町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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東電を怒る父さん

 たまにだけど顔を出す、地元のお寿司屋さんがある。
 店にお客がいれば、深夜の2時頃まで営業しているので、この季節、終電ぎりぎりに帰る私には、他の店が閉じてからでも夕食が取れるありがたい店なのだ。

寿司画像

 いつもは午前を回ってから顔を出すのだが、この日は珍しく、9時過ぎぐらいにノレンをくぐった。
 6人掛けのカウンターのうち、5席が埋まっていた。
 そのうちの4席は、中学生ぐらいの兄妹を伴った家族によって占められていた。

 真ん中に座った大柄のお父さんが、生ビールのジョッキを傾けながら、握り寿司をバクバク食っている。
 食い、かつ大声でよくしゃべる。

 「トーデンのバカヤロめ! もううちは電気料なんか払わねぇぞ」
 と、店中に響きわたる大声で、お父さんは怒っている。

 トーデン。
 もちろん、今回の巨大地震による津波で、原子力発電所の事故を起こした、あの 「東電」 だ。

 で、このお父さん。
 放射能危機を招いた東電の危機管理能力を怒っているのかと思ったら、ちょっと違うようだ。
 その東電の原発事故によって、ヨーロッパに行く飛行機が飛ばなくなったことを怒っているらしい。

 なんでも家族4人で、楽しみにしていたヨーロッパ旅行に行くまぎわだったという。
 それが、今日 (…計画停電のせいなのかよく分からないけれど) 飛行機が飛ばなくなって、旅行をキャンセルせざるを得なくなった。
 で、 「腹が立つ!」 と、お父さん、生ビールをうまそうにゴクリ!

 そして、左右に座らせた子供たちに、
 「お前たち、ホラもっと食わんのか? 今のうちだぞ」
 とせき立てる。

 今のうち……!?

 確かに、東北の漁港が壊滅状態になったので、魚市場でも鮮魚の量が少なくなってきたとは聞いている。
 だから、ネタの新鮮な寿司は、これからしばらく食えなくなるかもしれない。
 そういう意味で、 「今のうち」 と言ったんだろう。
 
 現に、店主が 「今日はあまり仕入れられなかった」 と告白するガラスケースのネタも、食い盛りの子供たちを抱えたその家族がバクバク食うために、どんどん少なくなっていく。

 しかし、文句はいえない。
 店主が、その4人家族の注文をこなすのに必死になって握っている様子が、カウンター越しに見えるからだ。
 こっちは後から来た身だから、順番は守るつもりでいる。
 狙っていたネタが、ガラスケースから消えていくのを見ても、じっと我慢するしかない。

 で、このお父さん、時事放談も好きらしい。
 「だいたい政府の危機能力がゼロだよ。文化系のバカどもが原発のことも分からずに、トーデンの言いなりになっているから、こういうことになるんだ」

 さらに、こうも。
 「これで、もう米軍に “帰れ”なんていっている社会党の連中も分かったことだろうな。
 結局、日本は米軍にずっと助けられてきたのよ。
 今回も災害の復興に力を尽くしているのは、米軍と自衛隊だけだからな」

 う~ん……。
 まず、今の日本に “社会党” ってあったっけ?
 復興に力を尽くしているのは “米軍と自衛隊” だけだっけ?

 このお父さんの社会認識はどうなっているのかな?

 突っ込みを入れるほどの気力もないし、相手もこの店の常連らしいから、黙ってうなずいて聞くふりをする。

 ま、こういうお父さんは、けっこう世にいっぱいいるのかもしれない。
 生ビールをごくごく飲んで、寿司をバクバク食って、
 「東電のバカヤロ! 政府は無策だ!」
 とののしる人々が。

 別に、このお父さんの意見が間違っているとも思わない。
 ある意味、常識的な意見なのかもしれない。
 
 でも、今回の災害について、自分にはまったく被害の及ばない安全な場所に身を置いて (しかも、美味いもの食いながら) 、正義の代弁者を気取って、誰かを批判するって、ちょっと恥ずかしくねぇ? 
 ことの当否よりも、そのことがちょっと鼻についた。 

 それでも、そんな親子が席を立つとき、
 「じゃお気をつけて」
 と笑顔で挨拶を送る自分が、哀しい。

 ま、俺も同類かもしれないけどね。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:00 | コメント(6)| トラックバック(0)

忙しいぞぉ!

 ちょっと油断すると、あっという間にブログの更新が滞ってしまう。
 書くネタがなかったわけではない。
 逆にありすぎて、てんやわんや状態だったのである。

 幕張の 「ジャパン・キャンピングカーショー2011」 が終わり、そこで仕入れたネタの量がハンパじゃないのだ。
 だから、ひとつずつ紹介したくてウズウズしちゃうのだけれど、それをまとめるのが大変だった。

▼ ジャパンキャンピングカーショー会場風景
ジャパンキャンピングカーショー2011

 なにしろ、記憶に残っているうちに、取材した内容の基礎的なメモを整理しなければならない。
 これがけっこう忙しい作業なのだ。
 展示された車両の概要を記録するだけでなく、それを開発した人たちのちょっとした雑談などが、けっこう重要だったりする。

 キャンピングカーは、普通の乗用車と違って、いわば人間の “ライフスタイル” の提案という要素がけっこう大きな比重を占める。
 ライフスタイルだから、そこに 「人間」 がいる。

 「人間がいる」 ということは、どこかで 「人生」 とか 「哲学」 とかいう問題とも触れ合うことになる。

 新車に限らず、定番商品の中でも、ちょこっと付け加えられた新装備とかレイアウトの変更などに、けっこう開発スタッフたちの 「人間観」 とか 「人生観」 とかが投影されていたりする。

 そこが面白い。

 そのような新装備とか、レイアウトの見直しなどは、 “機能的な説明” に終始すれば、それは 「快適性の向上」 だったり、 「便利さの追求」 で終わってしまう。
 営業的に表現すれば、 「付加価値の実現による商品力強化」 という言葉に集約されてしまう。

 でも、自分はそれだけじゃ物足りないのだ。
 
 人間の幸せを意図して創るクルマなんだから、創る人たちの人間としての 「顔」 も見たい。
 だから、ガイドブックなどの制作とは外れてしまう、つくり手たちの人生体験とか、ユーザーたちとのキャンピングカー談義などの断片が、けっこう自分にとっては大事になる。

 そんなメモを作成していると、
 「この忙しいときに、なんでそんなことに時間を費やすのか?」
 「クルマの機能だけを、せっせとまとめればいいじゃないか?」
 と、自分を自分が責める。
 
 だけど、そういう一見無駄なことの積み重ねが、案外自分の財産になっているように思う。

 今回のショーは、会期中の3日間すべて朝から晩まで詰めたけれど、今まで挨拶を交わすだけで、あまり深い話をしたこともなかった人たちの話も積極的に聞いた。
 みんなすごいなぁ…と改めて思った。
 この業界は、けっこう人材が豊富だよ。

 折を見て、そういう “無駄話” も少しずつ紹介していきたい。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:01 | コメント(4)| トラックバック(0)

老人の孤独

 仕事のない休日には、片道30分の距離を自転車を漕いで、介護施設で生活する義母の見舞いに行く。

 ここのところ、携帯にも、時には会社の電話にも、ほぼ連日連絡が入るようになった。
 要件は、
 「話し相手がいなくて、さびしい」
 というのである。

 …と言われても、こっちは勤め人であるわけだから、いちいち仕事を中断して会いにいくわけにもいかない。

 義母の実子であるカミさんは、いまだ体調不良が続いているので、実母のケアが十分にできない。
 義母に施設に入所してもらうようになったのも、カミさんの病気がきっかけとなった。
 だから、休日になると着替えを持って行ったり、話し相手を務めたりするのは、私か、私の長男の役目となる。

 施設につくと、義母を部屋から連れ出して、1階ロビーの喫茶室まで車椅子を押す。

 関東地方は晴天が続いている。
 喫茶室の一隅から、抜けるような青空と、その空に向かって、枯れた枝を突き刺すように屹立する木々が見える。

冬の空と木

 「外は寒いですか?」
 と、義母が尋ねてくる。

 寒い。
 陽射しに春の明るさが交じるようになったとはいえ、風は冷たい。

 しかし、彼女はにその 「風の冷たさ」 を知らない。
 「いいお天気なのに…」
 と、むしろ施設内に屋外の空気が流れ込んで来ないことを、うらめしそうに語る。

 喫茶室のカウンターの奥では、温かそうな湯気がたなびき、ほのかなコーヒーの香りが忍び寄ってくる。
 メインロビーは、まるでリゾートホテルのエントランスのように明るくて清潔な空気に満たされている。
 その廊下の奥では、リハビリに精を出す老人たちを励ます若いスタッフの明るい声。

 彼女のいるところは4人部屋ではあるが、自分専用のテレビがあり、自分だけが購読している新聞がある。
 もちろん、その気になれば、同室の同僚と話す機会もあるはずだ。

 食堂も兼ねるレクリエーション室には、さらに同年輩の老人たちの姿がたくさん見える。
 スタッフたちも活発に動き、老人たちに活発に声をかけている。

 施設が用意するプログラムには、書道や編み物などの趣味活動の企画が設けられ、その気になれば、カラオケやマージャンも楽しめる。

 何もかもが完璧に揃そろった 「老人の理想郷」 。
 
 このような場所で生活できるということは、それだけで 「幸せの極致」 であるように思えるのだが、幸せとは、物理的な快適性の総和だけでは測れないもののようだ。

 「今日もね、結局、誰とも話さなくて…」
 と、コーヒーとセットになった洋菓子をつつきながら、義母がいう。
 
 誰とも話さない理由は何なのか?

 もちろん、そんなことをストレートに問いただしてもしょうがないから、
 「今日は、楽しみにしているテレビはないんですか?」
 と、話題をそらす。
 
 「テレビもね、同じような番組ばかりでね…」
 さびしげに彼女が笑う。

 「新聞は読みましたか?」
 と尋ねてみる。

 「新聞もね、読んでも、それを話し合える人がいなくてね」
 細い指でコーヒーカップをつまみ上げながら、そう彼女は訴える。

 「でも、大広間でほかの方と天気の話や、ご家族の話などはされるんでしょ?」
 そう尋ねてみるのだが、相変わらず義母の返事は物憂いトーンに包まれている。

 「それも、あんまりね…。何をしゃべっているのか分からない人たちが多いからね」

 何をしゃべっているのか分からないとは、どういう意味なのだろう?

 加齢のせいで、外界からの反応に鈍くなっている人がいるということかもしれない。
 あるいは、義母の耳が、加速度的に 「遠くなっている」 ことを物語っているようにも思える。

 耳が遠くなると、相手の話に合わせるのが億劫になる。
 内容が聞き取れないから、愛想笑いだけ返しているうちに、人と人の心の距離も遠くなる。

 「耳が遠くなる」 という加齢の宿命は、まだそこに達していない人たちが思い描く以上に重い。

 しかし、 「誰とも話さなかった」 というのは、そういう理由だけではないのかもしれない。
 彼女の心の奥底に、他者と話すことなどでは解消しようもないほどの空漠たる思いが去来するようになったのか。

 ことあるごとく、義母が訴えるひとつの言葉がある。
 「一日が、長くて辛い」

 そしてその後、必ずつけ加える言葉。
 「それなのに、日々は矢のように過ぎていく」

 そうだとしたら、それは “残酷な時間” というべきかもしれない。

 老人の時間というのは、そのようにして流れているのだろうか。

 社会で働く人間は、 「長くて辛い時間」 を持ちたくても、持ちようがない。
 だから、時間が停滞していることの苛立ちを理解することができない。

 人は、他者と語り合うことで、かろうじて 「停滞する時間」 から解放される。
 しかし、その語り合う他者がいなければ、無意味な永劫の時間に、独りで耐えるしかない。

 新聞やテレビは、その 「独りの時間」 を埋め合わせてくれないのだろうか?
 けっきょく人は、新聞やテレビで得たようなニュースを他者と語り合うことで、 「自分の生」 を確認していく生き物なのだろうか?

 快適設備が完璧に整った無人島の生活と、貧乏だが話し相手がいる生活とでは、はたしてどっちが人間にとって、幸せか?

 「孤独」 は、老人だけを襲っているわけではないような気もする。
 ツィッターでつぶやき続ける若者たちも、やはり 「孤独」 が怖いのかもしれない。

 もし義母が、ツィッターやフェイスブックの存在を知ったなら、彼女はそこに他者とのつながりを求めるだろうか?

 たぶん、そのようなものを教えても、周囲の人たちとも交わることのない彼女は、それを使いこなすことを面倒に感じるだろうし、また、そういうコミュニケーションツールで解決する問題でもないような気がする。

 「老人の孤独」 とは何だ?

 それらのことが、まだ、私にはうまく整理できないでいる。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:36 | コメント(12)| トラックバック(0)

同人雑誌仲間

 中学時代に仲の良かったクラスメート4人で会った。
 卒業まぎわに、
 「同窓だった思い出をなんらかの形に残そう」
 ということになり、 “同人雑誌” を作った仲間である。

DOJINSHI001
 ▲ 雑誌名は 『DOJINSHI』 だった

 コラムあり、映画評あり、小説あり、マンガあり、星占いありという、各人の得意なものを寄せ集めたユニークな雑誌となった。

 当時、手作りの雑誌を印刷するときに一般的に使われたのはガリ版である。
 しかし、マンガも収録するとなると、ガリ版では “ベタ塗り” ができない。
 そこで、当時ようやく普及し始めたコピー機を使った。

DOJINSHI002 

 何部ぐらい製本したのか、覚えてない。
 たぶん、クラスメート全員とそれ以外の仲のいい友人たちに配る分を計算して、50~60冊ぐらいではなかったろうか。

 卒業後はみんな別々の高校に行ったから、その後彼らと会うことは滅多になかった。
 社会人になってから集まったこともあったが、せいぜい4~5年に1度というペースではなかったか。

 ところが、そのうちの一人が、パソコンのメールを介して、
 「今度は、会って近況を報告し合うだけでなく、昔つくった同人雑誌をもう一度復活させないか?」
 と提案してきたのである。

 ペーパーでなくても、WEB上でそれが可能かどうか相談もしたいという。

 WEBでやるなら、あまり面倒ではない。
 面白いかな…とは思ったが、いざ集まってみると、モチベーションにそれぞれの温度差があり、イメージしているものも微妙に異なり、実現するまでにはいろいろと紆余曲折がありそうな気配もした。

 発起人となった友人は、わりと燃えていた。
 映画とクラシック音楽の好きな男で、プロとまではいかなくとも、自作の批評がメジャー誌などに掲載される経験をすでに持っている。
 ユーモアと批評精神のバランスの取れた才人でもある。
 彼は、文学や芸術の香りが高い 「正統派の同人雑誌」 をイメージしているようだった。

 反対に、そういうことに再チャレンジするのは 「ちょっと億劫だな…」 という気持ちを顔に滲ませながら、最後まで黙って優しい笑みを浮かべていた友人もいた。

 3番目の友人は、同人雑誌を作ることそのものよりも、
 「それを軸に、みんなで集まったり、意見を交換することができるなら賛成!」
 という立場だった。
 「どうせ、俺たちはもう還暦になったんだ。ヒマな時間だけは増えるけれど、語る仲間は減っていく年になる。だから、懐かしい仲間が集まって、飲み食いの機会を持つことはいいことなんじゃない?」
 …というのが、3番目の友の意見。

 私はというと、この3番目の意見に近い。
 会って、たわいもなく飲み合って、近況報告をするだけでもいいじゃない?
 という気持ちが強い。

 確かに、中学生の頃に出した同人誌では、小説を書いた。
 当時ハヤカワから出ていたリチャード・マティスンとか、ロアルド・ダール、シオドア・スタージョンみたいな作風を意識した (つもりの) 短編だった。
 その頃は、将来そっちの世界で自分を試したいという “野心” もなくはなかった。

DOJINSHI003

 同人雑誌の復活を主張する友人は、しきりにその当時のことを振り返り、
 「もう一度小説を書かないか?」
 と背中を押してくれる。

 しかし、今の自分には 「ここで一発奮起して小説でも書くか!」 という意気込みはそうとう後退している。
 …というより、 「小説」 という形で、自己の表現衝動を世間に向かってはじき出すという行為に、どこか気恥ずかしさを覚えるのだ。

 おのれが勝手に思い描いた想像世界に他者を巻き込むなんてことは、神にでも愛された天才でなければ、とても無理だ。
 自分の場合はそんな風に思っている。

 そこの部分では 「凡才」 である自分が小説を書くなんて、時間がもったいない。
 そういう時間があるならば、自分には及びもつかない世界を描いている作家たちの小説をもっと読むべきだ。
 そう思う。

 しかし、 「批評」 とか 「評論」 のようなものだったら書いてもいいと思う。
 素敵な小説を読んだり、心地よい音楽を聞いたりして、その感想を書いたりすることは好きだ。
 たぶん、そのとき自分の心の中に起こった 「変化」 に興味があるのだろう。

 人の作品のいったい何が、どこが、自分の 「心」 を変えたのか?
 そういうことに対する興味の方が、小説を書くことの喜びよりも強い。

 「素晴らしいもの」 は、常に自分の 《外》 からやって来る。
 もし、自分に “小説的感性” があったとしたら、それをキャッチするためにこそ使うべきだと思っている。

 で、同人雑誌の方は、 「時間を見ながらボチボチ…」 ということになった。
 それでいいと思った。
 仮に、計画どおりに作品が集まらなくても、何かひとつの目的を持って、昔の仲間が集うということは、やはり生きていく上での 「刺激」 になる。

 あせらず、意気込まず、ゆるゆると…。
 しかし、 「目的を持つ」 ということの緊張感だけは維持しつつ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

その一服は必要か

 「ちょっと待て、今その一服は、必要か?」

 タバコを一本数前に、そういうおまじないを唱えるようになった。

セーヌ左岸の恋よりスキャナ

 結局、いまだ禁煙には至っていない。
 ただ、 “節煙” は進んでいる。

 今までは、一日に一箱以上。
 酒が進んだりすると、二箱ぐらい消費していたけれど、値上がりもあって、一日に一箱以上は買わないようにした。

 ないものは吸えない。

 だから、最初からなければいいのだろうけれど、やはり、いろいろな作業の節目を自覚するときの “区切り” として、あの 「一服」 は欲しい。

 実際に、ものを書いたりすると、その一服の合間に、新しい発想が浮かんで次の文章が生まれたりする。
 だから、自分の健康を損なうにせよ、 「小さな気分転換」 の効果はあると信じている。

 しかし、喫煙というのは 「無意識の習慣」 だから、 “区切り” が次第にアイマイになっていく。
 いつの間にか、意味もなくダラダラと吸い続けるようになる。

 そういった意味で、
 「ちょっと待て、今その一服は、必要か?」
 と自分で問うことはいいことだと思う。

 結局そう問うことで、取り出したタバコを、またもとのケースに収めることが多くなった。

 タバコなんかなくたって、生きていける。
 実際に、そうだ。
 現に、今の会社は指定場所以外は禁煙なので、仕事中にタバコを吸うことはない。
 家にいても、リビングでは吸わない。
 正月はテレビの前で、一日中ダラダラと酒を飲んでいたが、タバコなど一本も吸わなくても平気だった。

 問題は、自宅のパソコンの前に座ったとき。
 結局、このときに集中して吸っている。

 いっとき電子タバコにトライしたことがあったけど、味に対する違和感が払拭しきれなかったことと、充電が面倒だったので、止めてしまった。
 携帯電話などの充電は面倒に感じないけれど、電子タバコの充電が面倒だと感じるのは、やはり 「必需品」 と 「嗜好品」 の違いがあるからだろう。

 嗜好品ならば、止めることはできる。
 
 「ちょっと待て、タバコは、人生に必要か?」

 その心境になるには、あとどのくらいかかるだろう。

 …とか、いいながら、この原稿…タバコを吸いながら書いてしまった (汗) 。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:40 | コメント(6)| トラックバック(0)

細くなるネクタイ

 ネクタイがどんどん細くなっている。

 自分自身は、もうネクタイを締めない生活を続けて10年以上経つが、街中に細身のネクタイが現れてきたことは、去年あたりから気になっていた。

 ネクタイ幅の変化は、これまでも周期的に繰り返されている。
 1930年代は広かったらしいが、50年代末から、60年代初期にかけては、それがどんどん細くなっていった。

 下の写真はレコードデビューを果たした頃 (1962年当時) のビートルズだが、全員が細目のネクタイにダークスーツといういでたち。
 今みると、最近の日本の若いサラリーマンという感じがしないでもない。

細身のネクタイを締めたビートルズ

 1970年代に入ると、逆にネクタイ幅はどんどん広がり始めた。
 バブル時代になると、最大幅12㎝を記録するという、まるで赤ちゃんの “よだれ掛け” のようなものも登場したという。

 ▼ ワイドタイ
ワイドタイ

 それが、再び細くなり始めたのは2年ぐらい前からで、今は最盛期の半分の細さだとか。

 幅の変化は、スーツのエリ幅の変化と連動している。
 エリ幅が広がるとネクタイも広くなり、エリ幅が細くなると、ネクタイもそれに合わせて狭くなる (…らしい) 。


 「景気が悪いとネクタイ幅が細くなる」
 という説もある。

 好景気のときは材料もたくさん使えるので、ネクタイ幅が広くなり、景気が悪くなると、生地のコスト下げるために細くなる。
 そんな解説をする人もいる。

 そうかなぁ…?

 あまりにもベタな解釈なので、現実味に乏しい。
 ファッション業界が仕掛けた “流行” に、 「生活全般をスリム化したい」 という人々の要望が合致したというべきかもしれない。


 で、私は、この細身のネクタイをカッコよく締めている男性に出会うと、 「粋!」 とか 「クール!」 という言葉が浮かんでしまうクセがある。

 下は、日本のブルースシンガー大木トオルさんのファッション。
 タブカラーの白シャツにナロータイが見事に決まっている。

細身ネクタイの大木トオル

 細身のネクタイがカッコいいというのは、もちろん単純な “刷り込み” にすぎない。
 若い頃に、大人たちの間では、細身のネクタイが流行っていたからだ。

 ちょうど、1950年代の終わりから、60年代の中頃までのことだったろうか。
 この時代、レコードジャケットや音楽雑誌に登場する黒人ミュージャンは、ジャズ畑においても、R&Bの世界においても、みな白いシャツと、黒い細身のネクタイで身を固めていた。
 それも、エリには糊をうんと利かし、時にタブカラーやピンホールなどで締め上げるスタイルだった。

 ▼ タブカラーシャツ
タブカラーシャツ

 そういう彼らの姿を、音楽雑誌などで見ているうちに、黒い肌と白いシャツ、そして細身のネクタイというのが、 “男のお洒落” のスタンダードだという感覚が刷り込まれた。

 ▼ アート・ブレイキー
アート・ブレーキー

 ▼ テンプテーションズ
テンプテーションズ

 ▼ ウィルソン・ピケット
ウィルソン・ピケット

 黒人の “黒い肌” ってのが、決め手だった。
 白いシャツと、黒い肌の対比が美しいと思えたのだ。

 下の写真は、2007年に公開された映画 『アメリカン・ギャングスター』 に使われたポスターだけど、顔が半分切られてしまったデンゼル・ワシントンの首元がすっごくセクシーに見える。モノクロ映像の美学だと思う。

アメリカン・ギャングスター

 肌の色が白い人が、白シャツに黒ネクタイを決めても、上の写真のような雰囲気は出ない。

 ビートルズと同じ頃にデビューしたその他のビートグループも、初期の頃はみんなネクタイにスーツだった。
 これ (↓) は、キンクス。
 細身のタイをタブカラーで締め上げても、入社したばかりの新入社員という雰囲気…。

キンクス・ジャケ

 やっぱ、エディ・マーフィーなんか、細身のタイが合う。

エディー・マーフィー

 黒人ミュージシャンの白いシャツと細身のタイがカッコよく見えたというのは、単純に、それを眺めていた自分がまだ若かったということにすぎない。

 大人のファッションへの憧れがあり、そこに大人の美学があるように思い込んでいた。 

 その時代、多くの映像はモノクロだった。

 だから、細身のタイのイメージは、モノクロ映像と結びつく。
 下は、一昨年亡くなったエディ・ヒギンズのジャズアルバム 『DEAR OLD STOCKHOLM』 のジャケット。
 ここにも、ナロータイを締めた男が、美女の横でくつろいでいる姿が見える。

 こういうジャケットを眺めながら、メローなスタンダードジャズを聞くと気分が落ちつく。 

エディ・ヒギンズアルバムジャケ


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

300万アクセス

 …をついに達成した。
 ページビュー (PV) とか、ユニークユーザーとかいろいろな分類方法があって、それによってカウントの仕方が変わるらしいのだが、不勉強なもので、詳しいことは分からない。
 ただ、このブログサービスを運営しているホビダスの “アクセスログ” で、
 「Total:3,000,000」
 という数字が出たので、それを素直にここに書いた。

ホビダスアクセスログ画面

 この数字が、多いのか、少ないのかよく分からない。
 確かに、平均的なブロガーのアクセス数よりは多いのかもしれないけれど、このまえ、日本で 「最大規模」 を豪語するブログ検索エンジンで、自分のブログを調べてみたら、ランクインしているブログ内での順位が63,737位とのことだった。

 6万位というのは、別に “順位” などと言えるようなものではないように思う。

 世にいわれる 「アルファーブロガー」 なる人たちのアクセス数は、1日で1~2万。さらに3万件を超えるブログもあるらしい。前記のブログ検索エンジンでみると、そういう人たちのブログは100位以内に入っているようだ。

 しかし、ブログの価値は、ランキングやアクセス数では決まらないと思っている。

 むしろ、そういうランキングに入ってこない人たちがひっそりと書いているブログの方に、とんでもない滋味を持った素晴らしいものが潜んでいる。

 人のブログを読むことの愉楽は、どこからでもアクセスできる有名人ブログを読むのではなく、どこに潜んでいるか分からない “珠玉のブログ” を探り当てることだと思う。

 自分の 「お気に入り」 にも、そういう隠れた名ブログのリストがだいぶ溜まった。

 なかには、読むたびに、まるで真冬に冷たい水で顔を洗ったときのような、爽やかさと緊張感に震え上がってしまうブログがある。
 文章がうまいというわけでもなく、扱うネタが新鮮というわけでもなく、その人が昔から好きだったもの、感心したもの、嫌な気分になったものなどを淡々と綴るブログなのに、同じようなことをテーマにした自分のブログが恥ずかしくなってしまうようなものがあるのだ。

 ネタがかぶったりすると、一瞬、 「やられた!」 とか、思う。
 だけど、いつもそのあとに、 「この人についていきたい」 と、思い直す。

 やっぱり世の中には、すごいブログというものがけっこうある。
 なまじっかのプロが書いたものよりも、迫力のあるものはいっぱいある。
 そういうものに触れると、ホント、 「エリを正す」 という古風な言葉を思い浮かべて、背筋が真っ直ぐになってしまうことがある。

 そういうのを一つ見つけると、宝物を探り当てた気分で、また 「お気に入り」 にコソっと加える。

 なんとなく応援したくなってしまうブログというのもある。
 もう2年以上フォローしているブログで、これもその人の日常を淡々と綴ったもの。
 最初の頃はマンガが主体だったが、ほのぼのとした脱力系の絵のタッチが印象的で、欠かさず見ていた。
 ところが途中から (ときどき写真が入るけど) 文章主体になった。

 そうなってからの方が、逆にその人の持っている “味わい” みたいなものが出るようになった。ユーモアの裏側に、言葉の形を取ることのないヒリヒリするような孤独がにじんでいるのだ。

 シャイな人らしく、コメントを出しても反応がにぶい。
 だから、こっちもコメントの返信を期待せず、久しぶりに更新があったときなどは、 「待ってたよ~」 ぐらいの短文を入れる。

 すると、 「ありがと~」 という短い返信がある。

 もうこれだけで十分なのだ。
 お互いに、何かが伝わっているという感触が得られるだけでうれしい。

 なかには、ほとんど私しか見ていない (…というのはちょっと失礼な言い方かもしれないけれど) ブログというものがある。カウンターを見ると、1日の閲覧者が毎回ほぼ一人。きっと私だ。
 そうとう前に一度だけ私のブログにコメントをくださった方で、そのとき入力されたURLをたどって訪問してからのファンになった。

 子育てに力を入れているシングルマザーのブログだけど、子供を寝かせてから、テレビの前で一人酒を飲んでいるときの “ため息” が、なんとも切なく、さびしく、妙に何かを訴えかけてくる。
 コメントは入れたことがないけれど、心の中で応援したくなるのだ。

 まだまだ思いを寄せるブログ、応援したくなるブログというのはたくさんあるけれど、私がお気に入りにしているブログというのは、みなどこか共通した特色を持っている。

 それは、 「言葉にならないもの」 への眼差しを持っていること。

 つまり、言葉では表現できないような “未知なるもの” に触れていること。

 そういう不透明感…というか、理屈の届かない “部分” を持った文章というのが自分は好きで、結局そういうブログを好んでしまう。

 たとえば、シングルマザーのお母さんが、深夜までテレビを見ながら家飲みしつつ、テレビの内容を紹介してから、2行空けて、唐突に 「笑ったわ…」 と書く。
 それはテレビの内容を笑ったのか、それとも、自分の境遇を自嘲したのか分からない。
 どちらとも取れる。

 だけど、前文との脈絡を欠いたまま突然くり出されたその言葉に、なんだか万感こもごもの感情が凝縮しているように思えるのだ。
 物書きのプロが計算してつくり出した “間合い” とは異なる、人間の真実が生み出す 「濃い空白」 が感じられる。

 で、私が気にしているブログの書き手たちは、 「言葉」 が成立する前の “空白の重さ” を大事にしている人たちだという気がしている。

 「言葉」 という形をとっていなくても、抱えているものの密度が濃ければ、それは言葉と言葉の間に横たわる 「余白の力」 となって、こちらに伝わってくる。

 密度の高いイメージを持っている人の文章の方が、洗練された言葉をいっぱい知っている人の文章よりも読者の胸を打つ。

 人気ブロガーの書いたブログでも、ある時から急につまらなくなってくるものがある。
 そういうとき、何が起こっているかというと、たいていの場合、人を説得する口調が多くなっている。
 たぶん、イメージが枯渇してきて、書き手である自分自身を説得せざるを得なくなったからだろう。

 ……ま、自戒もこめて。

 とにかく 「300万アクセス」 。
 これまでお立ち寄りいただいた方々に、あらためて御礼申し上げます。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:15 | コメント(6)| トラックバック(0)

不思議な青空

 毎年この季節、私の住んでいる関東地方は、他の地域に住む人たちには申し訳ないような晴天に恵まれる。

 だけど、それは “不思議な晴天” だ。

 雲ひとつない青空がどこまでも続く。

雲のない空の都会風景
 
 私はそれを見ていて、まるで 「空」 という感じを持てないでいる。
 空は、雲が浮かんでいてこそ、 「空」 だと思うからだ。
 
 真夏の入道雲。
 秋のうろこ雲とか、いわし雲。

 そういう四季の風物詩ともいえる雲が空に浮かんでいるのを見て楽しんでいる私に、この季節の澄み切った青空は、どこか異様に思える。
 
 端的にいうと、現実感と距離感がない。
 まるで芝居の書き割りとして描かれた空のようにも感じられるし、 「そもそも空なんて最初からなかったんではないか?」 という気分にもさせられる。

 もともと青空の 「青」 という色は、距離感を喪失させる色である。
 自然のなかで、圧倒的に 「青」 に染め上げられた空間というのは、空か海かのどちらかでしかない。
 ともに、あまりにも遠大な距離を感じさせる空間なので、逆に、実生活で感じられる人間の距離感を危うくさせる。

 だから、わい雑な都会のなかで 「青」 を見ると、とてもみすぼらしく見える。
 商店のエクステリアデザインなどで、幅の狭いストライプのように面積が限定された 「青」 ならば違和感はないけれど、ある程度のボリュームを持った  「青」 が街のなかに登場すると、とても貧相だ。
 「零落した神がそこにいる」 という感じに思えてくる。

 工事現場で使われるブルーシートがみすぼらしく見えるのは、そもそも空とか海といった無限大の彼方に存在するはずの 「青」 が、至近距離に現れているからだ。

 あまりにも鮮明な青空というのは、どこか非現実的で、ちょっと夢のよう。
 ほんのこの一時期だけの現象かもしれないけれど。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:04 | コメント(2)| トラックバック(0)

謹賀新年

賀正

 明けまして、おめでとうございます。
 
 いよいよブログを始めて、6年目に突入します。

 今まで読んでくださった方々に、改めて、この場を借りて御礼申し上げます。

 励ましのコメントをくださった方々、コメントを通じていろいろと考えるヒントをくださった方々にも感謝です。

 何をどう書き、何をどのように伝えたらいいのか暗中模索のとき、皆様からいただいたコメントが、その後の方向を決める大事な手がかりになることはよくありました。
 ありがたいことだと本当に思います。

 どうぞ、本年もよろしくお願い申し上げます。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

オールドマン

 午後のスタンドカフェで、ぽつねんと、外の景色を見ている老人がいた。
 喫煙席だった。
 人がまばらに座った客席から、いく筋かの紫煙がのぼっていた。

 老人はタバコを吸わないようだ。
 間違えて入ってきたのかもしれない。
 あるいは、そんなことに頓着していないのかもしれない。

コーヒーカップ0011

 白いヒゲをゆったりと垂らし、ハンチングを目深にかぶった老人の姿は、セピア色の写真で見る明治の軍人のようだった。
 ひとつ時代を間違えば、馬上傲然 (ごうぜん) と敵陣をにらみ、三軍を指揮する人のようにも見える。

 でも、今の老人の目は、動くものには何ひとつ反応していない。
 灰色がかった瞳の視線が、歩道を行き交う人々を避けるように、道に落ちた木の影だけに注がれていた。

 陽の差し込む窓際の席で、空いているのはその老人の隣だけだった。
 私はその椅子を引き出し、背もたれにコートをかけた。

 セルフサービスの店だから、テーブルが汚れていればお客がダスターを手にとって拭くしかない。
 老人のティーカップの周りが汚れていた。

 「よかったら、拭きましょうか?」
 私は、自分のテーブルを拭いたついでに、老人の前のゴミを軽く払った。

 「ご親切に…」

 老人は、はにかんだような笑いを浮かべ、ちらりとこちらを見た。
 「あんたは優しそうな人だね」
 言外に、そんなメッセージがこめられたような目だった。


 それがきっかけで、会話が始まった。

 「今日は歩きすぎて…」

 まるで暖でも取るように、両手でティーカップを抱え込んだ老人は、 「…疲れました」 という言葉を内に秘めながら、ゆっくりと語りだした。

 私は、カフェで読むために買ってきた週刊誌をあきらめ、それをテーブルの上に伏せて、老人の言葉を待った。

 「大名屋敷がとぎれた辺りで引き返せばよかったんでしょうけれど、花街のあたりも歩いてみたくてね」

 いつの時代の話なのだろう。
 この辺りでは、大名屋敷も、花街も聞いたことがない。

 「町名も変わり、町の景色も変わってしまいましたから、どこを歩いているのか、もう分からないようになりました」
 そう笑う老人の頬に、深いシワが刻まれる。

 いくつぐらいなのか。
 80には手が届くのだろうか。それともその上か…。

 「この近くに住まわれていたんですか?」
 尋ねる事もことさら思い浮かばなかったので、場当たり的な質問を投げかけてみた。

 「ここからは少し歩いたところです。テラマチです」

 テラマチ……

 「寺町」 という地名なのか、それとも、単に “寺が多いところ” という意味なのか。

 「釣りもできたですよ。祠 (ほこら) の裏に寝ているミミズをエサによ~釣ったものです」

 いつの時代の、どこの話だろう。
 祠って、なんだ?

 老人のしゃべる話は、遠い世界を舞台にした昔話のように聞こえた。
 相槌を打つタイミングも見つからないまま、私は、黙って老人の話の流れに身を任せた。

 「このあたりは路面電車が走っとったですよ、昔はね…」

 少しだけ、華やいだ声になった。
 「路面電車の時代の方がにぎやかでしたね。今の方が人通りは増えたけれど、にぎやかさは感じられんです」

 路面電車が走っていたのは、私も覚えている。
 一ヶ月だけだったが、それに乗って通学した記憶もある。

 町の中を電車が走る風景は、自動車が走るよりも “都会的” に思えた。
 だから、老人のいう 「にぎやか」 という意味が分かるような気がした。

 ようやく共通の話題が出たと思った矢先、老人は不思議なことをしゃべり出した。

 「週末に一本だけでしたけど、夜ね、無人の路面電車が走るんですよ。
 実験だったんですね。
 遠隔操作というのか、自動操縦の試験なんですね。
 それを土曜の深夜だったか、会社が実験するんでしょうねぇ。
 もちろんお客さんは乗せないですよ。
 私は二度ほど見たことがありましたけれど、怖いもんですよ、幽霊電車みたいで…」

 そう言いながらも、老人は面白そうに笑った。

 「へぇ~!」 と、私は驚くふりをするしかなかった。
 そのようなことがありえるはずがない…と私の理性はこっそりとささやいていた。

 …からかっているのか?

 老人の横顔は、おだやかな冬の陽射しを跳ね返して、白い鑞 (ろう) のように光っていた。

 会話はとぎれたが、私たちは、冬の陽だまりでまどろむ二匹の猫のように、じっと外を見ていた。 
  
スタンドカフェ

 「さて、とんだお邪魔をしてしまって…」
 老人はハンチングをかぶり直して、私に笑った。

 「いえいえ、面白いお話を…」
 私は、立ち上がった老人を見上げて、微笑み返した。

 両足を引きずるように去っていった老人のテーブルには、ティーカップが置き去りにされていた。
 セルフサービスのルールを知らなかったのだろう。

 ……やれやれ。出るときに、それも一緒に下げるか。

 ガラス窓の向こうに広がる街の景色は、師走の残照を浴びて、メタリカルな蛍光色に輝いていた。

 ドアを出て、間もないというのに、老人の姿はもう見えなかった。

▼ 「オールドマン」 ニール・ヤング

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

遠いクリスマス

 クリスマスですねぇ。
 小さい頃は、けっこう胸がときめいたりしましたが…。
 今じゃ、365日のうちの、ただの1日ですなぁ。

 キリストの
 生まれた日とか
 ピンと来ず


 昔は、それでも人並みにプレゼントなんか買ってたんですけどね。

 クリスマス
 サンタを辞めて
 50年


サンタ人形06

 「バブル」 とかいう時代になると、夜中まで遊びまくってました。
 この季節、にぎやかなパーティばっかり続きましたから。 

 朝帰り
 とっさにサンタに
 早変わり 


 酒くさい
 サンタは要らぬと
 足げりに


 今じゃこんな感じですよ。 

 メシはない
 自分でチキンを
 買って来い


 それなりに平和なクリスマスを送るようになりました。

 ジングルベル
 聞きながら
 書く年賀状


 うさぎ年?
 そんなの干支 (えと) に
 あったっけ?


 クリスマス
 老いたる家内と
 ケーキ食べ


 まぁな……

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

地獄の電車

 この季節の終電まぎわの駅のホームは、断末魔の悲鳴でいっぱいだ。
 忘年会シーズンなので、2次会、3次会と浮かれまくっていた人々が、家路に急ぐために、目の色を変えてホームに殺到する。

 午前0時半の新宿駅プラットホーム。
 わずか幅10メートル程度の場所に、国立競技場を埋め尽くすほどの大観衆が集中する。
 あっちこっちで怒号。 
 一方では、華やかな歌声。
 戦争と祭りがいっしょに訪れたみたいだ。 

 俺、仕事で遅くなっているわけだから、酔っ払っていない。
 だから、ホームの混乱ぶりも冷静に観察できる。

 人が溢れて地面が見えないんだわ。

 駅員が、
 「危ないですから黄色い線の内側にお入りください」
 …って叫ぶけど、その “黄色い線” というものが、もう視界に入らない。

 もともと容量がないホームの上に、さらに人だけ増え続けるから、線路に落ちそうになる人間だって後を断たない。
 それを駅員が押しとどめるのだけど、駅員に助けられた人はいいとして、酔っ払った仲間なんかに助けられたりしたら、その仲間といっしょに線路の上に転落しかねない。

 そこに入ってくる電車も慣れたもんで、ガラパゴス島のウミガメみたいに首をすっこめながら、恐る恐ると入ってくる。
 そりゃそうだよね、危ないもんね。
 だから、この時間帯、ダイヤが大幅に遅れるわけだ。

 ドアが開いたって、降りる人も降りられない。
 だって、ホームにそれ以上の人間を立たせる場所なんてありゃしないんだから。
 
 「降ります。降ろしてください。降ろせよ。どいてよ、どけよ、この野郎!」
 哀願は、即座に怒号に変わり、
 「ばっきゃろー、どきやがれ!」
 最後は恫喝 (どうかつ) 。

 それでも、乗り込む人たちの勢いに呑まれ、再び車内の奥まで押し戻されるOLさんもいた。
 その人の絶望的な顔が、あっという間に人々の頭にかき消される。
 虚しく次の駅まで行った人が、いったい何人いるのだろう。

 一方、乗る方も必死だ。
 前の人に続いて整然と、…なんていう意識を保てる余裕は、誰にもない。
 体を半身に構え、腰を落として、重心を下げ、 「えいや!」 と気合もろとも、肩の力で人の壁をこじ開ける。
 誰もが、ラグビーのフォワード気分だ。

 俺も一生懸命スクラムを組んでみたけれど、それでも、一つ目の電車に乗れなかった。

 「後の電車が続いております。無理をせずに、次の電車をご利用ください」
 って、駅員がアナウンスするんだけど、ウソばっか。
 
 次の電車なんて、待てど暮せど、きやしない。
 ようやく、次の電車が来たのは、定刻を大幅に遅れた15分後。

▼ 普段はすいてる路線なんだけど…
電車の車内002

 で、また押しくらまんじゅうの繰り返し。

 ようやく車内に身を収めても、一度体が浮き上がってしまうと、もう地面に足が届かない。
 俺なんか足が短いから、次の駅まで、宙に浮いたままだ。

 立ったまま寝ているヤツもいる。
 人同士が支え合うから、倒れる心配がないのだ。

 どこを見回してみても、顔、顔、顔。
 その顔が、お互いにくっつき合ってしまうから、あちらこちらで悲喜劇が起こる。

 「こんな可愛い娘と、頬を寄せ合えるなんて…」
 と笑いをこらえる旦那さんもいるかもしれないけれど、当然、その逆もあるわけで、泣くハメになった人の方が多数派のような気がする。
 
 悲惨なのは、カツラのお父さん。
 申しわけないけれど、見てしまった。

 頭からカツラ飛んでしまって、…それが全部外れたのなら、まだごまかしが利くけれど、外れた人工毛髪が頭半分のところでとどまってしまったから、泣くに泣けない。
 もちろん、手なんか動かす透き間もないから、そのままの格好で耐えるしかない。

 ご本人は、ひたすら目をつぶり、沈思黙考のポーズを取るんだけど、周りの人たちは笑いを抑えて苦しそうにむせぶだけ。

 なんていう地獄だ。

 運よくシートに座れた人にも、悲惨な境遇が待っている。
 自分の前に立っている人たちのお腹を、それぞれ顔で支えてあげなければならないからだ。
 メタボ腹の前に座っている人は、事故で開いたエアバッグで顔をふさがれた心境かもしれない。
 
 今回は見なかったけれど、以前、酔って気持ち悪くなった人の嘔吐物を、自分のバッグに受けてしまったOLさんを見たことがある。
 もしかしたら、今回もほかの車両でそういう悲劇が起こっているかもしれない。

 人々の不幸をいくつも乗せた 「地獄の深夜便」 は、ひたすら終着駅へ向かっていく。 

 「俺、その前に、降りられるんだろうか…」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

バッグス・バニー

 来年は 「うさぎ年」 だから、 “うさぎキャラクター” の年賀状を探していたのだが、コンビニ系の年賀状カタログを見ても、お目当てのものがなかった。

 お目当ては、バッグス・バニー。

バッグス・バニー

 けっこう有名なアニメキャラだと (自分では) 思い込んでいたので、年賀状サンプルには当たり前に登場するだろうと思っていたのに、意外とないんだね。
 ピーター・ラビットならあったけど。

 探し方が悪かったのかもしれない。
 どこかにはあるんだろうな。

 それにしても思うのは、もう 「ディズニー」 の一人勝ちなのね。
 1940年から50年ごろに生まれたアメリカン・アニメで、今も猛威を奮っているのは、ディズニー系キャラのみという感じだ。

 どこにいても 「ミッキーマウス」 は溢れていて、 「ドナルド・ダック」 もちょこちょこ登場するけれど、そのほかを見回してみると、 「ベティちゃん」 もいない、 「ウッド・ペッカー」 もいない、 「フィリックス・ザ・キャット」 もいない、 「マイティ・マウス」 もいない、 「ヘッケルとジャッケル」 もいない…。ときどき 「ポパイ」 を見る程度。

 特に、 “いじわるキャラ” は全滅みたいだ。

 バッグス・バニーというのは、その “いじわるキャラ” の代表選手みたいなもので、とにかく、おちょくり、からかい、いたずらだけが趣味という小生意気な野ウサギで、人を食ったような動作とセリフで群を抜いていた。

 もちろん、いじわるキャラのアニメヒーローは他にもいっぱいいて、ヘッケルとジャッケルという2羽のカラス (正確にはカササギらしい) の悪さなんて、ハンパじゃなかった。
 ウッド・ペッカーも凶暴だったし、一見、無邪気でひ弱そうなトゥイーティー・バードの底意地の悪さったらなかった。

 ディズニーが一人勝ちする前のアメリカン・アニメには、子供の教育上よくないキャラが跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) していたんだね。

 だけど、その “おちょくり” と “からかい” の精神が、高貴な色気にまで昇華していたのは、バッグス・バニーだけだったように思う。

バッグス・バニー002

 今から思うと、よくあんなにセンスのいい “いたずらウサギ” のキャラクター造形ができたもんだと関心する。
 小生意気だけど、どこか間の抜けたところもあって、哀愁があるんだよね。
 初期のミッキーマウスが持っていて、後のミッキーから失われたものを、バッグス・バニーはみんな持っている。

 今のミッキーマウスは、初期の精神を忘れて、ひたすら従順で、正義と友愛をモットーにして、誰からも嫌われない退屈なキャラをひたすら演じているけれど、でもそれは 「大人が喜ぶ子供キャラ」 だから、なんかかわいそうだ。

 ディズニーキャラが、 「ディズニーランド」 という一大エンターティメント王国を形成するようになってから失ったものが、バッグス・バニーのいたワーナーのルーニー・テューンズにはある。

 からかいと、おちょくり。
 それって、子供が大人に対して “一矢報いる” ときの、唯一の武器なんじゃないか?

 バッグス・バニーやヘッケルとジャッケル、ウッドペッカーなどが、ディズニー人気の陰に追いやられて、ひっそりと舞台のソデでたたずんでいるのは、 「いい子」 を求める大人の陰謀だ。

 来年はうさぎ年だ。バッグス・バニーを応援しよう!


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

ジジイ同士の酒

 ジジイ同士で酒を飲んだ。
 定年になって仕事を辞め、年金暮らしをしている知り合いが、久しぶりに街まで出てくるという。

 「街に出る」 …といっても、別に山奥に住んでいるわけではない。
 ちょっとした 「郊外」 というぐらいの場所で、小さいながらも駅ビルがあり、コンビニがあり、CD・DVDのレンタルショップもあるらしい。

 「たまに街に出たら、 “時代” というのを感じたよ」
 …と、ヤツは、ウィスキーのロックグラスをかざしながら、皮肉っぽい笑いを唇に浮かべて、つぶやいた。

ウィスキーグラス

 【オレ】 なんだよ、 “時代” って。
 【ヤツ】 今、昼間の街って、まったく新しい人種が湧き出ているのな。
 【オレ】 新しい人種?
 【ヤツ】 デイバック背負って、ハンチングみたいなのかぶって。目的もなく街をふらついている老人たち。何をしてヒマをつぶしてやろうか…っていう目つきで、けっこうみんな精力的な顔でさ。
 連中、本屋に入ると、そば打ちとか、陶芸とか、田舎暮らしみたいなムックを置いてあるコーナーに立ち寄って熱心に拾い読みしてたりしてよ。いよいよ日本も “老人大国” だな。
 【オレ】 で、お前のことだから、そこからなんか新しいマーケットでも思いついたの?
 
 ヤツは、現役時代に広告代理店の周辺でうろうろしていた人間で、 「プランナー」 とか 「マーケッター」 とかいったいかがわしい横文字を名刺に刷り込んでいた男だ。

 【ヤツ】 バカいうな。俺はもう 「隠居」 、 「引退」 、 「インポテンツ」 の “3イン” だ。そんなシャバっ気はもうないの。
 だから、俺たちの同類がまだ脂ぎっているのを見ると、鬱陶しいのよ。
 俺なんか、最近もうテレビも見ないし、パソコンも開かないよ。
 いい年こいた老人が、 「時代」 についていこうっていう態度が、なんかしゃらくせぇよな。
 【オレ】 変われば変わったもんだな。新聞3紙も買い込んでメモ取って、テレビ局の連中と飲み歩いて情報を仕入れ、新宿ゴールデン街あたりで、作家先生たちに議論をふっかけていたお前がな。
 【ヤツ】 だから、バカバカしさに気づいたんだよ。 「時代についていく」 ことのバカバカしさにね。
 
 【オレ】 今のお前が、もう一度CMプランナーになったら、どんなものつくるつもりなのよ? 
 【ヤツ】 もう、こんな時代にCMなんかやる気はないよ。
 最近のCMって、ますます抽象度を増しているよな。何を訴えようとしているのか、それが分からないもの。
 不況になったから、イメージ広告ってのが影をひそめ、商品訴求を具体的に追求するようになったって、みんな言うけど、逆だな。
 今のCMの方が、昔より “幻想広告” が増えた。今はとんでもないイメージ広告の時代さ。
 【オレ】 言っている意味が分かんねぇ。
 
 【ヤツ】 最近どんなCMが増えているか、お前知ってる? 
 まずサプリメントみたいな健康食品。それとダイエット医療用品。
 後は、抗菌グッズとか消臭剤みたいな清潔志向商品。それと、老人対象の生命保険とかのたぐい。

 【オレ】 テレビなんか見ているのはもう老人だけなんだから、そこにターゲットを当ててるんじゃないの?
 【ヤツ】 だけど、 「健康」 って、 「幻想」 なんだよね。で、今のCMはみんな老人たちに 「幻想」 を振りまくだけのものにどんどん特化してきているわけ。
 たとえば、そのサプリメントがどういう作用で、身体のどこに効くのか、抗菌グッズなんかでも、どんな菌を除去できるのか、そんなものは何もいってねぇのよ。
 もちろん “とってつけたような” 解説はするんだけど、具体的であるようでいて、最後の最後は抽象的なの。
 要するに 「イメージ」 。
 結局、何もいってないのに等しい。
 その度合いはますます進んで来ているよね。

 【オレ】 だけど、 「イメージ」 っていうことだけを取り出せば、80年代あたりのパルコのCMとか、あんな方が 「イメージ広告」 としての純度は高かったろ?
 【ヤツ】 イトイ先生の 「不思議大好き」 とか、 「おいしい生活」 とかいうヤツだろ。でも、あれはあれで、狙いがはっきりしていたわけ。
 パルコあたりのCMって、具体的商品名が出てこないっていう意味で、社会学者たちも興味を持っていたけれど、あれはきわめて正直な広告戦略でね。
 つまり、具体的な商品訴求をしないということで 「ブランド」 をつくろうとしていたわけよ。
 「ブランド」 ってさ、具体的な商品からどれだけ距離を取れるかで、価値ってものが決まるわけ。
 要は、 「ブランド」 って、実体があっちゃいけないのよ。実体のないものに価値を盛り込むから 「ブランド」 なの。

 【オレ】 それと、今のサプリメントのCMとどう違うわけよ?
 【ヤツ】 「ブランドなき幻想」 なんだよ、今のCMは。
 具体的な訴求をしているように見せかけて、その中味が空疎なんだから、消費者を欺いているよね。
 【オレ】 そういうのって、自分が第一線にいた頃のノスタルジーなんじゃないの?

 【ヤツ】 まぁな…。だけど、俺そんなこと他の誰にもいったことないものね。ここだけの話。
 ノスタルジーってのは、誰でも持っている。年齢には関係ねぇ。
 だけど、そのノスタルジーを人に押し付けるようになったら、それが 「老化」 なんだよね。
 年取るとさ、ついつい 「昔の人間は気骨があった」 とか、 「昔の映画は風格があった」 とか、やたら自分が若い頃に接していたものを基準に語りたがるだろう? それを 「老化」 っていうんだよね。
 で、お前、ブログ書いているんだって?
 【オレ】 まぁな。

 【ヤツ】 で、相変わらず、昔のロックは良かったとか、ビートルズは良かったとか書いているんじゃねぇの?
 【オレ】 読んだことあんの?
 【ヤツ】 ないけど、分かるさ。ブログなんて止めたら?
 【オレ】 どうして?
 【ヤツ】 ネタを探すために、どうしても 「情報」 ばっかりあさるだろ?
 【オレ】 そりゃ。ネタは大事だもん。
 【ヤツ】 ヘタに 「時代についていこう」 なんてことばっかり考えていると、かえって 「老化」 を早めるよ。
 「老いる」 ってのはね、達観することじゃないの。 「時代を追いかけようとする」 ことなんだよ。だって、若者を見てみな。 「時代を追いかけよう」 なんて思っているヤツなんか一人もいないぜ。
 

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 04:32 | コメント(5)| トラックバック(0)

外来種の驚異 Ⅱ

 前回、野生動物における 「外来種の脅威」 っていうのに触れたけれど、日本にはもっと “凶暴な (?) ” が外来種が大手を振って暴れ回っているのに、そっちに関しては、わりとみんな寛容だな…と思うことがある。

 どんな 「外来種」 か。

 ガバナンス
 アウトソーシング
 アクセシビリティー
 ソリュージョン
 インタラクティブ
 インフォームド・コンセント
 キャピタルゲイン
 ガイドライン
 コンプライアンス
 スキーム
 デフォルト
 ネグレクト
 ノーマライゼーション
 ポートフォリオ……

 ね! 今にもかみつかんばかりに牙をむき出して、 「オマエラ知らねぇのか、遅れてるぜぇ!」 って吠えているような凶暴な感じでしょ?

 さて、あなたは上の “外来種” に関して、いくつご存知でしたか?
 正直にいって、自分には満足に説明できる言葉はひとつもない。

 だけど、この種の外来種用語をガンガン使う風潮はますます盛んになっている。
 まるで、肝心な歌詞を全部 「Love」 とか 「Baby」 に置き換えちゃうJポップみたいなもんだな。

 昔、大手の広告代理店の人たちに混じって仕事をしていた頃があったけど、そんときの彼らの会話もすさまじかった。

 「今回のコンファレンスで確認したいミッションは、まずコアターゲットへのリテラシーに期待して、魅力あるコンテンツをどう彼らのイメージどおりにキャッチアップしていくかということだと思うんです」

 細身のアルマーニなんか着込んで、小粋なチョビヒゲを生やした若い営業マンが、そんな感じでとうとうとまくしたてるんだけど、コンファレンスの席上でそんなプレゼン受けても、こっちの頭はまったくコンフュージョンなんだよな。

 最近は政治の世界でも、外来種がはびこっていて、 「マニフェスト」 の次は 「アジェンダ」 だとか、少しでも人の知らない言葉を使った方がアドバンテージが取れるとばっかりに、舌をかみそうな言葉をどんどん量産し続ける。

 なんで政治家たちが、そんなに外来言葉を使いたがるかというと、やっぱり 「知らない人間」 に対して優位に立てる…ってのが、いちばん大きいんではないかな。
 それに、いかにも 「自分は専門家だ」 というポーズが取れるしね。
 早い話が、 「カッコつけ」 だよな。

 外来種の言葉を容認する説というのもないわけではない。
 
 「最近は、情報通信網の発達が著しく、従来の日本語に該当しない概念がどんどん流入するようになってきた。
 だから、国際政治やワールドワイドに経済を語るときは、どうしても世界で流通している最先端の用語を使わざるを得ない」
 …って擁護する人たちもいる。

 だけど、それって、 「お前たち遅れているぞ」 って脅迫するようなもんだよね。
 そういう知識人に限って、それを日本語で言い直すときには、しどろもどろになっちゃうんだよね。

 そういう人たちは、まるで人間を化かすキツネのように見えてくる。

きつねちゃん

 キツネたちが好んで使う用語には、次のようなものがある。

 コンプライアンス
 コンセンサス
 コンテンツ
 コンセプト
 コンファレンス
 コンプレックス
 コンサバティブ
 コンベンション……

 まさに 「コンコン」 いうやつばっかりだ。

 彼らは、普通の日本語で十分なものも、わざわざ外来種を使う。

 「計画」 「構想」 「要約」 「存在感」 「枠組み」 「外部委託」……
 そんな言葉も、彼らが使うと、
 「スキーム」 「グランドデザイン」 「サマリー」 「プレゼンス」 「フレームワーク」 「アウトソーシング」……
 という風になる。

 こういう言葉を使ってレポートを書いている連中ってのは、たぶん、少しの文字数で、いっぱい書いているように見せかけているんだね。
 「字数泥棒」 だ。

 で、私は…というと、かろうじて自分で理解できるものしか外来種用語は使わないようにしている。

 たとえば……、
 スケールメリット
 タスク
 インタラクティブ
 プライオリティ
 ブレークスルー
 ボーダレス
 グランドデザイン
 ドメスティック
 コラボレート
 モチベーション……

 ひゃひゃひゃ!
 俺って、けっこう 「俗物」 だな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

海老蔵さんの悲劇

 日本人は……つぅか、日本のマスコミは、本当に 「バッシング」 が好きだなぁ。
 この一連の “市川海老蔵バッシング” を見ていて、そう思う。

 亀田親子、朝青龍、そして今回の市川ABZO。
 本当に、日本人は 「ヒール」 をつくりあげて、それを叩くことが好きなんだな。

 まぁ、キャラクターとしてのABさんは (マスコミが伝えることが事実だとしたら) 、自分もあんまり好きじゃない。

 土足のままテーブルに足を投げ出して酒飲んでいるとか、いつも 「俺は人間国宝だ」 とかイキがっているとか、次々と公開される酒乱のABさん像ってのは、本当かどうか知らんけど、本当だとしたら、やっぱ自分的には “嫌なヤツ” だ。

 だから、浅ましいと思いつつも、自分の中にも 「ザマーミロ」 感がないとはいえない。

 でも、かわいそうだとも思うよ。
 
 あれは、才能のない人間が、たまたま歌舞伎界の御曹司として生まれてしまったことの悲劇だと思う。

 だって、フツーの世界に生まれた人間なら、あの演技力じゃとてもじゃないけど、 「役者」 なんか務められないもん。
 昔、NHKの大河 『宮本武蔵』 で主人公の武蔵を演じていたけれど、歴代大河の中で、あれほど “痛い演技” をしていた主役ってのも珍しかった。

 危機に陥ったときも、大事な決断を下すときも、ただ、目をむき出して周囲をにらむだけなんだもの。
 そのむき出した目の奥にあるモノ…つまり“心”ってものが、な~んにもない…ってことがすぐ分かってしまう演技。
 
 徹底的に形式美を追求する歌舞伎ならば、それでいいのかもしれないけれど、少なくとも、 “内面” とかいう世界を表現しなければならない 「近代劇」 には向かない。

 でも、カッコだけはいいんだよね、彼。
 そこは好きだった。
 『宮本武蔵』 だって、ドラマじゃなくて、ポスター写真の1コマぐらいだったら、堂々と通用したと思う。
 確かに、目はきれいなんだよ。
 彼を持ち上げていた時代に、芸能レポーターたちがさんざん言っていた 「オーラがある」 っていう表現は認めざるを得ない。

市川海老蔵さん002

 再起するなら、ひとつの方法がある。
 
 もしケガが治って、次に現代劇のようなものに出るときは、まず 「悪役」 からやってほしい。

 中村獅童だって、あんなに演技が下手だったのに、いろいろバッシングされて、少しは緊張したのか、 「悪役」 をやるようになってからは良かったもの。
 クリント・イーストウッド監督の 『硫黄島からの手紙』 では、絵に描いたような粗暴で残虐な日本の下級将校の役やったら、けっこう迫力あって、見直した。だから、 『レッド・クリフ』 に出演したときも、日本人役者としては、そなりの存在感があった。

 ABさんも、こういうバッシングが続いた後は、しばらくイケメン俳優としての主役の仕事は来ないと思う。
 そういうときは、 「悪役」 から再スタートするのがいい。
 夜の酒場では、だれかれ構わず 「オラ!」 とかいってスゴむらしいけれど、それを劇の中でやったらいい。

 もし、そこに本当の “スゴみ” が漂っていたら、世間は見放さないと思うよ。
 色気のある悪役って、そうめったにいないからね。

 問題は、歌舞伎界の “本流” と自他とも意識している御曹司が、そのプライドをかなぐり捨てて、嫌われ役や汚れ役を引き受けられるかどうかだけどね。
 もし、それができたら、役者として、ようやくスタートできんじゃないかしら。
 俺的には、そこに期待したいね。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:07 | コメント(0)| トラックバック(0)

胃の中にヘビ

 「胃の中に異常がある!」 というので、 「胃カメラ」 を呑んできた。

 正確には、カメラを 「胃」 の中に入れたとしても、胃がカメラを消化する前に引き出しちゃうわけだから、 「呑んだ」 ではなく、 「差し込まれた」 というべきか。

 もっとも、いくら暴飲暴食に慣れた私の胃だって、カメラまで消化する力はないように思う。

 「胃の異常」 を知らせる通知が来たのは、1週間ぐらい前だった。
 先月行われた健康診断のとき、バリウムを飲んでレントゲン撮影をした結果、
 「胃の上部に怪しき影あり!」
 ということで、再検査通知をもらっていたのだ。

 そろそろその日が近づいてきただろう…と思って、通知をもう1回確認したら、今日が、その当日だった。
 あせった。
 でも、たまたま朝食を抜いていたから良かった。

 さて、「胃の中の怪しき影」 。

 疑われるのはまず潰瘍であり、その潰瘍の中でも、特に知名度が高いのは、 「ガン」 だ。

 ついに俺もガンかよ…。
 と思うと、検査に向かう電車の中から居ても立ってもいられなくなった。

 余命あと3ヶ月とか診断されたらどうしょう?

 最近ウナギを食っていないので、まず夕飯は、少し贅沢してウナギを食うことになるだろう。

うな重_photo

 天ぷらも、食いたい。
 「車海老1尾200円」 とかいうスーパーで売っているヤツでなくて、白木のカウンターの向こうで、しっかりした職人が一個ずつていねいに揚げて、 「こちらはメゴチになります」 などと差し出してくれるヤツ。

 親子丼なんてのも、いいかもしれない。
 ふんわりした溶き卵と、柔らかい鳥肉のマッチング。
 そんなに派手派手しく “ゴチソーしている” 食べ物ではないけれど、余命3ヶ月という身になってみれば、こういうさりげないメニューのありがたさが、案外身にしみてくる。

親子丼_photo

 さて、腹がいっぱいになったらどうするか。

 食後はコーヒーというのが順当なところだろうな。
 ただ、 「Sサイズ200円」 のドトールではなくて、 「ブルーマウンテン 1、200円」 ぐらいのホテルのロビーで飲むようなヤツ。

コーヒー_photo

 1,200円なんていうと、一見高そうでビビるけれど、こういう場合、ポットごと出てくることが多い。
 ポットには、たいていカップになみなみ注いで2杯分ぐらい入っていることが多く、それを飲み干しても、あとカップに3分の1ぐらい残るサービスをしてくれるところがある。
 そうなると、仮に3杯と計算して、1杯分400円。
 街の喫茶店とそんなに変わらないので、ノドが渇いたときは元が取れる。

 さて、コーヒーも飲んだ。
 余命3ヶ月だ。
 残り時間は少ない。

 次は散歩だ。
 秋の夕陽が並木道を照らし、イチョウの影がどこまで遠くまで伸びているような遊歩道の景色を、カンオケに持ち込む最後の 「宝」 のように、記憶にしっかり焼き付けておくことにしよう。

枯葉の歩道001

 散歩が終わる。
 日が沈み、残照が西の空を赤く染めている。
 自動車のヘッドライトと街路灯が、やけに鮮やかに光り始める。

 今までそのケバい人工性がうっとうしく思えた街の明かり。
 それが、末期の眼を通して眺めると、まるでシベリアの夜空を飾るオーロラのように美しい。

街の赤提灯_photo

 そうなると、やっぱり赤提灯でしょう!
 この季節、まだ屋台なんかもいい。
 コートの襟を立てて、ちょっと風をしのげば、風の冷たさも我慢できる。

 そろそろ熱燗のうまい季節だ。

 しみ~るぅ!
 やっぱり余命3ヶ月というわびしい気持ちが成せるワザか、今まで何気なく飲んでいた日本酒がこんなにうまいとは知らなかった。

 ふと視線を上げると、目の前に、ぼんやりした表情で客待ちをしている屋台のマスターの頬に刻まれた “深いシワ” 。

 「ああ、美しいなぁ…。彫刻みたいだ」
 とか、つぶやいて、
 「今夜の俺は、どうかしてるぜ」
 と苦笑いを浮かべ、
 「マスターもう一本ね」
 と告げる。 

 …みたいなことを想像しながら、検査室のベッドに寝転がった。

 目の前に、黄色と黒のウロコを光らせた小柄なニシキヘビみたいな管が、ウネウネとぐろを巻いている。
 検査技師 (…あとでお医者さんと判明) が、やにわにそのニシキヘビの首ねっこをキュっとつかむと、
 「さぁ、リラックスしてください」
 と言いながら、口の中に差し込んできた。

 「冗談じゃねぇよ、こんなヘビ呑み込めるかよぉ!」
 と抗議しようと思ったが、口にはマウスピースがはめられているので、しゃべることもできない。

 ヘビの頭がノドチンコのあたりをかすり、徐々に食道の奥に入っていく。
 苦しいの、なんの!

 一方、ヘビの方も、いきなり狭い食道に押し込められたせいか、苦しそうにもだえる。
 「静かに!」
 とヘビ使いの先生が、暴れるヘビをたしなめる。

 つぅかー、今のは俺に言った言葉?

 苦しくて、涙も出てきて、汗も出てきて、ヨダレも出てきて、鼻水も出てきて、いちおう 「顔から噴き出すことになっている水分」 が一斉にほとばしった。
 いい年こいて、 「お母さん痛いよぉ!」 状態だ。

 あと20分も続いたら、このヘビ、胃を食い荒らして腸にまで達するぞ…と覚悟を決めた瞬間、
 「はい終わりです。お疲れさま」

 え?
 これから2~3時間は耐え抜くという長期戦の覚悟を決めたというのに…。

 5分後に、判決の言い渡しがあるという。

 「今回は無罪ですね」
 と、先生。
 「胃の上部に奇妙な盛り上がりがあったのですが、今見たら、特に異常はないようです。健康で、丈夫そうな胃ですよ」

 命拾いをした。
 「健康」 とはありがたいものだ。

 さて、疑いが晴れたお祝いに、何をするか。

 そういえば最近ウナギを喰っていない。
 天ぷらもいいなぁ。
 仕上げはラーメン。

ラーメン_photo

 食後は1,200円のコーヒー ……。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:12 | コメント(2)| トラックバック(0)

消えた秋

 今年は 「秋」 が来なかった。

枯葉の歩道001

 12月が近づいてきた今、そんな風に思っている。
 椎名誠さんがどこかで書いていたけれど、
 「今年の天候は、後半 “手抜き” をした」
 …というのは、当たっている。
 夏から一気に冬だ。

 なにしろ、この夏の暑さったら、なかった。
 しかも、夏が9月いっぱいまで “残業” していた。

 で、10月にはようやく暑さが収まったけれど、夏の猛暑に対応して改造された 「生理」 が、寒暖の温度差を的確に図るセンサー機能を鈍らせ、暑いんだか寒いんだか分からないような身体をつくりあげてしまった。

 そのため、ウロコ雲とか紅葉など、秋の風物を眺めても、身体が 「秋」 を感じなかった。
 で、ようやく身体感覚が気温とシンクロしたときは、もう冬が近づいていたわけ。

うろこ雲001

 今年の冬は寒いらしい。
 「暑い夏を迎えた年の冬は寒い」 というのは “定説” らしいのだが、地球が温暖化に向かっているというのに、なぜ 「寒い冬」 が来るのか、不思議だ。

 この 「地球は温暖化に向かっている」 という説に、しっかりと反論する学者もいる。
 地球は、これまでも、暖かくなったり寒くなったりすることを繰り返しており、人類の比較的新しい歴史をみても、 「10世紀半ばから300年ほどは温暖期で、13世紀末から19世紀半ばまでは寒冷期だった」 というのだ。

 寒冷期といっても、 「氷河期と」 いうほど大げさなものではなく、強いていえば 「小氷河期」 。
 しかし、その 「小氷河期」 が訪れた13世紀末になると、冷害による大飢饉や人口減が起こり、ペストの流行、戦争や暴動が頻発したという。

 そういう世界では 「世も末」 という空気が蔓延し、人々は将来の不安と現在の閉塞感に打ちのめされたはずだ。

 いま地球上を包んでいる空気も、その時代と同じような 「終末感」 に彩られているようにも思える。
 『2012』 とか、 『ノウイング』 、 『ザ・ウォーカー』 みたいな人類滅亡映画がやたらつくられるのも、そんな空気を反映しているのかもしれない。

 で、話しを戻すけど、
 「地球は、温暖化と寒冷化を繰り返す」
 と主張する学者によると、温暖化傾向が強まるか、寒冷化傾向が強まるかの分岐点になるのは、太陽活動だという。
 太陽から黒点がほとんどなくなる時期は、太陽活動が衰退している時期と見てよいのだとか。
 そうなると、地球の温度も低くなる。

 その太陽の黒点が、現在は極端なほど少なくなっており、地球は再び 「小氷河期」 に突入すると予想されるらしい。

 本当なのだろうか?

