2009年10月08日
ブログが終わる時
最近、気にとめてときどき読んでいたブログが、三つほど相次いで閉鎖された。
いずれも、突然の閉鎖だった。
炎上したわけではない。
引越ししたわけでもない。
ふと気になって調べてみたら、みな2年から3年目であった。
「3年」 というのが、人がブログを維持するときの、ひとつの節目なのかもしれない。
中止された方々には、みなそれぞれ固有の理由があるのだろう。
身辺が急に忙しくなって、ブログどころではなくなったのかもしれない。
ブログを通じて何かを発信するということが、突然めんどくさくなったのかもしれない。
ブログ以上に熱中できる新しい試みにチャレンジしているのかもしれない。
あるいは、人に言えないような、とてつもない心境の変化が訪れたのかもしれない。
理由を述べられていた方もいらっしゃったが、それも、それまで読んでくれた読者への “挨拶” のようなもので、閉鎖の真相を知ることはできない。
ただ、人がブログを止めるとき、なんらかのメッセージがあるものだ。
その前のエントリーか、あるいはその前々あたりか、
「あ、このブログは終わるのだろうか?」
…と感じさせる気配を残している場合があるのだ。
とつぜんストンと終わってしまったようなブログでも、注意深くさかのぼっていくと、終わりを予感させる気配を感じるときがある。
最近の話ではないが、毎回楽しみにしていたブログが、突然更新をストップしたことがあった。
それから4ヶ月経つが、いまだに新しいエントリー記事がない。
そのブログの更新を楽しみにしていた私は、それがとても残念でならない。
ただ、突然途切れたエントリーの二つ前の記事に、一行だけ、
「絶望した! 自分の才能のなさに絶望した」
と、たったひと言書かれていた。
そのひと言が、何を意味するのかは分からない。
ただ、なんとなく痛ましいものを感じた。
その人のブログは、才気とユーモアにあふれ、読む人に勇気と癒しを与えてくれていたからだ。
およそ 「才能がない」 などと自分を嘆く人のように思えなかったのだ。
だから、その次のエントリーがあったときには、わが事のようにホッとした。
しかし、それからエントリーは二つも続かなかった。
あるミュージシャンのライブに行って来て、 「おもしろかった!」 と、ただひと言感想を述べた後、それ以降の更新がぷつりと途絶えた。
あれは 「終了宣言」 だったのか。
いま思うと、そのような気もする。
最後のエントリー記事のタイトルは 『風になりたい』 というものだった。
その人は、その後、本当に 「風」 になったのかもしれない。
私は、いまだにそのブログを 「お気に入り」 から外せないでいる。
今もパソコンを開くたびに、 「お気に入り」 に入れたそのブログを習慣のようにクリックする。
昨日がだめなら、今日はエントリーが復活しているかもしれないと思い、たぶん明日もまた開くことになるのだろう。
いま日本にどのくらいのブログが流通しているのだろうか。
新しいブログがどんどん誕生している影で、そぉっと身を引いていくブログも同じくらいあるに違いない。
そういった意味で、ブログは空しい。
いっとき誰かとコメントのやりとりをして、つかの間のコミュニケーション回路を開いたとしても、閉ざしてしまえばそれも消える。
ハンドルネームだけが頼りの世界なので、その人の実人生に何が起こったのか、そこまで踏み込むこともできないし、またそうする理由もない。
だから、更新が途絶えれば、それはネットの世界から消えていくことを意味している。
しかし、それでも待っている人は、必ずこの世界のどこかにいる。
現に、私がそうだ。
人になにがしかのインパクトを与えたブログは、更新が途絶えても再開を待っている人がいるのだ。
たとえ、1日のアクセスが、4~5件に過ぎなくても、少なくとも4~5人の読者は期待しているのだ。
4ヶ月更新が途切れたそのブログには、アクセスカウンターがついていて、昨日は5人、今日は8人の人が訪れていた。
私と同じように、4ヶ月も待たされているというのに、密かにその再開を期待している人が、それだけいるということである。
ブログというのは、頼りないコミュニケーションツールかもしれないが、それでもこの殺伐とした今の世で、人と人をつなぐ、なんらかの力にはなりえている。

深読みしすぎて、ちょっと心配になってしまいました。(;^_^A
ご無沙汰しております!
そのかたのブログでのコメント数等詳細は不明ですが、アクセスログで閲覧数は確認できても、コメントがないと皆さんが“本当に楽しんで読んでくださっているかの温度がわからない”ので、他にもいろいろな事情があるのかもしれませんが、更新の途切れている多くのブログを見ていると、ブログを継続させていくのは、書く人の気力と、読んでくださっている方々へアウトプットし続ける!という“強い思い”がないと、なかなか難しいのですね。
でも、実際には町田さんのように「お気に入り」に入れて読んでくださっている方々も多くいらっしゃるので、コメントは少なくても画面の向こうにいる多くの方々に情報発信しよう!という思いが途切れてしまったら続かなくなってしまうのかと思います。(アップしないと、本当にあっという間に時間が経ってしまいますし、、、)
私のブログもチェックしたら、節目?の2年8ヶ月!
