2010年01月10日
晴れた休日の空
「欠けている」
という事実は、 「満たされている」 時にはよく分からない。
実に当たり前のことだけど、その当たり前のことに、人間はなかなか気づかない。
親とか、健康とか、お金とか。
みな、それが失われたときに 「ありがたみが分かる」 などと言われる。
今日みたいに…つぅーか、もう昨日か。
休みの日に、目が醒めてから、 「家に誰もいない」 って事実に気づくと、ポカっと心に穴みたいなものが空いているのを発見する。
目覚し時計に起こされて、あくせくと通勤の準備に追われるような日はいいんだけどね。
時計の音を聞かず、自然に目が醒めて、普段なら 「なんて幸せな朝…」 と思える日の方が、かえってカミさんがここにいない…という空虚感がドッと襲う。
入院しちゃって、そろそろ1ヶ月を超えるのかな。
車椅子生活の義母と同居していたけれど、仕事が忙しくて、帰りがいつも深夜になるから…っていうことで、しばらく介護施設に入所してもらうことにした。
でも、今から思うと、義母のためにせっせと夕食の支度なんかしたり、欠けた生活品などを買いに、夜中に自転車こいでコンビニに行ったりしていたときの方が、忙しくて、気がまぎれた。
その頃は、 「ええい、この忙しいときに!」 と、内心思わないわけでもなかったけれど、人間わがままだよね。
昼間、少し溜まった新聞持って、洗濯の終わった着替えを持って、カミさんのいる病院に向かった。
いつもの部屋にいない。
個室に変ったのだ。
部屋の外から、そぉっと中を覗くと、ビニールハウスみたいなところに入っている。
本格的な治療が始まったのだ。
治療が始まると、無菌状態にして隔離される、という話を聞いていたけれど、それなんだろうな、と思った。
「再生不良性貧血」 というのは、赤血球、白血球、血小板がみんな適正値から下がってしまう病気らしいけれど、治療の過程で、一時白血球がドカンと下がることがあるのだという。
つまり、雑菌、ウィルスみたいなものに対する抵抗力が、極端に落ちている状態なのだ。
こっちなんか、存在そのものが “ばい菌” みたいなものだから、近づいただけで、相手がシューっと空気の抜けたゴム人形みたいなものになってしまうのではないかと心配してしまう。
部屋の前に用意されたマスクをかけて、手をアルコールで消毒して、おそるおそるドアを開けた。
まぁ、思ったより元気な顔で、安心。
ただ、相変わらずモノが食えないらしい。
ちょうど昼飯時で、おかゆなんかが出てきていたけれど、その半分も胃に入らないという。
でも、見た感じが、そんなにやつれていないので、ホッとする。
「ちっともダイエットが進んでねぇじゃねぇか」
とか、いつものようにバカいって、笑わせて、洗濯物を交換して、部屋を出てきたけれど、病院の外には抜けるような青空が広がっていることが、うらめしい。
昔だったら、こんな3連休、 「温泉でもいくか…」 なんて、そそくさとバスタオルと着替えだけキャンピングカーに放り込んで、遊びに行ってたというのに。

お次は、義母のいる介護施設に。
途中のスーパーで、リクエストされていたヘアオイルを買う。
病院も、施設も、自転車で行ける距離なので、助かる。
広々とした談話室で、他の老人たちがテレビを見ている大テーブルの片隅に座り、折り紙で鶴を折っていた。
色とりどりの鶴が、その一ヶ所だけ、花畑のようなにぎわいを見せていた。
「煩悩を取り払うには、鶴を折るのが一番」
と、義母はいう。
心を込めて折ると、頭と尻尾のところが、ピンと張り詰めたように真っ直ぐになるのだとか。
建物のいちばん上にある陽の当たる談話室までエレベーターで上がり、並んで座って、紫色のシルエットになっている富士山を見た。
「ここの食べ物は、本当においしい。しっかりした調理人がこしらえているらしく、味付けもいい」
と、缶ジュースを飲みながら、義母がいう。
「それはよかったですね」
と胸をなでおろす。
そして、もう何度聞いたか分からない、少女時代に食べて感激したというシュークリームの話を聞く。
で、 「ここが笑いどころだな」 と思えるところで、いつものように笑ってあげる。
それでも、その話が新鮮に思えた。
なんだか、離れてしまった方が、心が通い合うような気がする。
本当に寂しいな…と思ったのは、正月休みに “応援部隊” として帰ってきた息子が、休みが明けて、家を出て行ったとき。
やつも自活するようになって、ここのところ滅多に顔を見せなかったけれど、 「ちょっと家がピンチ」 というと、しっかり戻ってきてくれる。
相変わらず、口は悪い。
特に、カミさんを辛らつにからかう。
ま、オレゆずりなんだけどね。
でも、黙って、家を掃除して、溜まった食器の洗い物をして、洗濯をしてくれた。