 この夏の異様な暑さは、日本だけに限らず北半球全体を襲った。
 しかし、南半球のペルーなどは、国家が非常事態宣言を行うほどの異常な寒さが襲っていたという。

 いったい地球はどっちの方向に進むのか?
 (いずれにしても、そこからビジネスチャンスをつかもうとする人々の必死な形相も浮かんでくるけど…)。

 温暖化を唱える説も寒冷化を唱える説も、ともに仮説なのだから、本当のことは分からない。

 ただ、近代社会が成立して、それまでとはまったく異質な産業構造ができあがってしまった今となっては、 「人間の文明」 が気候を変えたという事実は厳然としてあるように思う。

 仮に、温暖化・寒冷化のサイクルが自然現象によるものだとしても、 「地球温暖化の要因を二酸化炭素の放出による温室効果」 に求める説の方が、少なくとも、現在の 「人間の文明」 を見直すきっかけにはなるはずだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:14 | コメント(6)| トラックバック(0)

裕次郎スナック

 “裕次郎スナック” というものに行ってみた。

 もちろん、そんな名前のスナックがあるわけはないのだけれど、そこのママさんが若い頃から熱狂的な石原裕次郎のファンで、店内に張られた映画のポスターから、カウンター奥の色紙、酒瓶、缶コーヒーのデザインに至るまで、今となっては入手不可能な “裕次郎アイテム” に満ちあふれた店なのだ。

 もちろん、カラオケでも、裕次郎の持ち歌を好きな人、熱烈大歓迎。

 う~ん……
 こういう店に入るときの態度は、四つある。

 ひとつは、
 「ああ、裕次郎いいっすね! 僕も大好きです。 『嵐を呼ぶ男』 カッコえかったなぁ! 歌では 『赤いハンカチ』 なんかよく歌います」
 という戦略。

石原裕次郎ポスター

 もうひとつは、
 「いやぁ、裕次郎好きだけど、この店で裕次郎の歌をうたっても、皆さんから下手だってバカにされちゃいそうで、怖いすね! だから、今日はあえてライバルの小林旭の歌うたっちゃいます」
 …って感じのやつ。

 3番目は、
 「好きですけど、歌も映画もあんまり知らなくて…」

 最後は、
 「ユージロ? 誰っす? それ…」

 で、この日、私が取った態度は、2番目のやつ。
 「じゃ今日は、アキラ歌っちゃうかな…」
 ってやつ。
 もちろん、小林旭の歌だってそんなに多くは知らないのだが、旭ファンの友人がいたせいで、若い頃はさんざん歌わされた。
 だから、鼻唄程度には、 『自動車ショー歌』 、 『ズンドコ節』 、 『北帰行』 、 『さすらい』 なんかはすぐ出てくる。

 で、そういうのを歌っていると、面白がってノッてくれるお客さんがいるから助かる。
 「そっちが旭の 『さすらい』 なら、こっちは 『錆びたナイフ』 だ!」
 と、対抗意識をむき出しにして遊んでくれるオヤジがいるから楽しい。

 ところで、石原裕次郎というスターをどう評価するか。

 この大スターの活躍をいちおうリアルタイムでフォローできる世代に生まれた僕としては、ちょっと難しい課題だ。

 正直にいうと、僕自身は、あまり石原裕次郎に肩入れした記憶がない。
 その店のママさんや、常連のお客さん方が示したほど 「不滅の大スター」 として裕次郎を遇する熱意が低い。

 僕の世代は、広義の “団塊の世代” に入るのかもしれないけれど、狭義でいう団塊世代 (1947年~1949年) からは1年下 (1950年生) ということになる。

 わずか1年の差だが、僕らが行っていた東京・都下の小学校などでは、 「裕次郎って、ちょっと上の世代のヒーロー」 …つまり、俺たちの兄さんとか姉さんのアイドルっていう意識があって、すでに世代的なズレが生じていた。

 じゃ、俺たち小学生のアイドルって何さ?
 といったら、それはもう圧倒的にクレイジーキャッツであり、とんま天狗であり、月光仮面であり、少年ジェットであった。
 裕次郎という、ギラギラのオーラをストレートに発揮するヒーローに憧れるよりも、小学生時代の僕たちは、すでにギャグに身をやつすタレントたちや、虚構のヒーローの方を面白がっていた。

 もしかしたら、これは世代的な差というよりも、都会生まれの団塊世代の特徴なのかもしれない。
 都会生まれの団塊世代は、こまっしゃくれた大人の笑いには敏感に反応したが、裕次郎のストレートなカッコよさは理解できなかった。
 そういう言い方もできる。

 たぶん、石原裕次郎というスターは、都会育ちの団塊世代よりも、地方から東京を目指した団塊世代にとって “まぶしい存在” だったのだと思う。

 それなりのブランド大学に籍を置きながら、学校の窮屈さを嫌って、都会で遊び暮らす優雅なお坊っちゃん不良。
 高級外車を無雑作に乗り回し、洋上のヨットで肌を焼き、ケンカは強いし、どこにいても女性の視線を一身に集める “超ド級のスーパーヒーロー” 。
 きっと、昭和30年代に生きた地方の若者にとっては、 「石原裕次郎」 というのは、もっとも都会っぽい記号を帯びたアイドルだったのだろう。

 石原裕次郎が映画デビューを果たした 『太陽の季節』 が公開されたのが、1956年。
 その時代になると、日本列島に高度経済成長の波が押し寄せ、都市部の工場はどこも深刻な労働力不足を訴えるようになっていた。
 裕次郎がデビューして、スターダムにのし上がっていく過程というのは、ちょうど、農村から都市部へと、若者たちの人口移動が活発になっていく時代と重なる。

 この時代、地方の農家に暮らす中卒の若者は、都会の工場では 「金の卵」 ともてはやされ、 「集団就職列車」 という特別仕立ての列車に乗せられて東京、大阪などの大都市に集められるようになった。

 Wikiによると、集団就職列車が運行を開始したのは1954年 (昭和29年) で、修了したのが1975年 (昭和50年) だったという。
 ちょうど、石原裕次郎の主要映画が公開された時代と重なる。

 この時代の歌謡シーンを見てみると、見事に “望郷歌謡曲” が主流になっている。
 『東京だョおっ母さん』 島倉千代子 1957年 (昭和32年)
 『夕焼けトンビ』 三橋美智也 1958年 (昭和33年) ※ これは文句なく名曲!
 『僕は泣いちっち』 守屋浩 1959年 (昭和34年)
 『ああ上野駅』 井沢八郎 1964年 (昭和39年)

 こういう望郷ソングは、言うまでもなく、集団就職に代表される、若者の都市流入現象と呼応している。
 これらの歌では、都市に出て行った家族や恋人と、地方に残された者との愛憎悲喜こもごもの感情のゆらぎがテーマとなる。

 そのような生活の匂いが濃厚な望郷歌謡曲が主流の時代に、石原裕次郎の歌う世界は、とんでもなく抽象的で、都会的に感じられたはずだ。
 『銀座の恋の物語』 (1961年) にせよ、 『夜霧よ今夜もありがとう』 (1967年)にせよ、 『恋の町札幌』 (1972年) にせよ、そこには、田舎と都会に引き裂かれた人間の葛藤は出てこない。どの歌にも、都会の片隅で恋をささやく男女の甘くクールなスマートさが漂っている。

 だから、裕次郎の 「都会的カッコよさ」 というのは、その対比として存在した望郷歌謡曲を背景に成り立つものだった…ともいえるのだ。

 ここのところの案配が、同じ団塊の世代でも、都会生まれの団塊たちには理解できない。
 まず、都会生まれには、望郷歌謡曲の意味が分からない。

 彼らにとって (実は僕もそうなんだけど…) 望郷歌謡曲というのは、単に泥くさい “音” にしか聴こえなかったのだ。

 都会育ちの団塊世代は、いきなり洋楽崇拝に行く。
 団塊世代でも、少し年齢が上の都会派は、 「若い頃好きだった歌手」 などという話題になると、ペリー・コモ、ナット・キング・コールのスタンダード系か、カントリーウエスタン。 (さらに上の世代になると、タンゴなどを聞いていた人が急に増える) 。

 映画の話でも同様。
 都会派の団塊世代は、あまり日活モノなどを見ない。
 で、好きな “映画スター” みたいな話になると、もう一気にゲーリー・クーパーとかクラーク・ゲーブル、ジェームス・ディーンに行ってしまう。

 今度は、都会派団塊世代の下の方。
 こっちは、歌ならビートルズは当然で、後はベンチャーズ、クリフ・リチャード。あるいは、ブラザースフォーかPPM。
 映画の話になれば、 『007シリーズ』 とか、 『ウエストサイドストーリー』 、 『アラビアのローレンス』 。

 彼らのような、洋モノ好きの都会派団塊世代からみると、裕次郎という存在は、評価軸をどう定めたらいいのか分からないエアポケットのような場所にいるスターなのだ。

 逆に、裕次郎を愛する団塊の世代は、裕次郎を評価できない団塊の世代をうとましく感じているように思う。
 同じ団塊世代ながら、そこに目に見えない、小さな反目が渦巻いている。

 “裕次郎スナック” で、小林旭の歌はその場を大いに湧かせるけれど、ビートルズはたぶん無視される。

 旭は、立派な裕次郎のライバルになりうる。
 それは、たとえばビートルズVSローリング・ストーンズとか、聖子VS明菜に似たような対立構造をなす。

 いつも太陽の光りを浴びて、燦然と輝く裕次郎に対し、旭は、夜咲く “月見草” 。
 彼のうたう歌には、 『さすらい』 とか 『北帰行』 に代表されるような正統演歌のセンチメンタリズムがある。
 そうかと思うと、テンガロンハットを被り、ギターを背負って、北海道を馬で走るという、きわめてシュールな映画に、なんのためらいもなく出たりして、謎っぽい人である。

小林旭ジャケ

 スマートな裕次郎と、スマートさが中途半端な旭は、対立構造なんだけれど、それは遊びの形をとり、ゲームとして消化される。

 しかし、ビートルズと裕次郎は、対立構造をなさない。
 それは、同じゲームの土俵に登ることのない永遠に異質な世界だ。

 団塊の世代というと、よく 「ビートルズエイジ」 とか 「全共闘世代」 という言葉でくくられることが多いが、そういう言葉を苦々しい思いで噛みつぶす団塊の世代の方が、実は、数的には 「ビートルズエイジ」 や 「全共闘世代」 よりも圧倒的に多い。
 なにせ、団塊の世代の大学進学率は約15パーセント。
 大学まで進み、学園闘争に明け暮れたのは、ごく一部の裕福なエリート家庭の子弟だけだったのだ。 

 だから、 「団塊の世代問題」 というのはあったとしても、 「ビートルズエイジ問題」 とか、 「全共闘世代問題」 というのは 「世代の問題」 としてはあり得ない。あるとすれば、それは 「時代の問題」 だ。

 圧倒的な多数派を誇るサイレント・マジョリティの団塊人たちから見ると、 「ビートルズ」 一派と 「全共闘」 一派は、親のスネをかじって学校に行かせてもらっているにもかかわらず、勝手に大学を壊したり、ノウテンキにギターを奏でながらナンパにいそしんだ “いけすかない野郎” たちであったに違いない。

 で、そういう “いけすかない団塊野郎” たちは、中年になってからは、恰幅のいい体格を仕立てのいいスーツで包み、お店のママさんにブランデーなんかを奢りながら、ポール・アンカの 『マイウェイ』 を、英語で朗々と歌いあげて、拍手されてしまう。

 それを、うとましく思う人たちの中には、口には出さずとも、 「やつらになんか、石原裕次郎のカッコ良さが分かってたまるか!」 という思いを秘めている人たちもいる。

 もちろん、こういう観察は、ごくごく自分の私的な生活圏の中の話であって、調査対象となっている人たちも10人ぐらい。
 だから、それをもって一般論に普遍化することはとてもできないけれど、その限定された人々を見るかぎり、僕はそんなふうに感じた。

 で、僕はその “裕次郎スナック” がひどく気に入ってしまって、ジンロのボトルを一本入れた。
 そこで、裕次郎派を “敵” にまわし、旭の歌で殴りこみをかけるのが楽しみなのだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

おれ、ねこ

 最近、ちょいと偶然テレビで聞いたんだけど、 『おれ、ねこ』 という歌に、ものすごくハマっている。
 ここ1週間ほど、無意識に鼻歌が出るときは、必ず 「おれ、ねこ」 と口ずさんでいる。
 「あ、また歌っちゃった…」 と途中から気づくのだけれど、歌っている瞬間、まさに自分がネコになっている。
 あれ、すごい歌だ。

 どういう歌かというと、NHK教育テレビ (Eテレ) の朝6時55分から始まる番組 『0655』 の 「ねこのうた、犬のうた」 のなかで放映される歌らしい。 (それをたまたま深夜の時間帯で見たわけ)。

 歌は毎回同じなのだけど、画像がそのつど変わる。
 視聴者が自分の飼っているネコの画像をテレビ局に送ると、テレビ局の方で、歌のストーリーに合わせて投稿者のオリジナル画像を編集し、歌の流れとマッチングするように構成してくれるからだ。
 だから、毎回違ったネコが登場するし、そのネコが住む家の環境もさまざま。歌が同じでも飽きられないのは、そこに理由がありそうだ。 

 歌詞は、…ンチャンチャという2拍子のリズムにのって、次のように始まる。
 「おれ、ねこ、おれ、ねこ…」
 このとき、投稿者の愛猫の最もチャーミングな表情がアップされる。

おれ、ねこ

 次は、
 「ここ、おれのうち、ここおれのうち」
 …の繰り返しなんだけど、最初の 「おれのうち」 は、飼い主の家の家屋。
 次の 「おれのうち」 は、そのネコに与えられた専用スペース (段ボール箱が多い)。

 続いて、
 「これ、いつものご飯、これスペシャルご飯」
 と、食事が紹介される。
 「いつものご飯」 は、簡素なペットフード (まれに芋虫とか) 。
 「スペシャルご飯」 は、お刺身とか、フライドチキンとか。

 その先は、
 「それ、大好きおもちゃ、それ落ちつく寝床」
 おもちゃの画像は千差万別。
 ネズミのぬいぐるみだったり、柄の付いたブラシだったり。
 寝床の方は、ペット用ベッドだったり、飼い主のひざだったり。

 そこから先が面白いのだけれど、
 「おれ、ねこ、こいつうちのヤツ」
 …という歌詞になり、そこではじめて、飼い主の画像が登場する。 (飼い主は大人から、子供から、おバアちゃんまでさまざま) 。

 で、このネコは、 「こいつ、うちのヤツ」 などと、ぞんざいな言葉を使うのだけれど、ネコはネコなりに飼い主に対して愛情を持っているようなのだ。
 それは次のような歌詞で分かる。

   「こいつ、ご飯くれる、こいつ遊んでくれる。
  おれ、ネコだから、こいつの言葉わからない。
  おれ、ネコだけど、なぜか、こいつの気持ちよくわかる」


 無愛想なネコになればなるほど、逆に、この歌詞が生きているところが、この歌のミソ。
 ネコは、犬よりも人に対して無愛想な動物だから、この歌詞のところでグッと涙を流す飼い主も、きっと多いのだろう。

 この歌をYOU TUBEで探しているとき、ふと開いたサイトで、次のような言葉を見つけた。

 犬は、飼い主に対して、次のように思う。
 「この人は、私が何もしないのに、いつもエサをくれる。だから、この人は神様に違いない」

 それに対して、ネコは次のように思うそうだ。
 「この人は、私が何もしないのに、いつもエサをくれる。だから、私は神様に違いない」

 有名な人の言葉なのか、そのサイトを管理している人の言葉なのか詳しく調べなかったけれど、唸ってしまった。
 名言だと思う。 


 ※ 「おれ、ねこ」 の動画は、かつてYOU TUBEにいっぱい掲載されていたけれど、著作権の絡みで、今はどんどん削除されているみたいだ。それでも、 「おれ、ねこ」 の構成をコピーしたような個人制作のものは見られるようだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:19 | コメント(2)| トラックバック(0)

電子タバコ

 電子タバコというものを買ってみた。
 要するに、タバコの形をしたおもちゃ。

電子タバコ1

 私自身はタバコを吸うが、最近はタバコを吸わない人が増えたので、そういう人たちと接するとき、相手に迷惑をかけてはいけないという気持ちが購入動機になっている。

 試してみると、形はタバコそのものだし、吸うと先っぽに火 (ライト) がともるし、吸い口からは煙 (ミスト = 水蒸気?) が出る。
 だから、ヴィジュアルとしては煙草を吸っているのと変わらないけれど、味は別物。
 甘ったるい香水を吸っているような味と香り (ジュースと表現する人もいる) なので、リアルタバコに慣れた人は、かえって 「気持ち悪い!」 というかもしれない。

 したがって、 「禁煙・節煙グッズ」 という意味では、 “口さびしい” ときに、唇に何かくわえてまぎらわすという以上の効果は生まれないだろう。

 それでも、飲み屋なんかで、タバコを吸わない人と話すときは、重宝する。
 酒を飲みだすと、喫煙者は、ついついタバコの本数が増え、タバコを吸わないと話が弾まないような気分になってくる。

 そんなとき、電子タバコをくわえていると、とりあえず禁断症状が収まり、タバコを嫌がる相手に対しても迷惑をかけない。

 そういうことを繰り返しているうちに、確かにリアルタバコの本数が減った。

 「ちょっと吸いたいな」
 という気分が頭をもたげたとき、とりあえず電子タバコを口にくわえ、ミストの“煙”を吐き出してみると、それで気分がまぎれる。
 それを続けていると、10本吸っていたところを3本に減らし、3本吸っていったところを1本に減らせるようになってくる。

 そのうちゼロになるだろう。

電子タバコ2
 ▲ 構造的には、本体があって、ジョイントプラグがあって、カートリッジがあったりして、ちょいと複雑

 自分の健康を考えて禁煙するというつもりはあんまりないのだが、これ以上吸わない人たちに迷惑をかけてはいけない、という気持ちはある。

 ただ、ネット上の 「禁煙・喫煙論争」 などを見ていると、 「禁煙」 を訴える人々のなかには、ときどき感情をむき出しにして、喫煙者を中世の魔女裁判の口調で弾劾する人たちがいる。
 「悪魔たちは火刑にしろ!」
 といわんばかりに。

 私は吸う人間だから、タバコを吸わないことが 「世の中の正義」 だとは思わない。

 しかし、タバコの匂いを生理的に不快に感じる人の気持ちは尊重しなければならないし、そういう人を害する権利は喫煙者にはないように思う。

 で、今も電子タバコを口にくわえて、これを書いているのだけれど、もう少し軽くならないものか。
 くわえたままキーボードを打っていると、唇が疲れてきて、困ってしまう。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:04 | コメント(3)| トラックバック(0)

酒場放浪記

 BS-TBSで、 『酒場放浪記』 という番組をやっているけれど、その時間帯に家にいるときは、ついつい見てしまう。

 無精ひげを生やして、ハンチングみたいなものを被った、メガネの怪しいオジサンがナビゲーターを務めている。

吉田類氏

 吉田類さん。

 肩書きが 「酒場詩人」 というのだから、ますますもって、怪しい。
 イラストレーターであり、俳人というのだから、さらに、輪をかけて、怪しい。

 だけど、この番組の面白いところは、その怪しい人が立ち寄るのに、いかにも 「似合いそう!」 という雰囲気の居酒屋ばかりが出てくるのだ。

 つぅーことは、言葉を変えていえば、 「ワシ好み」 の店ばかりなわけで、知らない飲み屋街で、どこに入ろうかな…とぶらぶらしているとき、 「お、ここは良さそうだぞぉ!」 と自分なら必ず入りそうな店ばかりが登場する。

 要するに、 “居酒屋好き” の気持ちがよく分かっている番組なのだ。

酒場放浪記シーン

 居酒屋っていうのは、まぁ “庶民の飲み屋” なんだけど、その場合の 「庶民」 というのは、いわば古典的な 「庶民」 なわけで、 『白木屋』 とか、 『和民』 とか、 『笑笑』 とか、 『魚民』 とか、 『つぼ八』 とか言わないやつのことをいう。
 
 ノレンがちょっと擦り切れていて、カウンターが、酒やら醤油やらソースをたっぷり吸い込んで昆布色に輝いていて、時には、床が土間だったりする。

 こういう店には、もう20年ぐらい通い続けているとかいう地元の偏屈オヤジが、スポーツ新聞の競馬欄などを見ながら、コップ酒をあおっていて、 (競馬に関係なく) 「民主党もだらしねぇ…」 とかつぶやきながら、串カツなんかをほおばっている。

 そんなオヤジの隣りに腰掛けて、焼酎の緑茶割りなんかを飲みながら、カウンターの向こう側を覗き込み、 「ママさん、そのおでんの厚揚げもらえる?」 なんて…いう感じでくつろぐのが、 (私は) 大好きだ。

 で、吉田類さんていう人は、まさにそんな感じの、 “居酒屋のくつろぎ方” というのを実に心得ている人だと思う。

 たとえば、その店の名物おでんが出てくるとしようか。
 よくあるグルメ番組のレポーターのように、しばらく口をモゴモゴさせて、やおら 「ノドゴシがいいですね! この豆腐、絶品です!」 なんて叫ばない。
 「豆腐が、口の中で淡雪のようにジューシーに溶けてコクもあればキレもある」
 なんて、きいたふうな批評もしない。

 「あ、いいですねぇ」
 …ってぐらいの、ものすごくあっさりした芝居っ気のない口調で、やる気があんだかないんだか分からないような笑顔でニコニコしているだけ。

 この脱力感が、実にいい。

 居酒屋ってのは、ちょっと心理的にアセっているときに行くのがちょうどいい。
 「明日までの締め切りの原稿がある」
 などというとき。

 そういうとき、
 「わぁ、もういいや! 1時間だけ原稿のことなんか忘れて、飲むかぁ!」
 という、「矢でも鉄砲でも持ってこい!」 というあの開き直った解放感が味わえて、もうたまらない。

 でも、たいてい “隣りのスポーツ新聞” のオヤジと意気投合したりして、1時間が2時間になり、2時間が3時間になっていくという、あの自堕落な自虐感も味わえて、それも、たまらないくらい良い。

 『酒場放浪記』 っていう番組は、そういう人間の弱さを讃えるような味があって、いつも感心してしまう。

 本も出ているようだ (↓)

酒場放浪記本
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

猫会議

 今日は 「猫会議」 の日だった。
 さくら通りから、いずみ通りに入り、セブンイレブンの交差点から三つ目の路地が、 「猫会議」 の会場だ。

 始まるのはいつも日付が変る深夜の時間帯だが、気の早い猫は、夜の8時ごろから会場近くに待機して、後ろ足で耳を掻いたり、塀によじ登って伸びをしたりして、会議が始まるまでの時間をつぶしている。

塀の上の猫

 傍聴は自由のようだが、あまり近づきすぎると、雲の子を散らすように、みな逃げる。
 しかし、しばらくするとまた同じところに集まってきて、ヒソヒソ話を再開する。

 議題は何なのか。
 集まった猫たちに尋ねても、ミャーミャー要領を得ない。
 おそらく、エサ取りの縄張りでも決めているのだろう。

 こういう連中は、野生動物の仲間に入るのか、それとも、どこかにパトロンを持つ 「半家猫」 なのか、そこのところは定かではないが、みな毛ヅヤも良くて、コロコロしているから、たぶんエサの供給源はそれぞれ確保しているのだろう。
 だとしたら、優雅な人たちだ。

地面の猫

 猫には謎がいっぱいある。

 まず、やつらはいったいどからやってきたのか。
 太古の昔、犬と人間が 「狩猟の伴侶」 として共存関係になった歴史はよく知られているけれど、猫は呼びもしないのに、いつのまにか人類の周辺に寄って来て、勝手に生きている感じがする。
 食べるところもあまりないので、家畜としては役立たずだし、第一、家畜なのかどうかも分からない。

 犬はみんな自分のことを 「人間と同じ格好をしているはずだ」 と思い込んでいるが、猫にはそういうところがない。
 「我輩は猫である」 という自覚がありそうで、 「猫ですがそれが何か?」 と開き直っているところがあって、こちらが猫の着ぐるみなんかをまとって近づこうものなら、 (犬なら “怪しい!” …とワンワン吼えるところを) 、猫は 「お前バカか?」 とシラっとしているようなところがあって、ものに動じない…というか、妙に老成しているようにも見える。

 猫は不条理だ。
 家畜であるようでいて、家畜ではない。
 ペットのようでいて、ペットではない。
 存在と非存在の淡い境界を生きている。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:05 | コメント(2)| トラックバック(0)

モチベーション

 そういえば、最近、小太りのスピリチュアル・カウンセラーの先生の姿をあまり見ない。
 頭をちょっと赤く染めて、薄いヒゲを生やし、いつも和服でニコニコしていた先生だ。

タヌキちゃん

 この方が、 「あなたは戦国時代に篭城して自決した武士の生まれ変わりだから、自殺の衝動に気をつけた方がいい」
 とかカウンセリングしてくれると、おぉ! …と胸を打たれてのけぞった相談者がいたものだが、そういうシーンをテレビで見ることも少なくなった。

 「猛女」 と恐れられた女性占いの先生も、いつの間にか見なくなった。
 「その男とはすぐ別れなさい。あんた死ぬよ」
 とか、いつも相手の胸ぐらめがけて豪速球を繰り出し、相談者を動揺させていた先生だ。一時は、どの番組にも出ていたんだがなぁ…。

 こういう先生方は、新鮮なうちは引っ張りダコになるけれど、あまり長続きしたためしがない。
 確かに、最初は誰だって、こういう先生方のお告げを聞きたいと思う。
 どんなに洞察力に恵まれた人間でも 「将来」 だけは見ることができないから、それを占いやら、背後霊の口を借りて教えてくれる人がいれば、神秘的なものを毛嫌いする人でも、 「ちょっと聞いてみようかな」 という気持ちになる。

 さらに、しかも! 
 この先生たちは、生きるためのモチベーションも与えてくれる。
 「あんたその男と別れないと死ぬよ」 と言いながら、
 「両親を大事にして少しでも親孝行をする気になったら、あんたの親のツテからもっと良い人が現れるよ」
 …なんて感じの、前を向いて歩こう! 風の 「動機付け」 をしてくれる。

 だけどさぁ、そういうご託宣をいただいても、一度でも裏切られたら、もうその人の信者にはならないって。
 仮に、占った相手がアカの他人であったにせよ、それがテレビによく出る有名人ならば、ご託宣が当たったのか外れたのか、やがて視聴者はみな気づく。 

 そういった意味で、テレビという公開の場で他人の未来を当てるというのは、リスキーな商売なのだ。

 誰もが生きることに疲れ果て、元気の出るモチベーションを求めている時代だから、確かに、こういう人々が脚光を浴びるのは分かる。自分から第一歩を踏み出すのは面倒くさいが、占いの見立てや守護霊が背中を押してくれるなら、 「やってみようか」 という気分も生まれやすい。

 だから、今の時代、 「サクセスに向かって最初の一歩を踏み出す」 企画が大流行。
 「自己啓発本」 というのは、その最たるものだ。
 しかし、それを読んでその通りに実践し、成功したという人の話はあまり聞かない。
 (成功しているのは、自己啓発本を書いている人だけだ)
 
 モチベーションというものは、本来が長く続かないようになっている。
 だからこの世には、モチベーションを喚起する仕掛けが絶え間なく生まれ、モチベーションビジネスはいつだって大盛況だけど、結局、決定打がない。

 モチベーションというのは盛り上がった分だけ、落ち込んだときの疲れが尋常ではない。
 多くの人が 「達成感」 と名づけている “気分” は、この疲れなのだ。
 だから、達成感が得られると、人間はしばらくやる気が出ない。

 いやいや話がソレちゃったけれど、要は、モチベーションの喚起を売り物にした先生たちは長続きしない…ということ。

 経済アナリストから転身して、 「やる気を出す」 ためのノウハウ本を量産している素敵なミセスの先生がいるけれど、一時ほどの勢いがなくなったようだ。
 彼女の場合は、大丈夫かな…。

 政治評論家としてデビューし、低音の魅力で女性ファンをたくさん集め、今や美術番組のキャスターまで務めている先生がいるけれど、その先生も、モチベーション本に頼り始めたら危ないと思う。

 モチベーションって、…だって (金儲けのネタにするなら別だけど) 人に与えられるようなものではないし、そもそも人から与えられるものでもないでしょ?


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

町田の時事解説

【司会】 今日は、最近の話題のニュースを、このブログの主宰者である町田さんに解説してもらいます。
 まず、尖閣諸島をめぐる日本と中国の関係について、どう思われますか? 現政権の “弱腰外交” がかなりメディアから叩かれていますが…。

時事解説

【町田】 難しい問題ですね、これは。
 そもそも尖閣諸島の位置が微妙だったんですね。
 これが瀬戸内海にあったのなら何も問題ないんです。中国漁船なんか入って来れないんですから。東京湾でも同じですね。
【司会】 あの…、そういう問題ではなくて、島の位置というよりも、やはり外交問題としてとらえた方がいいと思うんですが。
【町田】 そうですね。だいたい日本人が古来より好んでいたゲームは、碁や将棋でしょ。中国ではマージャンですからね。
【司会】 ???
【町田】 どうしても日本人は 「外交」 というと、碁とか将棋のような1対1の関係で捉えますが、 「外交」 というのは当事国同士の関係では捉えられないもんでね。
 今回の場合も、中国はマージャン卓を囲むように、アメリカと日本、さらにアセアン諸国との絡みで領土問題を考えているんですね。

【司会】 なるほど、なるほど。で、それで?
【町田】 要するに、マージャンの国である中国はちょっとリーチをかけてみて、日本の手の進行状況を探ろうとしたわけですね。
 日本人は単純だから、 「リーチ」 というと、相手がテンパイしていると信じ込んでしまいますよね。
 しかし、ひょっとしたら、相手は空テンパイかもしれない。つまり最初から当たり牌 (ハイ) なんてないかもしれないんですよ。
 それを日本は見抜けなくて、ベタベタの安全パイを繰り出して降りてしまった。

 でもね、今回のリーチは、捨て牌に迷彩をほどこして引っかけるというようなものじゃなくて、タンヤオ・ピンフ系のわりと単純なリャンメン受けだと思うんですね。
 しかし、 「もしかしたら三色とか、あるいは一気通貫までありそうだ」 と思わせる、そういう捨て牌で、手の内を示唆しているわけ。

 これに対しては、日本はどうすればいいかというと、相手がメンタンピンなら、こっちはチートイだぞと。だけど頭にドラが二つあるぞ…ぐらいなね、そういう駆け引きが大事なんですよ。
 ね、チートイだって、表ドラに裏ドラが乗ったら大きいですよ。
 僕がこの前やったマージャンはね、大ラスで、ドラ二つのチートイで、だけどね、上がったら裏ドラがついて、地獄待ちだったの。それを積もったの。

【司会】 ええ、この問題はこんなところで…。
【町田】 そもそもマージャンはね…
【司会】 あ、もういいです。

【司会】 ところで、北朝鮮の後継者問題ですが、キム・ジョンイル主席の三男であるキム・ジョンウン氏がいきなり 「大将」 の称号を得て、どうやら実質的な後継者としてのポジションを確保したようですが。
【町田】 「大将」 って何です?
【司会】 まぁ、軍の指導層の上でも最上級に分類される称号ですね。なにしろ、朝鮮人民軍の総兵力は110万人とされており、そのうちで 「大将」 はたった26人ですからね。これはやはり 「大抜擢」 という言葉が使えそうですが。

【町田】 でも日本では、どんな町の居酒屋でも必ず一人は 「大将」 がいますけどね。
 「お、大将! 今日は早いね。会社お休み?」
 とかね。
 床屋なんかにもいますよ。
 「いょー大将! 今日は刈り上げでいきます?」
 とか…。
 そうなると、 「大将」 と一言でいっても、けっこう分類が難しいわけ。だから 「居酒屋大将」 、 「床屋大将」 、 「レコード大将」 って風にセグメントを厳密にしていかないと…
【司会】 最後のは 「大賞」 ですけどね。 え…と。次の話題に行きましょう。

【司会】 ところで、静岡県に出没している “かみつきザル” ですが、いまだに捕獲作戦が空回りしているみたいですね。相手は一匹なのに、すでに人間側の被害者は100人に達しました。
 これはどうご覧になりますか?
【町田】 もしかしたら、一匹じゃないのかもしれませんね。
 つまりね、影武者がいて、相互に連絡を取り合って、神出鬼没の感じに見せていると。
【司会】 どうやって連絡を取り合うんです?
【町田】 おそらくね、木の枝に傷つけ合ったりして、 「いま捕捉隊がそっちへ行ったぞ」 とか。
【司会】 んな、バカな…。

【町田】 いやいや、これはサル軍団が組織的に行っている大規模なゲリラ行動なんですよ。
 つまり背後には、緊密な連絡を取り合う “サル組織” があるんです。
 だから一匹が狼藉 (ろうぜき) を働いているようでいて、実はその一匹は、高度な訓練を受けた特殊部隊の出身でね。その背後の中枢部では、ボスが命令を出しているんですよ。

【司会】 じゃ、どうすればいいんですか?
【町田】 だから、人間側も代表を出して、交渉のテーブルを設けるしかないんです。
 「どこそこの畑までなら進出を許すが、そこから先はダメ」 だとか。
 日本も、サルとのパイプを持てる政治家を育成しなければならない時代になったわけです。
【司会】 …………

【司会】 放送時間はかなり残っていますが、今日はこれで終わりにします。
【町田】 ちょっと、あの…
【司会】 終わりです。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 13:58 | コメント(4)| トラックバック(0)

寂しいお引越し

 私が今このブログを投稿している 「ホビダス」 ですが、ここ数日の間に、お引越しをされるか、もしくはお引越しを検討されている方が多くいらっしゃる様子です。

ホビダスロゴ

 同じブログサービスを利用している投稿者としては、寂しいかぎりです。
 親しくコメントのやりとりをしたことがなくても、その記事に目を通して親近感を感じたり、刺激を受けたりしていた人たちに対してはやはり 「仲間」 という思いがあります。そういう方々が一人また一人と去っていくのを見ると、取り残されたような気分になって、どうしようもなく心細い気分が募ります。

 確かに現在のホビダスは、月日を重ねるごとに、活用するには厳しい環境になりつつあります。
 サーバの容量のせいなのか (知識がないもので、よく知らんのですが) 、コメントをアップするだけでもものすごい時間がかかります。
 いつまで経っても画面が変化しないため、不安になって、もう一度ボタンを押すと、ようやくアップされる頃には2重投稿、3重投稿になったりします。
 そんなことで、せっかくコメントをお寄せくださった方々にもかなりご迷惑をかけたのではないかと思います。

 もちろん管理人 (私) が記事を投稿するときも同様で、ひどいときには、アップする記事がモニターに登場するのに30分かかったりすることもあります。

 たまにアクセスランキングなど見ようとすると、もう40分~50分の世界です。
 そんなもんで、しばらく放っておくと、今度は 「セッションタイムアウト」 …っていうのかな。
 要するに 「時間切れです」 とか言われちゃうわけ。
 これが自分の 「仕事」 なら、もうさっさとここから脱出ですね。

 そういった意味で、お引越しされる方々の気持ちがよく分かります。

 現在、ホビダスさんは、そういう事態を解消するため (?) なのか、メンテナンス中とのこと。
 それももう終わったのか、それとも今もメンテが継続されているのか、インフォメーションされる内容からはよく分かりません。

 無料でサービスを受けているので、あまりホビダスさんを責める気持ちはありません。
 しかし、せっかくこれだけのユーザー間のコミュニティが形成され、これだけの素晴らしいエントリーが集まってきているのに、対応の不十分でそういう人たちを失ってしまうのは、非常にもったいないようにも思います。

 メンテの成果が現れるのを期待するばかりです。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(6)| トラックバック(0)

鼻毛を抜く

 ブログというのは、書いている本人は、あまり読者のことを意識しないで書いていても、熱心な読者の方はけっこうフォローしてくださっている。
 それは、うれしいことだし、ありがたいことだと思うけれど、とんでもないところから “観察されている” ってこともありえる。

インテックス大阪002

 大阪のRVショーの会場で、親しい業者さんと談笑した後に、お客さんがやってきて、
 「今話されていた方は、ブログで 『町田の独り言』 を書いている町田さんでしょ?」
 と尋ねられたという。

 「ええ、そうですが…」
 「仕事で取材を受けるだけでなく、個人的にも仲がいいんですか?」
 「いやぁ、まぁ…」
 というような話の流れになって、
 「いいなぁ、自分も一度話してみたいな」
 と、そのお客さんがおっしゃったとか。
 
 …という話を、後から聞いて、ギョっとした。
 ありがたいお話だとは思ったが、大阪ショー会場での私は、一生のうちに一番鼻毛が伸びた日らしくて、会場を歩き回りながら、5分置きぐらいに鼻毛ばかり抜いていたのだ。

 しかも、ブログでは一切自分の顔を公表したことがないことに安心しきって、
 「鼻毛にも白い毛が混じるようになったか…。年だな」
 などとつぶやきながら、その抜いた鼻毛を指先にかざし、フッと吹き飛ばしてばかりいた。
 もしかしたら、ついでに鼻くそもほじっていたかもしれない。

 ま、そういうところを見られたか…と思うと、ちょっと冷や汗だ。

 これからは、鼻毛の手入れは家にいるときにしっかりしておこう。
 そう肝に銘じた日になった。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:45 | コメント(2)| トラックバック(0)

愛ちゃん可愛い!

 「はるな愛」 ちゃんて、可愛いな。
 テレビに彼女 (…?) が映るたびに、そう思う。
 「ファン」 というわけではないけれど、正直、好みのキャラクターだ。

はるな愛さん001

 なんで、この娘 (こ) はこんなに可愛いのだろう。
 まぁ、これは好みの問題かもしれない。
 昔からタヌキ顔が好きだったという単なる個人的趣味が反映されているような気もするけどね。

 まぁ “好み” に理屈はないんだけれど、自分なりに理屈を見つけ出せば、
 ひとつ!
 まずビジュアル的に、正統的な 「可愛い娘(こ)」 である。

 最近はAKB48みたいに、単体で 「可愛い」 というよりも、集団で “可愛さ” を表現するようなものが脚光を浴びているけれど、彼女 (…?) の場合は、単体で可愛い。

 ふたつ!
 「男が見て」 可愛い。
 最近は 「可愛い女性」 の基準が変わってきて、男性から見たときの基準ではなく、女性が女性を見たときの 「可愛さ」 が優先されていると思うんだけど、彼女の場合は男性目線で追ったときの古風な可愛さがある。

 このへんは、実に戦略的で、男が女を見るときに 「可愛い」 と感じさせるボディランゲージのたぐいを、彼女はすべて研究して身につけている。
 たとえば、自分の失言を自覚したときに、目を丸くしながら手のひらで口を覆うような動作。
 「憧れている気持ち」 を表現するときに、両手を組み合わせて胸の前に置くような仕草。

 一見 “アバズレ” のテイストを漂わせつつ、彼女のボディランゲージの本質は、マリリン・モンロー以来の古典的ハリウッド映画で完成した伝統的な女の作法を忠実にとらえ、それをデフォルメしたところにある。
 最近ではあまり目にすることがなくなったその古風なボディランゲージを、彼女は、タレントというポジションをフルに活用し、ものすごく大仰に表現してみせているわけだ。

 表現手段としては学芸会っぽい演技なんだけど、それが 「形」 として洗練されているところがミソ。
 つまり、その仕草だけで、彼女は 「はるな愛ワールド」 をいとも簡単に作り出してしまう。 (だから隣りにいるタレントを喰ってしまう)

 一度その気になって、彼女のボディランゲージをチェックしていると面白い。
 彼女の大仰な動作にひとつひとつに、古典的な 「可愛さの記号」 が散りばめられているのが分かるはずだ。

 みっつ!
 これが肝心なのかもしれないけれど、得体が知れないから可愛い。

 うっかり彼女のことを、 「娘 (こ) 」 とか、 「彼女」 と言ってしまうと、そのあと必ず、 「でも……」 という感じで、一呼吸強いられる何かがあって、そこが彼女のとてつもない魅力になっている。

 この一呼吸の間に、見る人ごとにさまざまな思いが去来するだろう
 
 「でも……やっぱり男だよな。きっとスッピンじゃ見られない顔だろうな」
 「……やっぱり男だよな。しかし、女以上に色っぽいな」
 「……やっぱり男よねぇ。でも可愛いわぁ。うちの子の嫁さんに欲しいくらい」

 10人いたら、10人がすべて異なる 「はるな愛」 観を持つだろう。
 そこには、違和感から共感・称賛の嵐に至るまで、すごい振幅が生まれているはずだ。その振幅の大きさが彼女の存在感そのものを強めている感じがする。

 もうひとつ彼女の全国的な人気の秘密を挙げるとしたら、いわゆるオカマ系の毒気 (批評性) が希薄だということ。
 オカマ、ゲイといった社会から異端視される “宙吊りの性” というのは、時代の真実をシビアに眺めることを強要される。
 だからオカマ…ニューハーフは、その存在の不安定性を逆手にとって、ものすごく感性の鋭い社会批評家になっている場合が多い。

 はるな愛にはそれがない。
 あるのかもしれないが、それを 「売り」 にはしていない。
 そこを物足りないと思う人もいるだろうし、それだからこそ、テレビの全国制覇も可能になったと考える人もいるだろう。

 はるな愛ちゃんを女だと信じて結婚を申し込んだ男性がいたらしいが、気持ちはよく分かる。
 女以上に女っぽく見えたのだろう。
 その男性は、彼女が 「男」 だと知ってあきらめてしまったらしいけれど、 「それでもいいや」 と思う男性もいっぱいいそうな気もする。

 参考記事 「マツコデラックス」

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

史上最強の旅情

 「うらぶれた…」 という言葉を使うと、はなはだその土地の人に対して失礼だが、無責任な旅行者の立場に立つと、 「うらぶれた町」 の 「うらぶれた飲み屋」 などに入るのがとても好きだ。
 「旅情」 という言葉があるが、ほとんどそれに近い感情がこみ上げてくる。

 ローカル線の無人駅の前に、店といえるようなものは居酒屋と喫茶店と観光案内所があるだけ。
 あとは古びた民家が建ち並ぶばかり。
 まだ夕暮れ時に差しかかったばかりなのに、人通りはない。
 喫茶店と観光案内所は早々と店を閉めてしまったのか、それとももう何年も営業していないのか、静まり返っている。
 かろうじて、居酒屋の提灯だけが、ぼんやりとした明かりをともしている。

 そんな情景に出合うと、涙が出そうな感じで、ふらふらと居酒屋に足が向く。
 日本中いたるところに、コンビニとファミリーレストランが建ち並ぶようになり、それはそれで便利だけど、どこの町に行っても同じ風景と、同じ味にしか出合わないようになってきたので、旅から 「旅情」 が失われつつある。

 そういった意味で、いま 「旅情」 は、コンビニとファミレスという近代的な発展から無視されたような 「うらぶれた…」 町にしか残っていない。
 そんなふうに思っている。

 昔 『全国キャンプ場ガイド』 の取材で北国のキャンプ場を回っている時だった。
 山奥のキャンプ場をめぐる旅をしばらく続けて、久しぶりに町の匂いを嗅ぎたくなったのである。
 地図を広げると、名前になじみのある都市名が20kmぐらい先にあった。
 よし、行くべぇ。
 久しぶりに銭湯でも行って汗を流すか…。

 名前になじみがあるから “大都市” 。
 バカな旅行者が単純に陥るミスである。

 たどり着いた情景が、前述の描写に近い町だった。
 熱い銭湯の湯船に浸かってのんびりするという夢はあえなく消えた。
 …が、まぁ 「旅情」 に出合えた。

 目の前に広がるのは、1日に数本しか走らないのだろうと思われるローカル線の駅前ロータリー。
 その風景の中で、いちばん “近代的” なのが、コンクリートで舗装された駐車場。

駐車場の夕暮れ

 それを囲むように、セピア色にくすんだ昭和初期の写真のような “うらぶれ街並み”が並ぶ。
 さいわい、だだっ広い駅前の駐車場には地元ナンバーのクルマが数台止まっているだけ。
 それも、夕暮れが迫ると、私のクルマとすれ違うように、1台、2台と去っていき、白線内にクルマを収めたときには、周囲にクルマの姿も人の姿もなかった。

 広大な駐車場に、クルマがぽつりと1台しかないというのも寂しいが、キャンピングカーで一晩軽い仮眠を取るには理想的に思えた。

 例によって、そこにクルマを収めてから、飲み屋を探した。

 「探す」 などと力まなくても、店舗といえるものが4軒あるうちの2軒が飲み屋であることは一目で分かった。

 どちらにしようか…。
 はたと迷った。

 1軒はお好み焼き屋。
 これは看板からすぐにその正体が分かった。

 謎なのはもう1軒の方。
 「××ちゃんの店」 。

 与えられたインフォメーションはそれだけで、提灯があるところを見ると “飲み屋” であろうことは推測できるのだが、メイン料理がどんなものなのか見当もつかない。

 しかも、扉と窓に真っ黒なラシャ紙が貼られていて、意図的に中を覗かせないような作意も感じられる。

 怪しい!

 こういうときは、たいてい怪しい方に入ってしまう自分が恨めしい。

 ガラガラと引き戸を開ける。裸電球ひとつという雰囲気の、なんだか暗い店だ。
 いきなり目に飛び込んできたのは、 カウンターの前に広がっているガラスケースだった。
 並んでいるのはタコの切れ端、マグロの赤身、卵焼き。
 寿司ネタである。寿司屋だったのだ!

 が、次に驚いたのはガラスケースの向こうにいる職人だった。
 髪をやや茶系に染めて、ネックレスをしているお婆さん。
 まぶたの上のマスカラがやたら元気で、10円玉を2個ぐらい載せても落ちそうもない感じだ。

 「いらっしゃい…」。
 お婆さんの物憂い声にうながされ、まるで魔法にかけられたようにスルスルとカウンターに腰を下ろしてしまった。

 「何しましょう?」
 「と…とりあえず、ビール」

 ビールでまず時間稼ぎをして、何が食べられそうか、いろいろ観察することにした。
 昭和の香りを残す古めかしい冷蔵庫を開け、お婆さんが何かの瓶のフタを開け、くんくん匂いを嗅いでいる。

 「まだ、食べられそうね…」 。
 そう、独り言をつぶやきながら、それを小皿に取り出す。
 ビールに付くお通しのようだ。
 ニシンのマリネだという。

 ひとくち口に運ぶと、なんだか酸っぱい。ま、マリネだから酸っぱいのは当たり前か…。

 「何します?」

 そう言われ、もう一度ガラスケースの中を覗き込む。
 マグロは、赤身というより “黒身” に見え、タコは水気を失って消しゴム化が始まっている。

 比較的イカらしい色に見えたイカを頼む。

 マニキュアを美しく輝かせた細い指が、ひょいとイカの切り身を取り出し、おにぎりのようなシャリの上に乗せる。
 その様子を眺めながら、 「ここ、お寿司屋さんですよね?」 と、恐る恐る聞いてみた。

 「いや、カレーライスやオムライス、タイ焼きもできるよ」
 と、お婆さんはこともなげに答える。

 カレーライスとオムライスはまだなんとか分かる。
 しかし、最後のタイ焼きとは何だ? 
 魚の形をしたあの焼き菓子のことだろうか。
 カルチャーショックで頭がくらくらしそうだ。

 野球のボールのようなご飯の上にイカを載せたおにぎりを口に運ぶ。
 これが意外とおいしい。

 「おいしいだろ。これはウチの実家で採れたお米を使っているんだ」

 婆さんは、自慢げに言って初めて笑顔を見せた。

 聞けば、もともとは居酒屋だったとか。
 しかし、息子さんが寿司屋の奉公から帰ってきて、そのために寿司ネタも扱うようになり、現在はそれが地元の人にウケているという。普段は (今その姿を見せていない) 息子さんが握るらしい。
 少し納得。

 イカが比較的安心して食べられたので、今度は蒸したアナゴに挑戦してみることにした。

 「次は、そのアナゴ」
 と、私が指差すと、お婆さん、眼鏡の奥の眼を少し細め、
 「あんたアナゴに見えたんかい?」
 と、逆に尋ねてくる。

 「え? アナゴじゃないんですか?」
 「ああ、マムシかい」

 「ええ!」

 今度は本気になってびっくりした。
 「ヘビなんですかぁ?」
 
 そう尋ねても、お婆さん。耳が悪いのか、私の話に頓着する気配もなく、
 「関西ではウナギのことをマムシというらしいね。この前、大阪から着たお客さんがそう言っとった。
 で、これはそのウナギの蒲焼きで、今日はアナゴの代わりなんだ」

 「……………………」 ( ← 会話が思い浮かばない)
 となった私。

 もしかしたら、このお婆さん、お茶目?
 冗談めかした会話で、お客を歓待しようというのだろうか。

 とにかく、おにぎりのような寿司は、四つも食べればもうお腹いっぱい。

 「あんたカラオケ歌っていくかい?」
 という、親切な提案をえん曲に断りながら、退散することにした。

 大都市ならば、酔客が足をもつれさせて練り歩く時間帯なれど、この 「時間の止まったような町」 には、あいかわらず人通りはない。
 周囲は山奥のような静寂に包まれている。

 その静かな街路に、 「××ちゃんの店」 の提灯の光がぼんやりと浮かぶ。
 どことなく、明け方に消えゆく夢のような光景だ。

夜道の街灯

 地元の人たちはいつお寿司を食べに来るのだろうか。
 人ごとながら、ちょっと気になる旅路の果ての一夜だった。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

血が騒ぐ

 お調子者の血が騒ぐ。
 祭りの季節を迎えると、毎年そんな感じなのだ。
 
 人が集まる場所が好き。
 鐘や太鼓の音が好き。

 「いい年して」 …と自分でも思うのだけれど、鐘と太鼓がある一定の周波数を保って流れ始めると、比較的簡単にトランス状態に入るタチなのだ。

 ディスコビートじゃなくてもいい。
 つぅか、ディスコビートはもう嫌だ。

 そうじゃなく、日本の秋祭りで流される笛と小太鼓のお囃子 (おはやし) や、若衆が神輿 (みこし) を担ぐときのかけ声。
 そんなものを聞いていると、体のなかを ンチャ ンチャ ンチャ ンチャ …という “和ビート” の血が回り始め、やがて酒を飲まなくても、どんどんハイになっていく。

祭りの大太鼓101

 日曜日は、地元の秋祭りだった。
 毎年これは欠かさず見物に行くのだが、昨日は祭りの隊列につきそって最後の宮入りまでしっかり見届けた。

 駅前から八幡神社までの距離は2km程度。
 しかし、神輿も、お囃子も、大太鼓も、100mほど進んでは休み、また進んでは休みを繰り返すから、その距離を走破するのにほぼ半日かかる。

 休憩の間、神輿を担ぐ若衆は地べたに座って、麦茶なんか飲んでいるけれど、お囃子部隊と大太鼓は、休むことなくフル稼動。

 特に、周囲1kmぐらいまでは響きわたると思われる大太鼓の音には、何度聞いてもびっくりさせられる。
 遠くで聞くと 「遠雷」 のようだが、近くで聞くと、まるで 「号砲」 だ。
 5m以内で見ていると、大地の揺らぐ波動で、身体が弾き飛ばされてしまう。 (…ような気がする)。

祭りの大太鼓104
 
 エキゾチックな東洋的旋律を奏でるお囃子。
 それを支えるリズミカルな小太鼓の音色。
 そこに、遠雷のような大太鼓の重低音が重なる。
 日本の祭りの音色は、実に巧妙なアンサンブルによってできあがっている。

 休息が終わり、神輿が立ち上がる瞬間が、またステキだ!

 行動開始の 「木が入る (拍子木が打たれる) 」 と、神輿の周りは、にわかにものものしい空気に包まれる。
 くつろいでいた若衆と沿道で見物していた人々の顔に、緊張が走る。

 あわただしく隊列が整い、神輿を載せた台座が取り払われる。
 一呼吸おいて、神輿が持ち上げられると、もうあたりは奔流するエネルギーの皮膜に包まれ、まるで 「爆発」 が起きたようなる。

 「静」 から 「動」 の鮮やかな転換。
 その間合いの取り方は、まさに、ブルースでいうところの “ブレイク” だ。
 あとは太鼓ドンドン、笛ピーヒャラララ、ワッショイワッショイの大合唱。
 夏の雑木林のセミの声を何万倍も増幅したようなにぎにぎしさが復活する。

祭りの神輿

 神輿の重量は2トンを超えるという。
 それを30~40人ほどの人間で支えるのだが、コントロールを失うとどこに暴走するか分からない。
 そのため、スピードが出てくると、反対側に押し戻す力が必要となる。
 これは、神輿担ぎでもベテランの仕事。

 前に進もうとする力。
 それを食い止めようとする力。
 神輿全体が微妙なコントロールによって支えられていることが、その揺らぎ方から推測できる。

 夕暮れが迫る頃、いよいよクライマックスの宮入り。
 警察官が20人ほど交通整理にあたり、すべての交通を遮断して、神社へ向かう神輿と大太鼓の通り道を確保する。

 大通りの交通が遮断されるということは、いわば非日常の実現。
 神輿の “ご威光” というものが燦然と輝き出す瞬間だ。

 小回りの利かない大太鼓と神輿が、交差点をほぼ全面使いきるように大回りして、神社の門を目指す。
 太鼓のバカでかさが、その上に立って指揮を執る人間の頭が信号機に触れそうなことからも分かる。
 
 神輿の群が近づくと、門の前に店を広げていた露天商たちが、店をあわてて奥に引っ込めて、通路を確保する。
 
 観客に注意をうながす警備員の怒号。
 それでも、好奇心をまる出しに前に進もうとする観客。
 “音だけ拾う” と、まるで戦場のようだ。

 門から本殿までの距離はほぼ100m。
 その間の道幅はわずか2mだ。
 両脇には、たこ焼き屋、射的屋、金魚すくいなどの屋台がびっしり。

 そこを入っていくのだから、交通整理の先導隊も、神輿を担ぐ人間たちも神経を極限までにつかう。
 もっとも緊張が高まる瞬間。

 大太鼓が神社の門をくぐった瞬間は、地鳴りのような人々の足音と太鼓の響きで、門が揺らぐようだった。

 …というのが、祭り見物の顛末。
 チョッコシおおげさに書いたけど。

 夏の匂いをどこかに残した 「秋祭り」 が終わると、いよいよ深まりゆく秋が、空と大地を染めていく。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

喫煙エリアの憂鬱

 10月から煙草が値上がりするという。
 愛煙家は、安いうちに備蓄しようとカートン買いに走っているが、これを機会に煙草を止めることを考えている人も相当数いるという。

 私は煙草を吸う。

 しかし、今後どうしようか…と思案中でもある。
 「健康のために禁煙する」 という考えはまったくない。
 小遣いを節約するために禁煙…という気もない。

 ただ、電車や映画館の中とかカミさんが支配しているわが家のリビングなど、 “禁煙区域” で過ごしているときは、煙草を吸わなくてもまったく平気でいられることを考えると、自分では、 「煙草を止めるときは案外すんなり止めてしまうだろうな」 という気もしている。

 でも、まぁ、値上がりするまでは吸うつもりでいる。

 それにしても、都会では、急激に煙草を吸うスペースが消滅している。
 駅構内、ホテルの中、道路。
 すべて 「禁煙」 区域になってきた。

 煙草を吸わない方なら、 それを 「当然!」 と思われるだろうが、自分のようなヘビースモーカーにはちと辛い。
 都内での所用を済ませて、
 「さて、一服」
 となると、もうカフェの喫煙コーナーにでも入るしかない。

 ところが、こういう煙草好き人間にとってホッと一息つけるオアシスのような領域に、堂々と煙草を吸わない人たちが詰めかけて、その “貴重な?” なスペースを奪ったりすることがあるから、泣けてしまう。

 駅構内のスタンドカフェ。
 どう考えても煙草なんぞには縁もなさそうなオバサマ方が3人、こんもりした背中を寄せ合って、談笑にふけっている。

オバサマ方の背中

 ただでさえ、喫煙エリアは席数が少ない。
 しかも、狭いガラス張りの密室に押し込められて、息する空気も薄そうな密閉空間の中で、コーヒーカップを手に持ったまま、一服したいがために席の空くのを待っている “愛煙家” が大勢いるというのに、このオバサマ3人組は、まったく頓着する様子がないのだ。

 で、その隣の 「禁煙エリア」 はどうかというと、清々しい空気に満たされた席がガラ空き。

 そっちに行けばいいじゃん。
 だって、ここケムいでしょ?

 …と思わぬでもないのだが、オバサマ3人は 「ケムい」 という感覚すらマヒしているようなのだ。
 「アハハハ」
 「ヒャヒャヒャ」
 と、素敵なくらいに大きな口を開けて、他の客の吐く煙を吸引する 「清浄機」 の役目を引き受けている。

 早く席空けてくんないかな…と、しばらくコーヒーカップを手に持って立っていたけれど、彼女たちが立ち去る気配は一向にない。
 クリームソーダかコーヒーフロートか知らないけれど、とっくに中身の空いたグラスに今度は水を注ぎ、ストローでかき回して、コップにこびり付いたクリームを水に溶かして吸い上げ、甘さの余韻を楽しんでいる様子。

 心の中で、彼女たちにそっと尋ねる。
 「ここケムくない?」

 煙草を吸わない人にとって、密閉された喫煙エリアは、絵に描いたような劣悪な環境だと思うのだが、そこでも平然としていられるというのは、やはりすごいことかもしれない。
 オバサマ方の胆力恐るべし。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 15:40 | コメント(11)| トラックバック(0)

またやっちゃった

 「宿痾」 という言葉があるけれど、 「しゅくあ」 って読むんだけど、 “治らない病気” という意味らしい。
 簡単にいうと “持病” 。

 で、またこれをやっちゃった。

 「蜂窩織炎 (ホウカシキエン) 」 という、これまた難しい名前の病気なんけど。
 この春先に患ったばかりで、治ったと思ったら、また…だ。

 もうこれで3度目。
 今回がいちばん重い。
 要は、傷痕が化膿して、むくんでしまうという病気ね。

 2年前に、転んで左足を擦りむいたときが最初で、そのときは5日ほど入院した。
 これに罹ると、歩くだけで痛いし、発熱するから体がダルい。
 一度患うと、ケガしなくても、雑菌が入っただけで再発してしまうらしい。 

足の病イラスト

 キャンピングカーで久しぶりにキャンプをしてきて、野外でちょっと蚊に刺されただけなんだ。
 春先に、そのホウカシキエンを患っていた左足のふくらはぎの部分。
 そこを、チクっと蚊に刺されて。
 ……で、痒いところを、ちょっと掻きむしってしまい、ちょっとだけグジュって血が滲んけど、痒みもおさまって、まぁ普通だったら、それで終わりだよな。 

 ところが、そこからまた雑菌が入ったんだね。
 家に帰ってから、急に熱が出てきて、股関節部分のリンパ腺が腫れてきた感じで、…ヤバイかな…と思っていたら、あれよあれよと思う間に39.9度まで熱が出てしまって、あわてた。

 翌日はなんとか会社に出たものの、身体がだるくて、足も痛い。
 そのときはもうホウカシキエンの再発を疑っていたから、以前入院したことのある会社の近くの病院に行ったんだ。

 したら、
 「こりゃ普通のホウカシキエンと違う。皮膚科の専門医に診てもらった方がいい」
 …ってんで、別の病院の皮膚科に行ったら、
 「肌の色がおかしい。ホウカシキエンは紫色に腫れあがってくるはずだが、これは赤身を帯びている。内臓から来る病気を疑った方がいい」
 なんて言われて、途方にくれてさ。

 仕方なく地元の病院まで戻って、救急外来で受診することにしたんだ。

 で、そこの病院のお医者さんが見たところ、やっぱり、まぎれもないホウカシキエンでさ。
 皮膚の色が赤く腫れあがったのは、素人療法で、患部に肩こり用のシップを貼ってしまったことから来たものだと判明。
 シップを貼ると、いっとき患部が冷やされるような気分になるけれど、それはメンソールの刺激によるもので、シップには熱を冷ます効果はないのだという。むしろ、かえって通気性を阻害し、むくみを増すだけだとか。

 「最低1週間の絶対安静が必要です。完治するには最低でも2~3週間はかかります」
 と、きれいな女医さんがそう宣告する。

 ちょっとした傷がもとで、この病気が再発する理由は二つ考えられるという。
 ひとつは、古傷部分の組織再生が十分でなく、血液の中を循環する雑菌がそこで関所のように “通行止め” に遭ってしまうという説。
 もう一つは、完治したと思えても、実は雑菌が生き残っており、新しい菌が入ることによって古い菌も活性化して、再び活動を開始するという説。
 二番目の説は、まだ仮説で、十分に検証されていないとか。
 
 本来なら入院して、朝晩点滴を受ける必要があるのだけれど、通院も可。その代わり家では寝ているか、身体を起こしていても、足を水平に保っていることが条件。足を下げていると、身体中の水分が足にたまり、むくみが取れない…という。

 やっかいな病気に罹ったものだ。

 翌日から、家まで送迎タクシーを呼んで、通院が始まった。

 …で、大病院の診察ってのは、はじめてでさ。
 いやぁ、何から何まで、SF映画に出てくる未来都市の病院みたいなんだ。

 まず採血する検査室ってのが、ものすごく広くて、人がいっぱいいて、しかもカルテの番号順に、電光掲示板…って言葉も古いけれど、他に言葉が見当たらないので使うけれど…その番号が、銀行の窓口みたいにピカピカ光るわけ。

 会計窓口もそう。
 1日に、2千人から3千人ほどの患者が支払いするのだけれど、それも受け付け窓口に診察カードを見せると、ものの5分も経たないうちに、電光掲示場から自分の番号がピカピカ光って 「何番の人まで支払い可能」 と教えてくれるんだよね。
 あとは、ずらりと並んだ自動支払機にお金を投入するだけ。
 立派な領収書がペロリと自動的に発行されるしさ。

 大病院に通院している人からは、
 「そんなことで驚くなよ」
 と言われそうだけど、ちまちました個人病院しか経験していなかったので、何から何まで別世界の気分だった。

 ……で、2週間ほど会社を休んで、 「朝は病院、昼から自宅で静養」 という生活を続けた。
 診察を受けることになったのは皮膚科だけど、日替わりで先生が代わるんだ。
 同じ先生と遭遇したのは、2週間通って一度だけ。
 女医さんが多くてさ。
 それもそろって美人なの。
 やっぱり大病院ってすごい! と思った。
 ……治療には関係ないけれど。

 会社勤めを始めてから、病気で2週間も休んだことなどなかった。
 病院で点滴を受けてから、昼過ぎに家に戻る。
 当然のことだが、カミさんがいる。
 彼女も再生不良性貧血だから、あまり外を出歩けない。

 病人とけが人。
 ともに身体を酷使できない2人なので、ジトっと、同じ方向を向いたままテレビなんか見ているしかない。

 定年退職して家にこもる旦那の予行演習をしている気分になった。
 「ああ、こういうものか…」
 と、昼間から家にいる旦那の心境が分かるようになった。

 うちなんか、まだ会話があるからいいけれど、これで会話の下手な夫婦の場合、けっこうシンドイだろうな…という気分になった。

 旦那が仕事を持っている状態ならいいけれど、仕事を失った旦那というのは、女房からすれば、 「メシだけ要求する居候 (いそうろう) 」 なんだよね。
 カミさんと朝から晩まで一緒にいると、 「何もしない旦那」 というのはカミさんから見れば目障りな存在だ…とは、よく言われるけれど、わが家でもその兆候が微かに。
 それが、チラっとした視線、ちょこっとしゃべる一言で伝わってくることがある。

 だから、こっちも必死。
 立っていると足が痛いけど、食事が終わったら皿洗いをするし、朝のゴミ出しはするし、犬のうんちの後片づけをするし、時には肩や足をもんでやる。

 そうやってコマコマと動こうとする気配、…あるいは雰囲気が伝わるだけで、カミさんの心もほぐれるようだ。
 そして、
 「足が痛いのに申し訳ないねぇ」
 という言葉ももらえるようになる。

 病人とけが人。
 今のわが家は、大人ふたりでようやく1人前。

 今日やっと久しぶりの出社。
 包帯をきつく巻いただけで、皮膚が破れたりするので、あいかわらずやっかい。
 塗り薬と頓服で痛みは引いたけれど、足のむくみはまだ取れない。

 楽しみにしていた、大好きな夏が来たというのに…




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:55 | コメント(9)| トラックバック(0)

小説・暗黒街の掟

 「やつは頭もいいし、度胸もある。しかも、ステージで歌う女が、客席の暗がりの中からでも見つけ出すほどの美男子だ。
 一つのシマを仕切るだけでは満足できない貪欲さってのも持ち合わせている。
 ただ、ちょっと調子に乗りすぎた。
 どんなに才能があっても、自分の限界を計算できないやつは、やはりこの町では長くは生きられないのさ。
 ジョー。
 そろそろ、やつの魂に平穏を与えてやってくれ」

 「かしこまりました」
 
 「あ、そうだ。
 もし、やつの美人の妹に会ったら、やつは旅に出たと伝えてやれ。
 ただし、行き先は言わんでいいぞ」


 これは今書いているハードボイルド小説の一節だ。
 ただ、構想はまだ決まっていない。
 主人公もどんな人間にするのか、まだ決めていない。
 要するに、このセリフだけを思いついたというわけ。

 ま、アメリカの昔のギャング映画のセリフなんてのは、みんなこんな感じだったな。
 ギャング映画って死語か?
 今じゃなんていうんだろう。アクション映画?
 そりゃあんまりだよな。
 とにかく、今は派手な映像で見せる映画ばかりになっちゃったんで、セリフで楽しませてくれるようなシナリオがなくなったんだな。

 …とかなんとか書いているうちに、小説の続きを思いついた。
 で、この後、 「ジョー」 と呼ばれる殺し屋が、暗黒街のボスの命令を受けて、主人公を殺しにいくわけね。
 
 ジョーにどんな人物像を与えるか…。
 そうそう、よくありがちだけど、ボクサー上がりの黒人っていうことにしようかね。
 八百長ボクシングに巻き込まれて、人生を棒に振った…というヤツね。
 いかにも、ありそーだけど、ま、定番ということで。

ギャング001

 で、このジョー。
 ちょっとお洒落でね。
 ペンシルストライプのスーツの胸にピンクのポケットチーフなんか忍ばせて、昔風のストローハットなんか被っていて。

 で、主人公の住んでいるアパートの前まで来て、公園のベンチに座って、ちょっと窓を見上げて。
 売店でポップコーンを買って、ハトにエサをやるんだな。物憂げにね。

 そうしたら、突然主人公が…そうだな…名前をケリーとでもしておこうか。
 ちょっとイタリア系の顔立ちでさ。
 いかにも、女が好きそうな…って雰囲気たっぷりの男でね。
 そのケリーが、ジョーの背中ごしに声をかけるわけ。

ギャング002

 「マンハッタンのハトは、血まみれた手からこぼれるエサが好きらしいな」
 振り返るジョーの前に、両手をコートのポケットにだらしなく突っ込んだ主人公のケリーが立っているわけ。
 「こんなところで何をしているんだ? ジョー。ハトの用心棒にでもなったのか?」
 「ま、そんなところだ。安い報酬だがね」

 「このご時世で、仕事があるだけいいさ」
 …といって、ケリーはポケットからシガーを取り出して、口にくわえて。

 「まったくだ」
 といって、ジョーがライターで火をつけてやるわけさ。
 「ありがとう。…で、いくらだったんだ?」
 「いくら?」
 「俺の命の値段さ」

 ジョーの方も、まったく悪びれる様子もなく、言うわけよ。

 「それは俺たちの決めることじゃねぇ。あんたの出方しだいだ。
 フレディさんは取り引きの条件を出さなかったが、俺は取り引きの成立する余地はあると思うよ。
 なんたって、彼は慈悲にすがる人間には温厚な牧師さんだからな。
 少なくとも、フレディさんのお孫さんは、そう信じている。
 簡単な話だ。
 シマのひとつをフレディさんに返せばいいだけの話さ。
 いつも女に別れ話を切り出すときのようにね。
 そうすりゃ、フレディさんも、お前にヤクの売人ぐらいのポストを授けてくださるぜ。
 あんたも、ツーペアでフルハウスに挑むほどのバカじゃねぇだろ?」

 「ジョー。俺を相手に商売する気かえ?」
 「こいつは商売じゃねぇ。友情だ」

 ……と、ジョーが返したところまではいいんだけど、う~ん。この先がなかなか思い浮かばない。
 やっぱり小説は意外性が大事だ。
 よし! ボクサー上がりのヤクザなジョーが、実は日本料理のファンだということにしたらどうなるだろう。
 決まった!
 ジョーの次のセリフはこうだ。

 「友情の証しが欲しい。そう思っているんだろう? ケリー。
 いいさ。寿司バーで、サケを一杯おごろう。
 俺は最近、エンガワというのに凝っているんだ。ソイソースにエンガワをたっぷりまぶして食うと、まいう~だぞ。
 ワサビという神秘的なスパイスもなかなかいい。あれはテイスト・オブ・ゼンだ。
 ゼンという宗教があるだろ?
 こう見えても、俺はけっこう日本通でね」

 すると、ケリーも返すわけね。
 「お前が日本通だとは意外だな。でも、分かるぜ。
 お前たちの祖先も、日本人のようなものだからな。
 イエローモンキーにブラックモンキーだ。
 ともに 『猿の惑星』 で、俺たちをいじめた連中だからな」

 「ケリー。口をつつしめ。相手がお前じゃなかったら、今ごろお前の首は宙を飛んで、自分の胴体を眺めているところだぜ。ハラキリを知らないな?」

 「それを言うなら首切りだろ。ま、いいさ。エンガワは俺も嫌いじゃない。ただ、やっぱりヅケのうまさにはかなわないな。
 ヅケって知ってるか? マグロをソイソースに3年ほど浸してじっくり付け込むんだ。要はマグロのチーズだ。
 少し臭いが、こいつを一度味わうと、タクワンというベジタブルも食えるようになる」

 「ケリーよぉ、お前、フナズシかなんかと間違えていねぇか? 
 まぁ、いい。そろそろガリの味が恋しくなってきた。ガリってのはジンジャーのことだが、まるで神ワザみてぇに薄く切ってあるんだ。
 そういうワザを身につけるには、10年ぐらいかかるらしい。
 気の長い日本人しかできねぇ芸当よ。でも、こいつはバーボンとものすごく合う」

 「ガリもいいが、シャコもいいぜ。日本人はシャコを注文するとき、ガレージちょうだい! って言うんだってな」
 「…………」
 
 ああぁ…、収拾がつかなくなってきた。
 いったい、何を書きたいのかね、この私は。
 小説……難しいよね。
 才能ねぇな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:43 | コメント(4)| トラックバック(0)

気になる顔

 ここ1ヶ月ほどのことだが、気になって気になって仕方がない 「顔」 がある。

 仕事をしていたり、食事をしていたりするときも、ふとした瞬間に、何の脈絡もなくその 「顔」 が浮かんでくるし、夜中に、その 「顔」 を思い出したりすると、もうあれやこれやと考え出してしまい、眠りにつくことができない。 

 では、その 「顔」 が、自分の生活に何か大きな変化をもたらすのかというと、何も起こらないのである。
 良いことも、悪いことも、楽しいことも、悲しいことも、何一つ起こらない。

 なのに、気になる。
 なぜか、ふとした瞬間に、頭の中を大きく占めている。

 いったいなぜなんだろう?

 その 「顔」 が、自分の記憶の古層に眠る、抑圧して変形されたまま取り残された何かの “意識” に触れるのだろうか?

 いやいや、そんな大げさなものではないのだ。

 確かに、その 「顔」 を思い浮かべると、 「なにか落ち着かない」 、 「どこか気持ち悪い」 という気分は一緒にこみ上げてくるけれど、それは自分の生の根拠を問い直すような、存在論的不安感とは別のものだ。

 単なるちょっとした 「違和感」 に過ぎないのだが、何に対するどんな “違和” なのか。
 それがうまく言葉で説明できないから、いつももどかしい。

 その 「顔」 とは、こんな顔だ。

世界最古の恐竜展ポスターメイン

 これは、7月10日から9月26日まで、東京・六本木の 「森アーツセンターギャラリー」 で開かれている 『地球最古の恐竜展』 のポスターである。

 ティラノザウルスだろうか。
 画面中央には、尻尾を振り上げ、しとめたエモノの所有権を主張する猛々しい肉食恐竜の雄姿が描かれている。
 リアルではあるし、迫力もある。

恐竜展のティラノザウルス

 しかし、恐竜の顔そのものは、そんなにショッキングではない。
 恐竜の雄姿に “驚く” には、われわれは少し恐竜に慣れすぎてしまった。
 それがCG画像になって、どんなに巧妙に動き回ろうが、その露出度の多さゆえか、われわれはもう恐竜には驚かない。

 では、何に驚いたのか?

 ティラノザウルスの右足で踏みつぶされそうになった奇妙な動物の 「顔」 にである。

キノドン001

 このポスターをはじめてみたとき、
 「何だぁ? これ…」 と、思わず息を呑んだ。
 そして、この奇妙な動物の顔から目を離すことができなかった。

 見なれた恐竜の姿に対し、それに踏みつぶされそうになっている動物の方は、まったく未知の世界に棲む生物だった。

 このポスターを、私は2週間ほど見続けた
 毎日使うターミナル駅のホームに立つと、線路を隔てた向こう側に、このポスターがでっかく張られていたからだ。

 ポスターの前に立ち、電車が来るまで、ずっとその謎の生物の顔を見続け、電車に乗ってからも、その生物の正体を考えた。

 耳や鼻梁を確認できることから、どうやら哺乳類でありそうな気配はある。
 しかし、恐竜全盛期に生活できた哺乳類は、恐竜から身を隠すことのできるネズミのような、身体の小さなものでしかなかったのではないか? 恐竜全盛期にこのような大型哺乳類がいたとは思えない。
 古生物に対する知識の乏しい私は、まずそう考えた。

 では、このイラストの作者は、古生物学的な常識を無視して、本来なら存在しない架空の生物をこしらえたのだろうか?

 そうとも思える。
 そこには、イラストレーターのいたずら心に満ちた遊びがあるような気もしてくる。

 この絵がもたらす違和感は、恐竜の無機質的なリアルさに比べ、謎の生物の方が擬人化された象徴性を帯びているところにある。
 その表情は、どこか猫化の一族のようでもあり、サルと人間が未分化だった時代の霊長類のようにも見える。

 しかし、はっきり言えば、この 「顔」 の奥には、人間が潜んでいる。

 この動物は、やがてティラノザウルスの爪と牙に肉を割かれて食べられてしまうのだろうけれど、そういう宿命を持つ身に生まれたことを不条理に感じる戸惑いと、それでも、それを自分の運命として受け入れようとするあきらめ。
 そんな、人間でなければ感じ得ないような悲しみが、トボケタ顔の奥に潜んでいるように感じる。

 思いが極まって、 「世界最古の恐竜展」 をネットで検索し、この謎の生物の正体を確かめることにした。

 すると、出てきた。
 「石炭紀後期 (約3億万年前~3億万年前) に出現した、いわゆる哺乳類型爬虫類の一種で、キノドン類のエクサエレトドン」 といわれる生物らしい。
 現在の哺乳類というのは、このキノドン類の中から誕生したという。

 で、そのサイト (地球最古の恐竜展公式サイト) で見たのが、この画像。

キノドン002

 このビジュアルはやっぱり変だ。
 これはどう見ても 「人間の顔」 だ。

キノドン003

 ネットを眺めていると、この 「顔」 に対して同じような感想を持った人たちが実に多いことが分かった。
 「人面犬」 と表現する人もいれば、 「本当にこのビジュアルだったのか?」 と疑問を呈する人もいた。
 恐竜展の恐竜たちよりも、このキノドンの方が、はるかに多くの人の好奇心をそそったようである。

 これは、やっぱりこの企画を組み上げたビジュアルクリエーターの “勝利” かもしれない。
 もし、この不思議な 「顔」 がポスターに載らなかったら、 『地球最古の恐竜展』 はこれほどの評判にならなかったかもしれない。

 多くの人に 「奇妙な違和感と好奇心」 を与えたこの動物の秘密はどこにあるのだろう。
 この動物の顔を表現するのに一番適した答は、中世キリスト教文化の中で描かれた 「罪深い人間の顔」 というものだと私は思う。

 醜い金銭欲や、恥ずかしい性欲、よこしまな権勢欲などを悪魔に注ぎ込まれ、神の裁きを受けて、地獄の業火に焼かれ、妖怪に変形していくときの人間が変わろうとするときの姿。
 ヨーロッパの中世美術には、そんなテーマが頻繁に登場するが、このキノドンの 「顔」 は、中世の銅板画やらボッシュの絵画などにさんざん登場する 「裁かれる人間」 の顔そのものだといっていい。

 キリスト教の教義を伝えるための宗教絵画なのだから、裁かれる人間は思いっきり醜悪に描かなければならない。
 しかし、裁かれる人間の身になってみれば、 「え、どうして私が?」 という戸惑いの気持ちだってあるだろう。

 裁きに対する不条理感と、それでも、それを宿命として受け入れざるを得ない諦念。
 それが、ティラノザウルスに出遭ったら捕食されるしかないキノドンの宿命と重なり合っている。

キノドン001

 このキノドンの 「顔」 が鑑賞者に違和感を与えるのは、イラスト全体の中で、その 「顔」 のところから、 “異世界” が流れ出てしまったからにほかならない。
 故意か偶然か知らないけれど、この絵を描いたイラストレーターは、本来ならば同一平面には存在し得ない二つの世界を、この 「顔」 の部分で交錯させてしまったのだ。

 ひとつは、主役の恐竜たちが演じる派手な闘争劇に彩れた “見せ物興行的” な世界。
 そして、もう一つは、人間の愚かさや醜さ、哀しさをテーマにする文学・絵画的な世界。
 後者は、見せ物興行に添えられてもほとんど意味を持たないものだし、第一、恐竜が跳梁ばっこするジュラ紀・白亜紀には存在するはずもない世界だ。

 それが同一平面に登場しているから、このポスターは奇妙な味わいを帯びるのであり、また、それがゆえに多くの人の関心を集めることになったのだろうと思う。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:02 | コメント(2)| トラックバック(0)

贅沢したぞぉ!

 贅沢がしたくなった。

 『キャンピングカー super ガイド』 の原稿書きをひとまず終了し、まだまだやらなければならない仕事が山積みだというのに、ちょっと緊張から解放されたせいか……つぅ~か、緊張の糸がちょっと切れちゃったために、 「食い気」 が頭をもたげてきた。

 で、コンビニのおにぎりかサンドイッチか…という食事にいったん別れを告げて、うまいものを喰いに、昼休み、駅前近くのレストラン街まで出かけることにした。

 天ぷらなんかもいいねぇ。
 寿司! こいつもしばらく喰ってねぇな。
 うなぎって手もあるよな。
 ……てな妄想を頭の中に浮かべながら、いざそういう店の前に立つと、ちょっと腰が引けちゃったのである。
 みんな定価1,000円を超える価格なんである。

 別に1,000円をケチるつもりなんかないんだけど、高額メニューのお食事ってのは、みんな上品というか、典雅というか、オホホホ…と笑うオバサマ相手のメニューって感じで、 「がっつり!」 というか、 「がーん!」 というか、 「やったぜぇ!」 的なインパクトがないのだ。

 そこで、もう少し遠出して、吉野屋まで歩くことにした。
 で、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、牛皿の “特盛り!” にご飯と玉子を注文した。
 どっちかというと、牛丼や豚丼でも “並み盛り” をオーダーする人が多い中で、 「牛皿、特盛りね」 って注文するってのは、周りの人々の視線を意識するよね。

 でも、まぁ、思ったほどの視線も集まらなくて、紅生姜をいっぱい皿に盛って、七味をたっぷり振り掛けてガツガツ喰ったら、やっと、 「やったぜぇ!」 という気持ちになった。

 牛丼戦争で吉野屋の分が悪いらしいけれど、牛丼そのものの味では、吉野屋はけっこう奮闘努力している。

 ただメニュー負けしてんだな。
 吉野屋包囲網に参加している 「すき家」 と 「松屋」 は、カレーとかハンバーグとか焼き鳥だとか、牛丼屋にあるまじき多角経営的メニューで、 「今日はちょっと牛丼に飽きたなあ…」 という浮気な人々の気持ちをガッツリ取り込もうとしているけれど、肝心の牛丼の味がイマイチ。

 それに対して、吉野屋は昼飯時あとの、ちょっと鍋が煮詰まって肉が固くなってしまう時間帯を除けば、それなりにうまい。
 でも、まぁメニューが少ないから、やはり毎日は吉野屋通いは続かない。

 牛丼以外なら、松屋がいい。
 ここは、牛や豚の 「焼き肉定食」 がお勧めだ。
 まず皿一杯の生野菜がつく。 (しかもドレッシングが自由に選べて、その種類も多い) 。
 それと、肉にかけるソースの種類が豊富。
 カルビなんかにかける焼き肉のタレ風味から、普通のバーベキューソース、それとポン酢なんかが自由に選べる。

 しかも、ここは肉の “ダブル盛り” というのがあって、しかもそいつを注文すると、ご飯も大盛りのサービスが受けられる。
 で、一度このダブル盛りってのを注文したことがあるけれど、びっくりした。
 カウンターの向こうまで広がるような大皿に、お相撲さんがつっかける草履ぐらいデカイ肉がドーンと出てくるのだ! …というのは少し大げさだけど、こんなの700円ぐらいの値段で喰っていいの? と思えるようなお得感が心にジワリと広がる量なのである。
 しかも、味もまぁまぁ。

 あと、この 「松屋」 では豚汁がいい。
 これは本社工場から送られてくる1人前用パックの袋を破いて、ただ鍋にあけて温めるか、電子レンジで温めるだけのモノなんだけど、具も味も一括管理されているから店によって当たり外れがない。
 具の量もパック詰めのときにコントロールされているから、
 「あ、あっちの人の豚汁の方が、豚の肉片が多そうだ…」
 などと気に病むこともない。

 で、今日の昼は、吉野屋の牛皿特盛りを喰って、満足して、ついでにビル街のちょっとした敷地に店を構えるオープンカフェに寄って、食後のコーヒーを飲んだ。

 街路樹の葉に初夏の陽射しが照り返して、まぶしいくらい。
 しかも、陽の当たらない枝の奥には、夜空より濃い闇が広がっている。
 光と影のまばゆいばかりの強烈なコントラスト。

kinokage005

 夏も近いんだなぁ……。
 そう思いながら、ゆっくりと飲んだコーヒーが、今日の一番の贅沢だったかもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:17 | コメント(4)| トラックバック(0)

終わったぞぉ!

