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幸せだなぁ

 駅裏のヤキトリ屋で、生ビール一杯飲んで、2皿食べたヤキトリがうまかった。
 その味を思い出しながら、自転車を漕いで帰宅中、ふと漏らした独り言。
 「幸せだなぁ」

生ビール

 自分でそれに気づいて、苦笑い。
 俺の 「幸せ」 も、ずいぶん小さくなったもんだ。

 …でも、きっと、そういうことなのだろう。

 今の自分が幸せかどうか測るバロメーター。
 それは、うまいものを食った後とか、人と楽しい時間を過ごした後とか、困難な仕事を達成した後などに、とりあえず、 「幸せだなぁ」 とつぶやいて、それが自嘲でもなく、皮肉でもなく、反語でもなく、心底そう思えたら、間違いなく、それは幸せな状態なのだ。

 幸せって、そういうものだし、
 そんなもんでしかない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

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 タバコの自動販売機を見つけ、セブンスターのスーパーライトを買おうと思って、足を止める。
 自動販売機の前では、先客が一人。

 間もなく定年退職…といった風情の地味なスーツを来た初老のサラリーマンが定期入れの中身を覗きながら、何やらぶつぶつ。

 自動販売機からは自動音声で、 「タスポを表示してください」 というアナウンスが流されている。

タスポ
 
 未成年へのタバコの販売を抑制するために、新しく導入されたタスポ制度。
 これが 「面倒くさい」 と悪評で、自販機からのタバコ販売は激減しているという。
 初老のサラリーマンは、どうやら定期入れの中からそのタスポを探しているらしいのだ。

 「タスポを表示してください」
 と機械はいい続ける。

 いらつくオジサンとは対照的に、機械の方はますます沈着冷静に、抑揚を抑え、声を低めて、
 「タスポを表示してください」 
 
 オジサン、
 突然、大きな声で、
 「うるせぇ!」

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 家路に向かう通勤客の姿が目立つ夕刻6時。
 取材をひとつ終えて、やきとりが食いたくなり、取材先の家があった駅の周辺をうろうろ。
 駅裏の住宅街を少し入ったところに、おあつらえ向きの安そうな店が一軒。

 近所のご隠居と思える先客が一人。
 そのご隠居をカウンターに座らせて、旦那がギャンブルにうつつを抜かしている間、けなげに店を切り盛りしているという風情の、ちょっと疲れた感じのママさんが話し相手を務めている。

 食器棚の上に飾られたテレビでは、お笑いコンビがファミレスの全メニュー90品目を完食するという番組をやっていた。
 満腹になって、不快感丸出しの表情になっても、さらに出された料理を腹に詰め込んでいくお笑いコンビ。
 「もう食えねぇ。何で俺がこれ食わなきゃいけねぇのよ」
 「あと2食だ。頑張ろう」
 励まし合う2人。

 やきとりを焼きながら、そのテレビを見ていたママさん。
 「アホらし」
 と一言。

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 信号のない住宅街の交差点。
 深夜になって雨がやみ、かわりに風が吹いた。
 開いたままのビニール傘が、その交差点をぐるぐると踊っている。

 通り過ぎる通行人は、ほとんどその傘に無頓着。

 ただ、それを見ていた一匹のノラ猫だけが、毛を逆立てて、
 「お前、怪しい!」
 とばかりに、フゥーっとにらみつけた。

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ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:57 | コメント(8)| トラックバック(0)

小説を書く難しさ

 小説というのは、書くのが難しい。
 エンターティメントとして楽しむ書籍には、 「小説」 のほかに 「エッセイ」 とか 「コラム集」 、「評論集」 などといったものもあるが、 「小説」 だけが特権的な顔をして “のさばって” いられるのは、やはり書くのが難しいからだと思う。

 これは、技術的なことを言っているのではなく、作家にとって、書いたものの自己評価が難しいという意味である。

 エッセイや評論というのは、書いた人間の自己評価と世間の評価の開きが少ない。
 まがりなりにもエッセイとか評論は、どんなに私的な世界を書こうとも、一応 「社会分析」 や 「自己分析」 という客観的視点が必要となるため、書き手が荒唐無稽な妄想だけで突っ走るわけにはいかない。
 そのため、作家と読者の間に “共通理解事項” が成立しやすく、作品の出来不出来に関しても、作家と読者の評価がそんなに大きく開くことがない。

 しかし、小説というのは、書いた人間の自己評価と世間の評価の間に、ものすごく開きが出てしまうジャンルだ。
 なにしろ、小説というのは、神がかり的な心理状態の中で書かざるを得ない場合があって、神がかりになっているときは、どんな人間にも 「自分は天才だぁ!」 と思える瞬間が訪れるからだ。

 そういう発狂に近い瞬間がなければ、読者を引きづり込むような魔力も生まれないところに小説の 「やっかいさ」 があり、そこが、他の読み物とは大きく異なるところだ。

小説家に訪れる狂気

 作者を襲うデーモニッシュな瞬間は、天才的な作家にも、凡人にも等しく訪れる。
 凡人でも、ノッて書いている時は古今東西の天才作家と肩を並べた心境になれるというところに、作家志望の人が後を絶たない理由があるかもしれない。

 それゆえ、小説というのは、自己評価と世間の評価の間におそろしい開きが生じる。
 で、たいていの場合、書いた人間の自己評価の方が、世間の評価よりはるかに高い。
 この落差が少ない人たちだけが、かろうじて職業作家として食べていけるような仕組みになっている。

 …てな、ことを書く以上、 「お前はどうなんだ?」 って言われそうなので、正直に書くけれど、もうかなり昔、実は小説を書いて雑誌の新人賞に応募したことがある。

 書いているとき、
 すごいぞ、俺って!
 よくこんなストーリーを思いついたな。しかも、うまく展開しているじゃないか。ひょっとして、俺って天才?
 …なんて有頂天だった。

 で、「俺がこれで新人賞でも取ったら、世間の見方が変わるかしら? 俺の本がそのうち本屋に並ぶようになって、見知らぬ人からサインなどねだられるようになるのかしら?」

 書いているうちから、そういう妄想が頭の中を回り出す。

 当然のことながら、そのような名誉欲とか現世的な人気などといった浅ましいことを意識しているかぎり、作品そのものに人を惹きつける力など宿るわけもなく、結果は900人くらいの応募者のうち、その上位100人内に入るのが精いっぱいだった。(確か70何番目かなんかで、一応 「2次予選通過者」 という枠内に入っていたと思う)

 全応募者の1割の中に食い込んだのだからいいじゃないか。
 …と思う反面、自分の妄想においては新人賞獲得が “当然” だったので、結果を見て落ち込んだ。
 やっぱ俺にはこっちの方の才能はないらしい。
 …と見切りをつけ、それ以降、小説からはあっさりと撤退した。

 そのとき、自分の10番ぐらい先に、後に直木賞作家として知られる高名な作家のペンネームがあったことを思い出す。
 今でこそ、日本の誇る直木賞作家の一人だが、その人にも、このような新人賞募集に小説を投稿していたという修業時代があったかと思うと、感慨深い。

 自分の場合、それから小説を書こうという気持ちはなくなった。
 やっぱり、あれは 「神に才能をめでられた」 人たちの作品を読んで楽しむもので、自分で書くものではない。
 ただ、自分で少しだけ書いてみた結果、世間一般の小説に対して 「面白いか面白くないか」 を判別する自分なりの基準ができた…という気はする。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:33 | コメント(4)| トラックバック(0)

何度も蘇る記憶

 ラーメンとかうどんを食べるとき、10回のうち8回くらい記憶の底から浮上してくる思い出がある。
 それは学生時代、放課後の校庭で、一人の友だちが語った何気ない一言なのだ。

 「カネがなくて一つしか選べない時にさぁ、チャーハンとラーメンだったらどっち食う? 
 おれは断然ラーメン。
 だってラーメンには汁があるからさぁ、そいつまで飲み干すとけっこうお腹いっぱいになるじゃない?」


中華オープンキッチン2

 それから30年以上経つ。
 そしていまだに、ラーメンとかうどんを食べようとすると、この友人の声が頭の中に鳴り響く。

 これはいったいどういう意味があるのだろう?
 精神分析などが得意な人に、一度読み解いてもらおうと思っているのだけれど、まぁ、そんなに難しい理由があるわけでもなさそうだ。

 要は、その友人の言葉に、若い私はよほどの衝撃を受けたのだ。
 それは、一生を支配するほどの衝撃だったのだ。

 どういう衝撃か。

 それまで私は、人間というのは、お腹がすいたときにラーメンよりもチャーハンを選択するものだと信じて疑わなかったのだ。
 深い理由はないのだが、「麺より米の方が腹持ちがする」 という一般通念をたぶん信じていたのだろう。
 そして経験的にも、お腹がすいた状態で中華食堂に入ったときは、ラーメンよりはチャーハンを選ぶことで満足していたのだろう。

 だから、「チャーハンよりはラーメンの方が満腹感を得られる」 という指摘は、晴天のへきれきだった。
 「バカなことを言うヤツだ」
 と、その時は思ったのだけれど、それと同時に、 
 「人間には、いろんなことを考えるヤツがいるもんだ」
 と感心もしたのだ。

 でも、もしかしたら、それは自分にとって、 「人間の多様性」 を知る最初の出来事だったのかもしれない。
 難しくいえば、自分の価値観の 「枠外にいる人間」 の発見だったのだろう。

 一見、何の意味もなさそうな記憶でも、何度も何度もよみがえってくる記憶というのは、その人間にとって 「何かの意味を持っている記憶」 だという。
 意味があったからこそ、心の底に刻印を残したのだとか。

 チャーハンよりラーメンを選ぶ友人の一言は、まさに運命の一言だったのだ。

 どういう運命なのかということは、自分でもよく分からないのだが、今の私が、ここでこうしているのも、その一言のせいであるのかもしれないのだ。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

お久しぶりっす!

 久しぶりの更新となりましたが、この間、日頃顔を合わせたこともない旧友などから、かなり個人メールや電話などをいただきました。
 「おい、お前腰が痛いって、大丈夫か?」
 と心配してくれるような問い合わせばかり。

 「何で知ってるの?」
 と尋ねると、
 「だってそう書いたっきりブログの更新がないじゃないのよ」
 というわけです。

 誰も “同窓会” のような会合じゃないと会う機会のない人たちばかり。
 日頃連絡を取り合ったことがないので気づかなかったのですが、このブログを読んでくださる知人がいっぱいいたということなんですね。
 
 うれしい…と思う気持ちが湧く反面、実はそれがけっこうプレッシャーになり、いやぁ…なんていいわけをすればいいのかという気持ちもあって、ますますブログ更新に戸惑いを感じたというのも事実です。

 いろいろな人たちのアドバイスもあって、腰痛の対応方法というものをしっかり教えてもらいました。
 それで健康状態はほぼ完璧に戻ったのですが、いったん気持ちが遠のくと、気分的なモチベーションを取り戻すためには多少のきっかけが必要になります。

09CSguide表紙

 そんな大きなきっかけとなったひとつが、カスタムプロホワイトの池田さんが書かれるエッセイ 『答は風の中』 。
 今回のテーマに、この5月に発行した 『キャンピングカースーパーガイド2009』 の感想が述べられていました。

 ほぉ…と本を作った自分もため息が出そうな上手な感想文なので、そちらに飛ぶように設定しました。

 『答は風の中』 vol.040 「退屈」 こそ究極の贅沢

 また、このブログにいつもコメントをいただくムーンライトさんからも、アマゾンの書評に素敵なレビューを寄せていただきました。
 こちらも制作者冥利に尽きるようなありがたいレビューです。

 amazon 『キャンピングカースーパーガイド2009』

 うれしいなぁ…。
 これらの感想がいただける本というのは、本当に幸せな本です。
 お二方には、この場を借りて御礼申し上げます。

09CSガイド巻頭特集2

 また、この間コメントをいただいたTJ様、ブタイチ様、TOMY様。
 本当にありがとうございました。

 お返事が遅くなりましたが、皆様の励ましに満ちた厚意には心から感謝しております。

 そうそう、個人的に励ましのメールや電話をくれた方々にも、
 「おう、元気になったでや!」
 と、この場を借りてご報告いたします。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

イテテッ!

 体の不調をブログで訴えるようになってしまったら、そのブログも終わり、と自分では思っているので、あまり書きたくはないんだけど……、
 今度は 「腰」 である。

 もうこれで2週間、腰にコルセットを巻いて出勤。
 寝るときもそれを外すのが不安。

 2週間ほど前に 『キャンピングカースーパーガイド 2009』 が会社に搬入されるというので、置き場所を作るために、昨年のガイドブックを20冊ほどを抱えて、4階の階段を上がり下りしただけで、腰をやられてしまった。
 痛い…というか、だるい…というか。

イテテッ!

 ま、そのうち治るだろう…とタカをくくって、翌日は昼から夕方まで中腰で本の梱包作業を行ったのがいけなかったのかもしれない。
 夜になったら、腰の痛さが増してきて、体を折り曲げることができなくなってしまった。
 床に落ちたものを拾うのにも、腰を折るのではなく、身体を真っ直ぐにしたまま膝を折ってモノを拾うという案配だ。

 特に痛いのは、椅子から立ち上がるとき。
 長時間座っていると、なおさら立ち上がるときが辛い。
 
 …で、立って歩き始めると、別にそれほど痛みは感じなくなる。
 座り続けるのがまずいようだ。

 だから、家では長時間座って目を使うパソコンを開かなくなってしまった。

 それから2週間。

 痛さはやわらいできたというものの、だるさは残っている。
 コルセットで締め付けておかないと、また “ギクッ” ときそうで、とても不安。

 そういえば、昨年もちょうど今頃、蜂窩織炎 (ほうかしきえん) という病気で1週間ほど入院していた。
 どうもこの季節は、体調不良に見舞われる季節らしい。

 しかし、昨日アタリから、椅子から立ち上がるときのダルさも引いてきた。
 もうちょっとの辛抱かな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:41 | コメント(7)| トラックバック(0)

反省しろ、コラ!

 それにしても、なんざんしょうねぇ。
 私なども、もうじき60歳の大台が近づくようになりまして、つらつらと思うのですけれど、ここ最近の世の中の変わりようがすさまじくてですねぇ、もう私などは、どう考えたらいいのか分からないような時代になってまいりましたねぇ。

 いえいえこれは老人の繰り言ですので、あまり気にとめることもなく聞き逃してくだされば結構なんですが、なんていうんでしょうねぇ…最近のお嬢さま方の元気の良いこと。

 まぁ、私どもの若い頃は “ケンカを売る” というのは男の世界のものであって、女性の方がケンカを売るということがあったとしても、それは相手も女性である場合に限られていたように思っていたんですけれども、最近は違うんですねぇ。

 女が男にケンカを売る。

 そういう光景が日常化されてきた感じがいたしまして、もう、私などは唖然としてしまうわけですが、そういうのは、今の日本ではもう当たり前なんでしょうかねぇ。

 いえいえ、「そういう女性が悪い」 と言っているわけでは全くないんですよ。
 ただね、私らの若い頃はそういう光景を日常的に見ることがあまりなかったわけで、もうずいぶん世の中が変わったもんだなぁ…と、私などは歳を取ってしまったなぁ…と。ただただ、そういう感慨に耽ってしまうというわけなんですね。

 え? 何の話か? って。
 いえいえ、これはね、電車の中で見かけた光景なんですけどね、もうずいぶん前の話になりますけど、ちょうどまだ寒さの厳しい2月頃のことでしたかね。

 千葉県の幕張で大きなキャンピングカーのショーがあるというので、それを見物しようと思って、電車に乗っていたときのことなんですよ。

 通勤ラッシュも一段落して、席もぽつぽつ空いてるという、まぁ、のどかな時間帯の電車だったんですが、…私の前にね、若い女性の方が座っておりましてね、
 …どういうお仕事なのか…まぁ、飛び込みの販売セールスか何かのお仕事なんでしょうね。伝票とか地図を交互に眺めて、いろいろ段取りを思案されていたようなんですわ。

 それがねぇ、ちょうど大きな川を越えたあたりの駅でしたっけねぇ、扉が開いて、一人の若い男性が飛び込んで来られたんですわ。
 でも、ちょっと勢いがつきすぎたのか、その男性が座っておられた若い女性の足でも踏んでしまったようなんですわ。

 その男性は…というとね、野球帽などをかぶった遊び人風の方でね、あまり礼儀作法などに頓着されないという風情の方だったんですよ。
 それでも、若い女性の足を踏んだということが分かったので、
 「すいません」
 と、小声で謝ったようなんですわ。

 しかし、そのあとがすごかったんですよ。
 その女性、何と答えたと思います?

 いえいえ、答える代わりにね、いきなり足をグルリと回して、その男性のすねを思いっきり蹴り上げたんですわ。
 バキッ! と音が出るくらいの勢いだったので、正面に座っていた私もビックリしちゃいましてね。

蹴り001

 しかし、あまりにも意表を突いた女性の行動に、蹴られた男性の方も、きょとんとしているわけなんですわ。
 一瞬、何が起こったのか分からなかったんでしょうねぇ。

 まぁ、なんていうんでしょうねぇ、その男の人、しばらく呆然とその女性の顔を見つめておりましたけれど、
 「これは怒ったことを相手に伝えた方がいいぞ」
 と、ようやく脳から発した意志表示の伝達が顔の神経につながったのか、目に怒りの色を浮かべて、女性ににらみつけたんですわ。

 で、男性がその女性の横顔に視線を向けていることが、気配で伝わったんでしょうなあ。
 その女性、はじめて男性の方に顔を向けましてね、

 「なんだよ、ウザいなぁ」

 もうドラマのセリフみたいにドスの利いた男言葉で返したんですわ。

 まぁ、見ると普通のOLさんなんですよ。
 それもちょっと美人でね。
 少し目がきつそうという印象はありましたけれど、別に、背中に入れ墨彫って、角刈りの男性に貢いでいるという風情でもないし、会社からしっかり1ヶ月単位でお給料を頂いている感じの、どこにでもいるようなお嬢さんなんですね。

 ところが、口を開くと、出てくる言葉がすごいんですわ。
 「汚らしい目をこっちに向けるなよ。うるせぇんだよ」

 こうなると、男性の方が気後れしてしまうんでしょうかね。

 「何も蹴ることはないだろ。ちゃんと謝ったじゃねぇかよ」
 と、男も言葉に凄みを利かせようとしているのは分かるんですが、多少声がうわずっているんですよ。

 それに対して、若いお嬢さんの方が迫力あるんですね。

 「てめぇがトロいから足踏むんだろ。反省しろよ、コラ!」

 もう、字ズラだけ読むと…ねぇ、これ眉に剃りを入れた突っ張り兄ちゃんのセリフですよね。
 それが、まだ24~25というきれいな女性の口から出てくるというのが、なんざんしょうねぇ…、もう劇画の世界というか、アニメの世界というか。

 「だからといって、蹴ることはねぇだろ。やりすぎだろ」
 男の方も必死なんですけど、どうも、言葉に力がないんですよ。もう気後れしているのが分かるんですね。

 それに対して、女性のなんと雄弁なことか。
 「蹴られるようなノロマが何いってやがんでぇ。いちいちウザイんだよ。腐った魚みたいな目でドロンとにらむんじゃねぇよ」

 男同士だったら、ここで胸ぐらのつかみ合いということになるんでしょうけれど、まぁ相手が女だということで、男の方もこらえたんでしょうな。

 しかし、言論戦となると、言葉の “手数” では負けるな…と男の方も分かったようで、その後しばらく、彼も「目に力を込めて」、一生懸命女性の横顔をにらみ付けていたんですが……、

 まぁ、この勝負は女性の一本勝ちですな。

 そのお嬢さんは、男なんて眼中にないという落ち着いた表情で、さっきまで没頭していた伝票と地図のにらめっこを始めたんですわ。
 もう鮮やかなほど 「お前なんかこの世に存在しない」 という無視ぶり。

 普通、素人は、ケンカを収めようとするときの方が、逆に動揺を漂わせてしまうんですね。
 ところが、彼女には一切それが見えないのね。
 感情のないロボットのようなシレっとした顔つきに戻っているんですね。
 こりゃ、相当ケンカ慣れしているな…と思ったんですけどね。

 で、その若い男性はというとですね、「こりゃ勝負あった」 と思ったんでしょうなぁ。
 次の駅が来ると、さっとホームに降りちゃいましたよ。

 もちろん座っている女性は何事もなかったように、去っていく男を完全無視。

 かくして、幕張に向かう電車は、また元のお昼前ののんびり感を漂わせた平和な電車に戻ったわけですけど、ま、驚いちゃいましたね。最近の若い女性の度胸の良さには。

 まぁ、こういう女性の方々が増えてきた日本の社会というのは、……どうなんざんしょうねぇ。
 こういう現象は、日本がたくましくなっていくことの前兆なのか、それとも荒廃していくことの予兆なのか。
 もう年老いた私などには、そこのところの判断が本当につかなくなってしまいましたねぇ。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:55 | コメント(2)| トラックバック(0)

小さな災難

 行楽には絶好の日程に恵まれたGWだったが、5連休ついにどこにも行かずに終わってしまった。
 自分のキャンピングカーのマイナートラブル (…АC電源取入口のフタが外れてどこかに消えたこと) にも対処し、オイル交換もすませたばかりというのに、ちょっと残念。

 連休の遠出をひかえたかったのは、『キャンピングカースーパーガイド2009』 の編集が大詰めになる頃から感じていた “左腕の痺れ” が一向に収まる気配がないからだ。
 
 ようやく時間が取れて、連休が始まる直前に病院に行った。
 病状を訴えると、「首のレントゲンを撮りましょう」 ということになった。

 こちらは “脳梗塞” を疑って、頭のCTスキャナを撮ってもらうことを念頭に置いていたので、「首」 というのは意外だった。
 でも、お医者さんの見立てはさすが。
 首の骨のひとつが劣化して、「隙間が狭くなっている」 というのである。
 それによって神経が圧迫されて、それが痺れとなって感じられるというのだ。
 正式にいう 「頚椎炎」 。

 痺れがあるだけならいいけれど、首を曲げる角度によっては痛みが走る。
 パソコンを打っていると痺れの程度が強まる気がして、連休はほとんどパソコンにタッチするのをやめにした。

 …んなわけで、連休明けで出社して、今日はじめて久しぶりのパソコンを開いてみたという状況。

 こうやってキーボードを操作していても、いや、…別になんともないですな。
 少しは回復したのかな。

 もうひとつ災難。
 
 これも連休直前の出来事だったが、駅構内にあるカレー屋でカレーを食べていたところ、歯にガリっと当たったものがあった。

ガリッ!

 お米の中に石でも混じっていたのか?
 …と思って、歯に当たったものを取り出してみると、石ではなく、小さな金属片。
 虫歯の治療に使われる歯の詰め物と思われる。

 嫌だな…と思って、そっと店員に、
 「こんなものが入っていたけれど」
 と、小さな声で告げると、
 「申し訳ございません。新しいものに取り替えます」
 と新しいカレーを調達してくれた。

 店を出て、
 「それにしても、なぜ虫歯の詰め物がカレーの中に入ったのだろう。誰かのいたずらだろうか」
 …などと考えながら歩いていると、自分の奥歯の方が、なんとなくスースーと風通しがいいことに気がついた。

 舌を回して奥歯を撫でてみると、舌先がはっきりと “穴ボコ” を感知した。

 なんのことはない。
 気づかないうちに自分の歯の詰め物が取れてしまい、それを自分で噛んでしまったのだ。

 「カレー屋に申し訳ないことをしたな…」
 と思うと同時に、
 …あの金属片を取っておけばよかったな…と後悔した。
 どうせ歯医者に行くことになるだろうから、その詰め物を保存しておけば流用できるかもしれない、と考えたからだ。

 歯形に合わせて、新しい詰め物ができあがるまでにはけっこう日数を要する。
 だから、外れたものを持っていれば、それを手直しするだけで、すぐはめ直してもらえる。

 そう思ったんだけれど、いずれにせよ、今は手元にないのだからしょうがない。

 いやはや、身体の不調を訴えるようなことが重なってくると、つくづく歳をとったなぁ…と思う今日この頃であります。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

信号で止まる虎

 昨日の日曜日は、久しぶりの休日。
 木々の緑がキラキラとまぶしく、まるで 「新緑の初夏」 ともいえそうな好天気だった。
 散歩のついでに、自動車免許の更新を行ってきた。

 運転免許証というのは4年ごとの更新になるわけだが、この4年間のうちにいろいろ変わってしまったなぁ…という思いを持つ。

 まず、手続きがものすごく簡素になった。
 以前は書類の書き込みが面倒だったので、時間のない時は代書屋に頼んでいたのだが、もうそれも必要ないくらい書類申請が簡単になった。

 免許証そのものも変わった。
 偽変造免許を防止するために、免許証自体がICカード化されていたのだ。
 まったく知らなかった。

 新しい免許証では、本籍地などがICチップ内に記録されるために、表面上はシークレットになる。それらを読みとるためには、4桁の暗証番号を二つ入力しなければならない。
 この4年の間に、ずいぶん進化したものだ。


 1時間ほどの講習を受けたのだけれど、その内容も、最近の交通事情の変貌を遂げていることを教えてくれた。

 ここ数年、お年寄りの歩行者の事故がものすごく増えているのだそうだ。
 その中でも、自動車の免許証を持っていない老人…つまりは、運転経験のないお年寄りが事故に遭遇する率が非常に高いという。

 どういうことかというと、彼らは自分で運転を経験していなから 「クルマの特性」 というものがよく分からない。
 たとえば、ブレーキをかけてからクルマが止まるまでの制動距離というものを知らない。
 そのため、ドライバーが自分の姿を確認したら、その瞬間にクルマがピタっと止まるものだと思い込んでいるという。

 また、認知症が重くなってくると、現在の交通事情を把握する能力がどんどん失われてしまい、そのために車道への飛び出しが増えるということも、これはどこか別のところで聞いた。

 重度の認知症になると、現在の記憶はどんどん失われていくにもかかわらず、子供時代の “感覚” だけは生き残る。
 今の高齢者たちが幼年時代だった頃は、道路には横断歩道もなければ、信号もなかった。
 それでも、交通量が少なかったから、たいした事故も起こらなかった。

 横断歩道のないところを平然と横切る老人というのは、自分が子供に還っていることに気づかない人々だという。


 一方、子供の交通安全にも、ひとつの課題があるようだ。

 講習を担当した教官の方が、最後にこんな話をつけ加えた。

 「子供が信号を無視して道路を飛び出すのは、たいてい大人の責任である」 というのだ。
 つまり、大人たちは、口では、
 「信号をしっかり守りなさい。青は歩け、赤は止まれだからね」
 などと言いながら、自分たちは、クルマの通らない交差点では平気で信号を無視して、横断してしまう。

 子供たちは、そういう大人の姿をしっかり見ているのだ…とも。

 こういう話を聞くたびに、必ず思い出すエピソードがひとつある。

 それは、かつて職場の同僚と議論した 「信号無視の是非」 をテーマにしたディベートだった。

 ディベートの相手は、私にこう言った。

 ………… 子供たちに “信号のルールを守ろう” などと強制し過ぎるから、かえって信号無視をするクルマに子供がはねられたりするのだ。
 だから、必要なのは、“信号を守ろう”というルールの強制ではなく、“今は横断歩道を渡れるかどうか?” を判断する能力を養わせることだ。

 そもそも、左右の視界にクルマが1台もないのにもかかわらず、そこを 『渡るな!』 というのは、いかにも非合理的な考えだ。
 そういう考え方の根底には、国民をルールで縛って管理しやすくさせるという権力側の魂胆が反映されている。
 そういう考え方に慣らされると、自分で危機管理のできない人間になってしまう。

 仮に、自動車を、密林に棲む虎のような大型の肉食獣に例えてみよう。
 『今は青だから渡ります』
 と言ったところで、虎は子供の前で止まってくれるだろうか?

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 大自然のかたわらに住む住人たちは、個々の動物にはそれぞれ臨界距離というものがあり、どういう状況なら動物が襲ってくるのか、どういう状況なら大丈夫か、そういうものを学ばせて、子供が自分で判断できるように仕向けている。

 だから、“信号を守ろう”という安直な社会的ルールを押しつけることは、都会人・文明人の怠慢であり、それは人間の自発的な危機管理能力を殺すことつながっている ………


 もちろん、これは詭弁である。
 これを唱えた本人も、あえてディベートのための立論であることを自分でも承知している。

 しかし、何年経っても、いまだに信号の前で立ち止まると、この議論を思い出すということは、よほど自分にとって “何か意味のあること” だったに違いない。
 
 おそらく、ここには、単なる 「交通社会のルール」 という意味にとどまらない “教育のあり方” 、あるいは “共同体と個” という問題を考えるときの、本質的なものが横たわっているような気がする。
 皆さんは、どう思われますか?



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:33 | コメント(8)| トラックバック(0)

ネズミの社交性

 一人っ子なのである。
 だから、基本的に一人遊びが得意。

 居酒屋の片隅で、話し相手もいなく、黙々と酒など飲んでいるのが、全然苦痛じゃない。

 数学者の森毅さんが面白いことを言っていたけれど、
 「一人っ子は協調性があまりないけれど、その足りない分を、社交性で補う」
 …っていうんだよね。
 当たり!
 と思った。

 協調性と社交性は、似たような感じがするけれど、中身はまったく別もの。

 人の群のなかに混じって、苦労して、協力し合って、ひとつの成果を出していくのが 「協調性」 。
 それに対して、 「社交性」 ってのは…

 やぁやぁ元気、いやぁしばらく! 
 お、楽しそうだねぇ、素晴らしいですね。
 それ、私にも頂戴ね。じゃ…またね。

 …と、調子よく他人の成果をヘロっと自分のものにして、自分に都合よく立ち去るのが社交性。

 ま、自分にはそういう傾向がある。

 社交性というのは、弱者の武器だ。
 力もなくて、気が弱い人間が、自分の身を守ろうとするときに発達する。
 恐竜の時代に、森の中でひっそりと暮らし始めたほ乳類の智恵だ。

 ジュラ紀とか白亜紀といった恐竜全盛時代に生まれた小さなほ乳類は、草原の中にエサを探しに行くことができない。
 行けば、恐竜にパクっと食われて、自分がエサになってしまう。

 だから彼らは、周囲の情報を取り込むために、聴覚・嗅覚といった情報収集器官をフルに働かせて、仲間同士のコミュニケーションを密にし、恐竜の脅威から身を守ろうとした。

 そいつがわれわれ人類の 「社交性」 の母胎となった。

 …って、ホントかね。
 いま思いついたヨタ話だけどさ。

 だけど、社交性ってのは、周囲の動きに敏感になることから生まれるのは確かだ。
 「人の顔色をうかがう」 とか、
 「ゴマを擦る」 とか。
 そういう姑息な気づかいが身に付くことで、社交性が育つ。
 つまり、今の自分が置かれている状況では、何が危機で、何が面白いのか。そういうことに敏感な精神が 「社交性」 の母胎となるのだ。


 自分にもそういう傾向があって、一人で黙々と居酒屋で酒を飲んでいても、耳だけダンボで、周りの情報収集だけは抜け目ない。

飲み屋瓶

 「あんたもういい加減にこれ以上飲むのをやめなよ。体を壊してまで飲むんだったら意味ないんだから」
 …って言っているのは、カウンターの隣りに腰掛けている水商売上がり風のおバアさん。

 「てぇやんでぇ。俺は飲みてぇんだよ、今晩は。てめぇ帰りたければ一人で帰ればいいだろ」
 …って息巻いているのは、定年退職して、いかにもやることがない日々が続いて鬱屈していそうなオジイさん。

 一見、夫婦の会話のようにみえるけれど、
 「あんたんとこの奥さんに、またワタシ怒鳴られるのもう嫌だよ。ねぇ、もう帰ろうよ。夜も更けてきたんだからさ。医者に止められたんだろ、酒…」
 …ってなことをオバアさんがいうからには、なんだかワケ有りのカップルのようにも思える。

 「関係ねぇだろ。俺が生きようが死のうが、俺が決めることだ」
 「バカだねぇ、死んじまったら、残されたワタシはどうなるのよ」

 いくつになっても、男はガキだね。
 でも、この会話、ちょっとした場末の 「人生劇場」 じゃないのよ。
 さぁ、続きはどうなるの?

