町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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町田 04/06 11:06
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>aki さん、よう…
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都市型キャンプ場

 明後日から、日本で最大級のキャンピングカーショーといわれる 『ジャパン・キャンピングカーショー』 が幕張メッセで始まる。

 こういうイベントは、自分のキャンピングカーで取材に行くことが多いのだが、そのとき困るのは、駐車場だ。
 取材が夜まで長引き、それが終わって、 「ちょっと一杯」 などという流れになると、その駐車場がそのまま 「宿泊所」 になることもあるのだが、大都市部の駐車場には、キャンピングカーをうまく入れられるような駐車場が少ない。

 自分のキャンピングカーは、サイズ的に5m×2.15mのキャブコンだから、頭がちょこっと出てしまうけれど、コインパーキングになんとか入ってしまう。

コインパーキングのキャンピングカー

 だから、コインパーキングがあれば別に問題はないのだけれど、都市部のコインパーキングは乗用車を基準にして設計されているので、アプローチが狭かったり、曲がる角度が確保しづらかったりして、入れにくいことも多い。

 そんなとき、いつも、 「日本の都市部にはキャンピングカーを受け入れてもらえる場所」 が圧倒的に少ないと痛感する。

 取り回しの良い小型のキャブコンやバンコン、軽キャンパーが増えているというのも、ひとつは都市部の観光に使いたいという人が増えてきているからだろう。
 そういうクルマならば、高さ制限のある駐車場でない限り、まず無理なくどんな駐車スペースでもクリアできる。

 しかし、ユーザーの中には、豊かな居住性を確保するために、多少サイズの大きいキャンピングカーを手にした人たちもいっぱいいる。
 日本の大都市部は、そういう人たちに冷たい。

 まぁ、その町で生活を営む人々の気持ちになってみれば、歩行者の多い目抜き通りに他県の大きなキャンピングカーがドカドカ侵入してくるのは嫌なものかもしれない。
 だから、人の往来の激しい中心街に、キャンピングカー用駐車スペースを作ってくれなどいうつもりはない。

 しかし、中心部からちょっと離れた場所に、多少サイズの大きなキャンピングカーでも安心して止まれる駐車スペースを確保してもらえれば、現在キャンピングカーで旅行している人たちのライフスタイルも、ぐっと豊かになるように思うのだ。

 キャンピングカー旅行の真髄は、やはり美しい自然環境の中で、ゆったりくつろぐことにあるが、1週間、1ヶ月を超える長期旅行を楽しむようになると、たまには 「街中」 に出てみたくなる。
 その町で有名なグルメ料理店にだって行ってみたいし、デパートでショッピングもしたくなる。

 だから、大都市部周辺に、 「都市型キャンプ場」 というものがあってもいいように思う。
 街の中心部までに、バスか私鉄で1駅か2駅ぐらい。
 場合によってはタクシーで行き来できるぐらいの距離に、安心して泊まれるキャンプ場などがあれば、どんなに便利なことか。

 繁華街を観光して帰ってくるだけなのだから、別に泊まる場所が 「風光明媚」 である必要もない。
 トイレと、簡単な水場と、ゴミ処理施設があればOK。
 それに電源があればベター。
 まぁ、その分料金が安ければ、電源すらなくてもいい。

 その代わり、多少は車外に椅子・テーブル、オーニングなども出せるスペースが確保されること。
 それと、セキュリティが保障されること。

 まぁ、それだけの設備を整えても、現状ではそれほど利用率が高いとは思われないだろうから、手を出す業者さんはいないかもしれない。
 だけど、どこかの駐車場業者さんで、実験的に始めてみようとする人はいないかしら。
 「車中泊」 を楽しむ一般乗用車のユーザーに使わせてもいいわけだし。

 要は、道の駅の “繁華街版” 。
 そこに宿泊機能をプラスする。

 そういう施設が増えていけば、都市部にも観光人口が流入することになる。
 今、日本の地方都市では、中心部の空洞化が進んでいる。
 かつては 「目抜き通り」 などといわれてにぎわった駅前商店街も、今は “シャッター通り” などといわれてゴーストタウン化しつつある。

 だから、 「キャンプ場」 とまではいかないまでも、街の周辺にある駐車場をリーズナブルな料金でキャンピングカー利用客に解放するというのは、街の活性化につながると思うのだ。普通車よりもちょっと広めの駐車スペースと、入退場しやすいアプローチが確保されるだけでいいのだから。

 キャンピングカー旅行者の中には、町中の駐車場に泊まり、夜は近くの居酒屋で一杯やりたいと思っている人たちが多い。コンビニ弁当に飽きた人には、その地のローカルな大衆食堂のメニューは、けっこう珍しいものに映るだろう。

 そういう町中の車中泊スペースの近くに、立ち寄り湯なんかあれば、もう鬼に金棒だ。

 ホテルや旅館を営む人たちにはありがたくない話のように思えるかもしれないが、そういう観光人口が増えて、 「あの街までたどり着けばなんとかなる」 と思う人たちが多くなれば、車中泊に飽きて飛び込みでホテルに泊まる人たちだって出てくる。

 そういう場所が実現したときに、あとは問題として残るのはマナーだけ。 (これを徹底させないと実現してもすぐポシャるだろうけれど…)

 街をゆったり散策し、時に居酒屋のノレンをくぐり、ライブハウスに寄って音楽を聴く。
 そうして心地よくなった身体を、自分のキャンピングカーに戻ってほぐす。
 そういうのが夢だなぁ…。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:55 | コメント(6)| トラックバック(0)

ハイマー懇親会

 この11日~12日、栃木県の塩原グリーンビレッジで行なわれたハイマージャパンの 「オーナーズキャンプ」 を取材してきた。

ハイマーミーティング008
 ▲ ▼ トレーラーから自走式までハイマー車が勢ぞろい
ハイマーミーティング022

 参加したキャンピングカー関連のメディアは、うちのほか 『オートキャンパー』 さん、 『キャンプカーマガジン』 さん。

 今回のオーナーズミーティングは、ハイマーユーザーの懇親を深めるためのものなので、取材に参加した記者・カメラマンの方々も、キャンピングカーショー会場で新車を撮るときのような忙しさもあわただしさもなく、顔を見合わせてニコニコ和気あいあい。

 私なんかは、イヌ連れ、クマ連れ (← 要説明) で、最初から完全に遊びモード。
 着いたとたん、椅子・テーブルも出すヒマもなく、さっそくスタッフの方々から八海山の糟を贅沢に使った甘酒を振る舞われ、もう一気に酩酊気分。
 そのまま、マグカップに買ってきたばかりの日本酒を注ぎ、日の沈まぬうちから、だらしなく自分だけで宴会状態に突入してしまった。

 夜のとばりが降りると、あちこちで、酒宴が開かれ、酔った足どりで、あっちへのサイトへフラフラ、こっちのサイトへフラフラ。
 オーナーの方々は、とてもフレンドリーで、話上手。そして、知的。
 話す内容も多岐にわたり、関心領域がとても広いことが印象的。

 中には、RV業界に関わっている人たちよりも業界内部の昔話に精通されているユーザーさんもいらっしゃって、聞いていて、たいへん勉強になった。


▼ トレーラーではツーリングの系統がとても多かった
ハイマーミーティング018

▼ 8m越えのインテグレィティッドモデル (クラスA) なども加わってくると、サイトにも華が添えられる
ハイマーミーティング007

ハイマーミーティング055
▲ ▼ ハイマージャパン安達社長 (中央) の挨
この後、参加したユーザー全員にプレゼントが手渡される
ハイマーミーティング057

▼ ハイマージャパンの正規代理店も務めるフィールドラフの福島社長 (右) も挨拶
ハイマーミーティング福島

▼ 福島さんのプラッツ前が “ハイマーバー” として、ユーザーや取材陣に解放され、寄ってきた人には、福島家自慢の“極うま豚汁”ほか、甘酒、日本酒、ワイン、焼酎が振る舞われた

ハイマーミーティングプラッツ前

▼ 仲の良いファミリー同士が集まって、個々に繰り広げられたパーティ
ハイマーミーティング097

▼ 子供たちは “火遊び” = 焚き火台を使った焚き火が好きだ
ハイマーミーティング112

▼ 集合写真
ハイマーミーティング集合写真

 お世話になった 「ハイマージャパン」 の安達社長様、鈴木様、福島様、佐久本様、フォールドライフの福島社長様・奥様、 『オートキャンパー』 の鈴木様、 『キャンプカーマガジン』 の安中様、塩原グリーンビレッジの矢口様、辻野様、ハイマーのユーザーの皆様、 “さすらいの駒ちゃん” 様、本当にありがとうございました
 この場を借りて、御礼です。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 16:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

ガールズキャンプ

 ハイマージャパンさんにお声をかけていただき、栃木の 「塩原グリーンビレッジ」 で開かれたユーザー・ミーティングの取材をしてきた。

塩原グリーンV野天風呂表
▲ ▼ 塩原グリーンビレッジ 「野天風呂」

塩原野天風呂中

 …といっても、夜はスタッフの方々やユーザーさん、キャンピングカー専門誌のメディアの方々と一緒にお酒を酌み交わしただけで、取材らしい取材は何もしなかったんだけど、楽しい時間を過ごさせてもらった。

 ユーザー・ミーティングのレポートは、画像をパソコンに取り込んでから改めて行いたいと思うけれど、ここでは、グリーンビレッジのマネージメントに携わっていらっしゃる辻野靖樹さんより面白い話をうかがったので、先にそれをちょっと紹介したい。
 日本のキャンプ場に、今 “新しい変化” が起こっているという話である。

 今年、社団法人日本オート・キャンプ協会が発行した 『オートキャンプ白書2010』 によると、日本のオートキャンプ人口が13年ぶりにプラスに転じたという報告がなされていたが、辻野さんが観察したところ、塩原グリーンビレッジにおいても、それを裏付けるような動きが出てきているという。

 日本のオートキャンプ人口は、1996年の1,580万人をピークに、その後は減少傾向を示し、08年では隆盛時の半分にも満たない705万人まで落ち込んでいたが、09年度の調査によると、08年よりも45万人増え、750万人にまで盛り返したらしい。
 同白書によると、その理由にはいくつかの複数要素が考えられるが、とりわけ 「ビギナーの参入」 が大きいという分析がなされていた。

 グリーンビレッジの辻野さんも、それを認めている。
 来場する客層を見ていると、明らかに30代~40代くらいの “子育てファミリー” が目立って増えているというのだ。
 この世代というのは、オートキャンプが爆発的なブームを迎えた1990年代に、親と一緒にキャンプ場を訪れた世代。
 つまり、小さい頃にキャンプの面白さ・楽しさを“肌で感じた”人たちが、ようやく自分の子供をともなって、キャンプ場に復帰したという見方が成立する。

 面白いのは、その子育て世代よりも、最近はさらに若い世代が台頭しているということである。
 私自身も、いろいろなキャンプ場を見ていて、ここ数年、若者たちの集団がコテージなどを借りて遊んでいる情景を見る機会が増えたと思っているが、同キャンプ場においても、若者集団が増えているらしい。

塩原グリーンVコテージ
▲ 塩原グリーンビレッジのコテージ

塩原グリーンVレストラン入り口
▲ キャンプ場内にあるレストラン
▼ メインメニューのひとつバーベキューは絶品

塩原グリーンVレストランバーベキュー

 キャンプ場を訪れる若い世代は、コテージなどで宿泊する頻度が高いが、一方ではテントキャンプにチャレンジし、バーナーなどを使ってバーベキューなども楽しむ。

 ところが、その大半は自前のテントなどではない。
 乗用車だけでキャンプ場に乗り付け、テントをはじめ、グリルや焚き火台、鉄板、皿などもすべてレンタル。
 それを 「お手軽キャンプ」 、 「手抜きキャンプ」 などと見る向きもあるが、辻野さんによると、用品を買う前に、まず 「その使い勝手を試してみよう」 という彼らの合理性を、そこに感じるという。

塩原グリーンVレンタル用具コーナー 
 ▲ レンタル道具が豊富な同キャンプ場の売店コーナー

 なかには、女の子だけのグループもいるそうだ。
 格好を見ると、今話題になっている 「山ガール」 、 「旅ガール」 。
 最近盛り上がりを見せているファッション系のアウトドア雑誌があるが、まるでその写真から抜け出てきたかのようだという。
 
 しかし、中には、単なるファッションを遊ぶというものから一歩踏み込んで、より実質的な、…つまり地味な服装の女の子もちらほら現れるようになり、同キャンプ場の辻野さんは、そこに新しい “ガールズキャンプ” の可能性を見る。

 「最初はファッションから入るのは大いにけっこう。だけど、実際にキャンプの面白さに目覚めてくると、ファッションだけのアウトドアには飽き足らなくなるのではないでしょうか。
 そういう女の子は、むしろ実用性の高い衣装の方を “カッコいい” と感じるようになるのではないかと思っています」
 …と、辻野さんは語る。

 さらに、こんな話も。

 最近、女の子たちの間では、 「気に入った彼氏を見つけたら、まずキャンプに誘ってみるといい」 という会話が交わされているとも。

 キャンプというのは、 「男の出番」 が多い遊びである。
 焚き火をするのなら、まず火熾しは男の仕事。
 料理をしたり、それを盛り付けるのも、男が関与する率が高くなる。

 だから、
 「キャンプに連れ出すと、その男の子の家庭のしつけぶり、女性対する優しさや気づかい、そんなものが一発で見抜ける」
 …という女の子がいるというのだ。

 いくら、日頃カッコいいことを言っているイケメンの男の子も、キャンプ場で遊ばせると、その素性が瞬時において分かる。
 都会の生活では、女性への気づかいを見せるような子も、フィールドに出てくると、家事ではまったく女に協力する姿勢がないことが分かったり、男としての生活適応力がないことも見えてしまう。

 「キャンプに連れ出すと、男の子の本性が分かる」
 ガールズキャンプを楽しむ女の子には、そう言い放つ人もいる。

 一方、 「女の子にカッコよく思われるようになるためには、まずキャンプでカッコいいところを見せること」 と、キャンプ場で張り切る男の子たちも出てきたらしい。

 まだ、一部の現象なのかもしれないが、でも、何かが変わってきた。

 日本のアウトドア文化を、若い女性たちが切りひらく時代が来ているのかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:48 | コメント(4)| トラックバック(0)

ゆずの里キャンプ場

ゆずの里006
▲ ゆずの里オートキャンプ場

 「キャンピングカープラザ東京」 の木村元一さんより、埼玉県の 「ゆずの里キャンプ場」 で開かれるキャンプ大会のお誘いを受けた。
 同社が主催するはじめてのユーザーズミーティングだという。

ゆずの里集合写真

 木村さんにはいつもお世話になっている。
 なにしろ、この業界においては、一流レストランのシェフも顔負けの 「味の探求者」 でもあるのだ。
 だから、キャンプ料理などの画像などを撮るときに、彼に、食材の調達から調理、盛りつけまで頼んだことがある。

 忙しい季節のことだったが、木村さんは本社のアネックスさんともかけあって時間を割いてくれた。
 そして、数々のオードブルからメインディッシュ、さらにデザートに至るまで、キャンプ場のテーブルが、各国使節の集まるレセプション会場の食卓に見えるくらいの料理を用意してくれたのだ。

 撮影が終わって、 (少し冷めてしまったが) スタッフ一同その料理を堪能したことはいうまでもない。

▼ この日も調理に神経を注ぐ木村さん (左) 。今回は、築地直送の新鮮な魚介類をはじめお客さんたちの持ち寄りも多く、料理のメニューは多彩を極めた。
ゆずの里CCプラザ東京大会キッチンの様子

▼ “木村シェフ” 自慢のスープ
ゆずの里キャンプスープ鍋

 そんなつき合いを重ねているので、時間があればこのミーティングには出席したいと思っていた。
 そして、16 (土) ~ 17 (日) は、埼玉県毛呂山町にある 「ゆずの里オートキャンプ場」 で、自分にとっては久しぶりのクラブキャンプを楽しんだ。

 10月は、本当にキャンプに適した季節だと思う。
 風は爽やか。
 暑くもなく、寒くもなく。
 そして、虫がいない。

 会場に着くと、アネックス本社の田中昭市社長を発見。
 このミーティングのために、奥様と愛犬アンリ君を連れて、大阪からやって来られたのだとか。

▼ アネックスの田中社長とアンリ君
田中氏とアンリ君

 田中さんって、本当に “社長ぶらない” 人だ。
 あくまでも 「招かれたお客さんの一人」 という風情で、控え目に、だけどにこやかにお客さんたちと談笑しているだけ。

 場の空気がおだやかに流れていたためか、このクラブのお客さんたちも実に紳士的であるように思えた。
 うまい言葉でいえないのだけれど、気のつかい方がうまい…というか。
 「話しが心地よく進むツボ」 を心得ている方が多いという印象を受けた。

▼ 参加者たちもミーティングの準備に余念がない
ゆずの里キャンプ参加者

 前日に納車されたばかりのクルマに乗って来られた方もいた。
 定年退職後にキャンピングカーを購入してから6ヶ月経ったが、 「今日がはじめてのキャンプ場」 という方もいた。
 「電源のつなぎ方が分からないので、今日が初練習」 という方もいた。
 「女性一人のキャンピングカー旅行を楽しむつもりだけど、要領が分からないので、今日は情報収集…」 という方もいた。

 そういう新規ユーザーの多い大会だったが、その人たちに声をかけるベテランの人たちが優しい。
 けっして、 「オレは先輩」 みたいなエラぶった話し方をしない。
 だから、初対面の人々が顔を合わせる夜の懇親会も、あっという間にフレンドリーな空気に包まれた。
 キャンピングカーを好きな人の輪が確実に広がっていくな…と感じた。

▼ キャンプ場の池には、カモもたくさんいた。
  「あとで一人ずつネギを背負って、調理場まで来るんだぞ」
  と声をかけたら、カミさんに怒られた。

ゆずの里のカモ

▼ テーブル前のイスに座り、人間の仲間になったつもりのわがクッキー
ゆずの里のクッキー

▼ 集合写真
ゆずの里集合写真
 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 14:41 | コメント(4)| トラックバック(0)

ピラミッド温泉

 すでに多くの利用者情報がネットに溢れている 「ピラミッド温泉」 。
 確かにすごい!
 言葉を変えていえば “素晴らしい” 。
 一時、異次元の世界にトリップできる。

ピラミッド温泉全景099

 ここは、那須高原を回るキャンピングカー旅行の合間に立ち寄った温泉なのだが、その理由は 「マッサージ施設」 があるとネット情報に出ていたからだ。
 昨年冬に大病を患ったカミさんは、その後も心身の疲労を訴え続けていて、温泉に浸かってマッサージを受けるというのが、今のところ最良の “癒し” になっている。

 そこで訪れることにした 「ピラミッド温泉」 。
 しかし、カミさんは、そのネーミングだけで、腰を引いてしまった。
 名前が 「怪しげだ」 という。
 …で、延々と林の中を通り抜け、実際にピラミッド状の建物が木々の間に見え隠れしたとき、
 「やめよう」
 と言い出した。

 しかし、私自身は、こういうキッチュな嗜好が嫌いではない。

 建物前の駐車場にクルマを止め、恐る恐る中をうかがうと、ピラミッドの前にはスフィンクス。
 そのスフィンクスの隣りには、どこの日本庭園にもありそうな石灯籠。
 そして、手前には、ヴェルサイユ宮殿の庭なんかに出てきそうなライオン像。
 「トランスカルチャー」 ともいうべき時空を超越したシュールな取り合わせが、なんとも好奇心をそそる。

ピラミッド温泉095b

ピラミッド温泉097

ピラミッド温泉花壇

 受け付けで 「450円」 の入浴料を払って中に入ると、ますます時空の整合性が狂い出すような不思議な空間が広がっていく。
 温泉に向かう廊下の片側には、長いガラスケースが連なり、その中に陳列されているものは、インド風彫刻だったり、中国風の木彫りだったり、奇岩とも宝石ともとれる珍石、奇石の数々。

 圧巻は、男女風呂が分かれる浴室入口前のロビー。
 正面には、でっかい大理石 (?) の観音像か菩薩像。
 その上には、大空かける龍をかたどった長さ4~5mはあろうかという木彫りのレリーフ。
 和漢折衷のオリエンタリズムここに極まれりという神秘的なオブジェ群に囲まれていると、なにやら不思議な霊気が身体中に満ち溢れ、ふわっと宙に浮きそうな気持ちになってくる。

 浴室に入ると、これまた女神像やら観音像やらが浴槽の周りにたたずんでいて、ハスの花が咲き誇る極楽の池にでも浸かっている気分。

 圧巻は (おっとこの表現は二度目か…) 、内風呂の真ん中にそそり立つ 「氣柱 (きばしら?) 」 。
 ただの円柱形の柱なんだけど、その柱に背などを当てて湯に浸かると、 “ピラミッドパワー” が身体中に満ち、心や身体の病を自然治癒力で治すという。
 それも、 「他に類を見ない圧倒的パワーで」 …とか。

 う~む。すごい所に来てしまった。

 鈍感な体質のせいか、その 「圧倒的パワー」 がいまひとつ身体中に満ちてくるという実感は得られなかったが、確かに、お湯そのものは気持ちいい。

 この温泉の特徴は、身体になじみやすいように、温度を変えた湯船が3段階ぐらい用意されていることだ。
 泡風呂は39度。メインの浴場は42度。
 最初は、低い温度の湯に浸かって身体をなじませ、徐々に高い温度の湯に浸かって疲れを取る…という心配りが行き届いている。
 露天風呂も40度を下回る温度に保たれ、ゆっくりと心地よく浸かっていることができる。

 ヒノキ (?) 張りの露天風呂は意外と小さいが、周りは庭園風の意匠が凝らされていて、やはり “極楽の池” っぽい感じ。

 庭の一隅には、倉庫か浄化槽が分からないが、四角い壁に囲まれた小屋があって、その壁一面に、 「ジャックと豆の木」 の童話を現わしたようなイラストが描かれている。それが、手入れの行き届いた庭木の景観と、 (ま、いい意味での) ミスマッチ。
 絵のタッチは素人っぽくてヘタなんだけど、その稚拙さが奇妙な迫力となって、庭の雰囲気と合わないなぁ…と思いつつも、ついつい目が行ってしまう。

 ▼ 建物の前には 「コインランド」 の案内標識が。
 「コインランドリー」 のことだろうか? 
 もしそうならば、「ランドリー」 と謳わない “おうようさ” がほのぼのとしている。

ピラミッド温泉コインランド

 この温泉、オーナーはどういう気持ちで経営に当たっているのだろうか。
 浴室前には、
 「入浴時には、とてもいい湯だ! とてもいい湯だ! と意識してください」
 という張り紙が貼られている。

 その語調が、本気のようでもあり、どこかギャグのようでもあり。
 いや、もちろんギャグというわけはあるまいが、現実と非現実の境界をたゆたうような感覚を、オーナー自身も楽しんでいるという気配がある。
 真面目に取れば、お客に 「快適な湯を味わってほしい」 という熱意がそこに込められているようにも思う。  

 この温泉内には、ほかに 「パワースペース」 なる不思議な空間があって、そこには 「巨大黄金根」 なる “神秘的な” なたたずまいを持つ奇木があるらしい。
 そこがピラミッドパワーが最も顕在化する “瞑想空間” なのだとか。
 「入ってみたいなぁ…」 という気持ちと、 「なんかヤバイかも…」 という気持ちが複雑に絡まりあって、結局そこは見なかったけれど、今となっては、見ておけばよかったかも…という気分だ。

 はたしてピラミッドパワーは、わが身体にどう作用したのか。
 ホウカシキエンという病気を患ってから、左足の血流が悪く、肌が全体的に青黒くなってるのだけれど、カミさんに言わせると、
 「あら、足の青黒さが取れている」
 という。

 「え?」
 と自分の足を見直すと、確かに肌に白っぽさが戻っている。
 ピラミッドパワーのご利益があったのかな。

 ▼ 温泉と道路を隔てて 「和倉座」 という劇場があって、
   ときどき中国舞踊や日本舞踊が披露されるらしい。

ピラミッド温泉和倉座2
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 03:07 | コメント(6)| トラックバック(0)

秋の塩原温泉

 長男が引越しのために1週間の休みを取ったという。
 休日は人と会ったり、ライフラインの整備をするので忙しいが、ウィークデイが3日ほど空いたとか。
 だから、
 「キャンプに行かないか?」
 と電話をしてきた。

塩原グリーンV002

 珍しいことだ。
 どういう風の吹き回しか知らないが、その提案に乗って、こちらも休みを取ることにした。

 なにしろ最後に一緒にキャンプに行ってから、5年ぐらい経つ。その間、私のキャンピングカーは 「夫婦二人のくるま旅」 か、 「犬連れ一人キャンプ」 に使っていただけだった。
 カミさんと3人でキャンプに行くというのは、考えてみれば長男が高校生だったときが最後だ。
 それも、そのときは彼の友人が3人同行していたので、 「親子水入らず」 のキャンピングカー旅行というのは10年ぶりということになるのかもしれない。

 「何を用意すればいいか?」
 と尋ねたところ、
 「将棋を持ってきてくれ」
 という。

 彼が高校生のとき、一緒に北海道旅行に行ったことがある。
 夜は車内で将棋ばかりやっていた。
 お互いの王将が敵陣に入ってウロウロするというヘボ将棋だったが、そのときの楽しさが記憶の底に潜んでいたのかもしれない。

 行き先としては、塩原グリーンビレッジ (栃木県) を選んだ。
 とびきり景観に恵まれたというロケーションではないにせよ、サイトのどこからも木々に埋もれた山が見え、快適な温泉があり、しかもレストランが完備している。ものぐさキャンプにはもってこいの場所なのだ。

 このキャンプ場は、長男との 「男同士の二人旅」 で一度訪れたことがあって、楽しい記憶が保存された場所だった。もちろん彼にも異論はなかった。

 ▼ ウィークディのサイトは静かで、のんびりしている
塩原グリーンV078

 久しぶりに行ったグリーンビレッジは、温泉施設もキャンプ場の管理棟もリニューアルされ、入浴システムなども変っていた。
 2泊したが、今回はサイトで食材の調理をしなかった。
 昼は、立ち寄り温泉 (福のゆ) の食堂で煮込み、枝豆、ヤッコなどをつまみにビールを飲み、夜はレストラン (ポ・シェ) で、ピザやバーベキューを食べて、レモンサワーを飲んだ。
 親子3人でたわいない会話を交わし、車内ではラジカセで音楽を聞きながら、将棋やトランプをした。

 ▼ レストラン 「ポ・シェ」
塩原グリーンVレストラン
 
 ▼ バーベキューはうまかった
塩原グリーンVバーベキュー

 ▼ キャンプ場内にある無料の「野天風呂」
塩原グリーンV野天風呂表

 ▼ 目の醒めるような緑を見ながらの朝風呂は最高
塩原グリーンV野店風呂_中

 カミさんは、昨年の冬から患った再生不良性貧血の後遺症を引きずり、いまだに体調が万全ではない。
 そのカミさんの身体を気づかうように、息子が彼女の背中をさすり、重い荷物を運ぶのを手伝い、クルマに乗り降りするときは、ステップに上るための小さな踏み台を用意する。

 そのあまりにも繊細な心づかいに、最初はカミさんの方が戸惑った。
 しかし、やがてそれは息子への感謝の気持ちを表現する涙に変った。 
 「キャンプに行こう」 という提案は、彼なりの親孝行の気持ちから生じたものだったのかもしれない。

 「家族」 というのは、人が思うほど頑丈なものではない。
 ガラスのように壊れやすいものだ。
 そおっと気づかうという互いの繊細な神経によって、かろうじて維持されるようなものなのかもしれない。
 だから、 「心が通い合っている」 という確認が交わされたときに、それが 「ありがたいものだ」 という喜びに変る。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 02:07 | コメント(6)| トラックバック(0)

そんな旅もあった

 キャンピングカーで旅行していると、いろいろな人との出会いがある。

 だから、キャンピングカー旅行の楽しさのひとつに 「友達ができること」 を挙げる人は多い。
 特に、犬連れオーナーたちは、まず、犬が会話の糸口になって、次に乗っているお互いのキャンピングカーの話に移り、やがて飲み仲間に…。
 なんてこともよくあるようだ。

 昔、日本オート・キャンプ協会が発行する 『全国キャンプ場ガイド』 の編集に携わっていた頃、キャンピングカーで取材に行くたびに、地方で新しい “知り合い” をつくっていた。

 その中には、その後の交流が生まれた人もいたが、たいていは “一期一会” 。
 一晩酒を酌み交わし、それで終わり…という感じの人が大半なんだけど、くっきりと記憶に残っている人もいる。

 近畿圏の山奥のキャンプ場を取材した後、里まで下りてきたときのことだった。

 かすかに観光地の匂いを残したさびれた町で、人気のない駅前には観光バスが何台も泊まれそうな広い駐車場があった。
 朝まで止めてもたいした料金ではない。
 そこにクルマを収めて、居酒屋探しを始めた。

 もともと見知らぬ町の、見知らぬ人々のいる (ちょっとひなびた) 居酒屋に入るのが好きなたちだから、地元の人々が集まって地元の方言丸出しで陽気に騒いでいるような中に入るとうれしくなる。

居酒屋のネオン

 そういう居酒屋に入り、まずは簡単なツマミを頼んで、ひっそりと酒を飲む。

 しかし、耳だけは全神経を集中して隣の男たちの会話などをチェックしている。
 その中で話題に入っていけそうなテーマが出たときに、突如図々しく会話に参加する。

 このへんは要領だが、見知らぬ人たちの話の中に入っていくには、ちょっとだけコツがある。

 たとえば、こんな感じだ。

 「実は、出版社から派遣されてきた旅行雑誌のカメラマンなんですが、今の時期このあたりで一番美しい風景はどこですか?」

 これでよろしい。
 私の場合、まったくのウソではない。
 取材対象はキャンプ場であったが、周辺情報もチェックしておけば記事に厚みが増すし、美しい風景を写真に撮っておけばイメージカットとして使える。

 とにかく、いちおう “プロのカメラマン” だと感じさせるのがミソ。
 こちらがただの旅行者ではないと分かると、向こうの好奇心も一段と強まるようで、話の盛り上がり方が早くなる。

 「××高原はどうだろう?」
 と、その仲間の中の一人が言い出すと、
 「いや、◎◎川の川原から、▲▲山を見た景色がいい」
 「いや、■■まで行って、○○を撮ったらどうだ?」
 「いや、◇◇に出れば、ついでに◎◎も見られる」

 …こんな調子で、観光本などでは紹介されていないその土地ならではの隠れた名所、グルメ、遊びの情報が一気に手に入るという寸法だ。

 まぁ見知らぬ土地で、見知らぬ居酒屋に入るのだから、多少のリスクは覚悟しなければならない。
 たまたま隣りにいた男性が、角刈り頭で、目つきが鋭く、スゴむと怖そうに思える人だったりすることもある。

 この日の隣りにいたのは、そういうお兄さんだった。

 「あんた、こんな何もない町に何を撮影にきたんね?」

 隣のカウンター席で、無口に酒を飲んでいたお兄さんが、突然ヘビが鎌首をもたげるように、ヌッと私の方に首を回した。

 もともと眉毛が薄いのか、それともソリを入れているのか。
 額まわりがテカテカと明るく、その分、暗い光を宿した眼がやたら怖い。
 ( 『仁義なき戦い』 シリーズで、梅宮辰夫が演じていた明石組の岩井がこんな風貌だった)

 で、このお兄さん、柔和なしゃべり方の奥にドスの利いた響きがあり、答え方いかんによっては許さんぞ的な迫力もある。

 しかし、こっちも適当に酔っぱらっているから、そのへんは調子よく合わせてしまう。
 「ここはなかなか風光明媚な町で、旅行雑誌では、最近えらく評判がいいんです。
 特にこの奥にある××キャンプ場は、県外からくるお客がどんどん増えて、マスコミの露出度も高まってきましてね…」
 とか、ウソも少し絡めたりしてヨイショ。

 するとそのお兄さん、目の奥に疑り深そうな光を宿しながらも、口元をちょっとゆるめて、
 「ママさんこっちのお客さんにお銚子一本出してやって…」
 とくるではないか。

 ママさんがお銚子を差し出す手が、少し緊張している感じがするので、まぁ、この兄さん “ただの人” ではないだろうな…とは思ったが、話すことは少年時代の草野球の話だったり、地元の農家の特産品の話だったりと、いたってフツー。

 もともとローカルな場所でローカルな話題を聞くのが好きだから、お銚子を重ねるごとに会話も盛り上がる。
 宴たけなわとなった頃、その怖いお兄さんが突然言い出した。

 「俺はこれからチョイと用事だ。
 何もない町だが、この先に1軒だけストリップ小屋がある。
 ○○という俺の名を出せば無料で入れる。
 まぁ20~30分楽しんでいきなよ」

 男は、そう言い残して立ち去った。

 ストリップ…。
 う~む、趣味ではないが、まぁ嫌いな方でもない。

 で、くだんのストリップ小屋に行き、半信半疑でその怖いお兄さんの名前を出してみた。

 すると支配人、その名を聞いただけで、飛び上がるように恐れおののいて、とにかく私を一番前の “特等席” に案内してくれるではないか。

 ショーを繰り広げる踊り子さんも、舞台から私を見下ろす表情がちょっと緊張気味。
 どうやら、この日の私は、特別のお客さんであるらしい。

 出し物が終わると、支配人が私の隣りにやってきて、顔色をうかがうようにおそるおそる話しかけてきた。
 「今宵は十分にお楽しみいただけたでしょうか?」
 まるでVIP待遇である。

 「ええ十分に…。○○さんによろしくお伝えください」。

 すると支配人。
 もじもじと手を重ね合わせながら、言いにくそうに間をおいて、やがて次のように告げた。

 「実は、○○さんが、お客様にご挨拶を差し上げたいから直接来るように…と」

 「ええ? やっぱり “ただほど怖いものはない” だったか…」

 マジでやっかいなことになったなあ…と思った。
 身の危険は感じなかったけれど、これ以上の過剰な接待を受けたりしたら、かえってメンドーなことになりそうという気がした。

 しかし、逃げようにも支配人にしっかり見張られているし、こうなりゃ挨拶に行かねばならない。

 で、支配人に教えられた場所にたどり着くと、先ほどの○○氏。
 なんと向こうからこちらを見つけて、笑顔で敬礼している。

 「本官の案内は、お気にめしましたでしょうか?
  先ほどは勤務時間前でありましたため、中座してしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 言葉づかいもガラリと違う。
 目つきは相変わらず鋭いのだが、角刈り頭の上には警察官の帽子が乗っているではないか。

 町で唯一の交番だという。
 「確かキャンピングカーの旅とおっしゃいましたね。今日は駐車場でお泊まりですか? 気をつけて旅を続けてください。
 この町のために、いい写真を撮って、いい記事を書いてください」

 ふ~む…。
 そういうことであったか。

 自分の正体を明かさず、後で驚かそうとは…。
 このお巡りさん、けっこうお茶目な人かもしれない。

 ま、おかげで、この居酒屋での顛末は、お巡りさんの最後に見せた人なつっこい笑顔とセットになって、いまだによく覚えている。
 肝心のキャンプ場の方は、どこを取材したのか忘れてしまったけど。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 12:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

車中泊を考える

 東京駅前にある 「八重洲ブックセンター」 に行った。
 そこの地下には “アウトドア書籍コーナー” があって、キャンプ、ハイキング、山登りなどに関する雑誌、書籍、ムックがまとめて置かれている。

 そこに行けば必ずあるはずの 『ランドネ』 のバックナンバーを探しに行ったのだけど、いやぁ、アウトドアコーナーに足を止めてみて、ちょっと驚いた。

 いま、アウトドアの一番の目玉は “車中泊” なのだ!

 下りのエレベーターを下りたすぐ横、つまりアウトドア書籍コーナーの入口を堂々と飾るのは、八重洲出版さんの 『クルマ旅fan』 … 「車中泊で旅に出よう」 というムック。
 そして、日経MJに載った車中泊記事の紹介をはさみ、その隣りを飾っていたのが、わが 『キャンピングカースーパーガイド2010』 だった。

CSガイド2010表紙

 その2冊を筆頭に、そのコーナーには 「車中泊のコツ」 やら 「車中泊スポット」 などを紹介するあらゆる書籍がごっちゃと積まれていた。

 それにしても、メインに堂々と飾られたのがうちの本だということもあって、
 「こりゃうれしいね」
 と、棚をしげしげと見回し見ると、棚の一角に店員さんの手書きのキャッチが添えられているのを発見した。
 そこには、
 「キャンピングカーじゃなくても、普通のクルマで楽しめる車中泊…」
 みたいな文言が書かれているではないか。

 「おい、おい」

 そりゃそうだが……。
 うれしさも半分になった。

 だって、そう書かれちゃうと、 「キャンピングカーまで必要ないのね」 と思う人だって出てくるわけじゃない?

 でも、まぁ、うちのムックをいちばん目立つところに掲げてくださった八重洲ブックセンターさんには御礼申し上げます。


 それにしても、 「車中泊」 に対するメディアの関心は日増しに高まっているようだ。
 (社) 日本RV協会 (JRVA) さんに聞くと、マスコミから一番多くかかってくる電話は 「車中泊」 に対する問い合わせだという。

 キャンピングカーは、確かに 「車内で寝られる」 ように設計されたクルマ。だから、単純に 「車中泊の理想形」 のように思われるのだろう。
 「車中泊を効率よく成功させるコツのようなものがあるんですか?」
 なんていう質問がよく寄せられるらしい。

 しかし、RV協会さん側は、そのような車中泊ブームを手放しで喜んでいるというわけでもなさそうだ。
 最大の懸念は 「マナー問題」 だという。

 増え続ける車中泊愛好者の中には、道の駅のような公共の駐車場で泊まるときのマナーを心がけない人も出てきたとか。

 週末などの混んでいる道の駅などで、堂々と椅子やテーブルまで広げてしまう人。
 エアコンなどを回すために、夜中までエンジンをかけっぱなしの人。
 家庭からの持ち出しゴミをどんどん投棄してしまう人。
 食べたカップ麺の残り汁を路上にぶちまけてしまう人。
 トイレの洗面所で、鍋や皿まで洗ってしまう人。
 トイレまで行かず、木の陰で用を済ませてしまう人。

 ごく一部だろうけれど、車中泊愛好者といわれる人の中には、そういう傍若無人の振る舞いをする人も混じっているという。
 そうなると、それを見かねて、 「車中泊禁止」 を打ち出す道の駅やSA・PAが出てこないとは限らないし、現に、すでにそれが実施された場所も出てきたという話も聞いた。

 もともと道の駅や高速道路のSA・PAの駐車場は 「宿泊施設」 ではない。
 あくまでも、ドライバーが 「休息する場所」 である。
 まぁ休息の中には “仮眠” も含まれるから、 「朝まで “仮眠” する」 ことだってありうる。
 そういうゆったりした解釈のもとで、道の駅などにおける車中泊が黙認されてきたという経緯がある。

 だから、マナーの悪いお客が増え続ければ、道の駅や高速道路の管理者はちゅうちょすることなく 「宿泊禁止命令」 を出すこともできるわけだ。

 そういうこともあって、RV協会さんとしては、キャンピングカーが宿泊する場所としては、キャンプ場か湯YOUパークのような 「車中泊が正規に認めている場所」 を推奨し、やむなく道の駅などで泊まるときは 「マナー遵守を心がけるように」 と、マナーリーフレットやステッカーなどを配布して啓蒙しているという。

高速道路のPAにおける車中泊
▲ 高速道路のPAにおける車中泊

 「車中泊」 ブームとどう向き合うか。
 キャンピングカー事業者たちによって構成される(社)日本RV協会のなかでも、そういう議論が起こっているらしい。

 それはそうだろう。
 現在、ミニバンやワンボックスで車中泊している人は、将来のキャンピングカーユーザーに最も近い場所にいるように見えるからだ。
 しかし、一方で、現在の車中泊愛好家は、あくまでも普通乗用車で寝泊まりすることを楽しんでいる人々であって、機能としてのキャンピングカーを求めている人たちとは違うという意見もあるとか。

 判断は難しいところだ。
 車中泊している人たちには、いろんな考え方の人がいるだろうし、車中泊の目的も千差万別。だから、このブームの性格を一言でくくることは難しい。

 しかし、まぎれもなく、新しいことが今起こっている。

 「自動車旅行」 は、モータリーゼーションの黎明期からひとつの旅のスタイルを確立してきたが、それはホテル、旅館、モーテル、あるいはキャンプ場などといった宿泊場所と必ずセットになったものだった。
 クルマそのものが宿泊施設になるという発想が乗用車オーナーの隅々にまで浸透したのは、今回がはじめてといってもいい。 

 ひょっとしたら、日本のモータリゼーション文化は、これから第2ラウンドを迎えるのかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:55 | コメント(4)| トラックバック(0)

赤木山キャンプ場

 3連休はキャンプに行ってきた。
 いまだ健康状態が完調でないカミさんのため、温泉療養&マッサージが主眼の旅だったので、あちこちの立ち寄り温泉に寄り、マッサージを受けながらのキャンプだった。

 夏休みの予行練習のような7月半ばの3連休。
 キャンプ場は、どこも子供たちの天国。
 18日 (日曜日) に泊まった 「ACN赤木山オートキャンプ場」 は、その7割方が小さな子供を連れたファミリー。残りの2割がバイクキャンプなどの若者同士のグループ。
 で、ジジイとババアは、この俺たちだけ。

 ▼ 赤木山オートキャンプ場の看板
赤木山キャンプ場看板

 ▼ 管理棟前には、鉢植えの花が咲き乱れていて、明るく、温かいイメージ。
赤木山キャンプ場管理棟前

 ▼ “鹿さんのマーク” がこのキャンプ場のシンボル。昔は、鹿肉を売っていたこともあった。
赤木山キャンプ場鹿看板

 昼間は、キャンピングカーの窓を開け放っていると、どの窓から外を覗いても子供たちの姿が見える。

赤木山キャンプ場の愛車

 日本オート・キャンプ協会の発行する 『オートキャンプ白書2010』 では、減り続けてきたキャンプ人口が、09年から再び増加し始めたことを伝えている。その中心となる層は、30代~40代の子育てファミリー。しかも、キャンプ経験の浅い新規ファミリーが増えているとか。

 昔から、夏休みのキャンプ場は 「子供たちの天国」 だったが、ひょっとしたら、このキャンプ場にもキャンプをはじめて経験する子供たちがいるのかもしれない。

 で、朝晩、子供たちの歓声を聞きながら、考えた。

 「家族の絆」 って、難しく考えることは何もないんだなって…。
 子供たちを、ただ自然の中で放ったらかして遊ばせるだけで十分なんだって。

 キャンプ場内の遊具を使って遊ぶ子供たちを、大人が指導しているなんて姿はまず見たことがない。
 子供たちは、何人か集まって、勝手に遊びのルールを作って、勝手に遊んでいるだけ。
 で、お腹が空いたら自分のテントに戻り、食事やおやつのおねだり。
 親子って、それだけでいいような気がした。

 ▼ ただ、意味もなく走り回る子供たち。
 それを見ていた両親の呟きが、たまたま聞こえてきた。
 「あの子たち、何をしているのかしら」
 「なんかのトレーニングだろ。さっきから同じところを走っているだけなんだから」

赤木山キャンプ場子供たち

 ▼ 走った後はサイトで水分補給。みんな水をよく飲む。
赤木山キャンプ場サイトの子供たち

 ▼ 石の上に登る子供たち。
 「何してるの?」 と尋ねたら、 「ロッククライミング…」 という素気ない返事。
 …オジさん見りゃ分かるだろ? って表情だった。

赤木山キャンプ場岩を登る子供

 ▼ カブトムシを20匹捕まえた親子。
赤木山キャンプ場カブトムシ親子

 ▼ 「一匹上げます」 と言われたが、 「気持ちだけ受け取ります」 ということで、記念写真をパチリ。
赤木山キャンプ場カブトムシを捕まえた子供たち

 ▼ カブトムシを20匹捕まえた子供たちが、キャンプ場のファミリーに一匹ずつ配って回ると、どこのサイトでも、親子が屈みこんで、カブトムシ鑑賞会が…。
赤木山キャンプ場親子カブトムシ鑑賞会

 ▼ とにかく木陰の多いキャンプ場。夏は助かる。特に、猛暑が続く季節はこういう場所で憩うのが一番。
赤木山キャンプ場木陰の子供たち

 ▼ 東京の多摩地区から来たという若いカップル。
 写真を撮りながら、 「私も多摩地区に住んでるんですよ」 と答えたら、 「さくら通りを毎日走っています」 という返事。うちのすぐ近くのバス通りのことだ。ローカルな話題で一時盛り上がる。

赤木山キャンプ場若いカップル

 ▼ キャンプ場の帰りに寄った観光地 (グリーンフラワー牧場) にいたポニー。
 「暑い~……」
 顔が溶け始めていた。

グリーンフラワー牧場のポニー

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:28 | コメント(2)| トラックバック(0)

よしおか温泉

 北関東をキャンピングカーでちょいと小旅行してきたとき、なかなか “良さげな” 道の駅を発見した。
 群馬県北群馬郡の吉岡町にある 「道の駅・よしおか温泉」 。
 その名から分かるように、温泉付き道の駅である。

よしおか温泉088
 ▲ 温泉施設全景

 もともと町営の日帰り入浴場であった 「リバートピア吉岡」 として造られた温泉施設をリニューアルし、前橋渋川バイパスが暫定2車線で開通したことを機に、今年の3月、 「道の駅」 として再スタートを切った施設らしいのだが、売店でソフトクリーム (バニラとイチゴとミックスあり) を売っていたオバさんの話によると、 「道の駅」 としてはまだカーナビにも載っていない “できたてほやほやの施設” だとか。

よしおか温泉152
 ▲ 温泉入り口

よしおか温泉015

 この道の駅、何が素晴らしいかというと、まず景観。

 道の駅の前に、ケイマンゴルフ場、パークゴルフ場、グランドゴルフ場などを擁した一大ゴルフ場が広がっており、その目も覚めるような鮮やかな緑で埋め尽くされた空間が、温泉の露天風呂からも、休憩室からも、レストランからも展望できるようになっている。

 リゾート施設の贅沢さのひとつに、視覚的な開放感というものを挙げることができるが、ここはその視覚的な開放感が、まず何よりも “ご馳走” だ。

よしおか温泉ゴルフ場全景
 ▲ 目の前に広がるゴルフ場の 「吉岡町緑地運動公園」 。
 ゴルフ場と道の駅を隔てる道路は、渋川と前橋を結ぶ長大なサイクリングロード (利根川自転車道) になっていて、この場所を基点にサイクリングを楽しむこともできる。


よしおか温泉114
 ▲ 窓面積の広いレストランのテーブルに座ると、まるで緑の芝生の上を滑空しているみたい。

よしおか温泉休憩室
 ▲ 休憩室の窓からも遠望できるグリーンの芝生。窓の隣りには大画面のテレビもあるが、窓枠として切りとられた天然の映像の方が、はるかに刺激的。

 で、大小二つの露天風呂を配した温泉 (天然温泉 「船尾の湯」 ) がまた良いんだな。
 地下1,300mから湧き出る高温アルカリ天然温泉は、慢性皮膚炎、神経痛などに絶大な効果を発揮するという。 (水虫に悩まされていた足をゆっくり石鹸で洗ってから湯に浸かっていたら、まったく痒くなくなった…ような気もした)
 お風呂の2時間までの基本料金は大人300円。

よしおか温泉露天風呂
 ▲ 同施設のHPから拝借した女性の入浴画像

よしおか温泉足湯コーナー
 ▲ 「ちょっと休憩」 で立ち寄った人には、無料の 「足湯コーナー」 も用意されていた。

よしおか温泉天神東公園その1
 ▲ 道の駅の奥には、 「天神東公園 ほたるの里」 という日本庭園風の公園が広がっており、近代的な温泉施設とはまったく異なる和文化に彩られた情緒的な空間も楽しめるようになっている。

 ちょっとびっくりしたのは、地元の農作物などを販売する 「物産館かざぐるま」 に置かれた物品の品目。

よしおか温泉物産発売所その1

 近隣の畑で採れたナス、キュウリ、トマト、トウモロコシなどの農作物のほか、新鮮なイカ、マグロなどの刺身や干物、タラコ、うなぎなど海産物まで売られている。

よしおか温泉160

 たまたま商品を卸しに来た農家のオジサンに話を聞くと、 「この売店は地元住民のスーパーも兼ねている」 とか。
 近所の人たちがここで温泉を楽しんだ後、刺身や肉などの食材を買って家に帰るらしい。

 風呂あり、トイレあり、食材を買う売店あり、レストランあり、手作りまんじゅうの店舗あり、足湯あり、散歩コースあり、サイクリングロードあり、ゴルフ場ありで、まさにキャンピングカーの休憩で寄るには最適な道の駅。
 しかも、近くには乗馬クラブがあり、さらにおいしいお蕎麦屋さんもあるという。 

 関越自動車道の 「渋川伊香保インター」 から5km、約8分。
 風力発電のために造られた大きな風車が目印。

よしおか温泉045


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

星の王子さまPA

 北関東を旅してきた。
 関越自動車道を走っていたときのこと。
 『寄居 (よりい) ・星の王子さまPA』 というのがあることを知った。

 サン・テクジュペリの童話 「星の王子さま」 に登場する挿し絵や言葉たちが、本から抜け出して、町のあちこちに…
 ……というパーキングエリアらしい。
 近年、高速道路のSA/PAのアミューズメント化が進んでいるが、これはずばり 「テーマ型パーキングエリア」 なのだという。

星の王子さまPAイラスト

 その昔、高速道路の旅というのは、途中で寄るSA/PAが判で押したように画一的で、無味乾燥かつ味気ないものだった。
 それが今では、どんどん遊戯化が進んでいる。
 ま、 「楽しくなった」 …というんだろうな。

 今の子供たちが、童話の 『星の王子さま』 になじんでいるのかどうか、それは分からない。
 しかし、 『星の王子さま』 といえば、哲学的寓意を含んだ “大人も読める童話” として、30年ぐらい前か、一世を風靡したものだ。

 それがパーキングエリアになると、どうなるのか?

