ネタの面白小咄を披露しなければ、誰も芸人としての自分を認めてはくれない。
 しかし、彼女 (彼?) が昔から、どのように飼い慣らそうとしても、飼い慣らしきれなかったのが、過剰な自意識と劣等感。

 その、自分がもっとも触れられたくない部分を、ばかばかしいほど誇張して、人が目を背けるほどに露出することによって、ようやく食べていけるという自己撞着が、マツコの特異な美意識と倫理感を育てる。

 そのマツコを “ゲテモノ” として面白おかしく消費しようとするマスコミがある。
 そういうマスコミの姿勢に屈辱感を抱きながら、そのように消費されることによって、自分の存在もまた、華麗な光が乱れ飛ぶ舞台に浮上するという喜びが得られるという矛盾。

 そのような二律背反の隘路 (あいろ) を綱渡りしていく自分のことを、マツコは、
 「こんなややこしい人間、まわりにそうそういるわけがない」
 とうそぶく。
 それは、自負でもあり、自嘲でもあり、自慢でもあり、落胆でもある。

 清野由美というライターは、マツコのそんな複雑なため息の正体を、話を聞いているうちに見抜いたのだろう。
 だから、ゲイであり、女装趣味があり、にもかかわらず取材中はシャツにズボンを無造作に身につけた、冴えない中年男の姿を無防備にさらすマツコ・デラックスという 「トランスジェンダー (性を超える者) 」 の存在を、清野さんは、カメラのように正確に切り取ることができたのだ。

 トランスジェンダーを生きるからこそ、見えてくる真実がある。

 マツコはいう。
 「アタシ、女性誌というのが大嫌いなのよ。女の味方の振りをしながら、バリバリの男尊女卑を垂れ流していて、ものすごく傲慢」

 男女平等が実現し、今や女性の力が男性をしのぐとまで喧伝される世の中。
 しかし、その風潮の中で、いまだに静かに進む 「男尊女卑」 を的確に見抜くマツコを、清野さんは驚嘆と共感のなかで観察する。

 このように素描されるマツコの姿が、真実の姿なのかどうかは分からない。
 しかし、少なくとも、私の中におけるマツコ・デラックスは、彼女の記事のおかげで、そのプレゼンス (存在感) を確実に強めた。

 このインタビュー記事を読み終えて、ここにはコミュニケーションの真実の姿があることを知った。
 つまり、真のコミュニケーションは、その不可能性の認識からスタートするということを。

 清野さんはこう書く。
 「 (マツコとのやりとりは) 今までに経験したことのないコミュニケーション…というよりは、ディスコミュニケーションの連続だった」

 「果たして取材は成立するのか」 という危機感に悩まされながら、清野さんは、マツコのいらだちの中に、かろうじて細くつながる隘路 (あいろ) をたどっていったという。


 人間は、他者と簡単に意志疎通できると思い込んでいる。
 そして、その意志疎通を効率的に進めることが、コミュニケーションの極意だと信じ込んでいる。

 しかし、お互いになれ合いで進めるコミュニケーションは、なれ合いのままで終わる。
 そこには、誰もがシャンシャンと手を打つ予定調和があるだけで、人間の 「真実」 はない。

 清野さんは、マツコ・デラックスという存在にむかって、着地点の見えない “闇の中のジャンプ” を繰り返した。
 その跳躍力の強度が、マツコ・デラックスに伝わった。
 奇跡が起こったといっていい。

 私のように、インタビューも仕事のひとつとして思っている人間に、この記事は、ひとつの指針と勇気を与えてくれた。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

『雨月物語』

 昨晩、BS放送で放映されていた 『雨月物語』 という映画を観た。
 地味なモノクロ画面がとりとめもなく続く映画で、すぐにチャンネルを変えるつもりでいたけれど、観始めると、動けなくなった。

雨月物語ポスター

 1953年に作られた映画で、監督は、溝口健二。
 脚本の元となったのは、江戸時代後期の作家である上田秋成が書いた 『雨月物語』 。その中のいくつかの挿話をアレンジして、一本の脚本にまとめたものだという。

 貧しい暮らしにあえぐ2家族の百姓が中心となるストーリーで、片方の夫は、陶芸に力を入れ、それを都で売ることで貧しさから脱しようとする。
 もう片方の夫は、武士になることで、立身出世をもくろむ。
 旦那たちが、物欲と出世欲に駆られて奔走する間、その妻たちはとてつもない苦労を背負い込む……というお話し。

 夢やぶれた男たちは故郷に戻り、 (悲劇という形で) 家族の絆を再確認するという決着を迎える。
 そういった意味では、ありふれた教訓型の 「説話物語」 の定型をなぞる構成になっている。

 しかし、この映画は、そういう説話論的な物語の構造に収まりきらない何かを持っていた。

 なんだろう、この世界は…。

 観ていて、それが日本の映画とは思えなかった。
 そこに描かれる 「美しさ」 も 「貧しさ」 も、今の日本で暮らしていると感じられない類 (たぐい) のもので、巧妙に作られた最新SF映画にでも接しているような気分になった。

 いやいや、お金を掛けて、最新のCG技術を駆使しても、こういう映画は作れまい。
 ここに描かれた 「美しさ」 と 「貧しさ」 は、作りものではなく、すべて本物だからだ。

 たとえば、殷賑 (いんしん) を極める大津…だったかな…の都の描写。
 大路 (おおじ) には人々がごった返し、珍奇な品々が店頭に並ぶ街の風景が登場する。

 当時としては、最先端のファッションに身を包んだ上流階級の人々が覗き込むハイセンスな店舗があり、最新テクノロジーを満載した生活用品を売る専門店がある。

 なのに、市のたち並ぶ土塀は崩れ、その欠けた土塀のむき出しとなった壁土が、空中に乾いたホコリを舞い立てている。
 路地裏を駆け回る子供たちのに裸足の足には、そのホコリがこびりつき、白壁を塗ったような色になっている。

 金糸銀糸を縫い込んだ着物を売る店先にも、容赦なくホコリは舞い込み、滑らかな絹の手触りを、ザラっとした感触に変える。

 この 「にぎやかさ」 と 「荒廃」 、 「文明」 と 「自然」 、 「洗練」 と 「貧困」 がひとつ画面に同居する世界は、どんな緻密な時代考証を重ねようとも、現代の歴史ドラマには捉えられない世界だ。

 こういう映像が生まれた秘密をいくつか探ってみると、次のようなことが類推されそうだ。
 ひとつは、1953年の日本には、まだこの映画の舞台となる戦国末期のような風景が残されていたこと。

 そして、戦国時代の百姓の貧しさや貴族社会の優雅さを、身体表現として演じられる役者がいたこと。

 さらに、戦いに巻き込まれて荒廃する戦国時代の都市と農村の悲惨さを、第二次世界大戦の悲惨さから類推できる人たちが残っていたこと。

 この三つが重なって、映画 『雨月物語』 は、最近の映画やドラマのスタッフには想像 (創造) することもできない世界を提示することになった。

 中でも、役者の力がやっぱりすごい。
 まぁ、類型的な演技なんだけれど、逆にいうと、 「貧しさ」 の型、 「優雅さ」 の型というものを、基本として身につけていた役者たちが過去にはいたということが分かる。

 たとえば、自作の陶芸品を都で売る百姓を演じた森雅之。
 都の人たちの振る舞いに、どういうリアクションを返したらいいのか分からないまま途方にくれる田舎者の姿を、もう余すところなく、身体で表現している。

 都会の人間に対する憧れと同時にわき起こる、猜疑心、嫉妬心、対抗心。
 そして、一度開き直ったところから生まれるずるさと、したたかさ。
 そんなものが渦を巻いて、一人の人間の身体を貫くときの不安定さみたいなものを、森雅之は巧みに捉えていた。
 こういう演技は、都会と田舎の文化格差がなくなった平成の役者にはもう無理だろうな…とも思った。

 一方、魔界の姫君を演じる京マチ子も凄かった。
 森雅之の前で、舞いを踊るときの一挙手一投足が、もう妖艶で、セクシーで、チ○ポコ総立ちにさせてしまう。

雨月物語スチール1

 彼女の演技を観て、昔の上流階級が楽しんでいた、あの変化の乏しい 「退屈な舞踊」 というものが、当時はどれほど淫靡で妖艶なものに感じられたのか、それをはじめて理解した気になった。現代の歴史ドラマに出てくる舞いのシーンからは見えてこなかったものだ。

 昔の上流階級が楽しんでいた雅 (みやび) な 「宴の文化」 って、もしかしたら、今のドラッグによる饗宴のように、ヤバい気配に彩られたものだったのかもしれない。

 映画では、主人公の森雅之は、やがて魔界の姫君の京マチ子の呪縛力を振り切って、正気の世界に戻っていくのだけれど、私だったら、美しい京マチ子に抱かれたまま、あの世に行くなら悔いがない…と思えるほど、映画では顔と手首以外の素肌をまったく見せない京マチ子はエロティックだったのだ。

 やっぱ、昔の映画をバカにしちゃいけないな。
 これから機会があれば、昔の映画もいっぱい観るようにしよう。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

天才井上陽水

 井上陽水ってミュージシャンは、天才ではないのか。
 さっきまでNHKの番組 『LIFE 井上陽水~40年を語る』 を見ていて、そう思った。

 「天才」 というのは、自分の凄さみたいなものは確信しているけれど、 「どう凄いのか」 ということを自分で説明できない人のことをいう。

井上陽水フォト

 私はあまり井上陽水の良きファンではなかったため、彼をめぐる言説空間で、彼が一般的にどういう評価を下されているのか、また彼自身が、自分をどのように語るのかを聞いたことがない。
 さっき、はじめて彼の (歌声以外の) 肉声を聞いたようなものだ。

 その第一印象は、なんと平凡なことしかしゃべらない人間なのだろう…というものだった。
 謎めいた歌詞が散りばめられたシュールな歌が多いので、さぞや特異な芸術家意識をふんだんに振りまくエキセントリックな人間なのだろうと予測していたのだが、まぁ、おだやかな “普通のおっちゃん” 。

 彼の関係者のインタビューもたくさん挿入されていたけれど、誰一人、彼を神格化した人間はいなかった。
 きっと、誰もが気楽につき合える人間だったのだろう。
 番組の進行も、彼をことさら 「謎めいた孤高のアーチスト」 風に仕立てずに進んでいく。


 しかし、私は、今でも彼の初期の大ヒット曲 『傘がない』 をはじめてラジオで聞いたときの、突然、背中に氷を押し付けられたような冷気を思い出す。
 それは決して心地よいものでなかった。
 
 都会では、自殺する若者が増えていると、新聞の報道は伝える。
 …というのが、その歌い出しの部分。
 しかし、それよりも問題は、傘がないことだ。
 歌に唄われる主人公は、そのことを、ひたむきに嘆く。
 
 これから君に会いに行かなければならないのに、外は雨。
 なのに、 「傘がない」 。
 自殺する若者が増えているなんてことは、どうでもいい。
 「問題は、傘がない」

 この訴えは、たぶんその当時これをリアルタイムで聞いた人間をみな凍らせたことだろう。

 テレビのインタビューで、井上陽水は、この歌の歌詞が、自分の意図を超えてさまざまな解釈を勝手に呼んだことを打ち明ける。
 当時は、学生運動が急速に終焉に向かっていた季節であったから、この歌を、政治闘争に敗れた若者の 「うつろな心情」 を表現したものであると解釈する人が多かったらしい。
 
 誰だったか、後に、この歌の出現を 「社会的な問題に背を向けるミーイズム (じこちゅー主義) 世代の登場」 を最初に歌った曲などと捉えていた人がいたことを思い出す。

 しかし、陽水は、
 「別にそんなふうに考えて作った歌ではないんですよ。ただ単に、周りが政治の季節であったというだけのことで…」
 と (いう感じで) 淡々と話す。
 で、話はぷつんと途切れてしまう。
 彼が、この歌に込めた思いは、語られないままだった。

 もし、彼が自作を解説できる 「言葉」 が本当に持っていないとしたら、そこに彼の天才性があるのではないか。
 すなわち、彼は思いついた歌詞以上のことを、何も考えていなかったわけだから。
 なのに、歌は、彼の想いを超えて、なにがしかのメッセージを含んでしまう。
 生み出されたものが、作者の計算以上の世界を図らずも創ってしまう。
 それは、天才以外にはできないことなのだ。
 
 つまり、天才は、受け手に過剰な読み込みを行わせてしまう 「何か」 を持っているということに他ならない。たとえ、本人が意図しなくても。
 
 私は、いまだにこの歌が自分の胸に突きつけてくるものの正体がつかめずにいる。

 最初に聞いたとき、どこかホッとするような解放感と、これじゃいけないんだという焦燥感と、取り返しのつかないものを失ってしまったという喪失感と 様々な方向に自分の感情が分裂してしまったことを思い出す。
 そして、その 「分裂の感覚」 は、今もなお胸にうずいている。

 もし、番組の中で、井上陽水が、この歌に託されたメッセージを上手に解説したとしても、きっとこの思いは消えなかったに違いない。
 時代を超える歌というのは、そんなものだ。
 好きな歌ではないけれどね。  


 
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:57 | コメント(2)| トラックバック(0)

ロックって何よ?

