2008年07月02日
ビートルズの評価
脳科学者の茂木健一郎さんが、「サンデー毎日」 の最新号 (7/13号) の連載エッセイのなかで、ビートルズをテーマに採り上げていた。
茂木さんはこう書く。
「ビートルズは、まさに時代を駆け抜けたバンドである。 『ア・ハード・デイズ・ナイト』 のようなストレートで若々しい曲から、『ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード』 のように人生を達観した曲まで。数々の名作を、驚くほどの多くの様式を持って展開した。
最初こそ若者を惑わす “不良” のイメージもあったビートルズ。『イエスタディ』 という一つの美しいバラードが、大人たちの悪印象を変えた」
うん。悪くない。
でも、表現がナイーブ過ぎる…と思ってしまう。
私は、この若き脳科学者の茂木さんを才人だと思うし、エッセイストとしても卓越した文章力を持つ方だと尊敬しているけれど、ビートルズをこのように語る語り口を見ると、やっぱり音楽談義でメシ食っているプロの連中にはかなわないなぁ…という意識を持ってしまう。
というのは、この時期、『レコードコレクターズ』 誌 (7月号) が同じようにビートルズの初期作品を採り上げた 「楽曲ベスト50」 を特集し、その選者たちが寄せた数々のレビューを読んでしまったからだ。

彼らは、『ア・ハード・デイズ・ナイト』 を、たとえ一言で表現しなければならない場面でも、「ストレートで若々しい曲」 などとは絶対に言わない。
ビートルズの不良性に対しても、『イエスタディ』 に代表されるようなバラードが大人の市民権を得たことを、決して手放しで評価していない。
例えば、『レコードコレクターズ』 で 「初期ビートルズベスト50」 の選定に参加した選者のひとり三宅はるお氏は、こう書いている。
「中学生時代、ビートルズの日本デビューに遭遇した。後づけの “大人たち” に評価された彼らではなく、“不良” と呼ばれた時代。 『シー・ラヴズ・ユー』 のイェ! イェ!の叫びに反応できずに、『リボルバー』 を評価するファンを信用していない。
……『ア・ハード・デイズ・ナイト』 を見てから、エルヴィス・プレスリーの映画を見なくなった」
1950年代から60年代ぐらいの音楽シーンを知る人間にとって、この 「エルヴィス・プレスリーの映画を見なくなった」 という一言は大きい。
たった一言なのに、茂木氏のいう 「ストレートで若々しい曲」 という言葉の何百倍という重さがつまっている。

彼ら音楽ライターたちが、それぞれ自分の好きなビートルズの曲を採り上げたレビューを読むと、どれもゾクゾクしてしまう。
楽器が走り、
歌がはじける様子が目に浮かぶ。
I SAW HER STANDING THERE
「ストレートな8ビートを強調するようにたたみかけるベースと、リンゴの力強くもせわしないハイハット・ワークが緊張感のあるグルーヴを作り出し、その上で、ポールのリトル・リチャード直系のシャウターぶりが炸裂。…ジョージのギターがエコーをかけられてキラキラと輝く…」
(寺田正典氏)
ALL I'VE GOT TO DO
「リズム&ブルースの “コク” をジョンが肺いっぱいに吸い込んで、ふっと吐き出したタバコの煙のような歌」
(安田謙一氏)
YOU CAN'T DO THAT
「シンコペーションを効果的に使った流れるようなリズム感は、グルーヴという言葉に置き換えることができる。ごく初期の頃から米国のR&Bを演奏してきたジョン・レノンが身体で覚えた非ロック的なグルーヴ。そんなものが曲にふくよかなボディを与えているし、ここまで身体が横に揺らされるビートルズの曲というものも他にない」
(宮子和眞氏)
I'LL BE BACK
「Aメジャーのイントロから歌に入るとAマイナーのキーになったり、BメロからはAメジャーになったりする展開の、いかにもロンドンの街角といったどんより感…」
(青山陽一氏)
PLEASE MISTER POSTMAN
「ジョンの振り絞るようなシャウト。ポールとジョージの完璧なハーモニー。全体に流れるのは、汗と酒と喧噪に満ちたライブクラブ直送のドライブ感だ。こんなのが目の前で演奏されていたのだから、“何事かが起こりだしている!” と感じなければウソだろう」
(大鷹俊一氏)
PAPERBACK WRITER
「ぐいぐい引っ張っていくポールのベースに応え、リンゴも次第に足 (バス・ドラム) に力を込めて圧倒的なスピード感が現出される。この “バンド力” は全盛期のツェッペリンにも引けをとらないはず。リズムの縦軸を、歌とベースが横に、斜めに縫う…」
(和久井光司氏)

言っている内容もさることながら、言葉の羅列に、リズムとスピードがある。 ロック評論は、評論自体もロックしていなければならないということを、彼らライターたちは当たり前のように実践している。
これらの各ライターの表現がけっして無理な誇張でないことは、実際に、初期ビートルズを何度も何度も聞いて、自分でも歌い、友達ともハモってきた自分がよく知っている。
音楽を、言葉として語るのは難しい。
その音楽が、社会や文化に与えた影響なら、新聞記者でも、雑誌編集者でも、科学者でも語ることはできるだろう。
しかし、音そのものの 「美しさ」 や 「強さ」 を表現するのは、誰もがそう簡単にできるものではない。
『レコードコレクターズ』 誌に登場したライターたちは、みなその難しい作業をあっさりとやってのけている。
「芸」 だな…と思う。

