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金融とキリスト教

金融恐慌とユダヤ・キリスト教

 島田裕巳 (しまだ・ひろみ) 氏が書いた 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』 (文春新書) は、グローバル化した現代の金融資本主義には、ユダヤ・キリスト教の世界観がそのまま反映されていると指摘した、実に刺激的な書である。

 抜け目なく利潤を追求する金融資本主義と、愛や倫理を説くキリスト教は、一見、相反するもののように思える。

 しかし、島田氏がいうには、そのような金融資本主義的な理念こそ、ユダヤ・キリスト教思想の反映なのだという。

 考えてみれば、現在の経済システムそのものともいえる資本主義が勃興したのは、イギリスやネーデルランド地帯といった北ヨーロッパの、それも信仰心の篤 (あつ) いプロテスタント信者の多い地域である。

 広い意味での 「商業」 ならば、ヨーロッパに限らず、イスラム諸国でも、中国でも、インドでも盛んだった。
 商業の歴史は、資本主義の歴史よりも古く、それこそ人類の歴史そのものといっていいほど古い。

 なのに、なぜ近世の北ヨーロッパだけに、資本主義は生まれたのか。

 考えてみると、これはなかなか興味深いテーマである。

神の見えざる手

 多くの経済史をひもとくと、資本主義の起源を、イギリスの産業革命による大規模な技術革新と、労働力の確保に求める説が多い。

 しかし、それだけではあるまい。
 やはり、資本主義をデザインしようとした人たちのモチベーションには、なんらかの 「世界観」 が反映されていたはずである。

 その資本主義のメンタリティーというものを考えるとき、本書はひとつの重要なヒントを提示しているように思える。

 まず、島田氏は、現在の経済学の根幹ともなったアダム・スミス (1723年生) を代表とする古典主義経済学そのものが、キリスト教的な教義をそのまま援用したものだという。

アダム・スミス

 古典派経済学では、「市場」 というものを、次のように捉える。

 すなわち、物が流通する 「市場」 には、自動調整機能というものが備わっており、各局面において不均衡が生じることはあっても、最終的には需要と供給の均衡がとれるものとなり、富の分布も公平に行きわたる。

 その自動的に均衡がとれるような働きを、一般的に 「神の見えざる手」 と称し、そこに、全知全能の 「神」 の力が 「市場」 に投影されているというキリスト教神学の影を見ることができる…と氏はいう。

神の見えざる手

 宇宙をコントロールできるのは、神だけである。
 需要と供給が不均衡にせめぎ合う 「市場」 も、正しく見ると神の正確な手さばきによって運営されている。

 そのように 「市場」 というものを見る視点において、すでにキリスト教は独自の商業観を獲得していた。

労働は “罰” だった

 資本主義を生み出した人々の心に、プロテスタント系キリスト教徒の倫理観を見出したのは、マックス・ヴェーバー (1864生) である。

マックス・ヴェーバー

 彼の基礎文献ともいえる有名な 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 においても、島田氏はユニークな分析を試みる。

 ヴェーバーが、資本の蓄積をプロテスタントの禁欲的な労働に求めたことはあまりにも有名だが、それはプロテスタントたちが、獲得した財産を消費に回すことを神から禁じられ、節約こそ美徳であると奨励されたからこそ可能になったという。

 「つかうことなく、貯まる一方の金」

 ヴェーバーは、そこに資本の原始的蓄積を認めた。

 このヴェーバーの着想に、 「人間は神から労働を “強制させられた” 」 という聖書の指摘が作用していることに島田氏は着目する。

 キリスト教とユダヤ教の共通の聖典である 「創世記」 に、有名なアダムとイブの話がある。
 2人は、 「エデンの園」 という神から与えられた楽園で、何一つ不自由のない暮らしを営んでいた。

アダムとイブ01

 ところがある日、イブは、蛇 (悪魔の使い) にそそのかされ、神から食べることを禁じられていた “智恵の実” を食べてしまう。
 それを知って怒った神は、アダムとイブを楽園から追放し、ついでに永遠の生命も取り上げ、 「死」 を運命づけるとともに、生きる糧を得るための 「労働」 を強制する。

