町田の独り言 キャンピングカーのガイド本を編集する町田が語るよもやま話

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新ブログのご案内

 今回の投稿を最後に、新しいブログへ移行します。
 同じブログサービスを行っているホビダスさんのリニューアルブログです。
 アドレスは下記の通り。
 どうぞ、今までどおりお立ち寄りください。

 http://campingcar.shumilog.com/
 
 今後ともよろしくお願い申しあげます。

gari
投稿者 町田編集長 17:06 | コメント(0) | トラックバック(0)

久々の更新です

 昨晩、 『キャンピングカー スーパーガイド 2011』 の最後のデータを印刷所に収めた。
 長らくブログの更新を怠っていたのも、入稿のことで頭がいっぱいになり、 「とてもブログどころではない……」 という気持ちが強かったからだ。

 毎度のことだけど、この時期は、てんやわんや。

 先に出した校正刷りはどんどん上がってくる。
 それを横目でにらみながら、一方では、入稿前の新規原稿も書く。
 集めた画像ファイルの中から写真を選ぶ。
 ないものは取り寄せる。

 家には帰らない。
 風呂には入らない。
 夜中の3時か4時には、会社の床にマットを敷き、下着を着替えることもなく、寝袋に潜り込む。
 温かい季節になると、冬の間は影を潜めていたムシも床を這いずり回るようになる。

 こちらがじっとしていると、彼らが頭の周りをかすめるように通り過ぎていく姿が想像できるのだが、でも気にならない。
 こちらも汚れ具合では、ムシと大同小異であるからだ。

 ブログの最後の更新日が4月の12日。
 「ちょいとサボる」 ……ぐらいの気持ちだったのに、いつの間にやら2週間経ってしまった。
 最後のブログタイトルが、 「3・11以降」 。

 思えば、3・11というのは、ちょうど 『キャンピングカー スーパーガイド2011』 の原稿を書き始めたぐらいのタイミングに当たる。

 やはり、原稿を書くときの気分が、例年とは大きく違った。
 自分の感情のおもむくままに書き散らすブログの原稿と、キャンピングカーの使い勝手や構造に触れる仕事の原稿とでは、扱う世界が大きく異なる。

 キャンピングカーのレイアウトや装備類の解説を書く作業は、被災地の深刻な報道の流れとは切り離して進めることもできる。

 それでも、気分のどこかで、その両者を大きく切り離すことができなかった。

 特に、書きながら自分で引っかかったのは 「快適」 という言葉だった。

 キャンピングカーは、利用者のあらゆる 「快適さ」 を追求する形でここまで成熟してきた。

 「快適な寝心地を約束するフルフラットベッド」
 「快適な温度を保つFFヒーター」
 「快適な冷気をもたらしてくれるルーフエアコン」
 「快適な人の動線を確保するレイアウト」   

 キャンピングカーの特性を表現するときのキータームとして、 「快適」 という言葉は外すことができない。
 しかし今回ほど、その言葉が “しっくり” しなかったことはなかった。

 「この車に約束された快適な空調は……」 などと書きながら、一方では、被災地の避難所で、寒さに震えながら耐えている人たちの映像が記憶から離れなかった。
 そして、一方では、原発事故で大きく浮上してきた 「人類に残されたエネルギー資源」 という問題が頭にこびり付いてしまい、キーボードを打つ手が止まった。
 
 「われわれが今の世の中で “快適さ” を求めるということは、未来の他者から “快適さ” を奪うことではないのか?」

 そんな意識も浮かんだりして、迷いながらの原稿書きだった。

 しかし、途中からハタと気がついた。

 キャンピングカーで実現される 「快適」 さというのは、すべてビルダーや利用者たちによって、その車の中だけで個別に作り上げられる創造的な 「快適」 なのだ。
 決して、東電の原発からおこぼれを預かって、垂れ流しているという自覚もなく消費される 「快適」 さとは違うのだ。

 あるクルマでは、ルーフをソーラーパネルで埋めて、そこから備蓄される自然エネルギーで冷蔵庫やIH調理器を回そうという試みを震災以前から導入し、キャンピングカーの新しい流れを作ろうとしていた。

キャンピングカールーフ上のソーラーパネル

 また別のクルマでは、高性能バッテリーを2個用意して、電気回路を2系統に分け、一方では照明や水ポンプ、ベンチレーターを作動させることに回し、もう一つは1.5kWのインバーターを介して、セパレートエアコンや電子レンジを駆動させるという試みを実現していた。

 それらは、もちろん創造者たちの知恵を絞った工夫と、度重なる実験によって実用化に至ったものばかりである。

 つまり、 「快適さ」 を手に入れるためには、いかに智恵をふり絞り、工夫を凝らさなければならないのかという意識の上に成り立った “快適” なのだ。

 ただ、その快適さは、はかない。
 でも、それがいい。

 高機能サブバッテリーと高性能インバーターを組み合わせて使えるエアコンの駆動時間は、走行充電しないかぎりは5時間程度に過ぎない。

 だから、その5時間が 「貴重な5時間」 となる。
 今まで、電源を差し込むだけで無尽蔵に電気が供給されると思い込んでいたわれわれの怠惰な脳を刺激してくれる5時間となるのだ。 

 キャンピングカーは、われわれに 「未来を考えさせてくれるクルマ」 となる。
 原稿を書いているうちに、それは確信となった。

 昔から、様々なキャンピングカーで進められてきた断熱対策も、これからは違った文脈で捉えられるようになるだろう。
 断熱を徹底化させることでエアコンやヒーターの効きも大きく変わる。
 それが、有限の資源を少しでも未来の人類に残すことに貢献するようになるかもしれない。
 
 そんなことをあれこれ考えながら制作した 『キャンピングカー スーパーガイド2011』 。

 配本日は5月20日の予定。
 地方の書店に出回るのは、遅くとも5月24日~25日ぐらいになると思う。
 発売が、自分でも楽しみなのだ。 

 PS

 ところで、このブログもホビダスさんの新ブログに移行します。
 新しいアドレスは、
 http://campingcar.shumilog.com/
 今後ともよろしく。


campingcar | 投稿者 町田編集長 19:06 | コメント(3) | トラックバック(0)

3・11以降

sakura0048

 脚本家の宮藤官九郎は、
 「3月11日以前に書いた台本が、別のものに思える」
 と言った。

 その気持ちがとてもよく分かるような気がする。

 たぶん物書きの多くが、そのようなことを感じているのだろう。
 いや、ほとんどの日本人が、漠然とそう感じているでのはなかろうか。

 「3・11 以前」 と 「3・11 以降」 では、日本人の意識のなかに、 (大げさにいえば) 「明治維新以前」 と 「明治維新以降」 とか、あるいは 「太平洋戦争以前」 と 「太平洋戦争以降」 ぐらいの断層が生まれているような気もする。

 もちろん 「日本人は変わっていない」 という人もいる。
 それも分かる。
 時代の変化というのは、そんなに簡単に見えるようなものでもない。

 しかし、10年ぐらいのスパンで眺めると、
 「あの日以来、日本は変わった」
 と眺めるような視点が生まれているだろう。

 なぜかというと、今回の災害が諸外国に与えた影響が大きいからだ。
 日本人は、外国の評価や評判が耳に届くようになってから、ようやく自国の状況に気づくという傾向があるが、これもその一例のように思う。

 たとえば、80パーセントの電気を原発に頼っているフランスでは、原発反対の市民運動が盛り上がっているという。
 80パーセントも電気を供給する原発を廃止したら、それこそパリなどは原始時代の闇に戻る。

 それでもいいという人々が生まれてきている。
 福島の原発事故の波紋は、世界の人々に原発への不安を感じさせただけでなく、原発を廃止した場合のエネルギー供給はどうなるのか、という問題意識も植え付けることになった。

 そういった意味で、 「3・11」 というのは世界中の人々に、とりわけ先進国の国民に、電力と化石エネルギーの上に築かれた近代文明というものを、再度問い直すきっかけを与えたのだと思う。
 だから、これは悲惨な自然災害であると同時に、ひとつの文明史的な出来事でもあるように思う。

 このような諸外国の人々が感じた 「時代の変化」 が、再び日本に戻ってきたとき、日本人の意識の底に、ようやく3・11の意味が定着するような気がする。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 09:56 | コメント(3) | トラックバック(0)

人類に残された資源

 福島・原発事故の影響が広がるにつれ、 「自然エネルギー」 の見直しを訴える識者が増えてきた。
 これを機に原子力発電所を廃止して、危険性のない太陽光発電や風力発電などに切り換えていこうというわけだ。

 しかし、反論も多い。
 それらの自然エネルギーでは、とても現在の生活レベルを支えきれないという。
 反論を試みる人たちの多くは、原発の運転を止めれば経済成長の低下は免れないことを主張する。
 そして、国民はすぐに原発の再起動を望むだろうとも。

 その根拠は、
 「人間には、現在手に入れている便利さや快適さを放棄することができない」
 からだという。
 そして、 「安易に自然エネルギーを口にする学者や文化人は、そのエネルギー量の乏しさを想像できないのではないか?」 と嘲笑する識者もいる。

 そうかもしれない…とも思う。
 自分でも、 「便利な生活を見直そう」 などと口では言っているものの、それを言葉にして言えるのは、快適な冷暖房に恵まれた住環境にいるからこそであって、実際に快適さを放棄しなければならなくなったとき、いつまでもきれい事を言っているわけにはいかないような気もしてくる。

 だが、一方で、そろそろ人類は大きな決断をしなければならない時が迫ってきているようにも感じる。

 だから今回の大震災とそれに続く原発事故は、将来のエネルギー問題を、誰もが 「自分の問題」 として受け止めなければならないことを突きつけたようにも思う。

 そして、我々に突きつけられているエネルギー問題や環境問題とはいったい何なのか? それをもう一度問い直す契機をつかんだような気もする。

 そのことを考えると、いつも思い出す1冊の本がある。
 三崎浩士という人が書いた 『エコカーは未来を救えるか』 (ダイヤモンド社) という本だ。

エコカーは未来を救えるか表紙2011

 著者は、いすゞ自動車のバスの企画開発に従事したエンジニアで、この本も、自動車社会の未来を展望するという視点に立って書かれている。
 しかし、それだけにとどまらず、人類の文明の行く末を示唆していて、なかなか興味深い。

 だが、そのトーンは一貫してペシミスティックな色に染め上げられている。

 1998年に出版されたもので、すでに世に出てから13年が経過している。
 だから、その時点での知見は、その後大きく書き換えられ、今はもう少し楽観的な観測が主流になっているのかもしれない。

 しかし、この本が環境問題の本質を突いていると思うのは、13年も前に、
 「本当の環境問題とは、CO2や大気汚染物質の増大から生まれる “地球の温暖化” などではなく、エネルギー資源の枯渇だ」
 と喝破したところにある。

 現に、ここに来て、地球温暖化説に対する反論も多く出回るようになった。
 つまり、文明の廃棄物による環境汚染が温暖化を進めるという説は、原子力発電を推進しようとする人々の捏造した “神話” に過ぎない、と唱える識者が現れるようになったのだ。

 その人たちの言い分はこうだ。

 「原発推進派の人たちは、化石燃料を燃やす火力発電よりも原発の方がクリーンエネルギーだと言って、政府や文化人に圧力をかけた。そして、その理屈を決定づけるために、むりやり温暖化説をデッチあげた。
 しかし、それは詭弁だった。事実、大気汚染が温暖化を進めたという科学的な根拠は何もない」

 私には、その事の真偽を確かめるほどの知識も教養もない。

 それに関しては、この本の著者である三崎氏も、
 「太古から地球は温暖化と寒冷化を繰り返しており、人間の活動とは関係なく、大気中のCO2濃度が濃くなった時代には温暖化に向かうという説もある。
 しかし、将来後悔しないためにも、いま人為的な理由で温暖化を進めると思われることには対策を立てていた方がよい」
 と言うにとどめている。

 著者はいう。

 「それよりも深刻なのは、エネルギー供給が途絶することである。エネルギー資源が枯渇するにしたがって否応なく経済も縮小することになるが、同時にCO2排出も、廃棄物も化学物質も減少し、環境問題は自然と “解決” の方向に向かうだろう。
 今日の自動車は、大気汚染をはじめとする環境問題の元凶としてとらえられているが、それはエネルギーの供給が続くと仮定した場合の話であって、本当の自動車の危機はエネルギー資源の枯渇にある」

 これに対し、その後 “脱化石燃料” への取り組みが進み、自動車においてもEV (電気自動車) やエタノールなどを代替燃料とする研究と実用化が加速した。
 我々はそれに対する希望も持っている。

 しかし、著者はそれらの代替燃料の実用性において、当時、次のような観測を抱いている。

 まず電気自動車 (EV) 。

 「確かに、電気自動車は “究極の自動車” である。化石燃料枯渇後のエネルギー源は電力しかないからだ。
 電気自動車の心臓であるモーターは、運転が静かでなめらか。
 低速からトルクが得られる。
 排気ガスを出さない。
 停止時に無駄なエネルギーを消費しない (アイドリングが要らない) などのメリットがある。
 しかし、エネルギーを蓄えておくバッテリーを搭載しなければならない。
 これが重い。
 小型車クラスの電気自動車でも一般に300~400kgの電池を搭載する。70リットルのガソリンを積んだときのタンクの重さはおよそ52kgだが、ガソリンと同じエネルギー量を出そうとすると、その蓄電池は15.6トンになる。この重さは大型観光バスの車両総重量に匹敵する。
 充電にも時間がかかる。標準の充電時間は8時間である。
 リサイクルも難しい。
 電気自動車はバッテリーと半導体の塊である。ヒューズボックスやハーネスなどの一般の電装品は金属部品、銅銭、電子部品、プラスチックを選り分けるのが難儀である。
 また、バッテリーの処分も大きな問題となる。
 一つは大量の酸性液体の処理。
 一つはカドミウムや鉛などの有毒物質の処理。
 さらに、現時点で後46年分しかないという鉛資源の枯渇という問題も加わり、バッテリー搭載に対する問題は山積みされている。
 いずれにせよ、石油燃料が供給される間は、電気自動車の大きな市場は形成されない。コミューターや電動大八車という形での普及は考えられるが、輸送の効率向上の鍵となるトラックやバスを電池で走らせることなどできない」

 そう書かれてから13年。
 今は、バッテリーの軽量化に対する取り組みも行なわれ、ここで挙げられた数値はかなり変わってきているのではないかと思うのだが、それでも電気自動車の普及には、あまたの高いハードルが設けられているということは、これで分かる。

 では、食糧素材から採れるエタノールを燃料に使ったものはどうか?

 「これは再生可能なバイオマス (生物) から生産できる。しかし、バイオマスエネルギーは、将来の人口爆発とエネルギー不足による食糧危機と必ず衝突するだろう。
 アメリカではトウモロコシからエタノールを製造する試みがあるが、得られるエネルギーに対して投入するエネルギーは1.4倍という試算がある。サツマイモから作るものは2倍である」。

 ならば、天然ガス燃料はどうか?
 
 「天然ガス自動車は、90年代に入って開発に拍車がかかり、低公害化と代替エネルギー性の両面から期待されている。
 低公害でいえば、CO、NOx、炭化水素などの排出量が格段に少ない。PMもCO2も少ない。マイナス20~30℃でも始動できる。
 デメリットは、燃費が悪く航続距離が短い。ボンベがかさばる。インフラ整備が追いつかない。
 現在は新規の発見量が年間生産量を上回っているから薔薇色の炎が灯っているが、世界が一斉に天然ガスにシフトしていけばその寿命は一気に縮まる。
 現在タクシーで普及しているLPG車も、LPGが石油の精製過程で採取されるガスなので、石油枯渇と同時に姿を消していく」

 う~ん…。だんだん絶望的な気分が広がっていく。
 では、最近話題のソーラーカーというのはどうなのか?

 「ソーラーカーは、発電しながら走行できるところが従来の電気自動車とは異なる。
 しかし、太陽電池は膨大なエネルギーを生み出すことができない。たぶんに “太陽の恵みで走る” というイメージ的なものが、長年人間のDNAに刷り込まれた神話的象徴性と共鳴したエコロジカルな自動車という感じだ。
 そもそも太陽エネルギーには限界がある。
 晴天時に、地表が受ける太陽エネルギーは1㎡当たり、最大1kWである。太陽電池の変換効率を15パーセントとすると、1㎡当たりの発電出力は、0.15kWだ。これは馬力に還元すると0.2馬力である。
 もし、200馬力ぐらいの動力性能を得ようとしたら、1,000㎡ (約300坪) の広さが必要となる。観光バス1台に搭載してもようやく6馬力 (原付バイク並み) にしかならない。
 さらに、日照は気象条件や季節によって変わり、夜は光りが届かない。夜や雨天時にも走行しようと思えば、蓄電池を搭載しなければならない。
 もし、太陽電池で火力発電所が供給するのと同じ電力をまかなうとなると、東京都と神奈川県のすべてを電池で埋め尽くしてもまだ足りない。
 さらに、太陽電池の出力が落ちないようにその表面をこまめに掃除する必要がある。とても現実的ではない。しかも耐用年数は30年でしかない。半導体なのでリサイクルもできない」

 最後に、自動車燃料の話から少しずれるが、肝心の原子力についての著者の意見を聞いてみよう。

 「原子力の未来も決して明るくない。地下資源のウランそのものが有限だからだ。
 ウランのうち燃料となるのはウラン235であるが、天然ウランにはこの235が0.7パーセントしか含まれておらず、残りの99.3パーセントを占めるウラン238は燃料にならない。
 ただ、高速増殖炉があれば、軽水炉では燃料にならないウラン238をプルトニウム239に変えて燃料にすることができる。そうすれば、ウラン235の10倍の働きをする。
 しかし、プルトニウムは発癌性や毒性が強く、しかも放射性廃棄物の処理の問題も出てくる」

 この意見が、現在の原子力発電の状況を伝えるものなのかどうか不勉強な私にはよく分からないが、ざっと読む限り、どうも原子力も、究極の救世主にはならないようだ。

 要するに、著者は、石油に替わるさまざまな代替燃料が開発されても、石油のような高効率なエネルギーには、人類は二度とめぐり会えないだろうと言いたいのだ。
 石油が燃料として合理性を持っていたのは、エネルギー密度が高いこと、燃料が液体で取り扱いやすく、燃料タンクの形を自由にできること、燃料の後始末が要らないという様々なメリットがあったからだ。

 では著者は、原油の枯渇が見えてきたときの人類の未来をどのように考えているのだろうか。

 「エネルギー危機が見えてくるのは、2030年頃あたりだろうといわれている。現在57億の世界の人口は、21世紀半ばには100億に達すると予想され、そうなればエネルギー危機の到来が早まることも考えられる。
 専門家たちは、 『遠い将来ではあるが、いずれは自動車はなくなるだろう』 、 『人々は日が暮れたら水を飲んで寝る生活になるだろう』 と言い合っている」

 これが、この著者の描く未来図だ。
 なんだか、200~300年後の首都高速には、のんびりと馬車が走っていそうなイメージが浮かんでくる。
 はて、ここまで読まれた方は、どう思われるだろうか?

 そろそろ、私の感想を述べるときかもしれない。

 実際、この著者がいうように、石油の代替燃料が石油ほどの高効率をもたらすことは期待できないだろうし、新しいエネルギー源の研究開発に、驚くほどのイノベーションを見ることもありえないだろう。

 たぶん、エネルギー政策の転換は、国際社会の利害調整やら、研究開発機関の予算枠との絡みなども考慮に入れながら、 “畳の目を数えるように” 少しずつ前進していくだけだと思う。

 だが、まだ時は残されている。

 自動車の運用に関してのみいうならば、結局は、私たちが資源の無駄づかいをすることなく、残る資源を有効利用する手だてを考えながら、新エネルギー開発までの時を稼ぐしかない。

 そのためには、自動車の車種選びや利用方法も再検討されなければならないかもしれない。

 自動車を利用しているときの状態をつぶさに見ていくと、燃料を消費しているときというのは、必ずしも走っているときだけとは限らない。

 冷暖房を使うために、アイドリング状態のまま車内で過ごすこともあるだろう。昨年の夏のような猛暑が訪れる傾向が強まってくると、車内のエアコンを切ることに躊躇せざるを得ないというのも人情だ。

 だが、そこで、車外温が車内温に影響を及ぼさないようなボディ構造の自動車を選択するという手もある。
 具体的には、ボディの壁面、床、天井などに断熱材を封入した車種を選ぶということだ。

 これらの断熱材の効果は思った以上に高い。車内に残ったままちょっと休憩するときでも、断熱材入りの自動車なら、夏場には木陰に入れて、窓から涼風を招き入れるだけでもかなり快適に過ごすことができる。

 また冬期に暖房を得ようとする場合も、FFヒーターという暖房装置があれば、エンジン停止時においてもクリーンな空調による暖房を得ることができる。FFヒーターにはサーモスタットが付いているので、設定温度を境に自動的にON・OFFを繰り返してくれる。
 それだけでも、無駄な燃料を使用せずに済む。

 さらに、旅行の宿泊先で、ちょっとした買い物、食事など出かけるとき、いちいちクルマを使わずに、自転車などを利用すれば、かなりガソリンを節約できる。
 そういうときのことを考え、自転車などを車内に積み込めるだけの収納庫キャパシティのあるクルマや、サイクルキャリアを無理なく付けられる構造のクルマを選んでおけば安心だ。

 ソーラーパネルによる太陽光発電に関していえば、確かに現状ではそのエネルギー備蓄量は微々たるものかもしれない。
 しかし、それだって車両のルーフにパネルを積んでおけば、微弱な電気量でまかなえる車内の電化製品の補助としては十分に有効だ。
 そのためには、パネルを積めるだけの広さと安定性を持ったルーフ形状のクルマが必要となる。

 また、これからは、自動車旅行のスタイルにも考慮しなければならなくなるだろう。

 むやみに走り回るのではなく、満足できる目的地を選んで、ゆっくり滞在するというのも、これからの自動車旅行には大事なことになるだろう。
 それには、車内で寝泊まりすることも想定して、寝るときには必ず熟睡が保証されるフルフラットベッドが作れるような自動車を選ぶことも検討しなければならない。

 さらに、自動車内で仕事をしなければならないケースも考慮して、恒常的にパソコンぐらいは使えるような自動車が望ましい。
 そうなるとAC電源の安定供給が前提となるが、それを見越して、サブバッテリーを搭載し、インバーターで駆動する電気回路を搭載した自動車が不可欠となる。
 あるいは緊急用の発電機を搭載しておくのもいい。そのときは、あらかじめ発電機搭載スペースが用意されているクルマが理想的だ。
 もちろんキャンプ場などに入れば、たいていAC電源が完備しているから、それを使うという手もあるだろう。

 以上のような条件を完璧に満たしているのがキャンピングカーだ。

 私たちはまだ、これから乗るクルマを選択するだけでも、ずいぶんエネルギー資源の温存に寄与することができる。

 資源は有限である。
 しかし、時はまだ残されている。
 今ある資源を効率よく大事に使いながら、新エネルギーの研究開発に期待していくしかない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 10:18 | コメント(10) | トラックバック(0)

ザ・ウォーカー

 BS放送で、 『ザ・ウォーカー』 という映画を見た。
 核兵器も含めた大規模戦争により、文明が崩壊した未来世界の話だ。
 生き残った人々が、崩落したビルの中で、乏しい物資を奪い合うようにしながら生活している。

 街は、撤去されない瓦礫が散乱したまま。
 どうやら、その状態がもう何十年も続いているらしい。

 無秩序な街を仕切っているのは、暴力にものを言わせて市民を脅かしながら見せかけの秩序を維持しているボス。
 そのボスに従う、いかにもチンピラギャングという風貌のヤクザな男たち。

映画「ザ・ウォーカー」001

 その街に、主人公 (デンゼル・ワシントン) が、ある目的を持った旅の途中に寄る。

 なんで、こんな映画がこの時期にテレビ放映されるのか。
 震災の生々しい記憶が人々に心にとどまっているうちに放映すれば、人々の関心を引きつけられるとでも思ったのか。

 それはいいとして、つまらない映画だと思った。
 最後はどうなるのか? という関心だけで見続けてしまったけれど、時間の無駄だった。

 ここ10年ぐらいか、ハリウッド映画では新手の “人類滅亡物語” がやたら多く作られている。
 2007年の 『アイ・アム・レジェンド』
 2008年の 『地球が静止する日』
 2009年の 『ノウィング』 
 2010年の 『ザ・ロード』 ……

 人類滅亡の原因は、細菌だったり、宇宙人だったりとかいろいろだけど、繰り返し繰り返し描かれるのは、荒涼とした瓦礫の世界とバイオレンス。

 そういう映画を全部見たわけではないけれど、基本的には、絶対安全な場所に身を置いている観客が、 「あんな世の中になったら大変ね」 と、安堵しながら映画館を出るという作品になっている。

 『ザ・ロード』 は原作を読んだだけだが、まさにバイオレンスの極致というようなストーリーだった。
 荒廃した地球上のあっちこっちに、乏しい物資を奪い合う無法者のコミュニティが形成され、その連中に見つかったヨソ者は惨殺されて “食料” にされてしまうだけ。
 いよいよ食べるものが無くなると、今度は同じコミュニティの弱者から食料にされてしまう。

 『ザ・ウォーカー』 という映画でも、人肉食を匂わせるエピソードが出てくる。
 そこには、
 「人間は生き延びるためには、同胞の肉すら食う動物なのだ」
 という冷酷な “哲学” が信じられているようでもある。
 
 なぜ、アメリカ人たちは、こういう冷徹なストーリーを好むのか?

 たぶん、キリスト教の教義が影を落としているのだろう。
 つまり、 「人間はもともと罪深い存在なのだ」 という……。

 「だから、神に帰依して、罪を免じてもらわなければならない」

 最近のハリウッド映画の人類滅亡ものは、新手の布教活動なのかもしれないとすら思う。
 つまり、 「最後の審判」 というビジョンは、相変わらず欧米人の精神構造に深く染み込んでいるということが分かる。

 現に、 『ザ・ウォーカー』 は (ネタバレごめん!…だが) 、聖書が重要な役割を果たしている。
 主人公は、たった1冊の聖書を届けるために、ひたすら広大なアメリカの原野を歩いていく。
 ただただ 「西」 に向かって。

 どこの誰に、その聖書を届けるのか?
 何のために届けるのか?

 それは主人公にも分かっていない。
 ただ、神が 「それがお前の使命だ」 と心にささやいたのだという。

 人もクルマも通らない原野を、彼はずっと歩き続ける。
 だから 『ザ・ウォーカー』 なのだ。

 そして、いくたの危機を乗り越え、彼はその使命を果たす。
 めでたし…、めだたし…。

 だけど、腑に落ちない。
 神は、その一冊の聖書を目的地に届けさせるために、その主人公が何人もの人間を殺していくのを、黙って容認するのか?

映画「ザ・ウォーカー」002

 この主人公。
 銃を撃てば100発100中。
 山刀を奮えば、バッタバッタと死体の山。
 それでいて、至近距離から銃で撃たれても、生き延びてしまうのだ。
 この男には “神の加護” による不死身の生が与えられているから、他人の死には無頓着だといわんばかりに。

 そういう人間が、 「人類の文明の復興」 を託されるという設定が、なんかうすら寒い。

 不思議だ。
 キリスト教の神さまって、そういう神さまだったの?
 キリストって、 「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」 と言った人ではなかったの?
 どうも、この映画を作った人たちは、そこから間違っていたようにも思う。

 この映画には、 “人間” がいない。
 神と、聖書の教えをすでに知らない “無知な動物たち” がいるだけ。
なぜなら、大規模戦争が終わったあと、人類は戦争を起こさせた原因が聖書にあったとして、残存するあらゆる聖書を焼き尽くしたことになっているからだ。

 だから、 “正しい教え” はこの世から姿を消し、残った人類の心は荒廃し、すでに聖書すら知らない若者がたくさん生まれているという話になっている。

 そういう設定にリアリティがあるとはまったく思えないが、逆にいうと 「聖書がなければ人心は荒廃する」 という制作者たちの思い込みで作られた映画であるということが、そこに露呈している。

 同じ核戦争による人類の滅亡を描いた 『渚にて』 (1959年) では、 「人間はなんてバカなことをしてしまったのだ…」 という嘆きは語られるが、そこに神の意思を認める志向はなかった。
 あくまでも、人間の犯した過ちに、人間が自ら責任を取らなければならないという覚悟がほの見えていた。
 そこが大きな違いだ。

 だから 『渚にて』 は、人間の愚かさと人間の崇高さを同時に描いた、無類の反戦映画となりえた。
 しかし、 『ザ・ウォーカー』 には、 「人間の反省」 という視点は出てこない。
 タフな肉体と精神に恵まれた、信仰の厚い者だけが結局生き延びるという話。
 ハリウッドの娯楽映画は、あきらかに後退している。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:53 | コメント(2) | トラックバック(0)

島尾敏雄・贋学生

 今回の東日本大地震が起こる直前にアップしようと思っていたブログ原稿がある。
 しかし、あの大震災の直後、その原稿を公表する気にはとてもならなかった。
 「それどころじゃないだろう」
 と自分は思ったのだ。

 しかし、先ほどちょっと読み返してみて、妙に今の状況を語っているような気もした。
 公表していいのかどうか、いまだ迷っているけれど、とりあえず、書いたときの原文をそのまま載せてみる。

…………………………………………………………………………………

 いちばん危機が迫った社会というのは、一見、平和な相貌をしている。
 大地は豊かな恵みを人間に与え、物資は潤沢に整い、時間はのんびりと流れ、人々の声は明るい。

 ちょうど、太平洋戦争直前の日本がそうだった。

 今のわれわれは、あの戦争の悲惨な結末を知っている。
 だから、戦争が近づいてきたことに対し、多くの人々が不安な思いに駆られていたと思い込みがちになる。

 だが、必ずしもそうではない。
 戦争は、平和な相貌に彩られた社会の中で、ひっそりと身を隠してネズミに近づく猫のように、静かに迫っていたのだ。
 「危機」 とは、およそそのようなものだ。

 最近、島尾敏雄の書いた 『贋学生』 (講談社文芸文庫) という小説を読んでいて、ふとそんなことを考えた。
 昭和25年に発表された小説である。
 著者が昭和11年頃に通っていた長崎高商時代の思い出を核とした物語で、前半は、授業をサボって、友人2人と諌早、長崎、島原、雲仙などを旅行したときの “思い出話” という体裁を取っている。

島尾敏雄「贋学生」表紙

 主人公の 「私」 は、友人たちと長崎の海の夕凪を楽しみ、町の食堂でオムレツに舌鼓を打ち、旅館の仲居さんの色っぽい仕草にどぎまぎする。
 描かれる情景は、どれも古き良き時代の日本の風情をしっとりとたたえ、出会う人たちはみな人情味に溢れ、主人公たちは、旅の楽しい思い出を次々と蓄積していく。

 しかし、文学者としての島尾敏雄の感性は、そのような平和な日本に、夕暮れの影のように忍び寄る戦争の気配を見逃してはいない。
 市民の生き方や思想傾向をチェックする “移動警察 (特高) ” の刑事が、電車の中で自分たちを見張っているのではないかと怯え、戦争の気配を察して退去した外国人が置き去りにした犬が、野良犬として哀れな姿をさらしていることに、やりきれなさを感じたりする。

 が、それは、必ずしも、 「明確な不安」 という形をとっていない。

 旅行から帰ってきた主人公は、校庭で、三八式歩兵銃を担いで軍事訓練に励むが、それは 「気持ちの良い汗をかく戦争ごっこ」 でしかない。
 軍事訓練が終わると、学生たちは街に出て、映画館や喫茶店に寄り、カフェやおでん屋で雑談にふける。

 確実に近づいてくる戦争は、ここでは、夏の終わりに、かすかに漂う秋の気配として感知されるだけなのだ。
 色づいていた秋の木々が、いつの間にか葉を落としていたことに気づいた時の、いわれのない不安。そのような、微妙な 「空気の変化」 としてのみ描かれるに過ぎない。

 だから、そのような 「日常生活の中に見え隠れする不安」 は、一見すると、学生という中途半端な身分を生きている 「私」 の不安定さから来るものであり、思春期特有の過剰な自意識の産物であるとも取れる。

 本当は、この話を小説としてまとめた時の島尾敏雄は、特攻魚雷艇の指揮官として出撃命令を待っていた人間であり、死を覚悟した人間の心の揺れ動きを見つめる体験を持っている。
 だから、彼は、戦争が忍び寄る時代の 「危機」 を、いくらでもそれらしい言葉で表現することができたはずなのだ。
 しかし、この小説は、そういう言葉では語られなかった。

 そこに、私は逆に、戦争が忍び寄ってくる時代の 「空気」 というものを教えてもらったように思う。 

 平和な日常の中に漂う、漠たる不安。
 それを、島尾敏雄は、友人の一人である 「木乃」 という学生から受ける “言葉にならない違和感” を通して表現する。

 木乃は、知らないうちに主人公に近づいてきた同じ学校の学生である。
 彼は、およそ、 「知的なもの」 を感じさせない男でありながら、主人公たちが持ち合わせていない 「世間知」 を身につけた人間である。 

 主人公は、木乃を好きになれない。
 本能的に、自分たちとは別人種だと感じる。

 最初に会った時の木乃の印象は、
 「紺のユカタを、歌舞伎の女形のように、胸元まできっちりと合わせ、人間というより、紫のかたまりが、ぼうっと入ってきた」
 というもので、すでに人間から逸脱した何かを感じさせる存在として描かれている。

 「いやなヤツだ。この人とはつき合うべきではない」
 主人公の 「私」 は、そう直感する。

 しかし、いつの間にか、私生活のすべてが木乃のペースで進むようになり、彼の巧妙なウソ …ということは後で分かるのだが、そのウソに巻き込まれて、最後は主人の友人や、実の父親や妹まで、奇妙な体験を重ねるようになる。

 だが、ウソをつきまくって、周りの人々を狂奔させる木乃の目的が、果たして何であったのか、それは最後まで 「謎」 のまま残される。
 彼は天性の詐欺師であったが、その詐欺行為には “営利” の匂いはまったくないのだ。

 この木乃という男が、実は贋 (にせ) 学生であることが最後に明かされるのだが、そのことによるストーリー的な面白さよりも、むしろ、その木乃の身辺から流れ出てくる存在論的な不安感そのものが、何よりも、ここでは 「忍び寄る戦争の影」 そのものではなかったのか。 

 戦争が近づいてきているというのに、あくまでも平和に見える社会の言いようのないグロテスクさ。
 その気持ち悪さを、島尾敏雄は、木乃という贋学生のグロテスクさと重ね合わせたのではなかったのか。

ダリの絵画02
 
 もちろん、木乃は、近づく戦争の 「寓意」 ではない。
 「暗示」 でもなければ 「比喩」 でもない。
 しかし、時代の空気に、どこか 「グロテスクな匂い」 があり、そこには木乃という男が発散する体臭と同質のものがある。
 たぶん、そういう形でしか、著者はあの時代を描けなかったのだ。

夜の街の戦車

 今の “平和な時代” に、どのような危機が紛れ込んでいるのか、それは誰にも分からない。
 しかし、これだけ 「平和」 なのに、誰もがそれに安住せず、常に漠たる不安を感じて生きているということは、なんらかのカタストロフ (悲劇的な結末) が迫っていることを示唆しているのではないか。

 島尾敏雄の 『贋学生』 をのどかなカフェに座って読みながら、ふと青空を見たりしたときに、そんなことを考える。

…………………………………………………………………………………

 これを書いたのは、3月に入ってしばらく経った頃だから、数日後に、世の中が激変する事態になろうとは夢にも思っていなかった。

 しかし、 「カタストロフ」 という言葉を自分で使っていたのが妙に引っかかる。
 もちろん、大地震のような自然災害をこのときはまったく意識していなかった。
 ただ、漠たる不安があった。

 一見平和に見える世の中に、こっそりヒタヒタと忍び寄る “危機” 。
 実は、多くの日本人はそれを予感していたのではないかと、今になって思う。
 だから、天地が動転するような未曽有の混乱の中でも、日本人は諸外国が驚嘆するような冷静さを身につけていられたのかもしれない。

 太平洋戦争が勃発する前の日本は、ある意味で、今と同じような擬似的な 「平和」 があった。
 しかし、それが “グロテスク” な平和だったことを、島尾敏雄は見抜いていた。

 大震災が起こる前の日本の “平和” も、そのときと同じような臭いを放っていたのかもしれない。
 
 ただ、それを言葉にする力を誰も持っていなかった。
 今ようやくその “言葉” を、誰もが発見したのかもしれない。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:45 | コメント(0) | トラックバック(0)

日本人は変わるか

空と木155

 東北・関東大震災が起こってから、ほぼ3週間。
 震災被害地のレポートを続けていたテレビも、福島県の原発事故の状況解説と、日本経済の行く末の解析などに軸足が移り始めている。

 テレビのニュースを見ていると、現に、パーツの供給ができなくなって、商品生産が難しくなった工場がたくさん出てきたなどという報道が多くなった。
 たぶん、これから多くの日本人にとって、自分の生活基盤に対する不安がきっと大きな問題になっていくだろう。

 一方、テレビと違って週刊誌は、編集 → 印刷 → 流通という手間がかかる分、発売されるまでにタイムラグがあって、今、ようやく震災の生々しい状況を伝える記事が満載されるようになった。

 それらの報道記事と一緒に、レギュラー執筆陣たちのエッセイ、コラムでは書き手が今回の震災で何を感じ、何を考えたかを伝え始めようとしている。
 それらを読む限り、やっぱり、何かが変わってきたように思う。

 『AERA』 では、連載を続けてきた演出家の野田秀樹が、同誌の 「放射能がくる」 という特集内容が 「風評被害を拡大する無責任な企画である」 と批判し、エッセイの連載を自ら打ち切った。
 そして、その批判内容を、 『AERA』 の方も連載最後の記事として堂々と掲載した。

 やっぱり、何かが変わってきている。
 批判、中傷、非難なども含め、メディアに飛び交う言論の中で、どこに “真実” があるのか、それをどう発見すればいいのか。
 そういったことを、原点に立ち戻って、もう一回考え直そうという空気みたいなものが生まれてきたような気がする。

 雑誌などにコラムを寄せるレギュラー執筆陣の原稿を読んでもそう感じるし、ブログなどに自分の身辺雑記のようなものを綴っていたアマチュアの人たちが書くものを読んでも、同様に感じる。
 
 戦争以外で1万人以上の犠牲者を出し、現代文明の象徴であった原子力発電所をもあっけなく崩壊させた今回の震災に見舞われ、さらに計画停電で光のない生活を経験した多くの人が、自分の生き方を問い直すことを迫られている。
 大げさにいえば、そんな感じ。
 
 その問い直しの “網目” をろ過された言葉でなければ、誰にも信用されない。
 何かを発言する場合でも、変わった意見を述べて人に認められたいとか、目立ちたいとかいうパフォーマンスが通じなくなった、と言い換えてもいいかもしれない。
 プロ、アマ問わず、文章を書いて誰かに読んでもらいたいと思っている人たちには共通して、そのような気持ちがあるように思うのだ。

 「一過性のものだよ」
 という人もいるかもしれない。
 「衝撃が大きいからみな動揺しているだけで、そのうち日常性が復活すれば、みな元の精神状態に戻る」
 そういう意見も、聞こえてきそうな気がする。

 そうかもしれない、とも思う。
 しかし、違うようにも思う。
 少なくとも、今の自分は違う。

 実は、私のブログというのは、その日その日ネタを見つけて書いているわけではなかった。
 ブログなど書く時間もなくなる忙しい時期が来ることを考慮して、時間のあるときに書き貯めておいたものを小出しにアップしていたに過ぎない。だから、3月11日の震災に見舞われる前に、準備していたいくつもの原稿があった。
 
 ところが、それをもうアップする気が起こらない。
 あれだけの震災に直面してしまうと、それまでに書いていたものの大半が、もう人の心に届かない原稿になってしまったように思うのだ。

 逆に、人の書いたもので、 「心に届かない」 記事を多く発見してしまう。
 今までは、そんなふうに他人の文章を読んだことがなかったのに、あれ以来、人の文章を読む基準も変わってしまったような気がする。

 何も、今回の地震や原発事故に関して、
 「自分の感想や意見を述べていないとダメだ」
 と言いたいのではない。

 テーマなどはどうでもいい。
 「人の心に届く言葉を書いているか?」
 ただ、そのことだけに関心が向かっている。

 つまり、 “普遍性” を獲得しているか?
 ということなのだ。

 人々の個別な生活感や信条を超えて、どんな人間にも等しく届く言葉を持っているかどうか。
 今、プロの物書きに問われているのは、そのことだという気がする。

 文体なんて、“おちゃらけ” であってもかまわない。
 書いている内容が、不謹慎であってもかまわない。
 そういうことではなく、 “考える態度” の真剣さ。自分を見つめ直す視線の厳しさ。
 それが、問われているように思う。

 それに関しては、普通の人々の方が敏感だ。

 今回の震災を通じて、被災を免れた人たちの多くが、被災された方々に対し、
 「自分には何ができるのだろうか?」
 と自分自身に問うている様子が、いろいろなところから伝わってくる。

 自分自身への問いかけ。

 これはたいへん重要なことだと思う。
 今まで “空気を読み” 、人の意見に逆らわず、周りから “浮いている” と非難されることを恐れて自分の意見を抑えていた人たちが、ようやく 「自分に何ができるか?」 を問うようになったのだ。

 「誰か」 に対して、 「自分は何ができるか?」 と問うことは、そこに、自分以外の 「誰か」 、つまり 「他者」 を見出したことを意味する。

 つまり、地震や津波で被災されたり、原発事故の危機に見舞われている人たちの苦しい生活を “わが事のように” 感じ、その人たちに対して、「今の自分は無力だ」 と考える人たちが出てきたことを意味する。

 そのような認識の変化は、ともすればわが国にも蔓延しそうになっていた、
 「自分さえ幸せならば、他人はどうなってもいい」
 という風潮を押し流すものになるのではなかろうか。

 多くの人たちが、今こう言っている。

 「自分は被災していないが、被災地の方々の生活を思うと、胸が痛む」

 自分には、何もできないが、でも、なんとかしてあげなければいけない人たちがいる。

 そういう気持ちが生まれるところから 「他者の発見」 が始まるように思う。
 そして、 「他者」 を見出したときに、 “普遍” に至る道が開けるように思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:36 | コメント(9) | トラックバック(0)

渚にて

 巷に流れる 「放射能汚染」 の話を聞くたびに、思い出す映画がある。
 
 アメリカ映画の 『渚にて』 ( On the beach ) だ。
 1959年にスタンリー・クレイマー監督が撮った (当時の) 近未来SF映画で、まさに地球規模の “放射能汚染” がテーマになっている。

「渚にて」DVDジャケ002

 1964年に勃発した (…ことになっている) 「第三次世界大戦」 の核被害によって、北半球の人類は滅亡。
 南半球は、直接の被爆をまぬがれたが、死の灰が南半球まで及んでくるのは時間の問題という、せっぱ詰まった状況に置かれたオーストラリアが、この映画の舞台となる。

 核爆発の時に、たまたま深海に潜っていたアメリカ海軍の潜水艦が1隻だけ助かり、死の灰を逃れて、オーストラリアの軍港にたどり着く。

 ストーリーは、その潜水艦の艦長であるグレゴリー・ペックと、彼がパーティで知り合った地元のオールドミス (エバ・ガードナー) との淡くて短い恋愛を軸に、 “ゆるやか” に展開する。
 それに絡んで、オーストラリア海軍の若い将校夫婦や、核開発にも関わったことのある科学者たちのサブストーリーが散りばめられていく。

「渚にて」001

 もともとは、ネビル・シュートの小説を映画化したもので、分類でいうと、核戦争後の地球を描いたSFものということになるのだが、地球滅亡ものでおなじみの、大げさなパニックシーンを見せる映画ではない。
 むしろ、地味だ。
 だから、核戦争の非情さが、逆に浮かび上がってくる。
 このあたりは、原作の静謐なタッチを、映画もよく踏襲している。

 南半球で暮らす人々にも、もう残された月日は、あと5ヶ月。
 オーストラリアの科学者たちが立てる希望的観測は、ひとつひとつ打ち砕かれていく。
 迫り来る核汚染を防ぐ手立てがすべて失われてしまったことに、オーストラリアの人々も気づき始める。

 身近に迫る死の恐怖に、自暴自棄になる人々も出てくる。
 しかし、一方で、残された最後の時間を、せいっぱい “人間らしく生きよう” と決意し直す人もいる。

 世界の滅亡が秒読みになったとき、人々は無秩序な暴徒と化するのか、それとも、生きている限りは人間の尊厳を保ち、秩序正しい社会を維持しようとするのか。
 この映画は、人類が直面する究極の問いかけを投げかけているようにも思える。

 画面では、死を覚悟したオーストラリア国民が、パニックに陥ることなく、休日には渓谷のマス釣りを楽しみ、海岸で海水浴をして、自動車レースを楽しもうとする情景が描かれる。

 豊かな緑に囲まれた牧場。
 帆に風をはらんで海原を駆けるヨット。
 家族や仲間で楽しむ川原のバーベキュー。
 
 それがこんなに美しく、いとおしいものだとは !!

 観客は、いつしか 「滅亡する人類」 の視点で風景を見つめていることに気づく。
 
 驚くべきことは、その 「ありふれた平和な風景」 の描き方なのだ。

 単に、「美しい風景」 や 「優しい風景」 というのであれば、撮影機器や画像処理のテクニックが進歩した現代映画の方が、優れた風景を再現できるはずだ。
 ただ、そこに 「かけがえのない…」 という哀切感を盛り込むことができるかどうか。

 平和な日常生活がいかに貴重であるかを訴える映像は、CGのテクニックをいかに研ぎ澄ましたところで、実現できるものではない。
 それは、「ありふれた生活」 を一瞬のうちに崩壊させてしまう、戦争のむごたらしさを経験した人間の視線からしか生まれてこない。

 1950年代は、まだ第二次大戦の惨禍が、人々の胸に強烈な印象として残っていた時代だったのだ。
 逆にいえば、戦争がもたらした悲しみと苦しみをリアルな体験として持っていた人たちがいたからこそ、作れた映画だったのだ。

 ラストシーンでは、再びアメリカ兵たちが潜水艦に乗り込み、故郷のアメリカ大陸に帰るところが描かれる。
 すでに、北半球に 「アメリカ」 という国はない。
 あるのは、高層ビルが墓石のように取り残された、無人の大地でしかない。
 それでも、彼らは、「どうせ死ぬなら、最後は故郷で眠りたい」 と、人影の絶えた北米大陸に戻っていく。

「渚にて」003

 映画の中では、オーストラリアの国民歌謡 「ワルチング・マチルダ」 (↓) が効果的に使われる。
 フォークダンスの伴奏曲のような明るく陽気な曲で、映画のテーマ曲でもあり、また人々が野外パーティを楽しむときの合唱歌としても使われる。



 無邪気な明るさを湛えた曲調が、映画のテーマとは合わない。
 しかし、その陽気なメロディが、途中から涙が出そうなくらい悲しく響いてくる。
 同じ曲でも、それを歌なしで演奏すると、レクイエムの響きを持つのだ。

 オーストラリアの港を発ったアメリカの潜水艦は、そのレクイエムに送られて、深海へと潜航を開始する。
 静かな終わり方に、反戦への祈りと、戦争によって失われたあらゆるものへの追悼が込められているように思う。

「渚にて」004

 戦争と、自然災害を一緒に語ることはできない。
 しかし、今回の東日本大震災のことを思うと、それまで気にもとめていなかった 「ありふれた平和な生活」 が、いかにかけがえのない大切なものであったかということが、よく実感できる。

 人間にとって、「核」 というものは、本当に必要なものなのか。
 「核の平和利用」 という美名のもとに、私たちは何かを見過ごしてきたのではなかったか。
 原子力発電抜きには、もう世界の産業構造を維持することはできないという意見は多いが、それは 「絶対的な安全」 が保証される範囲内の議論に過ぎない。

 そのような産業構造そのものが、すべてのエネルギー源が “有限である” という認識を共有しなければならない21世紀的な思想と合致するのかどうか。

 化石燃料を燃やして発電する火力発電が時代の趨勢と合わないのは確かなことだが、原子力発電の基盤となるウラン235もまた同様に、資源としては有限なのだ。データによると、ウランの可採年数も、たかだか100年といわれている。

 原子力発電の絶対的な安全基準が確立される前に、ウランの採掘が困難になることもありうるかもしれない。
 そして、それ以前に、人類の多くが放射能汚染にさらされるような重大事故が起きる可能性は、これで皆無とはいえなくなった。

 映画 『渚にて』 が問いかけたテーマは重い。


 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 02:03 | コメント(6) | トラックバック(0)

テレビは終わった

 残業夜食用に買ってきた弁当を食いながら、テレビのスイッチを入れた。
 唖然とした。

 夜8時台の番組で、NHK以外、この震災について触れている番組がひとつもない。
 大半が、作り置きの…というか、あらかじめ録画撮りしていたバラエティ番組ばかりなのだ。

 相も変わらず飽食を煽るようなグルメ番組。
 裸のふんどし姿の男性を後ろから撮って、ひな壇の芸人たちが笑い転げる番組。

 テレビ局としては、スポンサーのCMを消化しないかぎり、営業がジリ貧になるという思惑があるのかもしれないが、たぶん、テレビは自分で自分の首を絞めたと思う。
 これを機に、 「テレビ」 というメディアから離れていく人々が絶対いる。

 「テレビは、もう私たちの必要とする情報を流してはくれない」

 きっと、そう思い込んだ人が少なからずいるだろう。

 いま被災地で、どのようなことが起こっているのか。
 どのような風景が広がっているのか。
 どんな苦しみを抱えた人たちがいるのか。

 それについて答えてくれるテレビ報道は、ほとんどない。

 一方で、流通が滞り、部品調達もままならず、工場や事業所を閉鎖する企業もうなぎ登りになっている。
 資金繰りがうまくいかず、経営難に陥る中小企業も多数に及ぶだろう。
 被災地ではなくとも、計画停電が長引くようになると、産業そのものもズタズタになるだろう。

 日本人全体の生活や、日本人の全体の意識が変わるかもしれないというせっぱ詰まった状況のなかで、しかしそのことに思いを巡らしているようなテレビ局はほとんどない。

 1995年。
 下り坂を歩みながらも、まだバブルの余韻が甘く気怠く残っていた日本を、完全に打ちのめしたのが、あの阪神淡路大震災だった。
 あれ以降、日本は完全に変わった。

 日本人が誇る高機能なメガ都市と、それを支える最新技術が、もろくも崩れさった現場を見て、日本人は否が応でも、自分たちの信じてきた都市文明やそれに依拠してきた社会的諸集団の危うさを実感した。
 それは、その後の景気低迷の重苦しさが垂れ込める時代のプロローグとなった。

ムンク「叫び」0001

 おそらく、今回の震災も、日本人の精神構造を大きく変える出来事となるだろう。
 ただ、それが、さらなる暗い混迷の時代に日本を引きずり込んでいくのか、それとも、案外これを契機に、被災地の復興と、閉鎖感に窒息しそうなっていた日本人の心の復興が重なっていくのか、それは今は分からない。

 だから、被災地の真実を知りたい。
 そこに生きる人々が、何を苦しみ、何に希望を見出そうとしているのかを知りたい。
 テレビは、それを伝えてくれない。

 レポーターを派遣して、被災地のルポを試みたテレビ局はたくさんあった。
 しかし、 “報道のプロ” を派遣した局は、 (私が見ているかぎりは) ひとつもない。
 報道のプロとは、局のおかかえレポーターやアナウンサーのことをいうのではない。
 「現場では、医療品も燃料も乏しく、悲惨な状況が続いています」
 などとカメラに向かってしゃべる人が、報道のプロとは限らない。

 “悲惨な状況” とは何なのか?

 それを、先入観抜きに冷徹に観察し、自分の脳髄でその意味を咀嚼し、自分の言葉で語れる人。
 それをひとまず 「報道のプロ」 と言おう。

 たぶん、そのような人は、今のテレビ関係者にはいないだろう。
 当たり前である。
 これまでの思考の枠組みを超えたものに、われわれは遭遇してしまったからだ。
 それを語るのは、平和な世の中で有名人のスキャンダルを暴いていたワイドショーのコメンテーターたちの手には余る仕事だ。

 ならば、人間の悲劇を専門に扱うような小説家や、常に生死の境をさまよっている戦場カメラマンや、死と生を真剣に考え続ける哲学者をレポーターとして派遣してもいいのではないか。

 要は、被災者の気持ちを、自分の心の苦しみとして語れる言葉を持った人たち。
 そういう “鍛えられた言葉” を持っている人たちが、この間、どこのテレビにも登場しなかった。

 出てきたのは、相変わらずの、とりあえずのレトリックだけは豊富に持っている “しゃべりのプロ” だけ。

 多くの日本人が、 “鍛えられた言葉” を語れる人間の声に耳を傾けようとしているときに、さっさとそれを放棄したテレビには、もう明日はないかもしれない。

 テレビは終わった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:23 | コメント(4) | トラックバック(0)

明かりの果ての闇

 連休の合間、久しぶりに家に帰った。
 終電前だった。

 会社から駅に向かう道路が暗い。
 節電のために、街路灯も最小限の明かりに絞っているからだ。

 クルマの交通量も少なく、歩いている人の姿もまばらだ。
 駅構内に入っても、相変わらず明かりが乏しい。

 なぜか、それが心地良かった。
 今までそういうことに気づかなかった。

 「東京の夜」 は、いかに無意味な明かりが多かったか、ということが分かる。

街路灯1002

 昔、 『全国キャンプ場ガイド』 の編集に携わっていたとき、自分のキャンピングカーで、いろいろなキャンプ場を訪ねた。
 途中、夜がふけてから地方都市を横切ることもある。

 田舎に行けば行くほど、街の明かりは乏しくなる。

 「日本はなんて暗い国だったのか…」

 そのときはそう思った。
 しかし、しばらく走り回っていて、突然、気づいた。
 
 「これが普通なんだ」

 恥ずかしいことに、自分の住んでいる東京の夜が “異常だ” ということを知らなかった。

東京の夜景0003

 明かりこそ、都市文明の指標だ。
 いつのまにか、そんな誤解が自分の中に助長していたように思う。

 隅々までくまなく照らす明かりは、 「影」 の部分をつくらない。
 しかし、 「影」 を排除することによって、私たちは何かを失った。

 実は、 「影」 の部分があってこそ、現れる世界というものがある。

 平安京の昔。
 当時、日本最大の街であった京の都ですら、日のかげった建物の影には、鬼や妖怪が跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) した。

 それは、 “近代科学” が生まれていなかったためとは限らない。
 むしろ、 「闇への敬意」 が生んだ文化だといっていい。

 昭和の世になってからも、それは残った。
 蛍光灯が普及するまで、裸電球の貧しい明かりをともした街の店先の奥には、通行人には知りえぬ家主の生活があり、そこでは、様々な悲喜劇が繰り広げられていることを想像させた。

 「影」 は、この世には “視界の中に入らない世界” があるということを教える。
 その世界を観るには、肉体の眼のほかに、心の眼が必要だということを教える。

 しかし、隅々までくまなく照らす明かりに慣れた眼には、もう、肉眼で見えたモノ以外の姿を捉えることができない。

ホッパー1001

 「闇の向こうに、知らない何かがたたずんでいる」 という感覚。
 それを失ったときに、世の中はすべて平板で奥行きを失ったものとなり、おのれの目に見えるものしか信じられないという錯覚を生む。
 そして、それは、人間の傲慢さの温床となる。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 08:05 | コメント(5) | トラックバック(0)

東電を怒る父さん

 たまにだけど顔を出す、地元のお寿司屋さんがある。
 店にお客がいれば、深夜の2時頃まで営業しているので、この季節、終電ぎりぎりに帰る私には、他の店が閉じてからでも夕食が取れるありがたい店なのだ。

寿司画像

 いつもは午前を回ってから顔を出すのだが、この日は珍しく、9時過ぎぐらいにノレンをくぐった。
 6人掛けのカウンターのうち、5席が埋まっていた。
 そのうちの4席は、中学生ぐらいの兄妹を伴った家族によって占められていた。

 真ん中に座った大柄のお父さんが、生ビールのジョッキを傾けながら、握り寿司をバクバク食っている。
 食い、かつ大声でよくしゃべる。

 「トーデンのバカヤロめ! もううちは電気料なんか払わねぇぞ」
 と、店中に響きわたる大声で、お父さんは怒っている。

 トーデン。
 もちろん、今回の巨大地震による津波で、原子力発電所の事故を起こした、あの 「東電」 だ。

 で、このお父さん。
 放射能危機を招いた東電の危機管理能力を怒っているのかと思ったら、ちょっと違うようだ。
 その東電の原発事故によって、ヨーロッパに行く飛行機が飛ばなくなったことを怒っているらしい。

 なんでも家族4人で、楽しみにしていたヨーロッパ旅行に行くまぎわだったという。
 それが、今日 (…計画停電のせいなのかよく分からないけれど) 飛行機が飛ばなくなって、旅行をキャンセルせざるを得なくなった。
 で、 「腹が立つ!」 と、お父さん、生ビールをうまそうにゴクリ!

 そして、左右に座らせた子供たちに、
 「お前たち、ホラもっと食わんのか? 今のうちだぞ」
 とせき立てる。

 今のうち……!?

 確かに、東北の漁港が壊滅状態になったので、魚市場でも鮮魚の量が少なくなってきたとは聞いている。
 だから、ネタの新鮮な寿司は、これからしばらく食えなくなるかもしれない。
 そういう意味で、 「今のうち」 と言ったんだろう。
 
 現に、店主が 「今日はあまり仕入れられなかった」 と告白するガラスケースのネタも、食い盛りの子供たちを抱えたその家族がバクバク食うために、どんどん少なくなっていく。

 しかし、文句はいえない。
 店主が、その4人家族の注文をこなすのに必死になって握っている様子が、カウンター越しに見えるからだ。
 こっちは後から来た身だから、順番は守るつもりでいる。
 狙っていたネタが、ガラスケースから消えていくのを見ても、じっと我慢するしかない。

 で、このお父さん、時事放談も好きらしい。
 「だいたい政府の危機能力がゼロだよ。文化系のバカどもが原発のことも分からずに、トーデンの言いなりになっているから、こういうことになるんだ」

 さらに、こうも。
 「これで、もう米軍に “帰れ”なんていっている社会党の連中も分かったことだろうな。
 結局、日本は米軍にずっと助けられてきたのよ。
 今回も災害の復興に力を尽くしているのは、米軍と自衛隊だけだからな」

 う~ん……。
 まず、今の日本に “社会党” ってあったっけ?
 復興に力を尽くしているのは “米軍と自衛隊” だけだっけ?

 このお父さんの社会認識はどうなっているのかな?

 突っ込みを入れるほどの気力もないし、相手もこの店の常連らしいから、黙ってうなずいて聞くふりをする。

 ま、こういうお父さんは、けっこう世にいっぱいいるのかもしれない。
 生ビールをごくごく飲んで、寿司をバクバク食って、
 「東電のバカヤロ! 政府は無策だ!」
 とののしる人々が。

 別に、このお父さんの意見が間違っているとも思わない。
 ある意味、常識的な意見なのかもしれない。
 
 でも、今回の災害について、自分にはまったく被害の及ばない安全な場所に身を置いて (しかも、美味いもの食いながら) 、正義の代弁者を気取って、誰かを批判するって、ちょっと恥ずかしくねぇ? 
 ことの当否よりも、そのことがちょっと鼻についた。 

 それでも、そんな親子が席を立つとき、
 「じゃお気をつけて」
 と笑顔で挨拶を送る自分が、哀しい。

 ま、俺も同類かもしれないけどね。



ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 17:00 | コメント(6) | トラックバック(0)

深い言葉

 朝、なにげなくテレビのスイッチを入れたら、地震災害に見舞われた人が、焼け野原のような大地にたたずんで、インタビューに答えていた。
 津波で町全体が壊滅的な被害を受けた土地らしく、千人を超える遺体が発見された場所だという。

 報道記者の差し出すマイクに向かって、その人はこみ上げる悲しみに耐えかねたように、深くため息をついた。
 そして、泥と瓦礫に埋まった大地を見回してから、
 「自分には命があるから、まだいい。命さえあれば、あとはなんとかなる」 と答え、笑顔をつくった。

 重みのある “笑顔” だった。
 自分の持てるものをすべて失い、何人もの知人を失った、涙の果ての笑顔だったのだろう。
 その人たちの供養のためにも、 「自分は生き抜いてやる」 という覚悟の笑顔のような気がした。

 「命さえあれば、あとはなんとかなる」
 という言葉は、まだ何も失っていない自分を、打ちのめしたと同時に、励ました。

 たぶん、私には、その人の言葉の100分の1も実感できていない。
 過不足なくモノがあふれる時代を生きてきて、足りないものが出てくるたびに悲観的な未来を思い描いていた私には、まだこの言葉の持つ重みが “体感的” に把握できていない。

 しかし、その言葉の深さは分かる。
 心に残る言葉は、シンプルでも、その底は果てしなく深い。

東北地方太平洋沖地震

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 09:53 | コメント(7) | トラックバック(0)

何かが変わった

 一夜にして、何かが変わった。
 東北と関東を襲った巨大地震のあと、世の中のムードが一気に変わったように感じる。

 災害の映像が連日CM抜きでTVから流れ、人々の日常生活も混乱に陥っているという特殊な環境が続いているせいだとは思うが、メディアやネットの論調から、浮薄な “批評” が影を潜めた。
 庶民の味方の振りをして無責任な放談に終始する政治評論家たちの漫談や、タレントたちの人の揚げ足を取るような文明批評が消えた。

 もちろん、それは今だけのことかもしれない。
 しばらく経って、ある日、テレビをつけたら、相変わらず無責任な政治放談とおちゃらけバラエティが復活していて、雑誌のたぐいは、政局とタレントのスキャンダルを追っているのだろう。

 しかし、ここ数日のメディアの報道やネット言論を見ている限り、明らかに 「何かが変わった」 兆しが見える。

 それは、死者が1万人を超えるかもしれないという大惨事が起こっているのに、
 「おちゃらけは不謹慎だ!」
 ……という感じのものでもない。

 たぶん、この災害を機に、小才の利いた評論家の “耳障りのいい” 言い回しとか、アドリブ上手なタレントの反射神経的なギャグが、一気に色あせたのだと思う。

 今、人々が求めているのは、足が地に着いた言葉だ。
 言い回しの妙で人を面白がらせる言葉ではなく、現実問題として、いまだ電気のつかない暗闇の中で、身内を探し求めている人々の声の重さに拮抗できる言葉だ。

 実は、すでにそういう言葉を、人々はもうかなり前から希求していたのではなかったか?