星の王子さまPA001 
 ▲ おお! なんだか西部劇に出てくるメキシコの宿場町といった風景。
 南仏の町をイメージしたものだという。

星の王子さまPA002
 ▲ 「カフェ・サンテクジュペリ」
星の王子さまPA008

星の王子さまPA003
 ▲ これがゴミ箱なんだな。変わってるなぁ…。

星の王子さまPA004
 ▲ オムライスの専門店があったり、パン屋さんがあったり。
 オムライスが実にうまそうだったが、残念…上里SAの 「那の福」 でラーメン&餃子セットを食べたばかりで、もう腹に入らない。

星の王子さまPA005
 ▲ レストランもある。一定の料金 (確か1,200いくらだった) を払えば、好きなものを自由に食べられるブッフェスタイル。
 残念…上里SAの 「那の福」 でラーメン&餃子セットを食べたばかりで、もう腹に入らない。

星の王子さまPA006
 ▲ 「マガザン・カプリシュー」 という謎に満ちた店。
 不定期にオープンする店で、何を売るかも不明。開いていたらラッキーなんだそうだ。

星の王子さまPA007
 ▲ 「サンク・サン・ミリオン・ドゥ・グルロ」 という名前のショップ。星の王子さまにちなんだカップ、書籍、アクセサリーがところ狭しと並ぶ。

 「高速道路」 という空間が生まれ変わろうとしている気配は、数年前から顕著になってきた。
 SAはともかく、PAともなれば、昔はトイレと自動販売機しかないものがほとんどで、売店があるようなものもまれだったが、それが今では売店・スナックはもとより、蕎麦の専門店とかコンビニなども置かれるようになった。
 そして、ついに 「テーマパーク」 である。

 きっと、 「スターウォーズPA」 とか、 「パイレーツ・オブ・カリビアンPA」 とか、そんな計画が、現在密かに進行しているに違いない。
 夏季限定の 「お化け屋敷PA」 とか、そんなものがあったら楽しいだろうな。  


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:57 | コメント(0)| トラックバック(1)

道の駅温泉ガイド

 カーナビが発達して、自動車旅行における 「地図」 の役割が相対的に後退したような印象を受ける。
 しかし、キャンピングカーの旅では、いまだ地図の役割は衰えていない。

 目的地を絞りきったときのカーナビは有効だが、そうでない場合、たとえば、漠然と “旅先” を定め、その方向に 「温泉」 や 「道の駅」 、 「キャンプ場」 があるかどうか確かめるような場合は、そういう情報がしっかり掲載されている地図があれば、その力は絶大だ。

 ホテルに予約を取ってそこまで直行する “点と線” の旅と違い、自由な旅を身上とするキャンピングカー旅行は、走りながら 「旅先」 を探すことも可能な “面” の旅。
 そうなると、旅先を “面” で把握できる 「地図」 があるとないとでは大違い。

 そういうキャンピングカー旅行を助けるための理想的な 「地図」 が、このほど日本RV協会 (JRVA=ジャルバ) から発売された。

道の駅旅案内全国地図表1

道の駅旅案内全国地図表2

 テーマは 「今こそ温泉」 。
 日本全国の温泉地と、道の駅やJRVAの契約キャンプ場がセットで一覧できるようになったガイドブックだ。

 ベースとなっているのは、株式会社ゼンリンの 『道の駅 旅案内全国地図』 だが、JRVAが発売する特別版では、JRVA協会員の連絡先リストや “くるま旅” の楽しむための方法やマナーも掲載されているのが特徴。
 もちろん、地図の中には 「湯YOUパーク」 や 「JRVA協力キャンプ場」 、 「特割キャンプ場」 の情報がしっかり盛り込まれている。

 「湯YOUパーク」 というのは、JRVAと提携している全国のホテル・旅館の駐車場にキャンピングカーで宿泊し、リーズナブルな料金で、その温泉施設を利用させてもらえるというシステム。
 利用するには 「くるま旅クラブ」 の会員であることが条件となるが、キャンピングカーに泊まったまま、ホテル・旅館の自慢のお風呂を宿泊客と同じように使えるという画期的な制度だ。

 「協力キャンプ場」 というのは、JRVAと提携しているキャンプ場で、JRVA発行の 「ユーザーサポートネットワークリスト」 、もしくはクルマに貼られた 「JRVAステッカー」 を提示するか、さもなくば、 「くるま旅クラブ」 の会員証を提示すれば、プレゼントや割引などの特典が得られるキャンプ場のことをいう。

 「特割りキャンプ場」 は、オフシーズンの平日に限り、 「くるま旅クラブ」 の会員だけに1泊 3,000円以下でサイトを開放してくれるキャンプ場を指す。

 このようなキャンピングカーユーザーの利便を図っているスポットが地図に盛り込まれていることが、このガイドブックの特徴となっている。

 紹介されているのは1,200ヵ所の温泉施設と、917ヵ所の道の駅の最新情報。

 「目指す道の駅の周辺に温泉施設はないの?」
 という時に、この本が大活躍するだろう。
 特に、温泉施設を併設した道の駅110施設を特集した 「道の駅 日帰り温泉ハンドブック」 が付録として付いているのは心強い。

 定価は1,155円 (本体1,100円+消費税) 。
 お求めは、全国のJRVA会員キャンピングカー販売店、もしくはJRVAが関わるキャンピングカーイベント会場で。

 ガイドブックのお問い合せは 「日本RV協会 (JRVA) 」 へ。
 TEL. 042-720-7911
 E-mail: info@jrva.com

 くるま旅クラブのお問い合せは 「くるま旅クラブ事務局」 へ。
 TEL. 052-682-8241
 E-mail: info@kurumatabi.com


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

バンコクの秋

 昔、11月のバンコクを4日ほど旅したことがあった。
 タイは熱帯の国なので、 「冬」 というものがない。
 11月から2月にかけての平均気温が25度だという。
 地球上にはそういう国もあるのだ。

バンコクの秋彫像

 日本を出たときは、長袖シャツの上にジャケットを羽織っていたが、タイに着くと、真夏のような陽射しが降り注ぐために、木陰を探さねば歩けなかった。
 結局、最後まで半袖シャツ1枚でとおした。

 一流ホテルにはとても手が届かなかったので、リーズナブルな料金の “二流半” 程度のホテルを取った。
 門構えは立派だったが、部屋に入ると、空気が湿っていて、調度は煤けており、カーペットはくたびれて、バスタブがあってもお湯が出なかった。

 窓辺に立つと、南国風の木々に囲まれた集合住宅が並んでいるのが見えた。
 どの建物も日本の昭和の 「社宅」 のように真四角で、味気ないほど白っぽく、屋上には、みな金色に輝く給水塔のようなものが付けられていた。それは、タイの旅行パンフレットに載っていた金泥の仏像の色を連想させた。
 
 ロビーに降りると、中国人ツァー客たちがフロアを埋め尽くし、怒号とも歓声ともつかぬ喧噪が、天井までこだましていた。
 彼らは、観光バスでここに到着し、ツァーコンダクターの発表する部屋割りを待っているようだった。

 夜は繁華街まで歩き、屋台のようなタイ料理の店を見つけて夕食をとるつもりでいた。
 しかし、フロントに聞くと、繁華街までは遠いので、タクシーを使わないと行けないという。

 日が暮れるまでには間があった。
 カミさんとホテルの周りを歩いた。

バンコクの秋ー路上

 熱帯の夕陽が、街路樹の影を、どこまでも遠く、濃く引きずっていた。
 車道の中央部はみな舗装されていたが、端の方は地面がむき出しになっていて、クルマが通るたびに、そこから乾いたホコリが舞い上がった。
 街路樹の葉っぱも、そのホコリを浴びて白っぽく見えた。

 野犬がやたらと多かった。
 しかし、彼らはみな旅行者には無頓着で、住み慣れた住民のように無表情に歩道を歩き、視線すら合わせようとしなかった。

 陽が没したので、ホテルの前からタクシーを拾って街に出た。

 車内はむせかえるような香料の匂いで満たされていた。
 匂いに慣れなかったので、窓を少しだけ開けて外の空気を入れた。

 運転手は、最初のうちはタイ語で愛想よく語りかけてきたが、私たちが英語で、 「パードン?」 、 「ドントアンダスタンド」 しか答えないので、途中から黙ってしまった。

 初めて見る南国の街は、どこか日本の都会に似ているようでもあり、しかし、どこにも似ていなかった。

 カーラジオからは、スポーツ中継のようなものが流れていた。
 何のスポーツなのか分からない中継は、夢の国の祝祭のように聞こえた。
 タクシーを降りても、街全体に、香料と、花と、果実の匂いが立ちこめていた。

バンコクの秋ー花

 しゃれたブティークや高級ブランド品を扱うにぎやかな通りに出たが、看板がみなタイ語なので、日本とも欧米とも違った光景に見えた。
 タイ語は、ワラビやゼンマイが絡まったような文字だから、看板というより 「絵」 のようにも感じられた。

 表通りから外れると、迷路のような路地が交差する場所に出た。
 ほの暗い灯りをともした小さな店が、祭りの屋台のように並んでいた。
 何の商売か分からないような店舗もあった。

 ビアガーデンのような店を見つけ、日本の焼き鳥に近いような串焼きを注文し、トムヤムクンを頼み、ビールを飲んだ。

 少し離れた席で、白いシャツにネクタイをした日本人のビジネスマンたちが3人、慣れた雰囲気で食事をしていた。
 「入札までにはまだ時間があるから……」
 「融資が問題だな……」

 聞き慣れた日本語が耳に届いた。
 彼らの話し声が聞こえるくらいだったから、こちらの声も聞こえているはずなのに、彼らは、私たちが日本人であるかどうかなど、気にもとめていない様子だった。 

 「日本人なんて珍しくないのね」
 とカミさんが小声で言うのを、そのとおりだなと思いながら、焼き鳥を食べた。

 遠くの席では、髪の毛を伸ばしたタイ人の若者が、美女二人を従えて楽しそうに笑っていた。
 若者は遊び人風で、女の子たちは普通のOLに見えた。
 男は瓶ビールをラッパ飲みし、女性二人は食べ物に手を付けることもなく、見とれるように、男の顔を見つめていた。

 「いい男じゃない」
 と、その光景を眺めてカミさんがいった。
 私はうなづいてから、ビールをもう一本注文した。

 食事を終えたが、すぐに帰る気もしなかったので、近くのホテルのバーで酒を飲むことにした。
 私たちが泊まるホテルとは段違いの高級ホテルで、軽装で練り歩く観光客たちも、どこか金回りが良さそうな人たちに思えた。

 大きな川の見える野外のテラスに案内された。
 有名なチャオプラ-川だという。
 美しい夜景だというのに、客の姿はあまり見えない。

 白いテーブルクロスの上には花が飾られ、その周りに、よく磨かれたワイングラスが伏せられていた。

 若いボーイに、タブロイド新聞ほどの大きさのメニューを渡されたが、 「食事はしないけれどいいか?」 と尋ねると、ボーイは 「もちろんです」 と英語で答え、背筋をぴしゃっと正してにっこり笑った。
 ボーイの白い制服が夜の闇に浮き上がって奇麗だった。
 結局、ワインは高いので、ここでもビールを飲んだ。

 川の対岸にも、高級ホテルのようなビルが建ち並び、そのイルミネーションが川面に落ちて、色とりどりの光の花を咲かせていた。
 その間を、満艦飾のライトを灯した観光遊覧船が行き交っていた。

バンコクの秋ー夜の川1

 川から熱気のこもった空気が昇ってきて、夜だというのに、じっとりと汗ばんだ。
 テラスに客の姿が見えないのは、誰もがこのガウンのようにまとわりつく湿気を嫌ったのかもしれない。

 観光客たちは、空調の効いた上階のラウンジで飲んでいるのだろう。
 静けさに覆われたテラスには、花の匂いだけがねっとりと広がっていた。

 「ほんと異国よね」
 とカミさんがいった。
 たぶん、街全体に立ちこめる香料の匂いと花の匂いのことを言ったのだろう。
 「そうだな」
 と私は返したが、それ以上の言葉を思いつかなかった。

 私たちの座っているテラスは、まさに高級リゾートという言葉にふわさしい場所だったが、どこか熱帯の貧しさが漂っていた。
 川を渡って来るけだるい熱気に、それを感じた。

 しかし、そこには荒廃もなかった。
 荒廃のない貧しさは、別の意味で、豊かさにつながっているように思えた。

 私たちは黙ってビールを飲んだ。

 川があまりにも広いので、水の流れが感じられず、そこに光を落としたビルのイルミネーションも動かなかった。
 夏の終わりを知らぬ南の国に来たと思った。

バンコクの秋ー夜の川2

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:46 | コメント(2)| トラックバック(0)

ハイウェイの変貌

 最近のハイウェイ空間は、ものすごい勢いで変貌を遂げているように感じた。
 一言でいえば、サービスエリア (SA) やパーキングエリア (PA) の充実と、そのデザイン的な多様化、さらに観光地化だ。

壇ノ浦PAの朝焼け
▲ 最近はやたらと景観に優れたSAが多い (中国道・壇ノ浦PAの朝焼け

九州道めかりPA
▲ 九州道に入ってから関門海峡にかかる関門橋を眺める (めかりPA)

湖の見えるSAレストラン
▲ レストランからの眺めも充実したSAもある

 ちょっと前のSAとかPAというのは、トイレに行って、メシを食うところにすぎなかった。
 そのメシも、どこのSAに寄っても似たり寄ったりのメニューで、およそうまいものに出合った試しがなかった。

 それに変化が現れたのは、ここ10年ぐらい。
 どのSAの食堂でも、そこだけのオリジナリティを打ち出したメニューを整え、しかも “味の充実” を意識的に追求するようになった。

トラふく御膳
▲ 壇ノ浦PAのトラふく刺身のついた御膳

 それだけでなく、昔だったらトイレ棟の自販機しかなかったようなPAでもコンビニが敷設され、ファーストフードショップがあり、カフェのチェーン店があり、ドッグランコースがあり…である。
 いつの間にか、 “ミニタウン化” が始まっている。

諏訪湖SAのモスバーガー
▲ ファーストフード店があるハイウェイ施設も珍しくない

高速SAのドッグランコート
▲ 「ドッグラン」 を敷設したSAも最近やたら増えた

諏訪湖SAのペット水飲み場
▲ ペット用の水飲み場もある (諏訪湖SA)

SAのコンセルジュコーナー
▲ 最近のSAの案内所は 「comcerge (コンセルジュ) 」 という名称に変わっている。大きなホテルなどで観光案内をするサービスのことをいう。
 「へぇー!」 と思って、コンセルジュ・マドモワゼル (?) …つまり案内係のオネェさんのことね。…その彼女に 「いつからそうなったんですか?」 と尋ねたら、 「今年の4月から」 だという


コンセルジュのオネェさん
「写真撮ってもいいですか?」 とカメラを向けたら恥ずかしげに 「いやぁ!」 と言われた…ところをパチリ

SAのスナックとコンビニ
▲ スナックの横がコンビニになっているSAも珍しくない。コンビニでおでんを買って、スナックの豚汁定食のおかずに加えたら、 「おでん&豚汁定食」 になった

SAのスイーツ店
▲ SA内の売店も様変わり。繁華街にでもありそうなスイーツのお店

諏訪湖SAの天然温泉
 ▲ 天然温泉を備えた諏訪湖SA

 ハイウェイ施設のミニタウン化は、確実に 「自動車旅行の形態」 を変えた。
 そう思わざるを得ない。
 先だっての3連休、移動日に2日ずつかけて、一度も下道に降りることなく、東京 - 福岡間を往復してきたが、それでもあまり退屈することがなかった。

 以前はSA、PAに寄っても、味気ないくらい画一化された施設しか目に入らなかったが、それがミニタウン化することによって少しずつ変化が現れ、旅の途中にSAに寄るのが楽しみになってきたのだ。

 利便性も向上している。
 SAのスナックは24時間開いている。
 PAでも、コンビニがあれば、24時間生活品が手に入る。

 それを当て込んでか、夜ともなれば、駐車場は 「車中泊」 する人々のクルマで満杯になる。
 ミニバンやステーションワゴンだけではない。
 セダンでも軽自動車でも、みなフロントガラスに銀マットを貼り、シートを倒して、毛布を被って、家族やカップルが折り重なるようにして寝ている。

車中泊のクルマ群
▲ 「車中泊族」 で埋まるハイウェイの駐車場

 そういう “宿泊スタイル” は、高速道路のSA、PAの充実化、多様化、24時間化、さらにはETCの 「休日割り引き」 システムの浸透と並行して進んできたと思われる。

 ただ、それが 「新しい旅」 のスタイルとして定着していくとなると、この先どうなっていくのだろう。
 これは、高速道路以外の観光施設が、今後産業として生き残っていくには、どういう方向付けを行っていくのか、という問題を提起しているように思えてならない。

 ハイウェイ施設の充実ぶりは、自動車旅行の可能性を飛躍的に高めたことは間違いない。
 しかし、ETCの休日割り引きを利用する人々がさらに増えていくとなると、今のままでは、高速から降りてまで観光施設を回るような利用者は、その観光地によほどの魅力がないかぎり漸減していく。
 その 「魅力」 が、ハイウェイ施設と同じ利便性のみを追求したものでは負けてしまう。

 ファーストフード店とコンビニと、ファミレスとペット施設が溢れかえるSA、PAが増えている現状では、高速道路と離れた観光地が同じことを繰り返していても勝ち目はないのだ。

高速道路風景001

 高速道路の “効率性” 、 “利便性” 、“合理性” だけでは実現できない 「観光」 というものが今求められているような気がする。
 それは単純に、ハイウェイのミニタウン化と逆行する形で、都市化されない景観をそのまま残すということであったりするのかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

東京~福岡の旅

 東京 - 福岡の往復2,200㎞を走ってきた。

09秋九州キャンピングカーフェア入場口

 「九州キャンピングカーフェア」 の取材だったけれど、移動日だけで片道それぞれ2日間を費やした。
 ETCの “1,000円乗り放題” を使ったので、適用除外区間の東京と大阪の市圏を通過したものの、片道2,000円チョイで行けたのは、まぁありがたかった。

 道中、夜はバンクで。
 昼は、ダイネットソファに体を横たえ、サイドソファに足を伸ばしてSA、PAで仮眠。
 
 走行距離は長かったけれど、片道それぞれ2回の給油でたどり着けた。

 その間、タコメーターをにらみっぱなし。
 2,000回転に抑えておけば、リッター11㎞は走ってくれる。
 平均時速は80㎞。
 120㎞巡航ができるエンジンなので、最初のうちはかったるくてしょうがなかったけれど、調子こいてスロットルをガバガバ開けると、とたんに燃費が5~6㎞代に落ちる。

 “我慢の子” を貫いているうちに、80㎞巡航ののんびり感がだんだん体になじんだ。

コマンダー002 
 ▲ バンクの出っ張った空力の悪いクルマのくせに、リッター11㎞走れば御の字。

 帰りの中国自動車道は良かった。

 岡山に拠点を持つデルタリンクの山田さんに、中国道と山陽道はどちらが走りやすいか尋ねたら、走りやすいのは山陽道の方だという。
 道路もよく整備されて、給油ポイントも多く、サービスエリアも充実しているという話だった。
 それに比べて、中国道の方はカーブも多く、アップダウンもあり、トンネルも多いと聞いた。

 それを聞いて、ヘソ曲がりの自分は、中国道を選んで帰ることにした。
 山陽道は行くとき走ったし、道が良いのは分かっていたけれど、景色が味気ないと感じたからだ。

高速道路風景001

 3連休の最終日だというのに、中国自動車道はガラガラ。
 時おり地元の軽トラのおっちゃんが、80㎞巡航の私のキャンピングカーを、どっこいどっこいのスピードで追い越していくだけで、対向車の影を見ることも滅多にない。

 ゆったりと弧を描くコーナーを曲がるごとに、緑に覆われた次々と違った山が現れ、その向こうには夏のなごりを思わせる積乱雲っぽい雲と果てしなく広がる青空。
 
 たまに寄るPAも、トイレと自動販売機が取り残されたようにぽつんとたたずんでいるだけで、利用客の姿もほとんど見えない。
 このとりとめのない “さびしさ” がなんともいえず心地よい。

 トンネルの数は確かに多かったけれど、それがとても “自然な” トンネルに感じられた。
 つまり、トンネルのありそうなところには、ちゃんとトンネルがある。

 一方、山陽道も同じくらいトンネルの数があるのだけれど、こっちのトンネルは強引だ。
 直線路を確保するために、むりやりトンネルを造っている感じ。

 設計が新しいだけ、山陽道の方が合理的に造られていることは感じたけれど、その “経済効率優先思想” が気に入らないと思った。
 だって、走っていて、景色がまったく変らないんだもの。 
 
 それに比べると、中国道の方が味がある。
 結局は、同じ景色が淡々と続く高速道路なんだけど、カーブの彼方に、別の景色が待っているような感じがする。
 直線路が素敵に思えるのは、その彼方が地平線に続いているアメリカのような大陸だけだ。

 東名が集中工事のために渋滞しているというので、中央高速経由で帰った。
 伊那のあたりを走っていると、関西圏とはやはり山の形が違うと思った。

 信州とか甲府の方は、山がでっかい。
 そして荒々しい。
 その違いが、窓の外を眺めながら走ってくるとよく分かる。
 奈良とか平安の時代に生きた人々が東国に来たら、別世界に来たような気分になったろうな…と想像した。

 道中、オールマン・ブラザース・バンド、CCR、ドゥービー・ブラザースの音をよく聞いた。
 晴れた日の中央高速のドライブは、こういう音がよく景色と似合う。

 談合坂で 「峠の釜飯」 を買って、帰ってからカミさんと食った。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:49 | コメント(10)| トラックバック(0)

RV協会キャンプ

 先週、日本RV協会 (JRVA) が主催する 「キャンプラリー2009 in 朝霧高原ペンギン村オートキャンプ場」 に参加してきた。

タープの写る樹の影

 このラリーは、協会に所属するビルダー・販社のスタッフと、ユーザーたちの交流を図る目的で運営されるもので、いわば 「お客さんとお店の人」 という垣根を取り払った形で、キャンプやキャンピングカーさらに多方面にわたる趣味の世界の情報交換を行おうというもの。

 いってしまえば、プロ/アマ問わず、キャンピングカー好きの人間が一緒に酒を飲んだりして、ワイワイ楽しもうというイベントなんである。

 参加家族は、約60組。
 集まってきたキャンピングカーは、キャブコンあり、バンコンあり、輸入モーターホームあり、トレーラーあり…で、そのメーカーもブランドもさまざま。

 こういうところが、各ショップ単位で行われるクラブイベントはひと味違うところだ。

09RVcamp受付
 ▲ 続々入場する参加者のクルマ。会場までのアプローチロードは少し狭かったが、大型車もトレーラーもなんのその

09RVcampフィールド01
 ▲ くつろぐ参加者たち。協会会長福島さんのサイト

09RVcamp-van01
 ▲ イルミネーションを施したトナカイも “飛び入り” 。バンテック佐藤さんもファミリーで参加

09RVcamp-ume
 ▲ 八重洲出版の梅林さんファミリー。バックナンバー、用品等を販売しながらのキャンプ。3人の男の子がお茶目で可愛い。

09RVcamp-tanaka
 ▲ アネックス田中社長も “愛息 (?) ” アンリ君と参加

09RVcampフィールド2
 ▲ ハイマーの鈴木さん、フィールドライフの斉藤さんと福島良慶さん

 今回のキャンプ、何が特徴かというと、さすがRV協会が主催するだけあって、多種多様な趣向が盛り込まれていたこと。

 たとえば、アゲンのゲンさんが披露するアウトドア料理教室などは、ゲンさんのパフォーマンスもうまさも手伝って、 「料理ショー」 としての見せ所が豊富。

 知っている人は知っているらしいのだけれど、コンビニで売っているスナック菓子の 「ジャガリコ」 がマッシュポテトに化ける “手品” などには本当に舌を巻いた。
 あの 「ジャガリコ」 のカップにお湯を注ぎ、そこにマヨネーズを垂らして、スプーンかなんかでかき回す。
 すると、アララ、アララ…。

09RVcampジャガ
 ▲ カップに入ったスナック菓子の 「ジャガリコ」 が……

 アッという間に、作りたてのマッシュポテトに “大化け” 。

09RVcamp-ゲンさん01
 ▲ アウトドア料理で “ゲンさんマジック” を披露するアゲンのゲンさん

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 ▲ ジャガリコマッシュポテトを試食する協会増田副会長夫妻

 砕いたポテトチップスを混ぜた玉子焼き…なんていう手品も面白かった。
 塩、コショウ、醤油などという調味料を一切使わなくても、味が出るのだ。

 ゲンさんいわく。
 「ポテトチップスというのは、塩、コンソメなどで味付けされた調味料の集大成。それを砕けば、その味がそっくり料理に伝わる」

 そのように、手抜きして、手軽に料理をこさえてしまうのが、アウトドアクッキングの “王道” 。
 ゲンさんレシピのいい加減さ (?) に、会場から笑いの渦が巻き起こる。

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 ▲ 地元のパン屋さんが開いた “焼き立てパン” の即売会
 
 一方、会場では、焼き立てパンの即売会、地元の豚肉試食会なんてのも開かれた。
 そのほか、子ども用イベントなども盛りだくさんだったのだが、食い意地の張っている私は、食い物イベントだけを熱心に見学ばかりしていたので、その他のイベントはパスしてしまった。
 (一所懸命やっていたスタッフの方々ゴメンネ)

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 ▲ 豚肉の試食会。朝霧ブタはこのへんの名物だ

 豚肉の試食会では、豚ロースの塩焼き、ポン酢をつけたしゃぶしゃぶ、焼豚、ハム、ソーセージなどが次々と振る舞われたが、みんな食べた。
 これがうまいのだ。

 豚肉が焼かれている鉄板の下には 「戦前のブタ!」 というキャッチが貼られている。
 「そんなに長生きした豚なんですか?」 とスタッフに話を聞くと、いやいやそういう意味ではなくて、戦前に育てていた豚と同じ種類のものを復活させたもの…とか。

 昔の豚は、味も良かったが、育てるのが大変だった。
 そこで飼いやすいような品種改良が進んだけれど、味では “戦前の豚” にかなわない。
 そこで、昔の豚を復活させ、さらに高級なエサをふんだんに与えて、極上の肉を作り上げたのだという。
 その豚の写真を載せたパンフレットもあったけれど、確かにノーブルな顔をしていた。

 ……食べ物の話ばっかだな。
 このキャンプではよく食べたので、2kgぐらい太ってしまった。

 という感じの、のんびりした2日間でした。

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 ▲ 解散式前の集合写真。私の顔も小さく 『オートキャンパー』 と 『キャンプカーマガジン』 に載る予定です


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:19 | コメント(2)| トラックバック(0)

アゲンのゲンさん

 日本RV協会 (JRVA) さん主催によるキャンプラリー (朝霧高原ペンギン村オートキャンプ場) を2日間楽しんできました。
 面白かったぁあ。

 私としては、日頃、仕事を通してしか話す機会のないビルダーの社長さんやスタッフの方々のキャンプ談義など聞けたことが何よりの収穫。
 「このキャンピングカーのコンセプトがどうだ」
 とか、
 「レイアウトを通して実現したかったものは…」
 ってな、話ではなく、
 自分たちのペット自慢とか、食材へのこだわりとか、好きな酒とか、そんなユル~イ話を聞いているのがとても心地よかったわけであります。

 今回のイベントがどんなものであったかということは、画像もアップしながらいずれ紹介したいと思うのですが、すっごく感心したのが、高野秀一さん……というより、 「ゲンさん」 のパフォーマンスの妙。

 例によって、アウトドア料理教室のインストラクターを務めていらっしゃいましたが、もう、その話術にはすっかりハマりましたね。

 意表を突く食材の選定、それを鮮やかに “食べ物” に仕立ててしまう手品のような手さばき。
 話題から話題へ飛び移るときの、あの芸術的な “間” の取り方。

ゲンさん01

 ゲンさんのファンには、すでにおなじみなのでしょうけれど、今回、取材という気持ちを捨てて、ただの参加者という視点に立ってゲンさんのパフォーマンスを見直してみたら、あらためて、その芸の洗練さに舌を巻きました。

 もう20年近い付き合いだというのに、そんなことゲンさんに言ったら、
 「町田、何をいまさら…」
 って怒られそう。

 ゴメンネ。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

消えた裏町

 高速道路は上りも下りも、帰省ラッシュ、Uターンラッシュのピークといわれる金曜日から土曜日にかけて、キャンピングカーで温泉旅行を楽しんできた。
 
 目的地とした温泉近くにあるキャンプ場に、キャンセルで空いたサイトはないかと探してみたが、さすがにお盆の最盛期は満杯……と思いきや、ネットでみると、 「余裕あり」 の表示。

 しかし、溜りに溜まった家の雑事をこなしていると 「出発が夜になりそう」 というカミさんの判断で、キャンプ場はあきらめ、高速道路の 「SA車中泊」 をもくろむことにした。

 高速に乗ってからも意外と渋滞はなく、仮眠の目的地としたSAも、トラック用駐車スペースの奥の方はがら空き。
 他のクルマから離れた一番すみっこのスペースにクルマを止め、売店で売っていたコロッケや焼きシュウマイをサカナに、深夜の祝宴を始めた。
 網戸の付いた窓を全開にして、天井のベンチレーターを回すと、かなり涼風が車内に舞い込んで、意外と快適。
 この日は湿度が低かったことが幸いしたのかもしれない。

 ラジカセのボリュームを小さくしぼり、外に音が漏れないようにして、音楽を聞く。
 (いまだにテープで音楽を聞いているのだけれど、我が家の持ち出し用音楽ソースの大半が、今もってCDから落としたテープなのだから、これは仕方がない)

 最初はケミストリーとか、ミーシャとか、山崎まさよしなんかを聞いていたけれど、そのうち飽きてきて、竹内まりや、上田正樹、はっぴいえんどと、どんどん古い時代に遡行していく。

 三橋美智也、橋幸夫、守屋浩、美空ひばりあたりになってくると、酔いも回って、歌に対する思い入れも高まってくる。

 三橋美智也の 「哀愁列車」 、 「夕焼けとんび」 。
 守屋浩の 「僕は泣いちっち」 。
 美空ひばりの 「リンゴ追分」 などを聞いていると、そのテーマは 「都会と田舎」 だということに思い至った。

 大都会に出て、故郷をなつかしむ歌。あるいは、田舎に残された家族や恋人が、都会に出て行った人間の安否を気づかうような歌。 「望郷ソング」 というのだろうか、都会と田舎に引き離された者たちの、相手を慕う心情とか、残された者の未練をテーマにしたものが多い。

 これらの歌が流行った時代というのは、若者人口の流動化が巻き起こった時代だった。
 急成長を始めた大都市圏の製造業が、労働人口の不足を地方の若者たちに求めたせいで、集団就職などという形で、地方の若い労働力が急激に都市に集まるようになった。
 それに伴い、農村の閉塞性を嫌った若者たちが、都市にある解放性を求めて、田舎を出るようになった。
 
 こういう地鳴り現象のような若者人口の流動化が、日本の歌謡曲を発展させる契機になったと思う。

 うちのカミさんが、幼い頃の思い出話を語る。
 家の隣りに、お菓子工場の寮があり、夕方になると、工場で働いていた若者がその寮の自分の部屋に戻り、みんな一斉に窓を開けて、ラジオを聞き始めるというのだ。
 その光景を、幼い頃のカミさんはずっと見ていて、そのラジオから流れる歌を、自分もまた覚えたのだという。
 
 あの時代の歌が、耳で聞いただけで、歌詞もメロディもすぐ覚えられるように作られていたのは、ラジオで聞く音楽だったからだろう。
 今のように、パソコンからダウンロードする手段もなく、テープレコーダーのような家電もなく、レコードは高価で、ギターも普及していない時代に、歌を覚えるのは、ラジオから流れる曲を 「身体」 で覚えるしかなかった。

 そういう身体的な 「覚えやすさ」 が、この時代の歌謡曲の市場的ニーズであったから、ヒット曲ともなれば、誰もがすぐに歌える国民歌謡になった。

 それに比べると、最近のJポップは、本当に覚えづらい。
 再生装置の高度化にともない、音楽も複雑になったとしか思えない。
 私らからみると、今のJポップは、幼い頃から音楽環境が整えられ、様々な再生装置や楽器などに囲まれて育った音楽エリートたちの歌のように聞こえる。


 カミさんと昔の音楽について語っていて、もうひとつ発見したのは、 「裏街」 と 「場末」 の消滅。
 西田佐知子の 「裏町酒場」 という曲を聞いていたときのことだが、私が、 「この曲いいねぇ」 といったとき、カミさんは、 「今の若い人たちに “裏町” なんていう言葉は通じないのではないかしら」 という。
 日本の都会から、急速に 「裏街」 とか 「場末」 とかいう空間がなくなった、というのである。

西田佐知子「裏町」ジャケ

 言われてみると、そのとおりである。
 「裏町」 というのは、メインストリートから一歩引いた場所にある、まぁ、常連客しか来ないようなスナックとか、居酒屋とか、パチンコの景品換金所とか、歓楽街的な要素を持ちながら、 “ちょっとさびれた” 、とか、あるいは “どこかいかがわしい” 、さらに “ちょっぴり危険な” …風情を漂わす一角のことを指す。

 いわば秘密の匂いのある場所。男と女の愛憎劇や、カネをめぐるトラブルなどが渦巻いていそうな場所というニュアンスがある。
 そういう場所が、確かに今の都会から姿を消しつつある。
 
 「場末」 も同様。
 文字通り、都会のにぎわいからちょっと取り残された辺境の一角。
 デパートや高級ブランド店の姿が見えなくなり、あまりお客が来ないだろうな…と思わせる、わびしいスナックや飲み屋がぽつりぽつりと建ち並び、厚化粧の怪しげなオバサンに、 「お兄さん寄ってかない?」 と声かけられそうな場所のことだ。 
 
 酒で気分転換をしようと思ったとき、私は快適なリゾート的空間で飲むよりも、チープ感漂う場末の飲み屋の方が心地よいと思うたちなので、 「裏町」 とか 「場末」 は、ずっと自分のホームグランドだった。

 昭和の歌謡曲は、この 「裏街」 とか 「場末」 で聞くと、ほんとうにじんわりとした気分に浸されるものが多かったが、そういう場所が、いつの間にか視界から消えつつあるという指摘は寂しかった。


 「裏町」 の消滅が始まったのは、いつ頃からなのだろうか。
 たぶん、土地高騰神話が生まれ、都会に地上げ屋が跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) した80年代バブルの頃からだと思う。
 いかがわしい 「裏町」 が姿を消し、代わりに姿を現したのは、コンビニだったり、ファミレスだったり、駐輪所だったりした。

 昔ながらの 「裏町」 や 「場末」 として残っている場所も、よく見ると、若者にも入りやすいような改装が密かに施され、 「レトロ」 や 「昭和風味」 を堪能できるテーマパークのようになっていった。
 ビジュアル的な古めかしさは残されても、その中味は、安全で、快適で、合理的なシステムによって支えられ、いわば新横浜に出現した 「ラーメン博物館」 のようなものになったわけだ。
 新宿のゴールデン街などは、そういう流れの中で生き残るようになったと思う。

 これらの 「裏町」 の消滅と、日本の思想空間におけるモダンからポストモダン的な移行が、パラレルな関係にあるというのも面白い。

 デパートや高級ブランド店が建ち並ぶ、 “表町 (?) ” と、 “裏町” が並存した時代というのは、いわばカルチャーとサブカルチャーが両立した時代。

 その頃の思想的言説も、 「表層」 と 「深層」 (岸田秀的な精神分析論) 、あるいは 「中心」 と 「周縁」 (山口昌男の文化人類型アプローチ) という二元論で物事を考えていく思想が主導的であったが、表町と裏町のフラット化が進行する度合いに応じて、 「表層 vs 深層」 やら 「中心 vs 周縁」  的な二元論も力を失い、 「表層」 「深層」 「中心」 「周縁」 「近代」 「脱近代」 などが地続きにフラット化するとりとめもない言説空間が生まれるようになった。

 …と、そんなことを考えているうちに、カミさんはベッドメイクもせずに、ダイネットソファに置いた枕に頭を乗せて、サイドソファに足を伸ばしたまま、高いびき。

 1人でマグカップに氷を落とし、深夜になってもSAに入ってくるクルマのヘッドライトを遠くに眺めながら、ジンロの生茶割をのんびりと飲んだ。
 西田佐知子がけだるく歌う 「裏町酒場」 や 「東京ブルース」 が無類に心地よかった。

 今や私が 「裏町」 の気分を取戻せるのは、町とはまったく縁のない、この自分のキャンピングカー空間だけなのかもしれない。

 PS この記事をUP後の18日に、赤の'57さんより、小倉に残る 「裏町」 を紹介する画像と記事のトラックバックをいただきました。「裏町」 の雰囲気を知りたい方はぜひ (↓)
 http://mk7054.blog.hobidas.com/archives/article/83488.html

▼ 「裏町酒場」
  
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 14:17 | コメント(3)| トラックバック(1)

大人の恋の国

 昔、鹿児島まで旅したことがあった。
 「独り旅」 。
 …といえば、カッコいいのかもしれないが、まぁ、取材。
 つまり、仕事。

 一応、取材するべきものをあらかた取材して、1日だけ日程が余った。
 南に行ってみようかと思った。

 「指宿 (いぶすき) スカイラン」 という看板が出ていたので、それに乗ることにした。

 “スカイライン” という名からは自動車専用ハイウェイという感じが伝わってきたが、実際は片道1斜線の 「信号がない」 というだけの道だった。

 道の途中に現れる展望台に何回か止まって、噴煙を噴く桜島を撮影した。

 不思議な気持ちになった。
 富士山などがあのような噴煙を撒き散らしたりしたら、大変なニュースになるはずなのに、ここに住んでいる人々はそれを日常的な景色として眺め、気にもせずに暮らしている。

桜島噴煙
 
 薩摩人というのは、太っ腹な人たちだ。
 明治維新から西南戦争にかけての時代、鹿児島はほとんど日本国内における 「独立国」 といった体裁を示すが、薩摩人のそういう剛胆さというのは、 “火を噴く山” を町の中に抱えているという風土が生んだものかもしれないと思った。

 指宿スカイラインを走って南に下ってくると、今度は、開聞岳が見え隠れするようになった。
 富士山と似たコニーデ型の美しい山だ。

 ヤシの木などの隙間からみる開聞岳は、なんだか行ったことのないバリ島とか、ハワイとかいった、 “南の楽園” をイメージさせた。

開聞岳02

 幼少の頃、街角に貼られた 『南太平洋』 というミュージカル映画のポスターを見たことがある。
 それを思い出した。

 どんな俳優が出演するどんなストーリーの話なのか。実はいまだによく知らない。
 しかし、そのポスターに秘められた南国の官能というものだけは、ガキの自分にも理解できた。

南太平洋ポスター01

 「南の国には大人の恋がある」
 何の根拠もなく、そう思い込むようになったのは、もしかしたら、そのとき刷り込まれたものかもしれない。
 
 「大人の恋」 を探すために、さらに南下したら、ウナギを見つけた。

 池田湖というところまで来ると、湖岸のボート乗り場やみやげ物屋には、どの店も 「一番大きなウナギ」 という看板が掲げられている。
 「一番…」 が何件も連なっているのだが、そのへんは、お互いにあまり頓着してない様子だ。
 おおらかな土地柄である。

 そのうちの一軒を覗く。
 体長2メートル、胴回り50センチという “お化けウナギ” がいた。
 ウナギというより黒いニシキヘビである。
 顔なんかナマズに近い。

池田湖大ウナギ01

 店の人に聞くと、その1匹で、20人分の蒲焼ができるらしい。
 ただ、味は大味で、まずくて食える代物 (しろもの) ではないという。
 あくまでも観光用。
 うっかり食べたら、一晩中ウナギの夢にうなされそうだ。

 さらに走って南へ。

 目指すは指宿。
 いつのまにか頭の中では、指宿の町が、ミュージカル 『南太平洋』 に出てくるような南国リゾートのイメージに染め上げられている。
 今晩は、そこで 「大人の恋」 を見つけよう。

南太平洋ポスター01

南国の海の夕陽02

 南へ、南へ。
 国境の南へ。

 あたりは典型的な日本の田舎道になった。
 小高い丘陵がうねうねと続き、その間に田畑が広がっている。 
 
 その光景は、日本中どこの田舎にも溢れていそうなものだったが、ただ一点、陽光が違う。
 明らかに、南国の日差しだ。
 夏でもないのに、道の彼方に陽炎でも立っているような気がする。

 坦々とした一本道が続くなか、視線が妙な看板を捉えた。

 「ムー大陸の秘宝館」

 周りが畑だけに、 「ムー大陸」 と大きく出たところが、なにやら 「怪しげ」 で 「妖しげ」 。
 無性に寄り道したくなった。

 看板の指示する矢印通りに進むと、これがとんでもない山の中だった。
 地元のクルマさえ1台も通らない。

 その寂しいワインディング・ロードを、上へ上へと登っていくと、いきなり眺望が開け、人気のない広場の向こうに、なんともいえない奇妙な門が立ちはだかった。

 インド風というのか、イスラム風というのか。
 仰々しい赤い門が、 「寄ってらっしゃい」 とも 「立ち去れ!」 とも、どちらとも取れる風情で、じっと見下ろしてくる。
 テーマパークか?
 遊園地か?
 それとも宗教施設か?

