町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

最近の記事
新ブログのご案内
04/28 17:06
久々の更新です
04/27 19:06
3・11以降
04/12 09:56
人類に残された資源
04/05 10:18
ザ・ウォーカー
04/03 00:53
島尾敏雄・贋学生
04/02 03:45
日本人は変わるか
03/31 01:36
渚にて
03/26 02:03
テレビは終わった
03/23 00:23
明かりの果ての闇
03/21 08:05
東電を怒る父さん
03/18 17:00
深い言葉
03/16 09:53
何かが変わった
03/15 00:06
災害時のキャンカー
03/13 16:18
大地震
03/12 13:16
ジュリアンオピー
03/11 02:35
親孝行ビジネス
03/08 20:02
OMCの北斗
03/07 00:18
アレクサンドリア
03/05 15:49
AtoZのバンビ
03/03 20:36
かるキャン
03/02 18:39
ハーレーの魔力
02/28 21:59
パークウェイ
02/23 18:59
CG880
02/20 13:11
忙しいぞぉ!
02/18 22:01
都市型キャンプ場
02/09 23:55
ファビュラス日本
02/07 19:32
老人の孤独
02/06 20:36
「都会」 の匂い
02/05 01:53
エジプトでは何が?
02/04 15:44
同人雑誌仲間
02/03 00:20
自己啓発ビジネス
02/01 02:10
ノスタルジー
01/30 05:23
夫婦の会話の危機
01/28 23:58
その一服は必要か
01/24 23:40
荒野の炎
01/23 19:43
山口冨士夫の精神
01/22 03:11
焚き火で育つ感性
01/20 19:55
キャンカー1人旅
01/19 01:37
車中泊の社会実験
01/17 15:40
個人の時代
01/16 11:50
細くなるネクタイ
01/13 20:32
映画アバター
01/12 20:07
若者の考える商売
01/11 14:36
パリッシュの絵画
01/09 04:00
300万アクセス
01/08 12:15
不思議な青空
01/07 21:04
TV・新聞の凋落
01/06 19:44
中国ルネッサンス
01/05 20:19
ベルイマン・沈黙
01/04 21:33
出来事いろいろ
01/03 02:43
謹賀新年
01/01 00:48
オールドマン
12/30 18:53
好奇心の力
12/29 14:28
「孤独死」の原因
12/27 20:17
廃墟のある島
12/26 02:48
遠いクリスマス
12/25 01:06
ロビン・フッド
12/24 03:48
地獄の電車
12/23 11:35
バッグス・バニー
12/22 02:59
正義の話をしよう
12/19 23:46
空気人形
12/18 13:10
ジジイ同士の酒
12/17 04:32
世界ゲーム革命
12/14 02:47
ハイマー懇親会
12/13 16:11
ガールズキャンプ
12/12 23:48
イタリアをめざせ
12/10 15:15
外来種の驚異 Ⅱ
12/09 00:41
外来種の脅威とは
12/08 20:46
Kポップの台頭
12/07 01:19
うつろひ
12/06 01:21
海老蔵さんの悲劇
12/05 01:07
追悼ジョンレノン
12/03 04:52
「個性化」のワナ
11/30 04:13
戦うブログ
11/29 04:09
子供の自然体験
11/28 04:50
RV好きの芸能人
11/26 01:01
胃の中にヘビ
11/25 16:12
消えた秋
11/22 14:14
歌謡ブルースの謎
11/20 04:29
おひとりさま時代
11/19 00:33
3行で総てを語る
11/18 00:15
塔の形而上学
11/17 02:04
裕次郎スナック
11/15 23:10
自然は子供を養う
11/12 20:28
おれ、ねこ
11/10 01:19
NHK車中泊報道
11/09 17:17
お台場パラダイス
11/08 20:34
伝える力
11/05 00:12
お台場ショー迫る
11/04 02:02
昔は戻らない
11/03 02:11
電子タバコ
11/02 00:04
一般国道の不思議
10/29 18:25
酒場放浪記
10/26 22:25
名古屋RVショー
10/25 19:25
ハイマーカー322
10/21 12:31
猫会議
10/21 00:05
飽きるという知恵
10/20 01:28
ロボット兵器
10/19 02:52
最近のコメント
突然の書き込み失礼…
最近の流行 05/12 00:01
はじめまして~文…
すまそ 05/08 16:44
>TJさん、ようこそ…
町田 04/28 13:47
>TJさん、ようこそ…
町田 04/28 12:06
便利+楽=快適、これ…
TJ 04/28 10:05
町田さん久しぶり…
motor-home 04/28 06:07
やはり、時代の変化・…
TJ 04/21 02:27
私はこのところ「自然…
磯部 04/12 14:52
>aki さん、よう…
町田 04/12 10:18
何度も投稿ボタンを押…
aki 04/08 10:57
>aki さん、よう…
町田 04/08 09:13
今のVWに乗り換える…
aki 04/07 15:19
>雷さん、ようこそ。…
町田 04/06 15:20
>ミペット@倉庫の肥…
町田 04/06 13:46
>JoeCoolさん…
町田 04/06 11:06
キャンピングカーは、…
雷 04/05 21:37
率直に言うと、研究所…
ミペット@倉庫の肥やし保存中 04/05 20:10
町田さま度々失礼…
JoeCool (in Peanuts) 04/05 12:56
>aki さん、よう…
町田 04/05 11:14
今のこの国の空気、ど…
aki 04/04 10:32
>solocarav…
町田 04/01 11:08
>JoeCool さ…
町田 04/01 10:32
>ムーンライトさん、…
町田 04/01 09:56
>赤い屋根さん、よう…
町田 04/01 08:53
「心に届く言葉」・・…
solocaravan 03/31 23:23
今回のように社会全体…
雷 03/31 23:05
米国では9.11の前…
Jo 03/31 11:21
米国では9.11の前…
JoeCool 03/31 11:19
米国では9.11の前…
JoeCool 03/31 11:05
そうだ、普遍性だ。…
ムーンライト 03/31 09:31
町田さんおはようござ…
赤い屋根 03/31 07:50
>おおきに! さん、…
町田 03/30 15:47
>雷さん、ようこそ。…
町田 03/30 14:57
>雷さん、ようこそ。…
町田 03/30 14:33
町田編集長さん こん…
おおきに! 03/29 08:29
今回の震災では、各局…
雷 03/28 21:22
本作品のリメイクであ…
雷 03/28 21:09
>おおきに! さん、…
町田 03/23 19:54
町田編集長さん こん…
おおきに! 03/23 07:48
>s-_-s さん…
町田 03/23 01:19
>ムーンライトさん、…
町田 03/23 00:46
人間は電気によって闇…
s-_-s 03/22 22:55
追記です。先ほど…
ムーンライト 03/22 14:24
数日前、市内の大型ス…
ムーンライト 03/22 12:24
>ブタイチさん、よう…
町田 03/22 03:09
お久しぶりです。町田…
ブタイチ 03/21 22:54
>鈴木様、ようこそ。…
町田 03/19 23:12
>ムーンライトさん、…
町田 03/19 22:35
今日、店からはじめて…
デルタリンク宮城 03/19 19:40
この「東電を怒る父さ…
ムーンライト 03/19 11:45
>ゆんたさん、ようこ…
町田 03/19 09:11
言葉に出して誰かに代…
ゆんた 03/19 07:50
>鈴木 様本当に…
町田 03/18 00:00
町田さん、ご心配あり…
デルタリンク宮城 03/17 20:52
>鈴木様コメント…
町田 03/17 16:04
>TOMYさん、よう…
町田 03/17 14:39
町田さんこんにちは。…
デルタリンク宮城 鈴木 03/17 11:32
こんばんは、町田さん…
TOMY 03/16 20:23
世界中に5億人を超え…
フェイスブック 03/15 11:30
>s-_-s さん、…
町田 03/14 00:28
町田さんご無事で何よ…
s-_-s 03/13 22:55
>ムーンライトさん、…
町田 03/12 17:43
町田さん。ご無事でし…
ムーンライト 03/12 16:25
>YAMAさん、よう…
町田 03/12 13:33
シンプルな風景画、い…
Yama 03/11 12:14
>渡部竜生さん、よう…
町田 03/10 02:33
>キャンピングカーと…
渡部竜生 03/09 14:02
>スパンキーさん、よ…
町田 03/08 19:22
いいですね、北斗。久…
スパンキー 03/07 13:52
>マッキー旅人さん、…
町田 03/03 22:45
町田さん、今日は。…
マッキー旅人 03/03 16:23
>ムーンライトさん、…
町田 02/28 22:42
町田さん。アマゾ…
ムーンライト 02/24 10:29
>渡部竜生さん、よう…
町田 02/19 05:42
>小平の福ちゃん様、…
町田 02/19 05:31
>matsumoto…
町田 02/19 05:18
>solocarav…
町田 02/19 05:03
>el さん、ようこ…
町田 02/19 04:50
>旭川の自称美女さん…
町田 02/19 04:14
幕張ではお世話になり…
渡部竜生 02/19 00:58
ご無沙汰しております…
小平の福ちゃん 02/19 00:03
お久しぶりです。ma…
matsumoto 02/14 07:35
ぜひ実現させたいアイ…
solocaravan 02/11 20:59
だいぶ経ってからのコ…
旭川の自称美女 02/11 11:51
町田さん、こんにちは…
el (エル) 02/11 11:11
>TOMY さん、よ…
町田 02/10 00:21
こんばんは、町田さん…
TOMY 02/09 21:45
>ムーンライトさん、…
町田 02/09 15:38
>ゆんた さん、よう…
町田 02/09 14:48
>Joe Cool …
町田 02/09 13:46
>磯部さん、ようこそ…
町田 02/09 11:54
「ゆんたさん」の文章…
ムーンライト 02/09 11:46
>TJさん、ようこそ…
町田 02/09 11:22
色々なことを考えまし…
ゆんた 02/09 06:36
同居していて5年前に…
JoeCool 02/08 16:01
最初に、このブログを…
磯部 02/08 05:14
写真で見る限り「FA…
TJ 02/07 21:20
>aki さん、よう…
町田 02/03 00:58
人生にドーピングはな…
aki 02/01 10:07
最近のトラックバック
ザ・バンド
12/11 09:46
鉄道の魅力、立体的に
09/10 07:38
関越高速道・・・寄居…
07/24 09:18
女性目線で見たキャン…
03/05 10:18
かるキャン 画期的な…
02/26 06:14
「くるま旅くらし読本…
02/06 10:22
言葉にならない
01/13 20:10
電動ポルシェ!?その…
10/31 09:50
路地裏
08/18 09:49
「すべての男は消耗品…
08/17 20:24
ガマの油
06/15 21:53
「ガマの油 」ちょっ…
06/15 07:58
52nd
04/25 21:52
007 カジノ・ロワ…
02/02 01:18
関西(大阪・京都・神…
01/30 05:21
【ネットができる宿|…
01/05 19:52
4輪&2輪
09/22 16:41
『秘伝 大学受験の国…
09/19 03:09
LPガスボンベ
07/26 11:37
ロス
05/28 22:39
テスト
05/28 22:36
大阪キャバクラnig…
04/26 20:37
キャバクラ/ニューク…
04/09 17:32
キャバクラ嬢ご用達し…
03/14 14:32
気になるキャンピング…
03/08 07:08
キャバクラ求人-Ag…
02/23 14:41
キャバクラ情報誌クラ…
02/22 19:14
No6 LPガスの充…
02/14 14:47
大阪キャバクラブログ
01/20 21:35
御当地!プルバック・…
12/20 00:53
カップヌードル
08/09 01:54
【キャンピングカー】…
08/05 16:23
【キャンピングカー】…
08/05 16:20
村松友視の「淳之介流…
08/04 11:11
荒井千暁著『職場はな…
06/29 22:35
元ちとせ/千の夜と千…
04/15 01:55
軽自動車エッセのうる…
03/26 08:21
カーナビの渋滞回避?…
03/10 20:07
車中泊なら虫の心配い…
03/07 18:35
こんなキャンピングカ…
03/07 03:56
キャンピング&RVシ…
03/02 01:17
キャンピング&RVシ…
02/23 18:45
キャンピング&RVシ…
02/18 06:43
キャンピング&RVシ…
02/17 00:23
ZECC(ゼック) …
02/15 23:27
トイレどうする?
02/15 10:25
キャンピング&RVシ…
02/10 21:46
新古車
02/04 17:19
軽自動車キャンピング…
01/25 13:10
ブレードランナー
01/14 12:03

3・11以降

sakura0048

 脚本家の宮藤官九郎は、
 「3月11日以前に書いた台本が、別のものに思える」
 と言った。

 その気持ちがとてもよく分かるような気がする。

 たぶん物書きの多くが、そのようなことを感じているのだろう。
 いや、ほとんどの日本人が、漠然とそう感じているでのはなかろうか。

 「3・11 以前」 と 「3・11 以降」 では、日本人の意識のなかに、 (大げさにいえば) 「明治維新以前」 と 「明治維新以降」 とか、あるいは 「太平洋戦争以前」 と 「太平洋戦争以降」 ぐらいの断層が生まれているような気もする。

 もちろん 「日本人は変わっていない」 という人もいる。
 それも分かる。
 時代の変化というのは、そんなに簡単に見えるようなものでもない。

 しかし、10年ぐらいのスパンで眺めると、
 「あの日以来、日本は変わった」
 と眺めるような視点が生まれているだろう。

 なぜかというと、今回の災害が諸外国に与えた影響が大きいからだ。
 日本人は、外国の評価や評判が耳に届くようになってから、ようやく自国の状況に気づくという傾向があるが、これもその一例のように思う。

 たとえば、80パーセントの電気を原発に頼っているフランスでは、原発反対の市民運動が盛り上がっているという。
 80パーセントも電気を供給する原発を廃止したら、それこそパリなどは原始時代の闇に戻る。

 それでもいいという人々が生まれてきている。
 福島の原発事故の波紋は、世界の人々に原発への不安を感じさせただけでなく、原発を廃止した場合のエネルギー供給はどうなるのか、という問題意識も植え付けることになった。

 そういった意味で、 「3・11」 というのは世界中の人々に、とりわけ先進国の国民に、電力と化石エネルギーの上に築かれた近代文明というものを、再度問い直すきっかけを与えたのだと思う。
 だから、これは悲惨な自然災害であると同時に、ひとつの文明史的な出来事でもあるように思う。

 このような諸外国の人々が感じた 「時代の変化」 が、再び日本に戻ってきたとき、日本人の意識の底に、ようやく3・11の意味が定着するような気がする。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 09:56 | コメント(3)| トラックバック(0)

人類に残された資源

 福島・原発事故の影響が広がるにつれ、 「自然エネルギー」 の見直しを訴える識者が増えてきた。
 これを機に原子力発電所を廃止して、危険性のない太陽光発電や風力発電などに切り換えていこうというわけだ。

 しかし、反論も多い。
 それらの自然エネルギーでは、とても現在の生活レベルを支えきれないという。
 反論を試みる人たちの多くは、原発の運転を止めれば経済成長の低下は免れないことを主張する。
 そして、国民はすぐに原発の再起動を望むだろうとも。

 その根拠は、
 「人間には、現在手に入れている便利さや快適さを放棄することができない」
 からだという。
 そして、 「安易に自然エネルギーを口にする学者や文化人は、そのエネルギー量の乏しさを想像できないのではないか?」 と嘲笑する識者もいる。

 そうかもしれない…とも思う。
 自分でも、 「便利な生活を見直そう」 などと口では言っているものの、それを言葉にして言えるのは、快適な冷暖房に恵まれた住環境にいるからこそであって、実際に快適さを放棄しなければならなくなったとき、いつまでもきれい事を言っているわけにはいかないような気もしてくる。

 だが、一方で、そろそろ人類は大きな決断をしなければならない時が迫ってきているようにも感じる。

 だから今回の大震災とそれに続く原発事故は、将来のエネルギー問題を、誰もが 「自分の問題」 として受け止めなければならないことを突きつけたようにも思う。

 そして、我々に突きつけられているエネルギー問題や環境問題とはいったい何なのか? それをもう一度問い直す契機をつかんだような気もする。

 そのことを考えると、いつも思い出す1冊の本がある。
 三崎浩士という人が書いた 『エコカーは未来を救えるか』 (ダイヤモンド社) という本だ。

エコカーは未来を救えるか表紙2011

 著者は、いすゞ自動車のバスの企画開発に従事したエンジニアで、この本も、自動車社会の未来を展望するという視点に立って書かれている。
 しかし、それだけにとどまらず、人類の文明の行く末を示唆していて、なかなか興味深い。

 だが、そのトーンは一貫してペシミスティックな色に染め上げられている。

 1998年に出版されたもので、すでに世に出てから13年が経過している。
 だから、その時点での知見は、その後大きく書き換えられ、今はもう少し楽観的な観測が主流になっているのかもしれない。

 しかし、この本が環境問題の本質を突いていると思うのは、13年も前に、
 「本当の環境問題とは、CO2や大気汚染物質の増大から生まれる “地球の温暖化” などではなく、エネルギー資源の枯渇だ」
 と喝破したところにある。

 現に、ここに来て、地球温暖化説に対する反論も多く出回るようになった。
 つまり、文明の廃棄物による環境汚染が温暖化を進めるという説は、原子力発電を推進しようとする人々の捏造した “神話” に過ぎない、と唱える識者が現れるようになったのだ。

 その人たちの言い分はこうだ。

 「原発推進派の人たちは、化石燃料を燃やす火力発電よりも原発の方がクリーンエネルギーだと言って、政府や文化人に圧力をかけた。そして、その理屈を決定づけるために、むりやり温暖化説をデッチあげた。
 しかし、それは詭弁だった。事実、大気汚染が温暖化を進めたという科学的な根拠は何もない」

 私には、その事の真偽を確かめるほどの知識も教養もない。

 それに関しては、この本の著者である三崎氏も、
 「太古から地球は温暖化と寒冷化を繰り返しており、人間の活動とは関係なく、大気中のCO2濃度が濃くなった時代には温暖化に向かうという説もある。
 しかし、将来後悔しないためにも、いま人為的な理由で温暖化を進めると思われることには対策を立てていた方がよい」
 と言うにとどめている。

 著者はいう。

 「それよりも深刻なのは、エネルギー供給が途絶することである。エネルギー資源が枯渇するにしたがって否応なく経済も縮小することになるが、同時にCO2排出も、廃棄物も化学物質も減少し、環境問題は自然と “解決” の方向に向かうだろう。
 今日の自動車は、大気汚染をはじめとする環境問題の元凶としてとらえられているが、それはエネルギーの供給が続くと仮定した場合の話であって、本当の自動車の危機はエネルギー資源の枯渇にある」

 これに対し、その後 “脱化石燃料” への取り組みが進み、自動車においてもEV (電気自動車) やエタノールなどを代替燃料とする研究と実用化が加速した。
 我々はそれに対する希望も持っている。

 しかし、著者はそれらの代替燃料の実用性において、当時、次のような観測を抱いている。

 まず電気自動車 (EV) 。

 「確かに、電気自動車は “究極の自動車” である。化石燃料枯渇後のエネルギー源は電力しかないからだ。
 電気自動車の心臓であるモーターは、運転が静かでなめらか。
 低速からトルクが得られる。
 排気ガスを出さない。
 停止時に無駄なエネルギーを消費しない (アイドリングが要らない) などのメリットがある。
 しかし、エネルギーを蓄えておくバッテリーを搭載しなければならない。
 これが重い。
 小型車クラスの電気自動車でも一般に300~400kgの電池を搭載する。70リットルのガソリンを積んだときのタンクの重さはおよそ52kgだが、ガソリンと同じエネルギー量を出そうとすると、その蓄電池は15.6トンになる。この重さは大型観光バスの車両総重量に匹敵する。
 充電にも時間がかかる。標準の充電時間は8時間である。
 リサイクルも難しい。
 電気自動車はバッテリーと半導体の塊である。ヒューズボックスやハーネスなどの一般の電装品は金属部品、銅銭、電子部品、プラスチックを選り分けるのが難儀である。
 また、バッテリーの処分も大きな問題となる。
 一つは大量の酸性液体の処理。
 一つはカドミウムや鉛などの有毒物質の処理。
 さらに、現時点で後46年分しかないという鉛資源の枯渇という問題も加わり、バッテリー搭載に対する問題は山積みされている。
 いずれにせよ、石油燃料が供給される間は、電気自動車の大きな市場は形成されない。コミューターや電動大八車という形での普及は考えられるが、輸送の効率向上の鍵となるトラックやバスを電池で走らせることなどできない」

 そう書かれてから13年。
 今は、バッテリーの軽量化に対する取り組みも行なわれ、ここで挙げられた数値はかなり変わってきているのではないかと思うのだが、それでも電気自動車の普及には、あまたの高いハードルが設けられているということは、これで分かる。

 では、食糧素材から採れるエタノールを燃料に使ったものはどうか?

 「これは再生可能なバイオマス (生物) から生産できる。しかし、バイオマスエネルギーは、将来の人口爆発とエネルギー不足による食糧危機と必ず衝突するだろう。
 アメリカではトウモロコシからエタノールを製造する試みがあるが、得られるエネルギーに対して投入するエネルギーは1.4倍という試算がある。サツマイモから作るものは2倍である」。

 ならば、天然ガス燃料はどうか?
 
 「天然ガス自動車は、90年代に入って開発に拍車がかかり、低公害化と代替エネルギー性の両面から期待されている。
 低公害でいえば、CO、NOx、炭化水素などの排出量が格段に少ない。PMもCO2も少ない。マイナス20~30℃でも始動できる。
 デメリットは、燃費が悪く航続距離が短い。ボンベがかさばる。インフラ整備が追いつかない。
 現在は新規の発見量が年間生産量を上回っているから薔薇色の炎が灯っているが、世界が一斉に天然ガスにシフトしていけばその寿命は一気に縮まる。
 現在タクシーで普及しているLPG車も、LPGが石油の精製過程で採取されるガスなので、石油枯渇と同時に姿を消していく」

 う~ん…。だんだん絶望的な気分が広がっていく。
 では、最近話題のソーラーカーというのはどうなのか?

 「ソーラーカーは、発電しながら走行できるところが従来の電気自動車とは異なる。
 しかし、太陽電池は膨大なエネルギーを生み出すことができない。たぶんに “太陽の恵みで走る” というイメージ的なものが、長年人間のDNAに刷り込まれた神話的象徴性と共鳴したエコロジカルな自動車という感じだ。
 そもそも太陽エネルギーには限界がある。
 晴天時に、地表が受ける太陽エネルギーは1㎡当たり、最大1kWである。太陽電池の変換効率を15パーセントとすると、1㎡当たりの発電出力は、0.15kWだ。これは馬力に還元すると0.2馬力である。
 もし、200馬力ぐらいの動力性能を得ようとしたら、1,000㎡ (約300坪) の広さが必要となる。観光バス1台に搭載してもようやく6馬力 (原付バイク並み) にしかならない。
 さらに、日照は気象条件や季節によって変わり、夜は光りが届かない。夜や雨天時にも走行しようと思えば、蓄電池を搭載しなければならない。
 もし、太陽電池で火力発電所が供給するのと同じ電力をまかなうとなると、東京都と神奈川県のすべてを電池で埋め尽くしてもまだ足りない。
 さらに、太陽電池の出力が落ちないようにその表面をこまめに掃除する必要がある。とても現実的ではない。しかも耐用年数は30年でしかない。半導体なのでリサイクルもできない」

 最後に、自動車燃料の話から少しずれるが、肝心の原子力についての著者の意見を聞いてみよう。

 「原子力の未来も決して明るくない。地下資源のウランそのものが有限だからだ。
 ウランのうち燃料となるのはウラン235であるが、天然ウランにはこの235が0.7パーセントしか含まれておらず、残りの99.3パーセントを占めるウラン238は燃料にならない。
 ただ、高速増殖炉があれば、軽水炉では燃料にならないウラン238をプルトニウム239に変えて燃料にすることができる。そうすれば、ウラン235の10倍の働きをする。
 しかし、プルトニウムは発癌性や毒性が強く、しかも放射性廃棄物の処理の問題も出てくる」

 この意見が、現在の原子力発電の状況を伝えるものなのかどうか不勉強な私にはよく分からないが、ざっと読む限り、どうも原子力も、究極の救世主にはならないようだ。

 要するに、著者は、石油に替わるさまざまな代替燃料が開発されても、石油のような高効率なエネルギーには、人類は二度とめぐり会えないだろうと言いたいのだ。
 石油が燃料として合理性を持っていたのは、エネルギー密度が高いこと、燃料が液体で取り扱いやすく、燃料タンクの形を自由にできること、燃料の後始末が要らないという様々なメリットがあったからだ。

 では著者は、原油の枯渇が見えてきたときの人類の未来をどのように考えているのだろうか。

 「エネルギー危機が見えてくるのは、2030年頃あたりだろうといわれている。現在57億の世界の人口は、21世紀半ばには100億に達すると予想され、そうなればエネルギー危機の到来が早まることも考えられる。
 専門家たちは、 『遠い将来ではあるが、いずれは自動車はなくなるだろう』 、 『人々は日が暮れたら水を飲んで寝る生活になるだろう』 と言い合っている」

 これが、この著者の描く未来図だ。
 なんだか、200~300年後の首都高速には、のんびりと馬車が走っていそうなイメージが浮かんでくる。
 はて、ここまで読まれた方は、どう思われるだろうか?

 そろそろ、私の感想を述べるときかもしれない。

 実際、この著者がいうように、石油の代替燃料が石油ほどの高効率をもたらすことは期待できないだろうし、新しいエネルギー源の研究開発に、驚くほどのイノベーションを見ることもありえないだろう。

 たぶん、エネルギー政策の転換は、国際社会の利害調整やら、研究開発機関の予算枠との絡みなども考慮に入れながら、 “畳の目を数えるように” 少しずつ前進していくだけだと思う。

 だが、まだ時は残されている。

 自動車の運用に関してのみいうならば、結局は、私たちが資源の無駄づかいをすることなく、残る資源を有効利用する手だてを考えながら、新エネルギー開発までの時を稼ぐしかない。

 そのためには、自動車の車種選びや利用方法も再検討されなければならないかもしれない。

 自動車を利用しているときの状態をつぶさに見ていくと、燃料を消費しているときというのは、必ずしも走っているときだけとは限らない。

 冷暖房を使うために、アイドリング状態のまま車内で過ごすこともあるだろう。昨年の夏のような猛暑が訪れる傾向が強まってくると、車内のエアコンを切ることに躊躇せざるを得ないというのも人情だ。

 だが、そこで、車外温が車内温に影響を及ぼさないようなボディ構造の自動車を選択するという手もある。
 具体的には、ボディの壁面、床、天井などに断熱材を封入した車種を選ぶということだ。

 これらの断熱材の効果は思った以上に高い。車内に残ったままちょっと休憩するときでも、断熱材入りの自動車なら、夏場には木陰に入れて、窓から涼風を招き入れるだけでもかなり快適に過ごすことができる。

 また冬期に暖房を得ようとする場合も、FFヒーターという暖房装置があれば、エンジン停止時においてもクリーンな空調による暖房を得ることができる。FFヒーターにはサーモスタットが付いているので、設定温度を境に自動的にON・OFFを繰り返してくれる。
 それだけでも、無駄な燃料を使用せずに済む。

 さらに、旅行の宿泊先で、ちょっとした買い物、食事など出かけるとき、いちいちクルマを使わずに、自転車などを利用すれば、かなりガソリンを節約できる。
 そういうときのことを考え、自転車などを車内に積み込めるだけの収納庫キャパシティのあるクルマや、サイクルキャリアを無理なく付けられる構造のクルマを選んでおけば安心だ。

 ソーラーパネルによる太陽光発電に関していえば、確かに現状ではそのエネルギー備蓄量は微々たるものかもしれない。
 しかし、それだって車両のルーフにパネルを積んでおけば、微弱な電気量でまかなえる車内の電化製品の補助としては十分に有効だ。
 そのためには、パネルを積めるだけの広さと安定性を持ったルーフ形状のクルマが必要となる。

 また、これからは、自動車旅行のスタイルにも考慮しなければならなくなるだろう。

 むやみに走り回るのではなく、満足できる目的地を選んで、ゆっくり滞在するというのも、これからの自動車旅行には大事なことになるだろう。
 それには、車内で寝泊まりすることも想定して、寝るときには必ず熟睡が保証されるフルフラットベッドが作れるような自動車を選ぶことも検討しなければならない。

 さらに、自動車内で仕事をしなければならないケースも考慮して、恒常的にパソコンぐらいは使えるような自動車が望ましい。
 そうなるとAC電源の安定供給が前提となるが、それを見越して、サブバッテリーを搭載し、インバーターで駆動する電気回路を搭載した自動車が不可欠となる。
 あるいは緊急用の発電機を搭載しておくのもいい。そのときは、あらかじめ発電機搭載スペースが用意されているクルマが理想的だ。
 もちろんキャンプ場などに入れば、たいていAC電源が完備しているから、それを使うという手もあるだろう。

 以上のような条件を完璧に満たしているのがキャンピングカーだ。

 私たちはまだ、これから乗るクルマを選択するだけでも、ずいぶんエネルギー資源の温存に寄与することができる。

 資源は有限である。
 しかし、時はまだ残されている。
 今ある資源を効率よく大事に使いながら、新エネルギーの研究開発に期待していくしかない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:18 | コメント(10)| トラックバック(0)

日本人は変わるか

空と木155

 東北・関東大震災が起こってから、ほぼ3週間。
 震災被害地のレポートを続けていたテレビも、福島県の原発事故の状況解説と、日本経済の行く末の解析などに軸足が移り始めている。

 テレビのニュースを見ていると、現に、パーツの供給ができなくなって、商品生産が難しくなった工場がたくさん出てきたなどという報道が多くなった。
 たぶん、これから多くの日本人にとって、自分の生活基盤に対する不安がきっと大きな問題になっていくだろう。

 一方、テレビと違って週刊誌は、編集 → 印刷 → 流通という手間がかかる分、発売されるまでにタイムラグがあって、今、ようやく震災の生々しい状況を伝える記事が満載されるようになった。

 それらの報道記事と一緒に、レギュラー執筆陣たちのエッセイ、コラムでは書き手が今回の震災で何を感じ、何を考えたかを伝え始めようとしている。
 それらを読む限り、やっぱり、何かが変わってきたように思う。

 『AERA』 では、連載を続けてきた演出家の野田秀樹が、同誌の 「放射能がくる」 という特集内容が 「風評被害を拡大する無責任な企画である」 と批判し、エッセイの連載を自ら打ち切った。
 そして、その批判内容を、 『AERA』 の方も連載最後の記事として堂々と掲載した。

 やっぱり、何かが変わってきている。
 批判、中傷、非難なども含め、メディアに飛び交う言論の中で、どこに “真実” があるのか、それをどう発見すればいいのか。
 そういったことを、原点に立ち戻って、もう一回考え直そうという空気みたいなものが生まれてきたような気がする。

 雑誌などにコラムを寄せるレギュラー執筆陣の原稿を読んでもそう感じるし、ブログなどに自分の身辺雑記のようなものを綴っていたアマチュアの人たちが書くものを読んでも、同様に感じる。
 
 戦争以外で1万人以上の犠牲者を出し、現代文明の象徴であった原子力発電所をもあっけなく崩壊させた今回の震災に見舞われ、さらに計画停電で光のない生活を経験した多くの人が、自分の生き方を問い直すことを迫られている。
 大げさにいえば、そんな感じ。
 
 その問い直しの “網目” をろ過された言葉でなければ、誰にも信用されない。
 何かを発言する場合でも、変わった意見を述べて人に認められたいとか、目立ちたいとかいうパフォーマンスが通じなくなった、と言い換えてもいいかもしれない。
 プロ、アマ問わず、文章を書いて誰かに読んでもらいたいと思っている人たちには共通して、そのような気持ちがあるように思うのだ。

 「一過性のものだよ」
 という人もいるかもしれない。
 「衝撃が大きいからみな動揺しているだけで、そのうち日常性が復活すれば、みな元の精神状態に戻る」
 そういう意見も、聞こえてきそうな気がする。

 そうかもしれない、とも思う。
 しかし、違うようにも思う。
 少なくとも、今の自分は違う。

 実は、私のブログというのは、その日その日ネタを見つけて書いているわけではなかった。
 ブログなど書く時間もなくなる忙しい時期が来ることを考慮して、時間のあるときに書き貯めておいたものを小出しにアップしていたに過ぎない。だから、3月11日の震災に見舞われる前に、準備していたいくつもの原稿があった。
 
 ところが、それをもうアップする気が起こらない。
 あれだけの震災に直面してしまうと、それまでに書いていたものの大半が、もう人の心に届かない原稿になってしまったように思うのだ。

 逆に、人の書いたもので、 「心に届かない」 記事を多く発見してしまう。
 今までは、そんなふうに他人の文章を読んだことがなかったのに、あれ以来、人の文章を読む基準も変わってしまったような気がする。

 何も、今回の地震や原発事故に関して、
 「自分の感想や意見を述べていないとダメだ」
 と言いたいのではない。

 テーマなどはどうでもいい。
 「人の心に届く言葉を書いているか?」
 ただ、そのことだけに関心が向かっている。

 つまり、 “普遍性” を獲得しているか?
 ということなのだ。

 人々の個別な生活感や信条を超えて、どんな人間にも等しく届く言葉を持っているかどうか。
 今、プロの物書きに問われているのは、そのことだという気がする。

 文体なんて、“おちゃらけ” であってもかまわない。
 書いている内容が、不謹慎であってもかまわない。
 そういうことではなく、 “考える態度” の真剣さ。自分を見つめ直す視線の厳しさ。
 それが、問われているように思う。

 それに関しては、普通の人々の方が敏感だ。

 今回の震災を通じて、被災を免れた人たちの多くが、被災された方々に対し、
 「自分には何ができるのだろうか?」
 と自分自身に問うている様子が、いろいろなところから伝わってくる。

 自分自身への問いかけ。

 これはたいへん重要なことだと思う。
 今まで “空気を読み” 、人の意見に逆らわず、周りから “浮いている” と非難されることを恐れて自分の意見を抑えていた人たちが、ようやく 「自分に何ができるか?」 を問うようになったのだ。

 「誰か」 に対して、 「自分は何ができるか?」 と問うことは、そこに、自分以外の 「誰か」 、つまり 「他者」 を見出したことを意味する。

 つまり、地震や津波で被災されたり、原発事故の危機に見舞われている人たちの苦しい生活を “わが事のように” 感じ、その人たちに対して、「今の自分は無力だ」 と考える人たちが出てきたことを意味する。

 そのような認識の変化は、ともすればわが国にも蔓延しそうになっていた、
 「自分さえ幸せならば、他人はどうなってもいい」
 という風潮を押し流すものになるのではなかろうか。

 多くの人たちが、今こう言っている。

 「自分は被災していないが、被災地の方々の生活を思うと、胸が痛む」

 自分には、何もできないが、でも、なんとかしてあげなければいけない人たちがいる。

 そういう気持ちが生まれるところから 「他者の発見」 が始まるように思う。
 そして、 「他者」 を見出したときに、 “普遍” に至る道が開けるように思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(9)| トラックバック(0)

テレビは終わった

 残業夜食用に買ってきた弁当を食いながら、テレビのスイッチを入れた。
 唖然とした。

 夜8時台の番組で、NHK以外、この震災について触れている番組がひとつもない。
 大半が、作り置きの…というか、あらかじめ録画撮りしていたバラエティ番組ばかりなのだ。

 相も変わらず飽食を煽るようなグルメ番組。
 裸のふんどし姿の男性を後ろから撮って、ひな壇の芸人たちが笑い転げる番組。

 テレビ局としては、スポンサーのCMを消化しないかぎり、営業がジリ貧になるという思惑があるのかもしれないが、たぶん、テレビは自分で自分の首を絞めたと思う。
 これを機に、 「テレビ」 というメディアから離れていく人々が絶対いる。

 「テレビは、もう私たちの必要とする情報を流してはくれない」

 きっと、そう思い込んだ人が少なからずいるだろう。

 いま被災地で、どのようなことが起こっているのか。
 どのような風景が広がっているのか。
 どんな苦しみを抱えた人たちがいるのか。

 それについて答えてくれるテレビ報道は、ほとんどない。

 一方で、流通が滞り、部品調達もままならず、工場や事業所を閉鎖する企業もうなぎ登りになっている。
 資金繰りがうまくいかず、経営難に陥る中小企業も多数に及ぶだろう。
 被災地ではなくとも、計画停電が長引くようになると、産業そのものもズタズタになるだろう。

 日本人全体の生活や、日本人の全体の意識が変わるかもしれないというせっぱ詰まった状況のなかで、しかしそのことに思いを巡らしているようなテレビ局はほとんどない。

 1995年。
 下り坂を歩みながらも、まだバブルの余韻が甘く気怠く残っていた日本を、完全に打ちのめしたのが、あの阪神淡路大震災だった。
 あれ以降、日本は完全に変わった。

 日本人が誇る高機能なメガ都市と、それを支える最新技術が、もろくも崩れさった現場を見て、日本人は否が応でも、自分たちの信じてきた都市文明やそれに依拠してきた社会的諸集団の危うさを実感した。
 それは、その後の景気低迷の重苦しさが垂れ込める時代のプロローグとなった。

ムンク「叫び」0001

 おそらく、今回の震災も、日本人の精神構造を大きく変える出来事となるだろう。
 ただ、それが、さらなる暗い混迷の時代に日本を引きずり込んでいくのか、それとも、案外これを契機に、被災地の復興と、閉鎖感に窒息しそうなっていた日本人の心の復興が重なっていくのか、それは今は分からない。

 だから、被災地の真実を知りたい。
 そこに生きる人々が、何を苦しみ、何に希望を見出そうとしているのかを知りたい。
 テレビは、それを伝えてくれない。

 レポーターを派遣して、被災地のルポを試みたテレビ局はたくさんあった。
 しかし、 “報道のプロ” を派遣した局は、 (私が見ているかぎりは) ひとつもない。
 報道のプロとは、局のおかかえレポーターやアナウンサーのことをいうのではない。
 「現場では、医療品も燃料も乏しく、悲惨な状況が続いています」
 などとカメラに向かってしゃべる人が、報道のプロとは限らない。

 “悲惨な状況” とは何なのか?

 それを、先入観抜きに冷徹に観察し、自分の脳髄でその意味を咀嚼し、自分の言葉で語れる人。
 それをひとまず 「報道のプロ」 と言おう。

 たぶん、そのような人は、今のテレビ関係者にはいないだろう。
 当たり前である。
 これまでの思考の枠組みを超えたものに、われわれは遭遇してしまったからだ。
 それを語るのは、平和な世の中で有名人のスキャンダルを暴いていたワイドショーのコメンテーターたちの手には余る仕事だ。

 ならば、人間の悲劇を専門に扱うような小説家や、常に生死の境をさまよっている戦場カメラマンや、死と生を真剣に考え続ける哲学者をレポーターとして派遣してもいいのではないか。

 要は、被災者の気持ちを、自分の心の苦しみとして語れる言葉を持った人たち。
 そういう “鍛えられた言葉” を持っている人たちが、この間、どこのテレビにも登場しなかった。

 出てきたのは、相変わらずの、とりあえずのレトリックだけは豊富に持っている “しゃべりのプロ” だけ。

 多くの日本人が、 “鍛えられた言葉” を語れる人間の声に耳を傾けようとしているときに、さっさとそれを放棄したテレビには、もう明日はないかもしれない。

 テレビは終わった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:23 | コメント(4)| トラックバック(0)

明かりの果ての闇

 連休の合間、久しぶりに家に帰った。
 終電前だった。

 会社から駅に向かう道路が暗い。
 節電のために、街路灯も最小限の明かりに絞っているからだ。

 クルマの交通量も少なく、歩いている人の姿もまばらだ。
 駅構内に入っても、相変わらず明かりが乏しい。

 なぜか、それが心地良かった。
 今までそういうことに気づかなかった。

 「東京の夜」 は、いかに無意味な明かりが多かったか、ということが分かる。

街路灯1002

 昔、 『全国キャンプ場ガイド』 の編集に携わっていたとき、自分のキャンピングカーで、いろいろなキャンプ場を訪ねた。
 途中、夜がふけてから地方都市を横切ることもある。

 田舎に行けば行くほど、街の明かりは乏しくなる。

 「日本はなんて暗い国だったのか…」

 そのときはそう思った。
 しかし、しばらく走り回っていて、突然、気づいた。
 
 「これが普通なんだ」

 恥ずかしいことに、自分の住んでいる東京の夜が “異常だ” ということを知らなかった。

東京の夜景0003

 明かりこそ、都市文明の指標だ。
 いつのまにか、そんな誤解が自分の中に助長していたように思う。

 隅々までくまなく照らす明かりは、 「影」 の部分をつくらない。
 しかし、 「影」 を排除することによって、私たちは何かを失った。

 実は、 「影」 の部分があってこそ、現れる世界というものがある。

 平安京の昔。
 当時、日本最大の街であった京の都ですら、日のかげった建物の影には、鬼や妖怪が跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) した。

 それは、 “近代科学” が生まれていなかったためとは限らない。
 むしろ、 「闇への敬意」 が生んだ文化だといっていい。

 昭和の世になってからも、それは残った。
 蛍光灯が普及するまで、裸電球の貧しい明かりをともした街の店先の奥には、通行人には知りえぬ家主の生活があり、そこでは、様々な悲喜劇が繰り広げられていることを想像させた。

 「影」 は、この世には “視界の中に入らない世界” があるということを教える。
 その世界を観るには、肉体の眼のほかに、心の眼が必要だということを教える。

 しかし、隅々までくまなく照らす明かりに慣れた眼には、もう、肉眼で見えたモノ以外の姿を捉えることができない。

ホッパー1001

 「闇の向こうに、知らない何かがたたずんでいる」 という感覚。
 それを失ったときに、世の中はすべて平板で奥行きを失ったものとなり、おのれの目に見えるものしか信じられないという錯覚を生む。
 そして、それは、人間の傲慢さの温床となる。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 08:05 | コメント(5)| トラックバック(0)

深い言葉

 朝、なにげなくテレビのスイッチを入れたら、地震災害に見舞われた人が、焼け野原のような大地にたたずんで、インタビューに答えていた。
 津波で町全体が壊滅的な被害を受けた土地らしく、千人を超える遺体が発見された場所だという。

 報道記者の差し出すマイクに向かって、その人はこみ上げる悲しみに耐えかねたように、深くため息をついた。
 そして、泥と瓦礫に埋まった大地を見回してから、
 「自分には命があるから、まだいい。命さえあれば、あとはなんとかなる」 と答え、笑顔をつくった。

 重みのある “笑顔” だった。
 自分の持てるものをすべて失い、何人もの知人を失った、涙の果ての笑顔だったのだろう。
 その人たちの供養のためにも、 「自分は生き抜いてやる」 という覚悟の笑顔のような気がした。

 「命さえあれば、あとはなんとかなる」
 という言葉は、まだ何も失っていない自分を、打ちのめしたと同時に、励ました。

 たぶん、私には、その人の言葉の100分の1も実感できていない。
 過不足なくモノがあふれる時代を生きてきて、足りないものが出てくるたびに悲観的な未来を思い描いていた私には、まだこの言葉の持つ重みが “体感的” に把握できていない。

 しかし、その言葉の深さは分かる。
 心に残る言葉は、シンプルでも、その底は果てしなく深い。

東北地方太平洋沖地震

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 09:53 | コメント(7)| トラックバック(0)

何かが変わった

 一夜にして、何かが変わった。
 東北と関東を襲った巨大地震のあと、世の中のムードが一気に変わったように感じる。

 災害の映像が連日CM抜きでTVから流れ、人々の日常生活も混乱に陥っているという特殊な環境が続いているせいだとは思うが、メディアやネットの論調から、浮薄な “批評” が影を潜めた。
 庶民の味方の振りをして無責任な放談に終始する政治評論家たちの漫談や、タレントたちの人の揚げ足を取るような文明批評が消えた。

 もちろん、それは今だけのことかもしれない。
 しばらく経って、ある日、テレビをつけたら、相変わらず無責任な政治放談とおちゃらけバラエティが復活していて、雑誌のたぐいは、政局とタレントのスキャンダルを追っているのだろう。

 しかし、ここ数日のメディアの報道やネット言論を見ている限り、明らかに 「何かが変わった」 兆しが見える。

 それは、死者が1万人を超えるかもしれないという大惨事が起こっているのに、
 「おちゃらけは不謹慎だ!」
 ……という感じのものでもない。

 たぶん、この災害を機に、小才の利いた評論家の “耳障りのいい” 言い回しとか、アドリブ上手なタレントの反射神経的なギャグが、一気に色あせたのだと思う。

 今、人々が求めているのは、足が地に着いた言葉だ。
 言い回しの妙で人を面白がらせる言葉ではなく、現実問題として、いまだ電気のつかない暗闇の中で、身内を探し求めている人々の声の重さに拮抗できる言葉だ。

 実は、すでにそういう言葉を、人々はもうかなり前から希求していたのではなかったか?

 いたずらに人をおちょくったり、けなしたり、過度に持ち上げてみたり、痛いところを突っ込んだり……。
 そういう小手先の会話の “芸” ではなく、 「聞くに足る言葉」 。

 テレビのひな壇を仰々しく飾るコメンテーターたちの、 「思いつき批評」 ではなく、その人たちですら沈黙を守らざるを得ないような、身の引き締まる言葉。
 
 そういうものを無意識のうちに求めていた人々の、心の奥底に溜まっていた感情が、たまたま今回の巨大地震を機に、マグマのように噴き出したという気がする。

 これが、…たとえば福島県の原子力発電所の事件だけだったら、状況はそんなに変わらなかったかもしれない。

 自然災害が発端になったにせよ、原発の問題は 「人間の危機管理能力の問題」 であり、 「政府の対応の問題」 であり、すなわち “人為的なミス” として、今までのような浮薄な批評・批判にさらされただけだったろう。

 しかし、今回の東北、関東、北海道までをも巻き込んだ大惨事は、まさに人間の人為的なミスなどに還元されない 「人間を超えたものの力」 によってもたらされた。つまり、人間が同じ人間を批判したり、嘲笑したりする行為を空しくさせるような “力” が現れた。

津波絵画

 大自然の圧倒的なパワーは、いわば 「善悪の彼岸」 にある。
 それは、誰のせいでもないし、誰に責任があるわけでもない。
 要するに、批評や批判の “外” にある世界が現れたのだ。

 私たちは、これまで、そのような世界を語る言葉を持っていなかった。
 悪いことも良いことも、みんな 「人のせい」 にしていれば、事足りていたわけだから。
 
 人間の管理能力を超えた大自然の猛威に対しては、人間はただ泣くしかない。
 そして、この世から消えてしまったものたちに向かって、心を傾けて追悼するしかない。

 聞くに足りる言葉は、そのような 「言葉を失った場」 から生まれる。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:06 | コメント(2)| トラックバック(0)

大地震

 北関東で、車両撮影をしていた。
 午前中は晴天だったものの午後は雲が多くなり、雨の懸念も出ていた。
 
 「そろそろ仕事を終えなければ…」
 と思っていた瞬間、グラっと来た。

 大地が波打つのをはじめて見た気がした。
 道路を一つ隔てた民家の瓦屋根が、バラバラと音を立てて落下していた。

 取材車として乗ってきた自分のキャンピングカーが、今にも隣のクルマにぶつかりそうに揺れている。
 空の上を、おびただしい鳥たちが、絶叫しながら円を描くように飛び回っている。

 携帯電話で、即座に家に連絡を取ろうとしたが、すでに繋がらない。
 
 震源地はどこなのか?
 知り合いにパソコンを開いてもらったが、ネットにもアクセスできない。

 自分のクルマに戻り、カーラジオのスイッチを捻った。
 震源地と震度だけは分かったが、その他の状況はまだ何もつかめていないようだ。

 しばらくその場で様子を見守るつもりでいたが、近所の人たちがもたらしてくれた情報によると、信号機はみな作動するのをやめて、高速道路は閉鎖されたという。
 一般道の渋滞もますます激しさを増しているとか。

 復旧の見通しは立たないが、かといって、その場に立ち尽くしているわけにもいかない。

 家も心配だし、自分のことを気にしているだろう家族にも無事を知らせたいという気持ちが強くなり、とりあえず一般道を使って、家に戻ることにした。

 信号機が用をなさないので、大きな交差点の前では延々とクルマが連なる。
 ラジオからもたらされる情報により、次第に災害の全貌が明らかになってくる。
 東北・関東全域が、どうやら、とてつもない規模の地震に見舞われたらしい。

 こういうときに、やはり 「情報」 は助かる。
 自分の取るべき行動というものが分かりやすくなるし、何よりも励まされる。

 災害地で大変な状況に巻き込まれた人たちの悲惨なニュースも逐次入ってくるが、一方では、救援に尽力する人たちの力強い活動の様子も伝わってくる。

 みんながみんな、誰かを助けようとして必死に動いているんだな…ということが伝わるだけで、自分の身を守ろうとするだけで汲々としている自分が浅ましく思えてくる。

 夜になって、都内の仕事場から帰る足を奪われた人たちのレポートがラジオから伝わるようになった。
 行き場を失い、暖を取ろうとする人たちのために、営業時間が過ぎても店を開放している飲食店の話。道往く人を励ますために、売れ残ったお菓子類を無料で配り始めた和菓子屋さんの話。
 
 困っている人たちのために、自分ができることを精一杯やろうとする人たちの話は、渋滞するクルマの列になすすべもなく閉じ込められている自分にも 「元気」 を配ってくれる。

 都内に入ったのが、午前2時。
 幹線道路はまだ渋滞が続き、運転に疲れたのか、側道に止めて寝てしまったドライバーも多い。

 その時間に、ネクタイをしてカバンを下げたサラリーマンたちがまだ歩いている。
 JRがすべて止まったので、家まで歩き始めた勤め人がいっぱいいるとラジオは告げていた。

 結局、自分も11時間かけて家にたどり着いた。
 家の玄関に入ったのは、夜中の3時半だった。

 テレビをつけて、ようやく今回の災害の様子を 「映像」 を通して確認することができた。
 津波によって押し流されていく無数の自動車の様子や、火災を起こして火の海となった街の様子を見ると、あらためて日本を襲った大惨事の実態がよく理解できた。

東北地方太平洋沖地震

 被災地となった地域には、自分の知り合いも多くいる。
 その人や、その家族たちは大丈夫だったのだろうか?
 考えるだけで、胸が痛む。
 

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 13:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

ジュリアンオピー

 もう、そうとう昔の話になるけれど、会社のパソコンのファイルの底に、 「TURBO FREEWAY (TFway) 」  というゲームソフトが眠っているのを発見したことがある。

 自動車レースのゲームだった。
 といっても、サーキットではない。

ターボフリーウェイ(TFway)

 まばらな木々が植わっている公道で繰り広げられるレースなのだが、パソコンの黎明期のソフトという感じの、情報量を極端に絞ったシンプルな風景に、不思議なものを感じて、けっこうハマった。

 殺風景な景観が、むしろシュールに思えたのだ。
 それは、ちょうど映画 『マッドマックス』 のロケ地である荒涼としたオーストラリアの風景にも似ていた。
 こんな風景の場所に独り取り残されたら、寂しさで発狂しそうだ…と思う反面、この画面を額にでも入れて部屋に飾ったら、案外面白いかも…とも思った。

 が、つい最近、この 「TURBO FREEWAY」 の画面とそっくりのアートを発見した。
 イギリスの現代アートシーンで有名な (…ということを、そのとき知ったのだが) ジュリアン・オピーの作品だった。
 本棚を整理していたら、本と本の間に眠っていた 『美術手帖』 の2000年9月号に、その絵が載っていたのである。

 どうして、そんな雑誌を買ったのか、その雑誌のどの記事を読みたかったのか、今では思い出せない。
 で、買ったときには、たぶんジュリアン・オピーのグラビアを見ていなかったか、見ていても意識の中に入らなかったのだろう。

ジュリアン・オピー1004

 しかし、改めて、この風景は 「すごい!」 と思った。
 いま流行りの3D画面とは真っ向から逆を向いているのに、なぜか、この奥行きを欠いた画面の方に、魅せられている自分がいる。

 そもそも、これは絵なのか、イラストなのか、デザインなのか。
 商品のパッケージに使われそうなチープ感もあれば、ポップアートとしての存在感も漂わせている。

 『美術手帖』 の説明を読んで、それが、1990年代の終わり頃から2000年代にかけて話題を呼んだ 「スーパーフラット」 という潮流に乗った手法であると知った。
 その流行から10年遅れて、ようやくその存在に気づいたことになる。

 こういう絵の、いったい何に自分は魅了されるのか。

 この奥行きを失ったベッタリした画面が、逆に、近代絵画とは別の次元の “奥行き” を感じさせてくれるからだ。

 木は、かろうじて木と分かる形にまとめられ、まさに 「木」 の記号と化している。
 木がなければ、その背後に控えている 「大地」 と 「空」 を想像することさえ難しい。
 まさに、幼児の下手くそな塗り絵。
 これを 「絵」 として認めたがらない人も多いような気もする。

 しかし、この絶望的な遠近感の喪失には、別の意味での “奥行き” がある。
 奥行きを拒否したフラットな画面が、逆に、その背後にたたずむ何かを感じさせる。

 このようなフラット化された空間を追求した20世紀絵画として、すでにマチスやゴーギャンのような巨匠たちがいる。
 しかし、彼らとジュリアン・オピーとの決定的な差異がひとつだけある。
 それは、 「デジタル以前」 と 「デジタル以降」 という言葉で語られるべきものかもしれない。

 「象徴」 とか、 「暗示」 とか、 「寓意」 といったアナログ的な想像力では到達できないデジタル社会の感性で捉えた “彼方 (かなた) ” がここにはあるように思うのだ。

 人間の脳がスーパーコンピューターに置き換えられ、人間がアンドロイドとしての「眼球」 を与えられた時に見る光景とは、ひょっとしてこんなもんではなかろうか。

 近代絵画の遠近法は、このような空間を描くことができなかった。
 遠近法とは、絵画を眺める鑑賞者が、あたかも 「その絵の中に入っていける」 と錯覚するような作図法で貫かれたもののことをいう。
 
 それは、神を讃えたヨーロッパ中世の宗教画や、仙人の理想郷を描いた東洋の山水画のフラット感を “否定するもの” として登場した。
 要するに、それは、 「この世に神秘はない」 という近代主義思想が生んだリアリズムであった。

ジュリアン・オピー1003

 ジュリアン・オピーのスーパーフラット絵画は、その近代主義思想を、もう一度転倒させたものかもしれない。
 作図法としては、西欧中世美術や、東洋の山水画の構造に近い。

 もちろん、そこには 「神」 も 「仙人」 もいない。
 「理想」 も 「教訓」 もない。

 だけど、近代主義的なリアリズムを超えたモノの気配がある。
 「何もない」 という虚無に向き遭ったときの 「畏れ (おそれ) 」 みたいなものが、そこには刻まれている。

 「畏れ」 とは、心がおののくことだ。
 おののきとは、驚愕でもあり、恐怖でもあり、愉悦でもある。

 オピーの静かな絵の中には、耳を澄ませると 「驚愕」 と 「恐怖」 と 「愉悦」 が山々にこだまして、無数のエコー (残響) として鳴り響いているのが聞こえてくる。

 「書くこと、それは、語り終えることのないものの残響になることである」
というモーリス・ブランショの文学論は、このジュリアン・オピーの絵に対しても当てはまる。
 すなわち、
 「描くこと、それは、描き終えることのないものの残響になることである」

 私たちが、ある文学、あるいはある絵画に感動するのは、そこに描かれたものを “手に入れた” からではない。
 むしろ、手に入れられなかったものを追おうとするからだ。

 追っても、追っても、夏の道路のかなたに燃えたつ “陽炎 (かげろう) ” のように、まばゆい乱反射を繰り返しながら、逃げていくもの。

 その乱反射を、ブランショは 「残響」 と言ったのではなかったか。

ジュリアン・オピー1004

 ジュリアン・オピーの極限まで “説明” をはぎ取られた 「木」 や 「空」 は、実体とは無縁の単なる “記号” であり、具体物の残響 (=エコー) にすぎない。

 しかし、実体物が去った後にこだましている 「残響」 とは、すでに実体物とは別の 「何者か」 である。
 ちょうど雲一つない冬の青空が、もはや 「空」 とは言えない別のモノになっているように。 



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

親孝行ビジネス

 ここ最近、 “親孝行ビジネス” というのが、注目を集めているようだ。

 もしかしたら 「ビジネス」 という、とげとげしい言葉を使ってはいけないのかもしれない。
 
 「 “親孝行” に注目が集まっている!」

 ひとまず、そう言っておこう。

 ことは、ある旅行会社が親子2世代を対象とした商品を開発しようと思いつき、老齢の親を持つ30~50代の子世代200人に対して、ネット調査を行なったことから生まれた。

3世代キャンプ

 その調査によると、子世代の48パーセントが、 「親に旅行をプレゼントしたことがある」 と回答し、38パーセントが 「親と一緒に旅行をしたい」 と答えたという。

 旅行会社は、その解答をヒントに、ユニバーサルデザインやバリアフリーを意識した国内ホテルや旅館を厳選し、リフト付きのバスを用意するなど、高齢者に絞った旅行商品を開発した。
 もちろん、ホームヘルパー2級以上の資格を持つ介護経験者が旅行サポーターとして同行して、万が一に備える。

 これがえらく評判がいい。
 親を安心して旅行に送り出せるとあって、子供が、そういう旅行商品を親にプレゼントするだけでなく、子供も一緒に介護者として参加するなど、かなり盛況だという。

 折りも折り、 “親孝行” をテーマにした書籍が脚光を浴びている。
 みうらじゅん氏が実践する親孝行の数々を紹介した 『親孝行プレイ』 は、ドラマ化されるほどの評判を呼んだ。
 また 『親がしぬまでにしたい55のこと』 (親孝行実行委員会・著) は、10万部を超えるベストセラーとなった。

 現在、日本人の平均寿命は、男性79.59歳。女性86.44歳。
 2010年の日本人の平均年齢は、45.1歳だという。

 つまり、親のことを気にかけながらも、仕事や育児に忙殺されていた40歳代の日本人が、そろそろ親との死別を意識せざるを得ないような人口構成になってきたのだ。

 そのことを反映してか、近年、親と同じ圏内に住む人たちが増えているとも伝えられている。

 あるマーティング会社が、東京、千葉、埼玉などの40~50代の男性を対象に、親と息子夫婦の関係を調査したところ、回答者の45パーセントが親と同じ圏内に住み、また40パーセントの子供が、月に一度は親と会っていることが分かった。

 親と子を隔てる距離は、徒歩20分程度。
 電車でも1時間圏内。
 子供が、田舎に住んでいる親を都会に呼び寄せるケースもあれば、子供夫婦が思いきって都会を脱出し、親が住む地方に移住することもあるらしい。

 かつては、多くの若者が、村社会の閉鎖性や親世代の拘束を嫌って、都会に飛び出していった。
 そして、都会で結婚し、集合住宅に住んで、 「核家族」 という共同体の拘束を逃れた絶対自由のユートピアをつくった。

 しかし、どうやらいまの日本人には、そのような自由を享受できる余裕がなくなってきたらしい。
 不況の恒常化によって、どの夫婦もダブルインカムを考えなければならなくなった。
 しかし、母親が働きに出ようとも、いまはどの都市でも保育所は満杯。
 核家族の母親に対し、育児の辛さがもろに直撃する。
 少子化を非難する論調は多いが、育児や家事をサポートしてくれる人間が周りにいなければ、 「これ以上、子供は持ちたくない!」 と思う母親が次々と現れたって不思議ではない。
 
 そのため、家事に関しては、
 「親世代にケアしてもらえるところは、ケアしてもらおう」
 という合理的な判断を下す子世代が増えてきたという。

 親世代にとっても、子供たちとの会話が復活したり、孫と触れ合う時間ができるのはうれしいことだ。
 親子が簡単に行き来できる範囲内に、お互いの居を構えるという風潮が生まれてきた背景には、そんな事情が絡んでいるようだ。

 面白いのは、住む場所が 「同一圏内」 ではあっても、決して 「同世帯」 ではないこと。

 一時ブームであった 「二世帯住宅」 というのは、いまはまったく売れないらしい。
 一緒に住めば、どうしても “嫁・姑の対立” という永遠の問題が生まれる。
 いまの親世代は、若い頃に閉鎖的な家族共同体から逃れてきた人たちだから、自分たちも、親子の対立を避けようとする。

 対立を避けながら、徒歩20分とか電車で1時間ぐらいの場所にそれぞれ住んで、ゆる~く連絡を取り合う。

 これがどうやら “イマドキ親子” の理想であるらしい。

 そこで、先ほどの旅行会社の例ではないけれど、70代と40代の親と子をひとつのセットとして考えるようなマーケットが発見されるようになったわけだ。

 これまで、シニア層をターゲットにした商品でバカ当たりしたものは出てこなかった。
 浸透したのは、単価の安い健康食品の系統ばかり。
 
 社会情勢が不安定な時代があまりにも長く続いたため、シニア層は、自分たちの生活を守るためにサイフの紐をギュッと絞る習性を身につけてしまったのだ。
 いちばん裕福な個人資産を抱える人たちがお金を環流させなくなったのだから、不況が長引くのも当たり前である。

 ところが、この世代の親は、子供や孫には甘い。
 自分たちの生活は慎ましやかに維持しながら、 「孫の誕生日」 などとなると、気前よくお金を放出したりする。

 彼らはお金そのものを出し渋っているわけではなく、孫や子供たちと触れ合う喜びが得られるのならば、それにはお金をいさぎよく遣おうと思っているのだ。

 ここで、 「親孝行ブーム」 の正体が見えてくる。

 世の親孝行ブームというのは、子や孫の世代を上手に使って、親世代を消費社会に引っぱり出そうという試みであるとも言える。

 そのからくりを、消費者サイドから眺めると、なんだかうんざりしてしまうけれど、親世代と子世代、さらにその孫世代と、3世代が一緒になって楽しめる商品が生まれるということは、決して悪いことではない。

 いままでの商品開発では、ターゲットの絞り込みが優先されていた。
 特に、嗜好品は、ターゲット層の性別、年齢、所得、生活圏内、趣味などという細かいエレメントに分解され、訴求対象がピンポイントに絞られる形で開発されてきた。

 しかし、そうやって 「個」 に分断された商品開発というのは、 「個」 が強く希求されていた時代でなければ通用しない。

 人々の心は、チャーミングな 「個」 を主張するよりも、家族や友人と “ゆる~く” つながることの方に価値を見出そうとしているように見える。
 だから、時には、祖父・祖母・夫婦・孫といった、家族の漠然とした広がりを大事にするような商品開発も必要になってくる。

 キャンピングカーというのは、そういう流れの最先端をいく商品だと思うし、それを有効活用したキャンプという行事は、3世代が遊べる理想的なレジャーだと思うのだけれど。

3世代キャンプ

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:02 | コメント(2)| トラックバック(0)

ハーレーの魔力

 この前、名古屋のキャンピングカーショーの取材に行き、ついでに隣りで開催されていたハーレーダビッドソンのイベントも覗いてみた。

ハーレーイベント看板

 キャンピングカーショーと、客層がそんなに変わらないんだな。
 圧倒的に、シニアの姿が目立つ。

 熟年夫婦といった感じのカップルもいて、キャンピングカーショーから流れてきた人たちかな…と思ったら、ハーレーのロゴを背中に貼り付けた革ジャンのペアルックだったり…という感じだ。
 
 世代的には、どちらのイベントもほぼ似たような客層だという気がしたのだが、ファッション的な違いがあるとしたら、ハーレー組は、着ているものがみな黒っぽい。

ハーレーイベント見学客

 ヘルスエンジェルスとかを気取っているのだろうか。
 革ジャンにジーンズで決めたスキンヘッドのオジサンが、鎖をがちゃがちゃ鳴らしながら、のっしのっしと歩いていたりすると、ちょっと怖い。

 まぁ、そういう人も、普段はきさくなサラリーマンだったり、商店の店主だったりするのだろうけれど、せっかくのハレのイベントなんだから、昔、あこがれながら成りきれなかった 「不良」 を気取ってみるか … というところなのかもしれない。

ハーレーイベントアトラクション

 会場には、ステッペンウルフの 「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」 が流れていたりするところをみると、主催者も、青春時代に 『イージーライダー』 にハマった人たちを対象としている感じだ。
 ロックとモーターサイクルを、当時の 「若者の神器」 にしたという意味で、確かに、あれは象徴的な映画だった。
 ハーレーは、いいマーケットを得たと思う。

ハーレーカスタム001

 それにしても、ハーレーというのは、ちょっと妖気が漂うような、エロチックな魅力を秘めたバイクだ。
 特に、カスタムメイドのものを見ていると、背筋にゾクっと戦慄が走る。

 あの厚く盛られたクロームメッキの下に 「生命」 が封じ込められているという雰囲気があるのだ。

 生命を持ったメカ。

 そんな妖しげな空気をまき散らす 「機械」 なんて、めったにあるものではない。
 それはどこか映画 『エイリアン1』 で、H・R・ギーガーがデザイしたエイリアンや、彼らが乗っていた宇宙船のデザインに共通したものがある。

ギーガーのデザイン002

 これにまたがって、あのドロン ドロン ドロンと野太く脈打つ、悪魔のワルツに直撃されれば、男の子だったらみなクラクラするだろう。

 腹の底に、異界のリズムが流れ込む。

 原始の世界に溢れていた呪術的な鼓動を、現代の荒々しいメカニズムが呼び覚ます。
 まさに、ハーレーは、あの世とこの世をトランスするシャーマン (呪術師) のマシンだ。

 こいつにハマって抜けられなくなるオヤジが輩出するのも、分かるような気がする。

ハーレーダビットソン002

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

「都会」 の匂い

 仕事で、夜の国道16号線を、南に走った。

 左手に横田基地の滑走路が、フェンスの間から、途切れ途切れに見える。
 軍用機の姿は見えない。

夜のネオン0065

 薄ぼんやりとした光が漂う、とりとめもない空間が、のっぺりと続く。
 ところどころブルーの誘導灯が夜光虫のように浮いている。

 30年以上も前か。
 R&Bを大音量でとどろかせながら、よくこの道を流した。
 
 片道2車線の道路をまたいで、その反対側には、いかにも米兵好みというたたずまいのカフェやレストラン、ブティークが並ぶ。

夜のハンバーガーショップ
 ※ 画像はイメージ

 しかし、大都会の街並みにはほど遠く、ネオンの光量の乏しい、みすぼらしい風景だった。
 
 それが、また良かった。
 無味乾燥なただの日本の道路だったけど、頭の中は、異国を走っている気分だった。

 ふいに、そのときの “気分” がツゥーンと鼻腔をかすめた。

 「都会的なものがカッコいい!」

 そんな感覚を抱きながら生きていた自分がいたことを、ふと思い出した。

 何を、 “都会的” だと思っていたのか。

 アメリカの黒人音楽だった。

夜のジャズクラブ

 そびえ立つ高層ビルでもなく、夜に開花するイルミネーションの群れでもなく、たとえ郊外の寂れた道を眺めていても、そこにR&Bやジャズ、ブルースが流れていれば、もう 「都会」 を感じていた。

マイルス・ディビスカインドオブブルー

 マイルス・ディビスは、まだオーソドックなクールジャズをやっていた。
 マーヴィン・ゲイは、まだその個性を確立することもなく、モータウンのヒット曲路線に従った普通のR&Bシンガーにすぎなかった。

マーヴィン・ゲイベリーベスト
 
 だけど、そこには、石原裕次郎やフランク永井の歌とは違った、異国の 「都会」 の香りが漂っていた。
 それを、 「カッコいい」 と思った。

 そんな “刷り込み” が、いつ、どこで行われたのか、もうそれは霧の中。
 しかし、何かのきっかけがあったのは確かだ。

 きっと、たわいのないことだと思う。
 小さい頃に見た映画かなんかで、 「いかにも都会!」 と感じさせる情景の背後に、R&Bとかジャズが流れていたとか。
 たぶん、そんなことだと思う。

夜の椰子の木

 「都会的」 であるということは、同時に 「大人の匂いを放っている」 ということでもあった。
 ガキにはまだ触れることのできない禁断の快楽と、ガキにはまだ理解できない哀愁と退廃。
 そこをこっそり覗き込むような、スリリングなときめき。

 アメリカの黒人音楽に感じたものは、そんな世界だった。
 たぶん、それと同じようなものを、僕より上の世代は、タンゴやシャンソンに感じていたのだろう。
 
 
 ビートルズ以降、イギリスに数々のビートグループが登場し、日本にもグループサウンズが流行して、僕らは、ようやく自分たちの世代の音楽を手に入れた。
 が、代わりに 「都会」 と 「大人」 を失った。


ジュニア・ウォーカー&オールスターズ
 ▲ ▼ ジュニア・ウォーカー&オールスターズ。
 ちょっと安っぽいサックスの音をフューチャーした、素朴なR&Bバンドの奏でるイージーリスニング。
 でも、これが僕の感じる 「都会的な大人の音」 。
 この薄っぺらでセンチなダンスビートの奥に、漆黒の闇が広がり、罪深い大人たちが味わう芳醇な快楽が隠されているように思っていた。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

エジプトでは何が?

 エジプトでは、いま何が起こっているのか?
 そのことに関心を抱くことは、アメリカの中東戦略に触れることであり、パレスチナ問題を語ることであり、長期政権が続いた国の民主主義を考えることであり、経済格差と失業を語ることであり、ネット社会による情報流通と革命の関係を考えることである。

エジプトの政変

 つまり日本人を含めたさまざまな民族が、これから考えなければならない問題を読み解く契機が、そこにいっぱいあるように思うのだ。

 しかし、今日の出勤前のテレビを見ていたら、日本のメディアの最大の関心事は、相撲界の八百長問題だった。

 「日本社会もグローバル化しなければいけない」
 というかけ声は、相変わらずいろいろな所から響いてくるが、どうやらグローバル化したのはビジネス社会だけであって、メディアの方は、ますます “鎖国化” を深めているような感じがする。

 エジプト情勢の変化は、世界に何をもたらせるのか?

 それに関しては、あの時事解説の達人といわれる池上彰さんだって、次のように語るのみ。
 「エジプトのような大国が反米国家になったら、世界の力関係は大きく変わる。アメリカの中東への影響力は低下するだろう。 パレスチナの和平のゆくえが一段と混迷するのは明らかである」 (週刊文春)

 う~ん……。
 そうなんだけどさ、私の知りたいことはそういうことじゃない。

 たとえば 「パレスチナの和平」 という一言に対してだって、いろいろな疑問がわく。

 「そもそもパレスチナ問題って何だ?」
 「アメリカはなんで、イスラエルを支持するんだ?」
 「宗教とか民族とかいう区分けと、国境とは、どういう関係にあるんだ?」
 「ユダヤ教とイスラム教って、どこが違って、何が同じなの?」
 「ネット社会の普及と、一神教の教えって、影響し合うの? 関係ないの?」
 
 少しじっくり考えてみれば、ひとつの疑問から新たな疑問が発生していくということが必ず起こる。

 《 知の運動 》 って、そういうもんだと思う。

 ところが、今の日本のメディアには、そのような “運動” が生じる気配がない。
 疑問に対する 「とりあえずの解説」 をうまくこなす人はいても、疑問が次の疑問を促すように語れる人はいない。
 
 大事なのは、疑問が次の疑問を促していくという、 《 知のダイナミズム 》 を継続させることだと思う。

 だから、メディアの解説を受け取る視聴者の方も、 「とりあえずの解説」 で満足することなく、その “解説” の中に新しい疑問を見つける目を養い、その疑問からもう一つの “質問” をつくり出す力が必要になる。

 しかし、ブログ、ツィッターなどのネット利用者の発言を見ていると、 「疑問」 を提出することよりも 「結論」 を言い張る人の方がエライみたいな風潮が感じられる。
 特に、文字数が限られたツィッターの方が、みんな 「結論」 を急いでいる。

 「八百長を蔓延させた相撲界は国民の信頼を裏切った。相撲界はいますぐ解散すべき」 みたいな…。

 私は威勢よく豪語される 「結論」 よりも、頼りなくくりかえされる 「疑問」 の方が大事だと思う。

 そもそも、 「疑問」 と 「結論」 はまったく逆の方向に人を導く。
 
 「結論」 は “身内” の結束を固め、仲間同士の求心力を強めようとするが、 「疑問」 は遠心力を発揮して、個人を 《外》 の世界に向かわせる。

 「疑問」 を追い払って 「結論」 のみを尊重する社会は、鎖国化の一途をたどるように思う。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

自己啓発ビジネス

 30年ぐらい前だろうか。
 一度ヘッドハンティングされかかったことがある。
 マーケティングの会社だったか、コンサルティング会社だったか。
 要は、ビジネスのアイデアを出して食べていく会社だった。 

 仲介したのは、学生時代につき合っていた友人だった。

 「まぁ、うちのボスと世間話でも」
 と軽いノリで誘われ、友人も同席して、その会社のボスとステーキを食った。

 アメリカ牛と和牛の “脂肪のつき方の違い” なんていう話から始まったが、シェフが焼けたステーキを鉄板からプレートに移し換えるというタイミングで、そのボスが、
 「マズローの法則って、知っている?」
 と尋ねてきた。

 肉を焼くための法則かと思った。

 しかし、聞いてみると、人間の欲求に関する 「教え」 のことだという。
要は、人間の自己実現要求をうまく管理すれば仕事がはかどるという、心理学的な “動機づけ” を説いたものだった。

 「人間の欲求は階層化されている。
 最も下位に、食欲、性欲などがあり、それが徐々に高みに登っていき、最後の5番目の欲求になると、自己の能力を最大限に発揮したいと思うようになる」

 その5番目の境地に至れば自己解放が達成され、サクセスへの道が拓かれるという理屈だったと記憶している。

 そのボスは、なぜそんなことを私に話したのか。
 たぶん、 「僕らと一緒に仕事をして5番目の境地を歩もう」 というメッセージを送ろうとしたのだと思う。

 「はぁ…」
 と頷きながら聞いていたが、せっかくのステーキがまずくなった。

 別に、その理論がつまらなかった…というわけではない。
 そのボスの語り口に、生理的な違和感を覚えたからだ。

 どこか、マルチ商法などを仕切る人の匂い。
 あるいは、新興宗教か自己開発セミナーなどの講習会で、演壇に立って説明する人の匂い。

 心理学とか哲学のテーマを、誰にでも分かりやすい言葉で説いて、
 「ほら、あなたは、もう生まれ変わってますよ」
 とささやく人の匂いが、そのしゃべり方から立ちのぼってきたのだ。

 だから、マズローさんには申し訳ないけれど、 (たぶん誤解だと思うが) 、人生のモチベーションを高めるための 「○○の法則」 とかいうものに対しては、今も敬して遠ざける気分が働く。

 で、そのボスと会ったのは、それが最初で最後となった。

 マズローさんの法則が、それに当てはまるかどうかは分からないけれど、個人のモチベーションを高めるための法則を説くビジネスは、相変わらずそこら中にあふれている。
 自己啓発本とか自己啓発セミナーなどといわれるものだ。

 とくに、自己啓発書のたぐいは、その実効性を具体的に訴えるものが多いから、新聞広告や車内吊り広告のタイトルを読むだけで、いわんとしているテーマはだいたい推測できる。

 「○日間で、××を達成する法」
 「○○な人生を変える12の法則」
 「デキる人間は、みんな××をクリアしていた」
 …みたいな。

 どれも、お賽銭を投げればすぐご利益があるというタイトルが特徴で、寺社の賽銭箱にコインを放り込むような気分で一冊買えてしまう。

本屋さんの店頭00021

 これらの本には、一貫したスタイルがある。
 最後までキチっと読み終えたものがないので、うかつなことは言えないが、要は、
 「おのれを信じなさい」
 「おのれの中には無限のパワーが眠っています」
 「あなたが成功しないのは、そのパワーに気づいていないからです」
 「だから、まず××を実行しましょう」
 「そうれば、あなたの周りに、あなたを慕う人がたくさん集まってきます」
 という自己が開かれていくプロセスが、ほぼ同じような口調で語られている。

 中身が替わるのは、 「××」 のところ。
 この 「××」 が、時に 「速読法」 になったり、 「整理整頓術」 になったり、 「サプリメントの名」 になったりする。

 もちろん、これらの本が、人生の成功者となるための地道な 「努力」 をないがしろにしているわけではない。
 地道な 「努力」 を強調しながらも、一方で、その努力を軽減するための “秘策” を用意しているところがミソ。
 つまり、
 「汗水垂らしてトレーニングに励むのが常道なんですが、実は、短期間に成果を上げるための “筋肉増強剤” という秘策があるんですよぉ!」
 みたいな感じ。

 この “秘策” の部分が、なにがしかのビジネスにつながっている。
 
 そういった意味で、自己啓発本も、自己啓発セミナーも、マルチ商法も、スピリチュアルも、どこかで 「商売」 に結びつく秘策を大事にしているところが、共通している。

 確かに、自己啓発本は、いっとき人を元気にさせるかもしれない。
 問題は、その元気が長続きしないこと。
 日々の仕事が忙しいと、その忙しさを乗り切るために読んだ自己啓発本の内容すら、人間は忘れてしまうものだ。

 だから、目新しいものが出てくると、また買う。
 そこが自己啓発本の “売れる秘密” であるかもしれない。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

ノスタルジー

 ノスタルジーは、「郷愁」 と訳される。
 故郷の風景などを思い出したとき、鼻腔をツゥーンとかすめていく、あの “懐かしい空気” のようなものを指す言葉だ。

 故郷の風景でなくても、その時代によく聞いていた音楽。
 あるいは、よく食べていた食べ物。

 そういうものに接したとき、私たちは、センチな気分で胸がいっぱいになったり、不思議な高揚感に満たされたりする。

 そういった意味で、すべてのノスタルジーは 「対象」 を伴っている。
 
 懐かしい 「風景」
 懐かしい 「音楽」
 懐かしい 「味」
 
 ノスタルジーは、常に “懐かしさ” を呼び出すための 「対象」 とセットになっている。

 この 「対象」 という言葉を、 「記号」 と表現し直してもいい。

 『ALWAYS 三丁目の夕日』 という映画は、団塊世代の人々が感じる 「懐かしさ」 を、すべて 「記号」 に置き換えた映画だった。

ALWAYS三丁目の夕日

 映画の舞台となったのは、昭和33年の東京。
 そこに登場する 「完成前の東京タワー」 や 「オート3輪」 、あるいは 「お下げ髪の少女」 などという映像は、すべて昭和33年の “記号” といってよかった。

 これらの “記号” は、釣り針が魚の口を捕らえたかのように、半ば強引に、人の記憶の底に眠っていた 「当時の気分」 を浮上させる。
 不意に耳を襲ったナツメロが、一瞬にして、人を過去の世界に連れ戻すように。

 深海から突然釣り上げられた記憶は、鮮度がいい。
 それは、まだ汚れを知らない記憶であり、可能性を保持したままの記憶であり、生きることのほろ苦さを知らない記憶である。
 だから、心地良い。
 それがノスタルジーの正体だ。

 しかし、この世には、もうひとつ 「記号」 を持たないノスタルジーというものが存在する。
 懐かしいんだけど、その “懐かしさ” の理由が分からないというやつ。

 どこかで見たような……、だけど記憶がない。
 記憶がないけど、何か懐かしい……

 私たちは、ときどきそういう気分に襲われることがある。
 デジャブ (既視覚) というのも、その一つかもしれない。
 
 しかし、デジャブでなくても、私たちは、はじめて接した風景や、絵画、音、匂いのなかに、
 「遠い昔、どこかでこれと出会っている」
 という不思議な感覚を味わうことがある。

 たいていの 「懐かしさ」 には、それを 「懐かしい」 と感じる根拠があるはずだが、その手の 「懐かしさ」 には、根拠……すなわち 「対象」 がない。

 対象のないノスタルジーには、どこか 「不安」 の影が忍び寄る。
 「懐かしい」 と感じながら、 「懐かしさ」 を感じているはずの “自己” をその場に見出すことができないからだ。

 「その場にいなかったはずの自分が、なぜその光景に懐かしさを感じるのか?」
 あるいは、
 「もし、自分が懐かしいと感じるのだとしたら、そのとき自分はどこに立っていたのか?」

 ノスタルジーが、やわなセンチメンタリズムを離れて、虚無の深淵を見せるのはこのときだ。

 すべての人間は、みな自分が原初の光景として見た 「荒野」 を抱えている。
 ノスタルジーとは、実は、この原初の荒野のことをいう。

 そこには誰もいない。
 何もない。
 だから、そこがどこなのか、そこには、どんな風が吹いているのか。
 それは、誰も言葉にできない。

 多くの学者や宗教家が、なんとかその 「荒野」 に解明のメスを入れようとした。

 生物学者たちは、この人間が共通して持っている 「荒野の原像」 を 「DNAに書きこまれた “生命情報” 」 などと説明するかもしれない。

 精神分析学者たちがいう 「集合無意識」 などというのも、その一つかもしれない。

 東洋の説明体系においては、この 「対象を持たないノスタルジー」 のことを 「前世の記憶」 などと説明することがある。

 だけど、人間が抱いている 「原初の荒野」 は、科学や、哲学や、宗教では解明することができない。
 
 私は、この 「荒野」 の感覚こそが 「文学」 の原点だと思っている。
 それは、 「絵画」 の原点でもあり、 「音楽」 の原点でもある。

ハンマースホイ 居間に射す陽光0005

▲ ハンマースホイの描いた 『居間に射す光』
 彼の絵は、まさに 「対象とつながらないノスタルジー」 を表現している。
 この絵が、誰にとっても懐かしく感じられるとしたら、その温かそうな陽射しを、誰もがどこかで経験しているからだ。
 しかし、その経験がいつ、どこのものであったかは、誰も特定できない。
 特定しようとすればするほど、逆に自分と、自分の記憶が乖離していく。
 だからハンマースホイの絵からは、懐かしさと同時にかすかな 「不安」 と 「寂寥(せきりょう) 」 が忍び寄ってくる。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

夫婦の会話の危機

 あるテレビ番組で、 「現代の夫婦の間には、会話が本当に成り立っているのか?」 という実験を行っていた。
 街を歩いていた何組かの夫婦を実際にスタジオに連れ込み、ある一部のテーマだけを除いて、いったい何分会話が持つのかを実験したのである。

 この実験のカギは、 “ある一部のテーマを除いて” というところにあった。
 それは、 「子供と実家の話題」 だったのである。

 すると、この 「子供」 と 「実家」 という話題を除くと、ほとんどの夫婦は会話が10分も持続しないことが分かった。

 番組はこれを、 「熟年離婚」 へ至る “落とし穴” という方向に視聴者をリードしていく。
 すなわち、 「子供とそれぞれの実家」 に関わること以外では、今の一般的な夫婦は、お互いに対する関心を失っていると指摘する。

 会話がないのは、関心がないことの証拠。
 夫婦の間から会話が消えたとき、それはお互いの関係が切れたことを意味する…という、ひとまずの推論がそこで立てられる。

 そこで、レギュラーコメンテーターたちの意見が入った。
 ある中年の男性キャスターはいう。

 「だって、妻の話はまどろっこしいんだもん。まず結論がすぐに分からない。どうでもいいような人のうわさ話が延々と続く。
 で、それでどうしたの? …と質問しようと思うと、もう話が別のテーマに移っている。
 こっちが忙しいときは、まず結論をはっきり出すような会話を選んでほしい」

 それに対する女性キャスターの反論。

 「女は話しながら筋立てを構成していく。女同士はそのプロセスとスピード感に慣れているから、その方が会話が盛り上がる。
 なのに、男性はいちいち “論理” だの “結論” だのというので、話がブツブツ切られてしまう。
 それに、女は自分の話を聞いてくれるだけで、ストレスが解消できる。
 女のうわさ話とか愚痴というのは、実はストレスを解消したいときのSOSなのだ。
 女同士ならそれが分かるが、それを理解できない男がいる。
 そういう男に対しては、たとえ夫であろうとも、優しさの欠如を感じてしまう。
 夫婦というのは、 “無駄な会話” が許される関係のことをいうのではなかろうか。
 だから、妻の会話を “無駄だ” と一言で切り捨てる夫からは、やがて気持ちが離れていくと思う」

 なるほど。
 ここには、熟年離婚に傾いていく妻の気持ちが簡潔にまとめられているような気もする。

 要するに、夫婦の会話のギクシャク度が増すと、二人の関係が疎遠なものになっていく…ということなのだろう。

 なにもこれは、 「夫婦」 に限ったことではない。
 広く 「男と女」 の問題と言い換えてもいいだろう。

映画マンハッタン複写

 なぜ、男と女の会話は、それぞれ別の原理によって支えられているのか?