 いたずらに人をおちょくったり、けなしたり、過度に持ち上げてみたり、痛いところを突っ込んだり……。
 そういう小手先の会話の “芸” ではなく、 「聞くに足る言葉」 。

 テレビのひな壇を仰々しく飾るコメンテーターたちの、 「思いつき批評」 ではなく、その人たちですら沈黙を守らざるを得ないような、身の引き締まる言葉。
 
 そういうものを無意識のうちに求めていた人々の、心の奥底に溜まっていた感情が、たまたま今回の巨大地震を機に、マグマのように噴き出したという気がする。

 これが、…たとえば福島県の原子力発電所の事件だけだったら、状況はそんなに変わらなかったかもしれない。

 自然災害が発端になったにせよ、原発の問題は 「人間の危機管理能力の問題」 であり、 「政府の対応の問題」 であり、すなわち “人為的なミス” として、今までのような浮薄な批評・批判にさらされただけだったろう。

 しかし、今回の東北、関東、北海道までをも巻き込んだ大惨事は、まさに人間の人為的なミスなどに還元されない 「人間を超えたものの力」 によってもたらされた。つまり、人間が同じ人間を批判したり、嘲笑したりする行為を空しくさせるような “力” が現れた。

津波絵画

 大自然の圧倒的なパワーは、いわば 「善悪の彼岸」 にある。
 それは、誰のせいでもないし、誰に責任があるわけでもない。
 要するに、批評や批判の “外” にある世界が現れたのだ。

 私たちは、これまで、そのような世界を語る言葉を持っていなかった。
 悪いことも良いことも、みんな 「人のせい」 にしていれば、事足りていたわけだから。
 
 人間の管理能力を超えた大自然の猛威に対しては、人間はただ泣くしかない。
 そして、この世から消えてしまったものたちに向かって、心を傾けて追悼するしかない。

 聞くに足りる言葉は、そのような 「言葉を失った場」 から生まれる。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:06 | コメント(2) | トラックバック(0)

災害時のキャンカー

 各メディアは、その大半がいまだ大地震報道で占められている。
 被災地の生活基盤が完全に復旧するようになるには、そうとう長い期間を必要とするだろう。

 もし、ライフラインがすべて止まったら、わが家はどうするか。
 カミさんと話してみた。

駐車場のキャンピングカー0003

 とりあえず、うちの場合は駐車場に止めたキャンピングカーの中に避難するだろう、ということになった。
 小さなキャンピングカーなので、中に立てこもっても、せいぜい4~5日で “落城”の運命かもしれない。

 でも、4~5日ぐらいなら、なんとか “籠城” できそうだ。
 生活用水は、満タン約100リッターぐらいは積める。 
 普段は、満タンまで積むことはないが、約100リッターを確保していれば、飲み水は別として、いろいろな用途に使える。
 タンクを清浄していないので、さすがに飲料に使うには不安がある。
 それだって、いざとなったら、それを飲むしかないかもしれないが、できれば避けたい。

 ガスは、LPGボンベがあるので、お湯を沸かしたりするぐらいなら、満タンになっていれば、かなり持つ。
 カセットコンロも積んでいるし、カートリッジの予備も何本か備蓄しているので、カップ麺などで食いつなぐことはできる。
 少しでも温かい食事が作れれば、それを近所の人たちに配ってあげることもできる。

コマンダーのギャレー

 冷蔵庫は、昔ながらの3ウェイ方式。LPガス、DV12V、AC100Vの三つが使えるというもの。
 AC電源の供給が途絶えても、LPガスを使って作動させることができる。

 電子レンジもあるので、冷凍品を温めるぐらいなら、それを活用すれば大丈夫。
 ただ、キャンピングカーに一般的に搭載される電子レンジはAC電源に頼るものが多いから、ACの供給が途絶えたときは、サブバッテリーとインバーターに頼ることになるが、やはり長時間の使用には耐えられない。発電機を持っていれば別だが、たいていの場合、まず電気の供給がネックになりそうだ。

コマンダー電子レンジ0008

 幸いなことに、うちのキャンピングカーは、電子レンジに関しては12V対応なので、AC電源を引く必要がない。
 作動させるときにエンジンを回しておけば、まず心配ない。
 冷凍品を保管していた人々がそれを持ち寄って来れば、温めてあげることぐらいなら、いくらでも対応できる。

 大事なのはトイレだ。
 大都市のトイレは、ほとんど水洗トイレになっているので日頃の衛生は保たれるかもしれないが、水道が止まったときは、それが逆作用をもたらす。
 汚物が溜まっても、流せない。
 そうなると、田舎のボットントイレの方が、まだ融通がきく。

 わが家のキャンピングカーはトイレ付き。
 しかも、トイレ室は個室になっているので、女性も安心して使える。
 だから、近所の人で、トイレ処理に困っている人がいれば、(数日ぐらいなら) それも使ってもらうことができる。

 トイレは、 「カセット式」 と呼ばれるもので、便器下のタンクに汚物を溜める構造になったもの。
 しかも水洗。
 小さなタンクに洗浄用の水を溜めるだけなので、無尽蔵に使えるわけではないが、いちおう使用後に便器を洗い流せるので、衛生的には安心だ。

 また、便器とタンクの間にはフタが付いているので、タンクの臭気が上に登ってくることもない。
 汚物を溜め込み過ぎると、夏場などには臭気が漏れることがあるが、そういうときのためにキャンピングカー専用消臭剤も売られている。

 最近は、箱型のキャンピングカー (キャブコン) でもトイレ機能をオプション設定にしているクルマが増えた。
 確かに、道の駅や高速のSA・PAにはトイレが完備しているし、キャンプ場に泊まれば、まずトイレの心配はない。

 そのため、キャンピングカーのトイレ機能は昔ほど重要視されなくなったが、自然災害などによって、都市の水道機能がマヒしたときなどは、キャンピングカーのトイレが大いに役に立つだろう。

 ただタンク容量には限度がある。大型のカセット式のもので5~6日は持ったことがあったが、基本的には廃棄する場所があってのトイレであり、それを越すと衛生上の問題も心配。

 それでも、あるとないでは大違い。
 地震が発生した金曜日には、渋滞の中を11時間かけて家に戻ったが、途中尿意を催したとき、ちょっと路肩に止めて車内のトイレを使った。
 ありがたいものだと思った。

 もっとも、普段は、カミさんと一緒に旅行するときの私の “喫煙スペース” になっているだけだけど。

 暖房は、FFヒーターでまかなえる。
 これは自動車燃料がそのまま使える暖房形式なので、燃料 (軽油) を満タンにしておけば、かなり持つ。
 もっとも、FRPボディの壁材の中に断熱素材が封入されているので、車内の温度そのものがそれほど外気温の影響を受けない。
 家にいるよりも、暖房の熱源は省略できるかもしれない。
 近所の小さな子どもやご老人が暖を取りたいというときなど、どんどん集まってくれればいい。

コマンダー室内(ダイネット)

 寝る場所にも困らない。
 バンクベッドとフロアベッドをフルに活用すれば、大人3~4人までならゆったりと寝られる。
 シュラフは積みっぱなし。
 後は、家から毛布だの布団を運び込めば、寝るときの心配はない。

 このように、フル装備に近いキャンピングカーが1台あるだけで、蓄えさえあれば、数日の籠城は可能だ。
 しかし、それでも、すべてのエネルギー源が切れれば、ただの “箱” 。
 やはり、最後は、助け合う人同士の連帯が大事。

 今回の地震報道を見ていると、人と人のつながり以上に、災害を乗り切る力はないということを痛感する。





campingcar | 投稿者 町田編集長 16:18 | コメント(0) | トラックバック(0)

大地震

 北関東で、車両撮影をしていた。
 午前中は晴天だったものの午後は雲が多くなり、雨の懸念も出ていた。
 
 「そろそろ仕事を終えなければ…」
 と思っていた瞬間、グラっと来た。

 大地が波打つのをはじめて見た気がした。
 道路を一つ隔てた民家の瓦屋根が、バラバラと音を立てて落下していた。

 取材車として乗ってきた自分のキャンピングカーが、今にも隣のクルマにぶつかりそうに揺れている。
 空の上を、おびただしい鳥たちが、絶叫しながら円を描くように飛び回っている。

 携帯電話で、即座に家に連絡を取ろうとしたが、すでに繋がらない。
 
 震源地はどこなのか?
 知り合いにパソコンを開いてもらったが、ネットにもアクセスできない。

 自分のクルマに戻り、カーラジオのスイッチを捻った。
 震源地と震度だけは分かったが、その他の状況はまだ何もつかめていないようだ。

 しばらくその場で様子を見守るつもりでいたが、近所の人たちがもたらしてくれた情報によると、信号機はみな作動するのをやめて、高速道路は閉鎖されたという。
 一般道の渋滞もますます激しさを増しているとか。

 復旧の見通しは立たないが、かといって、その場に立ち尽くしているわけにもいかない。

 家も心配だし、自分のことを気にしているだろう家族にも無事を知らせたいという気持ちが強くなり、とりあえず一般道を使って、家に戻ることにした。

 信号機が用をなさないので、大きな交差点の前では延々とクルマが連なる。
 ラジオからもたらされる情報により、次第に災害の全貌が明らかになってくる。
 東北・関東全域が、どうやら、とてつもない規模の地震に見舞われたらしい。

 こういうときに、やはり 「情報」 は助かる。
 自分の取るべき行動というものが分かりやすくなるし、何よりも励まされる。

 災害地で大変な状況に巻き込まれた人たちの悲惨なニュースも逐次入ってくるが、一方では、救援に尽力する人たちの力強い活動の様子も伝わってくる。

 みんながみんな、誰かを助けようとして必死に動いているんだな…ということが伝わるだけで、自分の身を守ろうとするだけで汲々としている自分が浅ましく思えてくる。

 夜になって、都内の仕事場から帰る足を奪われた人たちのレポートがラジオから伝わるようになった。
 行き場を失い、暖を取ろうとする人たちのために、営業時間が過ぎても店を開放している飲食店の話。道往く人を励ますために、売れ残ったお菓子類を無料で配り始めた和菓子屋さんの話。
 
 困っている人たちのために、自分ができることを精一杯やろうとする人たちの話は、渋滞するクルマの列になすすべもなく閉じ込められている自分にも 「元気」 を配ってくれる。

 都内に入ったのが、午前2時。
 幹線道路はまだ渋滞が続き、運転に疲れたのか、側道に止めて寝てしまったドライバーも多い。

 その時間に、ネクタイをしてカバンを下げたサラリーマンたちがまだ歩いている。
 JRがすべて止まったので、家まで歩き始めた勤め人がいっぱいいるとラジオは告げていた。

 結局、自分も11時間かけて家にたどり着いた。
 家の玄関に入ったのは、夜中の3時半だった。

 テレビをつけて、ようやく今回の災害の様子を 「映像」 を通して確認することができた。
 津波によって押し流されていく無数の自動車の様子や、火災を起こして火の海となった街の様子を見ると、あらためて日本を襲った大惨事の実態がよく理解できた。

東北地方太平洋沖地震

 被災地となった地域には、自分の知り合いも多くいる。
 その人や、その家族たちは大丈夫だったのだろうか?
 考えるだけで、胸が痛む。
 

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 13:16 | コメント(4) | トラックバック(0)

ジュリアンオピー

 もう、そうとう昔の話になるけれど、会社のパソコンのファイルの底に、 「TURBO FREEWAY (TFway) 」  というゲームソフトが眠っているのを発見したことがある。

 自動車レースのゲームだった。
 といっても、サーキットではない。

ターボフリーウェイ(TFway)

 まばらな木々が植わっている公道で繰り広げられるレースなのだが、パソコンの黎明期のソフトという感じの、情報量を極端に絞ったシンプルな風景に、不思議なものを感じて、けっこうハマった。

 殺風景な景観が、むしろシュールに思えたのだ。
 それは、ちょうど映画 『マッドマックス』 のロケ地である荒涼としたオーストラリアの風景にも似ていた。
 こんな風景の場所に独り取り残されたら、寂しさで発狂しそうだ…と思う反面、この画面を額にでも入れて部屋に飾ったら、案外面白いかも…とも思った。

 が、つい最近、この 「TURBO FREEWAY」 の画面とそっくりのアートを発見した。
 イギリスの現代アートシーンで有名な (…ということを、そのとき知ったのだが) ジュリアン・オピーの作品だった。
 本棚を整理していたら、本と本の間に眠っていた 『美術手帖』 の2000年9月号に、その絵が載っていたのである。

 どうして、そんな雑誌を買ったのか、その雑誌のどの記事を読みたかったのか、今では思い出せない。
 で、買ったときには、たぶんジュリアン・オピーのグラビアを見ていなかったか、見ていても意識の中に入らなかったのだろう。

ジュリアン・オピー1004

 しかし、改めて、この風景は 「すごい!」 と思った。
 いま流行りの3D画面とは真っ向から逆を向いているのに、なぜか、この奥行きを欠いた画面の方に、魅せられている自分がいる。

 そもそも、これは絵なのか、イラストなのか、デザインなのか。
 商品のパッケージに使われそうなチープ感もあれば、ポップアートとしての存在感も漂わせている。

 『美術手帖』 の説明を読んで、それが、1990年代の終わり頃から2000年代にかけて話題を呼んだ 「スーパーフラット」 という潮流に乗った手法であると知った。
 その流行から10年遅れて、ようやくその存在に気づいたことになる。

 こういう絵の、いったい何に自分は魅了されるのか。

 この奥行きを失ったベッタリした画面が、逆に、近代絵画とは別の次元の “奥行き” を感じさせてくれるからだ。

 木は、かろうじて木と分かる形にまとめられ、まさに 「木」 の記号と化している。
 木がなければ、その背後に控えている 「大地」 と 「空」 を想像することさえ難しい。
 まさに、幼児の下手くそな塗り絵。
 これを 「絵」 として認めたがらない人も多いような気もする。

 しかし、この絶望的な遠近感の喪失には、別の意味での “奥行き” がある。
 奥行きを拒否したフラットな画面が、逆に、その背後にたたずむ何かを感じさせる。

 このようなフラット化された空間を追求した20世紀絵画として、すでにマチスやゴーギャンのような巨匠たちがいる。
 しかし、彼らとジュリアン・オピーとの決定的な差異がひとつだけある。
 それは、 「デジタル以前」 と 「デジタル以降」 という言葉で語られるべきものかもしれない。

 「象徴」 とか、 「暗示」 とか、 「寓意」 といったアナログ的な想像力では到達できないデジタル社会の感性で捉えた “彼方 (かなた) ” がここにはあるように思うのだ。

 人間の脳がスーパーコンピューターに置き換えられ、人間がアンドロイドとしての「眼球」 を与えられた時に見る光景とは、ひょっとしてこんなもんではなかろうか。

 近代絵画の遠近法は、このような空間を描くことができなかった。
 遠近法とは、絵画を眺める鑑賞者が、あたかも 「その絵の中に入っていける」 と錯覚するような作図法で貫かれたもののことをいう。
 
 それは、神を讃えたヨーロッパ中世の宗教画や、仙人の理想郷を描いた東洋の山水画のフラット感を “否定するもの” として登場した。
 要するに、それは、 「この世に神秘はない」 という近代主義思想が生んだリアリズムであった。

ジュリアン・オピー1003

 ジュリアン・オピーのスーパーフラット絵画は、その近代主義思想を、もう一度転倒させたものかもしれない。
 作図法としては、西欧中世美術や、東洋の山水画の構造に近い。

 もちろん、そこには 「神」 も 「仙人」 もいない。
 「理想」 も 「教訓」 もない。

 だけど、近代主義的なリアリズムを超えたモノの気配がある。
 「何もない」 という虚無に向き遭ったときの 「畏れ (おそれ) 」 みたいなものが、そこには刻まれている。

 「畏れ」 とは、心がおののくことだ。
 おののきとは、驚愕でもあり、恐怖でもあり、愉悦でもある。

 オピーの静かな絵の中には、耳を澄ませると 「驚愕」 と 「恐怖」 と 「愉悦」 が山々にこだまして、無数のエコー (残響) として鳴り響いているのが聞こえてくる。

 「書くこと、それは、語り終えることのないものの残響になることである」
というモーリス・ブランショの文学論は、このジュリアン・オピーの絵に対しても当てはまる。
 すなわち、
 「描くこと、それは、描き終えることのないものの残響になることである」

 私たちが、ある文学、あるいはある絵画に感動するのは、そこに描かれたものを “手に入れた” からではない。
 むしろ、手に入れられなかったものを追おうとするからだ。

 追っても、追っても、夏の道路のかなたに燃えたつ “陽炎 (かげろう) ” のように、まばゆい乱反射を繰り返しながら、逃げていくもの。

 その乱反射を、ブランショは 「残響」 と言ったのではなかったか。

ジュリアン・オピー1004

 ジュリアン・オピーの極限まで “説明” をはぎ取られた 「木」 や 「空」 は、実体とは無縁の単なる “記号” であり、具体物の残響 (=エコー) にすぎない。

 しかし、実体物が去った後にこだましている 「残響」 とは、すでに実体物とは別の 「何者か」 である。
 ちょうど雲一つない冬の青空が、もはや 「空」 とは言えない別のモノになっているように。 



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:35 | コメント(2) | トラックバック(0)

親孝行ビジネス

 ここ最近、 “親孝行ビジネス” というのが、注目を集めているようだ。

 もしかしたら 「ビジネス」 という、とげとげしい言葉を使ってはいけないのかもしれない。
 
 「 “親孝行” に注目が集まっている!」

 ひとまず、そう言っておこう。

 ことは、ある旅行会社が親子2世代を対象とした商品を開発しようと思いつき、老齢の親を持つ30~50代の子世代200人に対して、ネット調査を行なったことから生まれた。

3世代キャンプ

 その調査によると、子世代の48パーセントが、 「親に旅行をプレゼントしたことがある」 と回答し、38パーセントが 「親と一緒に旅行をしたい」 と答えたという。

 旅行会社は、その解答をヒントに、ユニバーサルデザインやバリアフリーを意識した国内ホテルや旅館を厳選し、リフト付きのバスを用意するなど、高齢者に絞った旅行商品を開発した。
 もちろん、ホームヘルパー2級以上の資格を持つ介護経験者が旅行サポーターとして同行して、万が一に備える。

 これがえらく評判がいい。
 親を安心して旅行に送り出せるとあって、子供が、そういう旅行商品を親にプレゼントするだけでなく、子供も一緒に介護者として参加するなど、かなり盛況だという。

 折りも折り、 “親孝行” をテーマにした書籍が脚光を浴びている。
 みうらじゅん氏が実践する親孝行の数々を紹介した 『親孝行プレイ』 は、ドラマ化されるほどの評判を呼んだ。
 また 『親がしぬまでにしたい55のこと』 (親孝行実行委員会・著) は、10万部を超えるベストセラーとなった。

 現在、日本人の平均寿命は、男性79.59歳。女性86.44歳。
 2010年の日本人の平均年齢は、45.1歳だという。

 つまり、親のことを気にかけながらも、仕事や育児に忙殺されていた40歳代の日本人が、そろそろ親との死別を意識せざるを得ないような人口構成になってきたのだ。

 そのことを反映してか、近年、親と同じ圏内に住む人たちが増えているとも伝えられている。

 あるマーティング会社が、東京、千葉、埼玉などの40~50代の男性を対象に、親と息子夫婦の関係を調査したところ、回答者の45パーセントが親と同じ圏内に住み、また40パーセントの子供が、月に一度は親と会っていることが分かった。

 親と子を隔てる距離は、徒歩20分程度。
 電車でも1時間圏内。
 子供が、田舎に住んでいる親を都会に呼び寄せるケースもあれば、子供夫婦が思いきって都会を脱出し、親が住む地方に移住することもあるらしい。

 かつては、多くの若者が、村社会の閉鎖性や親世代の拘束を嫌って、都会に飛び出していった。
 そして、都会で結婚し、集合住宅に住んで、 「核家族」 という共同体の拘束を逃れた絶対自由のユートピアをつくった。

 しかし、どうやらいまの日本人には、そのような自由を享受できる余裕がなくなってきたらしい。
 不況の恒常化によって、どの夫婦もダブルインカムを考えなければならなくなった。
 しかし、母親が働きに出ようとも、いまはどの都市でも保育所は満杯。
 核家族の母親に対し、育児の辛さがもろに直撃する。
 少子化を非難する論調は多いが、育児や家事をサポートしてくれる人間が周りにいなければ、 「これ以上、子供は持ちたくない!」 と思う母親が次々と現れたって不思議ではない。
 
 そのため、家事に関しては、
 「親世代にケアしてもらえるところは、ケアしてもらおう」
 という合理的な判断を下す子世代が増えてきたという。

 親世代にとっても、子供たちとの会話が復活したり、孫と触れ合う時間ができるのはうれしいことだ。
 親子が簡単に行き来できる範囲内に、お互いの居を構えるという風潮が生まれてきた背景には、そんな事情が絡んでいるようだ。

 面白いのは、住む場所が 「同一圏内」 ではあっても、決して 「同世帯」 ではないこと。

 一時ブームであった 「二世帯住宅」 というのは、いまはまったく売れないらしい。
 一緒に住めば、どうしても “嫁・姑の対立” という永遠の問題が生まれる。
 いまの親世代は、若い頃に閉鎖的な家族共同体から逃れてきた人たちだから、自分たちも、親子の対立を避けようとする。

 対立を避けながら、徒歩20分とか電車で1時間ぐらいの場所にそれぞれ住んで、ゆる~く連絡を取り合う。

 これがどうやら “イマドキ親子” の理想であるらしい。

 そこで、先ほどの旅行会社の例ではないけれど、70代と40代の親と子をひとつのセットとして考えるようなマーケットが発見されるようになったわけだ。

 これまで、シニア層をターゲットにした商品でバカ当たりしたものは出てこなかった。
 浸透したのは、単価の安い健康食品の系統ばかり。
 
 社会情勢が不安定な時代があまりにも長く続いたため、シニア層は、自分たちの生活を守るためにサイフの紐をギュッと絞る習性を身につけてしまったのだ。
 いちばん裕福な個人資産を抱える人たちがお金を環流させなくなったのだから、不況が長引くのも当たり前である。

 ところが、この世代の親は、子供や孫には甘い。
 自分たちの生活は慎ましやかに維持しながら、 「孫の誕生日」 などとなると、気前よくお金を放出したりする。

 彼らはお金そのものを出し渋っているわけではなく、孫や子供たちと触れ合う喜びが得られるのならば、それにはお金をいさぎよく遣おうと思っているのだ。

 ここで、 「親孝行ブーム」 の正体が見えてくる。

 世の親孝行ブームというのは、子や孫の世代を上手に使って、親世代を消費社会に引っぱり出そうという試みであるとも言える。

 そのからくりを、消費者サイドから眺めると、なんだかうんざりしてしまうけれど、親世代と子世代、さらにその孫世代と、3世代が一緒になって楽しめる商品が生まれるということは、決して悪いことではない。

 いままでの商品開発では、ターゲットの絞り込みが優先されていた。
 特に、嗜好品は、ターゲット層の性別、年齢、所得、生活圏内、趣味などという細かいエレメントに分解され、訴求対象がピンポイントに絞られる形で開発されてきた。

 しかし、そうやって 「個」 に分断された商品開発というのは、 「個」 が強く希求されていた時代でなければ通用しない。

 人々の心は、チャーミングな 「個」 を主張するよりも、家族や友人と “ゆる~く” つながることの方に価値を見出そうとしているように見える。
 だから、時には、祖父・祖母・夫婦・孫といった、家族の漠然とした広がりを大事にするような商品開発も必要になってくる。

 キャンピングカーというのは、そういう流れの最先端をいく商品だと思うし、それを有効活用したキャンプという行事は、3世代が遊べる理想的なレジャーだと思うのだけれど。

3世代キャンプ

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:02 | コメント(2) | トラックバック(0)

OMCの北斗

 その昔、テレビCMで脚光を浴びた、
 「亭主元気で留守がいい」
 というキャッチコピーは、いまだ健在のようだ。
 
 たまの休日の土日、家でカミさんと一緒の過ごす時間が長引くと、ふとため息のように、カミさんの口からついて出る言葉が、
 「亭主元気で留守がいい」。

 ▼ 「タンスにゴン、亭主元気で留守がいい」 という防虫剤のCM(1986年)

亭主元気CM

 カミさんは言う。
 「1日顔を合わせただけで、こんなに鬱陶しいのに、あなたが定年退職を迎えて、毎日顔を合わせるとなると、この先どうなってしまうのかしら」

 私のように、奴隷のようにかいがいしく尽くす旦那を持ったうちのカミさんですら、こうなのだ。

 「熟年離婚」 という言葉が盛んにマスコミで取り上げられるようになったのは、今から5~6年ぐらい前だったか。
 離婚訴訟の主たる原因は、それまで 「夫の浮気」 などという生臭い原因が多かったが、熟年離婚は、ちょいと違う。

 それまで、朝早くから会社に出かけて、帰りは遅かった夫が、定年退職を機会に、朝から晩まで家にはりついて動かない。
 起きてくればリビングのテレビは独占し、見るのはスポーツ中継かニュースだけ。
 そして、どうでもいい事件に、やたら腹を立てる。
 くわえて、朝、昼、晩 「めし」 といって、口を空けて待っているだけ。

 まず、この生活リズムの激変に、たいていの奥さんは耐え切れない。

 旦那さんからすれば、とても離婚の原因にならないような、そんなことが、奥さんにとっては、立派な離婚の動機になったりすることがある。

 つまり、奥さんから見れば、会社でどのような業績を残した夫であろうとも、家の中に入れば、 “ただの人” 。
 そういう夫が、社会から切り離されて家に居座り、しかも女房に無理解で、男としての魅力も失ってしまえば、赤ん坊よりも始末が悪い。

 一方、奥さんの方はどうかというと、旦那さんたちが外に出ている間に、近所の主婦たちとコミュニティのようなものを結成して、豊かな社会関係を構築している。
 女性同士で、お茶したり、食事したり、時には一緒に旅行に行くなど、ガールズトークを楽しんでいる。

 そういう奥さんに対して、
 「おい、お前、そんなにお洒落してどこに行くんだ?」
 と、口うるさく質問を浴びせる旦那さんは、うんざりする存在なのだ。

 せめて、何かの趣味をつくって、自分一人でも旅行に出かけたりする時間を持ってほしい。
 旦那さんに対して、そう期待する奥さんは多いようだ。

 実は、最近 「男の一人旅」 を開発テーマに掲げたキャンピングカーが密かに注目されているのも、そんな背景が絡んでいるのかもしれない。

 現在、 「キャンピングカーによる夫婦の二人旅」 はますます盛んになっているが、それと並行して、一方では、 「最近旅に誘っても、カミさんがついて来なくなってねぇ」 という旦那のつぶやきもチラホラ聞こえるようになった。

 あと、何年後になるのか。
 日本では、「一人でも充実した時間をつくれる文化」 というものが急速に求められる時代が来るような気がする。

 それは、朝日新聞が取り上げた 「孤族」 というような、寂しい一人生活ではなく、むしろ一人の時間をどうマネージメントするかということを学び、そこから再び他者とつながる回路を模索するような、プラス志向の動きになると思う。
 
 20年後の2030年には、50~60代の男性の4人に1人が一人暮らしになり、50歳男性のうち、3人に1人は未婚のまま終わるという推論も立てられているそうだ。

 マスコミは、こういう傾向を “孤独な社会の到来” という論調で染め上げるのが好きだが、孤独に対する耐性を身につけるということは、他者とのつながりを再構築するためのヒントになるはずだ。

 孤独なシニアは、もっともっとその孤独を突き詰めたらいい。
 そうすれば、人と人がつながるときに大切なものというのも分かってくるのではないか。
 妻からうとんじられる旦那さんというのは、まだ本当に 「孤独」 というものと直面していないのだ。

 だから、キャンピングカーによる旦那さんの 「一人旅」 には大いに賛成だ。

 車内のダイネットに一人で座り、外の景色など見ながら、冷蔵庫から取り出したビールを一杯あおる。
 目の前にいるはずの奥さんが、今日はいない。
 ……寂しい。
 でも、それは自由な時間を享受することにもなるはずだ。

 車内のテレビで漫然とニュースを見るよりも、そんなときはテレビのスイッチを消して、目の前にいない奥さんに対し、 “心の対話” を試みたらどうか。
 意外と、若い頃に感じて、その後忘れていた奥さんの魅力を再発見するかもしれない。
 それが、キャンピングカーによる 「二人旅」 の再出発になるはずだ。
 
 そんなことを見越して開発されたのではないかと思われるキャンピングカーが、オーエムシー (OMC) のニュー 「北斗」 である。

OMC北斗外装001

 全長4.84mのハイエースのワゴンロングをベースとしたバンコンで、その取り回しの良さから、もともと、釣り、写真、天体観測などのベース基地として使う男性の一人旅用キャンピングカーとして人気のあったクルマだ。

 もちろん、もとは夫婦の 「二人旅」 車両として開発されたクルマだから、初期のモデルは、ベッド展開のできるロングソファーの上に、さらに上段ベッドを設定できるようになっていた。

 しかし、このクルマに関しては、意外とシングルで使っているケースが多いことに、開発陣は気づいた。
 
 確かに、 「二人用」 のクルマではあるが、レイアウトや家具の質感などに、どことなく “男の隠れ家” 的な風情がある。
 そのため、この車両に関しては、けっこう自由きままな一人旅を満喫する男性たちが多かったのだ。

北斗内装4682

 今年開発されたニュー 「北斗」 (↑) は、一人旅の満足感をよりストレートに追求したものになっている。
 そのため、2段ベッドの採用も控え、家具色もダークなものにして、男好みのテイストを意識したコーディネートがなされた。
 ソファーもステッチ縫いや飾り縫いを施した質感の高いもの。さらに、本革シート(op.) も用意されるなど、充実した “男の個室” を満喫できる仕様が実現されている。

北斗内装4686

北斗内装4696

 キャッチは、ずばり 「シングルユース」 。
 「シングルオンリー」 と謳っていないところがミソ。
 一人で使ったときの充実感を大切にしながら、二人旅のキャパシティも完璧に満たした車両であるとのこと。

 もちろん、ソファーをベッドメイクしたときのサイズは1,900×1,250㎜だから、実質的には二人分の就寝スペースが確保されている。

北斗内装052

 オーエムシーの大間社長は、
 「ホテルに例えれば、ダブルベッドやツインベッドの部屋を、一人で贅沢に使うとことを想定してもらえればいい」
 と語る。

OMC大間社長

 「シングルユース」 を広告展開にも堂々と謳ったキャンピングカーは、この北斗がはじめてだが、実際には、キャンピングカーを一人で使いたいというニーズはそうとう前から高まっており、キャンピングカー販売店のスタッフたちも、最近はそのような事例を目にする機会が増えたとよく口にする。

 さらに、そのような一人旅ユーザーが、道の駅やキャンプ場などで、同じような旅を楽しむユーザーと出会い、そこで一杯酌み交わしながらキャンピングカー談義にふけるなどという話も耳にするようになった。

 見ず知らずの男同士でも、キャンピングカー仲間なら会話も弾む。
 そのような気のおけない会話の中で、自分たちの人生を振り返ったり、お互いの趣味を確認し合ったりする人たちが最近は多いらしい。

 男たちは、キャンピングカーを通じて、ようやく仕事を離れた場所での社会性を身につけるようになってきたのだ。

 定年退職後の旦那さんと奥さんの気持ちのスレ違いは、この 「仕事を離れた場所」 での “社会性” のあるなしから生じることが多い。

 あと数年もしたら、シングル族たちの、このようなキャンピングカーを媒介にした新しいコミュニケーション空間のことがきっと話題になってくるだろう。

 そのようにして、職場とは異なる人間関係の結び方を学んだ男たちが家に戻ってきたとき、キャンピングカーによる 「夫婦二人のくるま旅」 は、また新しい局面を迎えると思う。



campingcar | 投稿者 町田編集長 00:18 | コメント(2) | トラックバック(0)

アレクサンドリア

 エジプトに 「アレクサンドリア」 という街がある。
 紀元前に、マケドニアのアレクサンダー大王が建設した都市で、古代より地中海貿易の要所として栄えた。

 ローマ帝国に併合されていた時代には、文学、歴史、地理学、数学、天文学、医学などの諸学問の栄える古代北アフリカ最大の文明都市となっていた。

 そのローマ帝国の末期、その街で、ヒュパティアという女性科学者が活躍していた。
 哲学者であり、天文学者でもあった。
 一説によると、この時代において、すでに、後にコペルニクスの唱えた 「地動説」 をイメージできるような感受性を備えた女性であったらしい。

 そんな彼女の生涯をテーマにした映画が公開された。
 タイトルは 『アレクサンドリア』 (原題アゴラ) 。

映画アレクサンドリア

 見たいんだけど、この時期はちょっと無理。
 DVD化されてから見ることになるだろう。

 なんでこの映画が気になったかというと、ここでは彼女が、キリスト教徒の迫害によって無残な最期を遂げる、と紹介されていたからだ。

 昔から、古代ローマ帝国を舞台に選んだ歴史劇は、キリスト教徒が迫害されるシーンをさんざん撮り尽くしてきたが、ここでは逆転されている。
 “開かれた学問” を目指す知的な女性が、逆にキリスト教徒から迫害されるのだ。

 紀元400年代の地中海世界では、すでにローマ帝国によって “国教化” されていたキリスト教による宗教体系・文化体系の書き換えがものすごい勢いで進んでいた。
 キリスト教化された人々は、それまでの古代文明を 「異教的で背徳的な文明である」 という理由で、ことごとく排撃し、それまでの文化施設を破壊し始めていた。

 それまでのローマ帝国の文化というのは、多神教を背景にした “何でもあり” の世界だった。
 いわば 「価値の多元化」 が認められた社会なわけで、科学や天文学、哲学などの隆盛も、価値の多元化を認める人々の自由な精神によって支えられたものだった。

 だが、この時代のキリスト教は、 “神の教える一つの真実” 以外のものを認めなかった。
 極端に原理主義的だったのである。それは、ある意味で 「科学」 を否定するものであり、 「哲学」 を封じ込めるものであった。

 人間が、この世に起こる不可思議な現象に対して、 「なぜ?」 と考えることは、神の創った世界を疑うことである。
 したがって、この世に 「疑問」 や 「懐疑」 はあってはならない。

 だから、 「科学を支える精神は人間の自由にある」 と説く女性学者ヒュパティアの思想は、その時代のキリスト教徒たちから見れば、忌むべき異端の思想だったのだろう。

 この 『アレクサンドリア』 という映画のレビューを読んで、まず思い出したのは、辻邦生の書いた 『背教者ユリアヌス』 という小説である。

 ユリアヌスは、キリスト教国家となったローマ帝国の皇帝でありながら、キリスト教化された宗教・文化体系になじめず、ギリシャ・ローマ時代の宗教を復活させ、キリスト教徒によって破壊された古代の神殿を次々と再建していった人である。
 彼は、価値の多元化を認める古代宗教の精神を尊いものとして、それを認めないキリスト教聖職者の持っていたさまざまな特権を取り上げた。

 当然、当時のキリスト教会の実力者との暗闘が始まる。
 キリスト教徒側からすれば、ユリアヌスは、 「時代に逆行する野蛮な暴君」 であった。
 もちろん、彼の “宗教革命” が成就しなかったのは、キリスト教教義が全ヨーロッパを覆っていったという、その後の歴史が証明するとおりである。

 この小説は感動的であった。
 宗教と哲学、宗教と思想を考えるときの原点となるような物語だと思った。
 映画 『アレクサンドリア』 に注目したのは、テーマが同じだという期待があるからだ。

 ヒュパティアを惨殺し、ユリアヌスの業績を葬り去ったキリスト教的世界は、その後ヨーロッパをどう変えたのか。

 「暗黒時代」 といわれる中世をもたらした。

 この時代、無知であること、貧しいことが美徳とされ、ギリシャ・ローマの古典文学は焼かれるか、捨てられるかして消滅させられ、古代文明の遺跡は 「悪魔の宮殿」 とされて、近づく者すらいなかった。

 しかし、……と思うのだ。

 全ヨーロッパを襲ったキリスト教的な世界観というのは、やはり、それまでの人間が抱いたこともなかったような、まったく新しい認識を人間にもたらしたように思う。

 それは、
 「世の中の真実は、人間の観察力とか認識力を離れたところに存在している」
 という考え方であった。

 つまり、絶対的な神でしか知りえない真実。
 そのような真実の前に、ただただ人間は真摯に向きあうしかないという姿勢を取ることを、キリスト教文明は諭した。

 このような考え方は、人間をどう変えたか。

 「いま目の前に起こっていることには、必ず “裏がある” 」
 と考えるようなクセを人間に強いた。

 「裏」 とは、人間の認識力とか観察力を超えたところに存在する “真実” のことである。

 「人間」 が主体であった古代文明社会において、この世に 「裏に隠された真実」 はなかった。
 卓越した観察者の主観が、 「真実」 の全てだった。

 しかし、 「この世には (神しか知りえないような) 人間には見えない真実がある」 という思考パターンは、ある意味、キリスト教が排斥しようとした 「科学の目」 を、逆に育てることになった。

 ここが面白いところだ。

 われわれは、ともすると 「宗教と科学は対立するものだ」 という先入観を抱きがちだが、近代科学というのは、実は、キリスト教的な思考パターンがもたらしたものともいえるのだ。

 神のつくる世界は無謬である。
 それは、完璧な合理主義に貫かれた世界であり、未熟なまま生まれた無知な人間は、その合理性に到達できない。
 そのような、ヨーロッパ人のキリスト者としての “謙虚さ” が、神の合理性を肯定する気持ちを醸成し、それがやがて、近代合理主義をはぐくむ土壌を形成していく。

 こうして醸成された思考パターンの例は、われわれの日常生活の中に、ごく当たり前のように定着している。
 たとえば、推理ドラマとか、サスペンスとかいわれる娯楽形式。

 “真犯人” は、かならず普通の人間の観察力とか推理力を離れたところに存在している。最初に出てくる、いかにも犯人らしい犯人というのは、実は真犯人ではない。
 普通の人間の努力では到達できないような走査方法とか、推理力を働かした超人でなければ、その 「真犯人」 には到達できない。

 そういう思考パターンというのは、きわめてキリスト教的であり、サスペンスという娯楽形式は、まさに神のドラマなのだ。

 20世紀の心理学に決定的な影響を及ぼしたフロイトの精神分析も、神のドラマだった。
 彼の精神分析学では、人間の心の中には、その人でも到達できない “心の闇”が存在しているとされる。

 それをフロイトは 「無意識」 と呼んだが、このような無意識の世界が見出されたというのも、まさに、 「真実は、人間の認識力とか観察力を超えたところに存在する」 というキリスト教的思考パターンがもたらしたものだといえそうだ。

 これはやはり、多神教的な宗教を持った文明圏からは出てこない発想だ。
 なぜなら、多神教的な世界観では、あらゆる価値が等価であり、どんな “真実” が乱立しようとも、それぞれが尊重されるからだ。

 「合理性」 を求めるという意識は、真実は一つしかないという思考を生むから、多神教文明からは、今われわれが知っているような 「近代合理主義」 は生まれない。
 もちろん、 「近代科学」 も生まれない。

 皮肉なことに、古代アレクサンドリアでキリスト教徒の迫害を受けたヒュパティアの試みは、キリスト教化された後世の人間たちによって完成されたのだ。
 
 ただ、そのようなキリスト教的な合理主義が、人間に幸せをもたらせたかどうか、ということは、また別問題である。

 「真実は一つ」 と説く神の合理性は、確かにヨーロッパ人たちに浸透し、結果的に、それが現代文明の主流を形成するに至ったが、そういう世界に生きているわれわれは、それだけで幸せになれたのか。
 
 「この世には、どのような真実もありうる」
 と考えた方が、生きていく上では楽ではないのか? とも思うのだけれど…。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 15:49 | コメント(0) | トラックバック(0)

AtoZのバンビ

 真後ろにエントランスドアを持ってきたキャブコンは、意外と少ない。
 トラックキャンパー (ピックアップキャビン) は例外なくこのスタイルだが、それはトラックの荷台にキャビンを積載するという性格上、必然的にその形を取らざるを得ないわけで、これは分かる。

 しかし、キャブコンになると、ほとんど見かけない。
 なんでだろう?
 …と思う。

 自分の乗っているキャンピングカーが、まさにこのバックエントランスモデル。
 それだけに、その使い勝手の良さは“折り紙付き”だと思うのだけれど、ごく少数のキャブコンを除くと、あまり “同士” がいない。

 だから、同じバックエントランスの仲間を見ると、それだけで、抱擁を交わして頬ずりしたくなる。

 このバックエントランスの利点は、レイアウトの自由度を生かしたスペース効率の良さにある。
 なにしろ、フロント側にせよ、リヤ側にせよ、サイドパネルにドアをつけると、ステップの面積も含め、それだけでデッドスペースが生まれる。

 それを解消するのがバックエントランス・スタイル。
 ドアをダイネットから遠ざけることによって、リビングに広がりを持たせることができるし、かなり長めのサイドソファーを置くことも可能だ。

 ボディ長のあるクルマなら、扉をどこに設けようが、室内のゆとりは確保できるだろうけれど、5m程度のキャブコンの場合、バックエントランスを実現することによって得られるダイネットの解放感は筆舌に尽くしがたい。

 もちろん、リヤ2段ベッドなどは組めないので、夫婦・親子がダイネットを崩さずに就寝するなどという芸当はできない。
 また、入口がオーニングの下に来ない…とか、リヤにサイクルキャリアが積めない…などというデメリットも生まれる。

 しかし、使っている自分から見ると、たいした問題じゃない。
 そのようなことよりも、ボディが小さくても広々したリビングが取れるということのメリットの方がよほど大きい。
 また、横側の扉がすべて開かないような狭い駐車スペースに押し込んだ時に、真後ろから出入りできるというのは、意外と便利なのだ。

 そんなわけで、バックエントランスの自分のクルマに無類の愛着を感じている私は、同じような設計思想のクルマに出会うと、やっぱりうれしい。
 「身内」 、ないしは 「仲間」 という意識が生まれる。

 その仲間の一人が、AtoZ (エートゥゼット) さんのバンビ。

バンビ5282

 同社は、すでにアミティRRで、このバックエントランスモデルを成功させている。

 ただ、さすがにボンゴのボディ長では、前向きシートを入れることはかなわず、サイドパネルを背にテーブルを挟むという変形ダイネットの形に収めた。
 もちろん、これはヨーロッパ高級車にもあるスタイルだから、広さは取れるし、ゆったり感も生まれる。

 しかし、基本的には横座りシートなので、 「夫婦2人用」 。家族が数人いた場合は、走行中には横座りで移動しなければならない人が出てくる。
 そこで、ボディ長にゆとりのある日産アトラスを使い、走行中は前向きになるセカンドシートを確保したのが、このアトラスベースのバンビなのだ。

バンビ5285
 
 よくできたクルマである。
 ダイネット周りの解放感を実現するために、縦方向に伸びる家具類を全部リヤ側の通路に振り分けて集中させた。

バンビ3748

 バックエントランスから入ると、右がカセットトイレの装着も可能なマルチルーム。
 左はクローゼット。
 クローゼットの隣には、引き出しに小分けされた室内収納が並ぶ。
 収納の上は、40リットル冷蔵庫。
 その上が電子レンジ。

 生活機能を全部リヤ側に回したので、ダイネットには、応接間的な 「ゆとり」 と 「贅沢さ」 が加わった。そのため 「リビング」 、あるいは 「サロン」 という言葉がふさわしい雰囲気が生まれている。

バンビ3763

 実は、このクルマには新しい試みがある。
 キッチン手前まで土足で上がっていけるように、床にFRP製のトレーが敷かれているのだ。

 これは、どうしても入口周りに広いステップと下駄箱を確保しづらいバックエントランスの弱点を補うもの。
 このFRP製トレーが、ちょうど家屋の“玄関”の役目を果たしており、そこが靴置き場となる。

 実は、私の場合はもっと徹底しており、通路は全部マットで埋めて、 「オール土足OK」 にした。自動車用ゴム製フロアマットを通路幅に合わせて切り、それをつなげたのだ。
 だから、バックドアから土足で入り、そのまま運転席に座って走り出すことができる。
 汚れたら洗えるので、少々泥のついた靴で上がっても犬がオシッコを漏らしても大丈夫。おかけで、マット下のカーペットは新品同様である。

 バンビの場合は、FRPトレーが冷蔵庫の先で途切れるが、野外から冷たい飲み物などを冷蔵庫に取りに入ったときなど、そこまでは土足で上がれる。
 同社はアミティRRにも、同様のトレーを開発したという。

 バンテックのコルド・ランディというキャブコンも、開発スタッフが “土間” と名づけるくらいの広々としたFRP製トレーをドア内側に設けている。

 このような 「土足OKスペース」 は、こらからじわじわっと日本のキャブコンにも広がっていくかもしれない。
 子供と犬がいれば、そういうスペースの 「ありがたみ」 も分かってくるからね。


campingcar | 投稿者 町田編集長 20:36 | コメント(0) | トラックバック(0)

かるキャン

 軽自動車をベースにした 「軽キャンピングカー」 というのは、まさに日本独自の文化である。
 これこそ 「茶室」 や 「盆栽」 といったような、 “広大な宇宙を極小の世界に封じ込める” という日本的な精神風土を抜きにしては考えられない世界かもしれない。

 特に、最近の軽キャンピングカーの内装を見ると、日本人のひらめきとワザを注入し、それこそ 「巧緻を極める」 という言葉がピッタリの作り込みを行っているものが多い。
 搭載家具や装備品に凝る、という意味ではなく、使い勝手を追求するためのアイデアの生かし方が、巧緻を極めているのだ。

 そのような例の筆頭が、コイズミの 「かるキャン」 である。

かるキャン外装001

 デビューは2009年春の 「大阪アウトドアフェスティバル」 。
 一般の来場者が会場に入る前から、すでに出展業者たちの間では、この 「かるキャン」 の話題で持ちきりだった。

かるキャン外装002

 「軽自動車ベースでありながら、室内が横方向に広がるスライドアウト機構を持っている」
 「のみならず天井が持ち上がり、軽自動車の荷室に、あたかも “三角屋根のバンガロー” のような建物が出現する」

 「へぇー! じゃ俺も見に行こうか」

 会場の出展業者さんたちのほとんどは、接客の合間をぬって 「かるキャン」 のブースに足を運んだはずである。

 なにしろ、走行中の状態は、全長3,395mm、全幅1,475mm、全高1,930mm。
 軽自動車の規格を完璧に満たしている。

 なのに、シェル部分を手巻き式のルーフアップウィンチを使って拡張すると、全長こそ変わらないものの、全幅は2,090mm、全高は2,860mmまで拡張される。室内幅でいえば、695mmの延長となり、室内高は870mmアップされることになる。

かるキャン内装001

 軽規格を満たしながら、なんと広々とした空間が実現されたことか。
 夫婦2人の用のクルマながら、軽キャンピングカーにおいては最も贅沢な室内空間を持つ “2人旅” のクルマが誕生したことになる。

かるキャン内装002

 あれから3年。
 当初は、ディテールの仕上げよりもアイデアのユニークさが先行したクルマだったが、その後、時を重ねるたびに細かいところのリファインが徹底され、現在はきわめて実用性・信頼性の高い仕上がりを示すようになった。

 このクルマの開発を手がけた株式会社コイズミの宮田芳孝部長は語る。

コイズミ宮田部長

 「開発時にいちばん悩んでいたのは、実は、室内を拡張したときの “隙間” だったんです。合わせ目から忍びこんでくる空気をどうしようもできなかったんですね。
 しかし、その後ブラシを付けてみたり、内側からカバーを張ってボタンで止めるような改良を施してみたりと快適性の追求に励みました。今はさらに効果的な方法を思いついています」

 このような “隙間対策” をはじめ、金属部分がむき出しになっていたスライドレールなどにも植毛塗装を施すなど、 「かるキャン」 のクオリティ感・グレード感は日増しに上がった。
 その努力が評価され、2010年には日本産業デザイン振興会が審査する 「グッドデザイン賞」 を受賞している。

かるキャンルーミー室内
▲ かるキャンルーミー

 2011年の幕張ショーから新バージョンの 「ルーミー」 が加わった。
 これは、スタンダードタイプにあったキッチンカウンターをレスし、その分、フロアベッドの広さを追求したもの。夫婦2人なら、ごろごろと寝返りを打って寝られるという広いベッドが売りだ。
 キッチンカウンターのほか、上段ベッドもレスされているので、価格的にも買いやすくなっている。
 ちなみに、スタンダード仕様の 「かるキャン」 は、税込み259.6万円。

 今、宮田部長が力を入れているのは、このクルマをさらに面白く使いこなすためのソフトづくりだ。

 彼は、
 「購入することが、必ずしもベストだとは思っていない」
 という。

 「それよりも、まず最初はレンタカーとして使ってみては?」
 というのだ。

 現に、コイズミでは、岡山と香川に8店舗の営業所を構える 「平成レンタカー」 という会社と提携を結び、そこにレンタカーとしての 「かるキャン」 を提供している。
 1日単位の基本料金は、平日8,000円、金・土・日・祝日は9,000円 (いずれも税込み) 。

 宮田さんはそのレンタカーを、岡山から遠く離れた、東京や神奈川の旅行者にも使ってもらいたいと思っている。

 「軽キャンピングカーの良さは、なんといっても小回りの良さと駐車場を選ばないことですから、古い温泉街や観光地を回るにはピッタリなんです。
 その代わり、高速道路を延々と走るような長距離走行には、あまり向かない。
 だから、岡山や香川までは列車やバスを使い、現地で軽キャンピングカーのレンタカーを借りるというのが、一番合理的なんです」
 と宮田氏はいう。

 四国といえば、ここのところ 「八十八ヵ所の霊場めぐり」 が人気を呼び、徒歩で訪れる人のみならず、団体バス、自転車、オートバイで回る人も増えている。
 自動車でチャレンジする人も多く、自動車ルートをたどるときの専門書まであるくらいだ。

 ところが、本来は徒歩で巡礼する場所であるから、おしなべて道は狭い。
 5×2mまでのキャブコンならば行けないこともないが、そうとう冷や汗をかく場所も出てくる。

 しかし、走行時は普通の乗用車よりも小さい 「かるキャン」 なら、まったく問題がない。
 かつ、霊場付近の駐車場で車中泊を行う場合は、キャブコンのリビングほどのゆったりした居住スペースを享受できる。

かるキャン内装003

 「そのような旅が面白いと思った方に、このかるキャンを買っていただきたい。
 とにかく、まず使ったことのない方に、 “かるキャン旅行” を経験してもらうのが一番だと思っています」

 それには、 「最初はレンタカーから…」 というのが、宮田さんのスタンスなのだ。

 だから逆に、西日本から東日本に遊びに来た人たちのために、コイズミ本社 (東京・板橋区) では、 「わ」 ナンバーの 「かるキャン」 を2台用意している。料金は、 「平成レンタカー」 と同じだそうだ。

 キャンピングカー人口のすそ野を広げるという意味で、このようなレンタルキャンピングカーシステムというのは、なかなかいいかもしれない。

 実際、乗用車の経験しか持っていない人がキャンピングカーの使い勝手を想像するのは難しい。
 レンタルキャンピングカーは、そういう人たちに試乗のチャンスを与え、結果的にファンを増やしていくことになるかもしれない。


campingcar | 投稿者 町田編集長 18:39 | コメント(2) | トラックバック(0)

ハーレーの魔力

 この前、名古屋のキャンピングカーショーの取材に行き、ついでに隣りで開催されていたハーレーダビッドソンのイベントも覗いてみた。

ハーレーイベント看板

 キャンピングカーショーと、客層がそんなに変わらないんだな。
 圧倒的に、シニアの姿が目立つ。

 熟年夫婦といった感じのカップルもいて、キャンピングカーショーから流れてきた人たちかな…と思ったら、ハーレーのロゴを背中に貼り付けた革ジャンのペアルックだったり…という感じだ。
 
 世代的には、どちらのイベントもほぼ似たような客層だという気がしたのだが、ファッション的な違いがあるとしたら、ハーレー組は、着ているものがみな黒っぽい。

ハーレーイベント見学客

 ヘルスエンジェルスとかを気取っているのだろうか。
 革ジャンにジーンズで決めたスキンヘッドのオジサンが、鎖をがちゃがちゃ鳴らしながら、のっしのっしと歩いていたりすると、ちょっと怖い。

 まぁ、そういう人も、普段はきさくなサラリーマンだったり、商店の店主だったりするのだろうけれど、せっかくのハレのイベントなんだから、昔、あこがれながら成りきれなかった 「不良」 を気取ってみるか … というところなのかもしれない。

ハーレーイベントアトラクション

 会場には、ステッペンウルフの 「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」 が流れていたりするところをみると、主催者も、青春時代に 『イージーライダー』 にハマった人たちを対象としている感じだ。
 ロックとモーターサイクルを、当時の 「若者の神器」 にしたという意味で、確かに、あれは象徴的な映画だった。
 ハーレーは、いいマーケットを得たと思う。

ハーレーカスタム001

 それにしても、ハーレーというのは、ちょっと妖気が漂うような、エロチックな魅力を秘めたバイクだ。
 特に、カスタムメイドのものを見ていると、背筋にゾクっと戦慄が走る。

 あの厚く盛られたクロームメッキの下に 「生命」 が封じ込められているという雰囲気があるのだ。

 生命を持ったメカ。

 そんな妖しげな空気をまき散らす 「機械」 なんて、めったにあるものではない。
 それはどこか映画 『エイリアン1』 で、H・R・ギーガーがデザイしたエイリアンや、彼らが乗っていた宇宙船のデザインに共通したものがある。

ギーガーのデザイン002

 これにまたがって、あのドロン ドロン ドロンと野太く脈打つ、悪魔のワルツに直撃されれば、男の子だったらみなクラクラするだろう。

 腹の底に、異界のリズムが流れ込む。

 原始の世界に溢れていた呪術的な鼓動を、現代の荒々しいメカニズムが呼び覚ます。
 まさに、ハーレーは、あの世とこの世をトランスするシャーマン (呪術師) のマシンだ。

 こいつにハマって抜けられなくなるオヤジが輩出するのも、分かるような気がする。

ハーレーダビットソン002

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 21:59 | コメント(0) | トラックバック(0)

パークウェイ

 キャンピングカー購買層が世代変わりして、日常使いもキャンピングも同じウエイトでこなす “全方位型” のキャンパーが主流になりつつある。
 もちろん主役はバンコンだ。

 とはいっても、現在このバンコンの世界は、地球上の生命が爆発的にふくれあがったカンブリア紀の海底さながらに、豊穣な生命力を帯びた “新種” たちの激しい競争の場と化している。

 おそらくバンコンは、いま日本のキャンピングカー史が始まって以来のメガコンペティションの時代を迎えているのではないか。

ジャパンキャンピングカーショー2011

 カンブリア紀の海では、最終的に食物連鎖の頂点に立ったのは、アノマロカリスという強力な捕食肢を持つ巨大生物だったが、バンコンの世界では、まだそのような頂点に君臨する車種は登場していない。
 それだけに、どのようなスタイルが次の時代に生き残るかを賭けて、それぞれのバンコンが、秘術を尽くしながら独自の 「進化の系」 をたどろうとしているように思える。

 たぶん生き残りを決めるのは、案外オーソドックなスタイルのものではないか。
 そんな気がする。

 というのは、生物の世界では、あまりにも特殊な能力を極めたものが生き残れた試しがないからだ。
 飛び抜けた能力を身につけて、ある時代に頂点に登り詰めた “絶対的君主” は、その特殊な能力が、逆にアダとなり、最後は、何でもそこそこにこなすオールラウンドプレイヤーたちの後塵を拝することになる。

 たぶん、バンコンの世界でも同じようなことが起こる。

 ワゴン機能をしっかりと保持し、寝るときのベッド機能も完璧に備え、そしてそこそこの荷室スペースを確保したクルマ。
 さらにストレスのない走りと、快適な乗り心地。
 もちろん、居住性と取り回しのバランスも大事。
 そのようにして、できるかぎり “死角” をつぶしていったクルマ。

 それが、バンコン界の 「ほ乳類」 となる。

 地球上に生まれたあらゆる生物の中で、最後にほ乳類が天下を取れたのは、傑出した武器こそ持たなかったが、それをトータルバランスでしのぐ総合力を持っていたからだ。

 意味のない前振りがあまりにも長かったけれど、レクビィが昨年の秋にリリースしたパークウェイ (Parkway) というバンコンが、そのひとつの例になるということを書きたかった。

パークウェイ外装001

 パークウェイは、それを開発した同社の増田浩一社長によると、 「パッと見の訴求力に乏しいクルマ」 だという。
 確かに、見たとおりの第一印象は、やたら大きなセカンドシートが目立つだけの 「ワゴンライクに使えるバンコンバージョン」 。

パークウェイ内装003

 しかし、このシートがただものではない。
 座りごこち、耐久性、操作性の良さなどが高度にバランスされたワークボックスのREVO (レボ) シートに、レクビィ独自のアイデアが練り込まれた特製シートが採用されているのだ。
 だから、高さも、成型方法も、ハイバックの構造もメーカーメイドのキャンピングカーであるかのように、ピタリと決まる。

 パークウェイのベース車は、ハイエースのミドルルーフのロングワゴン。
 だから、乗用車からそのまま乗り継いだユーザーにとっても、走りの違和感がない。

 ワゴンベースとなれば、シートの構造基準がものすごくシビアになる。
 ところがこのシートは、技術基準適合試験実施済みの信頼性に富んだもの。
 そこのところが、ただの 「ワゴンライクなキャンパー」 にとどまらない、工業製品としての安心感をこのクルマに与えている。

パークウェイ内装002

 全長4,840mm、全幅1,880mm、全高2,100mm。
 都会を走り抜けるには、まったくストレスのないサイズなので、奥さまの買い物の足として十分に使える。
 高さ制限のある駐車場も、ほとんどクリアできるので、日常使いにはまったく支障がない。

 リヤ側に設置されたキッチンの前は、床下収納になっており、そこで1600mmの天井高が取れているから、もちろん8ナンバー登録の純然たるキャンピングカー。
 昔のように税金面、保健面でのメリットは少なくなったが、やはりリセールバリューは大きい。

パークウェイリヤ床下収納

 乗車定員は8名、就寝定員は大人3名。
 セカンドシートは140mm幅のゆったりした3人掛け。両側には3点式シートベルトが標準装備される。
 サードシートは、セカンドシートよりも狭いが、120mm幅なので3人乗車も可能。
 リヤ側のキッチンカウンターと冷蔵庫カウンターの間にベッドボードを渡せば、子供用のエキストラベッド(op.)が生まれる。

 サードシートを前側にスライドさせると、リヤには広々としたカーゴスペース。
 まさに、 「乗って、寝て、積んで」 の総合バランスに長けた実用的バンコンの優等生だ。

 こういうバンコンは、いったいどのようなユーザー層を意識しているのだろうか。

 増田浩一社長がいうには、ずばり 「40歳代の子育てファミリー」 。
 車両価格の436万8千円 (税込み) という価格も、資力の多くを子育てに費やさなければならない人たちの負担にならないように、ぎりぎりに抑えているとか。

パークウェイ内装001

 ただ、そういう世代には “追い風” があるように思う。
 それは、彼らには、まだ比較的裕福な親世代が、しかも健康に暮らしているケースが多いからだ。
 だから、 「親孝行」 をテーマに掲げていけば、親との共同購入という手がないわけではない。
 
 そこで生きてくるのが、ワゴンとしての快適な前向き乗車を可能にする8人の乗車定員。
 祖父、祖母、息子、嫁に、孫が4人までOK。
 休日に、3世代で行楽に出かけるにはまたとない設定なのだ。

 折しも、高齢な親を持つ世代が増加するなか、親孝行をテーマにした書籍やドラマがブームを起こしている。
 親孝行実行委員会がつくった 『親がしぬまでにしたい55のこと』 は、10万部を超えるベストセラーになった。
 みうらじゅん氏の書いた 『親孝行プレイ』 もドラマ化されて話題を呼んだ。

 核家族化が蔓延し、家族の孤立化が進んだ高度成長期からバブルの時代を経て、いま 「親孝行」 は、再び人間の生き方に希望を与える新しい指標となっている。

 だからこそ、
 「3世代が仲良く使えるバンコン」
 はキャンピングカーの “ほ乳類” として生き延びることになる。

 そしてそれが、熾烈なメガコンペティションを生き抜くバンコンのなかで、ひときわ強いメッセージ性を放つように思う。


campingcar | 投稿者 町田編集長 18:59 | コメント(0) | トラックバック(0)

CG880

 この2月11日から千葉県の幕張メッセで開かれた 「ジャパン・キャンピングカーショー」 で、来場者の注目を一身に集めたひとつのクルマがあった。
 秋田県のビルダーであるファーストカスタムが製作した 「CG880.Value Ground Runner (バリューグランナー) 」 というキャブコンだ。

CG880外装左側面001

 ベース車は、日野レンジャー4tキャブオーバー。
 排気量は6,400cc、最高出力210ps。
 全長8,845mm、全幅2,430mm、全高3,065mm。
 体躯だけみると、堂々たる欧米モーターホーム並みのボディが実現されている。

 価格は、2,800万円。
 同ショーで展示されたマックレーの 「ファビュラス」 と、ほぼ金額的にも設計構想の雄大さにおいても並ぶ “日本車離れ” したキャンピングカーであった。

 ショーの搬入日、雪の積もった秋田工場を出て、吹雪の高速道路をひたすら走り、夕暮れ時にようやく会場に到着したCG880の雄姿を、私は忘れることができない。
 それはまるで、突然地球にその姿を現したUFOの “来迎” であった。

CG880外装右スライドアウト002

 うれしいことに、運転していた佐藤社長は、私の姿を認め、真っ先にその室内に招き入れてくれた。

 スライドアウト機構を採用した同車は、そのリビングの広さだけでも度肝を抜いた。
 スライド幅は500mmだというから、それほど大げさな室内拡張ではない。
 しかし、横幅をめいっぱい広げると、室内幅は2.5mほどになる。
 それだけで、 「部屋」 なのだ。
 「ダイネット」 ではなく、 「リビング」 なのである。

CG880室内002

 しかも、その家具の風合い、搭載装備のデザイン含め、そこに 「日本のキャンピングカー」 があった。
 アメ車のテイストでもなく、ヨーロッパデザインの踏襲でもなく、日本人の創った日本のモダンデザインが貫かれていた。

CG880室内003

 しかし、ひとつひとつの装備には、現在世界で最も信頼のおける機構が採用されているという。
 目玉となるスライドアウト機構も、それを生産しているアメリカのメーカーと直にコンタクトを取り、サイズに合わせて特注している。
 揺れ止めの油圧電動式のレベリングジャッキもアメリカ製。
 
 主要な部品の多くは、欧米のトップクラスの物によって占められているが、それもダイレクトに仕入れるルートを開拓しているため、コストそのものは圧縮されている。
 逆にいえば、圧縮したコストにより、より高品質・高機能なパーツが採用されているという言い方もできる。

CG880室内ベッド004

 リヤのパーマネントベッド (↑) は、世界最大級を誇るヨーロッパのベッドメーカーシモンズ製。
 オーニングは、クロスターの電動オーニングで、サンシェードが内蔵されている高機能タイプ。

 空調システムも巧緻を極める。
 フローリングの下は一般住宅にも使われる高機能床暖房。さらに、燃焼式FFヒーターも装備。
 それに加え、ビルトインタイプの車両用ルームエアコン。もちろん走行中のクーラー&ヒーターも標準装備されている。

CG880室内液晶パネル

 いちばんの自慢は、クルマの置かれている状況が一目でチェックできる液晶タッチ式スイッチパネル (↑) 。
 FFヒーターのサーモコントロールもタイマーコントロールも、エントランスドアの上側にセッティングされた集中パネルですべて一括制御できる。
 これが、すべてビジュアル表示で、しかも日本語対応。
 高級輸入車などにはその汎用品が使われているが、これはそれをベースに、ファーストカスタムが独自にプログラムを組んだオリジナル。機構そのものを一から組み上げていけば40~50万はかかるだろうというものだ。

 リビングにも、ベッドルームにも、ブルーレイ対応のテレビモニターが付く。
 最新装備と、 「和」 のテイストをも意識したモダンインテリア。
 日本のキャンピングカーもここまで来たか…という感慨が浮かぶ。

CG880室内005

 「市場を意識したものではなく、あくまでも自分の趣味を極めたものを造ってみたかった」
 と、佐藤社長はいう。
 「自分にはコスト意識よりも、表現衝動のようなものが勝っているようだ」
 と、アーチストのような告白をする佐藤氏の表情には、ひとつの達成感のようなものが漂っていた。

CG880ファーストカスタム佐藤社長

 「装備ひとつを選ぶ場合も、プライオリティを考えると、普通の経営者ならまず “コスト” を最初に意識するかもしれません。
 しかし、自分の場合はまず、機能、そして質感。使われる方の満足度。そんなものが頭に浮かぶんです。
 だから、採用を決めた部品の値段をみて、“えっ、これ普通のものの5倍もするの?” などと驚くことがある」
 と、佐藤氏は笑う。

 そうじゃないと、こういうクルマは誕生しないかもしれない。

 このクルマが、日本のキャンピングカーづくりにどのような影響を与えるのか、今はまだ分からない。
 しかし、確実にいえることは、これが日本のキャンピングカー産業のすそ野を広げることは間違いないということだ。

 「すそ野を広げる」 ということは、誰にも買いやすい価格帯のキャンピングカーを量産するだけでは実現しない。
 富士山の姿を見れば分かるように、広大なすそ野は、頂点が高くつり上がっていくことによって達成される。

CG880室内006

 佐藤社長が招き入れてくれたCG880の室内で、私は 「こびない精神」 という言葉を頭の中で浮かべていた。
 
 いろいろな高機能・最新装備を説明してくれる佐藤氏。
 しかし、その説明には、 「これだけいろいろな装備が付いていて、お買い得ですよ~」 というようなコビは、ひとつもない。
 自分の理想を追求することに熱心な、ある意味、少年のような無邪気さがあった。

 フィールドライフの福島社長も言っていた 「誠の職人は、真っ直ぐに夢を追い続けるだけで満足」 という言葉が浮かんだ。
 「職人の矜持 (きょうじ) 」 といってもいいのだろう。

 売るためにこびない。
 しかし、その 「こびない精神」 が、これからの日本のキャンピングカー産業の根幹を支える。

CG880見学者の行列
▲ CG880の前には連日室内を見学しようという人たちの行列ができた

campingcar | 投稿者 町田編集長 13:11 | コメント(0) | トラックバック(0)

忙しいぞぉ!