アダムとイブ02

 つまり、キリスト教における 「労働」 は、人間が神から指図された “強制労働” なのである。

 「強制労働」 であるからには、神は常に監視しているはずだ。
 だから、一時もサボってはならない。
 神の許しを乞うためには、歯を食いしばっても、身体に血がにじんでも、 「労働」 を手放してはならない。

 ここにプロテスタント系キリスト教の独特の 「労働観」 がうかがえる。

 すなわち、「神の意志」 を知り得ない人間にとって、労働に励むことこそ、神の慈悲にすがる唯一の方法であるという考え方が、ここに表れている。

キリスト者としてのマルクス

 このようにして、資本主義を準備する原資の蓄積がなされていくわけだが、暴走し始めた資本主義は、アダム・スミスたちの古典派経済学者が夢見たような、予定調和に満ちた幸せな経済原則を実現しなかった。

 世界でいち早く資本主義システムを樹立したイギリスにおいては、富を蓄積する資本家と、貧困にあえぐ労働者の階級対立が生まれ、アダム・スミスの唱えたような富の分配が自動的に調整される理想的な市場とはかけ離れた経済現象が出現した。

 ユダヤ系ドイツ人であるカール・マルクス (1818年生) は、そのような資本主義の非人間性を指摘し、悲惨な社会を現出させる資本主義社会がいつまでも続くわけがないと主張して、共産主義社会の到来を予言する。

カール・マルクス

 マルクスは、驕 (おご) れる資本家たちの 「労働者からの搾取」 が極限まで進み、社会が成り立たなくなった時点において、資本主義は終焉すると予測した。
 そして、そのあとに到来する共産主義社会こそ、人類に最終的な幸福を約束する社会であると宣言した。

 このような発想に、島田氏は、キリスト教的な 「終末論」 の影を見る。

 「マルクス主義」 というと、宗教とはもっとも相反する思想だという先入観を持つ人は多いが、島田氏は、その鼻祖であるマルクスの中に潜むキリスト教的 「教養」 を見逃さなかった。

 キリスト教においては、人間は 「最後の審判」 という避けられない日が到来することを宿命づけられている。

 すなわち、アダムとイブ以来の 「原罪」 を背負う罪深い人間は、いつしか神の裁きを受け入れなければならず、天国に行くか地獄に堕ちるかを審判される 「最後の日」 を迎える。

最後の審判
▲ 最後の審判図

 このような 「終末論」 は、背徳に染まった人間たちを、神が洪水を使って滅ぼそうとする 「ノアの箱船」 の話に始まり、業火に焼かれる 「ソドムとゴモラの町」 の話に至るまで、聖書のあらゆるところに記述されている。

 島田氏は、このような 「終末論」 を常に教養として語り継いできた欧米人の社会では、危機的な事態を 「終末論的」 に解釈する心理的な回路が、しっかりと形成されているという。

 したがって、恐慌による資本主義の経済破綻というのも、キリスト教の 「終末論」 をなぞったものとされ、その神の罰を受け入れ、悔い改めることによって、新しい資本主義社会が再生されるというヴィジョンが、欧米人の資本主義的イメージの根幹を成しているというのだ。

 このように考えると、マルクスの唱える、 「ブルジョワ支配による資本主義の終焉」 と、その後に訪れる 「労働者主体の共産主義社会による再生」 も、そっくりキリスト教が説く 「腐敗した民の滅亡」 と 「選ばれた民の再生」 の話法をなぞったもののように見えてくる。

 マルクスの唱えた 「共産主義」 が、当時の資本家たちを怖がらせたのは、そこに提示された革命のヴィジョンが、資本家たちに、キリスト教徒にとっては身近な 「神の裁き」 を予感させたからかもしれない。

破壊された現代のバベルの塔

 民を常に監視し、その信仰心をチェックし、驕り高ぶる人間を見逃さずに処罰するというユダヤ・キリスト教の神の特徴は、現代のアメリカ社会においても貫かれている。

 2001年に起こった 「9・11世界同時多発テロ」 で、ニューヨークの貿易センタービルがハイジャックされた航空機の突入によって破壊されたとき、アメリカ人の中には 「バベルの塔」 の崩壊を感じた人が多かったという。

