2008年07月05日
物語 中東の歴史
「イスラム原理主義」 という言葉が日本にも浸透するようになってから、イスラム教というものに対して、狂信的で好戦的な宗教と勘違いする人が増えたように思う。
でも、違うよなぁ…という気分が前からあった。
通勤電車の中で読む本がなくなったので、たまたま机の上に溜まっている “つん読” 書の中から1冊抜き出して読み始めたものが、とても面白かった。
牟田口義郎氏が書いた 『物語 中東の歴史』 (中公新書) 。

これを読むと、今まで一般教養的にイメージされてきたイスラム教というものが、いかに誤解と偏見に満ちたものであったか、そんなことがよく伝わってくるのだ。
たとえば 「イスラムは砂漠の宗教」 というイメージ。
もちろん、地理的には砂漠の多い土地で生まれた宗教だが、本書によると、むしろ 「都市の宗教」 だという。
それも、都市に住む商人の発想がベースとなった宗教だというのだ。
イスラムの教えを開いたムハンマド (…マホメットというのはヨーロッパなまりの言い方らしい) は、大規模の貿易を行なっていた商人であり、商業や商品の流通に関して、かなり深い造詣を持っていた。
そのせいもあって、聖典となったコーランには、商業的発想がふんだんに見られ、商業用語が多用されているという。
ムハンマドは交易を通じて、ユダヤ教徒やキリスト教徒のいる各都市を回り、様々な商品と文化が入り乱れる国際都市の感受性を身につけていった。
異民族同士が結ぶ商業ルールというのは、お互いの民族が持っていた固有の商習慣をいったん切り捨てないと始まらない。
そのために、どうしても民族を超えた普遍性の高いルールへと洗練されざるを得ない。
コーランの普遍性というのも、ムハンマドが国際的な商人であったがゆえに生まれてきたものといえそうだ。
ついでにいっておくと、彼は、宗教の教義というものを深く理解するインテリだったが、同時に、一流の軍事指導者でもあったわけで、そういう人間がこの時代にいたということは、「奇跡」 の部類に入るらしい。
さらに脱線するが、一神教の予言者のなかで、ムハンマドほど職業が明確に分かっている人は他にはいないのだそうだ。
ユダヤ教の予言者であったモーゼも、キリスト教のイエスにしても、一生を通じて何の仕事で食べていたかは、聖書には一言も触れていないという。
そういうエピソードを紹介するだけの話であっても、その後に、
「イエスは、(自分の父である) マリアの夫ヨセフから大工仕事を学んだことがあったのだろうか?」
などと、とぼけた “突っ込み” がある。
こういう、気の利いたユーモアがあちこちに散りばめられていて、それがこの本にとてもお洒落な味わいを添えている。
本書では、『アラビアンナイト』 の舞台となったバクダートにも触れる。
バクダートは、初期イスラム帝国の繁栄の頂点に立ったアッバース朝の都だが、そこを都に定めるとき、ティグリス、ユーフラテスの二つの大河を利用することを想定していたという指摘も刺激的だった。
アッバース朝はこの二つの大河を利用して、ペルシャ湾からインド洋の諸都市、さらに中国と交易することを射程においた。
砂漠の民の発想ではなく、海洋民族の発想である。
バクダートという響きから、砂埃の舞い上がる内陸の都市を想像しがちだが、実は、シルクロードには、ラクダの背に揺られた商人たちが行き交う 「砂漠の道」 だけでなく、帆を張った商船が海上を行き交う 「海の道」 があったのだ。
このアッバース朝成立を機に、イスラム帝国はアラブ貴族が支配する特権的な政治体制から、被征服者にも活躍の機会が与えられる普遍的な国家になっていく。
イスラム帝国とは、様々な民族がその固有の宗教と文化を享受したままで平等に暮らせる寛容な国家だったことが分かる。
だから 「コーランか剣か」 という好戦的で狂信的なイスラム像は間違いなのだ。
「コーランか剣か」 という選択肢のほかに、実はヨーロッパ人たちが故意に無視したもうひとつの選択肢があった。
「貢納」 (納税) である。
イスラムが重視したのは、実はこの貢納であり、税さえ納めれば、彼らは被征服地の人々の信仰や文化をそのまま尊重した。