 ちょっと油断すると、あっという間にブログの更新が滞ってしまう。
 書くネタがなかったわけではない。
 逆にありすぎて、てんやわんや状態だったのである。

 幕張の 「ジャパン・キャンピングカーショー2011」 が終わり、そこで仕入れたネタの量がハンパじゃないのだ。
 だから、ひとつずつ紹介したくてウズウズしちゃうのだけれど、それをまとめるのが大変だった。

▼ ジャパンキャンピングカーショー会場風景
ジャパンキャンピングカーショー2011

 なにしろ、記憶に残っているうちに、取材した内容の基礎的なメモを整理しなければならない。
 これがけっこう忙しい作業なのだ。
 展示された車両の概要を記録するだけでなく、それを開発した人たちのちょっとした雑談などが、けっこう重要だったりする。

 キャンピングカーは、普通の乗用車と違って、いわば人間の “ライフスタイル” の提案という要素がけっこう大きな比重を占める。
 ライフスタイルだから、そこに 「人間」 がいる。

 「人間がいる」 ということは、どこかで 「人生」 とか 「哲学」 とかいう問題とも触れ合うことになる。

 新車に限らず、定番商品の中でも、ちょこっと付け加えられた新装備とかレイアウトの変更などに、けっこう開発スタッフたちの 「人間観」 とか 「人生観」 とかが投影されていたりする。

 そこが面白い。

 そのような新装備とか、レイアウトの見直しなどは、 “機能的な説明” に終始すれば、それは 「快適性の向上」 だったり、 「便利さの追求」 で終わってしまう。
 営業的に表現すれば、 「付加価値の実現による商品力強化」 という言葉に集約されてしまう。

 でも、自分はそれだけじゃ物足りないのだ。
 
 人間の幸せを意図して創るクルマなんだから、創る人たちの人間としての 「顔」 も見たい。
 だから、ガイドブックなどの制作とは外れてしまう、つくり手たちの人生体験とか、ユーザーたちとのキャンピングカー談義などの断片が、けっこう自分にとっては大事になる。

 そんなメモを作成していると、
 「この忙しいときに、なんでそんなことに時間を費やすのか?」
 「クルマの機能だけを、せっせとまとめればいいじゃないか?」
 と、自分を自分が責める。
 
 だけど、そういう一見無駄なことの積み重ねが、案外自分の財産になっているように思う。

 今回のショーは、会期中の3日間すべて朝から晩まで詰めたけれど、今まで挨拶を交わすだけで、あまり深い話をしたこともなかった人たちの話も積極的に聞いた。
 みんなすごいなぁ…と改めて思った。
 この業界は、けっこう人材が豊富だよ。

 折を見て、そういう “無駄話” も少しずつ紹介していきたい。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:01 | コメント(4) | トラックバック(0)

都市型キャンプ場

 明後日から、日本で最大級のキャンピングカーショーといわれる 『ジャパン・キャンピングカーショー』 が幕張メッセで始まる。

 こういうイベントは、自分のキャンピングカーで取材に行くことが多いのだが、そのとき困るのは、駐車場だ。
 取材が夜まで長引き、それが終わって、 「ちょっと一杯」 などという流れになると、その駐車場がそのまま 「宿泊所」 になることもあるのだが、大都市部の駐車場には、キャンピングカーをうまく入れられるような駐車場が少ない。

 自分のキャンピングカーは、サイズ的に5m×2.15mのキャブコンだから、頭がちょこっと出てしまうけれど、コインパーキングになんとか入ってしまう。

コインパーキングのキャンピングカー

 だから、コインパーキングがあれば別に問題はないのだけれど、都市部のコインパーキングは乗用車を基準にして設計されているので、アプローチが狭かったり、曲がる角度が確保しづらかったりして、入れにくいことも多い。

 そんなとき、いつも、 「日本の都市部にはキャンピングカーを受け入れてもらえる場所」 が圧倒的に少ないと痛感する。

 取り回しの良い小型のキャブコンやバンコン、軽キャンパーが増えているというのも、ひとつは都市部の観光に使いたいという人が増えてきているからだろう。
 そういうクルマならば、高さ制限のある駐車場でない限り、まず無理なくどんな駐車スペースでもクリアできる。

 しかし、ユーザーの中には、豊かな居住性を確保するために、多少サイズの大きいキャンピングカーを手にした人たちもいっぱいいる。
 日本の大都市部は、そういう人たちに冷たい。

 まぁ、その町で生活を営む人々の気持ちになってみれば、歩行者の多い目抜き通りに他県の大きなキャンピングカーがドカドカ侵入してくるのは嫌なものかもしれない。
 だから、人の往来の激しい中心街に、キャンピングカー用駐車スペースを作ってくれなどいうつもりはない。

 しかし、中心部からちょっと離れた場所に、多少サイズの大きなキャンピングカーでも安心して止まれる駐車スペースを確保してもらえれば、現在キャンピングカーで旅行している人たちのライフスタイルも、ぐっと豊かになるように思うのだ。

 キャンピングカー旅行の真髄は、やはり美しい自然環境の中で、ゆったりくつろぐことにあるが、1週間、1ヶ月を超える長期旅行を楽しむようになると、たまには 「街中」 に出てみたくなる。
 その町で有名なグルメ料理店にだって行ってみたいし、デパートでショッピングもしたくなる。

 だから、大都市部周辺に、 「都市型キャンプ場」 というものがあってもいいように思う。
 街の中心部までに、バスか私鉄で1駅か2駅ぐらい。
 場合によってはタクシーで行き来できるぐらいの距離に、安心して泊まれるキャンプ場などがあれば、どんなに便利なことか。

 繁華街を観光して帰ってくるだけなのだから、別に泊まる場所が 「風光明媚」 である必要もない。
 トイレと、簡単な水場と、ゴミ処理施設があればOK。
 それに電源があればベター。
 まぁ、その分料金が安ければ、電源すらなくてもいい。

 その代わり、多少は車外に椅子・テーブル、オーニングなども出せるスペースが確保されること。
 それと、セキュリティが保障されること。

 まぁ、それだけの設備を整えても、現状ではそれほど利用率が高いとは思われないだろうから、手を出す業者さんはいないかもしれない。
 だけど、どこかの駐車場業者さんで、実験的に始めてみようとする人はいないかしら。
 「車中泊」 を楽しむ一般乗用車のユーザーに使わせてもいいわけだし。

 要は、道の駅の “繁華街版” 。
 そこに宿泊機能をプラスする。

 そういう施設が増えていけば、都市部にも観光人口が流入することになる。
 今、日本の地方都市では、中心部の空洞化が進んでいる。
 かつては 「目抜き通り」 などといわれてにぎわった駅前商店街も、今は “シャッター通り” などといわれてゴーストタウン化しつつある。

 だから、 「キャンプ場」 とまではいかないまでも、街の周辺にある駐車場をリーズナブルな料金でキャンピングカー利用客に解放するというのは、街の活性化につながると思うのだ。普通車よりもちょっと広めの駐車スペースと、入退場しやすいアプローチが確保されるだけでいいのだから。

 キャンピングカー旅行者の中には、町中の駐車場に泊まり、夜は近くの居酒屋で一杯やりたいと思っている人たちが多い。コンビニ弁当に飽きた人には、その地のローカルな大衆食堂のメニューは、けっこう珍しいものに映るだろう。

 そういう町中の車中泊スペースの近くに、立ち寄り湯なんかあれば、もう鬼に金棒だ。

 ホテルや旅館を営む人たちにはありがたくない話のように思えるかもしれないが、そういう観光人口が増えて、 「あの街までたどり着けばなんとかなる」 と思う人たちが多くなれば、車中泊に飽きて飛び込みでホテルに泊まる人たちだって出てくる。

 そういう場所が実現したときに、あとは問題として残るのはマナーだけ。 (これを徹底させないと実現してもすぐポシャるだろうけれど…)

 街をゆったり散策し、時に居酒屋のノレンをくぐり、ライブハウスに寄って音楽を聴く。
 そうして心地よくなった身体を、自分のキャンピングカーに戻ってほぐす。
 そういうのが夢だなぁ…。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:55 | コメント(6) | トラックバック(0)

ファビュラス日本

 いよいよこの週末の金曜日 (11日・建国記念日) から、日曜日 (13日) までの3日間、日本最大級のキャンピングカーショーである 『ジャパン・キャンピングカーショー (Japan Camping Car Show 2011) 』 が幕張メッセで開催される。

 現在、その資料や画像などがどんどん手元に集まってきているが、マックレーさんから 『ファビュラス』 の最新カタログのテキストと内装画像が送られてきたので、さっそく紹介したい。

ファビュラス外装001

 ファビュラスは前年の幕張ショーにおいて、そのエクステリアだけが展示され、内装は未完成だった。
 なにしろ、 「国産キャンピングカーの最高峰を目指す」 という意気込みで造られたクルマだけに、内装の完成度を高めるための時間もじっくりとかけたいというマックレーさんの意向があったのだろう。

ファビュラスダイネット002

 送られてきたカタログのテキスト (2稿目だそうである) を読んで、マックレー渡辺社長の並々ならぬ情熱のほとぼしりに打たれた。
 内装の詰めに1年を費やしたというのも、それだけこのクルマが壮大なプロジェクトであったということを意味している。
 なにしろ、テーマは 「日本」 なのだ!

ファビュラス上部コンソール003

 以下、 『ファビュラス』 のカタログをそのまま引用する。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

日本人が設計して、技術の粋を結集した 「FABULOUS」

ファビュラスで実現できた新しいキャンピングカー技術は世界的レベルに挑戦できるものです

JAPAN STYLE FABULOUS JAPAN
「日本型フルコン」


 現在、フルコンバージョンというジャンルは、名前だけ定義されていますが、日本のキャンピングカーにはありません。
 フルコンの定義からして、ベアシャシーの上に、フロントマスクからすべてビルダーが架装するという意味では、現在 車両メーカーからベアシャシーの供給が途絶えているわけですから、実質的には造れない状態です。
 従って、現在 「フルコン」 を名乗れる資格を持つ車両は製作されておりません。

 もちろん、ファビュラスの場合も、工法として正確に位置づけるならば、キャブコンの亜種という扱いになるかもしれません。
 「日本RV協会の定義」 からは外れるかもしれませんが、マックレーの “主張” としては、 「 “日本型フルコン” と名づけたい」 という意気込みでこのファビュラスを製作いたしました。

ファビュラス内装004

 独自の進化を遂げて 「ガラパゴス化」 していると言われている技術立国 「日本」 ではありますが、 だからこそ日本のビルダーが世界に対して発信する 「日本型のフルコン!」 という主張に命をかけました。

 アメリカのクラスAや、ヨーロッパのインテグレートモデルとは違う、日本のオリジナル工法におけるフルコン。厳密にクラスAの工法を踏襲していなくても、 「日本はこれでいいんだ!」  と思います。

ファビュラス内装005

 ファビュラスの、ルーフエアコンが2台駆動できるというキャパシティも、温暖化で “亜熱帯” に移行しつつある日本だからこそ、非常に大きな意味を持つのです。
 ヨーロッパのキャンピングカーは、伝統的に 「脱ジェネレーター、脱エアコン」 を志向しています。それは、比較的夏も涼しいヨーロッパ大陸を前提としているからで、日本は夏になれば地域的にはもう “亜熱帯” の国です。
 そういう日本の気候的特殊性に対応するキャンピングカーという意味でも、 「ジャパン・スタイル」 と呼べるのではないでしょうか。

ファビュラス内装006


campingcar | 投稿者 町田編集長 19:32 | コメント(2) | トラックバック(0)

老人の孤独

 仕事のない休日には、片道30分の距離を自転車を漕いで、介護施設で生活する義母の見舞いに行く。

 ここのところ、携帯にも、時には会社の電話にも、ほぼ連日連絡が入るようになった。
 要件は、
 「話し相手がいなくて、さびしい」
 というのである。

 …と言われても、こっちは勤め人であるわけだから、いちいち仕事を中断して会いにいくわけにもいかない。

 義母の実子であるカミさんは、いまだ体調不良が続いているので、実母のケアが十分にできない。
 義母に施設に入所してもらうようになったのも、カミさんの病気がきっかけとなった。
 だから、休日になると着替えを持って行ったり、話し相手を務めたりするのは、私か、私の長男の役目となる。

 施設につくと、義母を部屋から連れ出して、1階ロビーの喫茶室まで車椅子を押す。

 関東地方は晴天が続いている。
 喫茶室の一隅から、抜けるような青空と、その空に向かって、枯れた枝を突き刺すように屹立する木々が見える。

冬の空と木

 「外は寒いですか?」
 と、義母が尋ねてくる。

 寒い。
 陽射しに春の明るさが交じるようになったとはいえ、風は冷たい。

 しかし、彼女はにその 「風の冷たさ」 を知らない。
 「いいお天気なのに…」
 と、むしろ施設内に屋外の空気が流れ込んで来ないことを、うらめしそうに語る。

 喫茶室のカウンターの奥では、温かそうな湯気がたなびき、ほのかなコーヒーの香りが忍び寄ってくる。
 メインロビーは、まるでリゾートホテルのエントランスのように明るくて清潔な空気に満たされている。
 その廊下の奥では、リハビリに精を出す老人たちを励ます若いスタッフの明るい声。

 彼女のいるところは4人部屋ではあるが、自分専用のテレビがあり、自分だけが購読している新聞がある。
 もちろん、その気になれば、同室の同僚と話す機会もあるはずだ。

 食堂も兼ねるレクリエーション室には、さらに同年輩の老人たちの姿がたくさん見える。
 スタッフたちも活発に動き、老人たちに活発に声をかけている。

 施設が用意するプログラムには、書道や編み物などの趣味活動の企画が設けられ、その気になれば、カラオケやマージャンも楽しめる。

 何もかもが完璧に揃そろった 「老人の理想郷」 。
 
 このような場所で生活できるということは、それだけで 「幸せの極致」 であるように思えるのだが、幸せとは、物理的な快適性の総和だけでは測れないもののようだ。

 「今日もね、結局、誰とも話さなくて…」
 と、コーヒーとセットになった洋菓子をつつきながら、義母がいう。
 
 誰とも話さない理由は何なのか?

 もちろん、そんなことをストレートに問いただしてもしょうがないから、
 「今日は、楽しみにしているテレビはないんですか?」
 と、話題をそらす。
 
 「テレビもね、同じような番組ばかりでね…」
 さびしげに彼女が笑う。

 「新聞は読みましたか?」
 と尋ねてみる。

 「新聞もね、読んでも、それを話し合える人がいなくてね」
 細い指でコーヒーカップをつまみ上げながら、そう彼女は訴える。

 「でも、大広間でほかの方と天気の話や、ご家族の話などはされるんでしょ?」
 そう尋ねてみるのだが、相変わらず義母の返事は物憂いトーンに包まれている。

 「それも、あんまりね…。何をしゃべっているのか分からない人たちが多いからね」

 何をしゃべっているのか分からないとは、どういう意味なのだろう?

 加齢のせいで、外界からの反応に鈍くなっている人がいるということかもしれない。
 あるいは、義母の耳が、加速度的に 「遠くなっている」 ことを物語っているようにも思える。

 耳が遠くなると、相手の話に合わせるのが億劫になる。
 内容が聞き取れないから、愛想笑いだけ返しているうちに、人と人の心の距離も遠くなる。

 「耳が遠くなる」 という加齢の宿命は、まだそこに達していない人たちが思い描く以上に重い。

 しかし、 「誰とも話さなかった」 というのは、そういう理由だけではないのかもしれない。
 彼女の心の奥底に、他者と話すことなどでは解消しようもないほどの空漠たる思いが去来するようになったのか。

 ことあるごとく、義母が訴えるひとつの言葉がある。
 「一日が、長くて辛い」

 そしてその後、必ずつけ加える言葉。
 「それなのに、日々は矢のように過ぎていく」

 そうだとしたら、それは “残酷な時間” というべきかもしれない。

 老人の時間というのは、そのようにして流れているのだろうか。

 社会で働く人間は、 「長くて辛い時間」 を持ちたくても、持ちようがない。
 だから、時間が停滞していることの苛立ちを理解することができない。

 人は、他者と語り合うことで、かろうじて 「停滞する時間」 から解放される。
 しかし、その語り合う他者がいなければ、無意味な永劫の時間に、独りで耐えるしかない。

 新聞やテレビは、その 「独りの時間」 を埋め合わせてくれないのだろうか?
 けっきょく人は、新聞やテレビで得たようなニュースを他者と語り合うことで、 「自分の生」 を確認していく生き物なのだろうか?

 快適設備が完璧に整った無人島の生活と、貧乏だが話し相手がいる生活とでは、はたしてどっちが人間にとって、幸せか?

 「孤独」 は、老人だけを襲っているわけではないような気もする。
 ツィッターでつぶやき続ける若者たちも、やはり 「孤独」 が怖いのかもしれない。

 もし義母が、ツィッターやフェイスブックの存在を知ったなら、彼女はそこに他者とのつながりを求めるだろうか?

 たぶん、そのようなものを教えても、周囲の人たちとも交わることのない彼女は、それを使いこなすことを面倒に感じるだろうし、また、そういうコミュニケーションツールで解決する問題でもないような気がする。

 「老人の孤独」 とは何だ?

 それらのことが、まだ、私にはうまく整理できないでいる。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:36 | コメント(12) | トラックバック(0)

「都会」 の匂い

 仕事で、夜の国道16号線を、南に走った。

 左手に横田基地の滑走路が、フェンスの間から、途切れ途切れに見える。
 軍用機の姿は見えない。

夜のネオン0065

 薄ぼんやりとした光が漂う、とりとめもない空間が、のっぺりと続く。
 ところどころブルーの誘導灯が夜光虫のように浮いている。

 30年以上も前か。
 R&Bを大音量でとどろかせながら、よくこの道を流した。
 
 片道2車線の道路をまたいで、その反対側には、いかにも米兵好みというたたずまいのカフェやレストラン、ブティークが並ぶ。

夜のハンバーガーショップ
 ※ 画像はイメージ

 しかし、大都会の街並みにはほど遠く、ネオンの光量の乏しい、みすぼらしい風景だった。
 
 それが、また良かった。
 無味乾燥なただの日本の道路だったけど、頭の中は、異国を走っている気分だった。

 ふいに、そのときの “気分” がツゥーンと鼻腔をかすめた。

 「都会的なものがカッコいい!」

 そんな感覚を抱きながら生きていた自分がいたことを、ふと思い出した。

 何を、 “都会的” だと思っていたのか。

 アメリカの黒人音楽だった。

夜のジャズクラブ

 そびえ立つ高層ビルでもなく、夜に開花するイルミネーションの群れでもなく、たとえ郊外の寂れた道を眺めていても、そこにR&Bやジャズ、ブルースが流れていれば、もう 「都会」 を感じていた。

マイルス・ディビスカインドオブブルー

 マイルス・ディビスは、まだオーソドックなクールジャズをやっていた。
 マーヴィン・ゲイは、まだその個性を確立することもなく、モータウンのヒット曲路線に従った普通のR&Bシンガーにすぎなかった。

マーヴィン・ゲイベリーベスト
 
 だけど、そこには、石原裕次郎やフランク永井の歌とは違った、異国の 「都会」 の香りが漂っていた。
 それを、 「カッコいい」 と思った。

 そんな “刷り込み” が、いつ、どこで行われたのか、もうそれは霧の中。
 しかし、何かのきっかけがあったのは確かだ。

 きっと、たわいのないことだと思う。
 小さい頃に見た映画かなんかで、 「いかにも都会!」 と感じさせる情景の背後に、R&Bとかジャズが流れていたとか。
 たぶん、そんなことだと思う。

夜の椰子の木

 「都会的」 であるということは、同時に 「大人の匂いを放っている」 ということでもあった。
 ガキにはまだ触れることのできない禁断の快楽と、ガキにはまだ理解できない哀愁と退廃。
 そこをこっそり覗き込むような、スリリングなときめき。

 アメリカの黒人音楽に感じたものは、そんな世界だった。
 たぶん、それと同じようなものを、僕より上の世代は、タンゴやシャンソンに感じていたのだろう。
 
 
 ビートルズ以降、イギリスに数々のビートグループが登場し、日本にもグループサウンズが流行して、僕らは、ようやく自分たちの世代の音楽を手に入れた。
 が、代わりに 「都会」 と 「大人」 を失った。


ジュニア・ウォーカー&オールスターズ
 ▲ ▼ ジュニア・ウォーカー&オールスターズ。
 ちょっと安っぽいサックスの音をフューチャーした、素朴なR&Bバンドの奏でるイージーリスニング。
 でも、これが僕の感じる 「都会的な大人の音」 。
 この薄っぺらでセンチなダンスビートの奥に、漆黒の闇が広がり、罪深い大人たちが味わう芳醇な快楽が隠されているように思っていた。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:53 | コメント(0) | トラックバック(0)

エジプトでは何が?

 エジプトでは、いま何が起こっているのか?
 そのことに関心を抱くことは、アメリカの中東戦略に触れることであり、パレスチナ問題を語ることであり、長期政権が続いた国の民主主義を考えることであり、経済格差と失業を語ることであり、ネット社会による情報流通と革命の関係を考えることである。

エジプトの政変

 つまり日本人を含めたさまざまな民族が、これから考えなければならない問題を読み解く契機が、そこにいっぱいあるように思うのだ。

 しかし、今日の出勤前のテレビを見ていたら、日本のメディアの最大の関心事は、相撲界の八百長問題だった。

 「日本社会もグローバル化しなければいけない」
 というかけ声は、相変わらずいろいろな所から響いてくるが、どうやらグローバル化したのはビジネス社会だけであって、メディアの方は、ますます “鎖国化” を深めているような感じがする。

 エジプト情勢の変化は、世界に何をもたらせるのか?

 それに関しては、あの時事解説の達人といわれる池上彰さんだって、次のように語るのみ。
 「エジプトのような大国が反米国家になったら、世界の力関係は大きく変わる。アメリカの中東への影響力は低下するだろう。 パレスチナの和平のゆくえが一段と混迷するのは明らかである」 (週刊文春)

 う~ん……。
 そうなんだけどさ、私の知りたいことはそういうことじゃない。

 たとえば 「パレスチナの和平」 という一言に対してだって、いろいろな疑問がわく。

 「そもそもパレスチナ問題って何だ?」
 「アメリカはなんで、イスラエルを支持するんだ?」
 「宗教とか民族とかいう区分けと、国境とは、どういう関係にあるんだ?」
 「ユダヤ教とイスラム教って、どこが違って、何が同じなの?」
 「ネット社会の普及と、一神教の教えって、影響し合うの? 関係ないの?」
 
 少しじっくり考えてみれば、ひとつの疑問から新たな疑問が発生していくということが必ず起こる。

 《 知の運動 》 って、そういうもんだと思う。

 ところが、今の日本のメディアには、そのような “運動” が生じる気配がない。
 疑問に対する 「とりあえずの解説」 をうまくこなす人はいても、疑問が次の疑問を促すように語れる人はいない。
 
 大事なのは、疑問が次の疑問を促していくという、 《 知のダイナミズム 》 を継続させることだと思う。

 だから、メディアの解説を受け取る視聴者の方も、 「とりあえずの解説」 で満足することなく、その “解説” の中に新しい疑問を見つける目を養い、その疑問からもう一つの “質問” をつくり出す力が必要になる。

 しかし、ブログ、ツィッターなどのネット利用者の発言を見ていると、 「疑問」 を提出することよりも 「結論」 を言い張る人の方がエライみたいな風潮が感じられる。
 特に、文字数が限られたツィッターの方が、みんな 「結論」 を急いでいる。

 「八百長を蔓延させた相撲界は国民の信頼を裏切った。相撲界はいますぐ解散すべき」 みたいな…。

 私は威勢よく豪語される 「結論」 よりも、頼りなくくりかえされる 「疑問」 の方が大事だと思う。

 そもそも、 「疑問」 と 「結論」 はまったく逆の方向に人を導く。
 
 「結論」 は “身内” の結束を固め、仲間同士の求心力を強めようとするが、 「疑問」 は遠心力を発揮して、個人を 《外》 の世界に向かわせる。

 「疑問」 を追い払って 「結論」 のみを尊重する社会は、鎖国化の一途をたどるように思う。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:44 | コメント(0) | トラックバック(0)

同人雑誌仲間

 中学時代に仲の良かったクラスメート4人で会った。
 卒業まぎわに、
 「同窓だった思い出をなんらかの形に残そう」
 ということになり、 “同人雑誌” を作った仲間である。

DOJINSHI001
 ▲ 雑誌名は 『DOJINSHI』 だった

 コラムあり、映画評あり、小説あり、マンガあり、星占いありという、各人の得意なものを寄せ集めたユニークな雑誌となった。

 当時、手作りの雑誌を印刷するときに一般的に使われたのはガリ版である。
 しかし、マンガも収録するとなると、ガリ版では “ベタ塗り” ができない。
 そこで、当時ようやく普及し始めたコピー機を使った。

DOJINSHI002 

 何部ぐらい製本したのか、覚えてない。
 たぶん、クラスメート全員とそれ以外の仲のいい友人たちに配る分を計算して、50~60冊ぐらいではなかったろうか。

 卒業後はみんな別々の高校に行ったから、その後彼らと会うことは滅多になかった。
 社会人になってから集まったこともあったが、せいぜい4~5年に1度というペースではなかったか。

 ところが、そのうちの一人が、パソコンのメールを介して、
 「今度は、会って近況を報告し合うだけでなく、昔つくった同人雑誌をもう一度復活させないか?」
 と提案してきたのである。

 ペーパーでなくても、WEB上でそれが可能かどうか相談もしたいという。

 WEBでやるなら、あまり面倒ではない。
 面白いかな…とは思ったが、いざ集まってみると、モチベーションにそれぞれの温度差があり、イメージしているものも微妙に異なり、実現するまでにはいろいろと紆余曲折がありそうな気配もした。

 発起人となった友人は、わりと燃えていた。
 映画とクラシック音楽の好きな男で、プロとまではいかなくとも、自作の批評がメジャー誌などに掲載される経験をすでに持っている。
 ユーモアと批評精神のバランスの取れた才人でもある。
 彼は、文学や芸術の香りが高い 「正統派の同人雑誌」 をイメージしているようだった。

 反対に、そういうことに再チャレンジするのは 「ちょっと億劫だな…」 という気持ちを顔に滲ませながら、最後まで黙って優しい笑みを浮かべていた友人もいた。

 3番目の友人は、同人雑誌を作ることそのものよりも、
 「それを軸に、みんなで集まったり、意見を交換することができるなら賛成!」
 という立場だった。
 「どうせ、俺たちはもう還暦になったんだ。ヒマな時間だけは増えるけれど、語る仲間は減っていく年になる。だから、懐かしい仲間が集まって、飲み食いの機会を持つことはいいことなんじゃない?」
 …というのが、3番目の友の意見。

 私はというと、この3番目の意見に近い。
 会って、たわいもなく飲み合って、近況報告をするだけでもいいじゃない?
 という気持ちが強い。

 確かに、中学生の頃に出した同人誌では、小説を書いた。
 当時ハヤカワから出ていたリチャード・マティスンとか、ロアルド・ダール、シオドア・スタージョンみたいな作風を意識した (つもりの) 短編だった。
 その頃は、将来そっちの世界で自分を試したいという “野心” もなくはなかった。

DOJINSHI003

 同人雑誌の復活を主張する友人は、しきりにその当時のことを振り返り、
 「もう一度小説を書かないか?」
 と背中を押してくれる。

 しかし、今の自分には 「ここで一発奮起して小説でも書くか!」 という意気込みはそうとう後退している。
 …というより、 「小説」 という形で、自己の表現衝動を世間に向かってはじき出すという行為に、どこか気恥ずかしさを覚えるのだ。

 おのれが勝手に思い描いた想像世界に他者を巻き込むなんてことは、神にでも愛された天才でなければ、とても無理だ。
 自分の場合はそんな風に思っている。

 そこの部分では 「凡才」 である自分が小説を書くなんて、時間がもったいない。
 そういう時間があるならば、自分には及びもつかない世界を描いている作家たちの小説をもっと読むべきだ。
 そう思う。

 しかし、 「批評」 とか 「評論」 のようなものだったら書いてもいいと思う。
 素敵な小説を読んだり、心地よい音楽を聞いたりして、その感想を書いたりすることは好きだ。
 たぶん、そのとき自分の心の中に起こった 「変化」 に興味があるのだろう。

 人の作品のいったい何が、どこが、自分の 「心」 を変えたのか?
 そういうことに対する興味の方が、小説を書くことの喜びよりも強い。

 「素晴らしいもの」 は、常に自分の 《外》 からやって来る。
 もし、自分に “小説的感性” があったとしたら、それをキャッチするためにこそ使うべきだと思っている。

 で、同人雑誌の方は、 「時間を見ながらボチボチ…」 ということになった。
 それでいいと思った。
 仮に、計画どおりに作品が集まらなくても、何かひとつの目的を持って、昔の仲間が集うということは、やはり生きていく上での 「刺激」 になる。

 あせらず、意気込まず、ゆるゆると…。
 しかし、 「目的を持つ」 ということの緊張感だけは維持しつつ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:20 | コメント(0) | トラックバック(0)

自己啓発ビジネス

 30年ぐらい前だろうか。
 一度ヘッドハンティングされかかったことがある。
 マーケティングの会社だったか、コンサルティング会社だったか。
 要は、ビジネスのアイデアを出して食べていく会社だった。 

 仲介したのは、学生時代につき合っていた友人だった。

 「まぁ、うちのボスと世間話でも」
 と軽いノリで誘われ、友人も同席して、その会社のボスとステーキを食った。

 アメリカ牛と和牛の “脂肪のつき方の違い” なんていう話から始まったが、シェフが焼けたステーキを鉄板からプレートに移し換えるというタイミングで、そのボスが、
 「マズローの法則って、知っている?」
 と尋ねてきた。

 肉を焼くための法則かと思った。

 しかし、聞いてみると、人間の欲求に関する 「教え」 のことだという。
要は、人間の自己実現要求をうまく管理すれば仕事がはかどるという、心理学的な “動機づけ” を説いたものだった。

 「人間の欲求は階層化されている。
 最も下位に、食欲、性欲などがあり、それが徐々に高みに登っていき、最後の5番目の欲求になると、自己の能力を最大限に発揮したいと思うようになる」

 その5番目の境地に至れば自己解放が達成され、サクセスへの道が拓かれるという理屈だったと記憶している。

 そのボスは、なぜそんなことを私に話したのか。
 たぶん、 「僕らと一緒に仕事をして5番目の境地を歩もう」 というメッセージを送ろうとしたのだと思う。

 「はぁ…」
 と頷きながら聞いていたが、せっかくのステーキがまずくなった。

 別に、その理論がつまらなかった…というわけではない。
 そのボスの語り口に、生理的な違和感を覚えたからだ。

 どこか、マルチ商法などを仕切る人の匂い。
 あるいは、新興宗教か自己開発セミナーなどの講習会で、演壇に立って説明する人の匂い。

 心理学とか哲学のテーマを、誰にでも分かりやすい言葉で説いて、
 「ほら、あなたは、もう生まれ変わってますよ」
 とささやく人の匂いが、そのしゃべり方から立ちのぼってきたのだ。

 だから、マズローさんには申し訳ないけれど、 (たぶん誤解だと思うが) 、人生のモチベーションを高めるための 「○○の法則」 とかいうものに対しては、今も敬して遠ざける気分が働く。

 で、そのボスと会ったのは、それが最初で最後となった。

 マズローさんの法則が、それに当てはまるかどうかは分からないけれど、個人のモチベーションを高めるための法則を説くビジネスは、相変わらずそこら中にあふれている。
 自己啓発本とか自己啓発セミナーなどといわれるものだ。

 とくに、自己啓発書のたぐいは、その実効性を具体的に訴えるものが多いから、新聞広告や車内吊り広告のタイトルを読むだけで、いわんとしているテーマはだいたい推測できる。

 「○日間で、××を達成する法」
 「○○な人生を変える12の法則」
 「デキる人間は、みんな××をクリアしていた」
 …みたいな。

 どれも、お賽銭を投げればすぐご利益があるというタイトルが特徴で、寺社の賽銭箱にコインを放り込むような気分で一冊買えてしまう。

本屋さんの店頭00021

 これらの本には、一貫したスタイルがある。
 最後までキチっと読み終えたものがないので、うかつなことは言えないが、要は、
 「おのれを信じなさい」
 「おのれの中には無限のパワーが眠っています」
 「あなたが成功しないのは、そのパワーに気づいていないからです」
 「だから、まず××を実行しましょう」
 「そうれば、あなたの周りに、あなたを慕う人がたくさん集まってきます」
 という自己が開かれていくプロセスが、ほぼ同じような口調で語られている。

 中身が替わるのは、 「××」 のところ。
 この 「××」 が、時に 「速読法」 になったり、 「整理整頓術」 になったり、 「サプリメントの名」 になったりする。

 もちろん、これらの本が、人生の成功者となるための地道な 「努力」 をないがしろにしているわけではない。
 地道な 「努力」 を強調しながらも、一方で、その努力を軽減するための “秘策” を用意しているところがミソ。
 つまり、
 「汗水垂らしてトレーニングに励むのが常道なんですが、実は、短期間に成果を上げるための “筋肉増強剤” という秘策があるんですよぉ!」
 みたいな感じ。

 この “秘策” の部分が、なにがしかのビジネスにつながっている。
 
 そういった意味で、自己啓発本も、自己啓発セミナーも、マルチ商法も、スピリチュアルも、どこかで 「商売」 に結びつく秘策を大事にしているところが、共通している。

 確かに、自己啓発本は、いっとき人を元気にさせるかもしれない。
 問題は、その元気が長続きしないこと。
 日々の仕事が忙しいと、その忙しさを乗り切るために読んだ自己啓発本の内容すら、人間は忘れてしまうものだ。

 だから、目新しいものが出てくると、また買う。
 そこが自己啓発本の “売れる秘密” であるかもしれない。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:10 | コメント(2) | トラックバック(0)

ノスタルジー

 ノスタルジーは、「郷愁」 と訳される。
 故郷の風景などを思い出したとき、鼻腔をツゥーンとかすめていく、あの “懐かしい空気” のようなものを指す言葉だ。

 故郷の風景でなくても、その時代によく聞いていた音楽。
 あるいは、よく食べていた食べ物。

 そういうものに接したとき、私たちは、センチな気分で胸がいっぱいになったり、不思議な高揚感に満たされたりする。

 そういった意味で、すべてのノスタルジーは 「対象」 を伴っている。
 
 懐かしい 「風景」
 懐かしい 「音楽」
 懐かしい 「味」
 
 ノスタルジーは、常に “懐かしさ” を呼び出すための 「対象」 とセットになっている。

 この 「対象」 という言葉を、 「記号」 と表現し直してもいい。

 『ALWAYS 三丁目の夕日』 という映画は、団塊世代の人々が感じる 「懐かしさ」 を、すべて 「記号」 に置き換えた映画だった。

ALWAYS三丁目の夕日

 映画の舞台となったのは、昭和33年の東京。
 そこに登場する 「完成前の東京タワー」 や 「オート3輪」 、あるいは 「お下げ髪の少女」 などという映像は、すべて昭和33年の “記号” といってよかった。

 これらの “記号” は、釣り針が魚の口を捕らえたかのように、半ば強引に、人の記憶の底に眠っていた 「当時の気分」 を浮上させる。
 不意に耳を襲ったナツメロが、一瞬にして、人を過去の世界に連れ戻すように。

 深海から突然釣り上げられた記憶は、鮮度がいい。
 それは、まだ汚れを知らない記憶であり、可能性を保持したままの記憶であり、生きることのほろ苦さを知らない記憶である。
 だから、心地良い。
 それがノスタルジーの正体だ。

 しかし、この世には、もうひとつ 「記号」 を持たないノスタルジーというものが存在する。
 懐かしいんだけど、その “懐かしさ” の理由が分からないというやつ。

 どこかで見たような……、だけど記憶がない。
 記憶がないけど、何か懐かしい……

 私たちは、ときどきそういう気分に襲われることがある。
 デジャブ (既視覚) というのも、その一つかもしれない。
 
 しかし、デジャブでなくても、私たちは、はじめて接した風景や、絵画、音、匂いのなかに、
 「遠い昔、どこかでこれと出会っている」
 という不思議な感覚を味わうことがある。

 たいていの 「懐かしさ」 には、それを 「懐かしい」 と感じる根拠があるはずだが、その手の 「懐かしさ」 には、根拠……すなわち 「対象」 がない。

 対象のないノスタルジーには、どこか 「不安」 の影が忍び寄る。
 「懐かしい」 と感じながら、 「懐かしさ」 を感じているはずの “自己” をその場に見出すことができないからだ。

 「その場にいなかったはずの自分が、なぜその光景に懐かしさを感じるのか?」
 あるいは、
 「もし、自分が懐かしいと感じるのだとしたら、そのとき自分はどこに立っていたのか?」

 ノスタルジーが、やわなセンチメンタリズムを離れて、虚無の深淵を見せるのはこのときだ。

 すべての人間は、みな自分が原初の光景として見た 「荒野」 を抱えている。
 ノスタルジーとは、実は、この原初の荒野のことをいう。

 そこには誰もいない。
 何もない。
 だから、そこがどこなのか、そこには、どんな風が吹いているのか。
 それは、誰も言葉にできない。

 多くの学者や宗教家が、なんとかその 「荒野」 に解明のメスを入れようとした。

 生物学者たちは、この人間が共通して持っている 「荒野の原像」 を 「DNAに書きこまれた “生命情報” 」 などと説明するかもしれない。

 精神分析学者たちがいう 「集合無意識」 などというのも、その一つかもしれない。

 東洋の説明体系においては、この 「対象を持たないノスタルジー」 のことを 「前世の記憶」 などと説明することがある。

 だけど、人間が抱いている 「原初の荒野」 は、科学や、哲学や、宗教では解明することができない。
 
 私は、この 「荒野」 の感覚こそが 「文学」 の原点だと思っている。
 それは、 「絵画」 の原点でもあり、 「音楽」 の原点でもある。

ハンマースホイ 居間に射す陽光0005

▲ ハンマースホイの描いた 『居間に射す光』
 彼の絵は、まさに 「対象とつながらないノスタルジー」 を表現している。
 この絵が、誰にとっても懐かしく感じられるとしたら、その温かそうな陽射しを、誰もがどこかで経験しているからだ。
 しかし、その経験がいつ、どこのものであったかは、誰も特定できない。
 特定しようとすればするほど、逆に自分と、自分の記憶が乖離していく。
 だからハンマースホイの絵からは、懐かしさと同時にかすかな 「不安」 と 「寂寥(せきりょう) 」 が忍び寄ってくる。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 05:23 | コメント(0) | トラックバック(0)

夫婦の会話の危機

 あるテレビ番組で、 「現代の夫婦の間には、会話が本当に成り立っているのか?」 という実験を行っていた。
 街を歩いていた何組かの夫婦を実際にスタジオに連れ込み、ある一部のテーマだけを除いて、いったい何分会話が持つのかを実験したのである。

 この実験のカギは、 “ある一部のテーマを除いて” というところにあった。
 それは、 「子供と実家の話題」 だったのである。

 すると、この 「子供」 と 「実家」 という話題を除くと、ほとんどの夫婦は会話が10分も持続しないことが分かった。

 番組はこれを、 「熟年離婚」 へ至る “落とし穴” という方向に視聴者をリードしていく。
 すなわち、 「子供とそれぞれの実家」 に関わること以外では、今の一般的な夫婦は、お互いに対する関心を失っていると指摘する。

 会話がないのは、関心がないことの証拠。
 夫婦の間から会話が消えたとき、それはお互いの関係が切れたことを意味する…という、ひとまずの推論がそこで立てられる。

 そこで、レギュラーコメンテーターたちの意見が入った。
 ある中年の男性キャスターはいう。

 「だって、妻の話はまどろっこしいんだもん。まず結論がすぐに分からない。どうでもいいような人のうわさ話が延々と続く。
 で、それでどうしたの? …と質問しようと思うと、もう話が別のテーマに移っている。
 こっちが忙しいときは、まず結論をはっきり出すような会話を選んでほしい」

 それに対する女性キャスターの反論。

 「女は話しながら筋立てを構成していく。女同士はそのプロセスとスピード感に慣れているから、その方が会話が盛り上がる。
 なのに、男性はいちいち “論理” だの “結論” だのというので、話がブツブツ切られてしまう。
 それに、女は自分の話を聞いてくれるだけで、ストレスが解消できる。
 女のうわさ話とか愚痴というのは、実はストレスを解消したいときのSOSなのだ。
 女同士ならそれが分かるが、それを理解できない男がいる。
 そういう男に対しては、たとえ夫であろうとも、優しさの欠如を感じてしまう。
 夫婦というのは、 “無駄な会話” が許される関係のことをいうのではなかろうか。
 だから、妻の会話を “無駄だ” と一言で切り捨てる夫からは、やがて気持ちが離れていくと思う」

 なるほど。
 ここには、熟年離婚に傾いていく妻の気持ちが簡潔にまとめられているような気もする。

 要するに、夫婦の会話のギクシャク度が増すと、二人の関係が疎遠なものになっていく…ということなのだろう。

 なにもこれは、 「夫婦」 に限ったことではない。
 広く 「男と女」 の問題と言い換えてもいいだろう。

映画マンハッタン複写

 なぜ、男と女の会話は、それぞれ別の原理によって支えられているのか?

 これに関して、斎藤環さんという人が 『関係する女、所有する男』 (講談社現代新書) という本のなかで面白いことを書いている。

 要は、男は 「所有すること」 を求める動物である。
 それに対して、女は 「関係すること」 を求める動物である。
 …と、彼はいうのだ。

 (もちろんこのような差異は、動物としての生理学的な性差から生まれるものではなく、あくまでも文化概念に由来するものだが、その原理を説明していると長くなるので省く)

 で、 「所有」 を求める男性は、常に 「対象を視覚化し、言語化し、さらに概念化してこれを意のままに操作しようとする」 。

 それに対して女性は、
 「言葉を世界と関係するためにだけ使用する。男の言葉はしばしば独り言に近くなるけれど、女の言葉は常に相手を必要とする。
 男は言葉からできるだけ情緒的なものを取り除こうとするが、女は言葉を情緒の伝達のために使う」 。

 で、斉藤さんは、次のように話を進める。

 「女性は、語るべき対象を分析などしない。むしろ対象をまるごと受け入れる。受け入れることで十分な満足を得られるので、欲望の対象を言語化したり、概念化したりしようとは思わない。
 それよりも、相手が感じたり考えたりしていることを察知し、それに反応して、適切な感情を催すことを優先する」

 で、そこから得られる教訓を、斎藤氏は次のようにまとめる。

 「男が会話するのは 『情報伝達』 が目的である。
 だから男は、いつも会話の結論を急ぐ。
 いっぽう女は、結論を出すことよりも、 『会話そのもの』 を楽しむことを目的とする。
 女性からみれば、男性の会話はしばしば殺伐とした味気ないものに見えるだろう。
 だから男性は、女性の愚痴に、すぐに答を出してはいけない。
 なぜなら女性の (会話の) 目的は、 『答を出してもらう』 こと以上に、 『話を聞いてもらう』 こと、そして 『言うことだけ言ってすっきりする』 ことにあるからだ」

 熟年男性の 「キャンピングカー1人旅」 が増えているという話がある。
 「今まで旅行に付いてきてくれたカミさんが、だんだん行動を共にしてくれなくなった」
 と訴える男性がちらほら現れるようになった。

 それはそれで、今後は新しい 「旅行文化」 を形成していくように思う。
 そして、そういう 「1人旅」 も旅行のひとつの楽しみ方になっていくだろう。

 しかしその前に、旦那さんは、まず夫婦の会話の成り立ちを勉強し直すのもいいかもしれない。
 だって、せっかく長く連れ添った夫婦なんだから、 「話していて楽しい」 ってことは、やはり大事なことだと思うのだ。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 23:58 | コメント(8) | トラックバック(0)

その一服は必要か

 「ちょっと待て、今その一服は、必要か?」

 タバコを一本数前に、そういうおまじないを唱えるようになった。

セーヌ左岸の恋よりスキャナ

 結局、いまだ禁煙には至っていない。
 ただ、 “節煙” は進んでいる。

 今までは、一日に一箱以上。
 酒が進んだりすると、二箱ぐらい消費していたけれど、値上がりもあって、一日に一箱以上は買わないようにした。

 ないものは吸えない。

 だから、最初からなければいいのだろうけれど、やはり、いろいろな作業の節目を自覚するときの “区切り” として、あの 「一服」 は欲しい。

 実際に、ものを書いたりすると、その一服の合間に、新しい発想が浮かんで次の文章が生まれたりする。
 だから、自分の健康を損なうにせよ、 「小さな気分転換」 の効果はあると信じている。

 しかし、喫煙というのは 「無意識の習慣」 だから、 “区切り” が次第にアイマイになっていく。
 いつの間にか、意味もなくダラダラと吸い続けるようになる。

 そういった意味で、
 「ちょっと待て、今その一服は、必要か?」
 と自分で問うことはいいことだと思う。

 結局そう問うことで、取り出したタバコを、またもとのケースに収めることが多くなった。

 タバコなんかなくたって、生きていける。
 実際に、そうだ。
 現に、今の会社は指定場所以外は禁煙なので、仕事中にタバコを吸うことはない。
 家にいても、リビングでは吸わない。
 正月はテレビの前で、一日中ダラダラと酒を飲んでいたが、タバコなど一本も吸わなくても平気だった。

 問題は、自宅のパソコンの前に座ったとき。
 結局、このときに集中して吸っている。

 いっとき電子タバコにトライしたことがあったけど、味に対する違和感が払拭しきれなかったことと、充電が面倒だったので、止めてしまった。
 携帯電話などの充電は面倒に感じないけれど、電子タバコの充電が面倒だと感じるのは、やはり 「必需品」 と 「嗜好品」 の違いがあるからだろう。

 嗜好品ならば、止めることはできる。
 
 「ちょっと待て、タバコは、人生に必要か?」

 その心境になるには、あとどのくらいかかるだろう。

 …とか、いいながら、この原稿…タバコを吸いながら書いてしまった (汗) 。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:40 | コメント(6) | トラックバック(0)

荒野の炎

 「荒野の炎」 という訳が合っているのか、どうか分からない、
 原題は、「Wildfire (ワイルドファイアー) 」 。
 「野生の炎」 というのが、正しいのかもしれない。

マイケル・マーフィージャケ

 1945年生まれのカントリー・シンガー、マイケル・マーフィーの歌った曲で、70年代に全米トップ3位になったという。

 70年代というのは、いちばん洋楽にのめり込んでいた時代なのに、この曲をリアルタイムでは聞いていない。

 だいぶ経ってから、たぶん、ラジオのFMか、FEN で聞いたのだと思う。
 良い曲だと思って、すぐにテープに落とした。



 YOUTUBEで、この曲を拾うまで、てっきり 「焚き火」 の歌かと思っていた。
 歌詞をたどると、 「ワイルドファイアー」 というのは、馬の名前であることが分かった。
 
 吹雪の夜、ワイルドファイアーと名付けた馬が、馬小屋から失踪した。
 飼い主の少女が、その馬の名を呼びつづけながら、荒野をさまよい続けた。
 そして、地上から姿を消した。

 しかし、雪の季節になると、彼女がその馬の背に乗って、イエロー・マウンテンを下って、 “僕” を迎えに来る。

 そんな幻想的な情景を綴った歌だという。

 しかし、この曲はずっと私にとっては、 “焚き火” の歌なのだ。
 人知れぬ山奥で、そっと焚き火に手をかざすときの曲。

 頭上には、星が舞い、地には風が這う。
 そのような、大自然の中で孤絶した人間に、いっときの温かさを与えてくれる焚き火。
 そこに手をかざすとき、いつも耳の中で、マイケル・マーフィーの 『ワイルドファイアー』 が鳴っている。

 イントロのアコースティックギターが、まるで、虚空をくるくると舞う火の粉の回転を思わせる。
 その火の粉が、静かに空に舞い上がり、そのまま星に昇華する。
 
 人の耳に届く “音楽” でありながら、自然の 「沈黙」 を歌っている。
 そんな曲に思えるのだ。

 
音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 19:43 | コメント(0) | トラックバック(0)

山口冨士夫の精神

 ちょっとだけ知り合いの人が作っている音楽系ブログを眺めていたら、そこに 「山口冨士夫」 という名前を見出して、懐かしい気分になった。

 ロックギタリストである。
 70年代に、 「村八分」 というバンドで活躍し、その音とパフォーマンスが神話として残った伝説の人だ。

 ▼ 一世を風靡した時代の山口冨士夫
山口冨士夫001

 が、その後…というか、全盛期においても、気分屋で、演奏にムラがあり、しかも、バンド解散後は刑務所暮らし (ドラッグ系犯罪) が多く、そして身体を傷めて闘病暮らし。
 人生の 「- (マイナス) 」 部分をすべて背負って生きてきたような人だった。

 ▼ 村八分
村八分002

 だけど、 「村八分」 の音楽はすごかった。
 ベースとなっているのは、ブルース、R&B、ロックンロールで、しかもそれを極めてオーソドックスなスタイルで演奏する。

 にもかかわらず、それがステージ上のパフォーマンスとなったときは、地獄のカマが開いたような亡者たちの饗宴となる。

 それは、どんな世界か?

 唯一のアルバムといわれる京大西部講堂でのライブを収録したときの曲名を拾ってみる。

 「あっ !!」
 「夢うつつ」
 「鼻からちょうちん」
 「のうみそ半分」
 「水たまり」
 「にげろ」
 「馬の骨」
 「ねたのよい」
 「んッ !!」
 
 こういう曲名を見ただけでも、彼らが何を追っていたかが分かるだろう。

 カッコいい英語とお洒落な日本語が混ざった耳ざわりのよい和製ロック。小粋なフレーズでヒット狙いをする和製ポップス。
 そんなものから、いったいどこまで遠ざかって行けるのか?
 それが、彼らのロックだったように思う。

 だから、村八分の音には、時代のメインストリームを歩むもの総てに向けられた 「嫌悪」 と 「軽蔑」 が感じられたし、 「血」 と 「退廃」 の匂いがした。

 女性器を、びくびくしながら、そぉっと開いてみたら、その奥に広がっていたのは 「暗闇」 ではなく、真っ赤に燃えさかる 「溶鉱炉」 だった、という感じの衝撃。
 そんなものが、心臓を直撃してくる音楽だった。

 「村八分」 の目指したものを、もっと分かりやすい形にしたものがパンクだ。
 彼らから数年遅れて、イギリスではセックスピストルズがデビューした。

 だから、村八分のことを 「パンクの先駆者」 などと表現をする人がいるかもしれない。
 しかし、あの頃の彼らだったら、パンクという “くくられ方” をされること自体に反発しただろう。

 実は、私自身は、そのライブを見たことがない。
 学生時代に、ちょっとバンドを組んでいた男が、そのおっかけをやっていて、そいつから聞かされた話がメインとなっている。

 一度はその伝説のライブを見たいと思っていたけれど、それもかなわぬうちに彼らは解散。
 結局、 “唯一のアルバム” と後にいわれることになる 『村八分 ライブ』 を買って、それをターンテーブルに載せて聞くしかなかった。

 やがて、レコードプレイヤーも家から消えて、彼らの音も身辺から遠ざかった。

村八分ライブジャケ

 そんな状態が、もう30年以上続いたのかな。
 だから、その音楽系ブログを読むまで、 「山口冨士夫」 という名前も忘れていたし、 「村八分」 というバンドの音も忘れていた。

 しかし、その音楽ブログを開き、そこに 「山口冨士夫」 の名を見出したとき、
 「ああ、生きてたのか」
 って感じのため息が漏れた。
 彼の公式ブログへのリンクが張ってあったので、さっそく飛んでみた。

 「復活ライブ」
 そんな見出しが踊っていた。
 長い闘病生活から抜け出し、最近また音楽活動を再開したらしい。

 1949年生まれというから、いま61歳。
 最近の写真を見て、深く刻まれたシワに、一種の凄みを感じた。

 「これがロッカーの顔だ」
 そう思った。

山口冨士夫002

 YOUTUBE経由で張られたライブを見て、さらに凄みを感じた。

 「これがロックだ」
 そう思った。

 ちょっと、往年のルー・リードを思わせる、気怠い立ち居振る舞い。
 出す音も、昔のパワーみなぎる音ではない。
 しかし、ロックというのは、
 「音楽形式のことではなく、生き方だ」
 という主張が伝わるような演奏だ。

 いい意味で、へろへろ。
 いい加減。
 だけど、なんか怖い。

 表面は、ミズスマシが浮いているような涼しげな池なんだけど、ちょっと足を踏み入れると、ドロドロした藻が足に絡みつき、奥へ奥へと引っぱられる感覚。

 そんな音だ。

 ▼ いきなりサンシャイン


 山口冨士夫のギターからは、まさにロックを感じる。
 言葉でそれを伝えるのは難しいけれど、自分が 「感覚として知っているロック」 というのは、こういうものだ。

 つまり、永遠に 「未完の音楽」 。
 完成形を目指すために演奏するんだけれど、演奏し終わった時点で、完成形がさらに先延ばしになっちゃう音楽。
 追いついたとたんに遠のいていく “陽炎 (かげろう) ” のような音楽。
 ロックってのは、そんなもんだと思う。

 だから、その “陽炎” を生涯追い続けてきた人間には、凄みが出るのだ。
 彼の人生は、死ぬまで完結しないわけだから。

 で、山口冨士夫のブログには、最近の記事として、こんなことが書かれていた。
 タイガーマスクの主人公 “伊達直人” の名で、児童養護施設にランドセルを寄付した人のニュースに触れたものだ。

 …………………………………………………………………

 この所のタイガーマスク (伊達直人さん) のように、生きたいなあ……。
 俺も、60年以上前の第二次大戦の、犠牲者なのです。 (※引用者註、彼には黒人の血が混じっており、孤児院で育った)
 差別され、馬鹿にされて、辱めばかりの小学生だったんだ。
 小学校2年の時には、ナイフまで突きつけられたんだよー。
 今ではハーフとか言われてもてはやされてるが、当時は、ヤバかったなあ……。
 何しろ敵の子。
 いじめな~んてものではなかったんだ。
 殴られ、ユメを奪われて、差別もすごかった。
 俺たちが入ってゆくだけで、ラーメン屋の客が、まるでゴミを見るみたいに、黙って皆なが、出てゆく……。
 そんな世の中だったんだ。
 ブルースだなあ。
 学校では、ボロ服着てさ、ランドセルも、ぼろぼろ。
 だから毎日ないていたんだ。
 だから、ロックンロールによけいハマッていったんだ。
 今の子たちも、事情はちがっても、にたようなものだろうな。
 皆んなが大変な思いをしていることは、とても、辛いな。
 そこに、タイガーマスクが、あらわれた。
 すごいよー! だから、昔からのみんな出ておいでよー! 感謝しようよ。
 最近のヒドイニュースの中で、もし、これが、本当なら、すごいことだと思ってます。
 堂々と生きようよなあ。タイガーマスク有難う。

 …………………………………………………………………

 ところが、このランドセル寄付騒動は、一部のメディアからは批判や揶揄にさらされている。

 「昭和の感性を脱しきれない、時代錯誤的な偽善」
 とか。

 でも、そういうことを言ってるヤツらの方が、よっぽどアタマの中が “昭和” しているよ。

 どうして、メディアの中枢で発言する人たちは、ちょっと斜 (はす) に構えた見方をカッコいいと思ってしまうのだろう。
 そんな斜めに構えたスタンスは、偏差値秀才が、 「庶民にモノの見方を教えてやろうか」 と、その “優秀なアタマ” で思いついただけのこと。
 ボロボロのランドセルしか持たされず、差別され続けてきた山口冨士夫の心境などには思い至らない。

 だけど、本物の 「血」 と 「退廃」 を知っている山口冨士夫は、タイガーマスクにストレートな賛辞を送る。

 遊戯的な語り口で社会を斜めに見るインテリたちには、その彼の凄さが分からない。

 山口冨士夫、そのうちライブに行くからな。

 ▼ 伝説の 「村八分」 時代の演奏 『水たまり』
   こういうオーソドックスなミディアムテンポのブルースもカッコいい。




音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:11 | コメント(6) | トラックバック(0)

焚き火で育つ感性

 一般社団法人 「日本RV協会」 (JRVA) のHPに掲載されているプレスリリースを読むと、
 「親子でキャンピングカー旅行することで、子供の情操を高めたり、しつけを学ばせることができる」
 と思う親たちが増えているという。

 これは、同協会が運営しているHPを閲覧するキャンピングカーユーザーを対象に行ったアンケート調査から判明したもの。
 それによると、全体の75.3%の人が、 「キャンピングカーは子供の情操教育やしつけに有益」 と考えている様子が浮かび上がってきたと伝えている。

 その理由としては、
 「1台のクルマの中で話す機会が作れたので、家族の団らんが得られたから」 。
 あるいは、
 「旅先で自然に接し、自然に対する理解が深まったから」 という回答が寄せられている。

大野路キャンプ場

 キャンピングカーは、必ずしも自然を求める旅ばかりを得意とするわけではないが、それでも、普通の乗用車旅行に比べると、自然とのマッチングはいい。
 実際に、子供を自然の中で遊ばせるためにキャンプ場を利用しているファミリーは多い。

 そういう親たちに話を聞いてみると、たいてい 「自然と接することの楽しさ、面白さを学ばせたい」 という答が返ってくる。

 その理由というのが、まさにRV協会の調査で分かったととおり、
 「子供の情操が高まるから」
 というものだった。

 こういう話を聞くたびに、私はある映像ジャーナリストの人が話してくれた 「焚き火の話」 を思い出す。
 まさに、キャンプを楽しむ親子でなければ得られないような体験だと思うからだ。

 話してくれたのは、坂田和人さん。
 以前、このブログでも紹介した 『キャンプに連れていく親は、子供を伸ばす!』 という本を書かれた方である。

坂田和人氏
▲ 坂田さん近影

 坂田さんは、キャンプライフを繰り返すたびに、焚き火というものの “不思議な力” にますます心を奪われてきたという。

 焚き火には、人間の心を開かせる力がある。
 家族同士でも。
 友達同士でも。
 あるいは、見知らぬ人同士でも。
 炎を見つめる瞳を通じて、心と心が共振していく。

焚き火043

 実際に、直火を禁止するキャンプ場でも、 「焚き火台」 を使う焚き火はたいてい許可されており、近年のキャンプ場では、その焚き火が静かなブームとなっている。

 焚き火のいったい何が、人の心を捉えるのか。

 坂田さんは、大勢の子供たちを連れてキャンプを楽しんでいたとき、焚き火の中を双眼鏡で覗き込んでいた子供が、 「あっ!」 と叫んだときの声を聞き逃さなかった

 「私、火の中に入っちゃったぁ!」
 と、その子はいった。

 それをきっかけに、子供たちが割れ先にと、次々と双眼鏡を回して、焚き火の中を覗き込んだ。
 「すっげぇ、火の国の探検だぁ!」
 どの子も、感嘆の声をあげた。

焚き火068

 その光景に接した坂田さんは、それを思い出しながら語る。

 「焚き火の中で発見した世界は、きっとテレビゲームのバーチャル世界をも凌駕する光景だったんでしょうね。
 僕も覗いてみて、テレビを見るより面白かったですから。
 つまり、自然の中には、どんな映像文明よりも人間を感動させるヴィジュアルが潜んでいるはずなんですが、われわれがそれを見つめる目を曇らせているだけなのかもしれません」

 そう語った後で、坂田さんは、
 「キャンプをすると親子の対話が生まれるということは、焚き火をするとよく分かるんです」
 とも。

焚き火と子供(塩原GV)

 実際に、キャンプ場で焚き火を囲んでいるうちに、いつのまにか、家庭で話さないような会話を交わしていた、と述懐するファミリーは多い。
 子供は、焚き火を囲むことによって、親に対するわだかまりが消えていくことを感じ、親は親で、子供を支配して説得しようという気持ちを忘れる。

 「やっぱり、焚き火は人類が最初に手に入れた “文明” なんでしょうね」
 と坂田さんはいう。

 「人類は、火を確保し、それをコントロールすることによって、はじめて野生動物の恐怖などから逃れることができたわけですね。
 そのとき人間は “温かさ” や “明るさ” と同時に、はじめて “安全” 、 “安心” などという概念を手に入れたのかもしれません。
 だから、焚き火には、人間同士の緊張を解いて、お互いにホッとさせる力があるんです」

 だから、
 「話さなくてもいい」
 という。

 つまり、焚き火をしていると、普段は 「気まずいもの」 でしかない沈黙が、黙っていることの心地よさも教えてくれる 「豊かな沈黙」 に変わっていく。

 「炎を見つめながら、同じ空間を共有しているだけで、言葉では表現できない気持ちを伝え合っていけるのが、焚き火なんです。
 そういうことは、むしろ大人よりも、子供の方が敏感に感じるでしょうね」

 坂田さんは自信を持って、こう言い切る。

 RV協会のアンケート調査の結果も、このようなことを反映しているのかもしれない。


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campingcar | 投稿者 町田編集長 19:55 | コメント(4) | トラックバック(0)

キャンカー1人旅

 「まもなく定年を迎える夫が、 『長いこと苦労をかけたから定年後はキャンピングカーで全国を回ろう。楽しい旅行をしような』 と言うんです。どうやって断ったらいいんでしょう?」

 いきなりそんな主婦の会話から始まる記事があったので、ギョッとした。
 『週刊朝日』 の1月28日号に掲載されたもので、シニアルネサンス財団事務局長の河合和さんという方に取材した記者が、それをまとめたものだった。

 河合さんは、定年後のライフスタイルをコンサルティングする仕事に携わる方で、各地でいろいろな講演する機会があるらしい。
 ある講演が終わった後、一人の主婦が河合さんに質問した内容が、上記のものであったという。

 先を少し読んでみると、どうやらその主婦の方は、 「キャンピングカー旅行」 そのものを拒否しているのではないらしい。
 旅行に付随する料理や洗濯。
 そのような家事を、旅行先でも自分が負担しなければならないことを危惧しての発言だったようである。

 だから、それに対する河合さんの反応も、
 「家庭において、一切の家事を妻に任せていた夫の方に問題がある」
 という常識的なコメントで結論をまとめていた。

 しかし、家族に協力しながらキャンピングカー旅行を楽しんできた夫族においても、 “妻の離反” は進んでいるようだ。
 それが、昨日のカッチさんのコメント。

 家族が次第にキャンピングカー旅行に付いてこなくなり、一人旅をしては、夜は独りで酒を飲むことが多くなっているという。
 「さびしい~」 といいながら、でも、カッチさんの文面からは、それはそれで味わいがある…というニュアンスが伝わってきた。

 たぶん、そういうことはこれからは増えていくだろう。
 家族単位で旅を楽しむことが理想であるかもしれないが、家族の構成員にもそれぞれの考え方があり、それぞれの価値観があり、それぞれの生活がある。

 さらに、ある程度の年齢になると、伴侶の死別や離婚という問題を抱えることもあろう。
 だから、 「おひとりさまライフ」 は、今後キャンピングカー乗りの間でも大きなテーマになりそうな気がする。

 大事なことは、 「それでもキャンピングカーに乗り続ける」 ということなのだ。

 一人旅がさびしいというのであれば、そのさびしさの中にも新しい楽しみを見つけてくれるのがキャンピングカー旅行だと思うし、また、同じ境遇にいるキャンピングカー乗り同士がどこかで出会い、他者と交わることから新しいライフスタイルを見つけ出すこともあるだろう。

 むしろ、 「一人でいることにも耐えられる文化」 をキャンピングカーがつくり出していくという、そのポテンシャリティに注目すべきだと思う。
 そして、そういう 「一人」 同士が集まって、今までとはまったく異なるコミュニティを形成する可能性だってある。

ハイマーキャンプ風景……

 キャンピングカーの家族旅行というと、いつもハイマージャパンの安達二葉子社長が話していたことを思い出す。
 安達さんは、家族というものが必ずしも 「妻と夫と子供二人」 という標準世帯の形態をとる必要がないことを、ヨーロッパ旅行の体験から悟ったという。

ハイマーJ安達社長

 ドイツのハイマー社のキャンピングカーを25年間輸入してきた安達さんは、若い頃、今は亡くなられたご主人と一緒に、ハイマー社のモーターホームを使ってヨーロッパのキャンプ場を回った。

 そのとき驚いたのは、屈託のない表情で、子供たちをキャンプ場に連れてきて楽しませているシングルマザーたちの多さだった。

 「向こうでは、親がシングルでも “家族は家族” なんです。
 親が一人欠けていても、キャンプ旅行そのものが楽しければ、子供は幸せなんです。
 そのことをヨーロッパの人たちはよく理解しているから、そういう家族に対しても、周りの人の目が温かいんです」
 安達さんは、そういう。

 たった一人でキャンピングカー旅行をしている男の人たちは、さらに多いという。

 「日本では、一人でキャンピングカー旅行をしている男の人に対して、 “奥様にフラれたのかな?” 、 “ずっと淋しい独身生活をしているのかな?” などと要らぬ目で見る人たちが多いのですが、ヨーロッパ人はそうは考えない。
 向こうでキャンピングカー旅行を楽しむ人たちは主にシニア層ですが、そうなると奥様に先立たれる旦那さんも増えてくる。
 そういう人たちが、一人になってもキャンピングカーを捨てなくてすむ風土が形成されているということは、私は素晴らしいことだと思う」

 そう語る安達さんの心には、すでにご主人を亡くされたという切ない気持ちが去来しているのかもしれない。

ハイマーキャンプ風景2

 もちろん安達さんも、キャンピングカーが家族同士で楽しめる格好のアイテムであり、それによって家族間の絆が深まることを前提として話している。
 
 しかし、家族の形態は、ずっと不変であるとは限らない。
 父親と母親が二人ともしっかりそろい、そこに子供たちが配されるという 「標準世帯」 の構造が絶対的に正しいものであるのかどうか。

 それが 「家族」 のスタンダードだとしたら、たとえば両親のどちらかを亡くしたり、あるいはやむを得ない事情によって離婚してしまった家庭は 「家族」 ではないのか?