 深夜2時10分。
 ようやく 『キャンピングカー スーパーガイド2010』 の最後の1台の原稿を書き終えました。
 ふぅ~……。

 今回は、原稿を書く準備が終えたぐらいのタイミングで体調を崩してしまい、途中、点滴を受けながらも頑張ってみましたが、気力が続かない日が多く、正直そうとう焦りました。

 いやぁ、ホント。
 焦ると、本当に気持ちが真っ暗になっちゃうものですね。
 夜中に何度自分の叫び声で目が覚めたことか。
 (↑ ウソです)
 でも、まぁ、この年になってようやく、追いつめられた人たちの気持ちというものが理解できるようになりました。

 なんとか気力も回復し、3週間ほど会社に泊まり込みながらもう猛チャージをかけて普段の3分の2ぐらいの短さで1冊仕上げたのですが、ちょっと発売時期が遅くなりましたね。
 6月末の予定です。
 この間、電話やメールなどで問い合わせをいただいた読者の方々には深くお詫びを申し上げます。

 足の方はもう大丈夫です。
 途中抗生物質の薬が切れたけど、病院に行くヒマも惜しかったから放っておいたら、かえってその方が良かったみたい。薬を飲まない方が気力が湧くような気もしました。
 肌の色は、まだ気持ちの悪い青黒さが残っているのですが、腫れは完全に引いて、痛みもまったくなくなりました。

 だけど、足の指の間は、皮膚がどんどんはげて、相変わらずボロボロなんです。
 「薬をつけても水虫が治んねぇよ」
 と皮膚科のお医者さんに訴えたら、顕微鏡を覗いていた先生が、
 「水虫はいませんね」 だって。
 
 キツネにつままれたような気分で聞いていたら、
 「水虫を退治するつもりで塗り込んでいた薬のために、菌が死んだ代わりに皮膚がかぶれたのでしょう」
 …だと。

 指の間が痒いために、意地になってゴシゴシ薬をこすりつけていたら、さらに皮膚がかぶれて痒くなり、そいつを解消するために、さらに意地になって……
 悪循環だったんですね。

 びろうな話でスイマセン。
今は、たまに入るお風呂の洗い場で、ゆっくりゆっくりかさぶた状の皮をはがしていくことが唯一の楽しみになりました。 

 まだ仕事は山積みです。
 これから校正したり、抜けている写真の手配をしたり…。
 夕食の定番、コンビニのおにぎりを食べながら、パソコンのモニターをにらみ続ける日々がもう少し続きそうです。
 ブログ更新の度合いが安定するまでは、もう少し時間がかかるかもしれません。
  
 この間、コメントを頂いた方々には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 正直にいうと、自分のブログを見ると、きっと何かの話を書きたくなるだろうから、気持ちを集中するために、あえてブログ画面も開きませんでした。

 仕事の原稿を書くスピードはどんどんアップしたけれど、代わりに世間の動きにはまったく目を閉ざしてしまったために、今はいったいどんな時代なのか皆目見当もつかず、一歩デスクを離れると、 「ここはどこ? あなたは誰?」 状態です。
 社会復帰するにはまだ時間がかかりそうですね。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:36 | コメント(10)| トラックバック(0)

ご無沙汰でした

 長い間、更新をサボってしまいました。
 この間、コメントをくださった方々には、本当に感謝しております。
 ご心配いただいたのに、お返事も満足にお返しできなくて申し訳ございませんでした。

 公私ともどもバタバタしちゃって…というのが言い訳なんですが、実は、まだ体調が完調ではありません。

 例のホウカシキエンというやつですが、あれから3週間ぐらい経っているというのに、いまだに腫れが引きません。
 患部が青黒くただれたままで、ちょっと自分で見るのも気持ち悪いくらい。

 今、内科と形成外科の両方のお医者さんが連携して治療にあたってくれているのですが、内科の先生の見立てによると、患っている脚の部分の静脈は正常に作動しているみたいだけれど、動脈の流れが滞っているようだとか。

 もちろんもう熱もないし、痛みも消えているので、日常生活はとどこおりなくできるようになりましたが、相変わらず抗生物質漬けで、毎食後にセフカペンピボキシルとかいう薬を飲み続けるほか、病院に通って定期的に点滴を受けています。

 まだあまり出歩かず、できれば患部を固定したまま安静にしていた方がいいというのですが、そんなことしていれないので、デスクワークに限定して仕事だけは励んでいます。

 治りが遅いのは糖尿病が原因していると言われたのですが、血糖値の検査値などではそんなに悪い値でもないし、かといって、夜寝る前に楽しみにしているドーナツはどうしても食べないと眠れないし、困っちゃいますね。…えっ? 冗談ですよ。

 もうひとつ、どうも水虫が災いしているらしい。
 いま1日2回、ラミシールという薬を塗りたくっているのに、一向に利かないどころか、ますます悪いところが広がってきて、そっちの方がホウカシキエンより始末が悪いくらいになりました。
 何でなんだろうね。
 内科の先生が紹介状を書いてくれたので、来週それを持って、本格的な皮膚科の治療も受けることになりました。

 いちばんやっかいなのは、カミさんとの接触に気をつかうことですね。
 再生不良性貧血という病気を患って、5ヶ月入院していたカミさんが、ようやく退院してきたのですが、こいつがとにかく雑菌を毛嫌いする病気なもんで、日々の生活の中での最優先事項が、身の回りの 「清潔」 。

 ところが、こっちは身体全身が菌だらけの状態になってしまったわけだから、とにかく近づくことですら気をつかっちゃいます。
 「オレなんか身体全体がバイ菌だから…」 なんて、かつて冗談で言っていたけれど、そいつが本当になっちゃった。

カミさんは退院したとはいえ、まだ半病人みたいな状態だから、いろいろと日常生活のケアをしてやらないといけないんですけど、そいつがままならないのはちょっと歯がゆい感じです。

 カミさんのケアと自分の身体のケア。
 それだけで、けっこう時間がつぶれてしまいます。

 …そんなわけで、自分のブログを開く心の余裕がない日々がしばらく続いちゃいました。

 コメントをいただいた方々には、本当に申し訳ないと思っています。
 でも、もうご心配なく。
 様子を見て少しずつ復活していきますから、ちょっと長い目で見てやってください。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:19 | コメント(17)| トラックバック(0)

ホウカシキエン

 ホウカシキエン。
 この忙しいときに、またまた厄介な病気を患っている。

足の病イラスト
 
 漢字で書くと、 「蜂窩織炎」 。
 「皮膚の深いところから皮下脂肪組織にかけての細菌による化膿性炎症」 だという。

 実は2年前の今頃、こいつを患って、5日ほど入院したことがある。
 そのきは、ちょっとした擦り傷を放置したままでいたら、それが原因となって、患部から左足のふくらはぎ全体に青黒い腫れが広がり、痛くて歩けなくなってしまったのだ。

 医者にいわせると、
 「糖尿病の人は、ちょっとした傷でもこの病気に罹りやすい」
 という。

 確かに、糖尿病だ。
 しかし、日頃のケアはさぼっていないので、幸いなことに、糖尿病の重度を測る目安となる 「ヘモグロビンА1-C」 とかいう数値は、6.7~7.1程度で推移していて、健常者よりは少し高いけれど、食事と投薬のコントロールでしっかり押さえている (言い訳!) 。

 なのに、またしても、この 「蜂窩織炎」 に悩まされている。
 2週間ほど前から身体中を悪寒が走り、微熱が続き、食欲もなくなって、身体も心もとてつもない倦怠感に包まれていた。
 当初、それを風邪だと思って、風邪薬などでごまかしていた。

 しかし、悪寒を感じないときはあっても、心身の倦怠感の方は去らない。
 すぐ疲れて、布団の中に転がり込んでしまいたくなる。
 悪寒とだるさに包まれると、仕事どころか、ブログですら更新するのが面倒になる。

 新聞を読む気力も、本を読む気力もなくなり、テレビに映る世間のニュースなども “遠い出来事” のように感じられてくる。

 最初の頃は、足の痛みはまだ始まっていなかった。
 なんとなく、股関節あたりのリンパ腺が腫れているな…という感触はあった。ただ、それも風邪の症状の一種かな…と思って、気にもとめなかった。

 だが、身体全体のだるさが1週間も2週間も抜けない。
 「地に足がつかない」 という表現がぴったりの浮遊感が、身体全身を包む。
 酒など飲むと、コップ一杯でも身体全体がホテって、もう雲の上を歩いているような気分になる。

 変だな、変だな…と思い続けているうちに、左足のかかとからふくらはぎ辺りに、次第に痛みが走るようになった。

 見ると、死人の足みたいに、青黒く変色している。

 医者に行って、血液検査をしてみると、白血球が正常の人の10倍ぐらいあるという。
 つまり、白血球が感染菌と戦っているというわけだ。

 「最近、足にケガしたことはありますか?」
 と聞かれたが、心当たりがない。

 ただ、かすかに思い当たることがあった。

 「水虫の治療に薬を3本投入したが、一向に治る気配がない。そこで、薄皮を自分で剥がして、そこに薬を塗り込んだ」
 と医者に報告した。

 「それだ!」
 という。

 そこから菌が体内に潜り込み、ゆったり過ごせる安全な場所を探しながら、足の皮下脂肪の深いところで巣をつくり始めたのだとか。
 放置すると、足の切断はおろか、命にも関わることがあるとか。

 入院して、抗生物質を点滴しなければ治らないともいわれたが、なかなかそういう時間をつくる余裕がない。

 薬を飲んで、患部をアイシングするのが関の山だが、確かに効きが遅く、足の腫れはなかなか引かない。

 足に痛みを感じるようになって、すでに2~3週間が経過しているが、腫れの方は収まりつつも、まだ痛みが引かない。
 昨日も昼間に会社を抜け出して、病院で抗生物質の点滴を受けた。
 おかげで、身体を襲っていた倦怠感と浮遊感は収まりつつある。

 年をとると、いろいろな病気にさいなまされるようになるものだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:05 | コメント(12)| トラックバック(0)

太古の犬は話した

 日本RV協会 (JRVA) の調査によると、キャンピングカーユーザーのペット保有率は64.8パーセントだという。

 日本ペットフード工業会が調べたところ、一般世帯のペット保有率は29.5パーセントだというから、キャンピングカーユーザーの64.8パーセントという数値がいかに高いかということが分かる。

 実際、わが家の場合も、私一人が仕事でキャンピングカーを使うときを除き、夫婦や家族でキャンピングカー旅行をするときは、100パーセント近く “犬連れ” であった。

キャンカーの中のクッキー0092

 犬がいると、旅にメリハリがつくのだ。

 犬のために散歩に出る。
 犬に食事を与える。
 そんなことが旅のアクセントになって、旅にリズムが生まれる。

 散歩させるときも、
 「お、なんだかやたらに草むらの匂いを気にしているな。野生動物の歩く道なのかな」
 といったように “犬目線” が加わるから、自然のいろいろなニュアンスにも敏感になる。

 そして、何よりも、人間と人間の 「緩衝材」 の役目を果たしてくれるからありがたい。
 長旅をしていると、仲の良い夫婦といえども、ときどき二人の間に “ドロン” とした空気が漂うことがあるが、そんなとき、犬の話題に振ると、そのドロンとした空気が、パァーっと散っていくから不思議だ。

 犬というのは、実に察しのいい動物で、夫婦ゲンカが起こりそうになると、それが会話の流れで解るらしい。

 それまでは、私とカミさんの間に割って入って、天井に腹を向けてゴロゴロと寝そべっていたにもかかわらず、夫婦の会話にとげとげしさが交じり始めると、人間の手足が及ばないくらいの距離まで、さぁっと移動する。

 さらにお互いの会話が激昂してくると、もう視界のなかにいない。
 とばっちりを食うのを恐れて、毛布の下なんぞに避難している。

 彼らには、人間の会話が全部分かっているのではないかと思えることがある。

 「利口な犬は2歳児ぐらいの知能を持つ」 などとよく言われるが、2歳児どころか、人間の大人並みの打算や計算を働かせているように思えて仕方がない。

 もしかしたら、彼らは人間と同じような言語能力を持ちながらも、それをおくびにも出さないしたたかな動物なのではなかろうか。

 その気になればしゃべれるにもかかわらず、彼らが沈黙を守っているのは、人間と対等にしゃべっても、今のところは得することが何ひとつないからである。

 おそらく太古の昔、犬は人間と対等にしゃべった時期があったのだ。

 エジプト神話に出てくるアヌビスなんていう神様は、人間にモノを教えられるくらいの犬がいたということを証明するための神話なのである。

エジプト神話のアヌビス

 当初、犬と人間の関係は良好だった。
 しかし、やがてケンカが始まった。

 人間より能力が優れた犬たちが、人間をバカにし始めたからだ。

 「お前、こんな匂いが分からないのか!」
 「俺のように速く走れないのか!」

 ある犬は、飼い主に向かって、
 「犬のように忠義というものを大事にしろ」
 なんて説教したかもしれない。

 当時、犬から諭されて心地よくなる人間は少なかった。

 そこで、哀れ、人間に意見した犬は、逆上した飼い主に惨殺されてしまうという事件があちこちで起きるようになった。
 その後、犬たちの間で 「言葉がしゃべれないことにしておこう」 という回覧が回ったと思われる。

 それでようやく、犬と人間は仲良く共存共栄するようになった。

 「ほら、チロがあなたのことを頼もしそうに見ているわ」
 「いや、君がきれいなので見とれているのさ」
 「チロが言っているわよ。 “私はこの家に飼われて幸せです” って」
 「そうか、ご褒美にチーズを一切れあげよう」

 かくして、犬が沈黙しているおかげで、その家庭は幸せになり、犬も得をする。

キャンカーの中のクッキー

 犬との会話を成り立たせようという、いろいろな研究が進んでいるという。
 止めた方がいいように思う。
 それは犬の平和を乱すことになりかねない。
 彼らは、人間が犬の立場になって感情移入するからこそ可愛がってくれていることを知っている。

 犬と会話が交わせるようになったら、各家庭で、夫婦ゲンカと同じ頻度で、飼い主と犬のケンカが始まるかもしれない。

 「いつまでもオレに赤ちゃん言葉使うなよ」
 「トイレ用のシートは、1回ごとに変えてくれない? 不潔でしょうがない」
 「何このエサ? 犬には賞味期限の切れたエサを平気で与えるわけ?」

 不況の時代に、ストレスが溜まっているのは人間ばかりとは限らない。
 犬だって、言いたいことはいっぱいあるだろう。
 だから犬にしゃべらせる前に、人間が、犬の気持ちを察してあげることが大事なのだ。

 犬の幸せをみんなで守ろう。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:51 | コメント(2)| トラックバック(0)

カツカレーの憂鬱

 昼飯にカツカレーを食った。
 カレーを食いたいと思っていたのだけれど、なんとなくメニューの隣りに、うまそうなカツカレーの写真が載っていて、ついついそっちを頼んでしまったけれど、結局、あまり幸せじゃなかった。

カレーを食うイラスト

 実は、今日に限ったことではなく、いつもそうなんである。

 なぜなんだろう。

 昔からカツカレーというものに、あまり感激した記憶がない。
 よく食べるのだけれど、食い終わって後悔することの方が多い。
 
 カレーは好きだ。
 トンカツも大好き。

カツカレー

 だから、カツカレーって、感激が2倍になってもいいように思うのだけれど、案外そうじゃない。

 きっと、 “頭が固い” からかもしれない。

 モノを食うってことは、舌が感じる味覚を、脳が整理して、 「うまい」 とか 「まずい」 とか判断するのだろうと思うのだけれど、私のガンコな脳は、カツとカレーが同時に舌の上に乗ったとき、 「こりゃカレーじゃねぇ」 と脳が判断し、 「じゃカツか?」 と気持ちを切り替えたときに、今度は 「こいつはカツじゃねぇ」 と判断してしまうらしいのだ。

 そのため、カレーなのかよ? カツなのかよ?
 ……と、脳が迷っているうちに、いつの間にか食べ終わってしまって、結局、どちらを食ったのか分からないままにレジで勘定を払うというハメに陥ってしまう。

 知り合いにその話をしたとき、
 「あれはカツというトッピングの乗ったカレーなんであって、ラーメンの上にチャーシューが乗っているように食べればいいんだ」
 と諭された。

 どうやらそれが世間の常識のようなのだが、やっぱり自分の舌は、そういう意見に対して 「うん」 といわない。
 そこで、仕方なくカツの方にはソースをかけて 「カツライス」 として食べ、カツが片付くと、今度は 「カレーライス」 として食べるという2段構えの食べ方になる。

 そうなると、悲しいことがひとつ起こる。
 カツカレーのルーには、何も入っていないことが多いのだ。
 
 カレーだけ頼むと、たいていビーフかポークか、肉片のようなものが入ってくるのに、カツカレーの場合は、そういう肉片を添えない店がけっこうある。
 統計を取ったわけではないが、実感として、80パーセント近くは、そういうルーを出す店で占められているような気がする。

 「カツっていう贅沢なトッピングがあんだから、他の肉は要らないだろ?」 っていう店の傲慢さが、そこに表れているようで悲しい。
 せめて、普通のカレーに肉片を三つ付けるのだったら、カツカレーには、肉片をひとつぐらい付けてもいいように思う。

 同じように、ラーメン屋でチャーシューメンを頼むと、普通のラーメンに入っているシナチクとか、ナルトなんかが省略されることが多い。
 良心的な店は、普通のラーメンに入っているシナチクの量を若干減らしながらも、それでも二つ三つは入れている場合もあるが、傲慢な店のチャーシューメンには、それすらない。
 チャーシューとネギだけという店もあった。

 お客はチャーシューメンを頼むときは、「ラーメン + チャーシュー」 を期待して注文するのである。
 つまり、ラーメンの基本骨格をしっかり貫いた上で…、(東京ラーメンの場合は、まずシナチク、チャーシュー1枚、海苔、ナルト、場合によってはホーレンソウ、時にはワカメ)

東京風ラーメン

 そこにチャーシューの量が増えるから、贅沢な気分にひたれるのである。
 なのに、チャーシューとネギしかないチャーシューメンを出されると、騙されたような気になって悲しくなる。

 最近は悲しい食堂が多い。
 こんな日本になって、はたしていいのだろうか。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 15:16 | コメント(4)| トラックバック(0)

空中浮遊

 「気力」 の元は、やはり 「体力」 かもしれない。
 木曜日…もう3日ぐらい前のことだけど、夜になって、ものすごい悪寒に襲われた。
 当日は、 「今日はポカポカ春の陽気です。昼間は上着もいらないでしょう」 なんていう天気予報に騙されて、いつもより軽装で出勤したんだけど、家を出た瞬間、 「寒いぜよ」 と思ったが、そのまま気にせず会社に向かった。

 昼になって、太陽が中天に上がってからも、ぜんぜん身体が温かくならない。
 夜になると、ますます身体が冷えて、退社後、暖房の効いた電車の中で震えだしてしまった。
 
 帰宅後、夕飯を食う気力もなく、布団の中にもぐり込んだのだけど、布団がまったく体温で温まらない。
 珍しく夜の11時には寝たんだけど、その後、2時間も3時間も、寒くて眠れないのだ。
 とんでもない高熱が出るんだな…と覚悟したが、熱が出る気配もなく、ただただ底意地の悪い悪寒が続くだけ。
 
 金曜日にどうにか出社したものの、熱もないのに身体が空中を浮遊している感じで、昼から病院に行った。
 インフルエンザの検査をしてもらったが、結果は陰性で、熱も37度ぎりぎりの微熱。

 お医者さんの見立ては、 「ただの風邪でしょう」 ということで、風邪薬を5種類ぐらい調合してもらって早退した。

 薬を飲んで、早々と布団にくるまったら、 (薬のせいもあるのだろうけれど) 今度はいくらでも寝られてしまう。
 今までは、だいたい5時間ほど寝ると目が醒めてしまうのだが、寝ても、寝ても、まだ眠い。
 そんな感じで、日が昇り、日が沈み…。

 「これだけ寝りゃ、もう体力も回復しただろう」
 と思って起きると、やはり空中を漂っているような頼りなさが身体全身を包む。
 足が地面に着いている感じがしない。
 おう、こりゃ “空中浮遊” ってやつかいね…ってな感じなんだな。

入道雲2008

 廊下を歩いていても、まるで、雲の中を漂っている気分だ。

 仕事をする気力もないんだけど、ブログなどを書く気力もなく、パソコンのスイッチを入れても、画面操作する意欲も湧かなくて、仕方なく布団の中にもぐり込んでしまうと、また、いつの間に寝ている。

 日曜日の朝になってベッドから起き上がったら、ようやく 「地に足が着いた」 心地がした。
 
 ここのところ寒暖の差が激しい気候が続いている。
 春先の気候はそういうことが多いけれど、今年は特に 「暖かい日」 と 「寒い日」 の入れ替わりが激しいという。

 皆さまも、体調管理に気をつけましょう。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 09:44 | コメント(4)| トラックバック(0)

女主人の帰還

 病院からカミさんが帰ってきた。
 …といっても、外泊許可が出たというだけである。
 前回の外泊許可が出たのは正月だったから、3ヶ月ぶりの帰還ということになる。

 いつもなら終電まで残業するか、会社に泊まりこんで仕事をする時期なのだが、金曜日は都内の取材を終えてからすぐ帰宅し、風呂を洗って、床を掃除し、ゴミをまとめて…。

 なにしろ、白血球が足りないため、ウイルスなどの感染がいちばん怖い。
 土曜日は、朝から布団を干し、日光消毒して、枕には洗い立てのタオルを巻く。
 床は二度も雑巾がけをする。
 犬は近づけないように、ケージに入れる。

 自分も風呂に入って、目玉を抜いて、そこから水を流し込み、いちおう頭蓋骨の中まで洗浄する。
 首は、ネジを外して胴体から取り外し、内臓も二度ほど洗剤で洗った。
 肺は煙草のタールで真っ黒だったので、タワシで擦ってみたが、あまりきれいにならなかった。

 病院に迎えに行くと、カミさんはすでに支度をして待っていた。
 4ヶ月にわたる闘病生活で、 「10㎏痩せた」 という。
 「いいダイエットになったな」 と小突くと、 「念願の10㎏減をついに達成!」 と明るく笑って返してきた。
 だいぶ調子を取り戻したようだ。

 タクシーで家まで戻る。
 家が近づくと、 「なつかしい景色…」 だという。
 3ヶ月という期間は、見慣れた景色すら “なつかしい” ものに変えてしまうものなのかもしれない。

 犬が牙をむき出して吼えるかと思ったら、まだ女主人の顔を覚えているらしく、尻尾を振っている。
 本当なら、腕を伸ばして抱き上げてやりたいのだろうけれど、犬の持っているばい菌を警戒してか、遠くから顔を見るだけ。
 それでも、犬と女主人はなんらかの心の交流をしたようだ。

 「ラーメンが食べたい」 という。
 即席ラーメンを作ってやろうと思ったが、ラーメン屋の麺を食ってみたいらしい。
 「自転車に乗れるかどうか、試してみたい」
 というので、二人で自転車をゆっくり漕いで、駅前まで出る。

 ところどころ、桜が満開。
 その下を、春の風に吹かれて、通り過ぎる。

桜満開001

 ときどき、自転車を漕ぐのを止めて、桜を見る。
 まだ、ずっと漕ぎ続ける体力がついていないらしい。

 「ラーメンって、こんなにおいしいものとは…」
 と笑うカミさんの顔を眺めながら、自分は長崎ちゃんぽんを食う。

 本当に、少し痩せたようだ。
 でも、不健康な感じではない。
 2ヶ月ぐらい前なら、ラーメンの脂の匂いをかいだだけで、顔をそむけていただろう。
 食欲がだいぶ戻ったようだ。
 退院も近いのかもしれない。

 夜、カミさんが隣り部屋のベッドにもぐりこんだ後、テレビを見ながら酒を飲んだ。
 いくらでも酒が入っていく。
 頭の中から、仕事のことがパァーッと飛んでしまった。

 明日の朝、カミさんに何を食わせてやろう。
 考えたのは、それだけだった。


  
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:07 | コメント(12)| トラックバック(0)

場末

 「場末」 って、好きだ。
 BASUE……

 今、この言葉はどれほどまで機能しているんだろうか。
 ひょっとして、もう 「死語」 なのかな。

 若い人は、もうこういう言葉を知らないんじゃないか?

 「街の中でも、目抜き通りから少し外れた、さびれた場所」
 …っていうような意味なんだけど、色としてはくすんでいて、カタチとしては崩れていて、音としては歪んでいて、照明でいえば、蛍光灯じゃなくて、もちろんLEDなんかじゃなくて、 「裸電球」 という感じ。
 男が立ちションベンしていても、誰もとがめない場所…っていうのかな。

 「白い幻想」 とか、 「チャコの店」 とか、 「ムーランルージュ」 なんていう看板掲げた古めかしいスナックが並んでいて、いずれもスツールに5人座れば満席となるようなカウンターの奥で、化粧の濃い60過ぎぐらいのおばあさんが、物憂そうに煙草を吸いながら客を待っている感じ。

 いいよねぇ。
 オレ、そういう場所がこの上もなく好きなの。

 で、ときどき男だか、女だか分かんねぇ化粧の濃い女装の人間がドアの外で客待ちしていてさ。
 「兄さん、1時間2千円でいいから、飲んでかない?」
 とか、声かけられてよ。
 「千円しかねぇよ」
 …とでも言おうもんなら、
 「バカやろー、金のねぇガキがうろうろする場所じゃねぇよ!」
 とか怒鳴られたりね。

 昔は、そんな場所でよく飲んだ。
 隣りには、シワシワのスーツに折り目の消えたスラックス履いたサラリーマンがさ、カウンターに頬つけて居眠りしててよ。
 「ショーちゃん、もう朝の5時だよ。このまま会社いくんかい?」
 なんてママさんに小突かれたりしててさ。

 そんな場所が街から少しずつ消えていって、どこもかしこも清潔になっていって。
 街がどんどんつまらなくなって。

 で、この前、ちょっと用事があって、東京の新宿に出たのよ。
 少し時間があったから、久しぶりに、昔さまよっていた場所をうろうろしてたらさ、どこか 「場末感」 の漂う一角が、まだあんだよね。

 「国際劇場」 という映画館が残っていてさ。
 “ポルノ映画” やってんだよ。
 「アダルト」 じゃなく、昔なつかしい 「ポルノ」 だよ。
 「ラーメン博物館」 じゃねぇけれど、こりゃ一種のテーマパークだな…と思った。

昭和館001

 今さ、パソコンで無修正画像が見られるような時代に、いったいどういう人が入るんだろう…って、しばらく立ち尽くしてしまったよ。

 入っていく人は誰もいなくて、出てくる人も誰もいなくて。
 階段の奥は、しんと静まりかえっていてさ。

昭和館002

 なんか、 「幻の映画館」 っていう感じで、中に入ると、もう映画なんてやってなくて、妖精や妖怪がパーティでもやってんじゃねぇの?
 …って、無類に想像力を刺激されてしまった。

 この 「国際劇場」 の方には入ったことはないけれど、東映のヤクザ映画をやっていた 「新宿昭和館」 の方にはよく通った。
 「仁義なき戦い」 シリーズなんてのは、みんなそこで観たんじゃなかったかな。
 30年以上も前の話だけど。

 うだつの上がらないサラリーマンたちがさ、誰も待っていない家に帰ってもしょうがねぇ…ってんで時間をつぶしているような映画館でさ。 (オレもその一人なんだけど)

 みんな前の席に足を乗せて、寝そべるように画面を見てんのよ。
 「禁煙」 なんて表示が意味もないくらい、館内には煙草の煙が充満していてさ。

 松方弘樹も、小林旭も、文太も、室田日出男も、みんな暗いつややかな声で、アウトローの生き様を歌うのよ。
 そんな声に惚れたね。
 
 で、映画がハネると、 「元気」 もらって、近くの居酒屋で一人でコップ酒あおってさ。
 
 そろそろ終電だ…ってんで店を出て、ホテル街の方に消え行こうとしている男と女の背中を見ながら、一人駅の方に向かって。

新宿「千種」
 ▲ 昔よく通った居酒屋。まだあったんだね 

 この前、久しぶりに 「国際劇場」 のあたりをうろうろして、そんな時代を思い出した。

 昔からそういう街を歩くのが好きなの。
 「ワイルドサイド」 …っちゃ少しおおげさだけど、 「Take a walk on the wild side」 って、ほらルー・リードが歌うじゃない。
 あんなニューヨークのようにカッコよかねぇけどさ。
 新宿の一角には、どこか和風のワイルドサイドが、少しだけ残ってんのね。 

 日なたに出ると、日光で殺菌消毒されちゃいそうな男と女が闇に消えていくような街って、いいよね。

▼ ルー・リード 「ワイルドサイドを歩け」



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

春の夜風

 春の夜風は、なまめかしい。
 なまめかしい、とは 「艶かしい」 と書く。

ヘビ使いの女(ルソー)

 女性の性的な魅力を表現するときに使われる言葉だ。
 「色っぽい」 の同義語として使われることが多い。

 しかし、春の夜風にまぎれ込む 「なまめかしさ」 には、もっと根源的な、生きることの “狂おしさ” みたいなものが潜んでいる。
 たぶん、冬の間に生命のタネを胚胎していた生物たちが、気温の上昇とともに、新しい命として “うごめき出す” 気配のようなものが、立ち昇ってくるからだろう。
 
 命の形をとる前のものが、ようやく 「命」 という形をとろうとするときに生まれる、無音のざわめき。
 それが 「なまめかしさ」 の正体のような気がする。

 だから、落ち着かない。
 吉兆のしるしか、それとも凶事の前ぶれか。

 ひとつの種の誕生は、別の種の死滅を意味することもある。
 新しく生まれる生命が、この世に何をもたらすのか、それは誰にも分からない。

 何かが生まれ、じっとこちらを見ている気配。

夜のSA002

 春の夜風に吹かれていると、風の向こう側に、何億年という虚無の闇を突き抜けて、ようやくこの世にたどり着いた 「命」 がたたずんでいる気配がある。

 胸騒ぎがする。
 そういう夜は、闇夜にぼんやりと浮かぶ飲み屋の赤提灯が、奇妙に恋しい。

大阪の夜の飲み屋

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:07 | コメント(4)| トラックバック(0)

希望

 われながら、変なタイトルを付けてしまったな…と思う。今日のブログタイトル。

 でも、ふと思ったのだけれど、今の日本人が失ってしまったのは、この  「希望」 という言葉ではないか…という気がするのだ。

荒野の雲

 小学校の作文のテーマじゃあるまいし、今さら 「希望」 なんていう言葉は、こっぱずかしくて口に出せないよ…っていう人はけっこう多いように思う。

 政治も、経済も、教育も、個人の私生活だって出口の見えない迷走状態を続けているような今の日本で、具体的な解決策を掲げもせずに、 「希望」 なんていう言葉を口にするのは、どこかそらぞらしい……
 そう思う方が自然であるように感じる人が大半であるかもしれない。

 でもさ、それは 「希望」 という言葉に、何か 「明るい未来」 が待っているというイメージを持ってしまうからそうなんであって、それは本当の意味での 「希望」 とは違うんではないか?

 「希望」 って、 「希 (まれ) 」 を 「望む」 ってことだろ?
 つまり、めったにないもの観ようとすることだろ?
 要は、先が明るいかどうかなんて分からない “場所” に、跳躍してみようということだろ?

 そう思うと、 「希望」 ってのは、ただポカンと口を開けて 「明るい未来」 を待っている…という意味とはまったく違う言葉なんだよね。

 それは 「決意」 を意味する言葉であって、静観しているだけでは生まれないものを求めるということなんだよね。

 はっきりいうと、それは 「絶望」 を主体的に引き受けるという意味でもあるわけ。
 つまり、 「どうせ何やっても無駄なんだから」 という絶望的な境地から、 「無駄でもやってみよう」 という、さらなる絶望を覚悟する、地獄への跳躍をうながす言葉なのね。

 だから本当は恐ろしい言葉なんだよ 、「希望」 ってのは。
 リスクのあるところに飛び込むっていうことだから。

 パンドラの箱を開けてしまったら、 「疫病」 「悲嘆」 「欠乏」 「犯罪」 など、人間に害をもたらすあらゆる災いが飛び出してきて、あわてて箱を閉めたら 「希望」 だけが残ったという話がある。
 有名なギリシャ神話だけど。
 
 最後に 「希望」 が残ったことで、この逸話を、人間の愚かさの寓意としてとらえる解釈が一般化しているけれど、本当は、いちばん恐ろしいものが残ったということなんだよね。
 
 「希望」 は盲目的なジャンプなの。
 その先が地獄か天国か。
 跳ぶ人間には分からないわけ。

 だけど、跳ばないことには、何も始まらない。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:31 | コメント(6)| トラックバック(0)

世紀の大渋滞

 ハマっちゃったよ。
 大渋滞。
 まさか、津波が来るなんて思わなかったものな。

 名古屋のRVショーが終わった帰り、東名の富士-清水 IC 間が通行止めだという表示が出ていたにもかかわらず、 「すぐ解除されるだろう」 と軽く見たのが甘かった。

 「東京方面へは中央高速をご利用ください」
 という表示も出ていたけれど、無視した。

 真っ直ぐ自分の家に戻るのなら、中央高速に乗るべきだったのだ。
 しかし、重いカメラバッグを抱えたまま、月曜日の朝に通勤電車に乗るのがいやだったので、せめて、カメラバッグだけ会社に寄って下ろそう…と、横着したのがアダになった。

 名古屋キャンピングカーフェア2010
 ▲ 名古屋キャンピングカーフェアは大盛況…だったけれど…

 東名の牧ノ原SAに着いたのが夕方6時頃。
 SAの食堂ではみなテレビの前に集まって、津波情報を必死に見ている。
 コンセルジュ (案内場) の前にも人が殺到していて、通行止めの情報を聞き出している。

 「国道52号線を使って迂回してください」
 と、案内嬢はいうのだけど、どうやらとんでもない山道を走らされるようだ。

 「どんな道なの? どのくらい時間がかかるの?」
 と訪ねる人たちに、
 「1時間半ぐらいです。国道52号線は分かりやすい道です」
 …だという。

 「しょうがねぇから、それを走るか…」 と、ソフトクリームをなめなめ、クルマに戻って、ガソリンスタンドで燃料を入れる。

 「下道に降りると、どのくらい時間がかかるんですかねぇ?」
 と、ためしに燃料を入れてくれたオジサンに聞くと、
 「旦那さん、止めた方がいいよ。あんな道は (地元の) 私らだって通ることがないもん。とんでもない山道だし、迷うこともあるだろうし、急ぎじゃなかったら、通行止めが解除されるまで待った方がいいよ」

 おやおや。どっちの言葉を信じたらいいんだ? 

 行けるところまで行くか…。
 と考え直して、再び東名に乗ったら、案の定、日本坂PAの前あたりから、どのクルマもパッタリ動かなくなった。

 迂回路に降りる富士ICまでたどり着くこともできない。
 30分ほど、運転席に座って音楽を聴いていたけれど、どうすることもできないので、路肩にびっしり詰まっているクルマの中に、かろうじて割り込ませてもらい、バンクに昇って寝ることにした。

 1時間ぐらい寝て、目が覚めても、さっきと同じ状況。どのクルマも同じ位置に止まったまま、微動だにしない。

 しょうがねぇから、12Vの電子レンジを使って、真空パックのシューマイを温めて夕食。

 それからオシッコ。
 カセットトイレを掃除するのいやだったので、4日間外のトイレを使っていたけれど、ここまできたら車内のトイレを使うしかない。
 やっぱキャンピングカーは便利だな。

 ようやく動き出したのが10時半ぐらい。
 会社に戻ったのが深夜の2時半だった。

 で、今、久しぶりにパソコンを開いて、名古屋ショーで撮ってきた画像を落とし、ついでにこのブログをちょこっと書いて、今4時

 さぁて、家に帰って風呂にでも入るか…。
 深夜だから、1時間ぐらいで着くだろう。

 やだなぁ、あと6時間ぐらいしたら、また、会社のこの席に座っていなければならない。
 疲れたなぁ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

夜の妄想

 幕張ショーが開かれたメッセ9号館の裏手の駐車場に、深夜の2時頃戻る。
 そこに止めておいた自分のキャンピングカーの中で寝るためだ。

 親しい人たちと居酒屋でさんざん飲んで、ついでに、彼らの泊まるホテルの大浴場にちょっと入らせてもらって、夜道を帰るときには、もうすっかり酔いも醒めている。

 片道2車線の広い道路は、遠くまで見通せるというのに、視界に入るクルマの姿は1台もない。
 天を突くばかりの高層ビルには、明かりの漏れている窓もあるが、人の影は見えない。

夜のビル001

 舗道を照らす街路灯は、やたら煌々と明るい光を投げかけるが、その下を通る犬一匹いない。
 パビリオンの入口には、小さな守衛室があるというのに、ガードマンの姿が見えない。

 光はあるが、音のない世界。
 鮮やかな都市の姿をとどめながら、空漠とした荒野の静けさに満ちた街。 
 
 死に絶えた未来都市の風貌を持つ深夜の幕張は、ビルそのものが巨大な墓碑となる。

 自分のキャンピングカーに戻り、鍵を回して中に入ると、今日も人の姿を求めてさまよいながら、結局誰にも会うことのなかった “地球最後の人類” になったような気分になる。

 食料はまだ少しある。
 水もある。
 ガソリンも、もう少し残っている。
 だが、それもあと何日持つことやら。

 明日陽が昇ったら、もう少し南へ下ってみよう。
 せめて、魚が泳いでいる海か川にでもたどりつけるように。
 そこには、まだ生き残った仲間がいるかもしれない。

 ……なんていう妄想を頭に浮かべながら、冷蔵庫からウィスキーのミニボトルを取り出して、寝酒をあおる。

 ダイネットの窓から見える街路灯が、凍った光を舗道に落としている。
 時が止まったように見える。

 ひとつ気づく。
 「光」 とは、 「時」 の死骸なのだと。

 死に絶えた 「光」 を見ていると、FFヒーターの噴出し口から昇る温風にも、どこか首のあたりを刺す冷たい刃の感触が交じっている気がしてくる。

夜の街路灯010

 この怖さは何なのか。

 昔、各地のキャンプ場を取材しながら、山道の路肩などにキャンピングカーを止めて寝ていた時代があった。
 ヘッドライトが照らす一角だけが、唯一の 「世界」 で、それ以外はすべて漆黒の闇。
 周囲がどんな場所かも分からないようなところで寝るのは怖かった。

 闇は、人間の妄想をたくましくする。
 視界の届かない闇の奥で、魑魅魍魎がうごめく気配を察することもある。

 何かが 「いる」 という怖さ。
 人の思考も届かぬような闇の底で、何かが息を潜め、こちらをうかがっているという怖さ。

 あの感じも怖かったけれど、何も 「いない」 という怖さに比べると、まだ心が安らぐ。
 邪悪なものか聖なるものか知らないけれど、少なくとも、それと拮抗して、対決しようとする自分の存在を確認することができる。

 しかし、何も 「いない」 世界と向き合うことは、自分も 「無」 になっていく感じがする。

 ダイネットの明かりを消して、バンクに這い登る。
 
 最後の夢をみよう。
 そして、まだ地球に、花と緑が息づいていた時代を思い出すことにしよう。

 ……ってなことを妄想していると、キャンピングカーの中で一人で過ごす夜にも退屈することがない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:54 | コメント(0)| トラックバック(0)

連夜の宴会

 飲んだくれた4日間でした。
 毎晩ね。

 千葉県の幕張で開かれた 「キャンピング&RVショー2010」 。
 その車両搬入日から最終日まで。
 夜は連日宴会。

 そして、深夜に、幕張メッセのプレス用駐車場に止めたわが “コマンダーホテル” に戻り、そこで毎晩 「バンクで独り寝」 。

 本当は、 「幕張ショー」 の速報をお届けしなければならない…と思いつつ、まだ取材メモもまとめてないし、画像の取り込みも行っていないので、まぁ、今日もヨタ話でゴメンです。

 ショーそのものは、近年まれにみるほどの、すっごく充実したショーでした。
 
 “目を見張るような新車がいっぱい!”

 …というわけではないのですが、どの開発車両にも、はっきりした哲学があり、時代のニーズに対する見事な提案があり、 (怒られるかもしれないけれど) 「東京モータ-ショー」 よりすごかったよ。

 のきなみEV化、ハイブリッド化で、 “未来社会への提案” を画一化してしまった 「東京モータ-ショー」 よりも、 「キャンピング&RVショー」 の方が、 (技術力としてのレベルや、マーケティング戦略などは大メーカーにまったく及ぶべくもないけれど) 、提案の幅は、逆に広いと思った。
 
 少なくとも、クルマが人間に与える “幸せ” という意味で、しっかりした具体性があった。

 「オレが関わってきたキャンピングカー業界ってすごい!」
 …そんな手応えがあった。

 やっぱり、夜は飲まずにはいれらないじゃないですか。

 で、連夜、声をかけてくださった業者さんたちと、場を変え、人を変え、もう飲んじゃいましたよ。
 海浜幕張駅近くのビルに点在するあっちこっちの居酒屋でね。

 熱いんだよね、そこで繰り広げられる議論が。

 技術屋と営業の間に買わされるマーケットをめぐる議論。
 古くから業界にいる重鎮と、新入り業者の間の、車両開発の安全性をめぐっての討論。
 社長と社員の間に交わされる、ときに “タメ口” になってしまう自社製品の位置づけにおける白熱した議論。

 聞いているだけで、こっちも燃えてくるもんね。

 つくづく、 「オレ、こんな仕事をしていて幸せ…」 と思ったもんね。

 取材メモの整理がついた段階で、少しずつその成果を披露したいと思っています。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:50 | コメント(2)| トラックバック(0)

義理チョコの悲哀

 もうすぐバレンタインデーやね。
 そんなもんが気にならない年になって、もうずいぶんになる。

 なにしろ、仕事場の周辺に、いわゆる “女性” というものの姿が見えなくなってから、何年も経った。
 「編集部」 といったって、編集員は自分一人なので、義理チョコ、義務チョコとも縁がない。

 カミさんは、昔からチョコレートなんかくれたことがない。
 犬は、……メス犬には違いないけれど、そもそもチョコレートなど食べたことがないから、その存在すら知らない。

チョコレート001

 最後に義理チョコっぽいものをもらったのは、やはりもうずっと前だけど、幕張メッセで開かれた 「キャンピング&RVショー」 の会場ではなかったか。

 会場で出会った広告系の仕事をしている女性から、
 「あ、そういえば、チョコが一つ残っていたから、町田さんに渡してしまえば、荷物がなくなる」
 …ってな感じでいただいたのが最後だったかな。
 うれしくいただきましたけれど。

 そんなわけで、バレンタインのチョコとは、昔から縁の薄い人生を送ってきた。

 私のような “モテる男” というのは、昔から女性同士が牽制し合ってしまうから、案外、バレチョコはもらえないことが多いのだ。

 高校時代なんか、私にチョコを渡そうと思っていた女の子がいっぱいいたはずなのだが、そういう女性はみなライバルを警戒しすぎて、お互いに牽制しあい、とりあえず、その場を通りがかった男の子に渡しちゃうために、結局、 “本命” であるはずの私のところには一つも来ない。

 で、たまりかねて、ちょっと気になっていた女の子に、 「オレの分はないの?」 と聞いてみたこともあったが、彼女は、たぶん一番好きだった私に、突然声をかけられたことでドキドキしてしまったのだろう。
 自分でも思ってもいない言葉を口にしたようであった。

 「ごめんね、町田君の分は忘れてた……。来年きっとね」

 そうか、本命の男性に声かけられちゃうと、どんな女の子も恥ずかしがって、つい心にもないことを言っちゃったりするよね…などと思って、その場を立ち去ったけれど、よ~く考えてみたら、それが高校生最後のバレンタインデーで、 「来年」 はないことに気がついた。

 私にとっては痛恨の出来事だったが、彼女にとっても一生の悔いとして残った事件であったろう。

 もっとも、私の存在など、相手は最初から気にしていなかったことも考えられ、彼女のとっさの言い逃れだった可能性も捨てきれないので、真相は謎。
 私の 「青春3大ミステリー」 のひとつになっている。

 ところで、義理チョコという習慣が生まれたことに対して、女性たちはどう思っているのだろうか。
 無駄な出費とメンドーな対応が増えただけで、もううんざり…と思う人も多いのではなかろうか。

 私が女性だったら、義理チョコってすご~く面倒くさいように思う。

 「あ、ありがとね。その気がない男に配るのって、けっこうイヤなもんだよね。でも、うれしいな。
 だけどさ、さっき河合に渡しのは、ちょっと大きめのハート型だったけれど、僕のは、ただの四角い銀紙でくるんだだけのヤツで、小倉に渡したのと同じだよね。
 僕とか小倉はさ、 “義理チョコグループ” ってわけなんだよね。
 でも、いいの、いいの。
 そういう西村さんの優しい気持ちに触れるだけでさ、僕なんか癒されるのよ。……へへへ」

 とかいう男性を相手にしていたら、渡す方も疲れるだろうな。
 
 だから、私は、もし、義理チョコを渡すために部屋に入ってきた女性がいたとしたら、こう対応することにしている。

 「町田部長……」
 「いや、分かっている。気持ちはうれしい。だけどね、僕は糖尿病の身だし、もう甘いモノに魅力を感じなくなったし、その気持ちだけを受け取らせてもらうよ」

 「いいえ、そんなこと……」
 「いや、分かってる。君の優しさも分かっている。ありがとう」

 「あの、町田部長……」
 「だから好意だけ受け取らせてもらうよ」

 「町田部長! あの、お客様がお見えなんですけど!」


 ま、取り次ぎの女性がいるような仕事場でもないし、来客も滅多にないので、そんなこともありえないだろうなぁ。

 義理チョコのない世界は、気楽でいい。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:04 | コメント(2)| トラックバック(0)

ツィッター

 最近よく耳にする 「ツィッター (Twitter) 」 。
 これがよく分からん。

 マスコミが話題にしているのを見ると、今や、 「あなたの周りの人間はみな始めてますよぉ~」 ってな言いっぷりなんだけど、ごくごく少ない私の “周りの人間” に聞いてみたら、一人もそんなことを始めていなかった。

 もっとも、私が日常的に接している人たちというのは、病院で冬眠しているクマと、いま介護施設に入っている義母と、犬だけなので、彼らはそもそもインターネット以前の生き物だから、参考にならない。

 では、電車に乗っている人たちはどうなんだろう?

電車の中001

 どうやら、携帯電話からでもできるらしいので、きっとみんなやっているんだろうなぁ…と思って、通勤電車の中で、携帯 (っぽい機器) をピコピコしている人たちのモニターを、そぉっと覗き込んだりするが、たいていゲームをやっていて、ツィッターとはほど遠い感じだ。

 すこーし知ってそうな会社の同僚に尋ねみたら、
 「140字までの “つぶやき” ですよ」
 と教えてもらった。

 なんだよ? それ…

 こういうときは、Wikipedia に頼るしかないんだけど、それを読むと、
 「個々のユーザーが 『ツイート (つぶやき) 』 を投稿することで、ゆるいつながりが発生するコミュニケーション・サービス」 って、まず最初に書かれているんだけど、 “ゆるいつながり” という意味が、よく分からん。

 「君、だれ?」
 「通りすがりの者です」
 「じゃ元気でね」

 …そんなことなんだろうか?
 
 ウィキをもう少し読んでみると、
 「例えば 『ビールが飲みたい』 というつぶやきに対し、それを見たユーザーが何らかの反応をすること」
 …ってあるんだけど、どういう反応なのだろう。

 もし、私が誰かのツイートを受け取り、 「ビールが飲みたい」 って言われても、
 「あ、そう」
 「勝手に飲めば」
 の二つの反応しか思い浮かばない。

 もしそこで、こっちが 「いいねぇ! 」とか言ったとして、 「あ、じゃご一緒しましょう! 今どこ? …当方、25歳で、友だちからは綾瀬はるかに似ていると言われます」 なんて返事が来たら、まず最初に 「怪しい!」 と思うだろうし。

 で、ツィッターの特徴は、 「リアルタイム性にある」 っていわれるんだけど、普通に仕事している人が、 「オレ、いま決算報告作成中。もうすぐ完了」 とか、そんなにしょっちゅう “つぶやく” 時間があるのだろうか。

 分からないなりに想像するに、まず私が思うのは、 “ウザいなぁ…” ってこと。
 「神田××町の角のコーヒー屋は、雰囲気がよくって、とってもおいしい」
 とか、誰かにつぶやかれても、…そんなところに行くことも滅多にないしなぁ…と思うのが関の山なんだけど、そういうもんでもないのかしら?

 きっと私なんかの古い感性では理解できない面白さってのがあるんだろうな。
 そういう形で人と人がつながるって、もしかしたら、とっても素敵なことなのかしら。
 人と人が 「心を通い合わせる方法」 ってのが変ってきているのかしら。

 ツィッターは何が面白いのか。
 ツィッターは今後ブログやHPを超えるWEBコミュニケーションツールに成長するのだろうか。
 ツィッターが普及した社会というのは、どういう社会なのだろうか。

 誰か分かっている人、教えてくんない?


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(7)| トラックバック(0)

ウルフボーイ

 ちょっと “カミさんの入院ネタ” が最近多くなりすぎてしまった。
 怒られた。

 「あんた、ちょっとブログで何書いているの?」
 と、今日洗濯物の交換に行ったとき、カミさんがまなじり吊り上げて怒るのだ。

 近年あまり連絡を取らなかったような人たちが、最近不意に見舞いに来たり、励ましのメールを送ってきたりするようになったのだという。
 
 いいことじゃない!
 …と思うのだけれど、

 「ご主人も、牛丼ばっかり食べていて大変ね。身体壊しちゃうんじゃない?」
 とか、みな口々に言うらしい。

 カミさんにとっては、

 「???」

 …なんだけれど、
 相手は、 「ご主人のブログに書いてあったわよ」 というのだそうだ。

 「だいたいあなたは、ウソばっかり書いている」
 と、カミさんはいう。

 はじめて会った人から、こう言われたことがあるという。

 「クマみたいっていうけれど、ぜんぜんそんなことないですよね。可愛らしい方なのに…」

 そう言われて、カミさんは、最初は 「????」 だったけど、すぐに、私のブログでは、自分が 「クマ」 と表現されていることに思い至ったらしい。

熊出没注意

 怒ったこと、怒ったこと。
 そのときは、後ろ足で立ち上がり、前足をグルグル振り回して、威嚇しながら、天に向かって吼えた。

 その恐怖が忘れられず、それから3日ほどは、家の廊下を抜けるときも、スズを鳴らしながら歩いた。

 …ってなことを書くから、また怒られるんだろうな。 

 確かに、自分でもウソが多いと思う。
 特に、私生活をテーマにしたときは、1のことを10ぐらいに誇張するし、10のことは170倍ぐらい大げさに言う。

 もともとウソつき人間なのである。
 ウルフボーイ (狼少年) なのだ。
 ことあるごとに、 「狼が来たぞぉー!」 ってウソをついて、ついに村人たちにそっぽを向かれた少年の話があるけれど、その話をはじめて聞いたとき、 「あ、オレだ」 と思った。

 でも、自分ではウソを言っているつもりではなくて、“創作活動” のつもりなんだけどね。
 つまり、ウソではなくて、ホラ。
 聞いている人が楽しければ、それでいいじゃん…っていう気分が、どこかにある。

 その手で何人オンナを泣かせたことやら。
 (↑) もちろんウソね。


 ここからは、ちょっとマジになって書くけれど、実は、業界の方を中心に、個人的なメールや電話で、たくさんの励ましをいただいた。
 また、このコメント欄に、励ましのコメントをお寄せいただいた方もいらっしゃった。

 それらをまとめてプリントアウトして、カミさんのところに持っていった。
 読んで、カミさんが涙ぐんだものもある。

 ありがとうございました。
 本当にお礼を言いたい。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:04 | コメント(8)| トラックバック(0)

家事デー

 土曜日というのは、けっこう (個人的に) 忙しい日なのだ。
 いちおう会社が休みの日なので、 “家事デー” と決めている。
 一週間分の溜まった家事を集中的にこなす。

 布団を乾して、台所の洗い物をして、シンクを磨き、何回かに仕分けた洗濯物を日に乾したり乾燥機にかけたり、古新聞をまとめて結束し、風呂の栓を抜いて湯船を洗って、その間にカミさんの病院に行って、洗濯物を交換し、病院食も飽きただろうから、ちょっとしたおかずを買って、夕方それを持って病院に…ってなことをしていると、もう夜になる。

 そんなことをしているうちに、ようやく家庭内の “コスト” というものに気づくようになった。
 恥かしい話である。

 今まで何も気にせず洗濯物を乾燥機にブチ込んでいたけれど、 「こんな天気が良いんだから、日に乾せばいいじゃん…」 ってなことに、遅まきながら気づく。

 新聞だって、朝飛び起きて、深夜に帰ってくると、まったく読まない新聞も出てくる。
 今までは、カミさんが読んでいるなら、それでいいじゃん…と思っていたけれど、今だと、誰も読まなかった新聞をそのまま捨てることに、ものすごく心が痛む。
 休みの日に集中して読む…ったって、全部目を通すわけにもいかんしね。

 暖房だって、もう一部屋でいいんだから、お昼頃の陽の光が回っている時間帯は、パソコンのある自分の部屋にはこもらず、陽の差すリビングで過ごすようになった。
 そうすりゃ、温かいから、暖房しなくてもいい時間帯が生まれる。

リゾートホテルの庭 
 ▲ リビングから見えるわが家のプール
   …ってなわけないか。 


 エコロジーってのも、結局そういうことなんだろう。
 
 「地球資源を効率的に使う社会を実現するにはどうしたらいいか」
 なんてことを、個人レベルで、机上の空論として語っていても、な~んも進展しない。
 
 社会変革を議論の俎上に乗せて、ムーブメントをつくることも大切かもしれないけれど、そういう個人が、私生活で無駄なエネルギーを垂れ流していたら、まったく意味がない。

 大河の流れを、指一本でせき止めようということに近いけれど、結局それしかないように思う。
 
 家事をすべてカミさんに任せっきりだと、そういうことに気が回らなかった。

 「オレは仕事して稼いでいるんだぞ!」
 …だから、家庭内の切り盛りはお前の仕事だろ? ってな威張った意識が、やはり自分にもあったのね。
 反省。


  
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

歯ぎしり

 すんでの所で、歯を抜かれるところだった。
 なにせ、右側の奥歯が 「物を噛むと痛い」 という状況が2週間も続き、お医者さんから、 「歯の寿命が尽きたので抜くしかない」 と言われていたのだ。

 「抜いた方が、かえってしっかり物を噛めるよ」
 といわれ、
 「はい、了解!」
 と潔く答えたものの、いざ抜く日が近づいてくるとなると、去っていく歯がいとおしくなった。

 いちおう、自分を50年以上支えてくれた大切な肉体の一部なのである。
 この間、文句ひとついうことなく、固いせんべいをかじる辛さにも耐え、煙草のヤニに汚されつつ、じっと堪え忍んできたのだ。
 なのに、 「歯なんだから、それが務めだろ」 と思っていたため、 「ありがとう」 の一言もいうことがなかった。

 ところが、いざ抜かれると思うと、だんだん 「このビスケットをかじるのもこれが最後だろう…」 などと優しい言葉のひとつもかけてやろうという気になってきた。

 すると不思議なことに、奥歯との決別が近づいてくるにつれ、 「痛み」 がなくなってきたのである。
 歯の方も、 「抜かれてたまるか」 と、ようやく一念発起して、痛みを自分だけで噛みしめて、主人に伝えないような努力を始めたのかもしれない。

 もともと、虫歯で弱くなった歯ではなかった。
 歯ぎしりしているうちに、割ってしまった歯なのである。

 人からは、けっこうおっとりした温厚な性格だと思われている私だが、実は、けっこうイライラする人間である。
 で、ストレスが溜まると、つい無意識のうちに、ギリギリと歯を擦り合わせている。

 「歯を食いしばって耐える」 といえばカッコいいが、要するに歯ぎしりの多い人間だったのだ。

 そのために、若いときは、 「縦横比」 でいえば 「縦」 が長い、江戸時代の殿様のような瓜ざね顔の骨格だったが、年をとるとともにアゴ系の骨が発達し、横幅の方がどんどん拡張していった。
 今じゃラグビーボールを地面に置いたときのような骨格になってしまっている。

 それほど、奥歯を擦り合わせて “鍛えて (?) ” いたわけだが、ある日突然、ガリッという鮮やかな音とともに、その歯が口の中で破裂した。
 びっくりした。

ガリッ!

 まぁ、大昔は虫歯になったこともある歯で、中に詰め物が入れてあるだけだから、歯そのものは薄くなっていた。
 そこに、当時としては、めっちゃストレスのかかる仕事を抱えていたため、そのプレッシャーを一身に受けていた歯が、ついにギブアップしたというわけだ。

 歯医者に行ったら、 「中高年には多いんですよ。いろいろ辛いことがあるでしょうから」 と同情された。

 で、そのとき修理した歯がまた痛くなり、いよいよ抜く日になって、歯科医の診療シートに座ったのだけれど、歯を抜く専門の先生が見るところによると (歯科医も分業制が発達してきたのだろうか?) … 「痛みがないなら抜くこともないですねぇ」 という。

 「本当にダメになるまで、騙しだまし、使ってみましょうか」
 と言われて、歯の掃除だけして帰ることにした。

 だけど、歯が生き残っても、本体の方が先にくたばる可能性だってあるんだから、どうすりゃいいのやら…

 帰りぎわに、 「顎関節症の症状を改善するために」 というチラシを渡された。
 歯よりも 「顎 (アゴ) 」 のケアをしろということらしい。

 そこには、
 ・ 「歯のくいしばりが必要な、重い物を持ち上げる動作は避けてください」 
 ・ 「精神的な緊張の持続は、症状を悪化させることがあるので、30分ごとに緊張を解放し、リラックスすることが必要です」
 ・ 「上下の歯を常時接触させてはおくのは良くありません。絶えず上下の歯を接触させている人は、顎関節にも常に力がかかります」
 ……ってなことが記されていた。

 これは大変なことになった!
 …と、またしても歯をギシギシ擦り合わせてしまった。
 習慣となったものは、なかなか治らない。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:46 | コメント(6)| トラックバック(0)

てんてこまい

 2月12日より幕張メッセで開催される 「キャンピング&RVショー」 に間に合わせる発行物が二つ、ともに明日のデータ入稿日が重なってしまって、てんてこまい。
 今日は、近年ちょっとないあわただしさだ。

 そういうのが重ならないように、しっかり仕事の配分を考えるのが 「編集長」 の務めなんだけど、ほら、編集員は私一人だからさ。
 
 編集長の私が、 「これ、もっと仕事せんか!」 と怒鳴っても、編集員の方の私は、
 「そんなこと言ったって、腹減りましたし…」
 「今日はもう眠うてかなわんですわ」  
 ……ってな感じで編集室をエスケープしてしまう。

 そんなことを繰り返しているうちに、両方の締め切りが、じわじわと重なって、火の車。
 いつもの悪いクセなんだけど。

 あわただしい…というのは、作業量のことじゃないんだね。
 頭の切り換えポイントが増えていくことなんだね。
 作業量はそれほどでもないんだけど、異なる媒体が二つ並行して締め切りを迎えるということは、気分的に煩雑。

 ひとつの校正に目を通していると、別の方の仕事で、画像のスキャニング作業が残っていることを思い出し、古いアルバム引っぱり出して、
 「この人、若いときはパンチパーマだったんだ、へぇ…」 とか、しばらく古い写真をしげしげと見入ったりして、あ、いけね、もうこんな時間。こっちの校正があと10ページ……とかさ。

 で、このデータ入稿が終わると、もう本誌の編集作業に突入なのよ。まったなし。

 その間に、こまい単発の仕事があと二つ。
 …んわけで、新車速報やるつもりやったけれど、今日はちょっとゴメンナサイ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:28 | コメント(2)| トラックバック(0)

主夫の仕事

 例年この時期は、休日にも出勤し、場合によっては会社に泊まり込むことすらあるというのに、今年は休日には休みをしっかり取って、家にいる。
 といっても、じっとしているわけではない。

 カミさんのパジャマとか下着なんかを洗濯して、それを入院している病院に届け、代わりのものを引き取ってくる。
 メールで、 「寿司のような酢飯が食べたい」 という伝言が入れば、それを街まで買いに行き、洗濯物と一緒に届ける。
 なにしろ、極端に食欲が落ちている状態なので、 「モノを食べたい」 という連絡は、とても貴重な連絡なのだ。

 寿司を買いに行く途中で、今度は、義母が入所している介護施設から、携帯に連絡が入る。
 義母がレンタルしている車椅子がレンタル期間を過ぎて返却しなければならないということらしく、介護施設と相談して、代わりの車椅子をどう調達するか算段する。

 買い物からいったん家に戻ると、昼飯の時間。
 「少し野菜が足りないか…」 とか思って、昨日スーパーから買ってきたビニール袋に入った野菜のミジン切り袋から取り出して、肉野菜炒めのようなものを作る。

 すぐに火を通すと水気が多くなるので、洗ってからザルに入れて、少し水気を落とす。
 野菜炒めに取り掛かる前に、 「そうだ、パジャマを乾燥機にかけるだけでは雑菌が払拭しきれないだろう」 とか考えて、物干し竿にかけて日光消毒をする。

 そうこうしているうちに、息子が救援部隊として、日曜の夜にまた家に来てくれるという連絡が入る。
 ならば…ということで、夜のメニューはカレーを考えて、病院の帰りに材料を買ってくることにする。

 カレーといったって、ただの中村屋のレトルト。
 しかし、スーパーでカレー用の牛肉の角切りを買い、近くの 「オリジン弁当」 でジャーマンポテトを買って、肉とジャガイモを塩コショウで味つけをして、ルーの中に混ぜる。
 それだけで、 「レストランの味」 。
 これは私も息子も大好物なのだ。 

 頭の中が、コマネズミのようにくるくる回転していく。
 身体も敏捷に動く。
 それが、けっして嫌ではない。

 家庭内の家事をすべて執り行うというほどのことではないが、そのような 「主夫業」 じみたものをあくせく果たしているうちに、今まで会社でこなしてきた 「仕事」 というものが、いかに “抽象的なもの” であったかということが、よく分かった。

 仕事一途に邁進してきた旦那さんが、退職して家に閉じこもるようになると、現実生活の手がかりを失って、呆然としてしまう…というような話をよく聞くが、それは、そもそもサラリーマンのデスクワークというものが実生活とは縁のない抽象的なものに過ぎないのに、そこにリアリティを感じていたからではないのか?

 もちろん、会社にいるときは、そのようなことにまったく気づかない。
 むしろ、自分が日々こなしている 「仕事」 の方が、専業主婦などが執り行う 「家事」 よりも、はるかに生々しく、具体的なものであるかのように思う。

 だけど、仕事を通じて顔を合わせているような人々というのは、やはり日常生活からは遠い。

 クライアントの顔など思い浮かべて、 「いい仕事をすれば、あの人が喜んでくれるだろうな…」 とかいう具体的な手触りももちろん 「仕事」 にはあるけれど、日光消毒したふかふかのパジャマを一刻も早くカミさんに届けたというせっぱ詰まったような具体性には及ぶべくもない。

 「家事」 というものは、常に 「家族」 という人類の最小単位の共同体からはみ出ることはない。
 常に、日々肌を接しているような人間のためのものでしかない。

 だからこそ逆に、目的も、行動自体も、けっこうリアル。
 そして、相手が喜んでくれるときの表情なども、ものすごい具体性をもって、脳裡に刻まれる。

 それに比べると、全世界を相手に儲けるような仕事であったとしても、それがデスクワークの場合は、やはり文字通り机上の出来事だ。

 「家事」 というのは、それを期待してくれている人がいて、はじめて成り立つものだ。
 
 たぶん、 「家事が面倒に思えてくる」 というのは、生活エネルギーが枯渇してきたときだろう。
 「家族が喜んでくれる」 という手応えを失うと、人の生活エネルギーは枯渇する。

 家事がおろそかになっている家庭というのは、その家事を担当している人間の責任だけではないかもしれない。

 家事の恩恵を与っている人たちが、家事をこなしてくれる人のありがたみを感じないと、その家の構成員全員の生活エネルギーが枯渇するように思う。

龍馬伝ポスター

 「家事」 が一段落して、BSでNHKの 『龍馬伝』 を観る。
 いいなぁ。
 あまり期待していなかったけれど、見始めると、悪くない。
 
 弱い龍馬。
 学ぶ龍馬。
 今までのスーパーヒーローと違う龍馬がいる感じ。
 だけど、将来 “ドデカイことをしそうだ” という予兆を感じさせるシナリオ。

 NHKはやっぱりドラマづくり、うまくなったんではないか?
 昔の、アイドルだけ主役に抜擢していればこと足れりという、退屈な極彩色の絵巻物から脱皮したように思う。
 
 『龍馬伝』 、案外イケルかも。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:19 | コメント(10)| トラックバック(0)

あちこちボロボロ

 身体のあちこちで、メンテナンスを必要とする箇所が出てきた。

 会社の健康診断を引き受けている診療所から 「胆のうのを再検査する」 という通知をもらったので、その検査に行ったついでに、頑張って、 「歯科」 と 「内科」 と 「皮膚科」 にも顔を出した。
 いわば、車検整備のついでに、いろいろ疲弊したパーツを交換しておくか…という心境である。

 で、まず 「胆のう」 なんだけど、超音波検査をしたところ、どうやら胆のう内にポリープがあるらしいのだ。
 そいつが、
 「大きくなるのか、増えるのか、今のところ分からない」
 と、検査技師がいう。

 「ガンですかねぇ?」
 と聞くと、「判断するのは医師だから、先生が診て、いつの日か、また連絡が入るでしょう」 とのこと。
 
 冗談じゃねぇよ、この前大腸のポリープを取ったばかりだっていうのに。

 ま、診療所に来たついでだということで、歯科にも診察券を出して、歯を見てもらった。
 今年になってから、右の奥歯が痛い。
 モノを噛むと痛いのだが、しばらくすると、治る。
 どうやら虫歯ではなさそうなのだが、歯茎の病気だと、もっとヤバそうだ。

 で、歯科医に診てもらったら、歯の根そのものが、もう限界に来ているのだとか。
 そこは何度か治療した歯で、その歯の周辺はみな削り取られてしまい、いわばその歯だけが、田んぼの中の一本足の案山子 (かかし) 状態で、奥歯全体にかかる重みを支えてきたんだけれど、その踏ん張りにも、とうとう限界が来ているという。

 「抜いた方がいいんでしょうか?」
 と尋ねると、
 「抜くか抜かないかは、患者さん次第。この歯がそのうちどうなるのか、今は見当もつかない。飛びあがるほど痛くなる人もいれば、まったく平気な人もいるし、虫歯ではないので、痛くなければ放っておいてもいいのだけど…」
 と、なんとも、頼りないというか無責任というか…って感じのご返事。

 「先生は、どちらが正しい処置と思われますか?」
 と聞くと、
 「そのうち化膿してばい菌が入って、顔が腫れることもあるだろうから、そりゃ抜いた方がいいでしょ」
 …だって。

 そうなら、早くそう言ってよ!

 意を決して、 「抜きます!」 と宣言して、抜歯の日の予約を入れた。

 次は、皮膚科に行った。
 これは、もう慢性的に私に巣食う病魔のひとつ 「水虫」 の薬をもらうためである。
 これからは、しばらく仕事が忙しいということを理由に、強引に薬を3本出してもらうことにした。

 時間があったので、 「内科」 にも行った。
 喉がイガラっぽい。
 咳が出る。
 完全に、風邪の初期症状なので、風邪薬をもらおうと思った。

 美人の女医さんだ。
 マスクをしているので口元の感じは分からないけれど (マスクを取ったら口が耳まで裂けて…ってことはないだろうけれど) 、目元だけ見ていると、きれいな人だった。
 風邪をわざと長引かせて、もう一度診察してもらうことを心に誓った。

 そういえば、先ほどの皮膚科の先生も女医さんだったのだけれど、そのときは女医かどうかなど、まったく意識にのぼらなかったのはなぜだろう?

 診療所を出ると、夕暮れだったけれど、まだ表通りには陽が射していた。
 仕事をいっぱい抱えているのに、急に会社に戻るのが嫌になってしまった。
 風邪もひいているし、胆のうにガンを抱えているし、水虫だし、どう見ても重病人の資格は十分だ。

 スタンドカフェで、コーヒー一杯飲んで、一休みして、そのまま家に帰ることにした。

カフェのテーブル



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 09:56 | コメント(2)| トラックバック(0)

不思議な味の味噌

 夢の話なんだけどさ。
 夕べ、寝る前に、ちょっとYOU・TUBEでドラマっぽい画像を見ているうちに、そのまま眠くなって寝てしまったの。
 で、それから後に見た夢なんだけど、目が醒めてからも、しばらく変な気分でさ。

 夢の話って、本人は 「面白いだろ」 と思って人に話すんだけど、聞いている人間にとっては、それほど面白いと思わないことが多いんだよね。

 これも、そんなもんかもしんないけれど、あまりにもリアルに脳裡に刻まれているんで、ちょっと書いてみる。
 少し怖い話だけどね。

 夢の中で、自分は、どこかの海岸ばたに広がる町のジジイになっているわけ。
 で、 “みやげ物屋 兼 食堂” という店の縁台に腰掛けたまま、海を見つめながら、味噌をなめて、昼間から酒を飲んでいるの。

 食堂のつくりってのは、時代劇に出てくる 「茶屋」 の雰囲気でね。
 それが、海を見下ろす国道沿いにあって、景色はいいのよ。

 実は、その食堂のオーナーというのがオレなの。
 でも、今は引退して、悠悠自適なのね。

 孫かなんかいてさ、
 「おじいちゃん、また味噌だけで酒飲んでいる。お母さんが、いろいろなモノを食べないと体に悪いって言ってたよ」
 なんて、オレにいうわけ。

 でも、 「大丈夫じゃ、この味噌は栄養価が高いのじゃ」 とかニコニコ笑って、孫に答えているわけね。

 その味噌というのは、うちの店で開発されたオリジナル味噌で、それを考案したのはオレなの。

 それが観光客の間に、じわじわと評判になって、今じゃ大都市からもわざわざその味噌を買うために、ドライブしてくるお客が後を絶たなくて、それでオレの店は、けっこう儲かっているんだけど、でも、わざとパッケージングなんかは、昔の竹の皮かなんかで包んだものにして、 「無添加ですから購入したらなるべく早くご賞味ください」 なんてラベル貼って、売っているわけね。

 だけど、それがまた評判になって、クールボックスみたいなものまで持参してくる熱心な客が多いのよ。

 オレはそういうお客の姿を眺めながら、縁台に腰掛けて、昼間から酒飲むのが楽しみなの。


 そこで、パァッと画面が変ってさ、少年時代のオレになっているわけ。

 5人ぐらいの仲間と、味噌蔵のそばで遊んでいるんだよね。
 オレの家が持っている蔵なんだね。

 蔵の裏は、見事な竹林が続いていてさ。

竹林001

 なんでも、 「竹林の間を通ってくる風」 に味噌を詰めた樽をさらしておくと、味噌から変な匂いが抜けて香りがよくなる…っていうんだよね。
 それで、代々味噌を作っているオレの家は、竹林のそばに蔵を建てているわけね。
 (もちろん夢の中の情報だからさ、現実的な根拠なんて何もないんだけどさ)

 で、蔵の周りには、空いた樽かなんかがゴロゴロ転がっていて、その樽の上を 「竹林を抜けた風」 が優しくなでていて。
 オレの友だちは、みんな、その空いた樽かなんかにもぐり込んだりして、かくれんぼをしているわけよ。

 鬼になったやつが、隠れている仲間を4人ほど見つけて、最後の4人目がオレなのかな。

 あと1人だけが樽の中に隠れているわけ。
 その樽も、どの樽なのか見当がついているのね。

 誰かが、 「上から味噌、詰めちゃおうか」 って意地悪く笑って、目配せしたの。

 で、俺たち4人は、 「よ~し!」 ってんで、新しい樽の中に詰まっていた味噌を、最後に隠れていたやつの上からばんばん放り込んで、隠れていたやつが 「やめてよ」 って泣いても許さないで、ぎゅうぎゅう味噌を詰め込んで、出られなるくらいペタペタと押しつぶしてさ。

 そして 「へへへ…」 とか笑いながら、放っておいてしまったの。
 
 で、しばらく経って戻ってきたんだけど、味噌を押しのけて這い上がってきた気配がなくてさ。
 急いで、味噌をかき出してみたんだけど、そいつ、もう窒息死しているわけ。

 みんな、やべぇーっと思ったけど、4人とも同時にうなづきあって、この味噌樽を、蔵の中で古い樽が並んでいる場所のいちばん奥に入れちゃおうってことになったの。

 なんか怖い話でしょ。
 自分で思い出しても、いい気分じゃないものね。
 似たような少年事件が、現在でもときどき起こるしさ。

 やがて、オレは、成人して、味噌屋と食堂を継いでさ。
 そのうち、昔、友だちを詰め込んだ樽のことを思い出してさ。

 こっそりと開けてみたら、もう死体も融けてしまって、見た感じは何でもないのね。
 本当だったら、骨なんかが残っているんだろうけれど、夢だから、そんなものも、きれいさっぱり融けているの。

 指ですくって、そいつを舐めてみたら、なんとも不思議な、いい味がするんだよね。
 しかも、香りも、なんかいいわけよ。

 そのとき、はじめてさ、「竹林の風に味噌の樽をさらす」 …っていう意味が、オレにわかったの。
 ああ…そういうことだったのかァ……って。
 
 「これを売ろう!」
 と、とっさにひらめくわけ。 

 で、売り出したら大評判。
 それが、今の店の隆盛につながっているわけだけど、オレの住んでいる町では、毎年、小さな子供が 「神隠し」 に遭うって騒がれていてね。

 ま、その “犯人” ってのが、オレなわけでさ。

 目が醒めて、すぐ浮かんできたのが、この夢のことなの。

 だけど、最初はそれが夢だとは思わなくてさ。

 夕べ、怖いドラマをYOU・TUBEで観たな … なんて思いながら、しらばく寝床の中で、その記憶をたどっていたけれど、 「まてよ…」 と、ふと思って、そんなドラマ、別に観ていないじゃん…ってことに気づいてさ。

 ああ、夢か…と思ったのだけれど、嫌な気分がこみ上げてきたのは、なんだか、それがはじめて見た夢でもないような気がしてきたからなのね。
 前にも、そっくり同じような夢を見ている……。

 起きてからそう思うと、トリハダが立つように、ぞっとしてさ。
 その衝撃で、けっこうそのまま記憶に焼きついたんだろうね。
 耳の奥で、竹林の中を過ぎていく風の音が鳴っているようでさ。

 「前世」 とかいう話は、ほとんど信じていないけど、オレにもなんかあんのかなぁ。

 実際に味噌をつくっている人たちには、申し訳ないような話で、ごめんなさいね。  
  
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:07 | コメント(0)| トラックバック(0)

アイデンティティ

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 「アイデンティティ」 という言葉がある。
 「自己同一性」 と訳すのだろうか。
 自分が自分であることを確認するための根拠というべきものを、概してそう称する。
 
 こういう言葉があるということ自体、人間は 「自分が自分である」 ということを確認するのが難しいということを物語っているように思える。

 そもそも 「自分」 という意識はどこから生まれてくるのかというと、それはすべて 「記憶」 からでしかない。

 朝、目覚めたときに、 「あ、寝過ぎた、遅刻だぁ!」 とか思って飛び起きるのは、昨日まで自分が 「会社」 や 「学校」 に通っていた記憶がよみがえるからであり、家に帰ってきた旦那さんを、奥さんが 「お帰りなさい」 と出迎えるのは、朝その旦那を家から送り出したという記憶が残されているからだ。

 要は、人間が、生まれてきたときから一貫して 「自分で在り続ける」 という意識を保証するものは、結局は 「累積した記憶」 だけなのである。
 だから、記憶が失われると、自分が自分でいることの根拠も失うことになり、それが 「アイデンティティの危機」 といわれるものの中でも最大のものとなる。

 夢が怖いのは、それが時々自分の記憶とは異なる 「生の断面」 を垣間見せるからだ。
 記憶の古層に沈んだ、意識せざる自分の 「生」 に触れることは、人間が 「狂気」 に近づく瞬間でもある。

 記憶は、日々五感を通じてインプットされる情報の蓄積から生まれる。
 その場合、すべての情報をストックする容量は脳にはないから、当然プライオリティーにもとづいて、取捨選択される。

 プライオリティーを決めるのも、また記憶である。
 自分にとって、何が 「快」 で、何が 「不快」 だったか。
 その判断基準に基づいて、 「快」 であるものは美しく、優しく、温かい記憶として美化され、 「不快」 であるものは、それが二度と起こらないようにと願う生物としての自己保存衝動の規制が働いて、誇大にネガティブな印象が強調され、それぞれの序列を与えられて、記憶のファイルに保存される。

 その記憶のファイルが 「データベース」 として機能し、次から入ってくる外界情報を分類して整理する。

 いずれにせよ、人間の記憶は、取り出しやすいように 「脚色」 がなされているのだ。

 その 「脚色」 の案配が、その人間のキャラクターを形成しているといっていいのだけれど、もともと 「記憶」 そのものが、インプットされたときの原型を “変形して” 保存したものだから、安定感に乏しい。
 だから、記憶をベースにした 「アイデンティティ」 というものが、しっかり確立されて固定化されるということは永遠に起こり得ない。

 逆にいうと、それが人間の “豊かさ” を保証するものになっているようにも思う。

 自分が誰からも承認されないという孤独感とか、自分の中に見ず知らずの人格が宿ってしまったような驚愕に耐えることによって、それと引き替えに、人はまたひとつ新しい 「世界」 を見る。
 だから、変っていける。

 新しく見えた世界は、日々データベース化されていく記憶に、新しい検索システムとして加わっていく。

 「揺るがない自己」 というものがあるとしたら、それは 「信念の強さ」 などというものではなく、案外、記憶のデータベースの “貧しさ” によるものかもしれない。

 つまり、身も蓋もなくいえば、「揺るがない自己」 というのは貧しい自己なのだ。
 
 今そこにいる、あなた。
 自信を喪失し、何を頼りに生きたらいいのか、途方にくれているあなた。
 あなたこそ、「豊かさ」 に触れているわけよ。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

モニター見過ぎて

 モニター見過ぎて目がショボショボ。

 朝の6時に目を覚まし、今の時間に至るまで、パソコンの画面を見つめっぱなしの1日だった。
 その間、席を立ったのは、メシを食うときと、トイレに行くときと、風呂に入ったときだけ。

 1日中、家で、仕事の原稿を書いていた。

自宅の部屋

 文章を書くことへの苦痛はないのだけれど、目がいうことをきかない。
 いつの間にか、モニターの文字がかすんでいることに気づく。

 そうすると、しばし天井を見上げたり、目をつぶったりして、視力の回復を待つ。
 だけど、時間がもったいないので、テキトーに切り上げて、またモニターに向かうのだけれど、どんどん文字がかすれて、霧の中に漂うようになってしまう。

 そういうときは、風呂に入るといいようだ。
 気のせいかもしれないが、湯船に浮かぶ蒸気が、ドライアイ症状に陥った目を潤してくれるようにも思う。

 仕事の原稿を書いているのは楽しい。
 しかし、書き始めるまでに、取材したメモや情報を整理しておく必要がある。
 実は、それが少し面倒。
 その重苦しさもあって、メモの整理に入る前に、ついつい爪を切ったり、パソコン脇のテレビをザッピングしたり、床のゴミを拾ったり、加湿器の水を補充したりしてしまう。

 だけど、取材した情報の整理が終わってしまえば、あとは一気。
 読者対象も訴求項目も定まっている原稿だから、書きながらあまり考え込むことがない。

 ブログの原稿を書くときは、まったくこれと逆。
 面白そうなテーマが浮かんだときは、そそくさと書き始める。
 しかし、途中から悩むことが多い。

 往々にして、書いているうちに、結論が、最初に考えたものとまったく逆になったりすることが起こるのだ。
 しかも、逆になってしまった方が、読み返すと文章の整合性が取れているように思えたりもする。

 そうなると、考え込む。
 最初に浮かんだ結論どおりに書き直すか。
 それとも、このまま突っ走るか。
 (案外、いい加減なんである)

 だから、入口に入るのは億劫だけど、出口までは真っ直ぐに走れる仕事の原稿と、入口は楽だが、出口を探して迷うブログの原稿では、かなり書き方が変る。

 ブログの原稿では、言葉一つ一つのイメージ喚起力を大事にしたいと思っている。
 仕事の原稿では、文章のよどみない流れを大事にしている。

 イメージ喚起力とは、音楽でいうシンコペーションと同じで、よどみなく流れる文章に、ちょっと歩調を狂わせるようなアクセントを入れると、効果が出るような気がする。
 
 同じ言葉でも、 「 」 (カッコ) に入れたり入れなかったりすることで生まれる言葉の差別化。
 体言止めを多用する箇所と、そうでない箇所の対比の妙。
 ズラズラと長い文章を続けた後で、ひと言だけポツンと置く単語の効果。
 そんなようなもの。

 わぁ、またブログに時間を取られてしまった!
 それでは、このまま明け方まで。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:55 | コメント(4)| トラックバック(0)