 「ロック (ROCK) 」 という音楽ジャンルが、どういうものを指すのか。
 それをはじめての人に説明するのは、案外むずかしい。

 てっとり早いのは、
 「ほらクィーンとかさ、ヴァン・ヘイレンとかさ、ツェッペリンとかいるじゃない?」
 っていうふうに、固有名を語ることかもしれないけれど、そのへんの固有名が通じない場合…たとえば世代の違いがある場合など、そこでまず理解してもらえない。
 じゃ、B’zや、サザンや、矢沢永吉はロックか?
 というと、わたくし的には、そうともいえるし、そうでもないような気もする。

 だったら、
 「基本的にバンド編成で、エイトビート主体で、リズムが激しくて…」
 みたいな説明で通じるかというと、それじゃ漠然としすぎてしまう。

 世代や趣味嗜好が異なれば、各人各様の 「ROCK」 が存在するわけで、まぁ、それでいいような気もするし、それを定義することの空しさ…意味のなさも十分承知している。

 しかし、この前バンドを始めたばかり…という若い人を交えて、音楽好きの友達たちと酒飲んだとき、 「ROCKって何?」 というテーマになって、いろいろ盛り上がって、否応なしに考えさせられたことがあった。

 で、 「町田さんが考えているロックって何?」 と尋ねられたとき、そのとき、何にも考えていなかったクセして、とっさに答えたことは、 「スタート地点だけは分っているけれど、やっている人ですら、着地点が分っていない音楽」 と答えたのだ。
 
 とっさにひらめいたのは、60年代後半に登場したギターのインプロビゼーションを中心としたバンドの音楽だった。
 具体的にいうと、ジミ・ヘンドリックス、クリームといったインストゥルメンタルを楽曲の中心に置くようなバンドの音だ。

 60年代の後半、ラジオから突然こういう音が流れたきたとき、私ははっきりと、それまでの音楽と今流れている音楽との 「切断」 を感じた。

 それらの音を、当時 「ロック」 という言葉で表現していたかどうか、今はあまりはっきりと記憶していない。
 ただ、ノリのいい音楽の呼称として通用していた 「ロックンロール」 とは違った音楽で、ロックンロールっぽいけれど、ポップスではないという印象から、何気なく 「ロック」 という呼び方が定着していったような気がする。

 以下は、もう 「ロック」 対するまったく私的な感想で、一般音楽史とは別物であり、しかも、妥当性も正当性もないものだけれど、自分なりの 「ロック観」 を書く。

 60年代の後半、ポピュラーミュージックの分野で、まったく新しい 「音」 が台頭していた。
 ギター奏法にエフェクターの一種であるファズやワウワウなどを取り入れることによって、アンプから出る音に 「ひずみ」 や 「ゆがみ」 を導入し、聞き手に、あたかもドラッグによる錯乱状態を体験させるような音が生まれてきたのだ。

 このような音を出す音楽として、最初に聞いたのは、ヴァニラ・ファッジ、アイアン・バタフライ、ジェファーソン・エアプレインといったグループだった。

 特に、アイアン・バタフライの 「インナ・ガダ・ダ・ビダ」 という曲は、その奇妙なタイトルもさることながら、なんとも玄妙なサウンドで、はじめて聞いたときは、ちょっとしたカルチャー・ショックを受けた。
 どっしりとした重量感のある音が、まるでヒラヒラと宙を飛ぶように、変幻自在の変化を見せていたのだ。

アイアン・バタフライジャケ01

 それは、まさに 「アイアン・バタフライ」 = 「鉄の蝶」 というグループ名そのものの音だった。
 こいつは、とんでもない音楽が出てきたぞと、ぶっ飛んだ記憶がある。

 音楽史というのは、クラシックでもそうだろうけれど、時代のテクノロジーが新しいムーブメントをつくると相場が決まっている。
 チェンバロからピアノへの移行はクラシック音楽を変えたし、アコギからエレキへの移行はポピュラーミュージックを変えた。

 それが、60年代後半のロックの世界でも起こった。
 今から思えば、ずいぶん稚拙なテクノロジーではあったが、ギター奏法におけるエフェクター類の発展や大音量を流せるアンプの進化は、たぶん当時のミュージシャンたちに、まったく新しい 「音」 が生まれたという新鮮な感覚を与えたことだろう。

 そのことと、60年代後半の若者たちの、世界的な政治闘争の敗北は無縁ではなかったはずだ。

 あの時代、世界的に若者の政治闘争が沈静化に向かう過程の中で、政治体制の変革など 「単なる夢想でしかなかった」 ということを自覚させられた若者たちは、 「政治」 を 「文学」 のように処理することによって、ごく私的な、きわめて個人的な 「変革」 の中に逃げていった。

 70年代から80年代にかけて一世を風靡したフランス哲学が、 「パリ5月革命」 の敗北から生まれたように、日本では吉本隆明のただの 「文学」 が、あたかも 「政治思想」 と同一視されたように、政治の世界におけるおのれの無力さを意識した若者たちは、その補填を 「文学」 に求めたというのが、あの60年代後半という時代だったように思う。
 
 そのとき、実は 「政治」 が 「文学」 になっただけでなく、 「政治」 は 「音楽」 にもなっていたのだ。
 1度沸騰した、 「世界をおのれの手で変革する」 という若者たちの欲望は、政治活動などにはまったく無縁の若者たちをも巻き込んで、 「音楽」 を変革することで 「世界を変える」 欲望へと変化した。

 そのとき、エフェクター類による新しいギターサウンドが、その欲望を増進する推進力になったように思う。
 だから、あの当時、ギターがバンド編成の要になるような時代が、一気に訪れたと思っている。
 そして、そういう 「音楽」 を、いつのまにかリスナーは 「ロック」 と呼ぶようになった。

 だから、ロックは、それを奉ずる者たちにとっては 「新しいスタート」 であり、当然その 「ゴール」 は、政治闘争のような敗北が予想されるものではいけなかったのだ。
 むしろ、自分たちの音楽が、何を達成するのか、どういうユートピアを生み出すのか、そんなことを考えてもいけないし、また考えないがゆえに、 “輝かしい未来” が永遠に担保されるという、言ってしまえば無責任な夢想が、この時代のロックを支える基本理念だったように思う。

 それは、ある意味でアナーキーな混乱であったが、ある意味では、豊穣な成果を生み出す冒険だった。

 私は 「ロック」 という言葉から、以上のようなイメージを受けるのだけれど、その言葉がぴったりとハマるミュージシャンとなると、はなはだ心もとない。
 少なくても、 (大好きな) ビートルズは、私にとってはロックではない。
 彼らのサウンドはものすごく刺激的であり、斬新であり、また歌詞においても、後期になれば 「革命」 「変革」 などを標榜することもあったけれど、でも、私がイメージするロックではない。

 「ロック」 という言葉から 「反体制」 とか 「抵抗」 とか 「不良性」 みたいなものを感じる人は、じゃザ・ローリング・ストーンズなんかはロックだろう? と思うかもしれないけれど、あれも、わたくし的には、ロックじゃないんだな。

 ビートルズもストーンズも、 「新しいスタート台」 に一度は立った人たちだけれど、しかし彼らは 「ゴール = 着地点」 のイメージもしっかり把握できる人たちだったから、ちょっと自分の感じているロックとは違う。まぁ、だから彼らは、商業的にもあれほどの成功を収めることができたといえるかもしれない。

 じゃ、 「着地点」 が見えない音楽って何さ?
 …ってことになるけれど、結局、着地点のない音楽というのは、音楽としては永遠に未完成なわけで、そういった意味で、私の感じるロックというのは、未完成さを保留にした音楽ということになる。

 そのような音楽をやっていたのが、私の知る限り、クリームであったり、ジミ・ヘンドリックスであったり、あるいはドアーズであったりする。

ジミヘン01
▲ ジミヘン

 たとえば、クリームの 『素晴らしき世界』 (2枚組み) の2枚目に収められた 「クロスロード」 などは、もうそのレコードのA面を使い果たすかのように、延々とギターとベースのインプロビゼーションが続く。
 それを、当時のリスナーはみな 「実験的だ」 「前衛的だ」 と評価して、演奏そのものをフルコピーするアマチュアバンドも後を絶たなかったけれど、正直にいうと、その “果てしなさ” は、退屈でもあった。

クリームジャケ01

 今思うに、彼らの “果てしなさ” は、彼らが 「終わり方」 を思いつかなかったからだという気がするのだ。
 「着地点」 を拒否するような “冒険の旅” に出てしまったがゆえに、 「着地点」 そのものが分らなくなってしまったのだ。
 それは (わたくし的には) 無残に思えたが、ロックの精神としては、きわめて当然の帰結でもあったろう。
 そこではその無残さが、同時に、高貴さをも体現していたからだ。

 ジム・モリソン率いるドアーズは、サウンドそのものとしては、それほど冒険的ではなかったと思うけれど、彼は訳の分らぬ…というか、それだけ超越性を秘めた詩を書くことによって、自分たちの到達地点を無限に延ばそうとしたし、事実、ジム・モリソンは自らの死によって、その音楽を永遠に未完成のうちにとどめた。

 ジミ・ヘンドリックスは、サウンドとしても、人生としても、輝かしい可能性だけを開示して、未完のうちに果てた。

 クリームは、無限に引き伸ばしていった着地点に向かう途中で力が尽きて、空中分解を起こし、疲れたクラプトンはブルースに回帰した。

 一般的には、ロックは、彼らの力の果てたところから、大成功への道をひた走るようになる。
 しかし、そのとき、実は 「ロック」 は終わっていたと、私は思う。
 着地点の見えない音楽は、リスナーにとってはやっぱり消化不良を引き起こすし、商業的には成功しない。

 そこで、はじめてロックに 「着地点」 が求められるようになる。
 つまり、商業的な音楽として成功させるには、1曲ごとの 「完成度」 とか、アルバム単位の 「整合性」 が必要になるということが分ってきたのだ。

 こうして、ロックはリスナーのそれぞれの嗜好にフィットする形で、
 「フォークロック」
 「ラテンロック」
 「カントリーロック」
 「グラムロック」
 「プログレッシプ・ロック」
 「サザンロック」
 などと、様々な方向に枝分かれしていった。
 そのことによって、産業としてのロックは、それ以降一大マーケットを確立し、ポピュラーミュージックの王座に登りつめていく。

 このような細分化は、ロックの多様性と豊饒性を約束するものであったけれど、しかし、それらはみな基本的には着地点が見えている予定調和の音楽だったというべきだろう。 
 すなわち本当の 「ロック」 というのは、 「○○ロック」 という呼ばれ方が誕生するまでの、ごく短い期間だけ存在していたに過ぎない。

 レッド・ツェッペリンの1枚目は、ブルース基調ではあったが、あれはまぎれもないロックの名盤であり、同時にツェッペリンのロックの最期のアルバムだった。
 「ハードロック」 という呼称が生まれ、そのジャンルに位置づけられるようになったツェッペリンの2枚目、3枚目からは、ツェッペリンのロックも終わっていたというべきかもしれない。

ツェッペリン

 ビートルズやツェッペリンの商業的成功に反旗を翻したパンクロックは、70年代に 「ロックの死」 を高らかに宣言したが、その前にロックはすでに終わっていた…というのが、ごくごく私的な自分のロック観である。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 08:12 | コメント(6)| トラックバック(0)

構造しかない春樹

 出版不況のさなかというのに、何かと話題の多い村上春樹。
 「ノーベル文学賞」 の候補者としてもたびたび名前の出る、今や日本で最も知名度の高い作家だが、その人気の高さゆえなのか、あるいは作品そのものが解釈の多様性を秘めているのか、村上春樹という作家そのものを論じる“村上本”がやたらと多い。

 現在そのなかでも最も新しいと思われるのが、大塚英志さんの書いた 『物語論で読む村上春樹と宮崎駿 - 構造しかない日本』 (角川oneテーマ21 7/10 初刷) である。

物語論で読む村上表紙01

 私はこの大塚英志さんの著作に以前からかなり注目しており、 『 「おたく」 の精神史 1980年代論』 、 『物語消滅論』 、 『リアルのゆくえ』 と、書店で目に付いた著書は欠かさず購入して読んでいた。

 マンガ雑誌の編集者としてスタートし、やがてマンガの原作者となっていった人だから、得意分野はサブカルチャー全般なのだが、民俗学から現代思想に至るまで幅広く研究対象を拡げ、今もっとも脂の乗った現代文化ウォッチャーの一人といえるだろう。
 生まれは1958年。 「新人類」 とか 「おたく」 とかいわれた世代に属する。

 私がこの大塚さんの著作に触れたのは、 『 「おたく」 の精神史』 (04年) からだったが、それまでの団塊世代的な “上から目線” のアカデミズムとはまったく違った、現場叩き上げのしぶとさと、腰の据わり方のどっしり感があって、 (泥臭いけれど) ものすごく頼もしいライターが現れたという思いを持った。

 この手の “批評本” の書き手は、士官学校を出て、軍略などの講義をしっかりマスターして軍に配属された高級将校の雰囲気を漂わす人が多いのだが、大塚さんは、実際の地形や敵味方の士気の違いを観察してから戦略を立てていくという、戦場の最前線に立つ下士官の雰囲気がある。
 つまり、大塚さんの言説には、銃弾が耳をかすめている場所に立っているという緊迫感があるのだ。

 特にマンガ、アニメ、ゲームというオタク系カルチャーを論じる視点には、まさにその渦中にいて、それぞれのキャラクターのビジュアル的な出来映えさえ把握できる人間の強みが感じられる。

 その注目している大塚さんの “村上春樹論” である。
 もう表紙を見ただけで、中身を拾い読みすることもなく、すかさずレジに向かった。
 ただ、読む前に、結論も分かっていた。

 「構造しかない日本」

 このサブタイトルが、村上春樹をどのように論じているかを余すことなく伝えてくる。
 つまり、村上春樹がなぜ世界中に人気があるのかといえば、それは、彼の作品が、民族・文化の差異を超えて、どんな読者をも説得できる 「構造」 をしっかり持っているからだ、ということなのだ。

 その 「構造」 とは、要するに 「物語として構造」 であり、世界中に流布している民話、童話、ファンタジーなどを構成する 「基本骨格」 のことを指す。

 …と書くと、大塚さんが村上春樹を肯定的に捉えているように感じられるが、しかし、 「構造しかない」 という言い方には、同時に村上作品の中枢は “がらんどう” であるという意味も含まれている。

 この本は、その村上作品の “がらんどう” ぶりを検証していく本となっているのだが、それがハリウッド映画の 『スター・ウォーズ』 、オウム真理教、宮崎アニメの 『風の谷のナウシカ』 などといった、誰もが身近に感じられる話題を参照する形で出てくるので、すべての叙述がものすごい具象性を帯びる。およそ文芸批評という近寄りがたい理屈っぽさから全く解放されているのだ。

 では、彼が村上春樹の小説に見る 「物語の構造しかない作品」 とはどういう意味なのだろうか。
 その前に、まず 「物語」 という言葉から、人々はどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。
 そこから話を進めないと、この本のテーマがよく見えてこない。

