2007年01月19日
退屈が怖いマリー
ソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』が、明日からロードショーとなる。
どんな映画になるのかな。
主演がキルスティン・ダンスト。
ちょっと、自分の描いていたイメージと違う。
でも、歴史映画好きの自分としては、この映画も外せない。
もっとも、超多忙を極める今の生活では、劇場公開中に見る時間はつくれない。
たぶん、これも夏ごろに、DVDを借りたりすることになるのだろう。

フランス革命で命を散らした、悲劇の王女として、マリー・アントワネットの名前を知らない人は、まずいないと思う。
「民衆はパンが食べられなくて、みな困っています」
と侍従からの報告を受けたとき、
「それなら、ケーキを食べればいいのに」
と言ったとか(言わないとか…)で、贅沢ざんまいに明け暮れた、無知な王女という烙印を押されてしまったアントワネット。
アホな貴族の典型として、冷笑されることが多い人なのだけれど、私としては、革命を起こした庶民たちよりも、むしろ贅沢ざんまいに明け暮れた「アホな貴族たち」の文化の方に興味がある。
この物語の舞台となるベルサイユ宮殿。
ルイ14世の時代、世界の富が集まった場所だ。
そのベルサイユ宮殿で、ルイ14世の治世が終わったあたりから生まれてきた文化を「ロココ」といった。
ロココ文化とは優美、洒脱、繊細というエレガントな部分と、退廃、倦怠というアンニュイな部分が交じり合った独特の文化で、絵画にせよ、工芸品にせよ、美しいが砂上の楼閣のような、危うさを秘めていた。
「もうこの先がない、どんづまりの場所」
そういうはかなさが漂うのだ。

そのはかない美しさこそ、フランス革命の動乱を前にした貴族文化の最後の残照だったともいえる。
革命の足音が近づいてきても、それを感知する感受性そのものが欠けている若いアントワネットはいう。
「私は、退屈することが一番恐ろしい」
すべてが過不足なく満たされた人間にとって、「退屈」こそが最大の恐怖なのだ。
18世紀の宮廷社会を生きた貴族たちは、退屈に直面しないためには、朝から晩まで、舞踏会で踊り続けるしかなかった。
しかし、そこには華やかさはあっても、ときめきも高揚もない。
華麗な意匠の裏側には、それを支える何の精神もない。
優美で、洗練されたロココ文化が、同時に退廃と倦怠を秘めているのは、その裏側で、「退屈」という虚無が口を開けていたからだろう。
革命の波に飲み込まれる直前まで、優雅な舞踏をやめなかったフランス貴族社会は、まさに氷山に突き進む豪華客船タイタニック号のようなものだったのかもしれない。
ロココ文化は、その貴族社会の消滅とともに、革命という嵐によって一瞬のうちに吹き飛ばされる。
巨木が切り倒されるようにではなく、シャボン玉の泡のように消える。
その軽さが悲しい。
マリー・アントワネットは、後世に何の業績も残さなかった平凡な王女だったが、ロココの精神を100%体現した人だったがゆえに、その名を永遠に歴史にとどめることになった。
そういう純度100%のアホさは、ある意味で、得がたい「気高さ」に通じる。
どんな映画になるのかな。
主演がキルスティン・ダンスト。
ちょっと、自分の描いていたイメージと違う。
でも、歴史映画好きの自分としては、この映画も外せない。
もっとも、超多忙を極める今の生活では、劇場公開中に見る時間はつくれない。
たぶん、これも夏ごろに、DVDを借りたりすることになるのだろう。
フランス革命で命を散らした、悲劇の王女として、マリー・アントワネットの名前を知らない人は、まずいないと思う。
「民衆はパンが食べられなくて、みな困っています」
と侍従からの報告を受けたとき、
「それなら、ケーキを食べればいいのに」
と言ったとか(言わないとか…)で、贅沢ざんまいに明け暮れた、無知な王女という烙印を押されてしまったアントワネット。
アホな貴族の典型として、冷笑されることが多い人なのだけれど、私としては、革命を起こした庶民たちよりも、むしろ贅沢ざんまいに明け暮れた「アホな貴族たち」の文化の方に興味がある。
この物語の舞台となるベルサイユ宮殿。
ルイ14世の時代、世界の富が集まった場所だ。
そのベルサイユ宮殿で、ルイ14世の治世が終わったあたりから生まれてきた文化を「ロココ」といった。
ロココ文化とは優美、洒脱、繊細というエレガントな部分と、退廃、倦怠というアンニュイな部分が交じり合った独特の文化で、絵画にせよ、工芸品にせよ、美しいが砂上の楼閣のような、危うさを秘めていた。
「もうこの先がない、どんづまりの場所」
そういうはかなさが漂うのだ。
そのはかない美しさこそ、フランス革命の動乱を前にした貴族文化の最後の残照だったともいえる。
革命の足音が近づいてきても、それを感知する感受性そのものが欠けている若いアントワネットはいう。
「私は、退屈することが一番恐ろしい」
すべてが過不足なく満たされた人間にとって、「退屈」こそが最大の恐怖なのだ。
18世紀の宮廷社会を生きた貴族たちは、退屈に直面しないためには、朝から晩まで、舞踏会で踊り続けるしかなかった。
しかし、そこには華やかさはあっても、ときめきも高揚もない。
華麗な意匠の裏側には、それを支える何の精神もない。
優美で、洗練されたロココ文化が、同時に退廃と倦怠を秘めているのは、その裏側で、「退屈」という虚無が口を開けていたからだろう。
革命の波に飲み込まれる直前まで、優雅な舞踏をやめなかったフランス貴族社会は、まさに氷山に突き進む豪華客船タイタニック号のようなものだったのかもしれない。
ロココ文化は、その貴族社会の消滅とともに、革命という嵐によって一瞬のうちに吹き飛ばされる。
巨木が切り倒されるようにではなく、シャボン玉の泡のように消える。
その軽さが悲しい。
マリー・アントワネットは、後世に何の業績も残さなかった平凡な王女だったが、ロココの精神を100%体現した人だったがゆえに、その名を永遠に歴史にとどめることになった。
そういう純度100%のアホさは、ある意味で、得がたい「気高さ」に通じる。