 ……と、舞台で繰り広げられる役者の演技を楽しんでいたら、いきなりこっちにも役が振られた。
 「ねぇ、人に気をつかって酒飲んでたって楽しくねぇでしょ? ねぇ」
 オジイさんが振り向いて、こっちに向かって話しかけてくるのだ。
 応援部隊の出動よろしくね、っていう心境なんだろな。

 こっちは森の中でコソコソ生きているほ乳類だから、こういうときの対応にも抜かりはない。

 「でも、心配してくださる人がそばにいることが、人間には大事なことですから。奥様のお言葉にも耳を傾けてあげないと…」
 …ってな、三流週刊誌の人生相談の答みたいなものが、シレっと口をついて出てくるのが、オレなんだな。

 ここで 「奥様」 って言葉を使うのがミソ。
 仮に、オバアさんが “奥様” であろうとなかろうと、関係ない。
 話の流れを読んで、そのオバアさんが “奥様” の役目を務めようとしているという気持ちを汲んであげることが肝心だからだ。

 案の定、オレがそう答えたら、「そうよ、そうですよねぇ」 と、オバアさん上機嫌。
 で、オジイさんの方も、オバアさんが笑顔になれば、それはそれで、まんざらでもないんだな。

 これでそのカップルも円満。

 でも、そういう社交性を発揮する自分って、ホントに太古の森でイジイジ暮らしていたネズミみたいなもんだと、自分では思っているんだけどね。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:37 | コメント(4)| トラックバック(0)

女性の一人遊び

 この前、大阪の阪急食堂街にある立ち飲みの串揚げ屋で、一人でタコハイ飲んでいたら、隣りにフラッと立ったのが、24~25歳というOL風。

松葉

 あとから彼氏でも来るのかな…と思っていたら、一人で生ビールをグビっと空けて、
 「エビとレンコン、キスね…」
 なんて一人で頼んで、一人でほうばっているわけさ。

松葉揚げ

 昨日は昨日で、駅前の吉野屋で豚丼食っていたら、やはり隣りに座ったのが、若いOL風の女性で、
 「牛丼並み。つゆダクで下さい」
 なんて、いっちょうまえに頼んでいるんだな。

 最近やたらと飲食店に一人で入ってくる女性が多くなったように思う。 
それも、吉野屋とか、立ち飲み屋とか、オヤジが集まるような場所に。

 昔は、女性が一人でオヤジの多い飲食店に入るってのは、けっこう勇気がいることだったらしい。
 ジロジロ眺められるからだ。

 若い子の場合は、
 「彼氏募集中かな? 男に声掛けられるのを待ってんだろうか…」
 なんて、無遠慮な視線で見つめられるし、
 年配の女性の場合は、
 「離婚したのか? それとも行かず後家か?」
 なんて、男たちのよけいな好奇心にさらされる。

 しかし、そんな男たちの視線をものともしない若い女性が増えた感じがする。

 いつだったか、週刊誌を読んでいたら、 「一人カラオケ」 を楽しむ女性が増えてきたという記事が載っていた。

 取材された女性の談話では、
 「人と一緒だと、みんな知ってる曲やノリのいい曲じゃないと、場が盛り下がるじゃないですか。
 だから、なかなか好きな曲が歌えないんですよ。
 そのストレスを晴らすために、別の日に一人で行くんです」
 …ってなことらしい。
 
 一人でフレンチを食べに行く女性も多いらしい。
 「一人ならば、行きたいと思ったときにすぐ行けるし、自分のペースで食べられる。
 寂しいなんて思ったことはない。
 一人の方が “味” に集中できるし、自分の時間は友だちや恋人とではなく、自分のためだけに使いたい」
 そんな談話も紹介されていた。

 つまり、恋人がいないから…とか、友だちがいないから…という消極的な “一人遊び” ではなく、積極的に “一人遊び” を楽しむ女性が増えたってことのようだ。

 そういう彼女たちは、口々にこう言うそうだ。
 「声をかけないでほしい」

 どうも男の方の意識が遅れているらしいんだな。
 「居酒屋のカウンターでひとりで飲んでいると、オヤジは 『失恋したの?』 と聞いてくるし、大学生グループは 『寂しくないの~?』 って。
 本当にウザっぽい。
 ほっといてほしい!」

 その気持ちホントによく分かる。

 オレだって、一人でバーのカウンターでしみじみ飲んでいるとき、
 「すみません、ちょっとだけお話し相手になってくれますか?」
 なんて、若い子に声かけられなくないし、
 「ねぇ、素敵な横顔ね」
 なんて、中年の女性にも声かけられたくもないもんな。

 ましてや、
 「お一人で飲んでいらっしゃる雰囲気が、どことなく寂しげで、それでいて凛とした風情があって、今晩は素敵な方と隣り合わせになったわ。
 いっぱいご馳走していいかしら?」

 なんて言われたら、オレは即座に席を立って店を変える。
 …ぐらいの気持ちで、いつもいるのだけれど、幸いなことに、今まで一度もそんなことがないからホッとしている。

 で、何が言いたいかというと、“ひとり上手” な女性が増えてくると、そのうち、キャンピングカーで一人旅を始める女性も増えてきそうな気がするわけ。

 昔、このブログで、
 「キャンピングカー旅行では夫婦の2人旅が増えたが、その次に増えそうなのは、オヤジの一人旅じゃなかろうか」
 なんて書いたことがあったけど、どうやらその前に 「女性の一人旅」 の方が先に来るかもしれない。

 「クルマの中で一人で寝るなんて危ない」
 とか思われそうだけど、キャンピングカーってのはカーテンさえ閉めてしまえば、中にどんな人間が乗っているかなんか、外からはまったく見えない。

 列車やバスを使って一人旅をするよりも、むしろキャンピングカーの方が、案外安全な女性の一人旅をサポートするかもしれない。
 カップルや家族連れでにぎわうホテルに、一人で泊まるのは気後れすることもあるだろうけれど、クルマの中で気楽に寝ていれば、そんな気づかいも必要ないしね。

 もし、そういう風潮が台頭してくれば、またひとつキャンピングカーが変わる。
 どんな風に変わるか?
 おそらく、ファミリー仕様で、奥様の気持ちを優先して…
 なんてこと以上に、徹底的に変わる。

 面白い時代になってきた。 



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 09:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

また深夜の夕食だ

 ついさっき…夜中の3時だけど、カップ麺と奇陽軒のポケットシュウマイ (6個入り) の夕食を済ませ、インスタントコーヒーを飲みながら、相変わらず夜中のデスクで校正作業に従事している町田です。

 ここんところ、たまにブログを書くと、やたら夜中に仕事をしているという報告ばかり。

 じゃ、昼間寝てんのかい?
 …っていわれそうだけど、いえいえ、昼間もしっかり仕事をしてますよ。
 たまにうたた寝はしているけどね。

 今日はちょっと残念なご報告。
 今、作業中の 『キャンピングカースーパーガイド2009』 ですが、発売日がコールデンウィーク明けになってしまいました。

 なんとか、GW前に書店に並ばせたいと思って、不眠不休で編集作業を続けてきたのですが、連休前はムリとのこと。

 実は、今回から発売元さんが変わり、新しい発売元さんからの発行になります。
 その新しい発売元さんが、ムックコードを取る予定で動いていらっしゃったのですが、どうやらムックコードの取得が間に合わないらしく、今回は書籍コードの発売になります。

 …といっても、本の体裁が変わるわけではないんですけどね。

 ムックよりは書籍の方が、書店さんに置かれている期間が長いので、本を探す人には便利かもしれません。
 しかし、作る方としては、見本出しが早まる分、締め切りがタイトになります。
 つまり、書籍としてGW前に出すには、今日あたりがもう見本出しの刻限なんですね。

 そりゃちょっとムリだわなぁ…。
 ムックだったら間にあったんですけどね。

 …というわけで、書籍扱いとなったために、GW前の発行を断念せざるを得なくなりました。

 発売日は、5月15日 (金曜日) の予定です。
 
 もう原稿は全部書き上げて、初稿の90%も出ていて、ほとんど本はできているというのに、さらに1ヶ月後に発行が伸びるというのは、編集者としてはちょっと残念ですけど。

 申し訳ないなぁ…と思うのは、キャンピングカーを製作したり販売したりしている会社の人たち。
 皆さん、私が一人で取材して、記事書いて、校正やっているのを知っているので、校正のお手伝いをしてくれるんですね。

 印刷所から刷り出し用のページが作られると、それをPDFファイルにして、各事業者に目を通してもらっているのです。
 その段階で、価格や装備類、記事中のミスがあったら連絡してもらうようにしています。

 そのため、きわめて情報精度の高い本にはなるのですが、皆さん春のイベント続きの忙しい季節なので、なかなか原稿チェックの時間が取れないんですね。
 だから無理して時間をとってもらったにもかかわらず、本の発行が遅れるというのは本当に申し訳ない…という気分になります。  

 でも、発売日が伸びることが分かったので、ちょっと欲張って、特集部分を増やしました。
 昨年、アメリカをモーターホームで回ったときの印象をまとめたエッセイのようなものを書き足しました。

モニュメントバレー14

 ちょっと気取った文芸的な記事になっちゃいましたけれど、今までにはなかったようなアメリカ紀行になったのではないかと思っています。  


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 04:12 | コメント(6)| トラックバック(0)

足が…

 ここに書く話でもないし、書く本人も嫌だけど、読む人はもっと嫌だろうけれど、足がさぁ…。

 ……臭くて。

 もう5日も家に帰っていないで、風呂にも入っていないから、自分の足の臭いで死にそう。
 毎晩、皮膚洗浄綿で丁寧にふき取って、脂っけは拭き取っているんだけど、それでもさぁ、デスクの下から臭ってくるわけ。

 そばに寄ってくる人はたまらないと思うけれど、まぁ、幸い、だだっぴろい部屋で仕事をしているのは、たいてい自分ひとりだから、他人の迷惑になっていないのが、せめてもの救い。

 で、今 『キャンピングカースーパーガイド 2009』 の初稿の校正中。
 一生懸命記事を書いたつもりでいたけれど、読んでみると、まだまだ不満なところがある。
 やはり、 「そのクルマを買う人間」 の立場からすると、完璧じゃない部分もある。

 たとえば、「あ、このクルマ良さそう。買ってみようかな…」 って、自分でそんな気分に成り切って校正していて、「あ、バンクベッドは子供用の広さしかない」 って書いてあるけれど、実際にどのくらいの寸法なんだろう…って、読んでいくと、……書いてなかったりするんだな…、これが。

 まぁ、文章のスペースも、装備欄のスペースも限られているから、すべてをフォローするのは難しいけれど、できるだけ、正確な印象だけは伝えたいと思う。

会社デスク001

 本当は、1車種で4~5ページは必要かもしれないと感じる。
 
 書ききれない部分は、そのうちブログでもアップするつもりですので、こちらもお見逃しなく。

 それでは、夜明けまで、もう少し…

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

短編集を出します

 今、 『キャンピングカーsuperガイド』 の2009年版の締め切りまぎわで、ずっと原稿を書いているのだけれど、まぁ…たいへん!
 ブログの更新も滞りがちになっているのはそのため。

 まぁ、あと残り数ページというところまで漕ぎつけたんだけどね。
 一方では、先に印刷所に出した原稿の初稿が山のように出てきていて、校正しながら新規原稿も書くという…もう、てんやわんやですがな。

会社デスク001

 だけど、自分でいうのも何だけど、今度の本はきっと読んだら楽しいと思う。
 だって、自分で書いて読み返してみても、面白いんだもん。

 基本的に1ページに1車種を紹介する構成だから、ブログのようにテキストに多くの分量をかけられない。
 だから、文章の量を削ってそのクルマの本質をずばり言い当てる言葉を探していくのだけれど、それをうんうん唸りながら探していくと、自然にひとつの 「物語」 になっていく。

 機能的な特徴を説明する箇所でも、
 「ここを操作して、こう使うと、こうなって…」
 とだらだら書いていくわけにはいかないので、短いセンテンスの中でギュッと圧縮する。
 そうやって言葉の量を節約していくと、どうしても物語にならざるを得ないのだ。

 だから、今回の本は、キャンピングカーを素材とした 「短編集」 だ。

 ショーの会場で、あるビルダーの社長さんが、新入社員に私を紹介してくれたことがある。
 その口上が、
 「こちらは、日本一美しいキャンピングカーの記事を書くライターさん…」
 というものだった。

 そのとき、素直に 「うれしい!」 と思った。

 昔、自動車評論家の徳大寺有恒さんと一緒に仕事をしていたことがある。
 ある雑談の最中、彼はこんなことを言っていた。

 「僕のやっていることはね、基本的にエンターティメントなの。世間は自動車評論だと思っているかもしれないけれど、僕は評論を書いているという自覚はないの。
 だって、いかにこのクルマは機能が優れていると訴えたところで、数字を羅列しただけでは、本質は伝わらない。
 それを乗り手に伝えるのは、結局 “物語” の力なんだよ。
 スロットルを開けたときに、ペダルからつま先に伝わる反応をどう描くか。
 そいつを官能的に表現する力がなければ、評論家にはなれても、作家にはなれない」

 当時、若かった私には、何のことかよく分からなかったけれど、今は少しずつその案配というものが理解できるようになった。   

 ……ってなことを書いて、少し気分転換。
 で、また 「短編小説集」 の続きを書きます。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:13 | コメント(9)| トラックバック(0)

眠くないのだ!

 いやぁ、一睡もしないで、20時間連続で原稿を書いた。
 『キャンピングカースーパーガイド2009』  の特集部分。

 昨年版は 「大人のキャンプ場」 というテーマで、シニアカップルなどが、ゆったりくつろげるキャンプ場というのを特集したけれど、今年のテーマは 「キャンピングカーの未来を拓く人たち」 。
 
 昨年から今年の春にかけて、ビルダーや販社の人たちと話しているうちに、みんなの考え方が少しずつ変ってきたことに気づいたからだ。
 ひと言でいうと、それぞれテーマというものに向き合って、自分たちのキャンピングカーが日本の未来に…あるいは人々の幸せにどう関るのか、ということを真剣に取り組み始めてきたと思えたからだ。

 これはぜひ特集にしなければならない…とは思いつつ…、やっぱりキャンピングカーの車種紹介の方に時間をかけてしまう。
 だから、今年は巻頭特集をおっぽり出す形で作業を進めてきたけれど、もう初稿がバンバン出てきているタイミングで、いつまでも特集ページをほったらかしにしていくこともできない。

 で、土曜の夜から日曜の夕方まで、誰もいない部屋で、ぶっ通しで原稿書き。

編集室1

 気が張っていると、眠くならない。
 普段飲んでいるカフェイン飲料も、むしろ飲まなくて平気。

 で……、その後、ことさら仮眠するでもなく、結局この時間になってもまだ眠くないのだ。
 そろそろ、30時間ゼロ睡眠で来ているけれど、いったいどこまでいくのやら。
 ギネスブックにでもチャレンジするかね。

 ……んなわけで、ブログもちょっと滞りがちではありますけれど、平にご容赦を。
 コメントくださった方々にも返信していないのですが、ごめんなさい。
 しっかり読んではおります。
 少し落ち着いたらまとめて返信いたします。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:36 | コメント(6)| トラックバック(0)

長島温泉の夜

 名古屋でキャンピングカーショーが開かれるときは、たいてい 「長島スポーツランド」 に泊まる。
 ここには 「オートレストラン長島」 があり、その施設内に、朝まで入れる天然温泉、24時間営業の食堂とコンビニ、9時半まで営業している中華レストランがある。

オートレストラン長島夜景01

 利用客はトラックドライバーが多い。
 彼らはここで食事をし、風呂に入り、仮眠してから、深夜、早朝に出ていく。
 行楽客が集まる 「道の駅」 などより、はるかに “仕事の現場” の匂いが強い。
 それだけ無味乾燥な雰囲気ではあるが、雑然とした活気がある。

長島トラック駐車場01
 ▲ 駐車場が広いので、大型トラックも楽々

長島駐車場01
▲ 週末になると、キャンピングカーの姿もちらほら

 ここで過ごす夜は楽しい。
 「チャンポン亭」 の料理がうまい。

長島ちゃんぽん亭

 特に、味の染み込んだおでんがお薦め。
 1品80円。
 こいつを3品ほど取ってから、野菜炒めを頼み、ついでに串カツと豚のネギマを取る。
 トラックドライバーたちの世間話を聞きながら、レモンハイを飲み、しわしわになったスポーツ新聞を読み、ときどき、アカ抜けないネオンを眺める。

 いいぞぉ!
 働く男のオフタイムという気分がグングンこみ上げてくる。
 
 ほろ酔い加減になったら、自分のキャンピングカーに戻って、タオルを首に巻いて、石鹸片手に温泉にくり出す。
 500円。

 なんと、小さいながらも露天風呂だってある。
 サウナもある。
 コーヒー牛乳も売っている。

長島露天風呂01

 サウナでほてった身体を、露天風呂の縁石に腰掛けて冷やす。
 風呂の中では、トラックドライバーたちが、渋滞の発生する場所と時間の情報交換などしている。
 独立するか、会社に残るか。
 老ドライバーが、若いドライバーの人生相談などに乗ってやっている。
 聞いていると勉強になる。

長島食堂01 長島コンビニ01
 ▲ 24時間の食堂とコンビニ

長島ゲームコーナー01 長島マッサージコーナー01
 ▲ ゲームコーナーとマッサージコーナーもある

 さっぱりしたところで、自分のクルマの中で飲み直し。
 「チャンポン亭」 の串カツがあまりにもうまかったので、2本だけお土産に揚げてもらう。
 だけど、ソースがかかっていない。

 「おじさん、さっきのソースかけてくんないの?」
 「あれかね、あれは特性のタレなんだけど、切れちゃったんだよ、ごめんね」

 で、代わりにかけてもらったのは、味噌ダレだった。
 名古屋文化圏なんだな、やっぱりこのへんは…。

 まぁ、冷蔵庫の中には、酒瓶だけはいっぱいある。
 ブランデー、焼酎、ウィスキー。
 みんな2,000円以内のものだけど、お茶で割ったり、コーラで割ったりするから、安酒でもおいしい。

長島独り宴会テーブル01

 することがないから、音楽を聴く。
 聴きながら飲んでいると、テープに粗雑に録音した音楽なのに、みな音がツブ立ってくる。

 オールマン最高!
 エディ・ケンドリックス、すっごくセクシー!
 サニー・デイ・サービス、いい味!
 ケツメイシも乗るじゃない!
 やっぱ、独りで聴く演歌は小林旭ね!

 独りでノッて、独りではしゃいで、独りで酩酊する。

 時間が経つと、やがて悲しき独り酒。
 ナツメロなんか聞き始めると、いかん。

 酔った視線で、車内を見回すと、いつとはなしに死者たちが集まっている。
 実は、けっこう若死にした友だちをいっぱい持っている。

 病死だったり、自殺したり、事故なのか自殺なのか分からない友だちもいた。
 なぜか、自分はそういう人間に好かれるたちだったようだ。

 1回しか家に遊びに来なかったヤツなのに、そいつが死んだあと、別の友人に、
 「町田の家でいっしょにギターを弾いたのは、本当に楽しい思い出だった」
 と、生前ずっと話していたヤツがいたらしい。

 死んでから、その話を聞いた。
 そいつが、「また歌おうよ」 と前の席に座っている。

 自殺したヤツというのは、学生運動家だった。
 やっぱり一晩、夜を通して議論したことがある。
 そいつも、「町田と話した夜は面白かった」 と、別の友人に明かしていたらしい。
 「議論しようぜ」
 と、そいつも座っている。

 自殺か事故か分からないという友だちは、中卒で土方をやっていたけれど、マージャンが強かった。
 「町田、あと2人メンバー呼べよ。マージャンしようぜ」
 そいつも隣で話しかけてくる。

 うるせぇ、てめぇら。
 今日はとにかく飲み明かそうぜ。
 いい音楽だってあるんだからさ。

 独り宴会のときに、死者の思い出ばかり濃厚になってくるというのは、俺も年取ったってことなんだろう。

 いつのまにか、やつらと語り明かしているうちにうたた寝。
 風邪ひいちまうぜ。
 FFヒーターのスイッチを切って、バンクに登る。
 「今日もバンクで独り寝」 だ。

 「名古屋キャンピングカーフェア」 を取材して、土曜日の深夜に会社に戻った。
 撮影した画像に車種名を記入してファイルを作り、さらにバックアップとしてCDに焼いて保存。
 カット数にして、約700カット。
 そうしたら、朝の9時になってしまった。
 これから家に戻って、お昼過ぎまで仮眠。

 「さすらいの大工」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

信玄と勘助の密談

山本勘助01

【山本勘助】  お屋形様、浮かぬ顔していらっしゃいますな。
【武田信玄】  そちの気のせいだ。わしは楽しんでおる。ほら、もうそこの庭にウグイスがエサをついばみに来ておる。良い眺めじゃろう。

武田信玄01

【勘助】  日頃ウグイスなどに興味を持たれないお屋形様が、また今日はどうして庭など眺めておいでなのです?
 もしや、NHKの阿部寛の上杉謙信にマスコミの人気が集中しているので、それを気に病んでいらっしゃるのではございますまいな(笑)。
【信玄】  そちは、ちと口が過ぎるぞ。あのドラマは直江兼続を主役にしたもので、別に謙信など描いているわけではないわ。

武田信玄01

【勘助】  ほら、当たった! ……やっぱり謙信人気を気にしておいでか (笑) 。
【信玄】  気にはしておらん…が、目障りではあるのぉ。
【勘助】  何が…でございましょう?
【信玄】  まず、謙信という男、決してあのように背など高くはないわ。

【勘助】  これはしたり! 役者の演じる謙信役に、お屋形様が本気でお怒りになろうとは (笑) 。いつものお屋形様とは思われませぬ。
【信玄】  わしは、あの大男の演技を見ていると、興が削がれると言ったまでじゃ。
 実際の謙信が、あのような長身のまま、また馬上から斬りつけてくるかと思うと、ぞっとするわ。

川中島謙信突入01

【勘助】  もうお忘れなさいませ。しょせん、謙信が単馬突入してきたというのは負け戦の腹いせ。
 一軍の将が、あのような軽挙妄動の振る舞いを起こすこと自体、頭の弱さを知らしめているようなものでございましょう。
【信玄】  そうでもないぞ、勘助。 後世、あの振る舞いを講談などに採り入れてはやし立てる講釈師などが出るに決まっておる。斬りつけられたわしは、いい面 (つら) の皮じゃ。

【勘助】  そこを堪えたからこそのお味方の大勝利。お屋形様のご威光が薄れることなどありますまい。
【信玄】  ところで、勘助。そちは何でここにおる? 川中島の戦いで死んだのではなかったか。
【勘助】  そのようなことを、あまり気にする読者もおりますまい。 「信玄公」 といえば、この 「勘助」 。2人揃ってこそ、武田の伝説というものが維持されるのでございます。

山本勘助01

【信玄】  そのようなものかのぉ…。
【勘助】  「信玄餅」 に 「勘助饅頭」 。きっとこれが、後世にまで当地の土産物として残ることでございましょう。

【信玄】  「餅」 として残ったとてしょうがないわ。この正しき信玄の姿を、どれだけ後の世に残すことができるのか、それを思うと、気も晴れぬわ。
 なにしろ、ここ最近、このわしを主役としたドラマがさっぱり作られなんだわ。勘助、ゆゆしきことぞ。
【勘助】  何を申される。つい最近もNHKの大河ドラマ 『風林火山』 があったではござらぬか。

【信玄】  あれはそちが主役ぞ。このわしは、引き立て役じゃったわ。
【勘助】  ならば、黒澤明の 『影武者』 がございましたぞ。
【信玄】  何を申すか。あれこそ 「影武者」 が主役の映画。本物のわしなど、ほとんど出んかったわ。
 それに比べ、謙信はガクトが演じたり、阿部寛が演じたりで、おなごたちの評判も良いと聞く。
 信長めは、『信長の野望』 などというゲームの主役を務め、いい気になっておるし。
 このままでは、武田は、上杉にも織田にも後塵 (こうじん) を拝すことになろうぞ。

武田信玄01

【勘助】  ならば、ここで後の世に残す大きな業績をつくらねばなりませぬな。
 信長は、市場経済の先駆者などといわれ、一時は経営者向けの経済誌などの主役として引っ張りだこに成り申し、近代日本の創始者のごとき扱いを受けておりまする。
 また謙信も、派遣切りが横行するような 「義」 も 「仁愛」 もなき世においては、見直すべき武将として再評価も高いとか。
 お屋形様も、ここらで後の世の評価を万全なものとするセールスポイントをアピールするのが肝要と心得ます。

山本勘助01

【信玄】  それ、それよ勘助。先ほどより、わしはそのことを勘案しておったのよ。
 そちが見たわしの美点とは何か。ざっくばらんに申してみよ。
【勘助】  信長、謙信になきもので、お屋形様だけが有している最大の力は、常人には逆立ちしても太刀打ちできぬ、その冴え渡った 「智謀」 でございましょう。
【信玄】  智謀か…。 『チボー家の人々』 、マルタン・デュ・ガール。

【勘助】  …………………………。
【信玄】  どうした勘助。何か反応してみよ。
【勘助】  ……いや、申し訳ございませぬ。ちと聞き逃してようでございます。
 ま、要するに、智謀だけに頼ってはいけないということで、ござりましょうなぁ。

【信玄】  そちは、今がっかりしたような顔をしたが、他に良き思案がなきと思ったゆえか?
【勘助】  いえいえ、良き思案が生まれましたでござりまする。
【信玄】  言うてみよ。
【勘助】  思えば、我らの旗印は 『風林火山』 。これを売り込もうではございませぬか。
【信玄】  どのように?

風林火山旗印01 風林火山旗印02

【勘助】  風、林、火、山。これ、みな 「自然」 を意味しておりまする。次の世は、おそらく世を挙げて 「環境問題」 が大きく審議されることになりましょう。
 しからば先手を打って、この 『風林火山』 を 「自然の恵みを尊重する」 エコロジーの旗印として、後の世に訴えかけてはいかがでござろう。
【信玄】  おお、それは妙案だの! 

武田信玄01

【勘助】  すなわち、まず 「風」 。これは風力発電を得んがための標語となす。
 次なる 「林」 は、森林保護をめざしたるもの。
 「火」 というのは、石油燃料に頼らず、炭、練炭といった天然資源によるエネルギーの獲得の訴えるもの。
 そして、「山」 とは、健康のための登山を奨励するがためのもの。
 このように宣伝すれば、お屋形様の先見性を、否が応でも後世の者どもが認めることになりましょうぞ。

山本勘助01

【信玄】  そちはなかなかの知恵者じゃのぉ。さすがは武田家の軍師じゃ。
【勘助】  なんの。お屋形様の頭の中にあるお考えを、この勘助、厚かましくも取り出しただけでござる。勘助一人では、とてもこのような知恵は回りかねまする。

【信玄】  しかし勘助、どのような形で、そのことを後の世に訴える所存ぞ。
【勘助】  それを書き留めた書状を頑丈なる大箱に収め、「武田の埋蔵金」 と偽って、後世の者たちが発見するまで、地中に埋めておくというのはいかがでござろう。

【信玄】  なるほど。 「隠れ軍資金」 というウワサのみ流しておけば、後の世の者たちが、血なまこになって探し回るであろうな。
 勘助、良き知恵を出したものよ。これで武田は安泰じゃ。


 「謙信、信長を語る」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:54 | コメント(2)| トラックバック(0)

謙信、信長を語る

直江兼続(妻夫木)

【直江兼続】  殿、お呼びでございますか?
【上杉謙信】  兼続か。そこへ座れ。

上杉謙信(阿部)

【謙信】  景勝への忠誠、はなはだ篤しと聞き及んでおる。大儀じゃ。
【兼続】  めっそうもございません。…して、御用の向きとは?
【謙信】  そちに酒の相手を務めさせようと思ってな。
【兼続】  もったいなきお言葉。手前、不調法の者なれば、とても殿のお相手など勤まるものではございません。ぜひ景勝様に、そのお役目はお譲りくださいませ。

【謙信】  よい。わしはな、お前と飲みたいのじゃ。杯を取れ。
【兼続】  ははぁ!
【謙信】  今宵は月がきれいじゃのぉ。……詩吟のひとつでも唄いたくなるわ。
【兼続】  殿のように、戦の場に立てば毘沙門天の化身となり、敵に畏敬の念まで催させようというお方が、詩吟では、京の貴人たちも及ばぬ詩を吟じられ、このような方が地上におわすこと自体、既に奇跡であるように思われまする。

【謙信】  いうわ (笑) 。……のう兼続。今宵の月、はたして信長も見ておろうかの。
【兼続】  信長めが…で、…ござりまするか?
【謙信】  あやつめは、月を観ても、わしと違うことを考える男じゃ。
【兼続】  どう違う…とおっしゃるのでございますか?

【謙信】  今日は少し酔うておる。これから話すことは、明日がくれば忘れてくれ。
 そちは、今後景勝を助けて、この越後を守っていく男じゃ。
 よって、誰にも明かそうとは思わなんだ話を、今宵はお前だけに話して進ぜよう。他言は無用ぞ。
【兼続】  ははぁ!

【謙信】  もし、わしが死んだとならば、誰が天下を取ると思うか。兼続、遠慮なく申してみよ。
【兼続】  殿以外に天下を取れる者など一人もおりませぬゆえ、そのような仮定の話など、この兼続の頭ではとても考えることができませぬ。
【謙信】  ならば、わしの方から申そう。あの信長よ。

上杉謙信(阿部)

【兼続】  信じられませぬ! あのような己 (おのれ) の欲ばかり追い求め、神仏を敬う気持ちも持たず、かつての味方を平気で裏切るようなお方が、とても天下など取れるとは思いませぬ。
【謙信】  だから、取れるのよ。
【兼続】  もしそれが殿のご本心だとしたら、あまりにも悲しゅうございます。

【謙信】  まて聞くがよい。あやつはなぁ、戦 (いくさ) の考え方を変えた男よ。
【兼続】  …と申しますと?
【謙信】  もし、戦が1回だけの真剣勝負ならば、やつがどのような大軍を差し向けようとも、この謙信を破ることはできまい。
【兼続】  そのとおりでございます。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  じゃが、やつは戦を1回で終わらそうと思ってはおらん。10回の戦があったとしたら、勝てそうもない戦を9回避けて、最後の1回に勝てばよいと思っているような男じゃ。
【兼続】  卑怯なやつでございまするな。
【謙信】  だが、やつの考える最後の戦というのは、相手をこの地上から抹殺するための戦なのよ。
 根絶やしよ。やつの浅井・朝倉の滅ぼし方、比叡山の焼き討ちなどを見るがよい。
 室町将軍様ですら、無用となれば、簡単にうち捨てようとするような男じゃ。
【兼続】  恐い男でありますな。

【謙信】  やつはそのようにして、天下を取っていくつもりじゃろう。
【兼続】  ぜひ阻止せねばなりませぬ。
【謙信】  しかし、もう遅い。
【兼続】  な、なにを申されます!

【謙信】  あやつは、すでに10回の戦を逃げるだけの力を蓄えてしまいおった。兼続、それは何のことだと思うか?
【兼続】  はて…。
【謙信】  銭よ。銭の力よ。
【兼続】  銭など、商人のむさぼるようなものなどかき集めようが、しょせん民の心など買えませぬ。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  いや、その銭の力で、やつは9回の戦いから逃げても、痛くも痒くもないほどの兵の力を蓄えおったのよ。
 あやつは、斎藤道三に習って、美濃を手に入れたときに 「楽市・楽座」 を設けて、関所を撤廃しおった。
 さらに、義昭様から拝領した 「副将軍」 の位を断り、代わりに大津、草津、堺に代官を置くことを願い出た。
 これをどう思う?
【兼続】  将軍様に、欲のないところを見せようとしたのでございましょうか。

【謙信】  違うな。名を捨て実を取ったのよ。
 大津、草津は、ともに美濃と京を結ぶ商人たちが集まる商いの中心地よ。関所を撤廃し、商いの中心地を抑えれば、自然と銭は集まる。
 そして、堺を抑えれば、南蛮の商人たちとの交わりも密になるゆえ、南蛮の珍しき品々、鉄砲のような武器を手に入れるのも造作もないことよ。
 それが、今日の信長を支えておるのよ。
【兼続】  そこまで考えていたとは、恐ろしい男でありまする。


【謙信】  やつはそうして得た銭で、春夏秋冬を問わず、1年中戦える兵を養うようになったのじゃ。
 そこが我らのような、百姓が主体の兵とは大きく異なるところだわ。
【兼続】  なるほど。我らは種まき・刈り取りの頃は、兵を引かねばなりませんものな。

上杉謙信(阿部)

【謙信】  わしは、やつの魂胆をもっと早いうちに知るべきであった。
 思えば、やつが掲げた旗印…。
 そちは気づいておるか?
【兼続】  木瓜の紋でございますか?
【謙信】  もうひとつあるだろう。「永禄銭」 よ。
【兼続】  お、そういえば…。
【謙信】  あの紋は、やつが今川義元を倒したとき、義元の愛刀の鍔 (つば) に施されていた文様よ。
 やつがそれを見て、己の旗印に掲げることを思いついたということは、やつが永禄銭に表されるような 「銭で動く世」 をつくろうとしていたということなのじゃ。

【兼続】  銭…でございますか?
【謙信】  わしらはみな 「米」 で動く世を、なんとも思わなんでここまで来てしまっておったわ。
 佐渡の銀山で銀を得るも、それは 「米」 で動く世を助けんがためのものであった。
 やつとわしらとでは、そこが、ちと目の付け所が違っておったようだ。

【兼続】  この兼続、まだひとつ、よく分からぬことがございます。
 そのように銭を得たところで、人は果たして着いてくるものでありましょうや。
 人は、やはり 「義」 によって動くものと存じます。
 「義」 をなくした天下など、民が喜ぶことはとても思えませぬ。

【謙信】  そこよのぉ。……しかし兼続。そちは根っからの武士だから、そのように思うかもしれんが、「義」 というものは、武士にしか分からんものよ。
 やつの身のまわりにいる武将たちを見るがよい。
 羽柴秀吉は百姓のせがれ。滝川一益は素性の分からぬ浪人じゃ。
 明智光秀も、名門の出とはいわれておるが、朝倉義景にも重んじられぬ食い詰め浪人。
 みな銭の力のありがたみを骨身に沁みるほど感じてきた男たちよ。

【兼続】  その男たちを、信長は銭で釣って動かしているとお思いなわけですか? この兼続は、けっして銭などでは動きませぬぞ。
【謙信】  気張るな、兼続… (笑) 。
 銭の多寡で動くようになれば、そのうち人の心も変るものじゃ。
 どの国を取れば、いくらになるか。
 どの武将を寝返らせればいくらになるか。
 そのように考えていくと、使う方も使われる方も、無駄なことを避ける力が付くものよ。
 昭和・平成の世の言い方をすれば、コスト意識が生まれるわけよ。
【兼続】  急に、無茶苦茶な展開になりましたな。

直江兼続(妻夫木)

【謙信】  要するに、信長のやろうとしていることは、資本主義的な世を作ろうとしているわけで、やつのやり方は新自由主義的な経済政策よ。
【兼続】  信長が、南蛮貿易に力を入れようとしているというのも…
【謙信】  そう。経済のグローバリゼーションを目指しているわけだな。
 南蛮では、重商主義的な資本主義経済が確立されておる。
 やつは、それを見習おうとしているわけよ。

【兼続】  まだ金融経済にまでは発展しているようには思えませんが…。
【謙信】  しかし、やつの狙いはそこよ。
 まぁ、お前がNHKの大河で主役を張り、わしが阿部寛のようなイケメン役者に演じてもらえるのも、新自由主義政策を見直そうという、今の風潮に合致しているわけだな。

【兼続】  つまり、我々のような 「義」 と 「仁愛」 を是とする方針が、いま再び評価される時代が来たとおっしゃるか?
【謙信】  分からん。しかし、我らとしてはそうあってほしいものよ。

上杉謙信(阿部)

【兼続】  …今までのような話、とても他の者が理解できようとは思いませぬ。
【謙信】  だから、「他言は無用」 といったまでよ。


 「信長の人生相談」
 「信玄と勘助の密談」

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:12 | コメント(4)| トラックバック(0)

信長の人生相談

信長の野望の信長01

【織田信長】  最初の相談者は誰じゃ?
【羽柴秀吉】  書状にての相談でありまする。名は宮下直樹とか。

信長の野望の秀吉01

【信長】  何用だと申しておる?
【秀吉】  はっ。 「先日、上司に呼び出されたところ、当方の管理する部署の生産性が急降下し、採算部門と見なすことができぬとの理由により、その責任を取って、辞職するように勧告されました。
 しかし、それを指示した上司というのは、自分の不倫現場を目撃され、その口封じのために、私のことを排除しようとしていることはみえみえであります。
 このような事態にどう対処すればいいのか、ご指導をお願いします」
 …とのことであります。

【信長】  くだらんのぉ。どういう素性の者じゃ?
【秀吉】  42歳サラリーマンとか。
【信長】  サラリーマンとは何のことか?
【秀吉】  はて…。バテレンの官位のようなものではありますまいか…。
【信長】  従五位下か、従四位下ぐらいかの。
【秀吉】  いずれにせよ、大した者ではありますまい。

【信長】  して、その者は国を出て浪人の身になる覚悟があると申しておるのか。 
【秀吉】  そこまではなんとも…。ただ、このように書状にて密かに相談してくるところから察するに、できれば隠密裏に私憤を晴らしたき所存であると見受けられまする。
【信長】  よし、次のように申し伝えよ。サル、筆を取れ。
【秀吉】  へい!

【信長】  「その方、私憤晴らしたき所存であるならば、まずは己 (おのれ) の役目をばまっとうし、しかるべき成果を上げて後、上位討ちを果たすべし。
 与えられし役目をうち捨てて、私怨ばかり追うは言語道断なり。
 事成就した後にも事態変らぬようであるならば、そのときはその者の首を取り、この信長に持参せよ。しからば仕官への道を開いてやるものなり」
【秀吉】  御意 (ぎょい)。 

安土城01


【信長】  次なる相談は何じゃ?
【秀吉】  おなごのようでありますな。これも書状を寄越しただけでございます。
【信長】  読んでみよ。
【秀吉】  ははぁ。 「パパから最近夜の誘いがないの。たぶんサナエのことが気がかりなんだわ。
 オープン10周年パーティの日だって、サナエにはシャネルのバッグなのに、私にはアディダスのジョギングシューズよ。
 バカにしてない? ねぇ教えて。サナエをとっちめて、パパをギャフンと言わせる面白いこと、なんかない?」

信長の野望の信長01

【信長】  サル、訳せ。
【秀吉】  わたくしめが…でござりますか?
【信長】  そちは、さんざん 「ねね」 を苦しめておるゆえ、かような女のタワゴトなど、簡単に分かりおるじゃろう。
【秀吉】  ははぁ。 「父より夜間の連絡途絶え、失意の念いやますばかり。推測するに父サナエに執心の様子。
 創業10年祝日にてもサナエ “蛇寝る” の皮袋与えられるも、我は “亜出陀” の運動靴得るのみにて、つのる寂しさいかんともしがたし。
 よって、サナエに神罰下ること欲するものなり。さらに父を痛罵する方法あらざるや」
【信長】  であるか。
【秀吉】  して、いかなる返答を与えましょうや。

【信長】  このように申し伝えるがよかろう。筆を取れ。
【秀吉】  へい!
【信長】  「汝の煩悩、すべて我欲より発すること明瞭なり。よってすべての煩悩を断ち切ることこそ肝要にて、仏門に入るべし」
【秀吉】  あっさりとしたもんですな。
【信長】  浅井・朝倉がまたうごめき出しておる。かのようなタワケ女に関わりおうているヒマなどないわ。
【秀吉】  御意。

信長の野望の秀吉01


 ●時代劇シリーズ
 「合戦実況中継」  《姉川の戦い》
 「信玄と勘助の密談」
 「ちょんまげコント」 《鉄砲伝来》 《武田家の密談》
 「ちょんまげコント」 《鬼退治》 《水戸黄門最後の旅》 《三河屋》
 「ちょんまげコント」 《鞍馬天狗最後の戦い》 《詐欺師》

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

世界のRV事情

 今日は泊り込みになっちゃいました。
 今、世界のキャンピングカーの情報を集める仕事をしているのですが、その締め切りが今週いっぱい。
 ちょっと追い込みです。

 昼間、それに使う写真を借りるために、ヨーロッパのキャンプ事情に詳しい人に会って、いろいろ話を聞いていたところですが、いやぁ、国が違えばキャンプ事情も違う。

 パリ郊外にある 「ブーローニュの森キャンプ場」 というところでは、ゲートから5分ほど歩くと地下鉄の駅があって、それに乗って2駅か3駅目で降りると、もうあの有名な凱旋門だとか。

 そのキャンプ場に泊まっている人たちは、自分のキャンピングカーの中でちょっと洒落たスーツかなんかに着替えて、夜はオペラ座なんぞにオペラ鑑賞に出かけるそうです。

 都市型のキャンプ場がない日本では、ちょっと信じられないようなシチュエーションですね。

 昨年、私が経験したラスベガスのRVパークもそれに近い感じでした。

KOARVパーク1

 なにしろ、ネオン輝くビルに囲まれたキャンプ場で、そこにモーターホームを停めた宿泊客は、みなシャトルバスかモノレールを使い、街のカジノまで遊びに行きます。
 だから、夜はシーンとした、ただの駐車場。
 オーニングやタープの下で宴会が盛り上がる日本のキャンプ場とは大違いですね。
 
 …ってなブログ原稿を、片っ方のパソコンで仕事の画面を開きつつ、もう一つのパソコンで書いています。

 夜はまだ早い。
 明け方まで一踏ん張り。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

まち散歩 2

 今日の 「まち散歩」 は横浜です。

 東京・渋谷駅で東横線の切符を買い、「元町・中華街」 まで出てきました。

 で、駅から降りて見上げた景色がこんな感じ。
 はて…ジェットコースター (↓) でしょうか?

