2009年11月02日
二人のルソー
アンリ・ルソー (1884年生) は、一般的に 「素朴画家」 と名づけられる一群の画家たちの系譜に入れられている。
画家としての修練を積んだプロの絵描きたちとは異なり、絵を趣味とする素人画家としてスタートしながら、いつの間にか本職の絵描きになっていった画家たちという分類にくくられる画家である。

▲ 「ヘビ使いの女」 (アンリ・ルソー)
実際、ルソーはフランス・パリ市の税管吏を生真面目に務め、休日に絵を描き、40歳のときにようやくプロの画家としての道を歩むようになった。
だから、美術史の中では、ルソーは素人の直感で 「世界」 を捉え、それを素朴な筆致で描き続けた “日曜画家” という扱いを受けることが多い。

▲ ルソー自画像
ルソーのそういう人生の経緯が、絵の解釈にも反映し、彼の絵は、大半の評論家から 「子どもの心を無邪気に表現した童話的世界」 として捉えられている。
だから、彼の絵を形容する言葉には、必ず 「素朴」 、 「無邪気」 、 「郷愁」 などという単語が添えられている。
つまり、大人が失ってしまった 「童心」 を、子どもの心に戻って描きとめた画家ということになっているのだ。
本当に、そうなのだろうか。
確かに、そこに描かれているのは、子どもの “素朴” な目を通して童話のように表現された世界であるかのように見える。

▲ 「大豹に襲われる黒人」
しかし、たとえば 『大豹に襲われる黒人』 (1910年頃) という絵に描かれている人間 (黒人) は、豹に襲われるという絶体絶命のピンチに見舞われているというのに、およそ苦痛や恐怖を感じているという気配がない。
むしろ、自分の身に迫る死の恐怖を、あたかもそれが 「自然の摂理」 であるかのように粛然と受け入れるような、悟りを開いた大人の “諦念” のようなものすら漂う。
▲ 「大豹に襲われる黒人」 拡大部分
子どもが、大人が感受できないようなような 「素朴」 で 「無邪気」 な心情を持った存在であるならば、むしろ大人以上に、死の恐怖や肉体的損傷の痛ましさに敏感になっているはずなのだ。
下は有名な 『眠れるジプシー女』 。
疲れはてて砂丘に眠るジプシー女のそばに、一匹のライオンが近づき、彼女の匂いを嗅いでいるという情景を描いた絵だ。
▲ 「眠れるジプシー女」
この画面からも、肉食獣が接近しているという恐怖は遠ざかり、一切が夢の中のできごとのように平和で幻想的な世界が強調されている。
一見、 「動物と人間が調和的に共存する」 童話のような世界に見えながら、もし本当の子どもがこの絵を見たならば、
「なぜこのライオンはこの女性に危害を加えないのか」
「なぜこの女性は、ライオンが近づいた気配に気づかないのか」
そういう素朴な疑問に取り付かれるはずだ。
子どもの 「素朴さ」 とか 「無邪気さ」 というものは、そのようにして働くものだ。
つまり、ルソーが描く絵は、子どもの 「純朴さ」 とか、 「無邪気さ」 などとはまったく縁のない世界であるといえるだろう。
逆にいえば、これらの絵から、アンリ・ルソーという画家は、 「子ども」 という存在に対し、世間でいうような 「素朴さ」 や 「無邪気さ」 を見ることのなかった人ではないのか? …という疑問が湧いてくる。
下の絵は、いずれもルソーが捉えた子どもの描写である。
彼らの顔は、はたして “子どもの顔” なのだろうか。
どれをとっても、その絵からは 「身体の小さな大人」 しか読み取れない。
つまり、彼が世間でいうような 《子ども》 を少しも信じていなかったということが伝わってくる。
それらのことは、彼が、
「子どもというのは、大人の “打算” とか “葛藤” を知らない 《無垢》 な存在である」
という現代教育学的な見地とは無縁な人であったということを物語っているように思える。
現在、私たちが考えているような 「児童」 を最初に見出したのは、18世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーだといわれている。

