2008年07月11日
グルメ番組は嫌い
グルメ番組が嫌いだ。
こだわりの素材、天才シェフ、凝った味づけ。
そんなものをヘロヘロッと並べれば、ハイ番組いっちょうできあがり…っていう安易さが許せない。
どの局のどの番組も、
「外側がカリッとしていて、中がすっごくジューシィー!」
…なんて目をシロクロさせるタレントの顔をアップして、
「口に含んだときの、まったり感がいいですねぇ。シアワセ~」
という必勝パターンで逃げ切ろうとする。
おい!
それでいいのかよぉ!
ちょいと、プロデューサーさん。
そもそも、食料不足の危機、食材の高騰、食の安全管理への意識低下など、今ほど 「食」 にまつわる問題が噴出してきた時代はないというのに、食べることに 「シアワセ」 を見出すというのは時代錯誤じゃないのかい?
飽食にまみれて笑いさざめく人がいる一方、餓死すれすれの境地をさまよっている人間が急増しているというのが現実なのに、それにフタをして、
「おお、名人の方はヒマラヤの岩塩で塩もみしたイベリコ豚に、ついに火を通しましたぁ」
とかさ。
お前ら、いい加減にせぇよぉ!
……ということを、特に言いたいわけでもないのである。
早い話、
「うまいもの見せられたって、オレが食えない!」
それだけの話なんだけどね。
「糖尿病から抜け出さないと、足を切っちゃうよ」 と医者に脅かされ、「食」 への欲望を断って、はや3ヶ月。
メシ食った直後からもう空腹状態。
吉野屋で牛丼頼むときだって、
「ご飯は半分ね、どうせ残しちゃうからもったいないんで…」 って 「軽めライスの並み盛り」 を頼んで、出された少な目のご飯を、さらに残して必死の減量。
目の前にある紅生姜だって、そいつをご飯にかけると食が進むからあきらめる。
それでも昨日の検査で、まだ血糖値は120から下がらず、24時間中22時間ひもじいいオレの前で、
「口に含むとジューシィーでまったり!」
はないだろ!
バカヤロ。
ただ、さすがに身体だけは、みるみる痩せ細ってきた。
街を歩いて、たまに自分の顔がガラス窓などに写ったりすると、干物 (ひもの) が写っていてギョッとする。
もともと色が黒い体質だが、それでもまだ “ふくよか” だったから、かろうじて生き物に見えていたけれど、今なんか、人間の干物 (別名ミイラ) だもんね。
だけど、不思議なことに、他人にはそう見えないらしいから腹が立つ。
カミさんなんかは、
「あんたむしろ太ったわね。ご飯どき以外にも、こっそり何か食べてんじゃないの?」
…だって。
どこ見てんだよ、豆ダヌキ。
ここのところ、久しぶりに会った人で、
「町田さん、痩せましたね」
なんて言ってくれた人は、20人のうちたった1人だった。
アホらしくて、ダイエットしてます、なんていうのも嫌になっちゃった。

▲ 大盛りご飯で、豚汁と焼き鳥を食った幸せな時代は過去のもの。
そんなわけで、テレビのグルメ番組に八つ当たりしているわけだけど、そもそもアレって、けっきょく見ている人間は絶対に食べられないわけでしょ?
もちろん匂いも楽しめない。
ただの映像だけ。
金網の外からお客にバナナを見せびらかされて、必死に手を伸ばしている動物園のチンパンジーみたいなものだ。
それをありがたがって見てるってのは、なんか変じゃない?
オレから言わせれば、マゾヒズムの極地。
「食欲」 ってのは、人間の本能的な欲望…なんてよくいわれるけれど、違うね。
「食欲」 と 「うまいものを食いたい」 って欲望は根本的に別。
「うまいものを食いたい」 っていう欲望は、たぶんに人為的で、非自然的で、文明的なものだ。
つまりは “幻の欲望” だから、情報を重ねていくだけでもどんどん肥大する。
グルメ番組に出てくる 「うまいもの」 は、視聴者には食べられないからこそ、「幻のうまさ」 が2倍にも3倍にも膨張する。
番組に出てくるシェフや、紹介されたレストランや、食材を提供した業者だけがウハウハ。
…ったく、食後すぐに空腹が訪れるオレなんかには、やりきれねぇよ。
マスコミに登場する 「うまいもの」 というのは、裏付けのない評価であっても、紹介すること自体が価値 (ブランド) を生む。
食べた人が1人もいなくても、「老舗の誇る名品」 は誕生する。
ウナギや牛肉のニセブランドが成り立つというのも、こういうからくりがあったればこそだ。
オレはいま思うよ。
「うまいものを食いたい」 というのは飽食にまみれた人間の発想だ。
人々がこういう発想を持ち続ける限り、「2050年に世界のCO2を半減する」 なんて謳ったサミットの宣言なんか、実現しっこないって。
オレなんか、いま何食ってもうまい。
空腹こそ、グルメを堪能する最高の条件だ。
こだわりの素材、天才シェフ、凝った味づけ。
そんなものをヘロヘロッと並べれば、ハイ番組いっちょうできあがり…っていう安易さが許せない。
どの局のどの番組も、
「外側がカリッとしていて、中がすっごくジューシィー!」
…なんて目をシロクロさせるタレントの顔をアップして、
「口に含んだときの、まったり感がいいですねぇ。シアワセ~」
という必勝パターンで逃げ切ろうとする。
おい!