晴れた休日の空

 「欠けている」
 という事実は、 「満たされている」 時にはよく分からない。

 実に当たり前のことだけど、その当たり前のことに、人間はなかなか気づかない。

 親とか、健康とか、お金とか。
 みな、それが失われたときに 「ありがたみが分かる」 などと言われる。

 今日みたいに…つぅーか、もう昨日か。
 休みの日に、目が醒めてから、 「家に誰もいない」 って事実に気づくと、ポカっと心に穴みたいなものが空いているのを発見する。

 目覚し時計に起こされて、あくせくと通勤の準備に追われるような日はいいんだけどね。

 時計の音を聞かず、自然に目が醒めて、普段なら 「なんて幸せな朝…」 と思える日の方が、かえってカミさんがここにいない…という空虚感がドッと襲う。

 入院しちゃって、そろそろ1ヶ月を超えるのかな。

 車椅子生活の義母と同居していたけれど、仕事が忙しくて、帰りがいつも深夜になるから…っていうことで、しばらく介護施設に入所してもらうことにした。

 でも、今から思うと、義母のためにせっせと夕食の支度なんかしたり、欠けた生活品などを買いに、夜中に自転車こいでコンビニに行ったりしていたときの方が、忙しくて、気がまぎれた。
 その頃は、 「ええい、この忙しいときに!」 と、内心思わないわけでもなかったけれど、人間わがままだよね。

 昼間、少し溜まった新聞持って、洗濯の終わった着替えを持って、カミさんのいる病院に向かった。

 いつもの部屋にいない。

 個室に変ったのだ。
 部屋の外から、そぉっと中を覗くと、ビニールハウスみたいなところに入っている。
 本格的な治療が始まったのだ。
 治療が始まると、無菌状態にして隔離される、という話を聞いていたけれど、それなんだろうな、と思った。

 「再生不良性貧血」 というのは、赤血球、白血球、血小板がみんな適正値から下がってしまう病気らしいけれど、治療の過程で、一時白血球がドカンと下がることがあるのだという。

 つまり、雑菌、ウィルスみたいなものに対する抵抗力が、極端に落ちている状態なのだ。
 こっちなんか、存在そのものが “ばい菌” みたいなものだから、近づいただけで、相手がシューっと空気の抜けたゴム人形みたいなものになってしまうのではないかと心配してしまう。
 
 部屋の前に用意されたマスクをかけて、手をアルコールで消毒して、おそるおそるドアを開けた。

 まぁ、思ったより元気な顔で、安心。
 ただ、相変わらずモノが食えないらしい。

 ちょうど昼飯時で、おかゆなんかが出てきていたけれど、その半分も胃に入らないという。
 でも、見た感じが、そんなにやつれていないので、ホッとする。
 
 「ちっともダイエットが進んでねぇじゃねぇか」
 とか、いつものようにバカいって、笑わせて、洗濯物を交換して、部屋を出てきたけれど、病院の外には抜けるような青空が広がっていることが、うらめしい。

 昔だったら、こんな3連休、 「温泉でもいくか…」 なんて、そそくさとバスタオルと着替えだけキャンピングカーに放り込んで、遊びに行ってたというのに。



 お次は、義母のいる介護施設に。
 途中のスーパーで、リクエストされていたヘアオイルを買う。
 病院も、施設も、自転車で行ける距離なので、助かる。

 広々とした談話室で、他の老人たちがテレビを見ている大テーブルの片隅に座り、折り紙で鶴を折っていた。
 色とりどりの鶴が、その一ヶ所だけ、花畑のようなにぎわいを見せていた。

 「煩悩を取り払うには、鶴を折るのが一番」
 と、義母はいう。

 心を込めて折ると、頭と尻尾のところが、ピンと張り詰めたように真っ直ぐになるのだとか。

 建物のいちばん上にある陽の当たる談話室までエレベーターで上がり、並んで座って、紫色のシルエットになっている富士山を見た。

 「ここの食べ物は、本当においしい。しっかりした調理人がこしらえているらしく、味付けもいい」
 と、缶ジュースを飲みながら、義母がいう。

 「それはよかったですね」
 と胸をなでおろす。

 そして、もう何度聞いたか分からない、少女時代に食べて感激したというシュークリームの話を聞く。
 で、 「ここが笑いどころだな」 と思えるところで、いつものように笑ってあげる。

 それでも、その話が新鮮に思えた。
 なんだか、離れてしまった方が、心が通い合うような気がする。

 本当に寂しいな…と思ったのは、正月休みに “応援部隊” として帰ってきた息子が、休みが明けて、家を出て行ったとき。

 やつも自活するようになって、ここのところ滅多に顔を見せなかったけれど、 「ちょっと家がピンチ」 というと、しっかり戻ってきてくれる。

 相変わらず、口は悪い。
 特に、カミさんを辛らつにからかう。
 ま、オレゆずりなんだけどね。
 
 でも、黙って、家を掃除して、溜まった食器の洗い物をして、洗濯をしてくれた。
 正直、ありがたいな…と思った。

 やつの帰りぎわ、昔だったら、したこともなかったけれど、わざわざ玄関を出て、街路灯に照らされてシルエットになった息子の後ろ姿を、通りまで出て、そっと眺めた。

 声はかけなかったけれど、夜道を駅方向に向かって歩くその背中を見て、たくましくなったな…と思う反面、まだ子供だった頃の、小さな背中を思い出した。

 困ったことがひとつ。
 息子になついた犬が、やたら寂しくなったらしく、息子の姿を求めて、ドアの内側から遠吼えすること。
 
 夜、抱いて寝てやっているんだけど、オレじゃダメみたい。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:49 | コメント(6)| トラックバック(0)

涙もろい老人

 「歳をとると涙もろくなる」
 という現象を、老人の感受性の豊かさと誤解する人がいるが、あれは逆に、感性が平板になってしまい、類型的な情緒に反応しやすくなるからだ……という話がある。

 そういった意味では、私も確実に老人化している。

 酒飲んでテレビを観たりしていると、ふと涙ぐんでいる自分がいたりする。

 BSで、ビートルズのジョン・レノンがビートルスを結成する前に在籍した 「クーリーメン」 というバンドのドキュメントをやっていた。
 ジョン・レノンはそのバンド活動をやっている最中に、ポール・マッカートニーと知り合う。

 そのことでジョンは、自分の在籍する 「クオリーメン」 とはるかにレベルの違う才能を持ったミュージシャンがいることを知る。

クオリーメン001
 ▲ クオリーメン時代のジョン・レノン (中央)

 事実上、そこで 「クオリーメン」 のメンバーはお払い箱になってしまうわけだが、BSの番組では、もう頭の白いジジイとなった 「クオリーメン」 のメンバーが 、「俺たちはジョンと出会って幸せだった」 と、昔のメンバーを集めて 「ビートルズ」 を回顧する活動を再開していることを伝えていた。

 「いいなぁ…」
 と思いながら、冷凍ハンバーグを解凍して、それをツマミに酒を飲みながら、ボロっと目頭が熱くなってしまった。

 ダメだなぁ…と自分で思う。

 オレは確実に年とっている。

 だって、NHKの 『龍馬伝』 を見たって、同じようにジワ~っとしてしまうのだ。

龍馬伝

 坂本龍馬という歴史上の人物が、司馬遼太郎の小説 『竜馬がゆく』 によって、かなり誇張されて喧伝されているという事実があるにせよ、NHKが、龍馬という人物をどう料理するかという、その意気込みが伝わってきて、それはそれでいいなぁ…と思ったのだ。

 第1回の放映を観て、けっこう楽しかった。
 明らかに、司馬遼太郎の 『竜馬がゆく』 とは違った “龍馬像” を描こうとしていることが分かった。

 司馬 “竜馬” は、すでに龍馬の完成形を念頭に描いて描かれている。
 しかし 『龍馬伝』 は、龍馬が 「龍馬」 になる前の葛藤を描いているように感じた。

 今までの “龍馬” を語る人は、みな批評家になるしかない。
 「司馬さんの作品の中の龍馬はこう描かれているけれど、本当の龍馬はこうで…」 ってなところで、醒めた分析が介入してしまう。

 だけど 『龍馬伝』 の龍馬は、 「もしかしたら、自分と重なり合う部分があるかも…」 と、誰にとっても等身大の龍馬を描くところからスタートしているように思える。

 もちろんベタな脚本だし、役者の演じ方も類型的。
 でも、 「話」 としてうまくできていた。
 やっぱNHKのドラマ作りは上手くなったなぁ…と思う。

 きっと 「史実を無視した設定」 とかいう良識的な人たちからのクレームがいっぱい入るだろうけれど、関係ねぇよな。
 「ドラマ」 が史実と違うのは、当たり前じゃねぇ。 
  
 逆に言いたいよね。
 「あんたたちの知っている “史実” ってなんなのさ?」 って。


 年末年始は忙しかった。
 夕方、タクシーを呼んで、カミさんと同乗して病院に送り届けた。

 さっきまで、カミさんがいたリビングには、もう 「人の気配」 がない。
 ツマミを自分で作って、酒飲んで、テレビ観て、またまた酔っ払ってしまった。

 そんな場所で、ベタなテレビ番組を観て、涙ぐんだりしている自分がいる。

 関連記事 「坂本龍馬の実像」
 
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

飲み正月

「迎春」その2

 毎年繰り広げている “ただの正月” なんだけれど、なんか不思議な気分。

 「家族って、こんなに温かいものなんだっけ?」
 今さらながら、そんな感慨にジワっと浸っている。

 やっぱ、病人を一人抱えているということは、 「家族」 そのものの考え方を少し変える。

 いつもなら、カミさんが、 「お雑煮できたわよ」 と声かけて、 「あいよ~」 と、ぞろぞろ家族がダイニングに集まってくるのだけれど、なにしろ今のカミさんは台所に立っても、身体が思うように動かない。

 だから、今年は食材の買出しから、料理、洗いモノまで、年末年始の休みに帰ってきた息子と私で、手分けして行っている。
 
 カミさんは、リビングのテレビの前に座ったまま、 「悪いねぇ」 と頭を下げるだけ。
 しかし、そういう感謝の気持ちを表明されるだけで、逆に、今までカミさんにすべての家事を任せていたことに対する “ありがたみ” みたいなものを感じてしまう。

 息子は息子で、細やかな神経をつかう。
 自分が 「神経をつかっている」 ように見せると、親たちに負担がかかるだろうという気づかいがあって、ことさらさりげなく振舞っているけれど、その気づかいの形が手にとるように分かる。

 だから、こっちもヤツのやりたいように放っておく。
 会話の流れは、ただのバカ話。
 だけど、そこに、 「この温かい雰囲気がいつまでも続くといいね」 という、みんなの祈りのようなものが漂っている。

 一度だけ、カミさんが、 「私もう治らないかもしれない。命が長くないのかもしれない」 と涙ぐんだ瞬間があった。

 息子がひと言、 「うるせぇな」 と笑った。
 「うざってぇよ」 という表情とぞんざいな言葉の裏に、 「オレたちに任せておけよ、治してやるから」 というメッセージがこもっているように感じられた。
 妙な励ましの言葉をかけられるより、そんなひと言に救われることが、人間にはあるのだ。

 カミさんの顔に一瞬にして笑顔が戻った。

 今どきの若者は、本当にセンシティブ。
 気づかいを、 「気づかい」 として相手に感じさせない術に長けている。

 そんな様子を眺めながら、昼間っから、ひたすら酒を飲んでいる。
 テレビからは、年末に収録したお手軽な “作り置き” のお笑い番組ばかりしか流れていないというのに、何も考えず、それをぼんやり眺めているのが幸せ。

 「幸せ」 は、簡単に手が届く範囲のところに、ひっそりと転がっている。
 そいつに気づくか、気づかないだけの話なのかもしれない。
 

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:22 | コメント(6)| トラックバック(0)

50代最後の元日

トラの絵002

 寅年の年が明けました。

 皆さん、どんな新年を迎えましたか。

 今年は、私にとって節目の年であります。
 なんたって、「還暦」 だもんね。

 いよいよあと数ヶ月で、60歳だからね。

 でも、実感ねぇんだよな…

 若い頃、60歳の男って、えらいジジイに思えた。
 見た感じが若くても、 「60」 っていう年齢を聞くと、それだけで、その人が、 「もうあたしゃジジイだよ」 って語っているように感じられた。

 でも、そのくらいの年齢になれば、人生経験も豊富になっているから人の気持ちも読めて、知識も蓄えられているから世の中もよく見えて……。
 そんなイメージを抱いていたけれど、自分がその年を迎えるとなると、ぜ~んぜん!
 見えるのは、自分の未熟な部分ばかりで、ホントにイヤになっちゃう。

 若者の 「未熟」 はまだ可能性が含まれているから許されるけれど、年寄りの 「未熟」 は救いようがないよ。

 だから、外観とか、会話の内容なんかで、オレの印象を、
 「お若いですねぇ!」
 なんておだててくれる人がいるけれど、そう言ってくれた人には申し訳ないんだけどさ、 それほどそういう言葉では浮かれないの。

 歳相応の分別とか、貫禄とかがねぇ、ってことだもんな。
 もちろん、 「老け過ぎですねぇ」 なんて言われるよりはいいけどさ。

 では、どう言われたらうれしいか…というと、
 たとえば、
 「今を生きてますねぇ」
 とかいう感じのやつ。

 結局60年生きてきて、仕事人生40年として、その40年間、自分は (一応は) ジャーナリストのつもりで生きてきたわけ。

 「ジャーナリスト」 っていう言葉も、すっごく、こっ恥ずかしいけれど、まぁ、…許してもらって…、ジャーナリストってのは、結局、 「あわて者」 じゃないと務まらないと思うのね。

 文学者とか批評家とかっていう人たちは、じっくり物事を考えなければいけないけれど、ジャーナリストってのは、本来 「あわて者」 なの。
 森の向こうにたなびく煙を見て、やや火事かな? 焚き火かな? と、とっさに、どっちかに決めてしまう人間のことをいうわけ。

 で、 「ジャーナリスト」 ってのは、その煙を見ながら走り出してさ、火事か焚き火か分からないうちから、 「火の気は森林一体に広がりそうです。この火事の原因は煙草の火の不始末によるものと思われ…」 なんて、メモを取り始める人間のことなの。

 だから、意外と 「軽薄人間」 が多いんだね。
 
 でも 「今」 というものに敏感であり続けるには、そういう軽薄さを維持していかなければならないわけ。
 文学者や批評家のように、 「モノの本質をじっくりと見極めてから…」 なんて構えていると、 「今」 は逃げちゃうんだから。

 もちろん、それでいい、と言うつもりはない。

 「軽薄」 であっても、冷静に考えて、間違っていたことが分かったら、みんなに素直に謝れる感覚を持てるかどうかが、一流と二流を分ける境目になると思う。

 だけど、自分が 「間違っていた」 ことなんか、人間はなかなか認めないんだよね。
 たいてい誰かのせいにしちゃう。

 「紛らわしい焚き火なんかすんなよ。火事だと思っちゃうじゃねぇか!」
 とかね。

 オレなんか、いつもそう。
 だから、 いつまで経っても 「未熟で二流」 。

 ま、バタバタしても、今年は60歳。
 別にたいした感慨もないけれど、少しだけ、ここまで歩んできた人生というのを振り返る年齢になったかもしれません。

 皆様、今年もよろしく。

朝焼け_迎春002
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:05 | コメント(6)| トラックバック(0)

大掃除が間に合う

 正月休みなので、息子が帰ってきた。
 やぁ、助かった。
 なにせ、火の車だったからね。

 あんまりも家の中がひどかったから、ヤツも落ち着けないと思ったらしく、大掃除をやってくれた。
 2年間も廊下にほったらかしにしていた積み重なった段ボール箱の中味を点検し、使える皿とかコップは洗って、ゴミは捨てて。

 古新聞や古雑誌を束ねて、廊下に積み上げて。
 散らかっていた夏物のシャツとか靴下を拾い集めて、洗濯機に入れて。

 おかげで、なんとか廊下に “通路” ができた。

 後は、10年ぐらい触ったこともなかった台所の換気扇を磨いて。
 布団を乾して、風呂を洗って。 

 ヤツが家の掃除をしてくれているので、こっちはカミさんの病院にいって、外泊の相談をすることができた。
 なんせ、カミさんの病気ってのは、赤血球、白血球、血小板が、三つとも正常値より低いっていう難病。特に免疫力が低下しているらしいので、ばい菌がヤバイんだそうだ。

 私なんか存在そのものが “ばい菌” みたいなものだから、同じ空気を1時間も一緒に吸ったら、卒倒しちゃうかもしんねぇ。
 …ってんで、家の中でもマスクでもしなきゃいけねぇのかな…って悩んでいる。

 でも、息子のおかげで、掃除が間に合ってホッとしている。

 憎ったらしいのは犬なんだな。
 今まで、私ばかり追い掛け回していたくせして、息子が帰ってくると、私なんか見向きもしない。
 名前を呼んでも、うわの空。 

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 で、息子の後ばかりピョンピョン跳ねながら追い掛け回している。
 尻尾なんか、ちぎれんばかりに力強く振ってさ。

 やっぱメス犬だよ、若い男の方が好きなんだろうな。
 私が抱き上げようとすると、その手を振り解き、股の下をくぐりぬけて、息子に向かって駈けていくんだから、やぁ~な犬。

 カミさんは3泊4日だけの外泊だけど、まぁ、正月は、久しぶりに親子で団らん。
 でも、憎ったらしい犬は、部屋の中に入れてやんない。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

ちょっと昔話を

 「自動車が売れない」 という話をあちこちで聞くにつけ、胸が痛くなるような、ちょっと感慨深い気持ちになる。
 自分は 「自動車の世紀」 を生きて来てしまった…という思いがあるからだ。
 
 もちろんちょっと大げさな言い方だ。
 なにせ自動車は、現代文明の 「華」 だ。

 もし、 「近代」 と 「現代」 の分かれ目を設けるとしたら、自動車の 「誕生前」と 「誕生後」 に分けるのが一番分かりやすいのではないかと思えるくらい、自動車が現代文明と産業に与えた影響は大きい。

 とても、私なんかのちっぽけな人生と比べるべくもない。

 それでも、自分の人生を振り返ってみると、結局、自動車のいちばんドラマチックな転換点をすべてリアルタイムで見てきたという印象が強い。

 日本の自動車産業が、日本の基幹産業といわれるまで成長し、しかも世界の頂点に登り詰めていくまでのドラマを眺め、そして今、構造的な大不況のなかで、自動車産業が日本のすべての産業が抱える苦境を代表するような形で、荒れる波涛の先端を進んでいる様子を眺めている。

 今まで見てきたものを振り返ると、なんかそんな歴史を複雑な思いで目にしている 「自分」 がいる。

 20代の半ばに、自動車メーカーのPR誌の編集部に身を置いた。
 1970年代の中頃だった。

 当時の自動車業界は、ちょうど排ガス規制と公害問題に揺すぶられて、あえいでいた。

 ちょっと前まで、トヨタ2000GTが注目を集め、スカイラインGTが人気を博し、ベレGやヨタハチが若者たちの憧れの的だった…というような華々しい世界があったというのに、状況は一変していた。

 その頃自分が携わっていた雑誌を見ると、やたら 「公害防除」 とか 「排ガス規制へのメーカーの対応姿勢」 などという言葉が並んでいる。
 おびただしい交通事故の犠牲者が出るようになって、 「安全運転の心構え」 とか 「飲酒運転の危険度」 などという特集も多かった。

 PR誌という性格もあっただろうけれど、 「自動車は社会悪の元凶」 などという世論に対抗する必要もあって、乗ることの楽しさとか、使うときの利便性などを訴える余力すらなかったという感じがする。
 防戦一方だったのだ。

 風向きが少し変わったのは、ちょうどトヨタがソアラを出した頃あたりか。

初代ソアラ画像
▲ 初代ソアラ (ウィキペディアより)

 「アウトバーンで欧州車と互角に走れるクルマ」 というのが、売りの一つで、そういうクルマを宣伝するという感覚が、当時はとても奇異なものに感じられた。

 「走り」 をメインに打ち出すのって、アリ?

 今から思うと奇妙な感慨だったが、自分の仕事にようやく 「風が通った」 という思いを持った。

 まだまだ米国ビックスリーは雲の上。
 それでも、 「壊れない」 「燃費がいい」 などという日本車の性能に注目し、アメリカ人の中にも、徐々に日本車に乗り替える人が出てきた…なんてことが話題になる時代。

 日本車が海外で高い評価を受けるようになったとかいうニュースに接し、 「へぇ、日本もやるもんだ」 なんて素朴に喜んだりした。

 自分のやってる仕事に、 「なんとなく日が当たるようになってきた」 と感じたのがその頃だった。

 急にモータースポーツの企画も増え、富士スピードウェイや鈴鹿サーキットにも通うようになった。
 プレス証を腕に巻き、タイヤ交換や給油のドラマをピット側から覗き込む快感に酔いしれた。

 耐久レースなどでは、まだまだ国産マシンは外国勢にかなわなかったけれど、それでも日本の自動車メーカーの技術がレース界でも発揮できる手応えを感じ、日本車が完走しただけでも、 「すげぇなぁ」 と素直に感動した。

 それから後は、日本の自動車産業のサクセスストーリーを眺める仕事になった。

 高性能エンジンを積んだスタイリッシュな市販車が次々と誕生し、PR誌の仕事も多忙を極めるようになっていく。

 それぞれのクルマが消費者に与える華麗な 「ストーリー」 を考案し、メーカー広報部と広告代理店との会議の席上で、編集方針のプレゼンを行う。

 歯の浮くような過剰なキャッチが、次々とすんなりと通ってしまう祝祭的な空間に身を置くことの心地よさ。
 バブルの華やかさは、クルマ業界も包んだ。
 
 あの頃、クルマが別なものになっていた。
 「記号的商品」
 というやつ。

 自動車は、生活必需品ではすでになく、 「シーマは功なり名を遂げたはぐれ狼的な事業者のサクセスの記号」 とか、 「白いマークⅡはワンランク上の生活レベルを目指す中産階級の記号」 などという言説が、自動車雑誌の座談会で堂々と述べられる時代を迎えていた。

 時はニューアカデミズムの大繁栄の時代で、自動車を語る切り口にも、記号論やら脱構築やらというポストモダンの言論が満ち溢れていた。

 郊外のリゾートホテルを借り切って、数日にわたって繰り広げられた某タイヤメーカーのレセプションは、さながらロココ時代の宮廷の舞踏会のようだった。

 クライアントにお金があったので、タレントやら、俳優やら、小説家やら、あらゆる有名人をどんどん特集読み物のゲストに迎えた。

 この頃、高名な自動車評論家と、ヨーロッパ在住の歴史作家の対談なども企画したり、交通安全などというテーマでも、話題の人類学者を起用したり、とにかく自分では 「自動車の社会的地位を高める」 企画ばかり組んでいたように思っていたが、その背中を後押ししたのは、バブルの熱気だったかもしれない。

 だから、それに酔う自分がいる一方、危うさも感じていた。
 クルマが、所有者の生身の “身体” から離れ、一種の化け物みたいに、人に憑依 (ひょうい) するような傾向も生まれてきたからだ。

 「麻布、六本木界隈でナンパするクルマは、BMW以上じゃなきゃダメ」 とか、 「ゴルフ仲間にちょっと優越する気分を持つには、クラウン、セドグロじゃ役不足」 とかいう記事が自動車雑誌の誌面に踊るようになり、 「バカか!」 と思った。

 それに近いことを自分でもしていたわけだけど、クルマによって 「自己実現」 しようという風潮が、ものすごく単純な形で台頭してきているのを見て、この業界ヤバイぞ…と思うようになった。

 案の定、バブル崩壊が地すべりのように自動車業界を洗い、自動車をめぐる浮っついた言論は、文字通り、空中を舞うシャボン玉のように消えた。

 その頃が自分の転機だったかもしれない。
 古巣のPR誌を離れ、オートキャンプとキャンピングカーの媒体に移ったのだ。

 まったく別の世界が待っていた。

 キャンピングカー屋のオヤジさんたちは、大手メーカーの広報部員やアルマーニを着た広告代理店の営業マンたちが語るような、流ちょうな美辞麗句を何も知らなかった。

 世界戦略もなければ、市場分析もなかった。

 代わりに、手作りの技術を極めたときの達成感、顔が見える顧客に対しストレートに自分の 「作品」 を語るときの喜び、自然の中でキャンプを繰り広げるときの解放感。
 そんな、生きた、血の通った楽しみ方をみんなが持っていた。

 ある意味で、学歴も職歴も関係ない世界だった。
 どれだけキャンピングカーに興味があるのか、それをどう言葉にするのか。
 それだけが総てを決めるような世界だったのだ。

 その中で、会社や大企業の看板を背負うことなく、自分一人の力量で仕事を請け負うときの辛さと面白さを学んだ。

 気づいてみると、乗用車のPR誌を作っていた時代よりも、もうこちらの方に身を置く時間の方が長い。

 思えば、ある意味でどっぷりとクルマに浸かった人生だった。
 仕事だけでなく、いつの間にか自分が乗り継いだクルマも、キャンピングカーを含めて7台に及ぶ。

 ドアを閉めたときに、ペネペナと薄紙みたいな音を立てるクルマもあったし、6発のツインカムを搭載した韋駄天のクルマもあった。

 だけど、その7台のうち、一番気に入っているのが、いま自分の乗っているキャンピングカー。
 こういうクルマに出会えたのも、こちらの仕事に移った恩恵だと思っている。

 その間に、自動車の世界は、まれにみる構造的不況の中であえいでいる。
 かつてそこが “古巣” だった自分にとっては、人ごとのように思えない。

 だから、キャンピングカーを沈没させてはいけない、と強く思う。
 たいした力もないくせに……なんだけど。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:47 | コメント(2)| トラックバック(0)

クリスマス・イブ

 毎年、この時期になると、山下達郎の 『クリスマス・イブ』 を耳にする機会も増え、それに言及する記事・談話がメディアをにぎわす。

山下達郎クリスマス・イブ

 この歌が世に出たのは、1983年。
 88年にJR東海のCMのテーマ曲として使われてから、オリコンヒットチャートの1位に輝いたという。

 発表してから5年経って、ようやくヒットチャートの1位に登りつめた曲というのも珍しい。

 私がこの曲を最初に聴いたのは、場末の地下のスナックのカウンター席であった。

 当時その店の常連客で、町外れの喫茶店を経営していた若者がいた。
 若者…といっても、とうに30代を迎え、ひょっとしたら40に手が届いていたかもしれない。

 寡黙な男で、スナックで飲むときも、酔わないうちは、めったに常連客とも会話を交わすことがない。
 いつも自分の店がハネてから、深夜近くに、そのスナックに顔を出す。

 そして、何かの恨みでも晴らすかのように、焼酎のお湯割を鬼のように飲み干す。
 いつも一人で来ているところを見ると、女っ気がありそうに思えない。

 一度だけ、その青年が開いている喫茶店を訪れたことがある。
 スナックで顔を合わせていたので、彼は、私の顔を認めて、わずかに笑顔を見せた。
 しかし、スナックで隣り合わせたときと同じように、会話はなかった。

 店は、意外とこぎれいに手入れが行き届き、テーブルの隅には花が飾られ、女性の好みそうなテーブルクロスが敷かれていた。

 彼は丁寧にドリップでコーヒーを落とし、金の吸い口のついたカップに並々と注いで、うやうやしく私に差し出した。
 
 「いい雰囲気ですね」
 と、私が店の感想を述べると、
 「ええ…」
 と、彼は恥かしそうに答えて、それっきり口をつぐんだ。

 コクのあるおいしいコーヒーだった。

 その彼が、酔った勢いでスナックのステージに立ち、歌った曲が、山下達郎の 『クリスマス・イブ』 だった。
 私はそのときはじめて、彼がカラオケで歌うこともあることを知ったのだ。

 メロディの美しさに、私は陶然となったが、彼の歌のうまさにも脱帽した。
 しかし、それ以上に、あの歌詞に歌われる “主人公” の切ない哀しさが、なによりもその青年の境遇を歌っているようで、身に沁みた。

 それを聞きながら、私は、彼のこぎれいな喫茶店は、誰かを待つために作られた店だったのではないかと、ふと思った。

 クリスマス・イブが、恋人同士で過ごす夜と決まったのは、いつ頃くらいからか。

 私が幼い頃、クリスマス・イブは、家族でひっそりと、しかし温かい気持ちの中で過ごすものだと相場が決まっていた。
 それが、いつからか、恋人同士がフレンチ・ディナーを楽しむ夜に変化し、その晩は夜景のきれいなホテルの窓から、二人の幸せを祝福するものとなった。

 そいつは、しかし、恋人のいない独身たちには辛い夜ともなった。
 イブの日は、連れ合いと楽しむ夜であるという強迫観念が、連れ合いのいない人の惨めさをよけい助長させ、年の押し迫った冬の夜風を、よけい寒いものに感じさせた。

 「雨は夜更け過ぎに、雪へと変るだろう…」
 というフレーズは、孤独なまま、暗い夜道を家路に向かう人間が聞くと、惨めさで胸が締め付けられるように響く。

 「きっと君は来ない。一人っきりのクリスマス・イブ」
 そういう歌詞も、祝い事の用意までしながら、訪れる客の来ない孤独なテーブルを前にした人が聞くと、涙を誘う。

 私にも、そういうイブが何度もあった。

 自分が待っていたわけではない。
 家内を、家で待たせていた。
 
 この仕事を始めてから、この20年、年末年始をまともな時間に帰ったことがない。
 特に、イブの頃というのは、年明けの仕事のやりくりと連絡に追われ、終電で帰れればいい方。

 「今日は、クリスマスケーキをみんなで切る時間に帰るつもり…」
 とか言って、朝、家を出ても、そういうときに限って、帰り際に緊急の連絡事項を送らねばならなかったり、校正に目を通さねばならなかったりで、家でメシを食うということをしたことがない。

 ようやく深夜に帰宅すると、カミさんは、冷えた食事をテーブルに残したままダイニングでうたた寝。
   
 起こすと、 「今日はテレビでクリスマス・ソング特集をやっていて、それを子供と二人で見ていたから、楽しかったわよ」 と、笑顔で答える。

 別にクリスマス・イブだけが特別な日ではないだろうが、そこに “過剰な意味” を見出していた人たちにとっては、その晩を一人っきりで過ごすのは “酷な” 社会が形成されていた時期があった。
 今はどうなのだろうか。

 昔の “罪ほろぼし” のような気分で、イブの夜は小さなケーキでも買って、カミさんのいる病室を見舞うつもりでいるのだが、果たして、今年もそんな時間がとれるかどうか。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:23 | コメント(6)| トラックバック(0)

一瞬の再会

【 小説・一瞬の再会 】

 俺の就職が決まった頃の話なんだけどさ。
 だから、もう30年以上も前の話よ。

 で、いろいろ 「就活」 に奔走したあげく、ようやく今の仕事場が決まって、ホッと一息ついていたんだけど、ひとつがうまくいくと、別のものが駄目になるというのは人生によくあることでね。

 その頃、付き合っていた彼女に、俺とは別の “恋人” ができたちゃったのよ。相手は、俺なんかより年上の妻子ある男だったのね。
 こいつはショックだったよ。

 俺、ようやく職にありついたこともあってさ、ま、社会人になったことを機に、そろそろ彼女との結婚を決めてもいいかな…なんて考えていたの。

 “彼” の話を聞かされたのは、まさにそのタイミングだったからさ、それまでまともな仕事にも就かず、アルバイトしながらブラブラ遊んでいたことに対する神様のバチが当たったのかと思ったよ。

 でも、俺、そこに至るまでに何か重要なことを見逃していたんだろうね。

 その頃、一人でアパート住まいしていたんだけど、彼女がときどき会社の帰りに食材を買って寄ってくれてね。
 つつましやかに飯食ってから、浅川マキのレコードなんか流しながらさぁ、彼女が食べ終わった皿とか洗って…。

浅川マキジャケ

 俺、タバコふかして、洗い物をしている彼女の後ろ姿なんか眺めながら、浅川マキを口ずさんでさ。
 それに飽きると、マンガ雑誌をペラペラめくったりね。
 
 部屋の中では、あいかわらず浅川マキがけだるく歌っているわけ。
 「不幸せという名の猫がいる、いつも私のそばに、ぴったり寄り添っている」 …とかね。
 
 暗いなぁ…とかため息つきながら、タバコの吸殻を灰皿に押し付けて、思うのよ。
 ……結婚してもさ、こんな生活だったら、ちょっと味気ないかなぁ…って。

運河001

 そこは、窓の外にどんづまりの運河が広がっているような、淋しい景色のところでさ。
 風向きがちょっと変ると、ドブの匂いなんかが漂ってくるのよ。

 風呂もないようなアパートでね。
 で、隣の住人の話が壁越しに聞こえてきたり、二階の住民の目覚ましが俺の目覚ましより早く鳴り出して、それで起こされるような住まいでさ。

 独身男が一人で暮らすならたいした問題じゃないけれど、結婚してもこんな生活が続くんなら、ちょっと耐えられないかな…。
 そんな気持ちもあったのよね。

 だからといって、もっとレベルの高い住処 (すみか) を探すには金もかかるってことだって分かってくるしさ。
 結婚て、気が重いな…。
 俺そんな風に感じ始めていたのよ。

 ところが彼女も、口にこそ出さなかったけれど、俺以上にそのことを感じていたのかもしれないのね。

 「私この男と一緒になっても、こんな生活が待っているなら幸せになれるのかしら…」 ってね。

 結婚のシミュレーションを具体的に始めたときにさぁ、お互いに初めて迷いが生じたんだろうな。

 そんな彼女の心のすきまに、 「貧しい結婚」 より 「華麗な恋愛」 という夢が入り込んだんだと思う。
 恋愛ってさ、人間を輝かせる最大のきっかけになるものだからね。彼女が本来持っている輝きを、そのときの俺はもう引き出す力を失っていたからさ。

 で、女が、男に見切りをつける時ってさぁ、共通することがあるんだよね。急になんでも規則正しくなるの。
 飲んでいるときもさぁ、以前だったら 「もうこんな時間? じゃあと10分だけ」 なんてダラダラしていたのが、 「時間だ! 帰る」 って感じになるし。
 デートの約束も 「何日の何時から何時半まで」 なんていうビジネス感覚になってくるのね。

 で、抱き寄せようとすると、今までと違ってさぁっと身を引くし、腰に手を回すとやんわりと振りほどくわけ。
 動作ひとつひとつが 「あなたと身体 (からだ) を触れ合わせたくないの」 という強いメッセージを発進してくるのね。

 なんか変だな。ずいぶんよそよそしくなってきたな…と、俺も少し異変に気づいてね。
 たまりかねて尋ねたよ。
 「最近変わったね」 って。

 やっと重い口を開いた。
 「気になる人がいる」 って。

 「ふぅーん…」

 ショックとは、すぐに訪れるものでもないのね。一体何が起こっているのか、それをうまくつかむことができないと衝撃すらも感じられないのよ。
 頭を整理するために、とりあえず一本タバコを吸ってさ。ゆっくり煙を吐いて。

タバコの煙

 「…で、その人のことを好きになったということ?」
 「分からないの。自分の気持ちが…」
 「その人は、君のこと好きなの?」
 「愛していると言われたわ」

 このへんから、チクチクと痛みがわいてくるのね。

 「でも私、あなたと別れるつもりはないの。生涯大切な人だと思っているから」
 こういう表現、微妙だよな。
 そう言われてホッとする人間なんて、まずいないんじゃないか?

 実は、その彼のことは、前から彼女の話に出ていたわけ。
 「会社に評判のプレイボーイがいる」
 って。
 奥さんも子供もありながら、若い女性をデートに誘うのが好き。しかもモテるらしい。

ダンスのイラスト
 
 クルマの運転もうまければ、ダンスもうまい。
 何よりも、話が洗練されている。
 …っていうんだよね。

 ただの世間話だと思っていたからさぁ、俺、さほど気にすることもなく 「ふぅーん」 って聞き流していたのね。
 その話の人物が、 「今の相手」 だと聞かされて、まったく虚を突かれた感じでね。

 心の整理がつかなくてさ。この場でどういう言葉を吐いたらいいのか、どういう態度をとればいいのか。
 頭の中は霧、また霧、さらに霧って感じでよ。
 はっきり 「嫌い」 と言われた方がナンボ楽かと思ったね。

 それからは彼女と会っても、出てくる話題はもう “彼” の家庭のことばかりになったの。

 「彼の奥さんを、私、見てしまったの。私よりはるかにきれいな人だった。なんであんな良い人がいるのに…」 とかね。
 「彼の奥さんが、私たちのことに気づいて、彼のネクタイを全部ハサミで切っちゃったんですって」
 なんてね。

 そういう話を彼女の口から聞きながら、俺、相手の男を憎んだよ。
 てめぇが自分の家庭を壊すのは勝手だけど、人の恋人まで奪うなよ、ってさ。

 でもさ、俺、その彼に気持ちで負けていたの。
 彼は家庭を持ちながら、堂々と彼女に 「愛してる」 って言ってるわけじゃない? 俺は彼女に、今まで 「愛している」 なんてはっきりと口に出したことがあっただろうか。
 そう思うとさぁ、今さら婚約者ヅラしたってもう遅いぜ…という気になってくるのね。

 もっと辛いのは、その男と比較されることだったね。
 彼女はこの頃しきりに 「いい男」 という言葉を使うようになってね。その条件を語るようになったのよ。

 女をエスコートするときのマナーやデート中の気配りに始まって、料理や酒の選び方、状況に応じた会話の進め方、金のつかい方…。
 「いい男というのは、そこに一つのスタイルを持っている」
 と、彼女はいうのよ。

 すべてその彼をモデルにしたものなんだろうけれど、その話から推測される彼の行動、話す言葉、思想、しぐさやクセ。

 みんなカッコいいんだわ!

 美化されている部分もあるんだろうけれど、割り引いて聞いても、 「社会人の男の凄み」 ってのが伝わってくるのね。こっちはまだ半分学生気分だったからさ、学生とは遊びのスケールが違うっていうことを痛いほど知らされたよ。

 で、俺、ある日彼女に向かって、 「もう会うのを止めようや」 って自分から切り出したの。

 日曜日の夕暮れだった。
 彼女を近くの駅まで送っていった後でね。

 ホームに並んで、電車を待ちながら、
 「そろそろ終わりにしようよ」
 …って言ったんだ。

私鉄のホーム
 
 電車がなかなか来なくてさ。
 その間、彼女は寂しそうな顔をしたけど、黙っていたな。

 そして別れ際に、こう言ったよ。
 「私は一生結婚しないから」

 彼と結婚することはないから安心してね、という意味とも取れるし、あなたとも結婚しないという宣言にも取れるし。
 きっと何かを決意したんだろうな。
 その男の 「愛人」 として一生を貫くという決意だったのかもしれないね。


 それからしばらく経ってから、俺、クルマっていうオモチャを手に入れてさ。もっぱら一人で気楽なドライブを楽しむようになったの。
 今でいうリッターカーにちょっと毛の生えたような、ちっぽけなクルマだったけれど、一応ツーリングカーカテゴリーに出ているクルマだってことが自慢でね。

 天気の良い休日には丹念にワックスかけてさ。カーショップでいろいろ小さなアクセサリーを買い込んで。

 クルマに乗らない日は、ドライブ中に聞く専用音楽テープを編集したりしてね。
 休みになると、そういう音楽ソースをたくさん抱えて、山道の峠越えをしたりとか、港の見える公園に行ったりさ。「センチメンタル・ジャーニー」 ってやつだよね。

港の公園

 でもさ、クルマが面白くてさ。
 クルマ関係の雑誌の仕事しているってことが、最高にハッピーだったのね。
 エンジンはノーマルだったけれど、 せっせとレーシングチームのステッカー貼ったりして、「そのうちボアアップしようかな」 とかね。 

 そんな生活しながら、2~3年経ったのかな。

 たった一度だけ、別れた彼女の住んでいた町までクルマを走らせたことがあったんだ。もう深夜ね。
 昔ときどき電車で送ってきたことがあってさ、その頃とあんまり景色も変わっていないのね。

 彼女の家が見える空き地にクルマを止めてさ、カーステレオのスイッチも切って、しばらくタバコをふかしていたな。
 田舎だからさ、人通りなんかないの。周囲もしんと静まり返っていてさ。それこそ星の触れ合う音でも聞こえてきそうな夜なのよ。

 別に会いたいとか思ったわけじゃないから、そろそろ帰ろうと思ってさぁ、エンジンをかけようとしたとき、路上を歩いてくる人の声がしたの。

 男と女の二人連れだった。
 まさかと思ったら、彼女でね。彼氏が家まで送ってきたところなんだね。
 俺、思わずシートに身を沈めて息をのんだよ。

 別れぎわに、バイバイって感じで彼女が手を振ってさ。男は優しそうに小さくうなずいて。
 いい感じだったよ。

 彼女が、家の前の路地を曲がって、玄関の奥に姿を消すまで、男はずっと立ち尽くしていたな。
 彼女の姿が完全に見えなくなってから、彼はゆっくりと体の向きを変え、少し疲れた足どりで、駅の方に戻り始めたの。

 二人の仲はまだ続いていていたのか…っていう驚きと、何かいいシーンを見たなという感激が入り交じって、ちょっと自分の気持ちの整理がつかなかったね。

 それから静かにエンジンをかけて、俺は彼の後を追うようにクルマを滑り出させたの。

 ゆっくりゆっくり歩いていた。
 少しくたびれた中年男の背中だった。

夜の後ろ姿

 もう電車なんて走ってない時間なのよ。俺が聞いている男の住んでいる町は、そこからとんでもなく遠いところなの。
 どうするんだろう。タクシーでも拾うのだろうか。
 俺、 「送りましょうか?」 って声をかけようとすら思ったよ。

 でもさ、相手は俺のことなんか知らないだろうしさ。俺のことが分かったとしても、話すことなんかないだろうしさ。
 そのままゆっくり追い越して、走り去ったけどね。

 二人の別れぎわが、俺には 「素敵な一枚の絵」 のように見えたことで、ああ、彼女のことは完全に過去の 「思い出」 になったんだな…って自覚したの。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:25 | コメント(8)| トラックバック(0)

鰻弁当のしあわせ

 「ウナギなら食べられそう」
 病院から外泊許可をもらって家に戻ったカミさんが、そういう。

 なにしろ、極度の食欲不振に陥っているらしく、病院で出る食事も、喉の奥に押し込むようにして、むりやり胃の中に収めているという。

 医者からは、
 「栄養のあるもの。高カロリー・高タンパクなものを食べなさい」
 と、もし私が言われたならば 「喜んで!」 と答えそうな指示をもらったカミさんなのだが、
 「そういうものを食べる気がまったくおきない」
 と贅沢にも、言うのである。

 「私、やせたでしょ?」
 と、心配顔で尋ねるカミさんに対し、
 「んなことねぇよ、相変わらずだよ!」
 と、見たとおりのことを言うわけにもいかず、
 「そうだね、大丈夫?」
 と、深刻な声を出して、優しく答える私。

 その極度の食欲不振のカミさんが、 「ウナギなら食べられそう」 といったのだ。

 ウナギ…ねぇ……。 
 そういえば、もしかしたらこの1年、オレも食ってねぇ。

 ウナギの産地が相変わらず偽装されているのかどうか知らないが、ここんところ、うまいウナギを食ったためしがない。

 もっとも、400円とか500円クラスのウナギ弁当で、ホンモノの国産ウナギが使われているはずもなく、国産以外のウナギとなると、私の偏見かどうかは知らないが、極端に味が変わる。

 まずい…というよりも、ちょっとだけでも冷えてくると、安ウナギは、舌の上で柔らかく伸びてはくれるのだが、噛み切れないのだ。
 まるでゴムみたいに、くっちゃくっちゃ何回噛んでも、食いちぎれない。
 アレが嫌だ。

 そんなわけで、安いウナギ弁当のたぐいは金輪際 (こんりんざい) 食わないようにしているのだが、かといって、安心できる国産ウナギを出す店のメニューは 「ウナ重、肝吸つき2,000円以上」 とかなるので、1食にそんな大枚をはたく余裕もなく、やっぱり食う機会がない。

 というわけで、ウナギというものを、ここ1年ぐらい食っていないことに気がついた。

 「よし、夕食はウナギにするか!」
 夕方、チャリンコ漕いで20分ほどの隣町のデパートまでウナギ弁当を買いに行った。

うなぎ弁当

 そのデパートには、 “静岡県産最高級” とかいう保証付きのウナギ弁当を売っているので、わざわざそこまで買い出しに出たのだ。  

 で、そういう店のウナギ弁当は、包装紙にも、江戸時代の役者絵みたいなデザインが施されていて、みるからに “贅沢” なのだ。

 その包装紙をテーブルの上で開くときの楽しさ!

 ああ、幸せ…と思いながら、食い始めたのだけれど……

 「あれ、ウナギって、こんなにあっさりした食いモノだっけ?」

 舌の上で、濃厚な味がとろりと広がるのを期待していた私は、ちょっと拍子抜け。

 多少冷たくなっても、あのサクっと食いちぎれる食感は、確かに高級ウナギなんだけど、期待したほどの喜びがこみあげて来ない。

 カミさんが入院中、濃い味のラーメンとか、塩っ辛いコンビニ弁当に慣れてしまったせいか、口の中に脂肪分が泡のように広がるような味付けでないと、満足しない身体になっていたのだ。

 “ひとりメシ” となる私の場合は、夕食時間というのが決まっていないから、いつも、激しい空腹を覚えたときが 「夕飯どき」 となる。
 そうなると、いきおい、満腹への即効性を持つメニューを選びがちになるため、味付けは “脂肪” に頼らざるを得ない。

 そんなことを繰り返しているうちに、高級ウナギの上品さに、舌がついていけないようになってしまっていたのだ。

 もちろん、脂と塩が身体に悪いことは重々承知している。 
 だから、 「今晩だけは特別。明日からは自粛」 と必ず思うのだけれど、その “特別な晩” が一晩ずつ繰り延べになっていく。

 やっぱ腹へったときの “濃厚な味付け” って、禁断の快楽だよな。
 意志の弱さだけは、人一倍自慢できる私なのだ。

 そんなわけで、期待値が高かったわりには、ちょっとがっかりしたウナギ弁当だったけれど、弁当を食いながらカミさんが言った言葉。

 「おいしい!」

 もう、その一言がすべて。

 冬空の下を自転車漕いで、隣町までウナギ弁当を買いに行った労が、一瞬のうちに報われた瞬間でした。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

3人の女が一時に

 わりと “てんやわんや” である。
 なにしろ、ケアしなければならない女性が、一挙に3人になってしまったのだ。

 それも、そのうち2人は車椅子。
 残った1人 (1匹?) は四つ足。
 今、わが家でしっかり2足歩行をしているのは、私一人でしかない。

 で、その足でチャリンコ漕いで、彼女たちの様子を見て回って…。

 先月末、カミさんが突然の入院をしてしまい、いまだに復帰せず。
 元気なときに 「クマ」 呼ばわりしていたせいか知らんが、本当に “冬眠” してしまった。

熊出没注意

 最終的な病名は、今週の末にはっきりするというのだが、どうやら、
 「はんけっきゅうげんしょうといわれるもののうちのさいせいふりょうせいひんけつ」 という病気の疑いが濃いという。

 一度聞いても、何のことかさっぱり分からないような病名だが、漢字にしてみると、
 「汎血球減少といわれるもののうちの再生不良性貧血」
 ということで、やっぱりなんだかよく分からん。

 担当医の方の説明によると、血液中を構成する3要素のうちの 「赤血球」 「白血球」 「血小板」 の三つとも減少する病気なのだという。

 症状としては 「疲れやすい」 「だるい」 「発熱」 「せき」 「のどの痛み」 などを訴えることが多く、一見 “風邪” とまぎらわしい。
 現に最初のうちは風邪だと思い、風邪薬などを飲ませていた。

 この 「疲れやすい」 という症状は並みたいていのものではないらしく、病院の廊下を20mも歩くことができない。
 病棟から遠い売店などに行くときは、車椅子の助けを借りる。

 赤血球が足りないため、血液の中に酸素を取り込むことができなくなるので、ちょっとした運動でも負担になるらしい。

 まぁ、カミさんはそんな状態で、よくも3年間、車椅子の実母のケアをしていたものだと思う。

 で、そのお母さんには、2週間ほど介護施設のショートステイに甘んじてもらうことにした。

 しかし、それはそれで、お母さんにとっては、相当なストレスが溜まることになるらしいのだ。
 なにしろ、このお母さんは、そういうところに泊まるのが大嫌いなのである。

 「退屈である」 「話し相手がいない」 「自由がきかない」 「テレビが共同なので自分の好きな番組が見られない」 などと、常日頃からカミさんにこぼしていたらしい。

 そのため、カミさんは、介護施設のショートステイに頼って一息抜くこともせず、ずっと在宅介護を続けてきたわけだが、その心労がたたったのか、ついに自分も車椅子になっちゃったわけだ。

 自宅から病院まで、チャリンコで20分。
 病院と介護施設も、20分ほどの距離だ。
 だから2時間もあれば、 “夜回り” はできる。

 そういう方々を見舞ってから家に戻る。

 すると、家でも、
 「腹が減った」 「飲み水がない」 「退屈であった」 「誰も散歩に連れ出してくれなかった」 「夜なのに明かりがつかなった」 「早くウンチを片付けろ」
 ……と文句を垂れる四つ足がいる。

 「たぁー! おとなしくしやがれ!」

 と怒鳴ってから、抱き上げて、ペロペロと頬をなめさせてやる。
 こいつが車椅子でないことが、せめてもの救いだ。

 こうして、3人の女のケアを一通り済ませてから、ようやく私のメシとなる。
 今日はコンビニのペッパーランチ弁当。

 「介護」 って、けっこう大変なテーマだ。
 キャンピングカーがあれば、気が向いたときに自由気ままに 「くるま旅」 を楽しめる…というけれど、家に介護しなければならない人間が一人でもいると、そう簡単に家を空けられなくなる。

 思えば、休日のたびに、カミさんとキャンピングカーで温泉などにくり出していたのだが、それは義母がうちに来る3年前のことになる。

 そういえば、最近はキャンピングカーを (仕事にはよく使うけれど) 旅行に使っていないなぁ…とふと思う。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

マネされたけど…

 用語検索の途中に、あるブログをたまたま開いたら、ちょっと興味のある記事に出合った。
 80年頃の東京のある状景を描いた記事である。

 おお、面白そー!
 …と読み始めたら、途中から、自分がよく使うような単語がやたら出てくる。

 自分には、やはり好きな言葉の趣味趣向というものがあって、どうしても気に入った単語ばかり使ってしまうのだが、そのブログの書き手も、どうやら私と同じ嗜好の人間らしく、使う言葉がやたら似ている。

 へぇーと半ば共感を感じながら読んでいたのだが、途中から、昔どこかで読んだような文章に思えてきた。
 はじめて開いたブログなのに、
 …?
 …なんか変。

 と思ったら、なんのことはない。私の文章だったのだ。
 もちろん、ところどころにその人のオリジナルの文章が挟まっているので、まったくの盗用ではないのだけれど、文意も、テーマも、用語法も、ちゃっかり借りられてしまっていた。

 でも、不思議と腹は立たず、むしろうれしかった。
 これが、市販されている小説だとか、評論だったりしたら問題になるのだろうけれど、たかだがブログである。

 たぶん、その書き手の方は、私の文章を気に入ってくれたから、自分の文章のようにして取り入れたのだろう。
 ちゃっかりしているなぁ…とも思えたが、 「サンキュー」 と声をかけたい気にもなった。

用賀プレストンウッド
 
 80年代の、あのバブルの始まる頃の雰囲気は、ちょっと不思議なものがあった。
 私はその “不思議さ” をテーマにして、自分のブログを書いたのだけれど、すでに自分の青春とは無縁の時代だったので、どこか突き放したような、醒めた目で見ていた。

 しかし、その書き手は、その時代に “青春のど真ん中” を味わったらしい。
 そして、その時代を、どこか懐かしいような、それでいて忌まわしいような、不思議な感慨を持って振り返っている。
 そこは、しっかりと自分の言葉で書かれていて、私はむしろその人のオリジナルの文章に共感し、その感慨に興味を抱いた。
 
 そういうしっかりした文章の書ける書き手に、文章を盗用されるというのは、そんなに嫌なものではない。
 たかだがブログだからね。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

伝説のキックス

 土曜日、高校時代の同窓会というものに初めて出席した。
 …といっても、入院しているカミさんの病状に関して、担当医からの報告があるというので、それを聞いてから駆けつけたので、一次会は終わっていた。

 構内の学生食堂を会場にした二次会からの出席となったが、ちょっと感激したことがある。 
 宴たけなわ…になってから、生バンドの演奏が行われて、それを聞いているうちに、ちょっと興奮したのだ。

 バンドそのものは、まぁ、いま流行の “オヤジバンド” といえるようなもので、われわれの同期のうちの何人かが、趣味のバンドを結成し、ちょうどよい発表の場としてこの同窓会を選んだ…というような感じだった。

 が、最初の組がステージに上がったとき、メンバーのギターとドラムスの人に、 「見覚えがある!」 と思った。

 もしかして、あの……
 
 私は席を立ち上がって、ステージの前の方に移動した。
 
 ステージ前のテーブルは、バンドメンバーの家族によって占められていて、子供たちも交えて 「パパ頑張って」 という感じのアットホームな雰囲気に満たされていた。

 1曲目は、スティービー・ワンダーの 「A Place In The Sun (太陽のあたる場所) 」 だったか…。

 たぶん、ギターとドラムス以外は臨時編成のバンドなのではないかと思うが、ギターとヴォーカルを担当する少し白髪の交じったオッサンの、肩肘の張らないリラックスしたステージぶりに、独特の風格が漂っていた。

四方寿太郎氏

 ギター2本、ベース、ドラムスというシンプルな編成で、初期ビートルズ、ビージーズといったオールディズの名曲が淡々と演奏されていく。

 もしかして、これ、あの伝説の……

 「このバンド、昔 『キックス』 といっていませんでした?」
 私は、ステージ前のテーブルに座っているメンバーの奥さんらしい人に尋ねた。

 「そうですよ」

 そうだ、キックスなんだ!

 ガーン! である。

 高校の学園祭で、学ラン着たままステージに上がり、本場の黒人以上にとろりとしたブラック風味濃厚なR&Bを演奏していたグループ。
 それが、高校生のくせに、セミプロとして、ディスコやベースで人気を博していた伝説の 「キックス」 だった。

 その演奏に接して、私はぶっ飛んだのだ。
 「ショック」 に近いといっていい。

 俺と同じ世代のやつらが、こんなすげぇー音をいとも簡単に出している。

 あの当時、まだ 「ディスコ」 という言葉すら生まれていない時代。
 そういうダンススポットを 「ゴーゴークラブ」 とかいっていたかもしれない。
 
 そこに出演する生バンドでは、日本のバンドよりもフィリッピンバンドの方がうまいとされていた。

 だけど、キックスはフィリッピンバンドのレベルを超えていた。
 リードヴォーカルをとっていたのは、四方寿太郎君。

 イケメンで、クールで、ちょっと悪そうな雰囲気もあって…。
 在学中は、典型的な遊び人に見えた。

 そういう “モテ要素” たっぷりな男に対して、私なんかは、すぐひがみ根性を抱いてしまうくちだから、どうせ、頭も悪いんだろうし、大した特技なんぞも持っていないだろう…と四方君のキャラを悪い方に勝手に想像していた。

 クラスも違ったから、在学中の3年間、一度も口をきいたことがなかった。

 その彼が、学園祭で黒人も顔負けのR&Bを演奏しているのを見て、わぁー負けた! 負けた! と思ったのだ。
 すごいヤツには、やっぱりかなわない。

 キックスはそこでアーチー・ベル&ドレルスの 「タイトンアップ」 や、エディ・フロイドの 「ノック・オン・ウッド」 などをカバーしていたけれど、オリジナルの音源をみな知っていたから、その堂々たるカバーぶりに頭が下がる思いだった。

 自分もバンドをやってみたいと思ったのは、それからである。

 私はその体験を、密かに 「キックスショック」 と名づけていた。

 そのキックスと、なんと40年ぶりぐらいに対面している!
 感無量であった。

 演奏そのものは、私が高校生の頃に聞いたテンションの高い鬼気迫るものとは違って、なんともおっとりした、ある意味、大人のゆとりをもった音だったけれど、そのレイジーさがまた良かった。

 1回目のステージが終わって、テーブルに戻ってきた白髪交じりのオッサンに尋ねた。

 「四方さんですよね?」
 「はいそうですが……」

 40年目にして、はじめて口をきいたのだ。

 「C組の町田といいますけれど、昔、学園祭で四方さんたちのキックスの演奏を聞いて、ぶっ飛んだ人間の一人です」

 「ああ、それはどうも…」
 なんと優しい笑顔であったことか。

 クールで、ちょっと悪の雰囲気もあって、近寄りがたい存在に思えた四方寿太郎氏とはじめて話して、スターの前にいきなりしゃしゃり出たファンのようにどぎまぎしてしまった。

 ギターを肩から外すと、四方氏は温厚そうなただの会社経営者という風貌にしか見えない。

 「昔からファンだったんです」
 そういうと、彼は、なんとも人なつっこい顔で笑った。
 「うれしいなぁ」

 聞くと、在学中からプロのオファーが何度もあったという。

 「しかし、僕らは在学中の思い出を作れればいいと思っていたので、プロにはならないと決めていたんです。
 でも、あの頃、音楽をやっていたよかった。
 それが今の仕事にも結局結びついている…」

 二次会もようやく終わろうとした頃、四方氏が最後の演奏のためにステージにあがった。
 すでに場も乱れ、会場のあちらこちらで、酔った人々のハイトーンの話し声が飛び交っている。

 バンドの人たちも、それぞれの家族と一緒に帰ったのか、ステージに登ったのはギターとベースだけ。

 ドラムスの席が空いている。
 どさくさにまぎれ、ドラムセットの前に座ってみたが、バスドラのフットペダルもスティックも見当たらない。

 誰かが、 「ご愛嬌」 と思ったのか、割り箸を渡してくれた。

 私はその割り箸で、スネアとハイハットを叩いた。
 もちろんギターを弾く四方氏の演奏を邪魔してはいけないと思い、ほとんど音にならないくらいに軽く叩いた。

 でも、ジワーっときた。
 あの四方氏の背中を眺めながら、ドラムスを叩く “まねごと” をしている。

 そんな幸運はめったにあるものではない。
 
 楽しい同窓会でした。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

ハエ狩りの悪魔

 毎年 「12月」 というのは、胃がキリキリ痛くなるような季節だ。
 最大のプレッシャーは、来年春に発行する 『キャンピングカースーパーガイド』 の編集のことだが、それに取りかかる前に、溜まりに溜まったさまざまな企画モノを処理しておかなければならない。

 これが、テキストを書くだけの仕事なら何でもないんだけど、マネッジメントが加わるから、…ということは、他人様との調整事がメインになるわけで、いやぁもう神経がピリピリ。

 “独りごと癖” が出るのも、毎年この季節。
 突然、虚空に向かって、 「コンニャロメ!」 とか 「バカほざくでない!」 などと意味不明の奇声を発したりしてしまって、通行人をギョッとさせたりする。

 自分では無意識に出している奇声なのだが、他人様から見れば、 「あっちに行った人」 でしかない。

 オレ、分かるんだよ。
 ときどき、駅のホームに立って、聴衆のいない線路に向かって演説したりしている人の気持ちが…。


 カミさんが入院してしまったので、台所に洗いの残し皿なんかが山積みになってしまって、そこからショウジョウバエが “ウジャーッ” と湧いてしまった。

ショウジョウバエ

 さっさと洗いモノをすませることが、ショウジョウバエの元を断つ一番の早道だということが分かっているのだけれど、なぜか、それをしない。

 …で、何をやっているかというと、電気掃除機の柄を振り回しながら、シンクから湧き出したショウジョウバエを一匹一匹吸い取っているのだ。

 空中を飛ぶハエを吸い取るにはコツがいる。
 しかし、慣れてくると、いとも簡単に吸い取ることができるようになる。

 それが面白くて、深夜の一大イベントになってしまった。

 そのときに、自分の頭の中に駆けめぐる言葉は、
 「ワレは、地獄から遣わされたハエ狩りの悪魔なり」
 というヤツ。
 
 なんだか自分が、キリシタン禁制の時代の 「キリシタン狩り」 をやっている悪代官とか、幕末の浪士狩りをやっている新撰組の隊士になったような気分なのだ。

 本来は殺傷が大嫌いだというのに、なぜか、この “暗い愉悦” に、今ハマってしまっている。
 だから、台所に立った時に、ショウジョウバエの姿が見えないと、がっかりする。

 昨日は、深夜の3時まで、この無気味な趣味に熱中した。

 ちょっと壊れかかった自分がいて、なんだか怖い。
 だけど、楽しい。
 イヒヒヒ……。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:06 | コメント(4)| トラックバック(0)

奥様の入院

 まいったなぁ…。
 突然、うちの奥様が入院してしまった。
 病気の正体は分らず。

 ここ1週間、咳が止まらず、熱が下がらずで、 「ありゃりゃ…インフルエンザかいな」 と警戒したのだが、当初の医師による診察では、 「ただの風邪」 。

 しかし、薬を服用しても、安静を保って寝ていても、症状が回復しない。

 で、休み明けにまた病院に行き、採血の結果、 「血液に異常あり」 という診断で、その場で入院となった。

 そうなると、こっちは大変だ。

 なにしろ、車椅子生活の義母の食事の世話をしながら、その合間をぬって、病院に行き、入院手続を済ませ、また家に戻って、着替えなどをそろえ、また病院に戻り、その後は、義母の介護の相談に乗ってくれるケアマネージャーの人に会って、打ち合わせをしてから、また家に戻り、犬にエサをやってから、洗濯物とタオルケットを届けに、また病院へ戻り……。
 
 自転車で片道20分ほどの距離を3往復してしまった。

 もちろん会社を休んでしまった。

 カミさんも、実母の介護を3年間続けて、そろそろ限界に来ていたのだと思う。
 矢折れ、刀尽き…という感じだったかもしれない。

 世の中では、 「嫁」 と 「姑」 の葛藤をよく取り上げるが、本当に大変なのは、 「実母」 と 「娘」 という関係らしい。

関係する女所有する男表紙

 斎藤環氏の 『関係する女 所有する男』 という本を読んでいたら、 「基本的に、母親というものは娘を支配したがるものだ」 という記述が出てきた。
 それも、母親にとっては、しばしば 「支配するという自覚なしに行われる」 のだという。
 
 男親も、もちろん男の子を支配しようとする。
 しかし、父・息子関係においては、男の子が成長するに及び、
 「何をいってやがる、このバカオヤジ!」
 と子供が牙をむき出した時点で、 「支配 = 被支配」 の構造は断ち切られる。

 しかし、母娘関係は、この構造が断ち切られることがない。

 なぜかというと、母親の娘支配は、とにかく、母親が娘に関して母性的かつ献身的に奉仕し、娘に 「申し訳ない」 と感じさせることによって成立するからだ……そうだ。

 母親にとって、娘というのは 「自己愛」 の投影であり、アイデンティティそのものである……そうだ。

 つまり、母親にとって娘というのは、 「自分が遂げられなかった願望」 を満たす対象であり、自分自身の 「若い肉体を持った分身」 であるのだとか。

 この “分身” という感覚は、私のような男には分らない感覚だ。

 しかし、 「分娩」 という、自らの肉体が、別の生命をつむぎ出すという経験を持つ母親は、ただでさえ、子供を自分の分身と感じる度合いが強い。

 自分の 「分身」 なのだから、自分をコントロールするように、子供もコントロールできるはずだし、しなければならない……と世の母親は、そういう思いにとらわれがちになる。
 
 どうも、そこに 「母と子供」 の悲劇の根源がありそうだ。

 もちろん、母親は男の子もコントロールしたがるのだけれど、世の中に連綿と続いてきた 「男の文化」 があるために、母親はどうしても、 「自分とは異質の性である」 という “ためらい” を払拭しきれない。

 それに対し、娘の場合は、母親が、幼い頃に自分の母親から習ったように、フェミニンな服を着せ、女の子っぽい髪型にさせ、可愛い仕草を学ばせるという、身体的な “しつけ” を施しやすい。

 母と娘は、 「身体」 を通して結ばれやすくなり、その分、 「支配 = 被支配」 の構造は見えづらくなる。
 
 そういう問題に直面しない母・娘関係というのも、世の中にはたくさんあるだろうが、まぁ、うちのカミさんとそのお母さんというのは、そういう 「構造」 の中ですくみ合っていたのかもしれない。

 「世話そのもの自体は、たいした労力ではない」
 とカミさんはいう。

 話を聞いていると、どうもカミさんは、介護という “労働” よりも、母との間に繰り広げられる 「支配 = 被支配」 の葛藤そのものに疲れていたらしい。

 入院というのは、彼女にとって “休養” という意味もあるかもしれない。
 お母さんの介護はしばらくこっちが引き受けるから、せいぜい疲れをとってほしいと思う。
 難病でなければいいけれど……。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:36 | コメント(4)| トラックバック(0)

チョイ悪ミッキー

 携帯電話の待ち受け画面は 「ミッキーマウス」 である。
 ミッキーが好きなのだ。

ミッキーマウス005

 中学生の頃、授業中にマンガを描いて、休み時間にみんなに見せていたけれど、そのマンガの主人公を 「ポパイマウス」 と勝手に名づけていた。

 なんのことはない。
 顔がミッキーマウスで、腕がポパイという、当時のアメリカンアニメの両スターを合成したような主人公だった。

ポパイ

 で、普段は冴えない弱虫ネズミなんだけれど、いざというときには、ほうれん草の缶詰を食べて、とてつもない腕力をふるうという設定だった。

 「どうだぁ! 面白いだろー」
 と、本人は得意だったのだけれど、ある時、それほど仲の良くない級友に、こう言われた。
 
 「おめぇ、オリジナリティがねぇな。ポパイとミッキーの合成なんて安易だよ」

 「オリジナリティ」

 そういう言葉は、中学1年の私がはじめて聞いた言葉だった。
 今の中学生だったら、あたり前に使う言葉かもしれないが、当時の私のボキャブラリーにはない言葉だった。

 都会のすれっからしばかり集まっていた中学だから、そんな生意気なヤツもいたのだ。

 意味は分からなくても、侮蔑されたことぐらいは分る。
 しょげて、 「ポパイマウス」 の連載はそれで打ち切りになった。

 でも、ミッキーマウスは相変わらず好きで、駅のトイレだろうが、公園のベンチだろうが、いろいろなところに 「ミッキー参上!」 というマンガ入りの落書きをしていた。 

 そのときに頭の中にあったミッキーは、学校の規則なんかも 「へ」 とも思わない、いたずら好きのチョイ悪ネズミであり、それは自分自身の分身であったかもしれない。

 ミッキーというキャラクターに、そういうイメージを勝手に盛り込んでしまったせいか、どうも東京ディズニーランドで、 “良い子たち” に媚 (こび) を売る着ぐるみのミッキーが面白くない。 

ミッキーマウス002

 あれは、私のイメージの中にあるミッキーマウスとは別物である。
 タキシードなんかでいつもおめかしして、紳士ヅラして、子供たちに愛嬌を振りまくミッキーなんて、およそ 「らしくない」 。

 いったい、いつからミッキーは “良い子” になっちゃったんだ?