みなとみらい56

 きっと真っ直ぐな塔を建てようと思っているうちに、ぐにゃぐにゃと曲がってこんがらがってしまい、解くのがややっこしくなって、そのまま放置されてしまったのでしょう。
 それにしてもこのオブジェ。どこか 『エイリアン1』 をデザインしたシド・ミード風。

 こっち (↓) は宇宙探検の前線基地?

みなとみらい5111

 ここら辺の風景は、まさにSF映画に出てくる未来都市そのまんまです。
 そのため、この町は 「みなとみらい」 と名付けられました。
 “皆と未来を共有する” という願いを込めて作られたネーミングです。

みなとみらい69

 ジェットコースターのある広場から、ちょっとビルの中に入ってみます。

 カミさんがトイレに行っている間に、靴を眺めました。

 最近の若者が履く靴は、なんでこんなに先が尖っているのだろう?
 満員電車の中で、つま先を踏まれる率だって高くなるだろうに…。

みなとみらい靴屋
 
 要らぬ心配をしてしまう老人の私です。
 ちなみに、私の履いている靴は、ドナルドダックの足のように、つま先が広がっています。
 転がってきた100円玉を素早く見つけ、パッと足で踏んで隠してしまえるので、つま先は広い方が得です。

自分の丸靴

 これ (↓) は、同じビルの中にあったブーツ屋さんです。
 白い棚に黒のブーツを並べ、コントラストの妙を狙ったディスプレイです。
 ちょっと80年代っぽい。
 あの頃のデザイナーズブランドって白・黒が基調でしたよね。

みなとみらいブーツ屋

 ビルの外に出てみると、池の中にぽっかり帆船が浮かんでおりました。
 「日本丸」 (↓) です。
 石油燃料が枯渇する21世紀の後半を見据え、再び帆船の時代がくるかもしれない…ということを見越して開発されたものです。

みなとみらい日本丸

 突如、(↓) 海の底から浮上したマッコウクジラ 。
 もしかしたら、水の上に映ったビルの影かもしれません。

みなとみらいビルの水の影

 こうして眺めると、(↓) 「みなとみらい」 は、海上に浮かんだ街であることが分かります。
 蜃気楼の街。幻想の街
 大津波に襲われたら、2階ぐらいまで浸かる街。

みなとみらい遠景

 赤レンガ倉庫 (↓) まで歩いてきました。

赤レンガ倉庫

 ちょっとした “ヨーロッパ” でんがな。
 フェルメールあたりが描きそうな、ネーデルランドの街並が再現されています。
 本物のレンガだから迫力が違いますね。

 横浜には、一瞬だけ外国旅行を味わったような気分になる風景がいっぱいあります。
 あちらこちらに、珍しいものが何の脈絡もなく溢れかえって、大にぎわい。
 まさに、海外旅行の 「100円ショップ」 という感覚ですね。

 そういう 「ワンコイン・トリップ」 という意味では、この 「横浜税関」 (↓) のたたずまいもエキゾチック。
 建物のてっぺんにモスクを思わせる塔が立っていて、夕空に浮かぶシルエットは 『飛んでイスタンブール』 。
 ……そんな歌ありましたよね、昔。

横浜税関

 山下公園の手前まで歩くと、まだかすかに昔の 「さびしい横浜」 が残っております。
 コンクリート打ちっ放しの殺風景な岩壁。
 主 (あるじ) のいない独りぼっちのボート。
 黄昏 (たそがれ) の中に沈もうとするYOKOHAHA BAY。

横浜ベイ岸壁
 
 そして、どこからか流れてくる 『My Fanny Valentine』 ならぬ、ジェロ君の 『海雪』 。

 こんな景色を見ながらの演歌は身にしみます。
 酒は熱燗ね。カシラ2本、塩で。
 …なんて言葉が、思わず喉まで出かかっちゃいそうです。

 ついに山下公園 (↓) まで踏破。

横浜山下公園

 氷川丸にライトが灯り、ベンチに座った恋人たちが、互いに手を取りあってその明かりをうっとりと眺めています。
 ベンチは冷たいので、風邪など召しませぬように。

 さぁ、いよいよ散歩の終着駅。中華街。
 ひゃ、お祭りだぁ!

横浜中華街1

 何でしょう! このすさまじいほどに密集した明かり、明かり、明かり。
 中国漢字、日本語、英語がバコバコと弾け飛ぶ 「文字の花火大会」 。

横浜中華街門

 チンパンジーがバンバンジーを食べて、バンジージャンプを繰り返しているような街。
 やっぱ中華街はシュールだ!
 正月にテレビで見た 『イノセンス』 のアニメを思い出しました。

イノセンス中華カーニバル

 エビチリソース、シュウマイ、ライス、杏仁豆腐がセットになって900円というディナーを食べ、肉饅頭10個入り800円のお土産を買って帰りました。

中華街料理

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:13 | コメント(6)| トラックバック(0)

まち散歩

 今日は、私が住んでいる町をご紹介いたします。

 じゃーん! (↓)

田園調布駅看板

 昔から、セレブがお住まいの土地として有名なこの町。
 私が住んでいる町…………なんですが、あまりゆっくり見物したことがないので、カミさんと散歩してみることにしました。
 地井武男さんの 『ちい散歩』 (テレビ朝日) ならぬ、町田の 『まち散歩』 です。

駅前風景1

 で、この町。
 駅前からすでに洒落ていますねぇ。
 駅を背にして小さなロータリーに立ってみると、あの有名な並木道が放射上に広がっている独特の風景が展開していました。

並木道14

 木の枝がみな葉を落とし、その影が車道に長く伸びて…。
 ちょっと、『第三の男』 のラストシーンのような映像です。

 え、その映画ご存知ない?

 並木道には、お店がありません。
 店舗があるのは、ロータリーの一角だけ。
 しかも、ファーストフードのお店が数軒ほどという感じ。
 それもホント上品に、つつましやかに、遠慮がちにオープンしているだけです。

 並木道を歩いてみました。
 どのおうちも門構えが立派で、さすが 「高級住宅街」 の代名詞の町だけはある…と感心してしまいます。

並木道09

 でも、並木道の途中なんかに出てくる小じゃれたカフェで一休みをもくろんでいたカミさんは、不満そう。

 「なーんだ、住宅街なんだ」

 そうですよ。それが何か?

 これ (↓) が私の家です。
 今日は、この後プールの掃除です。
 カロリー消費のため、自分で掃除します。
 執事とメイドさんにはお休みを取らせているので、門も自分で開けなければなりません。

豪邸その1

 これ (↓) も私の2番目の家です。
 でも、これは裏門に過ぎません。

豪邸その2

 表門は、この裏門の反対側にあります。
 表門から母屋までは、120mの並木道が続いています。
 うっかり考え事をしながら歩いていたりすると、母屋を通り越して駅前まで出てしまいます。

 ここからは見えませんが、並木道の横には、わずか2000坪程度の “猫の額” のような芝生庭園があります。

 そこには、イタリア生活の長かった父の趣味で、大理石の噴水と、アフロディーテと、アポロンと、ヘルメスなどのローマ彫刻が置かれています。
 昨年の台風でヘルメスが倒れ、腕が欠けたので、今イタリアに新しい像をオーダー中です。

芝生の彫刻1

 芝生広場の裏にはヘリポートがあって、ときどきヘリで出社しています。
 今日はちょっとメンテナンス中で、ヘリは飛びません。

 ちなみに、地元では、みな私のことを 「マルチェロ」 と呼びます。
 若い頃のマルチェロ・マストロヤンニに似ているからだそうですが、自分ではあまりそう思ったことはありません。

マルチェロ・マストロヤンニ

 でも、モンテカルロのハーバーに預けているクルーザーでパーティを開いたとき、イタリア人の友達たちからもそう言われたことがあるので、どこかマストロヤンニ風の面影があるのかもしれません。

 …などとつぶやきながら歩いている私に対し、
 カミさんが振り向きざまにいった一言。
 
 「虚しくならない?」

 駅前に戻ってきて、ちょっとカフェで一休み。

駅前のカフェ02

 店内 (↓) です。

カフェの店内01

 明るくて、清潔で、お客様もみな上品。
 隣りに座ろうとした奥様が、テーブルとテーブルの間に体を入れるとき、
 「おほほ、ごめんあそばせ」
 と優雅な挨拶を寄こしてくれました。

 コーヒーと菓子パンです (↓) 。

カフェのコーヒーとパン

 菓子パンのお値段は一個350円!
 80円の太鼓焼きで満足している自分にとっては、もう高級スイーツのお値段です。

 でもメッチャうまい!
 特に、チョコレート板を埋め込んだパン (手前) の風味の豊かさには、目がぐるぐる回る思いでした。
 チョコレートの味がもう違うんだわ。ゴディバもメじゃねぇ。

 「やっぱ高い菓子パンは美味しい!」
 という悲しい真実に打ちのめされてしまいました。

 駅の反対側も覗いてみました。
 こちらはロータリー側とは逆に、商店街になっているようです。

 おや? 何の店だろう…。
 ちょっと古そうな屋号。

駅近くの食材屋さん

 中 (↓) に入ると、食材販売店でした。

食材屋さんの店内

 しかしカミさんは、その店の特異な能力をすぐに見破りました。

 「お菓子を作る材料がいっぱい揃っている!」
 というのです。
 パン作り用の強力粉とか、パン生地に折り込むチョコレートや香料のたぐいに、和菓子作り用の各種あん、大福粉、わらび粉、くず粉…。

 「しぼり出し袋の口金だけでも、こんなに揃えている店ってないわよ」
 とカミさんはいうのですが、シボリダシブクロノクチガネ…といわれても、意味が分からずじまいです。

 それにしても、駅のすぐそばの食材店が 「お菓子の材料屋」 さんとは…。

 きっとこの辺りに住むセレブのおうちでは、ケーキ作りや和菓子づくりが盛んなのでしょう。
 この町の子供たちにとっては、ご飯よりお菓子の方がリアリティのある食べ物なのかもしれませんね。

 チョコレートカレー
 アップルパイうどん
 シュークリーム丼

 先ほど食べた菓子パンの美味しさを思い出すと、この町の各家庭の食卓には、そんなメニューが並んでいても不思議ではないように思えてきました。

駅前23

 さて、今日は、昔から話題の素敵な町を散歩しました。

 日も西に傾いてきたので、それでは、「私の住んでる町」 にサヨナラです。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(6)| トラックバック(0)

額の傷

 古いアルバムを整理していたら、20代の自分を写した写真が出てきてゾッとした。
 『仁義なき戦い』 じゃん。

黒シャツ白タイ

 これは、ちょうど組に属していた頃で、借金の取り立てなどをやっていた時代の写真だ。
 といっても、別にアコギなことをしていたわけじゃなく、逃げ回るタチの悪い債務者に、ちょっと社会の 「常識」 ってヤツを教えてやったに過ぎない。

 ……ってな話は真っ赤なウソで、交通事故をやってしまって、額に傷を負った時の写真だ。

 20代の半ばだったと思うが、交差点の右折レーンで、右折しようとしていたとき、直進車とモロにぶつかった。
 前にやっぱり右折車が1台いて、それがモタモタしているように思えたので、それより鼻をちょっと出し、前方を確認しようとした矢先だった。

 飛び込んでくる直進車のボンネットが、刻一刻と迫ってくるのが見える。
 不思議なもので、そういうときは、意外と “ゆったり” 時が流れる。

 時間にすると5~6秒だったろうけれど、その短い時間のうちに、いろいろなことを考えた。
 
 任意保険はまだ切れてないよな。
 過失割合は、3対7…いや、2対8ぐらいでこっちが悪いんだろうなぁ…。
 保険会社にすぐ電話しなきゃな…。
 俺ははっきりいってもうヤバイけど、相手も怪我したらどうなんだろ…。

 頭が高回転で回り始め、事故後の処理が次々と思い浮かんだ。

 で、ぶつかった衝撃で、フロントガラスを割って、頭が半分くらい外に飛び出した。

 当時は、まだシートベルトが法制化されていなかった時代。
 シートベルトの着用指導はなされていたが、しなくても罰則規定はなかった。
 で、ズボラでかつ生意気な自分は、そのシートベルトをしていなかった。

 交差点の真ん中で、お互いに鼻がめり込んだクルマが2台が立ち往生することになった。
 深夜だったので、交通量が少ないことだけが救いだった。

 急いで、ドアを開け、
 「大丈夫ですか?」
 と相手のドライバーのところに駆け寄った。

 が、前が見えないのである。
 生温い体液がどろどろ吹き出して、両目を覆ってしまうのだ。
 額からしたたり落ちる血だった。

 「こっちは大丈夫だから、あんた額の傷を…」
 と、相手のドライバーが逆に気づかってくれる。

 クルマを交差点から押し出して、歩道の脇に寄せ、警察と救急車を待った。
 額の流血が止まらない。

 放っておくと、血はヨーグルトのような粘着物に変わり、顔に付着したまま層をなしていく。
 それを手ではぎ取り、道路に投げ捨てる。

 そんなことを繰り返しながら、縁石に腰掛けて、救急車が来るまで煙草を吸った。
 煙草はたちまち赤く染まり、ひと口ふた口吸うと、すぐ火が消えた。

 この写真には、そのときの額の傷跡が写っている。
 20針縫った跡だ。

 ようやく収容された救急病院で、若いインターンの先生が、額の中に突き刺さったガラスの破片を、いくつもいくつも指でほじくり出してくれた。
 先生の手も血まみれになった。
 
 ある程度のガラスを取り出してから、止血のために縫った。
 その病院では、麻酔薬が切れていた。
 麻酔なしで縫うという。

 針が皮膚に突き刺さり、それをギュッとすくい上げて、皮膚と皮膚をつなぐ。
 その感覚が、すべてリアルに伝わってくる。
 針が刺さる瞬間も痛いけれど、糸を引っ張って縛るときの痛みの方が、何倍もきつかった。


 病院には10日ほど収容されてから、“出所した” 。
 会社に出ると、額の傷を見て、みんな声を飲んだ。

 通勤時間帯。ホームに立っていると、スゥーッと周りの人の引く気配がする。
 どうしてかな…と思って鏡を見ると、確かにアブナイ系の人間の面相になっている。

 どうせなら、ファッションもアブナイ系にするか。
 そう思って、黒シャツと白いネクタイを買った。
 先ほどのはそのときの写真だ。

 この格好で駅のホームに立つと、前よりさらに人の気配がサァッと遠のいていくのが分かった。

 こういう格好で電車に乗り、自分の前に立っている老人に席を譲ろうとすると、もうそれだけで、老人は何度も首を横に振り、必死になって遠慮する。

 いつもなら、「どうぞ」 とにこやかに声かけるのに、こういう時は、
 「おう」
 と、ぞんざいに席を立つ。
 むりやり座らされた老人も、生きた心地がしなかったかもしれない。

 悪趣味をさんざん楽しんだ20代半ばのことだった。

白スーツ黒シャツ
 ▲ こんな写真も同じアルバムから出てきた。芸人気取りだったようだ。
 しょうもねぇ20代だったと…今思う。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:35 | コメント(6)| トラックバック(0)

正月はテレビ三昧

 元日の夜はテレビ三昧。
 夜の9時からは、テレビ朝日では 『相棒』 の元日スペシャルをやっていて、テレビ東京では 『たけしの新・世界七不思議』 が放映されていて、どちらも観たかったけれど、結局 『NHKスペシャル』 を最後まで観てしまった。

 エヌ・スペの元日特集は 「激論2009 世界はどこへ そして日本は」 という銘打ったトーク番組。
 世界的経済崩壊を招いた “市場原理主義” は崩壊したのか? というテーマで、7人の論客がそれぞれの立場からホットな主張を展開するというもの。
 この10年、アメリカの金融経済路線に応じて、日本政府は新自由主義経済を導入し、次々と規制緩和を推進してきたが、そういう政府のやり方は正しかったのか、間違っていたのかというのが大きな論点となった。
 
 討論の参加者は、竹中平蔵氏、金子勝氏、勝間和代氏らマスコミでもその名を知られる名うての論客たち。
 慶應大学教授の金子勝氏は、「100年に1度」 といわれる現在の不況・雇用不安の時代というのは、今までアメリカ主導型で展開してきた金融経済そのものの破綻を意味するもので、ここでその総括が必要と主張する。

 この金子氏のトークに歩調を合わせ、山口二郎氏 (北海道大学教授) 、斎藤貴男氏 (ジャーナリスト) らが、日本政府の今までのあり方を批判的に検証する。

 一方の竹中平蔵氏は、そういう見方を 「単純すぎる」 と一蹴し、現在の日本経済の停滞は、むしろ小泉政権が押し進めようとした構造改革の不徹底に起因すると反論する。
 竹中平蔵氏寄りの意見を持つ論客として、八代尚宏氏 (国際基督教大学教授) と岡本行夫氏 (外交評論家) も、竹中氏の主張を政策論や外交論の立場から支援する。

 そして、女性経済評論家の勝間和代氏が、その両陣営の主張とは少し異なる視点を導入して、議論の流れに新しい切り口を導入する。

 けっこう見応えがあった。
 どちらの陣営も 「日本経済の再生」 という目標を持つものながら、両者の思想には明確な違いがあった。

 竹中陣営は、経済再生の具体的プランを何よりも重視する。 
 そして竹中氏は 「現社会に対する情緒的な反応よりも、リアルな対応こそ重要」 と断言。そもそも “市場原理主義” などという、世界のどこの国も使わないような用語で、現状のすべてを掌握しようという安易な態度こそ反省すべきと主張。

 さらに氏は、経済再生の解決策として、「日本の法人税の法外な高さを是正すべき」 などという具体的なプラニングを披露することによって、現実的な解説策の重要性を提起する。

 これに対し、金子氏、山口氏、斎藤氏らの主張は、「経済発展の前に人間ありき」 というところにあった。
 「そもそも経済を発展させるという目的は、何のために掲げられたものか。一部のお金持ちだけが富を蓄積し、大多数の人間が経済的弱者に落ちていく社会が幸せな社会なのか?」 というのが、金子陣営の主張全体を覆うトーン。

 このような主張は、確かに誰にも分かりやすい情緒的な理論展開ではあったけれど、「経済発展の前に人間の幸せありき」 という姿勢は伝わってくる。

 番組の後半で、今流行の 「グローバル社会」 という言葉に関し、「グローバル化 (地球規模化) 」 が進行するようになると、「各社会での閉鎖性はますます強まる」 と誰かが言っていた言葉が印象に残った。

 優れた討論番組というのは、決してひとつの結論に集約していくようには作られていない。
 立場や視点を変えれば、いくらでも問題点は掘り起こされてくる。それをうまく整理できただけでも成功した番組ではなかったか。


 …ってなものを見て、『たけしの新・世界七不思議』 をちょっと観て、きまぐれにNHK教育放送にチャンネルを合わせてみたら 「地球温暖化問題」 を採りあげたドキュメンタリー番組をやっていた。
 面白そうだな…と思ってしばらく観ていたら、これも最後まで観るはめに。

 番組名は 『世界のドキュメンタリーシリーズ 近未来予測・選シリーズ 「人類滅亡を回避せよ」 』 。

 舞台は2075年の地球。
 北アフリカでは砂漠化が進行し、農業も壊滅状態。水不足も深刻。
 北極圏では流氷が溶け始め、シロクマをはじめそのあたりを生存圏としていた動物が次々と死滅。

 文明圏の大都市は、猛暑の夏と長雨の冬が恒常化し、洪水などの突発的な自然災害が多発している。
 石油も枯渇し、石炭も掘り尽くし、道路にクルマの影はなく、田舎を旅する人は馬に乗って移動している。
 地球上の各地方では、水不足から来る紛争が激化。

 すべては 「地球温暖化」 がもたらした災い。

 そういう時代の地球で暮らす三つの家族のストーリーが展開される。

 先ほどのエヌ・スペでは、「経済再生」 が問題になっていたけれど、従来の産業システムをそのまま維持した経済再生の末路を見る思いで、少し暗澹たる気持ちになる。
 なんか大変な時代を生きていくことになりそうだ。


 …なんか明るい話はないものかと、チャンネルを変えてみると、暗~いホラー映画にぶち当たった。
 黒沢清監督が2006年に撮った 『叫 (さけび) 』 。

『叫』

 役所広司演じる中年の刑事が、事件を捜査中に、赤いワンピースを着た女の幽霊にたびたび遭遇するようになる。
 
 その女の幽霊は、いったい誰で、何のために役所広司の前に現れるのか。
 ミステリ仕立てのホラー。
 2転3転のどんでん返しがあって、どう解釈していいのか分からない謎めいた結末があって、映画としてよく出来ているのか、そうでないのか判断留保してしまうような作品なのだが、映像が良かった。

 時代から取り残されたまま放置された古い集合住宅。
 開発途上のまま放り出されたような、荒涼とした湾岸地域の風景。
 何気ない風景が、みな異様な輝きを帯びている。

 どの映像も光の回り方がいいのだ。
 見た夢を回想するときに現れる光。あるいは、遠い記憶が突然蘇ってきたときの光。
 当たり前の風景なのに、それを照らす光だけが奇妙な非現実性を帯びて、正体の分からぬ不安感が忍びよってくる。

 幽霊が出てくるときよりも、幽霊もいないただの風景の方がよっぽど怖いという稀有な映画だ。
 
 事件の被害者の母親と、刑事たちがその母親の住む家の居間で語り合うシーンがある。
 なぜか、カメラはそこで語り合う登場人物たちよりも、その居間の向こうに広がる窓を画面の中心に据える。
 窓の外には、ありふれた都市近郊の田園風景が広がっているに過ぎない。

 窓はやたらと明るく描かれている。
 そこから室内に入ってくる日差しは、温かそうで、優しそうだ。
 だけど、怖い。
 窓の外に何かの気配がある。

 午後の光に満ち溢れた病院の廊下。
 清潔で明るい廊下には、行き交う人々の姿も描かれていて、怖いと思える要素は何もない。
 それにもかかわらず、この廊下も怖い。

 廊下の隅々までくっきりと見渡せるようなカメラワークが、「過度に明瞭すぎる風景というものは、それだけで非現実的だ」 ということを教えてくれる。

 そういった映像がやたら多い。
 こいつもとうとう最後まで観てしまった。

 気づいたらもう夜中の3時。
 6時間以上もぶっ通しでテレビなんて観たのは久しぶりだ。
 そういう時間を作ろうという気分になったのも、正月ならでは。

 正月って、やっぱ不思議な日なんだな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 13:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

考える鳥

 2009年の1月1日。
 公園を散歩してきました。

公園のベンチ

 風は冷たいけれど、日差しは温かくて、町を走るクルマも少ないせいか、空気も澄んでいて。
 透明度の高い空が、どこまでも続いていて、ところどころに浮かんでいる雲も、祭りの夜店の綿菓子みたいにふわふわと柔らかそうで、まぁ、穏やかな元日の午後でした。

 ベンチに座って池を眺めていると、サギなのかカモなのか分からないけれど、池の真ん中にぽかりと浮いたハシゲタみたいなところに、一匹の鳥がいて、じっと空を見上げていました。

 「何考えてんのかぁ…」
 って思いながら、こっちもその鳥の様子をじっと見つめているんだけど、そいつ、周りの鳥がバシャバシャと水遊びに興じているのも気にしない様子で、ただひたすら天を仰いで、ときどきため息をついたりして。

池の水鳥たち

 きっと、鳥の中の哲学者なんだろうな。
 自分の存在とは何なんだろう…、果たして私は鳥なのか…なんてじっと考えているのかもしれない。
 なんて思うと、ますますその鳥から目が離せなくなって、結局小一時間もそのベンチに座っておりました。

 そいつに話しかけようと思っても、こっちは鳥語は話せないし、仮に話せたとしても、むこうは 「思索の邪魔するなよ」 ってなことを言い出しかねないし。

 しょうがないから、自分が鳥だったら何を考えるのだろうか…って、こっちも一生懸命考えて、ついに結論は出ずじまいで。

 いつの間にか、周りの景色に夕暮れの気配が忍び寄ってきて、日の光が黄色味を帯びて、木の影がどんどん長くなり、池の水も心なしか黒ずんできて、池に浮かんでいるボートの影も寂しげに見えてきて、「さぁて家に戻ろうか」 と立ち上がったわけですが、「考える鳥」 は、ずっとそのままの姿勢を崩すことなく、空を見上げておりました。

 さて、また1年のスタートです。
 その最初の日。
 「考える鳥」 は私に何を教えてくれたのだろう。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:10 | コメント(4)| トラックバック(0)

深夜のハーモニカ

 もうイヤになっちゃってさ。
 それまで一生懸命会社で原稿書いていたんだけど、8時になったら突然ブッツンしちゃってさ。
 急に酒飲みたくなったわけ。
 …誰かと話したい。
 …仕事も何もかも忘れて、バカッ話にうつつを抜かしてみたい。

 納期を間近に控えた仕事があって、本当は徹夜でも何でもしなければならないせっぱ詰まった状況だったんだけど、体が勝手にパソコンの電源落として、暖房のスイッチ切ってさ。

 自分の住んでる町に着いたのがもう10時過ぎで、この時間、知り合いを呼び出そうっていう時間でもないから、とりあえず駅裏のカウンターだけの焼き鳥屋に一人で入って。

 「カシラとタン、2本ずつね。塩で…」
 なんて叫んで、焼酎の水割り頼んでさ。

 で、周りを見回すと、みんな頭に白髪の混じったオヤジばかりなの。
 で、みんなハンで押したように、テレビドラマなんかの画面を目で追いながら、黙々と飲んでいるわけさ。

 金曜日の夜。
 不況だとかなんだとかいいながら、一応、忘年会とか、仲間うちの飲み会なんてのが最も集中するような日じゃない?
 だけど、そんな席からはお声もかからない…ってな連中ばかりでさ (もちろん俺もその一人なんだけど) 。

 お互いに、つまはじきされたオヤジ同士なんだから、隣りのヤツに、「今日は寒いから、やっぱ熱燗がいいっスね」 なんて話しかけたっていいだろうに、みんな下向いてジトっとしててさ。

 あんまり陰々滅々としていたんで、厚揚げとホーレンン草のバタ炒めをそそくさと食ってから、いつもの居酒屋に寄ったんだ。

飲み屋瓶

 だけど、ここも似たり寄ったりのオヤジばかりでさ。

 家に戻って部屋の電気をつけるとガランとした空間がよけい寂しいから、酔いの力を借りて何も考えずに寝るんだ…ってなオヤジばかりが、ここでも黙々とテレビ観ながら酒飲んでんの。

 隣りにはいつものトミさんがいて、話していてあんまり面白くない人だから、別の常連客がいたらそっちの方と話ばかりしているんだけど、こういうときに限って、俺の隣りがトミさんなわけ。
 
 で、「年末はいつまでお仕事なんですかぁ?」
 ってな、当りさわりのない話をして、「最近なんか面白いことないですかねぇ」 ってな、絵に描いたような他人行儀な話題に持ち込んで、「いやちょっと凝っているものがありましてねぇ」 って言われたから、「ほぉ、何でしょう?」 って、ちょっと面倒くさいな…と内心思いながら、いちおう “顔面好奇心の固まり” ってな表情を浮かべて、相手の出方を待っていたら、トミさんがカウンターテーブルの上に広げたケースの中から出てきたのが、大小いろいろ取りどりのハーモニカなの。

 「最近、これを練習しているんですよ」
 …ああ聞いて欲しいわけね…て、すぐ察知したから、
 「おお、いいですねぇ、何かお得意の曲がありましたら、ぜひ1曲」 …って、ママさんのチエさんの表情をうかがいなら、吹いてもらうことにしたわけよ。

 最初の1曲は、「あしたぁハマ~べをさまよえば~」 っていう、昔の国民歌謡なんだけど、ああ! って思っちゃったわけ。
 ハーモニカの音って、もうここ10年以上…いやひょっとして20年以上も聞いていないってことが分かったのね。

 だからすっごく新鮮なわけよ。
 
 年末の、若い女の子もいなければ、気の利いた座談を取り持つ青年もいなくて、もう還暦まぢかかひょっとしたらそれもとっくに過ぎているオヤジとママしかいない店で、カウンターの端を、低くたなびくタバコの煙のように、モソっと流れていくハーモニカ。

 いいんだわ!
 
 「それ凄いよ、もっとやってよ」」
 とリクエストすると、ようやくトミさん、調子が出てきたらしく、
 「じゃ次は、オーバーザレインボーって曲知ってます?」
 って吹き始めて、さらに 『山茶花の宿』 からクリスマスの聖歌とか、もうハーモニカ酒場になっちゃったわけ。

 で、俺、それ聞いているうちにジーンとしてきてさ。
 頭の中には、西部開拓民の家族が幌馬車から降りて、焚き火の前に集まって、そのうちの一人の爺さんが、スコットランド民謡かなんかをハーモニカで吹いて、みんな静かにそれを聞きながら、焚き火にマキをくべたりする情景が頭の中にグルグル回り出して…。

 ハーモニカって、典型的な 「昭和の音だなぁ…」 ってしみじみ思っているうちに、まだコンクリなんかで固められていない土の上で、みんな裸足になって遊んだときの情景なんかも蘇って、ジミヘンやクリームが出てきて、ギター弾けるヤツがヒーローになる前は、ハモニカ小僧がヒーローだったよなぁ…ってな想い出も頭の中をかけめぐってさ。

 今まではハーモニカって馬鹿にしていて、ブルースハープならOKね…なんて粋がっていた自分が、なんだか空しく思えてきて、正々堂々と 「ハーモニカって凄いっスねぇ!」 ってトミさんに宣言して、店出てきたら12時。

 でも、また聞きに行こうかな、トミさんのハーモニカ。
 

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

車でモテた時代

 俺、若いころ、いっぱしのナンパ師だったのよ。
 ペラペラしゃべりかけるの、平気!
 女がためらってもよぉ、サメみたいに食いさがる厚かましさも、充分!

 何よりも自慢なのは、振られても 「ケッ!」 と開き直れるたくましさ。
 カエルのツラにションベンってやつだね。
 
 でもさぁ、弱点ってのがあったわけ。
 それは、クルマってのを持ってなかったのよ。

 俺なんかが行ってた学校って、けっこう良家のボンボンもいてさぁ、親に買ってもらったスポーツカーなんかで、通学しているヤツもいたのね。
 そういうヤツらの顔みるとさぁ、もうムカムカしてきてよぉ。
 「オマエらが持っていて、なんで、俺にねぇのかよ」
 ってね。

 まぁ、今日びの若者はクルマなんかには興味がないっていうじゃない?
 クルマ使ってモテようなんて気持ちはまったくないんだってな。

 そういう時代って、けっこう健全かもしんない…って気持ちはあるけどさ。
 だって、モノじゃなくて、“心” で勝負ってことでしょ?
 そっちの方が、断然いいとは思うぜ。

 でも、俺たちの時代は違ったのよ。
 クルマってのは、女に振りかける “ホレ薬” みたいなもんでさ。
 そいつを持ってるかどうかで、モテ度が全然違ったのね。 

 だから、俺、表面的には、クルマを使ってナンパしているようなやつらを軽蔑するフリしてさ。
 「てめぇら、クルマの窓開けなきゃ、声もかけられねぇのかよ」
 って、思いっきり毒づいたこともあったな。

 でも、やっぱクルマのすさまじい神通力というものを、まざまざと思い知らされたことがあったんだよ。

 一人で街を歩いていた時なんだけどさぁ、公衆電話のボックスからヒマそうに出てきた女がいたの。

 目と目が合ったら、にらむのよ。
 俺がナンパやりそうな雰囲気を漂わせていたんだろうね。
 ぶ厚いマスカラの下の目がさぁ、「声かけないで」 って訴えてるの。

 だから俺もヤケクソ気味によぉ、
 「ドライブでもしない?」
 って、捨てぜりふのつもりで言ってみたんだ。

 止まったんだよ、相手の足が!

 「何に乗ってんのよ?」
 と、そいつ疑り深そうな口調で、聞き返してきたの。

いすゞ117クーペ

 当時知っていたわずかな車名のなかで、とっさにひらめいたのが、
 「117クーペ」 。

 「ほんと?」
 まだ、疑っている声だったけれど、目が好奇心を漂わせているんだよね。
 「いすゞの?」
 「そうそう」

 「ふぅーん…」 って、歩み寄ってきてさ。
 「どこに置いてあるの?」
 「まぁ近く」

 それから彼女、自分の腕時計みて。
 少し何か考えて。
 「高かったでしょう。ひょっとして、お金持ち?」
 「そうでもないけどさ」
 「だって、170万円だよ」
 「親父のクルマよ」
 俺、ちょっと真実味を増すために嘘ついてさ。

 …したら、「乗ってもいいかな」 って、そいつが笑うの。

 ああ、こういうものなのか…って、俺は感慨にふけったね。
 クルマを使ってナンパしているやつらは、途中駅を吹っ飛ばして一気にゴールまで行けちゃうんだ。
 そう思ったの。
 こりゃ知らない世界に踏み込んだなぁ…という気がしたね。

 で、彼女、うって変わって人なつっこい顔になってよ。
 「行くなら湘南がいいよ。箱根まで行ってもいいな」

 俺、内心ヤベェなぁ…って思ったよ。

 とにかく 「ドライブはこの次にして、今晩は酒でも…」
 っていうシナリオに持ち込まなければいけねぇ…って計算してさ。
 「まずお茶でも飲もうよ。時間あるし」
 って、水向けてみたの。

 ところが、それには乗らねぇんだな。

 「だったら箱根で飲もうよ」
 そう食い下がってくるわけ。

 箱根なんて言われてもさぁ、俺、電車と徒歩でしか行ったことがないから、クルマの距離感なんてつかめねぇのよ。

 だから 「箱根は遠いなぁ…」 って、かったるそうな表情つくって、せいいっぱい遊び人の “優雅なけだるさ” ってのを演出して。
 確かに電車だと、完全に一泊旅行の場所だったからね。

 「何いってんのよ。いま西湘バイパスできたじゃない。西宮から小田原まで高速で行けんだよ。知らなかったの?」
 彼女の目が、また不審そうな目つきに戻るの。

 「いや、この前行ったばかりだから、つまらないと思ったんだ」
 「ふぅーん。じゃ鎌倉ぐらいでもいいか」
 「まぁ、急ぐなよ。実はクルマの調子が急に変になっちゃってさ」
 「え、どうしたの?」

 「いや、ちょっと走らなくなっちゃってよ」
 「ボンネット熱くなってる?」
 「……も…もしかしたら、そうかな…」
 「オーバーヒートだよ! ラジエーター水をチェックしてた?」

 オーバーヒート
 ラジエーター

 恥ずかしいけれど、俺、初めて聞く言葉だったんだわ。
 だんだん冷や汗が背中に溜まってくる感じよ。
 こりゃ、クルマの話から早く離れなきゃいけねぇと思ってさ。

 「修理工場やってるダチがいまそれを見に来るのよ。だからすぐには乗れないの。それまで近くでお茶飲もうよ」
 彼女の頭からクルマを引っ剥がすのに必死よ。
 「分かったわ。でもどこに停めてあるの? ちょっとだけ見せてよ」

 ぜんぜん思惑どおりに進まねぇの。

 とりあえず、知っている喫茶店の方に歩き始めたんだけど、ついてくる彼女の関心はまったく117クーペから離れなくてよ。

 「あれってさぁ、エンジンがDOHCなのよね。何馬力だっけ。速いでしょ」
 「まぁね。あっという間の加速かな…」
 「そうよねぇ。4速ミッションだもんね。カッコいいなぁ」

 「俺はそれほどとも思わないけどね」
 「そういう言い方ってさぁ、持ってる人の余裕の言葉よね。ねぇねぇあれ、スタイルもいいよねぇ。イタリア人のさぁ、なんていったっけ? デザインした人…」

 ダ・ビンチでもねぇし、ミケランジェロでもねぇし…。だんだん頭の中がパニックになってきてさ。

 「あの悪いけど、俺ちょっとさぁ、急に用事を思い出しちゃった。じゃ…」
 「ドライブはどうするの?」

 「クルマ買ったらな」
 …という言葉を呑み込みながら、逃げ出したの。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:43 | コメント(6)| トラックバック(0)

カツカレーで勝負

 「カツカレー」 とか 「ハンバーグカレー」 などという食べ物がよくあるけれど、そういうメニューを何の覚悟もなくオーダーしてしまう人の気持ちが、私にはよく分からない。

 カレーとカツ。
 私にとってこの二つの食べ物は、ヒグマと月の輪グマのように、同じ空間には存在してはならない食べ物なのだ。

カツカレー

 もちろんカレーも、カツも好きだ。
 これにハンバーグが加われば、その3本柱で中2日のローテーションを組んで、365日間の全シリーズを戦いきってみせる自信はある。

 私にとっては、カレーもカツも、ともに大切な先発メンバーなのだ。
 だから、そのどちらかに1食分を任せたときは、できれば完投してほしい。
 
 ところが、「カツカレー」 というメニューを選ぶ場合は、その大事なエースの2品を、たった1試合に投入してしまうことになる。

 何たる浅はかな贅沢!
 馬鹿げた満足感!