▲ ジャン・ジャック・ルソー
ジャン・ジャック・ルソーは、主著 『エミール』 の中で、
「人は子どもというものを知らない。子供について間違った観念を持っているので、議論を進めれば進めるほど迷路に入り込む」
と書く。
彼は、当時の人たちが考えたこともなかった 「子ども」 というものに対し、世界で最初に科学的・哲学的考察を加えようとした人だ。
それまで自明に過ぎなかった 「子ども」 という存在が、彼の主張を通して初めて 「大人には理解できない世界に棲む住人」 として意識されるようになる。
そのとき、当時の大人たちは、それまで考えていた 「子ども時代」 というものが、大人になってからの記憶を頼りに再構築された観念に過ぎなかったことに気づく。
そういった意味で、ジャン・ジャック・ルソーは、 「子ども」 という存在が科学や哲学のテーマになりうることを最初に考察した人だといえるかもしれない。
しかし、ルソーの主著を読んだ教育学者たちは、 「大人」 と異なる位相に棲む 「子ども」 たちを、 「大人の汚れを知らない純朴な存在」 と規定する以外に、そのテーマを深く追求する術 (すべ) を持たなかった。
だから、子どもの “無知” を “イノセンス (無垢) ” として称揚し、子どもの “無邪気さ” を、 “世間知に毒されない聡明さ” と捉えることにためらいを持たなかった。
そしてそれが、19世紀から20世紀にかけて、 「子ども」 を考察するときの無条件の前提となっていったのである。
しかし、子どもの心的状況などというものは、大人には分からない。
そして子どもは、自らそれを語る大人の言葉を知らない。
ジャン・ジャック・ルソーは、むしろそのことをテーマにしたといえる。
画家であるアンリ・ルソーは、哲学者であるジャン・ジャック・ルソーの思索を継承した人間であるのかもしれない。
アンリ・ルソーは、子どもの顔を描くとき、どうしても “無垢な天使” のような顔を描けなかった。
彼が、子どもの顔を大人と同じように描いたとき、彼は、子どもというものが大人とは違った意味で、大人と同じような葛藤を抱え、打算を働かせ、生存することの恐怖に怯え、生きることの快楽を知る存在であることを見抜いていた。

しかし、それがどんなものであるかは、彼は絵にしなかった。
もし、それを絵にしたら、彼もまた世の大人たちと同じように、子どもという 「観念」 のみを描くことでしかないことを感じていたからだ。
素朴派の巨匠といわれるアンリ・ルソーは、まさに 「素朴」 であるがゆえに、知的な観念の魔術から解放されて、 「子ども」 という存在のありのままの姿を見据えていたのかもしれない。
画家としての修練を積んだプロの絵描きたちとは異なり、絵を趣味とする素人画家としてスタートしながら、いつの間にか本職の絵描きになっていった画家たちという分類にくくられる画家である。

▲ 「ヘビ使いの女」 (アンリ・ルソー)
実際、ルソーはフランス・パリ市の税管吏を生真面目に務め、休日に絵を描き、40歳のときにようやくプロの画家としての道を歩むようになった。
だから、美術史の中では、ルソーは素人の直感で 「世界」 を捉え、それを素朴な筆致で描き続けた “日曜画家” という扱いを受けることが多い。
▲ ルソー自画像
ルソーのそういう人生の経緯が、絵の解釈にも反映し、彼の絵は、大半の評論家から 「子どもの心を無邪気に表現した童話的世界」 として捉えられている。
だから、彼の絵を形容する言葉には、必ず 「素朴」 、 「無邪気」 、 「郷愁」 などという単語が添えられている。
つまり、大人が失ってしまった 「童心」 を、子どもの心に戻って描きとめた画家ということになっているのだ。
本当に、そうなのだろうか。
確かに、そこに描かれているのは、子どもの “素朴” な目を通して童話のように表現された世界であるかのように見える。