それでいいのかよぉ!
ちょいと、プロデューサーさん。
そもそも、食料不足の危機、食材の高騰、食の安全管理への意識低下など、今ほど 「食」 にまつわる問題が噴出してきた時代はないというのに、食べることに 「シアワセ」 を見出すというのは時代錯誤じゃないのかい?
飽食にまみれて笑いさざめく人がいる一方、餓死すれすれの境地をさまよっている人間が急増しているというのが現実なのに、それにフタをして、
「おお、名人の方はヒマラヤの岩塩で塩もみしたイベリコ豚に、ついに火を通しましたぁ」
とかさ。
お前ら、いい加減にせぇよぉ!
……ということを、特に言いたいわけでもないのである。
早い話、
「うまいもの見せられたって、オレが食えない!」
それだけの話なんだけどね。
「糖尿病から抜け出さないと、足を切っちゃうよ」 と医者に脅かされ、「食」 への欲望を断って、はや3ヶ月。
メシ食った直後からもう空腹状態。
吉野屋で牛丼頼むときだって、
「ご飯は半分ね、どうせ残しちゃうからもったいないんで…」 って 「軽めライスの並み盛り」 を頼んで、出された少な目のご飯を、さらに残して必死の減量。
目の前にある紅生姜だって、そいつをご飯にかけると食が進むからあきらめる。
それでも昨日の検査で、まだ血糖値は120から下がらず、24時間中22時間ひもじいいオレの前で、
「口に含むとジューシィーでまったり!」
はないだろ!
バカヤロ。
ただ、さすがに身体だけは、みるみる痩せ細ってきた。
街を歩いて、たまに自分の顔がガラス窓などに写ったりすると、干物 (ひもの) が写っていてギョッとする。
もともと色が黒い体質だが、それでもまだ “ふくよか” だったから、かろうじて生き物に見えていたけれど、今なんか、人間の干物 (別名ミイラ) だもんね。
だけど、不思議なことに、他人にはそう見えないらしいから腹が立つ。
カミさんなんかは、
「あんたむしろ太ったわね。ご飯どき以外にも、こっそり何か食べてんじゃないの?」
…だって。
どこ見てんだよ、豆ダヌキ。
ここのところ、久しぶりに会った人で、
「町田さん、痩せましたね」
なんて言ってくれた人は、20人のうちたった1人だった。
アホらしくて、ダイエットしてます、なんていうのも嫌になっちゃった。
▲ 大盛りご飯で、豚汁と焼き鳥を食った幸せな時代は過去のもの。
そんなわけで、テレビのグルメ番組に八つ当たりしているわけだけど、そもそもアレって、けっきょく見ている人間は絶対に食べられないわけでしょ?
もちろん匂いも楽しめない。
ただの映像だけ。
金網の外からお客にバナナを見せびらかされて、必死に手を伸ばしている動物園のチンパンジーみたいなものだ。
それをありがたがって見てるってのは、なんか変じゃない?
オレから言わせれば、マゾヒズムの極地。
「食欲」 ってのは、人間の本能的な欲望…なんてよくいわれるけれど、違うね。
「食欲」 と 「うまいものを食いたい」 って欲望は根本的に別。
「うまいものを食いたい」 っていう欲望は、たぶんに人為的で、非自然的で、文明的なものだ。
つまりは “幻の欲望” だから、情報を重ねていくだけでもどんどん肥大する。
グルメ番組に出てくる 「うまいもの」 は、視聴者には食べられないからこそ、「幻のうまさ」 が2倍にも3倍にも膨張する。
番組に出てくるシェフや、紹介されたレストランや、食材を提供した業者だけがウハウハ。
…ったく、食後すぐに空腹が訪れるオレなんかには、やりきれねぇよ。
マスコミに登場する 「うまいもの」 というのは、裏付けのない評価であっても、紹介すること自体が価値 (ブランド) を生む。
食べた人が1人もいなくても、「老舗の誇る名品」 は誕生する。
ウナギや牛肉のニセブランドが成り立つというのも、こういうからくりがあったればこそだ。
オレはいま思うよ。
「うまいものを食いたい」 というのは飽食にまみれた人間の発想だ。
人々がこういう発想を持ち続ける限り、「2050年に世界のCO2を半減する」 なんて謳ったサミットの宣言なんか、実現しっこないって。
オレなんか、いま何食ってもうまい。
空腹こそ、グルメを堪能する最高の条件だ。

ムカシ、寿司は冠婚葬祭のときのみ、焼き肉なんか見たこともなかったのに、いまじゃねぇ。とんでもない時代ですよ。
テレビも町田さんの言うようにおかしいよね?グルメ番組に至ってはホントにへぇーといか言いようがない凄いものしか出てこない。来るところまで来た感があります。
ギャル曽根などは、いわば地球の敵。一膳のご飯とみそ汁で暮らしてみろ、と言いたい!