バベルの塔

 聖書に記述されるバベルの塔の説話は、ある時、人間たちが神のいる天まで至ろうとして、巨大な塔を建設する話だ。

 神は、それを 「思い上がった人間の不遜な行為」 と受け取る。
 そして、塔を建設する人々がコミュニケーションを取れないように、彼らが話す言葉をバラバラに分けてしまい、中途で挫折するように仕向けた。

 この話が、世界の言語が多様化した起源だとされるわけだが、ここにも、アダムとイブの話、ノアの箱船の話と共通した、 「人間の罪」 に敏感な神の視線を感じることができる。

 貿易センタービルというのは、アメリカの資本主義の隆盛を象徴する建物だった。
 その倒壊は、資本主義の恩恵に酔いしれて贅沢を極めた人類が迎える 「小さな終末」 でもあった。

 貿易センタービルの倒壊によって、 「バベルの塔」 を想起した人々が多かったということは、それだけアメリカ社会が、聖書のメンタリティに満たされた社会であることを物語っているといえよう。

9・11世界同時多発テロ貿易センター

抗議としての原理主義運動

 島田氏は、最近ひんぱんに使われるようになった 「原理主義」 という言葉にも注目する。
 もともとこれは、20世紀のはじめ、キリスト教のなかで、聖書に対して徹底して忠実であろうとする運動に対して用いられた言葉だった。

 しかし、聖書は古代に記されたものなので、そこには古代社会における生活が反映されている。
 そのため、現代の社会ではそのままでは適用できない部分が多い。

 ところが、原理主義者たちは、その点を無視し、あくまでも聖書の記述に忠実であろうとする。

 学校でダーウィンの 「進化論」 を教えることに反対し、現存するすべての生物は神のつくったままの姿でこの世に誕生したと主張する例などは、原理主義者の思想が端的に表れている部分かもしれない。

 このような原理主義の浸透に、島田氏は、現代のアメリカ社会で広がる経済格差の影響を見る。

 アメリカで、キリスト教原理主義を信奉する人たちには、必ずしも社会的、経済的に恵まれているとはいえない下層の白人 (プアホワイト) が多く含まれている。

 すなわち、キリスト教原理主義運動には、今のアメリカ資本主義社会が生み出した経済格差への 「抗議」 というメッセージが潜んでいると見ていいかもしれない。

 この 「原理主義」 思想は、イスラム世界にも飛び火し、1979年にイランでイスラム革命が勃発したとき、イスラム教信徒の中においても、聖典である 『コーラン』 の教えに忠実であろうとする動きを生んだ。
 そして、そこから 「イスラム原理主義」 という思潮が生み出されることになった。

 その思潮に染まった一部の人間たちが、過激なテロ活動を行って世界を震撼させることになるのだが、実はこれもまた、アメリカ流の資本主義文化がグローバル化したことに対するカウンター行動と解釈することができる。

オサマ・ヴィンラディン

 このように、キリスト教原理主義やイスラム教原理主義が台頭したことによって、 「原理主義」 という言葉が経済概念にも応用され、 「市場原理主義」 という言葉を定着させることになった。

 氏は、 「経済の市場原理主義と、宗教の原理主義の台頭は、同時代的な現象だ」 という。

世界の終末への恐怖と期待

 氏の指摘で重要なことは、このようなキリスト教的な資本主義観が、経済のグローバル化にしたがって、非キリスト教文明社会までをも巻き込む 「世界恐慌」 を生み出す素因になりかねないという見方を提示したことだ。

 たとえば、このたびの世界的金融危機の原因となったサブプライムローンの崩壊から、リーマンブラザースの経営破綻へと進んだ金融恐慌は、市場における 「神の見えざる手」 を信仰するユダヤ・キリスト教圏に生きる人々の願望が生み出したものだという。

