2008年03月14日
ムーンライト
《 掌編小説 「ムーンライト」 》
「もし、今晩8時までに、あなたの部屋へ行ったなら…」
そこで彼女は言葉を切った。
そして目を伏せたまま、
「そのときは、あなたの気持ちを受け入れたと思って…」
と、消え入りそうな声でつぶやいた。
僕は、喉がからからに渇くのを感じた。
「…待っている」
そう答えるだけで精いっぱいだった。
授業が始まるチャイムが鳴っていた。
彼女は哲学の講義ノートを抱え直すと、キャンパスの芝生の上を走っていった。
グリーンの上に跳ねる白いスニーカーが遠ざかっていくのを見守りながら、
僕は、「やった!」 という気持ちと、
「でも、そんなはずが…」
という疑問の両方に、身体が引き裂かれるのを感じた。
でも、思い悩んでいてもしょうがない。
彼女が僕の愛を受け入れてくれたときの準備だけは必要だ。
とにかく、午後は授業をサボっても、部屋の掃除だ。
ワインを。
いや、シャンパンを。
それよりも、まずビール。
そして、テーブルの上にはバラの花を。
いったい、どれだけの男が彼女に恋焦がれたか分からない。
彼女が軽音楽部に入ってピアノを弾き出して以来、僕も含め、メンバーは全員彼女にイカれてしまったし、彼女のいる哲学科では、教授ですらラブレターを送ったという噂すらある。
でも、彼女はどの男の誘いにも、ついに乗ることがなかった。
むしろ男に誘われれば誘われるほど、ますます悲しそうになっていった。
みんなが帰ったクラブの部室で、月の明かりを頼りに、独り淋しそうにピアノを弾いている彼女を、僕は何度目撃したか分からない。
「あの女、月からでも来たかぐや姫じゃないか?」
いつ頃からか、男たちはそう言い合うようになった。
「地上の女じゃないぜ、あれは…」
「人間なら、これだけの男から言い寄られば、どこかで気に入った相手を見つけるはずだぜ」
8時30分。
…やはり彼女は来なかった。
僕は、彼女が訪ねてきたときの2人だけのディナーのためにとっておいたビールの栓を開け、テーブルの上に足を投げ出して、ラッパ飲みをした。
窓を開けると、目の前に見事な満月があった。
まるで約束した訪問者のように、月は僕の真正面に昇ってきて、涼しげな光りを投げかけたきた。

その瞬間、部屋の中のすべてのものが、待ち焦がれたように、青白く、生き生きと輝き出した。
本棚が、ギターケースが、食器棚が…。
そしてバラの花が、待っていた遠方からの客を迎え入れるかのように、華やいだ光りを放ち始めた。
「そうか。やっぱり来てくれたんだね」
僕は納得して、ビールの瓶を “彼女” に向かって高く掲げた。
「乾杯! ようこそ僕の部屋に」
※ 昔、ハートランドビールのPR誌 『HEATLAND JUNCTION』 の創刊準備号のために書いた原稿
「もし、今晩8時までに、あなたの部屋へ行ったなら…」
そこで彼女は言葉を切った。
そして目を伏せたまま、
「そのときは、あなたの気持ちを受け入れたと思って…」
と、消え入りそうな声でつぶやいた。
僕は、喉がからからに渇くのを感じた。
「…待っている」
そう答えるだけで精いっぱいだった。
授業が始まるチャイムが鳴っていた。
彼女は哲学の講義ノートを抱え直すと、キャンパスの芝生の上を走っていった。
グリーンの上に跳ねる白いスニーカーが遠ざかっていくのを見守りながら、
僕は、「やった!」 という気持ちと、
「でも、そんなはずが…」
という疑問の両方に、身体が引き裂かれるのを感じた。
でも、思い悩んでいてもしょうがない。
彼女が僕の愛を受け入れてくれたときの準備だけは必要だ。
とにかく、午後は授業をサボっても、部屋の掃除だ。
ワインを。
いや、シャンパンを。
それよりも、まずビール。
そして、テーブルの上にはバラの花を。
いったい、どれだけの男が彼女に恋焦がれたか分からない。
彼女が軽音楽部に入ってピアノを弾き出して以来、僕も含め、メンバーは全員彼女にイカれてしまったし、彼女のいる哲学科では、教授ですらラブレターを送ったという噂すらある。
でも、彼女はどの男の誘いにも、ついに乗ることがなかった。
むしろ男に誘われれば誘われるほど、ますます悲しそうになっていった。