 で、 「物語」 というと、まずは桃太郎やら浦島太郎という日本のおとぎ話を想像する人がいるはずだ。
 あるいは、映画 「ロード・オブ・ザ・リング」 の原作となったトルーキンの 『指輪物語』 のような児童文学を思い浮かべる人もいるだろう。
 広義の意味でのエンターティメント小説全般を連想する人もいるかもしれない。

 で、実際それはすべて正しい。
 「物語」 といった場合、今われわれが手に取れるほとんどの “面白い小説” をそうくくってもかまわないだろう。

 で、問題は、この 「物語」 と、たとえば一般的にいわれる 「文学」 とはどう違うのかということなのだ。
 この差をはっきりさせることが、この 『物語論で読む村上春樹……』 という著作を理解する手がかりとなる。

 まず 「物語」 。
 昔話に代表されるように、私たちが子供時代によく聞かされた 「物語」 というのは、どんな国に伝わるものでも、どこか似かよったところがある。
 たとえば、桃太郎が鬼ヶ島に出かけて、鬼を退治した後、宝物を持って帰ってくるというような話は、ギリシャ神話やロシア民話にも似たような話があり、今なお狩猟採集生活を送るような民族にも伝わっている。

 このことに着目したロシアの研究家が、ロシアに残る無数の魔法民話を分析したところ、どの民話も、見事なまでに31の最小単位に規則正しく分けられることを発見したらしい。

 そのような基礎研究を元に、ジョセフ・キャンベルという神話学者が、研究対象をさらに広げて世界中の 「物語」 を調べたところ、その多くが、

 ① 主人公の旅立ち
 ② 試練を通じて獲得される主人公の自立
 ③ 成長した主人公の帰還

 というような三つの展開部を持っていて、その ① から ③ の間には、
 「神秘の世界へ通じるゲートの通過」
 「主人公を助ける仲間との出会い」
 「主人公をパワーアップさせる魔法使いの登場」
 「主人公を誘惑する悪の女神」
 などといった、きわめて共通したエピソードが散りばめられていることが分かったというのだ。
 (※ 実際には、キャンベルはもっと違った用語を使って、さらに細かい例証を挙げている)

 このような話から、多くの人がすぐに思い浮かべるのは、映画 『ロード・オブ・ザ・リング』 であったり、 『ナルニア国物語』 であったり、あるいはゲームの 『ドラゴンクエスト』 であったりするのではなかろうか。

 そうなのである。
 これらの映画やゲームは、みな昔話のスタイルをきわめて忠実になぞっているのだ。

 神話学者のグレン・キャンベルは、それを、
 「物語には共通した構造がある」
 と表現する。
 つまり、国や文化や民族は異なっても、世界に伝わる英雄伝説は、みな同じ骨格を持っているというわけだ。

 世界の国々で伝承された 「英雄物語」 というのは、子供が成人して立派な大人になるためのモデルケースを語り継いだもので、いわば子供の成長過程をなぞっている。
 そのような自己実現の話は、成長途上にいる子供に希望と勇気を与える。
 そして、それは、人生を 「人間の成長過程」 のように捉えている大人たちをも鼓舞するから、親子ともども幸せを得ることができる。

 かくして、このような構造を持ったものは、小説であろうと、映画であろうと、ゲームであろうと、無条件に全世界に歓迎されるというのである。

 大塚英志さんによると、ジョージ・ルーカスの制作した 『スター・ウォーズ』 こそ、このキャンベルの原理を完璧なまでに再現した 「物語構造」 の代表例なのだという。

スターウォーズポスター01

 で、ここからが本題なのだが、大塚さんは、
 「村上春樹の小説がこれほど世界的にヒットする理由は、彼の小説もまた “物語の構造” に支えられているからだ」
 という。

 大塚さんは、彼の代表的な長編である 『羊をめぐる冒険』 が、いかに 『スター・ウォーズ』 と似ているか、そしてその両者が、いかにキャンベルがいうところの 「物語の構造」 に忠実につくられているかを、一つひとつの例を挙げながら検証していく。

 そして後書きにおいては、最新作の 『1Q84年』 こそ、村上春樹がついに本格的に 『スター・ウォーズ』 をめざした小説だと結論づける。

 『スター・ウォーズ』 も 『羊をめぐる冒険』 も、世界の人たちから認められたのだから、それは素晴らしいよね!
 ……と誰でも思うところだが、大塚さんはそう思わない。

 「 “物語” というのは、近代文学が苦労して手に入れてきたリアリズム、すなわち人間の本当の姿に迫るという “文学” の成果を放棄するものだ」
 というのが、どうやら大塚さんの主張らしい。

 ここで、もう一度 「物語」 と 「文学」 の違いを見てみることにしよう。
 
 今みたいに新聞やテレビのない時代、ニュースの伝達は人々の口伝 (くちづて) によって行なわれるしかなかったが、難しい事件が起こったりすると、現代みたいにワイドショーのコメンテーターなどがいなかったから、それをどう解釈したらいいのか分からない人も出てくる。

 そこで、起こった事件を 「教訓話」 のような形で解釈させるという方法ができあがった。
 つまり 「真犯人は誰だ?」 みたいなややこしい話になると、とりあえず魔女やら妖怪やらのせいにしておけば、あとは、 「だからご先祖様を大事にして、ご先祖様の霊に守ってもらおう」 という結論でめでたしめでたしとなる。それが説話であり、物語の原型だ。

 しかし、近代以降、世の中がどんどん複雑になってくると、このような物語の説明では、現実の動きを把握できなくなってくる。
 ものすごく乱暴に言い切ってしまうと、そこで生まれてきたのが、近代文学だということになる。
 近代文学が成立することによって、はじめて、
 「善良な人間でも、時にどす黒い狂気を心に宿すことがあり、乱心して最愛の妻を殺してしまった」
 という事件があったときに、それを魔女や狐憑きのせいにしない説明体系が生まれたのである。

 「物語」 への回帰は、大塚さんから見れば、近代の 「文学」 がせっかく手に入れた 「人間の真実」 を見ようとする努力を放棄するものであった。

 それがまだ小説や映画のようなエンターティメントの領域ならいいが、そのような 「物語」 を実生活の中で実現し、物語のめざす理想郷を現実化しようとした人たちが出てきたらどうするのか。

 大塚さんは、かつて日本中を震撼させたオウム真理教事件にその事例を見出し、さらには、ブッシュ政権下に行なわれたイラク戦争もまた、 「アメリカの正義」 と 「悪の権化であるフセイン」 という 「物語構造」 に依拠する形で進められたと指摘する。

 このような物語的思考が日常的にも蔓延していくことによって、人々の世界観が単純化していくことに、大塚さんは危惧を抱く。

 「物語」 は、人間を弱者と強者、善と悪などの単純な二元論に集約していくため、そこに登場するキャラクターはみな抽象化される。
 物語の主人公たちは、ある意味、みな理想化され、それがゆえにみな類型化され、個性を失っていく。

 村上春樹の小説に出てくる人物が、みな 「喪失感」 を胸に秘めながらも、どこか超然としていられるのは、彼らが 「物語」 のキャラクターだからだと、大塚さんはいう。
 村上春樹の主人公たちの特徴である、淋しさを抱えたクールさとか、スマートさというのは、極端にいえば 「心の空洞化」 を意味しているのであり、それは 「物語構造」 を持った読み物でなければ登場し得ない人物たちなのだという。


 本書はさらに、日本のアニメーションの第一人者、宮崎駿についても、その代表作の中から 「物語構造」 を抽出し、それがゆえに世界的なマーケットに進出し得たことを喝破していく。

 だから、この本は、昨今話題となっている 「ジャパンクール」 を手放しに評価することへの警告の書でもあるのだ。
 すなわち日本のアニメ、ゲーム、ファッションなどのサブカルチャーが世界に進出したことについて、 「日本の文化が世界に届いた」 と喜ぶことは早計であり、むしろそこには、ただ世界に共通する 「物語構造」 があったと見るべきだ、という。

 いやぁ、(異論はあるが) とにかく面白い本だった。
 読みやすいので、あっという間に読んでしまった。

 そして、村上春樹についていうならば、私はこの本からひとつ発見したことがあった。
 それは、なぜ私が村上春樹に惹かれるのかという秘密を、大塚さんの指摘から逆に気づかされたことだ。

 「 “構造” はあるが、中身は空っぽである」

 ものすごく端折った言い方をすると、大塚さんが村上春樹の小説に抱く感想はそのようなものだ。

 だとするならば、私は、その村上春樹の “空っぽ” であるところに魅力を感じていたのだ。

 装われたニヒリズムではなく、本物のニヒリズム。
 それは時に人間を魅了する。

 人間はどこかで 「空無」 に触れたいと思うことがある。
 空無に触れる感触は、リセットするときの感触である。

 私が村上春樹の小説に、時として感じていたのは、このリセットの爽やかさだったのかもしれない。

飛行機雲と3本の樹

 大塚さんは、村上春樹の小説作法について、
 「本来、意味など何もないのに、いかにも意味ありげな言葉、事件、人物を登場させ、読者に魅力的な“謎”を提示するが、本来、意味など何もないのだから、真相は一向に究明されないし、事件は解決しない。しかし、これが読者の気持ちをいつまでも引きつけておくための最大の小説作法なのだ」
 という。
 正確な言葉ではないが、大塚さんの気持ちを意訳すると、そのようなことになる。

 大塚さんは、そのことを否定的に捉えるが、私はこういう小説が好きである。

 「何もない」

 それは、数字でいえば0 (ゼロ) なのだが、ゼロは無限にも通じている。
 「何もない」 ということは、その先には、人智では把握することのできない、つまりは、この世では見ることのできない豊穣さが拡がっていることを暗示している。
 特に 『風の歌を聴け』 、 『1973年のピンボール』 、 『午後の最後の芝生』 などといった初期作品群には、その中心に0 (ゼロ) が居座っているという空気が強い。

 突然、話は変わるが、私はかつて出張のついでに伊勢神宮を見物に行き、そこで20年ごとに遷宮するときの候補地というのを見たことがあった。

 見事に、な~にもない場所だった。

 ただ、しめ縄で囲まれた大地が広がり、そこに午後の木漏れ日と風が揺れていた。

 そのな~んにもない空間を見て、落ち葉が湖水に落ちたときのような波紋が、心に中に拡がった。
 あの、突然湧き起こった波紋は何だったのか。
 …なんて問われても、何にもないんだから意味など浮かばない。

 「神秘」 「峻厳」 「高貴」 「空虚」 などといった既成の言葉では全く説明のつかない何かだった。

 村上春樹の、特に初期の短編群は、その伊勢神宮の 「何もない」 空間に吹いていた風を思い起こさせる。

 もしかしたら、大塚さんが指摘するのとは逆に、村上春樹が小説の中で実現してしまったものは、世界に通用する 「物語構造」 ではなく、この 「な~んにもない空虚さ」 の持つ清々しさという、極めて日本的なエッセンスだったのではなかろうか。
 
 アメリカ的なアイテムと固有名詞が横溢し、翻訳調の文体で書かれた彼の小説世界には、チャンドラーの粋でもなく、フィッツジェラルドの洒落でもなく、東洋的無常観が渦巻いている。 
 「どんにあがいても、真実にはたどりつけない」
 という徒労感、空虚感、寂寥感。

 そのような村上文学のニヒリズムが、過剰な 「意味」 ばかり追い求めることに慣れていた欧米の読者には、エキゾチックに見えたのかもしれない。

 そういった意味で、村上文学で後世に残るものは、作品の中に 「意味」 を持ち込まなかった初期短編だけという気がしないでもない。

 その 「意味のないこと」 に村上自身が焦り始め、なにがしかの 「意味」 (テーマ or メッセージ) を盛り込もうとした 『アフターダーク』 以降の作品は、ひょっとして後世に残らないかもしれない。


 参考記事 「物語との戦い」
 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:36 | コメント(8)| トラックバック(0)

夏の音楽

 「夏の音楽」 っていうと、みんなどんな音楽を思い浮かべるのだろう。

バニアン海岸1

 ひと昔前だったら、夏の海水浴場に行くと、必ずチューブがかかっていたのを思い出す。
 海の家の前で、トウモロコシなんか焼いているおにいちゃんが、首に巻いたタオルで汗をふきふき、
 「夏はチューブだぜ!」
 って、感じで 『あー夏休み』 なんて口ずさんでいたな。

 その前は、やっぱりサザンだな。
 そもそもデビュー曲の 『渚のシンドバッド』 から始まって、 『真夏の果実』 に至るまで、サザンの曲は夏ムード全開の曲が多い。
 湘南のグループっていうイメージも、夏には合いそうだった。

 私の年齢になると、洋楽の洗礼をたっぷり受けていた世代に属するから、夏といえばビーチボーイズというのが定番だった。

 もっと昔になると、ベンチャーズ。
 あのテケテケテケというチープなエレキの音が、昭和の海岸にはぴったりだった。

 でも、自分が個人的に 「夏の音だなぁ!」 と感じるのは、カントリー・コンフォートというハワイのフォーク・ロックグループの音なのだ。

 70年代の中頃か、日本でもほんのちょっと 「ハワイアン・ロック」 というのが流行った時期があった。

 カラパナ
 セシリオ&カポノ

 などというグループのレコードが紹介されて、ラジオのヒットチャートにちょろちょろっと顔を出したことがある。

 ハワイアン・ロックというのは、どういう音かというと、もう文字通り、誰もがその語感から想像される音そのものだといっていい。

 すなわち、真昼の浜辺にひたすら単調に押し寄せる波の音の心地よさ。
 それを忠実に音楽にしたという感じの音が多いのだ。

 アコギを主体とした、のほほんとナチュラルなギターサウンズ。
 ゆるいハーモニーがもたらす昼寝にぴったりのたるいコーラス。
 コード進行は、ほとんどふんわりしたメジャーセブンで、およそシャープ感というものはなし。

 そんなサウンドを一番決めていたのが、カントリー・コンフォートだった。

カントリー・コンフォートジャケ

 そのデビュー・アルバム 『ウィ・アー・ザ・チュルドレン』 を手に入れて、夏はもちろん、夏の気分を味わいたい冬でもよく聞いた。
 特に、
 「ウィ・アー・ザ・チュルドレン」
 「サンライト・ムーンライト」
 という2曲が大好きで、繰り返し聞いた。
 どっちも、セブンス系の2コードをひたすら繰り返すようなつくりで、まぁ、本当に “波の音” 。