 これに関して、斎藤環さんという人が 『関係する女、所有する男』 (講談社現代新書) という本のなかで面白いことを書いている。

 要は、男は 「所有すること」 を求める動物である。
 それに対して、女は 「関係すること」 を求める動物である。
 …と、彼はいうのだ。

 (もちろんこのような差異は、動物としての生理学的な性差から生まれるものではなく、あくまでも文化概念に由来するものだが、その原理を説明していると長くなるので省く)

 で、 「所有」 を求める男性は、常に 「対象を視覚化し、言語化し、さらに概念化してこれを意のままに操作しようとする」 。

 それに対して女性は、
 「言葉を世界と関係するためにだけ使用する。男の言葉はしばしば独り言に近くなるけれど、女の言葉は常に相手を必要とする。
 男は言葉からできるだけ情緒的なものを取り除こうとするが、女は言葉を情緒の伝達のために使う」 。

 で、斉藤さんは、次のように話を進める。

 「女性は、語るべき対象を分析などしない。むしろ対象をまるごと受け入れる。受け入れることで十分な満足を得られるので、欲望の対象を言語化したり、概念化したりしようとは思わない。
 それよりも、相手が感じたり考えたりしていることを察知し、それに反応して、適切な感情を催すことを優先する」

 で、そこから得られる教訓を、斎藤氏は次のようにまとめる。

 「男が会話するのは 『情報伝達』 が目的である。
 だから男は、いつも会話の結論を急ぐ。
 いっぽう女は、結論を出すことよりも、 『会話そのもの』 を楽しむことを目的とする。
 女性からみれば、男性の会話はしばしば殺伐とした味気ないものに見えるだろう。
 だから男性は、女性の愚痴に、すぐに答を出してはいけない。
 なぜなら女性の (会話の) 目的は、 『答を出してもらう』 こと以上に、 『話を聞いてもらう』 こと、そして 『言うことだけ言ってすっきりする』 ことにあるからだ」

 熟年男性の 「キャンピングカー1人旅」 が増えているという話がある。
 「今まで旅行に付いてきてくれたカミさんが、だんだん行動を共にしてくれなくなった」
 と訴える男性がちらほら現れるようになった。

 それはそれで、今後は新しい 「旅行文化」 を形成していくように思う。
 そして、そういう 「1人旅」 も旅行のひとつの楽しみ方になっていくだろう。

 しかしその前に、旦那さんは、まず夫婦の会話の成り立ちを勉強し直すのもいいかもしれない。
 だって、せっかく長く連れ添った夫婦なんだから、 「話していて楽しい」 ってことは、やはり大事なことだと思うのだ。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:58 | コメント(8)| トラックバック(0)

車中泊の社会実験

 「道の駅」 などにおける車中泊が急増し、トラブルなども表面化したことを踏まえ、 「車中泊利用者のニーズ」 と 「道の駅としてできるサービス」 の共生点を探ろうという動きが昨年から活発になっている。

 このような研究を進めている団体の一つに 「東北 『道の駅』 車中泊研究会」 がある。

 同研究会の目的は、 「車中泊」 を、利用者側と管理者側に分けて考えることにより、利用者側には守るべきマナーやルールづくりための啓蒙を行ない、受け入れる側には、 「車中泊」 をきっかけに地域の観光産業を活性化させる可能性を提案するなど、両者の利益が合致するポイントを探るところにある。

 構成メンバーも、アカデミズムと行政のバランスを巧みにとり、大学教授、特定非営利活動法人 「東北みち会議」 、東北各県自治体の土木課、道路整備課、観光産業振興課などのスペシャリストたちが顔を揃えるという “厚み” を持ったもの。

 行動としては、まず車中泊利用者の実態調査が必要であるという考えに立ち、昨年秋に、東北の 「道の駅」 における車中泊利用者の実態調査を行なっている。

▼ 聴き取り調査の行なわれた東北の道の駅 「いいで」 (上)
  と 「よつくら港」 (下)

道の駅いいで

道の駅よつくら港

 この新春、その結果を紹介するプレスリリースが発表されたが、そこから、車中泊利用者たちのニーズや行動形態、さらに 「道の駅」 管理者たちの希望や心配事など、日本の 「車中泊」 ブームを支えるさまざまな興味深いデータが浮かび上がってきた。
 
 具体的な調査方法や数値の解説は、同研究会のリリースに任せるとして、ここでは、おおまかな傾向だけを紹介する。


 ● 熟年層の利用者が6割

 まず、車中泊利用者の年齢では、50代~60代の熟年層が6割を占め、その同行者のほとんどは夫婦で、それが全体の5割に達することが分かった。

 一方、 「同行者なし」 という単独旅行者も24パーセント存在したが、その場合は、車中泊の目的もはっきりしており、登山、釣りなどの趣味を極めるための宿泊であることが明白で、旅の日程も長くなる傾向があるという。
 職業では、会社員が38パーセントと最も多く、次が自営業の22パーセント。3番目は自由業の17パーセントであった。

 また、比較的最近になって始めた人が多く、車中泊歴としては 「5年以内」 と答えた人が47パーセントに達した。
 それを見ても、車中泊という旅のスタイルがここ数年内に急速に確立されてきたものであることが見て取れる。


 ● 最も多いのは車中泊用の改造車両

 宿泊に利用している車両に関しては、 「車中泊用に改造された車両」 というものが大きな比重を占め、それが全体の34パーセントに達した。

 “車中泊用の改造車両” というのは、オーナーが車中泊用に自分で室内改造を施したもので、いわば 「乗用車以上・キャンピングカー未満」 といったもの。作り込みは個人によって差が出るが、いずれもその1台で 「継続して車中泊を行える」 仕様になったものを指す。
 車種としては、ワンボックスカー (48パーセント) を主体としながらも、ミニバン、ステーションワゴン、軽自動車など多岐にわたるという。

 2番目に多かったのは、やはりキャンピングカーで、これが全体の32パーセントに及んだ。
 種類別に見ると、キャブコンが多く、キャンピングカーのなかでは46パーセントを占め、次がバンコンの24パーセントだという。軽キャンパーは9パーセント、フルコンは6パーセントであった。 (※ キャンピングカーの種類別調査では、特にお願いして詳しい調査結果を別に用意してもらった)

▼ 湯YOUパークのキャブコン
湯YOUパークのキャブコン

 3番目は、 “ノーマル普通車” 。
 これが29パーセント。
 リリースでは、単に 「普通車」 としてしか書かれていないが、一般の乗用車のシートをリクライニングしたぐらいの形で仮眠を取った人々のことが想定される。

足柄山SA車中泊の朝

 ● 観光・温泉などの目的が目立つ

 車中泊をすることの目的としては、リリースでは次のような結果が報告されている。
 「観光」  31パーセント
 「温泉・保養」  17パーセント
 「レジャー」  11パーセント
 「ドライブ」  8パーセント
 「食事」  7パーセント、
 「祭り・行事」  7パーセント
 「ビジネス」  3パーセント
 「ショッピング」  2パーセント

 やはり、 「観光」 と 「温泉」 が目立つが、それ以外は個別の目的が僅差で並び、突出したものを探し出すのは難しい。ここからは自動車旅行の目的が多様化しているということを読みとればいいのかもしれない。

車中泊中国自動車道

 ● 最大の理由は “自由な旅” の実現

 「車中泊による旅行の理由」 を尋ねたところ、 「自由な旅のプランを求めるため」 という回答が全体の29パーセントを占め、2番目の 「宿泊費の節約」 (27パーセント) をわずかだが上回って、一番の理由として挙がった。
 さらに 「趣味として」 という回答も21パーセントを占めて3番目になった。この中には 「クルマの中で寝ること自体が趣味」 という答も含まれるという。

 「車中泊」 という言葉の響きから、 「ホテル代を節約するため」 というイメージを浮かべる人が多いだろうが、この調査を見るかぎり、必ずしもそうとは言い切れない。
 「節約」 よりも、むしろ 「パック旅行とは違う自分だけのオリジナル旅行をしている」 という満足感の追求みたいなものが、ここからは浮かび上がってくる。
 これに 「趣味として」 という答を合わせて考えると、今までの自動車旅行とは全く異なる、新たな旅のスタイルが生まれつつあるようにも思う。 


 ● マナーについては温度差が

 「車中泊」 においては、マナーの問題がよく採り上げられる。
 今回の調査でも 「道の駅利用でマナー違反と思う行為は?」 という設問を設け、利用者のマナー意識を調査している。

 それによると、 「ゴミの投棄」 と答えた人が最も多く、19パーセントに達した。
 以下、次のようになった。
 「 (洗面所等での) 炊事」  15パーセント
 「 (洗面所等での) 食器洗い」  13パーセント
 「 (洗面所等の) 電源の利用」  12パーセント
 「 (洗面所等での) 洗濯」  10パーセント
 「発電機の利用」  11パーセント
 「給水」  9パーセント
 「バーナーの使用」  7パーセント

 これを見る限り、車中泊利用者のマナー意識はけっして悪くない。特にキャンピングカーユーザーの場合は、日本RV協会などが鋭意 「マナーキャペーン」 などを行っているため、そのルールを熟知しているユーザーが多いからかもしれない。

 もっとも、 「道の駅」 側から見ると、必ずしも利用者のマナーは及第点に達してない。
 道の駅の駅長さんたちから寄せられたアンケート調査の回答では、 「車中泊利用による問題点」 として、次のようなものが挙がった。

 「ゴミの投棄」  27パーセント
 「テーブルを車外に持ち出したりする駐車場の占有」 22パーセント
 「洗面所での炊事、洗濯、給水等」  19パーセント
 「火気の使用」  15パーセント
 「電源の無断利用 (盗電) 」  15パーセント

 マナー問題に関しては、まだまだ両者の間には開きがある。
 「車中泊」 のルールやマナーをどう擦り合わせていくか。これは今後の大きな検討課題となりそうだ。

 それでも、今後 「車中泊を積極的に受け入れていきたい」 と答えた道の駅が9パーセント。 「受け入れることができる」 という道の駅は31パーセント。 「条件付きで受け入れる」 という駅は44パーセントとなり、回答駅の8割は、受け入れに好意的な姿勢を示した。

 その理由は、下記のような答に代表される。
 「駐車場・トイレを24時間使えることが道の駅の条件なので、積極的に利用して満足していただきたい」
 「道の駅には、安全、安心のイメージがあり、夜間の防犯を考えても、駐車台数が多い方がよい」
 「道の駅が地域の (観光の) 拠点となるように、積極的に考えていきたい」

 現状では問題があることを認めつつも、 「車中泊」 が地域の観光産業を活性化してくれるかもしれないと期待する各管理者たちの願いが反映されているように思う。

車中泊の朝三重県

 このほかにも、車中泊利用者たちがつかう 「交通費の額」 、 「食事、お土産などに使う費用」 、 「食事形態」 などの面白いデータが数々アップされたリリースだが、長くなるので割愛する。


 ● 生まれつつある新しい観光スタイル

 このような調査結果から、いったいどのようなことが分かってくるのだろうか。
 リリースを精査したある専門家は、こう語る。 

……………………………………………………………………………… 

 「車中泊」 というブームを、単なる表面的な現象として捉えることは、もうできないのではないか? これは、もっと大きな流れの中で見なければならないものかもしれない。
 つまり、いま 「車中泊」 という現象の中で起こっていることは、日本の経済や文化、社会制度などがドラスティックに変化していることをそのまま忠実に表現しているともいえそうだ。

 具体的には、 「失われた20年」 といわれるような経済的停滞が長く続いたために、人々の意識の中に 「節約はカッコよく、浪費はカッコ悪い」 という価値観が育ってきたことも反映されているだろう。

 さらに、 「情報氾濫社会」 の中で、メディアから垂れ流される情報に飽きたらず、情報を主体的に獲得し、さらに自分自身が情報発信元になりたいという人々が増えてきたことも要因となっているように思う。

 道の駅における車中泊利用者たちの目的を尋ねると、 「同じ嗜好を持った人たちと情報交換することが楽しい」 という声がけっこう挙がっている。
 これは、メディアを経由した既成の情報に飽きたらなくなった人々が、 「車中泊グループ」 を中心に “生きた旅の情報” を求め始めたということを意味するのではないか?

車中泊の朝山口県

 車中泊利用者のインターネットリテラシーは高いといわれている。
 多くの人は自前のブログ、ツィッターなどで、車中泊で泊まり歩いた場所などを質の高い情報に加工して発信している。
 そして、お互いのネットワークを密に保っているから、 「口コミ」 の浸透度も早い。車中泊情報はネット空間においても、そうとう浸透してきたといわねばならない。

 こう考えると、彼らの求めているものは 「道の駅」 ではない、という言い方も成り立つ。

 彼らが欲しているものは、雑誌などには載っていない 「中身の濃い情報」 であり、 「新しい人間関係の構築」 であり、従来の旅では実現できなかった 「新しい刺激の獲得」 である。

 だから、道の駅の利用規約を厳密に法定化したり、魅力ある設備づくりを怠ったりすれば、彼らは別のところに行くだけかもしれない。

 「車中泊」 とは、そういう激しい流動性をはらんだ旅行スタイルであり、施設提供者には多大な緊張感をもたらすと同時に、フレキシブルな旅の提案を可能にするものである。
 だから車中泊は、新しい観光のスタイルを創造するかもしれない。

………………………………………………………………………………

 このように、専門家の中には、 「車中泊」 を新しい旅のスタイルとして見ようとする人たちが現れている。
 もしそのような仮説が正しいのならば、ますます利用時のマナーやインフラ整備、地域の観光資源とのリンクなどが討議されなければならなくなるだろう。

 「東北 『道の駅』 車中泊研究会」 の今後の研究成果を期待したい。

 参考記事 「車中泊研究会」
 参考記事 「NHK車中泊報道」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:40 | コメント(6)| トラックバック(0)

個人の時代

 チュニジアの独裁政権が倒れたのは、多くの市民がフェイスブックなどのインターネットを通じて、デモ開催や警察の取り締まりをめぐる情報を共有し、その隙間をぬって大衆行動に移ったからだという。
 つまり、国家が情報管理を徹底させることができなくなったわけだ。

 このところ、そのような話題に事欠かない。
 昨年の “尖閣ビデオ” しかり。
 ウィキリークスのようなサイトの登場も、もうどこの国の国家機密も白日の元にさらされる時代になったことを告げている。

 日本でも、国会中継をYOUTUBEなどの動画で見る人が増えているらしい。
 今まで、テレビの一部でしかチェックする機会のなかった国家の運営を司る重要な討議を、もう四六時中国民がチェックする時代になったわけだ。

 今まで 「隠蔽すること」 によって権威づけられたようなものが尽く崩壊し、従来のような形で権威や権力を維持できる機関など、どこにも見当たらないような時代が訪れようとしている。

 アカデミズムに世界においても同様のことがいえるだろう。
 研究成果や情報を独占することによって、権威を維持してきた研究機関や学者たちの地位も、もう今までのようには保てない。

 よほど特殊な専門研究以外、今や一般の人がネットにアクセスして “ググる” ことによって、どのような研究が進められているかということも、大体の概要がつかめてしまう。その精度ははなは低いものであったにせよ。

 ネット社会というのは、そういうものだ。

 このことと、政治家や、学者たちや、マスメディアの論客たちの社会的地位の低下とは連動している。
 政治家、学者、メディアの専門家への誹謗中傷が簡単に起こることも、もう防ぐことはできない。

 素人のネット上での誹謗中傷には、単なる感情的な反応も多く含まれるが、内部を熟知している者が匿名でその内幕を暴くことも可能になったし、素人でも、知的レベルが高く、問題意識を深く掘り下げている人間の発言は、時として、専門家の知見を凌ぐことがある。
 むしろカネや社会的身分の保証とは無関係に発言する人の方が、しがらみのない分だけ、自由で大胆な発言が可能となる。

 こういう時代になると、 「信頼性のある情報はどこにあるのか?」 ということが問題となる。

 最後は、その情報を発信する 「個人」 だ。
 本当の意味での 「個人主義の時代」 が訪れようとしているのではないか。

 「○○省」 の誰か
 「○○新聞」 の誰か
 「○○大学」 の誰か
 「○○研究機関」 の誰か

 ……ではなく、最後の 「誰か」 の方の意味が、重くなってくる。

 時代がグルッと一巡し、手垢にまみれた言葉になってしまった個人の 「人間性」 とか 「人間力」 といったものが、別の視点で重要視されるような時代が訪れそうな気がしている。

お面1007

 1980年代、 “人間” がいったん消滅した時期があった。
 あの時代、日本にも “フランス哲学” が導入され、 「 “人間” とは近代の虚構だ」 とか 「 “人間” とは制度にすぎない」 というシニカルな言説が、インテリたちの間で流行った時期があった。
 だから、 「人間性」 とか 「人間力」 などという言葉を口にするのが恥ずかしい時代がしばらく続いた。

 この言葉は、今でも少し恥ずかしい。
 しかし、もう一度 「人間」 が試される時期が来ているように思う。
 「人間」 という言葉にあぐらをかくのではなく、常に自分自身を問い直す存在としての 「人間」 が。

 つまり、 「自分が “人間” として発信する情報」 に、どれだけ体を張っているかとか、真摯に向き合っているかとか、そういう責任感とか誠意みたいなものが、人の耳に届く時代になってきたように思う。

 どっちみち、今の世界を動かしているような情報は、すでに周りに溢れている。
 だから、そのような情報を、個人の範囲で責任を取れるような誠意あるものが評価される。

 個人が単位となれば、当然間違った判断も、思慮の足りなかったことも出てくるだろう。
 そういうときに、 「自分は間違っていました」 と正直にいえるかどうか。
 過去の自分をいったん清算する勇気があるかどうか。
 そこが、評価の対象になる。

 そんな簡単なことだって、今までの政治家やマスコミはやってこなかったのだ。
 たとえば、他者の発言の間違いばかりあげつらってきたマスコミで、一度足りとも、 「自分は間違っていた」 と告白したものはあったか。
 
 組織内の個人の発言を組織ぐるみで守ってきたマスコミが、ほんとうの意味での 「個人の時代」 になった今、人々の信頼を勝ち得なくなってきたのは、至極当たり前のことであるかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 11:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

若者の考える商売

 昨日は成人式だった。
 いよいよ 「昭和」 を知らない人たちが、これからの社会の中軸を担っていることになる。

 「昭和」 のまっただ中に生まれた自分などは、自分の生まれた時代が遠くなったことを実感しつつも、ようやく今頃になって、若い人たちに教えられるということがますます増えているように思っている。
 
 最近のことだが、何気なくテレビを見ていて、現役の学生たちが経営しているという居酒屋をレポートしている番組があった。
 レポーターが入って、その店のスタッフや、お客として通っている常連の若者に取材している光景が放映された。

 「店に立ち寄る中高年の人々をどう思っていますか?」

 そういうレポーターの問いに対し、彼らは 「心配になるぐらい今の中高年の方は元気がないですね」 と答える。
 だから、この店に来た中高年には、元気をつけてもらいたいと話す。

 まず、そこで、 「え?」 …っと思う。

 マスコミが報じる “若者像” は、いま悲惨の極みに達している。 

 未曾有の就職難。雇用制度の崩壊。年金制度の破綻など、今の若者たちが将来の不安を意識せずに暮らしていける条件は何一つそろっていない。
 だから、たいていの大人は 「元気を失っているのは若者の方だ」 と単純に決めつけてしまう。
 その若者たちが、逆に元気を失った中高年の方を心配しているという状況が、よく飲み込めない。

 若者たちは、この悲惨な時代を恨んではいないのか。 
 
 ところが、彼らは、物心がついた頃から 「そんなもんだ」 という意識で暮らしてきたという。
 つまり 「バブル時代」 というものを知らない。
 知らないから、そんなものに憧れる気持ちもないし、同時にそれをバカにする気持ちもない。

 「失われた10年」 とか、 「失われた20年」 などという言葉がマスコミ報道の中では毎日踊っているが、 “失われた” と感じているのは 「贅沢の味」 を知っている中高年だけ。
 彼らにとっては、最初から “ない” のだから、それをとやかく言っても始まらない。

 それよりも、自分たちは、 「無駄なお金をつかわず、日々つつましく暮らし、みんなで助けあうのが当たり前という気持ちで生きている」 というのだ。

 だけど、彼らは有効だと思える消費をためらっているわけではない。
 たまの贅沢を味わいたいときは、恋人と、少しリッチな店に入って外食を楽しむ。
 代わりに、恋人の誕生日などに贈るプレゼントは、自分たちが手作りでこしらえたジュエリー。

 そういうメリハリを持っていた方が、人生にアクセントがついて楽しいという。

 「ほら、贅沢って、一度味わってしまうと、それを捨てるのは難しいじゃないですか」

 若者の一人は、レポーターにそう伝えて、レポーターの方をぎゃふんと言わせた。

 ▼ キャンプ場でも屈託なく遊ぶ現代の若者
キャンプ場の若者

 もちろんテレビというのは、捏造番組を作ってしまうのが得意だから、そこで映し出された若者像が、今の日本の平均的な若者を代表しているとはいえないかもしれない。
 しかし、若者たちが、新しい仕事意識やら倫理観などを身につけている様子は、いろんなところで目にする機会が増えた。

 もちろん、若い人たちが不安に感じているいちばんの問題は、将来の先行き不透明感で、そのなかでも最も深刻なのは雇用問題であることには変わりない。

 しかし、この 「就職氷河期」 の時代に、あえて会社にしがみつく必要もないと考え始めた人も増えているようなのだ。
 つまり、自分で会社を起こして、自分のビジネスを始めることを真剣に考えている人たちが出てきた。

 テレビに出ていた若者の一人も、 「30歳ぐらいに自分の (仕事の) ピークを持っていきたい」 と答えていた。どういう仕事を始めるかという戦略は、すでに立てているらしい。

 彼らは、高度成長やバブルを知らないから、資源も資金も無尽蔵につぎ込むようなビジネスというものを最初から考えない。
 むしろ、 「限られた資源をどう分配するか」 という観点からビジネスを始める。

 ある雑誌 (BRUTUS) を眺めていたら、
 「世の中はハイテク、ハイテクと騒ぐけど、中小企業の町工場で眠っているような “使い古された” 技術にこそ、日本型ビジネスモデルを立ち上げるヒントがある」
 と考えている若者がいることを知った。

 本村拓人さんという企業家で、いま27歳。

 彼は、アジアマーケットを広く観察して、次のような感触をつかんだ。

 「日本の産業製品は、途上国ではその価値が薄れ始めている」

 もちろん日本企業のブランドは相変わらず有名で、発展途上国では憧れの的であることには変わりはない。
 しかし、実際には日本製品を買う人は減り続け、信頼性は低いが安価な製品やコピー製品の方が買われるようになってきた。

 確かに、日本製品は多機能や高品質を追求するあまりコストが高くなりすぎて、世界マーケットでは後退現象が出てきたことは、あちらこちらで指摘されている。

 ところが、大人のマーケットプランナーの中には、それでもハイテクを駆使して付加価値を高める商品開発を目指せ! と檄 (げき) を飛ばす人たちが多い。

 その理由は、日本が得意としてきた 「一定の品質を維持した製品を大量に作って低価格を実現する」 というプロダクトモデルが通用しなくなったからだという。
 大量生産によって可能となる 「低価格競争」 においては、もう日本は韓国や台湾、中国、インドにかなわない。

 だから、
 「これからの日本は、ミドルクラスの市場も捨てるくらいの覚悟で、富裕層向けのプレミアム商品で勝負しなければならない」
 という。

 しかし、若い本村拓人さんの発想は、これとは違う。

 マーケットとして、富裕層を考えている限り、 「限られた資源を分配する」 という思想とは相容れないと、彼は感じているようなのだ。

 それよりも、食糧難の解決や、公衆衛生の改善といった目に見える課題を解決するビジネスの方が 「分配の思想」 とも合致するし、第一マーケットそのものが無限大に広がる。

 現在、中国の人口は13億人。
 インドは12億人。
 2050年には、世界の人口が90億人を超える。

 その時代の商業圏はどこにあるかというと、もう日本、ヨーロッパ、アメリカではない。
 現在、 「世界の工場」 となっているアジア圏の発展途上国が、今度は一大  「消費地帯」 に変わる。

 そのときの消費の担い手は、途上国の一部の富裕層ではなく、膨大な人口を擁する中間層と貧困層である。

 本村氏は、
 「具体的には、1日5ドルから8ドル未満の所得層が抱える社会課題を汲み取って製品を考えている」
 という。
 「例えば、インドの喘息患者は世界の3分の1を占めるが、大気の汚れた都市でもマスクをする習慣がない。そこに届けられるマスクを考えるとか…」

 そうなると、必ずしも大手企業が力を入れて開発しているハイテクノロジーだけが製品開発を決定するわけではなくなる。

 「逆に、日本の中小企業の町工場で “使い古された” と思われている技術を、違った文脈でとらえ直し、新しい価値を付与するという手もあるのでは?」
 という。
 「途上国の貧困層が抱えている問題に焦点を定めてみると、これまで顕在化しなかった途上国のニーズが見えてくる」 とも。

 私は素人だから、こういう考え方が正しいのかどうか、またそれが既にどこかで実行されているのかどうかは知らない。
 また、産業にもさまざまなものがあるから、それぞれの分野で世界マーケットに向けた戦略が個別に並立することも理解している。

 だけど、途上国の 「貧困層」 に焦点を合わせ、彼らの社会課題を解決する形でこれからのビジネスを考えようとする若者の姿勢には、とても共感が持てた。

 これは、企業のブランド戦略というものに、根本的な修正を迫るものかもしれない。
 確かに、富裕層をターゲットに合わせた商品開発の方が、効率よく高付加価値を実現できるし、ブランド化も図りやすい。

 しかし、これまでの 「ブランド戦略」 というのは、消費者に 「さらに上の生活を目指す」 ことを訴える 「差異化による自己満足」 を中心としたものであり、どうしても経済成長を前提とした発想から逃れることができなかった。

 たぶん次の時代のブランド戦略は、今以上に 「安全」 、 「安心」 を訴求する傾向が強まるだろう。

 若者の話を聞いていると、相変わらず勉強させられることが多い。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:36 | コメント(2)| トラックバック(0)

パリッシュの絵画

 マックスフィールド・パリッシュという画家の絵が好きになったのは、1枚のアルバムャケットがきっかけだった。

 昔、アメリカのサザン・ロックをアルバムを集めていた時代があって、 『THE SOUTH’S GREATEST HITS (サザン・ロックのすべて) 』 というオムニバス盤を買たことがある。
 オールマン・ブラザーズ・バンドをはじめ、レナード・スキナード、アトランタ・リズムセクションなどのヒット曲がずらりと並んだ “お買い得盤” だった。
 
 収録された曲もさることながら、レコードジャケット (▼) が気に入った。

ボブ・ヒクソン「サザンロック」ジャケ

 泥臭いパワーをみなぎらせた南部野郎たちのロックアルバムにはおよそ似つかわしくない、なんともお洒落でクラシカルなイラストをあしらったジャケット。
 そのミスマッチ感覚に惚れた。

 誰が描いたのか?

 ジャケット裏には、 「Cover illustration Bob Hickson」 というクレジットがあるだけ。

 ボブ・ヒクソン

 どういうイラストレーターなのか? ほかに作品はないのだろうか? と、いろいろ当たってみたが、当時、今のようなネット情報にすぐにアクセスできるわけもなく、結局手がかりがなくて、諦めた。

 そうしたら、しばらく経って、この絵のタッチとよく似たイラストを集めた輸入カレンダー (▼) を見つけたので、喜んで買った。

マックスフィールド・パリッシュカレンダー表紙 

 でも、画家の名前が違う。 
 こっちの名前は、Maxfield Parrish (マックスフィールド・パリッシュ) 。

 どういうことだ?

 …と疑問に感じて、ちょっと調べてみたら、こっちのマックスフィールド・パリッシュさんの絵の方が本物で、サザン・ロックのアルバムジャケットは、そのパロディであるらしい。

 ▼ Maxfield Parrish 『Day break』 (部分)
マックスフィールド・パリッシュ「夜明け」(部分)

 ▼ Bob Hickson 『The South's Greatest Hits』 (部分)
bobhickson00006

 いやぁ、それにしても、このジャケットデザイン (▲) 。
 本家本元のパリッシュのタッチをよく生かしている。

 涼し気な樹の葉。
 赤茶けた岩肌を持つ山。
 ギリシャ風円柱を染める樹木の影。

 まさに、同じ画家が描いたとしか思えない。
 こういうのは、 “盗作” にならないのだろうか?
 それとも、アメリカはパロディを大歓迎する国なのか。

 本家の方のマックスフィールド・パリッシュは、1870年にアメリカのフィラデルフィアに生まれ、1910年代から1920年代にかけて活躍した画家。
 ネット情報によると、1930年代には、 「アメリカで最も有名なイラストレーター・画家であった」 らしい。1966年に94歳で亡くなっている。
 たぶん幸せな生涯を貫いた人なのだろう。

 そのせいか、絵に暗さがない。

 ▼ 『Day break』 (全景)
マックスフィールド・パリッシュ「夜明け」(全景)

 どこか牧歌的で、のどかで、平和な雰囲気が横溢していて、それでいて、一抹のメラコリー (憂愁) が漂う。
 
 ヨーロッパ古典絵画のようであり、それでいてアメリカン・コミックに通じる軽さがあり、芸術作品と商業デザインとの不分明な隙間を漂うような、不思議な画風だ。

 ヨーロッパ画壇の 「ラファエロ前派」 の影響を指摘する人もいれば、アメリカ画壇の 「ハドソンリバー派」 の流れを汲んでいると見る人もいる。
 確かに、人物造形には前者の雰囲気が漂い、自然描写には後者との類似がある。

 両者のエッセンスを統合して、それにポップな味付けをしたといえばいいのか。
 かすかに漂う 「俗っぽさ」 が、独特のエキゾチシズムを醸し出しているところが面白い。

 特徴的なのは 「光」 だ。
 常に横から射している。

 夜明けか、夕暮れ。

 いずれにせよ、1日のもっとも光の変化が激しい時間帯を狙って、それをタブローの中に 「永遠の時間」 として凍結させている。

 最も “移ろいやすいもの” が、止まったまま動かない。
 それは、言ってしまえば、 「はかなさ」 の凍結である。

 パリッシュの絵に漂うメランコリーの秘密はそこにある。 
 
 ▼ 『Aquamarine』
マックスフィールド・パリッシュ「アクアマリン」
 
 荒涼とした岩肌に当たる残照の、むごいような美しさ。
 涼しげな風を宿す樹木のシルエット。

 この世の 「快楽」 と 「寂寥 (せきりょう) 」 が同一平面に混在する神話的な空間。
 アメリカが、ヨーロッパ人にとって “新大陸” であった時代の 「ワンダーランド」 の気配が息づいている。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

TV・新聞の凋落

 「新聞を読む人が減ってきた」
 「テレビCMに出資するスポンサーが減ってきた」
 「週刊誌の売上げが落ちてきた」

 ……というふうに、ここ10年ほど、既成のメディアの凋落ぶりを指摘する声をよく聞くようになった。

 その理由を聞くと、ほとんどが、
 「ネットに流通する情報の方が、既成のメディアの流す情報よりも、質・量とも優れてきたから」
 という答が返ってくる。

 どうやら、
 新聞・TV (旧メディア) → 没落
 ネット情報 (新メディア) → 隆盛
 …という図式が、メディアを論じるときの “前提” になりつつあるようだ。

 この元日の深夜に行われた 『朝まで生テレビ』 においても、テーマのひとつとして 「メディア論」 が採り上げられ、日本のマスメディアがいかに時代に取り残されているか、世界から孤立しているかということが論議された。

 たとえば、政治ジャーナリストの上杉隆氏は、
 「ウィキリークスのアサンジ氏逮捕を世界中のメディアが報じ、どこの国でも世界情勢がどう変わるかを真剣に見守っているときに、日本のテレビは、海老蔵報道だけを流していた」
 と、既成メディアの低俗さを舌鋒鋭く糾弾した。

 また、批評家の東浩紀氏は、
 「この番組自体が遅れているということは、ここで議論しても始まらない。
 それよりも、視聴者から発信されるツィッターの “つぶやき” をスクリーンで表示するだけでいい。
 そうすれば、多くの人がこの番組自体をどう見ているかが、即座に分かる」
 と、自分の意見をいうよりも、番組の構成自体に問題があると迫った。
 つまり、最もラディカルな “テレビ批判” を挑発的に行なったわけである。

上杉隆氏 東浩紀氏
 ▲ 上杉隆氏     ▲ 東浩紀氏

 この場合、彼らの 「既成メディア」 に対する不信感の表明には、二つの表情がある。

 ひとつは 「既成メディアに関わっている人間」 に対して。

 上杉氏も、東氏も、別にテレビや新聞というシステムそのものが時代遅れになったと言い切っているわけではない。
 それを管理する企業の責任者たちの 「意識が古い」 ということを強調する。

 要するに、今のマスメディアの中枢に居座っている人たちは、今の時代がどんなふうに変化しているのかもつかめず、古い価値観で世の中を見、結果として若い人たちや、問題意識の高い人たちのニーズを拾っていない。
 にもかかわらず、古い意識の管理者たちが、画面や紙面に登場する人たちも選んでしまうから、若者の意見を汲み上げるような人物が出てきたためしがない。

 そのように語る彼らの 「旧メディア弊害論」 は、かなりの部分、人間の問題であるように感じた。

 一方、システムとしての問題もある。
 現在のテレビや新聞は、 「情報の速報性」 「双方向性」 「ローコスト性」 「情報量の幾何級数的な広がり」 などにおいて、すでにネットのライバルではない。

 そのため、テレビ・新聞は、ネットを使いこなせる世代から完全に見離されて老人だけのものとなり、その老人たちが亡くなるにしたがって、やがて地上から姿を消すという 「終末論的な光景」 を予言する人もいる。

 そういうことは、番組を見ていてよく分かったんだけれど、しかしなぁ……と思った。

 上杉氏も東氏も、そういう 「既成メディア」 への不信感を発表している場そのものが、すでに 「テレビ」 という既成メディアによって用意された椅子の上なのである。
 彼らの発言で、議論全体はものすごく盛り上がったんだけれど、なんか矛盾してねぇ?
 それって、昔流行った 「脱構築」 ってやつかい?

 で、個人的に思うのだけど、たぶん、彼らがいうような、旧メディアの衰退はそう簡単には起こらない。マスコミはよく 「終わりの始まり」 という言葉を使いたがるけれど、テレビも新聞も、その 「終わり」 はまだとんでもなく遠いところにある。

 その理由は、テレビも新聞もこれから淘汰が始まるから、本当にくだらないものはどんどん無くなっていくだろうが、世代を超えて見たくなるような良いコンテンツは必ず残ると思うからだ。

 こういう時代になると、既成メディアにも危機感が生まれるはず。だから、視聴者が寄りつかなくなったものは切り捨てざるを得なくなる。
 しかし、良いコンテンツはネットであろうが、新聞であろうが、テレビであろうが、誰かが必ず評価する。

 テレビでちょっとユニークなキャラクターの面白い表現が発信されれば、それはすぐに you tube にアップされる。

 またウィキリークスが、今回の米国の機密をネット上に公開しようと思ったとき、それをまず米タイムズや英ガーディアンといった新聞社に情報提供し、それを通じて 「事前宣伝」 したように、既成メディアと連携しながらネット情報の発信力を高めようとする人たちも、これからは増える。

 結局は、やはりコンテンツ。
 つまり 「内容」 だ。

 メディアとして 「何を選ぶか」 ではなく、コンテンツとして 「何を配信するのか」 が、やはり最後はものをいう。

 良いコンテンツというのは、世界を驚かせるような新しいアイデアとか、新しい思想である必要はない。
 誰もがふと、 「あ! そういう考え方をすれば楽になるのか」 と思える程度の、小さな発見を与えるだけで十分なのだ。

 良いコンテンツというのは、たいてい、その小さな 「発見」 を必ず含んでいる。
 それだけで、人は、現実の苦労に立ち向かっていくことができたりする。

 そして、それは手段としてのメディアを問わない。

 結局ネットが、新聞・テレビを駆逐して、新しいメディアの主役の座につくということは、そんなにすぐには起こらない。

 いまメディアの現場で進行しているのは、ネット、新聞、テレビを結んだ回路を配線し直す “組み換え作業” なのだと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:44 | コメント(2)| トラックバック(0)

中国ルネッサンス

 「中国に勝つ」
 というのが、ここのところ、日本の経済誌の大きなテーマになっているようだ。

 政治的には、去年の尖閣問題などがくすぶっているため、日本と中国の関係は良くない。
 軍事大国の道をひたすら歩みつつある中国が、資源獲得と領土拡張の野心に燃え、その野望をあからさまに示しつつある現在、東アジアには新しい種類の脅威が生まれつつある。

 しかし、中国経済の成長と歩調を合わせなければ日本の経済の発展も考えられなくなった現在、日本企業の多くは 「政治」 と 「経済」 を切り離して、フレンドリーなパートナーシップを維持するのにやっきだ。

 だから、経済誌などが特集する 「中国に勝つ」 という企画には、両国の企業間同士の連携や競争を前提に、いかにして日本製品の商品力や日本テクノロジーの優位性を保つか、ということをテーマにしたものが多い。

 このように 「政治」 と 「経済」 の2分野に関しては、 “ねじれ現象” を生み出しつつも、それに対する多くの言論が機能しているから、人々の関心も高い。

 しかし、見過ごすことのできないものが一つある。
 「文化」 だ。

 現在、歴史的な伝統文化を除けば、あらゆる領域で、日本の文化性が中国を圧倒している。
 高い工業技術力を背景にした 「物づくり文化」 、アニメ、ファッション、ゲームなどの 「エンターティメント文化」 、きめ細やかなサービスを売り物にする 「ホスピタリティ文化」 ……。

 そうとう追い上げられてきたとはいえ、まだまだこれらの文化領域においては、しばらく日本の優位性は揺るがないだろう。

 しかし、中国には、今後 「ルネッサンス」 の可能性があるが、日本にはないということをしっかり認識しておく必要はあるかもしれない。
 ヨーロッパ中世を終わらせたイタリア人たちの 「ルネッサンス」 は、まさに今の中国人のようなメンタリティから生まれてきたのだから。

 ルネッサンスというと、日本では 「文芸復興」 という典雅な訳語を与えられているため、それを実現した当時のイタリアでは、上品で知的な文化が華開いたように想像されがちだが、その内実においては、人々が 「我欲」 を貫き、現世的な利益を追求するために詐欺、裏切りも辞さない強欲主義がまかり通る社会が生まれていた。

 当時のイタリアにそのような社会が実現したのは、それまで 「秩序と調和」 という美名のもとに世の変動を抑えようとした中世キリスト教的な締め付けがイタリアでは緩んだからである。
 ローマにはカトリックの総本山である法王庁があったが、その法王自身が、世俗的な欲望の実現にためらいを持たないような時代が訪れたのだ。

 理由は十字軍にある。
 当時、中東遠征に向かうヨーロッパ各国の十字軍兵士たちはみなイタリアに集まり、イタリア海岸部の諸都市が所有する船舶を使って、イスラム領に向かった。
 そのため、イタリア諸都市では海運業が盛んになり、中東貿易のネットワークが整備され、交易品をつくるための工業技術が発達し、他のヨーロッパ世界に先駆けて市場経済が隆盛を極めることになった。

 しかし、数百年にわたって、閉鎖的なキリスト教的秩序のもとに意識形成された人々の頭では、市場経済の 「流れ」 は理解できても、市場経済の 「モラル」 を確立するまでには至らなかった。

 役人たちへのワイロも横行するようになる。
 要人の暗殺も日常茶飯事。
 無能な人間は、山奥に遺棄されるように見捨てられる。
 生きる力のない者はそれだけで軽蔑され、富と力が称賛される。

 ルネッサンス文化というのは、健康で、調和的で、清く、美しく…というイメージとは裏腹に、徹頭徹尾 「人間の欲」 がナマの形を取って吹き出したところから生まれたものといっていい。

 そういうルネッサンス期のイタリアと現代中国が似ているなどというと、即座に 「中国人を侮蔑している」 という非難が殺到しそうだけど、そういうことをここで言いたいのではない。

 イタリア・ルネッサンスは、 「人間の我欲」 をまず素直に肯定することによって、人々の経済的な活力を引き出し、個人の購買力を高めることによって、流通する商品の洗練度を増すことに成功した。
 その “豊かな富” を背景に、本当の意味での 「ルネッサンス」 といわれる多彩な文化遺産がその後に形成されたわけだ。

ヴィーナスの誕生
 ▲ イタリア・ルネッサンスを象徴するボッティチェリの 『ヴィーナスの誕生』

 現代中国も、ちょうどそのような過程にある。

 どちらにも共通点がある。

 まず、社会を律していた “イデオロギー” から突然自由になったこと。
 ルネッサンス期のイタリアは、中世のキリスト教的な呪縛から。
 そして、現代中国は、共産主義の閉塞性から。

 このように、個人の我欲をコントロールしていた社会的イデオロギーの重石が外されると、人の心は一気に我欲の解放に向かう。
 現代中国の躍進を支えているのは、この上昇志向をストレートに肯定する人々の欲望である。

 食べることの欲。
 着ることの欲。
 飾ることへの欲。
 便利さを追求することへの欲。

 そのような上昇志向を秘めた個々人の欲望は、国を支える大きな活力ともなる。
 太平洋戦争が終わった時、疲弊した日本を支えた活力も、そのようなものであったはずだ。

 当然、そのような生々しい欲望は、洗練された消費文化を実現した国の人々から見ると、 “おぞましい” 。

 聞くと、日本を訪れる中国人観光客が増えるに従って、買い物の現場でトラブルが起こるようになったという。

 「行列を守らない」
 「平気で割り込む」
 「商品の封を破って中身を吟味してから買う・買わないを決め、買わない商品は封を破ったまま放置する」

 消費の冷え込んだ日本のマーケットで、大量に物品を買い付けてくれる中国人観光客はありがたい存在だが、その数が増えるに従い、そういった中国人観光客の買い物のマナーの悪さを指摘する声も多くなった。

 商品経済の発展があまりも早いと、そこに組み込まれる消費者の意識が追いつかない場合がある。
 消費の現場におけるルールやマナーの確立は、どんな社会においても、常に一歩遅れる。

 しかし、中国人観光客に買い物のルールやマナーを守ってもらうためには、日中の商習慣の違いを徹底的に広報して、理解してもらえばいいだけの話。
 そしてそれは、そんなに大きな問題ではない。

 それよりも脅威なのは、 「14世紀」 のヨーロッパがルネッサンスを実現したイタリアの時代であったように、 「21世紀」 のアジアは、中国ルネッサンスを実現した中国の時代となって、日本などの周辺文化は一気に色あせてしまうかもしれないということだ。

 中国に、文化的ルネッサンスは来るのか?
 来る。
 確実にそれはいえる。

 ルネサンスが生まれるための絶対的な法則というものがあるからだ。
 まず、ルネッサンスとは、 「復興」 であるということに注目しなければならない。
 つまり、 “栄光ある過去” を持っているから、その 「復興」 が可能となるということなのだ。

 ルネッサンス期のイタリアも現代中国も、ともに 「世界帝国」 を経験している。
 イタリアには、古代ローマがあった。
 中国には、秦、漢、唐、宋、元、明、清とつながる覇権国家の歴史がある。

 かつて世界帝国を実現した国というのは、その 「かつての栄光」 がいざというときに民心を支える強力はバックボーンとなる。それは、よい意味での 「プライド」 を、悪い意味での 「覇権意識」 を国民に植え付ける。

 経済協力という範囲では、日本と中国はこれからも友好的なパートナーシップを築いていけるだろう。
 しかし、 「中国ルネッサンス」 が台頭してくると、その中国文化の威信と華麗さがアジアを席巻し、どこの国からも、日本文化は中国文化の下位概念として扱われてしまうかもしれない。

 それを乗り越えるためには、人間の 「我欲」 が 「文化」 を形成してきたというイタリア・ルネッサンス以来のアメリカと現代中国が形成してきた 「文化概念」 をどう打ち破るかが、カギとなる。

 つまり、 「強者が幸せを勝ち取る文化」 から、 「強者でなくても幸せが得られる文化」 へ。

 たぶん、経済力や技術力だけの 「勝ち」 のみを意識していると、そのためのアイデアは生まれないように感じる。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:19 | コメント(5)| トラックバック(0)

好奇心の力

 今の時代、人間が必要としているのは、 「人間に対する好奇心」 なのかもしれない。

 好奇心は、余裕を持った心からしか生まれない。
 好奇心は、先入観にとらわれていると、生まれない。
 好奇心は、謙虚な気持ちにならないと生まれない。

 だからこそ、好奇心を軸とした 「人と人とのつながり」 は、どこか温かく、安らかで、スリリングだ。

 つまり、相手に対して自分から心を開き、そして相手の心も開かせる最も有効な方法は、すなわち 「相手に対して好奇心を抱くこと」 なのだ。

 好奇心は、なまじっかの 「思いやり」 とか、観念的な 「愛」 などより、はるかに相手に伝わりやすい。
 人は、自分に対して 「尊敬」 の念をもって近づいてくる人間よりも、 「好奇心」 を持って近づいてくる人間の方に、心を開くものである。

 なぜなら……

 「好奇心」 を寄せられるということは、相手からボールを送られたようなものだから、それをキャッチし、どういうボールを送り返すかという、 “試される” ことの 「ときめき」 が生まれるからだ。

クッキー0612
 ▲ 「クンクン……これは何だろう?」
   犬にも好奇心はある


 古来より、人はみな、見ず知らずの他者と知り合うことに 「ときめき」 を感じて生きてきた。

 この人はどういう人なのだろう?
 この人は何を考えている人なのだろう?
 この人と話してみたい……

 それが、人と人の心を結びつける大きな力になってきた。

 ところが現代社会は、人間から 「他者に対する好奇心」 を奪い去った。
 「好奇心」 を持つ余裕が保てないような社会が訪れたからだ。

 有史以来、人間の生理と歩調を合わせていた 「文明」 は、徐々にスピードを上げ、20世紀には 「人間の生理」 に追いつき、21世紀になると、ついに 「人間の生理」 のリズムを超えた。

 その理由は、20世紀後半から、各分野におけるテクノロジーが幾何級数的に進化を遂げたためである。
 最も顕著な例が、情報工学の世界。
 情報の流通が、ネットの速度を基準とするようになったため、個人が情報を整理する余裕がなくなったのだ。

 そのため、人々は物事を判断するときも、瞬時に 「○」 か 「×」 か、 「Yes」 か 「No」 という2進法 (デジタル) で答えざるを得ず、どちらでもないような 「ニュアンス」 や 「情緒」 といったアナログ的なものは 「ノイズ」 として捨象するようになった。

 そのような 「あわただしい世界」 に、もう人間はついていけない。

 だから、大人も子供も、頭の中に常に去来する思いは、次の三つ。

 忙しい
 気ぜわしい
 面倒くさい

 未知の 「他者」 に関わらなければならなくなったとき、多くの人は、それを 「忙しいし、気ぜわしいし、面倒くさい!」 と感じ、できれば避けたいと思うようになった。
 だから、現代社会では、家族や友人・知人、仕事関係者以外の人間は、すべて 「邪魔モノ」 になってしまった。
 それも、 「邪魔者」 ではなく 「邪魔物」 に…。


 「あわただしさ」 は、 「好奇心」 の大敵である。

 あわただしいと、人は、人に対して 「好奇心」 を抱くような余裕が生まれないため、相手が自分に対していかなる価値を持っているかだけを “効率的” に測ろうとする。

 ニュースを読み解く力はあるか?
 インターネットリテラシーは高いか?
 オリジナル性のある企画を打ち出せるか?
 それをプレゼンできるノウハウがあるか?

 たとえば、そんな感じで、自分 (あるいは企業) が求める価値基準だけで、相手を値踏みする。

 でも、そこから得られる結論は、
 「たいしたヤツじゃないな」
 か、
 「お、利用できそう」
 …の二つだけ。

 好奇心というのは、その二つの答の “すき間” に隠されているものに対して視線を向けようとする 「心」 をいう。

 この 「好奇心」 に近いけど、決定的に違うもう一つのものが、 「ヤジウマ根性」 。
 これは、自分の立場を安定させたまま、 「人の不幸を覗き見してやろう」 という心理を指し、自分の価値観 (先入観) をいったん捨てて相手に臨もうとする 「好奇心」 とは似て非なるものだ。

 自分に被害が及ばない高みで、世の悲惨を見物しようとする 「ヤジウマ根性」 は、まさに今のテレビ文化を象徴するようなもの。

 それが、 「好奇心」 の代用品になっているとしたら、ちょっと悲しい。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:28 | コメント(6)| トラックバック(0)

「孤独死」の原因

 年末になると、テレビでも、新聞でも、雑誌でも、まず 「1年の総括」 みたいなものから始まって、 「来年はどうなる?」 式の未来予測で締めくくることが多くなる。
 だからこの時期は、1年で最も 「日本の未来像」 みたいなテーマがマスコミの話題となる時期ともいえる。

 その中でも、一番 「悲観的な未来像」 を訴えたのは、朝日新聞であった。
 12月26日 (日曜) の朝刊では、日頃政治・経済記事で埋めるはずの一面をほとんど使いきり、 「孤族の国の私たち」 という大見出しで、いま日本で急増している “孤独死” というテーマを真正面から扱っていた。

 新聞の一面というのは、慣例的に政治・経済のトップニュースが来るものであるから、朝日新聞はよほど 「孤独死」 というものを大きな社会問題として捉えたかったのだろう。

 そこで使われた 「孤族 (こぞく) 」 という言葉は、どうやら朝日が思いついたオリジナル用語らしい。
 個人の自由を謳歌したいと願う戦後世代の生態を “個族” と表現するならば、その彼らが、いま直面しているのは、血縁・地縁の絆を失って 「孤独」 と向かい合うことを余儀なくされた “孤族” である。

無人の公園風景

 今年は国勢調査が行なわれた年で、その結果は来年公表されることになるが、記事によると、研究者たちはすでに1人暮らしの 「単身世帯」 が 「夫婦と子供からなる世帯」 を上回ることを確実視しているらしい。
 このまま進めば、20年後には、50~60代の男性の4人に1人が 「1人暮らし」 になることが予測されるとか。

 今まで 「普通の家族」 といった場合、誰もが思い浮かべるのは、父親、母親に子供2人という 「標準世帯」 だった。
 しかし、 「単身世帯」 が急増する時代がすぐそこまで近づいてきた今は、もう 「普通の家族」 という表現が成り立たないと、記事は指摘する。

 この場合、注目されるのは、単身世帯の未婚率の増加だ。
 現代社会は、未婚であることが恥でも何でもなくなり、それも 「ひとつのライフスタイル」 (おひとりさまブーム) として提唱されるようになった。そして、そのことが経済的理由で婚期を逃した人たちの心理的負担をも軽くした。

 確かに、外食産業、コンビニ業界、インターネットなどの普及により、昔と比べて一人暮らしは、はるかにたやすくなった。
 そのため、個人の自由を抑圧するような旧来の人間関係から解放され、 「個」 を満喫する人たちの地平は広がった。

 しかし、その 「個」 を謳歌する単身生活者たちにも、 「加齢」 は容赦なく降りかかる。
 高齢になって、身体能力などが衰えとき、職も失い、病気になったりした単身生活者は、血縁や地縁というセーフティネットを持っていない分、 「孤独死」 の不安と向かい合うことになる。

 それでも、女性の場合は、同性同士のネットワークを強化している人たちが多いので、いざとなったら日頃連絡を取り合っている相互扶助的なコミュニティからの応援が期待できる。

 しかし、働くことしか知らないまま退職を迎えた男性たちは、退職したら家に閉じこもり、 「あいさつしない、友人いない、連絡しない……」 という “ないないづくし” の生活にこもってしまう。
 特に、妻に先立たれた男性の老人は、そういう傾向を強めがちだという。

 そういう人たちが孤独死を迎えたとき、病気のために衰弱して死んだのか、自殺したのかという見分けがつかない場合もある。
 特に、妻に先立たれた男性の老人は、 「自分も死んでもいい」 という諦念を抱きがちになり、身体を動かす気力を失い、食べる気力を失い、結果的に 「緩慢な自殺」 を遂げてしまう人が多いらしい。

 日本では、12年連続で自殺者が3万人を超えたが、それは警察が定義した 「自殺」 の数であって、定義にハマらない “緩慢な自殺” を図った人々の数も加えると、自殺者の数は、警察の発表よりもさらに多くなる可能性がある。

 同新聞では、このような時代を、 「家族に頼れる時代の終わり」 と表現して、精神科医の斎藤環氏の談話を紹介する。
 斎藤氏は、 (現代の) 「日本は、家族依存社会だ」 という。
 本来ならば国が担うべき仕事であるはずの 「社会保障」 などを、国が家族に押し付けてきたという意味だ。

 介護でも、育児でも、 「家族の面倒を、家族がみる」 比重は、昔に比べてものすごく増えた。
 それが国策であるならば、当然かもしれない。

 伝統的に “小さな政府” をめざす政権は、市場原理主義的な経済の流れが社会保障にせき止められることを嫌い、国民が自助努力によって介護や育児などの難問を解決することを奨励する。

 日本の場合は、社会保障をシステムとして構築しようにも、まず財源の確保でつまづいている。
 現在、さまざまなところで展開されている “家族愛キャンペーン” は、実は、そういう 「国家的な思惑」 と連動したものであり、結果的に、国家が行うべき仕事を家族に転嫁しようとするときの “言い訳” に加担することになる。
 ……たぶん、斎藤環氏がいおうとしていることは、そういうことなのだろう。


 期せずして同じ日に、TBSの 『サンデーモーニング』 という番組でも、この 「孤族の増大」 というようなテーマが討議されていた。

 途中から観ただけで、しかもメモを取ったわけでもないから記事の書きようもないのだけれど、司会の関口宏氏を筆頭に、コメンテーターの岸井成格氏、田中優子氏、寺島実郎氏、金子勝氏らが、
 「無縁社会の広がりのなかで、人と人がつながる契機はどこに求められるべきか」
 というようなテーマを語り合っていたように思う。

 番組のタイトルは、 「豊かなのに幸せになれない、なぜ?」 。

 日本は、今も世界第3位の経済大国であり、国民1人あたりGDPでは中国の10倍という富裕国である (…らしい) 。
 その日本人の平均収入を換算すると、フランス革命前にベルサイユ宮殿で遊び暮らしていた貴族よりはるかに金持ちなのだとか。

 それほど “豊かな国” であるはずの日本で、なぜ 「無縁社会」 が広がり、 「孤独死」 が増えているのか。

マネキン001

 ここでも現状認識として、まず 「今の社会の崩壊は、もう 『家族』 では支えきれない」 (寺島実郎) という見方が提示されていた。

 確かに、老いたる親を介護する子供たち自身が 「老人」 になりつつある時代。親子の精神的・経済的負担は大きくなる一方だ。
 また、長引く不況や広がる格差などによるストレス社会の重圧が、母親たちの育児放棄や、父親たちの幼児虐待という問題に影を落としている。

 番組の中で、寺島氏は、そのようなストレス社会が訪れてきたのは、
 「相変わらず、経済的に豊かであることが、人生をも豊かにするという幻想から政府や企業が逃れられないからだ」
 という。

 つまり、 「お金によって保証される便利な生活こそ幸せ」 という洗脳に人々がさらされているために、それに至らない生活は、すべストレスに感じられてしまう。
 …ということを、寺島氏は言いたいのだろう。

 日本は “豊かな国アメリカ” を目指してここまで来たが、追いついた時点で、アメリカ経済も失速し、日本の手本となるような 「力」 を失った。

 それなのに、日本の企業経営者たちの多くは、 「アメリカ経済さえ立ち直れば、日本経済も復活する」 と他力本願の望みを捨てきれないでいる。
 しかし、そろそろ日本人は、 「経済的強者が人生の強者でもある」 というアメリカ流の発想から卒業しなければならないのではないか?
 ……というのが、寺島氏の意見だったと思う (うろ覚えだから、別の人の発言だった可能性もある) 。

 「無縁社会 → 孤独死」 の問題は、そこに結びついてくる。
 「経済的強者が人生の強者である」 という発想は、 「弱者は、自己責任において、自己救済しなければならない」 という考え方につながっていく。

 「 “孤独死” に至る生活しか持ち得なかったのは、その本人の責任であり、競争原理社会では、それは当たり前のこととして、誰もが覚悟しなければならない」

 極端にいうと、市場原理社会というのは、そういうことなのだ。

 無縁社会を生きる “孤族” たちは、そういう 「弱者は切り捨てご免!」 に傾きがちな現代社会の中から、追い立てられるように生まれてきた。

 そのことに対し、番組の中で、慶応大学の金子勝教授は、やはり 「家族という最小単位の共同体」 にすべてを預けるのはもう無理だ、という見解を示す。

 家族や地縁共同体の良さは、確かにある。
 そこには、多くの都市生活者が失ってしまった 「互助精神」 や 「励まし」 、 「温かいもてなし」 などがある。
 しかし、一方では 「抑圧」 も 「集団的強制力」 もあり、逆らったときの “村八分” もある。

 だから 「古い共同体を復活させるのではなく、 “人と人との紐帯 (ちゅうたい) ” を実現する新しい組織を社会工学的に建設することが必要」 と金子氏はいう。


 面白いのは、 “江戸学” で名を馳せた法政大学教授の田中優子氏のコメントだった。

 「人と人が出会って、心の交流を図るためには、お互いの心を共振させる “媒介” が必要だ」
 と彼女はいうのである。

 媒介

 むずかしい概念だが、 「共通の話題」 とか 「共通の目標」 とでも考えておけばいいのかもしれない。

 今や日本人の生活感覚の中で色あせてきた数々の年中行事。
 その中に、 「媒介」 を探し出すヒントがある、と田中氏はいう。

 正月行事、お盆の行事などを含め、節分、ひな祭り、節句……。
 日本の伝統行事というのは、すべて 「自然」 と因縁が深い。

 そのような自然の移り変わりのなかで、豊穣への感謝や、子供が生育することへの祈りといった感情を共に祝い合うのが、日本人の年中行事だった。
 そのとき、お互いに 「自然の変化」 を確認し合うことが、日本人の心を結びつける 「媒介」 となっていたのである。

 だから、日本の風土から 「自然」 がどんどん消滅していけば、日本人の心を結びつけていた 「媒介」 も失われてしまうのは当然のこと。
 そして、 「媒介」 を失った現代人たちは、心と心を通い合わせることなく、互いに孤立し、 「無縁社会」 の奈落に落ち込んでしまう。
 …というのが、田中優子氏の見立て。

 用事があったので、その先は観ていないけれど、 「孤独死」 が多発しているのは都市部のアパートが多いという事実からも、 「自然」 を失ってしまうと人と人との絆が切れるという田中氏の指摘は、なにやら暗示的でもあった。

古い集合住宅

 番組の中で、毎日新聞主筆の岸井成格氏が、石川啄木が100年前に執筆していた童話がつい最近発見されたことに言及していた。

 それは、山の猿たちが人間に願いごとをする話だという。
 「どうか山の木をむやみに切り倒したりして、自然を破壊しないでほしい。自然を破壊してしまうと、自分たち猿も困るけれど、あんたたち人間だって困ることになる」
 と、猿が人間に忠告するのだとか。

 「そういうことを、石川啄木はすでに100年前に警告していた」
 と、岸井氏は驚く。

 「孤独死」 の話が、 「自然破壊」 の話と結びついた瞬間でもあった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:17 | コメント(1)| トラックバック(0)

廃墟のある島

 廃虚ブームで、長崎県の “軍艦島 (端島) ” がよく話題に取り上げられる。
 そんなこともあって、この前、書店の 「旅行本コーナー」 に行ったとき、軍艦島の写真集があったので手に取ってパラパラと眺めてみた。

軍艦島001

 一度も行ったことがないのに、どこかで似たような光景を見たという思いが脳裏を駆けめぐった。

 どこで、だろう…
 と気になっていたが、ふと、下の絵であることが分かった。

アーノルド・ベックリン「死の島」
 ▲ アーノルド・ベックリン 『死の島』 。

 別に軍艦島が “死の島” であるというような、不吉な照合を示そうというわけではない。

 だが、似ている。
 この両者には、何か共通した気配がある。

 まず、アーノルド・ベックリンの絵から見ていこう。

 鏡のように平らな海に浮かぶ小さな島に、小舟に載せた棺が運ばれていく。
 その先には、岩をくり抜いた古代風デザインの廃虚が島いっぱいに広がり、島の中央には、黄泉 (よみ) の国から来た使者がたたずむように、糸杉が並んでいる。
 まるで島全体が、死の静寂に包まれた巨大な 「墳墓」 のようにも見る。

 糸杉
 乾いた岩におおわれた島
 古代世界風の廃虚

 そのような地中海世界の特徴をふんだんに採り入れながら、この絵からは、地中海世界の明るさが伝わってこない。
 むしろ、ドイツロマン派にも通じるような、暗さと、神秘性と、メランコリーが画面全体を支配している。

 異様なのは、芝居の書き割りのような、島の “人工性” だ。
 島の面積に不釣り合いなくらい、糸杉と廃虚が大きい。

 生物学的に判断しても、立派な糸杉が根を生やすほどの地味ある土地とは思えない。
 見る人間は、まずそこで現実的な判断力を削ぎ落とされてしまう。


 同じようなことが、海上から眺めた軍艦島の廃虚にもいえる。
 ベックリンの絵画同様に、建物の大きさが、島の面積に不釣り合いなくらい大きい。

軍艦島001
▲ 軍艦島

 建物の質感があまりにもどっしりとしているため、それを支える島の頼りなさのようなものが、逆に浮かび上がってくる。
 つまり、海上に蜃気楼の街が浮かんだような、どこかこの世ならぬ気配が漂ってくるのだ。

 ベックリンの 『死の島』 と 「軍艦島」 の光景に共通していえることは、ともに、
 「自然界のバランスが無視されている」
 ということだ。

 つまり、 “極度に人工的” である…ともいえるのだが、その人工性が、 「人間の管理できない超自然の世界」 にもつながっているという “不思議な気配” を両者は持ち合わせている。

 ベックリンの描いた 『死の島』 は、そのような人間の管理できない “あの世の世界” を見事に映像化したものだといえる。
 同じように、軍艦島の廃虚も、人間の管理を超えた世界の存在を伝えてくる。

 では、人間に管理できない世界とは何なのか?

 それは 「過去」 である。

 そもそも 「廃虚」 とは、 「現在」 に突き出た 「過去」 である。

 「過去」 は常に 「現在」 を規定しているが、だからといって人間は 「過去」 に遡って 「現在」 を変えることはできない。
 「廃虚」 とは、その人が触れることのできない 「過去」 が、 「現在」 という場に姿を現している場所のことを指す。

 「軍艦島」 は、かつて炭鉱の島として栄えた 「過去」 そのものが 「廃虚」 として残存したものだが、ベックリンの 『死の島』 も、 「過去」 の視覚化がテーマになっている。

 この絵の主題が、 「棺 (ひつぎ) を納める島」 であることに注目していいだろう。
 「死者が誰であるか?」
 と問うことは、意味がない。
 ここでは、絵全体が 「すでにこの世に戻らないもの」 を表現していると見るべきであろう。

アーノルド・ベックリン「死の島」

 そういった意味で、 『死の島』 と 「軍艦島」 は似ている。
 ともに、 「廃虚」 の横たわる島として。
 「戻らないはずの過去」 が、そこにヌッと顔をさらしている島として。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

世界ゲーム革命

 「時代は、いま大きな転換期に差し掛かっている」

 そういう言い方が、いろいろな領域で言い交わされるようになってきた。
 成長経済から縮小経済への 「転換期」
 人口増大から人口減少への 「転換期」
 紙の書籍から電子書籍への 「転換期」
 固定インターネットからケータイへの 「転換期」

 メディアの方もそのあたりはよく心得ており、 「転換期」 という視点でモノを論じると、人々の危機意識を煽ったり、期待を高めたりすることができるため、やたらと 「転換期」 という言葉を連発する。

 NHKが日曜の夜に放映する 『NHKスペシャル』 は、毎回この “転換期” に焦点を当てた番組といっていいだろう。
 
 週が変わって、テーマが変わるごとに、当然さまざまな “転換期” が登場するわけだが、そのどれもが、 「これぞ世紀の大転換期!」 と視聴者をあわてさせるような作りになっている。

 その手法たるや、芸能スポーツ新聞も顔負けの巧さ。
 話題がハイブローというだけで、視聴者の不安を煽ったり、期待感を持たせたりするうまさにおいては、芸能スポーツ新聞などの比ではないかもしれない。

 で、12月12日の夜に放映されたNHKスペシャルは 「世界ゲーム革命」 という企画。
 ここにも、さまざまな 「転換期」 が散りばめられていた。

 ゲームといえば、 「クールジャパン」 を代表する日本のお家芸的な産業だと思われていたが、ところがドッコイ。
 1995年には世界のゲームシェアの7割を占めていた日本のゲーム産業も、新興のアメリカゲーム産業に追われて、今や3割程度に落ち込んでいるとか。
 番組では、そういった世界のゲーム市場における 「転換期」 が、まず報告される。

 次に、日本よりゲームの売上げで優位に立ったアメリカでは、ついにゲーム産業が映画産業を上回る市場規模を実現し、文字どおりエンターティメント産業の頂点に立ったことも報じられた。
 つまり、映画からゲームへの 「転換期」 。

 で、いちばん大きな 「転換期」 だと強調されたのが、 「現実逃避からゲーム的な現実参加への転換期」 。

 番組の中では、あるゲームディレクターが、ゲームが現実逃避であることを認めつつも、それを “肯定的に” 語っていたことが印象的だった。
 つまり、ゲームに熱中することは、今までは “辛い現実” を忘れるための 「現実逃避」 であったが、これからのゲームは 「逃避」 ではなく、それこそが 「新たな現実」 の獲得になってきたということなのだろう。

 今までは、どんなにゲームがリアルな感触を実現しようが、しょせん 「現実は現実。バーチャルはバーチャル」 という2分法を超えることはなかった。
 ところが、いま世界で繰り広げられているゲーム開発の狙いは、リアル世界よりももっと “リアルなゲーム” 、すなわち人間の感覚機器そのものを改変していくようなゲームを開発することなのだとか。

ゲーム004

 その “リアリティ” を獲得するために、アメリカで戦争ゲームを開発している会社は、銃の撃ち方、弾丸の装填の仕方、さらに撃ったときの衝撃、反動などをリアルに再現するため軍事コンサルタントを招へいして、徹底的な指導を仰いでいたり、別の会社では、ゲームプレイ中の人間の脳波を測定し、ゲームが与える刺激や人間が飽き始めるポイントなどを徹底分析してゲームへの集中度を高めるノウハウを追求しているという。

ゲーム008

 さらに、ゲーム世界とリアル世界への 「壁」 を取り除くため、キーボードやマウス、コントローラーから人間を解放し、腕そのものを入力装置にしたり、人間の動作を赤外線カメラが読みとることによって、ゲーマーの一挙手一投足がそのままゲームをコントロールするシステムなどを開発しているとか。

 ロシアでは、脳化学を研究する科学者が、政府の研究補助金の減額を理由に、その研究成果をゲームメーカーに売った。
 そこから、脳のどのような部位を刺激すれば、人間がバーチャルな世界で 「リアル」 を体験できるかということが研究されることになったという。

 つまり、今までディスプレイで隔てられていた向こう側の世界に、人間をそのまま送り込んでしまおうという計画が、いま世界で同時進行しているらしい。

 当然、 「こちら側」 に帰って来れない人も出てくるだろう。

 しかし、あるアメリカのゲーム開発者はこういう。
 「ゲームは電源が切れるまで続けられなければならない」

 あたかも、それこそが 「人間の究極の幸福だ」 といわんばかりに。

ゲーム002

 このように、アメリカでは、脳化学や生態学、生理学などのすべての科学を応用し、人間が 「飽きることなくゲームに熱中し続けられるシステム開発」 にあらゆるエネルギーが投入されるつあるのだが、それには理由がある。
 ゲーム産業が巨万の富をもたらせる 「宝箱」 だからだ。

 そのためゲーム開発会社は、企画中のゲームを成功させるために、開発費の1割から2割という高額な予算を割いて、ゲームをテストする専門会社のアドバイスを仰いでいる。

 そこでは、世界の各国から集まってくるゲーマーたちが、真剣な眼差しで企画中のゲームの出来映えを審査する。
 ストーリー性があるかどうか。
 途中で飽きてくる要素はないか。
 キャラクターに感情移入できるか、できないか。

 厳しい審査基準が設けられ、一定のレベルに到達できないゲームは、容赦なく批判を浴び、つくり直しが要求される。

 これらのゲームテスターたちが各国の若者たちで構成されるのは、世界マーケットを考えた場合、その国民性による文化概念の差を把握するためであるという。
 現に、戦闘ゲームの場合、アメリカ人は派手に血しぶきが飛び、腕や首が宙に舞うような構成を好む。
 しかし、日本人はあまり残虐なヴィジュアルを好まないため、戦闘場面はソフト化されて再構成される。 

ゲーム003

 そのような海外の動きに対抗して、日本では、経済産業省の 「クールジャパン室」 が年間予算20億円をかけて、日本製ゲームやアニメの振興に力を入れるようになったらしい。
 さらに、スタジオジブリとゲームメーカーのコラボによって、アニメとゲームを融合させた作品 ( 『二の国』) の制作を進めている日本人クリエーターにも取材が入った。

 いやはや、大変な時代になったなぁ…と、見ていてため息が出てしまった。

 初期ファミコンで 「ドラクエ」 を知って以来、スーファミ、プレステ、セガサターンなどを次々と買い込んで、 「信長の野望」 やら 「大航海時代」  「チンギスハーンⅣ」 などで遊んだ私には、とても他人事とは思えない。

 私は、そういうものにハマったときの 「地獄」 と 「快楽」 を知っている。
 だから現実を凌駕する 「第二現実」 の登場に対しては、それにハマりこんだときの恐ろしさも想像できる。 

 たぶん、そこでは今までのゲームにはなかったような新次元の 「スリル」 や 「刺激」 や 「快感」 が誕生しているだろう。
 しかし同時に、リアルな 「恐怖」 や 「不安」 や 「嫌悪」 も生まれてくるだろう。

 現実生活では、 「恐怖」 や 「不安」 の先には、 「身体の痛み」 や 「死」 が待ちかまえている。
 だが、ゲームの場合、あらゆる感情が喚起されても、そこに 「死」 だけはない。
 「死」 のない 「恐怖」 や 「不安」 が、終わることなく永遠に繰り返されるというのは、それこそ 「悪夢」 なのではなかろうか。

 でも、人類がそれを求めているのだとしたら、もう止められないのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:47 | コメント(10)| トラックバック(0)

イタリアをめざせ

 ちょっと評判になっているブログで、知っている人はかなり前からチェックしていたのだろうけれど、最近、人から 「面白いよ」 と教えてもらって、 「あ、なるほど…」 と思ったのは、 「ちきりん」 という人が書いている 「Chikirinの日記」 なるブログ。

 その中の 「日本はアジアのイタリアに」 (2010年7月30日) という記事が、有名な経済評論家などにも好意的に評価されて、かなり評判になっているらしい。

 で、読んでみた。
 確かに面白い。

 ま、要するに、政治はグチャグチャ、経済はアップアップ、人々の生活はドロンドロンである今の日本ではあるが、Chikirinさんという人は、 「…んなの、イタリアと別に変わらんよ」 といっているわけだ。

イタリアの地図

 で、承諾も得ぬまま勝手に一部引用してしまうけれど、チキさんは、イタリアと日本を比較した上での共通性を次のように書く。

 (経済) 世界で10から20位くらいの間 (先進国のしっぽのあたり)
 (政治) ぐちゃぐちゃ。こんな奴が首相でいいのか? と言いたくなるレベル。
 (国際社会でのプレゼンス = 存在感) 特になし。
 (歴史) 現代より、歴史 = 過去に栄光あり!
 (首都) 世界の人が憧れる大都市。ユニークに熟れた都市文化が存在。
 (田舎) 訪ねるのは不便だが、すばらしく美しい。地元ならではのおいしいモノがたくさんある。
 (教育) この国の教育レベルが高い、などという人は世界にいない。
 (英語) みんな下手くそ。
 (企業) ごく少数の国際レベルの企業あり
 (闇社会) マフィアもやくざもそれなりのプレゼンスあり、クスリも蔓延。
 (失業率) 常にそこそこ高い。
 (格差) わりと大きい。田舎に行くと都会とはかなり生活レベルが違う。都会にも貧しい人が多い。
 (出生率) 低い。少子化が止められない国家。
 (国家ブランド) 強い。 “イタリア製” 、 “日本製” という言葉には独特の付加価値がある。
 (食事) 世界トップレベルの美味しさ。世界中でブームが定着。
 (ファッション) 食事と同様、独自のスタイルが世界の注目を集める。
 (観光産業) 海外から、特に圏内 (日本の場合はアジア) から多数の人が押し寄せる。
 (文化) 世界にはない (アメリカのエンターティメント産業の真似ではない) ローカルカルチャーが花開いている。イタリアと日本は、あのフランスが文化面で憧れる国。
 (まとめ) グローバル国家ではなく、超ドメスティック志向。 “オレの国が一番いいじゃん系” 。

 …って感じで、イタリアと日本の共通点を羅列した後で、チキさんは 「最大の違いがあるとしたら、イタリア人の多くが “これでええねん” と思っているのに対し、日本人は “これじゃあかん!” と思っていること」 だという。

 要は、同じひとつの現象を取り上げても、それを楽観的に見るか、悲観的に見るか。
 そこにチキさんは、 「イタリアの幸せ」 と 「日本の不幸」 を読みとっているようだ。

古代ローマの遺跡

 ま、上記の比較は、 “読み物” を意識した相当ランボーな比較なので、実証的に検証していくと、また違った観察が生まれるだろうと思うけれど、少なくとも、イタリア人の持っている “ラテン気質” というものをうまく要約する見方だと思った。

 ここには、人間の活力が生まれるヒントが描かれている。
 「ノーテンキさ」
 「気楽さ」
 「いい加減さ」 

 日本人が忌み嫌う、そのような気質こそ、逆に人の 「活力」 を取り戻し、現世的な幸福を実現する力となる。それをチキさんは、 “イタリア人気質” というものに代表させて語ったんだろうな…と思うのだ。

 で、 「泥沼の不況」 、 「格差の拡大」 、 「長期的な低迷」 などという負のムードが国全体を覆う時代になると、 「刻苦勉励 (こっくべんれい) 」 、 「努力」 、 「克己」 、 「奮起」 、「挑戦」 などという国威発揚的なモチベーションを掲げることは、あまり意味をなさなくなってくる。

 ただでさえ、相当疲れちゃった人が多いのだから、人はもう進軍ラッパや、軍楽隊の太鼓にはついていけなくなっている。

 「刻苦勉励」 や 「努力」 や 「奮起」 などという標語が人々を動かしたのは、高度成長が期待できた時代だったからだ。産業構造でいうと、 「大量生産、大量販売、大量消費」 が約束された時代だ。

 今は産業構造が変わってきて、人間同士を競争させて生産性を上げても、それが供給過剰になって在庫の山と化すような時代だから、多くの人は、社会や企業から 「やる気を出せ!」 と言われても、かえって 「徒労感」 、 「消耗感」 、 「喪失感」 を感じてしまう。

 特に、日本人は、 「手抜き」 を忌み嫌う民族だから、 「奮起せよ!」 と尻を叩かれて 「奮起できなかった」 ときは、“誠実に” 反省しちゃうために、抱えるストレスも大きくなり、人間関係はギクシャクし、鬱病も、自殺も、ケンカも増えていく。

 で、重要なのは、チキさんの “イタリア謳歌” が、図らずも、今後の日本産業の進むべき方向性も示唆しているということなのである。

 結局、安価なコストで大量生産するような商品は、もう中国、インド、東南アジアなどに太刀打ちできない。
 だって、労働力の厚みと人件費が違いすぎるんだから。

 そういうのはアジアの途上国にまかせ、では日本の進むべき道は? …というと、一にも二にもブランド力の強化しかない。

 商品の価格を下げて、アジアの途上国と争うなどは愚の骨頂。
 日本が世界マーケットに向けて勝負をかけるとしたら、必要なものは、プレミアム、ハイクオリティ、ハイセンス、エキゾチックである。
 これが、私の考える 「ブランドの4原則」 。

イタリアンエキゾチック

 チキさんはすでに、ファッション、フード、エンターティメント (観光とかアニメ、ゲームとか) などの領域で、日本とイタリアは、世界に通用するブランドを確立していることを示唆している。

 ファッション、フード、エンターティメント。
 いずれも、 「現世的な快楽」 というものが、身体に刻印されるように身に付いていないと、追求できないものだ。

 「付加価値」 ってのは、有用性から導き出されるものではない。
 遊んだ人間が思いつくものだ。
 要は、 「センス」 なんだね。
 ファッションやフード、エンターティメントというのは、まさにそれが凝縮したような世界。
 その 「センス」 がないと、世界のアタマは取れないようになっている。
 だから、こういう動きは、やがて家電、自動車といった、 「量産・量販型」 の産業にも影響を及ぼしていくだろう。

 イタリア的な、 「ノーテンキさ」 「気楽さ」 「いい加減さ」 。
 それを是とする姿勢は、今の日本人が、新しい価値観に目ざめたり、発想を転換させたりするためには、案外必要なことかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:15 | コメント(4)| トラックバック(0)

外来種の脅威とは

 在来のフナとかワカサギを捕食し、日本の湖の生態系を破壊している “犯人” とされているブラックバスやブルーギル。
 その生命力の強さによって、日本の在来リスを駆逐してしまったといわれるタイワンリス。

 ま、とかく 「外来種」 が、在来の野生生物を “いじめている” という報道が最近やたらと多い。

 本来、外来生物は、それが人為的に放逐されたり、人や物の移動にともなって付着してきたりしたとしても、そのほとんどは、新しい環境に適応できずに死んでしまうものらしい。
 しかし、まれに繁殖してしまうものがある。新しい環境になじめる適応力とか、苛酷な状況でもたくましく生き抜く生命力に恵まれた連中だ。
 そういうタフな連中が棲みつくと、一気に “広域暴力団化” するらしい。

 近年は、特に深刻な影響をもたらす 「外来生物」 を 「侵略的外来種」 と名づける風潮もあるようで、最近の 「外来種駆除」 を訴える報道は、まさに 「地球征服を企むエイリアンがやってきた」 というイメージで統一されている。

エイリアン画像
▲ エイリアン

 しかし、この 「外来種排除」 というのは、私には、ある種の 「思想運動」 のように感じられる。

 つまり、生物学的な危機感から来るものというよりも、その根底にあるのは  「異人種/異文化」 に対する 「人間的怯え」 、…いってしまえば、グローバリズムに対する 「不信感」 とか 「抵抗」 。
 なんか、そんなものが深層心理的に働いているように感じる。

 その証拠に、 「外来種の脅威」 として取り上げられるものは、ブラックバスやタイワンリスのような、在来種が持たなかったような 「たくましさ」 や 「生命力」 を持ったものが中心となっている。

 しかし、ニジマスだってカワマスだって外来種なのだ。
 さらにいえば、イネ、コムギ、トウモロコシ、サツマイモ…。
 これ、みんな外来種だ。
 400年前に朝鮮半島から移入されてカササギは、今では天然記念物とされている。

 要するに、日本の穏やかな風土になじみ、従順に生育していく外来種は、そんなに “悪者” にされない。

 ところが、ブラックバスのように、やたら 「強いヤツ」 は目の敵 (かたき) にされる傾向にある。
 ちょうど、軍事大国・経済大国の道をひた走る中国や、近年めきめき日本の産業社会を圧迫し始めた韓国に対し、それを 「脅威」 として感じる日本人が増えたように。

 だから、生物の外来種に対する 「怯え」 というのは、生態系の破壊という問題を超えて、 「文化的」 「人種的」 な面における日本人の潜在意識が反映されているように思える。

 このような 「異人種・異文化」 に対して脅威を抱くという現象は、実は今、世界的な傾向になりつつある。

 近年どこの先進国においても、異民族の流入を制限したり、排斥しようという傾向が出てきた。
 フランスのサルコジ政権は、 「治安が安定していない地域には移民が多い」 と言い放ち、移民のことを 「社会のクズ」 、 「ごろつき」 と呼び、排斥的な言動を煽りつつある。

 ドイツに関しても同様で、昔労働力不足を補うために受け入れたトルコ系移民が、相変わらず 「社会にとけ込めていない」 ということを理由に、移民に対しては消極的な姿勢を示すようになってきた。

 「移民の国」 のアメリカにおいても、反移民感情は日増しに高まっている。
 現在アメリカでは、 「アメリカで生まれた者はどこの民族であってもアメリカ市民」 という憲法の項目を修正しようという動きがあるらしく、 「アメリカで生まれた不法移民の子供には市民権を付与しないようにしよう」 という世論が高まりつつあるという話を聞いた。

 このような世界的な 「移民排斥運動」 の背景には、長引く不況の影響による自国労働者の失業率の増大などがある。つまり 「外国の移民」 が増えたから自国の労働者の仕事がなくなった…というわけだ。
 また、それと連動して、移民が犯罪に加担する率の高まりも見逃せないとされる。

 先進国の経済成長が著しい時代には、安価な労働力として歓迎されていた移民。
 それが今、排除の対象になりつつあるのは、ひとえに長引く世界的な不況と、経済のグローバル化が作用しているように思う。

 特にグローバリズムの問題は大きい。
 市場が地球規模に広がった21世紀の資本主義社会では、産業資本、製品、労働力などが、めまぐるしいほどの流動状態に置かれる。
 どこの国においても、地方の工場地帯の周辺には、諸外国の労働者が民族単位で集まるコミュニティが形成されつつある。

 企業においては、安い労働力が確保できるのなら、民族・人種を問わないだろうし、労働者にしてみれば、自国より高い給料が保証されれば、どこの国で働いてもかまわないようになる。

 そうなると、言語も、生活習慣も、文化も、宗教も異なる異人種たちが、世界中を行き交うことになる。
 「理解できないもの」 は、誰にとっても怖いから、必要以上に警戒するし、ちょっとした生活感覚の違いが 「好悪」 の感情で判定され、やがてそれが 「善悪」 の価値判断につながっていく。

 そして、異文化、異民族に対して脅威を煽ることは、とりあえず在来型コミュニティを、つかの間の “安定” に向かわせる。

 でも、そんなことでいいの?
 …と思ってしまう。
 そういう 「内向き」 の思想からは、本当の意味での強さも、たくましさも、優しさも生まれない。

 「外来種を排除し、純血種を守れ」 という主張が台頭するときというのは、たいてい、その国の経済や文化が衰退の兆候を示したときだ。
 そういう声が、欧米先進国で同時に起こったということは、彼らが、経済や文化領域での活力を失ってきたということなのかもしれない。

 「自分とは異なるもの」 を理解しようとする意志から生まれる力こそが、国家や民族の活力になると思うんだがな…。

 で、在来生物を守るための 「外来種の排除」 というのも、そこにはイデオロギー的な背景がありそう…と思ったわけ。

 あ、言っとくけど、俺、ブラックバスやタイワンリスたちから一銭ももらってないからね。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

うつろひ

 秋から冬に変わるこの季節。
 1年の中で、景色がいちばん贅沢になる。
 公園を散歩していて、そう思った。

公園201005

 木々の葉が、絵具を盛ったパレットのように、にぎやかになる。
 朱色に輝く紅葉。
 黄色に燃えるイチョウ。
 
 そして地面は、その落ち葉のジュウタンで彩られ、1年のうちでも、もっともゴージャスな大地に変わる。
 
 あとほんの数週間経てば、冬枯れた風景に一変するというのに、初冬の自然は、豊穣な色彩の恵みを謳歌している。

 だからこそ、淋しい。
 空がいちばん鮮明に燃え上がる瞬間というのは、日没の直前であるということを、われわれは経験的に知っているからだ。

 もっとも絢爛 (けんらん) と輝く光景の中に、来たるべき 「滅亡」 の影を読む。

 それは、強盛を誇った政治権力の衰退や、絢爛たる輝きを持った文化の終焉などに 「美学」 を感じる日本人的な感受性のなせるワザかもしれない。

公園の池201002

 『平家物語』 の冒頭には、 「祇園精舎 (ぎおんしょうじゃ) の鐘」 に 「諸行無常の響き」 を感じ、 「沙羅双樹 (さらそうじゅ) の花の色」 に  「盛者必衰のことわり」 を感じる日本的感性が描かれている。
 
 栄えたものは必ず滅びる。滅びた後にまた再生があり、そして、それも滅び……。
 無限のループの終わりなき連鎖。

公園201003
 
 仏教に基づく “東洋的無常観” といわれる哲学をそこに見る解釈が多いが、案外それは、明確な 「四季」 を繰り返す日本的風土に根づいたものだったかもしれない。

 外国人観光客が、日本に長期滞在して、いちばん驚くのは、日本の四季の鮮やかな変わりようだという。

 夏から秋に、秋から冬というように、時が 「色の変化」 をともなって変化してゆく様を、観照的に表現する言葉が、英語文化圏にはないという話を聞いたことがある。

 日本語では 「うつろひ = 移ろい」 。
 その言葉を無理やり英訳した人は、それを何と語ったか。

 a moment of movement (時の流れ中の “瞬間” ?)

