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BL漫画にハマる

 BL…ボーイズ・ラブが、とかく話題として採り上げられる。
 最近のニュースでは、 「亡くなられた栗本薫さんはボーイズラブの教祖だった」 などと紹介されたりしたのがいい例だろう。

 ボーイズ・ラブとは、一般的に 「男性の同性愛を描く女性向けの小説や漫画」 のことを指す。
 古典としては、竹宮恵子氏の漫画 『風と木の詩 (うた) 』 が有名。
 さらに古い時代になると、小説では森茉莉の 『戀人たちの森』 、 『枯葉の寝床』 などがある。

 なぜ、男性の同性愛を描いた小説や漫画が、一部の熱狂的な女性ファンを持つようになったのか。
 それに対する分析は、いろんなところで、いろんな人から成されているけれど、まずその前に、
 「BL (ボーイズ・ラブ) は女性だけのものか?」
 という問を発してみたい。
 というのは、この私が “あるBL” にとことんハマった時期があったからだ。

 男がハマれば、 「ストレートなホモってことじゃない?」 と言われそうだが、いやいや、ホモとかゲイとかいう嗜好を離れ、BLって、本当に切ないのだ。

 男女の恋愛は、やがて結婚というステップを踏み、子供も生まれ、生産社会に貢献するという “祝福” に至るシナリオが用意されている。
 しかし、結婚、出産に永遠に至ることがないBLは、純度 「100%の恋愛」 に終始するしかない。
 つまり、社会から “祝福される” という落としどころを完全に喪失した愛の形であり、それゆえピュアで美しい。

 ただし、そのピュアな美しさは、常に相手を食らい尽くすような魔性と背中合わせになっている。
 「お前が不幸になるのなら、俺も一緒に不幸になる」
 という一体感とともに、
 「お前が、俺と別れて幸福になることは許さない」
 というハードな愛の規律も貫かれているのだ。

 このようなBLの美しさと恐ろしさを、日本の古代史の中で描ききったのが、山岸凉子の 『日出処の天子』 (ひいづるところのてんし) であった。

日出処の天子表紙01

 わぁ、世の中にはこんなに美しい漫画があったのか!
 目からウロコだった。
 それまでレディスコミックの類は手に取ったこともなかったので、10年に1度とか20年に1度ぐらいの衝撃を受けてしまった。
 そして、この作品を知った年は、ほぼ1年間スルーで、これにハマりっぱなしだった。

 きっかけは、確かカミさんが、レンタルコミック屋さんから借りてきた1冊だったかと思う。
 「ふ~む…なにこれ? 聖徳太子の話?」
 って感じで、パラパラと2~3ページ繰っているうちに、やめられなくなった。

 美しいのである。
 そこに出てくる厩戸王子 (うまやどのおうじ) の姿が。
 まずそのビジュアルに、ピュアに萌えた。

umayado001

 単に “美少年” というのではないのだ。
 なにしろ、ここで描かれる聖徳太子は、英明な聖人君子という世間一般の通念をあざ笑うかのような、 「ホモで邪悪な超能力者」 という設定なのだから、人に見せないときの素顔に魔性が宿る。

 その表情が凄い。
 美少女と見まがうばかりの美少年が、一転して夜叉、羅刹 (やしゃ、らせつ) の表情となる。
 しかし、それがまた美しい。
 山岸凉子の筆力には、ほとほと感服するしかなかった。

 ところで、この厩戸王子の恋の相手は誰なのか?
 古代史では、天皇家転覆を謀ったとして悪人扱いされる蘇我氏3代のうちの2代目、蘇我毛人 (そがのえみし) である。
 もちろんこの漫画が扱っている時代においては、蘇我氏は天皇家の対立者ではなく、まだ天皇家をサポートする大臣一族でしかない。

 その蘇我氏の2代目である毛人は、後に天皇家を超えようとした不遜者という扱いを受けてしまうけれど、漫画では誠実・温厚な性格で、誰に対しても優しい常識人として描かれている。
 ま、それだけが取り柄の “凡人” なのだが、そういう凡人を、魔界の帝王である厩戸王子が恋してしまうという不釣り合いさがミソなのだ。

 その気になれば、人を呪い殺すなど朝飯前という魔力を持つ厩戸王子が、毛人の気持ちだけは独占できないと、自分の無力感にうちひしがれて、さめざめと泣いたりする。

厩戸と毛人001

 悲しみをたっぷり吸い込んだ細い肩。
 うちひしがれた細いうなじ。
 そういうシーンから、ホモッ気やサドッ気のない男性の下半身をも疼かせるような、濃密なエロスが漂ってくる。