 この摩訶不思議な味わいが、いい感じで、人の好奇心をくすぐってくる。

 門の横の事務所にはスピーカーが備え付けられていて、そこから、初期のコンピューターゲームで使われたようなふわふわした電子音のメロディが流れている。

 クルマを止めておそるおそる事務所 (受付?) の中を覗いてみたが、もとより客などあてにしていないのか、事務所には人っ子一人いない。

 門から中を覗くと、意外に奥行きがあって、山あり、谷ありの公園のようになっている。
 “秘宝館” は山の向こうにでもあるのか、ここからは姿が見えない。

 門から先は “古代ローマのアッピア街道” といった感じの石畳の小道が伸びていて、その彼方の丘の上には、白くピカピカ光る象の彫刻が横たわっている。
 ますますもって、わけが分からなくなる。

ムー大陸秘宝館01

 門の横にこの施設の由来を説明した碑があった。

 読むといよいよ大変な施設であることが分かった。
 なんでも、
 「世界平和の実現のため、3000万年の昔に太平洋に沈んだ理想の仏国土ムー大陸の秘宝を展示」
 …した施設なんだとか。

 ムー大陸が、釈迦が生まれる前はおろか、人類が生まれるまえから仏教の国だと初めて知って、びっくりした。

 よっぽど入ってみようと思ったが、日のあるうちに指宿の町に行きたかったので、残念だったが、あきらめて山道を引き返すことにした。


 陽が西に傾きかけた頃、南九州屈指の温泉街である指宿に着く。

 「ビッグウェンズデー」 級の大波が押し寄せる南国の浜辺をイメージしていたのだが、海岸沿いに並ぶホテル、スナック、ストリップ小屋、ソープランドのたたずまいは、わりと日本のどこでも見られる観光温泉街だった。
 
 ウィークデイのせいか、人の姿もまばら。
 どこかの宿に飛び込んでも、だだっぴろい大広間で、浴衣を着たまま一人で食事をとっている光景が目に浮かんだ。
 
 街並を見ながら走っているうちに、いつのまにか町を出てしまった。

 ……どうするか。

 今から戻れば、鹿児島の町には戻れる。
 やっぱり、旅の最後の夜は、天文館あたりの居酒屋で、さつま揚げに焼酎でも飲みたい。

 南国リゾートの 「大人の恋」 はあきらめて、再び来た道を引き返す。

 途中、ちょっと洒落た喫茶店が見えた。
 田舎の町並みにポツンと立っているモダンな店構えが、周りの景色から浮いている。
 どんな客が入るのだろうと…と、好奇心が湧く。

 店の中には、60年代~70年代のロック・アーチストのLPジャケットやCDが飾られ、心地よいノリのロックが、適度なボリュームで流れていた。

 カウンターでは、40ぐらいの中年のマスターが地元の青年と話していた。
 話題は音楽のことではなさそうだ。

 コーヒーを注文し、しげしげと店内のディスプレイを眺める。
 ニール・ヤング、CCR、バンド。
 古びた30㎝LPのジャケットが、壁いっぱいに飾られている。

アフターザゴールドラッシュ01 band

 マスターの人生が分かりそうだった。
 若い頃 都会の大学でロックの洗礼を受け、それにのめり込み、故郷に戻って、趣味を生かした喫茶店を開く。
 そういう人生設計を描いたんだな…という感じがひしひしと伝わってくるのだ。

 なんとなく (…年齢的にも近そうだったし) 親近感を覚えたので、帰りぎわに、
 「今かかっているのは、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングでしょ?」
 と聞いた。

 マスター、こともなげに、 「そうですが…」 (それが何か?) と怪訝そうな表情で見つめ返してくる。
 こんな田舎でロックの話なんかするなんて、お前よっぽど変わりものだなぁ…というような感じなのである。

 ちょっと鼻白んでしまったが、 「ま、いいか…」 と思って、勘定を済ませて外に出る。

 ちょっと休んでいる間に、町はすっかり夕暮れの色に染めあげられていた。
 夕方になると淋しい町だ、この辺は。
 
 さぁて、ひとっ走り。
 天文館で、気の利いた居酒屋でも探し、街の喧騒をサカナに焼酎でも飲もう。

 「大人の恋の国」 が後ろに遠ざかる。
 ふと見上げると、空には早々と一番星。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:45 | コメント(4)| トラックバック(0)

クッキー最後の旅

 犬と一緒に、東北から北海道を回る11日間のキャンピングカー旅行をしたことがある。
 日本RV協会さんが2005年に主催した 『ふれ愛キャンプ in 稚内 (NORTH RUN 2005) 』 というイベントに参加したときのことだ。

ふれ愛キャンプIn稚内04

 行きはカミさんも交えた “3人旅” だった。
 しかし、カミさんは、自分のスケジュールがつまっていたため、稚内空港まで来るとイベントには参加せず、飛行機に乗って羽田に戻っていった。

 私は犬 (1代目クッキー) を抱いたまま、空の彼方に吸い込まれていく飛行機を見送り、その姿が視界から消えると、犬をクルマの中に放り込んで、イベント会場に向かった。

 カミさんを下ろしたキャンピングカーが走り始めたとき、クッキーは、「さも当然」 とばかりに助手席に這いあがり、「これでやっと2人っきりになれたわね」 とでも言いたげな目つきで、私を見上げた。

 もともと愛人体質の犬であったが、念願の 「助手席」 を手に入れたクッキーは、「妻の座」 を手に入れたごとく喜んでいるように思えた。

ふれ愛キャンプin稚内petクッキー

 私たちが目指した 『ふれ愛キャンプ in 稚内』 というイベントは、もともと介護犬育成のキャンペーンを兼ねたものだったので、会場には盲導犬、聴導犬などの介護犬のほか、参加者たちの飼っている犬で溢れかえっていた。

 しかし、クッキーは、それらの犬たちが自分の前を駆け抜けようが吠えようが、ことさら反応することなく視線を逸らし、目を細めて芝生のグリーンを眺めるだけだった。

 反応が鈍っているのは、年齢から来る衰えというものもあったのかもしれない。

 このとき13歳。
 その3ヶ月後に死期は迫っていたのだが、もちろん、私はまだそれを知るよしもない。
 例によって、「彼女の “犬蔑視” が始まったか…」 と思った程度である。

 もともと、犬仲間に対しては冷淡な犬だった。
 散歩などに連れていっても、他の犬がまとわりついてくると、体をよじって避け、一歩下がったところから相手を観察するようなところがあった。

 その風情が、どこか 「馬車の上から浮浪者を見下ろす貴族の令嬢」 という感じなのだ。
 そして、声にならない声で、
 「四つ足、おどき」
 と言っているように思える。

クラムスコイ作忘れえぬ人

 もしかしてクッキーは、最後まで自分を 「犬」 と思わないまま逝ったのかもしれない。

ふれ愛キャンプin稚内02

 イベント会場となった稚内の空には、8月の初旬だというのに、「秋」 が迫っていた。
 ウロコ状の雲が、真っ青なキャンバスにハケで掃いたような白い筋を残し、その下を赤トンボがたくさん舞った。

 クッキーは、そのトンボの飛翔をときおり物憂げな目で追い、それ以外は、チェアに身体を沈めたまま、居眠りして時間を費やした。

ふれ愛キャンプin稚内クッキー02

 イベントの中日ぐらいに、港で花火大会があった。
 私は、クッキーを車内に残したまま、街の銭湯で身体を洗い、居酒屋で湯上がりのビールを飲み、港の花火を見物した。

 港の周辺は見物客でにぎわっていたが、街の路地裏はみなシャッターが下りて、人影もまばらだった。

 8時半ごろ、フェリー乗り場の埠頭あたりから花火が打ち上げられる。
 明らかに観光客と分かる両親が小さな子供の手を引いて、岩壁近くの見やすい場所に移動する。
 移動するのが面倒くさい地元のカップルは、地べたに腰を下ろしたままポテトチップスの袋を破る。

 花火は都会的で洒落ていた。
 乱れ散る閃光が、その向こうに広がる街の明かりと共演して、夜の海をにぎにぎしく飾った。

稚内花火

 しかし、時間は短かった。
 30分ほどだったろうか
 なんのアナウンスもなく終了した。

 地元の人たちはその呼吸が分かっているのか、立ち上がっていっせいに歩き始める。
 それにつられて、観光客たちも立ち上がる。

 市が花火大会に組める予算では30分が限度だ、という話を後で聴いた。
 北国の夏のように短い花火。
 でも、だからこそ、そこに存在する鮮やかな夏。

 自分のキャンピングカーに戻って、クッキーに花火大会の様子を話す。
 「きれいだった?」
 と、その目が問う。

 「ああとっても。もっと長ければよかったけどね」
 「また、来ればいいわ」
 「そうだね。そうしよう。おやすみクッキー」


 イベントが終わって、私とクッキーは道東周りで苫小牧を目指すことにした。
 左ハンドルのクルマだから、東回りで南下すれば海を眺めながらのドライブになる。

 見事なくらい何もない風景が続く。
 左手にはのどかな海が広がり、右手には、とりとめもなく広がる牧草地。
 その間を、舗装のへたった一本道と、電線を風にゆるがす電信柱が続く。

 クッキーはそんな単調な景色に飽きたのか、身体を丸めて助手席でうつらうつら。
 「またクルマが1台も止まっていない道の駅があったよ。クッキー」
 「そう。疲れたら休んでいいのよ」
 「大丈夫。もう少し走るよ」

コマンダーで北海道を走る01

 上湧別の道の駅で、イベントに参加していたフリーダムに乗ったご夫婦と3回目の出会いを迎えた。
 「今晩は上湧別の温泉に泊まる」 と夫婦はいう。

 「じゃお気をつけて。またどこかでお会いできたら」
 そう言って別れ、私たちは内陸部に入った。

 途中のコンビニで簡単な食材を整え、泊まるのに適した場所を見つけては、夕方の散歩に連れ出す。
 クッキーはもう走らない。
 若い頃は、飼い主を置き去りにするほどの脚力を誇り、一時は自転車に乗らなければクッキーに追いつけなかった。

 しかし、今は歩調もおっとりしたものになり、身体を休めるように立ち止まることが多くなった。
 そして、道の草花を眺め、匂いを嗅ぎ、周囲の音に耳を澄ませている時間が長くなった。

 今思うと、間もなく自分の前から消えゆこうとしている地球上のあらゆるものを、自分の記憶にしっかり刻み込もうという気持ちが芽生えていたのかもしれない。

ふれ愛キャンプin稚内petクッキー

 夜。人気のない場所にひっそりとクルマを止め、カーテンを閉めて、2人だけの夕食を取る。

 「チーズありがとう。少し食べる?」
 「いいよ。お前に与えたものだ。しっかりとおあがり」
 「お腹がいっぱいになったから。いいの」
 「食が細くなったね。スタイルを気にしているな」
 「私きれい?」
 「ああ、きれいだよ」

 私とクッキーは、そんな旅を続けて、5日後に家に戻った。
 
 3ヵ月後。クッキーを失ったカミさんがしみじみと言う。
 「あの子は、あなたと2人だけの旅を心ゆくまで楽しんだのね。良かったわ」
 「あれが最後の旅となるとは思わなかったけれど、いい思い出になったとしたら、それで良かったのかな」

 あれ以来、カミさんが助手席に乗らないキャンピングカーの旅をしていると、いつもそこに、背中を丸めて居眠りしているクッキーがいるような気がする。

ふれ愛キャンプin稚内のクッキー012

 「クッキー最後の秋」


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:54 | コメント(8)| トラックバック(0)

野獣達のキャンプ

 親のキャンピングカー旅行に子供がついてくるのは、せいぜい小学生ぐらいまで、とよくいわれる。
 中学に入ると部活が始まったり、友達同士との交流も盛んになるので、子供が親と行動をともにする機会がガクっと減る。

 さらに 「いい年こいて親と旅行なんて、カッコ悪い」 という本人のテレも加わり、ますます旅行に誘うような親には、警戒して近づかなくなる。

 しかし、高校ぐらいになってくると、また様子が違ってくる。
 もう10年以上も前の話だけど、しばらくキャンプから遠ざかっていたうちの小僧が、一時また復活したことがある。

タコス例会で張ったテント1

 ちょうど高校の2年目ぐらいの頃だった。
 ある日気まぐれに 「キャンプでも行くか?」 と誘ってみると、そのときの小僧の意外な返事。
 「いいよ」
 と、拍子抜けするくらいにカワユイ声。
 「だけど、友だち連れていっていい?」
 という。
 もちろん、こちらは大歓迎だ。
 
 で、当日集合したメンバーは…というと、頭の色は、見事に金、茶、オレンジ…。
 山のキャンプと言ったはずだが、海水浴と勘違いしているのか、みな短パンにビーチサンダル。
 肩に引っかけたナップザックには、着替えとバスタオルが入っているだけという様子。

 彼らがキャンピングカーに乗り込むと、たちまち騒然たるランチキ騒ぎとなった。
 冷蔵庫からコーラを取り出しラッパ飲み。
 現地に着いてからのおやつにと用意したポテトチップスの袋はたちまち破り捨てられ、車内に乾いたポテトとコンソメの香りが充満する。

 「おじさん、ラルクアンドシェルのCDないの?」
 スピーカーから流れる音楽に対するリクエストも容赦ない。

 現地に到着するやいなや、脱兎のごとくキャンピングカーから走り去る小僧たち。放課後のチャイムが鳴ると、勉強嫌いの生徒たちが一斉に教室を飛び出す、あの感じだ。

 それを見て驚いたのは、その日のミーティングに集まったTACOS (タコス) の人々だった。
 渋谷センター街あたりでナンパしまくっている雰囲気のガキたちが、野に放たれた猟犬のごとく飛び出してきたのだから、みんな 「何が起こったの?」 と振り向いたのも無理はない。

 「いやぁ、うちの子供がちょっと友達を連れてきちゃったので…」
 汗をかきかき、そばにいたメンバーに説明する。

ギャラクシーと小僧達1

 幸い、タコスの田代社長は、若者のやんちゃぶりを大目に見てくれる人だったから助かった。
 「いいじゃないの。若い人がキャンプに来るなんて大歓迎」
 と目を細めて許してくれる。

 ファミリーキャンプではあるけれど、こういう大会に集まるファミリーというのは、その子供たちの中心は小学生か中学生で、しかも基本的にキャンプのルールとマナーをわきまえた躾 (しつけ) の良い子が大半だ。

 しかし、連れてきた高校生たちは、たちまちくわえ煙草で、傍若無人に歩き回る。
 あせった。
 「おい、煙草はやめろ!」
 いくらなんでも、未成年が公衆の面前で煙草を吸ってはまずい。

 「はーい」
 と返事だけはいい子たちなのだが、それは煙草を吸うのを止めるという意味ではなくて、大人から見えないところで吸おうという魂胆なのだ。
 小僧たちは、たちまちのうちに群を離れて、側道を駆け上がり、山に向かった。

 とにかく、足手まといがいなくなったすきにオーニングを出し、ポールをペグで固定し、椅子テーブルを出して、ついでにドームテントを張った。
 テントはやつらの寝場所に使うつもりだった。

ギャラクシーとテント
 
 一応、生活スペースを整え、お茶・コーヒーをテーブルに並べて、さぁおやつでも…と待っているのだが、今度は一向に帰ってこない。

 やがて、日がどんどん陰りはじめ、夜の持ち寄りパーティのため食事を作る時間となった。
 そのときになっても、まだ連中の姿は見えない。

 広場の真ん中にテーブルが寄せられて、そこに湯気を立てた各ファミリーの自慢の料理が次々と並び始める。

 田代さんの司会により、新人メンバーさんの紹介が始まり、「さぁ乾杯」 とみな一斉に立ち上がった瞬間に、まるで計算しつくしたようなタイミングで、連中の姿が地面から湧いて出た。
 そして、指示もしないのに、うちのキャンピングカーから皿とハシを持ち出し、腹をすかせたライオンのようにテーブルに突進していく。

 「おいおい、もっと行儀よく!」
 と指図する自分の声も虚しくなるほど、並んだ料理をこぼれんばかりに皿に積み上げていく山賊たちのがっつきぶり。
 見ていて悲しくなるほどだった。

 食事が終わると、大人たちにとっては楽しい歓談タイムなのだが、腹をいっぱいに膨らませた山賊たちは、食事を用意した大人たちへの礼もそこそこに、テントの中にもぐり込み、チャックを下ろして入口を密閉してしまった。

 食後の煙草でもこっそり吸おうというのだろう。
 知恵を使う訓練をサボっているから、考えることがミエミエなのである。

 私たち大人は、近くにキャンピングカーを停めたファミリー同士で、仲良く酒を酌み交わしていたのだが、ときよりテントの中が気になって、ちらちら様子をうかがってみる。

 「ギャハハハハ!」

 何が面白いのか、獰猛な笑い声がテントの中に充満している。

 「ウォッホホイ!」
 「オッペケオッペケフィー!」

 どういう遊びをすれば、ああいう奇声が出るのか、最近の若者の遊びには正直、ついていけない。
 まだ、夜更けといえそうもない時間帯だからいいけれど、この調子では10時を過ぎても、笑い声が収まりそうな気配がない。

 と、少し憂鬱になりかけたとき、今度はサンダル履きのままテントからみな飛び出してきて、「散歩に行っていいっスか?」 と尋ねてくる。

 「もちろん。しかし、山といっても民家もあるので、静かに歩くこと。帰りが11時を過ぎないこと。煙草ポイ捨て厳禁。火の用心」
 高校生に言うことでもあるまいと思うのに、ついつい小うるさい条件を付けなければ送り出す気分になれない。

 「了解っす。じゃ探検隊しゅっぱぁつ!」

 なんとも無邪気なかけ声を交わしながら、連中のかざす懐中電灯の明かりが遠ざかっていくのを見守る。

 結局、連中のご帰還は、夜中の1時近くだった。
 タコスのパーティはとっくに終わり、大人たちもみなクルマの中に入って休んでしまったようだ。
 室内に明かりが灯っているキャンピングカーは、ほんの数台という状態。

 私は、時間を守らなかったやつらにお灸を据えてやるつもりで、わざと野外に持ち出した椅子に腰掛けて、帰りを待っていた。

 やがて、山道を下ってくる懐中電灯の明かりが見えた。
 ヤツラはヤツラなりに、声を落として話し合っているのだろうが、深夜ともなると、声がここまで響いてくる。

 「こら! シー! 静かに」
 テントまで戻ってきた連中を一応叱ってみてから、
 「で、何か面白いものがあったのか?」
 と聞いてみた。 

 道の真ん中でヘビの抜け殻を発見し、みな大いに盛り上がったのだという。
 そして、一匹の抜け殻があれば、もっとあるかもしれないと、みんなでたった一個の懐中電灯の明かりを頼りに、そこら中を探し回っていたとか。

 山頂には、だだ広い駐車場があるらしく、その地面に腰を落とし、みんなして、口をあんぐり開けたまま、満天に輝く星に見入っていたとも。

 「キャンプ面白いっスね」
 と、椅子に座った小僧のうちの一人が言い出した。
 昼間は昼間で、川原の石をみんなで積み重ねて “ダム建設” を楽しんだのだとか。

 なんという無邪気さ。
 時に、授業をサボって街まで 「お茶」 しに行ったり、カラオケスナックで歌ったり、ゲーム機に興じたりする “町っ子” たちが、ランタンの明かりの元で、無心に自然と戯れることの楽しさを語り合っている。

 「声を落として静かに話すんだぞ」
 私はそう言って、彼らにインスタントのコーヒーを煎れてやった。

 「次は、絶対釣り竿がいるよ」
 「お前ルアーって知ってんの? 簡単にできないんだよ、あれは」
 「望遠鏡あるといいよな。もっと星をでっかく見るときれいだ」

 もうすでに、2回目のキャンプ旅行に着いてくるつもりでいる。
 小僧たちがそんなに楽しんでいたのかと思うと、意外でもあり、うれしかった。

タコス例会で張ったテント2

 この連中とは、若干のメンバーの入れ替えはあったが、その後母親たちも交え、プライベートなキャンピングカー旅行で2~3回つき合うことになった。

 昼間は、大人子供ともどもフリスビーなどを投げ合って遊ぶ。
 大人たちがのんびり酒盛りする夜は、小僧たちは、相変わらず懐中電灯ひとつ下げて夜回りに出かける。

 そうやって、キャンプ旅行を重ねた小僧たちは、その後社会人になってからも、まだ親交が続いているようだ。



旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

息子との長い旅

 それまで素直に親の言うことを聞いていた子供が、中学、高校に進学したとたん、コミュニケーションが途絶える…、話が合わなくなる…、わけの分からない友達づきあいが増える…、外泊が多くなる…といった悩みを抱える家庭は、よくあると思う。

芝生のギャラクシー050

 わが家にもそういう事態が訪れたことがある。
 高校2年になって、急に親に冷淡になっていく息子に対し、カミさんなどは、
 「子供が何を考えているのか全く分からない」
 と嘆く日が続いた。

 カミさんばかりでなく、私もまた、仕事にかまけて息子とろくに話す機会を持たない生活を続けていく中で、会うたびに、彼がよそよそしくなっていく様子を空気のように感じていた。

 親にそういう態度を見せるのは、子供の 「成長過程」 を示しているだけなのだから、当然といえば当然。
 しかし、親としてみれば、悪い道にでも進んでいないかという不安は常について回る。

 このまま、コミュニケーションの絶えた状態で放っておいてもいいものか、どうか。
 しばらく悩んだ後、私は久しぶりに息子と一緒に旅行をしてみることを思いついた。

北海道041

 当時の仕事はキャンプ場ガイドの編集だったから、企画さえ通れば、自分で好きな場所を自由に取材することができた。
 そこで 「キャンピングカーで楽しむ北海道の旅」 という特別企画を思いつき、それに息子を同伴させようと考えた。

 不安もあった。
 まず、仕事優先であるために、遊べない。
 「遊び」 の部分を優先してしまえば、当然、仕事に差し障りが出てくる。
 両方欲張ろうとすると、中途半端なものになってしまい、どちらの成果もあげられなくなる。

 しかし、そこは考えどころ。
 つまり、仕事を手伝わせてしまえばいいのではないかと考えた。

 息子はキャンピングカーの旅には良い思い出をたくさん持ってるはずだった。
 だから、「旅行に出てしまえば楽しい」 ということは分かっている。
 問題は、親に対する 「疎ましい」 という感情を、彼がどう克服するか。

 幸い、「仕事を手伝えば日当を払ってやる」 という条件に反応して、夏休みに入り、暇を持て余していた彼は不承不承 (だったろうが) 親との旅行を承諾した。

《 装備の使い方を教えることで会話を回復 》

 こうして、苫小牧を起点に、登別 ~ 石狩 ~ ホロベツ原野 ~ 稚内 ~ 宗谷岬 ~ 富良野 ~ 愛別 ~ さらべつ ~ 襟裳 ~ 八戸 ~ 八幡平…という約3週間行程の旅が始まった。

北海道ラベンダー041

 しかし、久しぶりに同乗する息子といったいどんな会話を交わしたらいいのか、旅を始めた最初の頃は、かなり戸惑ったのも事実だ。
 髪の毛を金色に染めて、耳にピアスをはめ、助手席のダッシュボードに足を投げ出してだらしなく漫画ばかり読みふけっている息子に、内心かなり腹を立てたりもした。

 でも、そこで怒ってもしょうがない。
 問題はコミュニケーションが取れるかどうかだ。

 幸い、キャンピングカーというのは、コミュニケーションを取らざるを得ない構造になっている。
 一緒に生活するとなると、同伴した “クルー” には、キャンピングカー旅行を支障なくこなすための 「業務」 が、否応なしに降り懸かるようになっている。

北海道0004

 まず私は、キャンピングカーのこまごました扱い方の手ほどきし、3ウェイ冷蔵庫の切り替え、ベッドメイキング、ジェネレーターの使い方、AC電源の接続の仕方など、宿泊する前にやらなければならない仕事を一つ一つ教えた。
 仕事先で撮影するときは、カメラのレンズ交換や掃除、撮影機材などの運びもやらせた。

 やがて、「助手」 として一人前に認めてもらったという充実感が彼に芽生え始めたのか、次第に今まで経験したことのなかった2人だけの新しいコミュニケーションが生まれるようになった。

《 心地よい緊張が持続する毎日 》

 キャンピングカーの旅というのは、泊まる場所を選ぶときの自由度が非常に高い。

 当時、JRVAの 「湯YOUパーク」 などというシステムはまだ生まれていなかったが、北海道には心地の良いキャンプ場なら無尽蔵にあったし、普通なら一般客で混み合う 「道の駅」 のようなところも、本州と比べればかなり空いている。
 地図でスポーツ公園の名前を見つけて、山を登っていくと、夏休みの週末だというのに、だだっ広い駐車場にクルマが1台もないという場合もあった。

ダムのギャラクシー039

 …ということは、満足のいく宿泊を求めるのなら、その日の宿泊企画を真剣にクリエイトせざるを得ないことになる。

 もちろんキャンプ場の取材であったから、取材先のキャンプ場で泊まることが多かった。
 しかし、広い北海道を回っていると、必ずしも取材のスケジューリングに合わせてタイミングよくキャンプ場にたどり着けるとは限らない。
 幸い、北海道には、他の旅行客に迷惑のかからないような仮眠スペースがいっぱいあった。

北海道キャンプ場_001

 どこで、どのような夜を過ごすか。
 毎日夕方が迫ると、まず休む場所の目星をつけ、そこに至る行程の中で温泉を探し、夜の食材を確保する段取りを練る。
 あらかじめ予約を入れる旅館やホテルと違って、その晩をどう“創造”するかという緊張感が常につきまとう。

 それが息子にとっては日常生活とはまったく異なった新鮮な体験だったのだろう。
 彼は次第に、旅を “クリエイト” する楽しみに目覚めたらしく、やがて放っておいても、自分で提案するようになってきた。

 人里離れたダム湖のパーキングで、真っ暗な闇を経験し、電子レンジで温めたチャーハンを分け合って、ささやかな晩餐を楽しむ。
 あるいは、名前も定かでない小さな町の駐車場に停め、地元の人しか訪れない淋しい居酒屋の 「のれん」 をくぐる。
 そんな体験の積み重ねが息子にはとても楽しかったようだ。

北海道042

《 冒険の匂いが漂う旅の楽しさ

 北海道の奥地には至るところに 「熊出没注意」 という看板がある。
 熊が出るかもしれない荒涼とした場所で泊まる夜、頑丈な壁に囲まれたキャンピングカーは、息子にとってどんなに心強かったことか。

クマ出没標識047

 ときどき夜更けになると、彼は窓から顔を出し、「熊は来ないか?」 などとつぶやきながら、駐車場の彼方まで懐中電灯を照らす。
 まるで熊の出没を待っているような表情だった。

クマ出没看板と小僧

 眠くなるまで、車中では、私はひたすら酒を飲み、息子は漫画を読みふける。
 時には、お互いの王将が敵陣までさまよい込むような将棋を指す。
 男同士のコミュニケーションはそれで充分なのだな…と思った。

北海道雲048

《 深夜スナックの漁師たち 》

 襟裳岬の漁師町で泊まったとき、私たちは公営駐車場にクルマを止め、近くの居酒屋に繰り出した。

 そこで酔って少し盛り上がってしまった私は、未成年の息子を引き連れて、その隣りにあったカラオケスナックに入った。

 夜中の1時を回るような時間帯だったと思う。
 隅のボックスでは、息子と同じぐらいの若者たちが飲んで、歌を唄い、騒いでいた。
 ビールのジョッキを威勢良く開け、歌が朗々と店内に響きわたる。

 ところが、一定の時間が来ると、彼らは一斉に立ち上がり、みな顔をきりりと引き締めながら、次々と店を出ていく。

 ママさんの話によると、若い漁師さんたちなのだという。
 スナックで集合し、少し歌を唄って元気をつけ、それから早朝の海に漕ぎ出していくのだそうだ。

 その話を聞いたとき、息子の目が輝いていた。
 最初はただ騒いで唄っているだけの自分と同じ年格好の若者たちが、実は、深夜に海に漕ぎ出ていく漁師たちだったとは。

 そこで見た光景は、ただ遊ぶことしか考えていなかった彼に、なにがしかのインパクトを与えたようだった。

《 アクシデントも経験 》

北海道直線路040

 トラブルにも遭った。
 フェリーで本州に戻り、東北のキャンプ場めぐりを始めようとした矢先、深夜の高速道路を走行中に、クルマが動かなくなった。

 最初はエアコンが止まり、次にスピードがどんどん低下し、やがてアクセルを踏めども、その踏力がほとんど駆動輪に伝わらなくなった。
 クラッチ板が滑り始めたのだった。

 “カメの歩行速度” でSAに逃げ込み、レッカー業者に連絡を取って、なんとか高速道路の敷地内から連れ出してもらうことができた。

 しかし、修理に関しては絶望的だった。
 というのは、ちょうど運悪くお盆休みに入った時だったので、その近辺の自動車修理工場がみな一斉休業に入った矢先だったのだ。

 仕方なく、その夜は料金所脇に停めた車内で一泊し、翌日、道路公団の役員に事情を説明してから、路線バスで街に出て、休み明けまでレンタカーを借りることにした。

 それはそれで、結果的には、また違った旅を楽しむことになったのだが、修理工場が休みだと知ったときなどは、本当に2人して途方に暮れた。

 だが、そういうアクシデントを経験した後は、2人の呼吸がさらにぴったり合うようになり、「以心伝心」 という空気が生まれた。

 こうして3週間の旅を終え、私たちは帰途についた。
 カミさんは、久しぶりに帰った息子の顔を見て、「すごく大人びた表情になった」 とびっくりした。

 こういう旅の体験が、彼の将来にどういう影響を与えたのか分からない。

 ただ、この前、成人した彼が久しぶりに家に遊びに寄ったとき、私がモーターホームを借りてアメリカを回った話をした後に、
 「次はオレと行くかね。アメリカでも横断するか」
 などと、一言いった。

 若い頃に得た豊かな体験というのは、一生モノなのかな…とも思った。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(11)| トラックバック(0)

一夜だけの居酒屋

 自分のキャンピングカーを 「居酒屋」 代わりに使った。

 昔からの知り合いで、最近キャンピングカーに興味を持った人がいたからだ。
 「どんな使い勝手なのか、室内の生活ぶりを知ってみたい」
 という。

 普通だったら、
 「じゃ、一緒にキャンプでも」
 ということになるのだけれど、この時期、彼も私も忙しい。

 「じゃ家まで乗っていくから、中で飲もうよ」
 という話になり、酒とツマミを買い込み、駐車場に停めたキャンピングカーの中で酒宴となった。

 「じゃ冷蔵庫 (3ウェイ) を冷やすから、ガスのコックを開けて…」
 という話がもう通じない。
  
 なるほど…と思った。
 ガスを燃やして、炎の力で 「冷やす」 という感覚が分からないという。
 言われて、そのとおりだと思った。
 
 「寒くなったから、ヒーターでもつけよう」
 という話になり、FFヒーターのつまみを回したのだけれど、ベース車の燃料タンクから引いた燃料が、どうして暖房器具に使えるのか、その構造が不思議だという。
 言われて、そのとおりだと思った。

 「トイレが使えるよ」
 と言ったのだけれど、たまった汚物をどう処理するのか、そのからくりが分からないという。
 言われて、そのとおりだと思った。

 「見れば見るほど、不思議な空間だ」
 と、焼酎の水割りを飲みながら、彼がしげしげと室内を見回す。
 「まったく “普通の部屋” なのに、それがクルマの上に乗っかって動いていくという感覚が、何だかとても不思議だ」
 という。
 言われて、そのとおりだと思った。

 使い慣れてしまって、自分ではもう不思議だと何とも感じないキャンピングカーだけど、初めて使ってみる人にとってはどれもこれも “ワンダーランド” なのだ。

 そう人と話すのはとても新鮮だ。
 自分がとんでもなく面白い生活空間を所有しているという感覚がよみがえってくる。

 照明を絞って、少し暗くして、ジャズを流す。
 酒がどんどん進んでしまう。

コマンダー室内3

 「山奥などで一人で夜を迎えていると、怖いと思ったことはないか?」
 と聞かれた。

 昔、『キャンプ場ガイド』 の取材などをしているときは、よくそういう生活を送ったが、慣れてしまえば特に怖いということもない。
 だけど、人気のない山の駐車場などで過ごした最初の日は、やはりちょっと怖かった。
 そんなことをしばらく思い出すこともなかったので、また新鮮な気分になった。 
 
 話は大いに盛り上がって、寝たのは夜中の3時ごろだった。
 楽しかった。
 また、いい思い出が増えました。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:52 | コメント(4)| トラックバック(0)

お台場くるま旅

 3日間開催された 「お台場くるま旅パラダイス2008」 が幕を閉じて、会社に戻ってきました。
 撮り終わった画像にファイル名を付けて整理し、カメラ機材のバッテリーや電池を充電して、いまやっと一息ついたところです。

 この3日間、初日だけは風が強かったものの、おおむね天候にも恵まれ、来場者も気持ちよいショーを楽しんだようです。
 主催者の発表によれば、なんでもこのショー始まって以来の来場者の数だったとか。

お台場ショーゲート 
 ▲ 初日の開場前からゲートの前は行列

 3連休ともあって、行楽に出かけた人も多かったでしょうが、ショーの方もなかなか盛況でした。

会場風景1 会場風景2
 ▲ 会場風景

ゲンさんのアウトドア料理教室
 ▲ おなじみのゲンさんのアウトドア料理教室

バンテックベガ1 エアストリーム1
 ▲ 人気車も勢ぞろい

ナッツマッシュ1
 ▲ 話題となったナッツRVさんの新型キャブコン 「マッシュ」

レクビィポシェット
 ▲ レクビィさんの新型バンコン 「ポシェット」 も人気

 駐車場に止めた愛車の中で2泊。
 夜は連日酒びたり。

 日産ピーズフィールドクラフトのパーティに2夜連続でご招待を受け、極上スペアリブ、新鮮なホタテなどをたっぷり堪能させていただいた上、そこに合流したマックレー渡辺社長、スマイルファクトリーの長藤社長、キャンピングカー評論家の渡部竜生さんらとも歓談の機会を得ることができました。

 お声をかけてくださった日産ピーズの田村社長、畑中常務、ほかスタッフの皆様、そしてユーザーの皆様、ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

 さらに、酔いの勢いをかって、レクビィさんのパーティ、エアストリームさんのパーティ、フィールドライフさんのパーティなどにも厚かましく参加。
 ユーザーの方々やスタッフの方々から楽しいお話をたくさん聞かせてもらいました。

 すべての皆様に感謝。
 楽しい思い出がまた増えました。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 22:08 | コメント(2)| トラックバック(0)

ニートRV交遊会

 千葉県のモーターホームディーラー 「ニートRV」 さんの第6回ジャンボリーにご招待いただき、楽しい2日間を過ごしてきました。

ジャンボリー受付
 ▲ 受付

 この日集まったお客さんは、ニートRVのユーザーを中心に約60~70家族。

遊具コーナー 掘り出し物コーナー
 ▲ 遊具コーナー        ▲ 掘り出し物コーナー

 千葉市若葉区の同社展示場では、土曜日の朝からさまざまな飲食コーナー、遊具コーナー、モーターホームパーツの即売展示コーナーなどが設けられ、たいへんな盛況ぶり。

料理教室1 料理教室2
 ▲ Bobby坂田氏の料理教室

 昼過ぎからは、アウトドアの達人Bobby坂田氏の料理教室なども開かれ、うちのカミさんも、カボチャのパイづくりやら、炊き込みご飯の具を揃えたりで、楽しんでいました。

 ひとつの目玉は、入口近くに展示されたアスペクト28Bの09年モデル。
 シャシーが新型フォードエコノラインに変っただけでなく、インテリアとエクステリアが目を見張るようなリファインを受けて、いっそう充実した内容になりました。

アスペクト09モデル外形 アスペクト09モデル内装

 エクステリアで目立つのは、バンク形状の変更。
 もともとバンクベッドを持たないロープロファイルモデルですが、ちょっとだけ “ひさし” が伸びて、バンクベッド付きクラスCの雰囲気も若干備えるようになりました。

アスペクト09外形2
 ▲ アスペクト09モデル

 なんでも、08モデルよりも少しだけ全高が伸びたとか。
 その理由は、スライドアウト機構が充実して、その補強のためのマージンを取ったからだそうです。

 さて、イベントの方も楽しいメニューが盛りだくさん。
 土曜の夕方からは、Bobby坂田氏の仕込んだ料理が次々とできあがり、大宴会の始まり。

料理教室4 料理教室5

 私はニートさんのお客さんでも何でもなかったのですが、こちょこちょとその中に忍び込み、おいしい料理をたらふく食べて、飲んで、至福の時間を過ごすことができました。

 このところ、ずっとダイエットに励んでいたのですが、この日だけは禁を破ってしまいました。
 なにしろ、これ以上は食べられない、もう酒も胃に入らないという飽食状態を半年ぶりぐらいに経験したのですから。

 アスペクト09モデルは、画像もいろいろUPして、再度くわしくご報告いたします。

ジャンボリー夜のパーティ
 ▲ 宴たけなわの中で、お客様たちをなごませる粂社長 (中央)
  こっちも酔っ払ってボケボケ画像でスイマセン


ニートRV猪俣常務 
 ▲ 猪俣常務

ニートRV中村常務
 ▲ 中村常務

 粂社長様、猪俣様、中村様、原田様、Bobby様その他多くのスタッフの方々と、面白いお話を聞かせてくださったたくさんのお客
様。
 この場を借りて、御礼申しあげます。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 22:30 | コメント(0)| トラックバック(0)

ウエストリバー

 月曜日から火曜日にかけて、遅い夏休みを取った。
 結局 「秋休み」 になっちゃったけど…。

 で、行き先は、山梨県の 「ウエストリバーオートキャンプ場」 。

 くるま旅事務局さんが企画して、日本RV協会さんが進めている 「特割3000」 に加盟しているキャンプ場さんである。

ウエストリバー4

 「特割3000」 というのは、オフシーズンの平日に限り、くるま旅クラブの会員にはサイトを1泊3,000円で解放しようというもの。
 夏休みの終わった月曜なので、まさにこのシステムが機能するための条件はぴったり。

 前日の日曜日、このシステムが使えるかどうか、電話で確認を取ってから、予約を申し込んだ。
 ウエストリバーさんからすると、どうやら私たちが 「特割3000」 の始めてのお客さんらしい。
 私もまた、「特割3000」 というものをはじめて体験するユーザーである。
 お互いに、
 「はじめて同士なので、これからもよろしく」
 ということになった。

 オフシーズンの平日ということで、「電源付きでペット可でしかも芝生サイト」 という好みの条件を伝えても競争率ゼロ。
 そのサイトのエリアなら、好きなところを選んでくれて構わないという。
 キャンプ場の平日利用というのは、いろいろな意味で自由度が高い。

 管理棟で受付を済ませ、一番奥のサイトエリアまでゆったりとした坂道を上る。
 左側には、御勅使川の支流である御庵沢川が涼しげな川音を立てて流れている。

ウエストリバー5

 サイトは、その川の左側にひな壇状に広がっている。
 私たちが案内されたのは、そのてっぺんに位置するАサイトエリア。

 キャンピングカーの誘致を積極的に進めるキャンプ場にしては、ちょっと場内路と駐車スペースが狭いことが気になった。
 正直に書くと、5mオーバーのクルマはやや辛い。
 しかし、5×2mサイズの国産キャブコンやバンコンなら問題はない。
 テントスペースは広いので、オーニングを出して、さらにテントとタープを張る余裕もあるが、テントを張らない場合は、たっぷりした空間を享受することができる。

 最近はキャンプ場に行っても、オーニングすら出さないことが多かった。
 しかし、この日は午前中から入場したため、時間もたっぷり。
 久々にオーニングのポールをペグで固定し、椅子・テーブルも並べる。

 …といっても、「設営」 はそれだけ。
 キャンピングカーは楽チンである。

ウエストリバー3

 で、オーニングの下で、椅子に座り、そこからキャンプ場の最初の景観を眺めるときが、まずキャンプ場泊の最初の醍醐味。

 「いいキャンプ場だな」 という第一印象のほとんどは、その瞬間で決まる。
 だから、けっこうクルマを止めるときの向きや角度が気になる。わずか2~3mのタイヤの移動などにも神経質になる。
 クルマの水平を出すなんてこと以上に、「よい景観」 を得る方が優先してしまうこともある。

ウエストリバー2

 いやぁ、ここもいい雰囲気だった。
 手入れの行き届いた芝生サイトの向こうに広がる濃い緑をたたえた山々。
 山の間から顔を覗かせる白い雲。
 前の晩がコンクリートで固められた駐車場での 「車中泊」 だったので、オーニングを固定するためのペグが刺さる…というだけで大感激。
 はるばる片道3時間かけてやってきた甲斐もあろうというものだ。

 で、АC電源を接続して、冷蔵庫をАCモードに切り替える。
 このキャンプ場の場合は 「特割3000」 の料金内にАC電源代も含まれているので、割安感もひとしお。

 「それならば扇風機も回そう」 ということで、収納庫から扇風機を取り出してスイッチを入れたが、すぐにその必要がないことが判明。
 山のキャンプ場だけあって、下界より空気が冷えている。
 窓とエントランスドアを全開にしているだけで、冷気がすぅすぅ通り抜けていく。
 
 さて、「設営」 も終わり、この後どうやって時間を過ごすか。
 
 この 「どうやって時間を過ごすか」 を考えることが、旅の 「贅沢さ」 だと思っている。
 日常生活の中では、「どうやって時間を過ごすか」 などを考える余裕がない。すべての時間は、「あれをする、これをする」 に満ちている。

 いいねぇ。 
 何したらいいのか、途方に暮れるような時間があるってことは!
 そういう時間と向き合うことが大切なんだと思う。

 だけど、想像力の乏しい私たちは、さっそく買ってきた食材をテーブルに並べ、昼飯を食うことにした。

 といっても、例によって卓上コンロの上で、アジの開きを炙ったり、カルビを焼いたりするだけ。
 お手軽を絵に描いたような昼食だ。

 氷結果汁のカロリーオフというやつのプルトップを開けて、真っ昼間からグビッ!
 うめぇ!