 どうやら、ヨーロッパ人たちは、昔からそのような固定的な家族観から脱出していたようなのだ。

 安達さんはいう。
 「日本には “片親” などという差別的な言葉が残っており、夫婦のどちらかが亡くなったり、離婚したりした親は、まるで自分が “家族の幸せ” から取り残されてしまったような思いを抱く人たちがけっこういると思います。でもヨーロッパのキャンプ場では、シングルたちへの眼差しがとても温かい」

 もし、シングルマザーが、自分の子供たちを連れて楽しくキャンピングカー旅行ができるような世の中が来れば、 「日本も確実に変わる」 と彼女はいう。

 これから高齢化社会を迎える日本において、シングルのキャンピングカー旅行を快適にするための精神風土をつくっていくことは、避けて通れない課題であるとも。

 一人で旅行していても、その思い出の中に 「家族」 が生きていれば、それは立派なファミリー旅行である。

 誰もがそう思えるキャンピングカー文化が形成されたとき、はじめて 「成熟」 という言葉が使えるのかもしれない。

関連記事「ひとりのくるま旅」/a>


campingcar | 投稿者 町田編集長 01:37 | コメント(6) | トラックバック(0)

車中泊の社会実験

 「道の駅」 などにおける車中泊が急増し、トラブルなども表面化したことを踏まえ、 「車中泊利用者のニーズ」 と 「道の駅としてできるサービス」 の共生点を探ろうという動きが昨年から活発になっている。

 このような研究を進めている団体の一つに 「東北 『道の駅』 車中泊研究会」 がある。

 同研究会の目的は、 「車中泊」 を、利用者側と管理者側に分けて考えることにより、利用者側には守るべきマナーやルールづくりための啓蒙を行ない、受け入れる側には、 「車中泊」 をきっかけに地域の観光産業を活性化させる可能性を提案するなど、両者の利益が合致するポイントを探るところにある。

 構成メンバーも、アカデミズムと行政のバランスを巧みにとり、大学教授、特定非営利活動法人 「東北みち会議」 、東北各県自治体の土木課、道路整備課、観光産業振興課などのスペシャリストたちが顔を揃えるという “厚み” を持ったもの。

 行動としては、まず車中泊利用者の実態調査が必要であるという考えに立ち、昨年秋に、東北の 「道の駅」 における車中泊利用者の実態調査を行なっている。

▼ 聴き取り調査の行なわれた東北の道の駅 「いいで」 (上)
  と 「よつくら港」 (下)

道の駅いいで

道の駅よつくら港

 この新春、その結果を紹介するプレスリリースが発表されたが、そこから、車中泊利用者たちのニーズや行動形態、さらに 「道の駅」 管理者たちの希望や心配事など、日本の 「車中泊」 ブームを支えるさまざまな興味深いデータが浮かび上がってきた。
 
 具体的な調査方法や数値の解説は、同研究会のリリースに任せるとして、ここでは、おおまかな傾向だけを紹介する。


 ● 熟年層の利用者が6割

 まず、車中泊利用者の年齢では、50代~60代の熟年層が6割を占め、その同行者のほとんどは夫婦で、それが全体の5割に達することが分かった。

 一方、 「同行者なし」 という単独旅行者も24パーセント存在したが、その場合は、車中泊の目的もはっきりしており、登山、釣りなどの趣味を極めるための宿泊であることが明白で、旅の日程も長くなる傾向があるという。
 職業では、会社員が38パーセントと最も多く、次が自営業の22パーセント。3番目は自由業の17パーセントであった。

 また、比較的最近になって始めた人が多く、車中泊歴としては 「5年以内」 と答えた人が47パーセントに達した。
 それを見ても、車中泊という旅のスタイルがここ数年内に急速に確立されてきたものであることが見て取れる。


 ● 最も多いのは車中泊用の改造車両

 宿泊に利用している車両に関しては、 「車中泊用に改造された車両」 というものが大きな比重を占め、それが全体の34パーセントに達した。

 “車中泊用の改造車両” というのは、オーナーが車中泊用に自分で室内改造を施したもので、いわば 「乗用車以上・キャンピングカー未満」 といったもの。作り込みは個人によって差が出るが、いずれもその1台で 「継続して車中泊を行える」 仕様になったものを指す。
 車種としては、ワンボックスカー (48パーセント) を主体としながらも、ミニバン、ステーションワゴン、軽自動車など多岐にわたるという。

 2番目に多かったのは、やはりキャンピングカーで、これが全体の32パーセントに及んだ。
 種類別に見ると、キャブコンが多く、キャンピングカーのなかでは46パーセントを占め、次がバンコンの24パーセントだという。軽キャンパーは9パーセント、フルコンは6パーセントであった。 (※ キャンピングカーの種類別調査では、特にお願いして詳しい調査結果を別に用意してもらった)

▼ 湯YOUパークのキャブコン
湯YOUパークのキャブコン

 3番目は、 “ノーマル普通車” 。
 これが29パーセント。
 リリースでは、単に 「普通車」 としてしか書かれていないが、一般の乗用車のシートをリクライニングしたぐらいの形で仮眠を取った人々のことが想定される。

足柄山SA車中泊の朝

 ● 観光・温泉などの目的が目立つ

 車中泊をすることの目的としては、リリースでは次のような結果が報告されている。
 「観光」  31パーセント
 「温泉・保養」  17パーセント
 「レジャー」  11パーセント
 「ドライブ」  8パーセント
 「食事」  7パーセント、
 「祭り・行事」  7パーセント
 「ビジネス」  3パーセント
 「ショッピング」  2パーセント

 やはり、 「観光」 と 「温泉」 が目立つが、それ以外は個別の目的が僅差で並び、突出したものを探し出すのは難しい。ここからは自動車旅行の目的が多様化しているということを読みとればいいのかもしれない。

車中泊中国自動車道

 ● 最大の理由は “自由な旅” の実現

 「車中泊による旅行の理由」 を尋ねたところ、 「自由な旅のプランを求めるため」 という回答が全体の29パーセントを占め、2番目の 「宿泊費の節約」 (27パーセント) をわずかだが上回って、一番の理由として挙がった。
 さらに 「趣味として」 という回答も21パーセントを占めて3番目になった。この中には 「クルマの中で寝ること自体が趣味」 という答も含まれるという。

 「車中泊」 という言葉の響きから、 「ホテル代を節約するため」 というイメージを浮かべる人が多いだろうが、この調査を見るかぎり、必ずしもそうとは言い切れない。
 「節約」 よりも、むしろ 「パック旅行とは違う自分だけのオリジナル旅行をしている」 という満足感の追求みたいなものが、ここからは浮かび上がってくる。
 これに 「趣味として」 という答を合わせて考えると、今までの自動車旅行とは全く異なる、新たな旅のスタイルが生まれつつあるようにも思う。 


 ● マナーについては温度差が

 「車中泊」 においては、マナーの問題がよく採り上げられる。
 今回の調査でも 「道の駅利用でマナー違反と思う行為は?」 という設問を設け、利用者のマナー意識を調査している。

 それによると、 「ゴミの投棄」 と答えた人が最も多く、19パーセントに達した。
 以下、次のようになった。
 「 (洗面所等での) 炊事」  15パーセント
 「 (洗面所等での) 食器洗い」  13パーセント
 「 (洗面所等の) 電源の利用」  12パーセント
 「 (洗面所等での) 洗濯」  10パーセント
 「発電機の利用」  11パーセント
 「給水」  9パーセント
 「バーナーの使用」  7パーセント

 これを見る限り、車中泊利用者のマナー意識はけっして悪くない。特にキャンピングカーユーザーの場合は、日本RV協会などが鋭意 「マナーキャペーン」 などを行っているため、そのルールを熟知しているユーザーが多いからかもしれない。

 もっとも、 「道の駅」 側から見ると、必ずしも利用者のマナーは及第点に達してない。
 道の駅の駅長さんたちから寄せられたアンケート調査の回答では、 「車中泊利用による問題点」 として、次のようなものが挙がった。

 「ゴミの投棄」  27パーセント
 「テーブルを車外に持ち出したりする駐車場の占有」 22パーセント
 「洗面所での炊事、洗濯、給水等」  19パーセント
 「火気の使用」  15パーセント
 「電源の無断利用 (盗電) 」  15パーセント

 マナー問題に関しては、まだまだ両者の間には開きがある。
 「車中泊」 のルールやマナーをどう擦り合わせていくか。これは今後の大きな検討課題となりそうだ。

 それでも、今後 「車中泊を積極的に受け入れていきたい」 と答えた道の駅が9パーセント。 「受け入れることができる」 という道の駅は31パーセント。 「条件付きで受け入れる」 という駅は44パーセントとなり、回答駅の8割は、受け入れに好意的な姿勢を示した。

 その理由は、下記のような答に代表される。
 「駐車場・トイレを24時間使えることが道の駅の条件なので、積極的に利用して満足していただきたい」
 「道の駅には、安全、安心のイメージがあり、夜間の防犯を考えても、駐車台数が多い方がよい」
 「道の駅が地域の (観光の) 拠点となるように、積極的に考えていきたい」

 現状では問題があることを認めつつも、 「車中泊」 が地域の観光産業を活性化してくれるかもしれないと期待する各管理者たちの願いが反映されているように思う。

車中泊の朝三重県

 このほかにも、車中泊利用者たちがつかう 「交通費の額」 、 「食事、お土産などに使う費用」 、 「食事形態」 などの面白いデータが数々アップされたリリースだが、長くなるので割愛する。


 ● 生まれつつある新しい観光スタイル

 このような調査結果から、いったいどのようなことが分かってくるのだろうか。
 リリースを精査したある専門家は、こう語る。 

……………………………………………………………………………… 

 「車中泊」 というブームを、単なる表面的な現象として捉えることは、もうできないのではないか? これは、もっと大きな流れの中で見なければならないものかもしれない。
 つまり、いま 「車中泊」 という現象の中で起こっていることは、日本の経済や文化、社会制度などがドラスティックに変化していることをそのまま忠実に表現しているともいえそうだ。

 具体的には、 「失われた20年」 といわれるような経済的停滞が長く続いたために、人々の意識の中に 「節約はカッコよく、浪費はカッコ悪い」 という価値観が育ってきたことも反映されているだろう。

 さらに、 「情報氾濫社会」 の中で、メディアから垂れ流される情報に飽きたらず、情報を主体的に獲得し、さらに自分自身が情報発信元になりたいという人々が増えてきたことも要因となっているように思う。

 道の駅における車中泊利用者たちの目的を尋ねると、 「同じ嗜好を持った人たちと情報交換することが楽しい」 という声がけっこう挙がっている。
 これは、メディアを経由した既成の情報に飽きたらなくなった人々が、 「車中泊グループ」 を中心に “生きた旅の情報” を求め始めたということを意味するのではないか?

車中泊の朝山口県

 車中泊利用者のインターネットリテラシーは高いといわれている。
 多くの人は自前のブログ、ツィッターなどで、車中泊で泊まり歩いた場所などを質の高い情報に加工して発信している。
 そして、お互いのネットワークを密に保っているから、 「口コミ」 の浸透度も早い。車中泊情報はネット空間においても、そうとう浸透してきたといわねばならない。

 こう考えると、彼らの求めているものは 「道の駅」 ではない、という言い方も成り立つ。

 彼らが欲しているものは、雑誌などには載っていない 「中身の濃い情報」 であり、 「新しい人間関係の構築」 であり、従来の旅では実現できなかった 「新しい刺激の獲得」 である。

 だから、道の駅の利用規約を厳密に法定化したり、魅力ある設備づくりを怠ったりすれば、彼らは別のところに行くだけかもしれない。

 「車中泊」 とは、そういう激しい流動性をはらんだ旅行スタイルであり、施設提供者には多大な緊張感をもたらすと同時に、フレキシブルな旅の提案を可能にするものである。
 だから車中泊は、新しい観光のスタイルを創造するかもしれない。

………………………………………………………………………………

 このように、専門家の中には、 「車中泊」 を新しい旅のスタイルとして見ようとする人たちが現れている。
 もしそのような仮説が正しいのならば、ますます利用時のマナーやインフラ整備、地域の観光資源とのリンクなどが討議されなければならなくなるだろう。

 「東北 『道の駅』 車中泊研究会」 の今後の研究成果を期待したい。

 参考記事 「車中泊研究会」
 参考記事 「NHK車中泊報道」

コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:40 | コメント(6) | トラックバック(0)

個人の時代

 チュニジアの独裁政権が倒れたのは、多くの市民がフェイスブックなどのインターネットを通じて、デモ開催や警察の取り締まりをめぐる情報を共有し、その隙間をぬって大衆行動に移ったからだという。
 つまり、国家が情報管理を徹底させることができなくなったわけだ。

 このところ、そのような話題に事欠かない。
 昨年の “尖閣ビデオ” しかり。
 ウィキリークスのようなサイトの登場も、もうどこの国の国家機密も白日の元にさらされる時代になったことを告げている。

 日本でも、国会中継をYOUTUBEなどの動画で見る人が増えているらしい。
 今まで、テレビの一部でしかチェックする機会のなかった国家の運営を司る重要な討議を、もう四六時中国民がチェックする時代になったわけだ。

 今まで 「隠蔽すること」 によって権威づけられたようなものが尽く崩壊し、従来のような形で権威や権力を維持できる機関など、どこにも見当たらないような時代が訪れようとしている。

 アカデミズムに世界においても同様のことがいえるだろう。
 研究成果や情報を独占することによって、権威を維持してきた研究機関や学者たちの地位も、もう今までのようには保てない。

 よほど特殊な専門研究以外、今や一般の人がネットにアクセスして “ググる” ことによって、どのような研究が進められているかということも、大体の概要がつかめてしまう。その精度ははなは低いものであったにせよ。

 ネット社会というのは、そういうものだ。

 このことと、政治家や、学者たちや、マスメディアの論客たちの社会的地位の低下とは連動している。
 政治家、学者、メディアの専門家への誹謗中傷が簡単に起こることも、もう防ぐことはできない。

 素人のネット上での誹謗中傷には、単なる感情的な反応も多く含まれるが、内部を熟知している者が匿名でその内幕を暴くことも可能になったし、素人でも、知的レベルが高く、問題意識を深く掘り下げている人間の発言は、時として、専門家の知見を凌ぐことがある。
 むしろカネや社会的身分の保証とは無関係に発言する人の方が、しがらみのない分だけ、自由で大胆な発言が可能となる。

 こういう時代になると、 「信頼性のある情報はどこにあるのか?」 ということが問題となる。

 最後は、その情報を発信する 「個人」 だ。
 本当の意味での 「個人主義の時代」 が訪れようとしているのではないか。

 「○○省」 の誰か
 「○○新聞」 の誰か
 「○○大学」 の誰か
 「○○研究機関」 の誰か

 ……ではなく、最後の 「誰か」 の方の意味が、重くなってくる。

 時代がグルッと一巡し、手垢にまみれた言葉になってしまった個人の 「人間性」 とか 「人間力」 といったものが、別の視点で重要視されるような時代が訪れそうな気がしている。

お面1007

 1980年代、 “人間” がいったん消滅した時期があった。
 あの時代、日本にも “フランス哲学” が導入され、 「 “人間” とは近代の虚構だ」 とか 「 “人間” とは制度にすぎない」 というシニカルな言説が、インテリたちの間で流行った時期があった。
 だから、 「人間性」 とか 「人間力」 などという言葉を口にするのが恥ずかしい時代がしばらく続いた。

 この言葉は、今でも少し恥ずかしい。
 しかし、もう一度 「人間」 が試される時期が来ているように思う。
 「人間」 という言葉にあぐらをかくのではなく、常に自分自身を問い直す存在としての 「人間」 が。

 つまり、 「自分が “人間” として発信する情報」 に、どれだけ体を張っているかとか、真摯に向き合っているかとか、そういう責任感とか誠意みたいなものが、人の耳に届く時代になってきたように思う。

 どっちみち、今の世界を動かしているような情報は、すでに周りに溢れている。
 だから、そのような情報を、個人の範囲で責任を取れるような誠意あるものが評価される。

 個人が単位となれば、当然間違った判断も、思慮の足りなかったことも出てくるだろう。
 そういうときに、 「自分は間違っていました」 と正直にいえるかどうか。
 過去の自分をいったん清算する勇気があるかどうか。
 そこが、評価の対象になる。

 そんな簡単なことだって、今までの政治家やマスコミはやってこなかったのだ。
 たとえば、他者の発言の間違いばかりあげつらってきたマスコミで、一度足りとも、 「自分は間違っていた」 と告白したものはあったか。
 
 組織内の個人の発言を組織ぐるみで守ってきたマスコミが、ほんとうの意味での 「個人の時代」 になった今、人々の信頼を勝ち得なくなってきたのは、至極当たり前のことであるかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 11:50 | コメント(0) | トラックバック(0)

細くなるネクタイ

 ネクタイがどんどん細くなっている。

 自分自身は、もうネクタイを締めない生活を続けて10年以上経つが、街中に細身のネクタイが現れてきたことは、去年あたりから気になっていた。

 ネクタイ幅の変化は、これまでも周期的に繰り返されている。
 1930年代は広かったらしいが、50年代末から、60年代初期にかけては、それがどんどん細くなっていった。

 下の写真はレコードデビューを果たした頃 (1962年当時) のビートルズだが、全員が細目のネクタイにダークスーツといういでたち。
 今みると、最近の日本の若いサラリーマンという感じがしないでもない。

細身のネクタイを締めたビートルズ

 1970年代に入ると、逆にネクタイ幅はどんどん広がり始めた。
 バブル時代になると、最大幅12㎝を記録するという、まるで赤ちゃんの “よだれ掛け” のようなものも登場したという。

 ▼ ワイドタイ
ワイドタイ

 それが、再び細くなり始めたのは2年ぐらい前からで、今は最盛期の半分の細さだとか。

 幅の変化は、スーツのエリ幅の変化と連動している。
 エリ幅が広がるとネクタイも広くなり、エリ幅が細くなると、ネクタイもそれに合わせて狭くなる (…らしい) 。


 「景気が悪いとネクタイ幅が細くなる」
 という説もある。

 好景気のときは材料もたくさん使えるので、ネクタイ幅が広くなり、景気が悪くなると、生地のコスト下げるために細くなる。
 そんな解説をする人もいる。

 そうかなぁ…?

 あまりにもベタな解釈なので、現実味に乏しい。
 ファッション業界が仕掛けた “流行” に、 「生活全般をスリム化したい」 という人々の要望が合致したというべきかもしれない。


 で、私は、この細身のネクタイをカッコよく締めている男性に出会うと、 「粋!」 とか 「クール!」 という言葉が浮かんでしまうクセがある。

 下は、日本のブルースシンガー大木トオルさんのファッション。
 タブカラーの白シャツにナロータイが見事に決まっている。

細身ネクタイの大木トオル

 細身のネクタイがカッコいいというのは、もちろん単純な “刷り込み” にすぎない。
 若い頃に、大人たちの間では、細身のネクタイが流行っていたからだ。

 ちょうど、1950年代の終わりから、60年代の中頃までのことだったろうか。
 この時代、レコードジャケットや音楽雑誌に登場する黒人ミュージャンは、ジャズ畑においても、R&Bの世界においても、みな白いシャツと、黒い細身のネクタイで身を固めていた。
 それも、エリには糊をうんと利かし、時にタブカラーやピンホールなどで締め上げるスタイルだった。

 ▼ タブカラーシャツ
タブカラーシャツ

 そういう彼らの姿を、音楽雑誌などで見ているうちに、黒い肌と白いシャツ、そして細身のネクタイというのが、 “男のお洒落” のスタンダードだという感覚が刷り込まれた。

 ▼ アート・ブレイキー
アート・ブレーキー

 ▼ テンプテーションズ
テンプテーションズ

 ▼ ウィルソン・ピケット
ウィルソン・ピケット

 黒人の “黒い肌” ってのが、決め手だった。
 白いシャツと、黒い肌の対比が美しいと思えたのだ。

 下の写真は、2007年に公開された映画 『アメリカン・ギャングスター』 に使われたポスターだけど、顔が半分切られてしまったデンゼル・ワシントンの首元がすっごくセクシーに見える。モノクロ映像の美学だと思う。

アメリカン・ギャングスター

 肌の色が白い人が、白シャツに黒ネクタイを決めても、上の写真のような雰囲気は出ない。

 ビートルズと同じ頃にデビューしたその他のビートグループも、初期の頃はみんなネクタイにスーツだった。
 これ (↓) は、キンクス。
 細身のタイをタブカラーで締め上げても、入社したばかりの新入社員という雰囲気…。

キンクス・ジャケ

 やっぱ、エディ・マーフィーなんか、細身のタイが合う。

エディー・マーフィー

 黒人ミュージシャンの白いシャツと細身のタイがカッコよく見えたというのは、単純に、それを眺めていた自分がまだ若かったということにすぎない。

 大人のファッションへの憧れがあり、そこに大人の美学があるように思い込んでいた。 

 その時代、多くの映像はモノクロだった。

 だから、細身のタイのイメージは、モノクロ映像と結びつく。
 下は、一昨年亡くなったエディ・ヒギンズのジャズアルバム 『DEAR OLD STOCKHOLM』 のジャケット。
 ここにも、ナロータイを締めた男が、美女の横でくつろいでいる姿が見える。

 こういうジャケットを眺めながら、メローなスタンダードジャズを聞くと気分が落ちつく。 

エディ・ヒギンズアルバムジャケ


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 20:32 | コメント(0) | トラックバック(0)

映画アバター

 一週間ぐらい前だったかな…。
 どのくらい経ったか忘れちゃったけれど、3Dで話題になった映画 『アバター』 をテレビで見た。

 ものすごく魅せられている自分と、失望していく自分に引き裂かれていた。

映画アバター001
 
 結局、語るべき言葉も浮かばなかったので、そのときはブログの記事にまとめる気にもならなかったけれど、この映画を受け入れるか否かで、その人の感性が 「時代に合っているか、いないか」 が試されそうな気がしている。

 で、今の気分をいうと、 「時代の感性に合っていない自分」 の方を選ぶ方向に傾いている。

 判断留保のニュアンスを残しているのは、これを3Dで観ていないからだ。
 
 3D…。
 あいかわらず、私はこれを 「サンデー」 と発音してしまうので、いつもカミさんにバカにされるのだけれど、 「スリーディー」 とかいうと、舌を咬みそうなので、まぁ 「サンデー」 で通しているんだけど、…で、サンデーで観ても、あまり印象は変わらないんではないか、という気がしている。

 「魅せられた自分」 というのも、確かにあった。

 特に、 「うまく計算されているなぁ!」 と感心したのは、ポスターなんかでは気持ち悪い印象しか持ち得ないパンドラの住人の顔が、見ているうちに、みるみるチャーミングになっていくところ。
 最後なんかは、すっかり感情移入して、涙が出そうなくらい応援しちゃったりしたわけ。

 そういった意味で、最近のハリウッド映画は、観客の 「視覚の慣れ」 みたいなものまで巧妙に計算しているな、と思った

 パンドラの風物もみな映像的には美しく、映画的リアリズムよりも、ゲーム的リアリズムのようなものに貫かれていて、それが 「アート」 になっていると感じた。

 しかし、 「じゃ、その映像は新しかったのかい?」 と問うと、まったく NO。
 どこを観ても、既視覚感 (デジャブ感?) でいっぱい。

 どの映像を切りとってみても、古典絵画から近代美術、現代アートでさんざん見尽くした世界ばかり。

 結局、この映画は、その映像表現に 「ワンダー!」 を感じなければ、意味のない作品であると思った。
 だって、ストーリーは、これまでも何度も描かれたきた 「白人帝国主義」 と 「土着原住民」 の争いをテーマにしたもので、侵略するものを告訴する勧善懲悪ドラマに過ぎないわけだから。

 これと、つい対比したくなってしまうのが、リドリー・スコットのつくった 『エイリアン (Ⅰ) 』 である。

エイリアン002

 あそこに出てくる 「人間にとって未知なる生物」 には、心がない。意志もない。
 映像的には “恐怖の大魔王” として登場するけれど、実は、 “彼” は暴力をむさぶる快楽も知らない。

 つまり、それと対峙する人間にとって、彼の 「生きる意志」 というものが何に由来するのか分からない存在として登場する。

 「きっとあの生物も本能に従って生きているのだろう」
 などと思うのは、人間の勝手な想像にすぎない。

 そういうのが、私にとって 「ワンダー!」 なんである。

 「未知との遭遇」 とは、そういうことであって、人間の 「存在理由」 とか、人間の 「倫理」 とか、 「愛」 とか、そんなものを “もの凄い風圧” でなぎ払ってしまうモノと出遭うことである。

 『アバター』 と 『エイリアン (Ⅰ) 』 では、どっちが映画の醍醐味を教えてくれるかというと、もう圧倒的に 『エイリアン』 の方に (あくまでも個人の趣味だけど) 軍配が上がる。

 最近のハリウッドSF映画は、 「視覚のワンダー!」 を過剰に追求する方向に舵を切った。
 それはそれで、意味のあることかもしれないけれど、肝心の 「視覚のワンダー!」 が通じない人には何を訴えるのだろう。

 「アバターの美学が分からない人は時代に取り残された人」 と言われるとしたら、それでもけっこう。
 
 映画というのは、 「言葉で表現できないもの」 を語るもんだと思うし、パンフレットの解説とか、映画評論とか、ネット上の言論で言い尽くされないものを突きつけるもんだと思う。

 私はそういう映画が好き。
 ちなみに、 『エイリアン』 に登場するあの異星の生物がいったい何なのか。
 それを 「比喩」 とか 「象徴的言語」 などを使わずに語れる人っている?

 私は語れない。
 だから、一生気になってしまう映画になっている。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 20:07 | コメント(0) | トラックバック(0)

若者の考える商売

 昨日は成人式だった。
 いよいよ 「昭和」 を知らない人たちが、これからの社会の中軸を担っていることになる。

 「昭和」 のまっただ中に生まれた自分などは、自分の生まれた時代が遠くなったことを実感しつつも、ようやく今頃になって、若い人たちに教えられるということがますます増えているように思っている。
 
 最近のことだが、何気なくテレビを見ていて、現役の学生たちが経営しているという居酒屋をレポートしている番組があった。
 レポーターが入って、その店のスタッフや、お客として通っている常連の若者に取材している光景が放映された。

 「店に立ち寄る中高年の人々をどう思っていますか?」

 そういうレポーターの問いに対し、彼らは 「心配になるぐらい今の中高年の方は元気がないですね」 と答える。
 だから、この店に来た中高年には、元気をつけてもらいたいと話す。

 まず、そこで、 「え?」 …っと思う。

 マスコミが報じる “若者像” は、いま悲惨の極みに達している。 

 未曾有の就職難。雇用制度の崩壊。年金制度の破綻など、今の若者たちが将来の不安を意識せずに暮らしていける条件は何一つそろっていない。
 だから、たいていの大人は 「元気を失っているのは若者の方だ」 と単純に決めつけてしまう。
 その若者たちが、逆に元気を失った中高年の方を心配しているという状況が、よく飲み込めない。

 若者たちは、この悲惨な時代を恨んではいないのか。 
 
 ところが、彼らは、物心がついた頃から 「そんなもんだ」 という意識で暮らしてきたという。
 つまり 「バブル時代」 というものを知らない。
 知らないから、そんなものに憧れる気持ちもないし、同時にそれをバカにする気持ちもない。

 「失われた10年」 とか、 「失われた20年」 などという言葉がマスコミ報道の中では毎日踊っているが、 “失われた” と感じているのは 「贅沢の味」 を知っている中高年だけ。
 彼らにとっては、最初から “ない” のだから、それをとやかく言っても始まらない。

 それよりも、自分たちは、 「無駄なお金をつかわず、日々つつましく暮らし、みんなで助けあうのが当たり前という気持ちで生きている」 というのだ。

 だけど、彼らは有効だと思える消費をためらっているわけではない。
 たまの贅沢を味わいたいときは、恋人と、少しリッチな店に入って外食を楽しむ。
 代わりに、恋人の誕生日などに贈るプレゼントは、自分たちが手作りでこしらえたジュエリー。

 そういうメリハリを持っていた方が、人生にアクセントがついて楽しいという。

 「ほら、贅沢って、一度味わってしまうと、それを捨てるのは難しいじゃないですか」

 若者の一人は、レポーターにそう伝えて、レポーターの方をぎゃふんと言わせた。

 ▼ キャンプ場でも屈託なく遊ぶ現代の若者
キャンプ場の若者

 もちろんテレビというのは、捏造番組を作ってしまうのが得意だから、そこで映し出された若者像が、今の日本の平均的な若者を代表しているとはいえないかもしれない。
 しかし、若者たちが、新しい仕事意識やら倫理観などを身につけている様子は、いろんなところで目にする機会が増えた。

 もちろん、若い人たちが不安に感じているいちばんの問題は、将来の先行き不透明感で、そのなかでも最も深刻なのは雇用問題であることには変わりない。

 しかし、この 「就職氷河期」 の時代に、あえて会社にしがみつく必要もないと考え始めた人も増えているようなのだ。
 つまり、自分で会社を起こして、自分のビジネスを始めることを真剣に考えている人たちが出てきた。

 テレビに出ていた若者の一人も、 「30歳ぐらいに自分の (仕事の) ピークを持っていきたい」 と答えていた。どういう仕事を始めるかという戦略は、すでに立てているらしい。

 彼らは、高度成長やバブルを知らないから、資源も資金も無尽蔵につぎ込むようなビジネスというものを最初から考えない。
 むしろ、 「限られた資源をどう分配するか」 という観点からビジネスを始める。

 ある雑誌 (BRUTUS) を眺めていたら、
 「世の中はハイテク、ハイテクと騒ぐけど、中小企業の町工場で眠っているような “使い古された” 技術にこそ、日本型ビジネスモデルを立ち上げるヒントがある」
 と考えている若者がいることを知った。

 本村拓人さんという企業家で、いま27歳。

 彼は、アジアマーケットを広く観察して、次のような感触をつかんだ。

 「日本の産業製品は、途上国ではその価値が薄れ始めている」

 もちろん日本企業のブランドは相変わらず有名で、発展途上国では憧れの的であることには変わりはない。
 しかし、実際には日本製品を買う人は減り続け、信頼性は低いが安価な製品やコピー製品の方が買われるようになってきた。

 確かに、日本製品は多機能や高品質を追求するあまりコストが高くなりすぎて、世界マーケットでは後退現象が出てきたことは、あちらこちらで指摘されている。

 ところが、大人のマーケットプランナーの中には、それでもハイテクを駆使して付加価値を高める商品開発を目指せ! と檄 (げき) を飛ばす人たちが多い。

 その理由は、日本が得意としてきた 「一定の品質を維持した製品を大量に作って低価格を実現する」 というプロダクトモデルが通用しなくなったからだという。
 大量生産によって可能となる 「低価格競争」 においては、もう日本は韓国や台湾、中国、インドにかなわない。

 だから、
 「これからの日本は、ミドルクラスの市場も捨てるくらいの覚悟で、富裕層向けのプレミアム商品で勝負しなければならない」
 という。

 しかし、若い本村拓人さんの発想は、これとは違う。

 マーケットとして、富裕層を考えている限り、 「限られた資源を分配する」 という思想とは相容れないと、彼は感じているようなのだ。

 それよりも、食糧難の解決や、公衆衛生の改善といった目に見える課題を解決するビジネスの方が 「分配の思想」 とも合致するし、第一マーケットそのものが無限大に広がる。

 現在、中国の人口は13億人。
 インドは12億人。
 2050年には、世界の人口が90億人を超える。

 その時代の商業圏はどこにあるかというと、もう日本、ヨーロッパ、アメリカではない。
 現在、 「世界の工場」 となっているアジア圏の発展途上国が、今度は一大  「消費地帯」 に変わる。

 そのときの消費の担い手は、途上国の一部の富裕層ではなく、膨大な人口を擁する中間層と貧困層である。

 本村氏は、
 「具体的には、1日5ドルから8ドル未満の所得層が抱える社会課題を汲み取って製品を考えている」
 という。
 「例えば、インドの喘息患者は世界の3分の1を占めるが、大気の汚れた都市でもマスクをする習慣がない。そこに届けられるマスクを考えるとか…」

 そうなると、必ずしも大手企業が力を入れて開発しているハイテクノロジーだけが製品開発を決定するわけではなくなる。

 「逆に、日本の中小企業の町工場で “使い古された” と思われている技術を、違った文脈でとらえ直し、新しい価値を付与するという手もあるのでは?」
 という。
 「途上国の貧困層が抱えている問題に焦点を定めてみると、これまで顕在化しなかった途上国のニーズが見えてくる」 とも。

 私は素人だから、こういう考え方が正しいのかどうか、またそれが既にどこかで実行されているのかどうかは知らない。
 また、産業にもさまざまなものがあるから、それぞれの分野で世界マーケットに向けた戦略が個別に並立することも理解している。

 だけど、途上国の 「貧困層」 に焦点を合わせ、彼らの社会課題を解決する形でこれからのビジネスを考えようとする若者の姿勢には、とても共感が持てた。

 これは、企業のブランド戦略というものに、根本的な修正を迫るものかもしれない。
 確かに、富裕層をターゲットに合わせた商品開発の方が、効率よく高付加価値を実現できるし、ブランド化も図りやすい。

 しかし、これまでの 「ブランド戦略」 というのは、消費者に 「さらに上の生活を目指す」 ことを訴える 「差異化による自己満足」 を中心としたものであり、どうしても経済成長を前提とした発想から逃れることができなかった。

 たぶん次の時代のブランド戦略は、今以上に 「安全」 、 「安心」 を訴求する傾向が強まるだろう。

 若者の話を聞いていると、相変わらず勉強させられることが多い。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:36 | コメント(2) | トラックバック(0)

パリッシュの絵画

 マックスフィールド・パリッシュという画家の絵が好きになったのは、1枚のアルバムャケットがきっかけだった。

 昔、アメリカのサザン・ロックをアルバムを集めていた時代があって、 『THE SOUTH’S GREATEST HITS (サザン・ロックのすべて) 』 というオムニバス盤を買たことがある。
 オールマン・ブラザーズ・バンドをはじめ、レナード・スキナード、アトランタ・リズムセクションなどのヒット曲がずらりと並んだ “お買い得盤” だった。
 
 収録された曲もさることながら、レコードジャケット (▼) が気に入った。

ボブ・ヒクソン「サザンロック」ジャケ

 泥臭いパワーをみなぎらせた南部野郎たちのロックアルバムにはおよそ似つかわしくない、なんともお洒落でクラシカルなイラストをあしらったジャケット。
 そのミスマッチ感覚に惚れた。

 誰が描いたのか?

 ジャケット裏には、 「Cover illustration Bob Hickson」 というクレジットがあるだけ。

 ボブ・ヒクソン

 どういうイラストレーターなのか? ほかに作品はないのだろうか? と、いろいろ当たってみたが、当時、今のようなネット情報にすぐにアクセスできるわけもなく、結局手がかりがなくて、諦めた。

 そうしたら、しばらく経って、この絵のタッチとよく似たイラストを集めた輸入カレンダー (▼) を見つけたので、喜んで買った。

マックスフィールド・パリッシュカレンダー表紙 

 でも、画家の名前が違う。 
 こっちの名前は、Maxfield Parrish (マックスフィールド・パリッシュ) 。

 どういうことだ?

 …と疑問に感じて、ちょっと調べてみたら、こっちのマックスフィールド・パリッシュさんの絵の方が本物で、サザン・ロックのアルバムジャケットは、そのパロディであるらしい。

 ▼ Maxfield Parrish 『Day break』 (部分)
マックスフィールド・パリッシュ「夜明け」(部分)

 ▼ Bob Hickson 『The South's Greatest Hits』 (部分)
bobhickson00006

 いやぁ、それにしても、このジャケットデザイン (▲) 。
 本家本元のパリッシュのタッチをよく生かしている。

 涼し気な樹の葉。
 赤茶けた岩肌を持つ山。
 ギリシャ風円柱を染める樹木の影。

 まさに、同じ画家が描いたとしか思えない。
 こういうのは、 “盗作” にならないのだろうか?
 それとも、アメリカはパロディを大歓迎する国なのか。

 本家の方のマックスフィールド・パリッシュは、1870年にアメリカのフィラデルフィアに生まれ、1910年代から1920年代にかけて活躍した画家。
 ネット情報によると、1930年代には、 「アメリカで最も有名なイラストレーター・画家であった」 らしい。1966年に94歳で亡くなっている。
 たぶん幸せな生涯を貫いた人なのだろう。

 そのせいか、絵に暗さがない。

 ▼ 『Day break』 (全景)
マックスフィールド・パリッシュ「夜明け」(全景)

 どこか牧歌的で、のどかで、平和な雰囲気が横溢していて、それでいて、一抹のメラコリー (憂愁) が漂う。
 
 ヨーロッパ古典絵画のようであり、それでいてアメリカン・コミックに通じる軽さがあり、芸術作品と商業デザインとの不分明な隙間を漂うような、不思議な画風だ。

 ヨーロッパ画壇の 「ラファエロ前派」 の影響を指摘する人もいれば、アメリカ画壇の 「ハドソンリバー派」 の流れを汲んでいると見る人もいる。
 確かに、人物造形には前者の雰囲気が漂い、自然描写には後者との類似がある。

 両者のエッセンスを統合して、それにポップな味付けをしたといえばいいのか。
 かすかに漂う 「俗っぽさ」 が、独特のエキゾチシズムを醸し出しているところが面白い。

 特徴的なのは 「光」 だ。
 常に横から射している。

 夜明けか、夕暮れ。

 いずれにせよ、1日のもっとも光の変化が激しい時間帯を狙って、それをタブローの中に 「永遠の時間」 として凍結させている。

 最も “移ろいやすいもの” が、止まったまま動かない。
 それは、言ってしまえば、 「はかなさ」 の凍結である。

 パリッシュの絵に漂うメランコリーの秘密はそこにある。 
 
 ▼ 『Aquamarine』
マックスフィールド・パリッシュ「アクアマリン」
 
 荒涼とした岩肌に当たる残照の、むごいような美しさ。
 涼しげな風を宿す樹木のシルエット。

 この世の 「快楽」 と 「寂寥 (せきりょう) 」 が同一平面に混在する神話的な空間。
 アメリカが、ヨーロッパ人にとって “新大陸” であった時代の 「ワンダーランド」 の気配が息づいている。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:00 | コメント(0) | トラックバック(0)

300万アクセス

 …をついに達成した。
 ページビュー (PV) とか、ユニークユーザーとかいろいろな分類方法があって、それによってカウントの仕方が変わるらしいのだが、不勉強なもので、詳しいことは分からない。
 ただ、このブログサービスを運営しているホビダスの “アクセスログ” で、
 「Total:3,000,000」
 という数字が出たので、それを素直にここに書いた。

ホビダスアクセスログ画面

 この数字が、多いのか、少ないのかよく分からない。
 確かに、平均的なブロガーのアクセス数よりは多いのかもしれないけれど、このまえ、日本で 「最大規模」 を豪語するブログ検索エンジンで、自分のブログを調べてみたら、ランクインしているブログ内での順位が63,737位とのことだった。

 6万位というのは、別に “順位” などと言えるようなものではないように思う。

 世にいわれる 「アルファーブロガー」 なる人たちのアクセス数は、1日で1~2万。さらに3万件を超えるブログもあるらしい。前記のブログ検索エンジンでみると、そういう人たちのブログは100位以内に入っているようだ。

 しかし、ブログの価値は、ランキングやアクセス数では決まらないと思っている。

 むしろ、そういうランキングに入ってこない人たちがひっそりと書いているブログの方に、とんでもない滋味を持った素晴らしいものが潜んでいる。

 人のブログを読むことの愉楽は、どこからでもアクセスできる有名人ブログを読むのではなく、どこに潜んでいるか分からない “珠玉のブログ” を探り当てることだと思う。

 自分の 「お気に入り」 にも、そういう隠れた名ブログのリストがだいぶ溜まった。

 なかには、読むたびに、まるで真冬に冷たい水で顔を洗ったときのような、爽やかさと緊張感に震え上がってしまうブログがある。
 文章がうまいというわけでもなく、扱うネタが新鮮というわけでもなく、その人が昔から好きだったもの、感心したもの、嫌な気分になったものなどを淡々と綴るブログなのに、同じようなことをテーマにした自分のブログが恥ずかしくなってしまうようなものがあるのだ。

 ネタがかぶったりすると、一瞬、 「やられた!」 とか、思う。
 だけど、いつもそのあとに、 「この人についていきたい」 と、思い直す。

 やっぱり世の中には、すごいブログというものがけっこうある。
 なまじっかのプロが書いたものよりも、迫力のあるものはいっぱいある。
 そういうものに触れると、ホント、 「エリを正す」 という古風な言葉を思い浮かべて、背筋が真っ直ぐになってしまうことがある。

 そういうのを一つ見つけると、宝物を探り当てた気分で、また 「お気に入り」 にコソっと加える。

 なんとなく応援したくなってしまうブログというのもある。
 もう2年以上フォローしているブログで、これもその人の日常を淡々と綴ったもの。
 最初の頃はマンガが主体だったが、ほのぼのとした脱力系の絵のタッチが印象的で、欠かさず見ていた。
 ところが途中から (ときどき写真が入るけど) 文章主体になった。

 そうなってからの方が、逆にその人の持っている “味わい” みたいなものが出るようになった。ユーモアの裏側に、言葉の形を取ることのないヒリヒリするような孤独がにじんでいるのだ。

 シャイな人らしく、コメントを出しても反応がにぶい。
 だから、こっちもコメントの返信を期待せず、久しぶりに更新があったときなどは、 「待ってたよ~」 ぐらいの短文を入れる。

 すると、 「ありがと~」 という短い返信がある。

 もうこれだけで十分なのだ。
 お互いに、何かが伝わっているという感触が得られるだけでうれしい。

 なかには、ほとんど私しか見ていない (…というのはちょっと失礼な言い方かもしれないけれど) ブログというものがある。カウンターを見ると、1日の閲覧者が毎回ほぼ一人。きっと私だ。
 そうとう前に一度だけ私のブログにコメントをくださった方で、そのとき入力されたURLをたどって訪問してからのファンになった。

 子育てに力を入れているシングルマザーのブログだけど、子供を寝かせてから、テレビの前で一人酒を飲んでいるときの “ため息” が、なんとも切なく、さびしく、妙に何かを訴えかけてくる。
 コメントは入れたことがないけれど、心の中で応援したくなるのだ。

 まだまだ思いを寄せるブログ、応援したくなるブログというのはたくさんあるけれど、私がお気に入りにしているブログというのは、みなどこか共通した特色を持っている。

 それは、 「言葉にならないもの」 への眼差しを持っていること。

 つまり、言葉では表現できないような “未知なるもの” に触れていること。

 そういう不透明感…というか、理屈の届かない “部分” を持った文章というのが自分は好きで、結局そういうブログを好んでしまう。

 たとえば、シングルマザーのお母さんが、深夜までテレビを見ながら家飲みしつつ、テレビの内容を紹介してから、2行空けて、唐突に 「笑ったわ…」 と書く。
 それはテレビの内容を笑ったのか、それとも、自分の境遇を自嘲したのか分からない。
 どちらとも取れる。

 だけど、前文との脈絡を欠いたまま突然くり出されたその言葉に、なんだか万感こもごもの感情が凝縮しているように思えるのだ。
 物書きのプロが計算してつくり出した “間合い” とは異なる、人間の真実が生み出す 「濃い空白」 が感じられる。

 で、私が気にしているブログの書き手たちは、 「言葉」 が成立する前の “空白の重さ” を大事にしている人たちだという気がしている。

 「言葉」 という形をとっていなくても、抱えているものの密度が濃ければ、それは言葉と言葉の間に横たわる 「余白の力」 となって、こちらに伝わってくる。

 密度の高いイメージを持っている人の文章の方が、洗練された言葉をいっぱい知っている人の文章よりも読者の胸を打つ。

 人気ブロガーの書いたブログでも、ある時から急につまらなくなってくるものがある。
 そういうとき、何が起こっているかというと、たいていの場合、人を説得する口調が多くなっている。
 たぶん、イメージが枯渇してきて、書き手である自分自身を説得せざるを得なくなったからだろう。

 ……ま、自戒もこめて。

 とにかく 「300万アクセス」 。
 これまでお立ち寄りいただいた方々に、あらためて御礼申し上げます。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 12:15 | コメント(6) | トラックバック(0)

不思議な青空

 毎年この季節、私の住んでいる関東地方は、他の地域に住む人たちには申し訳ないような晴天に恵まれる。

 だけど、それは “不思議な晴天” だ。

 雲ひとつない青空がどこまでも続く。

雲のない空の都会風景
 
 私はそれを見ていて、まるで 「空」 という感じを持てないでいる。
 空は、雲が浮かんでいてこそ、 「空」 だと思うからだ。
 
 真夏の入道雲。
 秋のうろこ雲とか、いわし雲。

 そういう四季の風物詩ともいえる雲が空に浮かんでいるのを見て楽しんでいる私に、この季節の澄み切った青空は、どこか異様に思える。
 
 端的にいうと、現実感と距離感がない。
 まるで芝居の書き割りとして描かれた空のようにも感じられるし、 「そもそも空なんて最初からなかったんではないか?」 という気分にもさせられる。

 もともと青空の 「青」 という色は、距離感を喪失させる色である。
 自然のなかで、圧倒的に 「青」 に染め上げられた空間というのは、空か海かのどちらかでしかない。
 ともに、あまりにも遠大な距離を感じさせる空間なので、逆に、実生活で感じられる人間の距離感を危うくさせる。

 だから、わい雑な都会のなかで 「青」 を見ると、とてもみすぼらしく見える。
 商店のエクステリアデザインなどで、幅の狭いストライプのように面積が限定された 「青」 ならば違和感はないけれど、ある程度のボリュームを持った  「青」 が街のなかに登場すると、とても貧相だ。
 「零落した神がそこにいる」 という感じに思えてくる。

 工事現場で使われるブルーシートがみすぼらしく見えるのは、そもそも空とか海といった無限大の彼方に存在するはずの 「青」 が、至近距離に現れているからだ。

 あまりにも鮮明な青空というのは、どこか非現実的で、ちょっと夢のよう。
 ほんのこの一時期だけの現象かもしれないけれど。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 21:04 | コメント(2) | トラックバック(0)

TV・新聞の凋落

 「新聞を読む人が減ってきた」
 「テレビCMに出資するスポンサーが減ってきた」
 「週刊誌の売上げが落ちてきた」

 ……というふうに、ここ10年ほど、既成のメディアの凋落ぶりを指摘する声をよく聞くようになった。

 その理由を聞くと、ほとんどが、
 「ネットに流通する情報の方が、既成のメディアの流す情報よりも、質・量とも優れてきたから」
 という答が返ってくる。

 どうやら、
 新聞・TV (旧メディア) → 没落
 ネット情報 (新メディア) → 隆盛
 …という図式が、メディアを論じるときの “前提” になりつつあるようだ。

 この元日の深夜に行われた 『朝まで生テレビ』 においても、テーマのひとつとして 「メディア論」 が採り上げられ、日本のマスメディアがいかに時代に取り残されているか、世界から孤立しているかということが論議された。

 たとえば、政治ジャーナリストの上杉隆氏は、
 「ウィキリークスのアサンジ氏逮捕を世界中のメディアが報じ、どこの国でも世界情勢がどう変わるかを真剣に見守っているときに、日本のテレビは、海老蔵報道だけを流していた」
 と、既成メディアの低俗さを舌鋒鋭く糾弾した。

 また、批評家の東浩紀氏は、
 「この番組自体が遅れているということは、ここで議論しても始まらない。
 それよりも、視聴者から発信されるツィッターの “つぶやき” をスクリーンで表示するだけでいい。
 そうすれば、多くの人がこの番組自体をどう見ているかが、即座に分かる」
 と、自分の意見をいうよりも、番組の構成自体に問題があると迫った。
 つまり、最もラディカルな “テレビ批判” を挑発的に行なったわけである。

上杉隆氏 東浩紀氏
 ▲ 上杉隆氏     ▲ 東浩紀氏

 この場合、彼らの 「既成メディア」 に対する不信感の表明には、二つの表情がある。

 ひとつは 「既成メディアに関わっている人間」 に対して。

 上杉氏も、東氏も、別にテレビや新聞というシステムそのものが時代遅れになったと言い切っているわけではない。
 それを管理する企業の責任者たちの 「意識が古い」 ということを強調する。

 要するに、今のマスメディアの中枢に居座っている人たちは、今の時代がどんなふうに変化しているのかもつかめず、古い価値観で世の中を見、結果として若い人たちや、問題意識の高い人たちのニーズを拾っていない。
 にもかかわらず、古い意識の管理者たちが、画面や紙面に登場する人たちも選んでしまうから、若者の意見を汲み上げるような人物が出てきたためしがない。

 そのように語る彼らの 「旧メディア弊害論」 は、かなりの部分、人間の問題であるように感じた。

 一方、システムとしての問題もある。
 現在のテレビや新聞は、 「情報の速報性」 「双方向性」 「ローコスト性」 「情報量の幾何級数的な広がり」 などにおいて、すでにネットのライバルではない。

 そのため、テレビ・新聞は、ネットを使いこなせる世代から完全に見離されて老人だけのものとなり、その老人たちが亡くなるにしたがって、やがて地上から姿を消すという 「終末論的な光景」 を予言する人もいる。

 そういうことは、番組を見ていてよく分かったんだけれど、しかしなぁ……と思った。

 上杉氏も東氏も、そういう 「既成メディア」 への不信感を発表している場そのものが、すでに 「テレビ」 という既成メディアによって用意された椅子の上なのである。
 彼らの発言で、議論全体はものすごく盛り上がったんだけれど、なんか矛盾してねぇ?
 それって、昔流行った 「脱構築」 ってやつかい?

 で、個人的に思うのだけど、たぶん、彼らがいうような、旧メディアの衰退はそう簡単には起こらない。マスコミはよく 「終わりの始まり」 という言葉を使いたがるけれど、テレビも新聞も、その 「終わり」 はまだとんでもなく遠いところにある。

 その理由は、テレビも新聞もこれから淘汰が始まるから、本当にくだらないものはどんどん無くなっていくだろうが、世代を超えて見たくなるような良いコンテンツは必ず残ると思うからだ。

 こういう時代になると、既成メディアにも危機感が生まれるはず。だから、視聴者が寄りつかなくなったものは切り捨てざるを得なくなる。
 しかし、良いコンテンツはネットであろうが、新聞であろうが、テレビであろうが、誰かが必ず評価する。

 テレビでちょっとユニークなキャラクターの面白い表現が発信されれば、それはすぐに you tube にアップされる。

 またウィキリークスが、今回の米国の機密をネット上に公開しようと思ったとき、それをまず米タイムズや英ガーディアンといった新聞社に情報提供し、それを通じて 「事前宣伝」 したように、既成メディアと連携しながらネット情報の発信力を高めようとする人たちも、これからは増える。

 結局は、やはりコンテンツ。
 つまり 「内容」 だ。

 メディアとして 「何を選ぶか」 ではなく、コンテンツとして 「何を配信するのか」 が、やはり最後はものをいう。

 良いコンテンツというのは、世界を驚かせるような新しいアイデアとか、新しい思想である必要はない。
 誰もがふと、 「あ! そういう考え方をすれば楽になるのか」 と思える程度の、小さな発見を与えるだけで十分なのだ。

 良いコンテンツというのは、たいてい、その小さな 「発見」 を必ず含んでいる。
 それだけで、人は、現実の苦労に立ち向かっていくことができたりする。

 そして、それは手段としてのメディアを問わない。

 結局ネットが、新聞・テレビを駆逐して、新しいメディアの主役の座につくということは、そんなにすぐには起こらない。

 いまメディアの現場で進行しているのは、ネット、新聞、テレビを結んだ回路を配線し直す “組み換え作業” なのだと思う。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:44 | コメント(2) | トラックバック(0)

中国ルネッサンス

 「中国に勝つ」
 というのが、ここのところ、日本の経済誌の大きなテーマになっているようだ。

 政治的には、去年の尖閣問題などがくすぶっているため、日本と中国の関係は良くない。
 軍事大国の道をひたすら歩みつつある中国が、資源獲得と領土拡張の野心に燃え、その野望をあからさまに示しつつある現在、東アジアには新しい種類の脅威が生まれつつある。

 しかし、中国経済の成長と歩調を合わせなければ日本の経済の発展も考えられなくなった現在、日本企業の多くは 「政治」 と 「経済」 を切り離して、フレンドリーなパートナーシップを維持するのにやっきだ。

 だから、経済誌などが特集する 「中国に勝つ」 という企画には、両国の企業間同士の連携や競争を前提に、いかにして日本製品の商品力や日本テクノロジーの優位性を保つか、ということをテーマにしたものが多い。

 このように 「政治」 と 「経済」 の2分野に関しては、 “ねじれ現象” を生み出しつつも、それに対する多くの言論が機能しているから、人々の関心も高い。

 しかし、見過ごすことのできないものが一つある。
 「文化」 だ。

 現在、歴史的な伝統文化を除けば、あらゆる領域で、日本の文化性が中国を圧倒している。
 高い工業技術力を背景にした 「物づくり文化」 、アニメ、ファッション、ゲームなどの 「エンターティメント文化」 、きめ細やかなサービスを売り物にする 「ホスピタリティ文化」 ……。

 そうとう追い上げられてきたとはいえ、まだまだこれらの文化領域においては、しばらく日本の優位性は揺るがないだろう。

 しかし、中国には、今後 「ルネッサンス」 の可能性があるが、日本にはないということをしっかり認識しておく必要はあるかもしれない。
 ヨーロッパ中世を終わらせたイタリア人たちの 「ルネッサンス」 は、まさに今の中国人のようなメンタリティから生まれてきたのだから。

 ルネッサンスというと、日本では 「文芸復興」 という典雅な訳語を与えられているため、それを実現した当時のイタリアでは、上品で知的な文化が華開いたように想像されがちだが、その内実においては、人々が 「我欲」 を貫き、現世的な利益を追求するために詐欺、裏切りも辞さない強欲主義がまかり通る社会が生まれていた。

 当時のイタリアにそのような社会が実現したのは、それまで 「秩序と調和」 という美名のもとに世の変動を抑えようとした中世キリスト教的な締め付けがイタリアでは緩んだからである。
 ローマにはカトリックの総本山である法王庁があったが、その法王自身が、世俗的な欲望の実現にためらいを持たないような時代が訪れたのだ。

 理由は十字軍にある。
 当時、中東遠征に向かうヨーロッパ各国の十字軍兵士たちはみなイタリアに集まり、イタリア海岸部の諸都市が所有する船舶を使って、イスラム領に向かった。
 そのため、イタリア諸都市では海運業が盛んになり、中東貿易のネットワークが整備され、交易品をつくるための工業技術が発達し、他のヨーロッパ世界に先駆けて市場経済が隆盛を極めることになった。

 しかし、数百年にわたって、閉鎖的なキリスト教的秩序のもとに意識形成された人々の頭では、市場経済の 「流れ」 は理解できても、市場経済の 「モラル」 を確立するまでには至らなかった。

 役人たちへのワイロも横行するようになる。
 要人の暗殺も日常茶飯事。
 無能な人間は、山奥に遺棄されるように見捨てられる。
 生きる力のない者はそれだけで軽蔑され、富と力が称賛される。

 ルネッサンス文化というのは、健康で、調和的で、清く、美しく…というイメージとは裏腹に、徹頭徹尾 「人間の欲」 がナマの形を取って吹き出したところから生まれたものといっていい。

 そういうルネッサンス期のイタリアと現代中国が似ているなどというと、即座に 「中国人を侮蔑している」 という非難が殺到しそうだけど、そういうことをここで言いたいのではない。

 イタリア・ルネッサンスは、 「人間の我欲」 をまず素直に肯定することによって、人々の経済的な活力を引き出し、個人の購買力を高めることによって、流通する商品の洗練度を増すことに成功した。
 その “豊かな富” を背景に、本当の意味での 「ルネッサンス」 といわれる多彩な文化遺産がその後に形成されたわけだ。

ヴィーナスの誕生
 ▲ イタリア・ルネッサンスを象徴するボッティチェリの 『ヴィーナスの誕生』

 現代中国も、ちょうどそのような過程にある。

 どちらにも共通点がある。

 まず、社会を律していた “イデオロギー” から突然自由になったこと。
 ルネッサンス期のイタリアは、中世のキリスト教的な呪縛から。
 そして、現代中国は、共産主義の閉塞性から。

 このように、個人の我欲をコントロールしていた社会的イデオロギーの重石が外されると、人の心は一気に我欲の解放に向かう。
 現代中国の躍進を支えているのは、この上昇志向をストレートに肯定する人々の欲望である。

 食べることの欲。
 着ることの欲。
 飾ることへの欲。
 便利さを追求することへの欲。

 そのような上昇志向を秘めた個々人の欲望は、国を支える大きな活力ともなる。
 太平洋戦争が終わった時、疲弊した日本を支えた活力も、そのようなものであったはずだ。

 当然、そのような生々しい欲望は、洗練された消費文化を実現した国の人々から見ると、 “おぞましい” 。

 聞くと、日本を訪れる中国人観光客が増えるに従って、買い物の現場でトラブルが起こるようになったという。

 「行列を守らない」
 「平気で割り込む」
 「商品の封を破って中身を吟味してから買う・買わないを決め、買わない商品は封を破ったまま放置する」

 消費の冷え込んだ日本のマーケットで、大量に物品を買い付けてくれる中国人観光客はありがたい存在だが、その数が増えるに従い、そういった中国人観光客の買い物のマナーの悪さを指摘する声も多くなった。

 商品経済の発展があまりも早いと、そこに組み込まれる消費者の意識が追いつかない場合がある。
 消費の現場におけるルールやマナーの確立は、どんな社会においても、常に一歩遅れる。

 しかし、中国人観光客に買い物のルールやマナーを守ってもらうためには、日中の商習慣の違いを徹底的に広報して、理解してもらえばいいだけの話。
 そしてそれは、そんなに大きな問題ではない。

 それよりも脅威なのは、 「14世紀」 のヨーロッパがルネッサンスを実現したイタリアの時代であったように、 「21世紀」 のアジアは、中国ルネッサンスを実現した中国の時代となって、日本などの周辺文化は一気に色あせてしまうかもしれないということだ。

 中国に、文化的ルネッサンスは来るのか?
 来る。
 確実にそれはいえる。

 ルネサンスが生まれるための絶対的な法則というものがあるからだ。
 まず、ルネッサンスとは、 「復興」 であるということに注目しなければならない。
 つまり、 “栄光ある過去” を持っているから、その 「復興」 が可能となるということなのだ。

 ルネッサンス期のイタリアも現代中国も、ともに 「世界帝国」 を経験している。
 イタリアには、古代ローマがあった。
 中国には、秦、漢、唐、宋、元、明、清とつながる覇権国家の歴史がある。

 かつて世界帝国を実現した国というのは、その 「かつての栄光」 がいざというときに民心を支える強力はバックボーンとなる。それは、よい意味での 「プライド」 を、悪い意味での 「覇権意識」 を国民に植え付ける。

 経済協力という範囲では、日本と中国はこれからも友好的なパートナーシップを築いていけるだろう。
 しかし、 「中国ルネッサンス」 が台頭してくると、その中国文化の威信と華麗さがアジアを席巻し、どこの国からも、日本文化は中国文化の下位概念として扱われてしまうかもしれない。

 それを乗り越えるためには、人間の 「我欲」 が 「文化」 を形成してきたというイタリア・ルネッサンス以来のアメリカと現代中国が形成してきた 「文化概念」 をどう打ち破るかが、カギとなる。

 つまり、 「強者が幸せを勝ち取る文化」 から、 「強者でなくても幸せが得られる文化」 へ。

 たぶん、経済力や技術力だけの 「勝ち」 のみを意識していると、そのためのアイデアは生まれないように感じる。



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:19 | コメント(5) | トラックバック(0)

ベルイマン・沈黙

 正月の “お気楽テレビ番組” にも飽きて、買いだめていたDVDをパソコンに読み込んで観ていた。
 そのなかの一つ、スウェーデンのイングマール・ベルイマン監督が撮った 『沈黙』 (The Silence)に接して、驚いた。
 今から40年ほど前に作られた作品なのに、最近の映画にない 「難解さ」 があって、それがすごく新鮮だった。

 「分かりやすいこと」 を一義的に追求してきた最近のドラマにはない、ある種の “生々しさ” といったらいいのだろうか。
 「監督が用意できるのはここまで。後は勝手に考えてくれ」 という “素っ気なさ” といえばいいのだろうか。
 その 「優しくない」 ところが、この映画の美しさにつながっている。

 日本で公開されたのは1964年。
 この時代には、まだこのように、ひたすら神経を研ぎ澄ませて映像の可能性を追求していた監督がいたのだ。

▼ 『沈黙』 が日本公開されたとき、ポスターに採用されたカット
沈黙048

 Wikiを引用すると、次のような映画ということになる。

 「翻訳家で独身の姉とその妹、妹の幼い息子の3人が列車の旅の途上にある。
 病気を抱える姉の体調を考慮して、一行は途中下車し、見知らぬ土地のホテルに逗留することになる。

 冷戦下の共産圏を思わせるその地では、言葉も充分に通じない。
 ホテルで過ごす時間の中で、姉妹がずっと触れることを避けてきた葛藤が、次第にあらわになっていく。

 閉ざされた空間、限られた登場人物、削ぎ落とされたセリフによって、ドラマは進行。
 カフカ的ともフロイト的とも称される思わせぶりな象徴表現も含めて、難解な作品との評がつきまとう。
 ポルノグラフィ以外で、初めて女性のオナニーを映像化した作品としても知られる。日本初公開時には成人映画に指定された」

 一部表現を変えたが、この映画を適切に紹介した文だと思う。

 しかし、このような筋立てが、最初から分かりやすく観客に提示されるわけではない。
 「削ぎ落とされたセリフ」 …と表現されるとおり、上記のようなあらすじを観客が理解するためには、かなりの推理力と想像力が要求される。

 ▼ 常に妹に干渉しようとする姉のエステル (イングリッド・テューリン 左) 。姉に反発して敵意を燃やす妹のアンナ (ヨルゲン・リンドストレム 右) 。二人の心理的格闘を軸にストーリーが進行していく。
沈黙025  

 観て感じたことは、ヨーロッパの 「光」 の無慈悲さと、 「闇」 の深さだった。
 
 実際に、光と影のコントラストを強調したモノクロ映像は対象の明暗をはっきりと際立たせる。
 しかし、そこで描き分けられる 「光と闇」 は、文字どおり人間の 「弱さ」 を光のなかに浮かび上がらせ、人間の 「酷薄さ」 を闇のなかで開花させる。

 その光と影が拮抗する世界で、西欧の人間たちが、何を見て、何を悩み、何を求めているのか。
 そんなことが、観客の意識の底まで碇 (いかり) のように沈み込んでくる映画なのだ。

▼ 二人の女と少年は、言葉も通じない見知らぬ街のホテルに泊まる
沈黙027

 公開当時 「難解」 という言葉がよくレビューに使われたが、こうして改めて観てみると、決して難解ではない。
 ある意味、分かりやすい。
 これは、キリスト教が個人の精神世界を侵食した風土に生きる人たちの葛藤のドラマである。
 その一言で、たぶんこの映画が抱え込んだテーマはすべて解説できる。

 主な登場人物は、3人だが、その3人にすべて “役割” が振られている。
 翻訳家でインテリの姉は、象徴的な表現を使えば、 「キリスト教の教義」 に殉じようとする “司祭” である。
 彼女の心を支えているのは、知性であり、倫理であり、愛である。

沈黙031

 その姉の干渉を嫌い、自由奔放に性欲を満たそうとする妹は、 “悪魔の誘惑” に負けた愚衆である。
 妹が背負わされた役割は、神に救われるべき “哀れな” 人間である。

 そう書いてしまうと、キリスト教の教義を図式化した作品のように思われるだろうが、ところがドッコイ、映画はそっちの方向には収斂していかない。

 「愛」 を説き、 「知性」 と 「倫理」 を他者に強要する姉のエステルは、一方では、不安定な状態にさらされている自分を紛らわすかのように、酒とタバコに溺れ、人の見ていないところでオナニーに耽る。
 彼女は、見知らぬ男と奔放にセックスを楽しむ 「妹」 のことを軽蔑し、嫉妬しながらも、独りで死んでいくことの怖さに耐えられず、心身ともに 「妹」 に依存することで生きながらえようとする。
 
 それを知りながら、妹のアンナは、病に苦しむ姉をホテルに置き去りにして、アバンチュールを求めて街をさすらい、カフェのウェイターを誘惑してセックスを享受する。
 しかし、そのアンナもまた、ひりひりするような孤独地獄にさいなまされている。

沈黙046

 彼女にとっての 「姉」 は、うわべだけの倫理と言葉だけの愛を訴える偽善者であり、自分の精神の均衡を保つためには平気で他者を抑圧するエゴイストでしかないのだが、妹のアンナには、その 「姉」 のように自分を支えるものがない。
 「知性」 と 「倫理」 を失ったアンナの物憂く、けだるい寂しさは、情事のさなかにおいても、紛らわすことができない。

 ▼ 病の苦しさをホテルのマネージャーに訴える姉
沈黙054

 ▼ アバンチュールを求めて街をさすらう妹
沈黙024

 姉と妹は、ともに人間が背負う受苦をたっぷり味わいながら、救われるすべを見失っていることでは同じ境遇にいる。

 はたして、この “哀れな二人” を神は救うことができるのか。

 救えない。
 …というか、神は沈黙を保ったままである。

 それがこの映画のテーマだ。
 だから、公開当時、この映画は 「神の沈黙」 を語る作品だとよく言われた。
 たぶん、キリスト教文化圏に生きる観客は、ストレートにそう解釈するのだろう。

 しかし、私のような非キリスト教文化圏に生きる人間は、そういう図式的な解釈に収まりきれない部分に注目してしまう。


 「神」 という言葉は、日本人にはどこか遠い響きがある。
 「神」 という言語をどう受け止めればいいのか、普通に生きている日本人には、その言葉を “格納” する場所が 「知性」 の中にも、 「感性」 の中にもない。

 ただ、この映画で問われる 「神」 が、 「人間の思考と感覚では理解できない世界」 を意味しているということぐらいは分かる。
 長い歴史過程を通じて 「神」 と向き合ってきたヨーロッパ人においても、神を思うことは (その存在を信じるにせよ、それを否定するにせよ) 、それは 「人間の思考と感覚では理解できない世界に触れる契機」 であったはずだ。 

 もちろん、 「この世には人間に理解できない世界がある」 という思いは、どんな民族にもある。
 それは “宗教” が生まれる前の感覚として、どんな民族も経験的に持っているはずのものだ。
 
 しかし、キリスト教の神だけは、人間の 「理解」 を最初から拒絶した 「沈黙の神」 として、人の前に立ち現れる。
 それを信じるも信じないも、すべて人間側に与えられた課題であり、肯定するも否定するも、人間が背負わなければならない課題だ。

 つまり、それは 「答のない問い」 なのだ。

 私は、そのことを重要と考える。

 「答のない問い」 に直面するとき、人は 「畏れ(おそれ)」 を持つ。
 それは 「神」 への “畏れ” というものとは少し違う。
 むしろ 「人の始原を問うことへの畏れ」 、 「自分が存在することの不思議さに対する畏れ」 ともいうべきもので、いわば 「生きることの不安」 にストレートにつながる感覚だ。

 そこで、この映画に登場する3番目の登場人物が大きくクローズアップされてくる。
 妹アンナの子供として登場してくる少年だ。

 ▼ 少年の目が “子供の目” でないことが強く印象に残る
沈黙034

 女二人が感じる 「人間の受苦」 を、この少年は 「言葉」 として理解できない。
 彼にとって、姉と妹 (叔母と母) が葛藤を繰り広げる背景などを理解する力はない。

 しかし、彼はすべてを見る。

沈黙012

 「散歩に出る」 とウソをついて、街で出会った男をホテルに引きずり込み、廊下でキスをするシーンもすべて目撃してしまう。
 彼には、母が見知らぬ男とキスを交わすことの意味が理解できなくても、 「自分が母に捨てられた子供である」 という寂しさだけは、しっかり感じ取れる。

 そして、優しい言葉で 「生きることの楽しさ」 を説く叔母の心の中に広がる空洞も、直感的に見抜く。

 映画を観ていると、この少年こそ、 「沈黙を守る神」 ではないかと思えるときがある。

 彼は、人間の葛藤を理解する力も持たず、人を助ける力も持たない弱々しい少年に過ぎない。
 だからこそ、 「見る」 ことにおいては、非情である。
 容赦仮借なく人を見る。
 だが、見たものに 「意味 (解釈) 」 を与える力はない。

 もしかしたら、それが 「キリストの視線」 というものではないのだろうか。

 ▼ 少年は、ただ 「見る者」 として存在する
沈黙011

 映画は、姉が少年に渡した短いメモ書きの言葉を、少年が復唱するところで終わる。
 それは、3人が途中下車して泊まった異国の言葉を教えるメモである。
 
 言葉の音は 「シジュク」 。宿泊した異国の地で、 「精神」 を意味する言葉だという。

 「精神」 という言葉を少年に託した姉の意図は分からない。
 だが、その言語には、観客を震え上がらせる響きがある。
 そこに、 「人間には触れ得ない世界」 が暗示されているからだ。
 最後に唐突に出てくる 「精神」 という言葉には、 「畏れを知る心」 というイメージが託されているように思えるのだ。


 では、 「人間には触れ得ない世界」 とは何か?
 何を隠そう、それはこの私たちが生きている 「現実世界」 にほかならない。
 
 「現実」 とは、 「理屈」 とか 「理論」 といった思弁的な世界とは無縁の、ただザラザラした手触りだけが生々しく横たわる世界といっていい。

 人は、 「現実」 を探ることはできない。

 私たちが理解できる 「現実」 とは、すでに整理された 「過去」 か、 「予想」 の範囲を逸脱することのない 「未来」 のどちらかでしかなく、現在起こっている 「現実」 に対しては、人は常に 「知る」 ことから取り残されるようになっている。
 人の目の前で生起する現実は、常にカオス (混沌) にすぎないからだ。
 それは 「手触り」 としてしか感じることしかできないものなのだ。

 この圧倒的な 「現実」 の手触りだけが、ベルイマンの世界を支えている。
 映画に登場する少年は、この 「現実の手触り」 を観客に伝えるために設定された人間であるかもしれない。

沈黙010

 異国のホテルで、退屈な時間を持てあましている少年は、おもちゃのピストルを片手に、ホテル内の探索を始める。
 そして、迷宮のようなホテルの廊下をさまよいながら、次々と不思議な光景に接する。

沈黙009

 そこで見るすべての光景は、少年にとってカオスである。
 彼には、言葉の通じない旅人に親切にふるまうホテルのマネージャーですら、得体のしれない “不思議の国” の住人にすぎない。

沈黙022

 独りで粗末な食事をとるマネージャーの姿を見て、大人だったら、彼の抱える 「やるせない孤独」 を感じ取ることだろう。しかし、少年の目に映るマネージャーの姿は、何かのまじないに興じる呪術師であったかもしれない。

沈黙016

 彼は、同じホテルに投宿している 「小人の旅芸人の一座」 の部屋に紛れ込むのだが、そこでは、この世の者とは異なる人々が住む異世界が口を開けている。
 だが、それはメルヘンでもファンタジーでもなく、少年にとっては、カオスに満ちあふれた 「現実」 そのものの姿だ。


 「この世のどこかに、人間に知りえぬ世界が口を開けている」

 そのような恐ろしさを象徴的に描いたのが、夜の街に突然現れる戦車のシーンだ。

沈黙035

 人が寝静まった深夜。
 ゆくえをくらました妹の影を探すように、姉がホテルの部屋から無人の街路を見下ろしていると、突然、1台の戦車がゆっくりと現れ、静かなうなりをとどろかせながら窓の下を去っていく。

沈黙038

 冷戦下の東ヨーロッパ諸国においては、夜のパトロールに軍隊の戦車が使われたのは珍しくないと聞くが、この悪夢のような戦車の登場は、観客の心に拭いきれない 「不安」 を刻印する。

沈黙041
 
 その 「不安」 こそ、 「人間が知りえぬ世界」 を見た者だけが味わう根源的な不安にほかならない。

 だが、(繰り返しになるが) 「知りえぬ世界」 は、パワースポットのような “神域” にあるのではない。
 日常的に去来する現実世界にこそ、 「知りえぬ世界」 が横たわっている。
 
 そのことを、少年の目を通して描いたのが、ほかならぬこの映画。

沈黙014

 この映画が難解なのは、 「象徴的」 だからでもなく、 「芸術的」 だからでもなく、 「精神分析的」 だからでもなく、まさに 「現実」 を描いたからだ。

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音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 21:33 | コメント(0) | トラックバック(0)

出来事いろいろ

 寝正月、飲み正月、食い正月です。
 
 たわいなくテレビ見て、家飲みして、で、眠くなったら、テレビの前でうつらうつら。
 「ありゃ、もう夕方?」
 …ってな、日々ですな。

 で、この年末から正月にかけて、はて、自分は何をやったんだろう?
 ……ということで、ここ数日、わが家に降りかかった “事件” を書いてみる。

 まず、年末にパソコンが新しくなった。
 「ウィンドウズ7」 だ!