 うっかり聞き流していると、どこからが 「ウィ・アー・ザ・チュルドレン」 で、どこからが 「サンライト・ムーンライト」 なのか分らない。
 ほとんど同じコード進行で、リズムの流れも同じなのだ。

 でも、それを繰り返し聞いていると、夏は心地よいな、いつまでも夏が続くといいな…と思えた。
 
 どんな曲なのか、興味を感じた人に聞いてもらいたかったけれど、YOU TUBEで探しても、さすがにこの曲はアップされていなかった。
 
 皆様も、もし聞く機会があったら、1度お試しください。
 ゆる~い夏を味わいたいときに、ぜひ。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:08 | コメント(4)| トラックバック(0)

3時10分、決断

 アメリカ映画で一番好きなのは西部劇だ。
 もちろん、60年代的な大掛かりなハリウッド製史劇も大好きなのだけど、西部劇とどちらが好きかというと、微妙だ。
 まぁ、作品の良し悪しで、そのとき史劇が好きになったり、西部劇の方が好きになったりしている。

 なんで、この二つのジャンルが好きなのか。

 昨日、映画 『3時10分、決断のとき』 を見てきて、ようやくその理由が分った。
 要するに、自分は馬が出てくる映画が好きなのだ。

3時10分、決断のときメイン

 荒野の砂塵を巻き上げながら、馬に乗った男たちが走ってくるという図を見るだけで、もうゾクゾクと身体が震える。
 時には、もうそういう画像を見ただけで、不覚にも目頭が熱くなる。

3時10分スチール01

 なんでそうなのか、その理由は自分でもよく分らないのだけれど、どうも幼い頃から、西部劇をさんざん見てきたせいもあって、この世でサイコーにカッコいい男というのは、 「馬を美しく駆る男」 だという刷り込みがある。
 自動車をうまく操る男もカッコいいけれど、馬という生き物は、その疾駆する姿そのものがもうカッコいいのであって、その馬を巧みに操る男には、神に与えられた乗り物を御する神々しさすら感じてしまう。

 で、この 『3時10分、決断のとき』 にも、役者たちが馬を巧みに操る画面がふんだんに出てくる。
 話の展開がどうであれ、もうそれだけで、私は大感激だった。

3時10分スチール02
 
 ストーリーをかいつまんで紹介すると、多額な借金を抱えた農場主が、報奨金目当てに、捕えられた強盗団の大ボスを輸送する役を買って出るという話。
 農場主は、借金の返済を守れなかったために、借主に納屋まで焼かれながらも、何も手出しもできないという弱い男で、妻にも息子にもバカにされている。

 その男が一念発起。
 強盗団の大ボスを救出するために追いかけてくるボスの手下たちと銃撃戦を繰り広げながら、なんとか使命を果たそうとする。

 さて、彼の使命は成就するのか。
 ネタバレになるので、ここでは書かないが、 「弱い男がミッションをこなしていくうちに、強い男へ生まれ変わり、男の尊厳を回復して、子供の尊敬を取り戻す話」 と書けば、およその筋はつかめるのではなかろうか。

 しかし、そういう話の展開はどうでもよく、私はただ馬を巧みに乗りこなす男たちの、芸術のような手綱さばきにひたすら参っていただけだった。

3時10分ラッセル・クロウ
▲ ラッセル・クロウ

 どの男がひときわ魅力的であったかというと、主人公を務めるクリスチャン・ベイルではなく、強盗団の大ボス役をこなしたラッセル・クロウにとどめを刺す。
 映画としてははるかに出来の良い 『グラディエーター』 や、これまた海の男の物語として秀逸な 『マスター&コマンダー』 で主役を演じたラッセル・クロウよりも、この映画で悪党の大ボスを演じるラッセル・クロウの方が私にははるかに魅力的に思えた。

 敵対する相手どころか、ヘマした部下をも無慈悲に撃ち殺す冷徹さを持ちながら、人の痛みや男の友情にも理解を示し、聖書への造詣も深く、緊張した環境の中でも巧みなデッサンで絵を描き、女の心の射止め方も熟知している “ワケの分らん” 悪党を、水をえた魚のように見事に演じて、もう神がかりの演技。
 ラッセル・クロウ。
 いいねぇ!

 次に惚れたのは、これまた主役のクリスチャン・ベイルではなく、強盗団の副頭目チャーリー・プリンスを演じたベン・フォスター。
 ラッセル・クロウの大ボスよりはるかにワルで、より冷酷で、人を裏切るなんて屁とも思わないような悪役なのだが、なぜか大ボスには無二の忠誠を示す。

3時10分ベン・フォスター01
▲ ベン・フォスター

 ボスが捕らわれた時、他の部下たちがボスを見捨てて逃亡しようとすると、このチャーリー・プリンスが、
 「お前たち、ボスの恩義を忘れたのか」
 と恐ろしい形相で他の仲間を脅し、執拗な追跡劇を展開する。

3時10分ベン・フォスター02

 映画の中では、もっとも凶悪な悪役を演じているのだが、ボスへの忠義を貫く姿勢には本当に涙が出てしまう。
 また、こいつの拳銃さばきがカッコいいんだわ。
 いいツラしているしさ。
 私は、こういうキャラクターに弱い。

 話の展開には無理があると思うし、結末も (賛否両論あるだろうけれど) 、私は大いに不満。
 だけど、カッコいい男たちとカッコいい馬の疾走シーンがふんだんにあって、大満足。
 西部劇、好きだ。
 

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

丸谷才一・樹影譚

樹の影06

 村上春樹の 『若い読者のための短編小説案内』 (文春文庫) には、6人の作家の六つの作品が紹介されている。
 そのなかで、自分が読んだことのある作品は 『水の畔り』 (吉行淳之介) だけだったが、この中に収録された作品の中で、他に読みたいと思った作品が二つあった。
 ひとつは庄野潤三の 『静物』 (これについては、このブログでも書いた) 。
 もうひとつは丸谷才一の 『樹影譚 (じゅえいたん) 』 である。
 
 どちらも、村上春樹によると、 「奇妙な謎に満ちた作品」 ということになる。
 つまり、サスペンス小説でもなく、ホラー小説でもないのに、どこか読者にザラリとした異次元の空気を浴びせる作品といえばいいのかもしれない。

 たとえていえば、人々が平和な暮らしを続ける静かな町の昼下がり。その表通りを、一瞬だけ、得体のしれない黒い影が横切るのだが、それに気づく住人は誰もない…といったような趣 (おもむき) 。つまり、感じる人には 「恐さ」 が伝わるけれど、感じない人には 「のどかさ」 しか見えない。
 庄野潤三の 『静物』 という小説は、まさにそのような小説だった。


 丸谷才一の 『樹影譚』 (文春文庫) からは、もう少しはっきりとした 「恐さ」 が伝わってくる。
 もちろんこの作品にも、幽霊のようなたぐいは何も出てこないし、主人公が危険な目に遭うわけでもない。
 にもかかわらず、クライマックスが近づくにつれ、主人公を取り巻く闇がじわじわっと濃さを増し、世界が暗転していくような不安感が増長される。

樹の影04

 たぶん、村上春樹という小説家は、 「何も起こらないことの恐さ」 というものをよく知っており、またそういうものが好きなのだろう。彼の初期小説などを読んでも、そういう作品が多いような気がする。
 言葉を変えれば、 「ホラー小説未満」 でありながら 「ホラーを超えたもの」 といえるようなものかもしれない。

 彼が紹介する丸谷才一の 『樹影譚』 という小説は、この 「ホラー未満でありながら、ホラーを超えた話」 の典型といってもいい。

 話の筋をかい摘んで紹介すると、次のようになる。

 小説家である主人公は、昔から 「壁に映る樹 (き) の影」 に異様に惹かれるものを感じている。
 しかし、そういう嗜好がどうして自分に芽生えたのか、いくら考えても主人公にはその理由が見つからない。幼少期に、そういう光景に強く魅せられたことがあったのだろうかと思うのだが、うまく思い出すことができない。

 ある日、主人公のファンであると名乗る老婆から、 「一度お目にかかりたいので、自分の家を訪ねてほしい」 という依頼の手紙が来る。
 主人公がそこに出向くと、重々しい造りの旧家の座敷に、不思議な老婆が座っており、話しているうちに、彼はその老婆から自分の出生の秘密を明かされる。
 そのことによって、主人公が 「壁に映る樹の影」 に魅せられる本当の理由も明らかになる。

樹の影07

 …というのが、おおまかな筋なのだが、実はこの話はもう少し複雑な構造になっていて、老婆の元を訪れる作家というのは、実は、最初に登場する作家が書いた 「小説の中の主人公」 なのである。
 (村上春樹は、この作品の複雑な構造に面白さを感じており、それへの言及が多いがこのブログでは省く)

 私が面白いと思ったのは、現実の作家と、小説の中の作家が入れ替わったあたりから、徐々に 「現実」 と 「物語」 を隔てる境界がかすみはじめ、 「明るさ」 の中に 「闇」 が、 「合理」 の中に 「非合理」 が、 「近代」 の中に 「前近代」 が、コップの水に垂らしたインクのように広がっていくところである。

 主人公が老婆から聞いた出生の秘密というのは、老婆の仕組んだ壮大な芝居かもしれないし、もしかしたら、老婆が語っているのは、自分とはまったく別人である可能性もある。
 そういう懐疑が成立する余地を残しているにもかかわらず、主人公と一緒になって老婆の屋敷に足を踏み入れた読者は、それまで当たり前のものとしてなじんできた近代的で合理的な世界がずぶずぶと溶解し、そこから土俗的な因習に満ちた前近代の闇に包まれた日本がふわりと浮上してくるのを見つめることになる。

 その鮮やかな場面転換は、村上春樹も認めているし、文庫本の解説を書いた三浦雅士も認めている。

樹の影01

 このような劇的な場面転換がなぜ生まれたかというと、やはり構成がうまいのだ。
 丸谷才一は、ホラー小説に登場しそうな怪しげな屋敷に住まわせた老婆に、ホラー風味のボールをびゅんびゅん放らせる。
 しかし、それをことごとく小説家である主人公に打ち返させる。

 つまり、主人公は、すでにその老婆を 「狂人」 と断定しているから、老婆が何をしゃべろうが動揺することがない。
 その老婆が、主人公の出生の秘密をまことしやかに語り始めたとしても、彼はそれを妄言・虚言と捉え、すべてに対して、余裕を持って合理的な反証を加えていく。

 ところが、どんなに反証を加えようが、反証しきれないものが残る。
 それが、 「樹の影」 にどうしようもなく惹かれる自分の性癖だった。

 その性癖がどうして芽生えるようになったか。
 老婆は、ある実験装置を使って、ついに主人公にそれを見せるのである。

 主人公の心をなごませるものだった 「樹の影」 が、逆に主人公のアイデンティティを揺るがすものへと反転していくときの恐さが、そこで浮かび上がってくる。

樹の影0001

 実は、私個人も 「壁に映った樹の影」 というものが大好きで、デジカメを肩にかけて散歩などしていると、無意識のうちに樹の影を撮っている。
 なぜ、壁に映る樹の影にこんなに魅せられるのか。
 それが自分でも分からない。

 ただ、家の外壁や塀に樹の影が映っていると、カメラを持っている限りは必ず撮る。
 私にも、秘められた出生の秘密でもあるのだろうか?

樹の影06




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 10:21 | コメント(6)| トラックバック(0)

庄野潤三「静物」

 庄野潤三の短編集 『プールサイド小景・静物』 (新潮文庫) を買った。
 通勤電車の中で気楽に読める手頃なサイズの小説集が欲しかったからだ。

庄野「静物」表紙

 家に戻って何気なく書棚を見たら、同じ本が、ちょっとホコリを被ったまま天井近くの棚にひっそりと刺さっていた。
 買ったことを忘れていたのだ。
 悔しいけれど、私にとってはよくあることだ。

 でも、そこでがっかりせずに、はじめてこの本を買ったつもりで、順を追ってページを繰ってみた。
 やっぱりそのほとんどを忘れている。
 …というか、もしかしたら本を買ったはいいが、読んでもいなかったのかもしれない。

 収録されていた七つの短編にはそれぞれ独特の空気があって、どれも不思議な気分にさせられた。

 どの作品も、昭和25年から35年までの間に書かれたものである。
 最初に発表された 『舞踏』 からすでに60年経つことになる。
 しかし、読んでみると古びていない。

 特に、『舞踏』 と 『プールサイド小景』 などは、今のテレビ局が単発ドラマの原作として使っても、十分に通用するような話だ。

 テーマは 「不倫」 。
 平和に暮らしている幸せな家族に、そっと忍び寄る夫婦の危機。
 小説全体を “のんびり感” が覆っているだけに、そこに入った亀裂の深さが逆に浮き彫りになり、作品全体が不思議な透明感を持った悲しみに包まれている。

 しかし、この手の作品なら、昔から名手はたくさんいた。

 むしろ、興味深いのは、『相客』 、 『五人の男』 、 『蟹』 、『静物』 といった、家族の肖像をさりげなく描いた “おとなしい” 作品群の方である。

 その中でも一番奇妙な味わいを持つのは、本の表題の一つとして掲げられている 『静物』 である。
 この作品は、村上春樹が 『若い読者のための短編小説案内』 でも採り上げたことがあるので、それに触発されて、にわかに最近の若者にも読まれるようになったと聞く。
 読んでみると、確かに、ある意味で村上春樹好みの作品という感じもする。

 主な登場人物は、父親、母親、そして女の子と2人の男の子である。
 その家族の中で繰り広げられる日常生活の一コマ一コマが、何の脈絡もないまま並列につながっているだけの作品なのだ。

 たとえば最初の章は、子供たちが、父親にせがんで釣り堀に連れていってもらい、意気込んで釣糸を垂れるのだが、何も釣れず、最後に父親が小さな金魚を一匹だけ釣って家に帰るところで、プツッと終わる。
 事件が起こるわけでもなく、しゃれたオチが用意されているわけでもない。