ウエストリバー9

 日頃は決して犬にはやらないカルビの肉片などを、ちょっと恵んでやる。
 クッキーは、はじめて味わう禁断の味に目をシロクロ。

 アハハハ。
 うめぇモノが食いたければ、犬としての理想をもっと高く掲げろ!
 例えば耳を上下に振って、ダンボみたいに空を飛んでみろ。
 酔っぱらって説教を一くさり。

 腹一杯食って、時計を見ると、まだ2時過ぎ。
 あと、何をすればいいんだ?
 …っていう感じで、時間を持て余すという感覚が、実にうれしい。
 何度もいうが、そういう気分を味わうところに本当の 「贅沢」 がある。

 で、お犬様の腹ごなしも兼ねて、場内の散歩を思いつく。

 川原では、釣りをしている人たちがいる。
 このキャンプ場の楽しみのひとつに、釣りがある。

ウエストリバー6

 土手に立って、しばらく釣り人たちの様子を観察する。
 自分が釣り竿を握っていなくても、見ているだけでのんびりした時間を味わうことができる。

ウエストリバー7

 管理棟まで歩いて、夜酒を飲むときの氷を買った。
 ついでに、支配人の河西さんと立ち話。

 「特割3000」 は、正直、赤字を覚悟の導入だったとも。
 平日キャンピングカーユーザーが1組みぐらいしか来ないときは、お風呂を沸かしたりする準備や、その人件費などを考えると、採算が取れない。

 「しかし、一人でも多くの人にキャンプ場の魅力を知ってもらうことは大事なこと。特割3000をきっかけにお越しいただいた方が、口コミでそのキャンプ場の良さを宣伝しれくれれば、その効果の方がはるかに大きい」
 と河西さんは話す。

ウエストリバー13

 そういう前向きのオーナーの話を聞いていると、なんだか、こっちもものすごく元気がもらえるような気になってくる。

 やる気のあるオーナーのキャンプ場は、管理棟などの何気ないディスプレイなどを見ても、すぐ分かる。

 美しく、清潔感もあって、ユーモアもある。お客が心地よい空間を享受するための工夫が行き届いている。

ウエストリバー8

 このキャンプ場では、リースづくりの体験教室が開かれており、ログハウス内の全面には、オーナーやキャンパーたちが作った華やかなリースが垂れ下がっていた。
 ウッドデッキのテーブル上には、フライフィッシング用のルアーを作る用具が並べられていた。
 お客と一体となって趣味を楽しむというオーナーの姿勢が、それだけで伝わってくる。 

 また、お風呂もお勧め。
 男女別露天風呂と家族風呂が用意されているのだが、今回はその家族風呂を案内してもらった。

ウエストリバー10

 こぢんまりとした造りながら、石組みなども本格的で、実に風情がよろしい。
 感心したのは “湯加減” 。
 足を踏み入れた瞬間に、その絶妙な温度コントロールに心がしびれた。

 野外の温度変化に微妙に左右される “湯加減” は、フルシーズン快適な温度を保つことが難しい。
 そこを絶妙に温度コントロールしているところに、オーナーのお客に対する誠意を読みとることができる。

 夜は、簡単なつまみだけで、車内で酒盛り。
 音量を絞って、カセットテープの音楽を流す。

 初期ビートルズから、80年代あたりまでの洋楽。
 それがだんだん演歌に変わっていくというのが、わが家の酒盛りパターン。
 三橋美智也の 「達者でな」
 小林旭の 「北帰行」
 そういう歌にまつわる思い出話で、カミさんと盛り上がる。

 10時を過ぎた頃、音が車外に漏れているのではないかと心配になり、ドアの外に立って音量チェック。
 しかし、その心配もなし。
 音は外まで漏れていなかったし、ましてやサイトの周りには人もいないので、仮に漏れたとしても、人に迷惑がかかるわけでもなし。
 サイトが空いている平日キャンプの気楽さを、そこでも満喫する。


 朝、管理棟に挨拶に行ったとき、近くの農家で採れたという “曲がった” キュウリをもらった。
 スーパーなどにキュウリを出荷するときは、まっすぐに形の整ったものでなければ受け付けてもらえない。
 
 しかし、本当に味がおいしいのは、少し曲がった不揃いのキュウリだという。
 その流通に出せないキュウリを、たまたまオーナーの奥さんが近くの農家からもらったということで、少しお裾分をしてもらった。
 ラッキー!

ウエストリバー12

 オーナーの奥さんが手作りだという味噌をキュウリに付けて食べてみたが、なんともいえないコクがある。

 こういうハプニングに近いサービスを受けられるのも、お客の少ない平日キャンプの余録かもしれない。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:01 | コメント(6)| トラックバック(0)

奇岩博物館

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 4 》

 岩ばかり撮ってきた。

 「あなた岩にしか興味がないの?」
 今回のアメリカ旅行で撮った画像を見たカミさんは、そういう。

 このたびの旅行では、コンパクトフラッシュを5枚用意した。
 1枚で、約150カットほど撮れるから、全部で750カットほどの画像を残したことになるのだが、確かにその4分の1ほどが、モニュメントバレーをはじめ、走行中にクルマを止めて撮った 「岩」 だった。

モニュメントバレー31

 う~む…。
 自分では意識していなかったのだが、撮った画像を調べてみると、確かに、岩山の画像が多い。

 だって、面白いんだから仕方がない。 

 アリゾナ、ユタ州などの 「グランドサークル」 といわれる観光地を抱えたエリアは、とにかく “奇岩博物館” である。

双子の奇岩

 別にモニュメントバレーやグランドキャニオンまで出向かなくても、ちょっと郊外を走ってみれば、不思議な形をした岩がごろごろ転がっている。

 どれもみな、何万年に及ぶ風雨の侵食を受けて造り出された天然のオブジェなのだが、
 「裏側に回り込むと、ひょっとして作者の名前が彫られているのではないか?」 …と思えるくらい、人工物の気配を漂わせている。
 自然のくせに、妙に 「不自然な形」 なのだ。

 この不思議な岩のアートに魅せられて、走行中もちょくちょくクルマを止めてはカメラに収めた。

 肉眼で見たときは、「おおすげぇ!」 と思っても、実際にファインダーを覗いてみるとたいしたことはなかったりする。

 やはり、世界を小さく切り取ってしまうカメラのファインダーは、人間が肉眼で捉えたときのスケール感には及ばない。
 ただの岩が 「奇岩」 に思えるのは、それが、360度フラットなアメリカの荒野にぽつねんと立ち尽くしていたりするからだろう。

モニュメントバレー25

 周りはまっ平らなのに、なぜ、この岩だけ天に向かって伸びているの?
 その異和感、アンバランス感、理不尽さ…。

 言葉にしようとも言葉にならない奇妙なもどかしさが、かえって想像力を刺激する。

モニュメントバレー27 

 「自然は芸術を模倣する」
 という有名な言葉を残したのは、イギリスの小説家オスカー・ワイルドだ。

 たとえば、湖面に揺れるスイレンの花。
 あるいは、昼下がりの麦畑。

 そのスイレンを見て、ある人はモネの描いた 「スイレン」 のように涼しげだと思うかもしれないし、麦畑を見た人は、「この麦畑は、ゴッホの描いた麦畑みたいに光っている」 なんて思うかもしれない。

モネの睡蓮
 ▲ モネの睡蓮

 我々は風景を見るとき、無意識のうちに、どこかの美術書やテレビのCMなどに使われた有名な風景画 (あるいは映画やドラマの風景) の印象を重ねている。

ゴッホの麦畑
 ▲ ゴッホの麦畑

 つまり、人間の意識に入ってくる 「風景」 というのは、実は、見た人の体験や美意識のフィルターを通じて変形されている。
 「自然は芸術を模倣する」 というワイルドの言葉は、そういう意味だ。

 アリゾナ、ユタ州あたりに散らばる奇岩は、みなマネッ子の名人だった。
 ハリウッドのあるカリフォルニアに近いせいか、「芸術」 といってもどことなく映画的。
 『キングコング』 や 『ジェラシックパーク』 を彷彿とさせるモンスターコングや恐竜に見えるものが目白押し。
 見ていて飽きない。

モニュメントバレー26
 ▲ 丘の上から地上を見下ろすキングコング?

 見る人間の気持ち一つの変化で、「何者かの作意」 を伝えてくる自然。
 冷たい無機物が、突如メッセージを発するという神秘。

 「人間の意識の問題」 といってしまえば、それまでだけど、どうもこういうところに自分の好奇心は働く傾向が強いようだ。

 誰かが何かの意図によって造ったものではまったくないのに、何かの意図が隠されているようにも見える。

 ああ、もう…このもどかしさがたまらない。

モニュメントバレー21
 ▲ 岩山の頂上から放射される雲が、虚空に向かって何かのメッセージを発信している…???


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 12:18 | コメント(4)| トラックバック(0)

RVパークとは?

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 3 》

 モーターホームでアメリカを走り、「RVパーク」 という日本ではあまり見ないキャンピングカー専用キャンプ場を泊まり歩いてみて、考えた。

 そこには、日本のキャンプ場とは違ういくつかの特色がある。

 高原や湖に集中する日本のキャンプ場とは異なり、RVパークは、まず大都市の中にも存在する (都市観光ができる) 。
 交通量の多い幹線道路脇にも存在する (道の駅やサービスエリア感覚で休める) 。
 管理人が帰った後でもチェックインするシステムがある (チェックイン・チェックアウトの時間帯に拘束されない) 。

ビルを見上げるRVパーク
 ▲ ラスベガス市内にある 「KOAマナーRVパーク 」は、市内のカジノに遊びに行ける典型的な都市型RVパークだ。

 こういう施設が日本にも登場してきたら、さぞや便利なことだ ろう…と思う反面、アメリカのRVパークと同じものが今の日本に登場したとしても、日本のユーザーには使いきれないだろうとも感じた。

 RVパークというのは、単なる 「幹線道路に面したキャンプ場」 ではない。
 そこを、ホテルやモーテルと同じような環境で寝泊まりできるようにしたシステム全般のことを指す。
 つまり、サイトにキャンピングカーを乗り入れるだけで、電気や水道、さらにガスやトイレ機能というライフラインが整ってしまうところに、RVパークの最大の特長がある。

 もちろん、それが可能なのは、クルマ (モーターホーム) の方が、そういう造りになっているからだ。
 アメリカのモーターホームは、サイズの大小を問わず、トイレはブラックタンクに汚物を溜め込んでからダンプステーションに排泄するマリントイレだし、水道も、RVパークの水道に直結するだけで豊富な水道水を得られるシティウォーター接続口が採り入れられている。

 トイレ処理に使った水や、野菜や皿を洗った生活排水は、それぞれ巨大なタンクに蓄えられ、ある程度溜まったところでサイトに備えられた配管に流し込めばいいようになっている。

フックアップ1 フックアップ2
 ▲ サイトにモーターホームを入れるだけで、電気、水道、下水などのライフラインが完備するアメリカのRVパーク。

 ガスだけは車載のプロパンボンベを使うことになるが、RVパークの場内にはガスの充填を望む人のための充填システムが場内に用意されていることが多いので、長期滞在しても、ガスの枯渇を心配するようなこともない。

 このように、アメリカのRVパークは、そこに出入りするモーターホームの構造と密接不可分の関係にある。
 このへんは、モーターホームとRVパークが、ともに試行錯誤を繰り返しながら、長い年月を経て徐々に完成形に近づけていったという気がする。

 もちろん、カセットトイレに、20リットルの清・排水ポリタンクを装備した国産キャンピングカーでRVパークを訪れても、それなりに快適だろう。
 しかし、それは日本のキャンプ場で得られる 「快適さ」 の域を超えるものではなく、RVパーク的な暮らしとは違う世界だ。

オアシス全景
 ▲ アメリカでも最高級RVパークとして知られる 「オアシスRVパーク」 。

 このへんは、アメリカと日本のキャンピングカーの歴史の差、レジャー意識の差、文化の差としかいいようがない。

 どちらが優れているか、という問題ではない。
 アメリカのモーターホームを使って宿泊するのなら、アメリカ流RVパークはきわめて理にかなった施設といえるが、そういう施設をそのまま日本に導入したところで、今の日本の現状に適合するとも思えない。

 サイトでトイレ処理までできるフルフックアップ機能を備えたとして、一所に1泊2日、2泊3日程度しか留まらない日本のユーザーの現状を考えると、過剰設備になってしまう。
 カセットトイレに20リッターポリタンクという日本的なキャンピングカーは、まさに日本的なキャンプ場と相性がいいように造られているともいえるのだ。

 ただ、RVパークの宿泊システムとして、管理人が退出した後でもチェックインできる 「レイトチェックイン」 システムというのは、日本にはない便利なものだと感じた。
 封筒の中に、現金や小切手、あるいはクレジットカードナンバーを書いたメモを入れて、オフィスのポストに投函しておく。
 アメリカでは、こういう支払い方法も慣例化しているという。

 日本でも、これを試みたキャンプ場もあったが、定着しなかった。
 「料金を払わないで、そのまま出ていってしまうお客さんが多いんですよ」
 それを試みた管理人が、そうボヤくのを聞いた。

 モラルの違い…というより、それこそ 「キャンプ場とキャンピングカーの文化」 の違いだと思う。
 アメリカのRVパークも、きっとそういう問題を長い時間かけて解決してきたのだろう。
 客の方も、ちゃんと料金を払うという意識を長い時間かけて培ってきたのだ。

 その時間の蓄積を 「文化」 という。
 「キャンピングカー文化の成熟」 という言葉は、そういう問題を解決したときにはじめて使える言葉だと思う。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 17:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

ハーレーカフェ

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 2 》

 ラスベガスで、ハレーダビッドソンを使ったレンタルモーターサイクルによるアメリカツァーを主催している人と会った。
 トラベルデポの小林さんが、日本にいるときにそれをネットで知り、アポを取ったものだ。

 とにかく小林さんは、人脈づくりに積極的である。
 人間に対する好奇心も強い。
 
 「町田さんもご一緒されますか?」
 と、ラスベガスに戻った日、そういう人と会うことを明かされたが、こちらとしても、面白そうなビジネスをやっている方ならぜひお会いしたい。

 こうして、「フリーダムアメリカ」 を主催する木村浩司さんという方と、お会いすることになった。

 ホテルで待ち合わせをして、3人で中華と日本食が食べられるレストランに行き、昼食を取りながらの話となった。

 フリーダムアメリカ木村氏 ハードロックカフェ
 ▲ 木村氏が乗っていたのは赤いダッジのピックアップトラック。なかなかカッコいい。
 しかし、彼は 「買って失敗した」 という。燃費はわずかリッター3㎞。その1点だけ採り上げても、日本製のタンドラやタコマの方がはるかに優れているという。
 隣の画像は、3人で食事したレストランの前にあった 「ハードロックカフェ」 。有名な店であるが、何で有名なのか、実はよく知らない。(今回の記事とは関係なし)


 木村氏は、北海道生まれの45歳。アメリカ生活はすでに20年。
 ジョージア州でこの仕事を始め、このラスベガスに越してきたのは2年ほど前だという。

 ツァーに参加する主なお客は日本人。
 日本のハーレー人気にあやかって、ここ数年、にわかにお客さんが急増した。

 ツァー参加者の年齢構成を聞いて驚いた。
 平均年齢は45~46歳。特に目立つのは60歳、70歳という高齢者だという。

 映画 『イージーライダー』 や、カーオーディオのCM 「ロンサムカーボーイ」 に憧れを感じてハーレーに興味を抱いた人たちが、もうそんな歳になっていたのだ。
 一生に一度は、ハーレーでアメリカ本土を走ってみたい。
 多くのお客さんはそう語る。

 彼らのイメージする “アメリカ” とは何か?

 「日本からのお客さんは、とにかく一直線の道なら何でもいいようだ」
 と木村氏は微笑ましそうに笑う。

イージーライダーパンフ表紙
 ▲ 団塊世代に衝撃を与えた映画 『イージーライダー』

 一口に 「レンタルハーレーによるツーリング」 といっても、様々なコースがある。
 4~5日の日程で、ルート66やグランドキャニオンを回るというものから、11日間をかけて、ロサンゼルスからニューヨークまで全米を横断するものもあるらしい。全米横断の費用は70万円ほど。

 グループを組むときは、インストラクターが2人ついて、参加者たちの前と後ろでサポートする。
 ほとんどの人がツルんで走るのを嫌がるため、1台ずつの間隔がそうとう離れることもある。グループの先頭と最後尾が10マイルも離れてしまうこともざらだという。

 だから、グループツーリングの場合は、あらかじめ集合ポイントと集合時間を一応定め、フリー走行のようなスタイルをとる。
 その間、各自が好きな場所でバイクを止めて写真を撮ったり、休憩して思い思いのツーリングを楽しむ。

 中には、自分のいる場所が分からずに迷子になる人も出るらしい。インストラクターと連絡をとるための携帯電話は必需品のようだ。

 参加者のほとんどは、日本でもハーレーを所有している人だが、日本製バイクしか乗ったことがない人も、たまにいる。
 現地ではじめてハーレーに接し、その大きさに尻込みして、とうとう全コースをインストラクターの運転する乗用車に乗ったままツァーを終えた人もいたとか。
 「もったいないことです」 と木村氏。


 木村氏と別れた後、小林さんと、ラスベガス中心街にある 「ハーレーダビッドソン・カフェ」 に行った。
 木村さんの話に刺激されて、無性にハーレーの “匂い” がありそうな場所に行ってみたくなったのだ。

ハーレー02 ハーレー04
 ▲ 07年に大阪で開かれたハレーイベントの会場で撮った画像。(今回のBlog記事とはまったく無関係)
 オートバイのことなど何も知らないくせに、ハーレーの形だけはすごく好き。
 精密な機械 (マシン) のようでもあり、獰猛な獣 (けもの) のようでもあり。
 生物と機械が融合した新しい 「命」 のようなものを感じる。
 「アート」 としても一級品だと思う。


 「ハーレーダビッドソン・カフェ」 は、ラスベガスのストリップ (中心街) でも、最も人の行き来の激しい交差点にあった。

 カウンターには、太い腕に彫ったタトゥーが似合う、いかにもハーレーライダーでござい! といった感じの男たちが陣取っている。
 2Fはミュージアムとなっており、ハーレーを愛した歴代の映画スターの肖像やビンテージバイクが飾られていた。

ハーレーカフェのネオン01 ハーレーカフェミュージアム
 ▲ 「ハーレーダビッドソン・カフェ」 のネオン。2Fはミュージアムになっている。

 店の中を一通り見学してから、入口前のオープンスペースに陣取った。
 腕にタトゥーを入れた可愛い女の子が運んでくれたマカロニとマッシュポテトが、実にうまい。
 それをつまみに、バドワイザーのジョッキを空ける。

 流れる音楽は、CSNYの 「ウッドストック」 、ジミ・ヘンドリックスの 「ストーンフリー」 、ディープパープルの 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 。

 映画 『イージーライダー』 が公開された時代のヒット曲がメドレーのように続く。
 アメリカでも、この時代の音楽を愛する人たちが、ハーレーのコアなファン層を形成しているのかもしれない。

 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 のレイジーなギターリフが、重低音のベースとユニゾンとなってテーブルを揺るがし始めると、まさにハーレーのどろんどろんとした排気音となった。

 いいなぁ…この感じ。 
 見上げると、頭上には巨大なハーレーのオブジェ。
 そいつが、実に美しい。

ハーレーカフェオブジェ

 やっぱ、アメリカの街は、クルマだのバイクだの、エンジン付きの乗り物を妖しくも魅力的に見せてしまう力がある。
 このカフェに来て、初めてラスベガスの夜を堪能した気分になった。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 02:58 | コメント(6)| トラックバック(0)

旅は相棒で決まる

《 モーターホームでアメリカを走る 番外編 1 》

モニュメントバレー5

 旅が楽しくなるかどうかは、“相棒” で決まる。
 特に、長期旅行は、相棒との相性が大事だ。
 日頃仲が良い友達だからといって、旅先まで、その仲の良さが持続するとは限らない。
 かえってお互いにわがままが出て、旅先で気まずくなることもある。
 逆に、日頃それほど深くない付き合いだったのに、旅先でお互いのキャラクターに惹かれ合い、それから親交が深まるケースもある。

 今回、レンタルモーターホームを借りて、ネバダ州、アリゾナ州、ユタ州を回る 「グランドサークルの旅」 では、この相棒に恵まれた。

 トラベルデポ・インコーポレイテッドの小林康之社長。

 なにしろ、ご本人が 「レンタルモーターホームによるアメリカ旅行」 をアレンジする仕事に携われているだけに、これは心強かった。

トラベルデポ小林氏

 小林氏と付き合うきっかけは何だったか。
 たぶん、どこかのキャンピングカーショーのイベント会場で、「モーターホームによるアメリカ旅行」 を案内するブースを出されていたときだったかと思う。

 挨拶を交わした後、
 「しんどいビジネスですよ」
 と、私は言った記憶がある。

 実際、レンタルモーターホームによるアメリカツァーというビジネスは、なかなか難しい。
 私も過去何度か、そういう企画を練っているという旅行会社さんから相談を受けたことがある。
 みな思うように進展しなかったようだ。

 こういうビジネスを軌道に乗せるには、高いハードルがいくつかある。
 まずお客さんが、こういう旅の企画をすんなりと受け入れるかどうか。

 キャンピングカーユーザーならともかく、乗用車しか運転したことがない人が、写真で見るだけでも大きく感じられるアメリカンモーターホームを乗りこなせると思えるかどうか。まずそこが最初の難関となる。
 
 また、交通ルールや道路標識も異なる異国を、果たして、無事にドライブできるかどうか。
 さらには、英語に慣れていない場合、食事、買い物、観光、給油などをスムースにこなせるかどうか。

 そういう心配が出てくると、「面白そう」 とは感じても、いざ実行するとなると、二の足を踏む人が多いように思える。

 現に私がそうだった。
 こういう旅には 「準備がいる」 と思えたからだ。
 行く先々の観光情報を集めるだけではすまない。

 日本とは異なる交通ルールの勉強。
 レンタカーを借りたり、走行中のトラブルに巻き込まれたりしたときの交渉術の会得。
 語学力を高めるとともに、そういうケースを想定した周到な準備が必要な旅だと思えたのだ。

 しかし、今回、
 「無料のレンタルモーターホームが1台借りられました。私も同行します。一緒に行きません?」
 という小林さんからの誘いを得て、これは好機だと思った。
 “周到な準備” をせずとも、旅のおいしいところだけが味わえる! 
 そんな虫のいいことを考えた。

 具体的な日程が決まる頃、資料の束をどっさりと抱えた小林さんと会った。

 ・各地域の詳細な観光パンフレット
 ・地図
 ・モーターホームの使い方の手引き集
 ・アメリカの交通事情の紹介
 ・現地でのサポート体制への連絡方法

 そのほとんどは、小林さん自身の手作りによる資料だった。
 読んでいくと、旅に対する不安や疑問が解消していくばかりでなく、どんどん興味がつのっていく。
 かなり細部にまで気配りが行き届いた資料であると同時に、その気にさせる 「呼びかけ」 「誘い」 が巧み。
 情報発信のツボを心得ていられる方だと知った。

トラベルデポ資料1 トラベルデポ資料2

 ご本人もこのホビダスのサイトで、『モーターホームの旅専門旅行会社 社長の格闘日記』 (ハンドルネーム 「motor-home」 ) というブログを運営されている。
 そちらの記事も、こういうビジネスの知られざる一面を理解できるので面白い。


 しかし、小林さんのブログタイトルに付けられた 「格闘日記」 という意味は、いったい何なのか。
 彼は何と格闘しているのだろう。

 小林さんは、まだ一般的には認知されていないこの業務を、ひとつのビジネスモデルとして立ち上げられるのかどうか格闘しているのだ。

 レンタルモーターホームを使ったアメリカツァーは、過去何度か旅行会社によって企画されたことがあったが、それが華々しい成果を上げていないということは、小林さんもご承知であった。

 「しかし、取り組み姿勢の問題ではないか」
 と彼はいう。

 こういうツァーのコーディネートには、次のような作業が要求される。

 ・現地のレンタルモーターホーム会社と契約する。
 ・現地でケアしてくれる日本語の通じるスタッフを用意する。
 ・顧客の旅に求めるイメージを聞き、その日程スケジュールを組む。
 ・どの場所でどんな観光ができるか、何が食べられるか、日程に合わせてツァーの“目玉”をピックアップする。
 ・途中で泊まるRVパークを調べ、事前予約を取る。

 「とてもじゃないが、大手旅行会社ができるような仕事ではない」
 という。
 「昼夜を問わず、刻々と変化していく現地の状況を的確に把握していかなければできない仕事。担当した社員には相当なハードワークが要求されるだろうし、旅行会社が真面目に取り組むとなると、採算が合わなくなるでしょう」

 自ら大手旅行会社に勤務して、添乗員として豊富な渡航体験も持っている小林さんだからこそ言える言葉かもしれない。

 このような旅を、いったいどうして小林さんは思いついたのだろう。

 学生時代に、レンタカーを借りて、アメリカを回ったことがひとつのきっかけになったという。

 言葉も十分に通じない。地図もなかなか手には入らない。心細くて、気が萎えそうにもなった孤独なアメリカドライブ。

 しかし、それを乗り切ったときの達成感は大きかった。
 旅行会社が用意したパックツァーなどでは絶対に味わうことのできない、充実感があった。

 「自分で手に入れた旅」。

 旅行会社が、ホテルから観光バスまですべてお膳立てしてくれるパックツァーを 「与えられた旅」 とするならば、自分でクルマを運転して、泊まる場所も自分で確保するような旅は 「自分で手に入れた旅」 といえる。

 「与えられた旅」 は、観光地の絵ハガキのような記憶しか残さないが、「自分で手に入れた旅」 は、ドキュメント映画のような映像として、生涯記憶に残る。

 今の時代は、そっちの方がはるかに “贅沢” 。
 レンタルモーターホームで回るアメリカツァーには、その贅沢さがある。

 ……と、小林さんは語る。

 実際、今回自らモーターホームを運転して、車内で泊まってみて、この旅が実に贅沢な旅であることが分かった。

 モーターホームとは、文字どおり 「動く家」 。
 つまり、「食う」 、「寝る」 、「住む」 という人間の基本生活をこなしながらの旅となる。
 当然、土地の人たちと接触することも多いし、ちょっとしたトラブルを自分で解決していくときに勉強できるものも多い。
 このダイレクト感というのは、他の旅ではちょっと得がたい。

 何日か使っているうちに、レンタルとはいえ、クルマにも愛着がわく。
 夜、ベッドに横たわる前に、運転席の方に向かって、
 「今日も1日、ご苦労様」
 と、声もかけたくなる。

 西部の開拓時代。
 フロンティアを目指して西へ移動していた幌馬車の人たちは、寝る前に馬たちに向かって 「ご苦労様」 を言ったのだろうか。
 ふと、そんなことまで、頭に浮かべるような旅だった。


 最後に、こういうツァーにチャレンジしてみたいと思う人に、ちょっと気づいたことをお伝えしたい。

 まず、メインドライバーを務める人は、状況把握をしっかりできるナビゲーターを必ず1人確保すること。

 初めて異国の地を走るときは、
 「ドライバーとナビゲーターが2人セットになって、はじめてドライバー1人の能力になる」 と理解した方がいい。

 特に、都市部に入ったときは要注意。
 慣れない右側通行、日本と異なる信号システムなど、ドライバーはクルマを前に進めるだけでも神経をすり減らしてしまう。
 ましてや、モーターホームに乗りつけていない人は、最初のうちはその車幅感覚がつかめないため、周りに乗用車がひしめいてくると、それだけでパニックになる。
 そうなると、英語の標識までじっくり読んでいる余裕がない。

 そういう時こそ、ナビゲーターの出番だ。
 ナビをこなす人は、事前に地図などを念入りに調べ、右左折のポイントなどを早め早めにドライバーに教えてあげてほしい。
 そういう連係プレーがうまくいかないと、ドライバーだけにストレスが集中し、そのイライラと不安が事故を呼ぶことになってしまう。

 郊外に出れば、果てしなく伸びる一直線が続くことになるので、ドライバーはようやく気を抜くことができる。

route66_01a

 しかし、ナビゲーターは、のんきに外の景色ばかり見とれてはいられない。
 単調な一本道を走っていると、視界の良さに気を許して、かえって道路標識を見逃してしまうことがある。
 そうなると、同じような景色ばかり続くので、なかなかコースアウトに気づかない。「何か変…」 と感じた頃には、すでに相当無駄な距離を走っていたりする。

 それほど、ナビゲーターの役割は大変なのだが、今回の旅行では、最良のナビゲーターを得ることができた。
 なにしろ、このツァーの主催者である小林さん自身だったのだから。

 事故もなく旅を終えて、今こうしてエラソーに海外ドライブのコツなどを述べ立てていられるのも、小林さんの適切なナビがあったからである。
 こういう贅沢なナビゲーターを得られた自分は幸せ者である。

 「相棒に恵まれた」 という意味には、そのことも含まれている。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:38 | コメント(2)| トラックバック(0)

再びラスベガス

《 モーターホームでアメリカを走る 14 》

 喧噪と倦怠の街、ラスベガスに戻る。
 自由の女神、エッフェル塔、ピラミッドとスフィンクス。
 街を埋めるあらゆるものが、観光と歓楽のためのオブジェとして捧げられたこの街は、グランドキャニオンやモニュメントバレーのような自然とは対極にある。

ラスベガス自由の女神  ベガスのエッフェル塔

 しかし、不思議だ。
 どこか似ている。
 この街に帰ってきて、そう思う。

 大自然の造山運動や、大地の侵食過程の結果に生まれてきたグランドキャニオンやモニュメントバレーと、人間の歓楽への欲求を具現化したラスベガスの街が似ているなんて。
 自分でも妙に思う。

 でも、両者の周囲を吹き抜ける風には、どこか共通した匂いがある。
 どちらも 「無意味」 の極北に位置するからだろう。

 もちろん、モニュメントバレーのような自然が創り出したオブジェは、それがどんなに人間の造形するアートを連想させようが、その 「形」 自体には意味がない。

 でも、ラスベガスの中心街を飾る自由の女神やエッフェル塔のイミテーションだって、結局は同じようなものなのだ。
 それらは、観光客の目を引く “看板” としてスタートしながらも、その巧緻を尽くす造り込みを進めるうちに、本来の意味を失っていく。

 夜ともなれば、この街では、それらのイミテーションが強烈なライトに煽られて、人々を幻想空間に引きづり込む。

ラスベガス夜のエッフェル塔

 そこにあるのは、ただの不思議な運動をする光りの渦。
 スフィンクスも、ピラミッドも、自由の女神も、エッフェル塔も、そのオリジナルの意味から限りなく逸脱した 「無意味なモニュメント」 として、華麗なライトショーを構成する 「一要素」 でしかなくなる。

 エッフェル塔のように見ようと思えば、見える塔。
 自由の女神のように見えなくもない立像。

 それって、モニュメントバレーの奇岩と同じじゃない?
 モニュメントバレーの岩山には、人の手によって彫り込まれた無数の 「レリーフ」 があるように思えたし、グランドキャニオンには、「寺院」 が建立されているように見える峰があった。

モニュメントバレー14b 双子の奇岩

 どこが違うというのか。
 ともに、
 「そう思えば、そういうふうに見えるなぁ…」
 という幻想としてしか存在しない。

 自然が、限りなく人工物に近づいたモニュメントバレーの光景と、人工のオブジェが、その意味を失って自然に戻っていくラスベガス。

 その二つを同時に見られたことが、このグランドサークルの旅を味わい深いものにしてくれた。
 本来対極にあるものが、ともに強力な磁力を帯びて、超高速で接近しあう魔法の地。
 このダイナミズムこそ、アメリカ西南部の旅の醍醐味かもしれない。
 (終)

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:16 | コメント(2)| トラックバック(0)

旅の最後の晩餐

《 モーターホームでアメリカを走る 13 》

 モーターホームでRVパークに泊まる最後の晩を迎えた。

 「Zion River Resort (ザイオン・リバー・リゾート)」

 ここに到着したのは、現地時間の10時を過ぎた頃だった。
 しんと静まり返った場内にモーターホームを乗り入れるのは、ちょっと勇気がいる。

 サイトにたどり着くまでのエンジン音。ドアの開閉の音。
 それだけでも 「うるさい」 と感じる人は、世の中のどこにでもいる。

 アメリカのRVリゾートで感じたことは、夜が更けると、クルマの外に出ている人がほとんどいないということだ。
 車内がそのまま 「家屋」 のように使えるアメリカンモーターホームの場合、野外で調理したり食事したりする必要がない。

  この 「ザイオン・リバー・リゾート」 も、場内を歩く人影がまったく見えなかった。
 どのサイトもほぼ満杯だったが、お客たちは室内でテレビなど見ているのか、明かりは漏れてきても、人のうごめく気配が感じられない。

ザイオンリバーリゾート1 ザイオンリバーリゾート標識
 ▲ アメリカのRVパークというより、どこかヨーロッパ的な落ち着きを感じさせる 「ザイオン・リバー・リゾート」 。
 標識から分かるとおり、ここにはテントキャンプも受け付ける 「キャンプグランド」 も併設されている。


 レイトチェックインとなったが、管理人がオフィスに残っていたため、サイトを指定してもらうことができた。
 だが、そのサイトがなかなか見つからない。
 …あとで気づいたことだが、サイト番号が縁石上に小さくペイントされているだけなので、見逃してしまったのだ。

 クルマのエンジンを止めて、歩いて探す。
 人気のない場内に、サイトを探し回っているわれわれの靴音が響く。

 とたんに、周囲のモーターホームから、体格の良い男たちがバラバラと飛び出してきた。
 「何をしているんだ?」
 大男の1人が、鋭く叫んだ。

 「いや、その…サイトを探しているんです」
 「何番だ?」
 「24番」
 「OK、こっちだ。カモン」

 怒られるのかと思いきや、彼らは人助けのために出てきたのだ。

 「ヘイ、カモン!」

 その叫び声のデカいこと。
 「ターンライト、ヒヤ」
 モーターホームに慣れていない東洋人だと思ったのか、ハンドルの切り角まで指導してくれる。
 観光バスの車掌さんよろしく、身振り手振りもハデだ。
 彼らは、もしかしたら、静かな夜に退屈していたのかもしれない。

 モーターホームをサイトに収めると、今度は別の男が近づいてきて、
 「フックアップするのか?」
 と尋ねてきた。

 「あ、やります、やります」
 と答えると、
 「ここがグレータンクとブラックの排水溝。ここがシティーウォーターの接続口…」
 エルモンテRVで、使い方を指導されたときとそっくり同じことが繰り返された。

 彼らにしてみれば、慣れないレンタルモーターホームで旅している東洋人たちを助けてやろうという心境だったのだろう。

 こういう親切心というのは、アメリカ人特有のものかもしれない。
 おせっかいだが、憎めない。
 一応その指導に従って、初めて教わったように、おおげさに喜んでみたりする。
 …これも国際親善だ。

ザイオンフックアップ
 ▲ フックアップされた状態

 サイトにクルマが入り、電気、水道などが接続できたことを確認すると、彼らはあっという間に姿を消した。
 登場の仕方も “いきなり” だったが、撤退のタイミングも鮮やかだった。

 再び静けさの戻った場内を、小林さんと2人でゆっくり眺める。

 どのサイトもきれいに整備され、そのサイトを照らす場内灯が優しい光を地面に投げかけている。
 オフィスやサニタリールームのたたずまいも清潔感に溢れている。
 夜目にも、場内の隅々にまで清掃が行き届いていることが分かった。

 良いキャンプ場だ。

 アメリカのRVパークというより、カナダあたりのRVパークを連想させた (…行ったことはないけれど)。

ザイオンリバーリゾート4 ザイオンリバーリゾート川
 ▲ 朝の光に彩られた 「ザイオン・リバー・リゾート」 のサイトは実にすがすがしい。場外には清流の流れる川もある。確かに “リバー・リゾート” だった。

ザイオンリバーリゾートエアスト ザイオンリバーリゾートフィフス
 ▲ 木陰で憩うエアストリーム。相変わらずフィフスホイールトレーラーが目立つ。

 概してアメリカのRVパークは、どこかディズニーランドテイストだ。
 高級リゾートといわれる 「オアシスRVパーク」 でも、豪華さの演出が、ディズニーランドのパレス (宮殿) のように、分かりやすい形で誇張される。

 その分かりやすさを、アメリカ文化の 「楽しさ」 と取るか、「浅さ」 と取るか。
 それは人によって様々だと思うが、世の中には、「浅いからこそ楽しい」 ということだってある。私は好きだ。

 しかし、この 「ザイオン・リバー・リゾート」 は、そういうアメリカ的な華やかさよりも、ヨーロッパ的格調を重んじるRVパークだった。
 にぎわいよりは、静けさを。
 楽しさよりは、落ち着きを。
 少し疲れて迎える旅の最後の夜は、それも悪くない。

 車内で、ヤキソバを作ってビールで乾杯。
 旅の最後の晩餐は、東洋料理で決める。
 うまい!
 ヤキソバソースとソイソース (醤油) で味付けした屋台風ヤキソバは、最後の晩餐を飾る何よりの豪華ディナーとなった。

 あっという間に過ぎたグランドサークルの旅だったが、なんだかとても年月を経たような気もした。
 それだけ、アメリカをたっぷり走ったな…という思いが強い。

 明日は、再びラスベガス。
 レンタルモーターホームを返却する時間に間に合わせるために、そうとう飛ばして帰らなければならないかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

沈む夕陽を追って

《 モーターホームでアメリカを走る 12 》

 地平線のかなたまでフラットな直線路が伸びていくアメリカ南西部の直線路。
 そういう道を、陽の沈む時間帯に走っていると、日本では経験しなかったような問題に直面する。
 夕陽の落ちゆく先が、たまたま進行方向だった場合、その日差しを遮ってくれるものが何もないのだ。

 日本なら山あり丘ありで、それらが、頼みもしないのに夕陽を遮ってくれる。さらに、日本の道路はカーブが多いので、いつまでも夕陽が進行方向に居座ったりすることがない。

 が、アメリカで、日暮れ時に西に向かうことは、夕陽を追っての旅となる。
 真正面に陣取った太陽は、
 「ここの主役はオレ様だぁ」
 とばかりに、果てしない直線路を 「黄金色の花道」 に染め上げる。

 サンバイザーは役に立たない。
 地面すれすれに走ってくる光りは、サンバイザーの下を軽々と突破し、狙いすましたかのようにドライバーの目を直撃してくる。
 サングラスがない場合は、日が完全に沈み込むまで、どこかにクルマを止めて待機するしかない。

route66_01a
 ▲ こういう直線路の場合は、進む道の正面に夕陽が居座ったりすると、もう逃げ場がない。

 ペイジの町を出て、ザイオン国立公園に向かう途中の89号線で、この 「夕陽攻撃」 を受けた。

 「夕陽を追いかけて走る」 なんて、
 なんとロマンチックなんだろう!
 …なんていう考えが、なんと甘い夢想だったか。この地に来てまざまざと思い知る。

 クルマを止めるような路肩も駐車場も見つからなかったので、ほとんど人間のランニングスピードくらいの速度を落とす。
 それでも、追い抜いていくクルマがない。
 みんな同じような状況に追い込まれていたのかもしれない。


 沈むまぎわまでさんざん暴れた夕陽がようやく沈みきった頃、ザイオンの東からの入口となるカナブの町を過ぎた。

 89号線が9号線へ分かれる道の手前で空き地を見つけ、地図を確認するために小休止する。

 ふと見ると、空き地の脇に 「RVパーク」 の看板。
 え、どこに?
 と見回すと、止まっている場所が、なんとRVパークのまっただ中だった。
 ゲートも柵もない。
 管理棟のようなものも見えない。

 しかし、注意深く観察すると、確かに、砂っぽい地面の上に何本かの配管が突き刺さっている。
 どうやらそれが電源であったり、水道管であったりするらしい。

ザイオン入り口の寂しいRVパーク
 ▲ 注意深く見ないと分からないくらいささやかに、電源とダンプと水道が準備された寂しいRVパーク。

 管理者はどこに?
 空き地の向かいに、ガスステーションと雑貨屋を兼ねたような店があり、どうもそれっぽい。
 その店の方も、あまり繁盛している気配がない。

 う~む…。
 一口に 「RVパーク」 といっても、実にさまざまな種類があることを知る。


 9号線を登ると森が始まった。
 と同時に、道が右に左にうねるような弧を描き始めた。

 「あ、日本だ」
 と思った。
 単調な直線路ばかり走っていると、ワインディングロードを見るだけで、もう日本に思えてしまう。
 周囲の山に木が生えているという景観も、どこか日本的だ。

 ザイオン国立公園のことを、
 「緑の豊かな自然環境が特長で、乾いた大地を舞台とした観光地の多いグランドサークルの中では日本的だ」
 と紹介したガイドブックもあった。

 確かに、生物の匂いが希薄な、乾いた大地ばかり見てくると、この緑を擁した山々が生命を持っているような感じに思えてくる。

 が、そういう風景は、最後の残照が空に残るような時間帯に見ると、かすかに怖い。
 風景が、昼の素顔をかなぐり捨てて、夜の顔に変わる瞬間だからだ。

 モニュメントバレーのような乾ききった光景は、神秘的に見えても、「何かが潜んでいる」 という実感とは遠いが、緑の多い湿った風景というのは、自然のなかに 「もののけ」 が潜んでいるという想念を呼び起こす。

 太陽が完全に山の稜線に消えると、なんだか、日本の山道で迷ったときのような心細さが襲ってきた。

 ザイオンに入る東ゲートにたどり着いたときは、夕闇が辺りを包む直前だった。 これより先に進むには、このゲートで入場料を払わなければならない。
 しかし、料金所にすでに人影はない。
 
 どうしたものか。

 「そのまま行きましょう」
 という小林さんの判断で、そのまま進入することにした。
 ここを通過しない限り、今晩予定していたRVパークにたどり着くことはできないのだ。

 道が少しずつ狭くなってきた。
 しかも、コーナーがどんどんきつくなる。対向車線にはみ出さないと、カーブを曲がりきれない。 
 はじめて、31フィートというモーターホームの巨体を持て余す。

 やがて、有名なトンネルに突き当たった。
 この観光地がようやく整備された頃に掘られたトンネルで、大型観光バスやモーターホームの通行が想定されていない時代のものだという。
 観光客が多い昼間は、レンジャーの指示に従って 交互交通が行われるという話もある。

 トンネルを前にして、またしても突っ込むかどうかためらいが生じた。

 トンネル前の空き地に止めてあった乗用車のオーナーに声をかけた。 
 「Can I go?」

 乗用車に乗っていた若い夫婦が、自分たちのクルマから出てきて、しげしげとモーターホームを見上げる。

 「分からないね。自分たちは、その奥まで入っていないから」
 と、彼らはいう。

 モーターホームをじっくり眺め回した旦那さんは、
 「道の真ん中を通っていけば大丈夫じゃないかな」 という。

 しかし、奥さんの方は、
 「ヘイト (高さ) が問題だ」 という。
 「天井にルーフが当たる」 と、心配げな表情だ。

 ここを通過しているモーターホームがいっぱいあることを知っているので、慎重に走れば問題ないことは分かっているのだが、奥さんの言葉に少し不安になる。

 迷ったが、旦那さんのいうことを信じて、トンネルに突入する。

 確かに、天井が頭上にのしかかってくるような感じがする。
 しかし、対向車の来ないタイミングを見計らって、道の真ん中を走ればまったく問題はない。

 のろのろ走っている私たちのクルマを追いかける後続車も、事情を考慮してくれるのか、せっついてくる気配がない。

 無事、トンネルを抜けたと思った瞬間、その後続車が突然サイレンを鳴らした。
 レンジャーパトロールに捕まったのだ。
 
 路肩に止めた運転席から、西部劇などでおなじみのハットをかぶった若い警官が近づいてくるのが見えた。
 「○×△□……○×△□……」
 なまりがあるのか、何を言っているのかさっぱり分からない。

 「パードン、パードン…」
 を聞き返しているうちに、苦笑いしたレンジャーの青年は、今度は端正な英語で、一語一語区切りながら話してくれた。

 それによると、
 「入場ゲートで料金を払っていないだろう。違反である。お前たちはもう一度ここに戻ってくるのか?」
 と言っているようなのだ。

 「いや戻らない。明朝にはラスベガスに行ってこのレンタルモーターホームを返さなければいけない」
 私に代わって、小林さんがそう説明してくれた。
 ペイジの修理工場で時間を食ってしまった私たちには、ザイオンをゆっくり見物できる時間はなかったのだ。

 レンジャーの青年はそれを聞いて、またも苦笑い。
 このエリアに留まって明日も観光するのなら、明朝ゲートがオープンしたときに入場料を払え、とでも言うつもりだったのだろう。

 「OK、Go」
 ただし、
 「モーターホームはこの道では大き過ぎる。十分注意して走るように」
 そう優しく忠告もしてくれた。

 ウィンクするように、片目をつぶって苦笑いしたレンジャー氏の表情が印象的だった。

 せっかくのザイオンを素通りかい?
 そりゃ、さびしいね。

 そう言っているようにも見えた。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 14:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

ペイジの暑い午後

《 モーターホームでアメリカを走る 11 》

 アメリカのモーターホームユーザーは、何でも引っ張る。
 カーゴトレーラー。
 ボートトレーラー。
 乗用車。

 自分が運転するモーターホームだけでも、30フィート、40フィートという大きさがあろうというのに、さらにその後ろに、トレーラーやら乗用車などをけん引していくという根性がアッパレというか、怖いもの知らずというか。

 が、向こうのだだっぴろい土地と、走りやすい道を目の当たりにすると、大型モーターホームとトレーラーという組み合わせも、けっして無茶でも無謀でもないことが分かってきた。

 RVパークに泊まろうが、カフェで休もうが、都市部を除けば駐車スペースは有り余るほどある。バックで出なければならない…ということもない。
 ならば、
 「みんな運んでしまえ!」
 ということになって、結局ボート、物置小屋、自動車など、当座使うものはみなゴロゴロ引いていくという “民族大移動” 型の旅行スタイルが生まれることになる。

乗用車のけん引1
 ▲ 「モーターホームに乗用車が追突しそう!」 という光景に接したときは、たいていモーターホームオーナーが自分の自家用車をけん引していると見てよい。

オアシスのボートトレーラー
 ▲ どんなRVパークでも、必ず1台はボートトレーラーを引くRVを見かける。

 モニュメントバレーからレイクパウエルに向かう道を走ると、やたらボートトレーラーをけん引するモーターホームを見るようになった。

 なにしろ、レイクパウエルといえば、世界でも2番目の規模を誇るといわれる人造湖。そこでモーターホームに泊まりながら、優雅な舟遊びを楽しもうというオーナーも多いのだろう。

  しかし、電装トラブルを抱えたクルマに乗っている私たちは、レイクパウエルの風景を楽しむ余裕もなく、ペイジの町に直行した。
 エルモンテRVからの連絡で、その町の 「サンウエスト・オート・マリン」 という店が、モーターホームのトラブルを見てくれるという情報を得たからだ。

 きつい日差しが道路を焦がしている中心街を抜けて、町外れにある修理工場を探す。
 ようやく、「RV&BOAT」 という看板を発見。

 その看板から察すると、モーターホームとレジャーボートの両方の修理を行う店らしい。レイクパウエルを控えた町だけに、むしろボートの比率の方が高いのかもしれない。

 工場の周辺には、倉庫なのか、民家なのか、店舗なのか分からない白っちゃけた平屋づくりの建物が点在しているだけで、いってしまえば殺風景な景色だ。舗道には、人影すら見えない。
 もっともこう暑くちゃ、誰だってかき氷でも食べながらでもないと、家の外に出る気がしないだろう。

 モーターホームを工場に寄せると、ショーン・コネリーを無口にしたような雰囲気のお父さんが出てきて、バッテリーケースの蓋を開け、液、配線のゆるみなどをチェックし始めた。
 さらにヒューズ類もチェック。
 そのへんまでは、問題はなさそうだ。

 次にオフィスの中からテスターを引っ提げて戻ってきて、配線類を調べ始めた。
 陽炎 (かげろう)が 舗道に揺れる静かな町で、物憂い時間が過ぎていく。

 「う…む」
 と、コネリー氏の顔がだんだん気むずかしくなる。

 彼にもトラブルの原因がすぐには分からないらしい。
 コネクター類を外したり、差し込んだりするたびに、モニターパネルの作動状況をチェック。
 これも違うか…。
 こっちでもなし…。
 ってな感じだ。

ペイジの工場4 ペイジの工場5
 ▲ モーターホームを工場内に入れようと思ったが、結局、31フィートでは車体が収まりきらず、ノーズを突っ込んだだけで断念。
 エントランスステップ裏のバッテリーボックスが怪しい! とコネリー刑事はそこを集中捜査。


ペイジの工場3 ペイジの工場2
 ▲ 修理工場の内部。工場というのは、基本的に “機能優先” のスペースなので、その構造や雰囲気はどこの国でも変わらない。
 エンジンルーム内は特に問題がなさそうだ。


 気むずかしげに仕事を進めるコネリー氏に、おそるおそる、
 「What’wrong?」
 と尋ねてみたが、意味が通じなかったのか、無視されてしまった。
 もっとも、
 「今それを調べているところだろ!」
 っていう心境だったのかもしれない。

 コネリー父さんの仕事ぶりを後ろから覗き込むのだが、その背中があまりにも広すぎて、何をしているのかよく見えない。
 その背中を、ペイジの町を焦がす太陽が直撃している。
 コネリー父さんの背中は、ホットプレート状態だ。
 
 ご苦労さんです…。
 と、こっちは日陰の見物を決め込む。

 20分ほど経った頃、コネリー刑事はどうやら 「犯人」 を追い詰めたようだ。
 配線の束から、ひとつのコネクターを取り外し、それを 「No good」 と言って、ひらひらかざして見せてくれた。

 しかしそれに続く言葉に、がっかり。
 「But We Have No Spare」 。

 「部品がないからあしからずね」 ということであるらしい。

 それが、無口なショーン・コネリー氏が口をきいてくれた最初で最後の言葉だった。
 結局、何がノーグッドなのか教えてもらえず。

 こういう場合のメンテナンス料は、車両不整備ということで、レンタル会社のエルモンテRVが持つことになる。

 「その手続きは、事務所のカウンターにいるお母さんとね」
 ってな顔で、コネリーお父さんは工場の奥に姿を消した。

 最後の晩も、またランタンの明かりで夕飯を食べることに相成ってしまった。

 「ま、走らないわけじゃないので、いいか…」。
 私も小林さんも、すでにランタン生活に慣れてしまったので、そんなに深刻でもない。

  陽もやや西に傾いた頃、私たちは、修理不調に終わったモーターホームに再び乗り込み、ザイオンを目指すことにした。

ルート89_14
  ▲ 途中の給油所で休憩。隣のミニバンと比べると、我々のモーターホームのデカさが際立つ。

アメリカ18輪トレーラー
 ▲ インターステートハイウェイでよく見かける巨大な18輪トレーラー。ドライバーはファミリーを乗せて移動中。もしかして、こいつで家族ドライブ?