NEWパソコン

 …が、まだ慣れない。
 スピードが上がり、画面もきれいになったけど、なんか操作系の勝手が違うんだよな。
 キーボードも新しくなったから、指もまだ馴染んでいないし。

 だから、面倒なことは後にして…となってしまって、30日の夜は飲みに出た。
 近所に引っ越してきた友だちも呼び出して、2時頃まで歌った。
 
 どこをどう帰ってきたのやら。

 気づいたら、右肩の下あたりに大きな打ち身がある。
 帰るときに、自転車を漕いでて、塀にぶち当たったらしい。

 酔っ払っていたから、そのときは痛みを感じなかったものの、朝起きたらとんでもなく痛かった。


 だから大晦日は自粛して、家飲みに徹した。

 いつも途中で風呂なんか洗いながら観ていた 「紅白歌合戦」 を、今回は珍しくスルーで観た。

 半分くらいは知らない人だった。
 話題になっているAKB48も、じっくり観たのはこれがはじめて。
 ふぅ~ん…と思ったが、特に感想なし。
 時代遅れ風のテクノポップをやっていたパフュームが意外と面白かった。

 そのあと 「朝まで生テレビ」 をやっていたので、途中から観た。
 頭の中をアルコールが駆け巡っていたので、誰が何をしゃべっているのかあまりよく分からなかったけれど、みんなの話を聞いていると、ウィキリークスとか尖閣ビデオみたいな “情報ジャジャ漏れ現象” がこれから当たり前になる時代を、 「いったいどう考えるのか?」 というのが2011年の大きなテーマらしい。

 いくつかの話を聞いて、 「へぇー面白いなぁ…」 とも思ったが、一晩経つと忘れていることから、そんなに大した話じゃなかったのか、それとも酔っ払っていたので、聞いたことが別の思考回路の方に回ってしまったのか。

 記憶に残っているのは、 「経済アナリスト」 という肩書きで出ていた森永卓郎氏と、 「経済学者」 という肩書きで出ていた池田信夫氏が隣り合って座っていて、しょっちゅう声を荒らげてケンカしていたこと。
 両方の言っていることがさっぱり分からない。

 ひとつだけ分かったことは、もう経済の専門家たちにとっても、日本経済の未来予測は混乱しているということ。
 これじゃ、素人の床屋談義が流行るわけだ。
 今、経済問題に関しては、誰もが “専門家” になれるわけだから。


 元日は、つまらない、くだらないとバカにしていた “作りおき” のバラエティ番組をとめどなく観た。
 で、本当に、つまらなかった。
 だけど、チャンネルを変える気力もわかないし、スイッチを切る勇気も生まれない。
 いつのまにか、ワハハハと、たわいなく笑っている自分がいる。

 「1年の最初の日から、このていたらくでは思いやられるぞ」 と口には出してみるものの、全然本気じゃない。
 ワハハハ、ゲハゲハと白痴的に笑っているうちに日が暮れた。


 2日目は、心を入れ替えて、TV tokyo でやっていた 「新春ワイド時代劇 『二人の軍師』 」 という7時間ドラマを観た。
 秀吉に仕えた竹中半兵衛と、黒田官兵衛の話。

 筋書きがすべて頭の中に入っている話なので、酔っ払って途中居眠りしても安心して観ていられる。

 司馬遼太郎などの一連の著作を読んでいると、俗っぽさを微塵も持たない天才的軍師の竹中半兵衛と、生臭い野心家の黒田官兵衛というイメージができてしまうのだけど、ドラマでは、官兵衛が常に半兵衛に教わり、助けてもらい、結果的にその人柄に畏敬の念を持つという設定になっている。

 でも、そういう設定も、それほど不自然な感じがしなかった。シナリオがけっこうこなれていたからかもしれない。

 印象に残るシーンがあった。
 天下をとった晩年の秀吉 (西田敏行) が、夕陽の射し込む大坂城の一室で、ぽつねんと庭を眺めているシーン。
 「安土桃山時代」 の大坂城だから、屏風もすべて金屏風で、秀吉の衣装も絢爛豪華 (けんらんごうか) 。

 なのに、秀吉の表情はうつろだ。

 豪華な落日が秀吉の顔を照らしているにもかかわらず、彼の背中は、すでに部屋の暗い影に溶け込んでいる。

 うまいライティングだと思った。
 その映像だけで、権力の頂点に立った秀吉が 「達成感のあとに来る虚脱感」 や 「権力を失う日の予感」 などにとらわれていることが表現されている。

 カミさんは10時頃から寝てしまったので、そのあと台所の洗い物をして、ゴミをまとめて、紅茶を飲んだ。
 少し酔がさめて、ようやくブログを書く気になった。

 だけど本調子じゃない。
 もう1日こんな生活を過ごしてしまったら、社会復帰できなくなる。
 ……と思いつつ、明日もバカテレビを見て、白痴笑いしている自分が想像できる。


投稿者 町田編集長 02:43 | コメント(0) | トラックバック(0)

謹賀新年

賀正

 明けまして、おめでとうございます。
 
 いよいよブログを始めて、6年目に突入します。

 今まで読んでくださった方々に、改めて、この場を借りて御礼申し上げます。

 励ましのコメントをくださった方々、コメントを通じていろいろと考えるヒントをくださった方々にも感謝です。

 何をどう書き、何をどのように伝えたらいいのか暗中模索のとき、皆様からいただいたコメントが、その後の方向を決める大事な手がかりになることはよくありました。
 ありがたいことだと本当に思います。

 どうぞ、本年もよろしくお願い申し上げます。

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:48 | コメント(0) | トラックバック(0)

オールドマン

 午後のスタンドカフェで、ぽつねんと、外の景色を見ている老人がいた。
 喫煙席だった。
 人がまばらに座った客席から、いく筋かの紫煙がのぼっていた。

 老人はタバコを吸わないようだ。
 間違えて入ってきたのかもしれない。
 あるいは、そんなことに頓着していないのかもしれない。

コーヒーカップ0011

 白いヒゲをゆったりと垂らし、ハンチングを目深にかぶった老人の姿は、セピア色の写真で見る明治の軍人のようだった。
 ひとつ時代を間違えば、馬上傲然 (ごうぜん) と敵陣をにらみ、三軍を指揮する人のようにも見える。

 でも、今の老人の目は、動くものには何ひとつ反応していない。
 灰色がかった瞳の視線が、歩道を行き交う人々を避けるように、道に落ちた木の影だけに注がれていた。

 陽の差し込む窓際の席で、空いているのはその老人の隣だけだった。
 私はその椅子を引き出し、背もたれにコートをかけた。

 セルフサービスの店だから、テーブルが汚れていればお客がダスターを手にとって拭くしかない。
 老人のティーカップの周りが汚れていた。

 「よかったら、拭きましょうか?」
 私は、自分のテーブルを拭いたついでに、老人の前のゴミを軽く払った。

 「ご親切に…」

 老人は、はにかんだような笑いを浮かべ、ちらりとこちらを見た。
 「あんたは優しそうな人だね」
 言外に、そんなメッセージがこめられたような目だった。


 それがきっかけで、会話が始まった。

 「今日は歩きすぎて…」

 まるで暖でも取るように、両手でティーカップを抱え込んだ老人は、 「…疲れました」 という言葉を内に秘めながら、ゆっくりと語りだした。

 私は、カフェで読むために買ってきた週刊誌をあきらめ、それをテーブルの上に伏せて、老人の言葉を待った。

 「大名屋敷がとぎれた辺りで引き返せばよかったんでしょうけれど、花街のあたりも歩いてみたくてね」

 いつの時代の話なのだろう。
 この辺りでは、大名屋敷も、花街も聞いたことがない。

 「町名も変わり、町の景色も変わってしまいましたから、どこを歩いているのか、もう分からないようになりました」
 そう笑う老人の頬に、深いシワが刻まれる。

 いくつぐらいなのか。
 80には手が届くのだろうか。それともその上か…。

 「この近くに住まわれていたんですか?」
 尋ねる事もことさら思い浮かばなかったので、場当たり的な質問を投げかけてみた。

 「ここからは少し歩いたところです。テラマチです」

 テラマチ……

 「寺町」 という地名なのか、それとも、単に “寺が多いところ” という意味なのか。

 「釣りもできたですよ。祠 (ほこら) の裏に寝ているミミズをエサによ~釣ったものです」

 いつの時代の、どこの話だろう。
 祠って、なんだ?

 老人のしゃべる話は、遠い世界を舞台にした昔話のように聞こえた。
 相槌を打つタイミングも見つからないまま、私は、黙って老人の話の流れに身を任せた。

 「このあたりは路面電車が走っとったですよ、昔はね…」

 少しだけ、華やいだ声になった。
 「路面電車の時代の方がにぎやかでしたね。今の方が人通りは増えたけれど、にぎやかさは感じられんです」

 路面電車が走っていたのは、私も覚えている。
 一ヶ月だけだったが、それに乗って通学した記憶もある。

 町の中を電車が走る風景は、自動車が走るよりも “都会的” に思えた。
 だから、老人のいう 「にぎやか」 という意味が分かるような気がした。

 ようやく共通の話題が出たと思った矢先、老人は不思議なことをしゃべり出した。

 「週末に一本だけでしたけど、夜ね、無人の路面電車が走るんですよ。
 実験だったんですね。
 遠隔操作というのか、自動操縦の試験なんですね。
 それを土曜の深夜だったか、会社が実験するんでしょうねぇ。
 もちろんお客さんは乗せないですよ。
 私は二度ほど見たことがありましたけれど、怖いもんですよ、幽霊電車みたいで…」

 そう言いながらも、老人は面白そうに笑った。

 「へぇ~!」 と、私は驚くふりをするしかなかった。
 そのようなことがありえるはずがない…と私の理性はこっそりとささやいていた。

 …からかっているのか?

 老人の横顔は、おだやかな冬の陽射しを跳ね返して、白い鑞 (ろう) のように光っていた。

 会話はとぎれたが、私たちは、冬の陽だまりでまどろむ二匹の猫のように、じっと外を見ていた。 
  
スタンドカフェ

 「さて、とんだお邪魔をしてしまって…」
 老人はハンチングをかぶり直して、私に笑った。

 「いえいえ、面白いお話を…」
 私は、立ち上がった老人を見上げて、微笑み返した。

 両足を引きずるように去っていった老人のテーブルには、ティーカップが置き去りにされていた。
 セルフサービスのルールを知らなかったのだろう。

 ……やれやれ。出るときに、それも一緒に下げるか。

 ガラス窓の向こうに広がる街の景色は、師走の残照を浴びて、メタリカルな蛍光色に輝いていた。

 ドアを出て、間もないというのに、老人の姿はもう見えなかった。

▼ 「オールドマン」 ニール・ヤング

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 18:53 | コメント(2) | トラックバック(0)

好奇心の力

 今の時代、人間が必要としているのは、 「人間に対する好奇心」 なのかもしれない。

 好奇心は、余裕を持った心からしか生まれない。
 好奇心は、先入観にとらわれていると、生まれない。
 好奇心は、謙虚な気持ちにならないと生まれない。

 だからこそ、好奇心を軸とした 「人と人とのつながり」 は、どこか温かく、安らかで、スリリングだ。

 つまり、相手に対して自分から心を開き、そして相手の心も開かせる最も有効な方法は、すなわち 「相手に対して好奇心を抱くこと」 なのだ。

 好奇心は、なまじっかの 「思いやり」 とか、観念的な 「愛」 などより、はるかに相手に伝わりやすい。
 人は、自分に対して 「尊敬」 の念をもって近づいてくる人間よりも、 「好奇心」 を持って近づいてくる人間の方に、心を開くものである。

 なぜなら……

 「好奇心」 を寄せられるということは、相手からボールを送られたようなものだから、それをキャッチし、どういうボールを送り返すかという、 “試される” ことの 「ときめき」 が生まれるからだ。

クッキー0612
 ▲ 「クンクン……これは何だろう?」
   犬にも好奇心はある


 古来より、人はみな、見ず知らずの他者と知り合うことに 「ときめき」 を感じて生きてきた。

 この人はどういう人なのだろう?
 この人は何を考えている人なのだろう?
 この人と話してみたい……

 それが、人と人の心を結びつける大きな力になってきた。

 ところが現代社会は、人間から 「他者に対する好奇心」 を奪い去った。
 「好奇心」 を持つ余裕が保てないような社会が訪れたからだ。

 有史以来、人間の生理と歩調を合わせていた 「文明」 は、徐々にスピードを上げ、20世紀には 「人間の生理」 に追いつき、21世紀になると、ついに 「人間の生理」 のリズムを超えた。

 その理由は、20世紀後半から、各分野におけるテクノロジーが幾何級数的に進化を遂げたためである。
 最も顕著な例が、情報工学の世界。
 情報の流通が、ネットの速度を基準とするようになったため、個人が情報を整理する余裕がなくなったのだ。

 そのため、人々は物事を判断するときも、瞬時に 「○」 か 「×」 か、 「Yes」 か 「No」 という2進法 (デジタル) で答えざるを得ず、どちらでもないような 「ニュアンス」 や 「情緒」 といったアナログ的なものは 「ノイズ」 として捨象するようになった。

 そのような 「あわただしい世界」 に、もう人間はついていけない。

 だから、大人も子供も、頭の中に常に去来する思いは、次の三つ。

 忙しい
 気ぜわしい
 面倒くさい

 未知の 「他者」 に関わらなければならなくなったとき、多くの人は、それを 「忙しいし、気ぜわしいし、面倒くさい!」 と感じ、できれば避けたいと思うようになった。
 だから、現代社会では、家族や友人・知人、仕事関係者以外の人間は、すべて 「邪魔モノ」 になってしまった。
 それも、 「邪魔者」 ではなく 「邪魔物」 に…。


 「あわただしさ」 は、 「好奇心」 の大敵である。

 あわただしいと、人は、人に対して 「好奇心」 を抱くような余裕が生まれないため、相手が自分に対していかなる価値を持っているかだけを “効率的” に測ろうとする。

 ニュースを読み解く力はあるか?
 インターネットリテラシーは高いか?
 オリジナル性のある企画を打ち出せるか?
 それをプレゼンできるノウハウがあるか?

 たとえば、そんな感じで、自分 (あるいは企業) が求める価値基準だけで、相手を値踏みする。

 でも、そこから得られる結論は、
 「たいしたヤツじゃないな」
 か、
 「お、利用できそう」
 …の二つだけ。

 好奇心というのは、その二つの答の “すき間” に隠されているものに対して視線を向けようとする 「心」 をいう。

 この 「好奇心」 に近いけど、決定的に違うもう一つのものが、 「ヤジウマ根性」 。
 これは、自分の立場を安定させたまま、 「人の不幸を覗き見してやろう」 という心理を指し、自分の価値観 (先入観) をいったん捨てて相手に臨もうとする 「好奇心」 とは似て非なるものだ。

 自分に被害が及ばない高みで、世の悲惨を見物しようとする 「ヤジウマ根性」 は、まさに今のテレビ文化を象徴するようなもの。

 それが、 「好奇心」 の代用品になっているとしたら、ちょっと悲しい。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 14:28 | コメント(6) | トラックバック(0)

「孤独死」の原因

 年末になると、テレビでも、新聞でも、雑誌でも、まず 「1年の総括」 みたいなものから始まって、 「来年はどうなる?」 式の未来予測で締めくくることが多くなる。
 だからこの時期は、1年で最も 「日本の未来像」 みたいなテーマがマスコミの話題となる時期ともいえる。

 その中でも、一番 「悲観的な未来像」 を訴えたのは、朝日新聞であった。
 12月26日 (日曜) の朝刊では、日頃政治・経済記事で埋めるはずの一面をほとんど使いきり、 「孤族の国の私たち」 という大見出しで、いま日本で急増している “孤独死” というテーマを真正面から扱っていた。

 新聞の一面というのは、慣例的に政治・経済のトップニュースが来るものであるから、朝日新聞はよほど 「孤独死」 というものを大きな社会問題として捉えたかったのだろう。

 そこで使われた 「孤族 (こぞく) 」 という言葉は、どうやら朝日が思いついたオリジナル用語らしい。
 個人の自由を謳歌したいと願う戦後世代の生態を “個族” と表現するならば、その彼らが、いま直面しているのは、血縁・地縁の絆を失って 「孤独」 と向かい合うことを余儀なくされた “孤族” である。

無人の公園風景

 今年は国勢調査が行なわれた年で、その結果は来年公表されることになるが、記事によると、研究者たちはすでに1人暮らしの 「単身世帯」 が 「夫婦と子供からなる世帯」 を上回ることを確実視しているらしい。
 このまま進めば、20年後には、50~60代の男性の4人に1人が 「1人暮らし」 になることが予測されるとか。

 今まで 「普通の家族」 といった場合、誰もが思い浮かべるのは、父親、母親に子供2人という 「標準世帯」 だった。
 しかし、 「単身世帯」 が急増する時代がすぐそこまで近づいてきた今は、もう 「普通の家族」 という表現が成り立たないと、記事は指摘する。

 この場合、注目されるのは、単身世帯の未婚率の増加だ。
 現代社会は、未婚であることが恥でも何でもなくなり、それも 「ひとつのライフスタイル」 (おひとりさまブーム) として提唱されるようになった。そして、そのことが経済的理由で婚期を逃した人たちの心理的負担をも軽くした。

 確かに、外食産業、コンビニ業界、インターネットなどの普及により、昔と比べて一人暮らしは、はるかにたやすくなった。
 そのため、個人の自由を抑圧するような旧来の人間関係から解放され、 「個」 を満喫する人たちの地平は広がった。

 しかし、その 「個」 を謳歌する単身生活者たちにも、 「加齢」 は容赦なく降りかかる。
 高齢になって、身体能力などが衰えとき、職も失い、病気になったりした単身生活者は、血縁や地縁というセーフティネットを持っていない分、 「孤独死」 の不安と向かい合うことになる。

 それでも、女性の場合は、同性同士のネットワークを強化している人たちが多いので、いざとなったら日頃連絡を取り合っている相互扶助的なコミュニティからの応援が期待できる。

 しかし、働くことしか知らないまま退職を迎えた男性たちは、退職したら家に閉じこもり、 「あいさつしない、友人いない、連絡しない……」 という “ないないづくし” の生活にこもってしまう。
 特に、妻に先立たれた男性の老人は、そういう傾向を強めがちだという。

 そういう人たちが孤独死を迎えたとき、病気のために衰弱して死んだのか、自殺したのかという見分けがつかない場合もある。
 特に、妻に先立たれた男性の老人は、 「自分も死んでもいい」 という諦念を抱きがちになり、身体を動かす気力を失い、食べる気力を失い、結果的に 「緩慢な自殺」 を遂げてしまう人が多いらしい。

 日本では、12年連続で自殺者が3万人を超えたが、それは警察が定義した 「自殺」 の数であって、定義にハマらない “緩慢な自殺” を図った人々の数も加えると、自殺者の数は、警察の発表よりもさらに多くなる可能性がある。

 同新聞では、このような時代を、 「家族に頼れる時代の終わり」 と表現して、精神科医の斎藤環氏の談話を紹介する。
 斎藤氏は、 (現代の) 「日本は、家族依存社会だ」 という。
 本来ならば国が担うべき仕事であるはずの 「社会保障」 などを、国が家族に押し付けてきたという意味だ。

 介護でも、育児でも、 「家族の面倒を、家族がみる」 比重は、昔に比べてものすごく増えた。
 それが国策であるならば、当然かもしれない。

 伝統的に “小さな政府” をめざす政権は、市場原理主義的な経済の流れが社会保障にせき止められることを嫌い、国民が自助努力によって介護や育児などの難問を解決することを奨励する。

 日本の場合は、社会保障をシステムとして構築しようにも、まず財源の確保でつまづいている。
 現在、さまざまなところで展開されている “家族愛キャンペーン” は、実は、そういう 「国家的な思惑」 と連動したものであり、結果的に、国家が行うべき仕事を家族に転嫁しようとするときの “言い訳” に加担することになる。
 ……たぶん、斎藤環氏がいおうとしていることは、そういうことなのだろう。


 期せずして同じ日に、TBSの 『サンデーモーニング』 という番組でも、この 「孤族の増大」 というようなテーマが討議されていた。

 途中から観ただけで、しかもメモを取ったわけでもないから記事の書きようもないのだけれど、司会の関口宏氏を筆頭に、コメンテーターの岸井成格氏、田中優子氏、寺島実郎氏、金子勝氏らが、
 「無縁社会の広がりのなかで、人と人がつながる契機はどこに求められるべきか」
 というようなテーマを語り合っていたように思う。

 番組のタイトルは、 「豊かなのに幸せになれない、なぜ?」 。

 日本は、今も世界第3位の経済大国であり、国民1人あたりGDPでは中国の10倍という富裕国である (…らしい) 。
 その日本人の平均収入を換算すると、フランス革命前にベルサイユ宮殿で遊び暮らしていた貴族よりはるかに金持ちなのだとか。

 それほど “豊かな国” であるはずの日本で、なぜ 「無縁社会」 が広がり、 「孤独死」 が増えているのか。

マネキン001

 ここでも現状認識として、まず 「今の社会の崩壊は、もう 『家族』 では支えきれない」 (寺島実郎) という見方が提示されていた。

 確かに、老いたる親を介護する子供たち自身が 「老人」 になりつつある時代。親子の精神的・経済的負担は大きくなる一方だ。
 また、長引く不況や広がる格差などによるストレス社会の重圧が、母親たちの育児放棄や、父親たちの幼児虐待という問題に影を落としている。

 番組の中で、寺島氏は、そのようなストレス社会が訪れてきたのは、
 「相変わらず、経済的に豊かであることが、人生をも豊かにするという幻想から政府や企業が逃れられないからだ」
 という。

 つまり、 「お金によって保証される便利な生活こそ幸せ」 という洗脳に人々がさらされているために、それに至らない生活は、すべストレスに感じられてしまう。
 …ということを、寺島氏は言いたいのだろう。

 日本は “豊かな国アメリカ” を目指してここまで来たが、追いついた時点で、アメリカ経済も失速し、日本の手本となるような 「力」 を失った。

 それなのに、日本の企業経営者たちの多くは、 「アメリカ経済さえ立ち直れば、日本経済も復活する」 と他力本願の望みを捨てきれないでいる。
 しかし、そろそろ日本人は、 「経済的強者が人生の強者でもある」 というアメリカ流の発想から卒業しなければならないのではないか?
 ……というのが、寺島氏の意見だったと思う (うろ覚えだから、別の人の発言だった可能性もある) 。

 「無縁社会 → 孤独死」 の問題は、そこに結びついてくる。
 「経済的強者が人生の強者である」 という発想は、 「弱者は、自己責任において、自己救済しなければならない」 という考え方につながっていく。

 「 “孤独死” に至る生活しか持ち得なかったのは、その本人の責任であり、競争原理社会では、それは当たり前のこととして、誰もが覚悟しなければならない」

 極端にいうと、市場原理社会というのは、そういうことなのだ。

 無縁社会を生きる “孤族” たちは、そういう 「弱者は切り捨てご免!」 に傾きがちな現代社会の中から、追い立てられるように生まれてきた。

 そのことに対し、番組の中で、慶応大学の金子勝教授は、やはり 「家族という最小単位の共同体」 にすべてを預けるのはもう無理だ、という見解を示す。

 家族や地縁共同体の良さは、確かにある。
 そこには、多くの都市生活者が失ってしまった 「互助精神」 や 「励まし」 、 「温かいもてなし」 などがある。
 しかし、一方では 「抑圧」 も 「集団的強制力」 もあり、逆らったときの “村八分” もある。

 だから 「古い共同体を復活させるのではなく、 “人と人との紐帯 (ちゅうたい) ” を実現する新しい組織を社会工学的に建設することが必要」 と金子氏はいう。


 面白いのは、 “江戸学” で名を馳せた法政大学教授の田中優子氏のコメントだった。

 「人と人が出会って、心の交流を図るためには、お互いの心を共振させる “媒介” が必要だ」
 と彼女はいうのである。

 媒介

 むずかしい概念だが、 「共通の話題」 とか 「共通の目標」 とでも考えておけばいいのかもしれない。

 今や日本人の生活感覚の中で色あせてきた数々の年中行事。
 その中に、 「媒介」 を探し出すヒントがある、と田中氏はいう。

 正月行事、お盆の行事などを含め、節分、ひな祭り、節句……。
 日本の伝統行事というのは、すべて 「自然」 と因縁が深い。

 そのような自然の移り変わりのなかで、豊穣への感謝や、子供が生育することへの祈りといった感情を共に祝い合うのが、日本人の年中行事だった。
 そのとき、お互いに 「自然の変化」 を確認し合うことが、日本人の心を結びつける 「媒介」 となっていたのである。

 だから、日本の風土から 「自然」 がどんどん消滅していけば、日本人の心を結びつけていた 「媒介」 も失われてしまうのは当然のこと。
 そして、 「媒介」 を失った現代人たちは、心と心を通い合わせることなく、互いに孤立し、 「無縁社会」 の奈落に落ち込んでしまう。
 …というのが、田中優子氏の見立て。

 用事があったので、その先は観ていないけれど、 「孤独死」 が多発しているのは都市部のアパートが多いという事実からも、 「自然」 を失ってしまうと人と人との絆が切れるという田中氏の指摘は、なにやら暗示的でもあった。

古い集合住宅

 番組の中で、毎日新聞主筆の岸井成格氏が、石川啄木が100年前に執筆していた童話がつい最近発見されたことに言及していた。

 それは、山の猿たちが人間に願いごとをする話だという。
 「どうか山の木をむやみに切り倒したりして、自然を破壊しないでほしい。自然を破壊してしまうと、自分たち猿も困るけれど、あんたたち人間だって困ることになる」
 と、猿が人間に忠告するのだとか。

 「そういうことを、石川啄木はすでに100年前に警告していた」
 と、岸井氏は驚く。

 「孤独死」 の話が、 「自然破壊」 の話と結びついた瞬間でもあった。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:17 | コメント(1) | トラックバック(0)

廃墟のある島

 廃虚ブームで、長崎県の “軍艦島 (端島) ” がよく話題に取り上げられる。
 そんなこともあって、この前、書店の 「旅行本コーナー」 に行ったとき、軍艦島の写真集があったので手に取ってパラパラと眺めてみた。

軍艦島001

 一度も行ったことがないのに、どこかで似たような光景を見たという思いが脳裏を駆けめぐった。

 どこで、だろう…
 と気になっていたが、ふと、下の絵であることが分かった。

アーノルド・ベックリン「死の島」
 ▲ アーノルド・ベックリン 『死の島』 。

 別に軍艦島が “死の島” であるというような、不吉な照合を示そうというわけではない。

 だが、似ている。
 この両者には、何か共通した気配がある。

 まず、アーノルド・ベックリンの絵から見ていこう。

 鏡のように平らな海に浮かぶ小さな島に、小舟に載せた棺が運ばれていく。
 その先には、岩をくり抜いた古代風デザインの廃虚が島いっぱいに広がり、島の中央には、黄泉 (よみ) の国から来た使者がたたずむように、糸杉が並んでいる。
 まるで島全体が、死の静寂に包まれた巨大な 「墳墓」 のようにも見る。

 糸杉
 乾いた岩におおわれた島
 古代世界風の廃虚

 そのような地中海世界の特徴をふんだんに採り入れながら、この絵からは、地中海世界の明るさが伝わってこない。
 むしろ、ドイツロマン派にも通じるような、暗さと、神秘性と、メランコリーが画面全体を支配している。

 異様なのは、芝居の書き割りのような、島の “人工性” だ。
 島の面積に不釣り合いなくらい、糸杉と廃虚が大きい。

 生物学的に判断しても、立派な糸杉が根を生やすほどの地味ある土地とは思えない。
 見る人間は、まずそこで現実的な判断力を削ぎ落とされてしまう。


 同じようなことが、海上から眺めた軍艦島の廃虚にもいえる。
 ベックリンの絵画同様に、建物の大きさが、島の面積に不釣り合いなくらい大きい。

軍艦島001
▲ 軍艦島

 建物の質感があまりにもどっしりとしているため、それを支える島の頼りなさのようなものが、逆に浮かび上がってくる。
 つまり、海上に蜃気楼の街が浮かんだような、どこかこの世ならぬ気配が漂ってくるのだ。

 ベックリンの 『死の島』 と 「軍艦島」 の光景に共通していえることは、ともに、
 「自然界のバランスが無視されている」
 ということだ。

 つまり、 “極度に人工的” である…ともいえるのだが、その人工性が、 「人間の管理できない超自然の世界」 にもつながっているという “不思議な気配” を両者は持ち合わせている。

 ベックリンの描いた 『死の島』 は、そのような人間の管理できない “あの世の世界” を見事に映像化したものだといえる。
 同じように、軍艦島の廃虚も、人間の管理を超えた世界の存在を伝えてくる。

 では、人間に管理できない世界とは何なのか?

 それは 「過去」 である。

 そもそも 「廃虚」 とは、 「現在」 に突き出た 「過去」 である。

 「過去」 は常に 「現在」 を規定しているが、だからといって人間は 「過去」 に遡って 「現在」 を変えることはできない。
 「廃虚」 とは、その人が触れることのできない 「過去」 が、 「現在」 という場に姿を現している場所のことを指す。

 「軍艦島」 は、かつて炭鉱の島として栄えた 「過去」 そのものが 「廃虚」 として残存したものだが、ベックリンの 『死の島』 も、 「過去」 の視覚化がテーマになっている。

 この絵の主題が、 「棺 (ひつぎ) を納める島」 であることに注目していいだろう。
 「死者が誰であるか?」
 と問うことは、意味がない。
 ここでは、絵全体が 「すでにこの世に戻らないもの」 を表現していると見るべきであろう。

アーノルド・ベックリン「死の島」

 そういった意味で、 『死の島』 と 「軍艦島」 は似ている。
 ともに、 「廃虚」 の横たわる島として。
 「戻らないはずの過去」 が、そこにヌッと顔をさらしている島として。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:48 | コメント(2) | トラックバック(0)

遠いクリスマス

 クリスマスですねぇ。
 小さい頃は、けっこう胸がときめいたりしましたが…。
 今じゃ、365日のうちの、ただの1日ですなぁ。

 キリストの
 生まれた日とか
 ピンと来ず


 昔は、それでも人並みにプレゼントなんか買ってたんですけどね。

 クリスマス
 サンタを辞めて
 50年


サンタ人形06

 「バブル」 とかいう時代になると、夜中まで遊びまくってました。
 この季節、にぎやかなパーティばっかり続きましたから。 

 朝帰り
 とっさにサンタに
 早変わり 


 酒くさい
 サンタは要らぬと
 足げりに


 今じゃこんな感じですよ。 

 メシはない
 自分でチキンを
 買って来い


 それなりに平和なクリスマスを送るようになりました。

 ジングルベル
 聞きながら
 書く年賀状


 うさぎ年?
 そんなの干支 (えと) に
 あったっけ?


 クリスマス
 老いたる家内と
 ケーキ食べ


 まぁな……

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:06 | コメント(0) | トラックバック(0)

ロビン・フッド

 リドリー・スコット監督の 『 ロビン・フッド (ROBIN HOOD) 』
 良かったなぁ! 
 堪能したし、感動したし、涙も出た。

ロビン・フッド001

 でも、リドリー・スコットは、結局 『ブレードランナー』 を超える映画を、もう創れないんだな…ということも分かった。

 それでもいい。
 この路線のリドリー・スコットも支持するし、応援するし、共感する。

 ここでメガフォンを採る彼は、もう特異な美意識を持ったアクの強い “芸術家” でもなければ、人間存在を根源から問うような “哲学者” でもない。
 代わりに、大衆娯楽としての映画を、極めて洗練されたテクニックで磨き上げた “職人” がそこにいた。

 この映画は、黄金期の 「ハリウッド史劇」 に対する彼のオマージュであるかとも思う。

 スペクタクルな戦闘シーン、ハッピーな結末を迎える恋愛、庶民を苦しめる国王や悪代官、冷酷非道の裏切り者、主人公を助ける陽気な男たち。

 そういったハリウッド史劇の構成要素をふんだんに使って、映画が 「大衆の娯楽」 として君臨していた時代の華やかさを再現して見せたのが、この 『ロビン・フッド』 だ。

ロビン・フッド002
 
 だから、安心して観ていられる。
 とにかく観客が、監督の意図を図りかねて、戸惑うということがない。
 
 悪いヤツは最初から悪役顔で出てくるし、主人公のことを最初は侮蔑していたヒロインが、やがて愛に目覚めるというベタな心理プロセスを忠実にたどっちゃうし、何から何まで娯楽映画の “お約束ごと” で貫かれた構成なんだけど、それを承知で堂々と押し切ってしまったところに、リドリー・スコットの円熟味を感じる。 

ロビン・フッド003

 もちろん凝り性のリドリー・スコットだけあって、ディテールの作り込みはハンパじゃない。
 城攻めのシーンに使われる古風な城も、ケルト的なデザインを盛り込んだ北イングランドの村も、すべて丹念に仕上げられたセット。

 彼の歴史劇では、そのようなセットを組んだとき、どこか “アート” を意識したエキゾチックな映像美が追求されるのだけれど、今回は、驚くほど写実重視。
 神経のつかい方が、絵画的表現にこだわるよりも、リアリティの追求に向かった感じだ。

 だから、 『ブレードランナー』 の陰鬱な未来都市や 『エイリアン』 のグロテスクな宇宙船、 『ブラックレイン』 のシュールな大阪の街、 『グラディエーター』 の背徳的なコロッセウム、 『キングダム・オブ・ヘブン』 のエキゾチックなエルサレムといった映像美にこだわるデザイン造形は影をひそめる。
 代わりに、観客をそのまま中世の時代に誘い入れてしまったような、 “歴史の手触り” が獲得されている。

 ロビン・フッドを主人公にした映画は、今までも数多くつくられてきたが、今回の主人公設定は、いわば異色。
 映画が終わるまぎわになって、ようやく 「ロビン・フッド」 が誕生する。
 つまり、伝説のヒーローは、どういう経緯で生まれてきたかを語る物語で、いわば “ロビン・フッド前史” 。

 だから、シャーウッドの森に仲間とともに住み、悪代官と戦う 「義賊」 という昔ながらのイメージを抱いていると裏切られる。
 それをもって、 「こういう筋書きなら、別にロビン・フッドを主人公にする必要もないんじゃないの?」 と思う人が出てくるのも予想できる。

 でも、私にとっては、きわめてオーソドキシーなロビン・フッド物語に思えた。
 どっちみち、伝説上の人物なんだしさ。
 ショーン・コネリー主演の 『ロビンとマリアン』 みたいな、よぼよぼジジイのロビン映画だって成り立っているわけだから。
 これはこれで、ひとつのロビン像を確立したのではないかしら。

ロビン・フッド004

 上映時間は2時間20分。
 それでも時間が足りないと思った。
 続編が観たくなる、娯楽映画の金字塔。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 03:48 | コメント(0) | トラックバック(0)

地獄の電車

 この季節の終電まぎわの駅のホームは、断末魔の悲鳴でいっぱいだ。
 忘年会シーズンなので、2次会、3次会と浮かれまくっていた人々が、家路に急ぐために、目の色を変えてホームに殺到する。

 午前0時半の新宿駅プラットホーム。
 わずか幅10メートル程度の場所に、国立競技場を埋め尽くすほどの大観衆が集中する。
 あっちこっちで怒号。 
 一方では、華やかな歌声。
 戦争と祭りがいっしょに訪れたみたいだ。 

 俺、仕事で遅くなっているわけだから、酔っ払っていない。
 だから、ホームの混乱ぶりも冷静に観察できる。

 人が溢れて地面が見えないんだわ。

 駅員が、
 「危ないですから黄色い線の内側にお入りください」
 …って叫ぶけど、その “黄色い線” というものが、もう視界に入らない。

 もともと容量がないホームの上に、さらに人だけ増え続けるから、線路に落ちそうになる人間だって後を断たない。
 それを駅員が押しとどめるのだけど、駅員に助けられた人はいいとして、酔っ払った仲間なんかに助けられたりしたら、その仲間といっしょに線路の上に転落しかねない。

 そこに入ってくる電車も慣れたもんで、ガラパゴス島のウミガメみたいに首をすっこめながら、恐る恐ると入ってくる。
 そりゃそうだよね、危ないもんね。
 だから、この時間帯、ダイヤが大幅に遅れるわけだ。

 ドアが開いたって、降りる人も降りられない。
 だって、ホームにそれ以上の人間を立たせる場所なんてありゃしないんだから。
 
 「降ります。降ろしてください。降ろせよ。どいてよ、どけよ、この野郎!」
 哀願は、即座に怒号に変わり、
 「ばっきゃろー、どきやがれ!」
 最後は恫喝 (どうかつ) 。

 それでも、乗り込む人たちの勢いに呑まれ、再び車内の奥まで押し戻されるOLさんもいた。
 その人の絶望的な顔が、あっという間に人々の頭にかき消される。
 虚しく次の駅まで行った人が、いったい何人いるのだろう。

 一方、乗る方も必死だ。
 前の人に続いて整然と、…なんていう意識を保てる余裕は、誰にもない。
 体を半身に構え、腰を落として、重心を下げ、 「えいや!」 と気合もろとも、肩の力で人の壁をこじ開ける。
 誰もが、ラグビーのフォワード気分だ。

 俺も一生懸命スクラムを組んでみたけれど、それでも、一つ目の電車に乗れなかった。

 「後の電車が続いております。無理をせずに、次の電車をご利用ください」
 って、駅員がアナウンスするんだけど、ウソばっか。
 
 次の電車なんて、待てど暮せど、きやしない。
 ようやく、次の電車が来たのは、定刻を大幅に遅れた15分後。

▼ 普段はすいてる路線なんだけど…
電車の車内002

 で、また押しくらまんじゅうの繰り返し。

 ようやく車内に身を収めても、一度体が浮き上がってしまうと、もう地面に足が届かない。
 俺なんか足が短いから、次の駅まで、宙に浮いたままだ。

 立ったまま寝ているヤツもいる。
 人同士が支え合うから、倒れる心配がないのだ。

 どこを見回してみても、顔、顔、顔。
 その顔が、お互いにくっつき合ってしまうから、あちらこちらで悲喜劇が起こる。

 「こんな可愛い娘と、頬を寄せ合えるなんて…」
 と笑いをこらえる旦那さんもいるかもしれないけれど、当然、その逆もあるわけで、泣くハメになった人の方が多数派のような気がする。
 
 悲惨なのは、カツラのお父さん。
 申しわけないけれど、見てしまった。

 頭からカツラ飛んでしまって、…それが全部外れたのなら、まだごまかしが利くけれど、外れた人工毛髪が頭半分のところでとどまってしまったから、泣くに泣けない。
 もちろん、手なんか動かす透き間もないから、そのままの格好で耐えるしかない。

 ご本人は、ひたすら目をつぶり、沈思黙考のポーズを取るんだけど、周りの人たちは笑いを抑えて苦しそうにむせぶだけ。

 なんていう地獄だ。

 運よくシートに座れた人にも、悲惨な境遇が待っている。
 自分の前に立っている人たちのお腹を、それぞれ顔で支えてあげなければならないからだ。
 メタボ腹の前に座っている人は、事故で開いたエアバッグで顔をふさがれた心境かもしれない。
 
 今回は見なかったけれど、以前、酔って気持ち悪くなった人の嘔吐物を、自分のバッグに受けてしまったOLさんを見たことがある。
 もしかしたら、今回もほかの車両でそういう悲劇が起こっているかもしれない。

 人々の不幸をいくつも乗せた 「地獄の深夜便」 は、ひたすら終着駅へ向かっていく。 

 「俺、その前に、降りられるんだろうか…」


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 11:35 | コメント(0) | トラックバック(0)

バッグス・バニー

 来年は 「うさぎ年」 だから、 “うさぎキャラクター” の年賀状を探していたのだが、コンビニ系の年賀状カタログを見ても、お目当てのものがなかった。

 お目当ては、バッグス・バニー。

バッグス・バニー

 けっこう有名なアニメキャラだと (自分では) 思い込んでいたので、年賀状サンプルには当たり前に登場するだろうと思っていたのに、意外とないんだね。
 ピーター・ラビットならあったけど。

 探し方が悪かったのかもしれない。
 どこかにはあるんだろうな。

 それにしても思うのは、もう 「ディズニー」 の一人勝ちなのね。
 1940年から50年ごろに生まれたアメリカン・アニメで、今も猛威を奮っているのは、ディズニー系キャラのみという感じだ。

 どこにいても 「ミッキーマウス」 は溢れていて、 「ドナルド・ダック」 もちょこちょこ登場するけれど、そのほかを見回してみると、 「ベティちゃん」 もいない、 「ウッド・ペッカー」 もいない、 「フィリックス・ザ・キャット」 もいない、 「マイティ・マウス」 もいない、 「ヘッケルとジャッケル」 もいない…。ときどき 「ポパイ」 を見る程度。

 特に、 “いじわるキャラ” は全滅みたいだ。

 バッグス・バニーというのは、その “いじわるキャラ” の代表選手みたいなもので、とにかく、おちょくり、からかい、いたずらだけが趣味という小生意気な野ウサギで、人を食ったような動作とセリフで群を抜いていた。

 もちろん、いじわるキャラのアニメヒーローは他にもいっぱいいて、ヘッケルとジャッケルという2羽のカラス (正確にはカササギらしい) の悪さなんて、ハンパじゃなかった。
 ウッド・ペッカーも凶暴だったし、一見、無邪気でひ弱そうなトゥイーティー・バードの底意地の悪さったらなかった。

 ディズニーが一人勝ちする前のアメリカン・アニメには、子供の教育上よくないキャラが跳梁跋扈 (ちょうりょうばっこ) していたんだね。

 だけど、その “おちょくり” と “からかい” の精神が、高貴な色気にまで昇華していたのは、バッグス・バニーだけだったように思う。

バッグス・バニー002

 今から思うと、よくあんなにセンスのいい “いたずらウサギ” のキャラクター造形ができたもんだと関心する。
 小生意気だけど、どこか間の抜けたところもあって、哀愁があるんだよね。
 初期のミッキーマウスが持っていて、後のミッキーから失われたものを、バッグス・バニーはみんな持っている。

 今のミッキーマウスは、初期の精神を忘れて、ひたすら従順で、正義と友愛をモットーにして、誰からも嫌われない退屈なキャラをひたすら演じているけれど、でもそれは 「大人が喜ぶ子供キャラ」 だから、なんかかわいそうだ。

 ディズニーキャラが、 「ディズニーランド」 という一大エンターティメント王国を形成するようになってから失ったものが、バッグス・バニーのいたワーナーのルーニー・テューンズにはある。

 からかいと、おちょくり。
 それって、子供が大人に対して “一矢報いる” ときの、唯一の武器なんじゃないか?

 バッグス・バニーやヘッケルとジャッケル、ウッドペッカーなどが、ディズニー人気の陰に追いやられて、ひっそりと舞台のソデでたたずんでいるのは、 「いい子」 を求める大人の陰謀だ。

 来年はうさぎ年だ。バッグス・バニーを応援しよう!


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 02:59 | コメント(0) | トラックバック(0)

正義の話をしよう

 マイケル・サンデル氏の著作 『これから 「正義」 の話をしよう』 が今年の下半期はかなり話題になった。
 私は読んでいない。
 食わず嫌いかもしれないけれど、 『正義の話…』 っていうタイトルだけを見て、ちょっと腰が引けそうに思えたからだ。

 ところが、この講義内容がテレビ (ハーバード白熱教室) で放映されたのをきっかけに、巷のちょっとしたブームになったようである。

マイケル・サンデル「ハーバード白熱教室」表紙

 で、うちのカミさんが、最近しきりと、このマイケル・サンデル氏のことを話題にする。
 そういう “知的な感触を持つもの (?) ” に対して、さほどの関心を示さない人だと思っていたが、なんかの主婦同士の会合があったときに、マイケル・サンデル氏のテレビ放映がひとしきり話題になって、 「あれって面白いよね」 という感想が飛び交ったのだとか。

 驚いたよな。
 日頃、 「韓流ドラマのスターでは誰が好き?」 ってな会話を交わしていた人たちだと思っていたからさ。

 やっぱりテレビの影響というものは大きい。
 私もチラッと見たことがあるけれど、日本の学生たちを集めて、互いにディベートをさせながら、 「さぁ、みんなで考えよう」 的な講義をしていたような気がする。

 講義の内容も、今までのアカデミックな授業のテーマとはおよそかけ離れたものだった。
 「マリナーズのイチローの高額な年俸は道徳的にフェアか」
 とか、
 「過去の世代が犯した過ちの責任を、今の世代が負うべきか」
 といったような、身近な疑問をとっかかりにして、結論を出すことよりも、講習者に考える機会を与えることの方に主眼を置いているように思えた。

 同氏の著作 『これから 「正義」 の話をしよう』 という本がベストセラーになったのも、たぶんに、そういう新しい 「知の在り方」 の提示がインパクトを与えたからかもしれない。

これから正義の話をしよう表紙

 で、マイケルさんって、どういう哲学者なの?
 …という興味で、Wikiなどを開いてみたら、 「フランクフルト学派」 「コミュニタアリズム」 「ベンサム」 「カント」 「ロールス」 とか、極めて難しい政治哲学の潮流や哲学者たちとの関連において位置づけられる人らしい。

 しかし、マイケル氏のテレビゼミを楽しみにしていた人たちや、その著作を買った人たちというのは、学術的な関心があったからではあるまい。
 
 ベストセラーというのは、今まで本など買ったことがない人が買うことによって、はじめて実現するものである…という話はよく聞くが、たぶん、この本がベストセラーになったのも、教養主義を自認する従来の知的エリートではない人たちを巻き込んだからだろう。

 この本と同じように、やはり “難しい” といわれた西欧の哲学者ニーチェの本も、今年は売れた。
 『超訳ニーチェの言葉』 (白取春彦・編訳) という本のことだが、これは難解だといわれるニーチェの哲学を、ものすごく簡単な言葉に訳して読みやすくしたものらしい。
 で、これが、比較的若い世代に売れたという。

 こっちは賛否両論で、昔からのニーチェ哲学に親しんできた人たちからすると、 「ニーチェが言ってもいないようなことを勝手にでっち上げたトンデモ本で、ニーチェを冒涜するもの」 と厳しく批判する人もいる。
 しかし、これもニーチェという人名すら知らない若い世代の好奇心をくすぐったらしく、ベストセラーになった。

 何かが変わってきたのかもしれない。

 すでに、いろいろなところから指摘されていることだが、こういう書籍に対する一般人の関心が高まったのは、今の時代に対して、誰もが、どういう立ち位置を保つかということを真剣に考えざるを得なくなったからだという。

 経済は、不況から脱出できない時代が長く続いている。
 今までは 「不況 → 好況 → 不況 → 好況」 というように、経済には景気循環があると信じられてきたが、最近は、人口問題とか、雇用形態の変化といったような、不況を構造的に捉える認識が浸透し、 「どうやらこのまま待っていてもダメみたいよ」 という感想を抱く人たちが増えてきた。

 その解決手段を政治に求めても、今の政権与党はそれを解決する能力を持たないようだし、それに、 「どこの政党が担当しても、事態はそんなに変わらんだろう」 という諦念も蔓延している。

 本来ならば、国民の生活をどう守るかというテーマに関しては、時のメディアが 「政治や経済の弱点」 を突いて、時代の進むべき道を説かなければならないはずなのに、メディアもまったく機能していない。

 経済評論家が口々に、 「ああした方がいい、こうした方がいい」 と提案しても、その予見はことごとく外れてしまうし、政治家たちの訴える政策論はブレブレで、一貫した方針が打ち出されたためしがない。

 だから、
 日本はどうなっていくのよ?
 世界はどう変化していくのよ?
 自分たちの生活はどう守ればいいのよ?
 正義って、何なのよ?
 人間って、何なのよ?

 …みたいな疑問に、誰もが、自分自身で解答を見つけなければならなくなったのではなかろうか。

 自分たちが、現在どこに立っているのかを教えてくれる 「羅針盤」 とか 「座標軸」 みたいなもの。
 それを、誰もが自分の内に抱え込むしかないという気持ちの高まりが、今の 「知的ブーム」 のようなものを支えているんではないか、という気がしている。

 今まで、その 「羅針盤」 の役目をしていたのは、自己啓発本やノウハウ本だった。
 そこには、社会で成功を収めるための方法がたくさん提示されており、まさに、競争社会の海を漕ぎ行くための 「羅針盤機能」 を果たしていた。
 
 ところが、ここ4~5年ブームとなっていたそのような書籍が、一時の勢いを失ったという。

 「人を押しのけても自分の成功をつかもう」 という自己啓発本のスタイルは、アメリカ流の市場原理主義的な考えを背景にしている。
 だが、誰もが競争の 「勝者」 になれるわけではない。
 一握りの 「勝者」 の影には、それに倍する 「敗者」 が存在することになる。

 現在の新しい知的ブームというのは、そのような 「勝ち負けの理論」 とは違うところで、人の立ち位置を模索しようという気運から生まれてきたように感じる。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 23:46 | コメント(0) | トラックバック(0)

空気人形

 2009年に公開された、是枝裕和監督の 『空気人形』 。
 テレビの深夜放送で流れていたので、やっと観ることができた。

空気人形009
 
 「空気人形」 、すなわちラブドール。

 なにしろ、自分には変態的なところがあって、この 「ラブドール (高規格型ダッチワイフ) 」 というものに、昔からちょっと関心があるのだ。
 もちろん買ったことはない (高い! そしてカミさんに誤解される) 。
 カタログを取り寄せたこともない。
 でも、ときどきネットで、そういう商品を開発している会社のHPを無心に眺めたりすることがある。

 でも、エロスを求める…ってのと、ちょっと違うんだなぁ。
 “物” と交信することへのアブナイ期待 ?? つぅか…。
 相手はただの無機質な 「玩具」 なんだけど、話しかけているうちに、自分の脳内に 「交信回路」 が生まれて、玩具との 「会話」 が始まるんじゃないかという妄想。
 そういう妄想の誘惑に勝てないことがあるのだ。

 だから 『空気人形』 という映画には、以前から興味があった。

空気人形003

 で、観ていて、
 「あ、これは俺の思い描いていたとおりの映画だな」
 と思った。
 なにしろ、人形が 「心」 を獲得して、人間に語りかけてくるのだから。

 言ってしまえば、メルヘン。

 メルヘンというのは、
 「人形が意識を持つことの科学的な根拠が乏しい」
 …なんていう突っこみを無用とするジャンルだから、観客はノーテンキに画面の流れに身を任せていればいいのだけれど、創る方は大変だ。
 手を抜くと、 「荒唐無稽じゃねぇか」 とか突っ込まれるからね。
 突っ込まれないメルヘンに仕立てるには、やっぱり創り手に 「美意識」 が必要とされる。
 この映画は、そこでまず成功している。

 あらすじをひと言でいうと、中年独身男の性欲の “はけ口” として買われたダッチワイフ (空気人形) が、あるとき 「意識」 と 「運動能力」 を獲得し、持ち主が仕事に出ている昼間に勝手に家を飛び出し、いろいろな人に会うという話。

 そして、出会う人たちの 「心」 に触れるうちに、体の中には空気しか入っていない人形にも、 「心」 というものが形を取り始める。

 すでに幾多の苦渋を経験している人間たちの 「心」 は、幾重にもガードがかけられ、屈折している。
 しかし、生まれたばっかりの人形の 「心」 は、屈折を知らない。
 彼女には、人間たちの 「心」 の奥深いところに隠された悲嘆も、悔恨も、憎悪も見えない。

 彼女は、出会う人たちに、みな無垢な自分の姿を投影する。
 出会う光景にも、新鮮な驚きを感じる。
 太陽はどこまでも暖かく、優しい。
 道ばたの花は、限りなく美しく、愛らしい。

空気人形004ぺ・ドゥナ 
 ▲ 空気人形のぎこちなさと愛らしさを見事に演じたぺ・ドゥナ

 そんな真っ白な人形の 「心」 に、あるとき、インクのシミが一滴だけこぼれ落ちる。
 ある青年に恋心を抱くことによって、彼女の 「心」 に、はじめて痛みが走ったのだ。
 
 彼女が好きになった青年には、かつて愛した人間の女性がいるらしい。
 「まだ、その人のことが好きなのだろうか?」
 「自分はやっぱり代用品 (ダッチワイフ) なのだろうか?」
 「あの人は、私の正体を知ったら逃げ出すだろうか?」

 人形は 「痛み」 を知ることによって、 “痛みを痛みとして受け取る” 「心」 の存在を意識するようになる。

 ま、そこで、その人形が接する人たちのサブドラマが展開されるわけだけど、みんな何かしらの屈折した心情を抱えているんだよね。
 それは、 「人生相談」 以前の取るに足らない悩みだったり、煩悩だったりするんだけど、その人たちにしてみれば、その “取るに足らない悩み” が、けっこう 「やるせない人生」 としてのしかかっているわけ。
 純度100パーセントのイノセンスに輝いていた人形の 「心」 にも、次第に、人間というものが抱え込んでしまう 「やるせない人生」 がひたひたと足元を浸していく。

 そして、人形は、「心」 を持つことは、 「孤独」 を知ることだということを、理解するようになる。

 「私は、 その 『孤独』 を理解してくれる伴侶を持つことが出来るのだろうか……」
 後半は、そういうドラマなんだね。

 で、そのいちばんの伴侶であった恋人の青年を、彼女はなくしてしまう。
 なんで、なくしたのか…ということは、この映画のカギだから、ここでは書かない。

空気人形005
▲ 空気が抜けてしまうと、ただのビニールの塊り

 薄幸の人形は、最後に、自ら 「燃えないゴミ」 になることを選ぶ瞬間、まるで 『マッチ売りの少女』 のような夢を見る。
 自分に関わったすべての人たちが、 「ハッピーバースデー」 の歌を唄いながら、人形の最初の誕生日を祝ってくれるのだ。

 人形が 「心」 を持った 「人間」 であることを、みんなが認めてくれた 「最初で最後のひととき」 。
 あくまでも一瞬の幻想にすぎないが、それは、自分の周りにいた人たちに祝福される唯一のシーンなのである。

 概要を語るのはこれでとどめるけれど、何が印象的かというと、全編に漂っている 「透明な空気感」 。
 もうこれだけ!
 それがすべて。

空気人形002湊公園

 舞台として選ばれた東京・隅田川寄りにある湊公園のシュールな空虚感。
 高層ビルと、うらさびれたアパート街が雑居した光景のかもし出す淡い寂寥感。

空気人形001

 それらの生命力が乏しそうな 「空気感」 が、逆に、中身が空気でしかない人形をそっと抱きすくめて守っている。
 この 「人間の厚かましい圧力」 を除去した静かな街だけが、人形のかぼそい 「生命」 をかろうじて支えている、という感じで、なんとなく切ない。

 「爽やかで、明るい、さびしさ」
 強いていえば、そんな空気が流れる風景が随所に挿入される。


  街のはずれの背伸びした路地。
  がらんとした防波堤には、緋色の帆を掲げた都市が停泊し、
  摩天楼 (まてんろう) の衣ずれが、舗道をひたす。

 はっぴいえんどが 『風街ろまん』 のアルバムで歌っていた 「風をあつめて」 という曲が思い出された。



音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 13:10 | コメント(6) | トラックバック(0)

ジジイ同士の酒

 ジジイ同士で酒を飲んだ。
 定年になって仕事を辞め、年金暮らしをしている知り合いが、久しぶりに街まで出てくるという。

 「街に出る」 …といっても、別に山奥に住んでいるわけではない。
 ちょっとした 「郊外」 というぐらいの場所で、小さいながらも駅ビルがあり、コンビニがあり、CD・DVDのレンタルショップもあるらしい。

 「たまに街に出たら、 “時代” というのを感じたよ」
 …と、ヤツは、ウィスキーのロックグラスをかざしながら、皮肉っぽい笑いを唇に浮かべて、つぶやいた。

ウィスキーグラス

 【オレ】 なんだよ、 “時代” って。
 【ヤツ】 今、昼間の街って、まったく新しい人種が湧き出ているのな。
 【オレ】 新しい人種?
 【ヤツ】 デイバック背負って、ハンチングみたいなのかぶって。目的もなく街をふらついている老人たち。何をしてヒマをつぶしてやろうか…っていう目つきで、けっこうみんな精力的な顔でさ。
 連中、本屋に入ると、そば打ちとか、陶芸とか、田舎暮らしみたいなムックを置いてあるコーナーに立ち寄って熱心に拾い読みしてたりしてよ。いよいよ日本も “老人大国” だな。
 【オレ】 で、お前のことだから、そこからなんか新しいマーケットでも思いついたの?
 
 ヤツは、現役時代に広告代理店の周辺でうろうろしていた人間で、 「プランナー」 とか 「マーケッター」 とかいったいかがわしい横文字を名刺に刷り込んでいた男だ。

 【ヤツ】 バカいうな。俺はもう 「隠居」 、 「引退」 、 「インポテンツ」 の “3イン” だ。そんなシャバっ気はもうないの。
 だから、俺たちの同類がまだ脂ぎっているのを見ると、鬱陶しいのよ。
 俺なんか、最近もうテレビも見ないし、パソコンも開かないよ。
 いい年こいた老人が、 「時代」 についていこうっていう態度が、なんかしゃらくせぇよな。
 【オレ】 変われば変わったもんだな。新聞3紙も買い込んでメモ取って、テレビ局の連中と飲み歩いて情報を仕入れ、新宿ゴールデン街あたりで、作家先生たちに議論をふっかけていたお前がな。
 【ヤツ】 だから、バカバカしさに気づいたんだよ。 「時代についていく」 ことのバカバカしさにね。
 
 【オレ】 今のお前が、もう一度CMプランナーになったら、どんなものつくるつもりなのよ? 
 【ヤツ】 もう、こんな時代にCMなんかやる気はないよ。
 最近のCMって、ますます抽象度を増しているよな。何を訴えようとしているのか、それが分からないもの。
 不況になったから、イメージ広告ってのが影をひそめ、商品訴求を具体的に追求するようになったって、みんな言うけど、逆だな。
 今のCMの方が、昔より “幻想広告” が増えた。今はとんでもないイメージ広告の時代さ。
 【オレ】 言っている意味が分かんねぇ。
 
 【ヤツ】 最近どんなCMが増えているか、お前知ってる? 
 まずサプリメントみたいな健康食品。それとダイエット医療用品。
 後は、抗菌グッズとか消臭剤みたいな清潔志向商品。それと、老人対象の生命保険とかのたぐい。

 【オレ】 テレビなんか見ているのはもう老人だけなんだから、そこにターゲットを当ててるんじゃないの?
 【ヤツ】 だけど、 「健康」 って、 「幻想」 なんだよね。で、今のCMはみんな老人たちに 「幻想」 を振りまくだけのものにどんどん特化してきているわけ。
 たとえば、そのサプリメントがどういう作用で、身体のどこに効くのか、抗菌グッズなんかでも、どんな菌を除去できるのか、そんなものは何もいってねぇのよ。
 もちろん “とってつけたような” 解説はするんだけど、具体的であるようでいて、最後の最後は抽象的なの。
 要するに 「イメージ」 。
 結局、何もいってないのに等しい。
 その度合いはますます進んで来ているよね。

 【オレ】 だけど、 「イメージ」 っていうことだけを取り出せば、80年代あたりのパルコのCMとか、あんな方が 「イメージ広告」 としての純度は高かったろ?
 【ヤツ】 イトイ先生の 「不思議大好き」 とか、 「おいしい生活」 とかいうヤツだろ。でも、あれはあれで、狙いがはっきりしていたわけ。
 パルコあたりのCMって、具体的商品名が出てこないっていう意味で、社会学者たちも興味を持っていたけれど、あれはきわめて正直な広告戦略でね。
 つまり、具体的な商品訴求をしないということで 「ブランド」 をつくろうとしていたわけよ。
 「ブランド」 ってさ、具体的な商品からどれだけ距離を取れるかで、価値ってものが決まるわけ。
 要は、 「ブランド」 って、実体があっちゃいけないのよ。実体のないものに価値を盛り込むから 「ブランド」 なの。

 【オレ】 それと、今のサプリメントのCMとどう違うわけよ?
 【ヤツ】 「ブランドなき幻想」 なんだよ、今のCMは。
 具体的な訴求をしているように見せかけて、その中味が空疎なんだから、消費者を欺いているよね。
 【オレ】 そういうのって、自分が第一線にいた頃のノスタルジーなんじゃないの?