 そんな食事を1試合でも行ってしまえば、その日を境に先発ローテーションは総崩れとなり、私はカツからもカレーからも信頼を失ってしまうことになるだろう。

 だから、私がカレー屋さんのカウンターに座り、店主に向かって、おずおずと  「カツカレー…」 と頼むときは、相当な 「覚悟」 を決めたときなのだ。
 両エースを惜しげもなく投入するわけだから、絶対負けられない大勝負に挑む時だとご理解いただきたい。

 どういう勝負か。

 たとえば、「ものすごくお腹が空いたとき」 。

 そのときは、さすがの私も腹をくくり、乾坤一擲 (けんこんいってき) の大勝負を挑むつもりで、この布陣に賭けることになる。

 この両エースがそろい踏みした食事は見るだに恐ろしい。
 カレーがカツという甲羅を背負うことによって、盛りつけ全体に戦闘的な雰囲気が漂い、太古の爬虫類のような凄みが漂ってくる。

 プレーボールともなれば、まずカレーが、口から炎が出るような辛さで、火の玉魔球をくり出す。
 カレーが一休みしているうちに、今度は、カツがパン粉でくるまれた豪快な肉片となって、地表すれすれの弾道を唸りをあげて飛んでいく。

 この両者が投げ抜いた試合では、私はまだ一度も負けたことがない。
 これまで、すべての 「空腹」 を完膚なきまで打ちのめしてきた。

 ……しかし、やはり空しい。
 カレーとカツを同時に投入しても、しょせん1食は1食でしかないのだ。

 そう思うと、なんでこんな贅沢をしてしまったのか…と後でくやむ。
 520円ですむところを670円にしてしまった。

 やっぱり、薄氷を踏むような緊張した食事であっても、カレー単品あるいはカツ単品で勝負して勝った方が、喜びもひとしおだ。

 カツとカレーの連合軍は、飛車・角を2枚ずつそろえて将棋を戦うようなもの。
 強すぎて、勝つ妙味が薄れる。

 私は言いたい!
 そこで 「カツカレー」 を注文しようとしている貴方。
 
 「気持ちは分かる。でも赤子の手を捻るようなマネは慎みなさい。エース級を2品も投入しなくても、お腹はいっぱいになります」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:59 | コメント(4)| トラックバック(0)

重い!

 とにかく、重いです。
 このブログに関わるすべてのことが。
 …反応が遅い。

 サーバの容量不足の問題でしょうか。
 
 よく分からないのですが、コメントを頂いても、それに返信を書いてアップするだけに、4~5分ぐらいかかります。
 その間、じっとモニターとにらめっこ。

 「反応してねぇのか?」
 と思って、もう一回ボタンを押すと、結果的に2重投稿になったり…。

 もしかして、このブログにコメントを寄せられる方がもそうなんでしょうか?
 だとしたら、いろいろご迷惑をかけて申し訳ございません。

 
 アクセス解析などしようと思うと、もう平気で20分~30分ぐらい待たされます。

 皆さまもそうですか?

 いろいろなブログでも、同様のことが起こっているようにも思います。

 これは、どんどんエントリー記事が貯まっていく 「ブログ」 というシステムの共通の悩みなんでしょうかね。

 以前、ホビダスさんにも相談をさせていただいたのですが、「現在対処中」 とのご返事をいただいただけ。

 たいした悩みでもないんですが、忙しいときは、ちょっとイライラしています。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 15:48 | コメント(15)| トラックバック(0)

初カノジョ

 初めて 「カノジョ」 ってのができたのは、二十歳になってからだったんだよね。
 相手は短大に通っていた女。俺よか一つ年下の十九歳。
 すげぇ美人!
 俺、有頂天だったね。自分で信じられなかったもん。

 きっかけは、ある女子短大の文化祭に行ったのよ。
 その学校では体育館をホールにして、バンド入れてディスコやってたの。

 俺、勉強はからっきしだったけれど、高校の頃から踊りは好きだったからさ。
 「ディスコなら、まかせてね」 だったのよ。
 ずっと後に、『サタデーナイト・フィーバー』 って映画がやってきたんだけど、ありゃ俺の映画だなって…思ったくらいだったからさ。

サタデーナイトフィーバー

 で、その女は黒いベッチンのミニのワンピースを着て、フロアの真ん中で踊っていたな。

 目と目が合ってさ。
 お互いに一目惚れよ。
 ステップ踏みながら、ずっと見つめ合ってさ。
 ドラマの主役になった気分よ。

 「あんた遊び人の顔ね」 …なんて、そいつもハスッパな口きいていたけれど、まぁ、後で聞いたらお嬢さんでな。親に金出してもらってピアノかなんかのレッスンに通っててさ。

 その日は 「一緒に帰ろう」 とか誘ってよ。ロック喫茶かなんか行ったんじゃないかな。
 お互いの電話番号聞いて別れたのよ。

 で、その女とのデートが始まったわけね。
 まぁ、すげぇ美人だから連れて歩くには良い気分なんだけど、ちょっと持て余したのは、喫茶店なんかでお茶飲むだろ?
 小むずかしい話をしたがるわけ。

 ヨシモト・リュウメイとかタカハシ・カズミとかさ。
 俺も聞いたことはあるけれど、詳しく知らない作家の名前を出すんだよな。

 こいつ本当に読んでんのかなぁ…と思ってさ。
 どこが面白いんだよ? って聞くと、
 「人間として創造的な人生を構築していくためには、体制側と戦う姿勢を持つ人の本を読まなければならないの」
 …っていうのよ。

 当時、ほら学生運動の真っ盛りの頃だからさ、そういう言い方って流行ってたんだよね。

 「私、労働者の側に立つ人が好き」
 なんて高らかに言うんだけどさ。
 それが、なんでベッチンのミニのワンピースで踊ってんだよ、って気分もあったけどさ。

 しょうがねぇから、俺もその手の本読んだよ。マクルーハンだったかマルクーゼだったか、「ヨーロッパ急進派の教祖」 とかいうの。

 全然解らなくてさ。
 突っ込まれると困るから、読んだとも言わなかったけどさ。

 まぁ、油断もスキもありゃしないって女でよ。
 こっちがタカハシ・カズミのことをうっかり 「巨人のピッチャー?」 なんて勘違いしようものなら、鬼の首取ったような残忍な笑いを浮かべてくるんだよ。
 当時いたんだよ、そういう名のピッチャーがホントに…。

 だけど、彼女は基本的にはマクレガーかなんかのポロシャツ着て、デッキシューズ履いてさ、フォークギター抱えてブラザースフォーなんか歌っていれば幸せって子だったからさ、俺も得意の音楽ネタでさ、「シカゴ知らないの? サンタナは? 遅れてんじゃない?」
 …なんて感じで主導権を取ろうとしてたの。


 でも、結局そいつには一年後ぐらいに、ものの見事に振られてね。
 学生運動やっていた口のうまい男にたぶらかされたみたいなんだ。

 デートの時間には大幅に遅れるようになるしさ。
 一時間以上待たせても、謝りもせず、ニコリともしないなんてことが多くなってきたの。

 で、ことあるごとに 「疲れた…」 って、家事に振り回される主婦みたいな溜息をつくようになってきたのね。

 あるとき 「どうしたんだよ?」 って尋ねてみたんだ。
 すると 「今ずっと成田にいるの。そこから戻ってきたところ」 って言うのよ。

 成田って、千葉の成田空港のことなんだけど、当時は空港建設反対運動があってね、そこに学生運動の活動家がいっぱい集まっていたわけ。

 で、その反対運動に参加しているということなんだろうね。
 見ると、ジーンズやスニーカーなんか泥だらけでさ。

 「疲れ過ぎて食欲すらないの。今日はお茶飲むだけでいい?」
 …って言うんで、約束していたピザのうまい店というのをキャンセルしてさ、地味な喫茶店に入ったの。

 で、席に座るとさ、もう彼女はたたみ込むようにしゃべり始めるわけ。

 「決断の時よ。このままでは負けるわ。日本はアジア諸国家を支配下に治める帝国主義国家として揺るぎないものになっていく。あなたは立ち上がらないの?」
 ってね。

 顔つきも違うんだよ。すっごく威圧的でさ。
 俺がもっとも恐れていたものが来たという感じだったね。

 「…いつから、そこまで思い詰めるようになったんだよ」
 そんな質問しか思い浮かばなかったな。

 「私、指導者を得たの。尊敬できる人よ。その人はたとえ独りになっても敢然と敵に立ち向かっていける人なの」

 まぁ、こういう場合はたいてい新恋人の出現を意味しているわけでね。
 そうなると前の男に勝ち目はないのよ。

 「指導者ってどんな人?」
 …なんて聞くとますます惨めになるからさ、黙って彼女の言葉を聞いていたな。

 彼女に言わせると、俺みたいなのは 「プチブル」 っていうことになるらしいのね。
 で、その言葉を彼女が舌で転がすときには、軽蔑の響きがこもるのよ。

 「プチブルであるかぎりは、あなたは労働者の革命をいつかは裏切るわ」
 とか言われてもさぁ、もともと俺、そんな言葉の意味も分かんないしさ。

 しばらく沈黙が続いて。
 「まぁ、とにかくこれで終わりということだね?」
 …って、俺、小さな声で聞いたんだ。

 すると、「戦う同志としての連帯ならあるわよ」 っていうわけ。

 今さらノコノコと彼女の後ろについて、デモ隊に加わる気もなかったからさ。 「…いいや」 っていう、その三文字の言葉を口にするのが精一杯だったな。

 彼女は哀れむような、さげすむような目で俺のことを見てさ、
 「私は自分の人生を革命に捧げる!」
 なんて言って去っていったな。

 カッコつけるんじゃねぇよ! と言ってやりたかったけれど、何いっても負け犬の遠吠えだからさ。
 シュンとしたまま見送ったの。

 今でもときどき、惨めで、吹っ切れなくて、不甲斐なくて、人の顔すらまともに見られないような自分を発見することがあるけれど、そういう気分は、たぶんあのときに生まれたものなんだろうな。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:22 | コメント(8)| トラックバック(0)

今の時代の笑い

 家でテレビを見る時間はあまりない。
 ないから、見るときは真剣に見たいと思う。
 ところが、真剣に見ようとすると、なかなかそれに応えてくれる番組がない。

 最近は、どこのチャンネルに合わせても同じような番組ばかり。
 まず、バラエティ。
 あるいは、クイズ。
 そして、グルメ。

 まぁ、その中でも、バラエティは一応 「バラエティに富んでいる」 わけで、いろいろなメニューがごった煮になっているから、中にはほぉっ! っと目が釘付けになる出し物もある。

バラエティ番組

 だけど、本当に面白いものに当たる確率は低い。

 今のバラエティから学べるものは、せいぜいコミュニケーションの 「間のとり方」 ぐらい。

 若い芸人たちの鋭い反射神経がもたらす瞬間芸には、確かに目を見張るものもあるけれど、瞬間芸というのは、その場において光りを放つものだから、仮にその芸を視聴者が身につけても、自分の生活の場で使うことはできない。

 そういうものを眺めていても、せいぜい時代の “空気” を呼吸するのが関の山で、自分で 「笑い」 を作り出すときの材料にはならない。

 時代の 「おかしさ」 が詰まった鉱脈は、意外と、「笑い」 とはかけ離れたシリアスな情報源の中に根を下ろしている。

 当たり前のことを真面目に論じている人たちの姿を見たり、多くの人々が常識的な行動だと信じて疑わないような様々な行動を眺めているうちに、何か変だな…、どこか違うな…と気づくところから、面白さやおかしさを発見するチャンスが生まれる。

 笑いは、笑いの中にあるのではなくて、笑いの外にある。

 かつてのビートたけしさんは、そのことをよく知っていた。
 超多忙の頃、彼はクルマで移動するときも欠かさずニュースを聞き、本を読んだ。
 「常識」 の盲点を突いた 「笑い」 を発見するためには、「常識」 を熟知していなければならないことを知っていたからだ。

 爆笑問題の太田光さんなんかも、そういう手法で 「笑い」 のネタを拾ってくる人である。

 ただこの方法は、ちょっとでも半可通の 「知性」 をひけらかしてしまうと、視聴者は一気に引く。
 シリアスな情報を 「笑い」 に発酵させるまの時間的・精神的余裕が必要なのだ。
 そのため、忙しいタレントには難しい。

 だから、多くのタレントは、反射神経の鋭さだけが頼りの瞬間芸に賭けざるを得なくなるわけだが、でも、それはタレントの賞味期限を早めるだけにしかならないような気がする。

 最近は、その賞味期限さえ最初からないようなタレントさんもいるようだ。

 とんねるずのデビュー当時は、彼らのテレビのフレームをぶち破ろうとするパワーに唖然としたし、初期のダウンタウンのコントはお腹がよじれそうにおかしかった。
 でも、もう…今はなぁ…。

 大御所たちが、時代と切り結んでいかないと、下も育たないのではないか。

 最近は、一時期民放に押されっぱなしのNHKが、じわじわと民放を押し返して、視聴率を上げているらしい。
 企画をしっかり練り込んで、しかも取材にもお金をかけている 
 『NHKスペシャル』 なんかは、世代を超えて相当評判が良いと聞く。

 新しい時代の 「笑い」 は、もしかしたら、そういう番組をしっかり観ているような人たちから生まれてくるのかもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:27 | コメント(4)| トラックバック(0)

大航海時代

【司会】 はぁーい! 『ゲームフリーク・パラダイス』 の時間です。
 今日も楽しい愉快なゲーム。朝晩ゲームに、夢でもゲーム。
 この番組は、寝る時間も惜しんでゲームに親しむゲームフリークの貴方に発信するゲーム情報のパラダイスです。

 ええ、この 「ゲーパラ」 では、先々週と先週、そして今週と3回にわたって、ゲーム研究家の町田先生をお迎えして、パソコンゲームの核心に迫っておりまーす! 
 それでは町田さん、どーぞ。

大航海時代_1

【町田】 こんばんは。
【司会】 先生、今日は何を?
【町田】 そうですね。今日はコーエイさんの人気シリーズのひとつ 『大航海時代』 を採りあげてみようと思っています。
 このシリーズは、全部で4作あるんですが、僕が傑作だと思うのは、『大航海時代 Ⅱ』 とそのバリエーション版の 『大航海時代・外伝』 ですね。
 ファミコン時代の 『Ⅰ』 から始まって、スーパーファミコンの 『Ⅱ』 『外伝』 、そしてパソコンの 『Ⅲ』 『Ⅳ』 とあるんですが、まぁ、大方の評判は 『Ⅳ』 に集中してますけど、僕はこれはあんまり遊んでなくてね。印象に残っているのは、やっぱり 『Ⅱ』 、『外伝』 かな…。

大航海時代2

【司会】 先生は、このシリーズのどんなところに惹かれたんですか?
【町田】 まず、そのスケールの雄大さですね。
 普通テレビゲームやパソコンゲームというと、何か狭い部屋で小さな画面に向かって縮こまって遊んでいるという感じがするじゃないですか。

 でも、このゲームだけは、実際に接しているモニター画面は小さくとも、その画面の向こう側に大海原が広がっているというリアリティを感じさせるものがあるんですね。
 特に 『大航海時代』 の 『Ⅱ』 とか 『外伝』 はですね、モニター上のビジュアルは写実的でもなんでもないんですが、「波のしぶき」 とか 「潮の匂い」 が迫ってくるんですね。

夜帆船1

 ゲームのリアリティには、3D的な視覚的リアリティとね、2Dにしかない観念のリアリティというのもあると思うんですよ。『Ⅱ』 と 『外伝』 には、その観念のリアリティというものがあるんですね。

大航海時代外伝

【司会】 …ちょっと難しい話ですが、分かりやすくいうと、どんなところが面白いんですかね?
【町田】 例えば、まぁ、自分がキャラクターの一人となって、船を手に入れますよね。
 最初は小さな安い船しか手に入らないんですが、ところがこれがなかなかうまく操れないんです。お金もないので、水夫も思うように集まらないわけですね。

 最初は、みなアテネとイスタンブールの間で、絨毯と美術品の交易でお金を貯めてね。
 金塊1個貯めるのがやっとなんです。

 で、そうやって、交易とか海賊行為などを行なって、少しずつ資金が貯まり、海にも慣れてくるとね、自分が航海できる範囲が少しずつ広がってくるわけです。
 船もだんだんスムースに操れるようになってくるんです。

 そして、貯まったお金で、さらに大きくて頑丈な船を買っていく。
 そこのところのステップアップの感覚が、ずしりと胸に迫って来るんですよ。

 そういう小さな達成感を積み重ねてですね、ついに外洋に出ていくわけですが、地中海世界周辺に住むキャラクターでゲームを始めると、ジブラルタル海峡を抜けて大西洋に漕ぎ出すまでに、2年ぐらいかかるんですよ。
 だからね、力を付けて、いざ海峡を抜けて外洋に出たときに、ものすごく感激するんですね。

大航海時代画面1

 で、外洋に出ると、実際に船に降りかかる波も2倍くらい大きくなったような気がします。
 アフリカ周りで希望峰を抜けるまでもね、途中嵐があったりしてね、下手すると難破してしまうんですよ。
 そんなところがね、スケールの大きなゲームだなぁ…と思いましたね。

嵐帆船1

 あとね、基本的に音楽がみな良いですね。各地域の雰囲気を表すテーマ曲がなかなか上手くできていてね、これが、気分を盛り上げるのに一役買っていますね。
 
【司会】 ゲームに出てくるキャラクターなんかでは、どんな人物が好みですか?
【町田】 『Ⅱ』 でいうと、カタリーナとアル・ヴェザスですね。
 あとね、『外伝』 に搭乗するサルバドル・レイスがいいです。これはちょっとはにかみ屋で、屈折した内面を持った陰りのある青年なんですね。
 正義感に燃えて、片っ端から悪を倒すという単純な設定になっていないんですよ。文学性が高いんですね。

 この 『外伝』 の音楽もよくてね、主人公キャラの持っている孤独感のようなものとね、冒険への期待感みたいなものが微妙に混じり合った美しい旋律になってます。単に勇壮なだけでなく、そこはかとない寂しさが漂った名曲ですね。

 ただ、ひと言苦言を呈すれば、この 『外伝』 では、もうちょっと歴史考証をしっかりしてほしかったですね。
 たとえばハイレディン・レイスがキリスト教徒側の海賊として、オスマン・トルコと戦うなんていう設定はどう考えてもおかしいんであって、その息子のサルバドル・レイスがキリスト教徒だってのもおかしい。
 ちょっとユーザーをバカにしてますね。

 まぁ、そんなところを差し引けば、よくできたソフトだとは思いますけどね。

【司会】 さて、町田さん。今までのお話は 『Ⅱ』 と 『外伝』 の話が中心だったわけですが、そのほかに町田さんが体験された 『大航海時代』 ではどんなものがあるんですか?

大航海時代3

【町田】 『大航海時代 Ⅲ』 というのがあるんですが、これが実に不思議なゲームでね、僕自身もいまだにどう評価していいのか分からないんですよ。
【司会】 これもプレステか何かですか?

【町田】 いや、これはパソコン版だけなんです。
 コーエイの人気シリーズは、パソコンから常に家庭用ゲーム機に落とされているんですが、この 『Ⅲ』 だけはね、ゲーム機にもついに移植されず、話題にのぼらないうちに、いつのまにか 『大航海時代 Ⅳ』 にとって替わられたという、ちょっと影の薄いゲームでね。
 だから、成功作なのか失敗作なのか…。『大航海時代 Ⅲ』 はなんとも評価しづらい面がありますね。

 やはりプレステやなどのゲーム機対応ソフトが出ないと、ゲームとしてはマイナーな印象は否めないですね。
 特に後発の 『大航海時代 Ⅳ』 は、パソコン版が出たあとゲーム機版もすぐに登場しているわけですね。だから 『Ⅲ』 は一般的には “失敗作” というイメージがついてまわりますね。

【司会】 で、どうなんですか? 町田さんも失敗作だと?
【町田】 いや、一般的な評価という意味では難しいんですが、僕個人としてはなかなかよく作られているソフトだと思いますよ。
 おそらく 『Ⅱ』 や 『外伝』 を遊んだユーザーが不満に思ったこととかね、あるいはこうしてほしいと望んだことなどをね、ある程度リサーチして開発されたものだと思いますね。

 たとえばですね、冒険旅行そのものの難易度をあげてほしいとか、あるいは宝物を発見したときのインパクトを高めてほしいとか、さらにね、船舶などの価格を上げてほしいとかですね、『Ⅱ』 や 『外伝』 を繰り返し遊んだユーザーなら誰で思うようなリクエストにはね、ちゃんと応えているんですね。

 で、この 『Ⅲ』 では今までにできなかった内陸の探検もできるんです。
 キャラバンを組んで、アフリカの砂漠などに探検に行けるんですね。
 
 あとね、港町を陸上から攻め落とすこともできます。
 海戦もあれば陸戦もあるということで、ゲームとしては結構凝っているんですね。
 そういった意味では、『Ⅲ』 というのは、『Ⅱ』 や 『外伝』 の発展型だといってかまわないと思います。

大航海時代_1

【司会】 はぁ…。ではなぜあまり話題にならなかったんですかね?
【町田】 地味なんですねよ。画面のグラフィックがどうしようもなく暗いんですよ。『Ⅱ』 や 『外伝』 のようなキャラクターの動きもなければ、色も乏しいんです。

 全体の印象がですね、ひと気のない薄暗い 「歴史博物館」 にでも入り込んだような感じなんですね。
 なにしろ登場人物の顔がアニメではなくて、19世紀末に撮られたモノクロの顔写真という感じで、実写的なんですよ。
 ま、リアルといえばリアルなんですけど、アニメタッチに慣れた大航海ファンは、まず最初にここで戸惑うと思いますね。

 さらに各港町の画像がですね、ヨーロッパ近世の美術品を模写したような絵柄で、格調が高いといえば高いんですが、地味といえば地味なんですね。これも、アニメ的表現に慣れた人には親しみにくかったんじゃないでしょうかね。

大航海時代帆船1

【司会】 なんとなく若者が好みそうじゃないですね。
【町田】 そうなんです。これはね、音楽を聞いてもらえば、それだけで分かります。
 たとえば北ヨーロッパなどの港町のテーマ。もう、なんかこの世の果てという雰囲気が伝わってきますよ。
 
 だけどね、音楽としてはねぇ、なかなか、みないいんですよ。
 僕はねぇ、実は、この 『Ⅲ』 の曲をね、当時はテープに落として、ドライブミュージックとして聞いていた時期があったんですけど、これ、ちょっとトリップさせてくれる曲…多いですよ。

 しかし、やっぱりゲームそのものの暗さはどうしようもなかったですね。
 ま、時代設定も、いろいろな精霊や悪魔がウジョウジョいた時代でしょ。
 海に関してもね、コロンブス以前は一般的に、まだ地球が平らだと信じられていたわけですからね。

 海の果てまで行ってしまうと、海水が滝のようになって地獄の底まで落ち込んでいるという、そんな世界観を人々が共有していたわけですね。
 そして、そこには人の知らない怪物がたくさん棲んでいると…。そんな雰囲気がね、この 『Ⅲ』 には漂っていますよね。

 ま、核戦争後の無人の地球をたった一人で旅しているという感じの、ちょっと終末論的な寂しさがこのゲーム全般に流れているわけでね。そこが味わいとなっている反面ですねぇ、また、とっつきの悪さにもつながっているわけですね。
【司会】 ふぅーん。

【町田】 それと、このゲームの最大の欠点は、クリアした瞬間が明確ではないんですね。仮にクリアしても、まだゲームを続行できるわけです。
 そうなると、その先どうなるなんだ? …という不安感がユーザーに湧いてくるわけですね。いつまで経っても終わりが来ない。
【司会】 あ、その感じちょっと不気味。 

【町田】 まぁ、僕としては、やっぱり明るい期待感に満ち溢れた 『Ⅱ』 とか 『外伝』 の方が好きですね。
 なんていうのかなぁ…本当に、世界が変わって見えてくるという、あの大航海時代の人々の気分が、特に 『Ⅱ』 にはあるんですね。

 なにしろ大航海時代までの人々の常識では、地球はどこまで行っても果てがない、無限に広がる平面だったわけですよね。
 当然 “地球” という言葉も存在しなかったんですが、大海原の彼方がどんな風になっているか誰にも想像がつかなかったわけでしょ。
 当時の人は、まさに 「宇宙の果て」 に思いを巡らす今の人々の気持ちと同じだったと思うんですよ。

大航海時代帆船1

 で、やがて、コペルニクスやガリレオ・ガリレイの推理により、地球が太陽の周りを巡る球体であるという新説が流布し始めたわけですが、それだって、最初のうちは実証しようのない仮説に過ぎなかったわけですからね。

 だから、この時代に遠洋航海を企画することは、宇宙開発のプロジェクトのようなものだったんじゃないかと思うんです。
 それに従事した船乗りたちは、まさに宇宙飛行士たちの心境だったと思いますね。

 で、アフリカの南端まで行くのが最大のテーマだった頃はですなぁ、希望峰を最初に回った船乗りたちはね、さしあたり月面着陸に成功したような気分を味わったのでしょうね。

 そして、その先に広がるインド洋を眺めたときね、おそらく彼らはねぇ、星雲広がる大宇宙の入口に立ったことを直感したんではないかと思いますよ。

宇宙_星雲
 
【司会】 はぁ…。すごい思い入れですね。
 いやぁ、それだけの思い入れを持ってゲームに臨めば、さぞや楽しいでしょうね。
 まぁ、今日はホントにどうもありがとうございます。

 今晩はゲーム研究家の町田さんをお迎えして、『大航海時代』 について語ってもらいました。
 町田さんどうもありがとうございました。
【町田】 いや、こちらこそ。

【司会】 今日も楽しい愉快なゲーム。朝晩ゲームに、夢でもゲーム!
 この番組は、寝る時間も惜しんでゲームに親しむゲームフリークの貴方に発信する、ゲーム情報のパラダイスです。
 それでは皆さんまた来週。




ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:18 | コメント(4)| トラックバック(0)

大阪にいます

 今、大阪にいます。
 で、夕方から梅田に出て、いつもの立ち飲みの串揚げ屋に行って、タコハイ飲んで、さんざん串揚げ食って、なんと、その後おでん屋にも寄って、やぁ、久しぶりに、「満腹」 ってのをたっぷり楽しみましたね。

松葉揚げ

 なにせ、ここのところ5kgも痩せちゃって、最近は椅子に座ってもケツが痛いわけ。
 尻の肉が落ちちゃったんだろうね。

 で、夜中にホテルに帰ってきて、1階のロビーにパソコンがあったから、まぁ、「ブログ」 でも書こうか、なんて思っていたら、あっという間に、そのパソコンをインド人の若者たちに占拠されちゃってさ。

 ポケっと待っているのもつまらないから、隣にいたインド人の青年に話しかけたのさ。

 「サイトシーイング? ビジネス?」

 ハハハ、おいらがしゃべれるのは、そんなレベルだから。

 したら、学生なんだってね。
 農業指導の勉強かなんかを日本で実地訓練してんだとか。

 ライスが好きか? ナンが好きか?
 
 なんてたわいもない話してさ。

 で、「日本のカレーを食ったことあるか?」
 って聞いてみたのよ。

 したら、「日本のカレーは牛とか豚が入っているから食えねぇ」
 っていうわけ。
 チキンならかろうじて食えるらしい。

 一度インド人に、日本のカレーの感想を聞いてみたかったんだけど、このテーマは持ち越しになった。

 でも、まぁ、楽しかったな。
 やっぱもっともっと色々しゃべれたらいいな、と思った。

 で、その話の相手を務めてくれた彼が、パソコン使っている友達のところに行って、
 「待っている人がいるから、早く終わらせなよ」
 とか言ってくれたらしい。

 で、ようやく今回のブログを書いてるわけだけど、いま時計みたら、夜中の2時半じゃん!
 
 早く寝なくちゃ。

 ってなわけで、酔っ払って書いているから、読み返す気力もないんだけど、誤字脱字みたいなものがあったら、ごめんなさいね。

 お休みなさい。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:39 | コメント(6)| トラックバック(0)

コンプレックス

 この年になっても、いまだに、高そうなネクタイ結んで仕立ての良いスーツを着こなした紳士風のサラリーマンの姿を見ると、気後れするというか、劣等感を感じるというか、対抗心が燃えてきたりするという、奇妙なコンプレックスを持っている。

 たぶん、若い頃のトラウマがあるのだ。

 学生時代の後半、ろくすっぽ授業にも出なかったから、たまにクラスの連中と会うと別世界だった。
 「損保はまぁまぁだが、やっぱ銀行は厳しいな…」
 など、みんな就職のことしか話していない。

 自分は遊びほうけていたから、まったくそういう世界とは縁がなかった。
 たまに会うクラスメイトの真面目な女性などは、私のダメ人間ぶりを知っているから、軽蔑を通り越して同情までしてくれる。

 「人間なんかのきっかけがあれば立ち直れるのよ」
 なんて、忠告してくれるのだ。
 きっと精神疾患でも煩った社会不適合者のように思われていたのだろう。

 案の定、付け焼き刃の就職運動はことごとく失敗に終わった。

 自分にはどこにも行くあてがないのに、卒業前の仲間の話題は、みな決まった就職先の話ばかり。
 誰とも顔を合わす気にならなかった。

 とにかく、働き先がなかったので、バイトを始めた。
 イタリアンレストランだけど、ハンバーグもカレーもあるという店。

 1階と2階に分かれていて、2階がレストラン。1階はスナック。
 10時頃レストランのレジを閉めてから、1階のカウンターに降りてバーテンをやる。

 幸い、そこの経営者に気に入られ、いろいろな企画を出させてもらった。
 そんななかに 「ディスコ・パーティ」 というのがあった。

 仕事が終わってから、手作りのパーティー券をつくる。
 それを1枚1000円くらいで常連客に売った。
 ドリンクフリー。
 踊り放題。

 選曲もやった。
 ジェームズ・ブラウンの 「セックスマシーン」 の後には、クール&ギャングを流して、オージェイズの 「裏切り者のテーマ」 をかけて…。
 ダンスものを5曲ぐらい続けた後は、チークタイム用にスタイリスティックスのバラード流して…。

 当時は、カセット内蔵型ステレオなど持っていなかったから、全部レコードから生取りしたテープを使った。

 音なんかボワボワでモコモコ。
 録音したときに近所を走っていた軽トラのホーンなんかも入ってしまうようなテープだった。

 でも、そんなことを気にする客は一人もいなくて、みんな 「フライロビンフライ!」 なんて口ずさみながら、楽しげに踊っていた。


 ある時、2階のレストランで社会人の貸し切りパーティがあるという話が入り、当日、テーブルの上にオードブルなんか並べていると、やってきた幹事というのが、かつて同じゼミにいた仲間だった。

 「あれ、なんでお前こんなところにいるの?」
 ってな顔された。

 向こうは仕立てのいい三つ揃いのスーツ。
 こっちは黒の蝶タイに白シャツ。
 格好が、もう 「主人」 と 「使用人」 という感じだった。

 次々と入ってくる客はみんな大学時代の同期の連中。
 社会人のパーティってのは、実は大学のクラス会だったのだ。

 で、彼らが 「ビールもう一本ね」 とかいうと、私が 「かしこまりました」 といって運んでいく。

ビール

 最初は彼らも気まずそうな顔していたが、そのうちみんな酔いが回ってきて、先ほどの幹事が、「まぁ、こっちに来て一杯飲もうよ」 なんて誘ってくる。

 「ありがとうございます。でも一応仕事中ですから」
 立場上そう言うしかない。

 すると、その幹事がビール瓶を抱えたまま立ち上がって、こっちまで歩いてくる。
 で、肩に手を当てて、
 「今度は、同じ客同士として飲もうな。人間、職業に貴賎はないしな。お前もそのうちチャンスをつかめば復活できるよ」
 なんて、酒臭い息でなぐさめてくれる。

 「職業に貴賎はない…」

 それなりに楽しんでバイトをしていたので、そんな風に思ったこともなかった。
 しかし、世間から見ると、そういう風に見える自分がいる…。
 不意に惨めな気分になった。
 大手損保に就職した彼は、「自分はいち早く人生の勝ち組に収まったぞ」 という顔つきだった。

 それは、いま思い出すと、けっして悪い思い出ではない。
 彼らと会って、いろいろ昔話にふけりたい。

 でも、どこかでネクタイ&スーツ姿の社会人には、いまだにコンプレックスを抱いている自分がいる。
 いまの会社が、そういうカッコをしなくても済む職場だからかもしれないけれど…。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:46 | コメント(4)| トラックバック(0)

今日の出来事

 ブログというのは、ネット上に公開する個人の 「日記」 のようなもの、といわれている。
 ということは、自分はまだ本当のブログというものを書いたことがないことに気がついた。

 今日は、本気でブログを書いてみる。

 11:30起床。
 洗面所に顔を出して、歯ブラシにペーストをいつもの3分の1ほどに限定し、歯ブラシの上にそれを均等に塗りながら、テレビの前の椅子に座って、おもむろに歯を磨く。

 ペーストを3分の1ほどに限定したのは、何も節約意識が芽生えたわけではなく、単純にペーストの残りが少なくなってきたので、補充するまで量をコントロールしようと思って調整したに過ぎない。
 しかし、そういう行為はほとんど無意識のうちに行われるので、意識はたちまちテレビの内容に釘付けになる。

 だけれども、歯を磨いているうちに、ときどき口の中に溶けたペーストが唇の隙間をぬって床にこぼれることがあるので、それだけは慎重に避けながら、意識の半分はテレビの方に集中し、残りの半分を床にこぼさないように唇の閉まり角度を調整していたので、かなり神経をつかう。
 それだけで、今日の大半のエネルギーを消耗した気になった。

 テレビでは鼠先輩が、例のポッポッポの 「六本木」 をつくるきっかけとなったエピソードというものを披露していたが、その話を何気なく聞いているうちに、自分はこの人が歌手なのか、タレントなのか、その両方を兼ねたような一般的な芸人なのか、そういった彼のポジショニングを今まで真剣に検討していなかったことに気がついた。

 そこで、歯を磨き終わるまで結論を出さなければいけないと思い、いちおう強引ながら 「タレント」 というジャンルに仕分けすることにした。
 気分が安定したところで、洗面所に戻り、コップに水を注いで口の中をすすぐ。

 すすぎ終わった最後の水を口に含んだまま、トイレに行く。
 トイレで放尿しながら、水を流す前に、口にふくんだ水も一緒に流す。
 これはすでに2年程前から身に付いた習慣なのだが、そのような行為がどういう動機に基づいているかをあまり詮索したことがなかった。
 
 たぶん、歯磨きのペーストというのは除菌作用があると思うので、それを使ってトイレも同時に洗浄しようという狙いがあったのではないかと推測する。

 居間に戻ってから、朝飯兼昼飯を食うためにパンをトースターの中にぶち込み、やかんに水を入れてお湯を沸かす。 

 お湯が沸くまで、しばらく時間がかかるので、何か思索することにする。
 しかし、頭がまだ半分眠りから醒めていないので、思索する内容も貧困である。

 人間の髪とか爪は、毎日少しずつ均等に伸びていくものだと思っていたが、ある日突然、爪が伸びたことに気づくことが多いので、ひょっとしたら 「爪の伸びる日」 というものが決められているのではないかということを思索した。
 そのことについてカミさんの意見も聞いてみようと思ったが、どうせ 「何をくだらないことを言っているの」 という一言で一蹴されることも分かっていたので、それは口に出すまいという結論に達する。
 