 他の話も大同小異だ。
 5人家族の平和なやり取りを淡々と描いたスケッチが続く。

 なのに、この作品全体から、うっすらと不思議な感覚が立ち昇ってくる。
 常に、文字として書き込まれていない何かがここには居座っている。

 その正体のひとつは、簡単に探し出せる。
 夫と妻との間にときおり忍び込んで来る 「すきま風」 だ。

 ある晩、父親はそばで寝ている妻のことを、ふとこう考える。

 「おれの横にこちらを向いて眠っている女……これが自分と結婚した女だ。15年間、いつもこの女と寝ているのだな。同じ寝床で、毎晩」

 結婚したどの夫にも必ず訪れる、ごくありきたりの感慨かもしれない。
 しかし、これは、読者にはじめて伝えられる父親の 「内面」 なのである。

 家族を平等に愛し、のんびりと、平和に暮らしている父親は、実は心の奥底では、きわめて冷静に、妻との間の距離を測っている。
 この夫は、15年経っても、一緒に暮らす妻を、「妻」 としてではなく、あまたいる 「女」 の一人として遠くから眺める視線を放棄してはいないのだ。

 夫のクールな意識が突然頭をもたげてくるこのシーンは、水面にさざ波が立つくらいの微かな不安を、作品の中に撒き散らす。

 またある日、夫は家の中で昼寝しているときに、「女のすすり泣き」 の声を耳にしたと回想するくだりがある。
 妙だなと思って、台所を覗いてみると、妻はほうれん草を洗っていた。
 「何か音がしなかったか?」
 と夫が妻に尋ねると、
 「いいえ、何か聞こえました?」
 と妻は晴れやかな顔をこちらに向けた、というのである。

 結局、夫には 「すすり泣き」 の犯人がいまだに分からない。
 場面はそこで変わり、話は子供たちのドーナツ作りに移っていく。

 しかし、読者には分かってしまう。
 たぶん、この夫は、かつて妻をすすり泣かせるようなことをしてしまったのだ。
 そして、もしかしたら、一見仲むつまじそうに見える夫婦の間には、いまだに深いクレバスが口を開けていて、2人ともそのクレバスから目を背けているのかもしれない。
 読者にそう思わせる何かが、ここでは暗示されている。

 でもそれが何であるか、作者は語らない。

 日常生活を脅かす陽射しの陰りは、ほんの一瞬で姿を消し、ほとんどの場合、ちょっぴり退屈な日常性が何ごともなかったかのように復活する。

 多くの人が、この 『静物』 にときおり顔を出す 「不安の徴候」 に注目した。
 そして、その 「不安の徴候」 こそが、この牧歌的で微温的な小説をピリッと引き締めるタガになっていると指摘した。


 しかし、『静物』 という小説は、夫と妻の関係が明らかになれば、作品全体を貫く奇妙な味わいの秘密が解けるのかというと、そうではない。
 夫の心理状態がどうであれ、妻が求めるものが何であれ、それとは関係ないところで、不思議なものが迫り出してくる。

 その不思議なものを探る前に、以下の場面を見てみたい。

 ある日父親は、男の子に、イカダ流しをしていた “川の先生” の話をする。
 「川の先生は、川のことにかけては人とは比べものにならない名人で、川に魚が何匹いて、どっちの方向を向いて、何をしているということまできっちり言い当てる。
 この人と一緒に釣りをしていて、『あとひとつ』 というと、そこにはあと一匹しか魚が水の中にいないということなんだ」
 それを聞いて、男の子は 「すごい」 と言う。

 その話のついでに、父親は釣りをしていると必ず現れてくるキツネの話をする。
 キツネはカゴに入った釣った魚を狙っていて、石を投げても、ヒョコヒョコと避けるだけで立ち去らない。
 そして、油断をしていると、カゴを加えてすーっと走り去る。
 聞いている男の子は 「あーあ」 とがっかりした声を出す。

 「学校の花壇を掘っていたら、土の中からおけらが一匹出てきたの」
 と、女の子が父親に話す。
 「そのおけらはね、誰それさんの脳みそ、どーのくらい? って聞くと、びっくりして前足を広げるの」
 そういって、女の子は両方の手でその幅を示す。
 「そのおけらの前足の幅でね、みんなの脳みその大きさが分かるの」

 男の子がボール箱の中に入れておいた蓑虫 (みのむし) がある日いなくなる。
 子供は、蓑虫を庭の木からつまみあげ、裸にして、木の葉っぱや紙切れと一緒に箱の中に入れ、巣をこしらえる様子を観察するつもりでいたのだ。

 その蓑虫がどこかに姿を消す。
 しばらくすると、蓑虫はいつのまにか子供の勉強部屋に巣を作って収まっている。
 父親は、戸外に巣を作るはずの蓑虫が家の中に巣を作っている様子を見て、不思議な気持ちになる。

 これらの、父親と子供が語り合う世界はいったい何なのだろう。
 
 テーマはみな 「自然」 である。
 この小説では、冒頭の金魚釣りから始まり、必ず同じ道をたどろうとするイノシシの話、あくまでも前へ前へと進むアユの話など、父と子供たちの会話に必ず 「自然」 が登場する。

 テレビゲームも携帯電話もない昭和35年。
 子供たちの遊びのフィールドがアウトドアだったことは分かる。
 しかし、父親と子供たちの対話の中で、これほど自然を相手にした話が繰り返されるとなると、そこに庄野潤三がなにがしかの意図を込めたことを感じないわけにはいかなくなる。

 作者はどういうつもりで、繰り返し繰り返し、「自然」 というテーマを父親と子供たちに語らせたのだろうか。

 たぶん、庄野潤三は自然の持つ 「超越性」 を、この作品の中に導入したかったのだ。
 人間が、可能な限りの人智を奮っても制御できないもの。
 人間のつくり出す秩序を軽々と超えて、人間などには関わることのできない大きな秩序を形成しているもの。
 そのような 「超越的な存在」 を、庄野潤三は 「自然」 というシステムに仮託して、子供と父親との会話の中で示唆しようとしたのだ。

 実際の話題として登場する 「自然」 は、どれもたわいない。
 父親が子供に語る自然は、現代人がノスタルジックにいつくしむ 「失われた自然」 でもなければ、文明に猛威を振るう 「怒れる自然」 でもない。

 にもかかわらず、「自然」 は不思議な世界を人間にかいま見せる。
 おけらは、子供の 「誰それさんの脳みそ、どのくらい?」 という問に素直に反応して前足を広げ、蓑虫は勉強部屋の片隅に巣を作る。

 それらに触れることによって、主人公の父親は、自分たちの力を超えた何者かの存在を無意識のうちに感じとる。

 この 『静物』 という作品は、舌を巻くほど見事な描写力を誇っている小説である。
 特に、子供たちが見せる無邪気な会話や仕草。
 それを、これほどまで克明に写し取った作者の技量は、並大抵のものではない。

 しかし、そのようにして獲得されたリアリティは、逆に 「リアリズムでは獲得できない世界」 があることも、地面に落ちた影のように映し出してしまう。
 それが、「消えた蓑虫が、ある日こっそりと勉強部屋に移動して作ってしまった巣」 なのだ。

 この 『静物』 という小説に備わる “奇妙な味わい” は、日常生活の中にぬっと顔をさらす異形のパワーとして 「自然」 を捉えたところから生まれている。

 村上春樹は 『若い読者のための短編小説案内』 の中で、ここに登場する子供たちを、作者の 「イノセンス (無垢) 」 への憧憬が表現されたものとして捉える視点を披露していたが、そのイノセンスこそ、子供たちが無意識に備えている 「自然」 への親和性と解釈することもできる。

 つまり、自然に対して、その懐 (ふところ) に無心に飛び込んでいける子供というのは、この世に屹立している 「超越的なるもの」 の存在を大人に知らしてくれる 「使者」 なのだ。

 庄野潤三がこれを書いた昭和35年という時代は、まだ都会生活を送る人々の間ですらも、自然をテーマに語るときの素材がこれほど溢れていたのだ。
 しかし、今ここで描かれたような自然と接することができるのは、人里離れた山奥にでも行かなければ無理になった。

 だからこそ、『静物』 という作品が、不思議な光芒を放つように感じられるのは、逆に今の時代かもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

勝間和代さん分析

 勝間和代さんの大ブレークである。
 本屋に行って驚いた。
 入口の1角がすべて 「勝間和代コーナー」 になっていて、平積み、棚差しともに、こぼれんばかりの勢いで勝間本が並んでいた。

 それにしても種類が多いな…と思って、よく見たら、
 「勝間和代さん推薦の1冊」
 と帯に銘打った、勝間さん以外の著者によるビニネス書や自己啓発本もやたらと並んでいるのだ。

 なるほど。
 カリスマのカリスマたるゆえんだな。
 今や 「勝間和代」 という名前さえ付いていれば、ほとんどの “知的商品” は売れて行くらしい。 

 で、この人いったい 「何者」 なのか。
 ちょっと興味が湧いて、1冊買ってしまった。
 単行本ではなく、ムックだけど、 「AERA Mook」 の 『まねる力』 というやつ。

AERAまねる力表紙

 一度テレビの討論番組に出ていたお姿を拝見することがあって、私は長いこと、勝間さんのことを硬派の経済ジャーナリストだと思っていた。
 しかし、書店に並んでいる彼女の本のタイトルを見ていると、自己啓発系の雰囲気があって、結局は 「こうすれば元気が出る!」 ってなことを知的に解説する人なんだな…と思って、その後は気にもとめなかった。

 しかし、これだけ書店さんもプッシュしているということは、お金を出しても、しっかり満足できるなにがしかの情報を読者に与えてくれる人に違いない……と、まずは思うではないか。
 で、ついに 『まねる力』 を手にとって、レジに向かう気になった。

 買った足で、 『ガスト』 に入り、ハンバーグ&目玉焼きプレートとライスを注文して、読み始めた。

 このムック、基本構成は対談集なのだが、冒頭に、
 「 『まねる力』 が人生を変え、日々を豊かにし、私たちを幸せにする」
 というタイトルの書き下ろしのエッセイがあった。
 この人の主張の骨子を知るにはちょうどよい。

 エッセイ自体は短いものだったので、ハンバーグのプレートが運ばれる前に読み終えてしまったのだけれど、この人がなぜウケるのかという秘密は、そこですでに全開だった。


 「憧れのあの人に、少しでも近づきたい」
 「あの人の、こんな素敵なところを身につけたい」
 …… (中略) ……こう思うことが、成長の原動力であり、学習の動機となり、新しいことを身につける力となる。

 というのが導入部である。

 なるほど。
 とは思ったけれど、別に目新しいことを言っているわけではない。
 ただ、
 「まねる力とは学習能力であり、別の言い方をすると “コピー&ペースト能力” すなわちコピペ能力である」
 とかいう現代的な表現でまとめているところが、きょうびの読み手にはフレンドリーなのだろうと思った。

 さらに、
 「まねる力はコンピューターのソフトウェアに例えると、OSであり、人によってWindows95並みだったり、Vista並みだったりする違いが生じる」
 というような表現を駆使して、I T に親和性の高い若者層の気持ちをぐっと引きつけるのも巧み。 

 その後はアプリケーションの話をつらつらと続け、I T にうとい私なんかの世代を 「なんだかよく分かんねぇよ…」 と思わせる場所にポンと置き去りにして、手のひらを返すように、
 「インプットする部分を 『習得する力』 、プロセスの部分を 『考える力』 、アウトプットする部分を 『表現・行動する力』 と考えてみればいい」
 と、突然分かりやすい言葉でたたみかけてくる。

 それだけで、私などは、 (雰囲気として) 話全体がI T 文化の先端の知見に裏打ちされているように思えてしまう。
 このような、時の流れをつかんだ緩急自在の筆運びに、この人の人気の秘密があると見た。


 ノウハウ本とか、自己啓発書というのは、チャート化のうまさがモノをいうのだが、このエッセイでも、ほどよいタイミングで、それまでの流れを総括するようなチャート的表現が随所に出てくる。

 たとえば、
 「 『まねる力』 を分解すると、以下のプロセスになる。
 ① 何をまねたいかで、 「自分のしたいこと」 を決める。
 ② 「自分のしたいこと」 の師匠を持つことで、ロールモデルを探す。
 ③ …………」

 うんうん。
 ワイドショーのキャスターが、文字ボードの隠しシールをばりばり剥がすのを見ているかのごとく、彼女の言わんとしていることがすんなり頭に入ってくる。


 勝間人気を支えているのは、知的好奇心が高くておシャレな女性たちである。
 この書では、その支持層へのサービスも抜かりない。

 こんなくだりがある。
 「私は文章を書くのが仕事の一つですが、文章がすらすら出てくる時は、お気に入りのハーブティを飲みながら、お気に入りのパソコンで、お気に入りの音楽をかけて、お気に入りの指輪をして、その感触を楽しみながら、頭と私が打っているキーボードが一体化して、それがすべてひとつにつながった時です」

 美しくて知的な女性の 「カッコいい生活習慣」 が全開ではないか。

 だけどぉ……なんですが、文章表現においてそのようなプロフェッショナルなスキルを持っていることは感じるけれど、言っていること自体は、決して目新しいものではないのだ。
 ゴメンね…なんだけど、ちょっと退屈だった。

 「まねること」 に焦点を合わせたというのは、 「まねること = 模倣 = 二番煎じ = 創造性の欠如」 という一連の負のイメージをくつがえすところに新味を見出そうという狙いがあってのことだろうけれど、そのこと自体が、ありふれた企画でしかない。
 「模倣は創造に通じる」 というのは、もう100年も言われ続けている文学・芸術の原則論であって、テーマ設定に新しさを感じた読者もいただろうけれど、私は 「またか…」 という気分だった。

 対談に入ってからも、ゲストと波長が合っていないように思える箇所がいくつかあった。
 たとえば、分子生物学者の福岡伸一氏と、 「効率」 について語っている部分。

 福岡氏がこういう。
 「勝間さんの本が売れるのは、効率を求める人が多いからですよね。でも、効率とはいったい何かを少し考えなければいけないんじゃないか。 (中略)
 勝間本を読めば、この1週間の効率は上がるでしょう。でも、やっぱり人間はレイジーな動物なので、 (効率が) 下がることもある。長い時間軸で見れば、効果はトントンかなと」

 この発言は、世間的には 「勝ち組のための啓蒙家」 と目されている勝間さんへの若干の皮肉をこめたものであるが、これに対して勝間さんはどう反論しているか。

 「私のいう 『効率』 って誤解されていると思うんです。なぜ効率化かというと、まさしくサボるため。より短い時間で、同じだけのお金や製品を手に入れて、残りの時間をもっと家族や自分の趣味に使おうというのが基本的な発想なんです」

 このやりとりを読んだだけでも、勝間さんという人がどんな人なのか、だいたいの感じはつかめる。 
 彼女がライターを務める自己啓発書やビジネス書が売れるわけである。
 「人は何のために効率を求めるのか」
 という問に対して、とりあえずの万人受けする模範解答がここに提示されているからだ。

 しかし、では、効率化によって生まれた時間を使って 「家族」 や 「趣味」 とどう向き合うのか? …というと、そこまでは掘り下げられてはいない。

 サザエさん的な近代家族のモデルケースが破綻している今の時代。新しい家族像が確立されていない状況では、 「面と向き合う時間」 が生まれると困ってしまう家族だって、いるんではないか?