バーガーキングのハンバーガー
 ▲ 「バーガーキング」 で食べたハンバーガー。
 一見、日本で売っている普通サイズのハンバーガーだが、これはお子様向けのジュニア・サイズ。日本人の胃袋だと、このサイズで十分。
 …とにかく、アメリカは何でもデカい。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 10:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

天然シャンデリア

《 モーターホームでアメリカを走る 10 》

 モニュメントバレーの一角にあるRVパークで、モータホーム旅行3日目の夜を迎えた。
 オフィスのカウンターで予約を確認し、サイトに入る。

モニュメントバレーRVパークオフィス
 ▲ モニュメントバレーRVパークのオフィス。

 はじめて来た場所なのに、なんだかとてもなつかしい。
 今まで泊まったRVパークの中では、もっとも日本のキャンプ場に近い雰囲気だったのだ。
 サイトとサイトを隔てる植栽の感じが日本風。
 駐車スペースが 「土」 であることも、日本の中堅規模のキャンプ場とそっくり。
 なんだか、サンマでも焼く匂いが漂ってきそうに思える。

 しかし、一点だけ、やはりモニュメントバレーで泊まっていることを強く意識させる風景がある。
 場内の背景にそびえ立つ、地肌がむき出しになった岩山。
 こういう山は、日本では見られない。

モニュメントバレー5 モニュメントバレー7
 ▲ 日本のキャンプ場を思わせる場内のたたずまい。
 しかし、周囲に広がる赤茶けた岩山は、まぎれもなくモニュメントバレーにいることを実感させる。


 電気、水道などをフックアップして野営の準備に入る。
 やはり、電気が来ない。
 エルモンテRV社に問い合わせをして、対応策を相談し、修理工場を探してもらったのだが、モーターホームの本格的な修理となると、いちばん近い最寄りの修理工場があるのがペイジの町だという。
 今日も一晩、明かりなしの夜を過ごさねばならない。

 幸い、来る途中のスーパーで買った85セントの電池式小型ランタンが役に立った。
 ガスは問題ないので、お湯を沸かすことには支障がない。
 豆ランタンの明かりを頼りに、コーヒーを入れ、また今夜もパンとバターとチーズの夕食。

 AC電源を接続しても、室内の電気をつけない我々を、周囲の宿泊客はどう思うだろう。
 「日本人は電気を無駄に使わないようだ。なんとエコロジカルな民族なんだ!」

 きっとそう感心しているに違いない。
 …という冗談を小林さんと交わし合って笑う。

トラベルデポ小林氏
 ▲ 今回の旅の相棒、トラベルデポの小林さん。
 彼の緻密なプランニングとガイダンスがなければ達成できなかった旅だった。


 食後、外に出る。
 サイト脇にしつらえられたテーブルに座って、空を見上げると、まさに満天の星。
 それが、地面めがけて垂れ下がってくるように感じられる。
 天然のシャンデリアだ。

 目が慣れてくると、星の数はさらに増え続け、空一面が星で埋まった。
 それを眺めながら、ウィスキーを持ち出し、ポテトチップスにチリビーンズを載せて食べながら、もくもくと飲む。
 あまりもの見事な星空に、小林さんも私も言葉が出ない。

 星の輝きは、文明の浸透度と反比例する。
 それだけ、ここはまだ文明の “汚染” が進んでいない地域なのかもしれない。


 翌朝。
 次の目的地に移動する前に、もういちどモニュメントバレーの風景をカメラに収めることにした。

 映画によく登場するモニュメントバレーでは、ビューポイントにそれぞれ映画にちなんだ名前が付けられている。
 ジョン・フォードがお気に入りの場所は 「ジョン・フォード・ポイント」 。
 『フォレストガンプ』 に描かれたポイントは、「フォレストガンプ・ポイント」 。

モニュメントバレー16
 ▲ フォレストガンプ・ポイントからの眺め。荒野のかなたに消えゆく一本道。世界の人々から最も 「アメリカらしい眺め」 といわれる場所。

 ファレストガンプ・ポイントは土地の人に教えてもらって探し出すことができたが、ジョン・フォードポイントは、幹線道路を外れた奥まった場所にあることが分かった。
 そこには、ナバホ族の運営するビジターセンター前で受け付けているジープツァーに申し込まないとたどり着けない。

 時間がないので、それはあきらめて、ビジターセンターの室内だけを見物することにした。

 入ってみてびっくり。
 このビジターセンター自体が、モニュメントバレーの象徴的な風景を切り取る立派なビューポイントになっていたのだ。
 展望台に登ると、観光客が必ずカメラに収める、あの三つの岩山が並んだ光景が広がっていた。

 よく知っている風景…とはいいつつも、実際に、その場に立ってみるとやはり感無量。
 荒野のかなたから吹き渡ってくる乾いた風。
 体に降り注ぐ熱い日差し。
 それは、やはり映画やネットの画像を観ただけでは体感できない。

モニュメントバレー8 モニュメントバレー9
 ▲ ビジターセンター展望台からの眺め。携帯電話を無心に操作する少女は、この光景を彼氏にでも送ろうとしているのか。

モニュメントバレー13
 ▲ レストランから外につながるテラスに出ると、視界はさらに広がる。日差しは強いが、空気は心地よい。

モニュメントバレー12
 ▲ ビジターセンター内には、ジョン・ウェインにまつわるグッズ類を集めたコーナーもある。アメリカ人が愛する西部劇のヒーローは、今でもジョン・ウェインであるらしい。

  ビジターセンターで、ネイティブアメリカン (インディアン) の酋長たちの雄々しい乗馬像を撮った昔の写真集を買う。
 カッコいい。

ネイティブアメリカン乗馬

 彼らは、長い間、白人ヒーローの活躍する西部劇では常に仇役 (かたきやく) として登場していたが、自分には仇役のインディアンの方が、白人の主人公よりカッコよく見えたものだった。
 白人の映画監督が、どんなにインディアンを “凶悪” に描こうと思っても、あの酋長たちのかぶる羽根飾りの美しさや、身につける衣裳の見事さまで否定することはできない。
 自分は、西部劇では昔からインディアン側を応援していたように思う。

記念撮影
 ▲ フォレストガンプ・ポイントでちょいと記念撮影。

アリゾナ-ユタ州境
 ▲ アリゾナ州とユタ州の州境。
 アリゾナからユタに入った瞬間、道路が変わった。ユタ州の道路は、ザラザラとした粗い舗装なのだ。写真で撮っても分かるくらい、その境目がはっきりしている。



旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 02:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

アメリカの原風景

《 モーターホームでアメリカを走る 9 》

 アメリカといえば、摩天楼が街を見下ろすニューヨークの光景をまっさきに思い浮かべる人もいるだろう。
 明るいビーチの上を彩る 「カリフォルニアの青い空」 に、アメリカらしさを感じる人もいるかもしれない。

 でも、アメリカの原風景といえば、荒野の中に不思議な “立像” がたたずむ、このモニュメントバレーにとどめを刺すのではあるまいか。

 ジョン・フォード監督の 『駅馬車』 に始まり、『バック・トゥ・ザ・フューチャーⅢ』 、 『フォレストガンプ』 など、数々の映画の舞台となったモニュメントバレー。
 カーオーディオのCMや、旅行会社のパンフレットなどにもさんざん登場した風景。

 見慣れた、…あるいは見飽きたと思う人もたくさんいるだろうけれど、「一番アメリカらしい風景とは何か」 と尋ねられたとき、自分はこのモニュメントバレーの光景を筆頭に挙げたい。

モニュメントバレー10BS 
 ▲ 荒野の中に奇岩がたたずむモニュメントバレー。

 ここには 「怖くて」 「懐かしい」 ものがある。
 なんだか、人類の生まれる前の光景に接しているような気分にもなり、人類が地球から消えた後の光景を見ているような気分にもなる。

 いずれにせよ、人間がこの世に存在した時間など、一瞬のまばたきでしかないということを感じさせるような不思議な場所だ。

 「永遠の時が、岩に成りすましている」
 ふと、そんな気配を感じるのだ。


 モニュメントバレーには、夕方の到着となった。
 160号線沿いのカイエンタの町から103号線に入り、ユタ州に向かって北上。
 カイエンタを過ぎた頃から、辺りは荒涼とした空気に包まれた。
 
 やがて、右手に、天空目指してそそり立つ岩山がひとつ。
 それが 「異界」 に入るゲートのように感じられた。
 突拍子もない連想だが、『西遊記』 に登場する魔界の宮殿を思い出す。
 すでに、われわれの運転するクルマが、「神話」 や 「おとぎ話」 の世界に入り込んだことを感じた。

モニュメントバレー01
 ▲ 「異界」 へのゲートが迫る。まさに 「ファンタジー」 の始まり。

モニュメントバレー25
 ▲ 頂上には魔物が住む宮殿でもありそうな岩山

 次々と目に飛び込んでくる不思議な岩山。
 そのどれもが、地平線のかなたから直射してくる夕陽に照らされて、複雑な地肌を浮かび上がらせている。
 
 あっ、と思った。
 岩肌にレリーフ (浮き彫り) が刻み込まれているのだ。
 なんの像だ?

 よくは見えないが、たくさんの人間が並んでいる。

モニュメントバレー14
 ▲ 夕陽に照らされた奇岩には、行列を組むたくさんの 「人間像」 が描かれていた。

 とっさに思い出したのは、ペルセポリスの廃虚に刻まれたレリーフだった。
 アレキサンダー大王に滅ぼされたペルシャ帝国の首都。
 そこには、帝国の最盛期をしのばせるたくさんの兵士や、異国の朝貢者たちが刻み込まれた王宮の廃虚がある。

ペルセポリスのレリーフ
▲ ペルセポリスのレリーフ

 それと同じような像が、モニュメントバレーの奇岩に彫り込まれている。
 せっかくの自然の景観に、わざわざ人工の手を加えた連中がいたのだ。
 
 「悪いヤツがいたもんだ。こんなことをしたのは、ここに住んでいたナバホ族ではなく、白人だろう」
 レリーフは、ネイティブアメリカンの人々にキリスト教を強要するヨーロッパ人たちを描いたものに感じられた。

 が、すべては一瞬の幻想だった。

 夕陽の照射角度が変わると、レリーフはあっという間に消え去り、自然のシワを刻み込んだただの岩肌に戻っていた。
 魔法にかけられたような気分だった。

 次に迫ってくる岩には、再びレリーフが浮かんでいたが、もう騙されなかった。

 でも、不思議だ。
 ここでは、あらゆるものが、あきらかに人工的に造られた気配を宿している。
 てっぺんが平らな岩山は、古代ギリシャかバビロニアの神殿に思えるし、とがった奇岩は、神や勇者を表す立像のように見える。

 東洋の道祖神を思わせる立像もあれば、丘の稜線から顔を出したキングコングを想像させる岩もある。
 少し離れたところに行くと、スフィンクスだっている。

モニュメントバレー26 モニュメントバレー27
 ▲ ちょっとキングコングした岩。スフィンクスもいる

 ここには、人類の文明史に登場する神話やおとぎ話がゴロゴロ転がっているのである。

 すでに、人類にはなじみ深い光景。
 なのに、人類は何一つ手を加えていない光景。

 いったい、誰がこのような世界を造形したのか。

 そう思うと、信心深い人は、どうしても 「神」 という存在を考えずにはいられないかもしれない。
 アメリカ中西部に住む人たちの信仰心が意外と深いというのは、この “超人工的な自然” という、摩訶不思議な風土のたまものという気がしないでもない。

 地平線を焦がした夕陽が、大地のかなたに沈む。
 神話の主人公たちが、宴 (うたげ) の終わりを告げる。

 人類の 「文明」 が生まれる前からこの地に存在し、そして、「文明」 の終焉を予感させる風景が眠りにつく。

モニュメントバレー15

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

マイルにまいる

《 モーターホームでアメリカを走る 8 》

モニュメントバレー遠景1

 英米文化圏の 「マイル、フィート、ガロン」 表示は、「キロメーター、センチ、リットル」 感覚に慣れた人間を戸惑わせるため、私などはこれに接すると、「わぁ、異文化圏に来た…」 という実感がこみ上げてくる。

 もともと英米のヤードポンド法は、日本の尺貫法と同じく、人間の身体ベースに基づいて制度化された度量衡だった。
 たとえば1フィート (約30.48㎝) というのは、人間の足の寸法から得られた単位だ。
 日本人の基準でいうと、かなり大足だが、まぁ、体格のいい英米人だと、別にびっくりするほどのことではないのかもしれない。

 1マイルというのは、この1フィートの “一千歩” を意味する。
 右足と左足を交互に一歩ずつ前に出すのを 「1回」 と数え、1000回進むと 「1マイル」 。
 
 こう考えると、実に合理的だ。
 物差し類の持ち合わせがなくても、自分の身体感覚だけで、およそのサイズや距離がつかめる。
 「地球の子午線の4000万分の1」 などという、およそ現実感覚から外れたメートル法を考えついたフランス人とはそこが違う。

 歴史的にみても、フランス人は抽象的な 「数学モデル」 で世界を見ようとするが、イギリス系の人々は 「経験則」 で世界を捉える。
 その差が、度量衡に対する思想の差として現れている。

 フランス起源のメートル法に慣れた日本人は、この英米流の “合理性” になじむまでには時間がかかる。

 この度のアメリカ・モーターホームツァー。
 走ること3日目ぐらいにして、ようやくマイルの感覚に慣れた。
 それにともなって、到着時間も読めるようになったきた。

 都市部を離れると、信号もなければ渋滞もない。だから、自分のいま走っているクルマのスピードで、およその到着時間が推定できるのだ。
 「あと60マイル」 などという表示が出れば、約1時間。
 「あと100マイル」 などという表示が出れば、およそ2時間
 途中、町などを抜けることもあるので、スピードは上がったり下がったりするが、およその計算ができるようになってきた。

 ガロンの感覚にも慣れた。
 アメリカでは、給油するときのガソリン量はすべてガロン表示となる。
 ガスステーションにたどり着くと、どこの給油所でも、
 「3.98」
 「3.99」
 などという数値が掲げられている。
 「1ガロン=3.99ドル」 …などという意味だ。

 これが、高いか安いか、だんだん見る目が慣れてきた。
 「1ガロン3.99ドル」 といえば、日本でいえば 「リッター105円~110円」 。
 レギュラーガソリンが170円などと言われるようになった日本と比べると、信じられないくらい安い。
 アメリカのガソリン税率はわずか12パーセント程度だというから、安いのも道理だが、それでも、ここ5年の間に3倍近い値段につり上がったという。

 だから、アメリカ人のカーライフに異変が起こっているという話も聞く。
 週末はクルマを使わず、家でごろごろテレビを見ながら日曜日を過ごす人が増えているらしい。

ルート66給油1 ルート89給油所
 ▲ アメリカのスタンドはほとんどセルフ。クレジットカードで支払うシステムになっている。

ロサンゼルスのガソリン価格
 ▲ アリゾナ・ユタの旅を終えてからちょっと走ったカリフォルニアでは、すでに4ドルを超えたスタンドがたくさんあった。

 ガソリン高騰時代といわれながらも、アメリカ人は自動車依存のライフスタイルをにわかに転換できないようだ。
 なにしろ、道路、町の構造がすでに自動車を前提とした設計になっている。
 特にハイウェイ沿いでは、道路と町は、もう最初から一体なのだ。

 たとえば、(もしかしたら州によって違うのかもしれないが) 、アリゾナなどのインターステートハイウェイには、基本的に日本のサービスエリア・パーキングエリアに相当するようなものがない。
 その代わり、道路沿いに隣接して、至るところにハイウェイ利用客を対象としたフード店・給油所・スーパーなどが設けられている。

 これらの “休憩スポット” は、手前に 「FOOD EXIT」 などの看板が出ているので、すぐ見つけられる。
 その案内板に従って、ハイウェイを降りると、レストラン、ファーストフード店、スーパーマーケット、ガスステーション (給油所)、銀行などが効率よくまとまった小さな 「商店街」 が出現する。

 これらのミニタウンにある店舗は、近隣の住人にも利用されているようだが、やはりハイウェイ通行者が主な客筋なのだろう。旅の通過点として分かりやすいように、みなおしなべて一様のつくりになっている。
 その雰囲気は、日本の新興住宅街にあるスーパーマーケットに似ていなくもない。清潔で爽やかだが、人工的で無機質だ。

Food EXITの看板 EXITの町
 ▲ インターステートハイウェイの 「FOOD」 の看板。「バーガーキング」 「ウィンディ」 などのファーストフードショップの案内が見える。
 そこに入るとスーパー、レストランなどが集まったスモールタウンが。機能は日本の高速道路のSAと同じ。


 自動車がないと暮らしていけないアメリカ人は、その自動車を便利に安全に走らせるために、けっこう意外なルールを守っている。

 たとえば、真っ昼間から走行中にヘッドライトをつけるなどという習慣もそのひとつ。
 日本と違って、乾燥した風土のアリゾナ州、ユタ州では、昼間の視界は実に良好だ。遠くでかすかにうごめくものでも、まず見逃すことがない。
 それなのに、こちらでは真っ昼間からライトを点灯して、自分の存在を堂々と誇示するクルマが多い。

 こんなに視認性の良い土地柄なのに、なんで真っ昼間からみんなライトをつけるのか。
 最初のうちはよく理解できなかった。

 しかし、地平線のかなたに消えていく一直線の道を走り続けていくうちに、次第にその意味が分かってきた。
 ヘッドライトを付けているクルマは、「対向車だぞ」 ということを知らせているのだ。

 遠近法の消失点のような直線路のかなたに、ポツリと黒い影が浮かび上がる。
 それが対向車なのか、それとも同じ車線を走る先行車なのか、それが分かるようになるまでには、気の遠くなるような時間がかかる。

 その影が少しずつ大きくなってくれば、それはこちらに向かっているクルマなのだが、対向車だと見分けがついてからも、その距離は一向に縮まらない。
 このじれったいような長さは、日本ではなかなか経験できないものだ。

ルート93の道路風景 モニュメントバレーのトラック対向車
 ▲ 気の遠くなるほど真っ直ぐな一本道。そこにポツンと浮かぶ自動車の影は、発見した段階では対向車かどうか分からない
 
 何がいいたいか。
 それほど土地が広いともいいたいし、それほど直線路が長いということもいいたい。
 その広大な土地でクルマ同士がすれ違うとき、お互いに対向車であることを少しでも相手に早く伝えるためには、昼間でもヘッドライトを点灯させる必要があったのだ。
 もしかしたら、違うかもしれないけれど、私はそう思った。

 この広大な大地で暮らす限り、アメリカの人々には自動車抜きでの生活は無理であろう。
 通勤に自転車を使おうというエコ思想は、ヨーロッパ人か、アメリカでもニューヨークのような都市圏の住民の発想でしかない。

 ガソリン高騰もさることながら、石油資源そのものが枯渇するという時代を迎え、アメリカ人たちはこれからどう生きていくのだろう。
 アリゾナの荒野には、再び馬で引く幌馬車が出現するようになるのだろうか。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

地平線という謎

《 モーターホームでアメリカを走る 7 》

 眼下に広がる断崖絶壁に足がすくみ、キン○○ がスースー風にさらされる経験をした高所恐怖症男の私は、翌日、今度は柵が設けられたビューポイントを探して、朝日を浴びるグランドキャニオンにチャレンジすることにした。

 グランドキャニオンの朝日は、この時期5時40分ごろに昇る。
 5時起床。
 飯も食わず、料金を入れた封筒を、無人のRVパークのポストに投函し、再びモーターホームに乗り込む。

 現地に着くと、日の出前だというのに、もう観光客の姿がひしめきあっていた。
 モーターホームは駐車場には入れないので、昨日と同じように、道ばたに縦列駐車を試みる。

 車体が長いと、こういうときに一苦労。
 うまく止められても、乗用車に前後をぴったりサンドイッチされると、今度は出るに出られない。
 幸い、適当な間隔で止まっているクルマの列にうまく入り込むことができた。

 グランドキャニオンとは、コロラド川を挟んで、東西に446㎞の広がりを見せる壮大な渓谷のことをいう。観光地化されていないノース・リムと、いろいろな展望ビューが整備されているサウス・リムに分かれているが、我々が訪れたのは、サウス・リムでも最も観光地化が進んだマーサポイント。

 ここで久しぶりに日本語をたくさん聞いた。
 日本人の団体ツァー客たちが、カメラ片手に、日の出を待っているところだった。

 「30分後にはここに集合してください」 と叫ぶインストラクターの前に行儀よく並び、「やっぱ昼間の景色とは違ってへん?」 などとささやき合うオバちゃん方に混じって、渓谷に向けてカメラをかざす。
 ところどころに柵が設けられている場所を選んだので、昨日違って、若干心に余裕が生まれる。

グランドキャニオン1 グランドキャニオン15
 ▲ 天地創造を思わせる朝日の光が深い谷を照らす。その荘厳な景色から目を後ろに転じると、観光客の波また波。

 渓谷の断崖が陽の光りに照らされて、赤く輝き始めると、周囲からワァオーという喚声がどよめく。その景観を背景に、観光客が次々と記念写真を撮り合う。
 やっぱりここに来ることは、誰にとっても 「大いなる」 記念なのだ。グランドキャニオン! よくも名づけたり。

グランドキャニオン3 グランドキャニオン7
 ▲ ラバに乗って、トレッキングコースを降りる乗馬ツァーもある。さすがアメリカ人は、西部劇になじんでいるせいか、乗馬スタイルがサマになる。
 それにしても、この断崖絶壁をラバの背に揺られておりるとは…。ラバが足を踏み外したら、人馬もろとも天国行き。


グランドキャニオン2
▲ 「今日も1日が無事に終わりますように…」
   目を細めて祈るラバ


 観光客がその瞬間を待ちわびた日の出の時間が終わると、周囲から次第に人の声が遠ざかっていく。見物客の多くは、朝日を鑑賞するというスケジュールを消化すると、次の観光ポイントに移っていく。

 朝日を見物する客が立ち去り、昼の観光ツァーで訪れる人たちが来るまでの一瞬だけ、谷を静寂が包む。
 人気が途絶えると、グランドキャニオンは、それが生まれた太古の時間に戻ったような表情を見せる。

 この光景を最初に目にした人間は、いったい何を感じたのだろう。
 発見したのは、太古に凍てついたベーリング海峡を渡ってきたネイティブアメリカンたちだろうが、彼らはここを 「人間が足を踏み入れることすら畏れ多い神々のすみか」 と思ったことだろう。

 はるか後になって、この光景を目にしたヨーロッパ人たちも、きっと地上に突出した 「神域」 を感じたに違いない。

 ここにそびえ立つ岩々は、みな雄弁だ。
 じっと眺めていると、岩のひとつひとつが、どれも物語を持っているように思えてくる。

 ギリシャのパルテノン神殿を思わせる岩もあれば、インド神話に出てくる伽藍のような山もある。
 実際、ヒンズー教のヴィシュヌ神にちなんだ 「ヴィシュヌ・テンプル」 と名づけられた山などは、遠くから眺めると、頂上に寺院が建立されているように見える。

 人類の文明史には一度も登場したことのない風景なのに、どこか懐かしい。
 その奇妙なデジャブ感が、このグランドキャニオンの最大の魅力となっている。

グランドキャニオン8
 ▲ 手前にあるのは 「神像」 か? はるかかなたに 「ビシュヌ・テンプル」 。


ルート89-13

 グランドキャニオンを出て、次の目的地モニュメントバレーへ向かう。
 途中、64号線沿いに店を構えているネイティブアメリカンの土産物屋の前で休憩。
 グランドキャニオンの東の外れあたりになるのか、ところどころ渓谷の雰囲気を残した景色が残っている。

 それにしても、このフラット感はどうだ!
 人間の目は、180度の視界を持つといわれるが、その180度内のどこを探しても、山や丘陵の姿が見当たらない。
 まばらな潅木の生えたフラットな大地が、ただひたすら続くだけなのである。

モニュメントバレーへ向かう途中28
 ▲ 視界に入るのは、くっきりとした地平線のみ。気が遠くなるような風景だ。

 概して、アリゾナ州からユタ州に至るグランドサークル一帯には天に向かって伸びるものがない。この地域では、山や丘ですら、その頂上は航空母艦の甲板みたいにまっ平らだ。

 だから、基本的にここでは、目に見える世界は二つしかない。
 天と地だ。
 その天と地の境界を、地平線がどこまでも水平に伸びていく。

 どうして、こんな単調な世界が生まれたのだろう。
 目の前にある光景が、あまりにもシンプルすぎて、逆に謎めいて見えてくる。

 きっと、宇宙を造形したといわれる神様が、うっかりつくり忘れてしまったに違いない。
 いわば神の手も届かなかった風景。

 そう思って眺めていると、なんだか、「天地創造」 が始まる前の光景に立ち会ったような気になってくる。

 小林氏が、
 「昼メシ時でもあるし、ここで簡単な腹ごしらえをしませんか?」
 というので、駐車スペースの一角にクルマを収め、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを作り、パンにバターを付けて食べる。

 ダイネットテーブルの窓から先には、神も文明も手をつけなかった永遠の荒野が広がる。
 窓を開けると、乾いた風がかすかな砂の匂いを運んだ。
 こういう場所でコーヒーを飲むとは思わなかった。

ルート89-14 ルート89-2
 ▲ ダイネットテーブルの向こうには、永遠の荒野が広がる

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 11:00 | コメント(2)| トラックバック(0)

恐怖の大絶壁

《 モーターホームでアメリカを走る 6 》

 ルート66の旅は続く。
 セリグマンの町を出て、再びグランドキャニオンに向けて走り始める。

 ウィリアムズの町に入った頃、車道に落ちる建物の影に、夕方の気配が忍び込んできたことに気づく。
 有名な、グランドキャニオンに沈む夕陽を見物できるかどうか微妙な時間帯になった。

 ウィリアムズも、ルート66の面影が強く残っていることで知られる町なのだが、見物している余裕がない。
 グランドキャニオンへは、ここから64号線に入って1時間かかるという。

 運転速度を、制限速度の65マイルから70マイルにスピードアップする。

ウィリアムズの町並み
 ▲ 素通りしてしまったウィリアムズの町。 「古き良きアメリカ」 を上手に演出した “映画のセット” のような町並みが続く

 それにしても、シボレーベースのジャンボリー。
 31フィートという巨体をものともせず、よく走るクルマだ。
 標高がどんどん高くなっているというのに、スピードが落ちない。
 じわっとアクセルを踏み込んでいくと、登り坂だというのに、ムチを当てられた競走馬のようにさらに加速していく。

 まさに 「パワーでねじ伏せる」 という表現がぴったり。
 登り坂でも、高速でも、場所を選ばず豪快な走りを実現することはとてもいいことだと思うけど、こういうクルマがガソリン高騰時代を乗りきっていけるのかどうか、かなり心配になる。

フーバーダムのジャンボリー

 標高が高くなってきたせいか、いつの間にか周囲の景色が荒野から森に変った。
 青々とした緑の世界を見るのは久しぶりだ。どこか日本の道を走っている気分になる。

 その森の向こう側に、赤味を強くした太陽がゆっくり落ちていく。

 サザンロックの伝説的なバンド 「アウトローズ 」 の 「ハリーサンダウン」 という曲を思い出す。そのアップテンポのビートが頭の中で鳴り出して、クルマのスピード感とシンクロした。

 夕陽が落ちていく姿は、夜を待ちわびる人間にとっては、じれったいほど遅く感じられ、明るさを惜しむ人間には、あっけないほど速い。

グランドキャニオンへ向かう道
 ▲ グランドキャニオンへ向かう道。左右に緑の木立が見えるようになる。

 沈む夕陽と競争するように走り続け、「もう間に合わない 」 と感じた頃に、ようやくグランドキャニオンに着いた。

 ここの駐車場は 「RV乗り入れ禁止 」 になっているため、乗用車が縦列駐車している道ばたにモーターホームを割り込ませ、カメラ片手にビューポイントまで走る。

グランドキャニオン駐車場標識
 ▲ 「No Buses No RV's No Towed Units」 。バスとキャンピングカー、トレーラーの入場は禁止。

夕暮れのグランドキャニオン
 ▲ 夕暮れの残照に染まったグランドキャニオン

 壮大な広がりを見せる大地の裂け目に、夕陽の最後の残照が当たるところだった。
 必死に写真を撮っていたから気づかなかったが、ふとファインダーから目を逸らすと、立っている足元のすぐ下が断崖絶壁。
 こういう場合、日本では必ず記転落防止の柵などを設けているはずなのだが、アメリカでは自然の景観を壊す柵などは最小限にとどめているようだ。

 足元を覗き込んだ瞬間、気が遠くなった。
 高所恐怖症なのである。

 周りを見ると、崖っぷちの先端に座り込んで、優雅に下を見下ろしている若者もいる。
 信じられない!
 他人のそういう姿を見ただけでも、こちらはもうキン○○のあたりにスゥースゥーと風が舞い込んでくる。

グランドキャニオンの絶壁1
 ▲ 柵も何もないむき出しの絶壁が間近に!

 夕陽が沈みきると、谷は静かに荘厳な紫色に包まれていく。
 神秘的な光景だが、
 「暗くなって道を踏み外したら大変!」
  という思いばかりが先にたち、それを楽しむどころではない。

 「明日、朝日が昇る頃にまた訪れましょう」 という小林さんの言葉を頼りに、今日はさっさと引き上げることにした。


 この後、小さなアクシデントと、大きなアクシデントに連続して見舞われる。
小さなアクシデントは、宿泊を予定していた 「トレーラービレッジ」 というRVパークが、サイトが満杯だと断られたことだ。

 「トレーラービレッジ」の近くには、大型モーターホームが何台も泊まれる広さを持った駐車場があるのだが、アメリカでは 「駐車場での車中泊」 という習慣がない。

 そういう場所に泊まっていると、警官やレンジャーパトロールがやってきて、「ここは泊まるところではない」 と立ち退きを勧告する。
 無視して泊まってもいいが、強盗などに襲われても、それは自己責任ということで、誰もケアしてくれない。

 グランドキャニオンに来る途中に、「グランドキャニオン・キャンプグランド」 というRVパークがあったのを思い出し、闇の中をヘッドライトだけを頼りに戻ることにする。

 グランドキャニオンを目指した観光客は、もうすべて近隣の宿舎内に収まったのか、道路を走るクルマの姿もほとんどない。

 途中、何度か道に迷って同じ場所をグルグル回る。広大な国立公園の中を、ただ1台さまようのは、なんとも心細いものだ。


 夜の11時。
 ようやくたどり着いたRVパークには管理人の姿もなかった。
 しかし、アメリカのRVパークには 「レイトチェックイン」 というシステムがあるので、料金を封筒に入れてポストに投函するか、もしくは用紙に住所・連絡先を記入して、後からクレジットカードで払い込むことができる。

 とにかく、安全に一夜を過ごせる場所を確保することができた。

 しかし、そこで第二のアクシデントに見舞われる。
 妙に室内灯の光りが暗いのだ。

 「変だな…」 と思って、サブバッテリーの残量メーターを調べると、メインバッテリーはフル充電状態なのに、サブバッテリーだけがすっからかん状態。走行充電に支障がないほどたっぷり走ったというのに、これはまたどうしたことか。

 それでも最初のうちは、フックアップ設備に電源コードを接続すればなんとかなるだろう…とタカをくくっていたのだが、ACにつないでも電気が来ないことに気づいたときには、愕然とした。
 たぶん配線系統のトラブルなのだが、テスターもない状態で、何をどう調べたらよいのやら。
 
 冷蔵庫もいかれていた。
 車載の冷蔵庫は、AC電源を取り込むと、LPガスからACに自動的に切り替わるシステムになっているのだが、それも、いつのまにか作動しなくなっている。

 ジェネレーターのスイッチをオンにしてみたが、こちらもウンともスンともいわない。

 前日まではサブバッテリーもフル充電。
 冷蔵庫の冷えもギンギン。
 ジェネレーターの作動にもまったく問題ないことを確認していただけに、これには参った。
 突然の不調の原因が分からない。

 帰国後、ニートRVの猪俣常務にこのことを問い合わせてみた。
 「ウィネベーゴ製モーターホームなら問題なかったんでしょうけどね (笑) 」
 と、のっけからきついジョークをかまされた。

 「それにしても、AC電源を接続してもライトが明るくならないということはちょっと重症ですねぇ。一ヵ所だけでなく、複合的なトラブルが考えられますね」
 という。

 その日は、結局外灯から差し込んでくる乏しい明かりを頼りに、酒宴の準備にとりかかることにした。
 スーパーで焼きソバの麺を仕入れたので、それをソイソースで味付けして、日本風焼きソバを楽しむ予定だったが、そんな手の込んだことをしている余裕がない。
 パンにチーズを載せて、それをつまみに小林さんとウィスキーを飲む。

 窓の外を見上げると星明り。
 暗さに目が慣れてくると、これもなかなかいいもんだ。

 最悪の夜を迎えたはずだが、なぜか酔いが回るにつれ、お互いに饒舌になる。
 結局は、「旅にはアクシデントがあるからこそ、それを乗り切った時の達成感もまた格別」 という結論を得て、バンクベッドとリヤベッドにそれぞれ分かれ、心地よく眠る。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:03 | コメント(2)| トラックバック(0)

ルート66伝説

《 モーターホームでアメリカを走る 5 》

 「1926年、イリノイ州のミシガン湖畔からカリフォルニア州サンタモニカ海岸を結ぶ、USハイウェイとして誕生したルート66は、全長2448マイル、八つの州と三つのタイムゾーンを走り抜けるマザーロードである」
 と、『荒野をめざす - 魂のハイウェイ・ルート66』 の著者 東理夫さんは書く。

 そいつを、自分で走ってみる。
 
 これは、ある一定の世代…1960年代にテレビ番組 『ルート66』 を観ていた人間たちにとって、共通した願いであるかもしれない。

 まさに、私がそうである。

テレビドラマルート66
 ▲ アメリカのベビーブーマー世代と日本の団塊世代の伝説となっているテレビドラマ 『ルート66』 。

 カラオケでも、よく 「ルート66」 を歌う。
 「If you plan to motor west…」
 で始まるこの歌は、のっけからジャズっぽくハネて、無類にカッコいい。

 途中の歌詞がむずかしい。
 通過する地名が、せわしなく短い楽節の中に詰まってくる。

  Now you go through ST,Louis Japlin'Missouri
  And Oklahome city is mighty pretty
  You'll see Amarillo, Gallup New Mexico
  Flagstaff,Arizona Don't forget Winona Kingmen Barstow
  San bemadino …
 
 ここが、いつもトチるところだ。
 舌をかみそうになる。
 たいていムニョムニョとごまかす。
 
  しかし、ギャラップニュメキシコ!
 のフレーズがうまく決まると、胸がすっきりする。

 早朝6時。
 パンとコーヒーの簡単な朝食をすませ、スライドルームをインにして、「オアシスRVパーク」 を後にした私たちは、いよいよルート66を目指した。

 93号線をひたすら南下。
 95号線との分岐点あたりから、次第に荒涼としたアメリカの大地が広がっていく。まばらな潅木の生えた赤茶けた大地が、果てしなくどこまでも伸びている。

 どんなに走っても、空と地面を分ける、ただ一本の線しか見えない。
 その線が地平線なのか、それともなだからな稜線を保った丘陵なのか、今までそういう景色に接したことないので、それがにわかに判別しがたい。

ルート66への直線路
 ▲ 果てしなく続く荒野の一本道。
 映画 「イージーライダー」 やパイオニアの 「ロンサムカーボーイ」 のCMにイカれた世代としては、たまりませんな。


「STOP」標識
 ▲ 荒涼とした大地にぽつりと浮かぶ 「STOP」 の標識。
 こういう映像が好きで、気がつけば、どこでも 「STOP」 を撮っていた。


 10時過、観光の名所フーバーダムに寄って休憩。

フーバーダムのジャンボリー
 ▲ フーバーダムで、“にわか愛車” となったジャンボリー31Mをパチリ。
 
 ここでは写真を撮っただけで、さらに先を急ぐ。
 今日1日で、ルート66の一部を見てから、さらにグランドキャニオンまでの約280マイルの距離を消化しなければならない。
 …といっても、それがどれくらいの距離なのか。㎞数で換算すると約450㎞という数字になるが、アメリカの交通感覚がまだつかめないので、にわかに実感が湧かない。

 14時頃、ついに歌に出てくるキングマンの町に入った。
 木々の木漏れ日が午後の歩道に涼しげな影を落としている典型的なアメリカの小都市だった。
 平和すぎて、退屈にも感じられる静かな街並みが続く。

 しかし、市内を注意深く眺め回してみると、町のいたるところに 「ヒストリックルート66」 という案内標識が掲げられていることに気づく。
 ここから次のセリグマンに至る道は、往年のルート66の面影が残るエリアとして、観光スポットとしても有名なロードなのだ。

ヒストリックルート66標識
 ▲ おなじみの標識

 人気のない市内を一巡して、「パワーハウス・ビジターセンター」 という看板のかかった駐車場にモーターホームを乗り入れる。
 何の建物か?