 そもそもミッキーマウスというのは、今のドナルド・ダックが演じていたような、やんちゃで、短気で、それでいて調子よくって、茶目っ気があって、おっちょこちょいのキャラクターだったのだ。

 それが、いつの間にか優等生になって、ジェントルマンになって、人畜無害になって、ネズミのうさんくささがなくなって、没個性になっちゃった。

 「オレのミッキーを返してくれ!」
 と、言いたくなっちゃう。

 で、好きなのは、当然、昔のミッキーということになる。

 ミッキーがデビューしたのは、1928年に公開されたアニメ 『蒸気船ウィリー』 ということになっている。

ミッキーマウス004
▲ 「蒸気船ウィリー」

 ここで描かれるミッキーは、まだまだ粗野で、荒々しいキャラクターで、 “ネズミ臭さ” をいっぱい持っていた。
 今のTDLでパレードの先頭に立つミッキーの、妙に優等生ぶったキャラクターとは大違い。

 だから、可愛かった。

ミッキーマウス001

 可愛い頃のミッキーには白目がない。
 目全体が黒目である。

 これは決定的なことだと思う。

 目の中に、白目と黒目が描かれるミッキーは、 「人間の目」 になってしまっている。

ミッキーマウス003
 
 自分の個性を殺しても、給料のために、与えられた役割を “けなげ” に演じている人間の目だ。
 分別臭くて、よろしくない。
 かわいそーなミッキー。

 私が持っている携帯の待ち受け画面のミッキーは、黒目だけの初期ミッキーである。
 これは可愛いなぁ…と、いつも画面に見惚れている。

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ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:13 | コメント(10)| トラックバック(0)

高校時代

 高校時代の同窓会を開くという通知をもらった。
 元来、 「学校」 に対する帰属意識というものが薄い人間だったので、今までも同窓会への誘いをもらっていたのかもしれないが、返事を出したという記憶がない。
 当然、出席もしなかった。

 だから、 (クラス会というのには参加したことがあるが) 同窓会というのは、今回はじめての出席となる。
 「出席する」 と返事を出すと、けっこう楽しみでもある。

 同窓会に冷淡であったというのは、ひとつには、あまり同期の友だちというものがいなかったせいもあるかもしれない。

 新聞部というものに入っていたので、どちらかというと、先輩たちとの付き合いの方が多かった。

 最初は、バスケットボール部に入っていたけれど、ついにレギュラーになれず、こっちは2年生になって辞めた。
 レギュラーになれない理由を自分の背の低さにして納得していたが、なんのことはない。
 ただ、ヘタだっただけだ。

 新聞部の方は面白かった。
 その部室が、なぜか同じ学園の大学構内にあったので、放課後などは、高校の校舎から離れた大学のキャンパスに出入りしていた。

大学のキャンパスへ向かう小道
▲ 大学のキャンパスへ向かう小道

 部の先輩たちは、さらにその先輩である大学生たちの付き合いもあったので、部室には大学生たちも出入りする。
 
 彼らは、部室で煙草も吸い、時には酒も飲んだ。
 高校生であったわれわれも、一緒になって、そのような “悪習 (?) ” に付き合った。
 高校の校舎から離れていたので、 “治外法権” だったのである。

 「夜は水炊きをやろうぜ」
 と、大学生の先輩たちがいうと、高校生のわれわれは食材の買出しをやらされ、ストーブにマキをくべてから、鍋の中に鳥やらネギを入れて、先輩たちに振舞わねばならなかった。
 
 代わりに、酒を飲まされ、哲学とか、文学の話に付き合わされた。
 そこには、ある意味の、旧制高校風の “バンカラ” の精神風土が残っていたように思う。

 どんな話でも周りに合わせる軽い性格だったので、先輩たちの語る哲学とか文学の話に、分からないまでも歩調を合わせていたら、大学生の先輩から、 「オマエはずいぶん都会的な軽薄さを持ったヤツだな」 とあきれられた。

 都会的な軽薄さ。

 自分のキャラクターというのが、そういうものであったことを、そのときはじめて知った。

 深みも何もないくせに、つじつま合わせだけは上手。
 たぶん、その先輩のいわんとしたことは、そういうことだったと思うのだけれど、その目が優しく笑っていたから、可愛がられたものと勝手に解釈していた。

 諸事、自分に都合よく解釈するという “調子のいい” 性癖は、いまだに変っていない。

 新聞部の部室の隣りに、演劇部の部室もあった。
 
 自然と、演劇をやっていた先輩たちとも付き合うようになった。
 不条理劇とか、アンチテアトルとかいう演劇の全盛期で、彼らはイヨネスコとかベケットを語っていた。
 よくは分からないまま聞いていると、 「おまえ、役者をやれ」 と突然言われて、寺山修二の書いた脚本を渡された。

 ええ? … と一瞬尻込みしながらも引き受けたのは、台本にキスシーンがあったからだ。
 しかも、そのとき密かに憧れていた1年年上の女性の先輩が相手役に決まっていたからだった。

 しかし、さすがに高校生演劇でキスシーンはまずかろうという演出を務める先輩の配慮で、キスシーンは削られた。 
 
 学園祭で舞台に立つことになったが、その演劇の出来栄えがどんなものであったのか、自分ではよく分からない。
 誉めてくれた人たちもいたが、しょせん、演劇的な訓練も受けたことのないド素人の演技。
 たいした舞台を務めたようにはとても思えない。

 新聞部の部活は、先輩たちが抜けていくと、その紙面づくりを自分でやらねばならなくなった。
 
 時代が音を立てて変っていくような時代だった。
 大学では、学園紛争の兆しが見えてきた。

 紙面づくりにも、そういう時代に 「高校生は何を発言しなければならないか」 という問題意識が要求されるようになった。
 「都会的な軽薄さ」 では乗り切れない時代になっていた。
 
 政治意識の高さや思想的な先鋭さを打ち出すような後輩なども入ってきて、編集会議が、政治や思想を議論する場になった。
 「主体的な意見」 というものを持たない自分は、やりこめられるだけで、彼らを統率するなどということもできなかった。

 しかし、議論そのものは自分にとっては新鮮で、 「世界」 に対する見方が一気に広がったような気分になった。

 高校の校舎の方に帰ると、別世界が待っていた。
 こっちは、学園紛争的な気分とはまったく無縁のカッコいい若者たちが、文字通り “青春を謳歌” していた。

 新聞部の部室で交わす泥臭い議論の雰囲気も好きだったが、彼らのスマートな暮し方にも憧れた。

 学園祭で、リズム&ブルースを演じるバンドがいて、その演奏のレベルの高さにびっくりした。
 聞くと、セミプロとして、盛り場のディスコで人気を誇るバンドのひとつだとのこと。

 高校生で、そういう場を持っている連中がいたということに対して、素直に驚いた。
 
 新聞部も演劇もいいけれど、バンドもやりたくなった。

 バスケット部は辞めていたけれど、ある日、久しぶりに部室に遊びに行ったら、ひとつ年上の先輩が歌を口ずさみながら、ボールを磨いていた。

 「グッタイ、バッタイ…」 
 モソモソッとした歌が、汗臭い午後の部室に漂っていた。

 「先輩、何の歌ですか?」
 と尋ねると、
 「ああ…、アメリカで聞いたんだ」
 そっけない返事だった。

 1年アメリカに留学していた人だった。

 あとから分かったことだが、彼が歌っていたのは、レッド・ツェッペリンの 「 Good Times Bad Times 」 だった。
 
 その時代から、音楽も変っていたのだ。
 ツェッペリンの存在が日本で知られるようになったのは、その1年後ぐらいだったから、アメリカ帰りはすげぇな…と、後になって、素直に感心した。

 クリームとか、ジミ・ヘンドリックス、ドアーズなどというグループの曲がラジオから流れ出したのも、その頃からだった。

 そういう音を聞きながら、家にいるときは、机を割り箸で叩いて、ドラムスの練習を始めた。
 しかし、さすがに、うまいバンドの存在を知ってしまったので、ついに高校時代は、自分でバンドを組むことはなかった。

 いくつかの淡い恋もしたけれど、すべて “片思い未満” で、ひとつも実らなかった。

 モテない男同士と付き合っていた方が気楽だったので、放課後は、そんな連中とツルんで、地下室のある喫茶店にもぐりこんで、煙草を吸いながら、ラジオの深夜放送の話などをよくした。

 週末はナンパするために、仲間と盛り場のディスコに繰り出していたけれど、みな声をかけてもその場かぎりで、結局、帰りにみんなでラーメンを食ってお開きになった。

 今から思うと、高校時代というのは、自分でも何をやりたかったのか、皆目見当もつかない状態だった。
 すべて中途半端なまま、コロコロ気が変わって、何をやっても、あまり楽しくなかったような気もする。

 そんな高校時代の同窓会にはじめて出席する。
 はて、どんな話題になるのやら。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

初代チェイサー

 昔、トヨタの初代チェイサーに乗っていた時期がある。
 大ヒットしたマークⅡの兄弟車だ。

初代チェイサー007

 トヨタは、ひとつのコンポーネンツで、 「エレガントな貴族的セダン」 としてマークⅡを売り出し、 「遊び心に満ちたスポーティなハードトップ (セダンもあったけど) 」 として、チェイサーを売り出した。

 どこが違うの?
 …というと、セダンとハードトップの差というのはあったが、それ以外は、グリルのデザインと、ヘッドランプ回りの意匠が違うだけ。
 あとは外板色と販売店の名前が違う。

 トヨタの方も、その程度のセグメントで、お客を納得させられるとは思っていなかっただろうけれど、お客の方もわりと醒めていて、そのようなお手軽なイメージ戦略に対しても、特にめくじらを立てる人もいなかった。

 で、私はチェイサーの方を買った。
 真っ赤なボディに、白いストライプが入ったSGS。

初代チェイサー003

 「ハーダーサス」 という、少し硬めのサスペンションを入れた仕様で、確かにノーマルマークⅡのぐにゃりとしたサスよりは、 “凛とした” 乗り心地を実現しているように思えた。

 6発に乗ったのは初めてだったが、 「さすが4発よりはシルキーだわい」 と、エンジン特性にもけっこう満足した。

 このクルマは、今でも、なかなかスタイルのいいクルマだと思っている。
 キャビンを小さく絞ったロングノーズ、ロングデッキの “ジャガールック” で、当時の 「美しい」 とされたプロポーションをけっこう忠実に反映したフォルムだった。

チェイサー広告002
▲ スタイルはジャガー風であるのだが、アメ車風のキラキラ感もあって、そのちょっと “危険な甘さ” が、なんともいえませんな。

 CM (↓) では、草刈正雄がイメージキャラクターを務めていて、赤いボディに真っ白なスーツでクルマによりかかる姿がカッコ良かった。

チェイサー広告001
▲ ハリウッドのスキャンダラスなイメージと 「サムライニッポン」 という妙なキャッチの取り合わせが、きたるべきバブルの時代を先取りしていた感じだ。

 草刈正雄をまねて、私も白いスーツを買った。
 (足の短さ以外は、いい勝負だと思っていた)

チェイサーの前のアホ

 普段は革ジャンパーにジーンズで乗っていた。 (その姿で通勤もしていた)

 頭をチリチリパーマにしていた時期で、どう見ても、遊び人だった。
 事実、遊び人だった。

 一度、そのクルマに乗っているときに、西湘バイパスで、暴走族の大集団に巻き込まれたことがある。

 いつの間にか、右を見ても、左を見ても、派手なエアロを付けて車高を落とした族仕様のハコスカとかゼットばかり。
 頭にハチマキを巻いた男の子の後ろでは、箱乗りした女の子が、隣のクルマの男と肉まんじゅうを分け合っていたりという、もう路上パーティ状態だった。

 逃げ出そうにも、大渋滞。
 身動きひとつ取れない。

 やつらをなるべく刺激しないようにして、窓をしっかり閉め、音楽の音も止めていたのだけれど、隣りの若造が 「おらおら!」 とこっちを向いて怒鳴り始めた。

 「やべぇ…」 としばらく無視していたが、あまりにも大声で怒鳴るので、ついに窓を開けて、相手の顔を見た。

 そいつは、手のひらをメガホンのような形にして、私の顔を見るなり、
 「おい、気をつけろ! この先検問だぞ、検問!」
 と一生懸命教えてくれたのだ。

 仲間に思われたのだと分かった。

 元来調子の良い私は、
 「おう、そうか分かった!」
 と返事を返し、カセットテープの音楽をキャロルに変えて、大音量で鳴らすことにした。
 隣の若造が、指でピースマークを作ってニヤリと笑った。

 彼らが心配したような検問などというのはなくて、料金所を過ぎると、するするとクルマの列も動き出した。
 気がつくと、族仕様のクルマも、いつの間にか霧散していた。

 赤いチェイサーというクルマは、 “そういうクルマ” なのかと、よ~く身にしみた。
 実際その頃ぐらいからか、シャコタンにしたチェイサーをよく街で見かけるようになった。

 私はノーマルで乗り続けたけれど、どこかそういう “ワル” のイメージが漂うクルマであるということは、別にイヤではなかった。

初代チェイサー005

 そいつには、長男が幼稚園に入るまで乗った。
 それからおとなしいセダンを買った。

 チェイサーを降りた時点で、なんとなく自分の青春も終わったように思えた。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:09 | コメント(6)| トラックバック(0)

皆様ありがとう

 「東京お台場くるま旅パラダイス」 が終わると、なんだか1年もそろそろ終わり…という気分になる。
 華やかに彩られたブースの灯りが消え、深まる夕暮れの空の下、出展車両が次々と片付けを終えて、来た道を引き返していく。
 1台1台とキャンピングカーが消えるにしたがって、会場はゆっくりと元の駐車場に戻っていく。

 会場が新しくなった今回のショーは、成功のうちに終わったようだ。
 誰もが 「いいショーだった」 と言っていた。
 来場者も多かったし、商談が進んだブースもあったようだ。

お台場くるま旅パラダイス01 
 ▲ 開場前の入場者の行列

お台場くるま旅パラダイス02
 ▲ ペット連れが多いのも、このイベントの特徴

お台場くるま旅パラダイス03
 ▲ 渡部竜生さんの 「キャンピングカーセミナー」

 結局、搬入日を入れて2日間、会場の一角に停めさせてもらった自分のクルマの中で寝た。
 
 例年のごとく、今年も性懲りもなく、夜はただ酒、ただメシ三昧 (ざんまい) 。

 厚かましいかぎりだが、日産ピーズさん、フィールドライフさん、エアストリームジャパンさんなどのお客さんたちのパーティにのこのこ顔を出し、快く手作りの料理をふるまってもらい、楽しいひと時を過ごした。

 お声をかけてくださった方々には、この場を借りて御礼申しあげたい。

 やっぱり、キャンピングカーを好きな人たちと話しているのが一番楽しい。
 旅行先の思い出を聞かせてもらい、記憶に残った旅先の状景、クルマの中での夜のすごし方など、各人各様の旅の仕方があって、聞いていると飽きない。

 キャンピングカーって、楽しみ方が一つではないのだ。
 100人のオーナーがいたら、100通りのキャンピングカーライフがある。

 その情報交換がなされるユーザーパーティは、キャンピングカー遊びのアイデアが次々と披露される 「旅情報」 の宝庫だ。

 このブログをいつも読んでくださっているというお客様にも、いろいろお話をうかがった。
 「面白いですよ」
 などとお声をかけてくださると、うれしいと思う反面、なんだかとても気恥ずかしい気持ちにもなる。
 それこそ、ホントに気ままな “独り言” 。
 とても、お付き合いいただけるようなシロモノでもないように思うこともある。

 でも、そう声をかけていただくことが励みにもなる。

 2日間更新をサボっていながら、今見たら、総アクセスで2百万件を超えていた。
 お越しいただいた方々には、あらためてお礼を申し上げたい。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:32 | コメント(2)| トラックバック(0)

犬と一緒にお風呂

 久しぶりに犬と一緒に風呂に入った。
 いつもはシャンプーして、シャワーを浴びせていただけなのだが、たまには犬だってゆったり湯船に使ってのんびりしたいだろうと思ったわけだ。

 足が地につかないので、犬も最初は恐がる。
 腹だけお湯に浸けて、絶対背中までお湯の中に入れさせようとはしない。
 しかし、しばらくすると、いつの間にか湯船の縁にアゴを乗せて、ほぼ肩まで湯に使って、ノホホンとしている。

 前に飼っていた犬は、子どもがいたずらして、わざと湯船の中に落としてしまったそうだ。
 突然、足が底に届かないところに浮かされたわけだから、アセったろうな。

 以来、そいつは絶対に湯船に浸かるのを拒否するようになった。
 (かわいそーに)

 しかし、今度の犬は、まだそういう悲劇を味わっていないので、飼い主が下から腕で支えている限り、湯船に浸かるのをそんなに嫌がらない。

 眺めていると、面白い。
 最初のうちは、足はバタバタ目はキョトキョトと落ち着かないが、そのうち目を細めて、まったりしてしまう。
 ときどき、ふが~っとあくびをする。

 もし歌など覚えたならば、そのうち鼻唄なんぞを歌いだすのだろう。
 『宗右衛門町ブルース』 を教えてやったが、今のところ、まだ覚える気配はない。 

 温泉に浸かりに来るサルやクマもいるという。
 お風呂の気持ちよさは、動物にはみな共通に感じられるものかもしれない。

 湯上りには、はい、ヤクルト。

クッキー003

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:12 | コメント(2)| トラックバック(0)

チンギスⅣ依存症

チンギスハーンⅣゲーム

 コーエー (KOEI) の開発したコンピューターゲーム 『チンギスハーンⅣ (蒼き狼と白き牝鹿Ⅳ) 』 は、おそらくゲーム史に残る不朽の名作ではなかろうか。

 ただし、 「世界史が好きな人間」 という限定条件はあるが、その条件内に入った人たちにとっては、こういうゲームがこの世に存在すること自体が奇跡のように感じられるだろう。

 どういうゲームかというと、チンギスハーンおよびその子孫たちが、東アジアを統一し、さらに世界制覇を目指して、広大なユーラシアを縦横に駆けめぐるという歴史シミュレーションゲームなのだが、主人公にチンギスハーン一族以外の様々なヒーローを選べるというのがミソ。

 つまり、同時代に生きた歴史上の人物ならば、プレイヤー自身がリチャード獅子心王になりきることも可能だし、源頼朝に生まれ変わることもできる。
 さらにパワーアップ版 (PUK版) を入手すれば、ゲームで設定された国以外に、任意の新国王を3人まで自由に設定することができる。

 だから、シナリオには設定されていない平家一門を自分でつくって、彼らが源氏に追われて朝鮮半島へ脱出。
 しかる後に、満州に新国家を築いて、そこから日本へ再上陸。
 ……などという途方もない歴史上の 「if」 をつくり出すことも可能なのだ。

 もちろんこのゲームは、世界史の知識などと関係なくその面白さを享受できる。
 しかし、歴史情報の蓄積があればあるほど、妄想が活発に誘発され、それが画像に現れない 「物語」 を次から次へとつむぎ始める。
 つまりゲーム自体が、マニアの思い入れをたっぷり受け入れる途方もない深みを持っているのだ。

 そのせいで、発売後11年が経過し、すでにソフトの販売も終了しているというのに、いまだにコアなファンによって運営される専門サイトがいくつもあり、そこでは現在も遊び方の情報交換が活発に行われている。

チンギスゲーム003

 で、私は10年間におよび、数年サイクルでこのゲームにハマる季節を迎えてきた。
 ハマると、それこそ寝食を忘れて没頭する。
 「依存症」 という言葉があるが、まさに本物の依存症状態になってしまう。

 特に、塩野七生さんの本を読んだ後が “危険” 。
 塩野さんのルネッサンスものなどは、このゲームのシナリオの一つとして用意されている時代とも重なる場合があるので、ちょっと無理な設定をすれば、その本に登場する人物を主役にしたゲームが可能になる。
 だから、彼女の本を読むと、必ずその後しばらくは塩野さんの 「物語」 をゲーム上で再現したくなって、理性のコントロールが効かなくなる。

 実は、ここで告白してしまうと、今年の初夏の頃、一時このブログの更新が途絶えたことがあった。
 そのときは 「腰痛」 のせいにしていたけれど、本当は、もう何年ぶりかのサイクルで、このゲームにハマりっぱなしの季節を迎えていたのだ。

 だけど、一応キャンピングカーという “アウトドア情報” に携わる仕事をしているわけだから、そのようなインドア趣味ばかりを吹聴するわけにはいかない…という理性も働いて、とてもそのことを告白する気にはならなかった。
 まぁ、今はやっとその依存症状態から抜けたこともあって、ようやくそのときの状況を書く気になった。

 で、このゲームの魅力のひとつに、登場人物たちの 「顔グラフィック」 の素晴らしさがある。
 最近の 『信長の野望』 や 『三国志』 などは、登場人物のグラフィックが理想化され過ぎて、みな “宝塚歌劇の歴史ロマン” みたいになってきたけれど、 『チンギスⅣ』 の男たちはリアルで、それぞれ強い個性を持っている。
 だから、遊んでいる途中からゲームをしているというよりも、 「映画」 を見ている感覚になってくる。

 で、PUK版ではこの顔グラそのものを自由に選べるようになっており、自分の好みの人物に、好みの顔を与えられるというのが人気の秘密なのだ。

 ただし、国王以外は、顔の入れ替えには制限が設けられている。基本的に、同一文化圏に属する人物の顔グラ以外のものは入れ替えできない。
 たとえば、モンゴル文化圏に属する人物たちは、その文化圏内に設定されているいわゆるアジア顔の 「将軍」 以外のものとは交換できないようになっている。

 しかし、 “裏ワザ” がないわけではない。
 プログラムファイルを少しいたずらすればいいのだ。

 さらにペイントソフトがあれば、顔そのものに修正を加えることができる。
 慣れてくると、ヒゲを生やさせたり、帽子をターバンに変えたりなどというカスタマイズが自由自在にできるのだ。
 あまり大っぴらにはできないけれど、そんな例をちょこっと。

▼ 割と人気の高いジャムカ。その変身(右)

コーエイ057 コーエイ029

▼ 「チンギスⅣ」 のイケメンコンテスト (…があれば) では、毎回上位入賞をはたす (…であろう) フランスのフィリップ4世王子。
 しかし、王子様の役ばかりでは、王子ご本人も飽きてしまうだろうと思い、変装するときの顔も作ってやった。
 お忍びで町に遊びに…という設定で、お洒落な帽子とヒゲを付けみると、ルネサンス期のイタリアあたりにいそうな、「いかにも女をコマすのがうまそ~」な遊び人の表情になった。

コーエイ001 コーエイ003

 このゲームには、 「女性たち」 も登場する。ヒーローたちの妃となる人々だ。
 実在する后妃もいれば、架空の名を与えられた架空の后妃もいる。
 ただし、彼女たちがゲーム上で活躍する場は与えられておらず、あくまでもパーティの席上などで会うことしかできない。それでも彼女たちの登場は、ゲームに華麗な彩りを添える。

コーエイ048 コーエイ044

 この后妃たちの顔グラを、コピペで男性将軍の上に貼れば、画像だけ “姫将軍” が誕生する。ただし、男性として設定された人物の顔グラフィックに貼るだけだから、ゲーム上の属性は男そのもの。しゃべり口調は男言葉になるし、后妃を娶ったときは妊娠させてしまう。

 以上、とんでもないインドア男の告白になってしまったが、このゲームで遊ぶことは、ある意味で “創作活動” かな…と思わないでもない。
 顔グラを変更することを言っているのではない。
 遊ぶときに頭の中で造り上げる 「構成」 のことを言いたいのだ。

 私などが遊ぶスタイルは、はっきりいって制作者の意図とは外れているはずだ。
 敵国をひとつひとつ潰して、 「世界を征服する」 ということが目的とされるゲームであるにもかかわらず、自分はそんなふうには遊んでいない。

 実在人物、架空人物問わず、その人間の能力アップや所属都市の経済の振興、文化レベルの向上を、表ワザ・裏ワザを駆使して楽しんでいる。
 時にゲームに登場する人物たちと対話をし、さらに操っている人物同士にも会話をさせ、頭の中では完全に大河ドラマのようなストーリーを組み上げる。

 ゲームに熱中し始めると、もうまったく忘我の境地。
 勝手にゲーム中の人物になりすまし、
 「今トルコに潜伏したスパイからの情報ですと、アナトリア半島で大規模な食糧調達と武器の移動が始まっているそうです。おそらくロードス島の攻略が近いのではないかと…」
 などと、独り言をいいながら、ゲームの人物たちを動かしている。

 たぶんこういうゲームはもう二度と出てくることはないだろう。
 ハマったマニアはみな絶賛するが、内容をこれだけコアな部分にまで掘り下げてしまうと、マーケットとしての広がりは期待できない。
 こういうゲームを企画するのは、歴史的資料の膨大なるストックが必要となる。
 それはコストにも跳ね返るだろうし、プログラムの容量にも問題を及ぼすだろう。

 そのため、コーエーでも 「Ⅳ」 でうち止めにして、続編をつくる予定はないようだ。

 なのに、いまだに熱烈ファンのサイトでは、 「次作のチンギスハーンⅤに期待したシステム」 などという書き込みが後を絶たない。
 中古品も人気で、特に絶版となったパワーアップキット (PUK) 版は入手しづらくなっているという。

チンギスゲーム002

 いま怖いのは、今度この依存症がいつ自分に訪れるか…ということなのだ。
 それが、メインの仕事の締め切りまぎわなどに訪れたとしたら、私はもう破滅だ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

忙しい季節

 いろいろと忙しい季節がめぐってきた。
 今週は 「東京モーターショー」 と 「名古屋キャンピングカーフェア」 が重なっている。
 モーターショーのプレスディ (金曜日) に出るとなると、そのあと名古屋まで飛んでいくことになって、あわただしい。
 モーターショーのプレスディは諦め、一般見学日に行くことにして、名古屋を優先するか…。

東京モーターショー2009ポスター

 東京モーターショーで興味があるのは、開催期間中に催される各種のシンポジウム。
 「カー旅時代の観光モデル」
 を探るとか、
 「20年後のモビリティを考える」
 あるいは、
 「エコカーやパーソナルモビリティの普及を見据えて」
 などというシンポジウムは、いずれもキャンピングカーの将来を考えるときに不可欠のテーマだと思う。

 自動車を駆動するエネルギー源に関する “資源の問題” 。
 環境へのインパクト軽減にどう対応するかという “環境問題” 。
 そして 「旅」 というものをどう考えるか、という問題。

 そのような諸問題に対して、キャンピングカーも無縁ではいられない。
 自動車工学、経済学、環境学、交通社会学、観光学。
 それらの諸学を横断する自由な目とフレキシビリティに富んだ姿勢が必要となるだろうし、もっと肝心なことは、人間を理解するための哲学が必要となるということだ。

 身体がいくつあっても足りないし、時間というものはあまりにも限られている。

 …なのに、最近テレビを買い替えて、各局のBSハイビジョンが見られるようになったので、家でそればかり見ている。

 やれやれ…… 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

ブログが終わる時

会社デスク

 最近、気にとめてときどき読んでいたブログが、三つほど相次いで閉鎖された。
 いずれも、突然の閉鎖だった。
 
 炎上したわけではない。
 引越ししたわけでもない。

 ふと気になって調べてみたら、みな2年から3年目であった。
 「3年」 というのが、人がブログを維持するときの、ひとつの節目なのかもしれない。

 中止された方々には、みなそれぞれ固有の理由があるのだろう。
 身辺が急に忙しくなって、ブログどころではなくなったのかもしれない。
 ブログを通じて何かを発信するということが、突然めんどくさくなったのかもしれない。
 ブログ以上に熱中できる新しい試みにチャレンジしているのかもしれない。
 あるいは、人に言えないような、とてつもない心境の変化が訪れたのかもしれない。

 理由を述べられていた方もいらっしゃったが、それも、それまで読んでくれた読者への “挨拶” のようなもので、閉鎖の真相を知ることはできない。

 ただ、人がブログを止めるとき、なんらかのメッセージがあるものだ。
 その前のエントリーか、あるいはその前々あたりか、
 「あ、このブログは終わるのだろうか?」
 …と感じさせる気配を残している場合があるのだ。

 とつぜんストンと終わってしまったようなブログでも、注意深くさかのぼっていくと、終わりを予感させる気配を感じるときがある。

 最近の話ではないが、毎回楽しみにしていたブログが、突然更新をストップしたことがあった。
 それから4ヶ月経つが、いまだに新しいエントリー記事がない。
 そのブログの更新を楽しみにしていた私は、それがとても残念でならない。

 ただ、突然途切れたエントリーの二つ前の記事に、一行だけ、

 「絶望した! 自分の才能のなさに絶望した」

 と、たったひと言書かれていた。

 そのひと言が、何を意味するのかは分からない。
 ただ、なんとなく痛ましいものを感じた。

 その人のブログは、才気とユーモアにあふれ、読む人に勇気と癒しを与えてくれていたからだ。
 およそ 「才能がない」 などと自分を嘆く人のように思えなかったのだ。

 だから、その次のエントリーがあったときには、わが事のようにホッとした。
 
 しかし、それからエントリーは二つも続かなかった。
 
 あるミュージシャンのライブに行って来て、 「おもしろかった!」 と、ただひと言感想を述べた後、それ以降の更新がぷつりと途絶えた。

 あれは 「終了宣言」 だったのか。
 いま思うと、そのような気もする。
 最後のエントリー記事のタイトルは 『風になりたい』 というものだった。

 その人は、その後、本当に 「風」 になったのかもしれない。

空の雲と風

 私は、いまだにそのブログを 「お気に入り」 から外せないでいる。
 今もパソコンを開くたびに、 「お気に入り」 に入れたそのブログを習慣のようにクリックする。
 昨日がだめなら、今日はエントリーが復活しているかもしれないと思い、たぶん明日もまた開くことになるのだろう。


 いま日本にどのくらいのブログが流通しているのだろうか。
 新しいブログがどんどん誕生している影で、そぉっと身を引いていくブログも同じくらいあるに違いない。

 そういった意味で、ブログは空しい。
 いっとき誰かとコメントのやりとりをして、つかの間のコミュニケーション回路を開いたとしても、閉ざしてしまえばそれも消える。
 ハンドルネームだけが頼りの世界なので、その人の実人生に何が起こったのか、そこまで踏み込むこともできないし、またそうする理由もない。
 
 だから、更新が途絶えれば、それはネットの世界から消えていくことを意味している。

 しかし、それでも待っている人は、必ずこの世界のどこかにいる。
 現に、私がそうだ。

 人になにがしかのインパクトを与えたブログは、更新が途絶えても再開を待っている人がいるのだ。 
 たとえ、1日のアクセスが、4~5件に過ぎなくても、少なくとも4~5人の読者は期待しているのだ。

 4ヶ月更新が途切れたそのブログには、アクセスカウンターがついていて、昨日は5人、今日は8人の人が訪れていた。
 私と同じように、4ヶ月も待たされているというのに、密かにその再開を期待している人が、それだけいるということである。

 ブログというのは、頼りないコミュニケーションツールかもしれないが、それでもこの殺伐とした今の世で、人と人をつなぐ、なんらかの力にはなりえている。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 13:18 | コメント(8)| トラックバック(0)

タイガース85年

 「野球のクライマックスシリーズって何のこと?」
 ……ってな状況なのだ、今の自分は。

 いや、知ってるよ。
 もちろんその意味ぐらいは知っているけれど、いったいどこのチームと、どこのチームが戦うことになるのか、それが呑み込めていない。

 いったい、何でこんな野球に冷淡になってしまったのか。
 自分でも分からない。

 でも、「これで野球はもういいな…」 と深く思ったことが一度あった。

 あれは星野監督が阪神タイガースを率いて、日本シリーズを戦った03年のときだ。

03阪神優勝

 福岡ドームで2連敗した阪神は、甲子園にダイエーホークスを迎え討つ。
 そして、3連勝。
 甲子園はまるで優勝したような球場全体を揺るがす大歓声に包まれた。

 それをテレビで見ていて、
 「ああ、もうこれで充分! 優勝しなくても、これだけ感激できれば充分」
 ……なぜか、そんな気持ちがふっとこみ上げてきた。

 結局、福岡に戻った阪神は、2連敗して “日本一” を逃す。

 でも、そのとき、不思議と落胆しなかった。
 「あの甲子園の3連勝に勝る感激は、もう訪れないだろう……」
 なぜか、そんな醒めた気持ちだった。

 それから、まるで憑き物が落ちたように、プロ野球への情熱が一気に醒めた。
 その理由が何なのか。
 今でも、よく分からない。

 ただ、ひとつ言えそうなことは、あの星野阪神の日本シリーズも、結局、プロ野球ファンを引退した私にとっては “余生” に過ぎなかったのではないか…ということなのだ。

 どういう意味か。

 私のプロ野球に対する情熱は、85年で終わっていた。
 1985年という年は、私にとって、ゴジラが東京に上陸した年を上回るほど忘れられない年なのだ。

 この年の阪神こそ、日本プロ野球史上最強のチームだと信じている。
 実際の戦力分析を行えば、必ずしもそうではないかもしれない。
 でも、分析などどうでもいいのだ。
 あれは完璧な夢のチームだった。
 天国から神様たちが舞い降りてつくったドリームチームだ。
 今でもそう思う。

阪神トラマーク01

 私が阪神ファンになったのは、江夏、古沢、上田が投手陣を飾り、藤田平がショートを守り、田淵ががんがんホームランを打っていた時代だ。

 当時の阪神は、ジャイアンツの全方位的なバランスの良さに比べると、相当いびつなチームに思えた。
 とてつもない排気量を持つ高出力エンジンに恵まれながら、なぜか足回りがついていかない。
 そんなアンバランスなレーシングカーのような雰囲気があって、
 「ああぁ…、またコースアウトかよ」
 という予定調和のため息を吐く瞬間が、なんともM的な快楽につながっていくのだった。

 生活費を握って女郎屋にくり出す亭主に対し、 「おいてかないで」 とすがる女房ってのは、こんな気持ちなんかね? 
 ……と当時の阪神ファンは、みな想像力を豊かにさせられたものだった。

 こういうチームだから、時には優勝戦に絡み、場合によっては首位に躍り出ることもある。
 ファンは、 「期待しないこと」 を自分に言い聞かせつつ、それでも期待の高まりを抑え切れずに応援に駆けつけるのだけれど、終わってみれば、結局 「残念でした、また来年」 。

 毎年そのパターン。
 「実力」 と 「実績」 のバランスが最悪のチームだったのだ。
 
 そんなチームに奇跡が起こったのが、1985年だった。

阪神04

 一塁バース、二塁岡田、三塁掛布、遊撃平田、ライト真弓、レフト佐野、センター弘田、キャッチャー木戸。
 先発には池田、仲田幸司、中田良弘、ゲイル。
 中継ぎ福間。
 抑えに山本和、中西。
 監督は吉田義男。

 当時の先発は、今でもすらすらと口を突いて出る (年とった証拠だ) 。
 そして、4月17日の巨人戦におけるバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発。

 野手の頭上を越え、観客席を超えて、虚空に向かう三つの放物線を見ていると、
 「いま世界にとんでもないことが起こっている…」
 という奇妙な感覚に襲われた。

 それは、私にとって生涯二度と訪れることのない 「奇跡の年」 の到来を告げる瞬間だった。

 「ホームランに頼る野球は二流の野球」
 …とか、よく言われる。
 ホームランを喜ぶのは素人の野球ファンだとも。
 まぁ、世界のイチローがそういうのだから、説得力がある。

 だけど、私はホームランが大好き!
 正確に時を刻む野球の 「時間」 が、いっとき凍結するのがホームランの瞬間だ。
 走者がダイヤモンドをゆっくり回るとき、球場に流れるただの時間が 「聖なる時間」 に変る。
 あの 「時間」 の止まる瞬間がたまらない。 

 そのホームランを量産したあのときのタイガースは、そういう 「祝祭的な時間」 を一番与えてくれたチームだった。
 ランディ・バースは、私にとって二度と現れることのない神様だ。
 (今でも、会社のタイムカードの番号はしっかり44番を守っている)

阪神ランディ・バース01

 この年、阪神はここぞというときに驚異的な連勝を繰り返した。
 それが7連勝、8連勝、9連勝などと積み重なっていくうちに、夜も興奮して眠れないような日々が続くようになる。

 そういう朝は、駅売りのスポーツ新聞を何種類も買う。
 どの記事も結果は同じなのに、他の新聞が見落としているような情報はないかと、隅から隅まで目を通す。

阪神ディリースポーツ

 念願の甲子園の一塁側スタンドに初めて立ったのも、この年だ。
 スタンド全体を揺るがす 「黄色と黒の虎色フラッグ」 に囲まれて、涙が出た。
 帰りは、梅田の阪神デパートに寄って、あらんかぎりのグッズを買った。

 今から思うと、あの1年は、ついぞ身体から “微熱” が抜けなかった1年だったように思う。

阪神05
 
 阪神が日本一を決めた瞬間を、私は西武球場で見ていた。

 すりばち型の球場の空を、紙吹雪が舞い上がり、はるか先のグランドの上では、吉田監督の小柄な身体が舞っていた。

 その光景を眺めている私を襲ったのは、意外にも、とてつもない寂しさだった。

 浮き立つ周りの歓声に取り残されて、自分の立っている空間が、しんと静まりかえるような気さえした。

 もちろん優勝の喜びも訪れた。
 しかし、それと同時に訪れたのが、 「もうこの瞬間は来ない」 という喪失感だったのだ。

 これほどの熱狂を与えてくれたものが、もうすぐ終わる。

 すべてが終わった後に、自分に何が残されるのだろうか。

 何もない……

 残るのは、この膨大な人類史の中で、 「阪神が日本一になる瞬間に立ち会った唯一の世代」 という思い出でしかない。

 私にとって、阪神の日本シリーズ制覇はこれ1回であり、もう次はないつもりでいた。
 奇跡は、二度は起こらない。
 それが 「奇跡」 というものだ。

 03年の阪神-ダイエー戦で、甲子園の3連勝で、私の時間が止まってしまったのも、そんな気持ちから来たものだったかもしれない。

 あの85年に、阪神タイガースに仮託した自分の思いは何だったのか。
 それは今もって分からない。

 今そのときのことを思い出すと、優勝に至るまでの高揚感より、それが実現してしまった後の喪失感の方が、鮮明に浮かび上がってくる。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:41 | コメント(4)| トラックバック(0)

オカマにモテる術

 オカマの人って、面白いよね。
 ときどき顔を出す居酒屋で、カシラを塩で焼いてもらって遅い夕食をとっていたら、隣りのオカマバーのママさんがふらりと入ってきた。

 「マスター、やきそば! お客が来ないんで、鏡を見ながら自分を口説いていたら、フラれちゃったわよ。あんな “ブス” にフラれるなんて、私も落ちたものよ」

 はるな愛というよりは、マツコ・デラックスに近いそのママさんのひと言で、居酒屋の薄暗い照明が舞台のスポットライトのように、パッと輝いた。

 どんよりとした空気の中で、深夜のスポーツニュースがけだるく流れていた店内が、 《彼女》 がカウンターに腰掛けただけで、マフィアや、くたびれた芸人や、不倫カップルがひしめくような、妖しくも華やかなバーカウンターのように見えてきたのが不思議だった。

 あの人たちが持っている 「空気を変える力」 というのは、どこから出てくるのだろう。
 たぶん、それは、自分自身を自虐ネタとして使える、ふてぶてしいサービス精神から生まれてくるものだろう。

 《彼女》 たちの会話が面白いのは、自分自身をどんどんピエロ化して、 「自分を笑ってもらう」 精神に徹しているからだ。
 だから、オカマバーのお客は、 “バカで間抜けな” そのオカマを、遠慮なく笑い飛ばす快感を与えられる。

 しかし、調子に乗ると怖い。
 《彼女》 たちは、自分を自己対象化できる冷徹な視線を、今度はお客の方に向ける。

 《彼女》 たちが、一番嫌う客は、「自分は傷つかない高みに昇ったまま、周りの失策だけを笑っている」 自己チューの客だ。

 いい気になってオカマの自虐ネタを笑い飛ばしている客は、たちまちのうちに、今度は自分が試される場に置かれる。
 その “取り引き” が飲み込めない客は、あけすけなからかいと、辛らつな皮肉を浴びることになる。
 オカマバーは 「人間道場」 だな…と、つくづく思う。


 しかし、その要領をつかんでさえいれば、オカマバーは無類に面白い。
 昔、一晩で、給料の半分を使ってしまったことがある。
 その月の後半は、ほとんど水だけを飲んで寝ていたが、それでも後悔しなかった。

 池袋の場末のスナック街を一人でふらついていたとき、妖しげなバーの前にたたずんでいた不二家のペコちゃんみたいな女の子に声かけられた。

 「1時間2千円だけでいいから、遊んでいかない?」

 声は、男そのものだった。

不二家ペコちゃん02

 そこは、はげかけたカウンターの前に、ひび割れたスツールが6脚だけ並んだ粗末な店だった。
 客の姿は一人も見えず、真ん中のスツールに腰掛けた私は、たちまちのうちに、ドサ回りの田舎芝居のような一団に取り囲まれた。

 ペコちゃんとママさんは “美人系” 。
 残りの2人は “怪物系” 。
 《彼女》 たちの乾杯の音頭が店内に鳴り響き、たちまちのうちに、店は、リオのカーニバルのような喧騒に包まれた。

 “異次元” の世界に引きずり込まれるのは、あっという間だった。
 気づくと、すでに私は、飛び込みでこの店を訪れた 「芸能スカウト」 に仕立てられていたのだ。

 「ね、ね、あなた芸能界の雰囲気を知っている感じの人よね、ひょっとして、新人タレントを発掘しているスカウトマンじゃない?」

 もちろん 《彼女》 たちだって、本気でそう思っているわけではない。
 話題をスタートさせるための、 “空気” をつくっただけなのだ。

 「おいおい、よせよ。今日は仕事を忘れて、ただ飲みに来ただけだから、いくらタレント性がある人材がここにいたって、今日は取り合わないからね」

 冗談めかしてそう答えただけなのに、それで、 《彼女》 たちの、今晩のお客のからかい方が決まったようだ。

 後は、タレントになりたい 《彼女》 たちが、次々と自分の歌を披露し、私がそれらをもったいぶって審査し、店は擬似オーディションの場となった。

 「だめだめ。そこは高音部がヴィブラートしないとだめ。少しは松田聖子でも勉強しろよ」
 とか、私が根拠のないウソを並べ立てると、
 「じゃ、先生ひとつ歌ってよ」 
 と迫ってくるので、テキトーな歌を歌っていると、
 「すごい! さすがプロ。勉強になるぅ!」
 と、虚偽の賛美の大嵐。

 すべては 「虚偽」 。
 《彼女》 たちのタレント志望も虚偽ならば、私のスカウトマンも虚偽。
 しかし、 “まじめに” 虚偽の人格を装い続ける私に、虚偽の 「女性」 を生きている 《彼女》 たちは、そこに 「同僚の匂い」 を嗅ぎ取ってくれたのだと思う。

 もし、本当に私が芸能関係の仕事に就いていたら、 《彼女》 たちの反応はもっと冷ややかなものだったろう。 
 
 「1時間2千円」 の制限時間はとっくに過ぎて、 「ここから後は1時間3千円コースだけどいい?」
 その後は、 「これからは、1万円コースよ。いい?」
 どんどん高くなっていく延長料金に、もう神経がマヒしていた。

 それだけ楽しかったのだ。
 《彼女》 たちは、それだけ楽しい時間を作ってくれたのだ。

 「よーし、ナミちゃんに水割り一杯。ママさんにはブランデーロック」
 …ってな感じで、ついに明け方を迎えてしまった。

 ああ、…こんな感じで、カネをむしりとられるのだな…と分かった時には、もらったばかりの給料の半分を、一晩で使い果たしていた。

 でも不思議と私は、それを後悔していないのだ。

 あの時、自分は、八方ふさがりのどん底に追い詰められていた。
 それは、 「自分はこうであらねばならぬ」 という、目指すべき自分と、そこに到達できない自分との乖離を感じていたときのアセリから生まれたものだった。

 その鬱屈した思いが、一晩で、洗い流されたように思う。

 たぶん、それは 「自分の自己像なんてパッと変る」 という心境の変化となって訪れたような気がする。 
 自分の実人生とはまったく異なる、虚構の自分を演じ切ることで、何かがふっ切れたのかもしれない。

 虚構の 「性」 を生きるオカマたちは、その不安定さと引き換えに、透徹した認識力を獲得する。
 《彼女》 たちは、女であることに甘えている女性も許さないが、それ以上に威張った男を許さない。

 私は別の店で、女からのモテまくりぶりを吹聴していた男が、コテンパンにやりこめられる現場を目撃したことがある。

 「男」 という性にあぐらをかいて、男の既得権益のようなものを振りかざす男に対して、 《彼女》 たちは、徹底した皮肉と嫌味を投げつける。
 歪んだ性 (?) を生きる 《彼女》 たちは、歪んだ自意識を持った人間を許さない。

 自分がどういう 「男」 なのか知りたい男性は、一度オカマバーに行くといいのかもしれない。

 参考記事 「マツコ・デラックス」
 

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:58 | コメント(2)| トラックバック(0)

夢の中の情事

 私にガールフレンドができた。
 相手の年は、20代半ばというところか。
 (もちろん夢の中の私も、彼女と同年齢ぐらいのようだ)。

 彼女は、肉付きのよい身体 (からだ) をしている。
 顔はタヌキ顔で、目や鼻が丸い。美人というほどではないが、愛嬌のある可愛らしさがあって、ある種の男には好まれそうな雰囲気がある。 (夢から醒めて思い出すと、昔何度か行ったことのある駅前の喫茶店のママさんに似ていた)

 夢の前半部にはいろいろな展開があったようだが、そこらあたりはもう思い出せない。
 思い出すのは、彼女の部屋のあるアパートの階段を昇っているところからだ。

 たぶん彼女が前を歩いているのだろう。私は、彼女の着こなしをチェックしている。
 スカートが赤だったか、ブラウスが赤だったか覚えていないのだが、とにかく片方が赤で、片方は黒だ。
 その赤と黒のコントラストが、成熟した女性の肉感的な匂いを伝えてくる。

 アパートは6~7階ぐらいほどの高さがありそうで、彼女の部屋は4階ぐらいのところにある。
 それだけの高層アパートなら、エレベーターがありそうなものだが、夢の中の二人は、気にとめることもなく、その階段を上がっていく。
 下を見ると、どんよりとした曇り日の空の下に、下町風の古びた住宅街が広がっている。

 私は、彼女が何の仕事に就いているのか知らない。アパートの階段を昇りながら、 「仕事は何をしているの?」 と尋ねる。
 「絵を描いている」 という。
 「どんな絵?」
 彼女は (いつの間にか) 抱えていたサーフボードのような形をした2枚の板を取り出して、私に見せる。
 2枚とも、絵というより看板のようなもので、レモン色の地に店舗の屋号を記したような文字が描かれており、そこにヤシの木のイラストが添えられている。
 うまいデザインとはいえない。

 彼女の部屋がある階にたどり着くと、彼女はその2枚のボードを、階段の踊り場のような場所に無造作に立てかける。
 階段を昇るアパートの住人たちに絵のサンプルを見てもらい、仕事を受注するつもりなのだという。
 「それでは見る人間が限られてしまうから、効率が悪いだろうに…」 と私がいうと、
 「自分の実力はまだたいしたレベルではないから、アパートの住人に見てもらうだけで十分」 だという。

 部屋は、6畳くらいの広さしかない。ブルーのカーペットの上にシングルベッドがあって、テレビがあって、あとは普通の家具が並んでいる。
 本のようなものはなく、カーペットの上に、どこの美容院にでも置かれていそうな、ありふれた女性週刊誌が転がっている。
 どちらかというと、つつましやかな生活を送っているようだ。

 ベッドの端に腰掛けて、部屋を眺め回していると、来客があった。
 ドアからメガネをかけた男が室内を覗き込む。
 アパートの隣りの住人らしく、私の姿を認めても、気にとめる様子もない。
 「××ちゃん」 と、男は親しげに彼女に声をかけ、同じアパートの住人同士の気楽な会話が始まる。
 留守中に荷物を預かったから後で取りに来て…という事務的な内容のようだ。

 男が去っても、特にやることがない。

 窓ガラスの外を見ると、このアパートよりもさらに背の高いマンションが建っていて、こちらを見下ろしている。 向こうのマンションから覗かれそうな圧迫感を感じたが、マンションのベランダにはどこにも人影がない。住人が越してくる前の未完の建物かもしれない。

 流しの底を、断続的に水が打つ音がかすかに聞こえてくる。
 パッキングが悪いのだろうか。
 彼女は、そのことを特に気にもとめていない様子だ。携帯電話の画面をチェックしながら、誰かにメールを打っている。 

 はて、これから彼女とどんな会話を進めたらいいのか…
 考えてみると、あまり共通の話題がなさそうな気がする。いったいいつから彼女がガールフレンドになったのか、それもはっきりしない。

 ベッドの端に腰掛けたまま、ぼんやりとカーペットのしみを見つめていると、いつの間にかパジャマに着替えた彼女が、私の隣りに座っている。
 彼女の身体からフワっと力が抜けて、ごく自然に、二人ともベッドに倒れこむ。

 無言のうちにキスを交わす。
 ……そうか、彼女はその気があるのだな…と思って、私は相手のパジャマのボタンを外す。

ピンクヌード001

 相手の胸をはだけて乳房を吸うのだが、自分にとっては久しぶりの情事らしく、自分でも自分の動作をギコチなく感じている。

 ふと気づくと、テレビが大音量で鳴っている。
 うるさくて気分が集中できないな…と思ったが、ドアから簡単に部屋を覗き込んだ隣りの男を思い出し、
 「そうか。声が出たときにテレビの音でかき消すつもりでいるんだな」 と納得する。

 やがて、パジャマの下も脱がせ、全裸にしたところで、私は突然、彼女との情事がこれが初めてではないことに気づく。
 2回目?
 いや3回目ぐらいになるのか…。

 しかし、どこで抱き合ったのか思い出すことができない。
 もしかしたら、この部屋に来たのも初めてではないのかもしれない。

 すでに肉体的に通じ合った仲だということで、どこか安心する一方、なんでそんなことを思い出せないのだろう? …と不安にも駆られる。
 自分が彼女のことを、 「どういう存在として捉えているのか」 ということが自分でも分からないので、少し気分が不安定だ。

 乳首から舌を這わせて、腹、そしてさらにその下へと舌を移動させながら、
 「僕たちこれで3回目だよね?」
 と尋ねる。
 すると、彼女はかすかに首を横に振り、ただひと言、 「いっぱい」 と答える。

 その顔に、かすかなふくみ笑いが浮かんでいる。

 そこで目が醒める。

 ……彼女は誰なんだろう。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:29 | コメント(2)| トラックバック(0)

小説・タンカー

 S君が、私の家にやってきて、こんなことをしゃべり始めた。
 何でも、ギリシャの海運業者の持っている船で、世界一大きなタンカーというのがあるらしい。

タンカー01

 もちろん重油を運ぶ船らしいのだけれど、その甲板というのが、想像を絶するほど広いらしく、しかもファミレスからコンビニ、小学校から郵便局までそろっていて、さらにバスとか電車もあって、普通の町と変らないのだという。

 「オレ、びっくりしたわけ。とにかく、そのタンカーのよ、乗組員募集というのがあったから、履歴書持って、事務所に行ったのよ。
 そしたら、日本語の堪能な外国人が出てきてさ、即入社OKっていうのよ。
 なんたって、派遣生活10年のオレを最初に正規雇用してくれるっていう会社だから、オレうれしくなってよ、じゃいつから出社すればいいんですか? ってきいたらよ、今すぐにOKっていうわけね、その外国人がさ。

 いくらなんでも、そりや話が急すぎると思って、いったんアパートに戻って、大家さんにしばらく部屋を開けるからって、そういう準備とかいろいろあるから、いったん帰ります、っていったのね。

 そうしたら、その外国人もニコニコして、いいですよっていうから、その事務所を出てさ。
 で、部屋に戻って、着替えなんか準備して。
 それから、大家さんの家に寄って、しばらく部屋空けますけど…っていったら、
 『ああ、あんたクルーになれたんか?』
 って聞かれたから、…コイツなんで知ってるのかな…と思って、変だな…って気もしたけれど、じゃ、これからその事務所に戻りますって言ったらさ、大家さんが、 『ちょっとちょっと…』 って呼び止めるわけよ。

 何ですか? って尋ねたら、
 『事務所に戻るなら近道があるから、そこを行けばいい』 っていいながら、地下室に招くわけね。

 何のこっちゃろ? と思いながら、大家さんの連れられるまま、地下室の階段を降りていったらさ、途中から訳の分かんない、機械みたいなものが建ち並ぶ部屋がいっぱい出てきてさ、ドドンコ、ドドンコって、すげぇエンジンの音みたいなものが聞こえてきてよ、そんな機械の並ぶ通路を指差しながら、 『この通路をまっすぐ行けば、20分ぐらいで事務所に着くから』 って、大家さんがいうわけ。

 何か変だな…って、思いながら、言われるままにそんな通路を歩いていったら、上に登る階段があってさ、そこを登っていたら、あの事務所にたどり着いたわけよ」

機関室01

 S君はそう言いながら、インスタントコーヒーを2~3口すすって、
 「信じられないだろう?」
 って、私に言う。

 「つまり、大家さんの家とその事務所が地下通路で結ばれていたってわけ?」
 と私が聞き返すと、S君は、 「ううん」 と首を横に振り、
 「いや、つまりそれ全体がタンカーの甲板だったわけよ。オレそんなこと気づかなかったんだよ。で、地下の機関室から入れば近道なんだって」
 っていう。
 
 私は、S君の大法螺 (おおぼら) を、ちょっとほほ笑ましく感じたので、あえて突っ込みを入れず、S君に普通の話に戻ってもらうために、
 「で、今日はオレに何の用?」
 って尋ねてみた。

 そうしたら、S君は、張り切った顔で 「そうそう」 と言ってから、
 「でね、そのタンカーの従業員が足りなくてさ、お前、今プータロだろ? だから、お前も一緒にやらないかって、今日は誘うためにやってきたわけ。お前も一緒にやらない?」

 「やってもいいけどさぁ…」
 と私がいうと、S君は顔一面に笑いを浮かべ、
 「じゃ、すぐ行こうよ。面談なんてすぐ終わるから。お前のうちにも地下室があって、その事務所に通じているから」

 もちろん、私の家に地下室なんかない。
 さすがに、そういうS君がなんだか恐くなって、
 「お前、大丈夫?」
 って、彼の顔を覗き込んだら、
 「ハハハ、疑いたくなるよね、すぐには信じられないよな。でも、お前の家も、実はタンカーの甲板なんだよ」
 って、彼は涼しい顔で、インスタントコーヒーを飲み干してから、
 「疑いたくなるのは分かるから、ちょっと証拠を見せるよ」
 といって、トイレに向かった。

 後から着いていくと、S君は 「ここからだと、大家さんの家より事務所に近いかな」 などと言いながら、私の家のトイレルームのクッションフロアをバリバリと剥ぎ取り始めた。
 
 私は、S君がおかしくなったのだろうと思ったが、しばらく黙って彼の行動を見ていると、やがて土台の下から鉄のハッチが見つかった。、
 「ほら、地下室あったろ?」
 とS君は得意げだった。

 ハッチを開けて、下に潜ると、確かに機関室のようなものが現れて、ドックンドックンとエンジンのようなものが鳴っているのが聞こえてくる。

 「信じられない」
 と、私が叫ぶと、
 「実は、オレもまだ半信半疑なんだ」 とS君はいう。
 甲板が広すぎて、彼もまだ海そのものを一度も見たことがないらしい。

機関室02

 実際、そのタンカーがどれだけの大きさなのか、船会社の社員の中にも、正確にそれを把握しているスタッフはいないという。

 「オレやっぱり、やめるわ」
 と私がいうと、S君は、
 「それは無理だよ。お前は 『クルー』 として、もうこの甲板の秘密を知ってしまったのだから、元の生活には戻れないんだよ」
 
 そういうS君の話を聞いても、私自身がその話をどう解釈したらいいのか、見当もつかなかった。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

夏なんです

田舎の入道雲01

 私の住んでいる関東地方は、ここ数日、ようやく晴天が続く夏らしい空が広がるようになった。
 もう、夏も去っていくというのにさ。
 でも、なんとか、少しでも夏に追いつけたようで、うれしい。

 夏、好きなの。
 夏のけだるさが。

 エアコンの普及によって、日本の夏から追い出されたものが、 「けだるさ」 だと思う。

 いやぁ、エアコンもなくて、汗が吹き出すような、うだるような炎天下に身体をさらしてさ、いったい何が 「けだるさだよ」 …って思う人も多いだろうな。

 でも、昔の日本にはあったんだよ。
 埃の舞い上がる道に水を撒いて、軒先に風鈴を吊るして、野原をかすめて来る風を縁側に導きこむときの、けだるい心地よさが。
 
 今 「けだるさ」 という言葉は、 「かったるさ」 と同じような使い方になって、疲労感とか徒労感を表現するときに使われることが多いけれど、昔は、ちょっと違ったニュアンスがあった (と個人的には思い込んでいる) 。

 フランス語でいうところの、 「アンニュイ」 ね。
 これはもう死語なんだろうけれど、いい言葉だったよね。

モニカ・ヴィッティ01
 
 昔のミケランジェロ・アントニオーニの映画なんかに出てくるモニカ・ヴィッティの唇のさ、ちょっと半開きになった感じの、目もちょっとうつろでさ、何を考えているのか分らないような表情が、まさに 「アンニュイ」 だったな。
  
 こういう、奥に方に、ちょっとシンと冷えた 「さびしさ」 が沈んでいる 「けだるさ」 ってのが、エアコンが普及する前の日本の夏にはあったよな。

 昨日の夜、友達とカラオケハウスに行って、はっぴいえんどの 『夏なんです』 を歌ったときに、そう思った。

 入道雲4

 田舎の白いあぜ道で、埃っぽい風が立ち止まる。
 ぎんぎんぎらぎらの太陽。
 鎮守の森は、深緑。
 舞い降りてきた静けさが、古い茶屋の店先に、誰かさんとぶらさがる。
 日傘ぐるぐる。僕は退屈。

 すごいイメージ喚起力をもった歌詞なんだよね、松本隆。
 トロトロとしたサウンドもさ、いかにも、夏のあぜ道に埃を立てる風を感じさせてさ。

 夏ってさ、植物でも昆虫でも、ぎらぎらと生命感をみなぎらせる季節じゃない?
 そのむせ返るような生命感の高揚と、それと同時に、その生命が衰弱していくときの予兆が秘められていて、曲として、これ以上の夏の歌はないんではないか? というすごい歌なんだよね、 『夏なんです』 。

 はっぴいえんどの 『風街ろまん』 は、もう擦り切れるくらい聞いた愛聴盤だった。
 その中で、いちばん聴いたのが、 『夏なんです』 だったな。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:42 | コメント(4)| トラックバック(0)

10秒の孤独

 見ちゃったな、ウサイン・ボルト。
 見終わって、時計を見たら、朝の4時だった。
 冗談じゃねぇよ、と思って急いで寝たけど、まぁ、ボルトの200mの走りをリアル・タイムで見ることができて、満足だった。

ウサイン・ボルト01

 それにしても、何だね。
 彼は走る前に、もう自分の勝利を確信していただろうし、記録更新も確信していただろう。

 ライバルはなし。
 そうなると、自分だけがライバル。

 そういうときに、 「自分との戦い」 とかよくいうけれど、あれは 「自分だけの祭り」 という感じだったな。
 その祭りの雰囲気に、観客も酔いしれた。
 夜中だっていうのに、日本のスポーツバーなんかでは、ジャマイカも陸上競技にも縁のない若者たちが大勢で祝杯をあげていたものな。

 「ただ速く走るだけ」 という、スポーツの中でもいちばんシンプルな短距離走は、逆にいうと、もっとも人間の原初的な興奮を呼び覚ますスポーツかもしれない。
 
 いろいろな駆け引きや、計算やらの複雑な知能活動とセットになったマラソンは、頭脳的なスポーツという感じがするけれど、短距離走は、走っている瞬間は頭脳活動から解き放たれる。
 コンディションの維持、精神統一、ライバルのチェックなどという頭脳活動は、短距離走の場合は、走る前に終了している。
 スタートを切った後は、頭を空白にして、ひたすらゴールを目指すだけ。

 だから、競技中も頭脳活動から逃れられないマラソン選手がみな 「哲学者」 のような風貌を見せるのに対し、短距離走の選手たちには、人間の 「素」 の顔が現れるような気がする。

 マラソンランナーは、走っているときはみな孤独だ。
 しかし、短距離走の選手たちの場合は、走ったときは、その孤独からも解放される。
 最大の孤独感は、スタート台に立つときに、すでに訪れているからだ。

 運動会のかけっこを経験している人は、みなスタート台に立ったときの緊張感を忘れることはないだろう。
 あれは、絶対的な孤独に直面したときのドキドキ感なのだ。

 親も、先生も、友だちも、誰も助けてくれない。
 ビデオをかまえて身を乗り出すお父さんも、必死に手を振るお母さんも、独りぼっちでここに立っている、今の私を助けることはできない。
 あのテープの張られたゴールまでの距離を、私は一人で駆け抜けなければならない。

 幼稚園や小学校で、かけっこを経験した子供たちは、そこで人生における最初の 「孤独」 と向き合う。

 その 「孤独」 を振り切るために、走者は100mあるいは200m先のゴールを目指す。
 そして、人間の孤独なんて、10秒か20秒しか続かないことを知ることで、孤独に耐えるコツをひとつ学ぶ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

地球がなくなる日

 「異常気象」 という言葉が使われる頻度が、毎年高くなっている。
 今年の夏も、前半は一向に明けない梅雨や、連発する豪雨、竜巻などの話題がマスコミ報道をにぎわした。

 これらの異常気象が話題となると、いつもその原因を 「地球の温暖化」 に求める声が巻き起こる。
 しかし、地球がいま温暖化に向かっていることは確かでも、専門家にいわせると、右肩上がりに暑くなっていくというものでもないらしい。
 
 地球に大いなるエネルギーを与えてくれるのは太陽だが、どうもこの太陽というのは、時期によって活動が活発になるときと、そうでないときがあるらしく、太陽活動が低下すると、寒冷化が進行することもあるのだそうだ。

 1645年から1715年の約70年間は、この太陽の活動が低下した時代で、このときはイギリスのテムズ川が凍ったり、氷河が成長して沿岸部を占領したなどという記録が残っているらしい。

 結局、このような寒冷化と温暖化の揺れを何度も繰り返しながら、徐々に温暖化が進行していくというのが、今のところ通説のようである。

 その場合、懸念されるのは、暑い年と寒い年の差がどんどん大きくなってくると、寒暖のバランスが大きく崩れ、一気に温暖化方向にブレる場合もありうるのだとか。
 あるいは逆に、ドカっと寒冷化する可能性もある。

 ここらあたりになってくると、未来の地球像を素人が予測するのは難しい。

 もし、完全に温暖化が進行した場合、そのときの地球はどうなっているのだろう。

ウォーターワールド01
 ▲ 「ウォーターワールド」

 南極や北極の氷も溶けて、映画 『ウォーター・ワールド』 みたいに、かろうじてヒマラヤのてっぺんだけが 「島」 となるような地球になってしまうのだろうか。

銀河02

 もともと、地球にも寿命があるわけだから、どこかで必ずカタストロフがやってくる。
 宇宙科学者によると、われわれの住む地球が所属している銀河系宇宙は、やがて隣のアンドロメダ銀河と衝突して、大混乱に陥るという。
 その図を想像することはちょっとできないが、火星や金星の隣りに、見たこともない星がドカっと居座る夜空を見ることになるのだろうか。
 
 あるいは、そんな呑気なことではなく、いろんな星があちこちで衝突を起こし、目も当てられない状況になるのだろうか。

 もし、その銀河同士の衝突から地球が免れて生き延びたとしても、次は、太陽が膨らんで、地球が灼熱地獄で焼かれてしまう時代が来るという。
 そんなことを繰り返しながら、宇宙はどんどん膨張を続け、最後は破裂してちぎれ飛んでしまうのだそうだ。

 暗い話になった。
 しかし、銀河系宇宙がアンドロメダ銀河と衝突するのは30億年後。
 太陽が地球を呑み込むのは50億年後。
 宇宙が膨張して破裂するのは2000億年後だという。

 そんな時代まで、人類が生き延びているかどうか分からない。
 そう考えると、一瞬、危機感が遠のくから不思議だ。
 きっと人間には、遠い先の 「危機」 を予測する想像力というものが備わっていないのだろう。

 それは、 「有限」 な存在である人間が、ついぞ 「無限」 というものをイメージできないことと似ているのかもしれない。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

小説・渋滞

《 怪談特集 ④ 渋滞 》

 バックミラーに、赤くただれたような空が映った。
 この世のものとは思えぬほどの鮮やかな夕焼けだ。

 なのに、目の前には陰鬱な梅雨空が広がり、フロントグラスに降り懸かる雨を振り払うために、ワイパーがせわしなく首を降り続けている。
 ちょうど自分の乗っているクルマあたりを境に、世界が二つに分かれてしまった感じだ。

 「変な日だ」
 そうつぶやいてみたが、助手席に座る景子の反応はない。
 どこを見ているのか、何を考えているのか、首を少しかしげたまま、ふてくされたような表情で、前方をじっと見ている。
 
 「また、だんまりかよ」
 そう吐き捨てたいのをこらえ、私は黙ったまま、煙草を口にくわえて、シガーライターから火を取った。

 何本目の煙草だろう。
 景子のイライラがこちらにも伝染してきているのか、気を紛らわすための煙草がやたら増えている。

 心がザラついているのは、渋滞のせいかもしれない。
 3連休の中日。
 高速道路に入ったときから、3車線の道路は切れ目なくクルマで埋まっていた。

渋滞画像109

 景子のために、わざわざネットで探した “落ち着いた大人のホテル” 。
 そこも結局は家族連れであふれかえり、ロビーも廊下も、騒ぐ子供たちの声とそれをたしなめる親たちの怒号が絶えることがなかった。
 「大人の隠れ里」 と銘打ったホテルなのに、カップルで来た人間の方が浮いた存在になってしまった。

 景子ももう若いとはいえない。来年で29歳になる。
 私と並べば、 「中年の旦那に若い妻」 と見えてもおかしくはないのだが、ホテルのメインダイニングに座った家族たちは、一人として私たちをそのようには見なかった。

 「ワケあり風の、場違いな2人連れ」

 周りの視線にさらされて、景子が傷ついたことは想像にかたくない。


 「3連休なのに、どうして1泊なの?」
 ホテルの予約を入れたことを、電話で景子に告げた日、彼女の声は冷ややかに沈んでいた。

 「最終日はクライアントの曽根崎部長からゴルフに誘われていると、前にも言っただろう」
 思わず声を荒げてしまったのは、後ろめたかったからである。

 本当は、7歳になる娘をディズニーランドに連れて行く約束があったからだ。
 しかし、それは景子には言えない。

 最初のうちは、景子のために、家族に嘘をついた。
 しかし、今は家族のために、景子に嘘をついている。
 それが景子にも分るのか、ここ数ヶ月、もう景子の笑顔を見たことがない。

 夕暮れが迫り、渋滞はますますひどくなる。
 景子をマンションに送り届けてから自分の家に戻るのは深夜になるかもしれない。
 ディズニーランドに行くのを楽しみしている娘を寝かしつけるために苦労している妻の顔が浮かぶ。
 景子との秘密の旅も、これが最後になるのだろうか。

 カーナビが妙な動きをしている。
 自車の位置を示す矢印マークが、道路からズレ始めたのだ。
 高速道路を離れ、山の中を進んでいるようだ。
 トンネルが多かったせいで、GPSが自車の位置を正確に把握できなかったのかもしれない。

 スイッチをいったんオフにして、目的地を再入力しても、ナビの誤作動は解消しない。
 いま走っているはずの高速道路はとっくに画面から消え去り、黒々とした大地がモニターいっぱいに広がっている。
 その闇の中から、白地の地名が浮かび上がった。

 「水無川」

 はて、ここらにそんな川があっただろうか。

 目の前を埋めるおびただしいクルマのテールランプの輝きが濃くなっていく。
 ストップランプが点灯する時間帯が多くなってきたからだ。どのクルマも、ブレーキを踏んでいる時間が長くなったことを意味している。
 いったいこの渋滞は、いつ解消するというのか。
 気づかないうちに、また煙草をくわえている。

 クルマは動かないというのに、ナビのモニターでは、矢印マークが規則正しく北上していく。
 「水無川」 を越え、 「刺串峠」 を登っているようだ。
 さしぐし…?
 聞いたこともない峠だ。
 いったいこのナビはどうなっているんだ? 

 水無川……
 刺串峠……
 
 待てよ。
 あれは、娘が5歳の頃だったかもしれない。

 「パパおしっこしたい」
 ペンションを探して夜道を走る途中、娘がそう言ったのだ。
 「この峠を越えたら町に出るから、待てない?」
 妻が娘にそう言った。
 「だめ、我慢できない」

 「膀胱炎になっちゃ大変だ。クルマを止めておしっこさせよう」
 私は妻に言った。
 「だって、こんな寂しい峠で、外に出ておしっこさせるなんて、酷よ」
 妻はそういい返してきた。
 「大丈夫だよ。なんなら俺がいい場所探してやるから」

 クルマの速度を落としても、追い越すクルマも対向車もなかった。
 ヘッドライトを消すと真っ暗になるので、ヘッドライトをともしたままクルマをとめ、私は娘の手を引いて外に出た。

 「あの柵をちょっと越えれば、木の陰になるから。そこでおしっこしておいで」
 「恐いからパパも一緒に来て」
 「大丈夫だ。ここにいるから、すぐしておいで」
 「いや、パパも一緒に」
 「分ったよ。木の手前まで一緒にね」

 だが、そこまで行って驚いた。
 暗くて分らなかったが、木の向こうは断崖絶壁だったのだ。
 娘を一人で送り出していたら、この谷底に転げ落ちていたかもしれない。

 「木の向こうは谷だから、もうここでおしっこしようね。パパはちょっとだけ後を向いているから」
 「うん。すぐ終わる」

 しかし、私はそっと見ていた。
 暗闇に白く浮き上がる娘の小さな尻を。
 そして、その尻の向こうに、ぽっかりと口を開けた奈落の底を。

 「あそこから人を落としたら、たぶん誰にも見つからないだろう」

 なぜか、そんなことをぼんやりと考えていた。

 あの峠を、もしかしたら刺串峠といったのではなかったか。
 それにしても、奇妙な地名だ。
 「串刺し」 なら分るが、 「刺串」 というのは何か変だ。
 どういう由来があるのだろう。

 しかし、そんな思い出はどうでもいい。この渋滞がいつ終わるかが問題だ。
 帰りが御前様になったら、俺の立場はどうなるんだ?
 明日のディズニーランド行きの打ち合わせをするために、妻はきっと私が帰るまで起きているだろう。
 「こんな時間まで、誰と会っていたの?」
 そういう妻の顔が目に浮かぶ。

 渋滞は景子のせいでもなんでもないのに、なぜか景子の存在が腹立たしく思えてくる。
 さっきから黙りこくっている景子が、無言のうちに 「今回の旅行プランは失敗だった」 と圧力をかけているような気がしてならない。

 渋滞
 渋滞
 いまいましい渋滞め。

 口の中で、そう罵ってはみるものの、いまいましいのは渋滞ではなく、景子の方だという気分がますます募ってくる。

渋滞画像111

 またトンネルだ。
 いったい何本のトンネルを抜けなければならないのか。
 
 道路公団はどうかしている。
 こんなトンネルばかり掘ってカネを無駄に使いやがって。もう少し別なルートがなかったのか。
 しかも、こんな陰気なトンネル…
 崩れたレンガでアーチを築いた入口には、蔦 (つた) がブドウのふさのように重なりあい、入る前から廃虚に吸い込まれるような気分だった。

 掘った土にただコンクリを吹きつけただけの、おそろしく粗雑な壁。
 クルマのライトに照らされて浮かび上がる壁の凹凸が、光りの角度によって人の顔にもケモノの姿にも見える。

 ひどいことに、このトンネルには照明というものがない。
 もし、ここにいるすべてのクルマが、一斉にライトを消したら原始の闇だ。
 自分が死んで、目を開けた時に、ここが 「死後の世界」 だと説明されれば、素直に信じてしまうかもしれない。

 それにしても、サービスエリアにお風呂やコンビニまで導入させた道路公団が、こんな原始的なトンネルを放置しているなんて、ちょっとおかしいんではないか。

 ほら、冗談じゃないぜ。
 天井から、血のしずくのような黒ずんだ水がポタポタと落ちてきている。
 渋滞でなかったら、一気に加速して抜けるところだが、このトンネルに入ったとたん、ほとんどクルマが動かなくなった。

 もし、ここで土砂崩れでも起きたら、いったいどうなるんだ?
 新聞記事に、事故の被害者として私の名前が出る。

 「同乗していた女性は、同じ職場の部下で……」。

 そんなことになったら私の職場での地位も、それこそ一巻の終わりだ。
 風紀にやかましい新社長が就任してからは、わざわざ 「既婚者の社内恋愛はご法度」 などという訓辞すら出されている。
 それを私と景子は破っているのだから、もし発覚したら、私たちに対する社内の風はとてつもなく冷たいものになるだろう。

 早く、ここを抜けたい。
 そう思えば思うほど、クルマは一向に前に進まない。

 周りの連中は車内で何をしているんだろう。
 私と同じように、イラだちを抑えながら、ひたすらクルマが動き出すのを持っているのだろうか。
 それとも、家族で仲良く “しりとり遊び” でもしているのか。
 ラジオから流れる野球中継に耳を傾けているのか。

 どうも違う。
 やつらの目つきがおかしい。
 みな息を潜めて、私と景子の様子をうかがっている。

 「あのクルマの2人連れ、きっとアレよ、アレなのよ」
 「夫婦を装っても、すぐバレるのに、誤魔化し通せると思っているのかしら」
 「いいクルマに乗ってるじゃない。高級車だよ。ありゃ女はカネ目当てだな」
 「あのくらいの年の男ってさあ、けっこう若いときより性欲が強いんだよね」

 トンネルに充満しているアイドリングの響きをぬって、そんなヒソヒソ話が聞こえてきそうだ。

 人は、悪意を胸に秘めると、それを表に出さないように、仮面のような顔になる。
 前からも、後ろからも、右からも、左からも、仮面を被った人間たちが、わざと何も知らないふりして、私のクルマをこっそり盗み見している。

 人間の目というのは、好奇心に駆られると、あんなに卑しい目になるのか。
 含み笑いを隠した口元というのは、あんなに醜く歪むのか。

 一見、空洞のような、やつらの目。
 人間の心が溶け落ちて、邪悪な意志だけが残った空虚な穴。
 やつらの悪意ある視線と、意地の悪い沈黙が、私の脳を爆破させそうだ。

アンソール絵画01

 景子
 景子!
 景子!!
 お前がいるからだ!
 思わず叫び声をあげそうになったが、私は必死でこらえた。

 どうかしているぜ。俺は…。
 ハンドルを握る手がべっとり濡れている。
 発狂しそうなほどに緊張が高まり、手のひらに大量の汗が吹き出したのかもしれない。

 落ちつけ。
 もうじきトンネルから抜ける。
 ほら、出口の明かりが見えてきた。
 いや…違うか。
 避難所のようだ。

 トンネルの左側に、一ヵ所だけ、コンクリの一部をえぐり取って、人がかろうじて身を避けられるぐらいの個室が造られていた。
 個室には、ガラス戸を埋めたドアがあり、ドアには 「緊急避難場所 SOS」 という文字が書かれている。

 中に人がいた。
 女の後ろ姿が見える。
 事故でも起こったのだろうか。
 個室内には、 「緊急事態発生」 を連絡するための黒い電話器があるというのに、彼女はその電話器さえ取らず、背中をこちらに向けたまま、じっと壁にもたれかかっている。
 怪我しているのか?
 こめかみから血が流れている。
 その血がワンピースの肩までしたたり落ち、髪の毛と絡まりあって、古木に巻きついた蔦 (つた) のように見える。

 「景子、あれを見たか?」
 思わず私は景子に言ったが、景子はそれを聞いても、振り向こうともしない。

 「彼女はケガをしているぞ。ちょっとクルマを止めよう」
 
 そのとき、黙りこくっていた景子がはじめて口をきいた。
 「もう手遅れよ」
 感情のぬくもりを削ぎ落とした、機械の合成音のような声だった。

 「手遅れって、お前、どうして……」
 そういいかけて、私は口をつぐんだ。

 景子に、なぜ手遅れだということが分かるのだろう。
 まるで、目撃者であるかのような口ぶりじゃないか。
 それとも、 「あの女は自分だ」 とでも言いたいのか?
 そういえば、あの後ろ姿は、景子にそっくりだった。
 あれが景子だとしたら、いま隣りに座っているお前は誰だ?

 ……まてまて。落ちつけ。
 いったい、どうして自分はこんなに動揺しているのか、少し冷静になって考えなければ。
 
 「すべては、ナビが狂いだしたときに始まったのかも…」

 そう声に出したわけでもなく、頭の中で思っただけなのに、景子は私の気持ちを読み取ったのか、ゆっくりと、抑揚のない声でこう言った。

 「ナビの方が正しいのよ」

 私は、景子の言っている意味がよく分らず、その真意を探ろうとして顔を覗き込んだ。
 景子は目を見開いたまま、唇も動かさずにスルスルと喋り始めた。

 「さっき水無川を越えたでしょ。もうじき刺串峠のトンネルを出るわ」
 「だって俺たちは、渋滞中の高速道路を走っているんだぜ」
 「それは、あなたの心が見たい風景なのよ。本当のことから目を逸らしたくて」
 「お前、何を言い出すんだ?」
 「刺串峠で私を捨てるんでしょ? トンネルの中で殺した私の死体を」

 景子は、人形のようにまっすぐ前を向き、目も口も動かさずにそういった。
 そのこめかみからは流れ出た血は、今はようやく固まり、髪の毛と絡まって、古木にまとわりつく蔦 (つた) のように見えた。

 景子が口をつぐむと、周囲にいたクルマの群れはあとかたもなく消え去り、静まり返ったトンネルも、闇の底に沈んだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

アクセス解析

 今自分が参加しているホビダスのブログには、アクセス解析をやる機能があって、ブログを始めた頃はそれが面白くて、よく 「アクセス分析」 を行っていた。

 「ひゃぁー! 今日は20件も開いてくれた読者がいた。どうして、こんなブログに注目してくれる読者がいるのだろう」
 と、最初の頃は、それを開いて無邪気に喜んでいた。

 ところが、1年ぐらい経った頃から、解析するのにだんだん時間がかかるようになった。
 サーバの容量の問題だと思うのだが、画面が凍りついたまま、5分も10分も動かないのである。
 そのうち、最初の画面を開くだけでも20分以上かかるようになり、さらに、ディリー、マンスリー、検索ワードなどのデータを調べようとすると、全部で1~2時間かかるようになった。
 そんなわけで、滅多なことでもない限り、アクセス解析を行うのを断念していた。

 昨日、久しぶりに開いてみたら、いろいろ面白いことが分った。
 まず、 「検索ワード」 で、かつてなかったほど、一つの言葉にアクセスが集中していたのだ。
 それは 「キューブ2ルーム」 である。

 日産ピーズフィールドクラフトさんが開発したキューブのポップアップバージョンなのだが、この言葉を手がかりに、このブログのお越しいただいた方の数が大変多い。

キューブ2ルームpop外装01

 8月に入ってからのデータしか追っていないが、8月1日から昨日までに、 「キューブ2ルーム」 という検索ワードの入力数は、632。
 「キューブ2ルーム」 が、341。
 同じ言葉のように思えるが、前者は 「2」 が全角で、後者は 「2」 が半角である。

 検索ワードは、一文字で異なれば別の用語としてカウントされるので、内容としては同じものだ。
 これだけで、もう1,000に近い。

 そのほか、
 「キャンピングカーキューブ2ルーム」
 「キャンカーキューブ」
 「日産キューブ2」
 「キューブ2ピーズ」
 …などという言葉もそれぞれ別にカウントされてくるので、それらを総合すると、この8月に入ってからだけでも、同じ情報を6,000人以上の読者が求めてくださったということになる。

 しかも、「キューブ2ルーム 寸法」 とか、 「キューブ2ルーム 足回り」 などという用語も入ってくるので、かなり購買意欲が盛んなのではないかという推論も成り立つ。

 このブログの性格上、どうしてもキャンピングカーに関連する用語で検索してくださる方が多く、キャンピングカーの固有名詞も当然多い。 
 キャンピングカー名では、今まで 「アミティ」 がダントツだったけれど、 「キューブ2ルーム」 はそれをはるかに上回る勢い。

 やっぱり、これは 「キャンピングカー」 に興味を持たれている方だけでなく、広い意味で 「寝られるクルマ」 「遊べるクルマ」 に興味を感じている方々がいるということを意味しているのだろう。

 アクセス解析を行ってみると、それなりに、なんとなく市場のニーズの雰囲気もつかめる。
 これはブログをやっている強みかもしれない。

 だから、アクセス解析は大事なのだが、残念なことに、そのために1日30分以上、モニターをにらめっこして解析画面が開くのを待っているほどの余裕はない。


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:51 | コメント(2)| トラックバック(0)

小説・夜の夕焼け

夕焼け画像

《 怪談特集③ 夜の夕焼け 》

 その夜から、何かが変った。
 最初の異変は、コピライターの木崎が部屋を出て行ったあとに起こった。

 「ボディコピーは一応書きましたけど、ヘッドが思い浮かびませんわ。あとは家で考えてきてもいいですか?」
 そういう木崎の背中に向かって、
 「ああ、風呂にでも浸かってゆっくり考えてくれ」
 と、私は声をかけてから、椅子の背もたれに身体 (からだ) を預け、大きく深呼吸した。

 「お疲れさま。お先です」
 木崎の声がドアの向こうに消えると、部屋はしんと静まり返った。

 再び書類に目を通す。

 コンペに提出する企画案をA4用紙に印字した文字が見づらい。
 最近は老眼が進んで、細かい文字が、意味不明の象形文字の羅列のように見えることが多い。
 眼精疲労が蓄積したのか、今日は特にその文字が、アリの行列のように一方向に動いているような気がする。

 疲れた……。

 そろそろ俺も帰るか。
 そう思って、椅子から立ち上がり、暖房のスイッチを消すつもりで、ドアに向かって1、2歩歩きかけたとき、ドアの向こうで人の話し声が聞こえた。

 木崎が廊下に出て、誰かと話しているのだろうか。
 しかし、社内には誰も残っていないはずだ。

 聞くとはなしに、ドアの外の声に耳を傾ける。

 「いよいよ修羅場だな」
 「いいさ。例の手がある」

 話しているのはどちらも中年男のようだったが、聞いたことがない声だった。
 2人は、私が聞き耳を立てているのを察知したのか、黙り込んだ。

 思い切ってドアを開けると、冷え冷えとした廊下には、誰もいなかった。

 空耳というやつか?