 …ってな問題にまで掘り下げてしまうと 「ビジネス書」 ではなくなってしまうので、優秀なビジネス書からは、みなその問題は省かれている。

 実は、さきほどの 「効率化」 をめぐる議論は、 「17年間土の中で暮らし、最後の1週間だけ地上に出て繁殖して死んでいくセミは、幸せなのか、不幸せなのか」 という、非常に興味深い議論をめぐっての応酬だったのだ。

 福岡氏は、そういうセミの “非効率な” 生き方を肯定的にとらえ、そこに人の生き方のモデルケースをさぐろうという姿勢を見せる。
 ところが、勝間さんはその議論の面白さにあまり気づかれていない様子で、微妙に話が先につながらない。

 つまり、福岡さんの方は、 「効率」 を産業社会の枠組みからいったん外して考えてみようというスタンスなのだが、勝間さんは経済ジャーナリストらしく、産業社会の枠組みの中における 「効率」 にこだわる。
 そのため、
 「効率化した方が、 (生物としての人間が) 生き残りやすい、お金が儲かりやすいということだったと思うんですけど…」
 という感じで、議論がスベってしまい、福岡氏と噛み合わない。


 勝間さんは公認会計士を出発点に、経営コンサルタント、証券アナリストなどで成功を収めた後、経済ジャーナリストになられた方だという。
 そのせいか、市場分析とか、企業の技術革新、雇用問題などについてはものすごく知識も深いし、研究欲も伝わってくる。

 しかし、得てしてこういう人は、
 「貨幣経済の浸透は、人間の感性をどう変えたか?」
 ってな人文系の問題設定…つまり文学とか人類学とか哲学の専門領域の話になると、ついついナイーブさを露呈してしまう。

 姜尚中さんとの対談中の一言。

 【勝間】 私、 「お金は感謝の表れ」 と呼んでるんですけれども、相手から感謝してもらわない限り絶対もらえない。それなりの社会貢献がないと継続的にお金は集まらない。

 企業経営者たちを集めた講演会などでこういう考え方を披露すると、かなり賛同を得られそうな発言だけど、私個人は、こういう “社会常識” を気の利いた修辞でくるんで、スピーチに使えそうな 「決め文句」 に仕立てる人に、ちょっと距離感を抱いてしまう。
 あまり得々と披露するような話ではないのではないか。当たり前のことすぎて。

 これは、 「プロフェッショナルたるものの自覚」 というようなことを、少し言葉を変えて言っているに過ぎず、原稿料で稼いでいる人たちだったら、そっと胸にしまっておけばいいだけの話だと思う。

 それよりも、物書きならば、 「お金は社会貢献への対価だ」 という心理がどのようにして生まれてきたのか。
 また、どうしてそれが 「常識」 のように定着してしまったのか。
 それを問うべきではなかろうか。
 一般に 「エコノミスト」 といわれる人たちは、そのへんの突っ込みが不足しているように感じる。

 …と、まぁ、ちょっとそんな印象を持ったわけだけど、この対談集を最後まで読み終えたわけでもなく、勝間さんの他の著作を読んだわけでもないので、理解が浅かったり、誤解があるかもしれない。

 勝間さんの著作や言動にもう少し接近し、「やっぱり彼女素晴らしいな」 と思えたら、そのときはまた正直にそう書くつもり。

 とりあえず、いろいろなことを考えさせてくれたこの企画には感謝。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 15:13 | コメント(6)| トラックバック(0)

斎藤道三の最期

 何度も読み返す本というのがある。
 特に小説など、ある感銘を受けた情景が浮かんでくると、
 「また、あそこが読みたいな」
 という気分になり、その部分だけを拾い読みすることがある。

 司馬遼太郎の書いた 『国盗り物語』 の題3巻。
 斎藤道三 (さいとう・どうさん) の最期を描いたシーンなどは、もう何度読んだか分からない。

国盗り物語3巻

 戦闘の模様を描いた章なのだが、美しいのである。
 「勇壮」 とか 「雄渾 (ゆうこん) 」 、 「凄絶」 などといった “汗くさい” 美しさではない。

 朝日にきらめく山々の新緑。
 光の粒子が飛び散る川面 (かわも) 。

 そういうありきたりの自然の情景が、死を覚悟した斎藤道三の目を通して描かれることによって、涙が出るほど、ため息が出るほど美しく輝きだす瞬間を読者は手に入れることができるのだ。

 「これが、俺が最後に眺める風景か…」

 そういう感慨を持った斎藤道三の目に映る風景は、緑にあふれた野山だけでなく、自分に向かって突進してくる敵の姿ですら美しい。

 最初に読んだとき、
 「ああ、小説家って、すごいなぁ!」
 と単純に驚いた。


 斎藤道三は、織田信長の正妻となった濃姫の父、つまり信長の舅 (しゅうと) ということで知られる人物だが、歴史好きの人間にとっては、信長以上に面白い人物である。
 一介の油商人として京で財をなしてから美濃に流れ、権謀術策をめぐらして、美濃の国主である土岐頼芸 (とき・よりよし) をたらしこみ、やがては彼を追放して、美濃一国を手に入れる。
 その成り上がりぶりのすさまじさには並ぶ者がなく、 「下克上」 を文字どおり地でいく人物といえる。

 しかし、道三については謎に包まれた部分も多く、その素性がどのようなものであったかは諸説ある。
 最近では 「道三」 という独立した人物はおらず、親子2代で美濃を手に入れた人物を一人にまとめて伝説化したのではないか、という仮説すらあるようだ。

 司馬さんは、この謎に満ちた道三を主人公に選び、梟雄 (きょうゆう) とさげすまれていたこの人物に、陽気に人を騙し、あっけらかんと国を盗んでいく魅力的なキャラクターを与えた。
 
 そういった意味で、この “司馬道三” は架空の人物なのだが、その人となりを、まったく一から創造しなければならなかったがゆえに、司馬さんは、自分の作り上げた道三の心の裏まで細心に描き込むことができた。

 その道三が最後の戦いを前にして、自分の人生をどう振り返ったか。
 この 「斎藤道三の最期」 を描いた章は、全4巻の 『国盗り物語』 のなかでも、ひときわ光る章になった。

NHKの国盗り平幹二郎

 「陰暦四月といえば、樹 (き) の種類の多い稲葉山がさまざまな新緑で輝く」

 という書き出しで、この 『血戦』 と名付けられた章は始まる。
 その稲葉山のふもと長良川の手前に布陣した2千の道三軍は、川を挟んで、その数倍に当たる斎藤義竜 (さいとう・よしたつ) の軍と対峙する。

 斎藤道三と斎藤義竜。

 親子なのだ。

 しかし、道三の子として育った義竜は、ある日、自分の本当の父は、道三が放逐した土岐頼芸 (とき・よりよし) であることを知る。

 なんと 「父」 と信じてきた道三こそ、実は、自分の本当の父を美濃から追い出し、美濃という国を奪い取った大悪人だったのだ。
 真相を知った義竜の怒りは収まらない。

 一方、道三にしてみれば、尾張の織田、駿河の今川といった強敵に囲まれ、今にも滅びそうだった美濃をここまで強国にしたのは誰ぞ、という思いがある。
 美濃の国主が土岐家のままでいたら、とおの昔に美濃などという国は滅んでいたわい。

 道三には道三の自負があるのだ。

 だが、すでに家督を義竜に譲り、隠居暮らしを始めていた道三には、戦うにも自分の兵がなかった。
 ようやく集めたのが2千。
 美濃の国主を継いだ義竜の擁する兵力の5分の1程度にすぎない。

 すでに道三は、この長良川を自分の “死に場所” と決めていた。
 そして、 「三十数年前、美濃に流れてきてこのヨソ者」 のために、その最期を共にしようとする者が2千人もいたことに感動している。

 その2千の道三軍の頭上に、朝が来る。

 「やがて夜があけ、朝霧のこめるなかを弘治二年四月二十日の陽 (ひ) がのぼりはじめた。
 朝の陽の下に、対岸の風景がにぎやかに展 (ひら) けはじめた。
 雲霞 (うんか) の軍勢といっていい。
 おびただしい旗、指物 (さしもの) が林立している。それらの背後、義竜の本陣のある丸山には、土岐源氏の嫡流 (ちゃくりゅう) たることをあらわす藍色 (あいいろ) に染められた桔梗 (ききょう) の旗が九本、遠霞 (とおがすみ) にかすみつつひるがえっていた。
 『やるわ』
 と、道三は苦笑した」

 この “苦笑した” という表現が、なんとも道三の胸中を巧みに描き出して見事だ。
 道三は、自分が訓練し、自分が指揮して、ここまで育ててきた美濃軍団の偉容をはじめて “敵” の視点から眺めたわけだ。
 そして、今は敵味方に分かれている義竜に対しても、一時は親子の情を交わした仲だ。
 だから、この 「やるわ」 という苦笑いには、7割方の悔しさと3割ほどの愛がこもっている。

 やがて、
 「風は西に吹き、その前面の青い霧のなかから、敵の先鋒六百が、銃を撃ち槍の穂をきらめかせて突撃して」 くる。

 それを見て、道三は、
 「ほう、美しくもあるかな」
 とつぶやくのである。
 彼には、敵の色とりどりの具足、形さまざまな旗指物が、極彩色の絵屏風のように感じられのだ。

 「美濃へきていらい、数かぎりとなく戦場をふんできたが、常に必死になって戦ってきたため、それを色彩のある風景として観賞したことがなかった。心にゆとりがなかったのであろう」

 そう思う道三の姿を、司馬さんは、
 「なにやら紅葉狩りにでもきて四方 (よも) の景色をうちながめている老風流人ののんきさがあった」 と書く。
 
 もちろん戦上手の道三のこと。
 ただ手をこまねいて敵の突撃を待ちかまえていたわけではない。

 道三は、
 「床几 (しょうぎ) から立ち上がり、采 (さい) を休みなく振り、五段に構えた人数をたくみに出し入れしつつ、最初は鉄砲で敵の前列をくずし、その崩れをみるや、さかさず槍組に突撃させ、敵の中軍が崩れ立ったと見たとき、左右の武者のなかから誰々と名指しして三人を選び、
 『敵将の首をあげてこい』
 と、手馴れた料理人のような落ち着きようで、ゆっくりと命じた」
 
 そして、采配通りの展開となり、道三は、
 「わが腕をみたか」
 と、笑いながら腰をたたくのである。

 そのときの道三の心境を、司馬さんはこう書く。
 
 「たしかに勝った。が、道三は、この一時的な戦勝がなんの意味もなさないことを知っていた。
 (しかし、多少は息がつける)
 それだけのことだった」

 この 「多少は息がつける」 という道三の心境は、いったいどんなものであったのだろう。
 今日執行されるはずだった死刑が、明日に延期になったと知らされた死刑囚の心境に近いのだろうか。

 毎回ここを読むたびに、
 (しかし、多少は息がつける)
 という言葉に涙してしまう。

 そして、自分の実人生において、ものすごく絶望的な展開になったとき、
 「多少は息がつける」
 とつぶやくのがクセになった。 

 一息つけたことで、助かるわけではない。
 しかし、この絶望的な状況のなかで、 「一息つく」 瞬間を与えられたというのは、どれほどありがたいことか。
 そんなふうに思ってしまうのだ。

 話を道三に戻す。

 緒戦を華々しく飾ったとしても、多勢に無勢、
 やがて、道三方の兵は、大半が討ち取られていく。

 それでも道三は、松林の中の床几に腰を下ろし、ただ一人、いまだ三軍を指揮しているような傲然とした表情で最期の時を迎えようとしている。

 その姿を、かつて部下として仕えていた敵方の武将が発見する。
 すでに死を決意していた道三は、型どおりの手合わせを行っただけで、あっけなく討ち取られる。

 討ち取った武将は、
 「死体の首を掻き切り、持ち上げようとしたが、どうしたはずみか、首を抱えたまま足をコケに滑らせて地に手をついた。
 この挿話 (そうわ) 、別に意味はない。
 道三の首はそれほど重かった。武者一人をころばすほどに重かったという、のちの風聞がでるタネになった」

 これが斎藤道三の最期である。
 稀代の風雲児の最期を語るとき、司馬さんのなんとつれないことか。
 感傷や詠嘆を廃した、なんとそっけない終わり方か。
  
 しかし、ある意味で、なんと道三らしい終わり方か。

 一介の油売りとして、いわば 「無」 から身を起こし、美濃という大国を手に入れ、さらに天下を狙うという華麗な夢を見た男が、最後はまた 「無」 に還っていく。
 そういう無常観がジワっとこみ上げてくるような、終わり方である。

 『国盗り物語』 の3巻は、このあと信長を主人公とした話に引き継がれていく。

 司馬遼太郎ネタ 「司馬文学のリズム」
 司馬遼太郎ネタ 「テロリスト歳三」

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:57 | コメント(0)| トラックバック(0)