ムハンマド没後の正統カリフ時代、イスラムは急速な勢いで中東からペルシャ、北アフリカにかけて膨張していったが、それを可能にしたのは、彼らがどこの地においても 「解放軍」 として歓迎されたからだそうだ。
イスラムは、征服地の人々の貢納をうながすために、その人々が前の体制に納めていた税より、必ず安くした。
それが、被支配地の人々には 「解放」 と感じられたらしい。
ふむふむ…。
イスラム国家が短期間のうちに “世界帝国” となっていった秘密がよく分かる。
「グローバリズム」 というと、すぐアメリカの専売特許のようなイメージが浮かぶが、産業資本主義が成立するはるか前から洗練されたグローバリズムを体現していたのはイスラム国家の方だったのだ。
本書では、キリスト教徒側の 「十字軍」 の遠征にも触れている。
十字軍の本質は、騎士たちのロマンチックな冒険物語とはほど遠く、無知で無教養な蛮族の略奪と虐殺に彩られた侵略だったという。
この見方は、今日ほぼ定説として浸透しているが、イメージとしては、民族大移動時に、ローマ帝国を荒し回ったゲルマン諸族の雰囲気に近いものだったらしい。
当然、ヨーロッパ人より遥かに洗練された文化を享受していたイスラムの人々は、野蛮人を初めて見てびっくりした。
これは別の本で読んだことだが、あるキリスト教の騎士が瀕死の状態に陥っていたのを見て、イスラム側の医師が、当時の先端医学を駆使して助けようとした。
そこにキリスト教側の医師がやってきて、「イスラムの医師は医療というものを理解していない」 と怒りだし、「悪魔払いだ」 といって、瀕死の騎士を棍棒で殴り殺してしまった。
にもかかわらず、キリスト教の医師は、「悪魔は退散した」 と平然としていたという。
当時のヨーロッパとイスラムの、文化レベルの違いを語る象徴的な話だ。
なにしろ、当時のバクダットの図書館にはギリシャ、ローマの古典がほとんどアラビア語に訳されて保存され、0を発見したインド人からは当時の最先端の数学が導入されていた。
ルネッサンスがヨーロッパに訪れるまで、古代文明の遺産と先端科学の粋はイスラム世界が保存していたのである。

▲ 日本にもあるイスラム寺院
牟田口さんのこの本は文章も洗練されていて、飽きさせない。
著者の肩書きを見ると、成蹊、東洋英和などで中東・近現代史を教えていた先生らしい。
もともとは新聞記者だという。
どうりで、話の進め方がうまいわけである。
学者の書いた歴史の本には、難しい表現を用いながらも、たいしたことを言っていないものも多い。
しかし、この本は難しいことを平易な言い回しで言っている。
「解りやすい」 ってことは大事なことだと思う。
でも、違うよなぁ…という気分が前からあった。
通勤電車の中で読む本がなくなったので、たまたま机の上に溜まっている “つん読” 書の中から1冊抜き出して読み始めたものが、とても面白かった。
牟田口義郎氏が書いた 『物語 中東の歴史』 (中公新書) 。
これを読むと、今まで一般教養的にイメージされてきたイスラム教というものが、いかに誤解と偏見に満ちたものであったか、そんなことがよく伝わってくるのだ。
たとえば 「イスラムは砂漠の宗教」 というイメージ。
もちろん、地理的には砂漠の多い土地で生まれた宗教だが、本書によると、むしろ 「都市の宗教」 だという。
それも、都市に住む商人の発想がベースとなった宗教だというのだ。
イスラムの教えを開いたムハンマド (…マホメットというのはヨーロッパなまりの言い方らしい) は、大規模の貿易を行なっていた商人であり、商業や商品の流通に関して、かなり深い造詣を持っていた。
そのせいもあって、聖典となったコーランには、商業的発想がふんだんに見られ、商業用語が多用されているという。
ムハンマドは交易を通じて、ユダヤ教徒やキリスト教徒のいる各都市を回り、様々な商品と文化が入り乱れる国際都市の感受性を身につけていった。
異民族同士が結ぶ商業ルールというのは、お互いの民族が持っていた固有の商習慣をいったん切り捨てないと始まらない。
そのために、どうしても民族を超えた普遍性の高いルールへと洗練されざるを得ない。
コーランの普遍性というのも、ムハンマドが国際的な商人であったがゆえに生まれてきたものといえそうだ。
ついでにいっておくと、彼は、宗教の教義というものを深く理解するインテリだったが、同時に、一流の軍事指導者でもあったわけで、そういう人間がこの時代にいたということは、「奇跡」 の部類に入るらしい。
