2008年03月03日
塔は淋しい
子供の頃、塔を見上げると、その上で、仮面をつけた紳士がじっと下を見下ろしているように思えた。

当然、その紳士は、江戸川乱歩の小説に出てくる 「怪人20面相」 のような悪人で、この世に災いをもたらす者である。
しかし、その紳士はいかにも淋しげに、夕焼け空を背負ったまま、下に広がる街を見下ろしている。
中途半端な高さでいることの淋しさが、塔と、その塔の上にたたずむ紳士のまわりに漂っている。
…自分の魂は、地上を這いまわる者たちのような、卑小な生活から抜け出した。
だけど、これ以上、天に近づくこともできない。
「塔というのは、天国と地獄の間に位置するといわれる “煉獄” のことなのだろうか?」
そんな紳士のつぶやきが聞こえてきそうな気がした。

ドラゴンクエストが、まだ任天堂のファミコンだった時代。
「復活の呪文」 などをノートに書き写しておかないと、次のゲームが再開できない、面倒くさい時代のドラクエだったころ、ダンジョンの塔は淋しかった。

数々の試練をくぐりぬけて塔の最上階まで来ると、そこには何もなかった。
塔の屋上にくるまでに、すでにモンスターはみな退治したので、襲ってくるものもいない。
しかし、ゲームを進めるために必要なアイテムもない。
一人の兵士が、塔の上で見張りをしているだけだった。
話しかけると、兵士はくるりと振り返り、
「ここで魔物が来ないかどうか、見張っているんですよ」
そう答えて、また前の方を振り向く。
もう一度話し掛けると、兵士は同じ動作を繰り返し、また同じことをいう。

塔の彼方から見えるのは灰色の大地。
当時のゲームは、今のゲームよりもメモリー容量が少なかったから、画面が簡素だ。
それが逆に、人気の絶えた荒野の乾いた匂いを伝えてきた。
昔のドラクエの塔には、虚空をたなびく風の音がいつも鳴っていた。

レイ・ブラッドベリの小説に 『霧笛』 という短編がある。
灯台守をしている老人のところに、ときどき少年が遊びに来る。
孤独な影を引きずった2人は、どこか気が合う。
嵐の夜、老人は少年に奇妙な話をする。
「こんな晩は、決まってあいつが姿を現すんだ」
あいつ。
船も、荒波を避けて港に避難し、陸に住む人々も家の中に閉じこもってしまう嵐の夜。
航海する船に警告を与えるために灯台が定期的に鳴らすサイレンに、ただひとり応えるヤツがいる。
海底の底で何万年もひっそりと耐えながら、仲間を探し、探し疲れて、それでも最後の望みを捨てきれず、嵐の夜に浮上してくる、あいつ。
老人と少年が、闇夜の海に目を凝らしていると、やがて波を大きく割って、海の上にもうひとつの 「灯台」 が浮かびあがる。
少年が息を飲む。
老人が、「あいつ」 に向かって、灯台のサイレンを鳴らす。
それに応えるかのように、海の上に長い首を突き出した一匹の獣が、力を振り絞って鳴き声をあげる。
しかし、水上に浮上するまでに力を使い果たした悲しい獣は、自分の仲間が、まだこの世に残っていたことだけを確認して、近づくことをあきらめ、海の底に戻っていく。
海底に戻っていく恐竜も淋しいが、残された灯台も淋しい。
塔は淋しい。

「1日25ドルなのね」 と、彼女はいった。
「哀れな淋しいドルさ」
「とても淋しい?」
「灯台のように淋しい」
(フィリップ・マーロウとメイヴィスの会話)
レイモンド・チャンドラー 『かわいい女』 より
当然、その紳士は、江戸川乱歩の小説に出てくる 「怪人20面相」 のような悪人で、この世に災いをもたらす者である。
しかし、その紳士はいかにも淋しげに、夕焼け空を背負ったまま、下に広がる街を見下ろしている。
中途半端な高さでいることの淋しさが、塔と、その塔の上にたたずむ紳士のまわりに漂っている。
…自分の魂は、地上を這いまわる者たちのような、卑小な生活から抜け出した。
だけど、これ以上、天に近づくこともできない。
「塔というのは、天国と地獄の間に位置するといわれる “煉獄” のことなのだろうか?」
そんな紳士のつぶやきが聞こえてきそうな気がした。
ドラゴンクエストが、まだ任天堂のファミコンだった時代。
「復活の呪文」 などをノートに書き写しておかないと、次のゲームが再開できない、面倒くさい時代のドラクエだったころ、ダンジョンの塔は淋しかった。

数々の試練をくぐりぬけて塔の最上階まで来ると、そこには何もなかった。
塔の屋上にくるまでに、すでにモンスターはみな退治したので、襲ってくるものもいない。
しかし、ゲームを進めるために必要なアイテムもない。
一人の兵士が、塔の上で見張りをしているだけだった。
話しかけると、兵士はくるりと振り返り、
「ここで魔物が来ないかどうか、見張っているんですよ」
そう答えて、また前の方を振り向く。
もう一度話し掛けると、兵士は同じ動作を繰り返し、また同じことをいう。
塔の彼方から見えるのは灰色の大地。
当時のゲームは、今のゲームよりもメモリー容量が少なかったから、画面が簡素だ。
それが逆に、人気の絶えた荒野の乾いた匂いを伝えてきた。
昔のドラクエの塔には、虚空をたなびく風の音がいつも鳴っていた。
レイ・ブラッドベリの小説に 『霧笛』 という短編がある。
灯台守をしている老人のところに、ときどき少年が遊びに来る。
孤独な影を引きずった2人は、どこか気が合う。
嵐の夜、老人は少年に奇妙な話をする。
「こんな晩は、決まってあいつが姿を現すんだ」
あいつ。
船も、荒波を避けて港に避難し、陸に住む人々も家の中に閉じこもってしまう嵐の夜。
航海する船に警告を与えるために灯台が定期的に鳴らすサイレンに、ただひとり応えるヤツがいる。
海底の底で何万年もひっそりと耐えながら、仲間を探し、探し疲れて、それでも最後の望みを捨てきれず、嵐の夜に浮上してくる、あいつ。
老人と少年が、闇夜の海に目を凝らしていると、やがて波を大きく割って、海の上にもうひとつの 「灯台」 が浮かびあがる。
少年が息を飲む。
老人が、「あいつ」 に向かって、灯台のサイレンを鳴らす。
それに応えるかのように、海の上に長い首を突き出した一匹の獣が、力を振り絞って鳴き声をあげる。
しかし、水上に浮上するまでに力を使い果たした悲しい獣は、自分の仲間が、まだこの世に残っていたことだけを確認して、近づくことをあきらめ、海の底に戻っていく。
海底に戻っていく恐竜も淋しいが、残された灯台も淋しい。
塔は淋しい。
「1日25ドルなのね」 と、彼女はいった。
「哀れな淋しいドルさ」
「とても淋しい?」
「灯台のように淋しい」
(フィリップ・マーロウとメイヴィスの会話)
レイモンド・チャンドラー 『かわいい女』 より
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