神の見えざる手

 要するに、アメリカの金融思想というのは、
 「市場には自動調整機能というものが備わっており、放っておいても需要と供給のバランスが調整され、富の分布が公平に行きわたる」
 という古典派経済学に表現されたキリスト教的世界観が、現代社会に復活したものだというのだ。

 市場は、全知全能の神がコントロールしているのだから、人間が手を加えるのはむしろ 「改悪」 につながる、…ということなのだろう。

 そういうビジネス感覚を持つ欧米企業家のメンタリティーというものは、キリスト教文化の浸透度の薄い日本人には、理解できないだろうと、氏は語る。

 さらに、現在の資本主義原理が、そのような世界観に裏打ちされているかぎり、この現在の世界を覆っている経済的苦境から、どこの国も脱することは難しいという。

 なぜなら、彼らは、「市場を神のコントロールにゆだねる」 という発想のほかに、 「終末からの再生」 というヴィジョンにも抗しがたい執着を持っているからだ。

 彼らの終末への 「恐れ」 は、終末への 「期待」 でもある。
 アメリカのキリスト教徒の中には、自分だけはその終末の後に訪れる 「新世界」 の住民になれるという思い込みの中で生きている人が多いという。

 つまり、金融経済が、このような米国人のキリスト教的なメンタリティーに支えられている限り、その破綻と崩壊は再現なく繰り返されることになる。

神なき日本型資本主義

 氏は、現在のような経済危機の再発を阻止する二つの 「資本主義像」 に注目している。

 ひとつは、無制限な利益の追求や、過剰な投資を抑制する機能を盛り込んだイスラム金融である。
 そして、もうひとつは、神の実在を前提とせずに、 「神なき資本主義」 を育てあげた日本人の資本主義である。

 イスラム金融は、富者が貧者に施しを与える 「喜捨」 の精神をバックグランドに据え、基本的に 「利子の発生しない融資」 をシステム化したものだ。

 これは、従来の金融概念を根本から変える発想であり、行き詰まりを見せてきたキリスト教的な金融資本主義とは異なる新しい金融思想ともいえよう。

 ただ、一部の地域には定着してきたものの、全体的には試行錯誤の段階で、これがイスラム圏の金融システム全体を救済する力を持つものかどうか、にわかに判定しがたい。

 一方の日本型資本主義というのは、欧米の資本主義とは異なる路線を貫きながら、それを成功させた稀有の 「資本主義」 といっていいだろう。

 日本の会社組織は、江戸期以来の 「農村共同体」 をモデルに据え、構成員同士の助け合いを重んじながらも、同時に、一部の者に突出した権力や資金を集中させないような洗練されたシステムを築き上げてきた。

 一部のエリート層だけに巨額の報酬が集中し、しかも一般社員のリストラやレイオフをあっさりと断行するアメリカ型の会社組織と比べると、日本型の会社組織の方が、はるかに格差社会を是正する可能性を秘めたものであることは間違いない。

 しかし、 「失われた10年」 以降、派遣社員の採用でしのいできた日本の会社の足腰は相当弱っており、しかも国自体が、少子高齢化や人口減少という特殊な問題を抱えている現状では、日本型資本主義が健全な形で復活するかどうかは、未知数である。

 ただ島田氏が、イスラム金融と並べて、日本型資本主義の可能性に期待を寄せていることを知ることは、かすかながら 「希望の光」 に触れた気になる。

 島田氏のこの著述が、どれだけ世界経済の真相に迫っているのかどうか、専門家でない私には分かりようもないが、現在の金融主導型経済の本質を考えるとき、ひとつの重要な見方を提示していることは間違いないと思う。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:10 | コメント(8)| トラックバック(0)
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コメント
 何をおっしゃいますか。日本型は、ちゃんと神様がいる資本主義経済です。