 といっても、そこに性的な描写が描かれているわけではない。
 直接的に性を暗示するような画像は一切登場しない。
 にもかかわらず、ここに登場する厩戸王子は、ものすごいエロい。
 たぶん今の言葉でいう 「萌え」 に近いものを感じていたのだと思う。

 で、このハードカバーにして全5巻に及ぶ恋のドラマは、厩戸王子が毛人を諦めることによって、静かに、ひっそりと幕を閉じる。

 最後の大使いのカットが雄大だ。
 見開きいっぱいを使って、随 (中国) への使者を乗せて玄界灘を渡る大型船が描かれている。

 その使者が、中国の皇帝に届けるものとして携えているのが、
 「日出ずる処の天子、日没する処の天子に書を送る。つつがなきや…」
 という、先進国の中国に日本の気概を伝え、アジア史の舞台に日本が登場したことを記す、あの有名な手紙なのだ。

 この勇壮なラストシーンの隅の方に、その文をしたためている成人した厩戸王子のカットが小さく添えられている。

 その姿に、もうバイセクシャルな妖しさは認められない。
 表情にも、秋の風のような静けさが漂っている。

 歴史上の聖徳太子は、この時、華々しい自分の時代が始まるスタート台に立ったことになる。
 しかし、漫画の中の厩戸王子は、毛人への愛を諦めて精神の砂漠を生きる道を選ぶ。

 聖徳太子の輝かしい業績とは、実は彼のニヒリズムからもたらされたものだという味わい深い省察が、山岸凉子の漫画にはある。

 すごい作品と出会ったものだ…と思い、貸し本で読むのがもったいなくなり、さっそく本屋に買いに行った。
 それも、保存用のハードカバーの全集。
 そして、日頃読み歩くためのソフトカバーの全集。
 その2種類を買い揃えた。

 関西方面に出張で出たときは、日程をやりくりして、日帰りで奈良まで飛び、法隆寺などを見に行ったし、アパートの押入のふすまが破れたときは、ふすまを貼り替える代わりに、厩戸王子の漫画を模写して、そこに貼った。

 この時期、聖徳太子にまつわる歴史書なども読み漁ったけれど、脳裏に浮かんでくる画像は、いつも山岸凉子の厩戸王子であった。
 聖徳太子の業績や歴史的役割などをアカデミックに解説するいろいろな研究書を読んでも、一つとして 「ホモで邪悪な超能力者である厩戸王子」 に勝る魅力を感じたものはなかった。

 漫画が史実を歪曲してしまう。
 そんなことが起こるとしたら、それはこのようなとんでもない傑作コミックが登場したときのことだろうと思った。

 しかし、近年はむしろ 「聖徳太子」 の実在を疑う考え方が、学会の主流であるという。
 あの有名な旧1万円札の肖像画も、現在は聖徳太子を特定したものではないというのが一般的な見方で、教科書からも 「聖徳太子」 という名前が削除されたときく。

 日本文化の原型を整えた不滅の偉人として、お札にまで刷り込まれて親しまれた聖徳太子が、いま急速に謎めいた霧に包まれようとしている。

 その霧の奥では、山岸凉子の厩戸王子が、嫣然 (えんぜん) と妖しげな微笑みを浮かべていそうに思える。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 11:08 | コメント(2)| トラックバック(0)
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コメント
今、マイブームなのが古代史です。読んでいる本は大山誠一氏の『聖徳太子と日本人』です。

山岸凉子さんの『日出処の天子』の作品は存じ上げていましたが、女性漫画家ならではの独特のタッチが好きになれずに見ていませんが、町田さんのお勧めなら(笑)見てみようかな?と。

古代史は、証拠品が少なく、そして捏造が多いので見捨てリアルで面白いですね。
投稿者 Take 2009/06/25 00:04
>Takeさん、ようこそ。
偶然とはいえ、聖徳太子のネタを共有することになりましたね。

歴史というのは、近世史、近代史でおいてすらも、新しい資料の出現や解釈する学者の見方で大きく変わることがあります。
ましてや、証拠品の少ない古代史ともなればなおさらですね。

山岸凉子さんの聖徳太子像というのは、ちょっと独特のもので、純粋に古代史に接しようというお気持ちの方の気持ちには馴染まないものだと思います。

しかし、あれを文学のように読んだり、アートとしての鑑賞しようというのであれば、十分な役割を果たすと思っています。
一度お試しください。
投稿者 町田 2009/06/25 12:23
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