天地人と歴女誕生

 「歴女 (れきじょ) 」 という言葉を、またマスコミが流行らせようとしている。
 歴史に興味を持った女性という意味らしい。

 今まで、本屋の歴史関連書籍のコーナーを訪れるのは圧倒的に男性であったが、この半年から女性客が増え始め、今は男性客と女性客の比率が半々ぐらいになったという報告もある。
 また、日本各地の旧跡・史跡を訪れる女性客も増加の一途をたどっているとも。
 『戦国無双』 や 『戦国BASARS』 といったゲームの影響のほか、NHKの大河ドラマ 『天地人』 などの影響も見られるとか。

 ホントかな…。
 と、にわかに信用できないたちなので、それらのレポートを一応疑ってはみるものの、先週の日曜日久しぶりに 『天地人』 を観ていたら、…さもありなん…という気もした。

 出てくる若い俳優が、みな女性の好感度を得やすいイケメンぞろいなのだ。

 安全で、人の良さそうな雰囲気を丸出しにする主役の直江兼続を演じる妻夫木聡君を筆頭に、バサラな雰囲気もある石田三成を演じる小栗旬、 『ルーキーズ』 で人気の出た城田優が精悍な真田幸村を演じるなど、なるほど、 「歴女」 と称する女性たちが名乗りを挙げそうな、華やかなキャスティングに徹している。

直江兼続(妻夫木)

 しかも、彼らの演技が、かつてのアイドル系俳優たちの演技と違って、妙に板に付いている。ドラマとして見ていて面白いのだ。
 シナリオがまた憎い。
 彼らはみな男臭さを全面に出すのではなく、女性に対して優しい紳士だ。
 「ひとりの女の命も救えずに、なにが武士 (もののふ) だ!」
 などと叫んだりする。

 「女性の人権」 などという思想が全くなかったあの戦国時代に、そんなことを叫ぶ武士がいるもんか…などと突っ込みも入れたくなるが、まぁ、話の流れの中では、そんなセリフも自然に聞こえてしまう。
 時代劇も女性指導型のストーリーが重んじられる時代になったのだなと痛感した。

 しかし、彼らイケメン若手俳優たちの演技が光る背景には、彼らを引き立てるベテラン男優たちの存在があることを忘れてはならない。

 豊臣秀吉を演じる笹野高史、徳川家康を演じる松方弘樹、千利休を演じる神山繁。
 これらの渋みのある役者たちの名演技があってこそ、あのドラマに趣 (おもむき) が出ていることは間違いない。

 自分の好みからいうと、徳川家康の嫌らしさと不気味さを見事に演じきる松方弘樹が一番。
 大河ドラマの歴代家康役で、たぶん最も成功した家康ではないのか。
 彼が登場するだけで、画面全体がビシっと締まるのだ。

 笹野高史の、欲深さと狡猾さと度量の大きさを感じさせる秀吉役もすごい。
 「嫌なヤツ」 と思わせた直後に、思わずホロリとさせたりする緩急自在さがこの役者の真骨頂。
 日本には、まだまだうまい俳優がいっぱいいるな…と感じさせた。

 食えない男…の凄さを演じるという意味で、千利休を演じる神山繁も素敵。
 千利休という人は、高潔な芸術家という側面と、野心に満ちた功利的な政治家の両面を持つ人物だが、その二面性が見事に伝わってきて、 「ああもうピッタリ!」 とうなるほどの名演技。

 『天地人』 、けっこう堪能できた。
 松方弘樹、笹野高史、神山繁などといった (自分好みの) 贅沢な役者が一堂に会するドラマというのも、最近他の局ではみることができない。

 史実を度外視したいい加減なシナリオで、時には腹が立つこともあるけれど、ドラマとしてはけっこういい線いっているのではないか。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 21:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

マイケルの死

 ニュースで 「マイケル・ジャクソン急死」 の第一報を受けても、自分には特別の喪失感というものが湧かなかった。
 音楽に関心のある者にとっては大変な事件だろうけど、ファンには申し訳ないくらい冷静でいられる。

 もちろんそれなりの感慨はある。
 しかし、かつてジョン・レノンが暗殺されたり、コルトレーンが死亡したり、あるいはジェームズ・ブラウンが亡くなったときに感じたような 「ひとつの時代が終わった」 という詠嘆は訪れなかった。

マイケル画像01

 マイケルの全盛期といわれる80年代初頭。
 あれだけのポップシーンを盛り上げたスーパースターであったにもかかわらず、自分はマイケルに対しては冷淡であったのか、レコードやCDをついぞ1枚も買ったことがなかった。
 もちろん 『スリラー』 や 『ビートイット』 という大ヒット曲は、当時FM放送から流れてきたものをテープに落として、何度も聞いている。
 でもレコードまで買い揃えたいと思わなかった。
 なぜだろう。

 70年代ソウルミュージックの愛好家という立場なら、アフリカ系アメリカ人のポップシンガーであるマイケル・ジャクソンは絶対支持しなければならないアーチストであったはずである。
 しかし、その気にならなかったのは、彼の音楽を聞いていて、彼にはソウルミュージックやR&Bへのリスペクトが薄いと感じたせいかもしれない。

 当時、ソウルミュージックやR&Bにリスペクトを抱いていたのは、マイケルよりもスタイル・カウンシルやシャーデー、ホール&オーツ、ポール・ヤング、シンプリー・レッドなどの非黒人系ミュージシャンたちの方だった。
 そのためか、 「買うのだったら彼らのアルバムを…」 ということになり、自分の購買リストからマイケルは自然とこぼれ落ちていった。


 マイケル・ジャクソンも、最初から今のスタイルを築き上げていたわけではない。
 モータウンレコードからデビューしたジャクソン・ファイブの時代は、彼はベタなR&Bを歌っていた。 (デビュー曲の 『帰って欲しいの』 は今でも名曲だと思っている)

 しかし、その後ソロになってからのマイケル・ジャクソンの音楽は、R&Bを脱して、どんどん普遍的なロック・ポップス化への道をひた走った。

 だからこそ逆に、彼は広範な音楽ファンの心を捉えることができたのだろうし、それがゆえに、ポップミュージック界の大スターになれたのだと思う。
 彼が自分のルーツである黒人音楽にこだわっていたら、たぶん今日のような名声も人気も確立されていなかったに違いない。

マイケル画像01

 彼がR&Bから普遍的なポップス路線へと進んでいった過程は、まさに彼の鼻が高くなり、肌が白くなっていく過程と一致する。

 詳しくは知らないのだが、彼が成形手術で鼻をどんどん高くしていったのは、 「父親の顔に似ていくのが嫌だったからだ」 とか。

 彼が兄弟で構成されたR&Bグループ 「ジャクソン・ファイブ」 のリードボーカリストとしてデビューしたのは、父親の仕掛けだったといわれる。
 父親は、彼にスターとしての地位と人気を与えたが、代わりに経済的な収奪や自由の拘束、虐待などをほしいままにしていたとも伝えられている。

 そのへんの真相は芸能情報に譲るとして、少なくとも、彼が自分の父親に代表される伝統的な黒人社会を嫌悪していたことは確かなことだと思う。

 しかし、だからといって、彼が白人社会から歓迎されたわけではない。
 白人のファンは、 「ポップス界のキング」 という抽象的なスターを愛しただけで、 「歌のうまい黒人少年」 を愛したわけではなかった。
 幼い頃から芸能界の裏表を見てきたマイケルには、そのへんの事情もよく分かっていたのだろう。

 芸能界の 「トップスター」 であるという宙に浮くような危うい場所だけが自分を支える唯一の力であると知った彼は、私生活においても、ことさら芝居じみた方法で自分のスター性を訴えるパフォーマンスを繰り返していくしかなかった。

 その繰り返しに疲れた自分を癒してくれる場所というものが、彼にはあったのだろうか。

 「ピーターパン・シンドローム」 などという言葉で伝えられる 「無垢な少年性へのこだわり」 というのが、それに当たるかもしれない。

 とにかく、彼は物心がついた時には、もう 「スター」 だったのだ。それ以外の生き方を知らないのだ。
 「スター」 の苛酷さに嫌気がさしたとき、そこから脱却できる人生のイメージとして、自分の記憶にすら残っていないような幼児期を思い描かなければならないというのは、人間としてなかなか辛いものがあるように思う。

 度重なる整形も、過度に摂取されたドラッグも、彼の内面に抱え込まれた辛さを想像してやらないと理解できないかもしれない。

 いま思えば、彼が安らぎの場として確保した自分の宮殿の名が 「ネバーランド」 (どこにもない場所) であるというのは、何か暗示的な気がする。

 マイケル・ジャクソンの評価は、彼の音楽を 「音」 として聞くか、 「映像」 として見るかの違いにもよるかもしれない。

 私たちの世代にとって、洋楽とは、まずラジオから流れてくるものだった。
 その音が気に入れば、レコード屋に買いにいく。
 ミュージシャンの顔かたちや衣装などを知るのは、音楽雑誌を通じてであった。

 しかし80年代に入ると、洋楽の急激なプロモーションビデオ化が始まった。
 音楽情報は 「音」 よりも 「映像」 から入るものへと変質した。

 マイケル・ジャクソンはその時代のスターである。
 だから、現在彼のファンを自認する人たちは、その音楽と同時に、あのムーンウォークに代表される肉体表現の芸術性に痺れた人たちではないかと思う。

 実際に、映像として眺めるマイケル・ジャクソンのダンスには、確かに 「人の子」 を超越した、ミューズの神の化身とも思えるような躍動美が備わっている。
 彼の音楽は、あのダンスと一体となってはじめて人を圧倒する力を得るようになっているのかもしれない。

 そう思うと、自分にはまだマイケルに対する理解力が不足だったのかなとも感じる。

 とにかく冥福を祈りたい。
 合掌


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 16:31 | コメント(0)| トラックバック(0)

BL漫画にハマる

 BL…ボーイズ・ラブが、とかく話題として採り上げられる。
 最近のニュースでは、 「亡くなられた栗本薫さんはボーイズラブの教祖だった」 などと紹介されたりしたのがいい例だろう。

 ボーイズ・ラブとは、一般的に 「男性の同性愛を描く女性向けの小説や漫画」 のことを指す。
 古典としては、竹宮恵子氏の漫画 『風と木の詩 (うた) 』 が有名。
 さらに古い時代になると、小説では森茉莉の 『戀人たちの森』 、 『枯葉の寝床』 などがある。

 なぜ、男性の同性愛を描いた小説や漫画が、一部の熱狂的な女性ファンを持つようになったのか。
 それに対する分析は、いろんなところで、いろんな人から成されているけれど、まずその前に、
 「BL (ボーイズ・ラブ) は女性だけのものか?」
 という問を発してみたい。
 というのは、この私が “あるBL” にとことんハマった時期があったからだ。

 男がハマれば、 「ストレートなホモってことじゃない?」 と言われそうだが、いやいや、ホモとかゲイとかいう嗜好を離れ、BLって、本当に切ないのだ。

 男女の恋愛は、やがて結婚というステップを踏み、子供も生まれ、生産社会に貢献するという “祝福” に至るシナリオが用意されている。
 しかし、結婚、出産に永遠に至ることがないBLは、純度 「100%の恋愛」 に終始するしかない。
 つまり、社会から “祝福される” という落としどころを完全に喪失した愛の形であり、それゆえピュアで美しい。

 ただし、そのピュアな美しさは、常に相手を食らい尽くすような魔性と背中合わせになっている。
 「お前が不幸になるのなら、俺も一緒に不幸になる」
 という一体感とともに、
 「お前が、俺と別れて幸福になることは許さない」
 というハードな愛の規律も貫かれているのだ。

 このようなBLの美しさと恐ろしさを、日本の古代史の中で描ききったのが、山岸凉子の 『日出処の天子』 (ひいづるところのてんし) であった。

日出処の天子表紙01

 わぁ、世の中にはこんなに美しい漫画があったのか!
 目からウロコだった。
 それまでレディスコミックの類は手に取ったこともなかったので、10年に1度とか20年に1度ぐらいの衝撃を受けてしまった。
 そして、この作品を知った年は、ほぼ1年間スルーで、これにハマりっぱなしだった。

 きっかけは、確かカミさんが、レンタルコミック屋さんから借りてきた1冊だったかと思う。
 「ふ~む…なにこれ? 聖徳太子の話?」
 って感じで、パラパラと2~3ページ繰っているうちに、やめられなくなった。

 美しいのである。
 そこに出てくる厩戸王子 (うまやどのおうじ) の姿が。
 まずそのビジュアルに、ピュアに萌えた。

umayado001

 単に “美少年” というのではないのだ。
 なにしろ、ここで描かれる聖徳太子は、英明な聖人君子という世間一般の通念をあざ笑うかのような、 「ホモで邪悪な超能力者」 という設定なのだから、人に見せないときの素顔に魔性が宿る。

 その表情が凄い。
 美少女と見まがうばかりの美少年が、一転して夜叉、羅刹 (やしゃ、らせつ) の表情となる。
 しかし、それがまた美しい。
 山岸凉子の筆力には、ほとほと感服するしかなかった。

 ところで、この厩戸王子の恋の相手は誰なのか?
 古代史では、天皇家転覆を謀ったとして悪人扱いされる蘇我氏3代のうちの2代目、蘇我毛人 (そがのえみし) である。
 もちろんこの漫画が扱っている時代においては、蘇我氏は天皇家の対立者ではなく、まだ天皇家をサポートする大臣一族でしかない。

 その蘇我氏の2代目である毛人は、後に天皇家を超えようとした不遜者という扱いを受けてしまうけれど、漫画では誠実・温厚な性格で、誰に対しても優しい常識人として描かれている。
 ま、それだけが取り柄の “凡人” なのだが、そういう凡人を、魔界の帝王である厩戸王子が恋してしまうという不釣り合いさがミソなのだ。

 その気になれば、人を呪い殺すなど朝飯前という魔力を持つ厩戸王子が、毛人の気持ちだけは独占できないと、自分の無力感にうちひしがれて、さめざめと泣いたりする。

厩戸と毛人001

 悲しみをたっぷり吸い込んだ細い肩。
 うちひしがれた細いうなじ。
 そういうシーンから、ホモッ気やサドッ気のない男性の下半身をも疼かせるような、濃密なエロスが漂ってくる。

 といっても、そこに性的な描写が描かれているわけではない。
 直接的に性を暗示するような画像は一切登場しない。
 にもかかわらず、ここに登場する厩戸王子は、ものすごいエロい。
 たぶん今の言葉でいう 「萌え」 に近いものを感じていたのだと思う。