みんなが帰ったクラブの部室で、月の明かりを頼りに、独り淋しそうにピアノを弾いている彼女を、僕は何度目撃したか分からない。
「あの女、月からでも来たかぐや姫じゃないか?」
いつ頃からか、男たちはそう言い合うようになった。
「地上の女じゃないぜ、あれは…」
「人間なら、これだけの男から言い寄られば、どこかで気に入った相手を見つけるはずだぜ」
8時30分。
…やはり彼女は来なかった。
僕は、彼女が訪ねてきたときの2人だけのディナーのためにとっておいたビールの栓を開け、テーブルの上に足を投げ出して、ラッパ飲みをした。
窓を開けると、目の前に見事な満月があった。
まるで約束した訪問者のように、月は僕の真正面に昇ってきて、涼しげな光りを投げかけたきた。
その瞬間、部屋の中のすべてのものが、待ち焦がれたように、青白く、生き生きと輝き出した。
本棚が、ギターケースが、食器棚が…。
そしてバラの花が、待っていた遠方からの客を迎え入れるかのように、華やいだ光りを放ち始めた。
「そうか。やっぱり来てくれたんだね」
僕は納得して、ビールの瓶を “彼女” に向かって高く掲げた。
「乾杯! ようこそ僕の部屋に」
※ 昔、ハートランドビールのPR誌 『HEATLAND JUNCTION』 の創刊準備号のために書いた原稿

普通の学園モノかな?と読み進んでゆくと
「あの女、月からでも来たかぐや姫じゃないか?」
あたりから、俄然ミステリアスになり、刻々とラストへ向かう辺りから都会派?作家のように締めるあたりは、いかにも町田さんらしいですね!
懐かしさとともに、自分の書いたモノも蘇ってきましたよ!冷や汗もの(笑)
PR紙独特寄稿するときのさじ加減の難しさも難なくクリアするあたりが、町田さんの書き分けのうまさですね!
個人的には、ちょんまげコントのファンです。ハイ
ショートショートの達人であるスパンキーさんにお褒めいただくなんて光栄です。
お互いにPR誌の出身ですから、さじ加減はよく分かりますよね。
そのへんを指摘されると、なんだかこそばゆいような快感があります。
ちょんまげコントも昔書いたもので…
最近は忙しくて、ついつい昔のネタをほじくり返してUPしているだけで、少し恥かしいですね。
私の話題かと早とちりして仰天しました。(笑)
「月からでも来たかぐや姫じゃないか?」
「地上の女じゃないぜ、あれは…」
私は「ミステリアス・ムーンライト」と呼ばれておりまして、私についての上のような会話を読んだことがあります。(笑)
尤も、若くは無いのは確実なので、かぐや姫とは言われていませんでしたが。
町田さんは文章のプロなのですね。
そんな方に「私のレビュー」をご紹介したなんて!
こうなったらと言ってはナンですが。
本日、3月16日は大木トオルさんが我が娘と慈しんだ名犬チロリの命日なのです。
この命日に際してチロリに関するレビューを書きなおしました。
ご覧いただければ幸いです。
「名犬チロリ」
http://www.amazon.co.jp/gp/product//483871453X/ref=cm_rv_thx_view
CD『EYE CONTACT』
http://www.amazon.co.jp/gp/product//B000HBJQQQ/ref=cm_rv_thx_view
こんなふうな
奇しくも、このブログのタイトルが「ムーンライト」になってしまい、お騒がせしました!
昨日(16日)は、大木トオルさんの愛したチロリの一周忌だったわけですね。
ムーンライトさんのアマゾンのレビューも拝読しました。いつもながら、大木さんに対する深い理解と温かい愛が感じられる素敵なレビューだと思いました。大木さん自身が読まれたら、おそらく「自分はチロリと出会って幸せだったんだ」と再確認されるように思います。
自分にも亡くした犬がいるので、大木さんの辛さも分かるような気もします。犬の寿命は人間よりもはるかに短いので、よけい“はかなさ”が感じられますが、その分、「短い間だったけど、一生懸命付き合ったよな」というような、しみじみした温かさも感じられるような気もします。
チロリに、合掌