正直、ありがたいな…と思った。
やつの帰りぎわ、昔だったら、したこともなかったけれど、わざわざ玄関を出て、街路灯に照らされてシルエットになった息子の後ろ姿を、通りまで出て、そっと眺めた。
声はかけなかったけれど、夜道を駅方向に向かって歩くその背中を見て、たくましくなったな…と思う反面、まだ子供だった頃の、小さな背中を思い出した。
困ったことがひとつ。
息子になついた犬が、やたら寂しくなったらしく、息子の姿を求めて、ドアの内側から遠吼えすること。
夜、抱いて寝てやっているんだけど、オレじゃダメみたい。
という事実は、 「満たされている」 時にはよく分からない。
実に当たり前のことだけど、その当たり前のことに、人間はなかなか気づかない。
親とか、健康とか、お金とか。
みな、それが失われたときに 「ありがたみが分かる」 などと言われる。
今日みたいに…つぅーか、もう昨日か。
休みの日に、目が醒めてから、 「家に誰もいない」 って事実に気づくと、ポカっと心に穴みたいなものが空いているのを発見する。
目覚し時計に起こされて、あくせくと通勤の準備に追われるような日はいいんだけどね。
時計の音を聞かず、自然に目が醒めて、普段なら 「なんて幸せな朝…」 と思える日の方が、かえってカミさんがここにいない…という空虚感がドッと襲う。
入院しちゃって、そろそろ1ヶ月を超えるのかな。
車椅子生活の義母と同居していたけれど、仕事が忙しくて、帰りがいつも深夜になるから…っていうことで、しばらく介護施設に入所してもらうことにした。
でも、今から思うと、義母のためにせっせと夕食の支度なんかしたり、欠けた生活品などを買いに、夜中に自転車こいでコンビニに行ったりしていたときの方が、忙しくて、気がまぎれた。
その頃は、 「ええい、この忙しいときに!」 と、内心思わないわけでもなかったけれど、人間わがままだよね。
昼間、少し溜まった新聞持って、洗濯の終わった着替えを持って、カミさんのいる病院に向かった。
いつもの部屋にいない。
個室に変ったのだ。
部屋の外から、そぉっと中を覗くと、ビニールハウスみたいなところに入っている。
本格的な治療が始まったのだ。
治療が始まると、無菌状態にして隔離される、という話を聞いていたけれど、それなんだろうな、と思った。
「再生不良性貧血」 というのは、赤血球、白血球、血小板がみんな適正値から下がってしまう病気らしいけれど、治療の過程で、一時白血球がドカンと下がることがあるのだという。
つまり、雑菌、ウィルスみたいなものに対する抵抗力が、極端に落ちている状態なのだ。
こっちなんか、存在そのものが “ばい菌” みたいなものだから、近づいただけで、相手がシューっと空気の抜けたゴム人形みたいなものになってしまうのではないかと心配してしまう。
部屋の前に用意されたマスクをかけて、手をアルコールで消毒して、おそるおそるドアを開けた。
まぁ、思ったより元気な顔で、安心。
ただ、相変わらずモノが食えないらしい。
ちょうど昼飯時で、おかゆなんかが出てきていたけれど、その半分も胃に入らないという。
でも、見た感じが、そんなにやつれていないので、ホッとする。
「ちっともダイエットが進んでねぇじゃねぇか」
とか、いつものようにバカいって、笑わせて、洗濯物を交換して、部屋を出てきたけれど、病院の外には抜けるような青空が広がっていることが、うらめしい。
昔だったら、こんな3連休、 「温泉でもいくか…」 なんて、そそくさとバスタオルと着替えだけキャンピングカーに放り込んで、遊びに行ってたというのに。
お次は、義母のいる介護施設に。
途中のスーパーで、リクエストされていたヘアオイルを買う。
病院も、施設も、自転車で行ける距離なので、助かる。
広々とした談話室で、他の老人たちがテレビを見ている大テーブルの片隅に座り、折り紙で鶴を折っていた。
色とりどりの鶴が、その一ヶ所だけ、花畑のようなにぎわいを見せていた。
「煩悩を取り払うには、鶴を折るのが一番」
と、義母はいう。
心を込めて折ると、頭と尻尾のところが、ピンと張り詰めたように真っ直ぐになるのだとか。
建物のいちばん上にある陽の当たる談話室までエレベーターで上がり、並んで座って、紫色のシルエットになっている富士山を見た。
「ここの食べ物は、本当においしい。しっかりした調理人がこしらえているらしく、味付けもいい」
と、缶ジュースを飲みながら、義母がいう。
「それはよかったですね」
と胸をなでおろす。
そして、もう何度聞いたか分からない、少女時代に食べて感激したというシュークリームの話を聞く。
で、 「ここが笑いどころだな」 と思えるところで、いつものように笑ってあげる。
それでも、その話が新鮮に思えた。