 で、このハードカバーにして全5巻に及ぶ恋のドラマは、厩戸王子が毛人を諦めることによって、静かに、ひっそりと幕を閉じる。

 最後の大使いのカットが雄大だ。
 見開きいっぱいを使って、随 (中国) への使者を乗せて玄界灘を渡る大型船が描かれている。

 その使者が、中国の皇帝に届けるものとして携えているのが、
 「日出ずる処の天子、日没する処の天子に書を送る。つつがなきや…」
 という、先進国の中国に日本の気概を伝え、アジア史の舞台に日本が登場したことを記す、あの有名な手紙なのだ。

 この勇壮なラストシーンの隅の方に、その文をしたためている成人した厩戸王子のカットが小さく添えられている。

 その姿に、もうバイセクシャルな妖しさは認められない。
 表情にも、秋の風のような静けさが漂っている。

 歴史上の聖徳太子は、この時、華々しい自分の時代が始まるスタート台に立ったことになる。
 しかし、漫画の中の厩戸王子は、毛人への愛を諦めて精神の砂漠を生きる道を選ぶ。

 聖徳太子の輝かしい業績とは、実は彼のニヒリズムからもたらされたものだという味わい深い省察が、山岸凉子の漫画にはある。

 すごい作品と出会ったものだ…と思い、貸し本で読むのがもったいなくなり、さっそく本屋に買いに行った。
 それも、保存用のハードカバーの全集。
 そして、日頃読み歩くためのソフトカバーの全集。
 その2種類を買い揃えた。

 関西方面に出張で出たときは、日程をやりくりして、日帰りで奈良まで飛び、法隆寺などを見に行ったし、アパートの押入のふすまが破れたときは、ふすまを貼り替える代わりに、厩戸王子の漫画を模写して、そこに貼った。

 この時期、聖徳太子にまつわる歴史書なども読み漁ったけれど、脳裏に浮かんでくる画像は、いつも山岸凉子の厩戸王子であった。
 聖徳太子の業績や歴史的役割などをアカデミックに解説するいろいろな研究書を読んでも、一つとして 「ホモで邪悪な超能力者である厩戸王子」 に勝る魅力を感じたものはなかった。

 漫画が史実を歪曲してしまう。
 そんなことが起こるとしたら、それはこのようなとんでもない傑作コミックが登場したときのことだろうと思った。

 しかし、近年はむしろ 「聖徳太子」 の実在を疑う考え方が、学会の主流であるという。
 あの有名な旧1万円札の肖像画も、現在は聖徳太子を特定したものではないというのが一般的な見方で、教科書からも 「聖徳太子」 という名前が削除されたときく。

 日本文化の原型を整えた不滅の偉人として、お札にまで刷り込まれて親しまれた聖徳太子が、いま急速に謎めいた霧に包まれようとしている。

 その霧の奥では、山岸凉子の厩戸王子が、嫣然 (えんぜん) と妖しげな微笑みを浮かべていそうに思える。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 11:08 | コメント(2)| トラックバック(0)

塩野七生の海賊話

 “腰痛” を理由 (いいわけ?) に、しばらくパソコンを覗く生活から遠ざかっていた代わりに、けっこう本は読んだ。
 その頃、夢中になって読んでいたのは塩野七生さんの 『ローマ亡き後の地中海世界』 だ。

ローマ亡き後下 ローマ亡き後上 

 自分は、歴史の中に出てくる 「海賊の話」 が大好きなので、テーマは願ったり適ったり。
 海賊というと、 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 以降、17世紀のカリブ海賊が有名だけど (…今はソマリアの本物の海賊の方が有名だけど) 、7世紀頃から16世紀頃に地中海を暴れ回った海賊たちの話も本当に面白い。

 塩野七生さんも、きっとこういう海賊たちに魅せられているのだろう。
 彼らが、罪のない人たちに乱暴狼藉を働くことを道徳的に批判する視点をしっかり持ちながら、そのふてぶてしい大胆さや、組織づくりの巧妙さ、人を食ったような調子の良さを余すところなく生き生きと描き切っている。

 自分の “読書室” というのは、通勤のための電車内なのだけれど、
 「本を読むために電車に乗るのが楽しみ」
 という倒錯した心境になるほどなのだ。

 この時代の海賊というのは、主に北アフリカのアルジェ、チュニスあたりを根城にしたイスラム系海賊のことを指すのだが、彼らの襲撃からキリスト教側の住民を守るために構成されたロードス島騎士団なども、イスラム船となると、海賊船、商船のみさかいなく襲って金品を強奪していたというから、どっちもどっちである。

 どちらにも 「正しい神の教えを守る」 という一神教的な理想主義が背景にある。
 イスラム海賊たちには、自分たちが海賊行為を行うのはイスラム教の布教活動を促進するためだという大義名分があり、キリスト教側にも同じ布教のためという大義名分がある。
 
 「だからバカバカしい」
 と一神教的な偏狭さを断罪するのは簡単だが、海賊の頭目たちともなれば、そういう “大義名分” を題目として唱えながらも、それを巧妙に利用する打算や合理的な現実感覚を身につけており、そのしたたかさに、どうやら塩野さんは面白さを感じているようなのだ。

 どちらの勢力にもスターがいる。
 イスラム海賊側には、 「赤ヒゲ」 という異名を取るハイレディンをはじめ、その配下のドラグー、さらにウルグ・アリ。
 キリスト教側には、ジェノバ出身の傭兵隊長であるアンドレア・ドーリアやドードス島騎士団を率いたヴァレッテ。
 
 面白いのは、イスラム海賊として名を成した大海賊たちが、みな元はキリスト教徒のヨーロッパ人であったこと。
 ウルグ・アリなどは、幼い頃にイスラム海賊に拉致されてガレー船の漕ぎ手にされながらも、そこで頭角を表し、イスラム教に改宗してからは数隻の海賊船を率いる頭領にのし上がり、やがてはオスマン・トルコ海軍の提督まで登り詰める。

 当時のオスマン・トルコ帝国というのは、ヨーロッパ型の専制政治などは足元にも及ばないほどスルタンが絶対権力を振るう独裁政権でありながら、庶民でも能力のある者は門地や宗教の壁を超えて、様々な要職に就くことができた。
 貴族階級と庶民との間に立ちふさがる壁が絶対的だったヨーロッパ社会に比べ、トルコ側には世襲に基づく身分差別はなかった。

 塩野さんはマキャベリの書物からよく次のような言葉を引用する。
 「オスマン・トルコでは、スルタン以外の人間は、大臣から羊飼いに至るまですべてスルタンの “奴隷” である。
 しかし、すべてが奴隷であるということは、そこには身分差別がないということだ」

 つまり、当時のオスマン帝国の社会では、自分の才覚ひとつでいくらでも活躍の場をつくり出せる人間がいっぱいいたということになる。 
 ハイレディンもウルグ・アリも、キリスト教の土地に生まれて、そのまま暮らしていたら、今日名が残るような人間にはなっていなかっただろう。

 門地や家柄が 「人間」 を決めていた当時のヨーロッパ社会のくびきを離れ、海流や風の向きを読むことの巧みさだけを頼りに、自由に地中海を航海していた男たちの話は本当に面白い。
 具体的な描写などほとんどないのに、潮風と陽光にさらされて赤銅色に染まる彼らの精悍な顔つきまで、はっきりと脳裏に浮かんでくる。

 それと同時に、これまた一言も触れられていないけれど、ガレー船に閉じこめられた奴隷たちの糞尿にまみれた不衛生な生活環境まで見えてくる気がする。

ガレアス船
 
 塩野さんは、昔からクルーザーなどでよく地中海世界を回っていたというから、海の描写や、海側から描いた町の描写が実にうまい。
 普通のヨーロッパ旅行者が飛行機、バス、鉄道などを通じて陸路から観光地に入るのとは違い、彼女には海から町に入っていく視点がある。

 地中海世界で、沿岸に接した町というのは、飛行機や鉄道が敷設されるまでは、みな海側が 「玄関」 だったのだ。
 だから、海から町を眺めなければ、その本当の姿は見えない。
 
 ヨーロッパや北アフリカの観光においても、彼女の本を読んでいると新しい見方が生まれそうだ。

 好きな本と出会えるって、本当に幸せだと思う。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 17:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

オスマン・トルコ

 でっかい仕事が一応片付いたので、今、仕事とはまったく無縁の本を読み始めている。
 塩野七生さんの 『ローマ亡き後の地中海世界』 。
 中世の地中海を舞台にした海賊たちの話だ。

 こういうのが好きなのだ。
 思えば、去年の今ごろも、ブログのテーマは塩野さんの本だったように思う。
 彼女の著作には、“広大な拡がり” が感じられる。
 心が鳥になって上空に舞い上がり、空の上から地平線や水平線を眺めるという、のびやかな開放感が得られる。

 そんなわけで、久しぶりに塩野さんの本を紹介したいと思うけれど、今日はその中でも自分のお気に入りの一冊。
 『コンスタンチノープルの陥落』 について。

イスタンブール001

《 コンスタンチノープルの陥落 》

 トルコのイスタンブール市が、まだ 「コンスタンチノープル」 と呼ばれ、ギリシャ正教を唱えるビザンチン帝国の首都だった時代があった。
 15世紀に、それを当時のオスマン・トルコ帝国が攻め落とし、コンスタンチノープルは、やがてイスタンブールと名を変えて、トルコの首都として今日に至る。

 このコンスタンチノープルの陥落について専門的に書かれた読み物として、現在日本語で読めるものでは、塩野七生氏の 『コンスタンチノープルの陥落』 (新潮社) と、スティーブン・ランシマンの 『コンスタンチノープル陥落す』 (護雅夫訳 みすず書房 在庫切れ) の二つを読むことができる。

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▲ 塩野七生 著    ▲ ランシマン 著

 塩野版は物語調で書かれ、ランシマン版は学術レポートのような文体で描かれているが、両者とも臨場感に富んでいて無類に面白い。

 ただ、小説のような構成を取る塩野版に比べ、年代記的に記述を重ねていくランシマン版の方は、前半がやや退屈である。
 特に、トルコによる包囲が始まるまでの、ビザンチン側とトルコ側がそれぞれ抱えていた政治上の問題点などを詳述するところは、わざわざ2章も割く必要があるのかと思えるほど冗長に感じられる。

 しかし、ランシマン版では、その “退屈さ” が、実は包囲戦が始まる前の緊張感を高めるための伏線になっていることも見逃せない。

 コンスタンチノープルという都市が置かれていた状況。
 オスマン・トルコという国家の成り立ち。
 そういうものを解説しながら、包囲戦が始まる前に、トルコ側がどういう準備を進めていたか。
 また、それを察知して、ビザンチン帝国側はどのように対応したか。

 いさささか学術解説書的な叙述ではあるが、読者はその経緯を知ることによって初めて包囲戦の意味を理解し、「これからスリリングな事件が始まろうとしている」 という実感をつかむことができる。

コンスタンチノープル城壁001
▲ 難攻不落を誇ったコンスタンチノープルの3重の城壁

《 物語性の強い塩野版 》

 一方、塩野版は、最初から映画や小説を思わせるようなエンターティメントの華やかさに読者を包み込んでいく。
 調査報告書のようなランシマンの記述と違い、塩野版においては、包囲戦が始まる前の状況は、すべて複数の登場人物の目によって、カメラがとらえた画像のように紹介される。

 語り部として登場する人間は、実にさまざまだ。
 コンスタンチノープルに神学を学びに来た西欧の留学生。
 その町に居留して交易を営む商人。
 あるいは、イスラム教徒の反乱軍を鎮圧するためというスルタンの援軍要請を受けて馳せ参じ、現地に着いてから 「コンスタンチノープル攻略」 の意図を知らされて戸惑うキリスト教騎士団の隊長。
 そしてスルタンの私生活を目の当たりにしてきた小姓。

 章が変わるごとに、異なる立場にいる人間が、それぞれ 「ボスポラス海峡を挟んで、トルコ帝国とビザンチン帝国の間に何が起ころうとしているのか」 を語り始める。

 しかし、彼らによるレポートがあまりにも具体的なために、かえってそこで展開される話が、実話ではなく、作者の想像の産物に過ぎないのではないか…という気分にさせてしまう。

 もちろん最終章で、ここに登場した人物が、実はこの戦いの 「記録」 を残した人たちであることが判明する。
 その時点で、読者は 「なるほど!」 と膝を打つ。
 それでも前半に受けた 「つくり話っぽい」 印象までは解消しきれない。

 塩野七生氏は、おそらく映画 『アメリカン・グラフティ』 に出てくる最後のテロップのような効果…すなわちエンドタイトルともに、若者たちの10年後の生活が解説され、ベトナム戦争で死んだ人間なども紹介されて観客がしんみりした気分になる…という効果を狙ったのかもしれないが、この本ではむしろ、登場人物たちが記録を残した人であることを先に出すべきだったろう。

 …とはいえ、この2冊は面白さの性質がそれぞれ違うので、結局両方読むのが一番ということになる。

《 メフメト2世の描き方で分かる作家たちの狙い 》

ランシマンと塩野七生の最大の違いは、メフメト2世の描き方に表れている。そこに2人の作家の生まれた風土、文化、歴史観の違いを見ることもできるかもしれない。

メフメト2世肖像
▲ トルコ史ではあまりにも有名なメフメト2世

 コンスタンチノープルが陥落するという事件は、メフメト2世という、21歳のたったひとりの若者の野心によって引き起こされた。
 この出来事が衝撃的なのは、その若者が、当時の西アジアで最強国家であったオスマン・トルコの専制君主として、数百万という人々の生殺与奪の権利を意のままに握っていたということに尽きる。

 1000年の歴史を誇り、当時は世界で最高の文化を持った大都市 (コンスタンチノープル) が、ひとりの青年のきまぐれによって消滅するということは、議会制民主主義の伝統を重んじるヨーロッパで育った人間から見ると、「非合理」 と 「野蛮」 の極みであっただろう。

 ランシマンの記述を読んでいると、彼が征服者メフメト2世に対して、公正かつ客観的な視点を維持しながらも、ヨーロッパ知識人がアジア的な専政君主政に抱く侮蔑感から免れてないように思える。

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