 奥深いような…。
 でも微妙に違うような…。

 要するに、時間や季節が、ひとつのグラデーションを描くように変化していく様子を 「文化的」 に表現する言葉というものが、外国の言葉にはない。

 「自然」 を、あたかもアートのように鑑賞し、文学のように解釈する日本人の感性というのは、あまりにも鮮やかな変転を見せる、この国独特の 「四季」 がもたらしたものかもしれない。

 師走の池 もういくつ寝ると お正月

公園の池201001



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:21 | コメント(2)| トラックバック(0)

「個性化」のワナ

 昨日、ホリエモンの言動に対して、ちょっとだけ触れたけれど、確かに “I T産業のヒーロー” としてブイブイ鳴らしていた時代 (2005年頃) のホリエモンは、人の神経を鮮やかに “逆なで” する凄いことを次々と発言していた。

 これは、過去にもブログで書いたことがあるけれど、当時ある雑誌の対談で、ホリエモンは田原総一郎を相手に、次のようなことを言ってのけている。

…………………………………………………………………… 

 【堀江】 仕事になぜオリジナリティが必要なのか? 仕事は儲かればいいのではないか。みんな 「オリジナリティ」 というものを、すごく大事に思っているようだが、アホだと思う。
 オリジナリティに訴えなくても、差別化する手段などはいっぱいある。資本力とか技術力で、きちっと差別化していけばいい。
 オリジナリティなんか何一つ必要ではない。良いものをそのままパクればいいだけだ。
 誰かが 「すごいアイデアを思いついた!」 というとき、世の中では少なくとも3人が同じことを同時に思いついていると昔から言われている。
 今の情報社会は、アイデアのもとになる原料みたいなものがインターネットで一瞬にして手に入る。
 だから、いいアイデアは同時に100万人が思いついているかもしれない。違いは実行に移すか、移さないかだけ。オリジナリティそれ自体には価値がない。

……………………………………………………………………

 過去のブログで、私はこの言葉を引用してから、次のようにコメントしている。

 「この堀江貴文氏の発言を最初に読んだとき、その合理性に舌を巻いた。
 続いて、そういう時代が来たということが、そら恐ろしく感じられた。
 この 『殺伐とした小気味よさ』 の正体がつかめずに、それ以降、ずっと居心地の悪い気分が続いた」

 …なんとも、微妙な言い回しである。
 肯定してんだか、否定してんだか…。

 つまり、 「時代」 が大きな変換点を迎えていることは理解できるのだが、それがどういう変化なのか。それをつかめずに戸惑っている自分の気持ちが、そこに正直に吐露されていたように思う。

 しかし、戸惑いながらも、心のどこかでは、堀江発言の重要性を見逃すわけにはいかないという気がしていた。
 そこには、 「オリジナリティ」 という言葉の意味を問い直す契機が含まれているように思えたのだ。

 戦後、日本の産業社会が急成長を遂げてきたのは、欧米文化の 「猿マネ」 から脱却し、日本製品の 「オリジナリティ」 を確立してきたからだという神話は、2000年代に入ってなお根強く浸透していた。

 だが、そのような 「オリジナリティ神話」 というものは、もう通用しないと、このときホリエモンは言ったのだ。 (当時のあらゆる産業界から叩かれるわけである)

 この堀江発言が、なんで自分にとってもショックだったかというと、 「オリジナリティ」 というものが、製造業のみならず、あらゆる文化領域においても絶対的な 「価値」 であるという信念を “逆なで” されたからだと思う。

 「オリジナリティ」 、 「個性」 、 「差異化」 というのは、近代的 「自我」 を確立する上での大前提となる。
 戦後教育は、子供たちをずっとそのように教育してきたし、特に90年代に入ってからは、文部省 (現・文科省) が堂々と 「生徒の個性化」 を教育行政の根幹として位置づけるようになった。

 そこには、欧米の産業構造をずっと支え続けてきた 「生産至上主義」 が反映されていたと思う。
 つまり、個人の 「自己実現」 は、モノを生産する場において発現されるという欧米流イデオロギーが、グローバル経済の一翼を担おうとしていた当時の日本社会にもようやく浸透してきた結果が、 「個性化教育」 だったのだ。

 これは考えてみれば当たり前のことである。
 「資本主義」 をドライブする原理は、徹頭徹尾、 「差異化 (差別化) 」 にあるからだ。

 他の競合商品との 「差異化」 、同社の過去の同製品との 「差異化」 。
 その 「差異化」 を生み出すイデオロギーが 「オリジナリティ」 であり、その 「オリジナリティ」 を形成するのが、個々人の 「個性化」 であるからだ。

 そう考えると、 「オリジナリティ神話」 を否定したホリエモンは、 「資本主義」 をドライブする原理というものを、従来の発想とは別のところに求めていたということになる。
 それは、 「オリジナリティ」 を生み出すための 「人間の個性」 なんて意味がない、と言っていることに等しい。

 自分が感じた 「殺伐とした小気味よさ」 というのは、たぶんそのことを指していたのだと思う。
 「良い物があれば、パクればいい」 というホリエモンのエゲツなさを嫌悪しながらも、同時に、そこに 「オリジナリティ神話」 の呪縛から逃れることの解放感も感じていたのかもしれない。

 「オリジナリティ」 を創出させるためのものとして、人間の 「個性」 が要求されたのが近代社会。
 しかし、その 「個性」 は、誰を豊かにするものだったのか。
 
 それは、ひょっとして、 「個人」 を豊かにするものではなく、単に、近代の産業構造を支えるためのものでしかなかったのでは?

 その証拠に、 「個性教育」 が浸透しても、教育行政が望む 「個性的人間」 が出たためしがない。
 むしろ 「個性教育」 が重視される時代になってからの方が、逆に、 「突出した個性」 を忌避する若者たちが増え続けている。
 今は、他者より目立つと浮いてしまうため、それが 「いじめ」 の対象になるということで、誰もが 「横一線に並ぶ」 ことに気をつかう時代になっている。 「個性的だね」 という言葉は、周囲から浮いた人間を揶揄するときの 「ギャグ」 でもあるわけだ。

 なんという 「時代の逆説」 か!

 最近では、 「90年代の教育行政から出てきた 『個性化』 、 『多様化』 というのは、今の階層格差を正当化する教育イデオロギーだった」 という説すら登場してきている。
 つまり、国家財政が破綻し、企業収益も減少する社会が到来することを見越した当時の政府が、 「個性化」 というイデオロギーを浸透させることで、 「どんな生活状態でも、今のままの自分に文句はない」 という人間を増やすための政策だったというのである。
 真偽のほどは別として、 「個性」 というものを考えるときのヒントになる説だ。

 「個性の獲得」 を 「自己実現」 の証しに求める発想は、そろそろ賞味期限が切れかかっているのかもしれない。人間の豊かさを意味するための 「新しい概念」 が要求されているようにも思う。

昭和記念公園風景0012
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

戦うブログ

 「戦うブログ」 が好きだ。
 まぁ、自分もこうやってブログを書いているわけだけど、やっぱり書きながら、 「この人の書いているブログにはかなわないなぁ…」 とか、 「面白いなぁ」 とか、 「どうしてこんな発想ができるんだろう?」 とか、手本になるようなものがいくつかあって、時間がある限り、そういうものはチェックしている。

 で、分かったことがひとつ。

 みんな戦っている。

 「炎上」 を恐れていない。
 つぅか、炎上しないように繊細な気配りをしながら、ずばずば人の神経を “逆なで” している。
 そういう人々は、当然、反発、反論、批判、非難が殺到することは自分でも承知しているだろうけれど、それを恐れず、堂々としている。

 そういうものは、案外、炎上しないのだ。

 人間って面白いもので、 「気にくわねぇ!」 とか、 「嫌なやつだ」 とか思いつつも、あまりにも鮮やかに自分の神経を逆なでされてしまうと、逆に小気味よく感じてしまうところがある。
 
 だから、 「あのいけすかない野郎! 今晩は何を書いてやがるんだ?」 ってな興味で、けっこう足しげく覗きに行って、 「クソ! あのバカまた性こりなく、けったクソ悪いエントリ起こしやがって」 とか悪態つぎながら、わりと楽しく読んでしまうことがある。

 これはブログに限らず、広い世界に向けてモノを発信していくときの一つの戦略であるかもしれない。
 「挑発する」 というスタイルをとることで、自分の主張を鮮明化させるという戦略である。

 一時のホリエモンなどがそうだった。
 彼は、球団買収騒動とか、テレビ会社合併問題などで、メディアに叩かれ続けていたときの発言の方が、今より数倍面白かった。
 人に 「いけすかねぇ」 と思わせながら、来るべき社会の明確なビジョンを展開していて、 「あいつの言っているような世の中になったら嫌だなぁ」 というプレッシャーを与えながら、けっこう閉塞社会に風穴を開けていたように思う。

 彼はその後見事に失墜してしまったけれど、現在、面白いと思えるブログを更新している人たちは、みんなしぶとい。
 政治を語っても、経済を語っても、風俗を語っても、 「お前、そこまで書いちゃヤバくねぇ?」 というギリギリのところで、きわめてスリリングな論旨を展開していて、颯爽としている。

 そういう人たちに共通しているのは、まず、よく 「勉強」 している。
 何が職業なのかよく分からない人もいるけど、テーマとして語る対象に関しては、専門分野の人も顔負けというくらいの突っ込んだ情報を持っていたりする。

 それと、やっぱりみな文章がうまい。
 時に “自虐ネタ” をポロッと見せたりしてバランスを取りながら、 「100パーセントの憎まれ者」 にならずに、きっちり言いたいことを言ってのける技量を持っている。
 「自分のような人間が批判されている」 と分かりながらも、読んでいる読者が、つい笑ってしまうような文章テクニックを心得ている人が多いのだ。

 斬られた人間ですら、それを小気味よく感じられる文章を書ける人。
 そういう人を 「戦っている人」 だと思う。

戦うゴジラ
 ▲ 戦うゴジラ

 で、一見戦っているようでいて、世の中のブログはほとんど戦っていない。
 特に政治系ブログなどに多いのは、舌鋒鋭く、時の政権や近隣諸外国を一方的に批判するようなやつ。
 本人は 「戦っている」 つもりなんだろうけれど、よく読むと、すでに誰かがどこかで言っているような主張ばかりで、読んでいて何の新味もない。

 今の時代、これほど情報が溢れていれば、誰だって、少しは気の利いた “時事放談” ぐらいできるさ。
 飲み屋や床屋でしゃべっていればいいだけの議論を、堂々とネット上で公開するから、炎上したり、2チェンネルのエジキになったりするわけ。

 本当に 「戦うブログ」 はけっこう難しい。
 でも、それをこなしている人は尊敬してしまう。


 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

子供の自然体験

 子供を伴ってキャンピングカーでキャンプ旅行を重ねたり、テントキャンプを経験させることが “子供の感性を伸ばす” ということは、映像ジャーナリストの坂田和人さんが 『キャンプに連れて行く親は、子供を伸ばす!』 などの書籍で指摘している。

キャンプに連れて行く親は子供を伸ばす表紙

 また、アウトドアジャーナリストの中村達さんも、 「自然は、子どもたちの好奇心を育て、発見する力、チャレンジする力をはぐくむ」 という説 (町田の独り言 2010/04/06にて紹介) をいろいろな講演、インタビュー、著作などを通じて展開されている。

中村達氏003
▲ 中村達 (なかむら・とおる) さん

 これらの説を裏付けるように、 「子供時代に自然体験や動植物との関わりを多く持った人ほど、他者との共生感を持ちやすく、人間関係力も身につく」 というデータが発表された。

 これは、独立行政法人 「国立青少年教育振興機構」 が、平成22年10月14日に発表した 『子どもの体験活動の実態に関する調査研究 報告書』 というもので、全国の小学校100校、中学校150校、高等学校150校の児童及びその保護者を対象にした調査に基づいたもの。
 資料を読むと、なかなか大規模な調査のようで、調査票の回収数は、 「子供」 を対象としたものが18,878数 (回収率92.9%) 。 「保護者」 を対象としたものが16,718数 (回収率92.0%) だったいう。

 調査項目には、 「自然体験」 、 「動植物との関わり」 などのほか、 「友達との遊び」 、 「地域活動」 、 「家族行事」 、 「家事手伝い」 などのさまざまな “体験” が盛り込まれているが、やはり 「自然体験」 の調査結果が興味深い。

 この自然体験調査に関しては、以下のような設問が用意されたという。
 ● 「子供の頃、海や川で貝を採ったり、魚を釣ったりしたことがあるか」
 ● 「海や川で泳いだか」
 ● 「米や野菜などを栽培したか」
 ● 「チョウやトンボ、バッタなどの昆虫をつかまえたか」
 ● 「夜空いっぱいに輝く星をゆっくり見たことがあるか」
 ● 「太陽が昇るところや沈むところを見たことがあるか」
 ● 「湧き水や川の水を飲んだことがあるか」……等々。

 このような設問を、
 ① 「何度もある」
 ② 「少しある」
 ③ 「ほとんどない」
 というような形に分類して集計してみると、 「成人検査」 (保護者) の場合は、次のような結果が得られたという。

 ● 「子供の頃の体験が多いほど、最終学歴が高い」
 ● 「1ヶ月に読む本の冊数が多い」
 ● 「コンピューターゲームやテレビゲーム遊びが少ない」
 
 他に、 「年収が多い」 、 「結婚している率が高い」 、 「子供の数が多い」 、 「丁寧な言葉を使うことができる」 などという傾向も見られたという。

緑の中を走る子供たち

 同様の傾向は、子供たちを対象とした 「青少年調査」 においても見られ、幼少期から中学生期までの体験の過多が、高校生になったときの総合的な 「体験の力」 として表れていると同調査は指摘する。

 この調査結果を分析した 「国立教育政策研究所生涯学習政策研究部総括研究官」 の岩崎久美子氏は、 「真っ赤な太陽、きらめく星、川のせせらぎ、冷たい水、草の匂い、鳥の鳴き声などは、視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚を通じて鮮やかに子供の記憶に刻み込まれ」 、…その結果として、 「長い人生の中で一定年齢を越えたときに、懐かしい思い出や人生の知恵として、それぞれの人生に豊かさをもたらす」 と総括している。

 さらに、同研究官は、今回の調査における 「家事手伝い調査」 に対しても言及。

 「ナイフや庖丁で、果物の皮をむいたり、野菜を切ったこと、家の中の掃除や整頓を手伝ったこと、ゴミ袋を出したり、捨てたこと…などの体験が、親子のコミュニケーションを促進するとともに、子供の将来の自立を助ける契機となる」 と結論づける。

ぺグ打ちをする子供
▲ ぺグ打ちを手伝う子供

 キャンプなどでは、親子が一体となって、野外生活をクリエイトする機会が得られる。
 野外生活を親子で体験することは、子供の生活する 「意欲・関心」 を高め、人や自然との 「共生感」 をはぐくむ大きなチャンスになるのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:50 | コメント(2)| トラックバック(0)

RV好きの芸能人

 キャンピングカーに興味を持っている芸能人は多い。
 タレントの 「劇団ひとり」 さんが、週刊文春の連載エッセイ 『そのノブは心の扉』 で、こんなことを書いている。

劇団ひとりさん

 「キャンピングカーが欲しい。 『金を稼いで、いつか買ってやる』 。
 ずっと昔から抱いていた夢である」

 劇団ひとりさんが欲しいのは、取り回しのよい小型キャンピングカーだという。

 「アメリカのお金持ちたちが乗っていそうなバスみたいに大きいキャンピングカーも悪くないが、僕が欲しいのは日本の道路事情に合わせて造られたコンパクトなキャンピングカー」
 
 その中にベッドやキッチンなどが計算されて設置されているのを見ると、 「子供の頃に押入れの中にライトやテーブルを持ち込んで作った自分だけの城や、野原に仲間とダンボールで作った秘密基地を思い出す」 そうだ。

 ところが、悩みがひとつ。
 「嫁はまったく興味がない」

 そこで、もらってきたキャンピングカーのカタログを見せて、何度か打診してみるのだが、奥様の答は、いつも 「ふ~ん」 でおしまいだとか。

 ある! ある!
 そういうことって。
 きわめて、よくある光景に接したような気がして、読んでいて、とても親近感を感じた。

 そこで劇団ひとりさんは、何をたくらんだのか。
 
 「苦肉の策で、普段乗っているステーションワゴンを使ってキャンピングカー気分を出すことにした」 という。

 リヤ席のシートを倒し、そこにキャンプ用マットを敷き、布団を置いて寝る。
 フロントシートとリヤシートの間をカーテンで仕切る。
 エアコンの効きを補助するために、小さな扇風機を設置。
 読書用のLEDライトをつける。

 要は、 “車中泊仕様” をご自分でこさえたらしい。

 「まさに子供の頃に作った秘密基地さながら。この狭いカプセルホテルのような空間が無性に落ち着く」

 で、 「いつかはこれに乗って遠出して、何泊かしてみたい」 と思っていたのだとか。

 しかし、 「その願いも叶わなくなった」 という。
 お子さまが生まれて、秘密基地もベビーシートにその座を奪われ、その他の部品も 「泣く泣く撤去せざるを得ないはめに…」

 ご同情申しあげます。

 でも、最後の文句がふるっている。
 「まぁ、いいさ。もう少し子供が大きくなったら、今度は一緒に秘密基地を作ればいいんだからさ」

 いいパパだな。

 男のお子さんなんだろうか。
 きっと、一緒に “秘密基地” を作ったら楽しいと思う。

 でも、劇団ひとりさんに言いたい。
 「シンプルなキャンピングカーを買って、そこから秘密基地を作るのも楽しいよ」

 ステーションワゴンに “寝床” を作っても、やはりキャンピングカーのフルフラットなベッドの寝心地にはかなわない。
 また、室内で立って移動できるようなクルマの方が、長距離旅行するのなら楽。
 
 いつかはキャンピングカーを買った劇団ひとりさんのレポートを読んでみたい。 

 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:01 | コメント(8)| トラックバック(0)

おひとりさま時代

 「おひとりさま」 ブームがじわじわっと拡大している気配がある。
 
 おひとりさま

 もともとこの言葉は、上野千鶴子さんの書いた 『おひとりさまの老後』 (法研) という本から生まれた言葉である。

おひとりさまの老後表紙

 その本自体は、 「独身女性がいかに老後を安心して迎えることができるか」 を説いたものだったが、その言葉の適用範囲が少しずつ広がりはじめ、中高年の独身者のみならず、いまや配偶者のいる主婦に対しても、 「ひとりで楽しむライフスタイル」 を表現するときに、この 「おひとりさま」 が使われるようになってきた。

 このことは、女性の 「おひとりさま」 状態をポジティブに評価する傾向が生まれてきたことを物語っている。

 その昔、適齢期を過ぎた独身女性は、世間から 「行かず後家」 などという、そうとう侮蔑的な言葉を浴びせられた時代があった。

 その後、晩婚化傾向も進み、非婚率も高まったので、ようやくこの理不尽なバッシングが収まるかと思いきや、今度は非婚女性に 「負け犬」 とか 「負け組」 の烙印を押すような風潮が生まれてきた。
 さらに、最近では 「婚活」 ブームがあり、それも独身を続ける女性にプレッシャーをかける一因になったのではないかという気がする。

 しかし、それにもかかわらず、 「おひとりさま」 志向は増えている。
 つまり、そこにひとつの “価値” を見出そうという動きが顕著になってきたのだ。

 すでに、昨年3月に発行された 『週刊朝日』 では、 「現代に流行する女性の “ひとり上手” 」 という特集で、ひとりカラオケで汗を流す女子大生や、彼氏を置いて、年末にホテルのスイートルームに一泊し、ワインを飲み、泡風呂に入ってひとりで優雅に過ごすOLの例などがレポートされていた。

 そこでは、あるOLの談話として、こんな意見も載せられていた。

 「興味を抱いたレストランを見つけたら、ひとりで行ったほうが早いし、自分のペースで食べられる。
 寂しいなんて思ったことはない。
 ひとりの方が味に集中できるし、気兼ねもいらない。
 好きな時間は、友だちや恋人とではなく、自分のためだけに使いたい」

 どうやら 「おひとりさま」 は、いまや “負の記号” ではなく、女性が自分自身の充実した時間を取り戻すためのプラス志向の “キーワード” になりつつあるようなのだ。

 事実、2010年11月15日号の 『AERA (アエラ) 』 では、ついにその 「おひとりさま志向」 が主婦層にまで広がっているというレポートが掲載された。

 その記事の書き出しは、こうだ。

 「夫や子供から解放されてひとりになりたいという、 『おひとりさま』 ならぬ 『おひとり妻』 欲求が、いま妻たちの間で高まっている。
 博報堂生活総合研究所の調査 (2008年) でも、 『一番充実させたい時間は?』 の問に、妻の回答でもっとも多かったのは 『自分のプライベートな時間』 で、20年前と比べて10パーセント以上増え、約65パーセントにのぼった」 (特集・おひとり妻の反乱)

 同誌によると、
 「リーマンショック以降、夫たちは不況の影響もあり、 『早く家に帰りたい』 『妻や子供と過ごしたい』 と訴えるが、妻は多少時間があれば自分だけで 『おひとり妻』 をして、ひとりの時間を楽しみたいのだ」
 ということらしい。
 
 では、彼女たちは、そのような時間を、どう活用しているのだろうか?

 記事によると、
 「ひとりでファミレスやカフェに行って 『お茶』 したり、大型二輪の免許を取ったり、印象派の美術展に行って美術などを見たり…」
 …して、自分を取り戻すための時間を確保しているらしい。

 実は、そのあたりの記事を読んでいて、ハッと思った。
 思い当たるフシがあったのだ。

 この11月初頭に開催されたキャンピングカーショー 『お台場くるま旅パラダイス』 の会場で、キャンピングカーユーザーの間に広がりつつある女性の 「おひとりさま」 傾向を (たまたまかもしれないが…) 集中的に見てしまった。

 ひとつは、あるブースで、販売店スタッフのお手伝いをしていた若い女性。
 本業はウエブデザイナーで、ホームページ、ブログなどのデザイン、コンセプトメイク、コンサルティングを手がける方なのだが、その “仕事場” がアメリカン・クラスCモーターホーム。

 そこにPCなどの仕事道具をいっさい積み込み、愛犬とともに、日本を放浪しながら泊まる先々で仕事をこなしているのだという。  

 その方の書いているブログを読むと、
 「旅の目的地は行き当たりばったりで気に入った土地に長居することもある」
 という。
 「危険な目に遭ったりしないの?」
 と聞かれることもあるが、
 「今のところ平穏無事に過ごせている」
 とのこと。
 しかし、 「こんなご時世なので…」 いくつかのセキュリティ対策は考えているそうだ。 

 さらに、別の女性の話。
 こちらは小さいお子様が3人もいるご夫婦だった。

 つい最近、キャブコンタイプの軽キャンパーを購入した。
 もちろん、家族で旅行するために買ったクルマなのだが、旦那さまが長期の仕事に関わるような季節になったら、お子様は旦那さんやら実家に預け、その奥様は 「ひとり旅行」 を楽しむつもりなのだという。

 軽サイズを求めたのは、奥様が運転するときの取り回しを考えて。
 キャブコン型を選んだのは、
 「ひとりで泊まるとき、ポップアップルーフでは、テント地を切られたら怖いから」
 …という理由による。

 また同じ日、愛犬3匹をカートに乗せて、キャンピングカー見物をしている顔見知りの女性と会った。
 あるキャンプ大会で知り合った方で、ペットとともに 「おひとりさまキャンピングカーライフ」 を満喫されている人だった。
 もともと、若い頃からひとりでバイク旅行を楽しんでこられた人らしい。
 「バイクに比べると、キャンピングカーははるかに安心」
 そう語っていたのが印象的だった。

 日本RV協会が発行している 『キャンピングカー白書2010』 によると、全国の4,159人の女性ユーザーのうち、 「たまに家族から解放されて、ひとり旅をしてみたい」 と答えた女性は、全体の5.7パーセント。
 これに、 「いま持っているキャンピングカー以外の別のキャンピングカーならひとり旅をしてみたい」 、 「すでにひとり旅を楽しんでいる」 という答を加えると、全体の14パーセントの女性が、ひとり旅に関心を持っているというデータがある。

 同白書によると、ひとり旅に関心を持っている女性からは、次のような意見が上がっているという。
 
 ① 「キャンピングカーは男性が主流というイメージが強いが、これから女性キャンパーがたくさん増えていってくれることを願いたいし、 (そういう) 友だちをどんどん増やしたい」
 ② 「女性でひとり旅をする人があまりいないのは、安全面やトイレ面で安心できる宿泊施設がないから。そういう旅の施設が多くできればいいと思う」
 ③ 「防犯のしっかりしたクルマがあり、女性専用の駐車場などがあれば、女性のひとり旅も増えるのでは」
 
 つまり、セキュリティの問題が解決され、しかも 「仲間が増えれば」 、女性だけでキャンピングカーライフを楽しみたいという人たちが潜在的に相当数いるという憶測が成り立つ。

 このように、夫や恋人に頼らずに、自分だけの時間を大切にしたいと望んでいる女性たちが増えてきた背景には、どんな事情が隠されているのだろう。

 先ほど紹介した 『アエラ』 (2010年11月15日号) には、次のような解釈が載せられていた。
 若い主婦層への 「おひとりさま」 ニーズが増えてきたことへの分析だ。
 
 「いまの30代ママ (団塊ジュニア) の多くは、心身ともに疲れている。その5割が子供を育てながら働き、大黒柱の一端も担っている。
 そのストレスは計り知れない。
 特に、30代の多くが核家族に育ち、子供時代から 『個室』 を与えられ、兄弟の数も少なく、自分の時間や空間を大事にしてきた世代である」

 だから、それ以前の既婚女性たちよりも、人一倍 「ひとりになりたい」 願望が強いのだという。

 また、最近とみに強くなっている “同調圧力” への反発もあるという。

 「団塊ジュニアの中には、中学時代にイジメに遭った経験を持つ人も多くいる。
 子供のころに、陰湿なイジメに直面した世代は、ママになっても、特定の集団やコミュニティーで、自分だけが浮いてしまわないように行動する傾向が強い。
 そのため、みな “空気” を読み合い、周りのママ友と同じように動くことに腐心する。
 だから、誰にも気をつかわない 『おひとり妻』 の時間をよけいに持ちたいと思うようになる」

 このような、周囲の 「同調圧力」 から解放されるために 「自分だけの時間を確保する」 というのは、非常に分かりやすい解説になっている。

 しかし、はたしてそれだけなのだろうか。

 『おひとりさまの老後』 を書いた上野千鶴子さんは、女性の 「おひとりさま」 ブームの背景にあるのは、根強い 「ミソジニー」 社会の影響もあることを示唆している ( 『サンデー毎日』  2010年 11月28日号) 。

 「ミソジニー」 とは聞き慣れない言葉だが、分かりやすくいうと 「女ぎらい」 。
 つまり、女性を尊重するようなタテマエをとりながら、実は、巧妙に女性を社会から排除し、男同士の精神的な安定性を確保しようとする思想を指す。
 
 要は、 「セックスは好きだが、女はきらい」 というような男たちが生み出す風潮のことをいうらしい。

 この 「ミソジニー」 は、男においては 「男尊女卑」 という形をとり、女においては 「自己嫌悪」 という形を取るのが特徴で、それが現代社会を生きる女性のストレスの大きな要因になっている。
 …というのが、上野さんの主張である。

 「男尊女卑」 などという言葉は、いまや死語化しつつあるように思える時代だが、実際には、それが巧妙に隠ぺいされ、形を変えて強化されているのが現代社会。
 彼女に言わせると、 「育児放棄をした女性を “鬼母” と形容してはばからない世論や、国会の施設を背景にファッション誌のモデルを務めた女性議員を過度にバッシングするメディアの例などが、なによりも現代の男尊女卑を露骨に体現している」 …ということになる。

 「草食系男子」 という言葉をつくり、それを一躍時代のキータームにまで押し上げた深澤真紀さんは、こう語る。

 「そもそもこの言葉は、女を嫌悪や蔑視の対象から外し、欲望の対象として見るのではなく、ひとりの “人間” として見ようとする若い男子のことを肯定的に表現する言葉のつもりだった。
 しかし (皮肉にも) 、 『女に対してガツガツしない男なんて情けない』 という男性たちのバッシングによって、逆に注目を浴びるようになった。
 それほど、草食男子の出現を不快に思った男がたくさんいたということである。
 この反応こそ、まさにミソジニーなのだ」 (週刊文春 2010年11月25日号) 。

 いきなり硬い話になってしまったが、女性の 「おひとりさま」 志向が強まってきた背景には、そのような女性蔑視の社会風潮をストレスと感じる女性たちが増えてきたという事実が反映しているともいえる。

 女性の 「おひとりさま」 ブームが、男に対する幻滅に端を発するというのであれば、男たちはどうすればいいのか。
 案外これは、世のパパたちに、改めて 「男と女の問題」 を考えることを迫る風潮なのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

3行で総てを語る

 不必要なものを削る。

 これはコストカットをもくろむ企業経営にとっては根幹的なことであり、かつ、個人のメタボ対策にも必要なことであり、そして、文章道の極意でもある。

 特に文章をつくるとき、ただでさえ 「長すぎ!」 と指摘されることもあるこのブログで、不必要なダジャレまで盛り込んで、ダラダラと伸ばす性癖のある自分には、キモに銘じておかなければならないことかもしれない。

 文章における 「伝える力」 は、文章の長さとは関係ない。

 短いものの中にこそ、 「命」 が宿る。

 そう思える文章に出合うことがある。
 もともと、俳句や短歌というミニマムな文学形式のなかに、情景描写や、季節感や、作者の詠嘆を盛り込むことに長けている日本人は、感覚的にそのツボを心得ている。

窓の外の景色

 辰濃和男 (たつの・かずお) 氏の書かれた 『文章のみがき方』 (岩波新書) という本の中で、その書き手の人生が凝縮したような、短い文に接する機会があった。

 あまりにも、すごい! と思ったので、思わず筆をとって全文をメモに残した。
 …といっても、わずか3行。

 福井県の丸岡町 (現坂井市) が毎年募集している 「日本一短い手紙コンクール」 に寄せられた投稿者の文章のひとつだという。

  「いのち」 の終わりに三日下さい。
  母とひなかざり。貴男 (あなた) と観覧車。
  子供たちに茶碗蒸しを。


観覧車

 読んで、ちょっと声が出なかった。

 「 『いのち』 の終わり」 という言葉が、すべてのキーになっている。
 作者は、たぶん余命いくばくもない自分の運命と格闘し、最後にこの心境にたどりついたのだろう。

 そして、最後に望んだものが、
 「母とのひなかざり」
 「あなたとの観覧車」
 「子供たちへの茶碗蒸し」
 だったのだ。

 すべて、日々の生活のアクセントにもならないような、日常性の中に埋もれてしまうものばかり。

 ところが、 「それらのもの」 を、もうじき失ってしまう作者の目を通すことによって、そこにスポットライトが当てられ、映画のカメラがスゥーっと寄っていくような衝撃が生まれている。
 そしてこの作者が、これまで、どのような形で家族と接してきたのかということさえ鮮やかに伝わってくる。

 哀しみの中に漂う明るさ。
 冬のひだまりの中にたたずむような温かさ。

 この切ない文章に、いいしれぬ 「なぐさめ」 が感じられるのは、この作者の気持ちを汲み、作者をそっと見守る家族の視線を背後に感じることができるからだろう。

 この文を引用した辰濃和男氏は、
 「いろいろなものを削ぎ落として残ったものが 『ひな』 と 『観覧車』 と 『茶碗蒸し』 だったのだろう。その三つのもので象徴される家族の絆が、読む人の心にしっかりと伝わってくる」
 と締めくくるが、
 「削ぎ落とす」
 という意図的な戦略をとるまでもなく、自然に 「削ぎ落とされた」 名文の例であるように思う

 ほんとうに大切なものを人に伝えようとするとき、人間の書く文章は、3行で足りるのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:15 | コメント(2)| トラックバック(0)

塔の形而上学

ブリューゲル「バベルの塔」
▲ ピーター・ブリューゲルの 『バベルの塔』

 人間は、塔が好きだ。
 古くは、旧約聖書の 「バベルの塔」 (← 本当にあったかは不明) に始まり、エッフェル塔やら、東京タワーやら、プルジュ・ハリファ (プルジュ・ドバイ) やら、スカイツリーやら……。

 何のためか、よく分からないけれど、とにかくみんな塔を建てるのが好きだ。

 だけど、なんで人間は古来よりそんなに 「塔」 を建てたがるのだろう?

 権力者の “権威” の誇示とかいう説もあるけれど、それなら、まずドッシリした安定感が必要で、不安定さを漂わせながらヒョロヒョロ伸びていく建物が必要とは思えない。

 スペース効率を高めるためだという人もいる。
 地価の高い大都市の場合は、フロアを積み重ねていくことで、総敷地面積を増やすことができる。
 まぁ、合理的な説明だね。

 ▼ 高層ビル
ガラスの高層ビル

 確かに、現代の 「高層ビル」 というのは、そう説明することも可能だ。
 だけど、 「塔」 は、 「高層ビル」 とは違う。

 「高層ビル」 には “意味” があるけれど、「塔」 には “意味” がない。
 「塔」 というのは、その 「高層ビル」 が終わり、その上に 「無意味な空間」 が現れるところから始まる。

 プルジュ・ハリファの地上800mとかいう高さって、どんなに高速エレベーターを使ったって、人間が暮らす空間にはならない。
 まず、そんな高いところまで、水道とか、ガスとか、トイレや風呂とか、ライフラインを整備するとなると、とてつもないコストがかかる。
 周りが砂漠で、建物を建てるスペースに困らないドバイでは、そんなコストは無意味なコストだ。

 第一、地震が来たらどうなるだろう? …ってな不安は常につきまとう。
 トレードセンタービルを襲った9・11事件のように、飛行機が突入してきたらどうなるのよ…とか思うと、もう住むなんてことは考えるだけで怖い。

 だから、人間が住む空間として、 「塔」 は意味がない。
 ホテルやオフィスがいっぱい入っているはずのプルジュ・ハリファだって、160階以降206階までは、全部機械室だっていうじゃない。
 一定以上高いところには人間は住めないってことを、建築家もちゃんと分かっているんだろうね。

 スカイツリーは 「電波塔」 として建てられたわけだけど、専門家の中には、 「電波塔なら、別にあれほどの高さなんか必要ない」 っていう人もいるようだ。

 では、もう一度原点に返って、
 「人間は、なぜ塔を建てるのだろう?」

 たぶん、そこには、「重力」 への挑戦という意味があるような気がする。

 ▼ 重力への挑戦…… ホント?
塔0056

 「重力」 ってのは、物理学的には、地球上の物体が地球から受ける力のことで、 「万有引力と地球の自転による遠心力との合力」 なんてよく言われるけれど、象徴的にいえば、 「重力の働く場」 というのは、大地に這いつくばって生きていくしかない人間の性 (さが) を背負った世界のことだ。

 「塔」 とは、その 「人間の性 (さが)」 を超えようとする意志が、 「形」 をとったものだ。 
 要は、 「人間は、どれだけ “神さま” に近づけるのか」 と問う建築なんだね。
 さらに言葉を変えて言えば、 「人間の知恵や技術や文明は、どこまで進化できるのか」 を問う建築のこと。
 
 進化の行く末を見極めたいという衝動に 「意味」 はない。
 生物の 「進化」 に意味がないのと同じように。

 旧約聖書の神さまが、人間による 「バベルの塔」 の建設を恐れたのは、それが 「意味」 を持たない行為だったからだ。

 もし、人間たちが、高い塔を造って、それを集合住宅にしようとか、ショッピングモールに使おうというのだったら、神さまは見逃していただろう。

 しかし、「バベルの塔」 には意味がなかった。

 「無意味なこと」 を追求することは、 「神の秩序」 への冒涜である。
 それは、この世に意味を与えることを使命と考える神さまに放たれた “悪意” にすぎない。

 神さまは、「バベルの塔」 の建設に、人間のニヒリズムをみたのかもしれない。
 (だから、キリスト教原理主義の人たちから見ると、 「進化」 を唱えたダーウィンの教えは、ニヒリズムに感じられるのだろう) 。

 
 この先、 「塔」 はいったいどうなるのだろう。

 現在、世界で最も高いといわれるプルジュ・ハリファを超える高さのビルの計画がすでに進んでいるという。

 きっと、これからもどんどん 「塔」 の高さは延長されるだろう。
 そして、いつかは力学の限界を超えて、破綻するだろう。
 しかし、それまで人間は 「塔」 の高さを伸ばし続けるだろう。

 あたかも、どこで破綻するかを見極めようといわんばかりに。

 関連記事 「塔は淋しい」
 http://campingcar.blog.hobidas.com/archives/day/20080303.html


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

昔は戻らない

 テレビのニュースやワイドショーを見ていると、不思議な気分になってくる。
 毎日、 「政治」 や 「経済」 が語られている。
 「外交」 や 「教育」 も語られている。
 それも、実際の政治家、一流の学者、各分野のスペシャリストたちが自分たちの実務経験や研究成果の駆使して、討論しあっている。

 しかし、不思議だ。
 これほど優秀な人たちが熱心にアイデアを出し合い、議論を尽くしながら、なぜ “問題” はいっこうに解決しないのだろう?

 特に、問題が山積しているように思えるのは、経済の分野。
 不況、円高、地方経済の低迷、雇用や賃金体系の格差の拡大…。

 政府や自治体、大企業、中小企業、あるいは国民一人一人が抱える問題点が次々とあぶり出されてくるが、それがひとつも解決しないうちに、もう次の問題が洪水のような勢いで押し寄せてくる。

 メディアは、それを政治解決に求めるから、景気が回復しないかぎり、政治家たちはみな 「無能」 のレッテルを貼られ、国民の怨嗟 (えんさ) と嘲笑の対象となる。
 恐れをなした政治家たちは、ますます表面的な人気取りに走り、生き延びるために、徒党を組んでは集合離散を繰り返すばかり。
 特に選挙前となると、与党も野党も、少しでも票が取れそうな党首を担ぎ出すことしか頭になく、政策なんか二の次、三の次。

 「いやぁ、もう “末期的症状” ですなぁ!」

 われわれがそう思う以前に、問題解決のヒントを示さなけれならないはずのメディアの “先生たち” が、もうそうつぶやいてはばからないのだ。
 こりゃ、ほんとに末期的だ。

 しかし、よく考えてみると、 「末期」 とは、何に対する 「末期」 なのか。

 私たちが、今の状況を 「悲惨」 と感じてしまうのは、何と比較するから 「悲惨」 なのか。

 たぶん、ここらあたりに、現在いろいろな問題が山積みになりながらいっこうに解決しないことを考えるヒントが、隠されているような気がする。

 いうまでもなく、今を 「末期」 と考えたり、 「悲惨」 と感じたりするとき、その対極にあるものとして想起されるのは、日本経済が順調な発展を遂げた 「高度成長」 の時代である。

街の風景(青山)

 多くの政治家や企業家が、 「元気な日本を取り戻そう」 と訴えるとき、その 「元気な日本」 のイメージは、高度成長期の日本がモデルになっている。
 そして、それは、 「優秀な労働力を育て、技術開発に励み、生産力を高めてきた日本企業の努力のたまもの」 という神話に裏打ちされている。

 このように、時代のキーワードとして 「復活」 とか 「再生」 のような言葉が多用されるのは、たぶん、政治家も、経済学者も、企業経営者も、あの “輝かしい時代” の記憶に今の状況を照らし合わせているからだろう。

 だけど、 「復活」 なんてありえない。
 …んなものが復活しても意味がないし、復活するはずもない。

 「復活」 ではなく、結局、新たな 「創造」 しかない。

 実は、最近、 「復活や再生に意義を認める思考は、時代の状況を見誤ってしまう」 と言い出す人たちが増えている。
 つまり、 「高度成長」 は、いろいろとラッキーな条件が偶然に重なったものに過ぎず、その条件がひとつずつ失われてしまえば、ごく 「普通」 の状態に戻るのが当たり前…だというのだ。

 要は、今の “末期的” で “悲惨” な現状こそが、実は 「正常」 な状態であり、高度成長は、たまたま手に入れた 「競馬の万馬券」 だったのだ。

 たとえば、そういうことを訴えた本として、大来洋一さんの 『戦後日本経済論』 という本があるらしい。

 これから述べることは、あるブログに書かれたものから抜粋する “伝聞の伝聞” に過ぎないので、正確に伝えられるかどうか自信もないのだが、 (その本によると) 日本が 「高度成長」 を成し遂げた理由はいくつかあって (……難しいことは分からないので、理解できたところだけを紹介すると、そのひとつとして) 、1950年代から70年代にかけて、農村から都市への人口移動が激しくなったことが挙げられる、そうだ。

 これが 「集団就職」 などといわれる団塊の世代の人口移動だ。
 彼らは、労働力として都市に投入されるだけでなく、今度は旺盛な消費意欲で内需を拡大し続けた。
 このように、日本の奇跡的な 「高度成長」 がスタートを切れたのは、欧米で開発された先端技術を、低賃金の労働力によって運営することができたからだという。

 しかし、それだって、戦後の焼け野原から出発したために、否が応でも新プラントを導入せざるを得なかったことと、たまたま起こった人口拡大が組み合わされた結果によって実現されたものにすぎない。

 その結果生じた 「終身雇用制」 や 「年功序列」 などという日本的産業構造が日本に繁栄をもたらしたという見方は根強いが、それらも、自然発生的に構造化された制度が、幸運にも、時代の潮流に乗っただけ…と見ることもできる。

 このように、高度成長のメカニズムは、ラッキーな条件がいくつも重なりあって作動したにもかかわらず、あたかも 「日本人の優秀性」 に還元させた神話がつくりあげられてしまったがゆえに、逆に今の日本人を縛りあげている。

 まぁ、そんなような見方をする人たちも出てきたようだ。

 ことの真偽を検証する力は自分にはないが、そう考えると、少しだけ鬱陶しさが晴れる気がする。

街の夜景(大阪)

 いずれにせよ、 “右肩上がり” の高度成長を生きた人々の成功体験は、もはや時代をけん引する 「元気の素」 にはならない。
 今の状態を 「普通」 と捉えるところから、次の時代が動き出す。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:11 | コメント(2)| トラックバック(0)

一般国道の不思議

 見知らぬ土地の道を走り続けていると、今まで気づかなかったことに、突然気づくことがある。

 キャンピングカーを使うときは仕事が絡むことが多い。
 だから、効率化を図るために、高速道路をよく使う。

 個人で旅行を楽しむときも、高速道路を使ってキャンプ場近くのインターで降り、あとはトコトコ田舎道を走る。
 一般道を走りながら、 「道の駅」 を回るという使い方ができるほど、まだ時間的余裕がないのだ。

 だから、あまり走ることのない一般道を走ると、不思議な気分になる。
 日本には、 「都会」 とも 「田舎」 ともいえない奇妙な空間がいっぱいある。
 そんなことに気づいた。

一般国道の風景001

 この前、ある仕事の帰り、時間があったので高速を使わず、一般国道をトコトコ走ってきた。

 曇天の下、色のない風景がどこまでも続いていた。

 コンビニ。
 ガソリンスタンド。
 工場。
 資材置き場。
 シャッターを下ろした古めかしいドライブイン。
 野菜をつくっているビニールハウス。
 休耕地になったのか、それとも宅地に転用されるために眠っているのか分からない平地。
 クルマの止まっていない駐車場。

 そういうとりとめもない空間が、現れては消え、消えてはまた現れ、いつまで経っても、同じ場所を行きつ戻りつしているような気分になった。

 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 それが日本の風景の本質なんだ…ということに気づいた。

 たぶん、 「近代」 というのは、そういうものなのだろう。

 「近代」 という言葉は、いろいろな意味合いに使われ、いろいろな文脈を構成するけれど、ここでは 「工業化」 という意味で使ってみたい。

 それまでの農業社会から脱皮し、世界でも類例のないスピードで工業社会へと変貌を遂げた日本が造り上げた景色が、一般国道には象徴的に現れているように思うのだ。

 工業社会は、 「自然」 を巧妙に素材として使って生産物を完成させるシステムを造り上げた。
 素材そのものは 「自然」 をベースとしたものながら、元の形が分からないほど加工したものが工業製品だ。
 それは製品にとどまらず、その生産物を流通させ、消費させる社会をも変えた。

 その変わった社会を 「景観」 として表現すると、この一般国道のような景観となる。
 つまり、工場や農場といった生産地と、膨大な物が消費される大都市を結ぶためだけに存在する “がらんどう” のような空間。
 それが、 「都市」 とも 「田舎」 ともいえない幹線道路の独特の空気を生み出している。 

 「近代」 の象徴ともいえる大都市の景観は、単なる 「近代」 のディスプレイに過ぎない。
 ショーウィンドーに飾られた工業製品を、人々の消費欲を喚起させるために、より魅力的に配置し直したのが大都市の景観なのだ。 

大都市の高層ビル風景

 それに対し、一般国道の景観は、いわば “すっぴん” の 「近代」 。
 そこには、化粧するのに疲れ、荒れた素肌をさらす、物憂い日本の 「近代」 が横たわっている。

一般国道の風景001

 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 「自然」 はないけれど、 「人工的」 でもない。
 「貧しく」 もなければ、 「豊か」 でもない。
 「美しく」 はないが、 「醜い」 わけでもない。
 「生活」 はあるけれど、 「生活感」 はない。

 そういう 「風景」 を、なんと表現すればいいのか。

 たぶん、それを表現する言葉を見つけたとき、それは 「詩」 の形を取っているはずだ。

 「詩」 とは、美しい情景を描いたり感動的な光景を謳うものではなく、見えないものに 「形」 を与えるときの言葉なのだから。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

名古屋RVショー

名古屋キャンピングカーショー会場風景

 23日~24日の両日、ポートメッセなごや (愛知県・金城ふ頭) で開かれた  「名古屋キャンピングカーフェア2010」 を取材してきた。
 まず驚いたのは、来場者の熱気。
 来場者数も、昨年より増えているという。
 確かに、2日間とも、会場が開かれる前から行列ができていて、それが延々と駐車場まで続いていた。

▼ 会場が開かれる前から、入り口前には行列ができた
名古屋ショーの行列1

 各ブースの商談コーナーも、かなり盛況だった。
 成約にまで結びつかなかったと打ち明ける販売スタッフもいたが、それでも見積もりの数だけは多かったと口々に語っていた。

 ショーの来場者が多いということが、そのまま 「キャンピングカーユーザーの底辺が広がってきた」 ということとは結びつかないかもしれない。
 「最近話題になっているし、ブームらしいから、ちょっと見に行くか」
 という感じで、 “動物園に珍しい動物が来た!” …ぐらいの気持ちで来場した人々も多かったろう。

 しかし、それでも関心を持つ人が増えてきたということは、産業としての興隆が約束されているということでもあるのだ。

 ただ、…たぶん、短期的には、商売としてはむずかしい時期に入ってきたのかもしれない。

 「客層が明らかに変わっている」

 そんな感じを受けた。

 もちろん来場者のメインは、子育てまっさかりという感じの若いファミリーか、あるいは、子育てが終わって、夫婦の “2人旅” を楽しもうという熟年カップル。
 この二つの層は、相変わらず不動に思えた。

 しかし、子細に見ると、明らかに、今までとは違った客層が登場してきている。

 「キャンピングカーショー会場が、デートスポット化している」

 そういう光景を何度も見た。
 若い男女がけっこう手などをつないでクルマを見ているのだ。
 それも、結婚前という感じの恋人同士っぽい人たちだ。

 どこで分かるかというと、女性のファッションがいかにも 「デートしてます」 って感じで、着こなしにまだ生活臭が染みついていない。

 同じヤングカップルでも、すでに結婚している人たち (特に女性) は、着飾っても、その着こなしに安定感が出ている (→ ムダを省いている) ものだが、それに比べると、結婚前の人たちは着こなしのムダを楽しんでいるという様子が見える。

デートを楽しむ? 若者たち 

 そういう若者たちが、水族館でアシカのショーを見たり、動物園でクマの昼寝を見物するかのように、キャンピングカーを見ているのだ。

 実際には、彼らがキャンピングカーを買うとしても、それはもっと先のことだろう。
 あるいは買わないかもしれない。
 だから、商売を短期的に考えた場合、 「顧客」 という形でカウントはできない人たちかもしれない。

 しかし、若いカップルがデートスポットとしてキャンピングカーショーの会場に訪れるということは、今まではあまりなかったことなのだ。

 こういう流れが生まれてきた背景には、何があるのか。

 一つには、若者の 「結婚観」 が変化しているということも見逃せないかもしれない。

 結婚は、立派な社会人として認知されるためのものでもなく、配偶者の経済力や家柄を誇るためのものでもなく、美男や美女の配偶者をゲットして友人たちをうらやましがらせるためのものでもない。

 「お互いに共通の夢を追いかけて、足りない部分を補い合い、助け合っていく」

 今の若い人たちの間では、そんなシンプルでストレートな考え方が復活してきているように思うのだ。

 日本で、 「見合い結婚」 が減って、 「恋愛結婚」 が一般化したのは、団塊の世代が適齢期を迎えたあたりからである。
 「恋愛結婚」 は、一見 “封建的な家制度” から解放された民主化時代の結婚形態のように思われがちだが、実際には、恋愛できなかった人たちを差別する形で生まれた結婚様式だった。

 男も女も、いくたの恋のライバルを排除して、選ばれた者同士が 「結婚」 というゴールにたどりつく。
 そういったハリウッド映画のラストシーンのような恋愛結婚が “当たり前” のようになったのが、70年代くらいから。

 そして80年代になると、空前の消費ブームを背景に、男女とも (特に女性が) 結婚相手へのハードルをうんと高くして、収入、門地、外見、出身大学などにおいて完璧なエリートを求めるようになった。
 「本命君」 以外に、 「アッシー君」 、 「ミツグ君」 を何人抱えられるかが女の子のステータスになり、結婚する前までに何人の女をコマすかが、男の子のステータスになった。

 しかし、そういう人間同士が結びついたとしても、どこかに無理が生じる。
 仮に、当事者同士のもくろみ通りに進行したとしても、お互いが弱肉強食のフィールドを戦い抜いたエリート同士の結びつきであり、いわば1人を選ぶために、10人を排除してきたようなもの。
 逆に見れば、 「排除された」 という負い目のため、婚期を逃したりする人も多かったろう。
 当然、全体としての非婚率も高まり、少子化も進行する。

 今の社会の晩婚化傾向というのは、経済的な視点だけでは語りきれないと思う。

 若者たちは、そういう先輩たちの愚を犯さないという生き方を選び始めたようだ。
 90年代からゼロ年代へと至る過程において、日本の社会的・経済的なクライシスの高まりも、 「見栄やカネで結婚相手なんか選んでいる場合かよ」 という気持ちに拍車をかけたかもしれない。

 高学歴、高収入の相手を求めて結婚したつもりでも、それが大不況化においてあっけなく崩れ、メッキが剥がれてただのオッサンとオバサンになった先輩たちの姿を、今の若者たちはしっかり見ている。
 結婚相手に 「将来的な保証」 を求めても、結婚したときの地位とか財産なんてアテにならないという事例をあまりにも多く知ってしまったのだ。

 だから、収入だとか、家柄だとか、出身校なんかにこだわらない若者たちは、とりあえず 「現在の気持ちが通じ合えば、それが大事」 と思って、意外と半径10m内外に棲息する男女ですんなりカップルをつくったりする。

 結婚後にどのようなライフスタイルを築くかは、これから2人で考えていけばいい。
 2人で、共通の夢をこれから持つ。
 その同じ夢を持てるかどうかが、2人の絆になる。

 たぶん、キャンピングカー会場に現れるようになった若いカップルというのは、そういう人たちなのだ。
 彼らにとっては、キャンピングカーこそが、これからの2人で作り上げるライフスタイルの 「シンボル」 (象徴) なのである。

 このような若者の結婚観の変化は、逆に、 「結婚しない生き方」 をも正当化する。

 エリートサラリーマンとキャリアウーマンのカップルがいくつも誕生して、「結婚は仕事のできる人たちのあかし」 という風潮が生まれた80年代。
 それに乗り遅れた人たちは、不適合者の烙印を押されたような扱いを受けた。

 しかし、そのような結婚観が崩れた今、適齢期が過ぎた 「おひとりさま」 は決して哀れでも、ミジメでもない。
 むしろ、 「おひとりさま」 同士の気楽な横の連帯を通じて、家庭とか育児にとらわれない新しいフィールドで遊ぼうという人たちが増えているように思う。

 実は、今回のショーの会場で、そういう人たちの姿も目撃した。

 「旅行するのは私一人だから、取り回しのいいキャンピングカーが欲しいの」
 と説明員に語る初老の女性がいた。

 「女性同士で旅をする場合、故障したらどうすればいいのか?」
 と尋ねる中年女性もいた。
 
 販売店のスタッフに聞いても、最近はシングル女性からの問い合わせが増えているという。

 これも新しい傾向だと思う。

 私も、あるキャンプ大会で、犬を旅行の友として気楽にキャンピングカー旅行を楽しんでいるシングル女性と知り合うことがあった。
 キャンピングカーが、確実に 「おひとりさまライフ」 をエンジョイしようと思っている人たちのアイテムとして浸透しているように思えた。

 一方、男たちはどうしているのか?

 これもショー会場でのことだが、学生風の若い男の子2人が、それぞれパンフレットを集めながら、楽しそうにキャンピングカーの中を覗き込んでいる姿を発見した。

 こういう男の子同士の来場者というのも、今まではあまりその姿を見たことがなかった。
 年齢的に、小さい頃に家族でキャンピングカー旅行をしていたか、あるいはテントキャンプを楽しんだか…という世代である。
 キャンピングカーを覗き込む2人の視線の先を追ってみると、若いなりにキャンピングカーの見方を知っているという印象を受けた。

▼ 駐車場前から行列が
名古屋キャンピングカーショー行列2

 確実に、客層が新しくなり、世代交代が起ころうとしている。

 その多くは今すぐにキャンピングカーを買えるような人たちではないかもしれない。
 (だから、短期的には、商売としては難しい時代に入ったのかもしれない)

 しかし、その人たちの期待を裏切るような商品開発や売り方をしてしまうと、その先の展望が広がらない。

 販売店のスタッフの中には、ごく一部だけど、すぐ買いそうもない客だと分かった途端に、言葉づかいがぞんざいになったり、タメ口になったりしてしまう人がいる。

 限られた時間の中で、成約率の高いお客さんと効率的に話したいという気持ちがそうさせるのだろうけれど、だけど、 「将来のお客さん」 を失望させてしまうと、どんな良いクルマを造っていても、そのお客さんは二度とそこに近づかない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

飽きるという知恵

 最近のニュース報道を見ていると、何が真実なのか、何が正解なのか分からないほど事実経過が錯綜し、かつ評論家たちの意見や見立てがバラバラだ。
 特に、政治問題や国際問題となると、人によって意見が正反対だったりする。

時事解説

 テレビのワイドショーなどを見ていると、たとえば、民主党の小沢一郎氏に対する検察審査会の 「起訴相当決議」 に対して、それを 「妥当だ」 とするコメンテーターがいるかと思えば、逆に 「ガンバレ小沢」 とエールを送るコメンテーターもいる。

 尖閣諸島で起こった中国漁船の船長釈放だって、いまだに 「日本政府は弱腰だった」 と非難する人がいるかと思えば、 「あれはクールで理性的な判断だった」 と評価する人もいる。

 中国の反日デモをどう見るかにおいても、 「中国政府の意図的なガス抜き」 と論じる人もいれば、 「中国政府はデモに危機感を抱いているだろう」 と推論する人もいる。

 何をどう判断して、どう考えればいいのか。
 マスコミから流されてくる報道があまりにも錯綜し、かつそれを分析する人たちの意見がバラバラなので、視聴者は、立ちくらみやめまいを起こしそうになる。

 情報が多すぎるのだ。
 21世紀に入ってから、各メディアを通じて流れ込んでくる 「情報」 が、人々の処理能力を超えたのだ。

 それはそうだろう。
 ネットを取り込んだ21世紀のメディアは、その情報流通量を幾何級数的に増大させた。
 それもパソコンだった時代から、今や携帯電話やiPhonなどで、移動中にも情報にアクセスできる時代になった。
 
 一方ではテレビ、新聞、雑誌という旧メディアも平行して、健在。
 BS時代を迎えたテレビは、チャンネル数を増大させ、世界各国のスポーツ中継やニュースをリアルタイムで流すことを可能にした。

 このような情報の奔流に、まず “知識人” といわれている人たちが追いつけなくなった。

 評論家とか、ジャーナリストといわれている人たちは、ある領域においては、確かに “正しそうな” 意見をいい、聞いている人間の頭の中を整理してくれる。
 しかし、その評論家が、今度は別の領域ではまったくトンチンカンなコメントを吐いて失笑させてくれる…なんて光景は、今や日常茶飯事となった。
 
 「思想」 ですら、 「情報」 の組み合わせから生まれる時代。
 人類普遍の 「哲学」 といわれるようなものだって、その解釈は1日単位で変化する。
 コックの壊れたシャワーのように、途切れることなく流れ続ける情報を、一人の “知識人” が包括的に整理し、それを 「うまい言葉」 で解説できる時代はとっくに過ぎている。

 逆にいえば、こういうときに、あらゆる情報を満遍なく処理し、人々に行動の指針を与えるような人がもし現れれば、あっという間に民心は統一され、その人は “独裁者” になれるかもしれない。
 しかし、そのような 「独裁者の政権」 が仮に生まれたとしても、ごく短命に終わるだろう。

 人々は、情報の洪水を生き抜くための 「知恵」 を身につけ始めたからだ。

 それは 「飽きる」 という知恵。

 これまで人類は 「記憶」 が、その個人の処理能力を超えてオーバーフローした場合、 「忘却」 という脳内システムを使って解消することを身につけてきた。
 しかし、人間の処理能力を上回った現代社会の情報量は、もう 「忘却」 という自然システムでは処理しきれなくなっている。

 「飽きる」 とは、記憶が脳に残っていようがいまいが、それを強引に 「無」 に還元してしまう処理システムのことをいう。

 その 「飽きる」 ことが、これまでの人々が保持していた嗜好のスパンよりも、そうとう短いサイクルで起こるようになったのが、この情報過多社会の特徴なのだ。

 だから、移り気な国民ばかりいる豊かな先進国では、独裁政権など生まれることもないし、生まれたとしても長く続かない (日本では総理すら続かない) 。

 末永く人気を保つ芸人もタレントも、たぶん次の時代からはもう出ない。
 音楽分野でヒット曲が生まれるという感覚も今や昔の話。新しいサウンドは、ヒットになる前に飽きられる。
 書籍のロングセラーというのも、これからはもう出ない。

 政治問題も社会問題も、人々の間で、もうそれほど長く論じられることはない。
 年末にまとめられる 「今年の10大ニュース」 も、夏前のニュースには人々の興味が薄れているから、年末のニュースだけに話題が集中するようになる。

 ……ってなことが、今後はしょっちゅう起こるような気がする。

 「飽きる」 という心の動きが、人間の 「病 (やまい) 」 なのか 「知恵」 なのか、それは、今のところ誰にも分からない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:28 | コメント(4)| トラックバック(0)

ロボット兵器

 NHKスペシャルで、 『貧者の兵器とロボット兵器』 というドキュメントをやっていたけれど、重い番組だった。

 「貧者の兵器」 とは、現在のアフガンでアメリカ軍と戦っているタリバンが使うカラシニコフ銃とかロケット砲のこと。製造された時代も古く、安価な武器で、アメリカ軍の近代兵器にはとても太刀打ちできないお粗末な兵器をいう。

タリバンの兵器

 しかし、もっといえば、身体に爆弾をしかけ、自分の身体ごと相手の施設などを破壊する “自爆テロ” そのものを指す。

 それに対し、現在アメリカは、対タリバンとの戦いに、どんどんロボット兵器を投入しているのだとか。
 つまり、軍事衛星を使って “敵” の潜伏場所を探し出し、ピンポイントで敵兵を襲撃する無人の爆撃機やミサイルのことで、 “操縦士” は、アメリカ本土で、モニターの前に座っているだけ。

ロボット兵器

 モニターには、逃げ惑うゲリラの姿が明瞭に写る。
 それを、絶対安全な、地球の裏側にいる “操縦士” が狙い定めて爆撃する。
 寒さが一瞬にして全身を貫くような映像である。

 操縦士には、少年のような顔をした若い兵士や少女がいる。
 笑顔だ。
 「これは本当に楽しいの。まるでゲームみたいだから」
 若い女性兵は、無邪気な笑いを浮かべてそう言う。

 「やらせ」
 …とはいわないが、いくらなんでも、制作側の作為が露骨であるようにも思う。
 まさか、本気になって 「ゲームみたい」 などと言うはずはないだろう。
 あるいは、言ったとしても、別の文脈の中でひと言挿入された言葉かもしれない。
 そう言った意味で、番組制作サイドの意図的な作り込みが感じられる。

 …が、それが分かったとしても、やはり 「寒い」 。

 一方、タリバン側の映像も映し出される。
 村の少年が、思想教育を施され、自爆テロ要員として鍛えられていく過程を、ビデオが追う。

 「正義」 のための戦いに、一人前の男として立ち向かうことを課せられた少年の高揚した表情。
 しかし、決行の日が近づくにつれ、その顔が緊張し、動揺し、最後はあきらめたような無表情な顔に変る。

 大人たちは、少年を 「英雄」 としてほめたたえ、「必ず天国に行ける」 ことを約束し、こわばった少年の手を握り締めて、爆破装置の位置を教える。

 なんと恐ろしい映像だろう。
 
 自爆テロにおもむく人間は、決行間近になると、麻薬で神経を麻痺させられ、分別をなくした状態で “戦場” に送られるというナレーションも入っていたように思う。

 そこにも、制作サイドの作為が見える。
 そういう事実もあるかもしれない。
 しかし、それだけで 「自爆テロ」 の真相のすべてが明らかになるわけではない。
 
 …そうは分かっていても、重い映像だ。

 「自爆テロ」 の背景には宗教原理主義の怖さや貧困がある、と識者はよく言うが、そういった問題ではない。
 宗教原理主義とか、貧困とか、そういった 「合理的な説明」 で解明できない何か。
 この番組には、その “何か” を視聴者に考えさせようとしている気配があった。

 ゲームのように、モニターに写る “敵” をロボット兵器で殺す少女。
 「正義」 を信じて、自分の身体を爆弾に変える少年。

 人間って、何なのか。
 
 「人の命は地球より重い」 というイデオロギーを超えたところで、死と向き合っている人々がいる。

 意図的な編集であることが露骨に見えた番組だけど、やっぱり何かを考えさせられてしまう。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:52 | コメント(6)| トラックバック(0)

アノマロカリス

 落ち込んでいるときは、古生物の話なんかにうつつを抜かしていると、癒される。
 もう、今となっては昔の話になるけれど、この夏、 「ホウカシキエン」 という病気で、病院通いのほかは家に閉じこもっていた頃、実はちょっと落ち込んでいた。

 体が思うように動かないということとは別に、社会との接点を断ってしまうと、気力も一気に萎えた。
 ブログを書く気にもなれず、パソコンも開かなかった。

 そんなとき、何をしていたかというと、古生物の本なんか読んでいた。
 面白かったのは、カンプリア紀の奇妙な生き物たちの話。

 「古生物」 というと、恐竜が一番人気だけど、それ以前の生き物たちも、よく調べてみるとなかなか面白い。
 とくに興味をもったのが、 「アノマロカリス」 という生き物。
 本を読んで知ったことだが、アノマロカリスというのは、 「奇妙なエビ」 という意味だという。

アノマロカリス
 ▲ アノマロカリス (Wikipediaより)

 確かに、イラストを見るとエビっぽい。
 が、この “エビ” は、今から5億年前のカンブリア紀においては、食物連鎖の頂点に立つ最大・最強の生物だったらしい。

 この時代、生物の種類が突然増えた。
 専門家は、これを 「カンブリア紀の爆発」 という。
 特に、硬い殻 (から) を持ったさまざまな生物が海中を埋め尽くすようになった。

 なぜ、このとき生物の多様化が進んだのかは、諸説ある。
 また、殻を持つ生物がなぜ生まれたかということに関しても、諸説ある。

 忘れてならないのは、この時代に、生物がはじめて 「眼」 を持ったことだ。
 それまで、地球は霧に覆われた世界だったので、眼は不要だった。

 ところがカンブリア紀に入って太陽の光が増大し、その光りが霧を突き破って海中をも透過するようになった。

 眼を持つとは、一体どういうことなのだろう?
 すべての生き物が、お互いの存在を確認し合うようになったわけだ。
 そのとき、
 「あ、あいつは俺より小さいから食べてやれ」
 …なんていう乱暴なヤツが現れてきて、海の中は一気に弱肉強食の世界になったと思われる。

 この時代、殻を持つ生き物が現れたのは、そこで生じる戦いへの備えだったかもしれない。
 (それとは関係なく、偶然殻を持ったに過ぎないという学者もいる)

 で、殻を持った生物の代表的なものが、ちょっとゴキブリっぽい形をした三葉虫。
 大きいものは60㎝~70㎝もあったといわれ、太古の海を生きる生物としては立派な体格の持ち主だった。

三葉虫の化石
 ▲ 三葉虫の化石 (Wikipediaより)

 が、そんな三葉虫族に容赦なく襲い掛かり、ガッツリ捕食していたのが、体調1mはあったというアノマロカリス。
 なにしろ、当時はこれより強い生物は他にいなかったらしく、ジュラ紀でいえばティラノザウルス。今のアフリカのサバンナでいえばライオンのように、 「無敵の帝王」 として振る舞っていたらしい。
 
 しかし、そんな最強生物の存在が知られるようになったのは、比較的最近…1980年代のことだという。
 というのは、その全体像を伝えるような化石がなかったからだ。
 アノマロカリスというのは、その捕食肢 (ほしょくし) やら、口やら、胴として残された化石をパズルのように組み合わせることによって、ようやくその全貌が分かった生物だったのだ。

 最初に化石として発見されたのは、その捕食肢…つまりエサをバクっと押さえるための触手…つぅのかハサミっていうのか、そこの部分だった。

 その形がエビに似ていた。
 だから、最初の発見者は、それを大きな生物の捕食肢 (ハサミ?) とは思わず、独立したエビだと判断した。 (アノマロカリス…奇妙なエビという命名はそこから生まれている) 。
 
 捕食肢が “エビ” だと思われたのは仕方がなかった。
 その部分だけでも、10㎝ぐらいあったからだ。
 大きな生き物のいなかったカンブリア紀の海では、10㎝もあれば、立派な体躯を持つひとつの生き物だった。

 それとは別に、胴と口の化石も、それぞれ別個に発見された。
 しかし、これも捕食肢と同じように、最初は独立した生き物だと勘違いされた。
 胴はナマコの仲間に分類され、口はクラゲの仲間の扱いを受けた。

 しかし、一部の学者たちは、やがてその “エビ (捕食肢) ” に疑問を感じるようになった。
 アノマロカリスの捕食肢はその後もたくさん発見されたが、奇妙なことに、どの化石にも消化管がない。

 そこで、 「これはなんかもっと大きな生き物の “一部” ではないのか?」 という推論が生まれ、そこからアノマロカリスの本格的研究が進むようになったという。

 こうして、別個の生き物だと思われていた捕食肢と、胴と、口が統合されたとき、学者たちは、その生物の巨大さ (といっても1mだが…) と、その捕食行動を完璧にこなすための身体構造に舌を巻いたという。
 神ですらこのような完全無欠の捕食者を設計するのは難しい…と思われるほどの恐ろしい生き物だったのだ。

 だが、このカンブリア紀の帝王は、その後どうなったのか。
 何にも進化することなく、いつのまにかその姿を消したらしい。

 食物連鎖の頂点に立つ無敵の王者がなぜ滅んだのか。
 答えは闇の中。

 しかし、生物の歴史ではそのようなことが頻繁に起こる。
 そして、その多くは謎に包まれた長い年月を送ることになる。
 恐竜が絶滅した原因も、真相が知られるようになったのは比較的最近のことだ。
 いつかは、アノマロカリスが姿を消した理由も明るみに出るだろう。
 それがちょっと楽しみ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

「速さ」 の形

 「速さ」 を特徴とする乗り物というのは、なんだか共通したフォルムを持っている。
 
 左はフェラーリ。
 右は新幹線。 
 両者とも、奇妙にヌメっとした生物学的な質感を湛えている。

フェラーリリヤビュー 新幹線フロント

 もちろん、これは空力を意識した合理的な設計から導き出されたものだ。
 そこには空気抵抗を極限まで抑える緻密な計算が行き届いている。
 にもかかわらず、これらのボディを構成している曲線は、 「合理的な設計」 や 「緻密な計算」 を逸脱しているように思える。

 艶かしい官能美をあぶり出すために造形された 「彫刻」 。
 「人間」 という生物モデルではなく、 「異星人」 をモデルとしたヴィーナスの彫像があれば、こんな感じだろうか。

 「速さ」 が 「美」 を伴うというのは、人類が太古から持ち合わせてきた認識らしい。
 人類史に革命的な 「速さ」 を導入した 「乗馬」 は、古代から近世の長きにわたって享受された文化だが、そのような 「速さ」 を象徴する馬を、古来より人類は美しい映像として描き続けた。

ラスコーの馬の壁画
 ▲ ラスコーの洞窟壁画

汗血馬彫塑
 ▲ 漢の武帝が憧れた西域の 「汗血馬」

ジェリコーの競馬の絵
 ▲ ジェリコー 「エプソンの競馬

 たぶん、 「速さ」 がフォルムとして追求されるとき、空力とか風洞実験的な研究を超えた部分で、ひょっこり生物モデルの相貌が現れてしまうのは、偶然というより、人類の記憶の古層に定着した 「馬」 という “乗り物” の影響が大きいように思う。

フェラーリリヤビュー フェラーリ跳ね馬
 ▲ フェラーリのリヤフェンダーには、跳躍する馬の大腿部を
 デフォルメした痕跡 (下の絵) が見える。
 (そもそもフェラーリのシンボルは跳ね馬だ)


ダヴィッド「ナポレオンのアルプス越え」
 ▲ ダヴィッド 「ナポレオンのアルプス越え」 。後ろ足の逞しい
 盛り上がりにフェラーリのフェンダーのイメージがダブる


新幹線フロント2
 ▲ 新幹線のやたら長いノーズは、やはり馬の長ヅラ (ウマヅラ) を彷彿とさせる。

ポニーの顔
▲ これはポニーだけど、けっこう顔は長いよね

 現代の最先端技術をもってしても、 「速さ」 をフォルムに表現するとき、どこかに馬の痕跡が残るのは、それだけ人類の文化史における馬の偉大さを物語っているように思う。
 フェラーリも新幹線も、馬をモデルにした現代のヴィーナス像なんだと思う。

 参考記事 「馬に乗る文化」
 参考記事 「匈奴の話1~4」


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

クロード・ロラン

 クロード・ロランという人の絵が好きだ。

クロード・ロラン001

 17世紀のフランスで活躍した画家で、当時の裕福な王侯貴族たちをパトロンに抱え、古代ローマ時代の建築群などをモチーフにした風景画を描いて好評を博し、名誉と栄光に包まれた人生を送った人だといわれている。
 生前はもちろん、死後もその高い評価を維持したという意味で、芸術家としては珍しく幸せな運命に恵まれた画家の一人だ。

 得てして、こういう芸術家の作品は退屈なものが多いのだが、クロード・ロランの絵は、いつ見ても不思議な感興を呼び起こす。

 その作品の多くは、自然と文明が美しく調和し、明るい静謐 (せいひつ) 感を湛えた画風で統一されている。
 どの絵をとっても、まるで劇場の背景画のような壮大さと華麗さを持っており、きっと貴族たちの館を飾るにふさわしい家具・調度としての機能を果たしていたことだろう。

 聖書やギリシャ神話から採った題材がほとんどだが、人を激情に駆らせたり、不安に落としこめるようなドラマチックな要素はひとつもなく、見る者の心を静かに癒 (いや)す、平穏な風景が格調高い筆致で描かれている。

クロード・ロラン003

 特筆すべきは光の処理で、逆光がまばゆいばかりに海面を踊る様子を描いた絵などは、そのあまりにも荘厳な雰囲気に、思わず息を呑んでしまう。

クロード・ロラン002

 しかし、よく見ると彼の絵は、不思議だ。
 この世のどこにもない風景なのだ。
 
 古代ローマ風の建築群は、その大理石の質感やら陰影やらも克明に書き込まれているというのに、どこかこの世のものとも思えぬ “はかなさ” を漂わせているし、涼しげな風を宿す木々は、夢に出てくる樹木のように現実感を欠いている。
 小さく描きこまれた人物たちも、輪郭が明瞭であるにもかかわらず、おとぎの国の生き物のように存在感が希薄だ。

 「ユートピア」 という言葉の語源が、 「どこにもない場所」 という意味であるならば、クロード・ロランの描く世界は、まさに絵画が実現した 「ユートピア」 である。

 この現実感を欠いたゴージャスな空間というのは、今の言葉でいえば、まさに 「リゾート空間」 ということになるだろう。
 リゾートこそは、自然と文明の調和を謳いながら、実は自然とも文明とも無縁な、純度100パーセントの架空世界だ。

 リゾートが、人間に 「癒し」 と 「くつろぎ」 を与える場所であるのは、 「人間」 自体を巧妙に消去する空間だからである。
 
 人間である限り、どんな空想の世界で遊ぼうが、どこかで人間として存在することの 「受苦」 から逃れられない。
 その人間としての受苦が免除されるのは、 人間が 「人間」 から降りる瞬間を夢見る場所に立つことである。

 リゾートがそのような空間であるのと同じように、クロード・ロランの絵は、見ている者が 「人間」 から遠ざかるときの恍惚を描いている。

 人間が 「人間」 から遠ざかる場所とは、どういうところだろうか。

 いうまでもなく、それは 「時間が止まる場所」 のことだ。

 人間が地球からいなくなれば、時間は止まる。
 つまり、時間を 「時間」 として認識する人間が地球から消えたとき、この世に 「時間」 もなくなる。
 クロード・ロランの絵の美しさとは、そのように、 「時」 が歩みを止めてしまった世界の美しさのようにも感じられる。

 美術評論家の多くは、クロードの絵に、平和と調和に満たされた優美な 「理想郷」 を読み込む。
 しかし、この絵に潜む、言い知れぬメランコリー (憂愁) を見逃している。
 
 この絵が伝える優しい静けさが、死の気配に近いことを見逃している。

クロード・ロラン001
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 03:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

企画が生まれる時

 人間は、絶えず何かを 「企画」 しながら生きている。

 「企画」 というと、広告代理店とか編集プロダクションの “専売特許” のように思われがちだが、普通の営業でも、製造業に関わる工場労働においても、仕事を続ける上で 「企画」 は必要とされる。
 資本主義原理に貫かれた競争社会にいる限り、人々は意識・無意識にかかわらず、お金を得るために、なんらかの 「企画」 を生み続けているものだ。

 では 「企画」 とは何か?