 【ヤツ】 まぁな…。だけど、俺そんなこと他の誰にもいったことないものね。ここだけの話。
 ノスタルジーってのは、誰でも持っている。年齢には関係ねぇ。
 だけど、そのノスタルジーを人に押し付けるようになったら、それが 「老化」 なんだよね。
 年取るとさ、ついつい 「昔の人間は気骨があった」 とか、 「昔の映画は風格があった」 とか、やたら自分が若い頃に接していたものを基準に語りたがるだろう? それを 「老化」 っていうんだよね。
 で、お前、ブログ書いているんだって?
 【オレ】 まぁな。

 【ヤツ】 で、相変わらず、昔のロックは良かったとか、ビートルズは良かったとか書いているんじゃねぇの?
 【オレ】 読んだことあんの?
 【ヤツ】 ないけど、分かるさ。ブログなんて止めたら?
 【オレ】 どうして?
 【ヤツ】 ネタを探すために、どうしても 「情報」 ばっかりあさるだろ?
 【オレ】 そりゃ。ネタは大事だもん。
 【ヤツ】 ヘタに 「時代についていこう」 なんてことばっかり考えていると、かえって 「老化」 を早めるよ。
 「老いる」 ってのはね、達観することじゃないの。 「時代を追いかけようとする」 ことなんだよ。だって、若者を見てみな。 「時代を追いかけよう」 なんて思っているヤツなんか一人もいないぜ。
 

ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 04:32 | コメント(5) | トラックバック(0)

世界ゲーム革命

 「時代は、いま大きな転換期に差し掛かっている」

 そういう言い方が、いろいろな領域で言い交わされるようになってきた。
 成長経済から縮小経済への 「転換期」
 人口増大から人口減少への 「転換期」
 紙の書籍から電子書籍への 「転換期」
 固定インターネットからケータイへの 「転換期」

 メディアの方もそのあたりはよく心得ており、 「転換期」 という視点でモノを論じると、人々の危機意識を煽ったり、期待を高めたりすることができるため、やたらと 「転換期」 という言葉を連発する。

 NHKが日曜の夜に放映する 『NHKスペシャル』 は、毎回この “転換期” に焦点を当てた番組といっていいだろう。
 
 週が変わって、テーマが変わるごとに、当然さまざまな “転換期” が登場するわけだが、そのどれもが、 「これぞ世紀の大転換期!」 と視聴者をあわてさせるような作りになっている。

 その手法たるや、芸能スポーツ新聞も顔負けの巧さ。
 話題がハイブローというだけで、視聴者の不安を煽ったり、期待感を持たせたりするうまさにおいては、芸能スポーツ新聞などの比ではないかもしれない。

 で、12月12日の夜に放映されたNHKスペシャルは 「世界ゲーム革命」 という企画。
 ここにも、さまざまな 「転換期」 が散りばめられていた。

 ゲームといえば、 「クールジャパン」 を代表する日本のお家芸的な産業だと思われていたが、ところがドッコイ。
 1995年には世界のゲームシェアの7割を占めていた日本のゲーム産業も、新興のアメリカゲーム産業に追われて、今や3割程度に落ち込んでいるとか。
 番組では、そういった世界のゲーム市場における 「転換期」 が、まず報告される。

 次に、日本よりゲームの売上げで優位に立ったアメリカでは、ついにゲーム産業が映画産業を上回る市場規模を実現し、文字どおりエンターティメント産業の頂点に立ったことも報じられた。
 つまり、映画からゲームへの 「転換期」 。

 で、いちばん大きな 「転換期」 だと強調されたのが、 「現実逃避からゲーム的な現実参加への転換期」 。

 番組の中では、あるゲームディレクターが、ゲームが現実逃避であることを認めつつも、それを “肯定的に” 語っていたことが印象的だった。
 つまり、ゲームに熱中することは、今までは “辛い現実” を忘れるための 「現実逃避」 であったが、これからのゲームは 「逃避」 ではなく、それこそが 「新たな現実」 の獲得になってきたということなのだろう。

 今までは、どんなにゲームがリアルな感触を実現しようが、しょせん 「現実は現実。バーチャルはバーチャル」 という2分法を超えることはなかった。
 ところが、いま世界で繰り広げられているゲーム開発の狙いは、リアル世界よりももっと “リアルなゲーム” 、すなわち人間の感覚機器そのものを改変していくようなゲームを開発することなのだとか。

ゲーム004

 その “リアリティ” を獲得するために、アメリカで戦争ゲームを開発している会社は、銃の撃ち方、弾丸の装填の仕方、さらに撃ったときの衝撃、反動などをリアルに再現するため軍事コンサルタントを招へいして、徹底的な指導を仰いでいたり、別の会社では、ゲームプレイ中の人間の脳波を測定し、ゲームが与える刺激や人間が飽き始めるポイントなどを徹底分析してゲームへの集中度を高めるノウハウを追求しているという。

ゲーム008

 さらに、ゲーム世界とリアル世界への 「壁」 を取り除くため、キーボードやマウス、コントローラーから人間を解放し、腕そのものを入力装置にしたり、人間の動作を赤外線カメラが読みとることによって、ゲーマーの一挙手一投足がそのままゲームをコントロールするシステムなどを開発しているとか。

 ロシアでは、脳化学を研究する科学者が、政府の研究補助金の減額を理由に、その研究成果をゲームメーカーに売った。
 そこから、脳のどのような部位を刺激すれば、人間がバーチャルな世界で 「リアル」 を体験できるかということが研究されることになったという。

 つまり、今までディスプレイで隔てられていた向こう側の世界に、人間をそのまま送り込んでしまおうという計画が、いま世界で同時進行しているらしい。

 当然、 「こちら側」 に帰って来れない人も出てくるだろう。

 しかし、あるアメリカのゲーム開発者はこういう。
 「ゲームは電源が切れるまで続けられなければならない」

 あたかも、それこそが 「人間の究極の幸福だ」 といわんばかりに。

ゲーム002

 このように、アメリカでは、脳化学や生態学、生理学などのすべての科学を応用し、人間が 「飽きることなくゲームに熱中し続けられるシステム開発」 にあらゆるエネルギーが投入されるつあるのだが、それには理由がある。
 ゲーム産業が巨万の富をもたらせる 「宝箱」 だからだ。

 そのためゲーム開発会社は、企画中のゲームを成功させるために、開発費の1割から2割という高額な予算を割いて、ゲームをテストする専門会社のアドバイスを仰いでいる。

 そこでは、世界の各国から集まってくるゲーマーたちが、真剣な眼差しで企画中のゲームの出来映えを審査する。
 ストーリー性があるかどうか。
 途中で飽きてくる要素はないか。
 キャラクターに感情移入できるか、できないか。

 厳しい審査基準が設けられ、一定のレベルに到達できないゲームは、容赦なく批判を浴び、つくり直しが要求される。

 これらのゲームテスターたちが各国の若者たちで構成されるのは、世界マーケットを考えた場合、その国民性による文化概念の差を把握するためであるという。
 現に、戦闘ゲームの場合、アメリカ人は派手に血しぶきが飛び、腕や首が宙に舞うような構成を好む。
 しかし、日本人はあまり残虐なヴィジュアルを好まないため、戦闘場面はソフト化されて再構成される。 

ゲーム003

 そのような海外の動きに対抗して、日本では、経済産業省の 「クールジャパン室」 が年間予算20億円をかけて、日本製ゲームやアニメの振興に力を入れるようになったらしい。
 さらに、スタジオジブリとゲームメーカーのコラボによって、アニメとゲームを融合させた作品 ( 『二の国』) の制作を進めている日本人クリエーターにも取材が入った。

 いやはや、大変な時代になったなぁ…と、見ていてため息が出てしまった。

 初期ファミコンで 「ドラクエ」 を知って以来、スーファミ、プレステ、セガサターンなどを次々と買い込んで、 「信長の野望」 やら 「大航海時代」  「チンギスハーンⅣ」 などで遊んだ私には、とても他人事とは思えない。

 私は、そういうものにハマったときの 「地獄」 と 「快楽」 を知っている。
 だから現実を凌駕する 「第二現実」 の登場に対しては、それにハマりこんだときの恐ろしさも想像できる。 

 たぶん、そこでは今までのゲームにはなかったような新次元の 「スリル」 や 「刺激」 や 「快感」 が誕生しているだろう。
 しかし同時に、リアルな 「恐怖」 や 「不安」 や 「嫌悪」 も生まれてくるだろう。

 現実生活では、 「恐怖」 や 「不安」 の先には、 「身体の痛み」 や 「死」 が待ちかまえている。
 だが、ゲームの場合、あらゆる感情が喚起されても、そこに 「死」 だけはない。
 「死」 のない 「恐怖」 や 「不安」 が、終わることなく永遠に繰り返されるというのは、それこそ 「悪夢」 なのではなかろうか。

 でも、人類がそれを求めているのだとしたら、もう止められないのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:47 | コメント(10) | トラックバック(0)

ハイマー懇親会

 この11日~12日、栃木県の塩原グリーンビレッジで行なわれたハイマージャパンの 「オーナーズキャンプ」 を取材してきた。

ハイマーミーティング008
 ▲ ▼ トレーラーから自走式までハイマー車が勢ぞろい
ハイマーミーティング022

 参加したキャンピングカー関連のメディアは、うちのほか 『オートキャンパー』 さん、 『キャンプカーマガジン』 さん。

 今回のオーナーズミーティングは、ハイマーユーザーの懇親を深めるためのものなので、取材に参加した記者・カメラマンの方々も、キャンピングカーショー会場で新車を撮るときのような忙しさもあわただしさもなく、顔を見合わせてニコニコ和気あいあい。

 私なんかは、イヌ連れ、クマ連れ (← 要説明) で、最初から完全に遊びモード。
 着いたとたん、椅子・テーブルも出すヒマもなく、さっそくスタッフの方々から八海山の糟を贅沢に使った甘酒を振る舞われ、もう一気に酩酊気分。
 そのまま、マグカップに買ってきたばかりの日本酒を注ぎ、日の沈まぬうちから、だらしなく自分だけで宴会状態に突入してしまった。

 夜のとばりが降りると、あちこちで、酒宴が開かれ、酔った足どりで、あっちへのサイトへフラフラ、こっちのサイトへフラフラ。
 オーナーの方々は、とてもフレンドリーで、話上手。そして、知的。
 話す内容も多岐にわたり、関心領域がとても広いことが印象的。

 中には、RV業界に関わっている人たちよりも業界内部の昔話に精通されているユーザーさんもいらっしゃって、聞いていて、たいへん勉強になった。


▼ トレーラーではツーリングの系統がとても多かった
ハイマーミーティング018

▼ 8m越えのインテグレィティッドモデル (クラスA) なども加わってくると、サイトにも華が添えられる
ハイマーミーティング007

ハイマーミーティング055
▲ ▼ ハイマージャパン安達社長 (中央) の挨
この後、参加したユーザー全員にプレゼントが手渡される
ハイマーミーティング057

▼ ハイマージャパンの正規代理店も務めるフィールドラフの福島社長 (右) も挨拶
ハイマーミーティング福島

▼ 福島さんのプラッツ前が “ハイマーバー” として、ユーザーや取材陣に解放され、寄ってきた人には、福島家自慢の“極うま豚汁”ほか、甘酒、日本酒、ワイン、焼酎が振る舞われた

ハイマーミーティングプラッツ前

▼ 仲の良いファミリー同士が集まって、個々に繰り広げられたパーティ
ハイマーミーティング097

▼ 子供たちは “火遊び” = 焚き火台を使った焚き火が好きだ
ハイマーミーティング112

▼ 集合写真
ハイマーミーティング集合写真

 お世話になった 「ハイマージャパン」 の安達社長様、鈴木様、福島様、佐久本様、フォールドライフの福島社長様・奥様、 『オートキャンパー』 の鈴木様、 『キャンプカーマガジン』 の安中様、塩原グリーンビレッジの矢口様、辻野様、ハイマーのユーザーの皆様、 “さすらいの駒ちゃん” 様、本当にありがとうございました
 この場を借りて、御礼です。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 16:11 | コメント(0) | トラックバック(0)

ガールズキャンプ

 ハイマージャパンさんにお声をかけていただき、栃木の 「塩原グリーンビレッジ」 で開かれたユーザー・ミーティングの取材をしてきた。

塩原グリーンV野天風呂表
▲ ▼ 塩原グリーンビレッジ 「野天風呂」

塩原野天風呂中

 …といっても、夜はスタッフの方々やユーザーさん、キャンピングカー専門誌のメディアの方々と一緒にお酒を酌み交わしただけで、取材らしい取材は何もしなかったんだけど、楽しい時間を過ごさせてもらった。

 ユーザー・ミーティングのレポートは、画像をパソコンに取り込んでから改めて行いたいと思うけれど、ここでは、グリーンビレッジのマネージメントに携わっていらっしゃる辻野靖樹さんより面白い話をうかがったので、先にそれをちょっと紹介したい。
 日本のキャンプ場に、今 “新しい変化” が起こっているという話である。

 今年、社団法人日本オート・キャンプ協会が発行した 『オートキャンプ白書2010』 によると、日本のオートキャンプ人口が13年ぶりにプラスに転じたという報告がなされていたが、辻野さんが観察したところ、塩原グリーンビレッジにおいても、それを裏付けるような動きが出てきているという。

 日本のオートキャンプ人口は、1996年の1,580万人をピークに、その後は減少傾向を示し、08年では隆盛時の半分にも満たない705万人まで落ち込んでいたが、09年度の調査によると、08年よりも45万人増え、750万人にまで盛り返したらしい。
 同白書によると、その理由にはいくつかの複数要素が考えられるが、とりわけ 「ビギナーの参入」 が大きいという分析がなされていた。

 グリーンビレッジの辻野さんも、それを認めている。
 来場する客層を見ていると、明らかに30代~40代くらいの “子育てファミリー” が目立って増えているというのだ。
 この世代というのは、オートキャンプが爆発的なブームを迎えた1990年代に、親と一緒にキャンプ場を訪れた世代。
 つまり、小さい頃にキャンプの面白さ・楽しさを“肌で感じた”人たちが、ようやく自分の子供をともなって、キャンプ場に復帰したという見方が成立する。

 面白いのは、その子育て世代よりも、最近はさらに若い世代が台頭しているということである。
 私自身も、いろいろなキャンプ場を見ていて、ここ数年、若者たちの集団がコテージなどを借りて遊んでいる情景を見る機会が増えたと思っているが、同キャンプ場においても、若者集団が増えているらしい。

塩原グリーンVコテージ
▲ 塩原グリーンビレッジのコテージ

塩原グリーンVレストラン入り口
▲ キャンプ場内にあるレストラン
▼ メインメニューのひとつバーベキューは絶品

塩原グリーンVレストランバーベキュー

 キャンプ場を訪れる若い世代は、コテージなどで宿泊する頻度が高いが、一方ではテントキャンプにチャレンジし、バーナーなどを使ってバーベキューなども楽しむ。

 ところが、その大半は自前のテントなどではない。
 乗用車だけでキャンプ場に乗り付け、テントをはじめ、グリルや焚き火台、鉄板、皿などもすべてレンタル。
 それを 「お手軽キャンプ」 、 「手抜きキャンプ」 などと見る向きもあるが、辻野さんによると、用品を買う前に、まず 「その使い勝手を試してみよう」 という彼らの合理性を、そこに感じるという。

塩原グリーンVレンタル用具コーナー 
 ▲ レンタル道具が豊富な同キャンプ場の売店コーナー

 なかには、女の子だけのグループもいるそうだ。
 格好を見ると、今話題になっている 「山ガール」 、 「旅ガール」 。
 最近盛り上がりを見せているファッション系のアウトドア雑誌があるが、まるでその写真から抜け出てきたかのようだという。
 
 しかし、中には、単なるファッションを遊ぶというものから一歩踏み込んで、より実質的な、…つまり地味な服装の女の子もちらほら現れるようになり、同キャンプ場の辻野さんは、そこに新しい “ガールズキャンプ” の可能性を見る。

 「最初はファッションから入るのは大いにけっこう。だけど、実際にキャンプの面白さに目覚めてくると、ファッションだけのアウトドアには飽き足らなくなるのではないでしょうか。
 そういう女の子は、むしろ実用性の高い衣装の方を “カッコいい” と感じるようになるのではないかと思っています」
 …と、辻野さんは語る。

 さらに、こんな話も。

 最近、女の子たちの間では、 「気に入った彼氏を見つけたら、まずキャンプに誘ってみるといい」 という会話が交わされているとも。

 キャンプというのは、 「男の出番」 が多い遊びである。
 焚き火をするのなら、まず火熾しは男の仕事。
 料理をしたり、それを盛り付けるのも、男が関与する率が高くなる。

 だから、
 「キャンプに連れ出すと、その男の子の家庭のしつけぶり、女性対する優しさや気づかい、そんなものが一発で見抜ける」
 …という女の子がいるというのだ。

 いくら、日頃カッコいいことを言っているイケメンの男の子も、キャンプ場で遊ばせると、その素性が瞬時において分かる。
 都会の生活では、女性への気づかいを見せるような子も、フィールドに出てくると、家事ではまったく女に協力する姿勢がないことが分かったり、男としての生活適応力がないことも見えてしまう。

 「キャンプに連れ出すと、男の子の本性が分かる」
 ガールズキャンプを楽しむ女の子には、そう言い放つ人もいる。

 一方、 「女の子にカッコよく思われるようになるためには、まずキャンプでカッコいいところを見せること」 と、キャンプ場で張り切る男の子たちも出てきたらしい。

 まだ、一部の現象なのかもしれないが、でも、何かが変わってきた。

 日本のアウトドア文化を、若い女性たちが切りひらく時代が来ているのかもしれない。


旅&キャンプ | 投稿者 町田編集長 23:48 | コメント(4) | トラックバック(0)

イタリアをめざせ

 ちょっと評判になっているブログで、知っている人はかなり前からチェックしていたのだろうけれど、最近、人から 「面白いよ」 と教えてもらって、 「あ、なるほど…」 と思ったのは、 「ちきりん」 という人が書いている 「Chikirinの日記」 なるブログ。

 その中の 「日本はアジアのイタリアに」 (2010年7月30日) という記事が、有名な経済評論家などにも好意的に評価されて、かなり評判になっているらしい。

 で、読んでみた。
 確かに面白い。

 ま、要するに、政治はグチャグチャ、経済はアップアップ、人々の生活はドロンドロンである今の日本ではあるが、Chikirinさんという人は、 「…んなの、イタリアと別に変わらんよ」 といっているわけだ。

イタリアの地図

 で、承諾も得ぬまま勝手に一部引用してしまうけれど、チキさんは、イタリアと日本を比較した上での共通性を次のように書く。

 (経済) 世界で10から20位くらいの間 (先進国のしっぽのあたり)
 (政治) ぐちゃぐちゃ。こんな奴が首相でいいのか? と言いたくなるレベル。
 (国際社会でのプレゼンス = 存在感) 特になし。
 (歴史) 現代より、歴史 = 過去に栄光あり!
 (首都) 世界の人が憧れる大都市。ユニークに熟れた都市文化が存在。
 (田舎) 訪ねるのは不便だが、すばらしく美しい。地元ならではのおいしいモノがたくさんある。
 (教育) この国の教育レベルが高い、などという人は世界にいない。
 (英語) みんな下手くそ。
 (企業) ごく少数の国際レベルの企業あり
 (闇社会) マフィアもやくざもそれなりのプレゼンスあり、クスリも蔓延。
 (失業率) 常にそこそこ高い。
 (格差) わりと大きい。田舎に行くと都会とはかなり生活レベルが違う。都会にも貧しい人が多い。
 (出生率) 低い。少子化が止められない国家。
 (国家ブランド) 強い。 “イタリア製” 、 “日本製” という言葉には独特の付加価値がある。
 (食事) 世界トップレベルの美味しさ。世界中でブームが定着。
 (ファッション) 食事と同様、独自のスタイルが世界の注目を集める。
 (観光産業) 海外から、特に圏内 (日本の場合はアジア) から多数の人が押し寄せる。
 (文化) 世界にはない (アメリカのエンターティメント産業の真似ではない) ローカルカルチャーが花開いている。イタリアと日本は、あのフランスが文化面で憧れる国。
 (まとめ) グローバル国家ではなく、超ドメスティック志向。 “オレの国が一番いいじゃん系” 。

 …って感じで、イタリアと日本の共通点を羅列した後で、チキさんは 「最大の違いがあるとしたら、イタリア人の多くが “これでええねん” と思っているのに対し、日本人は “これじゃあかん!” と思っていること」 だという。

 要は、同じひとつの現象を取り上げても、それを楽観的に見るか、悲観的に見るか。
 そこにチキさんは、 「イタリアの幸せ」 と 「日本の不幸」 を読みとっているようだ。

古代ローマの遺跡

 ま、上記の比較は、 “読み物” を意識した相当ランボーな比較なので、実証的に検証していくと、また違った観察が生まれるだろうと思うけれど、少なくとも、イタリア人の持っている “ラテン気質” というものをうまく要約する見方だと思った。

 ここには、人間の活力が生まれるヒントが描かれている。
 「ノーテンキさ」
 「気楽さ」
 「いい加減さ」 

 日本人が忌み嫌う、そのような気質こそ、逆に人の 「活力」 を取り戻し、現世的な幸福を実現する力となる。それをチキさんは、 “イタリア人気質” というものに代表させて語ったんだろうな…と思うのだ。

 で、 「泥沼の不況」 、 「格差の拡大」 、 「長期的な低迷」 などという負のムードが国全体を覆う時代になると、 「刻苦勉励 (こっくべんれい) 」 、 「努力」 、 「克己」 、 「奮起」 、「挑戦」 などという国威発揚的なモチベーションを掲げることは、あまり意味をなさなくなってくる。

 ただでさえ、相当疲れちゃった人が多いのだから、人はもう進軍ラッパや、軍楽隊の太鼓にはついていけなくなっている。

 「刻苦勉励」 や 「努力」 や 「奮起」 などという標語が人々を動かしたのは、高度成長が期待できた時代だったからだ。産業構造でいうと、 「大量生産、大量販売、大量消費」 が約束された時代だ。

 今は産業構造が変わってきて、人間同士を競争させて生産性を上げても、それが供給過剰になって在庫の山と化すような時代だから、多くの人は、社会や企業から 「やる気を出せ!」 と言われても、かえって 「徒労感」 、 「消耗感」 、 「喪失感」 を感じてしまう。

 特に、日本人は、 「手抜き」 を忌み嫌う民族だから、 「奮起せよ!」 と尻を叩かれて 「奮起できなかった」 ときは、“誠実に” 反省しちゃうために、抱えるストレスも大きくなり、人間関係はギクシャクし、鬱病も、自殺も、ケンカも増えていく。

 で、重要なのは、チキさんの “イタリア謳歌” が、図らずも、今後の日本産業の進むべき方向性も示唆しているということなのである。

 結局、安価なコストで大量生産するような商品は、もう中国、インド、東南アジアなどに太刀打ちできない。
 だって、労働力の厚みと人件費が違いすぎるんだから。

 そういうのはアジアの途上国にまかせ、では日本の進むべき道は? …というと、一にも二にもブランド力の強化しかない。

 商品の価格を下げて、アジアの途上国と争うなどは愚の骨頂。
 日本が世界マーケットに向けて勝負をかけるとしたら、必要なものは、プレミアム、ハイクオリティ、ハイセンス、エキゾチックである。
 これが、私の考える 「ブランドの4原則」 。

イタリアンエキゾチック

 チキさんはすでに、ファッション、フード、エンターティメント (観光とかアニメ、ゲームとか) などの領域で、日本とイタリアは、世界に通用するブランドを確立していることを示唆している。

 ファッション、フード、エンターティメント。
 いずれも、 「現世的な快楽」 というものが、身体に刻印されるように身に付いていないと、追求できないものだ。

 「付加価値」 ってのは、有用性から導き出されるものではない。
 遊んだ人間が思いつくものだ。
 要は、 「センス」 なんだね。
 ファッションやフード、エンターティメントというのは、まさにそれが凝縮したような世界。
 その 「センス」 がないと、世界のアタマは取れないようになっている。
 だから、こういう動きは、やがて家電、自動車といった、 「量産・量販型」 の産業にも影響を及ぼしていくだろう。

 イタリア的な、 「ノーテンキさ」 「気楽さ」 「いい加減さ」 。
 それを是とする姿勢は、今の日本人が、新しい価値観に目ざめたり、発想を転換させたりするためには、案外必要なことかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 15:15 | コメント(4) | トラックバック(0)

外来種の驚異 Ⅱ

 前回、野生動物における 「外来種の脅威」 っていうのに触れたけれど、日本にはもっと “凶暴な (?) ” が外来種が大手を振って暴れ回っているのに、そっちに関しては、わりとみんな寛容だな…と思うことがある。

 どんな 「外来種」 か。

 ガバナンス
 アウトソーシング
 アクセシビリティー
 ソリュージョン
 インタラクティブ
 インフォームド・コンセント
 キャピタルゲイン
 ガイドライン
 コンプライアンス
 スキーム
 デフォルト
 ネグレクト
 ノーマライゼーション
 ポートフォリオ……

 ね! 今にもかみつかんばかりに牙をむき出して、 「オマエラ知らねぇのか、遅れてるぜぇ!」 って吠えているような凶暴な感じでしょ?

 さて、あなたは上の “外来種” に関して、いくつご存知でしたか?
 正直にいって、自分には満足に説明できる言葉はひとつもない。

 だけど、この種の外来種用語をガンガン使う風潮はますます盛んになっている。
 まるで、肝心な歌詞を全部 「Love」 とか 「Baby」 に置き換えちゃうJポップみたいなもんだな。

 昔、大手の広告代理店の人たちに混じって仕事をしていた頃があったけど、そんときの彼らの会話もすさまじかった。

 「今回のコンファレンスで確認したいミッションは、まずコアターゲットへのリテラシーに期待して、魅力あるコンテンツをどう彼らのイメージどおりにキャッチアップしていくかということだと思うんです」

 細身のアルマーニなんか着込んで、小粋なチョビヒゲを生やした若い営業マンが、そんな感じでとうとうとまくしたてるんだけど、コンファレンスの席上でそんなプレゼン受けても、こっちの頭はまったくコンフュージョンなんだよな。

 最近は政治の世界でも、外来種がはびこっていて、 「マニフェスト」 の次は 「アジェンダ」 だとか、少しでも人の知らない言葉を使った方がアドバンテージが取れるとばっかりに、舌をかみそうな言葉をどんどん量産し続ける。

 なんで政治家たちが、そんなに外来言葉を使いたがるかというと、やっぱり 「知らない人間」 に対して優位に立てる…ってのが、いちばん大きいんではないかな。
 それに、いかにも 「自分は専門家だ」 というポーズが取れるしね。
 早い話が、 「カッコつけ」 だよな。

 外来種の言葉を容認する説というのもないわけではない。
 
 「最近は、情報通信網の発達が著しく、従来の日本語に該当しない概念がどんどん流入するようになってきた。
 だから、国際政治やワールドワイドに経済を語るときは、どうしても世界で流通している最先端の用語を使わざるを得ない」
 …って擁護する人たちもいる。

 だけど、それって、 「お前たち遅れているぞ」 って脅迫するようなもんだよね。
 そういう知識人に限って、それを日本語で言い直すときには、しどろもどろになっちゃうんだよね。

 そういう人たちは、まるで人間を化かすキツネのように見えてくる。

きつねちゃん

 キツネたちが好んで使う用語には、次のようなものがある。

 コンプライアンス
 コンセンサス
 コンテンツ
 コンセプト
 コンファレンス
 コンプレックス
 コンサバティブ
 コンベンション……

 まさに 「コンコン」 いうやつばっかりだ。

 彼らは、普通の日本語で十分なものも、わざわざ外来種を使う。

 「計画」 「構想」 「要約」 「存在感」 「枠組み」 「外部委託」……
 そんな言葉も、彼らが使うと、
 「スキーム」 「グランドデザイン」 「サマリー」 「プレゼンス」 「フレームワーク」 「アウトソーシング」……
 という風になる。

 こういう言葉を使ってレポートを書いている連中ってのは、たぶん、少しの文字数で、いっぱい書いているように見せかけているんだね。
 「字数泥棒」 だ。

 で、私は…というと、かろうじて自分で理解できるものしか外来種用語は使わないようにしている。

 たとえば……、
 スケールメリット
 タスク
 インタラクティブ
 プライオリティ
 ブレークスルー
 ボーダレス
 グランドデザイン
 ドメスティック
 コラボレート
 モチベーション……

 ひゃひゃひゃ!
 俺って、けっこう 「俗物」 だな。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:41 | コメント(0) | トラックバック(0)

外来種の脅威とは

 在来のフナとかワカサギを捕食し、日本の湖の生態系を破壊している “犯人” とされているブラックバスやブルーギル。
 その生命力の強さによって、日本の在来リスを駆逐してしまったといわれるタイワンリス。

 ま、とかく 「外来種」 が、在来の野生生物を “いじめている” という報道が最近やたらと多い。

 本来、外来生物は、それが人為的に放逐されたり、人や物の移動にともなって付着してきたりしたとしても、そのほとんどは、新しい環境に適応できずに死んでしまうものらしい。
 しかし、まれに繁殖してしまうものがある。新しい環境になじめる適応力とか、苛酷な状況でもたくましく生き抜く生命力に恵まれた連中だ。
 そういうタフな連中が棲みつくと、一気に “広域暴力団化” するらしい。

 近年は、特に深刻な影響をもたらす 「外来生物」 を 「侵略的外来種」 と名づける風潮もあるようで、最近の 「外来種駆除」 を訴える報道は、まさに 「地球征服を企むエイリアンがやってきた」 というイメージで統一されている。

エイリアン画像
▲ エイリアン

 しかし、この 「外来種排除」 というのは、私には、ある種の 「思想運動」 のように感じられる。

 つまり、生物学的な危機感から来るものというよりも、その根底にあるのは  「異人種/異文化」 に対する 「人間的怯え」 、…いってしまえば、グローバリズムに対する 「不信感」 とか 「抵抗」 。
 なんか、そんなものが深層心理的に働いているように感じる。

 その証拠に、 「外来種の脅威」 として取り上げられるものは、ブラックバスやタイワンリスのような、在来種が持たなかったような 「たくましさ」 や 「生命力」 を持ったものが中心となっている。

 しかし、ニジマスだってカワマスだって外来種なのだ。
 さらにいえば、イネ、コムギ、トウモロコシ、サツマイモ…。
 これ、みんな外来種だ。
 400年前に朝鮮半島から移入されてカササギは、今では天然記念物とされている。

 要するに、日本の穏やかな風土になじみ、従順に生育していく外来種は、そんなに “悪者” にされない。

 ところが、ブラックバスのように、やたら 「強いヤツ」 は目の敵 (かたき) にされる傾向にある。
 ちょうど、軍事大国・経済大国の道をひた走る中国や、近年めきめき日本の産業社会を圧迫し始めた韓国に対し、それを 「脅威」 として感じる日本人が増えたように。

 だから、生物の外来種に対する 「怯え」 というのは、生態系の破壊という問題を超えて、 「文化的」 「人種的」 な面における日本人の潜在意識が反映されているように思える。

 このような 「異人種・異文化」 に対して脅威を抱くという現象は、実は今、世界的な傾向になりつつある。

 近年どこの先進国においても、異民族の流入を制限したり、排斥しようという傾向が出てきた。
 フランスのサルコジ政権は、 「治安が安定していない地域には移民が多い」 と言い放ち、移民のことを 「社会のクズ」 、 「ごろつき」 と呼び、排斥的な言動を煽りつつある。

 ドイツに関しても同様で、昔労働力不足を補うために受け入れたトルコ系移民が、相変わらず 「社会にとけ込めていない」 ということを理由に、移民に対しては消極的な姿勢を示すようになってきた。

 「移民の国」 のアメリカにおいても、反移民感情は日増しに高まっている。
 現在アメリカでは、 「アメリカで生まれた者はどこの民族であってもアメリカ市民」 という憲法の項目を修正しようという動きがあるらしく、 「アメリカで生まれた不法移民の子供には市民権を付与しないようにしよう」 という世論が高まりつつあるという話を聞いた。

 このような世界的な 「移民排斥運動」 の背景には、長引く不況の影響による自国労働者の失業率の増大などがある。つまり 「外国の移民」 が増えたから自国の労働者の仕事がなくなった…というわけだ。
 また、それと連動して、移民が犯罪に加担する率の高まりも見逃せないとされる。

 先進国の経済成長が著しい時代には、安価な労働力として歓迎されていた移民。
 それが今、排除の対象になりつつあるのは、ひとえに長引く世界的な不況と、経済のグローバル化が作用しているように思う。

 特にグローバリズムの問題は大きい。
 市場が地球規模に広がった21世紀の資本主義社会では、産業資本、製品、労働力などが、めまぐるしいほどの流動状態に置かれる。
 どこの国においても、地方の工場地帯の周辺には、諸外国の労働者が民族単位で集まるコミュニティが形成されつつある。

 企業においては、安い労働力が確保できるのなら、民族・人種を問わないだろうし、労働者にしてみれば、自国より高い給料が保証されれば、どこの国で働いてもかまわないようになる。

 そうなると、言語も、生活習慣も、文化も、宗教も異なる異人種たちが、世界中を行き交うことになる。
 「理解できないもの」 は、誰にとっても怖いから、必要以上に警戒するし、ちょっとした生活感覚の違いが 「好悪」 の感情で判定され、やがてそれが 「善悪」 の価値判断につながっていく。

 そして、異文化、異民族に対して脅威を煽ることは、とりあえず在来型コミュニティを、つかの間の “安定” に向かわせる。

 でも、そんなことでいいの?
 …と思ってしまう。
 そういう 「内向き」 の思想からは、本当の意味での強さも、たくましさも、優しさも生まれない。

 「外来種を排除し、純血種を守れ」 という主張が台頭するときというのは、たいてい、その国の経済や文化が衰退の兆候を示したときだ。
 そういう声が、欧米先進国で同時に起こったということは、彼らが、経済や文化領域での活力を失ってきたということなのかもしれない。

 「自分とは異なるもの」 を理解しようとする意志から生まれる力こそが、国家や民族の活力になると思うんだがな…。

 で、在来生物を守るための 「外来種の排除」 というのも、そこにはイデオロギー的な背景がありそう…と思ったわけ。

 あ、言っとくけど、俺、ブラックバスやタイワンリスたちから一銭ももらってないからね。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 20:46 | コメント(0) | トラックバック(0)

Kポップの台頭

 このところ、テレビなんぞ見ていても、KーPOP (韓国製ポップス) の露出度が日増しに高まっている感じがする。
 あんまり興味がないので、気にしていなかったのだが、カミさんが、 (もう空中分解してしまった) 「東方神起」 がいいっていうんで、TUTAYAまでCDを借りに行って、ついでに聞いてみたけれど、なんかノリがいいんだよね。

東方神起001

 日本語と英語のチャンポンで歌っているんだけど、Jポップのミュージシャンが歌っている 「日本語 + 英語」 曲よりも、本場モンって感じがしたのだ。
 90年代のJポップで育った長男も、それを聞いて、 「洋楽とJポップのいいところをうまく混ぜている」 風の批評を下していた。

 お尻フリフリ歌って踊る 「KARA」 なんかも、ビジュアル的にセクシーとか、そんなもんとは関係なく、しゃきしゃきとエッジの立ったダンスビートが小気味よくて、あと30歳ぐらい若ければ、腰が浮く…って感じがした。

KARA0001

 なにが違うんだろう?

 そう思っていたところ、音楽評論家の近田春夫が、Kポップに関して、こんなことを言っていた。

 「家電量販店を散策しているとき、偶然、 「少女時代」 の 『Gee』 のミュージッククリップがかかった。
 バックで使われている音が良くてビビっときた。
 その電子音 (たぶんシンセベース?) がさりげなくも効果的に聴こえてきた途端、それが一種トリガーとなって、アタマのなかで事件が起こった。
 『あ、今、日本の商業音楽が韓国に抜かれようとしている!』
 まさにその瞬間に立ち会ったような気がしてしまったのである。理屈じゃない、直感てぇヤツだ」 (週刊文春 2010 11/11号)

少女時代002

 近田さんは、あいかわらず表現がうまいんだけど、それを読んでいて、 「あ、そういうことなのか」 と、自分もなんとなく納得した。

 近田さんは続ける。

 「この場合、まず何をもって <抜かれる> 根拠とするのか? そこから片づけると、J といい K といい、ポップすなわち “POP MUSIC” なのだから、 『本場アメリカ』 マーケットでの評判が、最終の評価である。
 その (マーケットとの) 親和性の部分で、すっかり J は K の後塵を拝すポジションに収まってしまったのでは? と感じたということだろう。
 韓国のポップスには、いつかインターナショナルな成功を! といった逞しい気合いが感じられる半面、わが J といえば、内向きに閉じた…ドメスティックな…満足に終始している感がますます強く、もはや “世界” など考えるだけで無駄、みたいなことなってきているように思えたのだ」

 これを読んで、なるほど…と感じたのは、自分もケミストリーとKARAが競演するテレビを見ていて、同じようなことを感じたことがあったからだ。

 KARAは臆面もなく、腰ふりディスコビートで、体力まかせのパフォーマンスを演じていた。
 それに対し、ケミストリーはオリジナル曲をハングルで歌ったのだけれど、迫力で負けているのだ。
 もちろんバラードと、ダンスミュージックを比較対照することはできないかもしれないが、 「技術と洗練度」 のケミストリーに対し、 「ノリと強引さ」 のKARAという感じだった。

 「体育会」 的なパワーを押し出すKポップと、 「文化会」 的なニュアンスで勝負するJポップ。
 この先、両者の関係はどうなっていくんだ?

KARA003

 多くの人が言うように、技術的にはJポップの方があいかわらず先を行っているのかもしれない。
 だけど、 “分かりやすさ” という面では、今やKポップの方が数段上。
 ポップスは、理屈ではなく、 「身体が反応するもの」 だという立場に立てば、Jポップは洗練度を高めた分だけ、分かりづらくなってきている。

 80年以降、さまざまなJポップを育ててきた “耳の肥えた” 日本人はその微妙さ加減が理解できるのかもしれないが、台湾、東南アジアなどを射程においた世界マーケットには通用しなくなってきているのではないか?

 ある音楽サイトによると、 「市場規模の小さい韓国製ポップスは、海外に出ることにしか活路を見出せなくなっている」 という。
 そのため、韓国系アイドルたちは、パフォーマンスを磨くために、日々過酷なレッスンに明け暮れているとか。
 英語に対する取り組み姿勢も韓国の若者は旺盛で、そのことも、発声におけるポップス的リズム感を身につけるのに役立っているともいう。

 なんか、気合で負けているな…という感じだ。
 音楽に 「勝ち負け」 なんかないと思うけれど、 「Jポップ頑張れよ」 と言いたくなってしまう。
 
 同じようなことが、産業社会でも起こっている。

 家電でも、自動車でも、携帯電話でも、日本以外の国では、韓国製品の方が日本製品より価格も安く、そのためにマーケットへの浸透度が高くなってきて、結果的にメジャーなモノになりつつあるという。

 日本と韓国の家電や自動車を見比べている海外バイヤーの話では、 「日本人は細かいテクニックにこだわりすぎるため、商品の価格が上がる傾向にある。そのため (日本製品には) 買い手がつかない傾向が出てきた」 とも。

 耐久性、信頼性を含めた総合的技術力においては、まだまだ日本製品の方が圧倒的に高いはずだが、そのことを世界市場がどう評価するかは、また別の問題である。

 日本人は、技術と洗練度というものに高い評価を下すけれど、あっけらかんとマスマーケットを狙ったものが近隣諸国から台頭してきたとき、最近はそれをねじ伏せるほどの説得力を持ちえていない。
 KポップスとJポップスの間で起こっていることは、産業社会で起こっていることと連動しているように思う。

 問題があるとしたら、Kポップに対する一部の日本人リスナーの反応。
 音楽サイトなどにUPされる “Kポップ” 批判をざっと眺めたかぎりにおいては、単純な 「反韓感情」 だけで批判しているコメントが実に多い。

 「キムチの臭いのするポップス」 といったたぐいの “批評以前” の罵倒。
 少しマシなものになってくると、「Jポップのモノマネで、パクリに過ぎない」 とか。

 こういう人たちの “危機意識” のなさには唖然とする。
 彼らには、いま何が起こっているのかということを考える基盤がないのだろうか。
 「KポップはJポップよりもダメだ」 というのなら、「Jポップのどこがいいのか」 を “音的に” ハッキリと主張するべきだろう。
 プロモーターだとか代理店の “陰謀” なんか暴いたって、な~んにも意味はないんだ。
 これじゃ 「日本の音楽文化は衰退する」 とマジに思ってしまった。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 01:19 | コメント(0) | トラックバック(0)

うつろひ

 秋から冬に変わるこの季節。
 1年の中で、景色がいちばん贅沢になる。
 公園を散歩していて、そう思った。

公園201005

 木々の葉が、絵具を盛ったパレットのように、にぎやかになる。
 朱色に輝く紅葉。
 黄色に燃えるイチョウ。
 
 そして地面は、その落ち葉のジュウタンで彩られ、1年のうちでも、もっともゴージャスな大地に変わる。
 
 あとほんの数週間経てば、冬枯れた風景に一変するというのに、初冬の自然は、豊穣な色彩の恵みを謳歌している。

 だからこそ、淋しい。
 空がいちばん鮮明に燃え上がる瞬間というのは、日没の直前であるということを、われわれは経験的に知っているからだ。

 もっとも絢爛 (けんらん) と輝く光景の中に、来たるべき 「滅亡」 の影を読む。

 それは、強盛を誇った政治権力の衰退や、絢爛たる輝きを持った文化の終焉などに 「美学」 を感じる日本人的な感受性のなせるワザかもしれない。

公園の池201002

 『平家物語』 の冒頭には、 「祇園精舎 (ぎおんしょうじゃ) の鐘」 に 「諸行無常の響き」 を感じ、 「沙羅双樹 (さらそうじゅ) の花の色」 に  「盛者必衰のことわり」 を感じる日本的感性が描かれている。
 
 栄えたものは必ず滅びる。滅びた後にまた再生があり、そして、それも滅び……。
 無限のループの終わりなき連鎖。

公園201003
 
 仏教に基づく “東洋的無常観” といわれる哲学をそこに見る解釈が多いが、案外それは、明確な 「四季」 を繰り返す日本的風土に根づいたものだったかもしれない。

 外国人観光客が、日本に長期滞在して、いちばん驚くのは、日本の四季の鮮やかな変わりようだという。

 夏から秋に、秋から冬というように、時が 「色の変化」 をともなって変化してゆく様を、観照的に表現する言葉が、英語文化圏にはないという話を聞いたことがある。

 日本語では 「うつろひ = 移ろい」 。
 その言葉を無理やり英訳した人は、それを何と語ったか。

 a moment of movement (時の流れ中の “瞬間” ?)

 奥深いような…。
 でも微妙に違うような…。

 要するに、時間や季節が、ひとつのグラデーションを描くように変化していく様子を 「文化的」 に表現する言葉というものが、外国の言葉にはない。

 「自然」 を、あたかもアートのように鑑賞し、文学のように解釈する日本人の感性というのは、あまりにも鮮やかな変転を見せる、この国独特の 「四季」 がもたらしたものかもしれない。

 師走の池 もういくつ寝ると お正月

公園の池201001



コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:21 | コメント(2) | トラックバック(0)

海老蔵さんの悲劇

 日本人は……つぅか、日本のマスコミは、本当に 「バッシング」 が好きだなぁ。
 この一連の “市川海老蔵バッシング” を見ていて、そう思う。

 亀田親子、朝青龍、そして今回の市川ABZO。
 本当に、日本人は 「ヒール」 をつくりあげて、それを叩くことが好きなんだな。

 まぁ、キャラクターとしてのABさんは (マスコミが伝えることが事実だとしたら) 、自分もあんまり好きじゃない。

 土足のままテーブルに足を投げ出して酒飲んでいるとか、いつも 「俺は人間国宝だ」 とかイキがっているとか、次々と公開される酒乱のABさん像ってのは、本当かどうか知らんけど、本当だとしたら、やっぱ自分的には “嫌なヤツ” だ。

 だから、浅ましいと思いつつも、自分の中にも 「ザマーミロ」 感がないとはいえない。

 でも、かわいそうだとも思うよ。
 
 あれは、才能のない人間が、たまたま歌舞伎界の御曹司として生まれてしまったことの悲劇だと思う。

 だって、フツーの世界に生まれた人間なら、あの演技力じゃとてもじゃないけど、 「役者」 なんか務められないもん。
 昔、NHKの大河 『宮本武蔵』 で主人公の武蔵を演じていたけれど、歴代大河の中で、あれほど “痛い演技” をしていた主役ってのも珍しかった。

 危機に陥ったときも、大事な決断を下すときも、ただ、目をむき出して周囲をにらむだけなんだもの。
 そのむき出した目の奥にあるモノ…つまり“心”ってものが、な~んにもない…ってことがすぐ分かってしまう演技。
 
 徹底的に形式美を追求する歌舞伎ならば、それでいいのかもしれないけれど、少なくとも、 “内面” とかいう世界を表現しなければならない 「近代劇」 には向かない。

 でも、カッコだけはいいんだよね、彼。
 そこは好きだった。
 『宮本武蔵』 だって、ドラマじゃなくて、ポスター写真の1コマぐらいだったら、堂々と通用したと思う。
 確かに、目はきれいなんだよ。
 彼を持ち上げていた時代に、芸能レポーターたちがさんざん言っていた 「オーラがある」 っていう表現は認めざるを得ない。

市川海老蔵さん002

 再起するなら、ひとつの方法がある。
 
 もしケガが治って、次に現代劇のようなものに出るときは、まず 「悪役」 からやってほしい。

 中村獅童だって、あんなに演技が下手だったのに、いろいろバッシングされて、少しは緊張したのか、 「悪役」 をやるようになってからは良かったもの。
 クリント・イーストウッド監督の 『硫黄島からの手紙』 では、絵に描いたような粗暴で残虐な日本の下級将校の役やったら、けっこう迫力あって、見直した。だから、 『レッド・クリフ』 に出演したときも、日本人役者としては、そなりの存在感があった。

 ABさんも、こういうバッシングが続いた後は、しばらくイケメン俳優としての主役の仕事は来ないと思う。
 そういうときは、 「悪役」 から再スタートするのがいい。
 夜の酒場では、だれかれ構わず 「オラ!」 とかいってスゴむらしいけれど、それを劇の中でやったらいい。

 もし、そこに本当の “スゴみ” が漂っていたら、世間は見放さないと思うよ。
 色気のある悪役って、そうめったにいないからね。

 問題は、歌舞伎界の “本流” と自他とも意識している御曹司が、そのプライドをかなぐり捨てて、嫌われ役や汚れ役を引き受けられるかどうかだけどね。
 もし、それができたら、役者として、ようやくスタートできんじゃないかしら。
 俺的には、そこに期待したいね。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:07 | コメント(0) | トラックバック(0)

追悼ジョンレノン

 12月8日は、ジョン・レノンの 「没後30周年」 に当たる。
 同時に、この2010年というのは、彼の 「生誕70周年」 でもあり、さらに 「ビートルズ解散40周年」 なのだとか。
 そういった意味で、今年は、ジョン・レノンファンにとってはメモリアルな年だったのだ。

 自分にとっても、ジョン・レノンというミュージシャンには、特別の思いがある。
 ビートルズの中でも、特に気に入った歌はジョン・レノンが作った曲だし、オリジナルでなくても、彼が歌うR&Bのカバー曲も好きだ。

 ちなみに、自分が恣意的に選んだジョン・レノンのベスト10となると、こんな感じだろうか。

 ① NO REPLY
 ② YOU'VE GOT TO HIDE YOUR LOVE AWAY
 ③ YOU CAN'T DO THAT
 ④ NORWEGIAN WOOD
 ⑤ ANNA
 ⑥ YOU REALLY GOT A HOLD ON ME
 ⑦ MONEY
 ⑧ ALL I'VE GOT TO DO
 ⑨ IF I FELL
 ⑩ I'LL BE BACK

「ザ・ビートルズ」ジャケ

 すべて、 「初期ビートルズ」 である。
 それも、必ずしもジョンのオリジナルばかりではない。
 ⑤ 『アンナ』 は、アーサー・アレキサンダーが作詞・作曲したR&B。 ⑥ 『ユー・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー』 は初期のモータウンサウンドを支えたスモーキー・ロビンソンの曲。 ⑦ 『マネー』 も、これまたバレット・ストロングの歌ったR&B。

 オリジナルにおいても、 ③ 『ユー・キャント・ドゥ・ザット』 などのように、ブルースコードを使ったブラック・ミュージック系の曲にジョンの真骨頂がうかがえる。
 私は、そういう “黒いジョン” が好きなのだ。
 
 彼のヴォーカルは、野太くシャウトする声に、ちょっと鼻に抜けるようなかすれた音が混じる独特のもので、なんとも色気がある。

 その “鼻に抜けるようなかすれ声” で歌われるミディアムテンポの名バラードに、 ① 『ノーーリプライ』 がある。
 曲のつくりもいいし、歌もいい。
 
 スローなものでは、 ⑥ 『ユーブ・ゴット・トゥ・ハイド・ユア・ラブ・アウェイ = 悲しみをぶっとばせ』 がある。
 これと似たつくりの名曲は ④ 『ノルウェイの森』 。
 ⑧ 『オール・アイブ・ゴット・トゥ・ドゥ』 もお気に入りの曲。

 自分の好きなジョンの曲は以上のような感じなのだが、オリジナルに関しては、いずれも 「レノン=マッカートニー」 のクレジットが入ったものばかり。
 つまり、ジョンとポールという、センスも、好みも、発想も異質な才能がぶつかりあって火花を散らすときに、ジョンの最良の作品が生まれているように思う。

 ポールという稀代のメロディーメーカーに対する嫉妬心や対抗心。
 その劣等感と優越感が交じり合った心の振幅の激しさが、ジョンのつくる曲に一種の異様な緊張感を与えている。

 ところが、ポールとの距離が遠のくにしたがって、ジョンの曲からその 「緊張感」 が薄れていく (…ように自分は思う) 。
 特に、ソロ活動に入って、純度100パーセントのジョンが生まれてから、逆に “ジョンらしさ” がなくなった (…ように自分は思う) 。

 ソロ活動に移ってからの代表作といわれる 『イマジン』 は、確かに、 「聖歌」 にも似た荘重さとクリアな透明感に包まれた曲だが、自分の 「名曲セレクト」 には入らない。
 この曲は、一般的には、アーチストとしてのジョン・レノンが頂点を極めた曲として評価されるが、自分は逆に、ジョン・レノンの 「成熟」 よりは 「衰弱」 を感じる。

 「哲学的なメッセージ性がある」 と評価される歌詞にも、ナイーブさが露呈しているように思う。
 そこにジョン・レノンの 「イノセンス」 があるとしても、それは 「大人の葛藤を知らない」 という仮定のもとに空想された、虚構の 「少年のインセンス」 である。

 早い話、楽になりたかったのだ。

 政治や思想的に激動期を迎えつつある時代だというのに、そういうことに無関心なポールたち他のメンバーへのいらだち。
 「ビートルズ」 というフォーマットをいつまでも求め続ける市場のニーズへの反発。
 衰えゆく自分の声量への懸念。
 「成功」 を達成した者が感じる虚脱感。

 そういった諸々の “負の因子” が幾重にも積み重なってきた環境から、ジョンは 「楽になりたかったのだ」 という気がする。

ジョン・レノン「イマジン」ジャケ

 『イマジン』 に漂うおごそかな静謐感というのは、ジョンが得た安らぎを意味するとともに、精神的な隠遁生活への憧れをも意味している。

 そこには、すでに迫りくる死を予期するようなレクイエムの響きがある。
 この曲が人々の心に沁みわったのは、そこに “終末の調べ” が嗅ぎとれたからかもしれない。

 私には、それが哀しい。 
 私にとっての 「最高のジョン・レノン」 は、 『ア・ハード・ディズ・ナイト』 や 『ヘルプ』 の時代で凍結している。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 04:52 | コメント(0) | トラックバック(0)

「個性化」のワナ

 昨日、ホリエモンの言動に対して、ちょっとだけ触れたけれど、確かに “I T産業のヒーロー” としてブイブイ鳴らしていた時代 (2005年頃) のホリエモンは、人の神経を鮮やかに “逆なで” する凄いことを次々と発言していた。

 これは、過去にもブログで書いたことがあるけれど、当時ある雑誌の対談で、ホリエモンは田原総一郎を相手に、次のようなことを言ってのけている。

…………………………………………………………………… 

 【堀江】 仕事になぜオリジナリティが必要なのか? 仕事は儲かればいいのではないか。みんな 「オリジナリティ」 というものを、すごく大事に思っているようだが、アホだと思う。
 オリジナリティに訴えなくても、差別化する手段などはいっぱいある。資本力とか技術力で、きちっと差別化していけばいい。
 オリジナリティなんか何一つ必要ではない。良いものをそのままパクればいいだけだ。
 誰かが 「すごいアイデアを思いついた!」 というとき、世の中では少なくとも3人が同じことを同時に思いついていると昔から言われている。
 今の情報社会は、アイデアのもとになる原料みたいなものがインターネットで一瞬にして手に入る。
 だから、いいアイデアは同時に100万人が思いついているかもしれない。違いは実行に移すか、移さないかだけ。オリジナリティそれ自体には価値がない。

……………………………………………………………………

 過去のブログで、私はこの言葉を引用してから、次のようにコメントしている。

 「この堀江貴文氏の発言を最初に読んだとき、その合理性に舌を巻いた。
 続いて、そういう時代が来たということが、そら恐ろしく感じられた。
 この 『殺伐とした小気味よさ』 の正体がつかめずに、それ以降、ずっと居心地の悪い気分が続いた」

 …なんとも、微妙な言い回しである。
 肯定してんだか、否定してんだか…。

 つまり、 「時代」 が大きな変換点を迎えていることは理解できるのだが、それがどういう変化なのか。それをつかめずに戸惑っている自分の気持ちが、そこに正直に吐露されていたように思う。

 しかし、戸惑いながらも、心のどこかでは、堀江発言の重要性を見逃すわけにはいかないという気がしていた。
 そこには、 「オリジナリティ」 という言葉の意味を問い直す契機が含まれているように思えたのだ。

 戦後、日本の産業社会が急成長を遂げてきたのは、欧米文化の 「猿マネ」 から脱却し、日本製品の 「オリジナリティ」 を確立してきたからだという神話は、2000年代に入ってなお根強く浸透していた。

 だが、そのような 「オリジナリティ神話」 というものは、もう通用しないと、このときホリエモンは言ったのだ。 (当時のあらゆる産業界から叩かれるわけである)

 この堀江発言が、なんで自分にとってもショックだったかというと、 「オリジナリティ」 というものが、製造業のみならず、あらゆる文化領域においても絶対的な 「価値」 であるという信念を “逆なで” されたからだと思う。

 「オリジナリティ」 、 「個性」 、 「差異化」 というのは、近代的 「自我」 を確立する上での大前提となる。
 戦後教育は、子供たちをずっとそのように教育してきたし、特に90年代に入ってからは、文部省 (現・文科省) が堂々と 「生徒の個性化」 を教育行政の根幹として位置づけるようになった。

 そこには、欧米の産業構造をずっと支え続けてきた 「生産至上主義」 が反映されていたと思う。
 つまり、個人の 「自己実現」 は、モノを生産する場において発現されるという欧米流イデオロギーが、グローバル経済の一翼を担おうとしていた当時の日本社会にもようやく浸透してきた結果が、 「個性化教育」 だったのだ。

 これは考えてみれば当たり前のことである。
 「資本主義」 をドライブする原理は、徹頭徹尾、 「差異化 (差別化) 」 にあるからだ。

 他の競合商品との 「差異化」 、同社の過去の同製品との 「差異化」 。
 その 「差異化」 を生み出すイデオロギーが 「オリジナリティ」 であり、その 「オリジナリティ」 を形成するのが、個々人の 「個性化」 であるからだ。

 そう考えると、 「オリジナリティ神話」 を否定したホリエモンは、 「資本主義」 をドライブする原理というものを、従来の発想とは別のところに求めていたということになる。
 それは、 「オリジナリティ」 を生み出すための 「人間の個性」 なんて意味がない、と言っていることに等しい。

 自分が感じた 「殺伐とした小気味よさ」 というのは、たぶんそのことを指していたのだと思う。
 「良い物があれば、パクればいい」 というホリエモンのエゲツなさを嫌悪しながらも、同時に、そこに 「オリジナリティ神話」 の呪縛から逃れることの解放感も感じていたのかもしれない。

 「オリジナリティ」 を創出させるためのものとして、人間の 「個性」 が要求されたのが近代社会。
 しかし、その 「個性」 は、誰を豊かにするものだったのか。
 
 それは、ひょっとして、 「個人」 を豊かにするものではなく、単に、近代の産業構造を支えるためのものでしかなかったのでは?

 その証拠に、 「個性教育」 が浸透しても、教育行政が望む 「個性的人間」 が出たためしがない。
 むしろ 「個性教育」 が重視される時代になってからの方が、逆に、 「突出した個性」 を忌避する若者たちが増え続けている。
 今は、他者より目立つと浮いてしまうため、それが 「いじめ」 の対象になるということで、誰もが 「横一線に並ぶ」 ことに気をつかう時代になっている。 「個性的だね」 という言葉は、周囲から浮いた人間を揶揄するときの 「ギャグ」 でもあるわけだ。

 なんという 「時代の逆説」 か!

 最近では、 「90年代の教育行政から出てきた 『個性化』 、 『多様化』 というのは、今の階層格差を正当化する教育イデオロギーだった」 という説すら登場してきている。
 つまり、国家財政が破綻し、企業収益も減少する社会が到来することを見越した当時の政府が、 「個性化」 というイデオロギーを浸透させることで、 「どんな生活状態でも、今のままの自分に文句はない」 という人間を増やすための政策だったというのである。
 真偽のほどは別として、 「個性」 というものを考えるときのヒントになる説だ。

 「個性の獲得」 を 「自己実現」 の証しに求める発想は、そろそろ賞味期限が切れかかっているのかもしれない。人間の豊かさを意味するための 「新しい概念」 が要求されているようにも思う。

昭和記念公園風景0012
 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:13 | コメント(0) | トラックバック(0)

戦うブログ

 「戦うブログ」 が好きだ。
 まぁ、自分もこうやってブログを書いているわけだけど、やっぱり書きながら、 「この人の書いているブログにはかなわないなぁ…」 とか、 「面白いなぁ」 とか、 「どうしてこんな発想ができるんだろう?」 とか、手本になるようなものがいくつかあって、時間がある限り、そういうものはチェックしている。

 で、分かったことがひとつ。

 みんな戦っている。

 「炎上」 を恐れていない。
 つぅか、炎上しないように繊細な気配りをしながら、ずばずば人の神経を “逆なで” している。
 そういう人々は、当然、反発、反論、批判、非難が殺到することは自分でも承知しているだろうけれど、それを恐れず、堂々としている。

 そういうものは、案外、炎上しないのだ。

 人間って面白いもので、 「気にくわねぇ!」 とか、 「嫌なやつだ」 とか思いつつも、あまりにも鮮やかに自分の神経を逆なでされてしまうと、逆に小気味よく感じてしまうところがある。
 
 だから、 「あのいけすかない野郎! 今晩は何を書いてやがるんだ?」 ってな興味で、けっこう足しげく覗きに行って、 「クソ! あのバカまた性こりなく、けったクソ悪いエントリ起こしやがって」 とか悪態つぎながら、わりと楽しく読んでしまうことがある。

 これはブログに限らず、広い世界に向けてモノを発信していくときの一つの戦略であるかもしれない。
 「挑発する」 というスタイルをとることで、自分の主張を鮮明化させるという戦略である。

 一時のホリエモンなどがそうだった。
 彼は、球団買収騒動とか、テレビ会社合併問題などで、メディアに叩かれ続けていたときの発言の方が、今より数倍面白かった。
 人に 「いけすかねぇ」 と思わせながら、来るべき社会の明確なビジョンを展開していて、 「あいつの言っているような世の中になったら嫌だなぁ」 というプレッシャーを与えながら、けっこう閉塞社会に風穴を開けていたように思う。

 彼はその後見事に失墜してしまったけれど、現在、面白いと思えるブログを更新している人たちは、みんなしぶとい。
 政治を語っても、経済を語っても、風俗を語っても、 「お前、そこまで書いちゃヤバくねぇ?」 というギリギリのところで、きわめてスリリングな論旨を展開していて、颯爽としている。

 そういう人たちに共通しているのは、まず、よく 「勉強」 している。
 何が職業なのかよく分からない人もいるけど、テーマとして語る対象に関しては、専門分野の人も顔負けというくらいの突っ込んだ情報を持っていたりする。

 それと、やっぱりみな文章がうまい。
 時に “自虐ネタ” をポロッと見せたりしてバランスを取りながら、 「100パーセントの憎まれ者」 にならずに、きっちり言いたいことを言ってのける技量を持っている。
 「自分のような人間が批判されている」 と分かりながらも、読んでいる読者が、つい笑ってしまうような文章テクニックを心得ている人が多いのだ。

 斬られた人間ですら、それを小気味よく感じられる文章を書ける人。
 そういう人を 「戦っている人」 だと思う。

戦うゴジラ
 ▲ 戦うゴジラ

 で、一見戦っているようでいて、世の中のブログはほとんど戦っていない。
 特に政治系ブログなどに多いのは、舌鋒鋭く、時の政権や近隣諸外国を一方的に批判するようなやつ。
 本人は 「戦っている」 つもりなんだろうけれど、よく読むと、すでに誰かがどこかで言っているような主張ばかりで、読んでいて何の新味もない。

 今の時代、これほど情報が溢れていれば、誰だって、少しは気の利いた “時事放談” ぐらいできるさ。
 飲み屋や床屋でしゃべっていればいいだけの議論を、堂々とネット上で公開するから、炎上したり、2チェンネルのエジキになったりするわけ。

 本当に 「戦うブログ」 はけっこう難しい。
 でも、それをこなしている人は尊敬してしまう。


 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:09 | コメント(0) | トラックバック(0)

子供の自然体験

 子供を伴ってキャンピングカーでキャンプ旅行を重ねたり、テントキャンプを経験させることが “子供の感性を伸ばす” ということは、映像ジャーナリストの坂田和人さんが 『キャンプに連れて行く親は、子供を伸ばす!』 などの書籍で指摘している。

キャンプに連れて行く親は子供を伸ばす表紙

 また、アウトドアジャーナリストの中村達さんも、 「自然は、子どもたちの好奇心を育て、発見する力、チャレンジする力をはぐくむ」 という説 (町田の独り言 2010/04/06にて紹介) をいろいろな講演、インタビュー、著作などを通じて展開されている。

中村達氏003
▲ 中村達 (なかむら・とおる) さん

 これらの説を裏付けるように、 「子供時代に自然体験や動植物との関わりを多く持った人ほど、他者との共生感を持ちやすく、人間関係力も身につく」 というデータが発表された。

 これは、独立行政法人 「国立青少年教育振興機構」 が、平成22年10月14日に発表した 『子どもの体験活動の実態に関する調査研究 報告書』 というもので、全国の小学校100校、中学校150校、高等学校150校の児童及びその保護者を対象にした調査に基づいたもの。
 資料を読むと、なかなか大規模な調査のようで、調査票の回収数は、 「子供」 を対象としたものが18,878数 (回収率92.9%) 。 「保護者」 を対象としたものが16,718数 (回収率92.0%) だったいう。

 調査項目には、 「自然体験」 、 「動植物との関わり」 などのほか、 「友達との遊び」 、 「地域活動」 、 「家族行事」 、 「家事手伝い」 などのさまざまな “体験” が盛り込まれているが、やはり 「自然体験」 の調査結果が興味深い。

 この自然体験調査に関しては、以下のような設問が用意されたという。
 ● 「子供の頃、海や川で貝を採ったり、魚を釣ったりしたことがあるか」
 ● 「海や川で泳いだか」
 ● 「米や野菜などを栽培したか」
 ● 「チョウやトンボ、バッタなどの昆虫をつかまえたか」
 ● 「夜空いっぱいに輝く星をゆっくり見たことがあるか」
 ● 「太陽が昇るところや沈むところを見たことがあるか」
 ● 「湧き水や川の水を飲んだことがあるか」……等々。

 このような設問を、
 ① 「何度もある」
 ② 「少しある」
 ③ 「ほとんどない」
 というような形に分類して集計してみると、 「成人検査」 (保護者) の場合は、次のような結果が得られたという。

 ● 「子供の頃の体験が多いほど、最終学歴が高い」
 ● 「1ヶ月に読む本の冊数が多い」
 ● 「コンピューターゲームやテレビゲーム遊びが少ない」
 
 他に、 「年収が多い」 、 「結婚している率が高い」 、 「子供の数が多い」 、 「丁寧な言葉を使うことができる」 などという傾向も見られたという。

緑の中を走る子供たち

 同様の傾向は、子供たちを対象とした 「青少年調査」 においても見られ、幼少期から中学生期までの体験の過多が、高校生になったときの総合的な 「体験の力」 として表れていると同調査は指摘する。

 この調査結果を分析した 「国立教育政策研究所生涯学習政策研究部総括研究官」 の岩崎久美子氏は、 「真っ赤な太陽、きらめく星、川のせせらぎ、冷たい水、草の匂い、鳥の鳴き声などは、視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚を通じて鮮やかに子供の記憶に刻み込まれ」 、…その結果として、 「長い人生の中で一定年齢を越えたときに、懐かしい思い出や人生の知恵として、それぞれの人生に豊かさをもたらす」 と総括している。

 さらに、同研究官は、今回の調査における 「家事手伝い調査」 に対しても言及。

 「ナイフや庖丁で、果物の皮をむいたり、野菜を切ったこと、家の中の掃除や整頓を手伝ったこと、ゴミ袋を出したり、捨てたこと…などの体験が、親子のコミュニケーションを促進するとともに、子供の将来の自立を助ける契機となる」 と結論づける。

ぺグ打ちをする子供
▲ ぺグ打ちを手伝う子供

 キャンプなどでは、親子が一体となって、野外生活をクリエイトする機会が得られる。
 野外生活を親子で体験することは、子供の生活する 「意欲・関心」 を高め、人や自然との 「共生感」 をはぐくむ大きなチャンスになるのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 04:50 | コメント(2) | トラックバック(0)

RV好きの芸能人

 キャンピングカーに興味を持っている芸能人は多い。
 タレントの 「劇団ひとり」 さんが、週刊文春の連載エッセイ 『そのノブは心の扉』 で、こんなことを書いている。

劇団ひとりさん

 「キャンピングカーが欲しい。 『金を稼いで、いつか買ってやる』 。
 ずっと昔から抱いていた夢である」

 劇団ひとりさんが欲しいのは、取り回しのよい小型キャンピングカーだという。

 「アメリカのお金持ちたちが乗っていそうなバスみたいに大きいキャンピングカーも悪くないが、僕が欲しいのは日本の道路事情に合わせて造られたコンパクトなキャンピングカー」
 
 その中にベッドやキッチンなどが計算されて設置されているのを見ると、 「子供の頃に押入れの中にライトやテーブルを持ち込んで作った自分だけの城や、野原に仲間とダンボールで作った秘密基地を思い出す」 そうだ。

 ところが、悩みがひとつ。
 「嫁はまったく興味がない」

 そこで、もらってきたキャンピングカーのカタログを見せて、何度か打診してみるのだが、奥様の答は、いつも 「ふ~ん」 でおしまいだとか。

 ある! ある!
 そういうことって。
 きわめて、よくある光景に接したような気がして、読んでいて、とても親近感を感じた。

 そこで劇団ひとりさんは、何をたくらんだのか。
 
 「苦肉の策で、普段乗っているステーションワゴンを使ってキャンピングカー気分を出すことにした」 という。

 リヤ席のシートを倒し、そこにキャンプ用マットを敷き、布団を置いて寝る。
 フロントシートとリヤシートの間をカーテンで仕切る。
 エアコンの効きを補助するために、小さな扇風機を設置。
 読書用のLEDライトをつける。

 要は、 “車中泊仕様” をご自分でこさえたらしい。

 「まさに子供の頃に作った秘密基地さながら。この狭いカプセルホテルのような空間が無性に落ち着く」

 で、 「いつかはこれに乗って遠出して、何泊かしてみたい」 と思っていたのだとか。

 しかし、 「その願いも叶わなくなった」 という。
 お子さまが生まれて、秘密基地もベビーシートにその座を奪われ、その他の部品も 「泣く泣く撤去せざるを得ないはめに…」

 ご同情申しあげます。

 でも、最後の文句がふるっている。
 「まぁ、いいさ。もう少し子供が大きくなったら、今度は一緒に秘密基地を作ればいいんだからさ」

 いいパパだな。

 男のお子さんなんだろうか。
 きっと、一緒に “秘密基地” を作ったら楽しいと思う。

 でも、劇団ひとりさんに言いたい。
 「シンプルなキャンピングカーを買って、そこから秘密基地を作るのも楽しいよ」

 ステーションワゴンに “寝床” を作っても、やはりキャンピングカーのフルフラットなベッドの寝心地にはかなわない。
 また、室内で立って移動できるようなクルマの方が、長距離旅行するのなら楽。
 
 いつかはキャンピングカーを買った劇団ひとりさんのレポートを読んでみたい。 

 
コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:01 | コメント(8) | トラックバック(0)

胃の中にヘビ

 「胃の中に異常がある!」 というので、 「胃カメラ」 を呑んできた。

 正確には、カメラを 「胃」 の中に入れたとしても、胃がカメラを消化する前に引き出しちゃうわけだから、 「呑んだ」 ではなく、 「差し込まれた」 というべきか。

 もっとも、いくら暴飲暴食に慣れた私の胃だって、カメラまで消化する力はないように思う。

 「胃の異常」 を知らせる通知が来たのは、1週間ぐらい前だった。
 先月行われた健康診断のとき、バリウムを飲んでレントゲン撮影をした結果、
 「胃の上部に怪しき影あり!」
 ということで、再検査通知をもらっていたのだ。

 そろそろその日が近づいてきただろう…と思って、通知をもう1回確認したら、今日が、その当日だった。
 あせった。
 でも、たまたま朝食を抜いていたから良かった。

 さて、「胃の中の怪しき影」 。

 疑われるのはまず潰瘍であり、その潰瘍の中でも、特に知名度が高いのは、 「ガン」 だ。

 ついに俺もガンかよ…。
 と思うと、検査に向かう電車の中から居ても立ってもいられなくなった。

 余命あと3ヶ月とか診断されたらどうしょう?