▲ 「大豹に襲われる黒人」
しかし、たとえば 『大豹に襲われる黒人』 (1910年頃) という絵に描かれている人間 (黒人) は、豹に襲われるという絶体絶命のピンチに見舞われているというのに、およそ苦痛や恐怖を感じているという気配がない。
むしろ、自分の身に迫る死の恐怖を、あたかもそれが 「自然の摂理」 であるかのように粛然と受け入れるような、悟りを開いた大人の “諦念” のようなものすら漂う。
▲ 「大豹に襲われる黒人」 拡大部分
子どもが、大人が感受できないようなような 「素朴」 で 「無邪気」 な心情を持った存在であるならば、むしろ大人以上に、死の恐怖や肉体的損傷の痛ましさに敏感になっているはずなのだ。
下は有名な 『眠れるジプシー女』 。
疲れはてて砂丘に眠るジプシー女のそばに、一匹のライオンが近づき、彼女の匂いを嗅いでいるという情景を描いた絵だ。
▲ 「眠れるジプシー女」
この画面からも、肉食獣が接近しているという恐怖は遠ざかり、一切が夢の中のできごとのように平和で幻想的な世界が強調されている。
一見、 「動物と人間が調和的に共存する」 童話のような世界に見えながら、もし本当の子どもがこの絵を見たならば、
「なぜこのライオンはこの女性に危害を加えないのか」
「なぜこの女性は、ライオンが近づいた気配に気づかないのか」
そういう素朴な疑問に取り付かれるはずだ。
子どもの 「素朴さ」 とか 「無邪気さ」 というものは、そのようにして働くものだ。
つまり、ルソーが描く絵は、子どもの 「純朴さ」 とか、 「無邪気さ」 などとはまったく縁のない世界であるといえるだろう。
逆にいえば、これらの絵から、アンリ・ルソーという画家は、 「子ども」 という存在に対し、世間でいうような 「素朴さ」 や 「無邪気さ」 を見ることのなかった人ではないのか? …という疑問が湧いてくる。
下の絵は、いずれもルソーが捉えた子どもの描写である。
彼らの顔は、はたして “子どもの顔” なのだろうか。
どれをとっても、その絵からは 「身体の小さな大人」 しか読み取れない。
つまり、彼が世間でいうような 《子ども》 を少しも信じていなかったということが伝わってくる。
それらのことは、彼が、
「子どもというのは、大人の “打算” とか “葛藤” を知らない 《無垢》 な存在である」
という現代教育学的な見地とは無縁な人であったということを物語っているように思える。
現在、私たちが考えているような 「児童」 を最初に見出したのは、18世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーだといわれている。
▲ ジャン・ジャック・ルソー
ジャン・ジャック・ルソーは、主著 『エミール』 の中で、
「人は子どもというものを知らない。子供について間違った観念を持っているので、議論を進めれば進めるほど迷路に入り込む」
と書く。
彼は、当時の人たちが考えたこともなかった 「子ども」 というものに対し、世界で最初に科学的・哲学的考察を加えようとした人だ。
それまで自明に過ぎなかった 「子ども」 という存在が、彼の主張を通して初めて 「大人には理解できない世界に棲む住人」 として意識されるようになる。
そのとき、当時の大人たちは、それまで考えていた 「子ども時代」 というものが、大人になってからの記憶を頼りに再構築された観念に過ぎなかったことに気づく。
そういった意味で、ジャン・ジャック・ルソーは、 「子ども」 という存在が科学や哲学のテーマになりうることを最初に考察した人だといえるかもしれない。
しかし、ルソーの主著を読んだ教育学者たちは、 「大人」 と異なる位相に棲む 「子ども」 たちを、 「大人の汚れを知らない純朴な存在」 と規定する以外に、そのテーマを深く追求する術 (すべ) を持たなかった。
だから、子どもの “無知” を “イノセンス (無垢) ” として称揚し、子どもの “無邪気さ” を、 “世間知に毒されない聡明さ” と捉えることにためらいを持たなかった。
そしてそれが、19世紀から20世紀にかけて、 「子ども」 を考察するときの無条件の前提となっていったのである。
しかし、子どもの心的状況などというものは、大人には分からない。
そして子どもは、自らそれを語る大人の言葉を知らない。
ジャン・ジャック・ルソーは、むしろそのことをテーマにしたといえる。
画家であるアンリ・ルソーは、哲学者であるジャン・ジャック・ルソーの思索を継承した人間であるのかもしれない。
アンリ・ルソーは、子どもの顔を描くとき、どうしても “無垢な天使” のような顔を描けなかった。
彼が、子どもの顔を大人と同じように描いたとき、彼は、子どもというものが大人とは違った意味で、大人と同じような葛藤を抱え、打算を働かせ、生存することの恐怖に怯え、生きることの快楽を知る存在であることを見抜いていた。
しかし、それがどんなものであるかは、彼は絵にしなかった。
もし、それを絵にしたら、彼もまた世の大人たちと同じように、子どもという 「観念」 のみを描くことでしかないことを感じていたからだ。
素朴派の巨匠といわれるアンリ・ルソーは、まさに 「素朴」 であるがゆえに、知的な観念の魔術から解放されて、 「子ども」 という存在のありのままの姿を見据えていたのかもしれない。
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