 ということになると、これが分かったようで、なかなか説明するのが難しい。
 「企画」 の 「企」 は “たくらみ” であることからして、 「人を動かすためのなんらかのアイデア」 ということになるだろう。

 すでに行き渡ってしまったようなものは 「人を動かす」 力が弱っているから、 「企画」 とは、人々がそれまで目にしなかったような 「新しい意匠を身につけた新しい考え方」 ということになる。

 では、その 「新しい考え方」 は、どこから生まれてくるのか?

 人気テレビ番組などのプロデューサーを務め、企業ブランディングなどでも活躍する 「おちまさと」 さんは、この 「企画」 に関して、面白いことを書いている (週刊朝日9月24日号)

 おちさんによると、 「企画とは記憶の複合にすぎない」 という。
 
 「 (人は) 見たことも聞いたこともないことを、 (突然) 神が降りたように語りだすことはできない。
 数年前に気になったこと、1年前に面白いと思ったこと、昨日覚えておこうと思ったこと、そして今思いついたこと、それらの記憶がひとつになったものが 『企画』 なのである」

 人間は、自分の記憶が二つ以上複合したときに、 「ハッと」 して 「ひらめいた!」 と思うものらしい。

 「重要なのは、 『二つ以上の記憶』 であるということ。一つの記憶だと、それはひらめきとはいえず、単なる思い出に過ぎない」
 とおちさんはいう。

 そして、それは、無理矢理ヒネリ出そうと思ってパソコンやメモ用紙の前で唸っていても湧いてくるものではなく、散歩をしたり、ドライブをしているときなどに、ふと “ひらめく” ものだとか。

 たぶん、散歩とかドライブといった “ゆるい” 行動をしているときというのは、人間の記憶も自由にゆらめいているときで、それまでの思考回路とは異なる場所で、記憶同士が勝手にスパークしたり、つながったりするからだろう。

 おちさんが語ったことは、アイデア誕生の基本原理を述べたものだと思う。
 アイデアとは、
 「本来なら結びつくことのない二つの異世界が、なんらかの事故 (?) によってぶつかり合い、その衝撃によって生まれたもの」
 だと、昔からよくいわれる。

 シュールレアリズム運動を説明するときによく引用される言葉、
 「解剖台の上で、ミシンと蝙蝠傘 (こうもりがさ) が偶然出会ったように美しい」
 というロートレアモンの詩は、ある意味、このアイデアの生まれる瞬間を象徴的に語っているようにも思える。

 「ミシン」 も 「蝙蝠傘」 も、どちらも日常的に目にするもので、取り立てて珍奇なものではない。…まぁミシンは、最近の家庭からは消えつつあるかもしれないが、1960年代ぐらいまでは、どこの家庭においても必ず見られたありふれた道具だった。

 そのようなありふれた物同士が、 「解剖台」 という、あり得ない場所で “出会う” と、そこに 「美」 が生まれる。

 ロートレアモンの詩は、アイデアが誕生する基本原理を説明しているようにも思える。

 言葉を変えていえば、 「非日常」 といえども、それは 「日常的」 なものの組み合わせでしかないということなのだ。
 ただ、ちょっとだけ異質なもの同士を組み合わせる。
 「それだけで、世界は変わる!」
 …と、ロートレアモンは語っているように思える。

マン・レイ「アングルのバイオリン」
 ▲ 楽器と女体が結合したシュールレアリズムチックな芸術写真 『アングルのバイオリン』 (マン・レイ)

 あり得ないもの同士を組み合わせる。

 これが新しい発想が生まれるときの基本原理であるわけだが、現在市場で評価されている画期的な商品や人気番組などは、けっこうこの法則を忠実に守ったものが多い。

 たとえば、昨年末に放映されて有名になり、現在も、原作の漫画が人気を集めている  『 JIN - 仁 』 は、 「江戸時代」 と 「現代医療」 というあり得ないもの同士の組み合わせによって生まれた物語だった。

 食生活の現場では、そのような例は、さらに日常茶飯事だ。
 大正時代。
 「豚カツの上にカレーソースをかけたらどうなるか?」
 と考えたシェフが登場して “カツカレー” が生まれたように、人類の食文化というのは、 「ミシンと蝙蝠傘が出会う」 ような事件の連続だったかもしれない。

 一見、バカバカしいような組み合わせでも、その組み合わせに合理性があれば、そこからヒット商品が誕生する可能性はある。

 実は、今ひそかに 「コーヒーうどん」 なるものを考えているのだけれど、ダメ?
 食事と、その食後のコーヒーが同時に味わえるという忙しい現代人向けの食品で、時間に追われている人の食事時間を短縮するという意味で、実に画期的なものだ。

 興味を持った食品会社および飲食店経営者は、私のところに相談に来てほしい。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

神の降り立つ場所

 旅のテーマのひとつに 「パワースポットめぐり」 があるが、もともと “パワースポット” とか “スピリチュアル・スポット” といわれる場所は、古来より 「聖地」 とされてきた場所であることが多い。

 そういう場所は、いずれも神秘的なたたずまいを特徴とするが、言葉を変えていえば、 「一度見たら忘れられない場所」 ということでもある。

 つまり、 「聖地」 とは “記憶に残る場所” として、昔から、人類が移動するときのランドマーク…すなわち道しるべとして使われていたという話が、この前BSテレビの番組で紹介されていた。

 ネイティブアメリカンたちにとっては、グランドキャニオンやモニュメントバレーがそういう道しるべであったし、オーストラリアのアボリジニ人たちにとっては、エアーズロックなどがそれに当たる。

▼ グランドキャニオン
グランドキャニオン2007

▼ モニュメントバレー
モニュメントバレー2007

 彼らは狩猟などで集落を遠く離れたとき、そういった自然のランドマークを頼りに自分たちの位置関係を把握していた。

▼ エアーズロック (Wikipedia より)
エアーズロック遠景 

 地図を持たない古代人にとって、そのようなシンボル的ランドマークは、 「混沌とした大地の広がりを整理してくれるもの」 として、いわば 「神の秩序」 を感じさせるものであったのかもしれない。

 そう考えると、エジプトのピラミッドなども、そのような自然のランドマークを人工的に造りだそうという試みであったともいえる。

 BSテレビでは、このほかに謎の古代遺跡とされるアイルランドの 「ニューグレンジ」 を紹介していた。
 この遺跡はストーンヘンジよりもさらに古い紀元前3000年代のものとされるが、四方から眺められる小高い丘の上に建てられており、やはりランドマークとしての機能を持っていたと考えられる。

▼ ニューグレンジ (Wikipedia より)
ニューグレンジ遠景

 建造目的が定かならぬ古代遺跡はみな一様に、 「宗教儀式の場」 という漠然とした説明で終わってしまうけれど、古代の巨大モニュメントは 「混沌とした空間を整理する存在」 として、みなランドマークであり、同時に 「この世の秩序」 を表現する場所として、宗教儀式の場であったのだろう。


 前回のブログで紹介した 『文藝春秋SPECIAL 「もう一度日本を旅する」 』 では、宗教学者の植島啓司さんが、やはり 「聖地には、地形的な特徴というものがある」 と書いていた。

文藝春秋スペシャル日本を旅する

 植島さんは、
 「聖地調査を30年もやっていると、なんとなくカンが働いて、聖地を歩いていてもあまり普通ではない場所にたどりつくことが多い」
 …として、熊野灘にそって国道42号線をクルマで走っていたときのことを述懐していた。

 熊野一帯は、昔から神道や仏教、修験道などの行者が行き交う宗教的な 「聖地」 として有名だが、植島さんによると、
 「 (このあたりは) 特定の宗教的聖地というよりも、もっと根元的な力の場みたいなものがそこらじゅうに潜んでいるのではないか…」
 という気分にさせるところらしい。

 それも、有名な熊野三山、熊野古道ではなく、和歌山の古座川とか奇絶峡とか三重の大丹倉 (おおにぐら) や太郎坊権現など、むしろあまり人が近寄らないところに、
 「いかにも熊野らしい」
 と思える場所があるのだとか。

 で、植島さんは、熊野灘から修験の聖地大丹倉 (おおにぐら) へと上がる山道を走っているとき、ふと 「丹倉 (あかぐら) 神社」 という (見落としそうな) 小さな看板を見つけ、宗教学者のカンを働かせて、クルマを止めて小道をたどり始めた。

 途中、 「なにか予感めいたものがあった」 。
 「以前もどこかで感じた」 気配が漂ってきたというのである。

 それが、 「聖地には地形的な特徴というものがある」 という話につながっていく。
 植島さんは、そこで 「ランドマーク」 なる言葉こそ使わなかったが、それは、熊野を行き交う修験者たちが、ひとつの道しるべとして記憶するような深い印象を与えるスポットだったのだろう。

 では、そこには何があったのか。

 「やっとたどりつくと、そこは誰も気づかないような小さな神社で、祭壇も社 (やしろ) も礼拝所もなかった。
 ただ、しめ縄が施された巨大な岩 (磐座 = いわくら) が木漏れ陽を浴びてひっそりとたたずむだけだった」

 拍子抜けするような、あっさりとした記述だが、 「しめ縄」 「磐座」 「木漏れ日」 「ひっそり」 という単語の羅列だけで、そこから、植島さんがただならぬ光景を目にしたことが伝わってくる。

 たぶん、地形、高度、植物の生え具合などが複雑に絡まり合い、一口には表現できないような不思議なバランスを生み出していたのだろう。
 それこそ “スピリチュアル” という言葉でしか表現できない何かが、そこにあったのだと思う。

 私は、 「パワースポット」 として脚光を浴びる観光地よりも、人から見捨てられたような場所にたたずんで、スピリチュアルな光景に触れるのが好きだ。

 植島啓司さんも、こういう。

 「そもそも神が降り立った場所というのは、人が神のためにつくった祈りの場所とはまったく正反対なのです。
 それはそっとしておくべきだし、その謎を解き明かすのではなく、ただひたすら祈りを捧げるものなのかもしれません」

 人々が造った、 「神へ祈るための場所」 は、人を集める場所なのだから、目立たなければならないし、アクセスも便利でなければならない。
 しかし、 人里離れた 「神の降り立つ場所」 は、それを探すのも面倒だし、研ぎ澄まされた感覚も要求される。

 それでいい…と思う。

 時間の制約を受けないキャンピングカーの旅というのは、そういう場所を探り当てることが可能だから楽しい。
 本当の意味での 「パワースポットめぐり」 は、旅行日程が小刻みに組まれるような旅では味わえないものだと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 16:08 | コメント(2)| トラックバック(0)

RV旅行文学

 「旅の文化」 を語る書籍コーナーには、まだキャンピングカーをテーマにしたものがない。

 以前、そんなようなことをこのブログで書いたけれど、
 「では外国にはあるのか?」
 というと (これもまたずっと昔このブログでも書いたことがあるけれど) 、キャンピングカー先進国のアメリカでは、すでに50年前にそういうものが登場している。
 ジョン・スタインベックの書いたキャンピングカー文学の古典 『チャーリーとの旅』 が、それだ。

チャーリーとの旅
 
 これは、スタインベックが老プードルのチャーリーと一緒に、ワンオフのキャンピングカーでアメリカを1周したときの話だが、単なる旅行記ではなく、キャンピングカーという野外で寝泊まりするクルマから眺めるアメリカ社会は、 「新聞」 や 「雑誌」 で理解するアメリカ社会とどう違うか? という視点があって、とても面白かった。

 スタインベックが犬と一緒に旅に出たのは、1960年。
 58歳のときだった。
 
 それから半世紀 (50年) が過ぎた。
 そろそろ日本でも、プロの作家が書く 「キャンピングカー旅行文学」 なるものが生まれてもいい時代になったように思う。

 ただ、そこがまだ歴史の浅い “乗り物” だけに、書き手がいない。
 鉄道のローカル線などを回る旅行記を書く作家なら相当数いるというのに、キャンピングカー旅行記を書く職業作家というものは、まだ日本にはいない。

 もちろん、普及の過程にあるものは (何でもそうだが) 、使い方や効用を説くノウハウ情報の方が先行し、小説やエッセイのネタとして熟成するのはその後のことになる。
 しかし、日本にも 『チャーリーとの旅』 のようなキャンピングカー旅行文学が生まれるようになってくれば、それこそ本当の意味で、 「社会から認知された」 という表現が使えるようになるはずだ。

 “キャンピングカー旅行文学” なるものがまだ誕生していないにせよ、ただその土壌は整ってきたように思う。
 つまり、旅行記として書くべきテーマが日本にはたくさんあることに気づいてきた作家たちが増えてきたのだ。

 たとえば、作家であり映画監督でもある椎名誠さんは、海外で長年キャンプしてきた経験などと照らし合わせ、日本の風土について次のような考察を行っている。 ( 『文藝春秋SPECIAL 「もう一度日本を旅する」 』 2010 Summer No.13季刊夏号)

文藝春秋スペシャル日本を旅する

 椎名さんは、そのムックの巻頭エッセイ 「歩く旅 - 私の次のテーマ」 において、
 「還暦を過ぎたあたりから、日本の良さがじわじわとわかってくるようになってきた」
 と書き、アウトドア作家のC・W・ニコルさんの話を引いて、そのエッセイをこんな風に進める。

 「日本では、北海道の冬には流氷がやってくる。
 しかし、同じ時期に沖縄には珊瑚礁があって、ダイバーが海に潜っていたりする。
 ひとつの国でそんな両極の自然を同時に持っているところなんて世界中探してもどこにもない」

 さらに続けて、
 「日本はあちこち開発されたといっても、まだ濃厚な懐を持つ山国だし、海に囲まれている海国だし、国内を流れている川が3万5千本もある川国でもある。
 そして四季がある。
 秋には台風がやってきて、優れた 『水環境』 の循環システムができている。
 地下水脈が豊富なので、良い水がいたるところから出ており、それが火山などで温まれば温泉となる」

合掌の森の温泉

 こういう日本の優れた自然環境に対し、いちばん無関心なのが当の日本人だと、椎名さんは言いたいらしい。
 日本人は、日本の自然環境の良さを当たり前のように享受し、その “価値” に気づかないと、椎名さんは警告を鳴らす。
 たとえば、日本の優れた水質を確保するために、世界の企業がこぞって日本の水の争奪戦を繰り広げようとしているのに、日本の法律ではそれを守る条項すら用意されていない…とも。

 また日本の道路整備の完璧さ、さらに治安の良さにも椎名さんは言及する。

 「道路が安全、というのも日本を旅するときに外国人がまっさきに驚くことだ。
 中国の奥地やインド、南米の国などは、その国の人が同乗しないまま知らない道を夜走ることほど危険なことはない。
 たとえば崖崩れがあって道路が陥没していても、危険を知らせる警告ランプなどは何もない。
 日本では山賊が出てくることもないし、山犬の群などに遭うこともない。
 南米などを旅するとき、出会って一番怖いのが、まず何を考えているかわからない 『人間』 であり、その次が、やはり何を考えているのかわからない 『山犬』 の群である。
 (外国では) 山にいる人間はしばしば山に隠れていなければならない事情の人だったりするので、銃を持っていたりするのだ」

 現在日本では、観光シーズンともなれば、どんな山奥の道の駅でもキャンピングカーやミニバンで車中泊を行っている人たちがいるが、そういう旅行が可能なのは、それが日本だからということなのかもしれない。

 アメリカですらモーターホームの宿泊は 「RVパーク」 (RV専用キャンプ場) 以外では原則として認められていない。
 観光地の駐車場などにモーターホームで泊まっていると、必ず州警察やレンジャー部隊の見回りがやってきて、 「ここでの宿泊は危険だから専用施設に入るように」 と命令される。

 こう考えてくると、日本は、実にキャンピングカー旅行に適した風土・環境が整っているということが分かってくる。

軽キャンパーで旅するご夫婦

 この 『文藝春秋 SPECIAL 「もう一度日本を旅する」 』 というムックは、椎名さんのエッセイ以外にもキャンピングカー旅行の真髄を的確に表現しているさまざまな読み物が溢れていた。

 たとえば、放送タレントの永六輔さんは、旅を四つに分類して、こう述べる。

 「英語で旅を意味する言葉は四つある。
 『トリップ』 『ツアー』 『トラベル』 『ジャーニー』 だ。
 そのうち 『トリップ』 というのは、気分転換になる小旅行のこと。だから家の周りをのんびり歩くのもトリップのうち。
 『ツアー』 は、目的地を定めて出かける団体行動の旅。
 『トラベル』 は、出発から帰宅までの行程が計画的に決まっているもの」

 そう書いて、永六輔さんは最後の 「ジャーニー」 について、こうコメントする。

 「 (自分がいちばん) 好きなのは 『ジャーニー』 だ。
 これは予定も決めず、気の向くまま自由に出かける旅をいう。
 駅に着いてから、さあ、どこへ行こうかと考える。
 上り下りに関係なく電車に乗る。駅を降りたら、さて、どこを見て回ろうかと考える。
 行動はすべてにおいて、自由。そんな旅が理想だ」

 永さんは、ローカル線などを使った “歩く旅” を想定している。
 しかし、 「気の向くまま自由に出かける旅」 をさらに上手に楽しめるアイテムがキャンピングカーであることは、キャンピングカーを知っている人ならすぐに気づくと思う。

 ただ、残念なことに、キャンピングカー旅行は、鉄道旅行ほどにはまだ 「美学」 が備わっていない。
 確かに、ちょっとさびれたようなローカル線の風情は格別だろう。
 そこには、失われつつあるものへのノスタルジーも加担して、濃密な旅情が凝縮しているだろう。
 それに比べると、キャンピングカーは若い!。
 まだ “風情” などというものが付加される余地もないほど、若い。

 しかし、キャンピングカーが自由気ままな旅行に適したアイテムだという認知が広まり、それに注目するプロの旅行ライターなどが参入してくれば、日本にも世界に誇る 「キャンピングカー旅行文学」 生まれるはずだ。
 だって、世界的に見て、こんなにキャンピングカー旅行に適した風土の国も他にないのだから。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:46 | コメント(2)| トラックバック(1)

旅の文化

 東京だと、新宿の紀伊国屋、あるいは東京駅近くの八重洲ブックセンター。
 こういう大型書店に行くと、著者、出版社を超えて、共通のテーマを持った書籍が一堂に集められる “キャンペーンコーナー” がある。

 たまたま先月に行った八重洲ブックセンターでは、 「旅の本フェア」 が催されていた。
 そこに集められた書籍の数は、ざっと見て、およそ200~300冊ぐらい。
 単行本もあれば、文庫本やムックもあった。

 そこには、どんな種類の本が集められていたか。
 
 まず有名人の書いた、旅をテーマにしたエッセイ集のようなもの。
 次に食べ物をテーマにしたグルメ本。

静岡県丁字屋のとろろ汁
 ▲ 「グルメ」 情報は今の “旅本” の基本中の基本

 温泉ネタの本も根強い。
 最近の傾向を反映するものとして、鉄道関係の本も多かった。

 目立つのは、中高年の山歩きに関するもの。
 これも初心者用の入門編のようなものから “文学者の愛した山” ってな感じの高尚なものまで含めると、相当な点数になりそうだ。

 また、旅というよりも、 「散策の勧め」 のような本も目立つところに並べられていた。東京の本屋さんだけあって、 「東京都内を歩いて回るための本」 というものがずいぶん出版されていることを知った。
 10年ぐらい前に始まった 「散歩」 ブームは、衰えるどころか、ますます隆盛を極めているようだ。

 「歴女」 という言葉すら生んだ歴史ブーム。
 これも格好の旅のテーマになるらしく、古城めぐりとか古戦場めぐりのためのガイド本がやたら目に付く。時代劇の主役たちに愛された 「宿」 とか、 「歴史に出てくる名湯」 のような企画も花盛りだ。

 注目したいのは、 「工場の写真集」 とか、 「廃虚の写真集」 のたぐい。
 “工場萌え” という言葉もあり、無機的な工場のたたずまいに 「美」 を感じる人たちが増え、そのためのツァーもあるときく。

 「廃虚」 も同様。
 “軍艦島” のような有名な廃虚を見せるツァーも相変わらずの人気で、そのようなツァーをまとめたガイド本もあったような気がする。

 だけど、どこを見回してもキャンピングカーが関わっている本は1冊もなかった。
 さびしいな…と思う半面、まぁ、しょうがないかな…という気もする。

 キャンピングカー関連の本や雑誌が、旅の書籍コーナーに入らない理由は、一言でいうと、 「歴史の浅さ」 だ。

 鉄道も、グルメも、温泉も、山歩きも、最低200年…というより、人類の歴史が始まって以来の、それこそ気の遠くなるような文化的蓄積を持っている。
 それらはみな 「旅」 を形づくる重要な要素だが、必ずしも 「遊び」 を起源に持つものではない。
 むしろ、生きるための辛さや苦しみを伴いながら、長い時間をかけて 「遊び」 として昇華されたきたものだ。

 その重みに比べ、キャンピングカー旅行はまだ日の浅い新興レジャーに過ぎない。そうおいそれと、旅の “先輩文化” と肩を並べるようにはいかないのかもしれない。
 キャンピングカーにおいては、今、ようやくその使い方のコツを説くガイドブックが立ち上がったばっかりなのだ…という言い方もできる。

 何でもそうだが、ひとつのアイテムが普及するときは、まずその使い勝手をガイドするノウハウ情報から始まる。
 それが一段落して、ようやくその効用とか、そのアイテムのかもし出す 「風情」 などといった観賞的側面にスポットが当たるようになる。

 「風情」 が語られるようになってこそ、はじめてそのアイテムが 「成熟期を迎えた」 という言い方もできるし、 「文化」 としての価値が論じられる地平も見えてくる。

 しかし、逆にいうと、 「風情」 といったものに人々の関心が移るようになるということは、もうそのアイテムは 「旬を過ぎている」 という言い方もできる。過去の領域に入ろうとしているから、美しく見えるのだ。

 たとえばフィルムカメラ、特にクラシックカメラなんかが、その領域で語られるものの典型的な例だ。
 自動車でいえば、スポーツカーなんかが、その領域に入ってきた。

 レコードだってそう。
 「CDより音がいい」 という神話は、確かに音響工学的に説明できることだが、それ以上に、失われていくものへのノスタルジーに依拠している。

山口県のSL
▲ SLは、今や鑑賞的な財産価値として人気

 これは国家の盛衰記と同じだ。
 歴史上、他国を圧倒して、その時代をけん引した国家はいっぱいあったけれど、その国が、今日に残るような文化を残すのは、むしろ衰退期に入って 「成熟」 の気配を示してからだ。

 要するに、人間にまつわる文化は、 「すでに過去」 という視点が浮上したときに、はじめて意識され、記録されるようになるのかもしれない。

 そう考えると、キャンピングカーをめぐる言説がいまだノウハウの領域にとどまっているというのは、逆にいうと、さらなる発展が約束されているということでもある。

 キャンピングカーは、間違いなくこれから伸びる。
 なんといっても、キャンピングカーにはハンパじゃない奥行きがあるからだ。

 「クルマ」 という入口から入りながらも、出口は必ずしも 「クルマ」 で終わっていない。
 キャンピングカーというゲートの先には、グルメ、温泉、山歩き、歴史探索などという、 “旅本コーナー” に登場するすべての世界が広がっている。

 つまり、キャンピングカーは、いろんな方向から押し寄せる旅文化を整理し、自分の好みに適った旅文化にアクセスするための “整流器” のようなものだ。

 道の駅のような休憩場所を基点に、観光地・温泉めぐりをしている人もいれば、オーソドックスなキャンプを楽しむ人もいる。
 釣り、スキーを楽しむ人もいる。
 自然の中に分け入って、写真を撮る人もいる。

 キャンピングカーに関心を持ってその世界を覗いた人には、そこに、ありとあらゆる 「旅の文化」 が凝縮しているのが見えるはずだ。

キャンプ場での憩い
 ▲ キャンプ場でたたのんびりキャンプするだけでも癒される

 キャンピングカー評論家の渡部竜生さんは、イベントの講演で 「キャンピングカーはタイムマシンだ」 と述べたことがある。
 それは、高速道路の渋滞などに出合っても、車内で寝泊まりできる機能を有効に使い、いくらでも時間調整ができるという意味を含めた言葉だったが、名言かもしれない。

 「旅」 は三次元世界を行き来するものだが、 「文化」 ともなれば、そこに 「歴史」 や 「未来予測」 などという時間軸が加わり、四次元世界に踏み出していくものとなる。
 そういった意味で、キャンピングカー = タイムマシン論という説にはすごい説得力があると思う。  



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:47 | コメント(1)| トラックバック(0)

山の上の鬼

 8月最後の日の昨日。
 去り行く夏が惜しくて、キャンピングカーによる日帰りのショートトリップを楽しんできた。
 仕事もちょっと絡んでいたので、取り立てて 「何をして遊ぶ」 という計画はなかったけれど、山の上に登り、空いっぱいに広がる入道雲の光景を堪能した。

入道雲20101

 入道雲が好きなのだ。
 世の中の自然現象で、あんなに見つめているだけで楽しめるものはない。
 ぬるい露天風呂などに浸かり、大空で繰り広げられる “入道雲劇場” を眺めていると、もうホント 「至福の時」 って思う。

 だって、どんどん形が変わる。
 龍も、鬼も、怪獣も出てくる。
 そういう迫力ある映像が、それこそ映画のスクリーンなど比べものにならない雄大な規模で展開する。

入道雲20102

 一度、犬を連れて自宅近くを散歩していたとき、茜色 (あかねいろ) に染まった西の空をゆったりと北上していくゴジラを見た。
 手と足があり、尾ヒレも付いて、口から火を噴いていた。
 あれはまぎれもなくゴジラだった。カメラを持っていなかったことを悔やんだ。

 入道雲では、特に、山頂からむくむくとわき上がる雲を見るのが好きだ。

入道雲20074

 時にそれが、山の向こうに広がる “別の雪山” のように見えるときがある。
 自然現象の変化で、これまでの測量術では測りきれなかった “幻の山” が姿を現した!
 そんなふうに遠近感が狂うような光景が好きだ。

 日本書紀には、斉明天皇が亡くなった後、朝倉山の上から大きな笠を来た鬼がその葬儀の様子をじっと見ていたという記述があるという。

 この 「鬼」 をめぐって、 「外国人と解するのが一般的」 などという説もあったりするが、実に、つまらん。
 そもそも鬼のことを 「大和朝廷に滅ぼされた日本の先住民族」 とか 「山賊」 などと説明する合理主義的な解釈は、奥行きがなくて、味気ない。

 朝倉山の上に現れた 「鬼」 は、 “鬼のような形をした入道雲” だったかもしれない。

 しかし、それは 「鬼の実在」 を信じた奈良・平安期の日本人にとっては、 「雲の形を身にまとった鬼」 だったのだ。

入道雲20103

 奈良・平安期を生きた日本人と今の日本人では、まったく同じ景色を見ても、それぞれ異なる別世界を眺めることになる…という話がある。
 「赤」 「青」 「緑」 の三原色の概念が導入された近代日本人の見る自然と、 「茜」 「朱」 「藍」 などという呼び名に馴染んでいた昔の日本人とでは、同じ自然を見ても、異なる世界を感じていたという。

 色の感じ方ですら、もう古代人と現代人は違う。

 鬼の実在を信じていた人々の目に映っていた 「自然」 とは、はたしてどんなものだったのだろう。
 限りなく恐ろしい世界を、そこに見ていたのか。
 それとも、われわれの感受性を超える美しい世界を見ていたのか。
 たぶん想像しても、想像しきれないと思う。

 精霊や妖怪の実在を信じる精神構造を、 「未開の思考」 として遠ざけることで、われわれの合理主義は発達してきた。
 しかし、 鬼の実在を信じるという精神世界を、私は嫌いではない。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

ゲゲゲの水木さん

 昔、まだ乗用車メーカーのPR誌を編集していた頃、漫画家の水木しげるさんに取材したことがある。

 当時、水木さんは、 『ゲゲゲの鬼太郎』 のテレビアニメ化も評判となり、売れっ子漫画家としての道をひたすら走り続けていた。

 売れっ子の取材は、アポを取ることがむずかしい。
 媒体の知名度や影響力、ギャラの多寡などを問題にされるよりも、 「会う時間がない」 と断られることが多い。

 断られることを覚悟して、アポを取るための電話を入れてみた。
 雑誌のその月のテーマが 「妖怪」 だったので、妖怪マンガの第一人者に、 「妖怪の本質を語ってもらう」 というのが、取材の趣旨だった。

水木しげる妖怪イラスト

 ご本人にとっては、 「またか」 と思えるほど語り尽くしてしまったテーマだったかもしれない。
 
 ところが、直接電話に出られた水木さんは、
 「いいですよ」
 と、気楽に一言答えてくださった。

 しかも、地図でも調べれば簡単にたどり着けるような東京・調布市のご自宅を、
 「何行きの交通機関に乗って、何駅で下りて…」
 と、懇切丁寧に指示してくださった。

 “いいオジサンさん” だな … とは思っが、さすがに家のベルを押すときには緊張した。

 水木さんは、白いシャツの左袖をフラフラと風に揺らせながら、 「隣のいたずら小僧がまたおやつ欲しさに訪れたな」 …といった感じの、近所のガキでも眺めるような表情でむかい入れてくださった。

水木しげる画像
▲ 当時の水木さん

 「妖怪はね、本当にいるんです。若い頃はそれに気づかなくてね」
 いきなり、そんな話から始まった。

 すでに有名な話だが、水木さんは、太平洋戦争時代、ラバウルで生死の境をさまよった。
 苛酷な戦地で、マラリアを患ったり、敵機の爆撃を受けて左腕を失ったりしたのはそのときだ。

熱帯の夕焼け

 そのとき、 「生きよ」 「生きのびよ」 と、次々と近づいて励ましてくれたのが、森や川に棲むさまざまな妖怪たちだったという。

 「なんだ、こいつら、人間より優しいじゃないか」

 そう思ったことがきっかけとなり、出会った妖怪たちの姿を思い出しながらマンガに描いたのが、 『墓場の鬼太郎』 (のちのゲゲゲの鬼太郎) という代表作になった。
 呼び名こそ違っても、世界に潜む妖怪は、だいたい同じような姿なんだそうだ。

 この話、
 「じゃあ、誰でも水木さんのように妖怪に会えるのか?」
 となると、そこは、ちょっと条件が必要なようだ。

 「妖怪はいる … といっても、はっきりと目に見えたり、触れたりできるものではないんですね。
 “感じる” という表現が適切かもしれません。
 暗い森、静かな山奥、人気のない海辺や谷川など、やはり人が “自然” の息吹に包まれるような場所でないと、彼らは近づいて来ないんです」
 と、水木さんは語る。

 「さらに、心や身体が、 “助けて” と悲鳴をあげるような気持ちになっていると、彼らは救いにやってくるんですよ。
 そういうときは、人間の “妖怪感度” が上がっているんでしょうね」

 妖怪感度

 面白い言葉だと思った。
 その 「妖怪感度」 は、実利一点張りの人や、我の強い人、強欲な人ほど下がってしまうという。

 「霊長類の中でも人間がその頂点 … などと威張っている人は、まず妖怪を見ることもなければ、妖怪に助けられることもないでしょう」

 素朴な文明批判のように聞こえる言葉だが、熱病に冒されながら食糧もないラバウルの森から生還してきた人の一言は、やはり違う。

 自然は人の生存を許さない厳しさを持つ半面、人を生かしてもくれる。
 妖怪とは、その自然の 「分身」 なのだ。

山と川

 そこが、うらみをはらすために現れる 「幽霊」 とは違う。
 幽霊は、 「文明」 を知った人間の変わり果てた姿だが、妖怪は 「自然」 の中で生まれた生命が、人間に分かりやすい形をとったものだ。

 だから、怖くても、どこか愛嬌がある。
 それは、自然が人間に与える恐怖と、自然が人間にもたらす慈愛の2面性を表現している。

 「妖怪が棲みにくい世界というのは、人間にも棲みにくい世界なんです」
 と、水木さんはしんみりした口調で語った。

 ひんやりしたポンリュームの床に、冷たい蛍光灯の光が満ちるような都会の生活空間は、妖怪たちを一匹一匹追い出していくのだそうだ。


 いろいろ楽しい話を聞いて、いとま乞いをしようと思ったとき、
 「絵を使いますか?」
 と尋ねられた。

 絵 …… つまり、妖怪のイラストのことだ。
 
 こちらは考えてもいなかった。
 なにせ、超売れっ子の原画など、いったい、1枚どのくらいの値段がするものなのか。 
 貧乏編集部にそのような予算があるわけもなく、水木さんの絵を使うことは最初からあきらめていた。

 「いい絵があるかな…」

 そういって、書斎の奥の方をゴソゴソっと探していた水木さんは、やがて原画のストックから1枚の原画を引き抜いて渡してくれた。

 「今日の話にはいいのではないかな」

 「いくらですか?」 と聞くわけにもいかず、すぐには手が出なかった。

 「自由に使ってください。僕の話を聞きに来たのだから、僕の絵もあった方がいいでしょう」

 なんと優しい方なのか、感謝の言葉すらとっさに浮かばなかった。

水木しげるイラスト001
 ▲ 水木さんが用意してくれたイラスト。特集の表紙に使わせてもらった

 ていねいに礼を述べて、家を後にしたとき、水木さんそのものが、人間を励ましてくれる優しい妖怪のように思えた。

 NHKの朝ドラ 『ゲゲゲの女房』 を見ていると、そんな水木さんに取材した時代のことを思い出す。

ゲゲゲの女房キャスト



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:42 | コメント(6)| トラックバック(0)

不思議のアリス

 ルイス・キャロルの 『不思議の国のアリス』 という童話を知ったのは、年齢でいうと、4歳ぐらいだったと思う。
 私は幼稚園に入る前で、当然、文字も読めなかったから、母親に読んでもらった。

不思議の国のアリス絵本

 童話の絵は、今でも頭の中に浮かんでくる。
 ディズニーのような、様式化された可愛らしさを持った絵ではなく、西欧古典絵画のタッチに近い、子供の感情移入を拒絶するような大人のタッチの絵だったように記憶している。

 話の流れは、日常生活の因果律を無視した荒唐無稽なおとぎ話で、今風にいえば、 「ナンセンス」 とか 「シュール」 という表現がぴったりの作品であった。

 しかし、母親の膝の上に座って読んでもらったその童話は、4歳の私にとっては、ぜんぜん荒唐無稽でもなく、ナンセンスでもなく、シュールでもなく、極めて現実的な感触を漂わせた物語だった。

 それは、あたかも夢を見ているときの気分に似ていた。

 夢といっても、目が覚めてから反芻するときの夢ではない。
 夢の渦中にいる状態といったらいいか…。

 夢のなかでは、 “不可解” なことは何も起こらない。
 うさぎが人の服を着て、人間の言葉をしゃべろうが、トランプの兵隊が動き出そうが、夢を見ている当人は、そのことを別に不審に思わず、当然のこととして了解している。

アリスしゃべるウサギ

 それがバカバカしいことであると分かるのは、目が覚めて、夢であったと自覚したときである。

 目が覚めたときに、なぜ夢のことを “バカバカしい” と思うのかというと、我々は、日常生活で体験する様々な “事件” を、前後関係や因果関係にまとめてしまう習癖を身につけているからだ。

 事件には、必ず原因があり、それが一定の法則性に貫かれたプロセスをたどり、その結果として表れたのが、いま目の前に起こった 「事件」 なのだ……という思考方法になじんだ我々は、原因と結果がつながらない事件は、みなバカバカしいものと排除するクセを身につけている。
 夢の中の出来事は、そのバカバカしさの典型である。

 夢には、因果律がない。
 そこには、 「偶然」 すらもない。
 「偶然」 というのは、確率が限りなくゼロに近づいた 「必然」 でしかなく、結局は、因果律の法則性を前提とした概念に過ぎない。

 夢は、因果律のない 「必然」 なのである。

電車の中001

 たとえば、夢の中で、仕事先に行くために乗ったタクシーが、いつのまに電車に変わっていても、我々はそれを不思議だとは思わず、まったく “当たり前のこと” として了承している。

 そして、その電車が、戦地に送られる兵士を乗せる列車であることが分かり、会社にいくはずの自分が、いつのまにかその兵士の一人になっていても、それを “運命” のように了承してしまう。

 そのような、脈絡のない世界が展開することを、 「ナンセンス」 という。
 ナンセンスというのは、 「意味がない」 というような使い方をされる言葉だが、 「意味」 というものが、 「原因」 と 「結果」 がセットになった因果律からもたらされるものだとしたら、夢の世界というのは、その因果律を失ったもうひとつの 「現実」 なのである。

町の中のキリン

 因果関係への理解が乏しい幼児においては、夢の世界は、現実と地続きになっている。

 幼児の私にとって、 『不思議の国のアリス』 の世界は、荒唐無稽な作りものではなく、町の路地の通り一つ隔てた裏側で、あるいは、家の廊下ひとつ隔てた隣りの部屋で、自分には見えないけれど、ひっそりと広がっているもう一つの世界だった。

公園の不思議な空間

 ティム・バートン監督の 『アリス・イン・ワンダーランド』 の興行成績が 『アバター』 を抜いたという。

アリス・イン・ワンダーランド00

 私は、この 『アリス』 の映画を見ていないので、品評はできない。
 しかし、メディアに散見される批評では、どうやら正統的なハリウッド製ファンタジーだという。

アリス・イン・ワンダーランド001

 今までのハリウッド製ファンタジー映画の流れを見ていると、みな 「夢の世界」 を描いているようでいて、 「夢」 そのものを描いているわけではなかった。
 つまり、荒唐無稽のストーリーを展開しているようでいて、そこには、現実世界の因果律がそのまま貫かれていることが多かった。

 それは、 「物語 (ファンタジー) 」 の宿命かもしれない。

 昔から世界的に流布した 「物語」 には、常に不変の骨格が備わっていた。
 「物語」 とは、どんなに現実ばなれしているように見えても、まさしく100パーセント因果律のみによって構成された世界のことをいう。

 たとえば、 「選ばれた子供」 は、共同体の長老の予言によって自分の 「運命」 を悟り、魔法の力によって 「英雄」 になり、 「悪」 を倒すために故郷を離れる (異界へおもむく) 。
 そして、窮地に陥るが、仲間の力を借りて悪を倒し、故郷に帰還する。
 多くのファンタジーは、そのような筋書きをたどるが、その展開は、見事なくらい因果律の連鎖によって語られる。

ドラクエ

 「因果律」 という言葉は、「誰もが共通して理解できる物事の構造」 と訳すと分かりやすいかもしれない。

 だから、 「物語」 は、それぞれの民族固有の英雄を生み、民族に共通した嘆きを深め、民族の生きる希望となった。
 ハリウッド製ファンタジー映画は、その民族固有の物語を、人類共通のものとして普遍化する役目を果たした。

 しかし、 「夢」 は、他者とは共有できない。
 「物語」 のような他者と共有できる因果律を欠いているからだ。

 夢の不思議さが、常に不安とセットになっているのは、その不思議さを誰とも共有できないという “さびしさ” や “心細さ” がもたらすものなのかもしれない。

 原作の 『不思議の国のアリス』 は、この夢の雰囲気を濃厚に残した作品だったと記憶しているが、映画の 『アリス・イン・ワンダーランド』 は、夢の世界を創り出したのだろうか。

アリス・イン・ワンダーランド0021

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:36 | コメント(6)| トラックバック(0)

夫婦円満の秘訣

 RVビックフットの牧瀬芳一社長と奥様の美恵子さんは、業界でも評判のオシドリ夫婦である。
 イベント会場には必ずお二人で一緒に来られるし、ショーが終われば、仲良く肩を並べて帰られる。

牧瀬ご夫妻001

 二人の間には笑顔が絶えない。
 すでに、お孫さんまでいると聞いているが、いつも新婚ホヤホヤのような雰囲気が自然に漂ってくるお二人。

 その仲の良さは、いったいどこから生まれてくるのか?
 実は、個人的にも、それが少々不思議 (…失礼) でならなかった。 

 その秘密が分かってしまったのだ。

CCS東松山

 先だって、RVビックフットさんの直営店 「キャンピングカーステーション東松山」 を訪れたとき、社長の隣りに座って、取材後の雑談に応じられた奥様と牧瀬社長の会話を聞いていて、
 「あ、そういうことだったのか…」
 と、分かってしまったことがある。

 シンプルな結論だった。
 キャンピングカーを軸とした夫婦。

 「商売」 という意味ではなく、文字どおり 「ユーザー」 として、常にキャンピングカーを軸として結ばれていたご夫婦だから…というものすごく単純なことに思い至った。

 つまり、このお二人は、 「夫婦の仲を取り持ち、家族の絆を強めるキャンピングカーの力」 を、理屈ではなく、反射神経を養うように自然に身につけて来られたのだ。
 それまでは、キャンピングカーで寝泊まりするよりも、ホテル住まいの方がお好きな方々かな…と勝手に思い込んでいたのだが、それは勘違いのようであった。

牧瀬芳一社長005

 牧瀬芳一社長が、自分で使うためのキャンピングカーを造り始めたのは、25~26歳の頃だという。
 今から35~36年ほど前の話だ。

 それは、どんな時代だったのか。

 1975年にようやくベトナム戦争が終結し、その翌年にロッキード事件で、首相まで務めた田中角栄が逮捕されたりした時代。
 成田空港が開港され、自動車電話がようやく普及し、若い女性デュオのピンクレディーがデビューを果たす。

 もちろんその頃は、まだプロのキャンピングカービルダーなどほとんど存在せず、国産キャンピングカーといえば、好きな人がハンドメイドで仕上げた車両がわずかに存在しているに過ぎなかった。

 牧瀬社長も、そんなハンドメイドのキャンピングカーを造るアマチュアの一人としてスタートを切る。
 最初は、初代のハイエースを改造して。
 次は、コースターに手を加えて。

 目的はもちろん 「旅行」 。
 すでに結婚されて、お子様もいらっしゃった。

 「下の娘が、まだオシメしていましたからね。紙オシメがない時代でしたから、クルマのキャリアに干したり、室内で自然乾燥干させながら旅していましたよ」
 と牧瀬氏はいう。

 もちろん、将来キャンピングカーを造って、売るなどということは、まだ考えてもいない。
 ただ、時間を自由にやりくりできる自営業の “特権” を活用し、子供さんの夏休みなどに合わせ、1ヶ月から1ヶ月半ぐらいのサマーバケーションを毎年取っていたという。 

 現在ではリタイヤしたシニアカップルを中心に、キャンピングカーで1ヶ月を超える長期旅行を経験している人は多い。
 しかしこの当時、家族で1ヶ月半も放浪の旅を楽しんだユーザーというのは、そうとう珍しい部類に入る。

 あまりにも家を空け過ぎたがゆえに、とうとう奥様の実家が警察に捜索願いを出したこともあるとか。
 まだ、携帯電話などがない時代。
 地方でも田舎に行くと、公衆電話も少なかった。
 連絡を取り合うということが、いかに大変だったかを語るエピソードのひとつかもしれない。

 それだけの長い期間、いったいどんな旅行を楽しんでいたのだろう?

 「捜索願いが出されたというのは、ちょうど30日かけて、関西から九州を回っていたときのことでしたけれど、子供たちは普通に生活していましたよ。
 自分たちで時間を管理しながら、しっかり宿題や勉強をしていましたね」

 どんな場所に泊まり、どんな観光を楽しもうとも、お嬢さんたちは家にいるときと同じように勉強する時間を確保していた、と牧瀬さんはいう。
 ただ、それが普通の環境と違うのは、 「草原の教室」 だったり、 「木漏れ日の教室」 だったりしたことだ。

 「森の木陰にクルマを停めて、僕は朝からビールなどを飲んでいるんですが、娘たちは午前中の涼しい時間のうちに、車外にテーブルなどを出して勉強をしていましたね。
 彼女たちだって午後は自然の中で遊びたいから、昼前は一生懸命に勉強していましたよ」
 と、牧瀬さんは昔を述懐する。

 旅する家族の優雅な日常が伝わってくるような話だが、この時代、キャンピングカーに対応するようなサイトを持ったキャンプ場は少なかった。
 もちろん、今のような 「道の駅」 などというものもない。

 はて、いったいどんなフィールドに泊まっていたのだろうか?

 「今と違って、昔は豊かな自然に囲まれた空き地のようなものがいっぱいあったんですよ。
 キャンピングカーも少なかったから、マナーさえ守っていれば、土地の人たちもにこやかでしたね。
 町中に入ってきたときは、まず町役場や村役場を訪ねました。それから市民会館。
 そういうところの駐車場は夜になるとガラ空きでしたし、夏休み期間などは昼間からお休みモードなんです。
 だから、 “観光に来たんですけど” と声をかけておけば、たいてい “ゆっくり休んでいってください” と大歓迎されましたね」

 ……と話しているときに、奥様の美恵子さんが加わった。

牧瀬ご夫妻002

【奥様】 ほら、いちばん記憶にあるのは、もう使わなくなった北海道の鉄道の駅があって、星が宝石みたいなの。あれ、北海道のどのへんだったかしら…
【牧瀬】 確かサロベツ…あっちの方だったな。
【奥様】 とにかく4人でね、ずっと寝ころがって、星ってこんなにきれいなものだったのか! って…。
 とにかく、あれほど星を近くに感じたことがなかったんです。
 手を伸ばせば届きそうな位置まで星が降ってくるんですよ。
 もう家族4人でね、いつまでもうっとり夜空を見上げたまま……あれ、忘れられない旅だったね。

 こんな会話が、日常会話としてさっと出てくるご夫婦なのである。

【奥様】 ……富山の方を旅していて、道に迷ったことがあるんですよ。淋しいところで、おまけに霧が深くて、出てきた標識に 「人喰い谷」 って書いてあるのね。
 その字の書き方が、もう “八つ墓村” みたいで、怖いのなんの… (笑) 。
 ところがそれを抜けたところが、あの (今は小さな世界遺産の村として有名な) 五箇山だったんです。

五箇山

 当時はまだ有名じゃなくて、素朴な村だったんですけど、ほんとうに美しい景色が見えてきてね。
 そのとき “人喰い谷” を通ったからこそ、別の世界が開けたと思ったの。
 まるで、そこがタイムマシンのゲートみたいになっていて、タイムスリップしたと思ったくらいでしたよ。
 ほんと、キャンピングカーの旅って、スリルと感動が裏表になっているような、不思議な体験をたくさんもたらせてくれるんですよ。

 そんな思い出を数多く重ねているから、夫婦の呼吸はピッタリ!
 奥様は、そう伝えたいのかもしれない。

【奥様】 一緒に生活していると、ときどき 「もう離婚してやる!」 なんて思うことがあるんですよ。
【牧瀬】 まぁ、いつも一緒に仕事しているからね。イライラすることもあるよ。
【奥様】 でも、そういうときは、もう何も考えず、二人で旅に出るの。
 そうすると、氷のツララみたいにとんがっていた気分が、キャンピングカーに揺られているうちに、ポタポタと溶けていくのが分かるんです。
 なんであんなにピリピリしていたのかな…とやがて思うようになるんです。

 (↑) この奥様の一言!

 これぞまさしく、夫婦円満の秘訣が凝縮しているような、究極の言葉ではないだろうか。

 「家族の絆」 を確かめようと始めたキャンピングカー旅行。
 それが、 「夫婦の絆」 を確認するための旅に変わった。
 一緒に旅したお嬢さんたちも、今は嫁いでそれぞれ別の家に入り、そのお孫さんたちが中学生になろうとしている。

 そして、その嫁ぎ先にはみなキャンピングカーがあるという。

 「やっぱり、キャンピングカー旅行は本当に楽しいものだということが分かっているから、娘たちの家族にもそれが受け継がれたと思うんです。
 そしてその恩恵を、今度は孫が受けているわけですね。
 そう思うと、キャンピングカーを一度持った家族というのは、それをDNAのように伝えていくのかなぁ…とも思います」
 と奥様は語る。
 
 子供たちが巣立って、新婚当時のシンプルな家族構成に戻った牧瀬夫妻。
 それでも自分たちの旅行スタイルは変わらないという。

 奥様がいう。
 「私たちは、事前に旅の “情報” など集めないんです。
 だって、仕事の過密スケジュールから逃れるために出る旅なんですもの。旅までスケジュールにとらわれたくないんです」

 すると、牧瀬社長がすかさずツッコミ!
 「それは、単にわれわれが “計画的な人生” というものを理解していないだけかもしれないよ (笑) 」

 いい呼吸である。

 その牧瀬社長は、旅をどう考えるか。

 「今の人たちはネットで情報を集め、地方のイベントなどがあれば、それを見事なタイムテーブルに仕上げてスケジュールを組む人が多いですね。
 でも、旅というのは、そういう計画性を裏切るところが面白いんであってね、本来、旅というのは計画的には進まないものだと思っているんです。
 まさに、人生といっしょ……」

 だから、ついつい 「偶然」 を求める旅のスタイルになってしまうという。

 牧瀬さんたちの旅は、次の3点が基本方針となる。
 ① 高速道路は使わない。
 ② 一般道でも、幹線道路は走らない。
 ③ 観光バスがひんぱんに来るような場所には行かない。

 ひたすら 「脇道に逸れる」 のだという。
 だから、国道でも、走るのは3ケタ国道。あるいは県道。ときには農道も。

 「そうするとね、いい場所がいっぱい出てくるんですよ。
 とても美しいところなんだけど、地元の人たちが、その “美しさ” に気づいていないというのかな…」

キャンピングカーと雲007

 つまり、観光ガイドが取り上げる人気スポットではなく、誰にも悟られず、魔法の眠りにひっそりと守られたような風景。
 そんな場所を探すことが、牧瀬ご夫妻のキャンピングカー旅行の目的なのだ。

 奥様が、こうつけ加える。
 「この前ね、本にも載っていないような道の駅を見つけたんです。
 そしてクルマの中で目を覚まして、畦道みたいなところを散歩しているとね、澄んだ川の畔に、きれいなお花が咲いていて、野生のクレソンがおいしそうに生えていて。
 あんまり気分が爽やかなものだから、すれ違った人に “おはようございます” って挨拶したら、その人が、 “どうか、お茶飲んでいってください” っていうの!
 見ず知らずの方なんですよ!」

 都会では、すっかりなくなってしまった見知らぬ人同士の挨拶。
 そして、挨拶の後で交わされる交流。
 それが、まだメディアにも紹介されていないような地方には、美しい景色とともに残っている。

 「まるで 『日本昔話』 のような里だった」
 と、奥様はいう。
 
 民話のなかに流れるような、ゆったりした時間。
 土地の人々のきめ細やかな心づかい。
 胸がキュンと疼くようななつかしい匂い。
 そして、木々の色が目からしみ込み、心までグリーンに染めていくような美しい自然。

 そういう 「場」 を発見することは、キャンピングカー旅行以外にはできない。

 牧瀬ご夫妻の話を聞いていると、そんなメッセージがしっかり伝わってくるように思えた。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

観光地のつくり方

 この前、テレビを見ていたら、 「妻篭、馬篭などという宿場町の面影を残した街並みを訪れる外国人観光客がどんどん増えている」 というニュースが流れていた。
 彼らはそこで、エキゾチックな古い日本の街並みを見物し、和風スイーツを食べ、景色をデジカメで保存して、国に帰ってからも楽しむのだそうだ。

妻籠・馬籠風景

 日本の伝統的な景色の価値にうとい日本人は、外国人がもてはやすことによって、ようやくそれが 「観光資源」 になると気づくようなところがある。
 もちろん、妻篭、馬篭などは、昔から日本でも有数な観光地だったけれど、おそらく、 「外国人たちが珍しがる風景」 を求めて、今まで興味を持たなかった日本人たちもこれから訪れることになるだろう。

 また、別の日にテレビを見ていたら、 「廃虚に関心を寄せる人々がどんどん増えている」 という報道があった。

 たとえば、長崎にある “軍艦島” 。
 昔、炭鉱で栄えた小さな島だが、その打ち捨てられた町の景観を見るために、今や1年間に7万人が訪れ、15億円の経済効果が上がっているとか。

軍艦島の廃墟

 このような産業遺産廃虚は、維持する意味もなく、かつ維持するには莫大なコストがかかると思われていたため、今まではどんどん取り壊されてきたが、ここのところ “観賞物” としての価値が認められるようになり、それを観光施設として保存しようという傾向も出てきているらしい。

 この二つの話は、何かを教えているようにも思う。
 つまり、 「観光施設」 のあり方というものを。

 「テーマパーク的な観光施設には限界がある」
 そんな感じがするのだ。

 廃虚ブームの中心となっているのは若者らしいが、若い世代なら、当然 「東京ディズニーランド」 の華やかな娯楽性にもたっぷりと浸かってきたはずだ。
 あるいは 『アバター』 のようなクリエイティブな3D画像にも十分共感できる感性を持った人たちだろう。

 そういう時代のテクノロジーが生み出す最先端カルチャーから、さらにそれを超え、その先の次元にあるもとして見出したものが、 “軍艦島” のような 「廃虚」 だという気もするのだ。

 つまり、バーチャルで擬似的な “感動の王国” より、現在は朽ち果てようが、かつては人間が生活を営んでいたという本物の手触り。
 要は、 「歴史」 の古層まで下降していくスリルのある体験。
 外国人観光客や日本の若者は、その本物の “奥行き” に気づいたのかもしれない。

 妻篭、馬篭を訪れる外国人観光客も、やはり日本に興味を持った最初のきっかけはアニメやファッションというサブカルチャーだったと話していた。
 宮崎駿のアニメに共感し、原宿・渋谷の “かわいいファッション” に興味を持った人々が、やがて、日本文化の古層そのものに触れたくなっていく。
 そのときに見出されたのが、妻篭、馬篭だったという。

 ヨーロッパを旅しているとすぐ分かることだが、ヨーロッパ観光というのは、基本的に 「歴史遺産の観光」 である。
 だから、どこに行っても、まず教会、古城などの見学から始まる。 「歴史」 に興味がなければ、つまらないもので終わってしまうかもしれない。

 しかし、ヨーロッパでは、歴史に興味がない人でも興味を抱けるような、様々な仕掛けがある。
 近年、ヨーロッパの観光ツァーで人気が高いのは、考古学の専門知識を持った学者が遺跡めぐりのガイドを務めるツァーであったり、歴史研究家との夕食会をイベントに加えたツァーだという話を聞いたことがあった。
 また、滞在地のソムリエや芸術家、海洋生物学者といった専門家と触れ合う体験を謳ったツァーも人気が高いとか。

 そういう筋金入りの欧米観光客たちを迎えるにあたって、今の日本の観光産業は、そのレベルに達しているのかどうか。
 考えると、なんとも心もとない気もするのだ。

 ただ、ここに至って、観光客の方から歴史資源に対する興味を持つ人たちが増えてきたことは良いことだと思っている。

 若い女性を中心にした 「歴史ブーム」 は一向に衰える気配がなく、大河ドラマの舞台となるような土地は、みな観光客の出足がいいようだ。
 
 歴史ブームの背景には、 『戦国無双』 や 『戦国BASARA』 といったゲームの影響があるだろうし、 『篤姫』 『天地人』 『坂の上の雲』 『龍馬伝』 などの大河ドラマの影響もあるだろう。

 それを 「軽薄だ」 と危惧する声も聞こえそうだが、たとえ現在は表層的なブームに見えようとも、歴史に対する興味を持つ人が増えることは良いことであって、それが、人々の平面的な現代生活に陰影を与えていくことは間違いない。

 ただ、そのような歴史遺産を、どう観光資源として演出していくのか。
 これまでの愚を繰り返していては、やがて若者にも、外国人観光客にもそっぽを向かれてしまうだろう。

 「これまでの愚」 とは何か。

 作家の椎名誠さんが 『サンデー毎日』 (2008年6月8日号) に掲載されたエッセイ 「ナマコのからえばり」 の一部を引用して、終わりたい。
 観光施設を造るときに日本人が犯しやすい 「愚」 を、椎名さんは的確に捉えている。
(※ 以下、椎名さんの文)

 地方のあちこちを旅していると町おこしとか島おこしなど、よそもの (=都会のプランナー) などがそれを組み立てることが多い。
 そこらの企画会社の適当なプランナーなどが手掛けると、例えば島おこしなどではすぐに 「愛ランド」 である。

 観光客の多くは感覚的に洗練された都会からやってくる。
 都会の人があちこちでひんぱんに見る 「愛ランド」 とか 「ふれ愛ランド」 などという陳腐な言葉は、もうその段階で 「廃棄期限」 が切れている。

 日本のあちこちに点在する似たような外国文化やその建造物のイミテーションによるナントカ村というやつも、そのチープさにおいて 「賞味期限」 はみな早かった。

 日本のあちこちを旅していて、観光地というのがおしなべて魅力的でないのは、つくり方が画一的で幼稚な部分が目につくからだ。 (中略)
 観光客を意識して構築された 「観光の対象物」 は、構築された瞬間から劣化と陳腐化が始まり、ずんずん 「賞味期限」 が落ちていく。

 それに対して、緑の山々や、昔と変わらぬ清流の川や、工事で変形改造されていない海などには 「賞味期限」 はない。

 バブル期のリゾート法施工のもと、2000億円で強引につくった九州の地の果てのシーガイアなどは、つくった段階で 「賞味期限」 が切れていた。
 きれいな海岸の十万本の松を切り、風景を切り裂く高層ホテルを造り、世界一という規模の波の来るプールを、本物の波の押し寄せる海の前に造ったという驕り。
 そこには、いかにして儲けるか、という 「経営のまなざし」 しかなかったのだろう。

 参考記事 「廃墟ブーム


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

観光立国とRV

《 観光産業を育成するキャンピングカー 》

 観光庁の目指す 「観光立国」 というプロジェクトの推進に、キャンピングカーの果たす役割は、非常に大きなものだと思う。

キャンピングカーと湖

 「観光立国」 とは、観光による地域の活性化やレジャー産業の振興によって、新しいビジネスモデルを構築していこうという考え方だが、このようなテーマが浮上してきた背景には、少子化の進む日本の人口減少が、将来の日本の地域経済に深刻なダメージを与えるという認識が絡んでいる。

 日本の少子化は、思った以上に早く社会に影響を及ぼし始め、各地方における 「地域経済の縮小」 がすでに目に見える形で表れてきている。
 このまま放置すれば、人口の集中している大都市圏と、各地方の 「地域格差」 はますます広がり、地方の人口減少や補助金カットによる財政的困窮などによって、2030年にはほとんどの地域経済が縮小してしまうという予測が立っているといわれている。

 その流れを食い止める戦略こそ、各地域の観光政策の振興による交流人口の拡大だというわけだ。

 それを実現するために、平成19年1月に施行されたのが、 「観光立国推進基本法」 である。
 この法律の目的は、各地方の 「定住人口」 の減少を、観光による 「交流人口」 の増加でおぎない、観光客の誘致とその長期滞在を促進することによって、地域経済の活性化をうながそうというところにある。


《長期旅行の必要性》

 観光客の誘致に関して、いま観光庁がいちばん力を入れているのが 「訪日外国人旅行客」 の取り込みだ。
 実際に、中国人を中心に、日本観光に興味を持つ外国人は年々増えており、これらの人々を満足させる観光資源の整備は、同庁にとっても当面の大きな目標となっている。

 それと並行して、いま同庁が進めているのが、日本人による国内観光の活性化。

 外国人観光客の増加には明るい兆しが見えてきているが、日本人による国内観光の方は伸び悩んでいる。
 長引く不況、少子化、有給休暇の消化率の悪さなど、今の日本人の置かれた現状では 「観光を盛り立てよう」 という気運が生まれる要素は非常に低い。

 そのため、観光産業に関わる専門家たちの間では、観光地そのものの体質改善を図るためのアイデアがいろいろと討議されるようになってきた。

 そのひとつの考え方が、 「観光圏」 の育成。
 これは、従来、 「点」 と 「点」 で結ばれていた観光施設を、 「面」 で広げようという考え方だ。

 具体的にいうと、たとえばА市という温泉宿が集中する町があったとする。
 今までの観光産業の育成というのは、このА市ならА市だけの繁栄を考えて行われるものだった。
 しかし、これからの観光産業の育成は、А市にとどまらず、隣町のB市、C市を巻き込んだ形で行う必要があるとされる。

 その具体的な方法として、たとえば、А市、B市、C市の共同イベントを企画する。
 また、А市の温泉宿ですべてのサービスをまかなっていた方式を改め、連泊をうながす意味で、B市、C市の温泉と共同で使える 「共通入場券」 などを発行する。
 あるいはА市の宿で提供してきた食事サービスの回数を減らし、B市、C市のレストランを紹介する方法に変える。

温泉宿とキャンピングカー
 ▲ 温泉宿とキャンピングカー

 要は 「泊と食の分離」 を図りながら、 「宿から街へ」 「宿から自然へ」 と、観光資源を 「点」 から 「面 (エリア) 」 へと広げていくことが大事だというわけだ。
 これが 「観光圏」 という考え方である。

 このような企画が生まれてきた背景には、観光客の滞在日数を伸ばすという狙いがある。

 いま国内観光の滞在日数は年々減少傾向を示し、代わりに 「日帰り旅行」 の比率が上がっている。特に自動車旅行では、その傾向が顕著だ。

 自動車旅行で 「日帰り」 が増えた理由の一つは、ハイウェイの整備が進んだこともあるという。
 ドライバーの移動時間が短縮され、今まで1泊行程のところが、日帰りされるようになってしまったという皮肉な現象が起こるようになったわけだ。

 「観光圏」 は、この 「日帰り中心」 の旅をしている観光客に、いかに 「1泊」 してもらえるか。さらに、 「1泊」 の観光客に、いかに 「連泊」 してもらえるかという発想から導き出されたアイデアである。

 要は、 「観光客を “客” から “ファン (リピーター) ” へ」 。
 あるいは、 「週末住民を2地域住民」 へ。
 さらには、 「移動を、コスト (負担) と考えるのではなくベネフィット (楽しみ) として考えてもらうように」 …ということなのである。

 観光地の業者さんたちにとっては、日帰り客は、実は歓迎されざる客である。
 彼らは、宿泊施設に泊まらない。
 収益率の高い 「酒」 を飲まない。
 ゴミだけ残して帰る。

日帰り行楽で渋滞する高速道路
 ▲ 日帰り行楽で渋滞する高速道路

 これまで旅館業やその周辺で飲食業を営む人たちは、観光客に大いに酒などを飲んでもらうことによって、その経営を成り立たせてきた。
 そこで潤えば、多少ゴミを残して帰ってくれても大目に見よう、という余裕もあった。
 しかし、 「日帰り観光」 の率が高まると、その部分の収益が大きく目減りする。

 現在、日本人の旅行における平均宿泊日数は、3日弱だといわれている。
 これを4日にまで延ばすことで、国内観光消費額を30兆円にまで引き上げることができるという試算もある。
 そのためには、観光者の 「移動時間の短縮」 を、 「滞在時間の長さ」 に変えるプログラムの模索が各観光産業にとって急務となっている。


《 キャンピングカー客は長旅が好き 》

 そのような期待に応えられるアイテムとして、キャンピングカーの果たす役割は非常に大きい。

 日本RV協会 (JRVA) が隔年で発行する 『キャンピングカー白書』 によれば、 毎回 「ユーザーが将来してみたいこと」 の筆頭に、 「日本全国をゆっくり一周したい」 (2008年度調査では80.7パーセント) という声が掲げられ、2番目は 「気に入った場所を見つけて2~3週間滞在したい」 (55.4パーセント ※いずれも複数回答) という回答が寄せられている。

 また、つい最近、日本RV協会が行なった 「北海道旅行に対するアンケート調査」 においても、年々観光客の旅行日程が短縮化されるなかで、キャンピングカー旅行客だけは、長期滞在の傾向を示し、62.2パーセントのユーザーが、北海道では 「1週間以上」 の長期旅行を楽しんでいるという。
 なかには旅行日程が1ヶ月を超える人もおり、 「1ヶ月から3ヶ月もしくはそれ以上」 と答えた人の割合は、全体の22.4パーセントにも達している。

 北海道における一般観光客の旅行日程が 「3泊4日」 から 「2泊3日」 へと減少しつつあるなかで、キャンピングカーユーザーの 「1週間~3ヶ月」 という旅行日程は、異例に長いことが分かる。

北海道のキャンプ場001
▲ 豊かな自然に恵まれた北海道のキャンプ場

 キャンピングカーユーザーのこのような長期旅行が成立する背景には、日本RV協会などが繰り広げてきた  「団塊世代のリタイヤ夫婦マーケット」 の掘り起こしが功を奏したともいえるが、もともとキャンピングカーユーザーは、ファミリーユースにおいても長期旅行を楽しむ傾向が強い。
 キャンピングカー旅行には、旅館やホテルなどの予約を取らなくてもいいという気楽さがあり、宿泊費・滞在費も圧縮できるというメリットがあるからだ。

 ユーザーたちは、そこで圧縮された宿泊・滞在費を、各地方のグルメ探索、アミューズメント施設・温泉施設などへの出費に振り向けており、その1日あたりの消費額は平均して1万円前後 (キャンピングカー白書) と言われている。

 これはホテル・旅館の投宿したときの出資額よりもかなり低いが、半面、消費の範囲が 「点」 (ホテル等の宿泊場所) から 「面」 (観光エリア) へ広がっていることに注目していいだろう。
 これは、観光学者たちが唱える 「観光圏」 という考え方にも合致する。


《 定住者と観光客の触れ合い 》

 「観光圏」 とは、前述したとおり、従来 「点」 と 「点」 で結ばれていた観光施設を、 「面」 で広げようという考え方だが、気に入った場所を見つけてその周辺を遊んで回るキャンピングカー旅行のスタイルは、まさに 「面」 を満たしていくような形をとる。

 飛行機や列車のように 「点から点」 へと移動するものとは異なり、キャンピングカー利用者が 「面」 で動けば、キャンピングカーが走る地域のレストラン、ガソリンスタンド、みやげ物屋などがくまなく経済効果の恩恵に浴することができる。

 また、それによって定住者と観光客とのインタラクティブ (双方向的) なコミュニケーションが生まれることも見逃せないだろう。

 キャンピングカー旅行は、旅先でみやげ物を買って、写真を撮っただけで満足するような受身の旅行とは異なり、地場の新鮮な食材を手に入れてそれを車内で食したり、キャンプ場で調理したり、あるいはキャンプ場を基点に立ち寄り温泉に通ったり、地元の祭りを見物して夜店を覗いたり……と常に旅先で出会った人々とのコミュニケーションを求める傾向がある。

 実際に、キャンピングカーでリタイヤ後の人生を満喫している人たちの中には、気に入った場所を見つけると、そこにしばらく “住み着いて” しまう人もいる。

 彼らは、知らない土地で、珍しい食材を手に入れ、その土地独特の味付けで調理してみることが、とても面白いと語る。
 調理のコツが飲みこめない場合は、地元に人に教わる。
 そうすれば、今まで経験したことのない料理も楽しめるし、地元の人との交流も生まれる。

 そういう人たちが増えることによって、定住人口が減少した地域経済がどれだけ活性化するかは想像するまでもないだろう。


《 インフラ整備の立ち後れ 》

 こう考えると、観光庁がさかんに呼びかけている 「観光客の地域における長期滞在」 は、リタイヤした熟年キャンピングカーユーザーがいちばん実現しやすい位置にいることが分かってくる。

 彼らには、気に入った場所でのんびり過ごす時間と余裕がある。
 実際に、 『キャンピングカー白書』 によると、ユーザーの83.9パーセントは40歳代から60歳代の人たちによって占められており、その中でも定年を迎えた 「60歳代」 のユーザー比率は21.8パーセントと高い (※ 2008年データ) 。

 つまり、日本ではじめて、平日でも長期旅行を楽しめる新しい層が誕生したのだ。
 この層が、キャンピングカーの普及に伴ってさらに裾野を広げ、それに続く世代にも刺激を与えてキャンピングカー旅行を定着させていくことは、疑う余地もないように思える。

 にもかかわらず、彼らのキャンピングカーライフを満足させるインフラ整備は遅々として進んでいない。

 最近は、 「自然体験」 を折り込んだ旅行などにも注目が集まるようになり、キャンピングカー旅行などは、それにもっとも適しているように思えるが、その観点から観光産業を考えようという発想が行政側には希薄に感じられる。

 里山や農村との交流を図る 「グリーンツーリズム」 という考えが提唱されているとはいえ、その移動手段は相変わらず従来型の交通機関を想定したものに過ぎず、自動車旅行を前提としたものでも乗用車止まり。
 むしろ、自動車を排斥する形で、エコツーリズムを提唱しようとする流れさえある。

 しかし、キャンピングカーは、エコロジーの精神をもっとも体現している乗り物であることを忘れてはならないと思う。


《 エコ精神に満ちたキャンピングカー 》

 一般的な自動車が、 「人を乗せる」 、 「物を運ぶ」 という形で、走り続けなければ価値を発揮できない乗り物であるのに対し、キャンピングカーは、クルマを止めて、滞在するときにこそ真価を発揮するクルマである。

 つまり、キャンピングカーは、乗用車に比べ 「エネルギーを浪費しない」 、 「排ガスなどで環境を汚さない」 という特性の方が目立つクルマといえる。

 なにしろキャンピングカーは、外壁と内壁の間に 「断熱材」 を封入しているものが多いため、車外の温度変化の影響を受けにくい。
 そのため、エアコンやヒーターの設定温度を低く保ったり、さらには、冷暖房機そのものを使用しない時間を増やすことができる。当然、エネルギー消費を抑え、CO2の排出も抑えられるようになる。

 さらに、ソーラーシステムによるエネルギーチャージなど、キャンピングカー業界は、環境にローインパクトな新しいエネルギーシステムを開発することに積極的である。
 日本RV協会の最新調査によると、ソーラーパネルを装着しているユーザーの比率は、2000年から少しずつ上昇し、2006年には20.0パーセントにまで上がり、2009年には、36.4パーセントに達しているという。

 地球温暖化現象や環境汚染が心配される中で、EV (電気自動車) への関心が高まっているが、EVの本格的普及にはさらに10年以上の時が必要だといわれている。
 そう考えると、現状において、環境保全の精神をもっとも体現している乗り物はキャンピングカーであると言ってもいいのではなかろうか。

 しかしながら、日本の行政はキャンピングカーに対する理解が非常に乏しい。

 まず、日本には諸外国で普及している 「都市型キャンプ場」 というものが整備されていない。


《 諸外国のキャンピングカー事情 》

 その点、早くからキャンプやキャンピングカーの普及による観光産業の普及を国是として定めたフランスなどは違う。
 パリ郊外には、地方からキャンピングカーでロングバケーションを楽しむために集まってくるキャンプ場などがしっかり整備されており、キャンプ場の前にある駅から地下鉄に乗れば、2駅か3駅ほどでオペラ座に着く。

 ドイツなどでは、古城めぐりを楽しむ地方からのキャンピングカーユーザーを想定して、無料で、長時間クルマを止めておける広い駐車場が確保されている。

 アメリカの場合は、国立公園のような観光地を控えた大都市では、都市中心部に堂々とキャンピングカー専用のキャンプ場 (RVパーク) が整備されており、キャンピングカーで都市を訪れた観光客は、そこにクルマを停め、シャトルバス、タクシーなどを利用して、街中のショッピングや散策に出かける。

ラスベガスの都市型キャンプ場
▲ ラスベガスの都市型キャンプ場 (RVパーク)

 もちろん、キャンピングカーユーザーの便宜を図るインフラが整備されるかどうかは、キャンピングカーの普及度がモノをいう。絶対数が少なければ、一部の利用者がどのように声を張り上げても、それは 「ニーズ」 として認められない。

 しかし、欧米では、行政が率先してキャンピングカーユーザーの便宜を先取りするような形で、インフラ整備を進めてきたことも事実なのだ。
 それは、オートキャンプやキャンピングカーを振興させることで 「観光産業を育成する」 という、しっかりした国家的目標が確立されていたからだ。

 幸いなことに、日本ではETCの普及により、いま高速道路の各地にETCに対応した新しいインターチェンジが増えている。
 このような、新しい高速道路の出口などに、今までとは異なる都市空間を創造するくらいの思い切った方針が打ち出されてもいいのではなかろうか。

 そのような場所に 「新しい観光スポット」 を建設し、さらに従来の観光スポットと有機的につながるような整備を進めていけば、それが新しいビジネスモデルを生むチャンスにならないとは限らない。


《 自然保護にもつながる観光タウンを 》

 「観光スポット」 というと、どうしてもハコモノを思い浮かべがちになるが、必ずしも、コストをかけたハコモノを建設する必要はない。

 たとえば、その 「街」 の入口は、いま新しいライフスタイルとして定着しつつある 「車中泊」 用スペースから始まってもいいのではないか。
 あるいは有料でトイレ、水場、電源設備などを用意して、キャンピングカーユーザーの便宜を図る空間を広げてもいい。

足柄SA風景005
▲ 車中泊で朝を迎えるドライバーたち

 「街」 を誕生させるとなると、自然の野山を潰し、木々を伐採してフラットな空間を広げ、ハコモノを増やしていくという着想が支配的になるが、その自然の高低差や木々のたたずまいをそのまま生かし、いっそのこと “インター直結のキャンプ場” などを造ってみてはどうか。

 そして、そのような場所にクルマを集中させ、あとは徒歩で楽しめるトレッキングコース、ハイキングコースなどの自然観光施設を周りに広げていく。
 このように、キャンピングカー旅行を快適にするためのインフラ整備は、日本の自然を保護する政策とも合致するように思う。


《 外国人観光客も取り込む 》

 このような環境を整えていくことは、訪日外国人観光客に向けての 「旅のスタイル」 の選択肢を増やすことにもつながる。

 欧米ではレンタルキャンピングカーが普及しており、それを長期的に借りて観光地をめぐるというのが、ひとつの旅行スタイルとして確立されている。
 レンタルキャンピングカーのシステムが普及し、その使用環境が整っていけば、日本の観光でもそれを利用したいと思う外国人観光客は多いはずだ。

 さらに、増加の一途をたどる中国人観光客にも、このようなレンタルキャンピングカーを活用できる制度上の整備を進めてあげれば、レンタルキャンピングカーとその宿泊場所をセットにした巨大なビジネスモデルが浮上する可能性はけっして少なくない。

 日本政府観光局が、昨年の8月~9月にかけて、日本に滞在している外国人観光客に、 「どんなことを体験したいか」 を調査したところ、上位三つは、
 ① 「日本料理を食べる」 (70.2パーセント)
 ② 「伝統的な建築様式を見る」 (64.2パーセント)
 ③ 「伝統的な日本庭園を見る」 (50.3パーセント)
 で、前年の調査と変わらなかったらしいが、前回11位から一気に8位に浮上してきたものがあった。
 
 それは、 「ハイキング、登山、サイクリングをしたい」 (23.6パーセント) というもの。
 ここに来て、外国人観光客の自然志向が大いに強まってきたことが分かる。

 日本の自然は、世界でも有数な森林資源に恵まれているということが、ようやく海外の人たちに理解されてきたのだ。

 まさに、キャンピングカーでキャンプ場などを訪れ、クルマを前線基地として、そこからウォーキングなどを絡ませた自然観光をめざす。
 そういう観光スタイルが浮かび上がってきたように思う。

 日本の地方行政や各観光産業もいち早くそのことに気づき、ぜひとも、 「観光立国」 に向けた “キャンピングカー大国” としての道を歩んでいってほしいと願う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:29 | コメント(2)| トラックバック(0)

自然が子を育てる

 『キャンピングカースーパーガイド2010』 では、いつも巻頭に読み物ページを作っている。
 今回もいくつかのテーマがあるのだけれど、そのひとつの企画を進めるために、アウトドアジャーナリストの中村達 (なかむら・とおる) さんに取材することができた。

中村達氏002

 中村さんは、日本アウトドアジャーナリスト協会の代表理事も務められ、東京アウトドアズフェスティバルなど、数々のアウトドア事業の総合プロデュースを手がけられる方で、 『アウトドアマーケティングの歩き方』 など、数々の著書をお持ちである。

 その中村さんが、取材中に、
 「日本のアウトドア文化は、いま壊滅的な状況ですよ」
 と、ポロっとこぼされた。

 どういうことかというと、日本の子供たちの “アウトドア離れ” というのが、いま相当深刻らしい。

 「子供のアウトドア離れ」 というと、すぐコンピューターゲームをする子供が増えた…など、バーチャルな文化が “災い” しているように語られがちだが、中村さんが言うのは、もっと実務的なことで、いま教育の現場から子供たちに 「自然を学ばせる」 カリキュラムそのものが減少しているというのだ。

 たとえば、昔は盛んだった 「臨海学校」 や 「林間学校」、 「キャンプ大会」 。これが、いま学校教育からどんどん削られる傾向にあるという。

 なぜか?