さらに脱線するが、一神教の予言者のなかで、ムハンマドほど職業が明確に分かっている人は他にはいないのだそうだ。
ユダヤ教の予言者であったモーゼも、キリスト教のイエスにしても、一生を通じて何の仕事で食べていたかは、聖書には一言も触れていないという。
そういうエピソードを紹介するだけの話であっても、その後に、
「イエスは、(自分の父である) マリアの夫ヨセフから大工仕事を学んだことがあったのだろうか?」
などと、とぼけた “突っ込み” がある。
こういう、気の利いたユーモアがあちこちに散りばめられていて、それがこの本にとてもお洒落な味わいを添えている。
本書では、『アラビアンナイト』 の舞台となったバクダートにも触れる。
バクダートは、初期イスラム帝国の繁栄の頂点に立ったアッバース朝の都だが、そこを都に定めるとき、ティグリス、ユーフラテスの二つの大河を利用することを想定していたという指摘も刺激的だった。
アッバース朝はこの二つの大河を利用して、ペルシャ湾からインド洋の諸都市、さらに中国と交易することを射程においた。
砂漠の民の発想ではなく、海洋民族の発想である。
バクダートという響きから、砂埃の舞い上がる内陸の都市を想像しがちだが、実は、シルクロードには、ラクダの背に揺られた商人たちが行き交う 「砂漠の道」 だけでなく、帆を張った商船が海上を行き交う 「海の道」 があったのだ。
このアッバース朝成立を機に、イスラム帝国はアラブ貴族が支配する特権的な政治体制から、被征服者にも活躍の機会が与えられる普遍的な国家になっていく。
イスラム帝国とは、様々な民族がその固有の宗教と文化を享受したままで平等に暮らせる寛容な国家だったことが分かる。
だから 「コーランか剣か」 という好戦的で狂信的なイスラム像は間違いなのだ。
「コーランか剣か」 という選択肢のほかに、実はヨーロッパ人たちが故意に無視したもうひとつの選択肢があった。
「貢納」 (納税) である。
イスラムが重視したのは、実はこの貢納であり、税さえ納めれば、彼らは被征服地の人々の信仰や文化をそのまま尊重した。
ムハンマド没後の正統カリフ時代、イスラムは急速な勢いで中東からペルシャ、北アフリカにかけて膨張していったが、それを可能にしたのは、彼らがどこの地においても 「解放軍」 として歓迎されたからだそうだ。
イスラムは、征服地の人々の貢納をうながすために、その人々が前の体制に納めていた税より、必ず安くした。
それが、被支配地の人々には 「解放」 と感じられたらしい。
ふむふむ…。
イスラム国家が短期間のうちに “世界帝国” となっていった秘密がよく分かる。
「グローバリズム」 というと、すぐアメリカの専売特許のようなイメージが浮かぶが、産業資本主義が成立するはるか前から洗練されたグローバリズムを体現していたのはイスラム国家の方だったのだ。
本書では、キリスト教徒側の 「十字軍」 の遠征にも触れている。
十字軍の本質は、騎士たちのロマンチックな冒険物語とはほど遠く、無知で無教養な蛮族の略奪と虐殺に彩られた侵略だったという。
この見方は、今日ほぼ定説として浸透しているが、イメージとしては、民族大移動時に、ローマ帝国を荒し回ったゲルマン諸族の雰囲気に近いものだったらしい。
当然、ヨーロッパ人より遥かに洗練された文化を享受していたイスラムの人々は、野蛮人を初めて見てびっくりした。
これは別の本で読んだことだが、あるキリスト教の騎士が瀕死の状態に陥っていたのを見て、イスラム側の医師が、当時の先端医学を駆使して助けようとした。
そこにキリスト教側の医師がやってきて、「イスラムの医師は医療というものを理解していない」 と怒りだし、「悪魔払いだ」 といって、瀕死の騎士を棍棒で殴り殺してしまった。
にもかかわらず、キリスト教の医師は、「悪魔は退散した」 と平然としていたという。
当時のヨーロッパとイスラムの、文化レベルの違いを語る象徴的な話だ。
なにしろ、当時のバクダットの図書館にはギリシャ、ローマの古典がほとんどアラビア語に訳されて保存され、0を発見したインド人からは当時の最先端の数学が導入されていた。