良性でしたので、一安心しております。コメントありがとうございましたっっ(^^)
私の中のマリー・アントワネットは、全く無知な少女がまだ子供で嫁ぎ、何も知らぬまま私利私欲しか考えない回りに振り回され、自分の好きな事しか興味の無い無口な旦那に愛想をつかし、楽しいギャンブルにはまり、きれいに着飾っていた可愛そうなくらい純粋な女に思えます。
それはそれは当時ゴシップとしてはかっこうの餌食だったことでしょう。。。
しかし、今残っている噂のほとんどがデマだったと言われていますね。
一昨年パリの安宿に10日間宿を構え主人と歩き回った時、ギロチンの前に入れられていたコンシェルジェリーで彼女のその時の姿の蝋人形と共にの最後の行動や、侍女に対する優し態度が記載されていました。
コンシェルジェリー連れてこられる前に過ごした質素な幸せな家族水入らずの日々。
家族とチェスをしたり子供に勉強をみてあげたりする優しい母の顔を垣間見た気がしました。
ギロチンを待つこのコンシェルジェリーに3000人近い死刑囚がいました。その多くは一般の民衆、貴族、学者、文学者だったそうです。
パリに行かれた際は、ベルサイユ宮殿もいいですが、革命という名のもと、尊い命が奪われたこの場所へ足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
あと、パリの華やかな都市の下に眠るカタコンブもお勧めです。どちらも入り口がわかりにくいのが難点ですが・・・。
最後の言葉は、ギロチンの兵士足をふんで「ごめんあそばせ」と言ったそうです。
ちなみに私の中でのマリー・アントワネットのイメージは二コール・キッドマンです(^^)
何かの本で読んだことがあったのですが、革命によって囚われ人になってからのアントワネットは、みるみる変わっていったそうですね。
それまでは、本当に無邪気な少女のまま成人したような彼女が、死を意識するようになってから、妻として、母としていかにあるべきかというテーマに目覚め、初めて王女としての尊厳も身に付けていったという話を聞いたことがあります。
まさに、ジャバママさんのご指摘されたとおりのようです。
ギロチンの綱を握る兵士の足を踏んで、
「ごめんあそばせ」と言ったとしたら、そのとき初めて彼女は本物の王女としての凄みを見せたのかもしれませんね。
で、二コール・キッドマン。それ、私も賛成です!
彼女なら、少女のような無邪気さと、女王としての威厳の両方が、うまく出せそうな感じです。
最後に、検査の結果が心配のないものであったことが、何よりでしたね。