 中は 「ルート66」 のミュージアムだった。
 若干湿った空気が、薄暗い床の上を這っていた。

キングマンビジターセンター外 キングマンビジターセンター中
 ▲ ルート66ミュージアムの外観 (左) と、室内を彩るネオン (右) 。

 展示物は、ルート66がアメリカにもたらした文化的・経済的影響などを示したパネルなど、地味でアカデミックな感じのものが多く、そのせいか、観光客の姿もまばらだ。

 何気なく覗いたガラスケースの中に、ちょっと感動的なものを発見した。
 東理夫さんの書かれた 『荒野をめざす - 魂のハイウェイルート66』 が陳列されているではないか。

東理夫「荒野をめざす」
 ▲ 東理夫 著 「荒野をめざす」

 今回ルート66を走るときの参考書として、スーツケースの底に沈ませてきた本だった。
 それと同じものが、異国のミュージアムのガラスケースの中に眠っていたとは…。
 感無量。
 いったいどんな日本人がここにそれを寄贈したのやら。
 それとも、このミュージアムのスタッフが、本の評判を聞きつけて、わざわざ日本から取り寄せたのだろうか。

 確かに、あの本はルート66を走る気分を表現した本としては出色の出来だった。おそらくアメリカ人の中にも、ここまで思い入れを込めた読み物を創造した人間はいないのではあるまいか。

 東さんは、ルート66がインターステートハイウェイ40の出現によって、その役目を終えたことを、「アメリカのひとつの時代の終わり」 だと表現する。
 
 インターステーハイウェイが整備されることによって、大量輸送と、スピードアップと、仕事の効率化が何よりも優先される時代が来た。
 それと歩調を合わせるように、ルート66を走っていた時代の人たちが大事にしていた何かが、失われた。

 60年代に、日本でもアメリカでも一世を風靡したテレビドラマ 『ルート66』 は、ルート66が全盛を誇っていた頃、その道を旅する2人の青年が、行く先々の町で、人と触れ合い、人情を知り、成長していく物語だった。

 いまだ出会ったことのない未知の人が、自分に 「幸せ」 をもたらせてくれる。
 人々が無邪気に、それを信じることができた若いアメリカ。

 そういうアメリカが、ルート66の衰退とともに姿を消す。
 時代の終わりを 「道路」 が象徴するなんて、いかにも自動車文明の国アメリカらしい話だ。

 ビジターセンターを出て、モーターホームに乗り込もうとした瞬間、ブォーというマンモスの鳴き声のような音が大地を揺るがした。ミュージアム横を、汽笛を鳴らした貨物列車が通過するところだった。

キングマンのロングトレインラニング
 ▲ ロングトレイン・ラニング。見えづらいだろうけれど、右の方。

 その光景を何気なく見ていたが、いつまで経っても列車の行列は終わらない。5分ぐらい経過したところで、やっと最後部の列車が現れた。
 ロングトレイン・ラニング。
 ドゥービーブラザースの歌を思い出した。

 東理夫さんの 『荒野をめざす - 魂のハイウェイルート66』 にも、このロングトレイン・ラニングを、キングマンとセリグマンの間の道で見物したことが記されている。
 彼の本には、「その通過には10分かかった」 と書かれている。


 ルート66ヒストリックロードを、セリグマンの町に向けて走る。

toセリグマン
 ▲ ひたすらセリグマンへ

 前方の道が、水を撒いたように濡れている。
 しかし、そこまでたどりつくと、何もない。
 水溜りは、さらにその先に移動している。
 「逃げ水」 だ。
 涼しげな風情を帯びた幻の水溜り。
 
 東理夫さんも、本の中でこの逃げ水に触れている。
 「ルート66を追う旅は、逃げ水を追う旅のようだ」 と。
 

 途中ピーチスプリングスという小さな町で遅い昼食を取った。
 レストランの中にいる客は、同じようなレンタルモーターホームで旅をしている中年カップルだけだった。

ピーチスプリングレストラン外
 ▲ ピーチスプリングのレストラン。レンタルモーターホームの先客がいた。

 メニューから 「BBQ&ベーコンハンバーガー」 というのを選んでオーダーする。
 ネイティブアメリカンの血を感じさせるウェイトレスが、しきりに 「サイドオーダーは要らないのか?」 と尋ねてくる。ハンバーガーだけしか頼まない人間なんて信じられないといった表情なのだ。
 「ノーサイドオーダー、オンリーハンバーガー」
 というと、変った人たちね…とでも言いたげな笑顔を浮かべて奥に去っていった。

 概してアメリカ人は大食である。
 フライドライス (炒飯) などを頼んでも、日本の3倍の量がある。うっかりコーラなどをテイクアウトすると、それこそ日本のペットボトルの1リットル容器ほどのカップを手渡されることもある。

 ここのハンバーガーの大きさにもびっくり。本体そのものがデカい上に、添えつけのフライドポテトの量が尋常ではない。つくづくサイドオーダーなど頼まないでよかったと思った。

ピーチスプリングのハンバーガー
 ▲ ハンバーガーの単品がディナーのような盛り付けで出てくる

 結局、ポテトを食べる前にお腹がギブアップし、残りのポテトは発泡スチロールの容器をもらって持ち帰りにした。

 陽が中天からやや西に傾いた頃、セリグマンの町に入った。
 ここはキングマンと同じ 「ルート66の町」 といえども、だいぶ観光地化されている。

セリグマンの町3 セリグマンの町1 
 ▲ 1960年代の時代を凍結したセリグマンの街並み

 土産物屋の庭先には、古いアメ車がわざと野ざらし状態で置かれているなど、意識的にオールドタイムを演出している気配がある。
 流れる音楽も60年代あたりのロック。ルート66の旅は、アメリカ人の間でも 「センチメンタル・ジャーニー」 なのだ。

セリグマンの町4 セリグマンの町5
 ▲ ジェームズ・ディーンやマリリン・モンローがお出迎え。

セリグマンの町8 セリグマンの町6
 ▲ 「寂しい町」 って雰囲気はなかなか出ている

 モーターホームを道ばたに止め、土産物屋の中を覗き込むと、店の人間に、
 「日本人だろ? ここには日本人がいっぱい来るよ」
 と話し掛けられた。

 「ちょいと来い」 と店の中に引きずり込まれ、見せられたのはアルバム集。中村雅俊をはじめ、テレビでルート66を特集したときの日本人タレントがたくさん載っている。

 「昔テレビで放映されたルート66のドラマは、リアルタイムで観たのかい?」 と聞かれる。
 ちょっと照れたが、一応 「そうだ」 と答える。

 相手は、「うらやましい。俺はそのときにまだ生まれていなかった」
 という。
 しかし、その “うらやましい” も、どこか観光客向けの営業トークのような気がした。おそらく、そう話かけられて気を良くした中高年の観光客は、アメリカ人の中にも日本人の中にもいっぱいいるに違いない。

 営業トークだな…と感じつつも、売店の兄ちゃんとの会話で、ルート66をこの目で確認しているという実感だけは湧いた。

セリグマンのハーレー軍団
 ▲ ハーレーライダーにとっても、このルートは聖域。ブタイチさんの 「ルート66の旅行記」 を思い出す

 兄ちゃんの口車に乗って、「ルート66」 の道路標識の刺繍を入れたポロシャツをお土産に買う。
 25ドル。
 同じデザインのものが、キングマンの町で買えば20ドルだったが、そのためにそこまで戻る気にもならない。
 この先買う機会もあるまいと思い、25ドル支払って手に入れた。

 けっこう気に入ったシャツなので、旅行から帰ってしばらく経った今も、いつ着ようか、まだ悩んでいる。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 06:58 | コメント(2)| トラックバック(0)

車内でディナー

《 モーターホームでアメリカを走る 4 》

 モーターホームでアメリカを旅するということは、基本的に車内で食事をつくるということだ。
 もちろんレストランを見つけて外食することもできるし、移動中に見つけたファーストフード店に寄って、ハンバーガーなどをテイクアウトすることもできる。

 しかし、町を外れた郊外のRVパークにはなかなかレストランというものがないし、あったとしても、店を閉めるのが早い。

 だから、RVパークに泊まるときは、事前に見つけたスーパーマーケットで食料品を買い込むことになる。

 レンタルモーターホームを借りた最初の日は、巨大なスーパーを擁するラスベガス市内で食材を調達し、ついでに市内のRVパークに泊まることにした。

ヴェガスのスーパー
▲ ラスベガスの巨大スーパー 「AL WAYS」

アメリカの灰皿
▲ スーパーの入口前にあった灰皿。突き出た棒の先に、吸殻を落としこむ穴が空いている。
 アメリカ人は意外と煙草を吸う民族だった。嫌煙社会のような印象を持っていたが、案外そうでもない。特にラスベガスでは喫煙者が目立つ。


 スーパーにはその後何度も入ることになったが、とにかくどのスーパーも奥行きが見えないほど広い。
 そして商品類が実に整然とディスプレイされている。
 スーパーというより、出荷される商品が並んだ工場のようにも感じられる。1コーナーがすべて同じ銘柄の食料品で占められていることもある。 

 それはとても豊かな光景だった。
 1950年代から60年代にかけて、日本人が感じた 「アメリカの豊かさ」 をまざまざとこの目で見た気がした。
 しかし、これだけ大量の食材が、すべて賞味期限内に完売されるのだろうか? 売れ残りの食料品が大量に出ることもありそうだ。アメリカ人はあまりエコロジーに気をつかわない民族かもしれない。

スーパーの商品展示
▲ 同じ商品がずらりと棚の一列を占めている様子にびっくり。

 最初の日はステーキにしようと思い、アメリカ牛を大量に買った。
 他にパンとバター、チーズと牛乳、玉子、サニーレタスなどの野菜類も買い込む。ついでにマヨネーズ、ドレッシング、ソイソース (醤油) のたぐいもカートに放り込む。
 あとは用心のための缶詰類。インスタントコーヒーと紅茶のティーバッグも揃える。
 冷蔵庫が大きいので、それだけ詰め込んでもまだ容量の半分にも満たない。そこでも31フィートクラスの 「余裕」 を実感する。


 いよいよ初のRVパーク体験。
 全米一の規模を誇るといわれる 「オアシスRVパーク」 に入る。
 日本のキャンプ場では、まずこういうたたずまいの施設にはお目にかかれない。

 なにしろ、オフィス (管理棟) 自体がリゾートホテルと見紛うばかりの雰囲気なのだ。
 ロビーにはゆったりしたソファが置かれ、天井にはシャンデリア。
 受付の奥には、スーパーマーケットのような豊かな品揃えを見せる売店。
 優雅なバーカウンターを備えたレストランの向こう側は、涼しげな風が吹き渡るプールサイドが広がる。

オアシスRVパークのエントランス オアシスのロビー
▲ 全米一のRVパークといわれる「オアシス」。さながらリゾートホテルのようだ。

オアシスのプール オアシスのレストラン
▲ プール (左) やバーカウンターを備えたレストランやプールも完備

 受付カウンターで、予約番号を提示し、申し込み用紙に名前や住所を記入してさっそくサイトへ。

 すでに8割がたのサイトはクルマで埋まっている。
 どのクルマも超ビッグで超豪華。優に40フィートは超えるかと思うクラスAが居並ぶ前では、エルモンテRVで借りた31フィートのクラスCでさえも小さく見える。
 日本のキャブコンがここに入ると、きっと 「モーターホームの形をしたおもちゃ」 にしか見えないだろう。

オアシスのクラスA
▲ 優に40フィートを超えるだろうと思える高級クラスAがごろごろ

オアシス全景

オアシスのサイト1
▲ 木々の緑も豊かなオアシスRVパークのサイト。優雅なたたずまいのキャンプ場だ。

オアシスのボートトレーラー
▲ アメリカ人は船好き。ボートトレーラーをけん引しているキャンピングカーも目立つ。

 モーターホームと同じぐらいトレーラーも普及していて、その数は2対1ぐらいの割合。フィフスホイールのような大型トレーラーもやたら多い。
 あれだけ大きいとバックするときは大変だろうと思うのだが、どのサイトも駐車スペースがスルーになっているので、トレーラーでも大型モーターホームでも、バックで出る必要がない。
 やはりアメリカのキャンプ場だなぁ…とため息が出る。

 振り当てられたサイトを見つけ、さっそくシティウォーター接続口に水道をつなぎ、AC電源を引き込む。
 グレータンクとブラックタンクはまだ空なので、ダンプに接続する必要もないのだが、周りのクルマが全てセワホースをダンプにつなげているので、カッコつけのため、一応こちらもダンプの真似事をする。

フックアップ2
 ▲ フックアップすると、やっと 「家」 が完成したという気分になる。

 夕食にはまだ時間があったので、小林氏と2人で場内を散策。初めてのRVパークが珍しいために、2人で写真を撮りまくる。
 そんなことをしているのは日本人観光客だけなのか、歩いているアメリカ人から、 「What are you doing?」 などとニコニコ顔で話し掛けられる。
 とっさの会話に慣れていないため、うっかり 「Thank You」 などと答えてしまう。恥かしいことこのうえない。

 リビングをスライドアウトして、夕食の準備に取りかかる。
 普通の状態でもそうとう広く感じられた車内が、スライドアウトすると一軒の家の感じになった。

 ちなみに、ここらで私たちの使ったモーターホームをちょっと紹介しておきたい。
 メーカーはフリートウッド。車種名はジャンボリー31M。
 シャシーはシェビーワークホース。
 エンジンはV8・6リッターのボルテックエンジン。300HP。

 下の写真が、そのリビングルームだ。(これだけは、うまい写真が撮れなかったので、FLEETWOODのホームページに直接アクセスして、そこから画像を抜かせてもらった)。
 広角で撮った画像なので、不自然なほど 「広さ」 が強調されているが、実際に、スライドアウトした状態だと、こんな雰囲気になる。

ジャンボリーリビング

 スライドアウトによって広がる空間が、どれだけありがたいか。ショー会場になどに展示されているスライドアウトモデルを見だだけでは、それが分からない。

 たとえば、冷蔵庫からビールを取り出し、テーブルに並べる。
 肉に塩をふりかけて焼き、サラダボールに野菜を盛ってテーブルに食器を並べる。

 スライドアウト状態の広さが身にしみてありがたいと思えるのは、このように数人でせわしなくナベカマを振り回すときだ。

 キッチンまわりがレストランの厨房状態になったとしても、お互いに肩が触れ合うことなければ、足を絡ませることもない。
 日頃キャンピングカーのなかで、ステーキを焼くディナーなどを楽しんだことはないのだが、今回それにトライしてみて、つくづくスライドアウトモデルの威力を実感できた。

 焼いた肉をテーブルに並べ、野菜やパンを添える。まずはビールをコップにあけて小林氏と乾杯。
 続いてワインの栓を抜く。
 エアコンなどを使わずとも、窓を開けただけで自然の涼風が車内を通り過ぎる。なんとも快適な一夜。

 さらにフックアップの効力も体感する。
 シティウォーターに接続したために、清水タンクの容量を気にすることがないのだ。
 シャワーも、後で入る人のことを考慮して、石鹸を塗りたくっているときには水を止めたりする気苦労がない。
 モーターホームというのは、フルフックアップという機能とジョイントすることによって、はじめて本当の効力を発揮するものだな…ということを身体で理解する。

ジャンボリーサニタリー
 ▲ 中央奥が洗面台。左側がシャワールーム。

ジャンボリーベッドルーム
 ▲ リヤベッドルーム

ジャンボリークローゼット&デスク
 ▲リヤベッドの足元には、クローゼットとライティングデスクが並ぶ。
 スライドアウトさせると、ベッドとクローゼットの間に空間が生まれるので、クローゼット下の引き出し類も使えるようになる。このようにして、リビングとは独立した 「寝室・更衣室・書斎」 が生まれる。


 食後、夜の空気を吸うために車外に出る。
 遠くのラスベガスの中心街あたりの空が明るく輝いている。
 そこでは、相変わらずロックビートと観光客のざわめきが街を揺るがしているのだろうが、その騒音はここまで届かない。

 どのモーターホームも、人がいるのかいないのか分からないほど静まり返っている。日本のキャンプ場のように、夜がふけてもタープの下で揺れ動いている人間の姿は見えない。
 早朝の出発に備え、こちらも早めに寝ることにする。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:34 | コメント(4)| トラックバック(0)

右側通行を初体験

《 モーターホームでアメリカを走る 3 》

 レンタルモーターホームを、実によく見た。
 日本では、キャンピングカーをレンタルするという習慣が、まだあまり定着していないが、アメリカでは予想上にレンタルモーターホームが普及していた。

 最初は、どれがレンタルモーターホームなのか、よく分からない。
 しかし、注意してみていると、みな車体にでっかくレンタル会社の名前がディスプレイされているので、すぐにそれと分かるようになる。

 全米最大手といわれる 「エルモンテRV」 社の場合は、バンク部分に 「EL MONTE RV」 のロゴ。
 「クルーズアメリカ」 社の場合は、ボディサイドに有名観光地の写真とともに、「CRUISE AMERICA」 というネームが入る。

IH40沿いにて
 ▲ エルモンテRV社のレンタルモーターホームのクラスCは、バンクに 「EL MONTE RV」 のロゴが入る。

 こういう、“いかにもレンタルしましたよ” というモーターホームが、個人所有の高級モーターホームが居並ぶRVパークにも堂々と入ってくる。
 こちらの国には、「レンタル車だと、モーターホームを買えない貧乏人と思われるかもしれない」 などという、肝っ玉の小さい考えの持ち主はいないらしい。
 それだけ、モーターホームが人々の生活の中に、当たり前のように定着しているのだろう。

 実際、郊外を走っていると、荒野の中の一軒家という風情の家々には、必ず1台、古いモーターホームかトラベルトレーラーが置かれているのを見る。

アメリカ荒野の家のキャンピングカー
 ▲ 荒野にポツンとあるような住宅には、ほとんどトレーラーかモーターホームの姿が見える。

 モーターホームやトレーラーは、日本では 「自然の中でキャンプする道具」 と思う習慣があるので、
 「こんな大自然の中に住んでいるのだから、キャンピングカーなんか要らないじゃん」
 などと、ついつい思いがちだが、荒野の中に住んでいるからこそ、サバイバルの手段として、モーターホームを1台持っておくという発想が生まれてくるのだろう。

 だから、グランドキャオン、モニュメントバレーといった大観光地を擁するアリゾナ州やユタ州では、対向車の10台に1台がモーターホームかトレーラーだった。

 最初のうちは、北海道でキャンピングカー同士がすれ違ったように、手を振って挨拶した。
 誰も挨拶を返さない。
 当たり前だ。
 こちらでは、モーターホームなど、“乗用車の1種類” でしかないのだから。
 
対向車のキャンピングカー
 ▲ 対向車の10台に1台はモーターホームかトレーラー

 そのモーターホームを借りるために、「エルモンテRV」 社のラスベガス営業所におもむいた。
 
 ラスベガスの中心街から走ること20分あまり。
 まばらな潅木が生い茂る、いかにもかつては “砂漠のど真ん中” といったところに、営業所は店を広げていた。
 社屋の雰囲気は、なんとなくメキシコ風。
 それだけでも、
 「おお、エキゾチック!」 と感嘆してしまう。

エルモンテRVラスベガス外観 エルモンテRVラスベガス室内
 ▲ エルモンテRV社のラスベガス営業所

 クルマを借りるためには、国際免許証と日本の免許証、パスポート、クレジットカードの提示が必要となる。
 提出された書類に、日本の住所などのほか、もろもろのインフォメーションを書き込まなければならない。

 こちらの英語力などは、せいぜい買い物する時に役立つレベルなので、細かい事務手続きとなると、ちんぷんかんぷん。
 旅のプロであるトラベルデポの小林さんの助けを借りて、自分の書類だけ書き込むと、後はサボりを決め込んで、興味津々といった表情をあらわに、オフィスの中を歩き回って見物。

エルモンテRVカウンター
 ▲ レンタル手続きを行うカウンター

 社屋はそれほど大きくはないのだが、手続きカウンターの横にはシアタールームのようなものがあり、「映画鑑賞」 ができるようになっている。おそらく、モーターホーム初心者に扱い方を教えるDVDなどを見せる部屋だろう。


 「2台空いているから、好きなほうを選べ」
 と、店の人がいう。

 1台はフォードエコノラインベースの25フィートモデル。
 もう1台は、シボレーベースの31フィートモデル。
 ともにレンタルモーターホームでは導入頻度の高いフリートウッドのジャンボリー。 

ジャンボリー25 ジャンボリー31 
 ▲ 25フィートモデル (左) と、31フィートモデル (右)

 外観からそれを見比べただけで、小林さんは、「25フィートにしましょう」 という。
 確かに、取り回しを考えると、25フィートの方が無難に見える。

 室内に入ってみた。
 25フィートは、対面ダイネットにリヤダブルベッドという標準的なレイアウト。
 31フィートは、リビングとリヤベッドの間にL型キッチンとトイレ・シャワールームが設けられ、アコーディオンカーテンで仕切られているため、リヤベッドのプライバシーが確保できる。

 5日間ほどの旅とはいえ、休むときはそれぞれ “別室” を確保した方が、落ち着けると判断した。

 「ここまで来たら、25フィートも31フィートも大差ないですよ。広い方が楽。31フィートでいきましょう」
 そうは言ってみたが、実は、こんなでかいクルマを運転するのは初めてなのだ。

 31フィートといえば、全長約10m。日本の乗用車2台分くらいの長さになる。
 自分がかつて乗り回していた国産キャブコンは、5m60。今のクルマは5m弱。
 その感覚が身に付いているから、10mのクルマともなると、ちょっとブルってしまう。

 しかし、一応 “キャンピングカーのジャーナリスト” ということになっているので、ブルっている姿は見せられない。
 「平気、平気」 という表情をつくって、強引に31フィートを選ぶ。


 英語をペラペラと早口でまくしたてる (当たり前か…) オフィスの女性スタッフから、モーターホームの扱い方に関するレクチャーを受ける。
 「ここが発電機の収納庫」
 「こっちはグレータンク、ブラックタンクの排泄口」
 「こちらはプロパンボンベの収納庫」……

 わりとてきぱき事務的に解説するので、モーターホームが初めてという人には、全部を一度に理解するのはむずかしいと感じた。
 キャンピングカーを経験していない人は、日本にいるときに、モーターホームの基礎的な扱い方を調べておく必要がありそうだ。

 さらに日本で導入されているアメリカ製モーターホームとは異なる部分もある。
 たとえばプロパンボンベ。
 日本製ボンベと異なるので、コックの位置や形状も違う。
 しかし、ボンベの容量が多いため、10日間程度の旅行ではプロパンガスを補充することもなさそう。

 それ以外のことは、日本でキャンピングカーを扱っている人にはだいたい理解できる範囲なので、キャンピングカー経験者が旅行中に機器類の扱い方で困ることはないと思った。

 ありがたいのは、グレー、ブラックタンクの量や清水タンク、プロパンガスの残量、メイン・サブバッテリーの充電状態などが、すべて一目で分かるモニターパネルが完備していることだった。
 自分が今使っているキャンピングカーにはない装備だったので、これは便利に感じた。
 
 ただエアコンなどの設定温度は華氏で表示されている。
 華氏の感覚がにわかにつかめないので、ちょっと戸惑う。
 ちなみに、車内で快適な温度とされる摂氏24度は華氏では75℃ぐらい。慣れるまで少し時間がかかる。


 いよいよ出発。
 最初はアメリカでの運転経験を持つ小林氏に運転をお願いした。
 彼も31フィートクラスを運転するのは初めてだという。

 しかし走り始めると 「案外楽ですネェ」 と彼がいう。
 助手席に座った自分もそれを感じた。道幅がゆったりしているので、巨体を持て余すという感覚が生じない。日本と違って、曲がり角でもリヤのオーバーハングのマージンを取って大回りする必要もない。

 自分で運転してみたくなったので、スーパーに寄ったついでにさっそく運転を交代してもらった。

 生まれて初めての右側通行。
 直進する場合はまったく違和感がない。
 ただ右折は簡単だが、左折の場合は少し戸惑う。

 アメリカでは片道3車線が、日本の道路の往復4車線ぐらいの道幅に感じられる。
 だから、片道3車線ぐらいの大きな道路の左折は、うっかりすると中央分離帯を見逃して、その手前の一番奥の道に侵入したくなる。
 小林さんの 「その先、その先!」 という指示でなんとか命拾いする。

 それ以外にも、日本の交通ルールとはかなり異なる部分もある。
 たとえば右折の場合、特別の標識が出ていないかぎり、対向車が来ない場合は赤信号でも右折できる。
 踏み切りも一時停止する必要がない。
 日本の習慣に従って、踏み切りでうっかり一時停止すると追突されると小林さんに教わった。

 道を譲ってもらったお礼にハザードを点滅させたりする習慣もないという。片道2車線ある場合の追い越し車線は左側。

 それらのことに完全に慣れるまで、やはり半日ほどの運転時間が必要だった。

 しかし、慣れると、アメリカの道は実に走りやすいということが分かってきた。
 まず、交通標識が洗練されている。
 異国のドライバーがはじめて走行しても、その意味がすぐ分かるようになっている。

フリーウェイのトラック
 ▲ 幹線道路では巨大な18輪トラックなどがビュンビュン飛び交うが、道幅が広いために怖さを感じることがない。

 道路標識も、南北に走っている道は奇数番号。東西に走る道は偶数番号で表示されるので、自分の向かう方向が明確に判断できる。

東西南北の道路標識
 ▲ 奇数番号は南北。偶数番号は東西に走る道を示す。

 ハイウェイの流入車線も、マージンがたっぷり取ってあるので、入ってくるクルマも、入れてあげるクルマも、スピードをコントロールする必要がない。
 さすが、自動車先進国。
 アメリカのドライブはこんなに気楽なものかと、しみじみ実感することになった。

 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 04:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

北米のRVパーク

《 モーターホームでアメリカを走る 2 》

 キャンピングカーの宿泊施設で、日本にはないものがアメリカにはある。
 「RV PARK (RVパーク)」 と呼ばれるキャンピングカー専用のキャンプ場だ。

 もちろんアメリカにも 「CAMP GROUND」 と呼ばれるキャンプ場があり、テントキャンパーを受け付けているが、キャンピングカーの普及しているアメリカでは、RVパークの方が目立つ。
 目立つのは道理で、これらのRVパークはほとんど幹線道路上にあるため、走っていれば自然に目に入ってくるからだ。

 つまり、日本のキャンプ場のように、その場所を探して山の中の小道をたどっていくということがない。
 「そろそろ疲れた…どこかに泊まろう」
 と思って走っていれば、向こうから目の中に飛び込んで来る。

 今回のモーターホームによる 「グランドサークルの旅」 では、四つのRVパークに宿泊したが、それ以外にも時間があるときは、モーターホームを止めて視察に寄った。

 千差万別。あるいは玉石混合。
 「こりゃ、立派なリゾートホテルじゃないか!」
 と思えるものもあれば、
 「どこがRVパークなの? ただの空き地じゃない…」
 というのもある。

 ただし、“空き地” ではあっても、RVパークと名づけられている限りは、ほとんどフックアップ機能だけは持っていた。
 電気、水道、そしてトイレ汚水や生活雑排水を投棄する排水溝だけは、だいたいどのRVパークにも設置されている。
 
 北米系モーターホームを使用されている方々はよくご存知のはずだが、北米製のキャンピングカーの場合は、「モーターホーム」 と名づけられている限り、家屋と同じライフラインが完備している。
 そのうちガスは、搭載しているプロパンボンベでまかなうようになっているが、電気と水道、そしてトイレなどは、RVパークのフックアップ設備に接続すれば、家の中にいるのと変らない状態で利用できる。

フックアップ1 フックアップ2
 ▲ フックアップの状態。黒いジャバラの管が、トイレ用のブラックタンクと、生活雑排水用のグレータンクが流れ出る管。白い細い管は、モーターホーム内に水道水を取り込むシティウォーター。

 キャンピングカーの普及というのは、インフラの整備があってこそ可能になるものだが、RVパークの存在は、アメリカのキャンピングカー人口を増やす大きな要因となっている。 

 
 旅の初日、ラスベガスの 「サーカスサーカスホテル」 に投宿した私と小林さんは、ホテル裏にある 「サーカスサーカスKOAキャンプグランド・マナーRVパーク」 を視察に行った。

KOAマナーRVパーク
 ▲ サーカスサーカスホテルに隣接する 「KOAキャンプグランド・マナーRVパーク」 の看板

 「ひゃぁー!」 という声が思わず漏れるほど、広い。
 でっかいモーターホームが軒並み並んでいるのだが、遠くのサイトにあるモーターホームは豆粒のように小さく見える。
 延々と連なるモーターホームの彼方には、ネオンまたたく高層ビル。
 都会のビルを遠望するキャンプ場というのは、日本ではなかなか見られない。

ビルを見上げるRVパーク
 ▲ ビルを見上げる “キャンプ場” 。日本ではなかなか見られないロケーションだ。

 キャンピングカーの宿泊場所に対する考え方が、日本とは違うのだ。
 日本のキャンプ場は、そこで 「キャンプをする」 ことを目的とするものが多いが、アメリカでは 「旅の通過点」 と割り切ったRVパークが多い。

 「KOA・マナーRVパーク」 はまさにそういう宿泊施設のひとつだった。
 だから、表現は悪いが、「でっかい駐車場」 という雰囲気もなきにしもあらず。
 植栽もほとんどなく、地面がほとんどコンクリートで固められているので 「風情」 というものは感じられない。

 それでもいいのである。
 ここは、アメリカの自然を求めて旅している人たちが、
 「たまには都市の雰囲気と便利さを味わってみたい」
というときに訪れる場所なのだから。

 だから、このラスベガスのRVパークに宿泊している人々は、みな夜はタクシーを拾って、あるいはシャトルバスやモノレールを利用して、あるいは (トレーラーの人たちは) ヘッドを利用してカジノまで遊びに行き、明け方帰ってきたりする。

 このサーカスサーカスのRVパークは、夜と翌日の朝、2回ほど見に行ったが、夜の方が静かだった。
 たぶん、みなここにクルマを止めて、町の中心街まで遊びに行ってしまうからだろう。

 もちろん、こういう都市型RVパークだけが主流ではない。グランドキャニオンやモニュメントバレー、ザイオンなどの観光地にあるRVパークは、素晴らしいロケーションと豊かな自然環境に満ちている。

 場所によって、さまざまな相貌を見せるアメリカのRVパーク。
 アメリカでキャンピングカーが普及している理由もよく分かる。

モーターホームと老夫婦 
 ▲ モーターホームで旅する典型的な老夫婦。ハトにエサを撒きながら、静かなお昼時を過ごしている。

KOAマナーキャンプ場管理等
 ▲ 管理棟。中では清涼飲料水やらサンドイッチなどの食品のほか、日用品、簡単なRVパーツ、お土産品などが売られている。管理棟横には、プールとドッグランコースがある

ジョージアのクレイさん 40フィートのモナコ
 ▲ ジョージアから来たというクレイさん。40フィートの 「モナコ」 というクラスAの持ち主。
 写真を撮っていると、「ハロー」 と呼び止められる。
 「ここに泊まっているのかい?」 と聞かれたので、「ここではなく、ホテルに泊まっているが、興味があるので見学している」 と答える。
 「カジノに行ったのかい?」
 「行った。1ドルすった」
 「ハハハハ」


KOAマナーのフィフス
 ▲ 場内ではフィフスホイールトレーラーが目立った。
 この後に泊まったRVパークでも感じたことだが、やたらフィフスホイールトレーラーが多い。それをダッジやフォードのピックアップトラックでけん引するというのがアメリカ流。
 フィフスホイールは、日本では定置式のパークトレーラーとして利用されるというイメージが強いが、アメリカでは、このフィフスがあたかも普通免許でけん引できる750㎏クラスのキャンピングトレーラーのように普及している。


KOAマナーのカシータ
 ▲ 日本でも人気のある 「Tグローブ」 の原型となったカシータ。

KOAのピックアップキャビン
 ▲ これは珍しいエッグフォルムのピックアップキャビン 「AVARON」 。エアストリームを半分に切って載せたようだ。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 03:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

ラスベガスの夜

《 モーターホームでアメリカを走る 1 》

 モーターホームで、アメリカの 「グランドサークル」 を走る。
 そいつは、昔からの夢だった。

モニュメントバレー1

 モニュメントバレー、グランドキャニオン、ザイオン、アンテロープキャニオンなど、「グランドサークル」 と呼ばれる一帯は、いわば 「アメリカの原風景」 ともいえる手付かずの自然が残されている地域。生活設備がしっかり整ったモーターホームのありがたさを、最も切実に感じさせてくれる場所ともいえる。
 
 この旅に誘ってくれたのは、このホビダスのサイトでも 「motor-home」 のハンドルネームでブログを書かれているトラベルデポの小林さんである。

 「プレス関連者向けにモーターホームのファムツアーを実施することになって、1台利用できることになったのですが、いっしょにアメリカに行きませんか?」
 
 その一言に、衝動的に 「うん」 と答えた。
 心の準備も、旅費の準備もできていなかったが、こういうチャンスは滅多にあるものではない。

 アメリカンモーターホームは、常日頃、仕事を通して接しているが、実はその中で 「生活」 したことがない。しかも、交通ルールの異なるアメリカで走ったこともなければ、アメリカのRVパークの実情も知らない。
 こいつは勉強になる、と思った。

 仕事柄、小林さんは、モーターホームの使い方に対する詳細なマニュアルを作られている。

 それは私でもずいぶん参考になる立派な資料だが、彼がこのたびのアメリカ行きに私を誘ってくれた背景には、今までいろいろな顧客に案内してきたそのマニュアル通りの生活が、ちゃんとできるかどうか、私と苦労を共にすることで、実施検証してみようという動機があったのかもしれない。
 
 7泊8日の旅。
 スタート地点はラスベガスだった。
 レンタルモーターホームを借りてグランドサークルを回る起点として、「エルモントRV」 社のラスベガス営業所が最も便利だったからだ。

 最初の晩だけは市内のホテルに泊まった。

 ラスベガスはもともとマフィアの隠れ家として発展した町だという。砂漠のど真ん中にあるというのも、マフィアたちが追っ手の目を逃れる意味があったのかもしれない。カジノが発達したのもマフィアとの関連がありそうだ。

 水の供給が難しい町なのだが、最近では地下水を汲み上げたり、水の再利用を促進する循環技術も発達したため、水の供給がスムースになり、町の規模が広がり始めた。
 街のいたるところにヤシの木が生え、一見、この街は涼しげな南国リゾートに見える。

ラスベガス景観(ホテル)

 しかし、もともとは砂漠だけあって、日中は日差しが強烈。華氏90度以上(摂氏36度)ぐらいの強烈な太陽が街並みを焦す。
 その代わり、夜は吹き抜ける風が実に心地よい。
 そのため、ラスベガスは夜の町として発展してきた。

 夜、飯を食べるために、ホテルからタクシーを拾って町の中心街にでかけた。

 ここでは町の中心部を 「ストリップ」 という。
 “帯状に伸びた” という意味らしいが、その意味を知らないと、なんだか別のものを期待してしまう。
 一説によると、カジノでさんざん金を使わされた観光客が、最後は身ぐるみ剥がされるから 「ストリップ」 と呼ばれるようになったとも。
 ストリップショーを観るのはいいが、自分で演じるのは、やはりいやだ。

 そのストリップでタクシーを降りたとたん、まばゆいばかりの光と激しい騒音の洗礼を受けた。
 どのビルも青、赤、黄色の点滅するネオンに彩られ、店内から流れるロックビートがチーンジャラジャラと歩道を揺るがしている。
 街そのものが 「巨大なパチンコ機」 なのだ。

ラスベガスのネオン1
 
 その巨大なパチンコ機の中を、さまざまな観光客が行き交っている。

 道を歩く人々はおおまかに分類すると3種類。
 モーターホームで旅しているような、慎ましやかな服装をした品の良いアメリカ人の老カップル。
 田舎町から週末の享楽を楽しむためにやってきた若者グループ。
 そして、我々東洋人のような外人観光客。

 若者グループは、歩き煙草で、ビールをラッパ飲みしながら喚声を上げる。
 外国観光客たちは夜のネオンを撮ろうとやたらとカメラを振りまわす。
 それを、品の良い老夫婦たちが 「田舎モノはこれだから困るよ」 とでも言いたげな表情で眺めながら通り過ぎる。

ベガスのネオン3

 それにしても、なんと不思議な街か。
 ここには 「世界の観光地」 が効率よく収録されている。
 歩き始めたら、パリのエッフェル塔と凱旋門が出てきたのに、まずびっくり。
 しかし、それだけでは収まらなかった。
 少し歩くと、今度はニューヨークの自由の女神とエンパイヤ-ステートビルが出てくる。さらに歩くと、スフィンクスとピラミッド。
 どれもが有名なホテルやカジノなのだ。

ラスベガス自由の女神 ベガスのエッフェル塔
 
 エッフェル塔と凱旋門をコラージュした建物はフレンチレストランや展望デッキを備えた 「パリス・ラスベガス」 。
 自由の女神とエンパイヤ-ステートビルはホテルとカジノを兼ねた 「ニューヨーク・ニューヨーク」 。
 スフィンクスとピラミッドは、ショッピングアーケードで有名な 「ルクソール・ラスベガス」。

 それらのオブジェが本物と違うことは、どれも強烈なライティングを浴びて、毒々しいほど華麗に輝いていること。
 そのイミテーションのチープ感が、ラスベガス独特の魅力になっている。イミテーションの気安さから生まれる遊び心が、ためらいなく一夜の歓楽を享受する気楽さにつながっている。


 ラスベガスには有力な産業がない。収入のほとんどは観光収入だ。
 そのため、観光の目玉となるカジノには、緻密な配慮が重ねられている。
 たとえば、どのカジノにも時計というものがない。お客に帰る時間を忘れさせるためだ。

 建物の室温は、昼も夜も平均して24度前後の心地よい温度が保たれている。お客が疲れたり、眠くなったりすることを避けるためだ。
 お腹がすいても、カジノの外に出なくてよいように、すべてのカジノには飲食スペースが備わっている。
 観光客に気持ちよくお金を使ってもらうために、街全体が緻密な計算によって演出されているというわけだ。

 砂漠の一角に誕生した夢の不夜城。
 世界中で、これほど人工的な都市というのも他にないのではなかろうか。

ラスベガスのネオン2

 ラスベガスは、街全体が巨大なテーマパークといえるかもしれない。表通りを歩いている限り、これほど人々の生活臭が感じられない町も他にはない。
 そういった意味で、ディズニーランドの雰囲気に近い。
 しかし、テーマパークの刺激には、人々はすぐ慣れる。客に飽きさせないためには、常に生まれ変わっていくしかない。

ラスベガスの街並み

 ラスベガスでは、街のいたるところで、新しいビルの建設が進んでいた。短時間に生まれ変わるために、古いビルは爆破して一瞬のうちに壊し、後は、昼夜を問わず突貫工事が進められる。夜がふけても、建設現場では遊び客と同じぐらいの人間が働いている。

 この街では2年単位ぐらいで景観が一変するという。特に最近の傾向は、コンドミニアムの建設が増えたことだ。お金持ちが遊ぶ時間を短縮するために、コンドミニアムを所有してこの町に住むようになってきたからだとか。

 ただ、最初の出資者がそのまま住むケースはまれだ。新しく建設されるコンドミニアムの多くは、投資の対象だともいわれる。
 カジノといい、投資の対象のコンドミニアムといい、人間のストレートな金銭への要求が、とてつもない 「幻想の街」 を創り上げる原動力となっている。この街のどこか切ない華やかさというのは、そこに由来しているのかもしれない。

 カジノの雰囲気を味わうために、全米最大の客室を持つというメガホテルの 「MGMグランド」 を訪れた。
 入口で、MGM映画でおなじみの巨大なライオン像が街並みを見下ろしていた。その像の大きさがもう鎌倉の大仏さん以上。建物自体が、日本の町のワンブロックほどの大きさを誇っている。

MGMグランド

 エレベーターを降りると、そこには巨大な地下街が広がっていた。
 行けども行けども、スロットマシンとルーレットとポーカーやブラックジャックのテーブルが連なる光景が続く。
 遊びなれた感じのアメリカ観光客たちが、ウィスキーを楽しみながら優雅にルーレットに興じているかと思えば、冷やかし半分の外国人観光客がスロットマシンのハンドルを操っている。

ベガスのスロット

 いったい一晩でどれだけのお金が動くのやら。
 わずか10ドル程度の投資で、一晩に300万ドル稼いだ日本人観光客もいたという。メダルが機械からこぼれるように溢れ出し、その人は機械が壊れたと思って、従業員に文句を言いに行ったらしい。ビギナーズラックとでもいうのだろう。
 それにあやかろうと1ドル投資してスロットマシンを試してみたが、ものの10秒で終わってしまった。

 カジノを出ると、夜の12時を過ぎたというのに、行き交う人間の多さは一向に変らない。道路にはモーターホームほどの長さのリムジンがしきりに走り回っている。

 リムジン会社は10数社あるといわれ、各ホテルでもリムジンサービスが実施されている。長大な車室内にはパーティができるような椅子テーブルが備わっており、実際に車内パーティを楽しむという需要も多いという。フォードE250やハマーをベースにしたリムジンもある。

ベガスのリムジン ベガスの白いリムジン 

 その長い車体が交差点などを横切るところを見たりすると、ため息が出るほど美しく感じられる。
 これだけは日本ではなかなか見られない光景だ。

 大自然の相貌をむき出しにしているグランドサークルの旅は、その対極ともいえる超人工的な街から始まった。

ハーレーダビッドソンカフェのネオン
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 06:38 | コメント(12)| トラックバック(0)

御前崎でCAMP

 GWは御前崎でキャンプ。
 戸川總さんが顧問を務められているTAS (トレイル・アドベンチャー・スピリット) のクラブキャンプにご招待いただいて、今年も楽しいGWを過ごしました。

TAS御前崎1

 このクラブは正会員以外に、特別参加のビジターを招待することで、交流の輪を広げている団体なのですが、これで私もGWは3回連続の出場。その他のイベントを合わせると、かれこれ10回ぐらいは参加させてもらっています。

 ビジターとはいいながら、メンバーの皆様とはもうすっかり顔なじみ。

 B.C.ヴァーノン、プレジャーウェイといった北米系モーターホームが主流のクラブですが、ドイツ車やピックアップキャビン、私のような国産キャブコンなど、参加者の車種構成は色とりどり。
 クルマ談義にも多様性が加わり、そこが面白いところです。

TAS御前崎3

 会場となった 「御前崎マリンパークオートキャンプ場」 は、目の前に駿河湾が広がるビーチサイドキャンプ場。海を隔てて富士山が遠望できるロケーションに恵まれた場所です。

TAS御前崎2

 しかし、施設的にはまだ発展途上のキャンプ場という雰囲気で、トイレと水場がある程度。
 サイトの水はけが悪く、前夜の雨がところどころ水溜りとして残る場所に乗り入れたモーターホームの中には、スタックして往生したクルマも多かったとか。

 木立がない、海風をまともに受けるなど、炎天下や強風時のキャンプはちょっと辛いものがありそうですが、個人的には、こういうだだっ広いフリーサイトのキャンプ場の景観は、嫌いな方ではありません。

 夕暮れ時など、壮大に天を焦がす夕焼けが、やけにでっかく見えて、眺望の開けたキャンプ場ならではの醍醐味が味わえます。

 2日目は、恒例となったチャリーティーオークション。
 キャンプ中に必要になったタオル、高級ワイングラスなどを格安でゲットしました。
 オークションを仕切る戸川さんの名トーク。
 それを聞いているだけでも、このオークションは価値あり。

TAS御前崎チャリティー 

 今回は、キャンピングカー専門誌 『オートキャンパー』 の編集者である山口さんも家族で参加。
 夕方からのパーティでは、連夜にわたって山口さんと話す機会が持てました。

 キャンピングカーにおけるブランド力とは何か。
 国産キャンピングカーは、海外での商品力を問うレベルになったのか。
 本当に使える軽自動車キャンパーとは。

 さすが業界トップの編集者の方と話すと、面白い話ばかり。
 かなりの刺激をもらいました。

TAS御前崎山口氏

 お互いに、記事には書けないオフレコ話で盛り上がったり…。

 とにかく、連休後半の3日間。
 体と心の “洗濯” を行ってきました。

 メンバーの方々と語らう以外は、椅子に座って、ただ空を見上げ、
 「…まだ5時だ」
 とつぶやく至福の時を過ごすことができました。

 そうです!
 「まだ」

 仕事や生活に追われていれば、時間を意識するときは必ず、
 「もう5時かよ」
 と、「もう」 が付いてしまいます。

 「もう」 と 「まだ」 の違いを味わえるというのが、こういうアウトドアフィールドで、空を見上げることの意義なんでしょうね。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 12:07 | コメント(2)| トラックバック(0)

薩摩示現流

 NHKの大河ドラマ  『篤姫』 を見ていると、薩摩の若い武士たちが、よく剣術の稽古をしているシーンが出てくる。
 きれいに削られた木刀ではなく、粗っ削りの丸太のようなものを使っている。
 それが、薩摩における太刀打ちの稽古の流儀だ。

 薩摩示現流。
 この名に、けっこう思い入れがある。
 
 『新撰組血風録』
 『燃えよ剣』
 『竜馬がゆく』
 『跳ぶが如く』

 こういう小説の愛読者だから、そこに出てくる 「示現流 (じげんりゅう) 」 という言葉にはさんざんなじんだ。

 昔、鹿児島に 「観光ガイド」 を書くための取材に行ったことがある。
 市内に 「黎明館 (れいめいかん) 」 という資料館があった。
 鹿児島の歴史が一目でわかるような展示物が並んでいる。