ルネッサンスがヨーロッパに訪れるまで、古代文明の遺産と先端科学の粋はイスラム世界が保存していたのである。
▲ 日本にもあるイスラム寺院
牟田口さんのこの本は文章も洗練されていて、飽きさせない。
著者の肩書きを見ると、成蹊、東洋英和などで中東・近現代史を教えていた先生らしい。
もともとは新聞記者だという。
どうりで、話の進め方がうまいわけである。
学者の書いた歴史の本には、難しい表現を用いながらも、たいしたことを言っていないものも多い。
しかし、この本は難しいことを平易な言い回しで言っている。
「解りやすい」 ってことは大事なことだと思う。

イスラム教って、ユダヤ教やキリスト教の誤りを正す完全な宗教だと、何かで読んだ事があります。
イスラム教って、どうしても、タリバンやアフガニスタンの関係の報道などで、宗教そのものが、偏っているイメージが出来上がってしまっているようです。
それが、本当に誤解であるならば、きちんと、知っておかなければなりませんね。
その本、機会があれば、読んでみたいと思います。
うまく投稿できなくて、やり直ししたら、だぶってしまいました。ひとつ、消してください。
コメントありがとうございます。
>「イスラム教がユダヤ教やキリスト教の誤りを正す完全な宗教…」なのかどうかは分かりません。ただ、ムハンマド(マホメット)という人が、その二つの宗教をじっくり研究して経典を編んだことは確かなので、ある部分、ユダヤ教やキリスト教よりアドバンテージを持っているところはあるのかもしれませんね。
アフガニスタンにタリバンのようなイスラム原理主義が台頭してきたというのは、アメリカ流の “力と富の支配” に対する対抗意識もあっただろうし、欧米流文化に対するイスラムとしての意地もあるのかもしれません。それが経済的にも貧しさを強いられたイスラム側の若い青年達を決起させた理由にもなっているでしょうね。
また、一部ではオイルマネーの力を利用した富者たちも数多く誕生しているわけで、ひとくちに「イスラム」といっても様々な面を持っているようです。
また、同じ宗教の中の宗派の違い(スンニ派とシーア派)が血で血を争う抗争に発展するなどというのは、ちょっと我々には理解しづらい面も持っています。
だから、過去の歴史的なイスラム社会を論じたところで、それが必ずしも現在のイスラム社会をすべて言い当てているとは、必ずしも断言できないところです。
ただ、本来のイスラムの主旨の根底には、他の国家や民族に対する寛容と協調があることだけは確かです。
その誤解は解く必要があるのかもしれません。それは、この本がよく教えてくれます。
MHさんのおかげで、また少し考えが進みました。またコメントいただければ幸いです。
2重投稿になってしまった件、了解しました。
わざわざのお気遣いありがとうございます。
重複したものをひとつ削除しておきました。
最近、本当にコメントがアップされるまでに時間がかかるようになりました。
ご迷惑をおかけしましたが、お許しください。
キリスト教やイスラム教などの人から見れば、なんて宗教心のない人種だと、思われているだろうとは思いますが、実はその逆で、どんな宗教も根っこのところは同じだという事を日本人の多くの人は、自然と身につけているんだと思います。
私もイスラム教が完全な宗教かどうかは、わかりませんが、懐の大きな宗教観を持つ日本人だからこそ、イスラム教の本来の良さも見出せるだろうし、知っておくべきなのかな、と思います。
ただ、だからと言って、イスラム教の熱心な信者にはならないと言うところが、だいたいのところの「日本人」なのですよね(苦笑)
とても卓越した洞察だと思います。
>「どんな宗教も根っこのところは同じ」
まさに、そういうことだと思います。
宗教というのは、「民族や文化を超えるもの」という感じを持っています。…というか、キリスト教も、仏教も、イスラム教も、結局「民族や文化」を超えたからこそ生き残れたという言い方もできるかもしれませんね。
MHさんがおっしゃるように、「日本人は無宗教に見えながら、どんな宗教も根っこの部分は同じ」と理解しているなんて、素晴らしいことじゃないでしょうか。日本人はそれだけ、偏見に捉われず、ニュートラルな見方ができるということでしょうから。
おかげさまで、またひとつ考え方を進めることができました。