 …とか考えているうちにお湯が沸く。

 ティーバックの紅茶にするか、インスタントコーヒーにするか、即座に結論を出さなければならない状況に追い込まれたが、とりあえず紅茶の方が先に目に入ったので、紅茶のティーバックを一掴み取り出して、コーヒー茶碗に落とし込み、その上にお湯を注ぐ。

紅茶

 茶碗に注いだお湯が少しずつ黒っぽくなっていくのを見つめながら、なぜ紅茶にしたのだろうという理由付けがほしくなり、しばらく熟考する。

 考え抜いた末、日頃会社でコーヒーを飲む機会が多いので、家にいるときはバランスを考慮して紅茶を選択したのだな…ということに思い至り、その思考過程の緻密さに我ながら関心して、少し元気になる。
 
 11:45。
 
 トースターの中にぶちこんだパンを取り出し、指先でつまんで、「あっちっち…」 と声を出す。
 声を出さなくても十分に熱いのだが、声を出すと、やはり臨場感がともなって、さぁこれからトーストを食うぞというリアリティが強まるので、声を出したことは正解であったと納得する。
 
 ……ここまで書いても、まだ1日の報告が完了しない。
 疲れた。
 ブログというものは大変なものだということが分かる。

 みんな、よくこんなものを書くなぁ…と、あらためてブログを書いている人たちの粘り強さに心を打たれる。 


 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:52 | コメント(5)| トラックバック(0)

肉欲減退

 最近めっきり肉欲が薄れてきた。
 ぽっちゃりと脂の乗った豊満な腿肉なんかがむき出しになっていても、若いときのように、それを眺めてムラムラとわき起こるものがない。

 あ、「肉食欲」 ね。
 腹減りゃカツ丼、空腹をおぼえりゃ牛丼、食後はビーフジャーキーってな食生活を続けてきたけど、今はせいぜいコーヒーにホットドッグかハンバーガーだもんな。
 あんまり変わってないか…。

 でも、そんな食事もせいぜい昼飯時ぐらいで、全般的にはローカロリー・ローコストフードの方に傾斜している。

 この 「肉欲減退」 を経験して、やっと分かってきたことがある。
 油揚げなんかうまい…ってこと。
 サンマ塩焼きとかアジの干物の皮裏あたりにこびり付いている脂の乗ったところもうまい。

 そうなんだよな、これで十分!
 空腹感から逃れたいとき、動物性脂肪はとりあえず満腹気分をもたらす “特効薬” ではあるけれど、ちょっと回り道しても、十分にそれに応えてくれる油ッ気ってあるわけだよね。

 健康のために、そういうカードを切るってことではなくて、最近は “回り道系脂肪” の方がごく素直に 「おいしい!」 と感じるようになったのだ。
 まるで重油を焚いて電気を作っていたスタイルを改めて、ソーラー発電に転換したような気分である。

カツ丼
▲ 火力発電

アジの開き
▲ ソーラー

 ま、ソーラーの効率の悪さと同じで、確かに、満腹感へ至るまでの効率は悪い。
 でも、それは “ゆっくり食う” ことで解消できる。

 ゆっくり食うから、舌の上で転がす食物のこまかな味わい、歯触りなどに敏感になる。
 おぉおぉ、この味、奥行きあるねぇ!
 こんなうまい食い物だったのか!
 …ってな発見が、のんびり食っていると次々に訪れる。

 世の中には、「スローなんとか」 という表現がたくさん生まれていて、その多くはエコ思想と結びついているわけだけど、そんな大げさに考えることもなくて、「スロー」 って、単純に “味わう” って意味だったんだな…と思うようになった。

 「スローフード」
 「スローライフ」
 「スロートラベル」……

 要は、
 「フードを味わう」
 「ライフを味わう」
 「トラベルを味わう」

 「肉欲」 を断って 「味わい」 を知る。

 そう書くと、なんだかちょっと仏教哲学っぽい気分になってくる。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:04 | コメント(2)| トラックバック(0)

俺さぁAB型なの

 血液型の本がまた売れ出しているなぁ。
 人間の血液型は四つに分かれていて、それぞれ特徴があって…という話は、そんな単純なもんかよ…とは思いつつ、けっこう飲み屋でも間が持つし、枝葉をいろいろと付けていくと人間学にもなっていくので、話題としては重宝している。

AB型本

 で、俺はさぁ、まぁ占いみたいなもんだと思ってるの。
 占いってのは、占い師さんと友達になって聞いたことがあるんだけど、どう説明しようが、けっきょく人間は自分に都合のよいようにしか解釈しないんだってね。

 「結婚は晩婚になると出ていますね」
 といえば、「良い人と縁を結ぶためには今の相手はパスした方がいいんですね」
 と解釈する人がいるし、
 「人事面でのトラブルが予想されますね」
 といっただけで、「いやな上司が異動するんだな」
 と考える人がいるってわけよ。

 血液型の話だって同じでさぁ、みんな自分の都合のよい部分は誇大に解釈し、欠点の方は 「ご愛敬ご愛敬、ハハハハ」 と聞き流しちゃうわけだね。

 人間の性格は変わらないといったって、その日の気分で180度違っちゃうこともあれば、セルフイメージなんか根拠のないものだから、気の持ちようでいかようにも変わる。
 だから、説得力のある人に、「お前の性格は実はこうなんだよ」 と得々といわれると、その日からそういう性格になってしまう。

 で、血液型の話が出回り始めた頃、まだ自分の血液型ってのも、なんだかよく知らなくてさぁ。
 「お前の血液型なに型?」 って聞かれたんで、親父がA型だったから、「俺もA型かもしんない」 って答えたんだ。

 するとヤツが、「どうりで慎重なやつだと思ったよ。お前あんまり冒険しないもんね。意外と石橋叩いて渡る性格でしょ?」 なんていうから、
 「あ、そうそう。自分にはそういうところがあるかも…」 と思っちゃったわけ。

 だけど、「ひょっとしたらB型かもしんねぇ」 とも言ってみたのよ。
 お袋の方はB型だったからね。

 「あ、やっぱり! お前けっこう自分勝手だしな。独創的なところはあるかもしんないけど、協調性ないしな」
 
 …で、そっちも当たっているように思えたのよ。

 とにかく、自分でも訳の分からない性格でさぁ。
 昨日まで面白がっていた遊びに今日は突然飽きちゃったり、今まで恐がっていたような場所が、急に面白く感じられるようになったりさぁ。

 昨日まで尊敬していたような人を、今日はおちょくってみたりで、もう毎日が “分身の術” 使いまくり。
 自分の中に、人間が二人いる感じでさぁ。

 そしたら、自分の血液型がAB型だって、ある日分かったの。
 ものの本を読んだら、AB型って、そのどちらかの気質が突然色濃く出ちゃうんだってね、何の前触れもなく。

 で、この突然の 「気質チェンジ」 に周りの人は戸惑うらしい。
 
 「部長。たった今、みんなで慎重に討議した結果じゃないですか?」
 「いやいや、あれはつまらん。いま思いついたアイデアの方がヒットする」
 「ええ…… (みんな絶句) 」

 そんなことを平気でやらかすらしい。

 合戦を前に、「進めぇ! 進めぇ!」 と絶叫していた大将が、川を飛び越えた瞬間、釣りがしたくなって、槍の先に糸を垂らして川べりにしゃがみ込んでしまうようなものだ。

 A型気質とB型気質というのは対極的ながら、どちらも素晴らしい長所があって、それを任意に取り出せれば最高だと思う。

 だけど、たいていの場合そうはならない。
 A型気質が必要なときはBが出て、Bが望ましいときはAが出てしまう。

 そんな感じしない?
 AB型のお仲間さん。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:39 | コメント(6)| トラックバック(0)

戦艦ハンバーガー

 土曜日、ハンバーガーを食べに行った。
 とびきり “アメリカン” なやつ。
 つまり、戦艦大和の艦橋 (司令塔) みたいに、縦方向にガバッといろんな層が積み重なっているやつだよね。

 ハンバーグの上に、ベーコンが重なり、トマトが重なり、ピクルスがあって、アボガドが乗ってたりという、まぁ、どうやって噛み付けばいいのか、…というかその前に、どうやって掴んだらいいのか、途方にくれるようなやつ。

戦艦ハンバーガー

 そういうのを無性に食べたい。
 …と、かなり前からカミさんと相談しあっていたものだ。

 モーターホームでアメリカを回ってきて、帰国後3ヶ月。
 楽しい旅行だったが、心残りがあったとしたら、本場のビッグハンバーガーに一度しかチャレンジしなかったこと。

 とにかく、アメリカで入ったハンバーガーショップは、みな軒並みこの戦艦ハンバーガーだった。
 それを見て、現地ではさすがに敬遠してしまったのだ。

 食う前にボリュームに圧倒された…というより、どうやって掴むのか? それを想像するだけで、手のひらが小さいという日本人的ハンディーに気づいて、怖気づいてしまったのだ。
 で、現地の 「バーガーキング」 に入っても、子供用のキッズサイズで我慢した。

 ところが、今ごろになって、複雑な層を幾重にも重ねた大和の艦橋のようなハンバーガーが食べたくなった。

 入ったのは、アメリカン式ハンバーガーの有名店。
 60年代アメリカ文化がギュッと詰まった感じの、テーマパークっぽいインテリアがいかにもそれっぽい。
 かかる音楽は、フォートップスやサム&デイブといった60年代ソウル。
 それも30㎝LPでかけている。

 ちょっとした書棚があって、アレン・ギンズバークだのといった60年代ビートニク文学の日本語版が飾られている。
 客層は、20代からせいぜい30代という若い世代。
 子連れファミリーもいたけれど、老夫婦は俺たちだけだった。

 バドワイザーとコーラを頼んで、いよいよ戦艦ハンバーグ。
 だけど、メニューがいっぱいあって、何がなんだか分からない。

 店のスタッフが説明してくれたお勧め品というものを試してみることにする。 

 で、出てきたものを正面から見ると、戦艦の艦橋というより、屋根が幾層にも重なった天守閣。

 まず下から、
 第一層はパンで、これが底を支える。
 第二層はマヨネーズをまぶしたレタス。
 第三層目は、確か、たまねぎ。
 第四層はトマト。
 第五層から肉系となる。下がハンバーグで、その上が厚切りベーコン。
 第六層はとろりとしたチーズ。
 第七層がまたマヨネーズ
 第八層にはピリ辛風味のピクルス。
 で、最上階がパンだった

 これを、どう食うのか。
 眺めるだけで、「食う」 というより 「挑戦する」 という心境になってくる。

 周りを見回すと、みな油紙なんかに包んで、器用に押しつぶしながらかぶりついている。
 
 で、さっそく真似してみたが、つぶした瞬間にマヨネーズがぴょっと跳ねて、シャツに飛んだ。
 この方法は、ある程度ノウハウを積んだ熟練者の食べ方であることが分かった。

 仕方なく、上から順番にパンを口に入れ、次にピクルスを食べ…とやってみたが、口の中に単品しか入ってこないので、ハンバーガーの意味がなくなることに気がついた。

 テーブルを見回すと、フォークとナイフがあった。
 こうなったら、フレンチスタイルでいくしかない。

 で、パンをナイフで4等分にくらいに分け、ベーコンも細かく切り、ハンバーガーも切り刻んで、皿の上に広げ、フォークですくい上げて口に運んだ。

 食べやすい。
 でも、これ、ハンバーガーの食い方か?

 味はいかにもアメリカン。
 高カロリー素材ならではの満腹感に浸ることができた。
 それはそれで、現地の 「バーガーキング」 を思い出して満足したけれど、ハンバーガーを食べたという気分にはならない。

 おいしかったね…とはいいつ店を出たが、なにしろ糖尿病の療養中の身。
 ハメを外した後に待っている過酷な減量を思うと、食った満足感も半分というところ。


 PS.結局、深夜になっても腹が空くことがなかった。
 よって、この日は2食。
 過度の高カロリー食は、意外やダイエットにつながるかもしれないことを実感した。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 03:09 | コメント(8)| トラックバック(0)

迷える者同士対談

【A】 今日はこうしてさぁ… 「不慮の事故死」 として葬り去られた者同士の対談という形を取っているけれど、Bさんはこういう企画が来たとき、どう思った?
【B】 そうですね。まぁ、もう現実にコミットすることなんてないだろうなぁ…と思っていましたから、ちょっと慌てましたね。
 話すことを思い出しながらメモして、しゃべる内容のラフ原稿まで書いたんですけど、いまだにまとまっていない状態… (笑) 。

【A】 そうだよね。死んだ人間の中にはさぁ、自殺のようにはっきりと自分で自覚している死もあるけれどさぁ、俺たちみたいに、「あれ、なに?」 って感じで、気づいたときには……というか、気を失ったときにはさぁ、もう命がなかったっていう人間もいっぱいいるからね。
 俺だって、あのとき何が自分の身に降りかかったのか、いまだに分からないもの。

【B】 Aさんの場合は、目撃者はいなかったんですか?
【A】 そう。田舎町の踏み切りで、深夜だからさぁ、人通りなんかないのよ。で、雨の日で、俺は傘差して踏み切りを渡っていたわけ。
 もう電車なんか走っていない時間帯だからさぁ、よもや線路を乗り物が暴走してくるなんて思わないもんねぇ。

 で、「あれ、何か来る!」
 と思ったときには、いきなり真横からガァーンよ。
 電車じゃなくて、酔っぱらい運転で、間違って線路に入り込んでしまった乗用車が、あわててバックしてきたところだったんだわ。

【B】 そういうのって、理不尽ですよね。自分の過失ってのがまったくないわけじゃない? それで死ぬって、ほんと死にきれないですよね。
【A】 ほんと。だから俺、いまだにその運転手のところに化けて出てやるもの。
 そいつが、恐がって悲鳴を上げるのを見ることだけが楽しみ。
 この前なんてさぁ、「もうしません、しません」 って泣きながら、茶碗を箸で叩いているの。チャンチャン…てリズミカルに。
 俺、なんだか笑っちゃった。

 でもさぁ、最近そういう自分にだんだん嫌気が差しているのよ。
 俺って、そんなことにしか楽しみを見いだせない小さな人間だったのかって…。そう思うと、だんだん切なくなってきてね。

【B】 家族のところには出ないんですか?
【A】 うちの家族はみんな鈍感でさぁ。家の仏壇には俺の遺影もあるのよ。
 その前で妹なんか、ときどきロウソクに火を灯して、手を合わせてくれるんだけどさぁ、俺がそのロウソクを、ふっと吹き消しても、
 「お母さん、こんなシケたロウソク買ってもだめよ」
 って、さっさと席を立っちゃっちゃうだけでさ。

 オヤジが晩酌している杯に、そっと桜の花びらを落としてやってもさぁ、
 「おーい、窓が開けっ放しだぞー」
 なんて叫ぶだけなのよ。
 みんな霊感ゼロ。
 ああいう感受性の乏しい家族の中で生まれたことを、今では悔やむね。

【B】 われわれが一番辛いのは、せっかく出ても軽くあしらわれちゃうときですよね。
 私は、どちらかというと屋内が専門なんですが、たまたま得意なフィールドが廃屋なんですね。

森の夜道

 で、廃屋の中に入ってくる人間に、風もないのにふぅーとドアを閉めてみたり。
 どちらかというと、正統派の脅かし方だったんですが、近頃 「廃虚ブーム」 じゃないですか。
 持ち主が去った廃屋で、お化け大会などを試みる若者たちが増えたわけ。

【A】 あれ嫌だよね。平気で懐中電灯を向けてきたりするものね。
【B】 女の子たちは 「きゃー怖い!」 とか叫ぶけど、そういう声を出すことを楽しんでいるのね。
 つまり、テレビに出てくる幽霊屋敷特集のノリなんですよ。

 結局、「テレビに出てくるタレントのように恐がることがトレンディ」 って、感じで、この世を超えた世界の存在にというものに、畏敬の念がないというか、死者の魂に対する感受性が欠如しているというか…。

【A】 でも、それは仕方がないんじゃない? 
 今の世の中というのは、どんどん電子工学的に 「人間」 というものを考えるようになったから、「幽霊とかいっても、それは脳内物質のどういう作用によって幻覚が…」 ってな説明になってしまう。

【B】 そう! だからスピリチュアルブームってのが、逆に起こるわけですよね。
 結局、本来なら、人間は 「現実的な説明体系を超えたところに存在する何か」 というものに、もっと深く頭 (こうべ) を垂れる謙虚さというものがなくてはいけないはずなのに、工学的な説明体系が行き渡ってしまったために 「スピリチュアル」 が、逆に遊びになっちゃった。

【A】 まったくエンターティメントだもんなぁ…。
 霊感ブームなんてさぁ、科学的な思考がはびこるようになったための、逆作用だよね。産業構造の変化によって、合理性・効率性というものが当たり前のように一般生活レベルに浸透したわけでしょ。

 それって、結局は 「退屈な社会」 だからさぁ、その合理的な社会の枠組みに、ちょっとした亀裂を入れて、退屈を紛らわす。
 それが、現代的なホラーのニーズだよね。
 だけど、それ自体が俺たちからすれば退屈だよね。

【B】 お化け、怖い、すっきりした…という反射神経の連鎖で終わっちゃうからね。
 ところで、Аさんは化けた後の疲労回復はどうされているんですか?
【A】 特に何かのケアをしているということはないのよ。数日ボケーッとして安静状態を保っているだけ。
 でも、だんだん化けるのも辛くなってきたよ。年かね。

【B】 お化けに 「年」 は関係ないでしょ (笑) 。まぁ、あの化けた後の辛さって、生きている人たちにはちょっと想像できないでしょうね。
【A】 たいていのヤツは、みんな死んでから化けるのを楽しみにしてやってくるけれど、あの辛さを経験すると、たいてい 「もういいや」 っていう気になっちゃうよね。
【B】 死者はどんどん蓄積しているのに、幽霊の数が増えないのはそれが原因ですよね。

【A】 しかし、退屈だね。
 生きているときはさぁ、「人間は必ず死ぬもんだ」 という意識がどこかにあったから、それなりに緊張感があったけど、「もう死なない」 ってことになっちゃうと、そういう緊張感がなくなってダラけるよね。
【B】 それが我々の最大の課題ですね。
 少し元気を蓄えて、生きているヤツらがびっくりするような場所に、化けて出ません?
【A】 だけど、この世に幽霊が出てびっくりするような人間が減ったよな。
【B】 ホント…。生きている連中の方が、びっくりするようなことばかりやらかす時代ですもんね。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:30 | コメント(0)| トラックバック(0)

出ちゃった

 この6月にレンタルモーターホームを借りて、アメリカ西南部を回った話は、このブログにも何回かに分けて掲載した。

 そのときの体験手記を、今度は日本オート・キャンプ協会さんが広報紙の 『AUTO CAMP』 で紹介してくださることになった。

オートキャンプ紙ロゴ

 編集部のお話によると、
 「ブログの連載が面白かったから…」 とのこと。
 ありがたいお話である。

 でも、顔写真が載っちゃった。
 小さく写っているからいいだろう…と思ってお渡しした画像が、一番大きく扱われている。

 りゃりゃ…。
 だんだん本屋などで、ヌード雑誌をニヤニヤと眺めていたりできなくなってくる。

 実は、『オートキャンパー』 の7月号にも登場している。
 編集部の山口さんのインタビューに答え、国産キャンピングカーユーザーとしての立場から、アミティRRの感想を述べさせていただいた。
 とりとめもない話しかできなかったが、さすがキャンピングカー誌のプロは話のまとめ方がうまい。
 いい雰囲気の記事にまとまっていた。

オートキャンパー7月号

 そのついでに、愛車と私の顔がちょこっとだけ写真で紹介された。

 日頃敬意を表しているキャンピングカー専門誌に登場するということは、私にとっても大いなる記念になるので、この号は会社用と自宅用に2冊買った。

 でも、表に出るということは、基本的に気恥ずかしい。
 自分はやっぱり取材者として、人を表に立てる仕事の方が合ってるように思う。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:50 | コメント(4)| トラックバック(0)

夏休み計画頓挫

 世間はすっかり 「夏休みモード」 。
 そのせいか、電車通勤していると、朝晩の混雑ぶりがずいぶん解消されているのが分かる。

 乗客の姿も、いつもとは異なる。
 遊園地へ行くのか、プールにでも行くのか、子ども連れの若い夫婦の姿やお孫さんの手を引いているお爺さん、お婆さんの姿が目立つ。

 ガソリン高騰、諸物価値上がりの影響を受けて、夏休みを近場で過ごそうという人たちが増えているような気もする。

 でも、やっぱ夏は浜辺から見る水平線か山の稜線を見ていたい。
 空調の効いた室内で、まったりとテレビなんか見ているのはうんざりする。
 特に、自分の好みからいって、夏は戸外で入道雲を眺めるのが何よりも好き。
 そいつを経験しないと、夏を迎えた気分にならない。

入道雲3

 例年、夏にはキャンプ旅行に行っている。
 今年も、キャンピングカーでキャンプ場を巡るつもりでいたが、ちょっと事情が変わって、夏の計画に軌道修正を迫られた。

 母 (義母) が骨折して、入院してしまったのだ。
 すでに車椅子生活に入って2年過ぎたが、身体はそれなりに健康だった。
 車椅子からベッドへの移動も、介護人の手助けなしで、一人で行っていた。
 
 ところが、数日前、ベッドから車椅子に移ろうとした瞬間バランスを崩して床に腰を打ちつけた。
 打ち所が悪く、それが骨折につながった。

 土・日はずっと病院に見舞いに通った。
 幸い、様態そのものは悪くない。
 骨の修復も難しいものではなく、痛み止めのクスリが効いている限り、本人はいたって元気。

 顔を横に捻れば、ベッドからテレビも見られる。
 オリンピックの開催期なので、退屈しないですんでいるようだ。

 それはそれで一安心なのだが、こちらの夏休み計画も頓挫した。
 手術後リハビリに入ってから、キャンプ旅行に出ようと思っているのだが、夏の後半か秋口にかかるかもしれない。

 キャンピングカーがあるからといって、「思い立ったとき “気楽に” 旅に出られる」 とは限らない。

 実は、車椅子生活になった母と暮らすようになってから、私たち夫婦のキャンプ旅行はめっきり減ってしまった。
 数日の旅に出るだけでも、その間の母の暮らしの面倒を看てもらう介護施設に、何週間も前から予約を入れなければならない。

 キャンピングカーを持つようになってからは、本当に 「その日の気分」 で日程や旅行先を決めていたが、それが、何週間も前から “予約を取る” という昔の旅行形態に戻ってしまった。

 「子育てが終わると、シニア夫婦はようやく “2人だけの旅” を気楽に楽しむことができる」
 一般的にはそう言われているけれど、介護しなければならない親を抱えていると、また話は別。
 よほど計画的に日程を調整しないと、なかなか長期的な旅には出られない。

 車椅子にも対応できるようなキャンピングカーにしておけば良かったのかな…などと思うが、今のクルマを検討していたときは、まだ母は五体満足だった。
 こればっかりは、先が読めないものね。 

    
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

お見合いパブ

 「いい、パパ」 なんて言葉が意味をなさないほど、最近は家庭的なお父さんが増えた。
 遊園地なんかで家族を遊ばしているお父さんは、みんな一生懸命だし、小学校の日曜参観にいそいそやってくるお父さんは、お母さんより熱心に授業を聞いている。

 男にとって、家庭が大事になってきた時代なんだなぁ…と思う。 
 だけど、本当にお父さんたちは、それで満足しているのかしら?

 男と生まれたからには、家族のしがらみを切り捨て、一生一代の大仕事をしてみたい。
 孤独を代償にしても、自分の目標とした事業を達成して、世に問うてみたい。
 そんなふうには思わないのかしら。

 せめて、奥さん以外の女性と楽しい夜を過ごしてみたい…なんて思わないのかしら。

 どうなんだろうな。

 そのへんの本音が分かるのは、近所のお父さんたちと、男同士で飲みに行ったときだ。

 「いやぁ、いやぁ、いつも女房がお世話になっていてすみませんねぇ」
 「いえいえ、こちらこそ、本当にすみませんねぇ」

 「しばらく見ないうちに、お宅のノブオ君、大きくなりましたね」
 「いやぁ、お宅のヤスコちゃん、美人になったじゃないですか」
 「そうですか? イッヒッヒ…」

 …とかいいながら、下駄履きのまま、近所の焼き鳥屋でビールを酌み交わしあったりするときだ。

 「毎日こう暑くちゃ、かないませんなぁ」
 「ほんと。背広もネクタイもぶん投げちゃいたくなりますねぇ」

 「女はいいですなぁ、ノースリーブで、ミニスカートで…」
 「太股をあんなに露出して平気なんですかね」
 「最近電車に乗っても、向かいの席でスカートの奥を平気で見せちゃう女、いるでしょ?」
 「困りますよね、目のやり場がなくて…」
 
 「ストリップより刺激的ですよね」
 「しばらく行ってませんね」
 「今度、どうです?」
 「あっははは……………いいですね」

 翌日、会社に行く前、女房にこう言う。

 「今日、夕飯いらないよ」
 「あら、どうして?」
 女房の顔がキッと怖くなる。

 「隣の安田さんのご主人と飲むんだ」
 「あら、そう…」
 「中学受験を考えなければならない父親としての、共通の悩みがあるからね」
 「遅くならないようにしなさい。あそこの奥さんヒステリーだから…」

 ……ヒステリーはお前だ! 

 だが口には出さない。

 「うむ!」
 口を結んで家を出る。

 安田さんとの待ち合わせは、繁華街の一杯飲み屋だ。

 「いやぁ、女房のヤツ、お宅の旦那さんと飲むんだといったら、安心しちゃって…」
 「へ、うちもそうですよ」
 「ま、冷や奴でも取って…」
 「ここ、厚揚げうまいんですよ」
 お銚子3本ずつで、もういい気分。

 「そろそろ、行きます?」
 「へっへへ、そうですな」
 もちろん勘定は割りカン。


 ステージの上で、アイドル美少女のような清楚な女が、あられもない自然の姿をさらしながら、客席を見回している。
 ストリップというと、マスカラやらシャドーをごてごて塗った金髪の日本人を想定していたお父さんたちは、それだけでドギマギだ。

 「いやぁ、女子大生のアルバイトですかね?」
 「そうかもしれませんなぁ、素人女みたいですな」
 「あ!」

 アイドル美少女が、やがてあっけらかんと一番の核心を開陳。
 「ゴク…………」

 やがて照明がつき、お父さんたち、なぜかお互いの顔を合わせないように退場。

 「それにしても、時代が変わりましたねぇ」
 「ほんと。性の解放化が進んだという雰囲気ですね。あんな素人っぽい娘がねぇ…」
 とか、いいながら再びネオン街を放浪。

ネオン街

 「どうですか? もう一杯行きますか?」
 もちろん二人とも、このまま真っ直ぐ家に帰る気がしない。

 歓楽街でビラ捲きをしている男が紙切れを渡す。
 何気なく手に取るお父さん。

 『 お見合いパブ。3千円ぽっきり!
 二人の気が合ったら、その場でカラオケをデュエット。
 愛を発見する夜 』

 「どうです?」
 「ちょっとだけ覗いてみましょうか。これも話のタネ。どうせくだらないんだから、すぐ出ましょう」
 「そう。こんなんで女と知り合えるはずないんですから。何ごとも社会勉強ですよ」

 入る前から、もう予防線を張る二人。

 「いらっしゃい、いらっしゃい、はーい、お2人様ご案内! 前金でいただきまーす!」

 これじゃキャバクラじゃないか! 何がお見合いパブだ!
 …と、お父さん、少々ムッとするが、そこは我慢でおとなしく奥に入る。

 長いカウンターが2列になっていて、男と女がそれぞれ見合う形で座らされている。

 男側のカウンターの一番隅に座らされるお父さんたち。
 もちろん、白いワイシャツにネクタイのサラリーマン風情はほかにいない。

 ……ちょぅっと、場違いだったかなぁ…
 と、思いながらも、気を取り直し、

 「ねぇねぇビール。お兄ちゃんビールだよ。水割りは高いからだめ」
 「ワンドリンク、みな一律料金です」
 といわれて
 ……水割りにすればよかったかなぁ…と若干の後悔をしながら、おもむろに向かいのカウンターをにらむ。

 物憂そうに煙草をふかす女。隣同士でぺちゃぺちゃ喋っているだけの女たち。

 ……なぁーんだ、それほど美人もいないじゃないか…
 そこでなぜか安心する。
 もし、目もくらむような美人がいたら、かえって気が気ではない。

 「たいしたことないですな」
 「ま、こんなもんでしょう」
 と、小声で感想をもらしあい、それでもテーブルの前に置かれた紙切れをたぐりよせ、えんぴつでこそこそ書き込む2人。

バーカウンターⅠ

 『 4番テーブルの女性指名。当方38歳。会社員。
 趣味=ゴルフ、音楽鑑賞、社交ダンス、ヨット… 』
 書きながら、後半はだいぶ無理をしているな、と思いながらも、えいままよ…。

 書いた紙切れをテーブルの上のホルダーに入れると、すかさずボーイがそれを取り出して、指定の女性がいるカウンターに持っていく。

 緊張の一瞬だ。
 お父さんは、なぜか中学生のとき好きな女性にラブレターを手渡した時のことを思い出す。
 
 4番テーブルの、髪の毛の伸ばした物憂そうな娘が、面倒くさそうにメッセージを読む。
 お父さん、なぜかその女性から視線をそらし、こちらも物憂そうに天井を見上げて、煙草をプカリ。
 
 音沙汰なし。

 5分経過。

 「そっちはどうでした?」
 お父さん、おもわず連れのご主人に話しかける。
 「いやぁ、ちょっとフィーリングが合わなかったみたい…」
 「そうですよね。そんな第一印象じゃ相手のことなんか分かりませんよ、ハハハハ…」

 と、笑うのもそこそこに、すかさずまた紙をたぐりよせ、別の女性に向かって第2便。相手のご主人もシコシコえんぴつを走らせている。

 また緊張の一瞬。
 
 なしのつぶて。

 「ちょっと男をなめてるんじゃないですかね」
 「う~ん……」
 相手のご主人もうかぬ顔。

 こうなれば破れかぶれ。

 気づくと、歌も歌わず、ドリンクも飲まず、ひたすらメッセージだけを書きまくっているのは、お父さんたちだけ。
 「お時間です」
 と、ボーイに言われ、
 「え、うっそぉー」 と、思わず若い娘のように叫んでしまったお父さんたちでした。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

私は王子様

 最近やたら女たちにウケがいい。

 女たち…といってもごく狭い範囲での話…さらに説明すれば「家の中」 。
 具体的には、母親とメス犬だ。

 ま、私にとって、これが日常的に接している異性だ。(カミさんは異性というより中性)

 メス犬などは、もう家に帰ってきた私を見つけるやいなや、ずっとそばを離れようとしない。
 「白馬の王子様のご帰還」

 そういう目つきだ。

 1) ハンカチ王子
 2) ハニカミ王子
 3) ハラデタ王子

 どうやら犬にとっては、私がその3番目の王子様に見えるらしい。

犬1

 で、私は 「白馬の王子」 であると同時に、「乙女を悪から守る騎士」 でもある。

 「悪」 とは何か。

 それは、ちょこっとオシッコが排泄シートから外れただけでも、シッポをつかんでハンマー投げみたいに振り回し、大空高く放り投げるカミさんのことをいう。

 犬がカミさんから怒られそうになると、すかさず私は抱きしめ、カミさんの鉄拳をわが腕で受けとめ、犬の頭上に振り下ろされるフトンタタキの攻撃をわが背中で防ぐ。

 犬はもうそれだけで大感激。
 私のポイントがどんどん上がる。

 ただ、ポイントが加算されても実体的な見返りはない。

 どうもこの犬は、主人の頬を舐める、シッポを振るなどといった、極めてローコストの謝礼で間に合わせようとする傾向が強いようだ。

 2年一緒に暮らして気づいたことだが、基本的にはケチな犬だ。


 母 (義母) にとっても、私は王子様である。
 車椅子生活になってしまったので、カミさんの実家から呼び寄せ、一緒に住むことにした。

 休みの日で家にいるときなどは、必ず車椅子を押して散歩に出かけ、喫茶店に入ってコーヒーなど飲んで、一緒にケーキを食べる。

 ご老人の話は、繰り返しが多い。
 話のマクラも同じならば、起承転結のリズムも同じ、最後のオチも完璧なほどいつもと同じ。
 で、私は毎度のオチに、いつも、はじめて聞いたかのごとく大笑いをする。

 しかし、寸分たがわず同じ話ができるというのは、もう芸の域だ。
 高座に登った落語家が、自分の全人生を通じて練り上げてきた芸を披露するようなものだ。

 喫茶店で、そういう芸をたっぷり享受してから、その店で作ったクッキーのお土産を携えて家に戻る。

 途中に、裏通りの庭先に咲きこぼれる一輪の花がある。
 それを見て、また同じ会話が始まる。

 「紫蘭の花の名前が分からなくて、昔、植木屋さんに尋ねたの。そうしたら、シランといって取り合ってくれないの。何度聞いてもシラン…」

 車椅子を押しながら、一緒になって笑う。
 母にとっては、はじめての笑い。
 私にとっては、もう5~6回目の笑い。

 母の思い出話は、どこかを螺旋 (らせん) 階段を降りていくようなものだ。
 本人にとっては限りなく過去に下っているつもりなのに、階段の真上から見下ろす者から見れば、ずっと同じところをさまよっているように見える。

 でもそれは、「永遠の時間」 を生き始めたことを意味するのかもしれない。

木の影1

 自分が楽しいと思う話題を、(本人ははじめて披露する話だと思い込んで) 繰り返し人に語る。
 それは、「寿命」 というものを意識の外に追いやる健康法のひとつなのかもしれない。

 家にたどり着き、車椅子から母の足を浮かせて、外履きを内履きに履き替えさせる。
 車輪に付いた泥を雑巾で拭き取る。

 その一連の動作を見ている母の目にも、私が 「王子様」 に写っているのを感じる。
 またもやポイントをゲット!
 「今日は10ポイントぐらいだろうか…」
 これで、
 「うちの婿は本当に優しくて、いろいろと世話してくれてありがたい…」
 なんて、週に3度ほど通っている老人介護施設で持ち上げてくれるだろう。

 私の世評もますます高まるというものだ。
 王子様はなかなか計算高いのだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

犬を巡る日常会話

【夫】 大変だぁ! いま散歩に連れ出そうと思ったら、玄関をすり抜けて、クッキーが外に飛び出してしまった。
【妻】 あら、早くつかまえないと。
【夫】 もう姿が見えないんだよ。
【妻】 家出かしら…
【夫】 お前がいじめるからだよ。
【妻】 行き先は分かるかも…。さっき原宿の竹下通りが出てくるテレビをじっと見ていたから。
【夫】 年頃だもんなぁ。
【妻】 だけど、どうやって行く気かしら。電車など乗ったことがないの
に。

cooky_kareha

【夫】 道々、匂いを嗅ぎながら行くんじゃないか。
【妻】 何日もかかるわよ。足が短いから。
【夫】 2~3日分のエサを風呂敷に包んで、背中にしょってけばいいのにな。
【妻】 可愛いわね。
【夫】 …とにかく探しにいかないと。
【妻】 暑いから、もう少し日が落ちてから。


【夫】 大変だぁ! クッキーが野犬狩りの人に捕まったらしい。
【妻】 うっそぉ。
【夫】 明日以内に30万円振り込まないと、犬殺しの注射を打たれちゃうんだって。泣きながら、そう言っている。
【妻】 本人からの電話?
【夫】 そう。
【妻】 ちょっと冷静になって。犬が言葉しゃべるわけないでしょ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 05:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

オープンキッチン

 お気に入りの店である。
 チャイニーズフード系の 「オープンキッチン」 。

 なにしろ、シェフが手際よく食材を盛りつけていく華麗なる手さばきを目の前で堪能できる。
 視覚的にも贅沢なレストランだ。

中華屋台1

 ここの味付けは、オーソドックスなグランドキュイジーヌの伝統を受け継いでいる。
 つまり古典的ながら、しっかり造り込まれたコクのあるソースで勝負する店だ。

中華屋台

 ワンポーションの盛りつけは標準的で、多からず、少なからず。
 パスタには鹹水 (かんすい) の効いた細麺を使い、ソイソースを基調にした関東風の味付けで、真っ向からシンプル勝負!