黎明館
 
 そこに、鹿児島の伝統芸能や祭を紹介するビデオコーナーがあり、示現流の練習風景が紹介されていた。

 剣士が、枝を切り落としただけの丸太を持って、地面に植え込まれた棒を次々と叩いていく。
 洗練さのかけらもない素朴で原始的な剣術だ。
 ただ、「キェー」 とか 「チェースト」 というかけ声だけが、聞き手の心を震撼させるほど恐ろしい。 

 司馬遼太郎さんは 『新撰組血風録』 や 『燃えよ剣』 のなかで、新撰組の近藤勇の口を借りて、こう言わせている。
 「隊士諸君。薩摩の浪士と切り結ぶときは、初太刀を外せ。恥も外聞もなく退いてもいいから、初太刀だけはかわせ」
 
 初太刀。
 最初の一撃という意味だ。

 示現流では、初太刀に気合を込め、最初の一撃で相手を倒すことに全てを賭ける。
 逆にいえば、その初太刀を相手に外されたら、薩摩剣士は死ぬしかない。
 まさに捨て身の剣法であり、幕末、勤皇方の志士たちを血祭りにあげていた新撰組ですら、この薩摩示現流には恐れおののいたといわれる。


 薩摩の人々には、その示現流の精神が、生活全般にも沁み込んでいるという。
 そんな話を、鹿児島で取材をしていたとき、居酒屋の女将 (おかみ) さんから聞いた。
 『焼酎天国』 という、それなりに名の知れた店で、その店を取材した後、そこの女将さんが酒の相手をしてくれた。

 鹿児島では決断を下す速さを表す言葉として、「太刀の来ぬ間に」 という表現がある、と女将さんは話す。
 つまり、相手の刀が切りかかって来ないうちに、素早く決断せよという意味らしい。
 いかにも、示現流の故郷であることを感じさせる例えだ。
 司馬遼太郎の小説の中で、
 「鹿児島では、男の行動を例える表現は、ことごとく軍事か剣術の表現がベースになっている」
 と言う指摘があったが、それを思い出した。

 このような、薩摩剣士の精神を体現した男たちを 「薩摩隼人 (はやと) 」 という。

 女将さんが、薩摩隼人の 「定義」 を教えてくれた。

 薩摩隼人になるための条件は、
 一に 「議をいうな」
 二に 「弱者に優しくあれ」
 三に 「勇猛果敢であれ」
 …ということだそうだ。

 議を言うな、というのは 「ごちゃごちゃ理屈をこくな」 という意味。
 男は不言実行。しかも、的確な判断力を持って、瞬時に決断せよというのである。
 
 そして、そういう男に惚れる女のことを 「薩摩おごじょ」 というそうな。
 薩摩おごじょというのは、男のそういう美質を、女だてらに臓腑の隅々にまで沁みこませた女のことを指し、それでいて、常に風下に回って男を立て、万が一男がくじけそうになったときこそ、「示現流」 のすさまじい炎を男に注入するのだとか。

 「私こそ、まさに薩摩おごじょの典型!」
 と、さすがに 『焼酎天国』 の女将さんは言わなかったが、目が語っていた。
 で、薩摩隼人でも何でもない軟弱な東京男の私は、一気に酔いが回った。

焼酎天国

 
 翌日、鹿児島市内の風景をカメラに収めようと思って外に出たら、季節外れの雪が舞っていた。
 道行くクルマのルーフがみな白く変色している。
 通行人は、傘をさしているし、女性はスカーフをほっかぶりしている。

 「変だな。天気予報は晴だといっていたのに…」
 と思って、よく見ると火山灰だった。
 桜島が煙をはき出したのだ。
 
 城山の高台に登っても、灰で桜島が見えない。
 小雨で視界が悪かったときよりまだひどい。撮影どころではない。

 考えてみると、不思議な町だ。
 中心部に火山を抱えている町なんて信じられない。

桜島噴煙

 火を噴く山とともに暮らしている人たちって、やはり感性がホットだ。
 明治維新から西南戦争にかけての時代、鹿児島は、ほとんど日本国内における唯一の独立国だった。
 「中央政府なにするものぞ!」 と、薩摩隼人たちは、明治政府の繰り出す大軍に対して、少しもひるむことなく戦った。

 示現流の苛烈さも、薩摩人の気迫も、燃え続ける桜島が生んだものかもしれないと、ふと思った。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

思い出の温泉

 冬といえば、温泉!
 夏の汗くさい身体を、温泉でさっぱり洗い流すというのも爽快だけど、寒さで凍えそうになった身体を、温かいお湯に沈め、身体中に心地よさが広がっていくのをじっくり味わうのも、また冬ならではの愉楽です。

 これまで巡ったいろいろな温泉のうち、記憶に残っているものをいくつか挙げてみると…
 まず、キャンプ場のなかの温泉ということでは、その野生味、アウトドアムードでは日本一といえるお風呂を持っている 「合掌の森中尾キャンプ場」 。

 岐阜県高山市の奥飛騨温泉郷にあるキャンプ場ですが、ここのお風呂は、ジャングルの中に突然湧き出た 「泉」 という風情です。

合唱の森風呂

 ここは、私がキャンピングカーに乗って一人で取材旅行をしていた頃に、一番最初に 「家族を連れてきたい」 と思った温泉です。

 木漏れ日の光が、お湯の表面にゆらゆれ揺れる昼。
 木々の間から、凄絶な月と星が顔を覗かせる夜。
 そして、恐竜伝説を残したネス湖のように、湯船全体が神秘的な霧に包まれる朝。

 もう 「お湯に浸かる」 ということが、すなわち 「冒険旅行」 だと思わせるようなお風呂です。

 オーナーの近藤さんは、キャンプ文化を語る上でも外すことのできない理論家。
 その理論家肌の近藤さんが、一度、困り果てたという表情で語ってくれたことがありました。

 「いやぁさあ、雑誌の取材だからというんで、お風呂の撮影を気楽に許したことがあったんだ。だけど様子を確かめに行ったら、ヌード写真の撮影だったの。
 まいったよ!
 すぐやめさせたけれど、今度は、何の撮影なのか、事前に確かめてみないと駄目だね」

 ふ~む。
 写す方は、「太古の池でくつろぐ原始人の女性」 とかいうテーマだったのだろうか。
 
 いずれにせよ、野趣に富んだ風情を持つお風呂としては、一押しです。

 ただ、野趣に富みすぎて、ここには洗い場がありません。
 元湯ということもあり、環境保護の意味もあって、石鹸が使えないのです。
(身体を洗うのはシャワーで…)。

 だから、せっかく連れてきたカミさんは、
 「身体が洗えない?」
 と絶句。
 彼女にとっては、そこだけが不満に残る温泉でした。

 代わりに、子供は大喜び。
 探検家になったつもりなのか、しきりに、木陰の奥に恐竜でも潜んでいないかという目つきで、周囲を眺め回しておりました。

 ただ、残念ながら、冬季は営業しておりません。
 予約開始は3月から。
 でも、思い出すたびに、行ってみたくなる温泉です。


 本格的な温泉の醍醐味を味わうのなら、なんといっても 「塩原グリーンビレッジ」 が最高です。
 源泉100%の掛け流し。
 その湧出量は、1時間で20トン。

塩原グリーンV風呂1

 しかも大浴場、野天風呂、サウナ、あわ風呂、家族風呂などがすべて揃って、さながら 「温泉センター」 の雰囲気です。
 泉質は 「ナトリウム・炭酸水素塩泉」 で肌はつるつる。
 冬は、サイトに戻っても、いつまでも身体中ぽかぽかです。

塩原GV貸切風呂

 那須の山々を遠望する野天風呂からの眺めも、素晴らしいの一語。
 ただ、真夏の野天は、ときどきアブとハチが飛んでくることもあります。
 でも、それも大自然の風物詩。じっとしていれば、危害を受けることはありません。
 それでも、ハチが苦手な私は、そういうときは内湯へ。

 ここは、カミさんと2人だけでよく行くのですが、成人した息子を伴っての2人旅、取材のついでの独り旅などで、よく利用しています。

 そして湯上がりに、焼き鳥でビールを一杯!
 …てなことが楽しめる食堂がお風呂の建物内にあります。

 食堂では、冷や奴、餃子、ウィンナー焼き…。そんなツマミをテーブルに並べて、レモンハイをよく飲みます。
 少しほろ酔い気分になると、マイ食器に豚汁を入れてもらい、サイトに戻って焼酎のお茶割りを飲んで仕上げです。

 温泉特集、思い出したら、またやります。


 合掌の森中尾キャンプ場 
 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾温泉湯元
 予約電話 03-3408-8723

 塩原グリーンビレッジ
 栃木県那須塩原市塩原1230
 電話 0287-32-2751
 関連記事 「塩原でまず1泊」
 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:31 | コメント(8)| トラックバック(0)

大子でキャンプ

 RVランドさんのオーナズキャンプにご招待され、大子広域公園オートキャンプ場 「グリンヴィラ」 に行ってきました。

RVランド全景2

 2日間とも好天に恵まれ、絶好のキャンプ日和。
 夏の入道雲を思わせるような、元気の良い雲が青空に映えて、なんとも気持ちの良い休日でした。

RVランドオーナーズcamp2 
 
 この日集まったのは、約90家族。
 日本最大級の展示規模を誇るRVランドさんのオーナーたちだけあって、国産キャブコン、バンコン、バスコン、アメ車、ヨーロッパ車、トレーラーと、車種の豊かさにも目を見張るものがあります。
 あの広いグリンヴィラを貸切にしてもサイトからクルマが溢れ、駐車場に宿泊するクルマもいっぱいあったわけですから、この大会の規模の大きさが分かろうというものです。

RVランドオーナーズcamp1 

 楽しいイベントも目白押し。

 ▼ アウトドア料理コーナー。
RVランド大子料理

 ▼ 子供の部、大人の部と分かれた 「お尻相撲大会」 。
RVランド大子尻相撲

 ▼射的
RVランド大子射的

 そのほか、家族仮装大会。
 豪華商品が当たる ○×クイズ
 キャンドルライト作り…

 とにかく、時間を空けずに、会場のどこかでは必ずイベントが行われており、参会者に退屈を感じさせないプログラムが組まれていたことは特筆モノです。

 いちばん盛り上がったのは、なんといっても夜のアトラクション。
 昼間行われた 「お尻相撲」 の決勝戦が行われ、その次が 「家族仮装大会」

RVランド仮装大会1

 出てきた家族の方々があまりにも芸達者。
 思わずRVランドのスタッフに、
 「芸人の方々を呼んだんですか?」
 と尋ねてしまいました。

 「いえ、みな普通の仕事をしているオーナーさんたちですよ」
 との答え。
 う~ん…。ここの客層は、層が厚い。
 そんな風に、妙に感心してしまいました。

 ▼ メインステージ横には 「RVバー」 も開店。

RVランド大子酒
 
 日本酒、焼酎の名ブランドがずらりと並び、それが無料で飲み放題。
 私の知っているブランドは、日本酒では 「久保田」、「八海山」、「景虎」、焼酎では 「魔王」 ぐらいだったのですが、酒好きの人には目が飛び出るような名品がズラリとのこと。

 取材に来れられた 「オートキャンパー」 誌の松本さんは、大の日本酒党らしく、「とにかく通好みの酒をよくこれだけ集めたもの」 と感心されていました。
 で、その松本さん。すっかり 「RVバー」 の専属スタッフに成り代わり、お酒を求めに来られたお客さんに、
 「甘口をお望み? それとも辛口? 辛口だったら、ちょっとコレを舐めてみて。気に入ったらコップにお注ぎしましょう。滅多に飲めない酒ですよ」
 と、日本酒の伝道師を務めていらっしゃいました。

 「○×クイズ」 も大いに盛り上がりました。

 ▼ なんといっても、景品が豪華。

RVランド大子景品

 液晶テレビをはじめ、高級家電から高価なキャンプグッズまで大盤振る舞い。

 いやぁ、いろいろなお客さんとも話す機会があって、とても楽しい日でした。 

RVランド大子ユーザー1 RVランド大子ユーザー2

RVランド大子ユーザー4 RVランド大子ユーザー3

 個々のサイトに訪れるときも、なるべく、取材スタッフと分からないように、さりげなく話しかけてはいたのですが、どこかで面が割れていたんでしょうね。

 「お、この人は、日本でも高名なカメラマンなんだよ。ちょっと俺たちも撮ってよ」
 …なんて。
 
 で、記念写真など撮って、お話を聞いて。
 その場を離れたときに、背中越しに…

 「今の人は、確か日本でも有名なカメラマンなんだよ。なんていったかな、どこかの雑誌の人だよ」

 テヘヘ….
 そんなこと言われた日には、ますます正体を明かせなくなっちゃうじゃないですか。
 第一カメラ専門じゃないしね、俺は…。 

 とにかく、私が参加した今年最後の大イベント。
 楽しかった。
 RVランドさんと、大子広域公園キャンプ場さんには感謝です。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 22:41 | コメント(4)| トラックバック(0)

3泊4日の旅

 3泊4日、往復900㎞ほどの旅を終えて、先ほど帰ってきたところ。
 TAS (トレール・アドベンチャー・スピリット) からのご招待を受けて、富山県・高岡市を流れる庄川の 「鮭祭り」 を堪能した。

庄川風景 鮭祭り看板

 直前にカミさんが熱を出してしまったため、1日遅れての出発。
 金曜日の夕刻家を出て、長野道の梓川SAで1泊。

雪景色

 妙高の雪景色を眺めながら、北陸道に入ったのが、土曜日の昼頃。
 左に展開する雄大な立山連峰。

立山連峰

 だだっ広い関東平野に住んでいる人間にとって、こういう山脈が連なる風景を眺めるというのは、もう、それだけで “ご馳走” だ。

 会場入りできたのは、14時過ぎ。
 1日遅れとなったが、戸川さん、川越会長らに暖かく迎えられ、長旅の疲れも一気に吹き飛ぶ。

 さっそく長江さんから、小鉢に山盛り一杯に盛られたイクラをいただく。
 取れたばかりのイクラというのは、臭みがないばかりでなく、味そのものがまろやか。
 これほど新鮮なイクラを、しかも大量に食べたのは生まれて初めて。
 自分の胃がびっくりしている感じが自分の脳に伝わってくる。

イクラ

 17時よりパーティ。
 いつもお世話になっている小杉夫妻と、山本馬骨夫妻と同じテーブルに着く。
 鮭の串揚げ、クリームシチューなどを堪能。
 山本夫妻からは、おいしいお味噌をつけて食べる野菜スティックなどをご馳走になる。
 小杉夫妻ともども、3夫婦で旅の話に花が咲く。

 メンバーを紹介する戸川さんのトークが、相変わらず冴えに冴えわたっている。
 なんで、この人はこんなに絶妙のしゃべりのワザを持っているのか。
 いつものことながら感心する。

 ビジターとして初参加の山本馬骨さんの自己紹介が始まる。
 「最近私は、ずっと帽子を着用しているのですが、その理由は、帽子を取ると皆さんがまぶしくて困るだろうから…」
 …といいながら、帽子を脱いで挨拶するというシャレに、会場がドッと湧く。
 なんと温かいユーモアをお持ちの方なんだろう。

 そのあとは、同じジョークで帽子を脱ぐ方々が続出。
 パーティ会場は笑いの渦に。

 テントの中で2次会が始まる。
 よせばいいのに、酔っ払って調子をこいた私は、またしても谷口さんのギターを取り上げて、下手な歌を唄う。
 幸い、谷口さんは優しいから、大目に見てくれる。
 でも、聞いている人たちは、悪酔いしたと思う。

 しかし、さすがに戸川さんは、場の雰囲気を正常に戻そうという理性を働かして、立ち上がってカンツォーネを独唱。
 やっぱ、かつてプロだった人は違うわ。
 ようやくパーティらしくなった。

 寝る前に、馬骨さんの愛車の中を見せてもらった。
 「くるま旅」 の達人らしく、創意工夫を凝らした 「生活の場」 になっている。
 それに比べると、自分のクルマはイベント会場に置かれた展示車のように素っ気ない。
 いろいろ勉強になった。

 翌朝、記念の集合写真を撮った後、参加者も三々五々帰路につく。
 小杉夫妻に教えていただいた 「上山田温泉」 の 「瑞祥」 という立ち寄り湯を目指す。

 今回の旅での初の温泉に浸かって、疲れを癒す。
 そのまま上信越道を使って、関越に入るか、それとも長野道に戻るか迷う。
 距離にすると100㎞ほど遠回りになる長野道~中央道を使って、諏訪を目指す。
 
 日曜の夜は、諏訪SAの湖岸の明かりを眺めながら休憩。
 コルド・ディナモの先客が1台いる。
 もしかして、名古屋のショーに行かれたキャンピングワークスの鈴木さんかな…とも思いながら、休んでいられるようなので、声をかけるのをひかえる。
 
 月曜の朝は快晴。

うろこ雲

 諏訪から降りて、国道20号線をのんびり走る。
 夕方、家に着く。
 荷物を下ろして、車内を簡単に掃除して、カセットトイレの処理をしたらもう夜。
 犬のウンチは、トイレットペーパーに包んで、みなトイレに流してしまうので、家のトイレに流したら、紙がいっぱいだった。
 あれは絶対溶ける紙でなければ大変。

 そういう後処理の苦労はあるものの…
 不思議なものだ。
 荷物を下ろしてガランとした車内を見ると、なんとなく淋しくなって、また、旅に出たくなってしまう。

 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

オーキャン宝島

 夏休みの北関東のキャンプ場めぐりは、オーキャン宝島で、ついにフィナーレを迎えた。
 と、大げさにいったって、3ヶ所回っただけなんだけど。

 オーキャン宝島を目指したのは、レストランがあったからだ。
 「欧風コース料理のレストラン 『モナベール』 では、元シェフのオーナーが腕をふるう地鶏料理がおすすめ」
 と、むかし自分で書いたガイドブック (全国キャンプ場ガイド) には、そう載っている。

 しかし、その記事を書いたとき、自分で 「欧風コース料理」 を味わったわけではなかった。
 「……がおすすめ」 とまとめるのは、残りの行数が少ないときに、とりあえず編集者が使ってしまう、ありがちなパターン。

 そういう無責任なレポートはいけないな…と自戒する意味もこめて、今回はそれを試食させてもらうつもりでいた。

 ところが、電話で問い合わせたところ、レストランは改装中で、欧風コース料理はお休み。
 残念…

 途中のスーパーで、“欧風” とはまったく縁のないアジの干物と子持ちシシャモを買って、オーニングの下であぶることにした。

 場内に入ると、さっそく西欧庭園風の華麗なガーデンがお出迎え。

オーキャン庭

 庭園の手前には、レストラン 「モナベール」 が…。
 でも、建設中の足場が組んであって、秋まではクローズ。

 レストラン棟の入り口前には 「海賊の館」 というコテージがあり、そこには “ジョリーロジャー” 、つまり海賊が船に掲げるドクロの旗がはためいている。

オーキャン海賊の館

 売店の屋根のデザインも、まるで帆船の先っぽのように仕上げられていて、キャンプ場全体が、物語の 『宝島』 をモチーフにした、ある種のテーマパークといえなくもない。

オーキャン売店
▲帆船の船首をかたどった屋根を持つ売店

 もともと 『宝島』 は、19世紀末にスティーブンソンが書いた、海賊の隠した宝を探す旅に出る少年の話。
 その後、「宝島」 という言葉は 「冒険とロマン」 の象徴となった。

 物語自体は、最近の子どもには、あまり親しまれていないかもしれないが、映画 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 などのヒットもあって、海賊そのものは、相変わらず人気のようだ。

 私も、海賊は大好き。
 できれば、海賊の息子に生まれたかった。

 サイトは斜面を利用した、段々畑状になっており、上の方に行けば行くほど、景観が広がる。
 夕暮れ時には、山の稜線と森のシルエットが淡く溶けあって、なかなか雰囲気がよろしい。

 15年ほど前、『全国キャンプ場ガイド』 の取材で訪れたときは、まだ場内の植栽には十分に育っていなかったという印象があるが、さすがに15年経つと、どれも立派な木に成長。周囲の自然とマッチングして、しっとりとしたキャンプ場になった。

オーキャンサイト2 オーキャンサイト1

 クルマに電源を接続してから、オーニングを出し、その下でさっそく食事の準備にとりかかった。
 と、いっても、もう昔のように2バーナーを出したり、炭火用コンロを出したりしない。今は安直に、卓上カセットコンロに網を乗せて、アジの干物と子持ちシシャモをあぶるだけ。

オーキャンコマンダー オーキャン干物

 このキャンプ場の便利なところは、売店で生ビールを売っていることだ。
 しかも、ギンギンに冷やされて氷のようになったジョッキに、それを注いでくれる。

 そのジョッキを自分のサイトに運んできて、グイッと飲んでいるうちに、肉も食べたくなった。
 で、売店に探しに行くと、バーベキュー用の肉も売っていた。
 さらに、前の晩に注文しておくと、朝には、焼きたてのパンも食べられるという。
 肉とソーセージを買い込んだついでに、パンも注文する。

 暮れゆく山の景色を眺めながら、カミさんと、子どもと一緒にキャンプ場を回っていた頃のむかし話にふける。
 子どもが小さければ、この遊具類のたくさんそろったオーキャン宝島などは、さぞや、たくさんの思い出を子どもに残してやれただろう。
 …なんて、ことを語る年齢になってしまった。

オーキャン遊具1

 山の稜線も、森のシルエットも闇に溶け込む時間になって、ようやくクルマの中に入る。
 
 ポータブルDVDプレイヤーのスイッチを入れ、「エド・サリバン・ショー」 のDVDを、音を絞って流す。
 60年代のイギリスポップスシリーズ。

 不思議なものだ。
 若いときには、とてつもなく大人に見えた、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーや、ビートルズのジョン・レノンが子どもに見える。
 「ミセス・ブラウンのお嬢さん」 などを歌っていたハーマンズ・ハーミッツなどは、まるで中学生。
 「朝日の当たる家」 を歌っていたエリック・バードンは、当時、ずいぶん老けたオヤジだと思っていたが、これも、高校生ぐらいの年齢の顔をしている。
 もう、40年ぐらい前の映像なのだから、そりゃ当たり前だわな…。

 俺たちも年取ったな…などと、カミさんと語り合いながら、いつの間にか寝てしまう。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:19 | コメント(9)| トラックバック(0)

喜連川キャンプ場

 日本には、“大人のキャンプ場” というものが少ない。
 「では大人のキャンプ場って、何?」
 と聞かれると、困ってしまうのだが、手っ取り早くいえば 「落ち着いたキャンプ場」 ということになるのだろうか。

 日本のオートキャンプは、ファミリーを中心に発展してきた。
 現在も、キャンプ場利用者の7割以上は、子どもを連れたファミリーである。

 そういう状況を反映して、日本のキャンプ場では 「遊園地化」 が進行している。
 シーズンともなると、人気キャンプ場では、子ども向けのさまざまなイベントが繰り広げられ、場内のいたるところに、走り回る子どもの声が満ちあふれる。

 それはそれで、平和な光景だが、子どもたちに喜ばれそうな原色に塗られた遊具や、ポップなアイテムをうず高く積み上げた売店などを眺めていると、子どもを伴っていない夫婦の場合は、ちょっと気後れしてしまう。

 栃木県・さくら市にある 「喜連川ファミリーキャンプ場」 は、日本でも数少ない “大人のキャンプ場” だ。
 もちろん、「ファミリー」 と付いているぐらいなので、当然、家族連れも大歓迎。
 しかし、このキャンプ場では、シーズンになっても、子ども用イベントが企画されることもなければ、遊具も置かれていない。
 売店もなければ、昨今人気の“お風呂”もない。

 では、何があるのか?

 光と風である。
 そして、夜は星。

 一見、手つかずの 「自然」 が、そのまま残されているような表現になってしまうが、ある意味で、ここは 「超人工的」 なキャンプ場でもある。

 つまり、人間が心地よいと感じる 「自然」 が、実にきめ細やかな計算によって追求されているキャンプ場なのだ。

 私は、15年ほど前に、『全国キャンプ場ガイド』 の取材で、初めてここを訪れたとき、
 「能舞台のようなキャンプ場だ」 と、思った。

 さほど広い敷地でもないのに、とてもつもない奥行きが感じられる。
 つまり、実空間として有限な 「能舞台」 が、能が始まると同時に 「幽玄の世界」 として、無限の広がりを持つように、このキャンプ場も、演劇的な効果を意識して造られている。

喜連川サイト2

 山の斜面を利用した地形なので、本来ならば、視界をさえぎる木々を伐採して、眺望を得たくなるのが人情というもの。
 しかし、ここでは、あえて斜面の先に広がる眺望を木々の“幕”で閉ざし、その先を、空間の広がりを暗示するだけにとどめた。

 そのため、場内全体に 「秘密の花園」 めいた、神秘的な異空間としての独立性が生まれた。
 「秘する」 ことによって、逆に 「その奥にあるもの」 を想像させる。
 こいつは、能の精神そのものだ。

 「奥行き」 を感じさせるのは、南側の斜面だけではない。
 東に開かれた林間サイトも、芝生サイトに立って眺めてみると、なにやら、その先が別世界に通じる 「秘密の小道」 めいて見えてくる。

喜連川林間サイト

 木の間引き方がうまいのだ。
 このキャンプ場には、整地してからの植栽はほとんどないという。
 自然に生えていた樹木を、視覚効果や、日除け効果を計算しながら整理していった結果が、この魔法の景観を創ったのだろう。

 私が訪れたのは、8月18日。
 お盆の盛況が一段落したタイミングだったため、オーナーの厚意によって、豊かな芝生が前面に広がる “特等” サイトを用意してもらうことができた。
 村上春樹の 『午後の最後の芝生』 という短編を思い出すような情景が、目の前に広がった。

喜連川サイト4-2


 オーニングの下に椅子・テーブルを並べ、そこから眺めたサイトの光景は、まさに 「大人のキャンプ場」 。

 芝生の葉先に午後の陽光がたわむれ、その上を、木立をわたる風が通り過ぎていく。

 周囲は、耳を聾するばかりのセミ時雨 (しぐれ) 。
 セミのオーケストラに、ときどき野鳥が、涼しげなアクセントを入れる。

 もし、そこに、真夏のプールサイドに流れるようなムードミュージックや、イベントの始まりを告げる場内アナウンスなどがあったら、このセミと野鳥のアンサンブルは耳に届いただろうか。

 何もない、ということの豊かさ。
 何もせずに、芝生を眺めるという贅沢。
 そういうことを理解できる人間を、「大人」 と呼んでもいいのかもしれない。


 オーナーの栂野東房 (とがの・はるふさ) さんと、奥さんの博子さんに、少し話を聞くことができた。

 「今のキャンパーは、便利さと豊かさを混同している」
 と、栂野さんは言う。
 クルマに、あふれんばかりのキャンプ道具を積み込み、家にいるときと同じ便利さを享受することを、「豊かさ」 だと思っている人が多いとか。
 
 しかし、そういう人たちは、クルマから道具を出して、使って、片付けているうちに、1日を終えてしまう。
 「もったいないことです」
 と、栂野さんは苦笑い。

喜連川栂野氏

 栂野さんは、キャンプ場の管理人を始める前は、商社に務めて、バクダット、台北、アブダビなどで活躍した。
 時間が許す限り、家族を連れて、ヨーロッパ各地のキャンプ場をレンタルキャンピングカーで回った。

 外国のキャンパーと、日本のキャンパーはどこが違うのか。

 「日本人のキャンパーは、“物”に頼ろうとする傾向が強すぎるように思います。キャンプ道具も豊富に取り揃え、かつキャンプ場にも便利な施設を求めたがりますね。
 しかし、外国のキャンパーは、物よりも、時間とか空間を大切にしている。自然の中に身体 (からだ) ひとつ置いて、ただ景色を眺めているか、読書をしている。
 そういう楽しみ方の方が、私には、知的に思えるのですが…」

 真のアウトドアマンは、同時に、真の文学者である。
 …というのが、栂野さんの信念。

 そういう意味で、ヘミングウェイは、最高のアウトドア文学者だという。

 「彼の書いた 『二つの心臓の大きな川』 などは、最高のキャンプ文学ですね。
 あそこには、アウトドアの素晴らしさと過酷さが、すべて描き出されていると思うんです。
 ヘミングウェイを読んでしまうと、私なんか、もうキャンプに関して何かいう自信をなくしてしまいます」

喜連川管理等 喜連川コテージ
▲管理棟              ▲オーナー手づくりのコテージ

 とにかく、栂野さんは本が好きだ。
 彼が自分で組み立てた手づくりの 「図書館」 には、過去に自分で読んだ書籍の一部が一般公開されている。それは、おびただしい数にのぼる。

喜連川図書館

 たまたま、話を聞いたときに、栂野さんが手に抱えていた書籍は、堺屋太一の 『チンギス・ハン』 。

 そういえば、チンギス・ハンもまた、筋金入りのアウトドアマンだった。
 彼は、豊かな物質文明を築いた中国を征服しても、ずっと粗末な衣服を着続けて、テント生活を捨てることはなかった。

 豊かな文物にあふれた中国より、「光と風」 しかなかったモンゴルの草原を愛したチンギス・ハン。
 その姿が、ふと 「光と風」 を愛する栂野さんの姿と重なった。

喜連川芝生1
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:05 | コメント(6)| トラックバック(0)

お犬様 

 キャンピングカーを購入するきっかけの一つに 「ペットと一緒に旅をしたいから」 と答える人はけっこう多い。

 ペットブームを反映してか、ペット同伴で泊まれるホテルやペンションも、確かに増えた。
 しかし、その数はまだ少ないし、一緒に泊まるといっても、同じ部屋に泊まるのではなく、ペット用ケージを置いた別棟が用意されているだけというホテルもある。

 その点、キャンピングカーなら、飼い主がペットと常に同じ空間で寝泊りできるので、ペットも飼い主も安心できる。

 さらに、キャンピングカーの場合、乗用車と違って断熱対策を施されたボディ構造のものが多いので、飼い主が温泉などを利用するときも、車内に残したペットが熱中症にかかったりする率も低い。

 夏休みは、北関東のキャンプ場を回る旅をしたが、温泉などに寄るときは、わが家のクッキー嬢はお留守番。

塔の岩クッキー1

 猛暑の中に一匹残していくのはさすがに心配なので、カーテンは全部閉めて、ルーフベントを少し開け、空気の流通を確保。
 水だけはたっぷり用意してやる。

 知らない土地に残されるのは、さすがに不安なのか、飼い主の姿が完全に見えなくなるまでは、フロントガラスにへばりついて、ときどき遠吠えをする。
 ま、そうやって、孤独に打ちひしがれたようなポーズをするのだが、こっそり帰って、そおっと中を覗いてみると、たいてい涼しい場所を探して、ヌクヌクと眠りこけている。

新しいイヌ

 留守番を納得させる方法の一つとして、クルマに戻ったときに、「ご褒美」 をやるようにすると、そのうち、留守番を苦にしなくなるという訓練方法もあるようだ。
 少量でいいから、ドックフードを一口与える。
 好物のオヤツをひとかけら与える。

 それだけで、普通の犬は、車内に取り残されることを、苦にしなくなる。
 …というのだが、わが家のクッキーは、いまだに 「ご褒美」 という感覚がない。
 「なぜ、今エサがもらえるの? ラッキー!」
 てな調子で、無心にガツガツ頬張るだけ。

 独りで車内に残されることを嫌いながら、散歩に連れ出そうとすると、外を怖がって後ずさり。
 家の中にいても、階段を怖がるクセして、足を踏み外して落ちそうになる。
 テーブルの前でジャンプしては、テーブルの裏側に頭をぶつけて、コツンコツンという音を家中に響かせる。

 「お前、ホントに犬?」
 と、ついつい尋ねてしまうのだが、本人は、テーブルに頭をぶつけることを、痛いとも、恥かしいとも思っていないようなのだ。

 2日目に訪れた 「喜連川ファミリーキャンプ場」 の管理人をされている栂野さんに、人間の年に換算した犬の年齢の算出方法というのを教わった。
 小型犬の場合は、「犬年齢-1×5+18」だという。
 5歳の小型犬がいるとすると、5-1×5+18となり、人間に換算すると、38歳ということになる。(ちなみに、大型犬の場合は、犬年齢-1×6+18だという)

 すると、わが家のクッキーは、今年の7月末に1歳の誕生日を迎えたために、人間の年齢では18歳。
 18といやぁ、人間だったら、しっかりした分別をもってしかるべき年齢。
 こいつは、いつになったら、1人前の犬らしい現実感覚を持つようになるのやら…。

 ペットとして、何代も交配を重ねてくると、ひょっとして、犬としての動物的本能も希薄になるのだろうか?

 わがクッキー。
 甘えるのだけは上手である。
 私が家に帰ると、シッポを太鼓のように壁に打ち鳴らして、リズミカルに拍子をとる。
 怒られたりすると、上目づかいに飼い主を見上げ、さもゴメンナサイの表情を作る。

 それに情をほだされて、ついつい抱き上げてデレデレすると、ご飯を食べ終わっても、またまたエサのおねだり。

 しかし、こういう甘え上手でワガママなお犬様がいると、キャンピングカーの旅は、やっぱり楽しい。

 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

塩原でまず1泊

 金曜日から夏休みを取った。
 わが家の旅行は、「キャンプ場+温泉」 というパターンが圧倒的なので、温泉が集中しているような場所が、たいてい旅行の目的地となる。

 そもそも計画性に乏しい性格なので、目的地を探すのも、いつも休みを取る2日前か3日前。

 そうなると、初日は、栃木県のキャンプ場 「塩原グリーンビレッジ」 に落ち着くことが多い。
 なにしろ、住んでいる東京から近い。
 それでいて、けっこう高原気分が味わえる。
 そして、同キャンプ場には温泉があるので、クルマで移動することなく、そのまま 「キャンプ場+温泉」 が堪能できる。
 横着な私にはピッタリである。

塩原GV1 塩原GV2

 移動日は、日本列島を襲っていた猛暑が途切れた日。
 天気予報では午後から雨。
 なんとか晴れ間を保っているものの、頭上に漂う雲は、秋の雲。  
 涼しいのは助かるのだが、夏も一緒に去っていった感じで、なんだか寂しい。

 なにしろ、何が好きかといったら、入道雲なのである。
 そいつを、露天風呂に浸かって眺めることを、もう冬のうちから楽しみにしている。

 だから、塩原グリーンビレッジに着いて、入道雲が見えなかったことが、何よりも残念。

 受付で料金を払い、電源キーを受け取る。
 お盆は過ぎたが、夏休みだけあって、コテージもキャンプサイトも満杯。
 プールが終わったぐらいの時間なのか、プールサイドから、浮き輪を首にかけた子供たちが、いっぱい帰ってくる。

塩原GV小屋 塩原GVプール

 サイトにクルマを入れ、電源だけ接続して、さっそく温泉へ。

塩原GV貸切風呂

 ここは貸切風呂 (写真上) もいいけれど、気楽に入れるのは、管理事務所内にある 「開運福の湯」 。
 源泉かけ流しを謳うだけあって、なんだか、やたらと身体中に元気が満ち溢れていく気分になる。
 こぢんまりしているが、周囲に植栽をめぐらした露天風呂もいい雰囲気だ。

 風呂の縁に、石造りの招きネコが一匹。
 何を考えているのか、いつも片手を耳のそばまで挙げて、おいでおいでをしている。
 何で、このネコがお風呂場にいるのか、それがこのキャンプ場の最大の謎だ。
 たぶん、酔って露天風呂に入ったお客が溺れないように、見張っているのかもしれない。

 風呂から上がって、さっそくカミさんと食堂に入り、レモンサワーを頼んで、冷やっこと、おでんと、モツ煮込みと、ウィンナー焼きで一杯やっていたら、夕方5時頃、ついに夕立がやってきた。

 周囲が煙って見えるほどの豪雨を眺めながらのレモンサワーも、意外とうまいことに気がついた。

 雨が上がるまでにレモンサワーを3杯のんで、ほろ酔い気分でサイトに戻る。
 その後、犬を連れ出して散歩。

 その途中、ピックアップキャビンからオーニングを出して、その下で食事の準備をしていたご夫婦がいたので、ちょいと挨拶。
 同じキャンピングカー仲間ということで、立ち話となり、さらに誘われて、厚かましく 「氷結果汁」 をご馳走になって、意気投合。
 最後は、自分のクルマの中からラム酒とジンロを持ち出して、宴会となった。

 とても、楽しい一夜。
 キャンピングカーの旅は、やっぱり面白い。  
 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:14 | コメント(2)| トラックバック(0)

PAでの怪異現象

 キャンピングカーで旅するときは、基本的にキャンプ場に泊まるように心がけている。あるいは、JRVAさんが勧めている 「湯YOUパーク」 なども使う。
 深夜に旅発つ場合は、高速のPAなどで車中泊する場合もあるが、時間に余裕がある場合は、お金を払っても、管理人と連絡が取れるような場所に泊まりたいと思う。
 その方が、怖い思いをしなくてすむからだ。

 何が怖いのか。
 週末の夜に、こぞって爆音をとどろかせながら集まってくる暴走族のことを言っているのではない。
 高速道路の、とあるPAで車中泊したとき、なんとも不可解な現象を体験したからだ。


 さる地方の、それこそ夜がふけてくると、対向車線のヘッドライトひとつ見ることのない寂しい有料道路を、一人で走っていたときのことである。

 自分のクルマのヘッドライトだけが頼りになるような道を、何時間も走っていると、だんだん現実感覚が乏しくなってきて、夢の世界の道路を走っているような気分になる。
 そのときも、自分の魂が少しずつ遊離していくような感覚に襲われた。

 「前にも、こんな気分になったことがあったなぁ…」
 そう思ったとき、それに先立つ2年ほど前の深夜にも、カミさんを伴ってこの道を走っていたことを思い出した。

 そのとき、助手席でうつらうつらと船を漕いでいたカミさんが、突然目を覚まし、
 「あなた、気をつけて!」 と叫んだのだ。
 「どうして?」 と聞き返すと、
 「頭の中で <蛍の光> と <仰げば尊し> が鳴り響いている」
 という。

 夢を見ていたらしい。
 どちらも、のどかで美しい曲だ。
 しかし、二つとも、人と人が別れるときに流れる曲である。
 耳なじんだはずのメロディが、鎮魂歌のように思えてきて、不意に鳥肌が立った。

 想像力がたくましくなってくると、山影や月の明かりですら、“あの世”めいて見えてくる。
 「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」 の逆で、枯れ尾花が、幽霊に感じられてくる。

 結局、そのときは何も起こらず、やがて忘れてしまった。

 しかし、いま一人で走っている場所こそ、2年前に怪しげな気分に襲われた場所であることに気がついた。

 できれば、そのまま走り抜けたかったが、尿意も催してきたし、疲れも出てきた。
 家を出てから16時間目。
 そろそろ仮眠を取らなければ、身体が持たない。
 PAかSAの表示板が見えてきたら、そこで一眠りすることに決めた。

 やがて、暗闇の中から、PAの表示板が浮かび上がった。
 「荷おろし峠」

 のどかな民話風の名前なのに、気分が怪談モードにシフトしていると、その民話風の名前が、逆に不吉なイメージを引き連れてくる。
 しかし、もう待避線側に進路を取っているので、引き返せない。

 案の定、クルマを減速させていくに従って、春だというのに、晩秋のような冷気が襲ってきた。
 標高が高いせいだろうと、自分に言い聞かせた。

 薄暗い外灯が立っているだけの、なんとも殺風景な駐車場だった。
 建物とおぼしきものはトイレ棟だけ。周囲は鬱蒼とした杉木立である。
 神社の境内にでも迷い込んだ感じだ。

SAの夜1

 先客がいた。
 1980年代末期のフェアレディZ。
 色は赤、というか朱色。
 ハローウィンのかぼちゃのような顔をした3代目あたりのZだ。
 乗客は2人。
 男女のようだ。
 クルマの後方が7:3に向いた角度なので、乗員の顔までは分からない。

 ただ、そのまま見過ごしてしまうには、どことなく不自然な感じがした。
 夜の0時を回った時間帯だというのに、仮眠している様子ではない。
 かといって、こちらが期待する (?) ようなイチャイチャもやっていない。
 話し合っている雰囲気でもない。
 
 2人とも人形のように背筋を伸ばしたまま、じっと前方を見つめているのである。
 人間の輪郭がくっきりしていたため、さすがに幽霊には見えなかったが、はっきり言って、不気味な連中だと思った。

 トイレに入った私は、何度か後ろを振り向きながら放尿し、クルマに戻ってからは、しっかりと鍵をかけ、バンクの上に這い登って横になった。

 深夜の2時ごろ、ふと目を覚ましたときには、フェアレディZは立ち去っていた。
 それをしっかり確認してから、また目をつぶった。

 次に目を覚ましたのは3時過ぎだったと思う。
 バンクの小窓から何気なく外を見ると、驚いたことに、立ち去ったはずのZが、また戻っている。
 クルマの色も同じ。
 乗っている男女も同じ。
 しかも、さっきと同じ場所に、動いた気配もないような停まり方で、居座っている。

 なんとも奇妙な気分だった。
 
 PAに戻ってくるには、高速道路を逆走してこなければならない。
 しかし、深夜で交通量がほとんどないとはいえ、いくらなんでも、そんな非常識なことは考えられない。

 では、先のインターでいったん降りてからUターンし、またこのPAに戻ってきたのだろうか。
 何のために?

 まぁ、大事なものを忘れたために、戻ってきたとも考えられる。
 あるいは、偶然、似たようなクルマが、立て続けに来たのか…。

 そのときは、それ以上考えることもなく、眠りについた。

 明け方の4時過ぎ、今度は尿意で目が覚めた。
 私は、急いで窓のカーテンを開けて駐車場を見回した。
 いったん戻ったZの姿は、すでになかった。
 
 しかし、そのクルマの怪しげな行動を見て、疑り深くなっていた私は、今度はリヤドアをそおっと開けて、自分のクルマの後ろ側に回り込んでいないか確かめた。

 いない。

 慎重にステップを踏みしめて、外に出た。
 人気のない駐車場は、沈黙の底に沈んでいた。
 静寂が目に見えぬ 「重み」 となって、覆いかぶさってくる。

 さっきのZは、どこから来たのだろう…

 まさか空から降ってきたわけでもあるまいし…と見上げた空は、自然界のものとは思えないほど、濃い紫色に染まっていた。
 夜でもなければ朝でもない、不思議な時間が流れていた。

黒雲1
 
 しかも、しんしんと冷気が降りてきている。
 冬の冷気とは違う。
 体調を崩したときに感じる 「悪寒」 のような寒さだ。
 「冷気」 = 「霊気」
 ふと、そんな連想が浮かんだ。

 私は、クルマの中に戻って、バンクに潜り込み、頭からシュラフを被った。
 ふと、妙な予感が働いた。
 念のために、バンクの小窓から外を覗いた。

 このとき見た光景は、一生忘れられない。
 またしても、どこからともなく、Zが戻っているではないか!