 ひとつは、そういうイベントで事故など起こってしまったら、学校が責任を取りきれないという社会状況が生まれてしまったこと。
 また、もうひとつは、そういうイベントを指導できる先生がいないこと。

 生徒を指導する若い先生が、自然体験をしていないために、虫が出ただけで、 「キャーッ」 と叫び声を上げるような状況では、学校側にアウトドア教育をお願いすること自体が難しい…と中村さんは語る。

 では、学校に代わって、親が子供たちに自然学習をさせればいいのだが、今度は、親にも自然との遊び方を知らない世代が台頭してきている。
 今の小学生ぐらいの子供を持つ親は、アウトドアウェアを買っても、それをファッションとして都会で着ているような人たちだから、ウェアのサバイバル機能そのものすら知らない。

 「こういう事態がそのまま進めば、日本の子供たちは、現実に適応するための能力や感性をどんどん失っていくだろう」
 と中村さんは危惧する。

 どういうことか?

 「自然こそが、人間の感性を磨くいちばんの宝庫だ」 というのが、中村氏の持論だからだ。 

 氏は語る。
 「自然というのは、 “不思議発見” の世界なんです。つまり自然は、変幻きわまりない “変数” で構成されているわけですね。
 自然というのは、その “変数” を人間に読み解くことを迫るわけで、そのおかげで、人間は自然の不思議さに気づくようになるんです」

 つまり、雲の形だって波の形だって、同じ形など絶対にありえない。
 気候も景色も、場所が変わらなければ同じものが繰り返されているように見えながら、厳密にいえば、同じものを二度と繰り返していない。
 魚や昆虫だってそう。
 同じ種と出合っても、同じ個体と出合うことはまずない。

波001

 そのような、無限に広がる大自然のバリエーションに接することが、人間の好奇心の原点なのだと、中村さんはいう。

 そしてそれこそが、アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンのいう 『センス・オブ・ワンダー』 なのだと。

 「センス・オブ・ワンダー」 というのは、レイチェル・カーソンのベストセラー書籍の名前だが、題の意味するところは、 「神秘さや不思議さに目を見はる感性」 。
 そのような感性が “自然体験” から生まれてくることを、レイチェルは、姪の息子である4歳のロジャー少年を森や海辺で遊ぶばせる過程から理解したという。

日本の川005

 日本では、分子生物学者の福岡伸一氏の人気がすさまじいが、彼が生物の神秘に魅了されるようになったきっかけは、鮮やかなブルーの色を持ったルリボシカミキリを捕まえたいという一念から生まれた。

 福岡さんの 『生物と無生物のあいだ』 (講談社現代新書) は、65万部を超える大ベストセラーとなったが、福岡さんが “生物と無生物の境界” というものすごくイマジネーティブな領域に関心を持つセンスを養ったのも、やはり自然体験によって培われてきたものなのだろう。

 「感性をきちっと自分の中に育てられるのは二十歳までです」
 と、中村達さんは言い切る。
 「30歳以降になると、雑念がいっぱい頭に中に浮かび、理屈で整理するクセがついてしまうから感性が磨かれない」

 「若ければ若いほど、自然の匂いとか香りなどに敏感になる。そしてそれが、理屈ではなく、身体を通してその人の心に刻まれる」
 と、中村氏は力説する。

 2008年に、日本人学者が4人同時にノーベル物理学賞、ノーベル化学賞などを受賞したことがあったが、賞を取るための秘密を尋ねられたとき、彼らが口を揃えて答えたキーワードは、いずれも 「自然」 だったという。

 では、どのようにすれば、日本の子供たちがもっと自然に接する機会を持てるようになるのか。

 中村さんは、やはり社会教育として進めていくしかないと答える。
 フランスでは、 「アニマトゥール」 という制度があり、親がロングバケーションを楽しむ季節になると、子供たちをサマーキャンプに連れ出す公的な野外教育機関が整っている。

 アメリカでは、アウトドアズが国是となっているため、教育機関においても、保護者間においても、子供たちを自然になじませようというカリキュラムがしっかり浸透している。
 だから、アメリカでは、両親が子供を連れて長期間バックパッキングなどをしている間は、子供を学校にやらなくても、親が教育を代行してもいいという慣習ができている。

 日本においても、そのような社会システムが構築されることが望ましいのだが、それがしっかりしたものとして整備されるまでは、やはりキャンピングカー旅行による親子の触れ合いが大切だと、中村さんは語る。

 「キャンピングカー旅行を、上手に自然の中のウォーキングなどと組み合わせていけば、子供にとってはとても刺激的な自然体験ができるようになる」
 中村さんは、そう確信する。

キャンピングカーでキャンプ007

 そのためには、キャンピングカーを受け入れてもらうためのインフラ整備や、キャンピングカー先進国の欧米観光客をもっと誘致して、彼らにキャンピングカー旅行を楽しんでもらえるようなシステム構築も必要になるだろうとのこと。

 とにかく、キャンピングカー先進国の人たちが、日本で当たり前のようにレンタルキャンピングカーなどを使いこなす状況が定着していけば、日本のキャンピングカー文化は劇的な変化を遂げる、と中村さんは観る。

欧米人のキャンプ風景
▲ 欧米人のキャンプ

 彼らが、キャンピングカーを通じて、いかに自然を楽しんでいるのか。
 それを学ぶことで、日本のユーザーも、今まで思いもつかなかったようなヒントをたくさん得ることができるはず。

 そう語る中村達さんの表情は、 「日本のアウトドア文化は壊滅的だ」 と話し始めたときとは逆に、明るい希望の光に満たされていた。

中村達氏003  

 参考記事 「中村達さんの視点」
 参考記事 「日本のアウトドアの考察」
 参考記事 「幕張のフォーラム」
 

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:43 | コメント(10)| トラックバック(0)

桜の樹の下には

 桜の花が満開になるとき、 「なんか変な花だな…」 といつも思う。
 「過剰」 を絵に描いたような花だからだ。

 美しさ、華やかさ、艶やかさ。
 すべてが過剰だ。

桜001

 植物が花を咲かせることには、すべて意味があるのだけれど、桜だけ 「そこまで必要なの?」 っていう過剰さがある。植物の生理を超えた、何か別の “目的” があるのではないか、と考えざるを得ないような無意味さが感じられるのだ。

 そこから、桜の花の美しさには、人間の知り得ぬ秘密が隠されているのではないか? と疑う人たちも出てきた。

 小説家の梶井基次郎は、 「桜の樹の下には屍体 (したい) が埋まっている」 という書き出しで始まる 『桜の樹の下には』 という掌編を書かざるを得なかった。

 主人公はいう。
 「俺は (桜の美しさに) 不安になり、憂鬱になり、空虚な気持ちになった。しかし、俺はいまやっとわかった」

 「桜が美しいのは、その樹の下に馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体が埋まっているからだ」
 …と主人公は想像するのだ。

桜004

 そして、その腐乱した屍体がたらたらと垂らす 「水晶のような液」 を桜の根が吸収し、それが爛漫と咲き乱れる花の美しさに変わると、彼は考える。

 この表現があながち突飛 (とっぴ) に感じられないのは、梶井基次郎の言わんとしたことが、桜を観賞する人の無意識に潜む 「畏 (おそ) れ」 を代弁しているからだろう。

 特に、しんと静まり返った野に咲く夜桜などは、 「美しさ」 が度を超して、淫靡 (いんび) にも、邪悪にも見える。
 夜の桜の森は、時に、魔境である。

桜003

 昼間でも、あのむせかえるような満開の花に接すると、時に、気が遠くなるように思えることがある。
 酒も飲んでいないのに酩酊してしまう。
 正気が失われ、足元がすくむ。

 そのような思いに駆られたとしたら、その人は、過剰なばかりに燃え盛る 「生」 が、実は 「死」 に近いことを察するからなのかもしれない。
 そして、おそらくそれは、誰もが感じていることに違いない。

 事実、その花びらは、一瞬のうちに地上から消え去る。
 満開の艶やかさなど、まるで幻影でしかなかったように。

 風にさらさらと吹かれて地面を去っていく桜の花びらは、 「春の死」 を感じさせる。
 それは、死の中で、もっとも豪華絢爛 (けんらん) たる死だ。
 そして、哀しみからもっとも遠い、物憂い死でもある。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:47 | コメント(6)| トラックバック(0)

アウトドア2010

 社団法人日本オート・キャンプ協会 (JAC) が主催する 『アウトドア2010』 (第10回日本オートキャンプショー) が、今年もまた4月10日より東京・都立代々木公園で開催される。

JACアウトドア001
 ▲ 昨年の会場風景 01

 これは、最新のアウトドアグッズを展示する都内で唯一の野外イベントであり、オートキャンプを始めようという人たちにとっては、用具の種類や使い方を学ぶ絶好のイベントとして広く認知されたもの。
 この会場に移ってからはすでに4回目の開催となる。
 原宿、渋谷といった若者に人気のある街に近い公園で行われるため、若いカップルの姿も多いショーとして知られている。

 見所は、なんといっても、国内アウトドアメーカーが開発した最新アウトドア用品が勢ぞろいすること。
 コールマン、ロゴスコーポレーション、ユニフレーム、小川キャンパルなど、名だたるブランドが一堂に会し、シーズンに向けた自慢の新製品をディスプレイしつつ、その使い方を解説する。

JACアウトドア002
 ▲ 昨年の会場風景 02
 
 また、関東周辺のキャンプ場運営者たちが集まり、キャンプ場で開かれるイベントの告知や地元物産のプレンゼントなどを配布。リーズナブルな価格で買える中古キャンピングカーも多数展示される。

 ステージでは、アウトドア料理のレシピが公開されたり、調理法を実践して見せる野外料理教室も繰り広げられる予定。
 特に野外料理のコーナーでは、アウトドアクッキングで知られる小雀陣二さんの 「アウトドアクッキング教室」 が話題を呼びそう。
 また、 “快適生活研究家” として有名な田中ケンさんの 「キャンプ教室」 も本大会の目玉。

田中ケン氏002
▲ 田中ケンさん

 他に和太鼓の演奏会、ブラスバンドのデモンストレーション、津軽三味線の演奏なども行なわれる。

 会期  2010年 4月10日 (土) ~ 11日 (日)
      10:00~17:00 (雨天決行)
 会場  都立代々木公園 (B地区内イベント広場)
      東京都渋谷区代々木神南2丁目
 交通  JR山手線原宿駅より徒歩5分
      JR山手線渋谷駅より徒歩10分
 料金  入場無料
 後援  観光庁、東京都、日本自動車工業会、
      日本自動車連盟、日本観光協会

 問い合わせ 社団法人日本オート・キャンプ協会
 〒160-0008 東京都新宿区三栄町12 清重ビル2F
 TEL.03-3357-2851/FAX.03-3357-2850
 Eメール jac@autocamp.or.jp

 詳しくはホームページ (http://www.autocamp.or.jp) を

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

夜の国際交流

 「日本列島に桜前線が北上」 という話題が出始めた3月中旬の3連休。
 国際的なキャンパー組織のひとつ 「I CA (インターナショナル・キャラバニング・アソシエイション) 」 の幹部である英国人デイビッド・ポーリン・ハーストさんが来日された。

デイビッド夫妻001
▲ ディビッド夫妻

 東京・新宿の和風レストランで、デイビッドさんと仲の良い人たちが集まり、夕食会を開くという。
 その席にお声がかかり、ありがたく参加させていただいた。

新宿「御庭」の桜001
▲ 会場となった東京・新宿の割烹料理店。 「和モダン」 のインテリアが素敵。

新宿「御庭」桜002
▲ この日は特に、天然の 「桜」 を素材に使ったインテリア装飾が異彩を放っていた。

 この集まりに、声をかけてくださったのは、日本ではじめて輸入キャンピングカー (ワーゲンキャンパー) を個人で購入された萩原一郎さん。
 この2月に刊行した 『日本のキャンピングカーの歴史』 という本にもご登場いただいた方だ。

日本のキャンピングカーの歴史
▲ 『日本のキャンピングカーの歴史』

 萩原さんは、古くからのキャンピング仲間である島西哲さんご夫妻と一緒に、I CAに加入。
 I CAが必ず参加するF I CC (国際キャンピング・キャラバニング連盟) の世界大会を通じて、世界中のキャンパーたちと交じって諸外国を探訪されている。

萩原夫妻
▲ 萩原さん夫妻

 萩原さんの話によると、I CA自体はそれほど大きな国際組織ではないのだが、活動自体は活発で、年に20回以上、世界中でキャラバニングを体験しているという。
 ヨーロッパやアメリカはもとより、アフリカ、北京、インドなどにもおもむく。
 
 参加メンバーは、常時23~24ユニットぐらい。
 イギリス人が多いが、オーストラリア人、ニュージランド人、アメリカ人、カナダ人、オランダ人、台湾人、日本人など、かなりバラエティに富んだ人種構成を特色としている。

 活動スタイルも多彩で、キャンプ場でキャンプをやるだけでなく、トレッキング、スキー、カヌーなど幅広いアウトドアライフをアクティブにこなすクラブなのだという。

 今回はそのI CAの幹部でありマネージャーを務めるデイビッドさんが、プライベート旅行で来日。
 日本のメンバーを中心に個人的に親しい人たちが集まり、旧交を温めることになった。

 その中に、デイビッドさんとはまったく初対面の私が混じるというのは、ひとえに 『日本のキャンピングカーの歴史』 という本が取り結んでくれたものといっていい。

 この夜はデイビッド夫妻を中心に、萩原一郎夫妻、島西哲夫妻、須藤央一家、通訳を務める女性の方など11人が参加。楽しい 「夜の国際交流」 となった。

 午前中は、島西哲夫妻が所有するプライベートキャンプ場で、真っ青な空に浮かぶ富士の霊峰を堪能したというディビット夫妻。
 夜は疲れも見せず、東京・新宿に移動し、割烹料理店の掘りごたつに座り、陽気な座談で場をなごませる。

 その座談の妙… (通訳してもらわないと大意は分からないのだが…) 、ところどころ理解できる範囲でのユーモアのセンス。場を盛り上げる雰囲気づくりの能力。
 さすが、世界を股にかけて活躍する国際キャンピングクラブの幹部は違うと思った。

デイビッド夫妻&谷さん
▲ 右は通訳を引き受けてくださった谷さん

掘りごたつでみんなで

デイビッド夫妻003

 デイビット夫妻は、日本オート・キャンプ協会が関わったFICCラリー日本大会にも参加し、島根県の石見海浜公園キャンプ場や群馬県のスイートグラスキャンプ場などで日本におけるキャンプ体験を持っている。
 
 そのデイビッドさんに、日本とヨーロッパのキャラバニングの違いを聞いてみた。

 「日本のキャラバニングはファミリーが多いことが特徴だ」 という。
 欧米では、シニアのキャンプ人口の比率が高い。
 特に、キャンピングカー旅行となると、その大半がリタイヤした夫婦が主軸となる。

 それゆえに、欧米のキャンピングカーユーザーの間には、ゆったりと落ち着いた大人の文化が花開くわけだが、反面、それに続く世代との交流が乏しくなる傾向がある。

 「だから、キャンプ文化が確実に次世代に継承されている日本のキャラバニングはとても健全だ」 という。
 しかし、 「日本人は忙しく働きすぎて、休みを多く取れていない」 とも指摘する。

 デイビットさんは、現在67歳。
 今は40代となった男の子と女の子が二人おり、13歳、15歳、17歳の3人のお孫さんがいるとか。

 子供が小さい頃から毎週キャンプに行ったおかげで、子供たちもまた成人して独立してからも、同じ遊び方を繰り返しているという。
 そして、それをまた自分たちの子供に教えていく。

 それが可能になるには、やはりロングホリデーを実現できるような制度や習慣が整っている必要があると説く。 

 そのトークに、島西夫妻、萩原夫妻も関わり、 “キャンプと子育て” という話題になった。

 「ヨーロッパに比べると、日本のお父さんたちにはアウトドアを通じて家族とコミュニケーションを図る文化がない」
 と語るのは島西哲氏。
 「ゴルフ、パチンコなど、みな男同士か、もしくは男が単独で遊ぶことを日本では “レジャー” というが、そこが根本的に違う」 という。

島西さん夫妻
▲ 島西さん夫妻

 ヨーロッパで “レジャー” といえば、それは家族単位で遊ぶこと。
 なかでも、アウトドアレジャーには、登山、スキー、スケート、カヌーなど幅広い遊びがすべて盛り込まれている。
 その幅の広さが、すなわち 「人間の幅の広さ」 につながると島西氏は言う。

 また、 「キャンプ場やアウトドアレジャーで知りあった人々との交流が人間を豊かにする」 と語るのは島西夫人。
 「人にはいろいろな生き方があるということを知るにはキャンプが一番手っ取り早い」 とも。

 そのような会話の流れの中で、デイビットさんがさりげなく語った話が印象的だった。

 「教育というのは、 “教える” とか “教わる” という意識が双方に強すぎると、かえって効果が薄れる。
 イギリス人がキャンプ文化になじんでいるのは、ただただ週末になると子供を連れてカントリーサイドに出かけているという、その事実の積み重ねに過ぎない。
 それを “ライフスタイル” というのだ」 

 う~ん…奥が深い。 

 この一連の話題の中で確認された結論は、 「キャンプで得られる他者との交流が、子供のソーシャルスキルを高め、マナーの精神を育んだり、環境に対する配慮を目覚めさせる」 というものだった。
 このあたり、日本人とイギリス人との見方は一致しているようだ。

 デイビットさんが所属するI CAは、昨年 「40周年」 を迎えたという。
 日本でも、最古のオートキャンプクラブ 「NACC」 が結成されて、3~4年前に 「40周年」 を達成した。
 そういえば、日本オート・キャンプ協会 (JAC) も昨年 「40周年」 を迎えた。
 
 40年という年月は、人間でいえば、ちょうど脂の乗り切った働き盛り。
 世界のキャンプ文化がいま同時に、成熟の兆しを見せ始めた時期に入ったようだ。

 そんな大人の会話を楽しんだ、春の宵の国際交流でした。

デイビッドさん夫妻を囲んで記念撮影
▲ 記念撮影

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

日本の自然

 『キャンピングカー super ガイド』 では、いつも巻頭にいろいろな読み物特集を組むのだけれど、今回いくつかの特集テーマの一つとして選んだのは、 「子供を育てるキャンピングカー」 。

 家族でキャンピングカー旅行を楽しむことが、いかに子供の心を豊かにするか。
 それをちょっと学術的なアプローチも踏まえて展開しようと思い、今それをまとめるための勉強をしているところだけれど、参考書の一つとして選んだ 『子どもと自然』 (岩波新書) という本が面白かった。

子どもと自然表紙

 著者は河合雅雄氏。
 生態学・人類学を専攻する学者さんで、“サル学”の権威として有名な人だけど、サルの研究の成果を踏まえ、人間が自然と親しむことの意義を説く人でもある。

 この本の終わりの方で、キャンピングカーで旅するフィンランド人たちの話が出てくる。
 彼らは、キャンピングカーに家族や友人たちを乗せて自然の中に入り、気に入った場所に止めて、そこで野営し、数日間滞在する。

キャンプ場のモーターホーム001

 そこで何をしているかというと、ときには釣りをしたりすることもあるが、たいてい森の中をぶらぶら歩いて楽しんでいる。

 それがどうして “面白い” のか。
 そこに、日本人と違った “森林観” というものがあって勉強になった。

 欧米人はとにかく森が好きで、特にドイツ人はその趣向が顕著だ。
 ドイツ人は、休みになるとヴァンデルング (ワンダーフォーゲル) に出かけ、自然に浸り、自然の声を聞き、都会生活の疲れた身体と心を自然にゆだねて憩う。

日本の森001

 ところが、日本人で 「森が好き」 という人は滅多にいない。
 (山が好きという人は多いけれど)

 では、日本には森がないのか?
 …というと、日本は国土面積の森林被覆 (ひふく) 率が70パーセント弱もあり、森と湖の国フィンランドに匹敵するのだそうだ。
 木材の国カナダといえども森林被覆率は33パーセント、ドイツやフランスでも27パーセントであるから、日本はたいへんな森林国なのである。

 なのに、日本には 「森と親しむ」 という文化も思想もない。

 その理由を、著者の河合雅雄氏は 「日本の森の過剰な豊かさ」 に求める。
 つまり、日本人にとっては 「森というのはあって当たり前。ことさら “ありがたがる” 必要もなかったからだ」 という。

 現在われわれが使っている 「自然」 を意味する言葉が、そもそも大和言葉にはないらしい。
 現在の 「自然」 は、英語の 「ネイチャー」 を訳したもので、近年日本に導入された言葉でしかない。

 もともとの日本語としての 「自然 (じねん) 」 は、 「成るべくして成る」 、 「あるがままにある」 という抽象的概念を意味する言葉で、 「文化」 や 「都会」 の対概念としての 「自然」 ではなかった。

 そのことからしても、日本人は 「自然」 をことさら意識することなく、その中にどっぷりと浸かって生きてきたことが分かる。

 これは、日本の森林の復元力の強さがもたらしたものだという。

 河合氏はこう書く。
 「日本は世界でも有数の天災多発国で、毎年台風が来ると草木をなぎ倒し、洪水を起こす。山火事で森が燃えることもある。
 しかし、しばらくするとススキや笹が生え、低木や松の緑が破壊された地肌を覆ってしまう。
 日本の森は、壊れても焼かれても復元する強靭さをもっており、世界中でも最も回復力が強い森だといっていい。
 清い水と豊かな緑に覆われた自然を当たり前のように目にしてきた日本人は、そのことを意識することもなく、それを保護しようなどという考えも生まれようがなかった」

 この文章を読んで、朝鮮半島で幼少期を過ごした作家の五木寛之氏が、終戦になって、船で日本に帰ってきたとき、
 「海に垂れかかるように繁茂する日本の木々の緑を見て、気味の悪さすら覚えた」
 と、どこかで書いていたことを思い出した。
 それほど、日本の木々は生命力が旺盛なのだ。

 しかし、ヨーロッパの森林はそうではなかった。
 
 「ヨーロッパの森は日本のそれとは違い、人為に対してもろくて弱い。農耕牧畜が始まって以来、ヨーロッパの森林は破壊し続けられ、ほとんどなくなってしまった」
 と河合氏はいう。
 ヨーロッパ人が、 「自然」 というものを人間の対立物として捉え、人間に支配されるべき対象とみなすような思想を育んだせいもあるだろう。

 しかし、やがてヨーロッパ人たちもその愚に気づき、彼らがようやく 「自然を管理し保護しなければならない」 という思想を持つようになったのは、やっと200年ほど前だという。

 だから、ヨーロッパ人の 「自然保護意識」 というは、後天的に獲得されたイデオロギーだということもできる。
 イデオロギーは、信念…というより信仰のようなものだから、ある意味、ものすごく強固である。
 彼らの自然保護精神は、筋金入りなのである。

 日本人は、幸いなことに “豊かすぎる自然” に恵まれたから、逆にそのような思想を育むことがなかった。
 だから、簡単に森林を伐採し、珊瑚礁を壊し、川をコンクリで固め、自然の匂いをとどめない人工的なハコモノをどんどん建ててしまう。
 そんなことをしているうちに、日本から本当の 「自然」 がなくなってしまうことを河合氏は憂う。

 河合氏の著作で大事なことは、 「自然が子供の感性を豊かにする」 という指摘。
 自然には、感性の元となる 「生命のいとなみ」 があふれているからだという。

花001

 彼はこう書く。
 「命のあるものと日常の対話を楽しむようにしないと、感性は潤い (うるおい) を失って無機的なものになり、やがて萎縮してしまう。
 われわれが住んでいる地球という星が、36億年もの悠久の時間をかけて創り出してきたさまざまな命。
 道ばたの雑草も、木々も、小鳥も、それぞれが想像もできない遠い昔の歴史を担って、いま目の前にある。
 その中に自分の存在を位置づけて考えるとき、命の不思議さと畏敬の念が呼び起こされ、それが人間の感性を潤す」

 彼の表現の底には、パソコンのシューティングゲームで “敵” を殺し、自分が負けたらすぐリセットする感覚の中に生きる現代の子供たちを、悲しい眼差しで眺める視線があるように思える。

 「人間は腕に止まった蚊を平気で叩きつぶすが、その命をつくろうと思ってもできない」 (養老孟司)


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:34 | コメント(3)| トラックバック(0)

今年はEV元年?

 たま~に、経済雑誌なんか読む。
 興味のあるタイトルに引かれて買う場合が多い。

 経済誌というのは、世界経済の流れとか市場分析などを学術的に解説しているように見えて、基本的には “ウの目タカの目” で、新しいビジネスモデルを探そうという雑誌だからちょっとセコイんだけど、読んでいると、案外面白い発見があったりもする。

 つまり、ムダなものとして放置されていたものの中に、新しい商売のネタを探そうというわけだから、いわば 「逆転の発想スペシャル集」 なのである。

 だから読んでいると、従来の 「価値観」 を問い直すことになり、今までの自分を相対化することになり、すなわち 「哲学する」 ことになる。

 そう思うと、経済雑誌は 「哲学の宝庫」 だ。

 …ってな前振りを書いてしまったから、この後の文章が続かなくなっちゃった。

 よくあるのだ。
 書き出しを間違えたばっかりに、全然別の話になってしまった…なんてことは、このブログではしょっちゅう起こる。

 えっと何だっけ?
 ……そうそう経済雑誌の話。

 (以下は、もう前振りとは関係ない)

 で、 『エコノミスト』 (3月23日号) という経済雑誌を見ていたら、 「電気自動車大ブレーク」 という特集をやっていて、どこの国でも、未来の自動車が電動化 (EV化) していくことは目に見えている…と書いてあった。

三菱アイミーブ

 昨年、三菱自動車と富士重工業が、EV (電気自動車) の量産に踏み切ったけど、今年の末には、いよいよ日産自動車がEVの個人向け販売を開始する。

日産リーフ

 日産のカルロス・ゴーン社長は、
 「2013年には、年産50万台のEV生産体制を構築し、世界最大の電池メーカーになる」
 と宣言しているそうだ。

 またゼネラルモーターズも、今年11月には、個人向けEVのシボレー・ボルトを発売する予定だという。

 だから、その特集記事の結論は、こうなっていた。
 「今年はEV元年になりそうだ」

 確かに、現在のEVは、 「航続距離が短い」 「旅先で充電できるようなインフラが整備されていない」 など様々な課題を抱えているものの、それが新しい産業を掘り起こすための起爆剤として期待されている以上、この動きは止まりそうもないという。

 では、新しい産業って何?
 …ってことだけど、村沢義久という東大教授の方が、井出伸之氏との対談で面白いことを言っていた。

 「EVは、自動車メーカーから見ると、単に電気で動くクルマかもしれないが、家電メーカーから見ると “動く家電” になり、住宅メーカーから見ると “動くインテリア” になる」

 つまり、EVは、従来の 「自動車」 というイメージでは語り尽くせない多様な可能性を秘めた商品である、というわけだ。

 なぜ、そういう多角的な見方が生まれるようになったのか。

 それは、EVが、自動車メーカーが独占的に保持している技術蓄積や品質管理能力を持っていない企業にも、容易にアプローチできる乗り物だからである。

 EVは、従来のガソリンエンジン車とは違い、電池とモーターという全く異質なパワーユニットで駆動する。
 かつ全体のパーツ点数も少ない。
 つまり、ガソリンエンジン車のノウハウを積んだ大手自動車メーカーでなくても、試作車程度なら簡単に組み上げていくことができるクルマなのだ。

 そうなると、そのEV開発にチャレンジする企業の考え方ひとつで、従来の自動車像からは予想もしなかったようなニュービークルが誕生してくる可能性も出てくる。

 家電メーカーから見ると 「動く家電」
 住宅メーカーから見ると 「動くインテリア」
 というのは、そういう意味だ。

 すでに、日本を代表するエレクトロニクス企業、たとえば日立製作所やパナソニックなどには、もう電動自動車を造るだけの技術があるともいわれている。

 まぁ、だからこそ、どの自動車メーカーも 「こりや大変だ!」 と必死なわけだけど、どうやらEVは、垂直型のピラミッド構造を維持してきた日本の自動車産業を切り崩すようなパワーを秘めた商品であるようだ。

日産リーフの電池

 なにしろ、 「電池」 が重要な構成部品として大きく浮上してきたわけだから、EVの商品開発には、今後は電池メーカーが主導権を取ることだってありうるだろう。

 自動車産業の構造そのものが変わろうとしている時代。
 将来のキャンピングカーはどうなるのかな……


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

淋しい男の独り旅

 キャンピングカーが、リタイアした夫婦の旅のツールとして脚光を浴びたのは、日本RV協会が提唱した 「団塊世代カップルの旅ぐるま」 というキャンペーンが効いている。

 このおかげで、定年退職を迎えた旦那さんと、旦那さんの人生を支えた奥さんが、現役時代に達成することのできなかった “ゆったり旅行” をキャンピングカーで楽しむというライフスタイルが、ひとつのイメージとして定着するようになった。

JRVA広報誌くるま旅003

 しかし、キャンピングカーユーザーのすべてが、夫婦そろって旅行を楽しめるという環境にいるわけではない。

 男性の場合だったら、たとえば、奥様が亡くなられた…とか、あるいは離婚して夫婦ともども旅行する機会がなくなった…などというケースもあるに違いない。
 さらに、ずっと独身を通している男性もいるだろう。

 また奥様がいても、奥様がキャンピングカー旅行に興味がないために、
 「あなた独りで行ってらっしゃい。夜は飲み過ぎないようにね」
 などと言われ、やむなく、独りで放浪の旅を強いられる旦那さんもいるだろう。

 そういう立場の人からすると、
 「2人のくるま旅」
 という標語は、ちょっとそらぞらしい響きを持っているように感じられるかもしれない。

 じゃ、伴侶のいない男たちは、 「くるま旅」 はしないのか?

 ところが、そうじゃないらしい。
 それでも “独り旅” に出てしまうのが、男という動物であるようだ。

 あるキャンピングカーショップさんから聞いた話なのだが、最近、軽自動車のキャンピングカーに注目する “独り旅志向” の男性が増えているという。

 「どうせ寝るのはオレ一人なんだから、この広さがあれば十分なんだよ」

 軽キャンパーのベッドメイク状態を見て、そうつぶやく男性が多くなってきたのだとか。

 独身なのか、あるいは奥様を誘ってもついてきてくれないのか、様々なケースが考えられるだろうけれど、ショップのスタッフが観察するに、 「男の1人旅マーケットというのが確かにある」 というのだ。

 ただし、そこにはちょっと時代的な変化が見られる。

 以前なら、
 「1人で渓流釣りに行くから」
 「1人で野鳥の写真を撮りにいくから」
 という目的を持った1人旅ユーザーが多かったのだが、
 最近は、
 「こういうので、気ままに旅したいねぇ」
 という漠然としたロマン派が増えているという。

 「だから、購買意欲はそれほど強くない」
 と、販売店スタッフはいう。
 「やはり目的を持っている人の方がさっと買ってくれますね。 “漠然としたロマン派” は、いいなぁ…いいなぁ…とは言いながら、買うほどの気合いを持っているようには見えない」

 その代わり、 「本当に欲しそうに見ている」 …らしい。
 とにかくそれに乗って、 「ここではないどこか」 に行きたいという切実な思いが伝わってきそうだ…という。

 そういう人たちの気持ちも分からないでもない。
 男には “放浪癖” というものがあるからだ。

 昔、かまやつひろしが唄った歌ではないけれど、
 「今夜の夜汽車で、旅立つオレだよ、あてなどないけど、どうにかなるさ」
 というヤツ。

 夜汽車
 あてがない

 そんな淋しいシチュエーションを、男は、ソバに七味を振りかけるように、精神の “薬味” として味わえる動物であるらしい。

港の夕暮れ002

 ある飲み屋で、
 「北国の知らない駅に降りてさ、宿を探していたら屋台のおでん屋を見つけてよ、熱燗をキュッとあおって、ふと空を見上げると、雪が舞い始めているって感じ、ありゃ最高だよなあ。町田、その心境分かる?」

 …って先輩に言われたことがあったけれど、寒いのが嫌いな私は、 「はぁ、そんなもんですかねぇ」 と、つれない返事を返しただけだったが、その先輩の気持ちってのは、そのとき十分に伝わってきた。

夜の飲み屋街001

 男は 「淋しい独り旅」 が好きなのだ。

 これも昔の話。
 以前勤めていた自動車PR誌の編集部で、古いクラウンに乗っているユーザーの取材を行ったことがある。

 オーナーは、そのクルマに乗って1人旅するのが趣味。
 とんでもない旧車だったから (…たぶん観音開きの次のモデルくらい) 、いたわりつつ乗らないとクルマに負担をかけてしまう。

 だから、家族は乗せない。
 クルマに気をつかっている分、家族サービスがおろそかになってしまうからだ。
 で、旅するときは1人。

 その彼が言った。

 「景色の良いところにクルマを止めてね。夜は毛布にくるまって、フロントグラス越しに夜景を眺めるんですよ。
 暮れゆく竜飛岬の風景を眺めながら、コップ酒なんかすすっていると、遠くまで来たなぁ…って思いがこみあげてきてね」

 そんな話を聞いたのが、もう30数年前。 
 まだ 「車中泊」 なんていう言葉もない時代。
 その時代から、もう男たちは 「淋しいくるま旅」 を愛していたのだ。

 自分にも経験がある。

 「日本海が見たい」
 という、ただその一つの目的のために、1200CCの小型車で国道18号を夜通し走り、東京から新潟まで行ったことがある。

 関越道などない時代。
 道の駅もなかった。
 眠くなったら車道の路肩に入り、シートを倒してわずかに仮眠。

 明け方、鈍い色に光る日本海を見て、海風を鼻孔いっぱいに吸い込み、深呼吸を一つ終えると、そのままもと来た道を戻る。

 そんな、アホな独り旅が好きだった。

 もし、あのときキャンピングカーを知っていたら……
 と、いま思う。 
 「どれほどのめり込んでいたことだろう!」
 そう思う。


 最近、なんだか “独り旅” 用のキャンピングカーがやたら増えてきたような気がする。
 もちろんビルダーは 「独り旅用」 とはいわない。

 「ご夫婦2人までなら、快適に使えます」
 という。

 もっと堂々と言うビルダーが出てきてもいいのではないか?
 「これは、淋しい旅を愛する淋しい男の、独り旅仕様です」 って。

 「淋しい」 っていう言葉が “キー” なのだ。
 つまり、 「ロンサムカーボーイ (Lonesome Car Boy) 」 。

ルート66の町002

 CM戦略さえしっかり立てれば、案外、このコンセプトはイケそうに思えるのだけどなぁ…

モニュメントバレー003

 関連記事 「ひとりのくるま旅」 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:57 | コメント(8)| トラックバック(0)

湾岸道路のタンゴ

 忘れられないCMというのがある。
 ブリヂストンのレグノのCMで、林の中を、赤と青の2台のフェラーリが走っているCMは、25年という歳月を超えて、今だに忘れられないCMのひとつになっている。

林の中のフェラーリ001

 あんな走りは、それまで見たことがなかった。
 「踊っている」 のだ。
 ゆっくりとしたスローモーション映像で撮られた2台のフェラーリは、林の中の、見物人のいない緑のフロアの上を、手と手をたずさえながら、二人だけのダンスを踊っていた。

 バックに流れる曲が、また極上だった。
 ロバータ・フラックとピーボ・ブライソンの 「愛のセレブレーション (Tonight I Celebrate My Love) 」 。

林の中のフェラーリ002

 スーパーカーの “疾走感” とはまったくそぐわないスローバラードなのに、それこそフェラーリのためにつくられたテーマミュージックのようだった。
 その曲に合わせてステップを踏む2台のフェラーリ・デイトナは、森の中で無邪気にたわむれる恋人同士そのものだった。

 そのCMに触発されて、昔書いた小説がある。
 トヨタのPR誌を編集していた時代のもので、当時、新型クレスタの 「フォトストーリー」 をつくることになって、急遽でっち上げたものだ。

 フェラーリではなく、クレスタが主役になるというところが、ちと悲しい。
 でも、これは雑誌の性格上やむを得ないことで、頭の中では、 “ダンスを踊る” フェラーリの姿を思い浮かべつつ書いた。

林の中のフェラーリ003

 昔、このブログで、こそっと登場させたことがある。
 そのときは車名を変え、時代設定も現代にして、多少小説的な粉飾をつけ加えてみたが、今回はオリジナルに戻した。

 出来ばえは、とても、レグノのCMの域には達していない。
 しかし、自分でそれを読み返してみると、いかにあのCMに心を奪われていたか、ということがよく分かる。
 それほど、あのCMは、当時の自分を魅了していたのだ。 


 短編小説
「湾岸道路でラスト・タンゴを」


湾岸道路夜景001

 「4ドアセダンです。トヨタのクレスタ」
 と課長に言ったとき、
 「ほぉー」
 と、予想どおり、意外なものを見たような声と視線が返ってきた。

 「ジープ型のでっかいクルマはどうしたの?」
 「売って、今度のクルマを買ったんです」
 「君もいよいよ旦那さんを見つけて、子供でもつくる気になったのかね。あのでっかいジープは、お嬢さんには似合わなかったもんな」
 「そうなんです。いい彼氏が見つかったので」

 4ドア車……結婚……家庭、という図式しか頭に描けない課長の粗雑さにうんざりしながら、私は軽く受け流した。

 「僕に紹介するんだよ。君ぐらいのキャリアを積んだ女なら、男を見抜く力もあるとは思うが、念のために、僕が彼氏の品定めをしてあげよう」

 とは言っても、私の話を信じている顔ではない。
 さぐりを入れるような、ずるい目つきだ。
 いつか、忘年会の帰り、「今晩あいているかい?」
 と、ささやきかけてきたときの目だ。

 その視線から逃れるように、私は柱の時計に目をやる。
 6時10分過ぎ。

 「買ったばかりのクルマをテストしたいので、今日はこれで帰らせてもらいます」
 「いいとも。今度は僕をテストしてごらん」
 と、課長の好色そうな小声が返ってきた。

 なんというジョーク!
 と、私はこみあげてくる怒りを、そっと押し戻して、
 「いいわ、課長」
 と、ウィンクして席を立った。

林の中のフェラーリ003
 
 34歳になっても結婚していない女の立場はつらい。
 上司からは、奔放に遊びまわっている女に見られるし、若い男や女の子からは、不倫の愛人役をやっていると決めつけられる。
 いちいち弁解するのも面倒くさいので、放っておくから、あらぬ憶測だけが一人歩きする。
 だんだんクルマだけが、 “友だち” になっていく。  
 
 夕暮れの街。
 会社の駐車場の前から渋滞が始まっていた。

 昼間の仕事の余韻と、退社後の解放感が、街にあわただしげな活気を呼んでいる。
 以前乗っていたランクル80で、街を流していると、「女だてらに…」 という、好奇心をはらんだ男たちの目にさらされたものだ。
 それがなくなっただけでも、今度のクルマ選びは大正解。

 年をとるということは、人目をうるさく感じるようになることかもしれない。

 私は、バッグから、会社では吸わない煙草を取り出して火をつけた。
 煙を深く吸い込むと、まだ馴染まないこのクルマの香りも一緒に鼻腔に広がった。
 行儀よく並んだメーターパネルの上を、吐き出した煙が流れていく。

 いい走りだ。
 やはり6気筒はシルキーだ。

 どこに行くというあてもなく、交通の流れに身を任せる。
 街を流していれば、何か面白いことに出遭うという期待はもうないけれど、それでも、走っていれば、誰もいない自分の部屋でうずくまっているときの淋しさをまぎらわすことはできる。

夜のビル0026

 ラジオがテナーサックスの泣き節を流しているので、チャンネルを変える。

 バースの満塁5号を絶叫するアナウンサーの声が耳に飛び込んできた。
 かっ飛ばせ阪神!
 センチな音楽は街に似合わない。

 左折車線から遠慮がちに、しかしスマートに割り込んできたクルマに気をとられて、私は試合の得点経過を聞き逃した。
 ええい! バカ…
 と、わざと下品な感じで舌打ちする。

 私の前に割り込んだ、ブルーの52年型セリカLBが、深海の小魚たちを睥睨 (へいげい) するサメのように、宵闇の街に消えていこうとしている。

 「まさか!」
 一瞬、私は息を呑んだ。

 流れの早い交差点の中を、ブルーのLBのテールランプが右に大きく切れていく。
 私は、アクセルを踏み込み、信号が変りかける前に、急いで交差点に飛び込んだ。
 LBは、すでに、3台先を走っている。

 何をあわてているんだ、と私は自分に問いかけた。
 ブルー、52年型セリカ、LB…

 単なる偶然の一致かもしれない。
 そう思っても、ステアリングを握る手がふるえている。

 私は、空いている右車線を飛ばして、なんとか次の信号で、セリカLBの隣に並んだ。

 ネオンの逆光になって、ドライバーの顔がよく見えない。
 私は、首を必死にひねって、自分の顔を相手に向けた。
 気づいたら、合図をよこして。

 …とは思ってみたが、10年の歳月は、相手の記憶から私の顔を消し去っているかもしれなかった。

 信号が無残にも青に変り、LBは、何事もなかったかのように、スルスルとスタートしていった。
 私は、またあわててその後を追った。

 10年の間、同じクルマを乗りとおすなんて。

 でも、あの男はやっぱりそのクルマが好きだった。

 ブルーのセリカは、繁華街を離れた、淋しい倉庫街を走っていく。
 もうすでに、私がずっと尾行していることを知っているはずである。付けやすいように、わざと速度を落としているからだ。

夜景0023

 ネオンのとぎれた路地裏に入ると、セリカは静かに停まった。
 ドアが開き、男がゆっくりと立ち上がった。

 暗がりで、顔がよく見えない。
 こっちに向かって歩いてくる。
 私は、後を付けて来たことを後悔し、ステアリングの陰に顔をひそめた。

 コンコンと、ウィンドーガラスを叩く音が聞こえた。
 窓を開けると、昔と変らない、あの男の目が笑っていた。

 「久しぶりだな」
 男は短く言った。
 ぶっきらぼうで、さり気なく、しかし、とてつもなく温かい声だった。

 「トシ…」
 と、私は、かつて何度も舌の上で転がした男の名を呼んだ。

 「ずいぶん運転がうまくなったな。クルマも素敵なクルマだ」
 男は、私のクレスタをまぶしいものを眺めるように見つめた。
 私は、何と答えたらいいのか分からなかった。

 10年の歳月は、とっさに対応できるようなどんな言葉も、遠くへ押し流してしまっていた。
 「バースが打ったの。逆転したと思ったから、一瞬喜んだのだけれど、そうしたら突然トシが、急に…」
 
 いったい何を言っているんだろう。
 これでは意味が相手に通じるはずもない。

 そんな私を見て、男は困ったようにニヤリと笑った。
 ……昔と変らんな。
 そんなふうに見ている目である。

 「ちょうどいい店がある。食事がまだなら一緒にしよう」
 と、男は言った。
 「いいわ」
 と、私は目で合図した。

レストランのネオン
 
 「今でもときどき、君の夢を見る」

 男は、テーブルにひじをつき、グラスを宙に浮かしたまま、ボソッと言った。
 薬指に、結婚指輪が光っていた。
 私は、男が結婚したというウワサを聞いた日の、ひとり荒れた夜を思い出した。

 そのときも、こんなふうに、淡いライトがテーブルクロスを赤く染めるタンゴの流れる店だった。
 私は同僚の女たちをなじり、男たちを嘲笑し、見知らぬ客とチークを踊った。
 20代最後の夜だった。

 「どうして私を待っていてくれなかったの」
 言うつもりもなかったのに、ついなじる口調になった。

 「待っていれば、俺と一緒になるつもりでいたのか?」
 男は、かすかに皮肉っぽく唇を歪めた。

 「そのつもりだったわ。最後はあなたのもとに戻るつもりでいたわ」
 「今さら言っても遅いよ」
 男はぽつりと言って、目を伏せた。

ダンス0041
 
 バンドネオンの低い響きに、悩ましげなヴァイオリンの音がからみついて流れていた。

 「私が、あのとき浮気をしたから、私を嫌いになったというわけ?」
 「そういうことじゃないんだよ」
 「ではなぜ結婚なんかしちゃったのよ」
 「仕方がなかったんだ」
 「分からないわ、そういうの」

 それっきり、男は黙りこくった。
 私は、もう男が、私には分からない別の世界を持っていることを感じた。
 会ったことがよかったのか悪かったのか、私には分からなかった。

夜のテラス0023

 それから、私たちは、沈黙が来ないように、罪のない世間話をして別れた。

 別れしなに、男が何を言おうとしたのか、私には分かっていた。

 私は機先を制して、言った。
 「またどこかで、偶然会ったら…」

 男は、それだけで察したのか、軽くうなづいて、黙って笑った。

 「待って」

 私は、クルマに乗り込もうとする男の背中に向かって、叫んだ。

 「ハイウェイでも、思いっきりとばして別れない? 途中でお互いを見失ったら、それで “おやすみなさい” 」

湾岸道路夜景001

 広大な埋め立て地を、まっすぐに貫く3車線の両側で、路肩のライトポールが、ミラーボールの光のように流れていく。

 装甲の厚そうな外車、カラフルなスポーツカーが洒落のめして滑走していく。
 ブルーの52年型セリカLBが、踊るようなフットワークで、その中を分け入っていく。

 私は、セリカに寄り添うように、クレスタのアクセルを踏む右足に、そっと力を込める。
 それに合わせ、隣りの車線に入った男のセリカが、私の手を取るように、すっと後ろに回り込む。

 もし、ほかのクルマが私たちを見たら、きっと呼吸ぴったりのダンスを踊っているように見えるだろう。

 開けた窓から、海の匂いを強く含んだ風が流れ込み、私の髪を乱していく。


 ▼ レグノのCMに使われた 「愛のセレブレーション」




コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:14 | コメント(4)| トラックバック(0)

人気の北海道旅行

 北海道観光の人気は高い。

ハイウェイの空と雲

 北海道は、昔から日本人の旅行先として根強い人気を保っており、2009年にJTBが行なった 「今年の夏の日本の旅行先」 調査では、32パーセントの男女が、その年に行く旅行先を 「北海道」 と答え、2位の 「沖縄」 (16パーセント) を大きく引き離したそうだ。

 また、(財) 日本交通公社がまとめた 「旅行者動向2008」 では、自然や景勝地を見て回る 「自然観光」 と、おいしいものを食べる 「グルメ旅行」 の項目において、北海道が他を大きく抜いて1位に輝いているという。

北海道クマ出没注意交通標識

 そのような人気エリアの北海道だが、旅行者の滞在日程でみるかぎり、北海道観光の日程は、短縮傾向にあるといわれている。

 北海道経済部観光局が2009年に調査した結果によると、1999年度に 「3泊4日」 の旅行を楽しんだ観光客が38.8パーセントいたのに対し、2007年度においては、それが26.4パーセントに減少。
 逆に、1999年では29.6パーセントであった 「2泊3日」 の客は、2007年では46.1パーセントに達したらしい。
 つまり、 「行ってはみるが、すぐ帰る」 という傾向が強まっているという。

 このような観光客の旅行日程が短縮化されるなかで、唯一、旅行日程をどんどん伸ばしている旅行スタイルがある。

 それが、 「キャンピングカー旅行」 である。

ふうれん望湖台キャンプ場001
▲ 名寄市のふうれん望湖台キャンプ場

 日本RV協会 (JRVA) が定期的に発行しているプレス・インフォメーション (日本RV協会通信) によると、キャンピングカーユーザーの62.7パーセントが、北海道では 「1週間以上、2週間以内」 という長期旅行を楽しんでいることが判明したという。

 この調査は、RV協会が、2009年10月から約2ヶ月にわたって同協会のホームページにアクセスしたユーザー273人を対象に行ったもので、
 「ここ数年、北海道を旅した日程がどれくらいであったか?」
 ということを、1週間以内、2週間以内、3週間以内、1ヶ月以内、2ヶ月以内、3ヶ月以内、さらに長期、という7段階にわたって尋ねたもの。

 それによると、一番多い回答は 「 (1週間以上) 2週間以内」 で40.3パーセント (110人) であったという。
 2位は 「1週間以内」 で37.4パーセント (102人) 。
 3位は 「3週間以内」 の7.7パーセント (21人) 。
 さらに  「3週間以上」 という回答を寄せた人も14.7人パーセント (40人) いたらしい。

 一般観光客の旅行日程が 「3泊4日」 から 「2泊3日」 へと減少しつつあるなかで、キャンピングカーユーザーの 「1週間を超えて3週間にも及ぶ」 という旅行日程は、確かに長い。

小樽「宏楽園」露天風呂
▲ 小樽市 「宏楽園」 の温泉

 これはやっぱり、北海道とキャンピングカーの相性の良さを反映したものといえそうだ。
 北海道は、なにしろ大自然を擁した広い大地に恵まれた土地。
 道もまっすぐで広く、外国のような景観が連続する。
 しかも、本州に比べると、比較的キャンプ場の宿泊料が安く、なかには無料のキャンプ場もたくさんある。

 そのため、キャンピングカー専門誌では、毎年夏が近づくと 「北海道特集」 を組むものが多く、ユーザーの間には、すっかり 「北海道はキャンピングカーの聖地」 というイメージが形成されている。

道民の森一番川
▲ 当別町 「道民の森一番川キャンプ場」

 同リリースによると、このようなキャンピングカーユーザーを招へいすることは、北海道の観光振興施策とも合致するという。

 北海道観光局では、やや陰りを見せている観光客数に歯止めをかけるために 「ゆとりツーリズム」 などのキャンペーンを提案し、積極的に観光客誘致の対策を進めている。
 その具体的な対策として、 「地域の観光商品の企画・開発の促進」 とともに、 「複数市町村にまたがる新たな “滞在型観光地” づくり」 が盛り込まれているとも。

芝生と空002

 ある程度広いエリアにわたっての “滞在型観光地” がどんどん具体化されれば、それはキャンピングカーユーザーの便宜を図ることにつながり、またそれによってキャンピングカー客が増加すれば、北海道の観光産業が活性化する、…と同リリースはいう。

 キャンピングカーユーザーの北海道旅行の日程の延長化傾向は、観光資源を存分に生かした北海道旅行の未来を予感させる。

 詳しくはJRVAホームページへ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:23 | コメント(2)| トラックバック(0)

荒野の思想

地平線の風景

 「荒野」 に惹かれる。
 2年ほど前にレンタルモーターホームを運転して、アリゾナ、ユタ一帯に広がるグランドサークルを旅したことがあったが、途中、クルマを止めて写真を撮ったのは、 「荒野」 の画像ばかりだった。

 視界を遮る物が一つもない、恐ろしいばかりのフラットな土地が出てくると、私は道路脇に止めたクルマから降り、地平線を眺め、写真を撮った。

 同行したカミさんは、私がその風景から何を感じているのか、ほとんど理解できなかったようだ。
 当然かもしれない。
 私自身が、よく分からないのだから。

荒野のモーターホーム

 昔から、 「荒野」 に惹かれた。
 それが、なんだか自分の 「ふるさと」 のような気がするのだ。

 だから、 「荒野にたたずんで叫んでいる預言者」 という旧約聖書的なイメージに、何か自分の原点があるように感じることがある。

 預言者が、何を叫んでいるのか分からない。
 それはただの音であって、言葉としては聞こえない。
 その音を、人は 「風」 と呼ぶのだろう。

 荒野を飽きずに眺めている私に向かって、 
 「あなたの内面には、とても寂しいものが沈んでいるに違いない」
 と、カミさんはいう。
 そう言われても、自分に思い当たるフシはない。
 
 強いていえば、 「風」 の歌を聞きたいだけなのかもしれない。

 都会を行き交う 「言葉」 は常に “意味” を伴うけれど、荒野を舞う 「言葉」 は、ただの 「風」 でしかない。
 言葉の原点は荒野にあり、言葉の行き着く先も、また荒野でしかありえない。


 坂口安吾という作家の書いたものを、ほとんど読んだことがなかった。
 若いときに、『堕落論』 と、 『白痴』 を読んだくらいか。
 あまり意味が分からなかったし、それほど面白いとも思わなかった。

 しかし、最近、坂口安吾を論じた批評家の “安吾論” を読んでいて、ハッとしたことがある。
 安吾は、 「荒野」 を 「ふるさと」 と言っているというのだ。

 安吾の 『石の思い』 というエッセイの中に、こんなくだりがある、とその批評家はいう。

 「安吾が、北原武夫 (小説家) に、風景のよい温泉はないかと尋ねられて、新鹿沢温泉を教えたところ、北原が憤慨して帰ってきたという話がある。
 それは 『浅間高原にあり、ただ広漠たる涯のない草原で、樹木の影もないところ』 だったからである。
 安吾は、 『北原が、あまり本気になってその風景の単調さを憎んでいるので、そのときはじめて自分の好む風景には一般性がないのではないかと疑い始めた』 と書いている」
 
 そこまで読んで、私は、 「あ、同類がいる」 と思った。
 そして、私なら、坂口安吾の勧めている温泉を、きっと気に入っただろうと思った。

 安吾の作品のタイトルには、よく 「風」 とか 「木枯らし」 という言葉が使われるらしい。
 『木枯の酒倉から』
 『風博士』
 『風と光と二十の私と』……

 安吾を語った批評家はいう。
 「風とは、いうまでもなく空気の運動である。われわれは空気を空気としてつかめないので、それを風で把握する。
 ギリシャにおいても、インドにおいても、古代から 『精神』 というのは、もともと息とか風のことをいった。
 『インスピレーション』 というのは、空気を吹き込むことを意味する。
 そういう精神的な営為が 『風』 としてとらえられてきた」

 つまり、安吾は、形がない…にもかかわらず、感じられるもの、現実的なものを 「風」 と呼んだ、という。 


 安吾が、その 「風の吹く荒野」 を 「ふるさと」 といったのは、どういうことなのだろう。

 安吾の 「ふるさと」 という言葉は、とっても不思議な使われ方をしている。
 それは私たちが通常使う 「ふるさと」 という言葉から、さらに遠いところに向かっている。
 
 少なくとも、 「ふるさと」 という言葉にこもる 「温かみ」 や 「懐かしさ」 のようなものが、安吾の 「ふるさと」 からはストンと抜け落ちている。

 『文学のふるさと』 という安吾のエッセイでは、冒頭にシャルル・ペローの有名な童話 『赤頭巾』 が引用されているらしい。
 子供向けに、ハッピーエンドに仕立てられた童話と違って、原作はもっとシンプルだという。
 
 可愛い女の子が、森の中のおばあさんを見舞いに行く。
 それをおばあさんに化けた狼が、ムシャムシャと食べてしまう。
 原作はそこでストンと終わってしまう。
 
 それを引用して、安吾は次のように書く。

 「私たちは、いきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで、戸惑いながら、しかし、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない 『ふるさと』 を見ないでしょうか」

 ここで突然出てくる 「ふるさと」 は、ほとんどの読者を戸惑わせる。

 しかし、この感じが、私にはよく分かる。
 そこは、 「風の吹いている荒野」 なのだ。

 共同体の教訓話に回収される前の、つまり 「物語」 という構造に収拾される前の、さらにいえば、 「言葉」 としての説明を獲得する前の、人間が何かに出遭う瞬間の 「驚愕」 (= ときめき) が、そこに現れているように思う。

 人は、はじめて出遭った事件には、どう対処していいのか分からない。
 誰かに教えられ、あるいは似通った事例を研究し、何度か経験を重ねることによって、ようやく 「事件」 は 「解決可能な問題」 として認識される。 

 しかし、安吾が問題としているのは、 「どう対処していいのか分からないような」 、最初に遭遇する事件なのだ。
 経験も、知識も、教養も通用しない 「事件」 。
 いわば、裸になった人間が、たった独りで見つめなければならないような 「事件」 。

 それと向かい合う場所が、安吾にとっての 「ふるさと」 なのだ。
 いわば、経験や、知識や、教養の 「外部」 にある場所。
 つまり、 「言葉」 が生まれる前の場所。

 そこに安吾は、 「静かで、透明な、切ないふるさと」 を見る。
 
 すべての言葉は、そこから立ち現れて、またそこへ還って行く。
 私が感じる 「荒野」 にも、そんなイメージがある。

ボブ・モニュメントバレー25


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

理想のエコカー

 「未来の自動車」 という話になると、現在はEV (電気自動車) が一躍その主役に踊り出た感じだ。
 ハイブリッド車に力を入れているトヨタなども、 「ハイブリッドならばEVに移行するのも簡単」 という理屈を打ち出し、次世代カーがEVに集約されていくという “未来図” を否定していない。

 しかし、作家の楡周平さんは、 「究極のエコカーは植物由来のエタノールで走るハイブリッド車である」 といってはばからない (週刊朝日1月22日号) 。

楡周平「ゼフィラム」

 楡さんは、 『ゼフィラム』 というエコカー開発競争をテーマにした小説を上梓したばかりだが、その小説を書くために取材したデータを総合すると、 「EVが究極のエコカーだ」 という判断には疑問符がつくという。

 なぜなら、 「EVはドライバーにとってはCO を出さないクルマのように思えるが、それを駆動するための電力供給を考えると、全体としては膨大な発電量を必要とし、決してCO を減らすことにはならない」 …からだという。

 全世界のCO 排出量のうち、発電によるものは46パーセントを占める。
 それは、水力発電や原子力発電などよりも、圧倒的に火力発電の割合が大きいからだ。
 このような状況を放置している限り、EVが最終的なエコカーだとは断言できないと、楡さんはいう。

 では、何がベストかというと、それが 「サトウキビを原料としたエタノールで走るハイブリッド車」 なのだそうだ。

 エタノールは、4年ほど前にガソリンの代替燃料として脚光を浴びて以来、ブラジルで実用化に踏み切られたほか、アメリカでもエタノールを含む混合燃料を使えるクルマが販売されるなど、一時は “脱石油” 時代の救世主のように扱われたことがある。

 しかし、基本的に農作物に頼る燃料であるがゆえに、食糧供給とバッティングするおそれもあり、地球人口が増えるにしたがって、エタノールの量産は食糧危機につながるのではないかと警戒する声も出てきた。
 そのため、ガソリンの代替エネルギーとしては、一歩引いた感じではあったが、楡さんはそれでもエタノールを推奨する根拠を、次のように述べる。

 まず、サトウキビからエタノールを産出する方法がなぜいいかというと、サトウキビが成長するときに生じる光合成によって、CO を吸収して酸素に戻す効果が期待できるからだという。

 「いまはCO の排出削減ばかりに目がいっていますが、一方でCO を酸素に変える植物が急激に減っているという現実があります。
 排出削減だけでなく、同時にCO を酸素に戻す循環サイクルを立て直さないと、ザルで水をすくうようなものになってしまう」
 と、楡さんは語る。

 現在、世界のCO の大きな吸収源となっている南米アマゾンの熱帯雨林は、毎年四国の1.5倍という恐ろしい勢いで消失しつつあるという。
 それは、現地の人たちが、焼き畑農業などで生計を立てるしかないという状況があるからで、こうした現実を放置しておけば、地球からCO を酸素に変える機能がなくなってしまう、と楡さんは恐れる。

楡周平氏

 だから、そのアマゾンの “焼かれていく土地” をサトウキビ畑に変え、そこにエタノール工場をつくるというのが、楡さんの構想なのだ。

 これらの農場と工場を整備することによって、現地の人たちの雇用を創出し、焼き畑をしなくてもいいような生活環境を整える。
 そのことによって、酸素の発生量を確保し、同時にエタノール・ハイブリッド車の力でCO を削減する。
 それが、エコカーの 「最終回答」 だと、楡さんはいう。

 エタノールをつくる際に必要となる熱や電力は、副産物であるサトウキビの搾りカスを燃やしてつくる。
 だから、無駄も出ない。
 
 また、EVを普及させるためのインフラ整備には、巨額の予算が必要となるが、エタノールならば、既存のガソリンスタンドを多少改良するだけで使えるので、インフラ整備のコストもかからない。

 そのような話を聞くと、何から何まで “良いことづくめ” のように思えるエタノールだが、はて、そのようなシナリオがスムースに進展していくものなのかどうか。

 次世代のクルマが 「エコカー」 になっていく未来図だけははっきりしているが、それがどのような形のものになっていくかは、まだ予断を許さないといった状況のようだ。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:56 | コメント(12)| トラックバック(0)

パワースポット

 「パワースポット」 が、かなり脚光を浴びている。
 今年の正月明け、芸能界の大物同士のカップルが、米国アリゾナのセドナで極秘デートを楽しんでいたことが話題になったが、そのセドナがネイティブアメリカンの聖地として有名な 「パワースポット」 だったからだ。

 パワースポットとは、その場所に入ると 「不思議な霊力が心身に広がり、パワーがみなぎってくる」 場所のことをいう。別名 「スピリチュアル・スポット」 。

 2007年に、レンタルモーターホームで米国アリゾナ州、ユタ州などを回ったことがあった。
 当初のスケジュールには 「セドナ行き」 も含まれていたが、日程の調整がつかず、セドナは諦めた。
 今から思うとちょっと残念である。

 テレビで紹介されたセドナは、神秘的な光景に包まれた不思議な感触を伝える土地柄に思えた。行けばなにがしかの感応を得られたかもしれない。

 芸能界経由で話題性を集めた 「パワースポット」 だが、このブームは、別に今に始まったことではない。
 すでに7~8年ほど前から、女性向けの旅行企画では、このような場所を組み込んだツァーの人気が高まっていることが知られていた。

 そのような場所の人気が高まってきたことが確認されたのは、女性誌の連載がきっかけだったらしい

 当時、マガジンハウスの女性誌 『Hanako WEST』 の編集長を務めていた北脇朝子さんは、日本のパワースポットをめぐる紀行 「スピリチュアル・トラベル」 を2003年から1年間連載した。

 北脇さんは、都会の喧噪を離れて神社仏閣を回ると、 「気持ちが浄化され、何か“気”のようなものがチャージされる」 という自らの体験を元に連載をはじめたのだが、連載が始まると、それを求める読者の反応が意外といいことに気がついたという。

 当時は、エステ、温泉、風水、カウンセリングなど、女性たちが追い求める “癒し” が多様化していた時期。
 パワースポットも、その流れに乗ったのだ。

 その風潮を採り上げた、あるメディアの記事では、
 「 『パリにも行ったし、沖縄にも行った。週末の京都にも飽きた』 という旅行好きの “負け犬” が目新しさを感じているのだろう」
 と分析されていた。

 「負け犬」 という言葉が、今となってはもう時代を感じる。
 今だったら 「婚活」 に励んでいそうな女性が、やるせない独り身の時間をつぶすときの旅行イメージを記者氏は思い描いていたのかもしれない。

 その時代、パワースポットとして取り上げられていた場所は、海外ではペルーのマチュピチュ、アメリカのセドナ、イギリスのストーンヘンジ、オーストリアのエアーズロックなど、原住民文化が色濃く残る場所や、謎の多い古代の遺跡群だった。

 国内では、山形の月山、富士山、伊勢神宮、三重県の熊野地方、鹿児島の屋久島、沖縄の斎場御嶽・久高島などが挙げられた。
 その後いくつかの候補地がつけ加えられたかもしれないが、基本的にこれらのパワースポットは、現在も変わらないのではなかろうか。

 パワースポットを体験したことのある女優さんによると、 「バリとかスペインのイビサに行くと、大地の力が自分の中を駆け抜けていくような、電気が走るような感覚になる」 という。

 また、 「エベレストのふもとでは、 “大地のゆりかご” ともいえるような、ふわんとした感覚を味わったし、沖縄の海では、海の微生物が体中の毛穴から入ってきて、悪いところを治してくれるという感覚があった」 とも。

 「ある場所には霊力がある」
 という発想は、人類が古来より思い抱いていたに違いない。
 それを、現代社会に復活させたのは、60年代の終わりに米国で起きたヒッピー文化だったという。

 その文化が日本に伝わる中で、70年代から90年代はじめにかけて、自己啓発セミナーやチャネリングといった 「精神世界」 をテーマにする出版物や愛好家集団のイベントとして浸透していった。
 それが、江原啓之氏が繰り広げるような、現在のスピリチュアルブームにまでつながっていく。

 作家の荒俣宏さんは、
 「誰もが認めるようなパワースポットというのは、その場所の物理的な状況の上に、人間の文化が重なっている」
 と、かつて語った (AERA 2005年10月31号) 。
 「エルサレムのゴルゴダの丘も、人が口づけをしたり、跪いたりしているのを見ているうちに、特別な力のある場所だと思えてくる」 …のだとか。

モニュメントバレー005
 ▲ パワースポットとしての資格も十分、アメリカのモニュメントバレー
   ナバホ族の聖地


 同誌のなかで、臨床心理学者の河合隼雄さんは、 「今の人間は “大地の力” を感じる場所から遠ざけられた生活をしているからだろう」 とブームを分析する。

 ネイティブアメリカンのナバホ・ネーションなどを訪れると、 「そこには魂の風景が広がっている」 と河合さんは感じるそうだ。
 近代科学的世界観は、そういう 「大地を感じる風景」 を無視してきた。
 その反動が、現代人のパワースポットへの思いを強くさせているのではないかという。 

 芸能レポーターの梨元勝さんは、芸能界にパワースポットに惹かれるタレントが多いことを、次のように分析する。

 「芸能人がスピリチュアルに惹かれるのは、それだけ芸能界が不安定だからである」 (週刊朝日2010年1月29日号) 。

 彼はいう。
 「歌がずば抜けてうまい、演技抜群といわれても、即スターになれるとは限らない。チャンスも必要だし、人脈も重要だ。
 いってみれば、 “偶然 (フロック) ” の世界なのだ。
 スターになっても、いつ、その座が脅かされるか分からない。
 これも、トップで活躍する者の不安感につながる」

 だから、精神面へのパワーや、自分では分からない判断などを、彼らは “スピリチュアル” に求める。

 梨元さんの分析は、あくまでも芸能人のみを対象にしたものだが、このような 「漠たる不安」 が増大する傾向は、一般社会にも相当浸透しているような気する。

 私自身は、霊感が乏しい性格のため、たぶん 「パワースポット」 と呼ばれる場所に着いても、そんなにパワーがもらえないのではないかという気がしている。

 しかし、有名でも何でもない場所に、ときどき “異次元の空気” を感じることがある。
 それは 「パワーがみなぎる」 というのとは少し違って、 「ここに人間が入ってはいけないのではないか?」 という 《畏れ》 のようなものとして感知される。

 何が、そのような気持ちにさせるのかは、よく分からない。
 たぶん、きっかけは単純なものだ。
 それは 「霊感」 のようなものではなく、昔どこかで観て、何かを感じた映画や絵画の記憶のようなものが甦っているのではないかという気がしている。

 あるいは、小説などを読んだときに浮かんだ情景が、現実の世界に投影されていることもありうる。

 昔、キャンピングカーの旅の途中、山奥で、渇水して乾上がった湖を眺めたことがあった。
 青々とした樹木が生えている一線を超えると、その下に、生の気配の枯れた荒れた地層がむき出しになって、湖底の方に傾斜していた。

日照りの湖

 それを見て、実際には行ったことも、見たこともない、予言者がさまよう旧約聖書の中に出てきそうな 「荒野」 を感じた。
 大げさにいえば、日常生活では感じることのない 「超越的な気配」 をかぎ取った。

 そこでPキャン (←死語!) をもくろんでいた私は、急いで車外に出した椅子とテーブルをしまい込み、そそくさとその地を後にした。
 「聖なる地」 を汚してはならないという、 《畏れ》 に近い気分に襲われたからだ。

 それ以来、パワースポットは、それぞれの個人に応じた形で、さまざまな場所に出現すると思うようになった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

老人の文化がない

 日本には、つくづく 「老人の文化」 というものがなかったなぁ … と思う。
 いや、あったよ。
 確かに昔から 「老人」 の概念定義みたいなものがあって、老人になったらどう生きるか … みたいな処世訓じみた文化はあった。
 
 「60にして、耳に従う」
 「70にして、心の欲するところに従って矩 (のり) をこえず」 とかね。

 そのような儒教とか、江戸期の農村共同体で培われた倫理とかから来る文化はあったけど、現代社会になってからは、老人たちに、 「老人って何だろう?」 って考えさせるような文化はなかったと思う。

 だけど、団塊の世代が大量老人になる時代を迎えて、いよいよ、今の時代に 「老人の文化」 がないってことが、どれほど彼らを戸惑わせてしまうか。
 それは、彼らにとっても、下の世代にとっても厄介な問題だ。

 今や、「60にして、コンビニで万引きす」 「70にして、家をゴミ屋敷と化して、隣人と争う」
 ってな時代だからね。
 ひとえに、 「老人になったら何を考えるべきか」 という文化がないからこうなる。

 たとえば、老人になってから解る絵画とか、文学とか。
 そんなものがあってもいいわけ。

尾形光琳の図

 「若い時には理解できませんでしたけど、この歳になると、素晴らしさが見えてきますなぁ」
 とかいうのが、いろいろなジャンルにあっていいはずなんだ。 

 だけど、戦後一貫して、CM戦略でも、サブカルチャーでも、 「新しさ」 と 「若さ」 だけを称揚してきたから、そいつが育っていない。 (資本主義経済の宿命だけどさ) 。

 だから、団塊の世代は、いまだに、自分たちが若い頃体験した 「文化」 を、そのまま引き摺るしかない。

 彼らは、相変わらずジーンズを穿いたり、 「ラブ&ピース」 みたいなTシャツ着て、往年のスターたちのフォークコンサートに行ったりしているけれど、それは 「彼らの世代の文化」 であって、 「老人の文化」 じゃないものね。

 団塊の世代って、もしかしたら日本人のなかで、はじめて 「自分は老人なのか?」 って問わなければならない世代なのではないか?

 彼らは、戦前から戦後にかけて伝えられた 「老人的処世術」 みたいなものを、ケッ! とか無視してきた世代だから、つぅーか 「老人的処世術」 そのものを知らない世代だから、 「老人とは、かくかくしかじかのモノである」 という概念が頭の中に最初っから、ない。

 今ようやくその人たちが、肉体年齢としての “老人” を迎える歳になり、若い頃に吸ってた空気とか感じた気分とかをベースにしながら、 「自分たちの老人文化」 を急造しようとしているところなのだ。

 そこで何が行われているかというと……。

 「身体」 と 「精神」 の切り離し。

 衰えゆく身体から、精神の 「若さ」 を切り離すという手品が行われるようになった。

 「いつまでも少年の心を保って」 とか、
 「人生死ぬまでチャレンジ」 とか、
 「青春に年齢はない」 とか…さ。

 ま、そりゃ分かるよ、気持ちはね。
 オレだって、今年はついに 「還暦」 を迎えるんだからさ。

 だけど、彼らがいう 「若さ」 って、自信たっぷりの若さなのね。
 功なり名を遂げた 「今の自分」 を投影した若さだから、なんかご都合主義的だし、聞いていると空々しい。

 それが証拠に、本物の 「若さ」 を目にすると、
 「今の若者には覇気 (はき) がない」
 「若者は、面倒なことを嫌がる」
 「耐える力がない」 とか、すぐ年寄り反応が出てしまう。

 で、やたら “活力” が、若さのバロメーターだと思っている人たちが多い。

 「昨晩4発! 相手が若いと、男はやっぱ燃えるね。 『パパ60歳なんて思えない!』 … なんて言われちゃってさ、ガッハハハ!……。で、このサプリメントがいいよ。今晩試してみる? バイアグラより効くよ」
 …とかね。
 
 アンチエージングとかいって、エステとか、白髪染めとかに凝っている人も多いしな。
 
 でも、もう止めようよ、そろそろ、そういうのは。

 「若さ」 って、求めて得られるもんじゃないんだよ。
 努力したって老人のままの人もいるし、努力しなくても 「若い」 老人もいる。

 それに、 「若い」 かどうかを判断するのは自分ではなく他人だし、第一、 「若い」 ことがいいことなのか、どうなのか。それすらも決まったわけではない。

 老人が胸を張る 「ニセモノの若さ」 というものが、いちばん下の世代から見ると滑稽なのね。
 ウスら寒いというかさ。

 その 「ニセの若さ」 で、今の若者と、堂々と張り合っていける?

 外見的に … じゃないよ。
 たとえば I T とかの知識とか、アニメとかゲームの映像感覚とか、聞いている音楽とか、それらをすべて含めた世界観で。

 無理だよね。
 …オレもそうだけど。
 だって、そういう世界が、日常的に、もう身の回りにないもんね。

 そういう世界に対して、 「そば打ちだったらオレの体力は負けないよ」 は、ないだろ?

 本当の 「老人の文化」 ってのは、そういう 「ニセの若さ」 の断念・放棄からしか生まれない。

 じゃ、どうすればいいのか?

 ニセモノじゃなくて、もう一度 「ホンモノの若さ」 と取り戻すことなの。

 つまり、若いってことは、経験も乏しいことだし、モノを知らないことだし、人から教わらなければ何も分からない …って感覚を取り戻すことなのね。

 そこから、ホントの 「老人の文化」 が生まれると思う。
 要は、 「説教する人間」 から、 「教わる人間」 への転換。
 これが大事なんだなぁ。

 第一、人に教えるモノなんて、もう今のほとんどの老人は持っていない。

 「経験がある」 とか威張っても、今までの経験がこんなにも通用しなくなってしまう時代を迎えてしまうと、もう 「経験を主張する」 こと自体が “痛い” 。

 だから、
 ・ 恥ずかしいと思わず、若い人に教わる。
 ・ 先入観を持たず、今の流行や風潮の意味するものを見つめる。
 ・ 「批評性」 が出てしまう自分を慎む。

 この3点を守っていれば、やがてそういう人たちの中から、若い人にも誇れる 「老人の文化」 が生まれてくると思う。
 年寄りの持っている 「経験」 が、ようやく生きるのもその時。

 時代を流れる空気や、人の心を読みとるには、昔ながらの言葉でいう 「謙虚さ」 が必要なんだね。

 その人の持っている 「知識」 とか 「経験」 に対し、他人が敬意を払うかどうかは、すべてその人の持っている 「謙虚さ」 によって決まる。

 それだけは、古びることのない永遠の 《公理》 だね。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:04 | コメント(2)| トラックバック(0)

現代経済学の限界

 朝のテレビで、あるニュースキャスターが 「経済の立て直し」 を今の政府に要求していた。
 「なんとかしろ! 自殺者が年間3万人もいる。キレイゴトはもういい! 国民がちゃんと生きていけるような生活を保証しろ」
 そう叫んでいた。

 そして、
 「人々が安心と安定を手に入れられる政策を、今からドーンと打ち出してもらいたい」
 と締めくくった。

 それを見て、こう思った。
 「お前が打ち出してみろよ」

 「今の政治に意見しているだけで、問題は解決するのかい?」
 「マスコミってのは、ただ政府に文句を言っているだけでいいのかい?」
 「今そうしゃべっているお前は、この先どう生きていくつもりなのよ?」
 「テレビを見ている視聴者に対し、マスコミから訴える提案というのはないのかよ?」

 結局、政権は交代したけれど、マスコミは何も刷新されていないことが分かった。
 ワイドショーで繰り広げられるキャスターやコメンテーターたちの政界レポートは、 「民主党」 という言葉を 「自民党」 に置き換えれば、しゃべっている内容は4~5年前とほとんど変わらない。

 はっきりいうと、今の経済問題を、政治家たちに解決させるなんて、もう不可能な時代に入ってきている。
 マスコミは、そこのところを見極めていない。

 結局、個人が 「どう生きていくのか?」 という問題を、個々人で考えていかなければならない時代になってきているのだ。

 この世界的な大不況を克服するために、どこの国の政府もあらゆる方法を使って、経済システムの再構築を試みている。
 日本だけでなく、アメリカでも、ヨーロッパ諸国においてもしかり。
 しかし、そのどこが、それに成功したというのか?

 株価が多少浮き沈みすることはあっても、結局、もう1960年代のような華々しい経済成長を謳える国なんて、どこにもありはしない。

 それは、今までの経済理論がすべて立ち行かなくなってきたような状況を迎えているからである。

世界の紙幣

 もともと、欧米人の経済観は、 「放っておけばうまくいく」 という根強い楽観主義に支えられてきた。

 19世紀のイギリスに生まれた古典経済学などという考え方がそのひとつである。
 これは、
 「市場というものは、国家や政府が介入しなくても自己調整能力があり、放っておいても “神の見えざる手” によって、うまい案配に調和していくものである」
 という考え方に基づいた主張だった。

 しかし、実際には、どこの国でも、富の分配に片寄りが生まれ、人々の間に 「階級対立」 ともいえる経済格差が生まれることになった。

 このような傾向に異を唱えて、共産主義革命を目指したのがマルクス主義だったが、資本主義システムの中でこれを是正しようとしたのが、いわゆるケインズ理論。

 ケインズは、古典派経済学と、その理論をより精緻に練りあげた新古典派経済学を批判し、
 「現代社会においては、放っておいても均衡のとれた市場などが生まれるわけはない。
 政府はしっかりと市場をコントロールし、不況が訪れたときには積極的に財政出動などをして景気を刺激し、さらに公共事業を活発に行って、雇用を生み出す努力をすべきだ」
 と主張した。

 戦後のほとんどの資本主義国家では、このケインズの主張を採り上げ、それによって経済の安定と技術の進歩を獲得し、人類は空前の繁栄を謳歌するまでに至った。

 ところが、強欲に走ったイギリスとアメリカの資本主義は、このケインズ型の経済政策によって生じた財政赤字を一挙に取り戻すことを試みた。
 イギリスのサッチャー首相が手を染め、アメリカのレーガン大統領によって完成された 「新自由主義」 的な経済政策がそれである。

 これは、ケインズ以前の古典主義・新古典主義経済の理屈を蒸し返すもので、要は、政府による市場へのコントロール操作をやめ、再び古典主義経済のようにあらゆる規制を取り払って、企業家たちのやりたいように任せようという政策であった。

 以降、アメリカの経済政策は野放しになった。
 つぅーか、儲かるものなら何でもアリという風潮が台頭することになった。
 いわゆる現在の金融資本主義が、ここから生まれてくる。

 しかし、その結果、世界はどうなったか?
 「リーマンショック」 に代表されるように、高度に発達した金融社会は、それが破綻したときの恐ろしさを世界中に見せることになった。

 そもそも、金融資本主義が、合理的で科学的だと信じ込んでしまう感覚が間違っていたのかもしれない。

 たとえば、金融工学が発達することによって注目されるようになった 「デリバティブ」 (金融派生商品) という商品がある。

 このデリバティブは、投資先を一つに絞ったときに生じるリスクを回避させるため、短期金融商品や債権や株式を組み合わせて、リスクを分散化させるために商品化されたものだが、一方では、少ない資金でも多額な資金運用を可能にするという側面を持ち、またたく間に巨額の利益を得ることを可能にした。

 これが、実はクセモノだった。

 デリバティブは、金融工学の専門家たちが、複雑な統計的なデータをもとに、高度な数学的な技法を用いて解析を行っているように見えるため、素人にはものすごく信用度の高い商品に思えてしまう。
 しかし、いったん金融危機に見舞われてしまうと、もう専門家でも資産の喪失を止められなくなってしまう。

 この4~5年猛威を振るった 「市場原理主義」 は、昨年のリーマンショック以降、このような金融危機を生む元凶と目されるようになり、さすがに声高に主張する声はどこからも聞かれなくなった。

 だが、金融崩壊が世界にもたらした傷の爪痕は、なかなか癒えない。

 この大不況が脱出できる経済政策はあるのだろうか?