 ああ…この味、一杯30円だった昭和30年代の味がそのまま保たれているようなぁ…と、中高年が食したら感涙にむせぶこと間違いなしだ。

中華オープンキッチン2

 豚骨ベースのギラギラスープ。あるいはスパゲティなの? うどんなの? と首を傾げるような素気ない太麺にうんざりしている人にはぜひお勧めだ。
 特に最近どこにでもある、見せかけの凝り方を示す “創作系” に飽きた人にもぴったり。

 このキッチンで出す料理は、食材もオーソドキシーに徹して、新しぶらないところがいい。
 パスタの薬味には和ネギを使い、これに海苔、シナチクといった厳選された伝統食材が彩りを添える。

中華オープンキッチン3

 特にチャーシューは絶品。
 脂身部分を少な目に抑えながら、その微かな脂部分が舌で溶けるときの味わいが堪能できるように、厚み、量とも計算が行き届いている。

 シェフはこの道30年のベテラン。
 味を追求する厳しい姿勢を崩さないまま、態度や表情でそういう堅苦しさを表に見せない。
 ノレンをくぐると、いつも、
 「まいどぉ!」
 と、まるで屋台のおっちゃんのような気さくな笑顔を浮かべて迎えてくれる。

 冬場の残業夜食が続く頃にはよくお世話になった。
 しかし、夏場も悪くない。

 陽が落ちた後の涼風に吹かれ、サービスの麦茶を飲みながら、料理ができるまでの間を過ごしていると、仕事の疲れがスゥーッと抜けていくのを感じる。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:08 | コメント(2)| トラックバック(0)

年金セミナー

 1日費やして、「年金セミナー」 を受講してきた。
 もうそんな歳なんだわ。

 何歳になったら、年金を受給することができるのか?
 具体的にいくら受給できるのか?
 どういう手続きが必要なのか?

 そういう年金の基礎知識は、サラリーマンの場合、会社の総務が年金手続を代行してくれているので、受け取る本人は詳しく知る機会がない。

 それでは困るだろうということで、退職間際の年金受給者を対象に、こういうセミナーがあちこちで開かれているらしい。

 「忙しい」
 ということを理由に、当日の今日になるまで、セミナーの内容を詳しく告知した書類に目を通すこともなく、いきなりのぶっつけ本番。

 会場に着いて、
 「あ、そうだ。年金についての講習会だったんだ」
 と知るという、ていたらく。

 受付を通って会場に入ると、すでに50人ほどの受講者が真剣な眼差しで講師の登場を待っている。
 緊迫した雰囲気。

 ようやく年金というものの大事さが、グータラの自分にも伝わってくる。

年金手帳
▲ 大切な年金手帳…はて、どこに仕舞ったのやら…

 一番後ろの席に座ったおかげで、受講者たちの背中が一望できる。

 やはり白髪頭の人が多い。
 ほとんどが白いワイシャツ姿。
 それも、礼儀正しくシャツの裾をズボンに収めて、ベルトを外側に見せるお父さんファッション。
 久しぶりに、重厚なサラリーマン社会の住人たちと出会ったという気分。

 朝の9時から夕方4時半までびっしり詰め込まれたプログラムの中には、年金システムの解説だけでなく、中高年の健康維持や 「生きがいの発見」 などというメンタルヘルスについての講義もある。

 講師の解説を、サラサラとペンを取ってメモっている人たちの背中をみながら、こちらもメモを取る。

 この感じ、どこかで体験してるよな。
 ぼんやりと、失われていた昔のある “感覚” が蘇ってくる。

 そうだよ、学校の授業だよ。
 自分にとっては、苦手だったあの感覚。

 必死に先生の話をメモしながら、言っていることの内容がよく分からず、メモ書きが次第に落書きに変っていくあの感覚。

 でも、周りの人々の様子を盗み見して、
 ふむふむ
 …と頷いていたりする人の横顔などを見ていると、さすがに不安になってくる。
 「みんな理解しているのだろうか?」
 
 生活力に乏しい自分は、こういう生きるために真剣な人たちの中に混じってしまうと、とてつもなく気後れする。

 「加算年金額は、賞与を含めない平均標準給与額に加入員期間に応じ定められた乗率を掛け、さらに退職時の年齢に応じた乗率を掛けた額になります」

 そんなこと言われたって、まず “乗率” って何よ?

 昔とまったく同じで、意味不明の言葉が三つ四つ続いただけで、睡魔が襲ってくる。
 それでも、手だけは動いてメモを取っているのだが、ふと正気に戻ってメモを見ると、もう 「文字」 ではなく、カラスの足跡。

 「それでは10分間の休憩に入ります」

 この声だけには、昔から反応がいい。
 さっと教室を抜けて、真っ先に休憩室へ。

 そういう時間帯でも、講師の人をつかまえて質問している人の姿を見かける。

 休憩時間になっても、質問を繰り返す優等生たちは昔からいた。
 そういう生徒の姿を横目で見ながら、
 「よく聞くことがあるよな」
 と、不思議に思っていた往時の記憶も蘇ってくる。

 劣等性根性というのは、おそらく何年経っても、何十年経っても変らぬものらしい。

 セミナーが終わって、「懇親会」 が開かれるという。
 主催者がしきりに参加を呼びかけるのだけれど、忙しい人たちは振り向きもせず帰っていく。
 真面目な感じの人ほど、「講義内容が把握できれば、後は用なし」 とばかりに冷淡。

 私はまったく逆。
 見ず知らずの人たちの中に入っていって、どんな人間がどんな話をするのやら。
 そういうことだけには、やたら好奇心が働く。

 「お宅様の会社は60歳定年ですか?」
 などと、酔いの回らぬうちは、セミナーの延長線上の話題に終始していた人たちが、多少酒が回り始めると、
 「オレの先輩で、一回りも歳が上の人がいるんだけど、未だにあっちの方は現役で、海外でアレばっか。この前一晩で20発だって。まぁ、薬を使うわけだけど…」
 
 アハハハ!

 こういう話が広がる輪の中にいると、とたんに元気。
 いつの間にか、話の中心にいたりする。

 この感じも、昔から変らない。
 オレって、まったく進歩していない。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

終電の地獄絵図

 電車通勤していると、終電車近くなんぞは、「地獄絵」 状態になることがある。

ラッシュ風景

 特に週末。
 深夜1時ぐらいの新宿駅のホームなんて、もう人の大盛りテンコ盛り。
 電車が猛スピードで入ってきても、線路まぎわにいた人々には、それをかわすスペースすら残されていない。

 線路に落ちることなく、かろうじてホームに踏みとどまった人たちにも、次の試練が待ち受けている。
 電車のドアが開くと、古代ローマの闘技場で、罪人を食わせるために腹ペコにさせられた猛獣たちのような勢いで人が降りてくる。

 その突撃をかわし、なんとか車内に身を収めた人たちは、今度は、ラグビーのフォワードのように突進してくる乗り遅れた人たちの猛タックルをしのがなければならない。

 これが凄いんだ。
 すでに、すし詰め状態になっている車内めがけて、
 「おぅっす!」
 なんて、重心を落として体当たりしてくるんだから。
 サンドバッグにされた人たちは、たまったもんじゃないだろう。

 このように必死に体をねじ込んでくる人たちを見ると、この電車が 「人類に残された最後の救助船」 のように思えてくる。

 で、なんとか電車がホームを滑り出す。
 カバンを持つ右手は、2人ほど前にいるお姉ちゃんの右の脇腹あたりに固定されたまま。左手は、ネクタイしたお父さんのネクタイピンに触れたまま。
 身動きがとれない。

 唇を突き出せばキスできるぐらいの距離に、見ず知らずの他人の顔があっても、お互いに顔を背けることができない。
 SuicaのCMに出てくるペンギンみたいな顔した男の子が前にいても、笑うわけにもいかない。

 このペンギン兄ちゃん。
 どうやら大量に飲酒したらしく、顔を突き合わせたときから強烈な酒の匂い。

 嫌な予感。
 深酒して電車に乗った場合、電車の揺れによって突然胃に残ったアルコールが暴れ出すことがある。

 案の上だ。
 ペンギンお兄ちゃん何度も生ツバを呑み込んでいる。
 こみ上げてくる何物かを、必死に胃の中に押し戻そうとしているようなのだ。
 眉間には苦悶のシワが刻まれ、その間から脂汗がしたたり落ちている。

 オエ…オエ…

 冗談じゃないぜ。
 もしかして、オレが顔で受けなければならないわけ?

 この距離だ。
 顔を横にひねれば、目と鼻にかかることは防げるかもしれない。でも右側の頬と耳は直撃だ。

 ペンギン兄ちゃん、必死に耐えている。
 途中までこみ上げてきたものを、なんとか胃の底に押し戻したようだ。

 兄ちゃん頑張ってよ、次の駅までは我慢してな。
 思わず、彼の額に浮かぶ脂汗を拭き取ってやりたくなるが、もとよりこちらは手足が動くような状態ではない。

 こういう時に限って、次の駅までの距離が遠い。
 しかも、ドタンと急停止。

 「お急ぎのところご迷惑をおかけしますが、この列車は、ただいま緊急停止の信号を受け取りました。原因を調べ、信号確認が取れましてからの発車となります。どなたさまも今しばらくお待ちください」

 ウッソだろぉ~!
 こうなると、兄ちゃんの意志力だけにすべてがかかってくる。

 オエ…オエ…がまた始まった。

 それにつられて、こっちの胃も連鎖的に反応。
 あたかも、彼の酸っぱい胃液が、寄せ合ったお腹の皮膚を通じて、こちらの胃に移ってきたような感じだ。

 これで、せぇーのっ…で、お互いに顔にかけ合ったりしたら、2人とも周囲の人たちから袋叩きだろうな。

 …などと想像しながら、観念して目をつぶる。

 さいわい、兄ちゃんはさすがに 「もうあかん」 と思ったのか、次の駅でホームに転がり出ていった。
 あっぱれ。
 忍耐の限界を超えながらも、最後まで自制心を失わなかったようだ。

 こんなことは昨日今日に限ったことでない。
 最近、似たような状況によく追い込まれる。
 
 いつも、命からがら降りる駅にたどり着く。
 地獄の季節を過ごしている。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:06 | コメント(2)| トラックバック(0)

女にモテるコツ

 女にモテたいわけね。
 オレがひとつ教えてやろう。
 え、若いけど薄毛だって? そんなの関係ねぇ!

 まぁ、大変だね。
 今の時代はさぁ、男でも女でも 「モテ」 がキーワードだもんね。
 若い娘向け女性誌でもさぁ、「モテメイク」、「モテファッション」 は必ず特集のトップだからな。
 モテれば勝ち組み、モテないと負け組み。
 そういう風潮だよね。

 でもオレ、そういうマスコミが強要する 「モテ」 強迫キャンペーンに、本当は疲れて果てて、どうでもいいや…と思う娘もいっぱいいると思うな。
 でも、今の時代 「モテ」 に乗り遅れると、「廃人」 と同一視されちゃうからな。みんな必死だよ。
 ご苦労様。
 
 まぁ、もちろん、モテるにこしたことはないって。
 男だって、どうしたら 「モテ」 状態になれるか、そっちの方が、勉強ができたり会社で上司に認められることなんかより、よっぽど切実だったりする時があるもんなぁ。

 だけど、言っとくけど、「モテ」 って、モノからは生まれないって。

 昔、「金さえあれば女の愛も買える」 って豪語した若い社長さんもいたけれど、それは、金で買える愛しか知らない人の話であってね、その人は、いわゆる 「モテ」 から最も遠いところにいたんだね。
 専用自家用ジェット機で、セレブしか来れないリゾートホテルに女を連れて行ったって、世の中には、そんなことなーんにも面白くないって思う女だっていっぱいいるんだしさ。

 女にモテる条件として、金で買えるモノしか思い浮かばない男は、「モテ」 とはやっぱり遠いところにいるしかないさ。
 
 女にモテるってのは、カッコつけじゃないんだぜ。
 ワイシャツの下に下着を着ない方がセクシーに思われるとかさ、そんなことをくどくど説いていたオヤジがいたけれど、何考えてんだか…って感じよ。

 昔から、女にモテる秘訣はひとつしかないんだ。
 女の話を最後まで聞いてやることさ。
 ハリウッドのモテ男の代表選手であるリチャード・ギア先生も、そう言っている。

シャルウィダンス1
 ▲ ハリウッドのモテオヤジを代表するギア先生

 ただ、何でも聞いてやればいいってわけじゃないんだぜ。
 相手がしゃべりたいことをうまくつかむ要領が必要なんだ。
 つまり、相手に心地よくしゃべせるように仕向けるわけだね。

 しゃべっている人間にとって何が心地いいのか。
 そのひとつは、グチを聞いてもらうことさ。
 これは古今東西共通しているな。
 
 グチを聞いてやるって、けっこう大変だよ、これは…。
 でも、まぁその点は人類共通のパターンってものがあるから、そいつを見つければ、そんなに心配することはない。
 
 グチの大半は人間関係だ。
 特に、「自分が余計モノになってしまった」 という寂しさからくるグチが多いな。

 自分は善意で言い出したことなのに…相手にうるさがられた。
 そういうのって、けっこうあるだろ?

 相手のことを思って一言アドバイスしただけなのに、
 「私たち夫婦には、今の時代にあった新しい育児教育が必要なんです!」
 なんて、ビシっと返されたりすると、誰でもめげるよな。
 もし女が、そんなことでめげているようだったら、そこをつかまえて、一気に全面突破だ。

 「今の時代こそ、あなたの知恵が必要なんですよ。知恵はテレビからは授かれない。
 生きた人間の知恵が必要なんです。
 日本の文化が衰弱してきたのも、そういうあなた方が若い頃から培ってきた人間としての知恵をないがしろにしてきたからなんですよ」
 
 まぁ、そう言って相手の自尊心を少しずつ取り戻させてやることだな。

 あと、歌を一緒に唄うなんてのもいいよ。
 女にモテようと思ったら、歌は大事だ。

 「サンフランシスコのチャイナタウン」 とか 「野崎小唄」 なんてのもいいけれど、無難なのは小学唱歌だな。
 「…うさぎ追いしあの山…」 とかね。
 「…秋の夕日に照る山もみじ…」 とかね。
 そういう歌を知っているってだけで、あんたの株も一気に上がろうというもんだ。

 「空襲のとき、どうやってしのいでいましたか?」
 なんて、聞いてやるのもいいよ。
 「終戦になって玉音放送を聞いたときは、どんな気分でしたか?」 
 …なんてね。

 え?
 女にモテる話だよ。
 勘違いしてるって?
 別に 「若い女」 なんて、オレひと言もいってないぜ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:49 | コメント(6)| トラックバック(0)

タレント宣言

【町田】 いつのことになるか分からないけど、もし自分でキャンピングカー関係のエッセイを出すことになったなら、もうタイトルは決まっているのよ。 『無敵のキャンピングカー野郎』 。

【ネコ】 「野郎」 って…誰のこと?
【町田】 オレのことじゃい。
【ネコ】 「無敵」 ってどういう意味?
 
【町田】 敵なしなんだ! つまりライバルはいない! オレを倒すものはいない! キャンピングカージャーナリズム史上最強にして最高のライター!
 そういう意味だな。

 表紙の写真は、顔のどアップでいく。ナベアツの表情でね。
 ヘアスタイルは鼠先輩でいこ思ってる。
 衣裳は日の丸のハチ巻きに、ハッピ姿。
 背景はアメリカの星条旗カラーでペイントされたオレのコマンダー。

【ネコ】 それってキワモノ企画じゃん…。本屋のどこに置いてもらうの。
【町田】 タレント本のコーナーじゃい!

【ネコ】 だってあそこにあるのは、みんなタレントが書いた本だよ。
【町田】 オレもタレントになればいいんじゃ。

【ネコ】 どんなタレントを目指しているわけ?
【町田】 やっぱ剣さんでしょ! クレイジーケンバンドの剣さん。
 オレにとってはサイコーに憧れの人よ。
 だから、表紙の雰囲気もさぁ、Ken Band のジャケ風でね。

t クレイジーケンsoulpunch

ケンバンドジャケ1 ケンバンドジャケ2

【ネコ】 肝心の本の中身だけど…
【町田】 六本木で失敗したナンパの話、池袋のオカマバーの話、飲み屋のママさんの口説き方、愛人のいる男の見分け方とかね。

ケンバンドジャケ5

【ネコ】 どこがキャンピングカーなのよ。
【町田】 そういう第一弾がウケたら、2冊目から…。

【ネコ】 ……あほらし……

剣さんレビュー 「虎と竜」



PS 本日の記事に、福島淳一さんからコメントをいただきました。埼玉県のキャンピングカー販売店 「キャンピングカーステーション東松山 (RVビックフット社) 」 に勤められている方です。
 この人の話はホントに面白いの! このブログでも一度記事にしたことがあります
  ↓
 「ウルルン紀行」

 福島さんご自身の記事も読める 「キャンピングカーステーション」 のブログを、皆様もぜひ。
  http://rvccsblog.shinobi.jp
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:07 | コメント(4)| トラックバック(0)

分かりやすい文章

 文章を書くというのは、いたく気が滅入る作業だ。
 とりかかる前に、気合いがいる。

 ブログのように、自分の身体 (からだ) が保っている “リズム” のままに書く文章は別だが、事務的な報告書に近い文体のものを書くときは、その淡々としたリズムに身体が乗っていくまで、様々な 「儀式」 が必要になる。

 お茶を飲む。
 首を回してみる。
 ネットで、ちょっと気になった用語を検索する。
 耳かきでで、耳掃除をする。
 爪を切る。

 だらだらと無意味な作業を繰り返しつつ、気合いが身体に満ちていくのを待つ。

 かくして、会社に着いてパソコンを開いてから、およそ1時間は何もしない時間が過ぎていく。
 給料泥棒のようなものだ。

デスク1

 文章を書くとき、いちばん大事なことは 「分かりやすい」 ことだと思う。

 プロの物書きが書いた文章を読むと、
 「あ、オレだったらこういう言葉でお茶を濁しちゃうのに、こんな言葉を使ってらぁ…」
 と感心することがある。

 とにかく、難しい内容をやさしく表現する言葉を、彼らはたくさんストックしている。

 漢語を平仮名に代えるというようなことではない。
 今の時代を生きる大半の人々が共通のイメージを抱けるような言葉を探す感性。
 プロはそういう言葉を探し出す感覚に長けている。

 時として、それがあまり耳慣れない難しい漢語であっても、ふと気づくと、すでに新聞や週刊誌に頻繁に出てくる言葉だったりする。
 そういう漢語は、古めかしいように見えても、外来語まんまのカタカナ言葉以上のパワーを秘めている。
 そういう漢語を見つけ出す嗅覚を持つことも、プロには必要なことなのだろう。

 そもそも、漢語は 「場所」 を取らない。
 限られた文字スペースの中で伝えたい言葉をたくさん表現しなければならないときは、漢語に頼るしかない。

 「バラエティ」 を学芸会、「ワイドショー」 を紙芝居、 「コメンテーター」 をお調子者などと言い換えれば、それぞれ2~3文字程度の省スペースが実現できる。
 漢語は、実にエコロジカルな言葉なのだ。

 これと正反対の言葉が、スタグフレーション、イノベーション、バランスシート、ラップアカウントサービス、インセンティブ…とかいった舌を噛みそうなカタカナ言葉。
 こういう言葉だけで原稿を埋めているライターというのは、省資源的な要請からもっとも遠い位置にいる物書きだ。

 同じように、2字ぐらいで収まる漢語を、わざわざ5文字ぐらの平仮名言葉に直してトクトクとしている連中がいる。
 漢語を平仮名言葉に置き換えれば読みやすいと錯覚しているような (官公庁的な) 文章は、逆に古臭くて、何を言いたいのかも分からないことが多い。

 言葉は生きている。

 だから時には流行語も大事。
 特に、ブログのように 「速報性が命」 というような読み物の場合は、「明日には価値が半減する」 というスピード感を出すためにも、流行り言葉の使い捨て感覚を生かした方が生き生きとしてくる。

 結局、「分かりやすい」 ということは、時代の空気を身体が吸っているかどうかということに関わってくる。

 政治家の書く文章や演説が分かりにくいのは、彼らが、時代の空気を身体で吸っていないからだ。

 「昨今の逼迫した経済状況を鑑みるならば、国民的合意が自然発生的に形成されうるという楽観的な観測を唾棄すべきものと肝に銘じ、鋭意、国民の先頭に立って火中の栗を拾うかのごとく勇猛なる熱意を奮い立たせ、断固たる不退転の意志を胸に納め、猪突猛進する獅子のごとく、これに当たらなければならないと深く決意する次第でございます」

 こんな答弁なんか、誰も聞かない。誰も読まないって。

 で、今やっている仕事が、ともすればこの政治家答弁になりそうな文章で記事をまとめる作業なんだけど、こいつを (そういう文体の風格を維持しながら) いかに、分かりやすく、面白く書くか。
 これに頭をひねらせている。

 難しい。
 でも、「気合い」 が入ってくると、めちゃ面白い。

 …って、ここまで書いたら、突然気合いが入ってきた!

 で、このブログ原稿は、ちょっとファイルに保存して、後でコピペでアップ。
 それでは、仕事に復帰します!


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:26 | コメント(4)| トラックバック(0)

昼下がりのカフェ

 オープンカフェが好きだ。

 歩道の上にさりげなく椅子・テーブルを出しているようなカフェを見ると、つい寄りたくなってしまう。
 特に、テーブルの上に、昼下がりの木漏れ日がちらちらと影を落としていたりすると、どんなに道を急いでいても、ちょいと一服したくなる。

 そういう場所で、コーヒーを飲みながら、人やクルマの往来をとりとめもなく眺めているのが好きだ。
 目の前に広がる景色がビルと広告塔であっても、アウトドアを楽しんでいる気分になる。

オープンカフェのテーブル

 読書するにも、いい環境だ。
 本と、ほどよい 「距離」 の取り方ができる。

 気にならない程度の騒音。
 うつろいゆく陽の光りの戯れ。

 そういった微かなノイズが、本から目を離して、その内容をじっくり考えてみようという気分を誘い出す。

 でも、そういうときの 「考え」 は、たいてい道行くお姉さんのパンツが張り裂けそうなお尻に目が釘付けになったりしているうちに、空気のなかに霧散していく。

 ふと気づくと、頭の中はまっしろ。
 テーブルの上に、葉陰がゆらゆら揺れているだけ。

 気を取り直して、また本を開く。

木漏れ日1

 そんな午後が好きだ。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

グルメ番組は嫌い

 グルメ番組が嫌いだ。
 
 こだわりの素材、天才シェフ、凝った味づけ。
 そんなものをヘロヘロッと並べれば、ハイ番組いっちょうできあがり…っていう安易さが許せない。

 どの局のどの番組も、
 「外側がカリッとしていて、中がすっごくジューシィー!」
 …なんて目をシロクロさせるタレントの顔をアップして、
 「口に含んだときの、まったり感がいいですねぇ。シアワセ~」
という必勝パターンで逃げ切ろうとする。

 おい!
 それでいいのかよぉ!
 ちょいと、プロデューサーさん。

 そもそも、食料不足の危機、食材の高騰、食の安全管理への意識低下など、今ほど 「食」 にまつわる問題が噴出してきた時代はないというのに、食べることに 「シアワセ」 を見出すというのは時代錯誤じゃないのかい?

 飽食にまみれて笑いさざめく人がいる一方、餓死すれすれの境地をさまよっている人間が急増しているというのが現実なのに、それにフタをして、
 「おお、名人の方はヒマラヤの岩塩で塩もみしたイベリコ豚に、ついに火を通しましたぁ」
 とかさ。
 お前ら、いい加減にせぇよぉ!

 ……ということを、特に言いたいわけでもないのである。

 早い話、
 「うまいもの見せられたって、オレが食えない!」

 それだけの話なんだけどね。

 「糖尿病から抜け出さないと、足を切っちゃうよ」 と医者に脅かされ、「食」 への欲望を断って、はや3ヶ月。
 メシ食った直後からもう空腹状態。

 吉野屋で牛丼頼むときだって、
 「ご飯は半分ね、どうせ残しちゃうからもったいないんで…」 って 「軽めライスの並み盛り」 を頼んで、出された少な目のご飯を、さらに残して必死の減量。
 目の前にある紅生姜だって、そいつをご飯にかけると食が進むからあきらめる。

 それでも昨日の検査で、まだ血糖値は120から下がらず、24時間中22時間ひもじいいオレの前で、
 「口に含むとジューシィーでまったり!」
 はないだろ!
 バカヤロ。

 ただ、さすがに身体だけは、みるみる痩せ細ってきた。
 街を歩いて、たまに自分の顔がガラス窓などに写ったりすると、干物 (ひもの) が写っていてギョッとする。

 もともと色が黒い体質だが、それでもまだ “ふくよか” だったから、かろうじて生き物に見えていたけれど、今なんか、人間の干物 (別名ミイラ) だもんね。

 だけど、不思議なことに、他人にはそう見えないらしいから腹が立つ。
 カミさんなんかは、
 「あんたむしろ太ったわね。ご飯どき以外にも、こっそり何か食べてんじゃないの?」
 …だって。
 どこ見てんだよ、豆ダヌキ。

 ここのところ、久しぶりに会った人で、
 「町田さん、痩せましたね」
 なんて言ってくれた人は、20人のうちたった1人だった。
 アホらしくて、ダイエットしてます、なんていうのも嫌になっちゃった。

豚汁定食1
 ▲ 大盛りご飯で、豚汁と焼き鳥を食った幸せな時代は過去のもの。

 そんなわけで、テレビのグルメ番組に八つ当たりしているわけだけど、そもそもアレって、けっきょく見ている人間は絶対に食べられないわけでしょ?
 もちろん匂いも楽しめない。
 ただの映像だけ。
 金網の外からお客にバナナを見せびらかされて、必死に手を伸ばしている動物園のチンパンジーみたいなものだ。

 それをありがたがって見てるってのは、なんか変じゃない? 
 オレから言わせれば、マゾヒズムの極地。

 「食欲」 ってのは、人間の本能的な欲望…なんてよくいわれるけれど、違うね。
 「食欲」 と 「うまいものを食いたい」 って欲望は根本的に別。

 「うまいものを食いたい」 っていう欲望は、たぶんに人為的で、非自然的で、文明的なものだ。
 つまりは “幻の欲望” だから、情報を重ねていくだけでもどんどん肥大する。

 グルメ番組に出てくる 「うまいもの」 は、視聴者には食べられないからこそ、「幻のうまさ」 が2倍にも3倍にも膨張する。
 番組に出てくるシェフや、紹介されたレストランや、食材を提供した業者だけがウハウハ。

 …ったく、食後すぐに空腹が訪れるオレなんかには、やりきれねぇよ。

 マスコミに登場する 「うまいもの」 というのは、裏付けのない評価であっても、紹介すること自体が価値 (ブランド) を生む。
 食べた人が1人もいなくても、「老舗の誇る名品」 は誕生する。
 ウナギや牛肉のニセブランドが成り立つというのも、こういうからくりがあったればこそだ。

 オレはいま思うよ。
 「うまいものを食いたい」 というのは飽食にまみれた人間の発想だ。
 人々がこういう発想を持ち続ける限り、「2050年に世界のCO2を半減する」 なんて謳ったサミットの宣言なんか、実現しっこないって。

 オレなんか、いま何食ってもうまい。
 空腹こそ、グルメを堪能する最高の条件だ。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:47 | コメント(12)| トラックバック(0)

黒光りの季節

 夏だ。
 太陽の季節。 ひまわりの季節。 花火の季節。
 眼光を射すような、燃え上がる色彩と灼熱の光りに彩られたまぶしい季節。

 でも、黒光りした背中をテカテカと輝かせた、あいつの季節でもあるなぁ。

 残業続きの毎日で、今日も終電に間に合うかと急いで部屋を飛び出し、ふと眺めると、玄関を見下ろす階段の踊り場に、あいつがいた。

 何を使っていじめてやろうかと、とっさに考えて、とりあえず傘立てから傘を一本抜き出し、地面をビシバシ叩いて追い立てのだけれど、もとよりそんないじめに動じるヤツじゃない。

 くるりと宙返りして塀を飛び越す忍者のように、あっという間に暗闇に消えた。
 逃げぎわの鮮やかにおいては、天下一品だ。

 アブラムシ。
 一般的に流布している名称はゴキブリ。

ゴキブリ
 ▲ 黒装束の颯爽たる忍者 (ウィキペディアより)
 
 元来、「生命」 を尊ぶ気概に満ちた優しい私は、うっかりアリを踏んでしまっただけでも慙愧の念に耐えないぐらいの気持ちになるが、ことこの黒光り野郎だけは、恍惚たる殺意が高揚していくことを抑えることができない。

 子供たちに人気のクワガタだって、カブトムシだって、黒光り野郎であることには変わりないのに人類に愛されている。
 ゴキだけが、人間の殺意を引き出すというのは、やはりあの逃げ足の早さが 「しゃくにさわる」 からだろう。
 セコイというか、こまっしゃくれているというか、人を小馬鹿にしているというか。
 とにかく憎たらしい。

 なんでも、黒光り野郎の逃げ足は、秒速1.5mだそうである。
 昆虫界のサラブレッドなのだ。
 「エリート」 という意味じゃなくて、速さという意味で。

 それにまた、どんな狭いスペースにもスルリと潜り込んでしまう、あの薄っぺたさ。
 逃げ場をひとつひとつツブして追い立てて、「さぁ、もう観念しろ」 とイヒヒと笑った瞬間に、ドアの隙間から逐電するスマートさも、並みの虫とは違う。
 怪盗ネズミ小僧を追い詰めた役人たちが、いつも最後に地団太を踏む悔しさというのは、こんなものだったのだろう。
 
 さすが3億年の年月をかけて、どんな環境にも生存できる身体をじっくり進化させてきたヤツは違う。
 生存への意志が、身体構造にも脚力にも反映された完全無欠の生き物だ。 (映画エイリアン1にも、そんな表現があったな…)

 昔、ゴミ屋敷のような家に両親と住んでいた時代のことだった。
 深夜、家族が寝静まったリビングで、テレビの歌謡ショーを眺めていたとき、カシカシとTシャツの袖をひっぱるヤツがいた。
 「誰だよ? 何の用だよ?」
 と、振り向きざまに腕を伸ばしたら、ゲジゲジという感触の足に触れた。
 ギャ-っと叫んで飛び上がった瞬間、天井に頭をぶつけた。
 驚いたばかりに、そいつの行方を追えなかったことが、今でも悔しい。

 会社の床で発見したときは、ひとつ生け捕りにしてやろうと、生きたまま捕獲したことがある。
 ぴくぴくヒゲをうごめかして警戒しているヤツの真上から、そぉーっと円筒形のフィルムケースを近づけ、バクっと被せた。

 水平方向から接近する敵にはやたら警戒心を働かせるヤツだが、真上からの奇襲には意外と弱いということを知った。

 フィルムケースの蓋に空気穴を開け、しばらく飼った。
 真横から顔を覗くと、案外可愛い顔をしている。
 情が湧いて、残業夜食のケンタッキーフライドチキンなどに付いてくるコーンをエサとして与えた。

 しかし、食わない。
 毒を盛られることを警戒したのかもしれないし、もしかしたら、散りぎわを潔くして、ゴキブリとしての意地を貫こうとしたのかもしれない。

 結局、ハンガーストライキを貫徹し、あっぱれにもゴキブリとしてのプライドを保ったまま散った。
 遺体は丁重にティッシュで包んで、ゴミ箱に埋葬した。

 南米には、足の長さを含めて体長20㎝ほどの仲間もいるという。
 そうなると、「虫」 というよりスリッパだ。
 スリッパで叩こうにも、うっかりすると間違えてしまう。
 ゴキブリの方を掴んでスリッパを叩いたんじゃ、洒落にもならない。

 人類の生息域にどしどし侵入してくるインベーダー。
 一般的にはそのように思われているけれど、もしかしたら、人間の住環境の方がゴキブリに近づいてしまったのかもしれない。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:57 | コメント(2)| トラックバック(0)

「独り言」 病

 ほんとヤベェよ。
 町田の独り言が止まらない。

 別に、このブログのことを言っているわけではない。
 もともと、この 「町田の独り言」 というタイトルは、うちのメディア部門の統括責任者である T が考案したものだ。

 そもそも、このブログをスタートさせたのも、会社の業務命令だったのである。

 『キャンピングカースーパーガイド』 という媒体を宣伝・広報するためのブログを始めろ。
 社長にそう言われて、

 へっ? な…な…何を書けばいいんですか?
 まぁ、飲み屋の話なんか書いて、3回に1回ぐらい商品宣伝をやればいいんじゃないの。
 うへぇ、どうしよう……的な始まりだったのだ。

 で、自分のまったく知らない間に、いつのまにかホビダスのサイトに 「町田の独り言」 というコーナーが設けられていたという次第。
 当然、ブログタイトルも、業務の一環として会社サイドで作ってくれたものなのだ。

 「町田の独り言」
 ふ…む。
 ま、いいか。
 独り言だから、思い浮かぶことをブツブツと書き綴れば良いんだな…というわけで、そろそろ2年目を迎えるわけだけど、この “独り言” が、いま自分の日常生活まで広がり始めているから、ちょっと困る。

 駅に向かって自転車を漕いでいるときも、自宅でトイレを使っているときも、
 「青い空」
 「わ、水虫」
 なんて、意味のない言葉が口をついて出る。

 それに気づいて、なんで 「青い空」 なんだ?
 と自分でその無意味さに慄然とする。

 こういうことだ。
 日常生活のなかで、イライラしたり、気が重くなったりするようなことが頭に浮かぶと、それを打ち消すために、取り合えず、とっさにひらめいた言葉を口走っているのだ。

 例えば、キャンピングカーを置いている駐車場管理者から、賃貸料の催促のファックスが入ってしまった…とする。
 先月は突然のアメリカ旅行の支出などもあったから、確かに、支払いがちょっと遅れている。

 その支払い請求のファックスを、通勤途中に自転車を漕ぎながら思い出す。
 「わぁ、大変だぁ!」
 という気持ちが、たまたま見上げた青い空を、言葉に出して叫ぶことによって、精神を安定させようとしているらしい。
 どうも、そういうカラクリのようだ。

 しかし、すれ違った人から見れば、
 「信号渡りながら青い空を叫ぶ、変なオヤジ」 に過ぎない。
 他人から見れば “行っちゃった人” だ。

 さすがに、周りに知人の姿が見える範囲では、そういうことは起こらない。
 まだ、そのくらいの自制心はあるのだ。

 しかし、独りでいるときの 「独り言」 は日増しに増えている。

 知人と会う約束を危うくすっぽかしそうになって、思い出して
 「ちょっと遅れます」
 なんてメールを打っている最中に、「うんこちんちん」 なんてつぶやいている。

夏空の白い雲1
 ▲ 白い雲みて 「うんこちんちん」 …???
 昔のドリフの加藤茶のギャクだよな


 ほんとヤベェよな。

 道を歩きながら、独り言をつぶやいている老人などをいっぱい見てきたが、よもや自分がその仲間になるとは思わなかった。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:23 | コメント(4)| トラックバック(0)

グルメ時代終わる

 食料品の値上がり、原油高騰の影響による漁業の操業中止など、ここのところ食料品の安定供給を危ぶむ話がマスコミでもずいぶん採り上げられるようになってきた。

 「飽食の時代」、「グルメの時代」 といわれた消費的な食文化を謳歌してきた日本社会にも、ついに 「食べられない不安」 が忍び寄ってきたのかもしれない。

 そういう時代が到来してもいいように、私などはすでに2ヵ月前から省エネ的な食事スタイルに切り替えている。

 昼飯どきはどこに入っても、定食を頼むときは半ライス。
 おかずはだいたい一品だけ。
 間食はしない。
 寝る直前の食事も避ける。
 (無駄な?) 酒は飲まない。

 こうして少しずつ 「小食」 に慣れて、食料品不足と食材高騰の時代を乗り切ろうと思っている。

 ……というわけじゃないんだよ。
 「糖尿病」 の目安となる血糖値が、危険水域と呼ばれる100を超えて、120になっちゃったわけ。

 だいたい大福をつまみに日本酒。
 チョコレートでウィスキーという組み合わせにまったく違和感を感じない嗜好だったので、この前入院した病院のお医者さんに、さんざんお灸を据えられてしまった。
 「1ヵ月に1回は、必ず血糖値を計りに通院するんだよ。約束だよ。血糖値が上昇しているようだったら、また入院させるよ」

 グゥーの音 (ね) も出ないほど首根っこをつかまえられてしまった。

 そもそも外科の入院だったのに、なぜ内科の先生に口出しされなければいけないんだ?