 最近ウナギを食っていないので、まず夕飯は、少し贅沢してウナギを食うことになるだろう。

うな重_photo

 天ぷらも、食いたい。
 「車海老1尾200円」 とかいうスーパーで売っているヤツでなくて、白木のカウンターの向こうで、しっかりした職人が一個ずつていねいに揚げて、 「こちらはメゴチになります」 などと差し出してくれるヤツ。

 親子丼なんてのも、いいかもしれない。
 ふんわりした溶き卵と、柔らかい鳥肉のマッチング。
 そんなに派手派手しく “ゴチソーしている” 食べ物ではないけれど、余命3ヶ月という身になってみれば、こういうさりげないメニューのありがたさが、案外身にしみてくる。

親子丼_photo

 さて、腹がいっぱいになったらどうするか。

 食後はコーヒーというのが順当なところだろうな。
 ただ、 「Sサイズ200円」 のドトールではなくて、 「ブルーマウンテン 1、200円」 ぐらいのホテルのロビーで飲むようなヤツ。

コーヒー_photo

 1,200円なんていうと、一見高そうでビビるけれど、こういう場合、ポットごと出てくることが多い。
 ポットには、たいていカップになみなみ注いで2杯分ぐらい入っていることが多く、それを飲み干しても、あとカップに3分の1ぐらい残るサービスをしてくれるところがある。
 そうなると、仮に3杯と計算して、1杯分400円。
 街の喫茶店とそんなに変わらないので、ノドが渇いたときは元が取れる。

 さて、コーヒーも飲んだ。
 余命3ヶ月だ。
 残り時間は少ない。

 次は散歩だ。
 秋の夕陽が並木道を照らし、イチョウの影がどこまで遠くまで伸びているような遊歩道の景色を、カンオケに持ち込む最後の 「宝」 のように、記憶にしっかり焼き付けておくことにしよう。

枯葉の歩道001

 散歩が終わる。
 日が沈み、残照が西の空を赤く染めている。
 自動車のヘッドライトと街路灯が、やけに鮮やかに光り始める。

 今までそのケバい人工性がうっとうしく思えた街の明かり。
 それが、末期の眼を通して眺めると、まるでシベリアの夜空を飾るオーロラのように美しい。

街の赤提灯_photo

 そうなると、やっぱり赤提灯でしょう!
 この季節、まだ屋台なんかもいい。
 コートの襟を立てて、ちょっと風をしのげば、風の冷たさも我慢できる。

 そろそろ熱燗のうまい季節だ。

 しみ~るぅ!
 やっぱり余命3ヶ月というわびしい気持ちが成せるワザか、今まで何気なく飲んでいた日本酒がこんなにうまいとは知らなかった。

 ふと視線を上げると、目の前に、ぼんやりした表情で客待ちをしている屋台のマスターの頬に刻まれた “深いシワ” 。

 「ああ、美しいなぁ…。彫刻みたいだ」
 とか、つぶやいて、
 「今夜の俺は、どうかしてるぜ」
 と苦笑いを浮かべ、
 「マスターもう一本ね」
 と告げる。 

 …みたいなことを想像しながら、検査室のベッドに寝転がった。

 目の前に、黄色と黒のウロコを光らせた小柄なニシキヘビみたいな管が、ウネウネとぐろを巻いている。
 検査技師 (…あとでお医者さんと判明) が、やにわにそのニシキヘビの首ねっこをキュっとつかむと、
 「さぁ、リラックスしてください」
 と言いながら、口の中に差し込んできた。

 「冗談じゃねぇよ、こんなヘビ呑み込めるかよぉ!」
 と抗議しようと思ったが、口にはマウスピースがはめられているので、しゃべることもできない。

 ヘビの頭がノドチンコのあたりをかすり、徐々に食道の奥に入っていく。
 苦しいの、なんの!

 一方、ヘビの方も、いきなり狭い食道に押し込められたせいか、苦しそうにもだえる。
 「静かに!」
 とヘビ使いの先生が、暴れるヘビをたしなめる。

 つぅかー、今のは俺に言った言葉?

 苦しくて、涙も出てきて、汗も出てきて、ヨダレも出てきて、鼻水も出てきて、いちおう 「顔から噴き出すことになっている水分」 が一斉にほとばしった。
 いい年こいて、 「お母さん痛いよぉ!」 状態だ。

 あと20分も続いたら、このヘビ、胃を食い荒らして腸にまで達するぞ…と覚悟を決めた瞬間、
 「はい終わりです。お疲れさま」

 え?
 これから2~3時間は耐え抜くという長期戦の覚悟を決めたというのに…。

 5分後に、判決の言い渡しがあるという。

 「今回は無罪ですね」
 と、先生。
 「胃の上部に奇妙な盛り上がりがあったのですが、今見たら、特に異常はないようです。健康で、丈夫そうな胃ですよ」

 命拾いをした。
 「健康」 とはありがたいものだ。

 さて、疑いが晴れたお祝いに、何をするか。

 そういえば最近ウナギを喰っていない。
 天ぷらもいいなぁ。
 仕上げはラーメン。

ラーメン_photo

 食後は1,200円のコーヒー ……。 


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 16:12 | コメント(2) | トラックバック(0)

消えた秋

 今年は 「秋」 が来なかった。

枯葉の歩道001

 12月が近づいてきた今、そんな風に思っている。
 椎名誠さんがどこかで書いていたけれど、
 「今年の天候は、後半 “手抜き” をした」
 …というのは、当たっている。
 夏から一気に冬だ。

 なにしろ、この夏の暑さったら、なかった。
 しかも、夏が9月いっぱいまで “残業” していた。

 で、10月にはようやく暑さが収まったけれど、夏の猛暑に対応して改造された 「生理」 が、寒暖の温度差を的確に図るセンサー機能を鈍らせ、暑いんだか寒いんだか分からないような身体をつくりあげてしまった。

 そのため、ウロコ雲とか紅葉など、秋の風物を眺めても、身体が 「秋」 を感じなかった。
 で、ようやく身体感覚が気温とシンクロしたときは、もう冬が近づいていたわけ。

うろこ雲001

 今年の冬は寒いらしい。
 「暑い夏を迎えた年の冬は寒い」 というのは “定説” らしいのだが、地球が温暖化に向かっているというのに、なぜ 「寒い冬」 が来るのか、不思議だ。

 この 「地球は温暖化に向かっている」 という説に、しっかりと反論する学者もいる。
 地球は、これまでも、暖かくなったり寒くなったりすることを繰り返しており、人類の比較的新しい歴史をみても、 「10世紀半ばから300年ほどは温暖期で、13世紀末から19世紀半ばまでは寒冷期だった」 というのだ。

 寒冷期といっても、 「氷河期と」 いうほど大げさなものではなく、強いていえば 「小氷河期」 。
 しかし、その 「小氷河期」 が訪れた13世紀末になると、冷害による大飢饉や人口減が起こり、ペストの流行、戦争や暴動が頻発したという。

 そういう世界では 「世も末」 という空気が蔓延し、人々は将来の不安と現在の閉塞感に打ちのめされたはずだ。

 いま地球上を包んでいる空気も、その時代と同じような 「終末感」 に彩られているようにも思える。
 『2012』 とか、 『ノウイング』 、 『ザ・ウォーカー』 みたいな人類滅亡映画がやたらつくられるのも、そんな空気を反映しているのかもしれない。

 で、話しを戻すけど、
 「地球は、温暖化と寒冷化を繰り返す」
 と主張する学者によると、温暖化傾向が強まるか、寒冷化傾向が強まるかの分岐点になるのは、太陽活動だという。
 太陽から黒点がほとんどなくなる時期は、太陽活動が衰退している時期と見てよいのだとか。
 そうなると、地球の温度も低くなる。

 その太陽の黒点が、現在は極端なほど少なくなっており、地球は再び 「小氷河期」 に突入すると予想されるらしい。

 本当なのだろうか?

 この夏の異様な暑さは、日本だけに限らず北半球全体を襲った。
 しかし、南半球のペルーなどは、国家が非常事態宣言を行うほどの異常な寒さが襲っていたという。

 いったい地球はどっちの方向に進むのか?
 (いずれにしても、そこからビジネスチャンスをつかもうとする人々の必死な形相も浮かんでくるけど…)。

 温暖化を唱える説も寒冷化を唱える説も、ともに仮説なのだから、本当のことは分からない。

 ただ、近代社会が成立して、それまでとはまったく異質な産業構造ができあがってしまった今となっては、 「人間の文明」 が気候を変えたという事実は厳然としてあるように思う。

 仮に、温暖化・寒冷化のサイクルが自然現象によるものだとしても、 「地球温暖化の要因を二酸化炭素の放出による温室効果」 に求める説の方が、少なくとも、現在の 「人間の文明」 を見直すきっかけにはなるはずだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 14:14 | コメント(6) | トラックバック(0)

歌謡ブルースの謎

 「ブルース」 というものが、黒人音楽のジャンルを意味する言葉だとは知らなかった時代が、自分にあった。

 歌謡曲のタイトルにつく、なんかの記号。
 例えば、 「フォルテシモ (ごく強く) 」 とか、 「アレグロ (陽気に) 」 とか 「アダージョ (ゆるやかに) 」 みたいなものだと無邪気に思い込んでいた。

 そんな時代に聴いていたブルースには、次のようなものがある。

西田佐知子ジャケ002
▲ 西田佐知子

 西田佐知子 『東京ブルース』
 美川憲一  『柳ヶ瀬ブルース』
 藤圭子    『女のブルース』……

 つまりブルースとは、
 「この楽章を歌い込むときは、フラれた気持ちで…」
 …ってな感じで、作家が演奏家に指示を出すときの言葉であって、それがいつしか歌謡曲用語に転化したものだと思ったのだ。

 恋人とか、愛人とかにフラれた歌だから、メロディは哀しい。
 去っていた人を、遠いところでしのぶわけだから、歌い方は、ちょっと物憂い。

 ブランデーグラスを置いたカウンターに座り、お客が来るまでの時間をつぶしているドレス姿のママさんが、頬杖をついてつぶやく鼻歌。
 それが自分の原初の 「ブルース」 像だった。

 だから、高石ともやの 『受験生ブルース』 (1968年) を聞いたとき、ギャグだと思った。
 全然、 “酒場っぽくねぇ” と感じ、しかも “夜っぽく” もねぇし、これは、作者が確信犯的に 「ブルース」 の用法をわざと間違えた例だと解釈した。

高石ともや「受験生ブルース」ジャケ
▲ 受験生ブルース

 しかし、そのうち岡林信康が 『山谷ブルース』 を歌うわ、ジャガーズが 『マドモアゼル・ブルース』 を歌うわ、ゴールデン・カップスが 『本牧ブルース』 を歌うわで、訳がわからなくなった。

ジャガーズ「マドモアゼル・ブルース」ジャケ
▲ ジャガーズ 「マドモアゼル・ブルース」

 ところで、本来の 「ブルース」 とは、どんなものであるのか?

 あえて、詳しくは説明しないけど、一言でいうと、
 「一定の音楽形式を持ったアメリカ黒人音楽の一種で、ロックンロール、R&B、ジャズなどの母体となった音楽スタイル」
 とでもいっておけばいいのだろうか。

 B・Bキング、アルバート・キング、オーティス・ラッシュなどのメジャープレイヤーは、世界的な人気を誇っているし、日本人でも大木トオル、ウエストロード・ブルース・バンド、憂歌団といった黒人ブルースを根幹において活躍するミュージシャンがいっぱいいる。

BBキング001
 ▲ B.Bキング

 ロックの分野では、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンなども、初期の頃はこぞってブルースの演奏スタイルを採り入れていた。
 そういった意味で、世界のポピュラーミュージックの原点には、 「ブルース」 があるともいえる。

 しかし、日本の歌謡ブルースは、黒人ブルースとはリズムもテンポも違う。
 歌われる歌詞の内容も違う。
 日本の歌謡ブルースは 「ロマン的」 「詠嘆的」 「未練たらたら的」 だが、黒人ブルース…特にシカゴなどのアーバンブルースは、 「現実的」 「能動的」 「脅迫的」 である。

 「俺の可愛いベイビーちゃん、ベッドでたっぷり楽しませてくれれば、いつかはキャデラックを買ってやるからよ」
 ってな歌詞を、ンチャチャ ンチャチャ…というギターの小気味いいカッティングに乗せて軽快に歌っていく。

「キャデラックレコード」よりマディ・ウォーターズ

 黒人ブルースというと、 「人種差別で虐げられた黒人たちの嘆き節」 という解釈が浸透しているけれど、もちろんそういう歌も多いけれど、けっこうヤケクソ的に明るい歌も目立つ。
 男が、ちょっとマッチョに自分の性的魅力を誇示するなんて歌も多いのだ。
 そうなると、同じ “ブルース” でも、ブルース・リーとか、ブルース・ウィルスの世界に近くなる。

 いつの時代でも、開き直ったビンボー人は明るい。
 黒人ブルースには、差別社会や格差社会の底辺を生き抜く人間たちの苦渋がベースにはあるけれど、 「そんなことで、くよくよしてもしょうがねぇじゃねぇか」 という開き直りのたくましさと優しさも備わっている。

 そういうことが分かってきて本場モノのブルースを聞き出すと、もうあっさり、そっち一辺倒になったけど、ふと 『港町ブルース』 (森進一) って何だろう? と思い始めると、これもなかなか興味深いテーマに思えてくる。

 「ブルース」 という名前で、日本人の頭の中に刷り込まれた歌謡曲は、実にたくさんある。

 美川憲一 『柳ヶ瀬ブルース』 (1966年)
 青江三奈 『恍惚のブルース』 (1966年)
 青江三奈 『伊勢崎町ブルース』 (1968年)
 森進一  『港町ブルース』 (1969年)
 平和勝次とダークホース 『宗右衛門町ブルース』 (1972年)
 クールファイブ 『中の島ブルース」 (1973年)

 これらの曲は 「ブルース」 という言葉で飾らてはいるけれど、黒人ブルースの楽曲スタイルや歌詞の指向性とはまったく交わらない。日本人独特の感性と情緒感に彩られた、純度100パーセントのドメスティック歌謡曲だ。

 では、なんでそういう純和風の歌謡曲に、 「ブルース」 と名づけられる歌が登場するようになったのか。

 これに関して、自分はまったく素人なので、突っ込んだところまでは何も分からないが、Wikiなどを読むと、
 「日本の歌謡曲のスタイルとして 『ブルース』 と呼ばれるものもあるが、それは 『憂鬱=Blueな気持ちを歌った曲』 という意味合いが強いため、音楽形式としてのブルースとは関係ない」
 という説明がなされている。

 これだけでは、まだよく分からない。
 詳しそうな解説がなされているいくつかのサイトを覗いてみると、多くの人が挙げているのが、淡谷のり子 (1907年~1992年) 。

淡谷のり子001
 
 彼女はもともとはシャンソン歌手で、クラシック音楽の素養もあり、 「10年に一度のソプラノ」 などと評された実力派シンガーだった。
 彼女に 「ブルース」 を歌わせたのは、服部良一という稀代の作曲家。
 服部の念頭にあったのは、アメリカの 『セントルイス・ブルース』 だったという。

 その曲をヒントに、 「ブルースの小節の数や長さをきちんと勘定して」 作られたのが、 『本牧ブルース』 (後のゴールデンカップスの曲とは別物) だった。
 ところが、これを淡谷のり子に歌わせようとしたところ、ソプラノの音域で歌っていた淡谷のり子には難しく、アルトの音域にまで下げるため、彼女はそれまで吸ったことがなかったタバコを一晩中吸い、声を荒らしたままレコーディングに臨んだとか。 (Wiki 「別れのブルース」 より)

 この 『本牧ブルース』 が、タイトルを変えて 『別れのブルース』 (1936年=昭和12年) になり、大ヒットする。
 淡谷のり子は、その後 『雨のブルース』 (1938年) 、 『思い出のブルース』 (1938年) 、 『嘆きのブルース』 (1948年) など、立て続けのヒットを飛ばし、 「ブルースの女王」 という異名をとる。
 これが、いろいろなサイトから集めた情報による 「歌謡ブルース」 の誕生である。

 もちろん、淡谷のり子以前にも 「ブルース」 を名乗る歌謡曲がけっこうあったらしいが、日本人の脳裏に 「ブルース」 という呼び名がしっかり刻み込まれたのは淡谷のり子から、というのが定説のようだ。

 ただ、これらの曲を聞くと、やはり黒人ブルースの影響を受けたという感じはしない。
 それよりも、社交ダンスの 「ブルース」 がヒントになっているのではないか、という人もいる。

 社交ダンスの世界には 「ブルース」 というステップがあり、それは 「フォックストロット」 のテンポを遅くしたものだという。 (ブルースもフォックストロットも、社交ダンスを知らないので、どんなものかよく分からない) 。

ダンスイラスト

 『別れのブルース』 を吹き込むとき、淡谷のり子は、ディレクターから 「ブルースらしく歌わないでフォックストロットみたいに歌うように」 と指示されていたという記述をどこかで読んだことがあるから、 「歌謡ブルース」 が、ダンス経由のブルースだったという説は正しいのかもしれない。

 ダンスにおける 「ブルース」 は、チークを踊るためのステップだったから、スローテンポで、情感たっぷりのマイナーコードの曲が演奏されることが多かったという。
 たぶん、ここらあたりで、その後の 「歌謡ブルース」 の方向性が定まったようだ。

 1960年代に入ると、いよいよその 「歌謡ブルース」 が全面開花する。

 この時代、個人的に好きだったのは西田佐知子。
 彼女は、 『メリケン・ブルース』 (1964年) 、 『博多ブルース』 (1964年) 、 『一対一のブルース』 (1969年) など、 「ブルース」 を語尾に持つ曲をけっこう歌っているが、最大のヒット曲は 『東京ブルース』 (1963年) だった。

西田佐知子「東京ブルース」ジャケ

 この曲にみるようなビブラートを押さえたクールな歌い方は、なかなかお洒落で、ちょっとしたアンニュイも漂っていて、歌謡ブルースが “都会の歌” であることを印象づけるには十分だった。

 その後、 「新ブルースの女王」 となったのは、青江三奈。
 なにしろデビュー曲が 『恍惚のブルース』 (1966年)
 「あとはおぼろ、あとはおぼろ…」 と、恋におぼれた女性の官能の極致を描いた歌だった。

青江三奈「伊勢崎町ブルース」ジャケ
 
 彼女の歌で有名なのは、 『伊勢崎町ブルース』 (1968年) 。
 青江三奈は、これでその年の日本レコード大賞歌唱賞を獲得する。

 その後も、彼女の歌謡ブルースは快進撃を続けた。
 『札幌ブルース』 (1968年)
 『長崎ブルース』 (1968年)
 『昭和女ブルース』 (1970年)
 『盛岡ブルース』 (1979年)
 最後は、清水アキラとのデュエットで、 『ラーメンブルース』 (1991年) なる歌までうたっている。(残念ながら聞いたことがない)

 歌謡ブルースが、歌謡曲シーンの中で決定的な存在感を持ったのは、美川憲一の 『柳ヶ瀬ブルース』 (1966年) だったかもしれない。120万枚を記録する大ヒットだった。
 「雨、夜、ひとりで泣く女、酒場のネオン」
 歌謡ブルースの定番となるシチュエーションは、すべてここに出尽くしている。

美川憲一「柳ケ瀬ブルース」ジャケ

 美川憲一はその1年前に、 『新潟ブルース』 を発表している。
 この頃から、歌謡ブルースは 『伊勢崎町ブルース』 (青江三奈) 、 『宗右衛門町ブルース』 (平和勝次とダークホース) などのヒット曲に恵まれ、ご当地ソングの代名詞のようになっていく。

 鳥羽一郎 『稚内ブルース』
 ロス・プリモス 『旭川ブルース』
 小野由紀子 『函館ブルース』
 森雄二とサザンクロス 『前橋ブルース』
 扇ひろ子 『新宿ブルース』
 北島三郎 『湯元ブルース』
 ロス・プリモス 『城ヶ崎ブルース』
 小松おさむとダークフェローズ 『庄内ブルース』 ……

 まだまだ地元の観光業とタイアップしたようなローカルブルースがいっぱいあると思うが、以上挙げた曲は、しっかりレコード化・CD化されているようだ。

 演歌歌手の森進一をいちやくスターダムに伸し上げたのも、ブルースだった。
 『港町ブルース』 (1969年) 。
 演歌ではあるが、クールファイブにも共通するような、奇妙な “洋楽性” があって、非常にしゃれた、あか抜けしたメロディラインを持つ曲だった。

森進一「港町ブルース」ジャケ

 森進一は、その後もブルースをタイトルにつけた歌をいくつか歌っている。
 『波止場女のブルース』 (1970年)
 『流れのブルース』 (1971年)

 内山田洋とクールファイブといえば、 『中の島ブルース』 (1975年) が有名。
 これは、秋庭豊とアローナイツが自主制作した同名曲 (1973年) と競作になったが、前川清のなじみやすい唱法がウケて、クールファイブ版の方がヒットした。

クールファイブ「中の島ブルース」ジャケ

 なんといっても、歌謡ブルース最大のヒットは、平和勝次とダークホースが歌った 『宗右衛門町ブルース』 (1972年) ではなかろうか。
 200万枚という大ヒットを記録し、いまでも中高年が巣くうカラオケスナックでは、必ずこれを歌いたがるオヤジがいる。(私もそのひとり)

ダークホース「宗右衛門町ブルース」ジャケ

 マイナー (短調) を条件とした歌謡ブルースが、メジャー (長調) の曲調でもぴったり合うことを実証したのが、この曲だった。

 覚えやすいメロディ。
 たわいない歌詞。
 歌う人間に解放感をもたらすノーテンキ性。

 まさに鼻歌として楽しむ歌謡曲の極北に位置する歌ではないか!
 事実、 「日本フロオケ大賞」 (風呂場で歌う鼻歌の1位) を受賞した曲らしい。

 フォーク系から出た歌謡ブルースのヒット曲としては、岡林信康の 『山谷ブルース』 (1968年) がある。
 楽曲形式は黒人ブルースとはほど遠いが、初期のデルタブルースのような素朴さと切実感があり、労働者目線に徹したところが歌謡ブルースとは一線を画したリアリティを獲得していた。

岡林「山谷ブルース」ジャケ
▲ 岡林信康 「山谷ブルース」

 グループサウンズ (GS) も、歌謡ブルースに乗り遅れまいと、いろいろトライしたようだ。
 ジャガーズの 『マドモアゼル・ブルース』 (1968年) 。ゴールデンカップスの 『本牧ブルース』 (1969年) などがその代表曲。

ゴールデンカップス「本牧ブルース」ジャケ
 
 カップスといえば、横浜・本牧で黒人兵たちも唸らせた実力派バンドだったから、ブルースのなんたるかも当然分かっていただろうが、この曲は、完全に日本マーケットを意識した作りになっている。
 デイブ平尾が、もう少しこぶしを利かせれば、演歌の方にも近づいたかもしれない。

 最後に、あまり有名ではないかもしれないけれど、個人的に好きなブルースを挙げれば、次の二つ。

 荒木一郎 『君に捧げるほろ苦いブルース』 (1975年)
 高山厳  『握りこぶしのブルース』 (1993年)

荒木一郎「君に捧げるほろ苦いブルース」ジャケ
 ▲ 荒木一郎 「君に捧げるほろ苦いブルース」

 荒木一郎の歌には、 「都会の片隅に住む人間の喪失感」 のようなものがあって、夜明けの酒場のカウンターで、半分眠りながら聞いたりしていると、けっこうジーンと来るものがある。
 特に、 『君に捧げるほろ苦いブルース』 は、女が去っていった後の部屋で、コーヒー豆をひきながら聞いたりしていると、ジワジワっと心がうずく。詩人が作った歌だなと思う。

 高山厳の 『握りこぶしのブルース』 を知っている人は少ないだろう。
 しかし、大ヒット曲の 『心凍らせて』 のカップリング曲だから、CDを買った人は、この曲も聞いているかもしれない。

高山厳
 ▲ 高山厳

 もうほんと、元祖 “負け犬” の歌。
 うだつの上がらない独身サラリーマンの日常生活が克明に描かれていて、身につまされるときがある。

 このように、探してみたら日本の歌謡曲には、 『○○ブルース』 という歌が、けっこう多いことに驚く。
 しかし、その大半は1960年代の中頃から後期に集中し、70年代になると下火になり、75年以降はほとんど消え去っている。

 何が起こったのか。

 歌謡ブルースが消えていった時代は、 「ニューミュージック」 の台頭期と重なる。
 たぶん日本人の多くが、この頃から、黒人ブルースでもないのに 「ブルース」 を名乗る歌謡曲に、ちょっと違和感を感じ始めたのではないかと思う。

 タイトルに 「ブルース」 をつけることによって “都会性” やら “おしゃれ感” を盛り込もうとした曲作りが、荒井由実 (松任谷由実) のような本格的な都会志向を持つ歌の前で、急激に古びたものなってしまったのだ。

 「ニューミュージック」 ムーブメントは、日本の都市や郊外が、あっという間に乾いた抽象的な空間になっていった時代に呼応している。

 そのような新しい都市空間では、新しい美意識を求める人たちが育ち、変貌を遂げていく現代都市を埋める新しい音楽が求められるようになっていた。
 どこの都市も、おしゃれで清潔な意匠に装われるようになり、いかがわしい面白さを秘めた 「裏町」 とか 「場末」 といわれるような空間がどんどん消えていった。

みなとみらい

 そういう変貌の時代に、歌謡ブルースは、もうそのタイトルだけで、古くて泥臭い音楽のレッテルを貼られることになり、商業的な音楽シーンから脱落していかざるを得なかった。

 そういった意味で、歌謡ブルースは、 「昭和の頂点」 を示す音楽だったのかもしれない。
 昭和の高度成長が終わり、昭和の停滞が見えてきたときに、歌謡ブルースは眠りについた。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 04:29 | コメント(4) | トラックバック(0)

おひとりさま時代

 「おひとりさま」 ブームがじわじわっと拡大している気配がある。
 
 おひとりさま

 もともとこの言葉は、上野千鶴子さんの書いた 『おひとりさまの老後』 (法研) という本から生まれた言葉である。

おひとりさまの老後表紙

 その本自体は、 「独身女性がいかに老後を安心して迎えることができるか」 を説いたものだったが、その言葉の適用範囲が少しずつ広がりはじめ、中高年の独身者のみならず、いまや配偶者のいる主婦に対しても、 「ひとりで楽しむライフスタイル」 を表現するときに、この 「おひとりさま」 が使われるようになってきた。

 このことは、女性の 「おひとりさま」 状態をポジティブに評価する傾向が生まれてきたことを物語っている。

 その昔、適齢期を過ぎた独身女性は、世間から 「行かず後家」 などという、そうとう侮蔑的な言葉を浴びせられた時代があった。

 その後、晩婚化傾向も進み、非婚率も高まったので、ようやくこの理不尽なバッシングが収まるかと思いきや、今度は非婚女性に 「負け犬」 とか 「負け組」 の烙印を押すような風潮が生まれてきた。
 さらに、最近では 「婚活」 ブームがあり、それも独身を続ける女性にプレッシャーをかける一因になったのではないかという気がする。

 しかし、それにもかかわらず、 「おひとりさま」 志向は増えている。
 つまり、そこにひとつの “価値” を見出そうという動きが顕著になってきたのだ。

 すでに、昨年3月に発行された 『週刊朝日』 では、 「現代に流行する女性の “ひとり上手” 」 という特集で、ひとりカラオケで汗を流す女子大生や、彼氏を置いて、年末にホテルのスイートルームに一泊し、ワインを飲み、泡風呂に入ってひとりで優雅に過ごすOLの例などがレポートされていた。

 そこでは、あるOLの談話として、こんな意見も載せられていた。

 「興味を抱いたレストランを見つけたら、ひとりで行ったほうが早いし、自分のペースで食べられる。
 寂しいなんて思ったことはない。
 ひとりの方が味に集中できるし、気兼ねもいらない。
 好きな時間は、友だちや恋人とではなく、自分のためだけに使いたい」

 どうやら 「おひとりさま」 は、いまや “負の記号” ではなく、女性が自分自身の充実した時間を取り戻すためのプラス志向の “キーワード” になりつつあるようなのだ。

 事実、2010年11月15日号の 『AERA (アエラ) 』 では、ついにその 「おひとりさま志向」 が主婦層にまで広がっているというレポートが掲載された。

 その記事の書き出しは、こうだ。

 「夫や子供から解放されてひとりになりたいという、 『おひとりさま』 ならぬ 『おひとり妻』 欲求が、いま妻たちの間で高まっている。
 博報堂生活総合研究所の調査 (2008年) でも、 『一番充実させたい時間は?』 の問に、妻の回答でもっとも多かったのは 『自分のプライベートな時間』 で、20年前と比べて10パーセント以上増え、約65パーセントにのぼった」 (特集・おひとり妻の反乱)

 同誌によると、
 「リーマンショック以降、夫たちは不況の影響もあり、 『早く家に帰りたい』 『妻や子供と過ごしたい』 と訴えるが、妻は多少時間があれば自分だけで 『おひとり妻』 をして、ひとりの時間を楽しみたいのだ」
 ということらしい。
 
 では、彼女たちは、そのような時間を、どう活用しているのだろうか?

 記事によると、
 「ひとりでファミレスやカフェに行って 『お茶』 したり、大型二輪の免許を取ったり、印象派の美術展に行って美術などを見たり…」
 …して、自分を取り戻すための時間を確保しているらしい。

 実は、そのあたりの記事を読んでいて、ハッと思った。
 思い当たるフシがあったのだ。

 この11月初頭に開催されたキャンピングカーショー 『お台場くるま旅パラダイス』 の会場で、キャンピングカーユーザーの間に広がりつつある女性の 「おひとりさま」 傾向を (たまたまかもしれないが…) 集中的に見てしまった。

 ひとつは、あるブースで、販売店スタッフのお手伝いをしていた若い女性。
 本業はウエブデザイナーで、ホームページ、ブログなどのデザイン、コンセプトメイク、コンサルティングを手がける方なのだが、その “仕事場” がアメリカン・クラスCモーターホーム。

 そこにPCなどの仕事道具をいっさい積み込み、愛犬とともに、日本を放浪しながら泊まる先々で仕事をこなしているのだという。  

 その方の書いているブログを読むと、
 「旅の目的地は行き当たりばったりで気に入った土地に長居することもある」
 という。
 「危険な目に遭ったりしないの?」
 と聞かれることもあるが、
 「今のところ平穏無事に過ごせている」
 とのこと。
 しかし、 「こんなご時世なので…」 いくつかのセキュリティ対策は考えているそうだ。 

 さらに、別の女性の話。
 こちらは小さいお子様が3人もいるご夫婦だった。

 つい最近、キャブコンタイプの軽キャンパーを購入した。
 もちろん、家族で旅行するために買ったクルマなのだが、旦那さまが長期の仕事に関わるような季節になったら、お子様は旦那さんやら実家に預け、その奥様は 「ひとり旅行」 を楽しむつもりなのだという。

 軽サイズを求めたのは、奥様が運転するときの取り回しを考えて。
 キャブコン型を選んだのは、
 「ひとりで泊まるとき、ポップアップルーフでは、テント地を切られたら怖いから」
 …という理由による。

 また同じ日、愛犬3匹をカートに乗せて、キャンピングカー見物をしている顔見知りの女性と会った。
 あるキャンプ大会で知り合った方で、ペットとともに 「おひとりさまキャンピングカーライフ」 を満喫されている人だった。
 もともと、若い頃からひとりでバイク旅行を楽しんでこられた人らしい。
 「バイクに比べると、キャンピングカーははるかに安心」
 そう語っていたのが印象的だった。

 日本RV協会が発行している 『キャンピングカー白書2010』 によると、全国の4,159人の女性ユーザーのうち、 「たまに家族から解放されて、ひとり旅をしてみたい」 と答えた女性は、全体の5.7パーセント。
 これに、 「いま持っているキャンピングカー以外の別のキャンピングカーならひとり旅をしてみたい」 、 「すでにひとり旅を楽しんでいる」 という答を加えると、全体の14パーセントの女性が、ひとり旅に関心を持っているというデータがある。

 同白書によると、ひとり旅に関心を持っている女性からは、次のような意見が上がっているという。
 
 ① 「キャンピングカーは男性が主流というイメージが強いが、これから女性キャンパーがたくさん増えていってくれることを願いたいし、 (そういう) 友だちをどんどん増やしたい」
 ② 「女性でひとり旅をする人があまりいないのは、安全面やトイレ面で安心できる宿泊施設がないから。そういう旅の施設が多くできればいいと思う」
 ③ 「防犯のしっかりしたクルマがあり、女性専用の駐車場などがあれば、女性のひとり旅も増えるのでは」
 
 つまり、セキュリティの問題が解決され、しかも 「仲間が増えれば」 、女性だけでキャンピングカーライフを楽しみたいという人たちが潜在的に相当数いるという憶測が成り立つ。

 このように、夫や恋人に頼らずに、自分だけの時間を大切にしたいと望んでいる女性たちが増えてきた背景には、どんな事情が隠されているのだろう。

 先ほど紹介した 『アエラ』 (2010年11月15日号) には、次のような解釈が載せられていた。
 若い主婦層への 「おひとりさま」 ニーズが増えてきたことへの分析だ。
 
 「いまの30代ママ (団塊ジュニア) の多くは、心身ともに疲れている。その5割が子供を育てながら働き、大黒柱の一端も担っている。
 そのストレスは計り知れない。
 特に、30代の多くが核家族に育ち、子供時代から 『個室』 を与えられ、兄弟の数も少なく、自分の時間や空間を大事にしてきた世代である」

 だから、それ以前の既婚女性たちよりも、人一倍 「ひとりになりたい」 願望が強いのだという。

 また、最近とみに強くなっている “同調圧力” への反発もあるという。

 「団塊ジュニアの中には、中学時代にイジメに遭った経験を持つ人も多くいる。
 子供のころに、陰湿なイジメに直面した世代は、ママになっても、特定の集団やコミュニティーで、自分だけが浮いてしまわないように行動する傾向が強い。
 そのため、みな “空気” を読み合い、周りのママ友と同じように動くことに腐心する。
 だから、誰にも気をつかわない 『おひとり妻』 の時間をよけいに持ちたいと思うようになる」

 このような、周囲の 「同調圧力」 から解放されるために 「自分だけの時間を確保する」 というのは、非常に分かりやすい解説になっている。

 しかし、はたしてそれだけなのだろうか。

 『おひとりさまの老後』 を書いた上野千鶴子さんは、女性の 「おひとりさま」 ブームの背景にあるのは、根強い 「ミソジニー」 社会の影響もあることを示唆している ( 『サンデー毎日』  2010年 11月28日号) 。

 「ミソジニー」 とは聞き慣れない言葉だが、分かりやすくいうと 「女ぎらい」 。
 つまり、女性を尊重するようなタテマエをとりながら、実は、巧妙に女性を社会から排除し、男同士の精神的な安定性を確保しようとする思想を指す。
 
 要は、 「セックスは好きだが、女はきらい」 というような男たちが生み出す風潮のことをいうらしい。

 この 「ミソジニー」 は、男においては 「男尊女卑」 という形をとり、女においては 「自己嫌悪」 という形を取るのが特徴で、それが現代社会を生きる女性のストレスの大きな要因になっている。
 …というのが、上野さんの主張である。

 「男尊女卑」 などという言葉は、いまや死語化しつつあるように思える時代だが、実際には、それが巧妙に隠ぺいされ、形を変えて強化されているのが現代社会。
 彼女に言わせると、 「育児放棄をした女性を “鬼母” と形容してはばからない世論や、国会の施設を背景にファッション誌のモデルを務めた女性議員を過度にバッシングするメディアの例などが、なによりも現代の男尊女卑を露骨に体現している」 …ということになる。

 「草食系男子」 という言葉をつくり、それを一躍時代のキータームにまで押し上げた深澤真紀さんは、こう語る。

 「そもそもこの言葉は、女を嫌悪や蔑視の対象から外し、欲望の対象として見るのではなく、ひとりの “人間” として見ようとする若い男子のことを肯定的に表現する言葉のつもりだった。
 しかし (皮肉にも) 、 『女に対してガツガツしない男なんて情けない』 という男性たちのバッシングによって、逆に注目を浴びるようになった。
 それほど、草食男子の出現を不快に思った男がたくさんいたということである。
 この反応こそ、まさにミソジニーなのだ」 (週刊文春 2010年11月25日号) 。

 いきなり硬い話になってしまったが、女性の 「おひとりさま」 志向が強まってきた背景には、そのような女性蔑視の社会風潮をストレスと感じる女性たちが増えてきたという事実が反映しているともいえる。

 女性の 「おひとりさま」 ブームが、男に対する幻滅に端を発するというのであれば、男たちはどうすればいいのか。
 案外これは、世のパパたちに、改めて 「男と女の問題」 を考えることを迫る風潮なのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:33 | コメント(2) | トラックバック(0)

3行で総てを語る

 不必要なものを削る。

 これはコストカットをもくろむ企業経営にとっては根幹的なことであり、かつ、個人のメタボ対策にも必要なことであり、そして、文章道の極意でもある。

 特に文章をつくるとき、ただでさえ 「長すぎ!」 と指摘されることもあるこのブログで、不必要なダジャレまで盛り込んで、ダラダラと伸ばす性癖のある自分には、キモに銘じておかなければならないことかもしれない。

 文章における 「伝える力」 は、文章の長さとは関係ない。

 短いものの中にこそ、 「命」 が宿る。

 そう思える文章に出合うことがある。
 もともと、俳句や短歌というミニマムな文学形式のなかに、情景描写や、季節感や、作者の詠嘆を盛り込むことに長けている日本人は、感覚的にそのツボを心得ている。

窓の外の景色

 辰濃和男 (たつの・かずお) 氏の書かれた 『文章のみがき方』 (岩波新書) という本の中で、その書き手の人生が凝縮したような、短い文に接する機会があった。

 あまりにも、すごい! と思ったので、思わず筆をとって全文をメモに残した。
 …といっても、わずか3行。

 福井県の丸岡町 (現坂井市) が毎年募集している 「日本一短い手紙コンクール」 に寄せられた投稿者の文章のひとつだという。

  「いのち」 の終わりに三日下さい。
  母とひなかざり。貴男 (あなた) と観覧車。
  子供たちに茶碗蒸しを。


観覧車

 読んで、ちょっと声が出なかった。

 「 『いのち』 の終わり」 という言葉が、すべてのキーになっている。
 作者は、たぶん余命いくばくもない自分の運命と格闘し、最後にこの心境にたどりついたのだろう。

 そして、最後に望んだものが、
 「母とのひなかざり」
 「あなたとの観覧車」
 「子供たちへの茶碗蒸し」
 だったのだ。

 すべて、日々の生活のアクセントにもならないような、日常性の中に埋もれてしまうものばかり。

 ところが、 「それらのもの」 を、もうじき失ってしまう作者の目を通すことによって、そこにスポットライトが当てられ、映画のカメラがスゥーっと寄っていくような衝撃が生まれている。
 そしてこの作者が、これまで、どのような形で家族と接してきたのかということさえ鮮やかに伝わってくる。

 哀しみの中に漂う明るさ。
 冬のひだまりの中にたたずむような温かさ。

 この切ない文章に、いいしれぬ 「なぐさめ」 が感じられるのは、この作者の気持ちを汲み、作者をそっと見守る家族の視線を背後に感じることができるからだろう。

 この文を引用した辰濃和男氏は、
 「いろいろなものを削ぎ落として残ったものが 『ひな』 と 『観覧車』 と 『茶碗蒸し』 だったのだろう。その三つのもので象徴される家族の絆が、読む人の心にしっかりと伝わってくる」
 と締めくくるが、
 「削ぎ落とす」
 という意図的な戦略をとるまでもなく、自然に 「削ぎ落とされた」 名文の例であるように思う

 ほんとうに大切なものを人に伝えようとするとき、人間の書く文章は、3行で足りるのかもしれない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 00:15 | コメント(2) | トラックバック(0)

塔の形而上学

ブリューゲル「バベルの塔」
▲ ピーター・ブリューゲルの 『バベルの塔』

 人間は、塔が好きだ。
 古くは、旧約聖書の 「バベルの塔」 (← 本当にあったかは不明) に始まり、エッフェル塔やら、東京タワーやら、プルジュ・ハリファ (プルジュ・ドバイ) やら、スカイツリーやら……。

 何のためか、よく分からないけれど、とにかくみんな塔を建てるのが好きだ。

 だけど、なんで人間は古来よりそんなに 「塔」 を建てたがるのだろう?

 権力者の “権威” の誇示とかいう説もあるけれど、それなら、まずドッシリした安定感が必要で、不安定さを漂わせながらヒョロヒョロ伸びていく建物が必要とは思えない。

 スペース効率を高めるためだという人もいる。
 地価の高い大都市の場合は、フロアを積み重ねていくことで、総敷地面積を増やすことができる。
 まぁ、合理的な説明だね。

 ▼ 高層ビル
ガラスの高層ビル

 確かに、現代の 「高層ビル」 というのは、そう説明することも可能だ。
 だけど、 「塔」 は、 「高層ビル」 とは違う。

 「高層ビル」 には “意味” があるけれど、「塔」 には “意味” がない。
 「塔」 というのは、その 「高層ビル」 が終わり、その上に 「無意味な空間」 が現れるところから始まる。

 プルジュ・ハリファの地上800mとかいう高さって、どんなに高速エレベーターを使ったって、人間が暮らす空間にはならない。
 まず、そんな高いところまで、水道とか、ガスとか、トイレや風呂とか、ライフラインを整備するとなると、とてつもないコストがかかる。
 周りが砂漠で、建物を建てるスペースに困らないドバイでは、そんなコストは無意味なコストだ。

 第一、地震が来たらどうなるだろう? …ってな不安は常につきまとう。
 トレードセンタービルを襲った9・11事件のように、飛行機が突入してきたらどうなるのよ…とか思うと、もう住むなんてことは考えるだけで怖い。

 だから、人間が住む空間として、 「塔」 は意味がない。
 ホテルやオフィスがいっぱい入っているはずのプルジュ・ハリファだって、160階以降206階までは、全部機械室だっていうじゃない。
 一定以上高いところには人間は住めないってことを、建築家もちゃんと分かっているんだろうね。

 スカイツリーは 「電波塔」 として建てられたわけだけど、専門家の中には、 「電波塔なら、別にあれほどの高さなんか必要ない」 っていう人もいるようだ。

 では、もう一度原点に返って、
 「人間は、なぜ塔を建てるのだろう?」

 たぶん、そこには、「重力」 への挑戦という意味があるような気がする。

 ▼ 重力への挑戦…… ホント?
塔0056

 「重力」 ってのは、物理学的には、地球上の物体が地球から受ける力のことで、 「万有引力と地球の自転による遠心力との合力」 なんてよく言われるけれど、象徴的にいえば、 「重力の働く場」 というのは、大地に這いつくばって生きていくしかない人間の性 (さが) を背負った世界のことだ。

 「塔」 とは、その 「人間の性 (さが)」 を超えようとする意志が、 「形」 をとったものだ。 
 要は、 「人間は、どれだけ “神さま” に近づけるのか」 と問う建築なんだね。
 さらに言葉を変えて言えば、 「人間の知恵や技術や文明は、どこまで進化できるのか」 を問う建築のこと。
 
 進化の行く末を見極めたいという衝動に 「意味」 はない。
 生物の 「進化」 に意味がないのと同じように。

 旧約聖書の神さまが、人間による 「バベルの塔」 の建設を恐れたのは、それが 「意味」 を持たない行為だったからだ。

 もし、人間たちが、高い塔を造って、それを集合住宅にしようとか、ショッピングモールに使おうというのだったら、神さまは見逃していただろう。

 しかし、「バベルの塔」 には意味がなかった。

 「無意味なこと」 を追求することは、 「神の秩序」 への冒涜である。
 それは、この世に意味を与えることを使命と考える神さまに放たれた “悪意” にすぎない。

 神さまは、「バベルの塔」 の建設に、人間のニヒリズムをみたのかもしれない。
 (だから、キリスト教原理主義の人たちから見ると、 「進化」 を唱えたダーウィンの教えは、ニヒリズムに感じられるのだろう) 。

 
 この先、 「塔」 はいったいどうなるのだろう。

 現在、世界で最も高いといわれるプルジュ・ハリファを超える高さのビルの計画がすでに進んでいるという。

 きっと、これからもどんどん 「塔」 の高さは延長されるだろう。
 そして、いつかは力学の限界を超えて、破綻するだろう。
 しかし、それまで人間は 「塔」 の高さを伸ばし続けるだろう。

 あたかも、どこで破綻するかを見極めようといわんばかりに。

 関連記事 「塔は淋しい」
 http://campingcar.blog.hobidas.com/archives/day/20080303.html


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:04 | コメント(0) | トラックバック(0)

裕次郎スナック

 “裕次郎スナック” というものに行ってみた。

 もちろん、そんな名前のスナックがあるわけはないのだけれど、そこのママさんが若い頃から熱狂的な石原裕次郎のファンで、店内に張られた映画のポスターから、カウンター奥の色紙、酒瓶、缶コーヒーのデザインに至るまで、今となっては入手不可能な “裕次郎アイテム” に満ちあふれた店なのだ。

 もちろん、カラオケでも、裕次郎の持ち歌を好きな人、熱烈大歓迎。

 う~ん……
 こういう店に入るときの態度は、四つある。

 ひとつは、
 「ああ、裕次郎いいっすね! 僕も大好きです。 『嵐を呼ぶ男』 カッコえかったなぁ! 歌では 『赤いハンカチ』 なんかよく歌います」
 という戦略。

石原裕次郎ポスター

 もうひとつは、
 「いやぁ、裕次郎好きだけど、この店で裕次郎の歌をうたっても、皆さんから下手だってバカにされちゃいそうで、怖いすね! だから、今日はあえてライバルの小林旭の歌うたっちゃいます」
 …って感じのやつ。

 3番目は、
 「好きですけど、歌も映画もあんまり知らなくて…」

 最後は、
 「ユージロ? 誰っす? それ…」

 で、この日、私が取った態度は、2番目のやつ。
 「じゃ今日は、アキラ歌っちゃうかな…」
 ってやつ。
 もちろん、小林旭の歌だってそんなに多くは知らないのだが、旭ファンの友人がいたせいで、若い頃はさんざん歌わされた。
 だから、鼻唄程度には、 『自動車ショー歌』 、 『ズンドコ節』 、 『北帰行』 、 『さすらい』 なんかはすぐ出てくる。

 で、そういうのを歌っていると、面白がってノッてくれるお客さんがいるから助かる。
 「そっちが旭の 『さすらい』 なら、こっちは 『錆びたナイフ』 だ!」
 と、対抗意識をむき出しにして遊んでくれるオヤジがいるから楽しい。

 ところで、石原裕次郎というスターをどう評価するか。

 この大スターの活躍をいちおうリアルタイムでフォローできる世代に生まれた僕としては、ちょっと難しい課題だ。

 正直にいうと、僕自身は、あまり石原裕次郎に肩入れした記憶がない。
 その店のママさんや、常連のお客さん方が示したほど 「不滅の大スター」 として裕次郎を遇する熱意が低い。

 僕の世代は、広義の “団塊の世代” に入るのかもしれないけれど、狭義でいう団塊世代 (1947年~1949年) からは1年下 (1950年生) ということになる。

 わずか1年の差だが、僕らが行っていた東京・都下の小学校などでは、 「裕次郎って、ちょっと上の世代のヒーロー」 …つまり、俺たちの兄さんとか姉さんのアイドルっていう意識があって、すでに世代的なズレが生じていた。

 じゃ、俺たち小学生のアイドルって何さ?
 といったら、それはもう圧倒的にクレイジーキャッツであり、とんま天狗であり、月光仮面であり、少年ジェットであった。
 裕次郎という、ギラギラのオーラをストレートに発揮するヒーローに憧れるよりも、小学生時代の僕たちは、すでにギャグに身をやつすタレントたちや、虚構のヒーローの方を面白がっていた。

 もしかしたら、これは世代的な差というよりも、都会生まれの団塊世代の特徴なのかもしれない。
 都会生まれの団塊世代は、こまっしゃくれた大人の笑いには敏感に反応したが、裕次郎のストレートなカッコよさは理解できなかった。
 そういう言い方もできる。

 たぶん、石原裕次郎というスターは、都会育ちの団塊世代よりも、地方から東京を目指した団塊世代にとって “まぶしい存在” だったのだと思う。

 それなりのブランド大学に籍を置きながら、学校の窮屈さを嫌って、都会で遊び暮らす優雅なお坊っちゃん不良。
 高級外車を無雑作に乗り回し、洋上のヨットで肌を焼き、ケンカは強いし、どこにいても女性の視線を一身に集める “超ド級のスーパーヒーロー” 。
 きっと、昭和30年代に生きた地方の若者にとっては、 「石原裕次郎」 というのは、もっとも都会っぽい記号を帯びたアイドルだったのだろう。

 石原裕次郎が映画デビューを果たした 『太陽の季節』 が公開されたのが、1956年。
 その時代になると、日本列島に高度経済成長の波が押し寄せ、都市部の工場はどこも深刻な労働力不足を訴えるようになっていた。
 裕次郎がデビューして、スターダムにのし上がっていく過程というのは、ちょうど、農村から都市部へと、若者たちの人口移動が活発になっていく時代と重なる。

 この時代、地方の農家に暮らす中卒の若者は、都会の工場では 「金の卵」 ともてはやされ、 「集団就職列車」 という特別仕立ての列車に乗せられて東京、大阪などの大都市に集められるようになった。

 Wikiによると、集団就職列車が運行を開始したのは1954年 (昭和29年) で、修了したのが1975年 (昭和50年) だったという。
 ちょうど、石原裕次郎の主要映画が公開された時代と重なる。

 この時代の歌謡シーンを見てみると、見事に “望郷歌謡曲” が主流になっている。
 『東京だョおっ母さん』 島倉千代子 1957年 (昭和32年)
 『夕焼けトンビ』 三橋美智也 1958年 (昭和33年) ※ これは文句なく名曲!
 『僕は泣いちっち』 守屋浩 1959年 (昭和34年)
 『ああ上野駅』 井沢八郎 1964年 (昭和39年)

 こういう望郷ソングは、言うまでもなく、集団就職に代表される、若者の都市流入現象と呼応している。
 これらの歌では、都市に出て行った家族や恋人と、地方に残された者との愛憎悲喜こもごもの感情のゆらぎがテーマとなる。

 そのような生活の匂いが濃厚な望郷歌謡曲が主流の時代に、石原裕次郎の歌う世界は、とんでもなく抽象的で、都会的に感じられたはずだ。
 『銀座の恋の物語』 (1961年) にせよ、 『夜霧よ今夜もありがとう』 (1967年)にせよ、 『恋の町札幌』 (1972年) にせよ、そこには、田舎と都会に引き裂かれた人間の葛藤は出てこない。どの歌にも、都会の片隅で恋をささやく男女の甘くクールなスマートさが漂っている。

 だから、裕次郎の 「都会的カッコよさ」 というのは、その対比として存在した望郷歌謡曲を背景に成り立つものだった…ともいえるのだ。

 ここのところの案配が、同じ団塊の世代でも、都会生まれの団塊たちには理解できない。
 まず、都会生まれには、望郷歌謡曲の意味が分からない。

 彼らにとって (実は僕もそうなんだけど…) 望郷歌謡曲というのは、単に泥くさい “音” にしか聴こえなかったのだ。

 都会育ちの団塊世代は、いきなり洋楽崇拝に行く。
 団塊世代でも、少し年齢が上の都会派は、 「若い頃好きだった歌手」 などという話題になると、ペリー・コモ、ナット・キング・コールのスタンダード系か、カントリーウエスタン。 (さらに上の世代になると、タンゴなどを聞いていた人が急に増える) 。

 映画の話でも同様。
 都会派の団塊世代は、あまり日活モノなどを見ない。
 で、好きな “映画スター” みたいな話になると、もう一気にゲーリー・クーパーとかクラーク・ゲーブル、ジェームス・ディーンに行ってしまう。

 今度は、都会派団塊世代の下の方。
 こっちは、歌ならビートルズは当然で、後はベンチャーズ、クリフ・リチャード。あるいは、ブラザースフォーかPPM。
 映画の話になれば、 『007シリーズ』 とか、 『ウエストサイドストーリー』 、 『アラビアのローレンス』 。

 彼らのような、洋モノ好きの都会派団塊世代からみると、裕次郎という存在は、評価軸をどう定めたらいいのか分からないエアポケットのような場所にいるスターなのだ。

 逆に、裕次郎を愛する団塊の世代は、裕次郎を評価できない団塊の世代をうとましく感じているように思う。
 同じ団塊世代ながら、そこに目に見えない、小さな反目が渦巻いている。

 “裕次郎スナック” で、小林旭の歌はその場を大いに湧かせるけれど、ビートルズはたぶん無視される。

 旭は、立派な裕次郎のライバルになりうる。
 それは、たとえばビートルズVSローリング・ストーンズとか、聖子VS明菜に似たような対立構造をなす。

 いつも太陽の光りを浴びて、燦然と輝く裕次郎に対し、旭は、夜咲く “月見草” 。
 彼のうたう歌には、 『さすらい』 とか 『北帰行』 に代表されるような正統演歌のセンチメンタリズムがある。
 そうかと思うと、テンガロンハットを被り、ギターを背負って、北海道を馬で走るという、きわめてシュールな映画に、なんのためらいもなく出たりして、謎っぽい人である。

小林旭ジャケ

 スマートな裕次郎と、スマートさが中途半端な旭は、対立構造なんだけれど、それは遊びの形をとり、ゲームとして消化される。

 しかし、ビートルズと裕次郎は、対立構造をなさない。
 それは、同じゲームの土俵に登ることのない永遠に異質な世界だ。

 団塊の世代というと、よく 「ビートルズエイジ」 とか 「全共闘世代」 という言葉でくくられることが多いが、そういう言葉を苦々しい思いで噛みつぶす団塊の世代の方が、実は、数的には 「ビートルズエイジ」 や 「全共闘世代」 よりも圧倒的に多い。
 なにせ、団塊の世代の大学進学率は約15パーセント。
 大学まで進み、学園闘争に明け暮れたのは、ごく一部の裕福なエリート家庭の子弟だけだったのだ。 

 だから、 「団塊の世代問題」 というのはあったとしても、 「ビートルズエイジ問題」 とか、 「全共闘世代問題」 というのは 「世代の問題」 としてはあり得ない。あるとすれば、それは 「時代の問題」 だ。

 圧倒的な多数派を誇るサイレント・マジョリティの団塊人たちから見ると、 「ビートルズ」 一派と 「全共闘」 一派は、親のスネをかじって学校に行かせてもらっているにもかかわらず、勝手に大学を壊したり、ノウテンキにギターを奏でながらナンパにいそしんだ “いけすかない野郎” たちであったに違いない。

 で、そういう “いけすかない団塊野郎” たちは、中年になってからは、恰幅のいい体格を仕立てのいいスーツで包み、お店のママさんにブランデーなんかを奢りながら、ポール・アンカの 『マイウェイ』 を、英語で朗々と歌いあげて、拍手されてしまう。

 それを、うとましく思う人たちの中には、口には出さずとも、 「やつらになんか、石原裕次郎のカッコ良さが分かってたまるか!」 という思いを秘めている人たちもいる。

 もちろん、こういう観察は、ごくごく自分の私的な生活圏の中の話であって、調査対象となっている人たちも10人ぐらい。
 だから、それをもって一般論に普遍化することはとてもできないけれど、その限定された人々を見るかぎり、僕はそんなふうに感じた。

 で、僕はその “裕次郎スナック” がひどく気に入ってしまって、ジンロのボトルを一本入れた。
 そこで、裕次郎派を “敵” にまわし、旭の歌で殴りこみをかけるのが楽しみなのだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 23:10 | コメント(2) | トラックバック(0)

自然は子供を養う

《 キャンプに連れて行く親は、子供を伸ばす! 》

 扶桑社から 『キャンプに連れて行く親は、子供を伸ばす!』 (坂田和人・著) という本が出されている。
 テーマは、まさにタイトル通りなのだが、実は、このような本は、一見よくありそうで、案外少ない。

キャンプに連れて行く親は子供を伸ばす表紙

 キャンプやアウトドアをテーマにした本の大半は、そのノウハウやグッズ類を紹介するもので、それが 「なぜ子供に良いのか?」 という考察が語られることは今までほとんどなかった。
 これまでの本では、 「キャンプは子供を伸ばす」 ということは、すでに暗黙の “前提” となっており、 「なぜそうなの?」 などと十分に考察することもなく、いきなり 「テントの選び方」 「ペグの打ち方」 などに入っていた。

 しかし、 「なぜ、アウトドアが子供のためになるのか?」 という根本的な考察を押さえておかないと、子連れキャンプを実現しても、けっきょく親たちだけの自己満足で終わってしまう。同じ自然を見ても、子供の視線と親の視線では、まったく異なるものを見ていることもあるからだ。

 そこで、この本。

 ここには、
 「子供は、自然の中に何を見るのか?」
 「何を学ぶのか?」
 「何を面白がるのか?」
 ということが “子供目線” をしっかり交えて語られている。

 “子供目線” というのは、いわば 「人間の原点」 に立ち返ったときの視線のことをいう。
 本書は、その人間の原点に立ち返ったときの視点で、 “アウトドアと子育て” を、体験的に綴った初の書籍かもしれない。 

坂田和人氏
 ▲ 著者近影

 著者は、坂田和人氏 (1955年・東京生まれ) 。
 映像ジャーナリストである。
 商業写真も手掛ける一方、趣味と実益をかねて、登山、キャンプなどのアウトドア分野の撮影を得意とし、文化論的な視点を交えたアウトドア読み物も執筆する人だ。
 その視点は、一種 「文化人類学」 的なフィールドワークに貫かれ、それをもって、彼の仕事を 「文化人類 “写” 学」 という人もいる。

 そのアウトドア体験がハンパじゃない。
 修験道の行に励む修験者たちに混じって、行を積むことから始まり、北アメリカではナバホ居留区で、ネイティブアメリカンの人たちと交わり、生活をともにした。

 極めつけは、南米アマゾン川流域で、原住民マチゲンガ族の集落に入り、住民と一緒になって狩猟採集生活を体験したこと。
 アマゾン生活は3年弱の間に5~6回行われたが、最短2ヶ月、最長で半年ぐらいだったという。
 そのほかにも、ネパール、カムチャッカ、環太平洋諸島、アフリカなどを探索し、普通の日本人では得られないような自然の景観を堪能し、異文化交流を果たし、その成果を画像として残している。

《 子供には分かる 「地球の音」 》

 こういう人が書くアウトドア本だから、さぞや普通の人には実践不可能なことが書かれた “ハードなサバイバル本” と思われがちだが、さにあらず、主張はいたって平易だ。

 しかも、語り口が美しい。

 「 (フィールドに出たら) 立ち枯れの木によりかかる倒木、株に生えるキノコなど、自然の造形芸術を楽しもう。
 そして、落ち葉のきしむ音を聞きながら、歩こう。
 やがて、音の響きは森に吸収され、 “静寂” が訪れる。
 都会の無音は、耳に聞こえない電磁波や振動を身体に感じるが、森の中の無音の空間には “地球の音” が聞こえる」

 地球の音。
 それこそ、大人は聞く耳を失っても、子供には聞ける 「音」 だと、著者は伝えようとしているようだ。

テントキャンプ風景(塔の岩)

 実は、この著者にアポを取り、3日前、実際に会って話を聞く機会を得た。
 長く伸びた夕暮れの陽射しが射し込むカフェで、坂田和人さんは、初対面の私に対し、本に書き切れなかった話を交えながら、2時間にわたって、アウトドア文化についての面白いエピソードを語ってくれた。

 印象に残ったのは、焚き火の話。

 アウトドアを知らない都会の子供たちをキャンプに連れていったとき、彼らがもっとも好奇心を奪われるのは 「焚き火」 なのだという。
 キャンプは、参加者全員が役割分担をこなすことで成立する遊びだが、その役割分担のなかでも、子供たちに最も人気があるのが 「火の番人」 だとか。

焚き火イメージ

《 焚き火というセレモニー 》

 火といえば、自動点火のガスしか知らない現代っ子にとって、火熾しから始まる焚き火行事は、あたかも 「自然」 という冒険の世界に飛び込むセレモニーに見えるらしい。

 火というものを管理する術を覚えたとき、人間は、他の生物の脅威から逃れることできたという安堵感と高揚感をはじめて獲得した。
 それが人間のDNAとして、今も生きている。
 だから、火は、人間にとって最もプリミティブ (原始的) で、力強い、根元的な “文化” なのかもしれない。
 火を前にすれば、人間は、近代文明のややこしいルールをいっとき忘れ、火を最初に獲得したときに人類が味わった素直な喜びを取り戻すことができる。

 「だから、親子で焚き火を囲めば、必ず話が弾むんです。日頃は話せないようなことが話し合える。それが焚き火の効用です」
 と坂田さんは、おだやかな笑顔を浮かべながら、物静かに語る。

 「そこで子供は、火の温かさや、それが人間にもたらす安心感を、身体で理解するわけですね。
 それと同時に、その火というものは、常に人間が繊細な神経をつかって管理しなければ、あっけなく燃え尽きてしまうことも知る。それが、感性を磨くことにつながるんですね」

岩に登る子供たち

《 都会育ちの子供はマイナス思考 》

 そのようにして磨かれた感性を身につけた子供は、やがて、どのような人格を形成していくのだろう。
 自然体験をしている子供と、それを経験していない子供とでは、同じ山の景色、風の流れに接しても、それぞれ違ったものを受け取るという。

 坂田さんは、著書の中でこう語る。
 「都会の子供は、美しい雪山で冷たい風を体験すると、 『ああ寒いな』 というただのマイナス思考で終わってしまう。
 ところが、アウトドアの感性を磨いた子供は、冷たい風を感じたら、 『ああ冬が迫っているな』 とまず思う。
 そして 『寒くなる前にいろいろと冬支度をしなければ…』 とごく自然に考える。
 さらに、その冷たい風の向こうに広がる 『美しい雪山』 を感じることができる。
 それらは、みな自然に親しく接する感覚が身体に刷り込まれているからである。
 無心に咲く花の美しさ、新緑の息吹、冬の清々しさなどを身体で感じとれる感性があれば、芸術や文学への造詣も深まり、人生も豊かになる」

自然の中の雪景色

 それに対し、都会生活しか知らない子供は、感性どころか、フィジカルな能力も劣ってしまう。
 坂田さんが気にするのは、そのことだ。

 「最近の都会の若者を見ると、狭い路地などで機敏に身体をかわしていくこともできない人たちが増えているように感じます。
 たぶん、子供のころから自然の中で思いっきり身体を動かして遊んだ経験に乏しいからでしょう。
 “お金さえ出せば” 、あるいは、 “ボタンを押せば” 、身体を動かさなくても、何でも手に入るといった受動的な生活になじんでしまったことが大いに関係しているように思います」

 その部分を、坂田さんの著書から引用すると、次のようになる。

 「都会の道路はコンクリートやアスファルトで塗り固められ、平坦なところが多いが、キャンプ場や山、川、海といった自然のフィールドはそうではない。
 歩き方一つをとっても、デコボコの土の上の道と舗装された道では大きな変化が出てくる。
 そうした変化の感覚を “自分の身体に刷り込むこと” 、 “自然に対応できるようにすること” が大事。
 こういう経験は、遊園地やゲームセンターでは決してできない」

《 「頂きます」 という言葉の意味 》

 自然の中に入ったときは、食べ物も、できるだけ自然の恵みを採集することが子供の感性を養うことになる。

 次も、著作からの引用。

 「現代の子供たちは、普段、食べている肉や魚、野菜も、 “お金を出せば買える” と思っているから、それらのものが自然の中でどうやって生きているのか、本来どんな形をしているのか知らない。
 だから、食べられる野草を集め、自分で釣った魚を自分でさばいてみる。
 それは新鮮で興奮できるチャレンジであるだけでなく、その過程で、子供たちは食前の合い言葉である “頂きます” の意味、つまりほかの生命を頂いて自分が生きることの本当の意味が理解できるようになる。
 また食材を採集するという行為によって、野菜や肉の “旬” が分かるようになる」

《 親は静かに見守るだけでいい 》

 いちばん肝心なことは、 「自然の中に入ったら、むしろ親は口うるさく子供を指導しないこと」 だという。
 子供たちを自然のなかに放り込めば、放っておいても、子供たちは自然という “先生” から学び始める。

 ところが親は、おせっかいを焼きたがる。
 ケガはしないか?
 危なくないか?

