2008年01月31日
人に言えない秘密
誰でも、「人に言えない秘密」 というものを持っている。
自分に関する秘密かもしれないし、たまたま知ってしまった他人の秘密かもしれない。
でも、「人に言えない秘密」 を持っている人間は豊かだ。

知り合いの一人が 「人に言えない秘密」 を持っていたことを知ったのは、つい最近のことだ。
ある有名人と関わる話である。
世間的に明るみに出れば、超ゴシップか超スキャンダルになるような話だ。
そのことを私は、最近別の情報経路から知った。
「なんだよ、水臭い。オレは口が固いんだから、オレにだけは教えてくれても良かったじゃないか」
…と、本人を前にして、そう思わないでもない。
でも、そいつはもうずっと長い間、そんな秘密があることを一言もしゃべらないばかりか、その話題に触れるような会話の流れさえつくらなかった。
それでいて、いつもニコニコと、まったく変わることのない雰囲気で楽しい会話の時間を提供してくれた。
だから、私も次にそいつと会ったとき、自分からその件を聞き出そうとは思わない。
「秘密」 というものは、たいがい重いものだ。
たとえ、他人から聞かされた話であっても、それが 「秘密」 であるかぎり、その重さが本人を押しつぶす。
特に、他人のゴシップに属するような 「秘密」 の場合。
しゃべることも愉快だが、聞く方も愉快だろうという思い込みが、抱えた秘密をますます大きく重いものにしていく。
だから、しゃべってみたくなる。
しゃべることで、その重みを人にも預け、自分が少しでも身軽になろうとする。
「ここだけの話だぜ」
…なんて条件付きで、手に入れた秘密の話を、身内の人間にしゃべってしまう人は多いが、その瞬間、秘密は檻 (おり) から飛び出す野鳥のように、虚空に放たれる。
「ここだけ」 と限定することで、逆にその 「秘密」 は稀少価値性を高め、情報密度の濃そうな衣裳を身にまとうからだ。
だから、自分の握った情報を広めたい場合は、たとえ何でもない話であっても、
「ここだけの話」
という前置きをするのが、一番効果的かもしれない。

それほど、「秘する話」 というのは、それ自体が拡散しようとするパワーを持つ。
だから、その拡散力を押し殺して、自分の世界に閉じこめる力を持つ人間は、それだけで魅力的だ。そういう人には、秘密を守ろうとする意志の力が、オーラとなって外に出ているに違いない。
閉じこめられた 「秘密」 は、その人間の心のなかでズブズブと発酵し、様々な毒素を醸成していくかもしれない。
しかし、それはまた、心の土壌を肥沃なものにするための養分も生む。
その養分が、人間を磨く。
とっておきの話をペラペラ口外してしまう人間は、恵みの雨を放水路に流してしまうために、養分を育てることができない。
たとえ言葉が少なくとも、言外に底知れぬ深みを湛えた人間に会ったときは、その人間が途方もない秘密を押し殺していると想像しても、たぶん間違いないかもしれない。
自分に関する秘密かもしれないし、たまたま知ってしまった他人の秘密かもしれない。
でも、「人に言えない秘密」 を持っている人間は豊かだ。
知り合いの一人が 「人に言えない秘密」 を持っていたことを知ったのは、つい最近のことだ。
ある有名人と関わる話である。
世間的に明るみに出れば、超ゴシップか超スキャンダルになるような話だ。
そのことを私は、最近別の情報経路から知った。
「なんだよ、水臭い。オレは口が固いんだから、オレにだけは教えてくれても良かったじゃないか」
…と、本人を前にして、そう思わないでもない。
でも、そいつはもうずっと長い間、そんな秘密があることを一言もしゃべらないばかりか、その話題に触れるような会話の流れさえつくらなかった。
それでいて、いつもニコニコと、まったく変わることのない雰囲気で楽しい会話の時間を提供してくれた。
だから、私も次にそいつと会ったとき、自分からその件を聞き出そうとは思わない。
「秘密」 というものは、たいがい重いものだ。
たとえ、他人から聞かされた話であっても、それが 「秘密」 であるかぎり、その重さが本人を押しつぶす。
特に、他人のゴシップに属するような 「秘密」 の場合。
しゃべることも愉快だが、聞く方も愉快だろうという思い込みが、抱えた秘密をますます大きく重いものにしていく。
だから、しゃべってみたくなる。
しゃべることで、その重みを人にも預け、自分が少しでも身軽になろうとする。
「ここだけの話だぜ」
…なんて条件付きで、手に入れた秘密の話を、身内の人間にしゃべってしまう人は多いが、その瞬間、秘密は檻 (おり) から飛び出す野鳥のように、虚空に放たれる。
「ここだけ」 と限定することで、逆にその 「秘密」 は稀少価値性を高め、情報密度の濃そうな衣裳を身にまとうからだ。
だから、自分の握った情報を広めたい場合は、たとえ何でもない話であっても、
「ここだけの話」
という前置きをするのが、一番効果的かもしれない。
それほど、「秘する話」 というのは、それ自体が拡散しようとするパワーを持つ。
だから、その拡散力を押し殺して、自分の世界に閉じこめる力を持つ人間は、それだけで魅力的だ。そういう人には、秘密を守ろうとする意志の力が、オーラとなって外に出ているに違いない。
閉じこめられた 「秘密」 は、その人間の心のなかでズブズブと発酵し、様々な毒素を醸成していくかもしれない。
しかし、それはまた、心の土壌を肥沃なものにするための養分も生む。
その養分が、人間を磨く。
とっておきの話をペラペラ口外してしまう人間は、恵みの雨を放水路に流してしまうために、養分を育てることができない。
たとえ言葉が少なくとも、言外に底知れぬ深みを湛えた人間に会ったときは、その人間が途方もない秘密を押し殺していると想像しても、たぶん間違いないかもしれない。

しかし、墓場までもってゆく秘密は私の中で熟成され、詩となり文章になりコピーとなって放たれてゆくこともある。
重いものは、こうして役立てるしかないのかもしれません。
人に言えない秘密って、私個人の場合は、「胡散臭い(うさんくさい)」という漢字を「ゴマくさい」と読んでいたとか、「生姜焼き」を「ナマしょうがやき」と読んでいたなど、物を書いている人間としては恥ずかしくて言えないような秘密なので、カミングアウトのしようもないほどアホらしくて、当然バラせません。
「秘密を守っている人間にはオーラがある」なんて自分では書きながら、いざとなると自分は「ねぇねぇ! ここだけの話だけど!」ってペラペラしゃべっちゃうタイプです。
…テヘヘなんですけど。