 私はデスクに戻り、書類を引き出しの中にしまうと、コートを羽織って、部屋を後にした。

 エレベーターを待つ。
 隣りの広報企画部も、向いの第二広告部も、すでに明かりが消えている。
 エレベーターのワイヤが作動する鈍い音が、無人の廊下に響き渡る。

 守衛室の前を通ると、守衛は見回りに出たのか、白々と蛍光灯がともる部屋に人影はなかった。

 吹きすさぶ寒風を覚悟して身を引き締めながら外に出たが、不思議と風が生温かい。
 
 見上げると、深夜が近いというのに、空が赤々と燃えているように見える。
 月がギラギラとした輝きを放ち、まるで太陽のようだ。
 それに呼応して、星も毒々しくギラついている。
 空全体が、学園祭の演劇に使われるへたくそな背景のように、作り物じみた色合いに染められている。
 
 何か、悪いことが始まりそうな気がする。
 あるいは、すでに始まっているのかもしれない。
 どことなく、昨日と違う。

 いつもこの時間、駅にまで続く盛り場は、酔って軽口を叩きながら歩く人たちの喧騒に包まれているというのに、今日はなぜか深閑としている。

 人がいないわけではないが、みなドラマのエキストラのように、わざとらしく歩いている。
 よく見ると、彼らは一方向に進んでいるのではなく、一定の区間を歩いてはまた引き返している。誰もが、何者かに命じられて、自分の意志とは関係なく動かされているように見える。

 駅のホームも、奇妙な静けさに満たされていた。
 人の姿は見えるが、みな薄っぺらな影絵のようにたたずんでいるだけで、人間としての立体感を失っている。

 線路を挟んで、古代エジプトのファラオの立像を切り抜いた展覧会の特大ポスターが貼られているのが見えた。
 「エジプト4000年展」 というロゴが金色のエッジを立てて、異様な迫力で光っている。

ファラオ石像001

 ポスターに描かれたファラオの目には、瞳がないのに、じっとこちらを見つめている。
 唇が真っ赤な口紅で塗られている。
 その唇が突然動き出し、
 「いよいよ修羅場だな」
 とささやいた。

 何もかもが変だった。
 自分がいつのまにか違った世界に迷い込んでいるような気がして、とてつもない息苦しさを感じた。

 ……とにかく、ここを抜け出さなければならない。
 出口はどこなのだろう。
 こういうときに限って駅員の姿も見えず、明かりをともした売店には、売り子がいない。 

 そのとき、ホームに電車が滑り込んできて、ようやく私は我に返った。

 「そうだ。自分はいま家に帰ろうとしていたんだ」

 電車を見るまで、私は自分の行動の目的を失っていたことに気がついた。

 車内に人影はなかった。
 無人の電車に乗ったのかと思ったが、私と同じホームに立っていた女が開いた扉からすべり込み、私の前に座った。

 彼女は無表情を装いながらも、食い入るように私を見つめてくる。
 目の下にも黒々としたアイラインを入れた女で、クレオパトラの化粧を思わせる。
 その女が、先ほどのファラオの手先であることは明瞭だった。
 私は、彼女が私とコンタクトを取りたがっていることを悟った。

 しかし、私はそれが煩わしかったので、カバンの中から文庫本を取り出して、読む振りをした。
 彼女はそれにもめげず、今度はテレパシーを通じて、私の脳にじかに話し掛けようとした。

 「いよいよ修羅場ね」

 私には、彼女がそう語りかけてくるのが分った。
 なぜなら、私が目を通している文庫本の文字が、すっかり彼女の言葉にすりかえられていたからだ。
 私は恐ろしくなって、本を閉じ、目をつぶって彼女の顔も見ないようにした。

 目を開けると、いつのまにか女の姿は消え去り、代わりに黒い蝙蝠 (こうもり) 傘が通路に捨てられていた。

 人の気配が途絶えた電車は、私の降りる駅に近づいていた。
 窓の外は明るさを増し、時間が逆行して夕焼けが空に浮かんでいた。

ホッパー夕焼け

 ……いったい、何時なのだろう。
 腕時計を見ると、文字盤に針がなかった。
 夜の夕焼けは、どことなく人工的で、空に向かってエアブラシで吹きつけた 「絵」 のように見えた。
 
 車内のアナウンスが、私の降りる駅の名を伝えた。
 電車を降りると、見たこともない駅の風景が広がっていた。
 頭上高くドーム状の屋根が覆い被さり、イスラム寺院の礼拝堂のような雰囲気だった。

 その礼拝堂の中を、舌を抜かれた奴隷たちのように、沈黙を守った人々が改札口に向かっている。
 改札口の向こうでは、ミッキーマウスやらドナルドダックの着ぐるみを来た一団が、にぎやかに人々を迎えていた。
 どうやらディズニーランドに来たらしかった。

 しかし、このディズニーランドは普通のディズニーランドとは違うらしく、ミッキーもドナルドも、身体の上に、首が二つずつ付いていた。
 二つの首を持ったミッキーやドナルドたちはみな手にローソクを掲げ、賛美歌を歌っていた。
 私は、今日がクリスマスであることを思い出した。

 ミッキーとドナルドの群れを押しのけるように前に進むと、屋台の焼き鳥屋が現れ、 「備長炭炭火焼き」 という看板の下で、グーフィーが串に刺した鳥を器用にひっくり返していた。

 「大将、焼き鳥を食べようよ。不老不死になる焼き鳥だよ」
 グーフィーがそう言って、一串の焼き鳥を私に手渡す。
 
 口に含むと、死肉のような臭みと苦さが舌の上に広がった。
 
 「食べたのかい? そうか食べたのか」

 グーフィーの金属をすり合わせたような声が、耳をつんざくばかりに周囲にこだました。

 「もうこれで不老不死だ。それは始祖鳥の肉なのだ。お前は永遠の生を手に入れた。これで一巻の終わりだ」
 グーフィーの勝ち誇ったような声におどかされて、私は何か取り返しのつかないことをしてしまったような気持ちになった。

 うろたえる私を見て、白雪姫や、クマのプーさんや、ミッキーマウスが、二つの首をゆすって愉快そうに笑う。
 夏でもないのに、クマゼミたちの鳴き声が地鳴りのようにとどろきわたり、彼らの笑い声と絡まり合う。
 カーニバルは最高潮に達したのか、いたるところで花火が炸裂する音がこだまする。

 家に帰らねばならない。家に…。
 しかし、私にはもう返るべき家がないことが分っていた。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

シンメトリー

北品川看板

 勤務先が、東京の北品川という場所にある。
 ある日、その商店街を歩いていて、気がついた。

 「北品川」

 そう書かれた駅の看板を眺めているうちに、その3文字が見事に左右対称になっていることを発見したのだ。

 頭が冴えているときは、次々と新しい発見があるもので、「北品川」 の隣町が 「南品川」 であることに気がつき、「南品川」 もまた左右対称であることに思い至った。

 さらに 「東品川」 という町もあって、これも左右対称。
 「西品川」 もあって、こもまた左右対称ではないか。

 偶然の一致とはいえ、東西南北の町名が全部シンメトリーの構造を有するというのは画期的なことだ。
 品川という土地は、つくづく神秘的な町であると思った。

 しかし、しばらくして、「北山本山」 とかいう地名があれば、それも左右対称で、「南山本山」 という地名でも左右対称になり、「東山本山」 でも 「西山本山」 でも、同じく左右対称になるということに気づき、「北品川」 の左右対称性に驚いたりしたことが、あんまり大したことでないのかもしれないと考え直した。

 何を言いたいのか…って?
 いやぁ、ただそれだけの話なんですけどね。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

小説・水族館

廃墟の入口001

《 怪談特集 ② 水族館 》

 廃墟のような水族館に行ったのは、いつだったろうか。
 姉が死んで、まもなくだったと思う。
 悲しみから立ち直れなかった父が、いつまでふさぎ込んでいてもしょうがないと、思い立ったように、男の子1人になった私を連れ出した日だったから、小学校に入ってすぐの4月か5月だったように思う。

 空の澄み渡った休日だった。
 風が強い日で、帽子が飛ばされないように、母が帽子にゴム紐を付けてくれたのを覚えている。

 私は、久しぶりの外出にはしゃいでいた。
 そんな私を見ると、姉と一緒だった時のことをよけい思い出すのか、父は怖い顔をして人気のない方、人気のない方へと私を引っ張っていった。

 せっかくの楽しい行楽日だというのに、私たちは、行楽地とは無縁の、寂しい町外れの神社に来ていた。
 夕陽が境内の林の間に降りてきて、埃っぽい地面の上に、木の影が無意味な模様を描いていた。

 遊園地か、動物園に連れて行ってもらうことを期待していた私は悲しい気持ちになった。
 しかし、娘を亡くした父の気持ちを思うと、私は駄々をこねるわけにもいかず、ひたすら黙っていたように記憶している。
 
 「哲夫。魚を見るか」

 父が言った言葉の意味が分からず、私は、あいまいな笑いを浮かべて父を見上げた。
 父は、そんな私に振り向くこともせず、投げやりな手つきで、煙草に火をつけた。

 「魚って?」
 私はおずおずと尋ねた。
 「水族館だ」

 ぶっきらぼうな返事だった。
 人も通らぬ神社の近くに、水族館があるはずもなかった。
 私は、あてがあるようには思えぬ父の後ろを、黙ってついていくしかなかった。
 
 やがて、野原の中に、荒れたコンクリートの建物が見えてきた。
 私は、子供心にそれが父の目指している “水族館” であることを直感した。
 
 「哲夫」
 そう呼んで立ち止まった父の、次に言った言葉を私は一生忘れることができない。
 「人間は死ぬと魚になるんだ。今日は姉さんに会いに行こう」

 おとぎ話とか昔話とかいったものとはまったく異質な、何か、いま生きている世界とは相容れない領域に、父が触れようとしているような気がした。

 父の言葉を聞いてから再びその建物を見ると、そこは、人がみだりに入ってはならない死者の霊安所のように感じられた。

 近づくと、トンネルの入口のような玄関が二つ見えた。
 そのうちの一つは、錆びたバラ線を張り巡らした柵で覆ってあり、もう一つは鉄板で打ち付けたドアで半分閉じられていた。
 どちらの扉の前も雑草が生い茂り、何年も人が立ち寄ったことがないことを感じさせた。

 父は、前にも来たことがあるのか、軽々と半分開いている方の扉をくぐりぬけ、迷いのない足取りで奥へ入っていった。
 私は、中に入ることの怖さより、独り取り残される不安におびえて、急ぎ足で父を追った。

 ひんやりと湿った通路には、入場券を売る場所も切符を切る人の姿も見えなかった。

 「ここは本当に水族館なの?」
 私は、父にそう尋ねずにはいられなかった。

 「静かに」
 父ははじめて微かに笑顔を見せると、人差し指を唇の前に立て、声を出すなという指示をした。
 理由は分からないながら、なぜか私は父の指示が当然という気がした。
 そのときから私は、ここが一種の冥界であることを理解したのだと思う。

 長い通路を過ぎると、突然視界が開け、私たちは広間に立っていた。
 その中央に、ガラスの巨大な円柱の水槽がそそり立ち、そこに不思議な色をした1匹の大きな魚が沈んでいた。

 「何なの?」
 思わず、私は尋ねた。
 「姉さんだ」
 ためらわず父が答えた。
 
 「嘘」
 とは言わなかった。
 なぜかそのとき、私にも本当にそう思えたからだ。
 近づくと、姉はゆっくり浮かび上がり、驚いたように目を大きく見開いた。
 エラがふわふわと開閉し、口が何かを伝えたがっているかのように、閉じたり開いたりした。

 父はとてつもなく優しそうな表情を浮かべ、黙ったまま、姉の口の開きに応じて、何度も何度もうなづいた。
 私は、思わず駆け寄り、「姉さん」 と叫んだ。
 姉はそんな私を認めたのか、ガラスの壁ぎりぎりまで近づいてきて、目にいっぱい涙をためて泣いた。

 私たち3人は、ずいぶん長い時間そこにいたと思う。
 帰るとき、父は硬直した兵隊のようにいずまいを正し、姉に向かって最敬礼をした。
 私が、姉に 「また来るよ」 と言うと、意外にも、父は微かに首を横に振って、私の手をじっと握り締めた。
 
 私も父も、このことは母には一言もしゃべらなかった。
 
 その後、姉の話が出ても父はもう何も言わなかった。そして、二度と水族館の話も出なかった。

 中学に入ってまもなく、水族館が壊されてそこが公園になるという話を聞いて、私はあわてて姉に会いに行ったことがある。

 建物はまだ残っていたが、ガラスの水槽にはすでに水がなく、もちろん姉は、もうそこにはいなかった。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:43 | コメント(2)| トラックバック(0)

小説・眼鏡の少女

 ムシムシする夏。
 それを快適に過ごすには、全身にサァーッと鳥肌が立つような 「怪談」 が効果的です。
 これからお盆までの暑い時期には、このブログでもときどき 「怪談スペシャル」 をお送りしたいと思います。

樹002


《 怪談特集 ① 眼鏡の少女 》

 「平野愛子です」
 と、電話口で名乗った女性は、
 「旧姓、吉沢愛子といえば、分かるかしら?」
 と言い直して、クスっと笑った。

 10年経っても、その声は忘れない。
 別れた女。
 正確にいうと、 「去っていった女」 だ。


 「見てもらいたいものがあるの」

 夕刻、オフィスビルの中にあるカフェに座った愛子は、そう言ってバッグから1枚の写真を取り出した。

 運動会の一コマを押さえたものだろうか。
 赤い運動帽を被った小学生ぐらいの女の子が、土の上に引かれた石灰の白線の上を賢明に走ってる。

 「これが何か?」
 写真から目を上げて、私は愛子の顔を見つめた。

 目の周りには小ジワが目立ったが、10年経っても愛子は美しかった。

 この間、「未練はなかった」 といえば嘘になる。
 一時は、社会で功なり名を遂げて、愛子を見返してやりたいと思わぬこともなかった。
 しかし、この年になっても、相変わらず愛子の旦那より偉くなるどころか、自分一人の食い扶持を確保するのもままならぬ安サラリーマン生活を維持するだけで精いっぱいだ。

 「あれはもう死んでしまった女だ」
 そう思い込むことで、いわば記憶の底に封印してしまった女。

 その愛子が、10年ぶりに目の前に座って差し出した写真。
 自分の娘が走っている子供の運動会を見せて、どうするつもりか。

 懐かしさのこもった甘い言葉を期待していた私は、正直、意表を突かれて、少し鼻白んでいた。

 「この写真を見せるために、わざわざ電話を?」

 愛子はそれには答えず、私を試すように、
 「2番目に走っている子はどんな子?」
 と言って、私の顔を覗き込んだ。

 「2番目?」

 もう一度、写真に目を落とす。

 赤い帽子を被った女の子のすぐ後を、白い帽子を被った眼鏡の女の子が追いかけている。
 その2人がコーナーを回って競り合っており、その後は3~4人がダンゴ状になっているために順位が明瞭ではない。たぶん愛子の言った 「2番目の女の子」 とは、その白い帽子の眼鏡の子を指すのだろう。

 「白い帽子を被った眼鏡の子が、2番目にいるけど…」

 そう言いながら、愛子に視線を戻した私の目に、恐怖にひきつったような、愛子の見開かれた目が飛び込んできた。
 その異様な表情に圧倒され、理由の分からない不安が私の身体にも広がり、気づくと両腕に鳥肌が立っていた。

 「あなたには見えるのね?」
 愛子は念を押すように、私の顔を覗き込んだ。

 「見えるって?」
 思わず聞き返した。
 「眼鏡の女の子」

 とっさのことで、愛子の言っている意味が分からなかった。
 何かの謎掛けか。
 それとも、ひょっとしてゲームか。

 「何を言いたいのか、教えてくれてもいいだろう」
 私がそう言うと、愛子は真顔で答えてきた。

 「その眼鏡の女の子は、私以外の誰の目にも存在しなかったの。あなたが見つけるまでは。
 ねぇねぇ、ではこっちの写真を見てくれない」

 愛子がバッグから取り出したもう1枚の写真は、家族のピクニックの情景だった。
 芝生の斜面に敷かれた水玉のビニールシートに、3人の人物が腰を下ろしている。母親と子供たちという感じだ。真ん中にいるのは愛子だ。
 2~3年ほど前の写真か。目の前にいる愛子より頬がふっくらして幸せそうだ。

 その右側には、先ほど運動会で先頭を走っていた赤い帽子の女の子が陣取り、得意満面の笑顔を浮かべてピースサインを送っている。たぶんそれが愛子の娘なのだろう。

 そして、その隣りに、ちょっとはにかんだ笑いを浮かべている眼鏡をかけた女の子がいる。
 先ほど見た運動会の写真で、愛子の娘を追いかけていた少女だ。
 愛子の娘よりはシャイなのか、照れ笑いを浮かべている。
 しかし、そのはにかんだ笑顔から真面目そうな性格がしのばれて、愛子の娘よりも可愛い感じもする。

 どこにもありそうな、ピクニックを楽しむ親子と、その子の友だち。
 不自然なところが何もない、平和で、のどかで、平凡なスナップだ。

 「まさか、ここに写っている眼鏡の女の子も、ほかの人には見えないとか…?」

 私が言いかけた言葉を継ぐように、愛子が続けた。

 「そうなの。この写真は私と娘だけがいるところを撮ったものなの。そのとき周囲には誰もいなかったのよ。カメラを構えていたのは主人だから、いたずらのしようもないわ」

 「この女の子に心当たりは?」
 そう尋ねた私に対し、愛子は無言で、首を横に振っただけだった。

 「これはデジカメではなくフィルムカメラだろ? …ということは、素人ではそんなに簡単に画像をいじれないということだ。ネガと見比べてみた?」 

 「みたわ。ネガにはこの眼鏡の子は写っていないの。
 しかし、プリントすると、私だけには見えるのよ、この子が。
 主人にも、娘にも、学校の友達にも、誰にもこの娘は見えていないの。
 何度プリントしても同じ。現像所を変えても同じ。私、自分で気が狂ったと思ったわ」

 「だけど、ついにこの女の子の姿が見える人間が、もう一人この世に現れたと。
 ……しかしねぇ、俺には理解しがたいね。信じられないといった方がいい。
 だって、これは心霊写真なんてもんじゃない。細部まではっきりと見える。なにもかも。
 周りの人に、君をからかう理由がきっとあるんだよ。みんなで示し合わせて、こういう合成写真を作ったんだ。からかわれる理由を考えた方が早い」

 「私、知り合いの精神科の先生にも相談したことがあるの」
 「そうしたら?」
 「先生は写真を見て、 『疲れていますね』 と精神安定剤をくれただけ」

 そういう愛子の表情を見るかぎり、ふざけているようにも、冗談を言っているように見えなかった。

 私は、もう一度、実在しないという眼鏡を掛けた女の子を見た。

 確かに、何か妙だ。
 愛子の娘が、いかにも親の愛をたっぷり受けてすくすくと育った女の子に見えるのに対し、その隣りにいる眼鏡の子は、愛子の娘より一歩引いている感じがする。

 王女にかしずく侍女。
 本妻の子に対する妾の子。

 そういう “日陰者のはかなさ” がその子から漂ってくる。

 たぶん今どき珍しい黒ブチの眼鏡をしているせいかもしれない。
 しかし、その黒ブチ眼鏡には、愛子の娘を目立たせるために自分がブスの役を引き受けようという、その女の子の意志すら感じられる。

 しかし、黒ブチ眼鏡の子は、端正な顔をしている。ひょっとしたら、愛子の娘よりもきれいかもしれない。
 なのに、なぜこの子は愛子の娘の方を立てて、自分は一歩下がろうとしているのか。
 その顔には、後悔と諦めが潜んでいるようにも見える。
 「来てはいけないところに来て、見てはならないものを見た」
 そういう意志を、その子の表情から読みとることができる。

 そのはにかんだような笑い顔の底に、幸せな家庭を外から見つめながら、自分ではそれを諦めざるをえない人間の哀しみが浮かんでいた。

 そのことを愛子に伝えると、愛子は思い詰めたように自分の膝に目を落とし、ため息をついた。
 そして、うめくように、言った。
 「この女の子は、きっとあなたの子よ。私が堕ろした…。だからあなたにも見えるのよ」

 「まさか…」
 今度は私が絶句する番だった。


 愛子と別れて、一人で居酒屋に入った。

 バカバカしい話を、アルコールで流してしまいたかったからだ。
 しかし、酔えば酔うほど、 「ありうる話かもしれない」 という気もしてくる。

 愛子が最後に言った言葉が、頭のなかで鳴り響く。

 「この子は、今まで別の世界で独りぼっちで生きてきたのよ。自分の親たちを捜していたんだと思う。
 だけど、この子の暮らす世界では、この子の親は見つからなかったの。
 そして、こちらに来て、ようやく母親だけを見つけたんだと思う」

 だったら…
 と、私は、手酌でお猪口に日本酒を注ぎながら、うめいた。
 その娘を、独りぼっちで闇の世界に送り出したのは誰だ!

 愛子は、私よりあの男を選ぶために、私の元を去っていった。
 そして、結婚の障害になるというので、こっそり私との間にできた子供を堕ろした。

 俺と愛子が一緒になっていれば、あの眼鏡の女の子は、この世を恨むことも、はかなむこともなく、すくすくと育っていたんだ。

 私は気づかないうちに、居酒屋のカウンターで涙をこぼしていた。

 そして、夜の街をさまよい、深夜になってから独り住まいのアパートに戻った。
 アパートには、窓ガラスから明かりが漏れてくる部屋は、ひとつもなかった。

 錆びた鉄骨に支えられたアパートの階段を登る。

 鍵穴にドアキーを差し込むと、部屋の中で音がした。
 廊下をこちらに向かって歩いてくる誰かの足音。
 かろやかな、女の子の足取りを思わせる音。

 私がドアのノブに手を掛けると、中から聞いたこともない、幼い女の声が漏れてきた。
 「お父さん、お帰りなさい」




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:18 | コメント(2)| トラックバック(0)

木更津の暑い夏

 千葉県の木更津市に親戚の家があった。
 蕎麦屋をやっていた。

 千葉市内で一仕事終えた後、ぽっかり空いた午後の時間を使って、久しぶりに木更津の町を見に行った。

 親戚の家が、市内で蕎麦屋を開いていたのは、もう40年以上も前のことだ。
 記憶をたどって、その周辺をクルマでぐるぐる回ったが、記憶そのものがあいまいであり、かつ街の様子も変わっていたので、なかなかその場所が特定できない。

 なんとなく見覚えのある街角を通ったが、ついぞその蕎麦屋があった場所を特定することはできなかった。

 仕方なく漁港までクルマを走らせ、釣り糸を垂れている人たちの姿を眺めながら、クルマのダイネットテーブルを挟んでカミさんと向かい合い、おにぎりといなり寿司の遅い昼食を取った。

 四方の網戸を全開にして、風を入れたが、湿気を含んだ海風が流れ込んできて、身体全体がかえってベタついた。
 ギャレー上の換気扇と、ルーフの換気扇を回すと、少しだけ車内に空気の対流が生まれ、ようやく一息つくことができた。

 木更津というのは、「しょじょじのタヌキ囃子」 で有名な証城寺のある町で、街のいたるところにタヌキのモニュメントがある。
 窓から見える海鮮料理屋の2階のベランダには、ずらりとタヌキの置物が並んでいた。
 しかし、どこからともなく流れてくる音楽はタヌキ囃子ではなく、リオの海岸あたりで流れてきそうなボサノバだった。
 ボサノバに合わせ、緑や黄色に塗られたタヌキたちが踊っているように見えた。


 小学生の頃、夏休みになると必ず父親に連れられて、木更津の蕎麦屋に遊びに来た。
 大人たちの会話はつまらないので、店を出ては、一人で近所をほっつき回る。
 当時の木更津はけっこうにぎやかで、夜ともなれば、商店街は艶 (なまめ) かしい雰囲気に包まれることもあった。

 その艶かしい空気というのが何によってもたらされるのかは、小学生の自分にはまだよく分からなかったが、どことなく頬が火照るような、大人の享楽に身体が浸されていく感覚は嫌いではなかった。


 蕎麦屋の隣りに、小さな写真屋があった。
 いつのまにか、退屈になると、その店に出入りするようになった。

 経営者は、まだ若い青年だった。
 どんなカメラを売っていたのか、ほとんど覚えていないのだが、ライカのような外国製のカメラに混じって、日本製の2眼レフカメラも置いてあったように思う。 
 そういうカメラが、粗末なガラスケースの中にぽつりぽつりと置かれているだけで、およそ “カメラ” という高額商品を扱う体裁の店ではなかった。
 そのせいか、いつ訪れても、お客の姿を見ることはなく、経営者の青年は、店の奥にある3畳ほどのタタミにあぐらをかいて、1日中レコードを聞いていた。

ヘレン・シャピロジャケ

 ステレオなどというものがまだない時代。
 「蓄音機」 という言葉の方が適切な、シンプルなモノラルプレイヤーだった。
 レコードも30㎝LPではなく、ドーナツ盤だった。
 かかる音楽は、コニー・フランシスとかヘレン・シャピロ、ポール・アンカ、ニール・セダカといった、見たことも聞いたこともない外国の歌手の曲がほとんどで、そんな音楽ばかり聞いているその青年のことを、最初はずいぶん変わった趣味の男だなぁ…と思った。

 しかし、一緒になって聞いていると、不思議な気分になった。
 夜の木更津という街を甘く包む享楽的な空気に、外国の歌手たちの歌はぴったりとハマった。
 どの曲も、とろけるように甘く、泣きたくなるほど切なく、身体全体がうずくような官能的な匂いを発散していた。
 「恋」 というものを知らないうちから、「恋」 の切なさというものを知った瞬間だった。
 それがアメリカン・ポップスとの最初の出会いだった。

 3畳間にあぐらをかいた青年は、1曲終わると、ものうい手つきでレコードを替えながら、
 「今のは 『悲しき街角』 、次は 『悲しき片思い』 …。あっちのレコードは 『悲しきインディアン』 。アメリカの歌はみんな “悲しき” っていうタイトルなんだよ」
 と教えてくれた。
 こんなに、心がドキドキするような官能的な気分に満たされるのに、なぜ 「悲しき」 なのだろうと…と、不思議な気分で彼の言葉を聞いた。

 店の外には、街の喧騒が渦巻いていた。
 その喧騒とともに、夏の暑く湿った空気が、どんよりと3畳間を満たした。

 2人とも額に汗を浮かべながら、切ない音楽を聞いていると、なんだか自分たちが、街の楽しさから置き去りにされているような気になった。
 そして、この青年には恋人がいないのだろうな…と、子供ながら頭の中で生意気な憶測をめぐらした。

 親戚の蕎麦屋が店をただんだのは、それから間もなくのことだった。
 隣りのカメラ店は、その1年前ぐらいに、町から姿を消した。

 今は、もうそのカメラ店の青年の顔を思い出すことができない。
 ただなんとなく、当時の人気歌手だった小坂一也に似た顔立ちだったような印象がある。

小坂一也ジャケ

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

ナンパ師適正度

 男性に質問。
 もし、あなたの前に、若くてきれいな女性がいて、話しかけてもかまわない状況が整っているとする。
 さて、そのときあなたの頭の中に浮かんだことは、次のうちのどれか。

 ① これはよい機会! こんな女性と親しくなれるなんて滅多にないチャンス。適当な話題を見つけてすぐ話しかける。

 ② 確かに美人ではあるけれど、こういう女性にはすでに恋人がいるはず。話しかけても親しくなれるチャンスは乏しいので、少し様子を見る。

 ③ 用もないのに話しかけるなんて野心がミエミエ。そんなことをするのは恥ずかしいし、相手に対しても失礼なので、無視する。


 これは、あなたの “ナンパ師” としての経験値を測るテストだといったら、どう思うだろうか。
 ナンパというのは、もちろん街角などで女性に声をかけて、お茶に誘ったりする行為のことを言うのだけれど、スキー場のゲレンデだろうが、ゴルフ場のゲストルーム、ホテルのバーカウンターでもいいわけで、声をかけるのは若い男性であったり、熟年であったりすることを問わない。

外国映画01

 「出会い系サイト」 というものもあるらしいし、「草食系」 の男性も急増中の昨今、ナンパという言葉すら 「死語」 の領域にひたすら歩み寄っている感じもするが、 「肉食系」 男子ならば、まだまだこういう設問に興味を感じる人もいるのではなかろうか。

 で、まず①番。
 「これはよい機会! こんな女性と親しくなれるなんて滅多にないチャンス。適当な話題を見つけて話しかける」

 誰が考えても、この①番がいちばん “ナンパ経験値” が高いと思えそうだが、実際に少しでもナンパの経験を持つ男性は、あまりこういう思いを持たない。
 むしろ②番の方。
 「確かに美人ではあるけれど、こういう女性にはすでに恋人がいるはず。話しかけても親しくなれるチャンスは乏しいので、少し様子を見る」

 ナンパというのは非常に成功率の低い行為で、声をかけても無視されたり、その場でコミュニケーションが生まれても、たいていカレ氏持ちだったりして、交際が始まる確率は意外と低い。
 だから②と答えた人の方が、たぶんナンパ師としての経験を持っている人だと思う。

 では、③は? …というと、当然ナンパなどあまりしたことがない男性であろう。男としてのプライドがあるわけで、こういう男性は、別にナンパなどしてなくても、モテる人はモテる。


 次にこういう質問はどうか。

 カフェのテーブルに一人で座っている女性に、あなたがナンパ目的で声をかけえたとする。彼女はそれに驚いて、テーブルの上のアイスコーヒーのカップを倒してしまった。
 とっさにあなたの口をついて出て言葉は?

 ① 「すみません、このハンカチで拭いてください」
 ② 「こぼれたコーヒーのお詫びとして、ワインとフレンチをご馳走したいけど、いいですか?」
 ③ 「俺って、そんなにびっくりするぐらいイケてた?」

 これは、あなたのナンパ師としての適性度を測るテストだ。
 …といっても、あなたのキャラクターと相手のキャラクターの相性というものがあるので、同じ言葉を発しても、相手の関心をゲットする場合もあれば、反発をかう場合もある。だから、成功率とは関係ない。

 ①番。
 「すみません、このハンカチで拭いてください」
 こういう常識的な対応をする男性は、好感度は高いけど、相手が好奇心を感じてくれる確率は低い。よって、適性度は中の下。

 ②番。
 「こぼれたコーヒーのお詫びとして、ワインとフレンチをご馳走したいけど、いいですか?」
 適性度でいうと中の上ぐらい。とっさにこういうセリフを口にできる男なら、反射神経の良さを評価されて、相手の関心を買うことはできるだろうが、下手すると、そのキザぶりが嫌みにとられて相手の反感を買う場合も。

 ③番が2重丸!
 「俺って、そんなにびっくりするぐらいイケてた?」
 ただし、これはキム兄みたいな、しぶめのご面相をもった男性が口にしてはじめて効果のある言葉で、見るかにイケメンであるジャニ系の男性がいうと、まったくの逆効果。


 さて、3番目の出題。
 あなたには妻子がいる。
 にもかかわらず、他の女性とも楽しい時を過ごしたいという野心を持っている。
 それを見抜かれて、あなたが声をかけた女性が、皮肉たっぷりの表情で、
 「いいわよ。その代わり何があっても私と結婚するのよ」
 と切り返してきた。
 さて、あなたはどう反応するか。

 ① 「僕は結婚を考えた女性しか声をかけたことがないよ」
 ② 「結婚など固いことを考えずに、まず遊ぼうよ」
 ③ 「いいねぇ、俺とフィーリングがぴったし!」

 実際には、初回からこう切り返してくる女性などいない。
 しかし、この質問も、あなたのナンパ師としての適正を測る問になっている。

 まず①番。
 「僕は結婚を考えた女性しか声をかけたことがないよ」
 とっさにこう答えられる男性がいるとも思えないが、機転の利く応対のように思えても、これが一番警戒されるタイプ。
 遊び慣れている、…つまりしょっちゅう声をかけ慣れている男性と思われるだけだ。
 しかし、相手も遊びしか考えていない場合、案外この線でまとまってしまう場合がある。

 ②番はどうか。
 「結婚など固いことを考えずに、まず遊ぼうよ」
 とっさに思いつくのはたいていこのレベルだろうと思うけれど、意図が露骨すぎて好感度ゼロ。
 「じゃねぇ」 とバイバイされる確率が高い。

 ③番。
 「いいねぇ、俺とフィーリングがぴったし!」
 この深夜トーク番組的な、機知もユーモアもないゆるい気怠さというのが、案外現代風なのだ。
 相手の問いに答えているようでいて、何も答えていないという無責任さが、意外と相手の警戒心を解くという効果がある。

 ただ、こういう答は、ホスト系のケイハクさが板についている男性だけに許される対応で、相手がホスト系の男性に興味がない場合は、文字どおり 「軽薄」 に映るだけ。

 以上、通勤電車の中で、前に座っていた美人を眺めながら、漠然と考えたテスト。
 答に特に根拠はありませんので、
 お気になさらずに。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

キャバレー潜入記

 キャバレーに行って来た。
 外はまだ明るい時間帯だというのに、店に入ると、おしぼりで顔を拭いたり、お姉さんに水割りを作ってもらったり、口にくわえた煙草に火を付けてもらったりしているオジサマ方たちによって8割方の席が埋まっていた。

ミラーボール01

 不況だというのに、この業界はまだ集客率が高いようだ。
 でも、キャバレーの全盛期は 「昭和」 とともに去ったのだという。

 今では 「もう化石みたいな存在」 だと、隣りに座ったリコさんが言う。
 何でも一時は日本各地に40軒以上あったこのチェーン店も、現在は全国でたった3軒しか残っていないんだとか。

 こういう業界は、好況・不況問わず、それなりの固定客が支えているはずだと思っていたが、それほど減少しているとは知らなかった。

 「でも街を歩いていると、こういう看板はよく目にするよ」
 と言うと、
 「それはキャバクラね」
 とリコさんは答える。 

 「キャバクラとキャバレーはどう違うのよ?」
 長年疑問に思っていたことを、今日はキャバレーの最前線をいく現役スタッフに直接尋ねてみることにした。

 「キャバレーってのはね、生バンドが入って、ショータイムがあるの」
 と、リコさんはきわめて実証的な説明をした。
 確かにステージでは、バンマスとおぼしき中年男性がリードヴォーカルをとり、その左右に立った2人の女性シンガーがコーラスを被せるという生バンドが 『3年目の浮気』 を歌っている。

 「で、キャバクラにはこういうステージがないの」
 と、リコさんは言う。
 「それからね…」
 と、彼女は含み笑いを浮かべ、
 「キャバクラの方が、若い女の子が多いの」
 とテヘヘヘと笑った。

 自分が見たところではリコさんも十分若いのだが、本当の年は 「テヘヘヘ…」 であるようだ。
 「こういう店は熟年男性客が多いので、多少の人生経験を積んでいないと話題が噛み合わない」 と彼女はいう。

 なるほど。
 若い男性が行く場所は 「キャバクラ」 。
 熟年になると 「キャバレー」 。
 いつの間にか、そういう棲み分けができていたらしい。

 まだ肉体年齢も若く、女性に対するムラムラ度も高い男性にしてみれば、キャバレーのショータイムは邪魔に思えるだろう。
 時間内に必死にホステスさんを口説こうと思う人には、あの30分置きぐらいに始まるショータイムはうるさいし、気ぜわしい。

 しかし、もう熟年になって、ホステスさんを口説こうという熱意も、手を握ろうというスケベ心も枯れた人間にとっては、ショータイムはなかなか面白い。

 その日は、氷川きよしのモノマネで売り出したという氷川きよしよりわずかに年齢が高そうな演歌歌手のステージだった。

 ラメ入りのステージ衣装に身を包んだニセ氷川氏は、スポットライトに照らされたオデコから湯気を立てながら、北島三郎から春日八郎まで、60歳代から70歳代までのシニア層が楽しめる演歌のスタンダードを立て続けに歌い続けた。
 うまいのである。その歌が。 

 きっと音域の広い人なんだろう。無理すれば高音部までスゥーっと伸びるはずの声をむしろ抑え気味にして、中音域の音を太らせている。
 いわゆる 「朗々と響く」 声。

 久しぶりにプロの歌声に接したと思った。

 もし20年前くらい前の自分だったら、こういうステージが展開されていようとも、そっちの方には振り向きもせず、隣りに座った女性に対し、ひたすら、
 「ねぇ、何時に店終わるのよ? ラーメン好き?」
 なんて話しかけていたかもしれない。

 それが今では、ギラギラ衣裳の歌手が歌うコテコテ演歌を、けっこう面白く見物している。

 で、この日、20年ぶりに再会した元職場の同僚だった相棒は、隣に付いたホステスさんと、
 「今の政治ってさぁ、ほら中小企業に対する援助とか、そういうのってまったく念頭になくてさぁ…」 的な、雇用問題を真剣に話し合っている。

 せっかくの時間制限の中で飲むのに、そういう話題ってのも 「なんかもったいないなぁ…」 という気がするのだけれど、それもまた “ジジイが近づいてきた” 彼の、こういう場での楽しみ方のひとつなのかもしれない。

 で、彼の相手となったホステスさんも、その雇用・年金問題の話題に、
 「そうね、そうよね」
 と一生懸命相槌を打っている。
 優しいなぁ、彼女。

 中高年は、 「キャバクラ」 じゃなくて、 「キャバレー」 なんだな。
 ひとつ学んだ。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

甚助の餃子

 舌が感じる 「味」 というのは、人間の記憶にどの程度残るものなのだろうか。

 目で見たものの記憶や、耳で聴いたものの記憶に比べ、味の記憶というのは、その再現が難しいように思う。
 私の場合は、ある料理の味を思い出そうとすると、漠然と 「おいしかった」 「まずかった」 という印象が浮かんでくるだけで、その料理を舌の上で転がしたときの微妙なニュアンスが蘇らない。

 一流の料理人とかグルメ評論家というのは、そのへんの才能に恵まれていて、過去に味わった料理を映像的に思い出すだけで、その味まで克明に思い出せる人のことをいうのだろう。

 「だから料理人は偉大だ」 …などという話に持っていく気持ちは全くなくて、今回はきわめて私的な思い出話。

 もう20年ぐらい前になるのだろうか。
 東京・武蔵野市の吉祥寺に、 「甚助 (じんすけ) 」 という食堂があった。
 今の東急デパートがある筋で、その八幡神社寄りだったと思う。
 10人ぐらい座れるカウンターと、4畳半ほどの座敷がある小さな店だった。
 中年女性が2人で店を切り盛りしていて、忙しい時間帯には3人になることもあった。
 しかし、厨房内に男性の姿を見ることは一度もなかった。

 ここのメインメニューは 「沖縄そば」 。
 その後、沖縄ブームが起こり、 「沖縄そば」 という存在は、東京や大阪のような都会でもかなりポピュラーになったが、この当時、沖縄を知らない人間には 「なんじゃらほい?」 だった。

餃子01

 メインメニューに据えるくらいだから、この店の 「沖縄そば」 は確かにおいしかったが、それ以上に私が気に入っていたのは餃子 (ぎょうざ) 。
 店のカウンターに座ると、ほとんど反射的に 「餃子の大盛りとライス」 をオーダーしていた。
 餃子の大盛りというのは、通常1皿6個の餃子が9個に増えることをいうのだが、そういうメニューが堂々と用意されていたというのは、 「6個では足りない」 と思う人が多かったということなのだろう。

 ここで冒頭の 「味の記憶」 の話に戻るのだけれど、実は、この店の餃子だけが、唯一 「味覚の記憶」 として、私の脳にしっかり保存されている味なのだ。

 その幻の餃子は…というと、形はどこの店でも出てきそうな、きわめてオーソドックスなスタイル。
 しかし、味と焼き方が絶品だった。
 皮は薄いながらも、よく伸びる餅のようにしっかり餡 (あん) を包んで、箸でつついても決して崩れることがなかった。

 焦げ目の部分は上品なキツネ色。
 ここが焦げすぎて真っ黒になると、見た目も味も悪くなるのだが、この店ではどんなに忙しくても、焦げ過ぎたり、逆に火の通りが悪かったりする餃子が出てきたためしはなかった。

 醤油、酢、ラー油で整えた小皿に、その餃子をすっと浸す。
 しっかり餡を包んだ皮が、口の中でプリっと弾け、キャベツ、ニラなどをほどよく擦り合わせた肉汁が舌の隅々にまでふわーっと広がっていく。
 ニンニクに頼った調法ではまったくないのに、餡に味わい深いコクがあって、白いご飯と絶妙のマッチングを見せた。

 この店がなくなって、その餃子が食べられなくなったのは、本当に残念だった。

 なんとか代わりの店を探さないと…。

 それ以降、中華食堂で餃子を注文するたびに、味とか焼き具合をチェックして、 「甚助」 の餃子と比較するクセがついた。
 それなりに 「おいしい」 と思った店はあったけれど、あの 「甚助」 と同じ味の餃子は、いまだに現れない。
 家で冷凍餃子などを焼くときも、水の量、火の強さなどを研究して、少しでも好みの味に近づけるよう努力してみたが、やはり 「甚助」 の味には遠く及ばない。


 このように、自分にとっては絶対的な基準である 「甚助」 の味なのだが、実は最近その味をうまく思い出せなくなってきたのだ。

 うまくいくときは、ごく自然にあの味がふわっと 「舌の上」 に湧いてくる。
 しかし、うまくいかないときは、目をつぶって雑念を振り払い、気合いを入れて精神統一しても、その味を舌の上に蘇らせることができなくなった。
 ここ数年は、思い出せない確率の方が高い。

 もし、どこかで 「甚助」 が再興されていれば、どんなに高い交通料を払っても、あの餃子をもう一度食べに行きたい。
 当時店で働いていた女性たちは、まだそんなに老け込む歳ではないはずだ。
 あれだけの評判を取った店だ。
 どこかでひっそりと、店を再開していてもおかしくはない。

 しかし、そう思う気持ちが働く一方で、 「味が思い出せなくなった」 というのはチャンスかもしれないと思うこともある。
 「甚助」 の呪縛力からようやく解き放たれて、新しい餃子の味を探す時期が来たのかもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:40 | コメント(2)| トラックバック(0)

オヤジギャグ擁護

 「オヤジギャグ」 って、なぜ嫌われるんだろう?

 ウザい
 うるさい
 うっとうしい
 嘘くさい

 全部 「う」 がつく嫌われ方だけど、まぁ、そんな感じを持つ若い人が多いらしい。
 ましてや、そういうギャグを発するのが会社の上司だったりすれば、愛想笑いの一つも返さなければならないという面倒くささもあって、そういうリアクションを要求する態度そのものが傲慢だ、と思っている人も多いに違いない。

 ここには 「笑いの質の変化」 という重要な問題が絡んでいる。

 オヤジギャグ世代、すなわち昭和中期のお笑い文化で育った世代と、平成のお笑いの洗礼を受けた若者との間には、とんでもない開きがあると思う。

 はっきり言うと、 「昭和の笑い」 は貧しかった。

 私もまた、その貧しい昭和の笑いの中にどっぷり浸っていた人間だから、ジョークをかまそうとすると、基本的にオヤジギャグにしかならない。
 それはもうこの世代の宿命なのだ。

 小学生の頃に読んでいたマンガ誌に 『よたろうくん』 という連載マンガがあった。

よたろうくん

 主人公のよたろうくんは、会社から帰ってきたお父さんに、こう言う。
 「お父さん、今日はボケナスの日だろ?」
 すると、お父さんは、
 「アホ、それはボーナスだろ」

 それを読んで、バカみたいに笑い転げた。

 いま思うと、なんでそのギャグが死ぬほどおかしかったのか、そのときの自分の感性がもう分からない。
 しかし、昭和中期に育った子供たち……つまり現在オヤジギャグを連発する大人たちは、みなその程度のギャグで、十分に笑い転げていたのだ。

 今のお笑い文化は、その当時に比べると10倍、いや100倍もレベルが上がっている。緩急自在さ、スピード、表現力の多様性において、昭和中期のお笑い文化をはるかに圧倒している。
 数々の漫才ブーム、お笑いブームを幼少期からテレビで経験して、その笑いのセンスを骨肉化してきた若い世代は、ほとんど反射的に芸人レベルの笑いを日常的に交わし合うことができる。

 だから彼らが、自分たちの笑いの質に達しないギャグなど、生理が受けつけないと感じるのは仕方がないことだと思う。


 でも、私はやはり 「オヤジギャグ」 にホッとすることがあるし、それを連発する人間が嫌いではない。
 オヤジギャグの、あの精神がヘナヘナと弛緩していくような、無責任が許されるような脱力感が好きなのだ。


 昔携わっていた企業PR誌に、観光地のドライブコースを紹介する企画があり、その記事を書くためにカメラマンと組んで、全国を回ったことがある。

 このカメラマンが、典型的なオヤジギャグ人間だった。
 もちろん、その頃は 「オヤジギャグ」 という言葉もなく、彼もオヤジではなくて、まだ精悍な感じの若者だったけれど、寿司屋でシャコを頼むときは 「ガレージちょうだい」 、映画でも見るか?と尋ねると、 「映画はええがな」 と、万事がその調子。

 彼は別に、自分がギャグを言っているというほどの意識もなく、聞く人間のリアクションを期待するわけでもなく、反射神経的に、ただ頭の中に浮かんだ文言を口に出しているだけなのだが、ときどき突っ込み入れながらそのギャグを聞き流していると、けっこうくつろげた。

 取材が一段落して、列車で帰るようなとき、
 彼の 「駅弁買って、ええ気分」 なんてダジャレを耳にしながら、駅弁の包装を解いたりすると、
 「ああ、本当に仕事が終わったんだなぁ」
 というけだるい解放感に包まれた。


 オヤジギャグが嫌われるのは、ギャグを発した人間が、聴衆のリアクションを期待するからだと思う。
 「どう? 面白い?」
 って感じで、オヤジがニタリと笑ったりするあの一瞬の 「間合い」 が、そのギャグを面白いと感じなかった人間にとっては、けっこう辛いのだ。

 しかし、ギャグをかます人間が、ことさら聴衆のリアクションを要求しなければ、私はオヤジギャグには、一種の精神弛緩剤のような効果があると思っている。

 ピリピリした空気から逃げたくて、世の中どうでもいいや…と投げやりな気分にズブズブ浸りたいときは、相棒のかますオヤジギャグというのは精神安定剤のような効果がある。

 「今日の失敗はもう忘れて、徹底的に酔っぱらっちゃえ」
 なんていう気分のとき、オヤジギャグを連発してくれる相棒がそばにいると、こちらも投げやりな気分になって、ヤケクソ的に飲める。

 オヤジギャグが笑いの質として貧しいことは分かるが、オヤジギャグも許容できない社会というのは、投げやりな気分になることも許されない寒々とした社会であるように思う。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

幸せだなぁ

 駅裏のヤキトリ屋で、生ビール一杯飲んで、2皿食べたヤキトリがうまかった。
 その味を思い出しながら、自転車を漕いで帰宅中、ふと漏らした独り言。
 「幸せだなぁ」

生ビール

 自分でそれに気づいて、苦笑い。
 俺の 「幸せ」 も、ずいぶん小さくなったもんだ。

 …でも、きっと、そういうことなのだろう。

 今の自分が幸せかどうか測るバロメーター。
 それは、うまいものを食った後とか、人と楽しい時間を過ごした後とか、困難な仕事を達成した後などに、とりあえず、 「幸せだなぁ」 とつぶやいて、それが自嘲でもなく、皮肉でもなく、反語でもなく、心底そう思えたら、間違いなく、それは幸せな状態なのだ。

 幸せって、そういうものだし、
 そんなもんでしかない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:08 | コメント(3)| トラックバック(0)

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 タバコの自動販売機を見つけ、セブンスターのスーパーライトを買おうと思って、足を止める。
 自動販売機の前では、先客が一人。

 間もなく定年退職…といった風情の地味なスーツを来た初老のサラリーマンが定期入れの中身を覗きながら、何やらぶつぶつ。

 自動販売機からは自動音声で、 「タスポを表示してください」 というアナウンスが流されている。

タスポ
 
 未成年へのタバコの販売を抑制するために、新しく導入されたタスポ制度。
 これが 「面倒くさい」 と悪評で、自販機からのタバコ販売は激減しているという。
 初老のサラリーマンは、どうやら定期入れの中からそのタスポを探しているらしいのだ。

 「タスポを表示してください」
 と機械はいい続ける。

 いらつくオジサンとは対照的に、機械の方はますます沈着冷静に、抑揚を抑え、声を低めて、
 「タスポを表示してください」 
 
 オジサン、
 突然、大きな声で、
 「うるせぇ!」

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 家路に向かう通勤客の姿が目立つ夕刻6時。
 取材をひとつ終えて、やきとりが食いたくなり、取材先の家があった駅の周辺をうろうろ。
 駅裏の住宅街を少し入ったところに、おあつらえ向きの安そうな店が一軒。

 近所のご隠居と思える先客が一人。
 そのご隠居をカウンターに座らせて、旦那がギャンブルにうつつを抜かしている間、けなげに店を切り盛りしているという風情の、ちょっと疲れた感じのママさんが話し相手を務めている。

 食器棚の上に飾られたテレビでは、お笑いコンビがファミレスの全メニュー90品目を完食するという番組をやっていた。
 満腹になって、不快感丸出しの表情になっても、さらに出された料理を腹に詰め込んでいくお笑いコンビ。
 「もう食えねぇ。何で俺がこれ食わなきゃいけねぇのよ」
 「あと2食だ。頑張ろう」
 励まし合う2人。

 やきとりを焼きながら、そのテレビを見ていたママさん。
 「アホらし」
 と一言。

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 信号のない住宅街の交差点。
 深夜になって雨がやみ、かわりに風が吹いた。
 開いたままのビニール傘が、その交差点をぐるぐると踊っている。

 通り過ぎる通行人は、ほとんどその傘に無頓着。

 ただ、それを見ていた一匹のノラ猫だけが、毛を逆立てて、
 「お前、怪しい!」
 とばかりに、フゥーっとにらみつけた。

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ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:57 | コメント(8)| トラックバック(0)

小説を書く難しさ

 小説というのは、書くのが難しい。
 エンターティメントとして楽しむ書籍には、 「小説」 のほかに 「エッセイ」 とか 「コラム集」 、「評論集」 などといったものもあるが、 「小説」 だけが特権的な顔をして “のさばって” いられるのは、やはり書くのが難しいからだと思う。

 これは、技術的なことを言っているのではなく、作家にとって、書いたものの自己評価が難しいという意味である。

 エッセイや評論というのは、書いた人間の自己評価と世間の評価の開きが少ない。
 まがりなりにもエッセイとか評論は、どんなに私的な世界を書こうとも、一応 「社会分析」 や 「自己分析」 という客観的視点が必要となるため、書き手が荒唐無稽な妄想だけで突っ走るわけにはいかない。
 そのため、作家と読者の間に “共通理解事項” が成立しやすく、作品の出来不出来に関しても、作家と読者の評価がそんなに大きく開くことがない。

 しかし、小説というのは、書いた人間の自己評価と世間の評価の間に、ものすごく開きが出てしまうジャンルだ。
 なにしろ、小説というのは、神がかり的な心理状態の中で書かざるを得ない場合があって、神がかりになっているときは、どんな人間にも 「自分は天才だぁ!」 と思える瞬間が訪れるからだ。

 そういう発狂に近い瞬間がなければ、読者を引きづり込むような魔力も生まれないところに小説の 「やっかいさ」 があり、そこが、他の読み物とは大きく異なるところだ。

小説家に訪れる狂気

 作者を襲うデーモニッシュな瞬間は、天才的な作家にも、凡人にも等しく訪れる。
 凡人でも、ノッて書いている時は古今東西の天才作家と肩を並べた心境になれるというところに、作家志望の人が後を絶たない理由があるかもしれない。

 それゆえ、小説というのは、自己評価と世間の評価の間におそろしい開きが生じる。
 で、たいていの場合、書いた人間の自己評価の方が、世間の評価よりはるかに高い。
 この落差が少ない人たちだけが、かろうじて職業作家として食べていけるような仕組みになっている。

 …てな、ことを書く以上、 「お前はどうなんだ?」 って言われそうなので、正直に書くけれど、もうかなり昔、実は小説を書いて雑誌の新人賞に応募したことがある。

 書いているとき、
 すごいぞ、俺って!
 よくこんなストーリーを思いついたな。しかも、うまく展開しているじゃないか。ひょっとして、俺って天才?
 …なんて有頂天だった。

 で、「俺がこれで新人賞でも取ったら、世間の見方が変わるかしら? 俺の本がそのうち本屋に並ぶようになって、見知らぬ人からサインなどねだられるようになるのかしら?」

 書いているうちから、そういう妄想が頭の中を回り出す。

 当然のことながら、そのような名誉欲とか現世的な人気などといった浅ましいことを意識しているかぎり、作品そのものに人を惹きつける力など宿るわけもなく、結果は900人くらいの応募者のうち、その上位100人内に入るのが精いっぱいだった。(確か70何番目かなんかで、一応 「2次予選通過者」 という枠内に入っていたと思う)

 全応募者の1割の中に食い込んだのだからいいじゃないか。
 …と思う反面、自分の妄想においては新人賞獲得が “当然” だったので、結果を見て落ち込んだ。
 やっぱ俺にはこっちの方の才能はないらしい。
 …と見切りをつけ、それ以降、小説からはあっさりと撤退した。

 そのとき、自分の10番ぐらい先に、後に直木賞作家として知られる高名な作家のペンネームがあったことを思い出す。
 今でこそ、日本の誇る直木賞作家の一人だが、その人にも、このような新人賞募集に小説を投稿していたという修業時代があったかと思うと、感慨深い。

 自分の場合、それから小説を書こうという気持ちはなくなった。
 やっぱり、あれは 「神に才能をめでられた」 人たちの作品を読んで楽しむもので、自分で書くものではない。
 ただ、自分で少しだけ書いてみた結果、世間一般の小説に対して 「面白いか面白くないか」 を判別する自分なりの基準ができた…という気はする。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:33 | コメント(6)| トラックバック(0)

何度も蘇る記憶

 ラーメンとかうどんを食べるとき、10回のうち8回くらい記憶の底から浮上してくる思い出がある。
 それは学生時代、放課後の校庭で、一人の友だちが語った何気ない一言なのだ。

 「カネがなくて一つしか選べない時にさぁ、チャーハンとラーメンだったらどっち食う? 
 おれは断然ラーメン。
 だってラーメンには汁があるからさぁ、そいつまで飲み干すとけっこうお腹いっぱいになるじゃない?」


中華オープンキッチン2

 それから30年以上経つ。
 そしていまだに、ラーメンとかうどんを食べようとすると、この友人の声が頭の中に鳴り響く。

 これはいったいどういう意味があるのだろう?
 精神分析などが得意な人に、一度読み解いてもらおうと思っているのだけれど、まぁ、そんなに難しい理由があるわけでもなさそうだ。

 要は、その友人の言葉に、若い私はよほどの衝撃を受けたのだ。
 それは、一生を支配するほどの衝撃だったのだ。

 どういう衝撃か。

 それまで私は、人間というのは、お腹がすいたときにラーメンよりもチャーハンを選択するものだと信じて疑わなかったのだ。
 深い理由はないのだが、「麺より米の方が腹持ちがする」 という一般通念をたぶん信じていたのだろう。
 そして経験的にも、お腹がすいた状態で中華食堂に入ったときは、ラーメンよりはチャーハンを選ぶことで満足していたのだろう。

 だから、「チャーハンよりはラーメンの方が満腹感を得られる」 という指摘は、晴天のへきれきだった。
 「バカなことを言うヤツだ」
 と、その時は思ったのだけれど、それと同時に、 
 「人間には、いろんなことを考えるヤツがいるもんだ」
 と感心もしたのだ。

 でも、もしかしたら、それは自分にとって、 「人間の多様性」 を知る最初の出来事だったのかもしれない。
 難しくいえば、自分の価値観の 「枠外にいる人間」 の発見だったのだろう。

 一見、何の意味もなさそうな記憶でも、何度も何度もよみがえってくる記憶というのは、その人間にとって 「何かの意味を持っている記憶」 だという。
 意味があったからこそ、心の底に刻印を残したのだとか。

 チャーハンよりラーメンを選ぶ友人の一言は、まさに運命の一言だったのだ。

 どういう運命なのかということは、自分でもよく分からないのだが、今の私が、ここでこうしているのも、その一言のせいであるのかもしれないのだ。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

お久しぶりっす!

 久しぶりの更新となりましたが、この間、日頃顔を合わせたこともない旧友などから、かなり個人メールや電話などをいただきました。
 「おい、お前腰が痛いって、大丈夫か?」
 と心配してくれるような問い合わせばかり。

 「何で知ってるの?」
 と尋ねると、
 「だってそう書いたっきりブログの更新がないじゃないのよ」
 というわけです。

 誰も “同窓会” のような会合じゃないと会う機会のない人たちばかり。
 日頃連絡を取り合ったことがないので気づかなかったのですが、このブログを読んでくださる知人がいっぱいいたということなんですね。
 
 うれしい…と思う気持ちが湧く反面、実はそれがけっこうプレッシャーになり、いやぁ…なんていいわけをすればいいのかという気持ちもあって、ますますブログ更新に戸惑いを感じたというのも事実です。

 いろいろな人たちのアドバイスもあって、腰痛の対応方法というものをしっかり教えてもらいました。
 それで健康状態はほぼ完璧に戻ったのですが、いったん気持ちが遠のくと、気分的なモチベーションを取り戻すためには多少のきっかけが必要になります。

09CSguide表紙

 そんな大きなきっかけとなったひとつが、カスタムプロホワイトの池田さんが書かれるエッセイ 『答は風の中』 。
 今回のテーマに、この5月に発行した 『キャンピングカースーパーガイド2009』 の感想が述べられていました。

 ほぉ…と本を作った自分もため息が出そうな上手な感想文なので、そちらに飛ぶように設定しました。

 『答は風の中』 vol.040 「退屈」 こそ究極の贅沢

 また、このブログにいつもコメントをいただくムーンライトさんからも、アマゾンの書評に素敵なレビューを寄せていただきました。
 こちらも制作者冥利に尽きるようなありがたいレビューです。

 amazon 『キャンピングカースーパーガイド2009』

 うれしいなぁ…。
 これらの感想がいただける本というのは、本当に幸せな本です。
 お二方には、この場を借りて御礼申し上げます。

09CSガイド巻頭特集2

 また、この間コメントをいただいたTJ様、ブタイチ様、TOMY様。
 本当にありがとうございました。

 お返事が遅くなりましたが、皆様の励ましに満ちた厚意には心から感謝しております。

 そうそう、個人的に励ましのメールや電話をくれた方々にも、
 「おう、元気になったでや!」
 と、この場を借りてご報告いたします。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

イテテッ!

 体の不調をブログで訴えるようになってしまったら、そのブログも終わり、と自分では思っているので、あまり書きたくはないんだけど……、
 今度は 「腰」 である。

 もうこれで2週間、腰にコルセットを巻いて出勤。
 寝るときもそれを外すのが不安。

 2週間ほど前に 『キャンピングカースーパーガイド 2009』 が会社に搬入されるというので、置き場所を作るために、昨年のガイドブックを20冊ほどを抱えて、4階の階段を上がり下りしただけで、腰をやられてしまった。
 痛い…というか、だるい…というか。

イテテッ!

 ま、そのうち治るだろう…とタカをくくって、翌日は昼から夕方まで中腰で本の梱包作業を行ったのがいけなかったのかもしれない。
 夜になったら、腰の痛さが増してきて、体を折り曲げることができなくなってしまった。
 床に落ちたものを拾うのにも、腰を折るのではなく、身体を真っ直ぐにしたまま膝を折ってモノを拾うという案配だ。

 特に痛いのは、椅子から立ち上がるとき。
 長時間座っていると、なおさら立ち上がるときが辛い。
 
 …で、立って歩き始めると、別にそれほど痛みは感じなくなる。
 座り続けるのがまずいようだ。

 だから、家では長時間座って目を使うパソコンを開かなくなってしまった。

 それから2週間。

 痛さはやわらいできたというものの、だるさは残っている。
 コルセットで締め付けておかないと、また “ギクッ” ときそうで、とても不安。

 そういえば、昨年もちょうど今頃、蜂窩織炎 (ほうかしきえん) という病気で1週間ほど入院していた。
 どうもこの季節は、体調不良に見舞われる季節らしい。

 しかし、昨日アタリから、椅子から立ち上がるときのダルさも引いてきた。
 もうちょっとの辛抱かな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:41 | コメント(7)| トラックバック(0)

反省しろ、コラ!

 それにしても、なんざんしょうねぇ。
 私なども、もうじき60歳の大台が近づくようになりまして、つらつらと思うのですけれど、ここ最近の世の中の変わりようがすさまじくてですねぇ、もう私などは、どう考えたらいいのか分からないような時代になってまいりましたねぇ。

 いえいえこれは老人の繰り言ですので、あまり気にとめることもなく聞き逃してくだされば結構なんですが、なんていうんでしょうねぇ…最近のお嬢さま方の元気の良いこと。

 まぁ、私どもの若い頃は “ケンカを売る” というのは男の世界のものであって、女性の方がケンカを売るということがあったとしても、それは相手も女性である場合に限られていたように思っていたんですけれども、最近は違うんですねぇ。

 女が男にケンカを売る。

 そういう光景が日常化されてきた感じがいたしまして、もう、私などは唖然としてしまうわけですが、そういうのは、今の日本ではもう当たり前なんでしょうかねぇ。

 いえいえ、「そういう女性が悪い」 と言っているわけでは全くないんですよ。
 ただね、私らの若い頃はそういう光景を日常的に見ることがあまりなかったわけで、もうずいぶん世の中が変わったもんだなぁ…と、私などは歳を取ってしまったなぁ…と。ただただ、そういう感慨に耽ってしまうというわけなんですね。

 え? 何の話か? って。
 いえいえ、これはね、電車の中で見かけた光景なんですけどね、もうずいぶん前の話になりますけど、ちょうどまだ寒さの厳しい2月頃のことでしたかね。

 千葉県の幕張で大きなキャンピングカーのショーがあるというので、それを見物しようと思って、電車に乗っていたときのことなんですよ。

 通勤ラッシュも一段落して、席もぽつぽつ空いてるという、まぁ、のどかな時間帯の電車だったんですが、…私の前にね、若い女性の方が座っておりましてね、
 …どういうお仕事なのか…まぁ、飛び込みの販売セールスか何かのお仕事なんでしょうね。伝票とか地図を交互に眺めて、いろいろ段取りを思案されていたようなんですわ。

 それがねぇ、ちょうど大きな川を越えたあたりの駅でしたっけねぇ、扉が開いて、一人の若い男性が飛び込んで来られたんですわ。
 でも、ちょっと勢いがつきすぎたのか、その男性が座っておられた若い女性の足でも踏んでしまったようなんですわ。

 その男性は…というとね、野球帽などをかぶった遊び人風の方でね、あまり礼儀作法などに頓着されないという風情の方だったんですよ。
 それでも、若い女性の足を踏んだということが分かったので、
 「すいません」
 と、小声で謝ったようなんですわ。

 しかし、そのあとがすごかったんですよ。
 その女性、何と答えたと思います?

 いえいえ、答える代わりにね、いきなり足をグルリと回して、その男性のすねを思いっきり蹴り上げたんですわ。
 バキッ! と音が出るくらいの勢いだったので、正面に座っていた私もビックリしちゃいましてね。

蹴り001

 しかし、あまりにも意表を突いた女性の行動に、蹴られた男性の方も、きょとんとしているわけなんですわ。
 一瞬、何が起こったのか分からなかったんでしょうねぇ。

 まぁ、なんていうんでしょうねぇ、その男の人、しばらく呆然とその女性の顔を見つめておりましたけれど、
 「これは怒ったことを相手に伝えた方がいいぞ」
 と、ようやく脳から発した意志表示の伝達が顔の神経につながったのか、目に怒りの色を浮かべて、女性ににらみつけたんですわ。

 で、男性がその女性の横顔に視線を向けていることが、気配で伝わったんでしょうなあ。
 その女性、はじめて男性の方に顔を向けましてね、

 「なんだよ、ウザいなぁ」

 もうドラマのセリフみたいにドスの利いた男言葉で返したんですわ。

 まぁ、見ると普通のOLさんなんですよ。
 それもちょっと美人でね。
 少し目がきつそうという印象はありましたけれど、別に、背中に入れ墨彫って、角刈りの男性に貢いでいるという風情でもないし、会社からしっかり1ヶ月単位でお給料を頂いている感じの、どこにでもいるようなお嬢さんなんですね。

 ところが、口を開くと、出てくる言葉がすごいんですわ。
 「汚らしい目をこっちに向けるなよ。うるせぇんだよ」

 こうなると、男性の方が気後れしてしまうんでしょうかね。

 「何も蹴ることはないだろ。ちゃんと謝ったじゃねぇかよ」
 と、男も言葉に凄みを利かせようとしているのは分かるんですが、多少声がうわずっているんですよ。

 それに対して、若いお嬢さんの方が迫力あるんですね。

 「てめぇがトロいから足踏むんだろ。反省しろよ、コラ!」

 もう、字ズラだけ読むと…ねぇ、これ眉に剃りを入れた突っ張り兄ちゃんのセリフですよね。
 それが、まだ24~25というきれいな女性の口から出てくるというのが、なんざんしょうねぇ…、もう劇画の世界というか、アニメの世界というか。

 「だからといって、蹴ることはねぇだろ。やりすぎだろ」
 男の方も必死なんですけど、どうも、言葉に力がないんですよ。もう気後れしているのが分かるんですね。

 それに対して、女性のなんと雄弁なことか。
 「蹴られるようなノロマが何いってやがんでぇ。いちいちウザイんだよ。腐った魚みたいな目でドロンとにらむんじゃねぇよ」

 男同士だったら、ここで胸ぐらのつかみ合いということになるんでしょうけれど、まぁ相手が女だということで、男の方もこらえたんでしょうな。

 しかし、言論戦となると、言葉の “手数” では負けるな…と男の方も分かったようで、その後しばらく、彼も「目に力を込めて」、一生懸命女性の横顔をにらみ付けていたんですが……、

 まぁ、この勝負は女性の一本勝ちですな。

 そのお嬢さんは、男なんて眼中にないという落ち着いた表情で、さっきまで没頭していた伝票と地図のにらめっこを始めたんですわ。
 もう鮮やかなほど 「お前なんかこの世に存在しない」 という無視ぶり。

 普通、素人は、ケンカを収めようとするときの方が、逆に動揺を漂わせてしまうんですね。
 ところが、彼女には一切それが見えないのね。
 感情のないロボットのようなシレっとした顔つきに戻っているんですね。
 こりゃ、相当ケンカ慣れしているな…と思ったんですけどね。

 で、その若い男性はというとですね、「こりゃ勝負あった」 と思ったんでしょうなぁ。
 次の駅が来ると、さっとホームに降りちゃいましたよ。

 もちろん座っている女性は何事もなかったように、去っていく男を完全無視。

 かくして、幕張に向かう電車は、また元のお昼前ののんびり感を漂わせた平和な電車に戻ったわけですけど、ま、驚いちゃいましたね。最近の若い女性の度胸の良さには。

 まぁ、こういう女性の方々が増えてきた日本の社会というのは、……どうなんざんしょうねぇ。
 こういう現象は、日本がたくましくなっていくことの前兆なのか、それとも荒廃していくことの予兆なのか。
 もう年老いた私などには、そこのところの判断が本当につかなくなってしまいましたねぇ。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:55 | コメント(2)| トラックバック(0)

小さな災難

 行楽には絶好の日程に恵まれたGWだったが、5連休ついにどこにも行かずに終わってしまった。
 自分のキャンピングカーのマイナートラブル (…АC電源取入口のフタが外れてどこかに消えたこと) にも対処し、オイル交換もすませたばかりというのに、ちょっと残念。

 連休の遠出をひかえたかったのは、『キャンピングカースーパーガイド2009』 の編集が大詰めになる頃から感じていた “左腕の痺れ” が一向に収まる気配がないからだ。
 
 ようやく時間が取れて、連休が始まる直前に病院に行った。
 病状を訴えると、「首のレントゲンを撮りましょう」 ということになった。

 こちらは “脳梗塞” を疑って、頭のCTスキャナを撮ってもらうことを念頭に置いていたので、「首」 というのは意外だった。
 でも、お医者さんの見立てはさすが。
 首の骨のひとつが劣化して、「隙間が狭くなっている」 というのである。
 それによって神経が圧迫されて、それが痺れとなって感じられるというのだ。
 正式にいう 「頚椎炎」 。

 痺れがあるだけならいいけれど、首を曲げる角度によっては痛みが走る。
 パソコンを打っていると痺れの程度が強まる気がして、連休はほとんどパソコンにタッチするのをやめにした。

 …んなわけで、連休明けで出社して、今日はじめて久しぶりのパソコンを開いてみたという状況。

 こうやってキーボードを操作していても、いや、…別になんともないですな。
 少しは回復したのかな。

 もうひとつ災難。
 
 これも連休直前の出来事だったが、駅構内にあるカレー屋でカレーを食べていたところ、歯にガリっと当たったものがあった。

ガリッ!

 お米の中に石でも混じっていたのか?
 …と思って、歯に当たったものを取り出してみると、石ではなく、小さな金属片。
 虫歯の治療に使われる歯の詰め物と思われる。

 嫌だな…と思って、そっと店員に、
 「こんなものが入っていたけれど」
 と、小さな声で告げると、
 「申し訳ございません。新しいものに取り替えます」
 と新しいカレーを調達してくれた。

 店を出て、
 「それにしても、なぜ虫歯の詰め物がカレーの中に入ったのだろう。誰かのいたずらだろうか」
 …などと考えながら歩いていると、自分の奥歯の方が、なんとなくスースーと風通しがいいことに気がついた。

 舌を回して奥歯を撫でてみると、舌先がはっきりと “穴ボコ” を感知した。

 なんのことはない。
 気づかないうちに自分の歯の詰め物が取れてしまい、それを自分で噛んでしまったのだ。

 「カレー屋に申し訳ないことをしたな…」
 と思うと同時に、
 …あの金属片を取っておけばよかったな…と後悔した。
 どうせ歯医者に行くことになるだろうから、その詰め物を保存しておけば流用できるかもしれない、と考えたからだ。

 歯形に合わせて、新しい詰め物ができあがるまでにはけっこう日数を要する。
 だから、外れたものを持っていれば、それを手直しするだけで、すぐはめ直してもらえる。

 そう思ったんだけれど、いずれにせよ、今は手元にないのだからしょうがない。

 いやはや、身体の不調を訴えるようなことが重なってくると、つくづく歳をとったなぁ…と思う今日この頃であります。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

信号で止まる虎

 昨日の日曜日は、久しぶりの休日。
 木々の緑がキラキラとまぶしく、まるで 「新緑の初夏」 ともいえそうな好天気だった。
 散歩のついでに、自動車免許の更新を行ってきた。

 運転免許証というのは4年ごとの更新になるわけだが、この4年間のうちにいろいろ変わってしまったなぁ…という思いを持つ。

 まず、手続きがものすごく簡素になった。
 以前は書類の書き込みが面倒だったので、時間のない時は代書屋に頼んでいたのだが、もうそれも必要ないくらい書類申請が簡単になった。

 免許証そのものも変わった。
 偽変造免許を防止するために、免許証自体がICカード化されていたのだ。
 まったく知らなかった。

 新しい免許証では、本籍地などがICチップ内に記録されるために、表面上はシークレットになる。それらを読みとるためには、4桁の暗証番号を二つ入力しなければならない。
 この4年の間に、ずいぶん進化したものだ。


 1時間ほどの講習を受けたのだけれど、その内容も、最近の交通事情の変貌を遂げていることを教えてくれた。

 ここ数年、お年寄りの歩行者の事故がものすごく増えているのだそうだ。
 その中でも、自動車の免許証を持っていない老人…つまりは、運転経験のないお年寄りが事故に遭遇する率が非常に高いという。

 どういうことかというと、彼らは自分で運転を経験していなから 「クルマの特性」 というものがよく分からない。
 たとえば、ブレーキをかけてからクルマが止まるまでの制動距離というものを知らない。
 そのため、ドライバーが自分の姿を確認したら、その瞬間にクルマがピタっと止まるものだと思い込んでいるという。

 また、認知症が重くなってくると、現在の交通事情を把握する能力がどんどん失われてしまい、そのために車道への飛び出しが増えるということも、これはどこか別のところで聞いた。

 重度の認知症になると、現在の記憶はどんどん失われていくにもかかわらず、子供時代の “感覚” だけは生き残る。
 今の高齢者たちが幼年時代だった頃は、道路には横断歩道もなければ、信号もなかった。
 それでも、交通量が少なかったから、たいした事故も起こらなかった。

 横断歩道のないところを平然と横切る老人というのは、自分が子供に還っていることに気づかない人々だという。


 一方、子供の交通安全にも、ひとつの課題があるようだ。

 講習を担当した教官の方が、最後にこんな話をつけ加えた。

 「子供が信号を無視して道路を飛び出すのは、たいてい大人の責任である」 というのだ。
 つまり、大人たちは、口では、
 「信号をしっかり守りなさい。青は歩け、赤は止まれだからね」
 などと言いながら、自分たちは、クルマの通らない交差点では平気で信号を無視して、横断してしまう。

 子供たちは、そういう大人の姿をしっかり見ているのだ…とも。

 こういう話を聞くたびに、必ず思い出すエピソードがひとつある。

 それは、かつて職場の同僚と議論した 「信号無視の是非」 をテーマにしたディベートだった。

 ディベートの相手は、私にこう言った。

 ………… 子供たちに “信号のルールを守ろう” などと強制し過ぎるから、かえって信号無視をするクルマに子供がはねられたりするのだ。
 だから、必要なのは、“信号を守ろう”というルールの強制ではなく、“今は横断歩道を渡れるかどうか?” を判断する能力を養わせることだ。

 そもそも、左右の視界にクルマが1台もないのにもかかわらず、そこを 『渡るな!』 というのは、いかにも非合理的な考えだ。
 そういう考え方の根底には、国民をルールで縛って管理しやすくさせるという権力側の魂胆が反映されている。
 そういう考え方に慣らされると、自分で危機管理のできない人間になってしまう。

 仮に、自動車を、密林に棲む虎のような大型の肉食獣に例えてみよう。
 『今は青だから渡ります』
 と言ったところで、虎は子供の前で止まってくれるだろうか?

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 大自然のかたわらに住む住人たちは、個々の動物にはそれぞれ臨界距離というものがあり、どういう状況なら動物が襲ってくるのか、どういう状況なら大丈夫か、そういうものを学ばせて、子供が自分で判断できるように仕向けている。

 だから、“信号を守ろう”という安直な社会的ルールを押しつけることは、都会人・文明人の怠慢であり、それは人間の自発的な危機管理能力を殺すことつながっている ………


 もちろん、これは詭弁である。
 これを唱えた本人も、あえてディベートのための立論であることを自分でも承知している。

 しかし、何年経っても、いまだに信号の前で立ち止まると、この議論を思い出すということは、よほど自分にとって “何か意味のあること” だったに違いない。
 
 おそらく、ここには、単なる 「交通社会のルール」 という意味にとどまらない “教育のあり方” 、あるいは “共同体と個” という問題を考えるときの、本質的なものが横たわっているような気がする。
 皆さんは、どう思われますか?



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:33 | コメント(8)| トラックバック(0)

ネズミの社交性

 一人っ子なのである。
 だから、基本的に一人遊びが得意。

 居酒屋の片隅で、話し相手もいなく、黙々と酒など飲んでいるのが、全然苦痛じゃない。

 数学者の森毅さんが面白いことを言っていたけれど、
 「一人っ子は協調性があまりないけれど、その足りない分を、社交性で補う」
 …っていうんだよね。
 当たり!
 と思った。

 協調性と社交性は、似たような感じがするけれど、中身はまったく別もの。

 人の群のなかに混じって、苦労して、協力し合って、ひとつの成果を出していくのが 「協調性」 。
 それに対して、 「社交性」 ってのは…

 やぁやぁ元気、いやぁしばらく! 
 お、楽しそうだねぇ、素晴らしいですね。
 それ、私にも頂戴ね。じゃ…またね。

 …と、調子よく他人の成果をヘロっと自分のものにして、自分に都合よく立ち去るのが社交性。

 ま、自分にはそういう傾向がある。

 社交性というのは、弱者の武器だ。
 力もなくて、気が弱い人間が、自分の身を守ろうとするときに発達する。
 恐竜の時代に、森の中でひっそりと暮らし始めたほ乳類の智恵だ。

 ジュラ紀とか白亜紀といった恐竜全盛時代に生まれた小さなほ乳類は、草原の中にエサを探しに行くことができない。
 行けば、恐竜にパクっと食われて、自分がエサになってしまう。

 だから彼らは、周囲の情報を取り込むために、聴覚・嗅覚といった情報収集器官をフルに働かせて、仲間同士のコミュニケーションを密にし、恐竜の脅威から身を守ろうとした。

 そいつがわれわれ人類の 「社交性」 の母胎となった。

 …って、ホントかね。
 いま思いついたヨタ話だけどさ。

 だけど、社交性ってのは、周囲の動きに敏感になることから生まれるのは確かだ。
 「人の顔色をうかがう」 とか、
 「ゴマを擦る」 とか。
 そういう姑息な気づかいが身に付くことで、社交性が育つ。
 つまり、今の自分が置かれている状況では、何が危機で、何が面白いのか。そういうことに敏感な精神が 「社交性」 の母胎となるのだ。


 自分にもそういう傾向があって、一人で黙々と居酒屋で酒を飲んでいても、耳だけダンボで、周りの情報収集だけは抜け目ない。

飲み屋瓶

 「あんたもういい加減にこれ以上飲むのをやめなよ。体を壊してまで飲むんだったら意味ないんだから」
 …って言っているのは、カウンターの隣りに腰掛けている水商売上がり風のおバアさん。

 「てぇやんでぇ。俺は飲みてぇんだよ、今晩は。てめぇ帰りたければ一人で帰ればいいだろ」
 …って息巻いているのは、定年退職して、いかにもやることがない日々が続いて鬱屈していそうなオジイさん。

 一見、夫婦の会話のようにみえるけれど、
 「あんたんとこの奥さんに、またワタシ怒鳴られるのもう嫌だよ。ねぇ、もう帰ろうよ。夜も更けてきたんだからさ。医者に止められたんだろ、酒…」
 …ってなことをオバアさんがいうからには、なんだかワケ有りのカップルのようにも思える。

 「関係ねぇだろ。俺が生きようが死のうが、俺が決めることだ」
 「バカだねぇ、死んじまったら、残されたワタシはどうなるのよ」

 いくつになっても、男はガキだね。
 でも、この会話、ちょっとした場末の 「人生劇場」 じゃないのよ。
 さぁ、続きはどうなるの?