 労働を贖罪とする宗教観と、労働を贖罪としない宗教観という、大きな違いがあるのですが。

 例えば、日本では、自然科学を古来から畏敬の念から信仰の対象としてきたわけだけど、それのどれもが、労働を行っているわけで。

 そこには、土着信仰の元となる、様々な物の怪、妖怪がいて、そのどれもが決められたスケジュールを元にして、働いているわけで。

 そして、日本画の特徴でもあるのが、労働を行う自然界の生物や神をモチーフにしているところも、凄く面白い話でもあるんです。

 しかし、その物の怪由来の神様が、働きすぎれば大変なことになる。成果主義を掲げて、例えば、太陽の神様も水の神様も、働きすぎて皆勤賞を取るなら大変な話で。

 そこで、土着信仰では、自然界で労働を行う物の怪を神としてあがめて、神の労働を感謝し、万の神様と相談して、各々働く、休むのスケジュールを決めてきたわけで。人間もその自然の神と話し合ったスケージュールを元にして、同じように労働し、恩恵を得る。

 そこから言って、日本では労働は贖罪ではないところに、大きな違いがあると思うわけだとおもいます。

 神様と民草の間では、お互いが同じ環境で、仕事をしているという面白い側面があるわけで。それが、本来日本経済が持っていた強さでもあり、絆でもあり、高度経済成長をもたらした原動力じゃないでしょうか。
投稿者 ミペット1号試作品 2010/01/09 12:38
この島田裕巳さんの説は、残念ながら何かおかしいですよ。アダムスミスからリーマンショックまでの経済の動きの理解に、ご自分の宗教観を投影しすぎている。

まず、国富論では一回だけ出てくるという「神の見えざる手」。アダムスミスは、市場の自動調整機能が「神の見えざる手」でなされている、と断言したわけではないでしょう。「たとえて言ってみれば、神のみえざる手、のようなものだ」のはずです。
後段で「だから資本主義者は神がコントロールすると信じているので、そもそも人為的機制を嫌うのだ」との非資本主義意見を展開するためのようですが。

ウエーバーの引用は明らかに変。「罰としての労働に励むことが、神の慈悲にすがる唯一の方法と考え、富の蓄積に励んだ」??? 
世界史の教科書にあるように、「自分が救われているかどうか(予定説)確信をえるため労働に励み、再投資に励み、それで成功すれば自分は救われていると安心するという心理機制が、資本主義の精神と適合的で、結果的に資本主義を米国では促進した」、とウエバーは主張しているだけです。
「労働はキリスト教では励まざるを得ない罰だ、そんな無茶な宗教にもとづく資本主義にはついていけないでしょう」風の結論に後段で持っていくための改ざん的引用にみえます。

キリスト者としてのマルクス。宗教教理はたいてい世の終末と審判を説く。世界が危機事態っぽく見えるたびに終末論的解釈をするのはよくあること。倒錯したオカルト集団は終末的事件をひきおこして自分たちの終末期待が正しかったことを確信?しようとすらする。
マルクスの労働者による最終ユートピアもキリスト教的終末論だ、との島田さんの解釈はユニークだが、通常は「だからマルクス主義は宗教だった」と結論づけるだけ。
しかし、島田さんは、「資本主義に励む者達は、自分達だけは終末後にも生き残ると信じている、だからこの資本主義は悔い改めない。ついていける?」という持論に持っていこうとするようですが。

現下の市場主義的資本主義は、米国の建国理念からくる「規制なし、自己責任」の行き過ぎの自己修正の最中というだけでは。イスラム金融の力を借りる余地がある??彼らもコーランの教えに反しない形で、いかに金利を取るか四苦八苦していますよ。

島田裕巳さんをWikipediaで見てみますと、宗教的終末論に関心の深い方のようですね。
投稿者 Yama 2010/01/09 18:52
 「神の見えざる手」ですか・・・。それはやっぱりあると思いますが。

 例えば、原油価格。

 原油は、ご承知の通り油田から組み上げられるけど、石炭を液化することによっても、作り出すことが出来る。

 しかし、1バーレル当たりの液化コストは、確か石炭も含めて70~80ドル前後だったと、思った。

 原油価格が高騰を続ければ、液化石炭事業に膨大な投資が行われて、液化コストも安くなる。当然、液化石炭事業も潤い、大げさな言い方をすれば油田開発事業よりも儲かると言うことになる。