 ほとんどの親は、子供を過剰に監視して、あれこれと禁止事項を設けて子供を縛り付ける。
 「それでは、都市生活をしているのと同じ。自然に連れ出した意味がない」
 と、坂田さんはいう。

 子供たちのストレスの増大、コミュニケーションスキルの劣化、感情表現の乏しさなどの原因の大半は、親の過干渉から来るもの。
 自分たちが安心できる 「子供像」 という “鋳型” に、親が、生きた子供を押し込んでしまうことが要因となっている。

緑の中を走る子供たち

 キャンプというのは、子供たちが本来の能力を試すことのできる絶好の場である。
 火を熾す。
 包丁を使って、食材を切る。
 日頃、家ではできないことを試す “生活の実験室” なのだ。

 ところが、…と坂田さんは書く。

 「家庭で包丁などを持った経験のない子供たちは、危なっかしい手つきでそれをやるので、母親が包丁を取り上げてしまう。
 しかし、人は “危険” を知っているからこそ “危険回避” ができる。
 そういった “経験値” が、子供の感性を豊かにし、危険回避を含めたスキルを向上させる。
 火傷 (やけど) 、切り傷、捻挫など不可抗力な事故で痛みを味わった子供は、むやみにほかの子供を石や鉄拳、ナイフなどで怪我させることを自然と避けるようになる。
 テレビゲームのバーチャルな格闘しか知らないと、現実の痛みを知ることはできない」 (著書より)

 「だから、親が子供に危険なことをやらせるとき、それが子供だけで回避できそうか、それとも親が助けを出す必要があるかを予測する能力が親には必要だ」
 と、坂田さんは説く。

 子供の問題は、まず親の問題なのだ。
 そして、それは今の社会環境の問題でもある。
 
 「親が、子供の本当の姿を見失ってしまったのは、少子化社会の進行で、兄弟の数が減ったことなどにより、個室を与えられる子供が増えたことも関係している。
 そういう状態では、子供の本当の姿が見えないから、親の “見守る能力” がどんどん落ちていく」 (著書より)

《 文明のスピードが人間のリズムを超えた 》

 親の見守る能力が欠如してしまったのは、さらに大きな視野からいえば、親自体が 「人間が生きる力として何が必要なのか?」 というテーマを見失ってしまったことの証左でもある。

 どうしてそのような事態が起こってしまったかということに対し、坂田さんは、文明のスピードが人間の自然なリズムを超えてしまったところに原因を求める。

 「現代社会の技術は日進月歩で、どんどん新しい商品が市場に登場しては消えていく。
 交通機関や通信機器の急速な発達で、世界は狭くなり、インターネットや携帯電話を持っていれば、24時間、どこにいてもリアルタイムの情報を得ることができる。
 そのスピードの速さは、人間が本来持っている “生理” のスピードを超えている」 (著書より)

 そのため、人間は 「生き延びる力として何が必要か」 という知恵を磨く時間を持てなくなってしまった、と坂田さんは語る。

 アウトドアの世界に飛び込むことは、その “人間の生理のリズム” を取り戻すことにほかならない。

 そのリズムとは何か?

 坂田さんは、それを 「地球の鼓動」 だという。
 そして、そこに流れる時間を 「地球時間」 だという。
 アウトドアの真髄は、 「地球時間」 を取り戻すこと。

 都会生活の中で、自分が何を忘れていたのかを考えさせてくれた著者との2時間であった。

jrvaキャンプラリーイメージ

音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 20:28 | コメント(4) | トラックバック(0)

おれ、ねこ

 最近、ちょいと偶然テレビで聞いたんだけど、 『おれ、ねこ』 という歌に、ものすごくハマっている。
 ここ1週間ほど、無意識に鼻歌が出るときは、必ず 「おれ、ねこ」 と口ずさんでいる。
 「あ、また歌っちゃった…」 と途中から気づくのだけれど、歌っている瞬間、まさに自分がネコになっている。
 あれ、すごい歌だ。

 どういう歌かというと、NHK教育テレビ (Eテレ) の朝6時55分から始まる番組 『0655』 の 「ねこのうた、犬のうた」 のなかで放映される歌らしい。 (それをたまたま深夜の時間帯で見たわけ)。

 歌は毎回同じなのだけど、画像がそのつど変わる。
 視聴者が自分の飼っているネコの画像をテレビ局に送ると、テレビ局の方で、歌のストーリーに合わせて投稿者のオリジナル画像を編集し、歌の流れとマッチングするように構成してくれるからだ。
 だから、毎回違ったネコが登場するし、そのネコが住む家の環境もさまざま。歌が同じでも飽きられないのは、そこに理由がありそうだ。 

 歌詞は、…ンチャンチャという2拍子のリズムにのって、次のように始まる。
 「おれ、ねこ、おれ、ねこ…」
 このとき、投稿者の愛猫の最もチャーミングな表情がアップされる。

おれ、ねこ

 次は、
 「ここ、おれのうち、ここおれのうち」
 …の繰り返しなんだけど、最初の 「おれのうち」 は、飼い主の家の家屋。
 次の 「おれのうち」 は、そのネコに与えられた専用スペース (段ボール箱が多い)。

 続いて、
 「これ、いつものご飯、これスペシャルご飯」
 と、食事が紹介される。
 「いつものご飯」 は、簡素なペットフード (まれに芋虫とか) 。
 「スペシャルご飯」 は、お刺身とか、フライドチキンとか。

 その先は、
 「それ、大好きおもちゃ、それ落ちつく寝床」
 おもちゃの画像は千差万別。
 ネズミのぬいぐるみだったり、柄の付いたブラシだったり。
 寝床の方は、ペット用ベッドだったり、飼い主のひざだったり。

 そこから先が面白いのだけれど、
 「おれ、ねこ、こいつうちのヤツ」
 …という歌詞になり、そこではじめて、飼い主の画像が登場する。 (飼い主は大人から、子供から、おバアちゃんまでさまざま) 。

 で、このネコは、 「こいつ、うちのヤツ」 などと、ぞんざいな言葉を使うのだけれど、ネコはネコなりに飼い主に対して愛情を持っているようなのだ。
 それは次のような歌詞で分かる。

   「こいつ、ご飯くれる、こいつ遊んでくれる。
  おれ、ネコだから、こいつの言葉わからない。
  おれ、ネコだけど、なぜか、こいつの気持ちよくわかる」


 無愛想なネコになればなるほど、逆に、この歌詞が生きているところが、この歌のミソ。
 ネコは、犬よりも人に対して無愛想な動物だから、この歌詞のところでグッと涙を流す飼い主も、きっと多いのだろう。

 この歌をYOU TUBEで探しているとき、ふと開いたサイトで、次のような言葉を見つけた。

 犬は、飼い主に対して、次のように思う。
 「この人は、私が何もしないのに、いつもエサをくれる。だから、この人は神様に違いない」

 それに対して、ネコは次のように思うそうだ。
 「この人は、私が何もしないのに、いつもエサをくれる。だから、私は神様に違いない」

 有名な人の言葉なのか、そのサイトを管理している人の言葉なのか詳しく調べなかったけれど、唸ってしまった。
 名言だと思う。 


 ※ 「おれ、ねこ」 の動画は、かつてYOU TUBEにいっぱい掲載されていたけれど、著作権の絡みで、今はどんどん削除されているみたいだ。それでも、 「おれ、ねこ」 の構成をコピーしたような個人制作のものは見られるようだ。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 01:19 | コメント(2) | トラックバック(0)

NHK車中泊報道

 昨晩 (11月8日) 、NHKラジオ第一放送の 『NHKジャーナル』 (22:00~23:00) を聴いていたら、一連のニュース解説のなかで 「車中泊とキャンピングカー」 をテーマにした報道が流されていた。
 テープに収録してみたので、それをここに紹介してみたい。

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【男性キャスター】 ……続いてリポートです。最近人気が高まっている 「クルマに寝泊りしながら旅行する車中泊」 についてのリポートなんです。
 高速道路の値下げや、クルマでの旅行を楽しむ団塊の世代の増加で、この車中泊、最近人気が高まっているということなんですね。
【女性キャスター】 しかし、その一方で、問題も起きています。取材に当たったラジオセンターの和田哲 (さとる) ディレクターです。

【男性キャスター】 和田さん、この 「車中泊」 という言葉、最近よく聞くようになりましたね。

【和田ディレクター】 はい。 「車の中に泊まる」 と書いて、文字通り、ホテルなどの宿泊施設に泊まらずに、キャンピングカーやワンボックスカーの中で寝泊りしながら各地を旅行する新しい旅行のスタイルなんです。

 ま、宿泊代を安く抑えられて、時間に縛られず、各地の名所旧跡をめぐったり、地元のおいしい料理を存分に味わったり…ということで、いま人気が高まっているんですね。
 特に高速道路料金の値下げや、夫婦二人で旅行を楽しむ団塊世代が増えたりということがその人気を後押ししているといわれています。

 ところが、その一方で、各地の 「道の駅」 などで、その使い方の悪さが問題になってきているんです。
 東北地方の 「道の駅」 を調査している 『東北 道の駅 車中泊研究会』 の安藤美樹さんに聞きました。

▼ 車中泊で朝を迎えるクルマたち
車中泊壇ノ浦PA

………………………………………………………………………………………………

【安藤美樹】 いくつかの 「道の駅」 から挙げられた指摘なんですけれども、一番多いのは、やはりゴミの問題ですね。
 あとは駐車場で、たとえばバーナーとか、そういう火気をクルマから駐車場に持ち出して、火を使ったりとか。
 あるいは、トイレの洗面所で洗濯をしたり、調理をしたり…などということが (問題点として) 挙げられています。

▼ 公共駐車場でのゴミ問題は昔から管理者の頭痛のタネ
SAの注意書き

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【和田ディレクター】 そのほかにひどい例としてはですね、自動販売機の電源を勝手に使ったりという例もあるんです。
【男性キャスター】 はぁ! まるでオートキャンプ場…のような使い方をパーキングエリアのようなところでしているということなんですね?

【和田ディレクター】 そういうことなんですね。設備の整っているオートキャンプ場の場合は、 (その設備を) 有料で使うわけなんですけれど、あたかも “無料のキャンプ場” として 「道の駅」 の設備を使っているということが問題なんです。

 ただ、この車中泊、どれくらいのクルマが、どういうふうに使っているのか、その詳しい実態が調査されていません。

 そこで、先の研究会では、国土交通省に提案して、先月、山形県と福島県のふたつの 「道の駅」 で、二十日間ほどかけて車中泊に関してのアンケート調査と実験を行いました。

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【女性・調査員の声】 …すいません、いま 「道の駅」 のアンケート調査をしているんですが、 「車中泊」 という言葉は聞いたことがありますか?
【女性の声】 ええ、ありますね……

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【和田ディレクター】 まずアンケートでは、車中泊の目的、そして予算、また 「なぜ道の駅を利用するのか?」 、そのほかにも 「道の駅の洗面所で炊事や食器洗いをすることや、駐車場でバーナーを使うことなどに対して、どう思うか?」 …などについての意識調査も行いました。

 そして、さらに実験期間に限って、車中泊専用の駐車スペースを設けたり、炊事のための洗い場や洗濯機を設置したり、旅行するドライバーのゴミを有料で引き取るなどのサービスを行ってドライバーの反応も調査したんです。

【男性キャスター】 なるほど。
【和田ディレクター】 まだ集計はまとまっていませんけれど、現場で聞き取りした範囲では、特にゴミの有料引き取りについては、ドライバーに好意的に受け入れられていたようです。
 研究会では3月までに調査の結果をまとめて、新たな 「道の駅」 の利用など、今後に向けた指針づくりを提案していきたいとしています。
 再び、 「東北 道の駅研究会」 の安藤さんの話です。

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【安藤美樹】 車中泊の方々がこれからも増えていくことは、おそらく間違いないだろうと思いますので、じゃ、どういった対応ができるのかということを考えたいと思いまして、今回の実験を実施してみたというところです。
 あくまで、みんなで気持ちよく、安心に使っていただくためのルールという形で考えたいと思っています。

………………………………………………………………………………………………

【和田ディレクター】 こうした 「道の駅」 でのマナー違反については、キャンピングカーなどを製造販売している業界団体でも問題視していて、対策を講じようとしています。
 日本RV協会会長の福島雅邦 (まさくに) さんの話です。

………………………………………………………………………………………………

【RV協会 福島会長】 いわゆる 「車中泊」 というクルマの使い方をされる方が増えてきたのを機に、 「道の駅」 などにおけるゴミの不当投棄の問題とか、マナーの問題など、いろいろなトラブルが発生していることを協会でも調査してきました。
 そこで、RV協会としては、車中泊利用時の 「マナーハンドブック」 などを発行して、公共の駐車場を使用するにあたっての注意事項ですね。…宿泊施設として認可された場所じゃないわけですから、 「あくまでも仮眠にとどめて」 とかですね、 「車中泊10ヶ条」 みたいなものをつくって、キャンピングカーを買われたお客様に注意・啓蒙を図ってきたんですね。

▼ 日本RV協会発行 「マナーハンドブック」
マナーハンドブック

……………………………………………………………………………………………

【和田ディレクター】 その 「マナーハンドブック」 ですが、B4サイズの両面刷りのパンフレットで、 「公共駐車場を使う場合のマナー10ヶ条」 として、 「イスやテーブルを持ち出して、キャンプ場代わりには使わない」 、 「近所に民家があるような場合は、夜、発電機などを使わない」 など、当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが、そうした注意事項をキャンピングカーを購入した人に配布して、マナーの徹底を図っているということなんです。

 特に今年に入って、大手の自動車メーカーもですね、主に団塊の世代を対象に軽自動車でのキャンピングカーを相次いで販売するなど、車中泊の人気というのは今後も高まっていくと考えられています。
 しかし、それが新しいレジャーとして定着していくためには、今後、利用者やドライバーのマナーの向上に加えて、道の駅など、公共の駐車場を利用する際の一定のルールづくりが求められていくのではないかと、取材していて思いました。

【女性キャスター】 はい。ラジオセンターの和田悟ディレクターでした。
(音楽)
【男性キャスター】 では、ニュースを続けます……

 という感じの放送だった。

 1~2年前から 「車中泊」 はテレビ・新聞などの格好のネタになっていたが、その大半は、 「最近のブームを紹介する」 というトピックス的なものばかりだった。
 しかし、今回の報道ニュースは、ブームの分析のほか、そこで生じている問題点に触れるなど、少しジャーナリスティックな面を広げているように思う。

 この放送は、お台場の 「くるま旅パラダイス」 における取材も含めて構成されたものだという。
 その当日、私もまた “新しいクルマの旅を進める” ために結成された 「カー旅機構」 さんのスタッフと自動車旅行について語り合う機会をもった。

 日本の自動車産業が一時の勢いを失うとともに、 「自動車旅行」 という言葉も廃れたような印象を受けていたが、日本における本当の 「自動車旅行」 というのは、実はいま始まったばかりなのかもしれない。

 「問題が見えてきた」 ということ自体が、何よりも新しいムーブメントが立ち上がったときの特徴なのだから。


NEWS | 投稿者 町田編集長 17:17 | コメント(2) | トラックバック(0)

お台場パラダイス

 この土日は、東京お台場で開かれたキャンピングカーショー 「お台場くるま旅パラダイス」 をずっと見て回った。

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 2日とも好天に恵まれ、屋外イベントとしては素晴らしいショーになった。
 風もなく、穏やかな天候だったせいか、お客さんもどことなくピクニック気分。
 ペットを連れて、散策気分で場内を歩くご夫婦。
 デート感覚で、手をつないでクルマを見て回る若いカップル。
 そして、遊具コーナーで遊園地気分ではしゃぐ子供たち。

 かつてのショーは “クルマの即売会” という雰囲気が濃厚だったが、最近のショーは、どのかなアミューズメント施設のような空気が漂ってきているように思う。

 そのような時代の流れを汲むように、出展業者さんの方も、ショーそのものを楽しむという傾向が出てきたように思う。

 ▼ エアストリームジャパンのブースでは、田中社長 (右) がサイドメンのサポートを受けながら、ジャズギターを披露
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 ▼ トランキルグローブのブースでは、松原社長を中心に、ユーザーたちがゆったりとテーブルに座ってコーヒーブレイク
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▼ ワンちゃんもリラックス
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 ▼ キャンピングカーセミナーで 「初心者のためのクルマ選び」 を語る評論家の渡部竜生氏
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 ▼ キャンプコーナーでは、土曜から泊まりでショーを楽しむ人たちがつめかけ、個々のサイトでパーティ
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 ▼ ちょっと記念撮影を
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 今回のショー会場では、日頃会えなかった友人・知人と会う機会に恵まれた。

 また、新しい業務を始めようとしている人々に出会えたり、いろいろなキャンピングカーライフを体験しているユーザーさんたちを紹介されたり、さらに、マスコミの取材に立ち会ったりと、刺激の多い時間を過ごすことができた。
 いろいろ貴重な情報やら新しい考え方などに触れることが多く、収穫の多いショーだった。


campingcar | 投稿者 町田編集長 20:34 | コメント(0) | トラックバック(0)

伝える力

 “解りやすく語る解説者” ということで、池上彰さんが大ブレークである。
 政治のみならず、経済、宗教、歴史など、どんな分野においても、池上さんが時事解説を行うと、
 「あ、そういうことだったのかぁ…」
 と、誰もが腑に落ちてしまう。

 今や、カリスマ時事解説者ともいえる池上さんが、その解説の極意を伝授してくれるのが、この 『伝える力』 (PHPビジネス新書) だ。

池上彰氏「伝える力」表紙

 初刷りは3年ぐらい前だが、2010年の10月には68刷りという驚異のロングセラーを続けている本だ。

 では、どんなことが書かれているのか。

 ちょっと拍子抜けするほどオーソドックスな…というか、 「正攻法」 というべきか、プロの表現者が、読者・視聴者にモノを伝えるときの基本中の基本が書かれているにすぎなかった。
 そういった意味では、新鮮な発見は何もなかった。

 しかし、よく考えてみると、人にモノを伝えるスキルを身につける方法に、 「裏ワザ」 も 「新発見」 もありはしないのだ。

 「伝える力」 を身につけるためには、結局、地道な 「日々の勉強」 、 「日々の努力」 、 「日々の研鑽」 …それを積み重ねるしかない。この本は、そういうきわめて当たり前のことを伝えようとしている。

 一例をあげてみよう。
 たとえば、 「良き文章を書くコツ」。

 「私はNHKの記者時代、ニュース原稿を数え切れないほど書きました。しかし、経験がなかったため、何をどう書いたらよいのか、さっぱりわかりませんでした。そこで、私がとった行動は、先輩記者が書いた原稿を書き写すことでした」

 …と、池上さんはいう。
 仕事が終わった深夜、会社に残った書いたりしたらしい。しかも、パソコン、ワープロがない時代だったので、いちいち原稿用紙に手書きで…。

 好きな作家の文章を一字一句書き写すというのは、昔から作家志望の若者たちがやっていたことだが、ニュース解説者までそれをやっていたとは…。

 文章というのは、書き写すと、やはり読んだときには気づかなかった部分が “見えてくる” という。
 多くの人の文章を書き写していると、そのうち自然に 「説得力の有無、論理展開の優劣、文章のリズムの良し悪し」 などが分かってくるというのだ。

 なるほど!

 ……と、うなづくしかない話ではあるが、そう言われたからといって、他人の書いた文章を一字一句書き写そうとする人は、よほどの文章マニアでない限り、実際にはなかなかいない。
 しかし、 “この著者は実際にそれをやってきた人である” という重みが、論旨に独特の説得力を与えている。

 池上さんがこの本でしきりに強調しているのは、
 「深く理解していないと、分かりやすく説明できない」
 ということ。

 「そのことに関して、まったく知識のない人に理解してもらうためには、自分でも正確に理解していないと、とても無理。うろ覚えや、不正確な知識、浅い理解では、相手が分かるはずもない」
 と池上さんは語る。

 彼がそのようなことを肌で感じるようになったのは、NHKの 『週刊こどもニュース』 のキャスターを11年務めてからだった。
 この番組は、大人向けのニュースを子供に対して分かりやすく解説するというものだったが、池上さんがそこから学んだものは大きかったという。

 まず、大人には通じる “常識” が、知識や社会経験に乏しい子供には通じない。
 だから、政治や経済のことを解説するときも、 「大人が日常的に使う言葉は、子供には使えない」 というところからスタートしなければならなかった。

 そのことが、逆に、池上さんに言葉の意味を正確に把握するという訓練を施し、物事を正確に把握する習慣を身につけさせたらしい。

 難しい言葉を使って人に語ったり、文章を書いたりすれば、 「何か立派なことを説明した」 と人間は錯覚しがちだが、これは池上さんに言わせると “愚の骨頂” 。
 難しいことを、簡単に分かりやすく説明することこそ、実は難しいのであって、それこそ高度な能力が必要とされる、というわけだ。

 知ってた?
 知っているよね!
 こういう話は、たいてい一度や二度は、誰かから聞いたことのある話だ。

 しかし、池上さんの本には、その “誰もが知っている” はずのことが、実際にやってみると、 “けっこう難しい” …という例が、豊富な体験を通じて克明にレポートされている。

 この豊富な具体例が、この本の真骨頂かもしれない。

 「学問に王道なし」 とはいうが、 「伝える力を身につけることにも王道なし」 なのだ。
 そのことを、この本は愚直に訴える。

 著者は、 “オリジナリティあふれる知性” を振り回して得々としている (いわゆる) 「文化人」 ではない。
 「伝える力」 だけをコツコツと磨いてきた職人である。
 決して、大向こうを唸らせるような知的パフォーマンスを持った人ではないが、代わりに、職人の “凄み” を持っている。

 装丁やキャッチは、安直なノウハウを満載した 「ハウツー本」 というイメージが漂うが、中身はコミュニケーションの本質論に迫る生真面目な本である。


音楽&映画&本 | 投稿者 町田編集長 00:12 | コメント(0) | トラックバック(0)

お台場ショー迫る

お台場パラダイス2010イラスト

 キャンピングカーショーとしては、今年最後のビッグイベントといわれる 「東京お台場くるま旅パラダイス2010」 が、いよいよこの6日 (土) 、7日 (日) の両日にわたって開かれる。

▼ 昨年の会場風景
お台場パラダイス2009会場風景

 最近は、大きなショーともなると、屋内展示場で開かれるケースが増えてきたが、このショーは昔から屋外ショーとして有名。
 雨が降ると、車両見学も厳しくなるが、反対に、晴れた場合の解放感は抜群。
 晴天に恵まれると、つくづく 「キャンピングカーはアウトドアで見たときの方がよく分かる」 ということを実感できる。

 幸いなことに、週間天気予報では、土曜日は 「晴れときどき曇り」 、日曜日は 「曇り」 と伝えているので、雨の心配はなさそう。
 
 このショーの特徴は、ショーを見学しながら、 (くるま旅クラブ会員限定となるが) 土曜日にはキャンプも楽しめること。
 すでにキャンプの受け付けは終わっているが、ショー会場を回っていると、ペットを連れたりしながら、気楽にキャンプ気分で会場を散策する人たちの姿が多く見られ、そこが普通のキャンピングカーイベントとは違った風情をかもし出す秘密になっている。

 キャンピングカーをまだ持っていない人は、キャンプスペースを見学するだけで、ユーザーたちがどのようなキャンプスタイルを楽しんでいるかをつぶさに見ることができる。

 また、キャンピングカー評論家の渡部竜生氏による 「初心者のためのキャンピングカーセミナー」 、アウトドア料理の達人 “ゲンさん” による 「アウトドア料理教室」 、ドッグトレーナーの玉井響子さんによるトークショーなど、楽しいステージイベントも盛りだくさん。

 ほかに、大道芸人のマジックショー、ミュージックイベント、ジャンケン大会なども予定されており、大人も子供も一緒になって遊べる企画がたくさん用意されている。

 詳しくは、HP (↓) を。
 http://www.kurumatabi-paradise.com/

 参加車両の緻密な概要からイベントの詳細まで網羅された素晴らしいHPである。


 
NEWS | 投稿者 町田編集長 02:02 | コメント(0) | トラックバック(0)

昔は戻らない

 テレビのニュースやワイドショーを見ていると、不思議な気分になってくる。
 毎日、 「政治」 や 「経済」 が語られている。
 「外交」 や 「教育」 も語られている。
 それも、実際の政治家、一流の学者、各分野のスペシャリストたちが自分たちの実務経験や研究成果の駆使して、討論しあっている。

 しかし、不思議だ。
 これほど優秀な人たちが熱心にアイデアを出し合い、議論を尽くしながら、なぜ “問題” はいっこうに解決しないのだろう?

 特に、問題が山積しているように思えるのは、経済の分野。
 不況、円高、地方経済の低迷、雇用や賃金体系の格差の拡大…。

 政府や自治体、大企業、中小企業、あるいは国民一人一人が抱える問題点が次々とあぶり出されてくるが、それがひとつも解決しないうちに、もう次の問題が洪水のような勢いで押し寄せてくる。

 メディアは、それを政治解決に求めるから、景気が回復しないかぎり、政治家たちはみな 「無能」 のレッテルを貼られ、国民の怨嗟 (えんさ) と嘲笑の対象となる。
 恐れをなした政治家たちは、ますます表面的な人気取りに走り、生き延びるために、徒党を組んでは集合離散を繰り返すばかり。
 特に選挙前となると、与党も野党も、少しでも票が取れそうな党首を担ぎ出すことしか頭になく、政策なんか二の次、三の次。

 「いやぁ、もう “末期的症状” ですなぁ!」

 われわれがそう思う以前に、問題解決のヒントを示さなけれならないはずのメディアの “先生たち” が、もうそうつぶやいてはばからないのだ。
 こりゃ、ほんとに末期的だ。

 しかし、よく考えてみると、 「末期」 とは、何に対する 「末期」 なのか。

 私たちが、今の状況を 「悲惨」 と感じてしまうのは、何と比較するから 「悲惨」 なのか。

 たぶん、ここらあたりに、現在いろいろな問題が山積みになりながらいっこうに解決しないことを考えるヒントが、隠されているような気がする。

 いうまでもなく、今を 「末期」 と考えたり、 「悲惨」 と感じたりするとき、その対極にあるものとして想起されるのは、日本経済が順調な発展を遂げた 「高度成長」 の時代である。

街の風景(青山)

 多くの政治家や企業家が、 「元気な日本を取り戻そう」 と訴えるとき、その 「元気な日本」 のイメージは、高度成長期の日本がモデルになっている。
 そして、それは、 「優秀な労働力を育て、技術開発に励み、生産力を高めてきた日本企業の努力のたまもの」 という神話に裏打ちされている。

 このように、時代のキーワードとして 「復活」 とか 「再生」 のような言葉が多用されるのは、たぶん、政治家も、経済学者も、企業経営者も、あの “輝かしい時代” の記憶に今の状況を照らし合わせているからだろう。

 だけど、 「復活」 なんてありえない。
 …んなものが復活しても意味がないし、復活するはずもない。

 「復活」 ではなく、結局、新たな 「創造」 しかない。

 実は、最近、 「復活や再生に意義を認める思考は、時代の状況を見誤ってしまう」 と言い出す人たちが増えている。
 つまり、 「高度成長」 は、いろいろとラッキーな条件が偶然に重なったものに過ぎず、その条件がひとつずつ失われてしまえば、ごく 「普通」 の状態に戻るのが当たり前…だというのだ。

 要は、今の “末期的” で “悲惨” な現状こそが、実は 「正常」 な状態であり、高度成長は、たまたま手に入れた 「競馬の万馬券」 だったのだ。

 たとえば、そういうことを訴えた本として、大来洋一さんの 『戦後日本経済論』 という本があるらしい。

 これから述べることは、あるブログに書かれたものから抜粋する “伝聞の伝聞” に過ぎないので、正確に伝えられるかどうか自信もないのだが、 (その本によると) 日本が 「高度成長」 を成し遂げた理由はいくつかあって (……難しいことは分からないので、理解できたところだけを紹介すると、そのひとつとして) 、1950年代から70年代にかけて、農村から都市への人口移動が激しくなったことが挙げられる、そうだ。

 これが 「集団就職」 などといわれる団塊の世代の人口移動だ。
 彼らは、労働力として都市に投入されるだけでなく、今度は旺盛な消費意欲で内需を拡大し続けた。
 このように、日本の奇跡的な 「高度成長」 がスタートを切れたのは、欧米で開発された先端技術を、低賃金の労働力によって運営することができたからだという。

 しかし、それだって、戦後の焼け野原から出発したために、否が応でも新プラントを導入せざるを得なかったことと、たまたま起こった人口拡大が組み合わされた結果によって実現されたものにすぎない。

 その結果生じた 「終身雇用制」 や 「年功序列」 などという日本的産業構造が日本に繁栄をもたらしたという見方は根強いが、それらも、自然発生的に構造化された制度が、幸運にも、時代の潮流に乗っただけ…と見ることもできる。

 このように、高度成長のメカニズムは、ラッキーな条件がいくつも重なりあって作動したにもかかわらず、あたかも 「日本人の優秀性」 に還元させた神話がつくりあげられてしまったがゆえに、逆に今の日本人を縛りあげている。

 まぁ、そんなような見方をする人たちも出てきたようだ。

 ことの真偽を検証する力は自分にはないが、そう考えると、少しだけ鬱陶しさが晴れる気がする。

街の夜景(大阪)

 いずれにせよ、 “右肩上がり” の高度成長を生きた人々の成功体験は、もはや時代をけん引する 「元気の素」 にはならない。
 今の状態を 「普通」 と捉えるところから、次の時代が動き出す。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:11 | コメント(2) | トラックバック(0)

電子タバコ

 電子タバコというものを買ってみた。
 要するに、タバコの形をしたおもちゃ。

電子タバコ1

 私自身はタバコを吸うが、最近はタバコを吸わない人が増えたので、そういう人たちと接するとき、相手に迷惑をかけてはいけないという気持ちが購入動機になっている。

 試してみると、形はタバコそのものだし、吸うと先っぽに火 (ライト) がともるし、吸い口からは煙 (ミスト = 水蒸気?) が出る。
 だから、ヴィジュアルとしては煙草を吸っているのと変わらないけれど、味は別物。
 甘ったるい香水を吸っているような味と香り (ジュースと表現する人もいる) なので、リアルタバコに慣れた人は、かえって 「気持ち悪い!」 というかもしれない。

 したがって、 「禁煙・節煙グッズ」 という意味では、 “口さびしい” ときに、唇に何かくわえてまぎらわすという以上の効果は生まれないだろう。

 それでも、飲み屋なんかで、タバコを吸わない人と話すときは、重宝する。
 酒を飲みだすと、喫煙者は、ついついタバコの本数が増え、タバコを吸わないと話が弾まないような気分になってくる。

 そんなとき、電子タバコをくわえていると、とりあえず禁断症状が収まり、タバコを嫌がる相手に対しても迷惑をかけない。

 そういうことを繰り返しているうちに、確かにリアルタバコの本数が減った。

 「ちょっと吸いたいな」
 という気分が頭をもたげたとき、とりあえず電子タバコを口にくわえ、ミストの“煙”を吐き出してみると、それで気分がまぎれる。
 それを続けていると、10本吸っていたところを3本に減らし、3本吸っていったところを1本に減らせるようになってくる。

 そのうちゼロになるだろう。

電子タバコ2
 ▲ 構造的には、本体があって、ジョイントプラグがあって、カートリッジがあったりして、ちょいと複雑

 自分の健康を考えて禁煙するというつもりはあんまりないのだが、これ以上吸わない人たちに迷惑をかけてはいけない、という気持ちはある。

 ただ、ネット上の 「禁煙・喫煙論争」 などを見ていると、 「禁煙」 を訴える人々のなかには、ときどき感情をむき出しにして、喫煙者を中世の魔女裁判の口調で弾劾する人たちがいる。
 「悪魔たちは火刑にしろ!」
 といわんばかりに。

 私は吸う人間だから、タバコを吸わないことが 「世の中の正義」 だとは思わない。

 しかし、タバコの匂いを生理的に不快に感じる人の気持ちは尊重しなければならないし、そういう人を害する権利は喫煙者にはないように思う。

 で、今も電子タバコを口にくわえて、これを書いているのだけれど、もう少し軽くならないものか。
 くわえたままキーボードを打っていると、唇が疲れてきて、困ってしまう。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:04 | コメント(3) | トラックバック(0)

一般国道の不思議

 見知らぬ土地の道を走り続けていると、今まで気づかなかったことに、突然気づくことがある。

 キャンピングカーを使うときは仕事が絡むことが多い。
 だから、効率化を図るために、高速道路をよく使う。

 個人で旅行を楽しむときも、高速道路を使ってキャンプ場近くのインターで降り、あとはトコトコ田舎道を走る。
 一般道を走りながら、 「道の駅」 を回るという使い方ができるほど、まだ時間的余裕がないのだ。

 だから、あまり走ることのない一般道を走ると、不思議な気分になる。
 日本には、 「都会」 とも 「田舎」 ともいえない奇妙な空間がいっぱいある。
 そんなことに気づいた。

一般国道の風景001

 この前、ある仕事の帰り、時間があったので高速を使わず、一般国道をトコトコ走ってきた。

 曇天の下、色のない風景がどこまでも続いていた。

 コンビニ。
 ガソリンスタンド。
 工場。
 資材置き場。
 シャッターを下ろした古めかしいドライブイン。
 野菜をつくっているビニールハウス。
 休耕地になったのか、それとも宅地に転用されるために眠っているのか分からない平地。
 クルマの止まっていない駐車場。

 そういうとりとめもない空間が、現れては消え、消えてはまた現れ、いつまで経っても、同じ場所を行きつ戻りつしているような気分になった。

 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 それが日本の風景の本質なんだ…ということに気づいた。

 たぶん、 「近代」 というのは、そういうものなのだろう。

 「近代」 という言葉は、いろいろな意味合いに使われ、いろいろな文脈を構成するけれど、ここでは 「工業化」 という意味で使ってみたい。

 それまでの農業社会から脱皮し、世界でも類例のないスピードで工業社会へと変貌を遂げた日本が造り上げた景色が、一般国道には象徴的に現れているように思うのだ。

 工業社会は、 「自然」 を巧妙に素材として使って生産物を完成させるシステムを造り上げた。
 素材そのものは 「自然」 をベースとしたものながら、元の形が分からないほど加工したものが工業製品だ。
 それは製品にとどまらず、その生産物を流通させ、消費させる社会をも変えた。

 その変わった社会を 「景観」 として表現すると、この一般国道のような景観となる。
 つまり、工場や農場といった生産地と、膨大な物が消費される大都市を結ぶためだけに存在する “がらんどう” のような空間。
 それが、 「都市」 とも 「田舎」 ともいえない幹線道路の独特の空気を生み出している。 

 「近代」 の象徴ともいえる大都市の景観は、単なる 「近代」 のディスプレイに過ぎない。
 ショーウィンドーに飾られた工業製品を、人々の消費欲を喚起させるために、より魅力的に配置し直したのが大都市の景観なのだ。 

大都市の高層ビル風景

 それに対し、一般国道の景観は、いわば “すっぴん” の 「近代」 。
 そこには、化粧するのに疲れ、荒れた素肌をさらす、物憂い日本の 「近代」 が横たわっている。

一般国道の風景001

 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 「自然」 はないけれど、 「人工的」 でもない。
 「貧しく」 もなければ、 「豊か」 でもない。
 「美しく」 はないが、 「醜い」 わけでもない。
 「生活」 はあるけれど、 「生活感」 はない。

 そういう 「風景」 を、なんと表現すればいいのか。

 たぶん、それを表現する言葉を見つけたとき、それは 「詩」 の形を取っているはずだ。

 「詩」 とは、美しい情景を描いたり感動的な光景を謳うものではなく、見えないものに 「形」 を与えるときの言葉なのだから。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 18:25 | コメント(4) | トラックバック(0)

酒場放浪記

 BS-TBSで、 『酒場放浪記』 という番組をやっているけれど、その時間帯に家にいるときは、ついつい見てしまう。

 無精ひげを生やして、ハンチングみたいなものを被った、メガネの怪しいオジサンがナビゲーターを務めている。

吉田類氏

 吉田類さん。

 肩書きが 「酒場詩人」 というのだから、ますますもって、怪しい。
 イラストレーターであり、俳人というのだから、さらに、輪をかけて、怪しい。

 だけど、この番組の面白いところは、その怪しい人が立ち寄るのに、いかにも 「似合いそう!」 という雰囲気の居酒屋ばかりが出てくるのだ。

 つぅーことは、言葉を変えていえば、 「ワシ好み」 の店ばかりなわけで、知らない飲み屋街で、どこに入ろうかな…とぶらぶらしているとき、 「お、ここは良さそうだぞぉ!」 と自分なら必ず入りそうな店ばかりが登場する。

 要するに、 “居酒屋好き” の気持ちがよく分かっている番組なのだ。

酒場放浪記シーン

 居酒屋っていうのは、まぁ “庶民の飲み屋” なんだけど、その場合の 「庶民」 というのは、いわば古典的な 「庶民」 なわけで、 『白木屋』 とか、 『和民』 とか、 『笑笑』 とか、 『魚民』 とか、 『つぼ八』 とか言わないやつのことをいう。
 
 ノレンがちょっと擦り切れていて、カウンターが、酒やら醤油やらソースをたっぷり吸い込んで昆布色に輝いていて、時には、床が土間だったりする。

 こういう店には、もう20年ぐらい通い続けているとかいう地元の偏屈オヤジが、スポーツ新聞の競馬欄などを見ながら、コップ酒をあおっていて、 (競馬に関係なく) 「民主党もだらしねぇ…」 とかつぶやきながら、串カツなんかをほおばっている。

 そんなオヤジの隣りに腰掛けて、焼酎の緑茶割りなんかを飲みながら、カウンターの向こう側を覗き込み、 「ママさん、そのおでんの厚揚げもらえる?」 なんて…いう感じでくつろぐのが、 (私は) 大好きだ。

 で、吉田類さんていう人は、まさにそんな感じの、 “居酒屋のくつろぎ方” というのを実に心得ている人だと思う。

 たとえば、その店の名物おでんが出てくるとしようか。
 よくあるグルメ番組のレポーターのように、しばらく口をモゴモゴさせて、やおら 「ノドゴシがいいですね! この豆腐、絶品です!」 なんて叫ばない。
 「豆腐が、口の中で淡雪のようにジューシーに溶けてコクもあればキレもある」
 なんて、きいたふうな批評もしない。

 「あ、いいですねぇ」
 …ってぐらいの、ものすごくあっさりした芝居っ気のない口調で、やる気があんだかないんだか分からないような笑顔でニコニコしているだけ。

 この脱力感が、実にいい。

 居酒屋ってのは、ちょっと心理的にアセっているときに行くのがちょうどいい。
 「明日までの締め切りの原稿がある」
 などというとき。

 そういうとき、
 「わぁ、もういいや! 1時間だけ原稿のことなんか忘れて、飲むかぁ!」
 という、「矢でも鉄砲でも持ってこい!」 というあの開き直った解放感が味わえて、もうたまらない。

 でも、たいてい “隣りのスポーツ新聞” のオヤジと意気投合したりして、1時間が2時間になり、2時間が3時間になっていくという、あの自堕落な自虐感も味わえて、それも、たまらないくらい良い。

 『酒場放浪記』 っていう番組は、そういう人間の弱さを讃えるような味があって、いつも感心してしまう。

 本も出ているようだ (↓)

酒場放浪記本
 
ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 22:25 | コメント(2) | トラックバック(0)

名古屋RVショー

名古屋キャンピングカーショー会場風景

 23日~24日の両日、ポートメッセなごや (愛知県・金城ふ頭) で開かれた  「名古屋キャンピングカーフェア2010」 を取材してきた。
 まず驚いたのは、来場者の熱気。
 来場者数も、昨年より増えているという。
 確かに、2日間とも、会場が開かれる前から行列ができていて、それが延々と駐車場まで続いていた。

▼ 会場が開かれる前から、入り口前には行列ができた
名古屋ショーの行列1

 各ブースの商談コーナーも、かなり盛況だった。
 成約にまで結びつかなかったと打ち明ける販売スタッフもいたが、それでも見積もりの数だけは多かったと口々に語っていた。

 ショーの来場者が多いということが、そのまま 「キャンピングカーユーザーの底辺が広がってきた」 ということとは結びつかないかもしれない。
 「最近話題になっているし、ブームらしいから、ちょっと見に行くか」
 という感じで、 “動物園に珍しい動物が来た!” …ぐらいの気持ちで来場した人々も多かったろう。

 しかし、それでも関心を持つ人が増えてきたということは、産業としての興隆が約束されているということでもあるのだ。

 ただ、…たぶん、短期的には、商売としてはむずかしい時期に入ってきたのかもしれない。

 「客層が明らかに変わっている」

 そんな感じを受けた。

 もちろん来場者のメインは、子育てまっさかりという感じの若いファミリーか、あるいは、子育てが終わって、夫婦の “2人旅” を楽しもうという熟年カップル。
 この二つの層は、相変わらず不動に思えた。

 しかし、子細に見ると、明らかに、今までとは違った客層が登場してきている。

 「キャンピングカーショー会場が、デートスポット化している」

 そういう光景を何度も見た。
 若い男女がけっこう手などをつないでクルマを見ているのだ。
 それも、結婚前という感じの恋人同士っぽい人たちだ。

 どこで分かるかというと、女性のファッションがいかにも 「デートしてます」 って感じで、着こなしにまだ生活臭が染みついていない。

 同じヤングカップルでも、すでに結婚している人たち (特に女性) は、着飾っても、その着こなしに安定感が出ている (→ ムダを省いている) ものだが、それに比べると、結婚前の人たちは着こなしのムダを楽しんでいるという様子が見える。

デートを楽しむ? 若者たち 

 そういう若者たちが、水族館でアシカのショーを見たり、動物園でクマの昼寝を見物するかのように、キャンピングカーを見ているのだ。

 実際には、彼らがキャンピングカーを買うとしても、それはもっと先のことだろう。
 あるいは買わないかもしれない。
 だから、商売を短期的に考えた場合、 「顧客」 という形でカウントはできない人たちかもしれない。

 しかし、若いカップルがデートスポットとしてキャンピングカーショーの会場に訪れるということは、今まではあまりなかったことなのだ。

 こういう流れが生まれてきた背景には、何があるのか。

 一つには、若者の 「結婚観」 が変化しているということも見逃せないかもしれない。

 結婚は、立派な社会人として認知されるためのものでもなく、配偶者の経済力や家柄を誇るためのものでもなく、美男や美女の配偶者をゲットして友人たちをうらやましがらせるためのものでもない。

 「お互いに共通の夢を追いかけて、足りない部分を補い合い、助け合っていく」

 今の若い人たちの間では、そんなシンプルでストレートな考え方が復活してきているように思うのだ。

 日本で、 「見合い結婚」 が減って、 「恋愛結婚」 が一般化したのは、団塊の世代が適齢期を迎えたあたりからである。
 「恋愛結婚」 は、一見 “封建的な家制度” から解放された民主化時代の結婚形態のように思われがちだが、実際には、恋愛できなかった人たちを差別する形で生まれた結婚様式だった。

 男も女も、いくたの恋のライバルを排除して、選ばれた者同士が 「結婚」 というゴールにたどりつく。
 そういったハリウッド映画のラストシーンのような恋愛結婚が “当たり前” のようになったのが、70年代くらいから。

 そして80年代になると、空前の消費ブームを背景に、男女とも (特に女性が) 結婚相手へのハードルをうんと高くして、収入、門地、外見、出身大学などにおいて完璧なエリートを求めるようになった。
 「本命君」 以外に、 「アッシー君」 、 「ミツグ君」 を何人抱えられるかが女の子のステータスになり、結婚する前までに何人の女をコマすかが、男の子のステータスになった。

 しかし、そういう人間同士が結びついたとしても、どこかに無理が生じる。
 仮に、当事者同士のもくろみ通りに進行したとしても、お互いが弱肉強食のフィールドを戦い抜いたエリート同士の結びつきであり、いわば1人を選ぶために、10人を排除してきたようなもの。
 逆に見れば、 「排除された」 という負い目のため、婚期を逃したりする人も多かったろう。
 当然、全体としての非婚率も高まり、少子化も進行する。

 今の社会の晩婚化傾向というのは、経済的な視点だけでは語りきれないと思う。

 若者たちは、そういう先輩たちの愚を犯さないという生き方を選び始めたようだ。
 90年代からゼロ年代へと至る過程において、日本の社会的・経済的なクライシスの高まりも、 「見栄やカネで結婚相手なんか選んでいる場合かよ」 という気持ちに拍車をかけたかもしれない。

 高学歴、高収入の相手を求めて結婚したつもりでも、それが大不況化においてあっけなく崩れ、メッキが剥がれてただのオッサンとオバサンになった先輩たちの姿を、今の若者たちはしっかり見ている。
 結婚相手に 「将来的な保証」 を求めても、結婚したときの地位とか財産なんてアテにならないという事例をあまりにも多く知ってしまったのだ。

 だから、収入だとか、家柄だとか、出身校なんかにこだわらない若者たちは、とりあえず 「現在の気持ちが通じ合えば、それが大事」 と思って、意外と半径10m内外に棲息する男女ですんなりカップルをつくったりする。

 結婚後にどのようなライフスタイルを築くかは、これから2人で考えていけばいい。
 2人で、共通の夢をこれから持つ。
 その同じ夢を持てるかどうかが、2人の絆になる。

 たぶん、キャンピングカー会場に現れるようになった若いカップルというのは、そういう人たちなのだ。
 彼らにとっては、キャンピングカーこそが、これからの2人で作り上げるライフスタイルの 「シンボル」 (象徴) なのである。

 このような若者の結婚観の変化は、逆に、 「結婚しない生き方」 をも正当化する。

 エリートサラリーマンとキャリアウーマンのカップルがいくつも誕生して、「結婚は仕事のできる人たちのあかし」 という風潮が生まれた80年代。
 それに乗り遅れた人たちは、不適合者の烙印を押されたような扱いを受けた。

 しかし、そのような結婚観が崩れた今、適齢期が過ぎた 「おひとりさま」 は決して哀れでも、ミジメでもない。
 むしろ、 「おひとりさま」 同士の気楽な横の連帯を通じて、家庭とか育児にとらわれない新しいフィールドで遊ぼうという人たちが増えているように思う。

 実は、今回のショーの会場で、そういう人たちの姿も目撃した。

 「旅行するのは私一人だから、取り回しのいいキャンピングカーが欲しいの」
 と説明員に語る初老の女性がいた。

 「女性同士で旅をする場合、故障したらどうすればいいのか?」
 と尋ねる中年女性もいた。
 
 販売店のスタッフに聞いても、最近はシングル女性からの問い合わせが増えているという。

 これも新しい傾向だと思う。

 私も、あるキャンプ大会で、犬を旅行の友として気楽にキャンピングカー旅行を楽しんでいるシングル女性と知り合うことがあった。
 キャンピングカーが、確実に 「おひとりさまライフ」 をエンジョイしようと思っている人たちのアイテムとして浸透しているように思えた。

 一方、男たちはどうしているのか?

 これもショー会場でのことだが、学生風の若い男の子2人が、それぞれパンフレットを集めながら、楽しそうにキャンピングカーの中を覗き込んでいる姿を発見した。

 こういう男の子同士の来場者というのも、今まではあまりその姿を見たことがなかった。
 年齢的に、小さい頃に家族でキャンピングカー旅行をしていたか、あるいはテントキャンプを楽しんだか…という世代である。
 キャンピングカーを覗き込む2人の視線の先を追ってみると、若いなりにキャンピングカーの見方を知っているという印象を受けた。

▼ 駐車場前から行列が
名古屋キャンピングカーショー行列2

 確実に、客層が新しくなり、世代交代が起ころうとしている。

 その多くは今すぐにキャンピングカーを買えるような人たちではないかもしれない。
 (だから、短期的には、商売としては難しい時代に入ったのかもしれない)

 しかし、その人たちの期待を裏切るような商品開発や売り方をしてしまうと、その先の展望が広がらない。

 販売店のスタッフの中には、ごく一部だけど、すぐ買いそうもない客だと分かった途端に、言葉づかいがぞんざいになったり、タメ口になったりしてしまう人がいる。

 限られた時間の中で、成約率の高いお客さんと効率的に話したいという気持ちがそうさせるのだろうけれど、だけど、 「将来のお客さん」 を失望させてしまうと、どんな良いクルマを造っていても、そのお客さんは二度とそこに近づかない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 19:25 | コメント(4) | トラックバック(0)

ハイマーカー322

 時代の流れに呼応するように、いまヨーロッパではキャンピングカーとユーザーの二極化が進行しているという。

 ハイソサエティを対象とした高級車は、車両サイズ、装備ともに高級化に拍車をかけるとともに、先端的な技術力による 「省エネ」 「排ガス浄化」 を目指し、マスマーケットを狙うキャンピングカーは、車両サイズの小型化、装備の合理化を追求することによって、実質的・効率的な 「省エネ」 「排ガス浄化」 を狙うようになった。
 いずれのメーカーも、高級車をますます洗練させていきながらも、その数を絞り、軸足は、買いやすい価格帯の小型車に移し始めているようだ。

 ヨーロッパではトップブランドとして君臨するハイマーにおいても、今年から来年にかけての主力車種として力を入れているのは小型車である。

 ▼ ハイマーカー322外装
ハイマーカー322外装

 その中軸となっているのが、装いを新たにした 「ハイマーカー」 だ。
 種類は2タイプ。
 全長5990mmの 「322」 と、全長4990mmの 「302」 である。 (全幅はともに2080mm) 。

 シャシーはフィアット・デュカドで、ミッションは6速AT。排気量2984ccのコモンレール式直噴ディーゼルターボエンジン (157馬力) を搭載する。

 ハイマー社といえば、インティグレードかアルコーブンといった “モーターホーム” ビルダーのイメージが強いが、この2車はバンコンバージョン。取り回しの良さと経済性を主眼においた設定だ。

 特に、ここで紹介する 「322」 は、バンコンでありながら、 (日本の) キャブコン並みの機能を備えているところに特徴がある。
 充実したシャワー・トイレ機能を持ち (写真▼) 、大人3名+子供1名のベッドスペースを備え、97㍑の冷蔵庫を標準装備。給・排水ともに100㍑の水タンクが完備している。

ハイマーカー322シャワー&トイレ室

 写真でご覧のように、フォルムは全体的にスクエアで、四隅が効率的に使えるためスペース効率がいい。リヤベッド上に設定されているオーバーヘッドコンソールも、その恩恵に浴し、奥行き・容量ともたっぷり確保されている (写真▼) 。

ハイマーカー322オーバーヘッドコンソール

 リヤベッドは195mm×150mmで、2人就寝が可能 (写真▼) 。

ハイマーカー322リヤベッド

 しかもウッドスプリングが採用されているために (写真▼) 、通風性が確保され、寝心地も良い。

ハイマーカー322ウッドスプリング

 ベッドマットを収納すると、ボディ中央には長尺物も収容できるラゲージスペースが生まれる (写真▼) 。ベッドマット下には、プロパン、電装、清水タンクなどが収納される。

ハイマーカー322ベッド折りたたみ

 ボディの右サイドは大型収納 (写真▼) 。

ハイマーカー322右大型収納

 荷物が転がらないように、ダイネット部とリヤスペースの間にカーゴネットを張ることもできる (写真▼) 。

ハイマーカー322カーゴネット

 冷蔵庫の上はクローゼットも完備している (写真▼) 。

ハイマーカー322クローゼット

 ダイネットは助手席と運転席を回転させ、セカンドシートと向かい合わせて構成するスタイル (写真▼) 。典型的なヨーロッパ型キャンパーのレイアウトだ。

ハイマーカー322ダイネット1

 このダイネットはベッドメイクすると、165mm×89mmのチャイルドベッドにも早変わりする (写真▼) 。

ハイマーカー322ダイネットベッド   

 キッチンは2口コンロと深型シンクのコンビネーションタイプ (写真▼) 。

ハイマーカー322キッチン

 引き出し式の延長テーブルも設定できるので、調理スペースはモーターホーム並みに広い (写真▼) 。

ハイマーカー322キッチン延長テーブル

 ハイマー社のマスマーケット路線を代表する車種だけに、細かい部分の作り込みも入念を極める。ある意味で、日本車的なきめ細かさを発揮している部分もある。
 その一つが、セカンドシート前に設定されている “床下収納” (写真▼) 。下駄箱としても使える。

ハイマーカー322床下収納

 リヤベッドに上がるときに便利なボックス型昇降ステップも用意されるようになった (写真▼) 。ベッド下にはそのステップを格納できるスペースも作られており、移動中も邪魔にならない。

ハイマーカー322昇降ステップ

 本国ではオプション扱いの電動ステップも日本仕様では標準装備 (写真▼) 。

ハイマーカー322電動ステップ

 走りはどうか。

 すでに数々のイベント会場まで走らせている鈴木利弥部長に言わせると、
 「バンクがないため、空力特性がものすごく良い。ホイールベースも4mあるため、直進安定性も抜群」 とか。
 「走りは、確実に他のキャンピングカーを凌駕するので、気づかないうちに速度オーバーになってしまうことが多い。そこが唯一の注意点。
 常に後方確認しておかないとまずいクルマです。パトカーにはしっかりにらまれそうですから (笑) 」
 とのこと。

 オプション類も豊富で、ポップアップルーフのほか、リヤラダー、自転車キャリア、ルーフエアコンなども用意されている。

《寸評》

 バンコンといえども、さすがはハイマー。装備類の機能とインテリア造形には、上級車種のテイストがたっぷり。デザイン的な完成度においては、やはり一目置かざるを得ない。
 国産高級キャブコン勢にとってもあなどれない存在だろうし、本国では、ウエストファリアなども脅威を感じているに違いない。
 車両のお値段は、税込み943万円。


campingcar | 投稿者 町田編集長 12:31 | コメント(2) | トラックバック(0)

猫会議

 今日は 「猫会議」 の日だった。
 さくら通りから、いずみ通りに入り、セブンイレブンの交差点から三つ目の路地が、 「猫会議」 の会場だ。

 始まるのはいつも日付が変る深夜の時間帯だが、気の早い猫は、夜の8時ごろから会場近くに待機して、後ろ足で耳を掻いたり、塀によじ登って伸びをしたりして、会議が始まるまでの時間をつぶしている。

塀の上の猫

 傍聴は自由のようだが、あまり近づきすぎると、雲の子を散らすように、みな逃げる。
 しかし、しばらくするとまた同じところに集まってきて、ヒソヒソ話を再開する。

 議題は何なのか。
 集まった猫たちに尋ねても、ミャーミャー要領を得ない。
 おそらく、エサ取りの縄張りでも決めているのだろう。

 こういう連中は、野生動物の仲間に入るのか、それとも、どこかにパトロンを持つ 「半家猫」 なのか、そこのところは定かではないが、みな毛ヅヤも良くて、コロコロしているから、たぶんエサの供給源はそれぞれ確保しているのだろう。
 だとしたら、優雅な人たちだ。

地面の猫

 猫には謎がいっぱいある。

 まず、やつらはいったいどからやってきたのか。
 太古の昔、犬と人間が 「狩猟の伴侶」 として共存関係になった歴史はよく知られているけれど、猫は呼びもしないのに、いつのまにか人類の周辺に寄って来て、勝手に生きている感じがする。
 食べるところもあまりないので、家畜としては役立たずだし、第一、家畜なのかどうかも分からない。

 犬はみんな自分のことを 「人間と同じ格好をしているはずだ」 と思い込んでいるが、猫にはそういうところがない。
 「我輩は猫である」 という自覚がありそうで、 「猫ですがそれが何か?」 と開き直っているところがあって、こちらが猫の着ぐるみなんかをまとって近づこうものなら、 (犬なら “怪しい!” …とワンワン吼えるところを) 、猫は 「お前バカか?」 とシラっとしているようなところがあって、ものに動じない…というか、妙に老成しているようにも見える。

 猫は不条理だ。
 家畜であるようでいて、家畜ではない。
 ペットのようでいて、ペットではない。
 存在と非存在の淡い境界を生きている。


ヨタ話 | 投稿者 町田編集長 00:05 | コメント(2) | トラックバック(0)

飽きるという知恵

 最近のニュース報道を見ていると、何が真実なのか、何が正解なのか分からないほど事実経過が錯綜し、かつ評論家たちの意見や見立てがバラバラだ。
 特に、政治問題や国際問題となると、人によって意見が正反対だったりする。

時事解説

 テレビのワイドショーなどを見ていると、たとえば、民主党の小沢一郎氏に対する検察審査会の 「起訴相当決議」 に対して、それを 「妥当だ」 とするコメンテーターがいるかと思えば、逆に 「ガンバレ小沢」 とエールを送るコメンテーターもいる。

 尖閣諸島で起こった中国漁船の船長釈放だって、いまだに 「日本政府は弱腰だった」 と非難する人がいるかと思えば、 「あれはクールで理性的な判断だった」 と評価する人もいる。

 中国の反日デモをどう見るかにおいても、 「中国政府の意図的なガス抜き」 と論じる人もいれば、 「中国政府はデモに危機感を抱いているだろう」 と推論する人もいる。

 何をどう判断して、どう考えればいいのか。
 マスコミから流されてくる報道があまりにも錯綜し、かつそれを分析する人たちの意見がバラバラなので、視聴者は、立ちくらみやめまいを起こしそうになる。

 情報が多すぎるのだ。
 21世紀に入ってから、各メディアを通じて流れ込んでくる 「情報」 が、人々の処理能力を超えたのだ。

 それはそうだろう。
 ネットを取り込んだ21世紀のメディアは、その情報流通量を幾何級数的に増大させた。
 それもパソコンだった時代から、今や携帯電話やiPhonなどで、移動中にも情報にアクセスできる時代になった。
 
 一方ではテレビ、新聞、雑誌という旧メディアも平行して、健在。
 BS時代を迎えたテレビは、チャンネル数を増大させ、世界各国のスポーツ中継やニュースをリアルタイムで流すことを可能にした。

 このような情報の奔流に、まず “知識人” といわれている人たちが追いつけなくなった。

 評論家とか、ジャーナリストといわれている人たちは、ある領域においては、確かに “正しそうな” 意見をいい、聞いている人間の頭の中を整理してくれる。
 しかし、その評論家が、今度は別の領域ではまったくトンチンカンなコメントを吐いて失笑させてくれる…なんて光景は、今や日常茶飯事となった。
 
 「思想」 ですら、 「情報」 の組み合わせから生まれる時代。
 人類普遍の 「哲学」 といわれるようなものだって、その解釈は1日単位で変化する。
 コックの壊れたシャワーのように、途切れることなく流れ続ける情報を、一人の “知識人” が包括的に整理し、それを 「うまい言葉」 で解説できる時代はとっくに過ぎている。

 逆にいえば、こういうときに、あらゆる情報を満遍なく処理し、人々に行動の指針を与えるような人がもし現れれば、あっという間に民心は統一され、その人は “独裁者” になれるかもしれない。
 しかし、そのような 「独裁者の政権」 が仮に生まれたとしても、ごく短命に終わるだろう。

 人々は、情報の洪水を生き抜くための 「知恵」 を身につけ始めたからだ。

 それは 「飽きる」 という知恵。

 これまで人類は 「記憶」 が、その個人の処理能力を超えてオーバーフローした場合、 「忘却」 という脳内システムを使って解消することを身につけてきた。
 しかし、人間の処理能力を上回った現代社会の情報量は、もう 「忘却」 という自然システムでは処理しきれなくなっている。

 「飽きる」 とは、記憶が脳に残っていようがいまいが、それを強引に 「無」 に還元してしまう処理システムのことをいう。

 その 「飽きる」 ことが、これまでの人々が保持していた嗜好のスパンよりも、そうとう短いサイクルで起こるようになったのが、この情報過多社会の特徴なのだ。

 だから、移り気な国民ばかりいる豊かな先進国では、独裁政権など生まれることもないし、生まれたとしても長く続かない (日本では総理すら続かない) 。

 末永く人気を保つ芸人もタレントも、たぶん次の時代からはもう出ない。
 音楽分野でヒット曲が生まれるという感覚も今や昔の話。新しいサウンドは、ヒットになる前に飽きられる。
 書籍のロングセラーというのも、これからはもう出ない。

 政治問題も社会問題も、人々の間で、もうそれほど長く論じられることはない。
 年末にまとめられる 「今年の10大ニュース」 も、夏前のニュースには人々の興味が薄れているから、年末のニュースだけに話題が集中するようになる。

 ……ってなことが、今後はしょっちゅう起こるような気がする。

 「飽きる」 という心の動きが、人間の 「病 (やまい) 」 なのか 「知恵」 なのか、それは、今のところ誰にも分からない。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 01:28 | コメント(4) | トラックバック(0)

ロボット兵器

 NHKスペシャルで、 『貧者の兵器とロボット兵器』 というドキュメントをやっていたけれど、重い番組だった。

 「貧者の兵器」 とは、現在のアフガンでアメリカ軍と戦っているタリバンが使うカラシニコフ銃とかロケット砲のこと。製造された時代も古く、安価な武器で、アメリカ軍の近代兵器にはとても太刀打ちできないお粗末な兵器をいう。

タリバンの兵器

 しかし、もっといえば、身体に爆弾をしかけ、自分の身体ごと相手の施設などを破壊する “自爆テロ” そのものを指す。

 それに対し、現在アメリカは、対タリバンとの戦いに、どんどんロボット兵器を投入しているのだとか。
 つまり、軍事衛星を使って “敵” の潜伏場所を探し出し、ピンポイントで敵兵を襲撃する無人の爆撃機やミサイルのことで、 “操縦士” は、アメリカ本土で、モニターの前に座っているだけ。

ロボット兵器

 モニターには、逃げ惑うゲリラの姿が明瞭に写る。
 それを、絶対安全な、地球の裏側にいる “操縦士” が狙い定めて爆撃する。
 寒さが一瞬にして全身を貫くような映像である。

 操縦士には、少年のような顔をした若い兵士や少女がいる。
 笑顔だ。
 「これは本当に楽しいの。まるでゲームみたいだから」
 若い女性兵は、無邪気な笑いを浮かべてそう言う。

 「やらせ」
 …とはいわないが、いくらなんでも、制作側の作為が露骨であるようにも思う。
 まさか、本気になって 「ゲームみたい」 などと言うはずはないだろう。
 あるいは、言ったとしても、別の文脈の中でひと言挿入された言葉かもしれない。
 そう言った意味で、番組制作サイドの意図的な作り込みが感じられる。

 …が、それが分かったとしても、やはり 「寒い」 。

 一方、タリバン側の映像も映し出される。
 村の少年が、思想教育を施され、自爆テロ要員として鍛えられていく過程を、ビデオが追う。

 「正義」 のための戦いに、一人前の男として立ち向かうことを課せられた少年の高揚した表情。
 しかし、決行の日が近づくにつれ、その顔が緊張し、動揺し、最後はあきらめたような無表情な顔に変る。

 大人たちは、少年を 「英雄」 としてほめたたえ、「必ず天国に行ける」 ことを約束し、こわばった少年の手を握り締めて、爆破装置の位置を教える。

 なんと恐ろしい映像だろう。
 
 自爆テロにおもむく人間は、決行間近になると、麻薬で神経を麻痺させられ、分別をなくした状態で “戦場” に送られるというナレーションも入っていたように思う。

 そこにも、制作サイドの作為が見える。
 そういう事実もあるかもしれない。
 しかし、それだけで 「自爆テロ」 の真相のすべてが明らかになるわけではない。
 
 …そうは分かっていても、重い映像だ。

 「自爆テロ」 の背景には宗教原理主義の怖さや貧困がある、と識者はよく言うが、そういった問題ではない。
 宗教原理主義とか、貧困とか、そういった 「合理的な説明」 で解明できない何か。
 この番組には、その “何か” を視聴者に考えさせようとしている気配があった。

 ゲームのように、モニターに写る “敵” をロボット兵器で殺す少女。
 「正義」 を信じて、自分の身体を爆弾に変える少年。

 人間って、何なのか。
 
 「人の命は地球より重い」 というイデオロギーを超えたところで、死と向き合っている人々がいる。

 意図的な編集であることが露骨に見えた番組だけど、やっぱり何かを考えさせられてしまう。


コラム&エッセイ | 投稿者 町田編集長 02:52 | コメント(6) | トラックバック(0)
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