 ……と、舞台で繰り広げられる役者の演技を楽しんでいたら、いきなりこっちにも役が振られた。
 「ねぇ、人に気をつかって酒飲んでたって楽しくねぇでしょ? ねぇ」
 オジイさんが振り向いて、こっちに向かって話しかけてくるのだ。
 応援部隊の出動よろしくね、っていう心境なんだろな。

 こっちは森の中でコソコソ生きているほ乳類だから、こういうときの対応にも抜かりはない。

 「でも、心配してくださる人がそばにいることが、人間には大事なことですから。奥様のお言葉にも耳を傾けてあげないと…」
 …ってな、三流週刊誌の人生相談の答みたいなものが、シレっと口をついて出てくるのが、オレなんだな。

 ここで 「奥様」 って言葉を使うのがミソ。
 仮に、オバアさんが “奥様” であろうとなかろうと、関係ない。
 話の流れを読んで、そのオバアさんが “奥様” の役目を務めようとしているという気持ちを汲んであげることが肝心だからだ。

 案の定、オレがそう答えたら、「そうよ、そうですよねぇ」 と、オバアさん上機嫌。
 で、オジイさんの方も、オバアさんが笑顔になれば、それはそれで、まんざらでもないんだな。

 これでそのカップルも円満。

 でも、そういう社交性を発揮する自分って、ホントに太古の森でイジイジ暮らしていたネズミみたいなもんだと、自分では思っているんだけどね。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:37 | コメント(4)| トラックバック(0)

女性の一人遊び

 この前、大阪の阪急食堂街にある立ち飲みの串揚げ屋で、一人でタコハイ飲んでいたら、隣りにフラッと立ったのが、24~25歳というOL風。

松葉

 あとから彼氏でも来るのかな…と思っていたら、一人で生ビールをグビっと空けて、
 「エビとレンコン、キスね…」
 なんて一人で頼んで、一人でほうばっているわけさ。

松葉揚げ

 昨日は昨日で、駅前の吉野屋で豚丼食っていたら、やはり隣りに座ったのが、若いOL風の女性で、
 「牛丼並み。つゆダクで下さい」
 なんて、いっちょうまえに頼んでいるんだな。

 最近やたらと飲食店に一人で入ってくる女性が多くなったように思う。 
それも、吉野屋とか、立ち飲み屋とか、オヤジが集まるような場所に。

 昔は、女性が一人でオヤジの多い飲食店に入るってのは、けっこう勇気がいることだったらしい。
 ジロジロ眺められるからだ。

 若い子の場合は、
 「彼氏募集中かな? 男に声掛けられるのを待ってんだろうか…」
 なんて、無遠慮な視線で見つめられるし、
 年配の女性の場合は、
 「離婚したのか? それとも行かず後家か?」
 なんて、男たちのよけいな好奇心にさらされる。

 しかし、そんな男たちの視線をものともしない若い女性が増えた感じがする。

 いつだったか、週刊誌を読んでいたら、 「一人カラオケ」 を楽しむ女性が増えてきたという記事が載っていた。

 取材された女性の談話では、
 「人と一緒だと、みんな知ってる曲やノリのいい曲じゃないと、場が盛り下がるじゃないですか。
 だから、なかなか好きな曲が歌えないんですよ。
 そのストレスを晴らすために、別の日に一人で行くんです」
 …ってなことらしい。
 
 一人でフレンチを食べに行く女性も多いらしい。
 「一人ならば、行きたいと思ったときにすぐ行けるし、自分のペースで食べられる。
 寂しいなんて思ったことはない。
 一人の方が “味” に集中できるし、自分の時間は友だちや恋人とではなく、自分のためだけに使いたい」
 そんな談話も紹介されていた。

 つまり、恋人がいないから…とか、友だちがいないから…という消極的な “一人遊び” ではなく、積極的に “一人遊び” を楽しむ女性が増えたってことのようだ。

 そういう彼女たちは、口々にこう言うそうだ。
 「声をかけないでほしい」

 どうも男の方の意識が遅れているらしいんだな。
 「居酒屋のカウンターでひとりで飲んでいると、オヤジは 『失恋したの?』 と聞いてくるし、大学生グループは 『寂しくないの~?』 って。
 本当にウザっぽい。
 ほっといてほしい!」

 その気持ちホントによく分かる。

 オレだって、一人でバーのカウンターでしみじみ飲んでいるとき、
 「すみません、ちょっとだけお話し相手になってくれますか?」
 なんて、若い子に声かけられなくないし、
 「ねぇ、素敵な横顔ね」
 なんて、中年の女性にも声かけられたくもないもんな。

 ましてや、
 「お一人で飲んでいらっしゃる雰囲気が、どことなく寂しげで、それでいて凛とした風情があって、今晩は素敵な方と隣り合わせになったわ。
 いっぱいご馳走していいかしら?」

 なんて言われたら、オレは即座に席を立って店を変える。
 …ぐらいの気持ちで、いつもいるのだけれど、幸いなことに、今まで一度もそんなことがないからホッとしている。

 で、何が言いたいかというと、“ひとり上手” な女性が増えてくると、そのうち、キャンピングカーで一人旅を始める女性も増えてきそうな気がするわけ。

 昔、このブログで、
 「キャンピングカー旅行では夫婦の2人旅が増えたが、その次に増えそうなのは、オヤジの一人旅じゃなかろうか」
 なんて書いたことがあったけど、どうやらその前に 「女性の一人旅」 の方が先に来るかもしれない。

 「クルマの中で一人で寝るなんて危ない」
 とか思われそうだけど、キャンピングカーってのはカーテンさえ閉めてしまえば、中にどんな人間が乗っているかなんか、外からはまったく見えない。

 列車やバスを使って一人旅をするよりも、むしろキャンピングカーの方が、案外安全な女性の一人旅をサポートするかもしれない。
 カップルや家族連れでにぎわうホテルに、一人で泊まるのは気後れすることもあるだろうけれど、クルマの中で気楽に寝ていれば、そんな気づかいも必要ないしね。

 もし、そういう風潮が台頭してくれば、またひとつキャンピングカーが変わる。
 どんな風に変わるか?
 おそらく、ファミリー仕様で、奥様の気持ちを優先して…
 なんてこと以上に、徹底的に変わる。

 面白い時代になってきた。 



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 09:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

また深夜の夕食だ

 ついさっき…夜中の3時だけど、カップ麺と奇陽軒のポケットシュウマイ (6個入り) の夕食を済ませ、インスタントコーヒーを飲みながら、相変わらず夜中のデスクで校正作業に従事している町田です。

 ここんところ、たまにブログを書くと、やたら夜中に仕事をしているという報告ばかり。

 じゃ、昼間寝てんのかい?
 …っていわれそうだけど、いえいえ、昼間もしっかり仕事をしてますよ。
 たまにうたた寝はしているけどね。

 今日はちょっと残念なご報告。
 今、作業中の 『キャンピングカースーパーガイド2009』 ですが、発売日がコールデンウィーク明けになってしまいました。

 なんとか、GW前に書店に並ばせたいと思って、不眠不休で編集作業を続けてきたのですが、連休前はムリとのこと。

 実は、今回から発売元さんが変わり、新しい発売元さんからの発行になります。
 その新しい発売元さんが、ムックコードを取る予定で動いていらっしゃったのですが、どうやらムックコードの取得が間に合わないらしく、今回は書籍コードの発売になります。

 …といっても、本の体裁が変わるわけではないんですけどね。

 ムックよりは書籍の方が、書店さんに置かれている期間が長いので、本を探す人には便利かもしれません。
 しかし、作る方としては、見本出しが早まる分、締め切りがタイトになります。
 つまり、書籍としてGW前に出すには、今日あたりがもう見本出しの刻限なんですね。

 そりゃちょっとムリだわなぁ…。
 ムックだったら間にあったんですけどね。

 …というわけで、書籍扱いとなったために、GW前の発行を断念せざるを得なくなりました。

 発売日は、5月15日 (金曜日) の予定です。
 
 もう原稿は全部書き上げて、初稿の90%も出ていて、ほとんど本はできているというのに、さらに1ヶ月後に発行が伸びるというのは、編集者としてはちょっと残念ですけど。

 申し訳ないなぁ…と思うのは、キャンピングカーを製作したり販売したりしている会社の人たち。
 皆さん、私が一人で取材して、記事書いて、校正やっているのを知っているので、校正のお手伝いをしてくれるんですね。

 印刷所から刷り出し用のページが作られると、それをPDFファイルにして、各事業者に目を通してもらっているのです。
 その段階で、価格や装備類、記事中のミスがあったら連絡してもらうようにしています。

 そのため、きわめて情報精度の高い本にはなるのですが、皆さん春のイベント続きの忙しい季節なので、なかなか原稿チェックの時間が取れないんですね。
 だから無理して時間をとってもらったにもかかわらず、本の発行が遅れるというのは本当に申し訳ない…という気分になります。  

 でも、発売日が伸びることが分かったので、ちょっと欲張って、特集部分を増やしました。
 昨年、アメリカをモーターホームで回ったときの印象をまとめたエッセイのようなものを書き足しました。

モニュメントバレー14

 ちょっと気取った文芸的な記事になっちゃいましたけれど、今までにはなかったようなアメリカ紀行になったのではないかと思っています。  


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 04:12 | コメント(6)| トラックバック(0)

足が…

 ここに書く話でもないし、書く本人も嫌だけど、読む人はもっと嫌だろうけれど、足がさぁ…。

 ……臭くて。

 もう5日も家に帰っていないで、風呂にも入っていないから、自分の足の臭いで死にそう。
 毎晩、皮膚洗浄綿で丁寧にふき取って、脂っけは拭き取っているんだけど、それでもさぁ、デスクの下から臭ってくるわけ。

 そばに寄ってくる人はたまらないと思うけれど、まぁ、幸い、だだっぴろい部屋で仕事をしているのは、たいてい自分ひとりだから、他人の迷惑になっていないのが、せめてもの救い。

 で、今 『キャンピングカースーパーガイド 2009』 の初稿の校正中。
 一生懸命記事を書いたつもりでいたけれど、読んでみると、まだまだ不満なところがある。
 やはり、 「そのクルマを買う人間」 の立場からすると、完璧じゃない部分もある。

 たとえば、「あ、このクルマ良さそう。買ってみようかな…」 って、自分でそんな気分に成り切って校正していて、「あ、バンクベッドは子供用の広さしかない」 って書いてあるけれど、実際にどのくらいの寸法なんだろう…って、読んでいくと、……書いてなかったりするんだな…、これが。

 まぁ、文章のスペースも、装備欄のスペースも限られているから、すべてをフォローするのは難しいけれど、できるだけ、正確な印象だけは伝えたいと思う。

会社デスク001

 本当は、1車種で4~5ページは必要かもしれないと感じる。
 
 書ききれない部分は、そのうちブログでもアップするつもりですので、こちらもお見逃しなく。

 それでは、夜明けまで、もう少し…

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

短編集を出します

 今、 『キャンピングカーsuperガイド』 の2009年版の締め切りまぎわで、ずっと原稿を書いているのだけれど、まぁ…たいへん!
 ブログの更新も滞りがちになっているのはそのため。

 まぁ、あと残り数ページというところまで漕ぎつけたんだけどね。
 一方では、先に印刷所に出した原稿の初稿が山のように出てきていて、校正しながら新規原稿も書くという…もう、てんやわんやですがな。

会社デスク001

 だけど、自分でいうのも何だけど、今度の本はきっと読んだら楽しいと思う。
 だって、自分で書いて読み返してみても、面白いんだもん。

 基本的に1ページに1車種を紹介する構成だから、ブログのようにテキストに多くの分量をかけられない。
 だから、文章の量を削ってそのクルマの本質をずばり言い当てる言葉を探していくのだけれど、それをうんうん唸りながら探していくと、自然にひとつの 「物語」 になっていく。

 機能的な特徴を説明する箇所でも、
 「ここを操作して、こう使うと、こうなって…」
 とだらだら書いていくわけにはいかないので、短いセンテンスの中でギュッと圧縮する。
 そうやって言葉の量を節約していくと、どうしても物語にならざるを得ないのだ。

 だから、今回の本は、キャンピングカーを素材とした 「短編集」 だ。

 ショーの会場で、あるビルダーの社長さんが、新入社員に私を紹介してくれたことがある。
 その口上が、
 「こちらは、日本一美しいキャンピングカーの記事を書くライターさん…」
 というものだった。

 そのとき、素直に 「うれしい!」 と思った。

 昔、自動車評論家の徳大寺有恒さんと一緒に仕事をしていたことがある。
 ある雑談の最中、彼はこんなことを言っていた。

 「僕のやっていることはね、基本的にエンターティメントなの。世間は自動車評論だと思っているかもしれないけれど、僕は評論を書いているという自覚はないの。
 だって、いかにこのクルマは機能が優れていると訴えたところで、数字を羅列しただけでは、本質は伝わらない。
 それを乗り手に伝えるのは、結局 “物語” の力なんだよ。
 スロットルを開けたときに、ペダルからつま先に伝わる反応をどう描くか。
 そいつを官能的に表現する力がなければ、評論家にはなれても、作家にはなれない」

 当時、若かった私には、何のことかよく分からなかったけれど、今は少しずつその案配というものが理解できるようになった。   

 ……ってなことを書いて、少し気分転換。
 で、また 「短編小説集」 の続きを書きます。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:13 | コメント(9)| トラックバック(0)

眠くないのだ!

 いやぁ、一睡もしないで、20時間連続で原稿を書いた。
 『キャンピングカースーパーガイド2009』  の特集部分。

 昨年版は 「大人のキャンプ場」 というテーマで、シニアカップルなどが、ゆったりくつろげるキャンプ場というのを特集したけれど、今年のテーマは 「キャンピングカーの未来を拓く人たち」 。
 
 昨年から今年の春にかけて、ビルダーや販社の人たちと話しているうちに、みんなの考え方が少しずつ変ってきたことに気づいたからだ。
 ひと言でいうと、それぞれテーマというものに向き合って、自分たちのキャンピングカーが日本の未来に…あるいは人々の幸せにどう関るのか、ということを真剣に取り組み始めてきたと思えたからだ。

 これはぜひ特集にしなければならない…とは思いつつ…、やっぱりキャンピングカーの車種紹介の方に時間をかけてしまう。
 だから、今年は巻頭特集をおっぽり出す形で作業を進めてきたけれど、もう初稿がバンバン出てきているタイミングで、いつまでも特集ページをほったらかしにしていくこともできない。

 で、土曜の夜から日曜の夕方まで、誰もいない部屋で、ぶっ通しで原稿書き。

編集室1

 気が張っていると、眠くならない。
 普段飲んでいるカフェイン飲料も、むしろ飲まなくて平気。

 で……、その後、ことさら仮眠するでもなく、結局この時間になってもまだ眠くないのだ。
 そろそろ、30時間ゼロ睡眠で来ているけれど、いったいどこまでいくのやら。
 ギネスブックにでもチャレンジするかね。

 ……んなわけで、ブログもちょっと滞りがちではありますけれど、平にご容赦を。
 コメントくださった方々にも返信していないのですが、ごめんなさい。
 しっかり読んではおります。
 少し落ち着いたらまとめて返信いたします。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:36 | コメント(6)| トラックバック(0)

長島温泉の夜

 名古屋でキャンピングカーショーが開かれるときは、たいてい 「長島スポーツランド」 に泊まる。
 ここには 「オートレストラン長島」 があり、その施設内に、朝まで入れる天然温泉、24時間営業の食堂とコンビニ、9時半まで営業している中華レストランがある。

オートレストラン長島夜景01

 利用客はトラックドライバーが多い。
 彼らはここで食事をし、風呂に入り、仮眠してから、深夜、早朝に出ていく。
 行楽客が集まる 「道の駅」 などより、はるかに “仕事の現場” の匂いが強い。
 それだけ無味乾燥な雰囲気ではあるが、雑然とした活気がある。

長島トラック駐車場01
 ▲ 駐車場が広いので、大型トラックも楽々

長島駐車場01
▲ 週末になると、キャンピングカーの姿もちらほら

 ここで過ごす夜は楽しい。
 「チャンポン亭」 の料理がうまい。

長島ちゃんぽん亭

 特に、味の染み込んだおでんがお薦め。
 1品80円。
 こいつを3品ほど取ってから、野菜炒めを頼み、ついでに串カツと豚のネギマを取る。
 トラックドライバーたちの世間話を聞きながら、レモンハイを飲み、しわしわになったスポーツ新聞を読み、ときどき、アカ抜けないネオンを眺める。

 いいぞぉ!
 働く男のオフタイムという気分がグングンこみ上げてくる。
 
 ほろ酔い加減になったら、自分のキャンピングカーに戻って、タオルを首に巻いて、石鹸片手に温泉にくり出す。
 500円。

 なんと、小さいながらも露天風呂だってある。
 サウナもある。
 コーヒー牛乳も売っている。

長島露天風呂01

 サウナでほてった身体を、露天風呂の縁石に腰掛けて冷やす。
 風呂の中では、トラックドライバーたちが、渋滞の発生する場所と時間の情報交換などしている。
 独立するか、会社に残るか。
 老ドライバーが、若いドライバーの人生相談などに乗ってやっている。
 聞いていると勉強になる。

長島食堂01 長島コンビニ01
 ▲ 24時間の食堂とコンビニ

長島ゲームコーナー01 長島マッサージコーナー01
 ▲ ゲームコーナーとマッサージコーナーもある

 さっぱりしたところで、自分のクルマの中で飲み直し。
 「チャンポン亭」 の串カツがあまりにもうまかったので、2本だけお土産に揚げてもらう。
 だけど、ソースがかかっていない。

 「おじさん、さっきのソースかけてくんないの?」
 「あれかね、あれは特性のタレなんだけど、切れちゃったんだよ、ごめんね」

 で、代わりにかけてもらったのは、味噌ダレだった。
 名古屋文化圏なんだな、やっぱりこのへんは…。

 まぁ、冷蔵庫の中には、酒瓶だけはいっぱいある。
 ブランデー、焼酎、ウィスキー。
 みんな2,000円以内のものだけど、お茶で割ったり、コーラで割ったりするから、安酒でもおいしい。

長島独り宴会テーブル01

 することがないから、音楽を聴く。
 聴きながら飲んでいると、テープに粗雑に録音した音楽なのに、みな音がツブ立ってくる。

 オールマン最高!
 エディ・ケンドリックス、すっごくセクシー!
 サニー・デイ・サービス、いい味!
 ケツメイシも乗るじゃない!
 やっぱ、独りで聴く演歌は小林旭ね!

 独りでノッて、独りではしゃいで、独りで酩酊する。

 時間が経つと、やがて悲しき独り酒。
 ナツメロなんか聞き始めると、いかん。

 酔った視線で、車内を見回すと、いつとはなしに死者たちが集まっている。
 実は、けっこう若死にした友だちをいっぱい持っている。

 病死だったり、自殺したり、事故なのか自殺なのか分からない友だちもいた。
 なぜか、自分はそういう人間に好かれるたちだったようだ。

 1回しか家に遊びに来なかったヤツなのに、そいつが死んだあと、別の友人に、
 「町田の家でいっしょにギターを弾いたのは、本当に楽しい思い出だった」
 と、生前ずっと話していたヤツがいたらしい。

 死んでから、その話を聞いた。
 そいつが、「また歌おうよ」 と前の席に座っている。

 自殺したヤツというのは、学生運動家だった。
 やっぱり一晩、夜を通して議論したことがある。
 そいつも、「町田と話した夜は面白かった」 と、別の友人に明かしていたらしい。
 「議論しようぜ」
 と、そいつも座っている。

 自殺か事故か分からないという友だちは、中卒で土方をやっていたけれど、マージャンが強かった。
 「町田、あと2人メンバー呼べよ。マージャンしようぜ」
 そいつも隣で話しかけてくる。

 うるせぇ、てめぇら。
 今日はとにかく飲み明かそうぜ。
 いい音楽だってあるんだからさ。

 独り宴会のときに、死者の思い出ばかり濃厚になってくるというのは、俺も年取ったってことなんだろう。

 いつのまにか、やつらと語り明かしているうちにうたた寝。
 風邪ひいちまうぜ。
 FFヒーターのスイッチを切って、バンクに登る。
 「今日もバンクで独り寝」 だ。

 「名古屋キャンピングカーフェア」 を取材して、土曜日の深夜に会社に戻った。
 撮影した画像に車種名を記入してファイルを作り、さらにバックアップとしてCDに焼いて保存。
 カット数にして、約700カット。
 そうしたら、朝の9時になってしまった。
 これから家に戻って、お昼過ぎまで仮眠。

 「さすらいの大工」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

信玄と勘助の密談

山本勘助01

【山本勘助】  お屋形様、浮かぬ顔していらっしゃいますな。
【武田信玄】  そちの気のせいだ。わしは楽しんでおる。ほら、もうそこの庭にウグイスがエサをついばみに来ておる。良い眺めじゃろう。

武田信玄01

【勘助】  日頃ウグイスなどに興味を持たれないお屋形様が、また今日はどうして庭など眺めておいでなのです?
 もしや、NHKの阿部寛の上杉謙信にマスコミの人気が集中しているので、それを気に病んでいらっしゃるのではございますまいな(笑)。
【信玄】  そちは、ちと口が過ぎるぞ。あのドラマは直江兼続を主役にしたもので、別に謙信など描いているわけではないわ。

武田信玄01

【勘助】  ほら、当たった! ……やっぱり謙信人気を気にしておいでか (笑) 。
【信玄】  気にはしておらん…が、目障りではあるのぉ。
【勘助】  何が…でございましょう?
【信玄】  まず、謙信という男、決してあのように背など高くはないわ。

【勘助】  これはしたり! 役者の演じる謙信役に、お屋形様が本気でお怒りになろうとは (笑) 。いつものお屋形様とは思われませぬ。
【信玄】  わしは、あの大男の演技を見ていると、興が削がれると言ったまでじゃ。
 実際の謙信が、あのような長身のまま、また馬上から斬りつけてくるかと思うと、ぞっとするわ。

川中島謙信突入01

【勘助】  もうお忘れなさいませ。しょせん、謙信が単馬突入してきたというのは負け戦の腹いせ。
 一軍の将が、あのような軽挙妄動の振る舞いを起こすこと自体、頭の弱さを知らしめているようなものでございましょう。
【信玄】  そうでもないぞ、勘助。 後世、あの振る舞いを講談などに採り入れてはやし立てる講釈師などが出るに決まっておる。斬りつけられたわしは、いい面 (つら) の皮じゃ。

【勘助】  そこを堪えたからこそのお味方の大勝利。お屋形様のご威光が薄れることなどありますまい。
【信玄】  ところで、勘助。そちは何でここにおる? 川中島の戦いで死んだのではなかったか。
【勘助】  そのようなことを、あまり気にする読者もおりますまい。 「信玄公」 といえば、この 「勘助」 。2人揃ってこそ、武田の伝説というものが維持されるのでございます。

山本勘助01

【信玄】  そのようなものかのぉ…。
【勘助】  「信玄餅」 に 「勘助饅頭」 。きっとこれが、後世にまで当地の土産物として残ることでございましょう。

【信玄】  「餅」 として残ったとてしょうがないわ。この正しき信玄の姿を、どれだけ後の世に残すことができるのか、それを思うと、気も晴れぬわ。
 なにしろ、ここ最近、このわしを主役としたドラマがさっぱり作られなんだわ。勘助、ゆゆしきことぞ。
【勘助】  何を申される。つい最近もNHKの大河ドラマ 『風林火山』 があったではござらぬか。

【信玄】  あれはそちが主役ぞ。このわしは、引き立て役じゃったわ。
【勘助】  ならば、黒澤明の 『影武者』 がございましたぞ。
【信玄】  何を申すか。あれこそ 「影武者」 が主役の映画。本物のわしなど、ほとんど出んかったわ。
 それに比べ、謙信はガクトが演じたり、阿部寛が演じたりで、おなごたちの評判も良いと聞く。
 信長めは、『信長の野望』 などというゲームの主役を務め、いい気になっておるし。
 このままでは、武田は、上杉にも織田にも後塵 (こうじん) を拝すことになろうぞ。

武田信玄01

【勘助】  ならば、ここで後の世に残す大きな業績をつくらねばなりませぬな。
 信長は、市場経済の先駆者などといわれ、一時は経営者向けの経済誌などの主役として引っ張りだこに成り申し、近代日本の創始者のごとき扱いを受けておりまする。
 また謙信も、派遣切りが横行するような 「義」 も 「仁愛」 もなき世においては、見直すべき武将として再評価も高いとか。
 お屋形様も、ここらで後の世の評価を万全なものとするセールスポイントをアピールするのが肝要と心得ます。

山本勘助01

【信玄】  それ、それよ勘助。先ほどより、わしはそのことを勘案しておったのよ。
 そちが見たわしの美点とは何か。ざっくばらんに申してみよ。
【勘助】  信長、謙信になきもので、お屋形様だけが有している最大の力は、常人には逆立ちしても太刀打ちできぬ、その冴え渡った 「智謀」 でございましょう。
【信玄】  智謀か…。 『チボー家の人々』 、マルタン・デュ・ガール。

【勘助】  …………………………。
【信玄】  どうした勘助。何か反応してみよ。
【勘助】  ……いや、申し訳ございませぬ。ちと聞き逃してようでございます。
 ま、要するに、智謀だけに頼ってはいけないということで、ござりましょうなぁ。

【信玄】  そちは、今がっかりしたような顔をしたが、他に良き思案がなきと思ったゆえか?
【勘助】  いえいえ、良き思案が生まれましたでござりまする。
【信玄】  言うてみよ。
【勘助】  思えば、我らの旗印は 『風林火山』 。これを売り込もうではございませぬか。
【信玄】  どのように?

風林火山旗印01 風林火山旗印02

【勘助】  風、林、火、山。これ、みな 「自然」 を意味しておりまする。次の世は、おそらく世を挙げて 「環境問題」 が大きく審議されることになりましょう。
 しからば先手を打って、この 『風林火山』 を 「自然の恵みを尊重する」 エコロジーの旗印として、後の世に訴えかけてはいかがでござろう。
【信玄】  おお、それは妙案だの! 

武田信玄01

【勘助】  すなわち、まず 「風」 。これは風力発電を得んがための標語となす。
 次なる 「林」 は、森林保護をめざしたるもの。
 「火」 というのは、石油燃料に頼らず、炭、練炭といった天然資源によるエネルギーの獲得の訴えるもの。
 そして、「山」 とは、健康のための登山を奨励するがためのもの。
 このように宣伝すれば、お屋形様の先見性を、否が応でも後世の者どもが認めることになりましょうぞ。

山本勘助01

【信玄】  そちはなかなかの知恵者じゃのぉ。さすがは武田家の軍師じゃ。
【勘助】  なんの。お屋形様の頭の中にあるお考えを、この勘助、厚かましくも取り出しただけでござる。勘助一人では、とてもこのような知恵は回りかねまする。

【信玄】  しかし勘助、どのような形で、そのことを後の世に訴える所存ぞ。
【勘助】  それを書き留めた書状を頑丈なる大箱に収め、「武田の埋蔵金」 と偽って、後世の者たちが発見するまで、地中に埋めておくというのはいかがでござろう。

【信玄】  なるほど。 「隠れ軍資金」 というウワサのみ流しておけば、後の世の者たちが、血なまこになって探し回るであろうな。
 勘助、良き知恵を出したものよ。これで武田は安泰じゃ。


 「謙信、信長を語る」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:54 | コメント(2)| トラックバック(0)

謙信、信長を語る

直江兼続(妻夫木)

【直江兼続】  殿、お呼びでございますか?
【上杉謙信】  兼続か。そこへ座れ。

上杉謙信(阿部)

【謙信】  景勝への忠誠、はなはだ篤しと聞き及んでおる。大儀じゃ。
【兼続】  めっそうもございません。…して、御用の向きとは?
【謙信】  そちに酒の相手を務めさせようと思ってな。
【兼続】  もったいなきお言葉。手前、不調法の者なれば、とても殿のお相手など勤まるものではございません。ぜひ景勝様に、そのお役目はお譲りくださいませ。

【謙信】  よい。わしはな、お前と飲みたいのじゃ。杯を取れ。
【兼続】  ははぁ!
【謙信】  今宵は月がきれいじゃのぉ。……詩吟のひとつでも唄いたくなるわ。
【兼続】  殿のように、戦の場に立てば毘沙門天の化身となり、敵に畏敬の念まで催させようというお方が、詩吟では、京の貴人たちも及ばぬ詩を吟じられ、このような方が地上におわすこと自体、既に奇跡であるように思われまする。

【謙信】  いうわ (笑) 。……のう兼続。今宵の月、はたして信長も見ておろうかの。
【兼続】  信長めが…で、…ござりまするか?
【謙信】  あやつめは、月を観ても、わしと違うことを考える男じゃ。
【兼続】  どう違う…とおっしゃるのでございますか?

【謙信】  今日は少し酔うておる。これから話すことは、明日がくれば忘れてくれ。
 そちは、今後景勝を助けて、この越後を守っていく男じゃ。
 よって、誰にも明かそうとは思わなんだ話を、今宵はお前だけに話して進ぜよう。他言は無用ぞ。
【兼続】  ははぁ!

【謙信】  もし、わしが死んだとならば、誰が天下を取ると思うか。兼続、遠慮なく申してみよ。
【兼続】  殿以外に天下を取れる者など一人もおりませぬゆえ、そのような仮定の話など、この兼続の頭ではとても考えることができませぬ。
【謙信】  ならば、わしの方から申そう。あの信長よ。

上杉謙信(阿部)

【兼続】  信じられませぬ! あのような己 (おのれ) の欲ばかり追い求め、神仏を敬う気持ちも持たず、かつての味方を平気で裏切るようなお方が、とても天下など取れるとは思いませぬ。
【謙信】  だから、取れるのよ。
【兼続】  もしそれが殿のご本心だとしたら、あまりにも悲しゅうございます。

【謙信】  まて聞くがよい。あやつはなぁ、戦 (いくさ) の考え方を変えた男よ。
【兼続】  …と申しますと?
【謙信】  もし、戦が1回だけの真剣勝負ならば、やつがどのような大軍を差し向けようとも、この謙信を破ることはできまい。
【兼続】  そのとおりでございます。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  じゃが、やつは戦を1回で終わらそうと思ってはおらん。10回の戦があったとしたら、勝てそうもない戦を9回避けて、最後の1回に勝てばよいと思っているような男じゃ。
【兼続】  卑怯なやつでございまするな。
【謙信】  だが、やつの考える最後の戦というのは、相手をこの地上から抹殺するための戦なのよ。
 根絶やしよ。やつの浅井・朝倉の滅ぼし方、比叡山の焼き討ちなどを見るがよい。
 室町将軍様ですら、無用となれば、簡単にうち捨てようとするような男じゃ。
【兼続】  恐い男でありますな。

【謙信】  やつはそのようにして、天下を取っていくつもりじゃろう。
【兼続】  ぜひ阻止せねばなりませぬ。
【謙信】  しかし、もう遅い。
【兼続】  な、なにを申されます!

【謙信】  あやつは、すでに10回の戦を逃げるだけの力を蓄えてしまいおった。兼続、それは何のことだと思うか?
【兼続】  はて…。
【謙信】  銭よ。銭の力よ。
【兼続】  銭など、商人のむさぼるようなものなどかき集めようが、しょせん民の心など買えませぬ。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  いや、その銭の力で、やつは9回の戦いから逃げても、痛くも痒くもないほどの兵の力を蓄えおったのよ。
 あやつは、斎藤道三に習って、美濃を手に入れたときに 「楽市・楽座」 を設けて、関所を撤廃しおった。
 さらに、義昭様から拝領した 「副将軍」 の位を断り、代わりに大津、草津、堺に代官を置くことを願い出た。
 これをどう思う?
【兼続】  将軍様に、欲のないところを見せようとしたのでございましょうか。

【謙信】  違うな。名を捨て実を取ったのよ。
 大津、草津は、ともに美濃と京を結ぶ商人たちが集まる商いの中心地よ。関所を撤廃し、商いの中心地を抑えれば、自然と銭は集まる。
 そして、堺を抑えれば、南蛮の商人たちとの交わりも密になるゆえ、南蛮の珍しき品々、鉄砲のような武器を手に入れるのも造作もないことよ。
 それが、今日の信長を支えておるのよ。
【兼続】  そこまで考えていたとは、恐ろしい男でありまする。


【謙信】  やつはそうして得た銭で、春夏秋冬を問わず、1年中戦える兵を養うようになったのじゃ。
 そこが我らのような、百姓が主体の兵とは大きく異なるところだわ。
【兼続】  なるほど。我らは種まき・刈り取りの頃は、兵を引かねばなりませんものな。

上杉謙信(阿部)

【謙信】  わしは、やつの魂胆をもっと早いうちに知るべきであった。
 思えば、やつが掲げた旗印…。
 そちは気づいておるか?
【兼続】  木瓜の紋でございますか?
【謙信】  もうひとつあるだろう。「永禄銭」 よ。
【兼続】  お、そういえば…。
【謙信】  あの紋は、やつが今川義元を倒したとき、義元の愛刀の鍔 (つば) に施されていた文様よ。
 やつがそれを見て、己の旗印に掲げることを思いついたということは、やつが永禄銭に表されるような 「銭で動く世」 をつくろうとしていたということなのじゃ。

【兼続】  銭…でございますか?
【謙信】  わしらはみな 「米」 で動く世を、なんとも思わなんでここまで来てしまっておったわ。
 佐渡の銀山で銀を得るも、それは 「米」 で動く世を助けんがためのものであった。
 やつとわしらとでは、そこが、ちと目の付け所が違っておったようだ。

【兼続】  この兼続、まだひとつ、よく分からぬことがございます。
 そのように銭を得たところで、人は果たして着いてくるものでありましょうや。
 人は、やはり 「義」 によって動くものと存じます。
 「義」 をなくした天下など、民が喜ぶことはとても思えませぬ。

【謙信】  そこよのぉ。……しかし兼続。そちは根っからの武士だから、そのように思うかもしれんが、「義」 というものは、武士にしか分からんものよ。
 やつの身のまわりにいる武将たちを見るがよい。
 羽柴秀吉は百姓のせがれ。滝川一益は素性の分からぬ浪人じゃ。
 明智光秀も、名門の出とはいわれておるが、朝倉義景にも重んじられぬ食い詰め浪人。
 みな銭の力のありがたみを骨身に沁みるほど感じてきた男たちよ。

【兼続】  その男たちを、信長は銭で釣って動かしているとお思いなわけですか? この兼続は、けっして銭などでは動きませぬぞ。
【謙信】  気張るな、兼続… (笑) 。
 銭の多寡で動くようになれば、そのうち人の心も変るものじゃ。
 どの国を取れば、いくらになるか。
 どの武将を寝返らせればいくらになるか。
 そのように考えていくと、使う方も使われる方も、無駄なことを避ける力が付くものよ。
 昭和・平成の世の言い方をすれば、コスト意識が生まれるわけよ。
【兼続】  急に、無茶苦茶な展開になりましたな。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  要するに、信長のやろうとしていることは、資本主義的な世を作ろうとしているわけで、やつのやり方は新自由主義的な経済政策よ。
【兼続】  信長が、南蛮貿易に力を入れようとしているというのも…
【謙信】  そう。経済のグローバリゼーションを目指しているわけだな。
 南蛮では、重商主義的な資本主義経済が確立されておる。
 やつは、それを見習おうとしているわけよ。

【兼続】  まだ金融経済にまでは発展しているようには思えませんが…。
【謙信】  しかし、やつの狙いはそこよ。
 まぁ、お前がNHKの大河で主役を張り、わしが阿部寛のようなイケメン役者に演じてもらえるのも、新自由主義政策を見直そうという、今の風潮に合致しているわけだな。

【兼続】  つまり、我々のような 「義」 と 「仁愛」 を是とする方針が、いま再び評価される時代が来たとおっしゃるか?
【謙信】  分からん。しかし、我らとしてはそうあってほしいものよ。

上杉謙信(阿部)

【兼続】  …今までのような話、とても他の者が理解できようとは思いませぬ。
【謙信】  だから、「他言は無用」 といったまでよ。


 「信長の人生相談」
 「信玄と勘助の密談」

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:12 | コメント(4)| トラックバック(0)

信長の人生相談

信長の野望の信長01

【織田信長】  最初の相談者は誰じゃ?
【羽柴秀吉】  書状にての相談でありまする。名は宮下直樹とか。

信長の野望の秀吉01

【信長】  何用だと申しておる?
【秀吉】  はっ。 「先日、上司に呼び出されたところ、当方の管理する部署の生産性が急降下し、採算部門と見なすことができぬとの理由により、その責任を取って、辞職するように勧告されました。
 しかし、それを指示した上司というのは、自分の不倫現場を目撃され、その口封じのために、私のことを排除しようとしていることはみえみえであります。
 このような事態にどう対処すればいいのか、ご指導をお願いします」
 …とのことであります。

【信長】  くだらんのぉ。どういう素性の者じゃ?
【秀吉】  42歳サラリーマンとか。
【信長】  サラリーマンとは何のことか?
【秀吉】  はて…。バテレンの官位のようなものではありますまいか…。
【信長】  従五位下か、従四位下ぐらいかの。
【秀吉】  いずれにせよ、大した者ではありますまい。

【信長】  して、その者は国を出て浪人の身になる覚悟があると申しておるのか。 
【秀吉】  そこまではなんとも…。ただ、このように書状にて密かに相談してくるところから察するに、できれば隠密裏に私憤を晴らしたき所存であると見受けられまする。
【信長】  よし、次のように申し伝えよ。サル、筆を取れ。
【秀吉】  へい!

【信長】  「その方、私憤晴らしたき所存であるならば、まずは己 (おのれ) の役目をばまっとうし、しかるべき成果を上げて後、上位討ちを果たすべし。
 与えられし役目をうち捨てて、私怨ばかり追うは言語道断なり。
 事成就した後にも事態変らぬようであるならば、そのときはその者の首を取り、この信長に持参せよ。しからば仕官への道を開いてやるものなり」
【秀吉】  御意 (ぎょい)。 

安土城01


【信長】  次なる相談は何じゃ?
【秀吉】  おなごのようでありますな。これも書状を寄越しただけでございます。
【信長】  読んでみよ。
【秀吉】  ははぁ。 「パパから最近夜の誘いがないの。たぶんサナエのことが気がかりなんだわ。
 オープン10周年パーティの日だって、サナエにはシャネルのバッグなのに、私にはアディダスのジョギングシューズよ。
 バカにしてない? ねぇ教えて。サナエをとっちめて、パパをギャフンと言わせる面白いこと、なんかない?」

信長の野望の信長01

【信長】  サル、訳せ。
【秀吉】  わたくしめが…でござりますか?
【信長】  そちは、さんざん 「ねね」 を苦しめておるゆえ、かような女のタワゴトなど、簡単に分かりおるじゃろう。
【秀吉】  ははぁ。 「父より夜間の連絡途絶え、失意の念いやますばかり。推測するに父サナエに執心の様子。
 創業10年祝日にてもサナエ “蛇寝る” の皮袋与えられるも、我は “亜出陀” の運動靴得るのみにて、つのる寂しさいかんともしがたし。
 よって、サナエに神罰下ること欲するものなり。さらに父を痛罵する方法あらざるや」
【信長】  であるか。
【秀吉】  して、いかなる返答を与えましょうや。

【信長】  このように申し伝えるがよかろう。筆を取れ。
【秀吉】  へい!
【信長】  「汝の煩悩、すべて我欲より発すること明瞭なり。よってすべての煩悩を断ち切ることこそ肝要にて、仏門に入るべし」
【秀吉】  あっさりとしたもんですな。
【信長】  浅井・朝倉がまたうごめき出しておる。かのようなタワケ女に関わりおうているヒマなどないわ。
【秀吉】  御意。

信長の野望の秀吉01


 ●時代劇シリーズ
 「合戦実況中継」  《姉川の戦い》
 「信玄と勘助の密談」
 「ちょんまげコント」 《鉄砲伝来》 《武田家の密談》
 「ちょんまげコント」 《鬼退治》 《水戸黄門最後の旅》 《三河屋》
 「ちょんまげコント」 《鞍馬天狗最後の戦い》 《詐欺師》

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

世界のRV事情

 今日は泊り込みになっちゃいました。
 今、世界のキャンピングカーの情報を集める仕事をしているのですが、その締め切りが今週いっぱい。
 ちょっと追い込みです。

 昼間、それに使う写真を借りるために、ヨーロッパのキャンプ事情に詳しい人に会って、いろいろ話を聞いていたところですが、いやぁ、国が違えばキャンプ事情も違う。

 パリ郊外にある 「ブーローニュの森キャンプ場」 というところでは、ゲートから5分ほど歩くと地下鉄の駅があって、それに乗って2駅か3駅目で降りると、もうあの有名な凱旋門だとか。

 そのキャンプ場に泊まっている人たちは、自分のキャンピングカーの中でちょっと洒落たスーツかなんかに着替えて、夜はオペラ座なんぞにオペラ鑑賞に出かけるそうです。

 都市型のキャンプ場がない日本では、ちょっと信じられないようなシチュエーションですね。

 昨年、私が経験したラスベガスのRVパークもそれに近い感じでした。

KOARVパーク1

 なにしろ、ネオン輝くビルに囲まれたキャンプ場で、そこにモーターホームを停めた宿泊客は、みなシャトルバスかモノレールを使い、街のカジノまで遊びに行きます。
 だから、夜はシーンとした、ただの駐車場。
 オーニングやタープの下で宴会が盛り上がる日本のキャンプ場とは大違いですね。
 
 …ってなブログ原稿を、片っ方のパソコンで仕事の画面を開きつつ、もう一つのパソコンで書いています。

 夜はまだ早い。
 明け方まで一踏ん張り。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

まち散歩 2

 今日の 「まち散歩」 は横浜です。

 東京・渋谷駅で東横線の切符を買い、「元町・中華街」 まで出てきました。

 で、駅から降りて見上げた景色がこんな感じ。
 はて…ジェットコースター (↓) でしょうか?

みなとみらい56

 きっと真っ直ぐな塔を建てようと思っているうちに、ぐにゃぐにゃと曲がってこんがらがってしまい、解くのがややっこしくなって、そのまま放置されてしまったのでしょう。
 それにしてもこのオブジェ。どこか 『エイリアン1』 をデザインしたシド・ミード風。

 こっち (↓) は宇宙探検の前線基地?

みなとみらい5111

 ここら辺の風景は、まさにSF映画に出てくる未来都市そのまんまです。
 そのため、この町は 「みなとみらい」 と名付けられました。
 “皆と未来を共有する” という願いを込めて作られたネーミングです。

みなとみらい69

 ジェットコースターのある広場から、ちょっとビルの中に入ってみます。

 カミさんがトイレに行っている間に、靴を眺めました。

 最近の若者が履く靴は、なんでこんなに先が尖っているのだろう?
 満員電車の中で、つま先を踏まれる率だって高くなるだろうに…。

みなとみらい靴屋
 
 要らぬ心配をしてしまう老人の私です。
 ちなみに、私の履いている靴は、ドナルドダックの足のように、つま先が広がっています。
 転がってきた100円玉を素早く見つけ、パッと足で踏んで隠してしまえるので、つま先は広い方が得です。

自分の丸靴

 これ (↓) は、同じビルの中にあったブーツ屋さんです。
 白い棚に黒のブーツを並べ、コントラストの妙を狙ったディスプレイです。
 ちょっと80年代っぽい。
 あの頃のデザイナーズブランドって白・黒が基調でしたよね。

みなとみらいブーツ屋

 ビルの外に出てみると、池の中にぽっかり帆船が浮かんでおりました。
 「日本丸」 (↓) です。
 石油燃料が枯渇する21世紀の後半を見据え、再び帆船の時代がくるかもしれない…ということを見越して開発されたものです。

みなとみらい日本丸

 突如、(↓) 海の底から浮上したマッコウクジラ 。
 もしかしたら、水の上に映ったビルの影かもしれません。

みなとみらいビルの水の影

 こうして眺めると、(↓) 「みなとみらい」 は、海上に浮かんだ街であることが分かります。
 蜃気楼の街。幻想の街
 大津波に襲われたら、2階ぐらいまで浸かる街。

みなとみらい遠景

 赤レンガ倉庫 (↓) まで歩いてきました。

赤レンガ倉庫

 ちょっとした “ヨーロッパ” でんがな。
 フェルメールあたりが描きそうな、ネーデルランドの街並が再現されています。
 本物のレンガだから迫力が違いますね。

 横浜には、一瞬だけ外国旅行を味わったような気分になる風景がいっぱいあります。
 あちらこちらに、珍しいものが何の脈絡もなく溢れかえって、大にぎわい。
 まさに、海外旅行の 「100円ショップ」 という感覚ですね。

 そういう 「ワンコイン・トリップ」 という意味では、この 「横浜税関」 (↓) のたたずまいもエキゾチック。
 建物のてっぺんにモスクを思わせる塔が立っていて、夕空に浮かぶシルエットは 『飛んでイスタンブール』 。
 ……そんな歌ありましたよね、昔。

横浜税関

 山下公園の手前まで歩くと、まだかすかに昔の 「さびしい横浜」 が残っております。
 コンクリート打ちっ放しの殺風景な岩壁。
 主 (あるじ) のいない独りぼっちのボート。
 黄昏 (たそがれ) の中に沈もうとするYOKOHAHA BAY。

横浜ベイ岸壁
 
 そして、どこからか流れてくる 『My Fanny Valentine』 ならぬ、ジェロ君の 『海雪』 。

 こんな景色を見ながらの演歌は身にしみます。
 酒は熱燗ね。カシラ2本、塩で。
 …なんて言葉が、思わず喉まで出かかっちゃいそうです。

 ついに山下公園 (↓) まで踏破。

横浜山下公園

 氷川丸にライトが灯り、ベンチに座った恋人たちが、互いに手を取りあってその明かりをうっとりと眺めています。
 ベンチは冷たいので、風邪など召しませぬように。

 さぁ、いよいよ散歩の終着駅。中華街。
 ひゃ、お祭りだぁ!

横浜中華街1

 何でしょう! このすさまじいほどに密集した明かり、明かり、明かり。
 中国漢字、日本語、英語がバコバコと弾け飛ぶ 「文字の花火大会」 。

横浜中華街門

 チンパンジーがバンバンジーを食べて、バンジージャンプを繰り返しているような街。
 やっぱ中華街はシュールだ!
 正月にテレビで見た 『イノセンス』 のアニメを思い出しました。

イノセンス中華カーニバル

 エビチリソース、シュウマイ、ライス、杏仁豆腐がセットになって900円というディナーを食べ、肉饅頭10個入り800円のお土産を買って帰りました。

中華街料理

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:13 | コメント(6)| トラックバック(0)

まち散歩

 今日は、私が住んでいる町をご紹介いたします。

 じゃーん! (↓)

田園調布駅看板

 昔から、セレブがお住まいの土地として有名なこの町。
 私が住んでいる町…………なんですが、あまりゆっくり見物したことがないので、カミさんと散歩してみることにしました。
 地井武男さんの 『ちい散歩』 (テレビ朝日) ならぬ、町田の 『まち散歩』 です。

駅前風景1

 で、この町。
 駅前からすでに洒落ていますねぇ。
 駅を背にして小さなロータリーに立ってみると、あの有名な並木道が放射上に広がっている独特の風景が展開していました。

並木道14

 木の枝がみな葉を落とし、その影が車道に長く伸びて…。
 ちょっと、『第三の男』 のラストシーンのような映像です。

 え、その映画ご存知ない?

 並木道には、お店がありません。
 店舗があるのは、ロータリーの一角だけ。
 しかも、ファーストフードのお店が数軒ほどという感じ。
 それもホント上品に、つつましやかに、遠慮がちにオープンしているだけです。

 並木道を歩いてみました。
 どのおうちも門構えが立派で、さすが 「高級住宅街」 の代名詞の町だけはある…と感心してしまいます。

並木道09

 でも、並木道の途中なんかに出てくる小じゃれたカフェで一休みをもくろんでいたカミさんは、不満そう。

 「なーんだ、住宅街なんだ」

 そうですよ。それが何か?

 これ (↓) が私の家です。
 今日は、この後プールの掃除です。
 カロリー消費のため、自分で掃除します。
 執事とメイドさんにはお休みを取らせているので、門も自分で開けなければなりません。

豪邸その1

 これ (↓) も私の2番目の家です。
 でも、これは裏門に過ぎません。

豪邸その2

 表門は、この裏門の反対側にあります。
 表門から母屋までは、120mの並木道が続いています。
 うっかり考え事をしながら歩いていたりすると、母屋を通り越して駅前まで出てしまいます。

 ここからは見えませんが、並木道の横には、わずか2000坪程度の “猫の額” のような芝生庭園があります。

 そこには、イタリア生活の長かった父の趣味で、大理石の噴水と、アフロディーテと、アポロンと、ヘルメスなどのローマ彫刻が置かれています。
 昨年の台風でヘルメスが倒れ、腕が欠けたので、今イタリアに新しい像をオーダー中です。

芝生の彫刻1

 芝生広場の裏にはヘリポートがあって、ときどきヘリで出社しています。
 今日はちょっとメンテナンス中で、ヘリは飛びません。

 ちなみに、地元では、みな私のことを 「マルチェロ」 と呼びます。
 若い頃のマルチェロ・マストロヤンニに似ているからだそうですが、自分ではあまりそう思ったことはありません。

マルチェロ・マストロヤンニ

 でも、モンテカルロのハーバーに預けているクルーザーでパーティを開いたとき、イタリア人の友達たちからもそう言われたことがあるので、どこかマストロヤンニ風の面影があるのかもしれません。

 …などとつぶやきながら歩いている私に対し、
 カミさんが振り向きざまにいった一言。
 
 「虚しくならない?」

 駅前に戻ってきて、ちょっとカフェで一休み。

駅前のカフェ02

 店内 (↓) です。

カフェの店内01

 明るくて、清潔で、お客様もみな上品。
 隣りに座ろうとした奥様が、テーブルとテーブルの間に体を入れるとき、
 「おほほ、ごめんあそばせ」
 と優雅な挨拶を寄こしてくれました。

 コーヒーと菓子パンです (↓) 。

カフェのコーヒーとパン

 菓子パンのお値段は一個350円!
 80円の太鼓焼きで満足している自分にとっては、もう高級スイーツのお値段です。

 でもメッチャうまい!
 特に、チョコレート板を埋め込んだパン (手前) の風味の豊かさには、目がぐるぐる回る思いでした。
 チョコレートの味がもう違うんだわ。ゴディバもメじゃねぇ。

 「やっぱ高い菓子パンは美味しい!」
 という悲しい真実に打ちのめされてしまいました。

 駅の反対側も覗いてみました。
 こちらはロータリー側とは逆に、商店街になっているようです。

 おや? 何の店だろう…。
 ちょっと古そうな屋号。

駅近くの食材屋さん

 中 (↓) に入ると、食材販売店でした。

食材屋さんの店内

 しかしカミさんは、その店の特異な能力をすぐに見破りました。

 「お菓子を作る材料がいっぱい揃っている!」
 というのです。
 パン作り用の強力粉とか、パン生地に折り込むチョコレートや香料のたぐいに、和菓子作り用の各種あん、大福粉、わらび粉、くず粉…。

 「しぼり出し袋の口金だけでも、こんなに揃えている店ってないわよ」
 とカミさんはいうのですが、シボリダシブクロノクチガネ…といわれても、意味が分からずじまいです。

 それにしても、駅のすぐそばの食材店が 「お菓子の材料屋」 さんとは…。

 きっとこの辺りに住むセレブのおうちでは、ケーキ作りや和菓子づくりが盛んなのでしょう。
 この町の子供たちにとっては、ご飯よりお菓子の方がリアリティのある食べ物なのかもしれませんね。

 チョコレートカレー
 アップルパイうどん
 シュークリーム丼

 先ほど食べた菓子パンの美味しさを思い出すと、この町の各家庭の食卓には、そんなメニューが並んでいても不思議ではないように思えてきました。

駅前23

 さて、今日は、昔から話題の素敵な町を散歩しました。

 日も西に傾いてきたので、それでは、「私の住んでる町」 にサヨナラです。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(6)| トラックバック(0)

額の傷

 古いアルバムを整理していたら、20代の自分を写した写真が出てきてゾッとした。
 『仁義なき戦い』 じゃん。

黒シャツ白タイ

 これは、ちょうど組に属していた頃で、借金の取り立てなどをやっていた時代の写真だ。
 といっても、別にアコギなことをしていたわけじゃなく、逃げ回るタチの悪い債務者に、ちょっと社会の 「常識」 ってヤツを教えてやったに過ぎない。

 ……ってな話は真っ赤なウソで、交通事故をやってしまって、額に傷を負った時の写真だ。

 20代の半ばだったと思うが、交差点の右折レーンで、右折しようとしていたとき、直進車とモロにぶつかった。
 前にやっぱり右折車が1台いて、それがモタモタしているように思えたので、それより鼻をちょっと出し、前方を確認しようとした矢先だった。

 飛び込んでくる直進車のボンネットが、刻一刻と迫ってくるのが見える。
 不思議なもので、そういうときは、意外と “ゆったり” 時が流れる。

 時間にすると5~6秒だったろうけれど、その短い時間のうちに、いろいろなことを考えた。
 
 任意保険はまだ切れてないよな。
 過失割合は、3対7…いや、2対8ぐらいでこっちが悪いんだろうなぁ…。
 保険会社にすぐ電話しなきゃな…。
 俺ははっきりいってもうヤバイけど、相手も怪我したらどうなんだろ…。

 頭が高回転で回り始め、事故後の処理が次々と思い浮かんだ。

 で、ぶつかった衝撃で、フロントガラスを割って、頭が半分くらい外に飛び出した。

 当時は、まだシートベルトが法制化されていなかった時代。
 シートベルトの着用指導はなされていたが、しなくても罰則規定はなかった。
 で、ズボラでかつ生意気な自分は、そのシートベルトをしていなかった。

 交差点の真ん中で、お互いに鼻がめり込んだクルマが2台が立ち往生することになった。
 深夜だったので、交通量が少ないことだけが救いだった。

 急いで、ドアを開け、
 「大丈夫ですか?」
 と相手のドライバーのところに駆け寄った。

 が、前が見えないのである。
 生温い体液がどろどろ吹き出して、両目を覆ってしまうのだ。
 額からしたたり落ちる血だった。

 「こっちは大丈夫だから、あんた額の傷を…」
 と、相手のドライバーが逆に気づかってくれる。

 クルマを交差点から押し出して、歩道の脇に寄せ、警察と救急車を待った。
 額の流血が止まらない。

 放っておくと、血はヨーグルトのような粘着物に変わり、顔に付着したまま層をなしていく。
 それを手ではぎ取り、道路に投げ捨てる。

 そんなことを繰り返しながら、縁石に腰掛けて、救急車が来るまで煙草を吸った。
 煙草はたちまち赤く染まり、ひと口ふた口吸うと、すぐ火が消えた。

 この写真には、そのときの額の傷跡が写っている。
 20針縫った跡だ。

 ようやく収容された救急病院で、若いインターンの先生が、額の中に突き刺さったガラスの破片を、いくつもいくつも指でほじくり出してくれた。
 先生の手も血まみれになった。
 
 ある程度のガラスを取り出してから、止血のために縫った。
 その病院では、麻酔薬が切れていた。
 麻酔なしで縫うという。

 針が皮膚に突き刺さり、それをギュッとすくい上げて、皮膚と皮膚をつなぐ。
 その感覚が、すべてリアルに伝わってくる。
 針が刺さる瞬間も痛いけれど、糸を引っ張って縛るときの痛みの方が、何倍もきつかった。


 病院には10日ほど収容されてから、“出所した” 。
 会社に出ると、額の傷を見て、みんな声を飲んだ。

 通勤時間帯。ホームに立っていると、スゥーッと周りの人の引く気配がする。
 どうしてかな…と思って鏡を見ると、確かにアブナイ系の人間の面相になっている。

 どうせなら、ファッションもアブナイ系にするか。
 そう思って、黒シャツと白いネクタイを買った。
 先ほどのはそのときの写真だ。

 この格好で駅のホームに立つと、前よりさらに人の気配がサァッと遠のいていくのが分かった。

 こういう格好で電車に乗り、自分の前に立っている老人に席を譲ろうとすると、もうそれだけで、老人は何度も首を横に振り、必死になって遠慮する。

 いつもなら、「どうぞ」 とにこやかに声かけるのに、こういう時は、
 「おう」
 と、ぞんざいに席を立つ。
 むりやり座らされた老人も、生きた心地がしなかったかもしれない。

 悪趣味をさんざん楽しんだ20代半ばのことだった。

白スーツ黒シャツ
 ▲ こんな写真も同じアルバムから出てきた。芸人気取りだったようだ。
 しょうもねぇ20代だったと…今思う。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:35 | コメント(6)| トラックバック(0)

正月はテレビ三昧

 元日の夜はテレビ三昧。
 夜の9時からは、テレビ朝日では 『相棒』 の元日スペシャルをやっていて、テレビ東京では 『たけしの新・世界七不思議』 が放映されていて、どちらも観たかったけれど、結局 『NHKスペシャル』 を最後まで観てしまった。

 エヌ・スペの元日特集は 「激論2009 世界はどこへ そして日本は」 という銘打ったトーク番組。
 世界的経済崩壊を招いた “市場原理主義” は崩壊したのか? というテーマで、7人の論客がそれぞれの立場からホットな主張を展開するというもの。
 この10年、アメリカの金融経済路線に応じて、日本政府は新自由主義経済を導入し、次々と規制緩和を推進してきたが、そういう政府のやり方は正しかったのか、間違っていたのかというのが大きな論点となった。
 
 討論の参加者は、竹中平蔵氏、金子勝氏、勝間和代氏らマスコミでもその名を知られる名うての論客たち。
 慶應大学教授の金子勝氏は、「100年に1度」 といわれる現在の不況・雇用不安の時代というのは、今までアメリカ主導型で展開してきた金融経済そのものの破綻を意味するもので、ここでその総括が必要と主張する。

 この金子氏のトークに歩調を合わせ、山口二郎氏 (北海道大学教授) 、斎藤貴男氏 (ジャーナリスト) らが、日本政府の今までのあり方を批判的に検証する。

 一方の竹中平蔵氏は、そういう見方を 「単純すぎる」 と一蹴し、現在の日本経済の停滞は、むしろ小泉政権が押し進めようとした構造改革の不徹底に起因すると反論する。
 竹中平蔵氏寄りの意見を持つ論客として、八代尚宏氏 (国際基督教大学教授) と岡本行夫氏 (外交評論家) も、竹中氏の主張を政策論や外交論の立場から支援する。

 そして、女性経済評論家の勝間和代氏が、その両陣営の主張とは少し異なる視点を導入して、議論の流れに新しい切り口を導入する。

 けっこう見応えがあった。
 どちらの陣営も 「日本経済の再生」 という目標を持つものながら、両者の思想には明確な違いがあった。

 竹中陣営は、経済再生の具体的プランを何よりも重視する。 
 そして竹中氏は 「現社会に対する情緒的な反応よりも、リアルな対応こそ重要」 と断言。そもそも “市場原理主義” などという、世界のどこの国も使わないような用語で、現状のすべてを掌握しようという安易な態度こそ反省すべきと主張。

 さらに氏は、経済再生の解決策として、「日本の法人税の法外な高さを是正すべき」 などという具体的なプラニングを披露することによって、現実的な解説策の重要性を提起する。

 これに対し、金子氏、山口氏、斎藤氏らの主張は、「経済発展の前に人間ありき」 というところにあった。
 「そもそも経済を発展させるという目的は、何のために掲げられたものか。一部のお金持ちだけが富を蓄積し、大多数の人間が経済的弱者に落ちていく社会が幸せな社会なのか?」 というのが、金子陣営の主張全体を覆うトーン。

 このような主張は、確かに誰にも分かりやすい情緒的な理論展開ではあったけれど、「経済発展の前に人間の幸せありき」 という姿勢は伝わってくる。

 番組の後半で、今流行の 「グローバル社会」 という言葉に関し、「グローバル化 (地球規模化) 」 が進行するようになると、「各社会での閉鎖性はますます強まる」 と誰かが言っていた言葉が印象に残った。

 優れた討論番組というのは、決してひとつの結論に集約していくようには作られていない。
 立場や視点を変えれば、いくらでも問題点は掘り起こされてくる。それをうまく整理できただけでも成功した番組ではなかったか。


 …ってなものを見て、『たけしの新・世界七不思議』 をちょっと観て、きまぐれにNHK教育放送にチャンネルを合わせてみたら 「地球温暖化問題」 を採りあげたドキュメンタリー番組をやっていた。
 面白そうだな…と思ってしばらく観ていたら、これも最後まで観るはめに。

 番組名は 『世界のドキュメンタリーシリーズ 近未来予測・選シリーズ 「人類滅亡を回避せよ」 』 。

 舞台は2075年の地球。
 北アフリカでは砂漠化が進行し、農業も壊滅状態。水不足も深刻。
 北極圏では流氷が溶け始め、シロクマをはじめそのあたりを生存圏としていた動物が次々と死滅。

 文明圏の大都市は、猛暑の夏と長雨の冬が恒常化し、洪水などの突発的な自然災害が多発している。
 石油も枯渇し、石炭も掘り尽くし、道路にクルマの影はなく、田舎を旅する人は馬に乗って移動している。
 地球上の各地方では、水不足から来る紛争が激化。

 すべては 「地球温暖化」 がもたらした災い。

 そういう時代の地球で暮らす三つの家族のストーリーが展開される。

 先ほどのエヌ・スペでは、「経済再生」 が問題になっていたけれど、従来の産業システムをそのまま維持した経済再生の末路を見る思いで、少し暗澹たる気持ちになる。
 なんか大変な時代を生きていくことになりそうだ。


 …なんか明るい話はないものかと、チャンネルを変えてみると、暗~いホラー映画にぶち当たった。
 黒沢清監督が2006年に撮った 『叫 (さけび) 』 。

『叫』

 役所広司演じる中年の刑事が、事件を捜査中に、赤いワンピースを着た女の幽霊にたびたび遭遇するようになる。
 
 その女の幽霊は、いったい誰で、何のために役所広司の前に現れるのか。
 ミステリ仕立てのホラー。
 2転3転のどんでん返しがあって、どう解釈していいのか分からない謎めいた結末があって、映画としてよく出来ているのか、そうでないのか判断留保してしまうような作品なのだが、映像が良かった。

 時代から取り残されたまま放置された古い集合住宅。
 開発途上のまま放り出されたような、荒涼とした湾岸地域の風景。
 何気ない風景が、みな異様な輝きを帯びている。

 どの映像も光の回り方がいいのだ。
 見た夢を回想するときに現れる光。あるいは、遠い記憶が突然蘇ってきたときの光。
 当たり前の風景なのに、それを照らす光だけが奇妙な非現実性を帯びて、正体の分からぬ不安感が忍びよってくる。

 幽霊が出てくるときよりも、幽霊もいないただの風景の方がよっぽど怖いという稀有な映画だ。
 
 事件の被害者の母親と、刑事たちがその母親の住む家の居間で語り合うシーンがある。
 なぜか、カメラはそこで語り合う登場人物たちよりも、その居間の向こうに広がる窓を画面の中心に据える。
 窓の外には、ありふれた都市近郊の田園風景が広がっているに過ぎない。

 窓はやたらと明るく描かれている。
 そこから室内に入ってくる日差しは、温かそうで、優しそうだ。
 だけど、怖い。
 窓の外に何かの気配がある。

 午後の光に満ち溢れた病院の廊下。
 清潔で明るい廊下には、行き交う人々の姿も描かれていて、怖いと思える要素は何もない。
 それにもかかわらず、この廊下も怖い。

 廊下の隅々までくっきりと見渡せるようなカメラワークが、「過度に明瞭すぎる風景というものは、それだけで非現実的だ」 ということを教えてくれる。

 そういった映像がやたら多い。
 こいつもとうとう最後まで観てしまった。

 気づいたらもう夜中の3時。
 6時間以上もぶっ通しでテレビなんて観たのは久しぶりだ。
 そういう時間を作ろうという気分になったのも、正月ならでは。

 正月って、やっぱ不思議な日なんだな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 13:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

考える鳥

 2009年の1月1日。
 公園を散歩してきました。

公園のベンチ

 風は冷たいけれど、日差しは温かくて、町を走るクルマも少ないせいか、空気も澄んでいて。
 透明度の高い空が、どこまでも続いていて、ところどころに浮かんでいる雲も、祭りの夜店の綿菓子みたいにふわふわと柔らかそうで、まぁ、穏やかな元日の午後でした。

 ベンチに座って池を眺めていると、サギなのかカモなのか分からないけれど、池の真ん中にぽかりと浮いたハシゲタみたいなところに、一匹の鳥がいて、じっと空を見上げていました。

 「何考えてんのかぁ…」
 って思いながら、こっちもその鳥の様子をじっと見つめているんだけど、そいつ、周りの鳥がバシャバシャと水遊びに興じているのも気にしない様子で、ただひたすら天を仰いで、ときどきため息をついたりして。

池の水鳥たち

 きっと、鳥の中の哲学者なんだろうな。
 自分の存在とは何なんだろう…、果たして私は鳥なのか…なんてじっと考えているのかもしれない。
 なんて思うと、ますますその鳥から目が離せなくなって、結局小一時間もそのベンチに座っておりました。

 そいつに話しかけようと思っても、こっちは鳥語は話せないし、仮に話せたとしても、むこうは 「思索の邪魔するなよ」 ってなことを言い出しかねないし。

 しょうがないから、自分が鳥だったら何を考えるのだろうか…って、こっちも一生懸命考えて、ついに結論は出ずじまいで。

 いつの間にか、周りの景色に夕暮れの気配が忍び寄ってきて、日の光が黄色味を帯びて、木の影がどんどん長くなり、池の水も心なしか黒ずんできて、池に浮かんでいるボートの影も寂しげに見えてきて、「さぁて家に戻ろうか」 と立ち上がったわけですが、「考える鳥」 は、ずっとそのままの姿勢を崩すことなく、空を見上げておりました。

 さて、また1年のスタートです。
 その最初の日。
 「考える鳥」 は私に何を教えてくれたのだろう。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:10 | コメント(4)| トラックバック(0)

深夜のハーモニカ

 もうイヤになっちゃってさ。
 それまで一生懸命会社で原稿書いていたんだけど、8時になったら突然ブッツンしちゃってさ。
 急に酒飲みたくなったわけ。
 …誰かと話したい。
 …仕事も何もかも忘れて、バカッ話にうつつを抜かしてみたい。

 納期を間近に控えた仕事があって、本当は徹夜でも何でもしなければならないせっぱ詰まった状況だったんだけど、体が勝手にパソコンの電源落として、暖房のスイッチ切ってさ。

 自分の住んでる町に着いたのがもう10時過ぎで、この時間、知り合いを呼び出そうっていう時間でもないから、とりあえず駅裏のカウンターだけの焼き鳥屋に一人で入って。

 「カシラとタン、2本ずつね。塩で…」
 なんて叫んで、焼酎の水割り頼んでさ。

 で、周りを見回すと、みんな頭に白髪の混じったオヤジばかりなの。
 で、みんなハンで押したように、テレビドラマなんかの画面を目で追いながら、黙々と飲んでいるわけさ。

 金曜日の夜。
 不況だとかなんだとかいいながら、一応、忘年会とか、仲間うちの飲み会なんてのが最も集中するような日じゃない?
 だけど、そんな席からはお声もかからない…ってな連中ばかりでさ (もちろん俺もその一人なんだけど) 。

 お互いに、つまはじきされたオヤジ同士なんだから、隣りのヤツに、「今日は寒いから、やっぱ熱燗がいいっスね」 なんて話しかけたっていいだろうに、みんな下向いてジトっとしててさ。

 あんまり陰々滅々としていたんで、厚揚げとホーレンン草のバタ炒めをそそくさと食ってから、いつもの居酒屋に寄ったんだ。

飲み屋瓶

 だけど、ここも似たり寄ったりのオヤジばかりでさ。

 家に戻って部屋の電気をつけるとガランとした空間がよけい寂しいから、酔いの力を借りて何も考えずに寝るんだ…ってなオヤジばかりが、ここでも黙々とテレビ観ながら酒飲んでんの。

 隣りにはいつものトミさんがいて、話していてあんまり面白くない人だから、別の常連客がいたらそっちの方と話ばかりしているんだけど、こういうときに限って、俺の隣りがトミさんなわけ。
 
 で、「年末はいつまでお仕事なんですかぁ?」
 ってな、当りさわりのない話をして、「最近なんか面白いことないですかねぇ」 ってな、絵に描いたような他人行儀な話題に持ち込んで、「いやちょっと凝っているものがありましてねぇ」 って言われたから、「ほぉ、何でしょう?」 って、ちょっと面倒くさいな…と内心思いながら、いちおう “顔面好奇心の固まり” ってな表情を浮かべて、相手の出方を待っていたら、トミさんがカウンターテーブルの上に広げたケースの中から出てきたのが、大小いろいろ取りどりのハーモニカなの。

 「最近、これを練習しているんですよ」
 …ああ聞いて欲しいわけね…て、すぐ察知したから、
 「おお、いいですねぇ、何かお得意の曲がありましたら、ぜひ1曲」 …って、ママさんのチエさんの表情をうかがいなら、吹いてもらうことにしたわけよ。

 最初の1曲は、「あしたぁハマ~べをさまよえば~」 っていう、昔の国民歌謡なんだけど、ああ! って思っちゃったわけ。
 ハーモニカの音って、もうここ10年以上…いやひょっとして20年以上も聞いていないってことが分かったのね。

 だからすっごく新鮮なわけよ。
 
 年末の、若い女の子もいなければ、気の利いた座談を取り持つ青年もいなくて、もう還暦まぢかかひょっとしたらそれもとっくに過ぎているオヤジとママしかいない店で、カウンターの端を、低くたなびくタバコの煙のように、モソっと流れていくハーモニカ。

 いいんだわ!
 
 「それ凄いよ、もっとやってよ」」
 とリクエストすると、ようやくトミさん、調子が出てきたらしく、
 「じゃ次は、オーバーザレインボーって曲知ってます?」
 って吹き始めて、さらに 『山茶花の宿』 からクリスマスの聖歌とか、もうハーモニカ酒場になっちゃったわけ。

 で、俺、それ聞いているうちにジーンとしてきてさ。
 頭の中には、西部開拓民の家族が幌馬車から降りて、焚き火の前に集まって、そのうちの一人の爺さんが、スコットランド民謡かなんかをハーモニカで吹いて、みんな静かにそれを聞きながら、焚き火にマキをくべたりする情景が頭の中にグルグル回り出して…。

 ハーモニカって、典型的な 「昭和の音だなぁ…」 ってしみじみ思っているうちに、まだコンクリなんかで固められていない土の上で、みんな裸足になって遊んだときの情景なんかも蘇って、ジミヘンやクリームが出てきて、ギター弾けるヤツがヒーローになる前は、ハモニカ小僧がヒーローだったよなぁ…ってな想い出も頭の中をかけめぐってさ。

 今まではハーモニカって馬鹿にしていて、ブルースハープならOKね…なんて粋がっていた自分が、なんだか空しく思えてきて、正々堂々と 「ハーモニカって凄いっスねぇ!」 ってトミさんに宣言して、店出てきたら12時。

 でも、また聞きに行こうかな、トミさんのハーモニカ。
 

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

車でモテた時代

 俺、若いころ、いっぱしのナンパ師だったのよ。
 ペラペラしゃべりかけるの、平気!
 女がためらってもよぉ、サメみたいに食いさがる厚かましさも、充分!

 何よりも自慢なのは、振られても 「ケッ!」 と開き直れるたくましさ。
 カエルのツラにションベンってやつだね。
 
 でもさぁ、弱点ってのがあったわけ。
 それは、クルマってのを持ってなかったのよ。

 俺なんかが行ってた学校って、けっこう良家のボンボンもいてさぁ、親に買ってもらったスポーツカーなんかで、通学しているヤツもいたのね。
 そういうヤツらの顔みるとさぁ、もうムカムカしてきてよぉ。
 「オマエらが持っていて、なんで、俺にねぇのかよ」
 ってね。

 まぁ、今日びの若者はクルマなんかには興味がないっていうじゃない?
 クルマ使ってモテようなんて気持ちはまったくないんだってな。

 そういう時代って、けっこう健全かもしんない…って気持ちはあるけどさ。
 だって、モノじゃなくて、“心” で勝負ってことでしょ?
 そっちの方が、断然いいとは思うぜ。

 でも、俺たちの時代は違ったのよ。
 クルマってのは、女に振りかける “ホレ薬” みたいなもんでさ。
 そいつを持ってるかどうかで、モテ度が全然違ったのね。 

 だから、俺、表面的には、クルマを使ってナンパしているようなやつらを軽蔑するフリしてさ。
 「てめぇら、クルマの窓開けなきゃ、声もかけられねぇのかよ」
 って、思いっきり毒づいたこともあったな。

 でも、やっぱクルマのすさまじい神通力というものを、まざまざと思い知らされたことがあったんだよ。

 一人で街を歩いていた時なんだけどさぁ、公衆電話のボックスからヒマそうに出てきた女がいたの。

 目と目が合ったら、にらむのよ。
 俺がナンパやりそうな雰囲気を漂わせていたんだろうね。
 ぶ厚いマスカラの下の目がさぁ、「声かけないで」 って訴えてるの。

 だから俺もヤケクソ気味によぉ、
 「ドライブでもしない?」
 って、捨てぜりふのつもりで言ってみたんだ。

 止まったんだよ、相手の足が!

 「何に乗ってんのよ?」
 と、そいつ疑り深そうな口調で、聞き返してきたの。

いすゞ117クーペ

 当時知っていたわずかな車名のなかで、とっさにひらめいたのが、
 「117クーペ」 。

 「ほんと?」
 まだ、疑っている声だったけれど、目が好奇心を漂わせているんだよね。
 「いすゞの?」
 「そうそう」

 「ふぅーん…」 って、歩み寄ってきてさ。
 「どこに置いてあるの?」
 「まぁ近く」

 それから彼女、自分の腕時計みて。
 少し何か考えて。
 「高かったでしょう。ひょっとして、お金持ち?」
 「そうでもないけどさ」
 「だって、170万円だよ」
 「親父のクルマよ」
 俺、ちょっと真実味を増すために嘘ついてさ。

 …したら、「乗ってもいいかな」 って、そいつが笑うの。

 ああ、こういうものなのか…って、俺は感慨にふけったね。
 クルマを使ってナンパしているやつらは、途中駅を吹っ飛ばして一気にゴールまで行けちゃうんだ。
 そう思ったの。
 こりゃ知らない世界に踏み込んだなぁ…という気がしたね。

 で、彼女、うって変わって人なつっこい顔になってよ。
 「行くなら湘南がいいよ。箱根まで行ってもいいな」

 俺、内心ヤベェなぁ…って思ったよ。

 とにかく 「ドライブはこの次にして、今晩は酒でも…」
 っていうシナリオに持ち込まなければいけねぇ…って計算してさ。
 「まずお茶でも飲もうよ。時間あるし」
 って、水向けてみたの。

 ところが、それには乗らねぇんだな。

 「だったら箱根で飲もうよ」
 そう食い下がってくるわけ。

 箱根なんて言われてもさぁ、俺、電車と徒歩でしか行ったことがないから、クルマの距離感なんてつかめねぇのよ。

 だから 「箱根は遠いなぁ…」 って、かったるそうな表情つくって、せいいっぱい遊び人の “優雅なけだるさ” ってのを演出して。
 確かに電車だと、完全に一泊旅行の場所だったからね。

 「何いってんのよ。いま西湘バイパスできたじゃない。西宮から小田原まで高速で行けんだよ。知らなかったの?」
 彼女の目が、また不審そうな目つきに戻るの。

 「いや、この前行ったばかりだから、つまらないと思ったんだ」
 「ふぅーん。じゃ鎌倉ぐらいでもいいか」
 「まぁ、急ぐなよ。実はクルマの調子が急に変になっちゃってさ」
 「え、どうしたの?」

 「いや、ちょっと走らなくなっちゃってよ」
 「ボンネット熱くなってる?」
 「……も…もしかしたら、そうかな…」
 「オーバーヒートだよ! ラジエーター水をチェックしてた?」

 オーバーヒート
 ラジエーター

 恥ずかしいけれど、俺、初めて聞く言葉だったんだわ。
 だんだん冷や汗が背中に溜まってくる感じよ。
 こりゃ、クルマの話から早く離れなきゃいけねぇと思ってさ。

 「修理工場やってるダチがいまそれを見に来るのよ。だからすぐには乗れないの。それまで近くでお茶飲もうよ」
 彼女の頭からクルマを引っ剥がすのに必死よ。
 「分かったわ。でもどこに停めてあるの? ちょっとだけ見せてよ」

 ぜんぜん思惑どおりに進まねぇの。

 とりあえず、知っている喫茶店の方に歩き始めたんだけど、ついてくる彼女の関心はまったく117クーペから離れなくてよ。

 「あれってさぁ、エンジンがDOHCなのよね。何馬力だっけ。速いでしょ」
 「まぁね。あっという間の加速かな…」
 「そうよねぇ。4速ミッションだもんね。カッコいいなぁ」

 「俺はそれほどとも思わないけどね」
 「そういう言い方ってさぁ、持ってる人の余裕の言葉よね。ねぇねぇあれ、スタイルもいいよねぇ。イタリア人のさぁ、なんていったっけ? デザインした人…」

 ダ・ビンチでもねぇし、ミケランジェロでもねぇし…。だんだん頭の中がパニックになってきてさ。

 「あの悪いけど、俺ちょっとさぁ、急に用事を思い出しちゃった。じゃ…」
 「ドライブはどうするの?」

 「クルマ買ったらな」
 …という言葉を呑み込みながら、逃げ出したの。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:43 | コメント(6)| トラックバック(0)

カツカレーで勝負

 「カツカレー」 とか 「ハンバーグカレー」 などという食べ物がよくあるけれど、そういうメニューを何の覚悟もなくオーダーしてしまう人の気持ちが、私にはよく分からない。

 カレーとカツ。
 私にとってこの二つの食べ物は、ヒグマと月の輪グマのように、同じ空間には存在してはならない食べ物なのだ。

カツカレー

 もちろんカレーも、カツも好きだ。
 これにハンバーグが加われば、その3本柱で中2日のローテーションを組んで、365日間の全シリーズを戦いきってみせる自信はある。

 私にとっては、カレーもカツも、ともに大切な先発メンバーなのだ。
 だから、そのどちらかに1食分を任せたときは、できれば完投してほしい。
 
 ところが、「カツカレー」 というメニューを選ぶ場合は、その大事なエースの2品を、たった1試合に投入してしまうことになる。

 何たる浅はかな贅沢!
 馬鹿げた満足感!

 そんな食事を1試合でも行ってしまえば、その日を境に先発ローテーションは総崩れとなり、私はカツからもカレーからも信頼を失ってしまうことになるだろう。

 だから、私がカレー屋さんのカウンターに座り、店主に向かって、おずおずと  「カツカレー…」 と頼むときは、相当な 「覚悟」 を決めたときなのだ。
 両エースを惜しげもなく投入するわけだから、絶対負けられない大勝負に挑む時だとご理解いただきたい。

 どういう勝負か。

 たとえば、「ものすごくお腹が空いたとき」 。

 そのときは、さすがの私も腹をくくり、乾坤一擲 (けんこんいってき) の大勝負を挑むつもりで、この布陣に賭けることになる。

 この両エースがそろい踏みした食事は見るだに恐ろしい。
 カレーがカツという甲羅を背負うことによって、盛りつけ全体に戦闘的な雰囲気が漂い、太古の爬虫類のような凄みが漂ってくる。

 プレーボールともなれば、まずカレーが、口から炎が出るような辛さで、火の玉魔球をくり出す。
 カレーが一休みしているうちに、今度は、カツがパン粉でくるまれた豪快な肉片となって、地表すれすれの弾道を唸りをあげて飛んでいく。

 この両者が投げ抜いた試合では、私はまだ一度も負けたことがない。
 これまで、すべての 「空腹」 を完膚なきまで打ちのめしてきた。

 ……しかし、やはり空しい。
 カレーとカツを同時に投入しても、しょせん1食は1食でしかないのだ。

 そう思うと、なんでこんな贅沢をしてしまったのか…と後でくやむ。
 520円ですむところを670円にしてしまった。

 やっぱり、薄氷を踏むような緊張した食事であっても、カレー単品あるいはカツ単品で勝負して勝った方が、喜びもひとしおだ。

 カツとカレーの連合軍は、飛車・角を2枚ずつそろえて将棋を戦うようなもの。
 強すぎて、勝つ妙味が薄れる。

 私は言いたい!
 そこで 「カツカレー」 を注文しようとしている貴方。
 
 「気持ちは分かる。でも赤子の手を捻るようなマネは慎みなさい。エース級を2品も投入しなくても、お腹はいっぱいになります」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:59 | コメント(4)| トラックバック(0)

重い!

 とにかく、重いです。
 このブログに関わるすべてのことが。
 …反応が遅い。

 サーバの容量不足の問題でしょうか。
 
 よく分からないのですが、コメントを頂いても、それに返信を書いてアップするだけに、4~5分ぐらいかかります。
 その間、じっとモニターとにらめっこ。

 「反応してねぇのか?」
 と思って、もう一回ボタンを押すと、結果的に2重投稿になったり…。

 もしかして、このブログにコメントを寄せられる方がもそうなんでしょうか?
 だとしたら、いろいろご迷惑をかけて申し訳ございません。

 
 アクセス解析などしようと思うと、もう平気で20分~30分ぐらい待たされます。

 皆さまもそうですか?