 またそうなると、石炭自体の市場単価も高くなり、原油市場の間で液化石炭と石油、どちらが市場価値の高い液体燃料なのか。と、言う競争が起こる。

 そうなると、原油価格の高騰は、ある一定のラインを超えることが出来なくなる。そうすると、供給が拡大されたと同時に、石油価格は適正な価格に近づいてゆく。

 と、同時に無駄なコストのかかる液化石炭事業も、本来あるべき「代替燃料」としての立場を取り戻すわけで、さらに、過熱しすぎた液化石炭の投資ビジネスも冷静さを取り戻すわけで。

 それが、市場の自動調整機能が働き、神の見えざる手が人類に次の一手を用意した。という事じゃないでしょうか。
投稿者 ミペット1号試作品 2010/01/09 23:40
>ミペット1号試作品さん、ようこそ。
わざわざ二つもコメントをいただき、恐縮しております。

えっと、最初に頂いたコメント。
>「日本にもちゃんと神様がいる資本主義経済…」という話。
実はその通りで、それについては、この本を書かれた島田裕巳さんもしっかり触れておられます。

しかも、自然の中に生命が宿っている状態を尊重する 「土着信仰」 の中に神々を見出しているという部分をしっかりフォローされています。

ただその点は、むしろミペットさんの方が、うまく説明されている感じですね。

私のブログでは、そこまで触れるとテーマが拡散されてしまうような気がして、あえて触れませんでした。
だから、意味が通らなかったとしたら、まったく私の責任です。ミペットさんだけでなく、島田さんにも申し訳なかったかな…と思います。

大事なところは、ミペットさんが、>「日本では労働は贖罪ではない」 と指摘されている部分ですね。これは島田さんも一番強調されたかったところのようです。

2番目の 「神の見えざる手」 。
ご指摘のとおり、石油事業と石炭事業の関係など、まさにその通りですね。市場の自動調整のようなものが、うまく機能している例のように思います。

ただ、そのような市場の自動調整機能が、どのような “力” によってなされているかを考えた場合、それを神のコントロールとして見るのかどうか…というところでは、かなり 「人」 によって、あるいは、その人の所属する 「文化体系」 によって異なってくるのではないでしょうか。

その 「文化体系」 の違いのようなものが、この本ではテーマになっていたように思います。

二つのコメント、ともども鋭いところを突いておられて、こちらも大いに刺激を受けるとともに、勉強になりました。
ありがとうございます。
 
投稿者 町田 2010/01/10 02:06
>Yama さん、ようこそ。
相変わらずの鋭いご指摘、たじたじとしております。
(ちょっと長くなったようなので、2回に分けて投稿します)

まず、島田さんという学者は宗教研究家ですから、ある程度、ご自分の宗教観をもたれているのは致し方ないことだと思います。

宗教 「学」 といえども、それをひとつの研究対象として扱った場合、学者の立ち位置みたいなものを定めないとならないでしょうから、ある方向性を定めて推論していくのは間違っていないと思います。
ただ、引用者の問題…つまり私の問題ですけれど、それが捩れていたら大変なことですね。

今回、Yama さんのコメントをいただき、引用者としての私の責任というものを痛感しました。

まずアダム・スミスの 「神の見えざる手」 に関してですが、Yamaさんのご指摘のとおり、アダム・スミスがはっきりと市場の自動調整機能を 「神の見えざる手」 といってはいないことに、島田さん自身がかなりのページ数を割いて言及されているのです。
さらに、スミスは 「神」 という言葉さえ使っていない。 

それを 「神のコントロール」 として解釈するようになったのは、スミスの著書をいろいろなところから解析して、そう受け取った後世の研究家たちの自然なる合意として定着したようです。
そこのところを意図的にはしょりました。
これは引用者 (私) の責任ですね。

ヴェーバーの引用に関してもしかり。
島田さんがヴェーバーに関して言及されている部分は、むしろYamaさんが書かれている方が、原作者のニュアンスに近いと思います。

ただ、この著作の全体のテーマを通して島田さんが言わんとしていることを要約すると、以上のような書き方になるのではないかと私が勝手に思ったのです。読み方は間違っているかもしれません。
しかし、私はそう解釈して読んだので、これに関しては非があるとしたら、私の責任ということになるでしょう。
(ごめんなさい、後の続きは後段に…)
 