関連記事 「リバプール」
関連記事 「初期ビートルズ」
茂木さんはこう書く。
「ビートルズは、まさに時代を駆け抜けたバンドである。 『ア・ハード・デイズ・ナイト』 のようなストレートで若々しい曲から、『ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード』 のように人生を達観した曲まで。数々の名作を、驚くほどの多くの様式を持って展開した。
最初こそ若者を惑わす “不良” のイメージもあったビートルズ。『イエスタディ』 という一つの美しいバラードが、大人たちの悪印象を変えた」
うん。悪くない。
でも、表現がナイーブ過ぎる…と思ってしまう。
私は、この若き脳科学者の茂木さんを才人だと思うし、エッセイストとしても卓越した文章力を持つ方だと尊敬しているけれど、ビートルズをこのように語る語り口を見ると、やっぱり音楽談義でメシ食っているプロの連中にはかなわないなぁ…という意識を持ってしまう。
というのは、この時期、『レコードコレクターズ』 誌 (7月号) が同じようにビートルズの初期作品を採り上げた 「楽曲ベスト50」 を特集し、その選者たちが寄せた数々のレビューを読んでしまったからだ。
彼らは、『ア・ハード・デイズ・ナイト』 を、たとえ一言で表現しなければならない場面でも、「ストレートで若々しい曲」 などとは絶対に言わない。
ビートルズの不良性に対しても、『イエスタディ』 に代表されるようなバラードが大人の市民権を得たことを、決して手放しで評価していない。
例えば、『レコードコレクターズ』 で 「初期ビートルズベスト50」 の選定に参加した選者のひとり三宅はるお氏は、こう書いている。
「中学生時代、ビートルズの日本デビューに遭遇した。後づけの “大人たち” に評価された彼らではなく、“不良” と呼ばれた時代。 『シー・ラヴズ・ユー』 のイェ! イェ!の叫びに反応できずに、『リボルバー』 を評価するファンを信用していない。
……『ア・ハード・デイズ・ナイト』 を見てから、エルヴィス・プレスリーの映画を見なくなった」
1950年代から60年代ぐらいの音楽シーンを知る人間にとって、この 「エルヴィス・プレスリーの映画を見なくなった」 という一言は大きい。
たった一言なのに、茂木氏のいう 「ストレートで若々しい曲」 という言葉の何百倍という重さがつまっている。
彼ら音楽ライターたちが、それぞれ自分の好きなビートルズの曲を採り上げたレビューを読むと、どれもゾクゾクしてしまう。
楽器が走り、
歌がはじける様子が目に浮かぶ。
I SAW HER STANDING THERE
「ストレートな8ビートを強調するようにたたみかけるベースと、リンゴの力強くもせわしないハイハット・ワークが緊張感のあるグルーヴを作り出し、その上で、ポールのリトル・リチャード直系のシャウターぶりが炸裂。…ジョージのギターがエコーをかけられてキラキラと輝く…」
(寺田正典氏)
ALL I'VE GOT TO DO
「リズム&ブルースの “コク” をジョンが肺いっぱいに吸い込んで、ふっと吐き出したタバコの煙のような歌」
(安田謙一氏)
YOU CAN'T DO THAT
「シンコペーションを効果的に使った流れるようなリズム感は、グルーヴという言葉に置き換えることができる。ごく初期の頃から米国のR&Bを演奏してきたジョン・レノンが身体で覚えた非ロック的なグルーヴ。そんなものが曲にふくよかなボディを与えているし、ここまで身体が横に揺らされるビートルズの曲というものも他にない」
(宮子和眞氏)
I'LL BE BACK
「Aメジャーのイントロから歌に入るとAマイナーのキーになったり、BメロからはAメジャーになったりする展開の、いかにもロンドンの街角といったどんより感…」
(青山陽一氏)
PLEASE MISTER POSTMAN
「ジョンの振り絞るようなシャウト。ポールとジョージの完璧なハーモニー。全体に流れるのは、汗と酒と喧噪に満ちたライブクラブ直送のドライブ感だ。こんなのが目の前で演奏されていたのだから、“何事かが起こりだしている!” と感じなければウソだろう」
(大鷹俊一氏)
PAPERBACK WRITER
「ぐいぐい引っ張っていくポールのベースに応え、リンゴも次第に足 (バス・ドラム) に力を込めて圧倒的なスピード感が現出される。この “バンド力” は全盛期のツェッペリンにも引けをとらないはず。リズムの縦軸を、歌とベースが横に、斜めに縫う…」
(和久井光司氏)
言っている内容もさることながら、言葉の羅列に、リズムとスピードがある。 ロック評論は、評論自体もロックしていなければならないということを、彼らライターたちは当たり前のように実践している。
これらの各ライターの表現がけっして無理な誇張でないことは、実際に、初期ビートルズを何度も何度も聞いて、自分でも歌い、友達ともハモってきた自分がよく知っている。
音楽を、言葉として語るのは難しい。
その音楽が、社会や文化に与えた影響なら、新聞記者でも、雑誌編集者でも、科学者でも語ることはできるだろう。
しかし、音そのものの 「美しさ」 や 「強さ」 を表現するのは、誰もがそう簡単にできるものではない。
『レコードコレクターズ』 誌に登場したライターたちは、みなその難しい作業をあっさりとやってのけている。
「芸」 だな…と思う。
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