 多くの国民は、政府にそれを期待しているだろう。

 しかし、はっきりいうと、特効薬は一つもない。

 昔だったら、ここでケインズ政策の出番だった。
 景気を刺激するための 「減税」 および 「財政出動」 と、雇用を促進するための 「公共事業の振興」 である。

 だが、そのための財源がない。
 日本ばかりでなく、先進国のどこも似たり寄ったりだ。

 かつては、不況が訪れたときには、財政出動によって景気を刺激するだけでよかった。
 そうすれば、経済が活況を取り戻し、税収も増え、財政出動で減った分だけの財源を賄うことができた。

 だが、それは、経済が右肩上がりで成長を続け、それにともなって人口が拡大していく時代の話である。
 それとまったく反対の方に向かっているのが、今の日本だ。

 こうなると、社会を 「閉塞感」 が覆う。
 あらゆる面で 「先が読めない」 という状態が続き、その不安感が、人々の消費を鈍らせる。

 その結果、モノが売れず、企業の体力が弱くなり、企業は社員のリストラや給料カットでしのがなくてはならなくなる。
 そうなると人々の生活はさらに圧迫され、ますますモノを買わなくなる。
 これが世にいう 「デフレスパイラル」 の構造だ。

 では、そこから脱出する方法はあるのか?

 ひとつは、時代の先を見ようとして不安になるのだから、もう先など読まないことだ。

 そもそも、こういう状況では、もう人間が 「先を予測する」 のは無理。

 アメリカとソ連が東西に分かれてにらみ合っていた冷戦時代までは、まだ地球上の民族は 「国民国家」 単位で経済活動を行っていたから、先が読めた。

 ところが、冷戦が終結し、ソ連や東欧の社会主義陣営までが市場経済を取り入れるようになると、市場が一気に地球規模にまで拡大することになり、その “先読み” を不可能にした。

 このようなグローバル経済の世の中では、ひとつの国の経済危機が、思いもかけないような早さで世界に飛び火し、どこで、どのような影響が出てくるのか、そう簡単に読めないようになってしまう。

 もともと経済というのは、人間の欲望によって駆動されるものである。
 「カネが欲しい」 「うまいものを食いたい」 といった人々の欲望の総和が、その民族や国家単位の経済活動となって世の中を動かしてきた。

 そのような国家単位で 「経済」 を見るだけなら、国家を構成する民族のキャラクターが経済活動にも反映されるから、多少は 「先が読めた」 。

 しかし、グローバル経済は、文化、宗教、言語、教育レベル、経済格差などすべてが異なる人々のおびただしい欲望によって駆動されていく。

 そこに、各国の企業の複雑な思惑が絡む。
 今や世界最先端のテクノロジーを一夜にしてくつがえすようなイノベーションは、どんな国から起こるか分からない。

 グローバル経済の世界では、 「敵」 も 「味方」 も存在せず、ただ 「競争相手」 だけがめまぐるしく変わるカオス (混乱) が渦巻いている。

 そのカオスを、今の経済学で解き明かそうというのは、ちょっと無理なのだ。
 グローバル経済の行く末を 「見る」 ということは、どんな優秀な経済学者でも不可能に近い。

 そのようなカオスの中においても、人間の 「欲望」 というものが一定程度の形を整えているのなら、まだ分かりやすい。

 ところが、一人の人間がいつも同じ欲望を抱くということなどありえない。
 人の行動は、必ずしも合理的ではない。
 人の欲望も、定形性がない。

 要するに、それらは数値には還元できないものだったのだ。

 それなのに、数学や統計学の手法を用いた数理経済学や金融工学は、そのような人間の欲望をベースにした経済行動を、あたかも可視的で計測可能のようなものとして扱った。

 データ化して数値化されたものは、確かに一見、実証性の高い科学のように見える。
 しかし、それが “見せかけ” だったことは、今度の米国サブプライムローンの破綻から生まれたリーマンブラザースの崩壊、それによる世界危機へ至る流れの中で実証されてしまった。

 そう考えると、 「経済学」 などという学問が成立する方が不思議に思えてくる。
 「占い」 とどこが違うのだろう?
 テレビに出てくる経済学者たちは、みな筮竹 (ぜいちく) などを持ってグニャグニャかき回していた方がサマになりそうだ。

 しかし、絶望するのはまだ早い。

 どうすればいいのかというと、結局は無駄なものにお金をつかうしかない。

 テレビなどで、家計やりくり番組を見ていると、 「経済に明るい」 とかいうオバさまが出てきて、賢い消費とか、倹約の方法とか教えてくれるけれど、逆なのだ。

 今の世の中では “無駄” と思われるようなところに、ドーンとお金を放出するのがいいのだ。 

 「無駄なもの」 につかうというのは、浪費という意味じゃない。
 もちろん、それも時には大切なことかもしれない。

 しかし、そういう意味ではなく、 「心が豊かになるもの」 にお金を投資するということなのだ。

 本を買って読む。
 好きな映画をさんざん観る。
 キャンピングカーを買って旅行に出る。

本を読む

 要するに、 「すぐに成果の出ないもの」 に投資する。
 今日や明日に投資額を回収しようという発想はだめ。

 そのことを、今の経済社会は忘れている。

 今の経済学は、数理経済学や金融工学が中心となっている。
 これは、人間の心に生じる 「解明できないもの」 を無視することによって発展してきた学問体系である。

 すなわち、 「儲け」 にならないもの、数値化できないものを排除して成立する思考様式だ。
 具体的にいうと、 「哲学」 と 「倫理」 を置き去りにした学問である。

 だから、金融経済が主流になる世の中になると、道徳とか倫理とか、文化とかいうものへの関心がどんどん薄らぐような環境が生み出されてくる。
 そうなれば、世の中が殺伐としたものに感じられてくるのは、当たり前である。

 今の時代に、人々が感じる 「不安感」 というのは、経済現象の先行きが見えないところから来るというよりも、むしろ、人々がお互いの “人間味” が読めなくなってしまったことに由来するといった方が正しい。

 もともと、経済学というのは、お金を中心に考える学問なのだから、本来ならば人間の欲望の解明などと密接に関わり合う、広い意味での 「人間学」 であったはずだ。

 そういう人間学のようなものは、すぐには答が出ない。
 代わりに、それに打ち込むことによって、 「今」 が充実する。

 「先」 を読んで、少しでも人より有利に立とうなどと考えるよりも、 「今」 を生きた方がいい。
 「今の自分」 を豊かにするものに、積極的に投資する。

 そうして金を環流させていくしかない。

 「今」 を充実させることに力を入れた方が、結果的に、より良い将来を招き寄せることになるはずだ。

 関連記事 「デフレの脱却法」
 

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:48 | コメント(6)| トラックバック(0)

クリスマスデート

 クリスマス・イブを最愛の恋人と過ごすという 「クリスマス・デート」 がここ数年、ずいぶん様変わりしてきたらしい。

クリスマス飾り

 もう昨年のデータだけど、日経MJから 「若者の意識調査」 というものが公表されたことがある。

 それによると、現在30~44歳の既婚者の中には 「20代独身当時にクリスマスにデートした」 人が84パーセントもいるのに対し、現在の20代では、クリスマス・デート経験者が7割を切り、それも 「高級フランス・イタリア料理店」 などに行くケースは目立って減少し、 「居酒屋」 の比率が高くなっているという。

 クリスマスの夜を過ごす場所も、都市ホテルやラブホテルが減ってきて、代わりに 「自分または相手の部屋」 が増える傾向にあるとか。
 
 プレゼント品も様変わりを遂げつつあるようだ。
 バブル時代の独身男性は、宝飾品、花、バッグなどを相手の女性に贈るのが当たり前で、この傾向が宝飾品販売などをも活気づかせていた。

 しかし、最近のプレゼントでは、安価で手軽な商品が主流となり、 「ぬいぐるみやキャラクター商品」 、 「お菓子」 などが多いんだそうだ。

 一方、相手がいるいないにかかわらず、クリスマスの夜は、自宅と家族で過ごすという若者も増えてきているらしく、ホテルが企画する年末・年始プランでも、 「家族と一緒にお節料理などを食べるプラン」 などというのが、好調であるらしい。

 若者たちのこのような傾向は、すでに各メディアによっていろいろと報道されているけれど、それでも最近の若者たちの意識構造はあまりにも変化が激しくて、時々ついていけないことがある。

 たとえば、今の20代の若者たちは 「合コン」 を敬遠しているというようなデータが出てきたときは、正直驚いた。
 
 テレビなどのバラエティ番組を見ていると、あいかわらず 「合コン」 ネタで盛り上がっているものが多いので、合コンは今の “若者文化” の主流であるように感じていたけれど、そうでもないらしい。

 「合コンに積極的に出かけるか?」 ということを尋ねたところ、30~44歳既婚者では、 「かつて積極的に出かけた」 と答えた人が16パーセントもいたのに対し、20~24歳の独身者では、7パーセント台に落ちてしまうらしい。

 今の若者層は、お酒そのものを飲まなくなっているし、あまり仲の良くない他人に混じって、無理に話題を合わせるなどということが苦手。
 さらに、恋愛そのものに手間ヒマやお金をかける意欲自体が低く、異性に気をつかうよりは、気心の知れた同性と過ごしていることを楽だと感じるという。

 そういう20歳代の男たちを、世の中では 「草食系」 などと呼ぶ。

 そのような草食系から見ると、合コンなどでお目当ての女性に対し、必死に自己アピールをしている男たちというのは、 「カワイソーな人」 とか 「イタい存在」 に見えるらしい。

 「あそこまで醜くはなりたくねぇな…」 というのが、草食君たちの美意識なのだ。

 彼らには、女を支配するしか念頭にない旧来の 「男文化」 というものに対する蔑視があるようなのだ。
 だから、そのような 「男文化」 を象徴するマッチョなもの、男臭いもの、汗くさいものに対する強烈な違和感、嫌悪感を持っている。

 われわれのような老齢世代からみると、30代以下の人々はみな 「若者」 にしか見えないのだけれど、どうやら今の20歳代というのは、過去に登場してきたすべての 「若者世代」 と一線を画しているらしい。

 彼らは旅行をしない。酒は飲まない。スポーツにも熱中しない。
 なによりも、大人たちを困らせているのは、クルマに興味がない。

 自動車産業は、国を代表する機関産業であるから、産業としての裾野も広く、就業人口も多い。
 その自動車を買ってくれない人たちが増えてしまえば、それは日本経済が立ちゆかなくなることを意味する。

 だから、彼らは、ときどき産業社会を生きる先輩たちからは、 「亡国の徒」 のようにいわれることがある。
 「日本の経済を縮小させる “危険分子” 」 …であるとか。

 しかし、産業社会の方が変わっていかなければ、彼らの真意もニーズも読めない。

 たぶん、この若者たちは、今までの 「文化」 も 「マーケット」 もみんな変えていくだろう。

 彼らは、ひょっとしたら高度成長期からバブル期に青春を送った60歳代、50歳代、40歳代、30歳代の人々が、自分たちが 「若者」 だったときに見失っていた何かを再発見した人たちかもしれないのだ。

 今の日本の文化もマーケットも、彼らの美意識には追いついていないだけなのかもしれない。 

 たまたまだけど、深夜のNHK・BSを見ていたら、 『マンガ夜話』 で志村貴子の 『青い花』 の特集をやっていた。
 ところが、不思議なことが起こった。

 あの才気とひらめきに恵まれた夏目房之介、いしかわじゅん、岡田斗司夫というレギュラー陣たちが、 『青い花』 というマンガを前に、ほとんど解説不能に陥ってしまっているのを見てしまったのだ。

青い花アニメジャケ

 志村貴子の 『青い花』 は、女子高生同士の同性愛をテーマにしたマンガなのだけど、若い女性だけでなく、相当数の若い男性読者を持っているらしい。

 そのマンガが、なぜ若い女性たちだけでなく、同年代の男子たちをも魅了しているのか。

 レギュラー解説者たちは、みなその理由を考えようにも、誰もが今まで使っていた言葉では表現できない世界にブチ当たってしまい、みな説得力を持った発言ができないまま終わってしまった。
 手塚治虫なら、あれほど雄弁に語り合えた人たちなのに…。

 夏目房之介も、いしかわじゅんも、みな鋭い感覚を持った論客たちだが、彼らをしても、今の10代~20代の女の子や男の子が愛するマンガを語る言葉を、もう持てないのだ。

 それは、夏目氏やいしかわ氏が少年だった頃に見たマンガよりも劣っているからか? 
 私ははじめて見た絵だったけれど、繊細で、上品で、とても優美な線で描かれたマンガだった。
 夏目氏たちも、それは認めた。

 しかし、そのマンガの持つ現代的な “意味空間” を捉える方法論が、今までのマンガのものとは異なっていることに、彼らが戸惑いを感じているという言い方が正しい。

 現役世代として、 『青い花』 を愛読している喜屋武ちあき、村井美樹といったゲストが、 「当たり前のマンガなのに…」 という当たり前さが、団塊世代ぐらいの感性では、捉えきれない。

 団塊世代は、 「前衛」 とか 「アバンギャルド」 というものには強いけれど、今の若者世代の意味する 「当たり前」 というものを、どう言語化していいのか分からない。

 そういうことを見ても、もう若者たちの間には、今までとは違う文化とマーケットが生まれていると考えざるを得ない。

 クリスマス・イブとは関係ない話になってしまった。
 続きは、またいつか…。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:46 | コメント(2)| トラックバック(0)

想像力の時代

 円高基調で推移する経済の流れに、輸出関連産業は四苦八苦。
 一方、相変わらず内需喚起もままならない。
 構造的なデフレはますます深刻化する気配を見せる。

 だが、ここのところ、 「もうしょうがないじゃないか」 と、事態を容認するような声が、あちこちから少しずつ聞かれるようになってきた。

 あきらめ…というのとは、少し違う。

 経済状況が、この先もう好転することがないことを認めたうえで、企業も個人も腹をくくって、 「考え方」 そのものを変えていこうじゃないか。…というのが、 「しょうがないじゃないか論」 の基本的な趣旨なのだ。

 嘆いても、何も始まらない。
 ならば、この落ち込んだ状態を 「スタート地点」 だと割り切り、そこから何ができるかを 「白紙」 の状態で考えていく。
 開き直りといえば、開き直りだが、 「失うもの」 に怯えるよりも、 「獲得できるもの」 を考えていこうという意味では、 「もうしょうがいじゃないか」 という境地から出発することは一歩前進なのかもしれない。

 ただ、主張する論者によって、若干のニュアンスの違いが出る。
 大別すると2タイプの意見があるようだ。

 ひとつは、 「景気後退が常態化すると、会社に頼れないから、個人が自立しなければならない」 と説くような主張。

 もちろんこれは、かつての脱サラのようなものを示唆するものではなく、会社に雇われながらも、常に自分自身マネッジメントして、会社が倒産しても困らないようなスキルを身につけておこう…というアドバイスとセットになった主張だ。

 具体的な心構えとしては、
① 仕事がうまくいかない理由を、会社の上司や景気などのせいにしない。
② 失敗の理由などの 「言い訳」 をつくらない。
③ 会社の看板で仕事をするのではなく、個人のブランド力を高める。

 …などと、わりと正統的な指導が行われているようだ。
 もちろん大事なことかもしれないが、別にそれは当然といえば当然なことで、不況とかデフレに関係ないことのように思う。

 それとは別に、こういう時代を 「内省の時代」 ととらえ、今まで 「成長」 とか 「膨張」 に向けていた目を、自分の内面に転じて 「心の豊かさ」 を追求しようと説く主張もある。

 『悩む力』 などのベストセラーを持つ姜尚中さんなどはそのタイプで、 「自分のライフスタイルを “身の丈” に応じたものに切り替え、外部的な広がりを求めて支出・消費していた生活を、内面強化に向けよう」 と訴える。
 彼にいわせると、こういうデフレ時代というのは、 「個人個人が、自分に合った価値観や幸せを問い直すいい時期」 なのだそうだ。

港の夕陽001

 私などは、こういう意見に、わりとスンナリ賛成できる。
 ここ数年、日本でもアメリカでも、未曾有の金融危機が経済を襲い、金融エリートたちが一気に凋落し、億万長者が一夜にして破産したりする例を私たちはたくさん見てきた。

 それは 「金のために金を回転させる」 という経済感覚の危うさを人々に教え、 「お金は何のためにあるの?」 という問を発生させるきっかけとなった。
 つまり、 「幸せをつかむには、何にお金をつかえばいいのか」 という問題意識を、人々の脳裏に浮かび上がらせることになったわけだ。

 何に対してお金をつかえば幸せの実現につながるかと考えるとき、それこそ人の数ほど答は出てくるだろうが、私がいいなぁ…と思うのは、 「心を豊かにするもの」 に投資している人。

 本なんか買ってじっくり読んでいる人もいいと思うし、映画や音楽の観賞にお金を割いている人もいいと思う。

 優雅なバーなんかで、一人でゆったりとウィスキーを楽しんでいる人などにも憧れるし、山の温泉などにのんびりと浸かり、木陰を吹く風の音に耳を澄ましている人なんかも、うらやましいと思う。

 自然の中にキャンピングカーで入り、コーヒーなどを飲みながら、鳥の声を聞いている人たちなんかも素敵だなあと思う。

 要するに、お金をあくせく使っていない人たち。
 つまりは、そのお金で 「時間を買っている」 ような人たちに、私は期待している。

 そのような投資がなぜ良いかというと、心が豊かになるからだ。
 心が豊かな状態とはどんな状態か?
 それは、頭の中が、新鮮な 「想像」 に満たされた状態のことをいう。

 それはどんな状態か?

 自分なんかを例にとると、たとえば、真っ青な空に、一条のひこうき雲が上昇している光景を見て、ふと荒井由実の 『ひこうき雲』 を連想し、そのメロディーが頭の中に流れ、空の青さと雲の白さの対比に感動すること。
 そして、幼いままついえてゆく子供の 「人生」 が何であったかと思い巡らすこと。
 そして、命の切なさと、命の輝きに想いを馳せ、それに神妙になること。
 …そんなことだ。

飛行機雲001

 想像の世界で遊べる人は、どんな貧しいシチューエーションからもそれに応じた 「物語」 を汲み上げることができるので、少ない投資で、現実以上の豊かさを味わうことができる。

 想像力は、鍛えれば鍛えるほど、鋭敏に働くようになる。

 想像力の母胎となるのは知的教養だから、それにお金をかければかけるほど、想像力が思い描く世界もますます深く、豊かなものになっていく。

 だから、想像力を飛躍させるための投資なら積極的にした方がいい。
 得られるものが、どんどん大きくなっていくことが、そのうち自分でも分かるようになってくる。

 想像力が豊かになってくれば、人の 「立場」 に立って物ごとを見る目も養われてくるから、相手に対する誤解も減り、優しくもなれる。

 自分以外の 「人」 の存在に気づく…とでも言おうか。
 「優しさ」 とか 「思いやり」 とか 「謙虚さ」 とかいうのは、他者に対する想像力の産物なのだ。

 そして、その想像力が、 「人」 から 「自然」 に向かえば、自然を加工したり、無理やり変形しなくても楽しめる方法も見出されてくる。

 山林を伐採して造られた人工的なリゾート施設よりも、あるがままの自然を美しいと感じる感性も生まれてくる。
 何もない状態のなかに、豊かな 「物語」 を感じる感性は、ひとえに想像力から生まれてくるのだから、想像力を鍛えることは、人と自然の調和に想いを馳せることにもつながる。

河の夕陽001

 社会や経済が膨張したり、拡張したりという華やかな時代を経験すると、今の時代はすべてが縮小していくような寂しい時代に見える。

 しかし、本当は違う。
 豊かな想像力を駆使して、安く遊べる時代が来ているといえるかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:23 | コメント(2)| トラックバック(0)

答は風の中

 ボブ・ディランというアーチストは、われわれの世代、つまり60年代、70年代に青春を送ったような人たちにとって、その生き方に大きな影響を与えた人であるようだ。

ボブ・ディラン1966

 カスタムプロ ホワイトの池田さんが、その連載エッセイ (答は風の中) の今月のテーマに選んだのも、ボブ・ディラン。

 ラジオから流れてきた 『風に吹かれて』 が、キャンピングカー旅行への夢を育み、それがきっかけで、ビルダーへの道を歩んだという。

 エッセイのタイトルである 『答は風の中』 という表題も、この歌から刺激されたものだそうだ。

 池田さんはいう。
 「虚空に鳴る風のようなギター。
  大草原を転がっていく枯れ草のような声。
  ボブ・ディランの歌は、とてつもなく広がった大平原を男が一人で渡っていくときの 『旅の歌』 のように聞こえた」

 私と同じように考える人もいたものだと思う。

 例によって、池田さんのエッセイに簡単な感想も添えた。
 興味をお持ちの方は、そちらの方もぜひ (↓) 。

 http://www.campingcar-guide.com/kaze/043/

 関連記事 「荒野のディラン」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 22:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

デフレの脱却法

 デフレの時は、 「腕振れ!」
 まずは、オヤジギャグで。

 元気よく腕でも振ってさ、朝早く起きて散歩する。
 とりあえず、そこから出発だね。

 ここんとこ、テレビのワイドショー見ても、新聞を開いても 「デフレ、デフレ」 の大合唱。

 専門家たちは、
 「もう日本は、デフレスパイラルに陥った」
 とか、
 「このままいけば、デフレスパイラルに突入」
 みたいなことばかり言うけど、
 「じゃーどうすればいいの?」
 ってことには、なに一つ答えてくれない。

 デフレスパイラルとは、企業の収益悪化 → 給与の減額やリストラ → 商品の売れ行き低下 → ますます企業の収益悪化 …という悪循環のことをいうわけだから、そのままいけば、 「日本沈没」 を意味する。

日本沈没

 これ、マスコミが悪いよ。
 そんな現象ばかり報道したって、何の意味もない。
 消費者の首はますます縮こまって、カメの首のように甲羅の中に潜り込んでしまうばかりだし、街を歩くエネルギーすら消耗しないように、家に閉じこもるだけだ。

 テレビなどで流す報道は、中小企業の経営者の悲惨な告白か、さもなければ、この不況下でも 「行列のできる店舗」 のどちらか。
 で、行列のできる店舗を紹介するときは、経営者がいかにコストを圧縮して、価格を下げたかという話ばかり。

 でも、そうやって、安売り大合戦ばかり繰り広げていても、そのうち消費者だって、安くモノが買えても別にハッピーになるわけじゃないってことが分かってくるから、 「安売り!」 のかけ声に対する反応も鈍くなっていくはずだ。

安売り

 今のデフレは、世界経済の構造的な変化を背景にしているわけだから、単なる 「値下げ」 で消費が回復するわけなんかない。
 生産技術の進歩や、生産拠点を人件費の安いエリアに移すことによって得られた 「生産性の向上」 が、結果的に需給バランスを崩してしまったことに起因するデフレなのだから、特効薬のような簡単な解決法なんてないんだ。

 あるとすれば、それは消費者の消費マインドを変えることだ。
 商品の供給システムをいじるよりも、消費者の嗜好を変えることが大事なんだね。
 それこそ、マスコミの仕事だけどね。

 結局さぁ、 「経済的に豊かになることがハッピーだ」 という価値観でずっとやってきたから、こうなる。

 バブル崩壊後、 「経済的な豊かさは、必ずしも人間の幸福を実現しない」 って、みんなさんざん言ってきたクセに、頭の芯では、なにも学んで来なかったんだね。

 まぁ、日本はさ、戦後から20世紀の終わりまで、経済的に右肩上がりの発展を遂げてきたわけだから、誰もがその成功体験の中でモノを判断するクセがついてしまっている。
 特に、政治や経済を動かすトップの人たちは年齢的に、みなこの 「右肩上がりムード」 の中で青春を過ごしてしまった人たちだから、そう簡単に自分の感性を組み替えることはできない。

 だから、 「モノを持ってる」 「金を持ってる」 ということが、幸せのバロメーターであるという感覚を捨てきれない。

 そういう感覚しか持ち合わせていなければ、誰だって貧乏は怖いよ。当たり前の話だ。
 そこそこの小金を持っていてさ、別に今日・明日のメシに困らない人たちだって、 「食えないことの恐怖」 に怯えるわけさ。 

 じゃ、どうすればいいのか。

 みんなが、今までとは違った分野にお金をつかえばいい。
 そうやって、お金を回していくしかない。

 では、それって、何?

 「モノ」 より 「ココロ」
 「物質」 より 「精神」

 やっぱ、それっきゃない! って。

 手垢のついた陳腐な言葉だけど、でもやっぱりそういうベタな表現は、人間生活の一面を突いていると思う。

 今こそ、ココロを豊かにするものに金をつかうべきだよ。

 100円ショップへ行って、100円の品物を10個買うなよ。

 その1,000円があったら、映画にでも行けよ、本でも買えよ、スタンドカフェで250円のコーヒー飲むんじゃなくて、クラシック音楽でも流れる公園わきの喫茶店に行って、480円のコーヒーでも飲めよ。

夏目漱石千円

 ハウツーものやら自己啓発書なんか読むより、漱石でも読めよ。
 解らなくてもいいから、美術館にでも行って、絵でも見ろよ。

 そういう 「かったるい」 とか 「無駄だ」 …と思えるようなことにお金を投入するような気分が生まれないと、日本はよくならないって。

 今まで毛嫌いされていた 「知的スノビズム」 。
 そいつこそが、いま本当に必要なんではないか?

 ブンガクとか、アートとかいう “教養” をチラつかせる人間は、今までは鼻持ちならないヤツって嫌われてきたけれど、それは、自分の教養を “物質的価値” として使ってきた人が多かったからなんだね。

 昔は、「わたくし文化的なものに関心を持ってざぁますの」
 って感じで、教養というものを、 “目に見えない” 宝飾品 とか調度のようにひけらかす人たちが本当にいた。

 でも、そういう時代は終わってさ、これからは人に誇示する教養ではなく、自分自身を楽しませるための教養ってのが見直されてくると思うのね。

 で、そういうものに投資するっていう精神が生まれないと、この大不況からは抜け出せない。

 つまり 「見返りのないもの」 、 「即効性のないもの」 。
 そういったものに価値を認め、そこにお金を投入しようという気分を持った人がたくさん出てこないと、今のデフレから脱却できない。

 今日役に立つものではなく、将来になってもあまり役に立たないかもしれない…ってものにお金を使おう。
 「豊かな暮らし」 を買うのではなく、 「心の豊かさ」 に投資しよう。

 で、「心の豊かさ」 があれば、空に浮かぶ雲を見ているだけで楽しいんだよ。
 土手の上から、川を眺めているだけでも面白い。
 心の中で培われてきた教養が、「雲」 とか 「川」 の中に内在するドラマを見出すようになるからね。

 旅行に行ってさ、ただの雲を見ても、
 「あ、フェルメールの絵に出てくる雲だな」
 なんて感じれば、劇的といえるぐらい景色の見え方が変わる。

フェルメール「デルフトの眺望」

 雨の降りしきる川を眺めるときだって、与謝蕪村の句のひとつでも知っていれば、その雨の風情さえも心地よく感じられる。

 画も大事。書も大事。

 だから、メディアの役割は大きいんだよ。
 「浮き世ばなれ」 したものにお金をつかうって、わりと人間を豊かにするよ、ってことを伝えられるのは、メディアしかないからね。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:38 | コメント(6)| トラックバック(0)

怪獣ネトゲ

 「ネトゲ」 という言葉がある。
 「ネットゲーム」 を略した言葉だ。
 単なるパソコンゲームのことをいうのではなく、インターネットを通じて、見ず知らずの他のプレイヤーと一緒になって行う 「オンラインゲーム」 のことを指す。

 このネトゲにハマって、勤労意欲も学習意欲も失い、部屋に閉じこもって、 “健全な日常生活” からリタイヤしてしまう人が多くいるらしいが、そういう人を、特に 「ネトゲ廃人」 という。
 事実そういうタイトルの本も出ていて、話題になっている。

ネトゲ廃人

 それにしても、 “ネトゲ” っていう言葉の響きがなんとも怖い。
 「ネクラ」 の 「ネ」 に、人を傷つける 「トゲ」 がくっついて、なんとも凶悪な感じがする。ウルトラマンに登場する怪獣の名前みたいだ。

 私は、オンラインゲームというものを経験したことがないが、ゲーム依存症の怖さと快楽は知っている。

 現に、この歳になっても、数年サイクルで訪れてくるゲーム症候群にかかると、それに熱中する数ヵ月は仕事をするのも嫌になり、ブログを書く気力もなくなる。外に酒を飲みに行くのも億劫になる。
 ただ、ひたすら部屋に閉じこもって、誰にも会わず、孤独なうすら笑いを浮かべたまま、フラフラになるまで遊び興じていたくなる。

 そういった意味で、ゲームには、人間が身につけなければならない 「社会性」 というものを根こそぎ奪うような力がある。
 パソコンゲームの本当の怖さというのは、人間に 「社会を超えた快楽」 があることを教えてくれるところにあると思う。

 オンラインゲームであるネトゲは、その “秘密の快楽” を、さらに多くの人にウィルスのように感染させていく。

 もし、 「ネトゲ」 という言葉から、一匹の怪獣を連想するとすれば、怪獣ネトゲこそ一番巧妙に 「地球征服」 を成し遂げた怪獣なのかもしれない。
 今までのテレビの特撮モノに出てきた怪獣は、ことごく地球を破壊しようとして、みな正義のヒーローに倒された。

 しかし、怪獣ネトゲは、地球を破壊するのではなく、人々の心に巣くうことで、人間支配を行うとしている。
 現に中国や韓国では、連続プレーによって 「過労死」 するゲーマーの実態が報告され、日本でも、熱中しすぎて仕事を辞めてしまう人々が増加の一途をたどっているとか。 

 日本オンラインゲーム協会の08年度の調査によると、日本のネットゲームユーザーの登録数は約7,500万件で、04年度と比べると、3倍以上の登録数になるという。

 なぜ、それほどネトゲにハマる人が増えているのか。
 
 『週刊朝日』 (12月18日号) によると、それが 「新しいコミュニケーション」 の形をつくり始めているからだという。

 ネットを通じて他のプレイヤーと共同しながらゲームを進める 「ネトゲ」 は、自分一人で遊ぶのではなく、 “仲間” を募ることから始まる。
 顔も性別も、年齢も職業も知らない同士が、共通の目的を達成するために、ゲームを通じて共同作業を行うようになる。

 そこから連帯感も信頼感も生まれることになるのだが、実は、苛酷なリアル世界でいじめられた人間が、ゲームを通して得られた仲間同士の励ましによって、 「生きる勇気を与えられた」 ということがよくあるらしい。

 雑誌に書かれたレポートでは、ゲーマー同士の交流から、うつ病からの脱却を果たしたOLの話や、実際の家族からは得られなかった温かいコミュニケーションを獲得して、自殺を思いとどまった高校生の話なども出てきた。

 そういった意味で、 「ネトゲ廃人」 という恐ろしげな言葉とは裏腹に、ネトゲには、ネトゲの意味も価値も立派に存在していることも事実なのだ。

 ただ、肝心なことは、そのような信頼感を分かち合う 「相手」 が、リアル世界ではいったい誰なのか分からないということだ。
 逆にいうと、ネトゲの世界というのは、自分の正体を知られることなく相手と仲良くなれるという、なんとも魔法じみた特殊な空間なのである。

 そこに “ネトゲ・コミュニケーション” というものを読み解くカギがあるような気がする。

アトランティカ001

 仕事場においても、学校においても、家庭の中でも、リアル世界で生き抜くということは、全身をプロテクターで包み、自分の弱いところを徹底的に防御して生きていくことに他ならない。

 ところが、ネットゲームにおいては、自分をさらけ出さなくても、自分がゲーム上に築いたキャラクターが相手との対話を務めてくれる。
 だから、本当の自分は傷つくこともないし、自分が見せたい 「自分」 だけをゲームキャラクターに託して、架空世界に遊べばいい。

 ビジュアル的に女性にモテないと思い込んでいる男性でも、ゲームの中では “白馬に乗った王子” のような華麗なスーパーヒーローを演じることもできるし、女性の場合は、女であることを隠して、男同士のボーイズラブ的な疑似友情の世界に埋没することもできる。

 ネトゲでは、まず自分が身を隠すことによって、世界が広がっていく。

 こういう考え方を、リアル世界に生きる人たちは、どこかイビツだと思うかもしれないし、 「人間なんてそんなもんじゃねぇ、甘えるな!」 としかりたくなるかもしれない。

 しかし、ゲーマーたちが、この現実から逃避したくなる世界って、いったいどういう世界なんだ? …ということも考えなければならない。

 恒常的な停滞現象を起こしている世界的な不況は、世の中の成長神話をすべて停止させた。
 環境問題も、人口問題も、食糧問題も、同時多発的に吹き出してきた。
 世の中のどこを見渡しても、世界が縮小し、衰弱していくという気配に満ち溢れている。

 そういう世の中になると、人々はますます猜疑心を強め、人間関係においても、一定程度の距離以上には近づかないようにして、身を守ろうとする。
 「人を助ける面倒を避ける」 ということだ。

 そのような自己中心的な防衛意識を持った人々は、笑顔の作り方や、礼を尽くすときの修辞には長けるようになるが、相手の表情を読みとって、瞬時に相手の求めるものに応えてやろうというような、面倒くさいコミュニケーション回路は閉ざそうとする。

 このように、 「人とじかに会う」 ことの意味合いが、昔と今では変わってきている。

 「素顔」 は必ずしも、人間の真実を伝えない。

 生身の人間同士が顔を合わせて接触することを、よく 「フェイス・トゥ・フェイス」 といい、それをコミュニケーションの前提のように考える人はいまだに多いが、しかし直接顔を合わせたとしても、それが 「マスク (仮面) ・トゥ・マスク」 であったとしたら?

 ここで、逆説が生まれる。

 ネトゲに生きる人々とは、もしかしたら、リアル世界で称揚されている 「フェイス・トゥ・フェイス」 のコミュニケーションの中に、 「マスク・トゥ・マスク」 の無気味さを感じとってしまった人たちなのかもしれないのだ。

 人間のマスク (仮面) を被った人たちがしゃべることに、果たしてどれだけの真実味が含まれているというのか?
 その人の言っていることは、最後まで自分を裏切らないか? 

 そういう不安定感や不信感を漂わせるリアル世界に対し、ネトゲの架空キャラたちは裏切らない。
 時には、自分を犠牲にしてもパーティ (仲間) を守ってくれることがある。

 そこに、リアル世界を支える 「社会」 とは異なる 「社会像」 が生まれつつあると感じる人はいるだろう。

 「ネトゲ廃人」 という社会現象が起きたのは、 「ネトゲ廃人」 を問題視するリアル世界の方が、むしろ硬直化して、閉鎖的になっており、ネトゲ世界よりはるかに演技的で、擬似的で、匿名的な世界であったということを物語ってもいるかもしれない。

 ゲームには、人間が身につけなければならない 「社会性」 というものを根こそぎ奪うような力がある。
 ……ということを先に書いた。

 それはゲームが悪いのか?

 むしろ、ゲームに奪われてしまう程度の 「社会性」 の方に問題があるんではないか?


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:04 | コメント(6)| トラックバック(0)

10年前の今日

 実母の葬儀を執り行ってから、ちょうど10年になる。
 今思うと、やはりそのときも仕事が忙しいときだった。

 12月1日の早朝、入院させていた病院から様態が不安定だという連絡が入り、カミさんと長男を連れて、急いで病院に駆けつけた。
 母親の目は開いていたが、雲がかかったように濁っており、すでに意識はなかった。
 
 担当医の診断によると、
 「もって今週の末。もう少し延びても、来週の末」
 という話だった。

 「まだ時間はあるな」
 と思い、息子とカミさんを病院の外に連れ出して、近くのドトールに入り、コーヒーとトーストの朝食をとった。

 約1時間後に病室に戻ると、すれ違った看護婦さんの顔に緊張した表情が浮かんでいたので、妙だな…と思った。

 さっきまで開いていた病室のドアが閉ざされている。

 入ると、母親の顔に白い布が掛かっていた。

 思わず、 「あ……」 と息を呑んだ。

 看護婦さんの話によると、われわれが退室した直後だったという。
 われわれが去った後、急激に脈拍が低下し、わずか10分で息を引き取ったのだそうだ。

 病院まで駆けつけながら、死に目に遭えないというのは、なんたる親不孝かとも思ったが、逆にいえば、われわれが駆けつけるまで、懸命に持ちこたという言い方もできるのかもしれない。

 その前日の11月30日。
 母親の92歳の誕生日を祝うために、一人で病院に見舞いに行った。

 仕事のスケジュール上、早い退社の難しい時期だったが、母親の誕生日だということで、無理に7時には退社し、プレゼントンとして、クリスマスソングを奏でる釣鐘型のオルゴールを携えて病室に入った。

 4人部屋の病棟に、入院患者は2人だけだった。
 夜の病室は、うす暗い静けさに満たされていた。

 病室の窓の外では、お堀端を行き交うクルマのヘッドライトが流れ、その向こうに、街のビルを覆うクリスマス・イルミネーションが見えた。

 母親はこんこんと眠っており、頬を叩いても、手を握っても応答がなかった。

 まぶたを無理やり開くと、目がドロンとしており、生気がない。
 もうこれが最後の誕生日か…と思った。

 ベルの形をしたオルゴールをそっと鳴らしてみたが、聞こえているのか、聞こえていないのか分らなかった。
 魂に届いていることを信じて、手を握ったまま、30分ぐらいじっとしていた。

 亡くなったのが、その翌日だから、最後の誕生日を祝ってもらうのを確認してから死んだことになる。
 ちゃっかりした性格だったのかもしれない。

 葬儀の前に、母親が好きだったスラヴァの 「アヴェ・マリア」 や、ビートルズの 「レット・イット・ビー」 などを収めた音楽テープを作り、当日は斎場にそれを持ち込んだ。

 仏式の葬式には似合いそうもない曲ばかりだったが、故人の好みの音楽だから…という理由で、ためらいもなく流した。
 
 母は明治の終わりに生まれ、大正デモクラシーの雰囲気の中で育った。
 そして昭和初期のモダンボーイ、モダンガールといわれた先端風俗の中で自分の個性を伸ばしていったようだ。

ギャラクシーと母4

 私を生んでからも、奇抜なファッション、奇抜な髪型で街を闊歩 (かっぽ) し、周りの人が動転したり、目をそむけたりするのを、むしろ面白がって生きていたようなところがある。

 老年になると、さらにその嗜好に拍車がかかり、近所に買い物に行くときですら、未開人のお祭りのような奇抜な衣装を身にまとい、周囲の人々からは、半ば呆れ顔で眺められていたような気がする。

 まだビートルズが、単なる騒々しいロックバンドとしか思われなかったデビュー時代に、 「この音楽は、やがて20世紀を代表する音になるだろう。彼らは次の時代にはベートーベンやモーツァルトと同じ様な扱いを受けるだろう」 などと予言したりしていた。

 今でこそ、この見解は驚くに値しないが、当時50歳か60歳ぐらいの年齢の人間が言ったにしては、奇異な感受性を感じさせる発言だったかもしれない。

 自分がこの母親から受け継いだものはけっこう多いように思う。

 本を読むのが好きな女だったので、家には、当時無名だった塩野七生の 「ルネッサンスの女たち」 とか、森茉莉の 「戀人たちの森」 、 柴田翔の 「されどわれらが日々」 、バートン版の 「千夜一夜物語」 などという小説のほかに、古典派やロマン派などの美術全集がゴロゴロしていた。

 そんなものに手を触れながら、自然に読んだり、目を通していたことが、今の自分の嗜好を決定してしまったのかもしれない。

 自分が母から受け継いだものは、そういう文化的な嗜好のほかに、図々しい楽天性だろう。

 周りの人間がどう思おうと、自分の生きたい人生を生きるのが人間の一番の幸せなのだという、ある意味で唯我独尊、傍若無人というか、徹底した個人主義的な感受性を自分はそっくり受け継いだように思う。

ギャラクシーと母3
 
 そういった意味で、私は今もって 「母親の支配下」 にあるのかもしれない。
 母の死後10年。
 いまだ現役のマザコン男である。

 この10年、必ずしも、毎年命日を思い出していたわけではない。
 しかし、なぜか今年は、その亡くなったときの様子をはっきりと思い出す。
 
 最後の誕生日を祝いに行った、あの静まりきった病室の窓から見えるヘッドライトの流れを思い出す。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:05 | コメント(2)| トラックバック(0)

明るい未来とは?

 将来に希望の見えない時代が続いている。
 メディアの報じるほとんどの未来予測も、日本や世界の行く末を悲観的に語る論調に溢れている。

 こういうときに、反対の見方を提示する意見には注目が集まる。

 だから、たとえば、日本の 「少子高齢化」 社会の到来について、
 「それは民主化・都市化がもたらすものの必然的な結果であり、社会・経済の阻害要因と捉えてはならない。
 むしろ、長寿国という理想をようやく達成したことを誇るべきである」

 …というような意見が、経営の行き詰まった企業人たちに、好意的に評価されるらしい。

 企業経営というのは、 「未来に展望が開けている」 というポジティブな気分が高揚したときに促進されるわけだから、たとえ市場が狭まる予測がなされても、そこに自社の生き残りを賭けられるだけのビジネスチャンスがあれば、経営者たちは元気になれる。

 そのような 「明るい未来」の “探索” を、社会や経済の動向を見据えながら、文明史的な観点で行っている人が、批評家の東浩紀 (あずまひろき) 氏だ。

東浩紀氏002
▲ 東浩紀氏

 東浩紀氏が、最近展開しようとしている言論は、 “悲観的な未来” に対して、視点を変えることで、そこに新しい 「希望」 を見出そうという試みのように思える。

 世界には、飢餓や貧困が蔓延しているように見えるが、氏は、 「僕たちはかつてなく労働生産性の高い時代に生きている」 という。
 「飢餓は、生産性が低いからではなく、配分が歪んでいるからこそ起きているのだ」 と氏は語る。 
 だから 「富の再分配」 こそが、現代社会の大きなテーマだという。

 そこで、東氏がいま注目しているのは、現代社会で拡大しつつある 「無料」 サービスだ。
 グーグルやユーチューブなどのネット社会では、現在無料サービスの拡大がすさまじい勢いで進んでいるが、アメリカでは、さらに航空券や電気自動車の無料化の試みも進んでいるらしい。

 東氏は、クリス・アンダーソンという人が書いた 『フリー』 という著作を引用し、そのような無料化は 「公共性の確立」 を可能にするものではなかろうか? と洞察する。 (週刊朝日12月11日号)

クリス・アンダーソン「フリー」

 今までは、このような先進国で行なわれているネット上の無料サービスを語るときは、必ず、 「発展途上国からの富の収奪や消費者からの搾取があるからこそ成り立っている」 と指摘された。

 しかし、氏は、無料化の普及は 「資本主義は労働者の富を搾取する」 という発想そのものが通用しなくなる現象を示しているという。
 つまり、 「無料化が進む世界」 とは、古い社会の言葉でいえば、 「公共性」 が確立される世界である、というのが氏の判断なのだ。

 「公共性の確立」 とは、別の言葉でいえば、 「富の再分配」 ということにほかならない。

 氏は、アンダーソンの著作から、次のような箇所を引用して紹介する。

 「グーグルは、今や無数のサービスを世界的に無料で提供するという公共的な存在と化している。
 そして、そのような公共化 = 無料化が実現されてくる背景には、いっぽうで記憶容量や通信帯域の圧倒的な低価格化 (資源の潤沢化) があり、他方では、1割の富裕ユーザーが、9割の一般ユーザーのコストを支払うという構造がある」

 その構造こそ 「富の再分配」 の構造なのだ。

 アンダーソンの著作は、ネットワークが経済のほとんどを覆う時代になって、富の再分配のメカニズムが自然に生まれつつある過程を記述している、と東氏はいう。


 氏は、かつて 「ベーシックインカム」 という考え方を日本に紹介したことがある。
 ベーシックインカムとは、年齢や所得などの制限がなく、国民全員に定期的な現金給付を行い、 「まったく働かなくても、とりあえず生存は確保される」 社会をつくろうという思想のことをいう。

 もしそれが、現実社会に導入されるようになると、むろん税は高くなるが、代わりに社会保険料はなくなるし、行政コストも下がる。
 ある試算では日本で導入した場合、所得税一律45パーセントで、ひとり月8万円の給付が可能になるとのこと。
 4人家族なら32万円の計算になるので、増収の世帯も少なくないとか。

 これは、先ほど紹介したサービスの無料化による 「富の再分配」 の問題と密接につながってくる話だ。
 つまり、 「富の再分配」 によって 「公共性」 が実現されるということを、税制的なヴィジョンとして提示しているのが、このベーシックインカムのアイデアである。

 東氏は、このベーシックインカムに、経済的な意義よりも、むしろ思想的な意義を見出している。

 すなわち、 「働かざるもの、食うべからず」 という近代の資本主義社会の原理そのものを転換させる思想になるのでは? …というわけだ。

 氏はいう。

 「資本主義は、労働なくして存在しない。
 近代国家は労働者を育てるために作られた組織で、自由主義も社会主義もその前提は変わらない。きちんと働き、きちんと生産し、きちんと消費する主体、それが近代人の理想である。
 しかし、ベーシックインカムは、そのような “きちんと” の回路から漏れた人を、漏れたまま肯定し、生存の場所を与える原理として提案されている。
 これは、実にラディカルな社会観の転換ではなかろうか」

 氏の展開したベーシックインカムの思想は、テレビのトークショーなどでも、けっこう若者たちの支持を受けたという。

 今の若者が社会に対して意見を言う場合、ともすれば 「非正社員の正社員に対する嫉妬」 とか 「自分たちの世代からの引退世代への怨嗟 (えんさ) 」 だけになりがちだった。

 しかし、ベーシックインカムの思想は、そのような心情的な反発にとどまらない生産性のあるヴィジョンとして、若い世代だけではなく、上の世代からも支持されたらしい。

 このように、東浩紀氏は、既存のメディアが報ずる悲観的な未来図に対し、徹底的にポジティブな未来像を対置させていく。
 そして、そのことが 「パラダイムシフト」 を起こすための起爆剤になるという信念を失わない。

 その背景には、今までの日本の論壇を牛耳ってきた、観念的な文系イデオローグたちへの批判が込められていると見てよいだろう。

 だから、氏は、アンダーソンの著書の紹介文を、次のような言葉で締めくくる。

 「様々なネット関連の書を通じて世界を見ると、それらが新しい国家論や社会論に見えてくる。
 社会思想の専門家が人文書だけ読めばいい時代は、終わり始めている」

 確かにそうだろう。
 東氏のように、専門的なウェブ論を展開できる論客でなければ、これからの政治も経済も、思想も文化も語れまい。

 しかし、氏が展開しているのは、あくまでも 「展望」 に過ぎない。
 そして、 「展望」 というものは、往々にして、実現されたときは大いに形が変わっているか、もしくは実現されないまま終わる。

 氏の未来社会の展望には、どこか、19世紀末に資本主義社会から共産主義社会の展望を模索した思想家たちが描いたヴィジョンの匂いを感じる。
 そこには、壮大な 「夢」 を描くときの爽快さと、危うさが同居している。

 そういった意味で、氏の展望する未来図は、現段階においては 「モノを考える」 ための鍛錬の材料でしかない。

 しかし、この “鍛錬の材料” をスルーしてしまう思考からは、もはや何も生まれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

ホッパーの晩秋

 晩秋。
 この秋の最後の日曜日だ。

 年末よりも、今の方が、一年の終わりという気配が濃い。

 冬になってしまえば、逆に、訪れる春に向かって、生命が待機状態に入っているという気分が強まってくる。
 大地は枯れ果てても、土の中で生命が胎動している気配を感じ取ることができる。
 
 しかし、秋は 「終わっちゃったよ…」 の感じ。
 暮れゆく秋の空を眺めていると、パチンコの最後の玉が穴に消え行くのを目で追ってから、おもむろに席を立つときの、あの心境に近づいていく。

エドワード・ホッパー004

 秋が深まると、光が変る。
 どこか、この世でないところから射してくる光が感じられる。

 落ち葉の上を、ひたすら、細く、長く伸びていく影。
 地平線があれば、それを超えて、さらにその先まで伸びていきそうな秋の影を見ていると、影が、この世界とは違う場所に行こうとしているような気がする。

エドワード・ホッパー003

 照射角の低い秋の陽は、建物の真横を直撃し、そのために、ただの家の壁さえもメタリカルに輝き出す。
 エドワード・ホッパーの絵を見ていると、いつもその秋の光を感じる。

 この世でありながら、この世界を超越するような光景を作り出す不思議な光。
 ホッパーの絵に表れる光は、時に恐ろしく、時になつかしい。

エドワード・ホッパー004

 幼い頃に見ていた風景は、大人になって接する風景よりも、はるかに美しく、鮮やかに輝いていたはずだ。
 しかし、それは同時に、世界を 「言語」 を通してみる習慣を持たなかった頃の、生々しい不安や恐怖にも彩られている。

 ホッパーの絵から漂ってくる怖さというのは、ちょうど迷子になった子供が感じるような怖さに近い。

エドワード・ホッパー005

 彼の絵から立ち登ってくる言い知れぬ不安感は、幼い日の夕暮れに、買い物をしている親からふとはぐれてしまったときの不安感に似ていないだろうか。

 そのとき見ている街の風景は、見慣れた街であっても、この世の風景でない。
 時間が凍結し、物音も途絶え、 「世界」 が急に “うつろ” になっていく気配が周りの空気に満ちている。

エドワード・ホッパー001
 
 大人になったわれわれは、 「迷子」 の怖さを忘れている。

 「迷子になる」 というのは、単に親からはぐれてしまったことをいうのではない。
 自分が何者なのかも分からず、どこを目指そうとしているのかも分からないという、人間の根幹を揺るがすような不安と孤独に接する状態を 「迷子」 というのだ。

エドワード・ホッパー002

 ホッパーは、 「迷子」 の不安と孤独を描いた画家である。

 だから、彼の絵に接すると、 「自分は今どこにいるのだろう?」 と問わざるを得ないような、世界でたった独り孤立しているような哀しみがこみ上げてくる。
 しかし、そこには、とてつもない 「なつかしさ」 も潜んでいる。

エドワード・ホッパー006

 「なつかしさ」 と 「不安感」 は、両立する感情なのだろうか。
 ホッパーの絵では、それが見事に両立している。

 彼の絵に漂う 「超越的な雰囲気」 というのは、その二つが奇跡のように結合したところから生まれてくる。
 秋の不思議な光が生み出す魔術のように。 

エドワード・ホッパー008

 参考記事 「記憶の古層」
 参考記事 「二人のルソー」 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

脳科学は宗教か?

 「人間って何だろう?」 と考えることは、人類の普遍的なテーマらしく、かつては 「哲学」 とか 「文学」 が、そのテーマを追求する最も有効な学問として機能してきた。

 しかし、それがだんだん 「心理学」 などに取って代わられるようになり、最近は 「脳科学」 に中心が移っている。

 頭がもじゃもじゃの脳科学の博士が、バラエティ番組などでも大活躍する時代になっているということからも、脳科学の人気ぶりが分かる。

 だけど、脳科学というものが、いかに、まだ “発展途上” の学問であるかということが、最近いろいろなところから指摘されるようになってきた。
 
 何で読んだか忘れてしまったけれど、たとえば、
 「私たちは、脳の10パーセントしか使っていない。脳の90パーセントは休眠状態である」
 という説は、かなり “常識化” された説として流布したけれど、どうやら最近の脳機能の画像解析などによると、人間の脳で使われていない部位はほとんどないことが分かってきたらしい。

 …ってな説だって本当なのかどうなのか、怠け者の私は、本格的に調べる気もないのだけれど、今までの “脳をめぐる常識” とやらが、いま再編成されつつある気配だけは感じる。

右脳左脳本

 一時、大ブームになった 「右脳・左脳論」 というのも、どうやら最近の学説によると、ほとんど根拠のないガセネタらしい。

 もう20年以上前になるのだろうか。
 「イメージと直感の右脳、言語と論理の左脳」 などという説がまことしやかに喧伝された時代があった。

 しかし、これも脳画像検査の最新データによると、脳の二つの半球は絶えざる交信状態にあり、一つとして個別に機能する部分がないということが分かってきたという。
 右とか左の脳の機能は、それぞれ個別の領域で行なわれるわけではなく、むしろ、二つの部位のネットワークが連結された状態で行なれているのだとか…。

 ……ってな説だって、またコロコロ変わっていくのか知らないけれど、とにかく 「脳」 というのは、これまで人体を科学的に解析してきた人間の最後の 「未開拓地」 だから、夢とロマンが盛り込まれる余地がいっぱい残っている。

 つまり、人々の素朴な期待と願望が、脳を素材にしたさまざまな 「物語」 を生んでいるという感じがする。

 「人間は、その脳の10パーセントしか使っていない」
 という説が流行りだした頃は、確かにニューサイエンスなどという学問分野が脚光を浴びた時代ではなかったか。

 「科学万能主義の終焉」 という思想が台頭し、科学で解明されない未知の領域に人々が夢とロマンを求めた時代があった。
 自然科学が、神秘主義と結びついた時代ともいえる。

 そういう時代背景があると、 「人間の脳には無限の広がりがある」 という説はかなり魅力的に感じられたはずだ。

 「右脳・左脳論」 というのも、人々の無邪気な夢を広げてくれた説だった。
 ものごとをすべて理詰めで考えていくことが肯定された近代合理主義的な世の中で、 「右脳を鍛えれば豊かな情緒を取り戻せる」 という説は、砂漠に湧き出たオアシスのように、清涼飲料水的な効果を与えてくれた。

 脳科学には、 「時代の無意識」 が反映されている。
 そこには、庶民の素朴な願望が潜り込んでいる。
 そして、それが、けっこう 「希望」 になっていたりする。

 そういった意味で、今の脳科学は 「宗教」 のようなものかもしれない。 


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 22:34 | コメント(4)| トラックバック(0)

シェフ木村元一

 昨日、ピカ富士西湖キャンプ場で、キャンピングカーの撮影会を行った。
 師走も間近に迫ったという忙しい季節にもかかわらず、アネックスさん、アム・クラフトさん、エアストリームジャパンさん、日産ピーズフィールドクラフトさん、バンテックさんらのご協力をいただき、無事撮影をすますことができた。

 今回の撮影会では、 「キャンピングカーとクッキング」 という絵柄を撮りたいと思っていたのだが、普通のユーザーさんがやるようなクッキングではなく、ある程度、レストラン並みのクッキングができる人の協力を仰ぎたいと思っていた。

 そういうことのできる人が、いるのである。
 このキャンピングカー業界にも。

 「キャンピングカープラザ東京」 の木村元一店長が、その一人だ。

キャンピングカープラザ東京
 ▲ キャンピングカープラザ東京

 彼と、昔一度クッキングの話をしたことがある。
 なにげない雑談だったのだが、話を聞いているうちに、
 「こりゃ、ただ者ではないぞ…」
 と思えてきた。

 ハンパじゃないのだ。料理に対する取り組み姿勢が。

 たとえば、スープを作るときの話。

 「スープってのは、60度ぐらいの温度で、ゆっくりゆっくり煮出していくわけですけど、基本的に、鍋に張り付いていないとならないんですよ。
 ラーメン屋さんなんて寝ないでやると、よく言うけれど、さすがに一睡もしないと辛いので、保温鍋にスープを入れてから3時間ぐらいの仮眠を取って、起きては火を入れて……」

 「ええっ!」
 と、耳を疑った。
 素人が、そこまで凝るか?

 こっちが唖然としているのに、木村店長はこともなげに、
 「スープというのは、火を消したときに味がしみ出るんですね。だからずっと熱を加え続けると、スープも “疲れちゃう” んです。
 だから3時間ずつ寝て、起きてから、また火を加える…という繰り返しによって、スープに “命” が宿るんですね」

 ひやぁー! 鬼のような人だと思った。

 木村氏の話は、さらに続いた。

 「だけど、そうやって作ったスープは、何にでも使えるんです。それでクリームシチューを作ってもいいし、カレーライスもできる。もちろんラーメンも、味噌汁もOK。
 そもそも、コンソメスープというのは、そうやって作っているんですね。
 そういうベーススープを作って、そこからバリエーションを広げていくわけですけれど、甘さを出すのに普通よくリンゴを擦るとかいうけれど、あれは酸っぱくなって駄目でした。
 桃がすごくいい味が出ます。
 リンゴも普通にやらないで、プロなんかは、もしかしたら蜂蜜を加えているか、あるいは蜂蜜漬けにしたリンゴを使っているかもしれないんですね。
 ひとヒネリではなく、たぶん、ふたヒネリぐらいしているんじゃないかな」
 
 この研究熱心さに、素直に感動した。

木村シェフ001
 ▲ 木村シェフ (右) とその奥にいるのが奥様

 今回のキャンピングカー撮影会では、ぜひ、 “木村シェフ” にアウトドアクッキングを担当してもらい、それを画像に収めたあとに、キャンピングカーを持ち込んでくれたスタッフたちにも “味見” してもらおうと考えた。

 評判は?
 ……というと、これが上々なのである。

 あちこちの展示会に出展し、全国の “うまいもの” を知り尽くしたキャンピングカー販売店の人たちが、試食して、一様に 「アッ!」 と息を呑んだのが分かった。

 木村氏が、独自ルートで手に入れたハーブ類で味付けしたサラダ。
 得意のスープで味付けしたリゾットや、洋風煮込み。
 凝りに凝ったトマトスープをベースに作ったパスタ。

 これまた彼が独自ルートで入手した馬刺。
 このタレがすごかった。
 醤油ベースに、ニンニクを少し入れ、さらに隠し味を混ぜて作った刺身用のタレが絶妙だった。

木村シェフの料理
▲ 撮影用に木村シェフが揃えた絶品メニュー

 今回の撮影会では、それぞれの販売店スタッフに貴重な1日を割いてもらうことになったが、居合わせた人々は、口々に言った。

 「こういう出張なら、毎日あってもいい」

 富士五湖周辺に、早くも冬の気配が到来した寒い日。
 撮影の合間に振る舞われた木村シェフの料理が、どれだけ参加者の体と心を温めたことか。

 なんで、この人は、こんなに素晴らしい味が追求できるのか。

 「レストランなどに行ったときに、おいしいと思ったものは、必ずそこのシェフに直接作り方を教わるようにしているんです。
 もちろん、彼らは商売がたきには絶対に秘伝を明かさない。
 だから、こちらがあくまでも素人であることを、まず分かってもらう。
 ……素人なんだけど、料理の味にはけっこう関心を持っているよ…ということを、いかに相手に分かってもらえるか。
 その駆け引きが難しいんですね」

 そうやって、彼は自分のレシピを増やしていった。

 「もう自分のブログなんかに公表できるくらいデータが揃ったんじゃないですか?」
 と聞くと、やや間をおいて、謙虚に、しかし自信ありげに、
 「……うん、……まぁ……」
 という返事。

調理中の木村シェフ

 いつの日か木村店長が、本業のキャンピングカーの分野だけでなく、料理の分野でも名を知られる日が来るかもしれない。

 その日を期待して、まずは、私のブログでご紹介。

 木村さん、ご苦労さまでした。
 この場を借りて、御礼申し上げます。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

ふたり旅の極意

 「定年退職後は、キャンピングカーを買って、夫婦2人で日本全国を旅する」

 それを、キャンピングカー購入の動機として掲げる人たちは多い。
 とてもいいことだと思う。

 しかし、一方ではこういう声も聞く。
 ある旦那さんの発言だ。

 「いやね、カミさんとキャンピングカーの旅を始めて、最初の3日間はよかったんですけどね。
 でも4日目ぐらいから、クルマの旅は嫌だって、カミさんが言い始めたんですよ。やっぱり旅館に泊まった方がいいって……」

 これじゃ、張り切ってキャンピングカーを買った旦那さんもがっかりだろうし、奥さんだって間が悪かろう。

 この夫婦の場合、何が 「障害」 になったのだろうか。

 奥さんの方の話を聞くと、こうだ。
 (これは直接聞いたわけでなく、ある知人に告白したものを間接的に聞いたものだけど…)

 「キャンピングカーさえあれば、泊まるところの予約も要らず、自由きままに旅ができるって、うちの主人が言うから、真に受けていたのよ。
 だけど、じゃ実際に “今晩はどこで寝るの?” って聞くと、 “運転に疲れたらテキトーな場所選んで、どこでも寝られるさ” … って言うんだけど、女にとっては、そんな無責任な回答じゃ不安だし、最初の夜から、トラックがいっぱい止まっている所で、お湯沸かしたカップ麺に電子レンジの肉まんじゅうだし、主人ったら一人でテレビ見て、笑って酒飲んでいるだけで、こっちは退屈だし…」

 …というようなことを、その奥さんは知人に述べたらしい。

 この奥さんは贅沢なことを言っているのだろうか?

 そうではないだろう。
 これじゃ、奥さんにとって、キャンピングカーの旅なんか全然楽しくないはずだ。

仲の良いふたり(タヌキ)
▲ 仲の良いふたり

 夫婦のキャンピングカーの旅で大事なのは、旦那さんのプロデュース能力である。
 奥さんに 「楽しい旅」 を感じさせる企画力といってもいい。

 別にカップ麺の食事が悪いというわけではない。
 「カップ麺でも、こういうところで食べるとおいしいわね」
 …と思わせる “力” とでもいおうか。

 それが大事なんである。

 キャンピングカーの旅を始めてから、夫婦の話題が豊かになったと感じる人は多い。
 キャンピングカー旅行を繰り返すたびに、夫婦の絆が強まったと感じる人が増えているのは、 「キャンピングカー白書」 においても、統計的に実証されている。

 しかし、この統計に水をさすわけではないが、そういう夫婦というのは、別にキャンピングカーがなくても、円満にいっている夫婦なのだ。
 たまたまキャンピングカーが、それをさらに強く “意識させた” というに過ぎない。

 キャンピングカーは、仲の良い夫婦の絆をさらに強める 「道具」 ではあるが、心の離れた夫婦の仲を取り持つ 「道具」 ではない。

 だから、奥さんを誘ってキャンピングカーの旅を楽しみたいと思う旦那さんに対しては、キャンピングカーを買う前が “勝負だ!” と言いたい。

仲の良いファミリー(ミッキー)
 ▲ 仲の良いファミリー

 熟年離婚を考えたきっかけとして、奥さんがよく理由として挙げるのは、 「亭主が1日中家にいるようになって、うっとうしくなった」 というもの。
 
 子育てが終わり、奥さんがようやく家事や育児から解放されると思った矢先に、いちばん手間のかかる “子ども” が家に残るようになる。
 たいていの奥さんは、旦那さんのことをそう思うらしい。

 朝、昼、晩、家の中でゴロゴロして、 「めし」 と口を開けて待っている旦那さんを見ると、たいていの奥さんはキレるという。

 多くの旦那さんは、会社を辞めると同時に社会からも切り離されてしまうのに対し、奥さんの方は地域のコミュニティなどを通じて、社会との接点を保っている。

 奥さんには、ご近所の付き合いや昔からの友人とのお付き合いの世界があるから、昼から家を空けることも多い。

 行き場のない旦那さんは、嫉妬も交じって、
 「おい、何時に帰る?」
 「晩飯はどうする?」
 と、小うるさく干渉する。

 これが世の奥さん方にとっては、とても辛いらしい。

 次に、奥さん方が旦那さんに持つ不満は、
 「会話が楽しくない」
 というもの。

 小説家の渡辺淳一さんは、 「日本の熟年夫婦には会話がない」 という。

 「熟年の夫婦と思われるカップルを全国各地でよく見かける。しかし、そういう夫婦がホテルのダイニングで食事などをしていても、ほとんど会話がない。
 2人とも黙々とひたすら食べている。
 総じて、熟年夫婦は会話をしない。日本の夫たちは、妻と語り合うことが億劫のようだ」

 会話がないのは、実は、旦那さんが、奥さんに何も期待していないからだ。
 「家事を受け持つ役割」 以外のものを、何も求めていないということでもある。
 ま、道具なんである。

 多くの奥さん方は、そこに “愛の欠如” を感じる。

アメリカの仲良し老夫婦 
 ▲ 「ふたり旅」 を楽しむアメリカの老夫婦

 「女性学」 を研究している小倉千加子さんは、かつて韓流ドラマにのめりこむ主婦層に対して、こう言ったことがある。

 「 『冬のソナタ』 に日本人女性がハマった理由は、 『恋愛』 という概念のなかに、日本には 『恋』 しかなかったが、韓国には 『愛』 があったからだ」

 どういうことかというと、
 「 『恋』 とは、お互いを性的な対象として魅力的に思う心から生まれ、 『愛』 はゆっくりとその人を理解し、励まし、いたわるという信頼感から生まれる。
 『恋』 はいつしか終わるものだが、その終わりの後に 『愛』 が生まれ、それが夫婦の絆になる」
 
 韓流ドラマに描かれた男たちは、 「恋」 をささやくと同時に、 「愛」 もささやいた。
 彼らの言動からは、 「恋」 が終わった後の 「愛」 の姿まで想像することができた。
 ……と、小倉さんはいう。

 「しかし、日本の中高年女性は、性的な対象としての魅力を失って 『恋』 の主役から降りると、 『愛』 も与えられることがなかった。
 女性的な価値のなくなった多くの中高年女性は、 『女らしくない女』 というレッテルを貼られ、バラエティ番組で揶揄 (やゆ) され、それを見た夫も、 『もっともだ!』 と笑っているだけだった」

 ふ~む。
 私なんぞには耳の痛い話だが、小倉さんの言わんとしていることは一面の真理を突いている。

 「愛」 があれば、会話が生まれるというのは事実だからだ。
 「愛があれば、黙っていても通じる」
 というのは、男だけに通用する考え方に過ぎない。

仲の良いふたり(タヌキ) 
 ▲ 愛を語る老タヌキ夫婦

 では、 「愛のある会話」 って、何だろう?

 相手をいたわる言葉を続けていればいいのか?
 優しい言葉をかければいいのか?

 「落ち込んだ時、優しい言葉で慰められるより、カラリと笑いにしてもらう方がどんなにありがたいか」
 と言うのは、漫画家の倉田真由美さんだ。

 彼女は、こう言う。

 「妹が自動車で自損事故を起こしたとき、その夫は 『え? 車こすったの? ガリっと? じゃあ、今日からお前のこと “ガリガリくん” って呼んでいい?』 とからかった。
 それで (妹は) 相当救われたという。
 おそらく、からかう側も 『相手を救いたい』 という優しい気持ちから言葉を発したわけではないだろう。
 本当に面白おかしくからかいたいという、その 『軽い気持ち』 が、思いのほか相手を救うのである」

 倉田さんは、 「面白おかしくからかいたかっただけだろう」 と書いているが、やはりそこには、その旦那さんの奥さんに対する 「愛」 が感じられる。

 「愛」 があるからこそ、からかえるのだ。 

 長年フェミニズムの論客としてならしてきた社会学者の上野千鶴子さんは、こう言う。

 「奥様が旦那を大事にしてくれないといって、男性が寂しがるのは自業自得。
 女に気を使ってもらうのが当たり前と思っていた反動が来ただけ。
 寂しいと思うなら、女にサービスするしかない。
 少なくとも、一緒に食事をして楽しいと思われる相手にならないと」

 夫婦で楽しいキャンピングカーライフを満喫したいと思っていらっしゃる旦那さん。
 クルマを買う前に、以上のようなことが、多くの奥様方のリクエストであることを、よ~く肝に銘じておきましょう。

 はい、私も今日から心を入れかえて、努力するつもりであります。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

ビッグイシュー

 『THE BIG ISSUE (ザ・ビッグイシュー) 』 という雑誌をよく買う。
 ホームレスの自立を助けるために生まれてきた雑誌だ。
 正確にいえば、脱ホームレスをめざしている人々が街頭で売っている雑誌である。

 1冊300円のこの雑誌が売れると、そのうち160円が販売した人の手元に残るらしい。

 36ページ立てで300円という値段は、一見高いような気もする。
 しかし、編集内容を見てみると、他のどの商業誌も掲げていないようなテーマがあったり、ユニークな特集があったりして、けっこうモノを考えるための心地よい刺激が盛り込まれているように思う。

ビッグイシュー131

 今月号はクエンティン・タランティーノ監督の最近作 『イングロリアス・バスターズ』 をめぐって、監督本人のインタビュー記事が載っていた。
 目の付けどころがいい。

 内外の映画俳優が登場する機会の多い雑誌だが、インタビューアーの問題意識のレベルが高いのか、まとめ方が面白い。
 その他の記事も、基本的にサブカル系の話題が中心となっているが、他の商業誌には見られないピリっとした硬派のテイストがある。
 クリエイティブ系の仕事をしている人にはかなりのヒントをもらえる雑誌だと思う。

 そんなわけで、この雑誌が店頭販売されているときはいつも買っているけれど、先だってのこと、買ってからふと開いてみたら、ページの半ばぐらいに手紙がはさまっていた。

 手書きである。
 街頭に立って販売していた人自身が書いたものらしい。、

 「今回は、131号を買っていただき、ありがとうございます。
 さて、今年も残すところあと少なくなりました。皆様はいががおすごしでしょうか?
 寒い日が続くと切なくなります。
 また、どうしてだか、昔飲んだショウガ湯の匂いと味を思い出します。
 これは多分、子供の頃の記憶と結びついているのだと思います。
 皆様は、冬になると何を思い出しますか?
 たまには自分の記憶にひたってみてはいかがでしょう?
 新たな発見があるかもしれませんよ。
 では、最後に、まだこれから寒い日が続きますが、体調など崩さぬようご自愛くださいませ」

 手紙を見ながら振り向くと、若い販売員は雑誌を手で掲げながら、寒空にずっと立ち尽くしていた。

 販売スタッフの自筆の挨拶文が入った雑誌というのは珍しい。
 『THE BIG ISSUE』 ならではだと思う。

 手書きの手紙は、 「挨拶」 というより、 「ほのかなエッセイ」 のようにも思えた。
 彼は、この雑誌に対する愛着もあり、またそれを売ることに誇りを持っているのだろう。
 そして、できれば、自分も編集スタッフの一人になりたかったのかもしれない。

 私は、オリジナルの1ページが追加された “スペシャル” ビッグ・イシューを小脇に抱え、駅に向かった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 05:47 | コメント(2)| トラックバック(0)

未来は幸せか

 未来は人間にとって 「幸せな時代」 となるのか、どうなのか。
 まぁ、間違っても 「幸せな時代」 になると答える人は皆無…とはいわないまでも、少数派だろう。

 どちらかというと 「不幸な時代が来る」 …というか、もう 「滅亡の時代」 が近いという雰囲気を嗅ぎ取っている人もいるのではなかろうか。

 それは封切られる映画の流れを見ると、よく分かる。

 この度公開される 『2012』 みたいに、最近はやたらと人類滅亡をテーマにした映画が話題を呼ぶ。
 昨年も 『感染列島』 とか 『地球が静止する日』 などといった、地球のみんなが仲良く一緒にパニック…みたいな映画が脚光を浴びた。

2012ポスター

 どうやら人類は、 「明るい未来」 よりも 「絶望的な未来」 の方にリアリティを感じ始めたようだ。 
 そして、そういう時代が来るのを覚悟して、気分的な予行演習を始めたという感じがなきにしもあらずだ。

 確かに、ニュースから流れる言葉はみな暗い。
 「景気が2番底を打つ」 とか、 「大失業時代が来る」 とか、 「中小企業の倒産が増大」 とか……。

 そのような景気の落ち込みを背景に、日本の自殺者は11年連続で3万人を上回ったし、動機の分からない殺人事件がよく起こるようになったし、小学生のうつ病も増えている。

 世界的に見れば地球の温暖化、石油資源の枯渇が、相変わらずの大問題。
 さらに、日本の少子高齢化を尻目に、人口増加の一途をたどる発展途上国がもたらしそうな深刻な食糧危機。

 地球上のどこを見ても 「終末」 の色に染められてきた感じがする。
 21世紀に入ってもう10年が過ぎようというのに、気分はいよいよ 「世紀末」 だ。

2012スチール

 しかし、これと同じような光景を、かつても見たことがある。

 たび重なる十字軍の遠征で疲弊 (ひへい) した貴族階級の没落が始まり、国中にペストが広がり、至るところに 「魔女」 や 「死神」 が横行した中世ヨーロッパだ。

 もちろん、そんな時代に生きていたわけではないから、これもまた映画の話。

 1957年にイングマール・ベルイマンが撮った 『第七の封印』 は、まさに、あの時代に “人類滅亡” の瀬戸際に立たされた人々を描いた映画だったように思う。

第七の封印死神01
▲ 「第七の封印」 に登場する死神

 疫病と戦禍が絶えないヨーロッパの中世末期、どこの国でも一歩村を出れば病死か飢餓で命を失った人々の死体が、当たり前のようにゴロゴロと転がっていた。

 村の火葬場からは、毎日のように死体を焼く煙が上がり、それが空を不吉な色に染めていた。

 ペストに対する医学的知識のない当時の人々は、これを 「神の裁き」 と素直に捉える。
 誰もが、 「最後の審判」 がいよいよ近づいたと恐れおののいた。

 神の裁きの日を待てない人たちは、 「天国」 への入門キップを手にするために、裸体の自分にムチを打ちながら罪を懺悔し、血を垂らして町中を歩き回る。

 町の酒場では、
 「どこそこの村では、太陽が四つも昇った」
 「どこそこの村では、牛の頭を持った赤子が生まれた」
 ……などという、世の末を暗示するような風評がかけめぐる。

 人々は暗い未来に怯え、神に祈とうを捧げ、聖人たちの受苦に涙を流す。

 それでいて、不思議なのは、聖職者たちの前で涙を流していた村人たちは、今度は一転して、自分たちを見舞う不幸から目を転じるかのように、旅芸人のたわいない余興に腹を抱えて笑い転げる。

 その様子はどこなく今の日本に似ていなくもない。

 スピリチュアルブームのような霊的なものに過度に寄り掛かろうとしたり、バラエティ番組の末梢神経的な笑いにうつつを抜かしている我々は、気分的にはヨーロッパ中世末期を生きた人々と同じメンタリティを共有している。

 中世ヨーロッパの末期は、いまの時代と同じように、政治や経済の構造がかつてないほどドラスティックな変容を遂げようとした時代であった。

 具体的にいえば、重商主義貿易が勃興して、ブルジョワジーが台頭する時代の “前夜” だったし、イタリアでルネッサンスが開花し、 “脱キリスト原理主義” の思想が生まれようとしていた。

 このような、人々の意識構造を変えるパラダイムチェンジの時期が訪れると、既成の文化、宗教、権威などがガラガラと崩れ落ちるため、人々の精神はきわめて不安定な状態にさらされる。

 仮にその次の時代が、それまでの政治・経済・文化を一新する画期的なものであるにせよ、そんなことは、その渦中にいる人たちには分からないことだし、当然、未来に対する期待も生まれない。

 人間は、当たり前のように享受している今の生活に、ほんの少しの陰りが見えただけで、そこに 「滅亡の予兆」 を嗅ぎ取るものである。

 今日のわれわれは、盲目的に信仰していた 「経済成長神話」 が揺らぐのを見て、経済発展のない暗黒時代に突入していくような不安に駆られているが、  「経済成長神話」 を 「神」 という言葉に置き換えてみれば、われわれの見ている風景と、中世の人々が見ていた風景は、そんなに変わらないことに気づく。

 いつの世でも、パラダイムシフトが起こる時代というのは、 「終末」 の予兆に浸されるものだ。

第七の封印(死神とのチェス)
▲ 死神とのチェス (第七の封印)

 冷戦構造の終焉やグローバル資本主義の成立、エネルギー転換、経済ブロックの再編成など、世界史を大きく塗り替えるような大問題が立て続けに生じた現代社会は、人類に最大のパラダイムチェンジを迫っていることは間違いない。

 これだけの 「不安因子」 が多く揃っていれば、景気などよくなるわけがないではないか。
 そういった意味で、今は “第二の中世” なのかもしれない。

 ただ、一つだけ、彼らにあって、われわれにないものがある。
 それは 「死を受け入れる文化」 だ。

 彼らは日常的に死に接していたから、死を恐れる気持ちも強かったけれど、それを受け入れる 「文化」 もしっかり持っていた。

 映画 『第七の封印』 のラストシーンは、死者たちのハイキングのシーンで終わる。
 死んでいった者たちが、死神が案内するままに丘の稜線を歩き、生きている者たちの視線から遠ざかっていく。

第七の封印死者の行進

 彼らの行き先は、言うまでもなく 「冥界」 なのだけれど、不思議なことに、死者たちの足どりは、晴れた日のハイキングのように軽やだ。

 そののんびりした行進が、白日夢のように、丘の彼方に消えていく。
 それはどことなく平和で、のどかなエンディングに見える。

 「死」 の接近を拒み続けるわれわれは、必死になって健康管理に務め、アンチエージングに励み、老後の安定を支えるために貯蓄し、その結果、孤独死を迎えるか、あるいは婚活サギの異性に騙されて、すべて散財したあげく、自殺したように偽装される。

 われわれと、中世の人々は、果たしてどちらが幸せなのか。

 関連記事 「第七の封印」


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

「素数」 の神秘

 高校生の頃、 「数学」 が苦手だった。 (今でもそうだ)
 10段階の通信簿で、最高評価が 「2」 だったし、数学のテストでは、代数も幾何も、100点満点で2~3点を取るのが精いっぱいだった。

 「国語」 とか 「倫理社会」 とか 「歴史」 ってのは、まぁまぁの点を取っていたから、いわゆる “文科系” ってやつなんだね。

 それでも、数学って面白いと思うのだ。
 数式が出てくると、もう何が何だか分からなくなるけれど、考え方を変えれば、こんなに文科系人間の脳髄を刺激してくれる学問もないのではないか、と思うのだ。

 だから、 「フェルマーの定理」 とか、 「ポアンカレ予想」 とかいう “数学の謎” みたいな話になると、妙にワクワクしてしまう。

 「NHKスペシャル」 は、ときどき 「数学」 にまつわるエピソードをドラマ仕立てで見せてくれるけれど、こういう番組は本当に面白いなぁ…と感心する。

NHKスペシャル「魔性の難問」01

 さっきまで、 『魔性の難問 ~ リーマン予想・天才たちの闘い~ 』 という番組をやっていたけれど、こいつは本当に面白かった。

 「魔性の難問」 というのは、数学上の 「素数」 のことをいう。

 「素数」 というのは、1とその数自身以外のどんな自然数によっても割り切れない、1 より大きな自然数のことである。 (Wikipediaより)

 「素数」 は、2、3、5、7、11、13、17、19、23……と続き、それが無限に存在するというのは、紀元前3世紀頃のユークリッドの原論において既に証明されていたという。

 この 「素数」 を順に並べていくと、2、3、5…というように、立て続けに表れる場合もあれば、72個も表れないこともあったりして、まったく気まぐれ。
 究極の整合性を約束する 「数学」 の領域で、まったく整合性を持たない数列なのである。
 
 ところが、多くの数学者は、この一見無秩序でバラバラな数列にしか見えない 「素数」 が、実は、なんらかの 「意味」 を持っているのではないか? …と昔から考えていたらしい。

 その 「意味」 とは何か?