ああ、そうですねぇ! 昔、お寿司ってのは、とっても高級な食べ物でしたよね。大人の食い物っていうかね。寿司屋のカウンターなんて「大人の聖域」で、子供が座っちゃいけないところだと思っていました。
だから、たまに親父と並んでカウンターに座ると、とても晴れがましい気分になるとともに、少し緊張しました。
回転寿司で回ってきた皿の寿司を頬張る今の子供たちに、その気分は伝わらないでしょうね。
「食うこと」に対して、良い意味での緊張感がなくなりましたね。
大食い競争でも、出された料理に対する畏敬の念があるのならいいけれど、単に量的な消化率を競っているのは、確かにおかしいですね。
牛丼大盛り+豚丼並! なるほど。豪勢な食欲を誇っていらっしゃったわけですね。
でも、その気持ち分かります。私も贅沢したい気分の時は「牛皿特盛と生タマゴ二つ」でしたからね。
自分も「並丼」を注文するようになるとは思わなかったです。最低でも「アタマの大盛り」でしたから。
ぜひ、娘さんが成人される日まで元気に過ごせるように頑張ってください。
そうそう、このたびのmatsumotoさんのブログ、
「お会計は別々でしょうか?」の話は面白かったですねぇ。
えっ、結局
「うまいもの見せられたって、オレが食えない!」
なんですか~(笑)
町田さん。
3ヶ月もダイエットを頑張って(干物)と化してしまったのですか!
意志が強いですね。カッコイイです!
でも、食べなきゃグッと体重が減る!とはいかないんですよね。
私は3年前、大木さんのCD「SWEET HOME TOWN」の衝撃に死にそうになりました。
どうも私以外にそういう方はいないようなのですが、本当に死ぬかと思いましたよ。
3ヶ月はろくに眠れず、ろくに食べることもできませんでした。
それなのに、その時、体重は3キロも増えたんです。
あまりに疲れて、飴を口に含んで横になっていたせいか、むくんでしまって。
しかも、顔だけは(干物)状態でしたね。(T_T)
その後、必死に体形を戻しました。
町田さん。たまには美味しいものを食べましょう。
(干物)では、心も乾いてしまいます。 (^-^)
>「意志が強いですね。カッコイイです!」というお褒めの言葉、なによりもモチベーションを維持する力になりました。ありがとうございます。
やっぱ医者に「足を切るよ」と脅かされた程度では、なかなかモチベーションを維持するのが大変そうに思えていたところなので。
で、1人のリスナーに「3ヶ月ろくに眠れず…食べることもできず…」というインパクトを与える音楽が存在するということ自体が、またすごい話ですねぇ。いいお話でした。
たまには美味しいもの、食べてみます。
でも自分の「美味しいもの」って、偏りがあって、
こってりバターとか、ぎとぎとラードとか、どうも中性脂肪系に偏りがちなんで、やっぱり慎重になってしまいます。
昼飯はラーメンはボツで、かみさんの作った弁当
週一ジムでちょこっと走ってます。
180で72キロ。まだまだ昔には戻りません(笑)
MA64さんも “調整中” ですか。仲間が多いと、こちらも励みになります。
でも、180と72では、理想的な体重バランスではないのですか? 私などは標準体重に近づけるには、まだ5kgの減量が必要です。
うらやましい。
ラーメンは、特に汁が高カロリーだそうですね。
でも、うまいんだがなぁ…。
あはは。お腹だけが出てるんです(笑)
>「お腹だけ出ている」
おお、それはまたなんとユーモアのある答えなんでしょう!
お腹のでっぱりはこちらも同じです。
最近、若い人はみなシャツの裾をズボンの外に出しています。それを真似して、お腹のでっぱりを目立たせないように、いじましく振る舞っています。