なんだか、離れてしまった方が、心が通い合うような気がする。
本当に寂しいな…と思ったのは、正月休みに “応援部隊” として帰ってきた息子が、休みが明けて、家を出て行ったとき。
やつも自活するようになって、ここのところ滅多に顔を見せなかったけれど、 「ちょっと家がピンチ」 というと、しっかり戻ってきてくれる。
相変わらず、口は悪い。
特に、カミさんを辛らつにからかう。
ま、オレゆずりなんだけどね。
でも、黙って、家を掃除して、溜まった食器の洗い物をして、洗濯をしてくれた。
正直、ありがたいな…と思った。
やつの帰りぎわ、昔だったら、したこともなかったけれど、わざわざ玄関を出て、街路灯に照らされてシルエットになった息子の後ろ姿を、通りまで出て、そっと眺めた。
声はかけなかったけれど、夜道を駅方向に向かって歩くその背中を見て、たくましくなったな…と思う反面、まだ子供だった頃の、小さな背中を思い出した。
困ったことがひとつ。
息子になついた犬が、やたら寂しくなったらしく、息子の姿を求めて、ドアの内側から遠吼えすること。
夜、抱いて寝てやっているんだけど、オレじゃダメみたい。

本当にそうです。
頑張ってください。
今でも精一杯頑張っておられるのに、こんなことを申し上げてはいけないのでしょうけど。
遠くから応援しています。
今朝早く空を見上げたら、細い月がかかっていました。
何もできませんが、応援していますから・・・。
甥っ子は、自分の都合で実家兼事務所に来ては、悪戯のし放題、喚き散らしたり、暴れまくったりする物だから、父が車で外に連れ出す。今年で小学校2年になるというのに、やることなすこと、幼稚で。
その兄の嫁は、鬱を理由に殆ど育児放棄。仮にうつが治っても、旦那の実家の商売を手伝う事は全く考えてない。
年を追うごとに、余計な負担も大きくなり、先々のことを考えると見通しは暗すぎます。
でも、悩んでいてても先に進まないんだから、手のつけられるところから優先的に片づけていこうと、考えてます。
やっぱり人生には、作ることと、片づけること。必要だと思うので。他の人が作れないんだったら、自分が作るしかないし、他の人が片づけられないんだったら、自分が片づけるしかないわけで。
もう、その温かいお言葉をいただいただけで、それ以上の励ましはありません。
カミさんの1回目の集中治療も明日で一休み。
あとは、効果が表れるかどうか、経過を見守って、次の対策を打つのだそうです。
幸い元気なので、うまくいきそうに感じています。
かなり昔の記事なんですが、コメントありがとうございました。
匈奴の冒頓単于が、東胡を滅ぼすことを決意するときに、 「土地こそは国の元だ」 と言い切ったというのは有名な話ですね。
遊牧民も、基本的に “大地の恵み” から生計を立てるわけですから、やはり生活の基本は土地であったことには代わりないでしょうね。
そこの部分は、まさにtyさんのおっしゃるとおりだと思います。
ただ、やはり農耕民の土地概念というものとは大きく異なっているのではないでしょうか。
遊牧民の 「土地」 というのは、豊かな牧草地、水、そして交通路です。
それは連続的に連なっているものですから、彼らには、近代国家が考えたような 「国境」 という発想がなかったように思うのですが、いかがでしょう。
このようなコメントをいただくことはうれしいことです。
また、お立ち寄りください。
私は読んだことがない短編ですが、何故、今?
町田さんの心の中をのぞいたような感じです。
奥様に代わってあげられるものではないことが解りきっているだけに、家での独りぼっち、孤立感が伝わってきます。
入院した子供の母、父親ではない、妻の入院はどういうように堪えるのだろうかと思っていました。
夫が入院したら、妻は予定通り海外に遊びに行くし、何も変わらないのですが、男は寂しい。
そんなことを考えながら、詩を考えています。
心中お察しいただき、いたみ入ります。
ありがとうございました。
ただ、この記事は、今日仕上げたものではなく、実は数年前に下書きして、ファイルの底に沈んでいたものを引っ張り出し、多少ブログ用の体裁を整えたものなんです。
このような書き散らし原稿が、実はファイルの中にいっぱい溜まっていて、新規の記事を書いている余裕のないときは、その中の任意のものを取り出し、時代状況を多少考慮しながら、一部リライトしてアップしています。
ただ、いくつか溜まっていた書き散らし原稿の中から、『ローズガーデン』の感想文を引っ張り出したのは、南さんにお察しいただいたような心理的動機があったのかもしれません。
自分では気づきませんでしたが、言われてみると、そのような気もします。
南さんの「男は寂しい」のひと言に、万感の思いがこもっているように感じました。