 番組では、レオハルト・オイラーという18世紀の数学者のことが紹介されていたが、この学者が、無秩序の極みともいうべき 「素数」 の配列に、きわめて合理的な法則性がありそうだと気づいたという。

 彼は、 「素数」 の一見アットランダムな配列を、ある数式で読み解くと、それが見事に 「π (パイ) の2乗を6で割ったもの」 に統一されていることを発見したらしい。

 残念ながら、私には数学的素養がないので、その数式をここで再現することができないけれど、どうやら 「素数」 というのは、人智の及ばない “宇宙的合理性” を反映したものではないか? という認識がそこから生まれてきたという。

 このオイラーの発見を、さらに緻密に分析した人が、19世紀の数学者で、ベルハルト・リーマンという人だった。 

NHKスペシャル「魔性の難問」リーマンさん
 ▲ リーマンさん

 彼は、オイラーの見出した式をさらに徹底させ、ランダムに存在すると思われていた 「素数」 が、ある数式に置き換えてみると、計算した範囲においては一直線上にきれいに並んでいることを発見したという。

 こいつを 「ゼータ関数」 とかいうらしいのだが、残念なことに、私にはそのカラクリはよく分からない。

 分からないなりに書くと、その 「ゼータ関数」 的に計算すると、おそらくすべての 「素数」 はきれいに一直線上に並ぶはずだと、リーマンは予想したという。
 そいつを 「リーマン予想」 というのだそうだ。 

 以降、 「素数」 に関する研究は、このリーマン予想が正しいかどうかということの証明に費やされるようになる。

 ところが、これは実に大変なテーマで、 「素数」 のからくりに迫ろうとすればするほど、 「素数」 の正体は遠のいていく。

 数学というのは、合理的な計算能力と同時に、哲学的直感ともいえる能力が要求される世界らしく、どの数学者も、自分の計算力と想像力のギリギリのところで格闘せざるをえなくなる。

 つまりは、人間の脳を極端にいじめる作業ともなるのだ。
 そのため、失意のうちに研究を打ち切るか、精神を病んでしまった学者も多数いるという。

 それにしても、なんでそんなことに、世の数学者たちは血道を上げるようになったのか。

 彼らはどうやら 「素数」 が、宇宙を形成する根本的原理を解き明かすものではないか…と考え始めたらしいのだ。

 近年の研究によれば、この 「素数」 というのは、数学上の問題にとどまらず、原子や素粒子などを研究する現代物理学との関連性が強まっていることが分かってきたという。

 文科系人間の私がいうのだから、表現的には間違っているのかもしれないけれど、どうやら 「素数」 の数式的な表現が、原子核のエネルギー運動を表現するときの数式と同一であることが判明したらしい。

 こいつは大変な話題となって、ついには数学者と物理学者が合同したシンポジウムなどが営まれるようになったそうだ。

 番組は、フランスのルイ・ド・ブランジュという数学者が 「リーマン予想」 の証明に成功したが、それが正しいかどうか、世の数学者たちの検証を待っている段階であることを告げて終わった。

 しかし、それにしても、この欧米の数学者たちの一途な研究欲は、いったいどこから生まれてくるのか。
 そこには、一種の神がかり的な信念があるように思う。
 やはり、一神教的な精神風土の賜物 (たまもの) と言わざるを得ない。

 彼らの中には、 「素数」 が宇宙の創造主からのメッセージではないかと考えている人もいるという。

 これははっきり言って、 「インテリジェント・デザイン」 の思想である。

 インテリジェント・デザインというのは、この 「宇宙」 というのは、高度に知的な何者かによって、巧妙に設計されているという世界観を意味し、 「キリスト教の神」 という言葉を使わずに、その超越的なるものの存在を証明しようという考え方をいう。

 つまり、 「素数」 は、彼らの頭の中では、 「数学」 を離れて 「神学的」 な問題となっているのだ。

 「素数」 がなんらかの 「意味」 を持っているのではないか? …というような想像力は、一神教的な精神風土からしか生まれてこないように思う。

 そういう思考様式に、私は異を唱えるような力も感覚も持ち合わせていないけれど、欧米人というのは、 「意味」 を追求する姿勢に関しては、われわれ日本人とは異なる情熱の持ち主であることだけははっきりと感じた。

 そういう風に考えると、 「数学」 を考えることは、 「宗教」 とか 「哲学」 を考えることにつながる。
 きわめて、文科系的な問題だと分かってくる。
 興味は尽きない。

 関連記事 「進化論は正しいか」


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:37 | コメント(4)| トラックバック(0)

携帯電話の恐怖

 「ホラー」 というのは、映画にしても、小説にしても、それを生理的に嫌悪する人と、マニアックにのめりこむ人と、好みがはっきり分かれるジャンルのような気がする。
 うちのカミさんなんかは、ホラーを極端に嫌がる。
 たまに、ちょっと 「怖いネタ」 に話を振ると、 「あなたの顔だけで十分」 と、私のことを巨大化したゴキブリでも見つめるような眼で、露骨な嫌悪感を示す。

 『20世紀少年』 がテレビで話題になっていたとき、そぉっと後から、
 「あそぼー」
 っと声かけたら、いきなり電気掃除機の柄で、引っ叩かれたことがあった。
 あれは、ホラーというわけでもねぇのにな…。

 ま、私自身は、昔から怪談話が好きで、A・E・ポーとか、ブラックウッドのような怪奇小説風味の短編とか、SFでも、レイ・ブラッドベリの幻想的ライトホラーみたいな小説を好んで読んでいた。

 そんなわけで、古典的なホラーのスタイルというものはよく分かっているつもりなんだけど、やっぱりホラーというのは、時代によって変るものだという印象を、最近は強く持つようになった。

 ちょっと前、 『トリハダ』 というホラー・テレビドラマを観たときに気づいたのだけれど、いかにも 「現代のホラー」 だなぁ…と思ったのは、携帯電話の使い方だった。

 携帯電話に着目した最初のホラー作品としては、秋元康の 『着信あり』 がある。

着信あり01

 便利なアイテムとしてすっかり定着した携帯電話が、 「死のメッセージ」 を送ってくるというところが、なんとも怖い話だったが、着眼点そのものが、いかにも現代的だと思った。

 TVの 『トリハダ』 シリーズにも、携帯電話がよく登場する。
 もちろん、電話そのものが 「恐怖の小道具」 として描かれる話もあるのだが、そうではなく、友だちとの会話や恋人との連絡を務める道具として、しょっちゅう携帯電話が使われる。

 しかし、電話の向こう側にいる人間が、はたして本当に 「友だち」 なのか? …と考えると、それを保証する根拠は、実は何もないのだ。

 声が 「友だちの声」 だ。
 相手がしゃべる内容に、それまで共通の話題を交わしていた者同士の連続性がある。
 
 かろうじて、それだけが、電話の主を確定する根拠となっている。
 だけど、それは本当に、相手が自分の友人であることを実証する根拠となりうるものなのか?

 「振り込め詐欺」 の例をあげるまでもなく、巧妙に仕組まれたワナに、人間はコロっと騙される。
 声が似ていれば、しらばく話してから、間違い電話だったことに気づくこともある。
 ましてや、「友だち」 と信じていた相手が、妖怪 (のような邪悪な存在) だったら?
  
 一度そのことに気づくと、電話というものが、はたして 「何と何をつなげるものなのか?」 という根本的な疑問に遭遇する。
 電話のつながった向こうの世界が、 「この世」 であるとは限らないのだ。

 このような恐怖は、同じ電話でも、まだ固定電話の時代にははっきりと見えてこなかった。

 固定電話は家族全員で使うものだから、話したい相手がすぐに電話口に出てくれるとは限らない。
 たとえばガールフレンドと電話で話したいと思っても、固定電話の場合は、口うるさい彼女の親父に取次ぎを頼まなければならないこともあるだろうし、家族が聞き耳を立てているかもしれないので、込み入った話もできない。

 だから、固定電話の時代は、相手と確実なコミュニケーションを取ろうと思ったら、結局は、顔を合わせて話し合うしかなかった。
 しかし、その非効率性との引き換えに、相手の意志も、その信頼性も把握することができた。

 ところが、パーソナルに使える携帯電話は、面と向かって話さなければならないという面倒くさい手続を解消した。
 いつだって、どこだって、話ができるし、話さなくてもメールの交換ができる。

 だから携帯電話の普及は、他者との距離を一気に縮めたかのように思える。

 しかし、実は、距離は遠のいたのだ。
 親しいはずの “相手” の影が不鮮明になり、かろうじて 「声」 と 「文字」 だけが、相手とつながるツールとして残されたに過ぎない。
 そこに、現代の恐怖が入り込む 「隙間」 が生まれた。

 これを即物的な言葉で言い直すならば、違法ドラッグの売買でも、援助交際の誘惑でも、殺しの請け負いでも何でもアリの無法地帯が、まったく悪びれることもなく日常生活へ侵入してきたことを意味している。

 携帯電話という、パーソナルな通信機関の完成形態のようなものを手に入れた現代人は、ある意味で、究極の個人主義を実現したともいえる。

 しかし、そのような 「個」 の極北に立った人々が目にしたものが、不安に彩られた茫漠たる 《荒野》 だったとは。
 これを 「文明の皮肉」 といわずに何といおう。

 さて、その 『トリハダ』 (YOU TUBE) から、携帯電話の怖さを語る一篇をひとつ。
 深夜に、独りで見ないように。





コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:06 | コメント(2)| トラックバック(0)

貧しき漁師

貧しき漁師001

 昔、シャバンヌの 『貧しき漁師』 という絵を見て、とてつもなく感銘を受けたことがあった。
 見たのはもちろん実物ではなく、美術書に掲載されたカラーグラビアでもなく、市販の日記帳の片隅に印刷された小さなモノクロ画面にすぎなかった。

 なのに、この絵に漂っているいい知れぬ寂寥 (せきりょう) 感が、じわりと私の心をつかんだ。
 中学生時代 …… たぶん14~15歳ぐらいの頃だったと思う。

 その頃から備忘録として付け始めた日記帳の片隅に、いつも詩人や評論家の書いた短いエッセイや、ポエムや、美術解説などが寄せられていた。

 ある日、日記を書こうと思って開いたページに、このシャバンヌの絵が載っていたのだ。

 その絵から溢れてくる 「暗く沈んださびしさ」 と 「物憂い静けさ」 に、なぜか私は目をそらすことができなかった。
 結局、しばらくの間日記を書くのも忘れ、その小さなモノクロの絵を眺めていたと思う。

 この絵の何が思春期の自分を惹きつけたのか分からない。
 「日記を書く」 という自分の内面と向き合う作業を強いられる行為の中で、ちょっとだけ、内向きのテンションが高まったせいかもしれない。

 そのときまでの自分は、 「さびしさ」 とか 「静けさ」 を、実生活以外に体験することがなかった。

 しかし、『貧しき漁師』 の絵から溢れ出てくる 「さびしさ」 は、実生活で感じる 「さびしさ」 よりも、さらに遠い世界から来るものような気がした。

 その 「遠い世界」 を知らない自分は、そこから吹いてくる 「さびしさ」 には強く感応したけれど、それが何であるかを語る言葉も持たなかった。

 簡単にいえば、私の表現力が未熟であったということでしかない。
 しかし、だからこそ、 「見えた世界」 があったのだ。

 今このシャバンヌの 『貧しき漁師』 をネット情報から拾って、画面に拡大して眺めてみても、もう当時の私を襲った感動はよみがえらない。

貧しき漁師001

 いい加減に齢 (よわい) を重ね、 「ものを書く」 ための言葉も少しは習得した私は、この絵を分析的に解説する言葉に困ることはないが、中学生時代に感じた 「言葉に表現できない感銘」 をもう取り返せない。

 なぜだろう。

 それは、
 「思春期のみずみずしい感性が、大人になると枯れる」
 というような説明だけでは収拾がつかないもののように思える。

 たぶん、 「言葉にできない感動」 というものは、 「言葉にする技術」 を持ったときに失われてしまうのだ。

 今の私なら、この絵をテーマに何かモノを書こうと思ったときは、小舟に乗る手前の夫よりも、背後の岸辺で花を摘む母子の方に注目することだろう。

 そして、一見、明るく無邪気に振る舞う母子と、憂いと哀しみに満たされた父である漁師の対比において、この絵のドラマツルギー (作劇法) を論じるだろう。
 そこに家族の 「心理ドラマ」 を読み込むかもしれないし、そのような家族の絆を超えた 「人間の絶対的な孤独」 という “哲学” を語るかもしれない。

 しかし、そのような分析をいかに重ねようが、中学生の私が感じたあの 「暗いさびしさ」 と 「物憂い静けさ」 の正体に迫ることはないだろう。

 それは言葉になる前にしか生まれない 「感情」 だからだ。

 「言葉」 として成立してしまえば、他者へ伝達することは可能となるが、その人間が固有に感じていた 「感情」 はもう保存することができない。

 言葉をたくさん覚えるに従って、抽象的な思惟は緻密になるが、固有性を強くとどめた感情の質は鈍化していく。
 「感受性がみずみずしさを失う」 とは、そういうことなのだと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 07:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

ハプスブルク家

 “ハプスブルク家” がブームとなっている。
 大きな展覧会も相次いで催されているし、テレビなどでも、それにちなんだ特番をいろいろと組んでいたから、このヨーロッパ名門貴族の名前を耳にした人も多いのではなかろうか。

ハプスブルク展 オーストリア大宮殿展

 私も、気づいてみたら、昔からハプスブルク家に関する本をけっこう買っていた。
 何気なく書棚を振り向いたら、
 『ハプスブルク家の女たち』 江村洋 著
 『戦うハプスブルク家』 菊池良生 著
 『ハプスブルク家』 江村洋 著 (いずれも講談社の現代新書)
 …という3冊の本が行儀よく並んでいるのが見えた。

 “ハプスブルク” をタイトルに謳った書籍がわが家だけでも3冊あったわけだが、本屋さんにいけば、さらにたくさんのハプスブルク関連の書籍が見つかる。

 『怖い絵』 で人気作家になった中野京子さんは、 『名画で読み解くハプスブルク家12の物語』 (光文社新書) を書いているし、すでに名著として評価の定まっている本としては 『エリザベート ハプスブルク家最後の皇女』 (塚本哲也 著) がある。

 この一族が、日本でも話題になるというのは、はたして、どういうことなのだろうか。
 私には、とても不思議で面白い現象であるように思える。

 なぜなら、ハプスブルク家というのは、日本人にはなかなか解りにくい存在だからだ。
 この家系は、一見 「王朝」 のようでもあるし、「大帝国の統治者」 のようにも見えるし、 「ただの貴族の一家」 のままでいるようにも見える。

 その統治する領土も、ドイツ、オーストリア、ハンガリーを中心に、ときにスペインにも及び、イタリアを領することもあり、南米まで支配権が及んでいたりと、あっちこっちに “飛び地” を持つ。

 それまでの征服国家が、少しずつ周辺の国を併合して “雪だるま式” に版図を広げていくのに対し、ハプスブルク家の版図というのは、隣りの他国を通り越して、その向こう側につながっていたりする。

 最も不思議なことは、ハプスブルク家が統治する国家の名前が決まっていないということだ。

 ハプスブルク家出身の統治者が、ときに 「オーストリア大公国」 とか 「ボヘミヤ王国」 、 「ハンガリー王国」 などの国王を兼ねることはあっても、ハプスブルク王朝は、それらの諸国家を統合する名称を持たない。

 統治者が 「神聖ローマ帝国」 の皇帝を名乗るときもあるが、神聖ローマ帝国の “皇帝” は選挙によって選出されるため、ハプスブルク家の者が選出されないかぎり、 「神聖ローマ帝国」 とも呼ばれない。

ハプスブルク家紋章
 ▲ ハプスブルク家の紋章は 「双頭の鷲」 。古代ローマ帝国の紋章でもあり、神聖ローマ帝国もこれを使った

 さらに紛らわしいのは、王様たちの名前がみんな似ていること。
 どんな時代になっても、必ずフリードリヒとか、フェルディナントとか、レオポルド、フランツ、ヨーゼフとかいう名前が登場するし、オーストリアでカール5世を名乗った王様は、スペインに渡るとカール (カルロス) 1世になったりする。

 このハプスブルク家の複雑さが、私たち日本人が見た 「西欧史」 の分かりにくさにつながっているように思う。

 そのような非常に分かりづらい “統治形態” を保ったまま、ハプスブルク家は、600年以上も、イギリス、フランス以外のヨーロッパ全域を統合する大君主国であり続け、中世以降のヨーロッパ文化の形成に大きな影響を及ぼした。

シェーンブルン宮殿

 この家の領土の広げ方には、独特の方法がある。
 それは、戦いによらない領土拡大であった。

 普通、国家が 「領土を拡大する」 という場合は戦争による奪取を意味した。
 これは、ヨーロッパにおいても、日本においても、基本的には変わらない。

 ところが、ハプスブルク家というのは、代々 「婚姻」 によって、領土を拡大していった家系なのである。

 たとえば、ハプスブルク家の王子を他国の女王と結婚させる。
 孫が生まれる。
 するとその孫が、ハプスブルク家の血筋を引く王子として、育った国を統治することになる。

 こうして、スイスの山奥に発したハプスブルク家は、ウィーンに進出し、ブルゴーニュ地方を手に入れ、ボヘミア、ハンガリーを治めるようになり、スペインにまで広がった。

 特に成功したのは、スペイン王家との婚姻だった。
 イタリアにおけるスペインの権益を守るために、スペイン王家はハプスブルク家との縁組みを申し出る。
 それは、スペイン王家に正当な後継者がいることを前提とした婚姻関係だったが、スペイン王家の縁者たちが、次から次へとバタバタと他界してしまったため、あっけないくらい簡単にハプスブルク家のものになってしまった。

 このように、「運」 も同家に味方することが多かったが、ハプスブルク家の方も、しっかりと準備を怠らなかった。
 つまり、同家の人々は、まるで “家訓” のように、政略結婚用の子供たちを多数もうけるようになっていたのである。

 フェルディナント1世と、皇后アンナの子ども (15人)
 マクシミリアン2世と、皇后マリアの子ども (16人)
 レオポルド1世と、皇后エレノア・マグダレーナの子ども (10人)
 フランツ・シュテファンと、皇后マリア・テレジアの子ども (16人)
 レオポルド2世と、皇后マリア・ルドヴィカの子ども (16人)
 フランツ2世と、皇后マリア・テレジアの子どもは (12人)
 (Wikipediaより) 

 同家における世界制覇の 「武器」 は、子どもだったのだ。
 
 カール5世の頃、ハプスブルク家の版図は最大になった。
 彼は、 「余の帝国では、太陽が没することがない」 と豪語したという。

カール5世

 それは、何も虚勢を張った暴言ではない。
 当時のスペインは、アメリカ大陸の中南米にまでその統治権を広げていたため、ヨーロッパの支配域で太陽が没しようが、地球の反対側の中南米では陽が昇っていたからだ。

 彼は、隣国のポルトガルの女王とも婚姻関係を結んだため、イベリア半島におけるハプスブルク家の勢力はなおさら磐石なものとなった。婚姻の力おそるべしといったところか。

 このような婚姻による王朝同士の結びつきは、ヨーロッパ社会に何をもたらせるようになったか。

 たぶん、この頃からヨーロッパの 「貴族文化」 というものが、ひとつの統一された様式を持ち、はっきりしたスタイルを持つものとして確立されてきたように思える。

 つまり、貴族階級というものが、一国だけで完結した階級社会を構成するのではなく、国を超えて、貴族同士が共通のメンタリティを共有するという世界ができあがってきたのである。
 そのことによって、自国の 「民」 よりも、他国の 「貴族」 の方に親近感を感じるような精神風土さえ形成されてきた。
 それが 「ヨーロッパ貴族文化の普遍性」 といわれるものである。

マリア・テレジア
 ▲ ハプスブルク家最大の女傑マリア・テレジア

 彼らは、何よりも 「血統」 を重視した。
 「血筋」 の正統性を確保するために、彼らは近親結婚や同族結婚もいとわなかった。
 スペイン系ハプスブルク家が18世紀早々に潰 (つい) えたのも、近親婚によって病弱な王たちが続いたからだともいわれている。

 当時のヨーロッパ貴族たちの病的ともいわれる 「血統」 への信仰は、われわれ日本人にはなかなか理解できない。
 
 「血を吸われる」 ことが恐怖につながる吸血鬼ドラキュラ (原作1897年) のリアリティというのは、そのようなヨーロッパ貴族階級の 「血統に対する信仰」 を理解しないと、その恐怖の根源が理解できないという説すらある。

 他家に嫁いだハプスブルク家の姫君で、一番有名なのは、フランスのルイ16世の正妃となったマリー・アントワネットかもしれない。
 彼女は、ハプスブルク家きっての女傑といわれたマリア・テレジアの11女であったが、ヨーロッパ貴族文化の最盛期に誕生し、同時に、その終焉の形をも体現した女性ともなった。

マリー・アントワネット

 彼女がフランス王家に嫁いだ時代、ヨーロッパ貴族階級の没落を物語る市民階級の台頭が始まっていた。
 オーストリア帝国が、フランス革命に介入しようとしたのは、ハプスブルク家の姫君であるマリー・アントワネットを救出せんがためであったが、同時に、貴族の存在を脅かす 「市民」 が誕生したことへの恐怖からでもあった。

 時代の激しい変遷を経験しながら、それでもハプスブルク家は20世紀まで存続する。

 フランスやロシアの王権には、革命によって王族の一族が処刑されるという末路が待っていたが、ハプスブルク家にはそのような悲劇は訪れなかった。

 最後の皇帝フランツ・ヨーゼフは、後継者として育てた王子が自殺するという悲哀を味わい、さらにその次の後継者として目した甥が暗殺されるという悲劇に見舞われながら、彼自身は 「名君」 と仰がれたまま86歳まで生きて、病没した。

フランツ・ヨーゼフ

 フランスのブルボン王朝やロシアのロマノフ王朝が、 「事故死」 のような終焉を迎えたのに比べ、ハプスブルク家の終焉は 「老衰」 のようなものであったかもしれない。

 最後の君主フランツ・ヨーゼフは、ロシアのニコライ2世家族が処刑される2年前に逝去し、600年以上ヨーロッパに君臨した華やかな一族の幕を下ろした。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:57 | コメント(0)| トラックバック(0)

二人のルソー

 アンリ・ルソー (1884年生) は、一般的に 「素朴画家」 と名づけられる一群の画家たちの系譜に入れられている。
 画家としての修練を積んだプロの絵描きたちとは異なり、絵を趣味とする素人画家としてスタートしながら、いつの間にか本職の絵描きになっていった画家たちという分類にくくられる画家である。

ヘビ使いの女
 ▲ 「ヘビ使いの女」 (アンリ・ルソー)

 実際、ルソーはフランス・パリ市の税管吏を生真面目に務め、休日に絵を描き、40歳のときにようやくプロの画家としての道を歩むようになった。
 だから、美術史の中では、ルソーは素人の直感で 「世界」 を捉え、それを素朴な筆致で描き続けた “日曜画家” という扱いを受けることが多い。

アンリ・ルソー自画像(部分)
 ▲ ルソー自画像

 ルソーのそういう人生の経緯が、絵の解釈にも反映し、彼の絵は、大半の評論家から 「子どもの心を無邪気に表現した童話的世界」 として捉えられている。
 だから、彼の絵を形容する言葉には、必ず 「素朴」 、 「無邪気」 、 「郷愁」 などという単語が添えられている。
 つまり、大人が失ってしまった 「童心」 を、子どもの心に戻って描きとめた画家ということになっているのだ。

 本当に、そうなのだろうか。
 
 確かに、そこに描かれているのは、子どもの “素朴” な目を通して童話のように表現された世界であるかのように見える。

大豹に襲われる黒人(全体)
 ▲ 「大豹に襲われる黒人」

 しかし、たとえば 『大豹に襲われる黒人』 (1910年頃) という絵に描かれている人間 (黒人) は、豹に襲われるという絶体絶命のピンチに見舞われているというのに、およそ苦痛や恐怖を感じているという気配がない。
 むしろ、自分の身に迫る死の恐怖を、あたかもそれが 「自然の摂理」 であるかのように粛然と受け入れるような、悟りを開いた大人の “諦念” のようなものすら漂う。

大豹に襲われる黒人(部分) 
 ▲ 「大豹に襲われる黒人」 拡大部分

 子どもが、大人が感受できないようなような 「素朴」 で 「無邪気」 な心情を持った存在であるならば、むしろ大人以上に、死の恐怖や肉体的損傷の痛ましさに敏感になっているはずなのだ。

 下は有名な 『眠れるジプシー女』 。
 疲れはてて砂丘に眠るジプシー女のそばに、一匹のライオンが近づき、彼女の匂いを嗅いでいるという情景を描いた絵だ。

眠れるジプシー女 
 ▲ 「眠れるジプシー女」

 この画面からも、肉食獣が接近しているという恐怖は遠ざかり、一切が夢の中のできごとのように平和で幻想的な世界が強調されている。
 一見、 「動物と人間が調和的に共存する」 童話のような世界に見えながら、もし本当の子どもがこの絵を見たならば、
 「なぜこのライオンはこの女性に危害を加えないのか」 
 「なぜこの女性は、ライオンが近づいた気配に気づかないのか」
 そういう素朴な疑問に取り付かれるはずだ。

 子どもの 「素朴さ」 とか 「無邪気さ」 というものは、そのようにして働くものだ。
 
 つまり、ルソーが描く絵は、子どもの 「純朴さ」 とか、 「無邪気さ」 などとはまったく縁のない世界であるといえるだろう。
 逆にいえば、これらの絵から、アンリ・ルソーという画家は、 「子ども」 という存在に対し、世間でいうような 「素朴さ」 や 「無邪気さ」 を見ることのなかった人ではないのか? …という疑問が湧いてくる。

 下の絵は、いずれもルソーが捉えた子どもの描写である。
 彼らの顔は、はたして “子どもの顔” なのだろうか。

ルソー子ども01 ルソー子ども3 

 どれをとっても、その絵からは 「身体の小さな大人」 しか読み取れない。
 つまり、彼が世間でいうような 《子ども》 を少しも信じていなかったということが伝わってくる。
 
 それらのことは、彼が、
 「子どもというのは、大人の “打算” とか “葛藤” を知らない 《無垢》 な存在である」
 という現代教育学的な見地とは無縁な人であったということを物語っているように思える。

 現在、私たちが考えているような 「児童」 を最初に見出したのは、18世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーだといわれている。

ジャン・ジャック・ルソー肖像
 ▲ ジャン・ジャック・ルソー

 ジャン・ジャック・ルソーは、主著 『エミール』 の中で、
 「人は子どもというものを知らない。子供について間違った観念を持っているので、議論を進めれば進めるほど迷路に入り込む」
 と書く。
 
 彼は、当時の人たちが考えたこともなかった 「子ども」 というものに対し、世界で最初に科学的・哲学的考察を加えようとした人だ。
 それまで自明に過ぎなかった 「子ども」 という存在が、彼の主張を通して初めて 「大人には理解できない世界に棲む住人」 として意識されるようになる。

 そのとき、当時の大人たちは、それまで考えていた 「子ども時代」 というものが、大人になってからの記憶を頼りに再構築された観念に過ぎなかったことに気づく。

 そういった意味で、ジャン・ジャック・ルソーは、 「子ども」 という存在が科学や哲学のテーマになりうることを最初に考察した人だといえるかもしれない。

 しかし、ルソーの主著を読んだ教育学者たちは、 「大人」 と異なる位相に棲む 「子ども」 たちを、 「大人の汚れを知らない純朴な存在」 と規定する以外に、そのテーマを深く追求する術 (すべ) を持たなかった。
 だから、子どもの “無知” を “イノセンス (無垢) ” として称揚し、子どもの “無邪気さ” を、 “世間知に毒されない聡明さ” と捉えることにためらいを持たなかった。

 そしてそれが、19世紀から20世紀にかけて、 「子ども」 を考察するときの無条件の前提となっていったのである。
 
 しかし、子どもの心的状況などというものは、大人には分からない。
 そして子どもは、自らそれを語る大人の言葉を知らない。
 ジャン・ジャック・ルソーは、むしろそのことをテーマにしたといえる。 

 画家であるアンリ・ルソーは、哲学者であるジャン・ジャック・ルソーの思索を継承した人間であるのかもしれない。

 アンリ・ルソーは、子どもの顔を描くとき、どうしても “無垢な天使” のような顔を描けなかった。
 彼が、子どもの顔を大人と同じように描いたとき、彼は、子どもというものが大人とは違った意味で、大人と同じような葛藤を抱え、打算を働かせ、生存することの恐怖に怯え、生きることの快楽を知る存在であることを見抜いていた。

ルソー子ども02

 しかし、それがどんなものであるかは、彼は絵にしなかった。
 もし、それを絵にしたら、彼もまた世の大人たちと同じように、子どもという 「観念」 のみを描くことでしかないことを感じていたからだ。

 素朴派の巨匠といわれるアンリ・ルソーは、まさに 「素朴」 であるがゆえに、知的な観念の魔術から解放されて、 「子ども」 という存在のありのままの姿を見据えていたのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

EVとRV

東京モーターショー会場082

 幕張で開かれている 「東京モーターショー2009」 を見ていると、これからの自動車は、完全にEV (電気自動車) とハイブリッドの時代になるという印象を否が応でも持たされる。

東京モーターショーEVトヨタ
 
 トヨタ、日産、三菱、ホンダ、マツダ…。
 国産メーカーのブースで、スポットライトを浴びる “お立ち台” に登っているのは、すべて 「エコ」 、 「環境」 、 「小型化」 を謳ったこのたぐいのクルマばかりだ。

東京モーターショーEV日産リーフ

 日産GT-Rなどにメディアや来場者が熱狂した前回と比べて、あまりにもサマ変わりしてしまい、いやホント 「時代など、アッという間に変るもんだ」 ということが実感された。

 今回のショーを見ていて驚いたのは、EVのインフラ整備の進み具合だった。
 ハイブリッド車の爆発的な売れ具合に比べ、EVの方はまだ “未来のコンセプトカー” という印象が強いから、街中にどれほどの充電システムが整備されつつあるのかなど、あまり気にもとめなかったけれど、県庁、市役所、コインパーキング、ショッピングセンター、コンビニ、高速道路のSA・PAなどを中心に、すでに144ヵ所の充電設備が整えられているというのである。

東京モーターショー急速充電器

 EVは、もちろん家庭でもプラグさえ差し込めば充電できるし、そのうちEVを販売する会社の各ディーラーでも充電システムが整備されていくだろうから、意外とインフラ整備は早く進むのかもしれない。

 しかも、その施設の貸与料がとても安価。
 あるコインパーキングに設置された設備の場合、1時間の充電費が20円程度だという。
 
 このシステムを構築している東京電力では、8,300台の営業車のうち、3,000台をEVに替える予定らしく、当面は、企業や官公庁の間でEVを普及させていくことによって、メーカーのコスト減を誘おうという計画のようだ。 

東京モーターショー三菱アイミーブ

 将来的な展望の明るいEVだが、現在のネックは、航続距離の短さと価格が高いこと。
 航続距離は、三菱のアイミーブ、日産リーフともども1回の満充電で走れるのは150~160㎞程度。
 ただし、これは上手なドライバーが負荷を最小に抑えて達した数値なので、普通のユーザーがラフに運転してしまえば、これよりはさらに落ちる。

 しかも、エアコンなどを使用すると、その分バッテリーの蓄電量を取られてしまい、航続距離はそこからさらに1~2割り程度減少する。

 もうひとつの悩みは、高価格。
 三菱のアイミーブの場合、400万円を超える定価のうち、補助金などがだいぶ戻ってきたとしても、ようやく300万円を切るくらい。
 これでは、個人消費者は “様子見” ということになるだろう。

 ただ、官公庁や関連企業に浸透して、量が出回るようになれば、そのうち価格は下がるだろうし、インフラ整備も進む。
 それと並行してバッテリー技術も進むだろうから、よりエネルギー効率の高いバッテリーが登場し、航続距離も伸びるだろう。

 バッテリーの主役はリチウムイオンバッテリーだが、それ以外の次世代バッテリーの研究も進んでいると聞く。
 ただ、どのメーカーも口を揃えて、今のところ、最もエネルギー密度の高いのはリチウムイオンバッテリーだと答える。

東京モーターショー日産リーフバッテリー搭載

 エネルギー密度が高いということは、小型・軽量化できるということで、ある研究機関では、さらにその3.5倍、7倍という高密度のリチウムイオンバッテリーを開発中だという。

 ただ、リチウムという天然資源は、いったいどれだけ地球に埋蔵されているのだろうか。
 化石燃料の場合は、2015年ぐらいにピークオイルが訪れると計算する研究機関もあり、その埋蔵量の有限性が指摘されて久しいが、リチウムの場合はどうなのだろう。

 あるメーカーの説明員によると、量的には石油などよりもはるかに膨大な埋蔵量が確認されているという。
 ただし、それが凝縮しているところはボリビア、チリ、中国など限られた場所にすぎず、そのほかはバラバラに散らばっている状態なのだとか。

 だから、広範囲にわたった場所から拾い集めるとなると、採掘コストはかかる。
 やはり、バッテリーに使用したときの効率化をいかに進めるかが今後のカギとなるという説明だった。

東京モーターショープラグインハイブリッド充電
 
 さて、このEV、もしくはハイブリッド車は、キャンピングカーにとって相性のいいものなのかどうか。

 EVやプラグインハイブリッド車の場合、家庭でも充電できるということは、キャンプ場でも充電できるということである。
 現在、日本には1,300ヵ所以上のオートキャンプ場があり、そのうちの75パーセントのキャンプ場がAC電源設備を持っている。

 つまりキャンプ場は、EVの充電スポットしては、現在もっともインフラが整備されている場所だといえよう。

 しかも、EVというのは、ある意味で “巨大なバッテリー” である。
 それ自体が、車内の電化製品を使うのに適した構造なのだ。

 ただ、現在のEVは、まだどのクルマもバッテリーに蓄電した電気は自動車を駆動するためのものでしかなく、それ以外の電化製品にアウトプットされるような構造にはなっていない。
 
 あるメーカーの説明員はこう語る。
 「EVが、キャンピング車の目指す方向性にぴったり合っていることは認めます。
 ただ、エアコンを使うだけで航続距離が落ちてしまうような現状では、とても車内に搭載する電化製品に電力を回す余裕がない。
 それよりも、優先順位としては、少しでも航続距離を伸ばすことの方にそのエネルギーを使いたい」

 そうは言いつつも、キャンピング仕様にするのは、技術的にはそんなに難しいことではないという。

 「そのようなニーズが多くなれば、当然そういう開発も進むだろうし、もしかしたら、企画段階では、もうそういう方向性も検討されているかもしれない」
 …と、口をにごす説明員もいた。 
 このへん、各社ともEV開発にしのぎを削っている段階なので、うかつな情報は漏らせないというガード意識が働くようだ。

 しかし、EVに搭載するバッテリーの活用範囲を広げるということに関しては、各メーカーの解説員はみな積極的だった。 

 現に、アメリカなどで計画されている 「スマートグリッド」 というアイデアは、ソーラー発電などで充電されたエネルギーをEVに蓄え、それを家庭内の家電製品を駆動するための “巨大バッテリー” として使おうという考え方だ。

 すでにトヨタのプリウスなどは、自車内に組み込んだ太陽光発電装置でファンを回すところまで実用化が進んでいる。

 ただ、あるメーカーのスタッフは、 「スマートグリッド」 がエネルギー革命を起こすほどの革新的アイデアであることを認めつつも、EVのバッテリーにそのような負荷をかけることが、走行性能に支障をきたす可能性もあることを指摘する。

 いずれにせよ、これだけは、今後の技術的成果の進展状況をみないかぎりなんともいえない。

 はっきりといえることは、乗用車のEV化、ハイブリッド化が成功すれば、やがて商用車の番が来るということだ。
 あるメーカーの解説員は、そのときにキャンピングカーベース車として構想も具体化するだろうと予測する。

 商用ワンボックスカーともなれば、車体後部がフラットになるので、バッテリー搭載位置が問題となる。
 車体のどの部分に埋め込むのか。
 一体型になるのか、セパレートになるのか。

 そこがデザイナーの腕の見せ所だともいう。

東京モーターショー日産リーフバッテリー搭載

 価格、航続距離、インフラ。
 EVの実用化を前に、解決課題はまだまだ多い。
 ただ、なんとなく “未来のキャンピングカー” のイメージも少しずつ見えてきたような気もする。

 関連記事 「RVの将来的展望」
 関連記事 「20年後の車社会」


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 07:02 | コメント(2)| トラックバック(1)

20年後の車社会

東京モーターショー002

 連日、東京モーターショーのシンポジウムを見学している。
 今日のテーマは 「20年後のモビリティを考える」 (財団法人・日本自動車研究所主催) 。
 サブキャッチは 「2030年、あなたはどう移動したいですか?」 。

 近未来の自動車の話となると、最近はやたらEV (電気自動車) が話題の中心となり、電力をどこから採るかとか、インフラはどうなっているのか、という議論に終始しがちになるが、問題はそれだけではない。

 20年後といえば、世界一の “老人大国” が誕生するわけだが、高齢化社会の交通はどうあるべきか。
 若者の “自動車離れ” がこのまま進行していけば、国内マーケットがどう変化していくのか。
 今、ヨーロッパなどで整備されている、人とクルマが共存できるような都市計画というものは、日本でも可能になるのか。
 そもそも、自動車が今までのような “魅力的な” 存在であり続けているのか。

 考えてみると、さまざまな問題が噴出してくることが分かる。

 はっきりいうと、それらの問題をきれいに処理できるような思想なり、哲学というようなものは、現在は何もない。
 シンポジウムの後半、パネリストの一人である渡邉浩之氏 (トヨタ自動車技監) と、コーディネーターの清水和夫氏がともども語っていた言葉は印象的だった。

 「自動車が誕生して以来、これほど未知の課題をたくさん背負わなければならない時代というのは初めてだ。これからの20年というのは、自動車を持った人類がかつて経験したこともないような時代となる」

 まさにそうだと思う。

 まず、若者が減少し、代わりに老人ばかり増えていくという社会を経験するのも、人類にとってははじめて。
 これまでの産業を支えてきたエネルギー資源の中で、最も効率のよかった化石燃料が枯渇するという事態を迎えるのもはじめて。

 自動車のパワートレーンについていうならば、ガソリンエンジン、電池、水素など、あらゆる可能性が模索されるようになったこともはじめて。
 二酸化炭素の排出が、地球の生態系を変えるほど深刻な状況を生み出してきたというのもはじめて。

 自動車が抱える “未知の課題” とは、すなわち人類がはじめて直面する “未知の課題” にほかならない。

 各パネリストが語っていたことで共通していたのは、
 「20年後、30年後に直面する交通社会の課題は、技術的にはある程度解決する目途は立っている。
 しかし、技術だけで解決する問題など何もない。
 最終的には、その技術を、社会と調和させられるかどうか。
 あるいは、人が、その技術を受け入れられるかどうか」
 ……ということであった。

 モノが豊かに溢れ、暮らしが快適になり、産業も個人の暮らしも、すべて右肩上がりに成長してきた時代を経験しているわれわれが、それとは違った価値観を持てるようになるのか、どうか。
 一番の課題は、どうやらそんなところにあるらしい。

 クルマに対する人々の価値観にも、転換が迫られているという。

 長い間、自動車は、 “ドライブする快楽” を人間に与えてきた。
 走りのだいご味、乗り味の快適さ。
 そういうドライバーにもたらされる快楽を、いかに安全に保証するかどうかということが、自動車の魅力であると謳われてきた時代を長らくわれわれは経験してきた。
 多くのモータージャーナリストも、それを 「クルマとの対話」 という形で、いくつもの名インプレッションを残してきた。

 しかし、これからは、その 「クルマとの対話」 を、別の方向に求めなければならないともいう。
 たとえば、コーナーを攻めたときのクルマの応答だけを “対話” というのではなく、いかに燃料を消費せずに航続距離を伸ばすかというような 「エコラン」 にも “対話” はある。
 エコランで、良い数値を出せる人というのは、やはりそのクルマとの“対話”をうまくこなせる人であるらしい。

 だから、自動車が負わされる社会的責務が変ろうが、自動車そのものが人間に与える “楽しさ” というものは、少しも変らないのだ、という人もいた。

 シンポジウムの討議内容はあまりにも多岐にわたり、かつ一つひとつのテーマはあまりにも深い。
 だから、この場で語られた内容をすべて紹介することは難しいし、またその力もない。

 以下、印象に残った話だけをピックアップする。

 まず、高齢化社会と交通の問題に関して。
 2030年になると、日本は世界で最初に大量の高齢者人口を抱える国となる。
 これは、交通社会のあり方を変える大問題ともなるが、それだけなく、医療・介護などにも深刻な問題をもたらすことになる。
 
 パネリストの一人は、これを “課題先進国” という言葉で表現した。
 しかし、この問題をうまく解決できたあかつきには、 “課題解決先進国” となり、世界に範を垂れるような “希望の国” になるという。

 自動車工学においては、高齢者の運転を、安全かつ円滑に保証するための様々な研究が進んでおり、高齢者の認知力の衰えをカバーするような自動運転技術というものも実用化段階に入っているらしい。

 また、ロボット工学の成果を生かし、高齢者の筋力の低下をサポートするような “ロボットスーツ” の研究も進んでいるという。

 一方、若者の“クルマ離れ”の深刻さが、自動車販売にブレーキをかけているという指摘がなされて久しいが、これも、クルマの新しい価値観づくりというものに、どのメーカーも真剣に取り組み始めたようだ。

 その具体的な方向性は、今回のシンポジウムでは明らかにされなかったが、トヨタ自動車の社長は、次のように語ったという。
 「若者の “クルマ離れ” などという問題はこの世にない。あるのは、自動車の “若者離れ” だ」

 トヨタ自動車では、どうやら本気になって、若者が振り返るような新しいクルマの価値創出に取り組み始めるらしい。

 次世代のパワートレーンの問題も、当然論議された。
 現在は、EVだけが話題の中心となるが、最終的にはEV化の方向に統一されるにせよ、短期的、中期的に考えると、インフラの整備状況やクルマそのもの用途に応じて、様々なパワートレーンが併用されていくだろうという見方が披露された。

 コーディネーターの清水和夫氏はいう。
 「2030年になっても、まだ石油が枯渇するということはない。ただ、安価に採掘できる油田は減少しているだろうから採掘コストが高くなり、原油の売価はそうとう高くなっているだろう。
 それでも、バイオマスなどの実用化も進んでいるだろうから、ピストンエンジンのクルマは相変わらず主役になっているのではないか」

 渡邉浩之技監はいう。
 「EV化が進むといっても、問題は電気の供給。
 ソーラー、原子力発電、重油の代わりに石炭を使うなど、電力確保にはさまざまな方法が模索されているが、まだ完全にこの問題に答え切れる解答が出たわけではない」

 原子力発電は安全性の問題をクリアできているわけはなく、資源としての石炭はまだ豊富にあるとはいえ、二酸化炭素の排出という問題は残る。
 バイオ燃料の確保は、食糧問題と抵触する。
 これに関しては、有効な解答を得るまでには、まだ時間がかかりそうだ。

 要するに、万能の特効薬と思われているEVに対しても、電気の確保という肝心の問題が現状では未解決であるということらしい。

 見学者からの質問で、次のようなものもあった。
 「将来の自動車がEV化の方向に進むと、日本の自動車産業の優位性がなくなるのではないか?」

 これは、構造がシンプルなバッテリー駆動のEVになれば、中国などの新興自動車メーカーでも簡単に造られるようになり、日本の自動車産業がこれまで培ってきた技術も無駄になるのではないか…という危惧から生まれたきた質問だ。

 それに対して、清水和夫氏はいう。
 「EVこそ、実績のある大手メーカーでなければ造れない自動車である。
 なぜなら、自動車というものは、パワートレーンだけでできあがるものではない。
 パワートレーンが変れば、新しい安全技術も必要になるだろうし、そのような総合力は大手メーカーでなければ発揮できない」

 清水氏の発言を、渡邉技監が補足する。
 「EVになれば、構造は単純になるが、ハードルは高くなる。
 今までも、排ガス対策や安全性の確保などは、歴史あるメーカーとしての研究蓄積やさまざまな実験によって確保されてきた。
 EVになっても同じ。
 構造がシンプルになっても、EVならではの解決課題は絶対出てくる。
 そこで、実績のあるメーカーと、新興国の新しいメーカーとの差は出てしまう」

 世界に冠たるトヨタ技術者ならではの発言だと思う。

 今回のシンポジウムは、いろいろなことを考えさせられた。
 具体的な解決方法というものがまだ何も見出せていない段階ながら、少なくとも、 “進むべき方向” だけははっきりと見えた。
 「キャンピングカー」 という言葉がひと言も出てこなかったことは残念だけど。

 関連記事 「EVとRV」



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

自動車旅行と観光

 「東京モーターショー2009」 の会場で行われたシンポジウムを見学してきた。
 ショーの開催中、テーマごとに6回ほどのシンポジウムが組まれ、初日は自動車旅行推進機構 (カーたび機構) 主催による 「カーたび時代の新たな観光モデルを探る」 。
 マイカーを利用した観光旅行が6割に達した時代を向かえ、新しい観光ビジネスをどう展開させればいいのか…というテーマが討議された。

東京モーターショー09カーたびシンポジウム

 キャンピングカージャーナリズムの末端に位置する自分のような人間にとっても、これは大事なテーマ。
 各パネリストの基調報告およびパネルディスカッションにもずっと耳を傾けてみたが、主催者たちの意識の中に、あまり 「キャンピングカー旅行」 という概念は深く浸透していなかった…という印象を受けた。

 「カーたび」 という言葉は、 「自動車旅行」 をなじみやすい言葉に置き換えたもので、すでに平成19年から同機構によって提唱されている用語だが、基本的には “乗用車旅行” を意味している。
 したがって、 「カーたび」 の宿泊地も、ホテル・旅館などの既存の宿泊施設がまず念頭に置かれている感じだ。

 だから、パネルディスカッションの時間帯に、会場から、
 「現在、乗用車ユーザーたちの間に浸透している “車中泊” という休憩形態は、今後の自動車旅行にどのような影響をもたすと考えられるか?」
 という質問が出たときにも、パネリストたちの反応も、今ひとつ切れ味が感じられなかった。

 あるパネラーは、
 「 (観光地の) 駐車場で寝るだけの人たちは、あまり地域全体にお金を落としてくれないのではないか…」
 という疑問を匂わしていたし、また別のパネラーは、
 「休日の前日からそこに泊まる人たちが多すぎると、当日になって駐車スペースを利用したい観光客が入れなくなるのではないか」
 という懸念をちらりと匂わした。
 
 いずれにせよ、パネラーたちの意識の中には、まだ “車中泊族” をどう位置づけたらいいのかという問題意識は、十分に育っていないという気配が読み取れた。

車中泊画像001

 ただ、そうはいうものの、すでにこのような旅行形態が浸透しつつあることを無視できない時代になったという認識は、どの参加者も共通して抱いているようで、
 「今後は、各観光地の駐車スペースに、車中泊族も安心して泊まれるようなオートキャンプ施設のようなものを設けたらどうなのか」
 という提案を掲げたパネリストの方もいらっしゃった。

 とにかく、広い意味で、 「自動車旅行」 というものが大きな転機を迎えていることは確かだ。

 出席者の一人は、それを 「安・近・短」 から 「安・長・短」 の時代になったと表現する。
 つまり、 「安く、近場で、短期間のうちに」 というレジャー傾向が、 「安く、長い距離を、短期間のうちに」 という傾向に変りつつあるというのだ。
 
 そのきっかけは、ETC利用による高速道路の 「休日割引サービス」 。
 これにより、土・日・祝日を絡めた移動においては、 「1,000円で行ける限り遠くまで行こう」 という傾向が出てきたという。
 事実、この制度が生まれてから、利用者が激増したという観光地の例も報告された。

 ただ、問題があるとしたら、一ヶ所の目的地までは遠出しても、そこを訪れた後はすぐに帰るか、もしくは別の地域に移動してしてしまう観光客がほとんどだということ。

 観光業者は、経済効果が地域全体に波及することを期待しているのだが、観光産業でうるおう場所はごく狭い範囲に限られるという傾向は、相変わらず継続しているようだ。

 広い地域に経済効果を波及させるためには、いかに “魅力ある観光産業を育てるか” に関わってくるのだが、カーたび機構では、そのへんをにらんで、 「うごく! プロジェクト」 というものを発足させている。
 要は、人を観光地まで “動く” ように仕向ける数々の企画を重ねていくというもので、そのための小冊子なども刊行されている。

 冊子タイトルは 『 <生> たび本』 。
 夏の海水浴、秋の紅葉観賞など、観光旅行も食べ物と同じように “生もの” 。
 ならば、旬のうちに賞味しようと訴えたものだ。

 構成も画期的で、ドライブルートを 「地域別」 に紹介するのではなく、グルメ、写真撮影、歴史遺産めぐりなど、 「観光目的別」 に編纂しているところに特徴がある。

 このような小冊子による情報発信とは別に、カーたび機構と連携した地方自治体では、観光地のインフラ整備も進めているようだ。
 その一つが 「パーク&ライド」 システム。
 観光客が乗って来るマイカーを一ヶ所の広域駐車場に集め、市内観光などにはコミューターバスや自転車などを使ってもらおうという提案だ。

 ただ、市内から離れた場所に観光客用の 「駐車スペース」 を開発しても、あまり利用頻度は高まらないらしい。

 そのために、思い切って、街の中心部に大駐車場を開設することを計画している自治体もある。
 また、市外から離れた場所に広域駐車場を造った場合は、そこに 「道の駅」 のようなサービス供給施設を併設したり、さらには市内観光を助けるためのクーポン券を発行することを計画している自治体もあるようだ。

 いずれにせよ、自動車旅行を充実させるためのインフラ整備は今後さらに進みそうである。
 願わくは、キャンピングカー旅行の便宜を図るような企画ももっと導入してくれれば御の字。

 関連記事 「車中泊の魅力とは」



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

日常性と旅の関係

首都高の風景01

 「地方の疲弊を招いたのは、東京への一極集中化ではなく、地方の東京化・画一化である」
 と語るのは、ホリエモンこと堀江貴文氏。

 彼はこういう。

 「全国どこへ行っても、大規模ショッピングモールやコンビニがあり、東京と同じものが買える。
 しかも、地方公共団体が運営する体育館やホールなどの文化施設もすべて画一的デザインである。
 そして、ダムや道路などの大規模な公共工事で自然や歴史的景観は破壊され、地方の独自文化はどんどん消えていく。
 そのせいで、地方の魅力はますます失われていき、東京の二軍みたいな状態に陥っている」

 この意見に、私はまったく同感である。
 実際に地方都市を旅していて、まさに、そう思う。 

 ただ、 “旅人の視点” に立ってみると、私たちの心に巣くう 「東京化・画一化」 というものは、そう簡単に排除できないものであることも分かってくる。

 地方都市の景観が、どんどん “東京的” に均一化されていくのも、
 「それを求めるニーズがあるから、そうなったまでのこと」
 という側面がある。

 たとえば、こういうことだ。

 あなたがクルマを運転して、地方都市を旅していたとする。
 「ママ、お腹が空いたよ」
 と子どもがいう。
 
 「何が食べたいの?」
 とママが聞く。
 「ハンバーグがいい」
 と子どもが答える。

 道を走っていると、おあつらえ向きの、広い駐車場を備えたレストランが現れた。
 ただし、店が2軒ある。

 一つは、東京郊外なら至るところに存在する全国チェーンのファミリーレストラン。
 そこなら、子どもが食べ慣れた味のハンバーグがある。
 あなたもそのファミレスなら、自分の気に入ったメニューを思い浮かべることができる。

 さて、もう一軒の店は…というと、 「まごころ食堂」 …ってな感じの古めかしいノレンを下げた昭和風味のドライブインだ。
 ノレンの色は少し薄くなっていて、その褪せたノレンを見ていると、テーブルにはホコリが積もっているんではないか? …などという情景すら浮かんでしまう。

 はて、あなたなら、どっちの食堂に入る?

 たぶん、多くの人は、全国チェーンのファミレスの方に入ってしまうのではなかろうか。

 なぜなら、全国チェーンの店ならば、とりあえずの清潔感を保ち、まず入ってそんなに不快な目に遭うということがないと想像される。
 食事のメニューも全国的に統一されているため、店に入る前から自分の食べるものをイメージすることができる。

 サービスは味気ないが、従業員の対応はそれなりにマニュアル化されているから、お客として、どう振る舞えばいいかも分かる。
 トイレの位置とか、ドリンクバーの位置だって、店に入る前から頭にしみついている。

 それが 「日常性」 というものである。

 一方、地元の食堂は、そこの料理のレベルが分からない。
 値段も、味も、品目も、外から見ただけでは把握できないときもある。
 ものすごく美味しい料理があるかもしれないが、ハズレを引く可能性もある。

 これが、本来の意味での 「旅」 なのだ。

 しかし、そういうものが 「旅だ!」 といわれても、ついつい人間はいつも通りの日常性の方を選んでしまうものだ。

 「旅とは、日常性からの脱却である」
 …とはいいながらも、その日常性が壊れてしまうことを人間は避けようとする。

 だから、ホリエモン氏が語る 「地方の東京化・画一化」 に対し、行政的に異を唱えることは簡単だが、人間の中に巣くっている 「日常性」 のふてぶてしさを見つめない限り、地方の景観の 「画一化」 は、とどまることを知らないかもしれない。

ラーメン画像001

 私は、キャンピングカーで旅をしていて、その地方ならではの味を残した数々の食堂を回ってきた。
 もちろん、ハズレというものもあって、期待したどおりの料理に恵まれなかったこともあったけれど、たいていの場合、何かしらの 「発見」 があった。
 それは、料理の素材、味付け、盛りつけも含め、やはり旅しないかぎり得られない 「発見」 だった。

豚汁定食画像002

 もちろん、そういう 「発見」 は、ハズレを引くリスクとセットになっている。

 しかし、食堂のハズレなんて、平和な土地を旅するときの唯一の 「冒険」 でしかない。
 こんなにローコストで、安心して手に入る 「冒険」 というのもほかにないのではないか。

 ハズレがあるからこそ、新鮮なものに接したときの 「発見」 も生まれる。
 「発見」 のないところに、日常性から逃れた 「旅」 も存在しない……と思うのだが、某ファミレスのチキンソティにかかってくるガーリックソースはとても好みなので、あの看板だけは、見逃さずに入ってしまうなぁ…




コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:13 | コメント(4)| トラックバック(0)

EVの現在と未来

 三菱自動車の開発した 「i-MiEV (アイ・ミーブ) 」 に続き、今回のモーターショーでは日産自動車が手掛けた 「LEAF (リーフ) 」 が発表されるという。
 トヨタも、モーターショーでは 「FT-EVⅡ」 を出品するとか。

i-MiEV
▲ i-MiEV

 EV (electric Vehicle = 電気自動車) に対する関心がにわかに高まりそうな気配だ。

 ところで、このEV。
 現在のところ、どの程度の実用性があって、将来的にはどう普及・定着していくのか。
 そこのところがよく分からない。

 『ベストカー』 (11月10日号) という自動車雑誌を見ていたら、折よく東京大学特任教授の村沢義久さんと、日本EVクラブ代表の舘内端さん (たてうち・ただし = 自動車評論家) の間で語られた “EV対談” が載っていた。

ベストカー09-11-10

 今日のブログは、ちょっとその 『ベストカー』 の記事をご紹介。

 まず、EVの目的とは何か。
 村沢さんによると、地球温暖化による危機的状況を回避するには、将来のモータリゼーションは必然的にEVにならざるを得ないという。

村沢義久氏01

 村沢氏はいう。
 「民主党の掲げた2020年までにCO を25パーセント削減するというぐらいならハイブリッド車でも効果がある。
 しかし、7月にイタリアで行なわれたG8サミットで、2050年までに先進国全体で温暖化ガスを80パーセント削減することに合意した以上、CO の排出をゼロにしなければならなくなる。
 ハイブリッド車でも、燃費は普通のガソリン車の2倍よくなり、CO は半分に減るけれど、それでも最終目標の80パーセント削減を考えると不足」

 そこで、 「EVの出番!」 となるらしいのだが、しかし、そのエネルギー源である電気だって、火力発電に頼るかぎり、CO の排出は伴うのではなかろうか?

 しかし、村沢氏がいうところによると、
 「仮に火力発電で充電しても、EVはエネルギー効率が内燃機関に比べ5倍くらい効率がいいから、3分の2ほどのCO を減らせる」
 …らしい。

 もっとも、EVの彼方には、ソーラー発電という展望がある。
 「EVの本当のメリットは、ソーラー発電で充電することで得られる。そうすればCO の排出量がゼロになる。
 現在は使用されていない土地などを使った大規模な太陽光発電 (メガソーラー) システムと並行開発することによって、EVのメリットが生まれる」
 …と村沢氏はいうのだ。

 このEVの先には、 「燃料電池車」 というものが考えられていた。
 水素を動力源とする自動車のことで、その研究もだいぶ進んでいる。
 しかし、燃料電池車には限界があるという。

 EVクラブ代表の舘内端氏はいう。

舘内端氏01

 「燃料電池車は、まず白金をいっぱい使うから価格が高くなる。
 また、燃料になる水素は、天然ガスを触媒に入れて、高温にしてC (炭素) とH (水素) を分離し、そのHを空気中の酸素と混ぜて電気にするわけだが、まず天然ガスがそんなにない。
 そして、その生成の過程でCO が出てしまう。
 だったら、天然ガスをそのまま燃やした方がいいのではないか? という議論も出てくる」

 さらに、輸送も大変になるという。

 「 (水素を) 700気圧にして運ぶといっても、その700気圧にするために電気を使う。
 それなら、その電気でEVを走らせた方がいいということになる。
 貯蔵するのにも、水素のタンクは数年でボロボロになる。
 ガソリンスタンドは1億円できるが、水素スタンドは3億円かかる。EVの急速充電器は300万円でできる」 …のだそうだ。

 このあたりの真偽は私には分からない。 ( 『ベストカー』 の記事をそのまま書き写しただけ)
 でも、専門家がいうのだから、そうなんだろう。

 さて、このEVが普及するとなると、われわれが支払う燃料代はどういう計算になるのだろうか。

 舘内端氏によると、
 「東京から大阪までの燃料代を計算すると、燃料電池だと9,200円かかる。
 燃料代が8,100円かかり、その燃料を充填する電気代 (6時間充填) が1,100円。
 ハイブリッド車だと3,500円~3,600円。
 しかし、EVなら深夜電力で600円。
 だから燃料電池をやっているメーカーはだんだん少なくなる」
 …とか。

 なんだか、良いことづくめのEVに思えるが、問題があるとしたら、その航続距離。
 三菱のi-MiEVの場合、現在のところフル充電しても、その航続距離は160kmだといわれている。

 こいつはちょっと心許ない。
 
 もっとも、技術の進歩は日進月歩だし、EVの普及度に応じてインフラ整備がされていくだろうから、そこのところは心配ないのかもしれないが、では、そのインフラはどのような形で備されることになるのだろうか。

LEAF01
▲ 日産リーフ

 村沢氏の意見は次のとおり。
 「EV車が増えてくれば、今のガソリンスタンドにあたるような施設はなくなる。
 代わりに “充電スペース” のようなものが整っていくだろうが、現在は、電気を勝手に売るのはいけないので、充電器の使用料とか、駐車代として料金を取ることになるかもしれない。
 基本的には家で充電することになる」

 う~む。
 家で充電するとなると、深夜でも寝ている間にエネルギーチャージができるので、これは案外楽かもしれない。

 ただし、100Vの場合、三菱のi-MiEVだとフル充電に14時間かかる。
 その半分ぐらいに短縮するには、200V電源の設置を行えばいいらしいが、試してみた人の話によると、三つ股のブレーカー付きの専用配線が必要となるとか。
 ただし、工事費は3万円もあればいいらしい。

 『ベストカー』 を読むと、編集部からの質問として、
 「外出した先で、充電施設を先客が使用していたら、終わるまで何時間も待つことになるのか?」
 という質問がなされていた。

 村沢氏が答えるには、
 「EVの普及ペースがインフラ整備を抜いたらそのようなことも起こりうる。しかし、普及台数が数百万台のうちは大丈夫」 とか。

 やがて、キャンピングカーのベース車としても、EVが使われる時代が来るだろう。
 すでに、アメリカではリチウムイオンバッテリーを搭載したハイブリッドキャンピングカーの構想が発表されている。
 これは、バッテリー残量が少なくなると、ハイブリッドモードに切り替え、モーターに電力を供給するとともに、バッテリーを充電するものだとか。

 もし、EV用のインフラが整い、電気をチャージする場所が増えてくれば、室内にさまざまな電気機器を搭載しているキャンピングカーには無限の可能性が広がることになる。

 EVキャンピング車ともなると、重量の問題がネックになったりするだろうが、車両開発にも軽量化が意識されるようになり、さらにソーラーパネルなどが進化していけば、未来の展望は明るい。

 EVキャンピングカーの実現には、課題もいっぱい残されているけれど、 「EV」 時代の到来は、 「RV (キャンピングカー) 」 新時代の到来にもなりそうだ。

 関連記事 「EVとRV」
 関連記事 「RVの将来的展望」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:30 | コメント(2)| トラックバック(0)

幸せの形はひとつ

 「同調圧力」 という言葉がある。
 手っとりばやくいうと、ある集団なり組織の中で、
 “みんなと同じノリを共有しないと仲間外れにするよ”
 という、無言の圧力のことをいう。

 ちょっと前に大流行した 「KY」 ……空気を読めないヤツを排除するというような風潮が、その典型になるのだろう。

 こういう風潮が特に際立ってきたのは、1980年代ぐらいかららしい。
 その時代に学生生活を送っていた、作家の星野智幸さん (1965年生) は、桐野夏生さんとの対談集 『発火点』 の中で、こう語る。

 「80年代の華やかさの中での同調圧力として、その当時は 『イケてる男』 と 『イケてる女』 にならなきゃいけないというのがあって、その両者がベストカップルを目指さなくてはいけないという規格意識みたいなものがすごく強烈にあった。
 (学校や世間からは) どんなアイデンティティでもありだ、みたいに言われているのに、実際に公認されるアイデンティティというのは一つか二つしかない。
 だからその中で自分のアイデンティティを見つけるのはとても難しかった。
 でも脱落するのは怖いから、みな涙ぐましい努力で、無理やり自分を規格化していた」

 そして、このような規格から外れてしまった男の子たちは、 「アッシー君」 とか 「ミツグ君」 という役割しか与えられなかった。

 「アッシー君」 とか 「ミツグ君」 というような言葉は、今の若い人たちには注釈が必要かもしれない。
 アッシー君とは “足代わり” 、すなわち本命の恋人と遊んだ女の子が、帰宅する際に、家までクルマで送ってもらうためだけのボーイフレンドのことをいう。

 ミツグ君とは、文字どおり、これまた本命の恋人とは別に、女の子が食事をご馳走してもらったり、プレゼントをもらったりするためだけに付き合うボーイフレンドだ。

 なんだか “いい気な女の子” ばかり溢れていた時代なんだなぁ…と思われるかもしれないが、当時は、女の子の方も必死で、本命君のほかに、いかにアッシー君やミツグ君を数多く自分の周りにはべらすかということで、血のにじむような男の子の争奪戦を繰り広げていたのだ。

 それというのも、そういう 「選ばれたベストカップル」 にならなければ、人生の勝者になれないという激しい思い込みを誰もが持ち、それが同調圧力になって、当時の若者たちを狂奔させていたというわけだ。

シャルウィダンス1
▲ ベストカップル (?)

 このような、 「幸せの形はひとつしかない」 という風潮は、現在も続いている。

 勝間和代氏の著書に代表されるような、仕事において私生活においても 「他者よりぬきんでる」 というサクセスストーリーの信奉者がいまだに多いというのがそれを物語っている。

 「幸せの形はひとつしかない」 ということは、その幸せをつかめない以上は 「不幸である」 という意識を必ず伴う。

 現代人の不幸は、すべてが 「幸せの形がひとつでしかない」 という思い込みから発しているのではないか。
 だから、今ほど “落ちこぼれ” に対する恐怖が募っている時代というのも他にないのかもしれない。
 それが、いちばん酷 (むご) い形で、今の若者たちを襲っている。

 先ほど紹介した星野智幸さんと桐野夏生さんの対談は、次のようにつながっていく。

 【星野】 今の若い子たちって一人でいることにみんなすごい恐怖を感じているので、必死でどこかに属そうとする。
 【桐野】 大学に入ると、地方から来た学生たちだけでなく、誰もがどこかに所属しなきゃいけないと必死らしい。
 【星野】 今はみんな携帯電話を持っているから、声がかからないというのは地獄だ。だから、声がかかるための努力に全力を費やす。毎日がそれだけ終わっていく。もう死ぬ苦しみじゃないかと思う。
 彼らは楽しそうにやっているように見えるけれど、毎日ひたすら死なないための努力をしているんじゃないか…と。
 【桐野】 そのとおり。みんな必死に自分に悪意が向けられないようにしている。必死に飲み会をつくって、付き合おうとしている。
 それで声がかからなかったらガッカリするので、異様に気をつかっている。
 【星野】 自分とは何であって自分が何をしたいか、などと考える余裕もないし、自分の欲望に向き合おうにも、欲望を支えるエネルギーがない。

 しかし、この状況は、若い学生たちだけに限らない。
 定年退職を迎え、悠々自適のセカンドライフを迎えているはずの団塊世代でも同じことがいえる。

 彼らには、なまじっか 「コミュニティ」 に対する幻想があるから、定年後に、会社という “共同体” から外されたときの孤独感をひしひしと噛みしめている人が多い。
 しかし、会社以外の人的つながりを維持するスキルを持たない人が多いため、その “落ちこぼれ感” は、今の学生の比ではないかもしれない。

 それもこれも、みな 「幸せの形はひとつ」 という思い込みから生まれてくる。

 マスコミはサクセスストーリーが大好きだが、そこに描かれたヒーローたちが、みな似たり寄ったりのライフスタイルしか実現していないことには無頓着である。

 むしろ受け手の方が、そのような定型化した情報を求めているともいえる。

 最近の出版界の傾向は 「ランキング入りした本だけが売れる」 という。
 そして 「評判になった本だから読んでみる」 という読者も増えている。
 「みんなが読んでいる本だと、話題になったときもついていける」 というわけだ。

 ある有名大学のトップが、 「本を買う前には書評、レビューなどを検索して読むようにしている。それは、ハズレをつかみたくないからだ」 と堂々と宣言する時代になったそうだ。

 この “ハズレをつかみたくない” という不安感に、現代社会の病巣が浮き上がっているように思う。
 「効率化」 が第一義的に追求される時代では、ハズレから得るものに目配りする余裕もなくなったのだろう。
 そこにこそ “豊かさ” があるというのに。

 『検索バカ』 (朝日新書) という本を書いた藤原智美さんは、自著の中でこう語る。

 「隣のだれかの考えが気になる。みんなの意見や気持ちが知りたい。
 そのために、 (ネットの) 検索で空気を読む、空気を読むために検索する。
 その背景には、集団から浮く = 排除されることへの不安と怖れの感情が渦巻いている。
 (誰にも) 自分だけ目立ち、 “みんないっしょ” からはみ出すことで地雷を踏んで自爆したくない、という思いがある」

 誰もが同じものに感動し、同じものに涙し、おなじものを嫌い、同じものに生き甲斐を見出すという風潮こそ、人間を苦しめる最大の要因だと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 17:40 | コメント(8)| トラックバック(0)

老いの自覚と出発

 カスタムプロホワイトの池田さんから、連載エッセイ (答は風の中) の新しい原稿が送られてきました。
 いつもそれに “解説” を付ける約束になっているので、今回もそれに対する感想も添付させてもらいましたが、今回の池田エッセイ、なかなか面白い視点を打ち出した内容になっています。

 テーマは 「老いの自覚」 。
 そして、そこからの 「出発」 。

 還暦を迎えた団塊世代の人たちには、ちょっと気になるテーマではないでしょうか?

 池田さんは、青春時代に放浪した長崎の街を久しぶりに訪れたそうです。
 そしてそこで、思い出の光景がすべて消えた街並みに接して落胆します。

長崎の橋41

 「老いの自覚は、もう思い出の中に還れないと意識したところから生まれる」
 と、彼はいいます。

 しかし、そこから本当のスタートがあるのではないか?

 池田さんが、そこから何を求め、どのような思想を組み立てるに至ったか。
 まずは、お読み下さい。

 「答は風の中」41 「変わらないものを発見する」
  http://www.campingcar-guide.com/kaze/041/

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

エロ画像の変化

 なんかの間違いで、たまたま下品なアダルトサイトを開いてしまうことがある。
 …つぅか、少し告白してしまえば、 「もしかしたら、そういうサイトがあるのかな?」 などと、ちょっと研究のつもりで、たまたまそういうサイトを開いてしまうことがある。
 さらにもう少し正確なことをいうと、実はかなり期待して、そういうサイトを開いてしまうことがある。

 最初に偶然 (←しつこいね) 、こういうサイトを開いたとき、驚いたのは、生身の女性が登場する画像と同じぐらいの割り合いで、アニメ・コミック系画像のアダルトサイトがいっぱいあるという事実だった。
 
 そこでは、ほとんど幼児のような顔をした美少女たちが、それとは不釣合いなくらい豊満な肉体をさらし、汗をしたたらせ、苦悶と恍惚をないまぜにした表情であえいでいる。

アニメ系少女003

 そのような画像がふんだんに登場するのだが、不思議なことがひとつ。

 どのアニメの少女たちの肉体も、ちょうど浮世絵の美人画が見事に規格化されていたと同じくらい、どれも判で押したように規格化されているのだ。

アニメ系少女002

 特に、顔の均一化がはなはだしい。
 顔の縦横比では、だいたい横の方が長く、目が顔の面積の3分の1を占めるほど拡大され、鼻は小さく 「レ」 の字状に描かれているだけ。

アニメ系少女005

 もう少し前のアニメ系アダルトサイトでは、作者の個性というものがはっきりと表に出ていて、描かれる少女たちの表情にも多様性があったように思うが、最近はとみにこの画一化が進行しているようだ。

 これはいったい何を意味しているのだろう。

 私なんかは、世代的にそうなのかもしれないが、2次元平面に描かれるマンガ、アニメ系画像にあまり欲情するということがない。
 昔の上村一夫の劇画や、つげ義春の一部のマンガには時として、ドキっとするくらいのエロい画像があって、ときどき実用書として使わせてもらったことあるが、今のアニメアダルト画像には、私はまったくエロさを感じない。

上村一夫イラスト01
▲ 上村一夫 作品


つげ義春イラスト01
▲ つげ義春 作品 

 ましてや、オタクでなければ見極められないような 「萌え要素」 の微妙な差異などにはまったく無頓着なものだから、どの作品の少女が一番エロっぽいか…などという判断のつけようもなく、ただただ似たような画像展開に呆然としてしまう。

 東浩紀氏の 『動物化するポストモダン』 という本を読んでいて、ひとつ発見があったのは、このような画一化されたアニメ少女の画像が、今の世の中では、写真・動画による実物の女性画像と同じくらい、いやそれ以上のリアリティを持って、男性の性衝動を吸収する対象として機能しているという指摘だった。

 俺は、アニメ少女では立たない。
 だから、 「世の中変ってしまったなぁ…」 という感慨を強く持った。

 そこで考えたことは、 「リアリティの変容」 ということだった。
 大げさにいえば、 「人間」 というものを捉えるときのリアリティが変ってきているということなのだが、しかし、それは今の時代に始まったことではないのかもしれない。

 もしかしたら、生身の人間画像に欲情するというのは、ひょっとして、写真や映画という近代に出現したテクノロジーに感性を規定された 「近代的人間」 に特有の欲情の仕方だったんではないかと、最近では思うのだ。

 たとえば、江戸時代に描かれた春画は、禁制が長く続いた時代でも、密かに江戸町民の間に飛ぶように売れた。
 歌麿のような有名な絵師も、今日では 「芸術」 として評価されるような格調高い浮世絵を量産する一方、密かに春画をどんどん発行していた。

浮世絵春画

 それが、当時の男女の欲情を処理する対象として、生身の人間とつるむのことと同等の価値を有していたのだ。
 そして、そのような浮世絵春画は、喜多川歌麿だろうが、葛飾北斎だろうが、基本的に似た画風を持つ均一性を保持していた。
 もちろん、丹念に見比べていけば、そこにはそれなりの作者の 「個性」 が反映されていることも見えてくる。
 しかし、パッと見では、その個性の差異は見極めがつかない。

 そのような浮世絵春画の画一性は、まさに微妙な 「萌え要素」 の違いだけしかない現在のアダルトアニメ少女の画一性と同じなのではないか。

 そして、そのような画像が性衝動を吸収する対象として復活してきたということは、画一的であるかどうかなどを問わないセクシュアリティというものが生まれてきたのではないか。
 そんな風にも思うのだ。

 人間の感じるリアリティというのは、何が基準となるのか。
 考えてみると、そう簡単に答は出せない。

 たとえば江戸時代の歌舞伎。
 あれはもともと人形浄瑠璃が元になったものであり、それを人間の置き換えたところから発展してきたという。

 だから、歌舞伎における 「大見得 (おおみえ) 」 のような、身振り手振りを大げさに見せる誇張された演技などは人形浄瑠璃から来たものだといわれる。

 肝心なことは、当時の観客は、その誇張された大げさな演技に 「リアリティ」 を感じていたということなのだ。

歌舞伎画像

 現代の観客は、 「写実性」 に乏しい歌舞伎を観ながらも、代わりに、そこで表現されている 「様式美」 とか 「象徴性」 を評価する。
 しかし、そのような評価は、近代演劇が完成したことによって見えてくる 「視点」 に過ぎない。
 江戸時代の観客は、あの仮面のようなメイクや、大げさな演技や、誇張された言い回しこそ、 「人間の真実」 だと信じていたように思う。

 どういうことか。

 写真や映画のように、等身大の生身の人間が演じる表現形式よりも、定型化され、画一化された人間像の方が 「リアルだ」 と感じるような視点を、本来人間は持っているということにほかならない。

 ヨーロッパの中世美術に関しても、近代以前の宗教画は、みな稚拙 (ちせつ) な画一性を見せていた。
 近代絵画は、そこから脱却して、 「人間の真実」 を描くようになったといわれるけれど、もし中世の時代に生きていた人々が、中世美術と近代美術を見比べる機会があったとき、果たしてどちらに 「リアリティ」 を感じるかというと、それはまた別の話だ。

ヨーロッパ中世美術01

 浮世絵も、歌舞伎も、ヨーロッパ中世美術も、それなりに 「人間とはこうなんだ」 という当時流布していた人間の 「概念」 を忠実に描いたものだった。
 そのとき、そういう画像の方が、当時の人々にとっては、 “リアルな画像” だったといえる。
 
 歌舞伎において、隈取りした役者が、拳を振り上げ、カッと目を見開いて 「怒り」 を表すとき、江戸時代の観客は、
 「これぞ人間の怒りだぁ!」
 と心を打たれたはずだ。

 それは、怒りを 「象徴したもの」 でもなく、 「形式化したもの」 でもなく、まさにそれこそが怒りの 「真実」 だったのだ。人間の怒りというものは、そのようにして表現されなければならないものだったのだ。

 近代になって、写真や映画というテクノロジーを獲得した人間は、人間の 「怒り」 には様々な表情が伴い、様々な発言となって表れることを知った。

 しかし、それをもって 「リアリティ」 が獲得されたというわけにはいかない。
 それは、近代社会だけに通じる 「人間というものの概念」 を手に入れただけなのかもしれない。

 近代に生まれた映画的人間表現が、演劇に対する考え方を変えたのは、日本の歌舞伎だけにとどまらない。
 たとえば、 「オペラ」 という演劇形式を、現代人には見えづらいものにしてしまった。

オペラ画像01

 オペラにおいては、もっとも緊迫した状況は、必ず 「歌」 で表現される。
 人の生き死に関わるせっぱ詰まった状況の中で、一刻を争う場面に限って、悠長な 「歌」 が始まる。
 オペラに不慣れな現代人は、そのまどろっこしさに耐えれらない。
 
 しかし、それは 「映画」 のような近代的な時間表現に慣れてしまった人間の感じ方に過ぎない。

 オペラにおいては、この時間感覚が転倒する。
 “悠長” な歌が唄われる時間こそ、オペラにおいては、登場人物にとって最も機敏な判断が要求される緊張した 「時間」 なのであって、そこにこそ、せっぱ詰まった 「人間の真実」 が表現されている。

 ところが映画的な時間の流れに慣れてしまった現代人は、その逆説を理解できない。
 映画は、徹頭徹尾、 「時間管理」 というものが人間の大事な仕事として浮上してきた近代の表現方法だから、時間というものが、人間の感情の起伏と無関係に、規則正しく均等に流れていくものという前提によってつくられている。

 オペラには、このような 「近代的時間」 というものがない。
 それは、表現方法の 「進化」 とか 「進歩」 によって語れるものではなく、単に、時代によって 「人間の真実」 の捉え方が違っているということを意味しているに過ぎない。
 
 そう考えると、写実的な写真・映画的女性像よりも、画一化されたアニメ少女たちにセクシュアリティを感じる男の子たちが増えてきたということは、 「近代」 という時代が生んだ人間の感受性にも変容の兆しが現れてきたことを物語っているように思える。

アニメ系少女006

 そういうことを研究するために、ときどき (いやいやながら!!) アダルトサイトを閲覧しているのだけれど、今後はもう少しアニメ系アダルトサイトもしっかり調査しなければならないと思っている。
 そのうち、だんだん立ってきたりして…。

ゲームキャラ01
 ▲ この娘、最近ちょっと気に入っている


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

高速無料化とRV

 民主党政権が公約として掲げる 「高速道路の無料化」 が実施されるようになれば、それはRV (キャンピングカー) 業界にどういう影響を与えるのか?

 この前行なわれた 「JRVAキャンプラリー」 の夜、ビルダーの社長たちと酒を酌み交わしながら話していたら、いっときそんな話題で盛り上がった。

首都高の風景01

 「高速道路の無料化」 は、実際に実施されないかぎり、不透明なものをたくさん残している。

 ・ その財源はどうするのか?
 ・ 渋滞が今まで以上に発生するのではないか?
 ・ 二酸化炭素の排出量が増え、地球温暖化政策に逆行するのではないか?

 そういう声はいまだに根強いし、それに対して反論する人たちの主張も、理想化された面が目立ち、実証性がどれほどあるのか疑わしい。

 しかし、捉えようによっては、この 「高速道路の無料化」 という考え方は、日本の産業構造を変える “力” があるように思える。

 さらに、ひょっとしたら文明論的な視野に立つ議論も可能になるかもしれない。
 そして、それに対してキャンピングカー産業が提起できる問題もたくさんありそうな気がする。

 …と、まぁ話は大きく広がりそうなんだけど、その前に、 「高速道路の無料化」 によって日本の将来がどう変わるのか、それついて明確な意見を持っている人の声を聞いてみよう。

 『週刊朝日』 の10月2日号には、無料化政策を発案をしたとされる山崎養世氏へのインタビュー記事が掲載されていた。

 まず、高速道路の料金が高いことの弊害を、山崎氏はこう語る。

 「高速料金が高いことが、今までの物流コストを押し上げ、日本経済とりわけ地方経済を弱らせていた。
 物流コストが下がれば、地方の企業や農業の競争力が高まる。新しい産業やサービスが提供され、観光面でプラスになる」

 実際に、地方の高速道路となると、料金が高いためにほとんど使われていないのだという。
 07年11月に国交省が発表した 『道路の中期計画』 によれば、それまでに造った約8千kmの高速道路のうち、65パーセントにあたる5,200kmは、料金が高いため十分に活用されていないことが判明したという。

 つまり、交通の利便性を促進するための高速道路なのに、料金がかかるため、それが “宝の持ちぐされ” になっているというのだ。

 だから、高速道路を無料化して、身体の中に張り巡らされた血管の隅々にまで “血液” が環流するようになれば、地域経済の活性化を図ることができるというわけだが、そこで “例の異論” が登場する。

 「無料化になれば、高速道路の渋滞が慢性化する」 というものだ。

高速の渋滞01
 
 これに対し、山崎さんはいう。
 「かつての自民党政府は土日・祝日におけるETC利用者の 『千円乗り放題』 を実施しために、確かに渋滞が起きたが、混雑のピーク時に料金を安くしたのだから、渋滞がさらにひどくなるのは当たり前。
 曜日を問わず無料化すれば、むしろクルマの流れは分散化し、渋滞の緩和につながる」

 実際に、07年に国交省が出した 「道路の中期計画」 によれば、混雑している高速道路は全体のわずか5%に過ぎないという。
 そのことだけをとっても、 「無料化によって高速道路すべてが渋滞になる」 という見方が、いかに一面的な見方であるかが分かるとも。

 もうひとつ、 「無料化」 に対する疑義としてよく提出されるのが、
 「無料化になると二酸化炭素 (CO2) の排出量が増える」
 というもの。

 これに対しても山崎氏は、
 「無料化になると、CO2の排出量は逆に減る」
 という見方を示す。

 現在は、高速道路よりも、実は一般道の方がCO2の排出量が多い。
 クルマが排出するCO2は、走っているときだけでなく、アイドリング状態でも発生する。
 一般道では交差点も多く、渋滞も多い。そのときのアイドリングによる排出もバカにならない。

 だから、無料化によって高速道路を活用するクルマが増えれば、渋滞が減り、走行スピードも上がり、燃費が向上する。
 それによってもたらされるCO2の削減効果は甚大なものとなり、ある試算によると、高速道路と並行している国道の交通量が減ることでCO2の排出が310万トン減るという。
 同時にそれは、石油資源の有効活用を促進する可能性を高めることにつながる。

 こう見てくると、すべて “バラ色” に見える高速道路の無料化だが、さて、そのことによって 「地方産業の興隆」 はあり得るのか?