 いろいろなブログでも、同様のことが起こっているようにも思います。

 これは、どんどんエントリー記事が貯まっていく 「ブログ」 というシステムの共通の悩みなんでしょうかね。

 以前、ホビダスさんにも相談をさせていただいたのですが、「現在対処中」 とのご返事をいただいただけ。

 たいした悩みでもないんですが、忙しいときは、ちょっとイライラしています。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 15:48 | コメント(15)| トラックバック(0)

初カノジョ

 初めて 「カノジョ」 ってのができたのは、二十歳になってからだったんだよね。
 相手は短大に通っていた女。俺よか一つ年下の十九歳。
 すげぇ美人!
 俺、有頂天だったね。自分で信じられなかったもん。

 きっかけは、ある女子短大の文化祭に行ったのよ。
 その学校では体育館をホールにして、バンド入れてディスコやってたの。

 俺、勉強はからっきしだったけれど、高校の頃から踊りは好きだったからさ。
 「ディスコなら、まかせてね」 だったのよ。
 ずっと後に、『サタデーナイト・フィーバー』 って映画がやってきたんだけど、ありゃ俺の映画だなって…思ったくらいだったからさ。

サタデーナイトフィーバー

 で、その女は黒いベッチンのミニのワンピースを着て、フロアの真ん中で踊っていたな。

 目と目が合ってさ。
 お互いに一目惚れよ。
 ステップ踏みながら、ずっと見つめ合ってさ。
 ドラマの主役になった気分よ。

 「あんた遊び人の顔ね」 …なんて、そいつもハスッパな口きいていたけれど、まぁ、後で聞いたらお嬢さんでな。親に金出してもらってピアノかなんかのレッスンに通っててさ。

 その日は 「一緒に帰ろう」 とか誘ってよ。ロック喫茶かなんか行ったんじゃないかな。
 お互いの電話番号聞いて別れたのよ。

 で、その女とのデートが始まったわけね。
 まぁ、すげぇ美人だから連れて歩くには良い気分なんだけど、ちょっと持て余したのは、喫茶店なんかでお茶飲むだろ?
 小むずかしい話をしたがるわけ。

 ヨシモト・リュウメイとかタカハシ・カズミとかさ。
 俺も聞いたことはあるけれど、詳しく知らない作家の名前を出すんだよな。

 こいつ本当に読んでんのかなぁ…と思ってさ。
 どこが面白いんだよ? って聞くと、
 「人間として創造的な人生を構築していくためには、体制側と戦う姿勢を持つ人の本を読まなければならないの」
 …っていうのよ。

 当時、ほら学生運動の真っ盛りの頃だからさ、そういう言い方って流行ってたんだよね。

 「私、労働者の側に立つ人が好き」
 なんて高らかに言うんだけどさ。
 それが、なんでベッチンのミニのワンピースで踊ってんだよ、って気分もあったけどさ。

 しょうがねぇから、俺もその手の本読んだよ。マクルーハンだったかマルクーゼだったか、「ヨーロッパ急進派の教祖」 とかいうの。

 全然解らなくてさ。
 突っ込まれると困るから、読んだとも言わなかったけどさ。

 まぁ、油断もスキもありゃしないって女でよ。
 こっちがタカハシ・カズミのことをうっかり 「巨人のピッチャー?」 なんて勘違いしようものなら、鬼の首取ったような残忍な笑いを浮かべてくるんだよ。
 当時いたんだよ、そういう名のピッチャーがホントに…。

 だけど、彼女は基本的にはマクレガーかなんかのポロシャツ着て、デッキシューズ履いてさ、フォークギター抱えてブラザースフォーなんか歌っていれば幸せって子だったからさ、俺も得意の音楽ネタでさ、「シカゴ知らないの? サンタナは? 遅れてんじゃない?」
 …なんて感じで主導権を取ろうとしてたの。


 でも、結局そいつには一年後ぐらいに、ものの見事に振られてね。
 学生運動やっていた口のうまい男にたぶらかされたみたいなんだ。

 デートの時間には大幅に遅れるようになるしさ。
 一時間以上待たせても、謝りもせず、ニコリともしないなんてことが多くなってきたの。

 で、ことあるごとに 「疲れた…」 って、家事に振り回される主婦みたいな溜息をつくようになってきたのね。

 あるとき 「どうしたんだよ?」 って尋ねてみたんだ。
 すると 「今ずっと成田にいるの。そこから戻ってきたところ」 って言うのよ。

 成田って、千葉の成田空港のことなんだけど、当時は空港建設反対運動があってね、そこに学生運動の活動家がいっぱい集まっていたわけ。

 で、その反対運動に参加しているということなんだろうね。
 見ると、ジーンズやスニーカーなんか泥だらけでさ。

 「疲れ過ぎて食欲すらないの。今日はお茶飲むだけでいい?」
 …って言うんで、約束していたピザのうまい店というのをキャンセルしてさ、地味な喫茶店に入ったの。

 で、席に座るとさ、もう彼女はたたみ込むようにしゃべり始めるわけ。

 「決断の時よ。このままでは負けるわ。日本はアジア諸国家を支配下に治める帝国主義国家として揺るぎないものになっていく。あなたは立ち上がらないの?」
 ってね。

 顔つきも違うんだよ。すっごく威圧的でさ。
 俺がもっとも恐れていたものが来たという感じだったね。

 「…いつから、そこまで思い詰めるようになったんだよ」
 そんな質問しか思い浮かばなかったな。

 「私、指導者を得たの。尊敬できる人よ。その人はたとえ独りになっても敢然と敵に立ち向かっていける人なの」

 まぁ、こういう場合はたいてい新恋人の出現を意味しているわけでね。
 そうなると前の男に勝ち目はないのよ。

 「指導者ってどんな人?」
 …なんて聞くとますます惨めになるからさ、黙って彼女の言葉を聞いていたな。

 彼女に言わせると、俺みたいなのは 「プチブル」 っていうことになるらしいのね。
 で、その言葉を彼女が舌で転がすときには、軽蔑の響きがこもるのよ。

 「プチブルであるかぎりは、あなたは労働者の革命をいつかは裏切るわ」
 とか言われてもさぁ、もともと俺、そんな言葉の意味も分かんないしさ。

 しばらく沈黙が続いて。
 「まぁ、とにかくこれで終わりということだね?」
 …って、俺、小さな声で聞いたんだ。

 すると、「戦う同志としての連帯ならあるわよ」 っていうわけ。

 今さらノコノコと彼女の後ろについて、デモ隊に加わる気もなかったからさ。 「…いいや」 っていう、その三文字の言葉を口にするのが精一杯だったな。

 彼女は哀れむような、さげすむような目で俺のことを見てさ、
 「私は自分の人生を革命に捧げる!」
 なんて言って去っていったな。

 カッコつけるんじゃねぇよ! と言ってやりたかったけれど、何いっても負け犬の遠吠えだからさ。
 シュンとしたまま見送ったの。

 今でもときどき、惨めで、吹っ切れなくて、不甲斐なくて、人の顔すらまともに見られないような自分を発見することがあるけれど、そういう気分は、たぶんあのときに生まれたものなんだろうな。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:22 | コメント(8)| トラックバック(0)

今の時代の笑い

 家でテレビを見る時間はあまりない。
 ないから、見るときは真剣に見たいと思う。
 ところが、真剣に見ようとすると、なかなかそれに応えてくれる番組がない。

 最近は、どこのチャンネルに合わせても同じような番組ばかり。
 まず、バラエティ。
 あるいは、クイズ。
 そして、グルメ。

 まぁ、その中でも、バラエティは一応 「バラエティに富んでいる」 わけで、いろいろなメニューがごった煮になっているから、中にはほぉっ! っと目が釘付けになる出し物もある。

バラエティ番組

 だけど、本当に面白いものに当たる確率は低い。

 今のバラエティから学べるものは、せいぜいコミュニケーションの 「間のとり方」 ぐらい。

 若い芸人たちの鋭い反射神経がもたらす瞬間芸には、確かに目を見張るものもあるけれど、瞬間芸というのは、その場において光りを放つものだから、仮にその芸を視聴者が身につけても、自分の生活の場で使うことはできない。

 そういうものを眺めていても、せいぜい時代の “空気” を呼吸するのが関の山で、自分で 「笑い」 を作り出すときの材料にはならない。

 時代の 「おかしさ」 が詰まった鉱脈は、意外と、「笑い」 とはかけ離れたシリアスな情報源の中に根を下ろしている。

 当たり前のことを真面目に論じている人たちの姿を見たり、多くの人々が常識的な行動だと信じて疑わないような様々な行動を眺めているうちに、何か変だな…、どこか違うな…と気づくところから、面白さやおかしさを発見するチャンスが生まれる。

 笑いは、笑いの中にあるのではなくて、笑いの外にある。

 かつてのビートたけしさんは、そのことをよく知っていた。
 超多忙の頃、彼はクルマで移動するときも欠かさずニュースを聞き、本を読んだ。
 「常識」 の盲点を突いた 「笑い」 を発見するためには、「常識」 を熟知していなければならないことを知っていたからだ。

 爆笑問題の太田光さんなんかも、そういう手法で 「笑い」 のネタを拾ってくる人である。

 ただこの方法は、ちょっとでも半可通の 「知性」 をひけらかしてしまうと、視聴者は一気に引く。
 シリアスな情報を 「笑い」 に発酵させるまの時間的・精神的余裕が必要なのだ。
 そのため、忙しいタレントには難しい。

 だから、多くのタレントは、反射神経の鋭さだけが頼りの瞬間芸に賭けざるを得なくなるわけだが、でも、それはタレントの賞味期限を早めるだけにしかならないような気がする。

 最近は、その賞味期限さえ最初からないようなタレントさんもいるようだ。

 とんねるずのデビュー当時は、彼らのテレビのフレームをぶち破ろうとするパワーに唖然としたし、初期のダウンタウンのコントはお腹がよじれそうにおかしかった。
 でも、もう…今はなぁ…。

 大御所たちが、時代と切り結んでいかないと、下も育たないのではないか。

 最近は、一時期民放に押されっぱなしのNHKが、じわじわと民放を押し返して、視聴率を上げているらしい。
 企画をしっかり練り込んで、しかも取材にもお金をかけている 
 『NHKスペシャル』 なんかは、世代を超えて相当評判が良いと聞く。

 新しい時代の 「笑い」 は、もしかしたら、そういう番組をしっかり観ているような人たちから生まれてくるのかもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:27 | コメント(4)| トラックバック(0)

大航海時代

【司会】 はぁーい! 『ゲームフリーク・パラダイス』 の時間です。
 今日も楽しい愉快なゲーム。朝晩ゲームに、夢でもゲーム。
 この番組は、寝る時間も惜しんでゲームに親しむゲームフリークの貴方に発信するゲーム情報のパラダイスです。

 ええ、この 「ゲーパラ」 では、先々週と先週、そして今週と3回にわたって、ゲーム研究家の町田先生をお迎えして、パソコンゲームの核心に迫っておりまーす! 
 それでは町田さん、どーぞ。

大航海時代_1

【町田】 こんばんは。
【司会】 先生、今日は何を?
【町田】 そうですね。今日はコーエイさんの人気シリーズのひとつ 『大航海時代』 を採りあげてみようと思っています。
 このシリーズは、全部で4作あるんですが、僕が傑作だと思うのは、『大航海時代 Ⅱ』 とそのバリエーション版の 『大航海時代・外伝』 ですね。
 ファミコン時代の 『Ⅰ』 から始まって、スーパーファミコンの 『Ⅱ』 『外伝』 、そしてパソコンの 『Ⅲ』 『Ⅳ』 とあるんですが、まぁ、大方の評判は 『Ⅳ』 に集中してますけど、僕はこれはあんまり遊んでなくてね。印象に残っているのは、やっぱり 『Ⅱ』 、『外伝』 かな…。

大航海時代2

【司会】 先生は、このシリーズのどんなところに惹かれたんですか?
【町田】 まず、そのスケールの雄大さですね。
 普通テレビゲームやパソコンゲームというと、何か狭い部屋で小さな画面に向かって縮こまって遊んでいるという感じがするじゃないですか。

 でも、このゲームだけは、実際に接しているモニター画面は小さくとも、その画面の向こう側に大海原が広がっているというリアリティを感じさせるものがあるんですね。
 特に 『大航海時代』 の 『Ⅱ』 とか 『外伝』 はですね、モニター上のビジュアルは写実的でもなんでもないんですが、「波のしぶき」 とか 「潮の匂い」 が迫ってくるんですね。

夜帆船1

 ゲームのリアリティには、3D的な視覚的リアリティとね、2Dにしかない観念のリアリティというのもあると思うんですよ。『Ⅱ』 と 『外伝』 には、その観念のリアリティというものがあるんですね。

大航海時代外伝

【司会】 …ちょっと難しい話ですが、分かりやすくいうと、どんなところが面白いんですかね?
【町田】 例えば、まぁ、自分がキャラクターの一人となって、船を手に入れますよね。
 最初は小さな安い船しか手に入らないんですが、ところがこれがなかなかうまく操れないんです。お金もないので、水夫も思うように集まらないわけですね。

 最初は、みなアテネとイスタンブールの間で、絨毯と美術品の交易でお金を貯めてね。
 金塊1個貯めるのがやっとなんです。

 で、そうやって、交易とか海賊行為などを行なって、少しずつ資金が貯まり、海にも慣れてくるとね、自分が航海できる範囲が少しずつ広がってくるわけです。
 船もだんだんスムースに操れるようになってくるんです。

 そして、貯まったお金で、さらに大きくて頑丈な船を買っていく。
 そこのところのステップアップの感覚が、ずしりと胸に迫って来るんですよ。

 そういう小さな達成感を積み重ねてですね、ついに外洋に出ていくわけですが、地中海世界周辺に住むキャラクターでゲームを始めると、ジブラルタル海峡を抜けて大西洋に漕ぎ出すまでに、2年ぐらいかかるんですよ。
 だからね、力を付けて、いざ海峡を抜けて外洋に出たときに、ものすごく感激するんですね。

大航海時代画面1

 で、外洋に出ると、実際に船に降りかかる波も2倍くらい大きくなったような気がします。
 アフリカ周りで希望峰を抜けるまでもね、途中嵐があったりしてね、下手すると難破してしまうんですよ。
 そんなところがね、スケールの大きなゲームだなぁ…と思いましたね。

嵐帆船1

 あとね、基本的に音楽がみな良いですね。各地域の雰囲気を表すテーマ曲がなかなか上手くできていてね、これが、気分を盛り上げるのに一役買っていますね。
 
【司会】 ゲームに出てくるキャラクターなんかでは、どんな人物が好みですか?
【町田】 『Ⅱ』 でいうと、カタリーナとアル・ヴェザスですね。
 あとね、『外伝』 に搭乗するサルバドル・レイスがいいです。これはちょっとはにかみ屋で、屈折した内面を持った陰りのある青年なんですね。
 正義感に燃えて、片っ端から悪を倒すという単純な設定になっていないんですよ。文学性が高いんですね。

 この 『外伝』 の音楽もよくてね、主人公キャラの持っている孤独感のようなものとね、冒険への期待感みたいなものが微妙に混じり合った美しい旋律になってます。単に勇壮なだけでなく、そこはかとない寂しさが漂った名曲ですね。

 ただ、ひと言苦言を呈すれば、この 『外伝』 では、もうちょっと歴史考証をしっかりしてほしかったですね。
 たとえばハイレディン・レイスがキリスト教徒側の海賊として、オスマン・トルコと戦うなんていう設定はどう考えてもおかしいんであって、その息子のサルバドル・レイスがキリスト教徒だってのもおかしい。
 ちょっとユーザーをバカにしてますね。

 まぁ、そんなところを差し引けば、よくできたソフトだとは思いますけどね。

【司会】 さて、町田さん。今までのお話は 『Ⅱ』 と 『外伝』 の話が中心だったわけですが、そのほかに町田さんが体験された 『大航海時代』 ではどんなものがあるんですか?

大航海時代3

【町田】 『大航海時代 Ⅲ』 というのがあるんですが、これが実に不思議なゲームでね、僕自身もいまだにどう評価していいのか分からないんですよ。
【司会】 これもプレステか何かですか?

【町田】 いや、これはパソコン版だけなんです。
 コーエイの人気シリーズは、パソコンから常に家庭用ゲーム機に落とされているんですが、この 『Ⅲ』 だけはね、ゲーム機にもついに移植されず、話題にのぼらないうちに、いつのまにか 『大航海時代 Ⅳ』 にとって替わられたという、ちょっと影の薄いゲームでね。
 だから、成功作なのか失敗作なのか…。『大航海時代 Ⅲ』 はなんとも評価しづらい面がありますね。

 やはりプレステやなどのゲーム機対応ソフトが出ないと、ゲームとしてはマイナーな印象は否めないですね。
 特に後発の 『大航海時代 Ⅳ』 は、パソコン版が出たあとゲーム機版もすぐに登場しているわけですね。だから 『Ⅲ』 は一般的には “失敗作” というイメージがついてまわりますね。

【司会】 で、どうなんですか? 町田さんも失敗作だと?
【町田】 いや、一般的な評価という意味では難しいんですが、僕個人としてはなかなかよく作られているソフトだと思いますよ。
 おそらく 『Ⅱ』 や 『外伝』 を遊んだユーザーが不満に思ったこととかね、あるいはこうしてほしいと望んだことなどをね、ある程度リサーチして開発されたものだと思いますね。

 たとえばですね、冒険旅行そのものの難易度をあげてほしいとか、あるいは宝物を発見したときのインパクトを高めてほしいとか、さらにね、船舶などの価格を上げてほしいとかですね、『Ⅱ』 や 『外伝』 を繰り返し遊んだユーザーなら誰で思うようなリクエストにはね、ちゃんと応えているんですね。

 で、この 『Ⅲ』 では今までにできなかった内陸の探検もできるんです。
 キャラバンを組んで、アフリカの砂漠などに探検に行けるんですね。
 
 あとね、港町を陸上から攻め落とすこともできます。
 海戦もあれば陸戦もあるということで、ゲームとしては結構凝っているんですね。
 そういった意味では、『Ⅲ』 というのは、『Ⅱ』 や 『外伝』 の発展型だといってかまわないと思います。

大航海時代_1

【司会】 はぁ…。ではなぜあまり話題にならなかったんですかね?
【町田】 地味なんですねよ。画面のグラフィックがどうしようもなく暗いんですよ。『Ⅱ』 や 『外伝』 のようなキャラクターの動きもなければ、色も乏しいんです。

 全体の印象がですね、ひと気のない薄暗い 「歴史博物館」 にでも入り込んだような感じなんですね。
 なにしろ登場人物の顔がアニメではなくて、19世紀末に撮られたモノクロの顔写真という感じで、実写的なんですよ。
 ま、リアルといえばリアルなんですけど、アニメタッチに慣れた大航海ファンは、まず最初にここで戸惑うと思いますね。

 さらに各港町の画像がですね、ヨーロッパ近世の美術品を模写したような絵柄で、格調が高いといえば高いんですが、地味といえば地味なんですね。これも、アニメ的表現に慣れた人には親しみにくかったんじゃないでしょうかね。

大航海時代帆船1

【司会】 なんとなく若者が好みそうじゃないですね。
【町田】 そうなんです。これはね、音楽を聞いてもらえば、それだけで分かります。
 たとえば北ヨーロッパなどの港町のテーマ。もう、なんかこの世の果てという雰囲気が伝わってきますよ。
 
 だけどね、音楽としてはねぇ、なかなか、みないいんですよ。
 僕はねぇ、実は、この 『Ⅲ』 の曲をね、当時はテープに落として、ドライブミュージックとして聞いていた時期があったんですけど、これ、ちょっとトリップさせてくれる曲…多いですよ。

 しかし、やっぱりゲームそのものの暗さはどうしようもなかったですね。
 ま、時代設定も、いろいろな精霊や悪魔がウジョウジョいた時代でしょ。
 海に関してもね、コロンブス以前は一般的に、まだ地球が平らだと信じられていたわけですからね。

 海の果てまで行ってしまうと、海水が滝のようになって地獄の底まで落ち込んでいるという、そんな世界観を人々が共有していたわけですね。
 そして、そこには人の知らない怪物がたくさん棲んでいると…。そんな雰囲気がね、この 『Ⅲ』 には漂っていますよね。

 ま、核戦争後の無人の地球をたった一人で旅しているという感じの、ちょっと終末論的な寂しさがこのゲーム全般に流れているわけでね。そこが味わいとなっている反面ですねぇ、また、とっつきの悪さにもつながっているわけですね。
【司会】 ふぅーん。

【町田】 それと、このゲームの最大の欠点は、クリアした瞬間が明確ではないんですね。仮にクリアしても、まだゲームを続行できるわけです。
 そうなると、その先どうなるなんだ? …という不安感がユーザーに湧いてくるわけですね。いつまで経っても終わりが来ない。
【司会】 あ、その感じちょっと不気味。 

【町田】 まぁ、僕としては、やっぱり明るい期待感に満ち溢れた 『Ⅱ』 とか 『外伝』 の方が好きですね。
 なんていうのかなぁ…本当に、世界が変わって見えてくるという、あの大航海時代の人々の気分が、特に 『Ⅱ』 にはあるんですね。

 なにしろ大航海時代までの人々の常識では、地球はどこまで行っても果てがない、無限に広がる平面だったわけですよね。
 当然 “地球” という言葉も存在しなかったんですが、大海原の彼方がどんな風になっているか誰にも想像がつかなかったわけでしょ。
 当時の人は、まさに 「宇宙の果て」 に思いを巡らす今の人々の気持ちと同じだったと思うんですよ。

大航海時代帆船1

 で、やがて、コペルニクスやガリレオ・ガリレイの推理により、地球が太陽の周りを巡る球体であるという新説が流布し始めたわけですが、それだって、最初のうちは実証しようのない仮説に過ぎなかったわけですからね。

 だから、この時代に遠洋航海を企画することは、宇宙開発のプロジェクトのようなものだったんじゃないかと思うんです。
 それに従事した船乗りたちは、まさに宇宙飛行士たちの心境だったと思いますね。

 で、アフリカの南端まで行くのが最大のテーマだった頃はですなぁ、希望峰を最初に回った船乗りたちはね、さしあたり月面着陸に成功したような気分を味わったのでしょうね。

 そして、その先に広がるインド洋を眺めたときね、おそらく彼らはねぇ、星雲広がる大宇宙の入口に立ったことを直感したんではないかと思いますよ。

宇宙_星雲
 
【司会】 はぁ…。すごい思い入れですね。
 いやぁ、それだけの思い入れを持ってゲームに臨めば、さぞや楽しいでしょうね。
 まぁ、今日はホントにどうもありがとうございます。

 今晩はゲーム研究家の町田さんをお迎えして、『大航海時代』 について語ってもらいました。
 町田さんどうもありがとうございました。
【町田】 いや、こちらこそ。

【司会】 今日も楽しい愉快なゲーム。朝晩ゲームに、夢でもゲーム!
 この番組は、寝る時間も惜しんでゲームに親しむゲームフリークの貴方に発信する、ゲーム情報のパラダイスです。
 それでは皆さんまた来週。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:18 | コメント(4)| トラックバック(0)

大阪にいます

 今、大阪にいます。
 で、夕方から梅田に出て、いつもの立ち飲みの串揚げ屋に行って、タコハイ飲んで、さんざん串揚げ食って、なんと、その後おでん屋にも寄って、やぁ、久しぶりに、「満腹」 ってのをたっぷり楽しみましたね。

松葉揚げ

 なにせ、ここのところ5kgも痩せちゃって、最近は椅子に座ってもケツが痛いわけ。
 尻の肉が落ちちゃったんだろうね。

 で、夜中にホテルに帰ってきて、1階のロビーにパソコンがあったから、まぁ、「ブログ」 でも書こうか、なんて思っていたら、あっという間に、そのパソコンをインド人の若者たちに占拠されちゃってさ。

 ポケっと待っているのもつまらないから、隣にいたインド人の青年に話しかけたのさ。

 「サイトシーイング? ビジネス?」

 ハハハ、おいらがしゃべれるのは、そんなレベルだから。

 したら、学生なんだってね。
 農業指導の勉強かなんかを日本で実地訓練してんだとか。

 ライスが好きか? ナンが好きか?
 
 なんてたわいもない話してさ。

 で、「日本のカレーを食ったことあるか?」
 って聞いてみたのよ。

 したら、「日本のカレーは牛とか豚が入っているから食えねぇ」
 っていうわけ。
 チキンならかろうじて食えるらしい。

 一度インド人に、日本のカレーの感想を聞いてみたかったんだけど、このテーマは持ち越しになった。

 でも、まぁ、楽しかったな。
 やっぱもっともっと色々しゃべれたらいいな、と思った。

 で、その話の相手を務めてくれた彼が、パソコン使っている友達のところに行って、
 「待っている人がいるから、早く終わらせなよ」
 とか言ってくれたらしい。

 で、ようやく今回のブログを書いてるわけだけど、いま時計みたら、夜中の2時半じゃん!
 
 早く寝なくちゃ。

 ってなわけで、酔っ払って書いているから、読み返す気力もないんだけど、誤字脱字みたいなものがあったら、ごめんなさいね。

 お休みなさい。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:39 | コメント(6)| トラックバック(0)

コンプレックス

 この年になっても、いまだに、高そうなネクタイ結んで仕立ての良いスーツを着こなした紳士風のサラリーマンの姿を見ると、気後れするというか、劣等感を感じるというか、対抗心が燃えてきたりするという、奇妙なコンプレックスを持っている。

 たぶん、若い頃のトラウマがあるのだ。

 学生時代の後半、ろくすっぽ授業にも出なかったから、たまにクラスの連中と会うと別世界だった。
 「損保はまぁまぁだが、やっぱ銀行は厳しいな…」
 など、みんな就職のことしか話していない。

 自分は遊びほうけていたから、まったくそういう世界とは縁がなかった。
 たまに会うクラスメイトの真面目な女性などは、私のダメ人間ぶりを知っているから、軽蔑を通り越して同情までしてくれる。

 「人間なんかのきっかけがあれば立ち直れるのよ」
 なんて、忠告してくれるのだ。
 きっと精神疾患でも煩った社会不適合者のように思われていたのだろう。

 案の定、付け焼き刃の就職運動はことごとく失敗に終わった。

 自分にはどこにも行くあてがないのに、卒業前の仲間の話題は、みな決まった就職先の話ばかり。
 誰とも顔を合わす気にならなかった。

 とにかく、働き先がなかったので、バイトを始めた。
 イタリアンレストランだけど、ハンバーグもカレーもあるという店。

 1階と2階に分かれていて、2階がレストラン。1階はスナック。
 10時頃レストランのレジを閉めてから、1階のカウンターに降りてバーテンをやる。

 幸い、そこの経営者に気に入られ、いろいろな企画を出させてもらった。
 そんななかに 「ディスコ・パーティ」 というのがあった。

 仕事が終わってから、手作りのパーティー券をつくる。
 それを1枚1000円くらいで常連客に売った。
 ドリンクフリー。
 踊り放題。

 選曲もやった。
 ジェームズ・ブラウンの 「セックスマシーン」 の後には、クール&ギャングを流して、オージェイズの 「裏切り者のテーマ」 をかけて…。
 ダンスものを5曲ぐらい続けた後は、チークタイム用にスタイリスティックスのバラード流して…。

 当時は、カセット内蔵型ステレオなど持っていなかったから、全部レコードから生取りしたテープを使った。

 音なんかボワボワでモコモコ。
 録音したときに近所を走っていた軽トラのホーンなんかも入ってしまうようなテープだった。

 でも、そんなことを気にする客は一人もいなくて、みんな 「フライロビンフライ!」 なんて口ずさみながら、楽しげに踊っていた。


 ある時、2階のレストランで社会人の貸し切りパーティがあるという話が入り、当日、テーブルの上にオードブルなんか並べていると、やってきた幹事というのが、かつて同じゼミにいた仲間だった。

 「あれ、なんでお前こんなところにいるの?」
 ってな顔された。

 向こうは仕立てのいい三つ揃いのスーツ。
 こっちは黒の蝶タイに白シャツ。
 格好が、もう 「主人」 と 「使用人」 という感じだった。

 次々と入ってくる客はみんな大学時代の同期の連中。
 社会人のパーティってのは、実は大学のクラス会だったのだ。

 で、彼らが 「ビールもう一本ね」 とかいうと、私が 「かしこまりました」 といって運んでいく。

ビール

 最初は彼らも気まずそうな顔していたが、そのうちみんな酔いが回ってきて、先ほどの幹事が、「まぁ、こっちに来て一杯飲もうよ」 なんて誘ってくる。

 「ありがとうございます。でも一応仕事中ですから」
 立場上そう言うしかない。

 すると、その幹事がビール瓶を抱えたまま立ち上がって、こっちまで歩いてくる。
 で、肩に手を当てて、
 「今度は、同じ客同士として飲もうな。人間、職業に貴賎はないしな。お前もそのうちチャンスをつかめば復活できるよ」
 なんて、酒臭い息でなぐさめてくれる。

 「職業に貴賎はない…」

 それなりに楽しんでバイトをしていたので、そんな風に思ったこともなかった。
 しかし、世間から見ると、そういう風に見える自分がいる…。
 不意に惨めな気分になった。
 大手損保に就職した彼は、「自分はいち早く人生の勝ち組に収まったぞ」 という顔つきだった。

 それは、いま思い出すと、けっして悪い思い出ではない。
 彼らと会って、いろいろ昔話にふけりたい。

 でも、どこかでネクタイ&スーツ姿の社会人には、いまだにコンプレックスを抱いている自分がいる。
 いまの会社が、そういうカッコをしなくても済む職場だからかもしれないけれど…。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:46 | コメント(4)| トラックバック(0)

今日の出来事

 ブログというのは、ネット上に公開する個人の 「日記」 のようなもの、といわれている。
 ということは、自分はまだ本当のブログというものを書いたことがないことに気がついた。

 今日は、本気でブログを書いてみる。

 11:30起床。
 洗面所に顔を出して、歯ブラシにペーストをいつもの3分の1ほどに限定し、歯ブラシの上にそれを均等に塗りながら、テレビの前の椅子に座って、おもむろに歯を磨く。

 ペーストを3分の1ほどに限定したのは、何も節約意識が芽生えたわけではなく、単純にペーストの残りが少なくなってきたので、補充するまで量をコントロールしようと思って調整したに過ぎない。
 しかし、そういう行為はほとんど無意識のうちに行われるので、意識はたちまちテレビの内容に釘付けになる。

 だけれども、歯を磨いているうちに、ときどき口の中に溶けたペーストが唇の隙間をぬって床にこぼれることがあるので、それだけは慎重に避けながら、意識の半分はテレビの方に集中し、残りの半分を床にこぼさないように唇の閉まり角度を調整していたので、かなり神経をつかう。
 それだけで、今日の大半のエネルギーを消耗した気になった。

 テレビでは鼠先輩が、例のポッポッポの 「六本木」 をつくるきっかけとなったエピソードというものを披露していたが、その話を何気なく聞いているうちに、自分はこの人が歌手なのか、タレントなのか、その両方を兼ねたような一般的な芸人なのか、そういった彼のポジショニングを今まで真剣に検討していなかったことに気がついた。

 そこで、歯を磨き終わるまで結論を出さなければいけないと思い、いちおう強引ながら 「タレント」 というジャンルに仕分けすることにした。
 気分が安定したところで、洗面所に戻り、コップに水を注いで口の中をすすぐ。

 すすぎ終わった最後の水を口に含んだまま、トイレに行く。
 トイレで放尿しながら、水を流す前に、口にふくんだ水も一緒に流す。
 これはすでに2年程前から身に付いた習慣なのだが、そのような行為がどういう動機に基づいているかをあまり詮索したことがなかった。
 
 たぶん、歯磨きのペーストというのは除菌作用があると思うので、それを使ってトイレも同時に洗浄しようという狙いがあったのではないかと推測する。

 居間に戻ってから、朝飯兼昼飯を食うためにパンをトースターの中にぶち込み、やかんに水を入れてお湯を沸かす。 

 お湯が沸くまで、しばらく時間がかかるので、何か思索することにする。
 しかし、頭がまだ半分眠りから醒めていないので、思索する内容も貧困である。

 人間の髪とか爪は、毎日少しずつ均等に伸びていくものだと思っていたが、ある日突然、爪が伸びたことに気づくことが多いので、ひょっとしたら 「爪の伸びる日」 というものが決められているのではないかということを思索した。
 そのことについてカミさんの意見も聞いてみようと思ったが、どうせ 「何をくだらないことを言っているの」 という一言で一蹴されることも分かっていたので、それは口に出すまいという結論に達する。
 
 …とか考えているうちにお湯が沸く。

 ティーバックの紅茶にするか、インスタントコーヒーにするか、即座に結論を出さなければならない状況に追い込まれたが、とりあえず紅茶の方が先に目に入ったので、紅茶のティーバックを一掴み取り出して、コーヒー茶碗に落とし込み、その上にお湯を注ぐ。

紅茶

 茶碗に注いだお湯が少しずつ黒っぽくなっていくのを見つめながら、なぜ紅茶にしたのだろうという理由付けがほしくなり、しばらく熟考する。

 考え抜いた末、日頃会社でコーヒーを飲む機会が多いので、家にいるときはバランスを考慮して紅茶を選択したのだな…ということに思い至り、その思考過程の緻密さに我ながら関心して、少し元気になる。
 
 11:45。
 
 トースターの中にぶちこんだパンを取り出し、指先でつまんで、「あっちっち…」 と声を出す。
 声を出さなくても十分に熱いのだが、声を出すと、やはり臨場感がともなって、さぁこれからトーストを食うぞというリアリティが強まるので、声を出したことは正解であったと納得する。
 
 ……ここまで書いても、まだ1日の報告が完了しない。
 疲れた。
 ブログというものは大変なものだということが分かる。

 みんな、よくこんなものを書くなぁ…と、あらためてブログを書いている人たちの粘り強さに心を打たれる。 


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:52 | コメント(5)| トラックバック(0)

肉欲減退

 最近めっきり肉欲が薄れてきた。
 ぽっちゃりと脂の乗った豊満な腿肉なんかがむき出しになっていても、若いときのように、それを眺めてムラムラとわき起こるものがない。

 あ、「肉食欲」 ね。
 腹減りゃカツ丼、空腹をおぼえりゃ牛丼、食後はビーフジャーキーってな食生活を続けてきたけど、今はせいぜいコーヒーにホットドッグかハンバーガーだもんな。
 あんまり変わってないか…。

 でも、そんな食事もせいぜい昼飯時ぐらいで、全般的にはローカロリー・ローコストフードの方に傾斜している。

 この 「肉欲減退」 を経験して、やっと分かってきたことがある。
 油揚げなんかうまい…ってこと。
 サンマ塩焼きとかアジの干物の皮裏あたりにこびり付いている脂の乗ったところもうまい。

 そうなんだよな、これで十分!
 空腹感から逃れたいとき、動物性脂肪はとりあえず満腹気分をもたらす “特効薬” ではあるけれど、ちょっと回り道しても、十分にそれに応えてくれる油ッ気ってあるわけだよね。

 健康のために、そういうカードを切るってことではなくて、最近は “回り道系脂肪” の方がごく素直に 「おいしい!」 と感じるようになったのだ。
 まるで重油を焚いて電気を作っていたスタイルを改めて、ソーラー発電に転換したような気分である。

カツ丼
▲ 火力発電

アジの開き
▲ ソーラー

 ま、ソーラーの効率の悪さと同じで、確かに、満腹感へ至るまでの効率は悪い。
 でも、それは “ゆっくり食う” ことで解消できる。

 ゆっくり食うから、舌の上で転がす食物のこまかな味わい、歯触りなどに敏感になる。
 おぉおぉ、この味、奥行きあるねぇ!
 こんなうまい食い物だったのか!
 …ってな発見が、のんびり食っていると次々に訪れる。

 世の中には、「スローなんとか」 という表現がたくさん生まれていて、その多くはエコ思想と結びついているわけだけど、そんな大げさに考えることもなくて、「スロー」 って、単純に “味わう” って意味だったんだな…と思うようになった。

 「スローフード」
 「スローライフ」
 「スロートラベル」……

 要は、
 「フードを味わう」
 「ライフを味わう」
 「トラベルを味わう」

 「肉欲」 を断って 「味わい」 を知る。

 そう書くと、なんだかちょっと仏教哲学っぽい気分になってくる。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:04 | コメント(2)| トラックバック(0)

俺さぁAB型なの

 血液型の本がまた売れ出しているなぁ。
 人間の血液型は四つに分かれていて、それぞれ特徴があって…という話は、そんな単純なもんかよ…とは思いつつ、けっこう飲み屋でも間が持つし、枝葉をいろいろと付けていくと人間学にもなっていくので、話題としては重宝している。

AB型本

 で、俺はさぁ、まぁ占いみたいなもんだと思ってるの。
 占いってのは、占い師さんと友達になって聞いたことがあるんだけど、どう説明しようが、けっきょく人間は自分に都合のよいようにしか解釈しないんだってね。

 「結婚は晩婚になると出ていますね」
 といえば、「良い人と縁を結ぶためには今の相手はパスした方がいいんですね」
 と解釈する人がいるし、
 「人事面でのトラブルが予想されますね」
 といっただけで、「いやな上司が異動するんだな」
 と考える人がいるってわけよ。

 血液型の話だって同じでさぁ、みんな自分の都合のよい部分は誇大に解釈し、欠点の方は 「ご愛敬ご愛敬、ハハハハ」 と聞き流しちゃうわけだね。

 人間の性格は変わらないといったって、その日の気分で180度違っちゃうこともあれば、セルフイメージなんか根拠のないものだから、気の持ちようでいかようにも変わる。
 だから、説得力のある人に、「お前の性格は実はこうなんだよ」 と得々といわれると、その日からそういう性格になってしまう。

 で、血液型の話が出回り始めた頃、まだ自分の血液型ってのも、なんだかよく知らなくてさぁ。
 「お前の血液型なに型?」 って聞かれたんで、親父がA型だったから、「俺もA型かもしんない」 って答えたんだ。

 するとヤツが、「どうりで慎重なやつだと思ったよ。お前あんまり冒険しないもんね。意外と石橋叩いて渡る性格でしょ?」 なんていうから、
 「あ、そうそう。自分にはそういうところがあるかも…」 と思っちゃったわけ。

 だけど、「ひょっとしたらB型かもしんねぇ」 とも言ってみたのよ。
 お袋の方はB型だったからね。

 「あ、やっぱり! お前けっこう自分勝手だしな。独創的なところはあるかもしんないけど、協調性ないしな」
 
 …で、そっちも当たっているように思えたのよ。

 とにかく、自分でも訳の分からない性格でさぁ。
 昨日まで面白がっていた遊びに今日は突然飽きちゃったり、今まで恐がっていたような場所が、急に面白く感じられるようになったりさぁ。

 昨日まで尊敬していたような人を、今日はおちょくってみたりで、もう毎日が “分身の術” 使いまくり。
 自分の中に、人間が二人いる感じでさぁ。

 そしたら、自分の血液型がAB型だって、ある日分かったの。
 ものの本を読んだら、AB型って、そのどちらかの気質が突然色濃く出ちゃうんだってね、何の前触れもなく。

 で、この突然の 「気質チェンジ」 に周りの人は戸惑うらしい。
 
 「部長。たった今、みんなで慎重に討議した結果じゃないですか?」
 「いやいや、あれはつまらん。いま思いついたアイデアの方がヒットする」
 「ええ…… (みんな絶句) 」

 そんなことを平気でやらかすらしい。

 合戦を前に、「進めぇ! 進めぇ!」 と絶叫していた大将が、川を飛び越えた瞬間、釣りがしたくなって、槍の先に糸を垂らして川べりにしゃがみ込んでしまうようなものだ。

 A型気質とB型気質というのは対極的ながら、どちらも素晴らしい長所があって、それを任意に取り出せれば最高だと思う。

 だけど、たいていの場合そうはならない。
 A型気質が必要なときはBが出て、Bが望ましいときはAが出てしまう。

 そんな感じしない?
 AB型のお仲間さん。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:39 | コメント(6)| トラックバック(0)

戦艦ハンバーガー

 土曜日、ハンバーガーを食べに行った。
 とびきり “アメリカン” なやつ。
 つまり、戦艦大和の艦橋 (司令塔) みたいに、縦方向にガバッといろんな層が積み重なっているやつだよね。

 ハンバーグの上に、ベーコンが重なり、トマトが重なり、ピクルスがあって、アボガドが乗ってたりという、まぁ、どうやって噛み付けばいいのか、…というかその前に、どうやって掴んだらいいのか、途方にくれるようなやつ。

戦艦ハンバーガー

 そういうのを無性に食べたい。
 …と、かなり前からカミさんと相談しあっていたものだ。

 モーターホームでアメリカを回ってきて、帰国後3ヶ月。
 楽しい旅行だったが、心残りがあったとしたら、本場のビッグハンバーガーに一度しかチャレンジしなかったこと。

 とにかく、アメリカで入ったハンバーガーショップは、みな軒並みこの戦艦ハンバーガーだった。
 それを見て、現地ではさすがに敬遠してしまったのだ。

 食う前にボリュームに圧倒された…というより、どうやって掴むのか? それを想像するだけで、手のひらが小さいという日本人的ハンディーに気づいて、怖気づいてしまったのだ。
 で、現地の 「バーガーキング」 に入っても、子供用のキッズサイズで我慢した。

 ところが、今ごろになって、複雑な層を幾重にも重ねた大和の艦橋のようなハンバーガーが食べたくなった。

 入ったのは、アメリカン式ハンバーガーの有名店。
 60年代アメリカ文化がギュッと詰まった感じの、テーマパークっぽいインテリアがいかにもそれっぽい。
 かかる音楽は、フォートップスやサム&デイブといった60年代ソウル。
 それも30㎝LPでかけている。

 ちょっとした書棚があって、アレン・ギンズバークだのといった60年代ビートニク文学の日本語版が飾られている。
 客層は、20代からせいぜい30代という若い世代。
 子連れファミリーもいたけれど、老夫婦は俺たちだけだった。

 バドワイザーとコーラを頼んで、いよいよ戦艦ハンバーグ。
 だけど、メニューがいっぱいあって、何がなんだか分からない。

 店のスタッフが説明してくれたお勧め品というものを試してみることにする。 

 で、出てきたものを正面から見ると、戦艦の艦橋というより、屋根が幾層にも重なった天守閣。

 まず下から、
 第一層はパンで、これが底を支える。
 第二層はマヨネーズをまぶしたレタス。
 第三層目は、確か、たまねぎ。
 第四層はトマト。
 第五層から肉系となる。下がハンバーグで、その上が厚切りベーコン。
 第六層はとろりとしたチーズ。
 第七層がまたマヨネーズ
 第八層にはピリ辛風味のピクルス。
 で、最上階がパンだった

 これを、どう食うのか。
 眺めるだけで、「食う」 というより 「挑戦する」 という心境になってくる。

 周りを見回すと、みな油紙なんかに包んで、器用に押しつぶしながらかぶりついている。
 
 で、さっそく真似してみたが、つぶした瞬間にマヨネーズがぴょっと跳ねて、シャツに飛んだ。
 この方法は、ある程度ノウハウを積んだ熟練者の食べ方であることが分かった。

 仕方なく、上から順番にパンを口に入れ、次にピクルスを食べ…とやってみたが、口の中に単品しか入ってこないので、ハンバーガーの意味がなくなることに気がついた。

 テーブルを見回すと、フォークとナイフがあった。
 こうなったら、フレンチスタイルでいくしかない。

 で、パンをナイフで4等分にくらいに分け、ベーコンも細かく切り、ハンバーガーも切り刻んで、皿の上に広げ、フォークですくい上げて口に運んだ。

 食べやすい。
 でも、これ、ハンバーガーの食い方か?

 味はいかにもアメリカン。
 高カロリー素材ならではの満腹感に浸ることができた。
 それはそれで、現地の 「バーガーキング」 を思い出して満足したけれど、ハンバーガーを食べたという気分にはならない。

 おいしかったね…とはいいつ店を出たが、なにしろ糖尿病の療養中の身。
 ハメを外した後に待っている過酷な減量を思うと、食った満足感も半分というところ。


 PS.結局、深夜になっても腹が空くことがなかった。
 よって、この日は2食。
 過度の高カロリー食は、意外やダイエットにつながるかもしれないことを実感した。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:09 | コメント(8)| トラックバック(0)

迷える者同士対談

【A】 今日はこうしてさぁ… 「不慮の事故死」 として葬り去られた者同士の対談という形を取っているけれど、Bさんはこういう企画が来たとき、どう思った?
【B】 そうですね。まぁ、もう現実にコミットすることなんてないだろうなぁ…と思っていましたから、ちょっと慌てましたね。
 話すことを思い出しながらメモして、しゃべる内容のラフ原稿まで書いたんですけど、いまだにまとまっていない状態… (笑) 。

【A】 そうだよね。死んだ人間の中にはさぁ、自殺のようにはっきりと自分で自覚している死もあるけれどさぁ、俺たちみたいに、「あれ、なに?」 って感じで、気づいたときには……というか、気を失ったときにはさぁ、もう命がなかったっていう人間もいっぱいいるからね。
 俺だって、あのとき何が自分の身に降りかかったのか、いまだに分からないもの。

【B】 Aさんの場合は、目撃者はいなかったんですか?
【A】 そう。田舎町の踏み切りで、深夜だからさぁ、人通りなんかないのよ。で、雨の日で、俺は傘差して踏み切りを渡っていたわけ。
 もう電車なんか走っていない時間帯だからさぁ、よもや線路を乗り物が暴走してくるなんて思わないもんねぇ。

 で、「あれ、何か来る!」
 と思ったときには、いきなり真横からガァーンよ。
 電車じゃなくて、酔っぱらい運転で、間違って線路に入り込んでしまった乗用車が、あわててバックしてきたところだったんだわ。

【B】 そういうのって、理不尽ですよね。自分の過失ってのがまったくないわけじゃない? それで死ぬって、ほんと死にきれないですよね。
【A】 ほんと。だから俺、いまだにその運転手のところに化けて出てやるもの。
 そいつが、恐がって悲鳴を上げるのを見ることだけが楽しみ。
 この前なんてさぁ、「もうしません、しません」 って泣きながら、茶碗を箸で叩いているの。チャンチャン…てリズミカルに。
 俺、なんだか笑っちゃった。

 でもさぁ、最近そういう自分にだんだん嫌気が差しているのよ。
 俺って、そんなことにしか楽しみを見いだせない小さな人間だったのかって…。そう思うと、だんだん切なくなってきてね。

【B】 家族のところには出ないんですか?
【A】 うちの家族はみんな鈍感でさぁ。家の仏壇には俺の遺影もあるのよ。
 その前で妹なんか、ときどきロウソクに火を灯して、手を合わせてくれるんだけどさぁ、俺がそのロウソクを、ふっと吹き消しても、
 「お母さん、こんなシケたロウソク買ってもだめよ」
 って、さっさと席を立っちゃっちゃうだけでさ。

 オヤジが晩酌している杯に、そっと桜の花びらを落としてやってもさぁ、
 「おーい、窓が開けっ放しだぞー」
 なんて叫ぶだけなのよ。
 みんな霊感ゼロ。
 ああいう感受性の乏しい家族の中で生まれたことを、今では悔やむね。

【B】 われわれが一番辛いのは、せっかく出ても軽くあしらわれちゃうときですよね。
 私は、どちらかというと屋内が専門なんですが、たまたま得意なフィールドが廃屋なんですね。

森の夜道

 で、廃屋の中に入ってくる人間に、風もないのにふぅーとドアを閉めてみたり。
 どちらかというと、正統派の脅かし方だったんですが、近頃 「廃虚ブーム」 じゃないですか。
 持ち主が去った廃屋で、お化け大会などを試みる若者たちが増えたわけ。

【A】 あれ嫌だよね。平気で懐中電灯を向けてきたりするものね。
【B】 女の子たちは 「きゃー怖い!」 とか叫ぶけど、そういう声を出すことを楽しんでいるのね。
 つまり、テレビに出てくる幽霊屋敷特集のノリなんですよ。

 結局、「テレビに出てくるタレントのように恐がることがトレンディ」 って、感じで、この世を超えた世界の存在にというものに、畏敬の念がないというか、死者の魂に対する感受性が欠如しているというか…。

【A】 でも、それは仕方がないんじゃない? 
 今の世の中というのは、どんどん電子工学的に 「人間」 というものを考えるようになったから、「幽霊とかいっても、それは脳内物質のどういう作用によって幻覚が…」 ってな説明になってしまう。

【B】 そう! だからスピリチュアルブームってのが、逆に起こるわけですよね。
 結局、本来なら、人間は 「現実的な説明体系を超えたところに存在する何か」 というものに、もっと深く頭 (こうべ) を垂れる謙虚さというものがなくてはいけないはずなのに、工学的な説明体系が行き渡ってしまったために 「スピリチュアル」 が、逆に遊びになっちゃった。

【A】 まったくエンターティメントだもんなぁ…。
 霊感ブームなんてさぁ、科学的な思考がはびこるようになったための、逆作用だよね。産業構造の変化によって、合理性・効率性というものが当たり前のように一般生活レベルに浸透したわけでしょ。

 それって、結局は 「退屈な社会」 だからさぁ、その合理的な社会の枠組みに、ちょっとした亀裂を入れて、退屈を紛らわす。
 それが、現代的なホラーのニーズだよね。
 だけど、それ自体が俺たちからすれば退屈だよね。

【B】 お化け、怖い、すっきりした…という反射神経の連鎖で終わっちゃうからね。
 ところで、Аさんは化けた後の疲労回復はどうされているんですか?
【A】 特に何かのケアをしているということはないのよ。数日ボケーッとして安静状態を保っているだけ。
 でも、だんだん化けるのも辛くなってきたよ。年かね。

【B】 お化けに 「年」 は関係ないでしょ (笑) 。まぁ、あの化けた後の辛さって、生きている人たちにはちょっと想像できないでしょうね。
【A】 たいていのヤツは、みんな死んでから化けるのを楽しみにしてやってくるけれど、あの辛さを経験すると、たいてい 「もういいや」 っていう気になっちゃうよね。
【B】 死者はどんどん蓄積しているのに、幽霊の数が増えないのはそれが原因ですよね。

【A】 しかし、退屈だね。
 生きているときはさぁ、「人間は必ず死ぬもんだ」 という意識がどこかにあったから、それなりに緊張感があったけど、「もう死なない」 ってことになっちゃうと、そういう緊張感がなくなってダラけるよね。
【B】 それが我々の最大の課題ですね。
 少し元気を蓄えて、生きているヤツらがびっくりするような場所に、化けて出ません?
【A】 だけど、この世に幽霊が出てびっくりするような人間が減ったよな。
【B】 ホント…。生きている連中の方が、びっくりするようなことばかりやらかす時代ですもんね。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:30 | コメント(0)| トラックバック(0)

出ちゃった

 この6月にレンタルモーターホームを借りて、アメリカ西南部を回った話は、このブログにも何回かに分けて掲載した。

 そのときの体験手記を、今度は日本オート・キャンプ協会さんが広報紙の 『AUTO CAMP』 で紹介してくださることになった。

オートキャンプ紙ロゴ

 編集部のお話によると、
 「ブログの連載が面白かったから…」 とのこと。
 ありがたいお話である。

 でも、顔写真が載っちゃった。
 小さく写っているからいいだろう…と思ってお渡しした画像が、一番大きく扱われている。

 りゃりゃ…。
 だんだん本屋などで、ヌード雑誌をニヤニヤと眺めていたりできなくなってくる。

 実は、『オートキャンパー』 の7月号にも登場している。
 編集部の山口さんのインタビューに答え、国産キャンピングカーユーザーとしての立場から、アミティRRの感想を述べさせていただいた。
 とりとめもない話しかできなかったが、さすがキャンピングカー誌のプロは話のまとめ方がうまい。
 いい雰囲気の記事にまとまっていた。

オートキャンパー7月号

 そのついでに、愛車と私の顔がちょこっとだけ写真で紹介された。

 日頃敬意を表しているキャンピングカー専門誌に登場するということは、私にとっても大いなる記念になるので、この号は会社用と自宅用に2冊買った。

 でも、表に出るということは、基本的に気恥ずかしい。
 自分はやっぱり取材者として、人を表に立てる仕事の方が合ってるように思う。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

夏休み計画頓挫

 世間はすっかり 「夏休みモード」 。
 そのせいか、電車通勤していると、朝晩の混雑ぶりがずいぶん解消されているのが分かる。

 乗客の姿も、いつもとは異なる。
 遊園地へ行くのか、プールにでも行くのか、子ども連れの若い夫婦の姿やお孫さんの手を引いているお爺さん、お婆さんの姿が目立つ。

 ガソリン高騰、諸物価値上がりの影響を受けて、夏休みを近場で過ごそうという人たちが増えているような気もする。

 でも、やっぱ夏は浜辺から見る水平線か山の稜線を見ていたい。
 空調の効いた室内で、まったりとテレビなんか見ているのはうんざりする。
 特に、自分の好みからいって、夏は戸外で入道雲を眺めるのが何よりも好き。
 そいつを経験しないと、夏を迎えた気分にならない。

入道雲3

 例年、夏にはキャンプ旅行に行っている。
 今年も、キャンピングカーでキャンプ場を巡るつもりでいたが、ちょっと事情が変わって、夏の計画に軌道修正を迫られた。

 母 (義母) が骨折して、入院してしまったのだ。
 すでに車椅子生活に入って2年過ぎたが、身体はそれなりに健康だった。
 車椅子からベッドへの移動も、介護人の手助けなしで、一人で行っていた。
 
 ところが、数日前、ベッドから車椅子に移ろうとした瞬間バランスを崩して床に腰を打ちつけた。
 打ち所が悪く、それが骨折につながった。

 土・日はずっと病院に見舞いに通った。
 幸い、様態そのものは悪くない。
 骨の修復も難しいものではなく、痛み止めのクスリが効いている限り、本人はいたって元気。

 顔を横に捻れば、ベッドからテレビも見られる。
 オリンピックの開催期なので、退屈しないですんでいるようだ。

 それはそれで一安心なのだが、こちらの夏休み計画も頓挫した。
 手術後リハビリに入ってから、キャンプ旅行に出ようと思っているのだが、夏の後半か秋口にかかるかもしれない。

 キャンピングカーがあるからといって、「思い立ったとき “気楽に” 旅に出られる」 とは限らない。

 実は、車椅子生活になった母と暮らすようになってから、私たち夫婦のキャンプ旅行はめっきり減ってしまった。
 数日の旅に出るだけでも、その間の母の暮らしの面倒を看てもらう介護施設に、何週間も前から予約を入れなければならない。

 キャンピングカーを持つようになってからは、本当に 「その日の気分」 で日程や旅行先を決めていたが、それが、何週間も前から “予約を取る” という昔の旅行形態に戻ってしまった。

 「子育てが終わると、シニア夫婦はようやく “2人だけの旅” を気楽に楽しむことができる」
 一般的にはそう言われているけれど、介護しなければならない親を抱えていると、また話は別。
 よほど計画的に日程を調整しないと、なかなか長期的な旅には出られない。

 車椅子にも対応できるようなキャンピングカーにしておけば良かったのかな…などと思うが、今のクルマを検討していたときは、まだ母は五体満足だった。
 こればっかりは、先が読めないものね。 

    
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

お見合いパブ

 「いい、パパ」 なんて言葉が意味をなさないほど、最近は家庭的なお父さんが増えた。
 遊園地なんかで家族を遊ばしているお父さんは、みんな一生懸命だし、小学校の日曜参観にいそいそやってくるお父さんは、お母さんより熱心に授業を聞いている。

 男にとって、家庭が大事になってきた時代なんだなぁ…と思う。 
 だけど、本当にお父さんたちは、それで満足しているのかしら?

 男と生まれたからには、家族のしがらみを切り捨て、一生一代の大仕事をしてみたい。
 孤独を代償にしても、自分の目標とした事業を達成して、世に問うてみたい。
 そんなふうには思わないのかしら。

 せめて、奥さん以外の女性と楽しい夜を過ごしてみたい…なんて思わないのかしら。

 どうなんだろうな。

 そのへんの本音が分かるのは、近所のお父さんたちと、男同士で飲みに行ったときだ。

 「いやぁ、いやぁ、いつも女房がお世話になっていてすみませんねぇ」
 「いえいえ、こちらこそ、本当にすみませんねぇ」

 「しばらく見ないうちに、お宅のノブオ君、大きくなりましたね」
 「いやぁ、お宅のヤスコちゃん、美人になったじゃないですか」
 「そうですか? イッヒッヒ…」

 …とかいいながら、下駄履きのまま、近所の焼き鳥屋でビールを酌み交わしあったりするときだ。

 「毎日こう暑くちゃ、かないませんなぁ」
 「ほんと。背広もネクタイもぶん投げちゃいたくなりますねぇ」

 「女はいいですなぁ、ノースリーブで、ミニスカートで…」
 「太股をあんなに露出して平気なんですかね」
 「最近電車に乗っても、向かいの席でスカートの奥を平気で見せちゃう女、いるでしょ?」
 「困りますよね、目のやり場がなくて…」
 
 「ストリップより刺激的ですよね」
 「しばらく行ってませんね」
 「今度、どうです?」
 「あっははは……………いいですね」

 翌日、会社に行く前、女房にこう言う。

 「今日、夕飯いらないよ」
 「あら、どうして?」
 女房の顔がキッと怖くなる。

 「隣の安田さんのご主人と飲むんだ」
 「あら、そう…」
 「中学受験を考えなければならない父親としての、共通の悩みがあるからね」
 「遅くならないようにしなさい。あそこの奥さんヒステリーだから…」

 ……ヒステリーはお前だ! 

 だが口には出さない。

 「うむ!」
 口を結んで家を出る。

 安田さんとの待ち合わせは、繁華街の一杯飲み屋だ。

 「いやぁ、女房のヤツ、お宅の旦那さんと飲むんだといったら、安心しちゃって…」
 「へ、うちもそうですよ」
 「ま、冷や奴でも取って…」
 「ここ、厚揚げうまいんですよ」
 お銚子3本ずつで、もういい気分。

 「そろそろ、行きます?」
 「へっへへ、そうですな」
 もちろん勘定は割りカン。


 ステージの上で、アイドル美少女のような清楚な女が、あられもない自然の姿をさらしながら、客席を見回している。
 ストリップというと、マスカラやらシャドーをごてごて塗った金髪の日本人を想定していたお父さんたちは、それだけでドギマギだ。

 「いやぁ、女子大生のアルバイトですかね?」
 「そうかもしれませんなぁ、素人女みたいですな」
 「あ!」

 アイドル美少女が、やがてあっけらかんと一番の核心を開陳。
 「ゴク…………」

 やがて照明がつき、お父さんたち、なぜかお互いの顔を合わせないように退場。

 「それにしても、時代が変わりましたねぇ」
 「ほんと。性の解放化が進んだという雰囲気ですね。あんな素人っぽい娘がねぇ…」
 とか、いいながら再びネオン街を放浪。

ネオン街

 「どうですか? もう一杯行きますか?」
 もちろん二人とも、このまま真っ直ぐ家に帰る気がしない。

 歓楽街でビラ捲きをしている男が紙切れを渡す。
 何気なく手に取るお父さん。

 『 お見合いパブ。3千円ぽっきり!
 二人の気が合ったら、その場でカラオケをデュエット。
 愛を発見する夜 』

 「どうです?」
 「ちょっとだけ覗いてみましょうか。これも話のタネ。どうせくだらないんだから、すぐ出ましょう」
 「そう。こんなんで女と知り合えるはずないんですから。何ごとも社会勉強ですよ」

 入る前から、もう予防線を張る二人。

 「いらっしゃい、いらっしゃい、はーい、お2人様ご案内! 前金でいただきまーす!」

 これじゃキャバクラじゃないか! 何がお見合いパブだ!
 …と、お父さん、少々ムッとするが、そこは我慢でおとなしく奥に入る。

 長いカウンターが2列になっていて、男と女がそれぞれ見合う形で座らされている。

 男側のカウンターの一番隅に座らされるお父さんたち。
 もちろん、白いワイシャツにネクタイのサラリーマン風情はほかにいない。

 ……ちょぅっと、場違いだったかなぁ…
 と、思いながらも、気を取り直し、

 「ねぇねぇビール。お兄ちゃんビールだよ。水割りは高いからだめ」
 「ワンドリンク、みな一律料金です」
 といわれて
 ……水割りにすればよかったかなぁ…と若干の後悔をしながら、おもむろに向かいのカウンターをにらむ。

 物憂そうに煙草をふかす女。隣同士でぺちゃぺちゃ喋っているだけの女たち。

 ……なぁーんだ、それほど美人もいないじゃないか…
 そこでなぜか安心する。
 もし、目もくらむような美人がいたら、かえって気が気ではない。

 「たいしたことないですな」
 「ま、こんなもんでしょう」
 と、小声で感想をもらしあい、それでもテーブルの前に置かれた紙切れをたぐりよせ、えんぴつでこそこそ書き込む2人。

バーカウンターⅠ

 『 4番テーブルの女性指名。当方38歳。会社員。
 趣味=ゴルフ、音楽鑑賞、社交ダンス、ヨット… 』
 書きながら、後半はだいぶ無理をしているな、と思いながらも、えいままよ…。

 書いた紙切れをテーブルの上のホルダーに入れると、すかさずボーイがそれを取り出して、指定の女性がいるカウンターに持っていく。

 緊張の一瞬だ。
 お父さんは、なぜか中学生のとき好きな女性にラブレターを手渡した時のことを思い出す。
 
 4番テーブルの、髪の毛の伸ばした物憂そうな娘が、面倒くさそうにメッセージを読む。
 お父さん、なぜかその女性から視線をそらし、こちらも物憂そうに天井を見上げて、煙草をプカリ。
 
 音沙汰なし。

 5分経過。

 「そっちはどうでした?」
 お父さん、おもわず連れのご主人に話しかける。
 「いやぁ、ちょっとフィーリングが合わなかったみたい…」
 「そうですよね。そんな第一印象じゃ相手のことなんか分かりませんよ、ハハハハ…」

 と、笑うのもそこそこに、すかさずまた紙をたぐりよせ、別の女性に向かって第2便。相手のご主人もシコシコえんぴつを走らせている。

 また緊張の一瞬。
 
 なしのつぶて。

 「ちょっと男をなめてるんじゃないですかね」
 「う~ん……」
 相手のご主人もうかぬ顔。

 こうなれば破れかぶれ。

 気づくと、歌も歌わず、ドリンクも飲まず、ひたすらメッセージだけを書きまくっているのは、お父さんたちだけ。
 「お時間です」
 と、ボーイに言われ、
 「え、うっそぉー」 と、思わず若い娘のように叫んでしまったお父さんたちでした。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

私は王子様

 最近やたら女たちにウケがいい。

 女たち…といってもごく狭い範囲での話…さらに説明すれば「家の中」 。
 具体的には、母親とメス犬だ。

 ま、私にとって、これが日常的に接している異性だ。(カミさんは異性というより中性)

 メス犬などは、もう家に帰ってきた私を見つけるやいなや、ずっとそばを離れようとしない。
 「白馬の王子様のご帰還」

 そういう目つきだ。

 1) ハンカチ王子
 2) ハニカミ王子
 3) ハラデタ王子

 どうやら犬にとっては、私がその3番目の王子様に見えるらしい。

犬1

 で、私は 「白馬の王子」 であると同時に、「乙女を悪から守る騎士」 でもある。

 「悪」 とは何か。

 それは、ちょこっとオシッコが排泄シートから外れただけでも、シッポをつかんでハンマー投げみたいに振り回し、大空高く放り投げるカミさんのことをいう。

 犬がカミさんから怒られそうになると、すかさず私は抱きしめ、カミさんの鉄拳をわが腕で受けとめ、犬の頭上に振り下ろされるフトンタタキの攻撃をわが背中で防ぐ。

 犬はもうそれだけで大感激。
 私のポイントがどんどん上がる。

 ただ、ポイントが加算されても実体的な見返りはない。

 どうもこの犬は、主人の頬を舐める、シッポを振るなどといった、極めてローコストの謝礼で間に合わせようとする傾向が強いようだ。

 2年一緒に暮らして気づいたことだが、基本的にはケチな犬だ。


 母 (義母) にとっても、私は王子様である。
 車椅子生活になってしまったので、カミさんの実家から呼び寄せ、一緒に住むことにした。

 休みの日で家にいるときなどは、必ず車椅子を押して散歩に出かけ、喫茶店に入ってコーヒーなど飲んで、一緒にケーキを食べる。

 ご老人の話は、繰り返しが多い。
 話のマクラも同じならば、起承転結のリズムも同じ、最後のオチも完璧なほどいつもと同じ。
 で、私は毎度のオチに、いつも、はじめて聞いたかのごとく大笑いをする。

 しかし、寸分たがわず同じ話ができるというのは、もう芸の域だ。
 高座に登った落語家が、自分の全人生を通じて練り上げてきた芸を披露するようなものだ。

 喫茶店で、そういう芸をたっぷり享受してから、その店で作ったクッキーのお土産を携えて家に戻る。

 途中に、裏通りの庭先に咲きこぼれる一輪の花がある。
 それを見て、また同じ会話が始まる。

 「紫蘭の花の名前が分からなくて、昔、植木屋さんに尋ねたの。そうしたら、シランといって取り合ってくれないの。何度聞いてもシラン…」

 車椅子を押しながら、一緒になって笑う。
 母にとっては、はじめての笑い。
 私にとっては、もう5~6回目の笑い。

 母の思い出話は、どこかを螺旋 (らせん) 階段を降りていくようなものだ。
 本人にとっては限りなく過去に下っているつもりなのに、階段の真上から見下ろす者から見れば、ずっと同じところをさまよっているように見える。

 でもそれは、「永遠の時間」 を生き始めたことを意味するのかもしれない。

木の影1

 自分が楽しいと思う話題を、(本人ははじめて披露する話だと思い込んで) 繰り返し人に語る。
 それは、「寿命」 というものを意識の外に追いやる健康法のひとつなのかもしれない。

 家にたどり着き、車椅子から母の足を浮かせて、外履きを内履きに履き替えさせる。
 車輪に付いた泥を雑巾で拭き取る。

 その一連の動作を見ている母の目にも、私が 「王子様」 に写っているのを感じる。
 またもやポイントをゲット!
 「今日は10ポイントぐらいだろうか…」
 これで、
 「うちの婿は本当に優しくて、いろいろと世話してくれてありがたい…」
 なんて、週に3度ほど通っている老人介護施設で持ち上げてくれるだろう。

 私の世評もますます高まるというものだ。
 王子様はなかなか計算高いのだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

犬を巡る日常会話

【夫】 大変だぁ! いま散歩に連れ出そうと思ったら、玄関をすり抜けて、クッキーが外に飛び出してしまった。
【妻】 あら、早くつかまえないと。
【夫】 もう姿が見えないんだよ。
【妻】 家出かしら…
【夫】 お前がいじめるからだよ。
【妻】 行き先は分かるかも…。さっき原宿の竹下通りが出てくるテレビをじっと見ていたから。
【夫】 年頃だもんなぁ。
【妻】 だけど、どうやって行く気かしら。電車など乗ったことがないの
に。

cooky_kareha

【夫】 道々、匂いを嗅ぎながら行くんじゃないか。
【妻】 何日もかかるわよ。足が短いから。
【夫】 2~3日分のエサを風呂敷に包んで、背中にしょってけばいいのにな。
【妻】 可愛いわね。
【夫】 …とにかく探しにいかないと。
【妻】 暑いから、もう少し日が落ちてから。


【夫】 大変だぁ! クッキーが野犬狩りの人に捕まったらしい。
【妻】 うっそぉ。
【夫】 明日以内に30万円振り込まないと、犬殺しの注射を打たれちゃうんだって。泣きながら、そう言っている。
【妻】 本人からの電話?
【夫】 そう。
【妻】 ちょっと冷静になって。犬が言葉しゃべるわけないでしょ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 05:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

オープンキッチン

 お気に入りの店である。
 チャイニーズフード系の 「オープンキッチン」 。

 なにしろ、シェフが手際よく食材を盛りつけていく華麗なる手さばきを目の前で堪能できる。
 視覚的にも贅沢なレストランだ。

中華屋台1

 ここの味付けは、オーソドックスなグランドキュイジーヌの伝統を受け継いでいる。
 つまり古典的ながら、しっかり造り込まれたコクのあるソースで勝負する店だ。

中華屋台

 ワンポーションの盛りつけは標準的で、多からず、少なからず。
 パスタには鹹水 (かんすい) の効いた細麺を使い、ソイソースを基調にした関東風の味付けで、真っ向からシンプル勝負!

 ああ…この味、一杯30円だった昭和30年代の味がそのまま保たれているようなぁ…と、中高年が食したら感涙にむせぶこと間違いなしだ。

中華オープンキッチン2

 豚骨ベースのギラギラスープ。あるいはスパゲティなの? うどんなの? と首を傾げるような素気ない太麺にうんざりしている人にはぜひお勧めだ。
 特に最近どこにでもある、見せかけの凝り方を示す “創作系” に飽きた人にもぴったり。

 このキッチンで出す料理は、食材もオーソドキシーに徹して、新しぶらないところがいい。
 パスタの薬味には和ネギを使い、これに海苔、シナチクといった厳選された伝統食材が彩りを添える。

中華オープンキッチン3

 特にチャーシューは絶品。
 脂身部分を少な目に抑えながら、その微かな脂部分が舌で溶けるときの味わいが堪能できるように、厚み、量とも計算が行き届いている。

 シェフはこの道30年のベテラン。
 味を追求する厳しい姿勢を崩さないまま、態度や表情でそういう堅苦しさを表に見せない。
 ノレンをくぐると、いつも、
 「まいどぉ!」
 と、まるで屋台のおっちゃんのような気さくな笑顔を浮かべて迎えてくれる。

 冬場の残業夜食が続く頃にはよくお世話になった。
 しかし、夏場も悪くない。

 陽が落ちた後の涼風に吹かれ、サービスの麦茶を飲みながら、料理ができるまでの間を過ごしていると、仕事の疲れがスゥーッと抜けていくのを感じる。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:08 | コメント(2)| トラックバック(0)

年金セミナー

 1日費やして、「年金セミナー」 を受講してきた。
 もうそんな歳なんだわ。

 何歳になったら、年金を受給することができるのか?
 具体的にいくら受給できるのか?
 どういう手続きが必要なのか?

 そういう年金の基礎知識は、サラリーマンの場合、会社の総務が年金手続を代行してくれているので、受け取る本人は詳しく知る機会がない。

 それでは困るだろうということで、退職間際の年金受給者を対象に、こういうセミナーがあちこちで開かれているらしい。

 「忙しい」
 ということを理由に、当日の今日になるまで、セミナーの内容を詳しく告知した書類に目を通すこともなく、いきなりのぶっつけ本番。

 会場に着いて、
 「あ、そうだ。年金についての講習会だったんだ」
 と知るという、ていたらく。

 受付を通って会場に入ると、すでに50人ほどの受講者が真剣な眼差しで講師の登場を待っている。
 緊迫した雰囲気。

 ようやく年金というものの大事さが、グータラの自分にも伝わってくる。

年金手帳
▲ 大切な年金手帳…はて、どこに仕舞ったのやら…

 一番後ろの席に座ったおかげで、受講者たちの背中が一望できる。

 やはり白髪頭の人が多い。
 ほとんどが白いワイシャツ姿。
 それも、礼儀正しくシャツの裾をズボンに収めて、ベルトを外側に見せるお父さんファッション。
 久しぶりに、重厚なサラリーマン社会の住人たちと出会ったという気分。

 朝の9時から夕方4時半までびっしり詰め込まれたプログラムの中には、年金システムの解説だけでなく、中高年の健康維持や 「生きがいの発見」 などというメンタルヘルスについての講義もある。

 講師の解説を、サラサラとペンを取ってメモっている人たちの背中をみながら、こちらもメモを取る。

 この感じ、どこかで体験してるよな。
 ぼんやりと、失われていた昔のある “感覚” が蘇ってくる。

 そうだよ、学校の授業だよ。
 自分にとっては、苦手だったあの感覚。

 必死に先生の話をメモしながら、言っていることの内容がよく分からず、メモ書きが次第に落書きに変っていくあの感覚。

 でも、周りの人々の様子を盗み見して、
 ふむふむ
 …と頷いていたりする人の横顔などを見ていると、さすがに不安になってくる。
 「みんな理解しているのだろうか?」
 
 生活力に乏しい自分は、こういう生きるために真剣な人たちの中に混じってしまうと、とてつもなく気後れする。

 「加算年金額は、賞与を含めない平均標準給与額に加入員期間に応じ定められた乗率を掛け、さらに退職時の年齢に応じた乗率を掛けた額になります」

 そんなこと言われたって、まず “乗率” って何よ?

 昔とまったく同じで、意味不明の言葉が三つ四つ続いただけで、睡魔が襲ってくる。
 それでも、手だけは動いてメモを取っているのだが、ふと正気に戻ってメモを見ると、もう 「文字」 ではなく、カラスの足跡。

 「それでは10分間の休憩に入ります」

 この声だけには、昔から反応がいい。
 さっと教室を抜けて、真っ先に休憩室へ。

 そういう時間帯でも、講師の人をつかまえて質問している人の姿を見かける。

 休憩時間になっても、質問を繰り返す優等生たちは昔からいた。
 そういう生徒の姿を横目で見ながら、
 「よく聞くことがあるよな」
 と、不思議に思っていた往時の記憶も蘇ってくる。

 劣等性根性というのは、おそらく何年経っても、何十年経っても変らぬものらしい。

 セミナーが終わって、「懇親会」 が開かれるという。
 主催者がしきりに参加を呼びかけるのだけれど、忙しい人たちは振り向きもせず帰っていく。
 真面目な感じの人ほど、「講義内容が把握できれば、後は用なし」 とばかりに冷淡。

 私はまったく逆。
 見ず知らずの人たちの中に入っていって、どんな人間がどんな話をするのやら。
 そういうことだけには、やたら好奇心が働く。

 「お宅様の会社は60歳定年ですか?」
 などと、酔いの回らぬうちは、セミナーの延長線上の話題に終始していた人たちが、多少酒が回り始めると、
 「オレの先輩で、一回りも歳が上の人がいるんだけど、未だにあっちの方は現役で、海外でアレばっか。この前一晩で20発だって。まぁ、薬を使うわけだけど…」
 
 アハハハ!

 こういう話が広がる輪の中にいると、とたんに元気。
 いつの間にか、話の中心にいたりする。

 この感じも、昔から変らない。
 オレって、まったく進歩していない。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

終電の地獄絵図

 電車通勤していると、終電車近くなんぞは、「地獄絵」 状態になることがある。

ラッシュ風景

 特に週末。
 深夜1時ぐらいの新宿駅のホームなんて、もう人の大盛りテンコ盛り。
 電車が猛スピードで入ってきても、線路まぎわにいた人々には、それをかわすスペースすら残されていない。

 線路に落ちることなく、かろうじてホームに踏みとどまった人たちにも、次の試練が待ち受けている。
 電車のドアが開くと、古代ローマの闘技場で、罪人を食わせるために腹ペコにさせられた猛獣たちのような勢いで人が降りてくる。

 その突撃をかわし、なんとか車内に身を収めた人たちは、今度は、ラグビーのフォワードのように突進してくる乗り遅れた人たちの猛タックルをしのがなければならない。

 これが凄いんだ。
 すでに、すし詰め状態になっている車内めがけて、
 「おぅっす!」
 なんて、重心を落として体当たりしてくるんだから。
 サンドバッグにされた人たちは、たまったもんじゃないだろう。

 このように必死に体をねじ込んでくる人たちを見ると、この電車が 「人類に残された最後の救助船」 のように思えてくる。

 で、なんとか電車がホームを滑り出す。
 カバンを持つ右手は、2人ほど前にいるお姉ちゃんの右の脇腹あたりに固定されたまま。左手は、ネクタイしたお父さんのネクタイピンに触れたまま。
 身動きがとれない。

 唇を突き出せばキスできるぐらいの距離に、見ず知らずの他人の顔があっても、お互いに顔を背けることができない。
 SuicaのCMに出てくるペンギンみたいな顔した男の子が前にいても、笑うわけにもいかない。

 このペンギン兄ちゃん。
 どうやら大量に飲酒したらしく、顔を突き合わせたときから強烈な酒の匂い。

 嫌な予感。
 深酒して電車に乗った場合、電車の揺れによって突然胃に残ったアルコールが暴れ出すことがある。

 案の上だ。
 ペンギンお兄ちゃん何度も生ツバを呑み込んでいる。
 こみ上げてくる何物かを、必死に胃の中に押し戻そうとしているようなのだ。
 眉間には苦悶のシワが刻まれ、その間から脂汗がしたたり落ちている。

 オエ…オエ…

 冗談じゃないぜ。
 もしかして、オレが顔で受けなければならないわけ?

 この距離だ。
 顔を横にひねれば、目と鼻にかかることは防げるかもしれない。でも右側の頬と耳は直撃だ。

 ペンギン兄ちゃん、必死に耐えている。
 途中までこみ上げてきたものを、なんとか胃の底に押し戻したようだ。

 兄ちゃん頑張ってよ、次の駅までは我慢してな。
 思わず、彼の額に浮かぶ脂汗を拭き取ってやりたくなるが、もとよりこちらは手足が動くような状態ではない。

 こういう時に限って、次の駅までの距離が遠い。
 しかも、ドタンと急停止。

 「お急ぎのところご迷惑をおかけしますが、この列車は、ただいま緊急停止の信号を受け取りました。原因を調べ、信号確認が取れましてからの発車となります。どなたさまも今しばらくお待ちください」

 ウッソだろぉ~!
 こうなると、兄ちゃんの意志力だけにすべてがかかってくる。

 オエ…オエ…がまた始まった。

 それにつられて、こっちの胃も連鎖的に反応。
 あたかも、彼の酸っぱい胃液が、寄せ合ったお腹の皮膚を通じて、こちらの胃に移ってきたような感じだ。

 これで、せぇーのっ…で、お互いに顔にかけ合ったりしたら、2人とも周囲の人たちから袋叩きだろうな。

 …などと想像しながら、観念して目をつぶる。

 さいわい、兄ちゃんはさすがに 「もうあかん」 と思ったのか、次の駅でホームに転がり出ていった。
 あっぱれ。
 忍耐の限界を超えながらも、最後まで自制心を失わなかったようだ。

 こんなことは昨日今日に限ったことでない。
 最近、似たような状況によく追い込まれる。
 
 いつも、命からがら降りる駅にたどり着く。
 地獄の季節を過ごしている。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:06 | コメント(2)| トラックバック(0)

女にモテるコツ

 女にモテたいわけね。
 オレがひとつ教えてやろう。
 え、若いけど薄毛だって? そんなの関係ねぇ!

 まぁ、大変だね。
 今の時代はさぁ、男でも女でも 「モテ」 がキーワードだもんね。
 若い娘向け女性誌でもさぁ、「モテメイク」、「モテファッション」 は必ず特集のトップだからな。
 モテれば勝ち組み、モテないと負け組み。
 そういう風潮だよね。

 でもオレ、そういうマスコミが強要する 「モテ」 強迫キャンペーンに、本当は疲れて果てて、どうでもいいや…と思う娘もいっぱいいると思うな。
 でも、今の時代 「モテ」 に乗り遅れると、「廃人」 と同一視されちゃうからな。みんな必死だよ。
 ご苦労様。
 
 まぁ、もちろん、モテるにこしたことはないって。
 男だって、どうしたら 「モテ」 状態になれるか、そっちの方が、勉強ができたり会社で上司に認められることなんかより、よっぽど切実だったりする時が