 糖尿病の人は、外傷を受けた場合は化膿しやすく、治りも遅いという。
 「あんた、内科に観てもらった方がいいよ」
 と外科の先生がいったのだ。

 長い間、カミさんにも糖尿病を隠してきたけれど、今回そんなことでバレてしまった。
 それ以来、家でも菜っぱ中心の献立。
 ウサギになったわけでもあるまいに、菜っぱばかり食えるかよ。
 ……なんて献立に口答えすると怖いので、粛々と菜っぱをかみ砕いている。

 でも、辛いなぁ。
 豚カツ、コロッケ、こてこてバターのトーストなどが大好物だっただけに、菜っぱが主食じゃなぁ。

ラーメン1 豚汁定食1
 ▲ 大好きなラーメンもここ2ヵ月食べていない。大盛りライスは夢のまた夢

 これで、ダイエットに成功すればモテモテおやじになる…なんていう希望でもあれば、少しはモチベーションも高まるとも思うが、モテて楽しいなんていう歳でもないしさ。

 せめて、「グルメ時代の終焉」 に先駆けて、その対応準備を進めているとでも思わないと、やってけない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 19:08 | コメント(4)| トラックバック(0)

国際免許

 生まれて初めて、「国際免許」 なるものを取得した。
 あまりものあっけない手続きで拍子抜け。
 パスポートを提示して、5×4㎝の写真を用意しておけば、4~5分で完了。
 
 しかし、これでいよいよ憧れの 「北米大陸モーターホームの旅」 に出発だ。

ルート66沿いで1

 突然だが、レンタルモーターホームを借りて、グランドキャニオン、モニュメントバレーなど、アメリカ西部劇の舞台となる場所を5泊ほど旅することになった。

 このホビダスでもブログを掲載されている 「motor-home」 さんの誘いによるもの。
 急なことだったので、自分でもまだ心の準備ができていないのだけれど、せっかくのお誘いなので、これをチャンスとして生かすことにした。

 宿泊場所は、現地のRVパーク。
 映画 『アバウトシュミット』 や 『RV』 などにも出てくる “キャンピングカー専用キャンプ場” である。

 以前より、一生に一度は、「荒野の果てに消え行く一本道」 を自分の運転するクルマで走ってみたいと思っていた。

モニュメントバレー16

 定年退職後の夢だな…ぐらいに構えていたのだが、それが予想外に早く実現する。
 インターステートハイウェイから降りて、途中ルート66の匂いが残っている道も走ってみたい。
 とにかく、写真をいっぱい撮ってこようと思う。

ルート66の看板1

 今日は、そのために、カメラ屋に出向いてコンパクトフラッシュを買い貯めたり、軽量三脚を購入したり、海外用の携帯電話のレンタル手続きをしたりして大忙し。

 帰りに本屋に寄って、旅行者用の英会話集みたいなものを買い揃えた。
 「タイヤがパンクしました」
 というのは、
 「I have a flat tire」 というのだそうだ。
 …なるほどな。
 フラットタイヤ。
 勉強になる。

 借りるクルマは、31フィートのクラスC。
 左ハンドル…は、まぁ、今の自分のキャンピングカーが左ハンドルなので、さほど心配はないが、問題なのは右側通行。
 経験した人の話によると、右左折のときに、うっかりすると、日本の習慣で左側を走り始めてしまうという。
 「右側、右側…」
 と、しばらくは呪文のように頭の中で繰り返しているしかないようだ。

 現地のRVパークでは、果たして、どのような人々と会えるのか。
 日本のキャンプ場しか知らないので、今から楽しみだ。

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:25 | コメント(6)| トラックバック(0)

マックスミューズ

 このブログの運営と同時に、実はホームページも運営している。
 『キャンピングカースーパーガイド』 の内容と連動したキャンピングカー情報を提供するHPなのだが、最近はブログの情報提供が中心となってしまったため、本家本元のHPの方は、若干更新をサボりがち。

 それでも、注目してくださる読者の方もいらっしゃるようで、今回 「max muse (マックス・ミューズ) 」 というポータルサイトが、HPの方で連載している 「今日もバンクで独り寝」 という連載エッセイを、コンテンツの一つとして紹介してくださることになった。

独り寝タイトル

 「max muse」 は、団塊世代、アクティブシニアを対象とした 「大人のための趣味と生活に役立つ情報」 を提供する総合サイト…とのことで、「旅行」 、「クルマ」 、「ファッション」 、「スポーツ」 、「健康」 、「エンターティメント」 、「ペット」 などの分野で活躍する専門家によるエッセイを中心とした、興味深い小コンテンツを並べている。
 その中の 「クルマ」 という情報提供欄に、連載エッセイが掲載されることになった。

 主催者側としては、キャンピングカーのシニアマーケットを活性化したいという狙いがあったのかもしれない。
 
 それはありがたいことなのだけれど、このエッセイ。
 実は、自分がキャンピングカーに乗って経験した「失敗談」 が中心となったようなもの。
 
 山の中で脱輪してしまった話。
 ペット禁止のキャンプ場で、取材中、クルマの中に閉じ込めていた犬が脱走して、場内を駆け回ってしまった話。
 温泉街のスナックで、そこの若い子に振られてしまった話。
 息子と一緒に入っていた混浴温泉に美女が入浴してきて、2人で目のやり場に困った話…などが載っている。
 どう考えても、キャンピングカーでの 「ハッピーライフ」 にはほど遠い話ばかり。

 まぁ、そういう失敗談の方が、案外キャンピングカーライフの楽しさを伝える場合もあるかもしれない…という判断から、このエッセイへのリンクの申し出があったのかもしれない。

 いずれにせよ、社外のポータルサイトで自社コンテンツが紹介されるのは初めてのケースなので、自分としては光栄なことだと思っている。

 皆さまも、「max muse」 をご一読ください。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

最後の本屋

 会社の裏に、地元の商店街が連なった細い道路がある。
 一度、暇にまかせて歩き続けたことがある。

 並行して走る私鉄の駅を四つまで数えたところで、疲れた。
 そこから私鉄に乗って、戻った。
 道は、まだその先に続いていた。

 いったいどこまで続いているのか。

 一説によると、その道の果ては京都の三条大橋だということになっている。
 昔は本当にそうだったらしいが、今もそうなのかどうか、よく分からない。
 
 ただ、どことなく、時の流れに取り残された道という雰囲気だけは残っている。
 一歩わき道にそれると、もうそこは迷路。
 突然、道の真ん中に井戸が出てきたりする。

井戸

 この商店街を昼飯のときなどぶらぶら歩くことを繰り返して、いつの間にか30年経った。
 地元の消費者だけを頼りにしているような町なので、あまり大きな発展がない。
 むしろ、時の経過とともに、商い (あきない) をやめる店が増えている。
 櫛の歯が抜けるように、1年に1~2軒の割で、シャッターを下ろしたままの建物が目立っていく。

 まれに、大手企業が経営するフードショップのフランチャイズ店になって、活気を呈する店もあるが、その分、街の景色は個性を失って、日本のどこにでもあるような平凡な町になっていく。 

 この15日に、一軒の本屋が店を閉じた。
 専門書などを探すには向かない小さな店だったが、それでも店主がよく研究しているのか、時のベストセラーなどは、すかさず仕入れて店頭に並べていた。

 『女性の品格』
 『バカの壁』
 『ハリー・ポッター』

 大規模書店では平積みになる、そのような本が、たいてい1冊だけ、ときどきホコリを被って、ひっそりと顔をのぞかせている様子は、時として寂しげにも見えることもあったが、それでも店主の心意気を感じさせた。
 
 それらの本を求める読者が、その店に足を運んだかどうかは分からない。
 店の売れ筋は、コミックと雑誌だったろう。

 それでも、入り口近くに、そのような話題のベストセラー書が置いてあれば、ぶらりと入ったお客には、時代の流れに取り残されていない本屋であることが分かる。
 店の 粋がりだったかもしれない。

 病院に入院し、退院してから、その本屋が店を閉じたことを知った。

 店舗の敷地はどうなるのか。
 店の主人夫妻はどう暮らすのか。
 気にするほどのこともあるまいと思うのだが、少しは気になる。

 人々の本離れが進行しているなどと言われる昨今、確かに書店の営業は厳しいのかもしれない。

 欲しい情報は、ネットで検索して、コピー&ペーストで取り込むか、プリントアウトすればいいという時代。書籍が 「情報源」 となるという感覚は、人々の意識から急速に遠ざかりつつある。

 通勤中に文庫本やビジネス書を読もうとするサラリーマンが多い駅周辺の本屋さんはまだ生き残れるだろう。
 幼稚園の子供をクルマで送り迎えするようなママさんが寄る大きな駐車場を控えた郊外型の書店さんも大丈夫だ。
 しかし、サラリーマン層や主婦層、学生たちのいない地域の町の小さな本屋さんなどには、今や、よほどのことがないと人の影を見ることがない。

 一時は、その通りに4軒の書店があった。
 その最後の一軒が店を閉じた。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

パクる

 長年、「アドウエーブ」 に在籍された堀川克年さんが、そこを円満退社され、独立して事務所を構えられた。
 …といったって、何のことか分からないだろうなぁ。
 超ローカルな話題だし。 

堀川氏

 しかし、この堀川氏。
 キャンピングカー業界では、知る人ぞ知る、超ビッグデザイナー。
 キャンピングカー専門誌の広告制作においても、大手クライアントをたくさん抱え、日本RV協会さんに関わる仕事でも、重要なデザインワークを数多くこなしている。

 誰でも知っているところでは、このマナーステッカー。

マナーステッカー

 「(ゴミを)持ちカエル、無事カエル」
 マナー遵守を心掛けるキャンピングカーユーザーのアイテムとして、キャンピングカーに張るステッカーとしては、もうお馴染みのデザインのはず。

 そのほか、日本RV協会さん発行の広報誌 『くるま旅』 や 『キャンピングカー白書』、『マナーリーフレット』 のデザインも、すべてこの人が手掛けている。

 当社が発行する 『キャンピングカー スーパーガイド』 の表紙や特集読み物、中ページのレイアウトなども彼の手によるもの。
 10年来のつきあいで、うちとしても、欠かすことのできない大切なデザイナーさんなのだ。

08ガイド表紙

 そんなわけで、夕べ、キャンピングカー業界のイベント事業を行うマイクロプロモーションの村上さんと一緒に、彼の 「新事務所 開設祝いパーティ」 を都内某所で行った。

 明るいノリの人で、その飾らない性格が多くの人から愛されているのだが、一部の人からは 「軽いヤツ」 と見下されがちだ、と本人はいう。
 しかし、その 「軽さ」 が、実は、デザイン感覚の軽妙さを維持するための武器であるところが、この人のただならぬところ。 
 時代の流れを適切に切り取るデザインセンスでは、ピカイチなのだ。

 たとえば、韓流ドラマの 「冬のソナタ」 がブレークした年。
 堀川氏は、さっさとそのパロディをキャンピングカー会社 (デルタリンクさん) の広告に取り入れている。
 「笑いが取れる広告」 をこの業界に取り入れたのは、彼が始めてではあるまいか。

デルタ広告

 彼の口癖は、
 「いいデザインがあれば、パクるだけですよ」
 
 そうあっけらかんと言ってのけるのだが、この 「パクる」 に騙されてはいけない。
 それは、「勉強する」 の同義語なのだから。

 パーティの会場に行く前、駅の改札口で待ち合わせをした。
 
 駅前で、ビラ配りのお兄ちゃんが、彼にチラシを渡す。
 何食わぬ顔をして、さっと受け取り、チラシのデザインチェック。

 「使える」 と思ったのか、それを大事そうに自分のバッグにしまいこんだ。
 
 若いデザイナーには、
 「自分の独創性などにこだわらず、良いものがあればパクれよ」
 と指導しているのだそうだが、なかなかその意味を理解するデザイナーはいないという。

 パクる前には、まずその元のデザインの良さを理解する目が養われていなければならない。
 と同時に、元のデザインを超えるアイデアをひねり出さなければならない。

 そうやって出来た作品は、似ているようで、まったく違ったオリジナル性を備えることになる。
 
 良いものを素直に 「良い」 と認める直観力。
 それって、デザイナーに限らず、クリエイティブな仕事に携わるすべての人間に共通して必要なことだろう。
 そういう 「素直さ」 が、堀川氏のデザインワークを支える大きな力となっている。

 新事務所の名前は 「PACREW (ピ-エークルー) 」 。
 
 「どういう意味?」 と尋ねたら、
 「PACREW = パクル ですよ」
 と、あっけらかんと笑って答えた。

 いや、なんとも、ものすごい 「軽さ」 を武器として戦っている人だ。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:23 | コメント(2)| トラックバック(0)

砂漠の蜃気楼

 世界は不況なのか、好況なのか。

 「世界同時不況」 がマスコミを賑わせるような時代に、こういう映像を見せられると、世界は本当に不況なのか、好況なのか分からなくなる。

 日曜日に放映されたHNKスペシャル 『沸騰都市』。
 その第一回は、中東・アラブ首長国連邦の第二の都市ドバイ ( dubai) 。

 ラスベガスを圧倒するような豪奢なリゾートホテル街に、目の飛び出るような金額の高級車を乗りつけて、笑いさざめきながら遊び回る世界の富豪たち。

 高層ビルの谷間を縫うように走る広々としたハイウェイ。
 
 海の上には、まぶしい陽光が生んだ幻覚のように、とてつもない規模の人工島が次々と浮上している。

 夜。
 大都市の上空から眺めおろすビル群のネオンは、宝石箱をひっくり返したようなゴージャスな光をまき散らし、さながら 「ブレードランナー」 の未来都市のような、妖しい輝きを放つ。


 10年ほど前、そこはほとんど砂漠だったという。
 視界に入るのは、砂の大地と大空の間を一本の線で区切る地平線だけ。
 そこに、突然出現した 「未来都市ドバイ」 。

 カメラは、ときどき、砂漠の彼方に、陽炎のように燃え立つ非現実的なビル群を、超望遠で捉える。

 ナレーションでは、一言も語らないまでも、
 そのカメラワークそのものが、
 「ほら、砂漠の蜃気楼みたいだろ?」
 と言っているみたいだ。
 
 「蜃気楼」 という言葉から連想される “危うさ” や “はかなさ” を、言語では巧妙に排除しながら、映像でそれとなく暗示している。
 NHKもやるもんだ。

 現在、街の中心になりつつあるのは世界一の高さを誇るという 「ブルジュドバイ」 という超高層ビル。
 高さ800m。160階建て。

 今まで、世界一の高さを誇るビルが500mクラスだったというから、ブルジュドバイの地上800mは、「重力への挑戦」 、「神への挑戦」 でもある。

dubaiのビル

 ビルの完成は2009年。
 今も、4日に1階ずつのペースで上に伸び続けているという。
 聖書に出てくる 「バベルの塔」 を連想した視聴者も多かったのではあるまいか。
 
 なぜ、そんなに天空をめざすのか。

 ドバイの都市計画プロジェクトを企画している企業の経営者は、この世界一の高さを誇るビルについて、こう語る。

 「エベレストに2番目に登った人の名前は覚えているかい? 知らないだろ。ほとんどの人々はナンバーツーの名前など覚えていない。人々の記憶にのぼるのは、常にナンバーワンだけだ」

 だから、ドバイではとにかく 「世界一」 が多い。
 「世界最大の空港」 
 「世界最大の人工島」

 南の海特有のエメラルド色に光る海上には、目にもまばゆい白砂に囲まれた島々が浮かんでいる。
 その上には、大富豪向けのリゾートマンションやら別荘やらが続々と建ち並ぶ。

 ここも、10年前には島影ひとつなかったただの海原。
 それが、突如、南海の楽園に変身。
 施工者はこの人工島をつくるために、世界中の山々を買占め、それを切り崩して、島の基礎を作る土石として海中に埋めたという。

 ここでも、「神の創りたまいし自然の景観への挑戦」 という言葉が浮かんでくる。
 イスラム教というのは、人間の神への挑戦を許す宗教だったのだろうか。
 よく分らない。

 
 ドバイの魔法を紡ぎだした原動力となったものが、中東のオイルマネー。
 世界のエネルギー産業の中軸を担う石油資本を手にしたおかげで、砂漠のベドウィン族 (遊牧民) の首長たちは、世界一の富裕者になった。
 彼らにとって、ドバイの繁栄を世界に見せることは、西欧列強に追い詰められてきたイスラムの栄光を取り戻す絶好の場であるらしい。

 そう思うと、この街の抽象度の高い超人工的なたたずまいも、なんだか合点がゆく。

 デザインコンペのカンプをそのまま実現したかのような、奇想天外の建物群。
 ネオンと照明の角度によって、次々と変貌していく室内インテリアや庭園。
 100%エンターティメントを目的とした、あのテーマパークさながらの生活空間というのも、宗教的なプロパガンダという側面があるとしたら、それなりに意味がありそうに思えてくる。

 
 しかし、一方では、ドバイの繁栄は、一攫千金を夢見る世界の投資家たちの欲望によって支えられていることも、番組は明らかにする。
 建築中のビルのワンフロアを、何十億という単位で買い取ったイラン人の投資家が画面に登場する。

 「あのビルに人が暮らす頃を見計らって転売すれば、さらに4~5億円値が上がった状態で転売できるでしょう」

 彼は、そのビルに住むのが目的ではない。
 最初から転売したときの利益を計算して、ドバイの不動産を買い占めているのだ。
 建築中の高層ビルでも、すでに各部屋がほとんど売り切れ状態になっているというのは、ほとんどがそのような業者の買占めによるものらしい。

 バブルだ。
 
 不動産取引のシーンに登場する男たちの姿も紹介された。
 みな草食獣を食いあさる肉食獣の、精悍さと、獰猛さと、頼もしさと、うさん臭さをぷんぷんと漂わせる表情だった。

 金儲けのへの執念。
 そういう投資家たちの生々しい欲望を吸収しながら、実際に発展していくドバイという街は、どんどん抽象度を高めていく。
 デザインと光が、人間の生活より目立つ街。

 なんかすごい不思議だ。
 上海の近未来風景も、このドバイに比べると、一気に色あせてしまう。

 同じ時間帯に放映される 「ナルニア国物語 (ライオンと魔女) 」を観るつもりでいたが、このNHKスペシャルのドバイの映像を最初にちょっと見ただけで、もう釘付けになってしまった。

 「ナルニア国物語」が、ファンタジー特有の奇想天外なシーンで満たされていることは容易に想像がつくが、それでも、地上に姿を現した現実のドバイのシュールな感覚に、とても追いつかないのではないかという気がした。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

退屈って素敵だ

 入院していると、退屈だった。
 だけど、「退屈」ってのは、決して悪いことではない。
 とても贅沢なものだと思う。

 元気に働いているときは、つまらないことを考える時間がない。
 しかし、退屈だと、つまらないことを深く考える。

 「日本の国語教育はこれでいいのか?」
 …なんて、まぁ、忙しい時はそんな問題意識そのものが浮かんでこないが、退屈だと、そんなことをダラダラと考え込んで、とても気持ちがよい。

 病院の売店で買った 『文藝春秋』 6月号をベッドの上でパラパラと開いていたら、「言葉をめぐる憂国鼎談」 という記事が載っていた。
 国語学者の大野晋氏、作家の丸谷才一氏、井上ひさし氏の3人が、日本の国語教育について語っていた。

文藝春秋6月号
 
 ふだん、あまりこういうものは読まない。
 この世代の人たちが集まると、だいたい、「最近の日本語は乱れている」 というような話に終始することが多い。そういう話は、ともすれば教養人の懐古趣味で終わることが多く、言葉が生成する現場の感覚からズレてしまったりする。

 だから、普段だったら敬して遠ざけたりするのだが、退屈だから、いそいそと読んだ。
 
 確かに、「最近の日本語は乱れている」 というような流れには変わりなかったけれど、外国の国語教育の話が出ていて面白かった。

 たとえば、日本の国語教育では、よく 「これを書いたときの作者はどういう気持ちだったでしょうか。次の三つの中から選びなさい」 …風の設問設定が使われるけれど、イギリスの英語教育などでは、そんな “幼稚な” ことはしないのだという。
 生徒にシェークスピアの 『マクベス』 をしっかり読ませ、「マクベスの王様殺しが起こった翌日のロンドン・タイムスを作りなさい」 というような問題が出るらしい。

 すると、
 「どうしてイギリスでは、王様殺しをした人間が王朝を継続できるのか」 と社説風に真面目に論じる生徒がいると思えば、小さなベタ記事にして、「後任にマクベス氏有力」 とすっぱ抜き風の記事を書く生徒もいるという。

 へぇ~…と思った。
 なんか楽しそうだ。

 あるいは、トーマス・マンの 『魔の山』 を読ませて、自分の考えや感想を入れず、とにかく作品を短くまとめさせるというようなことをやらせるらしい。

 日本では、まず作品に対する感想を述べることが優先される。
 しかし、本の後書きに出てくる解説を書き直したような 「感想文」 を書くことよりも、要約することの方が、よほど国語力を高めることになるらしい。

 要約するためには、物語としての起承転結をきちんと把握しなければならない。
 しかも、「短く」 という制限が設けられているので、物語の中の何を残し、何を切り捨てるかという自分なりの選択基準が確立されていなければならない。

 こういう訓練を繰り返すことによって、たとえば、将来商品開発などをするときに、商品にまつわるストーリーを消費者に訴える力が付いたりするとか。
 
 ほぉ…なるほどな。
 自分の仕事にも関係しそうな話で、とっても面白かった。

 昔、別の本で、「好きな映画のテーマを説明すること」 が、一番手っ取り早い文章訓練になるというのを読んだことがあった。
 感想ではない。
 テーマ。

 つまり、「好き嫌い」 を超えて、その映画の客観的な面白さを、いかに第三者に伝えるか。
 
 映画の構成要素は非常に複雑だ。
 監督の演出に重きを置くか。
 俳優の演技に視点を合わせるか。
 映像処理に注目するか。
 音楽に注意を払うか。
 
 観た人間の関心の持ち方で、テーマの捉え方が微妙に異なる。
 それを意識的に追求していくことが、けっこう文章修行になるらしい。

 ま、そんなことをつらつら考えながら、眠くなったらそのまま目をつぶる。
 「病院で退屈する」 って、ホントに素晴らしい。 

 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:09 | コメント(4)| トラックバック(0)

病院での日々

 「突然の入院」 などという大仰なタイトルの記事を最後に、ブログを休んでしまったので、一部の方には大変なご心配とご迷惑をおかけしたようです。
 本当に申し訳ございませんでした。

 「末期ガンにでもかかったのだろう。命があるうちに、東京まで見舞いにいかねば…」
 などと思われた方もいらっしゃったとか。

 カスタムプロホワイトの池田様。
 大丈夫です。
 ガンではなかったようです。
 この場を借りて、お詫びと御礼を述べさせていただきます。

 いろいろと励ましのコメントもいただきました。
 皆さまありがとうございました。

 病名は、「蜂窩織炎 (ほうかしきえん) 」 というもの。
 なんじゃそりゃ?
 私もはじめて聞く名です。

 要は、黴菌による感染で、患部に 「蜂の巣」 のような穴が空くというもの。まぁ、傷口の後処理を怠って放置してしまうと、そういう状態になってしまうということらしいのです。
 特に、(私のような) 糖尿病体質の人間は、菌に対する抵抗力も弱いので、ちょっとした怪我も大事になりやすいとか。
 日頃の健康管理のずさんさが露呈した感じで、恥かしい限りです。

 病院では、1日2回の点滴を受け、後は、脚の血流を保つために足を少し高く掲げて、寝ているだけ。
 6日間、窓の外に見えるビル群が、朝の日差しに包まれ、夕暮れの色に染まり、ネオンに衣替えする様子をひたすら眺めるだけの日々でした。
 寝たままできることといえば、本を読むか、テレビを観るだけ。

 テレビはさんざん観たなぁ。
 おかげで、手軽にできる豚の竜田揚げ、本格的な玉子焼き、炊飯器を使ったチャーハンの作り方なんかをしっかり覚えました。
 
 ドキュメンタリーも欠かさず観ましたねぇ。
 面白かったのは、NHK教育テレビでやっていた 「ティラノザウルスの正体」 。
 四つ足の大恐竜なのですが、ティラノザウルスの前足というのは、「何のために付いているの?」 と疑いたくなるほど小さなもの。
 6~7トンという巨体を、ほとんど2本足で支えていたわけですね。
 移動時には、いったいどうやってバランスを取っていたのか。
 エサとなる草食恐竜を捕食するときは、どういう行動を取っていたのか。

ティラノサウルス

 いやぁ、傑作!
 古生物学に始まり、遺伝子学、工学、物理学などの諸学問を総動員して、その秘密を明かしながら、さらにそれを 『ジュラシックパーク』 顔負けのCG映像で見せてくれるので、こりゃもうたまりません。

 最近の学説では、ティラノザウルスの歩行速度は、最大時速50㎞ぐらいというのが定説だったそうですが、骨や筋肉の構造を工学的に研究すると、時速30㎞ぐらいが関の山だったとか。
 移動速度の遅さを補うように、彼らは、狼のように役割分担を決めて、集団で狩をしていたのではないか?
 あるいは、ハイエナのように、草原に倒れていた恐竜の死肉を食べていたのではないか?
 いろいろな仮説も紹介されて、興味はいや増すばかり。
 こういうドキュメンタリー番組は、好きですねぇ。

 別の番組では、東海大学の学生たちが耐久マシンを製作して、ルマンに挑戦するリポートを放映していました。
 これも面白かった。
 ハーネスの回し方すらもおぼつかないような状態から、どうやってルマンの出場権を獲得するマシンに仕上げるまでに至ったか。
 もし、これで予選などに通ったら、とてつもない快挙でしょ。
 元気の出てくるリポートでした。

 しかし、この間、一番目にしたのは、なんといっても中国の四川大地震の実況中継。
 瓦礫の下に埋もれている肉親の安否を気遣って泣き叫ぶ人々の顔。
 暗澹たる気持ちになります。

 「救出するために、やむなく足を切断するようです」
 などというナレーションが入ってきて、その本人と家族のことを思うと、思わずチャンネルを変えたくなってしまいます。
 …俺なんか、かすり傷だけで点滴を受けている。
 わが身を 「幸せ」 と思うと同時に、そういう 「幸せ」 にうしろめたさを感じたり。

 めまぐるしく動いていく世の中を尻目に、ぬくぬくと寝そべって過ごした6日間。
 今日、退院しました。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:36 | コメント(10)| トラックバック(0)

突然の入院

 これから突然の入院です。
 キャンプ中、ちょっと高いところから足を踏み外して、膝下を擦りむいてしまったのですが、
 「なーに、たいしたことあるまい」
 とそのまま放置しておいたら、どうやら雑菌が入ったらしく、足がどんどん腫れてきてしまい、昨日外科のお医者さんに見せたら、
 「今まで放っておいたの?」
 と呆れられてしまいました。

 今日もお昼まで、抗生物質の点滴を受けて、いったん会社に出て、やらなければならない仕事をチョコチョコとこなし、このブログを書いてから入院。

 擦り傷をそのままにして、キャンプ中は酒もガンガン飲んじゃったし、あちこちの立ち寄り湯にも寄ったしなぁ…。

 皆様も気をつけましょう。
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 15:21 | コメント(16)| トラックバック(0)

犬のおしっこ

 キャンプから帰ってきたときのキャンピングカーの室内の清掃に、だんだん時間がかかるようになってきた。

 その主な要因は、犬だ。
 特に、夏毛・冬毛に生え変わる季節は、車内のあちらこちらに抜け毛がこびり付く。

 でも、それはまだいい。
 問題はおしっことうんち。

 躾の問題といってしまえばそれまでだけど、我が家のクッキー嬢は、そのへんがおおらか。
 一応、車内に排泄用シートを敷いて、
 「お前のトイレはここだよ」
 と、よ~く言い含めるのだが、
 「ワン」
 と、返事だけは調子いいものの、排泄シートの上に落下物を命中させる率が低い。

車内のクッキー1

 走行中に揺れたりすることが原因なのか、よくずれる。
 ずれるどころか、そうとう見当違いの場所に落下させることも多々ある。
 そもそも、排泄シートの上に落下物を収めようという意志そのものが感じられない場合もある。

 犬を車内に置いて、サービスエリアの食堂などに出かけたとき、帰ってくると、
 「私を置き去りにした報復である」
 とばかりに、運転席足元フロアマットの上に、湯気を立てた液状のものを堂々と残していたりする。

 そのたびに、カミさんから尻尾を捕まえられて、ぐるぐると振り回され、ハンマー投げよろしく大空に向かって投げ放たれる。

 「何もそこまでしなくても…」
 と、私などは思うのだが、激怒したときのカミさんの怖さを知っているので、空を飛んでいく犬の後姿を、無事を祈りながら、黙って見守ることしかできない。

 最近は、犬の方も慣れたもので、耳をひらひら羽ばたかせ、滞空距離を少しでも伸ばそうとしている様子も感じられる。

 冗談はさておき、この犬のおしっこ・うんち攻撃の事後処理が大変になってきた。

 わが愛車は、そのことへの対応をも考え、ホームセンターで買った車内用カーペットをオリジナルのカーペットのサイズに合わせて加工して、2重カーペットにしてある。

 さらに、その上に長めのフロアマットを敷いて、汚れても簡単に水洗いできるようにした。

 だから、今の愛車は、運転席から真後ろのエントランスドアまで、土足でウォークスルーできる状態になっている。

 それでも、マットの隙間から下のカーペットに入り込んでいくおしっこを阻止することができない。
 うんちの場合は、トイレットペーパーでくるんで、カセットトイレの中に流し込んでしまうからいいのだけれど、おしっこはペーパーに染み込ませて拭き取っても、臭いが残る。

 ペットと旅行を楽しんでいる皆さん。
 こういうとき、どういう対応されていらっしゃいますか?
 
 いい知恵がありましたら、お聞かせください。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:20 | コメント(6)| トラックバック(0)

本屋を見てきた

 今朝、いつも通勤で使う駅構内の書店で、自分が作った本が3冊ほど棚さしになっているのを見つけました。

 校正刷りではさんざん見てきた背表紙ですが、やはり書店の棚に置かれた背表紙を見るのは格別です。

 2冊は並んでいたのですが、なぜかもう1冊は、ちょっと離れた場所に。
 さりげなく手にとって見るふうを装って、3冊並べてきちゃいました。

08ガイド表紙

 さて、『 キャンピングカー super ガイド 2008 』 の巻頭特集は、「大人のキャンプ場」 です。

08特集見開き

 大人のキャンプ場って何さ?

 う~む。

 定年退職をして、第二の人生をキャンピングカーで楽しもうという夫婦が、時間を忘れてゆっくりと語らい合う環境を整えたキャンプ場とでもいいましょうか。

 基本的には、お風呂とレストランを備えたキャンプ施設を想定していますが、必ずしも、物理的な条件を重視してはいません。
 
 高級リゾートの雰囲気を整えたキャンプ施設もフォローしましたし、あるいは逆に、過剰な設備に頼らず、静かな自然を楽しんでもらおうとするものも掲載しました。

 今日は、『 スーパーガイド2008 』 より、その巻頭特集部分と、それに続くキャンプ施設紹介ページのサンプルとして、沖縄の 「バニアンリゾート」 のページをご紹介いたします。

バニアン夜プール1

【バニアンリゾート今帰村 (なきじん) 】
〒905-0428 沖縄県国頭郡今帰仁村今泊681
予約電話:   098-862-3884
フロント直通: 0980-56-1010
ファックス:  0980-56-1070
http://www.banian.jp/

バニアントレーラーハウス1

モデル料金 17,820円/台(税込み)より
■上記はルームチャージ 定員(3~4名)利用した場合の料金
■デイキャンプ:7,450円~(1人・2食付)(off seasonのみ)
■予約開始日:6ヶ月前より受付 (完全予約制)
■営業期間 通年(年末年始も営業)

【 食・湯・遊 】
《 FOOD 》
朝食と夕食はルームサービスもOK。夕食のBBQは沖縄の地の新鮮な食材を使った野菜、豚・鳥料理、海鮮料理など。ダッチオーブンなどのアウトドア料理にも挑戦できる。

《 SPA 》
海を見ながらジャグジーを楽しめる。夕焼けや星空を見ながらのスパタイムは最高。サウナも併設。利用時間は8:00~10:00、17:00~22:00。宿泊客は大人700円、小人500円。

バニアンテラス

《 PLAY 》
真っ白な砂浜が広がるエメラルドビーチまで車で10分。パイナップル食べ放題のナゴパイナップルパークへは30分。沖縄文化の源流を体感できる琉球村へは60分。

バニアン海岸1

【 施設&料金 】
■宿泊施設 トレーラーハウス5タイプ15棟(3~4人用)、クイーンベッド、応接家具、テレビ、DVDプレイヤー、ソファベッド、ダイニングキッチン、ダイニングテーブル、大型冷蔵庫、電子レンジ、クローゼット、コンロ、食器セット、トイレ、洗面台、シャワールーム、タオル、ボディーソープ、シャンプー、リンス 他
■ 利用料金 時期、プランによって異なるので、詳細はホームページで確認するか、もしくは電話に手問い合わせ。
■ 施設 管理棟(9:00~21:00)、売店、自動販売機、屋外プール、プールサイドバー、バーベキューガーデン、ジャグジー(露天風呂)、サウナ
【レンタル】 バーベキューセット、テント、キャンプセット、釣具セット、キッチン用品、自転車、将棋、トランプ、電子ポット、アイロン、加湿器他

【ルール&マナー】
■ 禁止事項 打上花火、直火、発電機、カラオケ、トレーラーハウス内での喫煙、ペットは小型犬のみ可
■ チェックイン  15:00
■ チェックアウト 11:00

バニアン全景

【本文】
《トロピカルな夢が広がる南国リゾート》

バニアンリゾートは、ヤシの木をはじめ、南国の植物に囲まれたトロピカルなリゾート施設。15台の高級トレーラーハウスが宿泊場所となる。
目の前に広がるのは、エメラルドグリーンの海。空気が澄んでいるだけに、空を真っ赤に染める朝焼けと夕焼けが美しい。
夜ともなれば、プールを囲んだガーデン全体にイルミネーションが灯り、満点の星空と競演する。プールサイドバーでそれを眺めながら味わうカクテルグラスにも、星明りがこぼれ落ちる。
食事はルームサービスだが、希望により、スモーク体験やダッジオーブンを使ったアウトドアクッキングも楽しめる。周辺には珍しい観光施設が目白押し。

バニアン昼プール1 バニアン朝焼け

《 管理人さんのここがオススメ》 久家 浩司

当施設は、1日15組のお客様のみがお楽しみいただける高級トレーラーハウスを使った贅沢なリゾート施設です。室内は全て輸入家具で調えられ、大人の空間を演出しています。
ご家族や恋人と沖縄の自然や文化を楽しんでいただくために、マリンスポーツ、アウトドアクッキング、ゴルフ、サイクリング、エステなど様々なメニューをご用意しております。
車で10分の距離に、「美ら海水族館」や世界遺産ともなった「今帰仁城跡」など、沖縄でなければ見られない観光地もあります。

バニアントレーラーハウス2

《 アクセス 》

那覇空港より国道58号線で沖縄自動車道へ。許田IC下車。国道58号線で本部半島を海岸沿いに走り、県道449号線へ。さらに505号線に入り沖縄美ら海水族館を目指す。そこから10分。那覇空港より車で100分。

【 周辺観光情報 】
《 沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館 》

バニアンリゾートから車で10分。世界一大きなアクリルパネル越しに、ジンベイザメ、オニイトマキエイなどの雄大な水中生物がゆうゆうと泳いでいる姿を目の当たりに見ることができる。
開館時間8:30~18:30(夏季20:00)。休園・休館日は12月の第一水曜日とその翌日。大人1800円、高校生1200円、小中学生600円。

バニアン美ら海水族館

PS. 今晩はこれからキャンプに出かけます。
   たぶん足柄SAあたりで車中泊になりそう。
   2日間ブログはお休みです。
   帰ってきたら、またキャンプ場のレポートなどをいたします。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 10:46 | コメント(12)| トラックバック(0)

ナイトドライブ

 ニュースを見ていると、ガソリンスタンドにクルマの行列。
 3日からキャンプ。
 愛車コマンダーの燃料タンクがすっからかんであることを思い出した。
 燃料が安いうちに買っておこうと、夜になってから給油に出かけた。

 昼間混んでいるということは、夜になれば行列も収まるのか…と思っていたが、みんな考えることは同じ。
 幹線道路のガススタにはどこも行列ができていた。

 ようやく空いているところを見つけて入ったが、今まで見てきたところよりリッター9円高い。
 チェッ…と、舌打ちした後には、もう後ろに給油のクルマが張り付いている。
 前に進むしかない。
 それでも、気になっていた給油ができて、少し安心。