 私が、政権交代前の民主党が主張していた 「無料化」 に疑念を持った理由の一つは、高速道路ばかりにクルマが集中したら、一般道の交通に依拠していた諸産業……つまりは、現在国道沿いで営業されているガソリンスタンド、ファミレス、ホテル・旅館業などはどうなってしまうのか? という思いがあったからだ。

 一般道の開放性に比べ、高速道路はあまりにも閉鎖的だ。
 なにしろ、一度乗ってしまえば、次のインターまで降りられない。
 その間には、一般道を走る車両を相手にしていた無数の経済拠点が取り残されてしまう。

 山崎氏も、そこに問題があることを認めているらしく、高速道路の無料化によって各地方の経済拠点の活力を損なわないようにするためには、今のインターチェンジ (出入り口) を3倍程度に増やさなければならないと提案している。

 氏の意見はこうだ。
 「そのように出入り口を増やすことによって、一般道の経済拠点とのアクセスを維持すると同時に、出入り口周辺で新しい街づくりの機会が大量に生まれる。
 その新たな経済拠点には、医療施設や介護施設、保育園などを展開することも可能であり、そうなれば田舎が不便でなくなるために、若者が大挙して東京から地方に民族移動する。今までの料金収受員の雇用もそこで吸収できる。
 こうした無料化による新たな街づくりがもたらす経済効果は、7兆8千億になるという試算もある」

 …というのだが、そこに一番の問題が横たわっているような気もする。

 高速のインターを増やすというインフラ整備は難しいことではないだろうが、そこを新しい経済拠点としていくためには、その拠点にどういう 「形」 を与えるかというヴィジョンが必要となってくる。
 民主党政権の構想力が試されるのはそのときだ。

 高速道路の出入り口が増えて、そこに新しい 「街」 が成立したとしても、 「観光」 という視点から考えると、今までと同じ 「街」 が増えたところで何の魅力も生まれない。

 アメリカのインターステートハイウェイの場合は、ハイウェイを降りれば、スーパー、ハンバーガーショップ、給油所などが揃った “ミニタウン” がすぐ現れる。
 それらの街の光景は判で押したような均質性を示し、とても観光する気分になれない。

アメリカリトルタウン009

 しかし、国土の広いアメリカは、それでいいのである。
 そのような空間は、あくまでも旅の利便性を高めるためのエリアに過ぎず、観光地は、はるかその先に広がっているからだ。

 しかし、国土の狭い日本の場合は、高速の出入り口に隣接して生まれる新しい空間それ自体が 「新しい観光スポット」 になっている必要があり、またその場所が、従来の観光スポットと有機的につながっていなければならない。

 では、そのような高速道路のインターが増えたとして、そこからどのような観光タウンづくりが展望できるのか。

 「街づくり」 というと、どうしてもハコモノを思い浮かべがちになるが、まずそのような発想から脱却しなければならないだろう。

 たとえば、……たとえばだが、その 「街」 の入口は、いま新しいライフスタイルとして定着しつつある 「車中泊」 用スペースから始まってもいいのではないか。

 あるいは有料による電源設備を用意して、キャンピングカーユーザーの便宜を図る空間を広げてもいい。

 新しいインターチェンジを造って、そこに 「街」 を誕生させるとなると、自然の野山を潰し、木々を伐採してフラットな空間を広げ、ハコモノを増やしていくという着想が支配的になるが、その自然の高低差や木々のたたずまいをそのまま生かし、いっそのこと “インター直結のキャンプ場” などを造ってみてはどうか。

 そして、そのような場所にクルマを集中させ、あとは徒歩で楽しめるトレッキングコース、ハイキングコースなどの自然観光施設を周りに広げていく。

 そのことによって、次のような 「世界」 が見えてくるはずだ。

キャンプ場01 

 つまり、市場原理から導き出されたハコモノ主体の観光スポットが、どこも均質的な空間に統一されているのに比べ、自然の相貌は、山の稜線の形も、野に咲く花も、茂る木々も、地方によってみな異なるということが。

 人間が 「旅」 に求める一番大きなものは、今までと違った 「世界」 に触れることである。
 なのに、ハコモノ行政だけに頼る観光地づくりは、日本全国に 「同じ風景」 を増やすだけで終わってしまう。

風景001

 地方行政に携わる人々は、みな地場産業を育成し、地元の観光を推進させることに一生懸命努力しているが、その結果、 「独自性を強調しようと思えば思うほど、ありふれたものに終わってしまう」 という皮肉に直面している。

 それは、成功した観光地の例しか見ないからである。

 「成功」 は独創からしか生まれないが、 「成功例」 ということになると、分析され、研究され、マニュアル化されていく過程で、どんどん凡庸なものになっていく。
 こうして、似た機能を持つ観光システムが日本中に蔓延していくことになる。

 ハコモノが悪いとは言わないが、どの建築物も “目立つ” ことばかり考えて、結果的に似たようなデザインのものになっていく。
 高原に行けば、スイスのコテージを模したようなペンション、レストランに溢れ、海岸に行けば、アメリカ西海岸、ハワイあたりのリゾートじみた模造品ばかり。

 もう5年くらい前になるのだろうか、RV協会が主催した 「ノースラン」 の帰り、犬との “二人旅” を続けながら、稚内から道東を回ったことがある。
 見事に 「何もない!」 風景だった。
 左側には太平洋。
 右側は牧草地。
 淡々とまっすぐ伸びる道路際には古びた電信柱が並び、風に揺られた電線が寂しい音を立てていた。

 観光を当てにしていない小さな町に入り、地元民しか来ない大衆食堂でメシを食った。
 「旅をしているなぁ…」 と思った。

 観光産業を育てるには、 「観光地化されない場所」 を残すことも大事なのだ。
 「メリハリをつける」 といってもいいのかもしれない。

 日本の街づくりの思想が変わらなければ、私たちキャンピングカーユーザーは、いつしか同じような建物で構成された 「道の駅」 で休み、名前が変わっただけの 「ファミレス」 で食事をし、入口の位置だけが異なる 「立ち寄り湯」 で汗を流す旅しか味わえなくなる。

 それは、最後は 「くるま旅」 の死滅につながる。

 日本RV協会さんがせっかく提唱して、定着してきた 「くるま旅」 だが、日本列島どこに行っても同じ風景が連なっていれば、 「くるま旅」 という言葉も魅力を失いかねない。

 そのことに一番敏感に気づいているのは、すでにキャンピングカーで日本中を旅行しているキャンピングカーユーザーたちではないか?

 だから、RV (キャンピングカー) 業界が、高速道路無料化にともなう新しい街づくりに提案できる世界は、とても広く、その投げかける問題の射程は、とても長いように感じる。


 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 11:30 | コメント(4)| トラックバック(0)

キリコの世界

 われわれは 「イタリア」 という言葉から、人間性を謳歌する享楽的で、現世的な文化風土を想像しがちである。

 しかし、そのような 「明るく陽気な」 風土が広がるイタリアというのは、ローマ以南、ナポリやシチリアのような地中海世界に限られたものだ。

 トリノのような北イタリアには、それとは違ったイタリアが存在する。
 春や夏のイタリアではなく、秋と冬のイタリアがある。

 シュールレアリズムの祖といわれるジョルジョ・デ・キリコは、そのようなイタリアを描いた画家だ。

キリコ002

 かーんと晴れ渡った、限りなく透明な空の下に横たわる、人のいない街。
 あまりにも晴れ渡った空が、遠近感をなくして、 「空」 に思えないように、キリコの描く空は、すでに 「空」 とはいえない別の空間になっている。

 午後の一瞬を、 「永劫の時」 に凝固させたまま動かない太陽。
 その太陽が浮かんだ空もまた、秋の日差しを凍結させたまま、流れの止まった 「時」 の中に眠っている。

キリコ_11

 地上に立たされた人影は、人なのか彫刻なのか区別もつかず、永劫の時間に閉じこめられた風景に 「不安」 の彩 (いろどり) を添える役割しか持たされていない。
 そこには、人間の住むことを拒むような、どこか超越的な気配に染められた世界が描かれている。

キリコ003

 キリコは、自らの絵画を 「形而上学絵画」 と呼んだ。
 この世を超越した思念や感性に満たされた 「絵」 という意味だ。

 つまりは 「この世ではない世界」 を描いた絵であり、現実としては見ることのできない風景を捉えた絵ということである。

 かといって、それはダリやルネ・マグリットの描いたシュールレアリズム絵画のように、「この世に存在しないもの」 が描き込まれた絵ではない。
 イタリアには普遍的に存在するファサード、広場、噴水、彫刻などが描かれているに過ぎない。

 この世にないものなど一つも描かれていないのに、なぜ彼の絵からは 「非現実感」 が伝わってくるのか。
 
 それを考えることは、われわれの住む 「世界」 ……具体的には、「近代」 という時代区分の中で生きている私たちの 「精神風景」 がどんなものであるのかを考えることにつながってくる。

遠近法的な世界観の誕生

 キリコの絵に漂う 「非現実感」 というのは、作図的な分析をしてしまうと、キリコが近代絵画の手法を意図的に “無視した” ところから生まれている。
 具体的にいうと、 「消失点作図法」 という作画方法を、 「取り入れながら、壊した」 ところにある。

 「消失点作図法」 というのは、一般的に 「遠近法」 といわれる絵画技法で、画面の中心に、すべての物を吸い込んでしまう 「消失点」 を設け、そこから放射状に逆放射される “架空” の放射線に沿って、建物、人物などを配置していく描き方をいう。

遠近法002

 遠景の建物は、それらの放射線に沿って小さく描かれ、手前の建物は大きく描かれることによって、見かけ上の “奥行き” を演出するというのが、近代的遠近法の考え方だ。

 この遠近法は、ルネッサンス絵画の中で生まれ、その後、近代絵画に至る過程のうちに、より精緻に理論化され、今では現代美術のリアリズムを支える根幹となる作図法として定着したが、その成立には 「近代的世界観」 が大きく関係してくる。

遠近法001

 現在のわれわれは、これらの絵を観たときに、人間の眼の動きに忠実に 「世界」 を捉えているように感じる。
 しかし、それは人間の自然な眼の動きではなく、実は、数学的に計算された人工的な “視線” でしかない。

 それは江戸時代の浮世絵とか、ルネッサンス初期の宗教画のような、近代絵画が誕生する前のフラットな絵画と比較してみると、よく分かる。

浮世絵01

 近代以前の人々が描いた 「空間」 は、近代以降の人々と同じ 「空間」 を見ていたはずなのに、奥行きを失った、ベタっとした平面で描かれている。

ジョット宗教画01

 これを、 「昔の絵描きは幼稚で、現代の絵描きは上手くなった」
 と、捉えてはいけない。
 近代以前の絵描きたちは、それでも十分に、この世の 「現実」 を描いたと信じていたのだ。

 近代絵画は、 「消失点作図法」 の完成によって、それまでの絵画にはなかった 「立体感のある現実」 を実現させたわけだが、それが、人間に何をもたらしたかというと、 「世界」 には “奥行きがある” という啓示を授けたといってもいい。

 近代に生を受けた人間たちは、 “奥行き” という概念を持つことによって、近いモノと遠いモノの距離を 「計測可能なもの」 として眺める視点を確保したことになる。
 それは合理主義に則った 「自然科学的な目」 を持つことを意味する。

 たかが絵画が、人間の意識構造を変えるなどということは、現代人には信じられないことだろう。
 しかし、写真や映画のような映像文化が誕生しない前の時代を想像してみると、絵画が人間の精神に多大な影響を及ぼしていたことが見えてくる。

 ヨーロッパ中世から近世にかけての時代。
 遠くから旅を続け、各地に散らばる町の教会を訪れた巡礼たちは、そこに掲げられる宗教画を眺め、人智を超えた神の世界から届くメッセージを受け止めたはずだ。

聖母像01

 それらを眺めた彼らは、キリストの受難に涙し、背徳にまみれた町が劫火に包まれることに恐怖し、赤子を抱きかかえるマリア像に癒されたことだろう。
 写真も映画も知らない時代の人にとって、絵画は圧倒的な迫真性を持つ唯一無二のビジュアル文化だったのだ。

ジョット002

 その時代、絵画の与える “感動” は現代人には及びもつかないものがあり、信仰心の厚い人たちは、宗教画の前で、感涙にむせび、ひれ伏していたはずなのだ。

聖母像02

 近代以前の人々は、絵画に “奥行き” を求める必要がなかった。
 そこに描かれた 「世界」 がストレートなメッセージだったからだ。
 彼らの 「世界観」 は、見る物、触れる物すべてを、神のメッセージとして捉えるところから生まれてきたから、近代絵画から生まれた 「遠近法的空間」 などを知ったとしても、彼らは何の興味を示さなかっただろう。

 しかし、近代社会が成立するようになると、宗教的世界観に代わり、自然科学的な世界観が浮上してくることになる。
 自然界は、数学的に、物理的に計測可能なものになり、その数学的な計算に従って、絵画空間を再構築しようという動きが出てくる。
 「消失点作図法」 という遠近法は、そのような “近代の眼差し” から生まれたものだ。

 あるいは、こうも言える。
 絵画で実現された 「遠近法的な視覚」 が“近代の眼差し” を生んだ、とも。

 両者は、童話の 『ちびくろサンボ』 に出てくるトラのように、お互いの尻尾をくわえて、木の周りをグルグル回っているうちに、バターに変容したのだ。 

遠近法001

 そのような、 “奥行き” のある絵画を眺めることによって、人は、それを見ている揺るぎない 「自己」 と、そして自然科学的に計測可能な 「対象物」 の分離を、次第に意識するようになっていく。

 世界を眺める 「自己」 。
 眺められる 「世界」 。

 この二つが明瞭に分離できるという思想こそ、近代合理主義の源になっている。
 どのように自然界が混沌としたものに見えようとも、それを眺めている 「自分」 だけは揺るがない。

 「近代的個人」 というのは、そこから生まれた。

 近代哲学の祖デカルトの 「コギト」 も、実はそのような近代的感受性の中から育 (はぐく) まれたものだといえよう。

自己が不安にさらされる

 ジョルジョ・デ・キリコは、その近代に確立された 「揺るぎない自分」 というものを、再び解体するような絵を描いた人だ。

 キリコの絵を前にすると、理由のはっきりしない不安、けだるいメランコリー (憂鬱) 、得体の知れない恐怖が、足音を忍ばせながら、そぉっと近づいてくるような気配を感じる。

 彼の絵は、 「近代的な個人」 というものが、実は仮構の存在であり、その寄る辺 (よるべ) となる合理主義的な思考というものが、安定感を欠いた危ういものであることを教えてくれる。

 それを作図的に分析すると、近代的遠近法を狂わせる手法が使われていることに、まず注目しなければならない。

 下の絵は、有名な 「街の神秘と憂鬱」 という絵だが、左側の白い建物と、右側の黒い建物の輪郭をなぞる線が、それぞれ別の消失点に向かっていることが分かるだろう。
 さらに、黒い建物の隅にうずくまる馬車は、両側の建物とはまた別の方向に向かう輪郭線を示しており、この絵の中に、無数の 「消失点」 が存在することを伝えてくる。

街の神秘と憂鬱01
 ▲ 「街の神秘と憂鬱」

 キリコは、この絵で、近代絵画の遠近法を忠実に取り入れながら、同時にそれを壊している。

 つまり、ここには、「世界」 を見る確固たる 「自分」 は存在しない。
 「自分の眼」 は無数に増えて散らばり、 「統一された自己」 を裏切り続ける。
 キリコの絵に漂う 「非現実感」 というのは、 「現実を捉えきれなくなった自己」 へのおののきから生まれてくる。

 そこにはまぎれもなく、 「自己の絶対性」 を主張して止まない 「近代」 への懐疑が潜んでいる。
 だから、ここに描かれているのは、近代の意匠に包まれた人間が、その意匠を剥ぎ取られたときの、生々しい 「生の実感」 そのものなのだ。
 人は、本来は、このようにして 「世界」 を観ているといっていい。

 今われわれが、絵画、写真、映画、ゲーム類を通してさんざんなじんできた 「3D画像」 は、実は 「安定した自己」 を前提とした “近代的感受性” に支えられたものでしかない。
 それは、「見る自己」 と 「見える対象」 の間には、科学的に計測可能な 「距離」 があるという盲目的信仰に依拠するもので、その  「距離」 への信頼を失ってしまえば、 「世界」 はたちどころに、夢のような世界に近づいていく。

 しかし、それは、ダリやマグリットが描く幻想世界とは別のものだ。

ダリ「内乱の予感」 
 ▲ ダリ 「内乱の予感」

マグリット「ピレネーの城」
 ▲ マグリット 「ピレネーの城」

 絵画の中には 「幻想的な絵」 というものが数多くあるが、多くの幻想画が、単なる“不可解”なるものをたくさん集めたコラージュによって荒唐無稽の世界を描いているのに比べ、キリコは近代的な作図法そのものに中に、その破綻を見出した。

 そこには、揺るぎないと信じていたものが遠のいていくときの、取り残された者を襲う 「根源的な寂しさ」 が宿っている。
 そして、その寂しさは、人が、様々な近代的意匠を脱がされて、原始の人間に戻っていくときの懐かしさにも通じている。

 キリコの絵に漂うメランコリー (憂鬱) が、ノスタルジー (郷愁) ともつながっているのは、そこに理由がある。

キリコ005

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:32 | コメント(4)| トラックバック(0)

言葉にならない物

 分からないものを、分からないままに向き合う…ということを、誰もが放棄する時代になったような気がする。

意味という病
 
 読む本がちょっと途絶えて、自分の本棚からほとんど無意識のように取り出した1冊。柄谷行人(からたに・こうじん)の 『意味という病』 を手にとって、何気なくパラパラと見ていたら、次のような言葉が目に飛び込んできた。

 「……自分をうまく説明できない人に代わって、その説明できない部分を説明してやっているような文章が横行していますが、書くほうにも読むほうにも、言葉では掬い (すくい) きれないものへの自覚がなければ、言葉はものを通じさせることにはならないでしょう」

 これは、柄谷氏自身の言葉ではなく、小説家の古山高麗雄のエッセイの一文を引用したものだ。

 この引用文を紹介した評論 「人間的なもの」 の中で、柄谷氏自身はこういう。
 
 「 (言葉では) 表現できない不透明な部分が人間の行為にはつきまとっている。ジャーナリズムは (世間を騒がす奇々怪々な事件を論評するとき) 奇怪なものを奇怪なものとして受けとめないで、何か別のもの……心理学とか社会学……に拠って安心しているようにみえる。
 (しかし) それは傲慢だ。 (結局は) 自分の理解しうるものの領域の外に一歩も出ないということである。懐疑の身振りをしながら、新しい現実を、古い経験の枠に押し込んで安心している (だけだ) 」 。

 この文が書かれたのは昭和48年 (1973年) である。
 だから、ここで言われる 「奇々怪々な事件」 というのは、連合赤軍の浅間山荘事件とか、その前の年の大久保清による連続女性殺人事件、さらにその前年の三島由紀夫の割腹自殺事件などが想定されているように思える。

 しかし、柄谷行人が指摘する 「奇怪なものを自分たちの理解できる形に翻訳して安心してしまう」 という私たちの態度は、平成21年 (2009年) の現在においても、一向に変わっていない。
 むしろ、当時よりも、この傾向は強まっているように感じる。

 近年、個人の自信を回復させたり、元気づけを目標にしたりする “自己啓発セミナー” 的な書物の大半は、社会学か心理学の概念を導入にして、 “元気の素” を導き出そうとしている。
 ということは、それらの本を書く著者たちが、結局、 「世界」 というものを、社会学か心理学のフィルターを通してしか見ていないということだ。

 そのような世界観で 「世界」 をまとめると、 「世界」 はすべて簡単に 「了解可能」 なものになる。
 しかし、そこで失われるのは 「人間存在」 の手触りである。

 私は、簡単に 「答を出そうとする」 すべてのものに、不信感を持っている。
 「謎」 を 「謎」 として向き合うことの大切さをずっと感じ続けてきた自分の “元” が、いったい何に由来していたのか。
 久しぶりに、思わず手にした柄谷行人の本を読んで、それが分かった。
 たぶん、20年ぐらい前に読んでいたこの本が、もともと持っていた自分のそんな “気分” に、ひとつの確証を与えていたのだ。

 私は、生活の中のいろいろな局面で、ふと、言葉にならない 「場所」 「時間」 を感じることがあるということを、このブログでもときどき書いてきた。

 それは、旅先で感じる 「形容しがたい光景に接した」 という記述で始まる場合もあったし、冗談めかして、 「合理的な結末を迎える推理小説より、合理を求めないホラーが好き」 などという表現になっていたこともある。
 また、あるときは、初期の村上春樹の文学を例に採り、 「透明なる虚無」 などという言葉に置き換えたこともあった。

 しかし、言わんとしていたことは、一貫して 「言葉でつかめない何かへの希求」 であったように思う。
 そのことを表現する言葉がうまくみつからず、ときどき 「超越性」 という言葉を使うこともあったが、その言葉もやはり、自分が言いたいものとは違う。

 強いて言えば、 「超越性を感じさせるモノの底に潜むもの」 ということになるのだろうか。
 多くの人はそれを 「神」 とか 「神秘」 などという言葉に置き換えようとするが、私が感じているのは、そのような言葉に代替できないものだ。

石垣001

 余談を差し挟む余地を与えてもらえれば、私は 「超越性」 とか、 「超越的なもの」 などという概念が人類の前にせり出してきたのは、 「近代」 になってからだという気がしている。

 もちろん、それ以前にも、人智では説明できない 「何かの気配」 というものを、人類はずっと感じてきたことは確かだ。
 しかし、宗教が 「世界」 というものを語るときの説明体系として確立されてからは、それらの 「超越的なもの」 は、各民族の宗教体系に包含されたいったように思う。

 もしかしたら、釈迦だけが、この 「超越的なものの気配」 を、概念形成しないまま、ずっと見続けてきたのではないかという気もするのだが、私は宗教学者でもないただの素人なので、はっきりとは分からない。

 いずれにせよ、宗教がもたらす 「超越性」 が、どんなに神秘性を持とうが、人間に感動を与えようが、それが 「説明体系=世界観」 であるかぎり、人間に 「おののき」 を与えない。
 宗教は、常に信仰者に 「安心と安定」 を保障しなければ、その信仰の統一性を保つことができないからだ。

 近代社会の成立は、そのような宗教的な世界観を相対化する役目を果たした。
 それによって、 「自立した個人」 というものが誕生してくることになるのだが、そのときに 「超越的なるもの」 も、同時に復活したのではないかと思っている。

 宗教の後ろ盾を失った 「個人」 は、やがて個人でいることの孤絶感、寂寥感と向かい合うことになる。
 …かといって、もはや魂が還るべきところはない。 
 その言葉に言い表せない 「孤独感」 が、 「超越的なるものの気配」 という形で人々に感受されるようになったと思う。

赤と白001

 この 「超越的なもの」 がせり出してきたことに対し、近代国家は、 「神」 に代わる新しい概念を与えなければならなくなった。
 それが、孤立化した 「個人」 を、互いに共感の輪で結ぶ統合概念としての 「同胞愛・祖国愛」 や、 「ヒューマニズム」 や、 「理想・啓蒙」 や、あるいは 「革命」 、「正義」 などといった “普遍性” の衣をまとう様々なイデオロギー装置である。

 しかし、イデオロギー装置であるかぎりは、そこには必ず “ほころび” が舞い降りる。
 その “ほころび” から、 「超越的なるもの」 が、再び顔を覗かせる。
 
 「近代文学」 は、そこに誕生する。
 近代文学とは、宗教体系が確立される前の人類が感じていた 「超越的なるものの気配」 を、イデオロギー装置の助けを借りずに見つめ直そうとする文学であったともいえる。
 そこで見つめられたものは、まさに20世紀になって言葉にされた 「実存的不安」 ともいうべきものだったかもしれない。
 
 つまり、現在われわれが感じる 「超越的なものの気配」 というのは、近代文学と近代美術によってリメイクされたものなのだ。
 作家に啓示を与える力を指すときに使う 「インスピレーション」 なる言葉は、その 「超越性」 を、近代文学の文脈で捉えたときの一表現といえよう。

 しかし、今、その 「超越的なるものの気配」 は、近代文学と近代美術の力を衰退させていったポストモダニズム (脱近代) の中で、急速に後退しつつある。
 私たちは、日増しに 「超越的なるもの」 への感応力を弱めている。

 それと反比例して、神秘を 「実態」 として捉える神秘主義やオカルト主義が、 「超越的なるもの」 を新しく解説する説明体系として台頭している。エキセントリックな教義を持つ新宗教もこれに当たるだろう。

 これらは、 「近代文学」 がつかみかけた 「超越的なものの気配」 を、再び近代以前の 「宗教的な説明体系」 の中に回収しようとしている。
 そして、その逆行現象を、説話的な物語構造を持つ 『ロード・オブ・ザ・リング』 や 『スター・ウォーズ』 のようなファンタジー文化がサポートしている。 
 
 そんな気がしているのだが、このことについては稿を改めて考えたい。

 余談が長くなった。

風紋001

 要するに、私は、 「近代文学」 がようやく取り戻した、 「超越的なるもの」 の手触りを葬り去りたくないのだ。
 その手触りは、 「言葉にできない何か」 と向き合うことからしか生まれない。

 私の場合、その 「言葉にできない何か」 が、 「文章を書きたい」 と思うときの衝動を常にドライブしていた。
 そして、そういう眼差しを持っている作家だけを信頼してきた。

 文章の深みというのは、言葉で説明できない何かを、永遠に 「説明することなく」 、それを追い求めるところから生まれてくるように思う。
 それは文芸作品に限らない。モノやシステムの機能を解説するノウハウ書やハウツー書においても同様なのだ。

 モノを使う人間にとって、それをどう使うかということは、最後は個人の仕事である。
 優れたノウハウ書が、最も効率の良い 「使い方」 を披露したところで、それを使いこなすかどうかは個人の恣意に任される。

 そのときに 「この方法しかない!」 と強要するノウハウ書は、二流のノウハウ書でしかない。
 その個人 (読者) が、その製品あるいはシステムに対して、どういう想像力を働かすことができるか。つまりは、そこからどういう可能性を導き出すことができるのか。
 優れたノウハウ書というのは、そこまで描いているはずなのである。

 キャンピングカーのガイドブックだって同じことがいえる。
 結局、そのクルマを使ったら 「何」 が手に入るのか。

 「快適な旅行や、美しい風景を手に入れることができる」
 といっても、 “快適” とは何なのか。
 “美しい” とは何なのか。
 読者がそれに対して思いを馳せるものまで描き込まないと、ガイドとしての役には立たない。

 話は戻るが、柄谷行人という人が書いたものは、そんなことまで考えさせてくれた。

ベックリン001
 
 いつのことだったか。
 もう20年以上も前のことだ。
 理解もおぼつかないまま、漫然とこの人の書いたものを読んでいたとき、こんな言葉に行き当たった。

 「あまりにも合理的なものは、ある時、そっくりそのまま非合理的なものである」

 これは 『小説の方法的懐疑』 と題される柄谷の評論の中で、古井由吉の 「先導獣の話」 から引用した文章だった。

 柄谷行人は、その後に、こう書く。
 「古井氏は、人間の人格・心理・思想といったあいまいなものを少しも信じていない」 。
 そして、このような認識の根底にあるものは、 「意味の体系」 の否認である、と続ける。
 さらに、古井氏の新鮮さは、ヒューマニスティックな思惟に対する 《切断》 を方法的に生きる文体を獲得したところにある、と。

 このくだりから、私は、近代に顕在化してきた 「超越的なるもの」 に対し、それを近代的なイデオロギー装置の囲い込みの中からつかみ出そうとする 「近代文学」 の手法が端的に描かれているように感じる。

 「あまりにも合理的なものは、ある時、そっくりそのまま非合理的である」
 ということは、
 「非合理的なものでも、みんなが承認してしまえば、合理的なものになる」
 ということだ。
 近代の歴史は、常にそのようにつくられてきたように思う。

 近代文学は、そのダイナミズムの中で生まれてきた文学である。
 そして、そこで試されてきた手法は、 「文学の無効性」 を主張することが時代のトレンドだとしても、今でも有効であると信じる。
 
 だから、その手法を愚直に追求するならば、常に 「言葉にならないもの」 を探し求めていくしかないのだ。

 言葉にできないものの “手触り” 。そして、それを言葉にしたいと思っても、それができない時のもどかしさ。
 たぶん、それを手放してしまったら、小説家も、Jポップの作詞家も、マニュアルライターも、物書きとしての生命は終わる。

 関連記事 「柄谷行人の文体」



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:01 | コメント(3)| トラックバック(1)

カツマー現象

 今日の話は、ある週刊誌で読んだ記事内容をそっくりそのまま紹介するだけにとどめる。

 香山リカさんという精神科医の女性が、『しがみつかない生き方』 という本を出版されて、それが周囲にどのように受けとめられたかという話だ。

 この本は、 「頑張ってもうまくいかない」 と悲鳴をあげる人たちに、 「しがみつかない生き方」 を諭し、 「普通の幸せ」 を手に入れるための10のルールを提案したものだという。

しがみつかない01

 この本が話題になったのは、その10番目のルールとして 「 <勝間和代> を目指さない」 という章を設けたところにあるらしい。

 勝間さんは 「経済評論家」 という肩書きでデビューした後、その専門分野の知見を生かした数々の自己啓発書的な本を執筆。この2年間で20冊以上の本 (累計部数270万部!) を世に出し、社会現象を巻き起こした。
 その勝間さんの愛読者は 「カツマー」 と呼ばれ、彼女のセミナーに参加した女性ファンたちは、勝間さんが演壇についたとたんに 「キャー!」 という歓声まで上げるらしい。

断る力表紙01

 その週刊誌のレポートによると、勝間さんの存在がこれほどカリスマ性を帯びてきた理由は、彼女が、競争社会・格差社会の中で生き抜くための 「向上心の喚起」 を呼びかけるだけでなく、自分の私生活や仕事の挫折もさらりと語り、自転車通勤をするなど、読者の親近感を誘うライフスタイルを提示したからだという。

 アラフォーあたりの働く女性にとって、勝間和代は、カリスマでありながらも 「自分たちと等身大」 であり、 「自分も頑張れば、そこに近づける」 と思わせるような存在なのだ。

 そこに問題があるのではないか、と香山リカさんはいう。
 精神科医の香山さんによると、 「頑張ってもうまくいかない」 とか 「頑張れない自分をダメだ思う」 と訴えてくる30代~40代の女性患者の大半は、勝間さんの愛読者なのだという。

 香山さんはいう。
 「いくら読者が親近感を持っても、勝間さんは、才能にも運にも恵まれた、成功した一握りの人間。普通の人が置かれた立場と、勝間さんが活躍できる立場では、すでに土俵そのものが違っている」

 しかし、向上心の強い女性たちは、勝間和代さんのような存在になることを必死に目指して、成功を呼ぶ技法を学び、勝間さんのように、仕事だけでなく、結婚、出産、育児、教育など人生のすべてにおいて勝ち組になろうとする。

 だが、そのような努力がすべて報われることは、現実社会においてはなかなかない。
 なにしろ、誰かが 「負け組」 にならなければ、 「勝ち組」 なども生まれないのだから。
 そして格差社会の広がる日本では、 「勝ち組」 として残れる人はどんどん少なくなってきている。

 しかし、自己啓発書に救いを求める人たちは、そうは思わない。
 その教えにすがればすがるほど、サクセスも近づいてくるような錯覚に陥る。
 そして、いつしか疲れはてた自分に気づき、愕然とする。

 そのとき多くの人は、 「勝間さんの言うことが実行できない私はダメな人間だ」 という自己否定に陥り、それが高じてノイローゼになり、あるいはウツ病になり、精神科医の門を叩く。

 結局、香山さんは、
 「このような、 (自己啓発的な) 考え方に日本人が振り回されるようになってきたのは、米国型の自由競争と自己責任の社会が日本にも浸透してきたからだ」
 と分析する。

 米国型のビジネス社会では、厳しい競争を勝ち抜くためには、 「自分が特別な存在である」 ということを絶えず主張しなければならず、また 「特別な存在」 になるための努力を継続しなければならない。

 このような 「自分が!」 「自分が!」 という価値観が、いつしか 「当たり前の幸せ」 に満足できない人間をつくってしまう。

 だから香山さんは、 「そんなに頑張らなくてもいい。今のままでもいいのよ」 と言葉をかけ続けるのだが、そうなると、 「頑張らないことを目標に頑張ってしまう」 人たちがたくさん出てくる。
 「リラックスするためにヨガを頑張って始めます」 とか、
 「頑張らないことを、いま何割ぐらい達成しました」
 みたいな反応があるらしい。
 読んでいて笑ってしまった。
 
 さて、このような香山さんの指摘した “勝間和代 (カツマー) 現象” をどう受けとめたらいいのか。
 その週刊誌には、それに対するさまざまな意見も掲載されていた。

 香山さんと同じく精神科医の和田秀樹氏は、カツマーという存在そのものに言及して、こういう。
 「カツマーとなるような30代~40代の人々は、受験の勉強法をハウツーものとして消化した最初の世代。勝間さんが受けた理由は、賢い女の生き方をハウツーにして示したから」 だという。

 同じく精神科医の斎藤環さんは、カツマー現象の分析に対して次のような視点を披露する。
 「今の時代の人々は、生き方というものを長期的なスパンで考えることよりも、短期間のうちに目標に到達することを求めるようになった。
 勝間さんは、思想とか価値観といった (難しいこと) を押しつけずに、細かいノウハウを示すことに徹しているので、汎用性が高い」
 
 逆にいうと、 「思想」 とか 「価値観」 が抜けた分だけ、目標の達成が 「オール・オア・ナッシング」 になってしまい、目標を達成できなかったときの喪失感も大きい…ということを、たぶん斎藤さんは言いたいのだろう。

 この斎藤環さんの面白いところは、今回の香山リカさんの本に対しても、 「カツマーからの脱却を訴えながら、カツマーをサポートしている」 と喝破したところだ。
 「勝間さんのように頑張るのに疲れたときに、香山さんの本を読んでいる人は多いと思うが、元気になると、また勝間さんの本に戻っていくのではないか。
 そういう意味では、香山さんの本もまた、皮肉にも自己啓発の役を完璧に果たしている」

 この意見は面白いと思った。

 では、当の勝間和代さん自身は、この香山リカさんの本をどう評価しているか。

 「私も、香山さんの本は発売後すぐに読みました。でも香山さんがいう勝間和代は “アイコン” に過ぎす、私本人とイコールではない。
 人の幸せには正解がない。結局は自分で考えていくもの。
 私の本でも 『会社に人生を預けるな』 などを読んでいただけたら、香山さんと私が言っていることが近いことが分かるはずです」

 なるほど。
 カリスマたちは (良い意味で) なかなかしたたかだ。 

 このように、カツマー現象を全方位的に追求したこの記事は、なかなか読みごたえがあった。
 決して、ある一つの “見方” を強要しないところがいい。
 いろいろな視点をバランスよく提示して、最終的な判断は読者に任せる。
 これが “ジャーナリズム” というものだよな。

 関連記事 「勝間和代さん分析」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:46 | コメント(6)| トラックバック(0)

祭りの太鼓

 地元の祭りの太鼓を叩いてきた。

 わが町の八幡神社の太鼓は、全国で2番目の大きさを誇っている。  ( ↑ 単純なお国自慢) 。
 4~5年ぐらい前までは全国一を誇っていた。
 今でも、一本の木から枠を作り出した太鼓としては、全国一かもしれない。
 皮も、アフリカに生息する一番大きな牛の皮を特注で取り寄せたとか。

お祭り太鼓1
 
 その大太鼓が、地鳴りのような響きを立てながら、市内を巡回していく姿を見るだけで、紀元前10世紀にトロイの市内に導きこまれた、あの巨大な木馬を思い出す (映画でしか見たことはないけれど)。

トロイのヘレンの木馬

 太鼓の叩き方にはフォームがある。
 足を 「ハ」 の字に開いて、腰を落とし、バチを大きく後ろに反らしながら、全身を一本のムチのようにして振り切る。
 このとき、軸足をしっかり地につけて、それをビクともブレさせてはならない。
 そうしないと、上半身だけに力が入り、太鼓の反発力に弾き返されて、のけぞることになる。

 太鼓を打ったときの反発力たるや、相当なものだ。
 ヘタをすると、バチなど、あっという間に手を振りちぎって、後方に飛んでしまう。

お祭り太鼓4

 ……などということは、残念ながら、頭の中で考えたもので、実際は違うかもしれない。
 でも、太鼓を叩いている人たちのフォームを見ていると、そんなことが想像される。

 前から祭りの大太鼓は叩いてみたかったのだが、なかなか、 「叩かせてください」 なんて割って入るほどの勇気もないし、そういう身分も資格もない。
 そこで今回は地元商店街に戻り、町内会だけの集まりの中に入って、子供用の小さな太鼓を叩かせてもらった。

 これはテケテンテケテンと、手首の返しだけで音が出る。
 楽しくなって、ロックリズムやらアフリカンポリリズムなど、いろいろ試してみたが、まぁ顰蹙 (ひんしゅく) モノだったかもしれない。
 でも、子供たちが面白がって、その太鼓の反対側に集まって叩き始めた。


 太鼓というものは、人間に 「お祭り的高揚感」 を与える最も効率のよいアイテムである。
 なにしろ、「リズム」 そのものが、人間の脳内快楽物質の分泌をうながすサイコーの即効薬であるからだ。
 だから太鼓は、心臓の鼓動をはじめ、人間が生物として持っている “生命のリズム” を増幅させる 「アンプ」 でもある。

 「トランス」 という音楽ジャンルがあるが、人間は、一定程度の同一リズムを反復して聞かされるうちに、いつしか憑依状態 (トランス) に陥るようになっている。
 遊牧民のシャーマンは、憑依状態を招くために、タンバリンを叩き続けた。
 「神」 はリズムの中に舞い降りるのだ。

 昔、母校を優秀な成績で卒業し、その後エリートの階段を登りつめていった人と、 「音楽性を決定する最大の要素は何か」 という議論をしたことがある。
 彼はクラシック音楽を愛する教養人で、自らヴァイオリンも操った。

 彼は 「ハーモニー」 の重要性を主張した。
 私は 「リズム」 だと言い張った。

 結局それは、日頃どんな音楽を聞いているかという差でしかなったようにも思う。
 オレ、R&Bとかブルースとかレゲェ派だったからね。

 計算し尽くされたハーモニーが、聞いている人間に、ある種の“超越性”を感じさせることは認める。
 あれは 「数学」 がベースになっているから、その整合性の美しさに、人は、人智の及ばぬ 「天上の音楽」 を感じるときがある。
 賛美歌がハーモニーを重視するのはそのためだ。

 しかし、優れたブルースとかレゲェなどを聞いていると分かるけれど、すごいミュージシャンたちは、 「ハーモニー」 とはまた違った意味で、リズムとリズムの間に、人智の及ばぬ 「深遠」 が潜んでいることを教えてくれる。
 1拍と、次の1拍の間には、人間には超えることのできない “クレバス” が広がっている。 
 それを、 「えいや!」 と、目をつぶってジャンプするときの緊張感と飛翔感。

 そこには、ハーモニーの超越性とは異なる 「音の神秘」 が存在している。

ボブ・マーリー01

 ハーモニーが、現代音楽のレベルを飛躍的に高める大事な音楽要素であったことは確かだ。
 しかし、今われわれが 「ハーモニー」 として認知しているものは、たまたまヨーロッパで生まれたきわめてローカルなスケール (音階) を基にして生まれてきたものでしかない。

 地球規模でみると、世界にはインドやアラブの音階やら、日本の音階やら、黒人音楽のブルーノートやら、西洋音階とは異なる音楽性に満たされた、さまざまな固有の音階がある。
 だから、西洋音階をベースに作られた今のハーモニーも、ローカリティの制約を受ける。

 それに対して、リズムには普遍性がある。
 それは、生物としての人間が共通して持っている “生命の鼓動” だからだ。
 
 太鼓は楽しい。
 来年の町内会の祭りまでに、正規の和太鼓の奏法を教えてもらい、町内会のハッピを着て、 「ドラマー」 として参加したいと思った。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

新しいモノの秘密

 「変わること」 とか 「新しいこと」 が、何か素晴らしいことであるかのように言われる時代が、もう長く続いている。
 いったい、どれほど長いのか検討もつかない。
 たぶん日本の場合は、明治時代が始まったあたりからだろう。
 「明治維新」 といったくらいだから。

 「変わること」 に価値をおく考え方は、特に、政治の世界で顕著だ。
 小泉元首相が率いたかつての自民党が 「構造改革」 と謳ったかと思えば、今度は 「政権交代」 。
 このように、 「変える」 とか 「新しい」 という言葉を謳った政党が強いのは、私たちが 「変える」 とか 「新しい」 という言葉に弱いからだ。

 議論でいちばん強い言葉は、 「その考え方はもう古い!」 というやつ。
 どんな論客でも、そう言われると一瞬ひるむ。

 古いものは捨てなければならない。
 常に新しいものを求めなければならない。
 …こういう考え方は国民的合意を通り越して、今や強迫観念になっている。

 なんで、そうなったのか?

 答は簡単である。
 資本主義の世の中だからだ。

 資本主義社会の定義は、経済学者でも難しいものだから、うかつには言えないけれど、まぁ、一言でいうならば、
 「古いモノは捨てて、新しいモノを買おう」
 という考え方を 「是」 とする社会のことである。
 そうしないと、資本主義は回転しない。

 まだ見られるテレビを、地デジ対応に替えなければならなかったり、まだ走れるクルマを、排ガス規制のために替えなければならないのは、資本主義社会の中に生きている住民の宿命なのだ。

 もちろん世の中の法的規制がどうであれ、新しいモノに魅力がなければ人々の消費意欲を本当に刺激することはできない。
 だから、新しい商品は、CM戦略も含め、常に消費者にバラ色の夢を与えるように燦然ときらめく衣裳に包まれて登場してくる。
 その歴史的蓄積が、いつのまにか 「新しいこと」 は無条件に素晴らしいという考え方を人々に刷り込むことになる。

 産業において 「技術革新」 が奨励され、文化においては 「オリジナリティ」 が賞賛されるというのは、別に人類の普遍的な志向ではなく、資本主義システムが、そういうように人々を教育したからだ。

 「革新」 とか 「オリジナリティ」 といえば聞こえはいいが、要は 「差異」 である。
 それまで流通していたものと、これから流通させようとするものを差異化 (差別化) して、後者を 「新しい」 と表現したに過ぎない。
 だから、時として 「新しいモノ」 が、 「古いモノ」 より製品的に劣悪だったり、粗雑だったりするということは日常的によく起こる。
 ただ、それでも消費者は、それが 「新しい」 というだけで、消費意欲を満足させる。

 このように考えると、 「変える」 こととか、 「新しい」 ことが価値を持つという考え方は、資本主義がつくり出した “イデオロギー” であることがくっきりと見えてくるだろう。
 日本で、 「新しい」 ことが素晴らしいという考え方が顕著になってきたのは、ちょうど日本に産業資本主義が根づいた明治からである。

 産業資本主義には労働力が必要だ。
 労働力として産業に従事する人たちは、号令と同時に、一糸乱れぬ統制を保って、効率よく働かなければならない。
 …というわけで、明治になってからは、武士の子も、町人の子も、農民の子も、みんな同じ学校に通って、同じように 「規律」 というものを学ぶようになった。

 それはけっこう生徒たちにはシンドイことだったかもしれないが、 「新しい国家づくりに貢献する」 という考え方をみっちり植え込まれたから、みんな生き生きと勉学に励んだ。
 そのときから、日本人は 「新しいことはいいことだ」 という信念を強く持つようになった。

 「産業資本主義」 というのは、 (大ざっぱにいえば) 工場に労働者を集めて、モノを生産させ、そこで生まれた商品を、今度は労働者自身に買い戻させるという経済システムのことをいうが、こういうシステムのプロトタイプが生まれたのは、イギリスの産業革命あたりからだから、まぁ、たかだか200年の歴史しかない。

 それまでの人類は、特に 「新しいこと」 とかいうものに、そんなにこだわっていなかった。
 「まず喰うことが満たされて、それに祭りとか酒とか、少しの楽しみが味わえれば、それで幸せじゃない?」
 産業資本主義が勃興する以前の世界の民は、せいぜいそういう気持ちで生きていたと思う。

 資本主義が誕生するまでの各民族の叙事詩などに登場するヒーローは、たいてい似たような共通項を持っている。
 それは 「守る英雄」 だ。
 他民族の侵略から、自分たちの民を守った人物。
 悪しき風習がはびころうとしたときに、その民族の良き伝統や風習を守った人物。
 彼らは、決して 「新しいもの」 を創出したヒーローではなかった。

 しかし、 「新しいこと」 に価値をおかなければ存続できない資本主義社会は、歴史まで改編して、すべてを 「革命家の歴史」 という形に塗り替えた。

 たとえば、日本史に登場する歴史的人物として、常に人気のベストスリーぐらいに入る坂本龍馬と織田信長。
 これらの人を 「偉大な歴史の変革者」 という位置づけで語るようになったのは、明治以降、特に日本経済が興隆期を迎えた昭和の高度成長の時代からである。

信長の野望の信長01

 私は、KOEIの 『信長の野望』 のファンだから、あいかわらず信長という武将は好きだけど、彼が戦国時代の 「革命家」 だったというような評価は、後世の資本主義イデオロギーのライトに照らされて浮かび上がってきたものに過ぎないことも自覚している。

 関所を撤廃して楽市楽座を設けたり、貨幣経済に着目したり、海外との貿易を画策したり、常備軍を創設したり…という信長の方針を、世の歴史家たちはこぞって 「新しい!」 と評価するけれど、それは、すべて後世に誕生した資本主義のフィルターを通して見えてきた人物像なのだ。

 そもそも歴史上の人物を比較して、 「誰が新しくて、誰が古い」 などと識別する作業そのものが、資本主義の 「差異化の原理」 を投影したものに過ぎない。

 ま、そういうカラクリがあるにせよ、 「新しモノ好き」 が、今の時代に求められる人間像であるかぎり、否が応でも、もうこの世界で生きていくしかない。

 ただ思うに、最近、この 「新しいモノ」 に価値を置こうとする資本主義イデオロギーの賞味期限が切れかかっているような気がしてならないのだ。

 資本主義社会は、それが存続する限り、恒久的に 「新しい価値概念」 を創出し続けるだろうけれど、たぶん、その 「新しさ」 のイメージが、今まで200年ぐらい続いてきたものとは大きく変わりそうな気配がある。
 
 つぅーか、今まで資本主義社会がつむぎ出してきた 「夢」 を、もう 「夢」 として感じなくなってきた人々が確実に現れ始めている。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
 ひょっとしたら、今までのカタチの資本主義が終わろうとしているのかもしれない。

 いずれにせよ、中国やインドなど、今の世界経済をけん引している発展途上国家の市場が飽和状態になったとき、明確な答が出てくるだろう。

 それは、まだ相当先の話だけどね。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:35 | コメント(4)| トラックバック(0)

廃墟ブーム

 「廃虚萌え」 という心の動きがある。
 都市の片隅や、郊外の一角や、野原の真ん中やらにポツリと取り残され、誰からも見捨てられ、静かに朽ち果てていく建築群。

 そういったものに興味を持ち、時として、それに美を感じ、そこを訪れたり、そういうものを特集とした写真集などを買ったりする趣向が、ずっと静かなブームとして続いている。

 なぜ、そういうブームが生まれたのか? ということはよく分からないけれど、私も昔から 「廃虚」 に心惹かれるたちなので、同じ趣向を持つ人々の気持ちは、なんとなく理解できる。

 しかし、 「廃虚ブーム」 といっても、決して現代社会に特有なブームではないと思う。
 きっと、昔からあったはずだ。

 思えば、ヨーロッパのルネッサンス時代。
 それまでヨーロッパ全体を覆っていたキリスト教美術の様式を脱して、ギリシャ・ローマの古典美術に範を求めたルネッサンス美術が生まれてきたのも、イタリアには、ローマ時代の廃虚が残っていたからだ。

古代ローマの遺跡

 中世の末期、イタリア諸都市の経済成長と同時に、キリスト教的イデオロギーの影響力が薄れるに従って、イタリア人たちははじめてローマ時代の廃虚に、 「美」 を感じるようになった。 (それまでは、“悪魔の宮殿” として、中世の人々は、むしろ近づくことさえ忌み嫌っていた)

 実際に、廃虚というのは、その完成形が失われた状態だから、廃虚を観察することは、 「不可視の完成形」 を想像で補うことを強いる。
 そのとき、何が起こるかというと、「完成形」 とは何かという 「理念」 が生じるのだ。

 その理念に従い、完成形のモデルケースとして 「古典」 が発見され、キリスト教的美術観とは違った異教的な世界観がこの世にあったことを、ルネッサンス期の人々は知るようになった。


 思うに、 「廃虚」 というのは、時代の変わり目に見直されるのではないかという気がする。

 もちろん、廃虚なるものは、どんな時代のどんな場所にも、必ず出現していたわけだけど、それが、突然人々の 「興味の対象」 として浮上してくるというのは、やはり、その時代がひとつの転換点に差し掛かったことを人々が感じるからだろう。

 そういった意味で、 「廃虚萌え」 が拡がってきた現代社会もまた、時代の変わり目なんだろうな…とか、感じる。

 廃虚が、なぜ、人々の足を止め、そこにたたずんで眺める気持ちを起こさせるのかというと、たぶん、廃虚が、時空を越えた存在の 「象徴」 として機能する面があるからだろう。

 廃虚を、時間軸でみると、 「現在」 と 「過去」 が交差する場所となる。
 つまり、この世に出現した建物が、人が去ることによって風化し、朽ち果て、ゆっくりと、出現する前の 「過去」 に戻っていく場である。

 廃虚を、空間軸でみると、 「文明」 と 「自然」 が交差する場所となる。
 つまり、文明そのものを意味する人工的な建築物が、文明の保護を受けられなくなり、文明から遠く離れた 「自然」 のふところに戻っていく場である。

  つまり、 「廃虚」 は、時間軸で考えても、空間軸で考えても、この世のものではない “超越性” をはらんだ場所なのだ。

 同じように、建築途上の建物も、廃虚と同じ性質を持つ。

 私などは、野原の真ん中に、造りかけの高速道路の橋げたなどが取り残されているのを見るたびに、そこに、廃虚と同じ匂いを嗅ぐ。
 廃墟と、建築途上の建設物の違いは、時間軸が 「過去」 に向くのか、 「未来」 に向かうのかという違いでしかない。

建築途上の高速道路

 いずれにせよ、廃虚は、 「ここではないどこか」 を暗示させる場所である。
 そこに多くの人は惹かれるのだと思う。
 廃虚の超越性に触れることによって、人々は 「聖なる時と場」 に吹く風の匂いを嗅ぎ、この時代特有の閉塞観から一時だけ免れる。

 ただ、最近そのような 「超越性」 に、現代人は感応する力を失いつつあるような気もするのだ。

 何からそのようなことを感じるようになったのか。
 また、その理由は何なのか。
 長くなりそうな気がするので、それはまたいつか。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

貧しい言葉

 その人の持っている 「言葉」 が貧しいのか、豊かなのか。
 それは、その人が、 「政治」 を語るときに端的に表れてくるような気がする。

 「政治」 が取り扱う世界は、人々が生活を営む日常的な暮らしに始まり、メディアが報じるような世界情勢に及び、人の生き死をどう考えるかという哲学の領域にまで広がっていく。

 だから、 「政治を語る」 ということは、極端な話、 「世界を語る」 ことでもあるのだ。
 …というか、少なくとも、 「世界を、どう見ようとしているか」 を語ることになる。

 衆議院選挙が終わり、各メディアでその分析やら総括が盛んに行われるようになった。
 週刊誌などは、選挙結果が終わった直後が締め切りだったと見え、有名人の連載エッセイなどは、それに関する雑感を綴ったもので溢れている。

 その中には、 “世界経済” とかいうコムズカシイ問題などには一切触れず、自分の身辺の変化を書いただけでも、無類に楽しいものもあるし、いっぱしの政治通を気取っても、どうしようもなく貧しいものもある。

 ある週刊誌に掲載された連載エッセイで、私はそのような貧しさを感じさせる記事に出合った。

 その書き手の名を、仮に 「K氏」 ということにしておこう。
 著名な文芸賞も取ったことのある大御所である。
 
 K氏はエッセイの中で、この前の衆議院選挙の開票速報を見て、次のような感想をもらす。

8-30開票速報

 「 (選挙の開票結果が報道される) 8時近くになると、NHK、民放各局いっせいに選挙放送を始めるが、いまどき東国原知事や竹中平蔵を出す民放はなにを考えているのだろうか。なにも考えていないのだろう。
 心の中では自公べったりのテレビ・コメンテーターを含めて、このたぐいの人間は追放すべし。
 たとえば、竹中とずっと対立し、批判してきた金子勝氏のようなリベラリストが重要なのだが、民放はどこも時代の変化に気づいていないのだ」

 ……と、K氏は自分の連載エッセイの中で語る。

 “気分” としては、私も同感なのである。
 ただ、表現として、物書きがこんなレベルの文章で “こと足れり” と思い込んでいていいのだろうか? …と、どうも納得のいかないものを感じる。

 これじゃ、常連客と飲みかわすときの 「酒場の議論」 にも及ばないのではないか?
 不特定多数の人に向かっていいたいのなら、せいぜい原稿料をもらわないブログで書くべきようなことではないのか?

 そんな疑問が次から次へと湧いてくる。 

 まず 「東国原と竹中平蔵を (テレビから?) 追放すべし」 という根拠はどこにあるのか。
 彼らを非難するのなら、 (その非難の正しさは私も認めるが) 、非難する根拠を読者に提示するのが義務ではなかろうか。

 彼らの主張を事細かに引用し、それについて論評を加えろとはいわない。
 原稿の枚数が限られた連載エッセイでは、そのような余裕がないことも分かる。

 だけど、1行でも2行でも、彼らを 「追放すべし」 という根拠が分かるようななにがしかの情報を文中に入れるのが、物書きの責務ではなかろうか。
 「説明」 までしなくてもいいから、 “匂わす” ぐらいのワザを持つべきだろう。

 次に、金子勝氏のことを、簡単に 「リベラリスト」 と言い切ってしまうイージーさにも、ため息が漏れてしまう。
 「リベラル」 などという言葉が、今の政治状況で、はたして有効な批評言語になりるのだろうか。

 K氏は、この記事の前段においても、こう書く。
 「 (新聞やTVのような大マスコミは真実を報道しないが) 、ラジオはリベラルなコメンテーターが割と自由にしゃべる (ので、僕はラジオをよく聞いている) 」

 私は、この 「リベラル」 という言葉に、ものすごく引っかかった。

 金子氏やラジオのことを 「リベラル」 というのなら、まず 「リベラルとは何か?」 という説明をするべきであり、少なくとも読者に 「リベラル」 が何を意味するのかという、考えるためのヒントを添えるのが親切というものであろう。

 そもそも、 「リベラル」 とは何か?

 それは語源的には 「自由主義」 と訳されるものだが、日本では、本来のアメリカ的な意味で、この言葉が使われるケースはあまりなく、使う人の思惑で、相当のブレをはらんだ言葉になってしまっている。
 この言葉が、あいまいながらも日本で一定程度の意味を担っていたのは、日本の左派勢力が健在であった冷戦時代までのことでしかない。

 その時代、社会主義国家群と対峙するアメリカと同盟関係を結び、東アジアでアメリカの防波堤となろうとしていた日本の対米追従型の政治路線に対し、 「もっと日本国民の平和や生活の安全を守ろう」 と働きかけたのがリベラリズムの流れであり、そのときには明確な意味と、方向性を保っていた。
 その時代の 「リベラリズム」 は、日本では 「左翼思想」 という形で機能していた。

 しかし、 「左翼の本山」 と見なされていたソ連が崩壊し、社会主義国家を自認する北朝鮮がただの独裁国家であることが露呈し、中国共産党が開放経済に邁進するような時代になると、 「リベラリズム」 も 「左翼思想」 と結びつけたままでは語れなくなってくる。

 百歩譲って、 「リベラリズム」 が、本来の意味である国家権力の強権から個人の自由を守る思想だと定義し直したとしても、その 「個人の自由」 を 「規制の撤廃」 と結びつけて、今の弱肉強食型の格差社会を生み出したのは、 (K氏が文中で非難する) 自民党の方ではなかったのか。

 事実、 「小泉-竹中」 路線の方針を、多くの論者は 「ネオ・リベラリズム」 という言葉でくくったのだ。 (もちろんそれは、従来のリベラリズムとは何の関連もないものだ) 。

 このように、今 「リベラル」 という言葉を使うことは、その定義をめぐってすら混乱を招くような状態に陥っている。

 そういう言葉の用法に対する目配りすらなく、今なお冷戦構造の時代に通用した 「リベラル」 をそのまま使うK氏は、その用語の使い方だけで、頭の中が 「55年体制」 のまま固まってしまっているとしか言いようがない。

 言葉を無造作に扱う人は、 「世界」 そのものも無造作に見ている、と私は思っている。

 K氏はその記事の後段、こう書く。
 「 (民主党政権の誕生に関し) …どうせ、えせコメンテーター、評論家どもが、民主党を罵倒するだろう。
 敗戦直後に、 <自由とは何をやってもいいということではない> と叱りつつ、民主主義の仮面をかぶった戦時中の言論人のように」

 「えせコメンテーター」
 「…ども」

 なんで、こう罵倒する言葉が貧しいのか。
 ユーモアのかけらもない。

 「政治」 を語るときの言葉を見る限りにおいて、私は、この人が豊かな 「世界像」 を抱いているとは思えないのだ。
 もし、この人が豊かな 「世界」 を見ているとしたら、 「えせ…」 とか 「…ども」 とかいう言葉の響きの貧しさに、何よりも敏感になっているはずなのだ。

 私たちは、世の不正を憤ったり、あるいは鈍感な人々に警告を発したりするために、激情に駆られて過激な罵倒を世間に浴びせる、たくさんのネット言論を見ている。
 それは、まだ自分の文章を世に出すためのスキルを持たない人々の言論なのだから、やむを得ないと思えることもある。

 しかし、K氏のように、すでにたくさんの著作を抱え、名のある週刊誌に連載ページを確保し、社会的にも十分な認知を集めている人が、ネットレベルなら通用するかもしれない 「貧しい罵倒」 に終始してしまうことに、どうしても合点がいかない。

 K氏はさらに、この日の開票速報を楽しみにしながら、 「その前の時間つぶし」 だといって、NHKの大河ドラマ 『天地人』 を観たと書く。

 「松方弘樹の家康が、とにかく時代劇らしい芝居をしているほかは、なにをやっているのか。NHKも <改革> が必要である」

 この記事に関しても、当日、同じようにこのドラマを観て、
 「最初の頃に比べると、けっこうシナリオが充実してきたではないか」
 と面白がって観ていた私の気持ちを逆撫でした。

 ドラマの評価をおのおのがどう下すかはまったくの自由だが、K氏の書き方は、まったくの上から目線。
 しかも、自分の単なる趣味嗜好が、エッセイに載せたことで 「公共性を持つ」 と勘違いしている。
 自分の言うことが 「大衆を動かす」 という思い込みが、 「NHKも <改革> が必要だ」 という素っ気ないひと言に表れている。


 結局、K氏のエッセイが物語るのは、 「批評の不在」 である。
 「批判 (ひはん) 」 はあるが、 「批評 (ひひょう) 」 がない。

 「批判」 は、批判する主体…つまり批判したい欲望に駆られる自分への盲目的信頼から逃れることはできない。
 つまり、 「あれはダメだ」 と罵倒する自分の方が、常に批判する対象より上位に置かれる (上から目線) という構造は固定されたままである。

 それに対して 「批評」 とは、その 「批判する自己」 すらも、場合によっては批判対象として眺めることのできる “場” を保有することを意味する。

 それは、ちょうど 「アイロニー」 と 「ユーモア」 の違いとも対応している。
 「アイロニー」 は、批判する対象を “あざ笑う” が、あざ笑う自分は絶対に傷つかない場所に置いておく。
 それに対して、 「ユーモア」 は、自分自身をも 「笑いの対象」 として、他者の前に放り出すところから生まれる。

 こういうことだ。
 本当に笑いを誘う文章が書けるライターは、 「自虐ネタ」 も怖れないということだ。

 K氏のエッセイに欠けているのは、この 「ユーモア」 であり、そして 「批評精神」 である。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:00 | コメント(2)| トラックバック(0)

ローマ発展の秘密

 ゆらⅡさんから、この前のエントリー記事 『進化論は正しいか』 について、下記のようなご質問をいただきました。

 「町田さんに質問。ギリシャの都市国家群はしまいには対立抗争ばかりしてあっけなく滅んでいった。それに対してローマの都市国家群は連携してどんどん拡大していった。
 これって、『進化論』 ですか? そしてそのとき、どのような 『デザイン=構造』 の違いがあったのでしょうか?」

>ゆらⅡさん、ようこそ。

 面白い考察ですね。学術的なことはよく分からないのですが、昔ちょこっと読んだ歴史書で得た教科書的な見解によると、ひとつには、山岳地が多く、耕作面積の少なかったギリシャと、比較的土地も豊かで気候も温暖だったローマの違いというものが、まずあるかもしれませんね。

 ギリシャの諸ポリス (都市国家) というのは、そのために農耕・牧畜に頼るよりも、通商に活路を見出さざるを得なかったということがあるように思います。
 だから、耕作地を獲得するような領土的拡大というものを最初から念頭におかない政治・経済システムに向かっていったのでしょう。

 それに対し、ローマはどうしても他民族の都市国家群と領土をめぐって絶えず緊張関係にさらされていたようです。

 それはギリシャにとっても同じことだったでしょうけれど、領土的拡大が意味をなさないギリシャの都市国家群にとって、戦争は主導権争いが狙いであって、せいぜい勝利することによって得られる労働資源 (奴隷) が目的だったように思います。

 ローマの場合は、商業よりも農業を重視する都市建設に向かいましたから、まずインフラ整備に力を注がなければなりませんでした。治水灌漑設備とか、道路建設ですね。

古代ローマの遺跡

 しかもギリシャと違って、平坦な地形が続くローマの場合、隣りの都市国家と戦って滅ぼしても、今度はその先の都市国家と戦わなければならない…ということになるので、近隣の都市国家と戦って勝っても、相手を徹底的に滅ぼすようなことをせず、同盟関係を強化する方に力を注いだようです。

 同盟関係を維持するには、相手国の言語や宗教、習俗などを尊重する必要が出てきますから、それらを認めたうえで拘束力をもつ決まりごとを作らないとならない…ということになり、「法の整備」 が進んだと聞きます。

 「法」 に関する整備が進んだゆえに、ローマ人はギリシャ人よりも簡単に他民族に対してもローマ人の市民権を与えたし、奴隷が、奴隷の身分から脱却することに関しても決まりが緩やかだったようです。

 そうなると、首都ローマにもどんどん人口が流入してきますから、増えた人口に対応するために、上下水道やら道路建設など、公共的なインフラもますます充実する。それが 「ローマの拡大」 につながったと言っていいのではないでしょうか。

 さて、それが 「進化論」 なのかどうか、よく分かりません。
 政治的・経済的なシステム整備という意味では明確に 「進化」 であることは間違いありませんが、ダーウィン的な 「適者生存」 「弱肉強食」 「自然淘汰」 というような理屈で古代ローマの発展を説明するのは、少し一面的すぎるような気もします。

 誠に教科書的な説明で申しわけありませんが、そんなところでご勘弁ください。

 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:17 | コメント(2)| トラックバック(0)

進化論は正しいか

 何の本で読んだか、忘れた。
 しかし、面白いエピソードだったので、今でも覚えている。
 それは、第二次世界大戦の頃、敵の暗号をめぐって、日米が秘術を尽くして、その解読に励んでいたときの話だ。

 なにしろ、作戦計画にもとづく戦略の伝達は、敵にもっとも知られてはならない重要機密である。
 だから、敵の作戦を知ることは、自軍に勝利をもたらす一番の近道となる。

 そのため、日本もアメリカも、敵側が暗号化した重要機密を傍受して、必死になってその解読に努めた。

 どちらの暗号も巧妙に作られていたために、最初の頃は、双方とも解読作業はなかなか進まなかった。
 しかし、先に解読に成功したのは、アメリカだったという。

 なぜ、そうなったのか?

 彼らには 「信念」 があったからだと、その話を紹介した人は語る。
 つまり、
 「この世を創ったのは神である。神は、この世を完璧に合理的に創ったが、神のしもべである人間が、神をも超えるものを作れるはずがない。人間の作ったものには、どこかでボロが出る。つまり、人間の作った暗号が解けないなどということはないのだ」

 彼らは、そういう強い信念にもとづき、粘り強く、日本軍の暗号解読を進めた。
 その粘り強さにおいて、どうも日本軍は負けたらしい。
 日本も 「神国」 であったのかもしれないが、“日本の神々” は欧米人の信じる一神教的な絶対性を持たない。

 暗号は、一度解かれてしまうと、後はどのように改編しようが、もう駄目なのだとか。
 つまり、暗号には法則性というものがあって、どのような “目くらまし” を混ぜようと、一定の法則性から逃れることはできない。
 そんなわけで、日本軍同士で交し合っていた暗号は、途中からみなその意味が筒抜けになった。

 このあたりも、 「神の合理性」 を信じるアメリカ人の合理的な思考方法に、日本は負けたようだ。

 このエピソードは、いろいろなことを考えさせてくれる。

 まず一般的にいって、 「神様」 というのは、どこか超越的な存在であり、人間には不可知なものであるから、合理的な判断では把握できないものである…という印象を伴う。
 ところが、アメリカ人は、 「神様」 を信じることこそ、合理にかなうことだという。
 神の英知に近づけば近づくほど、世界はクリアに見えてきて、自然の神秘も、人間の真実も手に取るように分かってくる。
 
 この 「感覚」 が、無宗教の風土に生きる私なんかには、今ひとつピンと来ない。
 どちらかというと、 「宗教」 と 「科学」 というものを対置したときには、 「科学」 の方が合理的なんでねぇの?…という感覚を持つ。 

 しかし、アメリカという国に住む国民は、自然科学的な合理性よりも、ますます 「神の合理性」 を信じる傾向を強めているという。
 「インテリジェント・デザイン」 という、今アメリカで急速に普及している思想が、それに当たるらしい。

 これは、はっきりと 「キリスト教の神」 という言葉を使わずに、われわれの住む 「世界」 を、何か超越的な存在がデザインしたとする世界観だ。

 この思想は、次のような根拠から生まれてくる。

 つまり、人間存在や自然界の成り立ちを、自然科学的な方法で緻密に分析していけばいくほど、世界は 「舌を巻くほど」 合理的にデザインされていることが分かってくる。
 このような完璧な合理性を持つ世界が、偶然に成立したとは考えにくい。
 絶対に、誰かが計画的にデザインしているはずだ。

 すなわち、世界は、高度に知的な何者かによって、巧妙に設計されている。
 ……というのが、 「インテリジェント・デザイン」 の思想だ。

 この 「高度に知的な存在」 を、 「神」 という言葉に置き換えてもいいし、 「自然の摂理」 といってもいいし、 「宇宙の意志」 といってもいいのだけれど、要は、 「世界の造物主」 を “実体” として認めるという発想だ。

 やっぱりアメリカ人は、世界中の人々と比べても、どこか特殊だなぁ…と思う。
 9・11以降、あのイラク戦争を (一時は) 熱狂的に支持して、瞬間的にブッシュ政権を応援したアメリカ人たちが、はたして合理的な人々だったのか、今でも疑問に思うのだが、彼らが、当時のイラク政権のことを 「合理的な地球の秩序を破壊する非合理な国家だ」 と判断したとしたのなら、なんとなく納得がいく。
 
 そもそもアメリカという国は、カトリック的な宗教観から抜け出して、プロテスタント的な新しい宗教国家を実現しようとする人々によって 「開拓」 された国だ。
 宗教の実験国家ともいえる。
 だから、彼らは、伝統的に宗教的な世界観に対する親和性が高い。

 アメリカ人の6割は、ダーウィンの進化論を信じていないという話もある。
 要するに、 「人間はサルのような存在から進化して、適者生存の法則に則って、今日の人間になった」 というのは嘘っぱちだ、と思う人が国民の半数以上いるというのだ。
 実際に、ダーウィン的な進化論を教えない学校もたくさんあると聞く。

チンパンジー01
 ▲ 君たちが人間と分かれた頃の話を教えてよ

 では、彼らは何を信じているのか。

 人間をはじめ、この世の生物は、聖書に説かれているとおり、すべて最初から神が 「今ある形」 のまま創ったと信じているらしい。

 日本の常識とはうんとかけ離れていると思うのだけれど、夭逝した哲学者の池田晶子さんは、生前、こんなことを書いていた。

池田晶子女史02

 「アメリカ人の中に、進化論など信じないという人たちがいるというのは、実感として案外外れてはいないのかもしれない。
 現代人は、科学として述べられている言説を、頭から信じてしまう。
 見慣れないサルの化石が見つかっただけで、過去のサルの化石と現在の人間をすぐ結び付けようとする説が横行するが、しかし、人間がサルから進化した瞬間など見た人はいないのだ。
 進化論というのは、人間が考えた 『思想』 でしかない。科学的にいうならば 『仮説』 だ。
 『仮説』 といえば聞こえはいいが、早い話、それは 『物語』 である。
 それも、進化論では説明できない進化を 『突然変異』 と呼ぶような、非論理的な物語だ。
 説明しようとして説明できずにひねり出された概念が 『突然変異』 というのだったら、それを 『神のワザ』 と呼んでどこが違うのだろう」 

 池田さんは、 「インテリジェント・デザイン」 も物語ならば、 「進化論」 も物語だという。

 無学な私は、そう言われてしまえば、もうそこで思考がストップしてしまう。
 でも、池田さんの鮮やかな裁断には、心がスカッとするような気持ちよさを感じる。

 関連記事 「不思議の発見者」


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:12 | コメント(5)| トラックバック(0)

柄谷行人の文体

 この人たちの書く文章には、ほんとうに素晴らしいな…と思い、文章のお手本にしたいと憧れながらも、かなわないとため息をついている物書きが2人いる。

 その人たちの名前を挙げると、
 「ええ、そんなすごい人たちを手本にするなんて、ちょっと身の程をわきまえていないんじゃない? あんた何サマ?」
 なんて言われそうなので、少しひるむが、あえて名を出してしまうと、一人は作家の司馬遼太郎さん、もう一人は批評家の柄谷行人 (からたに・こうじん) さんだ。

 司馬遼太郎さんは、もう説明するまでもない有名人で、その作品を読んでいる方も数多くいらっしゃるだろうから、どういう文章を書かれる方かはあまり説明しなくてもいいだろう。
 
 もう一人の柄谷行人という人は、普通の人には馴染みが薄い文筆家かもしれない。ただ、80年代のニューアカブームに少しでも首を突っ込まれた方なら、この名前には頻繁に接したことだろうし、その著作に触れた方もいるのではなかろうか。

柄谷行人02

 柄谷氏がどういう思想を展開する人かは、ここでは書かない。というか、私にはうまく紹介できるほどの力がない。
 しかし、どういう文章を書く人かというのなら、いささか説明したい気持ちになる。

 一言でいうと 「美しい文章」 なのだ。
 しかし、美文ではない。

《 一見、無味乾燥な文体なんだけど… 》

 読者に美しいイマジネーションを与える文章を書く思想家というのなら、小林秀雄や吉本隆明などという人がいる。
 しかし、柄谷さんという人は、美しいイマジネーションが文にまとわりつくことをひたすら避けようとする。
 世の中の人が 「美しい」 と感じそうな形容詞のたぐいを極力削ぎ落とし、文芸的な含みを持たせる叙述をことごとく切り落とし、ただ 「論理」 だけをストイックに、無機的に羅列していく。
 だから、そこに展開される文章は、おそろしいほど無味乾燥だ。

 だが、私はそういう文章の中に、鋭い光を放つ日本刀の美しさを感じてしまう。美術品として陳列される日本刀ではなく、かつては人を切る武器として存在した日本刀の切れ味を感じる。

 日本刀の、あの力の 「集中」 と 「分散」 を計算尽くした反り (湾曲) を見るのにも似て、柄谷行人氏の文章には、ハッと息を呑むような見事なラインが見えるときがある。
 その 「ライン」 は、ものごとを抽象的に見ようとするときに、はじめて見えてくるものだ。

 世の文章読本では、鮮明な文章を書くときの例として、 「具体的に書くように」 などと教えることが多いが、それは必ずしも正解ではない。
 高度な抽象化を進めることによってはじめて見えてくる 「思考のライン」 というものが絶対ある。

 柄谷氏の文章の美しさは、そのラインの強度によって支えられている。
 そのラインこそ、見方によっては 「直刀」 にも 「湾刀」 にも見える日本刀独特のラインなのだ。
 だから、彼の文章が一見無味乾燥に見えても、それは、振り回せば容赦なく血しぶきが舞い上がる 「無味乾燥」 である。 (私はこれを批評界のハードボイルド文体と思っているが…)
 もし、そこに柄谷氏の計算された美意識があるとするならば、そういう美意識こそ信じるに足る美意識だと思う。

 柄谷行人という人は、文芸評論家として出発し、やがてフランスのポスト構造主義の思想とも共振しあう形で、マルクス、ヴィトゲンシュタイン、カントなどという思想家たちの営為を、現代的な視点で捉え直す作業を進めてきた人だ。

 私は、この間の柄谷さんの著作をすべて読んでいるが、 「理解できたもの」 10パーセント、 「理解したような気分になったもの」 30パーセント、 「難しくて理解できないもの」 60パーセントというところが、正直なところだ。
 それでも、彼が一貫して追求しようとしたものだけは、自分にも伝わってきた。

 彼が一貫して追及しようとしたのは何か。

 その何かを示すために、もっとも初期の作品では 「自然」 という言葉が使われた。
 次のステップでは 「交通」 という言葉が使われるようになった。

 途中から 「社会」 という言葉で表現されたこともあった。
 ある時から、それは 「外部」 となった。
 それらを別の言葉に置き換えて、 「他者」 といわれたこともあった。

 すべて、私たちが日常生活の中で普通に使う、ありきたりの言葉に過ぎない。
 しかし、柄谷氏の著作を読んでいると、それらのありきたりの言葉が今までの用法とは違う意味合い持つ言葉に変貌し、生まれてはじめて接した言葉のように思えてくるから不思議なのだ。

《 ありきたりの言葉が “謎” に変わる瞬間 》

 柄谷氏が使った 「自然」 は、単なる “ネイチャー” ではない。
 もちろん、「文明」 というものの規範に収まりきらない、「広い世界」 を暗示する言葉であることには代わりがないが、それ以上に、人間の意識の外にありながら、人間にとって抗 (あらが) うことのできない “力” を意味する言葉になっている。

 ただし、その “力” は、 「神」 とか、「超越者」 などという概念に収まっていくようなものではない。
 彼が夏目漱石などの文学に発見した 「自然」 は、「神」 などという観念で理解できるようなものではなく、もっとモノの感触、いいかえれば 「生の感触」 としてしか感じ取れないような “超越的なものの気配” を指す。

 氏が使った 「交通」 という言葉も 「自動車交通」 とか、 「交通標識」 などという使い方とはまったく次元の異なる言葉に生まれ変わっている。
 それは、異質なもの同士がぶつかり合って、飛び散りながら融合しあい、まったく新しいものが生まれる状態を指す言葉として使われる。

 「社会」 という言葉も同様である。
 普通 「社会」 といえば、なんとなく人々が同じルールを共有しあう 「共同体」 のことを指すように思ってしまう。
 しかし、彼がいう 「社会」 は、 「共同体」 そのものではなく、 「共同体」 と 「共同体」 の間に横たわる場所。すなわち、ひとつのルールが他のルールと出合う場所を意味している。

 つまり、彼が 「社会」 といった場合、それは、所属する人間を共通のルールで縛り上げる 「共同体」 のことではなく、ひとつの 「共同体」 が他の 「共同体」 と出合い、自分たちとは異なるルールと文化が存在することを認識する場のことを指す。 (※ 交通も社会も原典はマルクスである)

 「外部」 という言葉もまた、ただ単純に “外側” を意味しているのではない。
 柄谷氏がいう 「外部」 は、同じルールを共有し合う 「共同体」 や、ひとつのイデオロギーを共有し合う思想集団などの 「外部」 に出ることを示唆する言葉なのだが、それは同時に、物理的にあるいはイメージ的に 「外に出る」 ことの不可能性も意味している。

 なぜなら、 「外部に出る」 という思考そのものが、実は共同体験の中から芽生えてくる発想であって、結局そのような発想は、ひらめいた瞬間にことごとく 「内部」 に取り込まれてしまうからだ。
 つまり、あらゆる共同体や思想集団や文化体系は、あらかじめその 「外部」 に出ようとする発想もすべてシミュレートしており、その対応策も折り込み済みになっている。

 分かりやすい例でいうと、たとえば 「資本主義社会」 。
 資本主義社会が成立して以来、近代の知識人のほとんどが 「資本主義の病理」 を指摘し、 「資本主義の超克」 を訴えた。

 しかし、そのような資本主義を 「外から眺める」 ような思考は、資本主義がもたらしたものに他ならない。
 資本主義は、資本主義の 「外部」 に立って、資本主義そのものを問うような 「個としての消費主体」 を生み出すことによって、 「個」 の資本主義批判を消費行動と結びつけ、それを生き延びるための活力に変えてきた。

 つまり、資本主義の運動そのものが、自分自身で 「外部 (差異) 」 を作りながら、それをすさまじい勢いで 「内部」 化していく運動なのだ。
 ここに、資本主義を問い、資本主義を批判することが、資本主義の 「外部」 に立つのではなく、資本主義そのものに包まれてしまうという逆説が成立する。

 その逆説に、柄谷氏は気づいた。
 彼のいう 「外部」 は、そのような 「内部」 の強靭でしたたかな包容力にも取り込まれない “何ものか” であり、それは人が行ける場所でも手に入れられるモノでもない。したがって、それを 「言葉」 や 「場所」 に置き換えることはできない。

 「他者」 という言葉にも、柄谷行人は独特の意味合いを持ち込んだ。
 それは、いわゆる 「他人」 とは違う。
 「隣人」 でもなければ 「同僚」 でもないし、 「敵」 でもなければ 「味方」 でもない。
 柄谷氏にいわせると、 「他者」 とは (比喩的にいうと) 「ネコ」 だという。
 文字どおり、動物のあのネコだ。

 つまり、関