 ホラー映画のようなことが本当に起こることを、初めて体験した。
 私が気づいたことを知ったのか、車内の2人が、同時に首をくるりと回した。

 私は、急いでバンクから運転席に飛び移り、エンジンキーをひねって、裸足のままアクセルを踏み込んだ。


 この話を、その地方で取材することになっていたキャンピングカービルダーさんに話したところ、
 「それは有名な話ですよ」 と、言われた。
 もう15~16年ぐらい前、そこでフェアレディZに乗ったまま、排ガスを引き込んで心中を図った男女がいたのだとか。
 「5日とか15日、25日の晩に出ることが多い」 という話になり、五・十日なので、 「なんだか営業車みたいだね」
 と、そのときは笑い話になって終わった。

 このことを、帰ってからみんなに話しても、誰も信用してくれない。
 「寝ぼけて夢でも見たのだろう」
 などというのはいい方。

 カミさんなどは、あっけらかんと笑って、
 「へたな作り話」
 と一刀両断に切り捨てる。
 「へたな…」がついた分だけ、よけい傷つく。

 確かに、同じクルマを3度見たという 「3度目」 は、多少話を面白くするための創作である。
 しかし、悪気から出たものではない。
 つい舌が勝手に回ってしまっただけである。持ち前のサービス精神から出た勇み足というべきかもしれない。
 もちろん、取材先のキャンピングカービルダーさんが 「有名な話ですよ」 と言ったというのもウソ。

 しかし、そのほんのわずかな技巧を加味したばかりに、私の不思議な体験は、すべて作り話に受け取られ、カミさんから、嘘つき呼ばわりされることになってしまった。

 今度、同じ場所で、フェアレディZに乗った男女を見つけたときは、
 「お前たち、2回までは本当にこの場所に戻ってきたことを証言してくれ」
 と、お願いするつもりでいる。

 怖い話 「禁断の風景」
 怖い話 「キャンプ怪奇小説」
 怖い話 「怖い話」


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 00:32 | コメント(6)| トラックバック(0)

誰にも話せない旅

 「キャンピングカーで、いちばん印象に残った旅は何ですか?」

 よく、そんなことを尋ねられる。
 テレビにも3回ほど出たことがあるけれど、2度ぐらいそのような質問を受けた。

 しかし、これがなかなか即答できない。
 印象に残った旅というのは、確かにひとつある。
 ところが、それがどのように印象深かったのか。それを説明する言葉が見つからない。
 「え~、え~」 などと言いよどみながら、言葉をさがしているうちに面倒くさくなり、結局、別の旅のことを話してしまう。 

 「印象に残る旅」 というからには、どこで何をしたか? ということが大事になる。
 まがりなりにも、キャンピングカー暦12年ぐらいになるので、旅先で何をしたかという思い出ならば、たくさんある。

 しかし、私にとっていちばん印象深い旅というのは、千葉の犬吠崎で、何もしなかった旅なのだ。
 それも、駐車場にクルマを停め、車内でボケッとしたわずか1時間ほどのこと。

 なのに、「キャンピングカーで快適な時間を過ごしたい」
 と思うとき、いつも真っ先に浮かぶのは、その時の情景なのだ。

 梅雨の中休みともいえるような、青空の広がった初夏の朝。
 「温泉にでも浸かって、昼飯でも食うか」
 という、たったそれだけの打ち合わせで、私とカミさんと犬は、キャンピングカーに乗り込んだ。
 ちょうど3年ぐらい前の話だ。

 走り始めてから、目的地を定めた。
 犬吠崎
 なんとなく、でっかい太平洋が広がっているというイメージが頭に浮かんだからだ。

 そこにたどり着き、立ち寄り湯を提供してくれるホテルを見つけ、湯に浸かって、レストランで食事をし、駐車場に停めていたクルマに戻った。
 
 陽は中天に差し掛かり、地上に影はなかった。
 窓とドアをすべて開け放ち、車内に風を入れた。
 駐車場のいちばん端っこに停めていたおかげで、ダイネット側の窓を開けると、窓の先が水平線とつながった。

海1

 目の覚めるようなブルー。
 車内に入る風すら、青く染まってしまう。

 反対側の窓からは、岬に突き出た、白い砂糖菓子のような灯台が見えた。
 正午の陽ざしを浴びて、今にも溶けそうに宙に浮く灯台を見つめながら、カミさんはペットボトルの「午後の紅茶」を口に含み、私はマイルドセブン・ライトを口にくわえて火をつけ、犬は後ろ足で自分の首をかいた。

 車内を動いていくのは、リヤドアから入って窓から抜けていく風だけ。
 世界がいとなみを止めたような時間が過ぎていく。

 みんな何かをしゃべりたかったのだろうけれど、口をついて出た言葉は、
 ただ、「気持ちいいね…」
 の一言。
 もっとも、犬はそれすらも言わず、目を細めて空を見上げただけだった。

 稚内の空1

 そのとき、ラジカセにテープを入れて、何か音楽を流していたと思う。
 しかし、何の曲を聴いていたか思い出せない。
 BGMなど要らないような時間を過ごしていたのかもしれない。

 たったそれだけの事なのである。

 楽しい旅はもっといろいろあった。
 メニューのたくさん詰まった、「充実した旅」ということになれば、また違った場所の話題になるだろう。
 だけど、カミさんに聞いても、いちばん印象深い旅となると、いつもこの場所の話にたどり着く。

 あれは何だったのだろう。
 いつも不思議な気持ちになる。
 一瞬の白日夢だといわれても、そうか…と思うしかない。

 このことを他人に話すのはむずかしい。
 話せたとしても、誰にも解ってもらえない。
 だから、いちばん印象深い旅というのは、他人には永遠に語れない旅なのだ。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 01:32 | コメント(4)| トラックバック(0)

塔の岩でキャンプ

 ゴールデンウィークはキャンプ三昧!
 TAS(トレイル・アドベンチャー・スピリット)からのお誘いを受けて、岐阜県の「塔の岩オートキャンプ場」まで行ってきました。

 そのことをブログにUPしようと思い、「塔の岩オートキャンプ場」をグーグルの検索ワードで調べたら、なんと、自分が10日ほど前に書いたブログ記事がトップに来ているじゃありませんか。

 しかも、キャンプ場名を間違えたままで!

 正しくは「塔の岩オートキャンプ場」
 
 …なのに、10日ほど前に書いた記事では「塔」の字を間違えて「搭」になっている。
 あ~恥ずかし!

 これでも、昔は『全国キャンプ場ガイド』を編集していた者なんですが、編集者がキャンプ場名を間違えてしまってはしょうがないですね。
 あわてて、自分が昔書いたキャンプ場ガイドを調べてみると、やっぱり「塔の岩」でありました。

 ブログの元原稿は修正したのですが、検索ワードで引くと「搭の岩」として残ったままです。
 これ…、修正できないものなんですかね。

 
 ま、なにはともあれ、「塔の岩オートキャンプ場」で素敵な3日間を過ごしてきました。
 ゴールデンウィークは、これで3年連続TASのラリーにプライベート参加させてもらったことになります。
 おかげさまで、もうほとんどの方とは顔なじみになって、いろいろなお話を聞かせてもらうことができました。

 ここでは、そのとき撮った画像を紹介いたしましょう。

 まずは「塔の岩オートキャンプ場」のサイト風景です。
 サイトの横は付知川(つけちがわ)。とっても水のきれいな川です。

塔の岩サイト1 付知川1

 TASの会ですから、やはりB.C.ヴァーノンが目立ちます。
 プレジャーウェイもあります。

塔の岩のBCヴァーノン 塔の岩のプレジャーウェイ
 
 パーティでは、各家庭から自慢の料理が…
 フライパンを器用に返す谷口さん(右)

塔の岩の肉まん 塔の岩フライパン谷口

 夜はミニコンサート。
 兵庫県から来た掘内さんは、サザンを歌い、長淵剛を歌い、大活躍(左)。
 ビートルズの「マザーネイチャーサン」を歌う谷口さん(右)。

塔の岩堀内 塔の岩谷口

 なんと、このあと、会長の川越さんですら、ナマを聞いたことがないという戸川聰さんのカンツォーネが披露されました。
 B.C.ヴァーノンの開発者として知られる戸川さんですが、若い頃はプロのカンツォーネ歌手として活躍していた人。

 歌手を辞めてからは、滅多に人前で歌うことはないというわけで、今回は貴重なライブとなりました。
 私も10年以上の付き合いがありながら、聞くのは今回が初めて。

 夜空に向かって、朗々と響き渡る声で歌われた「オーソレミオ」は、さすがにホンモノでありました。


 焼肉のお昼ごはんを楽しむ星野さん、小島さん(左)。
 明るいうちから生ビールを楽しむ主要メンバー(右)。

塔の岩食事1 塔の岩主要メンバー

 今回のラリー初参加のわが家のクッキー。
 カメラを向けると、なぜか“可愛い子ブリッコ”の表情を作るのがうまくなった。
 もうじき1歳。ようやく脳ミソが回り始めたようだ。

塔の岩クッキー1 塔の岩クッキー2

 …てなわけで、好天にも恵まれ、素敵なメンバーに囲まれて、けっこう充実したGWを楽しめました。
 戸川さん、川越会長さんほか、お話相手になってくださったたくさんの方々に、この場を借りてお礼申し上げます。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 15:58 | コメント(4)| トラックバック(0)

GWはキャンプ

 ゴールデンウィークの後半は、いよいよキャンプです。
 ようやくだぁ!
 岐阜県の塔の岩オートキャンプ場。
 毎年GWは、TAS(トレイル・アドベンチャー・スピリット)というクラブからのご招待を受け、会員でもないのに、いつもこのミーティングには顔を連ねています。

 で、このミーティングが、例年私のキャンプの初日にあたります。
 それまでは、キャンピングカーに乗る機会はあっても、キャンプをしたわけではありません。
 『キャンピングカー スーパーガイド』の編集時期に当たる冬から春というのは、自分のキャンピングカーは冬眠状態。
 ま、ようやく私のキャンピングカーも冬眠から覚めて、穴から這い出したクマのように、眠い目をこすっている雰囲気です。

 4月後半から11月後半までが、私のキャンピングカーの稼動期間というわけで、なんだかプロ野球のシーズンを思い出させてくれます。

campba

 でも、問題がまったくないわけでもないのです。
 介護の問題。
 定年を迎えた団塊の世代の夫婦二人旅が脚光を浴びていますが、この世代というのは、介護しなければならない親を抱えている場合も多いのです。

 わが家にも、車椅子生活を余儀なくされている義母がいるのですが、旅行中その介護をどうするか。
 今の時期、臨時で受け入れてくれる介護施設は満杯の場合も多く、かといって、ヘルパーさんをやとって家に置いて出かけてしまうのもしのびなく、どうしたらいいのか、いつも悩んでしまいます。

 車椅子を楽に搭載できるようなキャンピングカー。バリアフリーのキャンプ場。
 団塊世代の「くるま旅」が盛んになってくると、次にはそういう問題も真剣に考えていかざるを得ない時期も迫ってきているようです。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

絶品バイキング

 風光明媚な観光地として知られる静岡県・浜名湖に「浜名湖レークサイドプラザ」というリゾートホテルがある。
 ここでも、「湯YOUパーク」が利用できる。

レークサイド夕景

 このホテルの駐車場泊システムはちょっと変わっていて、湯YOUパークの利用料金というのは取らない。
 その代わり、施設内のレストランで食事を取ることが条件となる。

 ホテル側のもくろみも、よく分かる。
 その食事がおいしいからだ。
 つまり、リピーターの定着を狙っているということが読み取れる。

 和食のレストランと、洋食バイキングがあるのだが、このバイキングで出された料理は、確かに絶品だった。
 正直、バイキングという料理形式にあまり期待していなかったのだが、食べ始めると止まらなくなった。健康に問題を抱えている人、要注意だ。

レークサイド料理 レークサイド調理人

 特に、パスタ系のソース、サラダのドレッシング、シチューなど、ソース系が抜群。
 お酒もそこそこに、食べることだけに専念してしまった。

 翌朝、散歩していた老夫婦と挨拶を交わしたとき、
 「このホテルは味がいいからね」
 と、料理の感想を述べていたことが印象的だった。

 ここを訪れたのも、もう3年ぐらい前のことなので、その後変わっているかもしれないが、3年前に舌が記憶した味は、いまだに空腹を覚えたときに生々しく甦ってくる。

 ロケーションもなかなか。
 リゾートホテルだけあって、場内にはエキゾチックなヤシや棕櫚の木などがいっぱい植えられている。
 南欧風の屋根瓦に被われたレストラン棟、白い椅子の並んだ芝生広場など、湖に面したエリアには、絵に描いたような南国リゾートの風景が広がっている。

レークサイドテラス

 湖畔には、観光用のパワーボートを係留するスペースもあって、そういう情景を眺めながら犬の散歩などをしていると、少しだけ“お金持ち気分”になれる。
 ただ、門のある入り口近くまで歩いてしまうと、わりと見慣れた、どこにも有りげな民家が並ぶ風景が目に入ってくる。

レークサイドボート

 お風呂は和風。
 「南欧風リゾートはどうした?」
 という、このチグハグ感がたまらない。
 しかし、泉質は良好。
 天然温泉にたっぷり浸かって、ほてった体を湯の外にさらせば、浜名湖を渡る風が空気のシャワーとなって、身体中に降り注ぐ。

レークサイド温泉

 ここはバーも良かった。
 カウンター越しに、浜名湖の夜景が広がる。
 カミさんとボソボソと話ながら飲んでいたら、行儀の良いバーテンダーさんが、退屈しないようにと、ウィスキーのモルトの話などをしてくれた。

 ブレンドウィスキーというのは、年代もののシングルモルトの樽から、少しずつ選り分けて、ベストのものを調合して出来上がるんだそうだ。
 そのようなブレンドウィスキーを開発するプロがいて、ブレンダーと呼ばれている。

 ウィスキーをつくる前に、そのプロは、食事もストイックにコントロールし、酒もタバコも断って、自分の舌がもっとも鋭敏に働くような体調管理に入る。
 そうして、仙人のような無我の境地に入り、神業を発揮して、モルトの樽の酒を選り分けていく。

 私と、カミさんは、お互いに
 「へぇー!」
 「へぇー!」
 を連発して、バーテンさんの話に聞きほれた。

 夜、自分のキャンピングカーに戻ってきて、さらに酒盛りを続けていたら、リボンをつけたブタを散歩させているカップルを見つけた。
 ブタのペットというのも、珍しい。
 ブタの肌の白さと、ピンクのリボンがとても似合っていた。
 キャンピングカーの旅は、何と出会うか分からないから面白い。

レークサイドの車中泊
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 20:43 | コメント(2)| トラックバック(0)

テラスの微風

 ホテルや旅館の駐車場に、キャンピングカーで泊まるという「湯YOUパーク」。
 キャンプ場で自炊するのにも疲れた…
 道の駅で休むのにも飽きた…
 長距離旅行をしていると、1日ぐらいはアクセントというか、刺激が欲しくなる。

 そんなとき、この湯YOUパークは実にいい。

 小樽市の「宏楽園」という旅館の湯YOUパークを、カミさんと一緒に利用したのは、もう3年ぐらい前になる。
 稚内で行われたイベントの取材旅行も兼ねて、少しゆったりしたスケジュールの旅を企画し、寄り道をしながら本州の陸路を延々と走った。

 キャンプ場で泊まるのは北海道に入ってからと決めていたので、高速道路のSA、道の駅、フェリー埠頭なんかで短い仮眠を取りながら、本州を北上した。
 2人とも、そろそろ少し贅沢な温泉などを楽しみたい心境になっていた。

宏楽園の風呂1

 で、予約を入れたのが、この宏楽園

 「湯YOUパーク大歓迎! 食事は敷地内に焼肉レストランもあるし、コンビニも隣りにあるから、食材の心配もなし」
 とのこと。
 しかし、私たちは無性に和食が食べたくなっていた。
 「残念ながら、和食となると、部屋にお泊りのお客様にしか出せないんです」
 という。

 よし、じゃぁ、思い切って泊まってしまえ! ということになった。
 たまには浴衣がけで、露天風呂に繰り出し、タタミの上に寝そべって、ひじ枕でテレビを見る。
 そんな一晩があってもいいじゃないか。

 庭園を見ながら、並木道を走るアプローチはよし。
 少し古風な、落ちついた旅館の玄関が見えてくる。

宏楽園の玄関 宏楽園の駐車場

 ただ、駐車場が狭い。
 乗用車を前提にしてつくられたコマ割なので、大型キャンピングカーはけっこう厳しい。
 幸い、小型キャブコンなので、なんとか乗用車1台分に区切られた駐車スペースにクルマを押し込むことができた。

 「これで、よく湯YOUパークのパートナーとして名乗り出たものだな…」
 と思いながらチェックインしたのだが、後で聞いてみると、並木道に入る前に、だだっ広い駐車場が別にあるとのこと。
 なっとく。

 ロビーに面してカフェテリアがあり、それが庭に張り出したテラスにつながっている。
 このテラスが素敵だ。
 ホワイトペイントに塗られた柵の形も、テーブルの格好も、どことなくレトロチック。
 しかし、テーマパーク的なレトロではなく、天然レトロの味わいがある。
 昭和初期の文士たちが、原稿を書くついでに避暑にやってきて、テーブルに原稿用紙などを広げて…結局何も書かずにボンヤリしている、なんていう情景が目に浮かんでくる。

 白塗りの柵を越えて、北海道の短い夏を教えるような、どこかひんやりした微風が、ここちよく頬をかすめる。

宏楽園の昼テラス

 迷路のような渡り廊下を通って、部屋へ。
 キャンピングカーのベッドで寝る夜がしばらく続くと、やっぱ、タタミの部屋の感触がとても新鮮。
 さっそく浴衣に着替えて、風呂に。

宏楽園の風呂2

 「野趣に富んだ露天風呂」
 と謳われていたが、風呂の周りには、ホントに林しか見えない。
 手入れするタイミングがズレたのか、ちょっと“荒れている”という気配もあって、逆にそれが、ロシア文学に出てくる「郊外の避暑地」的な匂いを放っている。
 トルストイとか、ドストエフスキーといった巨匠ではなく、チェーホフとかの小説に出てくる雰囲気だ。

 やっぱ、北に来たんだなぁ…と、しみじみ思いながら、ヒグマのように風呂の水をかき分けて、岩の上で夕涼み。

 思い焦がれていた贅沢な和食を、上げ膳・据え膳で堪能したあと、また、夜のテラスに。

 星空の下のテラスが、またいい。
 夢のなかに出てくる、幻の劇団の舞台のように見える。
 
 幕はとっくに上がっているのに、役者は誰も出てこない。
 私は、観客もいない席に独りで座って、劇が始まるのを待っている。
 時が死んだような静寂のなかで、夜風だけが頬をなでていく。

宏楽園の夜テラス
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

目覚めると富士山

 キャンピングカーで移動しながら、ホテルや旅館の温泉施設が使えるという便利な旅行スタイルがある。
 日本RV協会(JRVA)が提唱している「湯YOUパーク」というシステムだ。
 
 寝泊りは、ホテルや旅館の駐車場に止めた自分のキャンピングカー。
 そして、フロントで受付を行い、そのホテルの入浴施設だけをリーズナブルな料金で使わせてもらうというのが、このシステムのメリットだ。

▼湯YOUパークを歓迎している静岡県・日本平ホテル
日本平ホテル玄関 日本平ホテルメインロビー

 湯YOUパーク料金は、ホテルによって異なるが、たいてい2,000円~2,100円程度。
 なかには、300円~500円ぐらいの入浴料ですむところもある。

 もちろん、湯上りにラウンジでビールを飲んだり、ロビーでテレビを見ながらくつろぐ…なんてことも、宿泊客と同じようにできる。
 場合によっては、レストランで食事することも可能。
 その場合は、予約が必要となるところが多いが、受け付け時の申し込みだけで食事を取れるホテルもある。

 ただし、この湯YOUパークというシステムを利用するには、条件がある。
 日本RV協会と連携を取っている「くるま旅クラブ」に所属することが前提となる。

 「くるま旅クラブ」というのは、RV協会の主導によってつくられたユーザー組織で、これまたリーズナブルな入会金と年会費で、さまざまな特典が保証される。湯YOUパークは、その特典のひとつとして考えていい。

 私は、この湯YOUパークというシステムをときどき使っている。
 キャンプ場などを転々としていると、たまには豪壮なお風呂に浸かって、リッチな夕食などを楽しみたいという欲望が芽生えることがある。
 旅にアクセントを付ける意味においても、私にとってはありがたいシステムなのだ。

 既に何度か訪れているのが、静岡県にある「日本平ホテル」。
 ここは、なんといっても、ロケーションが素晴らしい。
 芝生が広がるホテルの中庭に立つと、眼下に駿河湾。そしてその向こうには雄大な富士山。
 なにしろ、日本観光地百選の第1位に輝いたという日本平の絶景を、このホテルの庭園が独り占めしているのだ。

日本平庭園_昼 日本平お風呂
▲日本平ホテルのお風呂(右) 残念ながら温泉ではない。

 昼間眺める景色も素晴らしいが、夜、ライトアップされた庭園のかなたに広がる夜景も素晴らしい。
 街の明かりと星空が、明るさを競うようにまたたき合う光景は、そうやたらと見られるものではない。

日本平夜景

 ここは食事もおいしい。
 フレンチと日本料理、それと懐石料理専門のレストランがあるが、私はまだ「青桐」という懐石の店しか入ったことがない。
 いつもここで満足してしまうので、次に寄ったときも、ここになってしまう。

日本平青桐 日本平バー1

 そして、食べた後は、スカイラウンジバーで一服。
 目の前に、広大なガラス窓が映画のスクリーンのように広がっている。
 そのガラスに反射する店内のライトと、その向こうに広がる街の夜景が、光のモザイクとなって、玄妙なアート空間を形づくっている。

日本平バー2

 腕のいいバーテンダーのつくった極上のカクテルを味わい、後は自分のキャンピングカーに戻って寝るだけ。

 ホテルの贅沢さをむさぼり尽くし、払うのは、入浴料と食事代と、飲み物代だけ。
 翌日からは、またコンビにの海苔弁当が続く旅となるが、ゴージャスな1晩を味わうだけでも、心はリッチ。

 このような贅沢さを楽しむときは、あまりセコいことは考えない方がいいように思う。
 一度ここで、中庭までキャンピングカーを乗り入れて、テーブルを出して食事をとっているファミリーを見たことがあった。
 湯YOUパークがスタートしたばかりのころだから、当時は許されたのかもしれないが(今は禁止)、あまりいい光景ではなかった。

 そのご家族の方には、本当に申し訳ない表現になるが、「貧しさ」を感じた。
 彼らがクルマを止めた位置は、絶景を楽しむには最適なビューポイントだったが、そこにはクルマを1台しか止めることができない。
 ご本人たちにとっては、とても満足できただろうが、もし他の湯YOUパーク利用者たちが、それを見たらどう思うだろう。

 「私たちだって、そっちへ移動したい」
 という気持ちを持つ人が出てきたら、不公平感も生まれるのではなかろうか。

 キャンプ場と同じように、湯YOUパークを利用するときにも、ルールとマナーはついて回る。
 これから、ホテルや旅館を利用して、このようなスタイルの旅を楽しむユーザーも増えてくるだろう。
 ユーザー同士がお互いに気を遣いあい、マナーを守っていくことは、ますます大事になっていくように思える。
  
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 18:24 | コメント(2)| トラックバック(0)

混浴温泉を撮影

 キャンピングカーで旅する人の多くは、温泉めぐりを楽しんでいる。温泉三昧に耽るためにキャンピングカーを買ったという人も珍しくない。

 昨年、秋田県の乳頭温泉に行ってきたが、アプローチの道幅が狭い温泉が多かったにもかかわらず、やたらキャンピングカーの姿が目立った。
 クラスCのような大きいクルマは、一般車とすれ違うときの困難を考えて、深夜か早朝に駐車場に入っていく。
 そして1日かけてゆったり湯に浸かり、車内でのんびりくつろぎ、交通量が少なくなる夜を待って、そこを出る。キャンピングカーならではの楽しみ方である。

 キャンピングカーやキャンプ場の情報誌をつくっている限り、温泉情報は欠かせない。
 かつて手がけていた『全国キャンプ場ガイド』でも、よく温泉特集を組んだ。
 ある号で、露天風呂特集をやることが決まり、群馬県の宝川温泉まで撮影に行ったことがあった。

宝川温泉_1

 「写真を撮れるか?」
 と温泉の管理者に尋ねると、
 「OK」だという。
 そこで、カメラを掲げたまま裸になり、お風呂を楽しみながら、周囲の風景をバシャバシャ撮りまくった。男湯に入っているつもりだったから、何のためらいもなかった。

 しかし、上がってきたフィルムをチェックして驚いた。
 遠景だが、裸の女性が映っている。しかも若くてきれいだ。
 「なんで撮っているときに、そのことに気づかなかったのか」
 残念!
 …というふうに思ったわけではない。

 「やばかったなぁ…」と冷や汗が出た。
 これは犯罪行為である。
 悪質な盗撮が社会問題になり始めた時期だったから、咎められて取り押さえられれば、「知らなかった」ではすまされないところだった。

 今から思うと、そのときの温泉の管理者がよく撮影を許可したものだと思う。
 おそらく、今なら「とんでもない!」ということになるだろう。

 以来、温泉の写真が欲しいときは、管理者に画像を提供してもらうことにした。
 幸い最近はネット情報が充実してきたので、断りさえ入れれば、ホームページから画像を抜かせてもらえるようになった。

 それはそれで便利になったけれど、そうやってあらかじめ作られた画像は、女性が写っていても、みなバスタオルを胸まで巻いている。
 いえ! それが悪いと言っているわけじゃ全くないんですけどね。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:45 | コメント(8)| トラックバック(0)

ペンション駐車泊

 ペンションの良さというのは、アットホームな雰囲気を満喫できるところにある。
 多くのお客を相手にする大型ホテルや有名旅館は、洗練されたサービスや高級な設備を用意する代わりに、客との接し方はビジネスライクにならざるを得ない。
 それに比べ、ペンションの対応というのは、時に素人くさくもあり、時にぎこちなかったりすることもあるが、オーナーと客の心が直に触れ合う温かさがある。

 そんな温かい触れ合いを得られるペンションを、一軒だけでも持っているということは幸せなことである。

 河口湖の大石プチペンション村で見つけた「ペンションこすもす」は、私にとってそんな気分になれるところだ。

▼河口湖まで出れば雄大な富士
kawaguchi_fuji1 ペンションこすもす外形1

 実はこのペンション、JRVAの「湯YOUパーク」のパートナーさんであり、かつオーナーご自身が「くるま旅クラブ」のメンバーさんなのである。

 …というからには、ご主人もキャンピングカーをお持ちなのだな…と推測し、駐車場を見回すと、ありましたよ! ありました!
 リンエイのバンコン「バカンチェス」が。

こすもすバカンチェス こすもすインテリア

 そこでキャンピングカー仲間として意気投合、華やかなキャンピングカー談義が…と、ならないところがまたいい。
 はにかみ屋さんというか、礼節をよく心得られたご主人は、自らキャンピングカーオーナーでござい! と喧伝するような素振りを決して見せようとはしない。

 こちらが聞き出して、やっとキャンピングカーを所有していることを明かしてくれた。
 「宿泊業をしていると休みが取れないもので…」
 と、ご主人はおっしゃる。
 お客様の予約が入っていない時だけが、かろうじて休日。
 しかし、その休日は実に不定期で、不意にきまぐれのようにやってくるだけ。
 …というわけで、旅をするなら、宿の予約に気を遣わないキャンピングカーしかないということになった、という。

 食事はハイレベル。特にご主人が、炭火を使って1枚1枚ていねいに焼き上げるステーキは絶品だ。
 それを醤油仕立ての大根おろしソースで食べると、次の晩も、その次の晩も同じメニューを食べたくなるくらいうまい。

 その代わり、焼きあがるまでに時間がかかる。
 訪れた金曜日の晩は、私とカミさんの2人だけの貸切ディナーだったが、食堂が満席のときは焼く方も待つ方も、けっこう大変だろうな…と想像してしまう。
 そういうときは、オードブルを少しゆっくり食べながら、地元の甲州ワインをじっくり楽しんで、豊かな時間を過ごすのがここのルールのようだ。

 「素人の田舎料理で…」
 と、ご主人は謙遜するが、どうしてどうして。
 前菜からスープ、デザートのケーキ、コーヒーに至るまで、味も盛り付けも完璧。
 それでいて、コースで2,300円と、料金はいたってリーズナブル。
 湯YOUパークの駐車泊料金はわずか525円だから、ディナーを取っても、大人2人で5千円ちょいで楽しめる。料理の予約は当日15時まで。

▼オードブル            ▼朝食
こすもすサラダ こすもす朝飯

 お風呂は、樽の貸切露天風呂が23時まで。私たちは、宿泊客用の24時間入れるお風呂を使わせてもらったが、清潔で湯加減も上々だった。料金は1人300円。

 駐車スペースはそんなに広くない。
 2×5mクラスのキャブコンなら2~3台といったところか。土曜日と祝日前は宿泊客のクルマで駐車場が埋まるから、湯YOUパークはなし。

▼駐車場              ▼オーナーの堀内ご夫妻
こすもす駐車場 こすもす管理人

 電源サービスも受けられるが、さすがにそこまでは、こちらから遠慮して断った。温厚で、人柄の良いご主人にあまり負担をかけたくなかったからだ。
 とにかく、河口湖周辺の観光に出かけたときの楽しみスポットが、またひとつ増えた。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 19:43 | コメント(4)| トラックバック(1)

犬連れキャンプ

 犬を連れたキャンプって、けっこう大変だ。
 なにしろ、室内犬として大事に育てられてしまった犬って、自分を「犬」だと自覚しない連中が多い。

 「さぁ、アウトドアだぞ、土の上で思いっきり散歩できるぞ」
 われわれ飼い主は、犬ってみんな自然が大好きだと錯覚ちがちである。

 しかし、「なんでこんな寒い日に外に出るの?」
 と、尻込みしてしまう情けない犬もいる。
 恥ずかしいが、ウチの犬がそうなんだわ。

 河口湖の有名なキャンプ場「キャンプパラダイス」で、霜で凍った大地を見つめたわがクッキー嬢は、ドアから吹き込む冷気を浴びただけで、キャンと一鳴き、尻尾を巻いてキャンピングカーの中に逃げ込んでしまった。

 ようやく外に連れ出すと、モミジの枯れ葉がふかふかのカーペットのように敷き詰められた場所まで来て、ホッと一息ついている。
 この軟弱犬め。そこまで飼い主に似なくても良さそうなものを。

cooky_kareha  cooky_liv 

 ま、典型的な室内犬であります。
 キャンピングカーの室内にいればゴキゲン。

 この「河口湖キャンプパラダイス」は、湖に面したロケーションの良いサイトを持ちながら、ちょっと出入り口を見つけるのが難しく、うっかりすると行き過ぎてしまう。
 そのため、“大人の隠れ里”といった雰囲気のキャンプ場になっている。

キャンプパラダイスのコマンダー パラダイスの富士山

 土曜日だというのに、この日の泊り客は、われわれを入れて3組。
 キャンプ場の奥まで歩いていくと、無人のサイトに枯れ葉が落ちて、その上を最後の残照が柔らかい光を落としている。

キャンプパラダイス1 キャンプパラダイス2 

 冬枯れた空と大地がかもし出す寂寥感が、逆にこのキャンプ場に文学的な風情を与えている。
 夫婦が、今日に至るまでの苦労をお互いにねぎらいながら、のんびりと語り合うなんてのに、向いている場所かもしれない。

 オーニングも椅子・テーブルも出さず、電源だけ接続して、あとはFFヒーターの利いた室内でぬくぬく。
 トイレもなるべく室内のものを使う。寒がり犬のことを怒れない。

 カミさんと2人で、加藤みりやを聞いて、くるりを聞いて、ワンズ、Tボラン、安全地帯を聞いて、ビル・エバンスを聞いて、初期ビートルズを聞いて、三橋美智也を聞いて、1,700円のボージョレーヌーボーを一本空ける。
 われわれ「ALWAYS 三丁目の夕日」の世代は、酔うにしたがって、昔の歌に遡行していく。
 気がつけば、湖面にゆったりと月明かり。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 20:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

富士山を眺める湯

 土曜日と日曜日。温泉三昧でした。
 この2日間、キャンピングカーで山梨県の河口湖周辺を回ってきましたが、両日とも好天に恵まれ、富士山がくっきり。
 
 富士山を見ながら入浴できる場所というのは、富士五湖周辺にはたくさんありますが、「紅富士の湯」はそのなかでも、富士の雄大な姿を一望できる格好の立ち寄り温泉です。
 この界隈では有名な施設なので、あらためて紹介するほどのこともないかもしれませんが、初めての方は一見の価値ありです。

紅富士露天

 なにせ、内湯、露天風呂の両方から富士が眺められます。
 しかも、露天風呂は41度ぐらいの程よい温度の湯と、36度のぬるめの湯が二つ並んでいて、ぬるめの湯に浸かっていると、その心地よさに、湯から上がるがイヤになってしまいそう。
 タオルなどは用意して入館した方がいいのですが、料金は大人700円とリーズナブルです。

 もう一軒、「ふじやま温泉」という立ち寄り湯にも行きました。
 こちらは11月28日にオープンしたばかりの施設で、何もかもピカピカです。
 料金は、土休日大人2,000円(平日1,500円)と多少高めですが、その代わり、館内着やバスタオル、フェイスタオルがすべて支給されます。館内にはリラクゼーションルーム、和食レストラン、マッサージすべて揃って快適。

ふじやま温泉外形

 残念ながら、露天風呂から富士山を見ることはできないのですが、代わりに展望休憩室からは、壮麗な富士山の全貌が鮮やかに浮かび上がるのを見ることができます。

 日本の銭湯は、昔からその壁絵に「富士山」を描いてきました。
 やっぱり富士を見ながら湯に浸かるというのは、日本人の「癒し」の原点なんでしょうね。
 その本物を眺めながら入浴するのは、実に贅沢な気分になります。
 寒さが厳しくなるこれからは、富士山がいちばん美しく見える季節です。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:11 | コメント(6)| トラックバック(2)

沖縄リゾートは夏

 この時期、沖縄にはまだ夏が残っているらしい。明日から12月だというのに、沖縄の気温は25度。地元の人は半袖・半ズボンだという。
 こんなうらやましい話を、今日来社されたバニアンリゾートの鈴木さんと福地さんが語ってくださった。

 バニアンリゾート
 アメリカで大人気の「フィフスホイールトレーラー」を宿泊施設として使った沖縄のリゾートキャンプ場である。
 私のメイン業務である『Campingcar Super Guide』2007年版の制作がもう始まっているのだが、その本の「キャンプ場コーナー」で紹介させていただく記事の打ち合わせで、このバニアンリゾートのお二方が来られたわけだ。

banian_zenkei banian_yuhi

 写真を見ていただきたい。
 30フィートを超える巨大なトレーラーハウスが居並ぶ姿は、まさにアメリカのキャンプ場。
 そのキャンプ場裏に広がる海の夕焼けは、ハワイのオアフ島ビーチの感じ。
 涼しげな水をたたえたプールサイドの情景は、まさに沖縄ならではの「ゆったり感」が漂っている。

banian_poor banian_trailer

 このキャンプ場が正式オープンしたのは今年の9月。すでに6月頃から試験的に営業したらしいが、充分な設備が整わない7月、8月の段階で、もう大反響を呼んだという。
 「おそらく来年の夏あたりは、春先から予約が埋まってしまうでしょう」
 と、鈴木支配人は語る。
 
 「しかし、本当にお客様に来ていただきたいのは、むしろ冬の季節なんです」
 とも。
 というのは、本土では冬でも、沖縄は「夏気分」。1年でいちばん過ごしやすい時期なのだそうだ。
 この季節なら暑くもなく、寒くもない。夏の観光シーズンのような渋滞もない。
 「そんなゆったりした季節にこそ、沖縄に来て、心行くまでリゾート気分を満喫してほしい」
 という。
 
 自慢のフィフスホイールトレーラーは、3箇所のスライドアウト部分を持つ超大型豪華モデルから、カップル向きのミドルサイズモデルまで5種類15棟。
 料金は、超豪華トレーラーで1泊43,000円(ハイシーズンピーク時)。リーズナブルクラスで1泊18,700円(オフシーズン)。
 どのトレーラーにもキッチン、冷蔵庫、電子レンジ、オーブン、シャワー、トイレ、ベッドなどがフル装備なので、コンドミニアムやコテージのように使える。
banian_liv banian_bed

 食事は近くのスーパーで食材を調達するのも可。
 施設内で用意された食材を買うのも可。
 さらに、海に出て釣った魚を自分でさばくのも可。

 夕方は、プールサイドにバーもオープン。
 地元のオリオンビールを味わうのもよし。
 テキーラサンライズやダイキリで、マイアミ気分を味わうのもよし。
 見上げる空には、満点の星。
 日本でいちばん夜空が近い場所だ。

 営業を開始した直後は、
 「セレブな人たちに、高級リゾートを楽しんでもらうつもりでした」
 と、鈴木さん。
 「しかし、途中で気が変わりました」
 と、福地さん。
 「やっぱりここは、手つかずの沖縄の自然を味わってもらう場所だと気づいたんです」
 とご両人は口をそろえる。

 だから、気取ったご婦人から、
 「ブルーマウンテンの“おコーヒー”などいただけます?」
 などと聞かれるより、
 「父ちゃん、クワガタとりに行こうよ」
 と子供が目を輝かすようなキャンプ場にしたいという。

 この施設のある今帰仁村(なきじんそん)という村は、沖縄でもいちばん土地が肥沃な場所として知られる。
 「そこで沖縄野菜を中心に、種植え・収穫のできる体験農園を楽しんでもらいたい」
 と福地さんは語る。

 周囲には、風光明媚な豊かな自然が広がっている。
 レンタルトライク(3輪バギー)をここで借りて、のどかな風景を眺めながら、海岸道路をゆったり流すなんてのが、粋な過ごした方になりそうだ。
 
 PS てへへ…明日から、新しい犬を連れた初キャンプです。
 この時期、毎朝うなされて目が覚めるような忙しさなのですが、すべてほったらかして、逃避行です。
 行き先?
 まだこの段階で決めていません。
 当日の気分で、東にするか、西にするか…
 キャンピングカーの旅は気楽ですから。
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 20:06 | コメント(4)| トラックバック(0)

禁断の風景

 キャンピングカーでいろいろな所に泊まっていると、ときどき、
 「あ、ここは人間が近づいてはならないところだ…」
 と思えるような場所にたどり着くことがある。

 最近はもっぱらキャンプ場か道の駅か、高速のSA,PAで泊まることが多いので、そういう場所に対する感受性が鈍磨しているが、
 昔、「キャンプ場ガイド」を編集していた頃は、よく山の中に泊まった。
 日暮れても目的地まで届かないときは、山奥の石切り場や川原で寝ることが多かった。

 14年~15年ぐらい前だったと思う。
 その晩のねぐらを探しながら、中国地方の山奥を走っていたときだ。
 ダム湖の看板が見えた。

 近づいていくと、湖を見おろせる絶好のスペースが見えてきた。
 クルマ1台分ぐらいの隙間しかないのだが、車外に椅子、テーブルを持ち出せば、湖を遠望しながら、快適なティータイムを楽しめそうに思えた。
 日が沈むまで外の景色を眺め、夜は車内で一人だけの酒宴。
 とっさに、その晩のスケジュールが決まった。

mizuumi

 湖が見おろせるその狭いスペースに、なんとかクルマを収め、
 椅子とテーブルを外に持ち出した。
 まだP泊のマナーなどが問題にならない時代の話だ。
 「Pキャン」という言葉が、やっと専門誌に登場したかしないかという頃である。
 
 さっそくコーヒーを入れて、カップになみなみと注ぎ、それを手にもって車外に出た。

 夕暮れが湖の上に迫っていた。
 美しい光景だったが、異様な光景でもあった。

 その頃、日本全国が歴史的な渇水状態にみまわれ、どこの地域でも深刻な水不足が問題になっていた。
 この湖も例外ではなく、水面が極端に低くなっている。
 樹木で覆われた層がある線でくっきりと断ち切られ、白く乾いた岩肌がざっくりとむき出されているのだ。
 今まで正体を現さなかった大地の素顔が、水が涸れて、その荒々しい相貌を白日のもとにさらしたという感じだった。

 私は、その生物の匂いをまったく欠いた岩盤を見つめながら、行ったことのないタッシリの砂漠とかカッパドキアの風景を想像した。
 旧約聖書などに出てくる、神が人間に謎めいた啓示を与える場所。
 なぜか、そんなふうに思えた。

 不意に寒気をおぼえた。
 夏が過ぎたとはいえ、まだ秋は深まっていない。
 寒気の正体が分からない。

 次に、音がまったく途絶えていることに気がついた。
 鳥の鳴く声も、風のそよぎも聴こえない。
 幹線道路が近くを通っているはずなのだが、クルマの走行音もここまでは届かない。
 沈黙の重みが、大地を覆っている。
 そう思うと、えもいわれぬ不安感が頭をもたげてくる。
 地球上からすべての音が消えてしまったことを、私一人が知らないまま、ここに座っているという気分だった。

 壮麗な夕焼けが空を覆いはじめた。
 それが丸裸にされた岩肌を、血の色に染めていく。
 あまりもの美しさに鳥肌がたった。
 湖面から無数の粒子がキラキラと立ち昇り、残照に包まれながら輪舞を踊り始めている様子が目に見えてくるような気がした。

 「ここにいては何か良くないことが起こる!」
 直感的にそう感じた。
 人間が見ることを許されない光景を覗き見している。
 そんな感じがしたのである。

 私は急いで、椅子とテーブルを車内に収め、
 そこから立ち去る準備を始めた。

 夜が来て、すべてが闇に包まれれば、
 おそらく、少々心細い気分になりながらも、結局なにも起こらないまま朝を迎えることは理性で理解できた。
 しかし「何かが起こる」という予感は、きっと朝がくるまで解消されないように思えた。

 その晩どこで泊まったかはもう記憶から遠ざかっているのだが、
 夕焼けに染められた湖の景色は、今も鮮明に覚えている。

 「何かが起こりそうな場所」を旅の記憶として持っているということは、幸せなことかもしれない。
 
旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 21:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

小学校がキャンプ場に

 廃校になった小学校がキャンプ場としてリニューアルされ、9月中旬にオープンすることになった。千葉県・大多喜町にある宇筒原(うとうばら)キャンプ場である。
 管理者は大手モーターホームディーラーであるニートRV。サイト整備はまだ完了していないが、電源工事などは終わっているという。カメラを首から下げてさっそく見学に行った。

 千葉県・館山自動車道の市原インターを下車。
 刈り入れが始まった田んぼが広がり、ズイキ芋の葉が風にゆれる典型的な農村地帯の風景を見ながら走ること約1時間。
 昭和30年あたりの日本の田舎がそのまま真空パックになって保存されているといった環境の中に、そのキャンプ場はこつ然と現れた。
 たどり着くと、ニートRVの猪俣常務がちょうど入り口前の案内板を立てているところだった。

宇筒原キャンプ場1

 キャンプ場の正式名称は「宇筒原ふれあいセンターオートキャンプ場」。旧西畑小学校・宇筒原分校が原型だ。
 サイトには校庭を使い、管理室は職員室を流用。体育館を多目的ホールに転用するなど、小学校の原型をできるだけ壊さずにキャンプ場としてリニューアルするというのは全国でも初の試みだという。
 たぶん、ここに来たお父さんたちは、自分の小学校時代を思い出して懐かしい気分になるだろうし、子供たちは、学校の敷地にいながら授業のない時間を過ごすことの解放感で有頂天になるはず。

宇筒原キャンプ場3

※ 料金・アクセス・予約方法などを交えた詳しい情報はいずれウェブ・マガジン(http://www.campingcar-guide.com)で流す予定です。
※ なお8月6日にお知らせしたヨコハマモーターセールスの永野社長のインタビュー(業界サムライ列伝)ですが、本日ようやく本社にも1冊しかないというロデオRVの貴重なカタログをお借りしてスキャニングすることができました。記事ともどもまもなく公開いたします。

旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 18:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

オヤジ独りでキャンプ

夏休みの塩原グリーンビレッジ

 栃木県・那須塩原市のキャンプ場「塩原グリーンビレッジ」を半年ぶりぐらいで訪れてみた。
 今回は遊びではなく、取材旅行中の中継地点として寄ったのだが、ちょっと季節が悪すぎた。
 夏休みに入り、ほとんどのサイトが家族キャンプで大にぎわい。独り者の利用者などどこを見回してもいないのだ。
 こういう環境では、オヤジの独り旅というのもちょっと格好がつかない。
 「なるべく目立たない奥のサイトを…」と、受付でお願いすることにした。

 案内されたのは、土を盛り上げて周囲を石積みで囲んだDサイト。イベント時にステージ代わりに使われる特別サイトなのか、確かに周囲にキャンパーはいない。
 しかし、このサイトまで鬼ごっこで駆け上がってきた少年の群れが、不思議そうな顔をして、私と私のキャンピングカーを眺めはじめた。
 「この人何しに来たのだろう」という表情なのである。

塩原のコマンダー

 テントもタープも張らない。
 椅子もテーブルも出さない。
 炊事もしない。
 家族もいなければ、犬もいない。
 大人も子供もTシャツ、短パン、サンダル履きでくつろいでるというのに、こちらは、ネクタイこそしていないもののワイシャツ姿(人に会う取材旅行なのだから仕方がない)。長いスラックスを履き、足元は革靴。

 そんな独り者のオヤジは、彼らから見れば怪しげな闖入者なのだろう。
 これで、双眼鏡などを持ち出して、テントで遊んでいる少女たちの姿を観賞したりなんかした日には立派なヘンタイヤローになってしまう。
 なにしろ、深夜に自転車を漕いでいるだけで職務質問にかかってしまう私なのである。自分ではオーラだと信じているのだが、もしかしたら体全体から変態的な妖気でも発散させているのかもしれない。

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旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 13:50 | コメント(4)| トラックバック(0)
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