 そこで帰ればよいものを、ドライブがしたくなった。

 道中聞いていた音楽が “悪かった” 。
 昔の 「映画音楽名曲集」 。
 自分で編集したもので、シネジャズ (死語?) を集めたもの。

 マイルス・デイヴィスの 「死刑台のエレベーター」 、ハービー・ハンコックの 「欲望」 。 「ブレイド・ランナー」 のサントラ盤からお気に入りの 「ワンモア・キス・ディア」  などが入っている。
 特にトム・スコットの名演が聞ける 「タクシードライバー」 のテーマが効いた。
 無性に都会のネオンを見ながら、街を流したくなった。

 休日の夜だけあって、さすがに都心に入ると道は空いている。
 40~50㎞程度のクルージングでも、後ろからせっつくクルマがいない。

 右に左に流れていく都会のネオンを見ながら、キャンピングカーでミッドナイトドライブ。
 なんのために給油したのか分からない。

 キャンプ場で眺める満点の星空も美しいが、都会のネオンも美しい。
 太古の昔から変らない星の光は 「不動の美」 を体現するが、都会のネオンは人間のはかない欲望のきらめきが感じられて、「刹那の美」 を演出する。

運河のネオン

 マーチン・スコセッシ監督の 「タクシードライバー」 (ロバート・デニーロ主演) という映画は、ベトナム戦争の後遺症に悩む人間を描いた社会派ドラマだったが、そういうテーマよりも、むしろ印象的だったのは、都会をさまようタクシードライバーの主人公が眺める街の夜景だった。

 甘く、きらびやかだが、物憂く、はかない街のネオン。
 都会にはびこる悪も善も、一緒くたに輝かせる偉大な光。
 それがトム・スコットの切ないサックスの響きとよく合っていた。

 昔、そのシーンを自分で再現したくなって、カミさんに8ミリカメラを持たせて、原宿・六本木をクルマで流しながら、夜景を撮らせたことがある。まだビデオの普及していない時代だ。

 撮影したフィルムに気に入りの音楽を流し込み、家でスクリーンを張って、一人でよく眺めていた。

 そこまでしなくてもいいものを…と、自分でも思うが、それが “俺流” の音楽鑑賞法だと思い込んでいるから、一度始めるとやめられない。

 最近は、もうそういう情熱はない。
 それでも、ときどき音を流しながらの意味のない深夜ドライブを楽しむ。

 キャンピングカーでやらなくてもいいものを…と思うが、今はこのクルマ1台しかないのだから、それを使わないわけにはいかない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

5月2日発売

 『 キャンピングカー super ガイド2008 』 にようやくご対面。
  本日、印刷所から直売分の本が届いた。

08ガイド表紙

 お世話になった関係者をはじめ、本に掲載したビルダーやショップにはすべて配送するので、その宅配便やメール便の出荷作業で1日中忙殺される。

 この作業が終わると、ようやく 「次の仕事」 に頭が切り替わる。

 会社の帰り、通勤電車の中で、おもむろにカバンの中から出来たての本を取り出して、一人で眺める。

 書店にはまだ流通していない本をいち早く読めるのは制作者の特権だが、同じ電車に乗り合わせた人は、ほとんど誰も気にしていない。

 向かい側の席に座っている人たちに、わざと表紙が見えるように高く掲げたりもするのだが、なかなか人々の視線を集めることはできない。

 「おーい! キャンピングカーの本だぞ。新型車もいっぱい載っているぞ」
 と心では叫んでも、まぁ、向い側の席で他人が読んでいる書籍などに関心を払う人間など、普通はそんなに多くはないのだろう。
 みんな居眠りするか、携帯電話の画面に目を落としているだけ。
 「心の叫び」 は届かない。

 著者にとって、本屋に自分の本が並ぶというのは、最初は誰でもうれしいものらしい。
 今ではベストセラー作家になった人だが、最初に本が出た日、都内の書店にずっと立つ尽くして、自分の本を手にとる人の姿を観察した人がいる。

 1時間。
 その作家は、自分の本が置かれている棚のそばに立ち尽くした。
 ところがその1時間のうち、本を買うお客どころか、手に取った人すらいなかったという。

 しかし、いつの間にか本は売れて、結局ベストセラーになった。

 昔、自動車評論家の徳大寺有恒さんの書籍を編集したことがあった。
 自分が担当した本なので、やっぱり売れ行きが気になり、本屋で手にする人の姿を確かめるために、20分ほど待機していた。

 その20分ほどの間、やっぱり本を手にした人はいなかった。
 でも、それなりにその本は評判になった。

 著者や編集者にとって、自分の本が売れた現場を目撃するのは非常に難しいものだという。

 それは分かっているのだが、久しぶりに書店に行って自分の本が置かれている現場を見てこようと思っている。

 発売日は、5月2日。
 当初の予定より1日ずれたが、発売元のブッキングさんの話では、早い書店では1日に出回るところもあるという。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:54 | コメント(4)| トラックバック(0)

制作関係者へ御礼

 先週金曜日に印刷所での出張校正が終わった。
 これで、『 キャンピングカー super ガイド 2008 』 の編集作業も、完全に手を離れたことになる。


08ガイド表紙

 原稿を書いたり、主な写真を撮ったり、広告営業をしたりと、すべて1人で行ってきたが、実は無数の協力者に支えられて出来上がった本である。

 まずは社内スタッフ。

 高田光男
 藤田祐介
 中野清雅

 本の奥付に登場する3名の人間は、いずれもこの本の編集に欠かすことのできない人材だ。
 キャンピングカーのフロアプラン図や販売店のアクセスマップなどを描き起こしてくれるだけでなく、画像の整理、原稿データの整理ほか、テキストの校正などの編集実務をこなしてくれる面々である。

 特に、高田は、テキストと画像を整理して印刷所へ送るなど、制作管理を全面的に受け持つだけでなく、画像のレタッチを行い、暗く沈んだような写真でも、見事明るくエッジの立ったシャープな写真に仕上げる技量の持ち主で、誌面構成においても欠くべからざる人材だ。

 奥付には登場しないが、経理の柿木愛之も、広告などの請求書の制作・発送などを含め、この本の経理的な運営面を一身に背負って活躍してくれる。

 しかし、本当に世話になっているのは、この本を14年間好き勝手に制作させてくれた社長の為国英治かもしれない。


 社外スタッフにも有能な人材に恵まれた。

 デザイン面では、堀川克人氏のデザイン的力量にいつも助けられている。
 表紙や特集部分のレイアウトに始まり、車両紹介や販売店紹介の誌面構成に至るまで、この本はすべて堀川氏のデザインワークによって支えられている。
 
 また、この本を印刷・製本してくれる 「図書印刷」 の松尾卓氏には相変わらずのご協力をいただいた。
 松尾氏は営業職として、常にコスト低減のアイデアなどを積極的に出してくれるばかりでなく、誌面構成上においても、読みやすいフォントの提案、印刷映えのする紙の提案など、本のクオリティアップに関して、専門的見地に立った様々な助言を与えてくれる。

 この本は、その松尾氏という人材がなければ、今のクオリティを維持していないだろう。


 また、掲載車種の製作や販売を担当しているビルダーや販社の方々にも、この場を借りてお礼を申しあげたい。

 本来は編集部でしなければならないはずの、装備類や価格体系のチェックをお願いしても、ショーの重なる忙しい時期にもかかわらず、すべての方々が本誌のデータチェック快く引き受けてくれた。
 ちょうど価格帯や装備面の切り替え時期でもあったので、業界の方々のご協力をいただき、最新のデータを掲載することができた。

 なかには、本文にまで目を通して、
 「いつもながら見事な文章です。発行が楽しみです」
 などと、少し持ち上げ気味のコメントを添えてくれる担当者もいた。

 本文に関するビルダー・販社の方々の感想では、
 「分かりやすい文章でよい」
 というコメントが一番多かった。
 自分で書いている記事が、読者にうまく伝わるかどうか心配である時期に、そういう感想を寄せられると、ほんとうに心強い気分になる。

 「もう少しのようですね。頑張ってください」
 などと、個人宛のメールをくれた担当者もいた。
 そういう方々の声援を受けて完成した本である。

 うれしかったのは、本日、まだ見本すらできていない段階で、200冊の直接買取を申し出てくれた業者さんがいたこと。
 
 突然いただいたお話だったので、あわてて印刷所に 「刷り部数の追加は今からでも間に合うか?」 と問い合わせることになった。

 印刷が始まるぎりぎりのタイミングだったので、それも間に合って、ほっと胸を撫で下ろしている。

 多くの人の期待が集まっている本だという感触も得て、胸の高まりを多少感じている今日この頃である。
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

平和な家

 会社に泊まりこむような生活が長く続き、久しぶりに家に戻った。

 なんとなく、リビングの雰囲気が違う。
 マッサージ椅子の位置が変だ。
 この椅子は、昨年暮れに、カミさんの実家で使わなくなっていたものを運び込んだもので、たまに家に戻ったとき、凝った肩などをほぐす時にとても重宝していた。

 当然、今まで “激務” に励んでいた者が使う権利があると思い込んでいた私なのだが、そういう常識が通じる家風ではない。

 いつもは壁際に寄せられていた椅子が、堂々とテレビの前に進み出ている。
 テレビ横には、うずたかく積まれた韓流ドラマのDVDの山。

 「どうしたの? こんなに早く戻るなんて…」
 視線をドラマに集中させたカミさんが、振り向くことなく、こともなげに話し掛けてくる。

 「なんとか仕事が一段落ついたので」
 「良かったわね」

 ちっとも良さそうじゃない。
 「あなたが会社に泊まっている間、水道代が半分に減ったのよ」

 いきなり何の話だ?

 それじゃ、何かい?
 水道代を節約するために、もっと会社に泊まっておれ、…という意味かい?

 とりあえず、テーブルの前に座って、一緒に画面を眺める。
 若い男女が、本屋の中で会話している。
 「 『罪と罰』 なんて、読むの?」
 ドラマのヒロインらしき女性が男に話し掛けている。
 「ああ、法律の本だと勘違いして買ったんだ」

 ハハハハ….
 カミさん大喜び。
 …そんなに笑えるネタか?

 「なんか食べるものある?」
 と、さりげなく尋ねてみた。
 「何も食べてこなかったの? 夕ご飯食べたいのならもっと早く電話でもくれなくちゃ。何もないわよ」

 「メシは食ったけど、なんか小腹がすいて…」
 「糖尿病なんだからやめておきなさい」
 …で、終わり。
 ドラマに熱中しているときにいちいち話し掛けるな、という風情だ。

 私としては、なんとかカミさんの座っているマッサージ椅子がほしい。
 でも、とても言い出せる雰囲気ではない。

 しかたなく、グルグル首を回して、さも 「凝っている」 という信号をカミさんに送る。

 そのシグナルが、さも “うるさい” と感じたのか、カミさん、
 「急に首を回すと、血管が切れるわよ」

 「そうだね」
 と、やんわりと受けて、今度は背筋を後ろに逸らせて、「背中が凝っている」  というシグナルに切り替える。

 「退屈なら、お風呂に入るか、ブログでも書くかしたら」

 どうやらこっちの意志は通じているらしい。
 しかし、マッサージ椅子だけは何が何でも死守するという決意があることだけははっきりした。

 「じゃ、風呂が沸くまで一眠りするかな」
 「それがいいわよ。そうしたら」
 「そのドラマが終わるころ起きるよ」

 「当分終わらないわよ。疲れているんでしょ。朝まで寝たら」

 なんとなく、会社に戻って仕事をしたくなってしまった。
 ま、家が平和なのがなによりだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

切所

 「切所」 (せっしょ) という言葉がある。
 峠などの難所を示す言葉で、人生の岐路となる重大な局面に差し掛かったことを表現するときにも使う。

 今回の 『キャンピングカー super ガイド 2008 』でも切所はあった。
 4月2日だった。

 当初、計画していた「4月28日搬入・5月1日売り」という路線が危うくなった。
 書かなければならない残った原稿の量、揃えなければならない画像数、取り寄せなければならない資料数などを計算してみると、印刷所と打ち合わせをしたスケジュールどおりに消化できないことが分かった。

 掲載を予定していた新型車の完成が、大幅に遅れている。
 だから、送信されてくるはずの画像が間に合いそうもない。
 既に原稿を書いた車両のコンセプトが途中から変わった。
 記事をもう一度書き直さなければならない。

 遅れる理由は、対外的にたくさん求めることもできるが、なによりも内部事情が大きい。
 原稿書きそのものに時間がかかる。

 取材インタビューしたときのメモを開き、資料を精査し、一定のフォーマットに則った形で、車両スペック、装備品、本文、担当者のコメントという順序で手入力していく。

 コンセプトが昨年と変わらぬクルマの場合は、価格、装備類を新しいものに変更し、本文は昨年の原稿をベースに、新しい情報を上書きする。

 それでも、1台分の原稿を仕上げるには40分~50分。
 新車の場合は、1台分の原稿を仕上げるのに必要な時間は1時間半から2時間。複雑なものとなると3時間。
 早朝から深夜までデスクに張り付いて作業しても、1日5~6台分の原稿しか書けない日もある。今年は、その新車がやけに多い。

 そういうことから逆算してみると、4月2日の段階では 「4月28日搬入」 というスケジュールに危険信号が灯った。

 当日の昼休み、携帯電話を握り締めて、桜の見える運河沿いまで歩いた。
 スケジュールの再調整を、発売元の担当者と詰める必要が出てきたからだ。

 大事な電話を、運河を眺めながらかけるということに、特に意味があったわけではない。
 足が自然に今までとは違った景色を求めて動き出すのに 「心」 が従ったまでだ。

 搬入を少し後ろに遅らせても、配本日を変えない余地は残っているのかどうか。
 配本日がずれるとなると、それはいったいいつになるのか。
 それを発売元と最終的に詰めなければならない。

 とにかく、この4月2日という日は、配本日を調整するために残された最後の日だったのだ。
 この日に配本予定日が確定され、それが決まれば、もう落とせない。
 仕上がらなかった部分は割愛し、大幅にページを減らしてでも、とにかく決められた期日に間に合わせなくてはならない。

 電話での打ち合わせで、どういう答が出るのか。
 胃がキリキリ痛む思いがした。

 運河にこぼれる桜の花を見つめながら、発売元のブッキングさんに電話を入れた。

 「4月28日納品の予定を、あと2日だけ延ばして30日になりませんかね?」

 返事は、「難しい」 という。
 28日のスケジューリングなら5月1日売りも可能だが、2日ずれると、次の配本日は5月の中旬以降になるとも。

 いったん電話を切った。
 目の前では、春爛漫を思わせる青空が広がっているというのに、それが真っ暗に見えた。

 どうするか…
 ここが 「切所」 だと思った。

 印刷工程をつめるしかなかった。

 続いて、印刷所に電話を入れた。

 「なんとか、あと2日ほど印刷工程を詰められないものだろうか」
 
 すがるような気持ちで印刷所の担当者に尋ねてみると、
 「これ以上は無理ですよ」
 という暗い声。

 初稿校了を提案してみた。
 校正紙に赤字 (修正) を一回入れただけで製本に回す。
 つまり、赤字入れが正確に反映されたかどうかを確認する機会のないまま本ができあがる。
 しかし、それだと赤字部分の修正が不完全な場合、印刷所に責任が回る。
 印刷所としては、そういう事態は避けたい。
 もちろん、できれば、こちらも避けたい。

 いろいろと話し合った。
 ラチがあかないと思った瞬間、

 「分かりました。一緒に腹をくくってやりましょう」

 打って変わったような、担当者の声が明るい声が返ってきた。

 最近聞いた言葉の中でも、これはもっともうれしい言葉だった。
 しかも、担当者は、
 「腹をくくってやります」 ではなく、
 「一緒にやりましょう」
 と、私の肩にも腕を回して、スクラムを組んでくれたのだ。

 印刷所担当者も、土日返上、連日徹夜覚悟で現場に協力させる腹をくくったのだろう。

 そうとなれば、こちらも、夜になっても寝てなどはいられない。

 「Z旗 (戦闘旗) は掲げられたな」

 ふと、そんな古い言葉が頭に浮かんだ。

 
 毎年、桜の花が咲いて、それが散るまでの期間は、胃がキリキリと悲鳴をあげる日々が続く。

 とはいっても、それはあくまでも比喩で、実際に胃が痛んだりすることはない。
 頑丈な…というか、鈍感な胃袋を持っているおかげで、14年間耐え忍ぶことができている。

▼ 2008ガイド
 発行 自動車週報社 /発売 ブッキング

08ガイド表紙

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:29 | コメント(2)| トラックバック(0)

いい加減な本?

 自分で書いた記事を、自分で読み返してみて、
 「ありゃりゃ…」 と決まり悪い思いにとらわれることがある。

 『 キャンピングカー super ガイド 2008 』 の記事でもそうだ。
 一台一台の原稿を書いているときは、気づかなかったものの、校正などで、通しで読んでいると、
 「ありゃりゃ…。ずいぶん矛盾しているじゃん」
 というものが多々ある。

 たとえば、あるバンコンの記事では、こんなことを言っている。

 「…このレイアウトが成功した秘密は、ギャレー位置にある。エントランスドアのほぼ半分まで、ギャレーカウンターが占めるという秘策が採られている。ハイエーススーパーロングのエントランスは開口部が広いので、人の出入りはこれで十分なのだ」

 てなことを書いておきながら、別のバンコンの記事ではこんな表現が…

 「乗り降りに窮屈な思いをするセカンドシートを使わず、エントランスの開口部を広く取ったレイアウトも正解。そのために、人の乗降が楽になっている」

 おいおい! お前はどっちを支持するんだよぉ!
 
 こんなのもある。
 ある国産キャブコンの記事。

 (このクルマの特長は) 「4.7mというコンパクトボディに、リヤダブルベッド、キッチン&電子レンジ、65㍑冷蔵庫、大型収納、2.8kW発電機、ルーフエアコンなどをすべてを組み込んで、大型キャブコンが持つ機能を高密度に圧縮したところにある。
 その凝縮することへのこだわりに、“匠の精神” が発揮された日本の精緻な伝統工芸品を見る思いがする」

 などと書いておきながら、大型輸入車を紹介するコーナーでは、あっさりと、次の通り。

 「…このように、アメリカンモーターホームというのは、空間の贅沢さを享受するクルマである。便利な装備類が満載されたクルマよりも、ただ広いというだけで、人間の心は驚くほど豊かになったりすることもある」

 おいおい、お前のホンネはどっちなんだよぉ!

 私が読者だったら、突っ込みを入れたくなるところだ。
 さらに、
 「この著者には自分の見識というものがないな」
 …と、読者としての私はそう言うかもしれない。
 
 まぁ、ご勘弁を。
 …というのは、とにかく一つのキャンピングカー記事を書くときは、そのクルマに惚れ込むような気分で接したいと思っているからだ。

 自分が顧客となって、そのクルマを購入するために検討している。…そんな気持ちで一つのクルマに接して、記事に仕立てる。

 すると

 「こいつに乗って、昼過ぎにキャンプ場に着いたとするだろ。で、最初の晩は、野外でBBQ。…外に食材を持ち出すときの冷蔵庫の扉位置が悪いな…。
 でも、車内で食事するとなると、あそこにテレビ位置があって、これは楽しめるな。
 ヒーターダクトの位置もよろし。
 で、こいつ凄いじゃん! この3方に窓があるラウンジ。
 ここに座って、暮れ行く湖の風景など見ていたら、気分いいだろうなぁ…」

 で、妄想がどんどん膨らんでいって、いつのまにか、そのクルマが “ベスト” のようなものに感じられてくる。

 次のクルマの原稿を書き始めると、今度はそっちのクルマが “ベスト” になっているから、さっきと矛盾したことを書いていても、気にならない。

 ああ…。
 実にいい加減な本である。

 でも、まぁ、ものの見方というものは、視点を変えれば長所が短所になり、短所が長所になりで、いろいろと変転していく。

 だから、この本は、、
 「個別の現象に捉われることなくキャンピングカーというものを複合的に分析した、視野の広い本である」
 
 ということにしておきたい。
 
 だめ?


 5月1日発売。定価は2,100円 (税込み) です。

08ガイド表紙
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:34 | コメント(6)| トラックバック(0)

08ガイドご案内

 やぁ、終わりましたぁ!
 『 キャンピングカー super ガイド 2008 』 の編集作業。
 
 たった今、ビルダーさんにPDFファイルをチェックしてもらって、その最後の返答が返ってきたところ。
 今日はこれで校正紙を印刷所に引き取ってもらうだけ。

 後は2校の刷り出しを見て、校正の直しがちゃんと反映されているかどうかを確認する作業が残るのみとなりました。

 基本的には、データ本ですので、ベース車のスペック、価格体系、装備内容、オプション品目などがとても大事になります。

 しかし、それを編集部だけでチェックするのは大変。
 そこでまずテキスト (文字だけ) のデータを各ビルダーさんに送って、価格や装備品をチェックしてもらっています。

 ここで、ある程度の確認作業ができるので、そこそこの情報精度は高まります。

 でも、それでも万全じゃないんですね。
 チェックしてもらった後に、価格が変わる。装備品目が変わる。大胆な例では、車名そのものが変わる。

 そんなこともよくあるのです。

 そこで、最後の最後に、写真も入って本の状態になったものを、もう一度ビルダーさんや販社さんに送って、チェックを入れてもらっています。

 最初のテキストではオプション品だったものが、いつの間にか標準装備に回ったり、価格が変わったり…。
 この最後の最後のチェックでも、変動が出てくるんですね。

 業者さんにとっても、うちにとっても面倒なことですが、その2重チェックをやっているために、情報の精度としてはかなり高い本になっていると思います。

 2008年版では、掲載キャンピングカー数181車。ページにして202ページ。
 掲載ショップ数86社。ページ数にして56ページ。

 そのほかに、巻頭と巻末に読み物が付いて、総ページ数約300ページほどの本になりました。

 発効日は5月1日 (木曜日) 。遅いところでも、ゴールデンウィーク内には店頭に並ぶ予定です。

08ガイド表紙

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:55 | コメント(4)| トラックバック(0)

キャンプに行く夢

 『 キャンピングカー super ガイド』 の編集作業も、そろそろ大詰め。
 校正も、もうあと少しという段階。

 この時期が、実はけっこう辛い。

 なまじトンネルの先が見えたという安堵感が、逆に心を弛緩させてしまう。

 ふと、虚空を見上げる時間が長くなる。
 意味もないため息をつく回数が多くなる。
 いつの間にか居眠りしていたりする。

 緊張の連続で今まで感じなかった疲れが、どっと出てくるという状況なのかもしれない。

 気分転換!

 そう思って、途中で仕事をほったらかして、代々木公園まで遊びに行った。

 日本オート・キャンプ協会さんが主催している 「アウトドア2008 第8回日本オートキャンプショー」 が行われているのを見物に出かけた。

JAC代々木ショー1

 この前まで春だと思っていたのに、ショー会場まで続く並木道には、初夏を思わせる木々の新緑が溢れかえって、目に眩しい。

 公園にはテントが建ち並び、キャンプ用品が積み上げられ、道行く多くの人々がその間をそぞろ歩きしている。

JAC代々木ショー2 
 
 イベントステージでは、各キャンプ場のオーナーたちが、自分たちのキャンプ場のアピールを行っている。

JAC代々木ショー3

 サイトに広がる輝く緑の芝生。
 かなたの森に沈み行く夕陽の美しさ。

 そんな情景が、オーナーたちの話から伝わってくる。

 …だめだ!
 もう、心は旅に向かっている。
 会社に戻って、校正の続きをする気力がなえる。
 
 
 気力を振り絞って、会社になんとか戻る。
 構成紙を前に、またしても居眠り。

大野路1

 キャンプ場で、くつろぐ夢を見てしまう。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:32 | コメント(4)| トラックバック(0)

担当者の顔写真

 『 キャンピングカー super ガイド 』 という本は、キャンピングカー1台を紹介するにあたり、必ず、そのクルマを開発したスタッフ、ないしは販売を担当するスタッフのコメントを顔写真入りで掲載している。

 こういうスタイルを作り出したのは、うちが初めてだと思う。

 キャンピングカーという自動車は、かなり開発者の思い入れの強い商品だ。
 ベースとなる車両部分は、自動車メーカーが供給する工業製品だが、架装する部分には、ビルダーの夢や理想がいっぱい詰まっている。
 設計者によってそれぞれ開発理念も違うし、想定するユーザーイメージも異なる。

 だから、クルマごとに強烈な個性が現れる。
 いってしまえば、つくり手の “顔” が見える商品だ。

 ならば、製作している方々に、直接、ユーザーに向かって思いのたけを語ってもらおうということで、顔写真入のコメントを掲載することにした。

 そんなスタイルが14年続いた。

 最初のうちは、取材の後に、それなりの総合的なアピールポイントを尋ねていたが、いざとなると、なかなか一言で表現できない人が多い。

 それはそうだと思う。
 何年もかけて構想を練って、試行錯誤を繰り返し、ようやく完成品として誕生させたクルマの前で、ここに至るまでの過程を4~5行に要約せよというのが、無茶な話かもしれない。

 そこで、途中から、取材した談話を総合して、こちらでまとめるようにした。

 ぶっちゃけた話、編集者の “創作” である。

 あらあら、そんなこと公表しちゃっていいのかしら……なんだけど、今のところ、「俺の考えていることと違うじゃないか」 などというお叱りを受けたことは、まだ一度もない。

 
 そういう一口コメント (担当者のひとこと) を紹介するときに、その方の顔写真も同時に掲載させてもらう。

 それが、今年の本は、そうとう顔ぶれが変わった。
 新人が多い。

 今まで、そのビルダーの顔だった社長さんや開発担当の重鎮たちが一歩退いて、
 「うちの若い子を紹介してやってよ」
 というお店が増えた。

 …ああ、この世界にも新人が多数登場するようになったのだな…と感じた。

 若い人が魅力を感じて参入するような業界は将来が明るい。


 しかし、顔写真が載ることがいいことか、どうなのか…。
 
 ある販売店のスタッフは、本に顔が載っていたため、子供が指さして、
 「あ、いたいた! 写真とおんなじ顔だ」
 とブースの前で騒ぎだして、そうとう面食らったとか。

 こんな話もある。

 ある女性スタッフの場合。

 お店に電話がかかってくる。
 「○○さんですね。キャンピングカーガイドで見ました。お会いしたいのですが…」
 
 クルマを見に来るのではなさそうだ。
 「…お会いしたい」
 という言葉が、妙に別の意味に感じられて、結局うまい理由をつけて、来店を断ったという。

 
 似た話だが、今度は男性スタッフの場合。
 
 1人でフラッと来店した女性から、いきなり
 「○○さんですね」
 と尋ねられたという。

 じっと顔を覗き込まれて、しかも相手の目線が動かない。
 「写真で見たとおりの方で安心しました」
 と、相手はいう。

 …なんか変だな…とは思いつつ、
 「どんなおクルマをお探しですか? 何人ぐらいで乗られるのでしょうか?」
 「あ、私が1人で旅に…」
 「それだったら、こういうクルマはいかがでしょう」

 と、案内しても、クルマを見ない。
 顔ばっかり見つめられる。

 「食べ物では、チョコレートなどお好きでしょうか?」
 「???…」

 「猟銃など撃たれたら、さぞやお上手なんでしょうね」
 「?????…」

 「中学生ぐらいの頃の学業がすごく素晴らしかったようにお見受けしますが」
 「??????????…」

 だんだん不気味になってきて、早々にお引取り願ったという。

 …というような、多少困った話もあるようだが、この顔写真入りコメントコーナーは、それなりに 「お客様とのコミュニケーションが密になる」 と、おおむね業者の方々からは好評のようだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:58 | コメント(2)| トラックバック(0)

ジャズを聴きながら

 夜中に、独りで仕事する。
 眠気と戦うときに必要なのは音楽。

 ジャズをよく聞いた。

 もちろん、気持ちを集中して原稿書きに没頭するときは聞けない。
 しかし、文章を書いているとき以外、意外と音楽があった方がはかどる仕事もある。

 たとえば、写真の選定。
 デジカメで撮ったキャンピングカーの画像を見比べて、どの画像が一番光りが回っているか。
 どれが、そのクルマの内装を一番美しく見せているか。
 どのカットが、さまざまな装備品を一番効率よくひとつの画面に収めているか。

 そういう意識を働かせながら、何十カットという画像の中からベストのものを選んでいくときなど、ジャズはけっこう感覚を研ぎ澄ませてくれる。

 なぜ、ジャズなのか。
 それは、音としての抽象度が高いからだろう。
 こういっちゃなんだけど、聞いていても、聞いていなくても心地よい。
 エモーショナルな演奏でも、ナマな感情をぶつけて来ない。

 たとえばJポップや演歌なら、言葉によるナマなメッセージが強すぎる。
 ロックやR&Bは、ビートが雄弁になる。

 しかし、ジャズはメッセージが乾いている。
 クールだ。
 これが、ひとつの仕事に没頭しようとするとき、意識を集中する妨げにならない。
 むしろ、神経を敏感にさせる媚薬として機能する。

 そんなわけで、写真を選ぶときなどは、かなりジャズのお世話になった。

 よく聞いたのは、US3 (アススリー) の 「カンタループ」。
 テレビでMORIMOTOのCMに使われて以来、気に入って、中古CD屋に行って手に入れた。

US3アルバム

 ブルーノートの古いアーチストの曲をサンプリングして作られた曲らしく、昔の名曲のエッセンスが、ラップのかけ声の入った現代的アレンジを受けて、絶妙にカッコいい。
 これを、ほぼエンドレス状態で聞いた。

 他には、ホレス・シルバーの 「ソング・マイ・ファーザー」。

ソングマイファーザー

 曲名は分からないんだけれど、昔FMでエアチェックしたウィントン・マルサリスのピアノ曲。

 マッコイ・タイナーのアルバム 「リアル・マッコイ」 。

 そういう音楽が背景に流れてくると、キャンピングカーの何気ない画像に、突然音楽が流れ出す。
 「あ、こんな曲が流れると、この内装はこういうふうに見える!」

 そのつど、新しい発見があったりする。

 『 キャンピングカー SUPER ガイド 2008 』 の写真をじっと眺めていると、どこかでジャズの響きを感じる読者がいるかもしれない。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:26 | コメント(4)| トラックバック(0)

ちょいと一休み

 夜中の1時半です。
 私にとっては、“ 宵の口 ”。
 これから明け方の5時ごろまでが仕事のピーク。

 だいたい1日3時間睡眠というところですね。
 だけど、昼間デスクの前でこっくりこっくり居眠りしちゃうわけだから、昼間寝ちゃう時間を入れると、4時間睡眠というところでしょうか。

 …んなら、早く寝て、昼間しっかり仕事をすればいいのに…と思われる方もいらっしゃるでしょうが、昼間はどうしても電話やメールの対応に追われるので、そのつど、心をデジタルに切り替えていかないと、同時進行するいろいろな場面に対応できないんですね。

 で、原稿書きに気持ちを集中させるのは、やっぱ夜中というペースになっちゃいます。

 そんな感じで、ここ3週間ほど集中して原稿を書いてきた 『 キャンピングカー super ガイド 2008 』 も、いよいよ脱稿。今、山のような束となって印刷所から戻ってきた校正刷りに目を通しているところです。

 写真がきれいだなぁ! 自分で作っていてため息が出てしまいます。
 これは、デジカメで撮った画像に後処理をしているからですね。
 わが社には、画像処理の専門家が1人おりまして、彼が、私の撮ったヘタッピーな写真でも、見事レタッチして、プロのカメラマンが撮ったような高画質な画像に作り変えちゃうわけです。

 ショーの会場で撮った暗い写真でも、その専門家がレタッチすると、ライトで埋め尽くされたスタジオ撮影の画像のように変わります。
 これで、どれだけ助けられたことか。
 
 デジカメの場合は、アンダー気味に撮ったほうがいいんですってね。
 暗いところには、肉眼では見えなくても 「画像情報」 が隠れているんだそうです。
 しかし、オーバー気味になって、画面が白く跳んでしまうと、そこには 「情報」 も残っていないのだとか。

 そんなわけで、最近はレタッチを前提に、暗めに撮るように心がけるようになりました。

 で、5月1日向けて発行するための最終入稿日から1週間過ぎてしまったわけですが、実は、まだ画像が入らないページが残っているんです。
 校正戻しも、今日がリミットだというのに、まだ1/3も残っているし…。

 ぎゃぁー! 

 …ですね。
 ホントは、とてもブログなど書いている心の余裕はないのですが、もう開き直るしかないですね。

 今日で、「風呂入らない歴」 12日目。
 昨年は、会社に泊まりこんでも、最長5日ほどでしたが、今回は12日目という記録を更新中。

 面白いものですね。
 風呂に入らなくても、下着を着替えなくても、一定程度の期間が過ぎると、人間 「慣れ」 が生じてくるんですね。
 体がむずむずして気持ち悪い…というのは、せいぜい3日ぐらいまで。
 頭が痒くて困る…というのも、4日ほど耐えると慣れます。

 ホームレス状態まっしぐら。
 自分にはけっこう環境適応力があることが分かりました。
 
 さてと…、インスタントコーヒー飲んだら、仕事再開。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:51 | コメント(4)| トラックバック(0)

ごめんなさぁーい!

 相当ながい間、ブログの更新をさぼっていました。
 いざ書き始めてみても、いつものブログ的な文章が、自分の頭の中に浮かんでこないので、ちょっと戸惑っている感じです。

 で、さぼって何をしていたかというと、自分のメイン業務の 『キャンピングカー super ガイド』 の編集作業に忙殺されておりました。

 この間、コメントを下さった方々には本当に申し訳ございませんでした。

 メーラーはコメントが入ると受信できるので、どなたがお越しくださったのかは分かるのですが、ブログの管理画面にアクセスするに至らず、本当に今日まで、どんな方のどんなコメントが入っているやら、気になったものの…はっきり “無視” しちゃいました。

 で、「ごめんなさぁーい!」 という今回のタイトルになったわけですね。

 >> ムーンライトさん
 大木トオルさんとセラピードッグのお話、感動的でした。

 >> TJさん
 お気遣いありがとうございます。

 >> なまこもちさん
 気になる情報、わざわざお寄せさってありがとうございます。

 >> 岳さん
 お求めになりたかったビルダーの話、連絡が遅くなって申し訳ございません。

 >> ドイツ在住さん
 貴重なドイツのトレーラー事情、もっと詳しく知りたいと思いました。

 >> セラニートさん
 温かいお言葉、身にしみました。

 >> 小西さん
 楽しみにしてくださったのに、ご期待にそえず、申し訳ございませんでした。

 
 他に、個人宛のメールや電話などで、「安否」 を尋ねてきた知人の方も多くおりました。
 
 ブログの更新が途絶えただけで、
 「お前生きてたの?」
 と、聞く知人も知人ですけど、それだけ、このブログが皆さんの意識のどこかに引っかかっていたのかと思うと、まぁ、(多少プレッシャーも感じますが…) まんざらでもないです。
 
 まぁ、そんなことがきっかけで、しばらく音信の絶えていた知人と久しぶりに電話で話したり…。


 で、肝心の 『キャンピングカー super ガイド』 の話ですが、なんとか今年もいつもの発売予定日に出せそうな運びになりました。

 今年はゴールデンウィークの真っ只中、5月1日 (木曜日) 書店販売の予定です。

 でも、実は締め切りをとっくに過ぎても、まだ入手できない車両画像があったりで、心の中は火の車。

 安定した更新が続くようになるまでには、まだ少し時間がかかるかもしれません。

 しかし、ブログを閉鎖したわけではないので、これからもよろしく。
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:33 | コメント(14)| トラックバック(0)

春の物憂さ

 天気が良いのに、1日部屋から出ずじまい。
 家でずっと仕事をしていました。
 
 自宅のパソコンで原稿を書いて、会社の自分のパソコンにメールで飛ばす。
 そんなことを1日繰り返して…。

 ときどき外を見ると、「春」 なんですね。

 春って、昔から淋しい季節だと思っていました。
 ポカポカと温かくなって、みんな陽気に外に出て。

 しかし、外に出て浮かれる材料のない人間にとっては、誠に辛い季節です。

 春の物憂さ。
 別に花粉症の人じゃなくても、春って、本当はやるせない季節なんだと思います。

 春霞が漂う野辺は、のどかなようだけど、どこか頼りなくて、はかなくて。

キリコの絵

 春眠暁を覚えず

 いくら寝ても、寝たりないような。
 それでいて、うっかり寝ると、とてつもない時間がいつの間にか奪われてしまうような。

 生命力の旺盛な夏
 透明度の高い秋
 峻厳な冬

 他の季節には、みな個性があるというのに、春って個性がない。
 捉えどころのない、不思議な季節です。
 
 冬に死んだ生命が復活する季節などと