投稿者 町田 2010/01/10 02:24
Yama さん、続きです。

…で、「キリスト者としてのマルクス」 ということに関してなんですが、 「マルクス主義が宗教だった」 という通俗的な見解を島田さんが披露しているわけではなく、私もまたそうは思っておりませんし、そう書いたつもりもないのですが…。

ただ、ユダヤ教の家系に生まれ、プロテスタンティズムの浸透度の強いドイツに育ったマルクスが、濃密なユダヤ・キリスト教的な空気の中で呼吸していたのは事実ですし、逆にいえば、だからこそ彼は自分が哲学する過程で、それを意識的に対象化できたのだと思います。

しかし、その対象化するために格闘したユダヤ・キリスト教的な思考の枠組みは、そのまま維持されたということなのではないでしょうか。
でも、それは、マルクスの限界ではないように感じます。島田さんは、そこにかなりマルクスの限界を感じておられたようですが、私個人はちょっと違う感触を持っています。

「革命家」 としてのマルクス像というのは、もはやどこを探しても見当たらないでしょうけれど、初期資本主義を精緻に研究した人間としては、やはり卓越した人だったように思います。

イスラム金融が、ご指摘のように四苦八苦しているのは事実のようです。
ただ、用法・運営上の試行錯誤はいろいろあるでしょうが、基本理念としては、今の欧米主流の金融思想とは異なる形のものが生まれる可能性はあります。
そして、少なくともそれは、現在の金融思想を新たな角度から照射する契機を生むようにも感じています。

これについて触れることは、巷の議論でよく言われているような、「文明の対立」 とか 「宗教の対立」 という枠組みに収まらない何かがあるように感じているので、もし時間があれば、改めて書いてみたいと思っています。

いいコメントを頂いたと思います。
おかげさまで、いろいろなことが見えてきました。
ぜひ、またお越しください。
 
投稿者 町田 2010/01/10 02:35
 突然の割り込みで失礼します。コメント欄がなかなか盛り上がっているようなので、むずかしい話なのですが、なかなか刺激的です。
 私はミペット1号試作品さんの最初のコメントにかなり共感します。やはり日本人と欧米人の違いは自然観の違いに表れていると思います。獣や魚や草木に至るまで、日本人はことごとくそこに生命を感じて尊重するような文化を育んで来ました。だから水木しげるのような漫画を大人も子供も楽しめるのです。
 ヨーロッパの場合は人間尊重主義です。聞こえはいいですけれど、人間しかいないということです。聖書によると神は自分の姿に似せて人間を作ったといいます。そこには人間以外の生命はすべて神から遠いものとされて人間の下位概念に置かれるわけです。
 それに比べて、人間以外の生命を等しく尊ぶ日本古来の文明の方がこの殺伐とした時代にはふさわしいと思います。
 もし日本型の資本主義というものが、そういうものを尊重するような形で動いていくのなら、世界も見直すように思うのですが。。。
投稿者 Taku. 2010/01/10 03:19
>Taku,さん、ようこそ。
おっしゃる通りですね。
欧米文化でも、人間以外の生命を尊重する気風というのはあると思うのですが、それが機能しなかった時代というものが長かったように思います。

今でこそ 「鯨を殺すな」 と主張する団体が話題になっていますけれど、昔さんざん捕鯨していたのは、彼らですしね。

「ハンティング」 と称して、野山や草原の動物を、ただ遊戯のために仕留めていた歴史も、日本より長かったように思います。

人間は、血を吸うために寄って来る蚊を、いとも簡単にピシャっと叩くけれど、ではその蚊の生命をつくれるか? …というと、つくれない。

私なんかも、ピシャっとつぶして、「やったぜぇ」 と思うクチですけど、ふと考えると、やつらだって生きるためにとっている行動ですしね。

「生命」 ってことを考えると、いろいろな場面で、思考停止になったように考え込まざるを得ないことが、たくさんありますね。
 
投稿者 町田 2010/01/10 19:26
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