町田さんのように日々アップできる日を目指して頑張ります!
以前、ブログではなく株式の掲示板で2年程主催して、毎日、書き込みをしていた事があるんですが、最後は苦痛になり、投げ出しましたよ。
株式に関わらず、書くことがなくなります。
町田さんは「最近の記事」を見ても、守備範囲が
広く、尋常ではない読書量を感じます。
第3の新人と言われた庄野氏や磯田光一氏(文学
この仮面的なもの)の名前を出るだけでも名前が出るだけでも涙が出そうです。
私自身、ブログを書いて、思うことは同じ唄しか
歌えなくなり、書くことがイヤになります。
書きたいと思う時は人との出会いを始めとする
や物事に感動したりする時です。
以前読んだ、宮本常一「土佐源氏」や殿山泰司
「日本おんな地図」や谷川健一「常民への照射」など日本を車(キャンピングカー?!)で旅しながら
のエッセーや文学や民俗学など、垣根を低くしてブログの中より広がればいいですねぇ。
とりとめのない話になりましたが、毎回、楽しみ
に読ませて頂いています。
閉鎖されたのだとわかってからもその「お気に入り」をクリックする。
そういう経験は私もあります。
町田さんが以前しばらく更新されなかった時は何人もの方が
「お元気ですか?」とコメントを入れていらっしゃいましたね。
心配して何度も町田さんのブログを開いた方はその何十倍もいらっしゃるに違いありません。
私が町田さんに初めてコメントを書いたのは2007年の10月13日。
「答えは風の中」と題した記事でした。
そう。今日で丸二年になりますね。
どうしてそんなことを覚えているのかって?
それは、初めて開いたそのブログの記事が「お気に入り」になっているからです。^^
>「大木トオル」さんをテーマに、こうやって見ず知らずのムーンライトさんとコメントのやりとりができるって、ブログの素晴らしさですね。
そう歓迎していただきとても嬉しく思いました。
>ムーンライトさんとは一度お会いして、大木トオルさんの魅力などをゆっくり語っていただきたいとは前から思っておりました。
ありがとうございます!
近くなりましたら、またご連絡します。
連絡方法はコメントで宜しいでしょうか?
まさか、ブログを突然やめてしまうなんてことは・・・
ないですよね?
町田さんのブログの楽しみはその内容だけでなく、コメントをやりとりするキャッチボールの楽しさ、こう書いたらこう来たか!みたいなワクワク感です。
お会いするのがとても楽しみです。
ご心配かけました。
ちょっと旅行に行っていたもので…。
hoso さんがタイガーを可愛がっている様子、blogを拝読するとよく伝わってきます。
私の乗っているコマンダーはタイガーの “まねっこ” です。全幅、全長もほぼ同じだし、バンクの窓の形とか、ストライプなんかそっくりでしょ。エントランスドアの位置が違うだけで。
タイガーも好きなクルマです。
おっしゃるとおりですね。やはりブログを維持していく励みとなるのは、読んでくださる方々の応援かもしれません。motor-home さんから時々いただくコメントは、そういった意味で、いつも大いなる励ましになります。
でも、たとえコメントがなくても、更新が続く限り、ブログというのは、必ず誰かが読んでくれているものだと思います。
管理人の好みが片寄っていようが、趣味が特殊であろうが、ネットの面白さというのは、どこかに必ず同じ志を持っている人がいるということなんですね。
ネット世界の広さというのは、ちょっと人類が経験したこともないような、とてつもないような “広さ” であるように感じています。
コメントを頂いて、マッキーさんの読書の守備範囲の広さにもびっくりしました。庄野潤三さんや磯田光一さん、谷川健一さんなどを読まれている方がこのブログを読んでくださる読者の中にいらっしゃったことだけでも驚きです。(ちょっと知ったかぶりで書いてしまった記事もあるので、少し恥かしいです)
文学とか民俗学などとリンクした形で、キャンピングカーの旅を記述してみたいというのは、私の夢でもあるのですが、まだ今のところはとても “遠い夢” です。
今後とも、いろいろ教えてください。
昔のことまでよく覚えていてくださって感激です。
ムーンライトさんとコメントのやりとりを始めて、もう2年になるわけですね。ありがとうございます。
今回ちょっと長旅をしてきまして、道中、カーステレオで、もう古典となったブルースシンガーのマジック・サムの最盛期のアルバムを少し聞きました。声のつやとか、ハイトーンの少しヴィブラートする部分とか、大木トオルさんとよく似ているように感じました。
それだけでも、大木さんがブルースの魅力に憑かれた心が少し分かったような気分です。
人間は、いったいどこからブルースのようなリズムを思いついたのか。考えてみると不思議です。
音楽理論的には、そのルーツをたどることもできそうですが、それだけで、あの躍動感とか高揚感を説明できるのか。
大木さんの話を軸に、そんなことを考えるきっかけをムーンライトさんの話から教えらてもらえそうな気もしています。